僕「…幻覚が見えるんです」

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39 :emanon :2020/09/02(水) 09:52:10.26 ID:j7vhrqUQO
僕「…僕は、ほんとうに、僕は、すべてを忘れてしまったんですね」

馬子「ええ。秋野茜という存在も、彼女の心臓が移植されたという事実も。あなたにとって、きっと秋野茜という存在が大き過ぎたんだわ。だから、感電と共に記憶を失う形になってしまった」

僕「秋野も、…秋野千波も全部知っていたという事ですか?」

馬子「ええ。恐らく、あなたが幻覚を見て眠れていないという相談をされた時、直ぐに気が付いたと思うわ。それでも、全てを忘れてしまったあなたに、真実は伝えなかったのは、秋野千波という少女の優しい嘘よ。だって全てを知ってしまえば、あなたは己を責めて傷付いてしまうから」

僕「僕は、僕は…、うううあっ、はぁ、はぁ、ううううああああああああ!」

馬子「…傷付くって言ったじゃない」

僕「…しばらく、ひとりに、して、下さい」
40 :emanon :2020/09/02(水) 09:53:33.64 ID:j7vhrqUQO
先生「良いんですか?彼を止めなくて?」

馬子「自分で自分の首を切る勇気がない子よ。自殺は選ばないわ」

先生「そうですか。素晴らしい推理でした。まさか、手首の怪我と、壁の焼け跡を結び付けるとは」

馬子「病院の停電は、その影響でしょう」

先生「そうですよ」

馬子「田口先生、」

先生「なんでしょうか?」

馬子「本当は、心臓移植なんて、してないでしょう?」
41 :emanon :2020/09/02(水) 10:04:40.23 ID:+qXnnrD90
>>38
すみません。


馬子「あなたは心臓の病気が悪化し心臓移植が必要になった。だがドナー提供者を知ったあなたは心臓移植を拒んだ。だって移植をしてくれる相手は、あなたがこの病院に来てから最も心を許した人だったから。秋野茜から心臓移植を受ければ、もちろん彼女は死んでしまう。大切な人を、間接的に殺してしまう形となる。あなたは心臓移植を拒んだ。手術のため無理やり麻酔を打とうとする医者たちを遠ざける必要があった。とっさにあなたは武器を手にした。一番近くにある武器よ。ええ。例えば、林檎の皮を剥くために使う凶器とか…」

僕「果物ナイフ…」

馬子「そう。ナイフを振り回して牽制する。でも次第に追い詰められてしまう。あなたは何処まで行っても袋小路だという事に気が付いてしまう。逃げられない。逃げられないのならば、自さつすればいい。自殺をすれば移植手術は中断だ。でも首を切って死ぬ方法は取れなかった。仮に一刺しでタヒなかった場合、ここは病院だ、直ぐに治療されてしまう。じゃあどうするか、あなたは手にした果物ナイフを刺し込んだ、コンセントに」

僕「コンセント、ですか?」

馬子「そう。あなたは感電死を選んだのよ。壁の火傷の跡、そしてあなたの右手が焼けた跡、それが証拠。包帯を解けば分かる。その右手には、心臓移植の後遺症ではなく、感電による火傷の跡が残っている筈。
あなたは幻覚を見る時、最後に髪の長い女性を刺しころしたと言っていたね?実際は女性を刺し殺した訳ではなかった、あなたはコンセントにナイフを刺し込んだの。電気ショックによって記憶の大半を失ってしまった。けれども、心臓移植を受ける事で秋野茜を殺してしまう、その罪悪感だけが強烈に残って、間違った幻覚を脳に植え付ける結果となってしまったのよ」
42 :emanon :2020/09/02(水) 10:41:47.25 ID:+qXnnrD90
先生「……。一体、何を言い出すんですか、君は?」

馬子「本当は心臓移植なんてしてない。そうでしょう? 心臓の病気を患う少年、症状が悪化し移植が必要になる。偶然にも隣のベッドの女性が適合者。心臓移植は成功し、ハッピーエンド。…そんな偶然なんて、この世にはないのよ」

先生「…何が言いたいんですか?」

馬子「秋野茜の精神状態は不安定で、薬物乱用の恐れがあった。危険な薬物を飲んだ場合、それを吐き出させるための薬がある。イペカック、催吐剤(さいとざい)。延髄(えんずい)の嘔吐中枢(おうとちゅうすう)を刺激することにより催吐作用を発揮する薬。しかし、この薬は誤用すると危険だ。筋肉損傷を招き、缶コーヒーすら簡単に開けられなくなる。そして、ついには心不全を引き起こす。
…田口先生、秋野茜に与える筈の薬を、誤って彼に与えてしまったのでは?」

先生「なるほど、病院側のミスによって、心臓移植が必要になったとでも言うつもりですか?馬鹿馬鹿しい。そもそもイペカックは一度誤って服用したからといって、心臓疾患にまで及ぶような危険な薬ではないですよ」

馬子「ええ。でも元々心臓の弱かった彼の病気を進める形となってしまった。…薬の投与だけで済む筈だったが、ここに来て手術の必要性がでてきてしまう、が、移植に至るまでではない。だが容易に心臓の手術は行えない。理由が必要だ。まさか病院側のミスで手術させて下さい、なんて、口が裂けても言えない。そんな失態が広まれば病院の評判はガタ落ちだ。どうしようか。どうしようか。ああ、そうだ、彼の隣のベッドにいる秋野茜は、もう心身ともにボロボロで回復する見込みがない。秋野茜の心臓を彼に移植する事を理由に手術を行えば、このミスを誤魔化す事ができる。どのみち秋野茜の寿命は長くはない。もって二ヶ月といったところだろう。死期が多少早まったところで問題はない。彼女を早めに脳死状態にさせれば問題は解決する、どの道 すぐに死ぬ人間だから。あなたは秋野茜を、薬で脳死状態にさせ、ころした」
43 :emanon :2020/09/02(水) 10:43:48.88 ID:+qXnnrD90
先生「ははは、ははは。愉快な推理ですね。…だが証拠がないぞ」

馬子「…証拠なんてないわ、別に。ただの想像に過ぎない。この殺人事件にこれ以上私が口を挟む事はない。彼はただ、幻覚の少女の正体を知りたがっていただけだから」

先生「…仮に、心臓移植がされなかった、心臓移植が作られた嘘で、まだ自分自身の心臓で生き続けているのが真実だとするならば。君はなぜ彼に真実を伝えない?」

馬子「ええ。そうね。伝えないわ。彼はこれから、自分が二人分の命を抱えていると思って、その重みを背負って生きていく事になるでしょうね。でも、たとえそれが嘘であっても、生きる理由になるなら吐くべき嘘だわ」

先生「それが君の嘘か」

馬子「人は皆嘘をつく」
44 :emanon :2020/09/02(水) 10:45:22.05 ID:+qXnnrD90
〜病院・屋上〜


馬子「屋上にいたのね、探したわ」

僕「…僕はたぶん秋野茜という人間を、思い出せないです。忘れたままで一生を過ごして生きます。そんな自分が情けなくて仕方ないです」

馬子「人なんて死んだらいずれ忘れ去られるわ。死人を想うなんて馬鹿よ」

僕「…秋野茜、さんは、本当に、僕に、自分の心臓を移植する事を同意してくれたんでしょうか?僕は自分が、他人から命を譲り受けてまで生きて良いような、そんな価値のある人間だとは思えません」

馬子「秋野茜は、恐らくあなたに自分の人生を託したんだと思うわ。託してもいい人だって思ったから、心臓移植を受けたんじゃないかしら」

僕「…そうでしょうか」
45 :emanon :2020/09/02(水) 10:46:09.30 ID:+qXnnrD90
馬子「昨夜、あなたと別れた後、秋野ちゃんの家に行ったわ。話を全て聞いてきた」

僕「じゃあ、全て知っていたんですね」

馬子「ええ…。彼女の姉とあなたの話を聞いたわ。それと彼女の姉の遺留品を見てきた。偶然目に付いた、このスケッチブックにはあなたの絵がたくさん描かれている…。これも、これも、これも、あなたが描かれている。生前に秋野茜が描いたものよ。それだけ彼女はあなたを想っていたんじゃないかしら」
46 :emanon :2020/09/02(水) 10:46:44.04 ID:+qXnnrD90
僕「…、誰かが、僕という人間を、見てくれることなんて、あるん、ですかね」

馬子「ええ。あるのよ。人生きっと、悪い事ばかりじゃないわ」
47 :emanon :2020/09/02(水) 10:47:16.82 ID:+qXnnrD90
僕「………。いつの段階から幻覚の正体が、秋野のお姉さんだと分かったんですか?」

馬子「秋野ちゃんに、髪を伸ばしたらと聞いて、返って来た答えが大人っぽい雰囲気は似合わないって言った時よ。自分と比較する身近な存在がいるんじゃないかと思って、少し調べたわ」

僕「…そうですか」

馬子「ええ」
48 :emanon :2020/09/02(水) 10:48:12.88 ID:+qXnnrD90
僕「一つだけ疑問に残っている事があります。幻覚の茜さんが夢で出てきた時、雪が降っていました。彼女と会ったのは冬の季節ではなかったんですが…、あれは、…あの雪には理由があるんですか?」

馬子「偶然雪が降る筈がないわ、偶然なんかないのよ」

僕「…何ですか、それ。枕ですか?」

馬子「屋上で昼寝でもしようかと思って、偶然、持って来ていたの」

僕「偶然なんかない…」

馬子「そう。…あなたは、心臓移植を受けたくないと果物ナイフを手に取り、病室で暴れまわった。その時ナイフが枕を切り裂く。中に詰まった羽毛が舞い散る。まるで冬の夜にしんしんと降る雪みたいに…、ほら、こんな感じで」

僕「…綺麗ですね」

馬子「ええ」
49 :emanon :2020/09/02(水) 10:49:09.70 ID:+qXnnrD90
僕「…馬子さんは、どうしてマスクを被るんですか?」

馬子「…ママが40歳で死んだの、ハンチントン病よ。ママが死んだ時、すごく悲しかったわ。何日も泣いた、何週間も泣いた。それで気が付いたの。ママという存在を知らなければ、こんなに悲しむことはなかったんじゃないかって」

僕「そんなこと…」

馬子「だから私は仮面を被るの。誰も私を知らなければ、私が死んでも誰も悲しまない。誰も傷付かないって。透明人間が死んだって誰も悲しまないでしょう?」

僕「だからって、誰も馬子さんの事を知らないのは、なんだか、悲し過ぎますよ」
50 :emanon :2020/09/02(水) 10:50:06.01 ID:+qXnnrD90
馬子「ハンチントン病は遺伝する。私も、ママと同じように、20代後半で身体が上手く動かなくなって、その内、歩く事もできなくなって、自分でご飯も食べられなくなって、当たり前にできている事が少しずつ出来なくなって、やがて無様に死んで行く…」

僕「分かんないですよ、そんなの。もしかしたら、奇跡的に遺伝しないかもしれないじゃないですか。分かりませんよ、えぇ。奇跡はきっと、起きます。僕が保証します」

馬子「ロマンチストね」

僕「…あっ」

馬子「どう?」

僕「馬子さん、とても、綺麗、ですよ。でも脱いでしまうんですか?みんなを悲しませないためのマスクじゃないんですか?」

馬子「…。あなただけは悲しませたいの」
51 :emanon :2020/09/02(水) 10:53:33.64 ID:+qXnnrD90
『おまけ』

馬子「錆び付いた車輪 悲鳴を上げ 僕等の体を運んでいく 明け方の駅へと♪」

僕「…楽しそうですね」

馬子「ペダルを漕ぐ僕の背中 寄りかかる君から伝わるもの 確かな温もり♪」

僕「…同時に言葉を失くした 坂を上りきった時♪」

馬子「迎えてくれた朝焼けーが あまりに綺麗過ぎて♪」

僕&馬子「笑っただろう あの時 僕の後ろ側で 振り返る事が出来なかった 僕は泣いていたから♪」

藤原さん結婚おめでとうございます。
52 :emanon :2020/09/02(水) 10:55:51.38 ID:+qXnnrD90
以上です。
ありがとうございました。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/02(水) 16:26:32.19 ID:bIMMj71C0
乙乙
良かったよ
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