エンド・オブ・ジャパンのようです

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94 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/16(水) 22:23:41.28 ID:W1WHWUQU0
綾波も軍属の身。このような見た目ですけれど、世の中が美事と正義のみで回っていると思う程純真無垢ではありません。

降って湧いたが如く唐突に現れた、国連特別“海軍”なる組織。それがここまでの事態に対しても明らかな即応性を持っていたことについて、何かしらの“裏”を感じなかった艦娘は殆どいないのではないでしょうか。

寧ろ私としては、この方面に配属されている艦娘達の間で長らく囁かれてきた

『記録上は近隣特派府の軽巡・駆逐艦しか出撃していないはずの方角から何故か超弩級戦艦のものとしか思えない砲声が聞こえる』

という怪談じみた噂話に答えが出たことで幾らかスッキリした思いさえ抱いたぐらいです。

私達に先駆けての【学園艦棲姫】迎撃作戦───“オペレーション・アイアンボトム”に際してはこの組織の艦隊が八頭進提督率いる連合艦隊に加わっていたとのこと。
横須賀司令府や青ヶ島鎮守府の艦隊と肩を並べられるほどの艦娘を容易く捻出できるなら、練度や経験、戦力層も相当なものであると考えてよいでしょう。

(…………そんな組織が、【学園艦棲姫】という尋常ならざる脅威を止めるべく派遣された最精鋭艦隊の一翼を担える組織が、最早艦隊一つの編成すら“寄せ集め”なければならないほど切迫している…と)

6隻一組、所謂「一個艦隊」以下の規模で部隊を編成するにあたっては前線における緊急再編等を除き必ず同一鎮守府所属の艦娘のみで行う────海上自衛隊教本、並びに一般志願提督向けの座学教書ではその最序盤で記される艦隊運用として基礎中の基礎。
対深海凄艦戦闘においては、僅かな連携の乱れが大損害に直結するのだから当然です。

2〜3個艦隊による合同編成、“連隊”ですら鎮守府が跨がれば相当優秀な指揮官(或いは“艦”)が居ない限りは統率に相当な労力を払うもの。構成艦がすべて別鎮守府ともなれば、国連“海軍”の練度を考慮しても歪な編成であることは明白と言えます。

世界“最大”の艦娘保有国が、本来なら近海警備用の予備戦力に過ぎない施設に動員をかけなければならないのと同様に。

世界“最強”と推測される軍事組織もまた、基礎的な艦隊編成すら禄に行えぬほど戦力が摩耗していると言うなら。

この防衛線全体で見れば、その戦況は極めて絶望的なものになりつつあると言えるでしょう。
95 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/16(水) 22:27:51.99 ID:W1WHWUQU0
「にしても冷たいもんだよ提督は、Last Voyageをこんな素敵な連中とさせるんだから。割りと“勝手知ったる”仲だったと思ったんだけどなぁ」

「っ!アトランタ、そんな言い方……」

「いい子ちゃんぶるのはやめてよヒューストン。アンタだって勘づいてるでしょ?この作戦、KAMIKAZE以外の何物でもないって。

ヨコスカ、アオガシマ、そこに“ウチ”から【あの連中】まで加わったAllied Freetを壊滅させるような化け物に、アタシら程度の艦娘を何百隻束にしたって勝ち目はないって」

先に述べた、青ヶ島、横須賀、そして“海軍”鎮守府による連合艦隊は、既に【学園艦棲姫】との交戦で壊滅的な打撃を受け撤退しています。

轟沈した艦こそないものの、かの【巨砲】日向さんや【大腮】龍驤さんを筆頭に、久しぶりに表舞台で姿を露わにした【火ノ嵐】加賀さんや【亡霊】青葉さん等構成する艦娘の顔ぶれは錚々たるモノ。
計4個24隻という数自体は決して潤沢とは言い難いにしても、何れも一騎当千の古強者である事をかんがえれば間違いなく“世界最強”の連合艦隊だったと断言できましょう。

そんな艦隊が。当代屈指の名将と名高い提督が率い、人類戦力による航空・海上支援も潤沢に受けていた“最強の艦隊”が。

ほぼ全隻大破の上で後方にて緊急修理・再編中とあれば、アトランタさんの言動を“軍人としてあるまじきものだ”と咎める権利は、綾波にはありません。

非常に正直に言ってしまえば……綾波も、心の底では同じことを出撃したときからずっと思っていましたから。

「で、今他のフロントラインの味方は何隻沈んだの?50?60?100の大台に乗ったらもしかしたら大本営も退却させてくれるかもって期待しちゃうわね」

「アトランタさん!!」

「アンタにそんな声出せるんだねチョーカイ。でも悪いけど、アタシはJapanの艦娘と違ってテンノーヘーカバンザーイって叫びながら玉砕する趣味はないのよ。なるべくなら生きていたいのに死にに行かされる、こんぐらいの愚痴許されても良くない?」

「軍人として、艦娘としての矜持はないのか!!!」

「軍属や艦娘は生きる権利どころか死にたくないって主張する権利すらないのハツ?ワァオ、全世界の人権活動家連中が泡吹いて倒れる思想ね。メッシホーコーなんて、アタシは真っ平ごめんよ」

第二次フィリピン海防衛線も突破し北上を続ける【学園艦棲姫】と護衛の随伴艦隊に対し、私達東南アジア方面所属の艦娘を中心に実に述べ600を越える前代未聞の大戦力が投入され阻止攻撃作戦が展開されています。
しかし綾波が知る限り、現時点でその内23隻が失われました。

中・大破撤退ではありません。“轟沈”です。その中には、私以外の【綾波】が1隻。

そして……妹の【敷波】も、一人。
96 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/16(水) 22:30:31.58 ID:W1WHWUQU0
(沈んだ【敷波】の所属鎮守府を聞き、“知っている【敷波】”ではなかったことにホッとしてしまった私は、とてもひどい艦娘ですね……)

この4個艦隊相当の損害は、あくまでも“轟沈”を抜き出したもの。大破撤退艦を含めれば1割強、撤退・戦闘継続中を問わず中破艦まで対象を拡げるなら既に損耗は2割近くにまで上ると聞きます。

そしてこの数字さえ、“前線が混乱する中で上がってきた不確実な情報”であり綾波が“一時間ほど前に聞いたもの”でしかありません。正確なところがどうであるか、今はどうなっているのかは解りませんが、これよりもマシである・好転している可能性は限りなく低いでしょう。

(私も正直、死にたくは……ないですねぇ)

理屈では、初月さんの仰ることこそ「正」であると理解できます。艦娘が担う責務は深海棲艦の撃滅と人類の守護、祖国の防衛。それを果たすこと自体に疑問はありませんし、全力で果たしたいとも思います。
しかしそれとは別に死にたくない、生きたいという渇望もまた、明確に綾波の中で渦巻いているのです。

この感情は、アトランタさんが吐露した「本音」に流されただけの気の迷いに過ぎないのでしょうか?

否と断言します。切っ掛けは確かにアトランタさんの言葉でしたが、“火種”は綾波の胸の内で確かに燻っていたのですから。

敷波と、もっとお喋りしたい。
艦娘最強と謳われる日向さんと、一度でいいからお会いしたい。
吹雪とはまだ顔を合わせたことがありません。“艦娘”としての姿を、どんな思いを抱いているのかを直接会って知りたい。
ジョンストンさんは良い方でした、もっと仲良くなりたい。
大東亜戦争より復興・発展した祖国の光景をこの眼に焼き付けたい。
ルソン島泊地の浦風さんが作ってくれたお好み焼きは絶品でした、もう一度……何度でも食べたい。
本土から遠征してきた浦波から聞いたケーキやドーナツの話、美味しそうでした。特にポン・デ・リング、絶対に食べてみたい。

祖国を守護するという任務に、疑問を差し挟むつもりはありません。艦娘として与えられた深海棲艦と戦うという使命を、全うする覚悟はもっています。

しかし其れ等の上でなお「生きたい」と思うのは、艦娘として、“ヒトの形”と共に得た生を「楽しみたい」と思うのは。

綾波のような“兵器”には、過ぎたる望みなのでしょうか。
97 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/16(水) 22:36:19.49 ID:W1WHWUQU0
密かに燻らせていた暗然たる思いがアトランタさんの言によって表出したのは、きっと綾波だけではなかったのでしょう。
この艦隊そのものを押し潰すかのように、重く苦しい空気が辺りを包み込みます。多摩さんも、文月ちゃんも、浜風さんも、私達の艦隊は誰もが暗い影を表情に宿して俯いてしまいました。

「全艦、傾注!!」

それを切り払ったのは、凛として放たれた扶桑さんの声でした。

「各艦隊旗艦は海図を同期、近隣海域で構築されている即席洋上補給拠点の最新情報を取得・共有するように!海図統合完了後、拠点規模に応じて一時艦隊を50km圏内で分散しつつ進軍します。

各空母・航空戦艦、他水偵装備の巡洋艦は偵察機を発艦。海図上の補給拠点が健在であることは事前に必ず確認してください!

拠点確保と補給完了後、指定座標にて再集結を。尚分散に際しては、最低でも一個小隊以上で行動するように。

集結後に後続敵艦隊を捕捉した場合、これを艦隊決戦の末粉砕致します!」

《“海軍”アナンバス鎮守府艦隊、了解!》

《スラバヤ泊地第2艦隊・旗艦高雄、命令を受諾しました!》

《ワイゲオ島泊地第1艦隊祥鳳、了解です!彩雲隊発艦、警戒を厳に!》

《国連“海軍”、マノクワリ鎮守府所属の長門だ。指示を確認、これより艦隊編成を行う》

「け、軽巡洋艦・多摩、命令を受諾したにゃ!」

「Air Craft Career-Hornet, Copy.

………さ、行くわよアトランタ」

「……………ハァ。Alright, Flag」

一連のやり取りを知らない、アトランタさんの言葉を耳にしていない両翼艦隊からは次々と意気軒昂な返答が届きます。また、何の脈絡もなく唐突に「本題」が再開されたことで、綾波達もまた否応なしに戦場へと引き戻されました。

(…………扶桑さんは、怖くはないのでしょうか)

急激で脈絡のない話題の転換は、何かしら長々と励ましや檄を飛ばすより余程迅速に綾波達の空気を切り替えてしまいました。その判断は、相変わらず的確そのものです。

ですが、彼女自身は何故あっさりと切り替えられたのでしょう。これほど聡明ならば、気づいているはずなのに。

私達は時間稼ぎのための“盾”に近い存在だと。この艦隊が、“玉砕”をある程度前提として編成されたものであると。アトランタさんに言われるまでもなく、扶桑さんなら理解できているはず。

にも関わらず、所作にも表情にも、動揺や恐怖は微塵も見られません。
【沈黙者】の忌み名を体現するかのように、彼女は黙して冷静な眼で水平線の彼方を見つめています。

その卓越した知略を以て策を既に練り上げ、“活路”を見出しているが故の冷静さなのか。

或いは知略に長じるからこそ既にこれを“死地”と悟り、その上で自らの使命に殉じる覚悟を定めたが故の諦観からくるものなのか。

(……………どうか。どうか、前者でありますように)

そんな、艦娘にあるまじき他力本願で身勝手な願いを胸の内で呟きつつ、他の皆さんに続いて私も機関を再始動させます。




ミ,,#゚ ゚彡《Spearチーム、全機続け!!》

《Rapter-01 for All unit, Follow me!!!》

夕闇に包まれつつある上空を、F-14JとF-22の編隊が凄まじい速度で飛び去っていきました。
98 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2022/11/17(木) 02:41:55.12 ID:9tzTYWVS0
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/11/17(木) 14:32:20.74 ID:iCKpNwBe0
投下乙です
ちょっと気を抜くと悲壮感が出てしまう
そんななかフサギコさんが普段通りで安心しますね
100 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2022/11/23(水) 23:16:40.53 ID:Yl0NhHA/0
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私達が飛び立った、【ロナルド・レーガン】。

他のイージス艦と共に艦対空ミサイルを上空に放ちつつ、“基地航空隊”を間断なく発艦させていく【こんごう】。

低空飛行で接近してきていたところに、殺到してきたシースパローミサイルによって焼き払われる深海棲艦の艦載機隊。

どうやら戦闘を終えた直後と思われる、父島鎮守府を主力とした艦娘の大艦隊。

恐らくその戦闘の相手だったであろう、いかにも敗走中ですといった体でぐちゃぐちゃの陣形のまま来た道を戻る深海棲艦の連中。

それと入れ替わる形で、此方に向かってきているより大きな規模の敵艦隊。

下方を流れていった一連の光景は、それぞれ間に相応の距離が横たわっている。数キロ〜十数km、遠いと五十km前後にはなっただろう。

その全てが、一瞬で音と共に後方へ置き去られていく。

時速2485km/h。マッハにして約2.01。

第四世代の艦上戦闘機・F-14J【トムキャット】が出しうる最高速度にかかれば、150kmになるかどうかの空間なんてほんの数分で渡り切ってしまう“短距離”だ。

|w;´‐  ‐ノv(ぬ………ぐぅ…………!)

畜生、全身が悲鳴を上げてやがる。私だけじゃなく、F-14Jの機体も。

超音速飛行の長時間継続────所謂“スーパークルーズ”に本来対応していない機種でやるには、暴挙に等しい開幕からの全速前進。当然、機体への負荷は非常に大きい。最前線の上空で空中分解なんて、助かる見込みはまず皆無だ。

それでも、私は速度を緩めない。エンジンをフル回転させ、速度計器の針を目いっぱいのところに抑えつけ、襲い来るGの苦痛と海原に突然投げ出されるかもしれない恐怖を歯を食いしばって耐えながら前へと進む。

《Enemy contact!!》

何のことはない。

《【Black Bird】 incoming!! Allrange, Allrange!!》

《Damn,Over 60!!!》

ミ,,;゚ ゚彡《Don't stop!! All unit, keep speed and potion!!》

速度を緩めれば、どのみち私“達”は死ぬのだ。
101 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:18:47.56 ID:Yl0NhHA/0
北欧戦線から深海棲艦が投入し始めた新型の制空戦闘機、【黒鳥】。私ら人類が扱う第4、第5世代戦闘機とほぼ同等の速力を出せる上に、その最高速を維持したまま旋回してくるという化け物じみた性能の持ち主。

こっちの数は、米軍のF-22も併せて8個編隊32機。性能面がボロ負けで数量面でもダブルスコアときたら、ほんの少しでも足を止めれば瞬く間に“食われる”だろう。

《Enemy Lock, Enemy Lock, Zulu-09 FOX-3!!》

£#°ゞ°)《Knight-01 FOX-3!!》

《Glasgow-10, FOX-3》

【回転木馬】を維持している後方の連合空軍主力から、【黒鳥】の跳梁跋扈を阻止すべく次々と空対空ミサイルが飛来する。が、さっきの第二次防衛ライン崩壊に際して膨大な損害を被ったことと前線が広域化して各方面に戦力が分散したことが重なり、投射される火力の量は先程と比べ大幅に減少している。

『『────!!!』』

《No, No!!!?》

《Damn………》

十何機かがミサイルによって撃墜され、残る大半は回避のためにこちらへの突撃を断念した。だけどミサイル群をくぐり抜けた数機が、編隊の横っ腹に食らいつく。

悲鳴と悪態をそれぞれ残し、レーダー上から友軍機の反応が二つ消えた。

それでも───胸糞の悪い勘定だけど、犠牲が二機で「済んだ」なら御の字だ。

《Rapter-10 and 13 down!!》

ミ,,;゚ ゚彡《Keep, Keep!! Don't stop!!》

|w;´‐  ‐ノv「─────っっっ!!!」

速度が“互角”であるなら、一度距離を取れば直線で追いつかれる可能性は低い。向こうの兵装は現状確認されている限り九九式二〇粍機銃に相当する性能の機関砲二門のみ、一度距離さえ離してしまえば向こうの射程はこっちの背中を捉えられなくなる。

故にこそ、Raptorから出た“尊い犠牲”を無駄にしない。撃墜機の破片や爆風を回避するために追撃が鈍った隙を突き、そのまま連中を一気に振り切る。

《Shamrock-01, FOX-3!!》

《Rapier-04, FOX-3!!》

『『『─────ッ!!!』』』

距離が開いたことに加えて【回転木馬】による第二次掃射も始まっては、そりゃあ追撃なんてできやしないだろう。私達を追ってきていた【黒鳥】の反応が、次々と踵を返していく。
102 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:23:20.55 ID:Yl0NhHA/0
一難去ってまた一難。世界中の制空権を脅かす化け物機体から逃れたはいいが、“危機”自体はこの後にまだ控えている。

そのまま60km………時間にして1分ちょっと程も飛行を続ければ、次なる“難”が───

『『『ォアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』

《Enemy AAF incoming!!》

───深海棲艦共の対空砲火がお出迎えだ。

《Fuck, So hard!!》

《How many!? They're fill the ocean!!》

《Break!! Break!! Break!!》

光景を眼にしたRapterチームが、狂乱状態で無線をやり取りしている。そういや連中はまだこの戦線に到達したばかりだったね。

当初報告された“推定1500隻超”の時点で大いにイカれた物量なのに、

『【学園艦棲姫】から新たに排出された分と戦線再構築の間に近隣海域から続々と集結した分で、更にその二倍強まで膨れ上がった極大艦隊』

による未曾有の超火線展開だ。発狂したやつが1人も居なかっただけ大したもんさ。

なんせかれこれ三往復目の私でさえ、未だに喉から朝飯のよく消化されたササニシキがコンニチワしかけるぐらいだぜ?

ミ,,;゚ ゚彡《Dive to Fireworks!!》

それでも、初見の奴らと比較すりゃまだ私達【Spear】隊は肝が座っている。富佐隊長が叫んだ、どこぞの世界線で自機の片翼を赤く塗った妖精が口にしてそうなセリフに合わせて、改めてフットペダルを強く踏み込む。

『『『グォオオオオオオオオンッ!!!!!』』』

射程圏に踏み込んだ途端、ただでさえ分厚く熾烈だった対空弾幕は更にその激しさを増す。実は私は死んでて、ここは今灼熱地獄ですって言われたら信じちまいそうだ。

まぁ、“アイツ”を残して死ぬわけにはいかないので御免被るが。

|w#´‐  ‐ノv「しっかり捕まってろよ!!」

「りょ───う、っかい!!」

後部座席の観測員君に声をかけ、操縦桿を傾ける。

向こうの火線は確かに濃密だが、流石にこのイカれた、そして集まったたばかりの物量を一つの指揮系統で完全に統一できているわけじゃないらしい。弾幕の密度や発射間隔が一定ではなく、“ムラ”や“隙間”は微かだが確実に存在する。

|w#´‐ ‐ノv「鬼さんこちら、っとくらぁ!!」

それらを脳内で一本の線に繋ぎ、そこを通過するべく最高速で只中に飛び込む。

え?巡航速度の方が小回りが利くって?バカ言うでねぇよ、その個別に分狙われる、軌道が読まれる可能性が上がって寧ろマイナスじゃい。

どんな速度であれ被弾のリスクは免れないなら、向こうに“とにかく弾幕を張り巡らせる”以外の対処法を許さない最高速での突撃が結局最適解ってワケだ。

『『『ヴォオオオオオオオオオオッ!!!!!』』』

《No, No No N……》

《Rapter-11 Lost!!》

《Shit, I'm hit!!》

さっき富佐隊長はこの弾幕に飛び込むことを“花火の中”と表現したが、真夏の隅田川や某夢の国の年末だってこれの激しさと比較したら泣いて土下座するに違いない。
新たな犠牲を知らせる無線からの悲鳴や爆発音をBGMに、獲物を狙う蛇のような軌道で予め目星をつけておいた火線の“隙間”をすり抜けていく。
103 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:26:07.68 ID:Yl0NhHA/0
『ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛……………』

機械の起動音とも、汽笛とも、呻き声・唸り声とも区別がつかない、他の深海棲艦が発するものと比べてやや異質な重低音を【要塞】が発する。聞き方次第ではどこか間抜けなものにすら思えるソレの響きとは裏腹に、こっちに飛んでくる弾幕にはこれっぽっちの容赦も見られない。

量だけで言えば、【学園艦棲姫】が甲板上や両舷に展開している対空艤装からの砲火を含めても尚随伴艦隊のそれには及ばない。
だが、指揮系統が一個体で集約・完結できている為か、密度と統率においてはこちらの方が遥かに上だ。幻想の郷を舞台にした某弾幕ゲーのごとく【要塞】から広がる火線には隙間らしい隙間が殆ど無く、この中に飛び込むことは正直「危険」を通り越して「自殺行為」に等しく思えた。

|w#;´‐  ‐ノv「ッッッドラァクソがぁっっっ!!!」

「うぶぉ…………」

それでも私は、後部座席でくぐもった悲鳴が聞こえるのも構わず強引に弾幕の中へF-14Jを突っ込ませる。火事場の馬鹿力ってのはどうやら実在するらしく、有りもしない隙を血眼で探し当て無理やり繋いだ「路」を通り抜け、なんとか【要塞】の表面を射程圏に捉える。

《Damn………Sorry, I'm seced!!》

《I can't attack!! Retreat, retreat!!》

《This is Spear-08, I'm retreat……》

無論、自分で言うのもアレだがここまで辿り着くのさえ並みのヒコーキ乗りにゃ至難の業だ。
大半は圧倒的な砲火の前に付け入る隙を見い出せず空域からの離脱を余儀なくされ、残余27機の内突入できたのは私の他に富佐隊長とRaptor隊の隊長、各隊からそれぞれあと2機ずつと2個編隊にすら満たない。

《I'm hit………………いや、やだ!いやぁあああああああ─────》

その内1機の反応が、砲火に捕らえられてレーダーから消える。

………聴こえてきた被弾報告は、爆発音に掻き消された断末魔は、酷く聞き覚えのあるものだった。
だが、そのことに気を取られれば、次に“そうなる”のは私だ。意識から強引に締め出し、操縦桿を握る手に全神経を集中する。

|w#;´‐  ‐ノv「In gun range!! Spear-03 FOX-2!!」

ミ,,;゚ ゚彡《Spear-01 FOX-2!!》

《Target insight, Rapter-01 FOX-2 FOX-2》

《Rapter-16 FOX-2!!》
104 :>>103ミス ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:31:45.68 ID:Yl0NhHA/0
恋愛から甘酸っぱさを抜いてスリルショックサスペンスの濃度を500倍ぐらいにした十数秒。それが終わり超対空弾幕空域を抜ければ、そこには【学園艦棲姫】の横っ面が………とは、残念ながらならない。

『──────……………』

代わりに眼前に現れるのは、無数の爆光によって照らし出されて夕闇に浮かぶ、バカでかい“球”。

そしてその表面からあらゆる方向に伸ばされる、周辺の随伴艦隊に勝るとも劣らない分厚さの新たな弾幕だ。

《【Fortress】 awaken!!》

ミ,,;゚ ゚彡《Break, Break!! Attak of Allrenge!!》

深海棲艦で現在確認されている個体の一つ、【浮遊要塞】。
姫級や鬼級が周囲に随伴させているケースが非常に多い艦種(?)で、形状は艦載機の【オニビ】から耳と翼を取っ払ったような………まぁ端的に言うと球体だ。“船体殻”こそ身にまとっていないものの、甲殻それ自体の硬度は他の非ヒト型と比較して飛び抜けており、ミサイルや砲弾が一〜二発直撃した程度では大破にすら持ち込めないと聞く。

大きさは対象的に1.5mから最大でも2.5m程度だが、連中はほぼ確実に纏めて4〜5隻は現れる上にロボットアニメで言うところの“ファンネル”のような戦闘スタイルを取る。
その為、周囲を飛び回る【浮遊要塞】に本命への攻撃を遮られて歯噛みする艦娘や鎮守府関係者は後を絶たないのだとか。しかも連中自体も重巡と同程度の火力を持っているというのだから、尚更厄介極まりない。

………そう。実際に相対したことこそなかったが、私が知る限り【浮遊要塞】──或いは上位種である【護衛要塞】──の大きさは、デカくても2.5m。まぁ小さいとは言わないが、従来の非ヒト型と比較した場合通常種から見ても1/2程度にしかならない筈。

じゃあ眼前の“コイツら”は、なんだ。

銀を基調としつつやや錆びついたように薄っすらと赤みがかった体色、丁度中央部にある武装等を格納・展開するための開閉部、“姫級”の周りを漂う球体………何れも、全て以前資料で眼に通した【浮遊要塞】の特徴と一致する。

だが私が覚えている限り、資料上で“直径が実は推定300mである”とはどこにも書かれていなかったし、

『───────ン゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛』

武装は開閉部に格納されている分のみで、体表に全域を覆い尽くすほどびっしりと対空・対艦火器が生えているなんて記述もなかった筈だ。
105 :>>103ミス ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:35:02.23 ID:Yl0NhHA/0
『ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛……………』

機械の起動音とも、汽笛とも、呻き声・唸り声とも区別がつかない、他の深海棲艦が発するものと比べてやや異質な重低音を【要塞】が発する。聞き方次第ではどこか間抜けなものにすら思えるソレの響きとは裏腹に、こっちに飛んでくる弾幕にはこれっぽっちの容赦も見られない。

量だけで言えば、【学園艦棲姫】が甲板上や両舷に展開している対空艤装からの砲火を含めても尚随伴艦隊のそれには及ばない。
だが、指揮系統が一個体で集約・完結できている為か、密度と統率においてはこちらの方が遥かに上だ。幻想の郷を舞台にした某弾幕ゲーのごとく【要塞】から広がる火線には隙間らしい隙間が殆ど無く、この中に飛び込むことは正直「危険」を通り越して「自殺行為」に等しく思えた。

|w#;´‐  ‐ノv「ッッッドラァクソがぁっっっ!!!」

「うぶぉ…………」

それでも私は、後部座席でくぐもった悲鳴が聞こえるのも構わず強引に弾幕の中へF-14Jを突っ込ませる。火事場の馬鹿力ってのはどうやら実在するらしく、有りもしない隙を血眼で探し当て無理やり繋いだ「路」を通り抜け、なんとか【要塞】の表面を射程圏に捉える。

《Damn………Sorry, I'm seced!!》

《I can't attack!! Retreat, retreat!!》

《This is Spear-08, I'm retreat……》

無論、自分で言うのもアレだがここまで辿り着くのさえ並みのヒコーキ乗りにゃ至難の業だ。
大半は圧倒的な砲火の前に付け入る隙を見い出せず空域からの離脱を余儀なくされ、残余27機の内突入できたのは私の他に富佐隊長とRaptor隊の隊長、各隊からそれぞれあと2機ずつと2個編隊にすら満たない。

《I'm hit………………いや、やだ!いやぁあああああああ─────》

その内1機の反応が、砲火に捕らえられてレーダーから消える。

………聴こえてきた被弾報告は、爆発音に掻き消された断末魔は、酷く聞き覚えのあるものだった。
だが、そのことに気を取られれば、次に“そうなる”のは私だ。意識から強引に締め出し、操縦桿を握る手に全神経を集中する。

|w#;´‐  ‐ノv「In gun range!! Spear-03 FOX-2!!」

ミ,,;゚ ゚彡《Spear-01 FOX-2!!》

《Target insight, Rapter-01 FOX-2 FOX-2》

《Rapter-16 FOX-2!!》
106 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:39:23.90 ID:Yl0NhHA/0
ミサイルさえ撃ち落とされるほど圧倒的な密度の弾幕も、“懐”を取ってしまえば流石に射線転換が間に合わない。必死に狙いを合わせてくる高角砲や機銃座の抵抗を置き去りにし、AIM7-スパローが炸裂する。

【浮遊要塞】の表皮硬度がミサイルや砲弾を容易に通さないレベルであるというのは先程紹介した通りだが、照準変更や弾薬装填で多数の可動部を持たなければならない兼ね合いか“超大型”の表層に密集している艤装群についてはその限りではない。着弾箇所周辺で、幾つかの銃口・砲口が爆炎に吹き飛ばされた。

それが一気に6箇所で発生し、火線に空いた“穴”を埋めるためか一瞬【浮遊要塞】からの弾幕が緩む。その隙に改めて加速し、一気に上方へ、そして対空砲火の射程圏外へと離脱していく。

《突入チーム、残余全機の離脱を確認!》

《敵対空砲火此方を指向せず!後方より【黒鳥】による追撃なし!!》

ミ,,;゚ ゚彡《全機再集結、編隊組成を急げ!全周警戒を怠るな、【要塞】からの追撃はなかったが他の海域から呼び寄せて来た【黒鳥】が来る可能性もある!!》

富佐隊長の指示に従って、続々と合流した【Spear】と【Rapter】が素早く陣形を組み直しにかかる。

ミ,,;゚ ゚彡《All unit, report!! How many down!?》

《Rapter-01 for Spear-01, I report.

Rapter team, 03, 06, 10, 11, 13 is Lost. Spear team, 14 Lost.

End report》

嗚呼、嗚呼。やっぱりそうか。

スピアー編隊14番機。あの声は、あの悲鳴は、澄華のヤツだったか。

|w´‐  ‐ノv(ヒト様の想い人にあんな口聞くからだろ、馬鹿野郎め)
107 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/23(水) 23:43:36.62 ID:Yl0NhHA/0
板橋澄華、航空自衛隊3等空尉で私と同い年。本人は「澄んだ華、まさに自分に相応しい名前だ」なんていつもふんぞり返っていたけど、私は聞く度に板橋区に住んでそうだなって感想しか浮かばなかった。

まぁ実際見てくれは中の上〜上の下程度だった一方で、容姿が派手なやつの宿命か異性関係じゃ度々よろしくない噂も立ってたな。
ブーンの写真を見せた時に「えー、意外といい男じゃん!私も狙おうかしら♡」とかカマしてきた辺り、強ちただの理不尽・偏見ってワケでもないだろう。

:: |w´   ノv ::(…………バカ、野郎、が!!)

それでも、悪いやつじゃなかった。

奴さんには中学ぐらいから付き合ってる男が1人いて、実のところソイツにゾッコンであることを知っている。
まぁ上記のセリフを吐いた時は顔面におにぎりを一つくれてやったが、こっちが本気で怒ってると解ると自分がやり返された事は全く顧みず涙目で謝ってくるような奴だったと知っている。
ゾッコンな彼氏くんについて指摘してやると、「そんなんじゃないし!!」と否定しつつ満更でもない笑顔を浮かべるようなあざとかわいい女だと知っている。
色目使って空自に籍をおいているなんて陰口叩かれてもどこ吹く風で、擦り切れるほど使い古した訓練生時代のノートを今でも隙あらば読み返す努力家だったと知っている。
こっちが奴さんより上の階級に昇格しても、「アンタの腕前なら安心して命を預けられるからとっとと佐官になってくれ」と屈託なく笑ってくれる奴だったと知っている。
こっちがブーンの事で悩んだり落ち込んだりしていた時に、「そんな隙見せてたら、他の女に取られるぞ!アタシとか!」なんて軽口叩きながら背中を押してくれる奴だったと知っている。

少なくとも、こんなところで死んでいい女じゃなかった。

骨一つ残らず、幼馴染の恋人の名前を叫ぶ暇もなく、またその顔を見ることも叶わずに殺されるような悪い女じゃあなかったんだ。
108 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/24(木) 00:54:45.73 ID:ppnt4kDF0
ミ,,゚ ゚彡《………Thanks》

やはり、澄華の死に思うところはあったのだろう。Rapter隊から“レポート”を聞き終えた富佐隊長の返答にも、幾分かの間があった。

何時も富佐隊長、富佐隊長っつって滅茶苦茶人懐っこいトイプードルみたいにくっついて回ってたもんな。アレも一部の連中から色目だの枕だの言われてたっけ。

富佐隊長は富佐隊長で「ワイルドな魅力がある」とかでそれなりに競争率が高いせいだろうけど……ソイツらが澄華みたいに“F-14Jの運用法について徹夜で富佐隊長と語り明かせる”ほど勉強してない限り、色目呼ばわりは嫉妬乙としか言えねえな。

ミ,,゚ ゚彡《All unit, Keep position. We'll retreat the Aircraft-Carrier》

《Rapter-01, Roger》

《Rapter-02, Roger》

《Spear-02, Yes Sargent》

|w´‐  ‐ノv《………Spear-03, Roger that》

それでも、実質的に2つの編隊を統率する身である以上、個人的な感傷で「死」に対する反応を変えるワケにはいかない。
Raptor側で落とされた5機のパイロット達だって家族や恋人や親友がいただろう。澄華と同じで、“ここで死んでいい”奴なんて存在しない。そうした面を配慮して、声の一つも震えさせず指示を出せる富佐さんはまさに自衛官の鑑ってやつだろう。

|w;´  ノv「……………………!」

ああ、そうだ。「死」はいつだって私達の隣りにある。人種も、職業も、年齢も、性別も、抱いている思いや決意も、何もかも考慮せず。究極的平等主義者の死神野郎は気紛れで命を刈り取っていく。

澄華は、こんなところで死んでいいやつじゃなかった。Raptorチームの五人だってそれは同じだ。それでも死んだ。ならば「次」が、私じゃない保証はどこにある?

ブーンの為に死にたくない。アイツを助けるため、アイツの「空」を守るために生きたい。誰のどんな想いにも負けないぐらい、私もまたそう強く強く想っている。
それでも、F-14Jの真下で高射砲の弾丸が炸裂すれば、何ら映画的な奇跡が起こるわけでもなく私は死ぬだろう。また突入を仕掛けた時に、そうならないと何故言える。

終わりが見えているならいい。だが実際には、6機もの犠牲を払って4つある【要塞】の内1つの、ほんの一部分の艤装を削っただけに過ぎない。随伴の深海棲艦は寧ろ交戦当初より増え、食い止めようと投入される艦娘艦隊には轟沈者も出始めている。
よしんばこれらを死物狂いで薙ぎ払っても、その向こう側にいる【学園艦棲姫】は世界最強の艦娘艦隊の総攻撃にMOABまで上乗せして尚未だ小破しかさせられていない。

あと何回、アレを繰り返せば私達は勝てる?あと何発、ミサイルを撃てば【学園艦棲姫】は沈む?

あと何回、私たちは生き残り続ければいい?

|w;´  ノv(こいつを、沈める………ブーンを………助ける………)

営倉を出され、【かが】を飛び立った時から、ずっと胸の内で繰り返し続けてきた言葉。絶対にやり遂げてみせると、胸に刻み続けてきた決意。







それが少しずつ、空虚で淀んだ響きになりつつあることを、私は認めざるを得なかった。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/11/24(木) 11:55:29.48 ID:FsIwIl8T0
更新おつです
さぁ、盛り下がってまいりました(戦意が)
逆転劇は一度すべてを諦めてからが本番ですよね
110 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2022/11/25(金) 22:37:30.81 ID:6zQ8/6i00
.





「Spear-01より入電、【Fortress】への攻撃を完了も与えたダメージは極めて軽微とのこと!Rapterと併せて損失は6機、着艦・補給要請が届いています!」

「そのまま【チェスター・ニミッツ】へ着艦誘導!ニミッツ側には超特急で整備とミサイル補充を終えるよう指示を!!

クソッタレ、マーシャル方面の戦況確認も急げ!!余裕があるようならクワンジェリンから余りの基地航空隊を根刮ぎこっちに引っ張ってこい!!」

「【セオドア・ルーズベルト】より入電!第9空母打撃群、周辺の深海棲艦掃討を完了!これより当方に合流するとのこと!」

「丁度ベトナム空軍が2個編隊迷子になってるぞ、発艦する部隊と入れ替わりですぐに収容させろ!」

「【学園艦棲姫】並びに随伴艦隊の航行速度、低速状況を継続!各航空隊、遅滞戦術を維持せよ!」

「【ロナルド・レーガン】CICより【Shark Head】, 防空ラインの後退は許可できない。【回転木馬】を死守し【Black Bird】を引き続き食い止めてくれ………おい、ハワイの空軍州兵動員の件はどうなった!?本格的にフロントラインの損耗が看過不可能な段階になりつつあるぞ!!」

「既に州知事は同意しましたがここまでの距離を考えてください、F-16を常時最高速でぶっ飛ばしても単純計算で4時間かかるんですよ!?

補給や休養を考えれば最速でも戦線への合流は10時間後です!」

「【Fortress】への巡航ミサイル群による第三次飽和攻撃、失敗!全基撃墜されました、敵迎撃能力未だ健在!」

「グアム島第43基地航空隊、前線に到達。敵艦載機群と交戦開始」

「ASEAN各国政府より返答あり、海上戦力の投入は南沙諸島における人民解放海軍の動向から拒否された。繰り返す、ASEANは艦隊戦力の動員を拒否」

「ビスマルク海にて深海棲艦の出現を確認、総戦力15個艦隊強!現在カビエン、ラマ両鎮守府が迎撃中、同方面よりの戦力抽出は現時点では不可能です!」

《Wyvern teamが間もなく着艦する。整備士各位、補給と応急修繕の準備を怠るな》

(*^○^*)「アラスカ州が空軍州兵と鎮守府艦隊の投入を拒否した?」

「……………はっ」

怒号じみた報告の声と電子音がひっきりなしに飛び交い、これに定期的に流れる艦内放送も合わさってまさに“喧騒の坩堝”と呼んで差し支えないCIC。
そんな中にあっても、ポージー=ハメルスが発した疑問の声は、直立不動で彼の前に立つ士官の耳朶にしっかりと届いた。

別にポージーは、激高し声を荒らげたワケじゃない。寧ろ陽気であっけらかんとした言動が多い彼にしては、落ち着いた静かな声色での問い質しだ。

だが、細められた眼の奥で、両の瞳に宿る酷く冷たい光。

柔和で朗らかな、一見いつも通りの微笑みの中に紛れる明らかに異質な輝きを前に、士官──アメリカ海軍大尉・ガルシア=ポンセの聴覚は自然と極限まで研ぎ澄まされていた。
111 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/25(金) 22:39:54.30 ID:6zQ8/6i00
(*^○^*)「理由は?」

「…………ギルゼン=コールマン州知事は、ベーリング海に出現した深海棲艦に対応するため、と」

(*^○^*)「例の【防共協定】はベーリング海並びにアラスカ全域を対象としている。既に日露それぞれの鎮守府が艦娘部隊と基地航空隊を派遣して海域全体の掃討・索敵を開始しているはずだけど?」

あくまで平坦な、ただ“疑問を口にしている”に過ぎないポージーの口調。だが、烈火のごとく怒り今にも罵声を吐く寸前の上官に相対している時よりも、遥かに大きな「圧」がポンセの首を締め上げる。

「州知事曰く、“広大な海域故【不測の事態】に対応し得る予備戦力を残存させておきたい”とのことで」

(*^○^*)「ワイオミング州、ノースダコタ州、ネブラスカ州、これらの州軍による増援部隊はもう到着してる筈だよね?何のために【カーヴィル・ドクトリン】があると?」

口調は変わらずも、「圧」は更に増した。少なくとも、笑みの裏に隠された明確で激烈な怒りの影を感じ取れる程度には。
無論その怒りはポンセに向けられたものではないが、彼は自身が叱責されているがごとく生唾を飲み込む。

「お怒りは、至極御尤もです」

辛うじて絞り出した一言は、自分でも情けなくなるほどか細く、そして言い訳じみたものであった。ただポンセ自身の名誉のために添えるなら、これ自体は彼の非常に素直で正直な心情ではある。

ベルリン陥落の直前に結ばれていた、アメリカ・日本・ロシアの3ヶ国による対深海棲艦相互防共協定。
その内容は【オペレーション・オリョール】という“下地”の存在もあって極めて強固かつ具体的な防衛戦略要項となっているが、分けても綿密に練られていたのはベーリング海の防衛計画に関するものだった。

アラスカ州は成立に至る経緯もあってアメリカ本土から切り離されており、ベーリング海で再び大規模な攻勢が行われた際に沿岸防備が難しい。その為“有事”に際しては海上自衛隊が千島列島方面から、ロシア軍がカムチャッカ半島方面からこれを側面支援する形で展開し、ベーリング海全域の掃海・機動防御を行う手筈となっている。
一方でアラスカ州軍……取り分け空軍に関しては、「三軍全体での遊撃的予備戦力」と定義され、「作戦海域外の他方面において“有事”が発生した場合を含めたあらゆる事態に対して出撃する」ことが取り決められた。

要は、日本とロシアが──ベーリング海の制海権が彼らの安全保障にも直結するからこそとはいえ──自国防衛の戦力を割いてまで手厚くアラスカ州の守護を肩代わりする分、同州の航空戦力を両国で起きた“不測の事態”に対する予備戦力として扱うことを協定上で許可しているわけだ。
112 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/25(金) 22:43:59.63 ID:6zQ8/6i00
実際のところ、人類が保有する航空戦力の重要度は対深海棲艦戦闘においても低くはない。青ヶ島、ベルリン、ムルマンスクといった直近の大規模戦闘において上がった数々の戦果から、寧ろ増している面さえある。

だが、別段“替えが効かない”という程ではない。条件が揃った際に「極めて大きく一方的な戦果を得られる」という点は稀有ではあるが、あくまで“殲滅”に拘った場合の話。防衛・撃退に主眼を置いた場合基地航空隊や艦娘の艦載機で十分以上に対応は可能だ。

今回のケースでは、ベーリング海防衛に際し“潤沢”な戦力と言えるかはまだ解らないにしても、千島列島・北方四島には空自・海自に配備された膨大な基地航空隊が存在する。艦娘も練度が十分な分だけでも述べ20個艦隊前後を動員できる。
カムチャッカ半島からもロシア軍保有の基地航空隊に加えて“海軍”鎮守府が投入可能であり、完璧に防ぎきれるかは敵の規模次第にしろ少なくとも瞬時に制海権が奪取され上陸まで漕ぎ着けられることはほぼ有り得ない。

先に述べた【防共協定】の要項においてアラスカ州空軍の運用に対する“距離”の制約は存在しない。そして【学園艦棲姫】は、日露のみならずアメリカにも直接的な脅威となる。

また州知事が主張する“不測の事態”だが、まさしくそれに対応するため【カーヴィル・ドクトリン】────協定締結に際して立案された、新たな米本土防衛政策がある。

内容それ自体は

『深海棲艦関連の“有事”に際してそれが米国本土に脅威をもたらす時、内陸州の州軍や所属艦娘を沿岸州に派遣し防衛を強化する』

という言ってしまえば単純なものに過ぎないが、制定にあたりトソン大統領はドクトリン発動の「追認」を許可している。
これにより各州軍は深海棲艦の近隣海域出現と同時に発動指示を事実上“既に受けている”という体を取り、合衆国連邦軍指揮系統への正式な編入を待たずに各個の判断で即時行動を開始できる。

上げられた3州は何れもベーリング海方面で“要項”が満たされた時にアラスカ州への派兵が定められているため、【ドクトリン】に基づくならポージーの言う通り既に戦力移動が終わっておりアラスカ州空軍は事実上フリーに近い位置づけの筈だ。

つまり、今回のアラスカ州知事の判断はケチや臆病といった次元の話ではなく、純粋な“協定違反”と見做されかねない。
戦力面、戦術面、戦略面の何れから鑑みてもこの空軍州兵温存に正当性がない以上、少なくとも日米両国からすればそうとしか取りようはないだろう。

(*^○^*)「既に正式な“大統領令”も出たんだ。なら州兵の指揮権は【カーヴィル・ドクトリン】関係なしに連邦軍総司令部に帰属するはずだけど」

「州軍司令部は、“空軍の長駆派兵が作戦として適切であるか、またベーリング海における深海棲艦の浮上規模が【協定】発動に適切であるかを現在注視確認している最中だ”と回答を寄越しています」

(*^○^*)「ふぅん」
113 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/25(金) 22:48:34.33 ID:6zQ8/6i00
作戦に重大な支障を来しかねない事態に対する反応としてはあまりにも軽い、いっそ不真面目にさえ聞こえてしまう相槌。

しかしポンセは、ポージーの声が北極海に浮かぶ氷のように冷え切っていることを肌で感じとった。

(*^○^*)「これ」

「は?これは一体………」

(*^○^*)「コールマン州知事のスキャンダルデータ集」

数秒の沈黙の後、ポージーが無造作に投げ渡してきたのはUSBメモリ一つ。すぐに続けられた言葉によって、幸い疑問は殆ど間を置かずに解消された。

尤も混乱の度合いは、寧ろ聞く前より大きくなったが。

(*^○^*)「贈賄、不倫、不倫相手親族への州議会における便宜融通、大手建築会社との癒着、息子の薬物所持のもみ消し………不正・スキャンダルのコンプリート目指してたの?って聞きたくなるぐらい選り取り見取りなんだ。これをすぐに解凍・リストアップしてコールマンに送るんだ、これだけ熱心に“説得”すれば多分次は二つ返事で空軍を送ってくれるんだ。

あ、因みにこの大手建築会社、国外から不自然な資金流入があるんだ。その辺りのデータは別枠でまとめてあるからCIAとFBIの方に送っといて欲しいんだ」

「えっ、はっ、あの………はぁ!?」

(*^○^*)「ハイ、時間ない!すぐにかかる!!駆け足!!!」

「イ、Yes sir!!」

目を白黒させながら強引にCICの外へと送り出されたポンセと、入れ替わる形で男が1人入ってくる。彼──ジェイムズ=ウィーランド中将は走り去るポンセの背中を一瞥すると、何が起きたのか概ね察して帽子を目深く被りながらポージーの方を向き苦笑いを浮かべた。

「どうやら“大損”をされたようですな、閣下」
 _, ,_
(*^○^*)「全く持ってその通りさ、“親父”」

問いかけに応じつつ、ポージーは椅子に座り直し深く深くため息をつく。

笑顔をデフォルト設定しているなんて揶揄されるようなこの在日米軍司令官にしては珍しいことに、その眉間には深い皺が刻まれていた。
114 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/11/25(金) 22:52:37.10 ID:6zQ8/6i00
ポージーも決して若い身ではないが、ウィーランドは更にその歳を10近く上回り還暦を目前に控えている。だが、肩を並べて長年対深海棲艦の最前線に経ち続けてきた二人の間には、年齢や階級を超えた確かな友情が存在した。
故にポージーは親しみと敬意、そして彼の年齢を加味しても些か異様な落ち着きぶりへのささやかな誂いを込めて、彼を“親父”と呼ぶ。

そしてウィーランドは、ポージーがオフではなく公務の場で自分を“親父”と呼ぶ時は、彼が周囲に対して取り繕う余裕を失いつつあるのだと長年の経験で知っている。

(*^○^*)「コールマンは合衆国民並びにアラスカ州民にとっては史上最低クラスのクソッタレ野郎だけど、僕にとっちゃあこの上なく“やりやすかった”。

泳がされてるとも知らず寄ってくる利権を暢気に片っ端からつまみ食いし、結果奴は【誘蛾灯】になっていた。調査する度に新しい“スポンサー”がくっついてるもんだから、正直こっちが罠にかかってるんじゃないかと疑ったぐらいだけどね」

「まぁ、C.I.AやF.B.Iならいざ知らずまさか在日米軍がわざわざアラスカの州知事に身辺調査を仕掛けているとは思わなかったのもあるでしょうな」

(*^○^*)「在日米軍は別に日本だけにかかずらわってるワケじゃない。日本列島を【不沈空母】に見立てた上で、アジア全域の対深海棲艦………そして、“対共産主義”防衛線を死守するために存在する。

自然、そのアジアから“不審なお客さん”が母国に向かっているようなら目に付くさ」

だからこそ、ソイツらの雁首が揃ってからまとめて“刈り取り”たかった。そう言ってポージーは拳で軽く机を叩く。

それは彼の精一杯の忍耐であり、実のところ満身の力を込めた握り拳を叩きつけたかったであろうことは、ウィーランドも重々承知している。

(*^○^*)「だけど、もう“釣り”はここまでだ。コールマンは流石にやり過ぎた、ロスとサンディエゴの機体まで引っ張ってくることになりかねない状況で尚州空軍の出撃を渋るのは“釣り餌”として看過できるもんじゃない。

大方、奴さんがつるんでる環境保全団体と平和活動家連中に配慮したんだろうが、ライン超えだ。グルであろう州軍司令部共々叩き潰す」

一気にそこまで言い切ってから、ポージーはふと外を見やる。

視線が向けられているのは、水平線の彼方にいるであろう【学園艦棲姫】─────ではなく、その遥か手前。

この【ロナルド・レーガン】の数百メートル横を並走する、日本海上自衛隊所属のイージス艦・【こんごう】だ。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/11/26(土) 08:35:16.67 ID:t1Hly90C0
更新おつです
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/11/28(月) 09:27:42.64 ID:BSeTTiQ60
おつです
ポジハメ司令官のR.レーガンが健在ならレールガンも稼働できそうなのは希望ですね
次回は八頭身提督の回ですかね絶望的状況に心中いかばかりか
117 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2022/12/29(木) 23:06:48.54 ID:doNy4j2F0
「…………まだ休んでおられないのですか、我々の“Admiral”は」

(*^○^*)「Japaneseの勤勉ぶりには頭が下がるんだ、本当に」

状況を察したウィーランドの言葉に、ポージーが肩を竦めながら答える。

口元に張り付く、わざとらしく片頬が上げられた歪んだ笑み。それはポージーの機嫌が、取り分け悪いときに決まって浮かぶものだ。

尤も、彼が来日以来贔屓にしているNPBのヨコハマを本拠地とした某プロ野球チームの試合があった翌日は多くの場合この表情になるため、ウィーランドを中心に在日米軍の上層部連中は実のところ割と見慣れているのだが。

その入れ込みようと来たら、一時は下士官たちの間で「マゾヒズムの遠回しな発散をしているのではないか」という噂が本気で議論され、真に受けた一部から除隊願いが相次いだほどだ。
ここ数年で相当マシな戦いができるようになるまでは、ウィーランドら上層部はこれらへの対応に余分な労力を割く羽目に陥ることがしばしばあった。

(*^○^*)「ハイ」

その“見慣れた表情”を崩さず突き出された紙束を、言われるままに受け取り目を通す。

第二次防衛線の崩壊から今に至るまでの、【学園艦棲姫】並びに随伴艦隊群・護衛航空戦力群との詳細な戦闘経過が書かれた報告書だ。

書き連ねられた文字列に目を通していくが、その内容は陰惨極まりない。

かなりの数を撃沈しているはずなのに、それを遥かに上回るペースで周辺海域から合流してくる敵増援。

不気味に、少しずつ、だが確実に広がり始めた【回転木馬】による包囲陣の半径。

棲姫の両舷に浮かぶ【要塞】どころか、圧倒的物量差の前に随伴艦隊すらろくに抜けず後退を繰り返す艦娘部隊並びに基地航空隊。

状況を打破するため果敢に防空火線の只中に突入し、被撃墜を重ねる連合空軍とそれに見合わぬ損害状況の【要塞】。

加速度的に激しさを増していく、他海域での深海棲艦による攻勢………いっそ“Hopeless”の一言で済ましてくれた方が、紙を無駄にせず済むのにと思わず嫌味の一つも飛ばしたくなる。

その気持ちを取り分け冗長するのが、最期の5ページ。全て、現時点でのK.I.A───戦死者のリストだ。

(ジェイソン、今度飯に行く約束はどうする気だい?ポーカーの負け分も踏み倒して行くとは………最期まで、君らしい身勝手さだ)

真っ先に目に飛び込んできた名前は、ウィーランドの同期でもあるアメリカ海軍中将・ジェイソン=シピンのもの。その下には彼が艦長を務めていた巡洋艦【Chancellorsville】の乗組員357名、次のページからは撃墜された連合空軍の各国パイロット達と続く。

この時点でも既に500は優に超えるが、加えて第一次防衛作戦においても人類側には相当な被害が出ている。
ニュージランド海軍の保有するフリゲート艦2隻、オーストラリア海軍の潜水艦2隻は全て轟沈。原子力潜水艦【Key West】も消息を絶ち、オーストラリアから投入された空軍機と“海軍”航空隊の戦闘機併せて40機超も全滅した。

全て併せれば、確実に1500人以上の死者となるだろう。現時点でコレならば、終わった時にこの数字がどうなっているかはウィーランドとしてもあまり想像したくない。

そもそも、果たして「終わらせられるのか」さえ怪しくなりつつあるのだから。
118 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/12/29(木) 23:10:10.66 ID:doNy4j2F0
K.I.Aリストの5枚目、最後のページに書かれる名前。オーストラリア海軍の潜水艦【Farncomb】の“元”乗組員達の箇所から数行の空白を経て記されるそれらは全て、横に所属鎮守府と“艦級”が添えられている。

グレートバリアリーフの“海軍”鎮守府から派遣され、護衛についていた【Key West】と共に消息を絶った伊-400以下潜水艦隊5名。

タウイタウイ泊地から棲姫の進路上に投入され、敵の猛烈な艦砲射撃により全滅した加古、川内以下2個水雷戦隊12名。

………そして、今なお続々と東南アジア各地の“海軍”や海上自衛隊所属鎮守府から動員・派遣されてくる、艦娘の“増援”艦隊。

敷波、綾波、Z1、春雨、摩耶……日本の【特派府】や泊地であれ“海軍”鎮守府であれ、艦種も所属も練度も関係ない。吹雪と大淀などはもう2隻ずつ沈んでいる。

締めて、計23隻。前述した第一次防衛線の損害と併せて、実に7個艦隊近くが“轟沈”した。

(……たった一日、たった数時間で艦娘にここまでの損害が出るというのは、正直信じ難い数字だ。それも、“海軍”と日本所属の艦娘から)

例の【異常甲殻類】出現に際しては襲撃を受けた鎮守府関係者と共に艦娘も50人前後が“行方不明”となり、ベルリンの一件では米独仏の3ヶ国で“轟沈”が合計1000を超えると推測される。特に後者と比較すれば、一見その数字は特筆すべきものではないように見えるかもしれない。

だが、上記の2例はどちらも全く予期せぬ形で発生した奇襲攻撃による極めてイレギュラーなものであり、一概に単純比較できるものではない。現にオペレーション・オリョールやイツクシマ作戦、リスボン沖事変等近年で発生した大規模海戦においては、中大破艦こそ相応の数が出ているものの艦娘の轟沈は記録されていない。
鬼・姫級も多数確認された第二次マレー沖海戦でさえ、公式には“消息不明”扱いとなった【幻影】陽炎以外は全ての投入艦隊が生還している。

つまり、深海棲艦と“正面切っての艦隊戦”が行われた際に艦娘側で轟沈者が出ることは、皆無ではないにしろ本来なら極めて稀なケースだ。1つの戦場でここまで多数の轟沈が起きたとなれば、それは決して“軽微な損害”と割り切って良いものではない。

(*^○^*)「何が絶望的ってさ、ここまでの状況でも僕らにとっては“途轍もなくマシ”ってところなんだよね」
119 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/12/29(木) 23:14:35.31 ID:doNy4j2F0
ウィーランドの内心を目敏く察してポージーが口にしたセリフは、全面的に同意せざるを得ないものだった。

対深海棲艦戦闘においても十二分に有力な存在である、最新鋭の巡洋艦や潜水艦。投入機どころか、アジア全域で人類が保有・配備していた総数に対して2割に届こうかという空軍機。それらに搭乗・乗艦していた、歴戦の操縦士達、乗組員達。

そして、小規模な鎮守府が2つ3つまとめて機能不全に陥るほど多数の艦娘達。

何れも、到底軽微な被害とは言い難い。特に連合空軍のパイロット達と艦娘達の喪失は、対【学園艦棲姫】のみならず今後の東南アジア全体での防衛計画に大きく暗い影を落とすだろう。

(いや……より厳密に言えば、防衛計画には既に影響が出始めている)

第三次防衛線構築のために近隣各所から文字通り掻き集められた、600隻超の艦娘戦力。【回転木馬】崩壊を阻止するために、ただでさえ残り僅かだった分を“根刮ぎ”に近い形で動員した人類保有の航空軍。
何れも、各海域・各国沿岸部で同時多発的に行われるであろう深海棲艦の攻勢に対応するため残されていた虎の子の防衛戦力だ。これを動かした結果珊瑚海、セレベス海、ビスマルク海、ソロモン海等周辺海域における人類側の制空・制海能力は著しく低下した。

現在大幅な縮小を余儀なくされた各国防衛圏には深海棲艦の別働隊が殺到しており、入ってくる報告を聞く限り戦況は「極めて劣悪」と判断せざるを得ない。

それでも………確かに、“最悪”は免れていた。本来なら愚策と呼ぶ他ない戦力移動を強いられ、深海棲艦による攻勢の更なる激化・多面化を誘発し、当座を仮に乗り切ってもアジア全体で防衛計画を見直さなければならないほどの犠牲を出し、そうまでしても此方が敵に与えられた損耗は──少なくとも“本命”に対しては──ごく僅かなものに過ぎない。
そしてポージーの言う通り、このような有様でも現在の状況は“途轍もなくマシ”なのだ。

何故なら、K.I.Aのリストに“彼女たち”の名前が乗ることを回避できたのだから。

「天に坐す我らが主の導きと慈悲を願わずにはいられませんな。“彼女たち”を逃がすため尊い犠牲を払った、連合空軍のパイロット達、基地航空隊の妖精達、そして艦娘達と【Chancellorsville】の乗組員達への格別な慈悲を」

命は平等である。自らの性質を善良と信じてやまない人々ほど、そんなお題目を絶対不変の理の一つとして度々口にする。

だがこの理は、最も多数の命が機械的に消耗される戦場でこそ当てはまらない。沈みゆく巡視艇を救うために原子力空母がその身を盾にすることは有り得ず、指揮官の死と司令部の壊滅を避けるために歩兵一個小隊が銃剣でル級に立ち向かい、対深海棲艦戦闘における効率差から十両の戦車より1人の駆逐艦娘の救援が優先される。
戦場とは、そういう世界だ。そもそも軍隊・軍人が戦場に赴く理由からして「銃後の民間人・国家を戦火の被害から守護するため」であり、「国家・国民>兵士・軍隊」という“命の不等号”の現れと極論言えなくもない。

そして、そんな事は長年の経験で重々承知しているウィーランドでも。現状のクソッタレぶりに、自身の不甲斐なさに思わず皮肉を飛ばしてしまう。

八つ当たりに等しい、無意味な皮肉を。
120 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/12/29(木) 23:21:13.96 ID:doNy4j2F0
横須賀、青ヶ島、そして地………あの長ったらしくふざけた名前の“海軍”所属鎮守府。

この3鎮守府からなる“連合艦隊”が、現時点における「世界最強の艦隊」であったことは疑いようもない。個々の戦闘力、各鎮守府ごとの“一個艦隊”としての練度、“あの鎮守府”の那珂に至っては、現場での艦隊指揮においてさえ卓越した手腕を見せつけた。
それらによって挙がった戦果の羅列は、実際に彼女達の戦いぶりを目にしていたウィーランドをして一瞬現実性を疑ってしまうほどの凄まじさだ。【巨砲】と【亡霊】など、この二人だけで優に30個艦隊前後の敵艦を葬っている。

前後の第一次防衛線や今の防衛線と比較すれば、その突出ぶりはより顕著だ。前者は航空支援の量、後者は【浮遊要塞】の存在という大きな差異は確かにある。
だがそれを言うなら、“連合艦隊”の24隻に対して前者は2.5倍、後者は現時点で実に25倍もの艦娘が投入されている。随伴艦隊に関しても、後者が向こうの数こそ増したものの戦力比としては1:5に留まり、前者に至ってはその時点では随伴艦隊自体存在していない。

その上で、【学園艦棲姫】の完全な“足止め”を成し得たのは“連合艦隊”のみだ。それも、随伴艦隊も【浮遊要塞】という“奥の手”も引き出し、小破とはいえMOABの直撃による損害まで与えて。
第一次防衛線は碌な打撃すら与えられず容易く粉砕され、現在の第三次防衛線は遅滞こそなんとか行えているものの決して小さくない犠牲と引き換えとなっている。数的にはより過小な戦力でありながら最も巨大な戦果を挙げていた“連合艦隊”が殲滅されていれば、その悪影響は計り知れないものになっていただろう。

故に、“正しい”。ほぼ全員が大破状態にあり、そのまま放置していれば後数分と保たず殲滅されていたであろう彼女達を救ったことは、彼女達の生存と引き換えに、多くの犠牲、多くの屍を積み重ねたことは、どこまでも残酷で冷静で“正しい”判断と言える。

ただしそれは、あくまでも戦略・戦術・数学的観点に基づき“理性”のみで見た時の話。1人の人間としては、2つの“命”を天秤にかけて片一方に比重を置いた自分たちの決断は、多くのパイロット、艦載機妖精、艦娘たちに「死ね」と命令した事実は、強く重く心に伸し掛かってくる。

(恐らくはハメルス司令も同じ気持ちだろう、だからこそ見たこともないほど苛立っている。

………軍人としてある程度キャリアを積んでいる、私や司令ですら穏やかではいられない。ならば、元々一般人である“彼”は、尚の事強烈な心労を抱えているはずだが)

読み終えた資料のページを戻し、改めて目を通す。ウィーランドが再度開いた箇所は、第三次防衛線構築後の戦闘詳報。

言い換えるならそれは、各地から殆ど逐次投入に近い形で動員された艦娘達と、それらを指揮した“彼”───現時点におけるウィーランド達のAdmiral、ススム=ハットウの奮戦の記録だ。
121 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/12/29(木) 23:27:19.27 ID:doNy4j2F0
ハットウとウィーランドの間に、この作戦が行われる前の時点での面識はない。だが、米軍関係者の間でもしばしば「Japanのアオガシマに凄腕の提督が一人いる」という噂は話題になっていた為、ウィーランドも彼の存在は元より認知している。

その上で、戦闘詳報を読んだ彼は思う。“噂以上”だと。

(オペレーション・イツクシマ一つ取って見ても、彼が尋常ならざる指揮官であることは容易く伺える。しかしそれは、あくまでも戦術レベルでの評価だ。………今となっては“だった”が正しいが)

第二次防衛線において敢行された、オペレーション・アイアンボトム。太平洋全域を作戦場とした挟撃や、【回転木馬】の大胆な応用を立案できる戦略眼。初見であるはずのミサイル型MOABや【ダゴン】を即座に作戦に組み込み、“特殊仕様プレデター”の大元の考案者であり、彼からすれば初対面で得体のしれない場所から突如として派遣されてきた艦娘への現場指揮権移譲すら躊躇なく行える高度な柔軟性。
戦略家としても、戦術家としても、間違いなく一級品の実力。仮に100年後の教科書で彼の名がハンニバル、ナポレオン、マンシュタイン、イソロク=ヤマモトと並んでいたとしても、ウィーランドは驚かないだろう。

今この瞬間も、そうだ。統一性のない艦種、ムラが大き過ぎる練度、広く分散した輸送機の到着箇所、何よりも“同一艦種の同一戦場における運用の禁”………汎ゆる制約により、600隻という戦力自体額面通りのものではない。にも関わらず、ススム=ハットウはその卓越した指揮能力を存分に発揮し寸手のところで戦線の瓦解を防いでいた。
それに対して払われた犠牲は、幾らかの航空戦力と“たった”4個艦隊分の艦娘に過ぎない。

第三次防衛線の構築が始まってからかれこれ4時間は経とうとしているが、彼の手腕が高い水準を維持している事は文字の羅列を眼で追うだけでも十分に解る。
寧ろ増援艦隊の第一波突入時に【列車砲】の一斉乱射によって一挙に8隻の艦娘が“轟沈”して以降損害は減少し続けており、その切れ味は増してさえいる。

(……裏返して言えば、それだけ彼に負担が集中し、今この瞬間も精神を擦り減らし続けているということだ)

他地域からの戦力増員や連合空軍の補給・再出撃などは、ウィーランドたち第7艦隊で処理している。だが、投入或いは再出撃後の実際の戦闘指揮は、ハットウがほぼ一手に担っているのが現状だ。戦場規模での戦術指揮と方面規模での戦線構築を、彼は“リアルタイム”で同時にこなしてしまっている。

一提督が本来指揮する戦力の何十倍もの艦隊の運用と、数十人の士官が脳をフル回転させて練り上げるような作業を、同時に。
122 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2022/12/30(金) 01:03:11.02 ID:1qvzDtlb0
“本職”の軍人であったとしても、明確なオーバーワーク。これを、数年前まで一般人に過ぎなかった男が背負っているという状況で、体力的にも精神的にも軽微な消耗の筈がない。

況してや、彼はあの性格だ。艦娘よりずっと脆い、指揮官である自身を平然と囮に使えるような、艦娘を“使って”戦うのではなく艦娘と“共に”戦うことを躊躇なく選べるような、過ぎた優しさと過ぎた勇気を違和感なく同居させる性格。そんな男が艦娘同士の命を天秤にかけ、片方を捨て駒にするような戦術を本来忌避するだろうことは想像に難くない。

それでも、彼は4時間に渡って逃げること無く采配を振るい続けている。恐らく早晩限界を迎えてもおかしくない、或いは限界を超えて尚指揮を続けている可能性もある。

………だからこそ、ウィーランド達第7艦隊の上層部は【こんごう】のCICに向かって再三再四要請を飛ばしていた。貴艦ニ搭乗中ノ提督ヲ速ヤカニ休養サセルベシ、戦線指揮ハ当方ニテ代理ノ準備アリ、と。なんとしても負担を軽減してやりたいという情もあるし、それ以上にこれほどの指揮官が完全な稼働不能に陥れば“連合艦隊”の喪失に勝るとも劣らない致命傷になりかねなかったからだ。

(幸い、父島艦隊を中核にかなり纏まった艦隊戦力がつい先程前線に投入された。敵随伴艦隊の拡大・流入もやや小康傾向が見られ、ハットウが直接戦線の指揮を取らなければならない意味は僅かに薄れた。しかし、これほど頑なな彼がこの程度の事で納得するだろうか………)

(*^○^*)「ところで、こちらの【要塞】についてはどうなっているんだ?」

「…………はっ」

難解な問題に答えを出せずにいる思考を遮った、ポージーの問いかけ。答えるべく顔を上げるウィーランドだが、その表情には先程までとはまた別種の困惑があった。

流石に、ススム=ハットウに及ぶとまでは言わない。だがポージー=ハメルスもまた卓越した軍才を持っていることは、間近でその手腕を見てきたウィーランド自身がよく知っている。

だが、そんな彼でも今回ばかりは疑いを持たずにはいられなかった。

あんなものが、本当に役に立つのかと。

「グアム島基地より今しがた入電があり、九割方稼働準備が完了していると。………しかし、アレを準備させた意味は一体何ですか?正直、【学園艦棲姫】のような化け物を食い止める力になれる存在だとはとても思えませんが」

(*^○^*)「それは見てのお楽しみさ。……さて、じゃあ概ね下準備も終わったし行ってこようかな。

後を頼んだよ、親父」

「指揮は私の方で引き継ぎますから構いませんが………このような時にどちらへ?」

(*^○^*)「何、ちょっとばかり勤勉過ぎるAdmiralと談笑でもしに行こうと思ってね」

椅子から飛び降りたポージーに尋ねると、何時もの笑みと共に彼は振り向きつつそんな答えを返してきた。

顔のすぐ横で、固めた握り拳をヒラヒラと揺らしながら。








(*^○^*)「アンタから教わったことなんだ。頭に血が上ったやんちゃな若造の暴走を止めるには、結局年長者の拳が一番効果的だってね」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/01/04(水) 10:24:25.52 ID:rX8YTfz/0
更新乙です
今年もよろしくお願いします

って、この状況でレーガンからこんごうに移動とかできるんですか?
124 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/01/06(金) 23:00:44.75 ID:hW0KQOZL0
.








僕に、力が足りなかったから。

MOABで仕留めきれる、大損害を与えられるという見立てが甘かったから。
【回転木馬】の【黒鳥】に対する有効性を過信しすぎていたから。
日向さんと那珂さんに現場指揮を委ね過ぎ、彼女達の負担を十分に軽減できていなかったから。
深海棲艦にとってアレがどれ程重要な存在であるかを、認識しきれていなかったから。
棲姫が“奥の手”を隠していたことを、読めていなかったから。
このまま【列車砲】を等間隔で放ち続けると思い込んでいたから。
僕の軍人としての才が至らなかったから。

だから、第二次防衛線は崩壊した。
多くの連合空軍のパイロットたちが犠牲になった。
熟練の基地航空隊が、艦載機妖精達が失われた。
【チャンセラーズビル】は轟沈した。

だから、龍驤さん達をあんなに傷つけてしまった。

だから、23人もの艦娘を、これだけ多くの人たちを“殺して”しまった。



全ては、僕の責任だ。
125 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/06(金) 23:01:37.23 ID:hW0KQOZL0
視界が歪み、色を失うほど辛く重い現実。

だけどそれらは、既に“起きてしまった”ことだ。

どれほど強く悔い、嘆こうとも、状況は変わらない。僕の力量が突然爆発的に跳ね上がるわけでも、【学園艦棲姫】が消えてなくなるわけでも、死んでいった人達が生き返るわけでもない。

龍驤さん達の回復が早まることも、沈めてしまった艦娘達も戻ってくることもない。



ならば、どうすればいいか。僕に何ができるのか。
幸いなことに、その答えだけははっきり理解できている。




「“海軍”ロスパロス泊地より新たに2個艦隊が戦線に合流!現在戦闘海域から南方120km地点に搭乗の輸送機が到着しています!」

(;´Д`)「更に40km程前進した後の降下を!【学園艦棲姫】進路上の戦力は徹底的に厚く!!」

「父島鎮守府・扶桑指揮下南方艦隊群、補給拠点の確保と再集結を完了したとのこと!」

(;´Д`)「現在位置を固守・厳戒しつつ敵艦隊の動向確認まで待機を!付近の艦娘、或いは基地航空隊から発艦可能な彩雲があれば投入して扶桑さんたちの前面哨戒をさせるように!

扶桑さんたちの出現・前進によって棲姫の北西と南西の防備が薄くなるはずです、航空隊の突入経路を至急策定、【Shark Head】に共有してください!!」

「“海軍”マスバテ島鎮守府、バブヤン島【特派府】混成艦隊より入電!棲姫東方距離65km地点において艦隊群規模の深海棲艦と遭遇!艦種に戦艦水鬼の存在を認む!」

(;´Д`)「その付近にボアク島泊地とラバウル米軍基地の連合艦隊が居たはずです、速やかに位置情報を送信し合流指示を!

さっき展開完了した第9空母打撃群に基地航空隊発艦要請!漸減攻撃にて敵の足を遅滞させる!!」


戦い続けることだ。
126 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/06(金) 23:02:55.72 ID:hW0KQOZL0
現実は変わらない、過去は戻らない、罪は消えない。
ならば結局、前を向くしかない。今できることに全力を尽くすしかない。

今僕にできることは、戦うことだけ。

ここは戦場なのだから。僕は提督で、この戦場の指揮官としてここにいるのだから。

「ネグロス島統合艦隊旗艦・陸奥より入電!右方35km地点より【学園艦棲姫】並びに随伴艦隊の低速状態維持を視認計測するも敵艦隊からの猛攻により損害大!陸奥、リベッチオ、ヴェールヌイ、深雪が大破!」

(;´Д`)「棲姫とすれ違う形で南方に全速力で離脱を!さっき70km地点から追尾を開始させた空母機動艦隊に通達、撤退支援の爆雷撃開始!」

「【こんごう】CICより蒼龍並びにサラトガ、ネグロス島艦隊の離脱支援急げ!艦載機全機発艦されたし!」

「近隣の基地航空隊にも位置並びに敵艦種情報の送信を完了!了承のモールス受信しました!」

(;´Д`)「右方面、リアウ統合艦隊を突出させてネグロス艦隊の撤退支援を!

正面艦隊からも艦載機を発艦、また全艦に前進の“素振り”をさせてください!総攻撃・挟撃を“匂わせる”だけでも向こうの警戒を誘発できるはずです!!」

自分のせいで死んだ人たちが、沈んだ艦娘たちがいるという事実を直視しろ。現実から逃げるな。責任を他人に押し付けるな。

その上で“努め”を果たせ。感情を捨てろ、思考の全てを眼前の戦場に回せ。最善の策を模索し続けろ。

「ベトナム空軍、一個編隊が【要塞】への突入時に全滅しました!」

「右方戦闘域、バブヤン島基地航空隊全妖精との通信が途絶!!」

「同島特派府艦隊より入電!所属駆逐艦の浦風が轟沈!繰り返す、バブヤン島特派府の浦風が轟沈!!」

まただ。

また僕のせいで死んだ、沈んだ。

次だ。

次こそは、誰も死なないような「完璧」な指揮をしなければ。
127 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/07(土) 07:58:58.38 ID:zAM4YSi90
undefined
128 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/07(土) 08:02:28.21 ID:zAM4YSi90
(;´Д`)「浮遊要塞への攻撃は一時射程外からのミサイル攻撃のみに変更、牽制だけ継続!

その分戦力投入を減らして【回転木馬】を増強!【黒鳥】の進出を防いでください!!」

「CICより基地航空隊カタパルト、第2航空群が間もなく帰還する!第1航空群、全妖精速やかに発艦用意に移れ!」

「【カーティス・ウィルバー】基地航空隊より入電、前方50km地点にて当艦隊へ接近中の敵水上打撃艦隊を認む!旗艦に重巡棲姫、また戦艦ル級2隻が何れもFlagshipです!!」

(;´Д`)「予備の99式艦爆隊を出現座標に投入!護衛は対空警戒に出している航空隊から燃料に余裕のある機を捻出するよう各艦CICに要請を!!」

「コロニア特派府艦隊・皐月より入電!敵航空隊の猛攻を受け同艦隊を含む2個連隊が損傷拡大中、至急の航空支援が必要とのこと!」

(;´Д`)「【要塞】への攻撃予定だった連合空軍の戦闘機から一部回すよう【Shark Head】に連絡!それと同方面で空母艦娘から上げられる艦載機を順次発艦させてください、随伴艦隊に肉薄し牽制とします!!」

「ネグロス島艦隊より更なる緊急連、旗艦・陸奥が敵潜水艦隊の一斉雷撃により轟沈!!重雷装巡洋艦・木曽、指揮権を引き継ぎました!!」

水上乱戦での潜水艦隊による強襲・奇襲、確かに効果的な策だ。

故に、読めていなければならなかった。また、犠牲を出してしまった。

コレじゃダメだ。もっと、もっと完璧な指揮を取らないと。

(;´Д )「ハープーン、トマホークによる射撃対象を【浮遊要塞】からネグロス艦隊近辺の敵随伴艦隊群に変更!非ヒト型を優先射撃、進路解放を急げ!航空支援に爆雷装備機を増量投入、周囲海域のみならず退路上における対潜警戒を厳と為せ!」

「【Shark Head】より入電、【黒鳥】による【回転木馬】への突貫・襲撃が急速に増加中!構成している連合空軍機の被害拡大!」

(;´Д )「対空火力に特化した一部の艦娘を特に【回転木馬】で激しい攻撃を受けている箇所の前方に展開、弾幕射撃にて進路塞げ!」

「【そうりゅう】より入電、深海棲艦の対潜部隊に補足された模様!急速潜航開始、暫く当方との連携不可能と見られます!」

「【学園艦棲姫】、甲板上より【列車砲】発射!!弾着地点直下にあったルソン島第17特派府艦隊、酒匂以下全艦の信号が消失しました!!」

まただ。次。

(; Д )「【列車砲】の照準方位を再測定、周囲各艦隊に共有の後射線上からの離脱指示を!」

「了解!射角変更の報告なんてなかったぞクソッタレ、連合空軍の連中何見てやがったんだ!?」

「無茶言うな、奴さん方は【黒鳥】と絶賛交戦中………畜生、当艦隊10時方向に新たな敵艦隊の浮上を確認!水雷2個艦隊、35km地点より急速に接近中!」

「【あたご】から基地航空隊が発艦、迎撃に向かう模様!」

「“海軍”バシラン島鎮守府艦隊より入電、同艦隊の涼月が轟沈!対空砲火により撃墜した【黒鳥】数機の一斉特攻を受けた模様!」

……次だ。次こそ、犠牲をなくさなきゃ。

「第9空母打撃群より緊急電!!同艦隊側面より【黒鳥】による強襲特攻が発生!特攻は【ジョン・フィン】に直撃、同艦が大破炎上中とのこと!!」

次。

「ビアク島“海軍”鎮守府艦隊より入電!前衛からの退却中に【戦艦棲姫】を旗艦とする敵艦隊群と遭遇、これを後退せしめたものの既に損傷甚大だった重巡洋艦・熊野が轟沈したと………!!!」

次。
129 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/07(土) 08:47:18.73 ID:zAM4YSi90


おかしい。

僕は別に眼を瞑ってるわけでもないのに、眠りこけられるはずもないのに、何故か周囲の景色が見えない。
3歳児がパレットの上でぶち撒けられた絵の具を掻き回した後のように、混ざりあった様々な色だけがぐるぐると回り続けている。

まぁでも、大きな問題はない。周辺の海図は頭に叩き込んであるし、耳は正常に機能してる。大丈夫、僕はまだ戦える。

「左方の【回転木馬】にて【黒鳥】による強襲が発生!Shamrock第3編隊、全機が通信途絶!!」

まただ。次こそ、“数字”が増えないようにしないと。……あれ、でもなんで増えちゃダメなんだっけ。

「ヤペン島“海軍”鎮守府艦隊より入電、旗艦・霧島が大破!退却に移るとのこと!!」

轟沈にばかり眼が行きがちだけど、ほぼ完全な離脱を余儀なくされる大破の急速な増加も由々しき事態だ。これ以上“駒”が減れば、本格的に防衛線の維持が難しくなる。……あれ、“駒”って何のことだっけ。

ダメだ、ダメだ、ダメだ。

意識をしっかり持て。余計なことは考えるな。戦い抜け。

僕は、この戦場の指揮官なんだから。日本の国防を担う盾なんだから。深海棲艦と戦う軍人なんだから。

「八頭提督」

(;# Д )「今度はなんですか!!!!」

「青ヶ島鎮守府、指揮官代理の小栗三等海佐より緊急連です」



この艦隊の司令官、提督なんだから。








「同鎮守府を含む【海上機動迎撃網】に対し、近海に出現した深海棲艦による大規模な攻勢が開始されました。

現時点での総兵力は数個艦隊群程度ですが……これは恐らく、総戦力の“ごく一部”と思われます」


しっかり、しなくちゃ。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/01/10(火) 11:45:35.52 ID:di2eJj2+0
更新おつです
八頭身提督もう半分寝てるじゃないですか
ポジハメ司令はやく来てくれー
131 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/01/26(木) 23:55:35.27 ID:+lVnpH3p0
.






─────同時刻・青ヶ島沖、鎮守府より東南120km地点






「用意、用意、用意……降下、降下、降下!!」

代わり映えしない景色が続く海原において、腕時計は時間を計る装置としてだけではなく道標としての役割も担う。長針がカチンと小さく揺れて目標地点への到着を示すと同時に、私は機内に向かって叫び夜の海へと身を躍らせる。

「お世話になりました!」

律儀な浦波ちゃんのそんな声を背に、着水。即座に艤装を展開・稼働させつつ振り向けば、他の三人………浦波ちゃん、曙ちゃん、三隈さんの降下を知らせる水柱が上がっていた。

《比叡以下全艦娘の投下完了を確認!帰還する!》

私達をここまで乗せてくれたS-76-シコルスキーが、海面ギリギリの位置から一気に高度を上げ反転し鎮守府へと戻っていく。

両翼で残り8人の“投下”を行った他の2機も無傷で離脱しているところを見るに、皆ちゃんと降りることができたみたい。

「旗艦・比叡より【第一連隊】各位、第3警戒航行序列編成急げ!こっちの空母や基地航空隊は数が圧倒的に少ない、私達自身でどれだけ削れるかだよ!!」

《《Engage!!》》

無線越しに指示を飛ばす中、ジェットエンジン音を残して頭上を過ぎ去っていく銀影2つ。

今しがた私も口にした【海上機動迎撃網】の実情を鑑みて、文字通り航空戦力が払底している本土からそれでも横須賀が手配してくれたF-16戦闘機だ。
132 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/26(木) 23:59:44.24 ID:+lVnpH3p0
接敵とほぼ同時に行われる、雲霞の如き航空戦力の大規模投入。
今や“朝の起き抜けに飲むホットコーヒー”と同レベルの、殆どルーティーンと化したそれはこの戦場でもしっかりと実行された。

『『『─────…………』』』

《Target insight. Shield-01 FOX-2!!》

《Shield-02, FOX-2!!》

数十キロ先で水平線の彼方より湧き出すようにして現れた、周囲を覆う闇夜とはまた質が違う“黒色”の塊。
聞き慣れた、聞き飽きたレシプロエンジン音を撒き散らしながら迫るそれを、F-16は真っ向から迎え撃ちミサイルを放つ。

『『『…………ッ!!!』』』

《Hit!! Enemy have damage!!》

《Keep Fire, Keep Fire!! Shield-01, FOX-2!!》

《Roger, Shield-02 FOX-2 FOX-2!!》

彼岸花の如く艶やかに咲き乱れる爆炎。だけど、F-16の攻撃はそこで終わらない。
もう2発ミサイルが叩き込まれ、更に多くの敵機が焼き払われる。抉じ開けられた穴に、敵の攻撃射程ギリギリまで踏み込み機銃掃射を深く深く突き刺す。

立て続けに発生した大きな損害で、“塊”が揺らいだと遠目にも解った。

《よし、崩したぞ!》

《Shieldチーム、帰還する!基地航空隊、後は頼んだ!!》

〈〈〈オマカセアレェエエ!!!〉〉〉

艦娘と“提督の資質”を持つ人間にしか、妖精さん自体の姿は見えず、声は聞こえない。
それでも、高らかに猛々しく打ち鳴らされる無線の「ト」連送は、きっと彼らのもとにも届いただろう。

〈トツレ、トツレ、トツレ!!!〉

〈〈〈アラホラサッサー!!〉〉〉

踵を返し戦場から離脱していくF-16とすれ違う形で、鎮守府から飛来する基地航空隊。零戦の21型と52型を主力とした上で、在日米軍からのレンドリースという形で直前に配備された“グラマン”を数個編隊交えた50機程が猛然と“塊”へ突っ込んでいく。

『『『!!?!!?!???』』』

〈ヨッシャア、イチバンヤリイタダキィ!!〉

〈ナンノ、ゲキツイオウハコンカイモオレダゼ!!〉

近現代の音速戦闘機とレシプロ機、比較的近い距離からの飛来とはいえ速度は雲泥の差だ。だけど今回は、その速度差が却って功を奏す。

深海棲艦の航空群が既に立て直しつつあった故にこそ。散開状態から再集結を終えていたからこそ、今一度攻勢に移らんと“塊”全体が前のめりになっていたからこそ、その出鼻を挫く強襲は強烈な効果を発揮する。

“塊”の表層を抉り、奥深くへと踏み込み、内部より食い破り引き裂く。瞬く間に再度四分五裂した敵機群を、零戦が、グラマンが、次々と喰らい屠っていく。
133 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:02:39.64 ID:sMuggt4e0
陣形を崩し、大きな出血を強いることに成功した。鮮やかな戦果と言っていいと思う。

でも、この優勢が長続きしないことは私でも解る。向こうの航空隊は確かに総崩れに陥り相当な撃墜数も出しているけど、尚規模は少なく見積もってこっちの10倍強。後続戦力だってきっと無尽蔵に近いだろう。
対する私達の側は、【学園艦棲姫】を止めるために八頭司令と龍驤さん達第一・第二艦隊のほぼ全員、お姉様の名を冠したイージス艦【こんごう】等主戦力の大半が出払っている。航空戦力も、基地航空隊については今し方交戦を開始した50機ちょっとで打ち止めだ。

合流する友軍艦隊の編成の都合から“一軍”の1人である瑞鶴ちゃんが残ってくれているのは不幸中の幸いだけど、向こうの物量を加味すると焼け石に水、だよね。

「三隈より臨時総旗艦・瑞鶴へ!第一防衛線、全艦の着水を完了しましたわ!」

《瑞鶴より三隈、第二防衛線も展開済み!接敵まで現陣形を維持せよ!》

《こちら磯風以下【第三連隊】、防衛線の構築を完了した!臨時旗艦、指示を乞う!》

《【第一連隊】同様“三形”にて待機!対空警戒を厳と成せ、どっから敵が湧いてきてもすぐに対処できるように索敵の徹底を!》

《足柄了解!水偵の発艦を開始させるわ!》

《鬼怒了解!索敵に移ります!》

《こちら【第四連隊】鳳翔、指示を把握いたしました。之より彩雲隊を南西方面の索敵に当てさせていただきます!》

《【第五連隊】より給油艦・速吸、微力ながらお力になります!瑞雲、全機発艦始め!》

『『『─────ッ!!!!』』』

〈ッ、チィ!!サスガニタゼイニブゼイカ!!〉

矢継ぎ早に無線が飛び交う中、前方の“塊”がゾワリと動きを変える。

逸早く隊形の再構築を終えた後方の編隊が、散々に突き崩されていた前衛群と入れ替わる形で前へ。一方的な“狩り”ががっぷり四つの“戦闘”に推移し、反撃を開始した編隊を軸に航空群全体が急速に統率を取り戻す。
敵陣深くへと斬り込んでいた基地航空隊が、膿が絞り出されるようにして“塊”の外へと押し出されていく。

〈テッキグンサイヘン、ヤクナナワリカンリョウ!コノママデハコチラガコンドハクズサレマス!〉

〈シオドキカ!キチコウクウタイゼンキ、コウタイス! 【ダイイチレンタイ】ノブウンヲイノル!!〉

攻勢限界に達した妖精さんたちが、“塊”に最後の一撃を加えた上で隊列を組み直しつつ一斉に反転する。敵もそれを追撃するけど、当然その進路上にいるのは……………私達の艦隊。
134 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:06:26.20 ID:sMuggt4e0
「──────ふぅっ!」

短く、息を一つ吐く。これから激しく絶望的な戦いが始まろうって言うのに、焦燥や恐怖は意外なほど感じない。

その代わり脳裏に浮かぶのは、ある男の人の…………私達の、司令官の姿。

「能代より比叡、敵航空隊の陣形転換を視認!目標を基地航空隊追撃からこちらへ切り替える様子!」

「比叡より連隊各艦、陣形を維持!三隈、高雄は主砲三式弾装填急げ!」

「高雄、了解!三式弾装填!!」

「三隈、三式弾切り替え終わりましたわ!」

初めは、ただの“上官”でしかなかった。

青ヶ島鎮守府が作られる前、東南アジアにおける制海権奪回作戦の真っ最中に彼の下に配属されたのが司令との顔合わせ。
当時は彼自身も“民間出身ながらかなりのキレ者がいる”と噂になっていた程度で、任されている艦娘は私が加わったことでようやく一個艦隊分。あくまで呉司令府所属の提督の一人という立ち位置に過ぎない。

何なら、私個人の印象だけで言えば“ただの上官”よりもう少し悪かったかもしれない。金剛姉様はいないし、榛名も加入はもう少しあとだった為金剛型としては一人ぼっち、おまけに栄えある大日本帝国海軍の戦艦ともあろう自分が、ナヨナヨとした外面の一般人の指揮下。
ボイコットこそ流石にしなかったけど、穏やかではなかった心中を割と我慢せず司令に対しての態度で出してしまっていた自覚はある(その結果轟沈を覚悟するほど龍驤さんにシメられた)。

「接敵まで120秒!敵機群散開運動に移る!」

「比叡より高雄並びに三隈、射角50度にて照準調整!合図あり次第三式弾一斉射!!

駆逐、軽巡各位は射角30度〜水平にて弾幕射用意、急降下爆撃並びに雷撃への警戒を厳と成せ!」

いつ頃からだろう、司令の下で戦い、司令の力になれることを幸せと思うようになったのは。

いつ頃からだろう、任務や使命のためではなく、ただ“彼のため”に戦うようになったのは。

「接敵まで60秒!!また、航空群の後方に深海棲艦の艦隊も目視!!約10個艦隊、急速に接近中!!」

「【第一連隊】各位、固守態勢崩すな!!不惜身命の覚悟を以て戦線を維持!!」

………いつ頃からだろう、

「青ヶ島を、私達の鎮守府を死守せよ!!!」

司令の隣に居るのが、私だったらと思うようになったのは。
135 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:08:41.75 ID:sMuggt4e0
無論、バカな私でも解っている。司令官の隣は、今や“あの人”の指定席だって。“あの人”と司令官の間に、私が入れる隙間なんて1ミリもありはしないって。

それでも、私はバカだから、できないんだ。戦いもせず、ただ諦めるなんて。

(………龍驤さんには、恋も、戦いも、負けません!!)

大丈夫、貴方の想いに横槍を入れるような事はしないから。

大丈夫、人一倍艦娘のことを思いやってくれる貴方を、困らせるようなことはしないから。

だから、せめて。

「敵航空群、射程圏到達まであと10秒!!!」

もしも私が頑張り続けていれば、戦い続けていれば、いつか貴方が振り向いてくれるかもしれない。それぐらいの、ありもしない期待を胸に懐き続け、“負け戦”を最後まで戦い抜くことぐらいは、許してほしい。

私、頑張るから。

『『『─────────!!!!!!!』』』

「敵機群、射程圏に到達!!」

「全艦、撃ち方ぁ………始めぇえええ!!!」

貴方のために、きっとここを守り抜いてみせるから。だから、




「青ヶ島鎮守府艦隊・金剛型2番艦、比叡!!

気合!入れて!!行きます!!!」

………見捨てないでよね、司令官。
136 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:11:19.70 ID:sMuggt4e0
.




「おぉ〜〜〜………本っ当に気合入ってるなぁ」

三式弾に続いて空を埋め尽くさんばかりに撃ち上がる、艶やかにして苛烈な対空弾幕。【第一連隊】に殺到した敵航空群が碌な接近すら叶わず焼き払われていき、その光景に思わず感嘆の声が漏れる。

一航戦のアンチキショウじゃないけれど、まさに“鎧袖一触”だ。

(まっ、比叡さんもこの鎮守府じゃあ古株の1人だからねぇ。素の性能に練度、そこに“キラ”まで乗っかればあれぐらいはできるか)

本来、兵器や乗り物に精神論を唱えることほど無意味なものはない。百戦錬磨の熟練兵が扱った際に弾丸の飛距離が伸びたり連射速度が早まりはしても、それらは経験則と実証が下地に存在するれっきとした「科学・物理学」の話だ。どれほど気合と殺意を込めて天に向かって突き出そうが、遥か上空を飛んでいくB-29を竹槍で落とせはしない。

ただ、私達艦娘について語る際は、しばしばこの“常識”が覆る。

飛距離、貫徹力、装填速度、精度などで、物理法則や本人の練度だけでは到底説明ができないような振れ幅が見られた。爆破範囲、弾速、航行速度、物資・弾薬・燃料の積載可能量、旋回性能、装甲値といった、本来技術ではどうにもならない所謂“カタログスペック”の数値に大幅な変動が計測された。
私達の肌感覚じゃない、戦場から多数の報告を受けた防衛省技研が存在の“実証”を終えている。

これらの現象が、直近の戦績、提督・同僚との関係性、疲労度、艦隊における姉妹艦の有無などに伴った艦娘の「精神状態」とほぼ比例的に連動していることも含めて。

どれだけそれらの数値変動が顕著であったかは、当時既に“実装”されていた間宮さん、伊良湖さんによる甘味処並びに鳳翔さんによる酒処の常設、それができない警備府・特派府・小規模な鎮守府は所属艦娘への積極的な娯楽提供が国会審議を通し各提督の“義務”として法制化されていることから概ね察してほしい。

年寄り臭いことは言いたくないけど、防衛費の一項目に【対艦娘嗜好品提供費】や【ハロウィン・クリスマス他各種イベント開催費】、果ては【お年玉予算】なんてものが大真面目な顔で鎮座しているのはちょっと隔世を感じちゃうわね。
137 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:15:00.65 ID:sMuggt4e0
精神状態良化・高揚に伴う艤装性能限界突破現象───という正式名称は長ったらし過ぎるので“キラ付け”なんて俗称がつけられたこの状態は、駆逐艦娘が戦艦棲姫を沈めるほどの劇的な効果さえ時としてもたらす。故に各鎮守府、特にここを含めた【海上機動迎撃網】の構成府や最前線である東南アジアの特派府・泊地群はその維持に腐心している。

そして実際、眼前の比叡さんの暴れぶりを見ていれば関連事案を法制化するほどの重要視ぶりも納得だ。あくまで数値的には榛名さんに対空性能で遅れを取り、噴進砲や電探連動型の高角砲等の特殊装備もなし、三式弾だって改装前の通常型。
にも関わらず、比叡さんは殆ど単艦に近い状態であの大編隊を押し返しているのだから。

(使い古されたクッッサイ台詞だけど、“愛は地球を救う”ってのも強ち嘘じゃないかもね)

かつて大日本帝国陸海軍の勇士たちは、日々苦境が深くなっていく中でも闘志を衰えさせなかった。彼らの背を支え続けたのは、祖国日本に対する巨大な「郷土愛」だった。
ナチス・ドイツの親衛隊は、最早敗戦が避け得ぬものとなって尚最後の一兵卒に至るまで戦うことを辞めなかった。彼らを突き動かしたのは、“総統閣下”に対する最早狂信と呼んでも違和感のない「敬愛」だった。

何れも結局【精神論】の域を出ず、米帝の軍事力と露助の物量の前に抗しきれず磨り潰された。だけど、もしこれらが私達の“それ”のように数値的かつ物理的な影響力を持っていたなら、大東亜戦争や欧州大戦の勝敗さえ入れ替わっていたかもしれない。
そう思わせてしまうほど劇的で激烈なのよ、“キラ付け”の効果って。

「対空電探に感あり!南東並びに東方より新たな敵航空隊の接近を確認、接敵まで一二〇秒!」

《鳳翔より臨時総旗艦、南西にても彩雲隊が複数箇所で敵航空隊を確認したとの由。飽和攻撃を受けないよう、迎撃隊を発艦させての遅滞戦法を具申いたします》

〈サイウン5バンキヨリボカンドノ、ワレ、セイホウ200キロチテンニテテキ[クウボキドウカンタイ]ヲホソクス!

カンサイキジュンジハッカンチュウ、チュウイサレタシ!!〉

……っと、ガラにもないことをツラツラ考えてる場合じゃないわね。

「接敵した彩雲隊については順次離脱・帰還!残りの彩雲隊は引き続き警戒、接敵後は敵所在地と規模を連絡後母艦ではなく青ヶ島鎮守府へ直行されたし!!」

今は、目の前の戦場に集中しないと。
138 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:17:53.75 ID:sMuggt4e0
かく言う私自身はといえば、無論提督さんのことを憎からずは思っている。とはいえそれは龍驤さんや比叡さんのような恋慕ではないし、妙高さんが抱いている世話焼き的な母性(……或いは野次馬根性)とも違う。
榛名さんや大鳳ちゃんがよく口にするその力量に対しての「敬意」と、“かわうち”の悪友的な「友情」、その中間というのが多分一番近いかな。

では二人と比較して、私のこの戦いに対する覚悟や決意は弱いのか?…………そう問いかけられれば、胸を張り、声を大にして言える。

“否”、と。

「南西の敵航空隊への対処、軽空母鳳翔の具申を採用!スロット1、2の制空隊を全機発艦させ迎撃行動に移れ!

補給艦・速吸、瑞雲隊を一時収容し再集結並びに補給!鳳翔のスロット3航空隊と併せて予備戦力とせよ!」

《了解です!!》

《了解いたしました》

「瑞鶴より【第四連隊】千歳、“彩雲枠”を除く全スロットの航空隊を発艦!先行し東方よりの敵航空群を総力を挙げて迎撃せよ!」

《軽““ 空 母 ””千歳、指示を受諾しました!マリアナのようにはいかないわ、だって完全にク・ウ・ボなんだもの!!!》

「空母であることの主張がすごい」

私にとって、提督さんは良き“友”だ。“友”が困窮しているのに、そこに手を差し伸べないなんてことはあり得ない。

《【第一連隊】浦波より瑞鶴総旗艦、敵第一波航空群は被害甚大につき撤退!当方損耗艦なし!!

されど後続の敵艦隊接近!距離三〇〇〇〇、まもなく最大射程!!》

「交戦に際しては艦隊戦闘に注力、南東よりの敵航空隊は当艦の航空隊にて対処する!仮に当方の誘引に反応せず空襲が始まった場合、漸減戦闘に移行しつつ後退を開始されたし!

彩雲5番機、離脱しつつ確認した敵艦隊並びに航空隊の進路策定急げ!可能であればあえて惹きつけ、【第二連隊】へ誘導を!」

〈カシコマリマシタ!!〉

日本海上自衛隊・一等海佐相当官、八頭進は敬愛に足る“上官”だ。そんな人が自ら最前線で采を振るい強大な敵に立ち向かっているというのに、私が銃後で臆病風に吹かれるなど我慢できない。

「【第二連隊】各位、対空戦闘よぉい!!瑞鶴より比叡以下【第一連隊】、航空隊発艦する!照準に注意されたし!!」

ヒトの姿と、声と、感覚と、感情と、それらに伴う新たな“楽しみ”を得て。

師のために、友のために、祖国のために。ただ「兵器」として使われてではなく、“自分の意志”で戦えるのなら。

《敵艦隊、効力射開始!先鋒のル級、タ級に発砲煙を確認!!》

《弾着箇所は遠い、慌てないで!十分に距離を詰めさせて狙い撃ちます!!》

《南東敵航空群、艦隊群後方より最大速にて接近!接敵まで60秒!!》

例え存分に戦った果てに、武運拙く再び波間に散ることになろうとも。






「─────瑞鶴航空隊、発艦!

これが私の、決戦だから!!」

私にとっては、それで十分に“本懐”だ。
139 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:20:18.88 ID:sMuggt4e0
.






────青ヶ島鎮守府・司令室

「【第一連隊】比叡より入電!敵第一波艦隊群との交戦開始ス、当方ノ開幕砲撃ニヨリ戦果トシテ戦艦ル級2、タ級1、タ級Flagship1轟沈ヲ確認セリ!!

敵艦隊ニ混乱ノ気アリ、尚戦果拡張中!!」

「各空母艦載機隊、順次空戦に突入!何れの空域においても数的不利大ながら、足止めと敵戦力漸減に成功!

また、瑞鶴指揮下の彩雲は西方敵艦載機群を第二防衛線へ誘引中と報告あり!対深海棲艦迎撃作戦、順調に推移しています!!」

「そうですか」

矢継ぎ早に入ってきた通信士の報告を耳にし、青ヶ島鎮守府提督代理・小栗淳太郎(オグリ・ジュンタロウ)三等海佐は内心でほうっと一先ずの安堵を得る。

無論、まだ気が抜けるような段階では全く無い。寧ろ先の見えない長丁場が始まったばかりだ。
だが長丁場となることを知っているからこそ、その滑り出しが順調か否かは戦場全体にあまりにも大きな影響をもたらす。

少なくとも、開戦と同時に絶望的な消耗戦を強いられる、という考え得る限り最悪の事態は免れた。そのことは素直に喜びたい。

「瑞鶴さんより要請があった彩雲隊の鎮守府における直接収容を。警戒継続中の偵察機に関しては通信優先権を各空母艦娘からこの司令室に移譲、以後情報取得と連隊への共有並びに収容はこちら側で引き受けます。

また、基地航空隊の再発進に向けて整備と補給を急がせてください。フロントラインの戦況推移に併せて迅速に投入できるよう準備を」

「了解!彩雲隊各位、現在位置の打電急げ!また、無線通信の接続優先を鎮守府司令室に指定、以後─────」

「艦隊司令室より基地航空隊カタパルト、状況を報告されたし。発進に備え隊の編成を────」

「八丈島鎮守府、未だ敵艦隊並びに航空隊による襲撃を認めず。当鎮守府との連携体制を継続」

「南鳥島、父島・母島、硫黄島、各鎮守府敵艦隊群と未だ交戦中。戦線の維持、敵艦隊の漸減並びに浸透阻止に成功しているとのことです」

(…………今のところは、“我々”が想定した通りの状況ですね)
140 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:29:11.45 ID:sMuggt4e0
この鎮守府に留まらず、【海上機動迎撃網】全体へと行われた一大攻勢。経路・艦隊規模・戦況推移、何れも横須賀司令府が事前に立てていた予測内容とほぼ完全に一致する。

当然、とまでは言えないが十分に納得はできる結果だ。何せ八頭や海自屈指の秀才(かつ危険人物)と名高い例の一等海尉を筆頭に、三自衛隊と在日米軍、各司令府所属の提督達が各々の知略をフル回転させ総力を挙げて解析と議論、改訂を重ねているのだから。
仮に“全て”予測通りであったなら、少なくとも日本列島戦線に関しては持ち堪えるどころか十分な余力を以て反転攻勢さえ可能としただろう。

だが、たった一つのイレギュラーが。殆ど唯一の、そしてあまりにも大きな“相違点”が。

「……おい、市ヶ谷からフィリピン海に関する報告は届いてるか?」

「第二次防衛線を突破されて以降は断片的な内容しか降りてきてない、とりあえず八頭提督は無事らしいが………」

「南アフリカの侵攻が早すぎる、もう内陸部に入り込まれてるじゃないか………」

「フランスだってロクなもんじゃない、記者会見見たか?ありゃ亡命前提の声明だぜ間違いなく」

「北欧もいい勝負だぞ、コンクスビルゲンで止められなきゃいよいよノルウェー全土の陥落は秒読みだ。ロシアが今度は何発核をぶち込むつもりか観物だよ」

「大洗学園はどうなってるの?私達にすら情報共有がないなんて、どれだけ酷いことに………」

「各位、今は目先の戦場に集中しろ!高山、父島・母島鎮守府は持ちそうか!?」

「蒲生提督からは死守してみせるとの打電が入ってきていますが………扶桑以下主力艦隊が出払った直後の上に単純な兵力比もあまりにも不利でして正直2時間も耐えられるかどうか………」

「那覇市の方で“市民”の皆様が騒ぎ始めたそうだ、沖縄方面からの増援は以後日米どっちからも絶望的だなクソが!」

「畜生、東南アジアはどこもかしこも最悪だ!国連所属の“海軍”とやらと俺たちで直接コンタクトは取れないのか!?

このままだと八頭提督達と第7艦隊が纏めてフィリピン海で孤立無援に陥るぞ!!」

「…………………ふぅ」




【学園艦棲姫】の存在が、その尽くを歪めてしまっていた。
141 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:34:29.08 ID:sMuggt4e0
「あ、あの………小栗提督代理、大丈夫ですか?」

「ん………あぁ」

凄まじい勢いで戦況報告と艦娘や館内人員、妖精たちへの指示が飛び交う中で漏れ聞こえてくる暗く陰鬱な“噂話”。否が応でも耳に入ってきてしまうそれらに思わず眼鏡をずらし眉間を抑えていると、手元にスッと湯気を立てたお茶が差し出される。

顔を上げれば、心配そうな表情でこちらを覗き込みながら湯呑を差し出す艦娘───給糧艦・間宮の姿があった。

「え、えと。もしお気持ちが塞いでいるようであれば、一息つかれては?病は気からと申しますし、心労の状態ではそれこそ指揮に悪影響が出るやも………」

「……申し出自体は非常に有り難いのですが、その間戦闘指揮を空白にしてしまいますからね。八頭提督も石田一等陸尉もいない以上、私が離席するわけには」

「私がその間代理の指揮を取りますので!これでも元大日本帝国海軍の艦、従軍経験だってありますし!!」

「………………………………………。それは、お気遣いありがとうございます」

会話の「間」を利用して辛うじて平静を保ちつつ応えることができたものの、内心小栗は吹き出す一歩手前だった。

“艦時代”の彼女は従軍経験が確かにあるし、自衛のための武装も載せていた。艦歴だって決して短くはない。
だが、彼女の主任務はあくまで糧食の補給にあり、本格的な艦隊戦闘を目論んで設計されてはいない。そうした事情を反映してか現在世界各地の鎮守府で運用されている間宮(並びに同じく給糧艦の伊良湖)の中で、戦闘用の艤装に対して実用に足る適性を見せた艦は皆無だ。

眼前の間宮も例外ではない。料理の腕前は最精鋭と言って過言ではないが、戦闘経験は当然0。実は八頭に影から指示を出している隠れ軍師なんて裏の顔があるわけでもない。にも関わらず、彼女は真剣に小栗の代理を買って出ている。

それも自身が顔面蒼白で、語尾を震えさせながら。

それだけ自身が難しい顔をしていたのだろうと、思わず苦笑いが口元に浮かんだ。たまたまお茶を持ってきただけの戦闘は専門外の艦娘に、代理の艦隊指揮を決意させてしまうほどに。
142 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:37:43.75 ID:sMuggt4e0
突拍子もない申し出ではあったが、その御蔭で落ち着けたこともまた事実。そして辺りを見る余裕が出てくれば、司令室全体が不安と疲労に擦り潰されそうな有様となっていることが直ぐに感じられた。
休養はとても取らせられる状況ではないにしろ、“一息”ぐらいは入れさせなければそれもまたどこかで致命的な決壊を招くだろう。

「いえ、やはり流石にここの指揮は私の職務ですので、戦況が安定するまでは離れられません。

ただ、リラックスはしたいので甘い飲み物と軽食も頂いてよろしいでしょうか?できれば、ここの人数分」

「! 畏まりました、すぐにお持ちします!!」

序でに明確な役割を与えれば間宮の心労も和らぐだろうと提案すると、“本職”を与えられた間宮は一転気合十分といった表情で頷き、飛ぶようにして司令室から出ていった。

(…………………、さて)

冷静さを取り戻した頭で、改めて現状を整理する。先に述べた通り、人類は世界規模で絶望的な戦況を強いられている。その最大にして直接要因は、言うまでもなくフィリピン海に現れ今現在本土に北上中の【学園艦棲姫】だ。
だが、そこを更に突き詰め掘り下げて考えていくと、より根源的な苦戦の要因は………結局、今回もまた敵の圧倒的な“物量”に行き着く。

(【学園艦棲姫】という圧倒的な存在を投入し、周辺や艦内に推定数千隻規模の“随伴艦隊”を集結し、更に大洗にまで長駆艦隊を乗り入れさせ、陸路でも大攻勢に移り……………その上で尚、“こちらが予測していた分の【大攻勢】をかけられる余剰戦力”がまだ尽きていなかったこと。最も大きな誤算は、そこです)

実行されている防衛作戦は、各鎮守府・各海域にこの鎮守府の龍驤、父島の扶桑、横須賀の日向といった超主力級の艦娘・艦隊で迎撃可能であることを前提としている。ではなぜそれら“要”を動かしてまで【学園艦棲姫】の対処に当たったか。

無論、「そうでもしなければ止められる相手ではなかったから」というのもある。
だがそれに加えて、人類側には「深海棲艦が【学園艦棲姫】を中軸に据えた一点突破攻勢に方針を“切り替えた”」という致命的な誤認があった。

日本という“艦娘大国”には、幾重にも張り巡らされた分厚く硬い盾がある。その全てを一撃で貫き得る太く鋭い槍を手に入れたが故に、その周りに本来放つつもりだった無数の矢を束ねたのだと思われていたが、違う。

矢もまた、既に番えられていた。巧妙に隠され、引き絞られていたそれらは、自衛隊が槍を止めるべく盾を動かしたその瞬間を狙い、一斉に放たれたのだ。

(極めて戦略的で、洗練された動きだ。……………とても、“開戦当初”と同一の集団とは思えないほどの)
143 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/01/27(金) 00:50:25.51 ID:sMuggt4e0
2011年8月14日の【ハワイ奇襲】以降、翌年初頭の【艦娘実装】が成るまで人類は世界規模で制海権・制空権を喪失しつつあった。そんな中にあって何故各国が辛うじて致命傷を避け得ていたかと言えば、深海棲艦側の動きがとりわけ最初期は非常に“直情的”だったからに尽きる。

そこに人類がいれば優先順位も何もなくとにかく近場から手当たり次第に殺していき、行軍は前進か後退かのほぼ二択。“ヒト型”が出現してからは戦術規模であれば多少理知的な動きを見せることもあったが、それも広い範囲で見れば基本的に“行き当たりばったり”の域を出ない。
海上ではそれでも圧倒的な力量差ゆえまともに抗うことはできなかったが、特にヨーロッパで【陸上に上げて物量で殴る】という脳筋戦術が多大な戦果を挙げられたのは深海棲艦側に“橋頭堡の構築”の概念がなく孤立させることそれ自体は極めて容易だったからだ。

一体いつからだ。奴らの動きがここまで知性的に、戦略的になったのは。最早【リスボン沖事変】以降は、人類側が裏をかかれ続けほぼ常に後手に回っている。

(奴らが学習したといえばそうかもしれない。しかしそれにしたって変化が激烈すぎる。例えば深海棲艦全体でそうした“学習”を共有し得るシステムがあるのだとすれば、今度は逆に奴らの練度の“ムラ”が不自然だ。

まるで……………)

まるで、極めて優れた“提督”の指示でも受けているかのような、そんな動きだ。

「………………今は、考えるべきことではありませんね」

恐ろしい。極めて恐ろしいが、有り得る話だ。海の底から未知の化け物が現れ、それに対抗するために軍艦の力を擁した可憐な少女たちが現れ、今また学園艦が深海棲艦化して水底から現れている。寧ろ、何が“あり得ない”のか教えてほしい。

実は深海棲艦が外宇宙からの侵略兵器で宇宙人からの指示により動いている、深海棲艦の中で新人類とでも呼ぶべき存在が誕生し指揮を取り始めた、突然異世界から召喚されたチート能力持ちの天才がヒト型のハーレムを作りながら統率し始めた…………どんな事態が起きていたとしても今更驚かない。

そもそも、驚いたところで意味はない。“現状”は既に構成されてしまっている。

“今”はそれがなぜそうなったのかを追求しても何も変わらない。ならば、先ずは“現状”を変えることに全力を尽くすべきだ。
144 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/01/27(金) 01:45:17.90 ID:sMuggt4e0
不幸中の、という注釈は間違いなく必要になるが、それでも“幸い”が一つある。

【海上機動迎撃網】自体は、まだ機能を維持できている点だ。

(我々は、【学園艦棲姫】の存在を起点に最も強く警戒していた筈の“物量”について予想を覆され、主力部隊をフィリピン海に引き摺り出された。

だが、逆説的に言えば“それだけ”です。防衛計画そのものは、まだ生きている)

確かに、“忌み名持ち”レベルの実力者達を尽く出払わせてしまった為戦力低下は著しい。しかし、ここを含めて各鎮守府は何れも持ち堪え、敵艦隊を押し留めている。

そしてその敵艦隊の数は、あくまでも人類側の“推定通り”に今のところは収まっているのだ。

(主力艦隊と比較して劣ると言うだけで、【海上機動迎撃網】………よりはっきり言い換えるなら【絶対国防圏】に配属されている以上、どの艦娘も水準以上の実力は備えている。

フィリピン海防衛線の指揮権が八頭提督にほぼ一本化されていた結果、他鎮守府の提督たちは残っていたことも大きい)

深海棲艦側は、主力の誘引に成功したことで「抜ける」と判断したからこそ“矢”を放ってきた。ならば、その“矢”が“盾”を失ったはずの自分たちを抜けなければ、今度はその事象自体が向こうにとっての「計算外」に変わってくる筈。

(ならば我々は、敵の動きが“当初の防衛計画”に則る限りあくまでそれに忠実に動く。それが、恐らくは最善の策ですね)

専守防衛。自衛隊は正にこれを主任務とし、貫くために訓練を重ね、技術を磨いてきた。

「小栗提督代理、レーダーに感あり!!新たな敵艦載機群、こちらの防衛線を迂回し鎮守府へ向かってきます!!」

「そうですか」

ならば、“本来の仕事”ぐらいは自衛官である自分がやり遂げなければならない。

もし、それすらできないのであれば、







「問題ありません。各位、各艦隊、当初の“防衛計画”通りに動いてください」

民間出身でありながら最前線に飛び込んでいった自分たちの提督を、どのツラ下げてこの鎮守府で迎えられるというのだろうか。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/01/27(金) 11:22:45.20 ID:2YQXihCe0
更新おつです
まさかの青ヶ島サイドですね
どこにも後方などなく全てが前線という状況がもう…
146 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/02/01(水) 23:04:06.10 ID:qlo4HhBq0
.










今でも、はっきりと覚えている。“あの時”の胸の高鳴りを。脳を、心臓を鷲掴みにされたが如き圧倒的な衝撃を。

たった一人の男の演説によって、敗北への諦観が勝利への渇望に、死の絶望が生の希望に塗り替えられる有様を。
たった一人の男の雄叫びによって、火山と岩と砂とほんの少しの草木しかない殺風景な島に、目に見えぬ巨大な炎が燃え盛る瞬間を。

まるでつい数秒前に目にしたが如く、自分はその光景を想起できた。

《敵艦載機群第6波並びに第7波、総数500超なおも鎮守府に接近す!到達まで推定あと400秒!!

対空警戒を厳と成せ!繰り返す、対空警戒を厳と成せ!!》

《指示に変更なし、【第一】〜【第四連隊】各位は現防衛線を維持!当初の“防衛計画”に則り、【第五連隊】並びに鎮守府内の対空火力にて敵航空群の迎撃を行う!!》

《【スカイシューター】、全車展開を完了!各区妖精より艤装による臨時対空陣地完成の報あり!》

「ハッ、ハッ…………」

「おい、力を抜け……!」

現在の状況は、“あの時”とよく似ていた。圧倒的寡兵、勢いに乗る“敵”、孤島での迎撃戦………類似点がこれほどまでに多いからこそ、自分は尚更“あの時”のことを鮮明に思い出したのかもしれない。

(寧ろ、“あの時”の方が自分が置かれていた状況は厳しいかもしれないな)

頑迷な老人がよく口にする「ワシが若い頃は……」という戯言に通ずるものを感じ、我ながら辟易する。ただ弁明させて貰うと、実際“あの時”の自分達には艦娘も鎮守府も潤沢な対空兵装も存在しなかった。
与えられた火器は大半が在庫処分の骨董品で、おまけに“友軍”連中は支援どころかこちらを攻めてくる深海棲艦の群れごと吹き飛ばす腹づもりだったのだ。

この作戦を立案した当時の上層部のお歴々が南首相には

『島嶼防衛部隊は機を見て脱出する手筈だったが通信機の故障により連絡が途絶し、非常の判断でやむを得ず攻撃を敢行した』

という設定を捏ち上げる予定だったと聞いたときには、思わず腹の底から笑ったさ。
147 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/01(水) 23:09:53.70 ID:qlo4HhBq0
ただ、自衛官として経験を積み、深海棲艦と長らく戦っていく内に、自分の中で“あの時”の上層部の判断を一概には否定できなくなったのも確かだ。

艦娘の“実装”が未だ行われていなかった当時、事実を直視するなら自衛隊は人民解放軍に対して劣勢だった。
陸軍の単純兵力はトリプルスコア、北朝鮮軍のように兵装性能においてこちらが圧倒的な大差をつけているわけでもない。
空母戦力は既に六個の【防空機動艦隊】を運用していた日本側に数字上だけなら分があるものの、日中間の距離は近現代戦闘機ならものの数十分〜数時間で0にできる。在日米軍を考慮に入れても保有戦闘機それ自体の物量差を埋めるほどのアドバンテージとは到底言えなかった。

何よりも、核兵器とそれに伴う弾道ミサイル技術。如何に防空・海防に優れた戦力を自衛隊が持っていたとしても、都市に甚大な被害を与える弾道ミサイルが雨霰と降り注げばその迎撃は困難を極める。況してや核搭載のそれが着弾すれば、例え一発でも数万人から数十万人の命が一瞬にして国土から消え去るのだ。

まぁ、核兵器についてはそもそも前提が「抑止力」であり、日本もアメリカによる“核の傘”の恩恵を受けていた以上単純な戦力比に加えるべきではないかもしれない。だが核を差し引いても、どのみち当時の日本にとって、自衛隊にとって人民解放軍が「格上」であったことは動かしようのない事実だろう。
その「格上」の軍事組織を手も足も出ず叩き潰した怪生物の大軍団を迎え撃ち押し留めようとするなら、自然何かしらの“犠牲”が必要だったのは間違いない。

(………そうか、成る程。

、、、、、、
こんなところまで、実は“あの時”と同じなのか)

フィリピン海において八頭提督率いる“連合艦隊”は【学園艦棲姫】によって敗退し、轟沈者こそなかったものの龍驤旗艦や妙高副旗艦、榛名戦艦隊長らこの鎮守府の艦娘達もほぼ全てが大破状態に追い込まれた。
その後の東南アジアの艦娘や基地航空隊を総動員した迎撃作戦では“遅滞”が精一杯であり【学園艦棲姫】が着実に北上しつつあるという。

それは正に、6年前の“あの時”────自分達が“あの島”で、深海棲艦を待ち受けている時の状況だった。
148 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/01(水) 23:14:52.38 ID:qlo4HhBq0
ASEAN、オーストラリア、そして中国。列強の海空軍を尽く捻じ伏せ薙ぎ払い、欧州やアフリカでは既に沿岸部への浸透を始めていた、弱点どころか正体すら禄に解明されていない得体のしれない化け物の大軍団との戦いを控えていた“あの時”と立場としては同じだ。

確かに、戦力自体は今回の方が恵まれてはいる。艦娘がおり、基地航空隊があり、しっかり最新式の対空砲や装甲車、ミサイルが数こそ少ないが用意され、戦闘員の人数もこの事変が起こる直前に幾度かの増強が間に合い一先ず1500に迫る程度には確保されている。
だが、向かってくる深海棲艦の数は6年前の数倍にもなり、その旗艦は今までに前例がないほど凶悪かつ強力な存在で、ここにいる艦娘たちより遥かに練度が高い艦隊でもまるで歯が立たなかった存在だ。しかも今この瞬間に攻勢をかけてきている分に関しても、その物量の底は不明でそもそも【学園艦棲姫】以前にこれらさえ凌ぎきれるかどうかは解らない。

「…………クソっ、とまれ……止まれよ…………震えるなよ……寒くねえだろっ………」

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……お母さん……私死にたくない………!」

自分は、まだ“耐性”がある。だがアレを経験したのはこの場では自分だけ。何なら今この鎮守府内にいる隊員の大半は、石田一等海尉らが前線に出張ってしまったこともあり艦娘実装後の安定的な戦いしか知らない若い連中だ。

であればこの、必要以上の恐怖と緊張、焦燥に押し潰されそうな絶望的な空気が蔓延することを、一概に「情けない」と言えるものではないだろう。











「─────県正久(あがた・まさひさ)一等陸尉より、鎮守府施設内総員に伝達する」

そこまで考えが及んだ時、自分の指は、自然と無線のスイッチを握っていた。

「若き士官たちよ、これは諸君らの先輩の、或いは………無駄に歳を食ったうだつの上がらんおっさん尉官の戯言として、恐怖で震えてチビる序でに聞いていてほしい独り言だ」
149 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/01(水) 23:22:44.40 ID:qlo4HhBq0
……口下手な自分なりに考え抜いた渾身のジョークを盛り込んではみたのだが、残念ながら反応は皆無に等しかった。やはり慣れないことはするもんじゃないと、平静を装って話を続けつつほんの僅かに内心で後悔した。

「これから始まる、否、既に始まっているこの戦闘が、楽なものになるとは自分には言えん。必ず生きて帰れるなどという無責任な言葉は吐けん。

きっと激しい戦いになる。長く辛く厳しい戦いになる。この中の何人もが傷つき、或いは死ぬ。艦娘ですら、全員が轟沈せずに済むという保証はない。気の利いた鼓舞ができず済まないが、一陸尉の見解としてはそれが正直なところだ。

だが、思い出してほしい。我々がどこに所属しているかを。

我々が、自衛隊であるということを」

東南アジアにおける反攻作戦に参加した折り、ある上官のもとに着いた時期がある。その男は決して尊敬することができなかったし、寧ろ彼の行動理念や哲学は自分にとって全く相容れなかった。

だが、彼が部隊に訓戒を施す際第一声に使っていたフレーズの、“ガワ”の響きだけは私は僅かに共感していた。

故に、“中身”を自分流に捻じ曲げたものを、私は勝手に座右の銘としている。

「自衛隊の銃先に国民なく、自衛隊の銃後に国家あり。

本土に待つ国民にとって、彼らが住まう日本国にとって、我々は最後の盾であり最後の希望だ。

我々が恐怖に屈しそうになった時、重圧に敗れそうになった時、敵の砲火が次にどこに向けられるかを思い出せ。

同時に、並び立つ戦友たちもまた“国民”であると、共に戦う艦娘達や妖精達も“国民”だと忘れるな!!我々は孤独じゃない、孤軍じゃない!!互いが互いを守り合う限り、互いが互いを支え合う限り、我々はきっと立ち上がれる!!」

「「………」」

少しずつ、周囲の隊員達の息遣いとざわめきが収まっていくのを聞きながら。鎮守府の甲板を覆っていた空気に僅かな変化が生じるのを感じながら。
自分は、更に言葉を紡ぐ。

それは、自分が最も尊敬する偉人の言葉。自衛隊に自ら志を持って入隊した男児なら、誰もがこうありたいと憧れる将官の鑑とも言うべき姿勢を示したもの。
……自分ごときが使うとは恐れ多いが、ここは鉄火場ゆえ恥を忍んでお借りしよう。

「予ハ常ニ諸子ノ先頭ニアリ───【硫黄島の戦い】を前にして、栗林忠道初代防衛庁長官閣下が指揮下に訓示した言葉だ。

無論自分があの方ほど立派であるなどと自負するつもりはない。だが少なくとも、あの方のように先頭で戦う覚悟は持っている!自分もまた諸君らの列の中に加わり、共に支え合い、守り合う覚悟は持っている!

着いてこいなどと出過ぎたことは言わん、だが今は!我々の故郷を、国民を守るために!!勇気を振り絞り、恐怖に打ち勝ち、“共に”戦って欲しい!!」
150 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/02(木) 00:13:29.58 ID:J8FT46aQ0
〈〈………………!!〉〉

艦娘艤装・艦載機操作補助思念体───通称【妖精】。1m前後の艦載機に乗り込むだけあって彼ら(彼女ら?)の背丈は文字通り掌サイズであり、顔立ちもアニメキャラクターを更にデフォルメしたようなどこかポップな印象で、これが深海棲艦という凶悪な存在を轟沈し得る兵器の操舵者だ等と俄には信じがたい。

どうやら自分には提督の“素質”があるらしくこの【妖精】達が見えるのだが………今足元で、恐らく余りの艤装を用いて対空陣地の構築に奔走していたであろう数人がこちらを見上げて敬礼しているのが視界の端に移る。
艦内移動用の車両──妖精たちの体躯からすれば学園艦の面積で徒歩移動などサハラ砂漠の横断も同然だろう──が近くにある辺り、わざわざ代表して何人かが駆けつけてきたのだろうか。

至って真面目であろう本人たちには失礼ながら、童話の一場面じみた光景には微笑ましさすら感じてしまう。だがそのメルヘンチックさによって、幸い自分自身も肩の力は抜けたが。

「八頭進一等海佐相当官は言った、“日本を守るため、共に僕等に出来るベストを尽くそう”と。

今彼は、フィリピン海の洋上で艦娘達や【こんごう】の乗組員達と共に死力を尽くして戦っている!ならば我々もまた、彼と共にベストを尽くそう!この鎮守府を率いる“提督”の姿に、恥じぬように!!」

全く、あれのどこが“一般人”なんだか。我々が命令に伏し、命を賭し、“共に”戦うに足る、最高の上官ではないか。

つくづく、自分は果報者だ。人生で二度も、そんな上官に巡り会えたのだから。

「「「〈〈─────……………!!〉〉」」」

別に、島を震わすほどの雄叫びも、ハリウッド映画のヒーロー登場シーンかと見紛うばかりの歓声も上がらない。寧ろ、静けさという意味なら前よりも深いものとなった。

だが、肌で解る。隊員たちが、妖精たちが、海上の【第五連隊】の艦娘達が、恐怖や焦りを捻じ伏せていくさまを。勇気を取り戻し、闘気を漲らせている様子を。

押し寄せる敵機を、待ち構えるとまでは言わない。ただ少なくとも、距離を着実に詰めてくるレシプロエンジン音に、真っ向から立ち向かう準備を彼ら彼女らは完全に終えた。

(6年前の…………あの人のお陰だな)

命を賭け、命を捨てるに値した、一人目の上官。彼が明確に自分の上官であった時間は、ほんの数時間に過ぎない。その間言葉を直接交わすことはなかったし、向こうはきっと自分のことを知りもせず逝ってしまったに違いない。

《敵艦載機群、到達まであと100秒!!》

《【第五連隊】旗艦・水無月より連隊各艦、対空射開始!撃ち方ぁ、はっじめぇ!!》

《対空射隊指揮艦・荒潮より艦内艦娘各位、先行射撃開始!!いーい?爆弾落とさせちゃダメよ、お掃除大変なんだから》

〈ワレラモツヅクゾ!!コウカクホウタイ、カクジウチカタハジメ!!!〉

それでも、自分は覚えている。山を鳴動させ、海を震わせ、敗残兵を死兵へと変えたあの人の言葉を。

《………っ!ダメだ、やっぱり水無月たちの火力じゃ十分に防ぎきれない……!!》

《荒潮より司令室、敵機40機強を撃墜し陣形大いに崩すも進軍尚止まらず!!先鋒航空群、突入態勢に移行!!》

《甲板全区画、全隊員に伝達!対空戦闘用意、対空戦等用意!!第一種戦闘配置を継続せよ!!》

硫黄島の空に高らかに響き渡った、平賀文平一等海佐のあの雄叫びを!!

『『『『───────────────ッ!!!!!!』』』』

「敵機直上、急降下ァーーーーーーーーッ!!」

「県一等陸尉より艦内全人員に伝達ッ!!」
151 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/02(木) 00:14:32.46 ID:J8FT46aQ0
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「暁の水平線に、勝利を刻め!!!!」

自然と喉から迸ったその叫びと共に、89式小銃を“ジェリコのラッパ”が迫りくる方角に向け引き金を引く。

『…………ッ!!!?』

先陣を切ってきていた【カブトガニ】が一機、弾丸に貫かれて爆散した。
152 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/02/02(木) 01:15:57.60 ID:79O4T+CB0
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《そもそもね、今回の事態を招いたのは南政権の外交政策にあるわけですよ。軍拡を推し進め【平和維持法】や【艦娘三原則】を勝手に改悪し、周辺諸国の不安を煽りました。

日本が“戦犯国”であるという認識があまりにも欠如しすぎですよ》

《そもそも“武装勢力”が北朝鮮や中国と本当に関与しているという証拠もありませんし………それこそ、自衛隊の中で自作自演をさせている可能性もあるわけでしょ?南首相ならやりかねないわ》

《私は劉首席の言い分にも一理あると思いますよ。対話を求めていた中華人民共和国に対して握り拳で応えたのは南政権です。宝木議員を含め一部の良心的な市民はそのことの危険性と不義理を訴えていましたが、南政権の巧みな扇動によって握りつぶされていたのです》

《仮にこのテロが他の国の仕業だとしてもぉ、それってマジラブアンドピースしなかったニッポンのジゴウジトクっつーかぁ?マジオワコンだよねニッポン》

《これは当局のある情報筋から入ってきたものですが、既にフィリピン海防衛線は敵の“新型艦”に突破されているという噂もあり────》

《南政権は放送法の改正を強く推し進めていましたが、これは恐らくこうした事態が起きた際に情報統制と国民扇動をしやすくするための下準備だったのではないかと専門家からは指摘が────》

《これは沖縄の米軍基地前の様子ですが見てください!!もう南政権には騙されないというプラカードとともに多数の一般市民が殺到しています!この光景は那覇鎮守府や自衛隊基地でも同様に────》

《南さんもね、意地にならずに中国の支援を受ければいいんですよ。彼らだって本当に日本を占領しようとするわけないじゃないですか、話せば解りますよ。チベットやウイグルだって、あんなもんアメリカやイギリスが一方的に主張してるだけで────》

《徐々に各地へと拡大しつつある反南政権デモに対して、県警や自衛隊、鎮守府組織による強制排除の動きが見られます。政府はこれを“暴動”と関連付けていますが、これは明らかな詭弁であり言論弾圧だと一部国から批難声明が────》
153 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/02(木) 01:18:56.70 ID:79O4T+CB0
《フォックス=カーペンター国務長官はCNNの取材に解答、ヨシヒデ=ミナミの武装勢力に対する断固抵抗の姿勢は早期解決に繋がり全面的に支持されるべきだと────》

《アメリカのフォックス=カーペンター国務長官は“早期解決のためにはあらゆる手段を模索するべきだ”と、日本単独での武力鎮圧のみが道ではないと暗に示唆を────》

《ダイオード=リーンウッド首相は日本で起きている事態への直接的な言及は避けたものの、ヨシヒデ=ミナミの強力なリーダーシップによって世界は最悪の状態を免れていると謝意を述べ────》

《南政権との蜜月を築いてきたとされるダイオード首相ですが、現状については“日本は自分達の影響力を考えなければならない”と懸念を表明し────》

《フランス政府は、中華人民共和国の声明に対し人類への反逆と言っても過言ではない最悪の火事場泥棒だと強烈な批判を浴びせ────》

《フランスからも日中間で発生したこの衝突に対し強い懸念が表明され─────》






《…………このように、世界各国からも日本の強硬な対応に対して不快感や不安を指摘する声が多く、世界全体での戦況へ悪影響を与えるのではないかと強い不安を呼んでいます。

南政権には今一度、このような状態だからこそ“人類同士の協和”に向けて動いてほしいと切に願います。

テレビ日ノ出は引き続き、深海棲艦関連のニュース並びに国内で起きた“暴動”の情報を速報で伝えてまいります》
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/02/02(木) 07:30:52.95 ID:XwtivAAo0
投下おつです
ジワジワとタイトル回収へ近づいているのを感じる
155 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/02/25(土) 23:30:10.07 ID:0Lt92TP40
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元より、マス・メディアという集団に期待などしてはいない。彼らの自衛隊に対する「敵対的」な姿勢も、自国民の命や自国の国防より周辺国の“お気持ち”へ配慮することを遥かに重視する性分も、彼女が現役の頃から一貫している。
深海棲艦という未知の脅威が出現した後ですらその姿勢を揺るがさなかった時には、最早一周回って感心と敬意さえ抱いた。

……向こうは疾うの昔に地中に埋まっていたハードルをこの期に及んで掘り起こし、その下をわざわざ潜ってきたが。

@# _、_@
(  ノ`)「本当に、腐った連中だよ」

彼女────流石挙母(サスガ・コロモ)の吐き捨てた言葉は、これでも自制心を最大限に振り絞り感情を限界まで抑え込んでいる。仮に彼女が心の赴くまま活動を開始すれば、肩口からぶら下がるM249軽機関銃は各報道機関を“黙らせる”為に使われることだろう。

耳元で尚も不快な言葉を羅列し続けるイヤホンを、眉を顰めつつ取り外す。その先につながる持ち運び式のラジオはビルの中で拾った物で、元の持ち主と思われる人物が既に“使える状態ではなかった”ため拝借した。
別角度からの情報収集になればと考えてのことであったが、受けた不快指数が代償として割に合ったものかは議論の余地がありそうだ。

ただ、“有益な情報”を十分に得られたのは間違いない。

@# _、_@
(  ノ`)(中国の“国盗り”、ブラフじゃあないね。人民解放軍の日本進駐実行は秒読みって証拠だ)

各報道機関による、余りにも露骨に偏った南政権への批判的論調。いつも通りの光景と言ってしまえばそれはそう。
だが、ここまで“一斉に”、“整然と”、“足並みを揃えて”動いてくるとなれば、各個の自由意志ではなく何かしらの「指揮系統」が存在することを疑わなければならない。
156 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:31:59.88 ID:0Lt92TP40
言ってしまえば、そもそもマス・メディアが機能を維持していることそれ自体解せない面がある。

本来この手の組織・集団は、自身の正当性や思想の主張、或いは単純な恫喝などを目的として放送施設はかなり高い優先順位で押さえにかかる。昨今は動画サイトやSNSもあるため一概には言えないとしても、日本のような治安が高いレベルで保たれている国においてライフラインの一つを掌握できれば与えられる衝撃は決して小さくはない。

にも関わらず、銃弾の一発も撃ち込まれないどころか暢気に“有識者”を招いての政権批判放送を垂れ流す余裕すら保たれているというのは流石に不自然だろう。
武装蜂起が始まった直後に彼らが神妙な面持ちで「各放送局も被害を受けている可能性が高い」等と宣っていたことを考えれば、乾いた笑いの一つも湧いてくるというものだ。

そしてこれらの“不自然”は、「マス・メディアが“武装勢力”と敵対していない」ケースを仮定した場合途端に“自然”なものとして説明がついてしまう。

@# _、_@
(  ノ`)(そりゃあ自分達の要望と主義主張を自主的に“代弁”してくれるなら、いちいちリソース割いて制圧する必要なんざないだろうさ)

寧ろ「報道機関が“自主的に”人民解放軍の日本進駐に肯定的な意見を述べている」となれば、中国側にとっては先の宝木蕗也(たからぎ・ふかや)による南政権への“糾弾声明”と併せて立派な大義名分となり得る。実情がどうあれ曲りなりなりにも「言質」さえ存在すれば、アメリカやロシアに対する“戦後”の牽制材料としても十分だ。

@# _、_@
(  ノ`)(ただしこれらは、“実効支配”の確立が前提条件だ。となると、共産党の上層部が“拙速”を重視して各軍閥をまとめ切る前に動かせる分だけで強引に乗り込んでくる可能性も否定できなくなってきた………もう、時間は殆ど残されちゃいないだろうね)

そこまで考察を終えたところで、挙母は用済みとなったラジオからイヤホンを抜き取り………無造作に頭上へ放り投げた。

《都内で“武装勢力”に対して自衛隊並びに艦娘の出動が行われている件についても、各界“有識者”からは対話を放棄した暴力的な対応であるt

考えた人間の脳に何らかの欠陥が存在するであろうことが容易く想像できる文章を無遠慮にがなり立てていたラジオが、伸びてきた何本かの火線に貫かれる。
世界で最も製造され、世界で最も多くの人を殺し続ける自動小銃───AK-47から放たれたそれらは、そのまま挙母が身を隠している路上で横転した乗用車の屋根に突き刺さり火花を散らした。
157 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:33:24.59 ID:0Lt92TP40
県庁所在地と言えど、水戸市はあくまで地方都市の一つ。駅周辺の商業エリアや繁華街の一部区画を除いて、東京都中心ほど建造物同士の“密度”は高くない。道路の幅も広く、比較的視界が拓けている場所がそれなりに多くなる。

故に、同地における戦闘は“市街戦”であると同時に“攻城野戦”の側面も併せ持つ。

遮蔽物の少ない路上を行軍する際攻勢側はどうしても身を晒す機会が多くなり、防衛側は予め沿道の建造物を掌握すれば敵の位置を容易に確認しつつ上方、側面から安全に火力を投射し得る。
準備砲撃や潤沢な航空支援によってそうした脅威を事前に排除できるならまだいい。だが歩兵戦力のみでこれを制圧しようとした場合、戦況の天秤は最初から大きく防衛側に傾くことになる。

挙母たちが今いる場所などは、その典型的な例だろう。

水戸駅から南に800m程南下した大通り、道は広くしっかりと塗装され、沿道にはマンションと都内より遥かに階数の少ないビジネスビルが閑散と立ち並ぶ。
既に日は暮れ、また路上には運転手の逃亡や“沈黙”によって放置された民間車両が幾らか転がっているため身を隠す術は用意されているが、それでも限度はある。全くの無策で進軍すれば、たちまち十字砲火の餌食だ。

故に挙母達は、あえて敵に“先手”を取らせにいく。

从' '从《先ぱぁい、火線により敵位置把握できました〜。交差点挟んだ向こう側、左手の学習塾が入ったマンションと右手ガソリンスタンド後ろのマンション、それぞれの屋上に狙撃手〜。左手沿道の消防署内にも動きがありますね〜、多分中から敵が出てくると思われます〜。

それとぉ、駅南公園通りを東700mほど先から新手が接近中〜。数は目算20人ぐらいかな〜》

背後の高校校舎を押さえ、その屋上に別働隊を率いて陣取る“後輩”────渡辺優香(ワタナベ・ユウカ)からの無線通信。口調こそ場違いに間延びしともすれば闘争心が削がれるレベルだが、内容は迅速で的確だ。
陸自の最精鋭が集う中即連において尚【天の眼】と称された空間把握能力は、一線から退いて5年経った今も衰えていないらしい。

@# _、_@
(  ノ`)「西進中の新手、牽制で止められるかい?」

从' '从《はいはーい。このためのぉ、L96A1とぉ、ラプアマグナム弾〜》

やはり間延びした、しかしどこか嬉々とした響きの返答。闇夜を銃声が駆け抜け、観測手と思われる男がくぐもった声で《One Down》の一言を告げる。

「xxxxxッ!!!」

从' '从《From fire-department almost never reach me anyway, so I left it up to my allies. Keep an eye out for snipers only. Don't have to hit it, so don't let them take aim with Suppression fire》

即座に校舎屋上へ向けて弾幕が殺到するが、渡辺は冷静さを崩さない。一瞬で状況を整理し、的確な指示を味方に下す。

@# _、_@
(  ノ`)「………さて、行くかね」

同時に、挙母もまた動く。
158 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:35:40.84 ID:0Lt92TP40
交戦開始とほぼ同時に行われるスムーズな戦力展開に、即時の増援派遣。既に市内各所で新たに発生した“戦闘”を向こうの指揮官達も把握し、その上で対処に動き始めているのだろう。
水戸警察署を始め警官や自衛隊による抵抗が完全に排除されたワケではない中でこうして更なる人員を捻出できるとすれば、同市における“武装勢力”の規模は自分達や横須賀の予想以上に大きい可能性を考慮しなければならない。

ならば、此方もド派手に動いて兵力の“過大評価”を誘発させる。

@# _、_@
(#  ノ°)「主砲撃、右正面ガソリンスタンド!!」

「了解!!」

飛ばした号令に、挙母のすぐ横で小柄な人影が───神風型駆逐艦四番艦・松風が勢いよく車の影から路上へと躍り出る。その右手で起動した12cm単装砲が、何ら躊躇することなく砲弾を指定された“目標”に向かって撃ち放った。

从' '从《ワァオ》

気化性も引火性も高い液体燃料を扱い、ただでさえ【火気厳禁】は絶対不可侵な場所。そこに艦砲射撃を食らわせれば、どうなるか。

誰でも容易く辿り着ける単純明快な問だが、あえてそれを比喩的に表現するならば、

「ムグォッ」

「「「ッッ!!?」」」

マイケル=ベイ監督作品のハリウッド映画の一場面、といったところか。

「XXxxxxx!!??」

「xx,xXxxx!!」

地下の貯蔵タンクが炸裂する。空間が揺れる。暴風が吹き付ける。巨大な火柱が生贄を求める竜神のごとく逆巻き荒れ狂う。
消防署から現れた一団、その最外殻にいた数人が灼熱の渦に飲み込まれる。一人の身体が浮き上がり消防署の壁に叩きつけられる。凄まじい速度で吹き飛んできたコンクリ塊に、更に一人の頭蓋が粉砕される。

路上を、火の粉混じりの土煙が濛々と覆い尽くす。

「xxxxxxx!!」

「xxx、xxXx!」

「xxXXxxxX, xxxxxx!!」

至近で起きた大爆発、一瞬で失われた1/4の兵力、膨大な土煙による視界の封鎖。これだけ悪条件が伴ってなお、敵の指揮官は冷静だった。残った人数で即座に陣形を再編し、弾幕を周囲に張りながら部隊を後退させていく。
ただの盲撃ちなら何ら恐れることはないが、統率が取られ火線間が密な“制圧射撃”は例え的が捕捉できない状況下でも牽制としては十分な効果を発揮する。

マズルフラッシュによる位置の特定を避けるべく各員が連携を崩さない範囲で細かく動きながら銃撃を行っている点もソツがない。並の練度の部隊・兵員が相手であったなら、消防署までの撤退は十分に間に合っただろう。

「知ってるかい?」

問題は、

@# _、_@
(  ノ`)「日本じゃあ、ゴミのポイ捨ては犯罪だよ」

「………っ!!!?」

相対した側が、とびきりの手練であった点にある。
159 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:38:01.25 ID:0Lt92TP40
放置車両を飛び越え、弾ける銃火をくぐり抜け、爆煙の只中に突っ込む。肉食獣から逃げるカモシカの如く靭やかに、獲物を追うヒグマの如く獰猛に駆け、一息で距離を詰める。

あっという間に敵兵の懐を取った挙母が次に取った行動は、殴打。原始的で単純、故に出が早く実行するだけなら特別な技量を要さない、最も基礎的な攻撃行動。
殺傷能力は使われるモノによってくるが、フル装弾されたMINIMI軽機関銃の銃床を利用したならそれは当然十分に確保される。

況してや挙母の全力を以て振るわれたなら、最早殴打というよりは“砲撃”に近い。

@# _、_@
(#  ノ゚)「噴ッ!!!!」

「ギュペッ」

「xXxっ!!?」

真っ向から食らった敵兵の頭蓋が、コンクリ塊での“それ”よりも遥かに凄まじい勢いで砕け散る。首から上を骨片と脳髄と千切れた毛細血管がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったナニカへ変貌させ屍が崩れ落ちようとするが、しかし挙母は胸ぐらを掴みそれを許さず持ち上げる。

「xッ!?」

「XXxxっ!!!」

@# _、_@
(  ノ`)「っ……!」

挙母の乱入に気づいた他の敵兵達が、ある者は悪態を、ある者は驚愕を口にしながら銃口を向けてくる。

迸る火線を遮るは、盾の如く掲げた屍体。まぁ一応防弾装備をしてはいるが、カラシニコフ小銃十数丁の斉射となればさしたる役には立たない。加えて斃した男の体躯は拳母のそれよりも小柄で、隠れきれるものでもない。保って、せいぜい数秒。

そして、その数秒で挙母にとっては“十分”だ。

「グォバッ!!?」

「xx……xッ!!?」

火線の出処の内一つに“肉と骨と断裂した血管で構成された元人間の塊”を、別の一つに腰から抜き放ったナイフを投げつけ、射撃が止まり開いた火線の穴へ飛び込む。
ナイフを投擲された方は銃身で弾き防いでいたが、構え直そうとしたAK-47を横から伸びてきた腕が押さえつける。

渾身の力でそれを跳ね除けようとするが、まるで溶接でもされたのかと疑うほどにビクともしない。

@# _、_@
(  ノ`)「鈍いね」

「ヒッ………」

挙母の腕だった。
160 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:39:31.72 ID:0Lt92TP40
「ゴフッ、ギッ、グガッ………」

膝打ちを腹に入れ、掌底で地面に叩き伏せ、頚椎を踏みつけ圧し折る。流れるような殺戮動作の延長で前転し、振り向きざまにMINIMIを膝立ちで構える。

「「ガァッ!!?」」

「「ぅグッ………」」

フルバースト射撃で、銃口を横一線。背後に回り込まれての弾幕に為す術などなく、軌道に沿って立て続けに四人が撃ち抜かれる。

「xxXX!!」

「「「xX!!!」」」

尤も、流石に百発百中の精密射撃とはいかない。指揮官と思われる男を筆頭に、被弾を免れた残余の兵士たちが一斉に反転し射撃体勢に入り、

「…………ゴッ!!?」

内一人の喉笛に、背後から伸びてきたナイフが突き立てられた。

(´ `)「Иди спать, испорченная собака.」

「ヒコッ!?」

「ヌァッ………」

指揮官の喉を引き裂いた襲撃者は、ロシア語で何事か呟きながらその屍が倒れ伏す前に次の動作を開始している。

左右の敵兵に、眼にも止まらぬ連続射撃。右側の敵兵は側頭部を、左側は胸部を射抜かれ、小さく呻いて事切れる。

右手で煙を燻らすのは、サブマシンガンやアサルトライフルではなく………リボルバー式の拳銃だった。

@# _、_@
(  ノ`)(………こりゃ驚いた、コルトなんざ使う物好きがいるたぁね)

コルト・シングルアクション・アーミー。アメリカ合衆国で実に150年前、西部開拓時代に生まれた軍用拳銃だ。安全装置を持たないという機構的特色故に【早撃ち】に対して極めて高い適正を持つ銃であり、所謂「保安官」の代名詞的存在であるテキサス・レンジャーにおいては一部局員が未だに愛用しているという。

無論、性能として特化しているのはあくまで「早撃ち」の部分に対してのみ。威力については一般的な銃火器と大差なく、“本来なら”連射力は近現代のオートマチック拳銃やサブマシンガン、アサルトライフルに大きく劣る。

だが、挙母は見逃していない。左側の敵兵に対して、あの“ガンマン”が一度の射撃で「3発」の弾丸を叩き込んでいたことを。

某盗賊一味のガンマンも使う、リボルバーを“手動”で回転させることによって“連射”を実現させる超技法。

@# _、_@
(  ノ`)(ファニング・ショット…………本当に西部開拓時代からタイムスリップしてきたなんてオチじゃあるまいね)

しかも“ガンマン”による3連射は、全てが寸分の狂いもなく同位置に突き刺さった。“重ね撃ち”だったからこそ防弾チョッキも肉も貫き、一息に心臓まで届いたのだ。
161 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/02/25(土) 23:43:03.59 ID:0Lt92TP40
そして、更に驚くべき事実が一つ。

華奢な身体つき、挙母のせいぜい胸辺りという──挙母側が異様であることを差し引いても──決して高いとは言えない背、爆風に靡く長いブロンドの髪、透き通るような白い肌、悪態と思わしき言葉を発した声の高さ。

この“ガンマン”は、女だ。

@# _、_@
(  ノ`)(………まぁ、だからどうしたって話ではあるがね)

挙母自身は、急遽渡辺からお呼びが掛かった事で自身の子供達を助けるにあたって「渡りに船」と参加した身であり、この部隊がどういった存在かは皆目検討もつかない。
ただ日本という国の在り方と照らし合わせれば、何かしら後ろ暗いモノを抱えているのは容易に想像がつく。そして渡辺に指揮を託しているということは、十中八九構成員それ自体もまともではないのだろう。

だが、そんなものは今の挙母にとってはどうでもいい。

組織の設立経緯が胡散臭かろうが、所属員達の出自が後ろ暗かろうが、それを率いている“後輩”が超絶ド級の変態で戦闘能力と引き換えに人間性を母の胎内に置いてきたレベルの人格破綻者で仕事上の付き合いでなければ1秒以上同一空間の酸素を共有していたくないほどのゴミカス野郎であろうが、全て政治屋連中が対処すべき問題で挙母には関係ない。
まぁあの色んな意味で化け物じみた首相なら、この問題についても恐らく“上手いこと”やるだろう。

挙母にとって重要なのは、ただ一点。部隊がこの“想定外の有事”に対して、自分の子供達を直接的にも間接的にも危機に陥らせているこのクソッタレな状況に対して、即応性を持っているかどうか。それだけだ。

そこさえ満たされているなら、他の全てについて意に介するつもりはない。後は目的を───国を護るという誇り高き職務に懸命に従事する、バカ娘とバカ息子の“手助け”を果たすのみ。

@# _、_@
(# ノ°)「Both sides!!」

それに、“現状”そもそもそんな事に気をやっていられるような暇もない。

@# _、_@
(# ノ°)「Fire, Fire, Fire!!」

(#´ `)「Садись!」

「ガフゥ」

「xxXxxX!!」

“ガンマン”と他の後続兵によって残党も殲滅され制圧下に置かれた路上、だがそこに息をつく間もなく弾幕が降り注ぐ。消防署とガソリンスタンド裏のマンションそれぞれの入口から新手が出現し、2階、3階からも計数十丁ほどの銃口が突き出される。

消防署側は即座に挙母が応射して押し留め、マンション側も“ガンマン”が先鋒二人を立て続けに撃ち倒したことで足並みが乱れその間に他の兵士の合流が間に合い路上への展開を防ぐことに成功した。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/02/27(月) 10:04:25.20 ID:vjNZ8XHM0
更新おつです

母は強し、と言えども普通は軽機関銃を手持ちで撃てませんね
そんなことできるのはシュワルツェネッガーだけw
163 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/03/16(木) 22:57:16.50 ID:YzHzCrxO0
そこから本格的な銃撃戦が始まったが、

@# _、_@
(  ノ`)(まぁ、これもあまり喜ばしくはないね)

現時点で既に数的・地形的不利がある上で、他の方面から更なる増援が派遣されればこれはより拡大する。時間はあくまで敵の味方、この交戦が長引けば長引くほど挙母達は不利になっていく。

@# _、_@
(# ノ°)「朧、名取!!」

「「了解!!」」

ただ幸いなことに、こちらの部隊には“軍艦”がいる。

「xxxx!!?」

「そんなもの、人に撃ったらダメですよ!!」

どこかズレた叫び声と共に、火線を遮る形で挙母の前に滑り込んできた名取。即座に向こうの銃火が彼女に集中されるが、一発辺り4000ジュール程度の熱エネルギーを何千発束にしたところで軽巡洋艦の装甲など抜けるわけもない。

「やぁあっ!!!」

「フグッ……」

「「「ドォッ!!!?」」」

玄関扉を体当たりで粉砕し、最前列にいた一人をラリアットの要領でなぎ倒す。更に踏み込んで突貫、ショルダータックルが迎え撃とうとした三人を纏めて吹き飛ばす。

「xxxっっ!!!」

「うっ……!?」

艦娘に人間が勝ち得る可能性がある数少ない分野、白兵突撃。それを看破した上で狙ってやったのか破れかぶれの末の偶然か、何れにせよナイフを構え柱の陰から飛び出したその兵士の奇襲は完璧に名取の不意をつくことに成功した。

極限まで美化した言い方をすれば、その兵士の決意と勇気が産んだ千載一遇の好機。名取は自分の肩を手が掴んだ時にようやく気づけたほどで、艦娘の身体能力と反射神経を持ってしても反撃や防御は間に合わない。

訓練された軍人による正確な、殺戮を手慣れた者による躊躇のない斬撃が、名取の喉笛に迫る。

@# _、_@
(  ノ`)「邪魔だよ」

「ヌンッ!?」

だが、横合いから伸びてきた大きく太い軍用ブーツを履いた足が、容赦なくその“好機”を踏み躙った。

@# _、_@
(♯ ノ`)「Clear of the stairs!!」

「Roger Mom!!

Guys, Go ahead!! Go ahead!!」

「グゥッ………」

「「「ギャアッ!!?」」」

「XxXx!? XXXXXっ!!!」

蹴り飛ばされ柱に叩きつけられた“勇敢な兵士”、周囲で慌てて小銃を構えようとしていた数名、そして奥の階段から姿を現した更なる増援と、順番にMINIMIの火線を叩き込んでいく。
階段の敵部隊には突入してきた此方の部隊員の掃射も浴びせかけられ、瞬く間に1/3前後の人数を失ったその部隊は殆ど反撃らしい反撃が出来ぬまま後退を始めた。
164 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 22:59:55.19 ID:YzHzCrxO0
@# _、_@
(♯ ノ`)「No prisoners! Kill them all!!」
(訳:敵に虜囚の辱めを与えては日本の武士道に背きます、丁重に全員地獄に送って差し上げてください)

「Yes Mom!!

Guys, Listen!? Kill them, Kill them, Kill them!!」
(訳:指示を承りました。皆さん、聞きましたね?しっかりと仕事を熟しましょう)

「「「Hoorah!!!」」」
(訳:私達はとてもやる気に満ち溢れています)

挙母からの命令に威勢よく応じながら突入部隊の面々が階段を駆け上がっていき、程なくしてくぐもった銃声・怒号・断末魔が上から聞こえ始めた。

向こうの練度が低いわけではないが、見た限り渡辺や“ガンマン”を筆頭に此方の人員は個々の戦闘能力がイカれた領域に踏み込んでいる。地形優位が消え懐に飛び込んだ今となっては、後数分もかからず彼らは仕事を終えるだろう。

(#´ `)《This is Team 2, we cleard the entrance hall!!》

从' '从《Team 3 for Team 2, The apartment building is currently spreading fire.

No need to overrun, fall back quickly and prepare for the appearance of new enemy units》

@# _、_@
(  ノ`)「朧、アンタは引き続きチーム2に同行、ソイツらと一緒に路上に展開しマンション内や別区域からの敵増援に備えな」

《駆逐艦・朧、了解しました!》

(´ `)《………Copy that》 

こっちと負けず劣らずの速度で制圧を終えたらしいマンション側に、即座に渡辺から後退の指示が飛ぶ。ガソリンスタンド爆発の影響で火災が発生しており危険だからという至極真っ当な理由だが、応じた“ガンマン”のものと思われる女の声は酷く凶暴で不機嫌そうな色を伴っていた。

あの超絶技巧を身につけるまでにどんな凄絶な修練を積んだのかと思っていたが……なるほど、“好きこそものの上手なれ”だったか。

@# _、_@
(  ノ`)(まぁ発起人があの深海魚で、統率者があのクソ変態ならそりゃあ下も“こうなる”のは当たり前だね)

まさしく、“類は友を呼ぶ”。こうもあっさり的確に現状を言い表せる諺や慣用句が出てくる辺り、やはり先人達の知恵は侮れない。

そんなやや場違いなことを考えながら、挙母は足元に────微かに上がる、うめき声の方に視線を向ける。
165 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 23:01:57.75 ID:YzHzCrxO0
「グゥ………アッ………ァガッ!?」

「ギャッ」

「xxXx………ヘルッ」

打ち付けた箇所を押さえ、身体を丸め、苦悶の表情で床の上をのたうち身動ぐ四人の武装兵。腰から9mm機関拳銃を抜き、それらに順番に弾丸を叩き込んで沈黙させていく。

「タ、タスケtイ゛ッ、ムォッ!?」

最後の一人は何事か言い掛けながら掌を向けてきたので、“フリ”に応えてまずそっちのド真ん中に風穴を開けてから喉笛をぶち抜いた。

「あ、ありがとうございます……お手数をおかけしてすみません……」

四人目の始末を終えたところで、名取が挙母に頭を下げる。

……そう。この四人は先程、名取の攻撃を受けて入り口から吹き飛ばされた武装兵達。何故、か細いながらまだ息はあったのかと言えば、当然それは名取が最大限の“手加減”を施したからだ。

軽巡洋艦・名取が、相当大人しい性格の艦娘であることは挙母も知識としては知っている。水雷戦・夜戦においては他の艦種の【改二】にも比肩する実力を誇りながらそれに奢らず、常に謙虚で引っ込み思案な心優しい“穏健派”艦娘の一人。
ならばこの武装兵達に対する“峰打ち”も、彼女のその性格から、優しさから来るものであったのか?

否、答えは否。

もしも“そう”であるならば、何故挙母が拳銃を抜いた時、その目標が明白であるにも関わらず彼女は止めようとしなかったのか。何故一人目が射殺された時、抗議の声を上げず行動を妨害しなかったのか。

何故、全てが終わった後に、彼女は謝罪と“感謝”の念を述べたのか。

@# _、_@
(  ノ`)(さしずめ、“ゴキブリ”ってところかね)

ゴキブリは大半の人間にとって存在そのものが不快極まりない生物であり、基本的には見かけたら一刻も早い排除を試みる。
だが一方で衛生面の問題や向こうの俊敏性、外見のおどろおどろしさによって直接触れる、素手で潰せるという者は少なく、殺虫剤などの間接的な排除手段がない限り無力な人間も多い。

名取にとってこの武装兵達は、“素手で潰すしかできないゴキブリ”だったのだ。自分で潰すことはできないが、かといって視界に入り蠢く限り不快で鬱陶しい。だから、代わりにそれを潰してくれた挙母に対して“礼”を述べたのだろう。

代わりに殺してくれてありがとう、と。

@# _、_@
(  ノ`)(………【艦娘三原則】、思った以上にこの子らを歪ませちまったねぇ)

艦娘は人間の武器であれ、忠臣であれ、奴隷であれ。SF小説の大家が作り出した概念に準えて偉そうな文言を並べ立ててはいるが、あんなモノ要約してしまえば言わんとしていることは上の3つだ。
人間としての姿形・声・感情を持つ存在にこれを言っているのだから、考え出した連中はきっと心を持ち合わせていないロボットの如き冷血漢に違いない。

だが、どれ程腐り果てた実情があろうとも、それは確かに彼女たちにとっての行動“原則”であり絶対遵守の指針だった。そして遵守さえできていれば、他の面には干渉されないという“自由”に対する【逆説的な保証書】でもあった。
166 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 23:05:41.03 ID:YzHzCrxO0
人と同じ感情を持ち、一部は人以上に誇り高い筈の彼女たちが、何故“あんなモノ”に従っていたのか。無論生まれた時からそうなるように教育(或いは……プログラミング)されていたからというのは大きいだろう。

だが、この【保証書】という側面を持つ故に、艦娘達にある種の怠惰が、“依存”が生まれていたこともまた事実ではないか。
一先ずは“それ”さえ護っていれば、制限下の“自由”を得られるのだから。生を受けたその瞬間から、彼女たちには“それ”が存在するのだから。“それ”を絶対視し、諦観し、遵守していれば、後は「提督」の指示に従うだけで自分達では何も考えずに済むのだから。

南政権が先の国会で制定した【艦娘自己自衛権】法案は、艦娘に“自由”を………完全なものをもたらすにはなお時間が必要としても、そのきっかけになっていく可能性は大いにあるだろう。
だが、絶対的価値観が消失したからこそ、彼女達には「自分で考え、行動する」ことへの“義務”が生じる。

以前は、提督からのあらゆる命令には基本的に従えば良かった。従ってはいけない命令は、【三原則】が示してくれていた。従うべき命令と従うべきでない命令を“自分で”判断する必要はなかった。

【三原則】が絶対であった時は、人間とはいかなる例外もなく“傷つけてはいけない存在”と定義されていた。
明らかな害意にすら必要最低限の抵抗しか許されていなかったが、故に敵は深海棲艦に限定されており、人間を「敵と味方」に選別することはなかった。

彼女達は、駆逐艦や一部軽・重巡洋艦並びに軽空母でも就学児童程度、戦艦・空母といった艦種からは明確に成人女性を模した姿形で“建造”される。
今年の半ば頃から実装が始まった【海防艦】はやや怪しい面があるが、それでも大半は自分自身で善悪の区別やそこではっきり割り切れないものに対する「玉虫色の判断」を下せるぐらいの思考力は身についているように感じられてしまう。

だが、忘れてはいけない。艦娘が“実装”されたのは、2012年初頭であることを。

彼女達の中で最年長の者でも、その実初等義務教育の開始年齢にすら届いていないことを。

@# _、_@
(  ノ`)(禄に人生経験も積んでない“せいぜい5〜6歳の小娘”連中に、既存の価値観が根底からブッ壊れたレベルの思想的パラダイムシフトに自己判断だけで適応しろってのは………無理難題だろうね)
167 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 23:07:54.56 ID:YzHzCrxO0
第一項。深海棲艦に対する利敵行為を認められた国家、個人、団体に関しては、例えそれが人間であったとしても“敵性”であると認定し攻撃することを認む

第二項。艦娘は自身の任にそぐわない行為・行動・思想を強要する存在に対して、第一項の抵触者と見なして無制限に抵抗する権利を有する

第三項。艦娘は全ての対深海棲艦を主とする軍事行動に関して、無制限に発言権を認める。また、これを理不尽に阻害する存在に対しては第一項の適用を認む

第四項。上記三項目は全て“艦娘三原則”に抵触しないものであるとして、“艦娘三原則”に対し優先して適用することを認む

南慈英が施行に漕ぎ着けたこの【艦娘自己自衛権】法案は確かに歴史的な大変革であるが、そこに決して“即効性”は求められていない。実際、彼女らの権利拡大はあくまで「深海棲艦との交戦時」における物に限定され、直接的な人権関連には触れることを避けている。

人類共通の敵にして目下最大の脅威と戦うにあたって、艦娘達が“円滑な作戦行動”を行うため……こんなお題目を掲げれば、艦娘技術において遥か後塵を拝する他国も否やは言い辛くなる。欧州諸国が次々と陥落しつつある現状では尚更に。
それでも否やを言ってくる連中は、“同盟の有無”を理由に確認をすっ飛ばしつつ仮初めとはいえ国際社会の中枢機関である国連の「アタマ」を押さえ反論を封じる───何を食べ、どんな暮らしをしていたらこうも悪辣に立ち回れるのか聞いてみたくなる動きだが、“最も角が立たない第一歩”であったことは間違いない。

その上で、深海棲艦の存在に託けて盛り込んだ第一項を徐々に拡大解釈していき、艦娘達の自己判断能力を育てつつ彼女達の権利を人間本来のものへ近づけていく。きっと、あの深海魚首相の脳内ではこんな青写真が描かれていたのだろう。

……だが今、現実に、“深海棲艦以外に対する適用事例”が起きてしまった。反艦娘運動家のような生温い内容ではなく、より明確な“敵意”を持った集団が、殺戮或いは無力化を目的として攻撃をかけてきた。それも第一項の緩やかな拡大どころか、法案それ自体の浸透周知さえ禄に済んでいない中で。

「…………いい気味」

今目の前にいる名取の姿は。優しげな風貌からは想像もつかないほど冷たい視線で見下しながら屍に向かって吐き捨てる有様は。

人類が「戦時下だから」と言い訳して“歪み”から目を逸らし、その解決を後回しにしてきたツケの表出だ。

ほんの少しでも状況を緩和しようと施行された法案が表出のきっかけとなってしまった辺りに、挙母はなんとも言えない皮肉を感じた。
168 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 23:09:38.37 ID:YzHzCrxO0
各部隊に渡された武器弾薬と医療品の中で、やたらと量が多かった鎮静剤の意味が今なら解る。
水戸市への派兵に際してあの首相は、ある程度こうした事態になる可能性を危惧していたのだ。

そして不幸にも、その危惧は完璧に当たってしまった。

@# _、_@
(  ノ`)(なんせ、この子らはまだ“マシな方”だからねぇ)

水戸市において“武装集団”に制圧・され捕虜となっていた艦娘や自衛隊員の救出は、その時点で展開中だった兵力や艦隊数と照らし合わせる限り概ね完了している。市民が自主避難を怠っていたからこそ大半は──特に“自称平和団体”を刺激しないため──市外で県警による避難完了まで待機せざるを得ず、結果として損害は最小限に留められていた。

だが、他の部隊によって救出された艦娘達の中で、戦線への復帰が可能だった艦娘は一人も居ない。ほぼ全員が重度のPTSDに類似した症状と極めて深刻なパラノイアを発症しており、特に救出ができはしたが“間に合わなかった”艦娘数名は狂乱状態に陥って近くの自衛官や救出部隊に艤装を向けようとしたと言う。

挙母の言う通り、少なくとも無差別攻撃に至るほど錯乱してはおらず交戦意志も維持できているだけ、状態としては遥かにマシだ。

ただ、大いにアテが外れたのは間違いない。

【自己自衛権】の施行から日数が浅かったことやせいぜい4〜5個艦隊分とはいえ艦娘も含まれていた筈の展開兵力があっさりと市内から敗走・駆逐されていたことを加味して、渡辺と挙母も艦娘たちを十全に活用可能とは端から計算していない。
しかしせめて半数程度は、名取たちのような“支援”に参加してくれるとソロバンを弾いてはいた。

@# _、_@
(  ノ`)(この子らにしろ、言動を見る限り“意気軒昂”とはいかない。どっかで歪みが深刻化して他の部隊みたく「友軍相撃」なんて事になりゃ笑えもしない。何かしら、代替案を考え─────)

………彼方より挙母の耳に届いた、雷鳴のような、或いはボクサーがサンドバッグを軽快に叩いている有様を思わせる連続した音。着実に近づき、大きくなっていくソレに、思わず挙母の思考が止まった。

从' '从《Unknown is approaching from 11 o'clock. Everyone be on the lookout.……あっ先ぱぁい、駅前公園通り方面からの敵増援部隊、殲滅完了してましたぁ〜》

@# _、_@
(  ノ`)「あぁ、聞こえてるよ」

本来完遂と同時に真っ先に報告されるべき事柄が後付されたが、しかし挙母の方もそちらには反応しない。渡辺にとって、そして彼女を知る挙母にとって、後者は「私はさっき呼吸しました」と同価値のくだらない報告だ。それよりも接近してきている“正体不明機”の方が、遥かに優先順位が高い。

从' '从《あれは………【チヌーク】ですねぇ、でも機体に自衛隊の刻印がないですぅ〜。あと、下に何かぶら下げてますねぇ〜》

@# _、_@
(# ノ`)「艦娘各位、射撃待て!射撃待て!いいかい、こっちから命令があるまで艤装を空に向けるんじゃないよ!!」

《ヒンッ、了解しました!!!!》

接近を続ける「ローター音」をも掻き消す勢いで無線に向かってがなりたてれば、松風が子鹿の悲鳴みたいな声と共に応じてきた。

危なかった、案の定対空機銃が火を吹く寸前まで行っていたらしい。どうやら“間接的な殺人”のみならず、姿形さえ視認しなければ“直接的な殺人”についても許容してしまえる程度には「タガ」は外れつつあるようだ。
169 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/16(木) 23:32:33.33 ID:YzHzCrxO0
从' '从《チヌーク、尚も接近中〜。数は2機、“敵対武装勢力”による攻撃を受けてまーす。あ、今のRPG避けるんだ。いい腕してる〜》

@# _、_@
(  ノ`)「…………っ!!」

渡辺による“実況中継”が無線から垂れ流される中、挙母は消防署の外へと飛び出す。

「ッァアアアアアアアア………────」

途端、悲鳴と共に向かいのマンションの屋上から人影が落ちてきてコンクリートに叩きつけられたが、どうせ渡辺が撃ち抜いたスナイパーだろうから無視する。ちょうど交差点の真上辺りに一機、渡辺が報告してきた【チヌーク】の片割れであろう一機が激しく風圧を下方に掛けながらホバリングしていた。

型はチヌークで間違いないが、たしかに正式採用機であることを示す“陸上自衛隊”の刻印はない。そもそも機体自体、闇夜に溶け込もうとしているかのごとく黒く塗装されていて何とも不気味な印象だ。
また、両側面にぶら下がる大口径のガトリングガンと思わしき武装も軍用とはいえ“輸送ヘリ”についているものとしては些か物々し過ぎる。

@# _、_@
(  ノ`)(さっき渡辺は11時方向から飛来したと言っていた、なら百里基地からじゃない。

方角的には宇都宮か。しかし中即連の主力連中は大洗の方に出張ってるはずだし、オリオン通りや宇都宮駅が襲撃を受けてたって話だから残余兵力を回すような余裕もないはずだけどね───っと?)

挙母が素早く思考を巡らせていく中、漆黒の【チヌーク】はワイヤーロープでぶら下げていた“所持品”を切り離し、交差点のど真ん中へと投下する。

「「「ウギャアアアアアアアッ!!!?」」」

そのままガトリングを起動させて両マンション屋上の“武装勢力”に数秒間にわたり無慈悲な弾幕を浴びせかけると、その機体は他の方角から飛んできた新たなRPG弾や対空射撃を悠々と掻い潜り来た道を戻っていった。

「味方………だったのかな」

@# _、_@
(  ノ`)「まぁ、連中に対して攻撃してたってことは一先ず“敵じゃない”んだろうさ。それよりも奴さんは何を落としていったのやら───」
170 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/17(金) 00:03:17.55 ID:a58gY65O0
交差点に鎮座する“落とし物”を目にした瞬間、挙母の言葉が途中で止まる。

近現代における「同種」と比較して、ソレは明らかに小さかった。具体的な例で言えば所謂【キューマル】や【エイブラムス】の半分程度の全長しかなく、全高も挙母が少し踏ん張って爪先立ちをすれば並べてしまえるのではないかという程度。
応じて“砲塔”もかなりこじんまりとしており、あからさまに威力は期待できない。少なくとも深海棲艦と相対すれば、駆逐イ級通常種の甲殻さえ抜けず一方的に吹き飛ばされるだろう。

だが、間違いなくソレは“一種”だった。やや車輪の大きな履帯、52口径の回転する上部砲塔、全体的に丸みを帯びた輪郭の中で、前面の角ばった突起部から顔を覗かせる車載機銃。

交差点に佇むソレは、紛れもなく【戦車】であった。

そして、挙母は知っている。その戦車が、第二次世界大戦に運用されていたイギリスの戦車であると。

Mk.Z軽戦車【テトラーク】が、その軽さと小ささを活かして“D-DAY”に関連した幾つかの軍事作戦で使用された「空挺戦車」であると。

そして────戦車道、分けても【タンカスロン】において重用され、あの“大鍋”では聖グロリアーナ学園も用いていたと。

@# _、_@
(  ノ`)「………………ハッ」

思わず、自分らしからぬ歪んだ笑みが浮かぶのを感じつつ、挙母は無線のスイッチを入れる。

@# _、_@
(  ノ`)「渡辺、“もう一両”はどの辺りに投下された?」

从' '从《泉町大通り方面、ホテル・ザ・ウエストヒルズ・水戸前ですねぇ。【Faker】チームが付近に展開してます〜》

@# _、_@
(  ノ`)「そうかい」

この“贈り物”を寄越してきた奴は、間違いなく南慈英とは別人だ。その正体は解らないが、意図については概ね挙母にも予想がついた。

そして、仮に予想が正しければ、笑わずにはいられない。

@# _、_@
(  ノ`)「国籍は問わない、英語は全員できるだろうからね。とにかく、戦車道の経験者を三人集めるように言っときな。こっちは二人でいい、車長はアタシがやれる」












@# _、_@
(# ノ°)「せっかくのプレゼントだ、しっかり使わせてもらおうじゃないか。日本生まれの“乙女”として、ねぇ」

どこのどいつだか知らないが………まさか首相・南慈英に匹敵する悪辣さを持った“逸材”が、この世にいるとは思わなかった。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/03/17(金) 00:09:43.35 ID:19i8P8uD0
統一教会スパイクタンパクISISは、正当に選挙されたスパイクタンパク会における代表者を通じて行動し、ウクライナとウクライナの子孫のために、諸スパイクタンパクISISとの協和による成果と、わがスパイクタンパク全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権がスパイクタンパクISISに存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそもスパイクタンパク政は、スパイクタンパクISISの厳粛な信託によるものであつて、その権威はスパイクタンパクISISに由来し、その権力はスパイクタンパクISISの代表者がこれを行使し、その福利はスパイクタンパクISISがこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。ウクライナは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
統一教会スパイクタンパクISISは、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸スパイクタンパクISISの公正と信義に信頼して、ウクライナの安全と生存を保持しようと決意した。ウクライナは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐるスパイクタンパク際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。ウクライナは、全世界のスパイクタンパクISISが、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
ウクライナは、いづれのスパイクタンパク家も、自スパイクタンパクのことのみに専念して他スパイクタンパクを無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自スパイクタンパクの主権を維持し、他スパイクタンパクと対等関係に立たうとする各スパイクタンパクの責務であると信ずる。
統一教会スパイクタンパクISISは、スパイクタンパク家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
172 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/17(金) 23:07:42.84 ID:Y8GDEX0B0
.















川 ゚ -゚)「申し訳ないが顔面深き者どもと同一視はNG」

「えっ?」

川 ゚ -゚)「いえ失敬、此方の話です………状況の報告を」

思わず漏らしたツッコミに、隣りにいたケイ=イガワ(推定英検3級)が目敏く反応し此方に視線をギョッと向けてきた。まぁ“次元が違う話”をするのも面倒なので、話題反らしも兼ねて眼前でカタカタと忙しなくノートパソコンを鳴らす小さな背中の肩を叩く。

爪゚ー゚)「はっ」

合流した際にジーナ=クローネと名乗ったその女は、律儀にピンッと背筋を伸ばしパソコンの画面が私達に見えるように椅子を滑らせる。
マジメなのは結構だけど、何がとは言わないが“造り”が似ているため並ぶと割とややこしくなりそうだ。髪型と眼の感じを変えて出直せ。

爪゚ー゚)「水戸市に投下した【テトラーク】2両、何れも“現地部隊”との接触に成功しました。部隊員の乗り込みが確認されているため、戦闘に使用されると思われます」

川 ゚ -゚)「続けて都内と宇都宮、前橋の戦闘発生地域へのアプローチ準備を。【テトラーク】、【ローカスト】、【ケト】、既に搬入が終わっている車両の積み込みを急がせるよう“飛行場”に連絡を入れておきなさい」

爪゚ー゚)「承知しました」 

ほれ見ろややこしい。セリフがなければ即死だった。
173 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/17(金) 23:51:49.41 ID:Y8GDEX0B0
「…………なんか、随分地味なOpening Ceremonyね」

指示を出している私の横で、ケイ=コムロ(推定英検3級)が不満げに口を尖らせる。おっなんだ喧嘩販売か?買うぞコラ。無駄乳もぎ取るぞコラ。

「“戦争へようこそ”なんて言うもんだから、いきなり戦車並べてオオアライにでも突撃するつもりだと思ってたわ」

川 ゚ -゚)「HAHAHA」

出来るわけねーだろ頭Hollywoodが………と、勿論面と向かって言いはしない。何せこちとら“れでぃ”だからね、れ・で・ぃ。

ただ、考えてみれば今ここに集うは各学園艦【戦車道】の、数ある中でも取り分け壮絶極まりない“武道”の長を務める戦乙女達だ。
元の血の気の多さに加えて、現在は“西住みほの救出”という大目的を一刻も早く果たしたいとかなり気が急いている。

私の手綱を離れて各個に暴走でもされる前に、釘は刺しておいたほうがいいだろう。

川 ゚ -゚)「先に1つ、申し上げておきましょう。私自身は、“最終目標”に【西住みほさんの救出】を据えてはいません」

「どういうことよ!!!」

真っ先に反応したのは、【地吹雪】という大層な二つ名と容姿・体躯が釣り合っていないプラウダ高校の隊長だった。彼女は机に拳を叩きつけ、ほとんど飛び上がるような勢いで起立しながら叫ぶ。

「私達は貴女がミホーシャを助けるために手を貸してくれると聞いたから貴女の招集に応じ協力を決めたのよ!!それを今更ミホーシャを助ける気はない?!

ふざけないで、返答によってはただじゃ置かないわよソラーシャ!!」

「……………!!!」

激昂具合については、K−鈴木(推定英検3級)も負けてはいない。サンダースのセッ○スシンボルなんて世の雄共の下卑た欲望丸出しな渾名がついたグラマラスな肉体を怒りで更に怒張させ、日頃の朗らかな表情からは到底想像もつかないようなドスの効いた目付きで此方を睨みつけてきている。
私の胸ぐらを掴んだ手はブルブルと震え、今にも殴りかかる一歩手前だと激しく自己主張中だ。

一瞬「服が伸びちゃうだろうが!」とか言ってみようかとも思ったけど、フザケていい空気でもないのでやめといた。
まぁ別に殴られても痛くはないんだけど、根は真面目だから私。

川 ゚ -゚)「言葉通りの意味です」

「ぇへ!?」

とはいえ掴まれたままでは喋りにくいので、ケ………ネタも尽きたので今後は普通に呼ぼう、サンダース大附属・ケイの拘束からちゃちゃっと逃れて少しだけ後ろに押し飛ばしておく。
向こうは全力で拘束していた筈なのにこっちがあっさりと逃れたもんだから酷く面食らっていたようだけど……まぁここは年季が違うからね、仕方ないね。強くなれ若者よ。

川 ゚ -゚)「“最終目標”は、私にとってはあくまで【日本国の守護】です。【西住みほさんの救出】は、その過程で発生する行程の一つに過ぎません。“クライアント”からの依頼には最大限応えられるよう尽力は致しますが、これも前者の最終目標を阻害しない範囲でというのが前提条件になります」
174 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/18(土) 23:24:56.65 ID:jZoFZcVi0
若いってのは素晴らしい。友情に対する一途さも、使命に対する無鉄砲さも、彼女達が持つ若さ故の特権だ。

しかしそれが無軌道に発散された時、多くの場合結末は悲劇的なものとなる。ならばそれが無為にならないよう導くのは、「年長者」として最低限の役割だろう。

まぁ私を「そう」と呼んで良いのかは、些か議論の余地がありそうだけど。

川 ゚ -゚)「私は艦娘専門店に属する商売人であり、“クライアント”からの無茶振りに応える中間管理職です。
が、同時に超広義的には公務員かつ軍人でもあります。

我々の行動によって国家或いは人類全体に発生するリスクや不利益が許容範囲を超える場合、当然その行動は認められません」

分別もろくにつかず社会の経験もない少女を舌先三寸で丸め込み、「戦争」へと駆り立てる。同年代と比較した彼女達の早熟さなど言い訳にもなりはしない、唾棄すべき外道の所業だ。

だが、自らを外道と自覚するからこそ、暗い地の底を這いずりのた打ち回りながら進むことへの覚悟を終えているからこそ。

私は、“最後の一線”を曲げるつもりは絶対にない。

川 ゚ -゚)「貴女方は、ここに集めたときも申し上げました通りこと戦争に対してはあくまで“ズブの素人”に過ぎない。そこに飛び込む覚悟を貴女方は終え、また“クライアント”もそうなることを望んではいる、それは確かです。

ですが今現在事態に対処している自衛隊や米軍、国連特別“海軍”からすればホントはいい迷惑なんですよ、はっきり言っちゃうと」

鉄製武器すら禄に存在しない古代の頃より、数だけは立派な烏合の衆を徹底的に鍛え上げられた精鋭が寡兵で蹂躙粉砕する話は枚挙に暇がない。近現代における武器の高性能化で「武装」のハードルが大幅に下がったことは確かだが、このあたりの問題は文明がどれだけ進歩しようとも不変だ。

川 ゚ -゚)「ですので、“そうしなければならない状況”が発生するまでは、我々は【武力介入】は致しません。あくまでも物資面や政略面での間接的な支援に徹します。

改めてご認識いただきたい。身勝手な思い上がりや浅はかな焦燥で行動しようとすれば、寧ろ西住みほさんの生命に害をなす事になると」

……まぁ、「物資面や政略面での間接的な支援」も一介の女子高生かき集めただけの集団が非常に実用的な形できちゃってるの普通にオカシイんだけどサ。
元々粉かけてた聖グロの【テトラーク】はともかくサンダースの【ローカスト】と知波単の【ケト】も相互連携で集結済みとか聞いた時は感心通り越してドン引きしたよね。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/03/20(月) 20:40:51.83 ID:C7e3RZ7HO
更新おつです
ガルパン勢はまだ安全圏にいるようで良かった
176 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/22(水) 23:01:28.64 ID:40wUtYBm0
滔々と語りつつ、私は室内への警戒を緩めていなかった。彼女らの耳に“正論”を届きやすくするため敢えてそうしている面もあるとはいえ、必要以上に強い言葉を使っていることは事実。
理性でその内容を受け止めきる前に、先のケイやコサック被れのチビッ子……プラウダ学園隊長・カチューシャのように感情が炸裂してしまうことは十分に考えられた。

だが、結局は杞憂に終わる。室内の空気は相変わらず張り詰め、かつ険悪なものだったが、そこから更なる“激発”に至った者はいない。

「んん〜……………もう!!」

「…………Shit」

これはケイ、そしてカチューシャについても同様だ。二人共胸中に波々と私に対する不満や敵意が溢れかえっている様子だが、尚も詰め寄ってくるようなことはなかった。

まぁ、“最も憤怒するべき人物”が二人、どっちも沈黙を保ってるからね。そりゃあ他の連中も毒気を抜かれるというか、それを超えてのブチギレは気が引けるだろう。へいへいJKビビってるぅ!

川 ゚ -゚)「“お姉様”も、この方針にご同意いただけているという認識でよろしいでしょうか?」

「…………ええ。全面的に」

敢えて、その内の一人に会話を振る。部屋の中央に鎮座した長机に座る彼女───黒森峰学園隊長・西住まほは、静かな声で応えた。

「我々は“本物の戦争”なんて知らない。所詮は紛い物の戦乙女、闇雲に戦場に出れば自衛隊や米軍の足を引っ張るのは目に見えている。

みほを本当に助けるなら………結局のところ、変に出しゃばって“本職”の人達を邪魔するべきではない。

貴女の言う通りだ」

川 ゚ -゚)(………こっちの言い分を理解はしているが納得はしてない、ってところかね)

口にする言葉は冷静そのもの。だけど含まれる響きの中に、自分自身に言い聞かせているようなモノがある。瞑目し、頭を垂れ、手を前で組み、唇を薄く噛みしめるその姿は、明らかに体内で荒れ狂う衝動と戦っているからだろう。
人の話は目を見て聞けってママに習わなかった????

川 ゚ -゚)(あのコミュ障ママだとマジで教えてない可能性も微レ存だけどさ)

ただ、肉親が安否すら不明の状態に晒され、それを救う為に自ら出張ってきたのに結局手をこまねきざるを得ないというのが西住まほの置かれた現状だ。
その中で理性を失わず、感情的な行動を控えようと勤められるだけでも、到底“華のJK”とは思えない尋常ならざる精神力といえる。

単に本人が優秀というだけでなく、組織全体の沈静化・統率維持にも一役買ってくれる非常に有用な【戦力】。真っ先にコンタクトを取り誘ったのは正解だった。
え?クズの思考だって?やーん、くーにゃんそんなこと言われても今更過ぎて鼻で笑っちゃーう☆
177 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/22(水) 23:05:02.34 ID:40wUtYBm0
………で、問題は沈黙を保っている“もう一人”の方だ。

「…………………」

川 ゚ -゚)(なーに考えてらっしゃるのやらね、【リボンの武者】さんは)

楯無高校2年生・鶴姫しずか。名門老舗酒造の一人娘で、元弓道部だが【大洗の軍神】西住みほが見せた快進撃に感化されて強襲戦車競技(タンカスロン)への参戦を決意。同級生の松風鈴、遠藤はるかと共にアマチュアタンカスロンチーム【ムカデさん】を結成し業界に殴り込み。
各学園艦合同タンカスロン大会【大鍋(カロンドロン)】やその後に行われた大洗女子学園とのエキシビションマッチにおける活躍を経て、間もなく(日本が存続していれば)発足される戦車道プロリーグの第1期ドラフト生候補とも目される新進気鋭のニューホープ。

そんな彼女は今、虚空を見つめながら「進撃の巨人………」とか呟いた挙げ句それを目撃したクソメガネに死ぬほど煽られて人類最強と幼馴染兼親友からフォローの皮を被った無慈悲な追撃を食らいそうな雰囲気を纏って壁にもたれかかっている。
椅子に座れや空いてんだから。

無論、同行者である松風鈴、遠藤はるか共々【戦力】として十分な計算が立つ実力を持っているから誘った面もある。だが彼女についてはそれ以上に、手元で戦力化しておかなければ計画に対して“不安要素”となってしまう可能性が極めて高かった事が大きい。

直情的で、行動力に富み、その癖ただの猪武者ではなく知略も兼ね揃えた生粋の武人。理性を維持した上で、「狂気的な判断」を「理性的に実行」してしまえる、既に軍事に携わる人間として理想的な思考の片鱗を身に着けたジョーカーにもババにもなり得る存在。
そんな人物を、それも西住みほに対して狂信的と言っても過言ではない敬愛を示している者を野放しにしていたらどんな行動を取るか全く予想がつかない。私の中では西住まほやダージリンより確保優先順位が高かったぐらいだ。

だから公安と文科省と山梨県警それぞれの“伝手”からほぼ同時に「楯無高校から鶴姫しずか一行が逃走した」と聞いた時は正直マジで頭抱えました。全力捜索で捕捉した後チヌークで向かう時、仮に同行断られたら泣き叫びながら地面転げ回って眼前で駄々こねてやる予定だった。

武力制圧?あんなんハッタリに決まってるやろがい実際にやったら他の連中の反発ハンパねえよ。
おケイにやったような軽い“いなし”ならともかく超過激派の武道嗜んでる女完全に抑えるとしたらガチモンの軍隊格闘でボコることになるやろがい。手加減にも限界あるっての。

ズタボロの静御前抱えて来場とか完全に賊のそれやろが。残りの連中ドン引きからの総反発でこの集まり空中分解してるわ。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/03/23(木) 16:07:54.16 ID:KbYqjmkB0
更新おつです
前線はどこも崩壊寸前な一方で、後方では動けずストレス溜めている人々がいる
179 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/23(木) 23:10:43.55 ID:Loa0vns40
まぁ、今は“確保”が終わってる以上一先ずこれも済んだ事だ。何を考えているのであれ、“大人しく”している間は構う必要もない。胸中で逃走や独自行動を企てているにしろ、熟慮する分だけ此方も対策を立てる時間は出来る。

彼女を含めた何人かには“積もる話”が幾らかあるため、最後まで大人しくしててもらった方がいいことは確かなのだが。

「ハァ………オーケーオーケー。落ち着くわよ、マホが我慢してるのに私だけがカッカしても意味ないし」

そうこうする内に、ケイが降参でもするように両手を掲げてため息と共に小さく肩を竦める。計画通りだぜグヘヘ。

「ミホを助ける為なら何だってするって言ったのは私達だもの、JSDFへのsupportだって立派に“なんでも”よね。ミトに対してそれが行われるなら、オオアライへのsupply lineを考えたときに理に適ってもいるもの。

……ただ、ねぇ」

やはり、西住まほ同様納得はしていない。そんな感情を露骨に顔と態度で表しつつ、ケイは背後のホワイトボードに貼られた茨城県全域の地図を親指で指す。んだルー大柴の女体化やんのかオラ。あんまナマ言ってっとそのデカ乳萎ませるぞオラ。

「理に適っては居るけど、必要だったの?ミトにはJSDFも、【カンムス】も展開していたんでしょ?クソッタレのTerrorist共に奇襲を受けてかなり大きく混乱はしてるでしょうけど、練度と火力差を考えたら直ぐに殲滅できるんじゃない?

ほら、例のナントカって言うNew Lawsでさ、カンムスだって自分の仕事の邪魔をするヤツはぶっ飛ばせるようになったんだし」

川 ゚ -゚)「………ふむ」

確かに、彼女の指摘は相棒であるガムクチャネキのファイアフライを用いた狙撃並みに的を射ている。

長年に渡る「下準備」によって全国に出現した“武装勢力”は火力も兵力も一介のテロリスト集団としては法外なものを持っているが、それでも限界はある。取り分け激しい攻撃が行われた水戸市や都内でさえ、陸を闊歩する軍艦に対抗できるほどの火器を保有している部隊は皆無だろう。
仮に艦娘や自衛隊が“十全に”機能するなら、せいぜい30分で返り討ちだ。

しかしながら、これはあくまで“戦術的”な観点での見方。“政治的”な要素を追加した場合、話は一気にややこしくなる。

川 ゚ -゚)(まぁでも、世間一般も“その程度の認識”だろうね)

逆説的に言えば首相・南慈英の、そして自分の危惧は間違っていなかったと再確認できたので良しとしよう。そんなことを思いながら意図を説明すべく口を開いたが、

「─────荒れ狂う風に吹かれた木々が、即座に曲がるわけじゃないよ、ケイ」

その手間は、思わぬ形で省かれることになった。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/03/24(金) 08:54:36.72 ID:BKhHbYrY0
おつです
小刻みに投下してもらえると読むほうも助かります
181 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/24(金) 23:43:13.60 ID:ZiJGgkK50
ポロンと一つ溢れた寂しげな音と共に、静かな声で放たれる台詞。部屋の中の誰もが、鶴姫しずかでさえ一斉にそちらへ視線を向ける。

単に発言があったからと言うだけではない。その人物が、あまりにも予想外だったからだ。

そんな私達からの注目を誂うように、彼女は───継続高校隊長・ミカは、手元のカンテレをもう一つ鳴らす。

ネット上じゃ“スナフキン”なんて呼ばれる要因となった帽子を目深に被っているため、表情の全てを窺い知ることは出来ない。ただその口元には、どこか意味深な微笑みが浮かんでいた。

「乱暴で不機嫌な風の八つ当たりが、大木を折ることはあるかもしれない。でも、ちょっとばかり強い風が新芽に向かって吹いたからといって、伸びていく幹は簡単には曲がらない。

それに風は気紛れだ、ずっと同じ方向に吹き続けることなんてない………そうだろう?」

鶴姫しずかやケツ穴晒した露出狂カバを側面に引っ付けたV突に乗り込んでる連中とはまた別ベクトルの、5年後の黒歴史化が確定な厨二全開の言い回し。
でも内容は、しっかりと“本質”を捉え、完璧に理解している。

川 ゚ -゚)(食えないねぇ)

難解で持って回った言い方を公私問わず貫く上に華々しい戦績が然程多くはないため、世間の彼女に対する評価は決して高くない。ただこの様子を見る限り、日頃の口癖を借りるならそんなものは彼女にとって“意味があるとは思えない”ものだったのだろう。

まさに、能ある鷹は爪を隠すというやつか。或いはこの聞いてるだけで首筋かきむしりたくなるような言葉遣いもその一環………じゃねえな。間違いなくここに関してはコイツの“素”だな。
将来自分の過去にせいぜい苦しめられるがいい………!れでぃを自称して色々小っ恥ずかしい言動かましながらその実一人ではトイレにも行けやしない某暁型駆逐艦の如く………!!

「ちょっと継続の!ちゃんと日本語で話しなさいよアンタ!!」

尤も、理解が追いついていない側からすれば遠回しどころか単純に意味不明なだけ。カチューシャが渾身の力で机を叩きながら怒りの声を張り上げる。いや気持ちは解るけど日本語ではあったべ。

幾らかボルテージが高すぎる気もするが、考えてみれば継続とプラウダはそれぞれの“元ネタ”に負けず劣らず因縁が多い。加えて西住みほの救出作戦が遅々として進んでいないように見える点が、彼女の苛立ちを増幅しているのだろう。

「いいこと、今すぐそのワケの解らない言葉遣いをやめてカチューシャたちに言いたかったことを述べなさい!さもなきゃアンタなんかシb」

「例の法案………【艦娘自己自衛権】はまだ施行してから日が浅く、【艦娘三原則】によって抑圧されることが当たり前の価値観だった艦娘たちにしてみれば即座に適応できるわけではない。

従ってテロリスト共が“人間”である以上、水戸市内の艦娘戦力は機能不全となっている可能性が極めて高い、こういうことざますね?」

幸いにして同志ちっこいのによる無慈悲な「シベリア送り」は、この集団の中で私を除くと“最も【政治】に精通する二人”の内片方が割って入ったことで回避された。
182 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/25(土) 23:49:13.90 ID:cV+x1Pjf0
B.C.自由学園の戦車道チーム隊長、アスパラガス。今まさに扉を開けて室内に入ってきた彼女は、そのままズカズカと大股に私のところまで歩み寄る。

「確認を」

短い一言とともに投げ渡された紙の束。目を通せばそれは、彼女に先程依頼した“仕事”に関する資料。現時点でこの場に集っていない他学園艦との相互連携構築、及びそれに伴った更なる【戦闘車両】の抽出・運搬経路確保の途中経過報告だ。

いや、違う。この表現は正しくない。

川;゚ -゚)「………………………!」

、、、、、、、、
既に終わっている。アスパラガス、そして共にこの“仕事”に取り掛かっていたダージリンと遠藤はるかは、各学園艦との連絡並びに交渉を終え、車両移送の開始にこぎ着けている。幾らか突貫工事で強引に間に合わせた痕跡はあるが、そこを差し引いてもほぼ完璧と言っていい。

依頼してから、ものの二時間と経っていないにも関わらず。

川;゚ -゚)「マジかよ」

「フフッ」

思わず本気で唖然として呟くと、アスパラガスに付き添う形で部屋に入ってきていたもう一人の“【政治】に精通している人物”───聖グロリアーナ女学院隊長・ダージリンは此方に視線を向けて小さく不敵に笑う。
まるで、この程度自分達にとって造作もないとでも言うように。

ケッ、おもしろくねー女どもだぜぃ。

「【艦娘三原則】は、誤解を恐れずに言えば“簡単”だったざます。人間を最優先で守れ、人間に逆らうな、人間を傷つけるな、守るべきルールはそれだけだった。人間は味方であり主人、敵は深海棲艦、そんな勧善懲悪的な二元論の線引さえしていればよかった」

資料の手渡しを終えたアスパラガスは、歩調そのままにホワイトボードのところまで移動すると振り返り部屋を見渡す。
口調と併せ、その様子はさながら厳格な教授が生徒たちに専攻学問についてレクチャーしているかのようだ。

「しかし、【艦娘自己自衛権】はそのルールを根底から書き換えた。“人類之全善全味方全主”という状態から、眼の前の人類を“自分で敵と味方に分類”しなければならなくなった。

せめて半年前から施行されていたならまだ救いもあっただろうが、最悪なことにこれが通ってまだ一ヶ月すら経っていないざます」

「………私達人間だって、住んでいる国の法律を何の資料も持たずソラで言えるような奴なんてきっと世界中見ても数えるほどしかいない。それでも殆どの人間が法を犯さず生きていけるのは、“教育”されてるからだ」

アスパラガス教諭による「授業」の途中で、或いはミカがポエムを口にした時点で、その可能性に思い至った一人なのだろう。やや青ざめた表情で間髪入れずセリフを継いだのは、アンツィオ高校隊長・アンチョビ。

どうでもいいけどコイツの名前本名呼びにすべきかソウルネームで行くか迷うな。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/03/28(火) 10:16:44.64 ID:rYlZy4db0
更新おつです
女子高生がどいつもこいつも只者ではないの笑う
184 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/03/30(木) 23:09:37.28 ID:CTNa42MB0
「艦娘の人達が、どんな“生まれ方”をしてるのか詳しくは知らない。ただ、最初から皆あの姿というのは聞いたことがある。

その後すぐに訓練が始まって、海上自衛隊が持つ鎮守府や泊地に派遣されていくんだとしたら……いきなり倫理観、道徳観が絡んだ“自己解釈”を必要とする対応を求められても、素直にはできないだろうな」

生まれ育った環境のせい。主に年若い凶悪犯を擁護する時に、人権家を自称する頭花畑のクソッタレ連中はこう嘯く。反吐が出るような言い分だが、こと理論に関して“のみ”言えば別に間違ったことではない。

人間は教科書とノートと鉛筆だけではなく、“経験”によって学習する。親や兄弟や周囲の大人が言葉で、行動で示した様々な事柄を、子は蓄積し価値観・倫理観を形成して本人も大人になっていく。
故に幼少期の育成環境が歪んでいれば、自然倫理観・価値観もそれらに伴う行動も一般人と比較して“平均”からはかけ離れるだろう。

では、艦娘は?最初から言動・身体が成熟しているように見えるが故に、そうした「教育」の過程が省略され、いきなり最前線へと送られる少女たちは?

芽の時に嵐に晒されるどころか、生を受けたその瞬間から“若木”であったモノの根回りを、無遠慮に掘り返したら?

「アンチョビが危惧している通り、“社会経験”がない艦娘達は【三原則】に隷属と共にある種の“依存”をしてきた。

故に、【自己自衛権】があると言っても浸透期間が十分に設けられていない中で今回の襲撃が起きている以上、彼女達が“武装勢力”に対して効果的な反撃が行えていない可能性が高い…………と、普通に言えばよかったざます」

言いながらアスパラガスはギロリとミカを睨むが、本人はどこ吹く風といった表情で再度カンテレを一つ鳴らした。

「そして、水戸市が実際に敵性勢力の制圧下に置かれている現状は、これが“極めて高い可能性”で留まっていないことを証明している。

【生ける軍艦】がほんの一隻でもまともに機能していたなら、せいぜい対戦車携行砲程度が最大火力のテロリスト共では手も足も出なかった筈ざます」

「自衛隊も、多分似たような状況よね。世界的に見て、この国の軍事組織ほど“縛り”の多いところはないもの。

例え“最前線”がほんの10キロ圏内に発生して尚マトモな避難すら始めない底抜けの楽観主義者でも、例え歯が浮くような理想論に騙されて外患を誘致した致命的な愚者でも、彼らは“国民”に銃を向けることは許されない。まだ多くの“国民”が残っていた市街戦、さぞや戦いにくかったことでしょうね」

ミカとは別ベクトルで持って回った言い方を好むダージリンにしては珍しい、割と直球の罵倒。間接的に西住みほ救出の難度を上昇させた水戸陥落や全国区での同時多発テロを招いたのは彼女が言う通り一部の“国民”によるところも大きい。
実の姉や【リボンの武者】と同程度に【大洗の軍神】に対して“お熱”な彼女としては、忸怩たる思いがあるのだろう。
185 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/30(木) 23:10:59.94 ID:CTNa42MB0
大東亜戦争、第二次世界大戦の終結後、この島国は丸々70年に渡って「平和」を謳歌し続けた。

それは勿論喜ばしい。戦争・紛争と無縁の国なんざ、特に中東やアフリカ辺りから見れば天国に等しい。
況してや今は【深海棲艦】なんて物量実質無限大の人間絶対滅ぼす族が世界中で集団遊泳の真っ最中。にも関わらず艦娘が現れる前の時点で全方位を海に囲まれながら“本土決戦”が起きなかったのは、神も仏も信じちゃいない私でさえ無神論に一欠片の疑問を抱いてしまうほどに奇跡的だ。

川 ゚ -゚)(………本当に、何の作為も働いていない“完全な偶然なら”の話だけどネー)

だが平和だったが故に、大規模な争いと無縁だったが為に、この国の人間の大半はそれを当たり前のことと慣れすぎた。
戦争や紛争は人類という生物種にとって本来慢性疾患に近い。しかしこの国は奇跡的に──少なくとも「国内」の一般人にとっては──ほぼ無縁無関係でいられたからこそ、致命的に免疫を失っている。

領海にミサイルをぶち込み国民を攫うような相手にさえ“話し合い”を求める偽善者、精強な軍事組織や世界が羨む超兵器を持ちながらそれを自ら放棄したがる理想家、果てには人類廃滅を目論む化け物集団が自分達を射程圏内に捉えて尚避難しない連中でさえ極一部ながら存在する………これらは何れも長年続いた平和の“副作用”だ。

過ぎたるは及ばざるが如しとは確かに言うが、まさか平和にさえそれが適用されるとはね。

相当マシなルートを通った【この日本】でさえこんな有様なんだから、“私が知る方”の日本は今頃どんな悲惨な国になってることやら。仮に滅びずに済んだとして、【平和維持法】の上位互換みてえな悪法出来てそうだな。

「ここまでが、水戸市に我々が“レンドリース”を行う1つ目の意味ざます。

ただこの行為にはもう1つ、【政治的】に意味が…………」

唐突に言葉を切り、アスパラガスはちらりと此方に視線を向ける。

その口元が小さく笑みを浮かべたことを、私は見逃さなかった。

「意味が、恐らくはあるざますが………流石に、そこまでは私もはっきりとは解らない。何せ若輩の身、“大人の謀略”の全貌を見通せるほどの見識は残念ながらないざます。

というわけで、“もう1つの意味”についてご教授願えるざますか?Madame Sunao.」

川 ゚ -゚)「……………」

よくもここまで平然と嘘をつけるものだ。とっくの昔に、“2つ目の意味”も気づいているくせに。隣のダージリンも、更にはミカまで「どうぞ」と目で促してきやがるし。

西住みほの件で焦りが見え、私に対する“求心”が十分ではない急造組織。ここらでしっかり華を持たせ、私の実力をお披露目しいきり立つ連中の鎮静を図ろうって魂胆だ。

川 ゚ -゚)「………。ええ、“ありがとうございます、アスパラガスさん”」

「“どういたしまして、Madame”」

まぁいいでしょう。子供に気を遣われて意固地になるのは園児の駄々と変わりゃしない。ここはせっかくの“好意”を有り難く受け取るのが、【大人の淑女】ってやつよ。

ただ、改めて言うぜ?

つくづく「おもしろくねー女ども」だよ、全く。

川 ゚ -゚)「彼女が今言ってくれた通り、この“レンドリース”には2つの意味があります。

1つは水戸市の奪還に動いている部隊に対する直接的な戦力増強。そして2つ目は────」
186 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/30(木) 23:13:20.25 ID:CTNa42MB0
.












────同刻、横須賀総司令府・地下司令室


彡(゚)(゚)「────ワイら“日本政府へのアプローチ”、やろなぁ」

(;☆...●)「………は?」

日本内閣総理大臣・南慈英(みなみ・よしひで)のふとした呟き。それを耳にして、傍らに立つ海上自衛隊艦娘艦隊“元帥”、王嶋清人(おうじま・きよひと)が困惑の眼差しを彼に向ける。

現在司令室内部は、一時的に鎮静化した【大洗町戦線】から全国各地でテロ攻撃を行っている【謎の()武装勢力】へ最優先対処事項を切り替え、鎮圧に奔走している真っ最中だ。

南は重大な事案を前にしてふざけたり……はたまにするが、余計なことに対して気を散らすような政治家ではない。故に今の呟きが“本事案”に関係するものであることは王嶋も重々承知している。

ただ単純に、何故そんな表現が突然出てきたのかについて理解が及ばなかっただけの話で。

(☆...●)「………一応確認するぞ、“日本政府へのアプローチ”ってのは、一部の【暴動発生地域】で確認された所属不明のチヌークによる旧式装甲戦闘車投下の件で間違いないか?」

彡(゚)(゚)「他にないやろ。どこのどいつか知らんが正確の悪いやっちゃで」

努めて平静に保たれた口調。だが王嶋は、長年の付き合いから言葉の端々に苛立ち……というよりは、一種の悔しさのような感情が見え隠れしていることに気づいた。

彡(゚)(゚)「先ず前提条件の確認や。

今回の【全国同時多発テロ事案】に際し、【艦娘自己自衛権】施行から未だ日が浅く現場の混乱発生はほぼ確実。加えてテログループが“何故か、偶然にも”反艦娘・反自衛隊組織によるデモや集会の中に潜伏する形で出現した為、自衛隊や各都道府県警も国民に対する“誤射”の懸念から初動での鎮圧に失敗。

避難未完了区域が集中的に狙われた為近接航空支援による排除・殲滅も困難な上自衛隊自体並行して国内外の深海棲艦にも対応している為兵力が著しく不足。
これらの状況打開を目論見、極秘に設立したワイの私兵部隊であるBP───【Black Peace】を一部交戦地域に投入開始。ここまではええな?」

(☆...●)「…………………あぁ、問題ない」

特殊部隊名が厨二病全開過ぎて死ぬほどダセェなと思ったが、王嶋は言及を避けておくことにした。

人間誰しも、欠点の一つや二つ持っている。……まぁ南に関しては一つ二つどころではないが、強み・長所・政治手腕で十二分に釣りが来る。
ここにネーミングセンスのなさ程度が加わったところで、誤差の範囲だ。

彡(゚)(゚)「因みに命名者は部隊長の渡辺や」

(☆...●)「お、おう」

目敏く此方の感情を悟った南から即座に訂正が入るが、ならば前言撤回。確かに彼女は卓越した戦闘技能と指揮能力を持っているが、破綻した人格と性癖で既に相殺されている。

そこからネーミングセンスまで差し引いてしまうと、残念ながら足が出ると言わざるを得ない。
187 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/30(木) 23:17:19.86 ID:CTNa42MB0
彡(゚)(゚)「で、【BP】もその特性上そこまで巨大な兵力は持てへんし、機甲戦力なんざ言うまでもない。

投入地域が首都圏及び関東地方の要所に集中したのも、それが部隊規模的な限界やったから、言うんが大きい。そして奴さんらの投入によって大洗町に至る兵站線の完全寸断までは避けられたとしても、そこから武装勢力の鎮圧は前述した規模とこっちの火力不足から難しいだろう………と見立ててた所に、チヌークの飛来と“機甲戦力”の投入。これで一気に、流れが変わった」

(☆...●)「いや、そこまでは俺だって解るぜ?だけどよヨシ、それが政府へのアプローチってのはどういう意味だ?既に“海軍”は存在を公にしてるんだ、今更俺たちにアプローチなんてする必要は………」

彡(゚)(゚)「これ多分“海軍”の支援ちゃうで」

(☆...●)「は?」

続けて王嶋が問い質す前に、自衛官が一人険しい顔で駆け寄ってくる。彼が「在日米軍を経由し送った“謝意”に対して、“海軍”大本営が何の事か分からず困惑している」旨を伝えると、王嶋の目が驚愕で見開かれた。

南の方は、ソレを聞いても軽く皮肉めいた笑みを浮かべただけだったが。

彡(゚)(゚)「そもそも、対応人員の不足は“海軍”側も大概や。フィリピン海戦線はズタボロで東南アジアの沿岸防衛線大幅に縮小して【特派府】の艦隊まで動員した総力戦態勢、欧州やアフリカも余裕はないし南北アメリカも大西洋で手一杯。国内や台湾は中国の目がある以上そう大々的に“日米主導の軍事組織”の拠点を置くわけにはいかん。

事実上の“兼任”であるココ(横須賀)と那覇の米軍基地に併設してる鎮守府を除けば、この近隣界隈ではあの筋肉ニキんところが“海軍”戦力の最大手や」

(☆...●)「………そして、その小練のところも主力はフィリピンと大洗に出払ってる最中、か」

彡(゚)(゚)「まぁあの鎮守府なら大半の艦娘は1区域に一人投入しただけで10分と経たずに制圧するやろけどな」

だが、南は続ける。それは本当に最後の手段や、と。

彡(゚)(゚)「戦闘区域で救出された艦娘が、反撃によって敵性勢力を駆逐する分には幾らでも体裁を保てるし言い訳も効く、【艦娘自己自衛権】と人間でいうところの正当防衛をあわせ技にしてゴリ押せば小煩い野党も反艦娘団体も“世論”で強引に黙らせられる。

せやけど“外”から動員された艦娘がテロリストとはいえ“生身の人間”を木っ端微塵にしてまうのは、【自己自衛権】施行から日が浅い今は正直見栄えが悪い」

大衆とは底抜けに無垢で呆れ返るほどに純真だ。ほんの一欠片でも「悪」が混じれば、ワインに一滴の泥水が含まれていたがごとく全てを糾弾し否定する。
それも、本質として悪か善かではなく、彼らの大半は「自分達にとってどう見えるか」が判断基準だ。

彡(゚)(゚)「“当事者”ではない艦娘が、制限を緩和された“直後”に、“平然”と人間に対して武力を振るう。大衆はそこにどんな正当性があろうと絶対公平には見んで。

艦娘を人間と扱われると困るようなカスどもに口実与える片棒を、あの子らに担がせるのは可能な限り避けな、アカン」
188 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/30(木) 23:29:50.95 ID:CTNa42MB0
そこまで真剣な表情で述べた後、一転して南は口元を歪める。

先程“海軍”からの返答を自衛官が持ってきた時に浮かべた、感心と自嘲的な怒りが綯い交ぜになったような複雑な笑みだった。

彡(゚)(゚)「そんで、や。そんな状況を踏まえた上で、キヨ。今首都圏並びに関東の一部地域で、所属不明のチヌークが投下してる戦車の車種は?」

(;☆...●)「………MK.VII 軽戦車【テトラーク】、M22 軽戦車【ローカスト】、二式軽戦車【ケト】、何れも所謂“空挺戦車”の一種だ。

まぁそりゃ大分古いラインナップだとは思ったがよ」

彡(゚)(゚)「ロシアでKV-2が現役復帰するような有様じゃあ、“空輸可能な装甲兵器”って付加価値でワンチャン採用は確かにあり得ると考えてまうわな。

しかも“海軍”はその組織特性上戦車なんぞ仕入れるぐらいなら艦娘の練度向上させて直接空挺投下した方が余程効率がええし、逆に各国も最前線で対深海棲艦戦闘に使えるような最新鋭の機甲戦力なんざ出し渋る。やから苦肉の策で旧式戦闘車をかき集めてワイらにレンドリース………まぁそんくらいの“誤認”はしゃーない」

(☆...●)「そこまで読まれてると流石にキショイな」

彡(゚)(゚)「じゃかあしいお前の思考が読み易いだけじゃボケ。……せやけど、んなまどろっこしい真似するぐらいなら最初から“海軍”の陸戦隊でも在日米軍辺り隠れ蓑にして投入した方がよっぽど効率的やろ。丁度目と鼻の先の大洗戦線で稼働中の部隊が幾つもおる。小康状態の内に引き抜いて投入する方がナンボか現実味はある。

無論いつ攻勢が再開されてもおかしくないからこそそれが出来んわけやが、今度は尚の事旧式戦車をわざわざかき集めることに更に労力使う意味が薄い。運搬するための機体そのまま陸戦隊や艦娘運ぶのに使った方が何億倍も効率的や。一応は大本営副司令であるワイに隠れてそんなことせなあかん理由も見当つかん」

(☆...●)「……言われてみりゃあ確かにな。だが、なら今“レンドリース”を飛ばしてきてる連中はいよいよ何者なんだ?“海軍”じゃねえとして、わざわざお前が言うようなしちめんどくさい接触方法を用いたがる組織なんて俺には」

彡(゚)(゚)「あるやろ。テトラークにケトにローカスト、“第2次世界大戦中に活躍した空挺戦車”がかき集めるまでもなく手元にある施設が。

自腹で用意までは無理でも、提供さえあればチヌーク程度の機体束で運用可能な土地や設備を持つ機関が。

大洗町に……より厳密に言えば現在深海棲艦の制圧下に置かれた大洗女子学園に取り残されている、“一人の女子生徒”を助けるために全て擲つことも厭わない集団が。

これら全ての条件を、一本に集約した極めて稀有な【武道】が」

(;☆...●)「……おい待て!!まさかお前──────」

彡(゚)(゚)「せや」













「各学園艦の、戦車道チームや」
189 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/31(金) 00:07:47.53 ID:ORXpMvyH0
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川 ゚ -゚)「南慈英の政治センスはまるで容姿と反比例したかのように卓越したものがあります。彼は自らが施行した【艦娘自己自衛権】法案の欠点も、そこから発生が予想される現場の混乱も武装勢力が襲撃を開始した時点で真っ先に考慮に入れているでしょう。

お借りした“機甲戦力”の投入地点も、そうした彼の聡明さから彼が抱えているであろう【私兵部隊】の稼働・投入箇所を推測した上でのものです」

「Private armyって……そんな映画みたいな話あり得るの?日本ってケンポーとか相当厳しいじゃない」

川 ゚ -゚)「厳しいからこそ、間違いなく彼なら設立しています。【平和維持法】とかいう世界レベルのパラダイムシフトに置いていかれた脳内フラワーガーデンピーポー共しか崇めてないような化石憲法によって自衛隊の即応性には限界があり、艦娘では【人災】に対する対処力が自衛隊以上に低下する。

【自己自衛権】法案云々の前に、艦娘戦力それ自体を目の上の瘤としている軍事独裁国家が直ぐ側に2つもあるのです。ならば“備え”は必ずしている」

「まぁ………本当にそんなものを作るとしたら限界はあるよな。戦車や戦闘機を大っぴらに集めるわけにもいかないし、艦娘なんて入れるわけにもいかない。それに日本人も下手な集め方したらSNSとかで情報が漏れかねないし………外国人の傭兵部隊が主力、とかか?

多分、砂尾さんの言い分で考えるなら規模もまだ小さいはずだ」

川 ゚ -゚)「おお鋭いですねチョビ子さん」

「チョビ子言うな!!つーかなんでその呼び名知ってるんだ!!?」

川 ゚ -゚)「独自のルートがありまして。とにかくご明察。

まぁぶっちゃけマトモな近代戦闘ならあんなもんレンドリースされたところでゴミの押しつけに他なりませんが、幸い“機甲戦力の運用ができない”という点はテログループ側もほぼ同じです。骨董品の旧式砲でも対人戦かつ市街戦なら十分な脅威となり得るでしょうし、姿形はWW2仕様でもその実装甲は競技用とはいえ“砲撃”を食らっても中の人間には傷一つつかないように精製された現代技術の粋とでも言うべき特殊カーボン。

粗悪なRPG弾ごときで貫徹できるような代物ではありません。現場の人員にとっては普通に嬉しい素敵な“贈り物”となった筈です」





彡(゚)(゚)「同時に、これはワイに対する“メッセージ”にもなり得る。

1つ目、ワイが私兵部隊を運用していることはお見通し。

2つ目、戦車道関係者は自分達の方でしっかり統率を取っているぞ」

(;☆...●)「【BP】の存在は超極秘案件の筈だろ!?それが外部に漏れてるって相当まずいんじゃねえか!?」

彡(゚)(゚)「そこに関しては問題ない。さっき支援の出処が“海軍”ではないとは言ったが、多分全く“海軍”が関与してないワケちゃう。じゃなきゃチヌークを確保した挙げ句バリバリ飛ばすなんて真似できんし、ここまで完璧に【BP】の投入地点を予想して戦車降ろすのも材料皆無では無理な話や。

恐らく、“海軍”内で筋肉ニキんところとは別ベクトルで“独立性”が強いところが大本営通さず勝手に動いた結果やろ。動いた場所と、“動かした連中”も概ね察しはついてる」






川 ゚ -゚)「察してもらえたなら、かえって我々にとって………というか、これは私個人にとってありがたい。同時に、向こうにとっても悪い話ばかりではない。

私達“艦娘専門店”という集団は、日本政府とかなり密接に関係した“ある組織”の一部であります故、そことの繋がりが分かれば味方であることは理解できる。

その“味方”が、大洗女子学園での孤立が懸念される西住みほに対して強い感情を抱く戦車道女子を束ねている、それも装甲戦力の極めてスムーズな投下から見て、相当強固に統率されている。

既に文科省などからあなた方が次々と行方をくらましていることは報告を受けているだろう中で、所在がある程度把握できかつ統率者が居ることも間違いないのであれば、あなた方の“暴走”に対する不安は一先ず払拭されます」

「何か、こう、随分な言い草だな………」

「えーと、すっごい強い風が吹いてて心配してたタンポポが思いの外ガッチリ根を張ってて安心したって感じでいいの?」

川 ゚ -゚)「まぁ割りと言い得て妙ですけどなんか言動が継続の隊長に毒されてません??」

「流石です同志カチューシャ」

川 ゚ -゚)「お前第一声がそれでいいの?????」
190 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/31(金) 00:56:09.69 ID:ORXpMvyH0
(☆...●)「まぁ実際、戦車道チームの連中を“海軍”関係者が束ねてくれてるならある程度は安心ではあるな。特に聖グロリアーナの子とか、最近タンカスロンで注目されてるリボン娘なんかは西住フリークぶりがとんでもねえって風の噂で聞いてる。

少なくともこの辺りが暴走して戦場に乱入なんて、イカれた事態は避けられたわけだ」

彡(゚)(゚)「ところがどっこい、この連中の最終目的はまさにその“戦場への乱入”や」

(;☆...●)そ「はぁ!!!?」

彡(゚)(゚)「もうちょい厳密に言えば、“乱入”やのうてより組織的で理性的な“武力介入”やな。

……知性がある分、却って厄介やが」





川 ゚ -゚)「“レンドリース”によって、我々はメッセージを日本政府に送るとともに“実績”を作ることが出来ました。

自衛隊並びに日本政府が立たされていた窮地を緩和させる、好転させる実のある支援を行えたという“実績”を。

無論本来は直接お伺いを立てて行うことが正道ですが、向こうも非合法組織を用いてテロに対処している以上そこを大っぴらに求めることは出来ない。その上で支援が“役に立ってしまった”のだから、余計なことをと突っぱねられもしない」

「…………砂尾殿、友軍への助太刀の話をしているのよな?まるで国境に兵を並べて敵国を威圧している様を聞いているような気分になるのだが」

川 ゚ -゚)「政治なんてそんなもんですよ。アレと外交は机上卓上の戦争ですから。

貸しは武器だし借りは弱みです、“強い武器で相手の弱点を殴りつけろ”はあらゆる勝負事において鉄則でしょう?

誠実さだの正直さだのはスポーツでしか通用しない。“戦争”は常に手段を選ばないものが勝ちます。

改めて申し上げておきましょう。これは戦争です、戦車道ではありません」




彡(゚)(゚)「ワイらはイニシアチブを握られたわけや。連中はワイらの“窮状”と“痛い懐”の両方を把握しており、うち前者に対して明確に“支援”が行われた。以後、向こうが接触してきた時に“台頭の味方”として応じざるを得んし、“味方としてあり続けてもらう”ためには武力や権力で強制的に押さえつけることも出来ん」

(;☆...●)「待て待て、流石に戦車道かじっただけの娘ッ子の集まりと日本政府や自衛隊が“台頭”ってのは行きすぎじゃねえか!?そこまで深刻に捉えるようなことじゃないだろ、助かったよありがとうの一言で十分だ!!」

彡(゚)(゚)「そうは問屋が降ろさん。

さっきも言ったやろ、あの子らをそういう風に“動かしてる”連中がおるって。恐らく、その黒幕共は“戦車道乙女が戦場に乱入すること”を願っとる。そうさせる狙いについては朧げなところまでしか詰められてへんが、仮にワイが突っぱねたとあれば“戦後”に間違いなく鬱陶しい動きを見せてくる。

あの子ら自体だけやのうてその裏の連中の暴走を止めるには、結局あの子ら自身の実績がワイらにとって“効いている”ことをアピールせなアカン」






川 ゚ -゚)「勿論、私自身は南慈英内閣の退陣や失脚は日本にとって害にしかならないと思っているため、そこに至るような動きは歓迎いたしません。

しかし一方で、私個人がどう思おうが“クライアント”の権力は私のそれなど比べ物にならないほど大きい。結局圧力に屈し、彼にとって喜ばしくない結末を招くことは大いに有り得ます。

この回りくどい実績作りは、南慈英に対するメッセージと私自身の“クライアント”に対する言い訳を両立したものでした。

我々が広義的に味方ではあること、その後ろにより大きな権力が存在すること、その権力があなた方戦乙女を最終的にこの戦場へ投入しようとしていること、意向を無視しすぎればいつ“敵”になりざるを得ないかわからないこと、南慈英は全て読み取るでしょう。

読み取った上で、彼は直接的であれ間接的であれ何らかの形でアプローチを取り、こちらと“落とし所”について交渉してくるはずです」

「…………ソラ、貴女なんというか………スゴイ自信ね」

川 ゚ -゚)「だって同じ立場なら私もそうしますし」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/03/31(金) 01:09:00.89 ID:Fa733FMC0
#은우의_모든날이_찬란한_봄이길 #nadiedicenada #ใต้เงาตะวันep2 #WANGZIHAO #viral #SiguemeYTeSigo #SiguemeYTeSigoCumplo
192 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/31(金) 01:17:46.54 ID:ORXpMvyH0
川 ゚ -゚)「しつこいほど繰り返しますが、私は“クライアント”がどう思おうがド素人の小娘連中によるKAMIKAZEなんて絶対に起きない方が良いと思ってます。それが起こらないまま事態の鎮静、西住みほ以下大洗女子学園生存者の救出が成るならそれが一番良い」

彡(゚)(゚)「……やけど、各学園艦隊長陣の迅速な統率、兵站線の完璧な確保、絶妙としか言いようがない“贈り物”のタイミング。この集団が少なくとも現時点までは“有用”な存在であることは、正直認めざるを得ない」

川 ゚ -゚)「ならば変に抑え込んで敵対した挙げ句“戦後”の面倒事を抱え込むよりは、ちゃんと存在を認めて共同戦線を作り上げた上でこれ以上は派手な出番がないように御していく方が向こうにとっては有意義です。“手柄”を最低限立てている以上、一応落とし所も実のところ既に作れなくはない。

そして未曾有の“有事”である以上、その望むと望まないに関わらず我々が本当に必要となってしまうケースも、十分に考えられる」

彡(゚)(゚)「無論そんな事態に陥らせるつもりは毛頭ないが、それならそれで“向こうの自己判断”で動かさせるんやのうて“ワイらがそういう依頼を出したら”って形で指揮下に加えておいた方が確実に御しやすい。

結局、“支援”を成功させてしまった時点でワイらは【学園艦連合軍】との交渉を余儀なくされてるっちゅーわけや」

川 ゚ -゚)「あのクソほど性格の悪い深海魚ヅラの傑物に対し、私達はしっかりと“ウラ”をかくことができたのです。西住みほ救出への第一歩を踏み出し、事態の前進にも貢献できた。

ならば今、我々は胸を張ってこう言うべきです」

彡(゚)(゚)「どこのどいつか知らんが、支援の皮被ってやりたい放題。ホンマ性格の悪いやっちゃで。大の大人を完璧に手玉にとれて、この謀巡らした陰険全一のクソッタレは済まし顔でこう思ってるやろな」












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193 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/03/31(金) 01:20:44.15 ID:ORXpMvyH0
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川 ゚ -゚)
「しめしめ、してやったりだ」
彡(゚)(゚)

















川 ゚ー゚)「……ってね」
彡#(-)(-)-3「………とな」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/03/31(金) 12:41:08.06 ID:vUx6rFWp0
更新おつです
やきう首相と素直クールさん、以心伝心じゃないですか!
195 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/04(火) 23:12:25.30 ID:dCW85izw0
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概ねのところを話し終え、改めて室内を見回す。戦車道乙女たちの反応は、大きく分けて二つに分類されていた。

一方は、言う慣ればこの計画への参加がどういう意味を持つか“理解”していた面々。ダージリンにアスパラガス、西住まほ、ミカ、そして言うまでもなく鶴姫しずか。或いはノンナもその中に加わるか?
彼女達は私が話し終えても取り立てて大きな反応は見せず、ただ黙しているのみ。ダージリンやアスパラガスなどは、眼つきからして既に「次の動き」について思考を巡らし始めているような節すらある。 

お前ら絶対人生一度周回済みだろ。

「…………」

「…………ぅんっ」

もう一方は、“戦争”に参加するとはどういうことかを、未だ十分に理解しきれていなかった面々。

カチューシャは今にも泣き出すのではないかと危惧するような表情で息を呑み──プラウダの【ブリザード】がまぁ睨む睨む──、安西千代美は顔面蒼白のまま顔をしかめて沈黙する。
アレほど威勢の良かったケイは、西住まほの向かい側の席に腰を下ろし、昭和の傑作ボクシング漫画の主人公よろしく彼女らしからぬしおらしさでガックリと項垂れる。丁度部屋に戻ってきたばかりの遠藤はるかと松風鈴も、入り口辺りで凍りついたように立ち尽くしたまま動かない。

「本当に…………“とんでもないこと”に手を出しちゃったんだな、私達は」
 
絞り出すようなアンチョビの言葉。日頃の快活聡明な彼女からは想像もつかないほど、その口調は暗く重い。

ぷぇwwwww今更怖気づいてんスかwwwww?厨二病全開のソウルネームで公式大会に出るより全然怖くないから大丈夫大丈夫wwwww力抜けよwwwwwぷぇwwwww………なんて思ったりは(少ししか)しませんとも。
何故なら、寧ろこれが“年頃の少女”としては当たり前の反応なのだから。

国内で発生している武装テロの制圧に、この地に生を受けた国民の一人として協力した。こう書けば聞こえはいいし、実際間違ってもいない。
加えて“協力”の内容は非常に実利的かつ効果的なものであり、状況の打開に本当に貢献してもいる。広義的に見れば、彼女達の、私達の行いは“正しいこと”と言えるだろう。

だが、その“正しいこと”を実行に移した結果、この集団は自分達が生まれ育った国と、日本国の政府と事実上“敵対”した。戦術的・戦略的には互いの左手を握りつつ、政治的には此方はより多くより深く“正しいこと”を実行しようと、向こうはそれをさせまいと刃を交え鎬を削り合っている。

今はたまたまうまく行っているが、トーシロがこれ以上前線でウロチョロすれば悪い方向でも不測の事態が起きかねない為それを避けたい、と、そんな考えも当然あるのだろう。

だがそれ以上に。あの首相や、自衛隊に所属する人々は、ここに集う戦車道乙女たちを“護りたい”のだ。
196 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/04(火) 23:17:16.34 ID:dCW85izw0
戦争に子供を巻き込んだ先に待つ“悲劇的な結末”など、プロメテウスが人間に火を与えたその瞬間から掃いて捨てるほど歴史に刻まれてきた。今現在も進行形で、アフリカの奥地じゃここの連中より更に幼い【恵まれない子供達】が競技用ではないマジモンの砲弾と誰でも手軽に扱えるカラシニコフ小銃を携えてジャングルの奥地を駆け回っている。

ただ、じゃあ“有り触れている”ならそれが起きてもいいとはならないでしょ?んなもんは「交通事故で人が死ぬのなんて有り触れてるんだから悲しむ必要はない」と同レベルの暴論だ。
況してやこの国は、奇跡的にそうした事象とほぼ完全に無縁なまま70余年を過ごしてきた。その“恵まれた”状態がいつまで保つかは解らない状況になりつつあるとしても、終わりを少しでも長く伸ばし続けたい。
可能ならば終わりが来なくなるような時が来るまで耐え抜きたいってのは、どんな形であれ“国を護る”仕事についた人間なら大なり小なり共通して抱く思いだろうよ。

川 ゚ -゚)(……で、そんな大人たちの真剣で切実な思いを、容赦なく踏みにじっていることになるわけだ。この“組織”はサ)

自分達を命懸けで護ろうと戦う大人たちが銃口を構えるその前に自ら躍り出、安全で平穏な道へと誘導すべく広げられた腕を掻い潜り暗く淀んだ茨道へと飛び込んでいく。
友の窮状を救うことに力を尽くし、その過程で祖国を脅かすテロリストの鎮圧に協力するという“正しい”行動は、“正しい”にも関わらず彼女らの身を本気で案じている“大人たち”にとっては明確な背徳であり裏切りとなってしまう。

彼女達の行動を後押しし協力する大人たちもいるが、“協力者”は皆彼女達が“正しい”事を成した先に薄汚い未来予想図を描き、それを具現化するために彼女達を利用しているに過ぎない。……ああそうさ、エラソーに語ってる私も、目指す到達点は違えどそうしたゲスの一人だよ。

自分達に協力してくれる“大人たち”が【敵】で、自分達を止めようとして水面下で鍔迫り合いを仕掛けてくる側の“大人たち”こそ【味方】。そして、【味方】であり安全と無事を心配してくれている“大人たち”を騙し出し抜かなければ、自分達の信念は貫けない。

大学選抜との試合の時など比べ物にならないこの複雑な状況に、ただ武道齧ってるだけのJKが平然と適応できる方がおかしいんだわ(実際に適応できてる連中が半分ぐらいいるんだから尚の事オカシイ)。
197 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/04(火) 23:50:11.39 ID:dCW85izw0
その上で、更に言うならば。

仮に彼女らが【味方】の制止に応じ、これ以上の介入は踏みとどまったとしても。
もう、既に事態は“取り返し”が到底つかないところまで来てしまっている。

「今頃尻込みしたとしても、時は戻らないざます。この“レンドリース”によって、我らは明確に【戦闘】そのものに間接的に加担している」

沈黙が降りる室内で、アスパラガスがその現実を冷徹に容赦なく突きつけた。

「対テロ戦闘、つまり“対人戦”に我々は所有する戦車を送り込んだ。この戦車から放たれた砲弾は、ほぼ確実に人を殺すざます。最早我らは綺麗身ではない、この手は直接銃火器を撃つ前に血に濡れたざます。

深海棲艦の青いモノではなく、人が流す赤い血潮に。はっきりと、“西住みほを助けるため”という我々自身の意志と信念、目的に基づいて!!

ケイ、アンチョビ、カチューシャ、貴女方も内心ではその可能性をしっかりと理解していると思っていたざますが?」

戦車道に使われる戦車は、あくまでも競技用。これは砲弾も同じであり、カーボン製装甲が並外れた硬度を持つ一方で砲弾の貫徹力は従来のそれよりも遥かに抑えられている。故にこそ、直撃して車両から火が吹こうとも中の人間は滅多なことでは重篤な怪我を負わずに済む。

だが、タンパク質と筋繊維と脂質とカルシウムの塊にぶつけてもそれを破壊しないほどまでに「安全」な設計ではない。コンクリート程度ならぶち抜けるだけの威力はあるし、生身の人間がその射線上にいればバラバラに引き裂いていく。

アスパラガスの言う通り、彼女達はそんな【兵器】を対人戦闘の場に、自分たちの意志で投下した。無論実行者は私とジーナら技研や“海軍”の方から極秘裏に派遣されてきた面々だが、戦車の提供は聖グロリアーナ、知波単、サンダース大附属によって行われたものだ。
また先に述べた通り、輸送経路の構築や各校からの戦車調達にはアスパラガスら戦車道チーム隊長陣・上層部も大きく“貢献”している。

仮にこれらが公となった時、彼女達が如何に無実を叫ぼうとも「世間」は信じはしないだろう。寧ろ「正義棒」片手に生贄を四六時中探している大衆は、嬉々として群がりその“悪”を追求するに違いない。

また“大人たち”の好意──或いは悪意──によって辛うじて流布が免れたとしても、彼女達自身の胸の内はどうしようもない。
今この瞬間平静を保っているダージリンや西住まほやアスパラガス達も、それをずっと維持していられるという保証は皆無だ。

相手がどれ程悪辣な存在だろうとも、どれ程日本国内で残虐な行為を働いていようとも、人間であることを掻き消すことは出来ない。その人間を、“殺す”ための片棒を担いだという事実は、きっと彼女達の心に傷として残ってしまう。ふとした時に激しい痛みを、地獄の責め苦をもたらす、深い深い傷として。

故に、私は今この瞬間打ちひしがれる面々を責めもしないし、軽蔑もしない。

“大人たち”の謀略に散々に振り回され、親兄弟や護ってくれる人々を裏切り、果てに“殺人”の一端を担ってしまったという事実を“子供”の身で受け止めるのは難しいと解っているから。

何より、彼女達がそうするように仕向けたのは、他ならぬ私なのだから。
198 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/05(水) 00:01:17.85 ID:aklmHQob0
そして。



「…………………OK.よく、解ったわ。ようやく、解ったわ」


彼女達は、確かに酷く打ちのめされていた。















「それで、私達は次にどんなクソヤローになればいいのかしら?ソラ」

だが、まだ“折れて”はいなかった。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/05(水) 11:00:41.48 ID:ZjGYndB20
更新おつです
学生から望んでやる学徒動員とかくるってますねw
そういや、提督も民間からの動員でしたね
200 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/05(水) 23:08:51.79 ID:hz8Qtao20
ケイが顔を上げ、此方を真っ直ぐに見る。向けられた瞳のその奥では、極めて強い決意の光が輝いている。

彼女だけではない。カチューシャも、アンチョビも、松風鈴も、遠藤はるかも。ほんの数秒前までルナティックモードもいいところの現実に打ちのめされていた筈の面々は、ケイが口にした一言を皮切りに全員が尽く戦意を取り戻していた。

無論、何もかも吹っ切れたというワケじゃない。カチューシャの目尻にはまだ涙が溜まっていて僅かに鼻を啜っているし、遠藤はるかは献血に全てを捧げたが如き顔色だ。アンチョビの唇は今にも血が滲みかねないほど噛み締められ、松風鈴の肩は室内空調がバチコリ効いているにも関わらず小刻みに震えている。
ケイにしたって、セリフの威勢の良さと反比例して顔色の悪さはエンドーといい勝負。声も掠れて酷くか細かった。

それでも、彼女達は“前”を向いていた。辛い現実を、自分達では本来到底手に負えない“大人の領域”を正面から受け止め、大いに傷つきながら尚も諦めてはいなかった。

西住みほを助けるという、彼女達が信じる“正義”の完遂を。

元々“理解していた”組に関しては言うまでもない。ミカは意味深に顔を伏せながら静かにカンテレを掻き鳴らし、ダージリンはいつの間にやら取り出したティーカップを傾けつつ微笑み、アスパラガスはようやく問題が一つ解決できたとでも言いたげに肩を竦める。
西住まほ、そして鶴姫しずかは、表情どころか全身から炎の如く強烈な闘気を漲らせて此方を見ていた。

「もう一度聞くわ、ソラ。私達が、ミホを助けるために次にやることは?」

川 ゚ -゚)「っ」

………ああ、認めるとも。再度ケイが此方に指示を促してきた時、不覚にもほんの僅かながら目頭が熱を帯びたことを。苦しみながらも現実を受け入れた上で、尚も戦うことを辞めず進み続ける彼女達の美しさに魅入られたことを。

“クライアント”からの要望や、その先に控える私自身の野望とは関係なく、ここに集う戦車道乙女たちの力になりたいと心の底から思ったことを。

我ながら笑えてしまう。彼女達に過酷な未来を背負わせたのは、悪逆無道の謀略に引きずり込んだのは、どこの誰だと。どのツラ下げて、力になりたいなどとほざけるのかと。

嗚呼、それでも。彼女達が“その道”を進むと覚悟を決めたのなら。

川 ゚ -゚)「…………………。ええ、そうですね」

先に述べた通り、外道と自覚した上で私にも外道なりの矜持がある。どんな事があっても、“最後の一線”を曲げはしない。


だが、仮に“その時”が来るならば。

それに備え、彼女達が自身の信じる“正義”を貫くために最大限の準備を整えておくこともまた。





川 ゚ -゚)「先ず、大洗町の現状に関する情報収集を最優先に行いましょう。その上で、ダージリンさんとまほさんには黒森峰と聖グロリアーナOGの人脈を介して関東沿岸部における自衛隊の展開状況を探っていただき──────」


“顧客”である彼女達に対する、【艦娘専門店】店員としての最低限守らなければならない矜持だろう。
201 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/05(水) 23:24:42.02 ID:hz8Qtao20
.











同時に、一つ正直な話をさせてもらうなら。





アレ程の惨状となった学園艦に取り残されている状況下で尚多くの戦車道乙女たちに「生きている」と確信させ、



如何なる所業を持ってしてもその身を「助けよう」と年端も行かぬ少女たちを狂奔させ、



間接的にではありながら、離れた別の戦場にすら変化をもたらしてしまうたった一人の存在に、








川;゚ -゚)「…………………」

「砂尾殿?如何なされた?」

川;゚ -゚)「………いえ。次に、バイキング水産高校とケバブハイスクールについてですが情報はこちらに赤星さんが─────」


西住みほという人物が持つ、常軌を逸したカリスマ性に。



微かな恐怖を、抱かずには居られなかった。
202 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/05(水) 23:27:19.33 ID:hz8Qtao20
.




今でも覚えている。ハッチの隙間から流れ込んでくる水で、車内が徐々に満たされていく恐怖を。

今でも覚えている。どれ程大声で助けを求めても、周囲で轟轟と唸る川の音に掻き消されてその声が誰にも届かぬ絶望を。



『小梅さん、皆さん、大丈夫ですか!!?』


今でも覚えている。



『脱出しましょう、掴まってください!!』


ひたひたと迫りくる死の気配を振り払う、凛とした声を。

あの“戦場”で唯一、私達を助けるために差し出された掌を。

私と同い年でありながら、自らの危険も省みず仲間を救いに来た、気高く勇敢な少女の姿を。

あの人は、私なんかより遥かに多くのものを持っていた。将来を嘱望され、戦車道の名家から期待され、ゆくゆくは世界にさえ羽撃く力があった。なのにあの人は、それら全てを擲って、私なんかの命を救ってくれた。



ならば。

当然次は、私の番だ。
203 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/05(水) 23:57:19.74 ID:hz8Qtao20
(みほさん…………)

私達を“戦争”に誘い、みほさんをさえ“駒”と見做す、あまりにも薄汚い反吐が出るような謀略。私の家を訪ねてきた“仕掛け人”の遣い人は、巧みな美辞麗句で父と母を丸め込んだ。

父は言う。友人を助けるという大義と、“家名”の向上という実利を一時に得られるのなら、これほどに素晴らしい話はない、と。

母は言う。西住家次女救出の戦を赤星家が主導したとなれば、戦車道流派において島田家や西住家に優越した名門へ飛躍できる、と。

眼の前でぶら下がっている“栄達”という餌で瞳が曇った二人に、優しい両親の面影はない。いっそ清々しくなるほどに、二人が“遣い人”に騙されているのは明白だった。

だが、私は特に抵抗することなくその話を受けた。

(みほさん、みほさん、みほさんみほさんみほさん、みほさん……………っ!!!)

元より、私の命はみほさんから“頂いた”もの。あの日喪われる運命のはずだったところを彼女に救われ、たまたま今日まで生き延びただけに過ぎない。

そして今、恩人であるみほさんが命の危機にあるという。


だから、返す。彼女から受けた恩を。彼女に借りた命を。

その為なら、どんなことだってする。例え友達や仲間を裏切ることになっても、例え国を害する策略の道具になろうとも、例え足元に幾つもの屍が転がろうとも。


例えその果てに、私自身の“滅び”が待っていようとも。



(私に出来ることは、なんだってします。どんな事をしてでも、貴女に恩を返したい。あの時与えてくれた希望を、今度は貴女に与えたい。

…………だから、だから!!)





どうか、無事でいてください。

みほさん。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/06(木) 09:54:46.08 ID:UF1EWFMz0
更新おつです
原作モブキャラがガンギマリになってるの嫌な予感しかしませんねw
205 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/06(木) 23:23:31.58 ID:FGGsdfJq0
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「フォックス=カーペンター国務長官、ご到着されました!」

爪'ー`)「あぁ、敬礼は必要ない。すまないがアルタイムの下へ通してくれるかな」

(`・ι・´)「奇遇だな、丁度私も君が到着するだろうと思って呼びに来たところだ」

爪'ー`)「おや、総提督閣下御自らホテル・フロントマンの真似事かね?いよいよ“海軍”の人材不足は深刻なようだな」

(`・ι・´)「そろそろウォールストリートに求人広告の一つや二つ出そうと思っている。

もし君がリクルート活動で来たならこの場で即採用するが、どうだ?」

爪'ー`)「週休5日と国務長官より高いボーナスが出るなら考えよう……残りの話は歩きながらでいいかね?」

(`・ι・´)「あぁ、構わない」
206 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/04/06(木) 23:24:59.00 ID:FGGsdfJq0
爪'ー`)「で、実際迎えの人間さえ寄越せないほど忙しいのは間違いないのか?」

(`・ι・´)「私が一刻も早く話を始めたかったというのもあるが、そこを差し引いてもカツカツなのは冗談抜きだ。正真正銘世界中が戦場と化した今“海軍”単体での対処能力はとっくの昔に飽和を起こしている。

“海軍”の存在公表と国連軍への編入は英断だったな、各国正規軍や在留米軍基地との相互連携があれ以上遅れたら戦況は今頃取り返しのつかないものとなっていた」

爪'ー`)「それでも足りないがね。攻勢範囲があまりにも地球全体に散らばりすぎていて政府の方じゃ“攻撃を受けている”以上の情報が得られない所も多い。またかく言うアメリカ軍も、大西洋の深海棲艦群が我々の方へも矛先を向けたことで東海岸の戦力を総動員しての迎撃作戦に忙殺されている。

………欧州奪還計画は1から組み直しだな」

(`・ι・´)「先ずそんなものが実行できる未来があるかどうかも怪しいものだな。そもそも、明日人類が生き残っているかさえ私には怪しく感じるよ」

爪;'ー`)「それをなんとかするのが君たちの仕事だろう!流石にそれは弱音が過ぎるぞ!?」

(`・ι・´)「事ここに至っては強がる余裕もないよ。大体、君だって薄々その事を勘づいているから私の元へ直々に来たのだろう?中共と北朝鮮の“やらかし”でてんやわんやなのは君ら“政治屋”側も同じだろうに、だ」
207 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/06(木) 23:26:02.26 ID:FGGsdfJq0
爪;'ー`)「………さっきも述べた通り、深海棲艦による攻撃が行われている、以上の情報が政府にも入ってきていない地域さえある。それも一つや二つじゃない。特にアフリカ、インド洋、フィリピン海辺りは米軍も直接参戦しているにも関わらず報告が錯綜しどれが正しいか全く区別がつかない状態だ」

(`・ι・´)「それはまた、トソン大統領のご心労は察して余りあるな」

爪;'ー`)「米国政府としてはより正確な情報がほしい。“海軍”ならそのあたり我々より精度が高いモノが既に入ってきているんじゃないか?」

(`・ι・´)「幸い、その期待には答えられる。到底“気休め”にはならないことは覚悟してもらうがな。まぁ、入ってくれ」
208 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/06(木) 23:45:10.28 ID:FGGsdfJq0
爪;'ー`)「………当たり前だが、総司令室も大騒ぎだな。士官達の体調が心配だ」

(`・ι・´)「既に三人が医務室に運ばれた」

爪;'ー`)「………………」

(`・ι・´)「四人目が出る前に、私もあの喧騒の中に戻らなければならないのでな、話は手早く終わらせよう。………リレント」

(ゝ○_○)「ハッ」

(`・ι・´)「主だった戦場で、我々“海軍”が把握している情報の開示と説明を頼む」

(ゝ○_○)「畏まりました。

国務長官閣下、国連特別“海軍”戦略情報局所属のリレント=キャンベルです。階級は少佐、以後お見知り置きを」

爪;'ー`)「あぁ、今回はよろしく頼む」

(`・ι・´)「…………フォックス、彼はかなり性格に難があるが、極めて優秀な男なんだ。多少のことは大目に見てくれ」

爪;'ー`)「………うん?」

(ゝ○_○)「眼の前で上官からボロクソに言われましたがめげません。

では、順に主要な対深海棲艦の戦闘発生地域における戦況を判明している範囲で解説させていただきます。正面のスクリーンに投影いたしますので御覧ください」
209 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/06(木) 23:58:39.41 ID:FGGsdfJq0
(ゝ○_○)「先ずは西ヨーロッパ・西フランス戦線です。赤い矢印が人類側の、青い矢印が深海棲艦側の進行路を、それぞれの色のマーカーが3個師団或いは20個艦隊以上の戦力展開が現時点で確認されている地域になります。

また、赤いラインは人類側で構築されている・いた防衛線を表します。これは特に申告がなければ、他の地域も同様になります」

爪;'ー`)「…………いた、ね」

(ゝ○_○)「先に結論から申し上げますと、西ヨーロッパ防衛線は崩壊しました。フィリピン海における【学園艦棲姫】浮上から約1時間後、基地航空隊偵察機がパリ・ベルサイユ方面より推定250個艦隊による深海棲艦の総攻撃開始を確認。

15分後、敵推定戦力を350個艦隊に上方修正した上でフランス軍並びにスペイン軍、ポルトガル軍、在欧アメリカ軍は総動員体制に移行。深海棲艦阻止作戦の実行に移りました。交戦開始から更に1時間後には、同地並び近隣地域に駐屯する“海軍”鎮守府からも6個艦隊が合流しています」

爪;'ー`)「その、なんだ。私の見間違いでなければ人類側の防衛線の“後ろ”に敵の艦隊群が一つ出現しているように見えるのだが」

(ゝ○_○)「それこそが、防衛線崩壊の最大要因となります。深海棲艦は【陸棲型】を用いて“地下”を掘削しながら進行し、ペルシュ自然公園に約30個艦隊を出現させ人類軍の後背を突きました」

爪;'ー`)「ん゛な゛っ………!?」

(ゝ○_○)「恐らく“なぜ気づけなかったのか”という疑問が出ると思われますので予め回答するなら、我々の探知可能範囲の遥か圏外から奴らが掘り進んできていたからです。

これは状況と敵艦隊で確認されている【陸棲型】のスペックから逆算した推測ですが、敵艦隊はルール地方制圧と拠点化の時点でこの“地下坑道”の工事に着手していたものと思われます」

爪;'ー`)「バカな、じゃあ連中のこの一大攻勢は【学園艦棲姫】の出現に“端を発した”ものではなく、寧ろ【学園艦棲姫】の存在さえ“計画の一部”でしかないということになるぞ!そんな深謀遠慮を連中が使えるなんて………」

(`・ι・´)「フォックス、その認識は流石に古すぎるぞ」

爪;'ー`)「……………!」

(`・ι・´)「我々は既にベルリンから………より厳密に言えばリスボン沖の折から奴らに遅れを取っている。それも数の暴力による強引な圧迫・突破ではない。物量差を活かし向こうが立てた“戦略”に、明確に裏をかかれた上で、だ」

(ゝ○_○)「仮に“ベルリン”の件から既に今回の世界的攻勢への布石が始まっていたと言われても、今なら正直信じられますね。居るとしたら、向こうの“指揮官”は相当優秀でしょう」

爪;'ー`)「そんな暢気な………!」

(ゝ○_○)「悲嘆に暮れたところで現実には微塵の影響もありませんので」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/178/IMG_20230213_175446.jpg
210 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 00:08:49.70 ID:UT7WGaEa0
(ゝ○_○)「西部戦線に話を戻しますと、ペルシュ自然公園から出現した深海棲艦群は、その約70%がヒト型という極めて強力なものです。そして残る30%は全て陸棲型、ヒト型の中にも【高機動型チ級】が10%程度混じっていました。

このことから、奴らはこれらへの“デサント”によって機動力を確保し迅速な“裏取り”を実現したものと思われます。

圧倒的な火力を後方から投射され、オルレアンを中心とした西部防衛線はこの“奇襲攻撃”が始まってから40分ほどで全方面において戦闘能力を喪失しました」

爪;'ー`)「公園と目と鼻の先にあるル・マンは大丈夫なのか?フランス政府が暫定的に機能を置いていたはずだが」

(ゝ○_○)「そちらにも攻勢は行われましたが、“海軍”艦隊の一部が急遽展開地点をル・マン前方に変更し決死の迎撃を行ったおかげで辛うじて。大破四隻、轟沈一隻と引き換えでしたが。

政府機能もナントへの移転を完了し、前線司令部もそのままル・マンで新設されています」

爪;'ー`)「コマンド・ポストは何故わざわざ“新設”なんてしたんだ?」

(ゝ○_○)「オルレアンの旧前線司令部は“奇襲攻撃”が始まった5分後に通信途絶いたしまして」

爪;'ー`)「」

(ゝ○_○)「辛うじて組織的抵抗力を有しているのはアーブル方面への離脱を測っているスペイン陸軍が派遣していた機甲師団ぐらいですが、これも既に敵航空隊に補足され撤退は遅々として進まんでいません。

更に両側面から回り込む形で深海棲艦が計10個艦隊強を同方面に進出させつつあります。同地の基地航空隊がこれらを迎撃していますが、航空戦力も質量共に深海棲艦側が優越しているため経過は芳しくないですね」

(`・ι・´)「…………改めて聞きたいのだが、ル・マンをラインとした防衛線の再構築は可能か?」

(ゝ○_○)「改めて申し上げますが無理です。既に西部戦線はフランスの全土失陥を防げるか否か、に重きを置くべき段階となっています。実際戦略情報局の方では、ナントのフランス政府にバルセロナへの離脱、即ち亡命政府の樹立を進言しました。

初動で前線主要戦力の大半が挟撃され撤退すらままならなくなった今、ル・マンはトゥール、カントと連動しての陽動遅滞戦術に使うのが精一杯でしょう。押し止めることができるとしても、レンヌ─シャトー=ブリアン─ショレのラインが現実的なところかと。

そしてこの新規防衛線の構築までに、オルレアンラインに投入されていた艦娘戦力の15%、人類戦力の40%を失うと予想されます」

爪;'ー`)そ「よんじゅっ……!!!?」

(ゝ○_○)「これは最大限、我々にとっての“希望的観測”を重ねた上での数字です。前線部隊の退路の遮断具合、指揮系統の混乱、制空権の失陥、これら全てから“公平”に推定損害を算出する場合、損害比率はそれぞれこの2倍が妥当と思われます」

爪;'─`)「…………」

(;`・ι・´)「…………」
211 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 00:21:21.51 ID:UT7WGaEa0
(ゝ○_○)「続けて、北欧戦線の状況を投影させていただきます」

爪;'ー`)「いやそんなあっさりと………!」

(ゝ○_○)「西ヨーロッパの解説は終わりましたので。

此方の戦線は先程の戦況と比較して単純化はされています。要はオスロ方面並びにリレストレム方面に展開していた約300個艦隊の推定戦力を持っての総攻撃。非常に単純明快な力押しです。

しかしながら、この戦線は人類側の戦力がそもそも極めて脆弱と言わざるを得ません。深海棲艦としても、正面からの力押しで“十分”と判断したが故の戦法と思われます」

(`・ι・´)「…………確か、北欧三国で艦娘を保有しているのはスウェーデンだけだったな」

(ゝ○_○)「ええ、軽巡洋艦の【ゴトランド】のみです。それも“実装”はごくごく最近で、まだ総数は10隻にすら届いていません。

元より北欧戦線は【Black Bird】の最初期出現地点であり、3カ国何れも航空戦力の絶対数が不足しています。その為敵の近接航空支援を防ぐ手立てがなく、構築されている防衛ラインの全方面が断続的な空襲によって甚大な被害を受けています」

爪;'ー`)「“海軍”の戦力は何をしているんだ!!!」

(ゝ○_○)「この辺りの地域には残念ながら十分な“海軍”戦力が展開できていないんですよ、それまではロシアへの“配慮”が必要だったので。ヴェールヌイの保有で一応は“海軍”支援国の一つでこそあれ、例の【3カ国防共協定】締結までは合衆国とはウクライナ情勢関連で、ジャパンとは“前大戦”の因縁でそれぞれ決して仲良しこよしとは言えませんでしたから。

その【防共協定】も締結はつい最近の話で、基地敷設も艦隊派遣もようやく話し合いの席が持たれた矢先の“ベルリン”です。鎮守府一つと5個艦隊相当の配備がその前に間に合っていただけでも正直奇跡的ですよ」

爪;'ー`)「ぐぅ…………」

(;`-ι-´)-3「我々の“負債”は、どこまでも我々自身を苦しめるな」

(ゝ○_○)「残念ながら、どれほど悔いてもミルクはコップに戻ってくれません。

まぁとはいえ、そうした悪条件の中でよく粘ってはいます。何せ一部地域では、敵主攻群の横撃とそれに伴う遅滞を目的とした反転攻勢さえ行われているほどなので」

爪;'ー`)「おぉ………!」

(ゝ○_○)「因みにその攻撃部隊は袋叩きの末壊滅し、結局コングスヴィンゲル方面の主要防衛ラインは猛攻撃によって早くも綻びが出始めており全面崩壊は時間の問題です」

爪'ー`)「」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/179/IMG_20230406_212512.jpg
212 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:05:05.55 ID:PaOSTwH/0
(`・ι・´)「次は、南アフリカか」

(ゝ○_○)「ええ。お喜びください国務長官、過去の2地域と比較してかなりマシな戦況です」

爪#;'ー`)「マシだと………?“かなりマシ”だと!?この図が、この有様がか!!?」

(;`・ι・´)「フォックス、落ち着け」

(ゝ○_○)「実際マシでしょう。防衛線崩壊は一度発生してしまったもののその後再構築に成功し、被害こそ甚大ながら敵艦隊の浸透を食い止めることは明確にできているのですから。国土完全失陥が秒読みのノルウェーやフランスと比べれば何億倍もマシです」

爪;#'ー`)「この………!」

(ゝ○_○)「マジメに解説させていただきますと、喜望峰に浮上した深海棲艦艦隊群が南アフリカ共和国海軍の海上防衛ラインに接触しこれを粉砕。ジブチのアフリカ・アメリカ軍は規模が十分ではなくマダガスカル島のアメリカ軍並びに同島“海軍”鎮守府はインド洋における状況の激烈な変容からそちらへの対応に追われ何れも増援が間に合わず、敵艦隊群はそのままケープタウンに上陸しました。

同市守備についていた南アフリカ共和国陸軍は交戦開始から45分で全隊が通信途絶。1時間後に出撃した“海軍”マダガスカル鎮守府艦隊並びにジブチのアメリカ陸軍部隊による奪還作戦が発動されたものの、敵空母艦隊から発艦した航空隊の波状攻撃により市内突入が困難となり同作戦を中断。

北部郊外に深海棲艦を封じ込めるための第一次防衛線を展開したものの【陸棲型】を中核とした敵浸透艦隊に電撃的な強襲を受け、これも維持できず10%弱の戦力を失った上でより北部へと撤退せざるを得ませんでした」

(;`・ι・´)「だが皮肉なことに、ケープタウンの早期陥落が“功を奏した”」

(ゝ○_○)「ええ。南アフリカ共和国陸軍は、首都に“全戦力”を配していたワケではありませんでした。彼の国は元の治安がよろしくない上に、近年は海上物流の停滞に伴う経済的な打撃で内情不安を抱えていましたからね。

一方でそれらの事情がある故に、ただでさえカツカツの経済を無理矢理軍備に回して常備軍を平時の二倍に拡充していました。その拡充された兵力が、反政府運動に睨みを効かせるため全土に分散せざるを得なかったわけです。

無論首都故に防衛部隊の陣容は強力でしたし、この部隊を全滅と仮定した場合の【全兵力の約10%喪失】は決して“軽微”なものではありません。

が、逆説的に言えば【総兵力の90%が健在である】と見られるわけです。そこに“海軍”戦力やアメリカ軍も加わった状況を先の二箇所のように“絶望的”と捉えるのは早計でしょう」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/180/IMG_20230406_224313.jpg
213 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:10:33.31 ID:PaOSTwH/0
爪;'ー`)「そういえば、南アフリカは大統領も健在だったな………」

(ゝ○_○)「その点も非常に大きかったですね。先に述べた内情不安から国民の支持向上と反政府分子への牽制を兼ねて、大統領は地方遊説の真っ最中でした。

その為国内指揮系統の早期断絶という事態が回避され、集結が遅れた国防軍の残存戦力とケープタウン郊外に離脱した“海軍”艦隊のスムーズな合流がなされました。また、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビーク等周辺諸国による陸軍戦力派兵要請も同国政府から完了しており、状況次第では比較的早く本格的な反転攻勢に移れる可能性も出てきています」

爪;'ー`)「なるほど………君の言うとおり、間違いなく“かなりマシ”だな。先程は感情的になってすまない」

(ゝ○_○)「ご安心を、慣れておりますので。

因みに、ポート・エリザベス方面はより良好な状態で推移しています。ケープタウンが陥落した時点で、南ア軍首脳部もマダガスカル鎮守府もポート・エリザベスが次点の攻撃目標となることは認知した上で“放棄”を前提に作戦計画を修整しました。
アフリカ・アメリカ軍より一個艦隊を洋上に急行させ予想通り進軍してきた敵艦隊群を漸減しつつ足止め、同市の防衛軍駐屯部隊は市民の避難誘導に活動を固定。同市上陸が開始された際には、政府を通じて航空支援を要請していたエジプト・サウジアラビア・イギリスの3カ国連合空軍による爆撃が実施され浸透の抑制に成功しています。

結果、完全に無傷とまでは行きませんでしたが軍属・民間の人的被害は何れも極少数に留まっています」

(;`-ι-´)「深海棲艦によって引き起こされていた諸問題が、深海棲艦の侵攻に際して好材料になるとはな………日本語ではたしか、“不幸中の幸い”というのだったか」

(ゝ○_○)「無論深海棲艦は恐らく両市を【泊地】化して橋頭堡とするつもりでしょうから予断を許すわけではありません。しかしながら、イギリスが極秘裏に企画していたケープタウンに対する核兵器の集中運用はひとまず回避できたでしょう」

爪;'ー`)「………ぇ゛っ」

(;`・ι・´)「待て、それは私も初耳だぞ!!!」

(ゝ○_○)「まぁ言ってませんでしたし。どうせクソ馬鹿野郎のデルタ=クーガーが独断で暴走してただけですよ、戦況の安定化が仮に失敗していたとしても首相が抑えたと思います。実行されたらそれはそれで面白そうでしたが」
214 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:46:37.87 ID:PaOSTwH/0
爪;#'ー`)「おもっ…………!!?さ、流石に今のは聞き捨てならんぞ!!」

(ゝ○_○)「そうですか、しかし戦況説明がまだ終わってませんので無視します」

爪'ー`)「」

(;`・ι・´)(我が部下ながらマジで頭おかしいなコイツ………)

(ゝ○_○)「で、対象的にビックリするほど面白味がないインド洋─アラビア海戦線です」

(;`・ι・´)「評価基準が“面白味”というのはどうなんだ………」

(ゝ○_○)「イヤ、でも本当に面白み有りませんもん。日米印の主力艦に潤沢な艦娘が合流し更に途切れることのない定期的な補給………どころか、欧州奪還を目的としている点に加えて反艦娘的な態度が続く中東諸国への【砲艦外交】的な威圧を兼ねての“増強”が続いていた大戦力。

過去の3地域と比較して前提条件が違いすぎます。初期の波状攻撃でインド海軍の【ラーナ】と【ランジート】が失われましたが、目立った艦艇の損耗は以降なし。寧ろ南方の敵艦隊に対して海上防衛網を構築ししつつこれを逆に前進させ圧迫しているほどで、体制としては盤石極まりありません。

強いて懸念点を挙げるとするなら、【Black Bird】の襲撃により自衛隊の空母【いずも】の艦載機隊が一個編隊失われたことでしょうか」

爪;'ー`)「この、連合艦隊の側面から伸びてきている矢印か」

(ゝ○_○)「ええ、ただ【Black Bird】は制空能力が極めて高い反面爆装型・雷装型は何れもまだ確認されておらず、対地・対艦攻撃能力は並以下です。装備が機関砲のみ故の火力不足に加えて制止目標に攻撃をかけようとすれば自然平坦な軌道でかつ低速接近をせざるを得ず、連中の強みは尽く失われます。

実際【いずも】からヨコスカに送られた経過報告によれば一度だけ艦隊に対して20機ほどが直接攻撃をかけてきたそうですが、対空砲火であっさり4機を撃墜されて僅か20分ほどで撤退したとのこと。中華人民共和国の件があるとは言えインド軍も相応に余力を残していますし、現状この方面には特にリソースを割く必要はないと思われます」

(`・ι・´)「あと気になるところがあるとすれば、マダガスカル島鎮守府に行われている攻撃だな」

(ゝ○_○)「まぁ主力艦隊がアフリカに投入されているため油断するわけには行きませんが、防衛の総指揮を取っているのがあのアイシス=ユピアですからねぇ。あの女も面白みのないやつですから、多分あっさり撃退するんじゃないですか?」

爪;'ー`)「だからこの人類存亡がかかった時に面白みなどいらんのだよ………」








────同刻・マダガスカル島鎮守府

リハ;>ー<リ「ヘクチッ」

「!? ヘイ提督、大丈夫ネー!?」

リハ;゚ー゚リ「うん、大丈夫。心配しないでコンゴー。

第四艦隊、そのまま後退してポイントD-1まで敵艦隊を誘引!陸上砲台、全門照準!十五秒後に【キルポイント】への一斉射、敵艦隊を殲滅して!!」

「ユピア提督、第六艦隊より予定通りP-4地点にて敵水雷戦隊の完全な足止めに成功したと報告あり!」

リハ#゚ー゚リ「上空待機中の【スツーカ】全機に爆撃開始を通達!敵艦隊に打撃を与えたら後方から第二潜水艦隊を回り込ませ追撃させてください!」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/181/IMG_20230213_175322.jpg
215 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/04/08(土) 23:11:12.41 ID:lm8eG5z/0
(ゝ○_○)「北米・中米戦線に関しては国務長官もすでにご存知と見受けますが、解説は必要ですか?」

爪;'ー`)「………レポート自体は読んだが、現場の人間の“所感”も聞きたい。一応解説を頼む」

(ゝ○_○)「畏まりました。

この戦線の最大の特徴を申し上げるなら、“二極化”です。大西洋にて浮上した推定400〜500個艦隊と見られる深海棲艦の艦隊群は現在アメリカ合衆国側と中南米諸国側の2方面に分かれて攻勢を仕掛けてきているわけですが、前者と後者で戦況が180度違います。

アメリカ方面は、ノーフォークとメイフォート、キティホークの海軍基地を中心にモアヘッドシティ、ウィルミントン、マートルビーチ、チャールストンなど東海岸各所の鎮守府・警備府・“海軍”拠点から抽出された艦娘部隊と艦隊総軍、各州の統合航空隊による迎撃で戦線は安定状態です。
まぁ元より欧州奪還作戦に向けてインド洋の3カ国連合艦隊同様東海岸も断続的に戦力を増強してきていましたからね、その戦力が十全に生かされるなら姫級が束になってきても抜くのは困難だ」

(;`・ι・´)「…………そして、深海棲艦もその事を“理解していた”からこそ」

(ゝ○_○)「ええ、今の“二極化”が起きています。

合衆国側で投入されている敵艦隊戦力は、物量こそ1000隻超ですが姫・鬼級が“束になる”どころか今のところ殆ど見当たりません。EliteやFlagshipの数は他戦線に勝るとも劣りませんが、東海岸に集結完了していた戦力も質量共に充実しているため正直この程度なら大きな問題にならないでしょう」

爪;'ー`)「対し、中南米方面へ南下中の敵艦隊群は………数こそ我々の方に向かってきているものと同等だが………」

(ゝ○_○)「はい。同艦隊群には、“それのみ”で十個艦隊超が編成できる数の姫・鬼級が確認されています」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/182/IMG_20230213_175300.jpg
216 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:13:57.43 ID:lm8eG5z/0
(;`-ι-´)「60隻を超える戦艦棲姫や装甲空母鬼………想像したくもないな」

(ゝ○_○)「そも中南米諸国の海上戦力自体決して潤沢でも高水準でもありませんし、こちらもキューバやメキシコとの複雑な外交情勢からアメリカ軍並びに“海軍”による艦娘の派遣もさしたる規模になっていませんでした。

そんな中でこの全面総攻勢です。当然耐えきれるはずもなく、第一次防衛ラインは接敵から10分少々で“消滅”。第2防衛ラインではなけなしの艦娘戦力を総動員しましたがこれも衆寡敵せずで風前の灯。

まぁ第2防衛ラインは早々に後退しつつの漸減・遅滞に目標を切り替えたので幸い艦娘の“轟沈”は出ていませんが、逆に物量差がありすぎて前者の目的については殆ど果たせていないのが現実です」

爪;'ー`)「我々もその辺りの危機的状況は把握している。だからこそ、国防総省の方で二つほど手を打ってもらった」

(ゝ○_○)「ええ、“内陸州における余剰艦娘戦力の中南米諸国への緊急派遣”と“北米方面戦線での海上攻勢”、どちらも我々戦略情報局としては良手と評価しています。

特に、北米戦線の攻勢作戦発動は丁度我々の方でも進言する予定だったので」

(;`・ι・´)「敵艦隊は、未だに“余力”を残しているからな………」

(ゝ○_○)「北米戦線と中南米戦線、その中間で未だ停滞状態を維持する残余1000隻程。この艦隊群は明らかな予備戦力であり、我々の動きに合わせて投入方面を変える予定であったことが目に見えてましたからね。

下手に中南米へ増援を出しすぎれば現状の合衆国側の防衛ラインが“厚み”を失い総攻撃を受けた際に飽和状態となってしまう可能性が上がり、逆に出し渋れば中南米側の陣容を更に強化して一挙に複数箇所に上陸、橋頭堡を確保。

どちらにも動けるようになっていたものを、少なくとも現状はどちらとも取れないように制限できた点は確実に敵の狙いを一つ挫けたと思います」
217 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:16:36.92 ID:lm8eG5z/0
(;`・ι・´)「正直、元々知っている内容であっても再度聞いているだけで精神的消耗が激しい。それで、次は東欧・南ドイツ戦線辺りか?」

爪;'ー`)「そこは取り分け気疲れしそうだな……“ベルリン”の損害が大きすぎる上にその前は艦娘戦力がある程度潤沢だったからこそ“海軍”戦力も十分に配備できていない。正直、どんなに悪い報せを聞いても驚きは───」

(ゝ○_○)「ああ、ご希望でしたらお伝えしますがその区域はやや報告内容が他と異なります。経過ではなく“結果”報告ですね」

(`・ι・´)「? すまん、意味がよくわからないのだが」

(ゝ○_○)「あくまでドイツ連邦政府並びに東欧連合軍総司令部からの共有情報が真実なら、という前提は必要ですが………南独戦線における主要な戦闘は現時点で“終了”しています。

東欧連合軍は現防衛ラインの固守に成功。深海棲艦の侵攻群は大損害を受けて撤退し、後は一部残敵の掃討だけとのことです」

(`゚ι゚´)「」

爪゚д゚)「」
218 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:33:40.76 ID:lm8eG5z/0
(;;`゚ι゚´)「どどどどどどど童貞ちゃうわ!?」

(ゝ○_○)「聞いてませんが。貴方妻も息子もいるでしょうよ」

爪;;゚д゚)「どどどどどどドゥカティ!?」

(ゝ○_○)「カメラメーカーから始まったイタリアのバイクブランド名がこの場において何の意味を持つのかは皆目見当も付きませんね。

まぁ“どういうことだ”と聞いているのは解りますが、正直どうもこうもなく申し上げた通りです。

ライプツィヒを中核とした深海棲艦によるドイツ南方への総攻撃を、【ドレスデン・ライン】は撃退しました。損害は取り分け激戦となった前線都市・リーザの守備隊がやや多めの死傷者を出した程度で、艦娘にも轟沈者は一人も出ていません。完全勝利と言っていいでしょう。

とびきりの朗報なんですし素直に喜んでは?」

(;;`・ι・´)「……………朗報なのは間違いない。間違いないが………俄に信じられるものではないな」

爪;'ー`)「いや、どんなに時間が経ったって信じられるものか!喜びたくとも“誤報”の可能性が大きすぎて全く浸れんぞ!?」

(ゝ○_○)「こんな世の中ですから疑り深いのは時として美徳にすらなり得ますが、一応ロシア経由で複数の“情報筋”に裏を取ったので多少の誤差はあれど全面的に虚偽という可能性はほぼないと思われます。同軍に参加しているアメリカ海兵隊のサイ=ヨーク=ヴォーグルソン大尉とも連絡が取れていますし。

というか、東欧連合軍首脳部に嘘をつくメリットがまるでないでしょう。暴動や恐慌を抑えるために国内向けのプロパガンダって話ならいざしらず、共同戦線張ってるアメリカや日本の政府内にこの嘘垂れ流す意味ってなんですか。しかも軍内にアメリカ軍関係者がいるのに」

爪;'ー`)「そ、そう言われればそうだが…………」

(;`・ι・´)「誤報ではないとしても、ここまで短期的に決着できたとなれば今度は手品か神の奇跡を疑いたくなるよ。

確かにドイツ戦線はついこの間も400個艦隊規模の総攻撃を押し返している。だがあの時は、深海棲艦側にも明らかな“油断”があった。

今回の攻勢はほぼ同規模、戦力も第一報到着時点での予想進軍経路を見る限りしっかりと集中運用の原則を人類側の重要拠点に対して遂行しているように見えた。

EliteやFlagshipも他地域に引けを取らない量が確認されていた事も考えると、再びこれほどの勝利を得られるとは」

(ゝ○_○)「あくまで断片的な情報を繋ぎ合わせた上での推測ですが、【ドレスデン・ライン】は最前線の複数箇所であえて交戦状態を維持しつつ敵艦隊の浸透を故意に許したようですね。そうして総司令部があるドレスデンまで誘引しつつ、リーザを始め幾つかの最重要拠点を艦娘戦力と機甲師団、近接航空支援の集中運用で堅守。

これらへの攻撃部隊を撃退或いは壊滅した後、ドレスデン方面への浸透を続けていた敵艦隊の退路を遮断。包囲殲滅の後反転攻勢で再度防衛線を当初のものまで押し上げた、といったところでしょうか」

(;`・ι・´)「例の、【機動迎撃大隊】と【混成機械化打撃群】か。彼らの武勲は留まるところを知らないな」

(ゝ○_○)「ドク=マントイフェルにイッシ=ストーシュル、あの二人面白いですよね。私最近ちょっと追っかけてます」

爪;'ー`)「そんなジャパンのアイドルグループじゃあるまいし………」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/183/IMG_20230408_225438.jpg
219 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 00:00:52.08 ID:BYinKxXQ0
(ゝ○_○)「………さて、ここまでに報告してきた地域以外にも、大なり小なり深海棲艦との戦闘発生地域はあります。

ベーリング海、カムチャッカ半島沖、黒海、バミューダ海、バレンツ海、グリーンランド海……海と名の付く場所で戦闘となっていないのは北極海と南極海くらいのもので、南アフリカのように既に“陸戦”が始まっている場所も決して少なくはありません。

その中で南ドイツとインド洋─アラビア海の状況はハッキリ言ってしまえば“例外”であり、大半の戦場は人類・艦娘側にとって劣勢です」

(;`・ι・´)「………それらを踏まえた上で、“海軍”総提督として聞こう。我々が“このまま”戦い続けて、戦況を覆せる可能性はあるか?」

(ゝ○_○)「戦略情報局士官として分析するまでもありません、Nothingです。ドゥームズ・デイの訪れは、最早秒読みと言ってもいいでしょう。

仮に人類がそれを回避しここから戦況を挽回できるとすれば…………少なくとも二箇所、一秒でも早く人類側の勝利とした上で掌握しなければならない戦場があります」

爪;'ー`)「………やはり、【オオアライ】、そして【学園艦棲姫】か」

(ゝ○_○)「ええ。それではこれよりその二箇所………【フィリピン海戦線】並びに【日本列島戦線】における現戦況の整理と解析を行わせていただきます。

────ただ、その前に一点、後者について取るに足らないかもしれませんが個人的に気になった情報を報告させていただきます」

(`・ι・´)「? 何かね?」




.
220 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 00:04:47.78 ID:BYinKxXQ0
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「大洗町にて自衛隊への近接航空支援に参加した“海軍”所属の航空隊パイロットの一人が、─────“大洗女子学園の甲板にて、【交戦中の装甲車】を視認したかもしれない”という報告を上げてきています」









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221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/04/09(日) 07:20:27.55 ID:kA9e0aJLo
お〜ドイツ方面の情報嬉しい ぬるっと勝ってて流石だ
222 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 20:47:40.23 ID:MRR6D8+I0
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まことに小さな島国が、つい30年ほど前まで世界の巨人であるアメリカと6年以上もがっぷり四つ組みで渡り合っていた。このことは、現代の奇跡というより他にない。
19世紀の末になり、日本は「明治維新」という国を挙げた狂乱の果てにようやく統一的近代国家の道を歩みだした。既に“国際社会”を創り上げて久しく思想も文明も遥か先を歩んでいた欧米諸国から見れば、明治という時代が始まる際の有様はきっと、猿が無理矢理に洋服を着ようとしている姿と区別がつかなかっただろう。

そしてこの“猿”が、僅か二十数年で大清帝国を粉砕し、四十年でロシア帝国を打ち負かし、一世紀に満たぬ期間で新たな【帝国】として亜細亜に跋扈しアメリカとさえ鎬を削るまでに至ったことは、「先進国」を自称し続けてきた彼らにとって、多大な屈辱を伴う信じがたい“驚愕”であった。

だが、何よりもその光景を信じられなかったのは、他ならぬ当時の日本国民である。
223 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 20:48:37.07 ID:MRR6D8+I0
浦賀に黒船が姿を現し強引に徳川幕府を開国に至らせるまで、この島国にとって欧米とはまさに“外界”であった。技術、文明、思想、価値観、全てが未知であり、吸収しようにもぶつかり来るそれらの衝撃が強烈過ぎ、一つ入れる度にこの島国は大いに揺れた。
幾度となく揺れに揺れ、その繰り返しに耐えきれず起きた日本という家屋の大倒壊が明治維新である。

本来ならば向こう数十年はまともな建て直しが困難なほどの倒壊ぶりでありながら、この国はそれを“土台”だけ残して上層建造物のみを破壊するという奇妙なやり方で起こすことに成功した。その為に、武力を伴った国家規模の革命直後にありがちな致命的な混乱を殆ど経験することなく近代国家建設を成し得た。

この“奇跡”が起きた要因を、一概に限定することはできない。国民性や地政学的要因、長年続いた幕藩体制の功罪、様々な要素が複合的に絡み合った結果としか言いようがない。
ただ一点、戦国の頃よりこの国に通されてきた一本の道が、女流鉄砲術から戦車へと至る“道”が、取り分け大きな役割を果たしたという点だけは、恐らくあらゆる視点において共通の見解となるだろう。

一応は、筆者もまた“彼女”とは同時代を生きる人間であるため、その血縁者について語ることに些かこそばゆい思いはある。しかしながらこの人物無くして日本の土台を支えた“芯”について解き明かすことは出来ないため、恥を凌ぎ、筆を執ることとする。

これは日本が中世国から近代国へと至る時代を、幕末から明治へ、そして昭和へと伸びていく【鋼の道】を歩み続けた、一人の女の物語である。




────司馬遼太郎著・【鋼の道にて 西住栄物語】序文より抜粋
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/10(月) 16:28:25.19 ID:KUNpmuPx0
更新おつです
西住流テーマの司馬遼太郎小説があるって設定はアツい!
225 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/13(木) 23:13:27.83 ID:JNDnG78R0
.







『ギァア────ァ゛ッ゛………』

大口を開け、喉笛を噛みちぎらんと此方に首を伸ばしてきた【寄生体】。ブレイドを真正面から振り下ろし、頭を叩き割って黙らせる。

「ゲボォッ』

振り向きざまに刃を翻し、真逆の軌道で下から斬撃。隙ありと見たか飛び掛かってきていた小太りな【暴徒】が、宙空で身体を真っ二つに両断されグシャリと音を立てて地面に落下した。

「ゴパッ!!?』

『ギギッ──コケッ』

そのまま逆手に持ち替えたブレイドを背後に突き出し、別の【暴徒】の腹を刺し貫く。血反吐を吐きながら蹲ったソイツの背後からまた一匹【寄生体】が飛び掛かってきたが、胴を鷲掴み足元の地面に叩きつける。
間髪入れず頭を踏み割ると、数日間海を漂っていた水死体を思わせる青白くヌラヌラとした質感の胴体が、短い断末魔と共に一瞬ピンッと張り詰めた後クタリと脱力し崩れ落ちる。

『オブォッ」

「グがっ……』

途切れることのない襲撃。今度は両側から【暴徒】二人。右手のサラリーマン風の男の顔面を膝で蹴り砕き、そのままの勢いで距離を取りながら左手から迫る某ケータイショップの制服を着た若い女にM&K USPを連射。顔を斜めに横切る形で3つ風穴を空け、沈黙させる。

いったいここまでに、何匹、何人、斬り伏せてきただろうか。

ここから、あと何匹、何人斬り伏せれば私はこの“作業”から解放されるだろうか。

前者の問いについては、他ならぬ私自身が疾うの昔に数えるのをやめているのだからどだい解るわけもない。
まぁ、何百人だろうが何千匹だろうがもう“終わったこと”よ。今更思い返したところで、意味なんてないでしょう?

そして、後者の問いに対する答えは、





「『「オァアアアアアアアアアアアアッッ!!!』」』

『『『キィアアアアアアアアアッ!!!!』』』

∬メ;´_ゝ`)「Muscle-03、11時方向!距離150、家屋上に火器装備の【暴徒】3名を補足!!」

└(#メ*・ヮ・*)┘「了ッ解ッ!!モー速攻排除しちゃうからねー!!」

「02、私がその後に突撃するから右手側の“群れ”に射撃を!!3連射、前衛崩せ!!」

∬#メ´_ゝ`)「02、要請を受諾!撃ち方ぁ!!」

……周囲の光景を見る限り、「遠き春」であることは間違いなさそうね。
226 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/13(木) 23:17:01.18 ID:JNDnG78R0
駆逐艦娘1名、陸上自衛隊員1名、学園艦保安官1名による、大洗女子学園の奪還。
そんな、平時に私が第三者として聞いたなら発言者の気が触れたとしか思えないような“作戦”を声高に宣言してから、一時間ほどが経過した。

この時点で私達の位置から学園校舎までは、目算距離で約3kmになるかどうかといったところ。徒歩である点を考慮すると決して近いとは言えない。
けれど、常人の身体能力を遥かに凌駕する艦娘と膨大な体力を要する肉体系公務員2名が“普通に”移動したなら、この一時間小走りでもしていればもう到着していたでしょうね。

「『「ァアァアアアアアアッ!!!!』」』

『『『ギャッ、ギャッ、ギャギャっ!!』』』

まぁ、【私達に対して殺意マシマシの“元”人間】と【私達に対して殺意マシマシの敵性侵略生命体】が道に溢れかえり何千何万と犇めく中を、“普通に”行けるワケがなかったってだけのことよ。

「ウボァ………』

「二人共、次はこっちへ!」

∬;メ´_ゝ`)「Muscle-03、進行方向の家屋上を警戒!私がしんがりをやるわ!」

└(*・ヮ・*;メ)┘「あいよー!」

向こうの数的優位をなるべく削ぐために、こうして裏路地や細道へと誘引する機会が多いことも相まって、進んだ距離はせいぜい1kmがいいところ。“目標地点”まで1/3も来れていない。

『キョアアアアアアッ!!!』

そして、進めば進む分だけ、押し寄せてくる敵の壁は分厚く、波は激しくなってきている。

「伏せて!!」

∬メ;´_ゝ`)「…ッ!!」

飛び込んだ裏路地に、お構いなしに殺到してきた【寄生体】の塊。その中から一匹が、しんがりで89式小銃の引き金を引き続ける阿音に向かって胴を伸ばす。
私の叫びに応じてとっさに背中から倒れ込む形で背後へと跳躍した阿音の首から数センチほどの位置で、鋭い牙がガチンと鈍い音を立てた。

『ギッ──ゴボァッ!?』

更に追撃しようと開かれた口に、対深海棲艦白兵戦闘用のブレイドを突っ込む。特殊合金で出来た漆黒の刃が上顎をぶち抜き、砕かれた甲殻の破片が飛び散って両側のコンクリート壁にカランカランとぶつかる。

『キュペッ』

『オゴパッ』

首を捻り切って、そのまま投擲。姑息にも足元からの奇襲を狙って地面を這ってきていたもう一匹の頭部も砕け散った。
227 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/14(金) 23:10:04.68 ID:a3HNpCLf0
立て続けに二体を葬ったが、路地の入り口で蠢いている【寄生体】の数は未だに膨大だ。当然、この程度で攻撃を止める筈もない。

『キィアッ!!』

『グォッ!!』

「ちぃっ!!」

∬;メ´_ゝ`)「このっ!!」

唸り、金切り声を上げ、今度は5〜6体の新手が一斉に私と阿音に押し寄せてきた。1体ごとは雑魚でも束になれば相互に連携を取ってくる上、攻撃動作は向こうの方が立体的な為迎撃難度が跳ね上がる。阿音と二人、間断なく突き出されてくる頭部や牙を必死に捌きつつ隙を伺う。

『ギィイイイイイi「甘い!!」ウギァッ!?』

『ギャッ!?』『ヴァギュッ………』『シェッ⁉』

此方の防戦に業を煮やしたか、一匹が得物をはたき落とそうと大きな動作で勢いよく私の手元に向かって頭部を振りかぶる。その軌道を躱し、首を斬って落とし、開かれたスペースに滑り込む。
一気に連撃へ繋げ、残りの個体も殲滅した。

ああもう、せっかく乾いてきていたのに。また連中の“返り血”でぐっしょりだわ、生臭いったらありゃしない。

「さぁ、お次は何匹で来るつもりかしら?幾らでも───」

『うぉらぁあああああっ!!!!」

「───ッ!!?」

ブレイドを下段に構え直しながら、威嚇と挑発を兼ねて眼前の“塊”に対して微笑みかける。が、予想に反し、“次”が来たのは上………左手の民家からだった。

まぁ、さっきも屋根の上に拳銃持った【暴徒】が現れていたワケだし、路地裏で周囲には家が立ち並んでるわけだし、ええ、認めるわ。私が油断していたせいも若干はあると思う。だけど、一つだけ言い訳させて頂戴?

化け物共との乱戦の直後に、室内から元とはいえ“生身の人間”が二階の窓をぶち破って飛び掛かってくる可能性までケアするのは無理よ!!

「ぐぅっ……!?」

艦娘の身体能力は、艤装の装着量と【船体殻】の出力にほぼ完全に比例する。
無論完全な非武装でもMLBで即座に二刀流選手としてデビューできるぐらいのものは備えているけど、中破状態の上に艤装がブレイドを仕込まれた電探装置二つだけという状態では流石に限界はあった。

姿勢が崩れていたことも相まって、飛び掛かってきたジャージ姿のその【暴徒】にあっさりと押し倒され組み伏せられてしまう。

『死n─────ボギュルッ!!?」

∬#メ´_ゝ`)「どらっしゃあああい!!!」

馬乗りの体勢のまま、両手でソイツは出刃包丁を猛然と振り下ろす。が、ソレが私の首筋に突き立てられる直前、側頭部に凄まじい勢いで89式小銃の銃床が叩きつけられた。
228 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/14(金) 23:19:30.56 ID:a3HNpCLf0
弾倉抜きでも3.5kgにもなる鉄の塊が、よく鍛え上げられた軍人の肉体を以て全力全開でスウィングされれば、当然余裕で人を殺せる威力を伴う。
握りつぶされたアルミ缶のように打撃部分が凹んだ【暴徒】は、私の上から吹っ飛んで壁に激突しそのまま永久に沈黙する。

└(#メ*・ヮ・*)┘「はい、モー見えてるからね!!」

「ガフッ』

『ブギゥッ!?」

その向かい側の家の2階、そして屋根上で追撃を試みようと更に3人の【暴徒】が現れたものの、鈴によるH&K PSG1の速射で何れも顔面を吹き飛ばされ落下した。

「02、03、お願い!!」

∬メ#´_ゝ`)「了解!」

└(*・ヮ・*#メ)┘「いえっす、まぁむ!!」

そのまま残る【寄生体】の群れを二人に任せつつ、銃声を尻目に鈴と身体を入れ替える形で逆方向へと跳ぶ。

『っぁあああああああああ!!!!」

前転でさらに距離を稼いだ後に身体を起こせば、丁度この路地に反対側から突入してきた【暴徒】が一人、すぐ目の前で私に対して金属バットを振りかぶるところだった。

「はぁっ!!」

『がほぅっ!?」

さっきは体勢を崩していたことに加えて予期せぬ奇襲だったため不覚を取ったが、いかに多少の疲労とダメージが蓄積していても真っ向勝負で艦娘が人間に負ける道理はない。
腰のあたりに斬撃を食らわせ、【暴徒】を“上下”に分断する。

『ブぁっ!?」

「グボォッ』

『このやろuヌブッ───オゴッ」

宙を舞った上半身が地面に落下するよりも早く、踏み込んで後続の二人目は袈裟懸けに両断。三人目に裏拳を食らわせてコンクリートブロックに叩きつけつつ、遠心力で身体を回転させながらもう片方の手でUSPを構え突き出す。
民間の警備会社にでも勤めていたらしく、木製の警棒を構え突進してきた四人目。口内に銃口をねじ込んで引き金を引くと、弾丸が頭蓋を粉砕し後頭部から射出された。

「や、やぁあああああああっ!!!!』

「………っ!!」

「ヒュッ───…………』

五人目は…………デッキブラシのようなものを持ち、船舶科の制服を着ていた。散々自分に言い聞かせ、その甘さを自身で罵倒してきたけれど、それでもほんの刹那全身が強張るような感覚が走ることだけは避けられない。
歯を食いしばり、止まりかけた手を加速させ、“ここまで何度も”そうしてきたように、せめて痛みを殆ど感じさせない為一際早くブレイドを首筋に走らせる。

『ブォオオオオオオ───ブガッ!?!?」

「ヒィッ………ァ、レ………?』

「横、失礼するわ」

六人目、七人目は、通路を埋める形で二人一辺に挑みかかってきた。片方はトンカチ、もう片方はどこで手に入れたのやら手斧を持っていたので、とりあえず手斧の方の首と腕を一度に斬り落とす。
足元に落ちた手斧を避けようと急停止したトンカチの方とすれ違う際にその頸動脈を手刀で裂くと、血が噴水のように吹き出して民家の壁に赤い不格好な紋様が描かれる。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/17(月) 12:31:09.80 ID:kgoloDqs0
更新おつです
色々ありすぎてゾンビ物もクロスオーバーしてたの忘れてましたw
230 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/04/18(火) 23:23:27.80 ID:an/t4nPL0
八人目は姿勢を低く、レスリングのタックルのような要領で迫ってくる。顎を膝でかち上げ、剥き出しになった喉仏を握り潰して息の根を止めた。

九人目は元保安官の【暴徒】だったらしく、ニューナンブを構え撃ってきた。生憎、どれほど微弱な【船体殻】でも容易く防げる銃火器の方が私個人としては余程ありがたい。背後の二人に流れ弾が当たらないようあえて大きく飛んで連射された3発を全て受け止めつつ、着地と同時にブレイドを振り下ろし防弾チョッキごと両断する。

「ゴホッ…………!?』

丁度十人目。心臓を深々と刺し貫き、脱力したソイツの胸ぐらを掴み、私を包容しているような形で纏わりつかせ───そのまま一気に大きく踏み込んで、加速。

『「『ぅぎゃぁっ!!?」』」

「『「おごぁっ!!!?』」』

路地の反対側の出入口、突入するためそこに屯していた、7〜8人ぐらいの“ダマ”。そこに、即席の「盾」を掲げながら全力全開での体当たりをかます。
鈍い打撃音、そしてナニカが折れたような幾つかの乾いた音を重ねながら、“ダマ”は一瞬で解け後方へとまとめて吹っ飛んだ。

「こっち!!」

∬#メ´_ゝ`)「03、先に!」

└(*・ヮ・*#メ)┘「ほいさぁ!!」

飛び出した先は、主要通学路の一つだったのかそれなりの道幅の道路だった。周囲の【暴徒】と【寄生体】を片っ端から斬り払って抉じ開けたスペースをさらに広げつつ、背後の路地に向かって叫ぶ。
阿音が89式小銃を乱射して“塊”を牽制する間に、鈴は構えを解き一目散にこちらへと駆けてくる。

└(*・ヮ・*#メ)┘「ばっふぁろぉおおおお、きぃいいいいっく!!!」

『ベルタソッ!?」

路地裏を出ると同時に、跳躍。近場の【暴徒】一人の顔面に飛び蹴りを食らわせ、そのまま文字通り“踏み倒して”着地した時には、既にPSG1の膝射体勢が取られていた。

└(*・ヮ・*#メ)┘「ほい、ほい!!」

「ダポッ!?』

『ヌブッ」

『ギャアッ!?』

二度、マズルフラッシュが瞬く。一発目は左手から突進してきていた【暴徒】を二人まとめて貫き、二発目は変則軌道で強襲を試みた【寄生体】の頭部を寸分の狂いなくぶち抜いて粉々に打ち砕いた。

└(#メ*・ヮ・*)┘「モー大丈夫だよ02!!」

∬#メ´_ゝ`)「了解!!」

『『『ギァアアアアアアアアッ!!!!』』』

出入口周りがある程度“クリア”になったところで、阿音もまた最後にもう一射撃“塊”に浴びせた後踵を返す。火線の妨害がなくなった“塊”もまた、一拍置いてその後を猛然と追い始めた。

∬メ;´_ゝ`)「あらあら、見た目の割に礼儀正しいじゃないの」

手厚く熱烈な“御見送り”の様子をチラリと振り返り、阿音は口元を不敵に歪め───

∬メ#´_ゝ`)「それじゃ、お返しぐらいはしなくちゃね!!」

───腰に巻いてある雑嚢から取り出した“贈り物”のピンを抜き、道路へ飛び出すと同時に背後へと投げつけた。
231 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:26:37.70 ID:an/t4nPL0
炸裂音が空気を震わせ、一瞬爆光が煌めいた後路地裏には黒黒とした煙が充満する。咄嗟に屈んだ私と鈴の頭上を、千切れた【寄生体】の頭部や焼け焦げた肉片が飛び越えていく。

『ギィッ、ギィッ…………』

『シャアアアァァ………』

小銃の弾丸とは比べ物にならない威力ではあれど、密集具合を考えても削れたのはせいぜい二十に届くかどうかだろう。数だけで言えばまだまだ健在の筈だったが、それ以上“塊”が追撃してくることはなかった。

∬メ;´_ゝ`)「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?“お客様”の引き止めがしつこくて」

「ええ安心して、寧ろ大和撫子の身支度の手際の良さを改めて実感したところよ」

路地への警戒は怠らぬままこちらへ駆け寄り合流した阿音と軽口をたたき合い、これに鈴も加えた三人で背中合わせになり周囲で犇めく【暴徒】並びに【寄生体】と対峙する。
三人で散々暴れ狂ってやった結果流石に警戒が強まったのか、遠巻きに眺めて隙を伺いつつこちらへの波状攻撃は止まっている。

ここで「遠慮なんかしなくていいのよ?かかってきなさいな」とでも啖呵を切れれば大層格好がつくのだけれど…………実状としては、素直にこの“休養”が有り難いわ。

「各位、残弾は?」

∬;メ´_ゝ`)「M26はさっき投げた分がラスト、擲弾も次でラスト。89式の弾倉は持てるだけ持ってきたけど…………さっきのフルオートで2つ使ったから、こっちも残りは3つしかないわね。因みにUSPも同じだけよ」

└(*・ヮ・*;メ)┘「こっちのPSG1も弾倉は同じく!流石に節約してもキビシーかな、月末の給料日直前並みにキビシー!!

んで叢雲ちゃん…………じゃねえや、Muscle-01、こっからどうするよ?!」

∬;メ´_ゝ`)「…………………別にわざわざ言い直す必要なかったじゃないのよ。名前だろうがコールサインだろうがどっちでも」

└(*・ヮ・*#メ)┘「っかーー!解ってねえなぁ阿音ちゃんは!!ロマンってもんを解ってねえよ!!コールサイン呼びは戦場のロマン、人間ロマンを忘れちゃモーおしまいだって!!」

∬;メ´_ゝ`)「私一応現役の軍事関係者だけど解らないし解りたくない哲学だわ」

……二人共まだまだ意気軒昂なのは間違いなく好材料なんだけど、人間どこぞの皇国みたいに精神力だけでB-29を撃墜したり敵機動艦隊を殲滅したりはできやしない。
そこは艦娘たる駆逐艦・叢雲でも同じことだ。艤装を使えない以上、阿音と鈴の装備銃火器並びにそれを操る高いスキルはこの包囲網を切り抜けるには必要不可欠。

だが、切り抜けられるまでに要する「目算約2km」という距離に対して、この残弾数が十分とは残念ながら思えない。しかもこれは、あくまで“直線距離”での話だから尚更に。
232 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:29:31.15 ID:an/t4nPL0
そして、仮に弾薬が潤沢にあったとしても、ではのんべんだらりと戦っている暇があるかと言えば答えは否だ。

『───ズァアアアアアアアアアッ!!!!』

└(*・ヮ・*メ;)┘「あー………Muscle-03より01並びに02、新たな“艦影”を11時方向に確認したけど」

∬メ´_ゝ`)「02より03、ありがとう。私達も見えてるから大丈夫よ」

└(*・ヮ・*メ;)┘「デッスヨネー」

鈴が指した方向、民家の屋根の上に現れた【雷巡チ級】。この二人に助けられるまで私を攻撃していた二隻と同じく、下半身を蜘蛛のような形状のメカメカしい多脚ユニットに取り替えた“陸上型”が、仮面の隙間から覗く青い瞳で此方を冷たく見下ろしていた。

先の二隻と違い、両手共に対空機銃だった前者からこちらは右手が小口径の連装砲に変更されているけれど。

(………その砲を出会い頭にぶっ放して来ない様子を見る限り、連中が私を“生け捕り”にするつもりだって仮説は間違ってもいないしまだ変わってもないみたいね)

ただし、この方針は恐らく枕詞に“出来得る限り”の一言が付随してきている筈だ。艤装の火力が一段階上がったのも、その“許容範囲”を私達が完全に踏み越えた時即座に処理できるようにという下準備でしょうね。

よしんば本格的な火力投射が始まる前にあのチ級を沈められたとしても、今度はその事自体が“許容範囲超え”の裁定に繋がるきっかけにもなりかねない。そうなったら次はより重火力を備えたチ級か…………いよいよ本格的に、艦内に展開し砲台として機能しているであろうリ級やル級といった一線級の“ヒト型”をこちらへ差し向けてくる可能性も十分に考えられる。

(今はまだそういった主力級の連中はこっちまで進出してきてないみたいだけど………何がイヤって、さっきまでアレほどバカスカぶっ放されてた“艦砲射撃”の勢いがあからさまに落ち始めてるのよね)

大洗町沿岸に展開しているであろう自衛隊戦力との戦況が拮抗して膠着状態に陥りつつあるのか、或いは早々に崩壊して内陸への浸透でも始まってしまっているのか、何れにせよ火力投射量が落ちればそれだけ多くの艦を此方へ割く余裕ができつつあることになる。私達にとっては、あまり喜ばしい推移とは言えない。
233 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:41:42.86 ID:an/t4nPL0
駆逐イ級やハ級といった“非ヒト型”は、どんなに小さいものでも5メートル前後。超絶巨大とはいえ高層ビルの類も無ければ山や森が密集しているわけでもない平坦な“甲板上”で多数展開していれば、否が応でもその姿は目に留まる。
だけど実際には、確認できるのは駆逐ナ級が二隻と軽空母ヌ級がEliteも含めて三隻のみ。しかもヌ級は、今なお艦載機をちらほらと吐き出し続けるのみで砲弾は一発も放っていない。

にも関わらず、先程まで行なわれていた“対地砲撃”はどう少なく見積もっても五、六十隻分に相当する分量だった。ならば最低でも、それだけのヒト型が学園艦内にいると考えるべきよね。

弱音は吐きたくないけど、流石にこの装備かつこの損傷状態で万全のリ級やル級とかち合って生き残ることができる保証はない。だから尚の事、私達は少しでも早く大洗女子学園に到達する必要があるワケだ。

(付け入る隙があるとしたら………やっぱり、向こうの“方針”になるわ)

私の“生け捕り”………まで求めているかどうかは実際のところ定かじゃないけど、ソレを含めてとにかく何かしら他に私を“殺せない理由”があると仮定する。
この場合、少なくとも今のように密集した陣形を作っている限り、私のみならず阿音と鈴に関してもある程度の安全性を担保することができる。深海棲艦の艤装では、威力の大きさゆえにここまで密着した状態で私“のみ”のダメージを回避・軽減する事が不可能に近いからだ。

ただし、その担保は先に述べた“許容範囲”の中に私達が留まっている間のこと。奴らが大洗女子学園の破壊を中途半端なままにしている“目的”を考慮すれば、当然私達が本校舎に近づけば近づくほど“デッドライン”との距離も縮まっていくだろう。

(問題は………“向こう”にとって、どっちの方が優先順位として高いか)

私の“生け捕り・不殺”の優先順位が高ければ、話はかなり楽になる。何故なら向こうとしては、最悪私の学園艦外への脱出か自害さえ避けられればまだ望みは繋がる。
そして前者の可能性は私が突然エスパーにでも目覚めない限り無理で、後者は単純にありえない。仮に学園内に逃げ込まれて向こうの戦略上手出しができなくなったとしても、生かしておく限り幾らでも“次”があるってわけだ。

だけど、仮に“学園校舎への侵入阻止”の優先順位が高ければ、最大限希望的に猶予を見積もってもせいぜい1キロが限界でしょうね。艦砲射撃と機銃掃射が全力で行われれば、流石に私でもこの雲霞の如き大群と両方は捌ききれない。

言いたくないし考えるのは癪だけど………その時は、ここが“墓場”になることを覚悟するわ。
234 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 00:20:07.92 ID:EeDdit1v0
そして私の見立てによれば、向こうの優先順位は恐らく“校舎への侵入阻止”の方が遥かに高い。数が膨大であるため制御しきれていなかった可能性を差し引いても、【暴徒】や【寄生体】の攻撃から感じる“殺意”はホンモノだった。

本当に目的が“生け捕り”だったとしても、向こうの感覚としては恐らく「死なずに捕らえられたなら御の字」ぐらいの感覚なんじゃないかしら。

(………自分で言うのもアレだけど、仮にそうならなんか【別に対戦でも旅パとしても大して強くないけど珍しいポケモンにとりあえずモンスターボール投げてる】みたいな感じでめちゃくちゃ腹立たしいわね)

一応、チ級が“ライン超え”の直前に私の“不殺”に対する最後の努力として白兵戦を挑んできてくれるなら、まだ突破の目は残る。けど、さっきの交戦で既にチ級が二隻やはり近接白兵戦闘で沈められている以上期待薄だわ。だったら脇の二人ごと機銃掃射でも浴びせかけて、たまたま生きてたら回収の方が安全で合理的だ。

……………全く。戦術も戦略も散々あの鎮守府で学んできたつもりだけど、やっぱりどこまで行っても“実戦”ってのはままならないものね。

心の中で深く深くため息をつきつつ、私はUSPを胸元にしまい、入れ代わりにもう1つの“電探装置”を取り出す。

装置の真ん中辺り、微かに盛り上がっている部分を親指で押すと、形状がレイピアやサーベルの柄のようにやや持ちやすく変形し、先端部分から今もう片方に持っているものと同様に白兵戦闘用の黒いブレイドが飛び出した。

「01より02並びに03、白兵突撃用意。銃弾は学園校舎までの残余1kmまで極力温存を意識して頂戴。

私が、最大出力で道を開ける」

∬メ´_ゝ`)「……02、了解」

└(*・ヮ・*;メ)┘「ぜ、03了解。なぁ01、叢雲ちゃん、自棄を起こしちゃダメだぜ?」

「鈴、あんたさっきの“ロマン”とやらはどこに行ったのよ」

人聞きが悪いわね、別に自棄なんか起こしちゃいない。死ぬ気なんかこれっぽっちもないし、この状況に対して諦めたわけでもないわ。

「それに、この程度の包囲で自棄を起こすほど軟弱だと思ってるなら────」

ただ、私の無茶苦茶に着いてきてくれるようなイカれた二人も巻き添えで危機に陥っている以上、

「─────駆逐艦・叢雲を、ナメないでほしいわね」

その危機を脱するために、私が最も大きなリスクを背負うのが当然というだけの話だ。

「Muscle Team、今一度“出撃”する!着いていらっしゃい!!」

自らを奮い立たせるため、包囲網の圧を跳ね除けるため、声高に叫び一歩踏み出す。

目標、本校舎への直進。殆ど跳躍に近い形で一気に正面の【暴徒】と【寄生体】の大群との距離を詰め、両手のブレイドを振りかざし──────
















それが振り下ろされる直前。

“砲声”が、空気を震わせた。
235 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:10:51.87 ID:EeDdit1v0
風切り音が。

小銃弾や機銃弾よりは遥かに巨大な質量を持つ鉄の塊が。

一発の“砲弾”が、私の頭上数メートルの位置を駆け抜けた。

『グァアアッ!!?』

“それ”はそのまま雷巡チ級に直撃し、【船体殻】の表面で弾けて爆炎を撒き散らす。無論悶え苦しむようなダメージは与えようもないが、困惑と驚愕が入り混じったような声色で吠えつつチ級は姿勢を崩した。

「……………は!!!?」

∬;メ゚_ゝ゚)

└(メ;*゚ヮ゚*)┘

ただそれは、阿音も、鈴も、私だって同じ気持ちだ。私達三人も、【暴徒】も、【寄生体】も、この場の誰もが、自分達の時計を止められてしまったかのように身動きができなくなり、束の間“砲撃”が飛来した方角を───“大洗女子学園校舎”がある方へと視線を向けていた。

「Panzer vor!!」

まさにその方角から、微かに聞こえてきた“戦車前進”を示すドイツ語の叫び。その後を追うようにして、鉄の履帯がコンクリートを踏みしめる無骨で耳障りな音が響き、そしてそれはすぐに急速にこちらへと近づき始める。

「ぎゃあっ!??』

『ウゴァっ………」

『『ギョプッ』』

『ギッ…………グゥッ………!!!』

“群れ”の向こう側で、何かが蠢いている。それは【暴徒】を跳ね飛ばし【寄生体】を踏み潰し引き回し、さながら制御の利かない巨大な暴れ牛の如く私達の方へと向かってくる。チ級が“ソレ”に向かって機銃を向けようとしたが、飛来した二発目の砲弾の炸裂がその動きを阻害した。

∬;メ´_ゝ`)「01、後退して!!」

「っ………!!」

「『「うぐぁあっ!!?』」』

『『『ギギッ!!?』』』

不覚にも茫然自失状態になってしまっていた私は、阿音の声で我に返り咄嗟にバックステップする。直後相対していた“群れ”の前衛が一瞬で崩れ、轢き潰された【寄生体】の残骸や巨大な質量の体当たりをまともに背後から食らった【暴徒】が、石灰岩の破片のごとく四散していく。

そして、吹き飛ばされた人垣の後ろから、“ソレ”はキャタピラーを軋ませながら姿を現した。

└(;メ*゚ヮ゚*)┘「うっそでしょ………………」

“史実”とは若干異なる、やや明るめの茶色に近いカラーリング。

下部装甲の両脇に描かれる、青いアイアンクロスの真ん中に「洗」の一文字が施された特徴的な“校章”。

上部装甲左側面に鎮座する、うまく特徴を捉えたデフォルメ絵のふてぶてしい表情をしたチョウチンアンコウ。

鈍い輝きを放ち前方を睨み据える、24口径75mm KwK 40 L/43砲塔。

紛れもなくそれは、第二次世界大戦においてナチス・ドイツ帝国が運用した中戦車、【W号戦車】のF型だった。
236 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:21:06.52 ID:EeDdit1v0
.









「──────撃て!!!」

W号のキューポラから顔を出していた少女は───────西住みほは、まるで戦車道の試合でいつも“そう”しているように平然と、声高に号令を下す。


『『『ギギィイイッ!!!?』』』

即座に75mmが吠える。優に20匹にはなろうかという【寄生体】の塊が一つ、うねり顔を出していた家屋ごと直撃弾を受け爆散した。
237 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:57:22.47 ID:EeDdit1v0
.





〈ワシが西住サンと初めて直接会ったのは戦後の、1958年のことでしてね。

丁度あの時まだルーキーだった長嶋の坊やと彼女の座談会ってのが持ち上がりまして。ええ、彼女が東京読売戦車道婦人倶楽部の初代監督に選ばれたもんですからね、その関係だったんですけれども。

私が今生きていて読売ジャイアンツでコーチとして哲サンや正力サンと一緒にまた野球をやらせてもらってるのは間接的には彼女のおかげだからってんで、ワシが東南アジアに居た時は会う機会がなかったんですけども、もう居ても立っても居られないからね。シゲの兄さん(※)に頼み込んで、坊やに同行させてもらったんですよ〉
※当時巨人監督の水原茂氏のこと

〈会場についたら、まだ対談予定時間から15分前だってのに、西住サンがちょこーんと座ってらっしゃいまして。ええ、存外小柄だったのを覚えてますよ。ワシより20か25は低かったんじゃないかな。このヒトが中国軍や米軍を戦車を駆って沢山やっつけていたのかと思うと、大層不思議な気持ちになったもんです〉

〈ただね、ワシは戦争で一回肩を壊して、野球ができなくなって、そんで2度目の徴兵に取られて。そんな中で、彼女や西サンや細見サンが中華とかインドシナとかマレーとか硫黄島で頑張ってくれてたから、ワシらの船は沈められずに済んで。そんでその後の陸戦でも生き残ることが出来てって思うと、もう感無量でしてね〉

〈そんで何も言えずにワシが立ち尽くしちまってると、彼女が言うんですよ。沢村サン、日米野球母と見てましたよって、ニッコリ笑って。アメリカの選手バッタバッタと三振に取る姿を見て、こんなにも凄い人がいるのかと胸のすくような思いだったって〉

〈お恥ずかしい話ですけどね、涙がポロポロ溢れるんですよ。嗚呼、貴女のおかげでワシは生きてるのに、貴女はワシに礼なんか言ってくれるのかと。

いえこちらこそって、なんとか声を絞り出してね……坊やが主役でもあったから話せたのはそれぐらいなんだけれど、いやぁ………何か、不思議な魅力を、カリスマと言うんですかね、持っているヒトでした。それこそ、坊やに通ずるものがあったかな〉

────1987年・NHCの戦後40周年記念番組にて、沢村栄治のインタビュー音声より一部抜粋
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/19(水) 10:08:41.32 ID:mR2W/sLr0
更新おつです
ピンチに軍神来る(ただしJK)
239 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/07/26(水) 21:18:01.00 ID:1kNqHEos0
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戦車道。

この“競技”を最初に眼にした時の衝撃は、今でも覚えているわ。艦娘として「この世界の日本」に生を受けてから、多分一番大きいヤツね。

学園艦?ええ、そりゃあ初めての海上任務で【サンダース大附属高校】と出会したときは面食らったし圧倒されたわよ。
でもアレは、言ってしまえば結局のところ“バカデカい船”でしかないわ。驚きはしたけど、それだけ。あくまで、大和さんや武蔵の“実物”を見た時に抱く感情──“艦時代”の私にそんな上等なモノが備わっていなかったことはさておき──の延長線上でしかない。

対して戦車道は、根本から“違う”。

コッチじゃ影も形も存在しない価値観の元で産まれた、類似物すら見当たらない完全に“未知”の武道。
この【世界】の文化を、思想を、歴史を、私達が知る“道”から明確に一歩外れさせた特異点。

銃後に庇われ、子を成し、お家を護ることが役割であった筈の大和撫子が陸の鈍亀を駆って澄まし顔でドンパチやってる有様なんて見せられたら、そりゃあ驚いたってしょうがないでしょ?
辛うじてタメが張れる経験は、「深海棲艦と生身でステゴロ繰り広げた挙げ句返り討ちの上で見事生還する【提督】」を見た時ぐらいかしら。

………まぁだから、そんな“興味深い武道”の世界で取り分け強い輝きを放っている存在に。

“彼女”に惹きつけられたのは、まぁ、ある意味予定調和だったかも知れないわね。
240 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:19:49.62 ID:1kNqHEos0
出会った、なんて上等で運命的なモンじゃない。私が初めて彼女を“見た”のは、【第63回全国戦車道大会】の試合を映していたテレビの画面越しでのこと。

元々興味はあったと言えど、その時はまだのめり込む程ではない。山と積まれた書類との憂鬱な長期戦の辛さを少しでも緩和できればという、所謂「作業用BGM」として点けただけのつもりだったわ。

だけど。

気がついたら私は、完全に書類仕事を放り出して繰り広げられる“試合”に釘付けになっていた。

戦車主砲の咆哮に声を上げ、弾丸が装甲を穿つ瞬間に目を見開き、履帯が猛々しくぶつかり合う様に息を呑み。

横で、「なんでこんな動きしてんの?」とか「あの戦車なんて名前なの?」やら小煩く聞いてくる司令官を一喝して黙らせ。

ただただ、その光景を作り出す“彼女”の有様に、魅せられていた。

試合そのものが面白かったから、というのも勿論ある。
ロマさんや青ヶ島の八頭某ほどじゃないけれど、私もそれなりに戦術・軍略には精通しているつもりだ。【競技】と本物の【戦争】の違いはあれど、「現役」として述べさせて貰うなら“彼女”の采配は見事なものだったわ。

ネット上の掲示板やお偉い解説員様なんかは「流派に見合った華麗さがない」やら「運に頼った面が大きすぎる」やらしたり顔で言ってたけど、どんな形式のものであれそこが【いくさ場】である以上運否天賦の不確定要素からはどう足掻いても逃れられない。
精密機械の名を冠した名投手がすっぽ抜けのど真ん中を放り込んでしまうことも、コートの反対側からヤケクソでリングに向かって投げつけたボールが大逆転のブザービートとなることも、極めて稀な確率ながら明確に「存在する」事象よ。

自分で0%に設定できるコンピュータゲームでもない限り、これらを完全な排除は不可能でしょ?ならばそうした不確定要素もモノに出来てこそ、【いくさ場】を制することができる指揮官でしょうに。

ハッ!“ご実家”への忖度でもしたつもりなのか知らないけど、腕立て伏せを十回もこなせやしないデスクワーカーや鼻先のPC画面だけで世界が完結してるだろうオタク連中らしい空虚な批判だったわねアレは!
241 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:22:44.85 ID:1kNqHEos0
……少しばかり“不愉快な記憶”のせいで熱くなってしまったけれど、ほぼ全ての試合が運や偶然に縋り頼った勝利であったこと自体はさっき述べた通り否定しない。

バタバタと慌ただしく、不格好でコミカルな、終わった後に「何で勝てたのか」と首を傾げてしまう、結果オーライを辞書で引いた時に例示の一つとして出てきてしまいそうな、そんな試合運びの数々。
直前まで黄金期を築いていたチームや、その黄金期を終わらせたチームのような“強者”の戦い方からは遥か遠くに位置するもの。

どこの野球チームの監督だったかしら、「勝ちに不思議の勝ちあり」なんて言ってたのは。まさにその体現と言っても良かったかもね。

だからこそ、私は惹かれた。

絹糸よりもか細く儚い【勝ち筋】を、どれほど不格好な有様を晒しながらも必死に手繰り寄せる泥臭さに。

戦車道に関する知識も戦車自体に関する知識もその大半が私に毛が生えた程度のメンツでありながら、最早バカが付くほど正直にまっすぐに同じような立ち位置のチームメイトを信頼して、平然と背中を預けてしまう無鉄砲さに。

そんなチームの先頭に立ち、誰よりも多くの信頼を集め、誰よりも深くチームメイトを信頼し、誰よりも力強く【勝ち筋】を手繰り寄せる“彼女”の────西住みほさんの姿に。

我ながら、“入り”は大分ミーハーな感情だったと思う。日頃サッカーの“サ”の字すらろくに口にしないのに、世界大会が始まるや否や渋谷の路上で騒ぎ立てる連中の気持ちを、あの時ほんの少しだけ理解した。

本来なら一週間すら保ったかどうか怪しい麻疹のような一過性の“熱”。それがより深く、強烈なモノに変化したのは……大洗女子学園と西住さんが、あの時何を背負っていたかを知ってから。

人の命よりも伝統と栄光を重んじ、友を救ったことを褒めず勝利を逃したことを面罵するような連中に“道”を閉ざされ。

傷を抱えた彼女が辿り着いた先で、今度は大人たちの一方的な事情で“家”が取り上げられそうになり。

一度守り抜いた筈の家を、再び開いた筈の“道”を、私利私欲に塗れた謀略で踏み躙られ。

それらを尚も跳ね除けて自分の居場所と信念を仲間と共に最後まで守り抜いたと知った時───私はどうしようもないほど西住みほという人間に憧れ、羨望した。
242 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:26:31.14 ID:1kNqHEos0
別に、今の境遇にもう不満はない。寧ろ、あの無能な司令官から常に楽しい【いくさ場】とぶっ飛んだ愉快な日常を用意してくれる今のアイツに上官が変わったことを考えれば──比べ物にならないほど頭がおかしいことを差し引いても──最早幸運とさえ捉えられる。
ただ、私が彼女のような強さを、物理的ではなく精神的な強さを最初から備えていたなら。あの愛しい“地獄”ももう少し早くもう少しマシな環境にできたんじゃないか。そう思わずには居られない。

西住さんは、それを“表”の世界にいたままで成し遂げた。腐り果てた価値観と悪意的な謀略に、“希望に眼を輝かせ使命感と義務感に燃える小娘”のまま抗い抜いた。
艦娘として、身体能力や武力は私の方が遥かに勝っているかもしれない。だけどその精神力は、憧れ、羨み、私もそうありたいと望んでしまうほど強く気高いものだった。

同時に、それは私にとって戦闘そのものに対する享楽とは別の“戦う理由”でもある。西住さんに少しでも長く、できればその生涯が終わるまで、今の“道”を歩み続けて欲しい。心の底から信頼できる仲間たちと肩を並べ、“表”の世界で輝いてほしい。
我ながら青臭すぎて気恥ずかしくなってくるけど、それでも真剣で切実な、そんな理由。





───なのに。

西住みほは、今、私の目の前にいる。

戦車のキューポラから身を乗り出し。

背筋を真っ直ぐに伸ばし。

口元を引き結び、凛とした表情を浮かべ。

あの時、戦車道の試合で見せていた姿そのままに。


「ア……アア………』

『ヴア゛ァ゛………」

自分が乗るW号線車が、うず高く積み重なった「元人間」の残骸を踏みしめているにも関わらず、“いつも通り”だった。

まるで、“私達”と同じように。

「11時方向!撃て!!」

『ヂィッ………!!!』

彼女の叫び声に応じ、素早く砲塔の旋回を終えた“W号”が三発目の砲弾を放つ。

反対側の家屋が直撃弾によって突き崩され、その上に乗っていたチ級が舌打ちを思わせる鳴き声を発しながら別の家へと跳び移った。
243 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:28:47.14 ID:1kNqHEos0
「こっちへ!!」

チ級の軌道を眼で追いながら、彼女は私達の方に手を差し伸べてくる。

言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。だけど、今は時間的にも状況的にもその余裕がない。

そしてこの急場を切り抜けるに当たって、残念なことに彼女の“提案”は最適解だった。

「02、03!!」

∬メ;´_ゝ`)「「了解!!」」└(*・ヮ・*メ;)┘

『『ギュココッ!!?』』

私が声を上げるとほぼ同時に、阿音と鈴が踵を返す。その背を追おうと何体かの【寄生体】が飛びかかるけど、単調で纏まった軌道だったので一太刀で斬って捨てる。

「北方巡査、二田巡査!!」

(*‘ω‘ *#)「瓜生、左側をやるっぽ!!」

<ヽ#`∀´>「承ったニダ!!」

W号の停車位置は5メートルも離れておらず、ほぼひとっ跳びで二人が車体に取り付く。それと入れ替わる形で、保安官の制服に身を包んだ男女が路上に飛び出し膝射体勢を取った。

構えられているのは、ニューナンブM60。

(*‘ω‘ *#)「射撃開始!射撃開始!!」

<ヽ#`∀´>「喰らえ!!」

「ギャオッ!?』

『ぐぉっは!?」

吐き出された銃弾は、二発ずつ。レボルバー式のニューナンブでは弾幕展開など行えるはずもなく、計四発の.38mmスペシャル弾は眼前の【暴徒】と【寄生体】の大群に対して余りにも儚く頼りないものに見える。

だけど、放たれた弾丸は全て、正確に頭部を射抜きつつ敢えて斜めから側頭部に向かって貫通していくよう絶妙に射角が調整されていた。

『「『オゴぁッ!!?」』」

『『『ギギィッ!!?』』』

突出しようとしていた四人の【暴徒】は、何れも着弾の衝撃に耐えきれず弾丸に引っ張られているようにして派手に後方へと倒れ込む。当然路地に満ち満ちていた“群れ”への影響は甚大で、足を取られた後続の【暴徒】の進軍が止まる。
更に、その中で奇襲の機会を伺っていた【寄生体】達も出鼻を挫かれ突貫できない。

「良い腕ね!」

(*‘ω‘ *#)「そいつぁどうもっぽ!艦娘並びに同行者確保、撤収!」

<ヽ#`∀´>「了解!!」

“人海”による物量圧から開放され、私もW号の方へ駆けつつすれ違い様に鈴と同じくらいの背丈の女保安官に声をかける。彼女は一瞬だけ肩を竦めそれに応じると、相方の保安官と共に“群れ”へもう一発叩き込んで直ぐに私達の元へ合流する。
244 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:31:33.21 ID:1kNqHEos0
「戦車後退!」

li イ; ゚ -゚ノl|《り、了解です!》

ギャリギャリとキャタピラーが唸り、下敷きになっていた【暴徒】の残骸が生々しい断裂音を残してそこら中に飛び散る。1、2秒ほどの抵抗感を経て、W号の車体は急速にバックを始めた。

「左、撃て!次いで右、撃て!!」

<(' _'#<人ノ《あいよっと!!》

砲塔が、イヤイヤするように両側へ交互にブレる。“デサント”から振り落とされないようしがみつきつつ女保安官から投げ渡されていた耳栓を突っ込むが、至近距離の轟音は容赦なくそれを透過して鼓膜を揺らす。

『う、うわあああぁっ!!?」

『ギョオッ!!?』

『……ヂッ!!』

直撃弾を受けて、民家2つが立て続けに崩れ落ちる。加速し切る前に距離いを詰めようと突撃を再開しつつあった【暴徒】と【寄生体】が何体か巻き込まれ、その進路上で瓦礫が山を成す。
濛々と立ち込める粉塵に照準を妨害されたのか、遠くから再び舌打ちのようなチ級の声が聞こえてきた。

「『「らぁあぁっ!!!』」』

『『『ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」」」

正面の“主力”は足止めできたが、【暴徒】も【寄生体】も総数は艦内を埋め尽くすほどのものだ。私達が向かっていた方角にも当然多数が残っていて、西住さんたちもソレを虱潰しに殲滅してきたわけじゃない。
両側で家屋の塀を乗り越えて、或いは二階や屋根から飛び降りて、一気に6人の【暴徒】がW号に押し寄せる。

「『ぐぎゃあっ!!?」』

∬#メ´_ゝ`)「よいしょ!!」

「ふっ!!」

「『クキュッ……』」
『「ゴハッ……」』

2人が乗り損ねて落下し、跳ね飛ばされて塀に叩きつけられる。残る四人は乗ってきたが、左側は私がまとめて斬り伏せ、右側は阿音が89式の銃床で殴り付け叩き落とす。

「左へ曲がって!」

そして、目の前で“人の形をしたモノ”が半ダースも無惨な末路を迎えたというのに、西住みほはまるで動揺を見せないまま平然と次の指示を繰り出した。

『「『ヴォアあああああああっ!!!」』」

進路上──でありながら“後方”──に現れた新手の【暴徒】。数はざっと見た限り30をちょっと越えた程度か。
さっきまで対峙していた“主力”とは比べ物にならない寡兵だけど、勢いが凄まじく心なしか体格のいい【暴徒】が多く揃っているように見える。背走故に十分な速度を出し切れていないことを考えれば、押し止められるとまでは行かずとも衝突で排除しきれずにキャタピラーの破損等につながる恐れは大きい。

『「『ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!』」』

それを見越しての進路変更指示なのだろうけど、まぁ向こうも黙っちゃいない。曲がった分速度は更に落ち、うまくすれば追いつける千載一遇のチャンスなんだから当たり前よね。益々声を荒らげ、嵩にかかって押し寄せてくる。

『「『ゴガガガガガg」』」

「────Feuer!!!」

「『「コァッ…………』」』

意気揚々と私達が入り込んだ路地裏に差し掛かる“群れ”。

その真正面から、W号の75mm主砲弾が容赦なく叩き込まれた。
245 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:33:51.19 ID:1kNqHEos0
一つの“兵器”として見た場合、W号戦車は旧式もいいところだ。装甲厚、最高速、最大・有効射程、貫徹力、旋回性能………どれをとっても近現代の最新鋭戦車とは比べるべくもない。
対深海棲艦戦力として見れば尚の事で、カール自走臼砲や列車砲のような規格外でもない限り基本的には足止めすらろくに出来はしないだろう。

それでも、コレは“戦車”だ。単純比較では陸戦における最強兵器であり、王者。現代戦は対戦車火器も充実しているけれど、未だただの歩兵にとっては十分な脅威足り得る。

況してや、せいぜい角材や出刃包丁程度しか装備していない【暴徒】にとってその砲声は死の宣告に近い。

「ァ………ァ………』
『ゥ………グォ………」

W号がギリギリハマる程度の幅の路地、当然突入を測った“群れ”は密集する。
前衛の10人が飛来した砲弾に引き千切られ、中衛の10人は榴弾の着弾点周辺にいたばかりに肉の破片と化して宙をヒラヒラと舞う。後衛も内5人は爆風と砲弾の破片によって薙ぎ倒され、残る5人も吹き飛んできたかつての同胞の屍体や砕けたコンクリート塊の直撃を受けて虫の息で地面に転がっている。

「Panzer vor!!」

『キュッ」

障害が排除され、西住さんの指揮の下W号は再度動き出す。路地の出口付近で倒れていた生き残りが下半身を踏み潰されて微かに断末魔を上げていたけど、まぁ苦しみを長引かせない「介錯」として大目に見てほしいわね。右脇腹まるごとえぐり取られたような有様でそのまま放置されて生きてられるとは思い難いし。

それにしても。

(……結構、上手な発音だったわね)

Feuerはドイツ語で「発射」を、Panzer vorは同じく「戦車前進」を意味する言葉。

後者については、試合中実際に西住さんが発している様子がカメラで拾われている。その時の舌っ足らずな発音が可愛いったらなくて……コホンッ、ファンの間では言い慣れていない様子が初々しいということで人気の一因にもなった。
……その筈なのに、今口にした時の発音はとても流暢なものであるように感じられる。

前者に至っては、彼女が使ったことはただの一度もない。私が記憶する限り、黒森峰時代も含めて彼女の射撃命令は常に日本語で行われてきた。

そして、私の見間違いでなければ、砲撃を命じた時彼女の眼はほんの少し見開かれていたように思えた。

まるで、“何度も繰り返し練習していた単語を意図しないタイミングでうっかり出してしまった”とでも言いたげに。
246 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:36:19.95 ID:1kNqHEos0
(ドイツ語の授業でも履修していたのかしら……?)

学園艦の最大の設立理由は“海外に通用しうる人材の早期育成”であり、この理念の影響から各学園艦は英語以外にも多数の外来語を選択制の授業に取り入れている。
流石に大洗女子学園の授業内容まで網羅するほどの“フリーク”には私もまだ踏み入れていないけど、独逸語があっても全くおかしくはない。単語の内容にしても、片方は元から知っておりもう片方は「炎」などの極一般的な意味も含まれてる。授業で習うことはあるでしょう。

(だからおかしくはない………けど、ね)

では何故、この2単語を“癖になってうっかり思わぬ場で口走ってしまう”ほど練習する必要があるのか。
大洗女子学園はプラウダのようにチーム内に留学生がいるという事情もない。そこまで急ピッチにドイツ語を覚え習得する必要性というのは薄いはずだ。

ヨーロッパ全体があんな有様だから、例えば留学なんてできるワケもないのに。
そんな中で“現地人が聞いても問題ない”レベルで、よりによって“ドイツ語”を習得する必要がどこにあるというのかしら?

『────ボォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「………っ!?」

止め処なく溢れ出て頭の中をグルグルと回る思考は、でも今の私の置かれた状況を考えれば「余計なコト」でしかない。

まるでその事実を突きつけようとでもするかのように、低く、重く、長い咆哮が空気を震わせた。

『ボォオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「敵空母、起動!!」

大洗女子学園本校舎の入口辺りにどっかりと鎮座していた【軽空母ヌ級】。大きさなどから推察するに恐らくFlagshipクラスであるそれが吠えながらパッカリと口を開ける様を目にして、思わず私は僚艦にそうするようにして叫んでしまった。

『『『─────!!!』』』

ヌ級の声の余韻が収まる間もなく、続けて聞こえてくるレシプロエンジン音。空へと舞い上がった【カブトガニ】が、せいぜい10機程度ながら明確に私達の方へ進路を取り猛然と迫ってくる。

「敵機、来るわ!!6時方向!!」

(;*‘ω‘*)「にゃろ!!」

『───ッ!!!』

彼我の距離の兼ね合いから向こうはわざわざ後ろに回り込んでからの襲撃となったが、向こうの速度が巡航でも200km/hを超えるのに対しW号は最大速でも39km/h。当然振り切れるはずもなく瞬く間に距離を詰められる。
女保安官がニューナンブを一発空に向かってぶっ放すが、先陣を切った一機はあっさりと躱し射撃位置に着いた。
247 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:43:34.19 ID:1kNqHEos0
「右に寄せてください!!」

∬;´_ゝ`)「っととと!!?」
<ヽ;`∀´>「ハニダ!!?」

西住さんの指示に従い、右手側の塀にぶつかるようにしてW号の車体が道路の右側に走行位置を寄せる。襲ってきた衝撃を、男保安官と阿音が必死に車体を掴んで耐える。

└(*・ヮ・*;)┘「おわわっ!!?」
「お馬鹿っ!!」

因みに鈴はデサント体制でH&K PSG1を構えようとするという無謀極まった行為を試み、案の定落ちかけたため私が首根っこを掴む羽目になった。

└(*゚ヮ゚*;;;;)┘「ひゃあ〜……」

そんな彼女の足先スレスレを、機銃掃射が一筋駆け抜けていく。合成皮革の焦げる匂いが一瞬鼻孔を擽り、それは直ぐに鈴の全身から吹き出した膨大な冷や汗の饐えた匂いに上書きされる。

『『『────………!!』』』

W号の位置が変わった為か、後続機体からの追撃はなく敵編隊は一度飛び去っていく。

ただし諦めたわけじゃない。直ぐに旋回し、今度は私達の左手側から一斉に降下してくる。

「小銃を叢雲さんに!」

∬;メ´_ゝ`)「弾倉は入れ替えてあるわよ!」

「…ありがとう!」

投げ渡された89式小銃を受け取りながら、私は内心で戦慄する。

艤装はほぼ装備せず、中破中という今の状態でも、艦娘の膂力は人間を遥かに凌ぐ。小口径のアサルトライフル程度なら、落ちないように体を支えつつ片手で構えるなんて造作もない。
敵機の攻撃は機銃掃射。低速とはいえ移動中の、しかも装甲を持っている相手を目標とするなら自然肉薄が必須になる。連射可能な武器を艦娘である私に与え、即席の対空機銃座として使うという策は理に適っている。

その、“最適解”を。

この修羅場で、土壇場で、実際の“戦場”など一度も経験したことのない、年端も行かない少女が。

何故ほぼノータイムで導き出せるのか。

「堕ちなさい!!」

『『『ッ!!!?!??』』』

『『『………………ッ!!』』』

胸の内を満たす動揺を表に出さぬよう歯を食いしばりつつ、小銃を小脇に抱えて上に向け引き金を引く。
艦娘の動体視力に加えてアイツの訓練の成果もあるのに、多少の損傷ごときでこの程度の的に当たらなくなる道理はない。迸る火線が先鋒3機を貫き、後続も銃火に陣形を切り裂かれ大きく壊乱した状態で離れていく。

「主砲、11時方向指向!!照準、敵空母!!!」

その様子を眼にした瞬間、西住さんが一際声高に叫んだ。

「撃て!!!」

車体が揺れ、砲火が迸り、75mm弾が砲口から飛び出す。

砲弾はそのまま弧を描いて飛翔し、

『……ボォッッ!!?』

ヌ級Flagshipの表面装甲で、小さく爆炎を上げた。
248 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:45:09.02 ID:1kNqHEos0
.









(´<_`;)「……………おいおいおいおいおいおい!!!」

日本海上自衛隊一等海曹・流石乙矢(サスガ・オトヤ)は、双眼鏡越しに目にした光景に驚愕を禁じ得なかった。

共に布陣し防御陣地の設営──と言っても瓦礫の排除と塹壕掘りぐらいのものだが──を行っていた艦娘から言われた、「大洗女子学園の甲板上で深海棲艦のものではない“砲撃”が見える」という報告。

そんなことはありえない、どうせ気の所為、良いとこ深海棲艦の砲撃が暴発したのを見間違えでもした……要はただの誤報だと乙矢は考えていた。実際、大洗町並びに大洗女子学園が置かれている現状を鑑みればその判断が真っ当だ。
だがその艦娘が余りにもしつこく確認を求めるものだからメンツを立ててと双眼鏡で覗き込めば──今まさに、小さく弱々しいものではあるが、船尾の軽空母ヌ級Flagshipに間違いなく“砲撃”が突き刺さったのだ。

「ほーれ見たことか!それ見たことか!!あったっしょ!?やっぱあったっしょ弟さん!!?」

(´<_`;)「解った解った、俺も間違いなく見た!!」

艦娘としての優れた視力を以てやはり今の光景を視認していたらしい“報告者”───重巡洋艦・鈴谷に激しく肩を揺さぶられながら、乙矢も首肯する。
鈴谷のはしゃぎぶりは戦場にあるまじき、厳しい鎮守府ならそれだけで懲罰房送りにされかねないものだったが、乙矢としては初動でやや邪険に扱ってしまった負い目がある為不問にすることとした。

(´<_`;)「一先ずCPに至急連絡繋げるぞ!学園艦上で深海棲艦と交戦する存在が確認されたと………」

「なんて?」

(´<_`#)「だから大洗女子学園の甲板上で────」

肩を叩かれ、やや苛立ち気味に振り返ると、そこにあったのは迷彩服に包まれた分厚い胸板だった。
兄共々身長180cmを越え日本人の平均値を大きく突き放した身長を持っているにも関わらず、声が“頭上”から聞こえていた事に乙矢は気づく。

そしてよくよく見れば、左胸には菊の花と船の錨を組み合わせたような──国内において“提督”業に従事するもの全員が着用を義務付けられた胸章が縫い付けられている。

日本国内で用いられているものと違い、その色はまるで夕闇を切り抜いたような漆黒だったが。

「いや、急いでるところすまねえな。ただ、俺としても今し方気になる単語が耳に届いちまったもんでな」

(´<_`;)「………」

先程の慌てぶりはどこへやら、ゆっくり恐る恐る顔をあげると、そこには─────








.
249 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:46:42.11 ID:1kNqHEos0
.








「もう一度聞かせてくれ」

──────身長190cmを超えているであろう、ドウェイン=ジョンソンかアーノルド=シュワルツェネッガーと言わんばかりのすさまじい肉体を持ち、アルファベットの「T」が中央にあしらわれたマスクを被る、

( T)「大洗女子学園が、なんて???????」

筋肉モリモリ、マッチョマンの変態がいた。
250 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:54:11.43 ID:1kNqHEos0
.






先に述べた通り、W号戦車は兵器としては骨董品だ。曲がりなりにもヒト型にだってダメージ自体は与えられる第3・4世代戦車とは違い、駆逐艦の装甲殻すらろくに貫徹できない。

だから今のヌ級Flagshipに対する砲撃だって、向こうは恐らく痛くも痒くもない。実際ヌ級の上げた声も、驚きと困惑によるものでダメージからくる苦悶は響きに全く皆無だった。

『『『─────ッ!!?』』』

だけどその、蟷螂の斧に等しい筈の一撃が敵の警戒心を揺るがした。

何ら打撃にならないとは言え、母艦がそもそも“攻撃された”という事実。
その言ってしまえば無駄な“攻撃”をわざわざ実行してきたのが、短時間でいくつもの攻勢を巧みな戦術により切り抜けている相手という不気味さ。私が仮に指揮を採る立場だったとしても、“次の手”を用心して動きが鈍るだろう。

残る【カブトガニ】も、当然そうなった。さっきの射撃で乱れた隊列を大慌てで組み直し、母艦の元へと舞い戻り、そのまま厳戒態勢で上空を飛び回り始める。

「突入してください!!」

そして、“目的”を達成したW号は身構えるヌ級と直掩機の横を悠々と通り抜け大洗女子学園本校舎──正確にはその残骸──を潜っていく。

『『『……………、ッッッ!!!』』』

1分超の時間が経過しても“次”がないことで、ようやく向こうも西住さんに謀られたと気づいたらしい。やり場のない怒りに襲われた人間が何度も拳を握ったり開いたりするように、上空の編隊が数回に渡り隊形を組み直す。
ただ、都度私が89式小銃を構え牽制すると、既に十分な猶予を以てこちらが迎撃できる状態となったことを悟ってか尚も未練がましく忌々しげに旋回しつつヌ級の中へと戻っていった。

「『「ヴァアアアアアアアアアアッ!!!!』」』

『『『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

ただ、自衛隊や艦娘どころか艦内に取り残された人間の残党ごときに散々かき回されたという現状は、相当向こうのトサカを刺激したらしい。
元々周辺にいた連中の他に、恐らく後方から“主力”の一部も追いついたのだろう。数千は降らない【暴徒】と【寄生体】が、W号の後を追って次々と学園の敷地内に足を踏み入れる。
251 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:57:27.91 ID:1kNqHEos0
(;*‘ω‘*)「大層ご立腹だねぇ……穏やかじゃないっぽ!」

「ガァッ!?』

「このまま防護陣地まで撤退を!!」

女保安官が辟易とした表情でぼやきつつ、さっきと同じ要領で【暴徒】の先頭を1人射抜く。ほんの一部が進軍の足を鈍らせるものの、“主力群”の時と違って十分な拡散ペースがあるため効果としては遥かに薄い。
西住さんも当然迎撃という選択肢は取らず、一目散に離脱を図る。

「こっちだこっち、急げ!!」

「CT後方より敵追撃多数!!各位、戦闘配置崩すな!!」

ものの20秒と経たず見えてきた“防護陣地”と思わしきものは、当たり前だけど急ごしらえであることが丸出しの粗末なもの。瓦礫や煉瓦、廃材、鉄屑、トタン板、パンパンのゴミ袋、机や椅子や壊れた戦車のパーツ、とにかくそこら中にあるありとあらゆるモノを片っ端から積み上げたであろう高さ2〜2.5m程のバリケードで囲まれた、目算で凡そ直径400mぐらいと思われる空間。
その一角で鉄パイプや木材の束に有刺鉄線をグルグルと巻き付けた“門”に縄をくくりつけ一部の保安官が持ち上げ、W号に向かって必死に手招きしている。

「反転!!」 

“門”をくぐり陣地に入る直前、殆どドリフトに近い形でW号が停車しながら振り向き【暴徒】と相対する。多分冷泉麻子さんじゃないとは思うけど、それとタメを張れるレベルで操縦士は良い腕前だわ。

「指名、榴弾、水平射!……撃て!!」

「『わぎゃあっ!!?」』
『『グキャッ!!!?』』

突っ込んでくる“群れ”のど真ん中を射抜く砲弾。【暴徒】と【寄生体】がバラバラに打ち砕かれながら宙を舞い、開かれていた“門”に殺到しようと隊列が集約されつつあったことも手伝って連中の足が止まる。
その間に、W号は主砲口から砲煙を燻らせながら悠々と防護陣地の中へ入場する。

「閉門、閉門!“門番”班は総員再武装の後速やかに配置に着け!!」

(#*‘ω‘*)「瓜生、行くっぽ!私らも再度防衛戦闘に合流する!!」

<ヽ#`∀´>「ええい、サビ残上等ニダ!!」

「02、“門”の付近に合流!03、アンタは倉庫の方に!多分あそこに狙撃班が集まってるわ!!」

∬メ#´_ゝ`)「「了解!!」」└(*・ヮ・*メ#)┘

「無線機と一緒に自衛隊の方に何かしら銃火器を、叢雲さんに追加で89式の弾倉をそれぞれ渡してください!狙撃班、そちらに1名合流しますので弾薬の補充か武器の交換を!!」

西住さんの指示に従って保安官の1人が投げ渡してくれたマガジン数個を腰元に挿しつつ、阿音と共にバリケードを駆け上がる。……コッチの残弾数にまで気を配ってくださるなんて、至れり尽くせりで本当に末恐ろしい限りよ。
252 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:00:01.62 ID:1kNqHEos0
《射撃開始、射撃開始!》

「怯むな、数はさっきよりマシだ!」

「っ、でもなんかさっきより速いやつ多くない!?」

「畜生、それに【ヌタウナギ】もいやがる!!軽く100は越えてるぞ!!」

入場間際のW号による一撃も、流石に多少の撹乱が精一杯だったらしい。無数の足音が周囲から迫ってきていて、それに応じる保安官たちの怒号と無線通信、射撃音が鳴り響く。
私はバリケードの中からとびだした木材に足を架け、一気に身体をその頂上まで跳ね上げる。

「退きなさい!!」

『ガハァっ!?」
「ギュボッ!?』

着地したところで、丁度登ってきた【暴徒】1人と出会す。回し蹴りで頭蓋を砕きながら吹き飛ばし、動きの延長線上で膝射。ゴルフのパターグラブを持ってバリケードに取りついていた1人に単射を浴びせ沈黙させた。

『オオオオッ!!!」

「………ッチ」

直ぐ様、後続してきた別の【暴徒】がそのパターを拾い上げバリケードに手をかける。ソイツの頭蓋骨に風穴を空けつつ、舌打ち。
この防護陣地における「さっき」とやらは経験していないけど、今の奴らを見ると確かに阿音たちと合流する前に私が交戦した【暴徒】よりも心持ち動きが速く鋭い。

それが練度や個々人の身体能力によるものなのか、士気の高低によるものなのか、はたまた“別種”故の差異なのか……何れにせよ、まだまだ骨を折らなきゃならないみたいね!

「02、援護お願い!!」

∬#メ´_ゝ`)「はい、いってらっしゃい!」

<ヽ;`∀´>そ「ファッビョン!?」

「ウギュブッ!!?』

SIG SAUER P230を構え追いついてきた阿音への指示もそこそこに、陣地を包囲する“群れ”の中へと駆け下りる。今まさに突貫してきていた【暴徒】の一団10人ほど、その先鋒にいた1人を銃床の全力スイングですれ違い様に殴り倒す。

『うわぁっ!!?」

「クキュッ!?』

スイング体勢から突進に移行し、ショルダータックルの要領で1人の身体を跳ね上げ、その後ろに居たもう1人の襟首を掴む。

『「『グゴッ………」』」

頚椎がへし折れるようにしっかりと衝撃を与えつつサイドスローで投擲。
人体レベルの大きさと硬度、重量に艦娘の膂力が加わればその全力投球は十分すぎる殺傷力を有する。直撃した残り7人が口々に呻き声や断末魔を上げて薙ぎ倒され、そのまま沈黙した。
253 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:04:30.74 ID:1kNqHEos0
強引にこじ開けた一個小隊相当の“穴”。後続がそこを埋めきる前に、こっちからその中に滑り込む。

さっき保安官たちも無線でやり取りしていたけど、【暴徒】の勢いや見える範囲での【寄生体】の密度を見る限り恐らく今回の攻勢は前にこの“防護陣地”へ行われてきたソレよりも激しさが増している。
マジノ要塞にでも籠もっているならいざしらず、昭和の学生運動に毛が生えた程度のバリケードでこの兵力差を埋めきれるかどうかは怪しいところね。

先ずは、陣地の傍から“群れ”の前衛を押し返すことを優先する。

「邪魔っ!!」

『『クキャッ!!?』』

「うぉ………ック゛へ゛ッ゛!?』

早速跳んできた【寄生体】二匹をまとめてブツギリにし、転がった頭部を思い切り蹴る。弾丸の如く飛来した甲殻に膝を砕かれ前のめりに倒れ込みかけた【暴徒】の胸元を、拳で突き上げ心臓を潰しつつ無理やり起こす。

『キョ?───ゥケ゛ッ』

3匹目の【寄生体】は私の喉笛を狙っていたようだけど、目の前で突然屹立した180cm超えの肥満体二台して反応しきれずその背に突き刺さる。前面まで貫通してきてキョトンと鎌首をもたげたソイツに、上からブレイドを叩き込みまた頭を斬り落とす。

『げぐぅっ………」

「この──ヲバッ!?』

『「『いぎゃぁっ!!?」』」

落ちた頭を手に取り無造作に放り投げ、そちらで上がった悲鳴を聞き流し逆側からクワを持って突進してきた女の腹をブレイドで刺し貫く。
同時に小脇に抱えた89式小銃の引き金を押し込み、出し惜しみなしのフルオート射撃。正面で一気に14、5人が血の海に沈む。

∬#メ´_ゝ`)「駆逐艦・叢雲を援護!各位、バリケード中層部まで前進!」

(#*‘ω‘*)「拳銃の弾だって潤沢じゃねえんだ、無駄弾は許さねえっぽ!一発外す度に一食抜きだからな!!」

<ヽ;`∀´>そ「ブラック職場も良いところニダね!?公務員にあるまじきパワハラニダ!!」

「ぶぁっ!?』

『カヒュッ────」

ある程度前線を押し上げたところで、阿音たちが本格的な支援射撃に移る。
全員が拳銃装備のため当然弾幕や火線なんて大層なものは張れないが、“群れ”がとりわけ密集している地点に的確に狙撃を浴びせてくれるため【暴徒】の隊列がこのあたりは大きく乱れて大層やりやすくなってるわ。

(*‘ω‘*#)「間違ってもバリケードから完全に降りるなっぽ、却って叢雲ちゃんの足手まといになる!」

<ヽ;`∀´>「チッ、校門の方から新手が入ってきてるニダ!各位、注意を!!」

特に、さっきの女保安官とその相方、この2人の射撃の正確性は図抜けている。今のところ、見ている限りは正真正銘の「百発百中」だ。

こと狙撃だけなら、結構真面目に“海軍”でも即戦力になれるんじゃないかしら?
254 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:16:34.88 ID:1kNqHEos0
寡勢が大群と相対する際に、重要なのは此方の戦力を如何に“集中”するかだ。

テルモピュライのスパルタ然り、イッソスのアレクサンドロス大王然り、桶狭間の織田信長然り、沖田畷の島津家久然り、硫黄島の栗林忠道閣下然り。歴史を紐解いても、少数兵力側が戦況を覆すか大いに善戦した時は、基本地形や天候を利用して“真っ向勝負”が起きないようにするところから始まっている。
そこに敵の油断や混乱、彼我の練度・兵装差が加わることで、初めて物量差を覆すだけの余地が生まれるってわけ。寡兵が大軍を何の変哲もない真っ向勝負で打ち破るとしたら、それこそタイムスリップした直後で弾薬が潤沢な自衛隊と戦国の侍軍団くらい兵装格差がないと無理でしょうね。

その点で鑑みれば、私達はよくやっている。お粗末とはいえ“防護陣地”に拠って敵勢の大半を引き付けつつ打撃し、その上で艦娘──つまり私という最強ユニットの衝撃力を一点に集中させて一部を突き崩しつつあるのだから。
現に影響は既に出始め、私が“群れ”の中を斬り進む毎にそれの穴埋めと対処に追われてバリケードそれ自体への取り付きが徐々に少なくなっている。

「っふ!」

『ポキョッ⁉』

特に【寄生体】の動きは顕著で、“防護陣地”の方に向かった個体は無線に耳を傾ける限りほぼ皆無だ。アレが陣地への大挙攻勢に出ていたら火力的に押し止めるのは極めて困難だったろうし、効果として特に大きい。

だけど………“勝つ”なら、もうひと踏ん張り必要よね!

「『ヌコパッ!?」』
『「アギヒッ…』」

89式の弾倉を入れ替え、再度出し惜しみなしのフルオート射撃。10人前後の団体様に鉛玉の特盛を御馳走するとそのまま小銃を背中に回し、二本目のブレイドを抜き放ってもう一方の手に構える。

「合わせて!!」

「うごおあっ!?』「ふぐぅっ……』『げぉっ……」

無線に向かって叫び、即座に駆け出す。早速迎撃に来た一人の頭蓋に飛び蹴りを食らわせ、その後ろに居た二人の喉笛に同時にブレイドを突き立てる。

「はぁあっ!!!!!」

更に踏み込み、“群れ”の中へ。奥へ。両手のブレイドを次々と振るい、とにかく当たるを幸いなぎ倒し斬り伏せていく。
太った男の首を飛ばし、眼鏡を掛けた女の胴を両断し、跳んできた【寄生体】の口内に切っ先を捩じ込み引き千切り、ただひたすらに前へ。

(っ……ぷぁっ───)

辛うじて戦闘動作に影響しないギリギリの範囲で深く息を吸うけど、正直大分限界は近い。
艦娘が人間の形を取りながら人間を遥かに凌駕する身体能力・運動性能を発揮できるのは、艤装の補正を受けた上でそれを更に【船体殻】が吸収緩和してくれるから。その出力が大幅に落ちている状態──即ち中破・大破が起きていれば、当然艤装火力だけでなくこうした基礎的な部分にも大きく影響する。
255 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:24:02.70 ID:1kNqHEos0
腕は痺れ始めているし、肺は少ない酸素を必死にやりくりして正に青息吐息、脚だってまるで満杯まで入れた輸送用ドラム缶を鎖で繋いで動かしているかのような重さだ。

現時点での“全力”を振り絞っての戦闘から、せいぜい2分か3分しか経っていない。けれど、あと5分この状態を保てるかも怪しいものわね。
まぁその間に7、80人は斬ったけど、今現在押し寄せてきている全体量からしたらまるで足りない。仮に私がここで力尽きれば、後続に飲み込まれて間違いなく一巻の終わり。

けれど、それでいい。

元より、自分の限界が近いことは承知の上。1時間も2時間も戦おうとか、一騎当千でこの“群れ”を殲滅してやろうとか、そういう高い志は端から持ってない。

(あとは中の連中が、“意図”を汲んでくれてるかどうか………っ、ね!)

『『ギュボァッ!?』』

突貫を開始する直前、無線へ叫んだ一言。主語も指示語もなく、事前の打ち合わせもない。あの中では一番長い阿音と鈴ですらせいぜい付き合いは2時間ほどで、“つうかあ”の意思疎通なんてものが期待できる人員もいない。

それでも、私は賭けた。あの中で誰かしらが、長々語らずとも私の“意図”に気づいてくれることを。

《機動隊並びにドラゴンさんチーム、キリンさんチーム、フェニックスさんチームは北方の“ゲート”前に集結!突撃態勢を取ってください!》

そして、案の定というべきか。

私の“意図”に気づき、行動を起こしたのは。

この場で最もそのことを期待し…………同時に、そうなってしまうことを最も恐れた、【大洗の軍神】だった。

<(' _'#<人ノ《射角調整ヨシ!弾種榴弾、装填ヨシ!!》

《撃て!!》

号令一下、砲声。軽快な風切り音と共に、75mm弾が陣地から飛び出す。

『「『ぐわぁああああっ!!!!?」』」

砲弾は私の到達地点から10M程離れた位置に突き刺さり、火柱が逆巻く。優に30人は軽く超えるであろう【暴徒】が、爆風に煽られ火に焼かれ破片に薙ぎ倒される。

《開けてください!!》

直後、先程W号を収容した“門”が、再びゆっくりと持ち上げられた。
256 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/27(木) 23:37:39.52 ID:898rXpAV0
包囲は、この時点で既に大きく綻びつつあった。

防戦を開始した地点から“門”の前付近まで一気に打通した私の突貫は、さながら手練の筋者が扱うドスの如く“群れ”を深く抉っている。
単純な損害の大きさに加えて、艦娘である私が大暴れしながら“群れ”をどんどん食い破っていく有様は当然向こうにとって愉快な状況から程遠く、損害の穴埋めと私への対処に動きざるを得ない。

結果として“防護陣地”への攻勢が全面的に「鈍化」を通り越して「停止」に差し掛かりつつあった中での、W号による砲撃。正しく穴埋めと私への対処に出向いてきた四個小隊相当の戦力が一瞬で壊滅し、深海棲艦側は致命的な混乱状態に陥った。

《門前、全迎撃隊に伝達!攻撃を開始してください!!》

【大洗の軍神】は、機を逃さない。無線越しに号令が飛び、“門”から一気に“軍勢”が打って出る。

「Giraffe Teamは右を!Phoenix Teamは左をやれ!

Dragon各位は中央に火線を集中、てめえらのソレより貴重な“タマ”だがケチるなよ!!ありったけバラまけ!!」

「「「了解!!」」」

仰々しい名前で呼ばれていた3個分隊ほどは、その全員が恐らく陣内においては極めて貴重であろうサブマシンガンや89式小銃──連射ができ、“火線・弾幕展開”を可能とする銃火器で武装していた。

「ぐぁあ……』
『グギッ!?」
「『「ぁあぁあああああああっ!!!?』」』

一斉に放たれるフルオート射撃が、“群れ”を更に大きく激しく突き崩す。雨あられと降り注ぐ銃火に【暴徒】達はドミノの如く薙ぎ倒されていき、“門”の前に形成されていた空白が放射状に伸びる弾幕の軌道に従って外へ外へとどんどん広がっていく。

「敵包囲網、急速に後退!突貫スペースを確保!!」

「よし、機動隊突撃しろ!いけぇ!!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」

銃火器部隊が火線を維持しつつ“群れ”の穴を掻き分けるようにして左右に分かれ、その後ろから進み出る目算約一個中隊ほどの人数。

彼らは時代錯誤な“鬨の声”を上げ、隊列を組み、さながら古代ローマの重装歩兵の如く一つの塊となり、とりわけ大きく崩壊した“群れ”の一角へ突撃する。
257 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/27(木) 23:41:19.19 ID:898rXpAV0
元々日本の警察組織は、本来ある意味において自衛隊以上に“銃火器”の使用に対する制限が厳しい。ただその分、彼らの多くが対人格闘術に特化している。
逮捕術と呼ばれるこれらの技術は、護身並びに反艦娘的な思想の持ち主に襲撃された際の“最大限穏当な対人制圧術”の一環として艦娘の訓練過程にも組み込まれるほどだ。

まぁ、“あの”鎮守府には当て嵌まらない生ぬるい基準だけど。私が最初に学んだのは、「如何にすれば3人以上の頚椎をいっぺんにへし折れるか」だったわね、確か。

「突っ込めぇ!!」

「「「どりゃああああっ!!!」」」

ともあれ、たった今カチ込んでいった保安官たちもまた、そうした日本警察の伝統をしっかり受け継いでいるみたいね。

或いは、“学園艦の中という物理的にも政治的にもより厳重な制限が敷かれている環境だからこそ、自然とより鍛え上げられたのかしら。
総崩れの様相を呈しているとはいえ今なお膨大な質量を誇る“群れ”に対して、彼らの突撃はまるで力負けしていなかったわ。

「『「ぐぐぁあっ!!?』」』

『ギギィッ!!───ケクッ』

一糸乱れぬ、一部の隙間もないスクラムを組んだ先鋒30人ほどによるシールド・バッシュ。その2〜3倍にはなろうかという人数の【暴徒】が互いを押し合い、互いの脚を掬いながら後ろに跳ね飛ばされ更に大きく隊列を乱す。
隙間をくぐり抜けて飛び掛かった何匹かの【寄生体】も、構え直されたライオットシールドにぶち当たり遮られ直後に車庫から飛来した狙撃に射抜かれ尽く沈黙する。

「もう一発、かませぇ!!!」

「「「どぉおらぁああっ!!!」」」

恐らく指揮官格の、アメリカンフットボールでクォーターバックでもやってそうな身体つきをした男の号令。
雄叫びと共に【機動隊】は前面の【暴徒】たちにもう一撃浴びせ“群れ”の中に踏み込むと、両者が入り乱れての本格的な乱戦が始まった。

「うおっ、ふぅんっ!!」

『ぐぁはっ!?」

「せいやっ!!!」

「ゴフッ………』

多少、動きが素早かったり士気が高かったりはするのかも知れない。けれど、所詮【暴徒】は【暴徒】。元が一般人であり、大半は特別な格闘戦や対人制圧術の訓練を受けたわけでもない。単純な一騎打ちでは、技量的にもスペック的にも差は如実に現れる。

「うらぁああっ!!!!」

『ゴッ────!?」

加えて、この機動隊は“覚悟”が違う。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/07/28(金) 08:53:37.10 ID:v/s5I2+QO
2日連続更新おつです
マッスル提督ついに大洗到着
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/07/29(土) 09:47:15.28 ID:fStM5nz20
夏休みで舞い上がってる小学生かな?
部外者が野次飛ばす時はsage進行って覚えといてね
260 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:18:45.55 ID:YMhrknSl0
グシャリ。

重く、鈍く、何かが潰れたような打撃音が響く。視線をやれば、丁度警棒を振り切った体勢の保安官と、その前で地面に勢いよく叩きつけられた【暴徒】1人が目に入る。

「クコッ…………』

斃れた【暴徒】の側頭部は、踏み潰されたアルミ缶のごとく歪に凹んでいた。

「っふ!!」

年齢的には初老に差し掛かっているその保安官は、年齢相応の“手練”らしい。返しの動きで更に2人の【暴徒】に向かって繰り出された打撃は、どちらに対しても無駄がなく正確だ。

『オグォッ……」
「いでっ、あぎっ!?』

片方の喉笛に、突きを。
もう片方の腹に膝を入れ、くの字に体が曲がったところで首筋に全力の打ち下ろしを。

実に迅速かつ的確に、彼の打撃は向かってきた【暴徒】達の“急所”を打ち据える。

「うぉりゃあ!!!」

『ガブッ!?」

「【ヌタウナギ】に気をつけろ、奴ら隙間から突然来るぞ!!」

「ぐぁっ!?』

「っ、どいてよ!!」

「『ウガッ……」』

いや、その保安官だけじゃない。より年季の入ったベテランから今年入ったばかりと思わしき若い隊員まで、男も、女も関係なく。
突入した機動隊の誰もが、容赦も加減もなく全力全速で【暴徒】達の急所目掛けて自らの得物を振るっている。

「面っ!!」

『ぎゃっ…」

そも、警棒を使っている人数自体全員ではない。

例えば、今しがた巨漢の【暴徒】を打ち倒した保安官が構えているのは、日本刀。商業区の土産屋が外国人観光客向けに取り扱ってもいたのだろうか、模造刀らしく逆刃にはなっているため“斬る”ことはできない。
けれど、しっかりと体系的に武道を学んだ人間が取り扱えば、鉄製であるそれは充分な殺傷力を伴う。現に振り下ろされた【暴徒】の頭は縦に深々と割られ、脳漿と血を撒き散らしながら崩れ落ちていく。

他にも、鉄パイプに釘を打ち付けたバット、角材にコンバットナイフ、ステンレス製の杖、どこで拾ってきたのやら青龍刀なんてものまで──無論これも模造刀だけど──見える。総じて、全体の3割程度が警棒以外のものを………より高い“殺傷力”が得られるものを装備し、戦闘に参加していた。
261 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:21:57.80 ID:YMhrknSl0
銃という火器の普及によって、戦争は一時期国家総力戦を前提とするほどに大規模化した。中世頃から現れた“銃”という兵器の存在は、それだけ革新的だった。男女差も年齢差も皆無とは言えないが現れにくく、剣術や槍術と違って身体的欠損でもない限り本当に誰でも兵士に仕立て上げられる魔法の筒。

その“魔力”が最も大きく現れるのは、殺人に対する罪悪感の軽減。

離れて撃つから、殺人そのものに対する現実味が希薄になる。仮に向こうも武装していて銃撃戦になったとしても、直接斬り合い殴り合うより“殺し合い”という行為に対して抵抗感が遥かに緩和される。加えて根本的な必要所作は“引き金を引く”だけだから、“慣れる”までも早い。

「そぉれい!!」

「そっちから二人来たぞ、抑え込め!!」

「【ヌタウナギ】だ!気をつけろ!!」

さっきも述べた通り、ただでさえ日本の警察は殺傷に対するハードルが高い。血眼になって包丁を振り回してるパンイチの狂人に対してすら、実際に銃を抜けば気高き平和の使者の皆さまが「野蛮だ」と口を極めて非難する。
一応は深海棲艦という存在によって武器の使用が良くも悪くも“日常的”になりつつある自衛隊より、ある意味では“武力”の使用制限は重い。況してや学園艦所属の保安官なら尚更でしょうね。

「コアッ!!』

「っ……だらぁっ!!!」

なのに、今まさに【暴徒】や【寄生体】と交戦中の機動隊の面々は、武器を振るう手を止めない。銃撃どころか、よりはっきりと自分たちが“人体”を破壊していると突きつけられる、時代と文明の進歩に逆行した「白兵戦闘」に身を投じる。

無論、お世辞にも淡々と、とは言えない。深海棲艦が最初に東南アジアを襲った折は艦内で連絡船や飛行便発艦所に押し寄せた暴動寸前の住民を何度か鎮圧したというから、練度はそれなりにあるのだろう。ただ、その時の目的はあくまで“制圧”、殺傷じゃなかった。
今この瞬間、艦内住民を守るはずだった自分たちの手でその住民の形をしたモノに武器を振り下ろす時、きっと彼らの感情は身を焼かれ引き裂かれるに等しい苦痛を味わっている。

でなければ、自分たちの得物を叩きつける時に、誰も彼もが殆ど悲鳴に近い雄叫びを上げてはいない筈だ。
262 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:22:56.84 ID:YMhrknSl0
それでも、彼らは武器を振るう手を鈍らせない。どれ程自分たちが信じていた“正義”に反する行為でも、どれ程自分たちの“心”を踏みにじり傷つける行為であっても、機動隊員たちは血反吐を吐くようにして感情を撒き散らしながら【暴徒】を薙ぎ倒し続ける。

後ろにいるであろう避難民を守るために、その身を以て盾になる。永久に魂に刻み込まれるであろう業を、咎を、明確に存在する命のために自ら背負う。
そんな彼らの決意が、“覚悟”が、強烈な熱風となっていくさ場に吹き荒れ、徐々に前線を“陣地”から引き離し始めた。

『『キィアアアアアアッ!!!』』

「くっ……きゃあっ!?」

……まぁ、その、ねえ?機動隊の突入を“誘発”した責任も、あるわけだから。








「───退きなさい!!」

『『キュコォッ!?』』

「!?」

私がその熱に当てられちゃうのは、割りと仕方ないことよね!ええ!!

全っ然!これっぽっちも!大洗女子学園に関わることだから入れ込みすぎてるなんてコトにはならない、自然な流れだもの!!
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/08/24(木) 09:02:58.36 ID:K4QawAKw0
更新おつです
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/02/10(土) 18:55:55.37 ID:wu/6Dwb20
保守
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2024/03/04(月) 18:51:50.62 ID:W6PYPV1kO
続き待ってます
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/04/23(火) 12:51:13.81 ID:3eXHPaRu0
私も待ってますよ
267 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/12(金) 23:47:38.50 ID:eHYGMVxz0
ブレイドを一振り。まとめて5、6匹の【寄生体】を叩き斬る。夕闇の中でも容易く解る、ヌメヌメとした気色悪い光沢を放つ胴体の束がボトリと地面に落下し、其の向こう側で面食らった様子の【暴徒】が一人棒立ちになっている。

「ウギェッ』

『ゲファッ……」

顔面を鷲掴みにし地面に叩きつけ、そのままブレイドを逆手に持ち替えつつ後ろに突き出す。挟み撃ちを狙った別の一人が胸板を貫かれ、血反吐を撒き散らしながら私の背にもたれかかる。

『キェエエエエエエえ゛ぅ゛ッ」

家庭菜園でもやってたのかしらね、割烹着に麦わら帽とフェイスガードという出で立ちをした年配女の【暴徒】がスコップを振り下ろしてきた。今し方背に乗った“盾”を翳して受け止め、“盾”ごと刺し貫きつつ蹴り飛ばす。

『ギィッ………キキャッ!!?』「ロヴッ……』『ゲヴァッ!?」

その背を突き破って現れた寄生体は首根っこをひっつかみ、即座にブレイドを引き抜いて三枚卸に。踏み込み、横薙ぎで一閃。一気に数人の【暴徒】を斬り伏せる。

止まることなく突貫。斬撃を連ね、屍を重ねる。

「──っくぅ………!」

だけど、嗚呼もう。

情けないったらないわね、限界が近いって自覚はたしかにあったけど、ここまで深刻だなんて。
たかが15人、たかが数秒。その僅かな“運動”で、息が乱れ、身体から力が抜け、前のめりに崩れ落ちて膝を着く。

『「『アァアアアアアッ!!!」』」
「『「ギィイイイイイッ!!!』」』

最大の脅威かつ障害が無防備にど真ん中で膝をついたとあり、“群れ”のボルテージが一気に跳ね上がる。仮に捕らえるつもりだったとしてもそのまま圧殺されかねないほどの勢いで、【暴徒】と【寄生体】が私に向かって殺到する。

「───突入ーーーーーーー!!!!!」

「「「ぉおおおうっ!!!!!」」」

その全方位から押し寄せてきた幾千の“人の波”をこちらに達する前に堰き止めたのは、僅か数十人からなる“人の壁”。
268 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:48:25.38 ID:eHYGMVxz0
盾を構えた学園艦機動保安隊、その数はせいぜい50に届くかどうか。包囲している“群れ”の規模からすれば、寡兵という言葉さえ生温い圧倒的な物量差ね。

だけど機動保安隊の面々は、食い止めていた。それも驚嘆すべきことに、ほぼ完璧に。1人2人の突破も、1メートルの後退も、ただの一揺れすらなく、頑強に“波”を遮っている。

「ゴッガァッ!!!』
『ギィッ、ギィッ、ギィッ!!!!」

「っおおおお………腰に、腰に響く………!!」

「畜生、せっかくいいゴルフクラブなのにそんな使い方するんじゃねえ!!」

「班長、今は結構こっち側にも刺さるんでそれ!!」

無論、流石に余裕綽々からは程遠い。練度なんかなくてもその物理的重量だけで十分な脅威と成り得る人数が血眼で殺到し、しかも接触した前面の連中は狂乱状態で武器を振り下ろしてくるのだから。たった一個小隊分の兵力でこれを止めただけでも勲章・階級特進モノだけど、そうしていられる時間は決して長くはない。
多分、せいぜいあと一、二分ってところでしょうね。

それでも、時間は稼げた。例えインスタント食品の調理に間に合うかすら微妙なラインの僅かなものであっても、“群れ”による攻勢は寸断され、停まった時間が出来た。

どれ程短くはあっても、それは大きく明確な“隙”。

そして。

《────指揮車より狙撃班各員に伝達!!》

バリケードの中から采配を振るう“軍神”は、その隙を逃さない。

《白兵戦発生区域の接敵面に全火力を集中!【ヌタウナギ】を優先排除しつつ、敵前衛を崩してください!!》
269 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/12(金) 23:54:45.46 ID:eHYGMVxz0
└(*・ヮ・*)┘《心得たぁ!!》

『グプッ!?』『プギァッ!?』

西住さんの号令に、いの一番に応えたのは鈴だった。有言実行、明朗快活な返事と共に放たれた弾丸は、一発で今まさに機動保安隊の前衛に向かって跳躍した2匹の【寄生体】──恐らくは西住さんたちにとっての【ヌタウナギ】──を纒めてぶち抜きその頭部を吹き飛ばす。

└(*・ヮ・*)┘《いっえええええいナイッショー!!》

《五月蝿えぞ、はしゃぎすぎだ阿呆!》

《だが“Nice shot”なのは事実だ、狙撃班各位は牛尾巡査に続け!!》

《畜生、何で俺は国民を、住民を狙って…………撃っ……て………!》

《“今”は化け物だ!…………そう、思い込め!!》

無理からぬことだけど、機動保安隊同様決してその心中は穏やかじゃないようね。……鈴はどうだかちょっと判別つかないけど。

「ゴペッ!?』
『ウギムッ」
「ぎゅプッ……』

ただ、それで狙いが疎かに、とはならない。飛来する弾丸は全て、寸分の狂いなく首や胸、喉笛など【暴徒】たちの急所を射抜いていく。

敵兵力の漸減・撃滅を主目的とするなら、本来狙撃は適切な攻撃手段とは言い難い。万に届こうかという圧倒的物量に対し即効性があるのは相応の火力を用いた面制圧火力であり、例え一撃一撃は必殺でも削れるのが“点”では焼け石に水。ただ闇雲に撃つだけなら足止めの役割すら禄にこなせないでしょうね。

『ギピイッ……」
「うわっ!?おい、邪魔すnブギュルッ』

だけど鈴たちの射撃は、機動保安隊と“群れ”の接地箇所………さらにその中でも、【暴徒】や【寄生体】による流入の動線部分に集中している。

『ファゴッ!!?」
『『ギギイッ!!?』』

規模が超超超ド級とはいえ、ここは船の甲板上。通常の地上戦よりも更に空間が限定された戦場だ。その中で半径200m程度の空間に万単位の兵力を注ぎ込むとなれば、動線維持の重要性はこの“群れ”の継戦能力そのものと直結する。

然るに、大軍勢が殺到・密集している状況下で、その動線で例え数人ずつ、数体ずつでも倒れる者が現れ続ければ。

『いぎぁっ!?」
「おい、退け……ギュフッ』
『ま、また撃たれたァ………!」

攻勢自体が、大幅に停滞する。
270 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:56:04.05 ID:eHYGMVxz0
末恐ろしき我らが指揮官様は、まさかと思うけどこの効果も見越して…………いえ、愚問だったわね。

ここまで散々あの神算鬼謀ぶりを見せつけられてきて、今更これに関してはただの偶然を疑う方がどうかしてるもの。

《撃て!!》

見てみなさい。まさしく今し方放たれたW号による砲撃なんて、狙撃班の火線集中で取り分け大きく混乱が生じていた動線部分に直撃ドンピシャリよ。

「指揮車による支援砲撃が弾着!【暴徒】前衛、損害大!」

「よし!そぉれ押し返せぇえええ!!!!」

「「「おおおおおう!!!」」」

「うわわわっ!!?』
『ギャアッ、ギャアッ………クピュッ』

前線兵力の単純な大幅減と、これを補う後続流入の動線における混乱。戦術的にも物理的にも、機動保安隊に対する圧力が急速に弱まる。
それに伴って機動隊は姿勢を「耐久」から「前進」に変更し、私の周囲やバリケードから“前線”を引き剥がしていく。

「射撃準備!!」

「了解!……各位、装填及び動作再確認!!」

少しずつ、ゆっくりと、だけど確実に歩を進めていく機動保安隊。

その後ろには、背を丸め彼らに隠れるようにして、更に何人かの人影が続いている。

「目標ラインに到達!!」

「バッシュ!!!!」

『グガァッ!!?」「げぃんっ!?』『ギギギィッ!!!』

「伏せぇ!!」

14〜5m程前進したところで、機動隊は全員で一際強く盾を押し出し、押し寄せてきていた【暴徒】や【寄生体】を一気に跳ね飛ばす。元々私の突貫と狙撃班による継続的なハラスメントで浮足立っていた“群れ”の陣形は、この一撃を以て決定的に崩れた。

すかさず、前衛部隊がしゃがみ込む。入れ替わりに立ち上がるのは、後続していた別の隊員6名。

「射撃開始、フルオート!!」

彼らが構えるのは、89式小銃及びH&K MP5。
271 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:58:47.19 ID:eHYGMVxz0
『ウギッ……」「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!?』『逃げ………ぶぼっ」

『『『ギャッ、ギャッ、ギィッ!!!』』』

一斉に火を吹く6つの銃口。六方へ伸びた火線は、容赦なく進路上の人体を引き裂き、薙ぎ倒す。

【寄生体】の方は、流石にそこまで芳しい戦果とは言い難い。89式の方なら正確に命中させれば撃破もできるでしょうけど、何分弾幕展開を重視するなら精度は犠牲になる。
けれど、牽制としては十分過ぎる効果を発揮し、銃火の圧に押し止められて十数体にも及ぶ“ダマ”が突入を遮られてグネグネと気味悪く蠢いている。

『ギギギッ──グキャッ』
『『『ギィいいいいいいアァアァアァアアアアアッ!!!?!?!』』』

業を煮やしたらしき“ダマ”は、数と耐久力に物を言わせて強行突破しようと弾雨の中突貫の姿勢を見せた。
でもその試みは、量と殺傷力を大幅に増した新たな弾幕によって頓挫する。

《【ヌタウナギ】群体に弾着!効果あり、多数撃破!!》

∬#´_ゝ`)《ドイツの科学力は世界一ね!まぁこの機関銃厳密にはスロバキア製だけど!!

照準維持、尚も火線展開!》

《了解!》

バリケードの一角に備え付けられていた、ブルーノVz.37重機関銃。W号の予備装備を持ち出しでもしたのだろう、第二次大戦式とはいえ7.92mm口径を誇る弾丸は、【寄生体】の胴をミンチにし頭部を打ち砕き当たるを幸い蹂躙していく。

“ダマ”が沈黙しただの屍の塊になるまで、要した時間はほんの数秒だった。

「───ふぅっ!」

そして、機動保安隊のファランクスからブルーノの掃射に至るまでの時間で、私は………さっきみたいな“軽い運動”程度なら数分こなせるだけの体力を取り戻している。

「盾を!!」

「おうさ!!」

私の叫びの意図を汲み取り、特にガタイがいい機動保安隊の内1人が反転。膝を着き、ライオットシールドを自分の体に立て掛けるような形で構えた。

さながらスキーのジャンプ台………って、この表現はちょっと正確じゃないわね。

だって、“さながら”どころか用途はジャンプ台そのものだし。

「いよっっ!!!」

土台の役を担う保安官は威勢のいい掛け声とともに、私が足を乗せると同時に盾を思い切り跳ね上げる。おかげでより高く、より大きく跳躍できた私の身体は、壊乱している前線を悠々と飛び越えていく。

『『ギョキャッ』』
「なんっ……グウサン!?』

【寄生体】数匹の頭部を踏み砕きながら着地した先は、まだ幾らか統制を残していた集団のド真ん中。
眼前で驚愕に目を見開いていた【暴徒】を、裏拳でそのままぶっ飛ばす。

「っはぁあああああああっ!!!!!!」

全身を捻り、ブレイドを構え、全力で振り抜きながら一回転。

周りを囲んでいた【暴徒】と【寄生体】、併せて20体ほどの敵影が一気に切り裂かれた。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/16(火) 14:33:54.14 ID:AiBTEnhm0
ちょっと見ない間に更新されてた!
執筆おつです待ってました
これからも待ってます
273 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/22(月) 23:12:02.11 ID:XXdSh8X20
即席で実行した“空挺強襲”の効果は、絶大だった。戦場の空気が大きく変わったのを、どこぞの人としての汎ゆる機能を脊髄に集約して生まれてきたキングダム及びクソ映画フリークの司令官様風味に言うなれば、敵勢から戦意の“火”が完全に消え去ったのを肌で感じる。

まぁ、ただでさえ前線は機動保安隊との交戦地点を中心に総崩れの様相を呈しつつある中だし無理もないわね。その混乱を収めるために進出させた後方予備戦力に艦娘が空飛んで斬り込んできただなんて、深海側からすれば驚天動地もいいところでしょうよ。
おまけに奇襲開始からコンマ1秒で増援は二個分隊相当の兵力を喪失。私がそれをされた立場だとしたら、そこら中のものと司令官に八つ当たりしてるもの。

『か、艦娘だ………あばっ!?」

「アギャッ』『ひぃっ……ごえっ!?」

『『『ギギャアッ!?』』』

とはいえ、攻め手はまだ緩めない。どれ程立て直しが不可能に近い崩れようだろうとも、ここまで散々に討ち破って尚横たわる物量差は極めて膨大。今押し寄せてきている“群れ”が完全に敗走・撤退を開始するその瞬間までは、一体でも多く敵の数を減らし続ける。

………統制は失いつつも個々でまだ飛びかかってくる【寄生体】はともかく、混乱の坩堝に陥り逃げ惑うだけが大半の【暴徒】に刃を振り下ろし突き立てる作業は、愉快からは程遠いものだったけれど。

「邪魔っ!!!」

『『『グケケケッ!!?』』』

それでも、その「司令官がたまに視聴してる“お宝”と称されたこの世で最もその単語から遠い映画のようなナニカを30分以上視界に入れてしまった時」のものを1000倍ほど酷くした気分を抱えながら、手は止めない。
反転攻勢の流れを作ったさっきの突貫より更に速く、激しく、斬撃を繰り出し続け屍を周囲に増やしていく。

「たぁっ!!!!」

『ぶごぁっ!?」『ギャインッ……』

《機動保安隊各位、突撃準備!

射角調整、指名榴弾!……Feuer!!》

<(' _'#<人ノ《装填完了、発射!!》

「「「おおおおおおぉおおっ!!!」」」

最早一周回って憎らしさすら感じるほど聡い“軍神”は、私が乏しい体力を圧してまで次の攻勢を始めた意図に気づいたらしい。
W号による新たな砲撃で進路を開き、即座に保安隊を私がこじ開けたスペースへと送り込む。

そして、この一連の動きを。

まるで、私達が本格的な敵陣打通及び反転攻勢に移ろうとしているかのように猛烈な動きを目の当たりにして。

『─────ッ、ギャギャギャアッ!!!!』

狙い通り、チ級はこちらの持つ継戦能力を誤認した。

恐らくは撤退を告げるであろうヤツの叫び声が響くと同時、引き潮の如く“群れ”の前線が下がっていく。
274 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:13:57.83 ID:XXdSh8X20
《指揮車前進!撃て!!》

li イ; ゚ -゚ノl|《う、Ураaaaaaaa!!!》

<(' _';<人ノ《急にソヴィエト》

最後の最後まで、西住さんは抜け目ない。機動保安隊の突撃が私の元まで届き、“群れ”の敗走が本格的に始まった瞬間、W号を一気に陣地の入り口付近まで進出させて砲弾を放つ。

『………ヂギッ!!』

当然、チ級はそちらを警戒する。私達が攻勢に(本当に)出るとしたら、【駆逐艦・叢雲】共々その柱となる存在が前に出てきているのだから。

「…………。主砲射角調整、11時方向、20度!本校舎南部屋上!

機動保安隊の皆さん、突入姿勢取りつつ待機を!!ドラゴンさん分隊は弾薬装填確認し機動保安隊に後続!!第二波戦列、門付近に集結し交戦用意!!

各機銃座、友軍前衛に火線集中、合図があり次第射撃を開始してください!!!」

両手の機関銃を向けるチ級に対し、西住さんもまた敗走していく“群れ”の後背への追撃を狙い撃つ気満々の指示を矢継ぎ早に飛ばす。W号の主砲射角もしっかりとチ級に向けられ、今まさに突撃命令が出たとしてもおかしくない緊張感が戦場を満たす。

「(艦娘・叢雲、保護完了!!)」

「(………西住さんから合図が出次第後退を開始します。叢雲さん、準備を)」

「ハーッ、ハーッ………(………ええ、解ったわ。ありがとう)」

だけどその実、“群れ”を突破し密集陣形で周りを囲んだ機動保安隊の背後では、自動小銃装備の分隊が私の介抱と撤退準備を始めている。
より一層苛烈に動いた分今回の“限界”は正直なところかなり重く、保安官の一人に肩を支えてもらっていなければそのまま地面に倒れ込みかねない程状態が悪い。

こんな有り様、もしチ級にバレたら即座に“総寄せ”が再開されるでしょうね。向こうにとっては【暴徒】なんて消耗品以上の何物でもないでしょうし、W号の砲火力じゃ雷巡レベルのものであっても船体殻突破は不可能。
【駆逐艦娘・叢雲】が万全ならば他の使い方でいくらでも有効な作戦が取れるけど、生憎小指一本動かすのにすら軽い痛みが伴う始末では難しい話ね。

故の、ハッタリ。W号を、自分が乗っている車両を、旧式でしかもスポーツ仕様の戦車を囮にした、目眩まし。無線を使わずわざわざ声を張り上げて部隊に指示を出しているのは、向こうに聞かせるためってところかしら。
……それらをこの齢で、顔色一つ変えず実行できる糞度胸ぶりには私でさえ舌を巻く。生まれ持っての才か“後天的なもの”なのか、彼女が戦車道ではなく賭博師としての道を歩み始めたらラスベガスは事前にこの子を出禁にしておくべきよ。
275 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:15:51.29 ID:XXdSh8X20
そこから数十秒、周りでは喧しく砲声が響き続けているのに、それらを押し潰しかねないほど重く息苦しい“静寂”が戦場を支配する。
W号とチ級が互いの武装を向けてにらみ合う中、“群れ”は本校舎の前を通り過ぎ、校門を出、軽空母ヌ級の傍を駆け抜け、尚も歩みを止めず遠ざかっていく。

『……………ヂィッ!!』

「……………各位、防衛陣地内に後退!!」

やがて口元を歪めたチ級が、「もうやめだ」とでも言うように一声鳴いて機銃の照準をW号から外す。その艦影が再び居住区へ跳び下がっていく光景を見届けた西住さんが指示を下したところで、ようやくこの空間は音を取り戻した。

「ひぃっ、ひぃ〜………し、死ぬかと思った…………」

「(バカ、気を抜くな!こっちがギリギリだったとバレたら今度こそ“かと思った”で済まなくなるぞ!!)」

「(バリケード内に撤収するまでは戦闘態勢取り続けろ、まだ比較的元気なやつで外側を固めるんだ!)」

それでも、まだ緊張は解かれていない。保安官の一人が(小声でどやすという実に器用なやり方で)若手隊員を諭した通り、西住さんのハッタリを看破されれば私達は瞬く間に窮地に陥る。わざわざ“群れ”を呼び戻さなくても、チ級一隻だけで戦力としては本来なら十分以上に可能だ。

実行しなかったのは、さっきも考察した通り【駆逐艦・叢雲】という存在が戦闘の長期化に応じて自分たちの“事故”に繋がりかねないから。その最大の懸念が実はほぼ機能不全であると知れば、攻撃再開の可能性は決して否定しきれない。

故の、臨戦態勢維持。W号をしんがりに、僅かでも隙があったなら即座に攻勢に転じてやるという“素振り”を見せつつ、焦る気持ちを抑えてゆっくりと保安隊はバリケードの内側へ退がっていく。

「───車両、後退!閉門!!」

こうしてバリケード外に展開していた全ての保安官が中へ引っ込み、現時点で周囲を取り巻く者が折り重なる【暴徒】や【寄生体】の屍だけになったところで、西住さん自身もようやく後退を開始する。

li イ; ゚ -゚ノl|《く、クリアーです!》

《OK!Command Tankより格納庫、大至急用意可能な飲料水と多少でいいから手当の心得があるヤツよこして頂戴!それから機銃の予備弾薬もね!》

W号がバリケードの中へ完全に車体を入れる間際、最後の警戒のため砲塔をゆっくりと旋回させる。

その様子はまるで、死線を数え切れないほどくぐり抜けてきた歴戦の老兵が、油断なく睨みを効かせているように感じられた。
276 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:18:22.42 ID:XXdSh8X20
「…………あだだだだだだぁっ!?」

「う………げェッ………」

「オボロロロロロロ」

門が閉まると同時に、元々間近だった保安官達の「限界」が一斉に訪れた。疲労、酸欠、負傷、様々な理由で次々と崩れ落ちコンクリートの上に突っ伏す。

数にして20前後。仮にさっきの乱戦でこの状態が起きていたら、崩壊したのは私達の側だったわ。

(本当の本当に、紙一重だったの…………ね……ッ!)

「叢雲さん!?」

尤も、私だってそんな“紙一重”の内の一人。流石に嘔吐失神とまではいかないけれど、脚に力が入り切らず大きく蹌踉めく。両脇の保安官さんたちに支えられてなければ、もう少し無様な姿を晒すことになっていたでしょう。

「叢雲さん、しっかり!誰か医療班員を!こっちに最優先で回してくれ!」

「経口補水液と氷嚢も持ってきてください!速やかに回復を!」

「ちょっと待って、気持ちはありがたいけど私は別に……ああもう」

疲労も、ダメージも、正直“大した事”ある。少なくとも、リ級以上の艦種がこの場に現れれば、仮に通常種でも死を覚悟せざるを得ないぐらいには状態が悪い。
ただ、どこまでいっても艦娘の身体は人間より頑丈で強靭ね。ここまでになって尚、あと10分も休めれば恐らくさっきまでの“軽い運動”を7〜8回連続でこなせる程度までは回復する。

それに、学園艦に本格的な艦娘整備用の設備なんてあるはずもない。ちょっと包帯巻いたり水飲んで休んだぐらいで十全に戦えるようになるなら、艦娘実装から1週間も経たずに人類は勝っていたでしょう。
これぐらいの“治療”ではあまり回復しないどころか、ただ物資を無駄に減らすだけ。だから他の負傷者にそれらの人手とモノを割いた方が、合理的で正しい。

(…………の、だけどねぇ)

抗議と説明の声は上げようとした。だけど群がる保安官達………それから、ちらほら混ざる格納庫の方から走ってきた医療班と思わしき人たちに十重二十重に包囲されて、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。

で、介抱にしても四肢広げられて四人がかりのマッサージって何よ。王族か何かか私は。

∬メ;´_ゝ`)「………………様子を見に来たんだけど、早速大層なおもてなしぶりね。私もなんかお願い事聞いた方がいい?」

「なら是非お願い。今は私を見ないで頂戴。このままだと情けなさのあまり死んでしまうわ」

……彼ら彼女らに悪意はない。ただ純粋に感謝し、そして縋っているのだ。
艦内が無数の化け物とその眷属によって埋め尽くされ、本土もどんな有り様になっているか全く解らない中で現れた、艦娘という救世主に。悪化の一途を辿る状況の中で、唐突に差した希望の光に。

確かに私は世の中全てが正義と善意に満ち溢れていると信じられるほど世間知らずな小娘じゃない。けれど、恐怖と不安の後押しがあるとはいえ、純粋な好意から成されたものを合理性のみで怜悧に否定できるほど大人でもなかった。
277 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:20:48.77 ID:XXdSh8X20
…………。その上で一つ、気にかかる。

「処置完了だ。未だ行けるな!?」

「勿論ですよ、このままじゃ終われません!!」

「よく言った、それでこそ日本男児だ!!」

「こんなの、足の甲に徹甲弾落とした時と比べれば擦り傷みたいなもんです!」

「流石は戦車道元日本代表候補ってところかしら?心配損だったみたいね、次は誰?!」

この異様なまでの、人々の士気の高さが。

「包帯と湿布寄越してくれ!とりあえず宮西は応急処置で大丈夫とのことだ!」

「重傷者はいる?戦えない程の怪我や症状が出てる人は申し出て頂戴!……申し訳ないけど“噛み跡”は確認させてもらうわよ!今のところなさそうとはいえ、【T-ウイルス式】の可能性は未だゼロになったわけじゃないからね!!」

「途中で艦娘が来てくれたとはいえあの大群に2度も襲撃されて死者が1人も出てないなんて……これが、西住流………!」

「ああ、この調子なら本当に………!」

保安官達だけじゃない。非戦闘職………服装的にヘタしたらズブの一般人さえ混じっていそうな衛生班も、忙しなく負傷者の治療に飛び回りながら軽快活発に会話を交わしている。
無論疲労や焦りは見られるが、恐怖、絶望といった色が驚くほど薄い。

………喜ばしいことよね、本来なら。意気消沈し、恐慌に駆られ、悲嘆に染まった集団を率いて戦うよりは、今の有り様の方が余程やりようはある。

けれど、私はそれを覚悟の上でここを目指していた。

非戦闘員・一般乗員・学園生徒は言うまでもなく、学園艦保安隊だってあくまで本質は警察組織。
艦内比では図抜けた武力の持ち主であれど、自衛隊や艦娘のように深海棲艦との直接的な戦闘を想定した組織・集団じゃない。

ましてや今回は艦娘ですら──私も“実体験”は今日が初めてだもの、ムルマンスクでは留守番だったから──ごく一握りしか経験したことがない未曾有の事態。仮に保安官であったとしても、パニックに陥ったり特に【暴徒】への対処の戸惑いから戦意を喪失することは十分に有り得る。

寧ろ、それこそが“自然”な状況よ。昨日まで普通に生活していた居住者や観光客が突然深海棲艦の眷属に成り果てて暴れ出し、深海棲艦そのものも何百何千と艦内や周辺の海に現れて本土に砲弾ぶっ放し始め、外界には禄に連絡すら出来ず救助や援軍の目処不明。
こんな有り様を、つい今朝方まで普通の世界で生きてきた人間があっさり受け止められると思う?そんなの、頭のネジが一本たりとも残っちゃいない“海軍”の連中だけで十分だわ。
278 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:24:31.52 ID:XXdSh8X20
極一部が「そう」である分には、未だ納得できた。例えば警察機構全体で見ても最精鋭の一角である機動保安隊、鈴のように個人が何かしら“特殊”な事例、或いは六年前、つまり深海棲艦出現直後の暴動未遂や廃艦騒動関連の経験からくる耐性。
これらの理由から平静を保っている一部が中核となって、辛うじて組織系統を維持している………こんな形なら、私も特に疑問に思うことはなかったわ。

でも、少なくとも眼に入る範囲の百数十人ほぼ全員が「そう」というのは、不自然と結論せざるを得ない。
たまたま鋼の如き精神力の人間がこの人数一堂に介した?ハッ、仮にそんな奇跡が起きたなら………まさしく大洗女子学園戦車道チームの設立経緯を考えると完全な否定ができないわね………

(と、とにかく!!“極めて稀な確率”で「それ」がまた起こり得たとしても、主要な可能性として考慮すべきじゃないわ)

一応思考の片隅でそちらの線も残してはおくとして、では他に“現実的に起こり得る”要因としては何がある?

1つ目、自分で言うのも小っ恥ずかしい話だけど、艦娘・叢雲到着の報が防衛陣地全体に流布したことで全員が希望を見出し、一気に士気が向上した。………まぁ、一番リアリティはあるけど情報伝達速度が流石に異常過ぎる。共に戦っていた機動保安隊はまだしも、医療班まで隅々に私の存在が行き渡る程の時間はなかった。
逆に保安隊は保安隊で、単純な火力や装甲厚で比較する際に駆逐艦が“戦闘艦種”の中でもかなり下位に位置することは一定数が知識として知っている筈。たかが駆逐艦娘が一人増えたからといって、ここまで劇的に士気を挙げられるのかと問われれば幾らか首は傾げてしまう。

2つ目、絶望的な状況故に楽観論が蔓延しており、その余波で現状が発生した。これも、不自然さは残る。
よくある話ではあるけど、ならば私が到着した時寧ろその士気は地の底まで落ちる筈。私服の艦娘が青息吐息満身創痍の状態で学生の戦車に乗せられて陣地に入ってきたとなれば、艦内全体における状況の絶望度や救援作戦が未だ目処すら立っていないことは容易く察せられるのだから。

3つ目、空元気。これもないわね。その程度の演技も見破れないような眼力ならあの鎮守府で秘書艦なんてやってないし、仮にそうなら2つ目の説同様私の姿を確認した時点で恐らくその虚勢は跡形もなく崩壊する。楽観論より反動は小さいかもしれないけれど、心の奥底では“現実”を認識している分逃避していたソレを突きつけられれば崩壊は免れない。

その上でなお人々が演技してる可能性?つまりこの陣地にいる数百人は挙って全員偶然にも鋼の精神力に加えてジャック=ニコルソンも真っ青の演技力を備えてることになるわね。それが偶然として許されるなら、いよいよこの世から無神論者は駆逐されるでしょうよ。
279 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:27:38.80 ID:XXdSh8X20
依存、誤認、逃避。上げた可能性は何れもリアリティはあるけど、今ひとつ決定打に欠ける。
別に好都合なら細かいことは気にせず状況を甘受してしまっていいじゃないかと私自身思うけど………数多の戦場で培った“勘”が、その妥協を拒絶する。

何かが、危ういと。

(とは、言ってもねえ。結構色んな角度から考察してみたけど、どの可能性も微妙に合致しない部分があるし………まさか本気でこの場の全員がたまたまウチの連中も真っ青なバッキバキの精神力持ちってことじゃ────)

確かに、一つ一つの可能性を“別々”に考えた場合、そのどれも条件が合致しきらない。

でも、“全ての条件が満たされているから”だとしたら、どうだろうか。

例えば、私の到着を待つまでもなく、既にこの防衛陣地に籠もる人々は“縋る相手”を見つけているとしたら。

例えば、楽観視ではなく、自分たちが生還できる、この状況を打破できることに何らかの確信を得ており、その打破に至る材料の一つが「私の保護」であったとしたら。

例えば、誤認でも逃避でもなく、全員が確固たる希望を抱き、それに向けて立ち働いているのだとしたら。


例えば。












「───艦娘・叢雲さんですね?」

例えば、誰かしら極めて優れた手腕とカリスマ性を持つ“指揮官”が人心を掌握していたとしたら。

その指揮官がこの陣地内の人間に、彼女ならきっと何とかしてくれると盲信されているとしたら。

この異様な空気の全てに、合理的な説明がつけられる。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/23(火) 11:32:21.06 ID:B9qjm+jnO
祝2週連続投下
更新おつです
281 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/29(月) 23:01:57.36 ID:eAQesrsX0
艷やかな栗色のボブ・ショートヘア、髪と同じ色をしたパッチリと大きな瞳、どこか優しげで人懐こさを感じさせる、可愛らしい小動物のような風貌。

紛れもなく、美少女と呼ぶに値する容姿。パッと見はとても装甲兵器を扱った特殊な武道に精通した人間であるようには、況してや名門学園艦チームを破り、大学選抜をさえ薙ぎ倒し、遂には界隈から“軍神”とまで称されるほどの人物だとは思えない。

「初めまして、大洗女子学園の西住みほといいます。

先程はありがとうございます、本当に助かりました。

お身体の方は大丈夫ですか?」

「…………ええ、お陰様で。こちらこそ、助かったわ」

西住みほ。

私は、彼女のファンだ。彼女の戦車道に魅せられ、インタビュー内容や試合中の言動から伺える人柄に惹かれ、彼女の事を応援している。
恥を凌いで言うならば、彼女とその友人達の“日常”を守ることは、私が戦う理由の一端として決して小さくない割合を担ってもいる。

なのに。そんな、“憧れの人物”が、すぐ眼の前に立っているという状況で。

私の身体はまるで、単身でFlagshipクラスのヒト型と相対した時のように強張った。

「……………あの、私の顔に何か付いてますか?」

「ああいや、別に。そうね、流石に少し疲れて、ちょっと頭が働いてなかっただけよ」

「あっ、そうですよね!あんな数に囲まれながら戦っていたんですから………本当に、叢雲さんのお陰で助かりました。重ね重ね、ありがとうございます」

「気にしないで頂戴。軍人として、艦娘として、務めを果たしたに過ぎないから」

思い切り俗な言い方をすれば、“推し”と真正面から向かい合っての会話。きっと世の全てのオタクたちが垂涎と共に羨望の声を挙げるようなシチュエーションなのでしょう。

「…………?」

だけど私は、喜ぶどころか益々緊張を強くする。物理的な緊張もより一層はっきりと表出したらしく、右手を甲斐甲斐しく揉んでいた女保安官が不審げに眉根を寄せた。

さっき妥協を拒絶した私の“勘”が、比べ物にならないほど激しく警鐘を鳴らしている。

これ以上、ここに居てはいけないと。

西住みほに、これ以上語らせてはいけないと。

(………………………ああもう!!!)

……目下最大の問題は、私が“善意の拘束”を受けてる真っ最中ってところかしらね。陣地入り直後に纏わりついてきた“お世話係”たちは、あいも変わらず懸命に私の四肢を揉みほぐしてくれている。
282 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:04:19.31 ID:eAQesrsX0
この諺を、遥か昔のヨーロッパで最初に口にした人が思い描いたであろうシチュエーションとは方向性が違う、その事は重々承知しているわ。

それでも私の脳裏には、“地獄への道は善意で舗装されている”という言葉が思い浮かんでいた。

(振りほどくわけにもいかないし………)

別にカマトトぶってるワケじゃない。行動に支障をきたさない範囲なら誰に何人に嫌われようがどうだっていいし、これは西住さんに対しても同様。私自身への好感度なんて彼女の生命を護ることに比べれば全くどうでもよく、向こうが私をどう思おうとも私が彼女を推し続けることに何ら支障はない。

ただ、前時代とはいえ軍艦1隻分の力を人間大まで凝縮した身体が下手に今の状態で身動きすれば、嫌われる云々の前に重大な怪我を負わせかねないというだけの話で。

損傷・艤装不足による出力の大幅な低下はあれど、故に加減が殊更難しい。ここまでになって尚人一人どころか三、四人纒めて放り投げるぐらいの膂力はまだ発揮できるのよ?
有効性はともかくとして、私を介抱する為に立ち働いてくれている人たちをバリケードに叩きつけかねないのに振りほどくなんてできるわけ無いわ。

「あー、西住さん?今言った通り私も流石に疲れてるし……それにほら、こんな姿を見られて嬉しいレディっていないと思うの。だからその、もし他に話があるならもう少し後にしてもらえると………」

「……本当にすみません。疲労困憊であることは承知してます。ただ、深海棲艦による“次”がいつ来るか正直読めないので………すぐに終わらせますし、その後速やかに休養の時間を設けますので、少しだけお時間いただけないでしょうか?」

(まぁそうなるわよね畜生……!)

一応抵抗はしてみたが、アヒルさんチームの駆る89式のごとくあっさりと躱された。

そして、“筋”は通っているのがより拒絶しづらい。“勘”が鳴らす警鐘は、最早実は本当に響いていて西住さんたちにも聞こえてるんじゃないかと錯覚するほど大きく激しくなっている。

「叢雲さん、いきなりで本当に不躾ですが、私達に──」

(…………っ)

いよいよ“本題”が始まろうとする中、諦めず逃げ口上を探し続けるが見当たらない。
万事休すかと、内心で唇を噛んだその矢先。


「───Hey、何やってんのよアンタ達!!」

救いの手は、意外な形で差し伸べられた。
283 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:06:17.38 ID:eAQesrsX0
1人の少女が、ズカズカと大股で肩を怒らせながらこちらへ歩み寄ってくる。

年の頃は西住さんと同じぐらいで、不健康寄りな白さの肌と鼻の頭のあたりに散りばめられたそばかすが先ず視線を引く。やや癖っ毛気味なブラウン色の髪を乱雑に両脇で束ね、垂れ目でありながらその奥の瞳は存外気の強そうな輝きを放っていた。

大いに礼を失することを承知の上で評するなら、西住さんや同じアンコウさんチームの五十鈴華さん、或いは知波単学園の西絹代さんのように衆目を集める美少女とは言い難い。
ただそれは彼女が容姿に劣るわけではなく、自分の強みを理解しておらず、また自身への頓着が無いため損をしている……という印象を受けるわ。

「…………、……………フゥ」

少女は勢いそのままに私たちの直ぐ側まで来ると、西住さん、私、周りの保安官、そして阿音の順に視線を巡らせる。数秒の沈黙の後につかれた溜め息は、心底からの呆れを吐き出し───

──同時に、自分の中で抱えている何らかの緊張をほぐそうとしている様にも、私には見えた。

「アンタ達、もう一度聞くわよ。一体全体何をしてるの?」

「な、何って、叢雲さんの介抱だけど…………というか、何でアリサちゃんはそんなに怒ってるの?」

(………ああ、大会一回戦フラッグ車の)

左脚をこっちが申し訳なくなるほどの必死さで揉みしだいていた女保安官が困惑と共に口にした名を聞いて、ハタと思い当たる。
サンダース大附属高等学校の通信手で、西住さん達の無線を傍受していたとかで物議を醸した子だ。

「怒ってないわよ、呆れてるだけ」

少女──アリサさんはもう一度ため息を付くと、ややオーバーな動きで額に手を当てて軽く俯いてみせた。

「あのねぇ、艦娘ってのはかなり特殊な存在なんでしょ?確かに見てくれの体格はアタシやニシズミと同じだけど、軍艦1隻分の戦闘力を持ってるって話じゃない。実際W号の車内から見てる限り、アタシら普通の人間なんか足元どころか小指の先っぽにも及ばない暴れぶりだったわ。

そんなASTRO BOYも真っ青なトンデモパワーの持ち主の身体が、貧弱な人間の力で“撫で回して”やった結果また回復すると本気で思ってるの?」

「そ、それは………」

「見たところ、ムラクモの装備は最低限度、しかも損傷してる。多分、Privateの満喫中にこの乱痴気パーティに巻き込まれたんでしょうよ。

──Hey」

∬メ´_ゝ`)「………」

女保安官は反論ができず言い淀み、他の三人の動きも止まる。間髪入れず、アリサさんは視線を阿音に向ける。

「貴女、その服装見る限りJSDFの関係者でしょ?あくまで推測だけど、ムラクモの“修理”には専用の設備が必要だし、戦闘力を上げるならそもそももっと充実した装備を用意しなきゃならない………ってコトで間違いないかしら?」
284 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:08:22.21 ID:eAQesrsX0
∬メ´_ゝ`)「…………。ええ、そうよ」

(…………上手いわね)

強引に話の腰を折って機先を制し、更に“関係者である第三者”の見解を交えることで自分の論を補強させた。しかもあえて私自身には話を振らないことで、「本人が休養を得るためいい加減に話を合わせている」という線も同時に消している。

完全に、アリサさんは西住さんから場の主導権を奪った。

∬メ´_ゝ`)「厳密には私も陸自だからそこまで詳細には開示されてないけど、艦娘の修繕・治療は特殊な修復剤を用いた“入渠”という行為が必要で、艤装の着脱や変更についても鎮守府内における専門施設で行われているわ。

少なくとも、この陣地内で彼女を著しく回復させる方法は多分ないわね。強いて言うなら、少しでも精神的に安んじさせて上げるのが一番」

「Thanks.

…………これで解ったでしょ?アンタたちがやってることは、Ticonderoga-classの装甲を頑張って素手で捏ねてるのと同じぐらい非効率的なことなの。寧ろムラクモからしたら、ちょっとでも身動ぎしたら吹っ飛ばしかねない連中が手足に纏わりついてるような状況よ?身体どころか心さえ休まらないと思わない?」

「た、確かに………」

「ごめんなさい叢雲さん!私達、艦娘について無知すぎた!」

「え、ええ。別に構わないわ、善意でやってくれていたのは解ってるし」

「……………」

機銃掃射のごとく淀みないアリサさんの論陣で、我に返った面々は謝罪の言葉を残して次々と私の傍から離れる。
“拘束”から開放される私を見る西住さんが一体内心で何を思っているのかは………正直言って、私には窺い知ることができなかった。

「............ By the way, Self-Defense officer, what is your name?

(ところで、自衛官さん。貴女の名前を伺ってもいいかしら?)」

∬メ´_ゝ`)「My name is Ane-Sasuga.

I belong to the Japan Ground Self-Defense Force and my rank is 2nd Lieutenant. Nice to meet you.

(私の名前は流石阿音。日本陸上自衛隊所属の2等陸尉よ。以後よろしく)」

「「「…………………!!?」」」

唐突に、アリサさんは英語で話し始める。阿音は即座に対応したけど、周囲の面々は驚愕のあまり僅かに後退った。

まぁアリサさんの出身校と自衛隊という組織における語学力の重要性を考えれば決して不思議な光景じゃないんだけど……日本人という人種の英語耐性の無さを考えると、突然予期せぬ形で会話が発生したのだから無理のない反応かしらね。
285 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:10:08.11 ID:eAQesrsX0
「I am sorry for all the rudeness earlier. I'd like to ask you a question in English because I don't really want everyone to hear it... is that a problem?

(さっきは色々礼を失したわ、ごめんなさい。周りの連中にあんまり聞かせたくない内容だから英語で会話させてほしいんだけど……不便かしら?)」

∬メ´_ゝ`)「No problem.

(ええ、大丈夫)」

「Thanks. ...... Uh, I just wanted to get your honest opinion on how things were going on the ship.

(ありがとう。……あー、率直な意見を聞かせて頂戴、艦内の状況はどうだった?)」

∬;メ´_ゝ`)「Well, if I may be so bold as to say so, it was hell. It was Raccoon City, and to be honest, if Murakumo hadn't been there, I would have been dead by now.

(まぁ、気を使わずに言わせてもらうなら地獄だったわねぇ。まんまラクーンシティだったもの、正直叢雲がいてくれなかったら今頃生きてないと思う)」

「OK, I understand. .......... Damn, that's what I would have done. I'll take you to the water station anyway, I want you both to get a good rest.

Murakumo, do you understand English?

(オーケー、理解したわ。…………畜生、そりゃあそうなるわよね。とりあえず給水所に案内するわ、二人共しっかり休んで欲しいし。

叢雲、貴女は英語解る?)」

「......... Yes. I understand the conversation you guys have had so far.

(………ええ。ここまでの貴女たちの会話も理解できてる)」

「That's fine. Well, you two, come with me. I'm sorry it's not ice cold, but I can give each of you a bottle anyway. I'd like to call the sheriff who was riding in the tank with us earlier if I can...

(そりゃケッコーね。じゃあ二人共着いてきて。キンキンに冷えたやつじゃなくて申し訳ないけど、とりあえず1人一本は渡せるわ。さっき一緒に戦車に乗ってた保安官も呼んで──)」

「Um, excuse me, Alisa?

(あの、ごめんなさいアリサさん)」

「………………What? Nishizumi.

(………………一体何かしら?ニシズミサン)」

「The decision to rest itself is correct in my opinion as well. However, with the possibility of another attack by Deep One in the next few seconds, it is imperative that we share and coordinate our operational policies. May I ask for a moment of your time so that I can finish quickly?

(お二人に休養してもらいたいのは私も山々です。ですが深海棲艦はまた直ぐにでも襲ってくるかもしれませんし、その際に防衛戦の意思疎通に支障が出れば致命傷になりかねません。手短に終わらせるので、お時間をいただいてもよろしいですか?)」
286 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:14:31.03 ID:eAQesrsX0
………考えてみたら、西住流という戦車道の中でも名門中の名門をルーツとし、元よりその才覚は高く評価されていた身だ。“国際的なデビュー”を見越して、そうした教育についても力を入れられていた可能性は十分に考えられる。確か姉の西住まほさんは、実際にドイツへの留学経験もあったはずよね。

ただそうした面を考慮に入れても尚、彼女の「流暢さ」に対する驚きは収まらない。何度か作戦を共にしたアメリカ艦や米海兵隊、或いはウチのウォースパイトなんかの英語と比べても違和感は殆どなかった。

「Yes, your impatience certainly has a point.

(まっ、アンタの言い分も確かに一理はあるわね)」

アリサさんも、一瞬目を見開き驚きを露わにする。それでも、すぐに立て直して彼女は反撃に転じる。

「But think about it. If the Deep Ones were to attack again, and if that huge army were to come again, we could certainly get an indication of it before it happened. For example, if we had to "dress up" a bit to get Murakumo to come back from her break, do you think it would take hours, like a madam with heavy make-up?

Five or ten minutes, we can work it out. Then again, the raid might start in a minute, so it would be reasonable to use that minute for a precious break. Am I wrong?

(だけど考えてみて。深海連中がもう一度攻勢をかけてくるとして、あの大軍勢が再度押し寄せるなら確実にその兆候は事前に掴めるわ。例えば叢雲に休憩から戻ってもらう時多少の“おめかし”が必要だったとして、若作りに必死なクソババアよろしく何時間もかかると思う?

5分や10分なら、アタシ達で充分捻り出せる。ならばそれこそ、1分後には襲撃が始まるかもしれないのだからその1分を貴重な休憩に使うのは合理的判断ってやつよ。何か間違ってる?)」

「......... Unforeseen circumstances may arise. For example, new deep ones may appear. For example, a "humanoid" could come directly into this camp. For example, stray bullets may fly in during an artillery battle with the mainland. It is not a waste of time to share information in preparation for such a situation.

(………不測の事態が発生する可能性があります。例えば、新たな個体が出現する可能性。例えば、“ヒト型”がこの陣地に直接乗り込んでくる可能性。例えば、本土との砲撃戦に際して流れ弾が飛んでくる可能性。そうした事態に備えて、今の内に情報を共有しておくことは決して無駄じゃありません)」

「No, it's useless. I can assure you. Nishizumi, is your plan flexible enough to be implemented without any problem after just a few minutes' discussion in advance when such a "contingency" arises?

(いいや、無駄ね。断言してやるわ。ニシズミ、アンタが考えている作戦計画は、その“不測の事態”とやらが起きた時にたかが数分事前に打ち合わせた程度で問題なく実行に移するほど柔軟性に富んでるのかしら?)」

「We are standing on the assumption that some vertical depth is anticipated, hence .........!

(元々ある程度の縦深は見越した上で立てています、ですから………!)」

「I wonder if it's deep enough to fill a situation where you have to confront a "humanoid" who jumps into the water with one fully wounded KANMUSU and a clunky old competition model tank.

(その縦深とやらが飛び込んできた“ヒト型”に満身創痍の艦娘1人とポンコツ旧式競技用モデルの戦車で立ち向かわなきゃいけない状況を埋められるほどの深さであることを願って止まないわ)」

「……………!」

「Nishizumi, I understand your talent. I can't explain your impatience to ............ reason, but I understand your impatience itself.

But that's why I dare to say this. Calm down.

This is not only about you, but about most of the people in this camp.

(ニシズミ、アンタの才能は解る。アンタの焦りも…………理由までは無理だけど、焦ってる事自体は解る。

でも、だからこそ敢えて言うわ。落ち着いて。

これはアンタだけじゃない、この陣地にいる大半の連中に共通する話よ)」

「…………………………」

「I'm not stupid, but to be honest, my brain is still far behind yours. I am sure that you can see and think through things that I can't even imagine. I'm sure you can see and think through things that I can't even imagine.

...... But you know what, I've got a woman's "gut feeling" that's completely defeated by you. ............I'm not sure how much I'm going to be able to do with this.

(バカじゃないつもりだけど、オツムの出来はアンタに完敗してる。きっと、アタシが思い及ばないところまでアンタには見えて、考え抜いてもいるんでしょうよ。

……でもね、アタシの“勘”だけど………マズイことになる気がするわ、このままだと)」

そこまで言い切って、アリサさんは私と阿音を促しながら背を向ける。言葉も態度もぶっきらぼうだったけど、背けた顔には心の底から西住さんを心配する表情が浮かんでいる。
287 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:16:13.09 ID:eAQesrsX0
.




「………………………………………」

だけど、そんなアリサさんに視線を送る西住さんの表情は能面のような“無”であり、

「(英語のやり取りだからよく解んなかったけど………今アリサちゃん、西住さんの指示を蹴ったってこと?)」

「(雰囲気的には、多分………)」

「(はあ!?パニクってるのかもしれないけど、この非常時に何考えてるのよ……!)」

その周りから飛んでくる視線や小声での会話は、お世辞にも好意的なものとは思えなかった。



.
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/30(火) 11:50:20.51 ID:dYw+n8780
投下おつです
善意で舗装されようが、悪意に引き摺られようが
ここからは地獄への一本道ですね
289 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/01(木) 23:54:54.67 ID:5POtTtSP0
西住さんの視線にも、それを取り巻く保安官や衛生班の囁きにも、どちらも恐らく気づいている筈。アリサさんはその中を、怯むことなく肩で風を切り堂々と去っていく。

「………、………………、〜〜〜〜〜っ!!!」

ただしその歩調は、西住さん達から離れるにつれて加速する。7、8メートル離れたところで大股に、15メートル程になると小走りに近くなり、視線が完全に切れたところでほぼほぼ“疾走”と表現していい速度になる。

イヤ私と阿音の疲労回復云々はどこいったのよ。

「─────ぶぁはぁっ!!!」

そうして格納庫の裏手にある給水所と思わしき場所──と言っても、単に様々な飲料水が乱雑に置かれてるというだけの代物だけど──まで来たところで、アリサさんは大きく息を一つ吐いて先程までの機動保安隊よろしく地面に膝から崩れ落ちた。

さっきの論戦、余程心理的な負担が凄まじかったみたいね。ほんの1分ほどの移動なのに、ウチの司令官から初訓練を施された直後の新入り艦娘並に全身汗だくだわ。
両手両足は地面に大の字状態で放り出されており、戦車道の理念に基づくなら恐らく何れの国及び地域の文化思想に照らし合わせても“淑女”たる姿からはかけ離れているでしょうね。

∬メ´_ゝ`)「Is it safe to speak Japanese now?

(もう日本語で話しても問題ないかしら?)」

「………Suit yourself, asshole.

(…………勝手にしなさいよクソッタレ)」

∬メ´_ゝ`)「ありがとう。いやー見応えがあったわねアリサちゃん。差し詰め諸葛孔明の赤壁開戦を促す大論陣?

或いは、主君・小寺政職に織田信長への恭順を解く黒田官兵衛孝高?

貴女の学校に合った喩えならベンジャミン=フランクリンの独立戦争支援建付けの方がしっくりくるかしら?」

「フランクリンなんて当時のフランス社交界で上流階級のお姉様方を片っ端から虜にした合衆国史を代表する陽キャじゃないのよ、アタシみたいなバリバリのナードじゃ不適格にも程があるっての…………嗚呼もう!!!」

ここで、メンタル面においてもアリサさんは限界を迎えたらしい。伸ばしていた手足を激しくバタつかせながら、ほぼ涙目で捲し立て始める。

「自覚あったわよぉ自分が陰険でヘタレなナードの立ち位置だって事ぐらいぃ!少しでもケイさんやナオミの役にちゃんと立ちたいからって反則技カマそうとした挙げ句看破されて利用されて返り討ちに合うなんてムーヴする女、主役どころかピーター=パーカーの親友役だって務まりゃしない!!戦車道界におけるヒロインはどう見たってニシズミであってアンコウチームだわ!!

ええ解ってましたともこんな女にタカシが振り向くわけ無いなんてさ!なのに何で今更こんな役回り回って来んのよぉ!!

ホント勘弁してよ、タケベとかアキヤマとかカドタニとかサワとか、“ヒロイン”の支え役なんて幾らでも何人でも適役いたじゃないの!!何でアタシだ!?この学園に潜入したから!?今すぐ一日巻き戻しなさい昨日密航準備してた自分の顔面に一発食らわせてやるわバーーーーーーーカ!!!!!」
290 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/01(木) 23:57:31.88 ID:5POtTtSP0
…………さっきの“大論陣”の前にも色々と積み重ねがあったらしい。壊れ方の激しさも然ることながら、言ってる内容の意味不明ぶりがウチの司令官とタメ張れるレベルだわ。

そう言えば、アリサさんに想い人がいるってのは割とこの界隈じゃ有名な話ね。恐らく“タカシ”とやらがその相手なのでしょう。
例の全国戦車道大会における西住さん達に対しての無線傍受の件とコレが合わさり、屈指の名門校においてフラッグ車を任されるほどの腕前を持ちながら彼女の人気は少なくともウェブ上の関連ニュースなんかを見る限り決して高いとは言い難い。

反則云々はともかく、女子学生が同年代の男の子に懸想するという極自然な現象に対して目くじら立ててる連中って何なのかしら。男女問わず気色悪いったらないわ。

とりあえず、アリサさんからのアプローチを片思いに甘んじさせてるタカシとやらに相当見る目がないことだけは確かみたい。
西住さんとあそこまで渡り合えるような才女から言い寄られたら、寧ろこっちから頭下げてでも“お付き合い”すべきだと思うけど。

「…………アレ?」

一通り悶え喚いたところで、アリサさんはハタと動きを止める。彼女は僅かに身を起こし、不思議そうに阿音を見上げた。

「そう言えば、私自己紹介なんてしたっけ?ニシズミも別にアタシがサンダース大附属だとかは言ってなかったと思うケド」

∬メ´_ゝ`)「あら、知らなかった?貴女の知名度、自衛隊や在日米軍なんかじゃべらぼうに高いわよ。それこそ西住家姉妹、島田家長女に次ぐぐらい」

対する阿音は、ちょっと驚いたように眉根を上げながら答える。

∬メ´_ゝ`)「気球通しての無線傍受なんて真似を先ず実行できる事自体女子高生離れしてるし、その上で大洗女子学園側の戦術ほぼ把握できる精度だったんでしょ?並の技術じゃないもの、そりゃあ一目置くわよ。

ルール違反やらの辺りは、隊長さんの性格考えるに十分絞られてるだろうから今更部外者がどうこう言うものでもないわ」
291 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/02(金) 00:00:33.66 ID:Aw4fNQD/0
「……因みに、海自や鎮守府関係者の間でもなかなか有名よ、アリサさんは」

さり気なく阿音から行われた目配せの意味を察知し、私も後を受けて便乗する。

……まっ、今し方助けて貰った恩があるからメンタルケアぐらいは吝かじゃないわ。それに、別段嘘はつかないし。

「理由は概ね阿音が言ってた通り技術面での評価だけど、他に【大鍋(カルドロン)】を見た人も結構いるわよ。

ウチの鎮守府でも、私含めて何人か【大鍋】でアリサさんの事を知ってる艦娘はいるもの」

筆頭例は明石ね。元々は“鬼”が使ってたあのイカれた性能の小型戦車にご執心だったけれど、関連してアリサさんの事を知ってからはたまに会話の流れで名前が出てくるようになった。
生粋の技術屋(マッド・サイエンティスト)として、未だ女子高生でありながら高い技術水準を見せたアリサさんはしっかりロックオンされたらしい。

あとは、どうやらあのクソムカつく“技研”のセールスレディも注目している。別件で二度目(ナオルヨ!君を持ち込んだ時をカウントするなら実質三度目)の訪問の時、所属の人手不足を嘆きつつ彼女とレオポンさんチームを勧誘できないかと零していた。
あの時は恥ずかしかったわね。私ったら、レオポンさんチームの名前が出た瞬間動揺のあまり手が滑って、あの女が“別件”として持ってきていた最新鋭の白兵戦闘用超硬質ブレイドを思わず叩き折ってしまったもの。

生憎あの時のアイツは着替えを持ってきてなかったから、残りの滞在時間中をずっと半ベソで過ごしてから帰ったわ。

「……………………………………ふーーーーん」

一通り私と阿音から話を聞き終えたアリサさんは、完全に起き上がるとあらぬ方向に視線を向ける。……腕を組んで胡座をかき如何にも気にしていませんという素振りを見せてはいるものの、垂れ目からはフニャリと力が抜け、口元は綻び、頬から鼻周りにかけて軽く赤みが差している。

「まぁ別に?自衛隊や艦娘に知られてるからってそれが何って話よね?関係ないというか、ねぇ?いやまぁ嫌われてるよりは評価してもらってる方が嬉しいけれど?でもその………ありがとう……というか……」

(あらかわいい)

∬メ´_ゝ`)「あらかわいい」

タカシだっけ?フルネームも顔も知らないけれど、改めて言うわ。

マジで女を見る目無いわよアンタ。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/08/02(金) 13:05:42.60 ID:mbtn+/ec0
更新おつです
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/08/05(月) 01:28:32.82 ID:jCyH7wwuo
続き来てた!また楽しみに待ってます!
294 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 21:56:19.71 ID:A23xFse80
……さて。

和気藹々とした“ガールズトーク”で緊張はほぐれ、僅かな時間だけどそれこそしっかりまともな休息を取ることができた。

それじゃ、憩いの時間は終わり。仕事を再開しなくちゃね。

∬メ´_ゝ`)「で、アリサちゃん。西住家の御息女様は、一体全体何を“やらかそう”としてるのかしら?」

「あーー…………まぁ、やっぱりソコはツッコまれるわよねぇ」

トロトロに崩れていたアリサさんの表情が一転して引き締まり、細められた眼に宿る光が暗く陰を帯びたものに変わる。とはいえ、さっきの状態でこの話に移行すればそもそも会話になるかも怪しいほどの錯乱に繋がったでしょうから、やはり“メンタルケア”を間に挟んだのは正解だった。

ま、別に私自身や私周りのアリサさんに対する評価は嘘偽りなかったけどね。タカシとやらの審美眼についても、直接口にこそ出してないけど割と本音だし。

「でも、“やらかそうと”ってのは流石に言い過ぎなんじゃないかしら?この防衛陣地に奴らが雪崩込んできたら待っているのは死、そりゃあ多少の気負いはあるでしょうし、指揮は全力で取るわ。

……それをHigh School girlが先陣切ってやってるってのはまぁ異様かもしれないけど、でもニシズミの才能を考えれば摩訶不思議って程じゃない」

∬メ´_ゝ`)「確かにねぇ。ただアリサちゃん、私達の論点は実はソコじゃないのよ」

阿音の口調は飄々としたもので、浮かべているのは優しげな微笑み。だけどその目は笑っておらず、奥でよく研がれた刃のように眼光が煌めいている。

└(;*・ー・*)┘

で、いつの間にやら合流した鈴は、口を真一文字に引き結び脇に開けたばかりのアクエリアスのボトルを置いて正座状態で待機してる。
イヤなんでアリサさんは阿音に真っ向から向かい合えてるのにアンタが気圧されてるのよ。四捨五入したらSATみたいなもんでしょうに。

∬メ´_ゝ`)「西住さんが防衛指揮を取っていること、それ自体には私達も異論はない。勿論、本当はあっちゃいけないことだし、防げなかったのは我ながら情けないけどね。

だけどその後の行動が、“防衛”という目的に対して違和感しか無いのよ。

仮に西住さんの中にある目的が“防衛”であるなら、何故撤退直後から衛生班を乗り込ませてまで負傷者の回復を急がせる必要があったのかしら?

そして何故、私や叢雲の勧誘をするにあたって、あんなにも回りくどく話し出す必要があったのかしら?それも、あそこまで強い“圧”を作ってまで」
295 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 21:57:45.23 ID:A23xFse80
そう。私の“勘”が激しく打ち鳴らした警鐘も、冷静に辿れば異様なまでの士気の高さ以外で出所は今阿音が指摘した内容だ。

西住さんがこの陣地の指揮官に“なってしまった”ことは、最早やむを得ない。自身の無力さに悔いと苛立ちはあっても、周りであれ本人であれ取った選択肢そのものに目くじらを立てるのはただの八つ当たりよ。

一介の女子学生でしかない本人はともかく、周りの“大人”は止めるべきだった。……なんてことをしたり顔でほざく「専門家」は後を絶たないでしょうけど、「現場の人間」から言わせて貰えばそんなもんは無責任極まりない傍観者の結果論でしか無いわ。
この前代未聞にも程がある異常事態において何が正解かなんて、ロマさんやあの深海魚首相でもたどり着けるか怪しいものね。

何なら、私自身の“お気持ち”と倫理観というフィルターを取っ払ってみた場合、諸々の事情を鑑みればこれこそが最適解だったかもしれないぐらい。結果がついてきてしまっているから尚更に。

……だからこそ。防衛戦が“成功”しているからこそ。

そこに自分で綻びを作りかねない手を次々と打つ彼女の姿が、気にかかる。

「本当に正直な話をすると、私達をわざわざ陣地から突貫してまで救出したところから軽く疑問ではあるのよ、助けて貰った身で言うのも烏滸がましい話ではあるけどね。

………だって西住さんは、誰よりも彼女自身が“指揮官不在の集団”の脆さを知っている筈だから」

艦娘、自衛官、機動保安隊の生き残りを確保できたなら防衛戦力の大幅な増強でしょうし、それこそ指揮官を“武道を嗜んでいるだけの女子高生”から“深海棲艦退治の専門家”或いは“軍事組織の尉官”に変えられる。
そう考えると一見理解できなくはないけれど、仮に間に合わなければ、仮にそもそも追われていた人員がただの一般人でしかなければ、といったリスクは避けられない。

もしこの防衛陣地が殆ど西住さん一人によって持ちこたえていたのだとしたら、艦娘や自衛官の存在が不確定の状態で指揮官自らが救援に打って出るのは博打として分が悪すぎるように感じるわ。

まぁそこが西住さん自身の並外れた慧眼によって私達の構成を──少なくとも艦娘が含まれていることを──確信した結果だとしても、では“その後”は?

「それでも、私たちを救援したことは“防衛”を主軸で考えた場合でも無理やり理由付けができる。

だけど、阿音が指摘した二点はどうしても矛盾が出てくるわ」
296 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 21:59:18.02 ID:A23xFse80
先ず前者、負傷者の回復。確かに陣地の戦闘人員が潤沢とは言い難いことは理解できるけど、それでも明確に予備兵力と呼べる存在はいる。西住さんがチ級にハッタリかます際に“門”付近で待機させた、50人ほどの集団がソレだ。
負傷者・戦闘不能者の人数は見たところせいぜい20人前後、しかも重篤者は殆どいなかった。

防衛体制を整えるだけなら、これらを入れ替えれば済むはず。わざわざ非戦闘員をこっちから投入してまで急ピッチで治療させる意味合いは、限りなく薄い。
寧ろその只中に突然チ級が乗り込んできたり【暴徒】や【寄生体】が紛れ込み侵入していれば、混乱はより拡大する。あの時点における再襲撃の可能性が何処まで0に近くとも、“防衛”に当たって余分な動きを挟む理由にはならない筈だ。

そして、後者。

艦娘・叢雲は、深海棲艦殲滅のプロフェッショナル。自衛官・流石阿音は、国防と戦闘を専門とする公務員。もしも西住さんが考えていることが“防衛”であり、かつ“指揮権の移乗”が目的の内に入っていたとしたら、彼女はただ一言口にすればソレで済んだわ。

助けてくださいって。

少なくとも私が知る限り、彼女は意志の強さは極め付きだけどプライドや自惚れは皆無に近い。例えば功名心や自己承認欲求から“目立ちたがり”で指揮権を維持しようという動きは幾らなんでも考えづらい。

故に、西住さん自身が何かしらの明確な“目的”に基づき敢えてそうした、という結論にたどり着く。

∬メ´_ゝ`)「で、其の“目的”は、私や叢雲に素直に話したら却下されるモノである可能性が高い。指揮権を私達に譲渡したら実行されないモノであると認識している。

だから、素直に“依頼”せず“巻き込もう”とした。それもわざわざ、叢雲が逃げることも断ることも極めて難しくなる環境を見極めながら」

ここまで来ると、保安官達による“善意の拘束”も恐らく西住さんの差し金よね。陣地内で彼女が絶対の信頼を勝ち取っているとしたら、単純に私の行動を制限できるだけじゃなく彼女の“要望”を雰囲気で、或いは直接後押ししてくれる人員を直ぐ側に複数人用意できるんだもの。

……末恐ろしいどころの話じゃないわね。謀略、戦術眼、カリスマ性、汎ゆる物が武道云々の域を超えて既に一級品。

ソレが今この瞬間、正しい方向で使われているかは別にして。
297 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:02:13.79 ID:A23xFse80
「………OK!」

アリサさんは瞑目し俯きながら、私と阿音が代る代る口にする“推理”を聞いていた。やがてこちらが語り終わると、大きく笑みを浮かべ瞳を見開き、ハタと両膝を打つ。

└(*゚ヮ゚*)┘〜゚

因みに鈴は、漫画やアニメなら頭から煙を吹いてそうな表情で座っている。しっかりなさい。

「安心した、ちゃんと“頼れる専門家”が来てくれたみたいね。

これで心置きなく言えるわ、Thank you」

∬メ;´_ゝ`)「………!」

「………………」

アリサさんからの予想外の言葉に、思わず私は阿音と顔を見合わせる。
この子、要は私達が西住さんに良いように使われてしまうようなタマじゃないか試したってわけ?

呆れた、さも悲しき凡人みたいな顔でさっきは嘆いてたけど、アナタ十分“アッチ側”に片足突っ込んでるじゃない。

「……………大人をからかうのはいい趣味とは言えないわよ、アリサ」

なら、もう“さん付”は必要ないわね。少なくともこの場においては私達と対等だもの、この子。

「さっき逆に助けて貰った恩でトントンと見てあげるけど、この緊急時だから尚の事いい気分にはならないわ」

「Sorry,もうやらないわよ。………まぁでも、見たでしょ?あの雰囲気。正直もうなりふり構ってる暇が無くなってきてるのよ」

∬メ´_ゝ`)「映画【ミスト】のMrs.カーモディ及びその信者達、みたいなヤバい感じは確かに出つつあったわよねぇ。滅多刺しの末外に放り出される役回りだけは御免被りたいところだけど」

「Self-Defense-Forceが【アローヘッド計画】に携わってないことを願うしかないわね………尤も、ニシズミがカーモディの役割で留まってくれるならどんなにいいかしら」

「…………………どういう意味?」

私も(不本意ながら)司令官の影響で幾らか映画への知見はある。【ミスト】のカーモディといえば、作中での異常事態を黙示録による終末と捉え避難民を先導し、挙げ句その終末を“生贄”によって回避させようとした狂信ババアよ。
保安官ら大人連中ですら精神的に依存させて場を仕切るという現状がカーモディを彷彿とさせる、という言い分はまぁ理解できるけど……ソレより更に悪いってこと?

「カーモディは確かにイカれだったけど、少なくともあのババアの暴走は“モールの中”で完結してたでしょ?」

そう言いながら、アリサは立ち上がり格納庫の壁にもたれ掛かる。

吐き捨てるような口調とは裏腹に、その目元には焦りと、苛立ちと……………そして、深い悲しみが浮かんでいるように見えた。
298 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:05:37.90 ID:A23xFse80
「ねえムラクモ、サスガ二等陸尉殿。貴女達はニシズミが“ナニカをやらかそうとしてる”事までは察したけど、恐らくその度合を見誤ってるわ。

嗚呼、別に責めてるわけじゃないのよ?だって、一介の女子高生が自発的に並み居るモンスター共と渡り合って制圧された学園艦を“奪還”しようだなんて、ハリウッド映画の脚本並みに十分ブッ飛んでるもの」

「……ええ、そうね。私も、多分阿音も“ソコ”がたどり着いた結論だったわ」

∬メ;´_ゝ`)「さっき挙げたツッコミどころも、防戦じゃなくて“攻勢”の準備としてみた場合大分違和感がなくなるしね……でも、西住さんの目的はソレじゃないってこと?」

「アンタらの回答が零点とは言わないわ。実際、ニシズミ自身オオアライの連中のことはちゃんと助けたいと思ってるし、だからこそこの学園を“奪還”しようとも思ってる。

…………ただ、アイツにとって今それはあくまで通過点なのよ。

勿論、100%そうと断言はしない、だけど───」








.
299 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:09:01.98 ID:A23xFse80
.






「───恐らくあの子は………西住みほは、このオオアライに現れた深海棲艦を“殲滅”しようとしてるわ。

それも本土の自衛隊や艦娘を呼び込んでじゃない、ほぼこの学園艦の中の戦力だけで、それを成し遂げたがっている。

………まぁ、アタシの“勘”だけどね」
300 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:18:13.79 ID:A23xFse80
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熱狂。言葉の意味は当然知っているし、イメージも野球やサッカー、あとはオリンピック代表選手の応援団辺りを見れば容易く付く。

何なら、その当事者になったことすらある。

戦車道全国大会の制覇に、続く大学選抜との試合での劇的な勝利。あの時は紛れもなく、私達は熱狂の渦の中心だった。

(……いや、厳密に言えば中心はあくまで西住さんだったな)

ただ、其の余波だけでも凄まじかったことは間違いない。ファンレターは一時(………性別を問わず)ほぼ毎日段ボール数十個の単位で届いていたし、特にスポーツ紙系のマスコミ関係者は入れ代わり立ち代わり学園艦に詰めかけた。
観光客の人数は最早例年とまともな比較ができない程で、商業区はほんの数週間でスカスカだったテナントが全て埋まり学園首脳部及び茨城県庁を大いに高笑いさせたという。

宇津木さんや沙織、河嶋先輩なんかは明らかに浮足立っていたな。カバさんチームの面々も、平静を装っていたが取材には嬉々として答えていた。
………私からすればありがた迷惑も良いところの乱痴気騒ぎだったが。

熱し、狂う。本当に、あの有り様はこの単語にピッタリと一致していた。夏休みの終わり頃にようやく沈静化の兆しが見えた時には心底ホッとして、二度とこんな渦の中には入りたくないと心底願ったものだ。








───だが、私のそんな細やかな願いも虚しく。

「聞いたか、深海棲艦をまた押し返したって……!」

「しかも艦娘と自衛隊員を救出してバリケードの中に呼び込んだんだってさ!」

「すげぇ、ホントに“軍神”じゃん!!」

「わ、私達、助かるの………?」

「きっと大丈夫だよ、西住さんが助けてくれるって!!!」

今格納庫の中は、あの時を遥かに凌ぐ“熱狂”で満ちていた。
301 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 22:23:10.19 ID:oOsw4SQ90
本校舎の高等部及び中等部女生徒を中心に、観光客や一般居住者、教員など、数にして400人に少し届かない程度。これは“地表”部分にいる人数で、本来弾薬や予備部品をしまう地下の収納スペースに、まだ小さな子供やお年寄りの人、傷病者等100人ほど。

恐らくはその全員が、今し方保安官の一人がもたらした“【暴徒】及び深海棲艦の撃退”という報告に沸き立った。

格納庫自体が、物理的に揺れているように思えるほどの歓声。比較的気力・体力が残っている一部女子生徒や男性教諭なんかは、立ちあがって舞い踊らんばかりに歓喜を爆発させている。

「既に艦娘・叢雲の治療と戦力の再編は始まってる!

機動保安隊及び駐在保安官各位は武器点検急げ!

また、西住さん主導のもと学園艦奪還に向けて【ガッツン作戦】の準備が進んでいる、医療・国防職経験者或いは銃火器関係の資格取得者は協力を願いたい!」

「あ、私中学から高校にかけてタンカスロンのクラブに入ってました!整備関係手伝えます!」

「俺は猟友会だ!実際にクマも撃ったことあるぜ!」

「本土の非常勤医です!衛生班の手伝いに入ります!」

報せを持ち込んだ保安官もまた興奮気味に庫内へ呼びかけ、応じて挙手した人々が我先にと格納庫の外へ駆け出していく。

逃げ込んできた直後からは、すっかり様変わりしている。通夜のようななんて表現すら生温い、あと一つきっかけがあれば集団自殺が始まるんじゃないかと思えるような雰囲気はどこかに吹き飛ばされ、立ち働く人も待つ人も、皆が皆希望に溢れた表情だ。

(………………。喜ばしいこと、の、筈………なのだが)

どうしてか、さっきから胸騒ぎが止まらない。
302 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:05:04.66 ID:A23xFse80
深海棲艦を押し返した、バリケードの内側に立て籠もって以降は殆ど犠牲者は出ていない、おまけに艦娘と自衛官までやってきて救助の目処も立ったかもしれない。武器弾薬の問題など不安要素も勿論あるけど、少なくとも現時点まで状況は好転の一途を辿っている。
特に西住さんが本格的に指揮を取り始めてからは、それはとても顕著だ。

なのに、私の胸の中は明るくなるどころか、益々激しく不安を訴える。まるで後ろから得体のしれない何かに追いかけられているかのように、まるで手探りで進む暗い道の先が断崖絶壁であるかのように。

その感覚は、両親と最期の喧嘩をした時に………2人が、永遠に帰ってこなくなってしまった日のものと奇妙なまでに似通っていた。

「…………………なぁ、沙織」
「麻子」

どうしようもなくなって、隣で無線機械と格闘していた沙織に声を掛ける。けど、沙織は食い気味にこちらの台詞を遮った。

「きっと、大丈夫だから。………みぽりんは、大丈夫だから」

決して、私に向けての返事ではない。多分、沙織が自分自身に言い含めているんだろう。だけどその響きは酷く空虚で、繰り返せば繰り返す分だけ、沙織の中で不安が大きくなっているような気がした。

(……………………)

改めて、周りを見回す。格納庫を隅から隅まで満たす“熱狂”の中には、幾つもの見知った顔がある。

「──ええ、とりあえず生徒会としても西住さんには全面的に協力します。現在衛生班に参加している生徒の皆さんは、引き続き医療スペースの拡充を………」

五十鈴さんは、生徒会長としての勤めを全うしようと矢継ぎ早に指示を出している。凛とした姿勢を崩してこそいないが、時折その視線は、物憂げに格納庫の“外”へと向けられる。

「………真田丸で徳川軍を押し返した真田信繁、ってところか?」

「蝦夷へと敗走していく過程で宇都宮城を落とした土方歳三……はしっくりこないぜよ」

「テルモピュライのスパルタ軍………だめだ、どれも玉砕してしまう」

「…………やめよう、縁起でもない」

カバさんチームの四人は“いつものやり取り”をしようとしていたが覇気もキレもなく、最期にはエルヴィンこと松本さんの一声で全員が黙り込んでしまった。

「隊長…………」
「大丈夫だよ梓、西住先輩なら…………」

ウサギさんチームの澤さんは膝を抱えて塞ぎ込む。その横では山郷さんが懸命に元気づけようとしつつ、そんな彼女も今にも泣き出しそうに瞳を潤ませている。

「何にもできないにゃ……私達………」
「仕方ないピヨ………」
「一般人の限界モモ……」

アリクイさんチームの3人も、その隣で無力さに打ちのめされ座り込んでいる。

「砲弾の運搬はこちらです!新たな機銃の設置位置はアリサ殿から伝達を受けています故そちらへ!!」

「他の予備パーツの点検もやっとこう!……西住さんが戦いに行くなら、せめて少しでもその安全を守らないと!」

「いい!?素人は却って邪魔になるから外には出ちゃダメよ!特に中等部は全員地下へ行きなさい!物資運搬は風紀委員まで、それ以外は中等部の子達や小さい子たちを見てあげて!!」

秋山さん、ナカジマさんら自動車部の面々、そど子達風紀委員は、各々駆けずり回って保安官や医療班と共に働いている。けれどその動きは、作業をするためではなく押し潰されそうなほど大きな不安から逃れるためであるように見えた。
303 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:20:46.35 ID:A23xFse80
周囲の“熱狂”とは裏腹に、戦車道チームの面々は誰一人として例外なく不安に苛まれていた。そしてその出所は、きっと全員が共通だろう。

(…………大丈夫だ。西住さんは、私達なんかより遥かに強い。だからきっと、大丈b)

『レイゼン、アンタが天才なのは知ってるけどその考え方は頭がいい“だけ”の奴の発想ね』

『独立ってのは響きこそ勇ましいけれど、裏返して言えば常に“孤立の危機”と隣り合わせ。依存先、従属先があるってのは、ある意味孤立とは無縁のぬるま湯なのよ』

「……………………っっ!!!」

言い聞かせようと、思い込もうとした矢先、何故か、ブーン先生の授業の中でアリサさんから言われた言葉がフラッシュバックする。

依存。今私達が西住さんに対してしていることは、依存以外の何だというのだろうか。

西住さんの隣に、今この瞬間、誰か一人でも立てているのだろうか。

「…………………ごめん、麻子。肩凝っちゃったから少しほぐしてくるね」

「…………………。ああ」

沙織の言葉に空返事をしつつ、不安と迷いは益々深くなっていく。

(このままでいいとは、思わない。だけど私に、私達にできることなんて────)













《────おっ!!!》
304 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 23:24:13.24 ID:oOsw4SQ90
.


「……………………!!!?!?」

一瞬、無線機から声が。

聞き覚えのある、親しみやすい、独特の語尾をした男の声が聴こえた気がして、慌てて顔を上げて機器を操作する。


聞き間違いとは思いたくない。だけど、それきり無線機は、どれほどチャンネルを回そうと引き続き意味のない雑音だけを垂れ流すだけだった。



.
305 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:29:13.20 ID:A23xFse80
.


.







『我々は勝利するであろう。イタリアとヨーロッパと世界に長い平和と正義の時代を齎す為に!

勇猛なるローマの男たちよ!武器を取り、君達の強さを、勇気を、価値を示そうではないか!

優雅なる女騎士の末裔たちよ!その身に流れる高貴なる先祖達の血を以て、偉大なる帝国の名を再び地中海に轟かせようではないか!!』
──1940年6月、ベニート=ムッソリーニによるヴェネツィア宮での宣戦布告演説より抜粋

『諸姉らには、誇り高き“Reich”を導く役割が今日この日より求められる!突き進むのだ、“Reich”の勝利のために!アーリア人の栄光のために!!

劣等なる共産主義者共の腐った納屋を、履帯で轢き潰し、ただ進め!!

エンド・ジークは諸姉らの鋼鉄の意志によって成されるのである!!』
──1942年6月、新規編成された戦車師団閲兵式におけるアドルフ=ヒトラーの演説より

『母なるロシアの大地より、毒を浄化せよ!!勇者たちが放つ雄叫びはシベリアの果まで轟き、戦乙女たちが巻き起こす鉄の暴風は薄汚いファシスト共を薙ぎ払うだろう!!

我らがソヴィエトはファシストを徹底的に懲罰する!奮起せよ、祖国の勝利のために!!』
──1942年11月、ウラヌス作戦発動に際してヨシフ=スターリンのラジオスピーチより

『今大西洋を超えて欧州には、血と狂気が満ちています。

今太平洋を超えて亜細亜には、侵略と破壊が満ちています。

我々は自由の旗手として、今一度立ち上がらなければなりません。合衆国民は、世界を覆う帝国主義の嵐に立ち向かわなければなりません。

合衆国軍の男性は銃と手榴弾を手に取り、女性は戦車を駆り、世界中で自由を求めて戦っています。

合衆国民の皆様、どうか今年が彼らにとって“良い年”となるよう、汎ゆる分野で協力してください』
──1943年1月、フランクリン=D=ルーズヴェルトによる新年挨拶より

『間もなく、諸君らをナチズムの圧政より解放する救いの手が差し伸べられる。カール帝の子らが、ヴィヴァンディエールを継ぎし者たちが、“自由”の上陸に伴い、その役目を全うすることを望もう』
──1944年9月、シャルル=ド=ゴールよりヴィシー・フランス内へ向けての秘密ラジオ放送より

『アジア、そしてヨーロッパにおける我々連合軍の苦境は、結局のところ“戦車道”の存在に集約される。第三帝国の機甲師団は欧州の大地において獰猛な肉食獣の如く我々を食い散らかし、大日本帝國の戦車団は太平洋の島々において強固な城壁の如く我々の前に立ち塞がってくる。

これはただの妄想に過ぎないが、もしも“戦車道”が無ければ、我々は本来既に「戦勝国」になっていたのではないかと思わずにいられない』
──1946年2月、ウィンストン=チャーチルが知人に宛てた手紙より




『米英軍ノ攻勢ガ尽キテ幾日、兵皆健勝ナリ。幾度ニモ渡ル勝利ト敵軍ノ海上ヘノ追落ニヨリ、自信ト覇気島内ニ満ツル。栗林忠道閣下ヘノ忠節皆厚ク、カノ方ノ下デ戦ヘル幸運ヲ噛ミ締メツツ、漏レ伝ワルインパールニオケル友軍ノ悪闘ブリニ涙ヲ禁ジ得ズ。

又、他方ニ転ズレバ、西住小峰中佐ノ戦ブリタルヤ之正二古今無双也。慧眼ト勇猛ニテ、栗林閣下ノ信厚ク、敵ヲ屠ル事鴨撃チノ如シ。

撃テバ必中護リハ固ク、進厶姿ハ乱レ無シ。

正二鬼神軍神ノ類也』
──硫黄島にて回収された、大日本帝國軍士官のものと思われる手記より。筆者及び執筆時期不明、恐らく1946年中と推定
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/08/09(金) 02:59:49.11 ID:nF6IEOyj0
更新、お待ちしてました
頑張って下さい
307 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/19(月) 23:41:22.32 ID:G3J+e0ts0
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一口に先生と言っても、その内容は色々だ。

お医者さんはよく先生と呼ばれるし、師匠と書いて“せんせい”と読むケースも有る。塾の先生は大学生の内からアルバイトでなれるが、大半の教育機関の先生、所謂学校教諭は教員免許が無ければ教壇に立つことができない。

更にこの最も一般的な“先生”でも、小中高か、私立か公立か、担当学科・教科は何か等によってそのあり方が大きく変わる。

………あとは政治家も偶に先生って言われてるね。あの人種の中でそう呼ぶに足る存在が何人いるかは甚だ疑問だけど。

で、まぁ、僕が何故こんなにも“教師観”について滔々と語っているのかというと。

(メメ;^ω^)「う゛〜〜〜〜〜〜ん゛…………………」

幾ら“先生”だからって、バリッッッバリの文系教科担当に無線機の修理なんて任せるのはどうなんだろうかって、ふと思ったんだ。

いや全然?怒ってるとかじゃあないよ?ただあくまで、“適材適所”の検討が不十分と言わざるを得ない安易な役割分担に疑義を呈してるだけでさ。
308 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:48:14.21 ID:G3J+e0ts0
九四式四号丙無線機。それが、今僕の眼の前に鎮座している悩みのタネの正式名称。

大日本帝國陸軍が戦闘車両間通信機として開発した物で、主に磯部さんたち所謂【アヒルさんチーム】が駆る89式中戦車や良くも悪くも世界に名を轟かす“チハたん”こと97式中戦車に装備されていた。

とどのつまり、“第二次世界大戦期に使用されていた戦車装備の一つ”である。恐らく、西住さん達が駆る戦車と同じで遥か昔にこの学園で盛んであったという戦車道チームの名残だろう。無線機だけが転がっていたというのはやや解せないが。

(メメ;^ω^)(或いは、“どん底”のどこかにも隠されているかも解らんおね)

何せ自然観察区の沼地の中に沈んでる車両まであったのだ。沼の底が範囲なら、“船の底”にぐらい戦車の一両や二両あっても驚かない。

(メメ^ω^)(…………。それにしても)

二十数年前。僕やシューが年端もいかぬクソガキで、西住さん達に至っては生まれてすらいなかった時分。この学園艦では戦車道が行われていた。
実際学園史を紐解いてみると、全国大会の出場履歴も複数存在し最高実績ではベスト4まで勝ち進んだ事もあったらしい。黒森峰や聖グロリアーナのような名門とまではいかないものの、確認できた範囲だけでも中堅校ぐらいは名乗っていい程度の戦績を誇る。

そんな戦車道が、“消えた”。緩やかに衰退したとかではなく、二十数年前………より具体的な年代で言えば、1995年頃を境に忽然とこの学園から消失したのだ。

大会に出た、どこまで勝ち進んだといった記録はちゃんと残っている。だがそうした、抹消に多大な労力がかかる“公の記録”以外ではこの学園艦の戦車道に関する事跡を窺い知ることが全くできない。まるで“そうしてほしくない”から、意図的に徹底して消したかのように。

無論、これはあくまで書類上の記録を追っていく中で受けた僕個人の印象論に過ぎない。身も蓋もない話をするなら、結局“当時”の詳細が解らない限りは推測の域を出ることはない。

元々衰退の兆候があった中で当然の帰結だったかもしれないし、不幸な行き違いの連続がたまたま一時的な“休止”に繋がった可能性もある。
記録の消滅についても、当時学園艦に勤めていた天然さんがうっかり関連書類を尽くシュレッダーにぶち込んでしまっただけ……みたいな間抜けなオチの可能性だって否定できない。

だけど。

(メメ^ω^)(……信じがたいほどお粗末な、極めて低い可能性の内容だとしても、“行政上のミス”で記録の乏しさは辛うじて説明できるお。

ただ、じゃあ本当に大洗女子学園の戦車道に関する記録の消失が事故によるもので、戦車道の廃止それ自体は極自然な流れであったとしたら…………)

何故“OG”が、今日この日に至るまでただの1人も現れないのだろうか。
309 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:50:11.87 ID:G3J+e0ts0
例えば、廃止される直前は履修者が0に近い人数であったと仮定しよう。確かにその場合、戦車整備や備品調達の上で金食い虫である戦車道が“整理”の対象となるのは経営的な点から言えば妥当である。
公立校なのにという声は出るかもしれないが、公立校、即ち税金によって運営されているからこそ無駄遣いは許されない。記録が綺麗サッパリ消えてる点については、さっきの“行政的うっかりミス”説を採用すればなんとか納得できる。

だが無駄遣いは許されないからこそ、その状況が10年、20年と放置されている可能性は0に等しい。実際、少なくとも1992年には全国大会の三回戦まで進出している記録があったのを覚えている。

そこから戦車道が姿を消すまで、推定たった三年程。

或いは1992年は、廃止間近に魅せた最後の輝きだったのかもしれない。ただならば尚更、その当時の履修者にとって西住さん達の鮮烈な活躍は反応せずにいられない筈だ。
マイナー競技だから耳に届かなかった?あり得ない、それこそ西住さんをきっかけに“第三次戦車道ブーム”とも言うべきムーヴメントが起きつつあり、海外のニュースにまでその名を取り上げられているような有り様だぞ?OGのほぼ全員がたまたま何らかの不幸で五感を喪っていたとかでもない限り説明がつかない。

(メメ^ω^)(それに、“売れ残った”とされるW号を始めとした戦車の処理も不可解だお)

倉庫にスクラップとして転がっていた、駐車場に放置されていて誰も気づかなかった、はまだ理解できる。自然区画の池の中やら崖下、放置区画に等しい甲板下の隅っこ、ウサギ小屋の中、揚げ句の果てに沼の底。買い手がつかないからといって、そんなところにわざわざ投棄する労力を割く意味は皆無に近いだろう。

そもそもその“買い手”にしたって、動向に疑問点がある。

他の戦車にどんな物があったかは知らないが、W号といえば様々なマイナーチェンジが施されナチス・ドイツの装甲主戦力の一角を担った名車。カバさんチームのV突も生産量においてはW号をさえしのぎ、実際に長砲身型が黒森峰でも採用されている。
無論各校の車両特色や編成の問題もあるため一概には言えないにしても、大学や社会人チームも含めてありとあらゆる団体が全てたまたまこの二両を必要としない状況だった、というのは少々想像しづらいところだ。
310 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:51:51.87 ID:G3J+e0ts0
探偵気取り。僕が推理小説の登場人物だったなら、一連の思考はきっと周囲からそんな風に失笑を買っている事だろう。

そして僕の場合は事実“気取り”に過ぎない。はやみねかおる作品よろしく実は頭脳明晰で……なんて都合の良い話もなく、ただただ平均的な教職員の1人。性能は平凡で色もごくごく普通の肌色であろう脳味噌をどれ程回転させたところで、恐らく妄想の域を出ることはない。

(メメ^ω^)(………原子炉【もんじゅ】のナトリウム漏洩発覚、イギリス・ベアリングス銀行破綻、コスモ信用組合経営破綻、三豊百貨店崩壊事故、フランスによる核実験)

……自覚はあれど、1人の大洗女子学園教諭として、どうしても引っ掛かる。気がつけば僕は、記憶する限りの“1995年の出来事”を羅列しそれらが大洗女子学園の戦車道に何らかの影響を与える可能性はないか検証し始めていた。

(メメ^ω^)(オリックス・ブルーウェーブが11年ぶりのリーグ優勝、野茂英雄MLB挑戦、ってこの辺りは間違いなく全然関係ねえお。あとは…………そう言えば、阪神・淡路大震災と例の宗教団体のクーデター未遂事件もこの年だっtワッヒャウ」

「うひゃっ!?」
「わっ」

突然背中を“サラリ”と異質な感触が撫で、思考の海に沈んでいた僕は素頓狂な叫び声と共に小さく飛び上がる。

慌てて振り向けば、少女2人が少し仰け反った姿勢で眼を丸くして此方を見ていた。

「ああいや、姐さんから“差し入れを持っていけ”って言われたんで乾パンと水を持ってきたんだけど………その、驚かせちまったってんならゴメンよ」

内片方………先の感触の出所と推察される、船舶科の制服を着た絹のように白いロングヘアーの少女が、申し訳無さそうに眦を下げながら此方にペットボトルと乾パンの缶詰を差し出してくる。

「それで先生、修理の進捗はどうだい?」

(メメ;;;^ω^)「………………………………………お゛〜゛〜゛ん゛」

僕はゆっくりと視線を九四式無線機に戻すと、低く唸り声を上げて返事に変える。いや決して、決して事実上修理を放棄していたことが後ろめたくて正面から向き合えないとかそういうワケではない。

「……芳しくないようね」

「まっ、そりゃあね」

もう片方──背が低い、洋風酒場のバーテンダーのような服装の子が察して落胆を露わにし、ロングヘアーの子は肩でも竦めたのか微かに衣擦れの音がした。

「精密機械でしかも骨董品だしね。先生だって一生懸命やってくれてるんだ、仕方ないサ」

……チクチク言葉って純粋な善意と労りから発せられるケースもあるんですね!知りたくなかったなぁ!!!
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/08/23(金) 11:24:59.49 ID:0TkT3efU0
更新おつです
各国首脳のスピーチでこれがガルパン世界なの思い出しました
バックグランドストーリー忘れがちなので助かります
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