【艦これ】流れ者と艦娘

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133 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:47:08.07 ID:zXGOrjCk0
戦闘を再開すべく立ち上がる霰だが、遅滞なくトンブリも立ち上がっていた

だがその姿はまるで幽鬼か亡霊の如く、浜辺でであった時から見せていた明るくハキハキとした様子は微塵も感じられない



トンブリ「霰―――ちゃん......これから――攻撃、するんだよ、ね?―――だったら」

霰「いらない、そこで待ってて」

トンブリ「は?」



思わず威圧的とも間が抜けているとも取れる声が出てしまった

戦場でも普段と変わらずゆったりと喋るはずの霰から出た言葉は相手を遮ってまで出た歯切れの良い拒否

だがこの判断は別に嫌がらせでも過小評価でもない



トンブリ「なっ――何で!?」

霰「怒って強くなるのはお伽噺の中だけ......ここで欲しいのは冷静な判断なの―――」

トンブリ「!!」

霰「それが出来ないなら......間違って皆に迷惑をかける人はいらない」

トンブリ「!!――――――」



手助けのはずが逆に迷惑をかけるという誰しもがする経験、当然トンブリにも身に覚えがある

一言も返せない、正に正論だ

確かに怒りは自らを高みに変える原動力にはなるが、戦場は自らを高めるのが目的の場ではない

純粋に命をやりとりする無慈悲な場だ

それでも何とか言葉を絞り出そうと顔を上げる

そこには相変わらず静かな霰の顔が見えた

初めて浜辺で見た時、村で宴会をやった時、装備の整備完了待ちをしていた時、そして戦場の最中である今

状況は違えど霰の表情は常に静かで穏やかなままだ

霰は自分自身の心構えをどんな言葉よりも雄弁に態度をもって示す



トンブリ(これが戦いに必要な心構えだというの!?)



思いを滾らせ砲弾に気を込める艦娘も多くいる、だがトンブリにとっては霰が唯一知る艦娘、すなわち全てなのだ

その艦娘から失格の烙印を押されて堪えないはずがない

あまりの悔しさから拳を握り締め歯を食いしばる、できる事なら叫びたかった

だがここは憎くて堪らない賊の眼前、あいつらの益になる行動などとれるはずもな―――



トンブリ(―――!?)
134 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:48:01.51 ID:zXGOrjCk0
不意に視界が遮られる、何事かと思う間もなく声が聞こえてきた



霰「いらないものを全て捨てて―――自分だけを水の上に浮かべて―――」



霰「―――大丈夫―――合わせて―――」



霰「何も無ければ静かになれる―――静かになれば水面は凪いでくる―――」



霰「息を吸って―――少し息を止めて―――倍の長さで吐いて―――落ち着いて―――」



霰「凪いだ水面は空を映す―――青空なら青空を―――星空なら星空を―――」



霰「全部を映せば海と空の境は消える―――上も空―――下も空―――」



霰「――そう――そういう感じ―――」



霰「今自分は空の中に居る―――空を飛べる者は自由―――何者にも縛られない―――」




如何にも呪い(まじない)めいた文言ではあった

だが不思議と逆らう気になれない、怒りに濁った感情が霰の言葉を聞く内に鎮まり澄んでいく

固めた拳や食いしばった歯もいつの間にか柔らかに解け、自分がいつの間にか正座している事に気付いた


トンブリの眼前にかざされていた霰の手が下げられる
135 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:49:02.67 ID:zXGOrjCk0
トンブリ「――――――」



不思議な気分だった


まるで程よい昼寝から目覚めたような―――或いは雲の往来でも眺めていたような―――そんなとても清々しい気分になっていた



霰「これはお父ちゃんから教わった瞑想方法―――」

霰「霰が艦娘として初めて戦場に行く前に教えてくれた事―――」

霰「霰はトンブリさんみたいに勇ましくなかった......泣き叫びたかった―――逃げだしたかった」



普通に考えれば当然の事だが、それでもトンブリは一端の戦士にしか見えぬ霰にそんな日があった事に驚く



トンブリ(霰ちゃんも―――なら私だって―――)

霰「―――それで......どうする?」



真っ直ぐに自身を覗き込む瞳に凪いだ目が映り込む



トンブリ「あいつらを殺します」

霰「そう」



霰は立ち上がる

トンブリも立ち上がる



霰「ついて来て」



今度は拒絶しない




月も星もよく見える澄んだ晴天なれど風はとても強く木々は喧しく騒めいている

まるでトンブリの心を映しているようだった
136 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:50:00.20 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――





霰には不安があった

発砲率というものがある

戦場という極限下においても人は殺人を忌避し、なるべくなら引き金を引かないようにするという

例えば負傷兵の手当、例えば資材の運搬、例えば塹壕堀や土嚢積

出来る限りの支援をしてなるべく人を撃たない理由を作ろうとする

ある資料によると第二次大戦の発砲率は何と15〜20%だったと言われている



霰(今の私よりずっと静かな目をしてたけど......それでも人は撃ちたくないものだよね)

霰(もし無理に撃たせたら、最悪心が壊れて引き金が引けないだけより戦えなくなるかもしれないし)



霰の心配はもっともだ

先に発砲率は20%弱程度と言ったが、ベトナム戦争では人間心理の研究などにより90%以上の発砲率を叩きだした――

が、その反面戦後も重大な精神障害―――すなわちPTSDを患う者を少なくない数で生み出したそうだ(帰還兵全体の1割程度とも3割に達するとも言われる)

だからなるべく負担にならずかつ効果的な作戦を考えていた



霰(でもそれってよく考えたら罪悪感なく人を[ピーーー]って事で―――って何を考えて......!)



まだ毒が抜けていない為か思考は散り散りだ

こんな状況で指揮をとれるか怪しい―――が、今を逃せば次の好機はいつになるか解らない

叩ける内に叩くのは基本......だが、果たして自分は叩ける状態にあるのか?



霰(本当に迷ってばかり―――うっとおしい......)



何度目か解らぬ強引な思考修正をした後トンブリに作戦を伝える
137 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:52:28.78 ID:zXGOrjCk0
霰「まずはこれに水を入れて」

トンブリ「え?これは......?」



トンブリの疑問も尤もだ、いきなり何だかよく解らないプラスチック輪とビニールシートを渡されたのだから



霰「これをこうやって組み上げて―――中にシートを敷けば......」

トンブリ「ドラム缶?」

霰「そ......折り畳みドラム缶なんだって」



流れ者はどうしても荷物に制限が生じる、そこでこのドラム缶はゼンマイや伸縮自在杖をヒントに設計され生み出された物だそうだ

最初の内は燃料を一時溜める為だけに使っていたが、大きな容器というのはかなり汎用性が高く他にも様々な事に使っている

今回の様に戦闘の補助道具として使う事も珍しくない

そしてその使い方も様々だ――――今回の場合は......
138 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:53:40.90 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




霰(近くに川があって良かった......)



ドラム缶に半分程水を満たし廃屋に程近い物陰に運んだ

半分とはいえ重さは100kg以上はあるだろう、だから運ぶのは随分難儀した



トンブリ「ヒソヒソ(それじゃあ私はいったんあっちで隠れてるね)」

霰[コクリ]



霰より小柄なはずのトンブリだが特に疲労の色を出す事なく運びきった

艦船時代の馬力は『海防艦級』ではあったがこのパワーは超弩級艦には全く及ばないがそれでも戦艦の名に恥じない中々のモノだった

どうやら艦娘の膂力というものは艦船時代の馬力とはあまり関係はないようだ

(現に大和型より翔鶴型の方が馬力は大きい、しかし艦娘だと明らかに大和型の方が膂力は上)



兎にも角にも霰はその力に感心しつつ作戦を実行する

霰(まずは見張りを倒さないと......)



霰はいつものように体勢を低くして走り廃屋に近づいた、そして間を置かず跳び上がりひさしに手を掛け屋根に上がる



霰「――――――」



ここからが重要なところだ

霰は回線を開き無線の収音部分を軽くなでる



[カッカッカッ]


無線の向こうから爪で収音部を軽く突く音が三つ聞こえた



作戦実行可能の符丁だ
139 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:54:59.13 ID:zXGOrjCk0
霰は静かに先端に輪を作った導線を落とす

この導線は有線魚雷の線だ。使い方が使い方なので非常に頑丈、当然人一人程度なら楽々吊り上げられる



「――!?」



見張りの首に輪が掛かかる、同時に霰はひさしから飛び降りた

如何に霰が軽いとはいえ2階の高さからの釣瓶落とし、吊り上げる導線の勢いは強く易々と見張りの首を締め上げる

まるで仕事人の様だ


だが一撃で即死に持っていけるとは限らないし、その間に暴れられたら敵を集めてしまうだろう

だから



[ドシュッ]



一突き



文字通り浮足立って首ばかりに気が行っている相手への急所突きなど霰にとっては造作もない事だ


一連の動きを無音で出来る訳はないが、強風による木々の騒めきにより目立つ事なく事を終えた

だが―――



霰(この見張り......反応が鈍かった・・・?)



始末した見張りを目立たない場所に置きながら霰は違和感に疑問を抱く

だが毒の影響による余計な思考だろうと考えそれ以上の詮索を止める

見張りは後一人、反対側にもいるのだから―――細かい事は後回し、兵は拙速を尊ぶものだ
140 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 21:56:40.18 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




今、霰が二人目の見張りを倒した

動きに全く迷いがない



トンブリ(私もあんな風に落ち着いて人を殺―――)



[ドクン]



これからするべき事を意識した瞬間心臓が跳ね上がり手には汗が滲み出てくる

本能的な忌避? 身内を殺された恨み? 未知の行動への不安? それとも賊を許せぬ義憤? あるいはそれら全て?



[ズズッ]


感情の濁流が生じ始めた瞬間、無線から何かを擦る音が聞こえた



トンブリ(!!―――いけない、いけない......空に浮かぶように落ち着いて・・・)



行動開始の合図だ、霰を真似て体勢を低くして用意したドラム缶に駆け寄っていく―――が、その動きはお世辞にも良いとは言えない

無理もない、艦艇時代のトンブリは最大速力ですら僅か15.5ノット。扶桑ですら22.93ノット。鈍重もいいところだ

無理に真似ないで良いとは言われていたがそれでも真似してみた。参考にするべきものはするべきだろう―――が、その真似もろくにできていない

それでも何とかドラム缶を事前の作戦通りの位置まで運び屋根に登ろうとするが、どう見ても身軽に屋根に上がれそうにない

艦船時代は安定性が低く戦いの果てに横転したという
(但し敵軍上陸阻止という作戦は成功させているので本懐は遂げられた)

この辺りの特性が彼女の運動神経に影響しているのだろうか?

霰はその様子を見て手を差し伸べ一気に引き上げる、そのお陰でよろけながらもトンブリは屋根の上に立つことができた

だがそんな些細な過程はどうでもいい

これからトンブリは人生の大きな分岐点に立つことになるのだから



霰「―――」



無言で手渡された物

それは火縄だ

勿論、火も着いている

これからやることは―――

―――言うまでもないだろう
141 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:00:24.60 ID:zXGOrjCk0





――――――・・・・・・――――――




日本と同じく茅葺なのだろうか? 何かの植物で葺かれた屋根の上に二人は立っている

トンブリの手には火の着いた火縄、足元の屋根には油が撒かれている。その油自体もすでに高温なのかよく見れば湯気か煙のようなものが立っている

霰は何一つ表情を変えずにトンブリの行動を待っている


遂にこの瞬間が来た

泰平の世であれば一生経験する必要のない行為であり、古今東西最大の禁忌―――



―――殺人



トンブリ(今なら引き返せる―――霰ちゃんに任せられる―――)



覚悟はしていた、だがそれでも



トンブリ(任せていい?......私は艦娘、戦う運命を定められた存在―――そうでなくても復讐を誓ったんだ)



呼吸が浅く早くなり視界も狭まってゆく



トンブリ(うう・・・グ....っくうぅぅーー)



海に投げ出され死を見たあの日と同じ、あるいはそれ以上の精神重圧、たまらず目を強くつぶる

瞑目とは呼べないただの逃避でしかない行為



トンブリ(落ち着いて!心を鎮めるの!!)



だがそれでも彼女は瞑想のつもりか心の声を聴こうとしていた
142 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:02:35.42 ID:zXGOrjCk0
『屋根に火を着けた後は静かに移動し、自分は川側で陣取り霰ちゃんは逆側で陣取り待ち伏る。敵が出て来次第砲撃開始』

トンブリ「......え?」

『私は戦場経験どころか射撃訓練経験すらない、第一射は必死に狙わずに素早く撃って感触を確かめよう』



自分でも驚いた、精神はパニック寸前だと思っていた

だが心の深いところでは当り前に作戦を確認し戦闘の算段を立てていた



トンブリ「―――」



思わず笑ってしまった

既に自分の心は決まっていたんだった、何の為にあれ程の覚悟をしたというのだ

手を見る

火縄は相変わらず煙を燻らせ出番を待っている

膝を着く、火縄を油に近づける前に視界の端で霰の姿を見る

相変わらず静かな顔をしており、瞳を覗き込もうとすると僅かに頷いた様な気がした



トンブリ(作戦開始―――)



火縄を静かに置く

暫くすると最初は線香より儚げな光が蛍火程度の光量にまで大きくなる



霰「――」

トンブリ「――!!」



戦士と復讐者は背を向け自らの戦場へ駆け出して行った
143 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:04:03.96 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




霰(ずっと考え込むかと思ったけど)



いつまでも躊躇するようであれば霰が事を起こすつもりでいたが杞憂に終わった

静かに、しかし素早く屋根から降りる。霰は当初の作戦通りの位置で身を隠し動きが起こるまで待機する



霰(火の回りが思ったより遅い―――)



遅いといえばトンブリはちゃんと位置につけただろうか?

静かに動く事ばかりに気を取られ、もたついていないだろうか?

ちゃんと艤装武器は使えるだろうか?



霰(色々考えちゃってる―――これも毒のせい?......ううん、違う)



きっとこれは弟子を心配する師匠―――いや、妹弟子を心配する姉弟子といったところだろうと考える

あるいは生まれて間もない子供を心配する親だろうか?

自然と表情が緩く―――なりかけて表情を戻す

やはり毒の影響もまだまだあるようだ
144 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:07:35.53 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




トンブリは構え続け攻撃体勢を維持している

向けている武装は機関砲でも主砲である20.3cm砲でもなくただの機銃だ

無論艦船時代の砲と同等ではなくあくまで艦娘でも装備できるように縮小された物だ、故に機銃は極めて火力が低い

下手したら生身の人間ですら仕留めきれないレベルの豆鉄砲だ

だがこれは独断でこの銃を構えている訳ではない、霰のアドバイスに基づいている



トンブリ(射撃の腕は期待できない―――反動が一番小さくて尚且つ連射できる機銃が一番)

トンブリ(それでも反動は結構あるみたいだから引き金は引き続けるのではなく、弾く様に素早く一回一回分けて―――)



するべき事を繰り返し心の声で復唱する

彼女の集中状態は半生―――いや、今後の人生を含めても最上と言えるレベルまで研ぎ澄まされていた



そう『集中』しているのだ

霰なら絶対にやらないであろう状態だ



だからこそ気付かなかった―――戦場の異変に
145 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:09:38.88 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




霰(おかしい......どうして?どうしてなの?)



廃屋の屋根は明々と燃えており離れたここでも木が燃える音が聞こえる

だというのに



霰(なんで出てこないの!?)



賊が誰一人外へ出てこない

廃屋内でも間違えなく解るであろうレベルだ



霰「―――」[ダッ]



上体を低くする事すらせず廃屋に駆け寄る。言うまでもなく普通では考えられない行動だ

このまま放っておけば廃屋は焼け落ちるだろうし、そもそも燃え盛る炎に近づくこと自体真っ当ではない

それでも霰は駆け寄った、直感が叫んでいるのだ『近付け』と


戦場――いや試合や稽古に至るまで戦いというものは不測の事態が多々ある

だから格闘技やら武術では思考を挟むことなく反射――すなわち肉体の経験で動けるよう訓練する

素人が頭では理解していても不意の事態に対処できず棒立ちするのはこの辺りが出来ていないからだ


だから霰は肉体の反応という直感に従ったのだ

今まで何百―――いや、もしかしたら何千と救われた感覚に
146 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:11:19.89 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




霰(中はどうなって―――)

念の為砲を構えながら室内を確認する



「・・・来たか」



賊の一人がこちらに気付きゆっくり顔を上げる



「怪物―――お前の勝ちだ」

霰「......何で戦わないの?」

「逃げ道塞いでおいてよく言う」



そう逃げ道は塞がれている、あのドラム缶だ

計200kg以上あるが一つしかない開き戸の前に置かれているのだ。どかそうにも扉越しではそう簡単に倒せない

だがそれでも塞がれているのは戸口だけ、窓から逃げればいいだけの話だ



「窓は塞がてれなかった―――どうせ罠でもあるんだろ?」

霰「......」



確かに罠はないが伏兵はいる、だが正解を気にする風でもなく構わず続ける



「―――やはりあるんだな?」

「ここまで追い立てるお前だ、ここから逃げてもいずれは......」



賊の心は完全に砕け散っていた、例え霰が『もう追撃する気はない』という言葉を聞いたとしても・・・
147 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:12:26.21 ID:zXGOrjCk0
霰「投降しないの?」

「信用できるかよ」

霰「・・・」

「知っているんだよ......己の可愛さで保身に走る奴は何をやってもまた同じ事をする」

「お前らの村が滅びそうになったらまた裏切るだろうよ」

霰(そっか......この人――この人達が信用していないのは)

「そんな奴等を嫌という程見てきた、俺があいつらと違うとも思わないしお前らも違うとも思えない」

霰「......そ」

霰(―――よく見れば結構な数が自決してるみたい)

「気付いたか?―――そうだよ俺は信用できないだけじゃない、戦う事も逃げる事も自分で覚悟する事も出来ないんだよ」

霰「ひと思いにやって欲しい?」

「勝者の権利を捨てるなよ―――余計にみじめになるだろうが」

霰「―――解った」



そう言って立ち去る霰



(艦娘―――か、深海棲艦と戦う存在・・・・・・深海の奴等に生活を壊され艦娘にとどめを刺されるとは豪華な事だな)



起こしていた上体を倒し寝転がる



(今度生まれ変わるなら―――いや生まれ変わりたくねぇな)

(この世に居ること自体地獄だな......神よ、居るならせめて永遠に眠らせてくれ―――これが最後のわがまま・・・だ)
148 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:13:44.40 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




不意に無線が入る

最初は反応できなかったが、数回かけてようやく呼び出しに気付く



霰『作戦変更―――今からそっちに行く』

トンブリ「あ、りょ、了解!」



初めての明確な音声による通信に戸惑いつつも指示通りに霰を待つ。程なく彼女は姿を現した



トンブリ「ごめんなさい、無線に気付かなくて......」

霰「それは後で.....ところでちゃんと主砲使えそう?」

トンブリ「20.3cm砲ですね?大丈夫です!」

霰「じゃあ、あの家に榴弾で砲撃して」

トンブリ「え?どうしてなの?」

霰「状況が変わった―――」

トンブリ「え...でも―――ううん、了解です」



霰の表情はいつも通り静かだった、だが言葉に表せぬ程の小さな差異を感じたトンブリは追及を止め指示に従うことにした

尤、その差異が何を示しているかは解らなかったが



トンブリ(砲弾生成はこんな感じかな?―――うん、上手くいったっぽいね)

トンブリ「主砲装填――完了・・・狙い、家の土台部分――良し」

霰「砲撃許可」

トンブリ「主砲全門斉射――っつ!!わぁあぁ!?」



霰の主砲とは比べ物にならない雷鳴の如き轟音が響き渡る

主砲は安定の為に腰部艤装に接続されているのだが駆逐艦級の小さな体では反動は殺しきれず尻餅をついてしまう


だがトンブリの失態などまるで気にも留めない、いや留まらない

何故なら
149 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:15:02.88 ID:zXGOrjCk0
霰(家が――破裂した!?)



そこまで離れた距離でなかった為かあれ程の無様な砲撃でありながら目標に見事着弾させた

榴弾なので当然炸裂するのだがその爆発が想像以上だった



霰「もしかして―――三式焼霰弾?」

トンブリ「えっと......名前は解んないけど赤い弾だったよ」

霰(何で海外艦が積んでいるのかは不思議だけど―――うん、多分合ってる)

霰「それ対空砲弾なんだけど......」

トンブリ「え!?そうなの?」

霰「―――でも作戦は成功したから別にいいの......それにしても」

トンブリ「な、何?」

霰「斉射一回で壊せるんだったら......作戦も何もいらなかったね」

トンブリ「あ」

霰「―――いいの別に......これは霰の失敗だから」

トンブリ「し、失敗だなんて」

霰「......ところでトンブリさん」

トンブリ「な、何ですか!?」

霰「加害状況......確認する?」

トンブリ「―――っ!!」

霰「別に無理強いはしない......艦娘の本来の相手は深海棲艦―――もう人を撃たないのなら乗り越える必要はない」



自分のやった結果を深く認識する事は仕事でも勉強でも重要だ

その認識により評価点と課題点を見つけ出し、改良改善そして改悪阻止をしていくものだ

だが次がないのであれば振り返り等必要ない、むしろ忘れたいなら絶対に振り返らないべきだ



霰「霰は見て回るよ......結果報告もしないといけないし」



そういって霰は倒壊炎上する廃屋に近づく

だがトンブリは動けなかった



トンブリ(私は―――どうすれば・・・・)






結局トンブリは最後まで動けなかった


150 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:17:32.59 ID:zXGOrjCk0




――――――・・・・・・――――――




襲撃から一夜明け再び日は登る

一昨日は曇っていた、昨日は晴れていた、そして今日は見事な快晴だ

だがトンブリの心は沈んだままだ

あの後、戻って来た霰と合流し川を下り村へ戻ったのだが、相当不安定な航行だったらしく霰が殆ど抱えるような恰好で曳航してきたそうだ


心へのダメージは相当深刻なようだ

間違いなく冷静に判断したつもりだった、だがその結果を直視できないままでいた

幸か不幸か村の人々は襲撃の影響からか、いつの間にか村に戻って来た彼女をそこまで気にしていなかった

『たまたま村の外に居て、襲撃が止むまでどこかに身を潜めていたのだろう』といった感じに


だが確かにその他大勢の村人からはそう思われても身内であればそうはいかないだろう

だがその身内は―――



トンブリ(本当にもう誰も居ないんだ―――私一人なんだ―――おじいちゃん......)



艦娘になった事、大切な人を失った事、そして人を殺した事

一度に色々起こり過ぎた

自分でも何をしたら良いか解らないし何をされたいかすら解らない

ただ閉め切った暗い部屋で一人蹲っていた



今は一先ずの平穏、任された仕事も少なく子供でもあるので数日は引きこもっても何も言われないだろう

何か大きな傷を負った時は肉体的負傷なら、急性は冷やし安静に、慢性は温めて無理ない範囲で動かす

心の傷も同様に今は静かに時が癒す事を待つのが賢明だろう


―――だが今の天下は揺れに揺れている、当たり前のようにそんな一時の静けさすら打ち壊す出来事が起きた

家に備え付けられた無線が緊急事態を知らせる



トンブリ「―――え?」



その内容は荒唐無稽と切って捨てても問題ないような―――



トンブリ「霰ちゃん『が』人質に取られた?.......何で?―――どうやって!?」
151 : ◆EHYyWn4ntM :2021/03/02(火) 22:21:34.85 ID:zXGOrjCk0
今回の更新はここまで
次回多分最終回・・・というか区切りです

全4〜5部構成を想定しており、ラストまでの展開もある程度決めていますが
どうなることやら
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/23(火) 02:10:14.07 ID:0gg2UcPE0
乙です、続き楽しみ
153 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/02(日) 23:17:19.15 ID:FWQvtE2F0
ようやく次投稿の目途が立った!
明日は仕事だからキツイがGW中には最終が投稿できそうです
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/05(水) 11:50:40.08 ID:CBcCQdJxo
まってます!
155 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:03:16.81 ID:XyLRh1O20
GW中って何だっけ?
どれもこれも代休がズレるのが悪い、だから自分にとっては今週がGW

では章の最後まで投稿をします
156 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:07:09.17 ID:XyLRh1O20
欠片も信じられない内容だが、蹲っている訳にはいかない

トンブリは現場へ向け駆けて行く



トンブリ「一体誰が......え?」

青年「早く霰の父親を連れてこい!話はそれからだ!!」

トンブリ(な......なんで青年さんが!?)



下手人は予想もしなかった存在、艤装の整備をしてくれた青年だった

だが同時に納得もいく



トンブリ(そっか......整備中は艤装を解除するもんね)



とは言うもののやはり異様な光景だ

昨夜、賊の一団相手に八面六臂の大活躍をした少女が一介の修理屋に動きを封じられているというのは―――
157 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:07:55.16 ID:XyLRh1O20
トンブリ「・・・あれ?」



そこまで思考が行きついてようやくこの事件が普通の人質事件でない事に気付く

霰は拘束などされていない、むしろ離れた位置に立っている



トンブリ(じゃあ人質にされているのは......?)

青年「そこから一歩でも近づいてみろ、コイツはドカンだ!」

トンブリ(霰ちゃんの艤装!)


艦娘にとっては艤装は半身―――というか艤装自体実は機械的側面だけでなく生物的側面も持っており自己修復能力や成長能力を持っている

どう見ても機械なのに生物というのは納得し難いかもしれないが、深海棲艦も半機械半生物だ

同じだとは言いたくないがそういう事なのだ

だからこれもある意味『霰が人質に捕られている』と言って問題はないだろう



トンブリ(それにしても何でこんな事を?―――それに霰ちゃんは......え?)



他の村人は気づいていない――いやもしかしたら少しは居るかもしれないが少なくとも行動を起こせないでいる



トンブリ(霰ちゃん、気を抜いている......?)



青年の鬼気迫る雰囲気とは逆に極端な事を言えば寝落ちでもしそうな程何の気迫も感じられない

これが意味する事はトンブリには解らなかった。だが何もしない訳にはいかない、トンブリはこっそりその場を立ち去り物陰に隠れる
158 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:08:43.21 ID:XyLRh1O20
トンブリ(確かこの位置.....あった!これを引き抜けば)

[ガチャンガチャンガチャン]



錨型のパーツを引き抜くと小さく纏まっていた艤装が展開されたちまち全身に力が漲り始める

艤装の格納・展開方法は昨日村の近くまで戻った際に教わった



トンブリ「正常展開......してるよね?えっと・・・装備は―――」



何となくそれっぽい使用前点検をするが経験も知識も殆どない彼女にとっては何が普通で何が異常かは解らない

だが多分大丈夫だろうという確信をもって現場に飛び出そうとするがハタと気付く



トンブリ(あれ?この後どうすれば霰ちゃんの艤装を助けられるの?)



昨日砲撃は経験したとはいえ射撃・砲撃にはまるで自信がない

そもそも昨日の出来事で落ち込んでいて気持ちの整理もついいていないのに凶行を働いているとはいえ顔馴染みの青年を撃てるだろうか?

パワーアシストをフル活用しようにもトンブリは戦艦扶桑未満の超鈍足だ、隙を突いて踏み込むのは難しいだろう

さらに言えば体術の心得もないので長所である戦艦由来のパワーを上手く扱えるとも思えない


そこまで気付いたなら霰であれば普通に出直すか作戦を冷静に考えるだろう

だが、トンブリは良くも悪くも若かった

目の前の不義を見て歯を食いしばり俯く事などできるはずもない



トンブリ「そこまでよ!武器を下して大人しく投降しなさい!!」



全砲門・全銃口を向けながら野次馬と霰達の間に割って入る
159 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:09:23.27 ID:XyLRh1O20



「「「「「」」」」」



ほんの一瞬の間、そして静寂

だれしもが予想だにしなかったもう一人の艦娘の登場

そしてそれがこの村にも馴染みのある顔である事

ついでに言えば声が裏返っている事

突然の出来事に大半が硬直してしまった



トンブリ「あ、あれ?」



予想だにしなかった反応に戸惑いトンブリまで動けない

折角の隙なのにこれでは「え」

―――隙を生かせるのは何も彼女だけではない
160 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:09:57.01 ID:XyLRh1O20





――――――・・・・・・――――――





完全にやってしまった

艤装の無い間の危険性を嘯いておきながらこの有様

毒の影響が残っていたのだろうか?

いや、これは完全に自分の油断―――人を安易に信用したツケだ



誰かが言った、人を疑るのはその人をより知ろうとしている証拠だと

自分がいるこの世は戦乱の最中。そして今この場は熾烈な命のやり取りがあった直後、人々の心は平静には程遠い

だというのに―――



霰「―――」[ガラン]



指示に従い山人刀を投げ捨てた、青年の手には爆雷が握られている



霰「......これでいい?」

青年「ああ―――あとは俺の要求を飲んでくれればこれ以上はしない」

霰「霰はお父ちゃんに恩を返しきれていない......勝手はできない」

青年「時間稼ぎか?――だが難しい話じゃないだろ?」

霰「お父ちゃんの願いは日本に戻る事―――この村に留まって用心棒なんてできない......」
161 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:10:43.81 ID:XyLRh1O20
霰は迷っていた

この村に留まるか否か―――ではなく
艤装を見捨てるか否か―――でもなく
父親と離れるか否か―――ですらない

少女が艦娘・海防戦艦トンブリになった事を伝えるべきか否かであった



霰(この場でその事をいえばきっと解決する―――でもその為にはトンブリさんが艦娘である事を認めないと......)



霰は非情な決断もドライな対応も平然とできる

だが人の心がないわけではない

霰は『一時の敵討ち』に手を貸したが戦士になるようには仕向けたつもりはなかった

だからこれ以上こちらから戦場へ連れ出すようなマネはしたくないのだ


無論、この判断は人心だけでなく単純に『力のある者に無理強いをした末に心を壊す』というとんでもない爆弾を作り出さない為の打算も無い訳ではないが

それ以上に同じ艦娘という種である同情という面の方が遥かに強かった



そんな葛藤をしていると騒ぎを聞いたり察したりした村人たちが集まりいつの間にか人だかりができる



「馬鹿な真似はやめろ」
「恩人になんてことを」
「一体何を考えているんだ」
「落ち着いて、とにかくその爆弾を外して」



そんな説得や青年をなじる声が次々と上がる

確かにそういう声が大半であるが......



「あいつの気持ちも解る」
「やり方は間違ってるけど霰さんの力は欲しい」
「何とか残ってくれないか」



そういった声も間違いなくあった
162 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:11:27.00 ID:XyLRh1O20
霰(私はどうするのがいい?)



目を伏せ静かに考える

迷ったら原点に立ち返る。それは何にでも通ずる基本だ

霰達は流れ者――言わば『渡世人』である

風来坊とも言い換えられるが、基本は博徒やごろつき・やくざ者を指す場合が多い

霰達は賭け事など全くしないので博徒という方には当てはまらないが―――

廃墟を暴いたり自分達に害成す者......場合によっては恩義ある者の代わりに事を成すなど日常茶飯事

どうあがいても堅気とは言えない、紛う事無き『渡世人』だ



霰(そう、簡単な事だった......そんなの解りきった事だったよね―――)



霰の心は決まっ「そこまでよ!武器を下して大人しく投降しなさい!!」



上擦るどころかひっくり返った声が聞こえた

地声からは大分かけ離れていたものの気配で誰だか解る



霰(トンブリさん―――はぁ......)



呆れて天を仰ぎ見「え」

思わず二度見する



霰「トンブリさん、航空攻撃はやり過ぎだと思うの......」

青年「!!」

トンブリ「へ?」



釣られて空を見――
163 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:12:03.54 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




青年「――っつ!」
一瞬釣られかけたが慌てて視線を戻―――いない!?いや違う!下―――爆雷を――って地面!?受け身!――え?倒れな――壁っ!ずうぅう!?何が...あれ?今倒れて――そうだっ爆雷......持ってない?―――ああ・・・顔が熱い?痛い?重い?

ああ......そうか、今解った・・・・俺、今、組み伏せ、られてんだ・・・......



164 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:12:47.52 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




トンブリ「え?あ?お・・・終わった―――の?」



認識はできているはずだが理解は追い付かない

霰ちゃんが不意に私が航空攻撃をしようとしているとか妙な事を言いだした

私はそんな事してないのに青年さんは驚いて思わず上を向いた

そこまではよく解った、でもその後がまるで解らない


霰ちゃんがおもむろに座り込こむ―――ように思った
でも実際は体勢を低くして滑り込むように青年さんに近づいていた

近付いたと気付いた時には既に青年さんの右頬と右腕をスーッと撫でている―――ように見えた
けど現実は青年さんの体は叩き潰された様に崩れた

その後も地面に叩きつけられた様に見えたが振り回されていたり、回転していたかと思えば逆方向に投げ飛ばされていたり、仰向けに倒されたかと思ったらいつの間にかうつ伏せになったりと不可解の連続だった

しかしそれらの動きが決して速くないのだ、なのに状況を正確に理解できない

一つの動きを理解しようとしても動きに切れ目がないのが原因だろうか?

澱みなく流れる動きは気付けば別の意味を持つ動きになっているのだ



だが何より一番驚くところは流れる動きでもなく、艤装を持たぬ小娘が成人男性を投げ飛ばした事でもなく、それ程の事をしているにも拘らず一切の危険性を覚えなかった点だ

例えば勢いを持ったボールが飛んで来たら危機感を覚えるだろう

だが飛んできた物がそこそこの速さで大きさも身の丈程あるがそれが風船であったならどうだろう。実際の重さがどうであれ大半の人間は危機感など微塵も湧かないのではないだろうか?

先の霰はまるでその風船のようだった

怒りも気合も熱意もない茫洋とした雰囲気でありながらもあっという間に青年を飲み込み振り回し組み伏せる



トンブリ「す......凄い」



トンブリの脳裏に昨晩投げかけられた霰の言葉が蘇る



霰『怒って強くなるのはお伽噺の中だけ......ここで欲しいのは冷静な判断なの―――』

霰『それが出来ないなら......間違って皆に迷惑をかける人はいらない』



今、真の意味で理解した

あれこそが戦場で必要な心構えであり動きなのだと

165 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:13:58.54 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




青年の作戦は間違っていなかった

艤装や武器さえ捨てさせれば最も怖い遠距離の攻撃手段はなくなる

格闘能力も恐ろしいが近づけなければ意味がない

だから武器を落とせば安全だと確信していた


だが一点だけ見落としていた

霰への戦力分析に不備?

違う

もっと根本的な事―――



―――自分自身の能力





戦闘に必要な事は何も装備の優秀さやフィジカル全般だけでない

頭脳やら技術も非常に重要だ


霰は外見こそ童女であるが艦娘となってからの熾烈な日々のお陰で比喩抜きの百戦錬磨

当然その辺りの定石から裏技、果ては技とも言いたくない様な狡い行為まで熟知している

素人が偶然を期待して戦うにはあまりにも荷が重すぎる相手だった

166 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:14:36.23 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




技の名前はなんだっただろうか?

確か『ハーフハッチ』だった?いやそれとも『脇固め』?

まあ多分適当にやったからそれらのよく解らない混ぜこぜ技なのだろう

ともかく父親から教わった組討術を持って青年を組み伏せた



――――おおっ!



一瞬の間を置き野次馬から声が漏れる

そして



「すげぇ......」
「流石!!」
「え?あ?お・・・終わった―――の?」
「やっぱり艦娘さんは違うわ!」
「何?何が起きたの??」
「やっぱりこうなるんだ...」



歓声や戸惑い、感心の声が辺りを包む

艦娘と解っていても小柄な少女が大の大人を組み伏せる様は凄まじい絵面ゆえ当然の反応だろう



霰「ありがと...少女ちゃ―――」

トンブリ「ううん、私はトンブリだよ」

霰「―――そう......ありがと、トンブリさん」

青年「か、艦娘......?少女ちゃんが・・・?」

父「おいおい、霰・・・予定と違う事しちゃ困るんだが―――ねぇ?」

霰「.......[こくり]―――ごめんなさい・・・つい.....」

トンブリ「え?」

青年「な、何を......」



遅れて現れて意味不明な事を言いだす父親、そしてそれに直ぐに同調する霰

事態を飲み込めていない青年にトンブリだったが―――



霰「―――(あわせて)」

青年・トンブリ「「!」」



普段通りとても静かな口調で囁く霰

だがその言葉の影には殺気や威圧とはまた違った有無を言わせぬ気配が満ち満ちており、二人は唯々諾々と応じてしまうのだった

167 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:15:31.40 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




父「あー.....皆さん、ホント申し訳ない、ちょっと手違いがありました」

霰「―――[ペコリ]」

父「本当は少女ちゃん・・・改め海防戦艦トンブリの実演を兼ねたお披露目といきたかったのですが―――霰が見どころを全部持って行ってしまいました」

霰「だって演武なんてやった事ないから......」

父「言い訳がましいぞ」

霰「......ごめんなさい」

父「よろしい―――では改めてトンブリちゃん、こっちに」



突然始まったお披露目とやらだがどう見ても無計画に始まった茶番にしか見えない―――

―――実際、掛け値なしのアドリブなのだが


しかし父親も霰も『元々計画されていました』と言わんばかりに堂々と続けている

一身の都合上、芝居がかった口上もこなせるとは言え一介の渡世人にすぎない二人

役者でもないのでセリフに澱みこそないが明らかに不自然な点が散見される


聞き手の村人たちも学こそ不十分ではあるが馬鹿ではない、この程度で『人質騒ぎが実はただの仕込みで狂言事案でした』などと信じる者はそうは居ないだろう



青年(何で......何でこんな『茶番(お披露目)』をす―――え?)



確かに一呼吸前までは組み伏せられていたはずだった―――が、今は何故か立たされている

ご存知の通り柔は主に立った相手を合理的に寝かせる武術

そして実は倒す原理を理解していればその逆も容易にできる

即ち裏技

逆(関節技)を取って青年を立つように力の方向を誘導したのだ



霰「―――青年さんも謝って......こんな『茶番(人質騒動)』を起こしたんだから」

青年「え、いきなり[ペキッ]〜〜〜〜っ!?」

霰「いいから早く」

父「おいおい.....そんなに強く頭を引っ叩くなよ」

霰「あ......ごめんなさい......」

父「父さんに言うなよ、青年さんに言いなさい」


ドッ



何とも滑稽なやり取りに一瞬にして笑いに包まれる場

だが、青年だけは違った
168 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:17:22.53 ID:XyLRh1O20
青年(ゆぅ、ゆ、びぃ・・・.....―――指、を、折りや、がっ.....た!!)



傍目から見れば痛がっている原因は霰が結構な勢いで後頭部を引っ叩い事によるものに見えただろう

だが実際には後頭部の衝撃はさほどでもなく、密かに圧し折られた薬指の痛みが主な原因

青年を立たせたときに捕った逆を今回は破壊という形で使ったのだ

だが一本折って『はい終わり』などとする程霰は甘くない、もう既に他の指を捕っている―――しかも今度は親指―――



霰「青年さん......ごめんなさい―――『もう、ぶたないから』......」

青年「!!」



覗き込んできたどこまでも凪いだ目は指を折られ俄かに湧きたった反抗心や怒りを飲み込みあっという間に鎮める

冷静さを取り戻させられた心、そして親指からは心へも響く警告―――



青年「わ、解ったからもう離れてくれないか?」

霰「―――」

青年「ほ、ほら離れないとこのお披露目を続けられないから.....」

霰「.....ん、解った」



そう言うと霰はあっさり逆を外し離れ―――



霰「あ、そうだ」

青年「!?」



再び急に引き戻される



霰「トンブリさんの主砲は20.3cm砲―――霰の主砲より遥かに強力だって事をしっかり伝えて―――」

青年「わ、解ったよ」

霰「じゃ、お願い......」



そう言うと今度こそ青年から離れた



青年(そんなに念入りに脅しをいれないでももう逆らわないよ.....)



村人たちは誰も気付かなかっただろう

だが先程青年が再び引き戻された際に霰はきっちり脅しを掛けていた

傍から見れば腕を引っ張っただけにしか見えなかっただろうが、実はあの時また先程極めた親指を再び逆で捕り極めたのだ



『今度は油断(信用)しない』



そんな言葉が聞こえたような気がした

169 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:18:43.88 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




お披露目は存外順調に進み、無事トンブリは受け入れられた

艦娘のすばらしさは霰が証明済みであるので当然といえば当然なのだが



そしてお披露目の『裏』目的もしっかり伝わったようだ



一つは青年の暴走を水に流すという事



一応の被害者である霰が特に『何のお咎めもなく』開放したので村人はそれに倣い青年はこれ以上の追及はしない事にした

それに『昨晩の襲撃で』薬指を怪我した様子なので手先の仕事に就く青年を追及する気が憚られるという側面もあった



そしてもう一つは――――







この村を去るという意思表示だ





170 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:19:45.84 ID:XyLRh1O20
先のお披露目でこれでもかとトンブリの優秀さを主張した

20.3cm砲の威力、艦船時代の活躍、昨夜の襲撃での働き―――

『霰は所詮駆逐艦、もう戦艦が居るんだから貧弱な駆逐艦娘に頼らずとも大丈夫でしょ?』

そう理解してもらうため



無論、艦娘の戦闘能力は艦種や装備品だけでない

基礎身体能力、砲雷撃精度、立ち回り、場慣れといった練度も重要

ましてや村の防衛という艦船記憶がまるで使えない任務であれば尚更だ



しかしだからと言ってご丁寧に一人前になるまで鍛えていては時間が掛かり過ぎるしそこまでする義理はない

何しろ恩人を裏切って服従させようとする輩がいるのだから




父「村長―――いや、名代にも挨拶はしてきた」

霰「ん......じゃあ後は......」



二人は誰に向かうでもなく手を合わせ冥福を願う

今回の戦場では村人も襲撃者も少なくない数が散っていった

その静かに弔う様は快晴の空も相まって実に絵になる

だが二人の表情や纏う雰囲気はあの2体の深海棲艦に手を合わせた時とさしてかわらない



暫くの瞑目を終え顔を上げると遠くに見覚えのある少女の姿が見える



トンブリ「ま、待って!」

霰「......」



駆け寄るトンブリ

軽快とは言えない脚で無理に飛ばしてきたせいか息も絶え絶えだ



トンブリ「霰ちゃ――ん、ごめんね―――こん、な形でさよならなん――て」

霰「いいの別に......これが普通......」



足を止め振り返る霰、相変わらず読めぬ表情ではあるがトンブリは何となく理解していた

だから無遠慮に質問を投げかける



トンブリ「最後に教えて......どうやったら霰ちゃんみたいに強く―――ううん、一体どうすればあんなに落ち着けるの?私には何が足りないの!?」

霰「......余裕」

トンブリ「え?」




砲撃音





トンブリの意識が暗転した
171 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:21:02.63 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




一体どれほど気絶していたのか―――数秒?数分?数時間?

トンブリは気絶から回復し目を開け―――



トンブリ「―――ッ!?」



瞬間、陽の光が入り目が眩む



トンブリ「〜〜〜〜っ!」



落ち着きを取り戻す



トンブリ「そうだ、霰ちゃんっ!!」



慌てて顔を上げ―――眩みをかわしつつ太陽を見る



トンブリ(っ!!―――太陽の高さはそんなに動いてない、ならまだそんなに遠くへ行っていないはず―――けど)



運が良ければ追い付けるかもしれない......が、もうどこへ行ったか解らない以上この乱世では今から追いかけるなどあまりに危険な賭け

戻ってくる事を期待しようにも霰達は日本に戻る為に旅をしている

例え世が平和となりちゃんと日本に戻れたとしてもあの二人がやってきた事を考えれば――――

―――今生の別れと言って差し支えないだろう







トンブリ「そんな......霰ちゃん......どうしてなの?」



付き合いなど3日程度であるが友人だと思っていた――――なのに結果はこれだ

普段から明るく振舞うトンブリも流石にこれは堪え......



[コツ]

トンブリ「?」



何かが指先に触れ―――
172 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:22:39.06 ID:XyLRh1O20
トンブリ「え?――っ!!」



振り向くと同時に思わず仰け反る

ホラー映画にでも出て来そうな血錆びの浮かぶ大きな刃物が目に飛び込んできた



トンブリ「......ってこれ霰ちゃんのサンジントーじゃない!」



よくよく見ればその山人刀はトンブリが倒れていた脇―――しかも頭のすぐ横に突き立てられていた

これは気絶の回復の仕方によっては目を覚ましたと同時に刃が目に入る様な位置だ



トンブリ「あ、霰ちゃん......寝起きドッキリでもするつもりだったの!?.......趣味悪!」



そう悪態はついたもののどうにも腑に落ちない

霰がわざわざ先の戦闘の主要武器と言えるほど使っていた山人刀をしょうもないドッキリの為に手放すだろうか?



トンブリ「違う......霰ちゃんはそんな娘じゃない、気取らないで直接的な事をするはず」



霰は前世は戦闘艦艇、現在は生まれてこのかた旅続き

とても冗談や謎掛けを好む様な生き方をしてきてはいない

だったらこれはもっと直接的かつ簡潔な見たままの意味――――



トンブリ「―――脅しだ」
173 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:24:49.60 ID:XyLRh1O20
『本来なら貴女は死んでいた』

そういう事だろう



焦って余裕がなかったトンブリは視野狭窄に陥り霰の行動に対応できずに倒れ伏した

質問に対する簡潔かつなにより雄弁な実演回答・・・実に霰らしい



思い返せば別れ際、霰に質問した時

人質騒動で飛び込んだ時

復讐を決意し最初に申し出た時

いずれも余裕の欠片もなく結果はいずれもロクなものではなかった



トンブリ「大事なのは余裕―――そうかも」



一人合点だろうか?

だとしてもそれが何の問題だというのか

武でもスポーツでも仕事でもたった一言がブレイクスルーになる事など往々にしてあり

その一言が単なる勘違いから生まれたという件も度々聞く

切っ掛けが真実であれ勘違いであれトンブリは今まさに大きな成長を始めている



トンブリ「私は海防戦艦トンブリ、今度も守り抜いてみせる!」



一人の戦士が名も無き村はずれで産声を上げた


174 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:25:21.64 ID:XyLRh1O20
新たな決意と精神を胸に抱いた彼女の目に気になるモノが映る



トンブリ(あれ?――――サンジントーの柄に何か書いて―――)





『使わなくなったら返してね―――霰より』





トンブリ「前言撤回!霰ちゃん、気取った事もするじゃないの!!」



天を仰ぎひとしきり叫びトンブリは駆け出す、村の外ではなく村の中へ



トンブリ(文句の一つでも言ってやろうかしら?ううん、それとも―――)



もう不安や焦燥といった負の感情は感じられない

空は澄み渡る快晴

どこまでも広く、見渡せる天気―――

―――だが、今日はいつもよりもっと広く見える気がした

175 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:25:57.47 ID:XyLRh1O20




――――――・・・・・・――――――




―――数日後




霰「トンブリさん......上手くやってるかなぁ」

父「心配か?」

霰「流石に......ね」

父「別にあの村に残って指導しても良かったんだぞ?」

霰「......霰は―――渡世人......流れ者だから―――」


父「―――そうか」



あの後村を後にした二人だったが、暫くしてトンブリから通信が入った

何やら色々言っていたのだが村の長距離無線をもってしてもいささか離れ過ぎたためか雑音が酷くろくに聞き取れはしなかった

だがこの言葉だけはしっかり耳に届いた




『ありがとう』




父「きっと大丈夫だよ―――」

霰「どうして......そう思うの?」

父「ただの勘だよ」

霰「......」

父「そんな顔するなよ.....そもそも悲観主義者だったら流れ者なんて出来ないっての」

霰「......そう―――だね」





二人の足取りは重くも軽くもない、ただただ普通に歩み続けている

出会いも別れもあったのに

あれ程の生も死も見てきたのにだ





今日の空は曇っている

闇夜が一足早く訪れたと思う程の分厚い曇り空だ

だがこの方が歩き易い

二人の流れ者は今日も歩み続ける






海防戦艦トンブリ編〜完〜
176 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:26:51.60 ID:XyLRh1O20
☆月〇日

五十鈴艦隊東南アジア■■国の要請を受け撃沈された輸送船より機密輸送品の捜索を開始



〇月◇日

■■■■国の■■■■■■海岸にて積み荷の大半を発見、目標となる機密輸送品は箱のみ発見、中身は持ち去られていた


同日

機密輸送品は艦娘用新型兵装であると■■国より一部情報開示、任務は奪還も含め続行



〇月□日

■■■■■■海岸近隣の村(地名不詳)にて村駐留の艦娘(自称青葉型ではあるが駆逐艦級と推測)と遭遇、一時緊張状態となるも自艦隊、相手艦共に発砲なく捜索協力に合意



〇月●日

☆月頃にこの村に立ち寄った艦娘(艦名不明)が見慣れぬ兵装を使っていたとの証言が駐留艦娘含む多数の村人から得られる。しかし足取りは完全に途絶えており消息不明




△月◆日

重要参考艦娘の足取りと艦名を掴むも対象艦が『霰』であったため旗艦・五十鈴を含む4名が動揺、代替艦隊を要求する






間宮(そして今日―――五十鈴艦隊鎮守府に到着、疲労状態も件の4名赤判定といったところね......)
177 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:27:51.36 ID:XyLRh1O20
艦娘間宮、かつての給糧艦間宮同様強力な無線通信設備を搭載している為料理人の傍ら通信士の補助も担当している

船舶時代の様に無線監査艦という仲間の監視ではないのでいくらか気は楽だが、それでも戦場の生声を聞くのはかなり堪える



間宮(五十鈴さんに衣笠さんのあんな声......そうそう聞けるものじゃないわ)



二人は今も昔も戦艦や正規空母でさえ頼る押しも押されもせぬこの鎮守府きっての精神的支柱、その二人があられもなく動揺したのだ。作戦の中止もやむを得まい

とはいえ......



間宮(艦娘は大破撤退も多い―――けど強固な安全装置のお陰で兵士や兵器としては驚異的な生還率を誇っている)

間宮(けどここは戦場、死が当たり前にある場所.......一体何年も前のたった一人の死を引きずっているのかしら―――)



ふと顔を上げる

よろけながらも姉妹艦の肩を借り歩く衣笠の姿が、そしてその近くには―――

伴侶である提督に抱きしめられ慰められる五十鈴の姿も見えた

その顔は普段の凛々しさからは想像もできない弱さと甘えが滲み出ている



間宮(―――――)
178 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:28:27.47 ID:XyLRh1O20
感情が曇る

愛する者同士であればなんら問題のない当然の行動。それでもこういう光景は何度見ても―――



間宮(ああそうだった)



先程は五十鈴達の過去に囚われる様に呆れたが自分だって過去に囚われているではないか

例え誰かに馬鹿にされてもあの過去は捨てられない



間宮(あなた達が過去を引きずるように、私もまた過去を引きずっているわ)

間宮(例え可能性が殆どなくても......積み重ねた何年が無駄になっても......私は追い続ける―――そして)



抱き合ったままの二人から目を逸らし通常業務に戻る

その表情は憂いを帯びるが目には力強さを感じさせる決意の炎を灯していた
179 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:29:00.54 ID:XyLRh1O20
ズドオン!!ズダアァアァン!!

ダダダッ!だだだだだっ!!!



引っ切り無しに続く爆発音に銃声

音は飛んでくるばかりで飛んでいきはしない



「......」

「......」



二つの影は息を潜めお互いを確認しながら鉄時雨が過ぎ去るのを待つ

日は既に半分ほど海の淵に沈み輝きを減じている



ズダァン!!ずだあぁん!ズダアアアァァァアアアン!!!

ダダダダダダダ!!バリバリバリバリバリ!!



辺りが暗くなるに従って鉄時雨―――いや嵐は激しくなっていく

だがこの嵐は夜を喜び激しくなっているというより、夜を恐れ明るいうちに何とかしようと焦る様に感じられる

現に着弾・爆発位置は大きくばらけてきている



「.......」



不意に片方の影が揺れ



「――」



片方の影が消え―――いや動いた



相変わらず鉄の嵐は激しいが遠目から見れば何の脅威でもないし、暗がりに浮かぶ閃光はちょっとした風情すら感じられる程だ

とはいえ、あの嵐の中にまだいる父親を思えばそんな事は考えていられない



辺りは暗くも天は青く輝き幻想的な世界を作り出す

半面海は暗く大きくうねり水平線はおろか数百m先すら満足に見渡せない

だが位置は解る、経験と新装備聴音機のお陰であっさり目標を捉えていた
180 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:30:02.41 ID:XyLRh1O20
ヌ級は焦っている

昼下がりに捉えた艦娘と人間が想像以上に粘り辺りが暗くなった今まで攻撃し続けているが全く手応えがない

完全に夜になっては自分では何もできなくなる

そうすればあれ程の手練れ、簡単に接近を許すこととなるだろう。そうなれば後は蹂躙され――――

いや待て落ち着け、自分は一人ではない、数は少ないが護衛がいる

夜戦で頼りになるリ級とチ級

艦載機の操作から意識を戻し辺りを見回す

頼れる二つの影は次なる出番に備え、もう一つの影など準備は十二分と言わんばかり、すでに交戦をしているようにすら見える



――――意味を理解したのが先か意識が途切れたのが先か、それを知る者は誰もいなかった





逢魔が時、暗く荒れた水面に立つ深海棲艦の元に魔が降りた


チ級、首を掻かれ多量の油を吹き出し沈黙。ヌ級、半身を魚雷に砕かれ航行不可

残るリ級は持ち前のフィジカルと艤装性能で奇襲を回避、平笠を被る小柄な影と相対する

手には魚雷発射装置とヌ級の破片を持ち油断なく構えている―――

が、纏う気はまるで無為に時間を潰す余人の如く、そして目はどこまで凪いで静かだ



「今は強いよ...霰」



言うが先か影が動くが先か、閃光と轟音が混ざり踊り爆ぜる

今日の流れる先にも安寧なし





旅は続く



181 : ◆EHYyWn4ntM [saga]:2021/05/24(月) 22:34:38.01 ID:XyLRh1O20
これにて『流れ者と艦娘』の第一部と幕間は終了です

ちょろっと書くだけの予定がまさかこんなにかかるとは・・・
コロナが終息して通常業務に戻ればもっと頻繁に更新できるのに・・・と、いう訳で

いずれまた
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/27(木) 12:57:19.17 ID:MCTakgom0
待ってたよ!殺伐としているのにどこか人情味のある、まさにブラウン管の世界で見た渡世人の話だった。次回作も楽しみにしてます!
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