花陽「死を視ることができる眼」

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28 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:34:07.41 ID:AWhlWl6p0
か細く弱々しい呼吸でも、胸は僅かに上下している。

凛ちゃんは、まだ生きている。

こうして精一杯、生きようとしてるんだ。


『救いを得たければ迷うな。友の命をどうするのかは、お前次第だ』


言峰さんが言っていたことを思い出す。

あのときは、彼がどうしてあんな言葉を残していったのか、理解できなかった。

でも、今ならわかる。

いずれ訪れる選択の時を見据えて、彼は私に告げたんだ。

そう────万事を丸く収める道なんて、最初からなかった。


ならば、どちらかを選ぶしかない。

なにを取り、なにを捨てるのか。

誰を生かし、誰を殺すのか。

今眼の前にいる親友の命が、私の手にかかっているのだとしたら、選ぶ道は一つだ。


花陽「────凛ちゃんは、私が守る。どんなことになっても、凛ちゃん自身が凛ちゃんを殺そうとしても────私が、凛ちゃんを守るよ」

凛「………………」

花陽「約束する。私はいつまでも、凛ちゃんの味方でいるから────」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:34:55.78 ID:AWhlWl6p0
誓いはここに。

固く結ばれた手が、いずれ離れてしまったとしても。

この約束だけは永遠に守り続ける。


花陽「────だから、生きて」


─────それで、一つの選択が終わった。

おそらく、決定的なものが終わったんだ。

これから多くの人が、私の選択を責めるだろう。

でもこの胸に去来する想いだけは、私を肯定してくれる。

ただそれだけのことで、どこまでも歩いて行ける気がした。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:35:42.24 ID:AWhlWl6p0
/37
自分の病室に戻ると、シエル先輩と真姫ちゃんが待っていました。

二人して同時に顔を向けてくると、事の結末を語るよう、目配せしてきます。


花陽「先輩。私、やっぱり凛ちゃんを殺すことはできません」

真姫「────っ!?」

シエル「覚悟はできた……ということですね」

花陽「…………はい」

シエル「後悔しませんか」

花陽「はい」

シエル「小泉さんのような人に前例がない訳ではありません。なので、結末がどのようなものになるかも、よく知っています。そのどれもが、悲惨で救いようのない終わりを迎えていると知ってなお、あなたは同じ選択をするのですね」

花陽「はい」


躊躇うことなく、即答する。

シエル先輩の視線は、矢のように私の心に突き刺さってきたけれど、辛くはありませんでした。


シエル「残念です、小泉さん。あなたとは戦いたくなかった…………」

花陽「……同感です」


凛ちゃんの病室に向かおうとするシエル先輩の前に立ち塞がり、行く手を遮る。

ナイフを握り、眼前の死を見据えます。

先輩は私の前で臨戦態勢を取ったまま、動こうとしません。

互いに一歩も譲らず、膠着状態が続く

一触即発の空気が病室に流れる中、真姫ちゃんが静寂を打ち破りました。


真姫「二人とも待って!こんなの絶対に間違ってるわ!」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:36:18.77 ID:AWhlWl6p0
シエル「だとしても、もう後には引けません。私には代行者としての責務があり、小泉さんには星空さんの親友という立場がある……互いに相容れない関係となった以上、これより先は自分の使命を果たすために行動するだけです」

花陽「真姫ちゃん、危ないから下がってて……先輩は本気だよ」


先輩と私の間に割って入ると、真姫ちゃんは瞳を潤ませ、声を荒げる。

普段感情的になることが少ない彼女としては、珍しい行動です。


真姫「ダメ!暴力で解決するなんて、私は絶対許さない……力で相手を捻じ伏せるなんて、考えることを放棄した臆病者のすることよ!」

シエル「西木野さん……危ないですからどいてください」

真姫「やるならやりなさい!私を傷つけてでも争いたいというならね!」

花陽「……真姫ちゃん」

真姫「花陽、あなたも同じよ!さっさと武器を仕舞って頭を冷やして!ここは傷をつける場所じゃなくて、傷を癒す場所だってことを忘れないで!」


言われて、室内を見渡す。

凛ちゃんを守ることばかりに意識を向けていたから、自分の居る場所がどこなのか完全に失念していました。

流石にここで戦うのは良くない。

それはシエル先輩だって承知のはずです。

私はナイフを仕舞い、一旦眼鏡をかけ直しました。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:37:24.82 ID:AWhlWl6p0
真姫「ねえ、先輩。本当に死徒化を食い止める方法はないの?」

シエル「進行を遅延させる方法ならあります。ですが完全に止める方法はありません」

真姫「ならその遅延させる方法でもいいから教えて」

シエル「聞いてどうすると?」

真姫「考えるのよ。私達の未来にとって一番良い選択肢が他にないか、もう一度真剣に考えるの」


真姫ちゃんと対峙したシエル先輩は軽い溜息を吐いたあと、元いた椅子に腰を下しました。


シエル「……全く。一筋縄ではいきませんね、あなた達は」

真姫「さあ。教えてもらうわよ、先輩」

シエル「黙っていてもいずれ知ることになるでしょうから。
まあ、いいでしょう……遅延させる主な方法は、親である吸血鬼を討つことです。これが達成できれば、親からの支配や束縛から逃れられますし、現在進行している死徒化もストップします」


真姫「なら杉崎亜矢を倒すことができれば────」

花陽「凛ちゃんは吸血鬼にならなくても済む────」


私と真姫ちゃんは顔を見合わせ、同時に声を上げました。

こんな方法があるのなら、もっと早く教えてくれたら良かったのに。

そう思わずにはいられない内容です。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:39:17.44 ID:AWhlWl6p0
シエル「ちゃんと最後まで聞いてください。死徒化がストップすると言っても、親である死徒の影響を受けることがなくなったというだけで、吸血種としての血を取り除いたことにはなりません。ですからなんらかの外的、または内的要因で吸血種としての血を活性化させた場合、再び症状は進行します」

真姫「つまり、死徒化は一種の病みたいなものなのね」

シエル「かなり大雑把な言い方にはなりますが、概ねその通りです。親を討ち滅ぼしたところで吸血衝動がなくなる訳ではありませんから、人として在り続けようとするなら、その欲求に耐え続けなければいけない」

花陽「……いつまで耐えれば、完全な人間に戻れるんですか」

シエル「血を取り除く手段を見つけるか、もしくは死を迎えるかのどちらかです」

真姫「現段階で治療する方法がないっていうのはそういうことか……」


必死で現状を打破する方法を考えているのでしょう。

物憂げな表情で呟く真姫ちゃんは、口元に片手を添えて思案していました。


花陽「血を入れ替えることはできないのかな?ほら、輸血の要領で身体の血を総とっかえしてしまえば、吸血鬼の血は凛ちゃんの身体からなくなるんじゃない?」

真姫「ダメよ。大量輸血は合併症のリスクもあるし、全身の血を全て入れ替えるなんて真似をして急性腎不全や溶血を招いたら、元も子もないわ。それに、血を輸血するぐらいで死徒化を治療できるなら、医療関連の職に就いている人がもう試しているはず……なのに治療法が確立されていないということは、つまり──普通の医療では治療が困難だということ……」

シエル「はい。過去、多くの魔術師や医師が死徒化の治療に挑み、悉く失敗しているのは、死徒化のメカニズムが明確にされていないのが大きな原因の一つなんです。医学的、また魔術的側面のアプローチが幾度となく繰り返されてきましたが、結果は芳しくありませんでした。血を取り除くというのは、魔術師たちが死徒化治療のために使っている用語であって、実際に血を取り除くだけでは死徒化は完治しません」

真姫「でしょうね。血液だけに注視してるから進展がないのよ。噛みついて血を吸うという行為自体にも、呪詛のような効果があるのかもしれない……血と肉体を平行して治療する必要があるんだわ、きっと」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:40:07.85 ID:AWhlWl6p0
真姫ちゃんは一人でぶつぶつと呟きながら考え事を続けていましたが、途中でなにか閃いたのか、突然大きな声を上げました。


真姫「そうよ、いいこと思いついた!」

花陽「ま、真姫ちゃん……?」

真姫「治せる人がいないなら、私が治せるようになればいいんじゃない!こんな簡単なこと、どうして今まで思いつかなかったのかしら!」

花陽「ま、真姫ちゃんが治すのぉ!?」

真姫「ええ、どうせ高校を卒業したら医療の道に進むことは決まってたんだし、丁度いいでしょ。凛の死徒化とあなたの眼は、私が治療するわ」

シエル「それまでに星空さんが堕ちたら……?」

真姫「堕ちないし、堕とさせない。責任は全て私と花陽が持つわ」

花陽「ま、真姫ちゃん!?」

真姫「どうしたの?まさか、ここまで来て降りたいなんて言うんじゃないわよね?」

花陽「そうじゃなくて、真姫ちゃんはホントにいいのぉ!?」

真姫「いいって、なにが?」

花陽「もし凛ちゃんが吸血鬼になっちゃったら、私達は凛ちゃんを手にかけないといけなくなるんだよ!私は覚悟ができてるけど……真姫ちゃんまでそんな重いものを背負う必要なんて────」

真姫「花陽……ちょっとこっち」

花陽「ん……?」


手招きをされたので促されるまま近づくと、軽くデコピンをされました。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:40:54.04 ID:AWhlWl6p0
花陽「ぴゃっ!?」


唸るほどの痛みではありませんでしたが、打たれた箇所がちょっとだけひりひりします。


真姫「なに一人で全部背負い込もうとしてるのよ」

花陽「だ、だって…………」

真姫「重いんでしょ?なら一人より二人で背負った方が楽に決まってるじゃない」

花陽「でも、真姫ちゃんが…………」

真姫「でももだっても禁止!凛は私と花陽の二人で助けるの!わかった?」

花陽「は、はい!」


堂々とした態度で先輩に近づいて行くと、真姫ちゃんは言いました。


真姫「凛の変化は逐一、聖堂教会に連絡すると約束するわ。その上で私は死徒化治療の研究を医学と魔術の両方面から進める。研究結果は協会の方には渡さず、あなた達だけのものにすればいい。もし凛が暴走したときは、私達の手で確実に処分する……この条件と引き換えに、先輩は凛を見逃してくれるだけでいい。どう?悪い取引じゃないと思うけど」

シエル「私は主に仕える身ですよ……取引に応じるとでも?」

真姫「応じるわ。だってあなた、お人好しだもの」


無言のまま、視線を交わす二人。

暫くそうしてじっとしていると、先にシエル先輩が折れました。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:41:50.33 ID:AWhlWl6p0
シエル「参りました。まさかお二人がここまで頑固者だとは思っていませんでしたよ。完全に計算違いでしたね、これは」

真姫「交渉成立ね」

シエル「ええ、星空さんの処分は保留ということにしておきましょう」

花陽「よ、良かったぁ……」

シエル「ただし────」


同じ人類とは思えないぐらいの威圧感に、思わず戦慄させられる。

どれだけの修羅場を潜り抜ければ、一言で人を畏怖させるほどの迫力を持つことができるようになるのでしょう。

正直想像したくありませんでした。


シエル「最後まできちんと責任を持ってあげてくださいね。星空さんを救ってあげられるのは、あなた達二人だけなんですから」

真姫「……言われなくてもそうするつもりよ」

花陽「はい。凛ちゃんは、必ず私達が助けます」


これからどんな試練が待ち受けているのか予想すらできないけれど、真姫ちゃんとなら、きっと乗り越えていけるだろう。

新たな決意を胸に今後の方針を決めようと提案したところで、病室に言峰さんが帰って来た。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:42:38.64 ID:AWhlWl6p0
綺礼「いやはや、遅くなってすまない。少し野暮用があったものでね」

シエル「どこに行っていたのですか」

綺礼「今後の戦闘の為に準備を整えていた。今宵の狩りに黒鍵だけでは少々心許無い。万全の体勢で事に臨むのは当然のことだろう」

シエル「……ならいいのですが」

綺礼「ではそちらの準備が出来次第、私は魔術師の討伐と残党狩りに向かう。異存はないか」

シエル「ありません」

真姫「ちょっと待って!」


シエル先輩と言峰さんの会話に、真姫ちゃんが横から割って入る。


綺礼「どうした、西木野真姫」

真姫「魔術師って、ロアの残滓を生み出した元凶でしょ。なら、やつの工房には死徒化の研究資料が大量に保管されてるはず……どうせ行くなら私も連れてって」

シエル「西木野さん……気持ちはわかりますがそれはあまりにも危険です。同行は許可できな────」

言峰「いいだろう。安全は保障できんが、それでも構わぬというならついて来い」

シエル「言峰────!」

綺礼「己が望みを果たしたければ、それを他人に委ねるべきではない。自らの力を以って大願を成就させてこその、愉悦というものもある」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:43:20.49 ID:AWhlWl6p0
シエル「愉悦……ですって?そんなことのために一般人を危険に晒すなんて真似、許すわけにはいきません」

綺礼「ふむ。このままでは話が平行線だな……では問おう、西木野真姫。お前は己が望みのために、どちらを選択する」

真姫「決まってるでしょ。私も行くわ」

シエル「西木野さん──!」

花陽「真姫ちゃんっ!?」


おそらく言峰さんは、真姫ちゃんがついて来ることを見越してこのような発言したのでしょう。

充分な用意もないまま、危険が付き纏う仕事に同行するのは無理があります。

安全が保障されない以上、自分の身は自分で守らなければいけなくなるのですから。


言峰「……決まりだな。十分後、この病院を出る。それまでに支度をしておけ」

真姫「ええ、わかったわ」

言峰「ああ、それとついて来るのは構わんが、一つだけ忠告しておく」

真姫「……なによ、子どもの御守りはできないって言いたいの?」

言峰「いや。事の優先順位を明確にしておくよう告げておきたかっただけだ。迷いは判断を鈍らせ、行動を阻害する。そのようなものは戦闘には無用だ。まだ持ち合わせがあるなら、今の内に捨てておけ」

真姫「……上等じゃない。やってやるわ」


言峰さんは病室を後にし、真姫ちゃんもそれに続いて退出しようとする。

去って行く背中に向けて、シエル先輩が声をかけました。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:44:00.58 ID:AWhlWl6p0
シエル「西木野さん」

真姫「止めても無駄よ」

シエル「いいえ。止めても無駄だということはわかっていますので、止めません。ただ、あまりあの男の口車に乗せられないようにしてください」

真姫「……どういう意味?」

シエル「やつは信用できません。くれぐれも警戒を怠らないように────」

真姫「私を誰だと思ってるの?この程度の仕事でへまなんてしないわ」

花陽「真姫ちゃん……気をつけてね」

真姫「心配しないで。きっちり資料を回収したら、すぐに帰ってくるから」


それまで大人しくしてるのよ──と続けて、真姫ちゃんは病室から出て行きました。


シエル「では、私もロアの残滓の元に向かいますので、小泉さんはここで大人しくしていてくださいね」

花陽「あの……先輩!」

シエル「……?」

花陽「私もロアの残滓のところに連れて行ってください」

シエル「……何故そこまでやつに拘るんです、小泉さん。今だって立っているのがやっとでしょう。必要以上の無理をして、死に体でやつを討つ理由がどこにあるんです」


確かに先輩の言う通りです。

ロアのことなんか忘れて、ベッドで寝転がっていた方が何倍も楽なのは一目瞭然。

でも、杉崎亜矢は────

ロアは私から、大事なモノを奪おうとした。

それだけは絶対に許せない。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:44:38.67 ID:AWhlWl6p0
花陽「最初はμ'sを守るためだったんです」

シエル「………………」

花陽「でも追っていく内に段々と知りたくないことまで見えてきて……スクールアイドルの良くない部分をこれでもかってぐらい晒されたとき──ちょっとだけ同情しちゃったんです。μ'sのみんながいなかったら、私もこうなってたのかなぁって」

シエル「杉崎亜矢が元スクールアイドルだということは聞いています。ロアの血に手を出してしまったのも、そこに原因があるのかもしれません。しかし、やつの行動はただの逆恨みとしか思えません。情を挟む余地など皆無です」

花陽「わかってます。どれだけの事情があっても、凛ちゃんを傷つけたことだけは許さない……それに、親を倒さないと凛ちゃんが吸血鬼になるというなら、私は無関係じゃありません」

シエル「……仇討ちですか。しかし、それなら小泉さんが戦わなくても決着はつきます」

花陽「っ────!?」

シエル「法王庁────私の本拠地に要請が通ります。何が起きようともあと数日で法王猊下直属の埋葬機関が送り込まれてきますから、ロアの残滓はそれでお終いです。小泉さん自身が戦う理由なんて、どこにもないんですよ」

花陽「先輩……やっぱりそれじゃダメだよ」

シエル「何故ですか。あなたが手を下さずとも、ロアは処断されるというのに」

花陽「早く凛ちゃんを楽にしてあげなきゃ、可哀想じゃないですか。数日間なんて待ってられない……今できることがあるなら、今しておかないと」

シエル「あなたの星空さんへの想いは、常軌を逸しています。自分の命を蔑ろにしてまで他人の命を救おうなんて、偏った考えです」

花陽「他人じゃありません。自分の命よりも大切な、この世に一人しかいない────親友です」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:45:17.12 ID:AWhlWl6p0
自分の命よりも他人の命の方が大事だなんて、偽善だってわかってる。

それでも、綺麗だって思えたんだ。

凛ちゃんが喜んでる顔。

凛ちゃんが怒ってる顔。

凛ちゃんが哀しんでる顔。

凛ちゃんが楽しんでる顔。

その全てがどうしようもないくらい愛おしいって思えたんだ。

だから、決めた。

私は凛ちゃんを守る。

例えこの命が擦り切れてしまっても、凛ちゃんを責める全てから守り通す。

だって私はこんなにも────


花陽「凛ちゃんのことが大好きだから、行きたいんです。他に理由はありません」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:46:01.29 ID:AWhlWl6p0
シエル「はあ……似たような人が世の中には三人ほどいるとは言いますが、まさかこんなところでお目にかかるとは」

花陽「……先輩?」

シエル「私はμ'sのマネージャーですからね。メンバーが決死の覚悟で挑むというなら、お供するのが筋でしょう」

花陽「じゃあ、私も!?」

シエル「……乗り掛かった舟です。最後までお付き合いしますとも。ですがその前に────」


ごくりと喉を鳴らす。

妙な緊張感が全身を支配する。

まだなにか条件を付けられるのでしょうか。


シエル「服、着替えちゃってください。寝間着じゃ恰好つきませんからね」

花陽「あっ、はい」


一気に肩の荷が下りました。

なにを言われるかとびくびくしていたので、ちょっと拍子抜けしたところもありますが、無茶な内容でなかっただけ良しとしましょう。

着替えをしながら、窓から差し込む月明かりに誘われ、外を眺める。

惚れ惚れするぐらい美しい満月が、宙にぼんやりと浮かんでいました。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:46:43.20 ID:AWhlWl6p0
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音ノ木坂の校舎に到着すると、シエル先輩は修道服を脱ぎ捨て、身の丈ほどもあるパイルバンカーを装備しました。

移動中、やたらと大きなものを運んでいるなと気にはなっていたのですが、まさかこんなものを用意していたなんて、素直に驚くばかりです。


シエル「やはり少し出遅れてしまったようですね。学校に結界を張られてしまったようです」

花陽「結界……?」

シエル「かいつまむと、私や小泉さんに対する罠です。土地や生物から魔力を吸い上げて、式で括っています。どういうものかはわかりませんが、それだけの魔力量です。危険であることには間違いありません」

花陽「もしかして、街にある式と関係があるんですか?」

シエル「ええ。やつはこの学校を城として街全体を堕とすつもりなのでしょう。しかし、これだけ大掛かりな仕掛けを打てば、あらゆる組織から目の敵にされるのは確定的です。どうやら、やつは長生きをするつもりはないようですね」

花陽「自滅覚悟で、街の人を襲うつもりなんだ……」

シエル「長引かせると厄介なことになります。小泉さん。私は先に行っていますので、あとで合流しましょう」

花陽「せ、先輩っ!?」

シエル「では、後ほど────」


先輩は人間離れした跳躍力で三階まで一飛びすると、窓を割りながら廊下に侵入して行きました。

取り残された私は、茫然としたまま立ち尽くすのみ。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:47:23.46 ID:AWhlWl6p0
花陽「先輩、まさか────!?」


置いてけぼりにしたのは、一人で全部終わらせるつもりだからかもしれません。

後を追うよう、一階から校舎に入って行きます。


花陽「ぐっ──」


月の明るい夜、か。

やっぱりダメだな。

月の弱い光だと、余計に線がはっきりと視えてしまう。

線を掻き消すぐらいの強い日射しか、本当の暗闇の方がいい。

眼に映る世界が何もかも死にやすそうで、気が狂いそうになる。

でも、これなら────

ロアの死を見逃すなんてことはないでしょう。

身体が限界を迎える前に、終わらせないと。


花陽「………………」


校舎内を進んで行くと、廊下でふと立ち止まる。

眼前には、数え切れないほどの死者の群れ。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:48:11.23 ID:AWhlWl6p0
花陽「……あなた達が悪いことなんて一つもない……私を恨んでくれてもいい……謝って許されることじゃないけど……でも、私は凛ちゃんを助けたいんです。だから、ごめんなさい」


気づいたら、そう言ってた。

群れを成して襲いかかってくる死者を解体しながら、考える。


花陽「ああああああああああ!!!!」


この願いが星を掴むくらい無茶だったら、諦めるかもしれない。

でも、今なら届く。


花陽「かはっ……このぉ……」


私さえ諦めなければ、叶えられる。

ロアがどんなに手強くたって、次の瞬間この胸を突かれたって、やつの死を貫いてみせる──!


花陽「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ………………」


『そう?けど凛はそういうもしもって好きだよ。どんな結果になるかわからないけど、とりあえずその時は救いがあるような気がするから』


花陽「はあ、はあ、はあ、はあ………………」


『でしょ。明日がどんな日になるかなぁって考えるだけで、胸がドキドキしてくるなんてこと、今までなかったもん』


花陽「はあ、はあ、はあ………………」


『うん。だからね、これまでが楽しかったんだから、これからもきっと凄く楽しいよ』


花陽「これで、全部────」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:48:58.04 ID:AWhlWl6p0
廊下に転がる数十の死体を乗り越えて、次の階に進んで行く。

すると、上の階から轟音が響いてきた。


先輩────そこに、ロアが。


無我夢中で走った。

階段を二段飛ばしで登り切り、音のした方角まで駆ける。


花陽「うわっ──!?」


戦闘の影響からか、煙が充満して前が視えない。

これじゃ先輩がどこにいるかもわからないじゃないですか。


花陽「先輩っ!大丈夫ですか!」


返事がしない。

徐々に眼の前の煙が薄れていく。

そこに広がっていた光景は、あまりにも無残なものだった。


花陽「先輩っ──!!」


片腹に拳ほどの穴が開き、地に伏したまま倒れ伏す先輩の姿が視える。

一目散に駆け寄り、先輩の身体を抱き起す。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:49:45.94 ID:AWhlWl6p0
花陽「しっかりしてください!」

シエル「すい……ません、小泉さん。ちょっと……どじっちゃいました」

花陽「大丈夫、先輩は助かります!早く傷の手当てを────!」

ロア「とんだ概念武装を持ってきたものね。でも……転生批判の聖典は私には通用しない。この身は一代限りの儚き命──例え転生者の血を受け入れようとも、元より私は次の生などに興味などない」

花陽「ロア──!!」


廊下の奥で佇んでいたのは、ロアの残滓。

杉崎亜矢、その人でした。


ロア「限りなく続くものなんてない、終わりのないものなんてない。永遠なんてクソ喰らえよ。死を迎えてこそ、万物は真の安らぎを得ることができる……それをこの街の連中に与えてやる」

花陽「あなたは……狂ってる──!!」

ロア「誰のせいだと思ってるの?自覚させてくれたのはあんた達でしょう?」

花陽「うるさいっ!!」


精々余裕ぶってるといい。

すぐにその死を貫いてやる──!

ロアに向かって一直線に駆けて行くと、やつの手から放たれ、三又となった雷光が迫ってくる。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:50:31.37 ID:AWhlWl6p0
グラウンドなら避けられたかもしれない。

けれど、廊下は躱す範囲に余裕がなかったので、もろに攻撃を喰らってしまった。


花陽「っ────」


肩を掠めた衝撃で、バランスを崩して前のめりに倒れる。


ロア「あぶないあぶない。城による復元が可能とはいえ、その眼で斬られれば無事かどうかは怪しいものね。けど私にも視えているわよ……呼吸の度にあんたに死が迫っていることが!」


床から湧き上げる衝撃破を全身で受け、後方に吹き飛ばされた。

背中から叩き付けられた衝撃で、肺の空気が一気に無くなる。


花陽「かはっ──!」

ロア「ああわかってる。この力は素晴らしいものね。生きとし生けるもの平等に死を与えることのできる──直死の魔眼。喜びなさい、この力を持っているのは世界でも私とあんたぐらいのものよ」


よろこ……べ?

こんなモノが視えてしまう世界を喜べ?

こんな壊れかけの世界を視ることを喜べって、言ったんですか?


ロア「その希少能力をなくしてしまうのは惜しいし、なにより私達は同じスクールアイドルだった身よ。誰よりも互いを理解できるでしょう」

花陽「なにを……今更……」

ロア「パートナーとしてこれほど心強い存在もいないと思わない?」

花陽「……仲間になれって言いたいんですか」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:51:27.71 ID:AWhlWl6p0
口角を上げて笑みを浮かべると、ロアは言った。


ロア「いや。仲間にしてやるのよ、この私がね」

花陽「………………」

ロア「あんたの意思なんて知るかよ。むしろそんなものは邪魔でしょ。安心しなさい……その血を吸い上げ魂まで略奪したあと、あんたがなんの躊躇いなくその力を行使できる存在に昇げてやるわ。あの娘と同じようにねえ、アハハハハハッ!!」

凛ちゃんと同じように……だって?

余裕に満ちた耳障りな声。

聞いてるだけで頭が痛む。

立ち上がり、再びナイフを構える。


ロア「よせよせ、いくら線を視たところで私に触ることができなければ意味がない。私はね、こう見えてもあんたの能力を高く買っているのよ。そんな調子で動けばその貴重な身体が死んでしまうでしょう」

花陽「……どうして凛ちゃんを吸血鬼にしようとしたんです」


質問の意図が理解できないといった素振りで、ロアは首を傾げた。


ロア「何故って、あれがμ'sのメンバーだからに決まってるじゃない。誰だって輝けると豪語するなら、吸血鬼に堕ちた身でも同じことをしてもらわなくちゃ信憑性がないじゃない。あんた達が本物なら、化物になったぐらいで客が減ったりしないでしょ?」

花陽「そんなことのために……?」

ロア「そんなことってあんた……客が来るのは大事でしょ。ほら、どれだけ練習したところで、ステージを見る客がいなくちゃ意味が────」


満身創痍の身体を押して、やつに飛び掛かっていた。

すぐ様後退されたことで、ナイフは宙を掠める。

引き際に放たれた衝撃破が胴に打ち込まれ、躱すこともできずただ痛みに耐えるしかできない自分がいた。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:52:13.05 ID:AWhlWl6p0
ロア「卑怯だなんて言わないでね。爪で斬り結べば爪ごと切り裂かれそうだもの」


自分の考えを証明する──ただそれだけのために凛ちゃんを吸血鬼にしたの?

私達の考えを否定するために、凛ちゃんの人生を無茶苦茶にしたの?

もう……いい。

やつの死さえ視れれば、他にはなにも────

ふらつきながらも立ち上がり、そのままやつの元に駆けて行く。

狙いはやつの死。

その点を穿ち、息の根を止める。


ロア「ハハハハッ。あんた、そんなに死にたいわけ?」


攻撃を躱しながら前進するも、閃光が脇腹を掠め、駆けていた足が止まった。


ロア「あんた、その身体────もう死んでるわよ」


今度倒れたら、もう立ち上がれない。

歯を食いしばって耐え、なんとか姿勢の維持に努める。


ロア「驚いた……それでもまだやれるのね。仕方ないから首から上だけで我慢するとしましょうか。あんたを下僕にしてどこぞの代行者にでもけしかけてやろうと思ってたんだけど、これじゃあ無理ね」


も、う……なんの、感覚も……わから、な、い。

死に、包まれ、ていく。

世界に死が、満ちている。


ロア「あんたとの戯れ合いもここまでよ。さ、とっとと死んじゃいなさい」


眼の前に最大出力の雷撃が迫って来る。

迫って来るけれど、もうどうだっていい。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:53:00.50 ID:AWhlWl6p0
どこもかしも線と点だらけで、触れただけで壊れてしまいそうなのに、こんな攻撃されたところで、意味なんてない。

眩い閃光にナイフを通すと、一瞬で術が打ち消される。

ええ、当然でしょう。

だって、この術はナイフを通した時点で死んだんですから。


ロア「な……そこに転がってる代行者の仕業か!」


先ほどと同じ閃光が、倍の数になって襲ってくる。

だけど、なんの意味もない。

数だけ倍にしたところで、ナイフを這わせれば終わるんです。


ロア「何を……した?」

花陽「殺しました。私と……同じなら……理解できるでしょ。死は万物の結果……あらゆる存在は、発現したと共に死を潜在します。そこに、ナイフを通しただけです」

ロア「ハハ、ハハハ、ハハハハッ!全く、無知蒙昧にもほどがあるわね!いい、生きていなければ命はないの!命の源である”箇所”は生き物にしか在り得ない!そんな戯れ言ハッタリにもならないわよ!さあ、どんな概念武装を渡された!」


ああ、そうか。

そうなんですか。


花陽「ようやく合点がいきましたよ、吸血鬼。私とあなたは、視ているものが違うんです。あなたはただ命を──モノを生かしているところを視ているだけで、死を理解なんてしていない。だから私も殺せず、抵抗する術もない娘しか襲えない」

ロア「ハ、ハハ……死にぞこないが減らず口を────」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:53:55.49 ID:AWhlWl6p0
廊下を埋め尽くすほどの雷光が、やつの式により発動する。

もはや避けることは不可能な規模の術式。

ですが、そんなことはなんの意味もない。

式の大元となっている点にナイフを突き刺す。

すると、学校全体に蔓延っていた邪悪な気配が消失した。


ロア「莫……迦な……起動すれば解除なんて不可能なはずよ!!」


式が死んだ影響でボロボロになった廊下を、ゆっくりと歩いて行く。

数秒後には足元から崩れそうな世界を、一歩、また一歩、しっかりと踏みしめながら。


花陽「──死が視えているなら、正気でなんかいられない」

ロア「ッ────!?」

花陽「死が視えているなら──とても立ってなんかいられない。物事の『死』が視えるということは、この世界が────あやふやで脆いという事実に投げ込まれるということ。地面なんてないに等しいし、空なんて今にも落ちてきそう」

ロア「なんだ……なんなんだよ、あんたっ──!?」

花陽「一秒先には世界全てが死んでしまいそうな錯覚を、あなたは知らない。それが死を視るということなんです」


────そう、両眼を潰してでも逃れたいと思っていたあの頃。

私だって多くの人の支えがなければ、とうの昔にどうかしてた。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:54:56.42 ID:AWhlWl6p0
花陽「それがあなたの勘違いです、吸血鬼。命と死は背中合わせでいるだけで、永遠に顔を合わせることはないものでしょう」

ロア「ふ……ふざけるなっ!それが真実であるなら、人のカタチを保っていられるはずがない!あんたはなにを視て────」


眼の前の敵と対峙して、睨み合う。

ようやく理解できました。

ずっと問い続けていたことに、やっと答えを得ることができた。

この眼は──────


死を視ることができる眼は、このときのためにあったんだ。


ロア「あっがあっ……ぐっ─────」


すぐ眼の前にいるというのに、背中を晒して逃げ出すロアの死が視える。

絶対に逃がさない。

あなたは私が殺します。


花陽「教えてあげます。これが、モノを殺すっていうことです」


ナイフを廊下の点に突き刺す。

すると、死を迎えた廊下は早々に崩壊していく。

崩れていく足元の中でも、私は冷静さを保つことができた。

何故なら、眼の前にいる吸血鬼の死がもうすぐそこにあったから。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:56:21.39 ID:AWhlWl6p0
花陽「──────!!」


落下していく瓦礫に飛び移り、ロアの元に向かう。

普通なら、やつが全力で逃げに徹すれば追い付けない。

だけど今は違う。

重力がこちらの味方となっている以上、この距離では逃げ足の速さなんて関係ない。


ロア「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」


やつの手から放たれる雷撃も、もう見飽きた。

落下しながら閃光にナイフを這わせ、距離を縮めていく。


ロア「ば……化け物っ!」


術を行使していた右腕を切り捨て、やつの懐に入り込む。

点を視据えて、ナイフを握っている方の手を振り被る。

きっと恐ろしくはないでしょう。

あなたにとったら、一度が永遠なんですから。

でも違うところがあるとすれば、それは────


花陽「二度と帰って来られない」


ロアの点を穿ち、ナイフを突き刺したまま落下していく。

瓦礫から地上に飛び移ると、勢いを殺し切れずに転がり続けた。

全身が激痛に苛まれたけれど、一応は生きているらしい。

もはや力尽き、仰向けのまま寝転がる。

途絶えそうな意識の中で、真姫ちゃんの忠告を思い出す。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:57:21.93 ID:AWhlWl6p0
そういえば、なんて言ってたっけ────


『花陽、視えないものを無理に視ようとしないで。それは本来在り得ない運動よ。使い過ぎれば脳が過負荷を起こして使い物にならなくなるわ』


……もう、どうでもいいや。

こんなことで良かったのなら、もっと早くロアを仕留めとくべきでした。

そうすれば、凛ちゃんだってあんなことにはならなかったかもしれません。

心残りといえば、それぐらいかな────

そう思って眠りにつこうとした瞬間、左足を強烈な力で掴まれた。

この化物、まだ生きてたんですかっ──!?


ロア「キ、キ、キ、キサマ──!!消絵消江るワタシガキェ留──ナにヲナニヲシタ!!ナゼ……ドウヤッテワタ死ヲ──!!」

花陽「くっ──!?」

ロア「あグォォケケキ……キ……消エナイ!!マダ、キレキキキ……キレナイ!シ死し死死ナ────」


絶対絶命のピンチの中、碌に身体を動かすこともできずにいると、やつの背中に大きな槍のようなものが突き刺さりました。

シエル先輩のパイルバンカーがロアを串刺しにしたまま、その身体を宙に運んでいきます。


ロア「ギャォガアェェオオギァ──!!ゲヒッ──!!」


空を貫くまで伸びる光の線が放たれ、ロアのカタチが消えていく。

やつを消し去ったあと、シエル先輩は私の身体を抱き起してくれました。

先輩の身体に開いていたはずの孔は、既に跡形もなく塞がっています。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:58:05.04 ID:AWhlWl6p0
シエル「はい。これでやつを殺したのは私です」

花陽「えっ、先輩……?」

シエル「ですから、ロアを殺したのは私です。相手がどんなものであれ、人殺しはいけません。小泉さんはこっち側に来てはいけない人です。だから殺したのは私なんです」

花陽「先輩……それ、詭弁ですよ」

シエル「でも、優しい嘘ならそれでいいと思います。例え詭弁でも、なんとなく救いがありそうじゃないですか」


──────その言葉は似ている。

夕暮れ時、彼女が笑って答えていたあの台詞に─────


花陽「そうですね。なんとなく────どこかに救いが残っているのなら」


──────それはどんなに幸せなことだろう。


シエル「──って、身体の方は大丈夫ですか、小泉さん!?まさか──どこか咬まれたりしません──た!?小泉さん!?気を──しっか──目を─開─て────」


私は静かに眠りに就く。

再び意識が戻ったあと、笑って彼女と向き合えるようにしなくちゃいけないから、休息が必要だ。

次に会ったときは、どんな話をしよう。

取り留めのない考えばかりが浮かんでは消えていく。

でも、きっとどんな話をしたって楽しいに決まってる。

だってこれまでが楽しかったんだから、これからだって楽しいんだ。


…………そうだよね、凛ちゃん。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:59:01.22 ID:AWhlWl6p0
/39
時間が過ぎるのは早く、目まぐるしい。

ちょっとでも気を抜いていると、見逃してしまいそうなくらいです。

ロアを退治したあと、私は数日の入院を余儀なくされました。

予定した日数よりも大幅に早く退院できたのは、真姫ちゃんの懸命な看護の賜物です。

真姫ちゃん自身も魔術師を倒したあとで満身創痍だったというのに、少しも嫌な顔をせずに看護してくれたのは、今でも忘れられません。

私が無事に退院するのを見届けたあと、シエル先輩はこの街を去って行きました。


花陽『本当に行っちゃうんですか』

シエル『ええ。仕事も終わりましたし、長居は無用です。ずっとこの街にいると、離れるのが余計辛くなっちゃいますから』

花陽『で、でも……先輩なら、μ'sのマネージャーにだってなれます。だからもう少しこの街で、一緒の学校に通うことはできませんか?』

シエル『その提案は凄く魅力的ですね……でも今回のような事件で困っている人が、他にもいるかもしれません。そういう人のためにも、私は行かなくちゃいけないんです』

花陽『う、うぅ……』

シエル『そんな泣きそうな顔をしないでください、小泉さん。これが今生の別れではありませんよ』
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 16:59:38.67 ID:AWhlWl6p0
花陽『……また会えますよね?』

シエル『もちろんです。まだμ'sのステージ用衣装を一回も着ていないんですよ、私は』

花陽『ふふふ、そうですね』

シエル『そう、それです。やっぱり小泉さんには笑顔が一番似合います。これからもその笑顔で誰かを癒してあげてください』

花陽『はいっ!』

シエル『それではまた』

花陽『先輩っ!』

シエル『…………?』

花陽『今度……またいつか会ったときは、一緒にカレーを食べましょう!』

シエル『────そのときはカレー大盛でお願いしますね』

花陽『……はいっ!』


先輩の荷物の中に、内緒でボンカレーを数パック入れておいたのは、誰にも話していない秘密です。

またどこかで誰かを助けるときの腹ごしらえにでも使ってくれたら、もうなにも言うことはありません。

ただ、食べるときに少しでいいから────

私達μ'sのことを思い出してほしいなあ。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:00:31.78 ID:AWhlWl6p0
収まるところは綺麗に収まり、一件落着──という風になれば最高なのですが、現実はそうもいきません。

私達にはまだやることが沢山残っていました。

私の眼と、凛ちゃんの死徒化の治療。

ラブライブ本戦に向けての練習。

今年で卒業する三年生のみんなを送り出すためのスペシャルサプライズの準備。

等々、しなくちゃいけないことは尽きません。

それでも、充実した日々であることに違いはないのですが。


凛「さあ、今日も張り切って練習、行っくにゃー!!」


部室でのミーティングが終わったあと、凛ちゃんが元気良くかけ声を上げました。


海未「最近の凛はいつにも増して元気がいいですね」

凛「当ったり前だのクラッカーにゃー!A-RISEに勝ってラブライブ出場も決まったことだし、この波に乗っていかないと!」

希「そうやね。波に乗るのはええことやん……でも、山に登るのも同じぐらいええことやと思わない?」

凛「えっ──!?い、いやー。凛、山登りはちょっと遠慮しとこうかなぁーって────」

希「海未ちゃん!今度の休日、凛ちゃんが海未ちゃんと一緒に山登りしたいってぇ!」

海未「なっ──それは本当ですか、凛!?」
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:01:22.13 ID:AWhlWl6p0
凛「ち、違うよぉ!希ちゃんが勝手に──」

海未「山は良いですよぉー。澄んだ空気、のどかな自然、頂上に着いたときの達成感。
そのどれもが日常生活では味わえない貴重な経験となり、日々の暮らしをより充実したものに昇華してくれるのです。さあ、凛。共に大自然に抱かれて癒されましょう!」

凛「絶対嫌にゃ!もう山はこりごりなの!」

海未「嫌よ嫌よも好きのうち……希、出番です!」

希「ほいさ、任しといて!」


二人に拘束された凛ちゃんは、耳元で山の素晴らしさをひたすらレクチャーされているようです。


凛「にゃあああああああああああ!!!!」

海未「凛、無駄な抵抗は為になりませんよ」

希「凛ちゃんはカワイイなぁ……ういうい」

凛「にゃああああ!!耳たぶ触るなぁぁぁ!!」


真姫「なにアレ、意味わかんない」

絵里「リリホワの三人は本当に仲が良いわね。羨ましいわ」

にこ「……絵里、前々から思ってたけど、あんた結構天然よね」

絵里「えっ、なにが?」

にこ「いや、気づいてないならいいわ」

絵里「もう。勿体振ってないで教えてくれてもいいじゃない!」

にこ「……知らなくてもいいことはあるのよ」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:02:21.03 ID:AWhlWl6p0
穂乃果「うん、今日もパンがうまいっ!」

ことり「ほ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「ん、どうしたの?」

ことり「その……凛ちゃんが大変なことになってるの。助けないでいいかなぁ」

穂乃果「大丈夫大丈夫!凛ちゃん強いから!」

ことり「そういう問題じゃあないと思うんだけどぉ……」

花陽「はは、あはははは……」


元気があるのは良いことです。

あり過ぎるのも考えものですが、落ち込んだりするよりはずっとマシでしょう。

例え全てが元通りにならなかったとしても、そういう在り方が大事なのだと私は思います。


凛「にゃあああああ!!離すにゃああああ!!!!」


花陽「………………」


結局、凛ちゃんの首筋にはあのときの傷が二つ残ってる

髪を伸ばしているとはいえ、注視すればはっきりとわかる、二本の牙の痕。

本物の吸血鬼とまではいかなくとも────

凛ちゃんは吸血鬼もどきの人間としての生活を余儀なくされています。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:03:34.83 ID:AWhlWl6p0
傷の治りが異様に早かったり、身体能力が以前より上がっていたり、視えてはいけないものが視えるようになったりと、数え出したら枚挙に暇がありません。

真姫ちゃんのサポートがあるとはいえ、なにかが引き金となって暴走してしまう可能性は十分にあります。

でも、凛ちゃんならきっと大丈夫────

根拠なんて一つもないけれど、これだけは確信を持って言えます。

────凛ちゃんはこれから先もずっと、人として生きていける。


ことり「そう言えばかよちゃん、最近ずっと眼鏡かけてるね」

穂乃果「ホントだ。コンタクトやめたの?」

花陽「あっ、これ?えっと……これはその、私もにこちゃんに倣ってキャラ作りしていこうかなぁ……と思って」

穂乃果「眼鏡でキャラ作り?うーん……そっかわかった!眼鏡っ娘だぁ!」

ことり「コンタクトもいいけど、眼鏡もすっごく似合ってるよ、かよちゃん」

花陽「えへへ、ありがとう」


眼鏡をかけていれば線は視えない。

だけど、外せばまた以前と同じように死が視えるでしょう。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:05:05.04 ID:AWhlWl6p0
治療する方法が見つかるまでは、うまいこと付き合っていくしかありません。

線を視なければ味覚もいくらか元に戻るみたいだし、日常生活はなんとか誤魔化せると思うのですが。

まあ、あとは私の努力次第だと思います。


凛「だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」


失ったものと、手に入れたもの。

天秤に乗せたらどちらが重くて、どちらが軽いかなんてのは野暮な話。

求めた結果が出せなくても物語は続いていく。

繰り返す日々の中で、最高の今を迎えるための旅路はまだまだ終わらない。


真姫「花陽」

花陽「ん……?どうしたの?」

真姫「そろそろフォロー入れてあげなさい。凛、伸びてるわよ」

花陽「うん、そうだね」


変わってしまったことはいっぱいあるけれど、私はこれからも小泉花陽として変わらず生きていける。

あの日と違うのは────


花陽「ちょっと待っててぇー!」



誰かに頼られることが増えたぐらいかな。




FIN
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2016/12/29(木) 17:12:25.69 ID:AWhlWl6p0
完結です
色々と問題はありましたが、ちゃんと終わらせることができて良かったと思っています
元スレでの保守や支援、ありがとうございました
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/29(木) 17:20:51.40 ID:97N1Ln6EO
板違い
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/29(木) 20:04:48.72 ID:t0QgZVjk0

良いものだった
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/12/29(木) 20:12:56.78 ID:LyuSFLFg0
全部読んだよ
おもしろかった
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/29(木) 23:21:45.93 ID:T5kG/oEuo
ラブライブアンチは死.ねよ>>1
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 02:02:26.21 ID:aoYEcUlao
おっつ
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 06:40:41.69 ID:/xdLfNGG0
乙乙
花陽視点だからこそ映える良さがあったよ
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2016/12/30(金) 10:15:26.89 ID:My4COnOa0
ロアって誰!?
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 11:49:45.85 ID:sQqruO50o
乙!
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/03(火) 14:37:57.10 ID:vpsQA4blO
おつ
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/04(水) 05:10:46.93 ID:BM/DrljmO
自分の口に合わない即ちアンチ
さすがラブライバー御立派な脳味噌
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/04(水) 23:17:31.41 ID:CAwwtcB00
乙でした。面白かった。
前スレのめっちゃキモい荒らしにめげずに完結してくれてよかった。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/18(水) 07:11:07.41 ID:8glP7Yfa0
こっちで再開してたのか
乙です
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/12(日) 22:58:15.15 ID:fU8p59BEo

面白くて一気に読んでしまったよ
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