歩夢「ポケットモンスター」

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63 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:46:34.74 ID:5dG4fBjuO
歩夢「あれ……?」

探し回ること、たぶん半時間。

「ザグ!」
「ビーパ」

草むらから飛び出して来るのは、ジグザグマやビッパといった可愛らしいポケモン。
メッソンが茶色いしっぽを見つけたと思ったら、きつねポケモン・クスネ……目的を考えるとハズレ。
勿論、木の周辺で屯する虫ポケモンや鳥ポケモンも目当てではない。

おかしいな。肝心のイーブイがどこにも見当たらない。
駆けまわっているうちに、イーブイたちの縄張りから外れてしまったのだろうか。

???「にひひ、またしても成功です。もう十分でしょう」

歩夢「!」

ふと、独り言のような声が耳に入る。

歩夢「あの、誰か居るんですか?」

口元に手をあて、少し大きめの声をあげる。

???「げっ、誰か居るんですか!?」

予想外の返事。やまびこ……なワケがない。
まるで、人が居ると都合が悪いような物言いだ。
64 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:47:12.24 ID:5dG4fBjuO
歩夢「あのー……」

声のした方へ、恐る恐る近づいて行く。

???「か、かすみんは何も知りません! 知りませんから!」

歩夢「ちょ、ちょっと──きゃぁっ!?」

逃げる“かすみん”と追う私。
だが、私の進行を遮るように、目の前へ何かが襲い掛かる。

「メソ!」
「ブッ!?」

飛び掛かって来た何かが吹き飛ばされる。
私を守ろうと、メッソンがみずでっぽうを撃ってくれたのだ。

歩夢「ありがとう、メッソン」
「メソ」

身体を起こして……私は、目を見開いた。

歩夢「イーブイ……!」

「イブッ!」

歩夢「っ! メッソン、はたく!」
「メッ!」

探していたポケモンの、睨むような目つき──何か様子がおかしい。
そう思った瞬間には、イーブイは再度こちらに向かって来ていた。
65 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:48:17.30 ID:5dG4fBjuO
【『しおかぜと あそぶまち』 リローシティ】
https://i.imgur.com/TvKpXgc.png

鞠莉『──無事に着いたようね。じゃあ、頼んだわよ』

梨子「はい、分かりました」

ピッ

梨子「はぁ……」

会長との通話を終え、大きな溜め息。
キラナホールでの開会式が終わった直後に人探しを頼んで来るとは、少々人使いが荒いのではないか。

あ、そうそう。
私は桜内梨子。オハラカンパニー会長・小原鞠莉の直属の部下……いわば秘書です。
知っての通りカンパニーは、ダイバオ地方におけるポケモンリーグ準備委員会も兼ねています。私はそこの副委員長でもあるんです。

梨子「彼女は違う……あの人でもない……」

カンパニー専用タブレットを片手に、2番道路からこの街へやって来るトレーナーたちの顔を1人1人見比べる。
タブレットの画面には、会長から「探し出してメッセージを伝えて欲しい」と頼まれたトレーナーのプロフィールが映っていた。

「リリーさん! こんにちは!」

梨子「こんにちは。ジム、頑張ってね」

「はい!」

副委員長としてメディア露出も多くなったお陰か、私に気付いて挨拶してくれるトレーナーもたまに居る。
一応、サングラスで軽い変装はしているんだけどなあ。
66 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:48:59.98 ID:5dG4fBjuO
ちなみに、リリーは私のあだ名。
この街に居るジムリーダーがつけたあだ名を会長が気に入って、そのまま私の公称のように扱われている。
フランクに接してくれる人が増えたのはいい事なんだけれど、公の場では“桜内梨子”として居たいので複雑な気分。

???「なーにしてるの?」

梨子「んんっ!?」

不意に掛けられた声に、思わず背筋が跳ね上がる。

梨子「なんだぁ、ことりちゃんだったの」

ことり「うん、アリーナチャレンジャーさんたちを見届けにね」

梨子「ああ……」

毎年恒例の“アレ”関係で来た、ということか。
フェスティバルがフェスティバルたる所以の1つとして“アレ”は毎年かなり凝っているし──そういえば。

梨子「曜ちゃんは元気にしてる?」

ことり「元気だよ。今年のは半分くらい、曜ちゃんが作ったんだ」

梨子「……そう。良かった」

親友の近況に、ほっと胸を撫でおろす。
任務が済んだら、時間を見つけて彼女のところに顔を出そう。
67 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:49:45.97 ID:5dG4fBjuO
ことり「梨子ちゃんは、会長さんから頼まれ事?」

梨子「まあ……そんなところね。何となく察してくれると助かるわ」

一応、人探しは“秘密の任務”なのだ。
私がここに来ていることも伏せてもらうよう、お願いはしておく。

ことり「そっか。じゃあ長話するのも悪いし、私はジムの方を見て来るね」

梨子「ええ。そっちは任せたわ」

ジムへ向かうことりを見送り、私は再度2番道路の方へと視線を向ける。

それにしても。小原会長が探させているトレーナー、一体何があるのだろう。
フェスティバル受付時のプロフィールに改めて目を通すが、どこかの財閥の御曹司だとかそういった何かがあるわけでもない。

梨子(伝言が何なのかも、私には教えてもらってないし……)

トレーナーに接触したら、そこからタブレット越しに会長がメッセージを伝えるのだそう。
そんなわけで。任務の詳細が不明瞭な以上、私には会長が何をしようとしているのかサッパリ分からない。

正直なところ。こんなことをしている場合じゃないとすら、私は思っている。
フェスティバルが開催される少し前から、カンパニー内でどこか妙な空気が漂っているというのに。
そして何より……いや、これは報道管制まで敷いた極秘事項だ。まだ口外出来ない。

梨子(今年のフェスティバル、何も起きないといいんだけど……)
68 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:50:16.31 ID:5dG4fBjuO
【2番道路】

歩夢「メッソン、はたいて!」
「メソ!」

「ブッ!」

でんこうせっかで突っ込んでくるイーブイを、はたくやみずでっぽうで迎え撃つ。
それらを躱し、突進が不発に終わったイーブイは再度こちらへ向かって来る。

行動パターンはとてつもなく単調だが、このイーブイは決して逃げることをしない。
明確な意思を持ってこちらを狙っているような……。

歩夢「……」

原因なら、検討がつく。
図鑑で見たそれと違って、いま私が相対しているイーブイの目は赤く染まっている。
本来イーブイの目はブラウンで、真ん丸とした可愛らしいもの。
“かすみん”なる人に何かをされた……多分、そう考えるのが一番自然。

歩夢(だったら……)

暴れるイーブイを抑え込むにしても、当初の目的である捕獲にしても。
ノーダメージのままでは、どうすることも出来ない。
このままイーブイを放っておく選択肢も、ない。
69 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:51:00.71 ID:5dG4fBjuO
歩夢「メッソン、隠れるよ!」
「メソ!」

何度技を撃っても、イーブイは直前で躱してしまう。
ならばメッソンには透明になってもらい、不意打ちを狙う。

「イブ……?」

怪訝そうな表情を浮かべるイーブイ。
戦っていた相手が突然姿を消したことに、驚きはしているらしい。

「ブィ!」

直後。小さな身体に似つかわしくない、吠えるような鳴き声をあげ、何度目かの突進。
メッソンの姿が見えない以上、ターゲットを私に絞ったようだ。

歩夢「お願い!」
「メッソ!」

「イブッ!?」

私に飛び掛かる直前。
虚空から勢いよく水が放たれ、ついにイーブイを捉える。
このチャンスを逃しはしない。すぐさま、次の指示を出す。

歩夢「メッソン、しめつける!」
「メ-ソ-……!」
70 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:52:42.34 ID:5dG4fBjuO
「ブ……゙ィ!」

身体をしめつけられたイーブイが地面に転がり、振りほどこうともがく。
メッソンが透明になっているお陰で、ちょっとシュールな光景。

歩夢「えっ?」

イーブイの目が、ブラウンに戻っている。
もしかして、今なら……!

私はポケットから空のモンスターボールを取り出し、イーブイへ軽く押し当てた。

「メソ……」

透明化を解除し、メッソンもイーブイが入ったボールを見守る。

フォン、フォン、フォン……
フォン、フォン、フォン……

……カチッ。揺れるボールが、止まった。

歩夢「やった!」
「メソ!」

ボールを拾い上げる私と、肩に飛び乗るメッソン。
当初の想定からはかなり違う形にはなったが、初ゲットの余韻に浸るように、ボールをじっと眺める。
あ。中に入っているポケモン、よく見たらちょっと透けて見えるんだ。

歩夢「よし……行こっか、リローシティ」
「メソ!」

71 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:53:39.01 ID:5dG4fBjuO
【リローシティ ポケモンセンター】

ジョーイ「お預かりしたポケモンは、みんな元気になりました」

歩夢「あの、イーブイは……」

ジョーイ「軽い“さいみんじゅつ”に掛かっていたようでした。
     今はもう大丈夫です。後遺症等の心配もありません」

歩夢「良かった……ありがとうございます」

ジョーイ「またいつでもご利用ください」

ジョーイさんにお礼を言って、センターの隅のテーブルの方へ。

愛「やっほ」
「ウキィ!」

せつ菜「待ってましたよ」
「ヒバ!」

テーブルには2人と2匹の姿。
そして。愛ちゃんの手には、輝きを放つ小さな物。

歩夢「それって、ジムバッジ?」

愛「そ。苦労したけど、ジムリーダーに勝った証。
  この後はしばらくリローシティを見てまわるつもりだよ」

せつ菜「私は、これからアリーナに行く予定です」

早いなあ、2人とも。
いや、私が遅いだけ……?
72 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:54:10.05 ID:5dG4fBjuO
せつ菜「ところで。歩夢さんも、捕まえたんですよね?」

歩夢「うん。ちょっと色々あったけど、なんとか」
「ブイ!」

ボールからイーブイを出す。
ジョーイさんの言っていたとおり、もうさっきのように暴れたりする様子はない。

愛「色々って?」

歩夢「実は、このイーブイなんだけど──」

……。
……。
……。

せつ菜「人の手で暴れさせられたポケモン、ですか」

歩夢「今は後遺症なんかの心配もないから、大丈夫だってことらしいんだけどね」
「ブィ?」

何も知らないといった様子で、イーブイは私の顔を見る。
暴れていた時の記憶も残っていなかったりするのだろうか。

愛「“かすみん”って人、姿は見てないんだよね?」

歩夢「うん。どんな人か確認する前に、この子が飛び出して来たから」
「ブィ?」

せつ菜「とにかく……目を赤くして暴走するポケモンが居たら、気を付けなければなりませんね」
73 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:55:02.77 ID:5dG4fBjuO
愛「ねえ歩夢。ちょっと気になったんだけどさ……」

歩夢「うん。多分、同じことを思い浮かべてると思う」

せつ菜「?」

目を合わせ、思い浮かべたポケモンの名を口にする。

歩夢・愛「「ココガラ!」」

おお、息ぴったり。

せつ菜「ココガラ……この辺りだと1番道路でよく見かけますが、それが何か?」

愛「愛さんたちは、前にも暴れるポケモンに会ってるんだ」

あの時はポケモンを持っていなかったから、大変な目に遭ったけど……。

歩夢「もしかしたら、あれもさっき言った人の仕業なのかなーって」

せつ菜「なるほど……この件、私たちだけで抱えておくわけには行きませんね。
    早急に解決しないと、何かあったら大変ですから」

歩夢「やっぱり、そうだよね」

さいみんじゅつでポケモンを暴れさせる……。
放っておけば、何が起きるか分かったものじゃない。
74 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:56:19.80 ID:5dG4fBjuO
愛「じゃあ、あとでカリン博士にメッセ送っとくよ。連絡先聞いてあるし」

歩夢「いつの間に!?」

せつ菜「とりあえず、ある程度の方針は定まったことですし……そろそろ出ましょうか」

愛「そだね。あんまりここで屯するってのも良くないだろうし」

「本当よ。なかなかポケモンセンターから出てこないから、ちょっと心配になったわ」

愛「ん?」

突然、私たちに掛けられた声。聞き覚えがあるけど……。

歩夢「あの……開会式でルール説明していた人、ですよね?」

梨子「ええ、ポケモンリーグ準備委員会副委員長・桜内梨子。
   覚えてくれていてありがとう、上原歩夢ちゃん」

サングラスを外して、梨子さんが名乗った。

愛「歩夢のこと、知ってるんですか?」

梨子「えーっと……あなたは、歩夢ちゃんの友達かしら?」

愛「そ、そうですけど……」

副委員長──偉い立場の人に質問を返されて、愛ちゃんも思わず敬語になる。
75 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:56:51.17 ID:5dG4fBjuO
梨子「……ごめんなさい、ちょっと歩夢ちゃんに用があってね」

歩夢「?」

梨子「友達もダメって言われてるから……悪いけど、歩夢ちゃん借りていくわね」

歩夢「???」

ワケが分からないといった様子で、手を掴まれてどこかへ連れていかれる歩夢。

愛「……」

アタシにも、何が起きているのかさっぱり。

愛「ねえ、せっつー……せっつー?」

愛「……」

愛「居ないし」
「ウキキ……」

せっつーまで居なくなってるし……もうジムに向かったのかな?

愛「……まあいいや」

何の話だったのかは後で聞くとして、アタシはリローシティの観光観光!
76 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:57:44.66 ID:5dG4fBjuO
【リローシティ・キマワリ観覧車】

アミューズメント施設が立ち並ぶエリアと海岸沿いの公園エリア、リローシティは主にその2つから成り立っている。
いま私たちが居るのは、アミューズメントエリアのど真ん中。
リローシティのシンボル・黄色い観覧車こと、キマワリ観覧車……のゴンドラに、向かい合わせで座っていた。

梨子「……よし。ここなら、誰かに聞かれる心配はないわね」

歩夢「あの……どういう用事なんでしょうか?」

ポケモンリーグの副委員長が、個人を指名して内緒のお話。
ただ事ではなさそうだが……。

梨子「どういう話かは、小原会長が説明してくれるから──」

そう言いながら、梨子さんはロトムタブレットでどこかに連絡を取る。

梨子「あ、繋がった。会長、上原さんと接触しました。
   いまはキマワリ観覧車に──え? 緊急の会議?」

突然、◇の口になった梨子さん。その声色と表情は、呆れ・苛立ち……といった様子。

梨子「連絡先を? いや、ちょ、ちょっと──」

プツン
77 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 21:58:54.05 ID:5dG4fBjuO
梨子「はぁ〜……」

歩夢「えっと……大変そう、ですね?」

掛ける言葉として合っているのかは分からないけど、言わざるを得なかった。

梨子「大変も大変よ。会長、いや委員長……どっちでもいいんだけど。
   鞠莉さんは人使いが荒くてね。リローシティに来るあなたを探して欲しいって頼まれたの。
   それも、開会式の直後に」

窓の外、遠くを見るような目つきで、梨子さんは語る。
ハイテンションな人に振り回される……うん、絵面が容易に想像が出来た。

梨子「鞠莉さんがあなたに何の用事があるのか、私にもまだ知らされてないの。
   だから今は何も気にしないでジムアリーナを楽しんでくれると、こちらとしても嬉しいわ」

歩夢「はぁ……」

「……」
「……」

沈黙。
この気まずい時間は、ゴンドラが下に降りるまで続くのだろうかと思っていた、その矢先。

梨子「ところで。歩夢ちゃんって、ダイバオ地方に来て間もないんだったわよね?
   アリーナチャレンジャーの軽いプロフィールで見させてもらったけど」

歩夢「はい、そうですけど……」

ゴンドラが頂上に差し掛かる辺りで、不意の質問。
78 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:00:08.02 ID:5dG4fBjuO
梨子「どうかしら、ダイバオ地方は……って言っても、まだよく分からないか」

「景色が一望出来るわよ」と促され、窓の向こうへ顔を向ける。
メッソンとイーブイにも、その景色を見せてあげる。

歩夢「……!」
「メソ……!」
「イブ!」

豆粒大の建物や、巨大なビル。至るところを流れる川、森、それに湖? の中心に浮かぶ島。
湖の近くには大木もあるし、遠くに見えるのは大きな山脈。
一番目を引いたのは、麓にある大きな建物。逆三角形が突き刺さったような、変わった外観。

歩夢「あれが……ニジガサキドーム?」

梨子「独特な形でしょう。あれがあなたたちアリーナチャレンジャーの旅の終着点。
   ニジガサキシティのニジガサキドーム……懐かしいわね」

歩夢「懐かしい、って?」

梨子「私ね、友達と一緒にダイバオを旅したことがあるのよ。
   そして、ニジガサキドームで戦った……といっても、ジムアリーナが今のフェスティバルになる前のことだけどね」

歩夢「元トレーナーだったんですね」

梨子「ふふ。現役からは退いたけど、まだまだバトルは出来るつもりよ。
   いつかあなたが強くなったら一戦交えてみましょうか、なんて。
   しばらくはフェスティバルの業務が忙しくて、ね……」

そう語る梨子さんは、思い出を懐かしむように遠くを眺めていた。
79 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:01:09.27 ID:5dG4fBjuO
梨子「さてと。観覧車を降りる前に、任務は済ませておかないとね。
   少しタブレットを貸してくれるかしら」

そうだ。そもそも梨子さんは、小原会長の任務で私に会いに来たんだった。

梨子「会長の連絡先を渡しておきます。他言無用でお願いね」

歩夢「分かりました」

梨子「理解が早くて助かるわ……っと、もう降りる時間ね。ジムには、これから?」

歩夢「はい。このあと行こうかなって」

梨子「そっか。ここのジムはちょっと意地悪だけど、頑張ってね」

梨子「それと」

歩夢「?」

梨子「あなたが旅を続けていれば、きっと私の親友に会えるわ。
   高海千歌ちゃんと渡辺曜ちゃん。会った時はよろしくね」

話が終わって、私はジムへ、梨子さんは……次の仕事に行ったのかな?
あ、そういえば。

歩夢(ココガラとイーブイのこと……話しておくの、忘れてた)
80 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:02:02.15 ID:5dG4fBjuO
【リローアリーナ】

梨子さんと別れて、リローアリーナに入る直前。
嬉しそうなせつ菜ちゃんが、建物から出て来るところだった。

歩夢「せつ菜ちゃん!」

せつ菜「歩夢さん! 見てください!」

彼女の手には、愛ちゃんが持っていたのと同じバッジ。
赤・青・緑、3つの三角形が、Wの字を作るように重なっている。

歩夢「勝ったんだね」

せつ菜「ええ、次は歩夢さんの番です。
    大丈夫ですよ、少し意地悪でしたけど、歩夢さんも勝てると信じていますから」

意地悪……梨子さんも言ってたけど、どういうことなんだろう?

せつ菜「さあ、次に向けてレッツゴーです!」ダッ!
「ヒバ!」

嬉しそうに去っていったせつ菜ちゃんとヒバニーを見送りながら、私は疑問符を浮かべていた。
81 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:02:47.62 ID:5dG4fBjuO
中に入ると、アリーナチャレンジャーや観戦に来たギャラリーたちでごった返し。
人の多さに圧倒されながらも……とにかく、受付へ。

受付「アリーナチャレンジャーの方ですね。それでは手続きを行います」

受付「……はい、受付が完了しました。
   それではジムリーダーへ挑戦……の前に、更衣室で着替えて来てください」

歩夢「更衣室?」

受付「入って右に曲がったところです」

歩夢「あ、いや……」

そういうことじゃなくって……。
何だろう。アリーナ専用のユニフォームがあるのかな?

「あなた、ジムアリーナは初めての人?」

歩夢「?」

ことり「初めまして、南ことりと言います。
    とりあえず……立ち話もナンだし、更衣室に行こっか」

歩夢「???」

ワケの分からないまま、見知らぬ人に手を引かれる──
あれ。この展開、さっきもあったような?
82 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:03:42.52 ID:5dG4fBjuO
【リローアリーナ・更衣室】

歩夢「凄い……!?」

私を出迎えたのは、おびただしい量のハンガーと、それら1つ1つに掛けられた様々な服。
いや、服というより衣装?

ことり「私たちの自信作なの。どれでも気に入ったのを1つ、着ていってね」

歩夢「これ、全部作ったんですか?」

ことり「うん。みんな、私ともう1人で作った物だよ」

2人で半分ずつに分担したのだとしても、相当な数だが……。

ことり「ジムアリーナフェスティバルは、その名の通りお祭りでもあるの。
    だからトレーナーさんたちも着飾って、お祭りを盛り上げて欲しい。
    そういう、準備委員会の考え……かな?」

歩夢「……」

ことり「そして私は、新人トレーナーさんたちのために衣装を選んでコーディネートするの。
    ある程度イメージを持ってる人も居るけど、ほとんどはそうじゃないから」

ことり「というわけで。えっと、名前は?」

歩夢「上原歩夢、ですけど」

ことり「歩夢ちゃん。あなたを、コーディネートします!」

歩夢「えっ」
83 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:04:23.61 ID:5dG4fBjuO
……。
……。
……。

ことり「うん、ばっちり」

歩夢「うぅ……」

イチゴをモチーフにした赤い衣装、中華風の紫衣装、白いウサギさんの衣装……。
ことりさんがあっちを試しては、こっちを試して。
彼女の着せ替え人形にされるたび、私は「こんなの無理です!」と恥ずかしくなって。

ことり「やっぱり歩夢ちゃんは、ピンクが一番似合うね」

ことりさんが最終的にチョイスしたのは、背中の大きなリボンが目立つピンクの衣装。
ピンクは……嫌いじゃない。というか、好きな方。
子供の頃はよく着ていたし、今でもいつか着たいとは思っていた。

歩夢(まさか、こんな形で着るなんて思ってなかったけど……)

ことり「ジムリーダーに勝ったら、衣装は次のジムに送ってもらうようになってるの。
    だから、荷物の心配はしなくていいよ」

ことりさんが示した先には、鳥ポケモンの絵が描かれたコンテナ。
アーマーガアという大きな鳥ポケモンが、これで衣装を運んでくれるのだとか。
84 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:04:54.41 ID:5dG4fBjuO
ことり「……これでよし。いつまでもみんなを待たせるわけにも行かないもんね。
    歩夢ちゃん、心の準備はいい?」

後ろのリボンの向きを整えて、ことりさんが言う。

歩夢「……」

大きな息を吸って、吐いて。

歩夢「はい、大丈夫です!」

ことり「うん、いい返事。頑張ってね♪」

にこやかに手を振ることりさんに一礼して、バトルコートの方へ歩き出す。
通路の向こうから流れ込む空気が、向かい風のような圧を持っている。
あの向こうでジムリーダーが、観客が、私を待っているんだ。

足音も唾を飲み込む音も、今は異様なまでにハッキリと聞こえる。
大丈夫、大丈夫。己に言い聞かせるように……。
85 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:05:41.90 ID:5dG4fBjuO
【リローアリーナ バトルコート】

「「「「────!!!!」」」」

出迎えたのは、思わず怯みそうになるくらいの歓声。
観客席がぐるりとバトルコートを取り囲むサマは、さしずめスポーツの試合観戦か、はたまた音楽ライブを観に来る光景か。

そして……芝のコート、そのど真ん中に、彼女“たち”は立っていた。

「くっくっくっ……可憐な衣纏いし挑戦者よ」
「リローアリーナへ!」
「ようこそずら〜」

歩夢「えっと……」

居るのは3人。
全員が全員、カラフルな蛍光色でゴチャゴチャな服に身を包んでいて……誰がジムリーダー?

ルビィ「ルビィはみずタイプの使い手・黒澤ルビィです!」

花丸「おらは、くさタイプの使い手・国木田花丸」

ヨハネ?「そして私は、地獄の業火を操る者・堕天使ヨハn
花丸「ほのおタイプの使い手・津島善子ちゃんずら〜」

善子「ちょっと! せめて最後まで喋らせてよ!」

歩夢「……」ポカーン
86 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:06:34.97 ID:5dG4fBjuO
ルビィ「ちょっと2人とも、チャレンジャーさんが困ってるよ!」

善子「ああ……そうね。じゃあ、改めて」

花丸「おらたち、3人合わせてリローシティのジムリーダー」

「ワクワク!」
「わんぱく!」
「トライアングル!」

「「「よろしくね!」」」

「「「「────!!!」」」」

3人が各々ポーズを決めると、観客たちの声が一層大きくなる。

歩夢「さ、3人……!?」

善子「軽く説明するわ。このリローアリーナは、一番最初のジム。
   つまり、挑戦者の数も一番多い」

ルビィ「だからここで、最初のふるいに掛けるんです」

花丸「というわけで。チャレンジャー・上原歩夢さん。
   あなたが最初に貰ったポケモンはメッソンだったと聞いています」

意図が見えない花丸さんの言葉に、ひとまず肯定の返事をする。

花丸「だったら……相手はおら・国木田花丸で決まりだね」

歩夢「えっ!?」

花丸さんはさっき「くさタイプの使い手」と言っていた筈。
くさタイプは、みずタイプのメッソンにとって相性最悪だが……
87 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:07:40.49 ID:5dG4fBjuO
花丸「おらが使うポケモンは1体。挑戦者さんが使っていいのもメッソン1体だけ。
   1対1で、先に相手のポケモンを倒した方が勝ちずら」

ルビィ「意地悪だってよく言われるけど、ごめんなさい。
    これが、このジムの決まり事だから」

善子「私とルビィは、外野から見させてもらうわ。
   不利な相手を打ち負かせ──それが、リローアリーナの掟よ」

確か、イッシュ地方のサンヨウシティだったか。
他にもこういうジムがあったと聞いたことはある。あるけれど……。

歩夢「……っ」

梨子さんやせつ菜ちゃんの言葉の意味が、ようやく分かった。
でも……やるしかない。

所定の位置に、花丸ちゃんも私も移動する。
これが、最初のジム戦……。

歩夢「……」スゥ

歩夢「行くよ、メッソン!」
「メソ!」

私がボールを放ったと同時に。

花丸「行くずら、モクロー!」
「ホホー!」

花丸さんが投げたボールからも、ポケモンが飛び出した。
88 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:08:23.62 ID:5dG4fBjuO
歩夢「……」

『モクロー くさばねポケモン タイプ:くさ・ひこう
 一切 音を 立てず 滑空し 敵に 急接近。
 気づかぬ間に 鋭い 羽や 強烈な 蹴りを 浴びせる』

くさタイプ使いと言っていたとおり、相手は当然くさタイプ。
図鑑を見て、相性不利な相手だと改めて実感する。

花丸「じゃあ、先手は頂くずら。モクロー、このは!」
「ホーーー!」

花丸さんの宣言と共に、モクローの身体が葉っぱを纏う。
そして、カーブを描いて突撃──!

歩夢「メッソン、みずでっぽうをぶつけて!」
「メソ!」

葉っぱの塊となったモクローに向けて、射出される水。
顔合わせの時に果林博士も言っていたことだが、メッソンのターゲティング能力は凄まじい。
モクローの軌道を読んで、正確無比なみずでっぽうをヒットさせる──

──が、それでもモクローは止まらない。
タイプ相性か、力量の差か。モクローの突撃で、みずでっぽうの勢いは削がれている。
だったら。

歩夢「かわして、そこにはたく!」
「メッ!」

飛来するモクローをかわすと、モクローはズゴンと芝にぶち当たる。
砂煙のあがる地面へ一撃──

花丸「させないずら。はっぱカッター!」
89 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:09:36.96 ID:5dG4fBjuO
「ホホッ!」

鳴き声と共に、さっきまでの軌道に残っていた葉っぱが全て向きを変える。
そして、刃物のようにメッソン目がけて──

歩夢「っ!? 避けて!」
「メソ!?」

突然の遠距離攻撃に指示が遅れる。
慌てて、次々撃ち込まれるはっぱカッターを避けて行くが。

花丸「モクロー、おどろかす」

「ホホーーーー!」
「メソッ!?」

いつの間にか先回りしていたモクローが上空から飛来。
大きな鳴き声をあげて、文字通りメッソンをおどろかす。

歩夢「う、後ろ!」

モクローに驚かされたメッソンには、指示こそ届いていても体が動かない。
┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ! と、残っていたはっぱカッターが怯んだ体を一斉に捉えた。

「メッ!?」

歩夢「メッソン!」
「メソ……」

ダメージは受けたが、メッソンは起き上がる。
90 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:10:44.37 ID:5dG4fBjuO
善子「出た出た、ずら丸のお得意戦法。
   はっぱカッターに注意を向けさせて、砂煙から抜け出したモクローと挟み撃ち」

ルビィ「でもこれでチャレンジャーさんも、真っ向勝負は難しいって感じた筈」

善子「ええ。相手はメッソンだし、そろそろアレが出て来るかしらね」



歩夢「真正面からぶつかり合うのは不利……それなら」

メッソンと顔を合わせ、頷く。

歩夢「隠れて、メッソン!」
「メソ!」

膜のように、水を全身に纏わせ──直後、メッソンの姿が消える。
透明迷彩、メッソンの十八番だ。

花丸「やっぱり来た……」
「ホホー」

歩夢「メッソン、みずでっぽうで畳みかけるよ!」
「メソ!」

何も見えない空間から水の狙撃。
これもメッソンの得意技だ。

91 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:11:27.12 ID:5dG4fBjuO
花丸「はっぱカッターで迎え撃って!」
「ホーーー!」

みずでっぽうが遮られ、発射地点にはっぱカッターが飛来する。
だが、メッソン本体に当たることはない。

歩夢「ヒットアンドアウェイでいくよ!」
「メソ!」

花丸「……」

発射地点を変えながら、みずでっぽうを何度でも撃ち出す。
モクローもはっぱカッターで応戦するが、虚空からの攻撃を、徐々に裁ききれなくなっている。
戦い方としてずるい気もするけれど……相性が悪い相手に勝つためだ。

歩夢「そこ!」
「メーソッ!」

「ホホッ!?」

そして──対処が遅れた隙を突いて。
バシュン! と、ついにみずでっぽうがモクローを撃ち抜いた。

歩夢「よし! このまま続けて──」

花丸「モクロー、飛び上がってかげぶんしん」
「ホホーッ!」
92 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:12:36.59 ID:5dG4fBjuO
直後。モクローの姿が何匹──いや、優に30匹は居る──にも膨れ上がる。
おびただしい数のモクローが、空中に舞っていた。

歩夢「え……!?」
「メソ……!?」

花丸「続いて、溜めるずら」
「「「「「「「ホーーーーー」」」」」」」

モクローが羽根を上に掲げると、何かエネルギーのようなものが集まっていく。
かげぶんしん含め、全員がそれをやっているものだから──とにかく不味い!

歩夢「め、メッソン! とにかく撃ち抜いて!」
「メ、メソ!」

嫌な予感を振り払うように、みずでっぽうでかげぶんしんを薙ぎ払っていく。
本体を撃ち抜けば止まってくれそうだけど──

バシュン! バシュン、バシュン!

歩夢「本体はどれなの!?」
「メソ……」

残る分身は10を切っている……でも、エネルギーの溜めは止まってくれない。
そして──

花丸「チャレンジャーさん」

花丸さんが、笑みを浮かべた。

花丸「時間切れずら。モクロー、ソーラービーム!」

「「「「「ホーーーーー!!!」」」」」
93 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:13:28.56 ID:5dG4fBjuO
ズ┣¨┣¨┣¨┣¨ドッ!
残った分身も含めて、光の筋がバトルコートを直撃する。

歩夢「避けて!」

目いっぱい叫ぶ私の声は、もはや悲鳴だった。

「メソォ!」

歩夢「メッソン!」

迷彩が解除されたメッソンが、はじけ飛ぶ。
ソーラービームを躱しきることが出来なかったのだ。



善子「ソーラービームで地面をえぐって、砂煙で位置を炙り出す。
   本来はそれがずら丸のメッソン対策だったけど……」

ルビィ「メッソンさん、避けきれなかったね……」



歩夢「メッソン、大丈夫!?」
「メ、ソ……」

呼びかけに応じて、メッソンは何とか起き上がってくれる。
けれども。大技を受けて、既にボロボロといった様子だ。
それに──
94 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:14:20.09 ID:5dG4fBjuO
「ホホー」

歩夢「っ……」

鳴き声の方に目を向けると……また、エネルギーを集めるモクローとそのかけぶんしん。
トドメのソーラービームを撃とうとしているのだ。

花丸「大丈夫、ジムアリーナは負けてもやり直しが利くずら。
   チャレンジャーさんにその気さえあるなら、おらは何度でもチャレンジを受け付ける」

花丸「だから、メッソンを鍛えるためにも……」

花丸さんは、続く言葉を口にしない。
でも分かる。負けるか降参か、その2択を選べということなのだろう。

「メ、ソ……」

メッソンも意地を張っているが、その目には明らかに涙が浮かんでいる。
立っているのもやっとといった状態だ。

歩夢「……」

負けたくない。負けたくないけれど、どうすることも出来ない。
今からじゃ、分身の中から本体を撃ち抜くことも間に合わない。

歩夢「──」
95 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:15:25.92 ID:5dG4fBjuO

「頑張れー!」

歩夢「──えっ?」

「諦めないでー!」
「チャレンジャー!」
「メッソン、まだいけるぞー!」

次々と、私やメッソンに投げかけられる声。
声は──観客席から。

このバトルは、多くの人が見ている。
私とメッソンが勝つことを、観衆が望んでいる。

歩夢「で、でも……あれ?」

「どうすれば」と言いかけて。
シュイン──と、アリーナバンドに紫のような赤のような紫のような、何とも形容しがたい光が集まっていく。

歩夢「……!」

この光が何を意味しているかは、言われなくても分かった。

歩夢「メッソン!」

メッソンをモンスターボールに一旦戻すと、アリーナバンドに集まったエネルギーがボールへと移っていく。
開会式の映像で見た通りの手順を行うと……モンスターボールが、何十倍もの大きさに膨れ上がった。
そして、私はそれを放り投げる──!
96 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:16:09.07 ID:5dG4fBjuO
歩夢「行くよ……ダイマックス!」

ジムの上空に、赤黒い暗雲が渦巻き始める。

「メェェェソォォォ!」

その中に──観客席のスタンド後方より高さはあろうか──巨大なメッソンが、その姿を現した。

「「「────!!!」」」

観客たちの、歓喜に満ちた声。
ジムアリーナの目玉ともいうべき現象、会場の盛り上がりは頂点に達している。

歩夢「す、凄い……」

私自身、圧巻とも言うべきメッソンの姿に見とれてしまいそうだ。
だが今は、バトルに集中しなければ。

歩夢「メッソン、みずでっぽう!」
「メェェェソォォォ!!!」

メッソンの口元に膨大な水が集まっていき──モクローめがけて、発射される。

花丸「そ、ソーラービーム!」
「「「「「ホ、ホホーーーー!」」」」」

かげぶんしんと共に、モクローもソーラービームで対抗するが。
ドッ──滝のような水が、かげぶんしん諸共押し流す!

歩夢「……!」
97 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:16:49.30 ID:5dG4fBjuO
花丸「モクロー、まだやれるずら!?」
「ホ、ホー!」

かげぶんしんは全て掻き消え、残っているのは本体のモクローただ1匹。

花丸「もう一度ソーラービームを──」
「ホー!」

モクローは指示を受け、再度大技の準備に入るが──

──ポツン、ポツン。

花丸「──え?」

雨。バトルコートに、雨が降り始めた。

ルビィ「花丸ちゃん! “ダイストリーム”のあとは、フィールドに雨が降るよ!」

花丸「っ、しまった! 雨の中だとソーラービームは──はっ!?」

花丸さんが、慌ててこちらに顔を向ける。
でも──もう遅い。

歩夢「メッソン、とどめだよ!」
「メェ、ソォォォ!!!」

花丸「ずらあああああああっ!?」

再度、膨大な量の水がモクローを襲う。
そして──

「ホー……」

コテン。目を回したモクローが、バトルコートに倒れていた。
98 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:18:06.58 ID:5dG4fBjuO
歩夢「……」

バトルが終わって、元のサイズに縮んで行くメッソン。
暗雲が晴れ、バトルコートに降っていた雨もやんでいく。

歩夢「勝った……?」

花丸「モクローは戦闘不能。だからこの勝負、歩夢さんの勝ちずら」

「「「────!!!」」」

歓声がどっと沸き、アリーナの空気は1つになっていた。

歩夢「メッソン、勝てたよ!」

急いで、メッソンの方へと駆け寄る。

「メソ……!」

かなりふらついているが、嬉しそうな顔のメッソン。
バトルの疲れがかなり溜まっている様子……あとでちゃんとポケモンセンターに行かなきゃね。

ルビィ「チャレンジャーさん、お見事でした!」

善子「いい物を見せてもらったわ」

花丸「諦めなければ、チャンスは必ずある。それが歩夢さんの勝因ずら」

善子「ずら丸の敗因はソーラービームにこだわりすぎたことね」

花丸「あはは……」

3人のジムリーダーが、こちらへ歩いて来る。
99 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:19:06.33 ID:5dG4fBjuO
花丸「おほん、改めてチャレンジャーさん。タイプ相性が不利な相手という逆境。
その中でもダイマックスを引き出し、あなたは勝利を手にしました!」

花丸「あなたをリローアリーナの勝者と認め、ジムリーダーに勝った証として“ウィークバッジ”を差し上げるずら!」

花丸さんの手から、愛ちゃんやせつ菜ちゃんが持っていた物と同じ、小さなバッジが渡される。

善子「それから、これも」

善子さんから渡されたのは、フタが透明なケース。
中には、くぼみが9つ。

善子「バッジケースよ。そこに入れておきなさい」

ルビィ「ルビィからは……えっと。実は、ダイマックスを使うと、技の名前が変わります。
    ノーマルタイプの技は“ダイアタック”、みずタイプは“ダイストリーム”」

ルビィ「それにダイマックス技は、追加で効果を得られたりします。上手く使って、この先のジムも頑張ってください!」

歩夢「ありがとうございます!」

こうして。私はどうにか、リローシティのジムを突破したのでした。
100 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:19:57.22 ID:5dG4fBjuO
【リローシティ ラブカス海浜公園】

愛「ん〜〜〜! やっぱり気持ちいいね、潮風」
「ウキキ!」
「ブイ!」

木の根元にもたれ掛かって、アタシはサルノリ、イーブイと休憩中。

愛「観光も大体済ませたし、バッジも手に入ったし」

タブレットの写真アプリで、この街で撮った幾つもの写真をスクロールしてみたり。
ケースからウィークバッジを取り出して、お日様にかざしてみたり。
リローシティの“土産話”として、満足いくものになったかな。

愛「おっ……やってるやってる」

リローアリーナの方に顔を向けると、建物の上空に暗雲。
誰かが(あとで知ったけれど、歩夢のバトルだったらしい)ジムでダイマックスを使ってる合図だ。

愛「ダイマックス、サルノリはどうだった?」
「ウキャキャ♪」

楽しかった。
そう言わんばかりに、サルノリはバチでリズムよく地面を叩く。

愛「良かった。イーブイも、いつかダイマックスさせてやるからなー」
「ブーイ♪」

言いながら、イーブイの頭を撫でる。
このモフモフ感……クセになりそうだ。
101 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:21:23.89 ID:5dG4fBjuO
愛「……ん?」

ふと。公園の海沿い、柵の方に居るの姿が目に入る。
何人かの集団。そのいずれもが黒のスーツにサングラス……ハッキリ言って、かなり目立つ。

「ああいうのは、あまり関わらない方がいい」
周りの人もそう思っているのか、人がまばらに居る海浜公園の中で、あの辺りだけ一般人の姿はなかった。
ただ、黒服たちに囲まれている“彼女”を除いて。

愛「!」

気が付けば、自然と身体が動いていた。
サルノリとイーブイを一旦ボールに戻し、黒服たちの元へダッシュ。
そしてそのまま……

「……えっ?」

見覚えのある少女──キラナシティのホテルで出会ったピンク髪──の手を掴む。

黒服A「なんだお前は!」

黒服B「我々オハラカンパニーは、こいつに用がある。一般人は関わらないで貰いたい」

愛「……寄ってたかって、女の子イジメて。カンパニーってそういうことするの?
  ねえ君、名前は?」
102 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:21:59.92 ID:5dG4fBjuO
璃奈「璃奈……天王寺璃奈」

愛「オッケー。逃げるよ、りなりー!」

璃奈「えっ、あっ」

黒服たちからりなりーを奪取して、再びダッシュ!

黒服C「逃がすな、追え!」

黒服D「くそっ! 行け、ヤミカラス!」
「カァー!」

黒服E「クスネ! 奴らを捉えろ!」
「コン!」

次々とポケモンを繰り出し、数の暴力で追って来る黒服たち。
でも。

愛「愛さんの身体能力を、舐めるなよ〜!」

りなりーを前方に抱えながら、全力で街の外へ。
この先は“こもれびの森”へ続く3番道路、森を抜けた4番道路、そして次のジムがある街、オードシティだ!

夕暮れの中、アタシたちは駆ける。
オハラカンパニーを名乗っていた黒服が、何故りなりーを囲んでいたのかは知らない。
考える余裕も今はない。

ただ追っ手を振り切るために、全速力で走る──
103 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:22:50.26 ID:5dG4fBjuO
【リローシティ ウパーホテル】

ホテルマン「上原様のお部屋の鍵はこちらになります。どうぞごゆっくり」

ジム戦を終えて、ポケモンセンターでメッソンを休ませた後。
フロントでルームキーを受け取って、部屋へ向かう最中のこと。


花丸『そういえば、歩夢さんはこのあとどうするの?』


ポケモンセンターに訪れた花丸さんとの会話を思い出す。


歩夢『えっと……いや、まだ何も』

花丸『この街は色々あるから、ゆっくりしていくといいずら。
   それに、次のジムがある街・オードシティに行くには森を抜けなきゃいけないから……』

歩夢『森……』

花丸『こもれびの森って言って、昼間は太陽の光がいい感じに差し込むんだけど、夜は暗くて危ないから。
   森でサバイバルをしたいって言うなら、おらは止めないけどね』


結局、夜間の森でケガを負うのも嫌なので、サバイバルは辞退。
今日はこの街に滞在することにした。
104 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:23:29.06 ID:5dG4fBjuO
歩夢「ふぅ……」

部屋に荷物を置いて、一息つく。
昼間に乗ったキマワリ観覧車が、夕日をバックに窓の向こう。
夜間用のライトアップが始まっており、真っ黄色に光を放っていた。

『着信ロト! 着信ロト!』

歩夢「?」

ロトムタブレットに、唐突な着信。
ディスプレイに表示されている文字は『小原会長』だ。

歩夢「あ……もしもし」

画面をタップして、上ずったような声を出す。

鞠莉『Hi♪ 上原歩夢さんの端末で合ってるかしら?』

ビデオ通話の要領で、向こうの様子がこちらに映し出される。

歩夢「は、はい」

鞠莉『緊張しなくていいよ』

そう言われても……相手は大企業のトップであり、ポケモンリーグ準備委員会の委員長でもある。
緊張するなという方が、無理な話だ。
105 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:23:56.63 ID:5dG4fBjuO
鞠莉『ジム戦、見させてもらったわ。ダイマックスも使ってくれたようで何より』

歩夢「あ、ありがとうございます……」

鞠莉『バトルが盛り上がれば盛り上がるほど、ダイマックスに必要なエネルギーが集まる。
   ダイバオ地方のダイマックスは、ざっくり言えばそんな感じになってるわ』

曰く、元々ダイマックス現象が確認されていたガラル地方のそれとは、勝手が少し違うのだとか。

鞠莉『──と、これ以上専門的でdeepな話はおしまいにして。本題に入りましょう。
   上原歩夢。あなたに、折り入って頼みがあるの』

歩夢「頼み……ですか」

その“頼み”のために、梨子さんを動かして私に接触して来たのだろう。

鞠莉『実は今、オハラカンパニーは2つの派閥に分かれていてね。
   端的に言えば私・小原鞠莉の派閥と、前CEO・私のママ……じゃなかった、母の派閥』

鞠莉『母が擁する派閥は、今年のジムアリーナフェスティバルを台無しにしようとしている。
   あなたにはそれを、止める手伝いをして欲しいの』

歩夢「……えっ?」

鞠莉『あら。梨子はあなたのことを理解が早いって言ってくれたけど……』

いやいや。鞠莉さんの言っていることの中身は、途中までなら分かる。
彼女の母親が前CEOであることは、せつ菜ちゃんが話してくれた。
派閥争い(?)が起きていて、ジムアリーナフェスティバルが台無しになろうとしている。
そこまでは、分かっている。でも。

106 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:24:51.27 ID:5dG4fBjuO
歩夢「あの……なんで、私なんですか?」

そこだけが、1ミリたりとも分からない。

鞠莉『ジムアリーナが台無しになったら、あなただって困るでしょう?』

歩夢「それは……」

侑ちゃんに並び立つチャンピオンになりたい。
その機会が失われることは、私だって嫌。けれども、だ。

鞠莉『こちらからも可能な限り人員は割く。フェスティバルを終わらせるワケにはいかないからね。
   でもね。この頼み事は、あなたが一番適任なのよ』

歩夢「適任、って……」

相応の理由もなしに、無責任な言葉……。

鞠莉『ごめんなさい、今はここまでしか言えないの。
   何故あなたが適任なのか、時が来たらちゃんと話すわ』

歩夢「……っ」

腰かけていたベッドのシーツを握る手が、ぎゅっと強くなる。
私だって、ジムアリーナは台無しになって欲しくないけれど──
107 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:26:02.63 ID:5dG4fBjuO
歩夢「あの……なんで、私なんですか?」

そこだけが、1ミリたりとも分からない。

鞠莉『ジムアリーナが台無しになったら、あなただって困るでしょう?』

歩夢「それは……」

侑ちゃんに並び立つチャンピオンになりたい。
その機会が失われることは、私だって嫌だ。けれども、だ。

鞠莉『こちらからも可能な限り人員は割く。フェスティバルを終わらせるワケにはいかないからね。
   でもね。この頼み事は、あなたが一番適任なのよ』

歩夢「適任、って……」

相応の理由もなしに、無責任な言葉……。

鞠莉『ごめんなさい、今はここまでしか言えないの。
   何故あなたが適任なのか、時が来たらちゃんと話すわ』

歩夢「……っ」

腰かけていたベッドのシーツを握る手が、ぎゅっと強くなる。
私だって、ジムアリーナは台無しになって欲しくないけれど──
108 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:26:52.09 ID:5dG4fBjuO
鞠莉『こちらも無理強いはしない。あくまでお願いはお願いであって、そこに強制力はない』

電話に出た直後の、少しおどけた様子は残っていない。
真剣な声で、鞠莉さんは私に語り掛ける。

鞠莉『断るならこの話はすぐに忘れて、気持ち新たにジムアリーナを楽しんで欲しい。
   みんながフェスティバルを楽しんでくれることこそが、私や準備委員会にとっての本望だから』

歩夢「……」

鞠莉『迷ってるみたいね……じゃあ、返事は聞かないことにするわ。
   私の話はこれで終わり。お時間取らせてごめんなさいね、良い旅を』

ピッ

電話が切られて。無言のまま、私はベッドに倒れ込む。
結局……梨子さんの時にも言いそびれたココガラとイーブイの件も、話せずじまいに終わった。
関連性があるのかはまだ分からない。分からないけれど。
話してしまえば、騒動の渦中に飛び込んで行くことになる──そんな予感がして、口にすることが出来なかった。

歩夢(こういう時……愛ちゃんやせつ菜ちゃん、侑ちゃんだったら、どうするんだろう)

歩夢(……やめやめ! 今日はゆっくり休んで、それからまた考えよう)

答えは出ないまま、私の意識は眠りへと落ちていく。
いずれ巻き起こる大事件のことなど、考えもしないまま。
自分たちを取り巻く歯車がとっくに動き出していることから、目を背けたまま──
109 : ◆8TImjtGSKs [sage]:2021/02/09(火) 22:27:29.24 ID:5dG4fBjuO
今回はここまで。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/10(水) 02:32:31.30 ID:L/s1MrunO
某板に慣れすぎてもう来ないもんだと思ってたわ
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/10(水) 04:09:31.44 ID:xz9gInhsO
ウィークバッジってもしかしてwaku waku weekとweakの駄洒落・・・
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/02(土) 04:22:17.46 ID:duhfKPRlO
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