【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.2

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202 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:17:48.53 ID:51ANf8D80

恋鐘「霧子〜! にちかたちが話があるって来てくれたばい!」

すぐに扉は開かれ、中からは幽谷さんが姿を現した。
私たちはすぐに上半身を伸ばして、部屋の中を覗き込んだ。

円香「……」

凛世「ま、円香さん……!」

樋口さんは後ろ手に拘束され、部屋の中のアルミ棚に縛り付けられていた。
足元には空になった食事のプレートが置いてある。
最低限の面倒はちゃんとみているらしいが、とても共に生存を目指す仲間にする仕打ちとは思えない。

霧子「今はまだ、円香ちゃんにもお話をしてる最中なんだ……いつかは円香ちゃんにもコロシアイから降りてもらえるように、説得を頑張ってるんだけど……」

樋口さんの瞳にはまだ、突き刺すような鋭さが残っている。
身柄は抑えられても心が折れてはいないらしい。とりあえずのところはホッと胸を撫で下ろす。

霧子「それより……お話って何かな?」

にちか「あー……それは……」

どこから切り出したものか。蘇りの儀式の中止、生徒会の解散……目指すべき目標はいくつかあるけど、この場でそう迂闊に口にしていいものか。
生徒会のメンバーが取り囲む中で、そんなことを口走れば私たちも樋口さんの二の舞になりかねない。

にちか「えっと……ですね……」

言葉を探して、視線も右往左往。真乃ちゃん、杜野さん、芹沢さんも説得の言葉自体は用意していなかったらしく、不自然な静寂が流れた。
無音の中をあてもなく彷徨っていたけど、ある一点で私の視線の旅は突然に終わる。
203 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:19:48.16 ID:51ANf8D80

それは都合のいい言葉を見つけたからではなく、むしろその対極に近い。
私たちにとって、【これ以上なく都合の悪い存在】を見つけてしまったから。

凛世「こ……これ、は……!?」

真乃「儀式の準備って……一体、何をしてるの……?」

あさひ「……すごいっすね」

みんなもそれを見つけてしまったらしく、途端に空気が変わる。
私たちが覗き込んだ部屋の中にあった異物は樋口さんだけじゃない。
そのもっと奥で私たちの方を一心に見つめるようにしているそれは……


___私たちがかつて失ってしまった仲間たちと全く同じ姿をしていた。


霧子「ああ、気づいたんだね……ふふ……」

にちか「ル、ルカさん?! めぐるちゃんに、有栖川さん……甘奈ちゃん!?」

あさひ「随分と精巧に作られた人形っすね……すごい、そっくり」

204 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:21:19.30 ID:51ANf8D80

霧子「これは甜花ちゃんのお部屋にあった3Dプリンターを借りて作ったんだ。データの準備にちょっと時間がかかったけど……」

凛世「もしや、復活の儀式とはこの人形に亡くなられた方の御霊を降ろす降霊の儀なのですか……?」

霧子「うーん……その詳細まではわからないけど、人形は必須みたいだよ……」

(まずいって……こんな人形まで用意されたら、本当に今晩儀式が執り行われてしまうんじゃ……)

にちか「あの、本当に儀式……やっちゃうんですか……? その、怖くありません……? こんな得体の知れないオカルト……」

霧子「にちかちゃんは心配してくれてるんだね……でも大丈夫。儀式の時には生徒会のみんなが付き添ってくれるから……」

(そ、そうじゃなくて……!)

透「霧子ちゃん、あと儀式には何が必要?」

円香「〜〜! 〜〜〜!!」

透「あ、樋口暴れないでって。もっと手枷をキツくしなきゃいけなくなんじゃん」

霧子「えっと……後は包丁……それに復活の時には完全な暗闇にする必要があるみたいだから……」

霧子「空き部屋にこの人形を運び込むのを手伝ってもらってもいいかな……?」

(まずい……どうにかして、止めないと……!)
205 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:22:15.41 ID:51ANf8D80

にちか「あの……幽谷さんは、もし仮に儀式が本物だったとして……それで誰かを甦らせちゃっていいんですか……?!」

にちか「そりゃ勿論私ももう一度……会いたい、話したいって思うことはありますけど……一度死んだ人間は蘇らないのがこの世のルールなんですよ!?」

にちか「この世のルールを覆しちゃった存在は……果たして私たちと一緒に過ごした仲間たちと同じ存在だって言えるんですか……?」

霧子「そっか……にちかちゃんは不安なんだね……」

にちか「は……?」

霧子「甦った人のことを、これまでと同じように愛せるかどうか自信がない……うん、その気持ちはわかるよ……」

霧子「でも……それは固定観念に縛られてる考え方なんじゃないかな……」

霧子「死んだ人が甦っちゃいけないなんてルールは本当はないんだよ……蘇りを目にすることがないから、そうだと思い込んでるだけ……」

霧子「それに、今こうして生徒会に力を貸してくれるみんなは……死んじゃったみんなともう一度話をしたいと思って力を貸してくれてるの……」

霧子「それを否定するのは、みんなの思いを勝手に否定することにはならないのかな……?」

にちか「う……そ、それは確かに……」

真乃「に、にちかちゃん……!?」

正直なところ、幽谷さんの主張には返す言葉もない。
私が蘇りの儀式に手を出したくないのは、得体の知れないオカルトで仲間の死を穢すような真似をしたくないという主観的な感情でしかない。
それこそ甜花さんのように正面から死を悼んでいる人の感情を凌ぐほどの強い情念でもない。
その思いを否定するなと言われると弱いのだ。
あっさり論破されてすごすごと引き下がる私にため息をつくと、今度は芹沢さんが前に出た。
206 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:23:51.51 ID:51ANf8D80

あさひ「わたしは蘇りの儀式自体には賛成っすよ。でも、夏葉さんを甦らせても面白くないっす。そこだけには反対っす」

凛世「あ、あさひさん……?! お話が違うのでは……?!」

あさひ「わたしははなからそのつもりっすよ。生徒会の活動には不満っすけど、甦り自体は面白そうだしやってみたいっす!」

霧子「ごめんね……でも、夏葉さんに甦ってもらうのはみんなで決めたことだから……」

あさひ「えー、甘奈ちゃんがいいっすよー!」

甜花「……!」

あさひ「甘奈ちゃんは双子の入れ替わりなんて面白いトリックをやってくれたんっすから、生き返らせたらもっと面白いトリックをまたやってくれるんじゃないっすかね!?」

霧子「やっぱり……あさひちゃんの意見は聞けないかな……ごめんね……」

(ダメだ……芹沢さんは生徒会の敵ではあるけど、そもそもこちらの味方でもない……)

善性を盾にした生徒会の思想には、あらゆる言葉が棄却されてしまう。
勇気を振り絞って結集したのに、私たちは結局無力感に打ち震える結果となってしまった。
樋口さん、恋鐘さんにそれとなく視線を送ったけど、彼女たちは静かに首を横に振るばかり。八方塞がりというやつだ。
207 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:25:10.17 ID:51ANf8D80

霧子「その……いいかな? 今晩の儀式のために準備をしなくちゃいけないから……忙しいんだ……」

遮る言葉をかけたところで意味はないんだろうな。
精神に刻まれてしまった負犬根性が、喉に蓋をした。
押し黙る私たちに小さな会釈をすると、扉は目の前で閉ざされてしまった。

透「……ん、満足した? これ以上は邪魔だから、帰った方がいいよ」

あさひ「はー、結局意味なかったっすね」

真乃「ご、ごめんね……」

凛世「いえ……致し方ありません……もはや多勢に無勢のこの状況ゆえ……」

恋鐘「……ここに来てくれて、みんなの思いはちゃんと霧子も聞き遂げてくれたばい。うちら生徒会の意思とはそぐわんかったけど、それを無碍にはせんからね」

甜花「そう、だよ……! 生徒会はみんなの味方なんだからね……!」

恋鐘さんは怪しまれないように言葉を取り繕って、私たちを励ました。
その心遣いには感謝せずにはいられない。私も気取られない範囲で、それとなく合図を送った。

真乃「……帰ろうか」

にちか「しょうがないね……」
208 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:26:29.99 ID:51ANf8D80
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【にちかの部屋】

私たちは幽谷さんの説得を諦めて、自分の部屋へと戻ってきた。
生徒会の統率具合は私たちの思っていた以上で、その中心である幽谷さんは強く、靡かない。
私たちの言葉をいくらぶつけたって、彼女自身の核があれほどまでに強固では太刀打ちできないというものだ。

刻々と時間だけが過ぎていく。
生徒会の企ては今こうしている間にも進んで行き、今晩には、儀式が執り行われてしまう。

今の私にできることは一体……何があるだろう。


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209 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:28:02.54 ID:51ANf8D80
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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『おーい、帰ったよー! モノダムー!』

モノファニー『ごめんねモノダム! モノタロウと仲良く話してたら、話の流れでちょっと小旅行にも行こうかって話になってその足で行ってきちゃったの!』

モノタロウ『電車を乗り倒せるのも青春の特権だからね! ぶらり途中下車の旅を堪能してきちゃった!』

モノファニー『じゃーん! お土産のどこの観光地にもある城がプリントされただけのラングドシャクッキーよ!』

モノタロウ『日本全国の道の駅に売ってる海老煎餅もあるよ!』

モノタロウ『あれ……? モノダム……? モノダムがいないよ!?』

モノファニー『もしかしてアイツ……アタイたちに嫌われたと思って家出しちゃったの……!?』

モノタロウ『バカだなあモノダム! あんなのただのノリに決まってる! モノダムだってオイラたちの大切な兄弟だよ!』

モノファニー『本当、バカな子ね……アタイたちがモノダムのことを嫌いになるわけないじゃない……』

モノタロウ『本当に大切なものは、失ってから分かるものなんだね……』

プツン

(本当に大切なものは失ってから分かる……手垢のつきまくった、散々擦られまくったフレーズだな)

(でも……今の私たちはその大切なものが帰ってくるかどうかって状況なんだよね)

個室のドアに取り付けられた、覗き窓から外を見てみる。
寄宿舎の入り口の監視についているのは今晩は恋鐘さんではなく、西城さんみたいだ。
昨日の夜にような目溢しは期待できないだろう。意地でも私たちに、儀式への介入をさせる気はないみたい。
今頃4階の空き教室では幽谷さんが蘇りの儀式を執り行っているのかな。

……もし、儀式が成功することがあれば、明日の朝には有栖川さんが再び私たちの前に現れることになる。

有栖川さんは私たちのことを常に気遣って、この不安な状況の中でも私たちがパニックに陥らないように気丈な振る舞いをしてくれていた。
彼女が、そのままに帰ってくるのならこれほどまでに嬉しいことはない……とは思うけれど。

「そんなわけないって……分かってるのにな」

明日の朝には儀式の結果がわかる。
そのことが私にはたまらなく恐ろしくて、ベッドの上で何度も身を捩っているうちに夜は更けていった。

210 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:29:14.55 ID:51ANf8D80
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【School Life Day15】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『モノダムがいないとこんなにも寂しいだなんて思わなかったな……まるで家事も手につかないから、散らかりっぱなしだよ』

モノファニー『今までモノダムが皿洗いにゴミ出しに風呂掃除に部屋掃除……』

モノタロウ『洗濯に食事の準備は勿論のこと、洗車に庭の草抜きまで』

モノファニー『服のアイロンがけに更には公共料金の支払いまでついてきちゃうんだからさあ驚き!』

モノタロウ『モノダムが全部全部やってくれてたんだもんね……おーいおいおーい! モノダム、戻ってきてよー!』

モノファニー『アタイたちに堕落の限りを尽くさせてちょうだいよー!』

モノダム『モノタロウ、モノファニー……おかえり』

モノタロウ『モ、モノダム……!? 今までどこ行ってたのさ……!?』

モノダム『ソロソロ二人ガ帰ッテクルンジャナイカッテ、スーパーデ国産牛ステーキヲ自腹デ買イニイッテタンダヨ』

モノタロウ『オイラ……オイラ、そういうモノダムの健気なところが本当大好きだ!』

モノファニー『アタイもよ! モノダム、ちゃんと焼き目はミディアムでお願いね。ちょっとでも焼き過ぎたら責任持ってモノダムが食べるのよ』

モノタロウ『あと油でギトギトになったフライパンはオイラ触りたくないからちゃんと洗ってよね!』


『HAPPY END』


プツン

朝が来てしまった。
結局蘇りの儀式を食い止めるために出来ることも何もなく、部屋から出ることもなく夜を過ごした。
扉の覗き窓から見てみると、西城さんの姿はない。今頃、儀式がどうなったか4階に見にいっている頃合いだろうか。
儀式自体には反対の立場をとっているけれど、結果がどうなったのかは私も気になるところ。
自分の部屋を出るとすぐに校舎へと向かった。
211 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:30:38.22 ID:51ANf8D80
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【才囚学園校舎前】

真乃「あっ、にちかちゃん。おはよう……!」

にちか「真乃ちゃん、おはよう。昨日は眠れた?」

真乃「うん……寝るのは寝れたけど、何度か目を覚ましちゃった。儀式のことがどうしても気になってたからかな?」

にちか「だよね……私も。幽谷さんたちは儀式を実行したんだろうし、結果が気になるよね」

寄宿舎を出てすぐ鉢合わせた真乃ちゃん。
どことなく元気がなく見えるのは儀式のことがやっぱり気にかかるかららしい。
昨日の決起の際に一番意気込んでいたのも真乃ちゃんだし、儀式を防ぐことができなかった失意は彼女が一番強いだろうと思う。

あさひ「あ、にちかちゃんに真乃ちゃん! おはようっす!」

にちか「芹沢さん……おはよう、変わらず元気そうだね」

あさひ「そうっすか? それより、早く4階に行くっすよ! 霧子ちゃんたちの儀式が成功したのかどうか、すごく気になるっす!」

芹沢さんは相変わらず。
彼女にとっての行動原理は興味を引くかどうか。
死者の尊厳だとかはそもそも視界に入っていないんだろうなと思う。
雑談もそこそこに、私の袖をひいて行くので、それに引きずられるようにして私たちもついて行く。

212 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:31:49.22 ID:51ANf8D80


校舎の中はなんだかひっそりと静まり返っている。
まあ儀式のためにみんな集まっているんだろうから、低層階にいるはずもないんだけど。
誰の足音も聞こえない校舎は生気が感じられず、まるで時間が止まっているみたいだった。

にちか「芹沢さんは昨日の夜はどうしてたの? あなたなら儀式を覗きに行こうとか思いそうなものだけど」

あさひ「んー、そうしようとも思ったんすけど、寄宿舎の中に見張りがついてたじゃないっすか? 捕まって小言を言われるのも面倒だったんで、結局部屋にいたっすよ」

真乃「昨日の夜は樹里ちゃんが寄宿舎の中にいたよね……」

にちか「うん……恋鐘さんだったら、話も通じたし良かったんだけどね……」

真乃「……恋鐘ちゃん?」

にちか「あっ……やば……」

あさひ「恋鐘ちゃんは生徒会に入ってはいるけど、霧子ちゃんに洗脳されてるわけじゃないんっすよ」

あさひ「霧子ちゃんのことが心配で、近くで様子を見るために心酔してるフリをしてただけっす」

真乃「そ、そうだったの……?!」

にちか「えっ……芹沢さんも知ってたの?!」

あさひ「はいっす。ていうか恋鐘ちゃんだけ明らかに霧子ちゃんの発言に対する反応が浅かったんで、見てたら分かったっすよ」

真乃「そ、そうだったかな……?」

(流石の芹沢さんだ……洞察力が半端ない……)

213 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:32:54.63 ID:51ANf8D80


3人で話をしながら階段を登り、4階に行き着く。
確か儀式はこの階の空き部屋でやるんだったか。

真乃「……? なんだか、静かだね」

にちか「確かに……廊下に生徒会の人もいないね……儀式はこの階でやるって話だったよね?」

あさひ「……」クンクン

真乃「……あさひちゃん?」



あさひ「なんかこの階……【焦げ臭くないっすか】?」



(え……?)

芹沢さんに言われて、私も鼻をヒクヒクと動かしてにおいを嗅いだ。
確かにうっすらとだけど、煤けたような嫌な匂いがする。
しかもそれは階段を上がって左手側。ちょうど儀式の会場である空き教室の方から漂っているようだ。
214 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:34:37.80 ID:51ANf8D80

にちか「何これ……儀式がうまくいかなかったとか、そういう感じだったりする……?」

真乃「とりあえず、様子を見てみようか。覗いてみよう!」

私たちはすぐに匂いの元であろう空き教室へと向かった。
空き教室には扉はあるけれど、鍵はついていない。
私が持ち手を引けば、すんなりとその空間は私たちの前に広がり、匂いも一瞬にして私たちを包み込んだ。

にちか「うぇ……なにこれ、なんか炭っぽいというか……生臭いというか……」

真乃「あんまり嗅いだことがない匂いだね……」

あさひ「匂いの発生源は、この部屋にあるみたいっすけどよく見えないっすね」

空き教室はただでさえ薄暗かったが、今は前にのぞいた時以上だ。
日が落ちたかのように、部屋全体に影が落ちて、一寸先も見えないほどの真っ暗闇。
匂いの正体を確かめねばならないが、闇の中に踏み込むのは少し気が引けた。
そんな私たちの心中を察してのことか、妙にいいタイミングで彼が姿を現した。
215 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:36:03.72 ID:51ANf8D80

【おはっくま〜!】

モノダム「キサマラ、オ困リミタイダネ……」

にちか「あっ、君は!」

モノクマーズの中でも異質な存在。
小型のロボットのようなモノダムが姿を現した。すぐに縋るようにして飛びつく私たち。

にちか「ね、ねえ! 君ってさ、目からこう……レーザーライトみたいなの出ないの!? 暗闇でも明るくする……みたいなやつ」

モノダム「ウワァァァ……」

真乃「に、にちかちゃん落ち着いて! く、首が……凄い角度になってるよ……!」

にちか「え? あ、ご、ごめん……!」

モノダム「ソンナ乱暴ニブン回サナクテモ、元カラソノツモリダヨ。今ハ緊急事態ダカラネ」

あさひ「緊急事態……っすか」

モノダム「オラノ目ハ一瞬ニシテ500ルクスノ光デ部屋ヲ満タセル高性能ライトガ搭載サレテルンダ」

真乃「学校の教室ぐらいには明るくしてくれるんだね……」
216 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:37:17.00 ID:51ANf8D80

モノダム「ソレジャア行クヨ……覚悟ハイイ?」

生唾を一つ飲み込んで、私たちは頷いた。
それに呼応してモノダムの目は発光し、暗闇に光が降り注いだ。
すぐに闇は晴れ、そこにあるものを浮き彫りにした。

「……っ!?」

咄嗟に反応できなかった。
“ソレ”が私たちの目の前に現れることなんて想像もしていなかったから。

あまりにも唐突に私たちの前に現れたソレは、これまでに見てきたいずれよりも……



……残虐で、凄惨な見た目をしていた。


217 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:38:00.74 ID:51ANf8D80





【指の先まで焼き尽くされ、炭化したその死体はまるで枯木のようだった】





218 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:38:46.04 ID:51ANf8D80
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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      非日常編




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219 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:40:14.34 ID:51ANf8D80

事件発生でキリの良いところに行ったのでここまで。
少し間が空くと思いますが、次回捜査パートより更新します。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/25(月) 21:42:45.98 ID:ikTXFzhwO
221 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:00:39.12 ID:mZgU5BGk0

【ピンポンパンポーン……】

モノクマ『死体が発見されました! ……ってオマエラ何やってんのさ! 死者を蘇らせるんじゃなかったの? なんで死体が増えてるのさ!』

モノクマ『……まあ、ボクとしてはその方が都合もいいんだけどさ。オマエラはもったいないことをしたと思うよ』

モノクマ『とりあえず死体発見現場の4階空き教室に全員集合ね。そこでぜ〜んぶお話ししましょ』

プツン…

私たちは呆然と立ち尽くしていた。
これまでに3人の死体を私たちは目の当たりにしてきた。
包丁を腹に刺されたルカさん、頭部を殴打され血を流して息絶えるめぐるちゃんと有栖川さん。

でも、この死体に感じる悪意はそれらの比ではない。
原型が無くなるまでに損傷を受けている死体には、吐き気すら覚えた。

人が人でなくなる、そのことに対する生理的嫌悪感は私に両膝をつかせるには十分だった。
222 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:01:49.21 ID:mZgU5BGk0

真乃「……アナウンスってことは、本当に死体なんだね」

あさひ「みたいっすね。真っ黒で捻じ曲がってるし、見た目からはもはや人と言えない見た目っすけど……」

あさひ「一体これは誰なんっすかね?」

にちか「……!」

芹沢さんに言われてハッとする。
今私たちは仲間の死を知覚したが、それだけの認知に止まる。
肝心の死した仲間が何者なのかは自分の目でも分からない。
背丈や体格も、焼けこげている関係で正確な計測ができない。
こうなると、後は祈るのみ。

_____神様、灯織ちゃんじゃありませんように

誰なら死んでいいというわけではない。
だけど、綺麗事を振り翳せるような気分じゃなかった。
私にとっての『特別』が喪われてはいませんようにと何度も繰り返して心中で祈り続けてた。

そして、暫くして他の人たちが死体発見現場にやってくる。
223 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:02:29.60 ID:mZgU5BGk0

樹里「なっ……なんてザマだよ……こいつは」

愛依「真っ黒コゲ……?! こ、これマジに人なん……?!」

甜花「ひ、ひぃん……まるで誰か、わかんないや……」

透「……ちょっと直で見んのきついかもね」

灯織ちゃん以外の生徒会の人たちはすぐにやってきた。
儀式の次第が気になっていただろうし、いつでも出ていけるように準備をしていたのだろう。
でも、そこに彼女の姿はない。

円香「……なんてこと」

むしろ、拘束監禁状態にあった樋口さんの方が姿を先に現し……彼女を連れてきたのは

霧子「……また、起きちゃったんだね」

生徒会の代表である幽谷さんだった。

樹里「クソッ……こんな状態じゃまるで死体の身元が分からねえぞ」

あさひ「今ここに集まっていないのは……あと、二人っすかね」

真乃「灯織ちゃんと、凛世ちゃんだね……」

透「そのどっちかが死んじゃったんか」

円香「……」

(……お願い)

そんな不謹慎な祈りをずっと神に捧げ続けること十数分……神の宣告は突然に下ることとなる。
224 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:03:34.71 ID:mZgU5BGk0



「あ、あの……! 申し訳ありません、遅くなりました!」



勢いよく開かれた扉に目をやると、そこには息を切らしながら汗ばむ灯織ちゃんの姿があった。
私と真乃ちゃんは慌てて彼女の元へと駆け寄る。

真乃「灯織ちゃん……よかった、無事だったんだね……!」

にちか「もう、早くきてよ……! 被害者が灯織ちゃんなんじゃないかって、ちょっと心配だったんだからね……」

灯織「ごめんね二人とも……ちょっと急いでこっちに向かってる途中、気になるものがあって」

私たちに遅刻の弁解をする灯織ちゃん。
彼女も切迫していたらしく、感情的に狼狽える様は、数日前までの正常な彼女と重なった。
大丈夫、灯織ちゃんは灯織ちゃん自身にかき消されてなんかいない。

透「あ……えっと……」

円香「……やめときな、あんたが声をかけてどうにかなるもんでもない」

樹里「……そっか、やっぱそうなんだな」

私たちが嬉々として生還を讃えあうすぐ背後では肩を落とす人がいた。
この結末に失意の底に沈むもの。私たちの友の死を望み、彼女自身の友の生を望んだもの。

私たちの間にある溝は、お互いに理解していた。
これ以上言葉を交わそうとすることはなかった。

225 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:05:14.24 ID:mZgU5BGk0

【おはっくま〜〜!!!】

バビューーーン!!!

モノクマ「えー、世間には二度あることは三度あるとはよく言いますが、ここいらの寺小屋に、どこか抜けた年端もいかぬ、頭もさほどよろしくはない小娘どもが集まっておりました」

モノクマ「彼女らは既に二度も仲間を自分たちの愚かさゆえに失ってきて、その度にもう誰も失わないと胸に誓ってきたのですがさあ大変!」

モノクマ「目の前には三度目の骸が既に転がりてるときた! 三度目の正直なんて言葉に背く大嘘つきもの、友情を騙るだけ騙って実態は伴わない!」

モノクマ「そんないい加減の烙印を押されぬよう彼女たちが思いついた解決策こそが……」

モノクマ「果て? この子はどなたですかな?」

モノクマ「仏の顔は三度まで。どうやらこの仏さんの顔はわからぬということで通すようでござんすね。お後がよろしいようで……」

樹里「長々とそれっぽい口調で喋っただけだろ! 何にも落ちてねーじゃねーか!」

愛依「モノクマ……確かに顔はわかんないぐらいになってるけど、この子が誰なのかは分かってるよ。この子は凛世ちゃん……そうなんだよね?」

モノタロウ「えっ?! なんでそうなるの?!」

甜花「今この場所に集まってないのは杜野さんだけ……肉体的特徴も黒焦げじゃ分かんないけど……一人しか、候補はいないよね……?」
226 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:06:41.35 ID:mZgU5BGk0

モノファニー「うぅ……見れば見るほど今回の死体はグロいわね……どこぞのアイドルアニメの声優が焦がしたトーストみたいになってるじゃない……」

モノファニー「でろでろでろでろ……」

モノクマ「まあ一番可能性が高いのは杜野さんになるよね。なんたって今この場所にいないんだから!」

にちか「はぁ? いや、可能性も何も一択じゃないの? 何そのもったいつけた言い方……」

モノクマ「……うんうん! いいよいいよ! オマエラがそういうなら、モノクマファイルも杜野さんが被害者ってことで作らせてもらうね! ほら、モノダム任せたよ!」

モノダム「……ウン」

モノクマが手拍子すると間もなく、モノダムはその場で電子パッドをめざましい動きで操作すると、今度は人数分のモノクマファイルとして手渡してきた。
今その場で入力をしたということなのだろう。

モノダム「七草サンモ、ドウゾ」

にちか「う、うん……ありがとう」

一体何のためのパフォーマンス? 今回の被害者は現段階で自明のはずだよね?
なぜ一度確認するような真似をする必要があったの。疑問未満の違和感が脳にこびりつく。

『今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ』

ここでもだ。杜野さんを被害者と断言すればいいのに、明言を避けている。
いや……それ以外の可能性なんて絶対にないはずなのに、何のために?
ひとまず操作の指針となるのはいつもこのモノクマファイルなのだ。
情報源として受け入れておきながら、不信の目も僅かに忍ばせておくこととした。


コトダマゲット!【モノクマファイル4】
〔今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ〕
227 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:07:58.48 ID:mZgU5BGk0
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モノクマ「それじゃ、後はいつも通りオマエラに任せるからね! 何か困ったことがあればモノクマーズに声をかけるように!」

あさひ「はーい!」

モノクマ「うんうん、いいお返事だね。芹沢さんとなら今回も楽しい学級裁判ができそうで何よりだ」

恋鐘「またあれをやらんとおやんのやね……」

愛依「自分たちの手でクロを解き明かす、学級裁判……」

霧子「……」

学級裁判に挑むにあたって、私にはほんの少しばかりの懸念材料があった。
私は他の人たちの前に立って、声を張り上げる。

にちか「あの、今回の事件も全員で公平な協力のもとに進めたいんですけど……いいですよね?」

真乃「にちかちゃん……? どうしたの、わざわざ声を張り上げて……」

にちか「今回はその保証がないからだよ。才囚学園生徒会、幽谷さんを中心にするこの組織が私たちを含めた上での全員の生還をちゃんと目指してくれるかどうかは信用ならないじゃない?」

霧子「……えっ!」
228 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:08:43.44 ID:mZgU5BGk0

灯織「にちか……流石にそれはちょっと心外。私たちはあくまで才囚学園にいる全員の生存と幸福を目的としてる組織なんだよ」

樹里「ああ、この捜査の中で一方に加担するなんてことはしない。誓ってもいいぜ」

透「仮に霧子ちゃんがクロなら、うちらはちゃんと霧子ちゃんを差し出すよ」

にちか「……誓いましたね? 守らなかったら100回パンチですんで」

霧子「……」

一応の合意は取れたし、そう易々と裏切りはしないだろう。
とはいえ書面で何か残るわけでも法的な拘束力があるわけでもない口約束だ。
完全に信頼をしておくわけにはいかない。
疑心暗鬼という言葉を体現したかのような状況に、我ながらため息が止まらなかった。

にちか「捜査は真乃ちゃん、二人でやろうか。信用できるのはお互いここだけでしょ?」

真乃「灯織ちゃんも……厳しいんだね」

にちか「……残念だけどね。灯織ちゃんは生徒会の中でも幽谷さんへの傾倒具合は高いから」

真乃「……」

にちか「でも、協力が全くできないわけじゃないから! ちゃんと情報の共有はするし、こちらからも聞き込んだりしよう」

真乃「うん……そうだよね……っ!」
229 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:10:08.89 ID:mZgU5BGk0
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【空き教室(中央の部屋)】

やっぱり異様な光景だ。
部屋の中央にはこれまでのどの死体とも違った様相の焼死体が鎮座し、私たちの視線を一身に集める。
そして焼死体は肉が焼き焦げたような悪臭を発している。

だが、生理的な嫌悪感もそうだけど、それと同じくらいの悪寒を感じさせているのは部屋全体のレイアウト。
杜野さんだろうと推定される焼死体を取り囲むようにして、この学園生活で命を落とした仲間たちの人形が並べられているのだ。

にちか「めぐるちゃん、有栖川さん、甘奈ちゃん……まるで焼死体を覗き込むようにして……」

真乃「3人に看取られる中で、凛世ちゃんは燃え尽きちゃったんだね……」

(死人に見られながら息絶えていく……どんな気分なんだろう)

にちか「……あれ? 人形は、【三つ】?」

真乃「ほわ……そういえば、そうだよね。亡くなったみんなを模した人形なら、ルカさんの分が見当たらないね」

にちか「なんでだ〜……? まさか仲間外れってわけじゃ……」

そう言いながら部屋を見渡すようにすると、ルカさんの人形自体は見つかった。
ただ、その状態が他の人形たちと違っていて気づかなかったのだ。

にちか「え……なにこれ、バラバラになってるんだけど」

私が拾い上げたのはルカさんの頭部。周りを常に威嚇しているようなとんがった目元はとてつもない再現度。
だけど、そのせいで首から下がないチグハグさを一層際立てるのに一役買うことになってしまっている。

真乃「なんでルカさんの人形だけこんなことに……」

まさか個人的な恨みってわけでもあるまいし……
ここに何か秘密があるのは間違いないんだろう、けど。

にちか「……」

流石に、一番近くにいた人間からすれば不快でしかないかな。

230 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:11:01.40 ID:mZgU5BGk0
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【真乃と相談】

にちか「真乃ちゃん、捜査に当たって相談に乗ってもらってもいい?」

真乃「もちろん、大丈夫だよ……! 何のお話かな?」

にちか「死体発見の時のことを改めて振り返りたいんだ。あの時、私と真乃ちゃんと芹沢さんの三人で死体を発見したよね?」

真乃「うん、確か……あさひちゃんが4階への階段を上っている最中に焦げ臭い匂いを嗅ぎ取って、それで空き教室のほうにやってきたんだよね」

にちか「他の匂いとかは何も言ってなかったよね?」

真乃「うん……私も、あさひちゃんに言われてやっと気づいたくらいだったから、特に他の匂いとかはなかったんじゃないかな」

にちか「それで、三人で部屋を覗き込んだタイミングで杜野さんの死体を発見した……ちょうどその時に死体発見アナウンスは鳴ったよね」

真乃「うん、ちょうどこの三人で見たとき、それと同時だったよ」

にちか「ってことはこの三人は容疑者から外れる……のでいいのかな」

真乃「他に前もっての目撃者がいなければ、そうなるね。でも……前回の事件のこともあるから、あんまり死体発見アナウンスを信用しすぎるのも危ないかもしれないよ」

にちか「甘奈ちゃんと甜花さんはアナウンスを利用して相互に容疑者から外しあったんだもんね」

真乃「うん、できる限りは自分たちの推理で明らかにしなくちゃ! むんっ!」

コトダマゲット!【死体発見時の状況】
〔第一発見者はにちか、真乃、あさひの三人。4階への階段を上っている最中にあさひが焦げ臭い匂いをかぎ取って死体発見に至った。ほかに異臭は誰も嗅いでいない。三人で同時に死体を目撃した時に死体発見アナウンスが鳴った〕
231 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:12:22.10 ID:mZgU5BGk0
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【死体を調べる】

……事件の当事者であり、現場に確実に残される手がかりが死体だ。
一切の妥協なく、見落としなく隅々まで調べることは最低条件なのだと、理解しているのだけど。

にちか「……ひっ!」

指で触れる、焼けこげた肌はガサガサとしていて嫌な感じがした。
体液が伝った後が、雨上がりの轍のようなジュベジュベとした感触に近いのも大きい。
人を触っているというよりは、腐葉土を練り上げて作った泥人形を触っているような、そんな感触を覚えながらで、うまいこと手が回らない。

あさひ「……にちかちゃん、何してるっすか?」

そんなこんなで死体を触ったり触らなかったりの足踏み状態を続けていると、すぐ横から芹沢さんがすり抜けて覗き込んできた。

あさひ「わたし、捜査をしたいんっすけど……捜査する気がないのなら退けて欲しいっす」

にちか「え、あ……ご、ごめん……」

芹沢さんは私をぐいと押しやると、躊躇うそぶりを微塵も見せずにベタベタと死体を触り始めた。
炭化した肌がペリペリと音を立てて、芹沢さんの手のひらにひっつく。
しばらくしてから、手をブンブンと振り回してそれを払い落とした。

232 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:14:01.03 ID:mZgU5BGk0

あさひ「来ていた衣服もほぼ原型がなくなるくらいに燃やし尽くされてるんで……何か証拠は持っていなさそうっすね。無事なのは懐に入れていた電子生徒手帳ぐらいっす」

にちか「ああ……機械系は燃えないか。中身は?」

あさひ「問題なく電源はついたっす。高熱でも壊れないんっすね」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「えっへん! どうだ! すごいんだぞー! お父ちゃんが改良に改良を重ねて作り上げたモノクマーズパッドは超頑丈!」

モノダム「ゾウガ乗ッテモ大丈夫」

モノファニー「気圧差にも強いから潜水艇調査のお供にも持ってこいよ!」

モノタロウ「耐熱性も抜群だから、持ったままサウナで我慢くらべだってできるんだ!」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「耐久性がウリになってるみたいだね……あさひちゃん、中身はどう?」

あさひ「はいっす! ちょっと待っててくださいっす」

芹沢さんは私たちの目の前で電子生徒手帳を起動する。
しばらくロードの画面があったかと思うと、無事に起動は完了し、画面上には持ち主の名前が浮かび上がる。


『ようこそ 杜野凛世さん』


真乃「やっぱり……この死体は凛世ちゃんで間違いないみたいだね」
233 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:15:50.72 ID:mZgU5BGk0

にちか「死体が最後まで持ってたんだから、間違いなさそうだね。わざわざ別人とすり替える意味もないだろうし」

あさひ「……特に私たちの持っている電子生徒手帳と違いはなさそうっす。ここに情報は何もないっすね」

しばらく指先で画面をいじった後、芹沢さんはそれを退屈そうに放った。
かと思うと、今度は死体に僅かに残った衣服と本体の隙間の部分を弄り始める。

にちか「ちょ、ちょっと……!? そんな、だ、大丈夫なのか……?!」

(なんていうか、倫理的に、常識的に……?!)

あさひ「……なんでっすか? 相手はもう死んでるんっすよ? 靴下の中に指を突っ込むんじゃないからいいじゃないっすか」

(だからなんなのその価値基準……!?)

ドン引きする私たちをよそに、しばらく芹沢さんは死体を弄ったかと思うと、突然に動きをぴたりと止めた。
そのまま死体の一部分を丁寧に撫で回すかのようにすると、顔を上げて、私たちに近くに寄るように促した。

あさひ「これ、この部分ちょっと見て欲しいんっすけど……」

にちか「うげっ、み、見るの……?」

あさひ「当たり前じゃないっすか。調査のためっすよ、嫌だとか何とか文句言ってる場合じゃないっす」

にちか「う、うう……」

覗き込んで死体のお腹の辺りを見る。
芹沢さんの手のひらの下のあたり、真っ黒な死体の肌には一点だけ、妙にさっぱりとした緑色の部分があった。
粘土が粘着して、穴に蓋をしているようで、全く色味のない空間に突然と現れた鮮やかな緑色はとても目を引いた。

あさひ「んん……っ! これ、取れないっすね。肉の中に食い込んでいる感じがするっす」

真乃「見た目と違ってガムみたいなものが引っ付いているわけじゃないんだね……?」

あさひ「そっす。見えているのは頭の部分だけ……釘みたいな感じをイメージするのが近いかもしれないっす」

(死体に撃ち込まれた釘……? しかも、お腹の部分に……?)

(それにしても見たことのない物体だ……この学園のどこにこんなものが……?)

コトダマゲット!【緑の物体】
〔凛世の死体の腹部に食い込んでいた緑色の物体。ガムが引っ付いたような見た目だが、実際のところ肉体にかなり食い込んでいるらしい〕
234 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:17:53.19 ID:mZgU5BGk0
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【死体の握り拳】

死体を全然厭わずに弄っていく芹沢さんは止まらずにどんどんと突き進んでいく。
すっかり炭化の進んでいる肉体は、人の手で動かされるたびに、おおよそ肉体がたてるものとは思えない異音を立てる。

あさひ「……硬いっすね?」

にちか「せ、芹沢さん……?」

グイグイと捜査を進めていた芹沢さんの手が止まった。
小さな両手は古木の枝のように伸びた左腕に掴みかかって、押したり引いたりをしている。

あさひ「ん〜! 手のひらを開かせたいのに、空かないんっすよ〜!」

左手はよく見ると、軽く握り込んだ形のようになっており、指と掌底の間の空間には何か銀色に輝くものが見える。
ただ、焼けこげて形が固定された骸の指先は城門のように頑丈にそれを守っているのだ。

あさひ「指が邪魔っす〜!」

にちか「……」

真乃「……」

それはわかるが、手を貸せなかった。
この死体に触れるのはやっぱりこれまでの死体のいずれとも違う。
この場に及んで積極的に関わっていくことのできない、臆病な自分がいた。
235 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:19:36.13 ID:mZgU5BGk0

あさひ「む〜……」

あさひ「よい……しょ……よい……しょ……!」


あさひ「……とれたっ!」


芹沢さんがそうして格闘すること暫く。
ようやくと言った様子で、その銀の輝きを取り出してみせた。

あさひ「二人とも、取れたっすよ!」

宝物を見つけ出した時にように、己の功績を誇るようにして芹沢さんは取り出したばかりのそれを私たちの前に差し出した。

それは不完全な筒の形をしていた。
底のない円柱は、わずかな隙間を残しており、広げれば綺麗な長方形の展開図となるだろうことが窺い知れる。
そして輝きの通りの金気。光の反射、手触り、そして基調の価値からしてもステンレスを加工したものなんだろうと思う。
236 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:20:14.21 ID:mZgU5BGk0

にちか「これ、なんだろうね……?」

真乃「何かのパーツの一部、なのかな……?」

あさひ「どこかで見たことがあるような気はするんすけど……」

にちか「杜野さんが焼かれて命を落とすその瞬間まで大事に握りしめていたものなんだよね。この物体の正体は分からないけど、杜野さんにとって……もしくは犯人にとって重要な手がかりなのは間違いないでしょ」

真乃「ダイイングメッセージみたいなものだね……っ!」

にちか「うん、そういうこと!」

よほどのことがない限り、苦しみの最中で人は無意識に手を広げてしまうはずだ。
こんな小さな一パーツを何の狙いもなく最後の最後まで握りしめていたとは思えない。

杜野さんは私たちに何かを伝えるために、これを握っていたのはまず間違いない!

コトダマゲット!【死体の握っていた金具】
〔凛世の焼死体が左手に握りしめていた金属製の何か。筒のような形状をしているが、片手に握り込めるほどに小さい。凛世のものなのか犯人のものなのかは不明〕

237 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:21:46.00 ID:mZgU5BGk0
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【死体の体勢】

真乃「……」

死体の捜査を開始したけど、真乃ちゃんは死体を前にして、ぴくりとも動かない。
神妙な面持ちで、死体を見つめている。

にちか「あの……真乃ちゃん、死体を見るのが辛いんだったら、下がってても大丈夫だよ。私が何とか頑張って見てみるから」

真乃「ほわっ……!? ご、ごめんね……! あの、そうじゃないんだ……確かに死体を見ているのは辛いけど……私は今ちょっと気になるところを見ていて……」

にちか「気になるところ……?」

真乃「うん、死体の体勢……というか姿勢、ポーズかな。なんだか変わったポーズをしているよね?」

真乃ちゃんに言われてて、死体を俯瞰的に見てみることにした。
真っ黒焦げの死体の印象に圧倒されて、それ以上の情報を受容しようともしていなかったが、
確かに彼女のいう通り、目の前の死体はこれまでと明らかに違った様相だ。
痛みに悶えで腹部を抑えるでもなく、力無く両手を垂れ下げるでもない。
まるで神に祈るかのように、母に身を委ねる胎児のように、両手足を折り曲げて小さく縮こまっているのだ。



霧子「これは死後硬直だよ……」



(ゆ、幽谷さん……?!)


238 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:22:39.27 ID:mZgU5BGk0

霧子「どの死体でも起こる現象ではあるんだけど、焼死になると他の死因よりも筋肉がより早く熱せられて固まってしまうからこんな姿勢になるんだ……」

霧子「筋肉が固まってしまうことで関節が歪曲した形で固定されちゃって、こんな風なポーズになるんだよ……」

にちか「あー、死後硬直自体は聞いたことあります。よくドラマとかで死亡推定時刻を割り出すのに使ってるやつですよね!」

霧子「うん……本来はじっくりと時間をかけていく硬直するものだから……」

真乃「そっか……それなら元々凛世ちゃんはこのポーズだったわけじゃないんだね」

(儀式の真ん中で拝むようなポーズ、すごく意味ありげだもんな。きっと真乃ちゃんはそれで気になったんだ)

(……でも、妙だな。そんなポーズをとるくらいにじっくり焼かれたんだとしたらどうして杜野さんはみを捩ったり抵抗をしたりしなかったんだろう)

(この死体は全面が熱に促されるままに捻じ曲がってる……)

(焼死なんて時間のかかるやり方なのに、犯人は拘束したりしなかったの……?)

コトダマゲット!【死体のポーズ】
〔凛世の死体は拝むように四肢を曲げた状態で発見された。霧子曰く、焼死体は死後硬直が進みやすく自然に捻じ曲がってこのポーズになった可能性が高い。凛世は焼かれている時、拘束の一切をされていなかったようだ〕
239 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:23:30.98 ID:mZgU5BGk0
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【死体の下に落ちている金具】

芹沢さんが死体を調べるために動かした後、死体がもともとあった場所に光を反射して輝くものがあった。
二本の指でつまむぐらいの大きさの小さな金属類だ。

にちか「これ、なんだろう……?」

真乃「ほわっ……なんだろうね、もともと死体の下敷きになっていたみたいだけど……」

にちか「杜野さんが焼かれた時にもこの場所にあったんだろうね。熱で変形しちゃってて、原形がなんだかよくわかんないや」

真乃「熱と体重の二つの力がかかったから、延びちゃったんだね……っ!」

杜野さんが生前に身に着けていた衣服の一部なのだろうか?
でも、装飾の少なかった杜野さんの衣服にこんな金属製の部品があっただろうか……?

とりあえず拾って持っておいたほうがよさそうかも。

コトダマゲット!【死体の下敷きになっていた金具】
〔凛世の死体の下に落ちていた金具。指でつまめるほどの小さなもので、熱と体重で変形してしまっている〕
240 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:24:47.45 ID:mZgU5BGk0
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【ルカの人形】

にちか「……」

死体の近くに転げ落ちているそれを拾い上げた。
私が抱き抱えているそれは、ただの作り物。姿が似ているだけの偽物だ。
そんなのは分かっている。分かっているけど、人の感情はそう簡単に割り切れはしないのだ。

真乃「にちかちゃん……」

ルカさんとの関わりはそう長くも、そう深いものでもない。
この学園で出会った最初の相手だから相手も目にかけてくれただけ、ほんのそれだけの関わりなのに。
私の心において今現在核となっていることを理解した上で、犯人はこうして踏み躙ったのだろうか。

……許せないかも。

にちか「ごめん、大丈夫。捜査再開、捜査再開!」

真乃「う、うん……」

一旦は憎悪を引っ込ませておいて、私は砕け散った人形を調べ始めた。

当然ながら接合部に骨や血管は見えない。表面上の見た目は完璧に模倣してあるが、それだけだ。
241 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:26:26.91 ID:mZgU5BGk0



樹里「……なんでこんな砕けちまってるんだろうな」



にちか「……!? ほ、ホントですよね……どういう意図が……」

ぬぼーっと現れた西城さんに不意をつかれた。
どこか西城さんは気が抜けたような表情で、声にも覇気がない。

樹里「どうしてこうも、同じ人間の尊厳を貶めるような真似ができるんだよ……!」

彼女もまた生徒会の毒牙にかかっていた人間。
だけど、人間として大切なものは何も落としてはいなかった。西城さんが自棄っぱちに溢した声の震えは私と何も違わない。

樹里「犯人のヤローは凛世を殺すだけじゃ飽き足らなかったのか?」

真乃「殺害にこの人形の破壊が必要だったのか、関係性が謎ですよね……」

にちか「この人形自体は樹脂製みたいですね……壊すのもそう容易ではないみたいですけど」

樹里「ほんとだ、叩くとコンコンって音が奥に響く感じがするな」

真乃「でも、樹脂だったら熱に弱いのかも……!」

樹里「んあ? 熱か……?」
242 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:27:21.26 ID:mZgU5BGk0

真乃「はい……樹脂にも種類がいっぱいあって、植物性のものなんかは耐衝性は高くても、熱には弱くてあっさり溶けちゃうみたいなことがあるってこの前テレビで見たことがあるんです……」

にちか「ふーん……」

真乃ちゃんの豆知識に生返事をしながら、バラバラになった体のパーツを裏返したり、いろんな角度が見たりしてみる。

にちか「あ……」

そこで、真乃ちゃんの話との付合が見つかった。

にちか「こ、これ……接合部! 砕けてるところの一部分は、【溶けてます】よ!」

樹里「……!? ま、マジか!」

私たちの中に筋肉ムキムキの怪力マンなんていない。
真乃ちゃんの見立て通り、犯人が熱を利用したのはまず間違い無いみたいだ。

にちか「これ、人形の素材についてちゃんと調べておいた方がいいのかも。西城さん、この人形って儀式用に幽谷さんが用意したものなんですよね?」

樹里「ああ。甜花の才能研究教室にあった3Dプリンターで全部書き出して作った人形のはずだぜ」

真乃「にちかちゃん、甜花ちゃんの才能研究教室も調べに行こう!」

にちか「だね、あの機械を私たちも触って見たほうがいいみたいだよ」

コトダマゲット!【ルカの人形】
〔死体の近くに転がっていたバラバラになったルカの人形。元々くっついていたはずの接合部には融解が揺られ、熱を与えられたものと見られる〕

243 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:28:24.74 ID:mZgU5BGk0
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【部屋の隅に落ちている紙】

部屋にある照明は壁に灯されている蝋燭だけ。
部屋全体を照らすには光量としても足りておらず、目を凝らさねば全体を見渡すことはできない。

だからきっと、見落としたのだと思う。
ちょうど陰になっているところに、二つ綴じになった小さな紙片を拾い上げる。

ゆっくりとその紙を開いてみると、ボールペン書きでこう書いてあった。

『○ 斑鳩ルカ
× 八宮めぐる × 有栖川夏葉 △ 大崎甘奈』

これは……コロシアイで命を落としてきたみんなの名前?
それに横に書いてある記号はどういう意味?
ルカさんだけ丸になっているけれど……この紙と今の状況に共通するものがあるのは偶然なんかじゃないよね……?

コトダマゲット!【空き教室の紙片】
〔儀式を行った空き教室の中に落ちていた紙片。これまでにコロシアイで命を落としてきたメンバーの名前が書いてある〕

244 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:30:09.93 ID:mZgU5BGk0
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【屍者の書】

死体の傍に落ちている本、これを見るにはこの学園生活で二度目だ。
私たちに提示された今回の動機、転校生を招き入れるための道具である屍者の書。
これを使えば今までの学園生活で犠牲になった人を復活させられるとの触れ込みだったわけだけど。

真乃「儀式は……行われたのかな?」

この部屋を取り囲むようにしている人形を見ても、儀式が実際に行われようとしたのは間違いない。
昨日の夜に話した段階でも、幽谷をはじめとした生徒会は本気だった。
儀式の次第の如何は後で幽谷さんに尋ねるとして、とりあえずはその儀式の詳細を確かめておこう。
私たちはすぐに屍者の書をひったくられたせいで満足に中身を見ることも叶わなかった。


『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』

『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を代償に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』

『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」

『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 近界を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

245 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:31:40.33 ID:mZgU5BGk0

にちか「うーわ、うさんくさ……これが蘇りの儀式?」

辟易するような嘘くささだけど、今のこの部屋の状況を思うと、実行に向けて動いていたのは間違いないだろう。
捜査のために屈んでいる私たちのことを見下ろしている人形の数々がその証明だ。

真乃「この儀式に、本当に効果はあったのかな……?」

にちか「そんなの言うまでもなくデマだとは思うけど……」

実際のところ、この学園では私たちの理解を飛び越えたような出来事が頻発しているわけで。
口ではあり得ないと繰り返すも、拭いきれない疑念があった。

真乃「それにしても、この本はどうしてここにあるんだろう?」

にちか「うん……?」

真乃「あのね、儀式は昨日生徒会のみんなが実行するはずだったでしょ?」

真乃「だとしたら、この本は本来霧子ちゃんが持っっているべきもののような気がするんだけど……」

にちか「……」

確かに言われてみれば。屍者の書は私たちの前の姿を現してからずっと、幽谷さんの手の元にあった。その幽谷さんが存命である以上、こんなところに屍者の書があるはずがないんだ。
なのに、どうしてここに落ちているの……?

コトダマゲット!【屍者の書】
〔モノクマたちに提示された今回の動機。転校生として、これまでに犠牲になった生徒たちを復活させるための儀式の工程が書いてある。

『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』
『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を最小に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』
『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」
『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 均衡を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

なお、なぜか屍者の書は死体の傍に落ちていた)

246 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:33:35.62 ID:mZgU5BGk0
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【床木】

愛依「ん〜……?」

死体を覗き込みながら首を捻っている愛依さん。
彼女も生徒会の人間ではあるけど、この捜査中の協力は生徒会との間で約束されている。
話を聞くくらいはしてもいいだろう。

にちか「愛依さん、どうしました? 死体を覗き込んだりして」

愛依「あ、にちかちゃん……あのさ、ちょい気になるんだけど……この死体ってマジに焼死体なんだよね?」

にちか「え? いや、どこからどう見てもそうじゃないですか。肌から肉まで真っ黒焦げ、マシュマロトーストを焦がしてたどこぞの女性声優の画像みたいですけど」

愛依「やっぱそーなんよね……でも、だとしたらこれって変じゃね……?」

にちか「……?」

愛依さんが指差して示したのは、焼死体のすぐ下。
死体がのっかかっていたせいか、幾らかの煤が付着している床木があった。
247 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:35:51.17 ID:mZgU5BGk0

にちか「てかこの部屋マジでボロッボロですね……築年数何年なんだろ」

愛依「あはは……いや、あのさ。うちが気になってんのは、そのボロい木がどうして燃えんかったのかってこと」

真乃「ほわ……! た、たしかに! これだけ死体が黒焦げになっているほど燃えたはずなのに、木造のこの部屋に損害が生じてないのはおかしいですね……」

愛依「やっぱそーだよね!? 普通延焼? とかして燃え広がらん?」

(なるほど……確かにそうだ。この部屋は至る所が剥き出しの木造だし、部屋自体にどこか乾燥した空気が満ちている)

(人を焼いて殺そうものなら、すぐにどこかに引火して全面を焼いてしまいそうなモノだ)

(だけどそうならず、この部屋で燃えているのは真っ黒こげの死体ただ一つ)

愛依「もしかして……! 燃えて黒焦げになっちゃった床板を犯人が全部張り替えたとか?!」

にちか「いや、リフォームの匠でも一晩じゃ無理ですって。空間を生かした開放感あるモダンスタイルが精一杯です」

(犯人は何らかの手段を用いて火を拡がらないようにした、もしくは……?)


248 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:37:49.58 ID:mZgU5BGk0
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【灯織に聞き込み】

灯織ちゃん……生徒会に所属してから、接触を何処か避けてしまっていた。
私の投げかけた言葉がきっかけで彼女の進んでいた道は横道にそれ、彼女は他の人以上に幽谷さんの言葉に突き動かされることになってしまった。

真乃「にちかちゃん……怖い気持ちはわかるよ。でも、灯織ちゃんは灯織ちゃん……きっと何も変わってないよ」

にちか「うぅ……真乃ちゃんはうまいこと逃げ道を塞ぐなあ」

真乃「ふふ、だってにちかちゃんのお友達だもん」

腹を括って灯織ちゃんの元へ歩いて行った。
私たちに気づいた彼女は、微笑んでこちらを見た。
その表情はごく自然で、相変わらず見惚れてしまうような美しさ。

灯織「二人とも、私に何か用? 今回の事件……あまり私も知っていることはないのだけど」

なんだか虚しいくらいに、そのままだ。
249 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:39:54.41 ID:mZgU5BGk0

にちか「ああ、うん……死体発見のタイミングでみんな集まったけど、灯織ちゃんは一人遅れてきてたよね? それってどうしたのかなと思って」

灯織「ああ、うん……えーっと……ほら、ここって学校の4階に当たるでしょ? それにこの学校は作りが特殊で階を登るのにも廊下を歩く必要があって……」

真乃「階段同士の距離が離れてることがあるよね」

灯織「その道中、気になるものを見つけたんだ」

にちか「気になるものが……?」

灯織「うん、この学園の2階。【超研究生級のドクターの才能研究教室】なんだけど」

(超研究生級のドクターの才能研究教室だって……!? それって幽谷さんの才能研究教室だよ……!?)

灯織「誰かが出入りしたのか、扉が開けっぱなしになっていた上に……何か棚が荒らされているようだったの」

真乃「ほわっ……!? ど、どうして……?!」

灯織「ごめん。中に入ってまでは見てないから、詳しい状況とかは分からないんだけど……あれは自然になったものじゃない。誰かが確実に部屋に押し入ったあとだったよ」

思えば前回の事件でも超研究生級のドクターから持ち出された気化麻酔が事件で使われた。
医療関係で人の命に関わる扱いの難しい品が揃っているという特性はあるけれど、こう立て続けに事件に関わってくるものか……?
250 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:40:31.42 ID:mZgU5BGk0


にちか「ありがとう、捜査の合間に時間があったら見に行ってみる」

灯織「うん、私もそうするね」

真乃「……」

灯織ちゃんから聴取をし終えると、居心地の悪い間が訪れた。
どこか遠くに行ってしまった彼女に何か言葉をぶつけたい。
でもそのための言葉が見当たらない。まごつくばかりの私と真乃ちゃんを、灯織ちゃんは怪訝そうに見つめた。

灯織「二人とも大丈夫? 無理してない?」

にちか「あ、そういうんじゃないから……」

灯織「今回の事件、凄惨なものだから……別に無理して向き合う必要ないんじゃないかな」

にちか「……」



灯織「もし辛かったら霧子さんに見てもらったら? 霧子さん、メンタルのケアサポートも心得てるらしいから」

にちか「あー、もう! そういうんじゃないって言ってるでしょ!」


251 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:41:11.31 ID:mZgU5BGk0

(……あっ)

(や、やってしまった……)

灯織ちゃんの口から幽谷さんの名前が出たことで条件反射的に強い拒絶の言葉を吐いてしまった。
ピシャリと言葉を浴びせられた灯織ちゃんは目を丸くして、しばらく時間が止まったようになったかと思うと、しょぼんと肩を落として『ごめん』と溢した。

灯織「私よりもにちかの方がいろんな苦境を通って来てるんだもんね……余計なこと言ったよね」

にちか「あ、そういうことじゃなくて……気遣ってくれたことは嬉しいんだけど、その……!」

灯織「ううん、大丈夫。私霧子さんの捜査を手伝ってくるから……またあとでね!」

灯織ちゃんもバツの悪さを感じてしまったのか、そそくさとその場を去る。断絶とも違う、薄靄が立ち込めたような距離感に大きなため息が出た。

(……灯織ちゃんの目を覚まさせてあげることはできるのかな)

真乃「灯織ちゃんのことは気にかかるけど……今は捜査だよ、にちかちゃん」

にちか「あ、うん……ごめんね、真乃ちゃん。ありがとう」
252 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:04:39.08 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【円香に聞き込み】

空き教室の壁にもたれかかるようにしてじっとしているのは樋口さん。
どこか焦点もあっていない視線に、やたらと多いため息。疲労の色はとても隠しきれない様子。

にちか「あのー……だ、大丈夫です……?」

円香「……! ああ、にちか……ちょっと、疲れが溜まってるみたい」

にちか「無理はしないでくださいね……ずっと、生徒会に監禁されてたんですよね?」

昨日の朝の生徒会との直接交渉。
あの段階で樋口さんの身柄は抑えられ、甜花さんの才能研究教室に監禁状態になっていた。
あれから解放されたと言う話も聞いていなかったし、ずっと身動きが取れない状態だったんだろう。
体の自由が効かない状況というのは見た目以上に肉体への負担が大きい。
寝そべるような楽な姿勢でも、ずっと同じ状態でいると苦痛に変わってくることを思えば明らかだ。

円香「食事やトイレなんかは好きにさせてくれたけど……意識がある時はずっと説得を受けてたから……」

円香「なんだか現実感がないというか、朦朧としてるんだよね」

(あの樋口さんにここまで言わせるんだから相当に執拗だったんだろうな)
253 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:05:59.66 ID:BjraRlBs0

にちか「あの、ちょっと聞きたいんですけど……今回の死体発見のタイミング、樋口さんは幽谷さんに連れられてやってきたじゃないですか。あれって一緒にいたからなんですか?」

円香「ああ、うん。そうだよ……昨日の儀式が失敗になってから霧子は甜花の才能研究教室に篭りっぱなしだったから」

円香「私の監視が目的だったんだろうけど……殊勝なもんだよね」

(でっかいため息……)

にちか「でもそれって樋口さんと幽谷さんは相互にアリバイの証人になっているってことですよね」

円香「まあ……そうなるね。私の場合身体の自由がなかったからそれ以前の問題だけど」

樋口さんはキュッと袖口を強く握りしめた。
服の袖に皺がより、手繰り寄せられて上がった袖の下から肌がのぞく。
赤く深い一筋の輪っか。長く縛られていたことでくっきりと残った痕がなんとも痛ましかった。

コトダマゲット!【円香の証言】
〔円香は事件の昨々晩より超研究生級のストリーマーの才能研究教室で監禁状態にあった。事件当時も同様であり、霧子と死体発見までずっと一緒にいたためお互いのアリバイの証人となっている〕

254 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:07:29.09 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【霧子に聞き込み】

この事件に向き合うにあたって、避けては通れない相手がいる。
私たちの間に深い溝をつくり、不穏の影を落とし続けてきた彼女。
口にしてきたのはコロシアイの拒絶という美徳だったが、彼女は今回の動機である死者の復活に走り、結果として今の事件が引き起こされた。
この事件について、彼女は大きく関わっているのはいうまでもない。

真乃「にちかちゃん……声をかけに行くんだね……! ついていくよ……っ!」

にちか「ありがとう、真乃ちゃん……一緒に行こうか」

真乃「うん……いっしょだよ、むんっ!」

部屋の入り口に立っている幽谷さんの元へと意を決して歩み寄っていく。
歩調に合わせて床がギシギシと音を立てるので、他の人たちもそれに気づいたらしい。

透「霧子ちゃんに何か用事?」

優秀な門兵が私たちの前に立ち塞がった。
255 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:08:27.98 ID:BjraRlBs0

にちか「事件の解決に必要な聞き込みです。別に何か文句をつけるわけじゃないですよ」

透「……」

浅倉さんはいつも以上に無表情で、幽谷さんの方を見やった。
心酔っぷりは余程らしく、その程度の裁量も幽谷さんに委ねたいらしい。

霧子「透ちゃん……大丈夫、お話……私の口からしないとダメだから……」

幽谷さんは浅倉さんに下がるようにジェスチャーすると、床を軋ませることもなく、薄氷の上を歩むような足取りで私の前に来た。
何度も言葉を交わした相手のはずなのに、不釣り合いな緊張を思わず抱いてしまう。

霧子「にちかちゃんたちには、昨日の夜のことをお話しする必要があるよね……?」

にちか「は、はい……! 屍者の書を使った甦りの儀式。そのことの経緯を教えてもらいます」

霧子「分かりました……それじゃあ、夜時間になったところからお話しさせてもらうね……」

幽谷さんはゆっくりと語り始めた。
私たちが眠っている間に起きた、ことの次第を。
256 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:10:21.03 ID:BjraRlBs0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 10:00】

【四階階段前】

恋鐘「霧子、生徒会のメンバーはみんな揃うたばい!」

霧子「うん……恋鐘ちゃん、ありがとう……ご苦労様……」

樹里「それで霧子、今日は復活の儀式をついに実行するんだよな?」

霧子「うん、みんなの協力あって準備も整ったから……夏葉さんをもう一度連れてこれるか、試してみます……」

灯織「いよいよですね……また夏葉さんに会うことができると思うと、胸が躍ります」

甜花「あ、有栖川さんが戻って来れば……学園の平和にまた一歩……近づく?」

霧子「そう思うんだ……夏葉さんは私たちの中で誰よりも、他の人を守ることを考えていた人だから……」

透「じゃあ儀式の邪魔だけは絶対に誰にもさせらんないね」

樹里「だな。朝もにちか達が辞めるように説得してきたけど……これもアイツらのためなんだ」

愛依「うちらはみんなのために動いてるんだもんね! 今は理解してもらえなくても……絶対みんなにとってプラスになる!」

霧子「みんな、ありがとう……」
257 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:12:14.66 ID:BjraRlBs0

甜花「それじゃあ今日の監視は、いつもとちょっと違う感じ……?」

樹里「儀式の遂行が最優先だよな……学園内の監視の分担も変えた方がいいか?」

恋鐘「霧子、どがんね? 儀式にはお手伝いが必要たい?」

霧子「ううん……準備は整ってるから……儀式自体には人手は要らないかな……」

透「そんじゃ要所要所で見る感じにしよ。カカシみたいに」

灯織「あまりカカシの喩えに要領を得ませんが……そうですね。霧子さんの集中を見出すようなことがあってもいけませんし」

樹里「四階はここの出入り口の階段を見るやつ一人でいいか。それと寄宿舎から出る人間が出ないかの確認と」

愛依「あとやっぱ女子トイレの隠し通路の監視は要るじゃん?」

甜花「樋口さんの部屋の武器の監視も、絶対……!」

私たちは夜時間に集まると、儀式の実行のために監視体制を決めて、すぐに実行に移したんだ。

4階の階段を見張っていたのが甜花ちゃん。
2階の円香ちゃんの才能研究教室には恋鐘ちゃん。
1階の女子トイレには愛依ちゃん。
寄宿舎の出入り口には樹里ちゃん。
あとは学園内の巡回に透ちゃんについてもらったよ。
258 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:14:23.57 ID:BjraRlBs0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 10:30】

【空き教室〜儀式の間〜】

生徒会がそれぞれの配置についたところで、儀式をいよいよ実行に移す段階。
先立って私は儀式を行う中央の部屋で人形の配置の確認をしていたんだ。

霧子「復活させたいのは夏葉さんだから……夏葉さんの人形だけを横たえて……」

霧子「包丁を突き刺すのは、儀式を実際に行うタイミングで……いいかな……」

霧子「……」

霧子「ごめんね……夏葉さんの体に刃を突き立てるなんて……二度も苦しめるような真似をして……」

準備が整っていることを確認して、もう大丈夫だと分かったところで、
大事に保管していた屍者の書を取りに【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】に移動したんだ。
あの部屋に入れるのは甜花ちゃんから鍵を受け取った私一人だけだから、屍者の書を隠しておくにはこれ以上なく好都合だったの。

霧子「こんばんは……」

円香「〜〜〜〜〜!!」

部屋に入ると、変わらず研ぎ澄ましたナイフみたいに冷ややかで鋭い、それでいて熱と気迫に満ちた視線を私に向ける円香ちゃんが待っていた。
朝から合間を縫っては、コロシアイから降りるように説得を行なっているけれど円香ちゃんはなかなか折れてくれない。
だから、まだ拘束を解くわけにもいかなくて、ごめんなさいと頭を下げた。
259 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:16:30.74 ID:BjraRlBs0

円香ちゃんの横を通り抜けて、部屋の奥へ。
パソコンの合間に挟むようにして屍者の書は隠していた。
隠し場所は生徒会のみんなにも明かしていない。
生徒会のみんなが私に使って欲しいと託してくれたのだから、ちゃんとやり切って期待に応えなくちゃいけないから、絶対に無くさない場所に隠していた。


……そのはずなのに。


霧子「えっ……」

その場所にあるはずの屍者の書は、忽然と姿を消していた。
思わず勢いよく振り返って、円香ちゃんの方をみる。
彼女はずっとこの部屋に閉じ込められていたから、もしもこの屍者の書を抜き取る人がいたのならその姿を見ているはずだ。
円香ちゃんは私の方を侮蔑の表情で強く睨みつけている。

霧子「ごめんね……少しだけ、お口の拘束だけ外させてもらいます……」

ゆっくりぺりぺりと口元のガムテープを剥がしていった。
外した瞬間、どんな罵声が飛んでくるだろうと身構えた。
でも、円香ちゃんは口が自由になると、目一杯口で息を吸うだけで、そこから罵声の言葉を飛ばすような真似はしなかった。

円香「……悪いけど、あんたの力にはなれないから」

霧子「円香ちゃん……?」

円香「そこに隠してた本の所在でしょ? あいにくだけど……私は知らないから。拘束されてから意識も曖昧で、ちゃんと見てたわけじゃない。時間の感覚もちゃんとしてないからね」

円香ちゃんは洞察力のある子だ。
口に出さずとも私の挙動から、行動の目的や理由をすぐに読み取ったらしい。
しかもそれはことごとく的確に私の考えの先をいくもので、私は彼女にかける言葉がなにもなくなってしまった。
260 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:17:33.20 ID:BjraRlBs0

霧子「……」

でも、円香ちゃんのいうことは本当に正しいのだろうか。
彼女の言う通り、意識が曖昧だったとしても屍者の書というキーアイテムを見逃すようなことが起こりうるだろうか。
彼女が誰か屍者の書を持ち出した人間を庇っていると見る方が自然だろうと思う。

とはいえ、それを咎めようと言う気は別に湧かなかった。
円香ちゃんも儀式を阻止しようと言う側に立つのだから、ここで口を閉ざすのは自然なことだ。
人の行動を誰かが強制することはあってはならない。全ては自分の意思で、ことは為されるべきだ。

しかし、実際誰が持ち出したのだろうか。
この部屋に出入りができたのは自分だけ。生徒会のみんなに出入りは許していない。
この部屋の中にいたのは円香ちゃんだけ。これらの条件は儀式の前後でも何ら変わってはいない。

……いくら考えても答えは見えてこなかった。
答えが見えない以上は屍者の書を奪還することも叶わない。つまりは儀式の実行は不可能。
すぐに部屋を抜け出すと、4階の階段のところまで駆けていった。

甜花「あ、あれ……? 幽谷さん、どうしたの……? 儀式は、もう終わった……?」

霧子「その……甜花ちゃん、みんなにも伝えて欲しいんだけどね……」
261 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:21:26.53 ID:BjraRlBs0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【PM 11:00】

屍者の書の紛失はすぐに生徒会のみんなに共有されて、4階に全員が集まった。
心配そうな表情を浮かべるみんなに、私は深々と頭を下げた。

霧子「ごめんなさい……みんなから預かった、大切な大切な屍者の書を……なくしてしまって……」

愛依「な、なんで……?! 屍者の書は霧子ちゃんが大切に保管してたんよね?!」

透「甜花ちゃんの部屋。鍵付きだし、唯一の鍵は霧子ちゃんが持ってたのにね」

樹里「円香が隠し持ってんじゃねーのか? 叩けば埃が出るっつーし、ちょっと問いただしてみたり……」

霧子「樹里ちゃん……それはやめておこう……ここで暴力を持ち出すと、私たちもコロシアイに加担することになるよ……」

樹里「お、おう……そこまでのつもりじゃなかったんだけど……まあいいか」

透「え、でもどうすんの。探す? 本」

恋鐘「ばってん、誰が持ち出したのかの手がかりも何もなかよね?」



霧子「うん……だから、儀式は【一度諦めよう】と思って……」



恋鐘「……!!」

愛依「え?! そ、それはちょい急ぎすぎっしょ?! ここまでうちら準備したんだよ?!」
262 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:23:09.98 ID:BjraRlBs0

霧子「でも、肝心の屍者の書がないと、何をしても意味がないから……」

樹里「じゃあ屍者の書を探そうぜ! まだ夜時間は始まったばっかだし、別に諦める必要は……」

霧子「ううん……やり通す理由も、ないんだよ……」

恋鐘「霧子……?」

霧子「ちょっと前から、みんなは私のために動いてくれるようになって……嬉しかったんだけど……その分みんなにとって、負担が重なっていたよね……?」

灯織「い、いえ……! 私たちは学園の平和のために動いていたんです、だからそれは自分のためでもあって……私たちに遠慮して霧子さんが行動を曲げる必要は……」


霧子「うん、だからみんなも行動を私のために曲げる必要はないんだよ……?」


灯織「……!」
263 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:24:57.79 ID:BjraRlBs0

霧子「みんなは、自分の胸の心臓と対話して……気づいたんだよね……? 今の自分の本当の意志、本当はどんな未来を望んでいるのか……」

霧子「その未来に、この儀式は無いといけないものですか……? 誰かをもう一度疑ってまで、遂行しないといけないものですか……?」

愛依「そ、か……また犯人を探すってことは、誰かを疑うってことになる……」

樹里「アタシたちが放棄したコロシアイと、同じ道を辿ってるのと同じなのか……」

霧子「それに……ここ数日は夜までみんな気を張って疲れたよね? お休みをもらえたと思って……今晩はゆっくり休むのは……どうかな……?」

甜花「ゆ、幽谷さんがそういうのなら……甜花はお休みするのも、やぶさかじゃない……よ?」

恋鐘「ほんに、霧子はそれでよかね?」

霧子「……うん」

樹里「わかった。霧子がそこまで言うのなら儀式は中断だ。今日のところは諦めて、それぞれ部屋で休むとしようぜ」

愛依「あっ……! う、うちはもうちょい監視は続けるからね! 危険なところに出入りするのを許しちゃおけないのは儀式があろうとなかろうと変わんないしさ!」

灯織「私もお手伝いします。交代交代で時間を決めて監視にしましょうか」

そして生徒会のみんなにも納得してもらって儀式は諦めることになったんだ。
屍者の書を探すためにまた誰かを疑いたくないというのは私にとって嘘偽りない本音。
誰かを疑うくらいなら、道を変えた方が気楽だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
264 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:26:12.09 ID:BjraRlBs0

にちか「……は? いや、何言ってんですか?!」

にちか「屍者の書をなくしたから、儀式はやらなかった……?」

霧子「うん……そうなんだ、それが全て……だよ……」

幽谷さんは一通り語り終えると満足そうに微笑んで、小首を傾げた。
柔和なはずのその表情が私にはこれ以上は何も言う気は無いという強い拒絶の壁のように感じる。

にちか「いや……なに……それ……?! 私たちから屍者の書を奪って、独占しておいてそれって……」

真乃「に、にちかちゃん……」

別に屍者の書を手にしていたらルカさんを復活させていたとか、自分が儀式をやりたかったとか、そう言う嫉妬じゃない。
ただ、自分の意にそぐわない行動を続けた相手が、挙句のはずに何も成し遂げることができずにヘラヘラとしている現況が、自分の姿を情けなく写すのだ。
こんな相手に自分はいいようにやられて、しまいには仲間まで失ってしまった。

私の果たすべき役割とはなんなのだろう。
自嘲にもならない、息が静かに漏れ出した。

にちか「はぁ……もういい、もういいです。儀式はやらなかった、そうなんですね」

霧子「う、うん……」

にちか「じゃああとはもう捜査の邪魔にならないようにだけしてください。……鍵。甜花さんの才能研究教室の鍵だけ渡してもらえます?」

ぶっきらぼうな物言いをする私に、幽谷さんはおずおずと鍵を差し出す。
それを掠め取るようにして奪取すると、私はすぐに背を向けた。

真乃「にちかちゃん……き、気にしないで……」

にちか「はぁ……」

やるせない苛つきが、足音を大きくさせた。

コトダマゲット!【霧子の証言】
〔屍者の書を用いた蘇りの儀式を昨晩実行する予定だったが、顛末は以下の通りとなった。
午後10時生徒会のメンバーが4階に集結。儀式を霧子が実行し、4階の警備に甜花がついた。円香の才能研究教室、一階女子トイレにそれぞれ恋鐘と愛依が監視につき、寄宿舎は樹里が見張った。灯織と透は校内の巡回を行った。
午後10時半儀式を実行に移そうとしたところで霧子が屍者の書を紛失していたことに気づく。生徒会メンバーを急いで招集。
午後11時儀式の中止を決定。生徒会メンバーはそれぞれの個室で休息をとる〕
265 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:27:42.43 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【部屋の隅に開いた穴】

にちか「ん……? んん……?」

真乃「ほわっ……に、にちかちゃんどうしたの……随分と目を細めてるけど……」

にちか「いや、真乃ちゃん……ちょっとあっちの方見てくれない?」

真乃「う、うん……」

にちか「もしかして……あそこの床、穴が開いてる……?」

部屋全体として薄暗いから一眼では分かりづらいけど、部屋の隅で角になっている部分。
よく見るとそこには照らすものが何もなく、光を飲み込む口が開いているのだ。

にちか「うわっ、危なっ! ここの床板、外れちゃってるよ!」

真乃「老朽化……なのかな? この部屋は作られてから時間が経ってるみたいだから……」

恐る恐る屈んで穴に手を突っ込んでみる。
穴の中にはそれなりの広さの空洞があるらしく、伸ばした手はすぐには果てには届かない。
なんなら人一人が入っても余裕があるくらいだ。気づかずに穴にはまっていたら怪我をしてしまうだろう。

にちか「……」

当然ながら手入れはされていない。
ちょっと懐中電灯で照らしただけでも空気中を漂っている埃が無数に目に入るし、カビた匂いが鼻のあたりをくすぐってくる。
266 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:28:56.78 ID:BjraRlBs0

にちか「おーい、芹沢さーん!」

だからここは適材適所。
私よりも体格が小さくて、こういうところに喜んで飛び込んでいきそうな人材を招集することとした。

あさひ「なんっすか、にちかちゃん。わたしのことを呼ぶなんて珍しいっすね」

にちか「んー……ゴホン! 芹沢隊員、才囚学園探検隊のメンバーである君に緊急の調査任務だ!」

真乃「に、にちかちゃん……そんなに自分で行きたくないんだね……」

にちか「この床下の空間、ここに手がかりが眠っていないか調べてきてくれたまえ!」

あさひ「……あはは! いいっすよ! この床下に潜って、怪しいものがないか見てくればいいんっすね?」

にちか「ああ、理解が早くて助かる!」

真乃「あさひちゃん、下に何があるのかわからないから気をつけて入ってね……っ」

あさひ「了解っす!」

芹沢さんは私から懐中電灯を受け取ると、躊躇うことなく、ヒョイっと穴の中に飛び込んでいった。
267 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:30:31.31 ID:BjraRlBs0
◆◇◆◇◆◇◆◇
【床下】

にちか「ど、どう? 大丈夫、怪我とかは」

あさひ「大丈夫っすよー、わたしならある程度余裕を持てる空間っす」

真乃「頭を打ったりしないように気をつけてね……っ!」

頭上から聞こえてくる二人の呼びかけに、返事をしてから懐中電灯を暗闇の中に向けた。
前に見た時と様子はそう大きくは変わっていない。
年季の入った建物なりの、古臭くボロボロの趣。四つん這いになっているこの地面にも木屑やら埃やらが溜まりまくっている。
一瞬で灰色になった手のひらを少し眺めてから、息をついた。

あさひ「……どうしよっかなぁ」

やっぱりにちかちゃんならこの床下の空間にも気づいちゃうか。思っていた通りだ。
でも、自分で足を踏み入れようとしないのちょっと予想外。
そんなに嫌かな、この床下。今こうやって思案している時にも眼前をネズミがすり抜けたりと中々面白い場所なのに。
268 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:31:58.79 ID:BjraRlBs0

さて、真乃ちゃんもにちかちゃんも床下の情報を全てわたしに頼り切りなわけだけど。
これは【わたしの伝え方次第でいくらでも真実を歪めることができる】ということ。
今目の前にある、あの証拠をもみ消すことだってできるわけだけど……

あさひ「そんなのつまんないよね」

そんなことは当然しない。
わたしは、このゲームを目一杯に楽しみたい。
一方的に有利な条件を押し付けて勝ったところでそんなの不公平。
真実に辿り着けるだけの道筋を残しておいた上で、そこまで他のみんながついて来れるのか。その肉薄した戦いに勝つからこそ意味がある。

あさひ「ちゃんと全部伝えてあげようっと」

だからわたしはあるがままにそのまま伝えることにした。
わたしにとって有利になる証拠だろうと、不利になる証拠だろうと、包み隠さずそのままに伝える。
そうじゃないとこの戦いは一気に陳腐なものに成り下がってしまうから。

わたしはこのゲームを、本気で楽しみたいんだ。
269 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:32:49.70 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【間仕切り】

床下の空間が異様に広いのは、柱と柱の間に何もないのが作用している。
地上では部屋同士を仕切っている壁が床下にはないのだ。
だからわたしみたいに小柄な人間なら、自由に床下から部屋を行き来することが可能というわけ。
まあ、ここは真っ暗闇で移動するのには光が必須だし、そんな光を発しでもしたら隙間だらけの床から見えちゃうだろうし実際には出来ないだろうけど。

空間があったことは一応伝えてあげようかな。
270 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:33:49.28 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【小太刀】

この空間で一際目を引くのがこの小太刀。
元々は凛世ちゃんの才能研究教室にあったものだ。
確か脇差とか大小とかいう呼び方もあるんだっけ。
牛や馬になる時に日本刀だと邪魔になるから作られたとか、成人する前の男の子が身につけるための刀剣だったとか、
ただの飾りだったとか、あんまり実用的な刃物じゃないと凛世ちゃんは言っていた。
でも、この小太刀の切れ味は抜群なんだよね。

刃から柄に至るまで、目立って装飾もない細長い造形なので、ボロっちい空き教室の床板の隙間から床下に落ちてもおかしくはない。
わたしが握りしめても指がちょっと余るくらい。

それと、刀身に血液は付着していない。
拭き取ったような様子もないし、もちろん他に何か付着しているものもない。

これは一応持ち帰ってみんなに見せてあげようかな。

コトダマゲット!【床下の小太刀】
〔儀式が行われた教室の床下に転がっていた小太刀。刀身に血は付着していない〕

271 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:34:35.92 ID:BjraRlBs0
------------------------------------------------
【ガスボンベ】

それともう一つ。この床下には誰かによって持ち込まれたものがある。
これは恋鐘ちゃんの才能研究教室に置いてあったガスコンロから取り出したガスボンベの容器だ。
しかも一個や2個じゃなく、たくさん。
そのことごとくが下部に穴をあけられており、中の気体が漏れ出るように細工されている。
可燃性のガスは空気よりも軽くなる。床下にこんな開封状態のボンベがあれば、隙間だらけの床なんかすり抜けて、上の空き教室に充満しちゃうだろうな。
しかもこの空き教室の床下には部屋同士の仕切りがないと来た。

条件は十分に揃っている。

コトダマゲット!【ガスボンベ】
〔床下に転がっていた可燃性ガスの多量のガスボンベ。元は恋鐘の才能研究教室にあったもので、料理用のガスコンロの一パーツ。容器には穴が開いており、ガスが漏れ出るようになっていた〕


……さて、床下で集められる情報はこれくらいかな。
戻ってちゃんと、あるがままの情報を伝えてあげないと。
にちかちゃんはわたしにとっての一番の遊び相手なんだから。
272 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:36:02.09 ID:BjraRlBs0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆

あさひ「というわけで、いくつか拾ってきたっすよ」

にちか「ありがとう……小太刀は危険だから、明るいところに置いておくね」

真乃「それにしてもガスボンベ……強引に穴をあけられた状態で置かれてるなんて、一体誰が……」

にちか「どう考えても事件と無関係じゃないよね……」

あさひ「あはは、そうっすね」

にちか「……他には本当に何もなかったんだよね?」

あさひ「疑ってるっすか? だったら自分で潜ってみるっすか?」

にちか「……いや、いい。信じるよ。床下はこれだけだったって」

私は芹沢さんが受け取った証拠品と情報を脳に刻みつけた。
敵から塩を送られたような気分だけど、とやかく言えるような身分じゃない。
生き残るためにはどれほどみっともないやり方でも手段を選んでいられないんだから。
273 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:38:10.11 ID:BjraRlBs0
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【壁の燭台】

今でこそ、モノダムの目から発してもらっている光で部屋は見ているが、本来この部屋は壁に取り付けられた燭台の光が照明がわりになってたはずだ。
だけど、部屋の扉を開けてすぐ……この部屋は暗闇に閉ざされていた。窓もないこの部屋には、他に差し込む光もないのだ。
それで死体の確認は少しばかり遅れた。

にちか「壁の蝋燭、いつの間にか消えちゃってたのかな……?」

壁に近づいていき、燭台へと手を飛ばした。
だけど、

にちか「ん、ん〜〜〜……!」

真乃「に、にちかちゃん……?」

にちか「う、腕が攣りそう〜〜〜!」

手が、届かない。私の身長は158cm、そこから背伸びをして手を伸ばしてもギリギリ手が届かないぐらいの高さだ。
ジャンプをすれば触れるかもしれないけど、燭台を外したりつけたりなどの繊細な動きはとてもできそうにない。

真乃「む、無理しちゃだめだよ! ちょっと待ってて……背の高い人を連れてくるから……」

真乃ちゃんは私より3cmも小さい私たちでは肩車でもしない限りはこの燭台を外すことはできないだろう。
すぐに真乃ちゃんは恋鐘さんを連れて戻ってきた。
274 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:39:44.35 ID:BjraRlBs0

恋鐘「あー……こいはうちくらい身長がなかと届かんね……」

にちか「恋鐘さんって身長はいくつなんです?」

恋鐘「165〜! にちかたちよりは10cm近く大きいけん、ちょっとの背伸びでここにも届くたい!」

私が散々腕の筋を痛めそうになりながら手を伸ばした燭台を恋鐘さんは悠々と取り外して、私の前にそれを置いた。

恋鐘「こいでよか?」

にちか「はい! ありがとうございます!」

空き教室の雰囲気と同じで、簡素な作りで物悲しい雰囲気のある燭台だ。
蝋を刺して火を灯すだけで装飾も特にはない。

真乃「蝋燭……まだ全然燃える余地があるみたいだね」

にちか「うーん……十分な長さがあるみたいだけど、火は消えちゃってる……これ、誰かに吹き消されたりしたってことなのかな?」

恋鐘「誰かが手をつけんとこうは消えんやろね。誰かが教室を真っ暗にするために工作をしたとよ」

にちか「蝋燭の長さから、いつ火が消されたものとか分かんないものかな……」

真乃「うーん……ちょっと難しそうだね……」

いつの間にか消されていた蝋燭の火……か。
儀式の際に使われていたこの部屋で、いつからこの日が消えていたのかは少し気になるところだな。

コトダマゲット!【空き教室(中央)の燭台】
〔死体発見現場となった空き教室の燭台の火は何者かによって消されていた。燭台はにちかが一人じゃ背伸びをしてもギリギリ届かないぐらいの高さにある〕
275 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:41:06.61 ID:BjraRlBs0
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【モノダム】

捜査の間中ずっと部屋を照らしてくれているモノダム。
彼がいなければ捜査はまるで進まなかっただろうから、そのことにはわずかながら感謝。

……これ、話しかけてもいいのかな。

にちか「ねえ、今話しかけてもいい?」

モノダム「エ、オラニ何カ用?」

にちか「ぐわああああああああああ!? こ、こっち見ずに返事して! まぶしすぎて失明しちゃうから!」

モノダム「ゴ、ゴメンネ……」

真乃「にちかちゃん、この子に何か聞きたいことがあるの?」

にちか「聞きたいことがあるかっていうか……純粋な興味? ここにきてこんなライトなんてロボットらしい個性を見せてきたからね」

にちか「ねえ、そのライトって残りの二人も使えるの?」

モノダム「ウウン、違ウヨ。オラタチ、モノクマーズハソレゾレ役割ガ違ウカラ、搭載サレテイル機能モ違ウンダヨ」

(樋口さんの才能研究教室で見た情報と同じだな……)
276 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:41:57.51 ID:BjraRlBs0

モノダム「オラノ目ハ他ノ兄弟ヨリモ遥カニ高性能デ、コウヤッテ暗所ヲ照ラスダケジャナクテ、光学顕微鏡レベルデズームモデキルンダ。成分分析機能ト合ワセテ詳細ナ診断ガ可能ダヨ」

にちか「へぇ……」

モノダム「キサマノ毛穴一ツ一ツモ4K画質デオ見通シダヨ」

にちか「は!? デリカシーなさすぎなんですけどー!?」

真乃「どうしてそんな高性能のカメラがあなたにはついてるの? どこで使うのを想定しているのか、聞いてもいいかな……」

モノダム「エット……ソレハ……」

【おはっくま〜〜!!】

モノタロウ「ちょっとちょっと! そこから先は事務所を通してもらわなきゃだめだよ!」

モノファニー「そうよ! 一度マネージャーの目を通してから所属タレントに回答させるのが鉄則よ!」

にちか「何がタレントだよ……あなたたちの兄弟でしょ?」

モノタロウ「とにかく、それより先は聞かれても答えちゃダメだってお父ちゃんに言われてるから答えられないんだ! あんまりモノダムを困らせないであげて!」

にちか「ちぇっ……」

少し粘ってはみたけど、モノクマーズたちは宣言通り答えてはくれなかった。
なんのためにそんなオーバースペックな機能が備わっているのか……どうせろくでもない思惑が裏にあるんだろうな。

277 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/08(日) 22:42:50.76 ID:BjraRlBs0
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空き教室で調べるべきことは一通り調べ終わったはずだ。
あまりにも異様なこの事件、少し気を抜けばこの場所に縛られて立ち尽くしてしまいそうな雰囲気があるけれど、
真実に辿り着こうと思うのなら歩みを止めるわけにはいかない。
この事件もこの部屋一つで完結などしていないのだから。

真乃「にちかちゃん、ここから先はどこを見にいくのかな?」

にちか「うん、まずは樋口さんが拘束されていた【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】はマスト。それとこの空き教室に隣接してる【空き教室(階段側)】も見ておく必要はあるだろうね」

にちか「芹沢さんが小太刀の出元だって言ってた【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】も見ておきたいかも」

真乃「部屋の持ち主の凛世ちゃんは今回の被害者というのもあるもんね……」

にちか「床下から見つかったガスボンベも気になるし、【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】も見ておこうかな」

真乃「4階の才能研究教室は一通り見ておく必要がありそうだね……っ!」

にちか「あと、灯織ちゃんの言ってた【超研究生級のドクターの才能研究教室】も気になる。灯織ちゃんは何を見たんだろう……」

真乃「それじゃあ調べにいく必要があるのはあと5箇所だね?」

にちか「うん、時間はどれくらいあるか分からない。効率的に回ろう!」

278 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:38:40.59 ID:bUk1qsUA0
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【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

4階の奥まった部分に存在する一室は本来なら甜花さんの好きを追求するための空間で、彼女にとってはユートピアのような空間だったはずだ。

それなのに、実態は軟禁部屋。
長く人を閉じ込め続けた一室の重厚な扉には黒く澱んだものを幻視し、その立地もまた都合の悪いものを闇の中に隠し閉ざそうとする邪なものを感じさせた。

真乃「甜花ちゃんが生徒会の側についてからは、この部屋が生徒会の核となる部屋になってたんだよね」

にちか「数少ない鍵付きの部屋だし、設備も充実してる。儀式をやる空き教室にも近かったから何かと都合が良かったんだろうね」

にちか「さてと……それじゃあ生徒会の悪意を確かめてみるとしましょうか」

真乃「に、にちかちゃん……」

ドアノブは引っかかることなくすんなりと回った。
事件の捜査に伴って、施錠されていた扉をモノクマたちが開けてくれたんだろう。
真乃ちゃんと顔を見合わせて、意を決してその部屋に飛び込んだ。
279 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:39:17.32 ID:bUk1qsUA0


部屋がすっかり様変わりしていたということはない。
超研究生級のストリーマーらしい、配信設備やゲーム設備はちゃんとそのままに残ってはいた。
だけど、それらに手をつけられた様子はまるでなく、その手前に置かれているアルミ棚に結び付けられたビニール紐ばかりに目が行くのだった。

にちか「うわ……マジの監禁だったんじゃん。こんな地べたに座らされて、後ろ手に縛られて……」

その横には説教もとい洗脳のために使ったであろう経典のような三つ折りの紙が落ちていたり、
食事を運搬してきたであろう空のトレーが落ちていたり、異様な雰囲気がその一角から漂っている。

真乃「……円香ちゃん、辛かっただろうね」

もっと早く救い出してあげたかった。つくづく無力な自分には呆れるばかりだ。

にちか「……樋口さんの無念に報いるためにも、ここで集められる情報はちゃんと集めないとね」

真乃「うん……そうだね……!」

真乃「で、でもその言い方だと円香ちゃんが今回の殺人事件の被害者みたいになっちゃうかな……」
280 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:40:29.64 ID:bUk1qsUA0
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【3Dプリンター】

この部屋にある機械の中でも一際大きなものがこの3Dプリンターだ。私の背丈よりも大きく、かなりの高性能。
実際、幽谷さんは儀式を実行に移すためにこの3Dプリンターでルカさんたちの人形を書き出して作っていた。

にちか「これ、素人でも扱えるような代物なのかな……幽谷さんは随分と使いこなしてたみたいだけど……」

試しに少しいじってみる。液晶パネルで情報を入力して3Dモデルを現像するような仕組みみたい。
近くにあるパソコンのアプリケーションを使用し、3Dモデルは自分で作る必要があるみたいだ。

真乃「人の精巧なモデルをゼロから作るのはかなり難しそうだね……四方八方、いろんな角度から見た情報を入力しないといけないみたいだよ」

(こんな事を幽谷さんはゼロから、自分の手でやったの……? それとも、生徒会の誰かに元々そういう知識があったのかな……?)

真乃「あ、でも今手元にあるものなら【スキャンをしてコピーする】こともできるみたいだよ?」

にちか「スキャン……?」

真乃「ほら、3Dプリンターの横に並んでる、同じぐらい大きな機械。機械で読み取って全方向からスキャンすることが可能みたい。あれなら私たちでも簡単に作れそうだよ……!」

真乃ちゃんの指差した先、3Dプリンターの横にはシャワールームのようにガラス張りの個室のような装置が設置してあった。
壁面の所々にみえる黒点は小型のカメラみたいだ。
電源を入れればこのカメラが作動し、大量の写真データを収集、統合して3Dモデルのデータとして利用することができる。
281 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:42:02.90 ID:bUk1qsUA0

にちか「なるほど……試しにちょっとやってみてもいいかな。真乃ちゃん、入ってみてもらえる?」

真乃「ほ、ほわっ……!? わ、私が……?! そ、そんな……恥ずかしいよ……」

にちか「あはは、大丈夫! 原寸大じゃ作んないから! 小型のコピー、フィギュアぐらいの大きさで作ろうよ」

にちか「せっかくだしなんかポーズとかとっちゃう? こう……フルートを吹くポーズとか似合いそうじゃない?」

真乃「そんなこと言われても……木管楽器の演奏法には疎いから、正しい運指はわからないよ……」

恥ずかしがって渋る真乃ちゃんをなんとか言い宥めて、装置の中に入らせた。
ポーズをとりあえず普通の気をつけにするということで合意が取れたのだ。
扉を閉めてすぐに、機械の電源をオン。
カッと一瞬で照明が灯ったかと思うと、けたたましい音と共にカメラが一斉に作動し始めた。

にちか「わっ、すごい……情報量、鬼やばじゃん!」

すぐに手元のパソコンに濁流のように画像データが押し寄せ、ログはどんどん上へと昇っていった。
突然のことでてんやわんやの私をよそに、パソコンは自動で画像データをまとめて整理。
あれだけ山のように積み上がっていたデータはやがて一つのファイルに収まり切ってしまった。

『ScanData-Day15122708』

ファイル名に付随する月日データは作為的に伏せられていた。
あくまで私たちに今日が何日かという情報は伝えたくないらしい。
282 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:43:52.87 ID:bUk1qsUA0

私は迷うことなくそのファイルデータを展開する。
すぐに画面の上には、櫻木真乃その人の3Dモデルのデータが立ち上がった。

にちか「すごい……真乃ちゃんそのまんまだよ」

真乃「ほわぁ……なんだかちょっと恥ずかしいな」

マウスでドラッグすれば後ろを向かせたり、下から覗き込むことだってできる。一瞬にしてこんなデータを書き出すことができるのだからすごい時代になったものだと思う。

続いて私はプリントボタンをタッチ。今のデータを使うように指定すると、今度は縮尺の指定に入った。
当然のことながら、コピーするサイズは小さければ小さいほどプリントするのも早くなる。
人を原寸大でコピーしようと思えばデータが揃っていたとしてもそれなりの時間がかかるらしい。

(今回は手のひらサイズぐらい……1/10ぐらいのサイズでいいかな)

大きさを指定して実行を押すと、すぐに横の3Dプリンターが動き出した。

にちか「真乃ちゃん、もう大丈夫みたい。出てきていいよ!」

真乃「う、うん……!」

そしてあとは3Dプリンターの扉の前で待機。
目の前で細い繊維がどんどんと積み上げられていくのをじっと見守ること十分弱。

にちか「できた……!」

そこには、今ある姿、そのままの形で小さくなった櫻木真乃の姿があった。

真乃「す、すごい……これが私……!」

にちか「すごい再現度……そりゃ真乃ちゃんも美容整形の番組のキャストみたいな口ぶりにもなるって……!」

真乃「3Dプリンター、初めて使ったけどこんな感じなんだね……! あっという間に誰でも簡単に作れちゃう……っ!」

人の姿を忠実に再現していることもそうだけど、体全体にかかっている傾斜や、部分的に力が入っている箇所なのが見て取れるのが素晴らしい。
今まさに生きている姿をそのまま切り取ったような佇まいには感嘆せずにはいられなかった。

283 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:45:11.99 ID:bUk1qsUA0

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「どう? どう? オイラたち謹製の3Dプリンターの実力は!」

モノファニー「キサマラのお眼鏡にかなったかしら?」

にちか「正直びっくりだよ……このレベルのフィギュアを私たちでも指先一つで作れちゃうんだもん」

モノタロウ「科学の技術ってすげーんだぞ! 離れた人とでも簡単に通信ができるくらいなんだぞ!」

モノダム「3Dプリンターガスゴイノハ、誰デモ簡単ニ作レルコトダケジャナイヨ」

真乃「ほわ……?」

モノダム「3Dプリンターガ注目サレテイルノハ、比較的材料ガ安価ナトコロニモアルンダ」

にちか「え? ただのプラスチックじゃないの?」

モノファニー「キサマラもさっき見てたでしょ? 3Dプリンターは合成樹脂を熱融解させて、それを積み上げるようにして印刷するの」

真乃「樹脂……ですか?」

モノタロウ「プラスチックの原料みたいなものだよ! 熱に溶けやすいからその分形も変えやすいし、材料として安上がり! まさにいいとこずくめの黒づくめ!」

モノファニー「遊園地で背後からズドンって感じね!」

にちか「は、はぁ……」

(熱に弱い素材……か)

(そういえば、儀式の部屋にあった人形も……熱で少し溶けているものがあったっけ)
284 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:46:12.00 ID:bUk1qsUA0

モノダム「ソノ分、細カナ部分デハ粗ガ目立ツ部分ハアルケドネ」

モノファニー「大丈夫よ、モノダムみたいに光学顕微鏡レベルで細かく確かめる陰険A型根暗人間はこの学園にはいないわ!」

モノダム「……」

モノタロウ「さあ! じゃんじゃん3Dプリンターでキサマだけのフィギュアを量産だ!」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「ほわぁ……最近の技術ってすごいんだね」

にちか「ホント……全然知らなかったな」

(それだけのすごい技術を、事件の直前まで幽谷さんたち生徒会が独占していた)

(……この事件に関与してないわけないよね)

コトダマゲット!【3Dプリンター】
〔甜花の才能研究教室に設置されていた3Dプリンター。作成した3Dモデルを読み込んで立体物をプリントできるほか、横付けされたスキャナーを使うことでその場で立体物のコピーを行うこともできる。プリントには合成樹脂を素材として用いているため、熱には弱い〕
285 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:48:00.99 ID:bUk1qsUA0
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【部屋の鍵】

この部屋の入り口は一つだけ。
だけどその扉には鍵が取り付けられており、その持ち主以外は出入りの自由を許さない作りだ。
そのせいで私たちは壁に阻まれ、樋口さんの救出も儀式の中断も叶わずにいた。

にちか「……でも、屍者の書を幽谷さんは紛失しちゃったんだよね」

真乃「うん……一体どこでなくしちゃったんだろうね……」

そのことがどうしても引っかかる。
この部屋の出入りできたのは幽谷さんのただ一人で、部屋の中にいた樋口さんも拘束されていて身動きが取れない。
この部屋に屍者の書を保管していたのだというのなら、誰も関与することなどできないはず。

にちか「……ちょっと聞いてみようか」

真乃「ほわっ……? 聞くって誰に……?」

にちか「おーい、モノクマーズ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー?」

【おはっくま〜!】

モノタロウ「呼ばれて飛び出てびっくらポン! オイラをお呼びかな?」

真乃「い、色々混ざってるね……」
286 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:51:10.24 ID:bUk1qsUA0

にちか「あのさ、確認しておきたいことがあるんだけど……この部屋の鍵って本当に一つだけなの?」

モノタロウ「うん! そうだよ! キサマラの目の前で大崎さんに渡したあの一つしか鍵は存在してないよ!」

(その鍵を幽谷さんが持っていた以上は、開閉ができたのも幽谷さんだけ……)

(だとしたら、屍者の書を紛失したって話……本当なのかな)

にちか「ん、了解。それじゃあ後は用済みだから帰っていいよ」

モノタロウ「えっ?! もう終わり?! せっかくわざわざ出てきたんだしもうちょっとお話ししていこうよ!」

にちか「いや……要らないし。あなたにこれ以上聞きたいこととかないから」

モノタロウ「うぅ……冷たいなぁ。せっかく【重要なヒント】を持ってきたっていうのに……」

(……え?)

真乃「重要な、ヒント……? それってなんのこと……?」

モノタロウ「わぁ! 聞いてくれるんだね! 嬉しいな、オイラお話大好き!」
287 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:53:32.44 ID:bUk1qsUA0

モノタロウ「あのね、今回の事件ってキサマらのうちの一部が組織した生徒会の人たちのせいで、隠されている部分があるでしょ?」

にちか「それって……儀式のこと?」

モノタロウ「うん! 生徒会に入っていないキサマラは行動が制限されてたから、あの夜に何が起こったのかは生徒会の話を信じるしかないんだよね」

モノタロウ「でも、そんなキサマラでも今回の【事件の結果から類推できるものがある】んじゃないのかな?」

にちか「結果から……? 杜野さんが殺された、その事実から考えろってこと?」


モノタロウ「うん! じゃあその杜野さんは生徒会の人間だったかな?」


にちか「……?!」

真乃「そういえばそうだね……どうして凛世ちゃんは、4階の空き教室で殺されることになったんだろう……」

モノタロウ「……これでいいんだよね? お父ちゃん」

(儀式自体は中断されたけど……夜に個室を抜け出して4階まで行くのってかなり難しいはずだ)

(生徒会の所属じゃない私たちは儀式が中断された事を知ることもできなかったわけだし……監視の目が緩むタイミングなんてのは分かるはずもない)

(杜野さんは……なぜあの部屋で死ぬことができたんだ……?)



にちか「ちゃんとヒントはこれで聞いたわけだし、今度こそ用済みだね」

モノタロウ「ええ?! そんなにオイラとお話ししたくないの?!」

にちか「っていうより時間がないの。捜査時間は限りがあるんだから同じ場所で足踏みしてらんないから」

モノタロウ「そっか……残念だなぁ……ション・ボリー……」

真乃「この部屋で調べるべきものは一通り調べたもんね……そろそろ次に行こっか」

にちか「うん……そうしよう」

288 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:54:22.08 ID:bUk1qsUA0
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【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】

天井まで見上げる無数の襖。どこか朧げで温かみのある照明も相まって、呆然と立ち尽くしてしまう。
この部屋の持つ独特の雰囲気は、私たちの体に流れる日本人の血に宿している本能というものを喚起するらしい。

真乃「この部屋では、あさひちゃんが床下から見つけ出した小太刀の出所を調べるんだったよね」

にちか「うん……芹沢さんはこの部屋のものを熱心に調べていたようだから、多分出所としては間違いないだろうけど、裏付けはちゃんとしておかないとね」

部屋をざっと観た感じでも、何者かによって所蔵品が持ち出されたように不自然な空白の目立つショーケースがある。
そこをちゃんと観ておく必要がありそうだけど……空白のショーケースは……二つあるのだ。

甜花「あ、七草さんに櫻木さん……ここに来たんだ……」

(て、甜花さん……)

甜花さん、彼女は事件の直前で生徒会に靡いた人間。
前回の事件を乗り越えて、一人で歩んでいく決意を固めたと思っていたのに、結局わかりやすく頼れる依代に縋ってしまったようだ。
そのことは彼女自身もバツ悪く感じているらしく、私の方をチラチラと見ては、指先を弄っている。

(なんとなく、やりづらいな……)
289 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:55:40.61 ID:bUk1qsUA0
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【小太刀の入っていたショーケース】

小学校の社会科見学で訪れた郷土資料館でも似たような作りのショーケースを見たことがある。
刃先の部分と柄の部分を立てかけておくための留め具が、主君にかしづく家来のようにこちらに手のひらを向けている。
元々はここに小太刀が置かれていたのだろう。

真乃「床下にあった小太刀はここから持ち出されたもので間違いないみたいだね……にちかちゃん、ここに説明書きがついてるよ」

にちか「えっと……何々? 【銘刀・天網島】」

甜花「わっ……刀に名前がついてるんだ……! ってことは……持ち主は有名な、大名……さん?」

(……普通に会話に割り込んできた。妙なところで図太いな)

にちか「……みたいですね。天満治兵衛っていう武士さんが使ってた脇差みたいで……柄の部分には刻印もされているらしいです」

真乃「この小太刀にも、本物だということを証明する鑑定書がついてるね」

甜花「じゃ、じゃああの小太刀は同じものが二つとして存在してないんだね……!」

にちか「うーわ……これもはちゃめちゃな値段がついてそう……どっかに鑑定額とか書いてない?」

真乃「にちかちゃん、鑑定書ってそういうものじゃないと思うよ……?」

にちか「……この部屋に他に似たような規格の日本刀はないんですかね?」

真乃「小太刀自体はあるみたいだね……でも、ここにも書いてあるけど、この小太刀は著名な鍛冶屋の遺作でちょっと特殊な作りになっているみたい」

甜花「通常の小太刀よりも柄が二センチぐらい短い……ちょっと、持ちにくいんだね……」

通常の小太刀と少し違ったサイズ感の小太刀、か……
わざわざこの大きさの小太刀を選んだ理由って何かあるのかな。
量産品のナイフじゃなくて、わざわざこんな貴重な文化遺産を使った意味……
なんとなく部屋の雰囲気からしてオカルト的な気配を感じてしまうけど、勘ぐりすぎかな。

コトダマアップデート!【床下の小太刀】
〔儀式が行われた教室の床下に転がっていた小太刀。超研究生級の大和撫子の才能研究教室から持ち出されたものらしく、同じものは二つとない特殊なつくりのもののようだ。刀身に血は付着していない〕
290 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:57:28.37 ID:bUk1qsUA0
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【もう一つの空白のショーケース】

不自然な空白を孕んだショーケースは小太刀のもの以外にもう一つある。しかもそのショーケースは、私たちが一度確認したことのあるショーケースだ。

にちか「真乃ちゃん、確かこれって……」

真乃「うん、この部屋が開放された直後……調査の時に一度調べたショーケースだよ」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

真乃「その本……随分と古いみたいだね。古文書……みたいなものなのかな?」

凛世「【古今呪儒撰集】、元禄の時代に佐野大伍郎によって修正された怪奇本の一つでございますね……」

凛世「江戸の世に伝わる古今東西の超常的な噂話から言い伝えまで広く集成した本です……」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

にちか「なんか昔から日本に伝わるオカルト的な本を収集した、歴史的な価値の高い本……だったはず」

甜花「怖い話の、本……?」

真乃「平たく言えばそうなるのかな……?」

芹沢さんが妖刀を手にした瞬間に悪ふざけを始めた、その原因となった本が置いてあったショーケースだ。
損傷が生じないように気温や湿度にまで厳正に管理されているそのショーケースは、肝心の部屋の主人が不在になっていた。
291 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 17:58:45.43 ID:bUk1qsUA0

にちか「また芹沢さんが興味本位で持ち出したの……? ったく、この部屋のものは希少なんだから勝手に持ち出したりしちゃダメだって」

真乃「……」

にちか「真乃ちゃん?」

真乃「うーん……本当に持ち出したのはあさひちゃんなのかなって」

にちか「え? いやどう考えてもそうでしょ。あんな悪趣味な本、あの子しか興味持たないって」

真乃「あの本、ちゃんと中身までは読んでなかったけど……今回の事件って、その中心にあるには甦りの儀式だよね?」

真乃「死者の蘇生なんて……いかにもあの本の題材に近いものだと思うんだけど……」

……まさか。オカルト的な事象が共通しているからって、そんな江戸時代にまで事件の原典を遡るわけ?
でも、真乃ちゃんの見立てが正しいのだとすれば持ち出した人物は『あの人』しか考えられないよね。

にちか「……あ、だったら丁度いいや。甜花さん、聞いてもいいです?」

甜花「ひゃ、ひゃいっ?!」

にちか「ここにあった本……幽谷さんが持ってるのを見たりしてませんか?」

甦りの儀式を取り行っていたのは他でもない生徒会のトップ、幽谷さんだ。
彼女が儀式を行うに先立って、真偽を確かめるためにこの本を調べた可能性は十分にある。

甜花「うーん……そんな本を読んでたのを見た記憶は……甜花、ないけど……」

甜花「断言はできないや……ごめんね……」

まあ、生徒会に所属してからの日数が一番浅い甜花さんでは把握し切れてはいないだろうな……
後で幽谷さんに会うことがあれば確かめてみようかな。

コトダマゲット!【古今呪儒撰集】
〔凛世の才能研究教室に所蔵されていた、伝奇やオカルトな噂話を収集した古書。事件の前後で何者かによって持ち出されていたらしいが、持ち出したのが誰なのかは不明〕

292 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:00:09.62 ID:bUk1qsUA0


にちか「……」

真乃「にちかちゃん? どうしたの? 何か他に気になるものでもあったの……?」

にちか「あ、ううん……中に入ってるものには特に何もないんだけど……この所蔵用のショーケースについてなんだよね」

真乃「ほわっ……ショーケース……?」

にちか「ほら、芹沢さんの悪霊騒ぎの時もだけど……随分と簡単に中のものを取り出せちゃうんだなーと思って」

甜花「鍵とかも、ついてないんだね……?」

にちか「ですです。普通博物館とかなら厳重に管理してると思いますけど……」

真乃「才能研究教室に収められているものだから、凛世ちゃんが自由に使えるようにした……とかなのかな。だとしても、凛世ちゃんに鍵を渡しててもよさそうなものだけど……」

甜花「甜花の部屋の鍵みたいにね……!」

杜野さんも言っていたけれど、中に入っているのは歴史的な価値の高い物ばかりのはずだ。
それもレプリカなんかじゃなく、正真正銘の本物。
鍵もかけていないショーケースで保管するなんて随分と不用心だけど、モノクマたちは何を考えているんだろう……?

コトダマゲット!【ショーケース】
〔超研究生級の大和撫子に所蔵品を納めているショーケースはいずれも鍵がついていない。誰でも簡単に所蔵品を持ち出せる状態にあったようだ〕

293 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:01:51.19 ID:bUk1qsUA0
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一旦スルーして捜査を進めたけど、なんとなく違和感のようなものが拭えない。
捜査中何度か会話に混ざってきた甜花さんが、あまりにも今までの甜花さん【そのまんますぎる】のだ。

灯織ちゃんや西城さんには言葉の端々に幽谷さんを持ち上げるような様子が見られたのに、甜花さんにはそんな素振りがない。
相も変わらず能天気な言動が目立ち、マイペースな振る舞いをしている。

にちか「あの……甜花さん? 私たちと一緒に捜査してて大丈夫なんですか?」

甜花「え……? ど、どうして……?」

にちか「いや、私と真乃ちゃんは生徒会とちょっと敵対気味というか……仲良くするとまずい存在なのでは?」

甜花「そんなことないよ……! 生徒会はみんなの平和のために動いてる組織だから、誰かと仲良くしちゃいけないとか……ない……!」

(まあ、表立ってはそうなんだろうけどさ……)

甜花「ゆ、幽谷さん万歳……! 生徒会万歳……!」

(なーんか、怪しいんだよな……)

甜花「え、えと……ここでの捜査はひと段落したんだよね? 次の場所に、早く行ったほうがいいかも……いや、いいよ……絶対……!」

とはいえ、ここで追求したところで口を開くとも思えない。
ここは一度引き下がって、裁判で問いただしたほうがよさそうだな。

にちか「真乃ちゃん、次の場所に行こう」

甜花「それがいいよ……行ってらっしゃい……!!」

(……)

真乃「う、うん……次は、どこに行こうか……?」

にちか「残りは空き教室の手前側の教室の確認と、2階の超研究生級のドクターの研究教室かな。灯織ちゃんが見たものがやっぱりちょっと気になるよね」

真乃「了解……!」

294 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:04:50.52 ID:bUk1qsUA0
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【空き教室 階段側】

ここは今回の事件現場に隣接してる教室だ。
芹沢さんの話だと、床下には仕切りのようなものがなく、地下で繋がっている形になっているらしい。
その意味で言えば、この教室も事件現場の一部と言えないこともない。

樹里「あれ……にちかに真乃、戻ってきたのか?」

愛依「こっちの部屋に用があるカンジ?」

(西城さんに愛依さん……どうやら空き教室周辺の監視を担当しているみたいだ)

にちか「はい……あの、この部屋を調べてもいいですか? 事件にもしかすると関係するかもなので」

樹里「おいおい、そんなビビんなくても大丈夫だよ。アタシらは別ににちかの敵じゃねーんだ」

愛依「そうそう! 生徒会の一番の目的はみんなで仲良く生き残る事! 学級裁判を勝ち抜く目標は共通してるんじゃん?」

(目標は一緒……ねえ)

(もし犯人があの人だったら……同じことを言ってくれるのかな、この人たちは)

私は不信な視線をこれ見よがしにぶつけながら、二人の間を抜けて、手前側の教室に踏み込んだ。
わざとらしく、足音を立てて、それはそれはズドンと踏み込んだ。
その結果……私は滑稽なまでにつるんと滑って、天を仰ぐこととなる。



スッテーン!



何か滑らかな手触りの薄いものは私の足を慣性のままに運んで、160センチと少しの体を宙に押し上げた。
平たく言えば、私は布で滑って転んでしまったのだ。
295 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:07:27.46 ID:bUk1qsUA0

樹里「お、おい……にちか?! 大丈夫か?!」

愛依「め、めっちゃ派手に転んだけどどしたん?! 何が起きたか、見てなかったんだけど?!」

にちか「い、いったぁ〜……誰ですか、こんなところにハンカチを落としたの……」

てっきり捜査で右往左往するうちに誰かが落としたハンカチを踏んでしまったのだろうと思った。
しかし、私を無様に晒した犯人を拾い上げると、そんな正方形の形状はしていない。
その布は派手に細長く、材質もお手洗いに使うには上等すぎる。
全体として爽やかな印象を与える浅葱色をしており、それでいて、大きく描かれた菊の花には大人の落ち着きを感じさせる。

にちか「これ……杜野さんの着物の、【帯】ですか……?」

樹里「……ああ、みてーだな」

その柄を見間違えるはずもない。
これは生前の彼女が毎朝丁寧に巻いていたものだ。長細い帯は扉に噛ませるようにして、空き部屋の中へと続いていた。

真乃「お、帯……? 凛世ちゃんの遺体は着物を着てなかったっけ……?」

にちか「ううん……それが判別ができないほどに真っ黒焦げになってたんだよ。体が炭化するほどだよ? きていた服なんかとっくに灰になってる」

(だからこそ、気づかなかったんだ。彼女の着物がはだけてたことに……)

樹里「でも、なんで凛世は帯を解いてたんだ? 帯を解いてたら動きにくくてしょうがないだろ」

愛依「ま、まさか凛世ちゃんに……ロシュツ趣味があったんじゃ……?!」

樹里「……一応言っとくと、アタシが知る限りでは凛世にそんな趣向はなかったはずだよ」

コトダマゲット!【凛世の帯】
〔事件現場の手前の空き教室の扉に噛ませてあった凛世の着物の帯。殺害当時、凛世の衣服ははだけていたものと思われる。帯の大部分は空き教室の中に入っており、注目してみない限りは外から気づかないようになっていた〕
296 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:08:54.89 ID:bUk1qsUA0
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帯にさよならを告げて、部屋の中へ。
間取り自体はどの空き教室も変わらない。
家具も設備も何も置かれていない空間に、壁に取り付けられた蝋燭がぼんやりと闇を照らす。

にちか「相変わらず暗いなぁ……つい細目になっちゃう……」

真乃「真っ暗ってわけじゃないけど……捜査は難儀しそうだね。持ってきた懐中電灯も、そこまでの光量はないから……」

(見落としをしないように、注意深く一つ一つに目を凝らさなくちゃ……)

部屋の入り口の帯を見ても、杜野さんがこの部屋に足を踏み入れていたこと自体は確かなんだ。
彼女がこの部屋にいた痕跡をちゃんと拾い集めて、情報として手に入れるぞ……!

297 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:10:17.38 ID:bUk1qsUA0
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【血痕】

にちか「こ、これって……!」

部屋の入り口の扉付近。ポツリポツリと墨汁をたらしたかのように、滴のような痕が残っている。
灯で照らしてみると、その滲みは赤黒く、血液が時間を経て沈着したものであると理解できた。

真乃「凛世ちゃんの血痕……なのかな……?」

にちか「この部屋にいた人間、そして何より事件の被害者なんだからその可能性が一番高いね……出血量はそう大した量じゃなさそう」

真乃「そうだね……ルカさんの事件の時に比べると……」

(……あの時は、芹沢さんのせいで文字通りの血の海だったな)

真乃「……っ!? ご、ごめんね……! 私何も考えずに口にしちゃってた……」

にちか「ああ、うん……大丈夫、気にしてないから」

真乃ちゃんを宥めてから、改めて血痕を辿る。
雫の後の大きさの変化からして、多分杜野さんはこの部屋で刺されてから、部屋の外に出て行ったんだと思う。
血の量がそこまで多量じゃないところを見るに、おそらく凶器は刺さったまま。
死亡現場はすぐ隣の部屋だから、部屋を移動してからそこで火をつけられたんだと思う。

でも、なんで? 犯人から逃げたんだとしたら、空き教室同士を移動したところで意味がない。
扉に鍵もないし、抵抗する道具もない。
彼女はどうして、部屋を移動したんだろう……

コトダマゲット!【手前側の空き教室の血痕】
〔死体発見現場の隣室、階段側の空き教室に滴り落ちていた血痕。これを零した人物は部屋を出てから、死体発見現場である中央の空き教室に向かったものと思われる〕

298 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:11:59.21 ID:bUk1qsUA0
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【古書】

埃がすっかり溜まって息苦しさすら感じるこの部屋で、そのカビ臭い時間の停滞にすっかり馴染んだ面をしている物体が一つ。

にちか「……! この本って……さっき杜野さんの才能研究教室で話をしたやつじゃない?」

真乃「古今呪儒撰集……うん、そうだね。ショーケースの中が空になってて、てっきり儀式のために霧子ちゃんが持って出たのかと思ったけど……」

(この部屋にあったってことは……杜野さんが持ち出したものだった……ってこと?)

試しに拾い上げてパラパラとめくってみる。
芹沢さんが最初に手にして、うっかり書き込んでしまった痕跡はそのままだし、現物で相違ないだろう。
他に何か目ぼしいものは……

にちか「……これ、とてもじゃないけど手に負えないね」

真乃「中身、難しいの……?」

にちか「あ〜、もうっ! 私古文って苦手なんだよね! なんで散々擦られた文章をわざわざ読みづらい媒体で読む必要があるわけ? こんな小さな島国で一時期にしか使われてなかった言語なんか勉強しても意味ないでしょ!!」

真乃「日本の国語教育への問題定義だね……」

真乃「……でも、実際これは解読できないかも。古語……っていうのかな。筆記法も今と違うし、文法も古文で習うものとは少し違う気がするね……」

299 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:13:20.95 ID:bUk1qsUA0

にちか「うーん……ここに落ちていたとこを見ても何か意味はあると思うんだけど……肝心の中身がわからなければ意味がないよね」

真乃「……あっ! 【あの人】だったら、この中身を解読できるんじゃないかな」

にちか「あの人……?」

真乃「あさひちゃんだよ……! 妖刀の騒ぎも元々、あさひちゃんがこの本から読み取った情報から演じて引き起こしたものだったよね?」

にちか「そっか……!」

芹沢さんの怪演は本の解読あってのものだ。
造詣の深い杜野さんの話でも、本の内容とあの演技に整合性は取れていたようだったし、彼女にはこの本を読み解く技術があるということになる。

(……でも、なんで?)

芹沢さんは私たちの中で唯一の中学生、年齢としては抜けて幼い子だ。
そんな子が、私たちでも読み取れないぐらいに難しいこの本をスラスラと読み解くことができるなんて、彼女は一体何者なんだろう。

真乃「私、あさひちゃんにこの本を読んでもらってみるね。今の状況……蘇りの儀式に何か関連するような記述がないか聞いてみる」

にちか「ありがとう、頼んだ」

真乃ちゃんは本を片手に部屋を飛び出して行った。
あの本には何か重要な秘密が眠っている気がする。
私たちが見つけ出そうともがいている、真実へとつながる何かが。

コトダマアップデート!【古今呪儒撰集】
〔凛世の才能研究教室に所蔵されていた、伝奇やオカルトな噂話を収集した古書。事件の前後で何者かによって持ち出されており、事件現場の隣の空き教室にて発見された。古語文体で書かれた本であり、難解。読めるのは凛世とあさひのみ〕

300 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:15:23.88 ID:bUk1qsUA0
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【消火シート】

闇に身を潜めるようにして、折りたたまれている白銀の布。
ガスレンジを囲ったり、換気扇をくるんだりするアルミシートに材質は近い。
それでいて、夏場の掛け布団ぐらいの厚みはあって、それなりに丈夫。
まさかこれを纏って寝ることはあるまいが。

にちか「なにこれ……? ちょっと広げてみるか……」

真乃ちゃんが出て行ったので一人で広げるしかない。
教室の端に布の角を沿わせて、慎重に広げて行った。布の全形は正方形、一室の床を埋め尽くすほどの面積はないが、人一人が包まるぐらいはできる。
雪山で遭難した時は重宝するかもしれない。

にちか「うぇ……なにこれ……あんま触りたくないんですけど」

広げたことで目に止まったのは、シートの全体が汚れていることだ。
黒く淀んだ煤のようなものに、赤く粘度のある液体、黄ばんだ白い凝固物がポツリポツリと付着していた。
これらは長い間シートの上に乗っかっているものらしく、接着剤でも使われたかのようにピッタリとくっついている。

にちか「……一応、匂いとか嗅いどく……?」

恐る恐る鼻を近づけた。全体的に油臭い。
コロッケを作った後の室外機の匂いがする。
その中に混じっているのはどこか鉄っぽく、刺激の強い臭いだ。

にちか「これ……血だ」

それは、この学園に来て何度となく嗅いだ臭いだった。
301 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/09(月) 18:16:32.19 ID:bUk1qsUA0

【おはっくま〜!】

モノファニー「でろでろでろでろでろ……」

にちか「開幕ゲロ?!」

モノファニー「だって、キサマが広げたそれがあんまりにもグロいから……ここにいるだけでキツイのよ」

にちか「やっぱりこれに付着してるのって血なんだね?」

モノファニー「血……そうね、体液が付着してるわ。死の直前までそこに命があった証明だわ」

にちか「ねえ、モノファニー。このシートは何なの? 私この学園生活で初めて見たけど」

モノファニー「そう、本題はそこなのよ。これはシートはシートでも、消火シートなの」

にちか「消火シート……?」

モノファニー「建築の現場でよく使われているものね。建材に用いることで、家屋に延焼するのを防ぐことができるのよ」

モノファニー「お手軽なものだと、キッチンで揚げ物をしている時の防災用のものがホームセンターなんかで売ってるわね」

(あー……そういえば戸棚にお姉ちゃんがそんな感じのやつを入れてたような気もする)

モノファニー「元々これは超研究生級の料理研究家の才能研究教室においてあったものね。あの部屋の設備はレストランが開けるぐらい大きなものだから、消防の現場で使われるぐらい立派なシートを取り寄せたのよ」

モノファニー「それなのにこんなにグロく汚しちゃって……ぷんぷんのでろでろだわ!」

延焼防止の消火シート……か。
言うまでもなくこれは火の勢いを鎮圧するために使われるもののはず。
でも、私たちが発見した死体は火の勢いを抑えられていたどころか、真っ黒焦げになるまでこん限りに焼かれていた。
このシートに付着している汚れといい、何か妙だな……

コトダマゲット!【消火シート】
〔事件現場の隣室の空き教室で発見された消火シート。全面に黒い煤、体液、白い凝固物が認められ大きく汚れている〕

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