結標「私は結標淡希。記憶喪失です」

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592 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/11(土) 23:52:04.38 ID:EQdefISBo


二〇〇X年一一月二〇日。
結果、結標淡希及び一方通行は――高等学校へ編入することとなった。
統括理事会のメンバー『貝積継敏』が手を回したことにより決まったことらしい。
こちらとしては不本意だが、あの学校には『幻想殺し(イマジンブレイカー)』や『吸血殺し(ディープブラッド)』といった詳細不明の能力者が在籍している。
それらの存在が結標淡希に大きい影響を与えてくれることを期待して、経過観察を進めていく。


〜〜


二〇〇X年一一月二六日。
結標淡希及び一方通行が――高等学校へ編入。
結標淡希と一方通行が常に行動をともにすることが必要条件の為、結標淡希を一年次へ編入する特例措置を行使する。


〜〜


二〇〇X年一二月七日。
結標淡希が居候生活を始めてから最初のシステムスキャン。
これといった変化は特に見られない。相変わらず自身の転移を行うことができない状況。


〜〜


二〇〇X年一二月一三日。
ヒトは大きな困難を乗り越えることにより、大きな成長へと繋げることが出来る。
結標淡希が成長する舞台を用意し、著しい成長を促すことにする。

(中略)

以上の点から、我が部門とも関係性のある△△スキー場をその舞台と設定する。
結標淡希をその場所に連れて行く為に、――高等学校へ能力有りのマラソン大会を開かせる。
そのクラス単位での大会優勝賞品をスキー場への無料券とすることで、違和感のない道筋を作る。
同クラスには一方通行が在籍している為、優勝は確実だろう。


〜〜


二〇〇X年一二月一六日。
マラソン大会当日。
一方通行が予定通り優勝。


〜〜


二〇〇Y年一月一日。
結標淡希他が△△スキー場へ来場する日程が二〇〇Y年一月四日に決定。
結標淡希が成長する舞台を能力有りの雪合戦大会とし、それに伴い超能力者(レベル5)を持つ暗部組織『スクール』・『アイテム』へ雪合戦大会出場を依頼。


〜〜


二〇〇Y年一月四日。
予定通り結標淡希他が来場。
同様にスクール・アイテムも来場を確認。


〜〜


二〇〇Y年一月五日。
能力有り雪合戦大会を予定通り実施。
結果、結標淡希はトラウマを乗り越え自身の転移を成功させる。
この大会で得られたデータを上層部へ報告。


〜〜


二〇〇Y年一月六日。
報告したデータから座標移動(ムーブポイント)を超能力者(レベル5)判定とされた。
大々的に発表する必要性は皆無とし、この情報は機密事項とし本人通達するとする。


〜〜


593 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/11(土) 23:53:44.40 ID:EQdefISBo


二〇〇Y年一月七日。
結標淡希へレベル5判定を受けたことを通達。


〜〜


二〇〇Y年一月八日。
他組織で結標淡希に価値を見出し取り込もうとする者の動きが見られる。
ある程度の組織ならこちらで対処できるが、実力行使で来た場合の対応が難しい。
そこで、結標淡希とクラスメイトであり友人でもある土御門元春。彼が所属する暗部組織『グループ』に目をつける。
それらの組織を不穏分子として扱い、グループへ処理の依頼をかけることとする。


〜〜


二〇〇Y年二月二二日。
結標淡希が超能力者(レベル5)になってから最初のシステムスキャン。
結果から言うと著しい能力の向上が見られた。トラウマという足かせがなくなったことによる効果だろう。
さらに、こちらの想定より上昇値が二一%高いことから、一方通行との共同生活も関係していることも大きな要因と考える。

(中略)

この結果なら、『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』の素体として十分運用可能と判断。
計画を再び進行することを決定する。


〜〜


二〇〇Y年三月二○日。
計画の進行が決定してからあれから約一ヶ月。
結標淡希をこちら側に引き込むために、本計画を隠蔽し別の実験として協力の依頼を一七回掛けたが全て断られる。
報酬金額を予算限界額まで設定しても拒否をされた為、この方法では引き込めないと判断。

(中略)

その為、結標淡希の記憶を戻し、学園都市に仇をなす犯罪者として捕縛することにより、計画に引き入れることが有効とする。


〜〜


二〇〇Y年三月二一日。
記憶を回復させるファーストプランとし、再び心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈へ依頼する案が上がる。
以前のこともあるため、一度だけと決め、コンタクトを取った。
そのあと直接接触して交渉するところまではいったが、やはり決裂。


〜〜


二〇〇Y年三月二二日。
記憶を回復させるセカンドプランとし、記憶が回復するきっかけを能動的に起こすことにより対処する案が上がる。
不確定な案なため反対意見が多数上がるが、他に容易に解決出来る案が上がらなかった為、この案を進行させる。

(中略)

以上のことから『残骸(レムナント)』事件の関係者、『白井黒子』、『御坂美琴』、『一方通行』を起点とした計画を他組織へ依頼することが決定する。



 これ以降、このテキストファイルには何も書き込まれていなかった。


―――
――



594 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/11(土) 23:55:41.60 ID:EQdefISBo


一方通行「……何だよ、これ」


 中に書かれていた内容は、簡単に言えば『空間移動中継装置(テレポーテーション)』というおぞましい装置についての詳細と、この計画が発足してから現在に至るまでの経緯だ。
 一方通行がまったく知らない情報も書かれていれば、一方通行がよく知る情報も書かれてあった。
 彼がこれを一読して思ったことは一つ。

 まあ、これくらいの闇は学園都市だったら当然存在するだろう。

 ただ、それだけだった。
 一方通行は以前『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』という暗部の実験に関わっていたこともあるし、それ以前にも聞いただけで反吐が出るような実験にも関わっていた。
 そのためこの程度の計画が立案されていてもおかしくはないと予想はしていたし、自分たちがのうのうと生活している裏で、何かが蠢いているとは感づいてはいた。
 だから、今さらこのようなものを見たところで驚きもしなかった。
 だが、


一方通行「…………ッ!!」


 一方通行は怒りで、奥歯が砕けてしまうかと思うくらいの力で歯を食いしばっていた。 

 予想はしていた。
 おかしくはないし、当然だとも思っていた。
 驚愕もしなかった。
 なのに、一方通行の中ではドス黒い憤怒の感情が渦巻いていた。

 一方通行はなぜこんな感情が生まれてきたのか、自分では理解できなかった。

 人間をまるでパソコンパーツのように扱う計画が進行しているからか?
 そのパーツに結標淡希を使おうとしているからか?
 この計画の為に自分が利用されていたことを知ったからか?
 自分だけではなく自分の守るべき存在である少女や、その同居人たちも利用されていたからか?
 さらに言うなら、同じ学校へ通う友人たちも利用されていたからか?
 この約半年間の間にあった全ての思い出というものは、この計画した者たちによって与えられたものだということに気付いてしまったからか?
 自分が初めて明確に好意というものを抱くことができたのも、この者たち計画というお膳立てがあったからではないかと気付いてしまったからか?
 学園都市最強の超能力者(レベル5)も、所詮はこの者たちの手のひらの上で踊るお人形さんだということに気付いてしまったからか?

 一方通行はわからなかった。自分が何に対して激昂しているのかが。

 そんな中、一方通行は携帯端末のディスプレイの中からある単語が目に入った。

 『試作空間移動中継装置(テレポーテーション・プロトタイプ)』。

 一方通行は反射的にそのファイルを開く。
 内容は、計画の予行演習のテスト品ということで作成した擬似的な空間移動中継装置についてのレポートだった。
 中を読み進めてわかったことだが、特殊素材で作った複数の電磁パネルを裏から配線で繋げることで、パネル間でテレポートが自在に可能という物。
 つまり、先ほど戦闘した駆動鎧達が使っていた物のことが書かれていた。

 ということは、この建物の中のどこかにこの装置が存在しているということになる。


595 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/11(土) 23:58:19.08 ID:EQdefISBo


一方通行(……そォいえばアレは)


 今まで気付かなかったが、一方通行はモニター室の隅に横開きの自動ドアのようなものを見つけた。
 暗がりだったのと、物があちこちに散乱している状況だったから視界に入らなかったのだろう、と適当に一方通行は理由付けした。
 一方通行は吸い込まれるように自動ドアの前に立つ。すると、まるで中へ誘い込むようにドアは左右へ開いた。


一方通行「…………」


 一方通行は息を整えて、暗がりの部屋へと入っていった。

 部屋の中はお世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。
 地面には配線だらけでごった返していて、空やゴミが詰め込んでいるダンボールがあちこちへ転がっている。
 部屋の奥へと進んでいくと、暗闇から明かりのようなものが浮かび上がってきた。
 一方通行はさらに奥へ行く。光の発生源へとたどり着いた。
 そこには複数台の大型コンピューターのようなものが床を埋め尽くしており、その隙間に人一人は入れそうなカプセルのようなものが置いてあった。


一方通行「…………ッ!?」


 カプセルの中を見て、一方通行は絶句する。
 中は培養液のようなもので満たされていて、あるものがその中を浮かんでいた。
 それは人間の脳髄と脊髄。
 至るところに電極が取り付けられていて、まるで機械の部品かのように扱っていた。


一方通行「……コイツが、『試作空間移動中継装置(テレポーテーション・プロトタイプ)』ってヤツの本体ってことか」


 見るだけで吐き気を催すような装置を見て、一方通行は先ほど読んだレポートに書いてあった文章を思い出していた。

 この装置の素体に使われたのは、少年院に収容されていた強能力者(レベル4)の空間移動能力者(テレポーター)だった。
 収容された理由は、半年もすれば出てこれるような罪。しかし、その者からすればそれは長すぎたらしい。
 毎年年度末に行われるAIMジャマーの一斉メンテナンス、そのときに脱獄しようと試みる。そして再度捕まり、さらに奥深くへと収容された。そういう人物だ。

 当初、人体五体満足のまま培養液で満たしたカプセルで生命維持しつつ装置にする予定だった。後々、この素体に人間的な価値を見出したときに再利用するためだ。
 しかし、素体本人が反旗を翻したことにより当研究所に甚大な被害が起きてしまった為、素体を殺害して必要な部品のみを取り出し使用した。
 この経験を活かし、『空間移動中継装置(テレポーテーション)』で座標移動(ムーブポイント)を素体にする際も、同様に殺害して必要な部品だけ回収して使用することとする。


一方通行「――――」


 一方通行の中で渦巻いてた怒りが消え去った。
 その代わりに何かが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
 支えるものが無くなった理性が侵略するように全ての感情を塗り潰す。
 そして、彼の中で何かが生まれた。




 この日、第一〇学区の一角で深さ五〇メートルを超える地盤沈下が起こり、施設が崩れ去るというが大事故が発生した。




―――
――



596 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/11(土) 23:59:43.99 ID:EQdefISBo


初春「引っかかりました! これよりハッキングを開始します!」


 そう言って初春はデスクに置いた私用のノートパソコンのキーボードを尋常でない速度でタイピングする。


黒子「ッ……」


 その様子を見て黒子は息を飲む。
 ディスプレイには大量のウインドウが出たりは消えたりを繰り返していた。
 黒子にはわからないがハッキングに関するなにかのプログラムを走らせているのだろう。


黒子「……タイムリミットは『二分』」


 黒子はそう呟いたあと、先ほど初春とした会話を思い出す。


 『どんな凄腕のハッカーでも、おそらく侵入した私を補足して完全に動きを封じ込めるのには『二分』はかかるでしょう』


 初春いわく、侵入すると同時に一〇〇以上のダミープログラムを侵入させる為、補足するのには時間がかかるらしい。
 それを終えるまでの時間二分間を初春の中でのタイムリミットととしていた。
 だが初春は、


 『まあ、たぶん私なら一分ちょっとで完全掌握出来ると思いますので、心配しなくても平気ですよ』


 と言っていたため、今から約一分後には向こう側にあるコンピューターを掌握して、偽装ツールを破壊していることだろう。
 しかし、その会話をしていたとき黒子は一つの疑問を感じた。
 もし、それが成功せずに、逆に完全に動きを封じ込められてしまったらどうなるのか。
 それを聞いたとき初春は言った。


 『うーん、そうなっちゃったら完全に詰みですね。その時点で履歴データとかは全部抜かれていると思いますので、こちらの情報が向こうに漏れてしまいますから』


 だから、やられた時点でパソコンを物理的に破壊しても身バレは避けられないでしょうね、とも初春は言った。


黒子(頑張りなさい、初春……)


 電子戦になると黒子には何も出来ない。
 大能力(レベル4)という大きなチカラを持っていても、そんなもの何の役にも立たない。
 だから、黒子は初春の勝利を祈るしかなかった。


―――
――



597 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/12(日) 00:02:17.94 ID:BbOkgSCro


 スクールの隠れ家にある情報処理室。
 そこは窓のない部屋で、真ん中に椅子とディスプレイが一つずつポツンと置かれており、それを囲むように周囲にはたくさんの巨大な黒いサーバーが円形に設置されている。 
 その椅子に座っている少年、誉望万化の頭に装着している土星の輪のような特殊ゴーグルから伸びたケーブルが、全てのサーバーへと繋がれていた。


誉望「……ふん、予想通りこちらに侵入してきたな。じっくり料理してやりたいところだが、向こうもそれなりにやるようだしさっさと終わらせてやるとするか」


 誉望万化は念動能力(サイコキネシス)を持つ大能力(レベル4)の能力者。
 彼が今行っていることは念動力を応用した電子制御だ。
 つまり、スクールのコンピューターへ侵入してきたハッカーから、コンピューターを防衛する電子戦を行っていることになる。
 そんな彼をぼーっと眺める男がいた。


垣根「本当に大丈夫なんだよな? もしミスってデータ抜かれでもしてみろ? その時点で処刑だぞ処刑」


 誉望の席の前方にある二つのサーバーの間に置いてある白い箱状の物。その上に足を組んで座っている垣根は警告する。


誉望「問題ないっスよ。この俺が電子戦で、ましてやホームでの防衛戦に負けるわけないじゃないっスか」

垣根「そんないかにもな三下の負けゼリフ言ってんじゃねえよ」


 呆れながら垣根は続ける。


垣根「ったく、負けたりなんかしたら、何のために俺がこんな陰気臭せえ部屋に一緒に籠もってやったのかわからなくなるからな」


 そう言いながら垣根は自分の下にある白い箱を数回叩いた。
 その箱からは白いケーブルが伸びていて、部屋に備え付けられているサーバーのうち一つと繋がっていた。


誉望「垣根さんには感謝してるっスよ。それのおかげでこうやって敵をおびき寄せることが出来たんスからね」

垣根「当たり前だ。俺の未現物質(ダークマター)には常識が通用しねえんだからよ」


 この白い箱は垣根の能力未現物質によって作られたサーバーだ。
 中にはメンバーからもらった監視映像偽装ツールを真似して作ったプログラムがインストールしてある。
 これ単体では意味はないが、既存のツールと併用することによって偽装能力が向上するという物。
 これのおかげで相手ハッカーをおびき寄せることができたということだ。


誉望「おびき寄せさえすればこっちのもんスよ。スクールのサーバー内は俺の庭みたいなもんスからね。何か無駄にダミーを大量にバラ撒いているみたいスけど、そいつらの処理は秒で終わるんだよなぁ」


 消えていくダミーの信号を確認し、最後に残った動きの速い信号を確認した。


誉望「随分と活きの良い獲物じゃねえか。でもなあ」


 誉望がニヤリと笑みを見せる。


誉望「俺が全力でやればこんなヤツを補足して掌握するのに『一分』もいらないんだよ」


 誉望の目の前に置いているパソコンにある一文が浮かび上がった。
 『Complete』。侵入者を完全に補足し、捉えたという合図だった。


誉望「はい、終わりっと。これでコイツは何もできないし、逃げることも出来ない」

垣根「つーことはそのハッカーの情報を抜けたっつーことだよな? お前が言うにはスピード勝負のハッキングはどっかのサーバーを経由とかしてねーんだろ?」

誉望「問題ないっス。何なら今から情報開示して近くにいる下部組織の連中に襲わせてやりましょうか?」


 そう言うと誉望は能力を使い電子操作をする。するとディスプレイに侵入者のパーソナルデータが出てきた。
 そこに出てきた位置情報を誉望は読み上げる。


誉望「ハッカーの居場所は……第七学区ふれあい広場近くにある公衆電話っスね」

垣根「ほう。そんな場所からお前とやり合えるなんて相当のやり手だな」

誉望「そうっスね。せっかくだしどんなヤツか一度顔でも拝んでやりましょうか。周辺の監視カメラの映像をハッキングします」


598 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/12(日) 00:03:41.99 ID:BbOkgSCro


 そう言うとディスプレイには大量の監視カメラの映像が映る。
 いや、映ったものは正確に言うと映像ではなかった。


誉望「なっ、なんだと!?」

垣根「あん? どうかしたかよ」


 驚きの表情を見せる誉望を見て、垣根も同じディスプレイを覗き込む。
 そこに映っていたのは監視カメラの映像ではなかった。
 真っ黒の背景に白い文字で『No entry』。
 それは監視カメラ側からの情報を閉鎖していることを表すものだった。


誉望「どういうことだ? 別のパソコンを使って監視カメラをハッキングしてブロックしているってことか? いや、そんなことするためなら全部監視カメラに直接有線で繋げるくらいしないと無理なはず」

垣根「チッ、よくわかんねえがとりあえず下部組織の連中に周辺を捜索させろ」

誉望「了解っス。下部組織へ――」


 誉望が指示を出す前に何か嫌な信号が彼の頭の中をよぎった。


誉望「がっ……!?」

垣根「今度はどうした?」

誉望「ば、馬鹿なッ……コンピューターの制御が、奪われた……?」


 ディスプレイには誉望の考えとはまったく違う動きをしているコンピューターが映った。
 なぜそれが考えとは違うとわかったのか。それは監視カメラ偽装ツールを完全削除しようとしているからだ。


垣根「……チッ」


 垣根は背中から三対の白い翼が現れる。
 その瞬間、部屋にある全てのサーバーや電子機器が木っ端微塵に破裂した。


誉望「なっ、べ、別に物理的に破壊なんてしなくても……」

垣根「制御を奪われたっつーことは完全にフリーになったってことだろうが。そんな状態を一秒でも許すってことはどれだけの情報が奪われるかなんてこと、わからねえわけじゃねえよな?」

誉望「す、スンマセン!!」

垣根「……まあ、いいや」


 面倒臭そうに頭を掻きながら垣根は続ける。


垣根「十分時間は稼げただろ。あとは時を待つだけってな」


 そう言って垣根は部屋の出口へ向かって歩き出した。
 こんな状況なのに、垣根の顔にうっすら喜びの表情なものを見たとき、誉望は背筋がゾッとしたのを感じた。

 部屋の出口の前にたどり着いたとき、垣根は振り返って誉望の方を見た。


垣根「そういやさっき電子戦は負けねえとか抜かしてたヤツがいたよな?」

誉望「うぐっ」

垣根「それに対して俺はミスったら処刑だぞとも言ったよな?」

誉望「ッ!!!?」


 誉望万化は体の中にある内臓が全部口から出てくるんじゃないかと思えるくらい、大量の吐瀉物を吐き散らかした。


―――
――



599 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/12(日) 00:05:35.41 ID:BbOkgSCro


初春「ふぁー疲れましたー」


 椅子の背もたれにぐったりともたれ掛かっている初春。
 その様子を見て黒子は問いかける。


黒子「成功したみたいですわね?」

初春「完全勝利とは行きませんでしたけどねー。偽装ツールっぽいものは破壊できましたが、そのあとは反応が完全にロスト」


 「物理的切断されちゃったから大したデータを抜き出すことも出来なかったので、個人的には負けですね負け」と悔しそうに初春はそう言う。
 黒子からすれば偽装ツールを破壊しただけでも十分と感じるものだが、電子戦に対してのプライドの高さ伺える発言だった。


初春「抜いた情報もあまり役には立たなそうですね。位置情報を辿って現場に行ってもたぶんもうもぬけの殻だろうし、機材の型式番号とかから相手を追ってもどこかしらでルートが潰されてそうですし……おっ?」


 奪った情報を眺めている初春の目が少し見開く。
 
 
初春「『スクール』? たぶんこれが相手さんの組織の名前か個人のコードネームですね」

黒子「ふん、『学校』ですの? 暗部組織などという相反する位置にいる者がそのような名前を名乗るなどとは、面白い皮肉ですわね」


 鼻で笑っている黒子。
 しかし、初春は何かを考えて込んでいるような表情をしていた。
 

黒子「どうかしましたの?」

初春「いえ、さっきのハッキングのときのことなんですが、何か妙だったんですよねー」

黒子「妙?」

初春「相手の動きですよ。たしかにこっちは一〇〇以上のダミーをバラ撒いたんですけど、私本人の攻撃にまったく興味を示さなかったんですよねー」

黒子「……それは単にダミーに引っかかったということではありませんの?」

初春「それはないですよー。あんなものに苦戦するようなヤツだったら、私が直々にこんな危険なことしませんってー」


 あははは、と笑いながら初春はテーブルに置いてあるティーカップを手に取り、冷めた紅茶を口に含んだ。


初春「なんと言いますか、まるでもう一人凄腕のハッカーが侵入していて、そっちに意識が向けられていた、って感じなんですよねー」

黒子「そんなことがありえますの? 相手は暗部組織ですわ。そんな相手を特定して狙いを付け、ハッキングする奇特なハッカーなど他にいるとは思いませんが。しかも貴女と同タイミングで」

初春「まーあれですよ。悪い組織だから敵も多そうだし、敵対している組織の凄腕のハッカーさんと攻撃タイミングばっちり合っちゃったとか、そんな感じじゃないですか?」


 初春はぐっ、と背伸びをしてから再びパソコンのディスプレイに目を向ける。


初春「さて、本来の仕事に戻らないと! 早く結標さんを見つけて上条さんに知らせなきゃ」


 そう言って初春はキーボードを叩き、監視カメラ情報の収集を始めた。


―――
――



600 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/12(日) 00:06:38.57 ID:BbOkgSCro


 第七学区のふれあい広場。
 そこの近くにある公衆電話ボックスから一人の少女が出てきた。
 御坂美琴。
 その手には彼女がいつも使っているゲコ太仕様の携帯電話ではなく、PDAという情報端末が握られていた。


打ち止め「あっ、お姉様ー! 友達への電話は終わったの? ってミサカはミサカは駆け寄りながら聞いてみたり」

美琴「あ、うん。終わったわよ。待たせてごめんなさいね」


 美琴は謝りながら手に持っていたPDAをスカートのポケットに仕舞い込んだ。


打ち止め「しかし携帯の充電を忘れてて電池切れだなんておっちょこちょいだね。というか能力使って充電すれば携帯使えたんじゃなかったのかな、ってミサカはミサカは今更な打開案を挙げてみたり」

美琴「まあたしかに出来ないことはないけど、変に電気流して携帯壊しちゃってもいけないしね」


 充電用のケーブルとかあれば別だけどね、と美琴は付け加える。


打ち止め「なるほど。だからミサカの前の携帯はお亡くなりになられたのか、ってミサカはミサカは同じ過ちを繰り返さないこと決心してみたり」

美琴「電子ロックを無理やり解除とかもあんまりやらないほうがいいわよ? 私だって何十個壊したか覚えてないくらいだし」

打ち止め「うおお、なんかカッケーぜ! ってミサカはミサカは武勇伝を語るお姉様に羨望の眼差しを向けてみたり」

美琴「そんなことに憧れちゃいけません」


 説得力のない戒めの言葉を美琴は告げた。


――――――


601 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/12(日) 00:08:19.31 ID:BbOkgSCro
パソコン関係全然わからんからハッキング部分とか間違ったこと書いてるやろけど雰囲気で読んでくれると助かる

次回『S6.vsアイテム』
602 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 21:50:54.39 ID:loyT3wilo
今さら超電磁砲の続きとアストラルバディと学芸都市読んで思ったんやけどこのスレの初春さんナーフしすぎたな

投下
603 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 21:53:09.51 ID:loyT3wilo


 S6.vsアイテム
 

 美琴と打ち止めはふれあい広場から移動し、とあるホテルの前に立っていた。
 そびえ立つ建物を眺めながら美琴が言う。


美琴「というわけで着いたわよ? 今日泊まるホテル」

打ち止め「すごく大きくて立派なホテルだね! ってミサカはミサカは素直な感想を述べてみたり」

美琴「そんな高級ホテルとかじゃないから、変な期待はしないほうがいいわよ?」

打ち止め「でもエントランスにはお金持ちっぽい老夫婦とか、高そうな服を着た生意気そうな子どもとか見えるんだけど、ってミサカはミサカは疑いの目を向けてみたり」


 そんなやり取りをしながら二人はホテルの入り口をくぐってエントランスへと入った。
 入り口には屈強なガードマンのようなホテルマンが立っていた。打ち止めはますます怪訝な表情を浮かべた。
 彼らは少女二人を見るなり一礼する。
 美琴は軽く会釈して返す。つられて打ち止めもアホ毛を揺らした。


打ち止め「でもどうせ外泊するならお姉様のお部屋とか行きたかったな、ってミサカはミサカは少し残念がってみたり」

美琴「あー、それはちょっと厳しいわね。ウチの寮いろいろ規則とか厳しいから」

打ち止め「はえー、なんだか大変そうだね、ってミサカはミサカは同情してみたり」

美琴「それに私の部屋には変質者が出るから、ほんとやめたほうがいいわ……」


 美琴はツインテールの後輩を思い浮かべながら力のない笑いを浮かべた。


美琴「そういうわけだから、もし明日も泊まることになったらまた別のホテルに行くわ」

打ち止め「ふーん。まあ、ミサカとしてはどこに泊まろうと旅行気分で楽しめるから問題ないよ、ってミサカはミサカはとりあえず京都とか行ってみたい気分になってみたり」

美琴「さすがに学園都市の外へは連れて行くことはできないわね……」


 逆に外へ出ればこの子を狙う組織とやらから離れることが出来るのでは?
 と一瞬美琴は思ったが、よくよく考えたら無理やり外へ出たことによってお尋ね者にでもされそうなことに気付いて、頭を振って考えを消し去った。

 会話をしているうちに二人は受付にたどり着き、チェックインの作業を終える。
 二人の部屋は七階。階段で行くには面倒な階層なのでエレベーターの方へ向けて足を動かした。


―――
――



604 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 21:55:47.65 ID:loyT3wilo


 ぼーっと車の座席に座っている滝壺がぴくりと反応する。


滝壺「……! むぎの」


 麦野が小さくうなずく。


麦野「ええ、来たわね」


 彼女たちの視線の先には櫻井通信機器開発所という施設がある。
 その敷地内で警備員のような服装をした男たちが忙しく動き回っていた。
 絹旗が携帯端末につなげたイヤホンを片耳へ当てながら、


絹旗「……無線情報を拾えました。例の侵入者で超間違いないようです」

フレンダ「よっし! こんな狭っ苦しい車の中で一晩過ごすなんて展開にならなくってよかった訳よ」


 フレンダは車のスライドドアを勢いよく開き、車外へと飛び降りた。


浜面「せっかくの電動ドアをフルパワー開閉すんじゃねえよ壊れんだろ? まあ、別に俺の車じゃないからいいけど」


 ボヤきながら浜面は手元にあるドアの開閉スイッチを押して、開いていない方のスライドドアを開いた。
 麦野、滝壺、絹旗も車外に降りたことを確認して、浜面は再びボタンを押してドアを閉めてから、車のエンジンを切って降車する。


麦野「さて、予定通り五分以内に絹旗とフレンダはそれぞれのポイントへ移動しなさい」


 二人は了解、と一言返事してそれぞれ別方向へと走り去っていった。
 それを確認してから麦野は続ける。


麦野「滝壺は私と来なさい。ターゲットの座標移動へ一言挨拶しに行くわよ」

滝壺「うん」

麦野「浜面はいつも通り滝壺の援護。肉壁としてきっちり働きなさい。もし滝壺に少しでも傷を付けやがったら、その股間に付いてる粗末なモン焼き切ってやるわよ?」

浜面「ひぃ!? が、頑張ります!」


 股間を押さえながら返事をする浜面を冷ややかな目で見ながら、女子二人は施設の方へと歩みを進める。
 それを追いかけるように浜面も小走りを始めた。

 研究施設へ近付いてくる麦野たちに三人組の警備の者たちが気付く。
 「貴様ら何者だ、これ以上近付くと撃つぞ」。機関銃を構え、警告を出そうとした瞬間、


 クアッ!!


 という音と共に警備員たちの胴体が焼き払われて、上半身と下半身が真っ二つに分かれた。
 超能力者(レベル5)第四位。『原子崩し(メルトダウナー)』という麦野沈利の圧倒的な破壊のチカラが振るわれたのだ。
 周りに赤い液体が飛び散る。男たちのうめき声が漏れる。
 その光景を見た浜面は吐き気がこみ上げてくるのを感じる。
 同じモノを何度も見たことはあるが全く慣れないものだ、と浜面は思った。


605 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 21:57:24.51 ID:loyT3wilo


 サクッと目の前にいた人間を殺してから麦野はハッ、と何かに気付いたような表情をしてから携帯端末に向けて喋りかけた。
 この端末は既に複数人同時通話用のアプリを起動している為、その声はアイテムのメンバー全てに届く。


麦野「言い忘れていたけど、ここの建物にいるヤツらはどっちかと言ったら裏の人間よ。だから、ターゲット以外は好きに殺して構わないから。あの糞女にも許可は得ているから安心しなさい」


 殺してから言うなよ、と浜面はツッコミたかったけど殺人ビームがこちらに飛んできそうだからやめた。


フレンダ『ちょっと麦野ー、それもうちょっと早く言ってよー? 無駄に気絶とかさせて二〇秒くらいロスしちゃったって訳よ』

絹旗『拳が超際どい角度で入ってピクリとも動かなくなった人がいたので、それを聞いて超安心しました』

滝壺「まあでも、あんまりやりすぎて勢いで座標移動を殺しちゃった、みたいなのはなしだよ」


 彼女たちの軽い感じの返しを聞いて、浜面はげんなりする。


浜面(……毎度思うが、ほんと俺だけ場違いだよな。何でこんなことになっちまったんだろうなぁマジで)


 一〇〇人以上のスキルアウトを束ねるリーダーだったときは輝いていたよなぁ、とかぼーっと浜面は考えているとそれに気付いた麦野が、


麦野「浜面テメェ何一人で楽しく妄想にふけってやがんだッ!! さっさとしろ!!」


 施設の入り口の前に立って青筋立てていた。
 入り口の扉周りが、炎であぶられて溶けた金属みたいになっているところからして、麦野がセキュリティをガン無視して能力でこじ開けたのだろう。
 このまま立っていたら今度は俺があの扉みたいになっちまうな。
 そんなことを考えながら、浜面は二人のあとを追い施設の中へと踏み込んでいった。


―――
――



606 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 21:59:25.61 ID:loyT3wilo


 上条当麻は結標淡希を探して研究施設が比較的に多い第一〇学区をさまよっていた。
 第一〇学区は研究施設が多いと同時に学園都市で一番治安の悪い学区でもあったため、スキルアウトに絡まれては逃げて、スキルアウトに絡まれては逃げてを繰り返していた。
 そんな中、上条はある場所へとたどり着く。


上条「……うわぁ、なんだこりゃ?」


 目の前にあったのは巨大な穴。
 学校の校庭くらいの広さがあり、深さは五〇メートル前後あるか。
 周りには進入を禁止するようにバリケードが張ってあり、その前でアンチスキルが見張りをしていた。
 穴の中を覗き込んでみると、巻き込まれた人の救助でもしているのか、駆動鎧が瓦礫の撤去作業をしているのが確認できる。
 危険な現場でうろちょろしている上条を見て、見張りをしていたアンチスキルが近付いてきた。


黄泉川「――ちょっとそこの少年! ここは危険だから近づかないほうが……ってありゃ? お前上条じゃんか」

上条「黄泉川先生?」


 話しかけてきたアンチスキルは、上条の通う高校で教師をしている黄泉川愛穂だった。


上条「これなんかあったんすか? こんなでっかい穴が空くなんて不発弾でも地面に埋まってたのか?」

黄泉川「あー、まあ爆弾じゃないけどとんでもないものが地面に埋まっていた、っていうのは間違いないかな?」

上条「とんでもないもの?」


 首をかしげる上条を見て、黄泉川は穴の方へ目を向ける。


黄泉川「ここはもともと廃棄された研究施設があったじゃん。けど、そこの地下にはまだ稼働している巨大な施設があったみたいで、それがなにかの衝撃で天井から崩れてって感じじゃんよ」

上条「へー、そりゃ大事故だなぁ。下手すりゃ死人とか出てそうだな……」

黄泉川「それなら安心するじゃん。ここの職員と思われるヤツらはみんな変わったデザインの駆動鎧を着てたみたいでな。多少は怪我しているが全員無事生還しているじゃん」

上条「そっか」


 こんな大規模な事故でも生き残れるなんてやっぱ学園都市の技術はすげえな、と上条は感心した。
 すると黄泉川は言い忘れていたことを思い出したような顔をして、


黄泉川「あっ、そうだ。実際は全員じゃ――」


 となにかを言いかけて口が止まる。


黄泉川「…………」

上条「?」


 黄泉川は険しい表情を浮かべたまま黙り込んだ。
 しばらくして、表情をいつもの軽い感じに戻して再び口を開いた。


黄泉川「いや、何でもない。忘れてくれ」

上条「はあ」

黄泉川「ところで上条はこんなところで何やってるじゃん? この辺りにお前の好きそうなものなんてないと思うけど?」

上条「うっ、え、えっと……」


 上条は突然の質問に体をビクつかせた。
 彼がここに居る理由は結標淡希を捜すためだ。
 だが、上条はそれを目の前にいる女性に話していいものか悩んでいた。
 結標と同居人である彼女は今の結標のことについてどこまで知っているのか。そもそも、彼女に話をしていいのか悪いのか。


上条「あー、その、なんと言いますか」


 そんなことばかり考えてしまっているため、気の利いた言い訳が全然出てこなかった。
 その様子を見た黄泉川は、不審感のようなものを抱いてしまったようで眉をひそめる。


607 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:02:14.14 ID:loyT3wilo

黄泉川「上条。お前もしかして何か先生に言えないようなことやってんじゃないだろうな?」

上条「へっ? い、いやーそんなわけないじゃないですかあはははは」

黄泉川「じゃあこんなところで何やっているのか、きっちり説明してみるじゃん」


 黄泉川のあまりの迫力に上条は思わずたじろぎ後ずさりしてしまう。
 冷や汗が全身から滲み出て、目があちらこちらへとバタフライする。
 そんな状況にある上条に、救いの女神様から手が差し伸べられた。


 タラララ〜♪


 上条のズボンのポケットに入っている携帯電話から電子音が流れる。
 この音楽は電話の着信音だ。
 上条はポケットから携帯電話を取り出した。


上条「あっ、友達から電話だ! すみません黄泉川先生! あんまり先生たちの邪魔しちゃいけないし、俺行きますんで!」

黄泉川「ちょ、上条!?」


 上条は逃げるように黄泉川のいる方向から逆向きへ走り出した。
 走りながら携帯電話を通話モードにして耳へ持っていく。


上条「もしもし?」

??『え、えっと、上条さんの携帯電話で間違いないでしょうか?』

上条「その声は初春さんか」


 電話口から聞こえてきたのは、結標の捜索を買って出てくれた初春飾利という少女の声だった。
 彼女から電話がかかってくるということは、


上条「もしかして結標が見つかったのか!?」

初春『はい。五分程前の映像ですが、間違いなく結標さんの姿を捉えました』

上条「結標は今どこにいるんだ?」

初春『この映像は第一〇学区にある第三廃棄場近くの街頭カメラからのものです』

上条「わかった。すぐそこに行ってみるよ」


 上条は携帯電話の通話を切ろうとするが、


初春『あー! 違います待ってくださいー!』

上条「ん? 違うって何が?」

初春『この映像はあくまで五分前のものです。映っていた様子からしてどこかへ移動中のようでした。なので、今からそこに行ったところで出会えませんよ』

上条「ああ、そっか」


 たしかに徒歩でも五分あれば四、五〇〇メートルは移動できる。
 さらに早足や走りならなお広範囲に移動できるだろう。


初春『結標さんが研究施設を襲撃している犯人じゃないか、という話はしましたよね?』

上条「ああ。だから俺もこうやって施設の多い第一〇学区で結標を捜してんだから」

初春『私が見た限りだと、結標さんが監視カメラ等に映るときは研究施設を襲おうとして動いたときです』

上条「つまり、今結標はどこかの研究施設に行っている可能性が高いってことか?」

初春『そうです。このカメラの位置から一番近い研究施設は……櫻井通信機器開発所です』


 上条は一度携帯端末を耳から離し、研究施設の名前を地図アプリへ入力して検索する。
 画面に地図が映し出されて目的地へマーカーが表示され、ナビゲーションが開始された。


上条「……この距離なら走って一〇分くらいだな。よし」

608 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:04:48.48 ID:loyT3wilo


 上条は目的地のある方へと進行方向を変えて走り出す。
 すると、電話の向こうの初春が神妙な声のトーンで、


初春『上条さん』

上条「何だ?」

初春『場所を教えてから言うのもあれなんですが、私はあなたに櫻井通信機器開発所へ行って欲しくないです』

上条「どうしたんだよ急に」


 初春は一呼吸置いて、ジャッジメントが現場で危険を民間人へ説明するときのように、


初春『櫻井通信機器開発所周辺の監視カメラが全部壊されています。今までの傾向からしてこれは結標さんの仕業ではないことはわかります』

上条「……まさか」


 上条は一七七支部で聞いた話を思い出していた。
 結標淡希を追っているのは一方通行や自分だけではない。


初春『はい。おそらく、結標さんを狙っている暗部組織の人たちもその場所にいる可能性が高いです。そんな場所へ一般人であるあなたが一人で行くなんて危険過ぎます』


 彼女の言うことは至極真っ当なことだろう。
 上条当麻はそれを自慢だとは思わないが、今までそれなりの修羅場はくぐってきた経験がある。
 だが、それに対してとある少女は生き残れたのはラッキーだっただけ、と言ってきた。
 たしかにそうかもしれない。前と同じ状況を一〇〇回やって一〇〇回同じ結末に出来るほどの技術や力など上条にはない。
 そんな人間が裏で動いている組織みたいなヤツらがいるところへ行くのは無謀だ。
 しかし、


上条「ありがとう初春さん。けど、俺は行くよ。もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれねえんだ。これを逃したら、たぶん俺は一生後悔する」


 上条当麻の意思は変わらなかった。
 彼の中には『結標淡希にもう一度会う』。それ以外のことは存在しない。
 初春は諦めた様子でため息をつく。


初春『やっぱり白井さんの言った通りの展開になっちゃいましたねー。わかりました、もうこれ以上は止めませんよ』


 ただし、と初春は補足する。


初春『今、白井さんが現場に全速力で向かっています。たぶん二〇分くらいで着くと思いますので、それまでは無茶なことはしないでください』

上条「……ああ、わかった」

初春『では、私は白井さんのバックアップに戻らなきゃなんで電話を切りますね。……もう一度言いますけど無茶はしないでくださいよ?』

上条「信用されてねえなぁ。何度も言わなくてもわかってますよ」


 そう再確認して通話を切った。
 電話という並行作業を終えることで、上条の走行速度が速くなる。


上条(俺が着くのが一〇分後で白井は二〇分後。その一〇分で結標が用事を済ませて姿をくらませる可能性だってある)


 そうなったら次会えるのがいつになるのかわからなくなる。
 もしかしたらもう次の機会なんてないかもしれない。
 上条は心の中で謝った。


上条(悪いな初春さん、白井。俺、先に行ってるよ)


 夕日が沈みかけて暗くなった街中を上条当麻は全力で駆け抜けていく。


―――
――



609 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:07:11.59 ID:loyT3wilo


 櫻井通信機器開発所八階にあるモニター室。
 その中にある中央モニター前に立っている人影が二人。
 一人はモニターの前にあるパネルを操作している白衣を着た、見るからに研究員の男。
 一人はその男の後ろに立ち、まるで監視でもしているように腕を組んでその様子を見ている少女。
 赤色の髪を二つに結んで背中に流し、軍用懐中電灯を片手に持っている。

 結標淡希。

 今学園都市の中でトップニュースに上がっている研究施設襲撃事件。
 それを引き起こしている張本人だ。

 研究員の男は額から脂汗をにじませ、体を震わせながらモニターを操作している。
 このことから、彼は結標に脅迫されて仕方がなく動いているのだとわかる。
 モニター室の中には、体の至るところから血を流している研究員が複数倒れているところから、その脅迫は『痛い目にあいたくなかったら言うことを聞け』とかそういったモノだと思われる。

 必要な作業が終わったのか、研究員は手を止め結標へ背を向けたまま投げやり気味に喋りかける。


研究員の男「ほらっ、終わったぞ」

結標「そう、ありがとう」


 礼を言い、結標は研究員の男の後頭部目掛けて軍用懐中電灯を横振りする。
 ゴッ、という鈍い音と共に男の体は床に投げ出されて、意識を失ったのか動かなくなった。

 軍用懐中電灯を腰のベルトへ戻し、結標はモニターを操作する。
 画面には目次のように様々な表題が羅列していた。
 ひたすら画面をスクロールしていくと、ある場所でそれを止め結標は大きく目を見開かせた。


結標「……やっと、見つけた」


 そう呟く彼女の表情は安堵のようなものを浮かべていた。
 その項目を選択して中身を確認する。
 内容は間違いないと確認した結標は、メモリースティックをポケットから取り出し、目の前にある機器へと差し込んだ。
 モニターを操作して目的のデータをメモリースティックへコピーする。
 ディスプレイにコピー状況を表すバーが表示され、パーセントが時間経過とともに増加していく。
 ……70%、80%、90%。あと少しでコピーが完了する。
 瞬間、


 目の前の機器に青白い光線が突き刺さった。


結標「ッ!?」


 機器から火花が散ったのを見て、結標はとっさに五メートルほど後方へ転移する。
 同時に機械は爆発し、火を吹いた。あの場にいたら火傷程度では済まなかっただろう。
 一体何が起こったのか。結標は目の前の炎を見つめながら考えていたが、それは即座に中断された。
 背中から刃物で突き刺されたかと思うような殺気を感じたからだ。

 結標は後ろへ体ごと向ける。
 モニター室の入り口に一人の女が立っていた。
 ふわふわ茶髪にモデルのようなプロポーションをした長身の女だった。
 そんな女を見て、結標は問う。


結標「……誰よ? 貴女」


 その質問を聞き、女は少し驚いた様子を見せてから、軽く笑った。


610 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:10:38.33 ID:loyT3wilo

麦野「おいおい、まさかこの超能力者(レベル5)第四位、麦野沈利の顔が忘れられているなんて思いもしなかったにゃーん?」

結標「第四位……貴女が?」

麦野「たしかに会ったのは、雪合戦大会とかいうクソみてえなお遊びしているときだけだし、そのときも一言たりとも会話してなかったけどさ」


 麦野の言った通り彼女たちは一度だけ同じ場所に居合わせたことがある。
 ただ、それは結標淡希が記憶を失っているときのことであり、記憶を取り戻している今の彼女には知る由もなかった。


麦野「ま、いいや、そんなこと」


 本当にどうでも良さそうに麦野は話を切り上げた。


麦野「今私はアンタの前に立ちはだかっているってわけだけど、何となくその理由は察しているわよね?」


 そう言われて、結標は不敵な笑みを浮かべる。


結標「そうね。大方、あちこちの研究施設を荒らしている犯人を殺してこいとか言われて、ずっと私にまとわりついて来ているヤツらの中の一人、ってところかしら?」

麦野「いいや。違う」


 バッサリと切り捨て、麦野は続ける。


麦野「私はアンタを生け捕りにして連れてこいって命令をされているわ。そんなチンケなコソドロ事件なんて関係ない」

結標「生け捕り?」

麦野「襲った施設で研究データとか盗みまくってんだろ? それなら思い当たる節の一つや二つ、思いつくんじゃないかしら?」

結標「…………」


 結標は眉をひそめた。手の中を見る。
 そこには先ほど機器に差し込みデータのコピーに使ったメモリースティックがあった。
 機器が攻撃をされ炎上しようとするときも、結標は画面から目を離さなかった。
 だから、彼女は画面にコピーが完了した文章を見逃さなかった。
 だから、メモリースティックをアポートしメモリースティックを回収することが出来た。

 メモリースティックを懐にしまい込み、そのまま腰のベルトに取り付けられた軍用懐中電灯に手を当てる。
 そんな様子を気にすることなく麦野は、


麦野「そういうわけで、私はアンタを殺せないわけ? だから大人しく付いてきてくれればこちらも手を上げるつもりもないし、最低限の安全は保証してあげるわ。けど――」


 引き裂くような笑みを浮かべ、結標へ忠告する。


麦野「少しでも反抗する意思や逃走しようとする動きが見えれば、手足の一本や二本吹っ飛ばされても文句言えないってことなんだけど、そこんとこわかってんだよなぁ!? 座標移動ォ!!」


 結標は軍用懐中電灯を抜き、横に振る。同時に麦野は後ろへ一歩下がる。
 シュン、と空気を裂く音が鳴り、三本の金属矢が現れた。麦野の右胸部、右横腹、左足首、があった場所へ。
 そのまま金属矢はカランという音とともに床へ落下した。
 それを見て麦野があざ笑う。



麦野「この期に及んで急所を狙わないなんて、まさかテメェ……人も殺したことがないとかいう処女発言するつもりじゃねェだろうなぁ!? アッハッハッ!!」



 麦野の周囲に青白い光の玉が複数浮かび上がった。
 あれはやばい、と結標は直感する。

 青白い光の玉たちは一斉に電子の線となり、結標淡希へ向かってまっすぐ伸びる。
 電子線が結標へ到達する前に彼女の姿が消えた。
 自身の体をテレポートさせることで麦野のレベル5のチカラを回避したのだ。

 モニター室へいるのは麦野とその他倒れている有象無象だけとなった。


―――
――


611 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:12:01.28 ID:loyT3wilo


麦野「…………」


 麦野は部屋の中を見回した。
 結標淡希の姿がないことから、この部屋ではないどこかへ転移して逃げたのだろうと予測する。
 それを確認して麦野は特にイラついたり、悔しがるような様子を見せることなかった。
 計画通りと言わんばかりの薄ら笑いのまま部屋の外の廊下へと目を向ける。


麦野「滝壺? ちゃんと記録できた?」

滝壺「――問題ない。座標移動(ムーブポイント)のAIM拡散力場の記録は終了した」


 麦野の視線の先には滝壺理后がいた。
 彼女の様子はいつもと違っている。
 ぼーっとして眠たそうにしている彼女の目が、大きく見開いていて瞳には光が灯っていた。
 『能力追跡(AIMストーカー)』。一度記録したAIM拡散力場を持つ能力者を、例え地球の裏側に逃げようが捕捉し続ける能力。
 それを発揮しているという証拠だ。

 滝壺は携帯端末を口に近づける。


滝壺「座標移動は現在この建物の七階廊下西側を移動中。パターンCが有効だと判断する」


 端末のスピーカーから了解と二人分の声が聞こえた。
 その声を確認した麦野は、


麦野「パターンCね。じゃ、私も所定の位置に移動するかー。浜面? このまま滝壺を車のところまで護衛して連れていきなさいよ」

浜面「お、おう。わかってるよ」


 滝壺の後ろにいた浜面仕上からの返事を聞き、麦野は青白い光の玉を一つ手の中に浮かべてからそれを真下の床へ放った。
 玉は一筋の光線となり、床を食い破るように突き刺さる。
 麦野の放つ光線は『粒機波形高速砲』という正式名称で、簡単に言うなら障害物を全てぶち抜く電子ビーム砲。
 電子線は床貫通してから下の階の床も貫通し、それが地下一階の床まで貫いた。
 床は直径五メートルのくらいの大穴を開け、下の階へ簡単に降りられる移動手段となる。


麦野「じゃ、ポイントへ着いたら連絡するからよろしくー」


 軽く言って麦野は目の前に空いた大穴を飛び降り、下の階へと移動した。
 これから『アイテム』による狩りが始まる。


―――
――



612 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:13:39.17 ID:loyT3wilo


上条「――はぁ、はぁ、はぁ」


 上条当麻は第一〇学区の街中を走り、目的地である櫻井通信機器開発所の建物が肉眼で見えるくらいの位置まで来ていた。
 このペースでいけばあと二、三分でたどり着くだろう。
 走りながら施設の建物を眺めていると、


上条「なっ!? なんだあれは!!」


 建物の中から夕空に向かって青白い光線が発射されたのが見えた。
 サーチライトや花火とかそういうものと違う、禍々しい青白い閃光。
 それは一度だけではなく、五秒くらいの間隔で色々な角度で発射されている。
 光線はこちら側に向かって伸びてこないことから、建物の向こう側へ放たれていることがわかる。

 上条当麻はそれが何かはわからないが、これは能力者が何らかのチカラを使って放っている攻撃なのだと直感的に感じ取った。
 そこで思い出したのが、先ほど電話での初春飾利との会話。

 結標淡希を狙う暗部組織がいるかもしれない。


上条(まさか、あのビームみてえなのが発射されている先に結標が……?)


 この推測が当たっているのなら建物の向こう側へ行けば結標に会えるかもしれない。
 そうすれば上条にとっての第一目標が達成される。

 だが上条の視線はそちらではなく、青白い光線が発射地点に向いていた。

 あの光線の射程がそのまま光の線の長さだとするなら、それは数百メートルどころかキロ単位はあるように見える。
 建物から様々な角度で発射されているところから、建物の下の階の方から壁や天井をぶち抜いて外へ飛び出しているということになる。
 つまり、人間があの光線に命中してしまったらただでは済まない威力だということだ。

 だから上条は、結標がいるだろう方向ではなく光線が発射地点がある方向へと駆け出す。
 結標淡希に危機が訪れているかもしれない。その危機を取り除くことが出来るかもしれない。
 そんな不確定な可能性だけでも、上条当麻が動くための理由としては十分なものだった。


―――
――



613 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:15:52.39 ID:loyT3wilo


 麦野沈利は施設の一階にあるロビーのようなところにいた。
 来客が待ち合いの為に座るようなソファに腰掛けながら、片手に携帯端末を持って耳に当てている。
 携帯端末から滝壺の声が聞こえてきた。


滝壺『――のポイントに砲撃』

麦野「りょーかい」


 軽く返事をして麦野は斜め上の方向へ手をかざす。
 掌から青白い電子線が一直線に発射された。
 発射されてから五秒後くらいに、また携帯端末から滝壺の声が聞こえる。


滝壺『予定通り座標移動はポイントαに向けて移動中。あと三回の砲撃で到達する予定』


 彼女たち『アイテム』が今行っているのは、結標淡希を生かして捕獲するための作戦の一つだ。
 麦野の役割は誘導。
 滝壺が能力追跡で敵を捕捉し、ターゲットである結標を目的地のポイントへ移動させるために、適切な位置へ砲撃して誘導するというもの。
 結標はテレポートを使用して間の障害物を無視して立体的に移動する。
 それを利用して彼女に移動して欲しい方向とは逆の位置へわざと外すように砲撃して移動させるという具合だ。

 誘導先のポイントαには絹旗、ポイントβにはフレンダが待ち受けている。
 そこに誘われた結標を各ポイントにいる彼女たちが、それぞれ持っている手段で結標を捕縛するという作戦だ。
 α・βと並んでいることからわかるように、絹旗が失敗した場合の予備プランとしてフレンダは待機している。

 今回の作戦、超能力者(レベル5)である麦野が誘導というサポートに徹しているのは理由がある。
 麦野の能力『原子崩し(メルトダウナー)』は、人を殺したり物を破壊したりすることに関しては最強格のチカラだ。
 しかし、今回のようなターゲットを生かしたまま捕獲するという条件が付いてしまうと、途端にこのチカラは使いづらいものとなってしまう。
 この能力は出力が大きい分正確な位置を狙って狙撃するような器用なことをするのが難しい。
 結標はテレポートという回避や逃げることに関しては最高位のチカラを持っている。
 そんな相手をこの原子崩しで手足を奪って捕獲、なんてことをするのは困難なことだ。

 一応、今回の命令は『死んでいても脳髄と脊髄が無事ならセーフ』みたいな感じなのだが、麦野のチカラではそれすらあっさり破壊してしまうかもしれない。
 そうなった場合は任務失敗どころか、違約金を取られて一方的にこちらが損する状況になってもおかしくない。
 だがら麦野は、今回の作戦のメインを絹旗とフレンダに任せることを決めた。


滝壺『――きぬはた。次の砲撃後、約三〇秒後に結標がポイントαに到達する予定。準備して』

絹旗『了解です。任せてください、私のところで超決めてやりますよ』

フレンダ『気楽にやっちゃってくれていいよ絹旗。後ろには私が控えてるから安心して失敗してくれればいいって訳よ』

絹旗『フレンダでは超失敗しそうなんで、そういうわけにはいきませんね』

フレンダ『にゃにぃー!?』

麦野「はいはい仕事中にペチャクチャ余計なこと喋らない。さて、最後の砲撃行くわよー?」


 そう言って麦野は滝壺に指定されたポイントへ向けて粒機波形高速砲を放った。
 三〇秒後、結標淡希と絹旗最愛の戦いが始まるだろう。


―――
――



614 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:17:42.38 ID:loyT3wilo


 櫻井通信機器開発所の一号棟と二号棟をつなぐ搬入通路。
 長さは一〇〇メートルくらいあり、巨大な機材を運ぶ用途で作られた通路なのか道幅は八、九メートルほどある。
 機密のためか四方はコンクリートの壁で覆われており、窓一つない空間だ。
 今は搬入という用途で使われていないのか、通路のあちこちに使われていない機材や備品、書類などが詰められたダンボールなどが転がっていた。

 そんな通路の物陰に絹旗最愛が片膝をついて隠れていた。
 ここはアイテムが指定したポイントα。絹旗が結標と交戦しここで捕獲すると決めたポイントの一つだ。
 通信により麦野が最後の砲撃をしたことは確認している。
 あと数十秒くらいで結標淡希がこの場を通るはずだ。


絹旗(……早く来てくれませんかねー? こっちとしては早くやりたくて超うずうずしているんですが)


 そんなことを考えていると、通路の入口の方向から足音が聞こえてきた。
 足音の数は一つ。足音の大きさとターゲットはスニーカーを履いていたという麦野からもらった情報から、結標淡希だと断定する。


絹旗(さて、やるとしますか……)


 絹旗はポケットからテニスボール大の機械で出来た球体を取り出した。
 結標の足音が近付いてくる。物陰を挟んで向こう側に来た。


絹旗(――今だッ!)


 絹旗は球体の中心部にあるボタンを押し、結標が通るであろう場所へそれを転がした。
 そして球体の進行方向上に現れた。結標淡希が。


―――
――



615 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:19:41.39 ID:loyT3wilo


結標「何っ!?」


 突然地面を転がってきた球体を見て結標の表情が強ばる。
 その形から結標は手榴弾のような爆発物を警戒した。もしそうなら一秒もしないうちに爆発するかもしれない。
 このタイミングで自身のテレポートでの回避は間に合わない、そう判断した結標は腕を交差させ、上半身を守りながら無理やり後ろへ飛んだ。
 しかし、


 爆発などしなかった。


 代わりに球体からキイィン、という甲高い音が通路に鳴り響いた。
 例えるなら黒板を引っ掻いた音を無理やり高音にしたような不快な音。


結標(……? 何よのこの変な音は? 爆弾じゃなかったわけ?)


 何が起こっているのか理解できず、混乱する結標に凄まじい速度で接近する影が一つ。


絹旗「残念、その判断は超失敗ですよ!」


 絹旗最愛。丈の短いニットのワンピースを着た中学生くらいの少女が。
 身をかがめながら拳を握りしめて、結標に突進するように近付く。


結標「ッ、今度は誰よ!?」


 結標の反射神経はそれに反応することが出来た。
 自身をテレポートすることによってこの少女の接近を回避することができるだろう。
 彼女は頭の中でテレポートするための演算式を――


結標「――えっ!?」


 立てられない。

 あまりにも予想外の状況で結標の動きが止まる。
 絹旗はその隙を決して見逃さない。
 握りしめた拳に自分のスピードと体重を乗せて、結標淡希の腹部へ突き刺した。


結標「あっ、がァ……!?」


 強力な一撃で結標の体がくの字型になって後方へ吹き飛んだ。
 そのまま彼女は通路の床を転がり、積み上げらたダンボールの山へ体ごと突っ込んだ。
 ダンボールの山は雪崩が起きるように崩れ去って結標の体に降りかかる。


絹旗「そこそこ鍛えているみたいですね。腹をそのまま突き破れると超思ったんですけど。まあ、これで気絶してくれていると超助かるんですが」


 絹旗はダンボールが散乱した場所へと歩いて近付く。
 集まって出来た小さなダンボールの塊が崩れた。


結標「ごほっ、ごほぉっ、おぇ、うっ!?」


 結標淡希が胃の中の物を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
 それを見て絹旗は舌打ちをする。


616 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:22:11.44 ID:loyT3wilo


絹旗「やっぱり素直に顎を狙って脳みそ超揺らして意識奪ったほうがよかったでしょうか?」

結標「はぁ、はぁ、貴女も、あの麦野とかいう女の仲間ってことで、いいのかしら?」


 結標は荒げた息を整えながら問いかける。
 その問いに絹旗は目を丸くさせながら、


絹旗「あれ? もしかして私のこと超忘れられちゃってますか? スキー場でのことが道端で挨拶した程度の出来事で超処理されているんですか?」

結標「スキー場? 何を言っているのよ?」

絹旗「……少し超ムカつきましたが、まあいいです。いずれにしろ私のやることは超変わりませんから」


 ドンッ、と床を蹴り、一歩で結標との距離を詰める。
 右拳を振るう。彼女の次の狙いは結標の下顎。
 結標は体を大きく左へ逃がすことでそれを避ける。

 回避をされたことを瞬時に理解した絹旗は、離れていく結標の頭部を追い左フックを繰り出す。
 結標を右腕を左手で支える形で受ける。右腕からミシリと嫌な音が聞こえた気がした。


結標「う、ぐっ」


 結標の体が受けた勢いに押され床へ倒れ込む。
 次の一撃に備えなければ、と結標は痛みを堪えながらも絹旗のいる方向に目を向ける。
 そこにいたのは、床に倒れ込んでいる結標を狙い、飛び上がりながら右拳を体の後ろへ引いている絹旗だった。
 バゴン!! 結標がとっさに体を横に転がしたことで、絹旗の拳は床に突き刺さる。
 ひび割れた床を横目で見て、結標全身に冷や汗が流れた。

 転がった勢いで結標は中腰気味に立ち上がり、腰のベルトにある軍用懐中電灯を抜く。
 鈍器にもなる懐中電灯を両手で握り、床に拳を付けているため低い位置にあった絹旗の頭目掛けてフルスイングする。

 ガゴン!!

 軍用懐中電灯は絹旗の頭部に直撃した。だが、彼女の体は特にのけぞることもなければ、ダメージを受けている様子もない。


結標「なっ、痛ッ……!?」


 むしろダメージを受けているのは、攻撃した結標淡希の方だった。
 まるで鉄柱を思い切り殴りつけたような感覚。両手が痺れて震えているのがわかる。
 
 予想外の反撃を受けて動揺している結標へ、絹旗がすぐさまに狙いをつける。。
 絹旗は拳を握り、結標の下顎を目掛けてアッパーカットの要領で拳を突き上げた。
 結標の顎が空を見る。
 投げ出されたようになった彼女は意識を、


結標「――こっ、のぉッ!!」


 失わなかった。
 結標は絹旗の腹部に前蹴りを繰り出す。
 だが、先ほどの軍用懐中電灯での打撃と同じように絹旗にはダメージが入っている様子はない。
 結標もそのことは百も承知だった。
 そのまま結標は絹旗の腹を壁のようにして、脚力を使って後方へ飛んで距離を取る。


617 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:24:22.52 ID:loyT3wilo


絹旗「……なるほど、なかなかやりますね。とっさに私の拳を超避けていたとは、大した体捌きです」


 絹旗の言う通り、結標は先ほどの絹旗の顎への一撃を回避していた。
 オーバー気味に体を後方へ仰け反らせることで、拳から逃れていたため意識を奪われるという最悪の結果から逃れたのだ。


結標「貴女の能力……体に何か見えない鎧みたいなものを纏っている、みたいな感じかしら? 肉体強化なら私の攻撃に傷一つ付かないなんておかしいもの」

絹旗「私の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』のことまで超忘れられているなんて、私の影も随分と薄くなったものです」


 『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。
 空気中の窒素を操る能力で、それは鉄板を拳で叩き割るような破壊力や銃弾をも通さない窒素の壁による防御力を再現できる出力を持つ。
 射程は体表面から数センチほどしかないという欠点はあるが、それを補って余りある攻防一体の強力なチカラだ。
 まあいいか、と絹旗が続ける。


絹旗「さっきからお得意の空間移動(テレポート)を超使っていないようですけど、身体の調子でも悪いんでしょうか?」

結標「…………」


 たしかに彼女の言う通り、結標はこの攻防で自身の転移はおろか物質を転移させるということすら行っていなかった。
 結標は能力を使わなかったわけでもなく使いたくなかったわけでもない。使いたくても使えない状況にあったのだ。
 なぜか。


結標(何なのよこの妙な感覚は? まるで目隠しでもされたかのような、五感のうちの一つが失われたような感覚は?)


 結標はその妙な感覚のせいで能力を使うことができなくなっていた。
 演算が出来ない。例えるなら電卓から数字のキーを抜かれたような。
 何か致命的なモノを奪われた感覚に、結標は陥ってしまっている。

 結標はふと、あることを思い出した。絹旗との戦闘が始まる前に起こったことだ。
 まるで開戦の狼煙を上げるかのように奇妙な音を発した機械製の球体があった。
 思えばあのときからだ。自分が能力を使えなくなったのは。


結標「……まさか」


 地面に転がっている球体に目を向ける。
 その様子を見て、絹旗は小さく笑う。


絹旗「さすがに超気づきましたか? あなたが能力を超使えなくなったのはあれのせいですよ」


 そう言って絹旗は地面を蹴り結標に突っ込む。左右の拳による連打を結標に向けて放つ。
 結標はそれを紙一重のところで避けたり、受け流したりし、何とか直撃を免れる。


絹旗「あの球体は『空間認識阻害(テレポーターキラー)』と言いまして、簡単に言うなら空間移動能力者(テレポーター)の持つ突出した空間認識能力を一時的に奪うジャミング装置ですよ」


 乱打を止めずに絹旗は話を続ける。


618 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:28:06.53 ID:loyT3wilo


絹旗「テレポーターっていうのは普通の人間とは違う空間認識能力を持っているみたいで、それを特殊な音波を聴覚から脳に流すことによって麻痺させ、能力を超使えなくなるという仕組みです」

絹旗「厳密には能力が使えなくなるというわけではなく、演算式を立てるために必要な物質の位置情報がわからなくなるというだけなんですが」


 だけとは言うが、結標はこれが絶望的な状況だとすぐに理解した。
 テレポートを実行するためには空間内のどこに何があるかという情報は必須だ。
 それがなければ物を正確な位置へ飛ばすどころか狙った物を飛ばすことすら出来ないし、自分自身を転移させた場合自分の身体が壁や床の中に転移するという事故が起きてしまう可能性が高い。
 後者に関しては自分も過去に一度経験があるため、絶対に避けたいことだと心の底から思っている。
 つまり、結標は今絶体絶命な状況にある、ということだ。

 しかし、結標はあることに気付く。
 それはさきほど言っていた絹旗の言葉の中にあったものだ。


結標「でも、この状況は長時間続かないんじゃないかしら?」


 絹旗最愛は先ほど『空間認識能力を一時的に奪う』と言った。
 そもそも能力者の能力を奪ったり、制限をかけるような装置はそれだけ電力が必要となる。
 少年院などに使われているAIMジャマーのような装置だって、莫大な電力を消費して効力を発揮している。
 それは今回絹旗が使ったものも同様だと結標は推測した。
 テニスボールくらい小さな球体の中にあるバッテリーが、それを長時間実行し続けるほどの電力を蓄えているとは思えなかった。

 結標の核心を付いた発言に、絹旗は拳を引っ込め、にやりと笑みを浮かべる。


絹旗「ええ、たしかのその通りです。技術班からの話によると長くても一分間の効力しかないそうですよ。ちなみにあれを使って今五〇秒くらい経ちましたので、そろそろ音が超鳴り止むことでしょう。けれど――」


 音が鳴り止むということは結標の空間認識能力が戻ってくるということ。
 すなわち能力を自由に使うことが出来るということになる。
 絹旗にとってそれは避けなければ行けない状況だ。
 だが、彼女は不気味な笑みをやめることはなかった。

 絹旗は懐から何かを取り出す。


絹旗「弱点が超わかっているというのに、私がそれをそのまま放っておくような超馬鹿な女に見えますか!?」


 手に持っているのは機械で出来たテニスボール大の球体。
 『空間認識阻害(テレポーターキラー)』。
 再び恐怖が現れ、結標淡希の身体にゾッと悪寒が走る。


絹旗「効力が切れて能力で超逃げられる前に、もう一度これを起動すれば、楽しい楽しい一分間の延長戦の始まりですよッ!!」

 絹旗が装置を起動しようと動く。結標淡希は脳みそフル回転させて考える。
 能力は今現在使えない。
 軍用懐中電灯で彼女を殴っても通じない。
 その他体術を使っても彼女には通用しないだろう。
 だからこそ、結標は今自分がやるべきことが明確にわかった。


結標「――させないッ!!」


 結標淡希は軍用懐中電灯を絹旗の目先に向けた。
 軍用懐中電灯は鈍器としても使用できる懐中電灯。
 本来の用途は。


 強力な光の点灯による『目眩まし』。


―――
――



619 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:30:19.86 ID:loyT3wilo


 カッ!! 絹旗の視界に閃光が走った。


絹旗「なっ!?」


 とっさのことに絹旗は空いた腕で目を覆って光から守る。
 わずかに遅かったのか視界の色が白一色に染まった。
 そんな状況だが絹旗は冷静だった。


絹旗「目が見えなくてもこれを起動するくらいは超出来ますよ!」


 絹旗は手の中にある球体のスイッチを押す。
 キイィン、という不快な高音が鳴り響く。
 これで再び結標は能力の使えない一分間を過ごすことになるだろう。

 ガキン、ガキン!!

 その音は即座に鳴り止んだ。
 金属と金属が擦り合うような音を上げてから。


絹旗「い、一体何が――」


 奪われた視力が回復してきた絹旗は、真っ先に自分の手の中にある球体へと目を向ける。
 そこにあった球体はただの球体ではなくなっていた。

 二本のボルトが突き刺さり、機能の停止した鉄屑が手のひらに転がっているの見て、絹旗は目を大きく見開かせる。


絹旗「これはもしかしてテレポートによる物質の転移ッ!? 馬鹿なッ!! 一度目のジャミングも超残っていたはずなのになぜッ!?」


 驚愕の表情のまま絹旗は目の前にいる結標の方を見る。


絹旗「ッ――!?」


 絹旗は目を大きく見開かせる。
 結標淡希は両人差し指を両耳に突っ込んで耳をふさぎ、口に軍用懐中電灯の底の部分を咥えているという奇妙な格好をしていた。
 至って単純な対策だ。聴覚から脳へ働くジャミングならその聴覚を断てばいい。
 そんな安っぽい手で学園都市の技術を使った最新鋭の兵器が破られたのだ。

 結標は軍用懐中電灯を咥えたままニヤリと笑い、首ごと軍用懐中電灯を横振りする。
 トン、という肉を断つような音が、絹旗の体から鳴った。
 左肩、右横腹、右太腿。その三箇所には先ほどの絹旗の持っていた武器を破壊したものと同じ種類のボルトが、肉体を押しのけるように突き刺さっていた。


絹旗「あぐぁ……!?」


 テレポートによる物質の転移。
 転移先の物質を押しのけて出現するという性質があるため、どんな強度があるものでもそれを無視することが出来る強力な矛。
 それは窒素装甲という鉄壁の鎧に対しても同じことであった。
 鋭い痛みが走り、絹旗はその場にひざまずく。

 それを見て結標は耳穴をふさいでいた指を抜き、咥えていた軍用懐中電灯を手に取った。


620 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:31:41.71 ID:loyT3wilo


結標「勝負ありね」

絹旗「なっ……!」

結標「これ以上どうにかしようとか別に思っていないから、安心してそこで休んでいるといいわ」

絹旗「……ふざけているんですか……! 私がこの程度で超戦えなくなるような貧弱な雑魚だと本気で思っているんですか?」


 絹旗は獣のような獰猛な瞳で結標を見上げる。
 だが、結標は特に気にする様子もなく絹旗の横を通り過ぎていった。

 瞬間、絹旗は頭の中の血液が全て沸騰したかと思うくらい、怒りの感情が爆発する。



絹旗「舐めてンじゃねェよッ!! このクソアマがァ!!」



 咆哮とともに絹旗は近くに置いていたデスクの足を掴む。
 それを結標淡希が歩いている後方へ向けて、身体中に走っていた痛みも忘れ全力で投げ飛ばした。
 五〇キログラムほどの物体が、砲弾のような速度で結標の背中へ向かう。


結標「…………」


 シュン、と結標は特に後ろを見ることもなく、テレポートをして姿を消した。
 目標を失ったデスクがそのまま先に置いてあった機材へと激突し、部品がバラバラに散らばった。
 絹旗は脱力して床に座り込む。


絹旗「……はぁ、これは私の超負けってことですか?」


 ため息交じりに呟く。


絹旗「やっぱり敗因は、初撃で顎を超狙わなかったせいですかねー」


 一人反省会を開きながら絹旗は、懐から携帯端末を取り出す。
 他のアイテムのメンバーに現状を報告するために電話口へ喋りかける。


絹旗「えー、こちら絹旗。すみません、超失敗しちゃいました」



―――
――



621 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:33:54.35 ID:loyT3wilo


 上条当麻は何故かフェンスに開いていた大穴をくぐって、櫻井通信機器開発所の敷地内へと入っていた。
 あとは何故かぶち破られているドアから建物の中に入るだけだ。
 しかし、上条は建物の中に入れず、物陰に隠れているという状況にあった。


上条(……クソっ、あと少しで中に入れるっていうのによ)


 建物の周りにはいかにもな男たちが周辺を警戒していた。
 その手には拳銃が握られており、あの中を強行突破しようとしても上条当麻では逆立ちしたって無事ではいられないだろう。


上条(さっき建物の中から茶髪のチンピラみてえなヤツとジャージ着た女の子が出てきたけど、たぶんあいつらのことだよな? 結標を狙っている暗部組織って)


 その二人は周りにいた男たちを数人引き連れてどこかへ歩いて消えていった。
 おそらくあの二人は、というより厳密に言うと女の子のほうがあの男たちの上司か何かに当たる人なのだろう。
 女の子のほうにだけ男たちはペコペコと頭を下げていたのを見ていた上条は、勝手にそう予想した。


上条(……というかさっきの二人どっかで見たことあるような気がしないでもないような)


 上条はしばらくぼーっとそんなことを考えたあと、首を振ってその考えを飛ばす。
 今はこんなことを考えている場合じゃねえだろ、と再び建物の周りにいる男たちの方へ目を向ける。


上条(全然あの場から動こうとする様子が見られねえな。このまま待っててもジリ貧だろうし、どっか別の入口探すか?)


 この建物はかなり大きい上に二棟が連なっている。
 ということは、入り口は複数あってもおかしくはない。
 こんなところで隙を伺うくらいなら、別の安全な入り口を探したほうがいいんじゃないか。
 そう思って上条は動こうとした時、


上条「……って、あれ?」


 突然、建物の周りに立ち入り口を監視していた男たちが一斉にどこかへ向かって歩き始めた。
 そのまま男たちが姿を消していき、入り口が完全にガラ空きになったことを確認する。


上条「何かあったのか? みんなで仲良く連れションに行ったわけじゃねえだろうし、もしかして罠かなんかか?」


 いろいろ考えて辺りを見回してみたが、特にその罠らしいものは見当たらない。
 考えててもしょうがない。こうなったら行き当たりばったりだ。
 そう考えて上条当麻は、物陰から飛び出して入り口へ向かって走った。


―――
――



622 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:36:10.08 ID:loyT3wilo


 麦野は相変わらず施設の一階のロビーで、滝壺の指示通りのポイントに向けて砲撃をしていた。
 何度も同じような場所に電子線が発射されているからか、天井にはたくさんの穴が集まるように空いている。
 砲撃を続けながら麦野は携帯端末へ話かける。


麦野「アンタが失敗するなんて珍しいわね。さすが座標移動(ムーブポイント)ってところかしら?」

絹旗『完全に私の判断ミスです。超反省しています』


 いつもよりワントーン声が低い絹旗のことを気遣っているのか、


フレンダ『大丈夫だってへーきへーき! おかげでボーナスは私のモノって訳だから問題ナシ!』

麦野「へー、もう任務を達成した気でいるなんて随分と余裕じゃないか? しくじるんじゃないわよフレンダ」

フレンダ『任せてよ麦野! 結局、こういう作戦は私のほうが向いているって訳よ』


 自信満々のフレンダの声を聞いて麦野はため息をつく。
 本当に大丈夫なのか。麦野の中に不安の気持ちはあった。
 しかし、彼女はやるときはきっちりやってくれるヤツだということは麦野がよく知っている。
 なぜなら彼女も『アイテム』の一員なのだから。


滝壺『フレンダ。三〇秒後にポイントβに到達する。準備はいい?』


 滝壺がアナウンスをする。それに対してフレンダはいつもの調子で、


フレンダ『オッケー! さーて、勝負だ座標移動!』

滝壺『了解。むぎのこれが最後。――のポイントに三秒後砲撃』

麦野「はいはい」

 
 軽く返事をして麦野は手を斜め上へとかざす。
 この砲撃がフレンダと結標の戦いの開始を知らせるゴングとなるだろう。
 麦野の掌から青白い光の玉が発生する。
 その瞬間、

 何者かの気配がこのロビーへ侵入したことに麦野は気付いた。


麦野「あ?」


 だが麦野は特に動揺することもなく予定通り砲撃を放つ。
 建物の壁や天井を突き抜けて電子線が一直線に伸びた。


滝壺『予定通り座標移動はポイントβに――ごほっ!?』


623 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:38:21.98 ID:loyT3wilo


 滝壺は突然咳き込み言葉を中断させた。
 彼女の能力は『体晶』という特殊な薬品を摂取することにより起こる暴走、それによって使用できるチカラだ。
 だが、それは彼女の身体に大きな負担がかかるというデメリットがある。
 それを知っている麦野は、


麦野「滝壺。もういいわ。あとは適当に休んどきなさい」

滝壺『でも』

麦野「これが最後の仕事じゃないのよ? だから、こんなところで潰れてもらっては困るのよ。わかる?」

滝壺『……うん。わかった』


 滝壺の了承の返事を聞いて、麦野は端末のマイクを切って懐にしまう。
 麦野の目はロビーの入り口のある方向へ向いた。


麦野「さて、待たせたわね。見たところここの職員でも警備会社のヤツでもないみたいだけど、あなたは一体何者かしら?」


 麦野の視線の先には一人の少年が立っていた。
 ツンツンした短い黒髪を頭に生やした少年。それ以外これと言った特徴はない。
 こちらをじっと見つめてくるその瞳からは、明らかな怒りのような感情が感じられる。
 少年の口が開く。


上条「……上条、いやそんな名前なんて名乗ったところで意味ねえよな」


 上条と名乗る少年は続ける。


上条「テメェだな。さっきからビームみてえなのをバカスカ撃ってやがるヤツは」

麦野「はぁ? ビームだぁ? あれは『粒機波形高速砲』っていう正式名称があるのよ? そんなダセェ名前で呼ぶのはやめてもらってもいいかしら?」

上条「名前なんてどうでもいいんだよ!」


 上条はバッサリと切り捨てる。


上条「テメェはそのチカラを使って一体誰を攻撃してんだよ?」

麦野「別に。適当に壁に撃って遊んでいただけよ?」

上条「とぼけてんじゃねえよ!! テメェら結標のことを狙ってやがる組織とかいうヤツの一員だろ!? あのチカラの矛先は結標に向けられていたんじゃねえのか!?」


 上条の口から結標淡希の名前が出てきて、麦野は眉をピクリと動かした。
 こいつは結標淡希のことを知っているし、結標淡希がターゲットとなって狙われているという事実を知っている。
 そして、その現場にこうして現れて麦野の前に立ちはだかっている。
 このことから同じ暗部組織の人間か、と思った。が、あんな善人臭いガキが暗部の人間か? という疑問が浮かんだ。


麦野「……アンタ、座標移動と知り合い?」

上条「友達だよ」


 即答した。
 暗部の世界には全く似つかわしくない言葉が出てきたことに麦野は笑いをこぼす。


624 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:40:10.41 ID:loyT3wilo


麦野「友達、ふふっ、友達かー、くふっ、友達ねー」

上条「何がおかしいんだよ?」

麦野「別に何でもないわよ。ところでその座標移動とお友達の上条君は、こんな場所に一体何しに来たのかにゃーん?」


 麦野の逆撫でするような問いかけに、上条は眉をひそめながら答える。


上条「最初俺は結標に会うためにここに来た。けど、いざここにたどり着くと結標を傷つけようとしているヤツらがここにいるってわかった」

上条「だから、俺がそいつらぶっ飛ばして止めてやらなきゃって決めたんだ。結標と会うのはそれからでも遅くはねえはずだ」


 上条の言葉に嘘や偽りなどない本心の言葉だということを麦野は理解した。
 だからこそ麦野は再び笑みをこぼす。


麦野「つまり、私をぶっ飛すことで座標移動を守れると思って、アンタはこの場に立っているってことでいいかしら?」

上条「ああ、そうだ」

麦野「だったらそれは間違いよ」


 麦野は即座に否定する。


麦野「私の仕事は座標移動をある地点に誘導すること。実際にアンタの言う傷つけるような行いをするのは、その地点で待機している捕獲係のヤツよ」

上条「何だと?」

麦野「その目的を果たすためには捕獲係がいる地点に行かないといけない。つまり、アンタは無駄足を踏んでいるってことよ。おマヌケさん?」


ぐっ、と上条は焦る様子を見せた。
それを見た麦野は、


麦野「教えてあげましょうか? その捕獲係がいる地点」

上条「なっ」

麦野「二号棟の地下から外へ出る時に使う非常通路。そこが私たちが座標移動を捕獲するためのポイントとしている場所よ」


 上条はきょとんとした表情で麦野に問う。


上条「な、何でそんなことを俺に教えてくれるんだよお前」

麦野「何で、か。そんなの決まっているじゃない。だって――」


 麦野はブチブチと引き裂くような笑顔を浮かべた。


麦野「そうしねえと場所がわかってても絶対にたどり着けないことを理解して浮かべる、テメェの絶望に満ちた表情が見られねえじゃねえかッ!!」


―――
――



625 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:41:38.17 ID:loyT3wilo


 青白い光の玉が複数、麦野の体の周辺に現れた。
 上条当麻はその光に見覚えがあった。先ほどから研究施設から空に向けて放たれていた光線。
 それが今、自分に向かって放たれようとしている。


麦野「てかそもそも今から現場に向かったところでもう間に合いはしねえんだ!! ここに来た時点でテメェはもうゲームオーバーなんだよ!!」


 麦野から複数の電子線が発射される。
 『粒機波形高速砲』。
 一人の人間を破壊するだけなら十分過ぎる威力を持つ、圧倒的なチカラが、複数。


上条「ッ!?」


 上条は反射的に横へ飛んだ。電子線が上条がいた場所を的確に通過する。
 着地点に置いてあった四人がけのソファに激突して、ソファごと上条は床に倒れ込んだ。
 追うように、麦野は再び電子線を複数放つ。
 それに気付いた上条は、不安定な体勢から無理やり前転するように移動して着弾地点から逃げる。

 だが、その行動は麦野沈利に読まれていた。
 いつの間にか上条の目の前に彼女が立ちふさがっていたのだ。


麦野「ほらほら、どうしたッ!? もっと楽しませてみろよクソガキィ!!」


 位置が下がっていた上条の顔面に麦野の靴が突き刺さった。


上条「ぐがッ……!?」


 強力な蹴りを受け、上条の体は二メートルほど宙に投げ出され、勢いのまま壁に背中から叩きつけられた。
 頭部と背中に意識が飛びそうなほどの痛みが走る。吐き気と目眩が頭と意識をぐらつかせる。
 だが、ここで倒れるわけにはいかない。体にムチを打ち、ふらつかせながら上条はゆっくりと立ち上がる。

 その様子を見て麦野はつまらなそうに右手をかざす。
 掌からは青白い光の玉が現れる。


麦野「見たところ何の能力のも持たないただの無能力者(レベル0)ってとこかしら? そんなのでよく超能力者(レベル5)第四位である私に楯突こうと思えたわね」


 麦野の見下した言葉を受けても上条は特に反応ない。
 ぜぇぜぇと呼吸を整えているだけだった。


626 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:42:53.58 ID:loyT3wilo


麦野「チッ、つまんねえ。大人しく死んでなさい」


 そう言って麦野は電子線を上条へ放った。
 一秒もしないうちにそれは少年の元へたどり着き、ただの肉塊に変えてしまうだろう。

 しかし、その驚異は上条当麻を破壊することはなかった。

 バキン!

 上条当麻の右手。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。
 どんな異能なチカラも触れるだけで打ち消してしまう上条の持つチカラ。
 それが麦野の原子崩し(メルトダウナー)を消し去ったからだ。


麦野「は?」


 予想外の状況に麦野の表情に困惑が見えた。
 
 過去に麦野のチカラを受け流すことができる能力者はいた。
 それは自分と根っこが同じの同系統かつ同等のチカラを持つ能力者だから出来た行為だ。

 過去に麦野のチカラを跳ね返すことができる能力者はいた。
 そいつは学園都市最強のチカラを持つ能力者だから出来た行為だ。

 しかし、このチカラが直撃しても打ち消されるという現象にまだ麦野は出会ったことがなかった。
 

上条「……たしかにテメェの言う通りかもしれねえよ。今からアイツのところに向かったところでもう手遅れなのかもしれない」


 麦野を睨みつけながら、上条は一歩一歩前へ歩みを進めていく。


上条「けど、それはテメェが勝手に言っているだけの想像に過ぎねえ。だってそうだろ? 本当はどっちが正解かなんて実際に行ってみなきゃわからねえんだからな」


 結標淡希ならきっと困難を乗り越えてくれる。
 上条はそれを信じている。だからこそ、彼は何をしなければいけないのかを理解した。



上条「だったらな、邪魔するテメェをぶっ飛ばして結標のところに行く。それ以外の方法なんて思いつくわけねえだろ!!」



 上条は床を蹴り、麦野へ向かって飛び出した。
 歯を食いしばる。右拳を握る。
 迷っている時間などない。こんなところで立ち惚けていい時間なんて一秒たりとも残されていないのだから。


―――
――



627 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:45:09.10 ID:loyT3wilo


 櫻井通信機器開発所の二号棟に爆発音が鳴り響く。
 一度だけではない。何度も何度も、花火大会の花火の打ち上がるような頻度で。


フレンダ(ふっふっふっ、いい子いい子。ちゃーんと私の思惑通り動いてくれて大助かりって訳よ)


 フレンダは二号棟の地下にある非常用の出口に繋がる通路にいた。
 このような大きな施設には避難のときに使われる通路は複数あり、この地下通路もその一つだった。
 地下だからかあちこちに人間が丸まれば入りそうな太いパイプが張り巡らされており、かくれんぼをすれば鬼が泣いて家に帰るくらい暗くて入り組んでいる。
 そんな通路の道沿いにあるパイプの後ろに隠れ、フレンダはポータルテレビを見ながら携帯端末を操作していた。

 ポータルテレビに映っているのはフレンダがこの施設内に仕掛けた監視カメラの映像。
 安物で画質は悪いがその場所の状況を見るだけなら十分な性能のものだ。
 その映像に映っているのはもちろん、ターゲットである結標淡希の姿。


フレンダ(ん? ちょっとルート外れようとしてるなー)


 結標がT字路の通路を左に曲がったのを見てフレンダは眉をひそめた。
 すかさずフレンダは手に持つ携帯端末を操作する。


 ドゴォン!!


 再び二号棟に爆発音が鳴り響く。
 すると、監視カメラに先ほどのT字路に戻って来てもう一つの道へと走る結標の姿が映った。

 フレンダがやっているのは麦野のような誘導。
 監視カメラで逐一結標の動向を探り、自分の決めている道筋から外れようとしたときに、その先に仕掛けた爆弾を爆破して道を塞いで誘導する。
 それだけをしていた場合、頭のキレる者なら誘導されていると気付くかもしれないが、フレンダにはその点は抜かりはなかった。
 正規の通路にも先ほど使ったような遠隔操作型の爆弾はもちろん、センサー式の自動爆弾を仕掛けており、それらを逐一爆破させることでカモフラージュさせている。
 今回の彼女たちの任務は結標淡希を生きて回収することだ。
 そのため今回使用している爆弾は威力は抑えられており、爆風が体に少しだけ掠るように設置場所にもこだわっている。


フレンダ(ま、でも結局こんな面倒臭い設定しなくても、座標移動なら全力で殺しに行っても突破されそうな気はする訳なんだけどねー)


 ポータルテレビを見て携帯端末を操作する。そんな作業をしながらフレンダはあることを考えていた。
 それは座標移動、結標淡希のことだ。
 アイテムのメンバーの中で、フレンダは結標本人と比較的に接点がある方だった。


フレンダ(最初に会ったのは、クリスマスのとき浜面と一緒にケーキを買いに行ったときだったっけ?)


 去年のクリスマスイブの時にアイテムはクリスマスパーティーを開催した。
 女四人と奴隷一人という寂しいパーティーだったがそれなりに楽しかった記憶がある。
 そのとき『よく見たらケーキがないじゃん』という麦野の言葉で、誰かと浜面がケーキを買いに行くという展開になった。
 ジャンケンに負けたフレンダは罰ゲームとして、浜面仕上と一緒にケーキ屋にクリスマスケーキを買いに行った。
 そのケーキ屋で売り子のバイトをしていたのが結標淡希、彼女だった。
 ミニスカサンタ服という寒そうなコスプレをしていた姿を思い出す。
 あのときは同行していた浜面の知り合いということで適当に挨拶を交わして終わり。そんな感じだったような気がする。


628 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:49:22.32 ID:loyT3wilo


フレンダ(次に会ったのがスキー場での雪合戦大会のときかな?)


 今年の一月月初、一般的な学生からしたら冬休みという時期にアイテムは『第二〇学区にあるスキー場で開催される雪合戦大会に出場しろ』という依頼を受けていた。
 そのとき結標は、学園都市の最強の超能力者(レベル5)一方通行と、アイテムと同等の暗部組織グループのリーダーである土御門という少年と組んで、同じ大会に出場していた。
 初めて彼女と会ったときは、彼女が座標移動(ムーブポイント)という強力なチカラを持っていることは知らなかった。
 だからこそ、フレンダは初めて結標の能力を見たときは恐怖のようなものを覚えていたと記憶していた。
 結局、アイテムチームと一方通行チームが準決勝で当たって、いろいろあってアイテムチームは敗北。
 まあ、勝つことが目的ではなかったとは言え、少し悔しい思いをしたな、とフレンダは思い出す。


フレンダ(で、最後に会ったのが焼き芋大会のとき、か)


 三月の中旬頃、今から三週間くらい前の話。
 フレンダは町内会主催の焼き芋大会へ妹のフレメアと一緒に焼き芋大会に参加していた。
 そのときにもフレンダは結標と出会っていた。
 彼女は先ほども名前が出た一方通行と、打ち止めと呼ばれる少女と一緒に来ていた。
 一方通行曰く、来られなくなった主催側の人の代理で来たとかそんなことを言っていた。
 今まで挨拶程度の付き合いでしかなかったフレンダと結標。
 初めてそこでまともな会話らしい会話をしたような気がしていた。
 そこでフレンダが抱いた結標に対する感想は、料理センスがおかしい以外至って普通の善人だ、というものだった。

 それだけに、フレンダがこの裏の世界で結標淡希の敵として立ちはだかっている状況に、少し寂しさのような感情を抱いていた。


フレンダ(何で今さらこんな汚い世界に堕ちてきたのか知らないけど、まあ私からしたらそんな事情知ったこっちゃないって訳なんだけどね)


 フレンダはポータルテレビに映る監視映像を確認する。
 そろそろか、そう呟いてフレンダは座っていた状態から中腰の状態へと移行した。


フレンダ(ここから先は一本道。あの速さだとあと二〇秒くらいでポイントに到達、ってところかな)


 フレンダはスカートの中からリモコンを取り出す。
 このリモコンは、目の前にあるパイプ管を挟んだ向こう側の通路に設置してある爆弾と繋がっているもの。
 専用のリモコンを使用している理由は、絶対に間違えるわけにはいかないため、携帯端末での制御から切り離しているからだ。

 あの爆弾はもちろんフレンダが自らの手で設定した特別製だ。
 爆発の指向性を調整してあり、普通の人間が適切な位置で爆発を受ければ両足が吹き飛ぶような調整をしている。
 ただ、この適切な位置というのが曲者で、爆発のタイミングが早すぎたり遅すぎたりすれば、威力が足りずに火傷程度で終わってしまうかもしれない。
 だからこそ、フレンダはこうやって直接目視できる位置に待機して、爆破スイッチを握っているのだ。

 フレンダの狙いはこうだ。
 専用の爆弾で結標の両足を奪うことで移動手段をなくす。
 しかし、彼女にはテレポートという移動手段がまだ残っている。が、問題なし。
 空間移動能力者は少し動揺しただけで、まともに演算が出来なくなってしまうなんて話は、暗部の世界では常識だ。
 両足を失うということは、今まで味わったことのないほどの激痛を味わうということでもある。
 そんな状態で平然と思考できる人間などいるわけがない。
 仮に足を失ったことによる痛みでショック死した場合でも、フレンダは問題ないと思っている。
 傷ついているのは脚部だけなので、傷つけるなと言われている脳髄と脊髄を傷つける確率はほぼゼロ。
 我ながら完璧な作戦だ、とフレンダは笑みを浮かべる。


フレンダ(さて、そろそろターゲットがここを通る時間ね……)


 物陰に息を潜めるように隠れ、フレンダはリモコンを構える。
 足音が聞こえてきた。すぐそこに結標が来ている。
 そして、

 フレンダの視界に結標淡希の姿映った。


629 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:50:16.81 ID:loyT3wilo


フレンダ(――今だッ!)


 フレンダは手元にある爆破スイッチを持つ指に力を入れようとする。
 しかし、彼女の顔を見た瞬間、


『結標さんもまた……いや、もしかしたらもう会うことはないかもしれないね』

『何で? きっと会えるわよ。学園都市はそんなに広くないわ』

『……そうだね。それじゃ、また会おうね』


 フレンダの脳裏に浮かんだのは過去にあった結標との会話。
 一瞬、彼女の動きが硬直した。


フレンダ「――はっ、しまっ」


 とっさにフレンダはリモコンのスイッチを押す。
 ドガン!! という音とともに通路に爆風が広がった。


―――
――



630 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:51:29.24 ID:loyT3wilo


フレンダ「……はぁ、はぁ、ま、間に合った?」


 フレンダが爆風から目を腕でかばいながら辺りを見回す。
 爆煙に埋め尽くされて通路が今どうなっているのかが見えない。
 予定通りなら、煙が晴れると両足を失い地面に這いつくばっている結標淡希の姿が現れるはずだ。
 だが、現実はそうではなかった。


フレンダ「…………」


 煙が晴れた爆心地には爆発の炎で黒焦げた床しか目に映らなかった。
 人一人どころか物一つすら落ちていない。


フレンダ「……はあ、やっちゃった」


 フレンダは体中の力が抜けて地面にへたり込んだ。
 ぼーっと何もない空間を眺めながらフレンダは後悔の念に駆られていた。


フレンダ(結局、いくら偶然だったとはいえ、表の世界で不用意に彼女と接触してしまったことが失敗だったって訳よ。あーあ、ほんと何やってんだろ私……)


 フレンダは懐から携帯端末を取り出してミュートを解除する。


フレンダ「えっと、こちらフレンダ。ごめん、失敗しちゃった」


 フレンダの言葉に返事はなかった。
 全員の回線がオープンになっていることから聞いていないわけではないだろう。
 ただ、その事実を受け入れられないだけなのかもしれない。自分たちは任務を失敗したという事実を。
 そんな中、口を開いたのは滝壺理后だった。


631 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:52:59.97 ID:loyT3wilo


滝壺『大丈夫だよフレンダ。私が能力追跡を使えば座標移動を追うことが出来る。まだチャンスは残っているよ』


 たしかに滝壺のチカラを使えば、例え学園都市の外へ結標が逃げようとその後を追跡することが出来る。
 しかしフレンダはその提案を素直に飲むことが出来なかった。


フレンダ「で、でも滝壺。アンタ今日はもう身体が……!」

滝壺『問題ないよ。少し休んだら楽になったから』


 嘘だ。フレンダは彼女の声色でそう感じた。


絹旗『しかし、再追跡するとしても作戦は超必要ですよね? ただいたずらに座標移動を追ってもこちらが超消耗するばかりで得策とは言えませんよ』


 絹旗が話に割って入る。
 彼女の言う通りテレポートは逃走することに関しては優れた能力だ。
 無闇に追いかけても捕まえられる確率は相当低いだろう。


絹旗『そういうわけで麦野? 一度退いてから作戦を立て直すことを超提案します』


 アイテムのリーダーは麦野沈利だ。
 こういうときに皆の行動指針を決めるのは彼女の仕事。
 アイテム全員が麦野の判断を待つ。
 しかし、


滝壺『……むぎの?』


 麦野沈利からの言葉はなかった。通信回線はたしかに繋がっている
 なのに、なぜか彼女からの言葉は一向に流れない。
 この状況にフレンダは恐る恐ると喋り始める。


フレンダ「も、もしかして麦野の身に何かあったんじゃ……?」


 麦野が超能力者(レベル5)の第四位という強力なチカラを持つ能力者だということは誰もが知っている。
 そんなことありえないだろうという考えがまず最初に浮かぶ。
 しかし、この麦野からの返答がない異常な状況。
 放っておくことができない状況だということは全員が理解できる。


絹旗『……こちら絹旗から下部組織へ通達。班を三つに分けろ。一つは一棟の一階ロビーで待機しているはずの麦野のところへ行き状況確認。一つは搬入通路にいる私のところへ。残りは現状のまま周辺を警戒せよ』


 絹旗が別の端末で下部組織の人間に指示を出した。
 そしてそのままアイテムとの通話に戻る。


絹旗『とにかく一度全員集合しましょう。浜面? 表に車を超回してください』

浜面『りょ、了解!』


 絹旗の提案に全員乗り、それぞれ動き出す。
 これからどうするかを決めるために。


―――
――



632 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:55:14.33 ID:loyT3wilo


黒子「――うっ、これは……」


 白井黒子は結標淡希がいるかもしれない場所であり、上条当麻との待ち合わせ場所でもある櫻井通信機器開発所の周辺へとたどり着いていた。
 そこはまるで別世界のようだと黒子は顔をしかめる。
 敷地内の庭には血と思われる赤い液体が至るところに飛び散っており、建物は焼け焦げた跡や壊されたような跡がところどころに見える。


黒子(十中八九暗部組織と呼ばれる連中の仕業でしょうね。初春の予想は大当たりですの)


 黒子は辺りを見回すが上条当麻らしき人物は見当たらない。
 状況が状況のため、尻尾巻いて逃げていったのだろうと判断するのが妥当だ。
 それなら彼は今、安全地帯で事なきを得ていることだろう。
 だが、黒子はその判断を下すことが出来なかった。


黒子(あの類人猿がそんな利口な判断が出来るとは到底思えませんの。絶対あの中に単身で突入などという馬鹿丸出しなことをやっているに決まっていますわ)


 黒子は呆れたような表情で、物陰から施設の建物を眺める。
 上条当麻があの中に入っていると仮定をした場合、自分はどうするべきか。
 白井黒子は風紀委員(ジャッジメント)だ。しかしジャッジメントには怪しいからと言って無断で施設へ突入していいなどという権限はない。
 許可もされていないあの建物に入るということは、扱い的にはコソドロとまったく同じになるだろう。
 そんな状態で施設に入って職員にでも見つかりなどしたら、即アンチスキルに通報されてもおかしくはない。


黒子(とはいえ研究所は今異常事態に陥っている。それを理由に突入すれば始末書程度で済ませることもできるか……?)


 などと考えながら施設の周辺を観察しているとある光景が目に入った。
 施設の入り口の前に一台の黒塗りのワンボックスカーが停まっていて、その周りに六つの人影が見える。
 人影たちの背丈やたたずまいからして男。よく見えないが車の中にも何人か人が乗っている様子だった。


黒子(ここの職員……ではありませんわよね? 格好からして)


 一人の格好を例にするとニット帽にナイロン素材のジャケットに下はジーパン。
 男たちの格好は皆似たような感じのコーディネートをしているところから、この研究所の職員とは到底思えなかった。


黒子(……となると)


 黒子は深呼吸をして息を整える。
 そして、物陰から飛び出した。


黒子「ジャッジメントですの! そこの入り口付近でたむろしている方々? このような場所で一体何をしているか話を聞かせてもらいますわよ?」


 「ジャッジメントだと!?」「なんでこんなところにいやがるんだよ!?」。
 男たちのうろたえている様子を見て黒子は拍子抜けする。
 暗部組織の連中だと思い警戒していたが、ジャッジメントが目の前に立つだけであの様子だと大した勢力ではないようだ。
 そう思って黒子は彼らに近づこうとする。
 しかし、

 六人の男が一斉に拳銃をこちら向けてきたことで、黒子の足が止まる。


633 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 22:59:05.62 ID:loyT3wilo


黒子(実銃ッ!? 不味い――)


 黒子はとっさに空間移動(テレポート)のチカラを使い、先ほどいた物陰に移動する。
 ダガン!! ダガン!! という何発もの銃声が聞こえてきたことで、黒子は顔から血の気が引くような感覚が走った。


黒子(躊躇なくこちらへ発砲してきたところからして、やはりただのスキルアウトとかとは違うようですわね)


 スキルアウトの中にはああいった装備品を、どこからともなく仕入れて使っている過激派集団もいる。
 だが、所詮はチンピラの集まり。実際に使用する時が来ると怖くて撃てなかったり、うまく使いこなせなかったりする。
 それが黒子の中での認識だった。


黒子(相手は六人。位置取りや動きさえ間違えなければ負けはしないはず)


 この状況の打開策を打ち出すため頭を回転させる黒子。
 手持ちの武器や周辺の壁になりそうな障害物を確認する。
 そんな中、

 ブオオオオン!!

 という耳障りな大音が黒子の耳に飛び込んだきた。


黒子(これは車のエンジン音?)


 物陰から音のする方向を確認しようとする。

 彼女の横を一台の車が猛スピードで通り過ぎていった。
 茶髪のツインテールが風で大きくなびく。
 
 先ほど男たちと一緒にいた黒塗りのワンボックスカーだ。
 後ろにあったフェンスを突き破り、夜の街へと飛び出していった。


黒子「しまったッ!! 逃げられたッ!?」


 黒子が車の後を追うために物陰を飛び出す。

 パァン!!

 その瞬間、黒子の頬を掠るように何かが通り抜けた。
 頬から熱と痛みを感じ、たらりと生温い液体が流れる。
 何が起こったかを黒子は即座に理解して、再び物陰に飛び込んだ。

 銃を持った六人の男は逃げてはいなかった。

 黒子は思い出す。そういえば車の中にも何人か人が乗っていた。
 この状況から、車で逃走した者たちが暗部組織の幹部で、ここに残っている男たちは下っ端の兵隊なのだと黒子は断定する。


黒子(なるほど。上の者を逃がすために、この場に残ってわたくしを足止めするということですのね。大した忠誠心ですの)


 黒子は物陰で思考する。これからどうするべきかを。
 逃げていった車は結標淡希を狙った組織の幹部が乗っていると考えられる。
 最悪なケースを想定するなら、あの中には捕まった結標も一緒に乗っているかもしれない。
 あの車をここで逃してしまうということは、結標が自分たちには一生手の届かない場所に行ってしまうということに等しい。

 黒子にはもう一つ気がかりなことがあった。
 それはここで待ち合わせしていたはずの上条当麻の存在だ。
 彼が黒子を待ちきれずに建物内に侵入したとすれば、例の組織の連中と接触した可能性が高いだろう。
 黒子が知っている限り、あの少年は銃火器を持った人間とまともに戦えるような武器やスキルなど持ってはいない。
 だから、彼は今頃あの建物の中で最悪死体として、運が良ければ大きな怪我を負う程度で済んでいる可能性がある。
 その上条を助けに行こうとするなら、今現在自分を殺そうとしている六人の男を相手にしないといけない。


634 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:00:48.90 ID:loyT3wilo


 二つの考えを巡らせて選択をしようとする。そんな少女の頭を一瞬で真っ白にする出来事が起こった。

 ボゥン!! という轟音とともに櫻井通信機器開発所の施設が燃え上がる。


黒子「なっ……!? もしや自分たちがいたという痕跡を消すために建物へ放火を……!」


 目撃者はジャッジメントだろうと消そうとしている組織だ。
 建物ごと全てを消してしまうという判断を下しても何らおかしくはない。

 パリン、と建物の上階の窓ガラスが割れる音がした。黒子はその方向へ目を向ける。
 割れた窓枠から上半身を出して、必死に手を降っている男が見えた。
 耳を澄ませると「助けてくれ」という声が何度も聞こえてくる。

 黒子は耳に付けている携帯端末を操作し、初春飾利との回線をつなげる。


黒子「こちら白井。櫻井通信機器開発所で火災は発生しておりますの。至急、アンチスキルへ消防と救急の要請を」


 電話口から『了解しました』という初春の声を聞いてから端末のマイクを切る。


黒子(わたくしは風紀委員(ジャッジメント)ですの。目の前で助けを求めている人を放っておくわけにはいきませんわね)


 そもそも結標淡希はそう簡単に捕まるようなヤワなヤツではない。それは黒子自身がよくわかっていることだ。
 だからさっき通った車の中に彼女はいない。黒子はそういうことにして、目の前の問題へと注力する。


黒子(類人猿がもし建物内に侵入していたとすれば、彼はあの火の中ということになりますわね。ほんと世話の焼ける殿方ですの)


 黒子は太ももに巻いているホルダーに手を当てる。
 収められていた金属矢が数本、黒子の手の中へ転移した。


黒子(何をするにしても、あの厄介な男ども制圧しなければなりませんわね)


 拳銃を持ちながらジリジリとこちらへ距離を詰めてくる六人組。
 彼らに聞こえるよう黒子は声を張り上げる。


黒子「わたくしはこれからあの火事の現場へ人命救助を行います!! もし、それを邪魔しようとお思いなっているのでしたら――」


 物陰にいた黒子の姿が消える。
 ドゴッ、一番遠くの位置にいた男の後頭部へ黒子の両足裏が突き刺さった。
 その勢いに負け、男の体が地面に転がる。


黒子「――容赦はいたしませんので、ご注意くださいませ」


―――
――



635 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:02:00.16 ID:loyT3wilo


麦野(…………んん)


 麦野の意識が覚醒する。
 ここはどこだ? 私はなにをやっていた? どうして私は寝ていたんだ?
 いろいろな疑問を浮かべながら、麦野は目を開ける。

 目に入ってきたのは、心配そうな表情でこちらを見る同僚であるアイテムの少女三人だった。


フレンダ「む、麦野!! よかった!! 目を覚ましたんだね!!」


 フレンダの表情が喜びで満ち溢れていた。


絹旗「……ほっ、まあ生きていることは超分かっていましたが、無事意識を取り戻してくれてよかったです」


 冷静な言葉を使っているが、さっきまで焦っていたのか絹旗は息を吐いて胸を撫で下ろしていた。


滝壺「本当によかった……」


 『体晶』の副作用で病人のように顔色の悪い滝壺も、静かに微笑みを浮かべていた。


麦野「……はあ? 何よこの状況? つーかここどこよ?」


 麦野は周りを見渡す。見覚えのある風景だった。
 二つ横に並んだシートが縦に三組の六人乗りの車の中。
 今日アイテムの足として使っていた盗難車のワンボックスカーの中だ。
 窓を眺めると景色が後ろに流れていっているところからして、この車は移動しているのだとわかる。


麦野「車ん中、ってことは任務は終わったってことか。ターゲットは捕まえられた?」


 麦野の問いかけに他の少女たちの顔が曇る。
 その様子から麦野は何となく察した。


フレンダ「……ご、ごめん麦野。私が、私のせいだ」


 うつむいて膝の上で拳を握り締めながら、フレンダは瞳に涙を浮かべていた。


絹旗「ち、違いますよ! そもそも私が超しくじらなかったらこんなことにはならなかったんです! だから私が悪いです!」


 擁護するように絹旗は自分の責任を主張する。
 そんな二人を見ながら麦野はため息を付いた。


麦野「もういいわよ。私はあなたたちなら座標移動を捕まえられると思って役割を任せた。それで駄目だったってことは役割を与えたリーダーである私の責任よ」


636 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:03:24.23 ID:loyT3wilo


 だからあなたたちは悪くないわ、と麦野は付け加える。


フレンダ「む、むぎのぉ……」

絹旗「……すみません、次は絶対に失敗しません」


 リーダーの言葉に少し明るさを取り戻した二人。
 何からしくないことしているな、と思いながら麦野は頬をかいた。


滝壺「……ところでむぎの。気絶するなんて一体何があったの?」


 滝壺の言葉に麦野は顔をしかめる。


麦野「気絶? この私が?」

絹旗「は、はい。麦野からの通信が途絶えて、下部組織の連中に超様子を見に行かせたら、麦野が倒れていると報告を受けまして」

フレンダ「それでこれは不味い状況だってことで、麦野をこの車に乗せて櫻井通信機器開発所から脱出したって訳よ」


 少女たちの言葉を聞き麦野は当時のことを思い出す。
 たしか自分は櫻井通信機器開発所一棟の一階ロビーに待機して、滝壺の指示を受けながら能力を使って結標の動きを誘導する役割だったはずだ。
 絹旗の待機場所への誘導はもちろん、予備プランのフレンダの位置までの誘導もこなした記憶がある。
 そんな自分がなぜ気絶などしていたのか。ふと、麦野はある光景が頭の中をよぎった。

 自分の前に立ちふさがったツンツン頭の少年を。


麦野「――あんのクソガキィ!!」


 先ほどまでの穏やかな表情から一転し、麦野の顔は怒り一色に染まった。
 突然の怒号に少女たちがビクつかせる。


麦野「浜面ァ!! 今すぐさっきの場所へ車を戻せッ!!」


 運転席の浜面がバックミラーで麦野を見ながら、


浜面「なっ、今から戻んのかよ!? もうあそこには結標の姉さんはいねえだろうし、今頃他の下部組織の連中が後始末で建物に火を放ってるところだぜ?」

麦野「それでも戻れッ!! あの上条とかいうクソ野郎をブチコロシに行くッ!! たった一発のラッキーパンチで図に乗ってんじゃねえぞゴルァ!!」


 激昂する麦野をアイテムのメンバー+下っ端で何とか説得し、第三学区にある隠れ家へと帰還したのだった。


―――
――



637 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:04:42.40 ID:loyT3wilo


 第一〇学区。櫻井通信機器開発所から一キロほど離れた場所にある寂れた公園。
 園内に設置されている遊具は錆びついているところから、すでに管理から外れていて手入れがされていないことがわかる。
 公園の入り口から少し離れた位置にある自動販売機、その前に設置されているベンチに結標淡希は腰掛けていた。

 彼女の様子は一言で言えば満身創痍。
 肌が見えるところだけでも至るところに切り傷や打撲痕が見られ、着ている服もところどころに破れた跡や焼け焦げたような跡があった。
 顔を伏せながら息を荒げている様子から、相当な疲労やダメージが蓄積されていると見える。

 ボロボロの結標は呟く。


結標「……あと、もう少しよ……」


 言葉を発することで動かない身体を鼓舞する。
 もうすでに限界が近いのだろう。

 結標はおもむろに腰に付いた軍用懐中電灯へ手を伸ばす。
 それを握り、引き抜き、立ち上がって、結標は軍用懐中電灯で空を切った。

 カラン、という軽い金属のようなものが地面に落ちる音が公園入口から聞こえてきた。
 金属矢。彼女が携帯していた武器が地面に転がっている。

 その落下地点の側に、一人の少年が立っていた。


結標「止まりなさい。上条君」


―――
――



638 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:06:50.07 ID:loyT3wilo


上条「結標……」


 上条当麻は公園の前に立っている。
 彼の格好も結標のように傷だらけだった。
 切り傷や打撲痕はもちろん、額からは血を垂らしており、高熱の金属か何かで焼かれたのか左足の脛の皮膚がズボンごと焼けただれていた。
 そんな状態でも上条当麻は地面に立ち、しっかりと結標のことを見据えている。


上条「探したよ。こんなところにいたんだな」


 左足を引きずりながら、上条はゆっくりと前に進む。
 結標はそれを制止するように、


結標「私は止まりなさいと言ったわよね? これ以上近づこうものなら、脳天にコイツ打ち込むわよ?」


 手に持った金属矢を見せつけながら結標は続ける。


結標「何でこんなところにいるのかしら? 私は関わるなと忠告したはずだけど」

上条「関わるなとは言ってないだろ? たしか追ってきたら刺客とみなすって言っていた」

結標「屁理屈を言わないでちょうだい。どちらも同じ意味よ」

上条「いいや違う。俺はお前を追いかけている刺客だ、って名乗れば追っていいってことになる」


 上条の滅茶苦茶な言い分を聞いて結標は鼻で笑った。


結標「なるほどね。つまり、貴方は私を力尽くで取り押さえようとしているってわけか。ふふっ、いいわよ。貴方程度に捕まるような私じゃ――」

上条「そんなつもりはねえよ」


 結標の言葉を遮りように上条は否定する。
 眉をしかめながら結標は問う。


結標「だったら貴方は何でこんなところにいるのよ? 何で私の目の前に立っているのよ?」

上条「……決まってんだろ」


 上条は右手を差し伸べる。


上条「結標、一緒に帰ろう。お前がいたあの場所に。みんながいるあの場所に」


 まるで友達に向けるような笑顔で。
 上条当麻は彼女を呼びかける。


結標「…………帰る?」

上条「ああ」


 顔を下に向けながら、結標は再び問う。


結標「帰るってどこによ? 私にはもう帰る場所なんて残されていない」


 スカートのポケットから携帯端末を取り出し、その画面を眺めながら結標は続ける。


結標「みんなって誰よ? 『青髪ピアス』? 『土御門元春』? 『姫神秋沙』? 『吹寄制理』? 『芳川桔梗』? 『黄泉川愛穂』? 『打ち止め』?」


639 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:08:53.84 ID:loyT3wilo


 かつての結標淡希と親交のあったものたちの名前が並ぶ。
 携帯端末の電話帳に登録されている名前を片っ端から読み上げているのだろう。


結標「私の知っている名前の人なんて誰一人いないわ。そんなところに帰って一体何になるというのかしら?」

上条「……そう、だよな。お前は記憶が戻って……、記憶がないんだよな。この半年間の」

結標「ええそうよ。だから無意味なのよ。貴方のしようとしていることは」

上条「…………」


 上条の表情が曇る。
 たしかに結標の言うことは正論だ。
 彼女からするなら初対面の人しかいない場所へ、得体のしれない人間しかいない場所へ連れて行かれようとしているのと同意義だ。
 だが、上条は話すことをやめない。


上条「なあ、結標。なんつうか、すっげえ個人的な話なんだけど、聞いてくれないか?」

結標「嫌よ。これ以上貴方との茶番を続けるつもりはないわ。ここから立ち去らせてもらうから」


 結標は上条に背を向け、反対側の出口へと足を進める。
 そんな結標に気を止めず、上条は恐る恐る、だけど彼女には聞こえるようにしっかりとした声で、


上条「――実は、俺も記憶喪失なんだよ! 去年の七月の終わり頃、それ以前の記憶がねえんだ!」


 言った。
 墓場まで持っていこうと思っていた秘密を、上条当麻はここで打ち明けた。
 絶対に誰にもバレてはいけないと隠し続けていた、その秘密を。

 上条の明かした真実を聞き、結標は足を止めた。


結標「へー、そうなんだ」


 体ごと振り返り、


結標「で、それがなに? 同じ記憶喪失者だから私の気持ちが分かるとか言うつもり? もしそうならやめてもらえるかしら? 反吐が出る」


 結標は吐き捨てるように言って、一蹴した。
 が、


上条「言わねえよ。そんな自惚れたような言葉」


 上条は静かに否定する。
 そのまま語りかけるように続ける。


上条「記憶を失ったときにさ、自分が何者なのかもわからなくて、これから俺はどうすればいいんだよって不安に駆られてたんだ」

上条「そこで俺はある女の子に出会ったんだ。その子は俺が記憶喪失になる前からの知り合いだった」


 上条は純白の修道服を着た銀髪碧眼の少女を思い出す。あのときの病室を思い出す。


上条「その子は俺が記憶喪失だって知って泣いてくれたんだよ。まるで自分のことかのように、大粒の涙を流しながら。それで俺はとっさに嘘を付いちまったんだ。記憶喪失なんてしてないぜ、って。何でだと思う?」

結標「…………」


 上条の問いかけに結標は答えない。
 だが、彼女の瞳はたしかに上条当麻を見ている。


上条「俺はそのとき思ったんだ。あの子には泣いて欲しくないって、あの子を泣かせちゃいけないって」


640 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:10:58.29 ID:loyT3wilo


 上条は心臓のある左胸を拳で叩き、


上条「たしかに言ったんだよ。俺の『心』が、この子は俺が守らなきゃいけない、って!」


 その答えに結びつけるように、上条当麻は結標へと確認する。


上条「結標。お前もそうなんじゃねえのかよ!? お前の中にもそういう人がいるんじゃねえのか!? そいつに対する想いってのがあるんじゃねえのか!?」


 先ほど結標淡希が名前を挙げなかった一人の少年を思い浮かべながら、


上条「もしそうなら、それは『幻想』なんかじゃねえ!! 紛れもないお前の中にある『心』の声だよ!!」


結標「…………」


 結標は黙り込んだまま顔を伏せる。
 何かを考え込むように。何かを隠すように。
 十数秒の間を空けて、結標は囁くように、


結標「……ないわよ」

上条「結標?」


 下げていた視線を上げ、


結標「勝手なこと言ってんじゃないわよ!! 私にはそんなものは存在しない!! 貴方の独りよがりな妄想を押し付けないでよ!!」


 結標の叫びが公園内に響き渡る。
 だが、それを見た上条はなにかに気付く。そして臆することなく結標へ向かう。


上条「……何をそんなに怖がってんだよ、お前」

結標「――――!」


 その言葉で結標の中で何かが切れた。
 目を大きく見開き、犬歯をむき出しにさせながら、手に持った軍用懐中電灯を真横に振った。
 瞬間、上条当麻の居る地面に巨大な影が映る。


上条「…………」


 上条はゆっくりと上空を見上げた。
 そこにあったのはさっきまで公園内に設置されていた物たちだ。
 ゴミ箱。その中に入っていた大量の空き缶。その近くに置いてあったベンチ。
 そして公園に設置されていた自動販売機。

 上条当麻に大量の凶器が降り注ぐ。
 地面に落ちた質量で周辺に風を巻き起こし、砂煙が上がる。

 落下を確認した結標は腰のベルトに軍用懐中電灯を戻し、再び背を向け公園の出口へと向かう。
 背中越しに結標は告げる。


結標「――さよなら上条君。二度と私の前に姿を現さないで」


 ふらふらとした足取りで、結標淡希は暗闇の中へと消えていった。


―――
――



641 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:13:03.66 ID:loyT3wilo


 すっかり日が暮れて夜に包まれた学園都市の街中。
 車の通りもなく静かな道沿いの歩道をゆっくりと、杖を突きながら歩く少年が一人。
 一方通行。
 その顔から生気が消え、地面を踏みしめる一歩一歩に彼の意思はなく、ただ流されるように前に進んでいる人形のようだった。

 少年の頭に何か冷たいものがポツリと一滴落ちた。
 その一滴は次第に数を増やしていき、やがてそれは数多の水滴となる。

 学園都市にパラパラと雨が降ってきた。
 傘を差さないとずぶ濡れになりそうな強さの雨が。


一方通行「…………あ」


 頭上から落ちてくる雨に当たり、一方通行の目は目覚めるように生気を取り戻した。
 同時に停止していた一方通行の思考が回り始める。


一方通行「……ここはどこだ?」


 道路を見渡す。『第七学区』の中にある道路だと表す看板が立っていた。


一方通行「……今何時だ?」


 ポケットの中から携帯端末を取り出しディスプレイを見る。
 『18:24』と表示されていた。


一方通行「……俺は一体、何をやっていたンだ?」


 一方通行は記憶を必死に手繰り寄せる。
 たしか午後四時を過ぎたくらいに廃棄された研究所をカモフラージュした、敵勢力の住処である地下施設に侵入したはずだ。
 そこでテレポートを使う駆動鎧と交戦し、苦戦しながらもソイツらを退けた。
 そのあとは……。


一方通行「あン?」


 ふと、一方通行は携帯端末が入っていたポケットに他の物が入っていることに気付く。
 何かと思いそれを掴み、取り出した。
 それは家電量販店とかに売っているどこにでもありそうなメモリースティックだった。


一方通行「…………がっ」


 『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。


 その単語と、それに付随する情報が土石流のように一方通行の頭の中に流れ込んでくる。
 あのときの、モニター室での記憶が全て蘇る。



一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 一方通行は咆哮する。
 手に持ったメモリースティックをアスファルトの上に叩きつけ、それを靴裏で踏み付ける。何度も、何度も、何度も。


一方通行「……はァ、はァ、はァ、はァ」


 息を整えながら一方通行はぐちゃぐちゃになった思考を落ち着かせる。
 こんなちっぽけな物を破壊しても何も解決しない。
 本能のまま怒りに任せたところで何も変わらない。
 現実から目を背けたからといって彼女は帰ってこない。


一方通行「……そォだ。結標を、アイツを早く見つけねェと」


642 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:16:06.96 ID:loyT3wilo


 一方通行は再び携帯端末を手に取り、今日のニュースのページを表示する。
 それを見て一方通行は目を見開かせた。

 『第一〇学区にある櫻井通信機器開発所に原因不明の火災が発生』。

 『櫻井通信機器開発所』。
 その名前に一方通行は覚えがあった。
 結標淡希が過去にテレポートの関係で実験で赴いた施設の中の一つ。
 現在、結標と思われる襲撃者がターゲットにしていると予想できる施設の一つ。
 だが、今までの襲撃のニュースとは決定的に違う部分が一つあった。

 それは襲撃されたというニュースではなく火災が起こったというニュースだという点。

 今までの襲撃犯は人を傷つけ情報を盗むことはしていたが、建物を燃やすなんていうことはしていない。
 たまたま手違いで火が点いて施設が燃え上がったと考えればそれまでなのだが、一方通行はもう一つの可能性の方が脳裏によぎってしょうがなかった。


一方通行(ついに、どっかの暗部組織と結標が接触したっつゥことか……?)


 結標が空間移動能力者の関係の研究施設を狙っていることを暗部組織が予測し、それを的中させて結標と接触したという可能性。
 暗部の人間なら自分たちがいたという証拠隠滅に放火を行ってもおかしくはない。
 そして一方通行は、その可能性と連動して最悪なケースを頭に浮かべてしまう。

 結標淡希が抵抗虚しく暗部組織に捕まってしまうという、最悪なケースが。


一方通行「あっ、ああ、あァ、アア、あああ、ァァ、あ、アッ」


 言語にもなっていない声を吐く。
 携帯端末ごと手をガタガタと震わさせる。
 足から力が消えて膝から崩れ落ちる。
 目頭が引き裂けるくらい目を大きく見開かせる。
 心臓の音が今までで一番大きく聞こえる。

 パニック状態に陥った一方通行は気付いたら、ある人物へと電話を掛けていた。
 それは一方通行が頼るべきではないと考えていた人物。
 切羽詰まった少年にそれを判断できる思考能力は残されていなかった。

 端末のスピーカーから呼び出し音がなる。
 一コール目。二コール目。三コール目。
 四回目のコール音に差し掛かったところで電話が繋がった。
 雑踏の音や電子音のようなものが混じった背景音の中から、その人物の第一声が聞こえてきた。


???『もしもしー? アクセラちゃんが電話してくるなんて珍しいにゃー、どうかしたのか?』


 聞こえてきたのは軽い感じの男の声。
 それは一方通行にとってよく知る者の声だった。


一方通行「土御門ォ!!」


 受話器の向こう側にいる男は土御門元春。
 一方通行のクラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある男。
 土御門は一方通行の荒げた声を聞き、


土御門『いつっ、ほんとどうした? いきなりそんな大声出して。鼓膜が破れるかと思ったぜよ』


 土御門の言葉を無視して一方通行は吠える。


一方通行「オマエ今の結標のこと知ってンだろッ!? 結標が今どォなってンのか知ってンだろッ!? 結標が今どこにいるのか知ってンだろッ!? 結標がこれからどォなるのか知ってンだろォッ!?」


 一方通行は思いつく限りの質問を吐き出す。抑えきれない思いが溢れ出していくように。


一方通行「教えろ土御門ォ!! オマエの知っていることォ、洗いざらい全部ゥ!!」

土御門『…………』


643 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:18:14.34 ID:loyT3wilo


 電話の向こうの土御門は黙り込んだ。
 数秒間沈黙が続き、騒がしい雑音だけがスピーカーから漏れてくる。
 土御門はため息をつき、声のトーンを落として、


土御門『――無様だな。一方通行』


 吐き捨てるように言った。


一方通行「何だとッ!? オマエ今なン――」

土御門『無様だと言ったんだ。聞こえなかったのか?』


 声を荒げる一方通行を無視して続ける。


土御門『一人でどうにか出来ると思ったか? この学園都市の闇を。たしかにお前は学園都市最強の超能力者(レベル5)だ。が、それだけだ』

土御門『いくら圧倒的なチカラを持っていたとしても、お前は所詮表の住人だということだ。今回の件で十分身に染みただろう』

土御門『そもそもオレは忠告しておいたはずだが? 何があってもこちら側に堕ちて来るな、と』


 忠告、その言葉を聞いて一方通行は反発するように、


一方通行「ふざけるなァ!! オマエ言ったよなァ!? 裏のことは全部オマエらが片付けるってよォ! 俺に余計な手間を掛けさせないようにするってよォ!」

一方通行「だから俺はオマエを信じた! 結標に関わる裏の事情は詮索しなかった! 表の世界でのうのうと過ごした! そしたらこのザマだッ!!」


 一方通行の反論に土御門は冷静な口調で、


土御門『そうだな。それに関してはこちらの落ち度だ、謝ろう。すまん』

一方通行「すまン、だと?」


 たった一言の謝罪、それを聞いて一方通行はガリッと音が鳴るくらい歯噛みする。


一方通行「そンな安い謝罪なンざいらねェンだよ!! 寄越せェ!! オマエらの持っている結標に関する情報をッ!! アイツの居場所をッ!!」

土御門『断る』


 土御門は一言でバッサリと切り捨てた。


土御門『先ほども言っただろ? お前は所詮表の住人。そんなヤツにオレたちが持っている情報を与えたところで何も出来ない。ただ闇雲に動いてくたばるだけだ』

土御門『オレたち『グループ』も結標を追っている。もちろん、ヤツは生かして保護するつもりだ。そのための算段も大方付いている』

土御門『そんな状態でお前なんかに下手に動かれて、オレたちの計画を狂わされても困るんだよ。素人は引っ込んでいろ』


 土御門の言葉を聞いて一方通行は嘲笑うように、


一方通行「ぎゃはっ、信じて任せろってかァ!? 散々偉そォなことォ言ってこンなクソみてェな状況にしやがったオマエらを!? 悪りィがそれが出来るほど俺ァ馬鹿じゃねェ!」

一方通行「俺の方がオマエらみてェな糞の集まりなンかよりよっぽどうまくやれる自信があるねェ。三下どもは引っ込ンでろってンだ!」


 一方通行の挑発じみた発言。
 それが効いたのか効いていないのかわからないが、土御門は声のトーンをもう一段落として、


土御門『まるでお前のほうがうまくやれると言っているようだな?』

一方通行「その通りだ」


644 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:20:19.89 ID:loyT3wilo


  一方通行の即答を聞き土御門はしばらく考えてから、


土御門『面白い。だったらお前にチャンスをやろう』

一方通行「チャンスだと?」


 土御門の提案に一方通行は眉をしかめた。
 一方通行の返しを気にすることなく土御門は続ける。


土御門『この学園都市にはオレたちグループが使っている隠れ家が大小含めて一〇〇近く存在する。その中のどこかにいるオレたちを見つけ出してみろ』

土御門『そうしたら、オレたちの持っている情報を欲しいだけくれてやろう。タイムリミットはそうだな、今日の日付が変わるまでとしておこうか』


 土御門の言ったことは要するに『かくれんぼ』だ。
 舞台は学園都市。その中のどこかに隠れている土御門たちグループを日付が変わるまでに見つけ出す。
 東京都の中央三分の一を占める広大な土地で、ビル等の建物で入り組んだ場所で、残り時間はもう六時間も無いという無茶苦茶な『かくれんぼ』。
 だが、一方通行はそれを聞いても決して戸惑ったり恐れたりすることなく、ただ笑った。


一方通行「上等だァ。すぐさまに見つ出してェ、全員まとめて愉快なオブジェにしてやるからよォ? 楽しみにしてろォ」

土御門『ふん、威勢のいい小僧だ。まあ、だがお前程度ではこの条件はちと厳しいか。少しヒントをやろう。オレたちは今『第七学区』のどこかにいる』


 学園都市には二三に仕切られた学区が存在する。
 その中で一つに絞られるのは一方通行にとって有益な情報だが、第七学区は学園都市の中でもトップクラスの面積を持つ学区。
 しかも一番学生などの人通りが多い学区でもあるため、難易度的には焼け石に水かもしれない。
 ヒントをもらった一方通行はニタニタした表情のまま、


一方通行「ンだァ? いきなり難易度緩和してくるとは気前がイイねェ? そンなミンチにして欲しいなら面倒臭せェゲームなンてまどろっこしいことせずに、直に場所ォ教えてくれやりゃイイのによォ」

土御門『調子に乗るな。ゲームにならないから言ってやったに過ぎないさ』

一方通行「そォかよ」


 一方通行は適当に返した。


土御門『さて、これからすぐにオレたちは打ち合わせの時間なんだ。そういうわけだから、これ以降お前と電話で話すことはないだろう』

一方通行「ああ、必要ねェな。次に話すときは俺とオマエ直に会って目ェ合わせながら話すンだからなァ」

土御門『では、無駄な悪あがきに、ご武運を』


 土御門は薄っぺらい応援の言葉を吐いて、通話を切った。
 一方通行はふと雨がやんでいることに気付く。どうやら通り雨だったのだろう。
 濡れた白髪をぐしゃりと掻きむしり、ただただ彼は笑った。


――――――


645 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:25:20.75 ID:loyT3wilo
書いてて思ったけど座標移動って強すぎない?

次回『S7.前夜』
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/25(土) 07:43:28.77 ID:XKYzQ2hkO

ほんとに久しぶりにこの板来たけど、この熱量の禁書SSが生き残ってて感動した
647 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:14:08.22 ID:jaU2C2/Fo
年内に終わると思って再開したのにどういうことだってばよ?

投下
648 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:17:33.73 ID:jaU2C2/Fo


S7.前夜


 火災を起こしていた櫻井通信機器開発所の建物の火は、なんとか一時間ほどで鎮火した。
 今は死傷者の捜索でアンチスキルが駆動鎧を着て建物の中をせわしなく歩いている。
 建物が燃えている間に逃げ遅れた人の救助活動をしたり、それを妨害しようとした暗部組織の下っ端らしき男たちを打ちのめして拘束したり、
 いろいろと奮闘していた黒子は、敷地の端のフェンスにもたれ掛かりながら体を休めていた。
 制服の焼け焦げた部分を見て、買い換える決心をしている黒子の携帯端末に着信を表す電子音が鳴り響く。
 耳に付けている端末のボタンを押して、電話をつなげる。


黒子「はい、白井です」

初春『初春でーす。救助活動お疲れさまでしたー』

黒子「……ほんと、疲れましたわ」


 ツートーンくらい低い声で答える。
 空間移動(テレポート)の演算難易度は他のポピュラーな能力に比べて高度だ。一回使用するエネルギーが桁違いということになる。
 そんな能力を、この短時間で百は超える回数使った黒子の疲労度は言うまでもないことだろう。


初春『上条さんとは合流できましたか?』

黒子「いいえ。救出活動中は火の上がっていないところは全て捜しましたが見つかりませんでしたの」


 その間に十数人ほど逃げ遅れた人を外へテレポートさせたりしたが、もちろんその中に上条の姿はなかった。


初春『ということは火が起こった場所にいて、一酸化炭素中毒を起こし気絶して焼死体になっちゃった、っていう可能性が高いってことでしょうか?』

黒子「言い方が悪いですわよ」


 げんなりしながら黒子は続ける。


黒子「その可能性はないとは言いませんが、あの類人猿がそう簡単にくたばりやがるとは思えませんの。脱出してどこかへ行った可能性のほうが高いかと」

初春『そうですよね。でしたらもう一度監視カメラの映像をハックして上条さんを捜すとしましょう。といってもその周辺は暗部の人たちにカメラ潰されているから望み薄ですけどねー』


 向こうの電話口からキーボードを叩くと音が聞こえてきた。またグレー行為を平然と。
 黒子はため息交じりに聞く。


649 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:18:01.74 ID:jaU2C2/Fo


黒子「電話はかけてみましたの?」

初春『はい。けど、何度かかけましたが一向に出ないんですよねー。コールされるってことは携帯自体は無事だとは思いますけど』


 『そう考えたら火事に巻き込まれた可能性は低いかもですねー』と初春は軽い感じに言った。
 耐火仕様の携帯端末なんてものがあったような気がするが、と思いついた黒子だったが、あの類人猿がそんなハイテクなもの持ってないだろ、と思考を頭から消し去った。
 

黒子「まあ、あの類人猿の行き先は任せますわ。わたくしはこの現場を見届けなければいけませんので」

初春『あれ? アンチスキルに引き継がなかったんですか?』

黒子「いえ、もしかしたら類人猿がひょっこり顔を出してくるかもしれませんし、それと」


 黒子は照れくさそうに続ける。


黒子「自分が関わった現場ですので、最後まで見届けておきたいとかそういう感じのやつです」

初春『白井さん……』


 初春からの声とキーボードの打音が止まる。
 そして、初春は『ふふっ』とわずかに笑ってから、


初春『でもジャッジメントとして越権行為をした事実は変わりませんので、帰ったら始末書書かなきゃですねー』

黒子「……それくらいわかっていますの!」


 そう言って黒子はむくれながら携帯端末の回線をぶっ千切った。


―――
――


650 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:19:23.44 ID:jaU2C2/Fo


 雨上がり。第一〇学区にあるとある公園。そこには異様な光景があった。
 地面に横向きで倒れた自動販売機。投げ出されたように転がったベンチやゴミ箱。
 その周辺には空き缶がばらまかれたように散らばっていた。

 スクラップの廃棄場みたいになっている一角の中心に一人の少年が転がっていた。
 上条当麻。体中に傷や火傷痕のようなものがあり、目に見えてボロボロな少年。
 ここに広がった物は全部上条の頭上から落ちてきた物であり、それらの落下物を身に受ける形となっていた。
 ベンチやゴミ箱の下敷きになっているが、自動販売機という巨大な物体に押しつぶされなかったのは不幸中の幸いだったか。


上条「…………」


 落下物の何かが頭にぶつかったせいで上条は今の今まで気を失っていたのだ。
 目を覚ました上条は雲と雲の間にある夜空の星を見ながら考え事をしていた。


上条(――悪いな一方通行。やっぱり俺じゃ駄目だったよ)


 上条当麻は心の中でそう謝った。結標淡希を取り戻せなかったことについて。
 彼は一方通行に頼まれて結標を追っていたわけでもないし、それどころか彼がそんなことをしたと一方通行が知ったら逆に『余計なことをするな』と怒るかもしれない。
 だが、上条の中にある謝罪の気持ちは一向に消えなかった。


上条(――俺じゃ、アイツの『ヒーロー』にはなれなかったよ)


 上条は他の人から『ヒーロー』と称されることがある。
 彼は自覚はないがよく人助けをしていた。
 落とし物を一緒に探すなどという小さなことから、他人の一生を左右する重大な事件に関わるという大きなことまで。
 そういうことに頻繁に首を突っ込んだりしたためか、よく『ヒーロー』だなんて呼ばれていた。
 だからこそか、上条はいつからか無意識に自分が『ヒーロー』なんだと思い上がった考えを潜在させていたのかもしれない。
 自分が『ヒーロー』だから結標を追いかけなければいけない。自分が『ヒーロー』だから結標を救い出してやらなければいけない。
 その結果が、この無様に地面へ横たわる自分である。


上条「……クソッ」


 情けないヤツだ、そう思って上条は舌打ちした。
 動かない身体を無理やり動かして体にのしかかったベンチやゴミ箱をどかす。
 上体を起こして雨に濡れた地面へ座り込む。


上条「……これからどうすればいいんだ?」


 上条は呟く。
 今から結標を追いかけようにもどこにいるかわからない。
 もう一度ジャッジメントの一七七支部にいる初春という少女に電話し居場所を探してもらう。
 そうすれば結標を再び見つけることができるかもしれない。
 だが、見つけたところでなんだ? 今結標に会ったところで何が出来る?
 そんな思考が上条の頭の中をグルグルと駆け回っていた。

 ジャリッ。

 上条の後ろから雨で濡れた砂を踏んだような足音が聞こえてきた。
 なんだ、と思い上条は後ろに首を向ける。


上条「……だれ?」


651 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:21:48.37 ID:jaU2C2/Fo


 そこに立っていたの黒髪の少女だった。
 背丈や体付きからして上条と同い年くらいの高校生か。
 春休み中なのに制服を着ているみたいだが、上条はそれがどこの学校の制服か見当がつかなかった。
 呆気を取られている上条を見て、その謎の少女はニヤリと笑う。


??「倒れた自動販売機に散乱したジュースの空き缶……もしかして盗んだジュースでやけ酒ならぬやけジュース中だったかしらぁ?」

上条「なっ、ち、違う! これはそういうのじゃなくてなぁ」


 突然の盗人判定を受け、上条は両手を前に出して弁明の機会を求める。
 そんな様子を見て少女はクスリと笑い、


??「嘘よぉ、ちゃんとわかってるわぁ。全部見てたから事情は知ってる。結標さんにやられちゃったのよねぇ」

上条「なっ、アンタ結標のこと知ってんのか!?」


 まったく知らない人間から結標の名前が出たことに上条は驚く。
 通常時なら結標の個人的な知り合いとかで片付ける話だが、状況が状況だ。
 それにこの少女は上条が結標を知っている前提で話をしている節があった。

 上条の質問に特に答えることなく、少女は公園の反対側の出口へと向けて少し歩いてから振り返った。
 まっすぐと上条の方へ向いて、


??「結標さんのこと、助けたいとは思わなぁい?」

上条「……アンタは一体、何者なんだ?」


 少女は少しだけ目を丸くさせたあと顎に人差し指を当てて何かを考え出した。
 五秒位考えたあと、少女は不敵な笑みを浮かべながら、


??「うーん、そうねぇ。ここで本当の名前を名乗ってもいいんだけどぉ、どうせすぐに忘れちゃうから不便なのよねぇ。じゃ、私のことは少女Aとでも呼んでちょうだい!」

上条「凶悪な少年犯罪犯してニュースで名前を隠された女子生徒かよ」

??「そのツッコミはどうなのかしらぁ? 人によっては不快力で笑えないかもしれないわよねぇ」

上条「そんな変なもんを連想させるような名前を名乗っているテメェには言われたかねえよ!」

A子「もう、しょうがないわねぇ。だったらA子でいいわよ。まぁ、正直名前なんてなんでもいいんだケドぉ」


 やれやれと言った感じで少女は少女AからA子へ改名した。
 そんなA子と名乗る少女と話している上条は、何か違和感のような変な感じがあった。
 この少女とどこかで会ったことがあるんじゃないか。デジャヴみたいなものだろうか。
 首を傾げながらも上条は質問する。


652 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:23:34.60 ID:jaU2C2/Fo


上条「何でアンタ結標のこと知ってんだ? 友達か何かか?」

A子「友達ではないわぁ。知り合いって言えるほどの面識力もないかもしれないわねぇ。直接会ったことあるのは結標さんがバイトしているケーキ屋さんで偶然出会って世間話した時だけだしぃ」


 けれど、とA子と名乗る少女が言う。


A子「それは結標さんが記憶喪失していた時の話だから、今の結標さんとはおそらく初対面ってことになるわよねぇ」

上条「…………」


 上条はこの言葉で確信した。この謎の少女は全部知っている。
 結標が記憶喪失していたということも、その結標が記憶を取り戻して今大変な事態に巻き込まれているということも。


上条「ほんとアンタ何者だよ? もしかして暗部組織の人だったりするのか?」

A子「私はそういうのじゃないわねぇ。わざわざそんなところに堕ちてあげる必要性が感じられないわけだしぃ」

上条「じゃあ何で結標の記憶のことを知ってんだよ。結標のことなんてそんな世間に出回っている情報じゃねえだろ?」


 少女は人差し指を唇に当てながら、


A子「アナタが納得するような答えを私は持っているんだけどぉ、言ったところでアナタには覚えてもらえないわけだしねぇ。あー、でも納得したという事実力は残るはずだから別にそれでいいのかしらぁ?」

上条「? 何言ってんだ?」


 困惑の表情を浮かべる上条を無視して少女は、


A子「実は私、超能力者(レベル5)第五位の心理掌握(メンタルアウト)こと食蜂操祈ちゃんなんだゾ☆ 私の収集力にかかればその程度の情報なんて簡単に集まっちゃうってコト♪」


 ピースみたいな形にした右手を目の横に持ってきて、左手を軽く腰に当て、ウインクのように片目を閉じる。
 そんなポーズをする少女の瞳の中には、十字形の星模様のようなものが浮かんでいた。


―――
――



653 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:25:12.09 ID:jaU2C2/Fo


佐久「――山手の部隊と連絡が付かないというのは本当か?」


 第一〇学区の隠れ家の一室にいる『ブロック』のリーダー佐久が下部組織の男に問いかける。
 下部組織の男の一人は恐る恐るな感じで、


ブロック下部「は、はい、ここ一時間程。最初は作戦行動中で連絡が付かないと思っていたのですが」

手塩「たしかに、それは妙だな」


 壁を背に腕を組んでいる手塩が怪訝な表情をする。


手塩「いくらヤツが、作戦行動中であっても、定時報告を怠るなど、あるはずがない」


 「ましてやこちらからの連絡に返事を返さないのはおかしい」と手塩がさらに付け加えた。


佐久「もしかしたら殺られちまったのかもしれねえな」


 佐久はあっさりと言い放った。
 山手という男はブロックの幹部の一人で、これまでの活動を支えてくれた優秀な男だ。
 その男が死んだかもしれないという予想を立てた佐久の表情は、特に変わったところはなかった。


佐久「あいつの仕事は情報封鎖の残り物を処理することだ。今まで情報開示していたヤツがそれを予測して返り討ちにした可能性が高い」

手塩「……たしかに、そうだな。櫻井通信機器開発所の火災のことが、ニュースに上がっている。おそらくこれは、座標移動が関係していることだろう」


 山手は既にメディア関係の施設への手回しは終えたと言っていた。
 手回しというのは研究施設を狙う謎の襲撃犯に関する報道の規制。
 だが、現実ではその関係するニュースが流れている。


手塩「最初は襲撃犯に、直接関係していないと、判断されてしまったと、思っていた。そこで、山手が倒されたという、前提で考えると……」

佐久「そうだ。情報封鎖が解かれている可能性が高い。つまりその封鎖を解いたヤツに殺されたってことになるな」


 幹部とその部隊を失う。
 その痛手を考慮して手塩が確認する。


手塩「作戦は、どうするつもりだ? 最悪な、パターンを考えたら、こちらの情報が、山手から抜かれている、可能性もあるわ」


654 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:26:11.83 ID:jaU2C2/Fo


 山手はブロックの幹部だ。
 拷問。自白剤。精神系能力者によるチカラ。
 あらゆる手を使って山手から情報が奪われていた場合、それすなわちブロックの全てが奪われたに等しい。
 ブロックの行動方針が把握されていては、これからの作戦に支障をきたす。
 質問に対して佐久は笑みを浮かべ、


佐久「決まってんだろ。続行する」

手塩「正気か?」


 いつも冷静な手塩の表情が少し動いた。
 それだけの決断をリーダーの佐久がしたということだろう。


佐久「たしかに俺たちの作戦が筒抜けかもしれねえのは痛手だ。だが、そいつらのターゲットもおそらく座標移動。それならばヤツらは俺たちの邪魔をすることができないということになる」

手塩「それはあくまで、作戦開始までのことだろう。実際に、ヤツが現れたら、混戦になる」

佐久「だろうな」

手塩「だったら、なぜ、続行する?」

佐久「勝てる算段があるからだ」


 そう一言で返したあと佐久は笑みを崩さないまま、


佐久「決行場所の都合上能力者が殴り込みに来る可能性は低い。スクールとかアイテムとかのクソッタレどもはそれだけで戦力は半減以下だ」

佐久「それに比べてうちの戦力は圧倒的だ。残りのヤツらなんて容易に制圧できるくらいにな」

佐久「混戦? そんなことにすらならねえよ。制圧して座標移動を捕らえて逃げ切りゃそれで俺たちの勝ちだ」


 説明を聞いた手塩はため息を一つつき、そのまま黙り込んだ。
 反対意見がないことを確認した佐久は携帯端末を起動し、通話を繋げる。


佐久「鉄網か? 俺だ。作戦は予定通り決行する。そちらも準備を進めておけ」


―――
――



655 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:28:44.17 ID:jaU2C2/Fo


 第七学区にあるアミューズメント施設。
 ボウリング場やゲームセンター、ちょっとしたスポーツを楽しめる設備の整った施設だ。
 現在は春休みのため学生の客で施設内は賑わっていた。
 その中にあるカラオケボックスの大部屋。そこには『グループ』の面々がいた。

 この一室はグループが隠れ家として使っているものだ。
 部屋にたどり着くためにはトリックアートのような技術で綿密に隠された通路を複数通らなければならない。
 そのため、人の出入りが多いカラオケボックスという場所でも隠れ家という役割を果たしていた。

 各々好きな場所に座って顔を見合わせているところから、何か打ち合わせのようなことをしていることがわかる。
 そんな中、見た目一二歳のパンク系少女黒夜が話を切り出す。


黒夜「――つかさぁ、本当に大丈夫なのかよ? アンタら二人がオフェンスでさ」


 テーブルに広げられたフライドポテトを一本手に取り、それを男二人のいる方向へ向ける。
 二人のうち海原のほうが冷静な口調で、


海原「自分は問題ないと思いますがね。あの場所は貴女たちがまともに戦えない環境でありますから、必然的に自分と土御門さんが適任となるでしょう」

黒夜「チッ、せっかくの楽しい楽しいお祭り騒ぎだってのに、やることが会場の警備だなんて面白くねェ」

番外個体「まあいいじゃん。クロにゃんは今回の情報を引っ張ってきた、っていう十分な仕事を果たしてくれたんだから。あとはゆっくりしとけばいいよ」

黒夜「アンタからの称賛の言葉なんてもらっても嬉しくないよ。だいたい私と同じ立場なんだからもうちょっとアンタも反論しろよ」

番外個体「ミサカはクロにゃんみたいなバトル脳じゃないからねー。ミサカ的には仕事サボれてラッキーって感じだから」


 番外個体がケラケラ笑いながら答える。それを見て黒夜が不満そうに舌打ちした。
 会話が収まったことを確認した土御門は、


土御門「というわけで、プランAの説明は以上だ。頭に叩き込んでおけ」

黒夜「へいへい。で、プランAってことはプランBがあるってことだよな? Bのほうはいつ説明してくれんだ?」

番外個体「そりゃあれだよ。例のゲームであの人が勝ったあとじゃない?」

黒夜「あー、そういうことか。ま、それならBのプランは必要ないね」


 黒夜が得意げな表情で指についたフライドポテトの塩分を舐める。


黒夜「勝とうが負けようが、どっちにしろそのときあの野郎は、この場に立っていないんだからね」


 その発言に対して他三人は特に反応はしない。
 部屋の中にはカラオケのディスプレイから流れる宣伝用の映像の音声だけが聞こえる。
 そんな耳障りな沈黙を破るように、


 ダゴンッ!!


 という大きな音を立て入り口のドアが吹き飛んだ。
 ドアはそのまま直線上にある壁に叩きつけられ、地面に横たわった。
 それを四人は視線だけ向けて確認する。
 ガチャリ、ガチャリ。
 機械の駆動するような音を立てながら、入り口から一人の少年が入ってきた。
 真っ白な髪と皮膚。悪魔のような真紅の瞳。首元には電極付きのチョーカーが巻かれており、右手には機械的な杖を突いている。
 学園都市最強の超能力者(レベル5)が口元を大きく引き裂きながら、


一方通行「こンばンはァグループのカスどもォ! 随分と待たせちまったよォですまねェなァ? お詫びってわけじゃねェけどよォ、痛みを感じることなく一瞬で肉塊にしてやっから感謝しろォ!」


―――
――



656 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:30:26.88 ID:jaU2C2/Fo


 グループの隠れ家である一室の入り口に立った一方通行は部屋を見渡す。
 正面右側には一方通行がよく知っている、金髪にサングラスをかけた男、土御門元春。
 その隣には見た目爽やかで笑顔の似合う男、海原光貴。
 入り口から対角線上の位置にいるのは茶髪の少女。背格好からして自分と同い年くらいか。暗がりにいるためか顔までは確認できない。
 彼の目にはその三人が映っていた。

 一方通行の中にある疑問が浮かぶ。


一方通行(あン? 三人だァ?)


 以前、海原光貴が言っていた説明を思い出す。
 スクールやアイテムが四人組の組織であるようにグループも同じ四人組の組織であったはずだ。


一方通行(グループってのは四人組じゃねェのか?)


 だが、そんな疑問は一瞬で吹き飛んだ。
 なぜか。
 一方通行の死角に潜り込み、突き刺すような殺気を放ちながら右方から猛スピードで接近してくる少女に気付いたからだ。


黒夜「いらっしゃい第一位ィ!! そしてこのままサヨナラだァッ!!」


 黒夜海鳥が最強の能力者へ突っ込む。彼女の右の掌から見えない何かが噴出される。
 ザパン!! という音を上げ掌の先にあったテーブルの板が切断され、上に乗っていた料理の皿や飲み物の入ったグラスが宙に舞った。
 『窒素爆槍(ボンバーランス)』。
 空気中の窒素を操り、掌から窒素で出来た無色透明の槍を生み出すチカラ。
 戦車の装甲を容易に貫通・切断する破壊力を、黒夜は一方通行の華奢な体に突き付ける。

 一方通行と窒素の槍が交差する。
 ズガン!! という爆音が鳴り、その余波で室内に烈風が巻き起こった。

 一方通行と黒夜海鳥の戦いの決着は、その一撃であっさりとついた。
 勝者は悠然とその場に立っており、敗者は体ごと吹き飛んで壁に叩きつけれていた。


黒夜「なン……だとォ……?」


 壁に叩きつけれ吐血した黒夜は、床へ膝から崩れ落ちて目を大きく見開かせていた。
 チカラを振りかざした右腕は皮膚がめくれ上がるように破れ、赤い液体を垂らしながら黒い合金製の骨を覗かせて、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。


黒夜「ば、馬鹿な。私には、ヤツのパラメータが……!」


 驚愕の表情のまま黒夜は呟く。
 その様子を見た一方通行はつまらなそうに首を鳴らし、


一方通行「オマエ、木原のクソ野郎の猿真似をしてやがったな?」


 一方通行は見透かしたように問いかける。


一方通行「大方、『木原数多』の思考パターンを取り入れて、俺の『反射』を機械的に破ろうとしたンだろがよォ。オマエはいつの『木原数多』のデータを取り込ンだ?」

黒夜「ッ!?」


657 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:33:33.52 ID:jaU2C2/Fo


 黒夜は言葉の意図を理解したのか、顔を強張らせた。
 一方通行は気にせず、傷口に塩を塗りたくるように、丁寧に説明を続けてやる。


一方通行「人間っつゥのは時間が経過すればそれだけ変化する生き物だ。肉体的な部分はもちろン、思考パターンもなァ?」

一方通行「それは俺だって当然例外じゃねェ。例えば半年前の俺と今の俺の思考パターンを比べりゃ、大きくズレが生じているだろォよ」

一方通行「木原の技術は俺の思考パターンを完全に把握することによって、初めて『反射』を破ることが出来る」

一方通行「あの男はリアルタイムで俺の思考パターンを分析することでそれを把握しやがる。だからこそ、ヤツには後出しで反射角を調整しても通用しねェ」


 言うことを言って一方通行は片膝立ちになっている黒夜の前に立ち、見下ろす。


一方通行「ここまで言えばあとはわかるだろォ? オマエは俺がオートの『反射』をすると思ってチカラを寸前で引き寄せた。だが実際俺が行ったのは手動のベクトル操作」

一方通行「この時点でオマエが持っている『木原数多』の思考データはただの糞だったってことになるわけだ。残念だったなクソガキ」


 吐き捨てるように言った一方通行。
 それに対して黒夜は犬歯をむき出しにして、憤怒の表情を浮かべながら、無傷の左手をかざした。


黒夜「見下してンじゃねェぞクソ野郎がァ!!」


 左掌から窒素の槍が噴出された。ターゲットは一方通行の額。
 無色透明の槍が一方通行の頭に突き刺さろうと伸びる。
 しかし槍は一方通行の皮膚には届かない。

 『反射』。

 ゴパァン!! 跳ね返った窒素の槍が黒夜の左腕を吹き飛ばした。


一方通行「無駄だっつってンのがわかンねェのか?」

黒夜「く、そが……」


 両腕という武器を失った黒夜は地面に倒れ込んだ。
 瞬間、一方通行は頬に痛みが走ったことに気付いた。
 痛みのあった部分に手を当てると、生ぬるい血液がベッタリと掌に付着した。


一方通行(……腐っても『木原数多』の技術か。完全に『反射』することが出来なかったっつゥことか)


 一方通行は頬の血を適当に拭い、血流のベクトルを操作して出血を無理やり止める。自分の未熟さに舌打ちした。
 そんな様子を見て部屋の奥の方に座っていた茶髪の少女が立ち上がり、こちらを向いて馬鹿笑いしながらパチパチと拍手する。


????「いいっひっひっひっひっひひひひぃっ!! あんなに自信満々だったのにクロにゃんダッサぁー!!」

一方通行「あン? 今度はオマエが――ッ!?」


 明るみに出た茶髪の少女の顔を見て一方通行は絶句する。
 とても見覚えのある顔だった。
 同じ家に居候してる同居人であり、守るべき存在である少女『打ち止め(ラストオーダー)』。
 もう絶対に誰一人殺さないと一方通行が決心した、『絶対能力進化計画(レベル6シフト)』で一万人以上殺した少女たち『妹達(シスターズ)』。
 彼女たちのオリジナルであり、彼女たちの姉である『御坂美琴』。
 その全ての少女たちの面影を残した目の前の女。彼女を見ながら一方通行は震える口を動かす。


一方通行「オマエ、妹達(シスターズ)、か?」

番外個体「正解ぃ!! ま、でもミサカは従来の製造ロットとは違う『第三次製造計画(サードシーズン)』の番外個体(ミサカワースト)だから、ちょびっと違うんだけどねー」


658 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:36:26.50 ID:jaU2C2/Fo


 『第三次製造計画(サードシーズン)』。聞いたことのない単語だった。
 一方通行の知っている『量産型能力者計画(レディオノイズ)』とはまったく別物なのだろう。
 自分の知らないところで新たな個体が生み出されていたという事実を知り、一方通行は動揺を隠せなかった。


番外個体「クロにゃんが無様に敗北しちゃったから、お次はミサカの出番ってことなんだけどさぁー」

一方通行「ッ」

番外個体「ええと、なんだっけ? 一万人以上殺しちゃったけどもうこれ以上は絶対に殺さないんだっけ? 『最終信号(ラストオーダー)』を、他の『妹達(シスターズ)』を守るんだっけ?」


 ニヤニヤとした表情で番外個体は続ける。


番外個体「だったらさー、ミサカのことも守ってほしいなー? ミサカが生まれた理由は『一方通行(アクセラレータ)の殺害』。あなたを殺さないとミサカは処分されちゃうってことなわけよ」


 一方通行は番外個体の言葉を聞いて理解した。
 学園都市最強の超能力者(レベル5)を倒すためにはどうすればいいか。
 その問いの最適解を目の前に叩きつけられたような気がした。


番外個体「ミサカはね、ミサカネットワークから負の感情を拾い上げやすいように調整されている個体なんだー」

番外個体「その負の感情っていうのもちろん、実験で一〇〇三一回もなぶり殺してくれたあなたに対する恨み、憎しみ、復讐心」

番外個体「感情が表に出にくい他の妹達の代わりに、こうやってそういう負の感情を拾い集めて表現してあげているってこと」


 そういうわけだから、と番外個体はポケットから何かを取り出す。
 ジャラリと、彼女の手の中には十本近い数の鉄釘が収まっていた。


番外個体「殺された一〇〇三一人の妹達のために死んでよ第一位ッ!! 残りの九九六九人の妹達とミサカのためにもねぇッ!!」


 番外個体は叫びながら手の中の鉄釘を一本取り出し、それを一方通行へ向けて構えた。
 おそらく超電磁砲(レールガン)のように鉄釘を射出しようとしているのだろう。
 体中に白い火花が走る。
 番外個体のチカラが今、放たれようとしていた。
 だが一方通行は、


一方通行「……たしかに、そうだな」


 肯定した。番外個体の言葉に対して。
 全身から力が抜かれる。戦意が消える。
 番外個体からしたら予想外の発言だったのか、射出されそうだった鉄釘は止まり、眉をしかめさせた。


番外個体「へー。エラくあっさり認めちゃうんだ? もうちょっと抵抗してくると思ったんだけどさー」

一方通行「オマエの言っていることは何一つ間違ってねェよ。俺は確かに一万人以上ぶっ殺した。それに対して罪を咎められるのは当然だし、アイツらに死ねと言われたら死んでやるべきだと俺も思う」


 けど、と一方通行は付け加える。


一方通行「俺にはまだ守らねェといけねェヤツがいる。守らねェといけねェ『約束』がある。そのためにも俺は――」


 一方通行の頭の中には結標淡希の姿があった。
 自分が初めて明確に好意を抱いた女。
 こんなクソッタレな男に好意を抱いてくれた女。
 彼女は今、学園都市の闇という底なし沼に引きずり込まれてもがいている。
 だからこそ、一方通行は、


一方通行「――アイツを救い出すまで死ぬわけにはいかねェンだよ!」


659 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:39:10.03 ID:jaU2C2/Fo


 瞬間、一方通行がまとっていた雰囲気が変わる。番外個体の視界に映っていた一方通行の姿が消えた。
 番外個体はミサカネットワークの稼働状況をモニターすることで、一方通行の行動を先読みすることができる。
 だから、番外個体は一方通行は次にどこへ行き、何をしようとしているかがわかっていた。
 しかし、


番外個体(――速過ぎるッ!?)


 後ろを振り返ろうとする番外個体の首の後ろ部分に衝撃が走る。
 一方通行は番外個体の後ろへと一瞬で移動し、彼女の首へ手刀を打ったのだ。
 ガクン、と脳みそを揺らすような一撃に、番外個体は糸が切れた操り人形のようにテーブルの上に崩れ落ちる。
 薄れていく意識の中、後方にいる一方通行から声が聞こえた。


一方通行「悪りィな。全てが終わったあとまた殺しに来い。俺は逃げも隠れもしねェからよォ」


 それを聞いた番外個体は、声を発することなく口だけの動きで何かを喋った。

 なんと言ったのかは一方通行にはわからなかったが、おそらく自分に対する罵詈雑言だろと考えるのをやめて、視線をグループの残り二人へと向ける。


一方通行「さて、次はどっちだ? 海原、オマエか?」


 名前を呼ばれた海原と呼ばれる少年はクスリと笑みをこぼし、


海原「ふふっ、残念ながら今の自分は貴方を倒す手段を持ち合わせておりません。なので、ここはやめておきましょう」


 ニコニコ笑顔で両手を上げて降参の格好をする海原を見て、一方通行は毒気を抜かれたような表情をした。
 そして海原より奥側で大股開いて座っている土御門の目の前にジャンプして立ち塞がる。
 足元には壊れたテーブルの破片や食べ物が散乱していたが、一方通行は気にすることなくそれを踏み潰した。


一方通行「土御門ォ、このゲームは俺の勝ちだァ。約束通り吐いてもらうぞォ? 結標に関する情報を、洗いざらい」


 その言葉を聞いた土御門は「ふっ」と鼻で笑った。
 一方通行はそれを見て苛立ちを見せながら食ってかかる。


一方通行「ハッ、話す気はハナからなかったっつゥことかァ!? イイだろォ!! だったらこれから楽しい拷問の始まりだァ!! 最初は爪を――」


 一方通行が言葉を言い切る前に土御門は懐へ手を入れ、何かを取り出した。
 それは二〇センチくらいの棒の先に直径一五センチくらいの円状のものが取り付けられた道具だった。
 何かの武器かと思い、一方通行は身構えた。
 土御門はニヤリと笑い、その道具についたボタンを押す。


 ピンポン!!


一方通行「…………は?」


 気の抜けるような電子音が道具から鳴った。
 まるでクイズ番組か何かで正解した時に鳴るような軽快な音が。
 呆気を取られている一方通行を見てケタケタ笑いながら土御門は、


土御門「合格だぜい! アクセラちゃーん!」


 土御門が持つ道具の円盤部分。
 そこには赤い丸マークが描かれており、チカチカと点滅していた。


―――
――



660 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:41:09.37 ID:jaU2C2/Fo


数多「――帰ったぞ」


 従犬部隊のオフィスである木原数多の部屋。
 リビングの入り口のドアを開けて、数多が帰宅したことを告げる。


円周「おかえりー数多おじちゃん」


 応接用に使っているソファに寝転びながら漫画を読んでいる円周が、適当に挨拶をした。
 それを見て軽くため息を吐きながら、数多はソファの前の応接テーブルに手に持っていた箱状のものを置いた。


数多「ほらっ、買ってきてやったぞ。ケ○タッキーフライドチキン」

円周「おおっ、このスパイシーな香りは間違いなくケンタ○キーフライドチキン!」


 円周はソファから飛び上がるように上体を起こし、食欲をそそる香りを放つ箱を手に取り自分の目の前へと引き寄せる。
 スムーズな手付きで開封し、中に入っている脚部分のフライドチキンを手に取り、頬張った。


円周「うん、うん。やっぱりジャンキーって感じがして美味しいね」

数多「そうかよ。そりゃよかったな」


 数多が手に持っていた荷物をその辺の床に放り投げて、自分の席である窓際の中央デスクへと座った。
 背もたれがきしむくらい背中を預け、両足をデスクの上に投げ出す。疲労が溜まっているのだろうか。
 そんな様子を見て、鶏肉を咀嚼しながら円周は、


円周「お仕事はちゃんと終わったのー?」

数多「まあな」

円周「一体どんな仕事だったの? 開発の仕事とか言っていたけど」

数多「あぁ? あー、あれだ。こういう機械を作りたいんだけどどうすればいいですか、みたいな質問に答えるだけの面倒な仕事だったわ」


 「結局この俺が直々に設計図書いてやったんだがな」と数多は面倒臭そうに補足した。
 時計の針は午後七時頃を指していることから、それなりに難航したのだとわかる。


円周「ふーん、ちなみにどんな機械を作ったのー?」

数多「あん? そりゃ言えねえなぁ」

円周「何で?」

数多「一応、客先との話だからな。機密事項ってヤツがあるわけだから、喋ることができねえわけだ」


 社会人として情報漏えい対策のルールをしっかり守る社長を見て、円周は不満げな表情をした。


円周「えー、それって社員の人にも話ちゃいけないことなのー?」

数多「いや、お前社員じゃないだろ」


 円周が「えっ」と目を丸くする。


661 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:42:49.52 ID:jaU2C2/Fo


数多「お前はこのオフィスに勝手に居候してるガキだろうが。社員名簿にお前の名前はねーよ」

円周「スターランドパークのお化け屋敷とかいろいろ仕事手伝ってあげたのにー?」

数多「それに対する賃金を俺はやってねえだろ?」

円周「そういえば何ももらってなかったねー」


 納得したのか円周は視線をフライドチキンの入った箱に移して、手羽部分を取り出して頬張った。
 すると、円周は手羽を咥えたまま「ん?」と疑問符を浮かべる。


数多「どうかしたか?」

円周「いや、よくよく考えたらお仕事手伝ってあげているのに、給料が一銭も出てこないのはおかしくない? 労基に駆け込んだほうがいい?」

数多「何言ってんだお前。ここの衣食住の金は誰が出してやっていると思ってんだ?」


 そういえばそうだね、と円周は再び手に持つ手羽に興味を戻す。
 美味しいねー、とニコニコ笑う円周を見るところから、完全にさっきまでの会話の内容への興味が失せたみたいだった。


数多「あー、俺もメシ食って風呂入って寝るか」


 そう言って数多は携帯端末を開いて、某フードデリバリーサービスのサイトを見ながら今日の夕食を吟味する。
 そんな数多をよそ目に円周は箱から胸部分を取り出し、それを見つめながら唐突に話し始める。


円周「そういえば今日は、よく家の周りで虫が跳んでいるみたいだけど、駆除しといたほうがいい?」

数多「あー、まあ別にいいだろ放っておけ」

円周「なんでー?」

数多「朝蜘蛛とか夜蜘蛛っていう話あるだろ? 今は夜だから害虫さんは放っておけばいいだろっつー話だ」


 その話を聞いて円周は首を傾げながら、


円周「ふーん、数多おじちゃんが迷信めいたものを言うなんて珍しいねー。でもその理論なら夜だから殺さなきゃだよ」

数多「あ? そうだっけか?」

円周「それに蜘蛛はどっちかと言ったら益虫だから、害虫でもないよねー」

数多「あー……」


 数多は携帯端末を操作しながらしばらく黙り込んだ。
 その様子を円周は胸肉をムシャムシャとかじりながら直視する。
 そして数多はふと何かを思いついたかのように、


数多「まあ益虫の対義語が害虫だから、害虫の場合は逆に夜は生かすっつーことで」

円周「なんか適当だなー」


 そう言うと円周は食べ殻だけになった箱を持って、それを捨てるためにキッチンへと歩いていった。


―――
――



662 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:46:42.50 ID:jaU2C2/Fo

土御門「にゃっははー、まさかアクセラちゃんが、こんなに早くオレたちを見つけ出すとは正直思わなかったぜい!」

一方通行「…………」


 グループの面々と一方通行は、先ほどまでいたカラオケボックスの隠れ家から、近くにあるホテルの中の一室へと場所を移していた。
 ツインルームだからベッドが二つ並列しており、椅子やソファなども置いてある広々とした部屋だ。
 もちろん、この部屋もグループのたくさんある隠れ家の中の一つだった。
 部屋を移った理由は、一方通行と黒夜の交戦により結構な騒ぎが起こってしまったからだ。
 いくら無関係の一般人が見つけづらい位置に隠れ部屋が存在しているとはいえ、派手な音や振動などがしたら隠し通すのは難しい。
 他の人間に存在を悟られたくない暗部組織としては当然の判断だった。
 
 番外個体がベッドに腰掛けながら首元を抑えてゴキリと音を鳴らす。


番外個体「あちゃー、第一位に首元殴られたせいかセレクターが壊れちゃってるじゃん。せっかく自爆して嫌がらせしてやろうと思ったのになー」


 そんなことをしながらニヤついた顔で犯人の方へとチラチラと視線を送っていたが、面倒臭いのか一方通行は無視を決め込んだ。


黒夜「その装置がなんなのかは知らないけどさ、両腕を吹っ飛ばされた私よりはマシだと思うけどね。チッ、予備の義手使い切っちまったからまた技術部に作らせねーとなぁ」


 黒夜はボロボロにされ、使い物にならなくなった両腕の義手を新しい義手へと取り替え、動作確認のためか手をグーパーしたり、肩をグルグル回したりしていた。
 そんなことをしながら犯人の方を獣のような目で睨みつけていたが、やはりこれも面倒臭いのか一方通行は無視を決め込む。


海原「しかし、よくこんな短時間で自分たちを見つけられましたね。一体どういう方法を使ったのですか?」


 机に備え付けられた椅子に座りながら海原が興味深そうに質問した。
 一方通行は頭をぐしゃっと掻きながら、


一方通行「あーアレだ。録音していた土御門との電話の背景音を解析することでカラオケボックスだと断定して、あとは第七学区中の店舗を回ってっつゥ感じだな」


 「まさか一店舗目で見つけられるとは思わなかったがな」と一方通行は自分の運の良さを無意識にアピールする。


海原「なるほど。背景音の解析とはアンチスキルのよく使う技術ですね。アンチスキルにコネでもあったのでしょうか?」

一方通行「イイや。そンなモンは使ってねェ。音声のベクトルを読み取って数値化して分析した。コイツを使ってな」


 一方通行は首元の電極を指でコンコンと突く。


土御門「さすが万能ベクトル操作能力だにゃー。相変わらずのチート能力で安心するぜよ」

一方通行「そンなチカラがあったところで、一人の女も守れねェよォじゃただのクソだよ」

海原「しかし、いくらその電話の音声の中にカラオケボックスの情報が入っていたとはいえ、実際にその場にいるとは限らないとは思わなかったのですか?」


 「たまたま移動中にカラオケボックスの背景音が入っているかもとは思わなかったのですか」と海原が問いかける。


一方通行「ああ、その電話で土御門が言ってたンだよ。『これからすぐに打ち合わせ』ってな」

海原「なるほど。それですぐそこに隠れ家がある。つまり、カラオケボックスに隠れ家があると断定したのですね」


 海原が納得したように微笑む。
 
 
一方通行「そっからは簡単だったぜェ? 受付の店員に『グループ』『土御門』『海原』っつゥ単語を言ってやったらよォ、その店員は馬鹿正直に瞳孔を不自然に動かしやがったンだ」

一方通行「おかげでこの建物ン中のどこかにいるってわかったからな。あとはオマエらの臭せェニオイを嗅いで場所を特定するだけでゲームセットだァ」


 嘲笑うように一方通行は語る。
 それを見ながら土御門がニヤニヤして言う。


土御門「いやー、ほんとお見事お見事! オレの出してやったヒントを全部拾ってくれてるなんて、嬉しすぎてオレっち泣いちゃいそう」

一方通行「……こンな隙を見せるなンざらしくねェと思ってはいたが、やっぱり俺を呼び寄せるためのエサだったか」

土御門「そうそう。真面目にやったらお前なんかがオレたちを見つけられるわけないからにゃー」

一方通行「うっとォしい野郎だ」

663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/12/25(土) 23:47:22.47 ID:ovgTZmeE0
日本人はカス民族。世界で尊敬される日本人は大嘘。

日本人は正体がバレないのを良い事にネット上で好き放題書く卑怯な民族。
日本人の職場はパワハラやセクハラ大好き。 学校はイジメが大好き。
日本人は同じ日本人には厳しく白人には甘い情け無い民族。
日本人は中国人や朝鮮人に対する差別を正当化する。差別を正義だと思ってる。
日本人は絶対的な正義で弱者や個人を叩く。日本人は集団イジメも正当化する。 (暴力団や半グレは強者で怖いのでスルー)
日本人は人を応援するニュースより徹底的に個人を叩くニュースのが伸びる いじめっ子民族。

日本のテレビは差別を煽る。視聴者もそれですぐ差別を始める単純馬鹿民族。
日本の芸能人は人の悪口で笑いを取る。視聴者もそれでゲラゲラ笑う民族性。
日本のユーチューバーは差別を煽る。個人を馬鹿にする。そしてそれが人気の出る民族性。
日本人は「私はこんなに苦労したんだからお前も苦労しろ!」と自分の苦労を押し付ける民族。

日本人ネット右翼は韓国中国と戦争したがるが戦場に行くのは自衛隊の方々なので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人馬鹿右翼の中年老人は徴兵制度を望むが戦場に行くのは若者で自分らは何もしないで済むので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人の多くは精神科医でも無いただの素人なのに知ったかぶり知識で精神障害の人を甘えだと批判する(根性論) 日本人の多くは自称専門家の知ったかぶり馬鹿。
日本人は犯罪者の死刑拷問大好き。でもネットに書くだけで実行は他人任せ前提。 拷問を実行する人の事を何も考えていない。 日本人は己の手は汚さない。
というかグロ画像ひとつ見ただけで震える癖に拷問だの妄想するのは滑稽でしか無い。
日本人は鯨やイルカを殺戮して何が悪いと開き直るが猫や犬には虐待する事すら許さない動物差別主義的民族。

日本人は「外国も同じだ」と言い訳するが文化依存症候群の日本人限定の対人恐怖症が有るので日本人だけカスな民族性なのは明らか。
世界中で日本語表記のHikikomori(引きこもり)Karoshi(過労死)Taijin kyofushoは日本人による陰湿な日本社会ならでは。
世界で日本人だけ異様に海外の反応が大好き。日本人より上と見る外国人(特に白人)の顔色を伺い媚びへつらう気持ち悪い民族。
世界幸福度ランキング先進国の中で日本だけダントツ最下位。他の欧米諸国は上位。
もう一度言う「外国も一緒」は通用しない。日本人だけがカス。カス民族なのは日本人だけ。

陰湿な同級生、陰湿な身内、陰湿な同僚、陰湿な政治家、陰湿なネットユーザー、扇動するテレビ出演者、他者を見下すのが生き甲斐の国民達。

冷静に考えてみてほしい。こんなカス揃いの国に愛国心を持つ価値などあるだろうか。 今まで会った日本人達は皆、心の優しい人達だっただろうか。 学校や職場の日本人は陰湿な人が多かったんじゃないだろうか。
日本の芸能人や政治家も皆、性格が良いと思えるだろうか。人間の本性であるネットの日本人達の書き込みを見て素晴らしい民族だと思えるだろうか。こんな陰湿な国が落ちぶれようと滅びようと何の問題があるのだろうか?
664 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:49:58.79 ID:jaU2C2/Fo


 舌打ちをしながら一方通行は続ける。


一方通行「まァイイ。とにかくこのゲームは俺の勝ちだ。教えろ土御門。アイツは今どこにいる? 俺はどォすりゃあの女を救える?」

土御門「まあまあ落ち着け。情報はきっちり教えてやる。だが、そのためにはいくつかの条件を飲んでもらおう」

一方通行「条件だァ?」


 いつもと違う暗部の口調に戻った土御門の言葉を聞き、一方通行はピクリと眉を動かした。


一方通行「オマエゲームに勝ったら情報を欲しいだけくれてやるって言っただろォがァ! ナニ勝手に条件とか後付してやがンだァ!」

土御門「オレは嘘つきなんでな。まあ、安心しろ。きちんと条件を飲めば欲しいものは全てくれてやる。これは紛れもない事実だ」

一方通行「……オマエ、何か勘違いしてねェか? 俺は情報を寄越せと言ってンだよ。素直に寄越すならソレで終わりだ。だがよォ、そンな簡単なこともせずにグダグダ言って渡さねェっつゥならよォ」


 一方通行は口の端を歪めながら、


一方通行「ここで今すぐオマエの手足もぎ取って、ナニも出来ねェダルマにしてやってもイイってことをよォ、わかって言ってンだよなァオマエはよォ!」


 一方通行が電極のスイッチに手を伸ばす。
 全てを制圧する圧倒的なチカラを開放するスイッチへ。

 だが一方通行の手が電極へ届く前にピタリとその動きを止めた。
 いや、正確に言うなら止められたと言う方がいいか。

 指がスイッチへ届くより先に、土御門の持つ拳銃の銃口が一方通行の眉間に狙いを定めて向けられていた。

 彼だけではない。
 椅子に座った海原も同じように拳銃を一方通行へ向けている。
 ベッドであぐらをかいている番外個体は、体から電気を発しながら手に持つ鉄釘を向けている。
 一方通行の背後に立っている黒夜は、掌から放つ窒素の槍を一方通行へ向けている。
 少しでもその指を電極へ近づけたら撃つ。そんな殺意に一瞬で囲まれたから一方通行は動きを止めたのだ。


一方通行「……わかったよ。さっさと言いやがれ。その条件とやらを」


 舌打ちをして指を電極から離す。
 同時にグループの面々も構えていた武器を引っ込めた。


土御門「賢明な判断だ。仮にお前がここでチカラを使いオレたちを制圧したところで、お前程度がやる拷問じゃ誰一人情報は吐かなかっただろう」


 土御門の言いたいことを理解した一方通行は「そォかよ」と吐き捨てた。
 一方通行が大人しく話を聞いてくれるようになったことを確認し、土御門は喋り始める。


土御門「まずは一つ目の条件だ。オレたちは結標淡希の身柄を押さえるためにこれから動く。その作戦行動にお前も協力してもらう」

一方通行「あン? この俺にグループのお仲間になれってか?」

土御門「そうは言っていない。あくまで協力関係という形だ。その方がお前にとっても都合がいいだろ?」


 そう言ったあと土御門は視線を一方通行からグループの問題児二人へと向ける。


土御門「ところでお前ら。ちゃんとわかっているんだろうな?」


 土御門のリーダーとしての問いかけに、


665 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:54:36.63 ID:jaU2C2/Fo


番外個体「はーい、わかってまーす」


 番外個体は憎たらしい笑顔で軽く返事をし、


黒夜「チッ、ヘイヘイ。わかってるっつーの」


 黒夜は手を広げ、投げやり気味に返事をした。
 その様子を頬杖をつきながら眺めている一方通行を見て、海原が微笑みながら、


海原「実は、貴方が我々を見つけ出すというゲームをしている間に、並行して彼女たちもちょっとしたゲームをしていたんですよ」

一方通行「ゲームだァ?」

海原「はい。もし一方通行が自分たちグループの目の前に現れたとき、一度だけ一方通行を本気で殺しに行ってもよい。ただし、それを失敗した場合はその後一切一方通行へは手を出さない。そういうゲームです」


 それを聞いて一方通行は納得した。
 あのカラオケボックスにたどり着いたとき、なぜ黒夜海鳥と番外個体は自分へ攻撃を仕掛けてきて、土御門元春と海原光貴が攻撃を仕掛けてこなかったのかという疑問に対して。
 だが、それと同時に新しい疑問が生まれる。


一方通行「番外個体(ミサカワースト)っつったか。アイツは俺を殺すために作られたと言っていた。そンなヤツにたった一回のチャンスだけ与えてあとは飼い殺しだなンて、一体ナニがしたいンだオマエら?」


 敵意を剥き出しの眼光を放つ一方通行。
 海原は何かに気付いた。


海原「おや、もしかして彼女の出生に我々グループが関わっていると勘違いしていませんか?」

一方通行「違うのか?」


 一方通行が怪訝な表情を浮かべる。


海原「彼女はまったく別の機関で生まれた方です。おそらく生み出された目的は『一方通行が学園都市上層部に対して反旗を翻した時のカウンター』と言ったところでしょうか」

一方通行「そォいうことか。俺がいつまで経っても反逆しねェから出番が一向に来ない。このままじゃせっかく作ったのに腐らせちまう、つゥことで席の空いているグループへ派遣した、って感じかァ?」

海原「理解が早くて助かります」


 海原が爽やかに微笑む。称賛された一方通行の方は鬱陶しげに目を逸らさせた。
 一方通行からしたら、製造ロットや生まれた意味が他とは違う番外個体だって守るべき妹達の一人であることは変わりない。
 そんな彼女が一方通行を殺しに来ようが、グループという掃き溜めのような組織に送り込まれようが、どちらにしろ不本意な結果な為、彼がこうなるのも仕方がないことだ。
 笑顔だった海原が真剣な表情に戻り、話を続ける。


海原「しかし、それはあくまで過去の話です。現在貴方は結標淡希を追っている。上層部がこの行動を反逆の意思だと受け取れば、必然的に彼女へ殺害命令が下ることでしょう」

海原「彼女は今グループの指揮下に入ってはいますが、もちろん優先度はそちらのほうが上です。だから、そういったことになる覚悟はしておいたほうがいいですよ?」


 「自分としてはその展開は勘弁願いたいものですがね」と海原は呟くように言った。
 二人の話が終わったことに気付いた番外個体が一方通行へ向かって、


番外個体「そーいうわけだから、今だけは見逃してあげるよ第一位。上から殺害命令が下りるのをせいぜい楽しみに待っててね☆」


 あざ笑うかのように言った。
 死刑執行日が決まるのを待つ死刑囚のようなこの状況。しかし、一方通行はこの状況に安堵を覚えていた。
 今の一方通行は結標淡希の問題で手一杯な為、ここでさらに番外個体の問題を上乗せされた場合、全てを処理しきれる能力を彼は持ち合わせていない。
 束の間の猶予だろうが彼にとってそれは大きなものだった。


一方通行「……それで」


 一方通行はカラオケボックスで襲いかかってきたもう一人の少女に目を向ける。


一方通行「こっちのチビも似たよォな感じか?」

黒夜「あ?」


666 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:57:59.11 ID:jaU2C2/Fo


 侮蔑が混じった言葉を聞いた一二歳くらいの少女黒夜は声を低くさせた。
 そんな彼女を気に留めることなく海原が答える。


海原「そうですね。彼女は貴方がよく知る『暗闇の五月計画』の生き残りで、暗部の中の組織を転々として最終的にグループへ行き着いた、って感じですかね?」

黒夜「チッ、言い方は気に入らないが間違ってはいないね」

一方通行「なるほど。やっぱりそォだったか」


『暗闇の五月計画』。最強の演算能力を持つ一方通行の演算パターンを参考に、彼の精神性・演算方法の一部を他の能力者へ植え付け、その能力者のチカラを向上させようする計画。
置き去り(チャイルドエラー)がその被検体として使われているという、暗部では有名な実験の一つだ。
被検体の一人が暴れて、研究者を皆殺しにした為、計画は凍結された。一方通行が知っているのはこの程度の知識だった。


黒夜「ふん、私をただの流れ者だと思うなよ? 私には現在の暗部組織が何らかの要因で一つ残さず解体されたときに、暗部組織を復興し、それの指導者として悪の頂点に立つ役割を与えられた――」


 黒夜が意気揚々と喋っているのを見て一方通行は、


一方通行「よォするに補欠ってことか」


 馬鹿にしたように一言で片付けた。
 それを聞いて黒夜が額に青筋を立てる。


黒夜「あァ!? 私が補欠だとォ!? ふざけンなッ!! この私の役割が補欠なンてそンなクソみてェな――」


 口調を荒げながら食ってかかる黒夜。
 しかし彼女の後ろから「補欠だよにゃー」「補欠ですね」「補欠だねー」というヒソヒソ話が聞こえてきて動きが止まった。


黒夜「……オマエら、いつか絶対ェ皆殺しにしてやる……!」


 プルプルと体を震わせながら黒夜は忌々しげにつぶやいた。
 黒夜がおとなしくなったことを確認した土御門は話を戻す。


土御門「次に二つ目の条件だ。とその前にお前に一つ聞きたいことがある」


 一方通行の方を見て続ける。


土御門「お前には結標を追い始めてから様々な障害が立ちふさがったと思う。その中でお前は人を殺したか?」

一方通行「……さァな」


 一方通行は適当に返した。誤魔化すように。
 たしかに一方通行はこの一日だけでも多くの敵にチカラを振りかざした。
 結標を捜していたスキルアウトたち、それをけしかけた研究員、地下研究施設を防衛していた駆動鎧。
 一方通行がその者たちへ直接手を下したときは、殺さない程度に痛みつけるだけで終わっていた。
 口ではいろいろ言ってはいたが、無意識のうちに人を殺すということに対し、理性がセーブをかけていたのだろう。
 しかし、彼は地下研究施設での出来事で我を忘れて、施設まるごと崩壊させるほどのチカラを振りかざすということがあった。
 施設には機能停止した人入りの駆動鎧が放置されていたし、逃げ遅れた人だっていたかもしれない。
 そんな場所を崩壊させてしまったのだから、一方通行は人を殺していないなどとは口が裂けても言えなかった。

 一方通行の曇らせた表情を見て土御門はサングラスを軽く上げて、


土御門「まあいい。それで二つ目の条件だが、これから結標を助ける道中に現れる敵、ソイツらを一人たりとも殺すな」

一方通行「ハァ? 相手は暗部のクソッタレどもだろォが。別にぶっ殺したって問題ねェクズどもじゃねェのかよ?」

土御門「ソイツらを殺すのは同じクソッタレであるオレたちの役目だ。お前の出る幕はない」

一方通行「オマエらごときで他の暗部にいる超能力者(レベル5)を殺れンのかよ?」

土御門「…………」


667 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:59:50.41 ID:jaU2C2/Fo


 アイテムにいる第四位の麦野沈利。スクールにいる第二位の垣根帝督。
 他の組織にもレベル5ではないにしろ、それと同等の戦力を持っていることだろう。
 そんな状況で第一位である自分が戦力外扱いにされていることが、一方通行は気に入らなかった。


黒夜「ケッ、たかだかレベル5ごとき余裕だっつーの。私がこの手で全員の首飛ばしてやるよ」

番外個体「まーたクロにゃんのビッグマウスが始まっちゃったよ。クロにゃんって調子に乗って真っ先に命落とすタイプだよねー」

海原「ふふっ、まったくその通りですね」


 沈黙する土御門の代わりに返答したのは黒夜だった。追う形で他二人から茶々が入る。
 おちょくられてギャーギャー騒ぐ黒夜。嘲るように爆笑する番外個体。それをニコニコと見守る海原。
 そんな様子を見て一方通行は、


一方通行「……大丈夫かよ、この暗部組織」


 まるで小学校の教室だな、と率直に思った。
 呆れ顔でそれを眺める一方通行を見て土御門が軽い感じで、


土御門「なあに、なんとかなるさ。オレたちの目的はあくまで結標だ。他の組織を壊滅させることじゃない」

一方通行「楽観的だねェ。ま、オマエらが死ンだら死ンだであとは好き放題やらせてもらうだけだからァ、それはそれで好都合っつゥわけだ」

土御門「その場合はお前もくたばってるだろうけどにゃー」


 そう言われて一方通行はうっとおしそうに舌打ちした。


一方通行「次の条件は何だ? さっさと言え。もしかしてもォ終わりか?」

土御門「悪い悪い。それじゃあ次の条件だ。これは結標の情報をお前にやるタイミングの話だ」

一方通行「タイミングだァ? 条件飲ンだらすぐにくれるわけじゃねェのかよ」

土御門「ああ。情報を話すのはオレたちが結標を確保する作戦を実行する三〇分前だ」


 三つ目の条件を聞いて一方通行はニヤリと笑う。


一方通行「なるほどねェ。俺が先走ることに対しての対策っつゥことか。周到なこった」

土御門「よくわかっているじゃないか。では最後の条件も似たようなものだからついでに言っておこう」


 土御門は口角を釣り上げて白い歯を見せながら、不気味な笑顔を作る。
 その顔を見て一方通行は背筋がゾクッとなるような寒気を感じた。


土御門「お前はこれから作戦開始三〇分前まで、オレたちにその電極を預けておいてもらおうか」


 命の綱を握られる悪魔のような条件が、学園都市最強の能力者へと突きつけられた。


―――
――



668 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:03:20.75 ID:Ud1c3PHRo


 第三学区にある暗部組織『アイテム』の隠れ家。
 屋内レジャーだけ集めたいわゆる上層階級と呼ばれる人だけが利用できる、高層ビルの一角にある施設。
 その中にあるVIP用の個室サロン。個室といいながら3LDKを超える広さを持つ空間。

 リビング部分にアイテムの少女四人と下っ端浜面仕上がソファや椅子に座って会話していた。
 いや、一人だけ座っていない少女がいる。滝壺理后。
 ピンク色のジャージを着た少女がソファの一角に、毛布を被って横たわっていた。
 風邪を引いているみたいに息を荒げながら顔を赤らめている。
 そんな少女を横目にリーダー麦野が一言。


麦野「――私たちアイテムは今回の仕事降りまーす」


 麦野の発言に他のメンバーが「えっ?」と声を揃える。
 その中の一人絹旗最愛が立ち上がって中央のテーブルを叩き、前かがみになりながら、


絹旗「な、なんでですか!?  そんな急にっ!?」


 それに続いてフレンダも不安げな声のトーンで、


フレンダ「も、もしかして私たちじゃ手に余る案件ってこと?」


 困惑してる二人を見ながら麦野は冷静な口調で説明する。


麦野「別にそういうわけじゃないわ。次、本格的に攻め込めばたぶん捕れる。けどそのためには滝壺のチカラが必須なわけ」

麦野「こんな状態の滝壺を、これ以上消耗させてまで座標移動を捕まえたところで割りに合わない。だから降りるの、わかる?」


 説明を終えるとしばらく無言の時間が続いた。
 サロンに流れている癒やし系のBGMだけが部屋中に流れる。
 そこで真っ先に麦野に反論したのはソファに寝込んでいる滝壺理后だった。


滝壺「……む、ぎの。私なら、大丈夫、だから……、追おう、座標移動を」

浜面「お、おい! 無理すんなよ滝壺!」


 滝壺は体をふらつかせながらゆっくりと上体を起こしていく。
 一瞬、体がぐらついたのを見て浜面が彼女の体を支えた。
 その様子を見て麦野は舌打ちをして、


麦野「うっせーな、降りるっつったら降りるのよ。病人は引っ込んでな」

絹旗「で、でも麦野。いちおうあの電話の女からの指令だから、勝手に降りたりしたら超不味いのではないでしょうか?」


 絹旗の言う通り暗部の仕事というのはシビアだ。たった一回の失敗で多大なリスクを負う可能性だってある。
 失敗したから消す。そんなことが日常茶飯事行われているのが学園都市の暗部だ。


麦野「うーん、まあたしかに多少のペナルティーはあるだろうけど、たぶん大丈夫だと思うわ」


 麦野は軽い感じに答えた。その軽さに戸惑いながらフレンダは問う。


フレンダ「な、何でそんなことがわかるのさ?」

麦野「今回の仕事はアイテム以外の組織にも通達されているからよ」

フレンダ「他の組織って……『スクール』とか『グループ』とか?」

麦野「そうよ」


 何か確信を得いているような口ぶりで麦野は続ける。


669 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:06:06.18 ID:Ud1c3PHRo


麦野「座標移動と接触したときヤツは、私のことを『追い回しているヤツらのうち一人』って感じに言ってきたわ。つまり、ヤツを追っている組織が他にもいるってこと」

麦野「私たちと同じ指令を受けているということは同ランクの暗部組織。つまり、他の四つのどれか、または全部」


 麦野の言う四つとは、『グループ』『スクール』『メンバー』『ブロック』のことを言っているのだろう。
 それは他のアイテムメンバーでもわかっていることだが、そのうちフレンダが首を傾げながら、


フレンダ「他の組織にも同じ指令が行っているかもしれないってことはわかったけど、それがなんで指令を降りても大丈夫ってコトになるの?」


 「同ランクの組織が並んでいるのなら、むしろ出し抜いて勝ち取らなきゃいけないんじゃ」とフレンダは付け加える。


麦野「たしかにそれが一番だろうけどね。でもおそらくこの指令、それぞれの組織で依頼主は違うところになっているだろうけど、たぶん辿っていけば大本は全部一緒のところよ」

絹旗「要するにどこの組織が座標移動を捕らえても、彼女の行き着く先は超同じというわけでしょうか?」

麦野「そーいうことよ。だから失敗したからってどこかの組織が捕らえりゃ問題なし。ま、手柄がなくてマージンが取れない電話の女にはネチネチ文句は言われるでしょうけどね」


 麦野の話を聞いてメンバーたちは各々納得する様子を見せていた。
 しかし滝壺だけは違った。焦点が合っているのかよくわからない目でゆっくりと反論する。


滝壺「……でも、むぎの? その話は、あくまであなたの想像、だよね? 実際はどうなのかなんて、わからない」

麦野「ええ、そうね」

浜面「認めちゃったよ!」


 浜面の言う通り麦野はあっさりと認めた。
 しかし、麦野は表情を崩すことなく反論に対して反論する。


麦野「私たちが学園都市になくてはならない組織とかいう妄言を言うつもりはさらさらないけど、この程度のことで潰されるような安い存在じゃないことはわかるわ」


 「もしそうならとっくの昔に潰されているはずだからね」と麦野は補足する。


滝壺「でもむぎの、もし、もしだけど、今回がそのもしかしてだったら……?」


 滝壺の問に対して麦野は「ふふっ」と小さく笑ってから、


麦野「もし上層部が私たちを消そうってなったら逆にそれは面白いんじゃない? 今まで散々こき使ってくれやがったクソ野郎どもをこの手でぶち殺せるんだからねえ」


 ブチブチと引き裂くような笑顔で麦野は答えた。
 その姿を見て一同はゾッとする。あまりの圧力に体が硬直した。

 特に返事のないことを確認し、麦野はいつもの感じに戻り二回手拍子をする。
 その音を聞いて他のメンバーはハッとして、麦野の方へ目を向けた。


麦野「私の見通しだと今夜中に座標移動はどこかしらの組織に捕まると思う。おそらく明日の朝一くらいに指令取り下げの連絡が来るんじゃないかな」

麦野「ま、仮に明日の朝それが来てなかった再び私たちで追うとしましょ? それまでしっかり準備をして体を休めておくこと」


670 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:08:51.48 ID:Ud1c3PHRo


 というわけで一旦解散! という麦野の一声でアイテムはそれぞれ別行動を始めた。
 絹旗はお腹が空いたということでルームサービスで適当な料理を頼む。
 浜面は滝壺をゆっくり寝かせるために部屋へ連れて行く。
 麦野は暇潰しにテレビを付けてチャンネルを回して番組を吟味していた。
 そしてフレンダは、


フレンダ「――私、ちょっと疲れたから少し仮眠を取るって訳よ」

麦野「ほーい、おやすみー」


 麦野がテレビから特に視線を移すことなく手をひらひらさせたのを見てから、フレンダは空いている部屋へと移動した。
 部屋に備え付けてある高級個室サロンの名に恥じぬふかふかベッドに、倒れ込むように顔からダイブする。
 低反発枕に顔を埋めながら、


フレンダ(……ホントなにやってんだろ、私)


 頭の中を巡るのはやはり二時間前くらいの光景。僅かなタイミングのズレによって起こった任務の失敗。
 フレンダは別に今までヘマをしていなかったわけではない。
 そのたびに怒られたり呆れられたりして、それはそれでショックを受けたりはした。
 だからこそ、憐れんだのか気まぐれだったのかはわからないが、麦野が珍しく見せた優しさが逆に彼女の胸を強烈に締め付けたのだろう。
 こんなことならいつも通り言い上げられた方がマシだったかもしれない、とフレンダは思う。
 仕事を降りるか降りないか、そんな選択肢が生まれた原因が結果的に見れば彼女のミスなのだからなおさらだ。


フレンダ(絹旗のヤツ、すごいな……)


 今回の件では同じような境遇の絹旗という少女のことを思う。
 実際彼女が、今回の件のことをについてどう思っているのかなんて、フレンダにはわからない。
 だが、絹旗は責任感の強い少女だ。何も考えてはいないということは無いだろう。
 そんな絹旗がいつも通りの振る舞いを見せているのは、素直に彼女自身の強さの表れだろうとフレンダは推測する。
 自分より年下で小さい女の子と比べて自分は一体何なんだ。自己嫌悪の激流がフレンダの中を渦巻いた。


フレンダ(……やっぱ……わた……あん……て……かな……)


 いくら負の思考が頭を巡っていても今の彼女は疲労した状態でふかふかベッドの上。
 次第に自分が何を考えているのかわからなくなり、夢の世界へと誘われていく。
 ただ、眠りに付く前にフレンダは明確一つだけ思った。

 『目が覚めたら今日のことが夢だったらよかったのに』。
 
 砂糖菓子より甘くて儚い願いを抱え、フレンダの意識は消えていった。


―――
――



671 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:10:22.13 ID:Ud1c3PHRo


 暗部組織『スクール』のアジト。そこには構成員の四人が揃っていた。
 四人と言っても一人は非正規の雇われのスナイパーなのだが。
 砂皿緻密。本来は外で活動している男だが、現在は暗部間の抗争で失った前任の少女の代わりの補充要員として『スクール』に雇われている。
 装備の整備をしながら砂皿は他の三人の会話を聞いていた。


誉望「――あっ、来ました。『メンバー』からの情報っス」


 誉望がテーブルの上に置いているノートパソコンを、頭につけたゴーグル経由で操作して画面に情報を表示する。
 そこに書かれているのは日時と座標。それを見た垣根がピンときたのかニヤリと笑う。


垣根「なるほど。ヤツの目的はそういうことだったのか」

海美「ふーん、随分とお友達想いの人なのね」


 同じように理解した海美がネイルをいじりながら感想を述べた。
 そんな二人の様子を見て誉望が戸惑いながら、


誉望「な、なんで座標見た瞬間に場所を把握できんスか?」

垣根「学園都市内の座標くらい覚えとけよ。せめてその座標辺りに何があるとかくらいはな」


 ウス、と返事をして誉望はノートパソコンで座標の検索を開始する。
 一秒もかからないうちに結果が画面に表れた


誉望「……へー、こんなところに座標移動が現れるんスか? なんでまたこんな場所に?」

海美「彼女のプロフィールデータを一通り眺めてみればわかるんじゃないかしら?」

垣根「ま、その肝心のデータが全部吹っ飛んじまったから今さら確認できねえだけどな。どっかの馬鹿のせいでな」


 誉望が「うっ」とバツの悪そうな声を漏す。
 彼は先ほどハッキングによる電子戦で負けてしまい、情報を根こそぎ奪われる一歩手前まで追い込まれるということがあった。
 そのピンチを一歩手前で防いだのは垣根帝督。サーバーごと物理的に木っ端微塵に破壊したため、最悪なケースから免れさせた。
 だが、それイコール今までのスクールが収集してきた情報やら何やらを全部デリートしたということになる。


672 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:11:42.45 ID:Ud1c3PHRo


垣根「まあいい。つーことで座標移動は心理定規と誉望、お前ら二人でやれ」

誉望「ええっ、マジっスか? 相手は超能力者(レベル5)っスよ? キツくないスか?」

垣根「お前最初自分のチカラはレベル5級なんだ、ってほざきながら俺にケンカ売っただろうが。それが証明できるまたとないチャンスじゃねえか」

誉望「言われてみればそうっスね」

海美「それに私が付いているのだから平気よ」


 海美が不敵な笑みを浮かべる。


垣根「あとは……砂皿、お前は外周で待機して外部からの侵入者を排除しろ。狙撃ポイントは任せる」

砂皿「了解した」


 一言だけ返して砂皿は道具の整備に戻った。無愛想な返事だったが垣根は特には気にしてはいない。
 彼は与えられた仕事は必ずこなす。今までのスクールの活動から見て、垣根もその点は信用していた。


誉望「ところで垣根さんは一体なにをするつもりなんスか?」


 誉望の質問を聞いて垣根は楽しそうに笑いながら、


垣根「決まってんだろ。座標移動を追いかけてくるだろうアイツをここでブッ殺す。そして俺が頂点に立つ」


 垣根が天井の証明に手をかざし、その光掴むように掌を握り締める。
 彼から発するプレッシャーが強まったのをスクールのメンバーたちは感じた。


垣根「――楽しもうとしようぜ? なぁ、一方通行(アクセラレータ)」


―――
――



673 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:12:37.11 ID:Ud1c3PHRo


 学園都市にあるどこかのビルの屋上。一人の少女がいた。
 赤いセーラー服を着た小柄な体格。茶髪を二つ結びにして肩にかけている。
 彼女はショチトル。学園都市の暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。

 ショチトルは落下防止の欄干に背中を預けながら携帯端末を耳に当て、通話をしている様子だ。


ショチトル「――では約束通り、こちらは座標移動(ムーブポイント)の方を追わせてもらおう」


 そう電話先へ言ったあと、いくつか相槌を打つ。
 そして何か謙遜をするように、


ショチトル「あまり期待するな。私一人で出し抜けるほど向こうも甘くはないだろう」


 返したあとショチトルはしばらく黙り込んだ。
 おそらく電話先の相手が長々と話を続けているのだろう。
 しばらくしてから少女の口が開いた。


ショチトル「――ああ、せいぜいそちらも楽しむといい。こちらもじっくりと楽しませてもらうよ」


 ニヤリと口角を上げ、ショチトルは通話を切る。
 携帯端末を懐にしまったあと、夜のビル群を眺めながら呟く。


ショチトル「あれから半年以上か。長かった。だが、これでようやく終わりに出来る。そうだろ……『エツァリ』?」


―――
――



674 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:16:02.84 ID:Ud1c3PHRo


黒子「――ただいま戻りましたの」


 ジャッジメント白井黒子は櫻井通信機器開発所の火災現場の救助活動を終え、無事第一七七支部へと帰還した。
 少し肩を落としながら入室したところを見るに、相当疲労が溜まっているのだろう。
 体中に見える灰が擦れたような汚れや、にわか雨を受けて湿った衣服がそれを助長させているように見える。

 そんな彼女へ一番に声をかけたのは、入り口から一番近い席に座っている先輩固法美偉だった。


固法「お疲れー。例の迷子の子は見つかったのかしら?」

黒子「……いえ、残念ながら」


 黒子と初春は迷子の捜索という建前で結標を追っている。
 これは逃走犯としての結標の捜索が打ち切られたから、上条当麻に迷子の捜索と言う形で依頼してもらうことによって行っている風紀活動だ。
 結標淡希が迷子として扱えるかどうかは怪しいが、初春の起点と詭弁でとりあえず許されている状況だった。
 しかし、


固法「うーん、ここまで捜しても見つからないってことは、こちらの手に負えない状況かもしれないわね」

黒子「えっ」

固法「アンチスキルへ引き継いだほういいかもしれないわ」


 迷子。そう言うと童謡にも使われている平和そうな単語に聞こえる。
 だが、言い方を変えれば行方不明者。捜索の時間が長引けば長引くほど深刻な事態へとつながっていく。


黒子「た、たしかにそうかもしれませんわね。あはは」


 引きつった笑顔で愛想笑いをしながら初春のいる席へと向かう。
 このあまりよろしくない状況を伝えるためだ。


黒子「初春!」

初春「ほえ?」


 一個三〇〇円弱しそうなプリンの容器を片手に、プラスチックの使い捨てスプーンを咥えている初春がのんきそうに返事をした。
 机の隅にコンビニ弁当の空殻が置いてあるところを見るに、食後のデザートなのだろう。
 いろいろ言いたいことはあったが黒子はぐっと飲み込んで、


黒子「固法先輩がこの件をアンチスキルへ引き継ぐと言っていますわ。そろそろ限界かもしれませんわね」

初春「あー、たしかに時間が時間ですからねー。うーん、困ったなー」

黒子「そんなセリフはその手に持ったデザートを机に置いてから言いなさいな」

初春「ちぇー、別にプリンを持っていようがいまいが作業スピードは変わらないのにー」


 初春は唇を尖らせながらしぶしぶ手に持った容器とスプーンを置いた。


675 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:18:49.96 ID:Ud1c3PHRo


黒子「ところで進捗はどうなんですの? あれから一切連絡を寄越していないところから察しはしていますが」

初春「お察しのとおりですよー。結標さんどころか上条さんも監視カメラに引っかかってません」

黒子「類人猿もですの?」

初春「はい。電話の方も相変わらず繋がりませんね」


 黒子は眉をひそめた。
 結標淡希は裏の住人のため監視カメラを避けて移動する技術を持っている。
 そのためいくら監視カメラの映像を検索したところで一つもヒットしない、などということが起きてもおかしくはない。

 だがもう一人の上条当麻は違う。
 彼は少し特殊なチカラを持ってはいるが、その点を除けば至って普通の男子高校生だ。
 そんな彼が監視カメラに映らず街を動き回る技術など持っているはずがない。
 電話もつながらないという事実から黒子は嫌な考えを巡らせる。


黒子「やはり、あの類人猿の身に何かあって、動くこともままならないということ……?」


 監視カメラに映り込まないということは動けない状況。
 それに加えて電話にも出ないとなると言葉には出したくはないが、


初春「やっぱり死んじゃった、ってことですかね?」

黒子「あっさりそういうことを口に出すんじゃありませんの」


 たしかに口に出しても出さなくても状況は変わらないが。
 ここで黒子の脳裏によぎったのは尊敬する御坂美琴お姉様の姿だった。
 認めたくはないが、彼女は上条当麻を意中の相手として見ている。
 そんな少年が確定しているわけではないがそういう状況になっていると知ったら、全てを投げ売ってでも彼を捜しに行くだろう。
 それすなわち美琴が暗部に首を突っ込むどころか宣戦布告してもおかしくないということ。


黒子(ど、どうしますの白井黒子。このことをお姉様に伝えるべきか伝えないべきか……)


 心臓がバクバクと鳴る。全身に嫌な汗がにじみ出る。
 拳銃を持った男六人に囲まれたときと比べ物にもならない緊張が彼女の中で走った。
 そのとき、


 ピピピッ! ピピピッ!


 初春の使っているたくさんのディスプレイの中のうち一つから電子音が鳴った。
 何だと思い黒子はそのディスプレイへと目を向ける。


 そこに映っていたのは街中を謎の黒髪少女と一緒に歩いている上条当麻の姿だった。


 この映像は同日同時まさしく今撮られたもの。


初春「あっ、上条さんだ」

黒子「…………」


 このあと黒子は初春から少年の電話番号を聞き出し、鬼のように電話をコールさせた。


―――
――



676 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:20:31.34 ID:Ud1c3PHRo


 とある高級ホテル(美琴いわく普通のホテル)の七階にある一室。
 そのバルコニーにある椅子へ座りながら御坂美琴が携帯電話の画面を眺めていた。
 体が火照っていて髪の毛が微妙に湿っており、寝間着を着ていることから入浴後だということがわかる。


美琴(……大丈夫かしら、アイツ)


 携帯電話の画面には『一方通行』の文字。
 裏の世界へと姿を消した結標淡希を追っていった少年。
 美琴の今の役割は彼から預かった打ち止めという少女の面倒を見ること。


美琴(初春さんがあれだけ頑張ってやっと手がかりを掴めたものを、アイツ一人でどうにかしようなんて……)


 正直無理だろうと美琴は思った。
 一方通行のベクトル操作はたしかに優秀な能力だ。
 しかし、それはあくまでベクトルを介する事象にだけ通用する。情報収集などというベクトルが一切関わらないものには役に立たない。
 今彼はろくな手がかりをも掴めずにもがき苦しんでいるのではないか。
 どうしようもない状況で途方に暮れているのではないか。

 だから美琴は少年に電話をかけようと考えた。どういう状況なのかを確認するために。
 しかし、美琴は通話ボタンを押せない。


美琴(もし、もしこの電話をかけて、さっき思ったような状況になっていたら……?)


 ゴクリとつばを飲む。


美琴(私は一体なんて声をかけてやればいいの? 頑張れ? 負けるな?)


 そんな安っぽい言葉をかけて何になるんだ、と美琴は顔を曇らせる。


美琴(今さらだけど手伝ってあげようか、とか?)


 いや、それこそない、と美琴は即座に否定した。
 そもそも彼はなぜ一人で行ったのか。
 それは他の人を巻き込むわけにはいかないと考えての行動だろう。
 この事情を美琴と黒子に話した時、他の連中へ話すなと念を押していたことからわかる。

 しかし、美琴はある考えが浮かぶ。
 要するに彼は一人で全てを抱え込んでいる状況に陥っているのだ。
 忌まわしいあの最悪の実験を止めるために奔走していたときの自分を、美琴は思い出していた。
 あのとき、とある少年が声をかけてくれなかったら、今の自分はいなかっただろう。

 そう考えたとき、美琴の指は自然と動いた。


677 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:22:59.90 ID:Ud1c3PHRo


美琴(余計なことするなって煙たがられるかもしれない。けど、もし私があの馬鹿と同じことができるかもしれないなら)


 携帯電話を耳に当てる。すると、ある電子音声が流れてきた。
 『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』。
 一方通行の携帯端末に電話を繋げることが出来ないことを表すアナウンスだった。


美琴「……ま、そうよね」


 美琴は疲れたように呟いた。
 そもそも彼は今何をしているのかはわからないのだ。
 暗部組織の連中と壮絶な戦いを繰り広げているのかもしれないし、どこかの研究施設やアジトに潜入しているのかもしれない。
 だから、携帯の電源を用心のため切っていても何もおかしくはない。


美琴「はぁ、もういいや。明日の朝くらいにでももう一回連絡入れてみるか」


 諦めた感じにため息をついて、美琴は携帯電話から目を離す。
 ガチャリ、と部屋からバルコニーに出るドアが開く音がした。


打ち止め「何やってるのお姉様? お風呂上がりにそんなところにいると風邪引いちゃうよ? ってミサカはミサカは予想外の夜風の冷たさに驚きつつ心配してみたり」


 パジャマを着た打ち止めが、アホ毛を揺らしながらドア越しにこちらを覗いていた。


美琴「あ、うん、ちょっと涼んでただけ。すぐ戻るわ」


 返事をして椅子から立ち上がる。
 バルコニーを少しだけ見渡してから部屋の中へと戻っていった。


美琴(……そういえばあの馬鹿はどうしているんだろうか)


 美琴はふと思い出した。結標淡希を追っているもう一人の少年上条当麻のことを。
 彼にはジャッジメント二人が後ろに付いている。おそらく無茶なことはしないだろう。


美琴「…………」


 いや、無茶なことをするだろうな、と美琴は心の中でため息をついた。
 彼が誰かを救うためなら、危険とかそういうのを顧みず突っ走ってしまう人間だということは、美琴自身がよくわかっている。
 言っても聞かない上条当麻に頭を悩ませている少女二人が容易に想像できた。

 だが、そんな上条のことを美琴は心配などしてはいなかった。
 違う。心配していないと言ったら嘘になるか。心配してもしょうがない、そう思っていた。
 どうせすぐに全部終わらせて、何食わぬ顔でまた自分の前に現れる。
 そんな確信めいたものを美琴は感じていた。

 と心の中ではそう思っている美琴だったが、どうやら体は正直らしい。
 携帯電話の発信履歴にずらりと並んだ『上条当麻』の文字を見て、美琴は苦笑いした。


―――
――



678 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:25:55.62 ID:Ud1c3PHRo


A子「――あらぁー、まさか同じホテルになっちゃってたなんてぇ、よほどの運命力が働いたとしか思えないわよねぇー」

上条「何言ってんだお前?」


 上条当麻は第一〇学区で出会ったA子と名乗る黒髪の少女と一緒に、とあるホテルの一室に来ていた。
 女の子と一緒にホテルなんていかがわしさマックスの文面だが、今のところそういった行為が行われたような跡はない。
 それは上条の体の至るところに新しい包帯が巻かれていたり、絆創膏貼られていたりしていて、手当を受けたばかりだということがわかるからだ。
 ルームサービスで頼んだバジルとトマトのスパゲティを食べながら、少女は問いかける。


A子「ところで怪我の方は大丈夫なのかしらぁ? 手当てっぽいことはしてみたのだけど、ちゃんと出来ているかよくわからないのよねぇ」


 同じくルームサービスで頼んだ牛丼を食べている上条が、視線を手足の包帯や絆創膏へ目を向けて答える。


上条「ああ。まあ痛くないって言ったら嘘になるけど多分大丈夫だろ」

A子「個人的にはさっさと病院行けって言いたいところだけどぉ、そんなところに行ったら即入院確定だからあえて言わないわね」


 彼女が言ったように上条の怪我の手当てをしたのは目の前にいる少女本人だ。
 昼頃に、ジャッジメントの少女による手際の良い応急処置を見たせいもあるだろうが、上条には包帯グルグル絆創膏ベタベタな処置が不器用なように見えた。
 見た目が悪くても患部をきちんと処置はされていたので、彼自身は特には気にしてはいなかったが。


上条「それで結標を助けるって言ってたけど何をするつもりなんだ? もしかしてこのホテルのどこかに結標がいるとかなのか?」

A子「いいえ、違うわぁ。たぶん結標さんは今頃別のホテルか、昔使ってた隠れ家とかに身を潜めているんじゃないかしらぁ?」

上条「じゃあ何で俺たちはこんなところにいるんだよ」

A子「それはここでゆっくり休んでアナタに体力を回復してもらうためよぉ」


へっ? と上条は素っ頓狂な声が出た。
そんな様子をニヤニヤしながら少女は続ける。


A子「だってぇ、見るからにアナタの身体ってボロボロで瀕死に近い状態じゃない? そんな状態で結標さんをどうにかしようなんて、いや、そもそも結標さんがいるところにたどり着けないかもしれないわよねぇ」

上条「……たしかにそうだな。正直、走るどころか歩くのもしんどい」

A子「それはそうよぉ。だってその左足の火傷、そんなの負ってたら普通歩けないと思うんですケドぉ。一応、火傷の塗り薬っぽいのぺたぺた塗ったけどそんなので痛みが治まるとは思わないしぃ」

上条「ははっ、これ以上言わないでくれ。意識したらめっちゃ痛く感じてきた……」


 この傷は先ほど櫻井通信機器開発所での一戦で負った傷だった。
 超能力者(レベル5)第四位を名乗るビームをバカスカ撃ってくる女。
 それだけならまだよかったのだが、素のパワーや体術も上条より圧倒的に上を行く化け物。
 何度も何度も死を予感した戦いだった。生き残れたのは正直奇跡だと思う。
 つかほんとよく五体満足で勝てたな、と上条は力なく笑った。


上条「俺が身体を休めて体力を回復しないといけないことはわかったけど、そのあとはどうするんだ?」

A子「そうねぇ、結標さんが現れそうな場所に行って会う。それだけよぉ」

上条「どこなんだよそれ」

A子「ヒ・ミ・ツ☆ 行ってからのお楽しみってことで♪」


 小悪魔的な感じに笑っている少女を見て、上条は嫌な予感しかしなかった。
 食べ終えた牛丼のドンブリの乗ったプレートを適当にテーブルの上に置いて、ふと思い立って携帯電話を開く。


上条「げっ、知らないうちに着信履歴がすごいことになってる……」


679 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:28:22.65 ID:Ud1c3PHRo


 履歴は五〇件以上。一覧を見る限り御坂美琴と初春飾利と知らない番号。
 面子的におそらく知らない番号の持ち主は白井黒子のことだろう。大体の割合は美琴五割・黒子三割・初春二割。
 なぜだかマナーモードになっていた携帯電話のせいで今まで気付かなかった。
 その画面を横から見た少女が手を口に当てながら、


A子「あらぁ、もしかして彼女さん? いや、番号が三通りあるってことは……三股ゲス野郎?」

上条「ち、違げえよ! ただの友達と結標捜しを一緒に手伝ってくれてるジャッジメントの二人だ! たぶん、俺が勝手に突っ走って音沙汰なしだったから電話してきてたんだ!」


 「まあ御坂はなんで電話掛けてきてんのか検討もつかねえけど」と上条は付け加えた。
 さてどうしたのものかと上条は考え込む。
 今の時間は午後九時になりそうな時間帯だ。彼女たちが既に眠りについているとは思わないが、こんな時間に電話をするのはなんか気が引ける。
 携帯電話のディスプレイを凝視しながら難しい顔をしている上条を見て少女は、


A子「――えいっ☆」


 パシッ。上条当麻の携帯電話を取り上げた。
 突然の行動に上条は立ち上がり少女を睨みつける。


上条「なっ、なにしやがるっ!?」


 ドンッ!

 上条の体に衝撃が走った。少女に体を押されたのだ。
 不意のことだったのでバランスを崩し、上条は背中からベッドへ倒れ込んだ。


A子「アナタの考えていることは手に取るようにわかるわぁ。だからこそ、この携帯電話を渡すわけにはいかないってコト」

上条「なにわけのわからねえこと言ってんだ! かえ――」 


 上条が起き上がる前に少女が覆いかぶさるように馬乗りになった。
 何が起こっているのかわからず、上条の頭の中が真っ白になる。
 そんな上条を少女は星型の瞳で上からじっと見つめながら、


A子「下手に誰かと連絡を取られてこの場所を特定されても困るのよねぇ。だから、折返しの電話をするなら全部終わってからにしてくれるかしらぁ?」

上条「え、え、え、えーと」

A子「そういうわけで、今から上条さんはお休みの時間でーす! 時間になったら起こしてあげるからゆっくり寝ちゃっていいわよぉ?」

上条「は、はあ!? まだ九時だろ、そんな早くから寝られるわけねえだろ!」

A子「大丈夫よぉ、だって――」


 彼女が何かを言い終える前に上条の頭の中で何かの音が鳴った。
 ピッ、という電子音のようなものが。


上条(……えっ、な、なんか急に眠気が……)


 上条の意識が朦朧としている中、部屋の入口の方から声が聞こえてきた。
 さっきまで喋っていた少女とは全く違った声色だが、全く同じような喋り方の声が。


??「私の催眠力を使えばぁ、例えば虫歯で歯が痛くてまったく寝られないような人でもぉ、リラクゼーションサロンで心身を癒やされたときみたいな、快適な睡眠をお届けすることができるんだゾ☆」


 上条当麻は薄れゆく意識のまま声のした方向へ目を向ける。
 そこには蜂蜜色をした長い髪の毛の少女が立っていた。テレビのリモコンのようなものをこちらへ向けて。
 ただそれだけを認識して上条は、力尽きたように沈んでいった。


―――
――



680 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:31:11.69 ID:Ud1c3PHRo


 アイテムの隠れ家である個室ラウンジにあるシャワー室。
 麦野はそこで一人シャワーを浴びていた。
 少し熱めのお湯を浴びながら麦野はある記憶を思い起こす。
 櫻井通信機器開発所で自分に立ちふさがった上条とかいう少年のことを。

 ドゴッ!!

 壁に向かって拳を突き立てた。
 外観は特に変化はなかったが、壁の中からミシミシというひび割れるような音が鳴る。
 拳を紅く染めながら麦野は怒りで震えた声を漏らす。


麦野「……糞がッ」

 
 勝てる戦いだった。負けるはずのない戦いだった。
 相手はただの喧嘩っ早いだけのガキ。パンチの打ち方も知らないような、人の殺し方も知らないような小僧。
 実力の差はプロボクサーとそこらにいる不良学生くらいはあった。

 だが、麦野は敗北した。
 屈辱だった。何より負けたことより、こうやって敗北したのに生かされているということに。
 プライドの高い麦野にとってそれは、陵辱されて女の尊厳を奪われること以上に屈辱的だった。

 彼女は敗北した理由を自分なりに分析する。
 原子崩し(メルトダウナー)という超能力(レベル5)を打ち消せる謎の右手。
 麦野の必殺のチカラもその右手に遮られることで全て無に帰する。
 全てを貫通し焼き尽くす粒機波形高速砲も、どんな物質も通さず崩壊させる電子線の楯も。

 しかし、麦野にとってそれは驚異にはなりえなかったはずだった。

 麦野沈利は卓越した身体能力を持っている。
 蹴り一発で数メートル飛ばせる怪力。暗部で培った戦闘技術。急所を狙うことをいとわない精神力。
 並大抵の格闘家程度なら能力など使わなくても容易にねじ伏せることができる。
 普通に殴り合えば麦野が負ける要素は皆無だったということになる。

 そう、『普通』に殴り合えば。

 麦野は上条との戦いで原子崩しというイレギュラーを介入させてしまった。
 純粋な肉弾戦から能力という不純物が混じった戦いへ。
 そこに付け入る隙を与えてしまったということだ。

 結果的に見れば麦野沈利は『油断』していたということになるのだろう。
 自分の超能力(レベル5)を見せびらかすように、使わなくもいいチカラを使ってしまったということなのだから。


麦野「――糞がァ!!」


 その事実に気づいた麦野は歯ぎしりさせながら頭を掻きむしる。
 シャワーを止めたあと、個室のドアを蹴り開けた。
 鍵が掛かっていた上、想定されていない衝撃が走ったためか。ドアはハンマーで殴られたように砕け飛んだ。
 畳まれておいてあったタオルを一枚引っ張るように取り、それで濡れた頭を乱雑に拭く。

 そんな中、置いてあった麦野の手荷物から電子音が鳴った。

 ピピピッ! ピピピッ!

 麦野の携帯端末の着信音だった。
 甲高い音にイラつかせながら麦野は端末を濡れた手のまま取り、画面を見る。


麦野「……チッ」


 『非通知』。
 その三文字だけで誰からの電話か麦野は瞬時に理解した。だから舌打ちをした。
 通話ボタンを押して、携帯端末を耳に当てる。


????『おつかれー! ちょっと電話いいー? まあ良くなくても続けるけどー』

麦野「だったら聞いてくんじゃねえっつーの」


 女の声だった。電話の主は麦野たちが電話の女と呼称する『アイテム』の指令役の女。
 飄々とした喋り方だが、彼女が暗部組織を操っている者だという事実に変わりはない。


681 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:35:06.22 ID:Ud1c3PHRo


電話の女『座標移動(ムーブポイント)捕獲任務の進捗はどうなってる?』

麦野「……残念ながら進捗なしよ」


 麦野はあえてそう言った。
 実際は滝壺にAIM拡散力場を記録させたため、いつでも追うことはできるというところまで進んでいる。
 だが、彼女は既にこの任務を降りるつもりでいるため、余計なことを喋らなかった。
 そう言われて電話の女は『ふふっ』と笑い、


電話の女『そうだよねー。まあでも、せっかくのチャンスを無様に逃して涙目敗走してるなんて、現状維持どころか後退しているって言っても文句言えないけどねー』

麦野「チッ、知ってんなら聞いてくるなよ」

電話の女『こっちからしたら、あんたら四人揃ってて何で失敗してんのよーって感じなんだけど。一体誰がしくじったのかなー? 絹旗? フレンダ? まさか滝壺? ……もしかしてあんたぁ?』

麦野「…………」


 言われて麦野は黙り込む。
 反論したい意思はあるが彼女の言っていることは全部事実だ。
 思いの丈をぶつけたところで、それは感情に流されたガキが喚くのと一緒になってしまう。


電話の女『滝壺は既にヤツのAIM拡散力場を記録してるんでしょ? だったら何で隠れ家でのんびり遊んでるのかなー?』


 要するに彼女が言いたいのは『滝壺を使って早く捕獲任務を再開しろ』。
 電話の女がこちらに連絡を寄越した理由。ただそれを伝えるためだけのことなのだろう。


麦野「滝壺は今ひどく消耗してる。このまま使い続けて完全に潰れたら、これからのアイテムの活動に支障が出るわ。そんなことをしてまで続行するのは割に合わねえだろうが」


 我ながら似合わないセリフを吐いたなと麦野は心の中で思った。
 しかし、そんなセリフを言ったところで無駄だと彼女は理解している。
 滝壺理后はたしかに優秀だ人材だ。けれど、上層部からしたらあくまで彼女は能力者を追跡できる道具としか見ていない。
 ということは、滝壺が使い物にならなくなったところで、すぐに代わりの道具を用意して補充してくるということ。
 使い捨ての消耗品としか彼女を見ていない。
 だから、次に電話の女が吐く言葉は『滝壺を潰してでも座標移動を捕獲しろ』。
 言葉の細かい差異はあろうが同じ意味のセリフを淡々と告げるだろう。
 だが、


電話の女『うーん、たしかにそれは一理あるわねー』

麦野「……は?」


 電話の女は同意した。麦野の甘ったれた言い訳に。
 予想外のことに麦野は目を丸くさせた。


電話の女『もともとあんたらの業務は『不穏分子の抹消』。だからこんな毛色の違う仕事持ってこられても私たち困っちゃうー! ってことよねー』

麦野「あぁ? そうは言ってねえだろうが! 勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ!」

電話の女『素直に認めちゃいなよー? 私たちには到底無理な仕事でした、許してくださいってね?』

麦野「誰がッ……」


 歯噛みしている麦野の姿を勝手に想像しているのか、電話の向こうにいる女はしばらく馬鹿笑いした。
 ひとしきり笑ったあと、女はいつもどおりの口調で、


電話の女『ま、そういうことで今回の仕事はキャンセルってことで。代わりに別の仕事用意してあげといたからー』

麦野「別の仕事だと?」

電話の女『そ。あんたらお得意のくそったれ共を皆殺しにする簡単なお仕事でーす』


―――
――



682 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:37:25.06 ID:Ud1c3PHRo


 とあるホテルの一人部屋。そこには一方通行と土御門元春がいた。
 ベッドに腰掛けている一方通行が目の前に立っている土御門へと喋りかける。


一方通行「土御門。作戦時間っつゥのは何時なンだよ? 俺は一体何時間眠らされるンだ?」

土御門「悪いがそれも答えられないな」

一方通行「たかだか時間を聞いただけで動けるわけねェっつゥのによォ。随分と秘密主義に徹してンじゃねェか」

土御門「この世界では、必要のない情報を無駄に漏らすことは命取りになるってことは常識だぞ? どんな情報が敵にとって有益なものなのかがわからないんだからな」


 そォかよ、と一方通行は適当に相槌を打った。


土御門「さて。では電極をもらおうか、とその前にもう一度だけ確認しておこう」

一方通行「あァ?」

土御門「本当にオレたちのことを信用するんだな? その電極をオレたちが預かってもいいんだな?」


 その言葉に一方通行は不気味な笑みを浮かべながら答える。


一方通行「信用だァ? ンなモンしてるわけねェだろォが。電極を奪われたあとは、無防備な俺へ向かって鉛玉がブチ込まれンだろォな、って思ってるよ」

土御門「ほぉ、やはり情報提供を受けるのをやめる、と?」

一方通行「そォじゃねェよ」


 一方通行は即座に切り捨てた。


一方通行「このまま情報を受けずにアイツを失うのと、電極を奪われたあとオマエらにブッ殺されるのと、俺からしたら同等にクソッタレな結果ってだけだ。だからオマエらの条件に甘ンじてやってるに過ぎねェよ」


 一方通行の言葉に土御門は「ふふっ」と笑いをこぼした。


土御門「お前らしい答えだな。ツンデレのアクセラちゃん?」

一方通行「俺はそンなのじゃねェっつってンだろォが! 殺すぞ!」


 怒号する一方通行。
 そんな彼を土御門は笑って流しながら、


土御門「ま、電極がないときの安全くらいは保証してやる。海原」


 呼ばれた海原が部屋の入り口から入ってくる。いつもどおりの爽やかなニコニコ笑顔で。
 もしかして呼ばれるまでずっと待っていたのか、と一方通行は呆れる。


土御門「これから時間までオレと海原が交代でお前の護衛についてやる。どこかのクソ野郎に命を取られる心配はしなくてもいいし、あとは――」


 言いかけた土御門はふと窓の外のバルコニーへと目を向ける。


土御門「無防備なお前へちょっかいかけようと、外で待機している馬鹿二人からマヌケないたずらをされる心配もしなくてもいいだろう」


 そう言うと突然バルコニーへの入り口のドアが開いた。
 外から二人の少女が入ってくる。
 スーパーデラックスマジックペン(定価二四五円)や猫耳などのコスプレグッズ、一眼レフカメラやレフ板を持った、番外個体と黒夜海鳥が。


683 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:39:02.69 ID:Ud1c3PHRo


番外個体「ありゃりゃー、バレちゃってたかー」

黒夜「誰が馬鹿だ。こんなヤツと一緒にするんじゃねえ」


 少女二人の登場に一方通行は特に反応を示さなかった。
 土御門と同じように彼も彼女たちの存在に気付いていたからだ。
 触れなかったのは単に面倒臭いと思っていたからだろう。


海原「どこからそんなたくさんの物を持ってきたんですか?」

番外個体「こんなこともあろうかと下部組織の連中に買いに行かせてた」

海原「そんなことに人員を割かないください」

番外個体「だってクロにゃんが買いに行ってくれなかったんだもん」

黒夜「誰が行くかッ!」

海原「それはたしかにしょうがないですね。黒夜には困ったものです」

黒夜「殺すぞ海原ァ!」


 コントみたいなやり取りをしている三人。
 それを見て土御門は頭に手を当てながらため息を付く。


土御門「とりあえず番外個体と黒夜はその玩具を持って部屋に戻って待機しておけ。明日は早いんだからな」

番外・黒夜「「はーい(へいへい)」」


 リーダーの言葉に二人はやる気のない返事をしてから部屋を出ていった。
 二人がいなくなったことを確認してから土御門は再開する。


土御門「では電極を預かろう」

一方通行「壊すンじゃねェぞ?」

土御門「ああ。きちんと使える状態で返してやるさ」


 会話を終えると一方通行は首元のチョーカーの金具をいじって取り外した。
 そしてこめかみに貼り付いている線に手をかけ、ゆっくりと引き剥がす。


一方通行「――――」


 ガクン、と一方通行の体が揺れ、ベッドに倒れ込むように横たわった。
 ミサカネットワークからの補助演算デバイスを失い、彼から言語能力・歩行能力・計算能力が奪われたからだ。
 土御門は倒れた少年から電極を取り、


土御門「義務を頂いて保管して申す。不明瞭を理解、発言する物体はあなたを全うしNOW」

一方通行「――――」


 言語処理の能力のない今の一方通行からしたら、「こいつは責任を持って預からせてもらおう。と言っても、今のお前には何を言っているのかはわからないか」というセリフがこういうふうに聞こえる。
 言葉を理解できない一方通行は、面倒なのでこのまま眠りに入ることにした。

 土御門との約束が実行されるならば、次に目覚めるときは結標淡希を救い出すとき。
 そして、全てを終わらせる。一方通行はそう決心し、深い眠りについた。


―――
――



684 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:41:51.08 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 気付いたら天敵に囲まれていた。
 
 散々自分を追い回してきた超能力者(レベル5)第三位、『御坂美琴』。
 精神崩壊するくらいにまで自分を追い詰めた風紀委員(ジャッジメント)、『白井黒子』。
 そして、自分の希望を打ち砕き、圧倒的なチカラを振りかざした最強の超能力者(レベル5)、『一方通行』。
 
 そんな三人に囲まれていた。
 顔がこわばった。
 心臓がバクバクと鳴った。
 全身に鳥肌が立った。
 頭がおかしくなりそうだった。
 
 だから。
 
 逃げた。
 全力で。自分の身のことなど二の次に。目の前の恐怖たちから。一刻も早く離れるために。
 
 気付いたら隠れ家として使っているマンションの空き部屋にたどり着いていた。
 当たり前だが鍵がかかっていた。しかし手持ちに鍵はない。
 緊急時だからと言い聞かせて無理やり開けた。能力を使って。
 
 ドアを開けると、自分にとって信じられない景色が目の中に飛び込んでくる。
 部屋の中の家具は埃に塗れていて、長い間人が出入りした形跡がなかった。
 なんでこんなにボロボロなんだ、と疑問が浮かぶ。
 
 そこで何となくポケットに入っていた携帯端末取り出す。
 自分が持っていたものとは全然違うデザインのものだった。
 ボタンを押して画面を開いてみる。画面に表示されている時刻は二二時前。
 時計に並ぶように表示されている日付を見て絶句した。自分の目を疑う。
 
 その日付は自分が今日だと認識している日付から半年以上経過していたのだ。
 
 頭の中が混乱する。何度も画面を見る。日付がゲシュタルト崩壊する。
 だが、いくら考えても事実は変わらない。
 童話の浦島太郎の気持ちが今なら理解できるような気がした。
 
 携帯端末のボタンを押す。パスコードによるロックがかかっていた。
 四桁の番号を入力することで開くことが出来るシンプルなもの。
 自分がよく使っている数字を。誕生日でも何でも無い四桁の数字を入力してみた。
 
 開いた。
 
 やはり、この見覚えのない携帯端末は自分のものなのだろうか。
 そう思って電話帳を開いてみた。その瞬間、この携帯端末が自分のものではないことを確信する。
 
 電話帳は知らない人名で埋め尽くされていたからだ。
 それどころか自分のよく知っている仲間たちの名前が一つも載っていなかった。
 電話帳を眺めているとある名前を見つける。
 
 『一方通行(アクセラレータ)』。
 
 心臓が止まるかと思った。
 自分の前に立ちふさがった男。自分の身体の芯まで恐怖を植え付けた男。圧倒的なチカラで自分をねじ伏せた男。
 つい数時間前の記憶だ。鮮明に覚えている。
 あのときの記憶を思い出すだけでも、全身から嫌な汗がにじみ出た。携帯端末を持つ手が震える。
 
 これは一体どういう状況なんだ?
 そう思って手持ちの物を確認する。
 財布があった。中を見ると現金やポイントカードの他にある物を見つける。
 学生証。いわゆる学園都市のID。
 自分の顔写真が載っているがその自分は全然知らない学校の制服を着ていた。
 そのIDを読むと今自分は――高等学校の一年七組に所属しているらしい。
 霧ヶ丘女学院の二年生だったはずなのに何で一年生になっているんだ、と疑問に思ったがそれよりも気になる記述があった。
 
 能力名『座標移動(ムーブポイント)』。強度『超能力者(レベル5)』。
 
 
 
685 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:45:28.81 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 超能力者(レベル5)? 自分が? 何で? 次々と疑問符が湧いてくる。
 たしかに一時期、次期レベル5だとか言われて持て囃されていた時期があった。
 その時は自分もそうなんだろう、そうなるのだろうといい気になっていたと思う。
 
 そんな話はある日を堺に聞かなくなった。それは二年前。
 自分自身の身体を密室へ転移させるというカリキュラムを行ったときからだ。
 結果から言うなら、それは失敗した。演算ミスをして自分の足を床に突っ込んでしまうという大事故を起こして。
 その事故がトラウマとなり、自分自身の転移を躊躇うようになり、自由に行えなくなった。
 だから座標移動(ムーブポイント)はこう評価される。出力だけは超能力(レベル5)級の大能力者(レベル4)として。
 
 そこであることを思い出した。つい先程のことだ。
 当時は無我夢中になっていたから気が付かなかったが。
 三人の恐怖から逃げるとき、たしかに自分は使っていた。
 トラウマによってろくに使えなかった自分自身の転移を。それも連続で。
 そんなことを行えば身体に大きな負担がかかり、胃の中にあるものを全て吐き出すなんてことがあってもおかしくなかったはずだ。
 あまりの恐怖にそれさえ気付かなかったのか、と適当に推測した。
 
 確認しなければ、と決意する。
 試しに自分自身の転移を行ってみようと思った。
 部屋の中から外のベランダまで。距離にして五メートルくらいか。
 自分の知っている座標移動なら、この程度の距離でも転移しただけで胃液がこみ上げてくる感覚を覚えるだろう。
 
 ゴクリとつばを飲み込み、身構えて、頭の中で公式を組み立てる。
 そして。
 
 跳ぶ。
 
 一瞬で、自分の体は外のベランダへと立っていた。
 襲ってくるはずの吐き気に備え、身体が強ばる。
 
 ――――しかし、その吐き気は一向に姿を見せなかった。
 
 おかしいと思い、今度はベランダから部屋の中へ、さっき自分がいた位置へと転移する。
 問題なく転移が完了し、部屋の中へと跳んだ。やはり何も起こらない。
 
 トラウマはある。あのときの記憶がなくなったわけじゃない。
 そのときの光景や痛み、恐怖心は今でも覚えている。脳裏にこびり付くように。片時も忘れたことはない。
 なら、なぜ自分自身の転移が容易に行えるようになっているのか。
 わからない。
 けど、一つだけ言えることがある。
 
 自分はトラウマを乗り越えていた。自分の知らないうちに。
 
 そこで思い出すのが、先程見た超能力者(レベル5)という知らないうちにもらった称号。
 おそらく自分の知らないうちに自分はトラウマを克服して、それを勝ち取ったのだろう。
 
 知らないうち。つまり、それは九月一四日から現在に至るまでの空白の期間。
 ここで気付く。
 
 『私は記憶喪失になっている』と。
 
 なぜ自分が記憶喪失になっているのか。さらなる疑問が溢れ出てくる。
 そんなことはいくら考えても答えが出るわけじゃない。だから、今することはそんなことを考えることじゃない。
 とにかく、今自分は何をするべきなのかを考えるべきだ。
 考える。それは真っ先に思いついた。
 それはやるべきことなどという使命めいたものではなく、やりたいことという願望。
 
 ――今まで一緒にやってきた『仲間』たちに会いたい。
 
 彼ら彼女たちが今どこで何をしているのか。
 全く検討は付かない。けど、この隠れ家がまったく使われていないところからして、以前のような活動はしていないのだと推測できる。
 どうやって探す。手がかりのまったくない状況で。
 
 ふと思い出す。自分が超能力者(レベル5)ということを。
 レベル5というものはただチカラが強ければなれるものではない。現に出力だけは強大だった座標移動はレベル4止まりだったのだから。
 そのチカラに研究価値があるかどうか。それもレベル5として必要な条件の一つだ。
 上層部が座標移動に研究価値が見出した。だからレベル5になれた。そう考える。
 
 
 
686 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:48:32.89 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 研究価値を見出したということは、今もなお自分のデータを収集して分析をしている機関が存在しているはずだ。
 そういうところは能力についてだけではなく、その使用者のパーソナルデータも用意周到に集めている。
 つまり、『仲間』たちの消息というパーソナルデータを持っている研究機関がどこかにあるかもしれない。
 
 思いつくのは、過去自分を研究していた研究施設の数々。
 全部で八九箇所。当時の名前や場所、全て明確に覚えていた。
 二年以上前の情報なので、今となっては閉鎖されていたりと状況が変わっているかもしれない。
 しかし、施設が潰れたからと言って研究しようとする意思まで潰れるわけではない。
 施設が新設されたり、潰れようのない大きな施設へ吸収合併されたり。
 必ず、どこかにその意思は生きているはずだ。
 その研究機関たちはレベル5になった自分のことを、今もなお研究し続けているだろう。
 この記憶を使ってヤツらを追えば、もしかしたら仲間たちの情報を見つけ出すことができるかもしれない。
 確証はない。けど、やってみる価値はある。
 
 おそらく、これを実行することによっていろいろなものを敵に回すことになる。
 警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)といった治安組織。そして学園都市上層部が抱えている暗部組織という闇。
 生半可なチカラではあっさりと捻り潰されてしまうだろう。
 しかし、
 
 
 『――私だって座標移動(ムーブポイント)だ。やってやれないことはないわ』。
 
 
 部屋に置いてある棚の引き出しを開く。そこには金属矢が大量に収められていた。
 普段はかさばるからと持ち運ばずに、現地にある物を武器として使用していたため、使わずじまいになっていた物。
 しかし、今はそんなこだわりを持つべきではない。これから自分にどんな困難が立ちふさがるのかわからないのだから。
 それを大雑把につかみ取り、服のポケットに入れる。ふと、棚の上に写真立てが倒れていることに気付く。
 手に取り見てみると、そこには自分と仲間である少年少女たちが写った写真が入っていた。
 自分から見れば最後に会ったのは数時間前とかそんなものだ。しかし、それを見るとなぜだか懐かしさのようなものを感じた。
 
 さて、まずはどこへ向かおうか。部屋の玄関に向かいながら考える。
 ここから近くに大きめの研究施設が建っていたはずだ。携帯端末の地図アプリを起動する。
 もう覚悟は決めた。玄関のドアを開ける。
 
 
 これは結標淡希の二四時間前の記憶。
 このあと彼女は様々な困難を乗り越えて、『仲間』たちの情報を手に入れることができた。
 『仲間』たちの居場所。『仲間』たちの状況。そして、『仲間』たちを救い出す方法。
 
 そして、六時間後。
 
 学園都市のとある場所で。あらゆる者の思惑が交錯する場所で。
 極めて短くて、限りなく長い『一五分間』という時が流れる。


――――――


687 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:50:02.77 ID:Ud1c3PHRo
上条さんの食蜂専用記憶喪失の仕組みあんま理解してないから描写ミスってるかもやけどままえやろ

次回『S8.AM04:00』
688 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:16:32.30 ID:31eSI50lo
あけましておめでとうございます
元旦からSSなんて投下してなにやってんだよこいつ

投下
689 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:17:25.31 ID:31eSI50lo


S8.AM04:00


 明け方の学園都市。まだ日の光が欠片も見えない夜と変わらない空。
 第一〇学区の街中を歩く一人の少女がいた。
 時間が時間のため遅くまで夜遊びをしたあとの帰り道のように見える。
 しかし、その少女の姿はとてもそんなことをするようには見えなかった。

 長い茶髪のストレートヘアだが一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、着ている制服はスカートの長さが膝下までで、服装検査を受けても百人が百人合格と言うくらいきっちり着こなしていた。
 一言で言うなら地味だけど真面目そうな少女。とても夜遊びなどするようには見えない。

 そんな少女はまっすぐ目を据えたまま淡々と歩道を歩いていく。
 ある地点にたどり着くと方向転換し、ある建物のある方へと目を向ける。
 それは大きな壁に囲まれている建物だった。一五メートルくらいの高さがあるため中の様子を伺うことが出来ない。
 だが、少女はまるで何かが見えているのかのように、目を逸らさずそれを見つめていた。
 少女は呟くように、


??「…………、始まるんですね……」


 突然、少女の体にノイズのようなものが走る。
 まるで電波状況の悪いテレビに映った登場人物のような。
 彼女の輪郭が歪み、波打ち、変色し。

 最終的には少女の姿は無になり、そこには誰もいなくなった。


―――
――



690 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:18:38.80 ID:31eSI50lo


 結標淡希はビルの屋上に立ち、ある建物を眺めていた。
 それは第一〇学区にある学園都市唯一の少年院。


結標「あそこに……みんなが……」


 結標淡希のかつての仲間たちの居場所。この少年院の遥か地下にある反逆者用の独房の中。
 『残骸(レムナント)』を強奪するという学園都市に対する謀反の罪により、無期限で監禁されている。
 それが九月中旬の出来事だから、あれから半年以上の時間が経っていた。
 つまり、彼女の仲間たちはそれだけの長い時間あの中で過ごしたことになる。

 だからこそ早く助けねば、と結標は建物の様子をうかがう。
 周りは一五メートルの壁に囲まれており、その上から覆いかぶさるようにたくさんのワイヤーのようなものが張り巡らされている。
 結標はあれが何かを知っていた。


結標「……『AIMジャマー』、か」


 『AIMジャマー』。
 そのワイヤーから特殊な電磁波のようなものを流すことで、能力者のAIM拡散力場を乱反射させて、自分で自分の能力に干渉させるように仕向ける装置。
 能力者は能力の照準を狂わせられ、下手に使うと自滅しかねない危険な状態に陥ってしまう。
 例えば彼女があの場で能力を使った場合、物がどこに飛んでいくかわからないし、何が飛んでいくのかもわからなくなる。
 つまり、実質能力者はチカラを封じられるに等しい状況となるということだ。

 少年院の建物から距離的には二〇〇メートルくらいはあるビルの上、そんな位置でもその影響が出ている感覚があった。
 能力が使えなくなるというほどではないが、ずっとその場にいたらどうにかなってしまいそうな違和感が。
 そんな感覚を味わいながら結標は携帯端末を開き、時間を見る。

 『03:59』。

 結標はその時刻をずっと見つめる。
 まるで何かが来るのを待つように。
 十数秒後、時が動く。

 『04:00』。


 瞬間、


 結標「……情報通りね」


 少年院から発せられていた嫌な感じが途切れた。まるで電源が切られたストーブの熱気のように。


691 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:20:37.61 ID:31eSI50lo


 結標淡希は二つの情報を手に入れていた。
 一つはかつての『仲間』たちの居場所。それを知ることができたから今ここに立っている。
 そしてもう一つは、少年院のセキュリティーについての情報だ。
 本日、午前四時にAIMジャマーをメンテナンスするために、一五分間だけ一斉に停止させるというもの。
 つまり、少年院内で使用がほぼ不可能だったチカラが満足に発揮ができるということ。
 とは言っても、受刑者たちは何かしらの能力の使用を妨害する措置を施されているため、このタイミングで能力を使って脱獄などとはできないわけだが。
 だがそれは、外から侵入する結標にとっては関係ないことだ。ただの侵入するチャンスでしかない。

 少年院側も馬鹿ではない。こういう状況になったら、外から仲間を救出しようとする輩から攻撃を受けることを想定していないわけがない。
 いつもより多めの人数の警備兵が配置されており、装備も暴徒鎮圧用の銃火器はもちろん、駆動鎧を着た者も複数配置されているという堅牢な布陣となっている。

 シュン。空気を切るような音と共に結標淡希の姿が消えた。
 彼女は一体どこに行ったのか。


結標「……よし、無事侵入成功、と」


 結標は少年院の敷地内に侵入していた。
 監視カメラやセンサー、監視している警備兵の死角となる僅かな隙間に。
 彼女はメンテナンスの情報と一緒に内部図面とそのセキュリティー情報も得ていた。
 それを全て頭の中に叩き込んでいる。今の結標なら少年院の図面にその情報を正確に書き込めるだろう。

 結標は周辺の状況を確認しつつ小刻みに短距離テレポートを繰り返し、警備の穴をつく。
 穴と言っても本当に僅かな隙間だ。針に糸を通すような精密な計算や動作を求められる。
 それに彼女が把握しているのはあくまで書面上のセキュリティ。
 実際の現場がそれ通りに動いているとは限らない。
 だから、


警備兵A「――ッ!? 何者だ!?」

結標「くっ」


 結標は警備で廊下を歩いていた警備兵の目の前にテレポートしてしまった。
 武装した男だ。軍用のヘルメットやチョッキを着込んでおり、脱獄犯制圧用の機関銃を手にしている。
 この場所は監視カメラ等の機械的なセキュリティは避けられる場所だった。
 そんな場所に警備の人間が配備されていないわけがない。
 そのためこのようなバッタリ鉢合わせが起こってしまう。

 しかし、結標は冷静だった。
 即座に警備兵の後ろにテレポートする。
 標的を見失った警備兵が辺りを見回す。すると、警備兵が被っていたヘルメットが消え、生身の頭部が露出した。
 結標によるテレポート。警備兵の頭部の防御力が一気にゼロとなる。
 男が彼女が後ろにいることに気付き、後ろへ向くより早く、結標は軍用懐中電灯で後頭部を強打した。

 後頭部へ一撃をもらった男は、意識が消え床に倒れる。
 脅威の排除を確認した結標は、周辺を警戒しつつ先へと進む。
 目的地は地下にある反逆者用の独房。
 残された時間は多くはない。一刻も早くたどり着かなければ。
 このチャンスを逃せば、次の機会など未来永劫来ないに等しいのだから。


―――
――



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