速水奏「練習はキスシーンの後で」

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1 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:00:15.63 ID:h2aLUo9m0

――事務所

北条加蓮(それは、奏が勢いよくその台本を閉じたところから始まった)

パタンッ

加蓮「ん?」

速水奏「……」

加蓮「……?」

奏 「……」ペラ…

加蓮「……」

奏 「……はーっ」

加蓮「な、なに? どうしたの頭抱えて」

奏 「目を疑ってしまって……一度台本を閉じたのだけど、やっぱり見間違いじゃなかったわ」

加蓮「どういうこと? 変な展開でもあった?」

奏 「悲劇……いいえ、悲劇を通り越して喜劇とすらいえるかもしれない……」

加蓮「その本筋をわからなくするところ、奏らしいけど良くない癖だよー。何がどうしたの?」


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2 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:01:50.94 ID:h2aLUo9m0

奏 「これよ」

バサッ

加蓮「あ、ちょっとまって、ネイルはみ出る」

奏 「真面目に聞こうとしてくれてる?」

加蓮「してるしてる。ネイルも真面目に塗ろうとしてる……はい、と。なんなの?」

奏 「見てよこれ」

加蓮「その台本って……」

奏 「私いまドラマでてるでしょ。レギュラーの」

加蓮「あ、アタシも見てるよ」

奏 「ありがと。次の台本を貰ったんだけど……ほらここ」パラパラ

加蓮「えー。ネタバレ見たくないんだけどなぁ」ペラ

加蓮「んー……ふーん、ヒロインレースこうなるんだ」

奏 「もっと先、17P」

加蓮「はーい」ペラペラ

加蓮「へぇ、準主役の人とロマンスに発展して……」

加蓮「あら、強引にキスされちゃうんだ」
3 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:02:18.06 ID:h2aLUo9m0

加蓮「キスシーンね…… これ?」

奏 「これ。問題でしょう?」

加蓮「えー、でもお芝居なんだし、カメラアングルで誤魔化すんじゃない?」

奏 「ダメなのよ、あの監督さんリアリティにこだわるの」

奏 「アクション映画の時は、ちょっとしたことじゃスタント使わないから……キスくらい普通にさせるわ」

加蓮「ふーん」

奏 「台本無視なんてそもそもできないし……どうしたら」

加蓮「NG出してないの?」

奏 「出していた、と思うけど……」

加蓮「覚えてないんだ」

奏 「その……自分で言うのも何だけど、私、唇が売りのひとつじゃない?」

加蓮「まぁ、そうだね」

奏 「アイドルなんだから、普通はNGなんだろうけど……そこのところ、自分でも曖昧で……」

加蓮「事務所の方針との兼ね合いもある、か。……プロデューサーさんに相談する?」

奏 「そうね……」

加蓮「でも、キスシーンかぁ。俳優さんとするとか、なかなか出来ないし、いい経験になるかも?」

奏 「えっ」

加蓮「ん?」
4 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:02:44.18 ID:h2aLUo9m0

奏 「……経験とか、そういうことじゃなくて……」

加蓮「あー、奏のファンにも、相手のファンにも恨み買いそうだよねぇ」

奏 「そんなことでもなくて……」

加蓮「……」

奏 「……」

加蓮「……奏って、キスしたことない?」

奏 「……」

加蓮「……」ジー

奏 「……」ヒョイ

加蓮「目そらした! えーっ、そうなんだ!」

奏 「なによ……」

加蓮「だって、普段から1.2.キスキス」

奏 「曲の話でしょ」

加蓮「唇売りにしてるのに。ふふっ、LiPPSのリーダーなのに?」

奏 「ないものはないんだから、仕方ないじゃない!」

加蓮「あはは、ごめんごめん。そうだよね、無い以上はじたばたしても仕方ない」
5 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:03:16.42 ID:h2aLUo9m0

加蓮「じゃあそうだ、私だってファーストキスじゃイヤかなぁ。初めての相手くらい、好きな人がいいよ」

奏 「……わかる?」

加蓮「わかる。これはもう、直談判行った方がいいね」

奏 「ええ…… ……直談判といっても、別にプロデューサーさんが台本書いたわけじゃないわよ?」

加蓮「あはは、確かに。コトバのアヤってやつね」

奏 「ふふっ…… ところで加蓮は」

加蓮「んー?」

奏 「経験、ある方?」

加蓮「……」

奏 「……」ジー

加蓮「……」ヒョイ

奏 「あなたもないんじゃない!」

加蓮「あるなんて一言も言ってないもーん」

奏 「ありそうな口ぶりしていたくせに」

加蓮「奏ほどじゃないよー」

奏 「む、う……」
6 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:03:43.16 ID:h2aLUo9m0

奏 「はー……」

加蓮「ふふっ」

加蓮「大切な乙女のファーストキス、ドラマに捧げちゃうのもねー。……あっ、じゃあもしもの為にさ、その前にしといたら?」

奏 「え……?」

加蓮「練習でも何でも、口実にはなるでしょ」

奏 「それは…… できたら、いいのかもしれないけれど……」

加蓮「もし台本が変えられなかったら?」

奏 「……」

加蓮「ピンチこそチャンスっていうらしいよ。奈緒が読んでたマンガにあったダケだけど」

奏 「チャンスね……これってピンチなのかしら?」

加蓮「十分ピンチでしょ。乙女の純情の」

奏 「それを盾に迫るっていうのも、必死過ぎじゃない?」

加蓮「それが奏の美学ならいいけど…… それで何かを失うならアタシは黙ってられない」

奏 「加蓮……」
7 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:04:13.39 ID:h2aLUo9m0

奏 「そうね、その…… まずは台本の件を相談しに行かなきゃ」

加蓮「ヘタレてる時間あるの?」

奏 「う……」

加蓮「あ、でもどっちにしろ行くところは奏のプロデューサーさんか。まぁ、どっちに転んでも損はないでしょ」

奏 「え」

加蓮「別に脈が無いワケじゃないと思うんだよねー、あのプロデューサーさん。奏とのやり取り見てる限り」

奏 「あの……」

加蓮「んー?」

奏 「…………私、そういう話あなたにした?」

加蓮「違うの?」

奏 「ちが……」

奏 「わないけど…… 釈然としない」

加蓮「んふふ。奏は分かりやすい方だよ」

加蓮「キスして〜とか、冗談に見せかけるけど、好きでもない人にやらないでしょ」

奏 「……」
8 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:05:02.02 ID:h2aLUo9m0

加蓮「じゃ、報告はあとでゆっくり聞かせてねー」

奏 「いま、あなたに相談したことをちょっと後悔しているわ」

加蓮「先に立たないっていうよね。じゃあ、奏の指に合うの、がっつり仕上げるからさ」

奏 「……若干不服だけど、それで」

加蓮「はーい、交渉成立。いってらっしゃ〜い♪」

――事務室前

奏(炊きつけられただけな気がする……)

奏「……」

奏「……」ドキ ドキ

奏(鼓動が、少しだけ早い)

カチャ

奏(まつ毛、よし。唇もいつも通り綺麗。……顔は赤くない)

パチッ

奏(いつも通りにできる。大丈夫……)

奏「ふー……」

コンコンコン

モバP(以下P)「はい」

ガチャ

奏「失礼。お疲れさま、プロデューサーさん」

P「お疲れさま。どうした?」

奏「ちょっと、話があって……」

P「わかった。すまないが、少し待ってくれるか」

カタカタ

奏「ええ……」
9 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:05:29.36 ID:h2aLUo9m0

奏(まずは台本のこと。それがどうにもならなかったら……)

奏(……)

奏(実際に、する、ってどうすればいいのかしら……)

奏(キス顔を見せるくらいじゃなにもしてくれなかった)

奏(不意打ち…… それもいいけど)

奏(でも、やっぱり私は……)

奏「……」

カタカタ タン

P「うーん……」

奏(ディスプレイに隠れて顔は良く見えない……でも、ちょっと近づけば、すぐにその顔が見える)

奏(もっと近づけば、真一文字に結ばれたその唇が)

奏(その唇に)

奏(……私が……?)

P「……うん」カチ カチッ

P「おまたせ……っとなんだ、近いな」

奏「あっ」

P「?」

奏「ううん、なんでも……」
10 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:05:55.44 ID:h2aLUo9m0

P「なんか新しい悪戯でも思いついたか?」

奏「……そうね、そんなところ」

奏(私からしないと)

奏(この関係は、変わらない?)

  『別に脈が無いとワケじゃないと思うんだよね』
  『奏とのやり取り見てる限り』

奏(でも)

奏(……私から、なんて)

奏「仕事中にごめんなさい」

P「それは大丈夫だけど……」

奏(できないならいっそ)

奏(演技とはいえ、ドラマの中でされてしまった方が)

奏(この変なわだかまりも消えるのかしら)
11 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:06:24.54 ID:h2aLUo9m0

P「奏?」

奏「あっ……ううん、なんでも。その……」

P「ああ、その台本か」

奏「え? あ……ええ、これ」

P「俺も目を通しておいた。もう読んだか?」

奏「うん…… それで、私」

P「リテイク出してあるから」

奏「えっ」
12 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:06:50.04 ID:h2aLUo9m0

P「17Pだったっけ。キスシーンには修正だしてる。ちょうどいま送ったメール」

奏「……あ。そう、なの」

P「そのことじゃないのか?」

奏「ううん、そのことだったけど…… 台本変えて大丈夫だった?」

P「そのままが良かった、と言われてもちょっと困る」

奏「えっ」ドキッ

P「未成年のキスシーンとかベッドシーンはあるといえばあるけど、PTAに槍玉にあげられたりするし」

奏「……そういうこと」

P「そもそも事務所NG出していただろ」

奏「あ……やっぱり出していたのね」

P「ああ。たぶん脚本家がノって書いたんだろう。もちろん通すわけにいかないから変えてもらうけど……まぁ、抱きしめられるくらいはあるかもしれない」

奏「そう……それくらいは大丈夫」

P「話題性もなくはないし、話の流れとしてはあってもいいんだろうけどな。そこはそれ、これはこれ。オファーできた話なんだからNGはきっちり守ってもらうよ」

奏「……」ホッ
13 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:07:17.16 ID:h2aLUo9m0

P「これで解決したか」

奏「……そうね」

P「でも、向こうがこの展開を無理矢理推してくる可能性はあるか。その時は……」

奏「その時は?」

P「まぁ、どうにかして止めるよ」

奏「どうにかって」

P「……カメラの前横切るとか」

奏「ふふっ、問題になりそう」

P「なるかもなぁ。……まぁでも、些細なことだよ」

P「アイドルを守るには」

奏「……ありがとう」

P「いや。まぁ、仕事だしな」

奏「……」

P「ん?」

奏「ふふふっ。照れ隠しが下手よ」

P「……それは、どうも」

奏「はーっ…… なんか、一人で焦っていたの」

P「そこは年相応で可愛かったかな」

奏「あら……プロデューサーさんに反撃されるなんて」

P「はは、からかってるわけじゃなくて……」

奏「なくて?」

P「……いや、なんでもない。可愛かったとはいえ、挙動不審だったのはいただけないか」

奏(誤魔化された……)

奏「あまり言い返せないのが悔しいわね」
14 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:07:48.79 ID:h2aLUo9m0

奏「台本が変えられないかもって、焦って……キスシーンを演じるなら、練習が必要かな、なんて思っただけ」

P「じゃあ練習は、いらなくなったな」

奏「そうね、残念。せっかく、いい練習相手がここに居るのに」

奏(そしてあなたはいつも、からかうなと、言ってくれる)

P「からかうなよ」

奏(ほら。それでおしまい)

奏(の、はずだったのに)

P「……でも、そうだな」
15 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:08:20.27 ID:h2aLUo9m0

奏「え……?」

P「うん。練習相手になれなくて残念かもって」

奏「……する気なんて無いくせに」

P「奏ほどじゃない。なんて言ったら?」

奏「ずるい人」

奏「……でも、私もか。加蓮にも同じこと言われたわ」

P「ふっ……はは、そうか」

奏「乙女の純情をからかって、どういうつもり?」

P「ああ、いや悪い。怒らせるつもりじゃない」

P「ただ、奏は…… あー」

奏「どうぞ」

P「……ファーストキスは大切にしておきたいのかなって」

奏「!」
16 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:09:02.28 ID:h2aLUo9m0

奏「……知ってたの?」

P「いや、知らないけど」

奏「……」

P「……」

奏「私って、そんなにわかりやすい?」

P「まぁ、自分で思っているよりは。……もちろん、俺の知らないところもたくさんあるだろうけど」

P「あまり見くびらないでくれよ」

P「これでも速水奏のプロデューサーなんだから」

奏「……」

P「表に見せる顔も、見せない顔も。どっちも見なきゃいけないし、見ることができる」

P「だからアイドルじゃない奏に興味が無いってわけじゃ……」

奏「私、に?」

P「あ…… いや、失言だ。忘れてくれ」

奏「……出来るかしら」

P「頼むよ」

奏「ふふ…… 忘れないでいいなら、全部許してあげる」
17 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:09:28.03 ID:h2aLUo9m0

P「余計なこと言ったなぁ……」

奏「そっか。そんな風に想っていただけてるなんて」

P「……参った。忘れなくていい」

奏「ふふっ。嬉しい」

P「……」

奏「……やっぱり、キスは自分からする物じゃないわね」

P「うん?」

奏「さっきまで、ドラマに捧げてもいいか、なんて思っていたの」

P「それはまた……豪気だな」

奏「でも、プロデューサーさんが守ってくれるなら……無理に変わる必要は無いのね」

P「ああ」

P「でも奏は、だいぶ変わったと思う」

奏「そうね」

奏「プロデューサーさんに合っていなかったら、こんな風に笑っていなかったかもしれない」
18 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:10:05.66 ID:h2aLUo9m0

奏「ねぇ。プロデューサーさん。立っていただける?」

P「え? ああ」

ギッ

P「……?」

奏「……うん。あの時も、こうだった」

P「あの時……」

奏「プロデューサーさんに初めて会った時のこと」

P「私、あの時からたくさん、たくさん変わってきたけど」

奏「変わってないものもあるのよ」

奏「海岸で出会った時のこと。覚えている?」

P「……ここでキスできるか、って?」

奏「あの時の気持ち。まだ変わってない」

P「……」
19 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:10:31.89 ID:h2aLUo9m0

奏「ほら」

奏「あるよ、すぐここに。私の大切な物」

奏「少し背伸びをしたら、気付いてくれる?」

グッ…

P「おい……ちょっ……」

奏「なんてね」

P「……」

奏「ふふっ」

奏「顔が赤いよ。プロデューサーさん」
20 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:10:58.65 ID:h2aLUo9m0

奏「やっぱり、キスは自分からするものじゃないわね」

P「……待ってるって?」

奏「言わせないで欲しいし、言ってあげない」

奏「でも…… 私という台本の中で、いつかあなたに演じてもらわないといけないって。そう、思ってる」

P「……」

奏「私の台本に、もうあなたの名前は消せないから」

奏「だから……ねぇ、立っていただける? プロデューサーさん」

奏「私の舞台に」

P「…………ああ。光栄なことだと思っておくよ」

奏「願わくば悲劇より、喜劇がいいわ」

P「保証はできないけど……やっぱり、練習しておいた方が良さそうだ」

奏「楽しみにしてる」

奏「続きは、無くなったキスシーンの後で」

奏「ね」
21 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:11:24.25 ID:h2aLUo9m0

――事務所

ガチャ

神谷奈緒「おはようございます」

渋谷凛「おはよう」

加蓮「おっはよー♪」

凛「……加蓮?」

奈緒「なに、ニヤニヤしてんだ」

加蓮「えー、顔に出てた? うーんとねぇ……」

加蓮「喜劇的なおせっかい、ってとこかな」

凛奈緒「「?」」

加蓮「うふふふっ」





おわり



22 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2021/07/01(木) 00:11:50.54 ID:h2aLUo9m0

お読み頂きありがとうございました。
誕生日全く関係ない話だったけど、誕生日SSです。
書きたいこと書いてたらこうなった。
奏、誕生日おめでとう。あと、総選挙7位もおめでとう。


過去の奏誕生日SS よろしければどうぞ。

速水奏「特別な、プレゼント」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561907176/

速水奏「月の丘の裏側まで」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1593528022/

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/07/01(木) 17:27:35.15 ID:fR+RPajq0
乙はやみ
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