結標「私は結標淡希。記憶喪失です」

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741 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:38:53.01 ID:Q+V+Oj11o


 ゴシャン!!


 覗き込んでいたスコープごと、磁力狙撃砲が弾け飛んだ。


砂皿「ごっ、がああああッ……!?」


 砂皿の体は建設途中のビルの足場にのたうち回るように転がっていた。
 右腕に傷を負ったのか血でにじむ長袖を左手で抑えている。
 爆散した磁力狙撃砲に巻き込まれたのだろう。


砂皿(……まさか、狙撃されたのか!? この私が!?)


 あの一瞬の出来事から砂皿はそう推測を立てる。
 彼女は銃火器を持っている様子はなかった。手ぶらだ。つまり、彼女は何かしらの能力者だということ。


砂皿(チッ、いずれにしろ場所が割れている以上、ここに居座る道理はない。撤退だ)


 側に置いていた大きな鞄を開け、磁力狙撃砲だった部品を乱雑に押し込める。
 ここに自分がいた形跡を残すわけにはいかないからだ。
 その最中に、部品と混じって転がっている、ある物が目についた。


砂皿(これは……釘、か?)


 それは鉄製の釘だった。
 ここは建設途中のビル。すなわち工事現場だ。釘の一本や二本落ちていてもおかしくはない。普通ならそう判断するだろう。
 しかし、その釘は金槌で横から殴ったようにひん曲がっていた。そして、焼けたように真っ黒に焦げていた。
 それを見て、砂皿はあることを思い出す。

 学園都市にいる超能力者(レベル5)と呼ばれる能力者の第三位に当たる少女のことだ。
 少女が使う超電磁砲(レールガン)という技。それは金属で出来たコインを音速の三倍で射出することによって莫大な破壊力を生むというものだ。

 砂皿の覗くスコープがオレンジ色の光に包まれたのはなぜか。
 莫大な電力が彼女の周りに放たれたからではないか。

 鉄釘がなぜ黒焦げているのか。
 電気を纏って射出されたため熱で焼けたからではないか。

 超電磁砲は金属製のコインを飛ばす技だ。
 コインが飛ばせるのなら鉄釘を飛ばせてもおかしくはないのではないか。


砂皿(……もしや、ヤツが第三位の超能力者(レベル5)、『超電磁砲(レールガン)』というヤツか)


 片付け終わった砂皿は鞄を肩へ掛け、下の階へと降りるために階段のある方向へ目を向けた。
 すると、

 カン、カン、カン。

 下から金属製の階段を歩いて上ってくる音が聞こえてきた。
 誰かがこのビルへと上ってきている音だ。時間が時間だ。工事現場の人間ではないだろう。
 砂皿は身構える。その階段の音は次第に大きくなっていき、距離が近くなっていく。

 階段から人影が現れる。


????「――こんにちはー!! アナタだね? スクールに雇われてるスナイパーさんってヤツは」

砂皿「……貴様は超電磁砲か?」


 砂皿は冷静に問いかける。


742 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:40:06.37 ID:Q+V+Oj11o


????「残念ながら違うよ。というかミサカをあんな幼児体型のおこちゃま趣味と一緒にしないで欲しいよねー」

砂皿「なら貴様は何者だ?」


 再び尋ねられた少女はクスリと笑い。


番外個体「そうだね。名前なんてないけど、あえて名乗るなら『番外個体(ミサカワースト)』とでも言っておこうかな」


 それを聞いた砂皿は肩にかけた鞄を床に落とした。


砂皿「……そうか。貴様は超電磁砲ではないのだな」

番外個体「だからそう言ってるじゃん」

砂皿「それはいいことを聞いた」


 砂皿は懐から拳銃と、何かに使う機械のようなものを取り出した。
 そして、番外個体と名乗る少女をじっくりと見据えて、


砂皿「ならば、何の問題もなく殺せそうだ」


 その言葉を聞いた番外個体は唇をぺろりと一舐めしてから身構える。


番外個体「相当自信があるみたいだね」

砂皿「私がこの街に来てから半年となるか。『スクール』の所属となり、あらゆる者と戦ってきた。学園都市が作り上げた不気味な機械はもちろん、あらゆる能力者たちともな」


 砂皿が拳銃の安全装置を外し、銃口を少女へと向けた。


砂皿「貴様は電撃使い(エレクトロマスター)だろ? 私は大能力者(レベル4)程度の電撃使いなら二人殺したことがある。もちろん狙撃ではなく、こうやって直にな」

番外個体「……なるほど、たしかに嘘は言っていないみたいだね。生存意識が薄いミサカでも死ぬかも、って思えるくらいのプレッシャーを感じるよ」


 けど、と番外個体は続ける。


番外個体「それはあくまで、ミサカがレベル4程度のザコザコ電撃使いっていう前提の話だよねー?」

砂皿「何が言いたい?」

番外個体「だってさ――」


 番外個体は笑う。
 まるでこれからイタズラを仕掛けようとするかのような笑顔を見せる。


番外個体「――誰もミサカが大能力者(レベル4)の電撃使い(エレクトロマスター)だなんて、一言たりとも言ってないよねぇ?」


 ふと、砂皿はある装置が目に入る。それは番外個体と名乗る少女のうなじに取り付けられている物だった。
 まるで無理やり接着剤か何かで後付したような、取ってつけたような違和感を放つ機械だ。
 その装置にはランプのようなものが点灯していた。薄い黄緑色だ。
 そして、砂皿は見た。


 そのランプの色が、黄緑色から赤色に変化するその瞬間を。


―――
――



743 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:42:32.31 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はエレベーターの裏にある隠し階段の前に、つまり、結標淡希がいると言われている場所へと繋がる入り口の前で立ち尽くしていた。


上条「……クソッ、何やってんだ俺は……! 早く動けよ。今さら何をビビってんだよ……!」


 上条は呟くように自分を奮い立たせようとする。
 しかし、少年の足は根を生やしたように動かない。


上条(さっき爆発みたいな音が聞こえた! 地震みたいなもんが起こった! もしかしたら結標の身に何かが起きているかもしれねえんだぞ!?)


 結標淡希を助けたい。その気持ちはたしかに存在する。


上条(さっき決めただろうが! 俺がやりたいと思ったことが俺の『役割』なんだって! なのに、なんで動かねえんだよ!? 俺の身体!!)


 頭ではそう思っていても身体は正直、というヤツか。
 どこか無意識の部分で恐れているのか。再び、結標淡希に拒絶されるかもしれないということを。

 くっ、と上条当麻は右拳を壁に打ち付けた。
 拳にじわりとした痛みが広がる。


上条「はっ、何やってんだ俺!? 今何時だ!? あと何分残ってんだ!?」


 上条当麻はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認しようとする。

 ゾクッ、

 背筋に這い寄るような悪寒が走り、携帯電話を開こうとする上条の手が止まった。


上条「なっ、なんだっ!?」


 上条当麻は振り返る。当たり前だが誰もいない。
 小走りでエレベーターの裏からエレベーター前への廊下へと行き、確認する。誰もいない。
 それを確認したのになぜか上条が感じる悪寒は一向に収まらなかった。いや、むしろ段々と強くなっていく。


 カツン、カツン、カツン。


 なにかの音がこちらへ向かって近付いてくるのを上条の耳が捉えた。
 これは革靴で硬い廊下の床を歩いてできる足音だろうか。
 とにかく、何者かがエレベーターの裏にある隠し階段を、その先にいる結標へ向かって近付いてくる。


上条「…………」


 上条は息を飲む。心臓の鼓動が加速する。じわりと嫌な汗が全身に流れる。
 じわりとにじみ寄ってくるプレッシャーに上条当麻の息が荒くさせる。
 ついに、その悪寒が全身を包んだ気がした。

 そして、男は現れた。
 廊下の二〇メートルくらい先にある曲がり角から、革靴の音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いて。
 その姿を見た上条当麻の全身が強張った。


上条「――て、テメェは……!」


744 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:43:17.23 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はその男のことを知っていった。
 たった一度しか会ったことはなかったが、しっかりと脳裏に焼き付いていた。

 その男と出会ったのは冬休みの時に行ったスキー場。そこで開催されていた雪合戦大会の準決勝のときだった。
 正体不明のチカラを使い、自分だけではなく他のチームメイトである友達にまで、雪合戦という領域を遥かに超えた攻撃をしてきた男。

 上条当麻はその男の名前を知っていた。
 叫ぶように、吠えるように、嘆くように、上条はその名前を口に出す。



上条「――垣根提督!!」

垣根「あ?」



 名前を呼ばれた垣根は今気づいたかような様子で上条へ話しかける。


垣根「テメェは雪合戦のときにいた無能力者(レベル0)じゃねえか。何でこんなところにいやがんだ? もしかして、何かやらかして捕まっちまったのか?」


 垣根は軽い冗談のようなものを交えながら上条へ問う。
 しかし、上条の耳にはそんな言葉は届いていない。


上条「何でテメェがこんなところにいるんだ!?」


 敵意剥き出しの上条を見て、垣根は面倒臭そうに頭を掻いた。


垣根「ったく、質問を質問で返してんじゃねえっつうの。俺はここに用があって来ただけだよ。少なくともテメェには一ミリたりとも関係のな……うん?」


 関係のないという言葉を言いかけた垣根が何かに気が付き、言葉を止めた。
 顎に手を当て、何かを考えている様子だ。
 しばらく考えてから、垣根の表情が変わる。

 禍々しさを放つような笑顔へと。


垣根「――テメェ、もしかして座標移動(ムーブポイント)を助けにこんなところまで来やがったのか?」

上条「ッ!?」


 図星を突かれた上条の身体に緊張が走った。
 垣根が笑いながら続ける。


垣根「ぎゃははっ、正解かよ? カッコイーなぁお前。そんなくだらないことのために一人で少年院にまで乗り込んだのか? 傑作だぜ」

上条「くだらないこと、だと?」


 上条は垣根を睨みつける。


上条「困っている友達を助けることがくだらないことなのか!? 鼻で笑われるような馬鹿馬鹿しいことなのか!?」

垣根「何をマジになってやがんだ。コイツもしかしなくても本物か? 気色ワリー」

上条「質問に答えろよ!!」


 お前が言うなよ、と垣根は呟く。
 ため息をついてから氷のような冷たい目で問う。


垣根「お前、座標移動とはどういう関係なんだ?」

上条「言っただろ! 友達だ!」

垣根「いつからだ?」

上条「ッ」


745 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:44:19.01 ID:Q+V+Oj11o


 上条は垣根の言いたいことを瞬時に理解した。
 それは今の上条がここに立っているという意思を打ち砕くような致命的なこと。
 だから、言葉が詰まり、返答をすることが出来ない。


垣根「幼稚園の頃からの仲か? 小学校の頃からか? 中学校の頃からか? 高校へ入学してからか?」


 垣根はそのまま続ける。
 

垣根「――アイツがテメェらのいる高校へ転入してから、か?」

上条「…………」


 上条は答えない。答えたくない。認めたくない。


垣根「もしそうだとするならよ、今の座標移動とお前は友達どころか知り合いですらねえ、完全な赤の他人ってことになるよな?」


 ダメだ。やめろ。やめてくれ。


垣根「だったらさ、今の座標移動がお前なんかの助けを待ってるわけねえだろ。そんなヤツを勝手に友達認定して助けに行くなんて、一体何様のつもりだよヒーロー気取りクン?」

上条「…………ぁ」


 少年の中にある芯が叩き折られた。
 上条は腕をだらんと下ろし、力なくその場に立ち尽くす。
 今まで自分を奮い立たせていたものが崩れ、気力が削がれる。


垣根「チッ、つまらねえヤツ」


 吐き捨てるように言った垣根は再び歩みを進める。
 独房へ繋がる階段のある、エレベーターのある方向へ向けて。

 呆然と立つ上条と目的地へと進む垣根がすれ違う。
 その際に垣根が、


垣根「さて、やっと会えるぜ『一方通行(アクセラレータ)』。今からぶち殺せるかと思うと楽しみで仕方がねえ」


 白い歯を不気味に見せながら、呟くように宿敵の名前を呟く。


上条「あくせら、れーた……?」


 上条当麻の耳にもその名前が届いた。少年の止まった思考が再び動き出す。

 なぜ、一方通行の名前をつぶやきながら結標のいる独房へと向かっているんだ?
 そういえば、結標を救うために暗部という闇に立ち向かっている一方通行は今どこにいるんだ?
 そんなの決まっている。今も結標を捜してどこかを駆け回っているはずだ。
 いや、違う。一方通行は頭のいいヤツだ。絶対に場所を突き止めて、そこにいるはず。
 そうか。だから、垣根帝督は――。


上条「――おい、垣根」


 上条は呼び止める。


垣根「あん?」


 垣根がどうでもよさそうに振り返り、呼び止めた少年の方へと目を向ける。


垣根「ッ!!」


 そこにいたのは右手を握り締め、右腕を振りかざし、右拳を垣根に叩き込もうとする上条当麻の姿だった。


746 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:46:10.30 ID:Q+V+Oj11o


 ゴガッ、と上条の鉄拳を垣根は腕をクロスすることで防御する。

 その衝撃で垣根の体が二メートルほど後ろへ下がった。
 腕に痺れを感じているのか、垣根は手を握ったり広げたりしながら、


垣根「一応、俺の体にはオートで能力の防衛機能が働いてたんだがな。相変わらず、気持ちの悪いみぎ――」

上条「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 垣根が言い切る前に上条は叫びながら再び右拳を振りかざす。
 大ぶりで腕を振り回すように放たれた右ストレート。
 チッ、と垣根は舌打ちをしてからそれを飛び越えるように跳躍して避けた。

 バサリ、と空中に滞在する垣根の背中から六枚の天使のような白い翼が現れる。
 
 そのうちの一本が巨大な杭となって、上条当麻の心臓を貫くために射出された。


 バキン。


 上条はまるで投げられたボールを掴むように杭を右手で捕らえ、握り潰した。
 静かに床に着地した垣根がそれを見て、忌々しそうに言う。


垣根「ホント、何なんだその右手? スキー場んときは何かの間違いかと思っていたが今ので確信したよ。テメェは異常だ」

上条「そうだよな。俺ってホント馬鹿だよな」

垣根「はあ?」


 一見、会話になってそうでなっていない上条の返答を聞き、垣根は眉をひそめた。
 それもそのはずだ。上条は自分に対してその言葉を言ったのだから。


上条「たしかに俺はヒーロー気取りの大馬鹿野郎だよ。勝手にそれが自分の『役割』だと思い込んで、一人で勝手に背負い込んでたんだからな」

上条「本当のヒーローは俺なんかじゃない。結標淡希っていうヒロインを助け出すのは『アイツ』なんだよ。俺はせいぜいそれを傍から見守るだけのエキストラだ。通行人Aだよ」


 上条当麻は誰かに問いかけるように続ける。


上条「だったらさ、通行人Aの俺が出来ることってなんだろうな? 俺の『役割』ってなんなんだろうな?」


 上条当麻は睨みつけるように垣根を見る。その瞳は先ほどまでの迷いのあった少年のものではない。
 希望のような、勇気のような、進むべき方向を見つけた、ハッキリとした意思を持った目だ。


上条「そんなの決まってんだろ? ヒーローとヒロインが一緒に困難を乗り越えようとしているのに、それに水を差すどころか泥水をブッ掛けようとしてるヤツが目の前にいるんだ」


 上条は右腕を真横に広げる。道を塞ぐかのように。


747 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:47:05.67 ID:Q+V+Oj11o


上条「そいつをこっから先へ通さねえことだよ。例え、この体が真っ二つに切り裂かれようが、全身の骨がコナゴナに砕けようが、この心臓が止まって死んじまっても、な」

垣根「……くっはっ」


 立ちはだかる少年を見て、垣根は吹き出すように笑った。


垣根「面白れえじゃねえかよテメェ。まさか、この俺が超能力者(レベル5)第ニ位の垣根帝督だと知った上で、そんな舐めた口を利いてくるヤツがいるとはな」

垣根「けど、残念だよ。いつもの俺なら少しくらい遊んでやろうっていう気も回してやれただろうが、今は状況が違う」

垣根「俺は今からその後ろにいるクソ野郎をぶっ殺してやらなきゃいけねえんだよ! 悪いが死んだっつうことに気が付けねえくらい、一瞬で終わらせてもらうぞ!」


 垣根の背中から伸びる白い翼が膨張するかのように大きく広がる。
 まるで裁きを与える大天使のように。



垣根「今日は雪合戦みたいな遊びじゃねえぞ!? 純粋な、混じり気の一切ない、一〇〇パーセント完全な未現物質(ダークマター)だ!! テメェの中の常識を百万回ひっくり返しても足りねえくらいの異常空間を、せいぜい楽しみなッ!!」



 上条当麻は宣戦布告する。超能力者(レベル5)第二位の男、垣根帝督へ。



上条「――殺してやるよその幻想。二人の邪魔をしていいなんていう思い上がった考えや、そんなくっだらねえチンケなチカラごと。この俺が、全部ッ!!」



 全ての現実を歪める異能の翼と、全ての異能を破壊する右手が、少年院内の廊下で交差した。


―――
――



748 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:47:39.16 ID:Q+V+Oj11o


 地下独房前の廊下で一方通行と土御門元春はその場で立ち尽くしていた。
 顔をしかめ、ある一点を見つめ、体を微動だにもせず、まるで身動きが取れなくなったように。
 その原因は彼らの視線の先にあった。


佐久「――へへっ、動くんじゃねえぞクソ野郎ども」

結標「ぐっ……」


 佐久という大男が結標淡希の首に腕を回してホールドしていた。
 首へ回した手にはコンバットナイフが、もう片方の手には拳銃が握られている。

 人質。

 この空間の支配権をブロックが再び引き戻していた。


佐久「少しでも動いてみろ。この女の首を掻っ切る。別に俺からすりゃコイツの命なんざどうでもいいんだがよお、テメェらからすりゃそうじゃねえんだろ?」

土御門「チッ……」


 舌打ちする土御門の額には汗のようなものが見える。
 想定外の状況に焦りを出てきているのだろう。
 しかし、一方通行は違った。


一方通行「…………」


 冷静に。表情を変えることなく。結標を。彼女を捕らえる佐久を。
 ただただ黙ってそれを見つめていた。


佐久「さて、人質を助けたいんだろ? こちらの指示に従ってもらおうか」


 形勢が逆転した佐久は一方通行を見る。


佐久「まずはその厄介な『AIMジャマーキャンセラー』とかいう玩具をぶっ壊してもらおうか」


 手に持った拳銃で一方通行の首元に付いている装置を指す。
 これがなくなると彼はAIMジャマーという装置の効力が働いているこの場所で、能力を自由に使うことができなくなる。
 まさしく絶体絶命な状況に陥ってしまうだろう。
 しかし、


一方通行「ああ」


 グシャリ。一方通行は間髪入れず返事をし、首の右側にある装置を握り潰した。
 装置の部品が床にバラバラと落下していく。


一方通行「ッ……!」


 一方通行の身体がふらついた。
 今まで受けていなかったAIMジャマーの影響を受けたせいだろう。
 これで一方通行は自由に能力を使うことができなくなった。


749 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:48:31.98 ID:Q+V+Oj11o


佐久「よくできました。それじゃあ、お次は――」


 そう言って佐久は銃口を一方通行へ向ける。


佐久「テメェらにはここでくたばってもらおうか。安心しろ。みんな仲良くあの世に連れて行ってやるよ」

土御門「みんな、だと?」


 土御門が佐久の言葉に怪訝な表情をする。
 一方通行と土御門を殺すのなら『二人』という単語を使うはずだ。
 なのに、佐久は『みんな』と言った。


佐久「そうだよ。どうせこの女もすぐくたばるんだからな」


 それを聞いて一人だけ驚愕の声を上げる者がいた。
 一方通行でもなく、土御門でもなく、結標淡希でもなく。


手塩「どういうことだ佐久!? 座標移動は、生きたまま上層部へ、引き渡す予定だっただろ!?」


 同じブロックの構成員である手塩だった。
 まるで初めてそのことを聞かされたような、戸惑いの表情を浮かべている。
 手塩からの質問に面倒臭そうに佐久が答える。


佐久「そういえばお前には言ってなかったか。この女は上層部には引き渡さねえ」

手塩「何だと? では一体、座標移動を、どうするつもりなんだ?」

佐久「決まってんだろ。こいつは俺たちが使うんだよ」

手塩「使う?」

佐久「そうだ」


 不気味に口角を上げて佐久が笑う。



佐久「――『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。座標移動(ムーブポイント)はその計画の礎となってもらう」



 一方通行がピクリと体を震わせる。
 『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。その言葉の意味を彼はよく知っていた。
 一定水準に達した空間移動能力者(テレポーター)を素体とし、一〇八台のスーパーコンピューターと連結させることにより、莫大な演算能力を与える。
 そして、それらは一つの装置として扱われるため、誰でもボタン一つでテレポートというチカラを使うことが出来るようになるというもの。
 この装置を作るためには空間移動能力者の肉体は必要なく、脳髄と脊髄が残っていれば運用が可能となっている。
 つまり、彼らが欲しているのは座標移動の脳であり、結標淡希という少女は必要ないということだ。


手塩「その計画については、簡単にだが知っているつもりよ。だが、あれは我々だけで、再現できるものではないはずだ」

佐久「たしかにそうだな。けど、その点に関しては問題ないぜ。既にそれを再現してくれるスポンサーは見つけてある」

手塩「スポンサーだと?」

佐久「外部には学園都市の科学技術を狙う輩はたくさんいんだよ。その中には、それを再現できるだけの技術を持つ組織だって存在する」

結標「…………」


 結標が顔を曇らせる。
 かつての彼女も、学園都市の外部にある『科学結社』という組織と取引をしていたからだろう。


750 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:49:16.16 ID:Q+V+Oj11o


土御門「外部組織だと? 馬鹿な」


 土御門が問う。


土御門「上層部が一番気にしているのは外部への情報流出だ。だから、外部組織との連携の監視は一番力を入れている。そんな中、貴様らはどうやってコンタクトを取った」


 質問に対して佐久はあっさりと答える。


佐久「知らないのか? 俺たち『ブロック』の仕事は学園都市の外部協力機関との連携を監視することだ」

土御門「……なるほど、そういうことか」


 土御門は納得したように呟いた。


佐久「はぁ、余計なこと喋りすぎたな。あんまりここに居座ってクソどもを増やしてもしょうがねえか」


 再び、佐久は拳銃の照準を一方通行へ合わせる。
 引き金に指をかけた。


佐久「――くたばりやがれ第一位!! せいぜい、地獄に落ちねえように閻魔大王様に許しを乞うんだなァ!!」


 銃口を向けられた一方通行は目を逸らさない。佐久だけを見ている。
 佐久が引き金にかけた指に力を入れる。
 あと数ミリで銃弾が発射される位置まで押し込まれる。

 しかし、発砲音がなる前に別の音が通路内に鳴り響いた。
 ピピピピピピピピピッ!! という不安感を煽るような甲高い電子音が。


手塩「……これは、非常時の支援要請の音か?」


 手塩はこの音を知っていた。
 『ブロック』内で使われている携帯端末の着信音。
 それは緊急事態に陥っており、助けを求めている仲間からの連絡が来ていることを表していた。


佐久「…………」


 佐久の指から力が抜ける。どうやら、その着信音は佐久の端末から鳴っていたようだ。
 そのまま引き金から指を離し、拳銃を持ったまま腰に付いた携帯端末を取る。
 ピッ、と端末のボタンを押すと甲高い電子音が鳴り止み、通話モードとなった。
 佐久は端末を耳に当てる。


佐久「鉄網か? 何があった?」


 電話の先は鉄網という、同じブロックの幹部を担っている少女らしい。
 だが、電話からは声が帰ってこない。


佐久「まさか例の組織との連携で何か問題でも起きたのか? おい!」


 再び声をかけるが帰ってこない。
 と、思ったらザザッ、という音が聞こえたあと、女の声が聞こえてきた。


751 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:50:07.31 ID:Q+V+Oj11o


??『どーもー! 『ブロック』のリーダー佐久ちゃーん? お外にいるお友達と随分楽しいことやってたみたいだねえ?』


 その声は佐久の知っている鉄網という少女の声ではなかった。
 少女と比べたら低く、大人びたような声色をしている。


佐久「……誰だテメェは?」

??『あれれー? もしかしてわからないわけー? うーん、しょうがないなー。ちょっとだけヒントあげちゃおうかにゃーん?』

佐久「ふざけてんのか!! いいからさっさと名乗れ!!」

??『アンタらブロックと同等の機密レベルを持っていてー、上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止を業務としている組織はなんでしょーか?』

佐久「なっ……!」


 クイズのような問いの中にある言葉言葉を聞いて、佐久は気付く。
 恐る恐るという感じに、電話口に答える。


佐久「『アイテム』、そのリーダーの麦野沈利か?」


 いひっ、と電話口の女は小さく笑う。


麦野『だーいせいかーい!! ま、って言っても正解したところで景品やら特典なんてものは、なーんにもないんだけどねー?』

佐久「ッ」


 佐久の端末と繋がっているのは同じブロックの構成員である鉄網の端末だ。
 その端末を麦野沈利が使っている。つまり、電話の持ち主が既にいなくなっているということ。

 佐久が鉄網に与えた仕事は外部組織との連携。
 ブロックの仕事をしている中で佐久が作った外部への運搬ルートを利用し、鉄網は学園都市の外へ出た。
 そして、外部組織のアジトへと向かい、今組織の人間とこれからの流れを打ち合わせしていることだろう。

 麦野沈利がその学園都市外にいる鉄網の携帯端末を持っているということは――。



佐久「――テんメェええええええええッ!! よくもやりやがったなあああああああああああああああああッ!!」



 佐久が電話口に向かって吠える。
 肺の中にある空気を全部吐き出すような声量で。


麦野『やりやがった、って一体何のことなのかにゃーん? アンタらの仲間の陰気臭えガキをブチ殺したこと? アンタらのお友達の組織とやらを皆殺しにしたこと?』


 電話の先の麦野の声が、嘲笑するようなトーンへと変わる。



麦野『――それとも、テメェのコツコツと積み上げてきた全部を、跡形もなく叩き潰してやったことかなー?』



 ガシャン!! 怒りで頭に血が上った佐久が携帯端末を壁に投げつけた。
 衝撃に耐えきれなかった端末は砕け散るようにバラバラの部品となり、床に散らばった。


―――
――



752 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:51:05.89 ID:Q+V+Oj11o


麦野「ぎゃははははははははッ!! 全然物事がうまくいかないからって物に当たるなんて、ガキかよこのオッサン!?」


 血塗られた端末を片手にアイテムのリーダー麦野が笑い声を上げていた。


滝壺「しょうがないよむぎの。あそこまで小馬鹿にされたら、誰だって怒ると思うよ?」


 高笑いする麦野の言葉に、ぼーっとした感じで滝壺が反応する。


絹旗「こんな周到に超準備してるようなヤツですからねえ。プッツンとキてもおかしくはありませんね」


 冷静な表情で絹旗が言う。

 彼女たち『アイテム』は今、学園都市の外にある廃病院のような建物の中にある一室にいた。
 廃病院なのは外見だけだった。学校の教室二つ分の広さのある部屋には、研究機材等の設備で溢れており、いかにもな研究所という感じだ。
 あちこちには研究員と思われる男たちが倒れており、施設の床が血の海のように赤く染まっていた。

 そんな中をアイテムの構成員フレンダが室内を歩きながら考え事をしていた。


フレンダ(……昨日今日の私、ほんとダメダメって訳よ)


 この施設の中には五〇人近い死体が転がっている。そのほとんどが麦野沈利、絹旗最愛がやったものだ。
 しかし、フレンダはここでは一人たりとも倒せてはいなかった。
 自分ではいつも通りやっているつもりだった。頑張っているつもりだった。
 だが、なぜだかフレンダの思うような結果は付いてこなかった。


フレンダ(……もしかして私、弱くなってる……?)


 具体的に何が弱くなったとか、フレンダ自身は理解していない。
 ただ、自分の中で何かが変わってしまったのじゃないか、と漠然とだがそんなもの感じていた。


フレンダ(このままじゃ足手まといになってしまう……どうにか、どうにかしないと)


 今日の自分の調子が悪いのは、しょうがないで済むかもしれない。
 だが、これ以上はそれでは済まないかもしれない。

 もし明日も調子が悪く、このままだったら。
 もし一週間後も調子が悪く、このままだったら。
 もし一ヶ月後も調子が悪く、このままだったら。

 もしずっとこのままだったら、フレンダはもう『アイテム』というこの居場所にいることができなくなる。
 役立たずの烙印を押され、排除されてしまうだろうからだ。
 そんなことを考えているフレンダの表情には陰りのようなものが見えた。

 室内をにある扉のない物置のような小部屋の前に、フレンダはたどり着いた。中にあるダンボールや機材をぼーっと眺める。
 そんな彼女に一人の少年が近付く。


浜面「どうかしたのか? フレンダ」


753 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:52:44.26 ID:Q+V+Oj11o


 下部組織の一員の浜面仕上が何気ない感じで話しかけた。


フレンダ「……ううん、別にどうもしないけど」

浜面「そ、そうか。ならいいんだけど」

フレンダ「というかまだ仕事中だよ? 持ち場から離れちゃって、こんなところでサボってたら麦野に怒られちゃうって訳よ」


 呆れるようにフレンダは言う。彼はこの部屋の入り口を見張る役目だったはずだ。
 何でこんなところにいるんだ、とか思いながらフレンダは彼を持ち場へ戻させるために手をひらひらとさせる。
 すると、急に浜面の表情が強ばる。


浜面「――フレンダ!! 危ねえッ!!」

フレンダ「えっ」


 浜面仕上が急に目の前の少女の両肩を掴み、床へ横向きに押し倒すように力を加える。
 突然のことでフレンダは踏ん張ることが出来ず、そのまま横向きに床へと倒れ込む。


 ドガッ!!


 鈍い打撃音のような音が聞こえた。



フレンダ「……痛ッ、な、何なのよいきなりぃ」


 肩と背中を硬い床へ軽く打ち付けたのか、フレンダは肩の後ろ部分を手で抑えていた。
 苦痛の表情に怒りを混ぜて、フレンダは現在進行系で自分を押し倒している少年を睨むように見る。


フレンダ「ちょっと浜面ぁ! アンタ一体――へっ?」

浜面「け、けがは、ねえか? フレンダ……」


 フレンダの目の前にいる少年は安堵の表情を浮かべている。
 しかし、その少年のこめかみの辺りから、赤い液体がダラリと流れていた。
 顔を伝って流れる液体は重力に従い落下し、ぽたりと真下いる少女の頬へと雫となって垂れ落ちる。


フレンダ「なっ、何でアンタ怪我して……ッ!?」


 フレンダは目だけを動かして、浜面の頭より後方を見る。

 そこには鉄パイプのような棒を持った、研究員のような格好をした男が立っていた。

 一体どこから現れたんだ、とフレンダはふと思い出す。
 自分は今扉のない物置のような部屋の前に立っていた。
 物置ということは物がたくさん置いてあり、その数に比例して物陰がたくさんできるということだ。
 つまり、あの男は今の今まであの部屋の中にある物陰に隠れて、ずっと機会を伺っていたということだろう。一矢報いれるチャンスを。

 そんなことを考えている中、男が鉄パイプ強く握り締め、大きく振りかぶったのが見えた。
 このままあれが振り降ろされたら、目の前にいる少年に硬い鉄パイプが当たってしまう。
 大怪我、最悪死ぬ。


754 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:54:31.30 ID:Q+V+Oj11o



フレンダ「浜面ッ、避け――」


 ドグシャ!! 鉄パイプが振り下ろされる前に、男の頭部がコンクリートの壁に叩きつけられた。
 同じアイテムのメンバーである絹旗最愛が、獣のような表情をして拳を男の顔面に叩き込んだからだ。
 鉄板をも容易に貫く絹旗の拳を受けた男の頭は、砕け散ってザクロのように赤い物体を周りに撒き散らした。


絹旗「調子に乗ってンじゃねェぞ、クソザコ野郎がッ……!」


 吐き捨てるように言った絹旗は、視線を男だったものから床に倒れ込んでいるフレンダたちへ向ける。


絹旗「超大丈夫ですか? 二人とも」

フレンダ「う、うん」

浜面「あ、ああ、助かったぜ絹旗……」


 そう言って浜面はゆらりと立ち上がった。それを追うようにフレンダも立ち上がる。
 別の場所にいた麦野と滝壺が、騒ぎを聞きつけたのかこちらへと駆け寄ってきた。


麦野「おーおー浜面クーン。随分と男前な面になったもんだねー」

滝壺「大丈夫? 血が出てる」


 滝壺はポケットからハンカチを取り出して、それを浜面へ差し出す。
 それを受け取った浜面が薄く笑って、


浜面「……あ、ありがとうな、た、きつ、ぼ……」


 浜面仕上の意識が消え、体が床へと倒れ込んだ。


滝壺「はまづら……!」

麦野「あっちゃー、当たりどころが悪かったのかねー? 絹旗。下部組織に連絡してここの後始末の指示と、浜面の代わりの運転手を一人こっちに寄越させなさい」

絹旗「了解です」


 アイテムのメンバー三人が忙しなく、手際よく動いている中、フレンダは倒れた少年を呆然と見ていた。


フレンダ「…………」


 フレンダは考える。
 この少年が怪我をしたのは自分のせいなのではないか、と。
 普通に考えれば、あんな隠れる場所が多くある物置に伏兵がいないわけがない。例えいなかったとしてもいる前提で行動するべきだ。
 フレンダはそこまで考えられていなかった。いつもなら絶対にやらないミスだ。
 そのミスのせいで、この少年は怪我を負った。下部組織の下っ端だとはいえ、仲間を危険に晒した。

 私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで――。


―――
――



755 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:55:25.79 ID:Q+V+Oj11o


土御門「……電話の内容まではわからないが、どうやらお前らの思惑はうまくいかなかったようだな」


 土御門は、携帯端末を通路の壁に叩きつけて、息を荒げている佐久を見て、言った。
 彼はブロックの二人に暗に『これ以上の抵抗は無駄だ。投降しろ』と言っている。
 それは佐久も手塩もよく理解していた。

 手塩が佐久の方を向いて、


手塩「……もう潮時だ。佐久」


 諦めの言葉を聞いた佐久はギリリと歯を鳴らす。


佐久「ふざけんな手塩ッ!! 俺たちはまだ負けてねえッ!!」

結標「うぐっ……!」


 人質を抱えている腕の力が強まり、結標から息が漏れる。
 佐久は手に持ったコンバットナイフの刃を少女の首筋に突きつけ、威嚇するように叫ぶ。


佐久「オラオラッ!! 俺たちにはまだこの座標移動がいんだよッ!!」

土御門「無駄だ。そんなことをしても貴様は生き残れない。仮にここから逃げ切れたところで、学園都市から反逆の罪で追われるだけだ。例え、外へ出られたとしてもな」

佐久「それはどうかな?」


 白い歯を見せながら土御門を否定する。


佐久「コイツは俺たちトップシークレットの暗部組織全部に回収命令を出すくらい、上層部から価値があると見られている存在だ。コイツを交渉材料に使えば活路はある」

手塩「活路だと? これ以上、何が出来るというのよ?」


 率直に疑問に思った手塩が聞く。


佐久「んなモン後から考えりゃいいんだよ!! 今はここを無事出ることだけ考えろ手塩ォ!!」

手塩「馬鹿な……」


 手塩の顔が曇る。
 リーダーの場当たり的な判断に嫌気が指したのだろう。
 そんなことも気にせず佐久はぼやくように続ける。


佐久「大体、あんなに苦労して手に入れたんだからよお、しっかりと有効活用しなきゃ割に合わねえだろうよクソッたれが……!」

一方通行「……苦労、した?」


 ずっと無言で佐久を見ていた一方通行が口をはさむ。
 まるで何かに引っかかったかのように。

 それを聞いた佐久が待ってましたか、とでも言うような笑みを見せる。


土御門「――よせ! これ以上ヤツの言葉を聞くな! 一方通行ッ!」


 佐久に気付いた土御門が止める。
 しかし、無力にも佐久の言葉が一方通行の耳へと届く。


756 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:56:37.72 ID:Q+V+Oj11o


佐久「そうさ!! コイツの記憶を戻すように動いたのも、コイツがここに来るように仕組んだのも、こういう環境を作り上げたのも、全部俺たちだッ!! 今まで散々コキ使ってくれたクソったれな上層部を潰すためになッ!!」

佐久「だったらよ、その努力が少しくらい報われてくれるような展開があってもいいよなぁ!? なあオイッ!?」


 滅茶苦茶な理論を正当な発言かのように、佐久は己の言葉を全部ぶちまける。
 身勝手で、禍々しい悪意が彼から発せられたように思えた。

 その悪意に触れた一方通行の目が剥かれる。赤い瞳の中にある瞳孔が収縮する。
 一方通行は呟くように、



一方通行「……そンなことのために」


 ――二人の未来が奪われたのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――あのガキは涙を流したのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――結標淡希はあンなにも酷く傷付けられたのか。


一方通行「……そンなことのためにィッ!!」




 ――自分たちの居た世界は跡形もなく破壊されてしまったのか。




 ブツッ。



 一方通行の中にある何かが壊れた。それが何かはわからない。
 だが、それが何か重要なものなのだということはわかる。なぜなら、それを失ったことによって彼の中にドス黒い何かが流れ込むのを感じたからだ。
 決壊したダムの水のように、土石流のように流体は一方通行の意識を侵略していく。
 喜怒哀楽。彼を構築するあらゆる感情の輪が全て崩壊する。バラバラになった様々な色の粒子が全て流体に飲み込まれた。
 一方通行の中にたった一つの色だけが残る。


 『黒』。


 その意味――『純粋な殺意』。






一方通行「ゴガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」







 その黒い殺意は現出された。
 少年の背中から。


 噴射されるように溢れ出る一対の黒い翼として。


――――――


757 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:58:57.43 ID:Q+V+Oj11o
この上条さんメンタル弱すぎ問題
このシリーズじゃないSSも書いたことあるけどそのときも上条さんと垣根戦ってたな成長してねえ

次回『距離』
758 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:38:11.61 ID:2z6G7I5Go
あへあへバトルパートはこれでラストや長かったね

投下
759 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:39:06.07 ID:2z6G7I5Go


S10.距離


 第七学区と第一〇学区の境界線にある、吹き抜けで一階と二階が繋がった大型の倉庫。建物内は荒れていた。
 爆風が巻き起こり、砂煙が舞い、建物は揺れ、金属と金属が激しくぶつかり合うような音が幾度とも鳴り、崩れた天井が次々と床へと落下していく。
 災害とも言えるような現象。これは一人の少女と、一〇〇にも近い数の機械の獣によって起こされたものだった。

 少女の方は木原円周。
 ロケットのような速度で床から壁へ、壁から天井へ、天井から床へと、高速移動し、機械の獣を追う。
 彼女の拳を受けた壁はガラスのようにひび割れ、彼女の蹴りを受けたコンテナは針で突かれた紙のように穴を開けた。
 自分の体を顧みず暴れるように動き回る少女だったが、その体には砂煙による汚れのようなものが見えるが、致命傷のような傷は一切負っていなかった。

 機械の獣の方は暗部組織『メンバー』で作られた犬型のロボット『T:GD(タイプ:グレートデーン)』。
 正確に言うなら、それの背中にガトリングレールガンという第三位のファイブオーバーを搭載した、『T:GD―C(タイプ:グレートデーンカスタム)』。
 一〇〇近い数の方向から単発でも戦車の装甲さえ貫通し、破壊する砲弾が毎分四〇〇〇発という嵐のような攻撃が発射されるという脅威。
 それが発射される度に空気は振動し、射線にある障害物は全て吹き飛び、コンクリートの床を抉り取り、天井に大穴を開けた。

 二つの戦力がぶつかり合う中、倉庫の中心部に木原数多と博士が相対していた。
 周りの騒音を気に留めず、お互いに一〇メートル位の距離を空け、二人はただただ睨み合っている。
 二人のいる空間だけは、なぜか静寂だった。
 床は傷一つない綺麗なままだし、倉庫内を飛び交う破片は落ちず、砲弾がその一帯へ発射されることもない。

 安全地帯にいる博士が安全地帯にいる数多へと話しかける。


博士「くくっ、見事な位置取りだ。たしかにそこに居ればガトリングレールガンが発射されることはない。あの機械には私を巻き込まないようにする設定をしているからな」

数多「残念ながらそれだけじゃねえよ」


 笑みを浮かべながら数多が空を駆けている少女を指差す。


数多「あのガキは俺らを巻き込まねえように戦ってんだよ。どうすればこの一帯に傷がつかないようにするか、考え、工夫し、実行している。馬鹿馬鹿しいとは思うが、ヤツは今そういう『思考』を持ってんだ」


 博士もその少女のことを見ながら息を漏らす。


博士「しかし、あれは見事だな。まさか第一位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』が作られるとは。しかも、あんなに元の能力者の身体を維持した形で」

数多「はぁ? アレはそんな高尚なモンじゃねえよ。ただの子供の工作だ」


 面倒臭そうに数多は後頭部を掻く。


数多「大体、アレのどこがファイブオーバーだ? 第一位の能力を部分的に超えるどころか再現すら出来てねえじゃねえか。そう考えたら『アウトサイダー』にすら満たねえ欠陥品だよ」

博士「あれは木原円周が作ったのかね?」

数多「そうだな。せっかく第一位と接する機会が多くなったんだからな、って感じにな。ま、でもあれは作ったというよりは既存の技術を組み合わせただけのキメラだ。物理干渉電磁フィールド、慣性制御装置、反重力発生機、発条包帯――」


 その他二〇ほどの名前を言ってから、木原は億劫になったのか言うのをやめた。
 そもそもこんな話をしても何にもならない。本題に戻す。
 博士の側にある小さなコンテナの上へと横たわる少女を見る。


数多「随分と手の込んだことをしてんじゃねえか。今ごろほとんどのヤツらは座標移動(ムーブポイント)を中心に動き回ってるっつうのに、テメェらだけはそこで寝てるガキを狙うなんてな」

博士「何のことかね?」

数多「今第一〇学区の少年院でハシャイでいる『ブロック』とかいう連中、アイツらを焚き付けたのはテメェらだろ?」


 博士は不敵に笑う。


760 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:40:15.24 ID:2z6G7I5Go


博士「どんな物語にも道化は必要ではないかね? 木原数多君」

数多「うっとおしいジジイだ」

博士「ところで、呑気に私などと談話などしていていいのかね?」

数多「あ?」


 いつの間にか博士の手には携帯端末が握られていた。


博士「そういえば、君は以前馬場君と戦ったときに、敵と仲良く談話していて形勢逆転されてしまった彼のことを、間抜けなヤツと称していたな」


 ザッ。
 木原数多の周りで何かが動いた。だが、そこには何もないように見える。
 しかし、それはたしかにそこにある。まるで数多の逃げ場をなくすように、取り囲むように。
 博士は笑う。


博士「――今の君も、同じく間抜けだよ。木原君」


 瞬間、数多の数メートル先の床に転がっていた査楽が絶叫した。


査楽「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 査楽の両足の膝から先が無くなっていた。
 いや、無くなったのは肉だ。皮だ。血液だ。
 少年の足は、履いていたジーンズと靴と骨だけになっていた。


数多「『オジギソウ』か。相変わらずの趣味の悪さだな」


 数多はその光景を見て、吐き捨てるように言った。


博士「知っていたか。特定の周波数に応じて特定の反応を返すナノサイズの反射合金の粒だ。その粒一つ一つが、接触するだけで細胞をバラバラに引き剥がし、骨と服だけしか残さない優秀な清掃道具だ」

博士「オジギソウは今の君を取り囲むように配置してある。ネズミ一匹逃げられるような隙間もない。君は終わりだよ」


 触れたら死ぬ檻に閉じ込められる。今の数多の状況を端的に表すとこうか。
 だが、その檻は動く。数多の安全地帯を狭めるように、殺意は最終的に数多を包み込む。
 絶体絶命とも言えるような状況で数多は、


数多「……なぁ、ジジイ。ビリヤードって知ってるか?」


 世間話のようなことを始めた。
 

博士「ビリヤード? キューで球を打って一五個の玉を穴に落とすゲームのことか?」

数多「そうだ。俺あのゲーム好きでよくやるんだよな」

博士「……何のつもりだ? そんな突拍子もない話を始めて」


761 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:41:06.83 ID:2z6G7I5Go


 怪訝な表情をする博士。駅前で裸踊りをしている男を見るかのような目だ。
 しかし、数多は気にせず続ける。


数多「あれってな、手玉の形や重さ、キューの先端の硬さや摩耗率、並んだ一五個の玉の位置関係、細かい反射角やその場の空気の流れ、テーブルの上に乗るチリ一つ一つ」

数多「他にもいろいろあるが、そういうのきちんと計算すれば誰でも一発で一五個の玉を、全てポケットに落としてやることができるんだぜ?」


 数多はウンチクでも語っているように得意げな表情をする。
 その意図がわからない博士は解せない様子で、


博士「だからそれが何だというのだね? 君はもうその楽しいゲームすら出来なくなる。それくらいわか――」


 ゾクリ、と博士は背筋が凍るような感覚が走った。
 博士は前方一〇メートル先にいる数多を見る。
 彼の表情が一変した。
 先ほどの趣味の話を活き活きと語る男の顔から、『木原』特有の実験動物を見るような禍々しい顔へ。


数多「俺は力の制御に関する天才だ。金槌のような打撃を電子顕微鏡レベルの精密さで操作できるし、ある程度の外装の機械なら、殴った衝撃を弄って中身のCPU部分だけを破壊することだってできる」


 手につけた機械的なグローブ。マイクロマニピュレーターをガチャガチャと動かしながら。



数多「――それが『木原』だ」



 危機感を覚えた博士は、手に持った端末を操作する。
 一秒後、オジギソウが木原数多を包み込み、骨と衣服だけを残して分解するように。

 だが、それより早く木原数多が動く。
 腕が消えたと錯覚するような速度で、何もないように見える空間を殴りつけた。
 凄まじい拳圧だったのか、一〇メートル先にいる博士の頬をそよ風のような冷ややかさが撫でた。


 一秒後。


博士「……そ、そんな馬鹿な」


 博士は何度も瞬きをする。目を擦る。目を凝らす。
 しかし、彼の見る景色は何一つ変わらなかった。

 木原数多が存在していた。
 全身の肉が毟られ、骨と衣服だけ残して消えるはずだった男が。何一つ変わることなく。彼の目に映り続けた。


博士「なぜ貴様が生きている!? なぜオジギソウが効いていないんだ!?」


 手に持った端末の画面を見た。この画面にはオジギソウの稼働状況が表示されている。
 折れ線グラフや数字の羅列、散布状況をモニタリングするレーダーのようなもの配置されていた。
 それらを見て、博士は額に嫌な汗がにじみ出る。


博士「オジギソウが、全て工場の外へ流れ出ている、だと……?」


 オジギソウの散布状況を表すレーダーが、博士から一〇〇メートル以上離れた位置に、何十グループに分かれて配置されていることを示していた。
 どういうことだ、と博士はオジギソウの移動履歴のデータを確認する。
 それを見ると、たしかについ数秒前までは木原数多の周囲にオジギソウがいたことがわかる。
 しかし、数多が拳を空間に突き付けた時を境に、その状況は大きく変化していた。
 オジギソウたちが壁や天井に開いた数十の穴へ向けて、吸い込まれるように流れ出ていたのだ。
 きっかけは間違いない。木原数多の強打だ。

 そこで博士は思い出した。数多の言っていた無駄話の中にあった単語。『ビリヤード』。


762 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:41:58.89 ID:2z6G7I5Go


博士「――ま、まさか貴様っ、オジギソウをビリヤードの玉のように弾いて、あの工場に開いた穴から外へ全て放出したと言うのか!?」

博士「ありえん!! ナノサイズの粒子だぞッ!? たしかにそれが物理的な現象であれば不可能はない!! しかし、その計算結果を導き出すためにどれだけの情報量がッ、天文学的な数字がッ、それを再現する技術がッ!?」


 はぁ、と数多はため息をつく。


数多「もういいか?」

博士「ッ!?」


 数多はズボンのポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと博士のいる方向へと足を動かす。
 その足取りは軽く、まるで近くのコンビニにでも行くかのような気軽さを感じる。


博士「糞ッ!!」


 オジギソウは全て建物の外。呼び戻すには時間が足りなさ過ぎる。
 目の前の化け物と戦えるような手段が全て消えた。そう思った。
 だが、博士は気付く。まだ終わりではないことに。


博士「――馬場ァ!! グレートデーンで私を守れ!! カスタムもだッ!!」


 小さなコンテナの上で寝ている少女の隣に佇んでいる、犬型のロボットへ命令する。
 あのロボットは常に馬場という少年と通信が繋がっており、こちらの状況がモニタリングされているはずだ。
 他の一〇〇近い数がいるロボットは基本自動操作の為、あのロボットを操作して援護する余裕くらいあるだろう。


イヌロボ『…………』


 しかし、犬型のロボットは答えない。


博士「何をしている!? 馬場ァ!!」

イヌロボ『…………』


 やはり、犬型のロボットは応じない。
 妙だと思い、博士はそのロボットを目を凝らして観察してみる。
 起動中は絶えず点滅しているはずの頭に付いたサングラスのようなセンサーが、全くと言っていいほど点滅していない。
 まるで、電源が切れているような。

 ふと、博士は気付いた。
 この倉庫内は、木原円周と一〇〇近いガトリングレールガンという兵器を搭載した犬型のロボットが交戦している場所だ。
 絶えず爆発音や、金属がこすれ合うような音、コンクリートが砕けるような音が響き渡っていた。
 ビルの解体現場の隣とは比べ物のならない騒音地帯のはずだ。はずなのに――。

 静かだった。今まで聞こえなかった夜風の音が聞こえる。
 博士は辺りを見回した。

 機能が停止して、電池の切れた玩具のように床に転がっている一〇〇近い数の犬型のロボットがいた。


博士「なっ」


763 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:43:02.09 ID:2z6G7I5Go


 外部に目立った外傷はない。木原円周に破壊されたわけではない。
 つまり、制御している側で何かあったということ。
 具体的に言うなら、襲撃。

 いつの間にか木原数多は博士の目の前に立っていた。
 見下ろす数多に対し、博士は見上げるように目を尖らせる。


博士「木原貴様ッ……!」

数多「何だその目は? 別に俺は何にもしてねえぞ」

博士「貴様ら以外に誰がいる!?」

数多「いるじゃねえかよ。もう一人」


 何かを知っているように数多は言う。


数多「……テメェら、一体誰を敵に回したのかわかってんのか?」


 そう言われて博士はあることを思い出した。
 このガトリングレールガンを積んだ犬型のロボットたちは、遠隔している少年が操作しない限り基本自動制御で動いている。
 普通の人間なら同時に一〇〇ものロボットを制御することができないからだ。
 だから、仮に遠隔している者に何かがあっても、自動制御のロボットたちは従来のプログラム通りに動く。
 あのように停止させるためには、遠隔している少年に停止プログラムを起動させなければいけない。

 いや、違う。


博士「――そうか」


 博士は笑った。
 全てを理解したからだ。



博士「貴様らは、最初からこれを想定して動いていたのか!? 木原数多ァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 廃墟のようになった倉庫内に響き渡った男の絶叫は、すぐに途切れて静かになった。


―――
――



764 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:43:40.28 ID:2z6G7I5Go


 木原数多や博士がいる二つの学区を跨いで建てられた倉庫。
 そこから約一キロほど離れたところにある大型車両用のパーキングエリア。
 その中に一台の大型トレーラーが駐車している。
 暗部組織『メンバー』の遠隔地からのサポートを任務としている構成員の一人。馬場芳郎がそのトレーラーの中にいた。

 トレーラーの中は部屋のような構造をしており、中には通信機器や分析用のコンピュータ、そしてメンバーが使用しているロボットの制御装置を積んでいる。
 電子制御で開閉する扉は防弾・防爆仕様で、彼がここの扉を自発的に開けることがない限り、外からの侵入を許すことはない。
 いわば、ここはメンバーの司令室のようなものだ。馬場芳郎はこの中で指示やサポートを行っている。

 そんな鉄壁の部屋にいる馬場は椅子から転げ落ちるかのように、床に尻もちをついていた。
 彼の目線の先は部屋の入り口の扉。扉が壁側にスライドし、外から冷たい空気を室内へ送り込んでいた。
 扉が開いている。それを我が目を疑うように馬場が見ていることから、彼がそれを開けたわけではないと思われる。

 彼の周りにはたくさんのモニターが設置されている。メンバーのサポート業務を行うためのコンピュータを使うためのものだ。
 ハッキング、通信の傍受、情報操作、レーダー、ロボットの制御、用途は様々。
 この部屋の要と言える数々のモニターだが、今は全て同じ画面が表示されていた。
 黒いバックに赤い枠ありの横文字で単語が一つ。『Locked』。
 馬場の存在意義が全て奪われたことを意味していた。

 部屋の外から、誰かが入ってきた。
 暗がりでよく見えないが、身長は一六〇センチくらい。体格や髪型からして少女だろうか。
 その誰かはゆっくりと、しっかりとした足付きで、馬場のいる方へと向かってくる。

 距離を取ろうとして壁を背中に擦りながら馬場が問いかける。


馬場「だ、誰だお前は!?」


 頭がテーブルにぶつかる。振動で上に置いていた二リットルペットボトルが床に落ちて転がった。
 中から炭酸の茶色液体が中から溢れ出ていく。


馬場「お前なのか!? ここの設備を掌握したクラッカーは!?」


 誰かは何も答えない。黙々と馬場との距離を詰めてくる。
 目の前と言える位置にその誰かが来た。
 モニターから発せられる淡い光に照らされ、その誰かの顔が浮かび上がってくる。


馬場「お、お前は……まさか!?」


 馬場芳郎はその誰かのことをよく知っていた。
 なぜなら先ほどまで、その少女のことをロボットのカメラ越しによく観察していたからだ。
 整った顔立ちで、茶髪を肩まで伸ばしている。
 数十分前まで床についていたのか、半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていた。
 馬場は叫ぶ。その嫌というほど知っているその少女の名を。


馬場「――超能力者(レベル5)第三位!! 御坂美琴ッ!!」

美琴「…………」


 常盤台の超電磁砲(レールガン)と呼ばれる少女が。守るべき少女を彼の操作するロボットに奪われて右往左往しているはずの少女が。
 馬場の目の前に立ちふさがった。


馬場「なんでお前がここにいるんだ? お前に放った二〇機のグレートデーンは完全自動制御だ。僕の居場所を特定できるような要素は皆無だったはずだ。そういう風に対策したんだからな。なのに……なんでだッ!!」


 焦りと怒りが混じった表情で睨みつける少年。
 それに応じるように美琴も目を下に向ける。
 その表情は冷静だった。唇を横一文字で結び、表情筋が動いている様子がない。
 しかし、目だけは違った。まるで黒目が収縮しているようだった。そう思えるほど目を見開いていて、白目の面積が多くなっている。
 ずっと閉じていた少女の口が開く。


765 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:44:30.17 ID:2z6G7I5Go


美琴「……やっぱりその声、あのときのヤツと同じだわ。婚后さんを傷付けやがったクソ野郎とまったく同じ」


 パチッ、と美琴の周囲に火花が走る。


馬場(ま、不味い。コイツ、まだあのときのことを根に持ってやがる……!)


 馬場は過去、婚后光子という少女と交戦し、倒し、痛みつけたことがあった。
 その少女は御坂美琴と友人関係にあったらしく、馬場はその件で激怒した彼女から手痛い報復を受けることになった。


馬場(くぅ、コイツがここに来るのは予想外だったが、僕だって対策をまったく取っていなかったわけじゃない……!)


 馬場は目線をそのままに手だけを動かして、自分のズボンの尻ポケットを探る。
 そこから試験管のようなの細長い入れ物のようなものを手に取った。


馬場(これは超電磁砲用にカスタマイズされたモスキートだ。最終信号(ラストオーダー)をさらったときに使ったグレートデーンと同じ、電磁波透過素材で出来た特注品さ)


 『T:MQ(タイプ:モスキート)』。蚊をモチーフにした極小サイズのロボット。
 その名の通り、蚊のように飛行して、取り付いた相手の皮膚に針を突き刺し、そこからナノデバイスを注入する。
 ナノデバイスを注入された者は高熱を発生させ、身動きが取れなくなるという兵器だ。
 彼が持っている入れ物にはこれが入っている。


馬場(通常のモスキートなら電磁波レーダーに引っかかって察知されてしまうだろうが、コイツは違う。つまり、こんな暗がりでコイツを出されたら目視で発見することも困難ッ。ヤツに防ぐ術は存在しないということだ)


 これを彼女に注入することができれば、いくら超能力者(レベル5)だろうと動けないただの一般人と相違なくなるだろう。
 たった一つの勝利条件にすがるように馬場は行動する。


馬場「ま、待ってくれ。話せばわかる。僕もやりたくて君たちを襲ったわけじゃないんだ。陰険なジジイに無理やり命令されていただけなんだ……」


 口八丁の言い訳を次々と並べていく。彼女を倒すためには時間を稼がなければいけない。
 その間にT:MQを起動するため、入れ物に付いた起動ボタンを指の感覚だけで探る。
 急げ、急げ、急げ、と指を細かく動かしつ続ける
 入れ物をガッシリと掴み、親指が起動ボタンにかかった。


馬場(き、来たッ!? これで、ヤツは完全におわ――)


 バチチチィッ!! 御坂美琴を中心に周囲へ電撃が放たれた。
 室内のモニターは全てひび割れ、コンピュータはショートし、床に転がっていた炭酸飲料の入ったペットボトルは感電して破裂した。
 それに伴い、馬場の体にも電気が走る。



馬場「ォおあああああああああああああああああああッ!?」


 
 電撃による痛みで絶叫する。モスキートの起動ボタンを押そうと力を入れていた腕が、変に力が入ってしまい腕が真上に上がった。
 その勢いで手に持っていた入れ物が放り投げるように宙を舞い、目の前にいる少女の足元へと音を立てて転がった。
 美琴は落ちた入れ物を拾い上げる。


766 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:45:18.11 ID:2z6G7I5Go


美琴「ねえ。電磁波レーダーって知ってる?」

馬場「あが、あがが、がが、あば、ばばが」


 美琴が発した電撃波で舌がしびれて、うまく喋ることが出来ない様子だった。
 だが、気にせず美琴は話し続ける。

 
美琴「周囲に発した電磁波が物体に接触したときの反射波を利用して、周りの空間を把握できるってヤツなんだけど」


 モスキートの入った入れ物の中身を覗き込みながら、


美琴「これがどういう仕組みかよく知らないけど、私の電磁波レーダーを掻い潜れるみたいね。あの子をさらった犬みたいなロボットも同じ仕組みかしら?」


 「ま、でもそんなこと関係ないわよね」と付け加える。
 美琴は再び、地面に座り込む馬場へ目を向けた。


美琴「だって、レーダーで丸分かりだったんだもの。これを必死こいてポケットから取り出そうとしているアンタの間抜けな動きがね」


 馬場は感じ取った。自分ではどうしてもできないという無力さを。圧倒的な力を前にした絶望を。
 どんな能力者も徹底的に分析し、適切な対策を取れば倒せると思っていた。支配できると思っていた。
 しかし、現実は違う。自分たちの張り巡らせた小細工を規格外のチカラでねじ伏せる。
 既に負けていたのだ。超能力者(レベル5)を、学園都市が作り出した怪物を敵に回した時点で。


美琴「私、たしかあの時言ったわよね? 私の目の前や大事な友達の周りで一瞬でもあのロボを見かけたなら、アンタがどこにいようと必ず見つけ出して、潰すって」


 過去に通信回路越しで言った忠告を、再度馬場へ突きつけた。
 クシャクシャに歪めた馬場の顔から、目から、鼻から、口から、汚らしい体液が流れ出る。


美琴「けど、私だって鬼じゃないわ。こちらの条件を飲んでくれるなら、助けてあげないこともないわよ?」

馬場「ッ!!」

美琴「打ち止めの居場所を教えなさい」


 馬場に与えられた救いの手は、メンバーを裏切らないと掴むことが出来ない残酷なもの。
 メンバーを裏切るということ=統括理事会を裏切ること。つまり、学園都市そのものを敵に回すということ。
 苦渋の決断。前門の虎、後門の狼。
 人生の岐路に立たされた馬場は、口を震わせて歯をガチガチと鳴らす。


美琴「ただし、もし教えないという選択肢を取ったり、嘘を教えるなんていう裏切りがあったり、あの子がもう無事じゃないなんていう笑えない冗談を言うようなら」


 美琴が手に持った入れ物を自分の目前に持っていく。
 グシャリ。
 握力だけでそれをへし折り、砕く。



美琴「――殺すわよ」



―――
――



767 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:45:57.71 ID:2z6G7I5Go


 一方通行は体の力を抜いたように両腕を垂らし、背筋を曲げながら立っていた。
 曲がっている背中から噴射するように飛び出した黒い翼は上へ上へと、核ミサイルにも耐える天井を突き破るように伸びている。
 長さは何メートルあるのかわからないが、あの先にあるあらゆる障害物は粉微塵に粉砕されていることだろう。


佐久「……何でだ」


 佐久は怪物を目の前にして恐怖を覚えた。
 体が震える。全身から絶えず嫌な汗が滲み出る。唾液が消えたように口の中が渇く。


佐久「何で能力が使えやがるんだテメェ!!」


 この施設のAIMジャマーは起動しているはずだ。でなければ人質になっている結標が何らかのアクションを取ってもおかしくないからだ。
 能力を使えばAIMジャマーの影響で何らかの不都合が発生する。腕が飛ぶなり、足が飛ぶなり。
 しかし、一方通行は目の前に五体満足で立っている。そして、現在進行系で能力を使用している。
 黒い翼というチカラを。

 ――本当にあれは能力なのか?

 佐久は科学者ではない。能力開発に関わる分野に詳しいわけでもない。物理法則に詳しいわけでもない。
 この世の全てのベクトルを操る能力者が、一体何のベクトルを操れば、あんな現象が起こせるのか。
 何一つ思い当たるような事象を佐久は導き出すことができない。
 だが、これだけはわかる。あの黒い翼はまともなものではない。まともな物理法則で動いているものではない。

 理解不能の現象を起こす能力者を目の前にして、ここにいる誰もが動けずに居る。
 同じ仲間のはずの土御門や、人質として囚われている結標はもちろん、相対している佐久や彼の隣りにいる手塩も。
 指一本さえ動かしてはいけない、目を反らしてもいけない、意識を別のものにすら移してはいけない。
 脅迫じみた圧力を感じていた。

 そんな中、一歩前に足を踏み出す者がいた。


 一方通行。


 背筋を曲げながらも顔だけは前を向き、真紅の瞳で佐久を捉えながら。


佐久「――一方通行ァ!! 動くなと言ったはずだがあッ!? こっちには人質がいることを忘れたかマヌケがァ!!」


 思い出したように佐久は叫ぶ。
 そうだ。こちらには最大の防御手段であり最大の攻撃手段である人質がいるのだ。
 一方通行がいくら強力なチカラを振りかざそうが、その事実には変わりない。
 佐久は再びナイフを結標の首筋に突き付ける。


結標「ッ……!」


 力が入りすぎたのかナイフの刃が人質の少女の首筋に当たる。
 裂ける痛みを感じたのか結標は顔をしかめた。
 傷口から赤い液体が首筋を伝って流れ出ていく。

 ゾクリッ、と佐久は背筋に刃物を突き立てられたようなプレッシャーを感じ取った。
 佐久は反射的に一方通行を見た。本能でヤツが発生源だと断定するように。

 一方通行の瞳の赤色が破裂したように広がり、眼球全体を覆っていた。
 目が充血しているとかそんな話ではなく、まるで最初からそうだったかのように染まっていた。


768 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:46:30.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行「――――」


 何かをブツブツと呟きながら、ゆっくりと、まるで狙いをつけるかのように、一方通行は左手を目の前にかざした。
 それを見た佐久はブチッ、と血管が切れるような頭で鳴った。


佐久「――だから動くなと言ったはずだろうがッ!! 馬鹿かよテメェえええええええええええええええええッ!!」


 咆哮する佐久。
 その感情は指示通り動かない目の前の少年に対する怒りなのか。
 それとも正体不明のチカラに対する恐怖心からなのか。
 佐久はナイフを握った右手の力を強める。


佐久「わかったわかったいいだろう。そんなに殺して欲しいなら、今すぐここでこの女をぶち殺してやるよおおああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 顔を歪めながら全身に力を入れる。体の全ての動きを結標淡希の首を掻っ切るために適応させた。
 一瞬という時間の間で頸動脈は切り裂かれ、噴水のように血液を噴出するだけの肉塊と化するだろう。


結標「ぐっ――」


 明確な殺意を、死の確定を感じ取った結標は覚悟する。
 目を瞑り、歯を食いしばった。


 ゴリュ。


 どこからともなく、何かの音が鳴ったのをここにいる全員が聞いた。
 その中でも佐久は、どこからその音が聞こえたのかを理解していたような気がしていた。
 ふと、人質を切ろうとしていたコンバットナイフを持った右手を見る。


 手とナイフが融合していた。


佐久「――なっ」


 まるで二色の紙粘土を混ぜてこねくり回したようだった。
 金属のナイフと指が不自然に歪な形で折れ曲がり、絡まるように一つとなっている。
 鉄色と肌色のマーブル模様の物体を認識した佐久は、



佐久「なんだこれァああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 目の前の非現実的な現実に錯乱する。
 人質を投げ出す。左手に持っていた銃を放り捨てる。
 自由になった左手で、右手だった物を抑える。
 意識が飛びそうだった。
 痛覚が潰されてしまいそうだと思えるほどの苦痛から逃避したくて。
 思考が狂ってしまうほどのリアリティーを頭から消し去りたくて。

 そんな佐久に追い打ちをかけるように、次の動きがあった。


769 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:47:34.91 ID:2z6G7I5Go


 ダンッ!!


 見えない何かが佐久と激突した。
 トラックと正面衝突したような衝撃が、佐久の体全体に襲いかかる。
 彼の体はなすがまま後ろへ吹き飛ばされ、後方にあった硬い壁へ背中から叩きつけられた。
 肺に溜め込んだ空気が一つ残らず漏れ出ていく。


佐久「――ごぷっ」


 佐久へ与えられる苦痛はまだ終わらない。
 叩きつけられた体がそのまま壁に磔にされた。その見えない何かに押し付けられて。
 プレス機のように重く、ゆっくりな力で圧迫されて、肉体が壁の中へとめり込んでいく。
 圧力と壁に挟まれ、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げる。内蔵が締め付けられて、体の穴という穴から血液が滲み出てきた。

 佐久をただただ破壊するためだけの現象。それを引き起こしているのは間違いなく、


土御門「やめろ!! 一方通行!!」


 土御門はその者を呼ぶ。一対の黒翼を携えた怪物を。
 彼の言葉に一方通行は反応を示さない。


土御門「オレたちとした取引条件を忘れたか!? ここでお前がヤツを殺してしまうと、お前はもう一生戻れなくなってしまう! お前が守りたかったあの世界へだ!」


 『お前は殺すな』。土御門が出した条件。
 その意図は、この一件を終わらせたあとに彼を元の世界に帰すために出したもの。
 汚れ役は自分たちだけで十分だ。土御門はそう考えていた。


土御門「人質となっていた結標は解放された! お前の目的は既に達成されたはずだ! これ以上の行動は何も生み出さない! 無意味なことにチカラを使うのはやめろォ!」


 土御門の必死な説得は、



佐久「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」



 バキィ!! 痛々しい叫びを上げる佐久の後ろの壁に大きなヒビが入った。
 それは謎の見えない力の出力が増幅したことを意味する。


一方通行「etijht壊osa」


 土御門の言葉は彼には届かない。
 理性が跡形もなく粉砕され、破壊衝動に支配された一方通行。
 背中の黒い翼が彼の殺意に呼応するかのように、爆発的に天井へ向けて噴射された。


―――
――



770 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:48:21.58 ID:2z6G7I5Go


一方通行『……ここはどこだ? 俺は何をしていた?』


 一方通行は寝起きのようにぼーっとした表情で辺りを見回した。
 狭い通路のようだった。四、五メートルほどの幅で、長さは端から端まで二〇メートルくらいあるだろうか。
 通路の左右にある壁のようなところには、等間隔で扉のようなものが取り付けられていた。

 先ほどから『のような』と曖昧な表現をしているが、それには理由がある。
 この目に映る景色はたしかにそれらの物だったが、それぞれの物の輪郭がゆらゆらと揺れていた。
 まるで陽炎のようだ。触ったら消えてしまいそうな、本当はここに何もないのかと思えるような。

 曖昧な世界の中には一方通行以外の人がいた。
 いや、人と称するのは間違いかもしれない。その人影一つ一つの輪郭も揺らめいていたのだから。
 人影はたくさんあった。しかし、ほとんどの影は輪郭だけで中身が見えない。黒で塗り潰した塗り絵のシルエットのように。
 そんな中でも、輪郭をぼやけさせながらも色を付けていた影が五つあった。


 一人は肩にかかるくらいの白髪を生やした線の細い少年のような影だった。
 左手を広げ、正面に腕を伸ばして何かに向けてかざしているような格好をしている。
 背中からはドス黒い竜巻のような噴射する翼が一対天井へと伸びていた。

 一人は金髪にサングラスをかけた少年の影だった。
 先ほどの白い少年に何かを喋りかけている様子だった。
 しかし、それに白い少年は見向きもしていない。

 一人は赤髪を腰まで伸ばした少女の影だった。
 床に投げ出されたようにうつ伏せで地面へ横たわっており、無理やり顔を上に上げて白い少年を見ている。
 その表情は、不安や困惑といったものが入り混じったように見える。

 一人は筋肉質で長身な女な女の影だった。
 白い少年の向いている方向。白い少年が手をかざしている方向を見て、恐怖で歪めた表情をしている。

 一人は熊のような大男の影だった。
 通路の端の壁に大の字のような体勢で、何かに強力な力で押さえつけられているように貼り付けられていた。
 苦痛を味わっているのか、白目をむくように目を大きく見開いていて、舌を揺らしながら大口開けて絶叫しているようだった。


一方通行『……そォだ』


 一方通行はそれらを見て、特に最後に目を向けた熊のような大男の影を見てあることを思い出した。
 それは彼の使命。命を賭してやり遂げなければいけないこと。自分の存在意義。
 大男を見つめながら、彼は呟く。


一方通行は『俺は、アイツを殺さなければいけなかったンだ。俺は、アレを破壊しなければいけなかったンだ』


 どういう方法を取ればいいのか。何をすればあの男を壊せるのか。
 彼は何一つ思いつかなかった。
 だから、一方通行はただ一歩踏み出した。壁に貼り付いた大男に向かって。

 すると、ある変化が見られた。
 ただでさえ苦痛で歪んだ男の表情が、さらに大きく歪んだのだ。


771 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:49:15.24 ID:2z6G7I5Go


 一方通行はもう一歩踏み出す。さらに歪む。

 もう一歩踏み出す。また歪む。

 ニ歩、三歩と近付いていく。顔がグチャグチャになるくらい歪む。


 一方通行は理解した。熊のような大男の影を殺す方法は簡単だったのだ。
 ただ近付くだけでいい。近付くだけで彼は苦しむ。
 つまり、一方通行にとって彼はゴールなのだ。彼との距離がゼロになれば、最上級の苦しみを与え、命を奪うことができるだろう。
 だから一方通行は、進む、進む、進む。道中に居る白い少年や金髪の少年、赤髪の少女や筋肉質な女の影たちへ、気を止めることなく一目散に。

 そして、ついにたどり着いた。
 熊のような大男の影を目の前にして、一方通行は足を止める。
 今にでも崩れ去っていきそうな大男の顔を、見上げるように眺めた。
 一方通行の中にある憎悪や憤怒の炎が燃え上がる。なぜこのような感情が湧いてくるのかを彼は理解していない。
 だが、この感情に身を任せること。それが一番正しい判断だと一方通行は思っている。


一方通行『……コレで、終いだ』


 ゲームの終了を告げるように、少年はか細い手をゆっくりと大男の顔へと伸ばす。
 触れてしまえば壊れてしまうだろう。指先がかすっただけで潰れてしまうだろう。
 だからこそ、一方通行は鷲掴みにして握り潰してやろうと、男の目前で手を大きく広げた。


??『――待ってください!!』


 遮るように、誰かの声が少年の鼓膜へ突き刺さった。


一方通行『……あン?』


 差し出した手を引っ込めて、一方通行は体ごと後ろへ振り向く。
 声の持ち主はすぐ目の前にいた。
 少女だった。長い茶髪のストレートヘアを一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、制服のスカートを膝下まで伸ばしている、一見地味な外見。


一方通行『オマエは誰だ?』


 少女はじっと一方通行を見つめながら、引き締まった表情で答える。



風斬『――私は「風斬氷華」。あなたを止めに来ました』



―――
――



772 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:50:14.90 ID:2z6G7I5Go


 風斬氷華は『正体不明(カウンターストップ)』と呼ばれる少女だ。
 その正体は、学園都市に住む能力者たちが無自覚に発する『AIM拡散力場』が集まり、人の形をとった集合体。
 普段は『虚数学区』というAIM拡散力場が集合して出来た世界に住んでいる。
 虚数学区は学園都市と常に隣り合うように存在する世界だ。風斬氷華はそんな世界を行き来しながら生活している。

 今、彼女が立っている世界はそのAIM拡散力場で出来た世界だ。
 つまり、目の前に立っている一方通行という少年は、その世界に入り込んでしまった迷人ということになるのか。

 現実はそうではない。彼は一方通行ではなく、一方通行の形をしたチカラの塊だ。
 一方通行は今なお現実世界に存在している。破壊衝動のままに行動する戦闘マシンとして。
 意識が吹き飛ぶほどの衝撃を受けた彼の精神が、彼の能力を通してAIM拡散力場へと溶け出して、この世界へと現出させたのだ。
 役割は『殺意の遂行』。佐久という男を破壊する役割だけを与えられたチカラが具現化した人形だ。

 だから、彼の中に残っているのは佐久に対する憎しみと怒りだけだった。


一方通行『俺を止めに来た、だと?』


 一方通行の形をした具現体が顔をしかめた。


風斬『はい』


 風斬は一言だけ返事をし、そのまま続ける。


風斬『やめてください。これ以上、罪を重ねるのは』


 風斬氷華の考えていることは、現実世界で必死に説得していた土御門と同じことだった。
 一方通行を元の居場所へ帰す。
 風斬はかけがえのない友人である少女を、それを取り巻く世界を守るために生きていくと誓っている。
 彼は、その少女にとって大事な存在の一つだ。彼を失うことは彼女の世界を大きく歪めてしまうことに等しい。
 悲しむ少女の顔を見たくない。それが彼の前に立ちはだかる風斬氷華のたった一つの意思だった。


一方通行『俺にコイツを殺すな、って言うつもりかよ』


 風斬の言葉の意味を理解したのか、具現体は噛み砕いて返した。
 少女は静かに頷いた。それを見た具現体が、


一方通行『ふっざけンじゃねェ!! 俺はコイツを殺すためだけにここへ立ってンだッ!! そンな安い言葉を突き付けられてハイハイとやめるわけねェだろォがッ!!』


 目を見開かせながら吠えた。具現体の怒りに反応したのか、彼の輪郭が大きく揺らめく。
 風斬は動じることなく問いかける。


風斬『本当にそうでしょうか?』

一方通行『どォいう意味だ?』

風斬『それが本当にあなたのやりたかったことなんですか? あなたが本当にやるべきことなんでしょうか?』

一方通行『何だと?』


773 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:51:09.08 ID:2z6G7I5Go


 具現体は顔をしかめた。自分の根幹を為す部分を否定されたような気がしたからだろう。
 存在意義を揺らされた具現体は考え込むように口を閉じる。
 風斬は畳み掛けるように、


風斬『あなたは結標さんを救い出すためにここに来たはずです。彼女を守るためにこの場所に立っているはずなんです』

風斬『恨んだ敵を殺すためなんていうそんなつまらない理由で、あなたはここにいるわけじゃないはずなんですよ』


 風斬は視線を地面に横たわった結標淡希の影へ向ける。


風斬『何より、結標さんはそんなことを望んでいないはずです』


 具現体は風斬につられるように結標の影を見る。
 黒い翼を背に君臨する一方通行を見る彼女の顔は、不安や困惑が入り混じったような表情だ。
 圧倒的なチカラで君臨する白い怪物に恐れているようだった。
 しかし、反対にこうとも思える。
 何かの間違いを起こそうとしている少年を心配しているようにも見える、と。


一方通行『むす、じめ……、あわ、き……』


 具現体は何かを思い出したかのように、少女の名前を呟く。
 佐久を破壊する意思しかない、彼の中に守るべきモノの存在が介入した。

 これは賭けだ。風斬が心の中で言う。
 あれは佐久を殺すためだけに生まれた存在だ。それ以外はまったくない負の存在。
 その中に結標淡希という、元々の彼が持っている意思の根幹を担っている正の部分をぶつけた。
 プラスとマイナスが合わさり相殺するように、具現体の中にある殺意を消滅させる。
 そうすることによって、一方通行を正常に戻し、この場を収める。


一方通行『むすじめ、あわき……、結標、淡希……』


 具現体が頭を抱え葛藤する。彼の中の二つの意思がぶつかり合っているのだろう。
 数十秒の葛藤の末、


一方通行『……そォだ。そォだった。俺は、俺は……』


 彼の中に残ったものは。




一方通行『アハギャヒャハハハハハハハハハハハハハギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!』




 具現体は笑った。邪悪に。全てを見下したように。
 口の端を引き裂きながら、具現体は風斬を見る。


一方通行『そォだァ! 全部思い出したァ! オマエのおかげで全部思い出したンだァ!!』

風斬『な、なにを……!』


 心のつっかかりが取れたように、具現体は楽しそうに話を続ける。


一方通行『たしかに俺はあの女を守るためにここいるッ! 約束を守るためになァ! だから、あの女に危害を加えやがる存在を排除するために俺は存在するゥ!』


 具現体は壁へ磔にされた佐久の影へと目を向ける。


774 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:51:42.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行『コイツはあの女を傷付けやがった、痛み付けやがった、殺そうとしやがったァ!! クソみてェな理由でなァ!!』

一方通行『俺は排除しなきゃならねェ! 守るためにコイツを殺さなきゃいけねェンだ! コイツの存在そのものがあの女の存在を脅かしてンだよ! 俺が壊してやらなきゃ守れねェンだよォッ!!』


 彼の並べる怒りの文言を聞いた風斬は、反論する。


風斬『そんなことをして、彼女が本当に喜ぶと思っているんですか!?』

一方通行『死んじまったら喜ぶことすら出来なくなるンだぞ?』

風斬『ッ』

一方通行『悲しむことも出来なくなれば、怒ることも出来なくなる。そして、一緒に思い出も作れなくなっちまうンだよ』


 今までの荒々しい言葉とは裏腹に、冷静な口調で語る具現体を前に、風斬は言葉が詰まってしまう。
 彼を否定する言葉が見つからなかったからだ。
 違う。彼の言葉に少しでも、つま先の先ほどでも、彼女は心の中で『たしかにそうだ』と肯定してしまった。
 そんな風斬から彼を止められる言葉が生まれるわけがない。


一方通行『俺はもォあの女と離れたくねェンだよ、一緒に居てェンだよ。そのためだったら何だって壊す。誰だって殺す。だから、邪魔するってンならオマエもぶち殺してやる』


 失敗した。風斬は己のミスを悔やんだ。
 結標淡希の存在が彼の殺意を打ち消すどころか、逆に爆発させてしまった。火に油を注いだように。
 マイナスにプラスを掛け算したら、より大きなマイナスが生まれる。
 もう彼を止める手立てなど何も思いつかない。


風斬(……やっぱり、私では駄目だった。あの子たちのようにはできなかった……)


 風斬は二人の少女を思い出していた。
 どうすればいいのかわからず迷い、ふさぎ込んでいた彼へ進むべき道を示した少女たち。
 行動する勇気を持てず、動けなくなった彼へ進むための勇気を示した少女たち。
 あの二人がここにいれば、また違う結果を生み出していたかもしれない。
 しかし、現実は違う。ここには彼女たちは存在しない。存在するわけがない。


 彼を止められる者はここにはいない。


 非情な現実という刃が彼女の心へ突き刺さり、胸が痛む。
 自分の無力さに風斬は下唇を噛む。
 それに気付いた具現体は見透かしたように肩を揺らしながら笑う。
 少女は潤んだ瞳で目の前の少年を睨んだ。

 ふと、風斬は気付いた。
 具現体が揺らしていた肩をピタリと止めたのを。
 歪な笑顔がそのまま固まって、次第に呆然としたような表情へ変化していったことに。


風斬(い、一体何が……?)


 正面にいる具現体の目を見る。彼の目の中には風斬などいない。
 彼は風斬より後ろにある何かを見ている。視線の先を追うように、風斬は後ろを向いた。


 赤い髪の少女が立ち上がろうとしていた。
 歯を食いしばりながら、傷だらけの体にムチを打って、立つこともままならない足へ必死に力を入れて。



 結標淡希が立ち上がった。



―――
――



775 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:52:13.40 ID:2z6G7I5Go


 ふらふらとした足取りでも結標淡希は最短距離を進んでいく。黒い翼を持つ白い怪物へ向かって。
 視界の端にいる金髪の少年が何かを言っているようだったが、今の彼女には何を言っているのかわからなかった。
 それほど疲弊した少女は、歩きながらも考える。
 なぜこんなことをしているんだろう。結標は心の中で小さく笑った。

 こんなにも痛いのに、苦しいのに、疲れているのに。
 だけど、震える足をゆっくりと動かして、一歩一歩たしかに前へと進んでいく。

 こんなにも怖いのに、怖いのに、怖いのに。
 だけど、決して目を逸らすことなく、少年を見つめている。

 自分に何が出来るのかなんてわからない。自分が何をすべきなのかなんてわからない。
 だから、こうやって歩いている。
 
 大層な理由なんてない。ただ、自分がこうしたいと思っただけだ。
 なぜこうしたいと思ったのかなんて自分でもわからない。でも、そう思ったのはたしかに自分だ。
 自覚はなくても、それは紛れもない自分が抱いている想いだということだ。


 そして、結標淡希は辿り着いた。世界で一番嫌いな少年の目の前へ。


結標「あく、せられーた……」


 掠れた声でも、聞こえるように、少年の名前を言う。
 一方通行は反応を示さない。
 左手を前方にかざしながら、背中から一対の黒い翼を噴射し続ける。

 結標の姿がまるで見えていないようだった。
 その赤黒い瞳は目の前の少女ではなく、まったく別のものを見ている。

 結標の声がまるで聞こえていないようだった。
 耳栓でも付けているように、その声へ意識すらしない。

 結標淡希という存在自体を認識していない、そう思えた。
 しかし、


 結標はうろたえない。
 熱を帯びていてろくに働いていない脳みそを無理矢理動かして思考する。
 そして、

 結標は理解した。
 二人の距離が離れすぎているのだ。
 何千キロと離れている相手を肉眼で捉えることが出来ないように。何千キロと離れている相手に肉声を届けることが出来ないように。

 結標は思いつく。
 だったら、距離を縮めてしまえばいい。
 一ミリでも短く、一ミクロンでも先へ。

 結標は迷わない。
 これ以上近付いたら何が起こるかなんてわからない。
 心臓を抉り取られるかもしれない。木っ端微塵に吹き飛ばされるかもしれない。
 そんな怪物に近付くために、少女はさらにもう一歩踏み出した。

 結標は止まらない。
 一歩、一歩と一方通行との距離を詰める。
 そして、目と鼻の先に彼がいる位置へと足を踏み入れた。
 だが、一方通行に変化はない。まだ遠い。


776 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:52:56.78 ID:2z6G7I5Go


 結標は決意した。
 少女は自分の腕を一方通行の首へ回し、引き寄せるように身体を密着させる。
 彼の全てを受け入れるように。彼の全てを迎え入れるように。


 二人の距離がゼロとなる。


 ザザザッ!! 一方通行の背中から噴射する翼が、結標の腕を掠めるように接触した。
 皮膚が剥げ、肉が千切れ、血液が飛び散る。意識を刈り取ってしまいそうな激痛が襲いかかってくる。


結標「一方通行……」


 しかし、結標は臆することなく少年の耳元で囁く。



結標「……もういいわよ、一方通行」


――なぜこんなことを言っているのだろうか。


結標「貴女は十分頑張ったわよ」


――こんな言葉をかけていい資格なんて、私にはない。


結標「これ以上頑張らなくてもいいのよ」


――そんなことは十分わかっている。


結標「こんな辛い思いなんてしなくてもいいのよ」


――けど、そんなことは関係ない。


結標「私はもう大丈夫だから」


――『私』がそうしろと言っているんだ。『私』がそう言えって言っているんだ。


結標「私はちゃんとここにいるから」


――私にとってはそれで十分なんだ。


結標「だから、そんな似合わないこと、無理してやらなくてもいいのよ」


――なぜなら私は、


777 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:54:11.50 ID:2z6G7I5Go




一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




 怪物が咆哮する。それに呼応するように黒い翼が爆発的に噴射される。
 バキバキィ、と抱き寄せている腕から嫌な音が鳴るのが聞こえた。
 だが、結標はやめない。



結標「だってそうでしょ?」



 顔を耳元から離し、一方通行の顔を正面から見据えて、



結標「面倒臭いわよね? そんなくだらないことをするのって」



 結標淡希は微笑んだ。



 パキンッ、音が鳴った。
 一方通行の背中にあった一対の翼がなくなっていた。あたかもそこには元から何もなかったかのように。
 全てを破壊し尽くすチカラは消え、そこには少年の華奢な背中だけが残っていた。


一方通行「……あ、わ……、き……」


 一方通行の眼球に広がっていた赤色が消えていき、いつもの赤と白の目へと戻る。
 破壊衝動に囚われていた険しい表情は、戒めから解き放たれたような優しく、穏やかなものへと変わった。

 全ての力を使い果たしたのか、一方通行はゆっくりと目を閉じて、全身から力を抜いた。
 そのまま身を任せるように、彼女の腕の中へと寄りかかっていった。
 結標はグチャグチャになった腕を無理やり動かして、眠りについた少年の白髪をそっと撫でる。


結標「おやすみなさい、一方通行」

 
 同時に、結標も力尽きて意識が消失する。
 支える力がなくなった二人の身体は、床へと一緒に崩れ落ちていった。


―――
――



778 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:55:08.49 ID:2z6G7I5Go


 独房前の通路で横たわっている二人を見て、土御門は言う。


土御門「……ほんと、大したヤツらだよ。お前たちは」


 土御門は呆れるように笑った。
 視線をボロボロになった通路の壁や天井へ。床のあちこちで転がっているブロックの兵士たちへ。
 一方通行の殺意から解放されて壁に持たれかかるように座り込んだ佐久へ。そして、土御門の他に唯一この場に立っている手塩へと向ける。


土御門「まだ続けるかい? 『ブロック』」

手塩「…………」


 手塩はリーダーの佐久を見る。
 指一本動かせないのか座り込んだまま動いていない。息遣いの音がかすかに聞こえるから死んではいないのだろう。
 だが、これ以上の継戦は不可能だ。
 手塩は、再び土御門を見る。


手塩「これ以上の戦いは、お互い無意味だわ。認めよう。私たちの、負けよ」


 両手を小さく上げ、手の平を見せて、降参の意思を見せる。
 それを見た土御門が持っていた拳銃を懐へ仕舞い込む。


土御門「そう言ってもらえると助かる」


 携帯端末を取り出し、いくつか操作して電話口に喋りかける。


土御門「――こちら土御門だ。目的は果たした」


 それだけ言って端末の画面を切った。さて、あとは後片付けというくだらない雑用をして任務完了だ。
 土御門は次の段階へと行動を移そうとする。
 瞬間、


 ゾクリッ、と土御門は何かのチカラの動きのようなものを肌で感じとった。


土御門(なっ、なんだ!?)


 まだ何かあるのか、と土御門は警戒心を強める。
 視線をあちこちへと持っていき、そして彼はあるものを目撃した。


 倒れている結標淡希の周りを覆うように、淡い白色をした光のようなものがまとわれていた。
 まるで癒やしの光だ、と土御門はそれを評した。
 見ているだけで心が落ち着く。自分が死線に立っていることを忘れさせるような。
 光は次第に少女を包み込んでいき、そして弾けて消えていった。


―――
――



779 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:55:52.04 ID:2z6G7I5Go


 少年院地下四階にあるエレベーター前の通路は荒れ果てていた。床や壁や天井といった通路にある全ての面はボロボロになっていた。
 巨大な彫刻刀で削り取られたような傷が、鉄球を叩きつけたようなひび割れが、ドリルでこじ開けたような穴が。
 それらのダメージが四方八方へ数多の数見られた。

 そんな中を垣根帝督が肩で息をしながら立っていた。
 口の端に流れる血を手で拭って、


垣根「何でだよ!? 何で倒れねえんだよテメェは!? 必殺の一撃を何発も、何十発もぶつけたはずなんだッ!! 何でテメェは死なずにそこで立ってんだッ!!」


 膝を軽く曲げ、前かがみ気味の体勢になり、ぜぇぜぇと息をする上条当麻へ喚き散らすように聞いた。
 着ている服がボロボロに破け、元々負っていた怪我の傷から再び血が吹き出し、覆っていた白いガーゼや包帯が赤黒く変色している。
 痛めているのか、右手で押さえている左腕が力なく垂れ下がっていた。霞んで焦点の合っていなさそう目でも、しっかりと 垣根を見ながら答える。


上条「……言った、だろ? 絶対に、通さねえってよ。二人の、邪魔はさせねえってな」


 息を交えながら途切れ途切れになっている言葉を聞いて、もう限界なんだと垣根は思った。
 いや、限界なんてとっくの昔に越えているはずだ。
 いつ体が動けなくなってもおかしくない。いつ意識が飛んでもおかしくない。いつ死んでしまってもおかしくない。
 そんな人間がなぜ、未だに垣根帝督の前に立ちふさがっているのか、彼は理解できなかった。

 優勢なのはこちらのはずだ。誰が見ても明らかだ。
 こちらはニ、三発の拳を受けただけだ。素人が喧嘩でやるような稚拙な打撃。
 致命傷なんて一つも貰ってはいない。体力も有り余っている。今からこの建物を滅ぼせと言われれば百回は滅ぼせられるほどに。
 だが、優位に立っているはずの垣根の心臓の鼓動が早くなる。掌が汗で湿る。足が震える。
 まるで追い詰められているのはこちらじゃないか。垣根は歯噛みする。


上条「……どうした?」


 上条が問いかける。


上条「もう、終わりかよ? テメェの未現物質(ダークマター)ってのは、その程度なのかよ?」


 挑発のようなセリフを言う上条。それを垣根は理解が出来なかった。
 なぜこの状況でそんな強気なセリフを吐けるんだ。
 少し小突いただけでぶっ倒れてしまいそうな体で。HP1のゲームのキャラクターみたいな状態で。


垣根「じょ、上等じゃねえかテメェ!! お望み通り全力でぶっ飛ばしてやるよッ!! この建物ごと、俺の未現物質(ダークマター)でなァ!!」


 垣根の背中から六本の白い翼が現れた。
 ガギギギギッ、とその翼は不気味な金属音のようなものを鳴らしながら、後ろへ後ろへ伸びていく。
 一〇メートル、二〇メートル、地下の壁を突き破り三〇メートル、四〇メートル……。
 気付いたら垣根の背中には、一〇〇メートル以上の長さを持つ巨大な翼が出来上がっていた。


垣根「原理はゴムと一緒だ。伸ばせば伸ばすほど力が大きくなる。一〇〇メートル以上伸びた俺の翼はその弾性で途中にある空気や障害物を全部巻き込んで、圧倒的な質量の塊と一緒に前方にあるモン全部吹き飛ばす」


 翼の付け根が唸るような音を上げる。


垣根「テメェの超能力を打ち消す右手は、どうやらチカラによって副次的に起こされる物理現象までは打ち消せねえようだな」


 垣根はこの数分の戦いで得た知識をひけらかす。
 例えば未現物質で作った翼による攻撃は打ち消せるが、未現物質で破壊した壁から飛び散る欠片は打ち消せない。
 だから、翼を引き戻す際に発生する風圧や、それと一緒に飛んでいくガレキは上条には防げない。


780 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:56:39.73 ID:2z6G7I5Go


上条「…………」


 絶体絶命の状況にあるはずの上条は何も答えない。
 ただ、チカラを振りかざそうとする男を見ているだけだった。
 垣根は舌打ちをしてから、



垣根「つまり、テメェは終わりってことだよッ!! クソ野郎がァァあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 未現物質で出来た六枚の翼が急速に縮み始めた。
 遥か後方から大量の空気や破壊した障害物を巻き込むような音が聞こえる。
 全てを吹き飛ばすエネルギーが垣根の前方へと放たれようとされる。


 ゾオォッ、


 瞬間、垣根の全身に悪寒が走った。
 ピタリと収縮する翼の動きが止まる。急ブレーキを掛けられたことによる反動で通路に強い風が巻き起こった。
 風で茶髪を大きく揺らしながら、垣根はゴクリとツバを飲む。背中の翼が粒子となって消える。


垣根(な、なんだ……? 今の殺気はッ……!)


 止めなければ死ぬ。このまま攻撃を続けていたら殺されていた。
 彼の直感がそう悟り、無理やり未現物質の動きを停止させた。
 死ぬ? 誰が?
 殺される? 誰に?
 垣根は見た。



 あらゆるものを叩き潰すようなプレッシャーを放つ、上条当麻を。



 『AIMジャマーのメンテナンスが終わりました。AIMジャマー再起動まで残り一分です。繰り返します――』。

 通路内にある拡声器からアナウンスが流れた。
 その声を聞いた垣根はハッ、と我に返る。
 一分後にAIMジャマーが起動する、つまりタイムリミットがすぐそこに来てしまったということ。


垣根「クソッ!! やっちまったッ!!」


 垣根は自分がやるべきだったことを思い出し、それがもう達成できないということに気付き、激昂した。
 今から一秒で目の前の男を殺し、一秒で一方通行が居る場所へ行けば、まだ五〇秒ほど時間が残るか。
 そんな時間で目的を果たせるのか。おそらく無理だ。そこまで簡単に済む話ではない。


 だったら、任務関係なく一方通行をこちらへ引きずり込んで倒すしかないか。


781 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:57:35.10 ID:2z6G7I5Go


 ピピピピッ、そう思った垣根の携帯端末が音を鳴る。
 その番号は心理定規(メジャーハート)こと獄彩海美が使っている端末の番号だった。
 垣根は首をかしげる。今はスクール内の端末で常に会議モードにしており、誰とでもいつでも会話できるようになっている。
 ただの状況報告だけなら、わざわざ電話をかけてくる必要はない。
 疑問に思いながらも垣根は通話に応じた。


垣根「どうした? そっちの状況はどうなっている?」

海美『…………、かき、ね……?』


 電話口からは海美の声が聞こえた。
 しかしその声は、いつもの彼女の声ではなく、震えていて、か細い感じだった。


垣根「あん? どうしたんだよその声は?」

海美『……ご、ごめん、なさい。わた、したちはし、っぱいよ』

垣根「失敗? 座標移動を取り逃したっつうことか?」

海美『わ、たしたちは、もう、だめ、だから。かきね、はや、くてったい、し、て……?』


 海美の声が言葉を発する度に小さくなっていくような気がした。
 まるでチカチカと点滅して明かりを弱めていく、切れかけの電球のように。


垣根「何言ってんだよテメェ! 俺の質問に答えやがれコラ!」

海美『わたし、ね……あなたに、いっておき、たいことが、ある、の』


 垣根の言葉を無視して、海美は話を続けていく。


海美『あな、たって、ほんと、がき、っぽい、とか……ばか、っぽいとか、さんざん、いってきた、けど』


 最後の力を振り絞るように、


海美『やっぱり、わたしは、あなたのことが――』


 海美の言葉は最後まで聞こえなかった。
 ガシャン、という機器が粉砕されたような音を上げて、通話が終了したからだ。
 彼女の持っている携帯端末が、彼女の身に何かあったのだろう。


垣根「…………」


 垣根はディスプレイに映る通話終了の文字を見て考える。
 暗部にいて殺されるのなんて当たり前のことだ。
 本当にあっさり死ぬ。下部組織の下っ端共はもちろん、同じ正規の構成員だったとしても。
 半年くらい前には正規の構成員として少女が一人いた。無能力者ながら暗殺を得意とする優秀なスナイパーだった。
 そいつはあっさりと死んでしまった。ちょっとした暗部間の小競り合いで、無様に爆殺されて。
 だから、今回の任務で誰かが死ぬなんてことも当たり前のように起こることだろう。
 それは獄彩海美という少女であっても同じことだ。そう、同じこと――。


782 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:58:46.69 ID:2z6G7I5Go



垣根「ふっざけんじゃねえぞあの女ァ!! どうせ死ぬならちゃんと全部セリフ言い切ってから死ねよコラッ!!」



 垣根は投げ入れるようにズボンのポケットに端末を入れて、上条の方へと目を向ける。


垣根「チッ、今日のところは預けておいてやるよ。一方通行の命、そしてテメェの命もな」


 垣根の背中から再び三対六枚の白い翼が出現する。
 力を溜め込むように、下方向へ向けて翼が折れ曲がっていく。


垣根「テメェのことは覚えたぜ? 上条当麻ァ!!」


 ドォンッ!! 垣根は力強く翼を羽ばたかせ、天井を突き破って上階へ飛び去っていた。




上条「……、終わった、のか?」


 上条は呟く。
 垣根が電話でどんな話をしていたのかはわからないが、あの様子ならここにはもう戻ってこないだろう。
 これで二人への脅威は去った。つまり、上条は役割を果たせた、ということだ。


上条「…………あ、れ?」


 それを実感した瞬間、上条の身体に強い疲労感が襲いかかってきた。
 ただでさえ満身創痍の状態だったのにも関わらず、垣根との戦闘でさらに傷を負い、上条の身体は完全に限界を迎えている。


上条(……や、べえ、意識が……)


 上条は硬く冷たい通路の床へと倒れ込んだ。
 そのまま重い目蓋を閉じて、意識が消え、脳を休息状態へと移行させる。


 タッ、タッ、タッ。


 床の上で寝ている上条の元へ、ステップを踏んでいるかのような軽い足音が近付いてきた。
 足音の持ち主は少女だった。
 蜂蜜のような淡い色をした金髪は、肩の辺りからニつに分かれて腰辺りまで伸びている。
 星のような形をした十字が入った金色の瞳。御坂美琴と同じ名門常盤台中学の制服を着用している。
 しかし、その体型は明らかに中学生離れしたものだった。

 少女は上条当麻の元へ立ち、見下ろすように彼を見る。
 数秒だけ彼を見つめて、にへら笑いを浮かべながら呟くように言う。



??「――お疲れ様。ヒーローさん♪」



―――
――



783 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:59:39.82 ID:2z6G7I5Go


 少年院地下三階。地下四階へと繋がる階段の前の広場。獄彩海美は壁にもたれ掛かるように床へ座り込んでいた。
 彼女着ている綺麗なピンク色のドレスは、見る影もなくボロボロにされていた。
 肩紐が片方切れており、首に付けていたアクセサリーの装飾品の一部が、千切れたのか穴あき状態になっている。
 激しく動き回ったのかサンダルが片方脱げていた。そんな中、一番目立つのは横腹に負っている怪我だろうか。
 大量の血液が湧き出てきているのか、ピンクのドレスはそこだけ真っ赤に染まっていた。
 だらりと下がった彼女の右手の先には壊れた端末と、その部品が撒き散らされている。

 そんな海美を見下ろしている少女がいた。
 黒いパンク系の服で身を包んだ十二歳くらいの少女。少女の左腕は肘から先が無くなっており、先端から赤い液体が床にポタポタと落ちていた。
 その代わりなのか両脇腹へ二〇本近い数のビニール質な義手が取り付けられている。それらはマネキンが球体関節に依らず動いた様な動きで蠢いていた。
 黒夜海鳥。暗部組織『グループ』の構成員の一人であり、先ほどまで海美と交戦していた少女だ。


黒夜「あはぎゃはっ、最後の最後にドラマチックで泣かせるセリフ吐いてくれンじゃねェか。ま、最高のタイミングで端末ぶっ壊してやったから、向こうには届いてねェだろォけどなァ?」


 黒夜は嘲笑う。
 しかし、海美は死んだような目付きのまま、それには反応しない。



 『AIMジャマーのメンテナンスが終わりました。AIMジャマー再起動まで残り四〇秒です。繰り返します――』。



 少年院内に流れるアナウンス。
 それを聞いた黒夜はニタニタと笑いながら、


黒夜「さて、そろそろ私も脱出しねェとヤベェよなァ? 土御門は全部終わったっつってたから、私がここにいる意味もねェし」


 そう言って黒夜は右掌を海美の頭へ向けてかざす。
 シュー、という音とともに掌へ窒素が集まっていく。


黒夜「今からオマエと、あそこで気絶してる誉望とかいうカスへ、サクッと止めを刺してここから脱出するンだけどよォ。オマエは意識まだあるみてェだし、辞世の句とかあンなら聞いてやってもイイぜ?」


 黒夜は後方で倒れている血塗れの状態の誉望へチラリと目配せした。
 少女の持ちかけに対して、海美は瞳だけぎょろりと動かし、掠れたような声で応える。


海美「……くたばれ」

黒夜「最高の言葉だ」


 黒夜の掌に窒素で出来た透明の槍が発生した。
 その槍が射出される。海美の脳天へと目掛けて。


784 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:01:22.36 ID:PU+Tw3fzo


 しかし、その槍は到達する前に吹き飛ばされた。黒夜の小さな体もろとも。



黒夜「ごぱァッ――!?」



 黒夜の横腹へ鈍器で殴られたような重い一撃が叩き込まれた。取り付けられたビニール質な義手の半数が粉砕される。
 薙ぎ払うように打撃を受けた黒夜の小さな体は宙に浮き、二〇メートルほどの長さのある通路上空を飛び、その先にある壁へと叩きつけられた。



??「ったく、誉望も心理定規(メジャーハート)も二人してよお、こんなクソガキに遊ばれてんじゃねえっつうの」



 黒夜を吹き飛ばした男が、海美の前へと立つ。
 震える体を動かして、海美はその姿を目の当たりする。


海美「……かき、ね……?」

垣根「よお心理定規。命拾いしたな」


 憎たらしい笑顔の垣根を見て、海美は薄く笑った。


垣根「時間があんま残ってねえ。さっさとここを脱出すんぞ? もうここは用済みだ」

海美「たお、せたの? だいいちい、は……」

垣根「……聞くんじゃねえよ」

海美「ふふ、ごめ、んなさい……」


 垣根の六本の翼のうち二本が変形する。
 先端が五つに分かれて一本一本が独立して動く。その姿まるで巨大な手だった。
 翼で作られた白い手は、それぞれ海美と誉望の体を包み込み、垣根の元へと引き寄せる。


垣根「全開で上へ飛ぶぜ? あまりに速すぎてションベンちびらせんなよ?」

海美「……ほんと、あなたって、でりかしー、ない、わよね」


 残り四本の白い翼を羽ばたかせる。通路内に爆風が巻き起こる。
 上にある全ての天井を突き破るような勢いで、垣根たちは急上昇していった。


―――
――



785 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:02:32.35 ID:PU+Tw3fzo


 海原光貴は少年院を出て、街の中の歩道を歩いていた。
 息を荒げながら、ふらふらとした足取りで、今にでも倒れそうな状態だ。
 右腕にはノコギリで削り取ったような切り傷があり、着用している白い制服を赤く濡らしていた。

 そんな彼の背中には一人の少女がいた。
 くせ毛がかった黒髪、浅黒い肌色の皮膚、堀の深い顔立ち。
 どこかの学校の制服である、赤いセーラー服を着ている。
 ショチトル。暗部組織『メンバー』の構成員の一人であり、海原が以前いた組織で一緒に居た、同僚であり師弟関係にあった少女だった。

 海原とショチトルはさきほどまで少年院に居て、そこで交戦していた。
 結果は見ての通り、海原が勝利した。
 
 つまらない結末だった、と海原は思う。

 ショチトルは魔術師の一人だ。しかし、彼女は組織の中では非戦闘員という立場であったはずだ。
 そんな彼女が海原を圧倒できるほどの力を振るい、追い詰めることができたのは理由があった。

 魔道書の『原典』、『暦石』を皮膚の内側に記すことで、ショチトルは足りない力量を補っていた。

 それは諸刃の剣の行為だった。だから、すぐに破綻した。海原との交戦中に限界を迎えるという形で。
 戦闘中にショチトルから聞いたことだが、彼女も組織で海原と同様に裏切り者の烙印を押されているらしい。
 その処分として魔導書の力を使う『兵器』として、海原の元へ送り込まれた。まるで使い捨ての銃弾を撃つかのように。

 つまり、ショチトルはここで死亡するはずだった。しかし、現に彼女は生きている。
 限界を迎え、体がバラバラになっていくショチトルを見たとき、海原は思った。


 『彼女をこんなつまらないことで死なせるわけにはいかない。死んでいいわけがない』と。


 だから、海原は彼女を救った。
 正確に言うなら彼の力ではなく、魔導書の『原典』の力で。
 『原典』はその知識を欲する者に対しては力を貸してくれるという傾向があった。
 そこで海原は『原典』を騙すことによって、力を行使させた。

 『前の所有者』であるショチトルが死亡すれば、『次の所有者』になる海原光貴への『原典』の引き継ぎが行えなくなる。

 そう『原典』に思い込ませることにより、ショチトルを救い出すことが出来た。
 救い出したと言っても、かろうじて生き延びさせることが出来たと言ったほうがいいか。
 彼女は肉体の三分の二を引き換えに『原典』の力を手にしていた。そのため、今の彼女の肉体は三分の一だけしか残っていないということになる。
 そんな状態で生きていくことは不可能だ。肉体がなければ生命維持に必要な内臓を保持することができないのだから。
 そこで、『原典』はショチトルを生存させるために擬似的な身体を作り出して、彼女のその三分の二を埋めた。
 ただそれは上から肉を巻き直したようなものなため、きっとこれからの日常生活に支障が出てくることだろう。


海原「ッ………」


 海原は頭を軽く押さえながら、表情を歪ませた。

 ショチトルから『原典』の所有権が消えた。つまり、今『原典』を所有しているのは海原だ。
 彼の頭の中には膨大な知識が流れ込んでいた。それは人が記憶していいものではないとわかる。
 脳みその皺一本一本に砂鉄を擦り込まれたような頭痛を感じ、気を抜けば全身に痛覚が走るからだ。
 『原典』は毒物とはよく言ったものだ、と海原は苦笑いしながらそう思った。

 そんな状態で海原はショチトルを連れ、街の中を歩く。
 先ほどの仲間からの連絡からすれば、『グループ』の任務は既に完了した。
 本当ならこれから後始末やら何やらいろいろやることがあるのだが、今はショチトルのことのほうが心配だ。
 あとでグチグチとサボったことについて小言を言われるだろうな、と考えながらも、いつも真面目にグループの活動に取り組んでいるのだから今日くらい許して欲しい、と海原は素直にそう思った。


 背中にいる少女を救うために、海原光貴は闇夜の街へと消えていった。


―――
――



786 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:03:12.68 ID:PU+Tw3fzo


 第一〇学区の少年院の近くにある路地裏。
 番外個体は一人の男の首を掴んで体ごと持ち上げていた。
 その男は砂皿緻密。暗部組織『スクール』に所属している雇われのスナイパーだ。
 だらりと力なく腕を下げていることから、もう体を動かすような力を出すことが出来ないことを表していた。


番外個体「……はぁ、つまんないの」


 ため息をついてから、番外個体は手に持った砂皿を投げ飛ばした。
 ビルの壁に叩きつけられた砂皿は口から血が混じった息を吐いて、そのまま地面に落ちる。


番外個体「まあスナイパーだし、接近戦は本業じゃないからしょうがないとは思うけど、もうちょっと楽しめると思ったんだけどなー」


 ケラケラと笑う番外個体。
 地面に横たわる砂皿はそれを横目に、


砂皿「殺せ」

番外個体「漫画とかでよく見る『くっ、殺せ』ってヤツじゃん。リアルで言ってる人初めて見たよ。言ったのはかわいい女騎士サマじゃなくてむさ苦しいオッサンだけど」


 適当なことを言いながら、番外個体は腰に付いたポーチを開ける。
 その中から、鉄釘を一本取り出す。


番外個体「ま、安心してくれていいよ。そんなこと言われなくてもちゃーんと殺してあげるからさー」

 
 鉄釘をぺろりと舐めてから、それを指に挟んで砂皿へ向ける。
 バチバチッ、と番外個体の指先に電気が走った。


番外個体「とりあえず礼は言っといてあげるよ。例の『オモチャ』のテストに付き合ってくれたんだからね。その代わりと言っては何だけど、これ以上苦しまないように一瞬で終わらせてあげるよ」


 砂皿の頭部へと狙いを定める。
 番外個体が放つのは能力を用いて鉄釘を磁力で飛ばす音速弾。威力は砂皿が使っていたライフルと大差ない。
 こんな一メートルもない至近距離で頭蓋へ直撃すれば脳みそごと吹き飛ぶ。まさしく、痛みを感じることなく。


番外個体「じゃ、サヨナラ。スクールのスナイパーさ――」


 ダッ、と番外個体は何かが駆け寄ってくるような気配を感じた。
 路地の曲がり角の向こう側からアスファルトを蹴る足音が聞こえる。


番外個体(なんだ? こんな時間からこんな場所でジョギングなんてする酔狂な人は、この街には居ないと思うけど)


 番外個体は意識を砂皿からその気配の元へと切り替えた。
 首だけ動かして路地の曲がり角を見た。足音が大きくなってくる。
 そして、その気配は現れた。


番外個体「なっ……ッ!?」


 番外個体は顔をギョっとさせた。
 その気配の主は女だった。金髪碧眼で足元に転がっている砂皿緻密よりも高そうな長身。
 学園都市ではあまり見ないような成人した西洋人女性だった。
 しかし、番外個体が驚いたのはそこじゃない。
 彼女の手に黒光りしたものが握られていた。軍用のアサルトライフル。
 全長一メートル近い機関銃をこちらへ構えて、引き金に指をかけ、挨拶代わりに発射しようとしてきているからだ。
 狭い路地裏で――。


787 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:04:55.47 ID:PU+Tw3fzo


番外個体「――冗談っ、でしょッ!?」


 番外個体は前方に高出力の電撃を放つ。これは謎の機関銃女への攻撃のためじゃない。
 ドッ!! と高圧電流を浴びた空気が爆発し、番外個体の体が後方へ向かって吹き飛んだ。
 その先にあった反対側の曲がり角の壁へ、左肩からぶつかる。
 ゴキリ、と骨が外れる音が鳴る。変な体勢で激突したから脱臼したのだ。

 だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
 番外個体は壁を蹴り、機関銃女から影になる曲がり角へと飛ぶ。


 ダガガガガガガガガッ!!


 狭い路地裏で凄まじい勢いで軍用アサルトライフルがフルオートで連射された。
 ピュン、ピュン、と弾丸があちこちへ跳ね返る音が聞こえる。
 番外個体は頭を抱えて体を丸めた状態で横たわって、被弾面積を狭くする。後頭部の方にある地面に弾が当たる音が聞こえた。
 運が悪ければ死んでるな、と番外個体は思った。

 弾が連射される音が止んだ。番外個体は壁を背にしながら様子を覗う。
 機関銃女は砂皿のところにいた。女は眉をひそめながら、


??????「ちっ、やっぱりただの機関銃じゃ決定力がなさ過ぎですね。いつもの軽機関散弾銃ならぱぱっと殺れたはずなんですが」

砂皿「そ、その声……まさか」


 倒れている砂皿を見て、機関銃女は嬉しそうな顔で喋りだした。


??????「お久しぶりです砂皿さーん! 間一髪でしたね!」

砂皿「『ステファニー=ゴージャスパレス』か?」

ステファニー「はい! あなたのかわいい愛弟子ステファニーですよ!」


 ステファニー=ゴージャスパレス。砂皿いわく彼女はそういう名前らしい。
 聞いたことない名前だ、と番外個体は大したデータの入っていない頭の中を検索して思う。
 あの二人の会話からして知り合いか何からしい。何なら知り合い以上の雰囲気を感じる。
 というか、知り合いがぶっ倒れている路地裏でアサルトライフルを乱射したのかあの女は、と番外個体は自分でも驚くくらい引いていた。
 ステファニーの視線が番外個体の居る方へと向けられる。


ステファニー「さて、そこに隠れている子ネコちゃん。悪いですが砂皿さんはやらせませんよ?」

番外個体「ステファニー=ゴージャスパレス、だっけ? あなたは一体何者なのかな? そこに転がっている砂皿緻密と同じ『スクール』に雇われた殺し屋さん?」

ステファニー「『スクール』? ああ、今砂皿さんが雇われている組織の名前がそんなでしたね、たしか」

番外個体「違うってことは、ほんとに何なのさ? 関係者でもないのに何でこんなところにいるわけ?」

ステファニー「ちょっとお仕事で学園都市に来る用事がありましてね、そのついでに砂皿さんの様子を見に来たら、って感じですかね?」

 
788 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:05:41.30 ID:PU+Tw3fzo


 「あっ、不用意に仕事のことを言っちゃいけないんでしたよね」とステファニーはおとぼけた感じで誤魔化す。
 砂皿へ目を向けて頭を掻きながら誤魔化し笑いをしているところからして、さっきのセリフは番外個体へ言ったものではなかったのだろう。
 なにはともあれ、番外個体がやることは決まっていた。


番外個体「あなたが何者かはよくわかんないけど、邪魔するって言うならあなたも黒焦げになってもらう、ってことだけどそれでオッケーかなー?」

ステファニー「それで構いませんよ。別にお友達になろうと思ってあなたとお話しているわけじゃありませんし」

番外個体「へー、言葉の節々に余裕を感じるね。ちょっとイラっとするよ。そーいうのはミサカの専売特許なんだけさー」

ステファニー「そう思えるのはあなたがビビってるからじゃないですか?」

番外個体「なに?」


 番外個体は眉を少し吊り上げた。


ステファニー「たしかにあなたは強いんでしょうけど、まだまだ戦闘経験が足りてなさそうです。そんなガキに殺られるほど私は弱くはないですよ」


 舐めやがって、と曲がり角の先でしゃがんだ番外個体は右手に電撃をまとわせながら構える。
 早撃ち勝負だ。ヤツのアサルトライフルが早いかこちらの電撃が早いか。
 こちらはこの一撃で殺す必要はない。痺れさせて動けなくさせてしまえば、あとはどうとでもなる。
 そう考え、番外個体は曲がり角を飛び出そうとする。

 カポン、という空気が抜けたような音が聞こえた。

 ふと、番外個体の視界にフィルムケースくらいの大きさの黒い筒状の物が飛んで来るのが見えた。
 彼女の卓越した動体視力と学習装置で得ていた軍事知識があの物体が何かを瞬時に判断する。


 グレネードランチャーの弾頭。

 
 路地裏に轟音とともに爆風が巻き起こる。
 路地に置いていたゴミ箱が中身ごと吹き飛ぶ。ビルやアスファルトの地面が揺れた。通路の中が黒い煙で埋め尽くされる。


789 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:08:02.63 ID:PU+Tw3fzo


 しばらくしてから、黒煙が晴れた。
 路地裏の通路は壁と地面の三方が焼け焦げていた。建物で囲まれているような閉鎖された空間のため焼けた臭いが充満している。
 そんな中、一人の少女が現れた。


番外個体「――ったく、信じらんない! こんな密閉空間でグレネードぶっ放すなんて頭イカれてんじゃないの!? 自爆したいなら勝手にしてろっての!」


 プンスカと番外個体が怒っていた。
 彼女は先ほどの銃撃を回避したときのように、空気を高圧電流で爆破して水平方向へ飛翔し、爆発から離れていた。
 しかし、多少は巻き込まれたようで、体の至るところに焦げ跡のようなものが残っている。


番外個体「とりあえず、あの二人の死体は回収しとかなきゃだよね……ありゃ?」


 曲がり角を曲がった先を見る。そこは砂皿緻密が横たわっていた場所で、ステファニー=ゴージャスパレスが機関銃を持って立っていた場所でもあったはずだ。
 だが、そこには二人の影の形すらなかった。バラバラになって体の部位の一部が落ちているとか、そういうものも見られない。
 跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んだのか、と考えたがグレネードランチャーの爆発にはそこまでの威力はない。それは見た限り明らかだった。
 つまり、


番外個体「逃げるための目眩ましも兼ねてのグレネードだった、ってことか」


 まんまとしてやられて逃げられた。その事実を認識して番外個体は二人の居たはずの空間をぼーっと眺めた。


番外個体「……はぁー、まあいっか。あっちのほうはもう任務完了しているわけだし、こんなくだらない残業をやる必要性なんてミサカにはないからねー」


 誰かに話しかけているような声量で独り言を言った。
 元々、彼女はそこまで任務に精を出しているような少女ではない。今回もそこまで力を入れて任務を行っているわけじゃなかった。
 面倒臭そうに辺りを見回した後、体を路地裏の出口の方向へと向ける。

 『まだまだ戦闘経験が足りてなさそうです』。

 ふと、ステファニーの言った言葉を思い出した。


番外個体「…………チッ」


 少女は舌打ちして、脱臼した左肩を抑えながらこの場を後にした。


―――
――



790 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:08:45.05 ID:PU+Tw3fzo


 『メンバー』との戦いを終えた木原数多たちは後始末をしていた。
 壁や天井がボロボロに崩れて廃墟とかした倉庫の中には、コンテナだったと思われる鉄屑やスクラップと化した高所作業車が棄てられたように転がっていた。
 数多の周りには大勢の人影が集まっている。軍用のヘルメットに暗視ゴーグル、防弾チョッキといった装備を身に着けた風貌をしている者たちだ。


数多「さーてお前ら、面倒臭せぇお片付けの時間だ。三〇分以内に終わらせろ。じゃねーと殺す」


 数多の無茶苦茶な指示に「はい」と一言だけ返事をして、装備を身に着けた者たちは間髪入れずに行動を開始した。
 彼らは木原数多の経営するなんでも屋『従犬部隊』の従業員だ。
 ほとんどが元々『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』という暗部組織に所属していた者たちなため、こういった裏の後始末といった仕事は下手な事務作業より慣れ親しんでいた。
 作業を始めた従業員たちを背にし、数多は倉庫から出ていくように歩き始める。それに 付いていくように円周も数多の横へ付く。


円周「ねえねえ、数多おじちゃん?」

数多「あ?」

円周「打ち止めちゃんは大丈夫なの?」


 円周は数多の背中の方を見ながら聞く。そこには打ち止めという少女がいた。
 木原数多に背負われる形で、少女は体を背中に預けてすやすやとした感じで安らかな表情で眠っている。


数多「ああ。あのジジイがナノマシンの停止コードを持っていたから即座に治療できた。ニ、三時間もすればいつもどおりのうるせぇクソガキに戻るだろうよ」

円周「ふーん、なんでそんなもの持っていたんだろうねー」

数多「大方、このガキを人質として使うための交渉材料の一つとして用意してたんだろうよ。ま、俺からすりゃこのガキが死んだところでなんとも思わねえから、無駄な準備だったっつーことなんだけど」

円周「まーたおじちゃんがツンデレ発言しているよ。オッサンのツンデレほど見苦しいものはないよねー」

数多「言ってろ」


 倉庫の出口を通り、二人は外に出た。
 まだ日が昇っていない時間帯のため、街中は暗闇に包まれている。
 円周がお腹を抑えながら、


円周「数多おじちゃんお腹すいた。朝ご飯はハンバーガー食べに行こうよ。マ○ク行こうマ○ク」

数多「あ? 別にいいけどよ。今から行ってもまだ開いてねえだろうし、開いたとしてもハンバーガー売ってねえだろ時間的に」

円周「うーん、世知辛い世の中だねー」

数多「その程度のことで世の中とか語ってんじゃねえよクソガキ」


 今日の朝食について会話しながら歩いている二人がいる方向へ、走ってくる足音が一つあった。
 深夜徘徊している老人にしては若々しい足取りだし、ジョギングしているにしては足音と足音の間隔が短い。
 その足音が一〇メートルほど先にある建物の前で急に止まる。まるで捜しているものが見つかったかのように。


791 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:09:30.52 ID:PU+Tw3fzo


??「ちょっとアンタたちッ!!」


 足音の主は、荒々しく二人を呼び掛ける。
 呼ばれたから数多と円周はそちらへ向く。
 円周がその人物の顔を見て少しだけ目を見開いて、


円周「あっ、美琴ちゃんだ! おーい!」


 そこにいたのは、木原数多が背負っている打ち止めと似た顔付きをした中学生の少女。
 御坂美琴だった。
 手を大きく振って円周は存在アピールをする。それを見た美琴はキョトンとした感じで、


美琴「あれ? アンタってたしか、一方通行と一緒にいた円周とかいう……」


 知り合いかつ同世代くらいの女の子の出現に美琴は面食らっている様子だった。


数多「おーおー、随分と遅めの登場じゃねえか超電磁砲(レールガン)? こっちは全部終わっちまったぜ?」

美琴「アンタは?」

数多「木原数多」

美琴「『木原』……」


 美琴が嫌なことを思い出すように眉をひそめる。
 

美琴「もしかして木原幻生やテレスティーナ・木原・ライフラインと親戚だったりする?」

数多「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるな」

美琴「誤魔化してるつもり?」

数多「事実を言っているだけだ」

美琴「……はぁ、まあいいわ」


 美琴がため息交じりに続ける。
 

美琴「アンタね? 私の携帯にこのメール送ってきたのは」


 そう言って美琴はポケットから携帯電話を取り出し、画面を突き付けた。
 そこには未登録のメールアドレスで送られてきたメールが表示されている。
 アドレスの中に書かれている前半の文字列は『mika-arahata』。ミカ・アラハタ。人名のようだった。


美琴「『mika-arahata』っていう名前は『amata-kihara』を並び替えたアナグラムね?」


 数多は小さく笑う。


792 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:10:35.67 ID:PU+Tw3fzo


数多「正解だ。さすがは超能力者(レベル5)のガキなだけある。こんな子ども騙しくらいじゃ秒で解いちまうか」

美琴「メールに書かれていたのは座標だったわ。ここ第一〇学区のある場所を指したね。そこに行ったら打ち止めをさらったロボットを制御していた男がいた」


 美琴は数多たちの後方にある、廃墟と化した倉庫を見た。
 あちこちから煙が上がっている。ついさっき壊されたのが明らかにわかる光景だった。
 そして、視線を木原数多の背中にいる打ち止めへと移す。
 美琴は目の端を吊り上げた。


美琴「まんまと私を利用しやがったってことね?」

数多「思い上がってんじゃねえぞクソガキ。テメェがいなかったとしても、結果は変わらねえよ」

美琴「だったら、何で私にこんなメールを送ってきたのよ!」

数多「このガキを無様に奪われたことでテメェが溜め込んだ、ストレスを発散させられる場所を提供してやっただけだよ」

美琴「ぐっ」

円周「とか言ってるけど、ほんとは美琴ちゃんを助けてあげようとしてただけなんだよねー。いやーツンデレツン――」


 ゴッ、と円周の頭頂部に拳が振り下ろされた。数多が黙らせるために放った鉄拳。
 脳みそに直接突き刺さったような痛みを感じながら、円周は唸り声を漏らしながら頭を抑えてしゃがみこんだ。


数多「そういうわけだ。子守しようと思ってんならもう少し大人にならねえとなぁ?」

美琴「……たしかにアンタの言う通りよ。私は甘かった。もう少しちゃんと守れると思ってた。でも、現実はそうじゃなかった」


 うつむきながら美琴は吐き出すように言葉を連ねた。
 そして、何かを決心したように顔を上げて、


美琴「だから、今度は絶対に失敗しない! そのためにもっと強くなる! 誰だって守れるように、誰だって助け出すことが出来るように!」

数多「そうかよ」


 数多は適当に返事をした。心底興味のなさそうな様子だった。
 そんな彼を美琴は睨みながら、


美琴「ところでアンタはその子をどうするつもりなのかしら?」


 バチッ、と美琴の体表面に電気が走った。


美琴「見たところ科学者、って感じだけど。もし、打ち止めを何かの研究材料として使おうって言うつもりなら――」

数多「しねーよ。そんな面倒臭せぇこと」


 美琴が何かを言い切る前に数多は否定した。
 そう言った数多はゆっくりと歩き出した。立ちはだかっている美琴のいる方向へと。


793 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:11:30.42 ID:PU+Tw3fzo


美琴「なっ、なによやる気ッ!?」

数多「たしかにこのガキの利用価値は高けェよ。多種多様の方面へと影響力がある。コイツを利用した実験の企画書を集めただけで、マンションの一フロアが埋まっちまうほどにな」


 美琴の前へとたどり着く。二人の視線が交差する。
 数多はまるで虫でも眺めているような目で少女を見下ろしながら、


数多「けど、利用価値がある存在だからって、それが俺にとってメリットがあるものとは限らねえわけだ。そんなモンにわざわざ割いてやる時間なんてないってことよ。わかるかなーん?」

美琴「じゃあ、なんでアンタはその子を助けたのよ?」

数多「決まってんだろ」


 数多は背負っている打ち止めの体を一度降ろし、背中と膝の裏を支えるように横向きで持ち上げて、美琴の前に差し出すように持っていき、


数多「くだらねえ仕事だよ」


 面倒臭そうに数多はそう答えた。
 差し出されたため、美琴は自然な流れで打ち止めを受け取ってしまう。
 その様子を美琴は唖然とした様子で眺めていた。


数多「おい円周! 行くぞ!」


 打ち止めを引き渡したことを確認した数多は帰路に付くため歩き出す。
 はあい、と円周は気の抜けそうな返事をして小走りで付いていく。

 小さくなっていく二人の背中を見て、美琴は反射的に呼び掛ける。


美琴「――アンタたちは一体、何者なのよ!?」


 木原数多は足を止めた。
 首だけを後ろへ向けて、答える。




数多「『従犬部隊(オビディエンスドッグ)』。ただのなんでも屋さんだ」




――――――


794 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:12:22.87 ID:PU+Tw3fzo
いよいよ次回で蛇足編最終回
蛇足のくせにいつまでグダグダやってんねんって話やで

次回『S11.未知の世界へ』
795 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:26:56.34 ID:7SptLiMdo
うおお最終回だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ1!!!!!!!!!!!!

投下
796 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:27:36.83 ID:7SptLiMdo


S11.未知の世界へ


 一方通行はゆっくりと目を開ける。去年の秋頃に嫌というほど見た天井がそこにあった。
 
 
一方通行(……病院だァ?)


 彼は今、とある病院内にある病室のベッドの上にいた。
 入院着に着替えさせられていることから、現在入院中なのだろう。
 辺りを見回すと、他にはベッドがない。個室だ。
 こんなクソ野郎と同室になりたいなどという奇特なヤツは居ないから当然か、と一方通行は鼻で笑った。
 
 窓の外を見る。太陽の位置からして昼過ぎといったところか。
 いつもならこのまま昼寝を続行しようと思うような時間帯だが、そんな気分には到底なれなかった。
 なぜなら、自分が今どういう状況に置かれているのか、まったく理解できていないからだ。
 
 ガララ、と病室の引き戸を開く音が聞こえた。誰かが入ってきたようだ。
 一方通行は寝転んだまま視線を入り口の方へ動かした。


土御門「よぉーす、アクセラちゃーん。元気ー?」

一方通行「……土御門か」


 クラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある土御門がニヤニヤしながら歩いてくる。


土御門「ほい、これお見舞い。なに買えば喜ぶのかわからんかったから、適当に缶コーヒー買ってきたぜよ」


 そう言ってベッドの横に置いてあるテーブルへ、大量の缶コーヒーが入ったビニール袋を乱雑に置いた。


一方通行「チッ、ンなモンどォでもイイ」


 吐き捨てるように言って、一方通行は上半身を起こした。
 そして、目の前の少年に問いかける。
 

一方通行「教えろ。わかっていること全部。今どォいう状況だ? 一体どォなってンだ?」

土御門「…………」


 先程まで呑気で飄々としていた土御門の表情が変わった。冷静な暗部の土御門へと。
 病室に置いてあった丸椅子に座り、ゆっくりと口を開ける。


土御門「……さて、何から話そうか」

一方通行「今はいつだ?」


 間髪入れずに聞いた。
 
 
土御門「四月六日の午後三時過ぎだ。あの件から半日近い時間が経過しているということになるな」

一方通行「半日、か……」


 いつもの自分なら平常時の睡眠時間だな、と笑って流すところだが今は違う。
 結標淡希を取り戻すために少年院へ侵入してから一一時間強経過しているのだ。
 つまり、それだけの時間、現場を放棄していたということになる。
 だから、一方通行はすぐにそれを聞く。


797 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:13.39 ID:7SptLiMdo


一方通行「結標はどォなったンだ? アイツは助かったのか?」


 白い少年の真っ赤な瞳が土御門を見つめる。
 それに対して土御門は、
 
 
土御門「結標は無事だ。オレたちグループが保護した。今のお前と同じくここへ入院しているよ」


 ニヤリと笑ってそう答えた。
 

一方通行「そォか」


 一方通行は呟き、視線を下へと落とした。
 ひとまず彼女の安全が確認できたことで、安堵しているのか軽く息を吐いた。
 しかし、彼の表情の中には疑問のような色が残る。
 その疑問を察したように土御門が、
 

土御門「あのとき、お前の意識がない間に何があったのか……聞きたいか?」

一方通行「…………」


 土御門が言うように、たしかに一方通行はあの現場での記憶が途中から消えていた。
 気付いたら病院で寝ていたとか、そんな感じだ。


一方通行「……そォだな。ま、どォせ聞いたところで、ロクな答えなンざ返ってこねェだろォがな」
 

 馬鹿にしたように口角を上げる。
 どうせ敵にぶん殴られて無様に気絶したとか、そんな答えが返ってくるのだろう。
 しかし、土御門から返ってくる言葉をそうではなかった。


土御門「お前は能力を暴走させていた。自分の意識を飛ばしてまでな」

一方通行「暴走?」

土御門「ああ。背中から黒い翼が出現して、目に見えない何かのチカラを操って佐久を殺そうとしていた」

一方通行「黒い翼だァ? ハッ、くっだらねェ。どっかのメルヘン馬鹿じゃねェンだからよォ。そンなモンが俺から出てくるわけねェだろォが」


 一方通行は鼻で笑った。
 彼の能力はあくまでベクトル操作。力の向きを変えるだけのチカラ。
 そんな黒い翼などというファンタジーのようなものを生やしたり、念動力の真似事のようなことなどできやしない。
 適当なことを言ってからかっているのだろう、と一方通行は信じなかった。
 しかし、


土御門「…………」


 土御門は至って真面目な顔をしていた。サングラスの奥の瞳がこちらを見据えている。
 冗談を言っているような雰囲気が、欠片も見られない。
 
 
一方通行「……チッ、俺も随分と化け物らしくなってきたじゃねェかよ」


 一方通行は舌打ちした。本当にくだらないモノを見たときのように。
 これ以上、この話を広げても無駄だろう。そう思った一方通行は話題を変える。


798 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:53.64 ID:7SptLiMdo


一方通行「で、俺と結標はこれからどォなるンだ?」

土御門「どう、とは?」


 土御門が首をかしげる。
 

一方通行「俺もアイツも裏の世界にドップリと浸かっちまった。俺は『グループ』っつゥ暗部組織に協力し破壊工作をした。結標は研究施設や少年院を襲撃した犯罪者だ」

一方通行「そンなクソッタレどもが、これから真っ当な生活が送れるだなンて到底思えねェ」


 どちらも重い罪だ。通報されれば警備員(アンチスキル)等の治安維持組織が拘束しようと飛んで来るだろう。
 そうなれば、少年院に長い期間放り込まれてもおかしくはない。
 
 
土御門「ま、そこんところは心配しなくてもいいぜよ」


 そんな重苦しい質問に、土御門は軽い感じで答えた。
 一方通行が目を細める。


一方通行「どォいうことだ?」

土御門「お前ら二人とも、無罪放免。表の世界へ逆戻り、ってわけだ。よかったな」

一方通行「……オイオイ、ナニ寝言抜かしてンだテメェは?」

土御門「まだまだ寝るには早すぎる時間だぜい」


 何を言っているんだコイツは、と一方通行は彼が言ったことに対して理解が追い付かなかった。
 アレだけのことをしてきた人間が無罪? ありえない。許されるわけがない。
 そんなことを考えている少年に気にすることなく、土御門は話を続ける。
 

土御門「まずは今回起きた一連の事件についてだが、『ブロック』が主犯格ってことになって話が落ち着いているようだ」

一方通行「主犯格? 襲撃自体を行ったのは結標だろォが」

土御門「そもそもブロックが動かなければこんな事件が起きなかっただろう?」

一方通行「たしかにそォかもしれねェが、そンなモン傍から見れば関係ねェ話だろォが。例えば、脅されたから人を殺した殺人犯は罪を負わねェのか?」


 結標淡希に至っては脅されたわけではない。
 外的要因で記憶を蘇らせられたとはいえ、そこから先は自分の意志で動き、今回の事件を起こしている。
 情状酌量の余地など存在しないはずだ。
 
 
土御門「……たしかにお前の言う通りだ」


 土御門は賛同するように返した。
 だが、と続ける。
 

土御門「それはあくまで表の世界の常識だろう? 裏は違う。表の常識なんて通用しない。それはオレたちにとってマイナスの要因でもプラスの要因でも、な?」

一方通行「言っている意味がまるでわからねェぞ? 俺たちが無罪になっている理由を説明しやがれ!」

土御門「わかったわかった。順を追って説明するつもりだから、そう急かすな」


 今でも飛びかかっていきそうな一方通行を手で制しながら、土御門は説明を続行する。


799 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:29:53.71 ID:7SptLiMdo


土御門「ブロックは結標淡希を使い、『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』を実行することにより学園都市上層部を潰そうとした。それを知ったお偉い様方は現在進行系で大騒ぎしているところだ」

一方通行「どォして今さらそンなことで騒ぐンだ? 学園都市にはヤバい技術で作られたような兵器が山程あるだろォが。今さら誰でもボタン一つで長距離テレポート使えますよ、っつゥ装置が出来たところで兵器が一種類増えたとしかならねェンじゃねェのか?」

土御門「その誰でも使えるって点が問題なんだ。地球上のどこにでも核爆弾を転移させることが容易にできる装置だからな。そんなものを敵対勢力に奪われてでもみろ、逆にこちらが大きな被害を被ることになる」

一方通行「ハッ、なるほどねェ。核シェルターの中に身を隠そうが、地球の裏側に逃げようが無駄。上のカスどもはそンな逃げ場のねェ状況を想像しちまってブルっちまったっつゥところかァ?」


 ニヤニヤと口の端を裂かせる一方通行を見て、土御門も口角を釣り上げる。
 
 
土御門「そういうわけで、だったら最初からそんなもの作らなければいいだろ、ってことでこの計画自体が完全に凍結された。それに伴い、結標淡希捕獲命令も取り下げられた。元々この計画のために結標を狙っていたらしいからな」

土御門「そして今頃楽しく犯人探しをしていることだろう。こんな計画を承認をした統括理事会のメンバーは一体誰なんだ、ってな。汚らしい人狼ゲームだよ」


 土御門は吐き捨てるようにそう言った。


一方通行「……あン?」


 一方通行が何かに気付いたように眉をひそめる。
 
 
一方通行「上のクソ野郎どもが馬鹿みてェにハシャイでンのはわかったが、結局俺らはどォして無罪になったンだ?」

土御門「そうだったな。それに関してはさっきの話に付随する形になる」

一方通行「付随?」

土御門「ああ。さっき計画が凍結されたと言っただろ? あれは実は間違いで、正確に言うなら計画を隠滅させようとしている、と言った方が正しい」


 ハァ? と一方通行は疑念の声を漏らす。
 
 
一方通行「一体、上のヤツラはナニがやりてェンだ? 今さらそンなモンをもみ消したところで何のメリットがあるってンだ」

土御門「メリットならあるさ。お前は覚えているか? ブロックがどうやって例の計画を実行に移そうとしたのかを」

一方通行「外部のアンチ学園都市の組織と連携してだろ? それがどォか……いや、待てよ」


 一方通行が頭に手を当てながら考え込む。
 学園都市と外部との技術力の開きは数十年と言われている。
 そんな技術力が圧倒的に劣っている外部組織に、ブロックは連携を持ちかけて計画を実行しようとした。
 つまり、
 

一方通行「外の技術でも実現可能な計画、っつゥことか?」

土御門「そういうことだ。素体となる結標淡希さえ居ればあとはどうとでもなるような計画。そんなものをいつまでも残しておくわけにはいかないだろ?」

一方通行「それで計画自体をなかったことにして、外部への情報流出する可能性を完全にゼロにしよォってか」

土御門「そう。だから、様々な暗部組織が今その情報の処分に駆り出されているところだ。と言っても、扱うモノがモノだからオレたちクラスのトップシークレットのヤツらだけだがな」

一方通行「それが撤回した結標の捕獲命令の代わりってことかよ。相変わらずクソみてェな雑用ばっかで楽しそォだねェオマエら」

土御門「なんなら一緒にやるかにゃー?」


 「死ねよクソ野郎」と呆れたような表情で一方通行は言った。
  

800 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:30:36.30 ID:7SptLiMdo


土御門「ま、そういうわけだから、ブロックの野望を打ち砕いて計画の流出を未然に防いだ、オレたち『グループ』へ莫大な報酬が入ったわけだ。報酬という形を取ってはいるが要するに口止め料だな。計画を口外するなっていう」

土御門「さらに言うなら、おそらくこの計画は結標を追っていた他の暗部組織も掴んでいたはずだ。連中も同様にそれなりの口止め料はもらっているだろうよ」


 たしかにそうだな、と一方通行は思った。
 自分程度でも入手できた情報だ。他の暗部組織の者たちが持っていないわけがないだろう。
 そんなことを考えている一方通行を見ながら、土御門が続ける。
 
 
土御門「それはもちろん、お前たちも一緒だ」

一方通行「俺たち? 俺と結標のことか?」

土御門「そうだ。お前たちもあの計画についていろいろと掴んでいた。だから、お前たちの持っている情報も処分の対象になっている」

一方通行「情報を持っている俺たちが抹消リストに載っているっつゥことかァ? ソイツは愉快で笑える展開だな」

土御門「逆だよ」


 土御門は小さく笑う。
 
 
土御門「このことは一切口外しないかつ、持っている情報を全て献上する。その条件を飲むことでお前たちにも口止め料が支払われる」

一方通行「……そォいうことか」


 一方通行は理解した。
 彼の言いたいことが。自分の質問に対する答えが。


一方通行「その口止め料っつゥのが、俺たちが行ったあらゆる悪行の免責、ってことか」

土御門「御名答。お前たちの持っていたデータは全てこちらで引き払っておいた。お前たちは自由の身だよ」


 自由の身。そう言われても一方通行は特に実感が湧くことはなかった。
 むしろ、彼の性格からしたら、逆に疑念のようなものが湧いてくる。
 だから一方通行は目の前の少年を睨みながら、
 
 
一方通行「ンなクソ甘めェ言葉ァ吐かれて、ハイハイと信じられるわけねェだろォが」

土御門「…………」

一方通行「俺は知っている。暗部がそンな簡単なモンじゃねェっつゥことをな。あの計画をなかったことにしてェっつゥのはわかるが、それだけで俺たちを手放すことなンざするわけがねェ」


 食って掛かるように前のめりになり、
 
 
一方通行「例えば、俺の場合は妹達を。結標の場合は少年院に収監されている仲間たちを。ソイツらを人質にして俺らを手中に収めるなンてこと、ヤツらは平然とやってきてもおかしくはねェ」

一方通行「さらに言うなら、結標はその計画になくてはならない重要人物だ。計画のことを知ろうが知らまいがアイツがいなきゃ話にならねェくらいのな」

一方通行「そんなヤツを野放しにしておくなンて選択肢を、あのクソ野郎どもが取るはずがねェンだよ」


 土御門はため息を付く。
  

土御門「ああ、たしかにお前の言う通りだ。現にお前らから人質を取って管理下に置こうとしている強硬派もいた。それは紛れもない事実だ」

一方通行「当たり前だ。それが学園都市のクソッタレな闇っつゥモンだからな」

土御門「だが、それはある人物がその者たちへ圧力を掛けたことにより抑えられている、って話だ」

一方通行「誰だソイツは?」

土御門「統括理事会の中の一人、貝積継敏だ」

一方通行「貝積だと……?」


801 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:31:36.50 ID:7SptLiMdo


 その名前を聞いた彼の頭の中に真っ先に浮かんだのは、統括理事会の一員である老人の顔ではなく、一人の女の顔だった。
 一方通行は口の端を歪める。
 

一方通行「チッ、そォいうことか。あのクソ女め、余計なことしやがって」

土御門「ちなみにそのクソ女さんから伝言を預かっているぜい」

一方通行「伝言だと?」


 土御門がごほん、と咳払いをする。
 

土御門「『卒業式前日のときの借りは返したけど。これでもう貸し借りなしってことだから、次何かやりやがったらもう知らんけど』だとさ」

一方通行「……馬鹿かコイツ。あンなくだらねェ進路相談のお返しで、統括理事会の一人を動かしてンじゃねェよ」


 一方通行は全身の力を抜いてベッドに倒れ込んだ。
 まるで気が抜けたように、不貞腐れたように寝転ぶ。
 

土御門「じゃ、オレはそろそろ行くとするよ。せいぜい、ゆっくり休むことだな」


 そう言いながら土御門は病室を出ていった。


一方通行「……チッ」


 ドアが閉まり、少年が出ていったあと、一方通行は忌々しそうに舌打ちをした。
 彼との話をしている中で、あることに気が付いてしまったからだ。
 結局、自分は彼女との、結標淡希との『約束』を果たせていないのではないか。
 
 土御門の話を全て鵜呑みにすれば、結標淡希は闇の世界から救い出されたことになる。
 それは一方通行にとっての目的でもあるため、願ったり叶ったりのことだ。
 しかし、それは一方通行の功績ではない。土御門を始めとした『グループ』や、統括理事会の一人を裏から動かすことができる女が与えてくれたモノ。
 一方通行は学園都市最強のチカラを持っている。だが、それだけだ。
 所詮は一介の学生である彼には、何も変えることはできなかった。
 
 胸にズキリと痛みを感じた。
 
 
一方通行「…………、いつまでも、泣き言は言ってられねェか」


 呟き、起き上がった一方通行はベッドから足を降ろし、棚に置いてあった機械的な杖を手に取る。
 それを使ってゆっくりとベッドから降り、立ち上がり、部屋の外へと向かって歩き出した。
 
 
―――
――



802 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:10.62 ID:7SptLiMdo


美琴「――ほんとアンタって馬鹿よね。せっかく黒子たちが協力してくれてたってのに、最終的には一人で突っ走ってそんな大怪我負ってるわけだし」

上条「……悪い」


 上条当麻は病室のベッドの上に居た。
 彼もまた、気付いたら病院に搬送されていて、目が覚めたら昔よく見た懐かしい天井を目の当たりにしたという感じだった。
 カエル顔の医者いわく全治一週間の怪我らしい。結構な大怪我を負っていたような気がするが、その程度で済んでいるのはお医者様様だということだろう。
 入院代も馬鹿にならないし、明後日からは新学期だということなので、なんとか明日には退院できるようにしてもらえないか、と説得でもしようかと思っていたところに美琴が来たのだった。
  
 美琴が呆れたように続ける。


美琴「しかも、結局結標のヤツを助け出したのは一方通行って話だし、アンタは一体何やってたのよ?」

上条「何をやってた、か……」


 上条は当時のことを思い出していた。
 
 結標を傷付けようとしている、第四位を名乗る女と対峙したこと。
 結標を説得しようとしてが、拒絶されてしまったこと。
 結標を追って、少年院へ潜入したこと。
 結標たちを守るために、第二位のチカラを振りかざす男を止めようとしたこと。
 
 別に誰かに頼まれたことじゃない。自分がやるべきことだというわけでもない。
 誰かが言った。自分がやりたいと思えたことが自分の『役割』なのだと。
 だから上条は、微笑みながらこう答える。
  

上条「そうだな。俺は俺のやりたいことをやってただけだ」

美琴「……はあ? なによそれ?」


 曖昧な答えを聞いた美琴が眉をひそめた。
 

 ドタドタバタバタ。


 忙しなく走っているような足音が病室の外の廊下から聞こえてきた。
 その足音は次第に大きくなってきていることから、この部屋へと近づいてきているということだろう。
 不機嫌そうな視線をこちらへ送り続けている美琴から目を逸らすように、上条は病室のドアへと目を向けた。  


 ドタバタ、ガチャ。ドアが開かれた。


禁書「とうま!!」


 同居人である純白のシスターさんが姿を現した。


上条「インデックス!? ……あっ」


 上条は何かを思い出したような声を上げた。
 それは決して忘れてはいけないようなことだったらしく、サーッと少年の表情が青ざめていく。


803 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:53.41 ID:7SptLiMdo


禁書「とうま? 今の今まで一体どこ行ってたのかな? お昼ごはんの材料を買いに行くって言ったっきり全然戻ってこないし」


 その帰り道で結標と接触してから、今の今までいろいろあったため、上条は完全にそのことを忘れていた。
 だから、あの大量に買い込んだ食料は今どこにあるのかなどという記憶は、頭の片隅にも存在しない。


上条「あのー、インデックスさん?」


 存在を忘れられていた挙げ句に、ご飯という彼女にとっての生きがいとも言えるイベントをすっぽかされていたインデックスはさぞお怒りだろう。
 少しでも怒りを緩和させるための言い訳を考えるために頭を思考させる。
 しかし、その思考は即座に中断された。



禁書「おやつの時間になっても戻らなくて、晩ごはんの時間になっても戻ってこなくて、次の日の朝ごはんの時間になっても帰ってこなくて、またまたお昼ごはんの時間になってもとうまはいなくて――」



 言葉を連ねる彼女の顔には怒りなどというものは見えなかった。
 どちらかといえば不安だとかそういった表情だ。



禁書「私、ほんっとに心配したんだよ!!」

 

 涙を滲ませた碧眼が、上条当麻をじっと見つめていた。


上条「……ごめん。インデックス」


 だから上条は、何の飾り気のないその一言で謝った。
 そんな二人の間に立っていた美琴がため息をつき、インデックスの方へと向いて、


美琴「一応言ってはおくけど、ここ病院だからあんまり大声上げないほうがいいわよ?」

禁書「あれ? みこと? 何でこんなところに?」

美琴「今気付いたのか……」


 美琴は目をパチクリとさせている少女を見て、げんなりした。


禁書「もしかしてみこともとうまのお見舞い?」

美琴「ま、まあ、そんなとこよ」

禁書「ふーん」


 ふと、インデックスの視線がテーブルの上へと向いた。
 そこにあるのは、美琴がお見舞いの品として持ってきたデパートかどこかで買ってきた缶入りのお菓子。
 それを見たインデックスはピクリと反応する。


804 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:33:34.17 ID:7SptLiMdo


禁書「もしかしてとうま、私がひもじい思いをしている中、とうまだけこんな高そうで美味しそうなものを食べていたのかな?」


 先程の不安を抑えきれなくなったような目から一変し、疑念を浮かべるような物言いたげな目をする。
 あっ、これはまずい。そう思った上条は弁解するように。


上条「いや、違う! これは御坂が持ってきたお見舞いの菓子だ! まだ一口たりとも口にしてねえ!」


 上条はこの二四時間以内に食べたものを片っ端から思い出しながら、


上条「それに、今日食ったのは病院食とかいう、栄養バランスだけで男子高校生の味覚に合わせられてない料理だけだし、昨日だってどっかのホテルのルームサービスで頼んだ一杯五〇〇〇円もするボッタクリ牛丼しか食ってねえよ!」

美琴「それってもしかして、第七学区にあるホテルが出してる高級和牛乗せてる牛丼じゃない?」


 思わぬところからの援護射撃がこちらへ飛んできた。


上条「えっ、マジでか? あんま美味しくなかったぞ?」

美琴「……ああ、味覚が合ってなかったのね」


 残念なものを見るような目で美琴はそう言った。
 まさかあの牛丼がそんな高級料理だとは思わなかった、とか、もっとちゃんと味わって食えばよかった、とかいろいろ思いたかったがそんな暇はない。
 なぜなら、目の前にいる純白シスターさんも美琴の話を一緒に聞いているのだから。


禁書「へー。私がこもえやあいさやまいかやいつわに普通のご飯を食べさせてもらっている間、とうまは美味しい牛肉が乗ったごはんを食べていたんだね」

上条「だからそんなには美味しくはなかったって! つーか、テメェさっきひもじいとか言ってたよな!? なにさらっと昼晩朝昼全部ごちそうになってんだ! ぜってえそっちの料理のほうが一〇〇倍うめえよ俺が食ったヤツより!」


 上条の怒涛のツッコミが病室へ響き渡った。
 先程名前の上がった救いの女神様たちにはあとで死ぬほどお礼言わなきゃいけねえなコンチクショー、とか思っている上条のことなど気にせず、インデックスは犬歯を光らせる。
 

禁書「とりあえず、一回とうまにはお仕置きをしておいたほうがいいかも」

上条「テメェさっきのお涙頂戴的な感動の再会シーンのときの感じはどこいった!? お菓子が入った缶切れ一つと、たった一杯のぼったくり牛丼でこんなに態度が変わんのかよ!?」

禁書「それとこれとは話が別かも」


 そう言ってインデックスはじりじりと距離を詰めてくる。


上条「ちょ、ちょっと待てインデックス! 御坂がさっき騒ぐなって言ってただろ?」

禁書「大丈夫。私は一言たりとも声は出さないんだよ」

上条「そりゃそうだ、お前は噛み付いてんだからな!」

美琴「じゃ、そろそろ私は行くわね」


 見捨てるかのように美琴がドアに向かって歩を進めていた。
 

上条「待て御坂! 助けてくれ! このままじゃインデックスに頭蓋骨粉砕されて集中治療室送りにされちまうッ!」

美琴「ま、私じゃどうしようもないからせいぜい頑張りなさい? あっ、そうだ」


 美琴が面白いことを思い出したかのようにニヤリと笑う。


美琴「たぶん、このあとこわーい顔した風紀委員(ジャッジメント)の二人が来ると思うから、楽しみにしときなさい♪」

上条「げっ、マジ?」


 だらりと嫌な汗が流れる。
 明日退院できる可能性のパーセンテージが急速にゼロへ向かって急降下していくのがわかった。


805 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:03.11 ID:7SptLiMdo


美琴「ほいじゃ、またねー……ん?」


 病室を後にしようとした美琴の視界にあるモノが映る。
 それは部屋に備え付けられている棚に置かれているいろいろな種類のフルーツが入ったバスケットだった。
 見るからにお見舞いの品だ。


美琴(私たち以外にも誰かがお見舞いに来てたのね)

 
 もちろんこれは美琴のモノでもないし、インデックスが手ぶらでここに来たのは知っているから彼女のモノでもない。
 つまり、ここにいる二人以外の誰か。


美琴(……一体誰が?)


 ふと、美琴の鼻が甘い香りを感じ取った。おそらくあのフルーツ盛りから香ってきたのだろう。
 だがその香りはフルーツのようなモノとは違うように思える。なぜなら、この香りがフルーツ類以外の何かということを知っているからだ。


美琴(蜂蜜の香り? どうしてフルーツ盛りからそんな香りが?)


 見たところあのフルーツ盛りの中にはそういうモノが入っている様子はない。
 ましてや、そういう系統の香りを発する果物など聞いたこともない。

 しかし、美琴はその蜂蜜のような甘ったるいニオイに覚えがあった。
 それは自分と犬猿の仲のような関係にある少女がまとっていたニオイとよく似ている気がした。
 ははっ、と力なく美琴は笑う。


美琴「……まさか、ね?」


 美琴はそう呟いて病室を出ていった。




上条「不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




―――
――



806 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:53.84 ID:7SptLiMdo


 とある病院の個室。窓を半分開けた室内には、温かい春風が緩やかに流れている。
 起き上がったリクライニングベッドに背を預けながら、結標淡希はカエル顔の医者に言われたことを思い出していた。

 『キミは肉体再生系の能力でも持っているのかな?』
 
 もちろん結標はそのようなチカラなど持ってはいない。なのに、なぜそのような質問を受けたのか。
 それは彼女がこの二日間弱の間に負った傷の数々のせいである。
 学園都市の暗部と命の取り合いとも言えるような戦いを繰り広げてきた結標は、体の至るところに傷やダメージを負っていた。
 かすり傷とかそういったレベルではない。全身から血を流すような重症とも言えるようなモノ。
 
 結標は今の自分の身体を見る。たしかに怪我はしている。痛みも感じる。
 しかし、それらは至って普通の怪我程度のモノに収まっていた。医者が言うには、病院に運び込まれた時点でこうだったらしい。
 付き添っていた少年が、どういった怪我を負ったのかという説明を事細かくしてくれたらしいが、彼が言うような怪我の度合いには到底及ばないほどの軽症だった。
 勘違いして大げさに言っているのだと医者は思ったらしいが、怪我の原因や箇所まで正確に言っていたりと、嘘を言っているような表情ではなかったことから、先程のようなセリフを結標に冗談交じりで問いかけたのだろう。

 何度も言うが、結標淡希には肉体再生などというチカラはない。
 だから、自分が重症だと思っていた怪我は、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。そう考えればこの状況にも説明がつくだろう。
 だが、一つだけ説明のつかないことがあった。
 
 結標は、自分の両腕を見た。
 この腕は、能力を暴走させた少年の背中から発せられた、黒い翼のようなモノと接触してズタボロにされたはずだ。
 皮は破れ、肉は飛び散り、骨がへし折れ、まるで食べ散らかされた骨付きチキンのような見た目になっていた。
 しかし、現実今の彼女の目に映る両腕は至って普通の腕だった。
 自分の思い通りに動く。感覚もある。汗もかく。作り物でもない、紛れもない結標淡希の両腕。
 
 もしかして、あれは夢だったのか?
 あのとき感じた痛みも、あのときの出来事も、あのときの自分が思ったことも――。
 
 
結標「……はぁ、馬鹿馬鹿し」


 結標はため息交じりにそう呟いた。
 

 トントントン。


 自室のドアをノックする音が聞こえた。
 医者でも来たのか、と結標は入口の方を向いて返事をする。
 

結標「どうぞ」

??「失礼します」


 入ってきたのは中学生の少女だった。
 常盤台中学の制服を着ていて、ツインテールにした茶髪をゆらゆらと揺らしながら彼女がこちらへ歩いてきた。
 

結標「…………ッ」


 その少女は結標にとってよく知っている人物だった。
 だから結標は、眉をピクリと動かしたあと、くすりと笑みをこぼした。


結標「あら、こんにちは。白井さん?」

黒子「……どうも」


 そう挨拶して、黒子は一礼した。
 

807 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:24.74 ID:7SptLiMdo


結標「まさか貴女が私のお見舞いをしに来る日が来るとはね。一体どういう風の吹き回しかしら?」

黒子「勘違いしないでくださいます? 別にこれはお見舞いとかそういった類のものではありませんのよ? ただ様子を見に来ただけですの」

結標「……菓子折り持って?」


 黒子が後ろに隠すように持っていた紙袋を指差して、結標は問いかける。
 

黒子「こ、これはわたくしが個人的にここのお菓子を食べたいと思って店に買いに行ったから、そのついでに一緒に買ってきただけのモノですの! 決して、貴女のためではありませんわ!」


 顔を真っ赤にして否定する少女を見て、結標は「ふむ」と顎に手を当てながら、
 
 
結標「なるほど、これがツンデレというヤツね」

黒子「わたくしをそういった俗な呼び方で呼ばないでくださいます!?」

結標「冗談よ。ありがとうね白井さん」

黒子「まったく……」


 息を整えながら黒子は手に持っていた紙袋を差し出す。
 それを結標はお礼を交えつつ受け取った。
 
 ふと、中身を見てみると『学舎の園』の中にある有名な洋菓子屋さんで売っている、洋菓子の詰め合わせセットだった。
 昔、雑誌か何かで見たことある。度々、贈り物の菓子折りオススメランキングの上位に上がっていたので、印象に残っている。
 結標は中身を取り出して、箱を回したり角度を変えたりして様々な角度から箱を見る。
 その様子に黒子が怪訝な表情をする。
 

黒子「……どうかなさいましたの?」

結標「これMサイズね。常盤台のお嬢様なんだからケチらずにLサイズにしてくれたらよかったのに」

黒子「ほんといけ好かない女ですわね、貴女は」


 黒子は呆れながら言った。
 ごめんごめん、と軽い感じで結標は謝り、そのまま続ける。
 
 
結標「で、私に何か用? まさか本当に様子を見るためだけに、わざわざここまで来たとか言わないわよね?」

黒子「…………」


 その言葉に黒子の顔に陰りが見えた。
 しばらく沈黙が続く。
 よほど深刻なことなのだろう、と結標は彼女の様子から察する。
 意を決したのか、黒子の口が開かれる。
 

黒子「わたくし、貴女に謝らないといけないことがありますの。今日はそれを伝えにここに来ましたのよ」

結標「謝る? 私に?」

黒子「ええ。正確に言うなら、わたくしが謝りたいのはもう一人の貴女に対して、ですが」

結標「……なるほどね」


 結標はわかったような表情をし、


結標「もしかして、貴女も九月一四日以降の『私』と知り合いだった?」


808 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:50.79 ID:7SptLiMdo


 結標は先回りするように質問した。
 記憶喪失していたときの自分がどういう交友関係を持っていたのかなんてわからない。
 だから、目の前の少女と仲良くお茶をするような関係だったとしても、何らおかしくはない話だ。
 しかし、


黒子「いえ、まったく」

結標「は?」


 真顔で真逆の答えが返ってきた。
 思わず結標も唖然としてしまった。


黒子「わたくしは記憶喪失していたときの貴女のことは何一つ知りませんわ。けど、そのときの貴女が幸せに過ごしていたことは知っているつもりですの」


 「知っているとは言っても、あくまで聞いた話や状況から組み立てた憶測レベルなんですが」と黒子は付け加える。
 

黒子「けど、その幸せは全部壊れてしまいましたの。それも全部、わたくしのせいで」

結標「…………」

黒子「わたくしがもう少ししっかりとしていれば、もしかしたらあんな悲しいことは起きなかったかもしれませんわ」


 懺悔するかのように黒子は思いを打ち明けていく。
 ふと、黒子は目をハッとさせた。
 彼女の視線の先には怪我を負っている結標淡希がいる。


黒子「そう考えましたら今の貴女にも謝らないといけませんわね。貴女がこうやって怪我を負って入院している原因も、元を正せばわたくしですもの」


 結標は知っている。
 自分の記憶を蘇らせるために『残骸(レムナント)』事件に関わる人物たちが利用されたことを。
 『一方通行』。『御坂美琴』。そして、目の前にいる少女『白井黒子』。
 白井黒子もそれを知っている。わかっているからこうやって結標の前に立っているのだろう。
 だからこそ結標は言う。
 

結標「……自惚れないでくれる?」

黒子「えっ」


 結標は正面から彼女の目を見ながら、
 

結標「この怪我は私が自分のために行動した末残った結果。ただそれだけよ。貴女が介入できる余地なんてない。それに私はこういう結果になったことに対して、後悔なんて微塵も感じていないわ」

黒子「し、しかし」


 何か言おうとしている少女を遮るように口を動かし続ける。
 

結標「それに幸せをぶち壊した云々に関しては論外ね。だって、それは私に謝られても困るもの。私はあのときの『私』じゃない。許すこともできなければ、許さないと言って突き放すこともできないわけ」

黒子「うぐっ、たしかに……」

結標「そんな自己満足の謝罪をする暇があったら、学園都市の平和のためにパトロールでもしたほうがいいんじゃないかしら? 風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子さん?」


 ふふん、と結標は笑った。
 それに対して黒子は体を震わせていたが、次第にそれが収まっていき、落ち着くようにため息をついた。
 

809 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:25.61 ID:7SptLiMdo


黒子「……たしかにそうですわね。貴女の言う通りですの。わたくしとしたことがどうかしていましたわ」

結標「まあでも、しおらしい白井さんは見てて面白かったわよ?」

黒子「そんなフォロー要りませんの!」


 ピコン♪
 

 突然携帯の通知音のようなものが鳴った。
 キィーキィー言ってた黒子の動きが止まる。
 スカートのポケットの中を探り、細長いスティック状の携帯端末を取り出した。
 どうやら彼女の携帯の音だったらしい。
 いくつか操作し、画面のようなものが出てきた。それを見た黒子が「あっ」と声を漏らした。
 
 
結標「どうかしたのかしら?」

黒子「ええ、貴女に会いたがっている人が居ましてね。その子からの連絡でしたの。ここに連れてきていたのをすっかり忘れていましたわ」

結標「へー、そんな物好きがいるのね。というか、今の今までずっと外で放置させていたわけ?」

黒子「そういうことになりますわね。ま、別にいいでしょ」


 黒子は画面を操作しながら話を流した。
 メッセージに対する返事でも送っているのだろう。
 
 
 ガララッ!!
 
 
 メッセージを送って五秒後くらいに病室のドアが勢いよく開かれた。
 ずんずんと力強い足取りで黒子と同世代くらいの中学生の少女がこちらへと歩いてくる。
 知らない学校の制服を着ているが、右腕部分にジャッジメントの腕章をつけていることから、おそらく白井黒子の同僚か何かなのだろう。
 頭につけている色とりどりの花々が飾られたカチューシャは、まるで花束をそのまま頭につけているようにも見えるほどの量だ。


??「ちょっと白井さーん! いくらなんでも待たせ過ぎですよ!? 悪いことして廊下に立たされてる生徒ですか私はー!?」

黒子「こちらが貴女なんかに会ってみたいなどという世迷い言を言う、頭がおか……女の子ですの」

??「無視して勝手に始めないでください! あと、さっきとんでもないこと言いかけませんでした!?」

黒子「気のせいですわ」


 いきなり入ってくるなり漫才のようなやり取りを始めた少女たち。


結標「えっと……」


 結標はそれに圧倒されながらも、あとから入ってきた花束みたいな少女を見ていた。
 視線に気付いた少女があたふたした感じになり、
 
 
初春「あっ、す、すみません、騒がしくして。申し遅れました、初春飾利と言います!」


 よろしくお願いします! と腰を直角くらいまで曲げてお辞儀をした。


結標「初春さんね、よろしく」


 つられて結標も軽く頭を下げた。
 二人は顔を上げ、しばらく見つめ合う。


810 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:55.23 ID:7SptLiMdo


初春「え、えっと、あはは……」


 と、愛想笑いのようなものをしながら初春は目線を右往左往させていた。
 埒が明かないな、と思い結標が動く。


結標「その、初春さん?」

初春「は、はい!」

結標「貴女はどうして私に会いに来たのかしら?」


 率直な疑問をぶつけてみた。
 結標は自分がそんな大した人間ではないことを理解しているつもりだ。
 そんな羨望の眼差しで見られたり、何かを期待してもらえるようなそんな立場にはいない。
 だから、結標はそう聞いた。
 

初春「へっ? え、ええっと……」


 聞かれた初春は戸惑ったようなリアクションを取った。
 まるで授業中にぼーっとしていたとき、突然先生に当てられた生徒のように。
 少し考えたあと、少女は困った感じの表情を向けてきた。


初春「その、え、えへへ、な、なんでしたっけー?」

結標「?」


 雑な質問で返された。
 そのため結標も首をかしげるくらいしかリアクションができなかった。
 二人のやりとりを隣で見ていたツインテールの少女が顎に手を当てながら、
 

黒子「何を言っていますの初春?」

初春「白井さん?」

黒子「貴女、殿方二人が大切に思っている人がどんな人なのかとか――」

初春「ちょ、ちょちょ白井さんストップ!! わー!! わー!!」


 黒子の言葉を遮るように声を上げる。


黒子「何をそんな大声上げていますのよ貴女は?」

初春「そりゃ本人の前であんな恥ずかしいセリフを言われそうになってるのだから、阻止だってしますよ!」

黒子「別にあの程度で恥を感じることはないと思いますが。わたくしならお姉様への愛の気持ちなら校庭のど真ん中でも叫べますわよ? 一切の恥じらいなく」

初春「私は白井さんのような恥知らずとは違いますので」

黒子「は? 貴女今なんとおっしゃいました?」


 お見舞いに来ているはずの二人組が病室で口論を始めた。
 ギャーギャー騒がしい声が部屋の中を飛び交う。ボクシング一ラウンド分くらいそれは続いた。
 言うことを言った二人は息を荒げていた。
 

初春「ぜぇ、ぜぇ、む、結標さん。これお見舞いの品です」


 唐突に初春が桃色の箱を結標へと両手で差し出した。先程の会話をさらりと流したつもりなのだろうか。
 よくわからないが余程お見舞いに来た理由を言いたくないのだろう。
 
 
811 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:37:34.37 ID:7SptLiMdo


結標「え、ええ、ありがとう」


 結標も別にそこまで理由に興味があったわけではないので、特に触れることなくそれを受け取った。
 渡しながら初春は言う。
 

初春「まあ、なんというか、あれです。あなたが無事でよかったというか、こうやって出会うことが出来て嬉しかったです!」


 少女はにっこりと微笑みかけた。
 太陽のような眩しい笑顔だった。
 

結標「……そう」


 初対面の人になんでここまで言えるんだ、と結標は少し照れ臭くなって、視線をもらったお見舞いの品の方へ向けた。
 その箱には描かれている絵を見て、結標は中身が何かに気付く。


結標「あら、これってたい焼き?」


 屋台とか専門店とかそういうところで売られているようなモノだった。
 その日に作られた出来たてのたい焼きをテイクアウトして持ってきたのだろう。
 箱の発するほのかな温かさからそれが伝わってくる。
 ……出来たての温かさ?


結標「この病院の近くにたい焼き屋さんなんてあったかしら?」

初春「いいえ、ありませんね。ちなみにそれは、ここからだと少し距離があるところにあるたい焼き屋さんのモノです。私のお気に入りなんです」

結標「まるでこれ出来たてみたいに温かいんだけど」

初春「はい! 結標さんのために頑張って持ってきました!」


 ニコニコしながらそう返した。おそらくこの温かさは彼女の能力か何かでもたらされたモノなのだろう。
 ああ見えてジェット機並みの速度で飛行できるチカラとか持っているのかもしれない。
 なにはともあれ、自分のためにこの少女はここまで頑張ってくれたのだ。なぜここまでしてくれたのかは未だにわからないが。
 結標はらしくないとは思いながらも、嬉しい気持ちは湧いて出てくるのを感じた。
 

結標「ありがとうね。嬉しいわ」


 結標は笑顔でそう応えた。
 

黒子「……ちょっとよろしいですの?」


 黒子が不満そうな表情をしていた。
 
 
結標「なにかしら?」

黒子「何でわたくしのお見舞いの品にはケチつけやがりましたのに、初春のは文句の一つも言わずにそんなに大絶賛なんですの?」

結標「失礼ね。まるで私がいつも悪態をついている人間みたいに言って。というか、やっぱり貴女もお見舞いに来てくれていたのね」

黒子「そういうことを聞いているんじゃないですの!」

結標「そうね」


 結標は不敵な笑みを浮かべながら、
 

結標「私だって悪態つく相手くらい選んでるわよ?」

黒子「ほんっと! いけ好かない女ですわ!」


―――
――



812 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:38:44.41 ID:7SptLiMdo


 ショチトルは病院のベッドの上で静かに眠りについていた。
 カエル顔の医者が言うには命に別状はないらしいが、あまり良い状態とは言えないらしい。
 肉体の三分の二を失い、それをまがい物の肉で埋められているのだからしょうがないことなのだろう。
 

海原「…………」


 ベッドの横にある椅子に座っている海原が、見守るように少女を見つめる。
 なぜこんなことになったのか。どうして彼女がこんな目に合わなければならないのか。
 疑問は尽きないが、今考えたところで何も解決はしない。
 今は、彼女がこうして生きていてくれている状況に感謝しなければ。


海原「……また来ます」


 海原は呟いて、音を立てないよう静かに病室から廊下へ出た。


海原「……おや、二人共いらしていたのですか?」


 病室の前には二人の少女がいた。
 
 
番外個体「ヤッホー☆」


 一人は番外個体。海原と同じ『グループ』の構成員の一人。
 今朝の作戦で左肩を脱臼するという怪我を負った為、治療のため肩にサポーターを取り付けている。
 本人はそのことを気にしていないのか、ケラケラと笑いながら手をこちらへ向けて振ってきていた。
 
 
黒夜「…………」


 もう一人は黒夜海鳥。同じく『グループ』の構成員。
 少年院の中での戦闘で苦戦を強いられたのか、体のいたる所に包帯やらギプスやらで処置されている跡が見られる。
 傷付いた野犬のように鋭い目を海原に向けていた。


黒夜「敵を助けるなんてアンタどうかしてるよ。コイツが回復した途端、私らに牙を剥いてきやがったらどうするつもりなのさ?」


 海原の背中にある扉へ向けて顎で指して言う。
 たしかに彼女の言う通り、今この病室で寝ているショチトルは暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。
 つい半日前には敵対関係にあって交戦していたことも事実だ。
 

813 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:39:53.12 ID:7SptLiMdo


海原「今の彼女にそこまでやれる力は残されてはいませんよ」

黒夜「脳みそさえ動いていればやりようはいくらでもあるよ?」

海原「自分がそんなことさせません」

黒夜「コイツを助け出すために『メンバー』の連中が動くことで、血みどろの抗争が起きちまうかもしれないよ?」

海原「この時点で何も起きていないことから、彼女にはそこまでの価値はない。切り捨てられたと見たほうが妥当だと思いますが」

黒夜「そんな安っぽい憶測を信じろと?」

海原「信じられないのなら、どうぞ自分の首を落としてください。それだけのことをしていることは自覚はあるつもりです」


 二人の視線がぶつかり合う。
 犬歯をむき出しにしながら睨みつける黒夜に対して、海原は動じることなく一直線に目の前の少女を見つめていた。
 殺気の満ち溢れたにらめっこ。
 先に動いたのは黒夜だった。


黒夜「チッ、くっだらねェ」


 舌打ちしながら視線を逸らす。


黒夜「ボロボロで無抵抗なアンタを殺しても何の面白みもないからね。好きにしなよ」


 黒夜はそう言って背中を向ける。
 この場から立ち去るようにゆっくりと廊下を歩き出した。
 

海原「……ありがとうございます」


 彼女の小さな背中を見ながら海原は微笑んだ。
 

番外個体「なんかカッコいいこと言ってる風だけど、実際はクロにゃんがエっちゃんにビビって引き下がっただけだよねー」


 そんなやりとりを見ていた番外個体が、茶々を入れるように言い放った。
 黒夜が勢いよく振り返って吠える。


黒夜「ビビってねェよ! 誰がこンなヤツなンかにッ! ……うん? エっちゃんって誰だよ?」

 
 番外個体の言った知らないあだ名を聞いて、黒夜は首を傾げた。
 ニヤニヤしながら番外個体は質問に答える。


番外個体「海原のこと。本名エツァリって言うらしいよー」

海原「ちょ、ちょっと番外個体さん。その名前はあまり広めて欲しくはないのですが……」

番外個体「えぇー? いいじゃんエっちゃん。かわいいよー?」


814 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:40:48.29 ID:7SptLiMdo


 海原光貴は偽名だ。この顔の本来の持ち主の名前をそのまま名乗っているだけ。
 この少年の本当の名前はエツァリ。それはアステカの魔術師としての名前。
 学園都市は科学サイドの中心。そんな中で天敵である魔術サイド側の名前を広められるのは、あまり好ましいことではない。
 
 
黒夜「……へー」


 それを聞いた黒夜は、面白いことを聞いたときのようにニヤリと口の端を歪めた。
 

黒夜「なるほどねー、そうだったのか。だったら私もエっちゃんって呼んで――」

海原「ぶち殺されたいのですか黒夜?」


 言い切る前に海原が鋭い眼光を光らせる。
 怒りと殺気を感じ取った黒夜がビクリと体を震わせた。


黒夜「なっ、なンでだよ!? 何で番外個体のヤツがよくて私が駄目なンだ!」

海原「貴女にそんな呼ばれ方をされるなんて虫唾が走ります番外個体さんは別ですけど。自分を怒らせたくないのならそんな呼び方はやめるべきですよ番外個体さんはどうぞ続けてください。貴女もバラバラに解体はされたくはないでしょ番外個体さんならいいんですが――」


 つらつらと言葉を並べていく海原。
 このような流れの言葉があと一〇個くらい続いたくらいで番外個体が、
 

番外個体「うわぁ……」


 ドン引きしていた。
 頭の中が負の感情で溢れかえっているはずの少女が。


黒夜「この依怙贔屓野郎めェッ! 安心しろ海原ァ! こっちもハナからそンなクソみてェなニックネームで呼ぶつもりなンてねェからよォ!」

海原「賢明な判断です。あっ、番外個体さんは好きに呼んでくれて構いませんよ?」

番外個体「……何か気持ち悪いから呼び方元に戻すね? 海原」


 目線を合わさずに番外個体はそう言った。
 

海原「そうですか。それは残念です」


 海原は爽やかな笑顔を浮かべた。


―――
――



815 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:41:24.24 ID:7SptLiMdo


 第七学区にあるふれあい広場。
 春休み期間ということもあり、小学生くらいの子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。
 そんな場所だが中・高生もいる。RABLM(らぶるん)という移動式のクレープ屋の屋台の順番待ちの列に並んでいた。
 特にキャンペーンなどしている様子はないが、これだけの列ができるということはそれだけ有名な店なのだろう。
  
 そんな店のクレープを買い、ベンチに腰掛けて食べている金髪碧眼の少女二人組がいた。
 高校生くらいの少女フレンダと小学生くらいの少女フレメア。見ての通りの姉妹である。


フレメア「やっぱりクレープはチョコ&ショコラの組み合わせが最高! にゃあ」

フレンダ「それどっちもチョコレートじゃん」


 フレンダは呆れながら手に持ったクレープをかじる。
 
 
フレメア「ところでお姉ちゃん?」

フレンダ「なに?」

フレメア「今日はどうしたの? 急にクレープを食べに行こうだなんて」

フレンダ「……別にー。これと言った深い意味はない訳よ。ただ暇だっただけ」

フレメア「ふーん」


 嘘だ。本当はただ逃げたかっただけだ。
 暗部から。現実から。失敗続きで良いとこなしの自分から。
 妹という光の世界の象徴へ逃げたかっただけだ。
 

フレメア「だったらお姉ちゃん! 暇なら今から映画観に行こうよ!」


 フレメアが大きな瞳を輝かせる。
 正直、いま映画なんて観てもまったく内容が入ってこないだろう。
 けど、それで彼女が喜んでくれるのなら、とフレンダは小さく息を吐いた。


フレンダ「映画かー、まあ時間はあるし別にいいけど。何が観たいのよ?」

フレメア「今やってるゾンビのヤツ!」

フレンダ「うぇーやっぱそういう系かー。恋愛モノのヤツ観ようよー? 何か今やってるでしょ? 学園ラブコメのヤツ」

フレメア「そんなラブコメとかいうフィクションの塊なんて、大体、興味ない。にゃあ」

フレンダ「ゾンビ映画もフィクションの塊でしょうが!」


 ピコン♪ 二人の会話を止めるように携帯の通知音が鳴る。
 嫌な予感がする。
 そう思いながら、フレンダはスカートのポケットから携帯端末を出して、画面を見る。


816 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:03.20 ID:7SptLiMdo


フレンダ(ゲッ、仕事の連絡じゃん。もうっ、今朝学園都市へ戻ってきたばっかだってのに、ゆっくり休む時間ももらえない訳?)


 今朝、学園都市に反旗を翻そうとしている外部組織を殲滅するという任務を終えたばかりだった。
 ふとそのときのことを思い出してしまう。
 自分の失敗で浜面仕上という少年に怪我を負わせてしまったことを。
 幸い命には別状はなかったが、一つ間違えれば彼は死体処理場行きとなっていただろう。
 

フレンダ(……大丈夫。大丈夫だから。次はちゃんとやる。ちゃんとやれるハズ!)


 フレンダは心の中でそう言い聞かせる。
 そんな彼女の表情に不安や焦りといった陰が見えた。


フレメア「どうしたのお姉ちゃん?」


 フレメアが首を傾げる。


フレンダ「ごめんフレメア! ちょっと急用入っちゃって、映画一緒に行けない!」

フレメア「えぇー、またー? この前も同じこと言って遊園地行くの当日ドタキャンしたはず!」


 両手をバタバタ動かして抗議するフレメア。
 フレンダは彼女をなだめながら、
 
 
フレンダ「ごめんごめん、この埋め合わせは今度必ずするから、ね?」

フレメア「むむぅ、しょうがないな。ここは私が大人になってあげる。にゃあ」

フレンダ「じゃ、そういうことだからちゃんと門限までに寮へ帰りなさいよ?」


 そう言ってフレンダは立ち上がり、持っていたクレープを頬張った。
 ごくりとそれを飲み込んで、一歩踏み出す。
 
 
フレンダ「それじゃあまたね! フレメア!」


 フレンダは駆け出した。再び、闇の世界へ向かうために。
 
 
 
 
フレメア「……お姉ちゃん」


 フレメアは心配するかのように呟き、小さくなっていく姉の背中を見送った。


―――
――



817 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:55.74 ID:7SptLiMdo


 第七学区の中のとあるビルの中の一フロア。
 ここは暗部組織『スクール』が利用している隠れ家件医療施設だ。
 このビルの近くには病院があり、連絡すればスクールの息がかかった医療従事者が駆けつけて、治療するという仕組みとなっている。
 設備は他の病院と大差のないレベルで整っている。が、非合法なモノもたくさん置かれているため、そういう点で言えばこちらの方が上かもしれない。
 
 その中にはもちろん入院患者用の病室だって備え付けられている。
 医療用の器具やベッドが設置されており、白を貴重としたその部屋はまるで病室そのものだった。
 そんな一室に入院している少女が一人いた。
 獄彩海美。スクールの構成員の一人である中学生くらいの少女。
 頭には包帯が巻かれており、右腕がギプスで固定されているという、痛々しい見た目をしていた。
 入院着で見えないが、その下は包帯だらけのミイラ状態になっていることだろう。
 
 
垣根「なんつーか、新鮮だよな」

 
 ベッドの横に立っていた垣根が問いかけるように言った。
 海美が少年の顔を見上げながら、


海美「なにが?」

垣根「お前がボロッボロで入院してる姿なんてよ」

海美「なにそれ? まるで私が怪我して面白いみたいな言い草ね」


 海美が不機嫌そうに顔をしかめた。
 
 
垣根「そうは言ってねえだろうが。お前は何ていうか、何でも卒なくこなして、何事もなかったかのような顔で、任務完了を報告してくるようなイメージがあったからな」

海美「それは褒めてくれていると判断してもいいのかしら?」

垣根「ばーか逆だよ。失敗したくせに褒めてもらえると思ってんのか?」


 垣根はあざ笑うように少女を見下ろした。
  
 
海美「たしかにそうね。それに同じく失敗した人から褒められても嬉しくもなんともないし」

垣根「チッ」


 バツが悪そうに垣根は舌打ちした。
 

海美「そっちは何があったのよ? その感じだと第一位にボコボコにされて逃げ帰ってきたとか、そういうわけじゃないんでしょ?」


 話の流れのまま海美が問いかける。


垣根「…………」


 垣根は黙り込んだ。
 何かを考えているという様子だった。
 海美はその様子をただただじっと見つめていた。

 しばらくしてから、垣根がため息をして、
 

818 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:10.30 ID:7SptLiMdo


垣根「……上条当麻って覚えてるか?」

海美「上条……」


 海美が少し視線を上げながら記憶を思い起こすような素振りを見せる。
 

海美「たしか、雪合戦大会の準決勝で戦ったチームのリーダーだった人かしら? あのツンツン頭の。彼がどうかした?」

垣根「ヤツが立ち塞がって来やがったんだよ。一方通行をぶち殺すために独房へ向かっている俺の前にな」

海美「あんな見るからに表の人間って感じの人が、何でそんなところに?」

垣根「さあな。結局、俺はヤツを殺すことができなかった。逆にヤツも俺を殺すことが出来ていない」

海美「貴方と引き分けるなんて、相当なやり手ね」

垣根「引き分けじゃねえ」


 食い気味に垣根は否定した。
 

垣根「ヤツの目的は、時間いっぱいまで俺の足止めをすることだった。一方通行や座標移動を守ることだった。その勝利条件を達成されたっつーことは、すなわち俺の負けだよ」

海美「ふーん」


 海美が軽い感じに相槌を打つ。
 垣根は続ける。
 

垣根「あのあと気になって、その上条とかいうヤツを調べてみた。そうしたら面白れーことがわかったよ」

垣根「一方通行をぶっ飛ばして、『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』を凍結させるまでに追い込んだ無能力者(レベル0)、ソイツがヤツだ」


 すなわち、それは上条当麻は一方通行を倒したということ。
 未現物質(ダークマター)というチカラを持っている垣根でも成し遂げることができなかった偉業を、あの無能力者の少年は達成することができたということだ。
 
 
海美「なるほど、ね。道理で勝てないはずよね。第一位より強いヤツが相手じゃ」

垣根「うるせえよ。つーか、何勝手に俺が一方通行より下だって決めつけてんだ?」

海美「完膚無きまでに叩きのめされるシーンを目の前で見せられたからね」


 雪合戦、舐めプ、逆算、次々と癇に障るワードを吐き出す海美。
 垣根はそれを遮るように舌打ちをして、
 

垣根「まあいい。いずれにしろ負けっぱなしは趣味じゃねえ。一方通行に上条当麻。いずれこの借りは必ず返す」

海美「……そ。せいぜい期待はしないで見守らせていただくわ」

垣根「可愛くねえヤツ……あっ、そういやよお」


 垣根が思い出したかのように話題を変える。
 

819 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:51.43 ID:7SptLiMdo


海美「何かしら?」

垣根「お前、少年院のとき電話してきて最後なんか言いかけてただろ? アレなんて言ったんだ?」


 ビクッ、と海美の体が少し揺れた。
 
 
海美「……ああ、あれね。知りたい?」

垣根「そりゃな。このままじゃ気になって昼寝も出来ねえレベルには」

海美「果てしなく微妙なレベルね」

垣根「どうでもいいところに引っかかってんじゃねえよ」

海美「そうね……」


 海美はそう言って少し黙り込み、窓の外へ目を向けた。
 つられて垣根も見る。ビル街の中の病室のため、コンクリートジャングルしかない。
 風景を見るために彼女は外を見ているのではないのだろう。
 話すことが決まったのか、海美は振り向き、小さく笑って言った。
 

海美「うーん、ヒミツ、ってことで」

垣根「は?」


 その答えに垣根は目を細めた。
 

垣根「テメェ、俺が何のために助けたと思ってんだ?」

海美「えっ、そんなくだらない理由で私は命拾いしたわけ? ちょっとショックなんだけど……」

垣根「生き残れただけでもありがたいと思え。いいからさっさと言えよ、殺すぞ」

海美「もうっ」


 海美は困ったような声を漏らした。
 困ってんのはこっちなんだが、と垣根は頬を掻いた。
 ふと、それを見た海美が何かを思いついたようにニヤリと笑う。


海美「そうね。だったらヒントをあげるわ」

垣根「ヒントだ?」

海美「そう。ちょっと耳貸してちょうだい」


 そう言って海美はベッド横に置いてある台に左手を置いて、前のめりに顔を突き出した。
  
 
垣根「? こうか?」


 言われた通り垣根は中腰になって片耳を差し出す。
 海美はそのまま唇を近付けた。
 

 
 垣根の頬へ。
 


820 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:45:38.19 ID:7SptLiMdo


 頬に柔らかい感触を感じた垣根が飛び上がるように立ち上がる。
 海美から離れるように垣根はたじろぐ。
 
 
垣根「なっ、て、テメェ何しやがったッ!?」

海美「ふふっ、これがヒントよ?」


 わずかに頬を紅潮させながら、海美は微笑んだ。


 トントン、ガララ。
 ノックを二回したあと、部屋のドアが開かれた。


誉望「失礼しまーす。行方不明になってた砂皿さんと連絡付きましたよ」


 点滴付きのスタンドを片手に誉望万化が部屋に入ってきた。
 報告をしながらそのまま部屋の奥へと入っていく。
 

誉望「それで驚いたんスけど、なんと噂のステファ――」


 誉望の動きが止まった。
 今まで見せたことのないような戸惑いの表情をしている垣根。顔を赤くして目を逸らせている海美。
 そんな世にも珍しい二人組を目の当たりにしたからだ。


誉望「ちょ、二人してなんなんスかその感じッ!? ここで何かあったんスか!?」

垣根「な、何にもねえよ殺すぞッ!!」


 垣根の背中から三対六枚の白い翼が現れた。
 未現物質(ダークマター)。学園都市第二位の殺意が具現化する。


誉望「ええぇっ!? ちょ、病院で能力使わんでくださいよッ!? てか俺も結構重症患ぎゃああああああああああああああああああああああッ!!」


 点滴スタンドを抱えながら誉望は部屋の外へ逃げ、廊下を全力疾走していく。
 それを追うように垣根が翼を羽ばたかせながら飛行する。
 
 パリン!! ガシャン!! ドガッ!! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


海美「……ふふっ」
 
 
 廊下から聞こえてくる破壊音や絶叫を聞きながら、海美はくすりと笑った。


―――
――



821 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:46:13.20 ID:7SptLiMdo


結標「……自由の身、か」


 ベッドの上で上半身を起こしている結標が、窓の外を見ながら呟く。
 先程まで土御門という少年と話をしていた。
 彼は結標淡希と同じ学校に通うクラスメイトらしく、『グループ』という暗部組織に所属する構成員でもあるらしい。
 らしい、というのは今の彼女には彼の記憶はないため、そのような助動詞が文章の最後に付いてしまう。
 
 土御門からはいろいろなことを聞いた。
 自分が様々な暗部組織から狙われていたということや、自分が起こした事件がどういう風に処理されたのか。
 そして、これからの自分の処遇、など。


結標「そんなこと言われても、私にはもう……」


 ガンガン!


 結標の病室のドアから、荒々しいノックの音が鳴った。
 今日は来客が多いな、と結標は入り口を見る。
 
 
結標「どうぞ」


 ドアが開かれた。
 そこにいたのは少年だった。
 白い髪を頭に生やし、血のように染まった赤い瞳、線の細い体はまるでハリガネのよう。
 首に巻いたチョーカーからは線がこめかみへ向けて伸びており、右手にはメカメカしい現代的なデザインの杖を取り付けていた。
 結標は少年の名前を呟く。
 

結標「……一方通行」

一方通行「よォ」


 一方通行は適当に挨拶をしながら歩を進める。
 ベッドの横に辿り着き、結標を見ながら、
 

一方通行「具合はどォだ?」

結標「おかげさまでね」

一方通行「そォか」


 挨拶程度の会話をして、そこで流れが止まった。
 沈黙。それに絶えきれなくなった結標が言う。


結標「……座ったら?」

一方通行「おォ」


 促されたため、一方通行はベッド横にある丸椅子へと座った。
 だが、沈黙はまだ続いた。変わったことは椅子に座ったかどうか。
 はぁ、と結標はため息をつく。


822 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:47:17.84 ID:7SptLiMdo


結標「ねえ」

一方通行「あン?」

結標「聞きたいことがあるんだけど」

一方通行「何だ?」

結標「どうして私を助けたのよ?」

一方通行「あァ? あのとき言っただろォが。俺はオマエとした『約束』を果たすために――」

結標「そういうことを聞いているんじゃないわよ」

 
 一方通行の返答を遮るように言った。
 

結標「貴方もわかっているんでしょ? 私は貴方を恨んでいる。嫌悪している。身の毛がよだつ程の恐怖の対象として貴方を見ている」

結標「そりゃそうよね? だって私にとっては、貴方にぶん殴られたのがつい一昨日のことよ? 新しい記憶として私の中にはっきりと残っているわ」

結標「そんな貴方にあんなことを言われて助けられたからって、私が喜ぶとでも思っていたの?」


 結標は少年を睨みつける。
 投げかけられた質問に一方通行は、
 

一方通行「いィや、ンなことは思ってはねェよ」


 考える間もなく即答した。
 

結標「じゃあ貴方はそれを理解した上で、なんで私を助けたのよ?」

一方通行「ただの自己満足だよ」


 吐き捨てるように言った。
 そのまま一方通行は続ける。
 
 
一方通行「九月一四日ンときのことは、俺は別に何とも思ってねェよ。お互いの立場が違った。俺は俺の正義で、オマエはオマエの正義で動いた結果だからな」

一方通行「だが、そっから先はクソだ。オマエから半年以上の記憶を奪った。いや時間を、人生を奪ったっつった方がイイか?」

一方通行「そォいうことを全部分かった上で、俺はオマエと共に過ごした。呑気に思い出作りなンてモンに興じた」

一方通行「そのとき俺たちが過ごした日々のことをオマエが知ったら、おそらく今とは比べ物にならねェほどの負の感情が湧き上がってくンだろォよ」

一方通行「よォするに罪滅ぼしをしたかっただけだよ。オマエを助け出して光の世界へと連れ戻す。そォすることでそれを償うことができると思ってやった、自分勝手で傲慢な行動だ」


 長々と返ってきた一方通行の言葉に、結標は目を丸くさせる。
 
 
結標「信じられない。そんな的外れな自己満足のために、貴方はあんなところにまで駆けつけてきたって言うわけ?」

一方通行「……そォだな」

結標「何で? 何で貴方はそんな事ができるのよ? 貴方の行動原理が私には理解ができないわ」


 ピタリと一方通行の動きが止まった。
 ちょっとした動作や、眼球の動き、息遣い。全部が。
 結標が首を傾げた。


結標「どうかした?」

一方通行「……悪りィ。今言ったこと全部嘘だ」

結標「はあ?」


823 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:07.57 ID:7SptLiMdo


一方通行「オマエに言われて気付いた。約束だとか、自己満足だとか、罪滅ぼしだとか、そンなモンただの建前だった。オマエを助けたかった理由はもっとシンプルだったンだ」


 真紅の瞳が結標淡希を見つめる。決して目を逸らすことなく、ただ一心に。
 そして、一方通行は言う。



一方通行「結標淡希。俺はオマエが好きだ」



 告げた。一言一句ハッキリと。目の前の少女に伝わるように。
 

結標「なっ」


 突然の告白に、結標が驚き、顔を赤面させる。
 一方通行はそのまま続ける。


一方通行「だから助けた。オマエに傷付いて欲しくなかった。オマエには笑顔で居て欲しいと思った。そンなオマエと一緒に居たいと思った。これは俺の嘘偽りのない気持ちってヤツだ。建前も打算も何もねェ純粋な想いだ」

結標「……違うわよ」


 俯きながら、結標は否定する。
 
 
結標「貴方のその気持ちは間違っているわよ。だって、私は貴方の知っている結標淡希じゃないのよ? なのに、そんな……」

一方通行「あのとき言っただろォが。記憶があろうがなかろうがオマエはオマエだってよォ」

結標「…………」


 結標は俯いたまま黙り込んだ。
 見たくないものから目を逸らせているように見える。


一方通行「ああ。そのリアクションは間違ってねェよ。これは俺が勝手に思っていることなンだからな」


 目線も合わせない少女に語りかけるように言う。
 

一方通行「オマエの気持ちはわかっているつもりだ。俺がどォ思っていよォが、俺がオマエの半年という長い時間を奪ったクソ野郎ってことには変わりねェ」


 一方通行は立ち上がり、結標へ背を向ける。


一方通行「邪魔したな。俺はもォオマエの前には二度と現れねェ。一切関与しねェ。オマエはオマエの好きなよォに生きろ」


 一方通行はそう言い残し、部屋の外へと向かって踏み出そうとする。
 しかし、彼のその一歩が止まった。
 振り返らずに、一方通行は問いかける。


一方通行「どォいうつもりだオマエ」


 一方通行の服の袖を掴む手があった。
 それは他の誰でもない、結標淡希の手だった。
 立ち去ろうとする一方通行を阻止しようとするように、引き留めようとするように。
 彼女はその手を離さない。


824 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:50.65 ID:7SptLiMdo


結標「一つだけ言わせて」


 結標は顔を下げたまま話し始める。
 

結標「たしかに私は貴方のことが嫌いよ。世界で一番って言っていいくらいに、視界に一切入れたくないくらいに、身体が震えるほどの恐怖を覚えるくらい」

結標「けどね、その気持ちとせめぎ合っているもう一つの感情が、私の中にはあるの。それはさっきのとはまったくの真逆な感情」

結標「世界で一番って言っていいくらいに、ずっと離れたくないと思うくらいに、一緒にいると安心感を覚えるくらい」


 結標は顔を上げた。
 少年の背中へ向かって、投げつけるように言い放つ。
 
 
 
結標「私は貴方のことが好きなのよ!」


 
 結標淡希の口から出てきた、絶対にその口から出てこないであろう言葉を聞いて、一方通行は目を大きく見開かせた。
 

結標「おかしいでしょ? わけがわからないでしょ? 笑っちゃうわよね? そんな相反する感情が混在しているなんて」

結標「私は九月一四日のときの貴方しか知らない。そんな感情が生まれるはずなんてない。なのに、私はたしかにそう想えている」

結標「ねえ、一方通行。これは一体どういうことだと思う?」


 ふぅ、と一方通行は息を吐いた。
 目を閉じながら、諭すように答える。
 

一方通行「……決まってンだろ。まがい物だよそれは」

結標「だったら」


 結標は袖を掴んでいた手を離し、じゃらりという音と共に、何かを取り出した。
 
 
結標「これもまがい物なわけ?」


 一方通行は振り返って、その何かを見た。
 
 
一方通行「ッ……」


 一方通行が動揺したかのように、見開かせた両目の瞬きが止まる。
 それはペンダントだった。
 四葉のクローバー型に加工された赤い宝石を金のビーズで縁取っている。
 学生が持つものとしては高級感のあるアクセサリーだった。
 見覚えがあるモノなのか、一方通行はそれを凝視したまま動かなかった。
 
 結標は手にしたペンダントを見ながら、 


結標「これを見ると、何か胸をギュッと締め付けられるような気持ちになる。楽しくて、嬉しいような、そんな感じの気持ちに」

結標「いつからこれがここにあるのかもわからない。けど、これはたしかにここにある。これも貴方の言うまがい物のなのかしら?」


 そう言って結標は一方通行の赤い瞳を見る。
 

825 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:49:34.86 ID:7SptLiMdo


一方通行「…………」


 一方通行は何も言わない。
 彼もわかっているのだろう。その意味を。
 わかっていても自分では答えられないのだろう。
 だから、結標は代わりに言う。
 

結標「私ね、思うのよ。たぶん、これはどちらかが偽物だとかそういう話じゃない。どちらも本物なのよ。紛れもない私が抱いている気持ちなのよ」

結標「けど、こんな相反するものがいつまでも共存できるわけじゃない。いつかはどちらかを決めないといけないときがきっと来る」


 そして結標は再び掴んだ。今度は袖ではなく、彼の左手を、しっかりと。


結標「だから教えてよ? 見極めさせてよ? 貴方がどんな人なのかを。私のどちらの気持ちが正しいのかを」

結標「この気持ちをハッキリさせないまま、私の前からいなくなるなんてダメよ。絶対に逃がさないから」


 結標淡希の顔は真剣そのものだった。嘘や冗談を言っている様子は皆無だ。
 ほのかに紅くした頬。正面から向き合おうとする目。その目にやんわりとにじむように浮かぶ涙。ガタガタと震える手。
 それらを見た一方通行は、大きくため息をついた。


一方通行「……やっぱりオマエはオマエだよ。俺の知っている結標淡希だ」

結標「? どういう意味よ」


 その問いに、一方通行は息を吐くように小さく笑い、


一方通行「面倒臭せェ女っつゥことだよ」

 
 そう答える一方通行の表情は、穏やかな優しいモノだった。
 

結標「うぐっ……」


 結標が小さく声を漏らした。
 ドクン、と結標は自分の心臓が大きく鼓動したのがわかった。
 思わず表情が崩れそうになり、目を逸しそうになったが、息を整えて、
  

結標「……ふふっ、貴方にだけは言われたくないわね」


 笑ってそう返した。
 

―――
――



826 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:12.93 ID:7SptLiMdo


 超能力者(レベル5)第五位の少女、食蜂操祈は一方通行たちが入院している病院の屋上にいた。
 欄干に肘を乗せ、落下防止用の高柵越しに、対角線上の位置にある一室、結標淡希がいる病室の中を眺めている。
 視力2.0あっても部屋の中を詳細に見ることは難しい距離だったが、彼女にとっては関係ないことだった。

 食蜂は今、精神掌握(メンタルアウト)のチカラを使って結標淡希の頭の中を覗いていた。
 彼女が感じている五感や深層心理、彼女の中にある記憶などを全てリアルタイムで抜き取り、食蜂の中へとインプットされている。
 もちろん、結標淡希本人はそんなことをされているとは知りもしない。
 精神モニタリングしながら、食蜂は呟く。


食蜂「……未だに、信じられないわよねぇ」

 
 食蜂は驚いていた。それは結標淡希の感情に対してだ。
 一方通行に対する好意と嫌悪が混在している。彼のこの部分は好きだがあの部分は嫌いとか、そういう次元の話ではない。
 彼女は全面的に彼のことが好きで、全面的に彼のことが嫌いなのだ。

 食蜂は今までいろいろな感情を見てきた。喜怒哀楽はもちろん四六種類に細分化された全ての感情の形を知っているつもりだ。
 そんな彼女でも今回の結標の感情に関しては初めての経験だった。

 嫌悪が生まれるのは当然だ。今の結標淡希の中にある一方通行に対する記憶は、敵対したときの記憶でほとんどを占めている。
 そんな相手を目の前にして嫌悪が生まれないわけがない。よほどの聖人君子でなければそれは不可能に近いことだろう。

 好意についても謎だった。これは一体どこから出てきた感情なのか。
 記憶喪失していたときの結標の記憶、つまり一方通行と恋人関係にあったときの記憶は、たしかに今彼女の脳の中に存在する。
 ただし、それは彼女の記憶の中の奥底。今の彼女では絶対に手を出すことができない場所に保管されていた。
 今の結標と記憶喪失中の結標の存在は表裏一体だ。彼女たちはお互いの記憶を決して共有することができない。
 現に、今の彼女が認識している記憶を端から端まで検索してみても、記憶喪失時代の記憶は一欠片も出てこなかった。

 ほとんどが嫌悪の記憶で埋まっている結標だが、一部だけだが好意的な記憶は一応はある。
 それは少年院で一方通行に命を救われた記憶だ。
 結標からしたら彼は命の恩人ということになるわけだが、果たしてそれだけで身を捧げたくなるような好意が生まれるのだろうか。
 嫌いの感情は好きへと変換できるとはよく言ったものだが、おそらくこれには当てはまらないだろう。
 なぜなら、好きと嫌いの感情が両立している時点で変換できていないということなのだから。

 そこで結標淡希の好意がどこから出てきているのか考えてみる。
 身体が好意を覚えていた? 本能といった彼女の先天性の部分に刻み込まれていた? そもそも脳みそ自体の形が変わり一方通行を受け入れた?
 様々な仮説を組み立ててみるも、これといってしっくりくるような結論は出てこない。

 とある少年が言っていた言葉を思い出す。『心』。
 おそらくあの少年が言った『心』は科学的に証明されている心理学的なものとは違ったものだと思う。
 そうでなければ、能力の名前の通り心理を掌握している食蜂が理解できないわけがないのだから。
 彼が言っている『心』は根性論とかみたいな精神論のようなものだ。オカルトだ。
 超能力者(レベル5)という科学に精通した存在である食蜂は、そういった類のものをなかなか受け入れられずにいた。

 そもそも彼の言う『心』に記憶が保管されているなどという確証はどこにもない。
 食蜂は今まで何百もの記憶喪失者を見たことがある。今みたいな完全に記憶を取り戻せない人たちだってたくさん見てきた。
 その中には将来を近い合った恋人だっていた。長年の絆で結ばれていた兄弟だっていた。お互いを死ぬほど恨んでいた加害者と被害者だっていた。
 だが、決まってその者たちの中に、今回のような思い出せない感情を明確に表面化させていた者はいなかった。
 そんな経験をしてきた食蜂。だから彼女はこう呟く。


食蜂「……もしかして、これが『奇跡』ってヤツなのかしらぁ?」


827 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:50.83 ID:7SptLiMdo


 我ながらいい加減な発言だな、と食蜂は笑う。『心』などと言う少年と大差ない。
 奇跡とは起きないから奇跡という。万が一どころか億が一の確率でも起きない事象なのだと食蜂は考えている。
 たった数百しかないサンプルでそうやって決めつけるなんて、奇跡なんてそこらに転がっていると言っているようなものだ。
 奇跡を馬鹿にしている。奇跡を軽く見ている。奇跡という言葉を安売りし過ぎている。
 しかし、自分が理解のできない現象を目の前にした食蜂は、おかしいと感じていてもそうじゃないかと思うしかなかった。

 この現象を『奇跡』と称するなら、それを引き起こしたのは一方通行という少年で間違いないだろう。
 一方通行は結標淡希の記憶が戻った場合、彼女が自分へ敵意を向けてくることはわかっていた。わかっていながら彼は進むことを止めなかった。
 彼は本気だった。真剣に結標淡希を救おうとしていた。自分の持ち得るモノを全て使い、どんな手段を用いようとも、ただただ一直線に。
 そんな彼だったから『奇跡』を勝ち取ることができたのだろう。


食蜂「…………」


 食蜂はそんな彼が羨ましかった。

 彼女はある『奇跡』が起きることを待ち望んでいた。
 とある想い人の少年のことだ。彼は絶対に『食蜂操祈』という存在を記憶することができない。
 例えば、目の前で恋愛ドラマのような大々的な告白をしても彼の視線が自分を離れれば、彼はそのあったことをまるごと忘れてしまうのだ。
 これは暗示にかかっているとか能力によって記憶を阻害されているとかではなく、脳の構造自体が変質してしまったことために起きる現象だ。
 精神系最高峰のチカラを持つ彼女でもどうしようもないことだった。

 だから、彼女は待つと決めた。いつか彼が自分のことを覚えていてくれるようになる時が来るのではないかと。
 そんな『奇跡』のような現象が、いつか自分の前に起きるのではないかと、淡い希望を抱いていた。

 食蜂が一方通行を陰ながら助けたのは、とある少年を巻き込んでまで助けたのは、彼に似たような境遇を感じたからだった。
 想い人に記憶すらしてもらえない食蜂と、いくら思い出を作っても記憶喪失が治ればそれが全て消え去ってしまう一方通行。
 結果的に見れば、それは食蜂が勝手に持っていた同族意識にしか過ぎなかった。
 彼からすればそんな事情は関係なかった。だから、足踏みすることなく動いた。そんな彼だから『奇跡』を起こせた。


食蜂「……なるほどねぇ、つまり、待っているだけじゃ『奇跡』なんて起きるわけがない、ってコトかしらぁ?」


 自分へ言い聞かせるように、食蜂は呟く。
 屋上を後にするために入り口へと向かって足を進める。
 少女の黄金色の瞳には、何かを決心したような光が見えた。


―――
――



828 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:51:27.10 ID:7SptLiMdo


一方通行「しかし、オマエ本当にイイのかよ?」

結標「なにが?」


 病室にある丸椅子へ腰掛けた一方通行が、隣に置いてある台に頬杖を突きながら結標へ聞く。
 

一方通行「俺と一緒にいるってことは、今までオマエが過ごしてきた環境を全てかなぐり捨てるっつゥことだぞ?」


 一方通行と同じ家に居候し、同じ学校へ通い、同じように生活をする。
 つまり、今の結標淡希からすればまったくの別世界へ飛び込むことと同義だ。
 それは生半可な覚悟では務まらないことに違いない。
 だが結標は、
 
 
結標「別にいいわよ」


 二つ返事で返した。
 一方通行は眉をひそめる。
 
 
一方通行「もォ少し思考してからモノォ言ったらどォだ?」

結標「別に何も考えていない、ってわけじゃないわよ?」


 軽い感じで結標はそのまま続ける。
 

結標「霧ヶ丘に未練があるわけでもないし、今のところ何かをやろうって気もないし、何かをやろうにも仲間たちが少年院から出られるのはまだ先だし」

一方通行「あン? オマエの仲間って反逆者として無期限で捕まってるって聞いたが」

結標「どういうわけか知らないけど、罪状が変わって刑期がきちんと付いたって聞いたわ」

一方通行「誰がそンなことを」

結標「土御門」


 ああ、と一方通行は納得の声を出す。
 自分だけではなく結標にも説明していたのか。
 アフターフォローまできっちりしていて気味の悪いヤツだ、と一方通行は心の中で呟く。


結標「…………」


 ふと、結標が目の前にいる少年をぼーっと見つめていた。
 それに気付いた一方通行は怪訝な顔になる。 


一方通行「どォかしたかよ?」
 
結標「……ねえ、一方通行?」

一方通行「あン?」

結標「今の私たちの関係って、何だと思う?」

一方通行「何って……恋人じゃねェのかよ?」

結標「……ふっ」


 結標は小馬鹿にしたように笑った。
 一方通行の怒りのボルテージがピキピキと上昇する。
 

829 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:52:13.62 ID:7SptLiMdo


一方通行「何かおかしいこと言ったかよ?」

結標「甘いわよ一方通行。大方、私が貴方のことを好きとか言ってしまったから両想いだと勘違いしてしまったんだろうけど、私は同じくらい貴方が嫌いとも言ったわよね?」

一方通行「そォいやそォだな」

結標「つまり好き一〇〇パー嫌い一〇〇パーでプラマイゼロ。そんな状態で恋人を名乗るなんておこがましいとは思わなかったのかしら?」


 あざ笑うように、見下すように結標は目の前の少年を見る。
 態度は気に入らないが、彼女の言いたいことはよくわかる。正論だ。
 だからこそ、一方通行は呆れたように言う。
 
 
一方通行「別に。どォでもイイ」

結標「あら、随分と余裕そうじゃない。もう少し慌てふためくかと思っていたのに」

一方通行「俺がそンなヤツに見えるかよ?」

結標「まあそうなんだけど……あっ」


 結標が何かを察したような表情をした。
 

一方通行「ンだァ? そのクソみてェな面はァ?」

結標「ふふっ、わかったわよ。貴方がそんな余裕ぶっこいている理由が」

一方通行「あン?」

結標「以前の『私』を一回落としたからって、私のことを簡単に落とせるとか思っているんじゃないかしら?」

一方通行「ハァ?」


 アホを見るような目を一方通行は少女へ向けた。
 しかし、結標はそんなことを知らずに指摘する。
 

結標「図星でしょ? 残念ね。私はそんな軽い女じゃないわよ?」

一方通行「知ってる。前のオマエから直に聞いた」

結標「あら、そうだったの。さすがは『私』ね」

一方通行「言ってろ」


 一方通行はため息交じりにそういい捨てた。
 何となく、このやり取りに妙な懐かしさのようなモノを感じた一方通行は、ふと思い出す。


一方通行「そォだ。一つ言い忘れていたことがあった」

結標「言い忘れていたこと? 何よ?」

一方通行「これはオマエのこれからの生活にも関わる重要なことだ」

結標「?」

一方通行「今までの生活を捨てて俺と一緒に過ごすってことはよォ――」


830 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:53:17.20 ID:7SptLiMdo


 ざわざわと病室の外の廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
 その声の数は二人三人とかじゃなく一〇人近い数はいる。
 男の声や女の声。大人の声や子供の声。
 様々な声色の集団が徐々にこの病室へと近づいてきて、ドアの前へでそれが止まった。
 
 ガラララッ! と勢いよくドアが開かれた。


打ち止め「来たよーアワキお姉ちゃーん!! ってミサカはミサカは行きつけの飲み屋に入る常連さんみたいに入室してみたり!」


 同居人である打ち止めが勢いよく部屋に入ってきた。
 
 
黄泉川「打ち止め、なんでお前の口から飲み屋とか常連さんっていう単語が出てくるじゃんよ?」

芳川「いや、それより先に病院なんだから静かにしろ、って注意すべきよ。愛穂」

 
 それを追うように、同居人の黄泉川が抜けたツッコミしながら入室し、隣の同居人である芳川桔梗がそれを諭す。


青ピ「おっじゃまっしまーす!! おっ、姉さん髪下ろしてんやん!! エッろごふっ!?」

吹寄「うるさいわよこの馬鹿者が!!」

姫神「吹寄さんも。十分うるさい」


 いつもと違う結標淡希を見て興奮を覚えているクラスメイトの青髪ピアスが、同じくクラスメイトの吹寄制理のゲンコツを喰らい床に沈んだ。
 そのやり取りを同じくクラスメイトの姫神秋沙が冷めた目で見る。
 

土御門「ところでカミやんは、なーんで病院の中なのに頭から血を流しているんだにゃー?」

上条「シスターとは名ばかりのモンスターに噛みつかれ――」

禁書「何か言ったかな? とうま」


 同じくクラスメイトの土御門元春と上条当麻が適当な会話をしながら入室してくる。
 その後ろをオマケのように付いてくるインデックスはクラスメイトではないが、友人ということにしておこう。


結標「…………」


 結標淡希は入ってきた大勢の人たちを前にぽかんとしていた。
 その様子を見て、一方通行は口の端を尖らせる。
 
 

一方通行「俺なンかより百倍面倒臭せェヤツらの相手をしないといけねェってことなンだぜ?」



 結標が一方通行を見る。
 彼女の顔が呆然とした表情から、自信に溢れたような笑顔へと変わる。



結標「――上等よ」



―――
――



831 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:01.40 ID:7SptLiMdo


 一方通行たちが入院している病院の遥か上空。
 何もないはずの空中に足を付けて立っている少女がいた。
 風斬氷華。彼女の体には弾けるような音と共に白い電気のようなモノが小さく走っている。
 何らかのチカラを使い、その場に留まっているのだろう。
 
 風斬はあるモノを見ていた。
 それは苦難の状況から脱却し、日常へと戻っていった少年少女たち。
 あの場に自分も行って喜びを分かち合いたいが、自分が行くのは場違いだろうと思い、こうやって静観している。
 微笑んでいる少女の後ろから、何者かが話しかける。
 
 
????「楽しいかね? 自らの行動で変質させてしまったモノたちを眺めるのは」

風斬「……あなたですか」

 
 風斬は振り返らずに答える。
 まるで誰が話しかけてきたのか理解している様子だった。
 表情が変わる。微笑みから険しい顔へと。
 

????「君は本当に自由奔放に動く。少しはutojavsoufの自覚を持ちたまえ」


 声の途中にノイズのようなモノが入り込んだ。
 しかし、風斬はそれを気にも止めない。まるでその意味を理解しているように。 


風斬「私は『友達』を助けるために行動しました。これが私の存在意義であり、生きる意味でもあります。だから、あなたたちのような存在に指図を受けるつもりはありません」

????「君があの場に介入しなければ、アレのyueialsdを促すことができたというのに」

風斬「あなたたちの事情など私には関係ありませんよ」

????「まあその代わりに、ほんの少しだが『ヘヴンズドア』のxeiotuewoafを見ることができた。それはそれで面白かったから良しとしよう」


 その言葉に風斬は眉をひそめた。
 ノイズ混じりの声はそのまま続ける。
 

????「世界とは面白いモノだ。本来ならこの世界はあらゆる国を巻き込んだ戦争が起きていたり、世界そのものが崩壊するなどといった事象を経ていたはずだった」

????「しかし、たった一つの歪がこうも世界を変質させてしまったとは。qwoperypoの私も驚きを隠せない」

 
 その声は楽しそうに言った。
 まるで映画の大どんでん返しを見たように。スポーツの試合の大逆転劇でも見たように。
 
 
風斬「何を言っているんですかあなたは」

????「君が気にすることではない。せいぜい君は君の存在意義というモノを果たしたまえ」

風斬「一体何を企んでいるんですか?」

????「私は何もしないよ。プランだとかそういうものを考えるのは『彼』の役割だ。私はただ観察して楽しむだけだよ」

風斬「……まあ、私からしたらどちらでもいいです。しかし、一つだけ覚えておいてください」


 風斬は振り返る。
 目の前にいる存在をメガネのレンズ越しに睨みつけながら、バチィと電気のようなモノを走らせながら。
 
 

風斬「エイワス。あなたがもし私の『友達』に手を出そうとしたならば、私の全てを捧げてでもあなたを叩き潰してみせます」



 エイワスと呼ばれる者が不敵に笑う。
 

エイワス「面白い。それは実に興味の湧く忠告だ」


―――
――



832 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:39.30 ID:7SptLiMdo

 
 一方通行と結標淡希はファミリーサイドの二号棟のエントランスにいた。
 あれから一日経ち、二人は自宅療養ということで退院となった。
 退院時間は午後の三時だったが、いろいろあって出るのが遅れ、ここに辿り着いたのが午後五時過ぎとなっていた。
 
 一方通行がカードキーをエントランスにあるパネルへかざす。
 ピーガチャン、という音と共にロックが解除される。
 家は一三階の部屋のため、二人はエレベーター前へと向かって歩いていく。
 結標がキョロキョロと周りを見回しながら言う。


結標「――へー、私ってこんないいマンションに住んでいたのねえ」

一方通行「つっても居候だけどな」


 一方通行は不機嫌そうにそう答えた。
 

結標「貴方はせっかく退院できたっていうのに、何でそんなに不機嫌そうな顔をしているのかしら?」

一方通行「俺の顔は元からこンなだよ」


 結標は少年の顔をじっと見てから、
 
 
結標「……たしかにそうよね」

一方通行「オイ」

結標「冗談よ。そもそも私はいつもの貴方の顔なんて知らないのだから、そんなこと言われても困るのよね」

一方通行「そォいや、そォだったな」


 一方通行は面倒臭そうに頭を掻いた。
 エレベーターの前にたどり着き、一方通行は上の矢印が表示されたボタンを押してエレベーターを呼ぶ。
 ウイーン、と中で駆動音がかすかに聞こえてくる。
  

結標「で、結局その表情の意味はなんなのよ?」

一方通行「これから面倒なことが起こンだろォなァ、って思ったら自然とな」

結標「どういうこと?」

一方通行「これだ」


 一方通行は携帯端末の画面を突き付ける。
 なになに、と結標はその画面をまじまじと見た。
 あるメッセージが書かれていた。

 『退院したら寄り道せずに、お腹を空かせた状態でまっすぐウチに帰ってくるべし』。
 
 その文章を見て、結標が勘を働かせる。


833 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:56:20.69 ID:7SptLiMdo


結標「……なるほどね。大方、私たちの退院パーティーでも開いてくれるのかしら?」

一方通行「そォいうこった。面倒臭せェ」

結標「あの子そういうの好きそうだものね。えっと、打ち止め、だっけ?」

一方通行「アホ面ぶら下げて玄関前で待機してンのが目に浮かぶ」


 一方通行はげんなりとした表情のままため息をついた。
 キンコーン、とエレベーターが一階に到達する。
 ドアが開き、そのまま二人は乗り込んだ。
 一方通行が一三階のボタンを押す。
 ドアが閉まり、特有の浮遊感とともにエレベーターが上へ上へと上昇し始める。

 ふと、思い出したように一方通行が彼女を呼ぶ。


一方通行「結標」

結標「なに?」

一方通行「……あー、ンだァ」

結標「?」


 一方通行が天井を見上げた。
 何もない空間を見て、何か考え事をしている様子だった。
 だから結標はその様子をただただ首を傾げて見ていた。
 
 ふうっ、と一方通行が息を吐く。
 視線を結標淡希へと移す。
 
 
一方通行「えー、短い間か長い間か、どれくらいの付き合いになるかはわかンねェけどよォ」


 まるで慣れないことを言っているかのように、声のトーンを上下させながら、


一方通行「何つゥか、アレだ、改めてこれからよろしく頼む、っつゥかァー」


 たどたどしくそう言われた結標は、じっと彼を見る。


結標「……もしかして照れてる?」

一方通行「は?」


 その言葉に一方通行は食って掛かるように顔を近づける。


834 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:10.99 ID:7SptLiMdo

 
一方通行「何言ってンだこのクソアマはァ!? ンなわけねェだろォが!」

結標「ひっ、い、いや、だって言った瞬間、目逸らしてたし」

一方通行「逸らしてねェよ!」

結標「そ、そんなムキになってるところからして、よっぽど恥ずかしかったのね!」

一方通行「もォ一回顔面ブン殴って記憶飛ばしてやろォか?」


 ギリリと一方通行は左拳を握り締める。
 結標が身体をビクつかせた。


結標「あ、あはは、ごめんなさい。冗談よ冗談。というかその脅し文句は、割とトラウマダメージ大きいからやめて欲しいんだけど……」

一方通行「あ、ああ、悪りィ。ちと無神経過ぎたか」


 一方通行は戸惑いながら謝罪した。
 その様子を見て結標は少し口角を上げ、視線をエレベーターの隅っこへ向ける。
 
 
結標「(ふふふっ、こうすればコイツから主導権を握ることができるわけね。良いことに気が付いたわ……!)」

一方通行「……聞こえてンぞオイ」


 結標本人は心の中で呟いたつもりだったらしいが、どうやら声に出ていたらしい。
 だから一方通行の白い額に青筋が浮かび上がっている。
 あはは、と結標は誤魔化すように愛想笑いした。
 
 キンコーン。エレベーターが一三階に辿り着いた音を鳴らした。
 

結標「あっ、どうやら着いたみたいよ?」

一方通行「うっとォしいヤツ」
 

 決まりが悪そうに結標はドアの前へと一歩動いた。
 ドアが開かれる。 
 

結標「ふふっ、まあでも、そうね。これからどうなるかなんて私にもわからないけど――」

 
 駆け出すように結標は外へと一歩踏み出した。
 そして、体ごと振り向きながら、柔らかな笑顔を見せながら、



結標「こちらこそ、よろしくね?」



835 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:46.26 ID:7SptLiMdo


 私は結標淡希。九月一四日以降の約半年間の記憶がない、記憶喪失です。

 この半年間『私』がどう過ごし、何を思っていたのかなんて私はわからない。
 そんな未知の世界へ『私』の代わりに飛び込んでいくと私は決めた。
 不安がないわけじゃない。けど、不思議と怖さはなかった。
 それはこうだという明確な理由があるわけじゃない。
 だけど、私は思う。



 「『私』が好きになれた世界なのだから、私も好きになれるはずだ」。



 そんな至極単純なことを思って私はここに居るのだろう。きっと。


――――――


836 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:58:54.91 ID:7SptLiMdo





結標「私は結標淡希。記憶喪失です」 完





837 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 19:00:19.20 ID:7SptLiMdo

というわけで終わり
もうおらんやろけどここまで読んだ人がおったらおつかれした

伏線回収のための蛇足編のはずなのに全回収どころか逆に増えてるような気がするのは気のせい
ぶん投げENDってことでこんなしょうもないSSのことなんてもう忘れろ

長々語ったけど最後に心残りが一つ
>>345>>346を逆に投下してしまったのがほんま糞ムーブ

838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/28(金) 22:24:04.62 ID:bbKW2wlIo
お疲れ様でした、懐かしいssがまた見れて大満足です。
また禁書ss書いてくれること祈ってます
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/03/24(木) 13:20:31.28 ID:TVWxG2Hf0
何となく気になって見返してたけど、続きが更新されてたなんて思いもしませんでした。
また続きが読みたいです
840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 20:35:32.61 ID:DbHM2PgY0
死体蹴りとは陰湿だなぁ……
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