【オリジナル】男「没落貴族ショタ奴隷を買ったwwww」

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332 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:36:38.80 ID:PPbBn0gE0
「帰る。自宅に向かってくれ」
 御者に告げると、彼は目を泳がせたのちに、ひとつ頷いて見せた。
 庭に乗り入れた馬車は厩舎に収められることなく乗り付けられたままとなっており、
それは早々にこの場所から立ち去ることを態度でミユキに、そしてこの子供に周知させたものであった。
 『妻子の住まう家』には十分ほど前に到着したばかりであったが、今日の『お勤め』はもう済ませたのだ。
長居する理由はなにひとつない。
 週一で顔を出してやっているだけ、ありがたく思ってもらいたいものである。
「タカシさん、あのね……!」
 馬車の外から、男児の声が響く。
 その必死の声に愛情のかけらも抱くことができなタカシは間違っているのだろうか。
いや、そんなはずは無い。
 タカシは馬車の内部にしつらえられたカーテンを開き、そして冷ややかに「離れなさい」と言い放つ。
「タカシさん、でも、」
「でも、じゃない。忙しいんだ」
「でも……」
「離れなさい、ショウタ」
 子供の――、ショウタの『あ』の形に開かれた口が静かに閉ざされ、そして小さく「ごめんなさい」と謝罪した。
真っ白い真珠のような小さな歯が、日光に反射して光っていた。
健全なそのつやつやとした輝きでさえどうにも不気味に見え、嫌悪感が募る。
 タカシがミユキに対して抱く感情は最早嫌悪しかなく、
その子であるショウタを見つめる瞳も冷たいものとなる。
 ショウタに罪が無いのは判っているが、抗いがたい嫌悪感にまみれた感情は、
どうしても拭い去ることが出来ず、この幼子を傷つけずに済ませる道は今後一切の接触を絶つ意外には
考えられぬというところまできていた。
「離れなさい」
 もう一度言うと、眉を八の字にしたショウタは震える声で再度「ごめんなさい」と謝罪した。
333 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:38:40.79 ID:PPbBn0gE0
 丸い頬に、小さい手足。赤ん坊という生き物から人になったばかりの頼りないシルエットが静かに揺れる。
不完全な体は、だが、その端々に確かにタカシの遺伝子を引き継いでいると主張するように、
どことは断言できぬ微妙な体の部位、例えば四肢のラインやまつげの生え方、そのような些細な部位が
あの子……、たった三歳で強制的に人生を終了させられた『あの子』に似ているのだ。
 本来死んだ子に似た部分は好ましく思うものなのであろうが、姉の遺伝子が組み込まれていないショウタに
『あの子』と似通った部分があることが憎々しく思えてならなかった。
 そう、ショウタ自身にはなんの罪も無いにもかかわらず、
この一個の生命体が、ミユキの身勝手な想いのもと産み落とされた存在だと思うと、
どうにも受け入れがたいものとなるのだ。
 ショウタは遺伝子的にはタカシの子供であろうが、しかし姉の子供ではない。
 だというのに、何故こんなにも、そう、時折見せる表情でさえ、かすかに似通っているのだろうか。
 あの気持ちの悪い女、ミユキの血を引いているというのに。
 気持ちの悪い子供、気持ちの悪い妻、そして幼子を厭う自身、その全てが気味悪かった。
 馬車に乗り込み、天井からぶら下がった鉄のパイプ越しに「出してくれ」と御者へと告げる。
「ですが、お坊ちゃまが……、」
「いい、出せ」
 同じパイプから響く不満げな声に有無を言わせ命令を下すとタカシは口を引き結んだ。
 この御者も回廊の家で働く使用人たちも、誰も彼もがショウタを哀れんだ。
実の父に冷たくあしらわれる幼子に同情しない人間など居るはずもないだろうが、
タカシはそんな非難の視線すら気にならぬほど、とにかくショウタを受け入れられずに居た。
「出せ」
 再び強い口調で告げると、馬車はのろのろと発進する。
 窓の外で、「タカシさん」とくぐもった声が聞こえたが、タカシは窓のしつらえられたカーテンをめくることもせず、
ゆっくりと嘆息すると目を瞑った。
 もとより崩れていた思考とその感情が、端からほつれていきいつかバラバラに、完全に分離して
嫌悪だけが生き残って、まるで自身が鬼かなにかになるのではないかと、タカシはそんな馬鹿な危惧を抱いていた。
334 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:39:43.14 ID:PPbBn0gE0
 ――どうにも息苦しい。
 この屋敷に赴くと、タカシはある種の息苦しさをいつでも感じるのだ。
 結婚当初に、妻の父から与えられたものであったが、不便極まりない造りで、
住み始めから住み終わりまで、
ついに好ましく思えることが一度としてないまま、タカシはこの家での生活を終えた。
 ショウタと一緒だ。
 屋敷にも、ショウタにも、息苦しさしか覚えぬままタカシはこの家を出たのだった。
赤ん坊のショウタが真っ黒い瞳でタカシを見上げたことを覚えているが、
その護るべき幼い顔にさえ、愛情を抱くことが出来なかったのだ。
 馬車の振動が太ももの裏に響く。
 こっそりと窓越しに背後を見やると、回廊の家の二階の窓、そこから、
幽鬼のごとき表情を浮かべた女のぼんやりとした影が見え、背中がぞっとするのを感じる。
 徐々に遠ざかる回廊の家はやがてはるか彼方にポツンと見えるばかりとなり、
タカシはその芥子粒のように小さくなった輪郭に、漸く安堵したのだった。
 この屋敷にタカシが戻ってくることは殆どない。週に一度か、或いは二週間に一度、
もしくは月に一度。タカシは「用事がある」と呼びだれることが無い限り、
屋敷の近辺へと近寄ろうとさえしなかった。
 タカシが本日ここを訪れたのには、もちろん呼び出しがあったからで、
その内容がどうにも物騒であったからだ。
335 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:41:50.98 ID:PPbBn0gE0
 ――ショウタの命が狙われている。
 電話越しに激しくまくし立てられた内容は要約するとそんなところであった。
不気味という感情しか抱けぬ子供であったが、如何せん命が狙われている、
などとと告げられれば心配する程度の情はある。
 ミユキが告げた内容を端的にまとめると、
「近頃、ショウタの通う幼稚園へと脅迫状が届いた」と言うことだった。
 この何もかもがデジタル化される世の中で、脅迫状とはなんともレトロな話である。
 さっさと犯人を特定しなくては困る、とミユキは叫んでいたが、タカシにはおおよその目星はついていた。
 この国を戦争へと導いたとして、終戦から数十年経った今も水製造機を敵視する団体が数個ある。
おそらくそれらのうちのどこかに違いない。ショウタがA社の御曹司であるという話がどこからか漏れでたことによって
そのような物騒なものが送りつけられるに至ったのだろう。
 ――A社がアンドロイド製造の片手間に水製造機のメンテナンスを行うようになって六年経過した。
 当初は戦争を導いたとして水製造機に対して憎しみを向いていたテロ集団であったが、
今では標的を『A社メンテナンス部門社員』へと鞍替えし、A社本社ビルの前で怪しい動きを見せては
警備アンドロイドに拘束されるというパフォーマンスを連日繰り返していた。
 それに伴いA社の株価は下落、
その上、他社のアンドロイド開発も追い上げを見せたことから窮地に立たされていることもあり、
今や本社勤務となったタカシは、遺伝子上の息子のことなど二の次にしおなければなぬ程、切羽詰っているのだ。
「まずは抗議団体をどうにか片付け、それからショウタのことだ」
 ぽつりと呟いた自らの声は、驚くほど冷ややかで、それが妙に居心地悪く感じ、
タカシは備え付けのコーヒーメーカーから黒い液体を注ぐとそれを飲み干した。
 紙コップをダストボックスに放り込むと、再び嘆息し目を瞑る。
336 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:43:38.69 ID:PPbBn0gE0
 連日行われる小規模な抗議デモがブランドイメージを低下させていることは確実だろう。
メンテナンス部門の社員の中には、危うく誘拐をされかけた者も居るという。
ブランドイメージの低下も問題であるが、人命に危機が及びかねない状況のほうが問題としては大きかった。
 しかし。
「それも、あと少しの辛抱だろうが」
 そう、手を拱いてばかりいるA社ではない。
 ここ数ヶ月の間の異常な賑わいを見せた抗議活動は、一年もすれば収束の兆しをみせることだろう。
抗議活動の類は、時期はまちまちではあるが、これまでも幾度かランダムに行われていた。
 問題は抗議などよりも、社員が誘拐されかけた、という事実のほうだ。
 今までいかに過激な活動をされたとしても、さすがに誘拐されかけるような社員はいなかった。
 社員を特別大事にしている、というわけではない。
 メンテナンス部門に属する人間は、それぞれ重要機密を抱えており、つまりそれは、
ブラックボックスの秘密を知っているということにつながる。
 秘密はパズルのピースのごとく細分化され、メンテナンス部社員の全てを集めないことには
秘密が意味を成すことはない。だが、万が一の可能性を考え、早急に対策を練る必要があった。
 団体を一斉清掃という手立ては流石にない。それはもう殆ど、団体の壊滅を意味しており、
血が流れることは必須であろう。ブランドイメージの低下どころの話ではなくなることは確かだ。
 だからA社は、社員の安全を確保できるだけのあるプロジェクトを立ち上げたのである。
 プロジェクトの名は『箱庭』
 それは、A社だけではなく、国防までをも視野に入れた盛大な作戦であった。
まずは今現在、A社が晒されている脅威から身を守るために発足されたプロジェクトであるが、
いずれは国の防衛までもを見込んだ計画だった。
337 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:45:48.33 ID:PPbBn0gE0
 プロジェクト内容は名前のまま、つまり、擬似的な首都を作るという、壮大な目くらまし計画だ。
 先の大戦で焼け野原となった京都府を頑丈なセキュリティで固めて復興させる――、
端的に言えばそのような計画であったが、復興した都市に住まうのは、人ではない。
アンドロイドが住まい、政治を行い、病院を運営し、そしてアンドロイドが学校に通うのだ。
 国の中枢が集約された首都を新たに形成し、本物さながらに運営される巨大都市。
しかし実のところ、そこへと通い、或いは生活を営むのは政治家とその子に擬態したアンドロイドだ。
 実際の政は別の都市で行われ、そして子供たちも、国に用意された代替地へとこっそりと通う。
 万が一、再び炎がこの国を覆い尽くしたとしても、ダメージを最小限に抑えるべく、
ダミー都市を置くというわけだ。
 終戦後、そのような計画は確かにあって、再び訪れることが予測される災厄に備え、
かついて大日本帝国国防軍としてこの国を守り抜いた男たちの子孫に、
アンドロイドを密かに紛れ込ませという無謀な計画を国は遂行してきた。
 アンドロイドをどうするかまでの見通しは立っていなかったのが、今回の箱庭計画の発足に伴い、
漸くその使い道の目処が立ったというわけだ。
 そんな理由から、タカシは確かに忙しくもあったのだ。
 一分、いや、ほんの十数秒でさえ、
遺伝子上の息子と、そして戸籍上だけのつながりしか持たぬ妻へ注ぐことが厭わしかった。
 タカシにはやるべきことがあった。製造機のメンテナンス。そして部門をまたいでの箱庭計画への参加。
 それらの全ては――。
 馬車が速度を緩めていく。
 どうやら、あれやこれやと散漫に思考しているうちに、かなりの時間が経過していたようだった。
 車輪が小石に乗り上げ、ほんの少しだけバウンドすると、その後そろりと停車する。
 それから御者が馬車から一旦降りる音と、そしてタカシの横へと車外から近づく気配がした。
「お疲れ様でした。到着です」
 開け放たれた扉の前で、御者が恭しく頭を下げていた。
腹の中ではタカシのことをぼろくそに罵っているのだろうが、知ったことではない。
 メンテナンス業、そして箱庭計画。
 多くのことについて「どうでもいい」「面倒だ」と無気力であるタカシが必死で時間をやりくりするのには、
それなりの理由があった。
338 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:48:09.49 ID:PPbBn0gE0
 降り立った先、赤茶色のレンガを革靴で踏み、タカシは頭上を見上げた。
空を射抜く勢いで高く伸びるビルの窓は空模様を反射しており、鏡のようだ。
実際には十階建のマンションは、上空からのテロに備え、十階以上を虚実の映像で補われている。
その、セキュリティオプションを最大限に盛り付けたその部屋の八階、
その中央の部屋がタカシの住まいであった。
 警備アンドロイドの瞳が一瞬の間にタカシの顔をスキャンし、登録された人物であると確認をする。
彼らの横をすり抜け、エントランスも同様に、
そして玄関からまっすぐ伸びた廊下の先にあるエレベーターへと飛び乗った。
 まもなく到着した八階のフロアを、足早に進んでいく。辿り着いた自宅の玄関扉の脇にしつらえられた
網膜スキャンに瞳をかざし、それが認証されると、ほんの僅かな音が開場をしめした。
 扉が完全に開くのを待たずに、タカシは自宅へと滑り込んだ。
「ただいま」
 タカシがハードスケジュールを望んでこなすのには、意味があった。
 水など最早どうにでもなってしまえ。そんな風に思っていた時期もあったが、今は違う。
 子供には、安全な水が必要だ。箱庭もそうだ。子供の身の安全を確保するためには、
それなりの環境が必要なのだ。
 革靴を脱ぎ捨てると、部屋の置くから小さな足音がした。
 「お帰りのようですよ」という女の声は、五年前に導入した女性型育児アンドロイドだ。
「……おとうさん!」
 子供の高い声が響くと同時に、それは飛び込んできた。
 さらさらとした髪がタカシの手の甲をくすぐった。髪が細いのは『あのひと』に似たからかもしれない。
「おかえりさない!」
 タカシの腰にぎゅっと抱きつくのは、一人の男児。年齢は五歳。
 ――死んだ三歳のあのときから、二年未来を生きている、かつて『タカシ』と名づけた幼子だった。
己の遺伝子と、そして最愛の姉の遺伝子を引継ぎ、記憶までをも完全に『再現』された子供。
 その男児を抱き上げると、タカシは微笑んだ。
「ただいま、シュウ」
 最愛の子供が、そこに確かに生きていた。
339 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/03/05(木) 22:49:19.17 ID:PPbBn0gE0
今日はここまで。
保守してくれた人、ありがとう。助かります。
遅くなってすみませんでした。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/05(木) 23:19:42.52 ID:u6Jc6b0H0
おもしろかった!
続きが気になる
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/06(金) 20:23:02.66 ID:wWS7Aal6O
来てた!乙!
あれだな…もう一度読み直すのは相当時間かかるし完結してからにしよう
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/07(土) 02:13:26.18 ID:UFXFos1N0
来てた!お疲れ様です、どうもありがとう!!!
今までの謎がどんどん繋がっている感じがして、今回も面白かったです。
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/05(日) 00:04:08.45 ID:uDFYpKXs0
のんびり待機保守
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/02(土) 02:11:32.49 ID:wkGkpqfc0
ほしゅ
345 : ◆OfJ9ogrNko :2015/05/04(月) 02:47:05.80 ID:h2pw8Udd0
セルフ保守
346 : ◆OfJ9ogrNko :2015/05/04(月) 02:47:05.80 ID:h2pw8Udd0
セルフ保守
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/04(月) 23:40:04.69 ID:g2fPX9AU0
保守。楽しみに待ってるよ〜!
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/13(水) 00:25:22.15 ID:wjbjFa690
来てたの気づかんかった
今回も面白かった、おつ
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/13(水) 00:25:22.15 ID:wjbjFa690
来てたの気づかんかった
今回も面白かった、おつ
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/17(日) 17:10:25.95 ID:n6ZY0lmSO
次はいつかなー
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/12(金) 00:39:03.60 ID:Kf90P0zI0
ほしゅ
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/28(日) 18:19:28.12 ID:SYrinhpJO
まだだ!まだ終わってない!
353 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:02:01.54 ID:1t2tcMd90
「ぼん!」
 技師の声が響く。
 スローモーションのように再生される目の前の映像には現実味がなく、
身動きの取れぬタカシはただじっとその様子を見守っていた。
 ショウタの手に握られたメスは、暗い照明を反射して網膜に焼きつくような光を放っている。
 細い腕が振り上げられ、その力がどこへ向かうのかも理解できぬまま、成り行きを見守るしかない。
 自分は刺されるのだろうか――、漸くそんな考えへと思考が到達した瞬間には、
その銀色の凶器は柔らかな皮膚へと深く深くめり込んでいた。
充分に刃が肉の内部へと落とし込まれると、それは次第にスライドを続け、
やがて十センチ程度の窓を作った。
 本来暴かれることのない皮膚の内側が、ぱっくりと開け放たれた窓から顔を覗かせて、
飛び散った血液はタカシの頬をしとどに濡らしていく。
 赤いフィルムで視界を覆われたかのように、世界の色が変わっていった。
 目に飛び込んだ血液は、明瞭な視界を奪い去り、目の前の出来事を輪郭でしか把握させてはくれない。
 肉が切り裂かれた。それだけがはっきりと把握できる事実であった。
 ――ただしその矛先は、タカシ自身に向かうことは無く、つまり彼の予見は見事に外れ、
メスは振り上げた本人、ショウタの腹を切腹のごとく真横一文字に切り裂いていたのだった。
 凶器は腹にめり込んだままだ。噴出す血液は瞬く間に床を赤い海に変えていく。
 医師が舌打ちをし、ショウタの手を強引に押さえた。
「動かすんじゃない。下手に動かすと、損傷が酷くなる」
「……いい……」
 か細い声で、ショウタは歯を食いしばりつつそう告げる。
「もう、いい」
「いいわけが無い。私は医者だ。目の前の怪我人を放っておけるわけが無い」
「もう、いい。疲れた」
「いいから、メスから手を離したまえ」
「いやだ……」
354 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:04:46.30 ID:1t2tcMd90
 離せ、離さぬという攻防はいつまでも続き、
その間も傷口からは血液が湧き水のように吹き出ては滴り落ちる。
やがて鉄臭さが鼻腔にまとわりつく程の血だまりが出来上がった頃、
ショウタの手からするりと力なくメスが零れ落ちた。
「坊ちゃん、いい子だ。今から止血を行い、同時に人工血液を輸血する。いいね?」
 医師の声が少しばかり上ずって聞こえるのは、気のせいではないだろう。
彼は赤く染まった掌を浮かせ、傷口を窺ったのち、小さなため息をもらすと「無茶ばかりする」と呟いた。
「もう、いい」
「よくない」
「いい……疲れた」
 疲れた、とショウタはしきりに言う。
 疲れた、疲れた。
 肉体的な疲れではなくて、精神的な疲れを告げていてるのであろう。
 ショウタはまだ子供だ。
 そう、子供なのだ、と唐突に理解した。
 判っていたはずの事実だが、それがはじめてストンと胸に落ちるような、奇妙な感覚。
タカシは、判っていなかったのだ。いや、判るはずもなかった。
ショウタは、タカシの子供なのだ。
「違う……」
 そういうことではない、とタカシは首を振った。
 血の海を見つめながら、かろうじて記憶の片隅に張る居ているかのような、
薄く崩れそうな感覚を感じ取っていた。
 ――これは、なんだ。
355 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:06:55.93 ID:1t2tcMd90
「返さなきゃ……」
「黙りたまえ」
 医師が細心の注意を払いつつ、ショウタの体を横たえた。
 細い手足がどんどん血の気を失い青白く染まっていく。
 その壊れそうな細さは、成長期さえ迎えていない少年の手足に他ならなかった。
 手足だけではない。よくよく観察を繰り返してみれば、ショウタの体はなにもかもが幼くて小さい。
 彼の年齢さえ碌に知らぬタカシであったから、それが年相応の体格なのかどうかは判断しかねたが、
骨の上に乗っている肉が、あまり多くはないことは安易に理解できた。
 ――何故、それほどまでにか細い体に無体を働けたのだろう。
 いくら記憶を書き換えられていたとは言え、理性の部分でセーブが効きそうなものだ。
 現にタカシは今、とても『焦っていた』。それは記憶の書き換えに付随するものではなく、
このシーン、つまりこの状況に応じて産み落とされた、今のタカシ自身からなる感情のはずだ。
 それは即ち突き詰めれば、タカシは『選択』の自由がないわけではなく、行動は自身の感情と理性の元に
コントロールが可能であると言うことに相違ない。
 タカシは、自身の選択でショウタを組み敷き穿ち、そして痛めつけたことになる。
 混乱、動揺、そして焦り。 
「返さなきゃ、駄目……」
 意識が混濁しているのか、意味不明な言葉ばかりを繰り返すショウタを、タカシはじっと見つめていた。
「かえ、す……」
 ショウタは自らが作り上げた肉の窓に指を伸ばしつつ、うわごとのように『返さなきゃ』と呟き続けた。
356 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:11:34.41 ID:1t2tcMd90
「返さないと、全部……」
「やめたまえ。これ以上の勝手は医師として承服しかねる」
「せんせい……」
「なんだね」
「あれ、こいつに返す」
 青白く変色した指先が、医者の指を掴む。蝋のように白い指先とは対照的な赤さに怖気が走る。
 現実味なく過ぎ去っていくやり取りは、
まるでタカシとは関係がない世界の出来事のように完結しているくせに、恐怖だけは明確に迫り来るのだ。
 行き場のない恐怖に、冷や汗が滴り落ちるのを、タカシはなんとかやり過ごしていた。
「判った。そのために腹を裂いたのかね。……無茶苦茶だ」
「痛くないよ」
 ただ体が思うように動かなくなるだけ、とショウタは呟いた。
「そういう問題ではないのだよ」
 医師は眉間によった自身のシワを伸ばすべく、血塗れたままの指先を額に押し付けると、
もう一度、「そういう問題ではないのだ」と繰り返した。
「止血する。体を動かすことの一切を禁じる。君、手伝いたまえ」
 技師はハッとした顔で頷くと、医師の傍らに膝をついた。彼のパンツが血の色の染まるのにも、
そう時間は掛からなかった。
「……例え君の体の五割がメカニカル化されていたとしても、
現にこうして君の体は君自身の『生命の危機』を訴え血を流している」
「え……?」
 思わず呟いた自身の声に、タカシ自身が最も驚いていた。
「タカシ君。坊ちゃんの体は君の体と然して変わりない。
半分が機械なのだよ」
357 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:13:58.50 ID:1t2tcMd90
 ビニル製の手袋を嵌めた医師は、ショウタの腹の中に躊躇することなく指先を突っ込んでいった。
 慎重に、内部に差し入れた指先を蠢かせている。
 ――一体何を『探して』いるのだろう。
 医師はこともなげにショウタの体の半分が機械であると告げ、そして奇妙に指を動かし続けている。
 なにをしようと言うのだろうか。
「……痛くはないかね」
「機械の体が、痛くなるわけないじゃん……大丈夫」
「何度も言うが、そういう問題ではない。
君は馬鹿ではない。私の言いたいことを理解しているはずだ」
「大げさだなぁ……」
 掠れた声は、微かに笑い声を含んでいたが、どうにもタカシには、それがとても不思議に思えた。
「メカニカル化された体と言うのはかなり頑丈で、多少の無理は利く。
だが、君は今動くこともままならない。それは体への負担がかなり重いと言うことだ」
「知ってる……」
「機械部分はどこかしらが損傷すると、生身の部分に麻酔薬を流出させる。
その場で負傷者を眠らせて損傷部位の破壊がそれ以上進まないようにするためだ」
「それも知っているってば……、まって、せんせい、くるしい」
「ああ、すまない」
 そう医師が答えると同時に、彼の手は動くことをやめた。
「……あった」
 たった一言だけそう告げると、医師は来たときと同じようにして手首を慎重に動かしながら、
ショウタの体外へと出ようとしているようだった。
 しかしその手には何かが握られているのだろう、皮膚の下で、時折ふくらみが移動するのが見て取れた。
「つまり君の体は損傷している。かなり深くね。わかるね」
 ショウタは静かに頷いて見せた。
358 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:19:03.27 ID:1t2tcMd90
「坊ちゃんの体は――、」
 彼は作業を続けながら、再び口を開く。
一瞬だけ投げられた視線により、これから紡ぐ言葉は全てタカシに向けるものだと推測できた。
「――坊ちゃんの体はね、あえてメカニカル化されたものなのだ。
いいかい、体の部位の殆どは生のパーツを作ることができる。なんにでも変化できる細胞が最近みつかってね。
つまり再生医学の始祖とも呼ばれるある博士が開発したそれよりも、より簡単に体を再生できる技術だったのだ。
だが坊ちゃんはあえてそれを拒み続けた。こと内臓に関してはね」
「何故……」
 医者の口ぶりから、ショウタの体がメカニカル化されているその理由は、
彼の無茶な行動からなる度重なる損傷とはまた別問題なのだろうということはタカシにも理解できた。
「何故ですか」
 喉が渇いて、言葉が上手く発せない。喉と喉が張り付きそうだった。
「先生、その話はいいよ……」
「君の所為だ、タカシ君」
「先生……」
 ショウタの手が弱々しく動き、血塗れたままのそれは医師の白衣を掴む。
 だが、医師はその制止をやんわりと拒絶し、そして言葉を続けた。
「君が『そう』なったのも、坊ちゃんが『こう』なったのも、元を辿れば全て『昔』の君の所為だ。
『今』の君には罪はないが、私は『昔』の君のことが反吐が出るほど嫌いだ。
……坊ちゃん、大丈夫かね。君の腹から私の手を出すよ」 
 医師の手の動きが止まった。
 ちらりと一瞬だけタカシを見遣り、そして医師は確認するようにショウタに向き直った。
 互いに目だけで合図をしあい、そして下された決断は『続行』であるようだった。
359 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:21:02.71 ID:1t2tcMd90
 タカシの知らないなにかが動き出そうとしている予感はあった。
そしてそれをタカシが拒否できる類のモノではないという予感も、
タカシにとって都合の悪いものであろうことも。
タカシの精神面に嫌な引っかき傷を残すことは、おそらく確実である。
「私はね、『昔』の君が大嫌いであったが、それでも坊ちゃんを救ったことだけは評価している」
「救った……?」
「君は、テロに会った際、坊ちゃんを助けた。君の一人目の息子、シュウ君と両方ね。
……これが君の全てだよ、タカシ君」
 ショウタの腹から腕を抜き取ると、医師はタカシにそれを見せた。
彼の指先につままれていたものは、小さなカプセルだ。それは銀色で、滑った血液でてらてらと濡れている。
 鉄の匂いが鼻の奥を突く。嫌な匂いだ。そしてよく知っている匂いだった。
「ここに、君の全てが詰め込まれたチップが入っている。頭を少しだけ開いてこれを接続させれば、
君は『昔』の君の記憶と今の君の記憶が交じり合って再び新しい君になる」
 ――どうするね。
 医師は選択肢のない問いを投げ掛け、タカシの返答を待っていた。
 答えなど決まっている。タカシは全てを知らなくてはならないのだ。
360 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:27:14.61 ID:1t2tcMd90
 流れ出た大量の血液の中に、ショウタが沈んでいた。
 血の気を失った顔は青白く、まるで死人のようだ。時折揺れ動く睫と、僅かに上下する腹によって、
彼がまだ辛うじて生きていることが判った。
 辛うじて――、タカシには、ショウタの命の灯火は今にも消えうせんばかりに見えるが、
医師も技師も慌てた様子はない。
 ならば大丈夫なのだろが、ショウタの顔はあまりにも青白く、
観察を続けることは、タカシの精神衛生上難しいことだった。
 タカシは椅子に座り込んだまま、死体のようなショウタからゆっくりと視線を外した。
「動けるかね」
 問われ、タカシは否と答えた。
「どこか損傷でもしたのかもしれないな」
 医師はタカシの体を検分しようとしているのか、衣類に触れた。
彼の行動を遮ったのはショウタだった。
「解除、D、A、Y、L」
 か細いショウタの声がそう読み上げた瞬間、体のこわばりがカクリと抜け落ち、
勢いあまったタカシは体全体が滑落していくような感覚を覚えた。
「もう自由に動けるよ……」
 はぁ、と大儀そうに嘆息したショウタは、それきり血溜まりの中で目を瞑ってしまった。
「君、坊ちゃんの傷は塞がったかね」
「一応」
 医師は短く技師に尋ね、技師も短く返答をした。
 タカシは二人の会話を右から左へと聞き流しながら、確認するようにゆっくりと手を開閉を繰り返す。
 自由に動く。
 続いて足を軽く動かす。そして上半身を。
 ぎこちなさは残るものの、全ての部位の稼動が確認できた。
361 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:30:35.03 ID:1t2tcMd90
「なるほどね……機械部分に制御をかけたわけか。Do as you like――、お好きにしなさいってか」
 ――自分勝手が過ぎるぞ、ぼん。
 技師が心底軽蔑した声でそう吐き出した。
 タカシには、どうにも医者と技師の立ち居地が判らなかった。
時折ショウタを批判し、また次の瞬間には過去のタカシを軽蔑と共に非難する。
 二人が二人とも、ショウタにも、タカシにも完全に味方をしているわけではないのは確かだが、
彼らが何故そのようにフラフラとしているのかが理解できない。
「もう手に負えないのだよ」
 タカシの疑問を汲み取ったかのように、医師が口を開いた。
「私はもう、君の記憶に手を加えたりはしたくなかった。
坊ちゃんがこれ以上君の頭を弄れといっても拒否するつもりではあった。
だが、彼が記憶を戻せと言うのならば、それは君にとっても坊ちゃんにとってもいいことだと考えた。
欠けていても不自然、補うことも不自然、どとらも自然とは言いがたい状況ならば、補われていた方がマシだろう。
それに、おそらく……」
 そこで医師は言葉を切った。
「聞こえるかね。いや、この地下では聞こえるはずがない。私の幻聴だろうか」
 医師の視線がつい、と天井に向かう。
「――再び、そう遠くない未来に戦争が始まるだろう」
「え……?」
「この国の防衛網は破られた。完璧とされていた防衛網が、だ。
密かに大日本帝国国防軍も動き出している。私は有事の際、軍医として借り出されることとなっていてね、
その通知がつい先日届いたのだよ。大昔の言い方で言えば『赤紙』とでもいうのだろうか」
「そんな……、」
「だから、私がもし死んだとしても、君と坊ちゃんが困らないようにしておきたい」
「困らないように……?」
 ぼんやりとして追いつかぬ思考のまま、阿呆のようにタカシは医師の言葉をリピートした。
「坊ちゃん、『箱庭遊び』はもう仕舞だ」
 医師の右手に注射器が光る。
 透明の液体で満たされたそれが、タカシの腕へと向けられた。
 今、ここで意識を失うわけには行かぬ。そんな気がしたが、医師は容赦なくタカシの腕を押さえつけに掛かった。
「ま……っ、」
 待ってくれ、話がある。
 そう紡ぎかけた唇は、腕からタカシを犯す液体に遮られ、
だらんとだらしがなく開け放たれたまま沈黙することとなった。
 訪れた抗いがたい睡魔に、タカシの意識はゆっくりと落下していく。
 深い深い意識の底へと、魂ごと落ちてゆく感覚は、恐怖とも、あるいは微弱な好奇心ともつかぬ、
奇妙な感覚だった。
362 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/07/08(水) 03:33:05.28 ID:1t2tcMd90
きょうはここまで。
なんか……ほんとすみません……。
2ヶ月ルール突破しちゃってるけど大丈夫なのかな。
保守してくださった方、ありがとう。
あと3回くらいで終わらせたい。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/08(水) 09:50:55.78 ID:Moc9FMrto
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/17(金) 19:45:18.75 ID:dpt5HhsiO
きてた!
まってた!
まってる!
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/18(土) 23:49:24.33 ID:7H7Dgc9S0
きてた!!乙です!!
相変わらず読み応えあって面白い。続きも待ってる!!
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/16(日) 23:17:38.86 ID:O2DqF4Iv0
セルフ保守
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/22(土) 00:30:46.73 ID:zmrLqPyf0
のんびり待ってる保守
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/13(日) 01:55:47.40 ID:OJqudtK60
追いついてしもた
予想外にSF展開でワクワク
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 09:34:16.12 ID:AAv+BMCcO
待ってる
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/26(土) 00:24:03.31 ID:z90QUhle0
待つわ〜いつまでも待つわ〜
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/07(水) 00:01:38.18 ID:o739+m/o0
ほしゅ
372 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:05:37.10 ID:vHoLDIIk0
***

 子供は無邪気なものだと思う。
 親の思惑やら腹に抱えた葛藤やら、そう言ったものの一切を挟まずに、子供同士で勝手に仲良くなっていく。
「シュウ、あまりはしゃぐんじゃない」
「うん」
 後部座席を振り返ると、頬を真っ赤に染めるほどに興奮しきったシュウが居た。
その横に座るのはショウタだ。
 好きなヒーローの話で盛り上がる二人には、
運転席と助手席に座る両親の刺々しい空気に気づいていないようだった。
 車のフロントガラスの端に浮かび上がった英数字は、気温二十度、湿度四十%を示している。
一年に渡って気候が統一されているこの時代において、この機能の必要性がよく判らない。不要な機能ではないか。
そんなことを散漫に考える余裕は充分にあるが、如何せん遠すぎやしないか、と言うのが率直な感想だ。
 安全補助装置の付いた車を運転し始めて漸く一時間が経過したところであるが、目的地は未だに見えない。
大人が退屈をしているのだから、そろそろ子供たはぐずり始める頃――、
と思いきや、その気配は一向に見えず、できたばかりの友達とはしゃぎ続けていた。
 暢気なものである。
 空は真っ青で快晴。子供同士の初の顔合わせにはもってこいの天気であるが、
だがしかし、タカシの気持ちはどうにも晴れず、
ため息を口の中で作ってはなんとか飲み込む、ということを繰り返していた。
 ショウタの通う幼稚園に脅迫状が届いたことに伴い、
ミユキはいつにもましてぴりぴりと神経を尖らせ、幾度も避難を希望する電話をよこしてきた。
 昼夜問わぬ気がふれたかのような電話攻撃に、タカシはついに観念し、こうして仕事をパソコンに詰め込み
『家族四人』で避難するに至ったのだ。
373 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:11:12.65 ID:vHoLDIIk0
 本来、現場を離れられる時期ではない。
 製造機のメンテナンスはいつもどおりに定期的に行っていればいいが、
急ぎ足で行わなければならぬ箱庭計画を抱えていのだる。
 夫婦関係はとっくの昔に破綻しているにもかかわらず、
少しでも隙を見せようものなら、外野はいとも容易く「これだから社長の義息子は」と陰口を叩くのだ。
 タカシは誰よりも懸命に働かなくてはならぬのだ。
にも関わらず、タカシはこうして家族四人、こんな僻地まで――、
「お父さん」
 シュウが身を乗り出しタカシの耳元へと顔を寄せた。チラと見遣ったのは助手席に座るミユキのことで、
慣れぬ女の存在に、シュウは少しばかり戸惑っているようだった。
「まだ着かないの? ええと、せーふ、えーと、せー?」
 運転席まで身を乗り出したシュウが、首を傾げて覚えたての単語を唇に乗せようとする。
「セーフハウス」
「そう、そこ。セーフハウス」
「まだ着かないよ。ほら、座ってなさい」
「うん。お菓子食べていい?」
「いいけど、ひとつだけ。お昼、食べられなくなるからな。ショウタにも分けてあげなさい」
「わかった」
 大人しく後部座席へと戻ったシュウは、出掛けに買った菓子の詰まった袋を探りながら、
ショウタとヒーローの話を続けている。
 バックミラーに映る二人を確認すると、タカシは再び視線を前方へと戻したのだった。
 道路の脇にはピンクの花をいっぱいにつけた桜の木がどこまでも植わっている。
その木の向こうに広がるのは田んぼで、随分田舎まで来てしまったものだと思うが、目的地は未だ遠い。
 タイヤが転がる道路は冷たい黒で、おそらくその下には国を保護するための兵器が埋まっているはずだ。
 暢気な田舎の風景には似つかわしくない警備システムは、
だが有事に際しては確実にこの国を保護してくれることだろう。
「セーフハウスね……」
 嫌味を含んだタカシの呟きに、助手席のミユキはキッと眦を吊り上げタカシを睨んだ。
374 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:13:39.60 ID:vHoLDIIk0
 避難――、タカシには、それがとても大げさなことに思えた。
 A社のメンテナンス部門に属する社員が浚われかけたその理由は、
警備アンドロイドを通勤に同行させていないことに起因している。
 大戦後、国家の科学的な機密を握る研究者には、国から警備用アンドロイドが支給されるようになっており、
その家族にも四六時中彼らが張り付き生活を共にすることが当たり前のこととなっていた。
 だが、一般人――、
どんなに素晴らしい研究結果を出そうにも、一企業の勤め人程度では"一般人"と称されるのだ――、
にはそれがなく、ゆえの被害であったが、しかしミユキやショウタはそれとは事情が少々異なるのだ。
何せ、A社CEOの娘とその子供だ。高価な警備アンドロイドなど何台も所持できるだけの金銭的ゆとりがあり、
実際、庭には幾台ものアンドロイドが配置されていた。
 警備アンドロイドを一台の威力はすさまじく、例えば五人の軍人に武器を所持した状態で襲われたとしても、
彼らは軍人を死滅させ、かつ保護対象に傷ひとつつけることが無い。
 そんなものに囲まれ生活しているのだから、旧時代の警備システムのみが施された別荘――、
もとい、セーフハウスへと出向くほうが、よほど危険なように感じられた。
 一応アンドロイドはつれてきてはいるが、トランクに横たわった状態で収納されており、
いざという場面に直面したとしても、すぐに起動することはかなわない。
 まったく、危険で、かつ面白みもくそもない親子四人の遠足だ。
おまけに本来の目的は「避難」であるはずだというのに、警備を担当するアンドロイドはトランクの中、
全くもって危機感のない旅である。
375 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:16:37.84 ID:vHoLDIIk0

 苛立ちをやり過ごすようにしてミント味の錠剤を口に放り込むと、奥歯で勢いよく噛み砕いた。
 バックミラーに映る二人の子供。うち一人は時折、物言いたげにタカシを盗み見見ている。
 自分の父親を『お父さん』と素直に呼ぶ子供の存在が気にかかっているようだが、
タカシもあえてあれこれとフォローすることもせずにドライブをスタートさせたのだ。
「お父さん、あーん」
 グミゼリーを挟んだシュウの指が、タカシに開口を迫る。
少しだけ後ろを向き、素直に口を開くと、人工的なグレープの味が口に漂った。
ミントと混じって妙な具合の味わいとなったが、タカシは微笑んだ。
「美味しい? もっと食べる?」
「ありがとう、でもお父さんはもういいよ、二人で食べな」
「わかった」
 細い腕を引っ込めたシュウを確認すると、タカシは視線を前方へと戻す。
と、そのときなにか大きな影がフロントガラスの上を通過した。
「鳥だ!」
 シュウが歓声を上げる。
 おそらく本物の鳥ではない。
国防や国民監視の名目で放たれたメカニカルアニマルだろう。
「お父さん、あれ、なんていう鳥?」
 真っ黒い翼に、それとそろいの瞳は親子を乗せた車の上をごく自然に旋回すると、そのまま遠く離れていった。
「カラスだよ」
 ふうん、とシュウは返事をした。
 二度目の人生を歩み始めたシュウは、家の外に出ることが、今日の今日まで殆どなかった。。
 いつになく興奮しているのもそのためで、彼にとっては、目に映るもの全てがものめずらしいようだった。
「さぁ、そろそろ着くよ。それまで少しだけ大人しくしてなさい」
 山はどんどんと深くなっていく。
 上空に張り巡らされた国防シールドがブレて、蜃気楼のような歪みを作っているのが見える。
地方に行くにつれ、カモフラージュは手抜きになっているようだ。やがて道路も、整備が追いつかなかったのか
砂利がそこかしこに転がる雑なナリへと姿を変え、
小刻みなバウンドを繰り返すほどの悪路に車中の全員が辟易し始めたころ、車は漸く到着をしたのだった。
376 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:19:00.76 ID:vHoLDIIk0
 黒い立方体の建築物の前に車を停車させたタカシは、ミユキもショウタもほったらかしで、
ひとまずはシュウは後部座席から引きずり出すと、小さく身を屈める彼の背中をさすった。
「シュウ、平気か?」
 すっかり顔色をなくしうなだれるシュウは、座らされた木陰の下で、小さな頭を左右へと一度だけ振るった。
車酔いという未体験の衝撃に、体が追いつかなかったのだろう。
 戦時中はタカシに抱えられて西へ東へとどたばたと走り回ったものだが、
彼の体はその記憶を消し去っているようだった。
「いいよ、ビニール袋に吐いちゃいなさい」
「……でないの」
「でない? じゃあ横になるか?」
 こくりと頷いたのを確認すると、タカシはシュウを片手で抱え上げ、車へと向かった。
空いた片手でトランクを開けると、そこには『ヒト型』が横たわっており、
タカシはそれに向かって短く『起動』と命じた。
 その青年型アンドロイドは、力仕事もカバーする警備アンドロイドだ。
子供の警戒心を解くために、顔立ちこそ優しげなものに設定されているが、しかしその警備能力は
軍人数人を上回る本格的なものだった。
 彼は起動命令に従い狭いとランクの中で起用に動き、そしてタカシへと顔を向けた。
『声紋認証――、ユーザーIDを発声してください。声紋の確認と同時に警備システムが起動します』
 滑らかな肉声じみた声が発声を促した。
 近頃のアンドロイドは、盗難防止のため、シャットダウンののちの立ち上げにはユーザー認証が必要となっているのだ。
声紋とIDを同時に確認し、その後にパスワードの入力が求められる。
『確認しました。パスワードを入力してください』
 まるで血の通った人間のような質感の掌が差し出された。
 タカシはその掌へと、一本指を押し当てて五桁からなるパスワードを書き込んでいく。
『パスワードが認証されました――、』
「こんにちは、タカシ様」
 認証とともにアンドロイドは表情を緩め、人らしく微笑み「なにかお手伝いすることはありますか?」と質問をした。
 声はタカシの好みで、高すぎず低すぎないものに設定されている。
377 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:20:20.50 ID:vHoLDIIk0
「ああ、ベッドのシーツを変えてくれ。
そのあと、部屋は片付いているはずだが、一応空調をフルに働かせて空気を入れ替えを頼む。
荷物はひとまず玄関へ。それぞれのバッグにはユーザータグがついているから、
のちほどそれぞれが希望した部屋に運んでくれ。」
「かしこまりました。シュウ様に吐き気止めは?」
「様子を見る。収まらないようだったら飲ませようと思う」
「判りました。どのお部屋のシーツを交換しますか?
「取り敢えずは……、シュウ、お父さんと同じ部屋でいいか?」
 シュウが小さく頷いたのを確認すると、タカシは二階の部屋を指定し指示を出した。
「シュウを早く寝かせてやりたい。なるべく早くに頼む」
「承知いたしました」
 アンドロイドがセーフハウスに消えていった頃、ミユキは漸く車から降り、
嫌味を滲ませた表情のまま革張りのトランクを自ら引きずり出した。
 タカシがアンドロイドを使っているために、ミユキとショウタは自分で荷物を持つしかない。
どうやらそれについて文句を言いたいようだが、
絶賛不機嫌週間のミユキはタカシと口を利きたくはないようだった。
ならばセーフハウスなどミユキとショウタ二人でくればいいものを、
『父親の務め』を果たすべきだとして、ミユキはそこだけは譲らず、
結局こうして四人で地方の山奥に来ることと相成ったのだ。
 女とは面倒なイキモノだ。なにを考えているのかサッパリ判らないし、
不機嫌になれば喚くか無視を決め込むかのどちらかだ。
 それにしても。
378 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:23:27.67 ID:vHoLDIIk0
「不便だ」
 タカシはシュウを抱きかかえたまま、小さく嘆息した。
 ネットには辛うじて繋がっていたが、セーフハウスに避難している以上は出前だのを頼むわけにはいかないし、
そもそも、わざと人が集まらぬ場所を選び建てられた家であったから、近隣にはコンビニさえないのである。
近隣にレジャー施設は存在するが、それらは所謂『大人の遊園地』であり、
つまりは性産業に従事する者たちが集いし街であり、不健全極まりなく、妻帯者には些か不向きな遊び場なのである。
 尤も、避難時においてその手の遊びに興じるほどタカシの神経も図太くできてはいない。
「避難か」
 溜息とともにこぼれだす単語に、タカシは頭痛を覚えた。
 ――避難は本当に必要なのか、そしていつまで避難をしていればいいのか、
タカシはいつ自宅、そして仕事に戻れるのか――、
つまりタカシは、到着早々この田舎の生活の不便さに辟易し、
実行されるとは到底思えぬ脅しに屈している自分を恥、さらにはいつ帰宅できるのか、
そればかりが気になっていたのである。
「お父さん、気持ち悪いよう……」
「ああ、悪い。早く横になろうな」
 頭を微かに振るったシュウに振動を与えぬよう、なるべくゆっくりと歩みを進める。
 チラと見遣ったショウタが、物ほしそうな瞳でシュウを見ていたのを捉えるが、気づかぬフリを続けるしかない。
 ――幼い子供を、気味悪く思う。
シュウと然して変わらぬ年齢の子供に、優しく接してやることもできないのだ。
 ショウタはなにも悪くない。
媚びた態度もタカシが冷たく当たるが故に、なんとか気に入られようとしている所為であるし、
タカシを『タカシさん』などと呼ぶのもミユキを真似てのものに違いない。
 可哀想な子どもだと思う。父親は生まれながらにしていないも同然で、
しかし生物学上の父であるタカシはそこにいるのだから、甘えたくもなるのは道理であろう。
379 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:26:03.86 ID:vHoLDIIk0
 だが、どうしても愛せないのだ。
 今や試験管ベイビーなど珍しくもなく、性行為の末に生まれ出た子供と言うのは、明らかに少数派である。
そのような現状においても、世の生物学上の父親たちは立派に父としての務めを果たしているのだから、
つまりショウタを愛せないのはタカシ側の問題であって、その問題を作ったミユキの所為でもある。
 羨ましそうなショウタの視線が、背中を焼き尽くしそうなほどに注がれているのを肌で感じる。
 だが、それでも、タカシにとって我が子と呼びたいのはシュウだけなのである。
 そもそもミユキがショウタを孕んだ理由がよく判らない。
 体外受精を厭った彼女は、自然妊娠に拘り、
しかし運よく妊娠できても胎に巣くう子が女児であると判った途端に堕胎を繰り返していた。
 だというのに、タカシとの関係が完全に破綻すると同時に、
彼女はあれほどまでに厭っていた体外受精を密かに行いそしてショウタを産み落としたのだ。
 タカシの精子をどこで手に入れたかも今をもっても謎であるが、
タカシにとってそれ以上に不気味であったのは、ミユキの思惑が不透明、どころか全く見えないところである。
 ショウタを産み落としたことはまだ感情的に理解できる。
 ミユキはタカシに酷く執着していたから、タカシの子を産みたいと言う感情はまだ理解できたのだ。
そして執着を深めてしまった理由はタカシ自身にあり、
長年、ミユキの思慕に気づきながらも利用するだけして利用して、
その思いに答えなかったことにあると言うことも理解している。
 だが、何故突然体外受精をする気になったのか、それが判らなかった。
 関係の破綻にともない、自然妊娠が望めないことが確定し、やけになる――、にしては、
ミユキの体外受精を断固拒否する態度はひどく強固なものであったし、
それについて妥協することは、彼女の中にある一つのプライド、
即ち『姉と同等、もしくはそれ以上の存在である』ことを打ち砕くことに繋がるはずだ。
 それは最早彼女のアイデンティティと化しており、それをねじ伏せてまで選択的体外受精を利用し身篭った事実は、
その先に何か目的があることを示しているようにしか思えないのだ。
 だが、その目的が判らない。
380 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:27:35.10 ID:vHoLDIIk0
 ――驚くべきことに、彼女は幼いショウタに教育と言うものを殆ど行わない。
衣食住の世話、及び教育の大半はアンドロイドに依存しており、
彼女自身のアイデンティティの崩壊を招きかねない状態で産み落とした子に対するそれにしては、
その態度はあまりにもお粗末なものなのだ。
そのくせ少しでもショウタの身の危険が迫っているとなると、彼女は過剰に反応しこうしてセーフハウスに
『一家総出』で避難し彼を守ろうと必死になる。
 彼女のショウタに対する態度は、アンバランスが過ぎるのだ。
 今だって、ショウタは重い荷物を自分自身で持ち、顔を真っ赤に染めていた。
母親として手伝ってやることもなければ、自分の荷物を後回しにして世話をやくこともない。
 なんとも不可思議で、そして不気味なのだ。
 あれほどまでに望んで産み落とした我が子ならば、
どんなことをしてでも守ってやりたいと思うはずであろう。だがミユキからはそのような熱が一切感じられない。
「もう少しだからな」
 腕に抱いたシュウに話しかけると、彼は小さく頷いた。
 そう、少しの吐き気を感じている姿でさえ、かわいそうに思うはずなのだ、親ならば。
 ミユキは何か隠している。
 だが、その何かを探れるほど、二人は近しい関係ではなくなっていたのだった。
381 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:31:27.04 ID:vHoLDIIk0
 吐き気に苦しんでいたシュウも、二時間ほど経過をすれば、すっかりと元気を取り戻し、
今日出会ったばかりのショウタとすっかりと打ち解け、飛ぶや跳ねるやの大運動会を繰り返していた。
 子供のキャッキャと言う甲高い声が鼓膜を震わせる。
 ショウタのものも入り混じっているはずのそれに対して、今日は不快感を抱くことがないのは、
おそらくシュウの声がその半分を占めているからであろう。
 時々『お父さん』と呼ばれては手を振り、持参したタブレットで本社と通信しながらの作業を進める。
『不便ですね。貴方が居ないと作業が滞る』
 タブレット越しの嫌味に、タカシは「すまない」と一言だけ謝った。
 何でもかんでもがネットワークでつながれた昨今においても、在宅で仕事をする社員は少数派で、
ことタカシのような『現場に足を運んで何ぼ』の社員では、そのような選択肢は最初からないも等しかった。
 ある程度の現場作業を済ませておいてからの在宅業務への一時切り替えあったが、それでも不便は多く、
なかなか伝わらない己の拙い指示に苛立ちを覚えることも少なくはなかった。
『それで、どうなんですか、親子水入らずのバカンスは』
 嫌味の含まれた会話にタカシはポーカーフェイスのまま『特になにも』と返す。
『奥さん、落ち着かれましたか?』
 忙しい時期の長期離脱に社は勿論のこと、部下や同僚にも迷惑を掛けていることは重々承知だ。
家族旅行などと曖昧に申請すればそれこそ針のムシロであろう。
それを見越してタカシは、少しでも自身の申請した休日に理解を示してもらおうと、
息子の通う園に脅迫状が幾度か送りつけられた旨を書き添え、その上で休みを取り付けたのだ。
 社員への襲撃があったことも加味され、確かにちくりとする嫌味の二言三言は吐かれるものの、
それでも微かには「それも已む無し」と言う空気が漂っていた。
「迷惑を掛けてすまない」
『……冗談ですよ。仕方のない話です。どちらに避難されてるんでしたっけ?』
「すまない、それも話せない」
 ただ、もろ手を挙げての許容でないことは、タカシも承知していた。
 現に、はぁそうですか、ぞんざいに返事をした電話の相手は、不快感を隠すことなく、
言葉と態度でそれらを示して見せた。
382 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:32:48.30 ID:vHoLDIIk0
 なんとしても早々に現場に戻らなくてはなるまい。
こんな片田舎の、花街ばかりが賑わうようなド田舎にいつまでもいるわけにはいかないのである。
 表立って文句を言われることはなかったが、多くの社員はそれを口にしないだけであり、
タカシの突然の休暇を不服に思っていることは間違いない。
 ましてや、今は箱庭計画が動き出した大切な時期なのだ。いつまでも休んでいるわけにもいかないだろう。
「なるべく早くに戻るようにする」
『わかりました。それでは』
 素っ気無い挨拶と共に通信は遮断され、そしてタブレットは一瞬の闇に包まれた。
 アプリケーションを終了させ、嘆息する。
 ――ミユキを説得する言葉が見つからない。
いや、彼女はタカシが何を言っても首を縦に振ることはないだろう。
たとえタカシの進言に心の底では納得をしたとしても、今の彼女は己の感情でその先の行動を選ぶほどに、
タカシに対して意固地になっている。
 今回の避難とて、こんなセキュリティの甘い一昔前のセーフハウスよりも、
体感センサーや複数台の警備アンドロイドで警護を固めた自宅の方が安全だと、
彼女も心のどこかでは判っているはずなのだ。判らないほど愚かしい女ではないはずだ。
「お父さん! 外に行っていい?」
 シュウが玄関近くで呼んでいる。隣にはショウタを伴っている。
 腕に抱えられているのは小型の浮遊型スケボーだ。
近頃販売された、空気圧で浮かび上がる玩具は、対象年齢が子供であるのにもかかわらず、
大人たちもがこぞって買い求める人気商品であった。
フライボードと呼ばれる買い与えたばかりのそれは、シュウの気に入りの一つだった。
「いいよ。いいけどアンドロイドを連れて行きなさい。それから庭からはでないこと、
プロテクタはちゃんと着けること」
「はぁい!」
「ショウタにも貸してあげなさい」
「うん、判ってる!」
 名を呼ばれ、ショウタの瞳が輝いたのを感じるが、
タカシはそれに気づかなかったフリをしてタブレットに視線を戻す。
383 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:33:44.41 ID:vHoLDIIk0
 あの視線が、どうにも駄目なのだ。
 とろりとした、濃厚な期待を含んだ視線――、そんな目で見つめられたところで、
タカシは父親としての情を与えてやることはできないのだ。
 何故できないのか、どうして頑なに拒否をするのか、幼いショウタにはあまりにも残酷で、
その事実を伝えて納得させてやることもできなければ、またタカシ自身も伝える勇気など持ち合わせていない。
 と、タブレットが通話を告げる点滅を繰り返した。
 ディスプレイに浮かび上がる文字は義父の名である。タカシは眉間に浮かぶシワを人差し指でぐいと押し広げてから、
『通話』と書かれた文字をタップした。
「はい」
『タカシ君、今時間は大丈夫かね』
「ええ。どうぞ」
 この義父のことを、タカシは嫌っている。ミユキを憎むのと同等程度には嫌い、そして憎んでいるのだ。
 当然だ。タカシは彼らにはそれだけのことをされたのだから。ミユキの気持ちを弄び利用した代償にしては、
大きすぎるほどの罰をタカシは与えられた。
『ショウタは元気かね』
 仕事の話かと思えばそんなことか、とタカシはこれ見よがしに嘆息した。
「元気ですよ。それが?」
『暫く顔を見ていないから……、ミユキが会わせてくれんのだ』
 タカシのぞんざいな返答を気にした様子もなく、義父である老人はしきりにショウタを気にしていた。
「そうですか。元気ですよ。『ウチの』シュウと遊んでいます。御用はそれだけですか?」
 ウチの、を強調したのは、自身の子はシュウだけであると言う意思表明のつもりであった。
『そうか……』
 そう返事をしたきり、タブレットの向こうで男が沈黙をした。
384 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:35:13.16 ID:vHoLDIIk0
 ミユキへの――、実の娘への愛情でさえ希薄に感じられたこの男であるが、
だがしかし、ショウタには甘かった。
 時折こうしてショウタの様子を窺いにタカシへと連絡を寄越してくるのである。
 おかしなものだ。自身の娘さえ手駒として扱っていたにも関わらず、この男は孫を恋しがる素振りは見せる。
 なにかショウタの存在には秘められた目的があるのではないか――、
嘗て自身に降りかかった災厄の発端はこの義父であることから、タカシはこうして警戒を怠らず、
彼の言動の全てを疑って掛かっていた。
 ショウタの様子を尋ねる言葉、ショウタが何か伝言を残していなかったかと言う問いかけ、
その全ては孫を思う祖父の態度そのものであったが、しかし過去から現在に連なる仕打ちを思えば、
タカシでなくとも警戒をするのは当たり前と言うものだろう。
「なんなんですか。私は忙しい」
『ああ……、すまない。その……、』
 まだ何か告げたそうにして男は口篭る。
 だが、タカシにお伺いを立てられたところで、さして旨みのある情報を与えられるわけではない。
 義父はタカシとショウタの関係が、良好とまでは行かないものの、それなりに安定した親子関係を保っている――、
そう楽観視しているに違いないが、それは大きな間違いであったし、親子の接触は驚くほど少なかった。
 タカシが拒絶しているためでもあったが、ここでわざわざそれを告げる必用もあるまいと、タカシは黙りこくった。
『屋敷に設置したアンドロイドから、毎回レポートが自動送信されてくるのだが……、
その、ミユキはショウタの世話を全てアンドロイドへと任せているようなのだ』
「だからどうしました? その為のアンドロイドでしょう」
 モニタの向こうで義父が黙りこくった。
「仮にそれがおかしな態度だとしても、そう子育てするようミユキを育てたのは貴方だ」
 卑怯な言い方だと大いに自覚していたが、嫌味の一つくらいは許されるべきだと思うのだ。
 タカシは日に日に『嫌なやつ』に成り下がる自身を自覚している。
だが、それを抑止することはもう不可能に近い。
 ミユキのこともどうでもいい。義父のこともどうでもいい。
ショウタのことは少しばかり気になったが、それは罪悪感からで、親として気に掛けているわけではない。
 ただひとつ、タカシにとって大切なのはシュウのことで、その他のことは些末な問題であった。
 些末な問題の割りにタカシの思考の奥深くにトゲのごとく突き刺さっているから厄介なのだ。
 ――気に入らない、端的に言えばそういうことだ。気に入らない。
 正直なところ、シュウを除いた自身の周辺人物、環境の全てに辟易していた。
 だが、タカシはなによりも、そんな大人気ない自身にも嫌気がさしているのである。
385 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:36:31.19 ID:vHoLDIIk0
『ショウタを、少しでいい、気遣って欲しい』
「ご自分でして差し上げたら如何ですか? 私は父親としての務めをまっとうする気はない」
『そうしてやりたいが――、』
 義父はそう言ったきり、黙りこくった。
 タブレットの画面に浮かび上がる顔は、かなり高齢の老人に見えた。
 様々な技術を駆使して彼が生き延びていることは知っている。
近頃は体調があまり優れず頻繁に医師や技術者を招いているとも聞く。
 そんな陰りの見え始めた『生』からの逃避に孫を使っているのかもしれない。
 だが、とタカシは考える。
 ミユキと義父が不仲となった今、しかしその橋渡しをしてやるほどの義理も情もタカシにはないのである。
 二人の間に立ちはだかる因縁を、例えば他人に打ち明けたとしたら、
きっと多くの人は『過去の仕打ちをいつまでも根に持つなどみっともない』と、タカシを非難することであろう。
その代わりに第二の生を授かったじゃないか、と。シュウを再現したではないか、と。
 だが、シュウを、最愛の息子を失った痛み――、それを思えば、どうしても義父を許すことはできないのだ。
 自分自身に降りかかった不幸は飲み下しても、子に手を掛けられた過去は、
未来永劫水に流すことなどできぬのだ。
『ミユキを――、なるべく、ミユキを、ショウタと引き離してやってくれ。
こんなこと、君にしか頼めないんだ』
「頼みごとなどできる立場ですか、貴方は」
『それは――……』
 老人はそれきり沈黙した。
 目先の欲を、目先の儲けを、それらを貪欲に求め、たった一人の子供をタカシから奪ったのだ、この男は。
その恨みは一生消えることがない。
くすぶりつつ付ける恨みの炎はちりちりと燃え続け、憎しみの刻印を、今もなおタカシの脳へと刻むのだ。
 恨みと同時にそこにあるのは喪失の悲しみ。あれらを忘れることなど、できるはずもない。
『タカ、』
「通話終了」
 無慈悲にタカシは呟くと、冷めた眼差しで画面がブラックアウトするのをまった。
 程なくして義父の残像は消えうせ、そしてその重ったるい気持ちを打ち消すような、
明るい子供の声がタカシを呼べば、嫌な気持ちは一瞬にして消えうせる。
 そう、些末な問題なのだ。タカシにとって、シュウ以外の存在は。
「おとうさーん!!」
 器用にフライボードに乗ったシュウが、タカシに向かって手を振った。
 太陽のような笑顔は、きっと母親である姉によく似たに違いない。
晩年は笑顔すら見せぬ、ただの人形になってしまっていた彼女の面影が、笑顔の端に垣間見える。
「上手く乗れるようになったな!」
「うん!」
 褒められて満足したのか、シュウは再び遊びに集中すべく、背中を向けたのだった。
 汗ばんだ小さな背中は、肩甲骨のラインを浮き上がらせている。
 明日にはプールの用意でもしてやるべきか。そんなことを散漫に考えつつ、
タカシは再びタブレットへと向かったのだった。
386 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:37:57.12 ID:vHoLDIIk0
 今までマンションに缶詰状態での生活を余儀なくされていたシュウであったが、
それに耐えられるのも精々一週間であろう、と言うのがタカシの見立てであった。
自分専用のタブレットもない、テレビもない、気に入りの本を読んでくれる育児アンドロイドも居ないとなれば、
その窒息しそうな退屈にぐずり始めるのも自然の流れであり、
それでも我慢強いのか、『家に帰りたい』と彼が漏らすようになったのは二週間と一日が半分経過した頃だった。
 なんとかなだめて半日をやり過ごしたが、できたばかりの友達と遊ぶ内容もこの僻地では限られており、
次第にワンパターン化していく遊びにも『うんざり』と言った顔をするようになってきた。
 アンドロイドが力技を駆使して体を宙に放り投げたり、庭木によじ登って遊んだり。
そんなことも回数をこなせば飽きが来るのも当然で、シュウの口からは小さな溜息が零れ落ちるようになった。
「まだお家に帰れないの?」
 入浴後の寝かし付けの為自らもベッドに転がりながら「ごめんな」と返事をする。
「なんで帰れないの? マミィのご飯が食べたい」
 マミィとはタカシ不在時にシュウの面倒を見ていると女性型育児アンドロイドのことだ。
「難しい事情があるんだ。ごめんな」
 なだめようと腹を優しく叩くが、しかしシュウの機嫌は直らず、頬を膨らませてフイとタカシに背中を向けてしまった。
「もうお家に帰りたいよ。ショウタ君のママ、なんだか怖いし、ご飯もあんまり美味しくない。
それにここで遊ぶのも、もうつまんないもん」
 ここまでシュウが不満を漏らすのも珍しいことだった。
 確かに退屈だろう。タカシでさえ辟易するような、なにもない田舎だ。
 毎夜花火が夜空を飾るが、それらは祭りでもなく、テーマパークのパレードでもなく、
近隣の花街が客を呼び込むために賑やかしに鳴かせるものだった。
 子供たちはこの退屈な場所に咲く、ひどく鮮やかな大輪の花に興味を示してて居たが、
流石にいかがわしい界隈に年端も行かぬ彼らを連れて行くわけには行かず、
「あそこは大人でなくては入れない場所」などと言葉を濁し、彼らの好奇心にストッパーを掛けていた次第だ。
「いつごろ帰れるの?」
「判らない」
 その返答に、シュウの背中がますます不機嫌になっていくのが目に見えた。
387 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:39:12.05 ID:vHoLDIIk0
「シュウ……お父さんも早く帰りたいんだけど、今は事情が許さないんだ」
「ジジョーなんて僕知らないもん……帰りたいよ……」
 プールも要らない、フライボードももういいから帰りたい、とシュウは切に訴えた。
「マミィが居ればもう少し我慢できそうか?」
 最悪、誰かしらにアンドロイドをつれてこさせることも視野に入れ始めていたのだ。
『セーフハウス』の意味はなくなってしまうが、ある程度の妥協は仕方がないのかもしれない。
「……」
「シュウ」
「……ショウタ君のママが怖い」
「何かされたのか……?」
「ううん、なにもされないよ、僕」
 二度に渡るシュウの吐露に、一瞬肝が冷えた。
 流石のミユキも、タカシの耳に入りかねない場所で、シュウに危害を加えることはないだろうと踏んではいたが、
もしかしたら、と言うことも有り得る。
「本当に何もされていないんだな?」
「うん」
 背を向けたまま頷きを伴った返事をするシュウは、嘘を吐いている様子はなかった。
 ミユキが怖い――、そう思わせるのは、彼女のまとう気迫か、それとも視線か。
鋭敏な子供の五感は、ミユキの放つ負の空気を察知したに違いない。
「もう少し、もう少しだけだから、我慢してくれないか?」
「……うん……」 
 小さな返事のあと、一時間経っても、いつもの穏やかな寝息が聞こえてくることはなかった。
 なんとかせねばならないだろう。
 タカシとて、これ以上現場を離れるのは難しいのだ。
 なんとかミユキを説得しなくてはならない。
 タカシの言葉など今更聞くはずもない彼女を説得するのは、どれほど難しい作業になるか、
想像するだけで頭を抱えたくなった。
「おやすみ」
 月夜に照らされた頭がかすかに動いたような気がしたが、
タカシはそれに気づかぬフリで部屋を後にした。
388 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:40:14.76 ID:vHoLDIIk0
 旧時代の電話機と言うものは、酷く耳に障る音を上げる。
 かつての人類は『家電』などという、移動もできない、ネットも接続をされていない、
これほどまでに不便な通信機を、どの家にも保持していたというのだから不思議なものである。
 埃を被って玄関の片隅に存在さえ忘れ去られたまま放置されていたそれが、
悲鳴じみた不快な音を上げたのは深夜三時のことだった。
 ソファで仕事をこなしていたタカシがまどろみ始めていたころ、
それは突如としてけたたましくなりだし、それがなにか理解できないままうろつくこと二分、
漸く発生源を探り当てた彼は、なれない手つきで受話器を拾い上げた。
「……はい」
 応答はケータイやその他通信機と同じはずだ。相手の顔が見えぬ不便に違和感を抱きつつ、
タカシはシンプルにそう返事した。
『私だ』
 その声は、よく知った声だ。タカシを一瞬にして不快にさせるのは一種の才能かもしれない。
「――何時だと思っているんですか」
『すまない。だが……』
 義父は、口篭りながら謝罪を述べたのち、実は、と切り出した。
『アンドロイドからのレポートが届かないのだ』
 ジジジ、と言う不快なノイズに混じった男の声は、しわがれた声でそう告げた。
酒でも飲んでいたのか、それとも大量の煙草を吸ったのか。常日頃より聞き取りづらかったその声は、
ノイズと交じり合うことによって、強い雨降りの日の音に似て聞こえた。
「そうですか」
 ネット接続が時折不安定になることは珍しいことではない。
家電の放つ電磁波の影響を受けることもままあるし、そもそも電波が届きづらい場所に居る場合もあるだろう。
アンドロイドのレポートが遅れたことの何が問題だと言うのだろう。
タカシは嫌みったらしく溜息一つを吐き出し、その旨を伝える。
389 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:41:26.33 ID:vHoLDIIk0
『いや、だが……、私は二時間ごとにレポートを送信するよう設定している。
だが、二十二時を最後にレポートが送られてこなくなったのだ。
もしかしたら電源が落とされているかもしれない』
「……まるでストーカーですね。そんなにショウタが大事ですか」
 かつてタカシと呼ばれていた幼子を――、オリジナルのシュウを、無残にも奪い取った老人が、
こうして実の孫をアンドロイドのレポートが遅れた程度で心配をしている。その姿が酷く滑稽であった。
タカシの元の名前を奪い取り、何を考えたのか、タカシにタカシと名づけた男。
そんな非道な行いをした男が、一丁前に孫の実を案じている。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、真っ当に人らしい受け答えをしてやる気にもなれない。
「私から私の大事な者を奪い取った人の行動とは思えませんね」
 グッと押し黙る老人の気配に、タカシは思わず笑みがこぼれた。
 本当に、滑稽だ。
 アンドロイドに子の世話を一任している状態のミユキは、確かに普通ではないだろう。
 世間一般で母型アンドロイドがどのように扱われているかと言えば、
彼らはあくまでもサポート役であり、それ以上の存在にはなりえていないのが現状だ。
 いや、顔の多様性が出始めた辺りから、彼らをパートナーと見なす『アンドロイドフリーク』は確かに存在していたが、
それらのユーザーはごく少数であったし、
であるからして、本物の母親に成り代わるほどにアンドロイドに依存した家庭は殆どないといっていいだろう。
 とは言え、アンドロイドが母親になれぬのかと尋ねられた、タカシは迷うことなく『否』と答える。
 安全面、世話の熟練度、その他の『母親としてのスキル』を総合的に鑑みれば、
彼らほど完璧は『母』はおらぬはずだ。
 そのように彼らは作られている。そのようにA社が設計をしたのだから。
 つまり、ミユキのような不完全極まりない、育児そのものを放棄したい女に嫌々子の面倒を見せるよりも、
アンドロイドに世話の全てを任せたほうが、はるかに安全なのだ。
持参したアンドロイドは警備型であったが、主人に仕える態度は基本的にそう変わりはない。
彼らは『完璧』なのだ。
 しかしタカシにも、老人の言いたいことは判っていた。
つまり、『その』アンドロイドからのレポートがないのを、この老人は心配しているのだろうが、
それはおそらく単なる不具合だろうし、今もなお、つれてきた警備型アンドロイドは、
眠り続ける二人の幼子の部屋を静かに行き来して見守り続けているはずだ。
 二時間に一度のレポートなど無意味だ。何かが起きることなど、ないのだから。
390 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:41:59.71 ID:vHoLDIIk0
「そんなに大切ならば、ご自分で引き取るなりなんなりなさったら如何ですか。
私の子はシュウだけです。ミユキともども引き取っていただけるならばありがたい」
 なにか言いかけたのだろう、電話の向こうで男が息を飲む声がして、
しかしそれは紡がれることはなかった。
 あれほどまでにタカシに対して居丈高で傲慢であった男は、
『ショウタ』と言う唯一無二の孫を得て、いつの間にか脆く弱く変化した。
 紙面上の関係でしかない義理の息子のことを快くは思っていないことは確かであるのに、
しかしその血と遺伝子を受け継いだショウタのことをいつでも気に掛けている。
タカシにへりくだってまで、『ショウタをどうか気遣ってくれ』とささやかな懇願をする。
 おかしなものだ。ショウタの半分はタカシでできているというのに。
 ふ、と自嘲するような、或いは嘲笑するような奇妙な笑いが漏れた。
「兎に角、もう休ませてください。何時だと思っているんですか。非常識極まりない」
 冷淡に言い放つと、年老いた男はしわがれた声で『すまない』と謝罪をした。
 画面もなく、ホログラムが浮き上がるわけでもない旧時代の電話機の向こう、
背中を丸めてしょぼくれた顔をする老人の姿が、タカシの脳裏にはハッキリと見えた。
 それがあまりにも愉快で、タカシは追い討ちを掛けるように無言で受話器を元の位置へと戻したのだった。
391 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:43:59.83 ID:vHoLDIIk0
 老人の言葉を鵜呑みにしたようで癪であったが、子の様子が気になるのは確かであった。
 アンドロイドが稼動しているのだろうから、老人が気にするような出来事は何ひとつ起こっては居ないはずだ。
 タカシは軋む階段がなるべく悲鳴を上げぬよう、慎重に階段を上った。 
 天窓からの月明かりが細く降り注ぐ廊下までたどり着き、タカシは漸く小さな吐息を漏らす。
全く、不便極まりない造りの屋敷である。階段は足運びを誤れば途端に軋むし、長い廊下には照明の一つもない。
『廊下の明かりは自動的に灯るものである』と確信して憚らない世代の少年少女ならば、
この薄暗い廊下をどう歩けばいいのか判らずに途方に暮れるに違いない。
 幸いタカシは二度目の生を送っている、『旧時代』の人間だ。
雲の切れ間から降り注ぐか弱い月明かりに順応すべく『目を慣らす』ことも知っているし、
どうすれば慣れるのかも知っている。
 タカシは暫しの間そこに佇むと、目が薄闇に慣れるのを待った。
 雲の流れが速い。この国の空高くに張り巡らされたシールドの外では、やや強めの風が吹いているのかもしれない。
 月はランダムに、その姿をハッキリと、或いはぼんやりと覗かせた。
 と、月が一際強く輝きを見せたその瞬間に、タカシはそれを目にしたのだった。
 廊下の奥、そこは小さな飾り窓があるだけの行き止まりで、読書でもするためか、
小さな木製の椅子が置かれていた。
 誰の趣味であるのかはタカシの存ぜぬところであったが、
時折シュウが、或いはショウタがその上に座って足を前後に揺すっている姿を見ることがあった。
 その上に、なにか――、いや、誰かが座っていた。
 子供のどちらかにしては大振りな影であることは間違いない。
392 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:45:09.03 ID:vHoLDIIk0

「……おい」
 声は小さく響く。
 体躯から、アンドロイドであることは判ったが、しかしそれはタカシの声に一切の反応を示さなかったのだ。
 通常、アンドロイドの聴覚は周囲の音をいくつも聞き分けることを得意としており、
その能力は人間の何倍にも及ぶことは誰もが知っていることであった。
警護用となれば五感は人間のそれに比べて何十倍にも及び、
例えば車の異常音を風に感じ、事前に人の列に暴走車が突っ込む、などと言う悲劇さえ回避して見せるのである。
 そのアンドロイドが、主人であるタカシの声に一切の反応を見せない。
「おい」
 もう一度呼ぶが、やはり反応はなかった。
 瞬時に、足元に向かって血が落下していくような感覚が体中を走っていく。
 タカシは矢も楯も溜まらずその場から走り出した。
 廊下が軋む。スリッパが脱げ落ちそうになる。
 タカシはシュウが眠っているはずの自身の寝室の扉を蹴破るようにして入った。
「シュウ!」
 タカシは何故こんな不便で辺鄙なことこの上ない土地へ家族――、
戸籍上のみのそれも含む一団体でえっちらおっちらやってきたのかを、唐突に思い出したのだ。
 肝心なところで選択を誤るのはタカシの特技か或いは運命か。
 ――なにも危険なのはショウタだけではない。
 そう思い至るのがあまりにも遅すぎた。
 果たして、月明かり差し込む大きな窓は開け放たれて、そして薄く白いカーテンが闇夜にはためいていたのだった。
 血の気が引くとはこのことか。タカシはまず、冷静にそんなことを思った。
 次に一体誰が、と言う疑問が浮かび、そして眠っているはずのシュウがそこにいない現実を再び確認すると、
足のつま先に妙な力がこもり、そして指先がサッと冷たくなり、そのくせ背中にはドッと大量の汗が噴出すのを感じた。
393 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:46:54.15 ID:vHoLDIIk0
「シュウ!!」
 もしかしたらシュウはタカシを驚かそうと、部屋のどこかに隠れているのかもしれない。
 そんな浅はかな希望を胸に、タカシは大声で息子の名を呼んだ。
 心臓が早鐘を打つ。
 甦るのは、あの時――、そう、あの時だ、あの子を失ったと知ったあの瞬間だ。
「シュウ!!」
 返事はない。
 シュウはここには居ない。そう確信をすると、タカシは来た道を戻り、ショウタの眠る部屋へと入った。
 窓辺に置かれたベッドには丸みがない。半分以上が床へとずり落ちた掛け布団は、
荒らされている様子は微塵もなく、そこは乱れているというよりも、
寝相の悪い子供が寝ている間に足で蹴って落としてしまったような様子であった。
 そこに少しだけ希望を覚えるのはおかしなことかもしれないが、
タカシは二人が誰かに誘拐されたのではないか、と言う不安が少しだけ拭い去られるのを感じた。
 もしも自分たちの意思で出て行ったのなら、少なくとも誰かの手によって傷つけられる心配はない。
 絶望的な状況で、少しでも楽観的に物事を考えようとするのはただの現実逃避に過ぎないが、
シュウが誰かの手によってその命を落としてしまうのではないかと言う恐怖に耐えられるほどには、
タカシのメンタルは丈夫にできていないのだ。何せ、一度喪った過去がある。
 あれを二度経験して耐えられる親などいるわけがない。
 湿った掌をシャツで拭うと、深呼吸を繰り返す。
 やるべきことを考えろと自身に言い聞かせ、そして廊下へと小走りで急いだ。
 ショウタの部屋から出るとすぐそこに椅子が置かれており、
アンドロイドはまるで眠りに落ちた人の如く目を瞑っていた。
394 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:48:43.25 ID:vHoLDIIk0
「起動……ッ」
 情けないことに、声が震えていた。そんな状況でもアンドロイドは律儀に起動し、
薄目で俯いたままいつもどおりの言葉をタカシに投げ掛ける。
『声紋認証――、ユーザーIDを発声してください。声紋の確認と同時に警備システムが起動します』
 幾度か噛みつつもユーザーIDと、続いてパスワードの入力を済ませると、
無機質なそれは途端に笑顔を向けて「こんにちは、タカシ様」と挨拶をした。
「……何故お前は"落ちて"いた?」
 起動した瞬間に投げ掛けた質問に対し、アンドロイドは『質問の意味が判らない』と言う趣旨の表情を作り、
「落ちていた、とは私が何故起動していいなかった、と言う意味でしょうか?」と大真面目に質問をする。
「そういう意味だ」
「シュウさまのご命令により、システムを終了致しました」
「何故?」
「判りかねます。ですが、ユーザーであるタカシ様との血縁関係を確認済み、
かつチャイルドロックが未使用でしたので、シュウ様によるID、ならびにパスワードの入力によって、
私は昨晩午後二十三時十分十五秒をもって、システムを終了させました」
「あの子はどんな顔でそれを行った?」
「意味が判りかねます」
「……怯えた表情であったり、誰かにそれをさせられていた可能性を聞いている」
 まどろっこしいやり取りとしながら、それでもタカシは冷静さを取り戻しつつあった。
 もしも侵入者が居たのなら、この警備アンドロイドもそれに気づきそれなりの対処を行ったはずだ。 
だが、そうでないのなら、少なくともシュウは自らの意思で最強のボディガードにしてセキュリティである
アンドロイドをシャットダウンさせたことになる。少なくとも、その身に危険が迫って行ったわけではないということだ。
「いいえ、寧ろ、いつもより生き生きとしていらっしゃいました」
 つまり、シュウの安全は『アンドロイドをシャットダウンした時点』では確定されたことになる。
タカシはその事実に一先ずは嘆息した。
395 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:49:36.71 ID:vHoLDIIk0
 過激派グループによる誘拐であるとか、そう言った線が消えさえすれば、
タカシも冷えた頭で思考をめぐらせる事ができるだろう。
できるだけ早くに見つけることが望ましいのは確かであるが、それでも人に攫われたのと自ら出て行ったのでは、
心配の度合いが随分と異なってくる。
 シュウは確かにここ数日の間は環境に対する不満を幾度か呟いていた。
 そのような背景を考えれば、この夜中の出奔は単なる冒険の延長であると考えても差し支えはないだろう。
「どこへ、」
 どこへ行ったのか、など考える必要はないのかもしれない。
 ここは田舎にぽつんと建った一軒家だ。
 遠くに見える夜毎花火を打ち上げる街は、
退屈な時間に辟易した子供にはやたらと魅力的に映ったことは間違いない。
そもそもほかに目立った場所がないのだから、向かう先はあの如何わしい花街くらいしかないだろう。
 客だと思われればいいが、逃亡を目論む奴隷かなにかだと思われたら非常に拙い。
 シュウくらいの年齢の少年を好む男が、或いは女がいるらしいということは、タカシも耳にしたことがある。
「拙いな」
 早く見つけなくてはならないだろう。
396 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:51:25.61 ID:vHoLDIIk0
 だが、ああいった花街は地形がとても複雑なのだ。
 元々人が住める土地ではない。
 国の中枢を掌握する老人たちは、箱庭計画を遂行するための下地として、地方都市の発展にも力を注いできた。
その甲斐あって、地方都市はそれなりに発展を遂げ、
その計画に飼いならされた若者たちは自身が生まれ出た土地から出ようとさえしなくなった。
 そうなるように老人たちは計画をしてきたのだ。
 人は一箇所にまとめられている。それ以外の場所に人はいないし、
行ってはいけないと刷り込まれているのである。
住みよい、何でも揃う平坦な土地から出ようとする人々は殆ど居ない。
だが花街は、その下地が作られる前に形成されたものだ。
この現代においても、因習やしがらみが根深く残る、あらゆる面で特殊な土地ゆえに、
国がどうこう対処することもできず、
ついにはそっと蓋をして地図上からもひっそりと消しさった場所なのである。
 かつて不運にも、産業も何もない場所に生まれ育った人々が、
苦肉の策で編み出した生きるための術、それが性産業。
 まともな産業が栄えなかったということは、つまり、
土地も痩せ気味で工場さえ建てられぬ地形であることの証明だ。
花街は、そんな風に、平坦とは言いがたい土地に建物を無理やり建設しているのだ。
 おまけに性産業を国が黙認した事実に乗じて、近隣の村――、同じく性産業なくしては食うにも困る村である――、
からも人が集まり、ごく近距離に村ごとの地区が形成され、
そのように村がせめぎあい、一つの性産業コロニーを形成していた。
 複雑な道は人を惑わす。それだけならば兎も角、街は産業を盛りたてるため、
人を酔わす作用のある、怪しげな香を地区ごとに炊き続けているのだ。
故に土地に慣れた者でも方向感覚を失いやすく、おまけに地区から地区への移動が安易であるため、
A村管理地区を歩いていたはずが、細い路地に迷い込んだ拍子にB村管理地区の端にいた、
などと言うことも決して珍しくないのである。
 そんな複雑な慣れぬ土地で、我が子を無事見つけることが可能であるのかどうか、非常に不安であった。
 だがしかし、逸る気持ちを押しとどめることは難しく、タカシは当てもないにも関わらず、
花街へと向かう準備を始めていた。
397 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:53:28.46 ID:vHoLDIIk0
「タカシさま」
「お前は留守番を頼む。俺がいなくても警備はキチンと行うように」
「はい、ですが」
「頼んだぞ」
 無計画に子供を捜すのは非効率的だと充分に理解していた。
だが動かずにはどうしてもいられなかったのだ。
「タカシ様」
 最悪の場合、タブレットだけを持っていれば問題ないだろう。端末の中には身分証は勿論のこと、
シュウとタカシが親子であることを証明する、顔写真つきの証明書も入っている。
 駐車場はあるだろうか、いや、あったとしても、あの複雑な地形にこの車を乗り付けることは可能だろうか。
「タカシ様」
「――、」
 はた、と気づく。
 一体、シュウはどうやって花街へと向かったのだろう、と。
 明かりが見える距離とは言え、子供の足では随分と遠い筈だ。
 途中まで道はあっても、その後の山あり谷ありの道を足だけで進むのは厳しいかもしれない。
「フライボード……」
 シュウが使える交通手段と言えば、それぐらいしか思い浮かばなかった。
 あの手の玩具には紛失に備えてGPSが組み込まれているはずだった。
だが、タブレットにそれらを登録した記憶はタカシにはない。
 チクショウ、と小さく呟く。こんなことならば、たかが玩具とは思わずに登録をしておくべきだった。
「タカシさま」
 いや、パソコンには登録したような気がしたが、あれは自宅用のモバイルだっただろうか。
今日も持参している仕事用のパソコンには登録はしていただろうか。
 いいや、それよりも万が一バッテリーが切れて木々の間に落下でもしていたら――。
「タカシさま」
「なんだ!」
 先ほどからしきりに呼ぶアンドロイドにタカシは漸く向き直り、そして思わず叫んだ。
398 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:59:02.88 ID:vHoLDIIk0

「忙しいのが見て判らないか!」
「ですが、」
「お前に付き合っている暇はない!」
「ですがショウタ様の、」
「なんだ!?」
「ショウタ様の個体反応を、ここから五キロの距離に確認したのですが」
「個体反応……?」
「ショウタ様の内耳には、私がいつでも体調を把握できるよう、センサーのようなものが埋め込まれています。
体温、呼吸数、心拍数、血圧。それらを総合的に見て、興奮状態である、或いは体調が悪いようだ、
などとショウタ様の体調を確認することが、ある程度は可能になっております」
 アンドロイドは人のように瞼を開閉させたのち、タカシをじっと見た。
 ――思えばこのアンドロイドは義父によって与えられたものだ。
今回の避難に合わせて譲渡されたものであったが、警備の為のみならず、ショウタの体調を逐一知る目的で、
送られたものに違いなかった。
なにせあの男は、孫の身を案じて二時間に一度の頻度でレポートを送らせているのだから、
それくらいはしてもおかしくはない。
センサーもかなり小型で、胡麻よりも小さなものを注射針で送り出すだけで済むはずだ。ミユキに隠れて、
或いはこのアンドロイド自身が埋め込んだのかもしれなかった。
「ショウタ様の皮膚越しに、もう一体反応が感じられます。シュウ様だと思われます」
「ショウタの様子はどうだ」
「多少心拍数が上がっておりますが、命の危険はない状態であると判断できます」
「そうか……、お前、ショウタの居場所はハッキリと判るか」
「勿論です。この距離からではおおよその場所しか判りませんが、
半径五百メートルならば一ミリも違わずに特定できます」
 なにを当たり前のことを言っているのだ。そう言わんばかりの眼差しでアンドロイドはタカシを見つめてきた。
「お前も来なさい。一刻も早く子供たちを保護したい」
「判りました」  
 慌しく身支度を整えて階下へ向かう。
軋む階段も、誰にも遠慮することなく駆け降りると、アンドロイドもそれに倣う様にして降りてきた。
「俺は車を出してくる。お前はこの家のセキュリティレベルをできるだけ上げてから、
鍵を閉じ車まで来なさい」
 タカシはアンドロイドの返事も待たず、庭へと飛び出した。
 命の危険はない状態。その言葉に少しばかり胸を撫で下ろしたが、しかしこれから危険な目に遭わないとも限らない。
 なるべく早く、一刻も早くシュウを保護したかった。
 やがてアンドロイドが車に飛び乗ると、タカシはやはり彼が扉を閉じるより早く、車を発進させたのだった。
399 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/10/17(土) 00:59:41.78 ID:vHoLDIIk0
今日はここまで。
保守ありがとうございます。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/17(土) 02:03:09.27 ID:OwO0CNsa0
続ききてた!お疲れさまです!
ショウタとシュウに一体何が起こってるんだ…気になりすぎる。
続きも楽しみにしてます。いつもありがとう!
以前の投稿読み返しながら、続きに備えてますね。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/30(金) 10:16:07.43 ID:RMxiH6mJO
待ってる!
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/16(月) 02:55:00.03 ID:6p0sdn5AO
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/17(木) 00:13:22.31 ID:igT/rvZo0
しゅ
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/18(金) 18:47:33.21 ID:24cGXhxJ0
ちょ、ハードなショタエロ小説探しててたどり着いて
妙に重い話だなーと思いながらもついつい半日かけて全部読んだんだが
現在進行中なのかよww
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/18(金) 20:27:15.39 ID:D1SrFwF80
すみませんすみませんセルフ保守
年内にはもう一度更新します
いつも保守してくださってありがとうございます
すみませんすみません……
406 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:43:54.87 ID:3V4Wo66k0
****
 予想以上の悪路をものともせずに車は花街への道を突き進んだ。
 道の端に切り倒された大木が横たわっていたり、
砂利と呼ぶのが憚られるような大きな石が、バンパーにぶち当たるなどのトラブルがあったが、 
ドライブは概ね順調であった。
 助手席に座ったアンドロイドも必要以上に口を開くことがなく、
口やかましい他人よりも、アンドロイドを選ぶアンドロイドフリークなる人々が出現するのにも、
なるほど無理からぬ話である、などとタカシは考えていた。
 もう間もなく目的地だ。
「お前、地形データは入っているか? 駐車場の有無を知りたい」
「申し訳ありません。私には自宅とその周辺データのみがインストールされておりますが、それ以外は」
「判った」
 ネット上からダウンロードすればデータ取得も安易であろうが、国が放棄した土地であることを鑑みると、
正確性の高い、細かな地図情報を得ることは難しいだろうと判断した。
それならば実際に赴いて、最悪の場合は車を放置する構えでいるしかないだろう。 
 走行を始めてから十数分ほど経ったころだろうか、
明かりに照らされぼんやりとした姿を浮かべる、朱塗りの鳥居が木々の合間に確認できた。
山の上にも塔のようなものがいくつも見え、
それらを照らすように赤い光りがチラついて見えた。提灯かもしれない。
 段々状の土地に建築物が立ち並ぶ歪な街は、まるで現実味がなく、虚像のようだ。
ひしめき合うように、旧時代めいた建築物が立ち並んでいる様は、タカシが住まう環境とはかけ離れた様相で、
運転中であるにもかかわらず、思わず見入ってしまう。
 神社仏閣が物珍しいわけではないが、大鳥居や大型の寺、つまり上空からの発見が安易である建物の類は、
古都東京にはまだまだ多く存在するものの、
その他の土地ではあらかた攻撃の対象とされ、結果、現存するものが殆どないのである。
 若者は神社仏閣にはあまり興味を示さない――、そう判断したのか、
政府も歴史的建造物の積極的な再建は行わなかったのだろう。
今ではそれぞれの都道府県に四つか五つの神社仏閣が存在すればいいほうである。
 そんな事情から、たとえ近年に好き勝手に作られた建築物とは言え、
寺や神社が――、所詮それらしいもの、ではるが――、あれほどの規模で現存するのはやはり物珍しく目に映るのだ。
人が住んでいるかどうかも怪しい場所は、敵からも爆撃の対象にならなかったのだろう。
407 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:47:40.15 ID:3V4Wo66k0
「異世界だ……」
 ぽつりと呟いた言葉を律儀に拾ったアンドロイドは、「異世界とは?」と返事を返すが、
タカシは答えることもしなかった。答えを要してないことを理解したであろうアンドロイドは、
やがて何もなかったかのように首の捻れを正して正面へと向き直った。
 木々が走っていく。
 何の手入れもされていない木々は、ヘッドライトに照らされると時折獣のように見えた。
国から放棄されているに等しい土地――、ここはそういう場所なのだと、タカシはハッキリと自覚する。
 近隣から色を買いにやってくる人間は少なくはないことの証明に、道路に轍が出来上がってはいるが、
その道路とて『密かに続く秘密の街への道』と言った扱いのもので、国が存在を認めていない場所の為、
殆ど私道としての扱いであるから、手入れが行き届いていなのも仕方がないことなのだろう。
 それから凡そ十分後、車は漸く件の鳥居の前へと到着した。
 シートベルトを外して車外に出ると、生ぬるい風に混じって酒の匂い、そして香、人々の談笑が響き渡った。
街は、想像した以上に活気を放っている。
「お前も降りろ」
 車に向かって呼びかけると、アンドロイドは漸く車外へと顔を出し、それから車の扉を閉じた。
 鳥居の両脇に設けられた小屋に、監視の目を光らせている男が座っている。
おそらく彼らは、ここで働く娼婦や男娼を逃がすまいとしているに違いなかった。
「それで、子供たちは、」
 それが始まったのは、タカシがそう言葉を紡いだ時だった。
 アンドロイドは顔を俯かせ、伏せ目がちになりながら、なにやらカウントを始めた。
「ここから北に二百……、いえ、二百十、走っておいでのようです。心拍数もドンドン上がっておられます」
「走っているだけか?」
「……いえ、ノルアドレナリンの分泌量が増えているようです。ショウタ様は恐怖を感じておいでです」
 つまりショウタは何かから逃げているようだ。アンドロイドは感情のない瞳でそう告げた。
「行くぞ……!」
 子供が窮地に追いやられている可能性が高まった。
だというのに、アンドロイドは至極冷静にその状況を判断しアナウンスを続けているのだ。
 タカシはアンドロイドのこの無機質さがどうにも好きになれなかった。
 かつて勤務していた職場に数体のアンドロイドが設置されていたが、
それらよりも、見た目も会話も思考力も、随分と人間的になったとはいえ、
まだまだホンモノの人間には及ばない部分が数多く見られる。
その中で尤も顕著なのがこの無機質な空気。
人間的な気配が全く感じられない(少なくともタカシにはそう感じられるのだ)点は、
人型を名乗る上で致命的に思われた。
 いや、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。早く子供たちを見つけねばなるまい。
408 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:50:37.18 ID:3V4Wo66k0
 鳥居の下で、屈強な大男から通行証明書を買い――、
癪なことにこのアンドロイドの分の証明書の購入も求められた――、
焦れつつも漸く朱色の鳥居を潜ると、タカシは息を飲んだ。
 そこには、異次元への入り口とも呼べそうな光景が広がっていた。
 と言っても妙にメカメカしいだとか、近未来的であるとか言うわけではない。
 逆だ。妙に古めかしいのだ。小物ひとつをとってもそう。大昔の日本を髣髴とさせるその場所は、
その『大昔』を生きたことがないタカシにとっては異次元と呼んでも差し支えはないだろう。
「タカシ様、あちらです」
 ほんの一瞬、呆気に取られて立ち尽くしてたタカシは、アンドロイドの声にはっとした。
 先ほど潜った鳥居を入り口に、その先に続く大通りに立ち並ぶそれれぞれの店には、
洒落た赤い提灯が鈴なりにぶら下がってた。
 どの店にも入り口の脇には格子が設けられており、中には見目の麗しい男や女、少年少女が
露出度の高い衣類を身に纏い、通りすがる人々を誘惑している。
 怪しい香りが渦巻く中、腕を掴んで客引きをしようとする男の手をタカシは振り払い、
偽物の秋波を寄越す女や男の視線に気づかぬフリをし、玉砂利を敷き詰めた道を必死で走った。
アンドロイドは背後のタカシが追尾できているかどうかを確めぬまま走るものだから、
タカシも必死でついていくよりほかはない。
日ごろのデスクワークの賜物か、すっかりと機能の低下した足と肺は、激しい急な運動に悲鳴を上げていた。
「あと五十メートルです」
 息を切らしようのないアンドロイドは、明瞭な声でそう告げる。
 僅か五十メートルの距離だというのに、猥雑な喧騒やら嘘くさい笑い声、嬌声で溢れた通りでは、
子供の声など全くと言っていいほど聞こえない。
例えば奥まった裏路地で誰かが叫んだとしても、ハッキリとその悲鳴を捉えることは難しいだろう。
「あと四十、少し移動したみたいです。四十五メートル、心拍数がまた上がりました」
 危険だ。シュウの身に何かあったら。
 そんな考えが頭をよぎり、冷や汗がぶわりと噴出す。
409 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:52:17.69 ID:3V4Wo66k0
「お前、先に行って子供を捕まえてくれ!」
「判りました」
 一瞬考えたような雰囲気で首を傾げたのち、アンドロイドは涼しい顔を保持したまま、
猛スピードで――、人間では決して出せない猛スピードである――、玉砂利を踏み砕く勢いで駆け抜けていった。
直進、それから角を左。タカシが確認をできたのはそこまでだった。
瞬く間に姿を消したアンドロイドの行き先を確認しつつ、タカシは足を止めることなく動かし続ける。
「お兄さーん」
 ウチで遊んでいこうよ。そんな呼びかけにわき目も振らずに走り続ける。
漸くアンドロイドが姿を消した角を曲がると、ふいにざわめきが小さくなった。
大通りから一歩内側へと入っていくと、随分と音が小さく聞こえる。
怪しい香が漂い風に提灯が揺れるのは変わらぬが、喧騒が小さい分、風情を感じた。
「……から……、がう!」
 子供の高い声が聞こえた。
 タカシには、それが自身の血を分けた子のものなのか、それともまったく別の、
つまりはこの街で働く者の声なのか、全く判断がつかなかった。
だが、一先ずはそこを目標に進むことにした。
 玉砂利を蹴る。運動不足の足は時折もつれるが、なんとか転ぶことなく走り続けられた。
戦時下であったのならば、死んでいるだろう。体力を取り戻さねばなるまい――、
そんなことを考えられる程度の余裕があるのは、
アンドロイドが子供を確保しているだろうと踏んでのことであるが、なんとも暢気である。
シュウの命の危険を感じれば激しく動揺するくせに、危機が去ったに違いないと予測を立てられるようになると
途端に力が抜ける。どこか情緒的におかしな自分は自覚しているが、その原因がつかめない。
もしかしたら、全てを楽観視させるような効果が、この鼻腔に纏わりつく香には含まれているのかもしれない。
410 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:54:06.21 ID:3V4Wo66k0
 提灯の残像が背中に向かって伸びていく。
 幻想的にさえ見えるその光景を、ぼんやりと視界の端に追いやって、タカシは走り続けた。
 やがて人の争う声と、子供のぐずる泣き声が耳に届いた。
「ですから、主人が間もなく参りますので……」
 間違いない、アンドロイドの声だ。
「だから、この子達は男娼でも奴隷でもないよ」
 続いて聞こえてきたのは、女とも男ともつかぬ、少し甘いハスキーな声。
 格子の中から呼びかけてくる、熱帯魚のような、蝶のような見目の麗しい男女に脇目も振らず、
タカシは声を目指して走った。
「そうは言われても脱走奴隷だったら困るって話だ!
奴隷でも男娼でもねえってんなら、証明書を見せてもらわねぇと。
こんな年齢の奴ら、奴隷でもないならなんの用があってこの街に来たってんだよ。
お貴族様でも筆おろしにゃあちっとこの年齢は早いんじゃねぇか。どう考えても脱走した奴隷か男娼だろうよ」
 奴隷だ、奴隷じゃない。
 そんな言い争いを続けるのは、屈強な男たちだった。
おそらく見張りや警備を生業としている、この街の治安維持隊かなにかだろう。
脱走奴隷や娼婦男娼を捕まえたり、客のトラブルを解決する警らのようなものに違いない。
そんな男たちに、果敢にも応戦しているのは、背の低い、華奢な――、後姿だけではどちらか判断できぬが、
身の丈が一六〇センチ、あるかないかの小柄な人物であった。その隣に並ぶのは、間違いない、
タカシと共に屋敷を出てきたアンドロイドだ。
「おい……!」
 タカシの呼びかけに、アンドロイドが振り返り「タカシ様」と呼んだ。
 その声に反応し、アンドロイドと小柄な人物の隙間から、小さな子供が飛び出てきた。
警らたちは「おい」と声を荒げるが、子供の動きはそれより早く、
泣き声の混じった声で「お父さん……!」と叫びながら弾丸のような速さでタカシへと向かってくる。
411 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:55:57.23 ID:3V4Wo66k0
 シュウだ。
 鼻水と涙で顔はぐしゃぐしゃであったが、見間違えようのない、それは確かにタカシの愛息であった。
 細い腕をタカシの腹にひしと巻きつかせ、涙でグチャグチャになった顔を何度も摺り寄せる。
瞬く間にシャツが汚れていくが、タカシはそんなことも気にならないという風に抱きしめた。
 だが、安堵と同時に湧き上がるのは怒りだ。
「馬鹿! お前は何をしているんだ!」
「ごめんなさぃ……」
 ひっひと小さくえづきながら、シュウはタカシのシャツを捉えて離さない。
落ち着かせるようにその背中を撫で、無事でよかったと抱き上げる。
「心配したんだ! 家を抜け出してこんなところに行くなんて、なにを考えているんだ!」
 だって、だってとシュウは涙声の合間に声にならぬ言葉を紡ぐ。
 判っている。ちょっとした冒険のつもりだったのだろう。
だが、冒険に赴くには、如何せん場所が悪すぎるのだ。
「ちょっとお前さん、何者だ」
「ですからあちらは、」
 成り行きを見守っていた男たちがついに声を上げた。
「失礼。この子は私の息子です。私の通行証明書がこちらです」
 ポケットから証明書を引きずりだして男に渡す。
「それからこちらがこの子と私の血縁関係を署名する身分と血縁証明書です」
 タブレットに浮かび上がる書類とタカシ、それからシュウを見遣り、男たちは漸く納得したようだった。
「お父さんね、子供はちゃんと見ていてくれないと。それにこの子がここに来るのはまだ年齢的に早いでしょう」
 シュウ程度の年齢で花街に客としてくる子供も、居ないことはないのだろう。
だが世間一般が思うように、やはり早すぎるのは確かなのだ。
「すみません」
「いやね、近頃奴隷として売られてきたはいいが脱走するやつが多くて……、
近々輸出入に対する鎖国も解かれるって話じゃないですか。
そんな感じで国がちょっとずつ変わってきてるんですかね、末端の末端でお家取り潰しになった貴族がさ、
仕方がなく娘息子を売るわけですよ。そういう奴らが脱走をするわけですよ」
 没落した貴族が子を売って借金やらを帳消しにするなど、昔からさして珍しいことでもないが、
近頃はその手のケースが目立つのだ、と男たちは言う。
「現にこいつも、」
「そういう話はやめてよね」
 凛とした声が男たちの言葉を遮った。
「僕が貴族だったのは昔の話だよ。逃げ出そうなんて思っちゃいないよ」
 先ほどから、男たちの横に居た小柄な人物が声を上げた。
「全く、珍しく営業日に休みをもらえたと思ったらこのザマだ。
身売りは身売りらしく、人目を気にして座敷の奥に引っ込んでろってことだね。
面倒ごとに巻き込まれた挙句、自分の過去を他人に暴かれたらたまったものじゃないよ」
 華奢な背中がめんどくさそうに言う。
412 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 20:59:37.03 ID:3V4Wo66k0
香の匂いが練りこまれた風が、肩より少し長い髪を揺らした。
声の様子で、その華奢な自分が少年であると、タカシは始めて気づく。
シュウより少し上くらいだろうか、声にまだ幼さが残る割には、言葉遣いは随分としっかりしており、
一瞬二十歳もそこそこに越えたくらいの人物と錯覚するが、その骨格や声音から察するに、
タカシに背を向けたままのその人物はまだ少年と呼んでも差し支えがない年齢の筈だ。
「とにかく早く開放してくれ。僕は今、せっかくの休みを満喫中なんだ。ああクソ、煙管を忘れていた……」
 チッと舌打ちをしたその人物――、少年は、一瞬目の前の店を見上げ、その後溜息混じりに「まあいいか」と
呟き、そしてタカシを振り返った。
「――姉さん……?」
 言葉は、自然と口をついて出た。
 いや、そんなはずはない。そう思うよりも先に、言葉は先に紡がれていたのだ。
 頬の丸み、柔らかな眼差し、少しだけ口角の上がった口――。
「はぁ?」
 少女――、いや、彼は『僕』と自称していたのだから、少年なのだだろう――、
彼は胡散臭いものを見る眼差しを隠そうともせずに『はぁ?』と言った。
だが、タカシを振り返った彼はひどく中性的で、性別が見当たらなかった。
 その『彼』は恐ろしいほどに、そう、タカシの人生を変えてしまった女性に似ていたのだ。
 だが、そんなはずはない。彼はただ似ているだけだ。姉は疾うの昔に死んでいるのだから。
「……失敬」
 心臓が早鐘を打つ。
 自制心がぐらりと揺らぎ、その顔を両の手で挟みこんで具に観察をしたいような衝動が生まれる。
突き動かされるようにしてタカシは少年に近づいた。
413 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:00:57.63 ID:3V4Wo66k0
「ちょっと……!」
 憑かれたように近寄る男に恐れをなしたのか、少年は一歩下がる。
「おい……!」
 警らたちも慌てたようにタカシを制止しようと手を伸ばしたが、
それらの試みはアンドロイドによって阻止された。
タカシの行く手を阻むものはもうなにもない。
異常をいち早く察知していた少年は、今にも駆け出さんばかりの勢いで背を向けていたが、
タカシはそれを許さなかった。玉砂利のこすれあう音が花火に混じって僅かに響く。
タカシは、すかさず少年の腕を掴み、そして引っ張った。逃がさない、そう言うように。
 あと少しで、彼をよく観察することができる。顔を確認しなくてはならない。
姉と、タカシが唯一愛したあのひとと、彼が同一人物でないことを確認しなくてはならない。
 馬鹿ことをしているという自覚は、頭の片隅にあった。
 だが、理性を食いちぎるほどに、ちらりとみた彼の顔は、なにもかもが姉によく似ていた。
なんとしても確認せねばならぬだろう。
タカシは掴んだ腕を強引に引き寄せ、彼の顔を掴み上げ確認をした――、はずだった。
「やめてよね!」
 タカシの掌から細い腕がすり抜け、パシッと派手な音を立てて振りほどかれた。
 一瞬だけ気が緩んでしまったのは、玉砂利の上、『それ』が居たからだ。
 ショウタだ。ショウタはしゃがみ込んだまま、感情の篭らない瞳でタカシを見上げていた。
いつからそうしていたのか、ショウタはシュウがタカシにしがみつきおいおいと泣き声をあげる中、
ずっとそうしてしゃがみ込んでいたのだろう。
 人形のように睫一つ揺らさず、涙の溜まった瞳でタカシを見上げていた。
414 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:03:39.72 ID:3V4Wo66k0
「あんた何なんだよ! 僕は迷惑なガキどもを保護してやったってのに、
いきなり腕を掴むってどういう了見だよ! 訴えるよ!」
 少年が吼えている。獣のように怒りをむき出しにして。
 思考が散らばる。ショウタの存在に気を取られる自分と、少年の存在を確認したい自分とで、
心が分かたれる。
「ちょっとお客さん、困りますよ! 俺らの仕事はね、娼婦や男娼の身を守ることも含まれてんだ!
こういうことは店の中でやってもらわねぇと!」
「店の中だってごめんだよ! こんな変な男!」
 タカシは、シュウの安全を確認したその瞬間に、ショウタの存在を完全に忘れ去っていた自分を今更自覚した。
タカシは、ショウタの存在を、
シュウの元へとつれてくることが可能なナビゲーションとしてしか見ていなかったのだ。
 シュウを見つけてホッとした。
だが、タカシは露骨なまでに『ショウタの存在』を『すっかり忘れていた』のだ。
 ショウタの目に溜まった涙が、いつ溢れ出したものなのかは定かでない。
だがもし、もしも、シュウの存在『だけ』に気をとられているタカシを確認してのものだとしたら――?
いいや、もっと悪いタイミングかもしれない。
 シュウの安全だけを確認し、男娼に現を抜かす父親――、
生物学上だけの繋がりだとしても、ショウタにとっては父親はタカシしかない――、
その父親が、自分の存在をすっかり忘れ、男娼の手を捉えるのに夢中になっていたとしたら。
 流石にバツが悪くて、タカシは干からびた喉から「ショウタ」とひねり出すように声を出した。
名を呼べば、あのいつもの、なにかを期待をした目に戻るような気がしたからだ。
 だが。
415 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:05:55.29 ID:3V4Wo66k0
「僕も、帰っていいですか」
 か細いショウタの声が、そう告げる。
 凍りそうに冷たい声は、全てを拒絶するように、ひどく大人びた発音をして見せた。
軽く俯いた目は、タカシの存在などもう知らぬ――、そういわんばかりに、見つめてくることもない。
「この子供もアンタの子供かい」
 警らがぞんざいに言う。
 一瞬だ。ほんの、一瞬の間だったのだ。
タカシは後ろめたさも相まって、いつものようにショウタとの血縁関係を否定したりせず、
素直に返事をしようと思ったが、一瞬の遅れが生じた。
それはミユキへの抵抗か、或いは心の片隅にあるショウタへの拒否がそうさせたのか、それは定かではない。
 だがその一瞬の遅れをショウタは許さず、ハッキリと「違います」と答えた。
 タカシは、思わず「え」と、間抜けにも呟いたような気もしたが、花火の爆音は全てをかき消して、
自身の発声が実際にあったものかどうかさえをもあやふやにする。
「僕にお父さんは居ません。ですが、『この人』のところでお世話になっています。
このアンドロイドに僕の個人情報が入っているはずなので、確認してください」
「あ、ああ……」
 警らたちは戸惑い気味に返事をした。
 うるさく喚いていた少年は押し黙り、そして冷ややかな視線をタカシに投げ掛けていた。
それらが己に対するタカシの暴挙から来るものなのか、
それとも『もう一人』の存在を失念していた男への侮蔑なのかは判らない。
 父親は居ない。ショウタは、そうはっきりと告げた。
いつも、遠慮がちにタカシを見ていた子供が、はっきりと『父は居ない』、そう告げたのだ。
416 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:08:30.68 ID:3V4Wo66k0
「あ、ああ、確かに君は男娼でも奴隷でもないな……」
 大人のように物静かに言葉を紡ぐショウタに気圧されたのか、警らたちもぎこちなく会話する。
「もう、帰っていいですか?」
 赤、青、黄色。
 爆音と共に、大量の花が夜空に咲く。
それらは幼い、丸みのあるショウタの頬を照らした。もう涙は乾いていた。
 警らたちの了承を得ると、ショウタはタカシの方を一切向かず、
アンドロイドの作り物の手にすがるように触れた。
「抱っこして」
 それが自分に向けられた言葉でないことは、確かであった。
 アンドロイドは、一瞬首を傾げたのち「はい」と返事をしてショウタを抱き上げる。
「ありがとう。帰りたい」
「かしこまりました」
 アンドロイドの右腕の上に、座るような形で抱き上げられたショウタは、その一見人のような、
だが確実に偽物であるアンドロイドの首に両腕を巻きつけて、
首筋に顔を埋め込んでいた。
 アンドロイドは今や見てくれは人とあまり変わらない。
 ツルッとした無機質なボディではなく、人工皮膚で体全体を覆われており、
当然のように衣類も着込んでいる。
「寒くはありませんか?」
「……寒い」
「では少し、ボディの温度を調節します」
「うん……」
 その短い会話がなければ、その姿は父親に甘える子供そのものだった。
 ふいにタカシは察した。
 ショウタは、タカシに見切りをつけたのだと。
「……お父さん?」
 シュウがタカシの手に触れる。
「うん?」
「僕も帰りたい」
「ああ、そうだな」
 男娼の少年が、チッと舌打ちをしたのが聞こえた。
こんな状況でさえ、姉に酷く似た少年を気にしている自身が滑稽であった。
 姿かたちだけでも似てさえ居れば、それで構わないというのか。
息子の――、たとえそれが遺伝上のみの繋がりであったとしても、
我が子の安全以上に興味を示した事実は隠しようがない。
「安いな……」
 自分の愛情も。
 自嘲するような呟きに、シュウは真っ直ぐな目を向けてきた。
「帰ろうか」
 そう言われ、シュウは嬉しげに頷いた。
ショウタとタカシの横たわる、あまりにも深い溝に全く気づかぬ笑顔は、いっそ残酷なほどであった。
417 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:10:49.96 ID:3V4Wo66k0
****

 悲鳴を上げたのは、シュウだった。
今まさに危害を加えられているショウタは、涙一つ零さずに、無抵抗なままそれを受け入れていた。
「なにをしていたの!」
 金切り声で叫ぶのはミユキだ。
 慌しくアンドロイドとタカシが屋敷を飛び出したことには気づかなかったくせに、
三人と、プラス一体が帰宅するやいなや、ミユキはショウタの腕を引っ掴んでその頬を張った。
 乾燥した音が響くと同時に、彼女はわけの判らない言葉を捲くし立て、
そしてその小さな体を壁に向かって叩きつけたのだ。
「あれだけお庭の外に出てはならないと言ったでしょ! 何故お母様の言うことを聞けないの!」
「おい、ミユキ……!」
 ショウタはその間、全くの無抵抗で「ごめんなさい」と謝罪を繰り返していたが、
しかし自身が何故花街に行くに至ったのか、その理由は一切口にしなかった。
痺れを切らしたミユキが、行き過ぎた体罰を与えるにはそう時間は掛からず、
タカシが制止の声を掛けるべきかどうか思案しているうちに、ショウタの体は宙に浮いていたのである。
 まるでボールのように浮かび上がった体は、しかしボールほど柔らかに壁に当たることなく、
派手な音を立てて幼い体は壁を伝って床へと沈み込んだ。
 背中への打撃から、ショウタは呻き声をあげたものの、決して言い訳も自己弁護もしなかった。
「ミユキ!」
418 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:13:27.26 ID:3V4Wo66k0
 躾と呼ばれる域は疾うに過ぎている。
 思わずミユキを呼ぶが、彼女は憑かれたように金切り声を上げてショウタを叱責し続けた。
ゴテゴテとした装飾を施された爪が、幾度もショウタの頬を掠める。
頬を張られる度に、ショウタの頬には傷がついていった。
 アンドロイドも何度か制止の声を上げたが、ミユキは律儀にも、パスワードを読み上げることでそれらを封じ込め、
思うまま、ショウタへと暴力を振るったのだった。
「花街に行っていただなんて、汚らわしい! 貴方まさか、女をその年で買ったなんてことはないでしょうね!?」
「ミユキ、やめろ! そんなことしているわけがないだろ!」
「タカシさんは黙っていて! 父親の役目を一切果たさない貴方には、
この子の教育に口出しする権利はないわ!」
「それはお前も同じだろう! 身の回りの世話の一切をアンドロイドに任せているくせに!」
 しまった、言うべきではなかった――、そう気づいたのは、叫んだあとで、
ミユキは鬼のごとき形相でタカシを睨んでいた。
 売り言葉に買い言葉。
ミユキもミユキだが、タカシもタカシだ。
どちらもが、ショウタを叱る権利も庇う権利もないのである。
 凍るような空気の中、二人の対峙は続く。
大人二人の気迫に泣き声を上げるのはシュウだけで、
揉め事の渦中にあるショウタは、壁に叩きつけられた姿勢のまま俯いている。 
 どれくらいそうしていただろうか。緊迫した空気を破ったのは、意外なことにショウタであった。
覚束ない足取りで立ち上がったかと思うと、揉め事の一切への口出しを禁じられたアンドロイドに近づき、
その手を握った。
「体が痛くて、階段、上れない」
 そう訴えられたアンドロイドは、自らショウタを抱き上げる。
「おやすみなさい……」
 アンドロイドに抱えられ、抱きつくようにしていたショウタは誰に向けたのか、そう挨拶したが、
誰一人それに答える者はいなかった。
419 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:18:00.78 ID:3V4Wo66k0

 深夜の大冒険によって疲れ果てていたのであろうシュウは、
ベッドに入って数分後には穏やかな寝息を立て始めた。
 ――改めて自覚した。
 タカシはシュウのみを自身の子として認識し、
その一方で、ショウタについては近所の子供に対するほどの関心さえもないのだと。
 ミユキに与えられた暴力、そして己が花街で犯した、なんとも恥ずかしい行動に対する後ろめたさで、
多少の心配は感じていたものの、それ以上の関心はあまりない。
そんな自分が不気味に感じたし、なによりも、ショウタの頭から『非道な父親像』を払拭し、
本の少しでも『いい父親』を演じたいという欲求があることに、自己嫌悪を覚えた。
 自分の欺瞞を満たすためにショウタへの接触を図ろうとしている――、そんな自分がなによりも気味悪い。
 だが、実母による暴力に耐え抜いた体がどんな状態であるのかが気になっている気持ちは決して嘘ではない。
いい訳めいたことを考えながらも、タカシはそんなことを思っていた。
 例えば近所の子供が怪我をしたと聞けば、多少の心配はするだろう。それと同じだ。
 シュウの眠る部屋で椅子に座し、そんな考えをまとめたタカシは、
その重い腰を漸く持ち上げ、隣の部屋へと向かったのだ。
 なるべく足音を立てぬように、物音を立てぬように扉を開く。
 部屋は、カーテンが開け放たれ、月が雲の切れ間から顔を覗かせていた。
 まずアンドロイドと視線がかち合う。
 しかし彼はなにも言葉を発さず、ただ何かを抱えたまま、ロッキングチェアをゆらゆらと揺すっていた。
月明かりを背負ったままのアンドロイドの目は少しだけけ光って見えたが、
人間であるタカシにはその姿が、『アンドロイドが何かの塊を抱えた姿』である、
とだけしか認識できなかった。
420 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:19:10.62 ID:3V4Wo66k0
「お前はお爺様が僕にくれた」
 小さな声が何かを確認するように呟いたことにより、
アンドロイドが抱えたものがショウタであると理解する。
「そうですね」
「僕のものだ」
「はい」
 穏やかに返事をしたアンドロイドはショウタの髪をすいているようだった。
「いつまで一緒に居られる?」
「私どもの耐久年月はその使用環境によって異なります。たんなる世話係としてならば、
短くても十年は正常に稼動するよう設計されております」
「十年か……。じゃあそれまで、そばに居て」
「仰せのままに」
「……それ、嫌だなあ……」
「どれ、ですか?」
 椅子の動きに合わせて、ショウタの足先がゆらゆらと揺れ動く。
開け放たれた窓から、少しだけ冷たい空気が入り込み、カーテンをふわりと躍らせた。
「……です、とかます、とか言う喋り方」
「と、申しますと?」
「もっとね、もっと……」
 ショウタの声が小さくなり、アンドロイドの耳元に唇を寄せると、何事か呟き、
そして「駄目?」と尋ね返した。
 アンドロイドが返答を返すのに、時間は差ほど掛からなかったことを鑑みると、
ショウタのお願いは、アンドロイドにとって何の問題のないものであったのだろう。
421 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:20:34.60 ID:3V4Wo66k0
「判りました。呼び名はなんと」
「ショウタでいい」
「かしこまりました。では、現時刻をもって、モードをショウタ様限定でFaterに切り替えます」
 Fater Mode。
 それは、アンドロイドがより親密に、文字通り、より父親らしくショウタに接するようになることを示していた。
 暫しの沈黙が流れる。アンドロイドのモード切替には、少しの時間が要されるので、そのためだろう。
 義父がショウタに送ったアンドロイドは、ショウタが未成年であるため、
保護者であるタカシやミユキの所有物であると言っても差支えがない。
しかし、名義人はショウタであるため、アンドロイドにとっての真の主人は、ショウタなのだ。
 例えばタカシとショウタが同時に何かの仕事をアンドロイドに頼んだのなら、
どちらの作業を先にしても効率に問題が生じない場合においてのみ、
アンドロイドはまずショウタの仕事をこなしてからタカシの命令をこなすのだ。
 繰り返すがアンドロイドの主人はショウタだ。
タカシがアンドロイドのモードを『警備』を優先するよう設定していただけで、
ショウタは誰の許可も要らず、いつでもそのモードを切り替えることができたのだ。
 だが、ショウタはそれをしなかった。そのショウタが、モードをFaterへと切り替えた。
 それはつまり――、タカシもミユキも、もうショウタには必要がないということなのだろう。
 得体の知れぬ、澱のようなものが肺の辺りに巣くうのを、タカシは感じた。
 罪悪感、嫌悪感、そして――?
 正体不明のそれがタカシの胸に渦巻くのも知らず、アンドロイドは自動的な再起動を起こし、
そして簡易的な『ショウタの父親』として目を覚ましたのだった。
422 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:23:07.72 ID:3V4Wo66k0
 アンドロイドがショウタに向かって何事かを囁く。
 そろそろベッドに入れ、だとか、眠れ、だとか、そんな話だろう。
「嫌だ。このままがいい」
 駄々をこねるようにショウタがすねた声を上げる。
それに少しばかり呆れたように溜息を吐いたアンドロイドは――、溜息を吐くフリであるが――、
「まったく」と呟き、そして指先を伸ばしてショウタの頬に優しげに触れる。
 慈愛に満ちた触れ方は、子供に接する父親そのものだった。
「やだ。今日はこのまま抱っこしていて」
「風邪を引く」
「大丈夫だよ。お願い」
「……今日だけだよ」
 素足のつま先の冷たさを検知したのか。アンドロイドの手が、ショウタの足の先を包み込んだ。
「……ふふ……」
「何で泣いている。どうした?」
「……なんでもない……あったかくて、安心しただけ」
 胸の内に立ち込めた罪悪感に、呼吸が薄くなるのをタカシは感じていた。
 足が震える。指先が冷たくなる。呼吸が苦しい。
 おそらくショウタは、ずっと『それ』が欲しかったのだろう。
 自分を、自分だけを愛してくれる『親』が。
 ただ年相応に甘えられる、その年齢の子供ならば当然にように甘えられる相手が。
423 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:24:04.05 ID:3V4Wo66k0


 酷いことをしていた自覚は合った。
ショウタの存在をどうしても受け入れてやれない狭量な自分を必死で誤魔化し、
『自分は間違っていない』と肯定する自身がどれほど醜いのか、
そして、仕方なしに親の代用品を自ら用意したショウタに対して、
償いたいだとか、改心しようなどと、微塵も思えない自分も、嫌と言うほどに自覚したのだ。
 しかし、ただそこにあるのは、自分を恥じる気持ちだけで、ショウタに対する気遣いは殆ど生まれない。
 どこかおかしい自分を、タカシははっきりと自覚している。
 どう頑張っても、息子だと思えるのはシュウだけで、姉と自分の遺伝子を受け継いだ、あの子供だけなのだ。
タカシの父性の全てはシュウの為にある。
一筋でも、たった一滴でも、それらをショウタに分け与えてやれる余裕がない。
 ただただ、居心地の悪さだけを自覚する。
 いたたまれなくなったタカシは、そっと扉から遠ざかったのだった。
424 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:27:18.08 ID:3V4Wo66k0
 翌朝の食卓にはすでにショウタがおり、その脇には父親然としたアンドロイドが座っていた。
と言ってもアンドロイドは当然食事をしないのだから、
彼は『息子』であるショウタが椅子に座するのを観察し、
食事に手をつけようとするのを見守っているだけだった。
 ミユキはまだ起きていない。
と言うことは、食事を用意したのはアンドロイドのかもしれない。
 パン、サラダ、スープ、チーズ。なんの変哲もない食事であるが、
ショウタは軽くトーストされた食パンを一度手にし、どういうわけかそれを皿の上に戻してしまった。
「手が痛い。一人じゃ食べられない」
 タカシは思わず息を飲む。
肺に空気を詰めて栓をする音が、いやに大きく響いて聞こえたのはタカシの自意識過剰だろうか。
 タカシがそこに居ることに全く関心を寄せず、
ショウタはアンドロイドへと視線を真っ直ぐに向けて言ったのだった。
「そんなことはないだろう。腕に炎症は見られない。痛むのは背中のはずだよ」
 人類と殆ど変わらぬ見掛けを有したアンドロイドが、ショウタの丸い頬に触れて眉根を寄せた。
「嫌だ、食べさせて」
 ショウタは頑なに言い張り、『お願い』を曲げる様子がない。
「仕方がないね、お皿を貸して」
 ショウタは、タカシがそこにいることに気づかぬ素振りをし、そしてアンドロイドに甘えて見せた。
 存在を無視されている、と言うことだろう。
425 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:29:43.97 ID:3V4Wo66k0
 ショウタはアンドロイドがちぎったパンを小鳥のように食べ、
スプーンに掬ったスープを差し出されれば、赤子のようにそれを口に含んだ。
 今まで、誰にも構ってもらえなかった時間を取り戻そうとするかのように、
ショウタはアンドロイドに甘えきっていた。
「もうお腹はいっぱいになった?」
 粗方のメニューが消費されると、ショウタはその問いかけに首を縦に振った。
アンドロイドは父親業の一部として、ショウタの口の周りを拭ってやる。
 ショウタの年齢からすれば、それはひどく甘やかされた行為であったし、
ショウタにしても、他人が目にすれば、甘えが過ぎた行動であろう。
 だが、ショウタは未だ嘗て、誰に対してもそれをやってもらうことなく成長をしたのだ。
面倒を見てくれるアンドロイドは、普段住まっている家にもいたことだろう。
だがそれらは、赤子であるショウタの面倒を小まめに見てくれはしたのだろうが、
それはショウタがなにもできない赤子であったからであって、成長して行くに従い、
次第にその世話は最低限度のものに留まって行ったに違いない。
 最低限度の世話に、最低限度の接触。
 当たり前だ。ショウタの家に設置されていたアンドロイドは基本的に警備に特化したものであって、
最近よく見るタイプの、警備・介護・親、などとモード変更できるものではなかったのだから。
「こら、離れて。食器を洗えないよ。歯磨きをしてきなさい」
 シンクに立ったアンドロイドにやんわりと注意されても、
ショウタはアンドロイドの背中に張り付き、腰に腕を回して離れない。
 歯磨きの仕上げはしてくれ、などと『お願い』を口にする始末だ。
 ショウタは子供っぽいお願いを幾度もする。
その度にアンドロイドは「仕方がないね」などと言いながらも、
ショウタの『お願い』と言う名の『命令』を受け入れるのだ。
 アンドロイドは基本的に、人類に害が及ぶような命令でなければ受け入れるようにプログラムされている。
モードが『親』であった場合、仕える子供の成長に大きな問題が起きないようならば、
同じく命令を受け入れるのである。
426 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:32:01.10 ID:3V4Wo66k0
 細い腕が、アンドロイドに甘えて巻き付く。
アンドロイドのシャツを引っ張って、顔を埋める。
 無機質なそれからなんの体臭もしないはずであるが、
幼子が母の匂いを嗅ぐ様に、ショウタはそんな仕草をして見せた。
どこに行くにもアンドロイドと手を繋ぎたがり、
アンドロイドが頬に触れるたびに、恥ずかしそうに少しだけ口許を緩ませるのだった。
 紛い物の愛情でも、ないよりマシだと気づいたのか、或いは、紛い物ではないと信じているのか。
 ――ショウタの甘えは、時間を追うごとに酷くなって行った。
 アンドロイドと離れるのを嫌がる。少しでもアンドロイドの姿が見なくなると探しに行くほどになったのだ。
 誰も咎める者はいない。咎められない者と、咎めることが面倒に感じている者しか居ない。
 タカシには咎める権利がない。
シュウが執拗にアンドロイドを求めるようになったその責任の1/2ほどは、タカシにあるのだから。
 異様なショウタの変化に、シュウも戸惑っているようだった。
 シュウが何事かをアンドロイドに話しかけようとすれば、ショウタはそれを酷く嫌がり会話に割って入るのだ。
シュウにはアンドロイドに触れさせない、近づかせない、そして決して会話をさせない――。
ショウタから向けられる感情が悪意であるとシュウが自覚を深めるにはそう時間は掛からず、
花街への出奔から三日後ほど経つころには、シュウは完全にアンドロイドから遠ざけられていた。
 顕在化した悪意は、ショウタを落胆させるには充分な威力を持っており、時間が経つごとに、
シュウの顔からは笑顔が消えていったのだった。
「お父さん……」
 シュウが雑務をこなすタカシへと、そろりそろりと近づいてくる。
 シュウの変化はアンドロイドを『自身の所有物である』と主張することだけに留まらず、
シュウの存在を無視するにまで至っていた。
 こんな辺鄙な何もない土地で、遊び相手を同時に二人――、
正確には一体と一人だが――、を失ったシュウのストレスもそれなりに限界まできているようだ。
 庭に視線を向ければ、昼過ぎから先ほどまで、アンドロイド相手によく判らない遊びを繰り返していたショウタは、
疲れてしまったのか、木陰の下で丸くなって眠っている。
水平のような、セーラーにハーフパンツ。それらの服装の基調となっている白色が、眩しかった。
アンドロイドの胡坐の上で猫の仔のように丸くなって眠る姿は、まるで人形か置物だ。
427 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:38:22.96 ID:3V4Wo66k0
「僕、ショウタ君に何かしたかな……」
 新しい生を受けてからのシュウは、マンションに殆ど缶詰状態で外に出ることはなく、
当然友達も居なかった。
 そんな理由から、シュウはショウタの存在をとても喜んでいたし、
その新しくできた友人と、それなりに仲良くなれたと思っていたようなのだ。
 だが、ショウタは突然変わった。
突然の変わりように、シュウはなにが起こったのかまるで理解できず、戸惑うばかりであった。
 大人の都合によってショウタは捻じ曲げられ、シュウにそのとばっちりがいった形なのだから、
タカシもタカシで「たまたま機嫌が悪かっただけだろう」と曖昧に言葉を濁すしかないため、
ますます理解できずにシュウは苦しんだ。
 兄弟なのだ。遺伝上の関係は異母兄弟と言うことになるが、
兄弟同士で仲良くできるのならそれに越したことはないが、
それを実現不可能とさせてしまったのは、主にタカシだ。
 おいで、と自分の膝を開けて促すと、シュウは躊躇なくタカシの膝に収まった。
「……僕、やっぱりショウタ君に謝らないといけないと思う」
「なにを?」
「……花火が鳴っている場所に行こうって言ったの、僕なんだ」
 でもショウタ君はショウタ君のママに本当のことを言わなかったからたくさん怒られちゃった。
シュウはそう続けると、膝の上で俯いた。
 シュウに落ち度はない。少なくとも、ショウタのシュウへの態度が変化したことに関しては。
そうなるように仕向けてしまったのは、寧ろタカシなのだ。
それを思うと、シュウに対する後ろめたさに胸が重くなるのを感じた。
「……やっぱり謝ってくる」
「シュウ、」
 シュウは返事も待たずに、飛び跳ねるようにしてタカシの膝を去っていく。
428 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:40:19.64 ID:3V4Wo66k0
 待て。
 そう声を出した時には『平気だよ』と言う言葉を残し、彼は素足のまま庭へと駆けて出していた。
 タカシは立ち上がったまま、為すすべなく成り行きを見守るしかない。
安易にショウタへと近づくことは、流石に憚られる。
 シュウはあっという間に木陰に辿り付き、
彼らを見下ろすような姿勢のままでアンドロイドに何事かを話しかけ始める。
何の変哲もない、アンドロイドと人間の子供の自然な会話だ。
だがタカシは明らかに焦り始めている自身を自覚していた。
 今、ショウタの神経は尖っている。シュウがアンドロイドに近づくことを良しとはしないはずである。
アンドロイドはシュウに向かって顔を上向かせ、何某かの返答を返している。
その様子にさえ不安を覚え、タカシは庭用のサンダルへと足を突っ込み、
二人と一体へと少しずつ近づいていった。
「いえ、調子が悪いということはありませんよ。ただ、ショウタは少し気が立っている。
そっとしておいて貰えると助かります」
 アンドロイドが『困り顔』を作ってそう言った。
ショウタの感情の起伏、それが起こる際の状況を全て重ねて総合的に判断し、
アンドロイドは答えを導き出した上で、シュウを自分たちから遠ざけるよう、やんわりと懇願した。
「でも僕、ショウタ君に謝りたいんだ」
「申し訳ありません、シュウ様。今、ショウタには謝罪を受け入れるだけの余裕がありません。
どうかそっとしておいてください」
 困り顔のままそう続けるアンドロイドに、シュウは少しばかり不満そうな顔をしている。
ああ、まずい。タカシがそう思ったのは、シュウの不満をその表情に感じたのと、ほぼ同時のことだった。
アンドロイドの膝の上、小さく丸々ショウタが、かすかに身じろぐのが視界の端に確認できたからだった。
「シュウ」
 慌てて我が子――、タカシが頑なに唯一の息子と認識するシュウだ――に近づき、
その肩を自分の方に引き寄せる。だが、その行動は、少々遅かったようだ。
429 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:42:08.20 ID:3V4Wo66k0
 ショウタが手の甲で目を擦り、ゆっくりと意識を浮上させる。
幼い、どこにでもいる子供の仕草だ。
続いて、自身がどこで眠っているのか完全に忘れていたのであろう、
一瞬だけアンドロイドの姿を探すように視線を彷徨わせ、
そして見つけた『自分の父親』に笑いかけた――、
のは、本の少しの間だった。
 寝起きの幼子のぼんやりとした、いっそ可愛らしいとさえ思える表情だが、
それは瞬時に凍りつき、たちまち不快感を露にした、悪意ある表情に作り変わったのだった。
 ショウタが舌打ちをしなかったのが、意外に思えるほどに、
その感情の変化に伴う表情の移り変わりは露骨なもので、そして大人びて見えた。
 シュウから目を逸らし、アンドロイドの首に腕を回してへばりつくと、
「部屋に戻りたい」とショウタは硬質な声で告げる。
彼の怒りを察知したアンドロイドも、それに文句一つ言うことなく「判った」と短く返事をし、
すっくと立ち上がったのだ。
「ショウタ君、待って!」
 幼い声が、必死で『友達』に呼びかけるも、しかし呼びかけられた本人はそれを許すはずもなく、
シュウの存在にまるで気づかぬように、ショウタは無視を続ける。
アンドロイドも当然のことながらショウタの意志を尊重し(なにせアンドロイドにとってショウタは主だ)、
彼によって下された命を遂行するためにショウタの部屋を目指して歩き続けた。
 広い庭だと言っても、所詮は普段使いではないセーフハウスだ、広さなどたかが知れている。
シュウは走り、そしてアンドロイドを捕まえるべく腕を伸ばした。
 幾度かそんな攻防は続き、シュウが漸く掌を捉えたところで、アンドロイドの歩行は止まったのだった。
430 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:44:19.50 ID:3V4Wo66k0
「捕まえた! あのね、ショウタくん、僕、ショウタくんに謝りたいことがあるんだ」
 シュウは短い駆けっこによって乱れた呼吸を整えながら、自身のはるか上に居るショウタを見上げた。
シュウの右手はアンドロイドの右手を、左手は息を整えるべく、自身の胸に添えられている。
 おっとりとしたシュウの表情に対して、ショウタの目は怒りに燃えていた。
 ――危険だ。そう本能的に察知したタカシはシュウに近寄り背後に回る。
「ショウタ、あのな」
 取り繕うように、殆ど呼んだことのない名をタカシが口にした時だった。
「うるさい!! 僕の名前を気安く呼ぶな!!」
 ぴしゃりと冷たい声が浴びせられる。
 子供らしさの一切含まれない怒声に似た声は、ひどく冷たく、そして刺々しく鼓膜を振るわせた。
あまりにも冷ややかな声音は、タカシとシュウの動きを拘束させるだけの効果が充分にあった。
 あまりにも子供らしくない。あまりにも冷たい。
 ショウタをそう変えてしまったのは、紛れもなくタカシと言う遺伝上の父親だ。
 遺伝上――、この期に及んで、タカシはそんな枕詞をつけたがる。
ほぼ強制的に父親にされてしまったわけではあるが、それでも、こんな風になってしまった子供一人を目の前に、
今でも『遺伝上』などとつけたがるのタカシは、どうかしているのかもしれない。
「下ろして」
 アンドロイドの腕に抱かれたままだったショウタは、冷淡にアンドロイドへと『命令』した。
お願い、などと可愛らしいものではなかった。
 アンドロイドが軽く身をかがめると、ショウタはそこから飛び降りるようにして芝生の上へと降り立った。
431 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:45:42.03 ID:3V4Wo66k0
「ショウタ、君」
 シュウの声が乾ききっている。アンドロイドの手に触れたままの右手にショウタの視線が移される。
と――、パン、と弾けるような音が響き渡ったのだった。
 ショウタが、シュウの手を思い切り叩いたのだ。叩き落した、と言うのが正解だろうか。
「勝手に触るな」
 冷ややかな声音は、タカシに向けられたものと然して変わりない。
「これは僕のだ。お爺様が僕に下さった。何故お前が勝手に触る」
「ショウタ」
 窘めるように声を掛けたのは、アンドロイドだった。
 アンドロイドは怒りに震えるショウタの肩にやんわりと触れるが、
それは彼の怒りを静めるほどの効果はないようだった。
「落ち着きなさい、ショウタ。ショウタ、こっちを向いて」
 父のように、母のように、アンドロイドは冷静に、穏やかに声を掛けた。
ショウタはゆっくりと振り返り、自身の『父親』を見上げた。
「落ち着きなさい、ショウタ」
 繰り返される声に、ショウタの表情が徐々にあどけないものへと変わっていく。
「ショウタ、大丈夫だから。私はショウタのものだ。心配ない。他の誰のものにもならない。
判っているだろう? 大丈夫、深呼吸をして」
 ショウタと視線を合わせるべくしゃがみ込んだアンドロイドは、あやすようにポンポンと幼子の腕を叩く。
一定のリズムで繰り返されるそれに、ショウタは冷静さを取り戻しつつあるようだった。
 緊急セラピーだ。モードが『親』に設定されている場合、子の怒りや悲しみに応じて、
アンドロイドはこうして、子が落ち着くまで簡単なセラピーを行うのだ。
 他者との衝突を避け、他の子供の親からクレームを受けるのを避けるよう誘導する。
それもアンドロイドの仕事の一つだ。
432 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:47:28.08 ID:3V4Wo66k0
「大丈夫、いい子だ。ショウタはいい子だね。大丈夫」
 頬に手で触れ、額同士をくっ付ける。親子のようなスキンシップに、ショウタの呼吸は整えられていく。
 気味の悪い光景だった。
ショウタはセラピーを、そうとは思わずにアンドロイドから与えられる『愛情』と認識しているに違いない。
彼は、完全にアンドロイドへと依存している。
そするしかなかった子供に対して、気味が悪いと感じてしまう自分自身もまた、気味が悪い。
 タカシは目を逸らし、二人を――、
あれはもう、ショウタにとっては『一体』ではない。完全に『一人』と化している――、
視界に入れぬよう努力した。
「少し体温が高くなったね。でも大丈夫、すぐに落ち着く筈だ」
「うん……」
「よし、気持ちは落ち着いたね。いい子だ。シュウ様に謝って」
「嫌だ。僕のものに勝手に触った方が悪い」
「ショウタ……」
 謝罪を再度促すのは得策ではないと感じたのか、ただ短く、「では、部屋に戻ろう」と告げたのだった。
「うん……」
 部屋に戻ることを了承したはずのショウタであるが、しかしアンドロイドに手を引かれるも、
彼の足は強張り固まったままだ。
「ショウタ、どうした? 足が緊張してしまったかな?」
「……だっこ」
「また、そんな風に甘えて」
「だっこして、『お父さん』」
 お父さん、の部分は小さくてなんとも聞き取りづらかったが、しかしショウタは、確かにそう発音した。
433 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:49:25.48 ID:3V4Wo66k0
 ――お父さん。
 シュウが呼びなれているその呼称を、ショウタはこれほどまでに遠慮がちに口にする。
それも、タカシに対してではなく、紛い物の無機質な父親に対して。
 通常、アンドロイドに対して、ここまで依存する子供は少ない。なぜならばアンドロイドは、
あくまでも子守を担当するだけのロボットだ。親が仕事でいない時間だけの、子守。
だがショウタにとってはそうではない。ショウタには、アンドロイドしか居ないのだ。
その紛い物の父親を得たのもつい最近のことで、彼には生まれてこの方、父親は居なかった。
いや、母親でさえも、居なかったのだ。
 ミユキはあれほどショウタを、男児を望んでいたにもかかわらず、
生まれてしまえば面倒の一切を放棄していたと聞く。
怪我をしようものなら烈火のごとく怒り散らす割りに、
命の危機が訪れようものならこうして山奥へと避難する割りに、
彼女はショウタの面倒を全くと言っていいほど見ない。
ちぐはぐな行動は、タカシをも大いに混乱させるほどだった。
幼いショウタがどれほど混乱を来たしているかなど、想像するに難くない。
 今ここに来て、漸く――、遅すぎるとは思うが、タカシは『後悔』を覚えた。
自分の意地が、自分のどうしても曲げられてない思想が、
一人の子供をおかしくしている事実に『後悔』を覚えたのだ。
 きっとこの先、ショウタはこのままだろう。
例えば今、後悔を覚えたタカシが、急激に父親らしく接したとしても、
おそらくショウタは受け入れることはないだろう。
それだけのことをしてきた。そうならざるを得ないように接してきた。
ショウタのアイデンティティを、グチャグチャに歪なものへと成長させたのは、
どう考えても出来損ないの親二人なのだから。
434 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:50:54.03 ID:3V4Wo66k0
「お父さん……?」
 疑問符をくっ付けそう呟いたのは、シュウだった。
 なんともタイミングの悪い呟きだ。
おそらくシュウには悪気はない。ただ、疑問に思っただけなのだ。
何故自分の友達が、『機械』をお父さん、などと急に呼び始めたのか。
ただただ子供らしい、無邪気な疑問であったはずだが、
ショウタにそれを理解できるだけの心の余裕もなければ、
それを柔軟に受け止められるだけのバックボーンもない。
 ただただ単純に、『馬鹿にされた』と。
 父親のない自分を、恵まれた子供に馬鹿にされたと。
 父親に愛されなかった過去を、恵まれた子供に馬鹿にされたと。
 そう反射的に捉えたに違いない。
 ショウタの足を包む、小さなスニーカーが地面を蹴った。
 ふわりと体が浮き上がると同時に、彼の胸元の短いネクタイも上向きに浮き上がる。
 小さな拳は握られ、余程きつく握り締めているのか、真っ白だ。
 あの拳は、シュウに間違いなく激突するだろう。
 タカシはシュウの腕を引き寄せ彼の体を芝生の上に引き倒し、自分が盾になるようにシュウの前に出た。
 目を瞑り、衝撃に備える。
子供の力などたかが知れているが、それでも子供の本気はそれなりの痛みを伴うつもりだ。
 抵抗するつもりはない。タカシは『後悔』しているのだから、それを甘んじて受け入れるつもりでいた。
所が、その衝撃はいつまで経っても訪れず、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、
そこにはアンドロイドに細い腕をつかまれた状態のショウタがもがいてたのだった。
435 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:52:50.23 ID:3V4Wo66k0
「離して!!」
 猛獣のように、怒りをむき出しにしたショウタは、アンドロイドの拘束を解こうと体をばたつかせている。
「離してよ! 離して!」
「離さない。今、君は、シュウ様が怪我をしかねない暴力を振ろうとした。
怪我を負わせること、それは最悪の場合、君が社会的制裁を受ける可能性が大いにあることを示している。
『父親』としては、それを見過ごすことなど到底できない」
「なんでだよ! なんで!!」
「暴力を振ることはよくないことだからだ」
「僕は今までずっと虐められてきた! 『こいつ』に無視された! 『こいつ』は僕を殴ったりしなかったけど、
いっつも僕を汚いものを見る目をして睨んだ! 僕が何をしたの!?
なんで、なんで僕だけこんな目に遭わないといけないの! なんで……!」
 ショウタはなんでなんでと、駄々っ子のように繰り返す。
 こいつ、とはタカシのことを指しているのは間違いないだろう。 
 ここまで情動を明確に表現するショウタの姿は初めてで、タカシは息を詰めて様子を見守った。
ショウタは、いつでも遠慮がちだった。いつでもそっとタカシを見つめ、タカシがその視線に気づく頃に、
やはりそっと視線を外したのだ。
 いつでも、控えめにタカシを求めていた。
 愛してくれない父親を、求めていたのだ。
「理論が破綻している。仮に報復が許されるとして、ショウタ、君が報復活動を行うべき相手はタカシ様だ。
決してシュウ様ではない」
「こいつ、今僕を笑った!」
「笑ってなどいなかった。彼は『お父さん?』、そう口にしただけだ。
おそらく彼は、君が私のことを何故急に『父』と呼び出したことについて純粋な疑問を抱いたに過ぎない」
「でも、でも……!」
「ショウタ、落ち着いて。君の思考力は、私が計測したところ、+五歳ほどは大人びている。
私がなにを言っているのか、判らないはずはない。
また、感情の赴くままに暴走するほど愚かしい性格でもないはずだ」
436 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:54:02.76 ID:3V4Wo66k0
「……なんで僕の味方になってくれないの……なんで……」
 ショウタの瞳が、見る間に潤んでいく。
小さな頬を、その塩水が濡らすのは時間の問題のように思われた。
 ――ああ、泣いてしまう。
 タカシは居心地の悪さと、後悔に押しつぶされそうになりながら、
その涙が溢れるのを待つようにして見守っていた。
「なんで、誰も僕だけのものにならないの……」
「私は君の味方だ。なぜならば、君は私の主であるのだから、君の人生がより明るいものになるよう、
最悪の選択をしようとした場合は阻止し、できる限り君を導き、共に存在することを約束しよう」
「違う……違うよ、そうじゃないよ……」
 嗚咽を含んだ声で呟きながら、ショウタは首を振った。
「違う、とは? 私はアンドロイドであるため、君の感情を明確に推し量ることはとても難しい。
ハッキリと『何』が『どう』違うのか、口に出して示して欲しい。
そうすれば、もしかしたら君が望む答えを私は用意できるかもしれない。
だた、それが君の望みに百%適うものではないかもしれない、と言うことは心に留めておいてほしいと思う」
「選択の手伝いなんて要らないよ……そうじゃない、僕が欲しいのは、僕が欲しいのは……、」
「ショウタ? それでは判らない。ショウ、」
「もういい」
 アンドロイドの言葉を遮るようにして、ショウタは『もういい』と宣言し、そして乱暴に涙を拭った。
まるで泣いてしまった自分を恥じるような行動だ。
 ショウタは唐突に行動が切り替わる。それはまるで――、ロボットのように。
437 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:56:02.98 ID:3V4Wo66k0
「もういい、とは?」
「お前はアンドロイドだ。結局、僕の味方はどこにも居ない」
「ショウタ、私は君の味方だ」
「偽物だ! 結局お前は、偽物だ! 僕のお父さんじゃない!」
「君の遺伝上の父親はタカシ様であることは間違いない。
ただ、タカシ様とシュウ様の親子としての接触を百%として計測した場合、
君とタカシ様の接触は場合、一%以下であることは、私のここ二週間強の観察で判っている。
形だけのものとは言え、父親として接触している時間は私の方が格段に長い。
それでも父親ではないというのなら、仕方がないとも思う。
なぜならば私は所詮マシンだ。遺伝的な繋がりを君と持つことは未来永劫不可能なことだから。
君がもう私を必要でないというのなら、モードを警備に切り替えても構わない」
「……僕は誰にも必要とされない。お前だって、主人は僕でなくてもよかったはずだ。
僕が主人として登録されているから、僕のお父さんのようなものになってくれるだけで、
それはホンモノじゃないし、僕のことを好きなわけでもない。誰でもいいんだ」
「残念ながら、ショウタと私の関係は、確かに私にインプットされたものによることが多く、
それによって私は君を『子』と認識し、父親を演じるように命じられている。
自発的に君に愛情を抱くことは難しい。それは確かなことで、私にもどうすることもできない。
しかし、君が私を必要とするのなら、私はいつまでも君のそばに居ることができる。
心変わりはしない、君を不要に思うことも、邪魔に思うこともない。
君が望む限り、私が故障しない限り、同じプログラムで遂行し、
人間の言うところの『愛情』に良く似た態度で、君に接することを約束しよう」
 アンドロイドは人のように心変わりをすることがない。
未来永劫、自身が故障するまで忠誠を誓うのである。 
 お前のように子を愛せぬ白状者よりマシだ――、そう批判されたようで、タカシは思わず奥歯を噛み締めた。
おそらくその微細なタカシの行動でさえ、アンドロイドは把握しているはずであるが、
しかし果たしてその意味まで理解できているかどうか。
理解しているのならば性質が悪いと感じるが、
幼子を相手に冷ややかな態度を取り続けた自身の方が余程性質が悪いのだと、タカシはもう知っている。
いや、漸く心の底からそう感じることができた、と言うべきか。
だからこそ、アンドロイドに会話を切り上げさせることができなかったのだ。
438 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 21:58:33.21 ID:3V4Wo66k0
「それは僕が死ぬまで?」
 幾分か冷静さを取り戻した声音で、ショウタは問うた。
「残念ながら、以前ショウタに伝えたとおり、私たちの耐久年数は十年程度とされている。
ショウタの寿命には遠く及ばない。しかしその十年を私は、」
「僕はすぐに死ぬ」
 アンドロイドの言葉を遮り、ショウタはぽつりと言った。
「僕は、どうせすぐに死ぬ。だから、十年もきっと必要ない」
「ショウタ、その言葉は理解できない。君は健康だ。事故ならば私がいくらでも防ごう。
先の大戦の影響で酸素の汚染が進んでいるとは言え、君は飲料水も汚染が低いものを飲んでいる。
この生活を維持すれば、少なくとも君はあと五十年は生きることができるだろう」
「僕は大人になるまでに死ぬ。殺されることが決まっている」
 ショウタの頬から、拭ったはずの涙が再びポロリと零れ落ちた。
アンドロイドはそれを親指で拭き取っているが、至極冷静だ。
 突然の告白に、タカシは大いに戸惑っていた。
 ショウタが何を言っているのか理解ができぬのは、アンドロイドだけではなく、タカシも同じだ。
「ショウタ、君は健康だ。自暴自棄になるのはよくないことだ」
「違う……違うよ、そういうことじゃない。僕は殺されることが決まっている」
「ショウタ、意味が判らない。人には未来を予知する力はない。勿論私にも。
なにか君は妙な固定観念に囚われている可能性がある」
「……僕は、殺されるために生まれてきた」
 いつの間にか、太陽が傾き始めている。
 そろそろ夕方だ。
 オレンジ色の光りが、ショウタの頬を照らしていた。
 泣き、喚き、怒る。
 そんなショウタの表情を、タカシはこの日殆ど始めて目にしたのだ。
 遺伝子の半分を分けた我が子の豊かな表情を、この日、初めて目にしたのだ。
その中に笑顔が含まれていないのは、明らかにタカシやミユキの責任で、
今更その咎を負うことができるのだろうか、などと、
タカシはその場にそぐわぬ、実にぼんやりとした思考で、しかし、今更ながら考えていたのだった。
439 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 22:03:28.53 ID:3V4Wo66k0
 夕日を、雲が隠す。
 ショウタの顔も薄暗い周囲に紛れていく。
「僕は、イショクされるために生まれてきた」
 イショク、とは移植だろうか。しかし、それでもショウタの言葉の意味が判らない。
 だが、タカシの背筋を冷たいものが伝っていくのを感じた。
「僕はお母様に、小さいころからずっと聞かされてきた」
 異常な空気に、隣にいるシュウが、指先に力を込めて己の手を握り締めてきたことにも、
タカシは漸く気づくが、そちらを向く余裕はない。
ただジッと、今までだってそんなことをしたことはないと言うのに、ショウタを見つめていた。
「僕は、そいつの――、『タカシさん』の脳を移植するための器だって」
 冷たい風が吹いた。
 この場に居る人間の体温を奪うような、冷たい風だ。
「僕は、『タカシさん』の脳を移植するためだけに生まれてきたんだ」
 嗚咽が聞こえる。泣いているのは、シュウか、それともショウタか。
 完全に広がった薄闇に目が慣れることができず、子供たちの様子を窺うことができない。
 月が昇るまで、どれほどの時間が掛かるだろうか。
 そして暫しの沈黙が訪れる。
「僕は、誰にも愛されていない。でも、お前がお父さんになってくれて、少しだけ嬉しかった」
 寂しそうに呟いたショウタが、
アンドロイドに自身の『親』であること、さらには『警備』も解除することを宣言した。
為すすべなく誰もがショウタの行動を見守っていた。
「ありがとう。お父さんになってくれて、本当に嬉しかったよ。
お父さんじゃないなんて嘘。大好きだよ」
 しゃがんでいた微動だにしないアンドロイドの首に腕を巻きつけ、一度だけ抱きついたショウタは、
鼻先を首筋に埋めるようにした後、すぐさまその腕を名残惜しそうに解き、そして――、微笑んだ。
 モードの切り替えには時間が要される。アンドロイドはその間、身動きが取れぬのだ。
「ショウタ!」
 タカシは思わず叫ぶが、しかしショウタは一度もタカシを振り返らず、フライボードを掴むと闇の中に消えていった。
 追うものは誰も居ない。
 ――お父さんになってくれて、嬉しかった。
 耳に木霊するのは、幼くて、だが妙に大人びた――、いや、大人にならざるを得なかった子供の、悲しい声。
 空に昇った月は、少しだけ欠けた歪なものだった。
440 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2015/12/22(火) 22:04:33.03 ID:3V4Wo66k0
今日はここまで
いつも保守ありがとうございます
よいお年を
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/26(土) 00:23:32.24 ID:qvF5Ec+60
お疲れさまです!
せつなすぎる…

今年も、読み応えのあるお話をありがとうございました。
続きも楽しみにしてます!
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/27(日) 11:17:01.43 ID:dpPiJDA80
ストーリーも描写もすごいですね
最後までがんばってください

あと◆OfJ9ogrNkoさんの他のお話があったら読んでみたいです
443 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/04(月) 07:01:08.94 ID:d/jYH/pSo
似たようなSSを読んだ気がする
444 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/01/07(木) 01:40:37.27 ID:hlu/J5WG0
fatherのスペル間違っていて死ぬほど恥ずかしい……
何故間違えた
恥ずかしい

まとめてで失礼

vipでその場で推敲もなしに書いていたのが何作かあります
ピクシブに自分でまとめてあるけれど、あまりにも誤字脱字が酷いので
そのうちまとめて清書して再度上げる予定です

「似たようなSS」と言うのは、もしかしたらやはり自分の作品かもしれません
このSSのプロトタイプをvipに上げたことがあります
(タカシがアンドロイドを作る会社のCEOだったり、
ショウタが奴隷のままだったり、ミユキがタカシの姉だったり)

いずれのSSも全て完結済み、ショウタ・タカシ・ミユキだけで書いているはずなので、
ググれば出てくるかもしれませんが、本当に誤字脱字がこのSS以上に酷いのでオススメしません……
登場人物名は全て同じですが、中身は違う人物なので、アレ?と思うかもしれません

長々と失礼
あまりにもfatherが恥ずかしかったので
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2016/01/30(土) 21:44:17.89 ID:ZxHy5aDZo
たまたま見つけて半日かけて読んだわ…凄いね。世界観とか設定とか普通に小説に出来る
殺された女はミユキとは友達だったのかな。どっちも貴族だったから最初混乱した

そしてミユキのヤンデレぶりが怖い!実の子であっても適応確率は四分の一らしいけど
それはクリアしてるのかな。完全な被害者のショウタが可哀想だ。死んだお姉さんも
ミユキと義父を恨む気持ちはわかるけど、ぶっちゃけタカシにもかなり問題あるよなぁ…
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2016/02/01(月) 08:32:55.90 ID:XV4pC2dco
なんで俺がこんな目にって何度も言ってるけど全てはタカシが超絶自己中なのに起因してると思える
水製造機が戦争の火種になるってわかってるならある程度お金入った後に特許取って製造法を
公開すれば良かったのに一人で握りこんで戦犯扱いは当然。息子が殺された件もそもそも息子の存在が
過ちだし、幼馴染がアレなのもずっと半端に好意を利用してたからヤンデレた可能性もある

花街でショウタを忘れたのは他人なんかどうでもいいという本質の現れだと思う。普通は近所の子供だって
もう少し心配する。息子も息子として愛してるんじゃなくて姉の代替品として見てるだけだろうな
一般人ぶってるタカシより金に汚く孫が可愛い義父が一番普通の人間らしいというのがなんとも皮肉

長文失礼。分析しがいのあるSSだったので
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/27(土) 12:23:40.41 ID:0bakyugA0
もうクライマックスか〜長かったけど早く感じる
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/06(日) 01:05:32.56 ID:mO2C8zIj0
セルフ保守
保守、感想ありがとうございます
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/13(日) 23:52:00.20 ID:ZvDHFeH30
続きも楽しみにしてます
保守
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/12(火) 21:10:45.45 ID:2zqqqIcs0
ほしゅ
451 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:00:02.60 ID:R3zx0t5S0
 再起動したアンドロイドは、ショウタを追おうとはしなかった。
ショウタ自らが命じた『警備』と『父親』の解除に伴い、
アンドロイドは彼を保護対象と見なさなくなったのだ。
 アンドロイド自身にはショウタと接した記憶は残されているが、
今の彼にとって大切なのは第二の所有者であるタカシとミユキだ。
自動的に繰り上がった所有権により、タカシはアンドロイドの真の主となったのだった。
「おい、ショウタの居場所を教えろ!」
 襟首を引っ掴んで問いただすものの、アンドロイドは先ほどから、
『お教えできません』の一点張りを貫いている。
「話題となっている児童Aは私の警備対照ではありません。
児童A自らが、私との『契約』を破棄しました。彼の居場所を私が探索するには、
彼との『再契約』が必要となります。それは、個人保護の法律を厳守するための行動であり、」
「お前、『児童A』ってショウタのことか……」
 突然に、ショウタの存在は『児童A』などという無機質なものへと成り下がってしまった。
 だから嫌なんだ、とタカシは口内で呟いた。
 所詮プログラムが見せる幻だ。人らしく振舞うよう命じられているだけの、紛い物。
「俺はお前らのそういうところが嫌いだ!」
「『そういうところ』とは?」
 生真面目にアンドロイドは問いかけるが、それとて『尋ねたい』と言う欲求からくるものではなく、
理解できぬことを取り敢えずは問いかけ直すよう組まれたプログラムに過ぎない。
「……もういい。シュウ、家に入りなさい。お父さんは今からショウタを探しに行かなくてはならない」
「え……」
 不安そうに手を握り締め、シュウはタカシを見上げた。
「アンドロイドがいる。心配はない」
「……判った……」
 判った。そう言いつつも、声は不安に揺れていた。
 きっとシュウには、今現在なにが起こっているのか、殆ど理解ができていないはずだ。
『友達』であったはずの『ショウタ』が何故あれほど怒り散らしていたのかも判らないだろうし、
ショウタがどうやら『友達』ではなく『兄弟』であったという事実も、
理解できているのかどうかさえ怪しいところだ。
452 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:04:14.12 ID:R3zx0t5S0
 しかし今はそれどころではない。一刻も早くショウタを探し出さなくてはならないだろう。
 ショウタたちが始めて花街へと出奔した日、あの夜は満月で夜道も明るかっただろうが、
今日はそれほど月明かりが頼りになるわけではない。都会なら兎も角、こんな山奥の田舎では、
フライボードで夜間移動などしようものならば、木々の合間に落下し怪我をしかねない。
いや、もしかしたら最悪の場合は――、そこまで考え、タカシは首を横に振った。
 最悪の事態を想定してばかりは居られない。兎に角、急がなくてはなるまい。
 万が一ショウタの身になにかあったら――、あったら、どうすると言うのだろう。
タカシは思考の端に引っかかる、とても嫌な異物感に小さく舌打ちをした。
 後悔はしている。心配でもある。
 だが、それはどこから来るものなのだろうか。
 タカシは自分自身が判らなくなってきている。
 ショウタをどうしたいのか、ショウタとどうなりたいのか、
自分のことであるのにも関わらず、皆目判らないのだ。
アンドロイドを盗み見れば、彼は時折まばたきをしてタカシを見つめていた。
 仕草は殆ど人間だというのに、彼は人間ではない。
 ここまで人らしくあるのなら、いっそのこと感情があればいいのに、などと馬鹿げたことを思う。
彼らは体験した経験から行動を取ることはあっても、自ら思考することはない。
ユーザーの目には、あたかも思考しているように映るだろうが、それは経験に基づく行動であって、
己の『考え』を反映させているわけではないのである。
パターンにパターンを重ね、本来のプログラムの上に独自のパターンが生成されたため、
パターンとプラグラムに齟齬が生じ異常行動を取るアンドロイドも居るらしいが、
結局のところそれはプログラムとパターンであって、思考しているわけではないとタカシは考えている。
 だが、例えばこのアンドロイドが、心からショウタを愛していたのなら――、
そうすればタカシがここまで思い悩むことはないに違いなかった。
堂々と役目を放棄できる。全てを丸投げすることができる。
 アンドロイドがショウタの身の安全を案じ、そして追いかける。
アンドロイドが意志を持ち、それらの行動をとることができたのならば、タカシは何の心配もせずに済む。
 愛せない、可愛いとも思えない、守らなくてはならないとさえ、思えない。
 それでもショウタにタカシの代替品がいたのなら、きっとあの子供は――、
そこまで考え、タカシは唇を噛み締めた。
453 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:05:26.83 ID:R3zx0t5S0
「俺は馬鹿か……ッ」
 アンドロイドが意志を持つことはない。
 ならば、タカシが取るべき行動をひとつだ。
 単なる偽善だ。それは判っている。タカシは悪者になりたくないのだ。
 ショウタを無事確保したところで、彼が素直に帰ってくるとも思えないし、
おそらく彼は、そんなタカシを見透かすだろう。
 悪者になりたくはない。ただ一つ、それだけの感情がタカシを突き動かしていた。
 だが――、追いかけなくてはならないと、タカシは異様な焦燥に駆られながら考えていた。
その焦燥がどこから生じるものなのか、全く判らない。
「お前はシュウを見ていてくれ」
「判りました」
 焦る様子もなく、アンドロイドは命じられたとおりにシュウの手を取り返事をした。
 ――忌々しい。
 アンドロイドは、ショウタの姿がないことを、少しも気にしていない。
 先ほどまで手を繋いでいたショウタが、あれほどまでに思慕をぶつけてきたショウタが、
だっこを強請ったショウタが、ここに居ない。
 その事実を、アンドロイドは露ほども不安に思うことはないのだ。
 この無機質さが嫌いだ。
「シュウに温かい飲み物を。それから、ミユキをシュウに近づかせないでくれ」
「何故ですか?」
「今は理由を話している余裕がない。これは『命令』だ。判るな?」
「……判りました。ミユキ様をシュウ様に近づけることがないよう注意します」
「注意ではない。厳守だ。ただしミユキに危害は加えるな」
「判りました」
 アンドロイドは澄んだ目でタカシを見て返事をした。
またもや舌打ちが漏れる。
 シュウの耳にも届いたかもしれないが、幼い息子に気を使ってやる余裕もない程度に
タカシは焦っていた。
454 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:10:14.18 ID:R3zx0t5S0
 ――泣いていた。
 ショウタが、泣いていた。
 おそらくずっと、ショウタはこっそりと泣いていたのだろう。
 泣かせていたのは、大人の都合とタカシのつまらないプライドだ。
「クソ……ッ」
 堪えきれずに悪態を吐く。
 髪をかき回し、そして覚悟を決めて尻のポケットに収めてあった車のキーを握る。
 よし行こう――、そう自分を鼓舞した時だった。
「煩いわねぇ、まったく」
 暢気な女の声が、夜の庭に響く。
 庭に面したリビングの大窓の前、庭に居る二人――、と一体に、
「なにごとなの」と女は不機嫌に尋ねたのだった。
「ミユキ……」
 タカシはぽつりと妻の名を呼ぶ。
 昼寝でもしていたのか、髪が少し乱れている。
 あの騒ぎの中、よく眠れるものだと思う。
 ミユキはショウタに関心がない。
ショウタの中身に用はなかったのだから、それも当たり前のことだろう。
ショウタは『移植されるための生まれてきた』と話していた。
『体』に危害が及びそうになれば狂ったようにその安全を確保しようとする。
それは、ショウタの『器』だけを彼女が欲していたからに違いない。
「お前、ショウタに何を吹き込んでいた」
「……何のことかしら」
 女は一瞬こめかみを震わせて、しかし何事もなかったかのように微笑んだ。不気味な笑顔だ。
「もうすぐ自分は死ぬ、移植の為に生まれてきたと言っていた」
 あら、とミユキは呟き、そして我侭を言う子供に手を焼く母のように眉を顰めた。
「あの子ったら。『内緒の話よ』って約束したのに」
「……なにを考えている」
「なにって?」
「お前は最初から、ショウタを利用するつもりだったのか」
 女児は要らぬと堕胎を繰り返していたミユキの思惑を、タカシは未だに理解できては居ない。
タカシは永遠にミユキのものにならない。なるつもりはない。
もとより愛情などなかったが、溝が深まった今、顔を見るのさえ厭わしい。
「先に私を利用したのは貴方よ。私のことなんて、好きでもなかったくせに」
「――そんなこと、初めから判っていたことだろ」
 その上で、ミユキはタカシとの婚姻を望んだ。子供さえ得られれば言いとさえ言っていたのだ。
 確かにミユキの思慕に気づきながらも利用したのはタカシのほうだ。
だが、それに気づかぬほどミユキとて幼かったわけではないはずだ。
 しかし、今はそんなことで言い争っている場合ではない。
この女が何を考えているのか判らぬが、まずはショウタを見つけねばなるまい。
「――ショウタが居なくなった。帰ってこないつもりだろう」
 先ほどまで悠然と微笑んでいたミユキの表情が、スッと凍りつくのをタカシはハッキリと見た。
「探しに行く」
 どこに、と女の声が尋ねたような気もしたが、
タカシはそれに返事を返すことなく車に乗り込みドアを閉じる。
 タカシは車を発進させながら考えていた。
 ショウタを見つけ出してどうするつもりなのだろう、と。
 ショウタが拒否することも目に見えているし、縦しんば連れ帰ったところで、
ショウタはもう誰にも何も期待せず、心は押しつぶされ乾いたままだろう。
 またタカシも、後悔をしていても、彼を可愛いと思えることはないだろうと確信している。
 タカシにとっても、ショウタにとっても連れ帰る意味はないはずだ。ただひとり、ミユキを除いては。
 ミユキはタカシの脳を移植するつもりらしい。
455 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:12:17.88 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿な女」
 侮蔑と嘲笑を込め、言葉を吐き出した。
 おそらく彼女は、タカシとショウタの移植の適合率が極めて低いと知らぬに違いない。
 嘗て、様々な病によって失われた臓器は、大体パーツでも、生体パーツでもなく、
多くの場合、見知らぬ誰かのそれらによって補われたと聞く。
 他人の臓器を移植するなどと言う信じがたいことが、医療として年に何件も行われていたのだそうだ。
 適合検査はまず、ごく親しい身内から。
親兄弟、配偶者から検査を行い、それに適合しなかった場合、適合する赤の他人から貰い受けたのだという。
そんな背景も手伝ったのだろう、彼女は親子間の移植が、高確率で、殆どの場合可能であり、
かつ成功率も当然高いと勘違いしているに違いなかった。
 おそらく、あのマッドサイエンティストが、何故タカシの嘗ての息子であった『あの子』を死に至らしめたのか、
その詳細までは知らないのだろう。
 ミユキは女児が生まれることを厭っていた。
タカシが手出しをしないように――、そんなことを言っていたが、
なるほど、自分が『産み落とした器』にタカシを閉じ込めることが目的であったというのなら、
男児に執着した意味も判らなくもない。
彼女の目的は、『タカシを自分のものにすること』だ。意識はどうにもならなくとも、
魂たる脳と記憶を『自分の産んだ体』、即ちショウタに閉じ込めることは、
彼女にとって『タカシを自分のものにする』ことと同義なのだろう。
 だが、それが果たして成功するかと言えば、
門外漢であるタカシから見ても成功率が極めて低いことは確実で、
ミユキの狂った計画が頓挫の道を辿ることは安易に知れた。
 自分の産み落とした器にタカシを閉じ込める――、ぞっとするほどの執着に、吐き気を覚える。
 だが今はそんな気持ちの悪い思惑に囚われている場合ではない。
ショウタを早急に見つけなくてはなるまい。
456 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:20:39.31 ID:R3zx0t5S0
 誰にも必要とされていない――、
そんな残酷な真実を、この世に生まれて僅か数年の子供は、痛いほどに知っている。
父親からは邪険にされ、母親からは臆面もなく『入れ物』と呼ばれる。
そんな環境で育った彼は幸か不幸か、
アンドロイドによれば『情緒面が五歳分ほど発達している』のだという。
 幼い子供ならば思いつかぬようなことを、ショウタがやってのける可能性も大いにあるだろう。
 そう、例えば自殺。
 タカシはそれをなによりも懸念していた。
 闇雲に歩き回るつもりはない。
 ショウタが引っ掴んでいったフライボードは、先日の出奔を期にGPS登録を済ませたところだ。
 それを知ってか知らずか、彼がフライボードを小脇に挟んで行方をくらましたことは、
タカシにとっては幸いだった。 
 タカシはステアリングから手を離し、自動操縦に切り替える。
 タブレットを立ち上げ、ショウタの現在地を確認すれば、やはり彼は花街の方向を目指しているようだった。
 そもそも彼が足を運べる場所など、この周囲には花街しかなくて、懸念しているのは寧ろ行き先よりも、
そこに向かう道中の事故、或いは自殺だ。
 一度目はなにもなかったかものの、二度目も無事に済むとは限らない。
何よりも今ショウタは、自棄を起こしかねない精神状態に置かれているのだから、
わざと操作を誤って転落事故を起こす可能性もないわけではない。
 おおよその緯度経度をスピーカーに告げたのち、シートに深く沈み身を預ける。
 ショウタの居場所を示すGPSは、一定の速度で細かに移動を続けていた。
 点滅を繰り返すタブレットの光が、暗闇の視界に酷く刺激を与える。
457 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:25:14.20 ID:R3zx0t5S0
 耳にこびりつくのは、ショウタの痛々しい叫びだ。
 ――少しずつ、自滅の道を辿っている予感があった。
 シュウもいつまでも子供はいない。自分の出自をいつかは知るだろうし、
今の人生がいかにして与えられたかも、そのうち悟るだろう。
また、父親が、己の異母兄弟であるショウタにどんな残酷な仕打ちをしたのかも。
 溜息が漏れる。
 タカシの人生は、きっと全てが間違っているのだろう。
 姉を犯したことも、この国を破滅に導く機械を作ったことも、姉との間に子をもうけたことも、
好きでもない女と結婚したことも、子供に優劣をつけ接していたことも。
 人生の殆どが過ちで埋め尽くされている。
 だが、果たして、綺麗で傷ひとつない、美しいだけの一生を送る人間などいるのだろうか。
 人は自分の為に、時として人を殺すほどの我侭を通すイキモノではないだろうか。
 タカシはヒーローではない。自身の生き様を大手を振るって肯定するつもりは毛頭ないが、
大きな何かを守るために、我が身を犠牲にできるほどの器もまた、持ち合わせてはいないのだ。
 どこにでも居る、欲にまみれた人間なのだ。
ただ、我を通した代償が重すぎた。自分の身は然して痛くはない。
その重みを背負っているのが、ショウタであるのが問題なのだろう。
 結局のところ、タカシもミユキも、ショウタへと同等の負担を強いている。
 だが、そこまで理解しているくせに、頑なに愛してやることはできなかった。
 それでも、泣かせてしまうほどに追い詰めたことは、後ろめたく思うのだ。
『タカシさん』
 控えめに呼ぶ子供の声が木霊する。
 タカシさん、と実の父をショウタは名前で呼んだ。
 ああそうか――、と気づく。
 ミユキを真似ているのではない。
 おそらくショウタは。
「呼べなかったのか……」
 お父さん。そう呼べなかったのだ。
 タカシの顔が険しくなるから。
 タカシがあからさまに嫌そうな顔をするから。
458 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:28:34.70 ID:R3zx0t5S0
 ショウタがまだ幼い頃、片手で足りる程度には、『お父さん』と呼ばれた記憶があった。
 ショウタは母であるミユキが面倒を見ない割りに、言葉の発育が早かったと記憶している。
 同い年の子供が漸く意味の判る会話をするようになった頃に、
ショウタはすでに『お父さん』とハッキリと発音をしていた。
 微かな笑いが漏れた。
 そんなことを記憶しているのに、可愛いとは思えないのだ。愛しいと思えないのだ。
 どうしても、愛せない。
そしてタカシは、おそらく後ろめたさを打破するためだけに、ショウタの足取りを追っている。
 誰も愛してやれない子供を連れ戻して何になるというのだろう。何のために連れ戻すのだろう。
 エゴイスティックな感情で、逃げ出した子供を連れ戻そうとしているタカシは、
悪魔か鬼か、それともただの鬼畜か。
 愛してるフリくらいは、するべきだったのだろうか。
 いいや、と、タカシは己の穢い考えを即座に否定した。
 おそらく偽りの愛情など、聡いあの子供はすぐに見抜くことだろう。
 アンドロイドから与えれる紛い物の愛情は、ショウタが『致し方がなく』揃えた『本物の愛情』の代替品だ。
ショウタは渇きを潤すために、仕方がなくそれを選択したのだ。
生身の人間からの、薄汚い偽物を与えられることなど、きっと彼は望んでいないし、
与えられたところで、シュウと己を比較し、ますます惨めな気持ちになったことだろう。
 結局のところ、誰もショウタを満たせないのだ。
 いっそのこと、生まれなければ幸せだったのかもしれない。
 だがショウタの生き死にを勝手に決めようとするそれもまた――。
「勝手なエゴか……」
459 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:29:55.24 ID:R3zx0t5S0
 タカシはショウタのことなど考えていない。自分が楽になりたいだけなのだろう。
 唯一つだけショウタの為に『なかったこと』にできるのなら、タカシはなにを選ぶだろう。
 それならばタカシはいっそ、自身が生まれてくることを諦めたいかった。
 なにもかもが間違っているのなら、なにもかもを諦め『なかったこと』にしたほうが潔い。
 そうすれば誰も、そして何も失わず、傷つかず、タカシ自身は渇望を覚えることもない。
 自滅的な思考がやたらと渦まいていく。 
 ――楽に、楽に、楽に。
 呼吸がしやすい環境を探して、得られることは永遠にないと確定している自滅を、いやらしく夢想する。
 タカシはどこまでも自己中心的な嫌な人間なのだ。
 でなければ意識の碌にない姉を犯したりはしないだろう。
 子を産ませたりしなかっただろう。
 そう、タカシはどこまでも身勝手なのだ。
『目的地に到着しました』
 機械的な声が、花街への到着を告げた。
 はっとして視線をタブレットへと移せば、いつの間にかGPSは一定の場所で制止している。
 ショウタがGPSの存在に気づいてフライボードを手放したか、あるいはそこに留まっているのかどちらかだ。
 タカシは車から降り立つと、あの日そうしたように通行証を購入しようと鳥居の根元に近づいた。
460 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:32:08.01 ID:R3zx0t5S0

「旦那」
 声を掛けてきたのは、屈強な男だった。
見覚えがあるかないかと言われたら、どちらかと言えば『ない』に傾くその顔を、タカシはジッと見た。
「ああそうか、覚えているわきゃないですね。自分は先日、お子さんを保護した警らですわ」
 ああ、と返事をしたものの、タカシは男のことを殆ど覚えていなかった。
そこに居ただけで、男の顔だとか身体的特徴だとか、その人物を人物たらしめている個性の全てを失念していたのだ。
 一事が万事、タカシはこうなのだろう。
「またお子さんが?」
 タカシの胸のうちなどに気づく様子もなく、男は声を潜めて尋ねた。
 色とりどりの火花が空高く舞う中、タカシはどう答えるべきか思案したのち、結局頷いてみせる。
「そりゃいけない。どのあたりにいるかはご存知で?」
「いや、GPSの動きが途中で途絶えて……」 
 そこにショウタが居なくとも、一先ずはタブレット上で点滅を繰り返す地点までは向かうつもりで居たのだが。
「ああ、ここいらは男娼が多い店ですわ。おいお前!」
 男が後ろを振り返り、同じ衣類に身を包んだ青年に声を掛けた。どうやらこの場を離れ、案内をしてくれるようだ。
「場所は把握しました。行きましょう」
「いや、一人でも、」
 大丈夫だが、と言い掛けたるも、男は、「客引きに行く手を阻まれるから」と言って引かなかった。
 タカシはそれなら、と男に従い彼の背後を歩いたが、彼の大きな声をもってしても、
時折為される会話は花火の音に掻き消えていき、男の話は殆ど聞き流している状態であった。
 赤い提灯が、水面をただよう金魚のように、ゆらゆらと揺れている。
形は様々であったが、色はみな一様に赤だ。
風に煽られゆったりとした動きを見せる赤い光りに、頭が次第にぼんやりとしていくのをタカシは感じた。
鼻を刺激し思考力を奪う香もよくないのだろう。視覚と嗅覚を同時に攻め立てられ、まともで居られるはずはない。
前を行く男は、この光景や匂いに慣れっこなのか、顔色を変えることなく前を進んでいく。
461 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:33:52.24 ID:R3zx0t5S0


「……と言うわけですわ。旦那? ああ、すまないね、香に当てられたかな」
 男はパンツの裾に挟んだ手ぬぐいを差し出てきたが、
タカシはそれをやんわりと断り、男に付き従い只管歩き続けた。
 花火の弾け飛ぶ轟音が、内臓を揺らすように響いて気持ち悪い。
「この辺りですわ」
 男の足がピタリと止まった場所は、なんとなく見覚えのある場所だった。
 玉砂利が引かれた道に、木製の建物。
それらはこの界隈では定番の風景であったが、僅かにでも見覚えを感じるのは、
おそらくこの場でひどくバツの悪い思いをしたからに違いない。
 ショウタを差し置き、男娼の手を握ろうと必死になった、あの場所だ。
 GPSの点滅は相変わらずこの場で制止している。
 周囲をぐるりと見回し手がかりを探そうと体を二二五度回転させたところで、
タカシの視線はある一点に止まったのだった。
 朱塗りの格子の中、それはいた。
 一見しただけでは骨格も風体も華奢で、少女であると勘違いをすること必須の『少年』だ。
 タカシの視線に気づくと、彼は煙管を片手にチッと舌打ちをするような仕草を見せる。
 そのまますっくと立ち上がり、格子のもっと奥へと姿を消そうという素振りを見せたが――、
しかし彼は、ピタリと足を止めると、突然、ぐるりと振り返ったのだ。
 間違いない。格子の中の少年は、あの日タカシが腕を掴もうと躍起になったあの男娼だった。
 彼は、格子の向こうから冷えた視線をタカシに寄越していた。
睥睨、とまではいかないが、汚物を見るような眼差しだ。
462 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:35:40.97 ID:R3zx0t5S0
「アンタ、子供を捜してるんだろ」
 花火の轟音の中、少年はハスキーな声を響かせ、タカシに向かって話しかけた。
「ああ」
 声が微かに上ずったのがバレたのか、少年は口許を歪め、そして煙を吐き出して見せる。
「知ってるよ、僕。あの子がどこにいるのか」
 咄嗟に反応できず、タカシは言葉を詰まらせた。
「なんだい、その反応。連れて帰りたいわけじゃないのか」
 姉と同じ――、よく、細かく観察すればどこかしら異なるのだろうが、
もう記憶の片隅に薄っすらと残る程度になった姉の面影を重ねると、
少年のそれは、ひどく似ているように感じられた。
 タカシを馬鹿にしたように、少年は嗤う。
「ま、あの子がどうなろうが僕には関係ないけどね。元貴族として教えてあげるけどさ、
貴族ってここじゃ手酷く扱われることが多いよ。
あんな乳臭いガキ相手にでも平気で無体を強いるから、ひと月後には死体になってるかもね」
 ここには花魁などという存在はなく、街全体で気取った雰囲気を取ってはいるものの、
ただの純粋な色の売り買いを目的とした場所であることから、
志願すればその年齢に関係なく、自らを売り出すことはできるのだという。
 小馬鹿にした顔で、小馬鹿にした声音で、少年は一気にそう言って退けた。
 唇から漏れる煙が、揺らめきながらタカシの鼻先を掠める。
 通りすがりの男に体当たりされよろけるが、タカシはただ少年の顔を見ていた。
「呆れた。あんた、自分の子供よりも僕が気になるわけ?」
「いや……」
 そうではない。
 いや、そうなのかもしれない。
 少年は幾度見ても姉に良く似ているような気がしてならなかった。
「……さっさとガキを連れて帰ンなよ。この店の旦那が保護しているよ。裏口から声掛けな。
こままじゃ、あの子、本当に自分を売っちまうよ」
「ま……っ」
 待ってくれ。そう声を掛けようとするも、少年は闇に紛れるかのごとく格子の奥へと消えていった。
463 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:37:24.78 ID:R3zx0t5S0
「旦那、アンタ何しに来たんだい」
 警らが少年と同様に、呆れの入り混じった声でタカシを呼んだ。
 ショウタを――、遺伝上の息子を連れ戻しに来たのだ。
 そう、そのはずだ。
「どうも、好奇心の強い子供が、屋敷を抜け出して遊びに来ているだけってわけじゃなさそうだ。 
なにがあったんだい」
 タカシは何ひとつ答えられずに、ただぼんやりとした思考のままそこに佇んでいた。
「……まぁいいさ、深く首を突っ込まないこともこの街のルールだ。
とにかく、お子さんを連れて帰ってやんな。
その日のうちに格子に入れられることはなくとも、なにかあったら拙いだろう」
 拙いだろう――、そう言う割りに男が飄々としているのは、こういった事態に慣れっこであるためか、
それとも花街の内情をよく知っているためか。
 おそらく後者なのだろう。
 彼はきっと、ここでの生活が人生の大半を、いや、もしかしたらすべてをここで過ごしているのかもしれない。
「シャキッとしてくれよ」
 ひどくお節介な性分なのか、男は無遠慮にタカシの頬をつねって捻りあげると
「旦那、アンタ父親だろ」と少々語気を荒げ、苛立ったように叱責してみせたのだ。 
 体の表面を、なにか薄い膜で覆われたように、全ての事象に現実味がない。
 家を出る時は、あれほど明確に『ショウタを連れ戻す』と言う意志を持っていたクセに、
突如としてそれらが酷く些末な、どうでもいい決意のように感じられたのだ。
 香のせい――? いやそうではない。あの姉に良く似た少年。彼のことが、頭から離れない。
 ショウタを連れ戻すことに集中しようとしても、ふと思い浮かぶのは彼の顔。いや、姉の顔かもしれない。
 不安定な思考はゆらゆらと揺れ続け、
少しでも突けばショウタを連れ戻すという本来の目的を容易く放棄しそうになる自分が居た。
464 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:38:52.53 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
 警らにドンッと力強く背中を叩かれる。
「いいかい、旦那。ここで色を売るということは、楼主の犬になるということだ。
楼主は往々にして真っ当な人間ではない。
借金があってもなくても、一度身売りを始めたら、逃げ出せないことが殆どだ。
アンタ、お子さんとなにがあったかは知らんが、血を分けた子をそんな風にしたいのか?」
 ――血を分けた子供。
 タカシにとっては、その事実もまた、現実味のない内容だった。
 ショウタが憎いわけではない。
 ただ、タカシの人生には不必要だったのだ。 
 だから、ショウタをどうしたいのか、と問われても、タカシには答えようがない。
 答えたくとも、なにかを答えるほどの感心がないのである。
 近くに居れば鬱陶しいとは感じても、何故ここまでやってきたかと問われたら、
それはおそらく保身の為で、
タカシにはショウタを連れ帰ることについて、明確な目標があるわけではなかった。
「……判らない」
 ぽつりと漏れ出たのは正直な胸のうちで、それを聞くやいないや、警らの男は溜息を盛大に吐いた。
「冗談じゃねぇぞ。勘弁してくれよ……」
 タカシは、圧倒的に無関心で、圧倒的に自己中心的な自身を、そろそろ自覚し始めていた。
 誰のことも、たとえ『血を分けた子供』であっても、基本的にはどうでもいい存在なのだ。
 ならば姉とシュウにのみここまで執着を燃やす自身は何者なのだろう、とも考える。
 タカシの基本は『無関心』だ。ならば執着を見せる自身は別者なのだろうか。
無関心なタカシも、執着をするタカシも同一の人間であるはずなのに、この熱量の差はなんなのだろう。
465 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:41:03.69 ID:R3zx0t5S0

「あの坊ちゃん、随分思いつめた顔をしていたが……」
 父親がこれじゃあな、と警らは苛立ちを含んだ声で吐き捨て、
そしてタカシの二の腕をグイッと強引に引っ張った。
「困るんだよ、金のある『普通の家庭』の子供に出入りされちゃあ。
ここにいるガキどもってのは不運な星の下に生まれついちまって『仕方がなく』ここに来た奴らばかりだ。
そんな中にぽつんと『志願』して来た子供が居てみろ。
いいとこ虐めの対象、悪ければ一週間も持たずに死体になる。
ここはあんな坊ちゃんが居ていい場所じゃない。なにがあったのか知らんが、とっとと持ち帰ってくれ。
幸せな家族って言うのと縁遠くなっちまったガキどもにゃ、アイツみたいな子供は目の毒だ!」
 幸せな家族と縁遠い――、その言葉がやけに耳についた。
 戦後に広がった貧富の差は政府の支援によって縮小され、
今では食うに困って子を手放す親など、殆ど居ない。
 お家取り潰しとなった貴族と、
政府の支援から零れ落ちた『存在しないはずの子供』であるかのどちらかに絞られるのだろう。
貧困層は殆ど存在しない――、それが国の見解であるが、ないわけではないというのが真実だ。
存在しないはずの子供は大抵そんな場所から生まれ出る。
つまり彼らは、戸籍を提出されなかった子供なのだ。
もしかしたら、売り払うために生み出された可能性さえもある。
 貴族にせよ、存在しない子供にせよ、簡単に売り払われた彼らは、
家族の情が薄い環境で生きてきた可能性が極めて高いだろう。
そうでないのなら、家族を売り払った金で安穏と生きられるわけがないはずだ。
 そんな悲惨な環境があるその一方で、タカシやショウタのように、恵まれた人間も存在する。
経済的に逼迫していないことは、すなわちそれ自体が幸福なことだろう。
 戸籍もある、教育も受けている。医療機関にもなんの問題もなく赴くことができる。
 物のように売り払われた彼らかすれば、幸せな家族と縁遠い、とは言いがたい幸せな環境に身を置いていた。
 昔の――、今の生を受ける前のタカシも。
466 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:42:45.44 ID:R3zx0t5S0
 しかし、とも思う。
 衣食住も揃っており、それなりの生活をしつつも、どこか満たされなかったあの頃をふと思い出す。
 姉の介護をしつつ学生生活を送っていた遠い遠い、気が遠くなるほどに遠いあの頃のことだ。
 思春期から青年期、その多くの時間を姉の介護に追われていた理由の一つに、
姉がタカシ以外の介護を暴れて拒んだことが上げられるが、
それ以上に、二人の両親がタカシたちに『無関心』であったことに原因があった。
 母は一族の女たちが発症する病を何も知らされずに嫁いできた女であった。
 父への愚痴を飲み込む代わりに、タカシへと何度『私は騙された』と呪詛の言葉を投げつけただろう。
そんな母を知ってか知らずか、父は凡庸なサラリーマンであるにも関わらず『仕事人間』を装い、
次第に帰宅の足は遠のいていった。
 そんな事情から、姉の面倒を見る人間が、タカシをおいて他には居なかったのだ。
しまいに両親は、まだ幼かったタカシへと、姉の全てを押し付けたので、
タカシの子供時代は子供らしく過ごせた期間がとても短かったと言える。
 タカシもまた、そういう意味では『幸せな家族と縁遠い』子供時代を送っていたのかもしれない。
 両親は子供を見ない。
 唯一一緒に過ごしていた姉は物言わぬ人形と化していたから、タカシはずっと一人で居たようなものだ。
 一方的に話しかけ、一方的に世話を焼く。
 それでも、タカシの傍に常に居たのは姉だった。
 ――なるほど、とタカシは現実感を伴った『今現在』に引き戻されつつ、
奇妙なまでにハッキリとした理解を覚えた。
 タカシが姉とシュウに執着をしていたのは、『血の繋がり』があったからだ。
どこまでも濃い、紛うことなき血の繋がりは、タカシにとって重要なものなのだ。
 そこに異物を含んだ血の流れは必要がない。
ショウタは、いつの間にか生まれ出ていた子供で、ミユキの血を含む、
『タカシとは違う団体』の人間なのだ。
 姉とシュウへの執着は、人恋しさを拗らせた上に成り立っているのかもしれない。
467 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:44:40.71 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
 いつまでもその場でぼんやりとするタカシに痺れを切らしたのか、
警らの男はもう一度乱暴にタカシの腕を引っ張った。
傷みを訴える間もなく、男はタカシを引きずるようにして歩き出す。
「幸いなぁ、あの坊ちゃんが駆け込んだ店の楼主は比較的良識のある男だ。
だがな、だからと言って無事に済むかと言えばそうでもないのが現実だ。ここはそういう場所だ。あんた、」
 男は歩みを止めて振り返ると、血走った目でタカシを睨みつけた。
「あんた、判っているか、あの坊ちゃんがどれだけ『利巧な子供』か。
利巧な頭を持っているくせにこんな場所に来た。
あの子はな、ここがなにをする場所か判った上で来てんだよ! その意味が判るか!!」
 奇妙な風景だった。
 赤の他人、それもおそらく出会ったばかりで、会話も碌にしたことがないであろう男が、
ショウタの為に怒りを露にしている。それはとても奇妙で、不思議な光景であった。
 人の身が容易く売り買いされる場所で、
何故彼はここまで必死でショウタを守ろうとするのかが、タカシには理解ができない。
そんなもの、日常茶飯事だろうに。
 タカシはされるがまま腕を乱暴に引かれ、気づけば表通りの裏がわ、店の裏口が立ち並ぶ、
人一人が通るのもやっとの小道に連れ込まれていた。
 相変わらず花火は煩く鳴り響いているが、香はだいぶ薄れている。
それでもまだ霞が掛かったように白くぼんやりとする思考を拭い去れず、タカシは男の行動に、
ただ素直に従っているだけであった。
 間に合えばいいが、と花火の残響が残る中、男は小さく言った。
 縦に細長く格子が作られた引き戸を、男は我が物顔で開ける。
表通りの朱塗りのけばけばしい格子と異なり、
こちらはこげ茶の、至ってシンプルな木枠である。
 タカシは転げるように靴を脱ぎ、再び引きずられるようにして木製の廊下を歩んでいった。
 抵抗の言葉は上げるだけ無駄。そんな気迫が警らの男の背中からは溢れ出ていた。
468 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:47:01.63 ID:R3zx0t5S0
 廊下に窓は一切ない。天井に点在する電気は、今時センサータイプではなく、スイッチタイプで、
電源を切るまでは点灯しっ放しになるタイプのもののようである。
 鴬張りとでも言うのだろうか、男とタカシが歩みを進めるたびに、
長い廊下はキィキィと小さく悲鳴を上げて続けた。
 花火は一晩中ならされるわけではないのか、それとも休憩なのか、爆音は聞こえてこない。
その代わりに、男女入り混じった笑い声と、そして時折艶めいた喘ぎ声がどこからともなく漏れ出てくるが、
タカシも男もそれらに気を止めることはしない。 
 人の気配は数え切れぬほどあるにも関わらず、その廊下を進む間、誰かにすれ違うことはついになかった。
 やがて数々の曲がり角を経てたどり着いたのは、鶴と松のような枝が描かれた襖で、
その部屋の前では嬌声も談笑も、その一切が響かぬ、シンと静まり返った場所であった。
 どうやら廊下は少しずつ斜めになっており、
タカシは気づかぬうちに、地下に相当する深さまでやってきてしまった、ということらしい。
 男はそこまで来ると漸くタカシの腕から手を離し、そして嘆息した。
「また後でどやされるな……」
 心底嫌だ。そう言いたげな顔でタカシを振り向くも、タカシの表情にまるで変化がなかったためか、
半ば諦めた顔つきのまま、声を掛けるでもなし、ノックをするでもなし、するすると襖を開けた。
 中は暗く、しかし完全なる闇に覆われているわけではない。
 ある一点からほの明るい光りが放たれ、室内を辛うじて照らしていた。
明かりの正体は、足の低いテーブルに置かれた行燈で、タカシはそれよりは僅かに明るい廊下から、
なにもかもが判然としない室内を、検めるようにして眺めた。
 警らの男は、なにも言わずにタカシの背中を押した。よく室内をみろ、と言うことだろう。
 タカシはその腕に従い、目を細めて室内を観察する。
 と――、小さな影が動くのが目に留まる。
 白いそれはゆっくりと動くと、やがてパッと姿を消す。
 塊は瞬時にどこかへと喪失した――、わけがなく、動いたように見えたのは真っ白い衣類で、
それが今まさに脱ぎ捨てられたところだと、闇に慣れてきたタカシの視神経は脳細胞へと明確な伝達を施した。
 薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がるのは、白く滑らかな背中。
469 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:49:24.10 ID:R3zx0t5S0
「それで、どうするんだ?」
 男がおかしそうに、くつくつと笑いながら問う声が聞こえた。
 やけに小さな背中は男の質問に困惑したのか、一瞬、ピタリと動きを止め、
しかし、そんな自分に苛立ったのか、或いは己を鼓舞するためか、
下肢を覆うズボンを乱暴に引っ掴むと、脚から勢いよく引き剥がした。
 それから下着も同様に。
 迷いを断ち切るようにして衣類の全ては捨て去られ、
そして覆い隠すものは何ひとつなくなった裸体は、痛々しいまでに細かった。
行燈の光りの中に浮かび上がった背骨は、まるで鎖だ。
非現実的な裸体と、タカシが実在するこの現実を引き結ぶ、唯一の存在のように感じられた。
 タカシと警らの男がそこに居て、廊下から室内を覗き込んでいるともしらぬのだろう、
その裸体――、少年だと体のラインで判る――、は背骨を不自然にくねらせ、そして男の膝に跨った。
 腕が、男の首に巻きつき、そして臀部は太ももの上へとすとんと落ち着く。
「それからどうするんだ?」
 意地の悪い質問だ。
 なけなしの勇気を振り絞って全裸になったのであろう彼が、
ひどく戸惑っていることがその背中からも窺い知れた。
「まずはネクタイくらいは解いてみたらどうだ」
 優しげな言葉に促され、首に巻きついた腕がするりと外され、男の襟元に伸ばされる。
 だが、その行為に慣れていないのか、腕をもたつかせたまま、
ネクタイを解くことさえままならないようだった。
 そのまま暫しの時間が流れ、男はふ、と息を吐くと、
自分の膝の上に乗る小さな体の背中を慰めるようにして撫でた。
その手つきには、性的なものを求める怪しさは何ひとつなく、単純に子供をあやすかのようなもので、
それは、息を詰めて成り行きを見守るタカシも拍子抜けするほどにあっけない接触であった。
470 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:51:19.74 ID:R3zx0t5S0

「お前は器量がいい。あと五年もたって店に出れば売れっ子になるだろう。だが――、」
 男が、『それ』の腕を掴んだ。
「今日はここまでだ。そんなに怯えているようじゃ、なにもできんよ。
少しずつ慣れていかないと。膝から降りろ」
「やだ」
 響いた声に、タカシは反応できなかった。
「うん?」
「さ、いしょは、お、おやじさまが全部教えてくれるって聞いた」
 親父様――、そんな風に呼ばれているが、男の年齢は声音から推測するに、
精々三十代半ばと言ったところだ。
 男は「うん」と返事をすると、その細い腕を掴んでいた手をするりと引いた。
「その通りだ。客の前で粗相をしないよう、手順を教えるのが私の役目だ。
だが、お前の『初めて』はどこの誰とも知らん女か男だよ。
お前は器量がいいから、競を開くことになるはずだ。
安心しろ、その辺りは丁寧にしてやる。いきなり格子の中に放り出すことはしない。
だが今日は、」
「僕は、今日、全部したい。それがどんなことか意味も判っている。それで、明日から店に出たい。」
「駄目だ。こんなに全身を強張らせて何ができるって言うんだ?」
「嫌だ。じゃあ、店なんかに出なくてもいい。僕を、おやじさまのものにして」
 消え入りそうな声が、それでも必死に訴え続けていた。
 知っている声だ。
 今まで、ろくすっぽ耳に入れようとしなかった、幼い声を、タカシは知っていた。
「駄目だ。お前にはできないよ。それに――、」
 薄闇の中、小さな影と向き合っていた男は視線を持ち上げ、そしてそれをタカシへとかち合わせた。
「……迎えが来ている。さぁ坊ちゃん、お遊びはここまでだ」
471 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:56:44.10 ID:R3zx0t5S0

 『迎え』と言う言葉に、小さな影が、油の切れた機械のようにぎこちなく動き出した。
首だけを背後に巡らせ、室内よりは辛うじて明るい、と言った程度の廊下を見つめる。
 タカシと、その黒い瞳は、殆ど初めてと言っていいくらいに、真っ直ぐに互いの視線を交し合った。
「何しに来たの」
 少年は――、ショウタは、至極冷静に、冷ややかに言い放った。
「ここはあなたみたいにコーショーな人間が来るところじゃないんじゃないの」
 アンドロイドは、ショウタの精神年齢を、随分と高く計測していたが、
それもあながち間違ってはいないのだろう。
彼は大人びた口調で、シュウならば決して紡ぐことのないであろう単語を唇に乗せ、
タカシを静かに、しかし激しく拒絶して見せた。
 最悪だ――、タカシは口には出さずにそう呟いた。
 五歳どころの話ではない。
 ショウタは形式上の『家族』に最早なんの未練もなく、
そしてその砂上の楼閣からひとり離脱したかと思えば、
今度は生きる手立てを整えるべくこんな街へともぐりこんだのだ。
 彼はここがどんな場所か理解している。なされる行為の意味は判らなくとも、
それを自らが行うことにどれほどの『経済的な効果』が生まれるのかを、
ハッキリと、これ以上ないほどに自覚しているのだ。彼は、小さな大人だ。
「ギムカンとか、そういうの、もう要らないから。『俺』はもうひとりで生きていくって決めた」
 男の膝からすとんと降りると、ショウタは全裸の体を隠そうともせず襖に近づいてきた。
 半袖半ズボンからはみ出す部分の手足が、小麦色に染まっている。
それとは対照的なは白い腹は、ほんの少しだけ膨らんでおり、彼の肉体的な幼さを如実に示していた。
472 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:58:02.25 ID:R3zx0t5S0
「あ、違うか。ギムカンじゃなくて、ジコベンゴって言うの?
そんなの俺はよくわかんないから、早く帰ってよ。あなたはシュウだけ大事にすればいいんだよ、
今までと同じように」 
 死んだ魚の目――、生気の宿らぬ瞳をそんな風によく呼ぶものだが、ショウタの目はそれとはまるで違った。
 瞳に表情はない。ただ一つ、侮蔑を除いては。
 この世の全てを汚らわしいと謗るように、ショウタの瞳は全てを侮蔑していた。
 タカシも、ミユキも、シュウも、この店の楼主も、この街も、全てを侮蔑していたのだ。
 ショウタにはもう迷いがない。
 細い指が襖に触れ、タカシとの間に物理的な隔たりを作ろうと試みる。
「ショウ、」
 名を呼ぼうとしたが、しかしそれは未遂に終わる。
 ショウタの瞳が、そうさせなかったのだ。
「見ていたいのなら、見ていれば。気持ちのいいものじゃないと思、」
「おいおい、やめてくれ。興醒めだ!」
 パンパン、とおざなりな拍手を二度したのは、先ほどから部屋の奥へと鎮座していた『親父様』だった。
「家族のメンドクサイいざこざに赤の他人の私と、私の店を巻き込まないでくれ」
 背丈はタカシと同じくらい。年齢は予想した通り、三十代半ば。
薄闇の中、心底面倒だといわんばかりに歪めた顔は、タカシの腹に巣くった偏見に反して、
顔立ちそのものには清潔感があった。
店で焚いている香の香りがしみこんだ髪をかき回し、
ネクタイがほつれたままの姿でゆらりゆらりと廊下まで這い出てくる。
 タカシの顔を具に確認するかのように、目を細めてジッと見ると、咥えた煙草を指で挟みこみ、紫煙を吐き出した。
「つまらん顔をしてるな」
 ぽつりとそんな暴言を吐いたかと思えば、男はどけといわんばかりにタカシを押しのけ、
どこへ向かうのか、僅かに傾斜のついた廊下を歩いていく。
歪な構造の建築物に慣れた体は、そんな廊下に立ってさえ背筋がシャンと伸びている。
473 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 21:59:38.34 ID:R3zx0t5S0
「おやじさま!」
「でっかい声を出すんじゃない、煩いだろ。さぁパパがお迎えに着たんだ、帰ってくれ。
それから二度とこの街に来るんじゃない。
うち以外の店だったら、お前、とっくに尻が裂けてゴミみたいに捨てられていたぞ」
「まって! おやじさま!」
「待たないよ、でっかい声を出すなって言ってるだろ」
「ゴミになったほうがマシだよ!」
「あ?」
 パンツのポケットから携帯灰皿を取り出しつつ、男はそれでも律儀に振り返った。
「どうせ俺は家に帰っても死ぬしかない。だったらこの街で殺されても一緒だよ。
どうせなら自分の死に方くらい選びたい」
「……なに言ってんだ、お前。お坊ちゃまだろ」
「生まれたときから俺の体は俺のものじゃなかった。俺はイショクの為に生まれてきた」
「――お前、何者なんだ。クローンなんて今時流行ってないだろ。結構前に違法行為になったろ。
あれ、こいつくらいの年齢ならギリギリだがクローンの製造が許されてたんだったか」
 自身の記憶を探るように視線を彷徨わせる楼主の腕に、ショウタがしがみつく。
「おい! あぶねぇだろ、灰が落ちる!」
「クローンじゃない! クローンじゃないけど、
俺は、お母様にずっとずっとアイツの脳をイショクするための入れ物だって言われてきた!」
 ショウタはもう頼れるのは楼主だけだと言わんばかりの眼差しで、彼を見上げていた。
 楼主の腕にしがみつく腕は、細い。腕だけではない。脚も、捲くし立てる口も。
 まだ、誰かに保護されるべき年齢なのだ。
 そんな年齢の子供が、娼館の楼主にすがり付いている。
 本来、この店の主である彼ががすがりつかれる瞬間と言うのは、こういうシチュエーションではないはずだ。
おそらく娼婦や男娼が、己の置かれた立場に堪り兼ね、
『どうかここから出してくれ』と身売り行為を拒否する。そんな場面こそが相応しい。
 決して、ショウタのような子供が『働かせてくれ』と頼み込む場面ではないはずだ。
474 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:01:24.80 ID:R3zx0t5S0
「……なんだそりゃ。けったいなこと考えるんだなお前の母ちゃんは。恐ろしいね」
 楼主の瞳が揺らめき、タカシを一瞬だけ見遣った。
ショウタの言葉が事実であるのかどうかを、探っているのだろう。
 クローン――、その言葉が廃れて幾年経ったことだろう。
それでも、ショウタが吐き出した言葉を推測で補いつつ「クローン」と言う単語を導き出した彼は、
比較的頭の回転がいい人間なのかもしれない。
「俺の、俺の……、俺だけの、俺のものなんてない!」
「人権の話か? おい、パパさんよ、こいつなに言ってんの。なんでこんな変な妄想してんだ」
「父親じゃない! この人は俺のイデンジョーの父親ってだけだもの……!」
「そんなん最近じゃ珍しくないだろうよ、いいから、」
「は、話しかけてもらったことなんてない! 名前を呼んでもらったこともない!」
「お前ねぇ……」
「親なんて……、親なんて居ない!!」
 一際大きな声で、ショウタが叫んだ。
 タカシを目の前に、親はいないと叫んだ。
 タカシは溜まらず目を逸らすが、ショウタの叫びは幾度か続いた。
 思春期の子供に良く見られる親を忌避する態度とも、
己の不幸を叫んで悲劇の主人公を演じたいのとも異なる。
ショウタには、まさしく親など存在しなかったのだ。
 だからショウタは叫ぶ。本当のことを叫んで、なんとか自分の足で生きていく手段を整えようとしている。
もううんざりなのだと。身勝手な大人に自分の『人生』を蹂躙されるのはもうごめんなのだと。
 身勝手な大人がショウタを捨てたのではない。
 タカシとミユキが、ショウタに『捨てられた』のだ。
475 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:03:26.28 ID:R3zx0t5S0
 ショウタは、アンドロイドに深く依存し親子ごっこを繰り広げていた。
だがやはり彼はただの阿呆な子供とは違うのだ。
 彼は、アンドロイドは本物の親にはなりえないと知った上で、仮初の親子ごっこに興じていたのだろう。
 深く傷ついている心を癒すための、ショウタ自らが無理やりひねり出した秘策だったのかもしれない。
 だがシュウが、凶暴なほどに純粋な『愛されている子供』の視点での呟きでもって、
容易くそれ潰してしまったのだ。
 シュウに触れられるのを厭うほどに依存したアンドロイドは、その瞬間に、
ショウタの中でただの『偽物の父親』に成り下がったのだろう。
 それでも完全にアンドロイドを『物』として扱えずに『お父さんになってくれて嬉しかった』と
生物でさえない彼に告げたのは、ショウタに残された柔らかい子供らしい部分に違いない。
「親なんていない!」
 ショウタは尚も叫び続けていた。
「親なんていないもん!! ずっと一人だった!」
「育ててもらったんだろうが」
「違う! 俺を育てたのは、俺だよ! 俺はひとりで大きくなった!」
 肩をいからせ、呼吸もままらない勢いで思いを吐露したショウタに、楼主の視線が注がれる。
 きっと、彼の琴線にショウタの何かが触れたのだとしたら、この瞬間だろう。
「だったら俺の体を俺が好きなようにしても別にいいじゃん!
俺のものなんて、ほかになんにもないんだもの!!」
 涙で滲んだ瞳は、タカシを一切見ない。
ずっとタカシに付き添っていた警らの男も、何とはなしに事情を察したのだろう、
それ以降は侮蔑の視線を寄越すだけだ。
 重苦し沈黙が続いた。
「坊主」
 不意に沈黙の帳を裂いたのは、楼主の静かな声だった。
彼はショウタの顎をグイッと指先で持ち上げ、検分するように正面、そして左右から見た。
 ふぅん、と言う溜息混じりに声のあと、楼主はショウタの鼻を摘み「シャンとしな」と命令口調で言い張ったのだ。
「ベソかくんじゃない。前を向け。
ここじゃ泣いているガキを可哀想〜なんて思ってくれるやつはいない。お前の名前、なんだっけ」
「ショウタ」
「ショウタ、ね……、ここは大体ワケアリの人間しか居ないんだがな。私もヤキが回ったかね。
お前とりあえず服着なさいよ。フルチンじゃ風邪引くだろうが。倒れても面倒なんざみねぇぞ私は」
 警らと楼主がどんな関係なのかは知らないが、楼主は彼に、ショウタの服を持って来るように命じた。
476 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:05:35.22 ID:R3zx0t5S0
「怒り散らしている時の生意気そうな顔は、まぁ悪くない。
だからつまらんことで泣くな。いつも人を見下したような顔をしていろ。
お前はそのほうが断然可愛い」
 ショウタは呆気に取られた顔をしたのち、小さいながらもハッキリとした声音で『はい』と返事した。
 剥き出しの腕で目元を拭い、口角を持ち上げ勝気に笑う。
 それでよし、と楼主は言った。
「店の人間も客も、お前に同情したりしないだろう。だが私はお前を『可哀想』だと思う。
親が居て、金銭的にも恵まれているくせに、お前は何も持っていない。だけど何でも持ってもいる。
お前は何でも持っているくせに、こんな場所にノコノコやってきて
身売りをさせろという。こんなガキが、だ。これ以上に不幸なことはないだろう」
 廊下に響く声は、ショウタ自身に聞かせるためのものではないのだろう。
楼主はタカシへのあてつけとしてこう言葉を紡いでいるのだ。
 間もなくすると警らの男がやってきて、ショウタの頭からシャツを被せた。
ショウタが家を飛び出す際に身につけていたセーラーではない。楼主のものなのだろう。
「これ一枚を羽織ったほうが早い」
 ショウタは警らに従うようにして、そのシャツに腕を通した。
 成人男性の衣類は、ショウタの膝までを覆い隠す。
小さな指先がボタンをソツなく閉めて行くが、それは「ショウタ」と言う呼び声によって遮られた。
 名を呼んだのは、タカシが先であったか、それとも楼主が先であったのか、
いまひとつ判然としないタイミングであった。
 ――ショウタは、迷うことなく楼主を見上げた。
「おいで。どれ、閉じてやろう」
 少々面食らった顔でショウタは楼主を見つめたが、少し気恥ずかしそうに頷いた。
「パパさんよ。アンタにはこの子の名前を呼ぶ権利はないよ。これは今からウチの店のモンだ」
 名を呼ぶ権利はない。それには、二重の意味があったに違いない。
 一つ目は、楼主が述べたように、ショウタはもうこの店に『属している』と言う理由で、
二つ目は『お前の今までの所業のどこにショウタの名を呼ぶ権利がるのだ』という、責めたてるような理由だ。
「アンタがなにを思ってショウタを迎えに来たのか知らんが、この子がギャーギャー叫ぶ間に何も否定しなかったということは、
殆どが事実であるって考えていいと言うことだろ。だったら私は遠慮なくこれを貰う」
477 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:08:03.47 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ、」
「だから呼ぶなっつってんだろ!
ガキが追い詰められてこんな場所に来るまで放置していたくせになに気安く名前なんざ呼んでんだテメェは!!」
 どすの利いた声がタカシを責め、そしてその脚は容赦なくタカシの腹部を蹴り上げた。
 急に飛んできた蹴りに反応することができず、タカシは痛みに耐えかね体を海老のように丸めて床へと転がった。
 天井から僅かに灯される光の影になって、下からではショウタの顔は碌に見えない。
 だが、シルエットで、ショウタが楼主の後ろに隠れて我関せずを決め込んでいることは確認できた。
「……お前、ここがなにをする場所なのか判っているのか」
 それでも、確めずには居られなかった。ショウタはここがどんな場所であるのか、完全に理解しているのだろうか。
「知ってる。あなたが『あのお兄さん』にしたかったことをさせられる場所だ」
 今まで視線の一切をタカシに向けなかったショウタが、漸くタカシの顔を見た。
 お兄さん? と怪訝そうに楼主が己を盾にしタカシから身を隠す子供を振り向くと、
ショウタは小さく『今日、赤い着物を着てお店の格子に居た人』と小さく説明をした。
「ああ、あいつか。そういえば前になんか言ってたな。変な男に腕を掴まれたって。
なんだ、じゃあショウタ、お前が『父親に忘れられていた子供』か。
アイツはウチの店じゃ三番目に人気の男娼だ。たまたま外に遊びに出ていたら嫌な思いをしたってな」
 『忘れられていた子供』と言う言葉に、ショウタは顔をくしゃりと歪ませたが、
直ぐにそれを隠すように口角を持ち上げた。
「上等だ。いつもそういう顔をしていろ。お前、大福は好きか?」
「? 好き……」
「私の部屋の戸棚にある。それ食ってそいつと待ってな。直ぐに行くから。あとパンツ履け」
 判った、とショウタは素直に頷き、警らに手を引かれて去っていった。
やがて襖は閉じられ、世界は二つに分かたれたのだった。
 横目で世界が割れるのを確認し終えた楼主は、煙草に火をつけ、そして紫煙をタカシに向かって吐き出した。
「あの警らと私の弟なんだわ。
つっても血の繋がりはない。ここじゃ誰が誰の子供かもわかりゃしねぇのが常だが、
アイツと私は一緒に育った。あいつになにかあったら、それなりに心配する。
アンタはどうだ。ショウタはテメェの子供だろ。突き放すなら情けの欠片を与えるような真似をするんじゃない」
478 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:09:37.76 ID:R3zx0t5S0
 それで、なんのためにアイツを迎えに来た――?
 己のネクタイを結いなおしながら、楼主は問うた。
 白蝶貝のボタンが、鈍いオレンジ色の光りを反射して光る。
きっちりとアイロンを掛けられたシャツに、シワのないパンツ。この性産業で栄える界隈において、
楼主は不自然なほどに清潔感のある身なりをしていた。口に咥えた煙草を捨て、髪を手櫛で整えれば、
その姿はオフィス街を歩いていてもおかしくはない好青年にさえ見えるだろう。
 こんな場所で。
 こんな汚れた街で。
 現実味がないのは、この街か、それともこんな場所で好青年然としている楼主か。
 楼主がゆらりと動けば、天井からの光りが直接タカシの目に入り込む。
 鈍い光が網膜から入り込み、ズンと脳を突き刺すような気持ちの悪い感覚に、タカシは目を眇めた。
 なんのために迎えに? そう問われても、保身の為に、と言う言葉しか出てはこない。
「体裁を保つためだけってんなら、金輪際ここにこないでやってくれ。
アンタを見るたびにあのガキは腐っていく。アンタ、何のためにショウタを迎えに来た。
アンタとあのガキの親子関係が普通じゃねぇってのは、会話を聞いただけで判る。
要らないってんなら、いっそスッパリ捨ててやれ」
 ショウタはタカシと遺伝的な繋がりがある。タカシの子供であることは間違いがないだろう。
何故そこまで受け入れがたいのかが、タカシ自身にも判らない。
479 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:11:11.04 ID:R3zx0t5S0

「……不幸だとは思う……」
 ぽつりと漏れ出た言葉は、残酷な一言だった。
「あの子は、勝手に作られて勝手に産み落とされた。俺が知らない間に、俺の了承なしに俺の妻が作った。
可哀想な子供だとは思う。俺はどうしてもあの子を受け入れることができない。
あの子の祖父は、俺の子供を殺した。俺から……、いや、この話はここでは関係ないな」
 身の上を曝け出し、己がショウタを拒否する理由を述べよとすることは即ち、己の正当性を立証させようとすることだ。
人に聞かせて楽しいとは言いがたい身の上話をしなくてはならないほどに、
タカシのショウタへの扱いは『身勝手』で『手酷いもの』であることの証明なのだ。
「どうしても受け入れがたい。どうしても大事にしてやることができない。どうしても父親になってやれない」
 どうしても、どうしてもショウタを可愛いとは思えなかった。
 どうしても、愛情を抱くことができなかった。
 そうしようと試みるたびに、すさまじい嫌悪感が背中を走り抜けていくのだ。
「可哀想だとは思うし、不幸だとは思う。人の様子を窺う姿が、痛ましいとは思う」
 だが――。
「もうここには来るな」
 楼主が凛とした声で言った。
「ここには、こないでやってくれ。アンタが置かれた立場やアンタが考えていることなんざ、
ショウタには関係ねぇんだよ。
アイツにあるのは、ただ父親に拒否されている事実だけだ。
可哀想だと思うってんなら、金輪際顔は出さないでやってくれ。
お坊ちゃんにはここでの仕事はきつかろうが、アイツの面倒は私が見る。
だからもう、こないでやってくれ。あんな顔をさせないでやってくれ」
 結局、タカシはショウタを受け止めることができないのだ。
 不幸にすることしかできず、父になることもできない。
 ショウタを突き放すだけ突き放して、結局まだ幼いはずの彼に大人びた選択をさせた。
そのくせ中途半端に気にかけ、ショウタに小さな希望を抱かせる。
 いっそ突き放してやるべきなのだ。楼主の言うように、なにもかもをスッパリ忘れさせ、
新しいショウタとして生きていくことを望むべきなのだ。
 にも関わらず、タカシは楼主の懇願に頷くことも返事をすることもできなかった。
「……あの子を、頼みます」
「アンタにそれを言う権利なんざないね。ショウタは望んでここに来た。自分の意思で」
「また、来ます」
「ふざけんなよ。テメェ、人の話を聞いていたのか! 今更父親面すんじゃねぇよ!」
「償いくらいはさせてくれ」
「あ?」
「金は言われただけ用意する。だから店に出さないでやってくれ。それくらいしか、俺にはできない」
「アンタは、夢見の悪い思いをしたくないだけだ。テメェの所為で子供が――、『遺伝上の子供』が
男娼になってなんていう『嫌な思い出を』作りたくないだけだ」
「判っている」
「気にくわねぇな。金で解決しようって考えがまずテメェはおかしい」
 気持ち悪ィ、と楼主は吐き捨てた。
「家が落ちぶれて泣く泣く売られてきたガキの親の方がマシだな。テメェは頭がおかしい」
 どん、と楼主の拳がタカシの胸へと当てられる。
 よろける体に追い討ちを掛けるように、楼主の脚がタカシの腹を蹴り上げた。
「帰ってくれ。あいつはもうウチの店のモンだ。テメェも金輪際うちの店に来るんじゃねぇぞ」
 おい、と楼主は自室の方向を向いて呼びかけると、警らがノソノソと歩いてきた。
「お帰りだ。このパパさんをさっさとこの店から追い出してくれ」
480 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:14:43.12 ID:R3zx0t5S0

***

 タカシが花街のあの店から追い出されてはや一週間が経過した。
 ミユキはミユキで、ショウタの所在をしつこく尋ねてきたものの、タカシは頑として答えなかった。
そしてミユキは、一人目星をつけ勝手に赴いた花街で、ひと悶着を起こし、所謂『出入り禁止』を食らい、
彼女は要注意人物として鳥居を潜ることさえできなくなった。
 タカシもタカシで、要注意人物の夫、と言う立場上、そしてあの店からの『出禁』を命じられているため、
鳥居の前でもいい顔をされていないのが現状だ。
 ショウタ、ショウタ、ショウタ。
 ミユキは毎日狂ったように『ショウタが』だとか『ショウタを』だのと叫んでいるが、
アンドロイドもタカシもそ知らぬ顔でやり過ごしていた。
 発狂したかのようにあの子供の名を呼ぶのは狂った母親ただ一人で、
だがそれも子の身を案じているわけではないのだから、
やはりショウタがこの広くも狭い世界でたった一人で立ち尽くしているのは紛れもない事実であった。
「お父さん……」
 パソコンを広げ、通常通り業務をこなすタカシに、シュウが遠慮がちに話しかけた。
 返事を欲しているわけではないことは判っている。
タカシは寄り添うシュウの頭を抱きこみ『大丈夫だ』と中身のない返事をした。
 気が触れたかのような様子のミユキに、シュウは怯えていた。
 怖いものを見て怖いと感じ、そして父親に助けを求める。
 健全な子供らしい反応に、タカシは心底ホッとした。
 この家にはまともな人間が、シュウを除いては一人も居ない。
 タカシも含め、全員が狂っている。
「今日も夜、出掛けちゃうの?」
「ごめんな。ショウタを探さなくちゃいけないんだ」
 そういうと、シュウは僅かに頷いた。
 ――ショウタが居なくなってしまったのは自分の所為に違いない。
 そんなシュウの思い込みを解くのにも丸二日ほどが要された。
 次々と送られてくる『製造機』の異常箇所とその対処、箱庭計画についてのトラブルや、
社内でしか話せない最重要機密について容易くネット回線を通じて相談を持ちかける馬鹿な部下など、
頭の痛い話が多かった。
481 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:17:36.68 ID:R3zx0t5S0
 庭から、ミユキの声が聞こえる。
 ショウタ、ショウタ。
 まるで愛しい我が子を探すかのように、あの女はショウタの名を呼び続けている。
 ならば何故ショウタが出奔したあの夜に彼を探しに行かなかったのだろうか。
 ミユキの情緒が徐々に瓦解していっているのをタカシは感じていた。
 発端は、タカシの脳をショウタに移植することは事実上不可能であることをタカシがぶちまけたことに起因する。
ショウタの連れ戻しに失敗し、肩を落として帰宅したその明け方、
タカシは待ち構えていたミユキへと、ショウタがある場所に自ら望んで留まることを決めたこと、
そしてどう足掻いてもタカシがショウタの器に宿ることはないと怒り任せに吐き捨てたのだ。
 考えなしに、その場その場の勢いで行動をするのは、時としてタカシの長所にもなりえたが、
多くの場面では短所となって自分自身を追い詰める破目となった。
 今回も、ミユキの精神が蝕まれるスピードを速めてしまったことは隠しようのない事実だ。
 ミユキは、何を求めてショウタの名を呼ぶのだろうか。
 ほんの少しの情がそこにあるのなら、ショウタを『生かす』取っ掛かりになりえたかもしれないが、
残念ながらミユキの中にあるのは歪な野望を凝縮した妄想だけで、
彼女の中にあの暗い眼をしたショウタ自身は存在しなかった。
 では、ショウタはなんの為に生まれてきたのだろうか。
 贅沢で、しかしどこまでも空虚で、己の『個』が一切尊重されない檻を、ショウタは一人飛び出していった。
 行き着いた先は、痛みや汚れ、そして人権が踏みにじられる可能性が極めて高い、危険極まりない場所だった。
 それでも、ショウタはあの場所を選んでしまったのだ。選ばせてしまったのだ。
482 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:19:43.93 ID:R3zx0t5S0

「同じことの繰り返しだな……」
 呟いた言葉に、シュウは首を傾げて見せた。
なんでもない。そういうかのように、シュウの頭を撫でてやる。
 ショウタとシュウの、何が違うというのか。
 結局のところ行き着くのはその疑問であった。
 最早、何ゆえショウタを受け入れがたいと感じているのか、あれほどまでに強固に拒絶した割には、
その頑なな感情がなにに起因していたのかタカシにも判らなくなっていた。
 ただ一つはっきりしているのは、相も変わらずショウタを己の息子として愛情を抱くことは難しい、と言う結論だけだった。
 ならば、親子とは異なる、全く別物の関係ならば築くことができるのだろうか?
 親子でなかったのなら――?
 想像してみたものの、それはいまひとつ現実味を伴わず、なんともしっくりこない。
 ショウタをどうしたいのか、いっそ切り捨ててやったほうがいいのではないか、
この身勝手な二つの思考のはざまを、タカシは行きつ戻りつを繰り返していた。
 ショウタはこの歪みに歪んだ家から逃げたのではない。ここを捨てたのだ。
 遺伝上の両親を厭うのならば、義父のところ――、
ショウタを遠まわしに可愛がる、彼にとっては祖父にあたるあの男だ――、彼のところへ行けばいい。
 人の肉体に値段をつけて売りさばく場よりも幾分もマシなはずだが、
おそらくそう提案をしたところで、ショウタは頑として了承しないだろう。
 ミユキと繋がりのある場所に身を置けば、肉体的な危険が伴うことには変わりない。
移植計画を失い狂ってしまったミユキが、勢いあまってショウタを手に掛けないとも限らないだろう。
まだまだ稚いショウタの体では、女とは言え成人した大人の力にはまともに抵抗することさえ難しく、
屈服させられてしまうであろうことは安易に想像できた。
 愛せはしないが、タカシは彼の命が失われることまでをよしとするほど非道にはなれないのだ。
 それに、ショウタは自分で選んだのだ。自分を守ることを。
 そして何よりも、ショウタ自身が、タカシとミユキの傍に居ることを拒絶しているのだ。
483 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:20:33.92 ID:R3zx0t5S0
 ふ、と奇妙な溜息が漏れた。
 ――ミユキのことを笑うことはできない。ショウタのことばかりを考えているのは、タカシもまた同じだ。
 タカシには失った、と言う感覚はなかったが、それでもあの花街の置屋に彼を託してしまってからは、
あの子供のことばかりを考えていた。
 どうするべきか、なにをすべきか、彼をどうしたいのか。
 答えは未だに導き出せず、同じことばかりを考え続けている。
 ならばもっと大人として――、シュウにするようにはできずとも、
当たり障りなく接してやればよかったものの。
 自嘲は浮かんでは消え、時折自身を苛み、
しかしショウタをどうするかの根本的な解決には全く繋がらなかった。
 日が傾き始めている。
 自身の膝にピタリと耳をくっ付け不安を露にしているシュウの額を一度撫でると、
タカシは立ち上がる旨を示した。
 そろそろ支度をしなくてはなるまい。
 タカシは今夜も花街へと赴かなければならないのだ。
484 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:22:25.17 ID:R3zx0t5S0
 
***

「馬鹿みたい」
 心底嫌そうに暴言を吐いたのは、姉とソックリなあの男娼だった。
 今夜も店先で帰れと追い立てられそうになったのを、
彼を通常の三倍の金額を支払い一晩買い取ることを条件に入店を許されたのだった。
 不思議なことに、彼への興味は薄れつつあった。
 ショウタの存在を忘れきってまで、彼の腕を掴もうとした記憶は、遠い過去の断片のようである。
「アンタなにがしたいんだよ。わけがわからないね」
 随分と気が強い。タカシが相手だからだろうか、それとも常日頃からこうであるのかは定かでない。
ちびちびと酒を舐めるように飲みながら、男娼はタカシを牽制するように時折睨みつけた。
「店が入店を許しちまったんじゃあ相手をしないわけにはいかない。最悪だ。
アンタみたいに乱暴な男に、死んでも買われたかなかったよ」
 当然と言えば当然であるが、彼の中でタカシの心象は『最悪』であった。
タカシの顔を見るなり奥歯を噛み締め眉間にシワをよせ、挙句『冗談じゃない』と吐き捨てた。
三倍の価格――、決して安くはないそれではあるが、
あの楼主が『たかが三倍』に目がくらんだとは到底思えない。
 ならば何故、男娼にも嫌われ入店さえも拒絶されているタカシが、
こうしてこの場にいることができるのかは不明である。
「――元気にやっているか」
「僕は元気だよ」
 タカシの曖昧模糊とした問いが、己に向けられたものではないと承知した上で、男娼はこう答えている。
「何故俺は入店を許された?」
「知ったこっちゃないね。僕にそんなことを質問されたところで、
答えようがないことくらいアンタだって本当は知っているだろ」
 ただ、と男娼は付け加えた。しかし彼はそこで沈黙すると、意地悪く口角を持ち上げ、
ン、と言いながら掌を意味深に差し出した。
 なるほど、ここからは別料金、と言うことか。 
「電子マネーしか持ち歩いていない。
時代遅れも甚だしいが、この懐中時計なら質に入れればそれなりの値がつくはずだ」
 こんなこともあろうかと懐に仕込んできたそれがやはり役に立った。
そんなことを思いながら、金に輝く懐中時計を差し出した。
鎖国中、こっそりと輸入されたもので、
昨今、国内で好事家の間で出回っている安物とは比べようがないほどに価値の高い品だ。
 少年らしいラインを描く掌がそれを受け取ると、
彼は煙管の煙を吐き出しながら「懐中時計なんざ初めて見た」と物珍しそうに言った。
485 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:25:04.63 ID:R3zx0t5S0
「――なんで一度捨てた子供にそんなに必死になるかね――、あの子、ちょっと体調を崩している」
 曰く、店に出ることもなく、『親父様』の丁稚として傍に置かれたショウタは、
男娼や娼婦の妬みの対象となっているらしい。
 ショウタが楼主に特別極端に目を掛けられている様子はないものの、
それでも『入店』した立場のくせに、楼主の丁稚として常に傍に置かれ、楼主と共に生活し、
楼主の部屋で寝起きするショウタを、楼主の『イロ』として認識しているものは多いようだ。
イロであるショウタに大っぴらな嫌がらせをする者は少ないが、
しかし細々とした、非常に嫌なお使いを頼んだりするのだという。
「それが原因なのか、それともこの間あの子の為に用意された汁物に下剤でも入れられたのか。
よくわかんないけど、ここ二、三日は臥せっているみたいだね。おやじさまが医師を呼んでいた」
 熱もあるみたいだ、と少年は言う。
「僕は親父様に特別に可愛がられているから――、
あ、変な意味じゃないぜ。売れっ子男娼だからだ。
時々こっそりと菓子を貰ったりすんだけど……、あの人あんなんだけど、結構甘いんだ」
 少年は時折自身の自慢を交えて話すものだから、肝心のショウタの話へはなかなか行き着かない。
しかしそこで不平を述べようものなら、この気まぐれな子供が途端に臍を曲げないとも限らないのだ。
手放してしまった懐中時計になんの未練もなかったが、
果たしてその価値に見合うだけの情報が引き出せるかどうか、などと、
長々と続く比較的無益な話に静かに耳を傾けつつ、タカシはそんな打算的なことを考えていた。
「ほかの男娼や娼婦は親父様の部屋に近づいちゃいけないってのは暗黙の了解なんだけど、
僕レベルになれば部屋に居座ることくらいはできるってわけ。
そんであの子……、名前はなんていったっけ、ケンタだっけ? あ? ショウタ?
そうだった、ショウタだ。ここ数日は、ずっと布団の中。親父様の布団でずっと寝てる。
相当に体調が悪いのかもね。寝ている顔が真っ白なんだ。え? だから原因なんて判んないって。
親父様もショウタがどうして寝ているかなんて僕に話さないし、まぁ話す必要もないか。
問題は親父様の部屋に布団が一人分しか用意されてないってことだよね。
噂って勝手に広がるものだろ。あれは、『寝ちゃってる』かもしれないね。
意味判るだろ、親父様の『イロ』だってのは本当かもね、って話だよ」
 安酒を舐めるようにちびちびと飲みながら、しかし酔いが回ってきたのか、
少年は一気に、捲くし立てるように、ショウタの現状を洗いざらい吐き出した。
486 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:26:50.68 ID:R3zx0t5S0
 男娼は不思議な少年だった。
親父様に特別可愛がられている、と自称する彼が、
雇い主の懐に深く入り込んだショウタの存在を脅威とも思わず、すんなりと受け入れ、
そして時折心配をしているような表情さえ見せる。
好奇心が大部分を占めていることは明白であるが、
彼の言葉を嘘偽りのないものとして判断すれば、
彼はショウタをよく観察し、しかし男娼や娼婦たちの『意地悪』に加わろうとはしないのだ。
 姉によく似た面立ちの少年は、当然のように姉とは異なる性質を持っている。
 タカシは喋り、そして動く生身の彼に接したことで、漸く姉と彼を分離して認識することができた。
 ――他人ならば、こうも簡単に割り切ることができるのだ。
 冷静に、違いを見出し、全くの別者として判断し、
そして彼のそのサッパリとしたあけすけな性格を好ましく思うことさえできる。
 ショウタに対して、同様の判断を下すことができないのは何故なのだろう。
「なに、黙っちゃって」
 少年は軽く酔いが回り、熱を持った赤い耳を弄くりながら首を傾げて見せた。
「いや、なんでもない」
 プライベートな事柄を、ただの男娼にまで話す必要はあるまい。
何せ、タカシたちは「避難中」なのだ。細かな身の上を話すことは危険だ――、ミユキ曰くではあるが。
 しかし、とも思う。いつまで続くか定かでないショウタの逃避行に付き合うにも限度があった。
 店はショウタをすんなりと返してくれるだろうか。ショウタは、帰ってくるのだろうか。
 ショウタが花街の住人になることを決めたその覚悟は、決して生半可なものではないはずだ。
だが、帰ってこなくては困るのだ。返してもらわなくては困る。
タカシたちはいずれ、一週間後か二週間後、もしかしたら二日後には、自宅に戻ることになるのだから。
 けれど、ショウタが突発的にした選択を、タカシは止めることができなかった。
487 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:29:24.17 ID:R3zx0t5S0
 子供の単純な家出ならば腕を無理やり引っ張り連れ帰ることができただろう。
だが、ショウタは今や立派な『花街の住人』なのだ。
きちんとした手続きを踏まなければ、鳥居の向こうへと一歩を踏み出すこともままならない。
 ショウタは帰りたがらない。楼主もおそらくショウタを手放すことはない。
 どうしたものか、とタカシは考えた。
 ショウタをここから連れ出す為に取るべき行動は、複雑化してしまっているのだ。
 しかし、『あの男』の手を借りれば、
あるいはその複雑さも一瞬にして単純なものへと姿を変えるかもしれない。
一度相談すべきなのだろう。そうすれば、ショウタの気持ちはさておき、
彼の身の安全が保たれる可能性は高まる。大人として取るべき行動はそれだ。
 だが、とも考える。
 外の世界の常識が、どこまで通用するのかも、本当のところは定かでない。
 外の世界ならば、あの男――、ショウタの祖父で、タカシの義父、そしてA社のCEOであり、
貴族の社会に広く顔の効くあの男だ――、の権力はこの大日本帝国内のあらゆる場所に
波及させることが可能であるが、
しかしここは『存在しない都市』なのだ。
独自の自治が存在し、国には存在さえしていないと言う建前の、ない筈の都市。
 かなりの高齢の年寄りと、近隣の大都市(と言っても、その近隣の都市はかなり離れている)の
住人が知るばかりの花街なのだ。限られた人、限られた都市の人間ばかりが知る小さな花街は、
独自のルールが罷り通る程度には、都市として自立している。
 独自の自治には、外側の世界の常識を応用させることは不可能だ。
果たしてあの男の権力がどこまで通用するか。
それよりも何よりも、タカシ自身があの男を頼ることを良しとしていなかった。
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/18(月) 22:31:13.59 ID:4Q6+JX7co
来てた
489 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:31:32.33 ID:R3zx0t5S0
「アンタさ、どうしたいの」
 少年が不意に言った。
 どうしたいのだろう。
それを明確にしないことには、身動きを取れないことは明白だというのに、
タカシはその質問に対し、満足のいく答えを導き出すことができずにいた。
 もう何度も、何度も自問自答した。しかし答えは全く浮かび上がらないのだ。
 連れて帰って、どうしたいのか。
「――僕さぁ、ジンコージュセージなわけ。まぁ、珍しくはないよね」
 呆れたような深い溜息のあと、少年は何かを告白するかのように、ポツリと語りだした。
「兄が一人、下にもう一人小さいのがいる。あ、弟ね。
でもさ、売り飛ばされたのは僕だけ。まぁ、年齢が丁度『オイシイ』時だったってのもあるし、
まぁ? 僕が一番可愛い顔をしていたってのもあるんだろうけど。
弟なんて猿だからね、猿。今年で十二になるのかな、あれは猿だね。
僕がこんだけウツクシイのが嘘みたいに、猿顔。
……でもねぇ、シゼンなニンシンで生まれたんだよね、兄と弟はさ。
 僕だけ、ジンコーテキに生まれてきた。
こんだけジンコージュセーが推奨される世の中だから、
腹の中に入るまでの方法で親の愛情に差が生まれるなんて思っちゃいなかったんだけどねぇ。
いざ家の経済状況が逼迫してさ……、さてどうなるかって頃になればさ、なんか、ね」
 元貴族、と言っても、彼は末端の末端、庶民より僅かに裕福な貧乏貴族だったのだろう。
名門貴族同士はお互いを庇いあうが、庶民に近い貴族など気遣うことさえしないのが常だ。
 己の身の上をさらりと話したのち、彼は『同情してもらいたいわけじゃないよ』と勝気な顔で言った。
「ケンタも人工的な子供だと聞いている」
「……ショウタだ。それと、どうやって生まれたかはあまりこの問題に関係ない」
 それは半分事実で、半分は嘘だった。
 勝手にミユキが身篭ったことは気に入らないが、タカシがショウタに愛情を抱けるかどうかは、
それ以前の問題であるからだ。
490 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:33:53.39 ID:R3zx0t5S0
「ケンタさ、」
「ショウタだ」
 ああ、それ、と猪口を口に運びながら少年は言った。
「アンタと怖い母ちゃんから逃げてきたんだって、お喋りな警らに聞いてるよ。
そんで、なんで今更ショウタを連れ戻したいの。下手に優しくするとかえって酷だ。
スッパリ捨ててやりゃあいいのに」
 どうしたいの、ともう一度問われ、タカシは再び口を噤むこととなった。
「自分でも判んねぇってやつね。馬鹿馬鹿しい。大方嫁がアンタのあずかり知らないところで
勝手にショウタをこさえたって程度の事情だろ。そんなんで拒絶されたほうはやりきれないよ。
だからハッキリしてやれよって話!」
 どん、と肩に軽い衝撃が走る。
 少年がタカシの肩を蹴ったのだ。その後、彼は二度三度とタカシの肩を蹴り上げた。
 元貴族にしては、随分と足癖の悪い子供だ。
 タカシはその少年然とした肉の薄い脚を引っ掴むと、ショウタがこの年齢にまで成長するには、
一体何年が要されるだろうかと考えた。
 シュウと殆ど年齢の変わらないあの子供の年齢を、よく考えなくては思い出すこともままならない。
本当に、タカシはただ『遺伝子を提供しただけの男』に過ぎないのだ。
だが、ショウタにとってはタカシは紛うことなき父親なのだ。
 生まれたときからずっと、ショウタの父親はタカシだけだった。
しかし、タカシにとって子供はシュウだけだなのだ。ショウタにとってはこれほど酷い話はないだろう。
そしてついに彼は逃げ出した。この薄汚れた、きらびやかな街へ。
「ショウタが可愛くないんだ。生まれたときからずっと」
 何故話す気になったのかは判らない。
 少年の脚から手を離すと、考えるより早く、口はそう言葉を紡いでいた。
 懺悔などと言う高尚なものではない。たんに、吐き出してしまいたかっただけだ。
自慰行為と然して変わらぬ告白だ。
「俺と妻、そして俺と妻の父との間には、遺恨がある。俺の子供は、妻の父に間接的にではあるが、殺された。
俺はそれを知らずに、義父の『息子のクローンを作ってやる』と言う口車に乗せられ、
妻と婚姻関係を結んだ。息子のクローンを作っているのと時を同じくして、
ショウタは妻の腹を介し、『勝手に』生まれてきた」
「つまり、アンタの息子を殺した男の娘が、ショウタを産んだわけか。
それも、アンタの精子を使って『勝手に』産み落とした、と。そりゃ可愛くないわな。
たとえアンタから遺伝子の半分を貰っている子供でもさ」
 タカシが他人に話せるのはここまでだ。多少は話を端折り、
シュウに関する事柄にも偽りを含ませているが、これ以上の複雑な事情を話すことはできなかった。
本来、身の上を話すことさえもあまりよいことではないのだ。
 だが、どうしても吐き出したかった。どうにかして、道を開きたかったのだ。
491 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:36:34.51 ID:R3zx0t5S0

「なるほどねぇ。アンタ、自分で自分の道を断っているんだ」
 猪口を放り投げると、少年は足先でタカシの腿に触れた。足癖は、本当に良くないようだ。
そのままつま先でタカシの股間を弄くり回すが、
どんなに刺激しても反応しないタカシに呆れたのか、彼は本日数度目となる溜息を吐いた。
「なんだ、アンタ男は駄目なの」
「試したことはない」
「ヤッてみる?」
「……遠慮しておく」
「人気の男娼を買っておいて馬鹿だね」
「『客でも相手をするのは嫌だ』って言ってただろ」
「気が変わったんだよ。口でしようか?」
「……結構だ」
 一瞬遅れが生じたのは、少しばかり『惜しい』と感じたからかもしれない。
 馬鹿だね、と少年は呆れたように言った後、じゃあさ、と付け足した。
「三倍の価格に見合うだけの答えをあげるよ」
「答え?」
「アンタがどうしてショウタを受け入れられないのか」
 酒で高潮した耳を弄り、赤い舌を覗かせ、その舌で真っ赤な唇を舐め上げ少年は言った。
 まるで今から事に及ぶかのような、誘うように妖艶な仕草。だが、その眼差しに艶は一切ない。
 今から大切な話をしてやるから黙ってお前はそれを聞いていろ。そう言わんばかりの眼差しだ。
目やら口やらとは対照的な、血管一つ見えない真っ白な白目。
その中央に鎮座する真っ黒い瞳に、威圧的な匂いを感じ取れる人間はどれほどいるだろうか。
多くの男――、或いは女は、例えこの場に居たとしても、
彼が意味ありげに『ワザと』覗かせた健康的な少年らしい太ももだとか、
妖しく動いた舌だとかに意識の殆どを持って行かれるに違いない。
そして彼が『何か話をしようとしていた』事実などはすっかり忘れさって、
布団の上に移動するのも面倒だと言わんばかりに彼の着物をその場で剥いで、
その薄い背中を畳の上へと引き倒すことだろう。
 そんな衝動に襲われなかったのは、おそらくタカシが『相当に切羽詰っている』からであって、
決して聖人君子だからと言うわけではない。
 座したまま動かぬタカシを見遣り、少年はおかしそうに笑った。
492 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:37:46.85 ID:R3zx0t5S0
「いいよ、教えてあげる。
――簡単だよ、アンタは最初からショウタが嫌いなんだ」
 彼はこともなげにそう告げた。
 ショウタが嫌い。
 可愛くない、そう思っていたし、おそらくタカシ自身にもあの小さな子供を嫌って、
そして遠ざけている自覚は大いにあった。
 今更指摘されるほどのことではない。
 だが、彼はその先の言葉を紡いだ。
「嫌わなくちゃいけないって思ってるんだよ。
アンタと嫁には確執がある。凄く根の深い、嫌な確執だ。
そんな女の産んだ子供を、アンタは愛したりしちゃいけないんだよ。
アンタはショウタは可愛いはずのない存在だって『思い込みながら生きなくては』ならない。
判る? アンタはそう思いながら生きていくしかないんだ。
アンタは、ショウタを可愛がってはいけないんだよ、決して。
ショウタを少しでも可愛いなんて思っちゃ、いけないんだ。
だってアンタは、子供を殺されているんだ。
大切な子供を殺した人間の血を受けつぐショウタなんざ、愛しちゃいけないんだ」
 なにか、奇妙な音がしたような気がした。
 内側からすべてが瓦解していくような、耳障りな音だ。
「違う……」
 気がついたらそう呟いていた。
「それは違う」
 愛してなどいない。
 可愛いなどと、思ったことはない。
「ホントかなぁ」
 少年は、タカシを冷ややかな目で見遣り、
空になった徳利をタカシの顔面を向かって乱暴に放り投げた。
どうやら、足癖だけではなく手癖も悪いようだ。
少年は悪びれもせず、タカシの額に徳利がぶち当たる様を眺めていた。
ガツンと鈍い音が響き、酒がタカシの衣類を僅かに濡らした。
493 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:38:46.00 ID:R3zx0t5S0
「俺がここへ来たのは、単なる保身の為だ」
 連れ帰りたいのにも、やはり理由はないはずだ。
義父にばれてしまってはまずい、それが一つ目の理由で、
ショウタはいずれA社を継ぐという役目も担っているのだから、いつまでもこんな場所に居ては外聞が悪い、
と言うのが二つ目の理由だ。
「ふぅん。あ、そ」
 少年は舌をちろりと覗かせ『馬鹿な男』と呟いた。
「ショウタが泣いたことは?」
「ないわけじゃない」
「どう思った?」
「単純に、バツが悪かった」
「何故?」
「子供を泣かせてしまったから」
 詰問するような物言いに、段々と苛立ちが募っていく。
「可愛いと思ったことは?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ何故迎えに来たの」
「だからそれは、」
「『保身の為』?」
「そうだ」
「単純に『拙い状況であるから』と?」
「そうだ」
「馬鹿じゃないの」
 少年は吐き捨てるように言った。
 馬鹿で愚鈍な、ずる賢い大人を心底軽蔑するような眼差しは、思春期の子供によく見られる表情だ。
 世界の全てを知っているとでも言わんばかりの目が、忌々しい。
494 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:45:04.86 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿じゃないの、アンタ。これ、アンタに訪れた好機なんだよ?」
「好機?」
「復讐できるじゃん。ショウタがひどい目に遭えば、アンタはスッとするんじゃないの? 
アンタの大事な子供を殺した男の孫が、男か女――、大体男だね、に組み敷かれて
ケツの穴を好き勝手されてヒィヒィ泣くなんて、こんなに楽しい話はないだろ?
アンタの義父は、アンタから大事なものを奪ったんだ。じゃあアンタはショウタを取り上げて、
その男がしたように『間接的』に奪ってやればいいんじゃん。
なんでそうしないの? 上手く行けば、ショウタは死ぬよ」
「それは、そこまでは、俺は望んでいない」
 嫌な汗が背中にふつりと浮かぶのを感じる。
 罠に嵌った獣のように、タカシは少年の言葉に囚われていた。
 みっともなく喚くことはしない。
 タカシは罠に嵌っているが、しかし慌てることはないはずなのだ。
 何故なら少年が仕掛けた罠は実際には罠などではなく、彼の勘違いに他ならないのだから。
 タカシはその罠に痛みなど感じない。少年が今口にする言葉は全て彼の思い込みであり、
タカシの現実とは大きく隔たりがある。だから、焦る必要はない。
 ――だというのに、何故こんなにも背中に冷たく冷えていくのだろう。
「は? なんで? アンタの子供を殺されたのに、
アンタの子供を殺した男の孫は生きているんだよ? なんでそんな子供に生きていてもらいたいの?」
「ショウタが殺したわけじゃない」
「それはそうだけど、アンタはショウタにその男の血が流れているから厭っているんだろ?
ショウタがこんなところに逃げ込むほどに追い詰めたクセに、『そこまでは望んでいない』ってなに?
殺された子供のこと、そんなに愛していなかったんじゃないの?」
495 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:49:38.79 ID:R3zx0t5S0
「違う!!」
 タカシは声を荒げて少年の着物の襟首を引っ掴んだ。
 少年はほつれた髪が額に落ちても、無表情のままタカシを見上げるばかりだった。
「アンタの子供を殺した男の孫が、上手くすれば死ぬ状況にある。
なら復讐すればいいじゃん。なんで迎えに来ているの?
復讐が終わったら、死んだ息子のクローンを連れて逃げればいい。いくらでも逃げようがあるだろ」
「それは……! 子供に不自由な思いをさせたくないからだ!
それに俺はなにもショウタに死んで欲しいわけじゃない!」
 いくらでも逃げようがある――?
 そんな可能性はあるのだろうか。シュウを連れて逃げる選択は、可能なのだろうか。
 前回の生で、今のシュウよりもさらに幼かったあの子を連れて逃げた記憶が甦る。
 石を投げられ、恐怖と餓えとの戦いだった。
 またあの日々に戻れというのか。
 いや――、タカシは気づいしまった。
たった今、少年の問いから、意識的に問題をずらそうとしている自分自身に。
 少年はまず最初に、何故ショウタを使って復讐を果たさないのかと尋ねた。
 そこまでは望んでいない。それは、綺麗ごとだ。
 あの子は、あの男に殺されたのだ。
 シュウは手に入った。
 復讐を果たして逃げてしまえばいい。
ショウタが死すること、それは、遠まわしながらもショウタを確実に愛しているあの男へと、
この上ない打撃を与えることになるであろう。
 何故そうしない? 何故その選択を避ける?
 少しも可愛くはない子供など、『自分の子供』の為に利用することくらい、容易いはずだ。
 なぜならば、タカシは『あの子』の父親で、ショウタは憎むべき男の血を受けつぐ忌み子なのだから。
 殺してしまえばいい。殺してすっきりしてしまえばいい。
 可愛い子供の為ならば、『他人』であるショウタなどどうなっても構わないはずだ。
 何故そうしないのだろう。
 一体、何故。
 たったひとつの、見えそうで見えない答えに、吐き気が生じる。
 判っている。判っているが、判りたくはない。
496 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:50:43.00 ID:R3zx0t5S0
「ショウタを可愛いと思ったことは?」
 少年はもう一度そう尋ねた。
「……ない」
「本当に?」
「あるわけがない!!」
 何故ならショウタは、あの男の孫で、ミユキが産み落とした子供なのだ。
 可愛いはずがない。可愛く思ってしまったら、それは――。
「あるわけが、ないだろ」
「じゃあ殺せよ」
 少年は、微笑みながら静かに言った。
 タカシの心の奥底にある燻りに火をつけ、さらにそれを本格的な火災にすべく、
息をこっそりと吹きかけるように、『殺せ』と囁いたのだ。
「大切な子供も望んでいるんじゃないの? 復讐を」
「あの子は、そんな、」
「望んでいるかもしれないじゃん。殺しちゃいなよ」
「それは、俺は、そこまでは望んでいない」
「望んでいない? アンタおかしいんじゃないの? アンタは子供を殺されたんだよ?
僕は例えば全然可愛いと思っていない子供を殺して借金がチャラになってここから出られるって聞いたら、
簡単に殺すけど? 知らない子供じゃなくて、全然可愛いと思っていない知っている子供なら、
より簡単に手を掛けられるね。アンタはなんでしないの。自分の子供を殺されたのに」
「ショウタを殺したところで、あの子が戻ってくるわけではないからだ!」
「へぇ、それでアンタの憎しみとか怒りはちゃんと解消されているんだ?
死んだ子供は未だに悔しがっているかもしれないのに」
「そうではないが!」
「アンタが手に掛けなくても、ショウタはきっとそのうち死ぬさ。
だったらアンタは放っておくだけでいいんだよ。何故そうしない?」
「だから!」
497 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:51:24.67 ID:R3zx0t5S0
 ショウタが死することを望むほど、外道にはなれないのは、何故なのだろう。
復讐を実行すれば、確実に義父への恨みは綺麗に解消されるだろう。
何故そのためにショウタを利用しないのだろうか。
ショウタはタカシにとって『どうでもいい子供』のはずだ。
その存在を忘れて、男娼の手を引くほどに。
シュウをこの花街で見つけたとき、ナビゲーション代わりのショウタの存在を失念するほどに、
タカシの中でショウタの存在は『どうでもいいもの』であったはずだ。
 どうでもいい子供など、利用してやればいい。
 健全に保たれているこの国で、人が一人消えれば大騒ぎになるのは明白であるが、
しかしそれは国が管理している地域での事件に限られる。
 国が存在を忘れ去ったこの花街でショウタ一人が失踪した場合は、遺体があがっても『不幸な事故』として
処理されることは間違いないだろう。
 何故ショウタを利用しない。この突如訪れた好機を、何故利用しない。
 そこまで望んでいない? そこまで外道にはなりきれない? そこまで道を踏み外したくはない?
 だが、タカシは、平気で意識のない姉を犯すような外道なのだ。その上子供まで生ませるような、鬼畜だ。
 そんな外道が、果たして復讐に子供を利用しないことなど有り得るのだろうか。
 己の中で渦まく疑惑と、それを打ち消す思考で、頭の中が破裂しそうになるのをタカシは感じていた。
 何故利用しない、何故。
498 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:52:53.09 ID:R3zx0t5S0
「――アンタ、ショウタを嫌おうとしているよ」
「なに……?」
「アンタは、ショウタが可愛いんだよ。無理やりショウタを嫌おうとしている」
 怒りが、ぶわりと浮かび上がるのを感じた。
 タカシとショウタ、それを取り巻く重く不愉快な背景を断片的にしか知らない少年は、
したり顔でタカシに的外れな意見を寄越す。
「違う!!」
 気がついたとき、タカシは腹の底から搾り出すような声で叫んでいた。
「じゃあなんでそんなに必死に叫んでるんだよ!」
 少年が、中身が一滴も減っていない徳利で、タカシの額を打ち付けた。
額に広がるのは、痛みと熱。酒臭くなった服を気にする余裕もなく、
タカシはもう一度「違う!」と叫ぶように言った。
 額が熱い。滑りを帯びた液体が額を滴り、角膜の表面を瞬時に覆っていく。
視界が赤く染まり、世界そのもののカラーリングが歪になる。
左の視界はクリアだというのに、右の視界は真っ赤。不安定な視界もそのままに、
それよりももっと不安定な己の胸のうちを隠すかのように、タカシは叫び続けた。
「可愛いはずがない!!」
「馬鹿じゃない? アンタはとっくにショウタを気に掛けていた。
ショウタがアンタの前で泣いたとき、本当はどう思った?
ショウタがアンタを見るとき、いつもどんな気分になった? 後ろめたくなったんじゃないの。
ショウタにどんな風に接した? 冷たく当たったんだろ? 何故?
そうしなければ、愛しく思ってしまいそうだったんじゃないのか?」
「違う!!」
「アンタはもう既に負けている。過去のショウタを愛すまいとしていた自分に、負けているんだ」
「違う、俺はただ、ショウタが帰ってこないと不都合があるだけで……!」
 家に連れ帰らなくてはならない。
 ショウタの祖父であるあの男が、孫の不在に気づく前に。
 家に連れ帰らなくてはならない。
 子供の家出などに付き合っている場合ではない。何故なら、ショウタはいずれA社を継ぐ子供なのだから。
 タカシがショウタを家に連れ帰らなくてはならない理由など、それしかない。
そのはずだ。
 いつも窺うようにしてタカシを見ていた子供を、鬱陶しいと思いこそすれ、
可愛いと思ったことなど一度としていない。
 遠慮がちにタカシを盗み見るようにしていた子供を可愛いと思ったことなど、一度としていない。
499 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:53:51.31 ID:R3zx0t5S0

「可愛いわけがない。生まれたときから、一度も可愛いと思ったことなどない!」
「どうして?」
「可愛いと思えないだけだ! 理由なんてない」
「理由なく可愛いと思えないなんて、それこそおかしいだろ。
目つきがキモイとか、おどおどした態度に腹が立つとか、あるだろ」
 記憶の片隅にある、ショウタの影を引きずり出そうとタカシは躍起になった。
 手をつかまれたとき、寒気がした。なんともいえない嫌悪感に襲われた。
本能的に、ショウタを厭い、体がそう反応したのだ。
「嫌なものは嫌なだけだ。単純に可愛いと思えない。それのどこが悪い」
 声が上ずり、紡がれる言葉の一つ一つは細かく揺れた。
動揺している――、タカシにはその自覚があった――、自分を隠すように、
ショウタの『嫌な部分』を具に上げていった。
 窺うような目が嫌だ。
 タカシをミユキのように『タカシさん』などと呼ぶのが嫌だ。
 子供のくせに、妙に大人びている部分があるのが気持ち悪い。
 ミユキの腹を介して生まれてきたのが何よりも気持ち悪い。
 大嫌いな貴族の出身であることが気に食わない。
 ――全部、全部、ショウタの存在そのものが気味が悪い。
 感情の赴くままぶちまけたそれらは、床に散らばり空しく転げ落ちる。
 肩を怒らせ、はぁはぁと熱く荒い呼吸とは裏腹に、
無機質で中身のないそれらは、無理やりひねり出したかのような『てきとう』な理由であった。
 これが本心とは大きく隔たりのある言葉だと、タカシ自身が自覚していた。
 無理やりひねり出さなければ、ショウタを嫌う理由が見つからない――、
その事実が、ひどく恐ろしかったのだ。
500 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:54:57.26 ID:R3zx0t5S0
「……ひっどいね、アンタ。あのさ、大人びちゃったのもアンタの態度を窺うのも、
アンタの所為じゃん。アンタが邪険にするからそうなっちゃったんじゃないの。
それにさ、アンタが嫌っている女の腹を介して生まれてきたなんて、
ショウタにはどうしようもないことじゃん」
 呆れたように言った少年は、溜息を吐いたあと、『カワイソ』と心底同情したように言った。
「ショウタ」
 少年は、静かにそう呟いた。
 まるで、ショウタを呼ぶように、そう口を開いたのだ。
 嫌な予感に、背筋が冷たくなる。
「入っておいで」
 少年の背後のある襖が、音もなく開けられた。
 廊下に膝をつき、ショウタはそこに佇んでいた。
「ショウ、タ」
 瞳孔が、ギュッと引き絞られるような錯覚を覚える。
 体中の血液と言う血液が、足元に落下していくような、嫌な寒気。
 そして、この場違いな空気の中、ただただ微笑むショウタ。
「もう帰っていい? 貴方が襖の前にいろって言うから俺はここにいた。用事は済んだよね?」
「……いいよ。親父様ンとこに帰りな」
 ショウタの口角が更に持ち上がる。頭をゆっくりと下げ、そして襖は閉じられた。
 何事もないように、ショウタは悠然と微笑んでいた。
 タカシの暴言など、痛くも痒くもないと言うように、ただ自然な笑みを浮かべていたのだ。
 唇が戦慄く。
 脚に力が入らない。
 だが、タカシは無理やり立ち上がった。
 今、ショウタを追いかけなければ、永遠にショウタを失うような気がしたからだ。
 失っても構わないはずの子供を、タカシは追いかけようとしていた。
501 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 22:56:08.78 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ!」
「追いかけるな!!」
 ぴしゃりとした声が、叱責するように言った。
「終わらせてやれ! 歪な家から、開放してやれ!! そうじゃないなら認めろ!
ショウタが可愛いって認めちまえ!!」
 可愛くない。今度はそう叫ぶことはできなかった。
 壊れたように震えている唇では、そう叫ぶことはかなわなかったのだ。
 少年が立ち上がり、タカシの襟首を掴む。
 少年の顔を見下ろすその瞬間、タカシは彼を『姉に似てなどいない』と再確認をしたのだ。
 姉は人形のように身動きの取れぬ人であったが、元気であった時分でさえ、
美しく微笑んでいることの多い人だった。そう、先ほどのショウタのように。
 眉根を寄せて叫んだり怒ったりなど、決してしない人だった。
 襟首を掴み、捲くし立てる少年は、生きた、血の通った少年だった。
思い出と同化することは決して有り得ぬ、怒り、笑い、泣く、普通の人間なのだ。
 ショウタも、そうだ。
 ショウタは傷つく。ショウタは、悲しむ。
 だが、ショウタはホログラムで作られた虚像のように微笑んだ。
記憶の片隅に住み着く、思い出の一部分のように微笑んだ彼は、
痛みなど少しも感じていないようだったのだ。
 だが、タカシは己の行動に焦っていた。
 タカシが暴力的に吐き出した言葉はあまりにも鋭利で、
その虚像のトゲは、見えないショウタの内側を、
しかし確実に深々と抉って、おそらくこの先死ぬまで癒えることのない裂傷を作ったのだ。
502 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:01:13.57 ID:R3zx0t5S0
「可愛いんだろ? そうじゃないならなんでアンタはそんなに焦っている?
可愛くないはずがないだろ、アンタはショウタに会おうとわざわざこんな場所まで毎日通ってきた。
可愛くないなんて思っちゃいないんだよ!」
「ち……が……」
 ――違う。
 違う。
 違う。
 違う。
 違う。
 可愛いのはシュウだけだ。シュウだけがタカシの息子だ。
姉と自分の遺伝子を受け継ぐあの子だけが、殺されてしまったあの子だけが、あの子だけが――。
「違う! 可愛いはずがない!」
「だったら要らないって切り捨てればいい! そうすれば楽になる!
アンタ、中途半端なんだよ! さっさと切り捨てて、
毎日こんな所までノコノコやってくるのもやめればいい!」
 体が震えて、呼吸もまともにできない。
 タカシは少年の言葉を遮るように、両耳を掌で塞いだ。
 可愛いはずがない。生まれた瞬間から鬱陶しいだけだった。
 赤ん坊のショウタは、真ん丸い瞳で真っ直ぐにタカシを見上げた。
 そんなことは思い出したくないのに、タカシ本人の気持ちとは裏腹に、記憶は勝手に溢れ出す。
赤ん坊のショウタの黒目に反射した自分の顔。
それがどんな風であったのか、タカシには思い出すことができない。
 いや、思い出したくはない。
503 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:02:39.83 ID:R3zx0t5S0
「違う!」 
「だから、そう思うならそれでいい! ただし早く切り捨ててやれ! 追いかけるな!!
それができないなら殺された子供に一言『ゴメン』って謝って認めちまえばいいんだよ!
可愛いって、ただ認めればいい。どうせ死んだ子供はアンタの裏切りなんて知らないよ! 
死んでるんだから!!」
 謝った程度で済むものか。
 何故ならあの子供は、タカシが間抜けであったがために死んだのだから。
決して信用してはならない貴族などを信じて、自ら罠に嵌って、そして己のみが生き残った。
 だからこそ、せめて裏切ることだけはしてはならないのだ。
 それが父親としてしてやれるただ一つのことなのだ。
 タカシはショウタを愛してはならない。それだけは。
 
『タカシさん』
 
 緊張した声が聞こえた。
 歪で不恰好な、痛々しい笑顔。
 真珠のように、白い前歯。
 記憶の中の、数少ないショウタが浮かんでは消える。
 小さい爪、黒い瞳、窺うような眼差し。
 己に触れる手に怖気が走ったのは、
その柔らかさに『胸の温かくなる感情』を抱きそうになった自分に恐怖を覚えたから。
 違う、違う、違う。
 ショウタが歪に笑う。ショウタがタカシを見上げる。
 ショウタ、ショウタ、ショウタ。
 ああ、ショウタは――、タカシは、最初から、生まれたときからショウタを。
504 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:04:05.20 ID:R3zx0t5S0
「認めろ!」
 少年の脚が、タカシの腹を蹴った。
 ここにいる人間は、どいつもこいつも、ひどく暴力的だ。 
 だが、タカシがショウタに与えていた暴力に比較すれば、それらは随分と可愛らしいものだ。
 少年が押し黙り、タカシの短く繰り返される呼吸だけで部屋が満たされた。
 獣染みた呼吸のほかに、なにもない部屋の外で、花火がドン、と破裂した。
 障子の向こうでは、色とりどりの火花が空を彩っているのだろう。
 シュウはいい子にしているだろうか――、不意に、可愛くてたまらない子供の顔を思い出す。
 シュウと、ショウタの顔が重なって見えた。   
 そんなことは、有り得ないはずなのに。
「……明日、またここへ来る。覚悟を決めて」
 唇を引き結ぶ。
 少年が笑ったような気がした。
 彼は、きっと美しい父子の物語を思い描いているのだろう。
 父が子を受け入れ抱き合って、物語は幸せなまま幕を下ろす。 
 だが現実はそうは行かない。
 それが、タカシの選択だ。
 ショウタに罪は何ひとつない。
 彼はただ生まれて、必死に手を伸ばしただけだ。その手を振り払い続けたのはタカシの都合だ。
 生まれた場所が悪かったとしか、言いようがない。
 彼の中の二三本の染色体が、別の男のものであったのなら――、
いや、いっそ、四六本全てが全く見知らぬ、愛し合う男女のものであったのなら、
きっとショウタは凡庸に、だが幸せな人生を歩めただろう。
 鳥でも、犬でも、猫でも。
 人間以外の生き物でもきっと、今よりは幸せであったはずだ。
505 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:06:48.99 ID:R3zx0t5S0
 ――殺してしまいたい。
 ふと、そんなことを思う。
 あの子供を傷つけるくらいなら、殺してしまいたい。
そんなエゴイスティックな感情が、胸に広がった。
 だが、これ以上にあの小さな子供からなにかを奪っていいはずなどなかった。
 子供。
 ショウタは、ただ少しだけ利巧な、だけどそう、寂しいだけの小さな子供なのだ。
 どこにでもいる、普通の子供。
 小さくて、慈しむべき存在。
 伸ばされた手は、いつでも遠慮がちだった。
 あの手が伸ばされなくなったのは、いつからだろう。
 もう、思い出せないくらい遠い日のことのようだ。
 タカシは、遠くまで来てしまったのだ、後戻りができぬほど遠くへと。
 タカシはやっと認めた。
 タカシはショウタを、憎んでいたのだ。
 憎くて憎くて、そして――。
 タカシの顔色を窺うような、ショウタのあまりにも不器用な笑顔がチラついて見えた。
 丸い頬に、少しだけ焼けた手足。
 タカシさん、とやはり遠慮しながら呼ぶ声。
 シュウを羨ましそうに見る、潤んだ瞳。
 そして、寂しさを乗せた、項垂れる小さな後頭部。
 可愛くなどない。可愛くなど、ない。
 父親が本能的に子へと抱く感情など、決して抱いては居ない。

『タカシさん』
 
 小さな指が、タカシの袖を掴んだことを思い出す。
 汗に濡れた額。
 赤ん坊用のシャンプーの匂い。 

「今日は帰る」
 タカシは宣言して立ち上がった。
 幸せな結末はやってこない。
 小さな後姿がチラついた。

『タカシさん』

 愛してなど、いない。
 絶対に。
 額から滴る血液を拭き取ると、タカシは静かに立ち上がったのだった。
 幸せな結末は、決してやってこない。
 ――殺してしまいたい。そして、死んでしまいたい。

 花火の音が、遠く近くで、しつこいほどに鳴り響いていた。
506 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/04/18(月) 23:07:33.83 ID:R3zx0t5S0
お久しぶりです。今日はここまで。
保守、感想ありがとうございます。嬉しいです。
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/18(月) 23:22:30.54 ID:kSRM4PhIO
来てた!すごい物騒なことになってた…
忘れかけてたけどまだ回想なんだよね
殺害失敗からの逆襲で最初に繋がるのかなー?
なんにせよ夏か秋か冬か分からないけど楽しみ
508 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:40:31.32 ID:+DEy+jEYo
様々な事情があり、エロ・フェチを含むSSは
http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/
に移動をするようです

エロもフェチ(近親系)もガッツリ含んでいるので、移動することになるかと
おそらく自動で飛ばされるかと思いますが、
もしも「あれ、板がねぇぞ」となったら上記に移動していると思うのでよろしくお願いします
509 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:46:11.25 ID:+DEy+jEYo
板じゃない、スレだった
恥ずかしい
510 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/05/05(木) 12:54:11.22 ID:+DEy+jEYo
新しいエロ向け板ですが、現在作業中らしく
ガラケーおよびスマホではエラーが出てしまう模様
511 :スレッドムーバー [sage]:2016/05/17(火) 23:41:25.67 ID:???

このスレッドは一週間以内に次の板へ移動されます。
(移動後は自動的に移転先へジャンプします)

SS速報R
http://ex14.vip2ch.com/news4ssr/

詳しいワケは下記のスレッドを参照してください。。

■【重要】エロいSSは新天地に移転します
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1462456514/

■ SS速報R 移転作業所
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463139262/

移動に不服などがある場合、>>1がトリップ記載の上、上記スレまでレスをください。
移転完了まで、スレは引き続き進行して問題ないです。

よろしくおねがいします。。
512 :真真真・スレッドムーバー :移転
この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 01:31:45.25 ID:ACNnFxMLo
久しぶりに来たら更新来てた!

タカシの自己中ぶりがやっと露になったね。確かに不幸な少年時代だけど、ショウタには
全く関係ない訳で。正直サイコパスっぽいとすら思っていたから死んだ子供に対する義理と知って納得
楼主が男前だわ。やっとタカシに正論ぶつける人が現れて胸がスッキリした
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/06/24(金) 23:00:19.72 ID:q3vuq3VY0
セルフ保守
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/07/25(月) 00:27:20.30 ID:A8AZJ2of0
ほしゅ
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 21:31:54.59 ID:+cea9A2Jo
待ってるよ!
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 23:54:12.30 ID:U/JKSAXq0
続き楽しみほしゅ
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/09/21(水) 01:44:57.75 ID:At/g53Kb0
ほしゅ
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/10/02(日) 23:24:19.13 ID:aXw3IVeb0
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/10/22(土) 01:14:34.68 ID:kX0VNZdto
作者生きてる?生存報告欲しい
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/10/22(土) 22:20:29.05 ID:YGu4M2th0
ほしゅ
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/03(木) 22:33:51.14 ID:KvgSZ96xo
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/20(日) 23:54:51.15 ID:aag0X5eY0
ほしゅ
524 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:07:31.78 ID:199uZvbgo
お久しぶりです……
525 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:18:13.82 ID:199uZvbgo
 報告の全てはセキュリティを何重にも施したメールで送られてきた。
 細かな文字の羅列を一文字も逃すことなく目を通しながら、タカシは感心していた。
たった一日での報告にしては、内容に富んだ満足のいく報告書が画面に広がっている。
ここまで詳細な報告を寄越す探偵は、前回の仕事では全く役には立たなかったものの、
今回はいい仕事をしてくれたようだ。
かつてミユキと義父の思惑を探るために、
そしてタカシの一族の末裔を見つ出すために雇った、そのうちの一社だ。
前者については全く役に立たなかったが、後者の末裔探索については当時も仕事が速かったと記憶している。
 忘れ去られた都市の一画に存在する小さな店を探れ――、
一般人が耳にしたのなら、鼻で笑われそうな内容であったが、相手は探偵だ、
依頼を受けたその日に動き出し彼は現地入りを果たした。
 自分の社会保障番号が登録された都道府県より他の地域には移動してはいけない――、
そんな意識が深く根付いているのもまた一般人のみであり、
探偵は仕事となれば北へ南へ、どこへでも飛んで行った。
その職業上、探偵は『忘れ去られた都市』についてもその存在を噂程度には知っていたし、
タカシの依頼の目的についても詮索したりはしない。そしてこの充実した報告書。
一般の範囲内の仕事ならば、優秀と言ってもいいだろう。
 タカシは画面をスクロールし続ける。
526 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:27:53.55 ID:199uZvbgo
 その内容の殆どは、タカシにとって喜ばしいもので、
しかし花街にとってはその逆であることは間違いのない内容であった。
 結論から言えば、花街は死を迎えつつあった。
 最も花街が栄えていた時代――、それと比べての近頃の利用者数は、
その存続も危ぶまれるほどに減少していたのだ。
特定の人間以外とも性的な関係を結びたいと感じる若者が減少していることにその原因があった。
 若者が枯れている、と言うわけではない。
 思春期ともなれば、性への興味は暴走するばかりであるのは、どの時代の若者であっても常である。
しかし今はバーチャルの時代だ。おおよそのことは電脳空間で体験可能な、素晴らしい時代なのだ。
あたかも生身のように感じられるリアルな空間、それがあまりにも生活に深く根付きすぎた為だろう。
生まれたときから直ぐ傍にリアルな紛い物が存在した彼らにとっては、それらは現実と変わりない『紛い物』なのだ。
バーチャル空間で散々遊び倒し、しかし肉体そのものは婚姻後まで清いまま――、などという、
健全なのか不健全なのか判然としない、ちぐはぐな若者は多いようだ。
何と言っても、生身の体験は危険を伴う。
おおよその病気は治せる世の中になったものの、しかし性病の治療には羞恥を伴う。
医者に恥部を晒すことをよしとする人間はあまりいないだろう。
おまけに最悪の場合、免疫系へと一生モノの傷を残す可能性もあるわけで、
そんな危険は誰もが避けたいと願うのは、当然のことと言えよう。
そのような価値観が根付くに従い、若者は徐々に花街の存在そのもを危険なものと認識し、
存在を存じていても避け、見ようとせず、そして記憶の彼方から消し去っていったのだった。
お貴族さまのボンボンは、馬鹿馬鹿しくも『箔をつける』為に花街へと赴くこともあるようだが、
それだって祖父、いや、曽祖父の代からの慣例染みた行いのようなもので、貴族の全てがそうであるわけではない。
つまり、花街の利用者数は著しく減少傾向にあるのだ。
 当然、ショウタが逃げ込んだあの店も、一時ほどの――、
今現在楼主となっているあの男の父の代の話である――、
賑わいはなく、花街全体はあれほどまでに華やかかつ賑やかであるにも関わらず、
店としての収入はとても少ないようだった。
527 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:30:59.39 ID:199uZvbgo

 奴隷の売り買いのイベントが開催されるシーズンには、一時的に客足がが増えることもあるようだが、
それとて年に数回開催される『奴隷市』などという悪趣味この上ない催しが行われた時だけのこと。
数ヶ月もの間、賑わいが続くわけではない。
 その奴隷を購入する人間も少しずつ減少しているというのだから、
花街には少しずつ、だが確実に終焉へと向かっているようだった。
 毎月支払わなければならないショバ代も馬鹿にならないはずだ。
 花街の住人は、最初からそこに居たか、或いは外部から無理やり連れてこられたかのどちらかだ。
 ――彼らには後ろ盾がない。新天地でなにかを始めようにも、その手立てがないのだ。
 ならばタカシが後ろ盾になればいい。
 実入りの少ない商売などはスッパリと捨て、
タカシの力添えで新天地でなにか新しい事業を始めたほうが、
その後、彼の人生にプラスになることは間違はないだろう。
 あの如何わしい街にいつまでも居座っていたところで、何になるというのだ。
 セックス、セックス、セックス。
 肉と肉のぶつかり合いに金を掛ける時代はもう終わった。
 タカシは、あの楼主を己の手駒にすべく、彼について様々な事柄を調べていた。
 両親は夭逝しきょうだいは居ない。
身内と呼べるのは伯父で、その伯父も花街で医者をしているようだった。
伯父は国家資格を保持してはいるようだが、
彼が見るのは客の無体によって体を傷つけられた男娼や娼婦、
或いは使えなくなった『彼ら』の『後始末』であり、
真っ当な医者ならばまずこなさないような仕事ばかりを請け負っていた。
 兄弟のように育ったのは警ら。彼の職業は一応は花街の警備や面倒ごとの片付けではったが、
花街内での建物や機器類の修繕も手がけているようだった。
 そして楼主自身はと言えば、あの男娼が言っていたように『優しい』らしく、
不細工でろくな商品にもならないような男娼や娼婦まどをも引き取り、世話をし、
その都度店を赤字へと向かわせていた。
経営者としては全くお話にならない、と言うレベルの仕事ぶりである。
528 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:33:29.50 ID:199uZvbgo
 それでも店がなんとか持っているのは楼主の人柄のためであるらしい。
彼は一度引き受けた人間の面倒は最後まで見る人物として周知されていた。
 色を買う客には楼主の人柄など『どうでもいい』ことは間違いないが、
店を取り仕切る長の態度は、そのまま娼婦・男娼の性格や勤務態度に浮かび上がるものなのだろう、
赤字には赤字であったが、あの街では、中の中程度の売り上げは弾き出していた。
 報告書をスワイプで消し、タカシは背もたれに身を深く沈めた。
 材料は揃っている。
 赤字経営、金にもならない娼婦に男娼、忘れ去られた土地。それは正に沈み行く泥舟であった。
 材料だけは、ふんだんに揃っているのだ。
 ――だが、あの楼主は一筋縄ではいかない。
 たぶらかすには、なにか『いい話』を作り上げなければならないだろう。
 戸籍の移動はなんとかなるに違いないが、しかし肝心の『いい話』が思いつかなかった。
 約束を反故にしたりはしない。
 ショウタの身に安全を確保するためには、楼主を陥落させるよりほかはない。
 だが、果たしてあの楼主が、『いい話』を提示したところで、ショウタを手放すだろうか――?
 あの、花街に似合わぬほどに、情に厚いと評判の男が……。
529 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:35:37.21 ID:199uZvbgo
 伸びをして体を動かし、ストレッチをする。
 腿の上には、シュウの頭が乗っていたが、それにも気づかぬまま報告書を熟読していたようだ。
 幼いシュウの目の下に、クマが浮かんでいる。
アンドロイドによれば、ここのところ、情緒が不安定なようで、睡眠が満足に取れていないとのことだ。
眠っても直ぐに目を覚まし、タカシの姿を探しては、その不在の落胆するのだという。
 不安定になるのも無理はない。父親が何をしているのか判らない上に、
慣れぬ土地で頭の狂った女と一つ屋根の下に閉じ込められていたら、タカシでも気持ちが塞ぐというものだ。
おまけに、友人であるショウタは、シュウが理解できぬ『何か』にとても腹を立てた様子で突如として姿を消したのだ。
 早くなんとかしてやらねば、シュウ自身もおかしくなってしまうだろう。
 アンドロイドに眠ったシュウを自室へと連れて行くように促し、報告書にもう一度目を通す。
 シュウを安心させるためには、まずショウタをどうにかすることが急務であろう――、
そんな思案を重ねていた瞬間、タブレットが急速に明るく輝きだした。
 どうやらA社本社にいるはずの部下からの、仕事用の連絡機による連絡のようだ。
 対話には不向きな、互いの顔が見えないタイプの、要するに単純な『電話』での連絡である。
遠く離れた部下と話す際には、互いの表情を確認できるタイプでの通信方法が望ましい。
そのほうが相手が何を言わんとしているのかより理解し合えるからだ。
通常とは異なる連絡方法をいぶかしみながら、タカシはタブレットを手に取った。
 だが、変化はそれだけではなかった。
 画面上で、いくつものポップアップが浮かび上がっては消えていく。
 一つ、二つ、三つ。
 五つ目ほどでタカシは異常を察知し、一先ずは部下からの電話を受け取ることにした。
530 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:37:20.78 ID:199uZvbgo
「はい」
『テレビつけてください!』
 部下は名乗りもせず、タカシの都合も尋ねず、突如そう言い放った。
 言われるがままにタカシはテレビの電源を入れ、
取敢えずは日本放送技術公社にチャンネルを合わせた。
ホログラムがゆっくりと浮かび上がり、電波が悪いのか、緊迫した様子の女性がなにやら必死に告げていた。
女性が何を言っているのかタカシが理解できないうちに、映像は『現場』に切り替わったようだ。
 揺れる不明瞭な映像に、タカシは見覚えがあった。
 空を貫くような高さのビル、その壁面が大きく崩れている。
 地面から伸びるのは、この大日本帝国が誇る防空用のミサイルだ。
通常は人が携帯して攻撃するもののようだが、この国では国民にそれをさせることがない。
完全にコントロールされた地下システムによって、有事に際して『勝手に』地下から伸びだし敵を攻撃するもの――、
その禍々しい筒状のそれに対するタカシの認識はそれだった。
その国防の為の小型のミサイルコンテナーが、どういうわけか、ビルに向けられていたのだ。
 一度、二度、三度。整列したそれらは規則的にビルを攻撃していた。
531 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:40:17.37 ID:199uZvbgo
『ご覧下さい、物凄い勢いで建物が崩れています!』

 髪を振り乱しながら、アナウンサーが叫んでいる。
 揺れるホログラムは、タカシのよく見知るビルであった。
 空を貫かんばかりに縦長であったその建物は、
国防の為の小型ミサイルによって攻撃され、頂上部分が殆ど欠けた状態となっていた。
地上から百数十メートル上空を攻撃するのは不可能であろうから、
近隣の防護壁に設置されたものから放たれたのかもしれない。
 激しく火を吹くビルから、落下するのは瓦礫に、そして時折――、人と思しき形状のもの。
 続いてズームされた映像として映し出されるのは、
ビルから這い出るようにして逃げてくる者、慌てて避難する通行人、怪我をして歩けない者。
 現実味のない映像が、立て続けにタカシを襲った。
 だらんと膝の上へと放った手の中から、激しい叫び声が聞こえてくる。部下との通信はそのままだったのだ。
 気分が悪くなる。
 腹の底から、食べたものが競りあがってくるような感覚に、タカシは慌てて便所へと駆け込んだ。
 喉が焼き付けられるような感覚と苦しさに、涙が零れ落ちるのもそのままに、
タカシは幾度も便器へと吐瀉物をぶちまけた。
 今の生を受ける前の、戦中の記憶が一気に溢れ出した。
 吐き気が治まった頃、タカシはゆらりと立ち上がる。電話はいつの間にか途切れていた。
 国防システムによる破壊の渦中にあるのは、どうやらA社の本社社屋だと、タカシは漸く理解した。
 細長いビルがまるで特撮のジオラマのように崩れ、火を噴いている。
532 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:44:38.50 ID:199uZvbgo
 タブレットが『異常事態宣言発令』の文字を画面へと浮かび上がらせている。
これは自身の住まう地域が災害や異常事態――、他国からの攻撃などがそれに当たる――、に、みまわれた際に、
国民が一人でも多く逃げ延びるために発令されるものだ。
 ホログラムに浮かび上がるのは、喚くアナウンサー、そして『国防システムの暴走か?』の文字。
 唐突に理解した。
 『終わり』が来たのだと。
 これは、A社に対する明確な殺意が形になった攻撃に違いない、と。
 A社はこのまま転覆するのだろう――、そんな確信めいた予感が、タカシの頭を駆け巡った。
 それは『開放』か、『終焉』か、それとも――、『完全な死』か。
 自分の身に降りかかるであろう三つの未来が生々しく浮かび上がり、そしてタカシは床を蹴るようにして立ち上がった。
 ヒュッと、喉が鳴り、一瞬呼吸が途切れていた己を自覚する。
 肺一杯に空気を吸い込み、考えるより早く、たった一つの名を叫んでいた。
「シュウ!」
 声を荒げて息子を呼ぶ。
 国防システムの異常? そんなはずはない、とタカシは確信していた。
 国防システムには何重にもロックが掛けられているはずだ。
 二度目の生をスタートさせたばかりの学生時代、課外授業で国防システムを見学させてもらったことがある。
 パスワード、声紋認証、角膜認証、そしてまたパスワード。
 それぞれの異常事態発生地の都道府県知事が国に報告、国が異常事態を確認、
そして漸く、異常が認められた各当都道府県の知事がそれらのロックを遠隔的に外し、初めて国防システムが動くのだ。
 非常事態でもないのに、仰々しい白いヘルメットを被った施設の管理者がそう説明していた。
 間違いは起こらない。決して。安全が一番大切なのだと、説明を繰り返していた。
 だから、間違いは起こりようがないのだ。
 それが『意図的』でないのなら。
533 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:46:30.49 ID:199uZvbgo
「シュウ!」
 もう一度叫ぶようにシュウを呼んだ。
 先ほどアンドロイドに部屋に運ばせたばかりではあるが、
そう暢気に構えている時間はない。
 何故ならば、一家は『避難』しているのだ。
 何から避難しているのか、そろそろみなが、いや、その避難を強固に願ったミユキでさえ忘れているようではあるが、
危険から身を隠すために避難をしていたのだ。
 国防システムの暴走など有り得ない。有り得るはずがない。
 誰かしら意図的に暴走を引き起こしたとしか思えなかった。
 そう、例えば――、A社をよく思わない連中。
 水製造機の存在を未だによく思わない団体は国内にいくつかあって
、開発者であるタカシは疾うに死んでいることになっているものの、
まるでその遺志を継ぐかのようにしてメンテナンスを積極的に行うA社を、
彼らは当然のようにタカシそのものよろしく敵視している。 
 デモ行為など可愛いものである。
 抗議活動は何度か社屋前で行われたが、実害らしい実害と言えば、社員の誘拐未遂事件くらいであった。
 社員の誘拐から社屋爆発――、手口が急激にテロリスト染みたことに些かの違和感は覚えたものの、
しかしタカシは今漸く急激に身の危険を意識したのだった。
 ミユキの戯言などに付き合うのは馬鹿馬鹿しいと感じていたが、
しかしこうも明確に敵意を剥き出しにされては、危険を認知せざるを得ない。
 軋む階段を駆け上がり、寝ぼけ眼でベッドに座すシュウの両肩を引っ掴む。
534 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:48:24.33 ID:199uZvbgo
「お父さん……?」
「シュウ、よく聞いて。今すぐにこの家を出なくてはならなくなった。
アンドロイドと一緒に荷物をまとめてくれ」
「お家に帰るの?」
「違う」
 即座の返答に、シュウは少しばかり落ち込んだ顔を見せた。
 しかし、タカシの掌が己の肩に食い込むほどにきつく力を込めたことによって、
聡い子供は異常を察知したようだった。
「わかった」
 シュウが力強く頷く。眠気はどこかに吹き飛んだようだった。
「十分で済ませられるね?」
「十分……、長い針が十個分? できる」
「いい子だ」
 頭を撫で、己は階下に駆け降りる。
 タブレットが明滅を繰り返している。
 それらの全ては無視して、義父へと連絡を繋ぐ。
 義父へも怒号の勢いで連絡が行っているのであろう、タカシからのそれはなかなか繋がらなかった。
 苛立ちながら、己もこの出立の準備を進める。
 敵が、どこまでタカシたちの動向を把握しているのかは定かでないが、
ここに留まるのが得策でないことだけは判っていた。
 大阪か、兵庫か、或いは愛知、静岡か。
 人々は、己の住処を離れてはならない。
離れることは『よくないこと』だと、箱庭計画を実行するための下地として長きに渡って刷り込まれてきたが、
しかしタカシは違う。タカシは戦火を潜り抜け西へ東へとひた走った過去を持つ、若者の皮を被った老人なのだ。
己の身を守るためならば、県を跨いで移動することに何の罪悪感も後ろめたさも感じない。
 兎に角逃げなくてはなるまい。
535 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:52:22.04 ID:199uZvbgo
 家に戻ることは得策ではない。
ショウタの通う初等部へと脅迫状が届いているということは、住まいなどとっくに割れているだろう。
 自宅周辺の都道府県への移動も避けるべきだろうか。
 いっそのこと、古都東京、そうでないのなら神奈川――、駄目だ、とタカシは首を振る。
この二都県には水製造機全一二〇機それぞれ十機ずつが存在する。これはかなり多い数だ。
東京都の面積に対して機体が多いのは、頻繁に歴史的建造物の修復を行うためだ。
神奈川に多いのは、
単純に先の大戦の元となった『無国籍軍による横浜空港襲撃事件』の二の舞を危惧してのことである。
あの県には、万が一の襲撃に備え、最も規模の大きい国防軍を配置してあるのだ。
 A社に露骨な攻撃が仕掛けられたということは、
全国に配置された製造機にも同様のことが起きることは安易に想定できる。
寧ろ、起こされた行動は遅すぎたくらいである。もっと早くに今と同様の事態が訪れても不思議はなかった。
 最悪の場合、A社そのものが解体されることになるだろう。
 だが、それはいい。そうなってしまったら、それはそれとして仕方がないことだ。
 タカシは婿ではあるが息子ではない。A社に然したる思いいれはない。
 だが――、ぞっとした。
 先の大戦、逃げ惑う日々、息子を、あの子を、タカシを奪われた悲劇。
 こみ上げる吐き気を掌で押さえ込み、すぐさま荷造りを再開させる。
 必要最低限のものだけをトランクに積み込み、それを庭へと運び出す。
 シュウのしたくはアンドロイドが手伝っている。
 ミユキは異常事態を把握しているだろうか。
ここ数日、寝ているか叫んでいるかが多くなったミユキには、正気で居る時間が全くない。
 タカシが全てを告白した途端に、もとより不安定であった彼女の精神は、木っ端微塵に砕け散った。
 尤も、彼女の狂った計画は最初から成功の見込みはなく、
いずれは彼女もその事実を知るに至っただろうから、少しだけ、崩壊の瞬間が早まったに過ぎないのだが。
 だが、置いていくわけにはいかないのだろう。
 タカシには、ミユキへの関心が全くない。彼女がどうなろうが知ったことではない。
だが、ここに捨て置けるだろうか。彼女を放置することはきっと『よくない』ことだろう。
536 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:54:16.12 ID:199uZvbgo
 タカシは嘆息しつつ、小走りで屋内へと戻る。
 と、揺らめくシルエットがホログラムの前に確認できた。
 ――ミユキだ。
 彼女は視線をホログラムへと張り付かせたまま、小刻みにゆらゆらと揺れていた。
 揺れるスカートに、既視感を覚える。
 気分が悪くなる。
 あれは、タカシが二度目の生を受けたばかりの、あの日の残像だ。
 マッドサイエンティストであるあの女を殺害したタカシのもとへと、ミユキはやってきた。
 既に若返った己の肉体へと脳を移植した彼女は、少女になっていた。
少女の彼女は、全てを任せろと言い、そしてタカシの罪を全て洗い流したのだった。
「ミユキ」
 名前を、久しぶりに呼んだ。
 細い首が静かに動き、真っ直ぐにタカシを見据えた。
 本の僅かな正気を宿した瞳が、恐怖と不安を綯い交ぜにして揺れている。
「ここも危険かもしれない。逃げよう」
 言葉は、すんなりと出た。
 捨ててしまえばいい。
 ここに置いていけばいい。
 何故か、どうしてかそうは思えなかった。
 この女は、ショウタの母親なのだ。
 ショウタを産んだ、女なのだ。
 いいや、言い訳だ。
 単純にタカシは『寝覚めの悪い思い』をしたくないだけだ。
 ミユキを捨て置くことには罪悪感が生じる。だから、仕方がなく。
 そんなことは判っているであろうミユキの首が、だがしかし、ぎこちなくはあるも縦に振られた。
537 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:57:03.46 ID:199uZvbgo
****

「ショウタを迎えに行く」
 助手席にミユキを乗せ、シュウは運転席の後ろに、
アンドロイドはトランクに荷物と一緒に詰めて車は動き出した。
 楼主はすんなりショウタを返してはくれないだろう。
 だが、非常事態だ。
 なんとしても返してもらわなくてはならない。
 ――日差しが、眩しい。
 あの街へと向かうのは、いつでも夜だった。
 昼間に見る捨て去られた街への道筋は、とても新鮮だ。
 自動運転機能は解除し、危険は自らの運転で回避する。
時折小石に乗り上げ、その衝撃が体を襲った。
 運転が得意な訳でも好きな訳でもなかったが、不測の事態に陥った時、
限界までスピードを出せるセルフ操縦の方が危険が少ないと考えたのだ。
 木々の合間に、燃えるような赤い鳥居がチラチラと影を見せる。
現実味のない虚像のような鳥居は確かにうつしよのものなのだ。
 国防の為の道具がどういうわけかA社を攻撃している。
その不可解な事実に比べれば、赤い鳥居の存在の方が判りやすく現実的だ。
 ミユキが運転席を凝視ししている。
 いや、運転席のその横、窓の更に奥にある鳥居を見ているのだろう。
538 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 21:59:32.59 ID:199uZvbgo
「馬鹿みたい」
 ミユキが小さく呟いた。
 本来、神聖な場所への入り口であるはずの鳥居が、汚れた街への入り口となっている。
 奇妙な現実だ。
「私、貴方が好きだったのよ」
 なにかを思い出したように、ミユキが言った。
 知っていた。そんなことは、タカシ自身が充分に知っていた。
 タカシと生きるために、新たな体を用意し自身の脳を元の体からくり貫いたのだ、この女は。
 危険を承知で、戦犯となったタカシに協力さえしてみたのだ。
 ミユキがどれほどタカシを求めていたのかなど、今更語るべくもない。
「貴方だけが好きだった。殺したいほどに、全部自分のものにしたいほどに」
 それきりミユキは黙りこくった。
 ミユキはタカシだけを好きだった。
 確かにそうではあるが、それよりも何よりも好きなのは自分自身だと言うことに、
悲しい彼女は気づいていない。
 見栄えのしない面立ちと言うわけではない。家柄とて悪くはないのだ。
 そんなミユキに一切の興味を抱かず、惑わされず、振り向かず――、
だというのに実の姉にトチ狂った男。そんなタカシをモノにしたかっただけだろう。
 彼女はタカシに踏みにじられた自尊心を、
タカシを完璧に手中に収めることによって回復したかっただけだと気づかない。
 でなければ、自分の欲の為に子供を――、自分が産んだ子供の体に、
好いた男の脳を移植しようだなんて、いかに鬼畜な母親だって考え付かないはずだ。
 彼女の気持ちも、行動も、全てが彼女の為のものだ。
 彼女がそれに気づいてるかどうかは兎も角、彼女はタカシを求めていたが、
それは純粋な恋情からくるものではないはずだ。
 勘違いを拗らせ、彼女はついには狂ってしまった。
 ミユキはイカレている。
 そのミユキに対する評価だけは、タカシは譲ることができない。
 尤も、イカレているのはお互い様だろう。
 二人は二人とも、イカレていて、ある意味、似た者夫婦なのだ。
 やがて鳥居が間近に迫ってきた。
 タカシはより一層スピードを上げ、ショウタのもとへと一分一秒でも早く駆けつけようとした。
539 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:01:32.67 ID:199uZvbgo


 鳥居の前は、日々の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
 国防システムの暴走。その事実に人々の興味は集中しているようだった。
 国防システム――、
それらの力が及ばない、殆ど無法地帯と化しているこの街でさえもが注目をせざるを得ないほどに、
その事件は重要なものなのだ。
 何せ、国の根幹が揺らぎかねないのだ、その『暴走』は。
 多額の税金が投じられた国防の為のシステムは、今やその信頼を失墜させ、
国民の安心感を根こそぎ奪い取る存在となっていることであろう。
 なにがあったのかは定かではないが、この体たらくでは、万が一他国に攻め入られた場合、
それらが正常に機能するかどうかさえ怪しいものだ。
そればかりか、守るべき国民を攻撃しさえもする。
 あってはならぬはずの、いや、あるはずのない事態がこうして現実に起きている。
 この事実に、注目しないほうがおかしいだろう。
 フロントガラス越しに、鳥居とその奥を盗み見るが、誰もが立ち止まり、そして俯いていた。
 鳥居の出入り口を監視する警らたちでさえ、一人が手にしている小型端末を数人で囲んで覗き込んでいる。
 鳥居を潜ろうとしていた客の男たち数名もその場で固まったように立ち尽くし、
警らたちと同様に、手の中のそれを睨むようにして見ていた。
 車を駐車し、後部座席を振り返る。シュウが不安げな顔でタカシを見上げてきた。
 ――ここへ置いていくべきか、それとも鳥居を潜らせるべきか。
「シュウ、おいで」
 迷った挙句、タカシはシュウを抱き上げた。ミユキの傍にシュウをおいておきたくはなかったのだ。
 ミユキは助手席に座ったまま、動こうともしない。
540 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:03:07.23 ID:199uZvbgo
 鳥居へと近づくと、画面を食い入るように見つめていた男たちが顔を上げた。
いつもの警らもそれには含まれており、「旦那」と、かさついた声で呼びかける。
「二人分の通行証を」
 なにか言いたげな顔で警らの男は逡巡したが、結局通行証は発行された。
「ありがとう」
 礼を言って鳥居を潜るが、警らは二人を監視するためか、
それとも単純になにか申し伝えたいことがあるのか、二人の後を追ってくる。
 玉砂利が擦れる音がする。花火も今日は鳴り響いてはおらず、
揺らめく提灯だけが、この非常時に場違いなほどに明るかった。
「旦那」
 タカシは返事をしなかった。
 もう何度この道を辿っただろう。
漸く覚えた道を行く最中、何度か警らに声を掛けられたが、ついに会話は成立しなかった。
 やがて辿り付いた置屋は、やはりシンと静まり返っており、格子の中にも男娼や娼婦は皆無であった。
 構わず扉を開ければ、そこには――、楼主が居た。
 楼主は世のざわめきと忙しなさなど何ひとつ知らぬと言った顔で煙草をふかし、
しかしタカシの姿を認めると、視線を鋭く尖らせ煙を吐き出した。
541 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:04:57.32 ID:199uZvbgo
「ここは保育所じゃねぇんだ。そんなチン毛も生えてねぇようなガキをつれて来られても困る」
 自分のことを何か悪く言われたと感じたのだろか、腕の中でシュウが縮こまるのをタカシは感じた。
 だが、シュウには悪いが、今はそんなことに構っている場合ではない。
「――ショウタを、返してもらいに来た。金はいつか耳を揃えて払う。
平和的解決の為に、いくつかの提案も考えていたが、時間がない」
 取り繕ったりご機嫌を窺っている時間はない。タカシは要求を端的に述べた。
「提案、ね」
 楼主は小馬鹿にしたようにして煙を吐き出した。
「店を畳めって? 出資してやるから、もっと治安のいい場所で新たに事業でもしろってか」
 誰かがこちらを嗅ぎまわっているのは知っていた、と楼主は言った。
「あんまり馬鹿にしないで貰いたいねぇ。私は好きでこの店をやっているんだよ」
 その通りであろう。この男が思わずグラつくような話を用意せねば、説得が難しいことは判っていた。
 だからこそ、なにかいい手はないものかと考えていたわけだが――、
結局、『いい話』などと言うものは、浅はかなタカシには思いつかなかったのだ。
 ならばもう、脅すしかない。
 この情に厚い男の、一番突かれたら嫌な部分を、突き倒すしかないのだ。
「このままここに居たらショウタは死ぬ」
「安心しろよ、そんなことにはならない。私の店に居る限りは」
 タカシはかぶりを振った。
 楼主は、未だショウタが何者であるのかを把握していないのだろう。
 ショウタはただのボンボンではない。A社を取り仕切るあの男の孫なのだ。
 だが、その事実を安易に公表できるほど、今現在ショウタを取り巻く環境は安全なものではなくなっている。
 どこに『反水製造機』を掲げるテロリストが潜んでいるかも判らない状況なのだ。
542 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:06:58.58 ID:199uZvbgo
「ショウタは、ただの子供ではない」
「ほう?」
 楼主はなにも判っていない。だから理解できない。
ショウタが今、どんな状態であるのかが、判らないのだ。
 当たり前の事実に、苛立ちが募る。
「詳細は述べることができないが、ショウタは――、政治家だとか、つまりそういう立場にある人間の孫だ」
「それで?」
「――知ってのとおり、今この国では何かが始まってしまった。
ショウタの身にも、いつ何時なにが起こるか判らない状況だ」
 ショウタを目標としたテロが、近々起こるかもしれない。
それは起こるかもしれないし、起こらないかもしれない――、
曖昧さを含ませてそう告げるが、タカシは確信していた。それは必ず起こる。
 敵はおそらく、ショウタの居所など容易く突き止めることであろう。
「国防システムが暴走した」
「ならば国防システムのないこの街に居るほうが安全だろう」
 その通りだ。この街には日本全土に張り巡らされている国防システムが、
例外的に外されている唯一の場所だ。
 システムが脅威だというのなら、寧ろこの場に居たほうが安全なのは、タカシでも判る。
 だが、敵はそれだけではない。
「システムが暴走するように仕向けた者が居る。それは『人間』だ。人間がシステムを狂わせた。
そいつらがここに来ないという保証はない。
この街全体に火の粉が降りかかるかもしれない。勿論、この置き屋にも」
「――脅しているのかい」
 楼主の眼差しがスッと冷えていく。
タカシを小馬鹿にしたように三日月形に細めていた目は、今や鋭利な刃物のようだ。
不快感と拒絶を滲ませた視線に、だがしかし、タカシは怯むことなく「そうかもしれない」と続けた。
 今更取り繕ってどうなるというものではない。
兎に角今は、ショウタの身の安全を確保することが最も大切なことなのだ。
543 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:07:53.07 ID:199uZvbgo
「申し訳ないが、ショウタを返して欲しい」
 シュウを抱えたまま、頭を下げる。
 プライド、ショウタを拒絶したい気持ち――、それらが散り散りになっていく。
 だが、ショウタを受け入れることができない。
拒絶と言うよりも、ただただ、ショウタの存在を『己の子』として受け入れることができないのだ。
 愛している? そんなはずはない。未だにその気持ちは変わらない。
 あの子の手前、ショウタを愛せない? その気持ちも、否定したい。
ショウタを愛せないことは、タカシ自身の欠陥であって、あの子は無関係だ。
 だが、ショウタの命が失われること、それだけは避けたかった。
 愛してはいない。
 タカシの息子は、あの子とこの腕に抱いたシュウだけで、そこにショウタは含まれて居ない。
 では、何故助けたいのか。
 未だタカシはその答えを出せずに居た。
544 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:09:25.69 ID:199uZvbgo

「愛していないと、駄目だろうか」
 タカシはポツリと呟いた。
「ぁあ?」
 楼主が苛立ったように声を荒げた。
「親になることは、きっともうできない」
 ショウタはもうタカシになにも求めていないし、望んでもいない。
 タカシはタカシで、ショウタを受け入れることもできなければ、
そんな存在であるショウタになにかを強制することもできない。
 親子の関係は、まやかしだ。
 たとえ己の遺伝子を受け継いでいたとしても、乳飲み子から片時も離さず育て上げたとしても、
だからと言って一心同体、子が愛しくてたまらない、ということはない。
子もまた同様に、無条件に親を慕うというわけではない。
 おそらく、最初から、タカシは間違えていたのだ。脳を移植された若い身体に引きずられたのか、
それとも元来の性分なのか、タカシの中にある、どうしても昇華できぬ子供染みた拒絶と拘りは、
大いにショウタを傷つけたことだろう。
 それらの過去をなかったことにはできない。
ショウタの胸にタカシが作った傷を塞いでやることはかなわない。
 ならばいっそ、親でもなんでもない立場の人間として、ショウタを保護することはできないだろうか。
 簡単なことだ。
 親になる必要はない。
以前のショウタならばそれを求めていただろうが、彼はもうすでに、親を求めることを諦めた。
 今更そんなもの、熨斗をつけられたとしても彼は必要ないと拒絶することだろう。
 親にはなれない。
 だが、遺伝上のつながりを持つ『他人』として保護をすることならば。
545 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:11:22.65 ID:199uZvbgo
「ショウタに一番近い『他人』として、彼の身柄の保護に全力を注ぎたい」
「それはお前さんのエゴだ。自分の体面を保つためにショウタを手元に置きたいだけだろう。
ふざけたことを言うんじゃないよ」
 楼主がタカシを睥睨した。いや、汚物を見るような目、とでも言うのだろうか。
 彼の目には、タカシに対する怒りと侮蔑で鋭さを湛えた光りが宿っていた。
「そうだ。それに他ならない。だけどショウタが死ぬことは避けたい。
親になれないのだから、命くらいは守ってやりたい」
「勝手なことを言うな! 万が一ショウタが死んだらテメェの寝覚めが悪いだけだろ!」
「その通りだ」
 タカシは頷いた。
 隠すことはできない。
 逃げることも、今はもうできない。時間的余裕がない。
 今はただ、ショウタを守らねばならないという使命感が胸にあった。 
 それはただ、別に逃げ道を作っただけだということも理解している。
問題はなにひとつ解決していないのだから。
 タカシが選んだのは、ショウタの父となることを結局のところは拒絶したままで、
その代わりに自身の体裁を整え『他人』としてできうる最低限の務めを果たすことだ。
 タカシの言動に逐一傷つくことがなくなったショウタにとっては、ただのありがた迷惑に他ならないだろう。
 結局自分本位に生きていることには変わりない。 
「自分の立場が悪くなることも避けたい。自分の所為でショウタが死ぬことも避けたい」
「アンタな……!」
「それが俺にできる『限界』なんだ」
 楼主の顔を見て、タカシは言った。
546 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:13:08.65 ID:199uZvbgo
 タカシは生涯、ショウタに父親として接してやることはないだろう。
 きっとそれは、永遠に覆ることはないはずだ。
 例え500年タカシが生きたとしても。
「取り繕って父親のフリをしてやることさえもできなかった俺に、唯一できることだ。
命を守ることが、俺があの子の為にしてやれる最初で最後の、たった一つのことだ」
 今更、可愛がるフリなどできない。
 今更、善人のフリをすることなどできない。
 ならばせめて、命を守ってやることくらいしか、タカシにはできないのだ。
「……命を守る、なんてたいそれたことをするよりも、愛しているフリをするほうが何ぼも楽だろうが。
私はアンタが理解できないね」
「そんな紛い物、与えられたところで、あの子は気づいただろうよ」
 ショウタは賢い。
 タカシがシュウに注ぐ愛情と、自身に注がれるそれに温度差があることなど、
きっとあの子供はすぐに気づいたことだろう。
 ショウタはそういう子供だ。
 ――だが、ふと、考える。
 偽物の愛情でも与え続けたら、ショウタは笑顔で気づかないフリをしてくれただろうか。
 大人の身勝手を責めることもなく、こんな場所に出奔することもなく、ただ『いい子』を演じただろうか。
 それはそれで、とても残酷なことだ。
 今、タカシに歯向かい自由に行動しているショウタは『本物』だ。
 アンドロイドを父と呼んだときから、ショウタは脱皮し『本物』のショウタになった。
 自身の行動を擁護するつもりなどタカシにはなかったが、
だが、本物のショウタは、今この残酷な経験を通過することによって、漸く発露されたものだとも思えるのだ。 
「そんなもの、与えたところで意味はない」
 嘘は嘘だ。紛い物には温もりがない。
 結局のとこと、ショウタを歪ませる結果に終わることだろう。
「――だが、私の知る限り、あの子はアンタにそれを求めていたよ。偽物でもな」
 楼主は暫く考えこみ、そして溜息を一つ吐いた。
「あの子が拒絶したら、それっきりだ。もうここにも来ないでくれ」
 タカシは唇を引き結んだ。
 頷くことができず、時間が1秒、2秒……、1分と経過していく。
 了承せねば、ショウタと面会することさえも叶わないのだろう。
 不承不承、タカシは頷く道を選んだのだった。
547 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2016/11/22(火) 22:41:07.47 ID:199uZvbgo
今日はここまで

なんか、すみませんでした
元気です
保守してくださった方、ありがとうございます

全くの外部サイトで申し訳ないのですが
過去作のうちいくつかを乗せたアドレスおいておきます
(非公開中のものもあります)
http://www.pixiv.net/member.php?id=9400707
あとカクヨムにもこの『没落貴族〜』を加筆修正したものがあるんですけど
IDを失念してしまったのでまた今度
タイトルは『そして彼らはひとり記憶の荒野に立つ』に改題してあります
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/11/23(水) 11:17:34.22 ID:NKtG+c8SO
スレタイ詐欺
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/12/21(水) 20:36:48.32 ID:7RAkgpJo0
ほしゅ
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 02:07:00.33 ID:GGsgR2Ac0
お疲れ様です。作者さん、元気ということで安心!お待ちしておりました。
今回も読みごたえあって楽しませて頂きました!いつもありがとうございます。

タカシ本人の口から、ショウタへの思いが語られましたね…
ずっとショウタかわいそうと思っていたので、納得はできないし自己中なヤツだなって気持ちは変わらないけど、
それでも彼なりにショウタのことを考えているということは理解してあげたい。

作者さんを知ったのは別の作品だったのですが、偶然この作品を目にして「もしかして、あの作品の作者さん?」と思い出して
その後過去作品を探して読ませて頂き
作者さんの作品の、話自体も勿論、凝った世界観なども本当に大好きなので、
あらためて過去作品を読めるの嬉しいです。

続きも楽しみに待っています!
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/01/22(日) 01:39:26.11 ID:Ijgc/kL80
ほしゅ
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/16(木) 01:38:56.45 ID:d9helZXj0
hoshu
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/26(日) 20:32:57.27 ID:dhbkqUsFo
久しぶりに続き来てたんだね。乙
まだまだ待ってます
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/03/28(火) 20:20:04.42 ID:j5YtEOMz0
ほしゅ
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/21(金) 23:23:50.96 ID:3xuCoYZZ0
ほしゅ
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/05/20(土) 13:59:19.98 ID:EXH8nMFU0
ほしゅ
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/16(金) 18:59:29.92 ID:wtmh6DrU0
ほしゅ
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/07/07(金) 01:35:03.24 ID:G6IRnip80
ほしゅ
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 23:44:29.96 ID:FDWk9Z750
ほしゅ
560 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 00:55:26.46 ID:pjPWS69mo
あってるかな、よいしょ!
561 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 00:57:44.68 ID:pjPWS69mo
 ショウタはいつでも、窺うようにこっそりとタカシを見つめる子供であった。
 そっと静かに見つめ、タカシがそれに気づき振り返れば、咎められると思ったのだろう、
何も見ていかなかったかのように視線を逸らす子供。
 シュウを羨ましげに見ていたことも一度や二度ではない。
 可哀想な子供。不憫な子供。本来生まれてくるはずのなかった、
身体の半分をタカシで構成された子供。
 その子供は、今、タカシの前に立っていた。
 視線が逸らされるのは、怯えからではなくタカシへの反抗心だ。
 置屋の中へとタカシを招き入れることを、ショウタが「どうしても嫌だ」と厭ったため、
こんな道の往来で二人は対峙していた。
どうせこの混乱だ、客なんて来はしないのだから問題はないだろう。
 何をしに来た。何の用のだ。そんな問い掛けさえないまま、二人はそこにただ立ち尽くしていた。
 楼主に首根っこを捕まれるようにして外へと放り出されたショウタは、
その楼主に助けを求めるように彼を見つめていた。
 ショウタにとって、頼るべき大人、甘えるべき大人は最早タカシでもミユキでもなく楼主なのだ。
 楼主は店に引っ込む直前に、ショウタの後頭部をさり気無く撫でた。
 まるで父親だ。
 そのさり気無い愛情表現に、鈍磨したショウタは気づかない。
ただなんとなく触れただけ。そんな風に思っているのかもしれない。
 楼主がさっさと置き屋へと引っ込んでしまってからは、助けてくれるつもりがない彼に対してか、
それともタカシに対してか、不貞腐れるような顔でただこうして突っ立っている。
 シャツに、半ズボン、それに少し伸びた髪。
 剥き出しの足は下駄に突っ込まれ、小さな爪がむき出しだ。
562 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 00:58:52.72 ID:pjPWS69mo
「寒くないか」
 小さく声を掛けると、ショウタはぞんざいに「寒くない」と答えた。
「俺、仕事が残ってるんだ。さっさと済ませてくれる?」
 矢継ぎ早に言うと、足元の小石をつま先で蹴って弄び始める。
 お前と話すことなどない――、そういうことだろう。
 小手先の取り繕いなど、最早意味を成さない。
そうなるまでショウタを追い詰めたのは、他ならぬタカシだ。
 タカシは息を吸い込むと、ショウタを真っ直ぐに見た。
「単刀直入に言う。俺とこの街を出よう」
 ショウタは視線を俯かせたまま、小石を蹴っている。
返事はなく、ただ風の音が二人の間を通過していった。
「知っていると思うが、A社が破壊された。
おそらく、A社に対するテロ行為だ。お前の命もいつ狙われるか判らない」
 提灯が揺れている。
 普段ならどこからか聞こえてくる明るい調子の音楽も一切聞こえない。
花火も花を咲かせていない。
 ただ、小さな声で「だから」と。
突き放すように「だからどうしたの」と言うショウタのか細い声が、
どうしてか、やけに大きく聞こえてきたのだ。
「貴方は、別に俺が死んでも悲しくないでしょ」
 言葉に詰まる。
 ショウタが死んだ場合を想定したとき、頭を駆け巡る感情は実に様々で、
しかしその感情の根っこにあるものは殆どが『焦り』であり、
ショウタが言うように『悲しみ』はその極々一部、とても些細なものであった。
563 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:02:56.96 ID:pjPWS69mo
例えば、特別ファンではないが、同世代の芸能人がこの世を去った時のような、些細な悲しみ。
それによく似ている。
 しかし、それでもタカシはショウタの命を守らなければならないのだ。
 ショウタは『同世代の芸能人』ではなく、タカシの子供なのだ。
その発生こそタカシの与り知らぬところで行われたものであったが、
しかしタカシが遺伝上の父親だというのなら、
最低限度、『最も近い他人』としてしてやらねばならないことはそれだった。
 ショウタは既に父親を必要としていない。生きる手立てでさえ自分で整えた。
 そんなショウタに『父親であるタカシ』を押し出したところでなんの効果もないだろう。
 ならば、いっそショウタを対等に扱うべきだろう。
「お前は突然生まれた」
 ショウタの肩が、ピクリと揺れたように見える。
相変わらず俯いたままで、表情は判らない。
 二人を見守るようにして警らの男が傍らに立っているが、口を挟む様子はない。
ただ静かに、成り行きを見守っている。
「体重2700グラム、少し小柄だが、健康な男の子だと言われた。だけど、」
 お父さんは。そう一人称を紡ごうとしたが、やめた。
 ここで『父』を匂わせる単語を用いること以上に卑怯なやりかたはないはずだ。
「――俺は、お前を自分の子供であるとは思えなかった。
気づいたらミユキはお前を身篭っていた」
 俺の精子を使って勝手に。
 精子、という単語を、果たしてこの子供が理解できるかどうか不明であったから、
事象だけを短く告げることにした。
「父親が、父親の自覚を持つ前に子供が生まれ出るのは、今時珍しくない。
だから、俺がお前の父親になれなかったのは、俺自身の欠陥であってお前の所為ではない」
「知ってる」
 ショウタが突然しゃがみ込んだ。
 足元の玉砂利を寄せ集め、山を作り、そして崩した。意味のない遊びだ。
ショウタはタカシと、決して視線を合わせようとはせず、その無意味な手遊びを繰り返した。
564 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:05:07.92 ID:pjPWS69mo
「知ってた。俺が生まれたのは俺の所為じゃないし、
アンタが毛嫌いする原因は俺にはないって知っていた。直せる事じゃない。
俺の所為じゃないのに、アンタは俺を邪魔者にした。
でもその原因は俺にはなくて、アンタの中にあった。知ってた。ずっと知ってた」
 ショウタは、玉砂利を積み上げる。そして崩す。
 玉砂利の山のように、少し力を加えれば崩れ去る城に、ショウタは住んでいた。
 自分を『脳みその器』としか思わない母と、たまにしか会いに来ないくせに邪険に扱う父。
そして、そんな子供を不憫に思ったのか、殊更優しく接しようとする祖父。
 だが、ショウタはそんな事実に気づかないフリをしていた。
普通の子供――、与えられるべき愛情を真っ当に注がれている子供であろうとした。
「今更何も必要ない。誰かに優しくしくしてもらいたくもないよ。
好きにすればいいじゃん、今までどおりに。
俺が殺されてしまっても、今までみたいになかったことにすればいいよ」
 ショウタは自ら砂の城を崩し去ったのだ。
 大人たちを見限り、自分一人で生きていくことを選んだ。
 揺れた提灯の明かりが、ショウタの旋毛を照らし出す。
 綺麗に巻いた頭の渦に、既視感を覚えた。
 シュウだ。ショウタの旋毛は、シュウのそれとよく似ていた。
 タカシの傍らで息を潜め、そっとタカシの手を握る幼子のそれにソックリだったのだ。
 ショウタは、紛れもなくその体の半分を、タカシで構成された子供なのだ。
「お前を死なせたくない」
 唐突に、言葉が飛び出した。
 ショウタが手を止め、そしてタカシの全てを遮るように、玉砂利の山を崩す。
565 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:06:54.20 ID:pjPWS69mo
「いらない」
 短い言葉は、ハッキリとタカシの鼓膜を振るわせた。
 鼓膜の振動は脳に伝達され、それが拒絶の言葉であると強い力で自覚させる。
 当たり前だ。今更何を言い出すのだと罵倒されてもおかしくはない。
 漸く向けられた、冷たさだけで構成された親切心など、ショウタは欲していない。
 ショウタは賢い。ショウタは最早子供ではない。
 長らく親に無下に扱われてきた不遇の子供――、ショウタがもしもそのような、
そうとしか言いようのない子供であったのなら、
或いはタカシのこの愛情の欠片もない手を握り返したかもしれない。
 だが、ショウタは確かに不遇の存在ではあったが、既に『従順の殻』を脱ぎ捨て
子供である自分を捨て去ってしまっている。
 そうさせたのはタカシだ。そうさせたのはミユキだ。 
「そういうのも、いらない。忘れちゃってよ。アンタの子供はシュウ君しかいない。それでいいじゃん」
「そうだ。俺の子供はシュウだけだ」
 残酷な、だか嘘偽りのない言葉を告げると、ショウタは、ふ、と視線を持ち上げ、そして苦笑した。
 ほらな、やっぱりな。
 そう言いたげな視線は、タカシを貫くと同時に、再確認によってショウタ自身をも傷つけていた。
「だから、お前の遺伝上の父親としていではなく、一番近い他人としてお前を助けたい」
「――わあ嬉しい、ありがとう。そう言えばいいの?」
 冗談じゃない。
 やけに大人びた声音が、小さく、憎しみを込めて落とされる。
「馬鹿にしないでよ。俺はどこにも行かないよ。
ここにいる。俺の命を狙う人が来るんだとしても、俺はここいる」
「ショウタ」
「名前、呼ばないで。一度も呼んだことなんてなかったくせに」
「ショウタ」
「呼ばないでってば!」
 キィンとした、子供特有の甲高い声が花街の不自然に静かな夜を切り裂いた。
566 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:08:31.51 ID:pjPWS69mo
 呼ばないで、呼ばないで、呼ぶな、呼ぶな、呼ぶな。
 ショウタは我武者羅に叫びきると、最後に「親父様」と助けを求めるように楼主を呼んだ。
「親父様!!」
 ショウタの声は、怒りで震えていた。
「親父様!!」
「でかい声出すんじゃないよ、みっともない」
 置屋から溜息を吐きつつ顔を出した男に向かって、ショウタは全力疾走していった。
 受け止める素振りもない楼主に抱きつき、その胸に顔を埋める。
 なにも聞きたくない、なにも見たくない。
そう言わんばかりに、片方の腕を耳にあて、もう片方は楼主の腰を手繰り寄せるのに使われている。
「俺はずっと"いい子"にしてた……俺はずっと"いい子"にしていたよ……!」
 悲痛な叫び声に、タカシは立ち尽くした。
 最早、なすすべはないのだろう。
ショウタは、例えそれが単純な依存であろうとも、楼主の下に居ることを選んでしまった。
 歪だろうが、異常だろうが、それがショウタの出した答えだった。
 タカシには、もうなにも言うことができない。
 肩が震えている。細い腕は、この世にまるで楼主しか存在し中のように、
彼に必死ですがり付いている。
「馬鹿な子だ」
 楼主は哀れむような視線をショウタの旋毛に向けた。  
「ショウタ」
 ショウタが、ただ一人頼るべき相手と定めた男が、彼の名を呼んだ。
 ゆっくりと後頭部が上向き、おそらくその視線は楼主のそれと交じり合った。
567 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:25:09.31 ID:pjPWS69mo
「勘違いするなよ、ショウタ」
 硬質な声は短く告げたかと思うと、その幼子の両頬を優しげに両手で包み込み、
しかしもう一度「勘違いするな」と手酷く言い放つ。
 相反する仕草の狭間で、ショウタの薄い肩骨が、
戸惑うように、もしくは恐怖するように震えた。
「私はお前の父親じゃあない。父親役を求められても困る。
お前がそれなりの年齢に達すれば店にも出てもらうつもりだ。
私はお前の父親にはなれない」
「……判ってる」
 蚊の鳴くような声がそう答えるが、楼主はきっぱりと短く言い放った。
「判っちゃいない。お前はあわよくば私を父親に仕立て上げようとしているだろう」
 ショウタの中に、少しもそんな希望がなかったのなら、
あの負けん気の強い子供は即座に否定したことだろう。
 だが、ショウタは弱く脆く、そして愛情を求めて歩く哀れな子供だ。
 愛情らしきものを充分に与えられなかった子供は、
自分に好意を示した大人を、夜から朝へと連れ出してくる突破口に見立てていたに違いない。
 ショウタは黙りこくったまま楼主の腕を振り払うこともせず彼の顔を見上げていた。
「私はお前を愛しているわけじゃない」
 嘘だ――、大人の目から見れば、それは明らかな嘘だ。
 楼主はショウタを自分の懐に迎え入れた時点で、この子供に何らかの情を抱いていたはずだ。
 だが、彼はきっと妙なところで『常識的』なのだ。
 タカシが言うように『何かが』起きた場合、ショウタの身を守りきれないと判っているのだ。
 タカシが守りきれるかどうかは定かではない。
 それでも最後の最後に、こうしてチャンスをくれてやろうと考えているに違いない。
 タカシにチャンスをやるわけではない。ショウタに、だ。
 ショウタがタカシに引き渡され、その後状況が落ちつき次第置屋に戻ってくるのならば、
きっと楼主は、ショウタが大人になるまで面倒を見てくれることだろう。
 これは、ショウタが真っ当な世界へ帰る最後のチャンスだ。
 初めてショウタがこの街の住人になることを決意した夜とは、事態が違う。
 ショウタの身に危険が差し迫っているような状況でなかったとしたら、
己の懐へと収めたショウタを手放したりはしなかっただろう。
 事態を重く見た楼主が、生命の危機を回避させると同時に、
最後のチャンスを与えただけに過ぎないのだ。
568 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:28:53.04 ID:pjPWS69mo
「私はお前を金のなる木ぐらいにしか思っちゃいない。
いいじゃないか、一度もとの世界に戻ってみるのも。
うちにゃあ食い扶持も稼げねぇガキを置いておく金なんてないんだよ。
どうしてもその身体で稼ぎたいって言うんなら、『売り時』になってからまた来ておくんな。
まったく、面倒だったらありゃしない。
すぐ熱を出すわお使い一つまともにできやしねぇわ、
身体が小さすぎてケツも使えない。そんなガキなんて邪魔なだけだ」
 トン、とショウタの身体が後ろへと後ずさる。自らそう動いたわけではない。
 楼主が残酷な愛情を孕んだその手で、ショウタの身体を突き放したのだ。
 自分を突き放した男の掌に、優しさや愛情が含まれているなどと、
ショウタは露ほども思わないことだろう。
「おい……!」
 黙ったまま応酬を見守っていた警らが声を上げるが、
楼主が放った視線はとても冷ややかで、それに恐れを為したのか、彼は口を噤んでしまった。
「今のお前はうちの店にとってお荷物でしかない。その気があるのならまた来ておくんな、坊や」
 それはあと何年のことだろう。
 男娼として『真っ当な』売り方をしてもらえる最少年齢をタカシは知らない。
 酷い店ならば、男娼や娼婦の身体への負担も考えずに、
売れるときに売ってしまうことも少なくないだろう。
 だが、楼主はこんな場所に居ながらも奇妙な常識を携え生きている。
 そんな店で、ショウタが売り物になるのは一体いくつになったときなのだろう。
 一年後か、二年後か。或いはもっと先か。
 たとえそれがひと月後であったとしても、ショウタにとっては遠い遠い未来の話だと感じるに違いない。
 捨てられた。きっとあの小さな頭はそんな言葉で埋め尽くされていることだろう。
 かと言って、命の危険があるような店――、
いいや、情を抱いた楼主が切り盛りしているわけではない店へ、そんな場所へと移動するのは、
ショウタの本意ではないのだろう。
 楼主がそうであるように、ショウタとて彼に対して情を抱いているのだ。
 別の選択肢を模索するには時が経ちすぎた。
 雛鳥の刷り込みのように、ショウタは楼主を絶対的存在として捕らえているのだ。
569 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:30:52.71 ID:pjPWS69mo
「い、いやだ……!」
 悲痛な声が、花街の薄ぼんやりとした夜に響く。
 嫌だとショウタは何度か叫び、楼主の腕にすがりついた。
「嫌だ、嫌だよ! 今更、今更帰れなんて言わないでよ……!」
 子供の声で――、実に子供らしい仕草と声で、ショウタは首を振り何度も嫌だと叫ぶ。
 それを見下ろす楼主の瞳のなんと冷たいことか。
 ――可哀想に。
 ふと、そんな感情がこみ上げた。
 可哀想に。
 客観的な感想は、感情を伴わない。
 映画を見た時のように、ドラマを見たときのように、湧いてきた感情はその場限りの偽物だ。
「おや、親父様……!」
 楼主に見捨てられまいと、必死で彼にすがりつく子供の姿は、
哀れで、悲しくて、そして可哀想だ。
 ショウタはどこにもいけない。誰の子供にもなれない。誰のものにも、なれない。
 いっそ店に出て、贔屓の客でもついたほうが、ショウタにとっては幸せなことのかもしれない。
 それはミユキがショウタにしたのと同じ『所有』だろうが、
少なくとも贔屓客はショウタの全身を見てくれる。
 頭の中身だけをくり貫き中身を挿げ替え、その中に納められたタカシを見るわけではないのだ。
 どちらも鬼畜の程度は同じだろうが、
それでも前者の方が、ショウタにとってはほんの僅かではあるが幸せなことなのだろう。
570 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:32:18.14 ID:pjPWS69mo
「親父さま……! 親父さ、」
 それは、ショウタが男を呼び出して何回目のことだったろう、
突然ショウタの声が途切れたかと思うと、次の瞬間にはその身体はふわりと宙に浮き、
そして玉砂利の上へと落下したのだった。
 楼主がショウタの襟首を掴んで放り投げたのだと悟ったのは、
「しつこい!」と言う怒気を孕んだ声に鼓膜が震えたからだ。
「私は忙しいんだ! 優しくしてやっているうちに帰っておくんな!」
 小さな嗚咽が、風に混じって聞こえてくる。
 これが優しさ、もしくは愛情と呼ばれるものだと言うことに、
ショウタはこれから先気づく日が来るだろうか。
 気づけばいい。
 それがたとえ遺伝上の親以外の他人であっても、
自分に情を与えてくれた存在だと、覚えているといい。
 ミユキの父親で、ショウタの祖父たるあの男――、
すべての元凶でもあるあの男が、その役目を担うには最も適切な存在であるはずだが、
ショウタにとって最早身内は『信用できない』存在なのだ。
 ミユキが接触を拒んでいた所為で、ショウタにとって祖父とは、
金目のものを買い与えるだけの存在なのだ。
 やはりショウタにとっては最も信用できる大人というのは、楼主意外には有り得ないのだ。
 それも今この瞬間までの話であったが。
 ショウタはどう出るだろう。
 夜風に震える細い肩が寒々しい。
 脱げた下駄が玉砂利の上へと転がっていた。
 ここでショウタが自棄を起こし、他の店に行く可能性は零ではない。
 その万が一が起こった場合、タカシは全力で止めねばならぬだろう――、最も近しい他人として。
 ショウタがすっくと立ち上がった。
 目元を袖口で拭っているようだった。
 子供が、振り返った。
571 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:36:13.03 ID:pjPWS69mo
「……アンタの所為だ……」
 深い恨みを湛えた眼差しが、タカシを射抜く。
「アンタがこなければ俺はずっとここに居られたのに……!」
 その通りだろう。
 おそらく楼主は、ショウタをそれなりに大切にはしてくれたはずだ。
売り物として、そして保護対象としても。
 タカシは何ひとつ反論しなかった。
 すべての言葉は、ショウタの逆鱗に触れることであろう。
ならばなにも答えずに居るほうがいい。
「アンタの所為だからな……!!」
 楼主の裏切りに悲鳴のような声を上げて泣くショウタは、やはり子供だ。
 それが裏切りではないと気づきはしない。
 おそらく楼主とて、ショウタの命の危険が差し迫った状態でないのなら、
易々とタカシに渡したりはしないだろう。
 楼主の心根の『常識的な部分』と『異常事態』という要素が重なった結果、
彼はタカシへとショウタを渡すことにしたのだ。
 上手く行けば、ショウタはもうこの花街に戻ってこない。
 それを楼主は『喜ばしいこと』と感じているのだろう。やはり彼はこの花街には向いていない。
 ショウタが腕で顔を擦った。
「親父様……」
 蚊の羽音よりも小さな声で楼主を呼ぶ。
 返事はない。
「親父様……!」
 楼主の返事はなく、そして――、彼の姿は彼自身の城の中へと吸い込まれるようにして消えていった。
 シュウがタカシの手をギュッと強く握った。
 ショウタは無慈悲に放り出された夜の中で、ひ、と小さく息を飲んだ。
 だが、泣きはしない。ただただ、唇を噛み締め、現実を受けれようとしていた。
そう、タカシの拒絶を受け入れ、そして自分自身の遺伝上の繋がりをすべて捨て去った時のように。
572 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:38:35.00 ID:pjPWS69mo
「……アンタの世話になるなんて、死んだほうがマシ」
 どれほど時間が経っただろうか。
 あまりぐずぐずとしている時間はない。
だから、暴れようが殴られようが、ショウタを抱えてでも
この街を脱出しなくてはならない――、そう考え始めた頃に、ショウタはそう漏らした。
「それならお爺様の所に行った方がマシ」
「それは駄目だ。危険すぎる」
「だからなに!? 危険だろうがなんだろうが構わない!
アンタの世話になんか絶対になりたくない!」
「ショウタ……」
「今更そんな"父親みたいな顔"をしないでよ、鬱陶しい」
 辛らつに吐き捨てると、ショウタは下駄を履きなおした。
「どこに行く」
「どこだっていいだろ。俺が一番近い他人のアンタに望むことは一つだよ。
放っておいて。それだけ」
「ショウタ」
「優しくしてくれたことなんて一度もなかったくせに、今更なんなの、気持ち悪い」
 ショウタは吐き捨てるとどこかへと彷徨うように歩を進めた。
 もう駄目だ。決定的な判決は下された。どうやってもショウタはタカシについてはこない。
 ショウタの意志はどこまでも堅い。
 ショウタを頑なにさせたのはタカシと、そしてミユキだ。
 ショウタは誰にも従わないだろう。
 誰のものでもなく、誰に従うこともなく、ただ孤独に大地を踏みしめ生きていく。たった一人で。
 タカシは、こんな状況に陥ってもなお――。
「これは最初で最後にお願いだ」
 不夜城の赤い光りを反射する背に向かって、タカシはそう声を掛けた。
 ショウタの足が止まる。
 ショウタは、タカシの言葉を『聞いてやっている』のだ。
 それでいい。
 本来タカシは、ショウタに何事かを願える立場にないのだから。
573 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:40:41.46 ID:pjPWS69mo
「これが最初で最後の頼みだ。状況が落ち着くまでは守らせてくれ。
その後はお前の好きにしていい。
ミユキとも俺とも、A社と縁を切ってくれて構わない。
後はお前は自由だ。この街に戻るも、一人で生きていくも、決して止めはしない」
「勝手すぎる」
 小さな頭が振り返った。
「……判った。これっきりだ」
 ショウタは意外なほどあっさりと返事し、タカシに向かって歩いてきた。
 寧ろその変わり身の早さに面食らったのはタカシの方だった。
 だが、ショウタはそうすることで近い未来の自由を勝ち得たのだ。
 彼は、タカシを許したわけではなく、タカシを受けれたわけでもなく、
タカシに従ったわけでもない。
 タカシに付きまとわれることを終わらせるために、タカシの願いを『きいてやった』のだ。
 自由と一時的な拘束を、その小さな頭で天秤に掛けたに違いない。
 賢い選択、とも言えない事もないだろう。しつこく『帰って来い』と言われる未来を断ち切り、
より自由度の高い未来を得たのだ。
「約束を破ることは許さない」
 ショウタはもはや何の感情も感じさせない瞳で、タカシをじっと見た。
 タカシも、反故にするつもりはなかったが、ショウタを信頼を得ようと力強く頷いた。
「……親父様に"出掛けてくる"って伝えてくる」
「判った」
 ショウタは逃げも隠れもしないだろう。
 そういう子供だ。
 タカシはショウタが帰ってくるのをこの場で待つことにした。
 数分後、ショウタは小さな風呂敷包みを片手に持ってタカシの前へと現れた。
 その背後には楼主が居たが、ショウタは振り返らずに足元ばかりを見つめている。
「ショウタ」
 声を掛けたのは楼主だった。
 ショウタはゆっくりと顔を持ち上げ、楼主を見上げた。
 不安、絶望、失望。
 そんなものさえも感じさせることのない、光のない瞳が真っ直ぐに楼主を見つめていた。
 楼主は何も言わず、ショウタの頭を撫でた。
 それから肩を押し、タカシのもとへと行くよう促す。
 ショウタもまた、なにも言わずに重い足取りのままタカシの方へと進んだ。
「行ってきます」
 蚊の鳴くような声は、楼主に背を向けたまま放たれたものだった。
 楼主はなにも答えない。
 不断の空気と唯一同じなのは、隠微な香の匂いだけ。
騒音に紛れることのない玉砂利の音が、ショウタの孤独を示しているようだった。
 タカシに従うことなく、ショウタは率先して歩いていく。
574 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:42:28.08 ID:pjPWS69mo
 空気が揺れる。
 風に靡く赤い提灯が、金魚のようだった。
 静寂と言うほどではないが、常ならざる静かな空気だ。
 なにか言いたげなシュウであったが、タカシに手を引かれれば素直に歩き出す。
 タカシは、シュウと歩きながらショウタの背中を見た。
 ショウタの荷物は、小さな風呂敷包みだけ。
ショウタのなにも与えれなかった人生のようで、物悲しささえ覚えた。
そのように仕向けたのはタカシ自身であるというのに、だ。
 ショウタはどこへ向かうのだろう。どんな風に生きていくのだろう。
 タカシにはなにひとつ予見できないままだった。
 なにもしてやることなど、できないのだ。
 タカシにはなんの力もない。
 精々、今日から数日、或いは数ヶ月の間だけ傍にいることで、
ショウタの身の安全を確保するよう努めることくらしか、できない。
 それとも上手くこなせるかどうか怪しいものであったが。
 下駄は相変わらず、カランコロンと鳴っている。軽快ささえ覚えるような小気味のいい音。
それに、玉砂利の擦れる音。
「ショウタ」
 思わず声を掛ける。声を掛けたが二の句は継げない。ショウタも返事はしなかった。
 返事をもらえるなどと思ってはいなかったから、落胆することはない。
それに、ショウタとタカシの間柄は親子ですらないのだから、落胆などしようがない。
 ならば何故呼び止めたのだろう。頼りない小さな背中に何かしらの情を抱くのなら、
もっと早い段階でそうすべきであったのだ。
 だがタカシにはそれができなかった。それができなかったのは、タカシ自身の欠陥だ。
 追いやり、追い詰め、そして柔軟な子供は捩れきった。捻くれた、ではない。捩れてしまったのだ。
 きっと遅かれ早かれ、ショウタはこの街に戻ってくる。最初からここで生まれたような顔で、
少しずつこの街の世界と掟に馴染んでいくことだろう。
 連れ出すことは間違いであったかもしれない。ショウタの一端は、もうこの街の色に染まっていた。
 命の危険さえなければ、何事もなければ。
 このままショウタを手放していたのだろう。
 元々倫理観といものが薄い方なのだ、タカシは。
 それでも。
575 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:44:48.69 ID:pjPWS69mo
「……?」
 物思いに耽りながら、ショウタのあとをついていっていたタカシであったが、
微かな違和感を覚えた。
ゆらゆらと、ただ機械的に前へ前へと動かされていた足が
何かしらの異常を察知して緊張するのを感じた。
 なにかが、おかしい。そう感じたのだ。
 鳥居に近づくにつれて、なにやら喧騒が広がっていくような気がした。
 賑やかに、がやがやとしているのは、この街の常。
 だが、今日は『異常事態』に際して奇妙な静けさが広がっていたはずだ。
 鳥居の近くでは徐々に落ち着きを取り戻し、通常の営業が開始されたということだろうか。
 否、それにしてはざわめきが妙に、妙にそう、乱暴なのだ。
「ショウタ……」
 小さく声を掛けるが、返事はない。
「ショウタ!!」
 怒鳴るようにその子供の名を呼ぶと同時に、風船が割れたかのように複数の悲鳴が一気に上がった。
 間違いない、なにかが起きている。
 そう判断するまで僅か数秒程度、
タカシは無理やりショウタの腕を乱暴そのものの手つきで引っ張っていた。
 子供の体がよろける。瞬間的に与えられた強い力に、シュウが意味不明な声を上げた。
 タカシは咄嗟の判断で、子供二人を両脇に抱え、もと来た道を走っていく――、
走っているつもりであったが、如何せん子供二人を抱えてのそれは
『走っている』と称するには遠く及ばず、タカシは転げるように玉砂利を蹴りつづけた。
 なにかが起こっている。だがなにが起こっているのかを振り返って確める余裕はない。
576 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:46:46.62 ID:pjPWS69mo
「アンドロイド」
 舌を噛み千切りそうな振動の中、シュウがもらした一言をたった一つで、
それはよく知った単語であった。
 アンドロイドが何だというのだ。
 タカシは疑問を抱いたその一瞬、振り返って今しがた走って来た道を見てしまった。
 もとより酸素が欠乏した状態であったが、その一瞬で呼吸が止まりそうになる。
 アンドロイドだ。アンドロイドが、全速力で走っていた。
 ――タカシたちを目指して。
 見覚えのあるアンドロイドであった。
 今回の旅に同行させた、ショウタがかつて『お父さん』などと呼び、
歪な親子関係を形成したことさえあったあれと同型の――、
いや、おそらく義父がショウタに宛がった、ショウタ名義のそれであった。
 それが、どういうわけか、血だらけでタカシたちを追ってきていたのだった。
 背後からは怒号が飛び、手に刀やら拳銃を携えた人々が走ってきていた。
 遠くで「先生を呼べ!」だの「死んじまうぞ!」だのと言う物騒な言葉が飛び交っている。
 先生とは、誰のことだろう。死ぬとは誰が。何故タカシたちはアンドロイドに追われているのか。
 何故、アンドロイドは血だらけなのか。
 そもそも、あのアンドロイドは電源を落としてあったはずだ。
 なにが起こっているのか判らなかったが、タカシは走り続けた。
 だがアンドロイドの殆ど無尽蔵である体力――、体力、と呼ぶべきかどうかはさておき、
走り続けることが可能である能力だ――に生身の人間であるタカシが勝てるわけもない。
 あと少し、あと僅かと言うところで、タカシは身を屈めた。
577 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:48:37.14 ID:pjPWS69mo
 アンドロイドが、タカシたちに害を為そうとしていることは本能的に判った。
 ふと、頭の中を光速で記憶が駆け抜けていく。
なるほど、これはもしかしたら走馬灯というものかもしれない。
 そんなことを冷静に考えながら、タカシは子ども二人を自分の身体の下に隠した。
 ごく普通、中肉中背体型のタカシの身体からは子供一人ならいざ知らず、
二人を覆い隠すまでには至らない。
二人の身体の半分ずつ程がタカシの身体からはみ出す形となった。
 瞬間、腰から腹部に掛けて耐え難いほどの、凄まじい痛みに襲われた。
 悲鳴さえ漏れないような痛み。
 それが断続的に何度も襲う。
 なにが起こっているのか。なにをされているのか。
 タカシは絶望的な、かつて体験したことのない痛みを感じていた。
 悲鳴が響く。
 老若男女問わない、悲鳴。
 一際耳に響くのは、子供の悲鳴。
 恐怖心に耐え切れずショウタとシュウが、鼓膜が破れそうな金切り声で悲鳴を上げていた。
 痛みは尚も続く。痛みが酷すぎて気を失うこともままならないような痛みだ。
 ああそうか。
 唐突に気づく。
 タカシは、腰から腹部に向かって、肉体を大きくえぐられていたのだ。
 割れた肋骨が引き抜かれ、内臓も派手に掴み出される。
 アンドロイドは、随分と手酷く、タカシの肉体を蹂躙していた。
 身動きすることさえも困難となったタカシの身体の下から、シュウが抜き取られる。
578 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:50:18.27 ID:pjPWS69mo
「ま、」
 待て。
 漸く搾り出された言葉は言葉にならなかった。
 無理やり首を動かし、己の身体の上でなされるおぞましい行為にタカシは気がふれそうになる。
 アンドロイドが、泣き叫ぶシュウを人形かなにかのように捕らえ、そして。
「ま、て、」
 首がボキッと気味の悪い重低音を上げてへし折られた。
「シュ、」
 少しでも身体を動かせば、ひどい痛みが走る。
 声が出ない、出せない、声を出すだけで激痛に震え上がりそうになる。
 起き上がることがままならず、だが不自然な体勢のまま、その瞳は惨劇を捕らえ続けていた。
 身体の痛みと精神的なショックで、呼吸が浅くなっていくのを、タカシ自身も感じざるを得ない。
 なによりも、己の身体の損傷が異常なもの、普通の損傷度合いと一線を画するものであると
頭の片隅で理解が積み重なっていく。
 死ぬのだろう。ふいに、そう思った。
 身体から徐々に失われる血液は、体温ばかりか、気力も奪っていくようだった。
 続いて引きずり出されたのは、ショウタ。
 ハッとする。タカシは、約束をしたのだ。
 そうだ、ショウタを守らなくてはならないのだ。
 一番近い他人として、またこの子供を絶望させてはならない。
 たとえ今際の際であったとしても、ショウタを絶望させてはならないのだ。
 未だ嘗てない責任感が、タカシの頭を支配した。
 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
 頭がおかしくなりそうだった。
 シュウはおそらく死んでいる。やっと再び生まれたのに、また死んでしまった。
 なにかよくないことが起こって、そしてシュウは奪われてしまった。
 せめてショウタを、ショウタだけは。
 守らなくてはならないと思った。だがどうだ。タカシは非力でなにもできない。
 手を伸ばすが、ショウタには届かない。
 そして。
579 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:51:34.90 ID:pjPWS69mo

「ぎゃあああああああああ」
 ショウタの腕が、引きちぎられた。
「ショ、ウ、」
 ボトリ、と細い子供の腕が投げ捨てられる。
 それからアンドロイドはタカシにしたように、素手でショウタの腹部を貫いていた。
 先程まで悲鳴を上げていたショウタの声が止む。
 痛みで、声さえ出ないのだ。
 アンドロイドが何かしら臓器を抉り出して玉砂利の上へと放り投げる。
 やめろ、やめろ、やめろ。
 声がでない。指一本も動かすことが適わない。
 なにが起こっている、一体なにが。
 ロボットの三原則。そう言ったものがアンドロイドには刷り込ませてあるはずだ。
 いわく、人に危害を与えてはならない。それは第一項であり、尤も厳守されるべきもののはずだ。
「ショウタ!」
 聞き覚えのある声がした。
「早くしろ!」
「駄目だ、子供に当たる!」
「頭だ、頭を狙え頭だよ!!」
 怒号が飛び交い、そして続いて響くのは銃声。
 着弾したのか、どさりと音がし、ショウタの身体が玉砂利の上へと落ちていった。
 ガウン、ガウン、と言う音がひっきりなしに響く。
 銃では無理だ。この街の住人は知らないのだろうか。この手のアンドロイドは、
戦闘にかち合うことも予測され、銃弾にはめっぽう強く設計されているのだ。
 狙うのなら首。それから大たい骨と胴体の付け根。
 その辺りに刃物――、長い刃物、つまり刀などだ――、を差し込んで切断する必要があった。
 ただし、それらもおそろしく頑丈にできている。
580 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:53:34.35 ID:pjPWS69mo
「全然当たらな、うわああああ!」
 無様に寝転がったままのタカシには、状況がまるで掴めない。
 視界が低すぎて、なにも見えない。
 ただ飛び交うのは、先程までの静けさが嘘のような銃声、怒号、悲鳴だった。
 見なくても判る、地獄絵図だ。
 なにが行われているのかまったく理解できない、地獄絵図。
「ショウタ!」
 タカシの脇をすり抜け駆け寄ってきたのは、楼主だ。
「ショウタ、しっかりしろ! 待っていろ、もう直ぐ医者が来る!」
 ショウタがなにか言ったのか、楼主は「大丈夫、大丈夫だ」と繰り返している。
「おい、逃げろ!」
 ジャリ、ジャリ、と不気味な音が響いてくる。
「……テメェ……アンドロイドだかなんだか知らんがこんなガキになにしてんだ!」
 銃声が、一発、二発、三発。
 だが当たらないのだろう。やがてカチッカチッという悲しく頼りない音だけが木霊するようになる。 
 やがて楼主も悲鳴を上げたきり、声を上げなくなった。
 損傷したのか、それとも絶命したのか。
 辺りに飛び交う怒声が徐々に減っていき、そして増えていくのは悲鳴だ。
 あってはならない、起こってはならない事象によって、アンドロイドが暴走をしているのは判る。
 判るが、何故そんなことになっているのかは皆目判らなかった。
 ミユキはどうしたのだろう、とタカシは漸く思い至った。
 タカシたちを追い詰めるより前にアンドロイドはボディを赤く染めていた。
あれはもしかしたら、ミユキの血であったのかもしれない。
もしもそうなら、おそらく彼女も生きてはいないだろう。
581 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:54:56.44 ID:pjPWS69mo
 アンドロイドは無差別に暴走しているわけではないようだった。
 狙いはタカシたち一家で、その邪魔をしているこの花街の住民をついでのように攻撃している。
 明らかにA社が襲われた一件と関連性があるだろう。
 だが、どうやって? どうやって、A社で最初の最初、
生産の初期段階で仕込んでいる三原則を解除したというのだろう。
 駄目だ。
 急速に意識が薄れていくのをタカシは感じていた。
 そうなると、己の思考など無意味なもののように思えてきた。
「離れろ!!」
 突如怒号が響いたのは、タカシが意識を手放すかどうか、という直前であった。
 またもや、聞き覚えのある声だ。恐ろしい俊足で、タカシの横を駆け抜けていく足は、
この街では珍しいスニーカー履きであった。
 うおおお、と言う獣のような叫びと共に、金属同士が擦れるような音と、なにかが破壊される音、
それが止むと玉砂利に重い物体が落下するような音がした。
「やったか!?」
 誰かが叫ぶ。
「まだだ! 足だ、足も切り落とせ!」
 切り落とせ――、つまり誰かが手か、胴体か、頭を切り落としたということになる。
 チュイン、チュインと言う派手な音が何度も響く。
 なにかしらの高速回転する機器で、アンドロイドは切断を繰り返されているようだった。
 やがてそれらの音が聞こえなくなると歓声が響いた。
 アンドロイドは制圧されたのだろう。
 最初に四方八方から銃弾を浴びせたのが幸いしたのだろう、軽度の損傷とは言え、
それがなかったら、一般市民の持ち物ではアンドロイドを沈黙させることは現実的とは言いがたい。
582 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:57:47.36 ID:pjPWS69mo
「おい、大丈夫か! 先生はまだか!?」
 聞き覚えのある声は――、警らのそれだと気づいた――は周囲を見回っているようだ。
 大丈夫か、そう何度か声を掛け、その声が一瞬途切れたかと思えば、
呻き声のような声で「畜生」と悪態を吐き、そしてその声は地面から近い場所で響くようになった。
「おい、おい、大丈夫か! しっかりしろ、兄弟! 畜生! しっかりしろ!」
 警らの男が、しきりに楼主を呼んでいた。
 楼主の怪我もまた、タカシ同様にひどいものなのだろう、「眠るな」だの「しっかりしろ」だのと
警らは何度も叫んでいた。
「先生は、先生はまだか!! 早くしてくれ! 死んじまう!!」
「あと少しで着くそうだ! 頑張れ!」
「駄目だ、血が止まんねぇんだ! おい、しっかりしろ!」
 悲鳴、励まし、悲鳴、励まし。
 それらが幾重にも重なり合唱のようだった。
 提灯が風に揺れて優雅に揺れている。
 視界がかすんでいく。
 ああ、バチが当たったのかもしれない。
 一度死を体験し、ほぼほぼ無神論者となったくせに、タカシはそんなことをぼんやりと考えていた。
 寒い、とても寒い。
 これで、全部が終わるのだろう。
 生の終焉を感じながら、漸く一つの結論に至る。
 なるほど、アンドロイドはハッキングでもされたのだろう、と。
 最早痛みを感じることはなくなっていた。
 もしも、もしも死の国があるのなら、姉はそこにいるのだろうか。
 合唱に混じって、子供の声が非力に「痛い……」と痛みを訴えるのを聞いたのは、
幻聴だったのか、それとも。

 こうしてタカシの二度目の生涯は、幕を閉じることになる。
 とは言え、それが実際に起こるのはそれから一時間後のことであると、
タカシは三度目の生でもって他人によって伝えられることとなるのだが。
583 : ◆OfJ9ogrNko [saga]:2017/08/20(日) 01:58:34.22 ID:pjPWS69mo
今日はここまで
なんか……すみません……

感想と保守ありがとうございます
嬉しいです
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/09/18(月) 10:43:16.85 ID:t9DaP2ds0
続ききてた!どうもありがとうございます&お疲れ様です!
ショウタは親父様と幸せになってくれと思った矢先…大変なことに…。

続きも楽しみにしてます。
585 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 00:30:09.57 ID:YGuo9UYJ0
ほす
586 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/18(土) 02:36:57.64 ID:GhQDzjD+0
ほしゅ
587 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/12/09(土) 23:03:51.82 ID:vz3/PTwN0
ほす
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/12/24(日) 12:08:50.91 ID:7NuLLkv80
メリクリほしゅ
589 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/01/07(日) 21:19:54.41 ID:ZTET3gPd0
ほす
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/01/16(火) 21:24:32.33 ID:tRkMOCI0o
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/02/12(月) 23:00:32.00 ID:u3P4O89K0
ほす
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 20:06:22.30 ID:d9Wc9E1B0
保守
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/03/18(日) 04:17:12.25 ID:WOBA7fET0
ほしゅ
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 08:59:16.99 ID:lxvlIdMZO
ほしゅ
595 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/04/10(火) 11:56:16.60 ID:j5EjI2/G0
ほす
596 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/05(土) 02:22:19.43 ID:j4y4jOfF0
はしゅ
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/06/01(金) 23:59:29.56 ID:8e/l8XdY0
ほす
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/07/02(月) 03:11:51.79 ID:tgtb2Ams0
ほしゅ
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/08/08(水) 17:16:50.65 ID:s4ygg3pV0
ほしゅ
600 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/08/30(木) 22:30:22.97 ID:s2OyRMbp0
ほしゅほしゅ
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/10/19(金) 02:35:45.48 ID:GNZRR6TR0
ほしゅ
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/11/13(火) 11:00:37.39 ID:NNEALs7DO
ほしゅ
603 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/12/13(木) 19:07:53.22 ID:w8Rg49do0
ほしゅ
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/12/16(日) 19:52:15.06 ID:OaDGYvV8o
久しぶりに来た

これで長かった回想も終わりかな
もう少しで完結だと思うので頑張って欲しい
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/12/28(金) 23:53:01.26 ID:7okbYwYT0
ほしゅ
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 20:20:54.43 ID:eaoqasy+0
よいお年をほしゅ
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/01/12(土) 23:51:49.02 ID:a6vB0D0h0
ほしゅ
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/26(土) 00:08:17.59 ID:ixhLQrDR0
ほしゅ
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/07(木) 19:09:35.48 ID:kCibQANs0
ほしゅ
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/05(火) 11:35:55.84 ID:RtKEGC3h0
ほしゅ
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/01(月) 23:22:50.52 ID:+MWDC5HN0
ほしゅほしゅ
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/16(火) 01:03:18.17 ID:OXbhrE3r0
ほしゅ
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/24(水) 03:30:01.71 ID:uD9TuTuY0
ほしゅ
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/05/02(木) 02:43:38.42 ID:6opJb62S0
ほしゅ
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/05/09(木) 12:56:08.30 ID:FtjGwQ7C0
ほしゅ
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/05/25(土) 13:30:49.17 ID:/jvKexXJ0
待ってるよ
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/06/08(土) 20:13:43.03 ID:tZXhho0Do
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/06/18(火) 02:25:57.85 ID:Hc8ZR/WY0
ほしゅ!
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/06/24(月) 00:05:05.15 ID:C+Olr1Si0
ほす
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/07/05(金) 03:38:05.66 ID:NcAiSFKq0
ほす
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/07/29(月) 12:56:02.43 ID:x33aReW/O
ほしゅ
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/08/04(日) 10:48:32.13 ID:viGF8Nys0
ほしゅ
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/08/31(土) 21:15:44.27 ID:GKAXkjMF0
ほしゅ
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/09/03(火) 16:51:53.16 ID:hK/fmyKK0
ほす
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/10/04(金) 12:10:59.03 ID:fA73a6anO
ほしゅ
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/10/27(日) 21:57:47.16 ID:HqpRz/X00
ほす
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/11/17(日) 17:12:30.09 ID:zonQgLrk0
ほしゅ
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/12/01(日) 18:16:53.37 ID:5ZOcW6R60
ほしゅ
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/12/11(水) 01:40:57.77 ID:TnfGoYQK0
ほしゅ
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/12/31(火) 21:51:36.94 ID:Yttmpg0i0
ほしゅ
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/01/07(火) 17:53:31.41 ID:2xaXhcIh0
ほしゅ
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/01/20(月) 15:51:33.04 ID:nnvDIs3I0
ほしゅ
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/02/05(水) 14:32:25.29 ID:S49NnuG/0
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634 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/02/22(土) 10:22:54.51 ID:3I6X0bCC0
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635 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/03/10(火) 03:20:48.24 ID:TCWpuOig0
ほ!
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/03/18(水) 19:46:21.07 ID:OloJfGSm0
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637 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/04/04(土) 02:54:27.39 ID:rg3+jBAV0
ほしゅ
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/05/07(木) 15:40:02.53 ID:CkzjS+fM0
ほしゅ
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/05/27(水) 02:09:56.59 ID:PUpArYMn0
ほしゅ
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/06/09(火) 03:18:48.05 ID:tvAeUTlx0
ほしゅ
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/07/01(水) 11:51:37.04 ID:Vl6CMjST0
ほしゅ
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/07/24(金) 23:59:43.19 ID:ZJRNGCfT0
ほす
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/08/17(月) 22:00:25.23 ID:wSoTpZLY0
ほしゅ…
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/08/17(月) 22:01:27.53 ID:wSoTpZLY0
ほしゅ…
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/09/05(土) 19:46:04.97 ID:jyxOXO1e0
ほしゅ
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/10/22(木) 03:52:42.32 ID:NfYPQ6XD0
ほしゅ
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/11/03(火) 13:00:54.81 ID:jks8wE8z0
ほしゅ
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/11/07(土) 00:59:15.80 ID:I1h1wB7dO
ほしゅ
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/12/14(月) 10:47:11.19 ID:HVAjU+om0
ほしゅ
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2021/04/19(月) 14:45:06.89 ID:L8Rqk+910
ほしゅ
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2021/07/06(火) 02:35:05.08 ID:oHbmRs0+0
ほしゅ
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/08/29(日) 23:12:32.98 ID:FzZ664BNo
居酒屋ばく コロナ感染 クラスター 野田市
居酒屋ばく 路上駐車 逮捕 野田市
居酒屋ばく 犬放し飼い 猟銃 銃刀法違法
居酒屋ばく クラスター 路上駐車 野田市
ちばけんま 千葉県野田市木間ヶ瀬 04-7198-0241
居酒屋ばく 飲酒運転 コロナ感染 クラスター 野田市
居酒屋ばく 路上駐車 逮捕 野田市 飲酒運転
居酒屋ばく 犬放し飼い 猟銃 銃刀法違法
居酒屋ばく 飲酒運転 クラスター 路上駐車 野田市
ちばけんま 飲酒運転 千葉県野田市木間ヶ瀬 04-7198-0241
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/02/10(木) 23:30:46.01 ID:M8eRCZ4ko
SS速報避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2022/07/24(日) 15:14:10.19 ID:unFVi9hw0
ほしゅ
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2023/07/13(木) 09:57:05.45 ID:DG/Q3DL/0
ほしゅ
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