長門有希「私たちだけの、音色だから」キョン「ああ……そうだな」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:10:09.92 ID:6M8v8nm7O
「長門……」

その日、いつものようにSOS団の生産性皆無で不毛な活動の後、帰り道で元文芸部室にスマホを忘れたことに気がついた俺は近頃めっきり寒くなってきた北高までの坂道をとぼとぼ歩き、部室に舞い戻ると長門有希が居た。

「まだ帰ってなかったのか? だいぶ日が短くなってきたから、早く帰ったほうがいいぞ」

たしか借りていた本を図書室へ返すと言って途中で別れたっけ。しかしよもやまだ学校に居残っているとは。ひとまず忘れ物であるスマホを手に取り、イヤホンを装着して、さて再び帰路に着こうとして、呼び留められた。

「なに、聴いてるの?」
「え?」

丁度、音楽を再生したところだったので長門の声が聞き取れなかった俺は、スマホと耳を指差すジェスチャーで質問内容を理解した。

「久石譲の『Summer』って曲だ」
「そう」

果たして長門はスタジオジブリの楽曲を手がける著名な作曲家の名前を知っているのか。
そんな疑念は失礼とばかりにスマホを操作。

「この曲?」
「マジか……」

アプリによって画面に表示された鍵盤を流暢に弾いて長門はSummerを演奏してみせた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1638972609
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:12:27.14 ID:6M8v8nm7O
「上手いもんだな」
「別に」

なんてことないような顔をしてこの対有機生命体用ヒューマノイド・インターフェースは極めて万能だ。いつかギターも弾いてたな。

「他の楽器でも弾けるのか?」
「ついてきて」

席を立った長門の後を追うと、旧校舎の吹奏楽部の部室に通されて、薄暗い室内でベートーヴェンやらモーツァルトの目が動き出さないかと注視する俺の傍らで何やら皮のケース開けて中からヴァイオリンを取り出す長門。

「勝手に借りていいのか?」
「現在吹奏楽部の部員の数は足りていない。使われていない楽器を拝借した。問題ない」

それなら大丈夫だろう。軽く調整して弾く。

「へえ……」

ため息のような、吐息のような声が漏れた。
月光を拝見にヴァイオリンを弾く長門は旋律の美しさもさることながら、まるで心を込めるかのように黒檀の瞳を閉じ、滑らかに弓を滑らせて弦を奏でていて。俺は、感動した。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:14:58.74 ID:6M8v8nm7O
「長門」
「なに?」
「お前はたいしたもんだ」
「別に」

弾き終えた後、拍手をしながら称賛を送るとやはり大したことないような反応をされて。

「お前にとっては大したことではないのかも知れないが、俺は結構感動したんだぜ」
「そう」
「お前にとっては嬉しくはないのかも知れないが、俺はなんだか嬉しかったんだぜ」
「そう……良かった」

もうすっかり冬だってのにSummerなんて季節外れの曲を聴いて感動している俺のテンションは、クールな宇宙人をホットにさせた。

「少しヴァイオリンを借りてもいいか?」
「どうぞ」

手渡された楽器に弓を走らせると不協和音。

「はは。こりゃ俺には無理だ」
「そんなことはない」

すっと、長門のたおやかな指先が俺の手に重なる。その瞬間、俺は酷く申し訳なかった。
あんなに上手な長門に手ほどきを受けながら、ぎこちなく弓を滑らすことしか出来ない自分自身に、俺は腹が立って仕方なかった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:16:40.37 ID:6M8v8nm7O
「な? やっぱりお前はすごいよ」

結局、小一時間ほど指南を受けてもつっかえながらワンフレーズ弾くのが精一杯だった。
それでも長門は顔を横に振り髪を靡かせて。

「あなたの音色は、あなたにしか出せない」
「そうかい……そいつは存外嬉しいもんだ」

似合わない楽器を持った手を腰に当てつつ、弓の背で肩を叩く俺は、存分に照れていた。

「でもヴァイオリンは難易度高いな」
「そう」

手に余る楽器を返すと長門はなんだか寂しそうに見えた。俺はそんな顔が見たくなくて。

「今度はピアノを教えてくれるか?」
「教える」

早速グランドピアノの蓋を開こうとする長門に苦笑しつつ、時計を指差し時刻を示した。

「下校時間が過ぎてるからまた今度な」
「わかった」

そうして長門からピアノのレッスンを受ける日々が始まって、丁度、クリスマス前の夜。

「合わせてみる?」
「へ?

ようやく両手とペダルを使って弾けるようになった俺の傍らに、ヴァイオリンを持った長門が立ち、ピチカートで前奏を奏で始めた。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:19:48.86 ID:6M8v8nm7O
「Summerなのに……雪か」
「…………」

軽快なピチカートのリズムに揺らされながら出番を待っていると、窓の外にちらほら雪が舞うのが見えて何となしに呟くと、長門は目を閉じながらまるで笑っているかのように愉快に弦を弾いた。ふと気づく。俺も楽しいと。

「っとそろそろか。台無しにしたらすまん」
「…………」

前奏が終わりピアノソロ。緊張はなかった。

「どうだ? こんな感じか?」
「……素敵」

初めての長門の称賛。思わず鍵盤から目を離して横目で見やると、雪が舞い散る月光を背景にして顎当てに顎を乗せた長門はまるで小首を傾げている雪の精霊のようで、それでいて斜に構えて片足を少し曲げている姿勢は男の目から見ても格好良く、俺は呆れながら。

「お前のほうがよっぽど素敵だろう」
「……集中」
「はいよ」

調子に乗って余裕こいてるレベルまで上達したわけではないので無駄口をやめて演奏に集中する。会話はなくとも、通じ合えていた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:22:03.54 ID:6M8v8nm7O
「ふぅ……まずまずってところか?」
「上出来」

演奏を終えてひと息吐くと、褒めてくれた。

「なあ、長門」
「なに?」
「クリスマスにパーティーがあるだろ」
「それが?」
「ハルヒたちにも聴かせてみないか?」

我らが団長はクリスマスを目前に聖歌でも歌い出しそうなほどテンションMAXなので冬場にSummerを弾いても怒りはしないだろう。

「良いアイディア」
「ならやってみるか?」
「やめておく」
「どうして?」

尻込みをする長門に訊ねると、素っ気なく。

「私たちだけの、音色だから」
「ああ……そうだな」

別に誰かに聴かせたくて始めたわけじゃない。ただ俺たちが楽しむだけの演奏。それは勿体ないわけではなくある意味贅沢である。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:24:35.67 ID:6M8v8nm7O
「良いハーモニーだった」
「そうだな」

長門有希との合奏。いや、この場合は協奏なのだろうか。細かいことは知らんが良いものは良い。無論、俺はまだ全然下手くそだが。

「お前に喜んで貰えるように上手くなるよ」
「それは困る」
「どうして?」
「私は今の演奏の快感で尿を漏らしたから」
「フハッ!」

ああ、そうかい。それがどうした。良いものは良い。良さは変わらない。たとえ日付けが変わって雪が尿に変わっても、綺麗だから。

「もっと上手くなられたら大が出てしまう」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

大がどうした。そんなもん、お前のヴァイオリンを初めて聴いたその日に俺が出したよ。
なあ、長門。俺はやっぱりお前のことをすごいと思う。思わず糞が出るくらい感動した。

「……その時は俺が拭いてやるよ」
「そう……その日が、待ち遠しい」

早く長門が糞を漏らせるように上手くなる。


【長門有希の尿奏】


FIN
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/12/08(水) 23:28:02.56 ID:6M8v8nm7O
皆様ご存知の通り基本的に吹奏楽部にヴァイオリンはありません。しかしヴァイオリンがなければ物語が成立しないのでどうかご理解ご了承頂ければ幸いです。
寒い季節のSummer、是非おすすめです。

最後までお読みくださりありがとうございました!
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/09(木) 12:51:02.41 ID:3Z5u9T75o
お前病気だよ
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