花陽「死を視ることができる眼」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:07:45.88 ID:AWhlWl6p0
前スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482928326/

途中から荒らされて読み辛くなっていますので、その補完です
187までは普通に読めます
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:08:35.62 ID:AWhlWl6p0
ロア「ふざけてなんかいない。至って真面目で冷静に努めてる。私にあれだけのことをして、殺されなかっただけマシだと思えよ」

花陽「凛ちゃんがあなたになにをしたっていうんですかっ!!」

ロア「はあ……あのねえ、その娘がなにもしなくたって、あんた達がμ'sであるってだけで私には受け入れられないの。抹殺対象なの。殺しても殺し足りないぐらい憎らしいの。何故だかわかる?それはあんた達がμ'sだからよ」

花陽「どうしてそんなにμ'sを憎むんです!私達はあなたに危害なんて加えてないのに……!」

ロア「その考えがまず致命的に間違ってんのよ。私達はなにもしてない?危害なんて加えてないのに?なにも知らない癖に、よくもまあそうペラペラと弁解の言葉を並べられるわね」


ロアを睨み付けながら対峙していると、傍らで凛ちゃんの苦しそうな呻き声が聞こえた。

必死に誰かに助けを乞うようなか細い声に、私はいたたまれなくなりそうだった。


凛「うぅ……だ、れか……たす……け……」

花陽「凛ちゃん……待ってて、今助けてあげるから!」


凛ちゃんを抱き抱えてその場を離れようとすると、ロアが目の前に立ち塞がる。


ロア「おっと、そうはいかない……せっかく会えたんだから、もうちょっと遊んでいきなさいよ」

花陽「そこをどいて……さもないと────命の保証はしない」

ロア「アハハハハハッ!そうこなくっちゃ面白くないわよねえ!」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:09:33.37 ID:AWhlWl6p0
上着を脱いで布団代わりにすると、抱き抱えていた凛ちゃんをそっと寝かして立ち上がる。

取り出したナイフを構えると、やつの死を睨む。

ああ、今日は線を見逃すことはない。

だって、今夜はこんなにも月が綺麗だから────


花陽「どんな事情があるのか知りません。もしかしたら、私達の行動があなたの眼についたのかもしれない、だけど──もうそんなことはどうでもいい」


構えたナイフを逆手にして、敵の攻撃に備える。


花陽「凛ちゃんを傷つけた罪……その身で償ってもらいますっ──!!」

ロア「来なよ、偽善者。その軽々しい口を塞いであげる」


花陽「あなたをここで──」ロア「あんたをここで──」


花陽・ロア「「────殺してやる!!」」


次の瞬間には、自然と身体が動いていた。

刹那の攻防は、人の領域を超えた見切り合いの中にある。

渾身の力で地面を踏み込んで、一歩前に飛び出す。

やつの右手が放つ雷撃を躱しながら前進し、そのまま一気に懐に潜り込む。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:10:24.03 ID:AWhlWl6p0
ロア「そう易々と──」


右手の線を狙う斬撃は、奇しくもやつのナイフに阻まれた。

しかし、このままでは終わらせない。

交えた刃を拮抗させ、空いた左手で点目掛けて突きを繰り出す。


ロア「やらせるかぁ!!」


こちらの胴を狙った蹴りを回避して、一旦距離を取る。

ナイフを口に咥えて両手を空けると、再びやつに向かって駆け出す。

────狙いはロアの死が視覚として表れている場所。

即ち点──!

こちらの線を狙ってくるナイフの一閃を見切り、肘で跳ね飛ばす。

がら空きになった胴体に最後の一撃を与えるべく、口に咥えていたナイフを離し、宙で掴み取る。

左手に握り締めたナイフに全神経を集中させると、相手の攻撃を躱すという考えを捨て、点に最速の刺突を繰り出す──!


ロア「──ちっ」


あと一歩のところで、やつの足元から発生した力場の波動をもろに食らい、十メートルほどの距離まで吹き飛ばされる。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:11:09.08 ID:AWhlWl6p0
花陽「かはっ……!」


ぎりぎり受け身は取れたものの、正面から波動を受けた影響で中がやられたらしい。

肋骨がいかれたかもしれない。

込み上げてきたものを地面に吐き出すと、真っ赤な血が大量に零れた。


ロア「アイドルっていうのは業の深い仕事だと思わない?自分達は笑顔という名の仮面を張り付けてステージに立っているのに、観客にはそれが自然なんだって錯覚させる……そりゃ見てる側は誤解するわよねえ」

花陽「ち、違う……」

ロア「違わないわよ。誰だって輝けるなんて、ただの幻想でしかない。だというのに、あんた達スクールアイドルはその幻想を他人に押し付けて、なおかつそれが素晴らしいことだって平気で嘘をつく」

花陽「嘘なんかじゃないっ!」

駆けてきた相手が繰り出すナイフを、こちらのナイフで受け流す。

十を超える斬撃の応酬を終え、ナイフを交えたまま拮抗を続ける。

しかし、力負けしているのか、段々と後ろに仰け反っていく。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:12:33.90 ID:AWhlWl6p0
ロア「いいや、嘘だ!その証拠に私は唯一の親友を失い、スクールアイドルも続けられなくなり、しまいには人をやめなければ引っ込みがつかないところまで来てしまった……!!その苦痛が、怨嗟が、あんたに理解できるのかっ!!」

花陽「ぐっ……!!」

ロア「そうよ、誰かを笑顔にしたいという願いが綺麗だったから憧れたっ!!ステージで輝く姿が眩しかったから心惹かれたっ!!自分もあんな風に誰かの為になれるならと、持てる全てを捧げて走り続けたっ!!」


圧倒的な力に負け、身体ごと後方に弾き飛ばされる。

追撃を続けるロアのナイフを防ぐのに精一杯で、反論する余裕がない。


ロア「見ろっ!!あんた達μ'sの言う輝きとやらの末路がこれだ!!元から才を持たないものは偽者にすら成り切れず、凄惨な醜態を晒すしかなくなる!!これがあんた達μ'sが作り上げた嘘の正体だ!!」


花陽「違うっ!!」


攻撃を防ぐことはできても、体力は確実に消耗している。

おかげで、ナイフを握る手には痺れが回っていた。


先ほどと同じやり取りをあと二回も繰り返せば、握力も底を突き、ナイフを握ることは叶わなくなるだろう。

それでも────

この女には絶対負けたくない。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:13:28.18 ID:AWhlWl6p0
花陽「あなたは間違ってる……スクールアイドルは、そんなものじゃない……」

ロア「認めろよ。所詮アイドルなんて、偽りの笑顔を晒すだけのくだらない仕事だってね」


ナイフの一撃を耐え忍ぶ度に、身体が軋む。

私達もどこかで道を違えていたら、眼の前の怪物のようになっていたかと思うと、心が折れそうになる。

でも心の奥で、この女の言うことは間違いだって、誰かが叫んでる。

────手も足もまだ動く。

まだなにも終わっちゃいない。


花陽「それは無理です……だって、私の尊敬する先輩が言ってたから……」


眼前の敵から眼を逸らさず、私は言った。


花陽「アイドルは笑顔を見せる仕事じゃない……笑顔にさせる仕事なんだって」


説き伏せることができずに焦り出したのか、ロアの表情が歪んでいく。


ロア「ああ、そう……そうなんだ。この後に及んでまだそんなこと言うなんて……筋金の入った偽善者ね」


連続して放たれる斬撃を受け流しながら後退するも、躱し損ねたナイフが右腕を掠めていく。


ロア「じゃあもう用ないよ。とっとと、死んじゃえ」


僅かに出来た隙を突かれて、ナイフを握っていた右腕を横に弾かれる。


ロア「無様────」


無防備になった左腕を断ち切られ、身体から血が噴き出す。

私、斬られちゃったんだ───
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:14:21.81 ID:AWhlWl6p0
ロア「クックックックッ……アハハハハハッ!!凄い、あの時以来だわ!転生者の血をこの身に受け入れたときの快感とそっくり!あの時は身体どころか魂まで生まれ変わるんじゃないかって思うぐらいだったけど、あれに勝るとも劣らない快感ね!」


なにも感じない。

力が入らない。


ロア「おいおい、まさか腕が一本飛ばされたぐらいでそのまま死ぬつもり?まだこの眼の試運転も済んでないってのにさあ」


だんだんと周りが暗くなっていく。

ただただ凍えるようにさむい。

ああ、そうか────私死ぬんだ。


ロア「─────────」


何か言ってる。

なんだろう。

もうなにも聞こえない。

大事なことは、なにも────


『これまでが楽しかったんだから、これからだってきっと凄く楽しいよ』


意識が飛びそうなところを、舌を噛んでなんとか堪えた。

立ち上がり、相手の死を見据える。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:15:32.57 ID:AWhlWl6p0
ロア「そうそう、立ち上がってもっと私を楽しませ────」

花陽「凛ちゃんは、まだ生きてるの」

ロア「……?さあて、どうでしょうね。人間としては終わってるだろうけど、吸血鬼としてなら生きていけるんじゃない?まあ、どちらにしたってあんたはここで────」

花陽「そうですか」


最後の力を振り絞って、やつの点を突く。

もうカウンターなんて望まない。

命に代えても、この化物だけは殺し切る──!


ロア「やるじゃない!さっきよりも速いわよ!」


ジグザグに前進して、相手の点に刺突を浴びせる。

防がれてもなお、ナイフをジャリングの要領で宙に滞空させながら、あらゆる角度で線に刃を這わせようと斬撃を繰り出す。


ロア「なっ──」


やつには視えなくても、私には視える。

ナイフは私の手にないのだから、そう易々と刃の軌道を読まれることはない。


ロア「ちぃぃ──!」


相手の死角を取るよう立ち回れば、まだ戦える。


ロア「いちいち視界の外にっ!」


次の一撃で、首を刈り取る。

ステップを駆使して、やつの背後を取れれば──
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:16:27.81 ID:AWhlWl6p0
ロア「いいかげんに、しろっ!!」


足元から発せられた波動に勢いを殺され、そのまま地に叩き伏せられた。

ナイフもどこかに落としてしまった。

早く立ち上がって、探さないと。


ロア「………………」


凛ちゃん……を……助け……なきゃ。


ロア「死ね」


立ち上がった瞬間、胸にナイフを突き立てられた。

全てが足元から崩れていくような感覚。

これが……死……なんだ。


ロア「……クック……ッハハ……ハハ……ハハ…アハハハハッ!少し点からずれたか!?どうよ、死の点を突かれた感覚は!全てが足元から崩れていく感覚……あんたもたっぷりと味わいなさい!」


な……に。


ロア「ふう、素晴らしい気分だわ。あんたの命一つでこれなら、μ's全員ならどれだけの快感を得られるか、想像も付かないわね」


やつが……来る──
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:17:14.50 ID:AWhlWl6p0
ロア「さて、記念にそのナイフは貰っておきましょうか。じきに消えるあなたには必要のないものよ」


あいつを倒さな……いと……

凛ちゃんが……


シエル「小泉さん、ここは引きますよ!」


すぐ近くで聞き覚えのある声がした。

誰かが私の身体を抱き抱えてくれているのか、ほのかな温もりを感じる。


ロア「へえ……あれだけズタズタにしてやったのに、随分とお早い御着きね。私のことを化物と罵るけど、あんたも十分人外の領域に足を踏み入れてるじゃない」


身体が……寒い……


ロア「治療したところで無意味よ!死線を裂かれたものは、如何なる手段を用いても死から逃れられない!ハハ、アハハハハハッ!!」


あれ……先輩…どうして……


シエル「詳しい話はあとです!小泉さんは助かります!気をしっかり持って!」


私のことは……いいから……早く……凛ちゃんを……


シエル「大丈夫、星空さんも一緒です!」


良かった……凛……ちゃんも……一緒なんだ……


シエル「西木野さんの病院に向かいます!そこでなら治療も────」


身体……の感覚が……なくなっていく。

凛……ちゃん……
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:18:07.91 ID:AWhlWl6p0
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眼が覚めたあと最初に視ることになったのは、真っ白な天井でした。

白一色の壁紙に蔓延る線と点。

ああ、私──まだ生きてるんだ。


真姫「──花陽っ!」

花陽「真…姫……ちゃん」

真姫「良かった……」

花陽「ぐうっ……はあっ……!」

真姫「花陽、しっかりして!」


頭が割れそうなぐらい、線が眼に染みる。

このまま死を視ていたら、脳が焼け切れてしまう。


綺礼「眼鏡を渡してやれ。それで多少はマシになるだろう」


真姫ちゃんから眼鏡を受け取り、かけ直す。

すると、あれだけ濃く刻まれていた線がほとんど消え去りました。


花陽「あ、ありがとう」

真姫「いいのよ、これくらい……他にどこか痛いところは?」

花陽「ううん……動かなければ、多分大丈夫だから……それより凛ちゃんは──!」

真姫「凛も他の病室にいるから、心配しないで」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:19:17.16 ID:AWhlWl6p0
良かった、凛ちゃんも無事だったんだ。

安心したついでに、少しだけ身体を動かしてみる。

すると、意識を失う前とは違うところに気がつきました。

赤い布を巻かれてはいましたが、無くなっていた左腕が元通りになっていたんです。

花陽「左腕が……ある……」

綺礼「接合に成功したとはいえ、聖骸布の効果で切断された事実を身体に忘れてもらった上での、仮初の治療でしかない。無理すれば、また腕が落ちるぞ」

修道服を着た大柄な男性は、私達から少し離れた位置にある椅子に座ったまま、淡々と告げてきました。


花陽「あの……あなたは……」

真姫「言峰綺礼……教会の代行者の一人よ。あなたと凛を助けてくれたの」

花陽「言……峰、さん?」

綺礼「如何にも。私が言峰だ。君と君の友人を救出する際、多少援助させてもらった」


言峰と呼ばれた男性を、ベッドの上から観察してみる。

服の上からでもわかるぐらい鍛え上げられた、屈強な身体。

シエル先輩と同業だということが一目でわかる修道服。

三十代前半ぐらいの容姿をしているのに、まるで全てを悟り切った僧侶のような雰囲気。

特徴的な点は他にもありましたが、その中でも特に嫌な感じがしたのは、彼の目でした。

人間らしい温かみを感じない、死んだ目をしてる──

どうしてこの人がシエル先輩と同じ組織に属していられるのか、私は不思議でなりませんでした。

もしかすると件の組織では言峰さんみたいな人が大多数であり、シエル先輩が少数派なのかもしれませんが。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:20:07.27 ID:AWhlWl6p0
花陽「どうして……私を助けてくれたんですか……?」

綺礼「私は代行者としての責務を果たしただけだ。そこに特別な意味などない」

花陽「そう、ですか……でも、力を貸してくださったことには……変わりありません。ありがとうございます」

綺礼「礼なら目の前の彼女に言うべきだろう。左腕の接合はともかく、削り落とされた生命力を彼女が補填してくれていなければ、君は今頃冥途を彷徨っていたのだからな」


削り落とされた生命力……?

それはどういうことだろう。

死の点を突かれたモノは、どんな手段を用いても死からは逃れられない。

私はロアの手によって、確かに点を突かれたはず。

治療なんて不可能なはずなのに、何故無事に生還することができたのでしょうか。

…………もしかして、私とあの吸血鬼が視ているモノは違うのかな。

考えも程々にして中断すると、私は真姫ちゃんの方に向き直り、改めてお礼の言葉を述べた。


花陽「真姫ちゃん、ありがとね。おかげで助かったよ」

真姫「気にしないで。困ったときはお互いさまだから」

綺礼「ふむ。助かった、か……その台詞は少し早いかもしれんがね」

花陽「えっ?」


どういう意味かと訊き返そうとしたとき、病室にシエル先輩が入って来ました。

先輩は曇った表情のまま、真姫ちゃんを呼びます。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:20:54.16 ID:AWhlWl6p0
シエル「西木野さん、ちょっと……」


そのまま二人は病室から出て行き、残されたのは私と言峰さんだけ。

命の恩人とはいえ、この人とはあまり二人きりになりたくない。


花陽「………………」

綺礼「………………」


気まずい沈黙が病室内を支配する中、先に口を開いたのは言峰さんの方でした。


綺礼「君の友人の経過を看に行ったのだろう。じきに戻る」

花陽「そう、ですか」

綺礼「確か君の名は──」

花陽「小泉花陽です」

綺礼「そうか。では小泉花陽……彼女達が戻るまで、少し時間がある。退屈凌ぎといっては何だが、少し昔話をしよう」


会話を続けたいとは思わなかったので、向こうが一方的に話を続けてくれるなら、それはある意味好都合でした。


綺礼「昔、正義の味方になることを志した男がいた。その男は一片の迷いや後悔もなく、心の底から正義の味方になることを望んだ。だが、男が目指した『正義の味方』という理想は、絶対に叶うことのない破綻したものだった。何故だかわかるか」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:22:26.26 ID:AWhlWl6p0
花陽「……全ての人を助けることができないから、ですか」

綺礼「そうだ。男は正義の味方として、誰も血を流すことのない世界……つまり恒久的な世界平和を望んだ。
しかし、それは人の領分を越えた、決して叶わぬ願い──己が理想の内にある矛盾に苦悩しながらも、男は走ることを止めなかった」

花陽「………………」

綺礼「いつしか男の理想は、最初に抱いたものとは別物になっていた。
全ての人を救うことができないと悟ったときから、救えぬ少数を早々に切り捨て、助かる見込みのある多数を取るようになっていたからだ。それでも誰かを救うことができるならと、男は自分に言い聞かせ続けた」


私には言峰さんの話す人物が誰かはわかりません。

本当に実在する人物かどうかも、微妙なところです。

でも、彼を語る言峰さんの弁には並々ならぬ熱意が籠っていました。


綺礼「いつしか男は、自分の理想を叶えるために、奇跡に縋るしかなくなっていた。
どんな願いでも成就させることができる万能の杯に、男は願った──誰も傷つかない世界を」


自然と喉が鳴る。

言峰さんは途中で黙り込んだまま、先を話さない。


花陽「それで、その人はどうなったんですか」


綺礼「杯は願いを汲んだ。その結果、誰も傷つかない世界を実現させるため、全ての人類を殺し尽そうとした。誰も存在しなければ、誰も傷つかない──奇跡の杯は、人間の悪性を以って男の願いを成就させた」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:23:58.85 ID:AWhlWl6p0
花陽「そんなことって…………」

綺礼「男は何かを成し遂げることもなく、何かを勝ち取ることもなく、その短い生涯を終えた……これが正義の味方になろうとした男の末路だ」

花陽「……なにか救いはなかったんですか」

綺礼「どうだろうな。私はその男でもなければ、正義の味方になろうなどとは露とも思ったことがない……結末だけ見てしまえば男に救いはないが──如何せんこれは作り話だ。残念ながら、その先にある物語の用意がないものでね」


確かにここまでの話だと、その男の人には救いがない。

でも────


花陽「きっと、その人に救いはあったんだと思います」


そう、自然と口にしていた。


綺礼「……何故そう思う」

花陽「その男の人が一生懸命、脇目も振らずに夢を追いかけた姿を、誰かが見てると思うんです。だから、その中の一人でもいいから……誰かがその夢に惹かれたのなら、まだ物語は終わってません」

綺礼「誰かが憧憬を抱くということか……しかし、果たせぬ理想を抱かせるのは、罪だと思わないのかね」

花陽「私には、わかりません……ただ夢を手に入れた人は──自分が輝けるなにかを見つけた人は、後悔なんてしないと思います」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:24:55.15 ID:AWhlWl6p0
私の発言を心の中で反芻しているのか、言峰さんは目を閉じて黙り込みました。

十秒ほど経過したあと、言峰さんはゆっくりと目を見開く。


綺礼「なるほど……現役の夢追い人らしい考え方だ。君達がスクールアイドルとして成功するのも頷ける」

花陽「言峰さんも、私達のことを知ってるんですか?」

綺礼「ああ、もちろんだとも。君達の評判は私の住む街まで届いている。これでも神父をしているのでね……巷の噂には事欠かない」


この人が、神父さん……?

あまり信じたくない話ではありますが、そう考えると色々な辻褄が合ってしまうので、おそらく事実なのでしょう。


綺礼「先ほど君達二人を助けたことに特別な意味合いなどないと言ったが……あれは訂正しよう。これで一つ、先々の愉しみができた」

花陽「言峰さんも、応援してくれると……?」

綺礼「その必要はない。私がエールを送らずとも、君達はライバルであるA-RISEを下し、いずれスクールアイドルの頂点に君臨することになる」

花陽「ま、まだわかりませんよ。だって、まだラブライブへの出場だって決まってませんし、それに────」

綺礼「いいや、必ずそうなる。そして全てをやり遂げ、スクールアイドルとして活動できる限界を迎えたとき──君達は大きな問題に直面することになるだろう」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:25:41.67 ID:AWhlWl6p0
そのときが愉しみだと──続けて言うつもりだったのでしょう。

だけど、言葉にせずとも理解できた。

おかげで私は、背筋が凍るのではないかと思うくらいぞっとさせられた。

人の気持ちを慮ることのない発言には、邪悪さが滲み出ていました。

この人は本気で、私達がスクールアイドルの頂点に立てると信じてる。

その上で、問題に直面する私達が苦悩する様を想像して愉しんでるんだ。

なんて、悪趣味────


綺礼「イカロスは太陽に焦がれ、近づき過ぎたが故に飛ぶための羽を失い、墜落した……輝きを求めるのは構わんが、自身が生み出した光に目を潰されぬよう、精々気をつけることだ」


言峰さんは椅子から立ち上がると、病室の出口に向かって歩いて行く。

捨て台詞とは正にこのことだ。

言いたいことだけ言って去って行くなんて、流石の私でも許せない。

だから、その大きな背中に向かって言った。


花陽「私達は──負けませんっ!」


彼はこちらを振り返ることなく、立ち止まる。


綺礼「ならばその身を以って証明してみろ。一人では困難でも、九人なら……私の予想を覆すやもしれん」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:26:35.91 ID:AWhlWl6p0
再び歩み始めた言峰さんは病室の引き戸を開き、こちらに振り返って一言────


綺礼「救いを得たければ迷うな。友の命をどうするのかは、お前次第だ」


そう告げて彼は出て行った。

私には、その言葉の意味が理解できませんでした。

友の命……?

それって、凛ちゃんのこと?

でも、凛ちゃんは私と一緒に助かったって真姫ちゃんが────


『助かった、か。その台詞は少し早いかもしれんがね』


言峰さんの言葉を思い出す。

そして先ほどの意味深な台詞。

……なんだか嫌な予感がする。

胸がざわついて、落ち着きがなくなってきた。

そういえば、まだ凛ちゃんの容態を確認してないじゃないですか。

この眼で確かめないと、休もうにも休めません。

私は死に体の身体に鞭打って、ベッドから上体を起こしました。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:27:22.90 ID:AWhlWl6p0
真姫「花陽っ!?」

シエル「なにをしているんですか、小泉さん!」


ベッドから降りるために身体を動かしていると、シエル先輩と真姫ちゃんが病室に入って来ました。


花陽「っ──!?」

シエル「今は絶対に安静が必要なんですよ!」

花陽「ごめんなさい……また先輩に助けられましたね」

シエル「ええ、これで三度目です。いい加減次は見捨てますから、覚悟しておいてくださいね」

花陽「はい……それより、凛ちゃんがどこにいるか教えてもらえませんか。一度くらいこの眼で安否を確認しておかないと、落ち着かなくて」

シエル「小泉さんには悪いと思いますが、星空さんの病室を教えることはできません」

花陽「えっ……?でも、私と一緒に助けてくれたんだって、真姫ちゃんが────」


真姫ちゃんは私から露骨に目を逸らし、俯きました。

シエル先輩の表情も暗く、どこか後ろめたい感情が見え隠れしています。


シエル「助けたことは事実です。ですが、無事ではありません」


部屋の空気が凍り付いてしまったような錯覚に襲われる。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:28:47.56 ID:AWhlWl6p0
花陽「それってどういう────」

シエル「彼女は杉崎亜矢に血を絞り尽され、死徒化している最中なんです」

花陽「死徒化……?もしかして、凛ちゃんも吸血鬼になっちゃうってことですか!?」

シエル「……申し訳ありません。私がもう少し早く駆け付けていれば、こんなことにはならかったのに」

花陽「謝らないでください!あと質問に答えて!凛ちゃんは……凛ちゃんはこれから一体どうなるんですか!」

シエル「私がここに来たのは、小泉さんに相談するためです」

花陽「相談って、なんの────」


言い切るより先に、シエル先輩が答えました。



シエル「星空さんを処分する方法についてです」



一瞬、先輩がなにを言っているのか理解できなかった。


花陽「は、はは、先輩、冗談はやめてください。凛ちゃんを処分だなんて……冗談でも言っていいことと悪いことがあります」

シエル「これは冗談ではありません」

花陽「だったらっ──!!どうしてそんな酷いこと言うの!!凛ちゃんは生きていて、まだ誰も襲ってないんでしょ!!」


病室だということも忘れて、声を荒げていた。

無理に身体を起こそうとして、全身に激痛が走る。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:29:49.51 ID:AWhlWl6p0
花陽「いっ……たっ……」

真姫「無理して動いちゃダメよ!」


真姫ちゃんが駆け寄り、身体を支えてくれました。

崩れ落ちそうな身体で、先輩と見つめ合う。


シエル「確かに、今の星空さんは吸血鬼と呼べる段階ではありません。しいて言うなら、吸血鬼もどきの人間といったところでしょう。ですがこれから時間が経つにつれて、彼女は段々と人間性を失っていく」

花陽「で、でも…………!」

シエル「次第に血を求めずにはいられなくなり、一度その箍が外れてしまえば、人を襲い血を求めることになんの躊躇いも抱かない、醜悪な鬼と化す。小泉さんだって、そんな星空さんを見たくないはずです。だから────」

花陽「だから殺すっていうんですかっ!!本人の意思とは無関係に、命を奪うっていうんですかっ!!
いつかあなたは人殺しになるから、邪魔になる前に処分させてくれって、どんな顔して言えばいいんです!?」

真姫「花陽、お願いだから落ち着いて!」

花陽「いくら真姫ちゃんのお願いでも、それはできないよ!だってここで食い下がらなければ、先輩はきっと凛ちゃんを殺す……そんなの許せるわけないじゃないですか!」

シエル「…………あなたならそう言うと思っていました。だからこそ、私達はここに戻って来たんです」


ベッドの方に歩み寄って来ると、シエル先輩は私にナイフを手渡してきました。

トウコさんから貰った、銀製のペーパーナイフ。

大した重さじゃないはずなのに、今は一段と重く感じる。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:30:41.13 ID:AWhlWl6p0
シエル「本来なら、これは失策した私の責務……代われというなら、私が請け負います。恨んでもらっても結構です。ですが、星空さんはあなたの親友……最後の選択は、小泉さん自身の手でするべきです」


発言の意図を理解して、手が震えた。

手の震えが、徐々に全身に行き渡っていく。


真姫「花陽…………」

花陽「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!そんなの絶対嫌!!だって、凛ちゃんはまだ生きてるんだよ!!こうしてる間にも、必死で生きようとしてるはずでしょ!!なのに、それを止めるなんて……そんなこと、私にはできない!!」

シエル「では私が代わりに処分してもいいのですね」

花陽「そういう意味じゃない!ねえ、他になにか方法はないの……?凛ちゃんが人間に戻れて、誰も傷つかずに済む方法を、先輩なら知ってるんじゃないんですか!」


無意識の内に、先輩の胸に縋りついていた。

私の中にはなかったから、先輩の中にならあると思った。

凛ちゃんを助ける方法が、あると思った。


シエル「死徒化が始まった者を完全に元に戻す手段は……ありません。良くて進行を遅らせる程度で、根本的な問題解決にはならない……いずれ来る悲劇を先延ばしにすることが、星空さんにとっての救いにはならないでしょう」

花陽「そんなぁ……じゃあ、凛ちゃんは────」

シエル「人を食い荒らしても平然としていられるような姿になる前に、手を下してあげるのがせめてもの情けです」

花陽「私は、私は………………」


答えを出さなければいけないことが、これほどまでに苦痛だとは思わなかった。

どんな状況に陥っても、必ずなんらかの解決方法があって、救いはもたらされるものだと信じてた。

でも、それは幻想だった。

眼の前の現実に打ちひしがれながら、私は最後の選択をした。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:31:25.41 ID:AWhlWl6p0
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病室は、不気味なくらい静かだった。

大きな音を立てないようにリノリウムの床を歩いて行くと、凛ちゃんが寝ているベッドがあった。

すぐ隣まで近づくと、上から凛ちゃんを見下ろす。

顔は真っ白だったけれど、寝顔は安らかで、視ているこっちまで微笑ましくなってくる。


花陽「凛ちゃん……」

凛「………………」

花陽「前に指切りしたこと、あったよね。困ったら真っ先に相談するってやつ、まだ覚えてるかな」

凛「………………」

花陽「私、嘘ついちゃったの。だから針千本飲まなきゃだね」

凛「………………」

花陽「もっと早く打ち明けてればこんなことにもならなくて、私と凛ちゃんと真姫ちゃんとμ'sのみんなで、ずっと楽しいこと……できたのかな」

凛「………………」

花陽「もしもの話って好きじゃなかったけど、今ならちょっとは好きになれそうだよ」

凛「………………」

花陽「だって、その場だけは救いがあるような気がするでしょ」


眼鏡を外して、一番視たくない死を視る。

多分私はこの瞬間を、一生忘れられない。

────この死を。

気が狂ってしまったかのような静かな気持ちを────私は一生忘れられない。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:32:18.24 ID:AWhlWl6p0
ナイフを取り出し、凛ちゃんの胸部にある点に翳す。

この細く頼りない板切れを胸に突き刺すだけで、全てが終わる。

歯を食いしばって、腕に力を込める。

だけど、身体はいうことを聞いてくれない。

心の準備はしてきたはずなのに、目の前で安らぐ親友の顔を視ていると、なにもできなくなった。


花陽「うっ……うう……」


凛ちゃんの胸に一粒の雫が落ちて、服を濡らした。

それは他の誰でもない、私自身の涙だった。


花陽「ううぅぅ……凛ぢゃん……」


一度溢れ出したら、もう止まらなかった。

堪えていた想いが込み上げてきて、ナイフを握るどころじゃなかった。

ダメだ……やっぱり私にはできない……


凛「かよ……ちん……」

花陽「凛ちゃんっ!?」


驚いた拍子に、ナイフが手から零れ落ちた。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:33:06.53 ID:AWhlWl6p0
少し様子を窺ってみても全く動かないあたり、どうやら意識を取り戻したわけではなかったらしい。

ただの寝言でした。


凛「かよ……ちん……」

花陽「……私は、ここにいるよ」


凛ちゃんの手を包み込むように握り締める。

眼から溢れ出してくるものを拭うこともせず、眠り続ける彼女の顔を眺めた。

涙で線が滲んで視える。


凛「ずっと……友達だよ……」


呟いた言葉は、誰に宛てたものだったのか。

深い眠りの中で見ている夢は、どんな夢なのか。

それを知る術はない。

だけど、願わくば幸せなものでありますようにと祈りを込めて────

私は凛ちゃんの寝言に返事をした。


花陽「友達じゃない、親友だよ」


頬を撫でると、柔らかくて冷たかった。
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