堀裕子「ぴーぴーかんかん?」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:20:13.74 ID:YBAOIjLn0
同級生くんのお話です
ユッコはあんまり出ません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1624436413
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:22:56.10 ID:YBAOIjLn0
あの日から俺の心にはどうしようもないくらい大きく開いてしまった何にも埋めることの出来ない空洞がポツンと立っていた。

大学生になって初めてできた栗色の大きな瞳の彼女も、社会人になって知り合った肩にかかった小さなポニーテールを揺らす彼女も、そのどれもが俺にとっての目的にはなり得なくて、脆弱で怠惰的な臆病な心の空洞を埋めるための一つの手段に過ぎなかった。


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:29:15.90 ID:YBAOIjLn0
1.七月


「んじゃまた明日な」
「おうじゃあな」

他の学校がどうかは分からないけれど俺らの高校の図書室は、普段使っている本棟から少し離れた旧校舎にある。
だからといって怪談でよく聞くような誰にも使われていない廃墟だとか、不良少年たちのたまり場だとか、そういう訳では決してなくて、ただの合併前の名残。
壊すのも勿体ないからと言って実験棟や図書館だとかの、普段あまり使われないような施設を偉い人たちが移した事がきっかけらしい。
と言ってもこれはただの表向きの理由で実際には、何か特殊な磁場がどうたらこうたらで生徒に危害を及ぼすきっかけがうんたらかんたらと言う噂もない事にはない。
(もっともその噂を流しているのは俺の知る限りでは一人しか居ないのだけれども)。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:31:02.00 ID:YBAOIjLn0
まぁ、結局そこら辺の話はどうであれ本棟から少し離れた、普段使いしないような旧校舎になんて誰も寄り付かない事だけは確かだ。
かく言う俺もあんな事がなければ、その校舎に寄り付かない一人に違いなかった。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:38:41.32 ID:YBAOIjLn0
新しいとも古いとも言い難いような雰囲気を纏った旧校舎の玄関を開けてから階段を昇って図書館へ向かう。
当たり前なのだけれども二階の廊下にも人は誰も居なくて、グラウンドの方から聞こえてくる野球部の掛け声だとか
どこか聞き覚えのある吹奏楽部の合奏だとかそう言う少し離れた場所から聞こえてくる喧噪が、古ぼけた窓ガラスから射す夕日に反射していた。

ふと窓を開けると風が吹いた。初夏を迎えた七月の涼しい風だった。いつまでもこの季節が続けばいいのにな。
なんて夢見心地な妄想を抱いてから、そんな事を考えている、どこか浮かれた気分の自分の事が恥ずかしく思える。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:40:01.40 ID:YBAOIjLn0
何と言うか、イマイチ言い表す表現が見つからないけれど最近の俺はどこかズレている。
今までならこう言う景色を見ても何とも感じなかったのに、今は誰かと、出来るなら彼女と、この景色を共有したいと考えている。


少なくとも良い意味でも悪い意味でも俺が俺らしくない。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:42:28.61 ID:YBAOIjLn0
さて、そんな自分の気持ちに封をしてから、図書室の扉の前で少し背伸びして中を覗いてみる。
幸か不幸かは分からないけれども彼女はまだ来ていないみたいだ。
ポケットに手を伸ばして手元のスマホで時間を確認してみると時刻は十六時と三十分を少し過ぎた辺り。

普段なら彼女は図書室の真ん中の席で超能力とか良く分からないオカルトの本だとかを読み漁っている時間なのだけれども
今日は彼女のクラスで英語の小テストがあると言っていたから、今頃はそれの居残り補修を受けているんだろうと思う。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:44:14.13 ID:YBAOIjLn0
多分だけれども。彼女に言わせればこれがテレパシーってやつなのかもしれない。根拠はないけれどもそう思う。
「よし」
握りっぱなしだったスマホをポケットに仕舞ってから扉を開け

「あっ! イツキさん!」
不意に後ろから声をかけられて心臓が跳ねる。後ろにいる人間なんて分かり切っているし、そもそもこんな辺境の図書室に来る人間なんて一人しかいない事も分かり切っている。

少しこわばった肩の息を抜きながら後ろを振り向いてみる。
「どうも! 気が合いますね! 」

そこには案の定というか思った通りというか彼女、堀裕子は居た。
 彼女の笑顔は夕日に照らされてとても眩しく思えた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 17:45:23.02 ID:YBAOIjLn0
帰ったら続き投下します
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:45:15.38 ID:YBAOIjLn0
2.四月


この図書室に入り浸るようになった理由と言うか、彼女と話すきっかけになったのは
それは俺がこの図書室の鍵を持っているから。と言う案外単純な理由に落ち着くんじゃないかと思う。

まだ入学したてのうすら寒い春の頃、俺は有象無象共とのジャンケン大会にて激闘の末に図書委員長と言う大層な名義を得た。
もっともそれは、図書委員長と言う称号を奪い合うジャンケン大会ではなく、日本人の美徳に相応しいような図書委員長を譲り合う大会だったのだけれど。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:47:14.98 ID:YBAOIjLn0
そもそも俺らの高校には図書司書と呼ばれる存在が居ない。
いや居ないと一口に言ってしまうのは違うし、正確には存在しているけれど今は名義だけの存在で
腰をいわして絶対安静中という深い理由があるのだけれど、
深堀して話をする内容でもないし、教育法だとか何かに引っかかってしまいそうなのでここでは割愛させて頂く

とにかくとして俺らの高校には司書が存在しなくて図書委員長にその仕事に近い役割を持たしているという少し特殊な点があった。
そういう訳で、ごく当然の事だけども誰も図書委員長なんて役割をしたがらない。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:48:52.23 ID:YBAOIjLn0
いくら旧校舎の図書館で全く人が来ないからと言って、面倒なことをわざわざ請け負う人間も居なくて
その結果が前述したジャンケン大会と言うある種の責任の押し付け合いみたいな事態になってしまっている訳だ。

まぁ、それで激闘の末に栄えある図書委員長と言う大層な称号を請け負ってしまった俺は
一週間に一度、図書室の掃除を行うという役割と共に、代わりの価値にもならない図書室の鍵を手に入れることになった。
彼女と初めて話したのは、それから数週間経った日の事だった
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:50:32.24 ID:YBAOIjLn0
ある日、俺がいつもみたいに「やりたくないなぁ」だとか「面倒だなぁ」とか
そう言う人間なら誰でも抱えたことがあるだろう、その怠惰的な気持ちを抑えながら図書館に向かう廊下を歩いていると
今はもう誰も使っていない古ぼけた教室、その中に彼女は椅子に座って片手でスプーンを握りしめてそこに居た。

こんな事を言ってしまうもなんだけれども初めは幽霊なのかもしれないのだと思えた。
だってそうだ。これは定期的にこの旧校舎に出入りしている俺だから言えることだけど、この校舎で人影を見かけることはまず殆どない。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:51:08.45 ID:YBAOIjLn0
せいぜい迷い込んだ野良猫がたまに顔を見せるぐらいだ。
それに教室の窓越しから見える彼女の白い肌は窓越しに射す夕日に照らされて
まるでこの世の物だと思えないぐらいの儚さだとか、綺麗さだとか、切なさだとか、そう言った物を心のどこかに感じさせていた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:52:27.43 ID:YBAOIjLn0
一分にも、五分にも、あるいは十分にも感じられるような、そんなオレンジ色の世界の中で先にはっと気づいたのは俺の方だった。
一応程度にドアをノックしてから教室の扉に手を伸ばす。
思っていたたよりも少しだけ重かったドアはガラっと軋むような鈍い音を立てて開いた。
教室の真ん中に居る彼女は、突然来訪した俺の事なんか気づいてもいないみたいに瞳を閉じている。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:53:27.32 ID:YBAOIjLn0
「何してんの?」
俺が彼女に初めて話しかけた時の、乾いた喉から出た言葉はそんな言葉だったと思う。
「むむ……ちょっと待ってください! もう少しで行けそうな気がするので!」
彼女はそう言って先の割れたスプーンを握りしめていた。
これが俺らのファーストコンタクトだった。
「あっ……来てます! 来てます! えぇーいスプーンよ曲がれ! むむむむーん!」
「……」
「……」

教室はビックリするぐらいに静かで俺も彼女も二人して黙りこくって
窓越しに伝わる野球部や吹奏楽部たちの放課後の音と窓辺からの夕日だけが
その空間を満たしているように俺にはどこか思えた。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:54:59.84 ID:YBAOIjLn0
「むむ……サイキック不調ですかね……夕日の力を借りてスプーン曲げに挑む作戦は悪くないと思えたんですが……あ、ところでどなた様でしょうか?」
「あ、えっと俺の名前はイツキ、樹木の樹って書いてイツキ」
「成程イツキさんですか! いいお名前ですね! 私の名前は堀裕子! サイキッカーです!」
「あぁ……なるほどサイキッカー……」

正直、この時の俺は彼女に聞きたいことが無限に存在していて、はてなでいっぱいだった。
なんでスプーン曲げに勤しんでいるんだとか、何でこの旧校舎に居るんだとか
そもそも施錠されて開かないはずの教室にどうやって入ったんだ、だとか
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:55:57.15 ID:YBAOIjLn0
「あっ! その顔は何言ってるんだこの美少女って顔してますね……?」
「あっ……うん」
少なからず図星だった。彼女が美少女であるかどうかはともかくとして、何言ってるんだコイツって顔をしていたのは多分出ていたんだと思う、顔に。
「ふふふ……では今からズバリとイツキさんが何故この教室のドアを開けて私に話しかけたのか、それを当てて見せましょう」
「それはイツキさんがこの『超能力同好会』に興味があったからですね! 私には分かります!」

この時の俺は教室の外の方で風に揺らされた訳でもないのに、看板がカランとひとりでに落ちる音がした事を知る由もなかったし
ましてやその看板に手書きの丸文字で『超能力同好会』と力強く書かれていたことを知る由もなかった。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 22:56:51.53 ID:YBAOIjLn0
3.五月


それから俺は色々あって半ば無理やりの形だけれど『超能力同好会』に入部した。
自信満々に答えた彼女の鼻を折る気にもなれなかったし、それに俺はこの旧校舎に一人で居すぎたせいで
かなりの暇を持て余していたから相手が例え旧校舎に居座る野良猫だとしても
スプーン片手にサイキックに勤しむ超能力者だとしても話し相手が出来ると言うのはそれだけで有難い事だった。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:02:49.34 ID:YBAOIjLn0
これは俺が彼女と知り合ってしばらく経ってから知ったことなのだけど、どうやら彼女はこの学校では割と有名人の立場に居る人間らしい。
それこそ堀裕子と聞けば、この学校の誰もが「一年の超能力少女だっけ」だとか「あぁユッコちゃんね」って思い浮かべるられるぐらいには。

まぁ確かに彼女は自称サイキッカーで成績もかなり目立つ方だし
自らを美少女と公言できる程度の顔立ちも持ち合わせてはいるからm言われてみれば確かに目立つ方ではあるのかもしれない。

自分で言う事でもないのだけど、一方の俺はと言えば全くそんな事はなかった。
成績も取りとて目立つ方ではないし、運動が出来るわけでもなければ、クラスの人気者でもない。
特出した特技とか個性を持っているわけでもない。

自分でも自分の事はつまんねー人間だと思う。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:04:39.48 ID:YBAOIjLn0
「お前さ六組の堀って知ってる?」
その日は弁当を食ってたんだったか、購買で買ったパンを食ってたんだったか、別に俺が何食ってたかなんてどうでもいいんだけど、
一度さりげなく友人に聞いてみたことがある。

「なに?お前ユッコと関わりあんの?」
口にパンを詰めてそんな事を言う無駄な長身とガタイの良さが気持ち悪いその男の名前は藤井。
俺の小学生からの悪友だった。

「関わりって言う程でも無いだけど少し気になってさ」

そんな事をスマホ片手に答える。俺が藤井に向かって吐いたこの言葉は嘘でもないけど本当の事でもない。
『超能力同好会に数日前に入ってさ〜今二人きりなんだよね〜』
みたいな事を俺が言ってしまえば、女なら誰でも好きな藤井は多分図書室に入り浸るだろうと思ったから
それは普通に嫌だった。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:05:18.79 ID:YBAOIjLn0
「ん〜あ〜ユッコか〜ユッコなぁ〜あいつはあれだよな胸がでかい」
「またお前それかよ、しょうもねぇな」
「あ、あとあれだな顔が良い」
「お前ほんとそれぐらいだな」
「ん〜まぁな、でもお前にだけは忠告しとくけどよ」
藤井はそう言って辺りを見回すしぐさをしてから小声で
「悪い事言わねぇからユッコ狙ってるなら辞めといたほうがいいぞ」
戒めるように俺にそう言った。正直こいつがこんな事を言うのはかなり珍しい。
「お前がそういう事を言うのも珍しいな、んで何で辞めといたほうがいいんだよ」
「えーとな……なんか、こう言う事を言うのもあれなんだけど……ユッコは良い奴なんだけど……なんつーか距離が近いんだよ」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:06:16.85 ID:YBAOIjLn0
藤井のその言葉は正直、思い当たる節が無い訳では無かった。
初対面の時から既にあっちは俺の事を下の名前呼びだったし、俺の「堀さん」って呼び方も
「私の事はユッコと呼んでください!是非!」でとうに押し切られてしまっていたから。

「まぁそんぐらいなら免疫のない男子が落ちるぐらいだろ、そんなに問題か?」
「お前もその免疫のない男子くんだろ」
パンをつまみながら藤井が言う。

「うるせぇな[ピーーー]ぞ」
「ん、まぁそこら辺は置いといて、あと一つ理由があるんだけどよ」
「おう」
「アホなんだよな、あいつ」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:08:15.21 ID:YBAOIjLn0
ユッコには悪いけれどこれも思い当たる節しかなかった。
何と言うかこれは彼女を知っている人間なら分かると思うのだけれど
彼女の持つ雰囲気にはおおよそ知性を感じさせないそう言った物がある。
それに加えて実際にアホなのだから、藤井のその評価も妥当だと思えた。

「で、これは何が問題なんだよ、赤点取ってヤバいのは本人だけの話だろ」
「まぁ別にこれだけならチャームポイントつーか取っつきやすいで済む話なんだけどよ、この二つが合わさってか知らねぇけど
ガチ恋勢つーか厄介なやつが多いんだよな皆口では「堀はねぇよ」だとか「堀はバカだからな」
とか言っておきながら実態はお互いに牽制しあってんだよ、くそきめぇよな」

何と言うか藤井の口調は汚い言葉であるけれど、どこかそう思えてしまうような納得感と、汚いぐらいにそう思えてしまう妙な生々しい実態感を持つものとして俺には感じられた。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:09:11.21 ID:YBAOIjLn0
「だからよ、これは俺からのアドバイスだけど、もし少しでもあいつに興味があるならとっとと告白してさっさと振られた方が身のためだぞ」
藤井は手元のパンの最後の欠片を口元に放り投げてそう言った。
「余計なお世話だよ、別に興味もねぇし、そもそもお前も彼女いねぇのに何様だよ」
「るっせぇな、作ってないだけって何回も言ってんだろ」

そんな事を話しているうちに鐘がなって昼休みは終わりを告げた。
帰り際に藤井は親指をこう真っすぐに立てて「ぐっ!」とポーズを取って教室に戻って行った。
あいつは無駄に勘の良いところがある。無意識か意識してかはか分からないけれど
前者ならそれは余計なお世話だし後者ならそれは甚だ勘違いに他ならないと俺は感じた。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:10:21.59 ID:YBAOIjLn0
4.七月

 
俺と彼女が話すときは決まって時間は放課後だった。

当たり前と言ってしまえばそうなのだけど、別に俺は彼女と特別親しい友人だとか
幼馴染だとか彼氏だとか、そういう関係柄って訳では無かったし、クラスも違えば必然と話す場所と時間は限られてくる。
だから彼女と話すのは放課後の図書室それだけだった。

別にルールとして決めた訳じゃなくて、自然にそう言う物として。

もっとも別に彼女と話す時間なんてものは、あっちからすれば深くは考えていないだろうし
俺も、ただの図書室に居る間の暇つぶしに他ならないと思っていたつもりだった。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:56:24.14 ID:YBAOIjLn0
「そういえば今日の英語の小テスト大丈夫だったのか?」
彼女にオススメされたオカルト本をぱたんと閉じて、椅子に腰かけたまま向かいに座る彼女に声をかけてみる。
「ふふふ……イツキさん! よくぞ聞いてくれました……」
 彼女は言うが早いが読んでいた本を閉じて俺の方を向きなおした。聞いた俺が言うのもなんだけれどこれはいつものあれだと思った。彼女のスイッチが入る瞬間。
「実はですね……今回の英語の小テストなんですが私が言うのもあれなんですけど、イマイチ分からなかったんですよね」 
「でも今回は補修受けなかったんだよな」
「そう! そうなんです! ではここで『超能力同好会』副部長のイツキさんに問題なんですが私こと、このエスパーユッコはどうやって危機を乗り越えたのでしょうか?」
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:57:13.29 ID:YBAOIjLn0
 彼女はいつもの調子でそんな事を言った。自分でも気づかない間に、俺はいつの間にかこの部活の副部長になっていたらしい。
「うーん……テレパシーで他の人から答えを教えてもらったとか?」
 適当に答えてみる。結局のところ俺にはサイキックなんて分かりようもないし考えるだけ無駄だと思ったから。
「むむむっ!違います! それにサイキック能力を悪事に活用するなんてもっての外ですよ! 不正はいつかバレますからね!」

「じゃあユッコはどうやってその危機を乗り越えたんだよ」
「ふふふ……それはですね! 浮かんできたんです! 答えがこうブワーっと頭の中に!」
「それで点数は」
「六十点でした!」
「ちなみに平均は?」
「八十五点らしいですね!」
「そっか」
「あ! その顔は私の事をおバカだと思ってますね!」
 そんな風に彼女は言った。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:58:05.26 ID:YBAOIjLn0
図書室には古紙にインクが張り付いたどこか懐かしい匂いが漂っている。
悪く言えば古臭い匂いとも言うけれど何だかんだ俺はこの匂いと言うか、この世界を満たす空気が好きだった。
かつての校舎の名残。目新しい本なんてここ数年は取り扱っていないから、いい加減に並び順と内容を覚えてきた小説群や
馬鹿の一つ覚えみたいに並べられた学術書、均等に並べられた机、恐らく彼女しか触っていない超能力関連の本に
窓から射す夕焼け、吹奏楽部の演奏。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:58:47.51 ID:YBAOIjLn0
正直こんなことを言ってしまうのは凄く俺らしくもないんだけれども、彼女と話す時間は楽しかった。
初めはジャンケンに負けて、嫌々ながら決まったこの役割だったけど今となっては別に悪くもないのかなと思う。
一週間に一度、掃除のために訪れていたこの図書館も気づけば三日に一度、二日に一度になって
今となっては放課後になる度に通うようになっていた。

そこには少なからず『超能力同好会』の部室をこの図書室に移した彼女の影響もあるのだけれど
そこの部分を認めてしまうと、何だか心の端っこの部分が妙にむず痒しくなってしまうから俺はその事について認められずにいたし、認める気もなかった。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/23(水) 23:59:27.60 ID:YBAOIjLn0
「あれ?イツキさん笑ってます?」
 彼女が言う。普段はアホ面晒してるだけなのに、こう言う所だけは無駄に察しが良い。なんて言うか人の気持ちを汲み取る能力に長けてるというか。
「笑ってない」
「隠さなくても大丈夫ですよ! 私はサイキッカーで全部お見通しですから!」
「……自販機で飲み物買ってくる」
「あ!待ってください!私も行きます!」
「ん……」
「イツキさんもしかして照れてますか?」
「照れてない」

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 00:00:01.84 ID:I9OmqLYR0
図書室から廊下へ出ると、そこは紫と赤色をぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいな色に染まっていた。窓から零れた光が廊下に反射している。
「おー」
思わず窓へ近づく。外はパレット色に染まっていた。一日を一塊にしたみたいな色の空。

「わぁ綺麗……ですね」
俺より少しだけ遅れて廊下へ出てきた彼女が、そう言って窓際の俺の隣に立つと腕と腕が触れた。
窓に置いていた右腕と彼女の左腕。なんだかそんな事が無性に恥ずかしくなって腕をどかそうとする。

そうして隣の彼女と目が合った。

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 00:00:49.97 ID:I9OmqLYR0
その瞬間、世界が呼吸を止めたようにそんな風に思えた。
窓から射す夕日が、流れる風が、刹那の時が、全てが俺のために時間を止めてくれているのだと
この瞬間の世界には二人しか存在していないのだと、そんな事を思わせてくれた。

それは実際に測ってしまえば二秒だとか、一秒だとか、あるいはもっと短い時間だったのかもしれないとも思う。
でもその瞬間は、彼女と目が合っていたその瞬間は、俺にとっては瞬きするより一瞬で、胸がはち切れるぐらいに長い一秒だった。

「……」
「……」
「イツキさん」
「顔、真っ赤ですよ」

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 00:01:33.11 ID:I9OmqLYR0
グラウンドから吹いた熱い風は放課後のどこか涼しい雰囲気に紛れて、サイズの合わない俺の夏服だとか、
彼女によく似合う白いブラウスだとか、思春期の言いようのない漠然とした不安だとか
そう言うあの頃の俺に見えてた、広くて狭い世界の在り方の全てを通り過ぎて向こう側に消えて行った。

蝉の残響が聞こえる。
グラウンドに陽炎が溶けていく。

季節はどうしようもなく夏だった。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 00:02:51.25 ID:I9OmqLYR0
5.七月

その日、自販機で飲み物は何を買ったんだとか、
別れ際に彼女と何を話したんだとか
そういう詳しい事はイマイチ俺自身にも覚えていなかったけれど
痛いぐらいに跳ねる心臓と真っ赤になってしまった顔を誰にも知られたくなくて
自分でも意味が分からないぐらいに全力で走って帰って
そういう事に「あぁ俺ってバカだなぁ」なんて思った事だけは今でも覚えている。

その日の夜は結局ドキドキして眠れなかった。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 00:03:45.95 ID:I9OmqLYR0
「イツキさん顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
彼女がこちらを心配したような顔で覗き込んでくる。
「誰のせいでこうなってると思ってんだよ」
とは、そんな事は口が裂けても言えないし、そもそもそんな事を言う勇気は俺にはハナから備わっていない。


「大丈夫、眠いだけだから」
「なるほど……そうでしたか!では振り子の催眠術とかどうでしょう!良く寝られますよ!多分!恐らく!」
そう言って彼女は鞄をあさぐってから五円玉の振り子を出した。相変わらずだけど準備が良い。
催眠術は果たして超能力なのか少し疑問に思ったけれどそれは気にしないことにした。
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