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【オリジナル】男「没落貴族ショタ奴隷を買ったwwww」
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402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/11/16(月) 02:55:00.03 ID:6p0sdn5AO
ほ
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/17(木) 00:13:22.31 ID:igT/rvZo0
しゅ
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/18(金) 18:47:33.21 ID:24cGXhxJ0
ちょ、ハードなショタエロ小説探しててたどり着いて
妙に重い話だなーと思いながらもついつい半日かけて全部読んだんだが
現在進行中なのかよww
405 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2015/12/18(金) 20:27:15.39 ID:D1SrFwF80
すみませんすみませんセルフ保守
年内にはもう一度更新します
いつも保守してくださってありがとうございます
すみませんすみません……
406 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:43:54.87 ID:3V4Wo66k0
****
予想以上の悪路をものともせずに車は花街への道を突き進んだ。
道の端に切り倒された大木が横たわっていたり、
砂利と呼ぶのが憚られるような大きな石が、バンパーにぶち当たるなどのトラブルがあったが、
ドライブは概ね順調であった。
助手席に座ったアンドロイドも必要以上に口を開くことがなく、
口やかましい他人よりも、アンドロイドを選ぶアンドロイドフリークなる人々が出現するのにも、
なるほど無理からぬ話である、などとタカシは考えていた。
もう間もなく目的地だ。
「お前、地形データは入っているか? 駐車場の有無を知りたい」
「申し訳ありません。私には自宅とその周辺データのみがインストールされておりますが、それ以外は」
「判った」
ネット上からダウンロードすればデータ取得も安易であろうが、国が放棄した土地であることを鑑みると、
正確性の高い、細かな地図情報を得ることは難しいだろうと判断した。
それならば実際に赴いて、最悪の場合は車を放置する構えでいるしかないだろう。
走行を始めてから十数分ほど経ったころだろうか、
明かりに照らされぼんやりとした姿を浮かべる、朱塗りの鳥居が木々の合間に確認できた。
山の上にも塔のようなものがいくつも見え、
それらを照らすように赤い光りがチラついて見えた。提灯かもしれない。
段々状の土地に建築物が立ち並ぶ歪な街は、まるで現実味がなく、虚像のようだ。
ひしめき合うように、旧時代めいた建築物が立ち並んでいる様は、タカシが住まう環境とはかけ離れた様相で、
運転中であるにもかかわらず、思わず見入ってしまう。
神社仏閣が物珍しいわけではないが、大鳥居や大型の寺、つまり上空からの発見が安易である建物の類は、
古都東京にはまだまだ多く存在するものの、
その他の土地ではあらかた攻撃の対象とされ、結果、現存するものが殆どないのである。
若者は神社仏閣にはあまり興味を示さない――、そう判断したのか、
政府も歴史的建造物の積極的な再建は行わなかったのだろう。
今ではそれぞれの都道府県に四つか五つの神社仏閣が存在すればいいほうである。
そんな事情から、たとえ近年に好き勝手に作られた建築物とは言え、
寺や神社が――、所詮それらしいもの、ではるが――、あれほどの規模で現存するのはやはり物珍しく目に映るのだ。
人が住んでいるかどうかも怪しい場所は、敵からも爆撃の対象にならなかったのだろう。
407 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:47:40.15 ID:3V4Wo66k0
「異世界だ……」
ぽつりと呟いた言葉を律儀に拾ったアンドロイドは、「異世界とは?」と返事を返すが、
タカシは答えることもしなかった。答えを要してないことを理解したであろうアンドロイドは、
やがて何もなかったかのように首の捻れを正して正面へと向き直った。
木々が走っていく。
何の手入れもされていない木々は、ヘッドライトに照らされると時折獣のように見えた。
国から放棄されているに等しい土地――、ここはそういう場所なのだと、タカシはハッキリと自覚する。
近隣から色を買いにやってくる人間は少なくはないことの証明に、道路に轍が出来上がってはいるが、
その道路とて『密かに続く秘密の街への道』と言った扱いのもので、国が存在を認めていない場所の為、
殆ど私道としての扱いであるから、手入れが行き届いていなのも仕方がないことなのだろう。
それから凡そ十分後、車は漸く件の鳥居の前へと到着した。
シートベルトを外して車外に出ると、生ぬるい風に混じって酒の匂い、そして香、人々の談笑が響き渡った。
街は、想像した以上に活気を放っている。
「お前も降りろ」
車に向かって呼びかけると、アンドロイドは漸く車外へと顔を出し、それから車の扉を閉じた。
鳥居の両脇に設けられた小屋に、監視の目を光らせている男が座っている。
おそらく彼らは、ここで働く娼婦や男娼を逃がすまいとしているに違いなかった。
「それで、子供たちは、」
それが始まったのは、タカシがそう言葉を紡いだ時だった。
アンドロイドは顔を俯かせ、伏せ目がちになりながら、なにやらカウントを始めた。
「ここから北に二百……、いえ、二百十、走っておいでのようです。心拍数もドンドン上がっておられます」
「走っているだけか?」
「……いえ、ノルアドレナリンの分泌量が増えているようです。ショウタ様は恐怖を感じておいでです」
つまりショウタは何かから逃げているようだ。アンドロイドは感情のない瞳でそう告げた。
「行くぞ……!」
子供が窮地に追いやられている可能性が高まった。
だというのに、アンドロイドは至極冷静にその状況を判断しアナウンスを続けているのだ。
タカシはアンドロイドのこの無機質さがどうにも好きになれなかった。
かつて勤務していた職場に数体のアンドロイドが設置されていたが、
それらよりも、見た目も会話も思考力も、随分と人間的になったとはいえ、
まだまだホンモノの人間には及ばない部分が数多く見られる。
その中で尤も顕著なのがこの無機質な空気。
人間的な気配が全く感じられない(少なくともタカシにはそう感じられるのだ)点は、
人型を名乗る上で致命的に思われた。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。早く子供たちを見つけねばなるまい。
408 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:50:37.18 ID:3V4Wo66k0
鳥居の下で、屈強な大男から通行証明書を買い――、
癪なことにこのアンドロイドの分の証明書の購入も求められた――、
焦れつつも漸く朱色の鳥居を潜ると、タカシは息を飲んだ。
そこには、異次元への入り口とも呼べそうな光景が広がっていた。
と言っても妙にメカメカしいだとか、近未来的であるとか言うわけではない。
逆だ。妙に古めかしいのだ。小物ひとつをとってもそう。大昔の日本を髣髴とさせるその場所は、
その『大昔』を生きたことがないタカシにとっては異次元と呼んでも差し支えはないだろう。
「タカシ様、あちらです」
ほんの一瞬、呆気に取られて立ち尽くしてたタカシは、アンドロイドの声にはっとした。
先ほど潜った鳥居を入り口に、その先に続く大通りに立ち並ぶそれれぞれの店には、
洒落た赤い提灯が鈴なりにぶら下がってた。
どの店にも入り口の脇には格子が設けられており、中には見目の麗しい男や女、少年少女が
露出度の高い衣類を身に纏い、通りすがる人々を誘惑している。
怪しい香りが渦巻く中、腕を掴んで客引きをしようとする男の手をタカシは振り払い、
偽物の秋波を寄越す女や男の視線に気づかぬフリをし、玉砂利を敷き詰めた道を必死で走った。
アンドロイドは背後のタカシが追尾できているかどうかを確めぬまま走るものだから、
タカシも必死でついていくよりほかはない。
日ごろのデスクワークの賜物か、すっかりと機能の低下した足と肺は、激しい急な運動に悲鳴を上げていた。
「あと五十メートルです」
息を切らしようのないアンドロイドは、明瞭な声でそう告げる。
僅か五十メートルの距離だというのに、猥雑な喧騒やら嘘くさい笑い声、嬌声で溢れた通りでは、
子供の声など全くと言っていいほど聞こえない。
例えば奥まった裏路地で誰かが叫んだとしても、ハッキリとその悲鳴を捉えることは難しいだろう。
「あと四十、少し移動したみたいです。四十五メートル、心拍数がまた上がりました」
危険だ。シュウの身に何かあったら。
そんな考えが頭をよぎり、冷や汗がぶわりと噴出す。
409 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:52:17.69 ID:3V4Wo66k0
「お前、先に行って子供を捕まえてくれ!」
「判りました」
一瞬考えたような雰囲気で首を傾げたのち、アンドロイドは涼しい顔を保持したまま、
猛スピードで――、人間では決して出せない猛スピードである――、玉砂利を踏み砕く勢いで駆け抜けていった。
直進、それから角を左。タカシが確認をできたのはそこまでだった。
瞬く間に姿を消したアンドロイドの行き先を確認しつつ、タカシは足を止めることなく動かし続ける。
「お兄さーん」
ウチで遊んでいこうよ。そんな呼びかけにわき目も振らずに走り続ける。
漸くアンドロイドが姿を消した角を曲がると、ふいにざわめきが小さくなった。
大通りから一歩内側へと入っていくと、随分と音が小さく聞こえる。
怪しい香が漂い風に提灯が揺れるのは変わらぬが、喧騒が小さい分、風情を感じた。
「……から……、がう!」
子供の高い声が聞こえた。
タカシには、それが自身の血を分けた子のものなのか、それともまったく別の、
つまりはこの街で働く者の声なのか、全く判断がつかなかった。
だが、一先ずはそこを目標に進むことにした。
玉砂利を蹴る。運動不足の足は時折もつれるが、なんとか転ぶことなく走り続けられた。
戦時下であったのならば、死んでいるだろう。体力を取り戻さねばなるまい――、
そんなことを考えられる程度の余裕があるのは、
アンドロイドが子供を確保しているだろうと踏んでのことであるが、なんとも暢気である。
シュウの命の危険を感じれば激しく動揺するくせに、危機が去ったに違いないと予測を立てられるようになると
途端に力が抜ける。どこか情緒的におかしな自分は自覚しているが、その原因がつかめない。
もしかしたら、全てを楽観視させるような効果が、この鼻腔に纏わりつく香には含まれているのかもしれない。
410 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:54:06.21 ID:3V4Wo66k0
提灯の残像が背中に向かって伸びていく。
幻想的にさえ見えるその光景を、ぼんやりと視界の端に追いやって、タカシは走り続けた。
やがて人の争う声と、子供のぐずる泣き声が耳に届いた。
「ですから、主人が間もなく参りますので……」
間違いない、アンドロイドの声だ。
「だから、この子達は男娼でも奴隷でもないよ」
続いて聞こえてきたのは、女とも男ともつかぬ、少し甘いハスキーな声。
格子の中から呼びかけてくる、熱帯魚のような、蝶のような見目の麗しい男女に脇目も振らず、
タカシは声を目指して走った。
「そうは言われても脱走奴隷だったら困るって話だ!
奴隷でも男娼でもねえってんなら、証明書を見せてもらわねぇと。
こんな年齢の奴ら、奴隷でもないならなんの用があってこの街に来たってんだよ。
お貴族様でも筆おろしにゃあちっとこの年齢は早いんじゃねぇか。どう考えても脱走した奴隷か男娼だろうよ」
奴隷だ、奴隷じゃない。
そんな言い争いを続けるのは、屈強な男たちだった。
おそらく見張りや警備を生業としている、この街の治安維持隊かなにかだろう。
脱走奴隷や娼婦男娼を捕まえたり、客のトラブルを解決する警らのようなものに違いない。
そんな男たちに、果敢にも応戦しているのは、背の低い、華奢な――、後姿だけではどちらか判断できぬが、
身の丈が一六〇センチ、あるかないかの小柄な人物であった。その隣に並ぶのは、間違いない、
タカシと共に屋敷を出てきたアンドロイドだ。
「おい……!」
タカシの呼びかけに、アンドロイドが振り返り「タカシ様」と呼んだ。
その声に反応し、アンドロイドと小柄な人物の隙間から、小さな子供が飛び出てきた。
警らたちは「おい」と声を荒げるが、子供の動きはそれより早く、
泣き声の混じった声で「お父さん……!」と叫びながら弾丸のような速さでタカシへと向かってくる。
411 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:55:57.23 ID:3V4Wo66k0
シュウだ。
鼻水と涙で顔はぐしゃぐしゃであったが、見間違えようのない、それは確かにタカシの愛息であった。
細い腕をタカシの腹にひしと巻きつかせ、涙でグチャグチャになった顔を何度も摺り寄せる。
瞬く間にシャツが汚れていくが、タカシはそんなことも気にならないという風に抱きしめた。
だが、安堵と同時に湧き上がるのは怒りだ。
「馬鹿! お前は何をしているんだ!」
「ごめんなさぃ……」
ひっひと小さくえづきながら、シュウはタカシのシャツを捉えて離さない。
落ち着かせるようにその背中を撫で、無事でよかったと抱き上げる。
「心配したんだ! 家を抜け出してこんなところに行くなんて、なにを考えているんだ!」
だって、だってとシュウは涙声の合間に声にならぬ言葉を紡ぐ。
判っている。ちょっとした冒険のつもりだったのだろう。
だが、冒険に赴くには、如何せん場所が悪すぎるのだ。
「ちょっとお前さん、何者だ」
「ですからあちらは、」
成り行きを見守っていた男たちがついに声を上げた。
「失礼。この子は私の息子です。私の通行証明書がこちらです」
ポケットから証明書を引きずりだして男に渡す。
「それからこちらがこの子と私の血縁関係を署名する身分と血縁証明書です」
タブレットに浮かび上がる書類とタカシ、それからシュウを見遣り、男たちは漸く納得したようだった。
「お父さんね、子供はちゃんと見ていてくれないと。それにこの子がここに来るのはまだ年齢的に早いでしょう」
シュウ程度の年齢で花街に客としてくる子供も、居ないことはないのだろう。
だが世間一般が思うように、やはり早すぎるのは確かなのだ。
「すみません」
「いやね、近頃奴隷として売られてきたはいいが脱走するやつが多くて……、
近々輸出入に対する鎖国も解かれるって話じゃないですか。
そんな感じで国がちょっとずつ変わってきてるんですかね、末端の末端でお家取り潰しになった貴族がさ、
仕方がなく娘息子を売るわけですよ。そういう奴らが脱走をするわけですよ」
没落した貴族が子を売って借金やらを帳消しにするなど、昔からさして珍しいことでもないが、
近頃はその手のケースが目立つのだ、と男たちは言う。
「現にこいつも、」
「そういう話はやめてよね」
凛とした声が男たちの言葉を遮った。
「僕が貴族だったのは昔の話だよ。逃げ出そうなんて思っちゃいないよ」
先ほどから、男たちの横に居た小柄な人物が声を上げた。
「全く、珍しく営業日に休みをもらえたと思ったらこのザマだ。
身売りは身売りらしく、人目を気にして座敷の奥に引っ込んでろってことだね。
面倒ごとに巻き込まれた挙句、自分の過去を他人に暴かれたらたまったものじゃないよ」
華奢な背中がめんどくさそうに言う。
412 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 20:59:37.03 ID:3V4Wo66k0
香の匂いが練りこまれた風が、肩より少し長い髪を揺らした。
声の様子で、その華奢な自分が少年であると、タカシは始めて気づく。
シュウより少し上くらいだろうか、声にまだ幼さが残る割には、言葉遣いは随分としっかりしており、
一瞬二十歳もそこそこに越えたくらいの人物と錯覚するが、その骨格や声音から察するに、
タカシに背を向けたままのその人物はまだ少年と呼んでも差し支えがない年齢の筈だ。
「とにかく早く開放してくれ。僕は今、せっかくの休みを満喫中なんだ。ああクソ、煙管を忘れていた……」
チッと舌打ちをしたその人物――、少年は、一瞬目の前の店を見上げ、その後溜息混じりに「まあいいか」と
呟き、そしてタカシを振り返った。
「――姉さん……?」
言葉は、自然と口をついて出た。
いや、そんなはずはない。そう思うよりも先に、言葉は先に紡がれていたのだ。
頬の丸み、柔らかな眼差し、少しだけ口角の上がった口――。
「はぁ?」
少女――、いや、彼は『僕』と自称していたのだから、少年なのだだろう――、
彼は胡散臭いものを見る眼差しを隠そうともせずに『はぁ?』と言った。
だが、タカシを振り返った彼はひどく中性的で、性別が見当たらなかった。
その『彼』は恐ろしいほどに、そう、タカシの人生を変えてしまった女性に似ていたのだ。
だが、そんなはずはない。彼はただ似ているだけだ。姉は疾うの昔に死んでいるのだから。
「……失敬」
心臓が早鐘を打つ。
自制心がぐらりと揺らぎ、その顔を両の手で挟みこんで具に観察をしたいような衝動が生まれる。
突き動かされるようにしてタカシは少年に近づいた。
413 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:00:57.63 ID:3V4Wo66k0
「ちょっと……!」
憑かれたように近寄る男に恐れをなしたのか、少年は一歩下がる。
「おい……!」
警らたちも慌てたようにタカシを制止しようと手を伸ばしたが、
それらの試みはアンドロイドによって阻止された。
タカシの行く手を阻むものはもうなにもない。
異常をいち早く察知していた少年は、今にも駆け出さんばかりの勢いで背を向けていたが、
タカシはそれを許さなかった。玉砂利のこすれあう音が花火に混じって僅かに響く。
タカシは、すかさず少年の腕を掴み、そして引っ張った。逃がさない、そう言うように。
あと少しで、彼をよく観察することができる。顔を確認しなくてはならない。
姉と、タカシが唯一愛したあのひとと、彼が同一人物でないことを確認しなくてはならない。
馬鹿ことをしているという自覚は、頭の片隅にあった。
だが、理性を食いちぎるほどに、ちらりとみた彼の顔は、なにもかもが姉によく似ていた。
なんとしても確認せねばならぬだろう。
タカシは掴んだ腕を強引に引き寄せ、彼の顔を掴み上げ確認をした――、はずだった。
「やめてよね!」
タカシの掌から細い腕がすり抜け、パシッと派手な音を立てて振りほどかれた。
一瞬だけ気が緩んでしまったのは、玉砂利の上、『それ』が居たからだ。
ショウタだ。ショウタはしゃがみ込んだまま、感情の篭らない瞳でタカシを見上げていた。
いつからそうしていたのか、ショウタはシュウがタカシにしがみつきおいおいと泣き声をあげる中、
ずっとそうしてしゃがみ込んでいたのだろう。
人形のように睫一つ揺らさず、涙の溜まった瞳でタカシを見上げていた。
414 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:03:39.72 ID:3V4Wo66k0
「あんた何なんだよ! 僕は迷惑なガキどもを保護してやったってのに、
いきなり腕を掴むってどういう了見だよ! 訴えるよ!」
少年が吼えている。獣のように怒りをむき出しにして。
思考が散らばる。ショウタの存在に気を取られる自分と、少年の存在を確認したい自分とで、
心が分かたれる。
「ちょっとお客さん、困りますよ! 俺らの仕事はね、娼婦や男娼の身を守ることも含まれてんだ!
こういうことは店の中でやってもらわねぇと!」
「店の中だってごめんだよ! こんな変な男!」
タカシは、シュウの安全を確認したその瞬間に、ショウタの存在を完全に忘れ去っていた自分を今更自覚した。
タカシは、ショウタの存在を、
シュウの元へとつれてくることが可能なナビゲーションとしてしか見ていなかったのだ。
シュウを見つけてホッとした。
だが、タカシは露骨なまでに『ショウタの存在』を『すっかり忘れていた』のだ。
ショウタの目に溜まった涙が、いつ溢れ出したものなのかは定かでない。
だがもし、もしも、シュウの存在『だけ』に気をとられているタカシを確認してのものだとしたら――?
いいや、もっと悪いタイミングかもしれない。
シュウの安全だけを確認し、男娼に現を抜かす父親――、
生物学上だけの繋がりだとしても、ショウタにとっては父親はタカシしかない――、
その父親が、自分の存在をすっかり忘れ、男娼の手を捉えるのに夢中になっていたとしたら。
流石にバツが悪くて、タカシは干からびた喉から「ショウタ」とひねり出すように声を出した。
名を呼べば、あのいつもの、なにかを期待をした目に戻るような気がしたからだ。
だが。
415 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:05:55.29 ID:3V4Wo66k0
「僕も、帰っていいですか」
か細いショウタの声が、そう告げる。
凍りそうに冷たい声は、全てを拒絶するように、ひどく大人びた発音をして見せた。
軽く俯いた目は、タカシの存在などもう知らぬ――、そういわんばかりに、見つめてくることもない。
「この子供もアンタの子供かい」
警らがぞんざいに言う。
一瞬だ。ほんの、一瞬の間だったのだ。
タカシは後ろめたさも相まって、いつものようにショウタとの血縁関係を否定したりせず、
素直に返事をしようと思ったが、一瞬の遅れが生じた。
それはミユキへの抵抗か、或いは心の片隅にあるショウタへの拒否がそうさせたのか、それは定かではない。
だがその一瞬の遅れをショウタは許さず、ハッキリと「違います」と答えた。
タカシは、思わず「え」と、間抜けにも呟いたような気もしたが、花火の爆音は全てをかき消して、
自身の発声が実際にあったものかどうかさえをもあやふやにする。
「僕にお父さんは居ません。ですが、『この人』のところでお世話になっています。
このアンドロイドに僕の個人情報が入っているはずなので、確認してください」
「あ、ああ……」
警らたちは戸惑い気味に返事をした。
うるさく喚いていた少年は押し黙り、そして冷ややかな視線をタカシに投げ掛けていた。
それらが己に対するタカシの暴挙から来るものなのか、
それとも『もう一人』の存在を失念していた男への侮蔑なのかは判らない。
父親は居ない。ショウタは、そうはっきりと告げた。
いつも、遠慮がちにタカシを見ていた子供が、はっきりと『父は居ない』、そう告げたのだ。
416 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:08:30.68 ID:3V4Wo66k0
「あ、ああ、確かに君は男娼でも奴隷でもないな……」
大人のように物静かに言葉を紡ぐショウタに気圧されたのか、警らたちもぎこちなく会話する。
「もう、帰っていいですか?」
赤、青、黄色。
爆音と共に、大量の花が夜空に咲く。
それらは幼い、丸みのあるショウタの頬を照らした。もう涙は乾いていた。
警らたちの了承を得ると、ショウタはタカシの方を一切向かず、
アンドロイドの作り物の手にすがるように触れた。
「抱っこして」
それが自分に向けられた言葉でないことは、確かであった。
アンドロイドは、一瞬首を傾げたのち「はい」と返事をしてショウタを抱き上げる。
「ありがとう。帰りたい」
「かしこまりました」
アンドロイドの右腕の上に、座るような形で抱き上げられたショウタは、その一見人のような、
だが確実に偽物であるアンドロイドの首に両腕を巻きつけて、
首筋に顔を埋め込んでいた。
アンドロイドは今や見てくれは人とあまり変わらない。
ツルッとした無機質なボディではなく、人工皮膚で体全体を覆われており、
当然のように衣類も着込んでいる。
「寒くはありませんか?」
「……寒い」
「では少し、ボディの温度を調節します」
「うん……」
その短い会話がなければ、その姿は父親に甘える子供そのものだった。
ふいにタカシは察した。
ショウタは、タカシに見切りをつけたのだと。
「……お父さん?」
シュウがタカシの手に触れる。
「うん?」
「僕も帰りたい」
「ああ、そうだな」
男娼の少年が、チッと舌打ちをしたのが聞こえた。
こんな状況でさえ、姉に酷く似た少年を気にしている自身が滑稽であった。
姿かたちだけでも似てさえ居れば、それで構わないというのか。
息子の――、たとえそれが遺伝上のみの繋がりであったとしても、
我が子の安全以上に興味を示した事実は隠しようがない。
「安いな……」
自分の愛情も。
自嘲するような呟きに、シュウは真っ直ぐな目を向けてきた。
「帰ろうか」
そう言われ、シュウは嬉しげに頷いた。
ショウタとタカシの横たわる、あまりにも深い溝に全く気づかぬ笑顔は、いっそ残酷なほどであった。
417 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:10:49.96 ID:3V4Wo66k0
****
悲鳴を上げたのは、シュウだった。
今まさに危害を加えられているショウタは、涙一つ零さずに、無抵抗なままそれを受け入れていた。
「なにをしていたの!」
金切り声で叫ぶのはミユキだ。
慌しくアンドロイドとタカシが屋敷を飛び出したことには気づかなかったくせに、
三人と、プラス一体が帰宅するやいなや、ミユキはショウタの腕を引っ掴んでその頬を張った。
乾燥した音が響くと同時に、彼女はわけの判らない言葉を捲くし立て、
そしてその小さな体を壁に向かって叩きつけたのだ。
「あれだけお庭の外に出てはならないと言ったでしょ! 何故お母様の言うことを聞けないの!」
「おい、ミユキ……!」
ショウタはその間、全くの無抵抗で「ごめんなさい」と謝罪を繰り返していたが、
しかし自身が何故花街に行くに至ったのか、その理由は一切口にしなかった。
痺れを切らしたミユキが、行き過ぎた体罰を与えるにはそう時間は掛からず、
タカシが制止の声を掛けるべきかどうか思案しているうちに、ショウタの体は宙に浮いていたのである。
まるでボールのように浮かび上がった体は、しかしボールほど柔らかに壁に当たることなく、
派手な音を立てて幼い体は壁を伝って床へと沈み込んだ。
背中への打撃から、ショウタは呻き声をあげたものの、決して言い訳も自己弁護もしなかった。
「ミユキ!」
418 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:13:27.26 ID:3V4Wo66k0
躾と呼ばれる域は疾うに過ぎている。
思わずミユキを呼ぶが、彼女は憑かれたように金切り声を上げてショウタを叱責し続けた。
ゴテゴテとした装飾を施された爪が、幾度もショウタの頬を掠める。
頬を張られる度に、ショウタの頬には傷がついていった。
アンドロイドも何度か制止の声を上げたが、ミユキは律儀にも、パスワードを読み上げることでそれらを封じ込め、
思うまま、ショウタへと暴力を振るったのだった。
「花街に行っていただなんて、汚らわしい! 貴方まさか、女をその年で買ったなんてことはないでしょうね!?」
「ミユキ、やめろ! そんなことしているわけがないだろ!」
「タカシさんは黙っていて! 父親の役目を一切果たさない貴方には、
この子の教育に口出しする権利はないわ!」
「それはお前も同じだろう! 身の回りの世話の一切をアンドロイドに任せているくせに!」
しまった、言うべきではなかった――、そう気づいたのは、叫んだあとで、
ミユキは鬼のごとき形相でタカシを睨んでいた。
売り言葉に買い言葉。
ミユキもミユキだが、タカシもタカシだ。
どちらもが、ショウタを叱る権利も庇う権利もないのである。
凍るような空気の中、二人の対峙は続く。
大人二人の気迫に泣き声を上げるのはシュウだけで、
揉め事の渦中にあるショウタは、壁に叩きつけられた姿勢のまま俯いている。
どれくらいそうしていただろうか。緊迫した空気を破ったのは、意外なことにショウタであった。
覚束ない足取りで立ち上がったかと思うと、揉め事の一切への口出しを禁じられたアンドロイドに近づき、
その手を握った。
「体が痛くて、階段、上れない」
そう訴えられたアンドロイドは、自らショウタを抱き上げる。
「おやすみなさい……」
アンドロイドに抱えられ、抱きつくようにしていたショウタは誰に向けたのか、そう挨拶したが、
誰一人それに答える者はいなかった。
419 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:18:00.78 ID:3V4Wo66k0
深夜の大冒険によって疲れ果てていたのであろうシュウは、
ベッドに入って数分後には穏やかな寝息を立て始めた。
――改めて自覚した。
タカシはシュウのみを自身の子として認識し、
その一方で、ショウタについては近所の子供に対するほどの関心さえもないのだと。
ミユキに与えられた暴力、そして己が花街で犯した、なんとも恥ずかしい行動に対する後ろめたさで、
多少の心配は感じていたものの、それ以上の関心はあまりない。
そんな自分が不気味に感じたし、なによりも、ショウタの頭から『非道な父親像』を払拭し、
本の少しでも『いい父親』を演じたいという欲求があることに、自己嫌悪を覚えた。
自分の欺瞞を満たすためにショウタへの接触を図ろうとしている――、そんな自分がなによりも気味悪い。
だが、実母による暴力に耐え抜いた体がどんな状態であるのかが気になっている気持ちは決して嘘ではない。
いい訳めいたことを考えながらも、タカシはそんなことを思っていた。
例えば近所の子供が怪我をしたと聞けば、多少の心配はするだろう。それと同じだ。
シュウの眠る部屋で椅子に座し、そんな考えをまとめたタカシは、
その重い腰を漸く持ち上げ、隣の部屋へと向かったのだ。
なるべく足音を立てぬように、物音を立てぬように扉を開く。
部屋は、カーテンが開け放たれ、月が雲の切れ間から顔を覗かせていた。
まずアンドロイドと視線がかち合う。
しかし彼はなにも言葉を発さず、ただ何かを抱えたまま、ロッキングチェアをゆらゆらと揺すっていた。
月明かりを背負ったままのアンドロイドの目は少しだけけ光って見えたが、
人間であるタカシにはその姿が、『アンドロイドが何かの塊を抱えた姿』である、
とだけしか認識できなかった。
420 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:19:10.62 ID:3V4Wo66k0
「お前はお爺様が僕にくれた」
小さな声が何かを確認するように呟いたことにより、
アンドロイドが抱えたものがショウタであると理解する。
「そうですね」
「僕のものだ」
「はい」
穏やかに返事をしたアンドロイドはショウタの髪をすいているようだった。
「いつまで一緒に居られる?」
「私どもの耐久年月はその使用環境によって異なります。たんなる世話係としてならば、
短くても十年は正常に稼動するよう設計されております」
「十年か……。じゃあそれまで、そばに居て」
「仰せのままに」
「……それ、嫌だなあ……」
「どれ、ですか?」
椅子の動きに合わせて、ショウタの足先がゆらゆらと揺れ動く。
開け放たれた窓から、少しだけ冷たい空気が入り込み、カーテンをふわりと躍らせた。
「……です、とかます、とか言う喋り方」
「と、申しますと?」
「もっとね、もっと……」
ショウタの声が小さくなり、アンドロイドの耳元に唇を寄せると、何事か呟き、
そして「駄目?」と尋ね返した。
アンドロイドが返答を返すのに、時間は差ほど掛からなかったことを鑑みると、
ショウタのお願いは、アンドロイドにとって何の問題のないものであったのだろう。
421 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:20:34.60 ID:3V4Wo66k0
「判りました。呼び名はなんと」
「ショウタでいい」
「かしこまりました。では、現時刻をもって、モードをショウタ様限定でFaterに切り替えます」
Fater Mode。
それは、アンドロイドがより親密に、文字通り、より父親らしくショウタに接するようになることを示していた。
暫しの沈黙が流れる。アンドロイドのモード切替には、少しの時間が要されるので、そのためだろう。
義父がショウタに送ったアンドロイドは、ショウタが未成年であるため、
保護者であるタカシやミユキの所有物であると言っても差支えがない。
しかし、名義人はショウタであるため、アンドロイドにとっての真の主人は、ショウタなのだ。
例えばタカシとショウタが同時に何かの仕事をアンドロイドに頼んだのなら、
どちらの作業を先にしても効率に問題が生じない場合においてのみ、
アンドロイドはまずショウタの仕事をこなしてからタカシの命令をこなすのだ。
繰り返すがアンドロイドの主人はショウタだ。
タカシがアンドロイドのモードを『警備』を優先するよう設定していただけで、
ショウタは誰の許可も要らず、いつでもそのモードを切り替えることができたのだ。
だが、ショウタはそれをしなかった。そのショウタが、モードをFaterへと切り替えた。
それはつまり――、タカシもミユキも、もうショウタには必要がないということなのだろう。
得体の知れぬ、澱のようなものが肺の辺りに巣くうのを、タカシは感じた。
罪悪感、嫌悪感、そして――?
正体不明のそれがタカシの胸に渦巻くのも知らず、アンドロイドは自動的な再起動を起こし、
そして簡易的な『ショウタの父親』として目を覚ましたのだった。
422 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:23:07.72 ID:3V4Wo66k0
アンドロイドがショウタに向かって何事かを囁く。
そろそろベッドに入れ、だとか、眠れ、だとか、そんな話だろう。
「嫌だ。このままがいい」
駄々をこねるようにショウタがすねた声を上げる。
それに少しばかり呆れたように溜息を吐いたアンドロイドは――、溜息を吐くフリであるが――、
「まったく」と呟き、そして指先を伸ばしてショウタの頬に優しげに触れる。
慈愛に満ちた触れ方は、子供に接する父親そのものだった。
「やだ。今日はこのまま抱っこしていて」
「風邪を引く」
「大丈夫だよ。お願い」
「……今日だけだよ」
素足のつま先の冷たさを検知したのか。アンドロイドの手が、ショウタの足の先を包み込んだ。
「……ふふ……」
「何で泣いている。どうした?」
「……なんでもない……あったかくて、安心しただけ」
胸の内に立ち込めた罪悪感に、呼吸が薄くなるのをタカシは感じていた。
足が震える。指先が冷たくなる。呼吸が苦しい。
おそらくショウタは、ずっと『それ』が欲しかったのだろう。
自分を、自分だけを愛してくれる『親』が。
ただ年相応に甘えられる、その年齢の子供ならば当然にように甘えられる相手が。
423 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:24:04.05 ID:3V4Wo66k0
酷いことをしていた自覚は合った。
ショウタの存在をどうしても受け入れてやれない狭量な自分を必死で誤魔化し、
『自分は間違っていない』と肯定する自身がどれほど醜いのか、
そして、仕方なしに親の代用品を自ら用意したショウタに対して、
償いたいだとか、改心しようなどと、微塵も思えない自分も、嫌と言うほどに自覚したのだ。
しかし、ただそこにあるのは、自分を恥じる気持ちだけで、ショウタに対する気遣いは殆ど生まれない。
どこかおかしい自分を、タカシははっきりと自覚している。
どう頑張っても、息子だと思えるのはシュウだけで、姉と自分の遺伝子を受け継いだ、あの子供だけなのだ。
タカシの父性の全てはシュウの為にある。
一筋でも、たった一滴でも、それらをショウタに分け与えてやれる余裕がない。
ただただ、居心地の悪さだけを自覚する。
いたたまれなくなったタカシは、そっと扉から遠ざかったのだった。
424 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:27:18.08 ID:3V4Wo66k0
翌朝の食卓にはすでにショウタがおり、その脇には父親然としたアンドロイドが座っていた。
と言ってもアンドロイドは当然食事をしないのだから、
彼は『息子』であるショウタが椅子に座するのを観察し、
食事に手をつけようとするのを見守っているだけだった。
ミユキはまだ起きていない。
と言うことは、食事を用意したのはアンドロイドのかもしれない。
パン、サラダ、スープ、チーズ。なんの変哲もない食事であるが、
ショウタは軽くトーストされた食パンを一度手にし、どういうわけかそれを皿の上に戻してしまった。
「手が痛い。一人じゃ食べられない」
タカシは思わず息を飲む。
肺に空気を詰めて栓をする音が、いやに大きく響いて聞こえたのはタカシの自意識過剰だろうか。
タカシがそこに居ることに全く関心を寄せず、
ショウタはアンドロイドへと視線を真っ直ぐに向けて言ったのだった。
「そんなことはないだろう。腕に炎症は見られない。痛むのは背中のはずだよ」
人類と殆ど変わらぬ見掛けを有したアンドロイドが、ショウタの丸い頬に触れて眉根を寄せた。
「嫌だ、食べさせて」
ショウタは頑なに言い張り、『お願い』を曲げる様子がない。
「仕方がないね、お皿を貸して」
ショウタは、タカシがそこにいることに気づかぬ素振りをし、そしてアンドロイドに甘えて見せた。
存在を無視されている、と言うことだろう。
425 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:29:43.97 ID:3V4Wo66k0
ショウタはアンドロイドがちぎったパンを小鳥のように食べ、
スプーンに掬ったスープを差し出されれば、赤子のようにそれを口に含んだ。
今まで、誰にも構ってもらえなかった時間を取り戻そうとするかのように、
ショウタはアンドロイドに甘えきっていた。
「もうお腹はいっぱいになった?」
粗方のメニューが消費されると、ショウタはその問いかけに首を縦に振った。
アンドロイドは父親業の一部として、ショウタの口の周りを拭ってやる。
ショウタの年齢からすれば、それはひどく甘やかされた行為であったし、
ショウタにしても、他人が目にすれば、甘えが過ぎた行動であろう。
だが、ショウタは未だ嘗て、誰に対してもそれをやってもらうことなく成長をしたのだ。
面倒を見てくれるアンドロイドは、普段住まっている家にもいたことだろう。
だがそれらは、赤子であるショウタの面倒を小まめに見てくれはしたのだろうが、
それはショウタがなにもできない赤子であったからであって、成長して行くに従い、
次第にその世話は最低限度のものに留まって行ったに違いない。
最低限度の世話に、最低限度の接触。
当たり前だ。ショウタの家に設置されていたアンドロイドは基本的に警備に特化したものであって、
最近よく見るタイプの、警備・介護・親、などとモード変更できるものではなかったのだから。
「こら、離れて。食器を洗えないよ。歯磨きをしてきなさい」
シンクに立ったアンドロイドにやんわりと注意されても、
ショウタはアンドロイドの背中に張り付き、腰に腕を回して離れない。
歯磨きの仕上げはしてくれ、などと『お願い』を口にする始末だ。
ショウタは子供っぽいお願いを幾度もする。
その度にアンドロイドは「仕方がないね」などと言いながらも、
ショウタの『お願い』と言う名の『命令』を受け入れるのだ。
アンドロイドは基本的に、人類に害が及ぶような命令でなければ受け入れるようにプログラムされている。
モードが『親』であった場合、仕える子供の成長に大きな問題が起きないようならば、
同じく命令を受け入れるのである。
426 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:32:01.10 ID:3V4Wo66k0
細い腕が、アンドロイドに甘えて巻き付く。
アンドロイドのシャツを引っ張って、顔を埋める。
無機質なそれからなんの体臭もしないはずであるが、
幼子が母の匂いを嗅ぐ様に、ショウタはそんな仕草をして見せた。
どこに行くにもアンドロイドと手を繋ぎたがり、
アンドロイドが頬に触れるたびに、恥ずかしそうに少しだけ口許を緩ませるのだった。
紛い物の愛情でも、ないよりマシだと気づいたのか、或いは、紛い物ではないと信じているのか。
――ショウタの甘えは、時間を追うごとに酷くなって行った。
アンドロイドと離れるのを嫌がる。少しでもアンドロイドの姿が見なくなると探しに行くほどになったのだ。
誰も咎める者はいない。咎められない者と、咎めることが面倒に感じている者しか居ない。
タカシには咎める権利がない。
シュウが執拗にアンドロイドを求めるようになったその責任の1/2ほどは、タカシにあるのだから。
異様なショウタの変化に、シュウも戸惑っているようだった。
シュウが何事かをアンドロイドに話しかけようとすれば、ショウタはそれを酷く嫌がり会話に割って入るのだ。
シュウにはアンドロイドに触れさせない、近づかせない、そして決して会話をさせない――。
ショウタから向けられる感情が悪意であるとシュウが自覚を深めるにはそう時間は掛からず、
花街への出奔から三日後ほど経つころには、シュウは完全にアンドロイドから遠ざけられていた。
顕在化した悪意は、ショウタを落胆させるには充分な威力を持っており、時間が経つごとに、
シュウの顔からは笑顔が消えていったのだった。
「お父さん……」
シュウが雑務をこなすタカシへと、そろりそろりと近づいてくる。
シュウの変化はアンドロイドを『自身の所有物である』と主張することだけに留まらず、
シュウの存在を無視するにまで至っていた。
こんな辺鄙な何もない土地で、遊び相手を同時に二人――、
正確には一体と一人だが――、を失ったシュウのストレスもそれなりに限界まできているようだ。
庭に視線を向ければ、昼過ぎから先ほどまで、アンドロイド相手によく判らない遊びを繰り返していたショウタは、
疲れてしまったのか、木陰の下で丸くなって眠っている。
水平のような、セーラーにハーフパンツ。それらの服装の基調となっている白色が、眩しかった。
アンドロイドの胡坐の上で猫の仔のように丸くなって眠る姿は、まるで人形か置物だ。
427 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:38:22.96 ID:3V4Wo66k0
「僕、ショウタ君に何かしたかな……」
新しい生を受けてからのシュウは、マンションに殆ど缶詰状態で外に出ることはなく、
当然友達も居なかった。
そんな理由から、シュウはショウタの存在をとても喜んでいたし、
その新しくできた友人と、それなりに仲良くなれたと思っていたようなのだ。
だが、ショウタは突然変わった。
突然の変わりように、シュウはなにが起こったのかまるで理解できず、戸惑うばかりであった。
大人の都合によってショウタは捻じ曲げられ、シュウにそのとばっちりがいった形なのだから、
タカシもタカシで「たまたま機嫌が悪かっただけだろう」と曖昧に言葉を濁すしかないため、
ますます理解できずにシュウは苦しんだ。
兄弟なのだ。遺伝上の関係は異母兄弟と言うことになるが、
兄弟同士で仲良くできるのならそれに越したことはないが、
それを実現不可能とさせてしまったのは、主にタカシだ。
おいで、と自分の膝を開けて促すと、シュウは躊躇なくタカシの膝に収まった。
「……僕、やっぱりショウタ君に謝らないといけないと思う」
「なにを?」
「……花火が鳴っている場所に行こうって言ったの、僕なんだ」
でもショウタ君はショウタ君のママに本当のことを言わなかったからたくさん怒られちゃった。
シュウはそう続けると、膝の上で俯いた。
シュウに落ち度はない。少なくとも、ショウタのシュウへの態度が変化したことに関しては。
そうなるように仕向けてしまったのは、寧ろタカシなのだ。
それを思うと、シュウに対する後ろめたさに胸が重くなるのを感じた。
「……やっぱり謝ってくる」
「シュウ、」
シュウは返事も待たずに、飛び跳ねるようにしてタカシの膝を去っていく。
428 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:40:19.64 ID:3V4Wo66k0
待て。
そう声を出した時には『平気だよ』と言う言葉を残し、彼は素足のまま庭へと駆けて出していた。
タカシは立ち上がったまま、為すすべなく成り行きを見守るしかない。
安易にショウタへと近づくことは、流石に憚られる。
シュウはあっという間に木陰に辿り付き、
彼らを見下ろすような姿勢のままでアンドロイドに何事かを話しかけ始める。
何の変哲もない、アンドロイドと人間の子供の自然な会話だ。
だがタカシは明らかに焦り始めている自身を自覚していた。
今、ショウタの神経は尖っている。シュウがアンドロイドに近づくことを良しとはしないはずである。
アンドロイドはシュウに向かって顔を上向かせ、何某かの返答を返している。
その様子にさえ不安を覚え、タカシは庭用のサンダルへと足を突っ込み、
二人と一体へと少しずつ近づいていった。
「いえ、調子が悪いということはありませんよ。ただ、ショウタは少し気が立っている。
そっとしておいて貰えると助かります」
アンドロイドが『困り顔』を作ってそう言った。
ショウタの感情の起伏、それが起こる際の状況を全て重ねて総合的に判断し、
アンドロイドは答えを導き出した上で、シュウを自分たちから遠ざけるよう、やんわりと懇願した。
「でも僕、ショウタ君に謝りたいんだ」
「申し訳ありません、シュウ様。今、ショウタには謝罪を受け入れるだけの余裕がありません。
どうかそっとしておいてください」
困り顔のままそう続けるアンドロイドに、シュウは少しばかり不満そうな顔をしている。
ああ、まずい。タカシがそう思ったのは、シュウの不満をその表情に感じたのと、ほぼ同時のことだった。
アンドロイドの膝の上、小さく丸々ショウタが、かすかに身じろぐのが視界の端に確認できたからだった。
「シュウ」
慌てて我が子――、タカシが頑なに唯一の息子と認識するシュウだ――に近づき、
その肩を自分の方に引き寄せる。だが、その行動は、少々遅かったようだ。
429 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:42:08.20 ID:3V4Wo66k0
ショウタが手の甲で目を擦り、ゆっくりと意識を浮上させる。
幼い、どこにでもいる子供の仕草だ。
続いて、自身がどこで眠っているのか完全に忘れていたのであろう、
一瞬だけアンドロイドの姿を探すように視線を彷徨わせ、
そして見つけた『自分の父親』に笑いかけた――、
のは、本の少しの間だった。
寝起きの幼子のぼんやりとした、いっそ可愛らしいとさえ思える表情だが、
それは瞬時に凍りつき、たちまち不快感を露にした、悪意ある表情に作り変わったのだった。
ショウタが舌打ちをしなかったのが、意外に思えるほどに、
その感情の変化に伴う表情の移り変わりは露骨なもので、そして大人びて見えた。
シュウから目を逸らし、アンドロイドの首に腕を回してへばりつくと、
「部屋に戻りたい」とショウタは硬質な声で告げる。
彼の怒りを察知したアンドロイドも、それに文句一つ言うことなく「判った」と短く返事をし、
すっくと立ち上がったのだ。
「ショウタ君、待って!」
幼い声が、必死で『友達』に呼びかけるも、しかし呼びかけられた本人はそれを許すはずもなく、
シュウの存在にまるで気づかぬように、ショウタは無視を続ける。
アンドロイドも当然のことながらショウタの意志を尊重し(なにせアンドロイドにとってショウタは主だ)、
彼によって下された命を遂行するためにショウタの部屋を目指して歩き続けた。
広い庭だと言っても、所詮は普段使いではないセーフハウスだ、広さなどたかが知れている。
シュウは走り、そしてアンドロイドを捕まえるべく腕を伸ばした。
幾度かそんな攻防は続き、シュウが漸く掌を捉えたところで、アンドロイドの歩行は止まったのだった。
430 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:44:19.50 ID:3V4Wo66k0
「捕まえた! あのね、ショウタくん、僕、ショウタくんに謝りたいことがあるんだ」
シュウは短い駆けっこによって乱れた呼吸を整えながら、自身のはるか上に居るショウタを見上げた。
シュウの右手はアンドロイドの右手を、左手は息を整えるべく、自身の胸に添えられている。
おっとりとしたシュウの表情に対して、ショウタの目は怒りに燃えていた。
――危険だ。そう本能的に察知したタカシはシュウに近寄り背後に回る。
「ショウタ、あのな」
取り繕うように、殆ど呼んだことのない名をタカシが口にした時だった。
「うるさい!! 僕の名前を気安く呼ぶな!!」
ぴしゃりと冷たい声が浴びせられる。
子供らしさの一切含まれない怒声に似た声は、ひどく冷たく、そして刺々しく鼓膜を振るわせた。
あまりにも冷ややかな声音は、タカシとシュウの動きを拘束させるだけの効果が充分にあった。
あまりにも子供らしくない。あまりにも冷たい。
ショウタをそう変えてしまったのは、紛れもなくタカシと言う遺伝上の父親だ。
遺伝上――、この期に及んで、タカシはそんな枕詞をつけたがる。
ほぼ強制的に父親にされてしまったわけではあるが、それでも、こんな風になってしまった子供一人を目の前に、
今でも『遺伝上』などとつけたがるのタカシは、どうかしているのかもしれない。
「下ろして」
アンドロイドの腕に抱かれたままだったショウタは、冷淡にアンドロイドへと『命令』した。
お願い、などと可愛らしいものではなかった。
アンドロイドが軽く身をかがめると、ショウタはそこから飛び降りるようにして芝生の上へと降り立った。
431 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:45:42.03 ID:3V4Wo66k0
「ショウタ、君」
シュウの声が乾ききっている。アンドロイドの手に触れたままの右手にショウタの視線が移される。
と――、パン、と弾けるような音が響き渡ったのだった。
ショウタが、シュウの手を思い切り叩いたのだ。叩き落した、と言うのが正解だろうか。
「勝手に触るな」
冷ややかな声音は、タカシに向けられたものと然して変わりない。
「これは僕のだ。お爺様が僕に下さった。何故お前が勝手に触る」
「ショウタ」
窘めるように声を掛けたのは、アンドロイドだった。
アンドロイドは怒りに震えるショウタの肩にやんわりと触れるが、
それは彼の怒りを静めるほどの効果はないようだった。
「落ち着きなさい、ショウタ。ショウタ、こっちを向いて」
父のように、母のように、アンドロイドは冷静に、穏やかに声を掛けた。
ショウタはゆっくりと振り返り、自身の『父親』を見上げた。
「落ち着きなさい、ショウタ」
繰り返される声に、ショウタの表情が徐々にあどけないものへと変わっていく。
「ショウタ、大丈夫だから。私はショウタのものだ。心配ない。他の誰のものにもならない。
判っているだろう? 大丈夫、深呼吸をして」
ショウタと視線を合わせるべくしゃがみ込んだアンドロイドは、あやすようにポンポンと幼子の腕を叩く。
一定のリズムで繰り返されるそれに、ショウタは冷静さを取り戻しつつあるようだった。
緊急セラピーだ。モードが『親』に設定されている場合、子の怒りや悲しみに応じて、
アンドロイドはこうして、子が落ち着くまで簡単なセラピーを行うのだ。
他者との衝突を避け、他の子供の親からクレームを受けるのを避けるよう誘導する。
それもアンドロイドの仕事の一つだ。
432 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:47:28.08 ID:3V4Wo66k0
「大丈夫、いい子だ。ショウタはいい子だね。大丈夫」
頬に手で触れ、額同士をくっ付ける。親子のようなスキンシップに、ショウタの呼吸は整えられていく。
気味の悪い光景だった。
ショウタはセラピーを、そうとは思わずにアンドロイドから与えられる『愛情』と認識しているに違いない。
彼は、完全にアンドロイドへと依存している。
そするしかなかった子供に対して、気味が悪いと感じてしまう自分自身もまた、気味が悪い。
タカシは目を逸らし、二人を――、
あれはもう、ショウタにとっては『一体』ではない。完全に『一人』と化している――、
視界に入れぬよう努力した。
「少し体温が高くなったね。でも大丈夫、すぐに落ち着く筈だ」
「うん……」
「よし、気持ちは落ち着いたね。いい子だ。シュウ様に謝って」
「嫌だ。僕のものに勝手に触った方が悪い」
「ショウタ……」
謝罪を再度促すのは得策ではないと感じたのか、ただ短く、「では、部屋に戻ろう」と告げたのだった。
「うん……」
部屋に戻ることを了承したはずのショウタであるが、しかしアンドロイドに手を引かれるも、
彼の足は強張り固まったままだ。
「ショウタ、どうした? 足が緊張してしまったかな?」
「……だっこ」
「また、そんな風に甘えて」
「だっこして、『お父さん』」
お父さん、の部分は小さくてなんとも聞き取りづらかったが、しかしショウタは、確かにそう発音した。
433 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:49:25.48 ID:3V4Wo66k0
――お父さん。
シュウが呼びなれているその呼称を、ショウタはこれほどまでに遠慮がちに口にする。
それも、タカシに対してではなく、紛い物の無機質な父親に対して。
通常、アンドロイドに対して、ここまで依存する子供は少ない。なぜならばアンドロイドは、
あくまでも子守を担当するだけのロボットだ。親が仕事でいない時間だけの、子守。
だがショウタにとってはそうではない。ショウタには、アンドロイドしか居ないのだ。
その紛い物の父親を得たのもつい最近のことで、彼には生まれてこの方、父親は居なかった。
いや、母親でさえも、居なかったのだ。
ミユキはあれほどショウタを、男児を望んでいたにもかかわらず、
生まれてしまえば面倒の一切を放棄していたと聞く。
怪我をしようものなら烈火のごとく怒り散らす割りに、
命の危機が訪れようものならこうして山奥へと避難する割りに、
彼女はショウタの面倒を全くと言っていいほど見ない。
ちぐはぐな行動は、タカシをも大いに混乱させるほどだった。
幼いショウタがどれほど混乱を来たしているかなど、想像するに難くない。
今ここに来て、漸く――、遅すぎるとは思うが、タカシは『後悔』を覚えた。
自分の意地が、自分のどうしても曲げられてない思想が、
一人の子供をおかしくしている事実に『後悔』を覚えたのだ。
きっとこの先、ショウタはこのままだろう。
例えば今、後悔を覚えたタカシが、急激に父親らしく接したとしても、
おそらくショウタは受け入れることはないだろう。
それだけのことをしてきた。そうならざるを得ないように接してきた。
ショウタのアイデンティティを、グチャグチャに歪なものへと成長させたのは、
どう考えても出来損ないの親二人なのだから。
434 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:50:54.03 ID:3V4Wo66k0
「お父さん……?」
疑問符をくっ付けそう呟いたのは、シュウだった。
なんともタイミングの悪い呟きだ。
おそらくシュウには悪気はない。ただ、疑問に思っただけなのだ。
何故自分の友達が、『機械』をお父さん、などと急に呼び始めたのか。
ただただ子供らしい、無邪気な疑問であったはずだが、
ショウタにそれを理解できるだけの心の余裕もなければ、
それを柔軟に受け止められるだけのバックボーンもない。
ただただ単純に、『馬鹿にされた』と。
父親のない自分を、恵まれた子供に馬鹿にされたと。
父親に愛されなかった過去を、恵まれた子供に馬鹿にされたと。
そう反射的に捉えたに違いない。
ショウタの足を包む、小さなスニーカーが地面を蹴った。
ふわりと体が浮き上がると同時に、彼の胸元の短いネクタイも上向きに浮き上がる。
小さな拳は握られ、余程きつく握り締めているのか、真っ白だ。
あの拳は、シュウに間違いなく激突するだろう。
タカシはシュウの腕を引き寄せ彼の体を芝生の上に引き倒し、自分が盾になるようにシュウの前に出た。
目を瞑り、衝撃に備える。
子供の力などたかが知れているが、それでも子供の本気はそれなりの痛みを伴うつもりだ。
抵抗するつもりはない。タカシは『後悔』しているのだから、それを甘んじて受け入れるつもりでいた。
所が、その衝撃はいつまで経っても訪れず、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、
そこにはアンドロイドに細い腕をつかまれた状態のショウタがもがいてたのだった。
435 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:52:50.23 ID:3V4Wo66k0
「離して!!」
猛獣のように、怒りをむき出しにしたショウタは、アンドロイドの拘束を解こうと体をばたつかせている。
「離してよ! 離して!」
「離さない。今、君は、シュウ様が怪我をしかねない暴力を振ろうとした。
怪我を負わせること、それは最悪の場合、君が社会的制裁を受ける可能性が大いにあることを示している。
『父親』としては、それを見過ごすことなど到底できない」
「なんでだよ! なんで!!」
「暴力を振ることはよくないことだからだ」
「僕は今までずっと虐められてきた! 『こいつ』に無視された! 『こいつ』は僕を殴ったりしなかったけど、
いっつも僕を汚いものを見る目をして睨んだ! 僕が何をしたの!?
なんで、なんで僕だけこんな目に遭わないといけないの! なんで……!」
ショウタはなんでなんでと、駄々っ子のように繰り返す。
こいつ、とはタカシのことを指しているのは間違いないだろう。
ここまで情動を明確に表現するショウタの姿は初めてで、タカシは息を詰めて様子を見守った。
ショウタは、いつでも遠慮がちだった。いつでもそっとタカシを見つめ、タカシがその視線に気づく頃に、
やはりそっと視線を外したのだ。
いつでも、控えめにタカシを求めていた。
愛してくれない父親を、求めていたのだ。
「理論が破綻している。仮に報復が許されるとして、ショウタ、君が報復活動を行うべき相手はタカシ様だ。
決してシュウ様ではない」
「こいつ、今僕を笑った!」
「笑ってなどいなかった。彼は『お父さん?』、そう口にしただけだ。
おそらく彼は、君が私のことを何故急に『父』と呼び出したことについて純粋な疑問を抱いたに過ぎない」
「でも、でも……!」
「ショウタ、落ち着いて。君の思考力は、私が計測したところ、+五歳ほどは大人びている。
私がなにを言っているのか、判らないはずはない。
また、感情の赴くままに暴走するほど愚かしい性格でもないはずだ」
436 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:54:02.76 ID:3V4Wo66k0
「……なんで僕の味方になってくれないの……なんで……」
ショウタの瞳が、見る間に潤んでいく。
小さな頬を、その塩水が濡らすのは時間の問題のように思われた。
――ああ、泣いてしまう。
タカシは居心地の悪さと、後悔に押しつぶされそうになりながら、
その涙が溢れるのを待つようにして見守っていた。
「なんで、誰も僕だけのものにならないの……」
「私は君の味方だ。なぜならば、君は私の主であるのだから、君の人生がより明るいものになるよう、
最悪の選択をしようとした場合は阻止し、できる限り君を導き、共に存在することを約束しよう」
「違う……違うよ、そうじゃないよ……」
嗚咽を含んだ声で呟きながら、ショウタは首を振った。
「違う、とは? 私はアンドロイドであるため、君の感情を明確に推し量ることはとても難しい。
ハッキリと『何』が『どう』違うのか、口に出して示して欲しい。
そうすれば、もしかしたら君が望む答えを私は用意できるかもしれない。
だた、それが君の望みに百%適うものではないかもしれない、と言うことは心に留めておいてほしいと思う」
「選択の手伝いなんて要らないよ……そうじゃない、僕が欲しいのは、僕が欲しいのは……、」
「ショウタ? それでは判らない。ショウ、」
「もういい」
アンドロイドの言葉を遮るようにして、ショウタは『もういい』と宣言し、そして乱暴に涙を拭った。
まるで泣いてしまった自分を恥じるような行動だ。
ショウタは唐突に行動が切り替わる。それはまるで――、ロボットのように。
437 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:56:02.98 ID:3V4Wo66k0
「もういい、とは?」
「お前はアンドロイドだ。結局、僕の味方はどこにも居ない」
「ショウタ、私は君の味方だ」
「偽物だ! 結局お前は、偽物だ! 僕のお父さんじゃない!」
「君の遺伝上の父親はタカシ様であることは間違いない。
ただ、タカシ様とシュウ様の親子としての接触を百%として計測した場合、
君とタカシ様の接触は場合、一%以下であることは、私のここ二週間強の観察で判っている。
形だけのものとは言え、父親として接触している時間は私の方が格段に長い。
それでも父親ではないというのなら、仕方がないとも思う。
なぜならば私は所詮マシンだ。遺伝的な繋がりを君と持つことは未来永劫不可能なことだから。
君がもう私を必要でないというのなら、モードを警備に切り替えても構わない」
「……僕は誰にも必要とされない。お前だって、主人は僕でなくてもよかったはずだ。
僕が主人として登録されているから、僕のお父さんのようなものになってくれるだけで、
それはホンモノじゃないし、僕のことを好きなわけでもない。誰でもいいんだ」
「残念ながら、ショウタと私の関係は、確かに私にインプットされたものによることが多く、
それによって私は君を『子』と認識し、父親を演じるように命じられている。
自発的に君に愛情を抱くことは難しい。それは確かなことで、私にもどうすることもできない。
しかし、君が私を必要とするのなら、私はいつまでも君のそばに居ることができる。
心変わりはしない、君を不要に思うことも、邪魔に思うこともない。
君が望む限り、私が故障しない限り、同じプログラムで遂行し、
人間の言うところの『愛情』に良く似た態度で、君に接することを約束しよう」
アンドロイドは人のように心変わりをすることがない。
未来永劫、自身が故障するまで忠誠を誓うのである。
お前のように子を愛せぬ白状者よりマシだ――、そう批判されたようで、タカシは思わず奥歯を噛み締めた。
おそらくその微細なタカシの行動でさえ、アンドロイドは把握しているはずであるが、
しかし果たしてその意味まで理解できているかどうか。
理解しているのならば性質が悪いと感じるが、
幼子を相手に冷ややかな態度を取り続けた自身の方が余程性質が悪いのだと、タカシはもう知っている。
いや、漸く心の底からそう感じることができた、と言うべきか。
だからこそ、アンドロイドに会話を切り上げさせることができなかったのだ。
438 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 21:58:33.21 ID:3V4Wo66k0
「それは僕が死ぬまで?」
幾分か冷静さを取り戻した声音で、ショウタは問うた。
「残念ながら、以前ショウタに伝えたとおり、私たちの耐久年数は十年程度とされている。
ショウタの寿命には遠く及ばない。しかしその十年を私は、」
「僕はすぐに死ぬ」
アンドロイドの言葉を遮り、ショウタはぽつりと言った。
「僕は、どうせすぐに死ぬ。だから、十年もきっと必要ない」
「ショウタ、その言葉は理解できない。君は健康だ。事故ならば私がいくらでも防ごう。
先の大戦の影響で酸素の汚染が進んでいるとは言え、君は飲料水も汚染が低いものを飲んでいる。
この生活を維持すれば、少なくとも君はあと五十年は生きることができるだろう」
「僕は大人になるまでに死ぬ。殺されることが決まっている」
ショウタの頬から、拭ったはずの涙が再びポロリと零れ落ちた。
アンドロイドはそれを親指で拭き取っているが、至極冷静だ。
突然の告白に、タカシは大いに戸惑っていた。
ショウタが何を言っているのか理解ができぬのは、アンドロイドだけではなく、タカシも同じだ。
「ショウタ、君は健康だ。自暴自棄になるのはよくないことだ」
「違う……違うよ、そういうことじゃない。僕は殺されることが決まっている」
「ショウタ、意味が判らない。人には未来を予知する力はない。勿論私にも。
なにか君は妙な固定観念に囚われている可能性がある」
「……僕は、殺されるために生まれてきた」
いつの間にか、太陽が傾き始めている。
そろそろ夕方だ。
オレンジ色の光りが、ショウタの頬を照らしていた。
泣き、喚き、怒る。
そんなショウタの表情を、タカシはこの日殆ど始めて目にしたのだ。
遺伝子の半分を分けた我が子の豊かな表情を、この日、初めて目にしたのだ。
その中に笑顔が含まれていないのは、明らかにタカシやミユキの責任で、
今更その咎を負うことができるのだろうか、などと、
タカシはその場にそぐわぬ、実にぼんやりとした思考で、しかし、今更ながら考えていたのだった。
439 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 22:03:28.53 ID:3V4Wo66k0
夕日を、雲が隠す。
ショウタの顔も薄暗い周囲に紛れていく。
「僕は、イショクされるために生まれてきた」
イショク、とは移植だろうか。しかし、それでもショウタの言葉の意味が判らない。
だが、タカシの背筋を冷たいものが伝っていくのを感じた。
「僕はお母様に、小さいころからずっと聞かされてきた」
異常な空気に、隣にいるシュウが、指先に力を込めて己の手を握り締めてきたことにも、
タカシは漸く気づくが、そちらを向く余裕はない。
ただジッと、今までだってそんなことをしたことはないと言うのに、ショウタを見つめていた。
「僕は、そいつの――、『タカシさん』の脳を移植するための器だって」
冷たい風が吹いた。
この場に居る人間の体温を奪うような、冷たい風だ。
「僕は、『タカシさん』の脳を移植するためだけに生まれてきたんだ」
嗚咽が聞こえる。泣いているのは、シュウか、それともショウタか。
完全に広がった薄闇に目が慣れることができず、子供たちの様子を窺うことができない。
月が昇るまで、どれほどの時間が掛かるだろうか。
そして暫しの沈黙が訪れる。
「僕は、誰にも愛されていない。でも、お前がお父さんになってくれて、少しだけ嬉しかった」
寂しそうに呟いたショウタが、
アンドロイドに自身の『親』であること、さらには『警備』も解除することを宣言した。
為すすべなく誰もがショウタの行動を見守っていた。
「ありがとう。お父さんになってくれて、本当に嬉しかったよ。
お父さんじゃないなんて嘘。大好きだよ」
しゃがんでいた微動だにしないアンドロイドの首に腕を巻きつけ、一度だけ抱きついたショウタは、
鼻先を首筋に埋めるようにした後、すぐさまその腕を名残惜しそうに解き、そして――、微笑んだ。
モードの切り替えには時間が要される。アンドロイドはその間、身動きが取れぬのだ。
「ショウタ!」
タカシは思わず叫ぶが、しかしショウタは一度もタカシを振り返らず、フライボードを掴むと闇の中に消えていった。
追うものは誰も居ない。
――お父さんになってくれて、嬉しかった。
耳に木霊するのは、幼くて、だが妙に大人びた――、いや、大人にならざるを得なかった子供の、悲しい声。
空に昇った月は、少しだけ欠けた歪なものだった。
440 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2015/12/22(火) 22:04:33.03 ID:3V4Wo66k0
今日はここまで
いつも保守ありがとうございます
よいお年を
441 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/26(土) 00:23:32.24 ID:qvF5Ec+60
お疲れさまです!
せつなすぎる…
今年も、読み応えのあるお話をありがとうございました。
続きも楽しみにしてます!
442 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2015/12/27(日) 11:17:01.43 ID:dpPiJDA80
ストーリーも描写もすごいですね
最後までがんばってください
あと◆OfJ9ogrNkoさんの他のお話があったら読んでみたいです
443 :
以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします
[sage]:2016/01/04(月) 07:01:08.94 ID:d/jYH/pSo
似たようなSSを読んだ気がする
444 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/01/07(木) 01:40:37.27 ID:hlu/J5WG0
fatherのスペル間違っていて死ぬほど恥ずかしい……
何故間違えた
恥ずかしい
まとめてで失礼
vipでその場で推敲もなしに書いていたのが何作かあります
ピクシブに自分でまとめてあるけれど、あまりにも誤字脱字が酷いので
そのうちまとめて清書して再度上げる予定です
「似たようなSS」と言うのは、もしかしたらやはり自分の作品かもしれません
このSSのプロトタイプをvipに上げたことがあります
(タカシがアンドロイドを作る会社のCEOだったり、
ショウタが奴隷のままだったり、ミユキがタカシの姉だったり)
いずれのSSも全て完結済み、ショウタ・タカシ・ミユキだけで書いているはずなので、
ググれば出てくるかもしれませんが、本当に誤字脱字がこのSS以上に酷いのでオススメしません……
登場人物名は全て同じですが、中身は違う人物なので、アレ?と思うかもしれません
長々と失礼
あまりにもfatherが恥ずかしかったので
445 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage ]:2016/01/30(土) 21:44:17.89 ID:ZxHy5aDZo
たまたま見つけて半日かけて読んだわ…凄いね。世界観とか設定とか普通に小説に出来る
殺された女はミユキとは友達だったのかな。どっちも貴族だったから最初混乱した
そしてミユキのヤンデレぶりが怖い!実の子であっても適応確率は四分の一らしいけど
それはクリアしてるのかな。完全な被害者のショウタが可哀想だ。死んだお姉さんも
ミユキと義父を恨む気持ちはわかるけど、ぶっちゃけタカシにもかなり問題あるよなぁ…
446 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage ]:2016/02/01(月) 08:32:55.90 ID:XV4pC2dco
なんで俺がこんな目にって何度も言ってるけど全てはタカシが超絶自己中なのに起因してると思える
水製造機が戦争の火種になるってわかってるならある程度お金入った後に特許取って製造法を
公開すれば良かったのに一人で握りこんで戦犯扱いは当然。息子が殺された件もそもそも息子の存在が
過ちだし、幼馴染がアレなのもずっと半端に好意を利用してたからヤンデレた可能性もある
花街でショウタを忘れたのは他人なんかどうでもいいという本質の現れだと思う。普通は近所の子供だって
もう少し心配する。息子も息子として愛してるんじゃなくて姉の代替品として見てるだけだろうな
一般人ぶってるタカシより金に汚く孫が可愛い義父が一番普通の人間らしいというのがなんとも皮肉
長文失礼。分析しがいのあるSSだったので
447 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/02/27(土) 12:23:40.41 ID:0bakyugA0
もうクライマックスか〜長かったけど早く感じる
448 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/03/06(日) 01:05:32.56 ID:mO2C8zIj0
セルフ保守
保守、感想ありがとうございます
449 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/03/13(日) 23:52:00.20 ID:ZvDHFeH30
続きも楽しみにしてます
保守
450 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/04/12(火) 21:10:45.45 ID:2zqqqIcs0
ほしゅ
451 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:00:02.60 ID:R3zx0t5S0
再起動したアンドロイドは、ショウタを追おうとはしなかった。
ショウタ自らが命じた『警備』と『父親』の解除に伴い、
アンドロイドは彼を保護対象と見なさなくなったのだ。
アンドロイド自身にはショウタと接した記憶は残されているが、
今の彼にとって大切なのは第二の所有者であるタカシとミユキだ。
自動的に繰り上がった所有権により、タカシはアンドロイドの真の主となったのだった。
「おい、ショウタの居場所を教えろ!」
襟首を引っ掴んで問いただすものの、アンドロイドは先ほどから、
『お教えできません』の一点張りを貫いている。
「話題となっている児童Aは私の警備対照ではありません。
児童A自らが、私との『契約』を破棄しました。彼の居場所を私が探索するには、
彼との『再契約』が必要となります。それは、個人保護の法律を厳守するための行動であり、」
「お前、『児童A』ってショウタのことか……」
突然に、ショウタの存在は『児童A』などという無機質なものへと成り下がってしまった。
だから嫌なんだ、とタカシは口内で呟いた。
所詮プログラムが見せる幻だ。人らしく振舞うよう命じられているだけの、紛い物。
「俺はお前らのそういうところが嫌いだ!」
「『そういうところ』とは?」
生真面目にアンドロイドは問いかけるが、それとて『尋ねたい』と言う欲求からくるものではなく、
理解できぬことを取り敢えずは問いかけ直すよう組まれたプログラムに過ぎない。
「……もういい。シュウ、家に入りなさい。お父さんは今からショウタを探しに行かなくてはならない」
「え……」
不安そうに手を握り締め、シュウはタカシを見上げた。
「アンドロイドがいる。心配はない」
「……判った……」
判った。そう言いつつも、声は不安に揺れていた。
きっとシュウには、今現在なにが起こっているのか、殆ど理解ができていないはずだ。
『友達』であったはずの『ショウタ』が何故あれほど怒り散らしていたのかも判らないだろうし、
ショウタがどうやら『友達』ではなく『兄弟』であったという事実も、
理解できているのかどうかさえ怪しいところだ。
452 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:04:14.12 ID:R3zx0t5S0
しかし今はそれどころではない。一刻も早くショウタを探し出さなくてはならないだろう。
ショウタたちが始めて花街へと出奔した日、あの夜は満月で夜道も明るかっただろうが、
今日はそれほど月明かりが頼りになるわけではない。都会なら兎も角、こんな山奥の田舎では、
フライボードで夜間移動などしようものならば、木々の合間に落下し怪我をしかねない。
いや、もしかしたら最悪の場合は――、そこまで考え、タカシは首を横に振った。
最悪の事態を想定してばかりは居られない。兎に角、急がなくてはなるまい。
万が一ショウタの身になにかあったら――、あったら、どうすると言うのだろう。
タカシは思考の端に引っかかる、とても嫌な異物感に小さく舌打ちをした。
後悔はしている。心配でもある。
だが、それはどこから来るものなのだろうか。
タカシは自分自身が判らなくなってきている。
ショウタをどうしたいのか、ショウタとどうなりたいのか、
自分のことであるのにも関わらず、皆目判らないのだ。
アンドロイドを盗み見れば、彼は時折まばたきをしてタカシを見つめていた。
仕草は殆ど人間だというのに、彼は人間ではない。
ここまで人らしくあるのなら、いっそのこと感情があればいいのに、などと馬鹿げたことを思う。
彼らは体験した経験から行動を取ることはあっても、自ら思考することはない。
ユーザーの目には、あたかも思考しているように映るだろうが、それは経験に基づく行動であって、
己の『考え』を反映させているわけではないのである。
パターンにパターンを重ね、本来のプログラムの上に独自のパターンが生成されたため、
パターンとプラグラムに齟齬が生じ異常行動を取るアンドロイドも居るらしいが、
結局のところそれはプログラムとパターンであって、思考しているわけではないとタカシは考えている。
だが、例えばこのアンドロイドが、心からショウタを愛していたのなら――、
そうすればタカシがここまで思い悩むことはないに違いなかった。
堂々と役目を放棄できる。全てを丸投げすることができる。
アンドロイドがショウタの身の安全を案じ、そして追いかける。
アンドロイドが意志を持ち、それらの行動をとることができたのならば、タカシは何の心配もせずに済む。
愛せない、可愛いとも思えない、守らなくてはならないとさえ、思えない。
それでもショウタにタカシの代替品がいたのなら、きっとあの子供は――、
そこまで考え、タカシは唇を噛み締めた。
453 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:05:26.83 ID:R3zx0t5S0
「俺は馬鹿か……ッ」
アンドロイドが意志を持つことはない。
ならば、タカシが取るべき行動をひとつだ。
単なる偽善だ。それは判っている。タカシは悪者になりたくないのだ。
ショウタを無事確保したところで、彼が素直に帰ってくるとも思えないし、
おそらく彼は、そんなタカシを見透かすだろう。
悪者になりたくはない。ただ一つ、それだけの感情がタカシを突き動かしていた。
だが――、追いかけなくてはならないと、タカシは異様な焦燥に駆られながら考えていた。
その焦燥がどこから生じるものなのか、全く判らない。
「お前はシュウを見ていてくれ」
「判りました」
焦る様子もなく、アンドロイドは命じられたとおりにシュウの手を取り返事をした。
――忌々しい。
アンドロイドは、ショウタの姿がないことを、少しも気にしていない。
先ほどまで手を繋いでいたショウタが、あれほどまでに思慕をぶつけてきたショウタが、
だっこを強請ったショウタが、ここに居ない。
その事実を、アンドロイドは露ほども不安に思うことはないのだ。
この無機質さが嫌いだ。
「シュウに温かい飲み物を。それから、ミユキをシュウに近づかせないでくれ」
「何故ですか?」
「今は理由を話している余裕がない。これは『命令』だ。判るな?」
「……判りました。ミユキ様をシュウ様に近づけることがないよう注意します」
「注意ではない。厳守だ。ただしミユキに危害は加えるな」
「判りました」
アンドロイドは澄んだ目でタカシを見て返事をした。
またもや舌打ちが漏れる。
シュウの耳にも届いたかもしれないが、幼い息子に気を使ってやる余裕もない程度に
タカシは焦っていた。
454 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:10:14.18 ID:R3zx0t5S0
――泣いていた。
ショウタが、泣いていた。
おそらくずっと、ショウタはこっそりと泣いていたのだろう。
泣かせていたのは、大人の都合とタカシのつまらないプライドだ。
「クソ……ッ」
堪えきれずに悪態を吐く。
髪をかき回し、そして覚悟を決めて尻のポケットに収めてあった車のキーを握る。
よし行こう――、そう自分を鼓舞した時だった。
「煩いわねぇ、まったく」
暢気な女の声が、夜の庭に響く。
庭に面したリビングの大窓の前、庭に居る二人――、と一体に、
「なにごとなの」と女は不機嫌に尋ねたのだった。
「ミユキ……」
タカシはぽつりと妻の名を呼ぶ。
昼寝でもしていたのか、髪が少し乱れている。
あの騒ぎの中、よく眠れるものだと思う。
ミユキはショウタに関心がない。
ショウタの中身に用はなかったのだから、それも当たり前のことだろう。
ショウタは『移植されるための生まれてきた』と話していた。
『体』に危害が及びそうになれば狂ったようにその安全を確保しようとする。
それは、ショウタの『器』だけを彼女が欲していたからに違いない。
「お前、ショウタに何を吹き込んでいた」
「……何のことかしら」
女は一瞬こめかみを震わせて、しかし何事もなかったかのように微笑んだ。不気味な笑顔だ。
「もうすぐ自分は死ぬ、移植の為に生まれてきたと言っていた」
あら、とミユキは呟き、そして我侭を言う子供に手を焼く母のように眉を顰めた。
「あの子ったら。『内緒の話よ』って約束したのに」
「……なにを考えている」
「なにって?」
「お前は最初から、ショウタを利用するつもりだったのか」
女児は要らぬと堕胎を繰り返していたミユキの思惑を、タカシは未だに理解できては居ない。
タカシは永遠にミユキのものにならない。なるつもりはない。
もとより愛情などなかったが、溝が深まった今、顔を見るのさえ厭わしい。
「先に私を利用したのは貴方よ。私のことなんて、好きでもなかったくせに」
「――そんなこと、初めから判っていたことだろ」
その上で、ミユキはタカシとの婚姻を望んだ。子供さえ得られれば言いとさえ言っていたのだ。
確かにミユキの思慕に気づきながらも利用したのはタカシのほうだ。
だが、それに気づかぬほどミユキとて幼かったわけではないはずだ。
しかし、今はそんなことで言い争っている場合ではない。
この女が何を考えているのか判らぬが、まずはショウタを見つけねばなるまい。
「――ショウタが居なくなった。帰ってこないつもりだろう」
先ほどまで悠然と微笑んでいたミユキの表情が、スッと凍りつくのをタカシはハッキリと見た。
「探しに行く」
どこに、と女の声が尋ねたような気もしたが、
タカシはそれに返事を返すことなく車に乗り込みドアを閉じる。
タカシは車を発進させながら考えていた。
ショウタを見つけ出してどうするつもりなのだろう、と。
ショウタが拒否することも目に見えているし、縦しんば連れ帰ったところで、
ショウタはもう誰にも何も期待せず、心は押しつぶされ乾いたままだろう。
またタカシも、後悔をしていても、彼を可愛いと思えることはないだろうと確信している。
タカシにとっても、ショウタにとっても連れ帰る意味はないはずだ。ただひとり、ミユキを除いては。
ミユキはタカシの脳を移植するつもりらしい。
455 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:12:17.88 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿な女」
侮蔑と嘲笑を込め、言葉を吐き出した。
おそらく彼女は、タカシとショウタの移植の適合率が極めて低いと知らぬに違いない。
嘗て、様々な病によって失われた臓器は、大体パーツでも、生体パーツでもなく、
多くの場合、見知らぬ誰かのそれらによって補われたと聞く。
他人の臓器を移植するなどと言う信じがたいことが、医療として年に何件も行われていたのだそうだ。
適合検査はまず、ごく親しい身内から。
親兄弟、配偶者から検査を行い、それに適合しなかった場合、適合する赤の他人から貰い受けたのだという。
そんな背景も手伝ったのだろう、彼女は親子間の移植が、高確率で、殆どの場合可能であり、
かつ成功率も当然高いと勘違いしているに違いなかった。
おそらく、あのマッドサイエンティストが、何故タカシの嘗ての息子であった『あの子』を死に至らしめたのか、
その詳細までは知らないのだろう。
ミユキは女児が生まれることを厭っていた。
タカシが手出しをしないように――、そんなことを言っていたが、
なるほど、自分が『産み落とした器』にタカシを閉じ込めることが目的であったというのなら、
男児に執着した意味も判らなくもない。
彼女の目的は、『タカシを自分のものにすること』だ。意識はどうにもならなくとも、
魂たる脳と記憶を『自分の産んだ体』、即ちショウタに閉じ込めることは、
彼女にとって『タカシを自分のものにする』ことと同義なのだろう。
だが、それが果たして成功するかと言えば、
門外漢であるタカシから見ても成功率が極めて低いことは確実で、
ミユキの狂った計画が頓挫の道を辿ることは安易に知れた。
自分の産み落とした器にタカシを閉じ込める――、ぞっとするほどの執着に、吐き気を覚える。
だが今はそんな気持ちの悪い思惑に囚われている場合ではない。
ショウタを早急に見つけなくてはなるまい。
456 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:20:39.31 ID:R3zx0t5S0
誰にも必要とされていない――、
そんな残酷な真実を、この世に生まれて僅か数年の子供は、痛いほどに知っている。
父親からは邪険にされ、母親からは臆面もなく『入れ物』と呼ばれる。
そんな環境で育った彼は幸か不幸か、
アンドロイドによれば『情緒面が五歳分ほど発達している』のだという。
幼い子供ならば思いつかぬようなことを、ショウタがやってのける可能性も大いにあるだろう。
そう、例えば自殺。
タカシはそれをなによりも懸念していた。
闇雲に歩き回るつもりはない。
ショウタが引っ掴んでいったフライボードは、先日の出奔を期にGPS登録を済ませたところだ。
それを知ってか知らずか、彼がフライボードを小脇に挟んで行方をくらましたことは、
タカシにとっては幸いだった。
タカシはステアリングから手を離し、自動操縦に切り替える。
タブレットを立ち上げ、ショウタの現在地を確認すれば、やはり彼は花街の方向を目指しているようだった。
そもそも彼が足を運べる場所など、この周囲には花街しかなくて、懸念しているのは寧ろ行き先よりも、
そこに向かう道中の事故、或いは自殺だ。
一度目はなにもなかったかものの、二度目も無事に済むとは限らない。
何よりも今ショウタは、自棄を起こしかねない精神状態に置かれているのだから、
わざと操作を誤って転落事故を起こす可能性もないわけではない。
おおよその緯度経度をスピーカーに告げたのち、シートに深く沈み身を預ける。
ショウタの居場所を示すGPSは、一定の速度で細かに移動を続けていた。
点滅を繰り返すタブレットの光が、暗闇の視界に酷く刺激を与える。
457 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:25:14.20 ID:R3zx0t5S0
耳にこびりつくのは、ショウタの痛々しい叫びだ。
――少しずつ、自滅の道を辿っている予感があった。
シュウもいつまでも子供はいない。自分の出自をいつかは知るだろうし、
今の人生がいかにして与えられたかも、そのうち悟るだろう。
また、父親が、己の異母兄弟であるショウタにどんな残酷な仕打ちをしたのかも。
溜息が漏れる。
タカシの人生は、きっと全てが間違っているのだろう。
姉を犯したことも、この国を破滅に導く機械を作ったことも、姉との間に子をもうけたことも、
好きでもない女と結婚したことも、子供に優劣をつけ接していたことも。
人生の殆どが過ちで埋め尽くされている。
だが、果たして、綺麗で傷ひとつない、美しいだけの一生を送る人間などいるのだろうか。
人は自分の為に、時として人を殺すほどの我侭を通すイキモノではないだろうか。
タカシはヒーローではない。自身の生き様を大手を振るって肯定するつもりは毛頭ないが、
大きな何かを守るために、我が身を犠牲にできるほどの器もまた、持ち合わせてはいないのだ。
どこにでも居る、欲にまみれた人間なのだ。
ただ、我を通した代償が重すぎた。自分の身は然して痛くはない。
その重みを背負っているのが、ショウタであるのが問題なのだろう。
結局のところ、タカシもミユキも、ショウタへと同等の負担を強いている。
だが、そこまで理解しているくせに、頑なに愛してやることはできなかった。
それでも、泣かせてしまうほどに追い詰めたことは、後ろめたく思うのだ。
『タカシさん』
控えめに呼ぶ子供の声が木霊する。
タカシさん、と実の父をショウタは名前で呼んだ。
ああそうか――、と気づく。
ミユキを真似ているのではない。
おそらくショウタは。
「呼べなかったのか……」
お父さん。そう呼べなかったのだ。
タカシの顔が険しくなるから。
タカシがあからさまに嫌そうな顔をするから。
458 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:28:34.70 ID:R3zx0t5S0
ショウタがまだ幼い頃、片手で足りる程度には、『お父さん』と呼ばれた記憶があった。
ショウタは母であるミユキが面倒を見ない割りに、言葉の発育が早かったと記憶している。
同い年の子供が漸く意味の判る会話をするようになった頃に、
ショウタはすでに『お父さん』とハッキリと発音をしていた。
微かな笑いが漏れた。
そんなことを記憶しているのに、可愛いとは思えないのだ。愛しいと思えないのだ。
どうしても、愛せない。
そしてタカシは、おそらく後ろめたさを打破するためだけに、ショウタの足取りを追っている。
誰も愛してやれない子供を連れ戻して何になるというのだろう。何のために連れ戻すのだろう。
エゴイスティックな感情で、逃げ出した子供を連れ戻そうとしているタカシは、
悪魔か鬼か、それともただの鬼畜か。
愛してるフリくらいは、するべきだったのだろうか。
いいや、と、タカシは己の穢い考えを即座に否定した。
おそらく偽りの愛情など、聡いあの子供はすぐに見抜くことだろう。
アンドロイドから与えれる紛い物の愛情は、ショウタが『致し方がなく』揃えた『本物の愛情』の代替品だ。
ショウタは渇きを潤すために、仕方がなくそれを選択したのだ。
生身の人間からの、薄汚い偽物を与えられることなど、きっと彼は望んでいないし、
与えられたところで、シュウと己を比較し、ますます惨めな気持ちになったことだろう。
結局のところ、誰もショウタを満たせないのだ。
いっそのこと、生まれなければ幸せだったのかもしれない。
だがショウタの生き死にを勝手に決めようとするそれもまた――。
「勝手なエゴか……」
459 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:29:55.24 ID:R3zx0t5S0
タカシはショウタのことなど考えていない。自分が楽になりたいだけなのだろう。
唯一つだけショウタの為に『なかったこと』にできるのなら、タカシはなにを選ぶだろう。
それならばタカシはいっそ、自身が生まれてくることを諦めたいかった。
なにもかもが間違っているのなら、なにもかもを諦め『なかったこと』にしたほうが潔い。
そうすれば誰も、そして何も失わず、傷つかず、タカシ自身は渇望を覚えることもない。
自滅的な思考がやたらと渦まいていく。
――楽に、楽に、楽に。
呼吸がしやすい環境を探して、得られることは永遠にないと確定している自滅を、いやらしく夢想する。
タカシはどこまでも自己中心的な嫌な人間なのだ。
でなければ意識の碌にない姉を犯したりはしないだろう。
子を産ませたりしなかっただろう。
そう、タカシはどこまでも身勝手なのだ。
『目的地に到着しました』
機械的な声が、花街への到着を告げた。
はっとして視線をタブレットへと移せば、いつの間にかGPSは一定の場所で制止している。
ショウタがGPSの存在に気づいてフライボードを手放したか、あるいはそこに留まっているのかどちらかだ。
タカシは車から降り立つと、あの日そうしたように通行証を購入しようと鳥居の根元に近づいた。
460 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:32:08.01 ID:R3zx0t5S0
「旦那」
声を掛けてきたのは、屈強な男だった。
見覚えがあるかないかと言われたら、どちらかと言えば『ない』に傾くその顔を、タカシはジッと見た。
「ああそうか、覚えているわきゃないですね。自分は先日、お子さんを保護した警らですわ」
ああ、と返事をしたものの、タカシは男のことを殆ど覚えていなかった。
そこに居ただけで、男の顔だとか身体的特徴だとか、その人物を人物たらしめている個性の全てを失念していたのだ。
一事が万事、タカシはこうなのだろう。
「またお子さんが?」
タカシの胸のうちなどに気づく様子もなく、男は声を潜めて尋ねた。
色とりどりの火花が空高く舞う中、タカシはどう答えるべきか思案したのち、結局頷いてみせる。
「そりゃいけない。どのあたりにいるかはご存知で?」
「いや、GPSの動きが途中で途絶えて……」
そこにショウタが居なくとも、一先ずはタブレット上で点滅を繰り返す地点までは向かうつもりで居たのだが。
「ああ、ここいらは男娼が多い店ですわ。おいお前!」
男が後ろを振り返り、同じ衣類に身を包んだ青年に声を掛けた。どうやらこの場を離れ、案内をしてくれるようだ。
「場所は把握しました。行きましょう」
「いや、一人でも、」
大丈夫だが、と言い掛けたるも、男は、「客引きに行く手を阻まれるから」と言って引かなかった。
タカシはそれなら、と男に従い彼の背後を歩いたが、彼の大きな声をもってしても、
時折為される会話は花火の音に掻き消えていき、男の話は殆ど聞き流している状態であった。
赤い提灯が、水面をただよう金魚のように、ゆらゆらと揺れている。
形は様々であったが、色はみな一様に赤だ。
風に煽られゆったりとした動きを見せる赤い光りに、頭が次第にぼんやりとしていくのをタカシは感じた。
鼻を刺激し思考力を奪う香もよくないのだろう。視覚と嗅覚を同時に攻め立てられ、まともで居られるはずはない。
前を行く男は、この光景や匂いに慣れっこなのか、顔色を変えることなく前を進んでいく。
461 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:33:52.24 ID:R3zx0t5S0
「……と言うわけですわ。旦那? ああ、すまないね、香に当てられたかな」
男はパンツの裾に挟んだ手ぬぐいを差し出てきたが、
タカシはそれをやんわりと断り、男に付き従い只管歩き続けた。
花火の弾け飛ぶ轟音が、内臓を揺らすように響いて気持ち悪い。
「この辺りですわ」
男の足がピタリと止まった場所は、なんとなく見覚えのある場所だった。
玉砂利が引かれた道に、木製の建物。
それらはこの界隈では定番の風景であったが、僅かにでも見覚えを感じるのは、
おそらくこの場でひどくバツの悪い思いをしたからに違いない。
ショウタを差し置き、男娼の手を握ろうと必死になった、あの場所だ。
GPSの点滅は相変わらずこの場で制止している。
周囲をぐるりと見回し手がかりを探そうと体を二二五度回転させたところで、
タカシの視線はある一点に止まったのだった。
朱塗りの格子の中、それはいた。
一見しただけでは骨格も風体も華奢で、少女であると勘違いをすること必須の『少年』だ。
タカシの視線に気づくと、彼は煙管を片手にチッと舌打ちをするような仕草を見せる。
そのまますっくと立ち上がり、格子のもっと奥へと姿を消そうという素振りを見せたが――、
しかし彼は、ピタリと足を止めると、突然、ぐるりと振り返ったのだ。
間違いない。格子の中の少年は、あの日タカシが腕を掴もうと躍起になったあの男娼だった。
彼は、格子の向こうから冷えた視線をタカシに寄越していた。
睥睨、とまではいかないが、汚物を見るような眼差しだ。
462 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:35:40.97 ID:R3zx0t5S0
「アンタ、子供を捜してるんだろ」
花火の轟音の中、少年はハスキーな声を響かせ、タカシに向かって話しかけた。
「ああ」
声が微かに上ずったのがバレたのか、少年は口許を歪め、そして煙を吐き出して見せる。
「知ってるよ、僕。あの子がどこにいるのか」
咄嗟に反応できず、タカシは言葉を詰まらせた。
「なんだい、その反応。連れて帰りたいわけじゃないのか」
姉と同じ――、よく、細かく観察すればどこかしら異なるのだろうが、
もう記憶の片隅に薄っすらと残る程度になった姉の面影を重ねると、
少年のそれは、ひどく似ているように感じられた。
タカシを馬鹿にしたように、少年は嗤う。
「ま、あの子がどうなろうが僕には関係ないけどね。元貴族として教えてあげるけどさ、
貴族ってここじゃ手酷く扱われることが多いよ。
あんな乳臭いガキ相手にでも平気で無体を強いるから、ひと月後には死体になってるかもね」
ここには花魁などという存在はなく、街全体で気取った雰囲気を取ってはいるものの、
ただの純粋な色の売り買いを目的とした場所であることから、
志願すればその年齢に関係なく、自らを売り出すことはできるのだという。
小馬鹿にした顔で、小馬鹿にした声音で、少年は一気にそう言って退けた。
唇から漏れる煙が、揺らめきながらタカシの鼻先を掠める。
通りすがりの男に体当たりされよろけるが、タカシはただ少年の顔を見ていた。
「呆れた。あんた、自分の子供よりも僕が気になるわけ?」
「いや……」
そうではない。
いや、そうなのかもしれない。
少年は幾度見ても姉に良く似ているような気がしてならなかった。
「……さっさとガキを連れて帰ンなよ。この店の旦那が保護しているよ。裏口から声掛けな。
こままじゃ、あの子、本当に自分を売っちまうよ」
「ま……っ」
待ってくれ。そう声を掛けようとするも、少年は闇に紛れるかのごとく格子の奥へと消えていった。
463 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:37:24.78 ID:R3zx0t5S0
「旦那、アンタ何しに来たんだい」
警らが少年と同様に、呆れの入り混じった声でタカシを呼んだ。
ショウタを――、遺伝上の息子を連れ戻しに来たのだ。
そう、そのはずだ。
「どうも、好奇心の強い子供が、屋敷を抜け出して遊びに来ているだけってわけじゃなさそうだ。
なにがあったんだい」
タカシは何ひとつ答えられずに、ただぼんやりとした思考のままそこに佇んでいた。
「……まぁいいさ、深く首を突っ込まないこともこの街のルールだ。
とにかく、お子さんを連れて帰ってやんな。
その日のうちに格子に入れられることはなくとも、なにかあったら拙いだろう」
拙いだろう――、そう言う割りに男が飄々としているのは、こういった事態に慣れっこであるためか、
それとも花街の内情をよく知っているためか。
おそらく後者なのだろう。
彼はきっと、ここでの生活が人生の大半を、いや、もしかしたらすべてをここで過ごしているのかもしれない。
「シャキッとしてくれよ」
ひどくお節介な性分なのか、男は無遠慮にタカシの頬をつねって捻りあげると
「旦那、アンタ父親だろ」と少々語気を荒げ、苛立ったように叱責してみせたのだ。
体の表面を、なにか薄い膜で覆われたように、全ての事象に現実味がない。
家を出る時は、あれほど明確に『ショウタを連れ戻す』と言う意志を持っていたクセに、
突如としてそれらが酷く些末な、どうでもいい決意のように感じられたのだ。
香のせい――? いやそうではない。あの姉に良く似た少年。彼のことが、頭から離れない。
ショウタを連れ戻すことに集中しようとしても、ふと思い浮かぶのは彼の顔。いや、姉の顔かもしれない。
不安定な思考はゆらゆらと揺れ続け、
少しでも突けばショウタを連れ戻すという本来の目的を容易く放棄しそうになる自分が居た。
464 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:38:52.53 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
警らにドンッと力強く背中を叩かれる。
「いいかい、旦那。ここで色を売るということは、楼主の犬になるということだ。
楼主は往々にして真っ当な人間ではない。
借金があってもなくても、一度身売りを始めたら、逃げ出せないことが殆どだ。
アンタ、お子さんとなにがあったかは知らんが、血を分けた子をそんな風にしたいのか?」
――血を分けた子供。
タカシにとっては、その事実もまた、現実味のない内容だった。
ショウタが憎いわけではない。
ただ、タカシの人生には不必要だったのだ。
だから、ショウタをどうしたいのか、と問われても、タカシには答えようがない。
答えたくとも、なにかを答えるほどの感心がないのである。
近くに居れば鬱陶しいとは感じても、何故ここまでやってきたかと問われたら、
それはおそらく保身の為で、
タカシにはショウタを連れ帰ることについて、明確な目標があるわけではなかった。
「……判らない」
ぽつりと漏れ出たのは正直な胸のうちで、それを聞くやいないや、警らの男は溜息を盛大に吐いた。
「冗談じゃねぇぞ。勘弁してくれよ……」
タカシは、圧倒的に無関心で、圧倒的に自己中心的な自身を、そろそろ自覚し始めていた。
誰のことも、たとえ『血を分けた子供』であっても、基本的にはどうでもいい存在なのだ。
ならば姉とシュウにのみここまで執着を燃やす自身は何者なのだろう、とも考える。
タカシの基本は『無関心』だ。ならば執着を見せる自身は別者なのだろうか。
無関心なタカシも、執着をするタカシも同一の人間であるはずなのに、この熱量の差はなんなのだろう。
465 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:41:03.69 ID:R3zx0t5S0
「あの坊ちゃん、随分思いつめた顔をしていたが……」
父親がこれじゃあな、と警らは苛立ちを含んだ声で吐き捨て、
そしてタカシの二の腕をグイッと強引に引っ張った。
「困るんだよ、金のある『普通の家庭』の子供に出入りされちゃあ。
ここにいるガキどもってのは不運な星の下に生まれついちまって『仕方がなく』ここに来た奴らばかりだ。
そんな中にぽつんと『志願』して来た子供が居てみろ。
いいとこ虐めの対象、悪ければ一週間も持たずに死体になる。
ここはあんな坊ちゃんが居ていい場所じゃない。なにがあったのか知らんが、とっとと持ち帰ってくれ。
幸せな家族って言うのと縁遠くなっちまったガキどもにゃ、アイツみたいな子供は目の毒だ!」
幸せな家族と縁遠い――、その言葉がやけに耳についた。
戦後に広がった貧富の差は政府の支援によって縮小され、
今では食うに困って子を手放す親など、殆ど居ない。
お家取り潰しとなった貴族と、
政府の支援から零れ落ちた『存在しないはずの子供』であるかのどちらかに絞られるのだろう。
貧困層は殆ど存在しない――、それが国の見解であるが、ないわけではないというのが真実だ。
存在しないはずの子供は大抵そんな場所から生まれ出る。
つまり彼らは、戸籍を提出されなかった子供なのだ。
もしかしたら、売り払うために生み出された可能性さえもある。
貴族にせよ、存在しない子供にせよ、簡単に売り払われた彼らは、
家族の情が薄い環境で生きてきた可能性が極めて高いだろう。
そうでないのなら、家族を売り払った金で安穏と生きられるわけがないはずだ。
そんな悲惨な環境があるその一方で、タカシやショウタのように、恵まれた人間も存在する。
経済的に逼迫していないことは、すなわちそれ自体が幸福なことだろう。
戸籍もある、教育も受けている。医療機関にもなんの問題もなく赴くことができる。
物のように売り払われた彼らかすれば、幸せな家族と縁遠い、とは言いがたい幸せな環境に身を置いていた。
昔の――、今の生を受ける前のタカシも。
466 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:42:45.44 ID:R3zx0t5S0
しかし、とも思う。
衣食住も揃っており、それなりの生活をしつつも、どこか満たされなかったあの頃をふと思い出す。
姉の介護をしつつ学生生活を送っていた遠い遠い、気が遠くなるほどに遠いあの頃のことだ。
思春期から青年期、その多くの時間を姉の介護に追われていた理由の一つに、
姉がタカシ以外の介護を暴れて拒んだことが上げられるが、
それ以上に、二人の両親がタカシたちに『無関心』であったことに原因があった。
母は一族の女たちが発症する病を何も知らされずに嫁いできた女であった。
父への愚痴を飲み込む代わりに、タカシへと何度『私は騙された』と呪詛の言葉を投げつけただろう。
そんな母を知ってか知らずか、父は凡庸なサラリーマンであるにも関わらず『仕事人間』を装い、
次第に帰宅の足は遠のいていった。
そんな事情から、姉の面倒を見る人間が、タカシをおいて他には居なかったのだ。
しまいに両親は、まだ幼かったタカシへと、姉の全てを押し付けたので、
タカシの子供時代は子供らしく過ごせた期間がとても短かったと言える。
タカシもまた、そういう意味では『幸せな家族と縁遠い』子供時代を送っていたのかもしれない。
両親は子供を見ない。
唯一一緒に過ごしていた姉は物言わぬ人形と化していたから、タカシはずっと一人で居たようなものだ。
一方的に話しかけ、一方的に世話を焼く。
それでも、タカシの傍に常に居たのは姉だった。
――なるほど、とタカシは現実感を伴った『今現在』に引き戻されつつ、
奇妙なまでにハッキリとした理解を覚えた。
タカシが姉とシュウに執着をしていたのは、『血の繋がり』があったからだ。
どこまでも濃い、紛うことなき血の繋がりは、タカシにとって重要なものなのだ。
そこに異物を含んだ血の流れは必要がない。
ショウタは、いつの間にか生まれ出ていた子供で、ミユキの血を含む、
『タカシとは違う団体』の人間なのだ。
姉とシュウへの執着は、人恋しさを拗らせた上に成り立っているのかもしれない。
467 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:44:40.71 ID:R3zx0t5S0
「旦那!」
いつまでもその場でぼんやりとするタカシに痺れを切らしたのか、
警らの男はもう一度乱暴にタカシの腕を引っ張った。
傷みを訴える間もなく、男はタカシを引きずるようにして歩き出す。
「幸いなぁ、あの坊ちゃんが駆け込んだ店の楼主は比較的良識のある男だ。
だがな、だからと言って無事に済むかと言えばそうでもないのが現実だ。ここはそういう場所だ。あんた、」
男は歩みを止めて振り返ると、血走った目でタカシを睨みつけた。
「あんた、判っているか、あの坊ちゃんがどれだけ『利巧な子供』か。
利巧な頭を持っているくせにこんな場所に来た。
あの子はな、ここがなにをする場所か判った上で来てんだよ! その意味が判るか!!」
奇妙な風景だった。
赤の他人、それもおそらく出会ったばかりで、会話も碌にしたことがないであろう男が、
ショウタの為に怒りを露にしている。それはとても奇妙で、不思議な光景であった。
人の身が容易く売り買いされる場所で、
何故彼はここまで必死でショウタを守ろうとするのかが、タカシには理解ができない。
そんなもの、日常茶飯事だろうに。
タカシはされるがまま腕を乱暴に引かれ、気づけば表通りの裏がわ、店の裏口が立ち並ぶ、
人一人が通るのもやっとの小道に連れ込まれていた。
相変わらず花火は煩く鳴り響いているが、香はだいぶ薄れている。
それでもまだ霞が掛かったように白くぼんやりとする思考を拭い去れず、タカシは男の行動に、
ただ素直に従っているだけであった。
間に合えばいいが、と花火の残響が残る中、男は小さく言った。
縦に細長く格子が作られた引き戸を、男は我が物顔で開ける。
表通りの朱塗りのけばけばしい格子と異なり、
こちらはこげ茶の、至ってシンプルな木枠である。
タカシは転げるように靴を脱ぎ、再び引きずられるようにして木製の廊下を歩んでいった。
抵抗の言葉は上げるだけ無駄。そんな気迫が警らの男の背中からは溢れ出ていた。
468 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:47:01.63 ID:R3zx0t5S0
廊下に窓は一切ない。天井に点在する電気は、今時センサータイプではなく、スイッチタイプで、
電源を切るまでは点灯しっ放しになるタイプのもののようである。
鴬張りとでも言うのだろうか、男とタカシが歩みを進めるたびに、
長い廊下はキィキィと小さく悲鳴を上げて続けた。
花火は一晩中ならされるわけではないのか、それとも休憩なのか、爆音は聞こえてこない。
その代わりに、男女入り混じった笑い声と、そして時折艶めいた喘ぎ声がどこからともなく漏れ出てくるが、
タカシも男もそれらに気を止めることはしない。
人の気配は数え切れぬほどあるにも関わらず、その廊下を進む間、誰かにすれ違うことはついになかった。
やがて数々の曲がり角を経てたどり着いたのは、鶴と松のような枝が描かれた襖で、
その部屋の前では嬌声も談笑も、その一切が響かぬ、シンと静まり返った場所であった。
どうやら廊下は少しずつ斜めになっており、
タカシは気づかぬうちに、地下に相当する深さまでやってきてしまった、ということらしい。
男はそこまで来ると漸くタカシの腕から手を離し、そして嘆息した。
「また後でどやされるな……」
心底嫌だ。そう言いたげな顔でタカシを振り向くも、タカシの表情にまるで変化がなかったためか、
半ば諦めた顔つきのまま、声を掛けるでもなし、ノックをするでもなし、するすると襖を開けた。
中は暗く、しかし完全なる闇に覆われているわけではない。
ある一点からほの明るい光りが放たれ、室内を辛うじて照らしていた。
明かりの正体は、足の低いテーブルに置かれた行燈で、タカシはそれよりは僅かに明るい廊下から、
なにもかもが判然としない室内を、検めるようにして眺めた。
警らの男は、なにも言わずにタカシの背中を押した。よく室内をみろ、と言うことだろう。
タカシはその腕に従い、目を細めて室内を観察する。
と――、小さな影が動くのが目に留まる。
白いそれはゆっくりと動くと、やがてパッと姿を消す。
塊は瞬時にどこかへと喪失した――、わけがなく、動いたように見えたのは真っ白い衣類で、
それが今まさに脱ぎ捨てられたところだと、闇に慣れてきたタカシの視神経は脳細胞へと明確な伝達を施した。
薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がるのは、白く滑らかな背中。
469 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:49:24.10 ID:R3zx0t5S0
「それで、どうするんだ?」
男がおかしそうに、くつくつと笑いながら問う声が聞こえた。
やけに小さな背中は男の質問に困惑したのか、一瞬、ピタリと動きを止め、
しかし、そんな自分に苛立ったのか、或いは己を鼓舞するためか、
下肢を覆うズボンを乱暴に引っ掴むと、脚から勢いよく引き剥がした。
それから下着も同様に。
迷いを断ち切るようにして衣類の全ては捨て去られ、
そして覆い隠すものは何ひとつなくなった裸体は、痛々しいまでに細かった。
行燈の光りの中に浮かび上がった背骨は、まるで鎖だ。
非現実的な裸体と、タカシが実在するこの現実を引き結ぶ、唯一の存在のように感じられた。
タカシと警らの男がそこに居て、廊下から室内を覗き込んでいるともしらぬのだろう、
その裸体――、少年だと体のラインで判る――、は背骨を不自然にくねらせ、そして男の膝に跨った。
腕が、男の首に巻きつき、そして臀部は太ももの上へとすとんと落ち着く。
「それからどうするんだ?」
意地の悪い質問だ。
なけなしの勇気を振り絞って全裸になったのであろう彼が、
ひどく戸惑っていることがその背中からも窺い知れた。
「まずはネクタイくらいは解いてみたらどうだ」
優しげな言葉に促され、首に巻きついた腕がするりと外され、男の襟元に伸ばされる。
だが、その行為に慣れていないのか、腕をもたつかせたまま、
ネクタイを解くことさえままならないようだった。
そのまま暫しの時間が流れ、男はふ、と息を吐くと、
自分の膝の上に乗る小さな体の背中を慰めるようにして撫でた。
その手つきには、性的なものを求める怪しさは何ひとつなく、単純に子供をあやすかのようなもので、
それは、息を詰めて成り行きを見守るタカシも拍子抜けするほどにあっけない接触であった。
470 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:51:19.74 ID:R3zx0t5S0
「お前は器量がいい。あと五年もたって店に出れば売れっ子になるだろう。だが――、」
男が、『それ』の腕を掴んだ。
「今日はここまでだ。そんなに怯えているようじゃ、なにもできんよ。
少しずつ慣れていかないと。膝から降りろ」
「やだ」
響いた声に、タカシは反応できなかった。
「うん?」
「さ、いしょは、お、おやじさまが全部教えてくれるって聞いた」
親父様――、そんな風に呼ばれているが、男の年齢は声音から推測するに、
精々三十代半ばと言ったところだ。
男は「うん」と返事をすると、その細い腕を掴んでいた手をするりと引いた。
「その通りだ。客の前で粗相をしないよう、手順を教えるのが私の役目だ。
だが、お前の『初めて』はどこの誰とも知らん女か男だよ。
お前は器量がいいから、競を開くことになるはずだ。
安心しろ、その辺りは丁寧にしてやる。いきなり格子の中に放り出すことはしない。
だが今日は、」
「僕は、今日、全部したい。それがどんなことか意味も判っている。それで、明日から店に出たい。」
「駄目だ。こんなに全身を強張らせて何ができるって言うんだ?」
「嫌だ。じゃあ、店なんかに出なくてもいい。僕を、おやじさまのものにして」
消え入りそうな声が、それでも必死に訴え続けていた。
知っている声だ。
今まで、ろくすっぽ耳に入れようとしなかった、幼い声を、タカシは知っていた。
「駄目だ。お前にはできないよ。それに――、」
薄闇の中、小さな影と向き合っていた男は視線を持ち上げ、そしてそれをタカシへとかち合わせた。
「……迎えが来ている。さぁ坊ちゃん、お遊びはここまでだ」
471 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:56:44.10 ID:R3zx0t5S0
『迎え』と言う言葉に、小さな影が、油の切れた機械のようにぎこちなく動き出した。
首だけを背後に巡らせ、室内よりは辛うじて明るい、と言った程度の廊下を見つめる。
タカシと、その黒い瞳は、殆ど初めてと言っていいくらいに、真っ直ぐに互いの視線を交し合った。
「何しに来たの」
少年は――、ショウタは、至極冷静に、冷ややかに言い放った。
「ここはあなたみたいにコーショーな人間が来るところじゃないんじゃないの」
アンドロイドは、ショウタの精神年齢を、随分と高く計測していたが、
それもあながち間違ってはいないのだろう。
彼は大人びた口調で、シュウならば決して紡ぐことのないであろう単語を唇に乗せ、
タカシを静かに、しかし激しく拒絶して見せた。
最悪だ――、タカシは口には出さずにそう呟いた。
五歳どころの話ではない。
ショウタは形式上の『家族』に最早なんの未練もなく、
そしてその砂上の楼閣からひとり離脱したかと思えば、
今度は生きる手立てを整えるべくこんな街へともぐりこんだのだ。
彼はここがどんな場所か理解している。なされる行為の意味は判らなくとも、
それを自らが行うことにどれほどの『経済的な効果』が生まれるのかを、
ハッキリと、これ以上ないほどに自覚しているのだ。彼は、小さな大人だ。
「ギムカンとか、そういうの、もう要らないから。『俺』はもうひとりで生きていくって決めた」
男の膝からすとんと降りると、ショウタは全裸の体を隠そうともせず襖に近づいてきた。
半袖半ズボンからはみ出す部分の手足が、小麦色に染まっている。
それとは対照的なは白い腹は、ほんの少しだけ膨らんでおり、彼の肉体的な幼さを如実に示していた。
472 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:58:02.25 ID:R3zx0t5S0
「あ、違うか。ギムカンじゃなくて、ジコベンゴって言うの?
そんなの俺はよくわかんないから、早く帰ってよ。あなたはシュウだけ大事にすればいいんだよ、
今までと同じように」
死んだ魚の目――、生気の宿らぬ瞳をそんな風によく呼ぶものだが、ショウタの目はそれとはまるで違った。
瞳に表情はない。ただ一つ、侮蔑を除いては。
この世の全てを汚らわしいと謗るように、ショウタの瞳は全てを侮蔑していた。
タカシも、ミユキも、シュウも、この店の楼主も、この街も、全てを侮蔑していたのだ。
ショウタにはもう迷いがない。
細い指が襖に触れ、タカシとの間に物理的な隔たりを作ろうと試みる。
「ショウ、」
名を呼ぼうとしたが、しかしそれは未遂に終わる。
ショウタの瞳が、そうさせなかったのだ。
「見ていたいのなら、見ていれば。気持ちのいいものじゃないと思、」
「おいおい、やめてくれ。興醒めだ!」
パンパン、とおざなりな拍手を二度したのは、先ほどから部屋の奥へと鎮座していた『親父様』だった。
「家族のメンドクサイいざこざに赤の他人の私と、私の店を巻き込まないでくれ」
背丈はタカシと同じくらい。年齢は予想した通り、三十代半ば。
薄闇の中、心底面倒だといわんばかりに歪めた顔は、タカシの腹に巣くった偏見に反して、
顔立ちそのものには清潔感があった。
店で焚いている香の香りがしみこんだ髪をかき回し、
ネクタイがほつれたままの姿でゆらりゆらりと廊下まで這い出てくる。
タカシの顔を具に確認するかのように、目を細めてジッと見ると、咥えた煙草を指で挟みこみ、紫煙を吐き出した。
「つまらん顔をしてるな」
ぽつりとそんな暴言を吐いたかと思えば、男はどけといわんばかりにタカシを押しのけ、
どこへ向かうのか、僅かに傾斜のついた廊下を歩いていく。
歪な構造の建築物に慣れた体は、そんな廊下に立ってさえ背筋がシャンと伸びている。
473 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 21:59:38.34 ID:R3zx0t5S0
「おやじさま!」
「でっかい声を出すんじゃない、煩いだろ。さぁパパがお迎えに着たんだ、帰ってくれ。
それから二度とこの街に来るんじゃない。
うち以外の店だったら、お前、とっくに尻が裂けてゴミみたいに捨てられていたぞ」
「まって! おやじさま!」
「待たないよ、でっかい声を出すなって言ってるだろ」
「ゴミになったほうがマシだよ!」
「あ?」
パンツのポケットから携帯灰皿を取り出しつつ、男はそれでも律儀に振り返った。
「どうせ俺は家に帰っても死ぬしかない。だったらこの街で殺されても一緒だよ。
どうせなら自分の死に方くらい選びたい」
「……なに言ってんだ、お前。お坊ちゃまだろ」
「生まれたときから俺の体は俺のものじゃなかった。俺はイショクの為に生まれてきた」
「――お前、何者なんだ。クローンなんて今時流行ってないだろ。結構前に違法行為になったろ。
あれ、こいつくらいの年齢ならギリギリだがクローンの製造が許されてたんだったか」
自身の記憶を探るように視線を彷徨わせる楼主の腕に、ショウタがしがみつく。
「おい! あぶねぇだろ、灰が落ちる!」
「クローンじゃない! クローンじゃないけど、
俺は、お母様にずっとずっとアイツの脳をイショクするための入れ物だって言われてきた!」
ショウタはもう頼れるのは楼主だけだと言わんばかりの眼差しで、彼を見上げていた。
楼主の腕にしがみつく腕は、細い。腕だけではない。脚も、捲くし立てる口も。
まだ、誰かに保護されるべき年齢なのだ。
そんな年齢の子供が、娼館の楼主にすがり付いている。
本来、この店の主である彼ががすがりつかれる瞬間と言うのは、こういうシチュエーションではないはずだ。
おそらく娼婦や男娼が、己の置かれた立場に堪り兼ね、
『どうかここから出してくれ』と身売り行為を拒否する。そんな場面こそが相応しい。
決して、ショウタのような子供が『働かせてくれ』と頼み込む場面ではないはずだ。
474 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:01:24.80 ID:R3zx0t5S0
「……なんだそりゃ。けったいなこと考えるんだなお前の母ちゃんは。恐ろしいね」
楼主の瞳が揺らめき、タカシを一瞬だけ見遣った。
ショウタの言葉が事実であるのかどうかを、探っているのだろう。
クローン――、その言葉が廃れて幾年経ったことだろう。
それでも、ショウタが吐き出した言葉を推測で補いつつ「クローン」と言う単語を導き出した彼は、
比較的頭の回転がいい人間なのかもしれない。
「俺の、俺の……、俺だけの、俺のものなんてない!」
「人権の話か? おい、パパさんよ、こいつなに言ってんの。なんでこんな変な妄想してんだ」
「父親じゃない! この人は俺のイデンジョーの父親ってだけだもの……!」
「そんなん最近じゃ珍しくないだろうよ、いいから、」
「は、話しかけてもらったことなんてない! 名前を呼んでもらったこともない!」
「お前ねぇ……」
「親なんて……、親なんて居ない!!」
一際大きな声で、ショウタが叫んだ。
タカシを目の前に、親はいないと叫んだ。
タカシは溜まらず目を逸らすが、ショウタの叫びは幾度か続いた。
思春期の子供に良く見られる親を忌避する態度とも、
己の不幸を叫んで悲劇の主人公を演じたいのとも異なる。
ショウタには、まさしく親など存在しなかったのだ。
だからショウタは叫ぶ。本当のことを叫んで、なんとか自分の足で生きていく手段を整えようとしている。
もううんざりなのだと。身勝手な大人に自分の『人生』を蹂躙されるのはもうごめんなのだと。
身勝手な大人がショウタを捨てたのではない。
タカシとミユキが、ショウタに『捨てられた』のだ。
475 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:03:26.28 ID:R3zx0t5S0
ショウタは、アンドロイドに深く依存し親子ごっこを繰り広げていた。
だがやはり彼はただの阿呆な子供とは違うのだ。
彼は、アンドロイドは本物の親にはなりえないと知った上で、仮初の親子ごっこに興じていたのだろう。
深く傷ついている心を癒すための、ショウタ自らが無理やりひねり出した秘策だったのかもしれない。
だがシュウが、凶暴なほどに純粋な『愛されている子供』の視点での呟きでもって、
容易くそれ潰してしまったのだ。
シュウに触れられるのを厭うほどに依存したアンドロイドは、その瞬間に、
ショウタの中でただの『偽物の父親』に成り下がったのだろう。
それでも完全にアンドロイドを『物』として扱えずに『お父さんになってくれて嬉しかった』と
生物でさえない彼に告げたのは、ショウタに残された柔らかい子供らしい部分に違いない。
「親なんていない!」
ショウタは尚も叫び続けていた。
「親なんていないもん!! ずっと一人だった!」
「育ててもらったんだろうが」
「違う! 俺を育てたのは、俺だよ! 俺はひとりで大きくなった!」
肩をいからせ、呼吸もままらない勢いで思いを吐露したショウタに、楼主の視線が注がれる。
きっと、彼の琴線にショウタの何かが触れたのだとしたら、この瞬間だろう。
「だったら俺の体を俺が好きなようにしても別にいいじゃん!
俺のものなんて、ほかになんにもないんだもの!!」
涙で滲んだ瞳は、タカシを一切見ない。
ずっとタカシに付き添っていた警らの男も、何とはなしに事情を察したのだろう、
それ以降は侮蔑の視線を寄越すだけだ。
重苦し沈黙が続いた。
「坊主」
不意に沈黙の帳を裂いたのは、楼主の静かな声だった。
彼はショウタの顎をグイッと指先で持ち上げ、検分するように正面、そして左右から見た。
ふぅん、と言う溜息混じりに声のあと、楼主はショウタの鼻を摘み「シャンとしな」と命令口調で言い張ったのだ。
「ベソかくんじゃない。前を向け。
ここじゃ泣いているガキを可哀想〜なんて思ってくれるやつはいない。お前の名前、なんだっけ」
「ショウタ」
「ショウタ、ね……、ここは大体ワケアリの人間しか居ないんだがな。私もヤキが回ったかね。
お前とりあえず服着なさいよ。フルチンじゃ風邪引くだろうが。倒れても面倒なんざみねぇぞ私は」
警らと楼主がどんな関係なのかは知らないが、楼主は彼に、ショウタの服を持って来るように命じた。
476 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:05:35.22 ID:R3zx0t5S0
「怒り散らしている時の生意気そうな顔は、まぁ悪くない。
だからつまらんことで泣くな。いつも人を見下したような顔をしていろ。
お前はそのほうが断然可愛い」
ショウタは呆気に取られた顔をしたのち、小さいながらもハッキリとした声音で『はい』と返事した。
剥き出しの腕で目元を拭い、口角を持ち上げ勝気に笑う。
それでよし、と楼主は言った。
「店の人間も客も、お前に同情したりしないだろう。だが私はお前を『可哀想』だと思う。
親が居て、金銭的にも恵まれているくせに、お前は何も持っていない。だけど何でも持ってもいる。
お前は何でも持っているくせに、こんな場所にノコノコやってきて
身売りをさせろという。こんなガキが、だ。これ以上に不幸なことはないだろう」
廊下に響く声は、ショウタ自身に聞かせるためのものではないのだろう。
楼主はタカシへのあてつけとしてこう言葉を紡いでいるのだ。
間もなくすると警らの男がやってきて、ショウタの頭からシャツを被せた。
ショウタが家を飛び出す際に身につけていたセーラーではない。楼主のものなのだろう。
「これ一枚を羽織ったほうが早い」
ショウタは警らに従うようにして、そのシャツに腕を通した。
成人男性の衣類は、ショウタの膝までを覆い隠す。
小さな指先がボタンをソツなく閉めて行くが、それは「ショウタ」と言う呼び声によって遮られた。
名を呼んだのは、タカシが先であったか、それとも楼主が先であったのか、
いまひとつ判然としないタイミングであった。
――ショウタは、迷うことなく楼主を見上げた。
「おいで。どれ、閉じてやろう」
少々面食らった顔でショウタは楼主を見つめたが、少し気恥ずかしそうに頷いた。
「パパさんよ。アンタにはこの子の名前を呼ぶ権利はないよ。これは今からウチの店のモンだ」
名を呼ぶ権利はない。それには、二重の意味があったに違いない。
一つ目は、楼主が述べたように、ショウタはもうこの店に『属している』と言う理由で、
二つ目は『お前の今までの所業のどこにショウタの名を呼ぶ権利がるのだ』という、責めたてるような理由だ。
「アンタがなにを思ってショウタを迎えに来たのか知らんが、この子がギャーギャー叫ぶ間に何も否定しなかったということは、
殆どが事実であるって考えていいと言うことだろ。だったら私は遠慮なくこれを貰う」
477 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:08:03.47 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ、」
「だから呼ぶなっつってんだろ!
ガキが追い詰められてこんな場所に来るまで放置していたくせになに気安く名前なんざ呼んでんだテメェは!!」
どすの利いた声がタカシを責め、そしてその脚は容赦なくタカシの腹部を蹴り上げた。
急に飛んできた蹴りに反応することができず、タカシは痛みに耐えかね体を海老のように丸めて床へと転がった。
天井から僅かに灯される光の影になって、下からではショウタの顔は碌に見えない。
だが、シルエットで、ショウタが楼主の後ろに隠れて我関せずを決め込んでいることは確認できた。
「……お前、ここがなにをする場所なのか判っているのか」
それでも、確めずには居られなかった。ショウタはここがどんな場所であるのか、完全に理解しているのだろうか。
「知ってる。あなたが『あのお兄さん』にしたかったことをさせられる場所だ」
今まで視線の一切をタカシに向けなかったショウタが、漸くタカシの顔を見た。
お兄さん? と怪訝そうに楼主が己を盾にしタカシから身を隠す子供を振り向くと、
ショウタは小さく『今日、赤い着物を着てお店の格子に居た人』と小さく説明をした。
「ああ、あいつか。そういえば前になんか言ってたな。変な男に腕を掴まれたって。
なんだ、じゃあショウタ、お前が『父親に忘れられていた子供』か。
アイツはウチの店じゃ三番目に人気の男娼だ。たまたま外に遊びに出ていたら嫌な思いをしたってな」
『忘れられていた子供』と言う言葉に、ショウタは顔をくしゃりと歪ませたが、
直ぐにそれを隠すように口角を持ち上げた。
「上等だ。いつもそういう顔をしていろ。お前、大福は好きか?」
「? 好き……」
「私の部屋の戸棚にある。それ食ってそいつと待ってな。直ぐに行くから。あとパンツ履け」
判った、とショウタは素直に頷き、警らに手を引かれて去っていった。
やがて襖は閉じられ、世界は二つに分かたれたのだった。
横目で世界が割れるのを確認し終えた楼主は、煙草に火をつけ、そして紫煙をタカシに向かって吐き出した。
「あの警らと私の弟なんだわ。
つっても血の繋がりはない。ここじゃ誰が誰の子供かもわかりゃしねぇのが常だが、
アイツと私は一緒に育った。あいつになにかあったら、それなりに心配する。
アンタはどうだ。ショウタはテメェの子供だろ。突き放すなら情けの欠片を与えるような真似をするんじゃない」
478 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:09:37.76 ID:R3zx0t5S0
それで、なんのためにアイツを迎えに来た――?
己のネクタイを結いなおしながら、楼主は問うた。
白蝶貝のボタンが、鈍いオレンジ色の光りを反射して光る。
きっちりとアイロンを掛けられたシャツに、シワのないパンツ。この性産業で栄える界隈において、
楼主は不自然なほどに清潔感のある身なりをしていた。口に咥えた煙草を捨て、髪を手櫛で整えれば、
その姿はオフィス街を歩いていてもおかしくはない好青年にさえ見えるだろう。
こんな場所で。
こんな汚れた街で。
現実味がないのは、この街か、それともこんな場所で好青年然としている楼主か。
楼主がゆらりと動けば、天井からの光りが直接タカシの目に入り込む。
鈍い光が網膜から入り込み、ズンと脳を突き刺すような気持ちの悪い感覚に、タカシは目を眇めた。
なんのために迎えに? そう問われても、保身の為に、と言う言葉しか出てはこない。
「体裁を保つためだけってんなら、金輪際ここにこないでやってくれ。
アンタを見るたびにあのガキは腐っていく。アンタ、何のためにショウタを迎えに来た。
アンタとあのガキの親子関係が普通じゃねぇってのは、会話を聞いただけで判る。
要らないってんなら、いっそスッパリ捨ててやれ」
ショウタはタカシと遺伝的な繋がりがある。タカシの子供であることは間違いがないだろう。
何故そこまで受け入れがたいのかが、タカシ自身にも判らない。
479 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:11:11.04 ID:R3zx0t5S0
「……不幸だとは思う……」
ぽつりと漏れ出た言葉は、残酷な一言だった。
「あの子は、勝手に作られて勝手に産み落とされた。俺が知らない間に、俺の了承なしに俺の妻が作った。
可哀想な子供だとは思う。俺はどうしてもあの子を受け入れることができない。
あの子の祖父は、俺の子供を殺した。俺から……、いや、この話はここでは関係ないな」
身の上を曝け出し、己がショウタを拒否する理由を述べよとすることは即ち、己の正当性を立証させようとすることだ。
人に聞かせて楽しいとは言いがたい身の上話をしなくてはならないほどに、
タカシのショウタへの扱いは『身勝手』で『手酷いもの』であることの証明なのだ。
「どうしても受け入れがたい。どうしても大事にしてやることができない。どうしても父親になってやれない」
どうしても、どうしてもショウタを可愛いとは思えなかった。
どうしても、愛情を抱くことができなかった。
そうしようと試みるたびに、すさまじい嫌悪感が背中を走り抜けていくのだ。
「可哀想だとは思うし、不幸だとは思う。人の様子を窺う姿が、痛ましいとは思う」
だが――。
「もうここには来るな」
楼主が凛とした声で言った。
「ここには、こないでやってくれ。アンタが置かれた立場やアンタが考えていることなんざ、
ショウタには関係ねぇんだよ。
アイツにあるのは、ただ父親に拒否されている事実だけだ。
可哀想だと思うってんなら、金輪際顔は出さないでやってくれ。
お坊ちゃんにはここでの仕事はきつかろうが、アイツの面倒は私が見る。
だからもう、こないでやってくれ。あんな顔をさせないでやってくれ」
結局、タカシはショウタを受け止めることができないのだ。
不幸にすることしかできず、父になることもできない。
ショウタを突き放すだけ突き放して、結局まだ幼いはずの彼に大人びた選択をさせた。
そのくせ中途半端に気にかけ、ショウタに小さな希望を抱かせる。
いっそ突き放してやるべきなのだ。楼主の言うように、なにもかもをスッパリ忘れさせ、
新しいショウタとして生きていくことを望むべきなのだ。
にも関わらず、タカシは楼主の懇願に頷くことも返事をすることもできなかった。
「……あの子を、頼みます」
「アンタにそれを言う権利なんざないね。ショウタは望んでここに来た。自分の意思で」
「また、来ます」
「ふざけんなよ。テメェ、人の話を聞いていたのか! 今更父親面すんじゃねぇよ!」
「償いくらいはさせてくれ」
「あ?」
「金は言われただけ用意する。だから店に出さないでやってくれ。それくらいしか、俺にはできない」
「アンタは、夢見の悪い思いをしたくないだけだ。テメェの所為で子供が――、『遺伝上の子供』が
男娼になってなんていう『嫌な思い出を』作りたくないだけだ」
「判っている」
「気にくわねぇな。金で解決しようって考えがまずテメェはおかしい」
気持ち悪ィ、と楼主は吐き捨てた。
「家が落ちぶれて泣く泣く売られてきたガキの親の方がマシだな。テメェは頭がおかしい」
どん、と楼主の拳がタカシの胸へと当てられる。
よろける体に追い討ちを掛けるように、楼主の脚がタカシの腹を蹴り上げた。
「帰ってくれ。あいつはもうウチの店のモンだ。テメェも金輪際うちの店に来るんじゃねぇぞ」
おい、と楼主は自室の方向を向いて呼びかけると、警らがノソノソと歩いてきた。
「お帰りだ。このパパさんをさっさとこの店から追い出してくれ」
480 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:14:43.12 ID:R3zx0t5S0
***
タカシが花街のあの店から追い出されてはや一週間が経過した。
ミユキはミユキで、ショウタの所在をしつこく尋ねてきたものの、タカシは頑として答えなかった。
そしてミユキは、一人目星をつけ勝手に赴いた花街で、ひと悶着を起こし、所謂『出入り禁止』を食らい、
彼女は要注意人物として鳥居を潜ることさえできなくなった。
タカシもタカシで、要注意人物の夫、と言う立場上、そしてあの店からの『出禁』を命じられているため、
鳥居の前でもいい顔をされていないのが現状だ。
ショウタ、ショウタ、ショウタ。
ミユキは毎日狂ったように『ショウタが』だとか『ショウタを』だのと叫んでいるが、
アンドロイドもタカシもそ知らぬ顔でやり過ごしていた。
発狂したかのようにあの子供の名を呼ぶのは狂った母親ただ一人で、
だがそれも子の身を案じているわけではないのだから、
やはりショウタがこの広くも狭い世界でたった一人で立ち尽くしているのは紛れもない事実であった。
「お父さん……」
パソコンを広げ、通常通り業務をこなすタカシに、シュウが遠慮がちに話しかけた。
返事を欲しているわけではないことは判っている。
タカシは寄り添うシュウの頭を抱きこみ『大丈夫だ』と中身のない返事をした。
気が触れたかのような様子のミユキに、シュウは怯えていた。
怖いものを見て怖いと感じ、そして父親に助けを求める。
健全な子供らしい反応に、タカシは心底ホッとした。
この家にはまともな人間が、シュウを除いては一人も居ない。
タカシも含め、全員が狂っている。
「今日も夜、出掛けちゃうの?」
「ごめんな。ショウタを探さなくちゃいけないんだ」
そういうと、シュウは僅かに頷いた。
――ショウタが居なくなってしまったのは自分の所為に違いない。
そんなシュウの思い込みを解くのにも丸二日ほどが要された。
次々と送られてくる『製造機』の異常箇所とその対処、箱庭計画についてのトラブルや、
社内でしか話せない最重要機密について容易くネット回線を通じて相談を持ちかける馬鹿な部下など、
頭の痛い話が多かった。
481 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:17:36.68 ID:R3zx0t5S0
庭から、ミユキの声が聞こえる。
ショウタ、ショウタ。
まるで愛しい我が子を探すかのように、あの女はショウタの名を呼び続けている。
ならば何故ショウタが出奔したあの夜に彼を探しに行かなかったのだろうか。
ミユキの情緒が徐々に瓦解していっているのをタカシは感じていた。
発端は、タカシの脳をショウタに移植することは事実上不可能であることをタカシがぶちまけたことに起因する。
ショウタの連れ戻しに失敗し、肩を落として帰宅したその明け方、
タカシは待ち構えていたミユキへと、ショウタがある場所に自ら望んで留まることを決めたこと、
そしてどう足掻いてもタカシがショウタの器に宿ることはないと怒り任せに吐き捨てたのだ。
考えなしに、その場その場の勢いで行動をするのは、時としてタカシの長所にもなりえたが、
多くの場面では短所となって自分自身を追い詰める破目となった。
今回も、ミユキの精神が蝕まれるスピードを速めてしまったことは隠しようのない事実だ。
ミユキは、何を求めてショウタの名を呼ぶのだろうか。
ほんの少しの情がそこにあるのなら、ショウタを『生かす』取っ掛かりになりえたかもしれないが、
残念ながらミユキの中にあるのは歪な野望を凝縮した妄想だけで、
彼女の中にあの暗い眼をしたショウタ自身は存在しなかった。
では、ショウタはなんの為に生まれてきたのだろうか。
贅沢で、しかしどこまでも空虚で、己の『個』が一切尊重されない檻を、ショウタは一人飛び出していった。
行き着いた先は、痛みや汚れ、そして人権が踏みにじられる可能性が極めて高い、危険極まりない場所だった。
それでも、ショウタはあの場所を選んでしまったのだ。選ばせてしまったのだ。
482 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:19:43.93 ID:R3zx0t5S0
「同じことの繰り返しだな……」
呟いた言葉に、シュウは首を傾げて見せた。
なんでもない。そういうかのように、シュウの頭を撫でてやる。
ショウタとシュウの、何が違うというのか。
結局のところ行き着くのはその疑問であった。
最早、何ゆえショウタを受け入れがたいと感じているのか、あれほどまでに強固に拒絶した割には、
その頑なな感情がなにに起因していたのかタカシにも判らなくなっていた。
ただ一つはっきりしているのは、相も変わらずショウタを己の息子として愛情を抱くことは難しい、と言う結論だけだった。
ならば、親子とは異なる、全く別物の関係ならば築くことができるのだろうか?
親子でなかったのなら――?
想像してみたものの、それはいまひとつ現実味を伴わず、なんともしっくりこない。
ショウタをどうしたいのか、いっそ切り捨ててやったほうがいいのではないか、
この身勝手な二つの思考のはざまを、タカシは行きつ戻りつを繰り返していた。
ショウタはこの歪みに歪んだ家から逃げたのではない。ここを捨てたのだ。
遺伝上の両親を厭うのならば、義父のところ――、
ショウタを遠まわしに可愛がる、彼にとっては祖父にあたるあの男だ――、彼のところへ行けばいい。
人の肉体に値段をつけて売りさばく場よりも幾分もマシなはずだが、
おそらくそう提案をしたところで、ショウタは頑として了承しないだろう。
ミユキと繋がりのある場所に身を置けば、肉体的な危険が伴うことには変わりない。
移植計画を失い狂ってしまったミユキが、勢いあまってショウタを手に掛けないとも限らないだろう。
まだまだ稚いショウタの体では、女とは言え成人した大人の力にはまともに抵抗することさえ難しく、
屈服させられてしまうであろうことは安易に想像できた。
愛せはしないが、タカシは彼の命が失われることまでをよしとするほど非道にはなれないのだ。
それに、ショウタは自分で選んだのだ。自分を守ることを。
そして何よりも、ショウタ自身が、タカシとミユキの傍に居ることを拒絶しているのだ。
483 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:20:33.92 ID:R3zx0t5S0
ふ、と奇妙な溜息が漏れた。
――ミユキのことを笑うことはできない。ショウタのことばかりを考えているのは、タカシもまた同じだ。
タカシには失った、と言う感覚はなかったが、それでもあの花街の置屋に彼を託してしまってからは、
あの子供のことばかりを考えていた。
どうするべきか、なにをすべきか、彼をどうしたいのか。
答えは未だに導き出せず、同じことばかりを考え続けている。
ならばもっと大人として――、シュウにするようにはできずとも、
当たり障りなく接してやればよかったものの。
自嘲は浮かんでは消え、時折自身を苛み、
しかしショウタをどうするかの根本的な解決には全く繋がらなかった。
日が傾き始めている。
自身の膝にピタリと耳をくっ付け不安を露にしているシュウの額を一度撫でると、
タカシは立ち上がる旨を示した。
そろそろ支度をしなくてはなるまい。
タカシは今夜も花街へと赴かなければならないのだ。
484 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:22:25.17 ID:R3zx0t5S0
***
「馬鹿みたい」
心底嫌そうに暴言を吐いたのは、姉とソックリなあの男娼だった。
今夜も店先で帰れと追い立てられそうになったのを、
彼を通常の三倍の金額を支払い一晩買い取ることを条件に入店を許されたのだった。
不思議なことに、彼への興味は薄れつつあった。
ショウタの存在を忘れきってまで、彼の腕を掴もうとした記憶は、遠い過去の断片のようである。
「アンタなにがしたいんだよ。わけがわからないね」
随分と気が強い。タカシが相手だからだろうか、それとも常日頃からこうであるのかは定かでない。
ちびちびと酒を舐めるように飲みながら、男娼はタカシを牽制するように時折睨みつけた。
「店が入店を許しちまったんじゃあ相手をしないわけにはいかない。最悪だ。
アンタみたいに乱暴な男に、死んでも買われたかなかったよ」
当然と言えば当然であるが、彼の中でタカシの心象は『最悪』であった。
タカシの顔を見るなり奥歯を噛み締め眉間にシワをよせ、挙句『冗談じゃない』と吐き捨てた。
三倍の価格――、決して安くはないそれではあるが、
あの楼主が『たかが三倍』に目がくらんだとは到底思えない。
ならば何故、男娼にも嫌われ入店さえも拒絶されているタカシが、
こうしてこの場にいることができるのかは不明である。
「――元気にやっているか」
「僕は元気だよ」
タカシの曖昧模糊とした問いが、己に向けられたものではないと承知した上で、男娼はこう答えている。
「何故俺は入店を許された?」
「知ったこっちゃないね。僕にそんなことを質問されたところで、
答えようがないことくらいアンタだって本当は知っているだろ」
ただ、と男娼は付け加えた。しかし彼はそこで沈黙すると、意地悪く口角を持ち上げ、
ン、と言いながら掌を意味深に差し出した。
なるほど、ここからは別料金、と言うことか。
「電子マネーしか持ち歩いていない。
時代遅れも甚だしいが、この懐中時計なら質に入れればそれなりの値がつくはずだ」
こんなこともあろうかと懐に仕込んできたそれがやはり役に立った。
そんなことを思いながら、金に輝く懐中時計を差し出した。
鎖国中、こっそりと輸入されたもので、
昨今、国内で好事家の間で出回っている安物とは比べようがないほどに価値の高い品だ。
少年らしいラインを描く掌がそれを受け取ると、
彼は煙管の煙を吐き出しながら「懐中時計なんざ初めて見た」と物珍しそうに言った。
485 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:25:04.63 ID:R3zx0t5S0
「――なんで一度捨てた子供にそんなに必死になるかね――、あの子、ちょっと体調を崩している」
曰く、店に出ることもなく、『親父様』の丁稚として傍に置かれたショウタは、
男娼や娼婦の妬みの対象となっているらしい。
ショウタが楼主に特別極端に目を掛けられている様子はないものの、
それでも『入店』した立場のくせに、楼主の丁稚として常に傍に置かれ、楼主と共に生活し、
楼主の部屋で寝起きするショウタを、楼主の『イロ』として認識しているものは多いようだ。
イロであるショウタに大っぴらな嫌がらせをする者は少ないが、
しかし細々とした、非常に嫌なお使いを頼んだりするのだという。
「それが原因なのか、それともこの間あの子の為に用意された汁物に下剤でも入れられたのか。
よくわかんないけど、ここ二、三日は臥せっているみたいだね。おやじさまが医師を呼んでいた」
熱もあるみたいだ、と少年は言う。
「僕は親父様に特別に可愛がられているから――、
あ、変な意味じゃないぜ。売れっ子男娼だからだ。
時々こっそりと菓子を貰ったりすんだけど……、あの人あんなんだけど、結構甘いんだ」
少年は時折自身の自慢を交えて話すものだから、肝心のショウタの話へはなかなか行き着かない。
しかしそこで不平を述べようものなら、この気まぐれな子供が途端に臍を曲げないとも限らないのだ。
手放してしまった懐中時計になんの未練もなかったが、
果たしてその価値に見合うだけの情報が引き出せるかどうか、などと、
長々と続く比較的無益な話に静かに耳を傾けつつ、タカシはそんな打算的なことを考えていた。
「ほかの男娼や娼婦は親父様の部屋に近づいちゃいけないってのは暗黙の了解なんだけど、
僕レベルになれば部屋に居座ることくらいはできるってわけ。
そんであの子……、名前はなんていったっけ、ケンタだっけ? あ? ショウタ?
そうだった、ショウタだ。ここ数日は、ずっと布団の中。親父様の布団でずっと寝てる。
相当に体調が悪いのかもね。寝ている顔が真っ白なんだ。え? だから原因なんて判んないって。
親父様もショウタがどうして寝ているかなんて僕に話さないし、まぁ話す必要もないか。
問題は親父様の部屋に布団が一人分しか用意されてないってことだよね。
噂って勝手に広がるものだろ。あれは、『寝ちゃってる』かもしれないね。
意味判るだろ、親父様の『イロ』だってのは本当かもね、って話だよ」
安酒を舐めるようにちびちびと飲みながら、しかし酔いが回ってきたのか、
少年は一気に、捲くし立てるように、ショウタの現状を洗いざらい吐き出した。
486 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:26:50.68 ID:R3zx0t5S0
男娼は不思議な少年だった。
親父様に特別可愛がられている、と自称する彼が、
雇い主の懐に深く入り込んだショウタの存在を脅威とも思わず、すんなりと受け入れ、
そして時折心配をしているような表情さえ見せる。
好奇心が大部分を占めていることは明白であるが、
彼の言葉を嘘偽りのないものとして判断すれば、
彼はショウタをよく観察し、しかし男娼や娼婦たちの『意地悪』に加わろうとはしないのだ。
姉によく似た面立ちの少年は、当然のように姉とは異なる性質を持っている。
タカシは喋り、そして動く生身の彼に接したことで、漸く姉と彼を分離して認識することができた。
――他人ならば、こうも簡単に割り切ることができるのだ。
冷静に、違いを見出し、全くの別者として判断し、
そして彼のそのサッパリとしたあけすけな性格を好ましく思うことさえできる。
ショウタに対して、同様の判断を下すことができないのは何故なのだろう。
「なに、黙っちゃって」
少年は軽く酔いが回り、熱を持った赤い耳を弄くりながら首を傾げて見せた。
「いや、なんでもない」
プライベートな事柄を、ただの男娼にまで話す必要はあるまい。
何せ、タカシたちは「避難中」なのだ。細かな身の上を話すことは危険だ――、ミユキ曰くではあるが。
しかし、とも思う。いつまで続くか定かでないショウタの逃避行に付き合うにも限度があった。
店はショウタをすんなりと返してくれるだろうか。ショウタは、帰ってくるのだろうか。
ショウタが花街の住人になることを決めたその覚悟は、決して生半可なものではないはずだ。
だが、帰ってこなくては困るのだ。返してもらわなくては困る。
タカシたちはいずれ、一週間後か二週間後、もしかしたら二日後には、自宅に戻ることになるのだから。
けれど、ショウタが突発的にした選択を、タカシは止めることができなかった。
487 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:29:24.17 ID:R3zx0t5S0
子供の単純な家出ならば腕を無理やり引っ張り連れ帰ることができただろう。
だが、ショウタは今や立派な『花街の住人』なのだ。
きちんとした手続きを踏まなければ、鳥居の向こうへと一歩を踏み出すこともままならない。
ショウタは帰りたがらない。楼主もおそらくショウタを手放すことはない。
どうしたものか、とタカシは考えた。
ショウタをここから連れ出す為に取るべき行動は、複雑化してしまっているのだ。
しかし、『あの男』の手を借りれば、
あるいはその複雑さも一瞬にして単純なものへと姿を変えるかもしれない。
一度相談すべきなのだろう。そうすれば、ショウタの気持ちはさておき、
彼の身の安全が保たれる可能性は高まる。大人として取るべき行動はそれだ。
だが、とも考える。
外の世界の常識が、どこまで通用するのかも、本当のところは定かでない。
外の世界ならば、あの男――、ショウタの祖父で、タカシの義父、そしてA社のCEOであり、
貴族の社会に広く顔の効くあの男だ――、の権力はこの大日本帝国内のあらゆる場所に
波及させることが可能であるが、
しかしここは『存在しない都市』なのだ。
独自の自治が存在し、国には存在さえしていないと言う建前の、ない筈の都市。
かなりの高齢の年寄りと、近隣の大都市(と言っても、その近隣の都市はかなり離れている)の
住人が知るばかりの花街なのだ。限られた人、限られた都市の人間ばかりが知る小さな花街は、
独自のルールが罷り通る程度には、都市として自立している。
独自の自治には、外側の世界の常識を応用させることは不可能だ。
果たしてあの男の権力がどこまで通用するか。
それよりも何よりも、タカシ自身があの男を頼ることを良しとしていなかった。
488 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/04/18(月) 22:31:13.59 ID:4Q6+JX7co
来てた
489 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:31:32.33 ID:R3zx0t5S0
「アンタさ、どうしたいの」
少年が不意に言った。
どうしたいのだろう。
それを明確にしないことには、身動きを取れないことは明白だというのに、
タカシはその質問に対し、満足のいく答えを導き出すことができずにいた。
もう何度も、何度も自問自答した。しかし答えは全く浮かび上がらないのだ。
連れて帰って、どうしたいのか。
「――僕さぁ、ジンコージュセージなわけ。まぁ、珍しくはないよね」
呆れたような深い溜息のあと、少年は何かを告白するかのように、ポツリと語りだした。
「兄が一人、下にもう一人小さいのがいる。あ、弟ね。
でもさ、売り飛ばされたのは僕だけ。まぁ、年齢が丁度『オイシイ』時だったってのもあるし、
まぁ? 僕が一番可愛い顔をしていたってのもあるんだろうけど。
弟なんて猿だからね、猿。今年で十二になるのかな、あれは猿だね。
僕がこんだけウツクシイのが嘘みたいに、猿顔。
……でもねぇ、シゼンなニンシンで生まれたんだよね、兄と弟はさ。
僕だけ、ジンコーテキに生まれてきた。
こんだけジンコージュセーが推奨される世の中だから、
腹の中に入るまでの方法で親の愛情に差が生まれるなんて思っちゃいなかったんだけどねぇ。
いざ家の経済状況が逼迫してさ……、さてどうなるかって頃になればさ、なんか、ね」
元貴族、と言っても、彼は末端の末端、庶民より僅かに裕福な貧乏貴族だったのだろう。
名門貴族同士はお互いを庇いあうが、庶民に近い貴族など気遣うことさえしないのが常だ。
己の身の上をさらりと話したのち、彼は『同情してもらいたいわけじゃないよ』と勝気な顔で言った。
「ケンタも人工的な子供だと聞いている」
「……ショウタだ。それと、どうやって生まれたかはあまりこの問題に関係ない」
それは半分事実で、半分は嘘だった。
勝手にミユキが身篭ったことは気に入らないが、タカシがショウタに愛情を抱けるかどうかは、
それ以前の問題であるからだ。
490 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:33:53.39 ID:R3zx0t5S0
「ケンタさ、」
「ショウタだ」
ああ、それ、と猪口を口に運びながら少年は言った。
「アンタと怖い母ちゃんから逃げてきたんだって、お喋りな警らに聞いてるよ。
そんで、なんで今更ショウタを連れ戻したいの。下手に優しくするとかえって酷だ。
スッパリ捨ててやりゃあいいのに」
どうしたいの、ともう一度問われ、タカシは再び口を噤むこととなった。
「自分でも判んねぇってやつね。馬鹿馬鹿しい。大方嫁がアンタのあずかり知らないところで
勝手にショウタをこさえたって程度の事情だろ。そんなんで拒絶されたほうはやりきれないよ。
だからハッキリしてやれよって話!」
どん、と肩に軽い衝撃が走る。
少年がタカシの肩を蹴ったのだ。その後、彼は二度三度とタカシの肩を蹴り上げた。
元貴族にしては、随分と足癖の悪い子供だ。
タカシはその少年然とした肉の薄い脚を引っ掴むと、ショウタがこの年齢にまで成長するには、
一体何年が要されるだろうかと考えた。
シュウと殆ど年齢の変わらないあの子供の年齢を、よく考えなくては思い出すこともままならない。
本当に、タカシはただ『遺伝子を提供しただけの男』に過ぎないのだ。
だが、ショウタにとってはタカシは紛うことなき父親なのだ。
生まれたときからずっと、ショウタの父親はタカシだけだった。
しかし、タカシにとって子供はシュウだけだなのだ。ショウタにとってはこれほど酷い話はないだろう。
そしてついに彼は逃げ出した。この薄汚れた、きらびやかな街へ。
「ショウタが可愛くないんだ。生まれたときからずっと」
何故話す気になったのかは判らない。
少年の脚から手を離すと、考えるより早く、口はそう言葉を紡いでいた。
懺悔などと言う高尚なものではない。たんに、吐き出してしまいたかっただけだ。
自慰行為と然して変わらぬ告白だ。
「俺と妻、そして俺と妻の父との間には、遺恨がある。俺の子供は、妻の父に間接的にではあるが、殺された。
俺はそれを知らずに、義父の『息子のクローンを作ってやる』と言う口車に乗せられ、
妻と婚姻関係を結んだ。息子のクローンを作っているのと時を同じくして、
ショウタは妻の腹を介し、『勝手に』生まれてきた」
「つまり、アンタの息子を殺した男の娘が、ショウタを産んだわけか。
それも、アンタの精子を使って『勝手に』産み落とした、と。そりゃ可愛くないわな。
たとえアンタから遺伝子の半分を貰っている子供でもさ」
タカシが他人に話せるのはここまでだ。多少は話を端折り、
シュウに関する事柄にも偽りを含ませているが、これ以上の複雑な事情を話すことはできなかった。
本来、身の上を話すことさえもあまりよいことではないのだ。
だが、どうしても吐き出したかった。どうにかして、道を開きたかったのだ。
491 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:36:34.51 ID:R3zx0t5S0
「なるほどねぇ。アンタ、自分で自分の道を断っているんだ」
猪口を放り投げると、少年は足先でタカシの腿に触れた。足癖は、本当に良くないようだ。
そのままつま先でタカシの股間を弄くり回すが、
どんなに刺激しても反応しないタカシに呆れたのか、彼は本日数度目となる溜息を吐いた。
「なんだ、アンタ男は駄目なの」
「試したことはない」
「ヤッてみる?」
「……遠慮しておく」
「人気の男娼を買っておいて馬鹿だね」
「『客でも相手をするのは嫌だ』って言ってただろ」
「気が変わったんだよ。口でしようか?」
「……結構だ」
一瞬遅れが生じたのは、少しばかり『惜しい』と感じたからかもしれない。
馬鹿だね、と少年は呆れたように言った後、じゃあさ、と付け足した。
「三倍の価格に見合うだけの答えをあげるよ」
「答え?」
「アンタがどうしてショウタを受け入れられないのか」
酒で高潮した耳を弄り、赤い舌を覗かせ、その舌で真っ赤な唇を舐め上げ少年は言った。
まるで今から事に及ぶかのような、誘うように妖艶な仕草。だが、その眼差しに艶は一切ない。
今から大切な話をしてやるから黙ってお前はそれを聞いていろ。そう言わんばかりの眼差しだ。
目やら口やらとは対照的な、血管一つ見えない真っ白な白目。
その中央に鎮座する真っ黒い瞳に、威圧的な匂いを感じ取れる人間はどれほどいるだろうか。
多くの男――、或いは女は、例えこの場に居たとしても、
彼が意味ありげに『ワザと』覗かせた健康的な少年らしい太ももだとか、
妖しく動いた舌だとかに意識の殆どを持って行かれるに違いない。
そして彼が『何か話をしようとしていた』事実などはすっかり忘れさって、
布団の上に移動するのも面倒だと言わんばかりに彼の着物をその場で剥いで、
その薄い背中を畳の上へと引き倒すことだろう。
そんな衝動に襲われなかったのは、おそらくタカシが『相当に切羽詰っている』からであって、
決して聖人君子だからと言うわけではない。
座したまま動かぬタカシを見遣り、少年はおかしそうに笑った。
492 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:37:46.85 ID:R3zx0t5S0
「いいよ、教えてあげる。
――簡単だよ、アンタは最初からショウタが嫌いなんだ」
彼はこともなげにそう告げた。
ショウタが嫌い。
可愛くない、そう思っていたし、おそらくタカシ自身にもあの小さな子供を嫌って、
そして遠ざけている自覚は大いにあった。
今更指摘されるほどのことではない。
だが、彼はその先の言葉を紡いだ。
「嫌わなくちゃいけないって思ってるんだよ。
アンタと嫁には確執がある。凄く根の深い、嫌な確執だ。
そんな女の産んだ子供を、アンタは愛したりしちゃいけないんだよ。
アンタはショウタは可愛いはずのない存在だって『思い込みながら生きなくては』ならない。
判る? アンタはそう思いながら生きていくしかないんだ。
アンタは、ショウタを可愛がってはいけないんだよ、決して。
ショウタを少しでも可愛いなんて思っちゃ、いけないんだ。
だってアンタは、子供を殺されているんだ。
大切な子供を殺した人間の血を受けつぐショウタなんざ、愛しちゃいけないんだ」
なにか、奇妙な音がしたような気がした。
内側からすべてが瓦解していくような、耳障りな音だ。
「違う……」
気がついたらそう呟いていた。
「それは違う」
愛してなどいない。
可愛いなどと、思ったことはない。
「ホントかなぁ」
少年は、タカシを冷ややかな目で見遣り、
空になった徳利をタカシの顔面を向かって乱暴に放り投げた。
どうやら、足癖だけではなく手癖も悪いようだ。
少年は悪びれもせず、タカシの額に徳利がぶち当たる様を眺めていた。
ガツンと鈍い音が響き、酒がタカシの衣類を僅かに濡らした。
493 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:38:46.00 ID:R3zx0t5S0
「俺がここへ来たのは、単なる保身の為だ」
連れ帰りたいのにも、やはり理由はないはずだ。
義父にばれてしまってはまずい、それが一つ目の理由で、
ショウタはいずれA社を継ぐという役目も担っているのだから、いつまでもこんな場所に居ては外聞が悪い、
と言うのが二つ目の理由だ。
「ふぅん。あ、そ」
少年は舌をちろりと覗かせ『馬鹿な男』と呟いた。
「ショウタが泣いたことは?」
「ないわけじゃない」
「どう思った?」
「単純に、バツが悪かった」
「何故?」
「子供を泣かせてしまったから」
詰問するような物言いに、段々と苛立ちが募っていく。
「可愛いと思ったことは?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ何故迎えに来たの」
「だからそれは、」
「『保身の為』?」
「そうだ」
「単純に『拙い状況であるから』と?」
「そうだ」
「馬鹿じゃないの」
少年は吐き捨てるように言った。
馬鹿で愚鈍な、ずる賢い大人を心底軽蔑するような眼差しは、思春期の子供によく見られる表情だ。
世界の全てを知っているとでも言わんばかりの目が、忌々しい。
494 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:45:04.86 ID:R3zx0t5S0
「馬鹿じゃないの、アンタ。これ、アンタに訪れた好機なんだよ?」
「好機?」
「復讐できるじゃん。ショウタがひどい目に遭えば、アンタはスッとするんじゃないの?
アンタの大事な子供を殺した男の孫が、男か女――、大体男だね、に組み敷かれて
ケツの穴を好き勝手されてヒィヒィ泣くなんて、こんなに楽しい話はないだろ?
アンタの義父は、アンタから大事なものを奪ったんだ。じゃあアンタはショウタを取り上げて、
その男がしたように『間接的』に奪ってやればいいんじゃん。
なんでそうしないの? 上手く行けば、ショウタは死ぬよ」
「それは、そこまでは、俺は望んでいない」
嫌な汗が背中にふつりと浮かぶのを感じる。
罠に嵌った獣のように、タカシは少年の言葉に囚われていた。
みっともなく喚くことはしない。
タカシは罠に嵌っているが、しかし慌てることはないはずなのだ。
何故なら少年が仕掛けた罠は実際には罠などではなく、彼の勘違いに他ならないのだから。
タカシはその罠に痛みなど感じない。少年が今口にする言葉は全て彼の思い込みであり、
タカシの現実とは大きく隔たりがある。だから、焦る必要はない。
――だというのに、何故こんなにも背中に冷たく冷えていくのだろう。
「は? なんで? アンタの子供を殺されたのに、
アンタの子供を殺した男の孫は生きているんだよ? なんでそんな子供に生きていてもらいたいの?」
「ショウタが殺したわけじゃない」
「それはそうだけど、アンタはショウタにその男の血が流れているから厭っているんだろ?
ショウタがこんなところに逃げ込むほどに追い詰めたクセに、『そこまでは望んでいない』ってなに?
殺された子供のこと、そんなに愛していなかったんじゃないの?」
495 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:49:38.79 ID:R3zx0t5S0
「違う!!」
タカシは声を荒げて少年の着物の襟首を引っ掴んだ。
少年はほつれた髪が額に落ちても、無表情のままタカシを見上げるばかりだった。
「アンタの子供を殺した男の孫が、上手くすれば死ぬ状況にある。
なら復讐すればいいじゃん。なんで迎えに来ているの?
復讐が終わったら、死んだ息子のクローンを連れて逃げればいい。いくらでも逃げようがあるだろ」
「それは……! 子供に不自由な思いをさせたくないからだ!
それに俺はなにもショウタに死んで欲しいわけじゃない!」
いくらでも逃げようがある――?
そんな可能性はあるのだろうか。シュウを連れて逃げる選択は、可能なのだろうか。
前回の生で、今のシュウよりもさらに幼かったあの子を連れて逃げた記憶が甦る。
石を投げられ、恐怖と餓えとの戦いだった。
またあの日々に戻れというのか。
いや――、タカシは気づいしまった。
たった今、少年の問いから、意識的に問題をずらそうとしている自分自身に。
少年はまず最初に、何故ショウタを使って復讐を果たさないのかと尋ねた。
そこまでは望んでいない。それは、綺麗ごとだ。
あの子は、あの男に殺されたのだ。
シュウは手に入った。
復讐を果たして逃げてしまえばいい。
ショウタが死すること、それは、遠まわしながらもショウタを確実に愛しているあの男へと、
この上ない打撃を与えることになるであろう。
何故そうしない? 何故その選択を避ける?
少しも可愛くはない子供など、『自分の子供』の為に利用することくらい、容易いはずだ。
なぜならば、タカシは『あの子』の父親で、ショウタは憎むべき男の血を受けつぐ忌み子なのだから。
殺してしまえばいい。殺してすっきりしてしまえばいい。
可愛い子供の為ならば、『他人』であるショウタなどどうなっても構わないはずだ。
何故そうしないのだろう。
一体、何故。
たったひとつの、見えそうで見えない答えに、吐き気が生じる。
判っている。判っているが、判りたくはない。
496 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:50:43.00 ID:R3zx0t5S0
「ショウタを可愛いと思ったことは?」
少年はもう一度そう尋ねた。
「……ない」
「本当に?」
「あるわけがない!!」
何故ならショウタは、あの男の孫で、ミユキが産み落とした子供なのだ。
可愛いはずがない。可愛く思ってしまったら、それは――。
「あるわけが、ないだろ」
「じゃあ殺せよ」
少年は、微笑みながら静かに言った。
タカシの心の奥底にある燻りに火をつけ、さらにそれを本格的な火災にすべく、
息をこっそりと吹きかけるように、『殺せ』と囁いたのだ。
「大切な子供も望んでいるんじゃないの? 復讐を」
「あの子は、そんな、」
「望んでいるかもしれないじゃん。殺しちゃいなよ」
「それは、俺は、そこまでは望んでいない」
「望んでいない? アンタおかしいんじゃないの? アンタは子供を殺されたんだよ?
僕は例えば全然可愛いと思っていない子供を殺して借金がチャラになってここから出られるって聞いたら、
簡単に殺すけど? 知らない子供じゃなくて、全然可愛いと思っていない知っている子供なら、
より簡単に手を掛けられるね。アンタはなんでしないの。自分の子供を殺されたのに」
「ショウタを殺したところで、あの子が戻ってくるわけではないからだ!」
「へぇ、それでアンタの憎しみとか怒りはちゃんと解消されているんだ?
死んだ子供は未だに悔しがっているかもしれないのに」
「そうではないが!」
「アンタが手に掛けなくても、ショウタはきっとそのうち死ぬさ。
だったらアンタは放っておくだけでいいんだよ。何故そうしない?」
「だから!」
497 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:51:24.67 ID:R3zx0t5S0
ショウタが死することを望むほど、外道にはなれないのは、何故なのだろう。
復讐を実行すれば、確実に義父への恨みは綺麗に解消されるだろう。
何故そのためにショウタを利用しないのだろうか。
ショウタはタカシにとって『どうでもいい子供』のはずだ。
その存在を忘れて、男娼の手を引くほどに。
シュウをこの花街で見つけたとき、ナビゲーション代わりのショウタの存在を失念するほどに、
タカシの中でショウタの存在は『どうでもいいもの』であったはずだ。
どうでもいい子供など、利用してやればいい。
健全に保たれているこの国で、人が一人消えれば大騒ぎになるのは明白であるが、
しかしそれは国が管理している地域での事件に限られる。
国が存在を忘れ去ったこの花街でショウタ一人が失踪した場合は、遺体があがっても『不幸な事故』として
処理されることは間違いないだろう。
何故ショウタを利用しない。この突如訪れた好機を、何故利用しない。
そこまで望んでいない? そこまで外道にはなりきれない? そこまで道を踏み外したくはない?
だが、タカシは、平気で意識のない姉を犯すような外道なのだ。その上子供まで生ませるような、鬼畜だ。
そんな外道が、果たして復讐に子供を利用しないことなど有り得るのだろうか。
己の中で渦まく疑惑と、それを打ち消す思考で、頭の中が破裂しそうになるのをタカシは感じていた。
何故利用しない、何故。
498 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:52:53.09 ID:R3zx0t5S0
「――アンタ、ショウタを嫌おうとしているよ」
「なに……?」
「アンタは、ショウタが可愛いんだよ。無理やりショウタを嫌おうとしている」
怒りが、ぶわりと浮かび上がるのを感じた。
タカシとショウタ、それを取り巻く重く不愉快な背景を断片的にしか知らない少年は、
したり顔でタカシに的外れな意見を寄越す。
「違う!!」
気がついたとき、タカシは腹の底から搾り出すような声で叫んでいた。
「じゃあなんでそんなに必死に叫んでるんだよ!」
少年が、中身が一滴も減っていない徳利で、タカシの額を打ち付けた。
額に広がるのは、痛みと熱。酒臭くなった服を気にする余裕もなく、
タカシはもう一度「違う!」と叫ぶように言った。
額が熱い。滑りを帯びた液体が額を滴り、角膜の表面を瞬時に覆っていく。
視界が赤く染まり、世界そのもののカラーリングが歪になる。
左の視界はクリアだというのに、右の視界は真っ赤。不安定な視界もそのままに、
それよりももっと不安定な己の胸のうちを隠すかのように、タカシは叫び続けた。
「可愛いはずがない!!」
「馬鹿じゃない? アンタはとっくにショウタを気に掛けていた。
ショウタがアンタの前で泣いたとき、本当はどう思った?
ショウタがアンタを見るとき、いつもどんな気分になった? 後ろめたくなったんじゃないの。
ショウタにどんな風に接した? 冷たく当たったんだろ? 何故?
そうしなければ、愛しく思ってしまいそうだったんじゃないのか?」
「違う!!」
「アンタはもう既に負けている。過去のショウタを愛すまいとしていた自分に、負けているんだ」
「違う、俺はただ、ショウタが帰ってこないと不都合があるだけで……!」
家に連れ帰らなくてはならない。
ショウタの祖父であるあの男が、孫の不在に気づく前に。
家に連れ帰らなくてはならない。
子供の家出などに付き合っている場合ではない。何故なら、ショウタはいずれA社を継ぐ子供なのだから。
タカシがショウタを家に連れ帰らなくてはならない理由など、それしかない。
そのはずだ。
いつも窺うようにしてタカシを見ていた子供を、鬱陶しいと思いこそすれ、
可愛いと思ったことなど一度としていない。
遠慮がちにタカシを盗み見るようにしていた子供を可愛いと思ったことなど、一度としていない。
499 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:53:51.31 ID:R3zx0t5S0
「可愛いわけがない。生まれたときから、一度も可愛いと思ったことなどない!」
「どうして?」
「可愛いと思えないだけだ! 理由なんてない」
「理由なく可愛いと思えないなんて、それこそおかしいだろ。
目つきがキモイとか、おどおどした態度に腹が立つとか、あるだろ」
記憶の片隅にある、ショウタの影を引きずり出そうとタカシは躍起になった。
手をつかまれたとき、寒気がした。なんともいえない嫌悪感に襲われた。
本能的に、ショウタを厭い、体がそう反応したのだ。
「嫌なものは嫌なだけだ。単純に可愛いと思えない。それのどこが悪い」
声が上ずり、紡がれる言葉の一つ一つは細かく揺れた。
動揺している――、タカシにはその自覚があった――、自分を隠すように、
ショウタの『嫌な部分』を具に上げていった。
窺うような目が嫌だ。
タカシをミユキのように『タカシさん』などと呼ぶのが嫌だ。
子供のくせに、妙に大人びている部分があるのが気持ち悪い。
ミユキの腹を介して生まれてきたのが何よりも気持ち悪い。
大嫌いな貴族の出身であることが気に食わない。
――全部、全部、ショウタの存在そのものが気味が悪い。
感情の赴くままぶちまけたそれらは、床に散らばり空しく転げ落ちる。
肩を怒らせ、はぁはぁと熱く荒い呼吸とは裏腹に、
無機質で中身のないそれらは、無理やりひねり出したかのような『てきとう』な理由であった。
これが本心とは大きく隔たりのある言葉だと、タカシ自身が自覚していた。
無理やりひねり出さなければ、ショウタを嫌う理由が見つからない――、
その事実が、ひどく恐ろしかったのだ。
500 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:54:57.26 ID:R3zx0t5S0
「……ひっどいね、アンタ。あのさ、大人びちゃったのもアンタの態度を窺うのも、
アンタの所為じゃん。アンタが邪険にするからそうなっちゃったんじゃないの。
それにさ、アンタが嫌っている女の腹を介して生まれてきたなんて、
ショウタにはどうしようもないことじゃん」
呆れたように言った少年は、溜息を吐いたあと、『カワイソ』と心底同情したように言った。
「ショウタ」
少年は、静かにそう呟いた。
まるで、ショウタを呼ぶように、そう口を開いたのだ。
嫌な予感に、背筋が冷たくなる。
「入っておいで」
少年の背後のある襖が、音もなく開けられた。
廊下に膝をつき、ショウタはそこに佇んでいた。
「ショウ、タ」
瞳孔が、ギュッと引き絞られるような錯覚を覚える。
体中の血液と言う血液が、足元に落下していくような、嫌な寒気。
そして、この場違いな空気の中、ただただ微笑むショウタ。
「もう帰っていい? 貴方が襖の前にいろって言うから俺はここにいた。用事は済んだよね?」
「……いいよ。親父様ンとこに帰りな」
ショウタの口角が更に持ち上がる。頭をゆっくりと下げ、そして襖は閉じられた。
何事もないように、ショウタは悠然と微笑んでいた。
タカシの暴言など、痛くも痒くもないと言うように、ただ自然な笑みを浮かべていたのだ。
唇が戦慄く。
脚に力が入らない。
だが、タカシは無理やり立ち上がった。
今、ショウタを追いかけなければ、永遠にショウタを失うような気がしたからだ。
失っても構わないはずの子供を、タカシは追いかけようとしていた。
501 :
◆OfJ9ogrNko
[saga]:2016/04/18(月) 22:56:08.78 ID:R3zx0t5S0
「ショウタ!」
「追いかけるな!!」
ぴしゃりとした声が、叱責するように言った。
「終わらせてやれ! 歪な家から、開放してやれ!! そうじゃないなら認めろ!
ショウタが可愛いって認めちまえ!!」
可愛くない。今度はそう叫ぶことはできなかった。
壊れたように震えている唇では、そう叫ぶことはかなわなかったのだ。
少年が立ち上がり、タカシの襟首を掴む。
少年の顔を見下ろすその瞬間、タカシは彼を『姉に似てなどいない』と再確認をしたのだ。
姉は人形のように身動きの取れぬ人であったが、元気であった時分でさえ、
美しく微笑んでいることの多い人だった。そう、先ほどのショウタのように。
眉根を寄せて叫んだり怒ったりなど、決してしない人だった。
襟首を掴み、捲くし立てる少年は、生きた、血の通った少年だった。
思い出と同化することは決して有り得ぬ、怒り、笑い、泣く、普通の人間なのだ。
ショウタも、そうだ。
ショウタは傷つく。ショウタは、悲しむ。
だが、ショウタはホログラムで作られた虚像のように微笑んだ。
記憶の片隅に住み着く、思い出の一部分のように微笑んだ彼は、
痛みなど少しも感じていないようだったのだ。
だが、タカシは己の行動に焦っていた。
タカシが暴力的に吐き出した言葉はあまりにも鋭利で、
その虚像のトゲは、見えないショウタの内側を、
しかし確実に深々と抉って、おそらくこの先死ぬまで癒えることのない裂傷を作ったのだ。
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