【咲-Saki-】京太郎「たのしい宮永一家」【微安価】

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313 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:50:04.74 ID:TrFu1u/e0
――― 路上


モモ「じゃあ私はここで」

淡「またね〜」

居酒屋からすぐ近くのバス停でモモと別れる。
彼女と加治木先輩の住まいはそう遠くないので路線バス一本で帰ることが出来るが、都心方面の私はそうもいかない。
まず駅に向かい、数回の乗り換えを挟まなければ我が家に辿り着けないのだ。
あと二時間もしないうちに日付が変わるが、街は未だに人で溢れかえっていた。


歩きながら一日の出来事を振り返る。久々に入ったゲームセンターではモモに振りまわれ続けた。
音楽ゲームの才能は全然なかったがUFOキャッチャーの才能はあったようで、お陰で私の右手にはぬいぐるみで一杯の紙袋がぶら下がっている。
居酒屋は相変わらずだったな。お酒は美味しくないし、悪酔いして頭がガンガン痛くなる。
店主のおっちゃんはやけに馴れ馴れしい上に下品だけど、案外ああいうのは嫌いじゃない。
ただムカつくのはキョータローの話を振ってきたことだ!
ハッタリだなんて、あんな変なこと言わなくたっていいのに......
314 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:51:00.15 ID:TrFu1u/e0
淡(......私、またキョータローのこと考えてる)


結局、本当に私は彼のことが好きだったんだろうか。
好きな人が他の人と付き合うなんて話を聞いたら、普通は「悲しい」とか「つらい」とかそういう感想を持つものだろう。
でも私はそうじゃない。別に悲しいとは思わないし、涙の一滴も流れそうな様子はないのだ。
今思えば、数ヶ月前の『アレ』も所詮は一時の気の迷いだったのだろう。
実際彼に抱いているのは友情であって、誰かを好きになったことがないからそれを恋情だと勘違いしてしまっただけだ。

だからキョータローがサキと恋人になろうがどうしようが、私の関知することではない。
私とキョータローは友達で、それが変わるわけではないのだから。
......たぶん。きっと。


淡(あーもう!よくわかんなくなってきた!)

淡(キョータローに会ってみたら、ちょっとは整理つくのかな)


だから私の足は駅でなく、彼の住むアパートへと向いていたのだろう。
315 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:51:37.27 ID:TrFu1u/e0
アパートの二階にあるキョータローの部屋の玄関は―――当然その隣にあるサキの部屋と共に、すぐ外の路上から十分はっきり見える。
携帯電話の時計は、時刻が間もなく夜の十時半を回ることを示していた。

淡(キョータロー、そろそろ帰ってるかな......)

淡(でも、会ったら何話せばいいんだろ)

淡「.........人?」

その時だった。
鉄柵で囲まれた螺旋階段を昇っていた二つのシルエットが廊下に出ると、キョータローの部屋の前で止まった。
逆光のせいでそれが誰かまでは分からない。
316 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:52:25.89 ID:TrFu1u/e0
「今日は助かったよ」

「もう!今度からどこに行くかくらいはちゃんと考えといてね!」

「分かっとりますわい」

「ふふっ......でも楽しかった」

「ああ。俺も楽しかったぜ」

「あのさ............」

「お、お前ってそんなキャラだったっけ......?」

「だって寂しいんだもん」

「寂しいったって隣の部屋じゃねーか」

「それでも!ね、いいでしょ?」

「仕方ねぇな......下手でも文句言うなよ」

「うん.........」

「.........」

「............んっ」
317 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:53:04.84 ID:TrFu1u/e0
『影が重なる』という表現がただの比喩でないことを知った。
気がつけば、私の両脚は駅に向かって駆け出していた。
318 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:53:35.21 ID:TrFu1u/e0
京太郎「あれ?」

咲「どうしたの?」

京太郎「いや、そこに誰かが居たような気がしてさ」

咲「......まさか。見間違いだよ」

京太郎「そうかな」
319 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:54:30.90 ID:TrFu1u/e0
――― 淡 自宅


淡「ただいま......」

母「あら、おかえりなさい」

母「晩ご飯は用意してないけど平気?」

淡「モモと飲んできたから大丈夫」

母「また東横さんと?一度ご両親に挨拶したほうがいいのかしら」

淡「子供じゃないんだからそんなことしなくていいってば!」

母「それともう一人の、えーっと......須賀くん、だったっけ」

母「彼は一緒だったの?」

淡「―――ママのバカッ!!!」バタン

母「.........淡?」
320 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:55:23.80 ID:TrFu1u/e0
勢い良く自室のドアを閉める。
天井の照明は最近LEDに替えたばかりだが、部屋はちっとも明るくはならない。スイッチを入れていないのだから当然だ。
右手の紙袋を乱暴に放り投げ、肩に掛けた鞄も同じように―――しようとしたが、少し考え直して丁寧に置く。
上着とストッキングを床に脱ぎ捨て、ベッドに寝転がって布団を頭まで被った。
嫌なことがあった後は昔からこうするのが一番だった。
何もせずともいつの間にか眠りに落ちていて、朝になればどんな悩みも大した事には思えなくなっている。
化粧がそのままだったけど、そんなのは些末事だ。
321 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:56:09.67 ID:TrFu1u/e0
淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」
322 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:56:39.57 ID:TrFu1u/e0
淡「..........なんでよ」

淡「なんで、いまさら.........」ポロポロ

淡「すきでも......なんでもないのに.........」ポロポロ

淡「どうでもいいのに............」ボロボロ

淡「.........なんでよ.........きょう、たろう.........」ボロボロ
323 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:57:09.49 ID:TrFu1u/e0
朝が来た。
いつも通りに陽が昇り、いつも通りに降りていくと、階下では母親がいつも通り朝食を用意していた。
得体の知れないナニかは、未だ私の心にのしかかったまま離れない。
324 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:57:57.87 ID:TrFu1u/e0
今回はここまで
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/02(金) 06:01:59.48 ID:EFihVdFMO
乙です
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/03(土) 10:17:45.92 ID:/+up7SAL0
乙乙
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/03(土) 18:40:13.84 ID:almY8WkOo
乙 あわあわ…
328 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:41:31.60 ID:3ZGr4JZ20
とうか
329 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:43:35.83 ID:3ZGr4JZ20
それからのことにあまり面白い話はないので、大まかな流れだけ話しておこうと思う。
翌年、何の支障もなくインターカレッジは開催された。
私の成績はともかくとして、キョータローが個人優勝を修めたのは特筆に値するだろう。
彼の実力は本物に育っていたということだ。

その後すぐ私と彼のもとにはいくつかのチームからオファーが舞い込み、私たちは卒業後そのままプロ雀士になった。
キョータローは北関東の地方都市に本拠地を構えるチームに入った。テルがいるところだ。
そして私は―――


ゆみ「......以上でインタビューは終了となります」

ゆみ「大星プロ、本日はありがとうございました」

淡「ありがとうございました」
330 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:44:09.06 ID:3ZGr4JZ20
【25歳 4月】


――― 立川ブルーセーラーズ運営事務所 第一会議室


ピッ

ゆみ「ふぅ......お疲れ様、淡」

淡「でも、ゆみ先輩が来るなんて知らなかったよ。ビックリしちゃった」

ゆみ「淡の特集を組むと聞いて、インタビュアーをやらせてもらえるよう編集長に頼んだんだ」

ゆみ「久々に部活の後輩と会うのも悪くないと思ってね」

淡「そっか。私の卒業式の時以来だっけ」

ゆみ「お互い全国を飛び回ってばかりだからな......休みすら中々合わせられんよ」

ゆみ「聞けば今日も大変だったそうじゃないか」

淡「そーなんだよ!GMがインタビューのことすっかり忘れてたらしくてさー」

淡「せっかくの芦原だったのに温泉すら入れないうちに新幹線に放り込まれちゃって」
331 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:44:44.95 ID:3ZGr4JZ20
今日の予定は数週間前から入っていたのだが、手違いにより午前中に地方での対局を割り当てられてしまった。
お陰で私は碌に休む暇すら与えられないまま東京へとんぼ返りするハメになったのだ。

淡「あーあ、なんでわざわざ行ったり来たりしなきゃならないんだろ」

淡「全部東京でやればいいのにさ」

ゆみ「こればかりは政治的な理由が絡むからなぁ」

ゆみ「町興しのために全国各地に試合会場を設け、そこで対局を行う」

ゆみ「実際今のシステムになってからチームもファンも増えた。業界が賑やかになるのは良いことさ」

淡「移動だけでクタクタだよ......」

ゆみ「だが、経費で旅行気分を味わえるのは悪くないだろう?」

淡「それは否定しないけど」

今回はその旅行気分すら味わえなかったわけではあるが、本来は仕事の途中であって空き時間に自由行動を許してもらっているだけなので文句は言えない。
サラリーマン程ではないにしても、完全に自由というわけにもいかないのである。
332 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:45:40.54 ID:3ZGr4JZ20
ゆみ先輩が手土産に持ってきた源氏パイをお茶請けに、取材前に給湯室で入れてきたコーヒーを啜る。
最近ブラックを飲めるようになったのが自慢なのだ。

ゆみ「ところで宮永はどうしたんだ?」

淡「観光してからゆっくり帰ってくるって言ってた」

淡「キョータローがゲストで金沢の雀荘にいるから合流するんだってさ」

ゆみ「ほう」

淡「サキはカップルで温泉デート、片や私は会議室で夜までお仕事......」

淡「世の中不公平だよねー」ズズッ

ゆみ「須賀か......そういえば」

淡「なに?」

ゆみ「今度宮永が須賀と結婚するらしいと聞いたんだが」

ゆみ「本当なのか?」

淡「.........えっ?」ポトン

ゆみ「淡、お菓子落としたぞ」
333 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:46:18.56 ID:3ZGr4JZ20
【十数分後】


ゆみ「さてと、そろそろお暇しようかな」

ゆみ「恐らく再来週の発刊分に載るはずだ。楽しみにしていてくれよ?」

淡「やだよ!恥ずかしいもん」

ゆみ「ははっ、まあいいじゃないか。もし気が向いたら買ってくれ」

淡「ホントに気が向いたらだよ!」

ゆみ「ではまた、機会があれば」

淡「モモによろしくねー」

ゆみ「あぁ」


バタン


淡「特集か.........やっぱり気になるかも」

淡(それにしても、まさかサキが―――)
334 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:47:00.67 ID:3ZGr4JZ20
後輩「失礼しまーす!」

その時、会議室を出ていったゆみ先輩と入れ替わりで茶髪の少女が部屋に入ってきた。
今年高校を卒業したばかりの新人で、まだあどけなさが残る快活な子だ。
もっとも快活というか、どちらかと言えば暑苦しいというか。

後輩「取材ってもう終わったんですか?」

淡「ついさっきね」

後輩「ホントですか!?お疲れ様です!」

後輩「あっ、そうだ!大星先輩に見せたいものがあって......」ゴソゴソ

淡「見せたいもの......?」

後輩「ほらこれ、つしまえんのタダ券ですよ!しかも二枚!」

後輩「監督が『貰ってきたけど要らないからお前にやる』って」

淡(完全に子供扱いされてるなー)

後輩「今週末に一緒に行きましょうよ!」
335 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:47:30.31 ID:3ZGr4JZ20
淡「でも私ってマイちゃんと歳離れてるし、行っても楽しくないでしょ?」

淡「高校の友達でも誘って行ってきなよ」

後輩「そんなの全然気にしませんよ!それにたった六歳差ですよ?」

後輩「だからほら、ねっ?」

淡「うーん......やっぱ私は遠慮しとこうかな」

後輩「えー」

淡「ごめん、声かけてくれてありがと」

淡「他の人とか誘ってみて」

後輩「......はい」

淡「お疲れ様。また明日ね」


バタン


後輩「ちぇーっ......大星先輩のいけず」
336 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:50:05.40 ID:3ZGr4JZ20
【二週間後】


彼女が読んでいる『WEEKLY麻雀TODAY』に目をやりながら、私は何気なくキョータローに言った。

淡「キョータローってさ」

京太郎「ん?」ムシャムシャ

淡「結婚するの?」

京太郎「ゲホッ!ゲホッ!」

淡「うわっ、ばっちいからやめてよ」

咲「京ちゃん大丈夫!?」

トーストを喉につまらせたらしく、咳き込む度に空気が通るヒューヒューという音が聞こえる。
横に置いてあった水を一気に飲んでからキョータローは、

京太郎「はぁ......ったく、誤嚥性肺炎になったらどーしてくれんだ」

咲「淡ちゃんに話したの?」ボソボソ

京太郎「俺は誰にも言ってないけど......」ボソボソ

淡「聞こえてますよーだ」
337 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:50:40.80 ID:3ZGr4JZ20
対局でバディを組まされることの多い私とサキは必然的に休暇も被りがちで、よく遊びに行く仲だ。
そこにキョータローの休みも重なったため、折角ならばと昼食会の運びになったのだが......


照「それ、私のせいかも」

咲「お姉ちゃん!?」


彼が休みとなれば、当然彼女も休みなのである。
338 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:51:29.93 ID:3ZGr4JZ20
――― 喫茶 『カメダ珈琲店』


照「この前小鍛治さんと話してる時にうっかり」

咲「『うっかり』じゃないよ!お姉ちゃんのバカ!」

京太郎「最近やけにみんなから変な目で見られると思ったら......」

淡「小鍛治さんに言っちゃったのかー。ゆみ先輩も知ってたし、今頃噂になってるんじゃないかな」

咲「面倒くさいから内緒にしてたのに」ガクッ

淡「テルは教えてもらってんだね」

照「家族だから」フンス

威張るテルの口には髭のように白いモジャモジャがくっついている。
右手に握られたカップの中には、クリームたっぷりのウィンナーコーヒーが半分ほど残っていた。
339 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:52:09.25 ID:3ZGr4JZ20
淡「じゃあ結婚するのは本当なんだ」

咲「うん」

淡「いつ?」

京太郎「六月くらいになる予定だ」

咲「今はどこに住もうか迷ってるんだけど......」

咲「立川にも大宮にも行きやすいってなると、どうしても都心になっちゃうんだよね」

淡「いいじゃん。お給料たくさん貰ってるんでしょ?」

京太郎「俺はそうでもないけど、咲はな」

咲「いやいや!それほどじゃないよ」

ちなみに私より貰っていることは確かだ。
キョータローは―――うん、成績からして男子の中ではそこそこなんじゃないだろうか。
340 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:52:37.81 ID:3ZGr4JZ20
キョータローがポケットから煙草の箱を取り出す素振りを見せると、一瞬だけテルが嫌そうな顔をした。

照「淡は結婚する予定はないの?」

淡「欠片もないけど」

照「じゃあ仲間だね」

淡「えー......」
341 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:53:17.51 ID:3ZGr4JZ20
【26歳 3月】


――― 長野県内 病院


昨晩からの猛吹雪も止み、一面が銀世界と化した朝だった。
慣れない雪道の上をざくざくと歩いて正面玄関に入り、受付のお姉さんとの長い問答を終えてやっとの思いで病室に辿り着く。

淡「サキ!」

咲「あれ、淡ちゃん?どうしてここに......」

淡「ちょうど松本で昼前からイベントが入ってて。かっ飛ばしてきた!」

フナQの運転だけどね。
キョータローから出産の知らせを貰ったのは昨夜の十時を過ぎた頃だったろうか。
一晩中悶々とした気持ちを押さえつけていたが、結局居ても立ってもいられなくなった私は無理を言って朝早くから車を出してもらったのだ。
342 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:53:52.27 ID:3ZGr4JZ20
よく見ると、その張本人はその長い躯体を折り曲げてベッドに寄りかかっていた。
こんな時にもかかわらず呑気に眠りこけているらしい。

咲「京ちゃんったら、心配でここ何日も寝れなかったんだって」

咲「産まれたら産まれたで大騒ぎだし......別に京ちゃんが産むわけじゃないのにね」

淡「キョータローはお子様だから」

咲「そういうところも可愛いんだけど」

淡「サキはこんな時までお惚気ですかー」

淡「でも残念だけど、今はキョータローなんかより赤ちゃんのほうが興味あるな」

咲「......見たい?」

淡「うん!!」
343 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:54:29.90 ID:3ZGr4JZ20
横に寝かされていた小さな赤子をサキの細い手が抱きかかえる。
―――まるで大事な宝物を見せる子供のように、その顔は得意げで幸せそうだった。

淡「この子が......」

咲「触ってみる?」

淡「う、うん......」

咲「ほーら、あわいおねえちゃんですよー」


淡「.........!」


吹けば飛んでしまいそうな儚い命だ。私は指を恐る恐る彼女に差し出した。
そんな私を見て、彼女はにっこりと笑みを浮かべたのだ。
344 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 01:58:47.73 ID:3ZGr4JZ20
いや、それは私の都合の良い思い込みかもしれない。
産まれたばかりの赤ちゃんはほとんど視力を持たないらしいし、ましてや私を認識して微笑みかけるなんてありえるのだろうか。
......なんてことは今だからこそ言えることで、当時の私といえば只々言葉を失っていた。
どちらにしても、私が彼女の虜になるには十分だった。

淡「あ.........」

咲「可愛いでしょ?」

淡「す、すごい.........」

咲「ふふっ」

淡「名前はなんていうの?」

咲「えー、でもまだお七日だってしてないし......」

淡「そんなの建前だけじゃないの」

咲「......いいよ。お父さんにもまだ言ってないけど、淡ちゃんには教えてあげる」

「―――メイ」

淡「......?」

「明。その子は宮永明だ」

京太郎「いい名前だろ」ニカッ

キョータローが床に座り込んだまま笑う。
サキと同じ、幸せそうな顔だ。
345 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:00:05.72 ID:3ZGr4JZ20
京太郎「いててて!腰が......」ヨロヨロ

咲「変な所で寝るからだよ」

京太郎「んなこと言ったってなぁ」


ガララッ


優希「おーっす咲ちゃん!元気か?」

和「病院なんですからもっと静かにしてください」

京太郎「あれ、お前らまで来たのか」

優希「久先輩とまこちゃんも後で来るぞ」

和「ごめんなさい。私はもっと落ち着いてから伺った方が良いかと思ったんですけど」

和「ゆーきがどうしてもすぐに行こうと......」

咲「いいよ。私もみんなが来てくれて嬉しいから」
346 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:00:59.48 ID:3ZGr4JZ20
優希「なんだ京太郎、そんなボサボサの格好してだらしないぞ」

京太郎「仕方ねーだろ!営業の後に飛んできてから二日もそのままなんだから」

「うっ...ううっ......」ジワッ

咲「ちょっとお父さん、静かにしてよね」

京太郎「うぐっ......すまん」

優希「あの京太郎が『お父さん』って......ぷぷっ、笑えるな」

京太郎「窓から放り投げるぞこのチンチクリンが」


淡「.........ふふっ」


天使のようだった。
彼女が笑えば皆が笑い、彼女が泣けば皆が泣く―――いや、どっちにしても笑ってるか。
間違いなく、彼女は祝福されて産まれてきたのだ。
347 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:01:33.75 ID:3ZGr4JZ20
【30歳 7月】


――― 遊園地


照「......気持ち悪い」

淡「テル大丈夫?」

照「うん、なんとか.........うっぷ」フラッ

淡「ちょっ!」

テルがジェットコースターに乗りたいというので隣に座ってみると、意外にも私のほうが楽しんでしまい当の本人はこの有様である。
さすが一足先に三十路に突入しただけのことはあるな......そう考えているうち、自分も十二月には三十代であることを思い出してしまった。

淡(遊園地かぁ。どれくらいぶりかな)

もっとも、こうしてアラサーのお守りをするためにわざわざ遊園地まで来たわけではない。
本来の役目は三人のサポートだ。
348 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:02:37.38 ID:3ZGr4JZ20
明「ねえねえ、おとーさん、おかーさん」

京太郎「ん?どうしたんだ?」

明「ふたりとも、なんでずっとおててつないでるの?」

京太郎「ふっふっふ......教えてやろうか」

京太郎「それはな、母さんがすぐに迷子になるからだよ」

咲「もうっ、お父さんったら」

明「おかーさん......」

京太郎「三歳児に憐れみの目で見られてら」ケラケラ

咲「......」ポカッ

京太郎「いてっ」
349 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:03:24.08 ID:3ZGr4JZ20
淡「ラブラブですなー」

照「だね」

淡「生まれたばっかだと思ってた親友の娘がこんなに成長してるのに」

淡「一方わたしゃ行かず後家まっしぐらですよ。とほほ......」

照「しょっちゅうそういう話してるけど、淡は結婚したいの?」

淡「あー......これはなんていうか、自虐ネタっていうかさ」

淡「真面目に考えると別にそうでもないかも」

照「そっか」

淡「うん」
350 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:07:43.56 ID:3ZGr4JZ20
照「.........」

淡「テルー?」

照「私はちょっと興味あるかもしれない」

淡「!?」

テルこそ『結婚』というワードから一番縁遠いタイプの人種だと思っていただけに意外だった。
結婚はおろか、休日に他人と会うことすら稀だという彼女がそんなことを言い出すとは......

淡(......まぁ、これを間近で見てたら無理もないか)


明「おとーさん!これ!」

京太郎「バイキングか......うーん、明にはちょっと早すぎるかもな」

明「えー」

咲「明がもっと大きくなったらまた来ようね」

京太郎「母さんみたいに怖がりじゃなければの話だけど」

咲「一言多いってば」


見守るように並んで歩く二人の前方を、メイがベビーカーをぐいぐい押しながら進んでゆく。
実に牧歌的な風景じゃないか。
351 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:08:51.31 ID:3ZGr4JZ20
淡(メイ.........)

キョータローが私から離れていくのを感じたくなかった。
キョータローがサキのものになるのが嫌だった。
花嫁姿のサキの横で笑うキョータローを、胸が張り裂けそうになりながら眺めていた。
大学三年の夏―――キョータローのアパートの手前で引き返した夜から、私の心にはしこりが残り続けていた。

でも、メイがそれを変えた。
あの微笑みを見た瞬間、暗闇にいた私の五年半など全て馬鹿馬鹿しく思えてしまったのだ。
もはや私の願いは彼の隣にいることではなかった。
ただ彼と彼女と、そしてあの子を遠くから見守るだけで幸せだった。
352 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:09:52.30 ID:3ZGr4JZ20
【30歳 12月】


淡「もしもし、大星ですけど」

淡「.........事故?」





―――あの日までは。
353 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:10:20.28 ID:3ZGr4JZ20


<大星淡の回想> 終

354 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/06(火) 02:13:55.03 ID:3ZGr4JZ20
今回はここまで

過去編の後半は照編ですが、
ちょっとずつ書いていった淡編が少しダレたので書き溜めて一気に投下しようと思います。
ということでしばらくお休みします。
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/13(火) 20:36:17.85 ID:1j0W2UEAo
乙です!
速報復活したし一安心。楽しみに待ってます
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/04/13(火) 21:56:00.39 ID:6VB0h95T0
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/13(火) 22:56:33.49 ID:x30IFLWc0
乙です
続きが待ち遠しかった
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/20(火) 19:45:41.32 ID:DKyH24Dh0
乙ッ!
359 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/25(日) 10:14:04.84 ID:7TsduQjI0
>>1です。
前々から考えていたことについて準備が出来ましたのでお知らせします。


1. ハーメルンに移転します
以後はハーメルンで書くことにします。主な理由は以下の通りです。

・SS速報がしょっちゅう落ちる
落ちるっていうかドメイン失効なんですが、ともかく面倒なのでこれを期に移動します。
・書き直しが効く
実はミスったところが(誤字の範疇から展開の失敗まで含めて)結構存在します。
そのままに残しておくのも気持ち悪いので、書き直しが出来ると非常に助かるのです。


2. 非安価になります
ハーメルンに移転するので当然っちゃ当然ですけど。
元々安価要素は薄かったし、取りたかったところももう粗方終わったので問題ないと判断しました。


SS速報を出ていくわけではなく、今後も安価スレがやりたい時はここが中心になると思います。
最初は既存部分の書き直しが主になりますが、色々変更を加えていく予定なのでサラッとでも目を通していただけると幸いです。
360 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/25(日) 10:14:52.07 ID:7TsduQjI0
移転先URL:
https://syosetu.org/novel/256574/
361 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/25(日) 10:18:49.81 ID:7TsduQjI0
あと、京カプスレで本作の事に言及している方がいたのを拝見しました。
めっっっっっっっちゃ嬉しかったです。

>>1はバカなので、少しでもおだてられるとそれを燃料に百万行書くことができます。
せっかくハーメルンに移転しますから、感想とか書いていただけると非常にありがたいです。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/04/30(金) 09:56:14.49 ID:cOTpItTu0
ハーメルンに行ったら見ることないかな
今までおつでした
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