【シャニマス 】果穂(16)「普通って、なんですか?」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/15(土) 15:11:06.53 ID:PM2pR1fDO
島村卯月「普通って何でしょうか?」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:17:53.78 ID:yf00dqmI0
 プロデューサーさんに文化祭の話をすると、ずいぶん嬉しいそうに返事をしてくれた。久しぶりにあたしから話を持ちかけた気がする。

「ただ歌う曲によってはちょっと権利の問題とかで難しいかもだから、一応相談してほしい」

 そこは失念していたけど、頼んできた子はあたしが自分の曲を歌う前提で頼んできていると思う。高校の文化祭なんだから気にしなくてもいいと思いつつも、本人が歌うとなるとちょっとわけが変わってくるのかもしれない。
 やっぱり文化祭のライブでも、ちょっと特別扱いになってしまうのかな。

「でも安心したよ、果穂が文化祭楽しみにてるみたいで」

 話をすぐ終えられるようプロデューサーさんが出かける直前に相談を持ちかけたのに、あの人はニコニコと扉の前で話を続けた。

「遅れちゃいますよ」
「ははっ、そうだな、じゃあ歌う曲がわかったらまた教えてくれ!」

 いつもみたいにそっけなく返事をしたつもりだったのに、プロデューサーさんの声はいつもより嬉しそうだった。
 どうてあたしが話しかけただけであんなに嬉しそうにしてくれるんだろう。ファンの人でもないのに。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:18:36.37 ID:yf00dqmI0
 蝉が一段とうるさい。でもそれに混じって聞こえてくるせせらぎの音が爽やかで、街の中にいるよりずいぶん涼しい音がした。

「お盆特番として芸人の方々がアフリカの方で危険なお祭りに参加してますので、そのVTRの合間に、杜野さんたちが山奥で夏休みを満喫している、という映像を使いたく……」
「すごい緩急ですね……!」

 あたしは週末を使って、凛世さんと泊まりがけのロケに来ていた。お盆に特番が組まれるバラエティ番組で、そこで使うVTRの1つを凛世さんとあたしで出演できることになった。

「では、わたくしは……シンプルに楽しめば良いと……」
「はい、基本的にこちらで用意したレジャーを凛世さんらしく楽しんでいただければそのまま映えますんで」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:19:16.08 ID:yf00dqmI0
 凛世さんはあの雰囲気がウケてバラエティに呼ばれるようになり、天然な発言を期待される凛世さんらしい仕事が増えていた。今日はワンピースを着ているけど、やっぱり和服よりもこっちの方が大人に見える。

「承知いたしました」

 スタッフの人から改めて説明を受けて、凛世さんはあたしの方を振り返った。

「では、果穂さんと凛世のトークを撮れれば良いと……」
「はい! いっぱいお話ししましょう!」

 この番組で泊まりのロケと聞いて身構えていたけど、思ってたより楽に過ごせそう。番組が求めている凛世さんの個性を、あたしがどれだけ引き出せるかにかかっている。
 とはいえ、凛世さんもそのことはわかっているはずなので、あたしが相槌を打ちやすいように話を運んでくれるはず。人に聞かれても問題ないような、いつもみたいなお喋りをすればいい。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:19:47.87 ID:yf00dqmI0
 顎に汗が垂れる。ぼーっとその感覚を楽しんでいると、揺れた汗は地面に落ちて、一滴のシミを作った。
 河原の砂利に汗が吸い込まれていくのを見て、暑いですね、と呟く。耳鳴りのように響く蝉の声は不快ではなかったけど、背中に張り付く汗の感覚はないほうが気持ちいいだろうな、と思った。

「ほんと、昼間だと河原でも暑いですね。一旦車に避難しましょうか」

 スタッフさんがそう言ってくれたので、凛世さんと揃って河原を歩いた。身体半分で浴びる水飛沫は冷たいけど、上から降り注ぐ日差しが顔を照りつけるのでちぐはぐだった。
 そうちえば、来週の今頃はもう、夏休みだ。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:20:33.73 ID:yf00dqmI0
 最初のレジャーは魚釣りだった。
 入り組んだ渓谷の中でも流れが穏やかなところがあって、そこは木が屋根になっているので1日中魚釣りができるスポットということだった。

「凛世さん、ミミズつけてあげましょうか?」
「いえ……苦手ではありませんので……このくらい……」

 もちろん手袋はつけていたけど、あたしはちょっと嫌だった。普通だったらスタッフの人が付けてくれるだろうけど、今日は凛世さんとあたしの2人がのんびりしてる映像が欲しいわけだから、当然画角に他の人が入ってくることはない。
 一度に1匹全部使うのは勿体無いので、針に付けた後に千切って使っていたけど、ミミズ潰す感覚がぶにゅっとしていて気持ち悪かった。凛世さんか閑雅にこなしている。平気なのかな。

「凛世さん、釣りってどれくらいします?」
「地元にいた頃は、しておりましたが……最近はあまり……」
「する場所もないですもんねぇ」

 のんびりと話すように心がけながら、他愛無い話をゆっくりと続けていく。日陰なので汗をかくことはなかったし、蝉の声は変わらないのに空気は涼しくて快適だった。
 魚は全然かからない。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/15(土) 23:21:06.14 ID:yf00dqmI0
 台本はあるにはあるけど、途中の会話は基本的にアドリブで任されている。

「地元はどこでしたっけ?」
 鳥取だったと思う。
「鳥取で……こざいます」
「鳥取かぁ……釣りできる川とかあったんですか?」
「えぇ……鮎の……手掴みなども……」
「鮎を手掴みですかっ?」

 ちょっと想像してみて、凛世さんなら案外上手に捕まえそうだな、と思った。
 凛世さんはそういうところでは、顔色ひとつ変えずに誰よりも必死になるところがある。放クラ5人で遊んでいた頃もそうで、夏葉さんが提案する無茶に真っ先に飛び込んでいたのは凛世さんだった気がする。今となってはもう、あやふやな思い出だけど。
 その後はのんびりと凛世さんが話をしてくれて、あたしがそれに相槌を打ったり、たまに質問したりして、決まった時間が過ぎたらスタッフさんが合図が来た。
 やっぱり杜野さんは喋るだけで面白いから助かります、と気さくなスタッフさんが話しかけてきて、凛世さんがうふふと喜んでいた。
 あたしはそれを聞いてなんだか誇らしくなった気がして、こめかみに浮かんだ汗を二の腕で拭った。涼しくても汗は流れる。

「じゃあ次は川下りの体験があるので、休憩を挟んだ後……」

 スタッフさんの指示に返事をしながら、凛世さんとあたしはまた河原を歩いた。荷物が多かったら車まで運ぼうかと思ったけど、魚は1匹も釣れなかったのでその必要はなかった。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/16(日) 17:43:47.21 ID:vxf1UNaL0
 顎に汗が垂れる。ぼーっとその感覚を楽しんでいると、揺れた汗は地面に落ちて、一滴のシミを作った。
 河原の砂利に汗が吸い込まれていくのを見て、暑いですね、と呟く。耳鳴りのように響く蝉の声は不快ではなかったけど、背中に張り付く汗の感覚はないほうが気持ちいいだろうな、と思った。

「ほんと、昼間だと河原でも暑いですね。一旦車に避難しましょうか」

 スタッフさんがそう言ってくれたので、凛世さんと揃って河原を歩いた。身体半分で浴びる水飛沫は冷たいけど、上から降り注ぐ日差しが顔を照りつけるのでちぐはぐだった。
 そうちえば、来週の今頃はもう、夏休みだ。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/16(日) 17:44:14.90 ID:vxf1UNaL0
 最初のレジャーは魚釣りだった。
 入り組んだ渓谷の中でも流れが穏やかなところがあって、そこは木が屋根になっているので1日中魚釣りができるスポットということだった。

「凛世さん、ミミズつけてあげましょうか?」
「いえ……苦手ではありませんので……この程度は……」

 もちろん手袋はつけていたけど、あたしはちょっと嫌だった。普通だったらスタッフの人が付けてくれるだろうけど、今日は凛世さんとあたしの2人がのんびりしてる映像が欲しいわけだから、当然画角に他の人が入ってくることはない。
 一度に1匹全部使うのは勿体無いので、針に付けた後に千切って使っていたけど、ミミズ潰す感覚がぶにゅっとしていて気持ち悪かった。凛世さんか閑雅にこなしている。平気なのかな。

「凛世さん、釣りってどれくらいします?」
「地元にいた頃は、しておりましたが……最近はあまり……」
「する場所もないですもんねぇ」

 のんびりと話すように心がけながら、他愛無い話をゆっくりと続けていく。日陰なので汗をかくことはなかったし、蝉の声は変わらないのに空気は涼しくて快適だった。
 魚は全然かからない。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/16(日) 17:44:54.80 ID:vxf1UNaL0
 台本はあるにはあるけど、会話の中身は基本的にアドリブで任されている。

「地元はどこでしたっけ?」

 中四国地方だったと思う。

「鳥取で……こざいます」
「鳥取かぁ……釣りできる川とかあったんですか?」
「えぇ……鮎の……手掴みなども……」
「鮎を手掴みですかっ?」

 ちょっと想像してみて、凛世さんなら案外上手に捕まえそうだな、と思った。
 凛世さんはそういうところでは、顔色ひとつ変えずに誰よりも必死になるところがある。放クラ5人で遊んでいた頃もそうで、夏葉さんが提案する無茶に真っ先に飛び込んでいたのは凛世さんだった気がする。今となってはもう、あやふやな思い出だけど。
 あんなに鮮明に覚えていると思っていた記憶も、小学生の頃のものなんて、もうぼんやりと靄がかかったようにしか思い出せなくなっている。今この時間も、時間が経ったら忘れてしまうのかな。
 でもそうか。今はカメラが回ってるから、きっと会話のどこかは映像として残る。それを見返せばまた思い出せるかもしれない。普通とは違う、あたしの特権だ。
 その後はのんびりと凛世さんが話をしてくれて、あたしがそれに相槌を打ったり、たまに質問したりして、決まった時間が過ぎたらスタッフさんが合図が来た。
 やっぱり杜野さんは喋るだけで面白いから助かります、と気さくなスタッフさんが話しかけてきて、凛世さんがうふふと喜んでいた。
 あたしはそれを聞いてなんだか誇らしくなった気がして、こめかみに浮かんだ汗を二の腕で拭った。涼しくても汗は流れる。

「じゃあ次は川下りの体験があるので、休憩を挟んだ後……」

 スタッフさんの指示に元気よく返事をしながら、凛世さんとあたしはまた河原を歩いた。荷物が多かったら車まで運ぼうかと思ったけど、魚は1匹も釣れなかったのでその必要はなかった。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:40:54.32 ID:/6+K4mbv0
 その当たり前を持ち続けて欲しい、と言われたことがある。誰に言われたのかは覚えてないけど、頭に強く残っていて、さっき夢の中でそれを思い出した。

 時計を見ると深夜2時。夜中に目が覚めて、無性にお腹が空いたので旅館に備え付けてあった冷蔵庫を開けてみると、冷凍スペースにアイスが入っていた。2個入りの、だいふくのアイス。夕方スタッフさん達と別れる時に、お風呂上がりにでもどうぞと差し入れで貰ったものだ。
 減量中だったらどうするつもりだったんだろう。
 昼間はあれからいくつか川や山でレジャーを撮影して、夜は旅館でご馳走を食べさせてもらった。VTRで使う時は、芸人さんたちが現地でゲテモノを食べている映像を流しながら、ワイプであたしたちが美味しいものを食べる映像を流すらしい。
 あたしたちだけいい思いをして申し訳ないけど、いくらテレビに出る出番が増えたってあたしたちはアイドルだ。そういう立ち位置にいることは承知している。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:41:25.48 ID:/6+K4mbv0
 広縁に座って、少しだけ窓の障子を開けてみる。月明かりが思ったより眩しくて、すぐにパタンと閉じた。丸い木のテーブルにアイスを置く。すぐ食べたら硬いから、しばらく置いておこう。
 最近食欲が無性に湧いてくる。お母さんからは成長期ね、と言われて納得したけど、プロデューサーさんに同じことを言われるとちょっともやもやした。そういうことを女の子に向かって言わなくたって。
 昔はちょこ先輩がやたらご飯を食べることに驚いていたけど、今だとなんとなくわかる。身体が大きくなるのにご飯が必要だって、おなかが言っている。毎日こんな時間に食べたらダメかもだけど、眠れない夜くらい、ちょっと悪さをしたってバチは当たらない。

「……眠れないのですか?」

 突然声をかけられて、喉の奥でヒュッと音がなる。気がついたら、凛音さんが目の前に座っていた。びっくりした。

「ごめんなさい、起こしちゃいましたか」
「いえ……凛世も……枕が合わず……」

 あたしは別に枕が合わないわけではなかったけど、ちょっとさみしかったからほっとした。凛世さんとは、無言が続いても気まずくないから落ち着いていられる。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:41:58.43 ID:/6+K4mbv0
 やっぱり凛世さんは和服が似合う。旅館のパジャマのことを正確になんて呼ぶのかは知らないけど、寝起きなのにきっちりと浴衣を見に纏った凛世さんは、昼間よりも馴染み深くて、ちょっぴり子供に思えた。
 初めて出会った頃の凛世さんより、あたしはもう大人なんだと思うと、ちょっと変な気分になる。今の自分が、記憶の中の凛世さんより大人びているイメージがわからない。それとも、記憶にもやがかかっているだけで、実際の凛世さんはもっと子供だったのかもしれない。
 その凛世さんが、おもむろに折り紙を机の上に置き、丁寧に折り目をつけはじめた。

「なんですか、それ」
「折り紙で……ございます……」

 どこから、と思っていると、テレビの下の台に入っていた、と答えてくれた。あたしが起きたことに気づいてここに座ったと思っていたのに、音も立てずにいつのまに取ってきたんだろう。でも凛世さんだし。そういうこともある。
 凛世さんが赤いものを一枚くれたので、あたしも何か折ることにした。赤い折り紙。もともと赤は好きだったけど、アイドルになってからは自然と自分が身につけるものは赤を選ぶようになっていた。
 赤といえばヒーローの色だったけど、いつの間にか、赤はあたしの色になっている。

「それは……?」
「よく飛ぶ紙飛行機です」

 折り紙で紙飛行機を作ると、あり得ないほどよく飛ぶ。
 事務所で作ってもらって、学校の昼休みにみんなに自慢したことを覚えているけど、誰に教わったんだっけ。あさひさんとかかな。あさひさんな気がする。あの人はこういう不思議なことをたくさん知っている。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:42:26.33 ID:/6+K4mbv0
「アイス、一個食べますか?」
「いえ……先程いただきましたので……」
「じゃあ食べちゃいます、内緒ですよ」
「ふふ……このような時間に……」

 蓋を開けると、アイスはまだちょっと硬かった。早すぎたな。
 でもお腹が空いたし、いつまでも待っていると明日の朝起きるのが辛くなってしまうから、早く食べてしまいたい。

「それは……プロデューサーさまもお好きな……」
「そうですね」

 昔、よく1つ分けてもらってた気がする。当時のあたしは嬉しかったけど、貰いっぱなしなのはよくない気がして、自分がアイスを選ぶ時もこれを選んでプロデューサーさんと半分こしていた。特に好きなわけでもなかったけど。

「そういえば……」
「?」

 アイスを思い切って一口で頬張ると、凛世さんが顔を上げた。

「あの方からお聞きしたのですが……文化祭で、ライブをすると」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:42:56.31 ID:/6+K4mbv0
 すぐに飲み込むのは大きいし、急いで噛むと歯の奥がキーンとしたので、頭を縦にブンブンと振って答える。
 凛世さんがふふふと笑う。なんで口に入れた途端に質問してくるんですか。

「ま、まだ、決まってはないんですけどね」

 急いで飲み込んで返事をすると、凛世さんはまたにこりと笑って障子の方に目をやった。別に急いで飲み込む必要はなかったな。

「友達に、誘われて、やらないかって」
「そうですか……」
「凛世さん、高校の文化祭って、その」
「……はい」
「普通に楽しめてました?」
「…………」

 凛世さんはちょっとだけ私の目を見て、障子に手を伸ばした。細い指が半紙を撫でる音を立てる。薄暗い部屋に、半紙が擦れる音だけが響く。

「そうですね……凛世には、普通はわかりません」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:43:44.07 ID:/6+K4mbv0
 落ち着いた声音で、凛世さんがゆっくり喋る。この人は放クラや事務所のみんなの前だと、言葉を選ぶように間を開けて喋ることが多い。けれど、みんな自然とそのあと言葉が続くのかそうでないのか、わかっていた。
 凛世さんの言葉を遮ってしまうことは、あまりないと思う。

「そもそも……自分が変わっている、ということは……承知のつもりです」

 東京から出てきてすぐも、自分1人で何もできないことを思い知って、そこであのお方に助けられたこともあります。
 プロデューサーさんが絡むとちょっと早口になる。

「アイドルになり、高校が変わっても……凛世は周りの皆さんが歩み寄ってくれることで……受け入れていただけました」

 凛世は変わらず、普通にしていただけなのに、と、懐かしそうに目を細めている。綺麗な顔だ。

「凛世はおそらく、周りからすれば変わり者……特別です……ですが、それでもみなさんは……普通に扱ってくださいました」

 一呼吸おく。

「それは、普通なのか、特別なのか」

 凛世には、普通はわかりません……と、ハの字の眉毛をもっとハの字にして、困ったように凛世さんが笑う。それにつられて、はは、と困った笑顔を返す。

「酔っ払いのたわごとでございます、聞き流していただけると……」

 そういえば凛世さんは、お夕飯の時に梅酒を飲んでいた。カメラの前では頬を赤らめていたけど、そんなに酔った様子はなかったし、ずいぶん時間が経っている。

「わかりました」

 でもたぶん、凛世さんがそう言うならそうなのだと思う。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/17(月) 17:44:27.02 ID:/6+K4mbv0
 凛世さんは元から特別だ。それは自他ともに認められていることだし、凛世さんはそれを武器にしている。
 気にしている様子もあるけど、それを受け入れてもらえてるし、現に今日もその凛世さんの「特別」が撮りたくて、お仕事ももらっている。あたしは凛世さんの隣にいただけだ。
 凛世さんと比べたら、自分はなんて普通なんだろう。さっきまで自分が特別で、普通のことを何も知れないなんて傲慢なことを考えていたけど、案外自分みたいな人間は、特別でもなんでもないのかもしれない。
 特別であることを自覚すること、普通であると言い聞かせること、どっちが正しいのだろう。
 凛世さんがすっと障子を開く。暗い広縁に、薄青い月明かりが差し込んだ。

「開けるだけで、明るい部屋になりましたね」
「ええ……今宵はずいぶんと……月が……」
「綺麗ですね?」
「ふふ……」

 残りのアイスを頬張ると、さっきよりもずいぶん食べやすくなっていた。柔らかいし、ちょっとぬるくなってる。
 でもちょっと背中が冷える気がして、でもまだ寝る気にはなれなくて、壁にかけてある寝巻き用の上着を肩に羽織った。

「凛世さんも上着、いりますか?」
「はい……では」

 夏の真ん中でも、夜の山奥は冷える。

「ありがとう……ございます」

 月明かりに照らされる凛世さんの顔は、お化粧をしてないのに綺麗で、特別だな、と思った。綺麗ですね、とあたしが言うと、凛世さんはにこりと目を細めた。
 その当たり前を持ち続けて欲しい。誰かの言葉をふと思い出した。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:53:37.15 ID:P7s9I4jP0
 月曜日は普通に学校があった。日曜日も夕方まで撮影があったから家に帰ったのは夜になり、微妙に疲れが溜まったままの登校になった。まぶたの裏に疲れは溜まってるけど、夏休み前だから、とこのスケジュールを受け入れたのはあたしなので仕方ない。

 2時間目が終わって、お昼まで我慢できそうになかったので菓子パンを齧りながらスケジュール帳を確認していると、生徒会の子が話しかけてきた。

「果穂ちゃん、例の件なんだけど……どうだった?」
「あ、それなんだけどね!」

 あたしはすぐに顔を上げて、曲のことはまだわからないということを伝えた。プロデューサーさんと言っても伝わらないので、事務所の人に許可は貰えたよ、と伝えた。

「じゃあ予定も空けてくれそうなんだ! 果穂ちゃんしかしたらお仕事かな〜って思ってたから嬉しいな」
「あたしもそこは安心! 数学が2時間ある日は休んでもいいけど行事の日はね〜」
「水曜日はマジでスルーしていい日だよね」

 数学が2時間ある日は水曜日だったんだ、となんとなく別のことを考えながら、休み時間いっぱいその子とお喋りをしていた。部活をしていないからグループに入れないんじゃないかって不安に思ってた時期もあったけど、案外教室では部活以外の繋がりも多い。あたしとしては助かる。
 また曲のことが決まったら連絡するね、もしかしたら夏休みになるかも、と伝えると、生徒会の子はわかった〜と嬉しそうに席に戻っていった。そういえば締切とか聞いていないな、と思ったけど、まあ高校の行事なんてそんなものなのかもしれない。なるべく早く決めればいいかな。


 放課後は雑誌の撮影があった。これが終われば3日お休みがある。学校はあるけど、放課後の時間が空くだけでずいぶん楽になる。寝溜めしておかなくちゃ。
 プロデューサーさんとの待ち合わせはまだ余裕があったけど、今日もあたしが先に着いておきたかったので少し急いで学校を出た。何か飲み物でも買おうかと思って鞄を開けると、この間のいちごオレが入っていてちょっとげんなりした。多分、もう飲めなくなってる。でも捨てるのを人に見られるのはダメだし、家まで待って帰ろう。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:54:13.06 ID:P7s9I4jP0
 コンビニまで行くと、待ち合わせの10分前なのに、いつもの場所に車が停めてあった。ナンバープレートが同じだから間違いない。早すぎる。
 たぶんプロデューサーさんは水か何か用意してくれているだろうけど、この喉の渇きをあの人に潤してもらうところを想像すると、なんだかムッと思うところがあったので、車に気づかないふりをして少し小走りにコンビニに駆け込んだ。
 少し急ぎ目に水を選んで、レジに急ぐ。小腹が空いてる気がしたけど、これから撮影だし、少しでもお腹を引っ込めておきたくて我慢した。
 案外、少し食べただけでも印象は変わる。今日の衣装は浴衣だと聞いてるけど、着付けの時にお腹にタオル巻かなくていい、なんて言われたら、ちょっと嫌かもしれない。
 この間夏葉さんに教えてもらったスマホ決済でお会計を済ませて、コンビニの自動ドアをくぐる。蝉の声は頭の中まで響くようで、姿も見えないのにどこから聞こえてくるんだろう、と視線を泳がせた。地面から陽炎が上がっている。もし地面があんな風にぐにゃぐにゃしてたらバランス取るの難しそう。
 コンビニで水を買ったのが知られたら、なんだかあの人への当てつけみたいなので、プロデューサーさんの車からは死角になる位置で1口だけ水を飲んで、小走りで車に向かった。後部座席のドアを開ける。

「おつかれ果穂」
「お疲れ様です」

 今日の撮影はちょっと遠い。車に乗っている間は宿題でも進めようかな。でも頭を使うなら甘いものが食べたい。やっぱ何か買えばよかったな。

「さっき買ったやつだけど、チョコ食べる?」

 ミラー越しに目が合う。すぐに目を逸らす。

「いりません」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:54:38.17 ID:P7s9I4jP0
 撮影は驚くほどスムーズに終わった。本当は待ち時間があったけど、あたしの前の子が機嫌を悪くしてしまっていて順繰りにあたしの撮影が先になった。お仕事で機嫌を悪くするなんて、子役の撮影でもあったのかな。

「いやぁ、果穂ちゃんまた背伸びたねぇ!」
「はは、小宮も育ち盛りですので」
「昔からスタイル良かったけど今年はもう浴衣がバッチリ映えるねぇ、大人顔負けだよ!」
「ありがとうございます、お褒めいただいたと伝えておきますよ」

 扉の外でプロデューサーさんと誰かが話しているのが聞こえて、控え室からちょっと耳を澄ませていた。
 今年はまた身長が伸びた。昔はみんなと違うこの見た目が嫌で仕方なかったけど、どうやら身長が高いのは便利なことらしいと気づいてからは、そうでもなくなった。この歳にしては、ではなく、もっと広い範囲で武器になる。
 現に、今着せてもらっている浴衣も高校生が着るには少し大人びている。こう言ってはなんだけど、たぶんクラスの子が来たら浴衣に着られているような印象を抱いてしまうと思う。あたしも背伸びをしてなんとか着ているだけだけど。
 今年はプライベートで浴衣を着る機会があるのかな。せっかくなら何処かで着て、みんなで遊びに行きたたい。ちょこ先輩はしきりに太った太ったと言うけど、浴衣を着ると急に細く見えるから面白い。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:55:18.65 ID:P7s9I4jP0
「果穂、入ってもいいか?」

 ドアをノックされて、全然問題はなかったけど、あたしは「少し待ってください」と声を張って、5秒くらい待って「いいですよ」と扉に話しかけた。

「お疲れ様、今日の撮影もバッチリだったな」
「ありがとうございます」
「スタッフの人も褒めてくれてたぞ、後から撮影した大人のモデルさんよりずっとお淑やかだったって」

 あの人、大人だったんだ。大人なのに周りに迷惑をかけるなんて、そんな生き方自分が苦しくないのかな。

「よかったら買い取るかって言われたけど……どうする?」
「これですか?」
「うん。このまますぐ帰れるし、はづきさんが着付けできるから遊びに行く時も着れるぞ」
「うーん」

 改めてくるりと鏡を見てみる。久しぶりに髪を下ろしているので普段とは随分印象が違うけど、白地に赤とオレンジでアサガオが描かれている浴衣は自分でも似合っていると思うし、凛世さんも持ってなさそうだった。

「ちょっと欲しいかもです」
「じゃあ言ってくるよ。そのまま帰れるけど、どうする?」
「着たままで大丈夫です」
「わかった。よく似合ってるもんな、それ」

 プロデューサーさんが小走りで出ていったので、あたしはまとまっていた荷物を肩にかけて、先に衣装さんたちに挨拶を済ませておいた。
 最近は1人で挨拶に向かっても「しっかりしてるね」と言われることが少なくなった。自分が大人に近づけてる感覚がして、悪い気分ではなかった。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:56:03.07 ID:P7s9I4jP0
 着替えがないぶん早く帰れると思ったら、帰路で渋滞に捕まってしまった。

「ごめん……まだしばらく抜けそうにないな」
「プロデューサーさんは予定ないんですか?」
「今日はもうないよ、果穂は?」

 放課後に予定があることなんてない。窓のところに肘をついて、聞こえるか聞こえないかの音量で「別に、ないです」とだけ返事をしておいた。
 プロデューサーさんは聞き返してこなかったから、たぶん聞き取れたのだと思う。
 浴衣で帰ろうとしてしまったから、長いこと車に乗っていると姿勢が崩せなくて腰が痛い。こんなことなら時間をかけてでも着替えてくるべきだった。

 外はかなり混んでいる。ふと歩道に目をやると、あたしに似た浴衣を着ている人が目に入った。
 浴衣?

「もしかして夏祭りやってるのかな」
「みたい……ですね」

 意図せず声音が上がってしまったので少し抑えつつ、私も同じことを考えていた。この辺りで渋滞なんてほぼないし、近くでお祭りでもあるのかもしれない。

「よかったら寄っていかないか?」
「見つかったら面倒じゃありませんか?」

 歳が離れているとはいえ、親子ほどの年齢差もない。1番嫌な誤解をされるかもしれないと思うと、行ってみたい気持ちがそれに押し負けてしまう。

「意外にお祭りって人の顔見ないんだ」

 凛世の時も意外に問題なかったんだよ、とプロデューサーさんはちょっと楽しそうにハンドルを握り直していた。いつの話だろう。凛世さんは小柄だし、あまり見つからない印象はある。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/18(火) 16:56:51.86 ID:P7s9I4jP0
「ただ無理にとは言わないし、疲れてるならやめておく……?」

 あたしが黙っていると、プロデューサーさんはミラー越しにこちらを伺ってきた。
 この人も、今は事務所のみんなが大人だし、一緒に行ける人がいないのかもしれない。この性格だし友達はいるだろうけど、これだけ仕事をしているのを見ていたらプライベートで遊ぶ暇もないのかもしれない。
 本当は早く帰りたかったけど、あんまり邪険にするのは良くない気がして、ミラー越しにプロデューサーさんの顔を見た。目が合う。なんかこそばゆくて、すぐそらす。

「いいですよ」

 なるべく優しく応えようとしたけど、自分が思ってるよりぶっきらぼうな声が出てしまった。プロデューサーさん傷付いてないかな、ともう一度ミラーを見ると、また目があって、

「じゃ、ちょっと車停めるとこ探すな」

 嬉しそうでホッとした。
 あたしがこんな態度でいても、この人は機嫌を悪くしない。
 よく考えると、さっき機嫌を悪くしたモデルさんを身勝手だと思ったけど、それはプロデューサーさんに対するあたしの態度もそうなのかもしれない。さっきはあたしやスタッフの人が帳尻を合わせて撮影が遅れないようにしたけど、この車の中では、プロデューサーさんが帳尻を合わせてくれているのかもしれない。

 どうしてそんなにしてくれるんだろう。

 娘ほど歳は離れてないけど、兄妹というほどでもないし、従姉妹や姪でもない。プロデューサーさんにとってあたしは、ちょっと特別なのかもしれない。
 ウィンカーの音に耳を澄ませていると、外からヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。頭の中を覗かれているような気がして、あたしは小さく咳払いをした。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/19(水) 12:47:24.99 ID:jIzyKTgRO
あーすきすき
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/21(金) 20:51:17.50 ID:+8ELAIim0
すみません
明日には続き投下します
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/21(金) 21:01:22.08 ID:Q/ECCXK3o
待ってます
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/22(土) 10:47:03.63 ID:DN0RLrODO
普通、普通ってなんだ?

に○か「小学生なのに身長は160越で、バストが80ある女の子じゃないのはたしか」

「……って、福丸さんが」



小糸「ぴゃっ?!」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:09:52.15 ID:WLbdB1fd0
 車を停めた場所から5分程で、屋台が並ぶ河原の景色が見えた。焦げたソースの匂いがたちこめて、その中から砂糖の甘い匂いも漂ってくる。お腹すいた。どこからか太鼓や笛の音も聞こえてくる。でもこれは音質的にスピーカーのやつだな。

「何か食べたいものあったら言ってな」
「特にありません」

 子供扱いされてるみたいでムッと答えてしまったけど、言ってから少し後悔した。お腹すいてるのに。撮影が早くなったせいでケータリングも食べ損ねたし、屋台に並ぶ文字がいつもより魅力的に思える。
 あたしが変な意地を張っているせいで自分が目の前の食べ物を逃したと思うと、なんだか情けなくてしゅんとした。

「うわぁ、見てみなよ果穂、金魚掬いの屋台が2つ並んでる」

 あたしが目頭を熱くしてたのに、プロデューサーさんは目を輝かせて屋台の方を見ている。今年で幾つになるんだろう。でもそういうところがかわいいって、前に凛世さんが言っていた。かわいいかな。若いとは思う。
 人混みの中、プロデューサーさんのスーツの背中を眺めてて、いつもより自分の目線が高いな、と思った。浴衣のまま来たから靴が厚底なのもあるけど、やっぱりまた背が伸びたのかもしれない。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:10:38.58 ID:WLbdB1fd0
 いつだったか、プロデューサーさんと公園で身長の話をしたことを思い出した。たぶん、W.I.N.G.に優勝する前。あの頃のあたしは自分がまだまだ大きくなると思っていたし、この人の身長が平均より高いことなんて意にも介してなくて、「プロデューサーさんよりも背が高くなっているでしょうか」と言った覚えがある。
 全然そんなことなかった。今だって厚底を履いているのに、この人の頭のてっぺんは見えやしない。いくらあたしの身長が高くても、男女の差は簡単には埋められない。
 一段とソースの匂いが濃くなって、やっぱお腹すいたし、どうしよう、と思い始めていると、おでこからプロデューサーさんにぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

 思ったより早歩きをしていたらしく、前髪が崩れていないかすぐ手で確かめた。

「果穂、たこ焼き一緒に食べないか?」
「たこ焼き……」

 屋台に寄ろうとして、この人が立ち止まったらしい。食べたかったけど、さっき「いらない」と言った手前、ここで喜んで欲しがるのはちょっと恥ずかしかったので、

「半分なら」

と自分でもよくわからない強がりをしてしまった。

「じゃあ買ってくるよ!」

 でもあたしの機敏なんて気にしていない様子で、プロデューサーさんは「はぐれないようにね」と言って、流れを割って屋台の方に向かった。
 あたしも見失わないように背中を追いかける。浴衣や甚兵衛の人が多いから、スーツは目立つ。でもあたしは浴衣に紛れてしまうから、あたしが見失うわけにはいかなかった。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:11:45.39 ID:WLbdB1fd0
undefined
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:15:32.85 ID:WLbdB1fd0
 プロデューサーさんがカバンから水を取り出してる。先に水飲むのかな。じゃああたしが先にいただきますって言っちゃえば食べてしまってもいいのでは……でもさっきいらないですと言った手前、それはなんか違う気もするし……

「でもよかった、果穂も文化祭を楽しめそうで! 普通のみんなみたいに」

「…………」

 割り箸を持つ手が固まった。
 雑踏の音が急に遠くなる。
 地面に触れてる部分が冷たく感じて、喉が渇いていることに気付く。

 普通のみんなみたいに。

「本当にそう思いますか?」
「え?」
「普通のみんなみたいに、」

 普通のみんなみたいに、文化祭を楽しむことができると、あたしは思えない。お仕事があるから放課後の予定は埋まってるし、それだと文化祭の準備は参加が難しい。
 誘ってもらったライブだって、それはあたしが普通だからじゃなくて、アイドルだからなのは間違いない。アイドルがクラスにいるから珍しくて、特別だから、きっと声をかけてくれた。それは嬉しくないわけじゃないけど、なんだか、ちょっと。
 あたしはアイドルになったことについて、一切後悔はしていない。
 ないけど、やっぱりたまに考えてしまう。もしアイドルになっていなかったら、あの日公園でプロデューサーさんと出会わなければ、今何をしていたんだろう。部活は何を選んだのかな。高校も、もしかしたら別の場所に通っていたかもしれない。
 眠っている時、学校にいる夢を見ても、いつのまにか現場にいる。部活をしている夢は、体育と授業と変わらない。知らないから、想像だってできやしない。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:16:19.54 ID:WLbdB1fd0
 普通を楽しんでいる友達を見ると、たまに羨ましくなる。放課後にどこに行ったとか、部活の先輩がウザいとか、夜遅くまで通話したりとか。
 もちろん、普通の人たちからすれば、あたしがしている経験は羨ましいものなのかもしれない。特別なことは普通味わえないことで、特別な体験をさせてもらいながら普通
も望むなんて、とんだ我が儘だってことはわかっている。
 でも、やっぱり、あたしが普通でなくなるきっかけになった人に、普通のみんなみたいに、と言われると、頭の中のつっかえが外れてしまったみたいに色々込み上げてしまって、

「ごめんな、果穂」

 浴衣の袖が涙で濡れていた。
 いつのまにか目頭が熱くなって、視界を揺らす涙を止められなくなっている。プロデューサーさんはこっちを見ないで、ごめんな、と言った。

「おれさ、果穂から普通の人生を奪ってしまっているかもって、不安に思うことがあるんだ」
「…………」

 熱い涙は夜の風で冷えて、鼻を啜ると、芝生の匂いが濃くなる。

「他のみんなもそうなけど、果穂は特に、スタートが早かったから」

 遠くから、もうすぐ花火が始まるというアナウンスが聞こえてくる。会場から拍手が響いて、より一層雑踏の音が強くなる。

「初めて声をかけた時は、正直、小学生と聞いて驚いたよ。でもやっぱり、それを含めても、おれは、果穂はあの時点で特別になれると思った」

 あの時点で、特別になれると思った。

「特別になれる人は世界でも一握りで、あの時出会えたことが嬉しくて、おれは果穂に特別になって欲しいと思った」

 プロデューサーさんの声にも熱がこもっていて、こんな声を聞いたのは久しぶりで、あたしは足元がおぼつかないような感覚で次の言葉を待った。

「でもそれはつまり、果穂から普通を奪ったのは、おれだ。だから、」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:17:11.49 ID:WLbdB1fd0
 だから、ごめん。

 たぶん最後は、そう言っていた。大きな花火が打ち上がって、少し遅れて音が爆発する。その爆発と一緒に、プロデューサーさんの声は一瞬途切れてしまったけど、それでもあたしにだけははっきり聞こえた気がした。

 ああそうか。

 花火がまた上がる。心臓を揺らすような音が体に響いて、その一瞬だけは自分が世界から切り離される。

 あたしも元から、特別だったんだ。

 夜空に広がる花火はコンサートの演出のようで、これを作っている人は、今日のために何日もかけて準備したのだろうな、と思った。

 文化祭でライブをする人だって、学校の中ではほんの一握りで、あたし以外の出演者の人だって特別だ。あたしはたまたまその中でもアイドルだってだけで、それは相対的に特別だってことにすぎない。もしその日のライブにプロのロックバンドが参加したら、あたしはその人たちに比べて普通になる。

 眼下に並ぶ屋台の人だって、誰がどんな経緯で屋台をやっているのかさっぱりわからない。あたしとは遠い人生の人たちで、あたしからすれば特別な人たちだ。

 何が普通なんて、あたしにはわからない。その場その場で、たまたまその時だけ特別になるかもしれない。
 それを言うならば、

「プロデューサーさんも、特別ですよ。あたしの中で」

 この人だって特別だ。
 父でも兄でもないのに一緒にいるし、でもあたしのことはある意味誰よりもわかってくれてる。感謝もしてるけど、なんだかこそばゆい。素直になりたくない。
 こんなことはっきり聞かれるのは恥ずかしいから、花火が邪魔してくれてる時に、こそっと口にした。プロデューサーさんは「そうか」とだけ答えた。
 花火が途切れる。

「あたしはプロデューサーさんの中で、特別になれてますか?」

 今度は聞こえるように、プロデューサーさんの方を見て尋ねる。

「ああ、もちろん」

 目が合う。逸らさない。

「じゃあ、良かったです」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:19:32.13 ID:WLbdB1fd0
undefined
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:23:25.88 ID:WLbdB1fd0
>>51
ミス


 たこ焼きを受け取った後は、どこか座れる場所を2人で探した。どこも人が多くて、ベンチなんかはロープが巻いてあって使えなくなってる。ザクザクと人混みを歩き、屋台を少し抜けると、レジャーシートがたくさん敷いてある場所に出た。

「これから花火が上がるのかな」
「かもですね」

 河原は一面場所取りがしてあって座れそうになかったけど、道路側の土手は傾斜になっていて、レジャーシートは並んでなかった。一定の間隔を空けて、いろんな人が座ってる。親子3人組だったり、友達数人だったり、カップルだったり。会話してる様子から何となく関係はわかる。
 クラスの子たちは、クラス友達とお祭りに来たりするのかな。花火をみたりするのかな。
 あたしだって、放クラのみんなとお祭りに出かけたことはある。小学生の時は近所の友達と縁日に行ったことだってあるけど、おめかしして、電車に乗って、同じ部活の友達や、気になる男の子なんかとこんな場に来た記憶はない。
 普通の高校生は、誰とお祭りを楽しむんだろう。あたしとプロデューサーさんは、どんな関係に見えてるんだろう。

「芝の上に直接……になるけど、浴衣大丈夫?」

 話しかけられて、はっと意識がこっちに戻ってくる。
 疲れているのかもしれない。考え込むとボーッとしてしまう。

「平気です、たぶん」

 別に汚れても問題ない。もう今年はこれで最後かもしれないし。
 2人で少しづつ人混みを離れて、程よく人目につかない場所に座り込んだ。プロデューサーさんは予備のハンカチを地面に敷いてくれて、あたしはその上に座った。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:24:28.63 ID:WLbdB1fd0
>>56

「そういえば文化祭だけど、曲は使ってもらって大丈夫だって」

 たこ焼きのパッケージからベベンと音を当てて輪ゴムを外しながら、プロデューサーさんは思い出したように言った。

「ただなるべく撮影とかは禁止にして欲しくて、あまり音源が流れないようにだけ注意して欲しい感じで……」
「わかりました、生徒会の人に確認してみます」
「うん。でもまあ高校の文化祭だし、あんまり向こうも気にしてないみたいだから好きにやってくれていいよ。せっかくだしね」
「はぁ」

 あたしは空返事をしながら、プロデューサーさんがビニール袋の上に置いたたこ焼きをどのタイミングで食べればさりげないか考えるのに必死だった。お腹すいた。橋は2本あるけど、プロデューサーさんが1つ取った後にさりげなくつつこう。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/22(土) 17:25:30.91 ID:WLbdB1fd0
>>54


 普通の人生が何なのかはわからないけど、あたしは自分にないものを欲しがりすぎてたのかもしれない。
 夏葉さんほど周りが見えるわけでもないし、樹里ちゃんほどかっこよくもない、凛世さんほど綺麗でもなければ、ちょこ先輩みたいにみんなを楽しませることができる自信もない。あたしは普通の人間だ。
 けど、たまに、あたしが特別になれることだってある。この人の中で、あたしは特別だ。

 花火が鳴る。頭の中のもやもやを全てさらっていくような大きな音がして、体の芯を大きく揺らす。

「普通って、何なんでしょうね」
「……わからないな」

 プロデューサーさんは困ったように笑ったけど、その声はさっきより少し明るい気がした。たぶん、あたしも同じだ。
 普通って、何なんでしょうね、と口にしても、最近心にあったモヤモヤがもう生まれてこないことに、シャワーを浴びた後のような爽快感があった。

「でも普通の高校生は、おれみたいなおじさんと夏祭りには来ないかもね」

 今さら気にし始めたのか、プロデューサーさんはあたりを見渡しながらそう言った。みんな花火を見ていて、誰もあたしたちのことなんて見ていない。
 この空間の中では、あたしもプロデューサーさんも普通だ。

「自分でおじさんって言うの、やめたほうがいいですよ」
「えっ」

 いつもみたいに突き放してるわけじゃなく、ちょっと自分でも優しすぎるかなというくらいの声音で返事をする。
 抱えていた膝を芝生の上に投げ出すと、綺麗な浴衣を着ていることを思い出した。帯にしまっていた割り箸を取り出す。

「プロデューサーさん、」

 花火がまた上がって、大きな爆発が頭の中のモヤモヤを拭い去ってくれる。

「たこ焼き食べてもいいですか?」

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/23(日) 14:17:16.88 ID:9OV2pX4lo
反抗期の小宮果穂ぉ!
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/23(日) 22:13:02.44 ID:VDGJuTNc0
こんな放クラが書けるようになりたい
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 17:58:40.60 ID:Xm+5a+vV0


 おそらく自分は、普通の人生を送れない。
 
 なんとなくそう意識し始めたのは、たぶん中学生の時だったと思う。今は目の前に並ぶ面子を見て、ある意味改めてそう思ってる。

「タッチパネルで注文するのって結構ややこしいよな」
「あら、樹里の機械音痴はこんなところでもきいてくるのね!」
「いいだろ別に」
「果穂さんは……何を……」
「じゃあオムライスでお願いします!」
「よく食うな〜」

 夏休み初日、珍しく事務所に集まったあたしたち放クラは、この後予定がないけどすぐ帰るのも勿体無くて、誰からともなくファミレスに足を伸ばしていた。

「ここのドリンクバー、いちごオレあるって!」
「いちごオレってそんなに喜べるものなんですか?」

 ファミレスを提案したのはちょこ先輩だったかもしれない。ファミレスはたくさん食べられるから良い。食べない人はちょっとで済むし。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 17:59:59.93 ID:Xm+5a+vV0
 今朝レッスンを終えて、事務所に戻ると久しぶりにちょこ先輩と顔を合わせた。

「果穂、またお姉さんみたいになって……!」
「そんな親戚の人みたいな」

 そこまで会わなかったわけでもないのに。せいぜい2週間くらいだ。でも、あたしもずいぶん会ってなかった気がする。ハグでもしたい気分になったけど、それは恥ずかしくてやめておいた。
 その後も忘れ物を取りに来た樹里ちゃん、荷物を取りに来た夏葉さん、スケジュールの確認に来た凛世さん(プロデューサーさんに会う口実だろうけど)と順々に事務所にに集まってきて、自然とソファで話が盛り上がっていた。

「事務所に放クラが集まるなんて、最近あんまりなかったな」
「プロデューサーさんもそう思います?」
「ははっ、もうみんな個人で仕事もらえるくらい大きくなったもんなぁ」
「たまには5人での仕事も欲しいなぁなんて……」
「智代子の番組に呼んでみるか」
「ほんとですか!?」
「放クラが集まっても身内ノリになるだけだろ」

 プロデューサーさんもデスクから楽しそうに話しかけていたけど、あさひさんの送迎があるということで名残惜しそうに事務所を後にした。
 あさひさんの舞台は来週から本番らしい。チケットを貰っているから、そろそろお花屋さんでスタンドの予約をしておかなくちゃ。楽しみだな。

「じゃあ行ってきます、果穂、あとでチェイン確認しておいてな」
「わかってます」

 結局、あたしはプロデューサーさんの目を見て話せたのはあの日がまた最後になった。次の日から何か変わるなんてことはなかったし、見透かされてるような言動にモヤっとすることに変わりはない。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:04:49.36 ID:Xm+5a+vV0
「最近車移動多いんだって?」

 凛世さんがソファの裏から夏葉さんの髪を三つ編みにしているのを眺めていると、樹里ちゃんがあたしに話しかけきた。

「なんですか?」
「いや、アイツがさ」

 樹里ちゃんの目線はプロデューサーさんのデスクに向いている。空になったコーヒーカップが放置してあって、出かけるなら流しに出しておけば良いのに、と思う。そういうところもなんだか目に付いてしまう。

「あー……はい」

 たしかに、最近はなるべく車移動がいいと希望を出していた。電車で移動するよりも会話する機会が少ないのが単純な理由だけど、それに加えて、

「プロデューサーさんと電車乗ると……その、あたしを窓際に立たせてくれるよう気を遣ってくれるのがなんだか、ちょっと……」
「なるほどな〜」

 気を遣ってもらってるのはわかるし、それ自体は嫌ではないんだけど、それにムッとしてしまってる自分が子供なこともわかる。それがむず痒いのだ。
 樹里ちゃんはちょっと考えて、困ったような笑った。

「それはちょっとわかる」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:06:59.16 ID:Xm+5a+vV0
>>63
困ったような

困ったように
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:08:19.02 ID:Xm+5a+vV0
「何々、何の話?」
「わっ」

 ちょこ先輩が後ろから抱きついてきた。しっかり拭いてるとはいえ、レッスンの後なのに。
 ちょっと身じろぎしながら目線を上げると、みんなあたしの方を見ていた。

「え……なんですか」
「果穂にもそういう時期ってくるのね」
「ええ……もう子供ではございませんから……」
「ませちゃって〜」
「いや、なんですか」
「プロデューサーさん寂しがってるよ?」

 普段はあまりこういうこと言われないのに、さっきのあたしの態度が露骨すぎたのか、みんなちょっと楽しそうにあたしに話しかける。もう少し優しくしてあげてもよかったかな。
 みんなの視線が別に嫌ではないけど、なんだかむず痒くて、あたしはソファの後ろからあたしを抱いているちょこ先輩の腕をパシパシと叩いた。
 机の上のコーヒーカップに目をやる。
 みんながあたしのことを可愛がってくれてるのはわかる。でもそれと同じように、みんなはプロデューサーさんのことも違った意味でかわいがっているのも何となくわかる。それはベクトルが違うけど、あの人の性格がなせる信頼関係だなと思う。
 そういう生きる上手さも、なんだかたまに気に食わなくなる。別に嫌いではないけど、今はちょっと目を合わせたくない。
 でも今はそれで支障はないし、たぶん、いつかはまた楽しく話せる日が来ると思う。あたしは落ち着かなくて、ペットボトルの水を一口飲んだ。さっきプロデューサーさんに貰ったやつ。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:09:49.62 ID:Xm+5a+vV0

「果穂はホワイトソーダでよかった?」
「はい! ありがとうございます」

 凛世さんたちがドリンクバーから帰ってきて、器用に3つグラスを持ったちょこ先輩があたしの前に氷が入ったグラスを置いた。
 ホワイトソーダをカルピスで薄めたやつ。炭酸は飲みたいけど、喉に悪いからレッスンの後は薄めて飲んでる。ちょこ先輩、覚えていてくれたんだ。
 夏葉さんは真夏なのにあったかいコーヒーを啜っていて、一段と大人に見えた。

「ファミレスのコーヒーってある程度美味しいのよね」
「ある程度って大事だよねぇ」

 ちょこ先輩があたしの隣に座りながら、グラスにたっぷり入ったいちごオレをこぼさないように慎重にテーブルに置いていた。

「樹里さんには……こちらを……」
「なんだよこれ」

 凛世さんはおぞましい色のジュースを樹里さんに渡していた。

「本日のドリンクです」
「あってたまるか」

 文句を言いながらも、樹里ちゃんは黒ずんだ液体を普通に飲んでいた。凛世さんはドリンクバーで遊ぶけど、ちゃんと美味しいものを持ってくる。でも樹里ちゃんが黒ずんだ液体を飲んでいる絵面は変だった。

「いちごオレってゴクゴク飲んじゃうから勿体無いけど、ファミレスだといくらでも飲めるからいいよね〜」

 ちょこ先輩はもう半分くらい減ったいちごオレを嬉しそうにテッシュの上に置いていた。夏場の冷たいグラスには、もう結露ができている。

「でもちょこ先輩もご飯注文したんですよね?」
「うん? そうだけど」
「いちごオレってご飯に合うんですか?」

 ちょこ先輩は水を取りに行った。

「アタシも水取りにいく」
「いえ……お手を煩わせるなど……凛世が新しいものをお作りいたしますので……」
「今度は普通で頼むぞ」

 樹里ちゃんを奥に押しやった凛世さんが、また嬉しそうにグラスを持ってちょこ先輩を追いかけた。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:12:43.81 ID:Xm+5a+vV0
 楽しいな。
 放クラで集まるのも久しぶりだけど、お友達とこうして何でもない時間を過ごすのも久しぶりな気がする。最近は誰か1人と会うことはあっても、数人で会話するなんてことがあまりなかった。
 あたしにとっては普通の時間だけど、よく考えると、この歳の差で遊ぶような集団って、あまり想像できない。自分達以外だとどういう関係で集まるんだろう。
 あたしが16歳で、夏葉さんが24歳。その間の年齢もバラバラで、同じ地区に住んでいたとしても、ランドセルを背負っていた時期すら被らない人だっている。こうしてここにいるのが不思議だ。特別な関係だと思う。
 でも、あたしの人生にとっては普通の関係だ。あたしはこの人たちと出会う人生しか知らないし、当たりだと思う。
 いつかのアイスの棒を思い出す。そういえばまだ交換していない。この後、解散する前にみんなでコンビニに寄ろうかな。

「そうえば、果穂、文化祭でライブするんだって?」
「はい! まだ何歌うかは決めてないんですけど」
「それ、私たちも放課後クライマックスガールズとして出られないかしら!」
「え?」
「マジで?」

 樹里ちゃんとは何となくそんな話をした覚えがあるけど、真面目に考えたことはなかった。そうか。曲を使っていいなら、ちょっとくらい5人で出てもいいのかもしれない。

「もちろんサプライズ登場にはなると思うけど」
「事前に公表してたら文化祭が大変なことになっちまうよ」
「どうかしら!」
「楽しそうです……!」

 プロデューサーさんに相談してみて、許可をもらえたら生徒会の子に相談してみよう。今頃何してるかな。もしかしたら同級生とファミレスでお喋りしているかもしれない。
 羨ましくはない。だってあたしも今、ユニットメンバーとファミレスでお喋りしている。あたしなりの普通の時間がある。あたしはこれでいい。これがいい。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:17:11.75 ID:Xm+5a+vV0
「お待たせ……いたしました……」

 ちょこ先輩と凛世さんが帰ってきた。ちょこ先輩は水だけど、凛世さんはまた変な色の飲み物を持っている。

「また真っ黒じゃねぇか」

 普通のジュースでいいって言ったのに、と樹里ちゃんがテッシュで作ったコースターの上に黒い液体を置く。

「いえ……今回はコーヒーは混ざっていないので……」
「さっきのは混ざってたのかよ」

 コーヒーとジュースって合うんだ。あたしは自分のジュースを一口飲んで、普通にホワイトソーダを入れてもらってよかったと安心した。

「ですので……これは普通のジュースです」
「普通ではないだろ、この色は」

 あたしが見つめていたことに気づいたのか、凛世さんがはっとこちらをみた。

「果穂さんもご所望でしたら……」

 いや、別にいいです、と笑って、あたしは樹里さんをみた。見た目は変だけど、それを飲んでる表情は別に平気そうだ。中身は美味しいのだろう。
 ニコニコしてる凛世さんに、あたしは笑いながらツッコんだ。

「普通って、なんですか?」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/05/25(火) 18:18:42.89 ID:Xm+5a+vV0
おしまい。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/26(水) 01:23:33.35 ID:MYafgEVzO
おつ
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/26(水) 07:43:35.01 ID:nfOvkMDZ0
非常に良き
64.96 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)