結標「私は結標淡希。記憶喪失です」

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792 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:10:35.67 ID:PU+Tw3fzo


数多「正解だ。さすがは超能力者(レベル5)のガキなだけある。こんな子ども騙しくらいじゃ秒で解いちまうか」

美琴「メールに書かれていたのは座標だったわ。ここ第一〇学区のある場所を指したね。そこに行ったら打ち止めをさらったロボットを制御していた男がいた」


 美琴は数多たちの後方にある、廃墟と化した倉庫を見た。
 あちこちから煙が上がっている。ついさっき壊されたのが明らかにわかる光景だった。
 そして、視線を木原数多の背中にいる打ち止めへと移す。
 美琴は目の端を吊り上げた。


美琴「まんまと私を利用しやがったってことね?」

数多「思い上がってんじゃねえぞクソガキ。テメェがいなかったとしても、結果は変わらねえよ」

美琴「だったら、何で私にこんなメールを送ってきたのよ!」

数多「このガキを無様に奪われたことでテメェが溜め込んだ、ストレスを発散させられる場所を提供してやっただけだよ」

美琴「ぐっ」

円周「とか言ってるけど、ほんとは美琴ちゃんを助けてあげようとしてただけなんだよねー。いやーツンデレツン――」


 ゴッ、と円周の頭頂部に拳が振り下ろされた。数多が黙らせるために放った鉄拳。
 脳みそに直接突き刺さったような痛みを感じながら、円周は唸り声を漏らしながら頭を抑えてしゃがみこんだ。


数多「そういうわけだ。子守しようと思ってんならもう少し大人にならねえとなぁ?」

美琴「……たしかにアンタの言う通りよ。私は甘かった。もう少しちゃんと守れると思ってた。でも、現実はそうじゃなかった」


 うつむきながら美琴は吐き出すように言葉を連ねた。
 そして、何かを決心したように顔を上げて、


美琴「だから、今度は絶対に失敗しない! そのためにもっと強くなる! 誰だって守れるように、誰だって助け出すことが出来るように!」

数多「そうかよ」


 数多は適当に返事をした。心底興味のなさそうな様子だった。
 そんな彼を美琴は睨みながら、


美琴「ところでアンタはその子をどうするつもりなのかしら?」


 バチッ、と美琴の体表面に電気が走った。


美琴「見たところ科学者、って感じだけど。もし、打ち止めを何かの研究材料として使おうって言うつもりなら――」

数多「しねーよ。そんな面倒臭せぇこと」


 美琴が何かを言い切る前に数多は否定した。
 そう言った数多はゆっくりと歩き出した。立ちはだかっている美琴のいる方向へと。


793 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:11:30.42 ID:PU+Tw3fzo


美琴「なっ、なによやる気ッ!?」

数多「たしかにこのガキの利用価値は高けェよ。多種多様の方面へと影響力がある。コイツを利用した実験の企画書を集めただけで、マンションの一フロアが埋まっちまうほどにな」


 美琴の前へとたどり着く。二人の視線が交差する。
 数多はまるで虫でも眺めているような目で少女を見下ろしながら、


数多「けど、利用価値がある存在だからって、それが俺にとってメリットがあるものとは限らねえわけだ。そんなモンにわざわざ割いてやる時間なんてないってことよ。わかるかなーん?」

美琴「じゃあ、なんでアンタはその子を助けたのよ?」

数多「決まってんだろ」


 数多は背負っている打ち止めの体を一度降ろし、背中と膝の裏を支えるように横向きで持ち上げて、美琴の前に差し出すように持っていき、


数多「くだらねえ仕事だよ」


 面倒臭そうに数多はそう答えた。
 差し出されたため、美琴は自然な流れで打ち止めを受け取ってしまう。
 その様子を美琴は唖然とした様子で眺めていた。


数多「おい円周! 行くぞ!」


 打ち止めを引き渡したことを確認した数多は帰路に付くため歩き出す。
 はあい、と円周は気の抜けそうな返事をして小走りで付いていく。

 小さくなっていく二人の背中を見て、美琴は反射的に呼び掛ける。


美琴「――アンタたちは一体、何者なのよ!?」


 木原数多は足を止めた。
 首だけを後ろへ向けて、答える。




数多「『従犬部隊(オビディエンスドッグ)』。ただのなんでも屋さんだ」




――――――


794 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:12:22.87 ID:PU+Tw3fzo
いよいよ次回で蛇足編最終回
蛇足のくせにいつまでグダグダやってんねんって話やで

次回『S11.未知の世界へ』
795 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:26:56.34 ID:7SptLiMdo
うおお最終回だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ1!!!!!!!!!!!!

投下
796 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:27:36.83 ID:7SptLiMdo


S11.未知の世界へ


 一方通行はゆっくりと目を開ける。去年の秋頃に嫌というほど見た天井がそこにあった。
 
 
一方通行(……病院だァ?)


 彼は今、とある病院内にある病室のベッドの上にいた。
 入院着に着替えさせられていることから、現在入院中なのだろう。
 辺りを見回すと、他にはベッドがない。個室だ。
 こんなクソ野郎と同室になりたいなどという奇特なヤツは居ないから当然か、と一方通行は鼻で笑った。
 
 窓の外を見る。太陽の位置からして昼過ぎといったところか。
 いつもならこのまま昼寝を続行しようと思うような時間帯だが、そんな気分には到底なれなかった。
 なぜなら、自分が今どういう状況に置かれているのか、まったく理解できていないからだ。
 
 ガララ、と病室の引き戸を開く音が聞こえた。誰かが入ってきたようだ。
 一方通行は寝転んだまま視線を入り口の方へ動かした。


土御門「よぉーす、アクセラちゃーん。元気ー?」

一方通行「……土御門か」


 クラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある土御門がニヤニヤしながら歩いてくる。


土御門「ほい、これお見舞い。なに買えば喜ぶのかわからんかったから、適当に缶コーヒー買ってきたぜよ」


 そう言ってベッドの横に置いてあるテーブルへ、大量の缶コーヒーが入ったビニール袋を乱雑に置いた。


一方通行「チッ、ンなモンどォでもイイ」


 吐き捨てるように言って、一方通行は上半身を起こした。
 そして、目の前の少年に問いかける。
 

一方通行「教えろ。わかっていること全部。今どォいう状況だ? 一体どォなってンだ?」

土御門「…………」


 先程まで呑気で飄々としていた土御門の表情が変わった。冷静な暗部の土御門へと。
 病室に置いてあった丸椅子に座り、ゆっくりと口を開ける。


土御門「……さて、何から話そうか」

一方通行「今はいつだ?」


 間髪入れずに聞いた。
 
 
土御門「四月六日の午後三時過ぎだ。あの件から半日近い時間が経過しているということになるな」

一方通行「半日、か……」


 いつもの自分なら平常時の睡眠時間だな、と笑って流すところだが今は違う。
 結標淡希を取り戻すために少年院へ侵入してから一一時間強経過しているのだ。
 つまり、それだけの時間、現場を放棄していたということになる。
 だから、一方通行はすぐにそれを聞く。


797 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:13.39 ID:7SptLiMdo


一方通行「結標はどォなったンだ? アイツは助かったのか?」


 白い少年の真っ赤な瞳が土御門を見つめる。
 それに対して土御門は、
 
 
土御門「結標は無事だ。オレたちグループが保護した。今のお前と同じくここへ入院しているよ」


 ニヤリと笑ってそう答えた。
 

一方通行「そォか」


 一方通行は呟き、視線を下へと落とした。
 ひとまず彼女の安全が確認できたことで、安堵しているのか軽く息を吐いた。
 しかし、彼の表情の中には疑問のような色が残る。
 その疑問を察したように土御門が、
 

土御門「あのとき、お前の意識がない間に何があったのか……聞きたいか?」

一方通行「…………」


 土御門が言うように、たしかに一方通行はあの現場での記憶が途中から消えていた。
 気付いたら病院で寝ていたとか、そんな感じだ。


一方通行「……そォだな。ま、どォせ聞いたところで、ロクな答えなンざ返ってこねェだろォがな」
 

 馬鹿にしたように口角を上げる。
 どうせ敵にぶん殴られて無様に気絶したとか、そんな答えが返ってくるのだろう。
 しかし、土御門から返ってくる言葉をそうではなかった。


土御門「お前は能力を暴走させていた。自分の意識を飛ばしてまでな」

一方通行「暴走?」

土御門「ああ。背中から黒い翼が出現して、目に見えない何かのチカラを操って佐久を殺そうとしていた」

一方通行「黒い翼だァ? ハッ、くっだらねェ。どっかのメルヘン馬鹿じゃねェンだからよォ。そンなモンが俺から出てくるわけねェだろォが」


 一方通行は鼻で笑った。
 彼の能力はあくまでベクトル操作。力の向きを変えるだけのチカラ。
 そんな黒い翼などというファンタジーのようなものを生やしたり、念動力の真似事のようなことなどできやしない。
 適当なことを言ってからかっているのだろう、と一方通行は信じなかった。
 しかし、


土御門「…………」


 土御門は至って真面目な顔をしていた。サングラスの奥の瞳がこちらを見据えている。
 冗談を言っているような雰囲気が、欠片も見られない。
 
 
一方通行「……チッ、俺も随分と化け物らしくなってきたじゃねェかよ」


 一方通行は舌打ちした。本当にくだらないモノを見たときのように。
 これ以上、この話を広げても無駄だろう。そう思った一方通行は話題を変える。


798 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:53.64 ID:7SptLiMdo


一方通行「で、俺と結標はこれからどォなるンだ?」

土御門「どう、とは?」


 土御門が首をかしげる。
 

一方通行「俺もアイツも裏の世界にドップリと浸かっちまった。俺は『グループ』っつゥ暗部組織に協力し破壊工作をした。結標は研究施設や少年院を襲撃した犯罪者だ」

一方通行「そンなクソッタレどもが、これから真っ当な生活が送れるだなンて到底思えねェ」


 どちらも重い罪だ。通報されれば警備員(アンチスキル)等の治安維持組織が拘束しようと飛んで来るだろう。
 そうなれば、少年院に長い期間放り込まれてもおかしくはない。
 
 
土御門「ま、そこんところは心配しなくてもいいぜよ」


 そんな重苦しい質問に、土御門は軽い感じで答えた。
 一方通行が目を細める。


一方通行「どォいうことだ?」

土御門「お前ら二人とも、無罪放免。表の世界へ逆戻り、ってわけだ。よかったな」

一方通行「……オイオイ、ナニ寝言抜かしてンだテメェは?」

土御門「まだまだ寝るには早すぎる時間だぜい」


 何を言っているんだコイツは、と一方通行は彼が言ったことに対して理解が追い付かなかった。
 アレだけのことをしてきた人間が無罪? ありえない。許されるわけがない。
 そんなことを考えている少年に気にすることなく、土御門は話を続ける。
 

土御門「まずは今回起きた一連の事件についてだが、『ブロック』が主犯格ってことになって話が落ち着いているようだ」

一方通行「主犯格? 襲撃自体を行ったのは結標だろォが」

土御門「そもそもブロックが動かなければこんな事件が起きなかっただろう?」

一方通行「たしかにそォかもしれねェが、そンなモン傍から見れば関係ねェ話だろォが。例えば、脅されたから人を殺した殺人犯は罪を負わねェのか?」


 結標淡希に至っては脅されたわけではない。
 外的要因で記憶を蘇らせられたとはいえ、そこから先は自分の意志で動き、今回の事件を起こしている。
 情状酌量の余地など存在しないはずだ。
 
 
土御門「……たしかにお前の言う通りだ」


 土御門は賛同するように返した。
 だが、と続ける。
 

土御門「それはあくまで表の世界の常識だろう? 裏は違う。表の常識なんて通用しない。それはオレたちにとってマイナスの要因でもプラスの要因でも、な?」

一方通行「言っている意味がまるでわからねェぞ? 俺たちが無罪になっている理由を説明しやがれ!」

土御門「わかったわかった。順を追って説明するつもりだから、そう急かすな」


 今でも飛びかかっていきそうな一方通行を手で制しながら、土御門は説明を続行する。


799 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:29:53.71 ID:7SptLiMdo


土御門「ブロックは結標淡希を使い、『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』を実行することにより学園都市上層部を潰そうとした。それを知ったお偉い様方は現在進行系で大騒ぎしているところだ」

一方通行「どォして今さらそンなことで騒ぐンだ? 学園都市にはヤバい技術で作られたような兵器が山程あるだろォが。今さら誰でもボタン一つで長距離テレポート使えますよ、っつゥ装置が出来たところで兵器が一種類増えたとしかならねェンじゃねェのか?」

土御門「その誰でも使えるって点が問題なんだ。地球上のどこにでも核爆弾を転移させることが容易にできる装置だからな。そんなものを敵対勢力に奪われてでもみろ、逆にこちらが大きな被害を被ることになる」

一方通行「ハッ、なるほどねェ。核シェルターの中に身を隠そうが、地球の裏側に逃げようが無駄。上のカスどもはそンな逃げ場のねェ状況を想像しちまってブルっちまったっつゥところかァ?」


 ニヤニヤと口の端を裂かせる一方通行を見て、土御門も口角を釣り上げる。
 
 
土御門「そういうわけで、だったら最初からそんなもの作らなければいいだろ、ってことでこの計画自体が完全に凍結された。それに伴い、結標淡希捕獲命令も取り下げられた。元々この計画のために結標を狙っていたらしいからな」

土御門「そして今頃楽しく犯人探しをしていることだろう。こんな計画を承認をした統括理事会のメンバーは一体誰なんだ、ってな。汚らしい人狼ゲームだよ」


 土御門は吐き捨てるようにそう言った。


一方通行「……あン?」


 一方通行が何かに気付いたように眉をひそめる。
 
 
一方通行「上のクソ野郎どもが馬鹿みてェにハシャイでンのはわかったが、結局俺らはどォして無罪になったンだ?」

土御門「そうだったな。それに関してはさっきの話に付随する形になる」

一方通行「付随?」

土御門「ああ。さっき計画が凍結されたと言っただろ? あれは実は間違いで、正確に言うなら計画を隠滅させようとしている、と言った方が正しい」


 ハァ? と一方通行は疑念の声を漏らす。
 
 
一方通行「一体、上のヤツラはナニがやりてェンだ? 今さらそンなモンをもみ消したところで何のメリットがあるってンだ」

土御門「メリットならあるさ。お前は覚えているか? ブロックがどうやって例の計画を実行に移そうとしたのかを」

一方通行「外部のアンチ学園都市の組織と連携してだろ? それがどォか……いや、待てよ」


 一方通行が頭に手を当てながら考え込む。
 学園都市と外部との技術力の開きは数十年と言われている。
 そんな技術力が圧倒的に劣っている外部組織に、ブロックは連携を持ちかけて計画を実行しようとした。
 つまり、
 

一方通行「外の技術でも実現可能な計画、っつゥことか?」

土御門「そういうことだ。素体となる結標淡希さえ居ればあとはどうとでもなるような計画。そんなものをいつまでも残しておくわけにはいかないだろ?」

一方通行「それで計画自体をなかったことにして、外部への情報流出する可能性を完全にゼロにしよォってか」

土御門「そう。だから、様々な暗部組織が今その情報の処分に駆り出されているところだ。と言っても、扱うモノがモノだからオレたちクラスのトップシークレットのヤツらだけだがな」

一方通行「それが撤回した結標の捕獲命令の代わりってことかよ。相変わらずクソみてェな雑用ばっかで楽しそォだねェオマエら」

土御門「なんなら一緒にやるかにゃー?」


 「死ねよクソ野郎」と呆れたような表情で一方通行は言った。
  

800 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:30:36.30 ID:7SptLiMdo


土御門「ま、そういうわけだから、ブロックの野望を打ち砕いて計画の流出を未然に防いだ、オレたち『グループ』へ莫大な報酬が入ったわけだ。報酬という形を取ってはいるが要するに口止め料だな。計画を口外するなっていう」

土御門「さらに言うなら、おそらくこの計画は結標を追っていた他の暗部組織も掴んでいたはずだ。連中も同様にそれなりの口止め料はもらっているだろうよ」


 たしかにそうだな、と一方通行は思った。
 自分程度でも入手できた情報だ。他の暗部組織の者たちが持っていないわけがないだろう。
 そんなことを考えている一方通行を見ながら、土御門が続ける。
 
 
土御門「それはもちろん、お前たちも一緒だ」

一方通行「俺たち? 俺と結標のことか?」

土御門「そうだ。お前たちもあの計画についていろいろと掴んでいた。だから、お前たちの持っている情報も処分の対象になっている」

一方通行「情報を持っている俺たちが抹消リストに載っているっつゥことかァ? ソイツは愉快で笑える展開だな」

土御門「逆だよ」


 土御門は小さく笑う。
 
 
土御門「このことは一切口外しないかつ、持っている情報を全て献上する。その条件を飲むことでお前たちにも口止め料が支払われる」

一方通行「……そォいうことか」


 一方通行は理解した。
 彼の言いたいことが。自分の質問に対する答えが。


一方通行「その口止め料っつゥのが、俺たちが行ったあらゆる悪行の免責、ってことか」

土御門「御名答。お前たちの持っていたデータは全てこちらで引き払っておいた。お前たちは自由の身だよ」


 自由の身。そう言われても一方通行は特に実感が湧くことはなかった。
 むしろ、彼の性格からしたら、逆に疑念のようなものが湧いてくる。
 だから一方通行は目の前の少年を睨みながら、
 
 
一方通行「ンなクソ甘めェ言葉ァ吐かれて、ハイハイと信じられるわけねェだろォが」

土御門「…………」

一方通行「俺は知っている。暗部がそンな簡単なモンじゃねェっつゥことをな。あの計画をなかったことにしてェっつゥのはわかるが、それだけで俺たちを手放すことなンざするわけがねェ」


 食って掛かるように前のめりになり、
 
 
一方通行「例えば、俺の場合は妹達を。結標の場合は少年院に収監されている仲間たちを。ソイツらを人質にして俺らを手中に収めるなンてこと、ヤツらは平然とやってきてもおかしくはねェ」

一方通行「さらに言うなら、結標はその計画になくてはならない重要人物だ。計画のことを知ろうが知らまいがアイツがいなきゃ話にならねェくらいのな」

一方通行「そんなヤツを野放しにしておくなンて選択肢を、あのクソ野郎どもが取るはずがねェンだよ」


 土御門はため息を付く。
  

土御門「ああ、たしかにお前の言う通りだ。現にお前らから人質を取って管理下に置こうとしている強硬派もいた。それは紛れもない事実だ」

一方通行「当たり前だ。それが学園都市のクソッタレな闇っつゥモンだからな」

土御門「だが、それはある人物がその者たちへ圧力を掛けたことにより抑えられている、って話だ」

一方通行「誰だソイツは?」

土御門「統括理事会の中の一人、貝積継敏だ」

一方通行「貝積だと……?」


801 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:31:36.50 ID:7SptLiMdo


 その名前を聞いた彼の頭の中に真っ先に浮かんだのは、統括理事会の一員である老人の顔ではなく、一人の女の顔だった。
 一方通行は口の端を歪める。
 

一方通行「チッ、そォいうことか。あのクソ女め、余計なことしやがって」

土御門「ちなみにそのクソ女さんから伝言を預かっているぜい」

一方通行「伝言だと?」


 土御門がごほん、と咳払いをする。
 

土御門「『卒業式前日のときの借りは返したけど。これでもう貸し借りなしってことだから、次何かやりやがったらもう知らんけど』だとさ」

一方通行「……馬鹿かコイツ。あンなくだらねェ進路相談のお返しで、統括理事会の一人を動かしてンじゃねェよ」


 一方通行は全身の力を抜いてベッドに倒れ込んだ。
 まるで気が抜けたように、不貞腐れたように寝転ぶ。
 

土御門「じゃ、オレはそろそろ行くとするよ。せいぜい、ゆっくり休むことだな」


 そう言いながら土御門は病室を出ていった。


一方通行「……チッ」


 ドアが閉まり、少年が出ていったあと、一方通行は忌々しそうに舌打ちをした。
 彼との話をしている中で、あることに気が付いてしまったからだ。
 結局、自分は彼女との、結標淡希との『約束』を果たせていないのではないか。
 
 土御門の話を全て鵜呑みにすれば、結標淡希は闇の世界から救い出されたことになる。
 それは一方通行にとっての目的でもあるため、願ったり叶ったりのことだ。
 しかし、それは一方通行の功績ではない。土御門を始めとした『グループ』や、統括理事会の一人を裏から動かすことができる女が与えてくれたモノ。
 一方通行は学園都市最強のチカラを持っている。だが、それだけだ。
 所詮は一介の学生である彼には、何も変えることはできなかった。
 
 胸にズキリと痛みを感じた。
 
 
一方通行「…………、いつまでも、泣き言は言ってられねェか」


 呟き、起き上がった一方通行はベッドから足を降ろし、棚に置いてあった機械的な杖を手に取る。
 それを使ってゆっくりとベッドから降り、立ち上がり、部屋の外へと向かって歩き出した。
 
 
―――
――



802 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:10.62 ID:7SptLiMdo


美琴「――ほんとアンタって馬鹿よね。せっかく黒子たちが協力してくれてたってのに、最終的には一人で突っ走ってそんな大怪我負ってるわけだし」

上条「……悪い」


 上条当麻は病室のベッドの上に居た。
 彼もまた、気付いたら病院に搬送されていて、目が覚めたら昔よく見た懐かしい天井を目の当たりにしたという感じだった。
 カエル顔の医者いわく全治一週間の怪我らしい。結構な大怪我を負っていたような気がするが、その程度で済んでいるのはお医者様様だということだろう。
 入院代も馬鹿にならないし、明後日からは新学期だということなので、なんとか明日には退院できるようにしてもらえないか、と説得でもしようかと思っていたところに美琴が来たのだった。
  
 美琴が呆れたように続ける。


美琴「しかも、結局結標のヤツを助け出したのは一方通行って話だし、アンタは一体何やってたのよ?」

上条「何をやってた、か……」


 上条は当時のことを思い出していた。
 
 結標を傷付けようとしている、第四位を名乗る女と対峙したこと。
 結標を説得しようとしてが、拒絶されてしまったこと。
 結標を追って、少年院へ潜入したこと。
 結標たちを守るために、第二位のチカラを振りかざす男を止めようとしたこと。
 
 別に誰かに頼まれたことじゃない。自分がやるべきことだというわけでもない。
 誰かが言った。自分がやりたいと思えたことが自分の『役割』なのだと。
 だから上条は、微笑みながらこう答える。
  

上条「そうだな。俺は俺のやりたいことをやってただけだ」

美琴「……はあ? なによそれ?」


 曖昧な答えを聞いた美琴が眉をひそめた。
 

 ドタドタバタバタ。


 忙しなく走っているような足音が病室の外の廊下から聞こえてきた。
 その足音は次第に大きくなってきていることから、この部屋へと近づいてきているということだろう。
 不機嫌そうな視線をこちらへ送り続けている美琴から目を逸らすように、上条は病室のドアへと目を向けた。  


 ドタバタ、ガチャ。ドアが開かれた。


禁書「とうま!!」


 同居人である純白のシスターさんが姿を現した。


上条「インデックス!? ……あっ」


 上条は何かを思い出したような声を上げた。
 それは決して忘れてはいけないようなことだったらしく、サーッと少年の表情が青ざめていく。


803 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:53.41 ID:7SptLiMdo


禁書「とうま? 今の今まで一体どこ行ってたのかな? お昼ごはんの材料を買いに行くって言ったっきり全然戻ってこないし」


 その帰り道で結標と接触してから、今の今までいろいろあったため、上条は完全にそのことを忘れていた。
 だから、あの大量に買い込んだ食料は今どこにあるのかなどという記憶は、頭の片隅にも存在しない。


上条「あのー、インデックスさん?」


 存在を忘れられていた挙げ句に、ご飯という彼女にとっての生きがいとも言えるイベントをすっぽかされていたインデックスはさぞお怒りだろう。
 少しでも怒りを緩和させるための言い訳を考えるために頭を思考させる。
 しかし、その思考は即座に中断された。



禁書「おやつの時間になっても戻らなくて、晩ごはんの時間になっても戻ってこなくて、次の日の朝ごはんの時間になっても帰ってこなくて、またまたお昼ごはんの時間になってもとうまはいなくて――」



 言葉を連ねる彼女の顔には怒りなどというものは見えなかった。
 どちらかといえば不安だとかそういった表情だ。



禁書「私、ほんっとに心配したんだよ!!」

 

 涙を滲ませた碧眼が、上条当麻をじっと見つめていた。


上条「……ごめん。インデックス」


 だから上条は、何の飾り気のないその一言で謝った。
 そんな二人の間に立っていた美琴がため息をつき、インデックスの方へと向いて、


美琴「一応言ってはおくけど、ここ病院だからあんまり大声上げないほうがいいわよ?」

禁書「あれ? みこと? 何でこんなところに?」

美琴「今気付いたのか……」


 美琴は目をパチクリとさせている少女を見て、げんなりした。


禁書「もしかしてみこともとうまのお見舞い?」

美琴「ま、まあ、そんなとこよ」

禁書「ふーん」


 ふと、インデックスの視線がテーブルの上へと向いた。
 そこにあるのは、美琴がお見舞いの品として持ってきたデパートかどこかで買ってきた缶入りのお菓子。
 それを見たインデックスはピクリと反応する。


804 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:33:34.17 ID:7SptLiMdo


禁書「もしかしてとうま、私がひもじい思いをしている中、とうまだけこんな高そうで美味しそうなものを食べていたのかな?」


 先程の不安を抑えきれなくなったような目から一変し、疑念を浮かべるような物言いたげな目をする。
 あっ、これはまずい。そう思った上条は弁解するように。


上条「いや、違う! これは御坂が持ってきたお見舞いの菓子だ! まだ一口たりとも口にしてねえ!」


 上条はこの二四時間以内に食べたものを片っ端から思い出しながら、


上条「それに、今日食ったのは病院食とかいう、栄養バランスだけで男子高校生の味覚に合わせられてない料理だけだし、昨日だってどっかのホテルのルームサービスで頼んだ一杯五〇〇〇円もするボッタクリ牛丼しか食ってねえよ!」

美琴「それってもしかして、第七学区にあるホテルが出してる高級和牛乗せてる牛丼じゃない?」


 思わぬところからの援護射撃がこちらへ飛んできた。


上条「えっ、マジでか? あんま美味しくなかったぞ?」

美琴「……ああ、味覚が合ってなかったのね」


 残念なものを見るような目で美琴はそう言った。
 まさかあの牛丼がそんな高級料理だとは思わなかった、とか、もっとちゃんと味わって食えばよかった、とかいろいろ思いたかったがそんな暇はない。
 なぜなら、目の前にいる純白シスターさんも美琴の話を一緒に聞いているのだから。


禁書「へー。私がこもえやあいさやまいかやいつわに普通のご飯を食べさせてもらっている間、とうまは美味しい牛肉が乗ったごはんを食べていたんだね」

上条「だからそんなには美味しくはなかったって! つーか、テメェさっきひもじいとか言ってたよな!? なにさらっと昼晩朝昼全部ごちそうになってんだ! ぜってえそっちの料理のほうが一〇〇倍うめえよ俺が食ったヤツより!」


 上条の怒涛のツッコミが病室へ響き渡った。
 先程名前の上がった救いの女神様たちにはあとで死ぬほどお礼言わなきゃいけねえなコンチクショー、とか思っている上条のことなど気にせず、インデックスは犬歯を光らせる。
 

禁書「とりあえず、一回とうまにはお仕置きをしておいたほうがいいかも」

上条「テメェさっきのお涙頂戴的な感動の再会シーンのときの感じはどこいった!? お菓子が入った缶切れ一つと、たった一杯のぼったくり牛丼でこんなに態度が変わんのかよ!?」

禁書「それとこれとは話が別かも」


 そう言ってインデックスはじりじりと距離を詰めてくる。


上条「ちょ、ちょっと待てインデックス! 御坂がさっき騒ぐなって言ってただろ?」

禁書「大丈夫。私は一言たりとも声は出さないんだよ」

上条「そりゃそうだ、お前は噛み付いてんだからな!」

美琴「じゃ、そろそろ私は行くわね」


 見捨てるかのように美琴がドアに向かって歩を進めていた。
 

上条「待て御坂! 助けてくれ! このままじゃインデックスに頭蓋骨粉砕されて集中治療室送りにされちまうッ!」

美琴「ま、私じゃどうしようもないからせいぜい頑張りなさい? あっ、そうだ」


 美琴が面白いことを思い出したかのようにニヤリと笑う。


美琴「たぶん、このあとこわーい顔した風紀委員(ジャッジメント)の二人が来ると思うから、楽しみにしときなさい♪」

上条「げっ、マジ?」


 だらりと嫌な汗が流れる。
 明日退院できる可能性のパーセンテージが急速にゼロへ向かって急降下していくのがわかった。


805 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:03.11 ID:7SptLiMdo


美琴「ほいじゃ、またねー……ん?」


 病室を後にしようとした美琴の視界にあるモノが映る。
 それは部屋に備え付けられている棚に置かれているいろいろな種類のフルーツが入ったバスケットだった。
 見るからにお見舞いの品だ。


美琴(私たち以外にも誰かがお見舞いに来てたのね)

 
 もちろんこれは美琴のモノでもないし、インデックスが手ぶらでここに来たのは知っているから彼女のモノでもない。
 つまり、ここにいる二人以外の誰か。


美琴(……一体誰が?)


 ふと、美琴の鼻が甘い香りを感じ取った。おそらくあのフルーツ盛りから香ってきたのだろう。
 だがその香りはフルーツのようなモノとは違うように思える。なぜなら、この香りがフルーツ類以外の何かということを知っているからだ。


美琴(蜂蜜の香り? どうしてフルーツ盛りからそんな香りが?)


 見たところあのフルーツ盛りの中にはそういうモノが入っている様子はない。
 ましてや、そういう系統の香りを発する果物など聞いたこともない。

 しかし、美琴はその蜂蜜のような甘ったるいニオイに覚えがあった。
 それは自分と犬猿の仲のような関係にある少女がまとっていたニオイとよく似ている気がした。
 ははっ、と力なく美琴は笑う。


美琴「……まさか、ね?」


 美琴はそう呟いて病室を出ていった。




上条「不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




―――
――



806 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:53.84 ID:7SptLiMdo


 とある病院の個室。窓を半分開けた室内には、温かい春風が緩やかに流れている。
 起き上がったリクライニングベッドに背を預けながら、結標淡希はカエル顔の医者に言われたことを思い出していた。

 『キミは肉体再生系の能力でも持っているのかな?』
 
 もちろん結標はそのようなチカラなど持ってはいない。なのに、なぜそのような質問を受けたのか。
 それは彼女がこの二日間弱の間に負った傷の数々のせいである。
 学園都市の暗部と命の取り合いとも言えるような戦いを繰り広げてきた結標は、体の至るところに傷やダメージを負っていた。
 かすり傷とかそういったレベルではない。全身から血を流すような重症とも言えるようなモノ。
 
 結標は今の自分の身体を見る。たしかに怪我はしている。痛みも感じる。
 しかし、それらは至って普通の怪我程度のモノに収まっていた。医者が言うには、病院に運び込まれた時点でこうだったらしい。
 付き添っていた少年が、どういった怪我を負ったのかという説明を事細かくしてくれたらしいが、彼が言うような怪我の度合いには到底及ばないほどの軽症だった。
 勘違いして大げさに言っているのだと医者は思ったらしいが、怪我の原因や箇所まで正確に言っていたりと、嘘を言っているような表情ではなかったことから、先程のようなセリフを結標に冗談交じりで問いかけたのだろう。

 何度も言うが、結標淡希には肉体再生などというチカラはない。
 だから、自分が重症だと思っていた怪我は、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。そう考えればこの状況にも説明がつくだろう。
 だが、一つだけ説明のつかないことがあった。
 
 結標は、自分の両腕を見た。
 この腕は、能力を暴走させた少年の背中から発せられた、黒い翼のようなモノと接触してズタボロにされたはずだ。
 皮は破れ、肉は飛び散り、骨がへし折れ、まるで食べ散らかされた骨付きチキンのような見た目になっていた。
 しかし、現実今の彼女の目に映る両腕は至って普通の腕だった。
 自分の思い通りに動く。感覚もある。汗もかく。作り物でもない、紛れもない結標淡希の両腕。
 
 もしかして、あれは夢だったのか?
 あのとき感じた痛みも、あのときの出来事も、あのときの自分が思ったことも――。
 
 
結標「……はぁ、馬鹿馬鹿し」


 結標はため息交じりにそう呟いた。
 

 トントントン。


 自室のドアをノックする音が聞こえた。
 医者でも来たのか、と結標は入口の方を向いて返事をする。
 

結標「どうぞ」

??「失礼します」


 入ってきたのは中学生の少女だった。
 常盤台中学の制服を着ていて、ツインテールにした茶髪をゆらゆらと揺らしながら彼女がこちらへ歩いてきた。
 

結標「…………ッ」


 その少女は結標にとってよく知っている人物だった。
 だから結標は、眉をピクリと動かしたあと、くすりと笑みをこぼした。


結標「あら、こんにちは。白井さん?」

黒子「……どうも」


 そう挨拶して、黒子は一礼した。
 

807 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:24.74 ID:7SptLiMdo


結標「まさか貴女が私のお見舞いをしに来る日が来るとはね。一体どういう風の吹き回しかしら?」

黒子「勘違いしないでくださいます? 別にこれはお見舞いとかそういった類のものではありませんのよ? ただ様子を見に来ただけですの」

結標「……菓子折り持って?」


 黒子が後ろに隠すように持っていた紙袋を指差して、結標は問いかける。
 

黒子「こ、これはわたくしが個人的にここのお菓子を食べたいと思って店に買いに行ったから、そのついでに一緒に買ってきただけのモノですの! 決して、貴女のためではありませんわ!」


 顔を真っ赤にして否定する少女を見て、結標は「ふむ」と顎に手を当てながら、
 
 
結標「なるほど、これがツンデレというヤツね」

黒子「わたくしをそういった俗な呼び方で呼ばないでくださいます!?」

結標「冗談よ。ありがとうね白井さん」

黒子「まったく……」


 息を整えながら黒子は手に持っていた紙袋を差し出す。
 それを結標はお礼を交えつつ受け取った。
 
 ふと、中身を見てみると『学舎の園』の中にある有名な洋菓子屋さんで売っている、洋菓子の詰め合わせセットだった。
 昔、雑誌か何かで見たことある。度々、贈り物の菓子折りオススメランキングの上位に上がっていたので、印象に残っている。
 結標は中身を取り出して、箱を回したり角度を変えたりして様々な角度から箱を見る。
 その様子に黒子が怪訝な表情をする。
 

黒子「……どうかなさいましたの?」

結標「これMサイズね。常盤台のお嬢様なんだからケチらずにLサイズにしてくれたらよかったのに」

黒子「ほんといけ好かない女ですわね、貴女は」


 黒子は呆れながら言った。
 ごめんごめん、と軽い感じで結標は謝り、そのまま続ける。
 
 
結標「で、私に何か用? まさか本当に様子を見るためだけに、わざわざここまで来たとか言わないわよね?」

黒子「…………」


 その言葉に黒子の顔に陰りが見えた。
 しばらく沈黙が続く。
 よほど深刻なことなのだろう、と結標は彼女の様子から察する。
 意を決したのか、黒子の口が開かれる。
 

黒子「わたくし、貴女に謝らないといけないことがありますの。今日はそれを伝えにここに来ましたのよ」

結標「謝る? 私に?」

黒子「ええ。正確に言うなら、わたくしが謝りたいのはもう一人の貴女に対して、ですが」

結標「……なるほどね」


 結標はわかったような表情をし、


結標「もしかして、貴女も九月一四日以降の『私』と知り合いだった?」


808 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:50.79 ID:7SptLiMdo


 結標は先回りするように質問した。
 記憶喪失していたときの自分がどういう交友関係を持っていたのかなんてわからない。
 だから、目の前の少女と仲良くお茶をするような関係だったとしても、何らおかしくはない話だ。
 しかし、


黒子「いえ、まったく」

結標「は?」


 真顔で真逆の答えが返ってきた。
 思わず結標も唖然としてしまった。


黒子「わたくしは記憶喪失していたときの貴女のことは何一つ知りませんわ。けど、そのときの貴女が幸せに過ごしていたことは知っているつもりですの」


 「知っているとは言っても、あくまで聞いた話や状況から組み立てた憶測レベルなんですが」と黒子は付け加える。
 

黒子「けど、その幸せは全部壊れてしまいましたの。それも全部、わたくしのせいで」

結標「…………」

黒子「わたくしがもう少ししっかりとしていれば、もしかしたらあんな悲しいことは起きなかったかもしれませんわ」


 懺悔するかのように黒子は思いを打ち明けていく。
 ふと、黒子は目をハッとさせた。
 彼女の視線の先には怪我を負っている結標淡希がいる。


黒子「そう考えましたら今の貴女にも謝らないといけませんわね。貴女がこうやって怪我を負って入院している原因も、元を正せばわたくしですもの」


 結標は知っている。
 自分の記憶を蘇らせるために『残骸(レムナント)』事件に関わる人物たちが利用されたことを。
 『一方通行』。『御坂美琴』。そして、目の前にいる少女『白井黒子』。
 白井黒子もそれを知っている。わかっているからこうやって結標の前に立っているのだろう。
 だからこそ結標は言う。
 

結標「……自惚れないでくれる?」

黒子「えっ」


 結標は正面から彼女の目を見ながら、
 

結標「この怪我は私が自分のために行動した末残った結果。ただそれだけよ。貴女が介入できる余地なんてない。それに私はこういう結果になったことに対して、後悔なんて微塵も感じていないわ」

黒子「し、しかし」


 何か言おうとしている少女を遮るように口を動かし続ける。
 

結標「それに幸せをぶち壊した云々に関しては論外ね。だって、それは私に謝られても困るもの。私はあのときの『私』じゃない。許すこともできなければ、許さないと言って突き放すこともできないわけ」

黒子「うぐっ、たしかに……」

結標「そんな自己満足の謝罪をする暇があったら、学園都市の平和のためにパトロールでもしたほうがいいんじゃないかしら? 風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子さん?」


 ふふん、と結標は笑った。
 それに対して黒子は体を震わせていたが、次第にそれが収まっていき、落ち着くようにため息をついた。
 

809 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:25.61 ID:7SptLiMdo


黒子「……たしかにそうですわね。貴女の言う通りですの。わたくしとしたことがどうかしていましたわ」

結標「まあでも、しおらしい白井さんは見てて面白かったわよ?」

黒子「そんなフォロー要りませんの!」


 ピコン♪
 

 突然携帯の通知音のようなものが鳴った。
 キィーキィー言ってた黒子の動きが止まる。
 スカートのポケットの中を探り、細長いスティック状の携帯端末を取り出した。
 どうやら彼女の携帯の音だったらしい。
 いくつか操作し、画面のようなものが出てきた。それを見た黒子が「あっ」と声を漏らした。
 
 
結標「どうかしたのかしら?」

黒子「ええ、貴女に会いたがっている人が居ましてね。その子からの連絡でしたの。ここに連れてきていたのをすっかり忘れていましたわ」

結標「へー、そんな物好きがいるのね。というか、今の今までずっと外で放置させていたわけ?」

黒子「そういうことになりますわね。ま、別にいいでしょ」


 黒子は画面を操作しながら話を流した。
 メッセージに対する返事でも送っているのだろう。
 
 
 ガララッ!!
 
 
 メッセージを送って五秒後くらいに病室のドアが勢いよく開かれた。
 ずんずんと力強い足取りで黒子と同世代くらいの中学生の少女がこちらへと歩いてくる。
 知らない学校の制服を着ているが、右腕部分にジャッジメントの腕章をつけていることから、おそらく白井黒子の同僚か何かなのだろう。
 頭につけている色とりどりの花々が飾られたカチューシャは、まるで花束をそのまま頭につけているようにも見えるほどの量だ。


??「ちょっと白井さーん! いくらなんでも待たせ過ぎですよ!? 悪いことして廊下に立たされてる生徒ですか私はー!?」

黒子「こちらが貴女なんかに会ってみたいなどという世迷い言を言う、頭がおか……女の子ですの」

??「無視して勝手に始めないでください! あと、さっきとんでもないこと言いかけませんでした!?」

黒子「気のせいですわ」


 いきなり入ってくるなり漫才のようなやり取りを始めた少女たち。


結標「えっと……」


 結標はそれに圧倒されながらも、あとから入ってきた花束みたいな少女を見ていた。
 視線に気付いた少女があたふたした感じになり、
 
 
初春「あっ、す、すみません、騒がしくして。申し遅れました、初春飾利と言います!」


 よろしくお願いします! と腰を直角くらいまで曲げてお辞儀をした。


結標「初春さんね、よろしく」


 つられて結標も軽く頭を下げた。
 二人は顔を上げ、しばらく見つめ合う。


810 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:55.23 ID:7SptLiMdo


初春「え、えっと、あはは……」


 と、愛想笑いのようなものをしながら初春は目線を右往左往させていた。
 埒が明かないな、と思い結標が動く。


結標「その、初春さん?」

初春「は、はい!」

結標「貴女はどうして私に会いに来たのかしら?」


 率直な疑問をぶつけてみた。
 結標は自分がそんな大した人間ではないことを理解しているつもりだ。
 そんな羨望の眼差しで見られたり、何かを期待してもらえるようなそんな立場にはいない。
 だから、結標はそう聞いた。
 

初春「へっ? え、ええっと……」


 聞かれた初春は戸惑ったようなリアクションを取った。
 まるで授業中にぼーっとしていたとき、突然先生に当てられた生徒のように。
 少し考えたあと、少女は困った感じの表情を向けてきた。


初春「その、え、えへへ、な、なんでしたっけー?」

結標「?」


 雑な質問で返された。
 そのため結標も首をかしげるくらいしかリアクションができなかった。
 二人のやりとりを隣で見ていたツインテールの少女が顎に手を当てながら、
 

黒子「何を言っていますの初春?」

初春「白井さん?」

黒子「貴女、殿方二人が大切に思っている人がどんな人なのかとか――」

初春「ちょ、ちょちょ白井さんストップ!! わー!! わー!!」


 黒子の言葉を遮るように声を上げる。


黒子「何をそんな大声上げていますのよ貴女は?」

初春「そりゃ本人の前であんな恥ずかしいセリフを言われそうになってるのだから、阻止だってしますよ!」

黒子「別にあの程度で恥を感じることはないと思いますが。わたくしならお姉様への愛の気持ちなら校庭のど真ん中でも叫べますわよ? 一切の恥じらいなく」

初春「私は白井さんのような恥知らずとは違いますので」

黒子「は? 貴女今なんとおっしゃいました?」


 お見舞いに来ているはずの二人組が病室で口論を始めた。
 ギャーギャー騒がしい声が部屋の中を飛び交う。ボクシング一ラウンド分くらいそれは続いた。
 言うことを言った二人は息を荒げていた。
 

初春「ぜぇ、ぜぇ、む、結標さん。これお見舞いの品です」


 唐突に初春が桃色の箱を結標へと両手で差し出した。先程の会話をさらりと流したつもりなのだろうか。
 よくわからないが余程お見舞いに来た理由を言いたくないのだろう。
 
 
811 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:37:34.37 ID:7SptLiMdo


結標「え、ええ、ありがとう」


 結標も別にそこまで理由に興味があったわけではないので、特に触れることなくそれを受け取った。
 渡しながら初春は言う。
 

初春「まあ、なんというか、あれです。あなたが無事でよかったというか、こうやって出会うことが出来て嬉しかったです!」


 少女はにっこりと微笑みかけた。
 太陽のような眩しい笑顔だった。
 

結標「……そう」


 初対面の人になんでここまで言えるんだ、と結標は少し照れ臭くなって、視線をもらったお見舞いの品の方へ向けた。
 その箱には描かれている絵を見て、結標は中身が何かに気付く。


結標「あら、これってたい焼き?」


 屋台とか専門店とかそういうところで売られているようなモノだった。
 その日に作られた出来たてのたい焼きをテイクアウトして持ってきたのだろう。
 箱の発するほのかな温かさからそれが伝わってくる。
 ……出来たての温かさ?


結標「この病院の近くにたい焼き屋さんなんてあったかしら?」

初春「いいえ、ありませんね。ちなみにそれは、ここからだと少し距離があるところにあるたい焼き屋さんのモノです。私のお気に入りなんです」

結標「まるでこれ出来たてみたいに温かいんだけど」

初春「はい! 結標さんのために頑張って持ってきました!」


 ニコニコしながらそう返した。おそらくこの温かさは彼女の能力か何かでもたらされたモノなのだろう。
 ああ見えてジェット機並みの速度で飛行できるチカラとか持っているのかもしれない。
 なにはともあれ、自分のためにこの少女はここまで頑張ってくれたのだ。なぜここまでしてくれたのかは未だにわからないが。
 結標はらしくないとは思いながらも、嬉しい気持ちは湧いて出てくるのを感じた。
 

結標「ありがとうね。嬉しいわ」


 結標は笑顔でそう応えた。
 

黒子「……ちょっとよろしいですの?」


 黒子が不満そうな表情をしていた。
 
 
結標「なにかしら?」

黒子「何でわたくしのお見舞いの品にはケチつけやがりましたのに、初春のは文句の一つも言わずにそんなに大絶賛なんですの?」

結標「失礼ね。まるで私がいつも悪態をついている人間みたいに言って。というか、やっぱり貴女もお見舞いに来てくれていたのね」

黒子「そういうことを聞いているんじゃないですの!」

結標「そうね」


 結標は不敵な笑みを浮かべながら、
 

結標「私だって悪態つく相手くらい選んでるわよ?」

黒子「ほんっと! いけ好かない女ですわ!」


―――
――



812 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:38:44.41 ID:7SptLiMdo


 ショチトルは病院のベッドの上で静かに眠りについていた。
 カエル顔の医者が言うには命に別状はないらしいが、あまり良い状態とは言えないらしい。
 肉体の三分の二を失い、それをまがい物の肉で埋められているのだからしょうがないことなのだろう。
 

海原「…………」


 ベッドの横にある椅子に座っている海原が、見守るように少女を見つめる。
 なぜこんなことになったのか。どうして彼女がこんな目に合わなければならないのか。
 疑問は尽きないが、今考えたところで何も解決はしない。
 今は、彼女がこうして生きていてくれている状況に感謝しなければ。


海原「……また来ます」


 海原は呟いて、音を立てないよう静かに病室から廊下へ出た。


海原「……おや、二人共いらしていたのですか?」


 病室の前には二人の少女がいた。
 
 
番外個体「ヤッホー☆」


 一人は番外個体。海原と同じ『グループ』の構成員の一人。
 今朝の作戦で左肩を脱臼するという怪我を負った為、治療のため肩にサポーターを取り付けている。
 本人はそのことを気にしていないのか、ケラケラと笑いながら手をこちらへ向けて振ってきていた。
 
 
黒夜「…………」


 もう一人は黒夜海鳥。同じく『グループ』の構成員。
 少年院の中での戦闘で苦戦を強いられたのか、体のいたる所に包帯やらギプスやらで処置されている跡が見られる。
 傷付いた野犬のように鋭い目を海原に向けていた。


黒夜「敵を助けるなんてアンタどうかしてるよ。コイツが回復した途端、私らに牙を剥いてきやがったらどうするつもりなのさ?」


 海原の背中にある扉へ向けて顎で指して言う。
 たしかに彼女の言う通り、今この病室で寝ているショチトルは暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。
 つい半日前には敵対関係にあって交戦していたことも事実だ。
 

813 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:39:53.12 ID:7SptLiMdo


海原「今の彼女にそこまでやれる力は残されてはいませんよ」

黒夜「脳みそさえ動いていればやりようはいくらでもあるよ?」

海原「自分がそんなことさせません」

黒夜「コイツを助け出すために『メンバー』の連中が動くことで、血みどろの抗争が起きちまうかもしれないよ?」

海原「この時点で何も起きていないことから、彼女にはそこまでの価値はない。切り捨てられたと見たほうが妥当だと思いますが」

黒夜「そんな安っぽい憶測を信じろと?」

海原「信じられないのなら、どうぞ自分の首を落としてください。それだけのことをしていることは自覚はあるつもりです」


 二人の視線がぶつかり合う。
 犬歯をむき出しにしながら睨みつける黒夜に対して、海原は動じることなく一直線に目の前の少女を見つめていた。
 殺気の満ち溢れたにらめっこ。
 先に動いたのは黒夜だった。


黒夜「チッ、くっだらねェ」


 舌打ちしながら視線を逸らす。


黒夜「ボロボロで無抵抗なアンタを殺しても何の面白みもないからね。好きにしなよ」


 黒夜はそう言って背中を向ける。
 この場から立ち去るようにゆっくりと廊下を歩き出した。
 

海原「……ありがとうございます」


 彼女の小さな背中を見ながら海原は微笑んだ。
 

番外個体「なんかカッコいいこと言ってる風だけど、実際はクロにゃんがエっちゃんにビビって引き下がっただけだよねー」


 そんなやりとりを見ていた番外個体が、茶々を入れるように言い放った。
 黒夜が勢いよく振り返って吠える。


黒夜「ビビってねェよ! 誰がこンなヤツなンかにッ! ……うん? エっちゃんって誰だよ?」

 
 番外個体の言った知らないあだ名を聞いて、黒夜は首を傾げた。
 ニヤニヤしながら番外個体は質問に答える。


番外個体「海原のこと。本名エツァリって言うらしいよー」

海原「ちょ、ちょっと番外個体さん。その名前はあまり広めて欲しくはないのですが……」

番外個体「えぇー? いいじゃんエっちゃん。かわいいよー?」


814 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:40:48.29 ID:7SptLiMdo


 海原光貴は偽名だ。この顔の本来の持ち主の名前をそのまま名乗っているだけ。
 この少年の本当の名前はエツァリ。それはアステカの魔術師としての名前。
 学園都市は科学サイドの中心。そんな中で天敵である魔術サイド側の名前を広められるのは、あまり好ましいことではない。
 
 
黒夜「……へー」


 それを聞いた黒夜は、面白いことを聞いたときのようにニヤリと口の端を歪めた。
 

黒夜「なるほどねー、そうだったのか。だったら私もエっちゃんって呼んで――」

海原「ぶち殺されたいのですか黒夜?」


 言い切る前に海原が鋭い眼光を光らせる。
 怒りと殺気を感じ取った黒夜がビクリと体を震わせた。


黒夜「なっ、なンでだよ!? 何で番外個体のヤツがよくて私が駄目なンだ!」

海原「貴女にそんな呼ばれ方をされるなんて虫唾が走ります番外個体さんは別ですけど。自分を怒らせたくないのならそんな呼び方はやめるべきですよ番外個体さんはどうぞ続けてください。貴女もバラバラに解体はされたくはないでしょ番外個体さんならいいんですが――」


 つらつらと言葉を並べていく海原。
 このような流れの言葉があと一〇個くらい続いたくらいで番外個体が、
 

番外個体「うわぁ……」


 ドン引きしていた。
 頭の中が負の感情で溢れかえっているはずの少女が。


黒夜「この依怙贔屓野郎めェッ! 安心しろ海原ァ! こっちもハナからそンなクソみてェなニックネームで呼ぶつもりなンてねェからよォ!」

海原「賢明な判断です。あっ、番外個体さんは好きに呼んでくれて構いませんよ?」

番外個体「……何か気持ち悪いから呼び方元に戻すね? 海原」


 目線を合わさずに番外個体はそう言った。
 

海原「そうですか。それは残念です」


 海原は爽やかな笑顔を浮かべた。


―――
――



815 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:41:24.24 ID:7SptLiMdo


 第七学区にあるふれあい広場。
 春休み期間ということもあり、小学生くらいの子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。
 そんな場所だが中・高生もいる。RABLM(らぶるん)という移動式のクレープ屋の屋台の順番待ちの列に並んでいた。
 特にキャンペーンなどしている様子はないが、これだけの列ができるということはそれだけ有名な店なのだろう。
  
 そんな店のクレープを買い、ベンチに腰掛けて食べている金髪碧眼の少女二人組がいた。
 高校生くらいの少女フレンダと小学生くらいの少女フレメア。見ての通りの姉妹である。


フレメア「やっぱりクレープはチョコ&ショコラの組み合わせが最高! にゃあ」

フレンダ「それどっちもチョコレートじゃん」


 フレンダは呆れながら手に持ったクレープをかじる。
 
 
フレメア「ところでお姉ちゃん?」

フレンダ「なに?」

フレメア「今日はどうしたの? 急にクレープを食べに行こうだなんて」

フレンダ「……別にー。これと言った深い意味はない訳よ。ただ暇だっただけ」

フレメア「ふーん」


 嘘だ。本当はただ逃げたかっただけだ。
 暗部から。現実から。失敗続きで良いとこなしの自分から。
 妹という光の世界の象徴へ逃げたかっただけだ。
 

フレメア「だったらお姉ちゃん! 暇なら今から映画観に行こうよ!」


 フレメアが大きな瞳を輝かせる。
 正直、いま映画なんて観てもまったく内容が入ってこないだろう。
 けど、それで彼女が喜んでくれるのなら、とフレンダは小さく息を吐いた。


フレンダ「映画かー、まあ時間はあるし別にいいけど。何が観たいのよ?」

フレメア「今やってるゾンビのヤツ!」

フレンダ「うぇーやっぱそういう系かー。恋愛モノのヤツ観ようよー? 何か今やってるでしょ? 学園ラブコメのヤツ」

フレメア「そんなラブコメとかいうフィクションの塊なんて、大体、興味ない。にゃあ」

フレンダ「ゾンビ映画もフィクションの塊でしょうが!」


 ピコン♪ 二人の会話を止めるように携帯の通知音が鳴る。
 嫌な予感がする。
 そう思いながら、フレンダはスカートのポケットから携帯端末を出して、画面を見る。


816 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:03.20 ID:7SptLiMdo


フレンダ(ゲッ、仕事の連絡じゃん。もうっ、今朝学園都市へ戻ってきたばっかだってのに、ゆっくり休む時間ももらえない訳?)


 今朝、学園都市に反旗を翻そうとしている外部組織を殲滅するという任務を終えたばかりだった。
 ふとそのときのことを思い出してしまう。
 自分の失敗で浜面仕上という少年に怪我を負わせてしまったことを。
 幸い命には別状はなかったが、一つ間違えれば彼は死体処理場行きとなっていただろう。
 

フレンダ(……大丈夫。大丈夫だから。次はちゃんとやる。ちゃんとやれるハズ!)


 フレンダは心の中でそう言い聞かせる。
 そんな彼女の表情に不安や焦りといった陰が見えた。


フレメア「どうしたのお姉ちゃん?」


 フレメアが首を傾げる。


フレンダ「ごめんフレメア! ちょっと急用入っちゃって、映画一緒に行けない!」

フレメア「えぇー、またー? この前も同じこと言って遊園地行くの当日ドタキャンしたはず!」


 両手をバタバタ動かして抗議するフレメア。
 フレンダは彼女をなだめながら、
 
 
フレンダ「ごめんごめん、この埋め合わせは今度必ずするから、ね?」

フレメア「むむぅ、しょうがないな。ここは私が大人になってあげる。にゃあ」

フレンダ「じゃ、そういうことだからちゃんと門限までに寮へ帰りなさいよ?」


 そう言ってフレンダは立ち上がり、持っていたクレープを頬張った。
 ごくりとそれを飲み込んで、一歩踏み出す。
 
 
フレンダ「それじゃあまたね! フレメア!」


 フレンダは駆け出した。再び、闇の世界へ向かうために。
 
 
 
 
フレメア「……お姉ちゃん」


 フレメアは心配するかのように呟き、小さくなっていく姉の背中を見送った。


―――
――



817 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:55.74 ID:7SptLiMdo


 第七学区の中のとあるビルの中の一フロア。
 ここは暗部組織『スクール』が利用している隠れ家件医療施設だ。
 このビルの近くには病院があり、連絡すればスクールの息がかかった医療従事者が駆けつけて、治療するという仕組みとなっている。
 設備は他の病院と大差のないレベルで整っている。が、非合法なモノもたくさん置かれているため、そういう点で言えばこちらの方が上かもしれない。
 
 その中にはもちろん入院患者用の病室だって備え付けられている。
 医療用の器具やベッドが設置されており、白を貴重としたその部屋はまるで病室そのものだった。
 そんな一室に入院している少女が一人いた。
 獄彩海美。スクールの構成員の一人である中学生くらいの少女。
 頭には包帯が巻かれており、右腕がギプスで固定されているという、痛々しい見た目をしていた。
 入院着で見えないが、その下は包帯だらけのミイラ状態になっていることだろう。
 
 
垣根「なんつーか、新鮮だよな」

 
 ベッドの横に立っていた垣根が問いかけるように言った。
 海美が少年の顔を見上げながら、


海美「なにが?」

垣根「お前がボロッボロで入院してる姿なんてよ」

海美「なにそれ? まるで私が怪我して面白いみたいな言い草ね」


 海美が不機嫌そうに顔をしかめた。
 
 
垣根「そうは言ってねえだろうが。お前は何ていうか、何でも卒なくこなして、何事もなかったかのような顔で、任務完了を報告してくるようなイメージがあったからな」

海美「それは褒めてくれていると判断してもいいのかしら?」

垣根「ばーか逆だよ。失敗したくせに褒めてもらえると思ってんのか?」


 垣根はあざ笑うように少女を見下ろした。
  
 
海美「たしかにそうね。それに同じく失敗した人から褒められても嬉しくもなんともないし」

垣根「チッ」


 バツが悪そうに垣根は舌打ちした。
 

海美「そっちは何があったのよ? その感じだと第一位にボコボコにされて逃げ帰ってきたとか、そういうわけじゃないんでしょ?」


 話の流れのまま海美が問いかける。


垣根「…………」


 垣根は黙り込んだ。
 何かを考えているという様子だった。
 海美はその様子をただただじっと見つめていた。

 しばらくしてから、垣根がため息をして、
 

818 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:10.30 ID:7SptLiMdo


垣根「……上条当麻って覚えてるか?」

海美「上条……」


 海美が少し視線を上げながら記憶を思い起こすような素振りを見せる。
 

海美「たしか、雪合戦大会の準決勝で戦ったチームのリーダーだった人かしら? あのツンツン頭の。彼がどうかした?」

垣根「ヤツが立ち塞がって来やがったんだよ。一方通行をぶち殺すために独房へ向かっている俺の前にな」

海美「あんな見るからに表の人間って感じの人が、何でそんなところに?」

垣根「さあな。結局、俺はヤツを殺すことができなかった。逆にヤツも俺を殺すことが出来ていない」

海美「貴方と引き分けるなんて、相当なやり手ね」

垣根「引き分けじゃねえ」


 食い気味に垣根は否定した。
 

垣根「ヤツの目的は、時間いっぱいまで俺の足止めをすることだった。一方通行や座標移動を守ることだった。その勝利条件を達成されたっつーことは、すなわち俺の負けだよ」

海美「ふーん」


 海美が軽い感じに相槌を打つ。
 垣根は続ける。
 

垣根「あのあと気になって、その上条とかいうヤツを調べてみた。そうしたら面白れーことがわかったよ」

垣根「一方通行をぶっ飛ばして、『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』を凍結させるまでに追い込んだ無能力者(レベル0)、ソイツがヤツだ」


 すなわち、それは上条当麻は一方通行を倒したということ。
 未現物質(ダークマター)というチカラを持っている垣根でも成し遂げることができなかった偉業を、あの無能力者の少年は達成することができたということだ。
 
 
海美「なるほど、ね。道理で勝てないはずよね。第一位より強いヤツが相手じゃ」

垣根「うるせえよ。つーか、何勝手に俺が一方通行より下だって決めつけてんだ?」

海美「完膚無きまでに叩きのめされるシーンを目の前で見せられたからね」


 雪合戦、舐めプ、逆算、次々と癇に障るワードを吐き出す海美。
 垣根はそれを遮るように舌打ちをして、
 

垣根「まあいい。いずれにしろ負けっぱなしは趣味じゃねえ。一方通行に上条当麻。いずれこの借りは必ず返す」

海美「……そ。せいぜい期待はしないで見守らせていただくわ」

垣根「可愛くねえヤツ……あっ、そういやよお」


 垣根が思い出したかのように話題を変える。
 

819 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:51.43 ID:7SptLiMdo


海美「何かしら?」

垣根「お前、少年院のとき電話してきて最後なんか言いかけてただろ? アレなんて言ったんだ?」


 ビクッ、と海美の体が少し揺れた。
 
 
海美「……ああ、あれね。知りたい?」

垣根「そりゃな。このままじゃ気になって昼寝も出来ねえレベルには」

海美「果てしなく微妙なレベルね」

垣根「どうでもいいところに引っかかってんじゃねえよ」

海美「そうね……」


 海美はそう言って少し黙り込み、窓の外へ目を向けた。
 つられて垣根も見る。ビル街の中の病室のため、コンクリートジャングルしかない。
 風景を見るために彼女は外を見ているのではないのだろう。
 話すことが決まったのか、海美は振り向き、小さく笑って言った。
 

海美「うーん、ヒミツ、ってことで」

垣根「は?」


 その答えに垣根は目を細めた。
 

垣根「テメェ、俺が何のために助けたと思ってんだ?」

海美「えっ、そんなくだらない理由で私は命拾いしたわけ? ちょっとショックなんだけど……」

垣根「生き残れただけでもありがたいと思え。いいからさっさと言えよ、殺すぞ」

海美「もうっ」


 海美は困ったような声を漏らした。
 困ってんのはこっちなんだが、と垣根は頬を掻いた。
 ふと、それを見た海美が何かを思いついたようにニヤリと笑う。


海美「そうね。だったらヒントをあげるわ」

垣根「ヒントだ?」

海美「そう。ちょっと耳貸してちょうだい」


 そう言って海美はベッド横に置いてある台に左手を置いて、前のめりに顔を突き出した。
  
 
垣根「? こうか?」


 言われた通り垣根は中腰になって片耳を差し出す。
 海美はそのまま唇を近付けた。
 

 
 垣根の頬へ。
 


820 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:45:38.19 ID:7SptLiMdo


 頬に柔らかい感触を感じた垣根が飛び上がるように立ち上がる。
 海美から離れるように垣根はたじろぐ。
 
 
垣根「なっ、て、テメェ何しやがったッ!?」

海美「ふふっ、これがヒントよ?」


 わずかに頬を紅潮させながら、海美は微笑んだ。


 トントン、ガララ。
 ノックを二回したあと、部屋のドアが開かれた。


誉望「失礼しまーす。行方不明になってた砂皿さんと連絡付きましたよ」


 点滴付きのスタンドを片手に誉望万化が部屋に入ってきた。
 報告をしながらそのまま部屋の奥へと入っていく。
 

誉望「それで驚いたんスけど、なんと噂のステファ――」


 誉望の動きが止まった。
 今まで見せたことのないような戸惑いの表情をしている垣根。顔を赤くして目を逸らせている海美。
 そんな世にも珍しい二人組を目の当たりにしたからだ。


誉望「ちょ、二人してなんなんスかその感じッ!? ここで何かあったんスか!?」

垣根「な、何にもねえよ殺すぞッ!!」


 垣根の背中から三対六枚の白い翼が現れた。
 未現物質(ダークマター)。学園都市第二位の殺意が具現化する。


誉望「ええぇっ!? ちょ、病院で能力使わんでくださいよッ!? てか俺も結構重症患ぎゃああああああああああああああああああああああッ!!」


 点滴スタンドを抱えながら誉望は部屋の外へ逃げ、廊下を全力疾走していく。
 それを追うように垣根が翼を羽ばたかせながら飛行する。
 
 パリン!! ガシャン!! ドガッ!! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


海美「……ふふっ」
 
 
 廊下から聞こえてくる破壊音や絶叫を聞きながら、海美はくすりと笑った。


―――
――



821 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:46:13.20 ID:7SptLiMdo


結標「……自由の身、か」


 ベッドの上で上半身を起こしている結標が、窓の外を見ながら呟く。
 先程まで土御門という少年と話をしていた。
 彼は結標淡希と同じ学校に通うクラスメイトらしく、『グループ』という暗部組織に所属する構成員でもあるらしい。
 らしい、というのは今の彼女には彼の記憶はないため、そのような助動詞が文章の最後に付いてしまう。
 
 土御門からはいろいろなことを聞いた。
 自分が様々な暗部組織から狙われていたということや、自分が起こした事件がどういう風に処理されたのか。
 そして、これからの自分の処遇、など。


結標「そんなこと言われても、私にはもう……」


 ガンガン!


 結標の病室のドアから、荒々しいノックの音が鳴った。
 今日は来客が多いな、と結標は入り口を見る。
 
 
結標「どうぞ」


 ドアが開かれた。
 そこにいたのは少年だった。
 白い髪を頭に生やし、血のように染まった赤い瞳、線の細い体はまるでハリガネのよう。
 首に巻いたチョーカーからは線がこめかみへ向けて伸びており、右手にはメカメカしい現代的なデザインの杖を取り付けていた。
 結標は少年の名前を呟く。
 

結標「……一方通行」

一方通行「よォ」


 一方通行は適当に挨拶をしながら歩を進める。
 ベッドの横に辿り着き、結標を見ながら、
 

一方通行「具合はどォだ?」

結標「おかげさまでね」

一方通行「そォか」


 挨拶程度の会話をして、そこで流れが止まった。
 沈黙。それに絶えきれなくなった結標が言う。


結標「……座ったら?」

一方通行「おォ」


 促されたため、一方通行はベッド横にある丸椅子へと座った。
 だが、沈黙はまだ続いた。変わったことは椅子に座ったかどうか。
 はぁ、と結標はため息をつく。


822 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:47:17.84 ID:7SptLiMdo


結標「ねえ」

一方通行「あン?」

結標「聞きたいことがあるんだけど」

一方通行「何だ?」

結標「どうして私を助けたのよ?」

一方通行「あァ? あのとき言っただろォが。俺はオマエとした『約束』を果たすために――」

結標「そういうことを聞いているんじゃないわよ」

 
 一方通行の返答を遮るように言った。
 

結標「貴方もわかっているんでしょ? 私は貴方を恨んでいる。嫌悪している。身の毛がよだつ程の恐怖の対象として貴方を見ている」

結標「そりゃそうよね? だって私にとっては、貴方にぶん殴られたのがつい一昨日のことよ? 新しい記憶として私の中にはっきりと残っているわ」

結標「そんな貴方にあんなことを言われて助けられたからって、私が喜ぶとでも思っていたの?」


 結標は少年を睨みつける。
 投げかけられた質問に一方通行は、
 

一方通行「いィや、ンなことは思ってはねェよ」


 考える間もなく即答した。
 

結標「じゃあ貴方はそれを理解した上で、なんで私を助けたのよ?」

一方通行「ただの自己満足だよ」


 吐き捨てるように言った。
 そのまま一方通行は続ける。
 
 
一方通行「九月一四日ンときのことは、俺は別に何とも思ってねェよ。お互いの立場が違った。俺は俺の正義で、オマエはオマエの正義で動いた結果だからな」

一方通行「だが、そっから先はクソだ。オマエから半年以上の記憶を奪った。いや時間を、人生を奪ったっつった方がイイか?」

一方通行「そォいうことを全部分かった上で、俺はオマエと共に過ごした。呑気に思い出作りなンてモンに興じた」

一方通行「そのとき俺たちが過ごした日々のことをオマエが知ったら、おそらく今とは比べ物にならねェほどの負の感情が湧き上がってくンだろォよ」

一方通行「よォするに罪滅ぼしをしたかっただけだよ。オマエを助け出して光の世界へと連れ戻す。そォすることでそれを償うことができると思ってやった、自分勝手で傲慢な行動だ」


 長々と返ってきた一方通行の言葉に、結標は目を丸くさせる。
 
 
結標「信じられない。そんな的外れな自己満足のために、貴方はあんなところにまで駆けつけてきたって言うわけ?」

一方通行「……そォだな」

結標「何で? 何で貴方はそんな事ができるのよ? 貴方の行動原理が私には理解ができないわ」


 ピタリと一方通行の動きが止まった。
 ちょっとした動作や、眼球の動き、息遣い。全部が。
 結標が首を傾げた。


結標「どうかした?」

一方通行「……悪りィ。今言ったこと全部嘘だ」

結標「はあ?」


823 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:07.57 ID:7SptLiMdo


一方通行「オマエに言われて気付いた。約束だとか、自己満足だとか、罪滅ぼしだとか、そンなモンただの建前だった。オマエを助けたかった理由はもっとシンプルだったンだ」


 真紅の瞳が結標淡希を見つめる。決して目を逸らすことなく、ただ一心に。
 そして、一方通行は言う。



一方通行「結標淡希。俺はオマエが好きだ」



 告げた。一言一句ハッキリと。目の前の少女に伝わるように。
 

結標「なっ」


 突然の告白に、結標が驚き、顔を赤面させる。
 一方通行はそのまま続ける。


一方通行「だから助けた。オマエに傷付いて欲しくなかった。オマエには笑顔で居て欲しいと思った。そンなオマエと一緒に居たいと思った。これは俺の嘘偽りのない気持ちってヤツだ。建前も打算も何もねェ純粋な想いだ」

結標「……違うわよ」


 俯きながら、結標は否定する。
 
 
結標「貴方のその気持ちは間違っているわよ。だって、私は貴方の知っている結標淡希じゃないのよ? なのに、そんな……」

一方通行「あのとき言っただろォが。記憶があろうがなかろうがオマエはオマエだってよォ」

結標「…………」


 結標は俯いたまま黙り込んだ。
 見たくないものから目を逸らせているように見える。


一方通行「ああ。そのリアクションは間違ってねェよ。これは俺が勝手に思っていることなンだからな」


 目線も合わせない少女に語りかけるように言う。
 

一方通行「オマエの気持ちはわかっているつもりだ。俺がどォ思っていよォが、俺がオマエの半年という長い時間を奪ったクソ野郎ってことには変わりねェ」


 一方通行は立ち上がり、結標へ背を向ける。


一方通行「邪魔したな。俺はもォオマエの前には二度と現れねェ。一切関与しねェ。オマエはオマエの好きなよォに生きろ」


 一方通行はそう言い残し、部屋の外へと向かって踏み出そうとする。
 しかし、彼のその一歩が止まった。
 振り返らずに、一方通行は問いかける。


一方通行「どォいうつもりだオマエ」


 一方通行の服の袖を掴む手があった。
 それは他の誰でもない、結標淡希の手だった。
 立ち去ろうとする一方通行を阻止しようとするように、引き留めようとするように。
 彼女はその手を離さない。


824 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:50.65 ID:7SptLiMdo


結標「一つだけ言わせて」


 結標は顔を下げたまま話し始める。
 

結標「たしかに私は貴方のことが嫌いよ。世界で一番って言っていいくらいに、視界に一切入れたくないくらいに、身体が震えるほどの恐怖を覚えるくらい」

結標「けどね、その気持ちとせめぎ合っているもう一つの感情が、私の中にはあるの。それはさっきのとはまったくの真逆な感情」

結標「世界で一番って言っていいくらいに、ずっと離れたくないと思うくらいに、一緒にいると安心感を覚えるくらい」


 結標は顔を上げた。
 少年の背中へ向かって、投げつけるように言い放つ。
 
 
 
結標「私は貴方のことが好きなのよ!」


 
 結標淡希の口から出てきた、絶対にその口から出てこないであろう言葉を聞いて、一方通行は目を大きく見開かせた。
 

結標「おかしいでしょ? わけがわからないでしょ? 笑っちゃうわよね? そんな相反する感情が混在しているなんて」

結標「私は九月一四日のときの貴方しか知らない。そんな感情が生まれるはずなんてない。なのに、私はたしかにそう想えている」

結標「ねえ、一方通行。これは一体どういうことだと思う?」


 ふぅ、と一方通行は息を吐いた。
 目を閉じながら、諭すように答える。
 

一方通行「……決まってンだろ。まがい物だよそれは」

結標「だったら」


 結標は袖を掴んでいた手を離し、じゃらりという音と共に、何かを取り出した。
 
 
結標「これもまがい物なわけ?」


 一方通行は振り返って、その何かを見た。
 
 
一方通行「ッ……」


 一方通行が動揺したかのように、見開かせた両目の瞬きが止まる。
 それはペンダントだった。
 四葉のクローバー型に加工された赤い宝石を金のビーズで縁取っている。
 学生が持つものとしては高級感のあるアクセサリーだった。
 見覚えがあるモノなのか、一方通行はそれを凝視したまま動かなかった。
 
 結標は手にしたペンダントを見ながら、 


結標「これを見ると、何か胸をギュッと締め付けられるような気持ちになる。楽しくて、嬉しいような、そんな感じの気持ちに」

結標「いつからこれがここにあるのかもわからない。けど、これはたしかにここにある。これも貴方の言うまがい物のなのかしら?」


 そう言って結標は一方通行の赤い瞳を見る。
 

825 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:49:34.86 ID:7SptLiMdo


一方通行「…………」


 一方通行は何も言わない。
 彼もわかっているのだろう。その意味を。
 わかっていても自分では答えられないのだろう。
 だから、結標は代わりに言う。
 

結標「私ね、思うのよ。たぶん、これはどちらかが偽物だとかそういう話じゃない。どちらも本物なのよ。紛れもない私が抱いている気持ちなのよ」

結標「けど、こんな相反するものがいつまでも共存できるわけじゃない。いつかはどちらかを決めないといけないときがきっと来る」


 そして結標は再び掴んだ。今度は袖ではなく、彼の左手を、しっかりと。


結標「だから教えてよ? 見極めさせてよ? 貴方がどんな人なのかを。私のどちらの気持ちが正しいのかを」

結標「この気持ちをハッキリさせないまま、私の前からいなくなるなんてダメよ。絶対に逃がさないから」


 結標淡希の顔は真剣そのものだった。嘘や冗談を言っている様子は皆無だ。
 ほのかに紅くした頬。正面から向き合おうとする目。その目にやんわりとにじむように浮かぶ涙。ガタガタと震える手。
 それらを見た一方通行は、大きくため息をついた。


一方通行「……やっぱりオマエはオマエだよ。俺の知っている結標淡希だ」

結標「? どういう意味よ」


 その問いに、一方通行は息を吐くように小さく笑い、


一方通行「面倒臭せェ女っつゥことだよ」

 
 そう答える一方通行の表情は、穏やかな優しいモノだった。
 

結標「うぐっ……」


 結標が小さく声を漏らした。
 ドクン、と結標は自分の心臓が大きく鼓動したのがわかった。
 思わず表情が崩れそうになり、目を逸しそうになったが、息を整えて、
  

結標「……ふふっ、貴方にだけは言われたくないわね」


 笑ってそう返した。
 

―――
――



826 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:12.93 ID:7SptLiMdo


 超能力者(レベル5)第五位の少女、食蜂操祈は一方通行たちが入院している病院の屋上にいた。
 欄干に肘を乗せ、落下防止用の高柵越しに、対角線上の位置にある一室、結標淡希がいる病室の中を眺めている。
 視力2.0あっても部屋の中を詳細に見ることは難しい距離だったが、彼女にとっては関係ないことだった。

 食蜂は今、精神掌握(メンタルアウト)のチカラを使って結標淡希の頭の中を覗いていた。
 彼女が感じている五感や深層心理、彼女の中にある記憶などを全てリアルタイムで抜き取り、食蜂の中へとインプットされている。
 もちろん、結標淡希本人はそんなことをされているとは知りもしない。
 精神モニタリングしながら、食蜂は呟く。


食蜂「……未だに、信じられないわよねぇ」

 
 食蜂は驚いていた。それは結標淡希の感情に対してだ。
 一方通行に対する好意と嫌悪が混在している。彼のこの部分は好きだがあの部分は嫌いとか、そういう次元の話ではない。
 彼女は全面的に彼のことが好きで、全面的に彼のことが嫌いなのだ。

 食蜂は今までいろいろな感情を見てきた。喜怒哀楽はもちろん四六種類に細分化された全ての感情の形を知っているつもりだ。
 そんな彼女でも今回の結標の感情に関しては初めての経験だった。

 嫌悪が生まれるのは当然だ。今の結標淡希の中にある一方通行に対する記憶は、敵対したときの記憶でほとんどを占めている。
 そんな相手を目の前にして嫌悪が生まれないわけがない。よほどの聖人君子でなければそれは不可能に近いことだろう。

 好意についても謎だった。これは一体どこから出てきた感情なのか。
 記憶喪失していたときの結標の記憶、つまり一方通行と恋人関係にあったときの記憶は、たしかに今彼女の脳の中に存在する。
 ただし、それは彼女の記憶の中の奥底。今の彼女では絶対に手を出すことができない場所に保管されていた。
 今の結標と記憶喪失中の結標の存在は表裏一体だ。彼女たちはお互いの記憶を決して共有することができない。
 現に、今の彼女が認識している記憶を端から端まで検索してみても、記憶喪失時代の記憶は一欠片も出てこなかった。

 ほとんどが嫌悪の記憶で埋まっている結標だが、一部だけだが好意的な記憶は一応はある。
 それは少年院で一方通行に命を救われた記憶だ。
 結標からしたら彼は命の恩人ということになるわけだが、果たしてそれだけで身を捧げたくなるような好意が生まれるのだろうか。
 嫌いの感情は好きへと変換できるとはよく言ったものだが、おそらくこれには当てはまらないだろう。
 なぜなら、好きと嫌いの感情が両立している時点で変換できていないということなのだから。

 そこで結標淡希の好意がどこから出てきているのか考えてみる。
 身体が好意を覚えていた? 本能といった彼女の先天性の部分に刻み込まれていた? そもそも脳みそ自体の形が変わり一方通行を受け入れた?
 様々な仮説を組み立ててみるも、これといってしっくりくるような結論は出てこない。

 とある少年が言っていた言葉を思い出す。『心』。
 おそらくあの少年が言った『心』は科学的に証明されている心理学的なものとは違ったものだと思う。
 そうでなければ、能力の名前の通り心理を掌握している食蜂が理解できないわけがないのだから。
 彼が言っている『心』は根性論とかみたいな精神論のようなものだ。オカルトだ。
 超能力者(レベル5)という科学に精通した存在である食蜂は、そういった類のものをなかなか受け入れられずにいた。

 そもそも彼の言う『心』に記憶が保管されているなどという確証はどこにもない。
 食蜂は今まで何百もの記憶喪失者を見たことがある。今みたいな完全に記憶を取り戻せない人たちだってたくさん見てきた。
 その中には将来を近い合った恋人だっていた。長年の絆で結ばれていた兄弟だっていた。お互いを死ぬほど恨んでいた加害者と被害者だっていた。
 だが、決まってその者たちの中に、今回のような思い出せない感情を明確に表面化させていた者はいなかった。
 そんな経験をしてきた食蜂。だから彼女はこう呟く。


食蜂「……もしかして、これが『奇跡』ってヤツなのかしらぁ?」


827 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:50.83 ID:7SptLiMdo


 我ながらいい加減な発言だな、と食蜂は笑う。『心』などと言う少年と大差ない。
 奇跡とは起きないから奇跡という。万が一どころか億が一の確率でも起きない事象なのだと食蜂は考えている。
 たった数百しかないサンプルでそうやって決めつけるなんて、奇跡なんてそこらに転がっていると言っているようなものだ。
 奇跡を馬鹿にしている。奇跡を軽く見ている。奇跡という言葉を安売りし過ぎている。
 しかし、自分が理解のできない現象を目の前にした食蜂は、おかしいと感じていてもそうじゃないかと思うしかなかった。

 この現象を『奇跡』と称するなら、それを引き起こしたのは一方通行という少年で間違いないだろう。
 一方通行は結標淡希の記憶が戻った場合、彼女が自分へ敵意を向けてくることはわかっていた。わかっていながら彼は進むことを止めなかった。
 彼は本気だった。真剣に結標淡希を救おうとしていた。自分の持ち得るモノを全て使い、どんな手段を用いようとも、ただただ一直線に。
 そんな彼だったから『奇跡』を勝ち取ることができたのだろう。


食蜂「…………」


 食蜂はそんな彼が羨ましかった。

 彼女はある『奇跡』が起きることを待ち望んでいた。
 とある想い人の少年のことだ。彼は絶対に『食蜂操祈』という存在を記憶することができない。
 例えば、目の前で恋愛ドラマのような大々的な告白をしても彼の視線が自分を離れれば、彼はそのあったことをまるごと忘れてしまうのだ。
 これは暗示にかかっているとか能力によって記憶を阻害されているとかではなく、脳の構造自体が変質してしまったことために起きる現象だ。
 精神系最高峰のチカラを持つ彼女でもどうしようもないことだった。

 だから、彼女は待つと決めた。いつか彼が自分のことを覚えていてくれるようになる時が来るのではないかと。
 そんな『奇跡』のような現象が、いつか自分の前に起きるのではないかと、淡い希望を抱いていた。

 食蜂が一方通行を陰ながら助けたのは、とある少年を巻き込んでまで助けたのは、彼に似たような境遇を感じたからだった。
 想い人に記憶すらしてもらえない食蜂と、いくら思い出を作っても記憶喪失が治ればそれが全て消え去ってしまう一方通行。
 結果的に見れば、それは食蜂が勝手に持っていた同族意識にしか過ぎなかった。
 彼からすればそんな事情は関係なかった。だから、足踏みすることなく動いた。そんな彼だから『奇跡』を起こせた。


食蜂「……なるほどねぇ、つまり、待っているだけじゃ『奇跡』なんて起きるわけがない、ってコトかしらぁ?」


 自分へ言い聞かせるように、食蜂は呟く。
 屋上を後にするために入り口へと向かって足を進める。
 少女の黄金色の瞳には、何かを決心したような光が見えた。


―――
――



828 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:51:27.10 ID:7SptLiMdo


一方通行「しかし、オマエ本当にイイのかよ?」

結標「なにが?」


 病室にある丸椅子へ腰掛けた一方通行が、隣に置いてある台に頬杖を突きながら結標へ聞く。
 

一方通行「俺と一緒にいるってことは、今までオマエが過ごしてきた環境を全てかなぐり捨てるっつゥことだぞ?」


 一方通行と同じ家に居候し、同じ学校へ通い、同じように生活をする。
 つまり、今の結標淡希からすればまったくの別世界へ飛び込むことと同義だ。
 それは生半可な覚悟では務まらないことに違いない。
 だが結標は、
 
 
結標「別にいいわよ」


 二つ返事で返した。
 一方通行は眉をひそめる。
 
 
一方通行「もォ少し思考してからモノォ言ったらどォだ?」

結標「別に何も考えていない、ってわけじゃないわよ?」


 軽い感じで結標はそのまま続ける。
 

結標「霧ヶ丘に未練があるわけでもないし、今のところ何かをやろうって気もないし、何かをやろうにも仲間たちが少年院から出られるのはまだ先だし」

一方通行「あン? オマエの仲間って反逆者として無期限で捕まってるって聞いたが」

結標「どういうわけか知らないけど、罪状が変わって刑期がきちんと付いたって聞いたわ」

一方通行「誰がそンなことを」

結標「土御門」


 ああ、と一方通行は納得の声を出す。
 自分だけではなく結標にも説明していたのか。
 アフターフォローまできっちりしていて気味の悪いヤツだ、と一方通行は心の中で呟く。


結標「…………」


 ふと、結標が目の前にいる少年をぼーっと見つめていた。
 それに気付いた一方通行は怪訝な顔になる。 


一方通行「どォかしたかよ?」
 
結標「……ねえ、一方通行?」

一方通行「あン?」

結標「今の私たちの関係って、何だと思う?」

一方通行「何って……恋人じゃねェのかよ?」

結標「……ふっ」


 結標は小馬鹿にしたように笑った。
 一方通行の怒りのボルテージがピキピキと上昇する。
 

829 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:52:13.62 ID:7SptLiMdo


一方通行「何かおかしいこと言ったかよ?」

結標「甘いわよ一方通行。大方、私が貴方のことを好きとか言ってしまったから両想いだと勘違いしてしまったんだろうけど、私は同じくらい貴方が嫌いとも言ったわよね?」

一方通行「そォいやそォだな」

結標「つまり好き一〇〇パー嫌い一〇〇パーでプラマイゼロ。そんな状態で恋人を名乗るなんておこがましいとは思わなかったのかしら?」


 あざ笑うように、見下すように結標は目の前の少年を見る。
 態度は気に入らないが、彼女の言いたいことはよくわかる。正論だ。
 だからこそ、一方通行は呆れたように言う。
 
 
一方通行「別に。どォでもイイ」

結標「あら、随分と余裕そうじゃない。もう少し慌てふためくかと思っていたのに」

一方通行「俺がそンなヤツに見えるかよ?」

結標「まあそうなんだけど……あっ」


 結標が何かを察したような表情をした。
 

一方通行「ンだァ? そのクソみてェな面はァ?」

結標「ふふっ、わかったわよ。貴方がそんな余裕ぶっこいている理由が」

一方通行「あン?」

結標「以前の『私』を一回落としたからって、私のことを簡単に落とせるとか思っているんじゃないかしら?」

一方通行「ハァ?」


 アホを見るような目を一方通行は少女へ向けた。
 しかし、結標はそんなことを知らずに指摘する。
 

結標「図星でしょ? 残念ね。私はそんな軽い女じゃないわよ?」

一方通行「知ってる。前のオマエから直に聞いた」

結標「あら、そうだったの。さすがは『私』ね」

一方通行「言ってろ」


 一方通行はため息交じりにそういい捨てた。
 何となく、このやり取りに妙な懐かしさのようなモノを感じた一方通行は、ふと思い出す。


一方通行「そォだ。一つ言い忘れていたことがあった」

結標「言い忘れていたこと? 何よ?」

一方通行「これはオマエのこれからの生活にも関わる重要なことだ」

結標「?」

一方通行「今までの生活を捨てて俺と一緒に過ごすってことはよォ――」


830 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:53:17.20 ID:7SptLiMdo


 ざわざわと病室の外の廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
 その声の数は二人三人とかじゃなく一〇人近い数はいる。
 男の声や女の声。大人の声や子供の声。
 様々な声色の集団が徐々にこの病室へと近づいてきて、ドアの前へでそれが止まった。
 
 ガラララッ! と勢いよくドアが開かれた。


打ち止め「来たよーアワキお姉ちゃーん!! ってミサカはミサカは行きつけの飲み屋に入る常連さんみたいに入室してみたり!」


 同居人である打ち止めが勢いよく部屋に入ってきた。
 
 
黄泉川「打ち止め、なんでお前の口から飲み屋とか常連さんっていう単語が出てくるじゃんよ?」

芳川「いや、それより先に病院なんだから静かにしろ、って注意すべきよ。愛穂」

 
 それを追うように、同居人の黄泉川が抜けたツッコミしながら入室し、隣の同居人である芳川桔梗がそれを諭す。


青ピ「おっじゃまっしまーす!! おっ、姉さん髪下ろしてんやん!! エッろごふっ!?」

吹寄「うるさいわよこの馬鹿者が!!」

姫神「吹寄さんも。十分うるさい」


 いつもと違う結標淡希を見て興奮を覚えているクラスメイトの青髪ピアスが、同じくクラスメイトの吹寄制理のゲンコツを喰らい床に沈んだ。
 そのやり取りを同じくクラスメイトの姫神秋沙が冷めた目で見る。
 

土御門「ところでカミやんは、なーんで病院の中なのに頭から血を流しているんだにゃー?」

上条「シスターとは名ばかりのモンスターに噛みつかれ――」

禁書「何か言ったかな? とうま」


 同じくクラスメイトの土御門元春と上条当麻が適当な会話をしながら入室してくる。
 その後ろをオマケのように付いてくるインデックスはクラスメイトではないが、友人ということにしておこう。


結標「…………」


 結標淡希は入ってきた大勢の人たちを前にぽかんとしていた。
 その様子を見て、一方通行は口の端を尖らせる。
 
 

一方通行「俺なンかより百倍面倒臭せェヤツらの相手をしないといけねェってことなンだぜ?」



 結標が一方通行を見る。
 彼女の顔が呆然とした表情から、自信に溢れたような笑顔へと変わる。



結標「――上等よ」



―――
――



831 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:01.40 ID:7SptLiMdo


 一方通行たちが入院している病院の遥か上空。
 何もないはずの空中に足を付けて立っている少女がいた。
 風斬氷華。彼女の体には弾けるような音と共に白い電気のようなモノが小さく走っている。
 何らかのチカラを使い、その場に留まっているのだろう。
 
 風斬はあるモノを見ていた。
 それは苦難の状況から脱却し、日常へと戻っていった少年少女たち。
 あの場に自分も行って喜びを分かち合いたいが、自分が行くのは場違いだろうと思い、こうやって静観している。
 微笑んでいる少女の後ろから、何者かが話しかける。
 
 
????「楽しいかね? 自らの行動で変質させてしまったモノたちを眺めるのは」

風斬「……あなたですか」

 
 風斬は振り返らずに答える。
 まるで誰が話しかけてきたのか理解している様子だった。
 表情が変わる。微笑みから険しい顔へと。
 

????「君は本当に自由奔放に動く。少しはutojavsoufの自覚を持ちたまえ」


 声の途中にノイズのようなモノが入り込んだ。
 しかし、風斬はそれを気にも止めない。まるでその意味を理解しているように。 


風斬「私は『友達』を助けるために行動しました。これが私の存在意義であり、生きる意味でもあります。だから、あなたたちのような存在に指図を受けるつもりはありません」

????「君があの場に介入しなければ、アレのyueialsdを促すことができたというのに」

風斬「あなたたちの事情など私には関係ありませんよ」

????「まあその代わりに、ほんの少しだが『ヘヴンズドア』のxeiotuewoafを見ることができた。それはそれで面白かったから良しとしよう」


 その言葉に風斬は眉をひそめた。
 ノイズ混じりの声はそのまま続ける。
 

????「世界とは面白いモノだ。本来ならこの世界はあらゆる国を巻き込んだ戦争が起きていたり、世界そのものが崩壊するなどといった事象を経ていたはずだった」

????「しかし、たった一つの歪がこうも世界を変質させてしまったとは。qwoperypoの私も驚きを隠せない」

 
 その声は楽しそうに言った。
 まるで映画の大どんでん返しを見たように。スポーツの試合の大逆転劇でも見たように。
 
 
風斬「何を言っているんですかあなたは」

????「君が気にすることではない。せいぜい君は君の存在意義というモノを果たしたまえ」

風斬「一体何を企んでいるんですか?」

????「私は何もしないよ。プランだとかそういうものを考えるのは『彼』の役割だ。私はただ観察して楽しむだけだよ」

風斬「……まあ、私からしたらどちらでもいいです。しかし、一つだけ覚えておいてください」


 風斬は振り返る。
 目の前にいる存在をメガネのレンズ越しに睨みつけながら、バチィと電気のようなモノを走らせながら。
 
 

風斬「エイワス。あなたがもし私の『友達』に手を出そうとしたならば、私の全てを捧げてでもあなたを叩き潰してみせます」



 エイワスと呼ばれる者が不敵に笑う。
 

エイワス「面白い。それは実に興味の湧く忠告だ」


―――
――



832 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:39.30 ID:7SptLiMdo

 
 一方通行と結標淡希はファミリーサイドの二号棟のエントランスにいた。
 あれから一日経ち、二人は自宅療養ということで退院となった。
 退院時間は午後の三時だったが、いろいろあって出るのが遅れ、ここに辿り着いたのが午後五時過ぎとなっていた。
 
 一方通行がカードキーをエントランスにあるパネルへかざす。
 ピーガチャン、という音と共にロックが解除される。
 家は一三階の部屋のため、二人はエレベーター前へと向かって歩いていく。
 結標がキョロキョロと周りを見回しながら言う。


結標「――へー、私ってこんないいマンションに住んでいたのねえ」

一方通行「つっても居候だけどな」


 一方通行は不機嫌そうにそう答えた。
 

結標「貴方はせっかく退院できたっていうのに、何でそんなに不機嫌そうな顔をしているのかしら?」

一方通行「俺の顔は元からこンなだよ」


 結標は少年の顔をじっと見てから、
 
 
結標「……たしかにそうよね」

一方通行「オイ」

結標「冗談よ。そもそも私はいつもの貴方の顔なんて知らないのだから、そんなこと言われても困るのよね」

一方通行「そォいや、そォだったな」


 一方通行は面倒臭そうに頭を掻いた。
 エレベーターの前にたどり着き、一方通行は上の矢印が表示されたボタンを押してエレベーターを呼ぶ。
 ウイーン、と中で駆動音がかすかに聞こえてくる。
  

結標「で、結局その表情の意味はなんなのよ?」

一方通行「これから面倒なことが起こンだろォなァ、って思ったら自然とな」

結標「どういうこと?」

一方通行「これだ」


 一方通行は携帯端末の画面を突き付ける。
 なになに、と結標はその画面をまじまじと見た。
 あるメッセージが書かれていた。

 『退院したら寄り道せずに、お腹を空かせた状態でまっすぐウチに帰ってくるべし』。
 
 その文章を見て、結標が勘を働かせる。


833 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:56:20.69 ID:7SptLiMdo


結標「……なるほどね。大方、私たちの退院パーティーでも開いてくれるのかしら?」

一方通行「そォいうこった。面倒臭せェ」

結標「あの子そういうの好きそうだものね。えっと、打ち止め、だっけ?」

一方通行「アホ面ぶら下げて玄関前で待機してンのが目に浮かぶ」


 一方通行はげんなりとした表情のままため息をついた。
 キンコーン、とエレベーターが一階に到達する。
 ドアが開き、そのまま二人は乗り込んだ。
 一方通行が一三階のボタンを押す。
 ドアが閉まり、特有の浮遊感とともにエレベーターが上へ上へと上昇し始める。

 ふと、思い出したように一方通行が彼女を呼ぶ。


一方通行「結標」

結標「なに?」

一方通行「……あー、ンだァ」

結標「?」


 一方通行が天井を見上げた。
 何もない空間を見て、何か考え事をしている様子だった。
 だから結標はその様子をただただ首を傾げて見ていた。
 
 ふうっ、と一方通行が息を吐く。
 視線を結標淡希へと移す。
 
 
一方通行「えー、短い間か長い間か、どれくらいの付き合いになるかはわかンねェけどよォ」


 まるで慣れないことを言っているかのように、声のトーンを上下させながら、


一方通行「何つゥか、アレだ、改めてこれからよろしく頼む、っつゥかァー」


 たどたどしくそう言われた結標は、じっと彼を見る。


結標「……もしかして照れてる?」

一方通行「は?」


 その言葉に一方通行は食って掛かるように顔を近づける。


834 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:10.99 ID:7SptLiMdo

 
一方通行「何言ってンだこのクソアマはァ!? ンなわけねェだろォが!」

結標「ひっ、い、いや、だって言った瞬間、目逸らしてたし」

一方通行「逸らしてねェよ!」

結標「そ、そんなムキになってるところからして、よっぽど恥ずかしかったのね!」

一方通行「もォ一回顔面ブン殴って記憶飛ばしてやろォか?」


 ギリリと一方通行は左拳を握り締める。
 結標が身体をビクつかせた。


結標「あ、あはは、ごめんなさい。冗談よ冗談。というかその脅し文句は、割とトラウマダメージ大きいからやめて欲しいんだけど……」

一方通行「あ、ああ、悪りィ。ちと無神経過ぎたか」


 一方通行は戸惑いながら謝罪した。
 その様子を見て結標は少し口角を上げ、視線をエレベーターの隅っこへ向ける。
 
 
結標「(ふふふっ、こうすればコイツから主導権を握ることができるわけね。良いことに気が付いたわ……!)」

一方通行「……聞こえてンぞオイ」


 結標本人は心の中で呟いたつもりだったらしいが、どうやら声に出ていたらしい。
 だから一方通行の白い額に青筋が浮かび上がっている。
 あはは、と結標は誤魔化すように愛想笑いした。
 
 キンコーン。エレベーターが一三階に辿り着いた音を鳴らした。
 

結標「あっ、どうやら着いたみたいよ?」

一方通行「うっとォしいヤツ」
 

 決まりが悪そうに結標はドアの前へと一歩動いた。
 ドアが開かれる。 
 

結標「ふふっ、まあでも、そうね。これからどうなるかなんて私にもわからないけど――」

 
 駆け出すように結標は外へと一歩踏み出した。
 そして、体ごと振り向きながら、柔らかな笑顔を見せながら、



結標「こちらこそ、よろしくね?」



835 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:46.26 ID:7SptLiMdo


 私は結標淡希。九月一四日以降の約半年間の記憶がない、記憶喪失です。

 この半年間『私』がどう過ごし、何を思っていたのかなんて私はわからない。
 そんな未知の世界へ『私』の代わりに飛び込んでいくと私は決めた。
 不安がないわけじゃない。けど、不思議と怖さはなかった。
 それはこうだという明確な理由があるわけじゃない。
 だけど、私は思う。



 「『私』が好きになれた世界なのだから、私も好きになれるはずだ」。



 そんな至極単純なことを思って私はここに居るのだろう。きっと。


――――――


836 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:58:54.91 ID:7SptLiMdo





結標「私は結標淡希。記憶喪失です」 完





837 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 19:00:19.20 ID:7SptLiMdo

というわけで終わり
もうおらんやろけどここまで読んだ人がおったらおつかれした

伏線回収のための蛇足編のはずなのに全回収どころか逆に増えてるような気がするのは気のせい
ぶん投げENDってことでこんなしょうもないSSのことなんてもう忘れろ

長々語ったけど最後に心残りが一つ
>>345>>346を逆に投下してしまったのがほんま糞ムーブ

838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/28(金) 22:24:04.62 ID:bbKW2wlIo
お疲れ様でした、懐かしいssがまた見れて大満足です。
また禁書ss書いてくれること祈ってます
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/03/24(木) 13:20:31.28 ID:TVWxG2Hf0
何となく気になって見返してたけど、続きが更新されてたなんて思いもしませんでした。
また続きが読みたいです
840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 20:35:32.61 ID:DbHM2PgY0
死体蹴りとは陰湿だなぁ……
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:07:26.43 ID:rYV+b3N9O
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