ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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490 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/25(金) 02:40:36.70 ID:/SNzKGI00
…なかなか投下できず申し訳ありませんが、それでも読んで下さっている皆様…メリークリスマス♪

…今年は何かと大変な年でありますが、どうかいいクリスマスが過ごせますことを…

491 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/26(土) 10:54:08.14 ID:mqgdI8yL0
…数時間後・パブ「シャムロック」…

ドロシー「…あいつが「モール」か」

アンジェ「どうやらそのようね…」

…アイルランドならどこにでも生えていることから、アイルランドそのもののシンボルでもある「シャムロック」(三つ葉のクローバー)の名を冠した一軒のパブ…店内では明らかに独立運動と関わっていそうな連中がウィスキーを飲みながら話し合い、時にはテーブルを叩きながら怒鳴り合っている……その輪の中には入っていないものの、かといって叩き出される訳でもなく、明かりの届きにくい隅っこで目立たず一人でグラスを傾けている男…

ドロシー「それじゃあ私が奴を店から誘い出す……連れ出したら適当な頃合いでしかけてくれ」

アンジェ「ええ」

…店内…

店主「いらっしゃい…ここらじゃ見かけねえ顔だな」

数人の男たち「「…」」

ドロシー「そりゃそうだろうよ。出稼ぎに行っていて、久々にあのいまいましいイングランドから帰ってきたんだからな……馬車の都合で一泊するだけさ」

…それまで「討論」を止めてドロシーのことを横目でうさんくさそうに眺めていた男たちは、ドロシーが流暢なゲール語を話すことに安心したらしく、それまでの会話を再開した……男たちはいずれも目つきが鋭く、怒りっぽい険のある顔をしていて、数十ヤード離れていても独立闘争に関わっている連中だと分かる…

店主「そうかい…飲み物は「クリーム」でいいか?」

ドロシー「ああ、結構だね♪」

店主「あいよ」

ドロシー「うー…温まるなぁ……」アイルランドで古くから飲まれてきたとろりとした飲み物、クリームにウィスキーを垂らした「アイリッシュクリーム」を受け取るとモールのそばに座り、温かいカップを両手で包み込むようにして持ち、一口飲んだ……

王国側モール「…」

ドロシー「……ふぅ」

モール「…」

…半時間後…

ドロシー「はぁ、すっかり温かくなった……いい気分だ♪」白く柔らかそうな胸元がちらりと見えるよう、わざとらしくない程度にリボンを緩めて襟を開いた…

モール「…」

ドロシー「ねぇ、あんた…♪」小首を傾げて、さも酔ったように焦点の合わない目を向ける…

モール「……おれか?」

ドロシー「他に誰がいるのさ? …あんただよ♪」

モール「…何か用か?」

ドロシー「ぷっ、ご挨拶だね……まぁいいや、良かったら一晩付き合おうじゃないか…ね?」

モール「いや、いい…金が無いんだ」

ドロシー「ほーん…金が、ねぇ……なにさ、あたしを娼婦か何かだとでも思っているのかい!?」

モール「い、いや……別にそういうつもりじゃ…!」

ドロシー「じゃあなんでそんなことを言ったのさ…馬鹿にするんじゃないよ!」

モール「わ、悪かった……謝る」店中に響くような勢いで声を張り上げると、案の定(任務の都合上)目立つことは避けたいモールの男はドロシーの機嫌を取ろうとなだめ始めた……

ドロシー「なーに、分かったならいいんだよ……ひっく♪」

モール「…」

ドロシー「ところでさ……良かったら宿まで送ってくれない?」

モール「分かったよ…」迷惑そうな…しかし同時に美人のドロシーに対する下心も多少ありそうな様子のモールは、酒代を置くと一緒に店を出た…

店主「…毎度」
492 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/27(日) 01:55:20.08 ID:iA+3r6mJ0
ドロシー「あぁ、あんたは親切だねぇ……惚れちまいそうだ」

モール「冗談は止してくれ…それより、泊まってるのはどこの宿屋だ?」

ドロシー「えぇ? あー…なんだっけ、ほら……裏通りのさ…」

モール「裏通り……それじゃあ「パトリックの店」か?」

ドロシー「あぁ、そうそう!」

モール「…結構あるが、そこまで歩けるか?」

ドロシー「歩けるに決まってるだろ…っとと……」よろめいた振りをしてモールの腕につかまり、薄暗い横町に差し掛かった…

モール「おいおい、頼むからしっかり歩いてくれよ……っ!?」裏通りの影に潜んでいたアンジェが、ピストルの台尻で後頭部に一撃を見舞った…

ドロシー「…やったな」

アンジェ「ええ……さ、急いで運びましょう」

…数十分後…

モール「むぅ……ん…」

ドロシー「…よう、お目覚めかい?」

モール「……っ!?」椅子にくくりつけられて、ドロシーと向かい合わせに座らされているモール……数歩離れた場所からはアンジェが油断なくピストルを構えている…

ドロシー「さてと、お前さんの正体は分かっているんだ……ミスタ・マクミラン」

モール「…さぁ、何のことやら……ただの人違いだ。おれはマクミランなんて名前じゃない」

ドロシー「ごまかさなくたっていい…記録はもうすっかり洗ってあるんだからな♪」

モール「記録って、何の記録だ?」

ドロシー「そりゃあアルビオン王国情報部・アイルランド課所属の情報部員、ミスタ・マクミランの記録に決まってるさ……あんたの任務はアイルランド人に交じって静かに話を聞き、それをロンドンに送ること…情報の受け渡し役はベルファスト港にある「レスター船具店」で店番をしているミスタ・オバノンと「フォア・ベルズ(四つの鈴)亭」にいる可愛いミス・クリアリーだろ」

モール「…」

ドロシー「それから、情報を受け渡す時はミスタ・オバノンに「船用乾パンを一袋、スワローテール号に」って注文するんだよな…?」

モール「……そこまで分かっているなら、後はなにが知りたいんだ?」

ドロシー「お前さんの知っていることを洗いざらいさ…これまでロンドンに流してきた情報と、アイルランド人について知っている事を全部だ」

モール「アイルランド人についてはさして知らない、おれはただ……があぁぁ…っ!」

ドロシー「……正直に答えないと、次は中指をへし折るからな?」

モール「わ、分かった…アイルランド人の連中は、いつも「シャムロック」で飲んでる…だけど、普段はなかなか顔を見せない奴がいて……」

ドロシー「…続けろ」

モール「それで、そいつが独立運動の首謀者だって言う噂だ…こっちはそいつを見つけるために送り込まれたが、用心深いらしく顔を見たことも……ぐあぁぁっ!」

ドロシー「正直に言えって言ったろ…ロンドンはもうそいつの正体を知っているし、情報部の「嫌いな奴リスト」にはそいつのファイルもあるはずだ……分かっていないのは連中がいつ、何をするか…それだけだろう?」

モール「ああ、ああぁ…そうだ、そうだよ…畜生っ……連中は女王陛下かその関係者を暗殺しようと思ってるんだ!」

ドロシー「…いつ?」

モール「知らない…本当だ、嘘じゃない! いつも「シャムロック」で騒がしくしている連中だって知っちゃいないんだ……!」

ドロシー「とはいえ、ある程度の見当はついているんだろう…違うか?」

モール「……あ、あり得るとしたら今度の閲兵式だ…女王陛下を始め王室の方々が公の場所に姿を見せるし、アルビオン中から人が集まるパレードの時なら、見かけない顔がいても分からないから……」

ドロシー「そうだろうな……で、王国情報部はそれを阻止するためにどんな準備をしているんだ」

モール「そいつはおれの知っている範囲じゃ…あ゛ぁぁぁっ!」

ドロシー「次は右のまぶたを切るからな……どっちみちしゃべることになるんだから、痛い思いをする前に話した方がいいぞ」

モール「くそ、畜生……っ!」

………

493 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/29(火) 01:32:19.90 ID:4K2R67yb0
…そういえば新聞記事に、SISから転向したKGBのダブル・クロス(二重スパイ)の「ジョージ・ブレイク」が亡くなったとありました…


…当時はフィルビーなどと共にその本性が明らかになって英国で大スキャンダルを巻き起こし、投獄された後に脱獄(諸説ふんぷんですが、SISがブレイクをわざと脱獄させて内部の裏切り者やKGBスパイ網を洗い出す作戦の一環とか、逆にそれだけKGBのエージェントが英国情報部に「植え込まれて」いたためだとか…)するとモスクワに逃げ、そこで過ごしていたそうですね……良くも悪くも諜報史に名を残した人物でした
494 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/31(木) 02:09:10.93 ID:FlOthHET0
…翌晩・とあるパブ…

きつい目つきの男「…見回りご苦労さん」

ごつい男「ああ……それにしても今夜は馬鹿に冷えやがるな」

鋭い感じの男「…一杯やって温まったらどうだ?」

ごつい男「そいつはいいな……おい、ウィスキーをくれ」

店主「はいよ……」


…店主がカウンターからウィスキーの瓶を出してカップに注ごうとしたとき、不意に「ひゅうっ…」と一陣の冷たい風が吹き込み、それと一緒に二人のレディが入ってきた……片方はハンチング帽にチャコールグレイのツイードで出来たコートと揃いの上下で編み上げの革長靴、もう一人はフランス風にかぶったベレー帽と黒いコートをまとい、襟元を立てている…


店主「おい、今日は貸し切りだ……帰ってくんな」

ドロシー「……なぁに、気にするな…こちとら奥の部屋にいる紳士に用があるだけなんでね」

鋭い男「なんだと…!?」

ごつい男「ふざけるんじゃねぇ……変なこと言ってねぇでとっとと帰んな」

ドロシー「おいおい、アイルランド人の同胞に対してずいぶんと冷たいじゃねぇか……古いゲール語にもあるように「幾千もの歓迎を」くらいのことは言ったらどうなんだ?」

きつい目つきの男「…こいつめ……構わねえから叩き出しちまえ!」

ドロシー「やれやれ……こんな馬鹿ども相手に繫ぎを付けようとしたのが間違いだったな、フランソワーズ?」英語に切り替えるとアンジェに向けて言った…

アンジェ「そのようですね……」

ドロシー「ああ、これじゃあアイルランドが百年もかかって未だに独立出来ないのもうなずける…ってもんだな」そう言うと眉をあげ、表情豊かにあきれかえって見せた…

ごつい男「何だと!てめえ、言わせておけば……っ!」

ドロシー「そうやって見境無く噛みつくからそう言ってるんだ……言っておくがな、私たちが来たのはお前さんたち間抜けな一味の情報がロンドンに筒抜けだって事を教えてやるためなんだぜ?」

鋭い男「何っ…そんなことがどうしてお前みたいな小娘に分かるって言うんだ!?」

ドロシー「そりゃあ図体ばかりデカいお前さんたちと違って「ここ」を使っているからさ……親分だかなんだか知らないが、話が聞きたいんならとっととそういった連中のいる場所に案内するこったな」こめかみに指を当てて「詰まっている脳みそが違う」とジェスチャーで示すと、切り捨てるように言った…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「……いいだろう。ただしおかしな真似はするなよ?」

ドロシー「はっ…笑わせるぜ「おかしな真似」をするつもりならとうの昔に王国情報部にタレ込んでるさ。そうしていたらお前さんたちは今ごろ蜂の巣になっているか、絞首台で仲良くゆらゆらしていただろうよ」

鋭い男「…分かった、待ってろ」廊下の奥に消えていったが、男の声だけは途切れ途切れに聞こえる……

鋭い男の声「……済みません、妙な女が二人来て「あなたに会わせろ」と……それと、何か耳寄りな……いるようです…」

ドロシー「…」

アンジェ「…」

鋭い男「……会うそうだ。来い」

…奥の部屋…

鋭い男「…入れ」

ドロシー「…」


…一瞬のうちに手際よく室内のレイアウトや脱出路、撃ち合いになった場合の射線…そして周囲の人物の様子を確認したドロシーとアンジェ……奥に座っている男は筋骨隆々といった感じではないが引き締まっていて、頬に古い傷が走っている……そしてその目つきは冷静に見えるが、奥には限りない憎悪の炎を隠している雰囲気がある…


頬に傷のある男「……どうぞ座ってくれ」

ドロシー「どうも」

頬傷の男「…それで「耳寄りな情報」というのは? …そしてどうして君らのような若い女が?」

ドロシー「そうだな…二番目の質問から先に答えようか。「アイルランドの独立は全てのアイルランド人の物だ」ってウルフ・トーンも言っていただろう?決してカトリックだけのものじゃないってな……ならおんなじように独立は男だけのものじゃなく、女のものでもいいはずだ…違うか?」


(※ウルフ・トーン…1763〜1798年。アイルランドの革命家。革命運動にありがちな内輪もめ…特にカトリックとプロテスタントの主導権争いを起こしていた独立勢力に対し、宗派や派閥にとらわれない「全アイルランド人」による独立運動を訴え、フランス軍の協力によるアイルランド解放と独立を目指した…しかしフランス海軍が英海軍に敗れたことで捕虜となり自決(一説には命令を受けた看守により暗殺)した……勇敢で高潔な礼儀正しい人物で「アイルランド独立の父」として今でも大いに尊敬されている)


頬傷の男「…確かに君の言うとおりだ」
495 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/31(木) 17:24:48.29 ID:FlOthHET0
…もしかしたらこの後おせちを詰めつつ投下するかもしれませんが、先にご挨拶を…

…今年もこのssにお付き合い下さり、どうもありがとうございました。いろんな事があって大変な一年でしたね……来年が皆様にとっていい年でありますように……良いお年を
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/12/31(木) 17:47:48.97 ID:giJTEk7w0
497 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/02(土) 01:18:19.62 ID:tm4xbeH90
皆様明けましておめでとうございます…今年は劇場版「プリンセス・プリンシパル」もある事ですし、楽しみです……無事に封切られる事を願うばかりですが…
498 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/03(日) 03:15:23.64 ID:IuAZhzQP0
ドロシー「納得してくれたようで何よりだ」

頬傷の男「ああ……だが最初の質問はまだだな。それとそっちのご令嬢はどこで関係してくるのか、教えてもらおうか」

ドロシー「そのことか…」

頬傷の男「そうだ」

ドロシー「分かったよ……それで「耳寄りな情報」って言うのは、あんたらの組織に食い込んでいたネズミのことさ」

頬傷の男「…そんな情報をどこで手に入れた?」

ドロシー「なぁに、私の亭主はとある貴族でね……議会で耳にしたことやのぞき見した機密情報なんかを寝物語にペラペラとしゃべってくれるのさ」

ごつい男「なんだと、それじゃあてめえはライミー(イングランド人の蔑称)の女ってことじゃねえか!」

…途端に左右の男が飛びかかってきてテーブルに押さえつけられ、乱暴に身体を改められる……そしてゴトリと音を立てて「ウェブリーR.I.C」が置かれた…

きつい目つきの男「……おい、こいつはお巡りの持っているピストルだぞ!」

ごつい男「やっぱりアルビオンの回し者か!?」

鋭い男「…アイルランド人の恥さらしが!」

ドロシー「はっ、好きなだけ吠えてろよ……本当にお前さんたちのような連中ときたら、どいつもこいつも身体ばかりの「ウドの大木」か、さもなきゃ幻想を抱いている頭でっかちの詩人ばかりと来てやがる」テーブルに押さえつけられながら、ニヤリと皮肉な笑みを浮かべてみせた…

ごつい男「何をっ…!」

きつい目つきの男「どういう意味だ…!」

ドロシー「言葉の通りさ…確かに私は家や土地、身体さえアルビオンの奴らに売り渡した……だがな、まだ心だけは売り渡しちゃいないんだ!」

鋭い男「……じゃあなんでお巡りのピストルなんて持ってやがる」

ドロシー「なーに、そいつはちょっとした「戦利品」でね……色目を使ってきたお巡りをちょいとたぶらかして部屋に連れ込み、酔って寝込んだ所でバラしてやったのさ」人差し指で喉をかき切る仕草をしてみせた…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「…」

頬傷の男「お前たちもこれで納得しただろう…」押さえつけていた二人にドロシーを放すよう合図した…

ドロシー「ふぅ……全く礼儀正しい手下をお持ちだな」

頬傷の男「悪いな…だがこれまでに多くの同志が捕らえられているので、つい手荒になってしまうんだ」

ドロシー「らしいな……でも、その心配はもうなくなったぜ?」

頬傷の男「ほう?」

ドロシー「言ったとおり、口の軽い「わが愛しの旦那様」がおしゃべりをした時に、アイルランド人の間に潜り込ませた密告者についてぽろりと言ったのさ…」軽蔑したような表情を浮かべ、皮肉たっぷりに言った…

頬傷の男「それで、そいつは?」

ドロシー「ああ、連れてきたよ……どうだ、見覚えがあるんじゃないか?」胸元から取り出してぽいと机の上に放り出したのは断ち切られた人差し指で、銀の指環がはまっている…

ごつい男「……パトリック!」

きつい目つきの男「そんな馬鹿な!あいつは貴重な情報を入手したり、武器を運んで何度もお巡りの封鎖を抜けてきた男なんだぞ!?」

ドロシー「そんなのはただの芝居だよ…こいつは推測だが、その男が持ってきた武器はたいてい隠し場所に「ガサ入れ」を食らうか何かして、結局あんたらには渡らなかったはずだ……それと情報の方もしばらくすりゃ分かるようなネタか、どうでもいいものばかりだったと見るね」

頬傷の男「なるほど…それで、そちらのお嬢さんは?」

ドロシー「紹介するよ……こちらのレディはミス・ブーケ。ゲール語は出来ないから、話したいなら英語でやってくれ…彼女もあんたらにとって耳寄りな話を持っているよ」

頬傷の男「分かった…ミス・ブーケ」

アンジェ「はい」

頬傷の男「……君はどういう理由で?」


499 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/05(火) 13:34:26.32 ID:ORDf8MIy0
アンジェ「そのことなら簡単です……私はフランス系のカナダ人ですが、父親はアイルランド移民の祖先をもっていて、よく故郷の話をしてくれました…そして、私もいつか親の故郷であるアイルランドを自由にしたい、そう思ってここまで来ました」

頬傷の男「立派な志だ……しかし「耳寄りな情報」というのは?」

アンジェ「それですが…私の母方の実家はフランスで貿易商を行っているかなりの有力者で、アイルランド独立のために資金や武器の供給を行う用意が出来ています」

頬傷の男「なるほど…ちなみに整えられるのはどのくらいだ?」

アンジェ「そうですね、手始めにフランスフランで一千ポンド分。それにレベル(ルベル)リボルバーを一箱」

ごつい男「一千ポンド…!」

きつい目つきの男「…すげえな」

鋭い男「…!」

頬傷の男「…それで、それを受け取るために我々が飲む必要のある条件は?」

アンジェ「ええ……一つに、アイルランド独立の際はこちらの指定する貿易会社にアイルランド各地の港の使用許可、それと優先的な貿易の権利を与えてくれること」

頬傷の男「続けてくれ」

アンジェ「…それから、私とミス・マクニールをあなた方の活動に加えること」

頬傷の男「いいだろう…他には?」

アンジェ「……このことを他の誰にも明かさないこと」

頬傷の男「…」

アンジェ「どうですか? …ちなみにこの条件のうちの一つでも同意できないようでしたら、話はなかったことにします」

ごつい男「なあオニール、待ってくれ……!」

頬傷の男「何だ?」

ごつい男「この娘っこを加えるのはまだいい…だけどよ、俺たち以外の誰にも明かさないって言うのはどうなんだ?」

頬傷の男「どういう意味だ」

ごつい男「だってよ、それじゃあマクリーンたちが蚊帳の外になっちまうじゃねえか…連中は「クラン」のメンバーなんだから納得しないぜ?」

アンジェ「…納得するもしないも、そもそも伝えなければいい」

きつい目つきの男「そういうわけにはいかねえんだよ、嬢ちゃん……俺たちアイルランド人は皆で決めて行動するんだからな」

アンジェ「…それでアルビオンのスパイにまでぺらぺらと予定表をしゃべっているのね。話にならないわ」

ごつい男「何だと…!」

アンジェ「はっきり言わせてもらいます……私たちがフランスから提供する武器や資金は、アイルランドの独立後に交易するための「投資」と言っていい。それが無駄になるようでは提供する価値がない……もちろん提供を断るのは自由ですが、そうしたらあなた方に残されるのはウィスキー片手に「自由なアイルランド」が訪れる白昼夢を見続けるか、王国公安部や警察の取り締まりを受けて絞首刑になる未来だけです」

頬傷の男「…」

ドロシー「彼女の言うとおりだぜ……今回のスパイだって、私たちが始末しなけりゃずっとお前さんたちの動向をロンドンに送り続けていただろうし、そうなったらちょっと何かを計画しただけですぐ情報部や公安の連中が押しかけてきただろうよ」

鋭い男「……だからってカエル(フランス人)どもを信用しろって言うのか?」

ドロシー「おいおい「敵の敵は味方」って言葉を知らないのかよ…学のない奴だな」

鋭い男「…」

きつい目つきの男「オニール…決めるのはあんただ。俺たちはあんたの言うことに従う」

ドロシー「さぁ、どうするよ?」

頬傷の男「……分かった。条件を受け入れよう」

ドロシー「決まりだな…♪」

頬傷の男「ああ……君たちをアイルランド独立のための闘士として歓迎しよう」…そう言うとかたわらのキャビネットからジェームソンの瓶とグラスを取り出した…

頬傷の男「では、乾杯しよう……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)!」

男たち「「エリン・ゴー・ブラー!」」

ドロシー「…エリン・ゴー・ブラー♪」

アンジェ「アイルランドよ永遠なれ……けほっ」泥炭でいぶしたきつい味わいのウィスキーに少しむせた…

ごつい男「おいおい、嬢ちゃんには「アイルランド人の血」が少しきつかったか?」

ドロシー「そりゃあそうさ、なにせ初めての「祖国の味」なんだからな……なぁに、代わりに私が倍もらうよ♪」

………
500 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/09(土) 01:09:30.57 ID:U57nhV8t0
…数週間後…

ドロシー「なぁ…私たちが「行動」するのはいつになるんだ?」


…リーダーであるオニール(頬傷の男)にも実力を認められ、他の構成員からも「軽い態度で口は悪いが、実は凄腕の娘っ子」と一目置かれているドロシー……しとしとと冷たい雨が窓のガラスを叩く中、暖炉の脇でアンジェとチェスを指している…


オニール(頬傷の男)「……実を言えば、決行の時期はすでに決まっている」

ドロシー「そうだろうな」

オニール「しかし、誰を狙うかで意見の相違があることも事実だ……大物になればなるほど警護は固く、手を出すのが難しい」

ドロシー「なるほど……ところで、チェスは得意な方か?」

オニール「…まぁ、出来なくはない」

ドロシー「そうかい…チェスって言うのは頭を使う。盤面を見ただけで二手三手と先を読んで駒を動かすもんだ……」

オニール「それで?」

ドロシー「……今の局面を見る限り、私ならこうするね」ポーン(歩)を動かしアンジェの「クィーン」をはじき飛ばした…

オニール「ふっ…どうやら同意見のようだ」

ドロシー「ああ、どうせ狙うなら大物の方がいい……後は「どうやるか」だ」

オニール「それが一番難しいな…何しろ私は王国情報部や公安部の連中に狙われていて、まともな手段ではベルファストの港から出ることも出来ないからな」

ドロシー「なんだ…実行するときの話じゃなくて、海を渡ることで悩んでたのか……そのことなら心配はいらないぜ」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「アルビオンにもフランソワーズの協力者がいるんだ……人気のないところに漁船を着けて渡ればいい。スペシャル・ブランチもいちいち漁師の身分証を確かめるほど暇じゃない」

オニール「なるほど……だとしたら、あとは何を使うかだ」

ドロシー「そうだな、やるなら狙撃か爆弾だろうが…どっちで行く?」

オニール「狙撃は外す可能性があるし、当然射程内まで距離を詰める必要がある…」

ドロシー「そいつは爆弾だって同じさ。まず仕掛けに行かなきゃならないし、かさばるから目立つ……会場やそこに行くまでの経路は徹底的に調べられるはずだし、予定が遅れたりすれば無駄に爆発しちまう」

オニール「うむむ…」

ドロシー「…まぁ、私なら狙撃を取るが……本当に無鉄砲な連中をかき集められるようなら車列に殴り込みをかけるのもありだな…どうだ?」

オニール「…そうだな、可能性はある」

ドロシー「なるほど……ちなみにそういう「荒事」に使えるのは何人くらいだ?」

オニール「そうだな…腕も伴っている連中なら八人、肝っ玉だけでいいなら十数人はいるだろう」

ドロシー「悪くないな…」そう言うとフランス語に切り替え、アンジェに向けて早口でまくし立てた…

アンジェ「……そうですね、それならば悪くないでしょう」

ドロシー「ああ…出資者も満足だろうよ」

オニール「結構だ…しかし、使える得物がない」

ドロシー「おいおい、冗談だろう……ここにフランソワーズがいるのは何でだと思う?」

オニール「用立ててくれるというのか?」

ドロシー「当然さ…あんただから言うが、フランソワーズの実家ときたら独立後のアイルランド貿易で得られる利益を独り占めしようって言うんだぜ? それが武器の一箱や二箱で済むんなら安いもんさ」

オニール「確かにな……」

ドロシー「そういうわけだから心配はいらない。ライフルだろうが散弾銃だろうがリボルバーだろうが、喜んでよこしてくれるさ」

オニール「そうか」

ドロシー「あと必要なのは、細かい計画を練ることだけだ……何しろあんたの手下どもときたら、お世辞にも「頭がいい」とは言いがたいからな」

オニール「…分かっている」

ドロシー「そうかい、それじゃあ私らは寝に行くかな……早めのクリスマスプレゼントに、素敵な計画が出来る事を祈ってるよ」

オニール「ああ」

………

501 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/01/15(金) 01:19:25.00 ID:1YVh9hEM0
…さらに数日後…

オニール「よし、集まったな」

ドロシー「ああ」

ごつい男「…いよいよやるんだな、オニール?」

オニール「そう焦るな、オハラ…いま話すからな」

ごつい男「だってよ、これでいよいよライミー共の度胆を抜くことが出来ると思ったら…とってもじゃないが待ちきれないぜ」

オニール「気持ちは分かるが落ち着け……まだ準備の段階なんだからな」

鋭い男「オニールの言うとおりだぞ、タイニー(ちび)?」たいていの大男は冗談として、あえて真逆の「リトル」や「タイニー」(ちび)といったあだ名が付けられるが、それは構成員の一人であるごつい男も同じだった…

ごつい男「そんなこと言ったってよ……だいたいコリンズ、どうしてお前はそんなに落ち着いていられるんだよ?」

鋭い男「…おれだって興奮はしてるさ。お前と違って顔に出さないだけでな」

ごつい男「そうかよ」

オニール「その辺にしておけ……今回の手はずを説明するからな」

アンジェ「…」

ドロシー「…ああ、たのむぜ」

オニール「さて…こちらのレディ二人の協力もあって、ようやくこれまで温めてきた計画の実現にめどが付いた」

オニール「そして今回おれたちが狙うのは……アルビオン女王だ」

ごつい男「本当か…!?」

オニール「嘘をついてどうする……正真正銘、掛け値無しに本当さ」

鋭い男「それで、どうやるんだ?」

オニール「まぁ待て…まずはここを出て「本土」に渡らなくっちゃならないが、その点はミス・ブーケが手はずを整えてくれた」

アンジェ「はい。私の「実家」が人里離れた海岸に漁船を着け、私たちを向こう岸で下ろす…リヴァプールの周囲には密輸業者や密航者のために偽の旅券を作る偽造屋がたくさんいますし、波止場にいる宿無しや水夫くずれに少し金を渡せば、いくらでも身代わりになって正規の旅券を取得してきてくれます」

オニール「と言うわけだ……そして向こうに着いたら「一仕事するため」にロンドンへと出る」

ごつい男「へへっ、確かに「一仕事」だな…♪」

オニール「ああ、そして武器の方だが……」

ドロシー「…そいつはあたしの間抜けな亭主からコレクションを何挺か持ち出しておくし、フランソワーズもフランスの親戚筋からライフルや散弾銃を運び込む手はずを整えてある……つまり軽歩兵連隊の武器庫やスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の押収品倉庫を襲う必要はない…ってことさ♪」

ごつい男「すげえな、まるで店で昼飯を食う時みたいだ!」

鋭い男「…座って注文すれば料理が出てくる、ってわけか?」

ごつい男「ああ」

オニール「確かにそう聞こえるが、話はそう簡単じゃない……ロンドンにはスコットランド・ヤードの「スペシャル・ブランチ(公安部)」や王国情報部、防諜部…政府の「イヌ」共がうようよいる」

ドロシー「そうだな…それに正直言って、あんたらアイリッシュの男は分かりやすい。ピカデリー・スクエアなんぞをうろちょろしてたらすぐにマークされる」

鋭い男「じゃあ当日までどうやって潜伏してりゃあいいんだ?」

アンジェ「…安心して下さい、その点もこちらで用意してあります」

ドロシー「ただし今は明かせない……密入国のやり方なんかは入国管理の連中も知ってるが、もし誰かが捕まるようなことがあったときに「本番」の手はずを吐かれたら、これまでの苦労が水の泡になっちまうからな」

オニール「おれは皆を信頼している…だが、今回の計画が成功した暁に得られるアイルランドの自由や独立と天秤にかけることは出来ない」

ごつい男「そう言われればそうだよな…分かった、聞かないよ」

オニール「よし……そして今回の計画に参加するのはここにいる面々の他に、マッキニー、ヴァレラ、オコンネル兄弟、オブライエン、マクリーン、それにマクグロウだ…連中はおれたちとは別のやり方で本土に渡り、ロンドンで落ち合う予定だ」

オニール「船は明日の夜……月が沈んだ頃合いを見計らって海岸線にやってくる予定だ。当日は忙しくなるから、今のうちによく休んでおけ」

ごつい男「うぅぅ…こんなことを聞かされたら、おれは興奮して寝られそうにねえよ」

ドロシー「だったら寝ずの番でもやってたらどうだ?」

オニール「…ミス・マクニールの言うとおりだな……しばらく起きて見張ってろ」

ごつい男「そりゃないぜ…!」

一同「「ははは…っ♪」」
502 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/19(火) 02:18:42.68 ID:B9ibwpp60
…翌日の夜・海岸沿い…

オニール「よし、みんないるな?」

ごつい男「おう。ばっちりだ」

ドロシー「結構だね…」

…三々五々と宿やパブから抜け出し、人気のない海岸で集合したドロシーとアンジェ、それにアイルランド人たちの一部……アンジェは合図のために使うランタンを持ち、明かりが漏れないよう布で覆っている…

独立派構成員A「…ところで、どうしておれたちを三つの班に分けたりしたんだ?」

ドロシー「そんなの分かりきったことさ…「一つのカゴに全部の卵を入れるな」って格言があるだろ? もしグループの一つがスペシャル・ブランチや何かに挙げられても、残りの面々で計画を実行できる…ってわけだ」

オニール「そういうことだ。そしてそれぞれに「ちび」のオハラ、コリンズ、おれが入り、そのグループの指揮を執る」

構成員A「なるほど……」

アンジェ「…おしゃべりはそこまで。来たわ」

…月も沈んだ暗い夜の海、砂浜に打ち寄せる波だけがかすかに白く浮かび上がって見える……すると沖合からばたばたと帆のはためく音や、ギーギーと軋む索具の音がかすかに響いてきた…

構成員B「なぁ……あの船がスペシャル・ブランチや出入国管理局の警備艇じゃないってどうして分かるんだ?」

ドロシー「簡単だよ…もしそうならドンパチが始まっているはずだからさ」

構成員B「…」

アンジェ「……甲板で左右に振っている明かりが見えるわ」

ドロシー「よし、本物だな……さ、早く返事を送ってやりなよ♪」

アンジェ「ええ、そうするわ」ランタンの覆いを外し、円を描くように振った…

オニール「来たな…ただし、本物だと分かるまで銃口は下げるな」

構成員C「はい」

…そのうちに木造漁船の姿がぼんやりと見え始め、しばらくすると漁船から降ろした小さな手こぎボートが砂浜にのし上げた……そこから二人ばかりが降りてくる…

乗組員A「この船に乗るのはあんたらか…マダムが「西風に乗って良い航海を」だそうだ」

アンジェ「メルスィ…「南の空には満天の星」が出るといいですね」

乗組員A「……大丈夫だ、合ってるぞ」

乗組員B「よし、それじゃあ早速乗り込んでくれ」

オニール「聞いただろう…お前ら、早く乗れ」

ドロシー「…それじゃあ、今度は「向こう」でな」

オニール「ああ」

構成員A「……おい、あんたたちは乗らねえのか?」

ドロシー「当たり前だろう…夫婦で網を打つような小舟ならともかく、これだけの大きさの漁船に乗りこんでいる女がどこにいるかよ」

アンジェ「それに私たちはあなたたちと違って公安部にマークされるようなことはしていない……だから普通に「入国審査」を通って王国入りするわ」

構成員A「そうかい」

ドロシー「ああ。余計な心配をする前に、せいぜい船酔いにならないよう祈っておくんだな…そら!」ボートのへさきを押して、浜から離れられるようにする…

アンジェ「……行ったわね」

ドロシー「ああ…今ごろは他の連中もそれぞれ動き始めたはずだ」

アンジェ「それじゃあ私たちは宿に戻りましょう」

ドロシー「何しろ明日は早く動かないといけないからな」

アンジェ「ええ」
503 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/01/24(日) 02:18:14.74 ID:oUAAeofx0
…数日後・ロンドン…

ドロシー「どうやら監視は付いていないな…素人ばかりだから、間違いなく「スペシャル・ブランチ」がくっついてくると思ったが……」

アンジェ「…まだ分からないわ。もしかしたら泳がせているだけかもしれない」


…煤煙に煙るロンドンの屋根の上から、真鍮製の望遠鏡で一本の裏通りを監視しているドロシーとアンジェ……高い煙突とゆっくり回っている大きな歯車の間に伏せてのぞく視界の先には、通りに面して街区いっぱいに伸びた三階建て長屋があり、不用心にもカーテンを閉じないでいる部屋では独立派の構成員が手持ち無沙汰にしているのがくっきりと見える…


ドロシー「…あり得る話だな。どのみち連中に用意したネストは使い捨てだから、当日まで持ってくれればそれでいいが……」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ…それじゃあそろそろ行こうか」

アンジェ「ええ…」パチリと真鍮製の望遠鏡を畳むとマントの裾をたなびかせ、窓から屋根裏部屋へと戻った…

…数時間後・裏通り…

ドロシー「…ようこそロンドンへ。その様子を見ると無事に到着したみたいだな」

オニール「少なくともおれと一緒に来た奴らはな……他の連中はどうしてる?」

ドロシー「そうだな、コリンズのグループは昨日無事に着いたよ…ニシン漁の漁船に乗せられたもんだから、魚臭くっていけないってぼやいてたな」ガタつく椅子に腰かけ、ちびちびとウィスキーを舐めている……

オニール「そうか」

ドロシー「ああ…だがオハラたちはまだだ。あいつらは腕っ節ばかりでおつむの方はからっきしだから、あんたがわざわざ「難しい芝居をしなくて済むように」って、あぶれた炭鉱夫ってことにしたのにな……一体どこで油を売っているのやら」

オニール「…困ったものだな。奴はライミー(英国野郎)に自分の農地を取られたから、熱心なことは熱心なんだが……」

ドロシー「熱心なだけじゃ「我らが祖先の地」は取り戻せないからな」

オニール「そういうことだ…」

ドロシー「それで行けばあんたは別格さ……あの有名な「トリニティ・カレッジ」に通ってた事があるんだって?」

(※トリニティ・カレッジ…ダブリン大学。アイルランドで最も歴史ある最高学府として有名で、「吸血鬼ドラキュラ」のブラム・ストーカー、「ガリヴァー旅行記」のスウィフト、「サロメ」や「幸福な王子」のオスカー・ワイルドなど、多くの作家や詩人を輩出している)

オニール「まったく、口の軽い奴らだ…だがまぁ、そうだ」

ドロシー「すごいもんだな…あたしみたいにライミーの貴族に見そめられて、犬っころよろしく飼われていた娘っ子とは訳がちがう……しかし、どうして卒業しなかったんだ?」

オニール「ああ、そのことか…」

ドロシー「……言いにくいことだったか?」

オニール「いや…単におれが独立運動に熱心すぎただけのことさ」

ドロシー「なるほど……それじゃああたしと同じだ♪」

オニール「…そうだな、おれたちはみんなアイルランドのためなら命さえ惜しくない……」

ドロシー「ああ、そうだな…」

…翌日・安食堂…

オニール「……どうだった」

ドロシー「ああ、どうにか無事に着いたよ…途中で汽車を間違えたんだと」

オニール「まったく、あいつは……」

ドロシー「まぁそう言うなよ……これで面子は揃ったんだから、後は準備を整えるだけさ」

オニール「その件だが、具体的にはどうする。おれにもいくつか案はあるが、あのフランス娘が用立ててくれる武器によってやり口は変わってくる」

ドロシー「…フランソワーズのことか? 大丈夫、心配ないさ…ライフルから散弾銃、ピストル、爆弾……さすがに手回しガトリングや機関銃となると厳しいが、それ以外ならだいたい揃えてくれるって話だ」

オニール「ならいいが…お前にはおれたちと同じアイリッシュの血が流れているが、あのフランス娘はどうもな……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ…なにせ事が起きた暁には貿易の利益を独占しようっていうんだ、下手な愛国者だの理想主義者だのよりよっぽどしっかりした「信念」を持ってるってもんだ♪」そういいながら筋だらけのビーフステーキに食らいついた…

オニール「…かもしれないな」

………

504 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/28(木) 03:04:27.26 ID:jnaPZfiB0
…同じ頃・公安部アイルランド課…

公安部職員「……失礼します」

課長「君か……どうしたね?」

職員「はい、それが先ほど警察から電信がありまして…「手配されている独立派の構成員とおぼしき人物を国営鉄道の職員が見かけた」とのことです……なんでも行き先の異なる切符で汽車に乗り込もうとしたので、検札係が買い直すように言うと怒って押し問答になったとか」

課長「なるほど…それで、その構成員は誰だね?」

職員「はい。現在うちの職員が駅に急行し似顔絵を確認させておりますが、特徴を聞いた限りではこの男ではないかと」手配書を机に置いた…

課長「ふむ「ちび」のオハラ。大男で、過去にR.I.C.の警官二人を殺害か……他には?」

職員「はい、税関当局からテムズ川沖のサウンド(瀬戸)で漁船一隻を拿捕したと…ニシン漁の漁船で船籍はドーヴァーとあるのにフランス人が乗り込んでおり、取り調べに対し「ベルファストで数人のアイルランド人を乗せ、昨日ロンドンで降ろした」と供述しているそうです」

課長「その男たちの人相は?」

職員「詳しい情報はまだ入ってきておりませんが、税関とイミグレーション(出入国管理局)をせっついているところです」

課長「分かった……ただちに警戒情報を出し、ロンドン中のアイルランド人を捜索・監視させろ。スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)にも同様の連絡を送れ」

職員「はい!」

課長「待った…それから市中の銃砲店にあたって、見慣れない相手や一見の客に銃を売ったかどうか確認させろ。特に狩猟用のライフルとやピストルだ」

職員「分かりました」

課長「…それから陸・海軍に照会して、ここ数週間のうちに武器庫や造兵廠、基地での盗難が無かったか調べてくれ……ライフルのような銃器だけでなく、制服の類の盗難もな」

職員「……連中は兵士に変装するとお考えで?」

課長「閲兵式には各地の連隊がやってくるからな…見慣れない顔がいてもおかしくないし、制服と徽章を見れば「ああ、どこどこの連隊か」だけで済んでしまう……また、アイルランド人もそれが狙い目だろう」

職員「なるほど…」

…夕方…

ドロシー「…よう、ずいぶんと遅いお着きじゃないか」

ごつい男「なに、途中で汽車を乗り間違えてよ…危うくウェールズに行くところだったぜ」

ドロシー「おいおい、困った奴だな……」

ごつい男「おまけに気の利かない車掌の奴が「この切符は違います」なんていうもんだからな…」

ドロシー「……まさか殴ったりはしなかっただろうな?」一瞬だけ「すっ…」と冷たい表情が浮かんだが、すぐに自制して冗談めかした…

ごつい男「ああ、殴っちゃいないさ…ちょいと襟首をつかみはしたけどな!」

ドロシー「そうかい…ま、本番まではその腕っ節をとっておけよ……な?」(…この馬鹿、やらかしやがったな…それでなくても馬鹿でかくて目立つって言うのに……今ごろ公安部と防諜部に連絡が飛んでいるはずだ)

ごつい男「おう、そうだな。おまけに駅の売店でウィスキーを買おうとしたが「ジェームソン」も「ブッシュミルズ」も売ってないときやがった…本当にろくでもないところだぜ、アルビオンって所はよ」

ドロシー「そういうなよ……ま、しばらくはここでゆっくりしてくれ。飯は食堂がそばにあるから、そこで食うようにしてくれ」

ごつい男「分かったよ、嬢ちゃん…オニールにもよろしく伝えてくれ」

ドロシー「ああ、伝えておくよ」(…こうなったらこいつらは公安部を引きつける「餌」として使うしかないな)

………



…数日後…

オニール「…しかし、閲兵式に向かう馬車を狙うとして……どうやる?」

ドロシー「そのことはフランソワーズとも相談したが…二段構え、三段構えで行こうと思っているんだ」

オニール「具体的には?」

ドロシー「あたしは鴨撃ちを習ったことがあるから射撃は出来る……で、だ」小ぶりな望遠鏡を取り出した…

オニール「そいつは?」

ドロシー「一見するとただの望遠鏡だが……よく見るとレンズに十字の線を入れてある」対物レンズに引いた細い黒線を見せる…

オニール「確かに引いてあるな…それで?」

ドロシー「フランソワーズが用意してくれたフランス製の「レベル(ルベル)」ライフルが数挺あるから、今度郊外に出て精度を試してくる…で、その中から一番いいやつにこれを取り付ける……通りに面した建物から馬車を撃つとすれば、だいたい八十ヤード(おおよそ72メートル)もないくらいだろう…望遠鏡は銃の衝撃に耐えられないから撃っても二発がせいぜいだし、弾の精度や火薬の燃焼ムラもあるが……そう悪くない賭けになるはずだ」

オニール「それが「第一段」ってことだな」

ドロシー「そのとおり♪」
505 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/29(金) 01:52:32.63 ID:ofe8nb/50
オニール「しかし「第一段」ってことは、それだけじゃないんだな?」

ドロシー「ああ…はっきり言って、私もこんなシロモノでクィーンをやれるとは思っちゃいない」

(※狙撃用スコープの元になったアイデアはレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したとされるが、実用的なものは第一次大戦ごろまでなかった)

オニール「それじゃあ次はどうするつもりだ」

ドロシー「そのことだが……こいつを見てくれるか?」

オニール「ロンドン市街の地図だな?」

ドロシー「ああ、そうだ…見ての通り、女王は馬車でバッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」を通り、トラファルガー広場に出る」

オニール「そこまでは当然だな」

ドロシー「ああ…そこで民衆からの歓声を浴びながらこっちに曲がる……」

オニール「エンバンクメント(運河)は避けるわけか」

ドロシー「もちろん。運河じゃあ片側ががら空きで遮蔽物がないし、対岸から銃撃されたら蜂の巣になっちまうからな」

オニール「なるほど、理屈は通る……しかしお前は詳しいな」

ドロシー「そりゃあ「貴族様」たちは口が軽いからな…色々と耳に入ってくるのさ♪」ウィンクを投げ、適当にはぐらかすドロシー…

オニール「…話の腰を折ってしまったな。それで?」

ドロシー「それからウェストミンスター寺院で大司教からの祝福を受け、それから陸軍本部、ホワイトホールの海軍本部で式典……で、やるのはこの辺りだ」地図の一点を「とんとん…っ」と叩いた……

オニール「どうしてだ?」

ドロシー「この辺りは何度か通ったことがあるが、通りが細いから馬首を転じるのは容易じゃない…おまけに銃声が響けば見物人たちが大混乱を起こして道を塞ぐ……そこで「第二弾」だ」

オニール「…馬車を襲撃するのか」

ドロシー「ご名答……散弾銃とピストル、それに爆弾でもって左右の小路から襲撃をかける。もちろん警護官は付いているが、物々しい雰囲気にならないように、ピストルを隠し持っているだけだ……力押しでいけば始末出来る」

オニール「しかし「ロイヤルガード(近衛)」の兵隊はどうする?」

ドロシー「…毛皮帽をかぶった「グレナディア・ガーズ(近衛擲弾兵)」のことか?」

オニール「ああ、奴らが騎馬で随伴しているだろう…違うか?」

ドロシー「もちろん随伴はしているさ…だが、騒ぎが起こって市民が逃げ惑い、馬が跳ね回っているような時に、連中が背中に回しているエンフィールド・ライフルを構えて弾を込め、狙いを付ける…ましてや馬上で振り回すのは相当難しいはずだ。たとえそれが切り詰め型の「騎兵銃(カービン)」タイプだとしてもな……違うか?」

オニール「手綱を取るので精一杯…ってわけか」

ドロシー「いかにも……それにもうひとつ秘策も用意してある」

オニール「ほう、どんな?」

ドロシー「そいつは直前になったら明かすが、成功疑いなしっていう「とっておき」だから期待していい」

オニール「どうしていま明かせないんだ?」

ドロシー「…そりゃあ「相手のある」事だからさ。それに……」口をつぐむと隣の部屋との壁を指差した…

構成員の声「……っし、こいつでもらいだな…!」

構成員Bの声「ちくしょうめ…だがな……っと、ハートのキングだ。ざまあみろ!」

ドロシー「……この建物は壁が薄いんだ。おまけにあんたの手下はみんな声がデカいときている…あたしがしゃべったことをロンドン中に触れ回ってもらっちゃ困る」

オニール「…」

ドロシー「それと「本番」では横道から荷車を押し出して車列の前後を塞ぎ、にっちもさっちもいかないようにする予定だ……」

オニール「まさに「袋のネズミ」か…」

ドロシー「そういうこと……どうだ、最終的に決めるのはあんただが」

オニール「いや、いい計画だ……手抜かりにも備えてあるし、これなら上手くいくだろう」

ドロシー「ふ、何しろ寝ずに考えたからな…♪」

オニール「ああ、それだけの価値があるな」

ドロシー「そう言ってもらえると嬉しいね…あとは当日まで潜んでいてくれればいい。必要ならこっちから連絡する」

オニール「分かった……後を尾けられないように気をつけろ」

ドロシー「そうするよ」

506 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/02/02(火) 02:12:55.00 ID:MJAwUMIL0
…翌日・「ケンジントン・ガーデンズ」…

ドロシー「あら「あの水鳥はなんでしょう」ね?」

L「さぁ、私は鳥類にはうといもので…しかし「多分アヒルではない」でしょうな」

…ロンドン中心街のひとつ、ウェストミンスター区にある「ケンジントン・ガーデンズ」は、かつて川をせき止めて作った大きな人工池「サーペンタイン」を挟んだ「ハイドパーク」と隣り合っている。ケンジントン・ガーデンズとハイドパークも共は緑豊かな大きな公園で、ロンドン市内にありながら小鳥のさえずりや水のせせらぎが聞こえてくる……二人は水面で泳ぐ水鳥を眺めているふりをしつつ、何気ない会話のような合い言葉を挟む…

ドロシー「そうですね…」

L「教えてあげられなくて申し訳ない……さて、報告を聞こう」

ドロシー「ああ…独立派はクィーンの首を取る気でいて、こっちがお膳立てしたプランに食いついた」

L「そこまではいい……しかし疑り深く気が短い連中のことだ、きっと土壇場で勝手な真似をするだろう」

ドロシー「分かってる。もとよりそれも組み込んであるわけだからな……それよりも「モノ」は手に入ったのか?」

L「当然だ」

ドロシー「そいつは良かった」

L「しかし喜んでばかりではいられんぞ……フランスの現地協力者が手配した漁船が王国の税関当局に拿捕されて、アイルランドから人を乗せたことが漏れた」

ドロシー「そうかい……ところで、もっと頭の痛いことを教えてやろうか? グループのひとつで構成員が切符を買い間違え、おまけに短気を起こして検札係につかみかかったとさ」

L「……馬鹿め」

ドロシー「ああ…今ごろは間違いなく防諜部、公安部、スコットランド・ヤードのデカたちが血眼になってアイルランド人を探しているはずだ」

L「むむ……どうだ、やれるか?」

ドロシー「やるさ…あいつらがいる間はロンドン中の警戒が強まって、こっちまでやりづらくなるからな」

L「分かった」

ドロシー「…当日に関しては私がおっぱじめるが、どう収めるかはその場次第で決めさせてもらう」

L「無論だ……とにかく、今回だけはクィーンを守り切り、連中の「チェックメイト」を許すな」

ドロシー「任せておけよ、チェスは得意な方なんだ♪」

…数日後・郊外の森…

ドロシー「……うーん、いい空気だ。こんな上天気になるって知ってたら、バスケット(カゴ)にサンドウィッチでも入れてきた所なんだがな」

アンジェ「あきらめなさい。それより、射点の調整を済ませてちょうだい」

…人気のない森にやってきたドロシーとアンジェ……そしてかたわらの古毛布には、フランス製の「ルベル」ライフルと8×50ミリRの弾薬、それにスコープ代わりの小さい望遠鏡がいくつか並べてある……ライフルの木被は機構に影響がない場所に穴を開けてあり、そこに真鍮で作った特製の基部(マウント)が取り付けられるよう加工してある…

ドロシー「ああ……観測を頼む」一挺を取り上げると肩付けし、弾を込めると慎重に照準を定めた…そして数十ヤード先の地面には白くて見やすい白樺の細枝が突き刺してある……

アンジェ「……始めて」

ドロシー「…」タアァ…ンッ!

アンジェ「右に六インチ、手前一ヤード」

ドロシー「ああ…」パァァ…ン……ッ!

アンジェ「右三インチ、奥に半ヤード」

ドロシー「どうも照準が合ってないな……次弾、行くぞ」

アンジェ「…右に半ヤード、前後はちょうどよ」

ドロシー「よし、あと数発やってみよう……ただ、この銃は右にそれるな」

…一時間後…

ドロシー「…これが一番いいみたいだな」空薬莢が散らばる中で身体を起こし、選んだライフルを布にくるむと肩を回した…

アンジェ「そうね」

ドロシー「後のやつはここに埋めていけばいいし、空薬莢も同じだな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それにしても腹が減ったな……ロンドンに戻ったら何か食おうぜ?」

アンジェ「それよりも「バスケットに入ったサンドウィッチ」がどうのこうって言ってなかったかしら…?」無表情のままバスケットの蓋を開けると、白パンのサンドウィッチがいくつか入っていた…

ドロシー「…さすが♪」
507 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/08(月) 03:02:37.93 ID:7cRaNMZt0
…数日後…

ドロシー「さて、取りに行くものはあと一つだけなんだが……」

…すでにロンドン市街は閲兵式と女王のパレードに備えて警戒が強められており、街のあちこちに制服姿のコンスターブル(巡査)や私服姿のスペシャル・ブランチ(公安)部員たちが視線を光らせている……ドロシーは古びたボンネットと頬のスカーフ、それに柳のバスケットを持って買い出しの主婦に変装しているとはいえ、リスクを考えて目的地に行くことを止め、脇道へすっと折れた……

ドロシー「……ちっ」

…裏通り…

ドロシー「…坊や、ちょっといいかな?」

…市街の「ロイヤル・アルビオン・アクターズ・アカデミー(アルビオン王立俳優アカデミー)」の近くにある、ちょっとした劇場や俳優の練習場が多い一角で、ドロシーは十歳にも満たないくらいの男の子に声をかけた…

男の子「ぼく、坊やじゃないよ! トミーって言うんだ!」

ドロシー「ああ、ごめんね…ところでトミー、ちょっとお使いを頼まれてくれないかな?」

男の子「おつかい?」

ドロシー「そう、おつかいだよ……もしやってくれたらお駄賃に一ギニーあげよう♪」ギニー硬貨を取り出してみせた…

男の子「ほんと?」

ドロシー「もちろん、お姉さんは嘘つきじゃないからね……やってくれるかな?」

男の子「うん、いいよ」

ドロシー「そっか…それじゃあお願いだけどね、この先の角を左に曲がって通りをひとつ分行くと「ウェイバリー道具店」っていうお店があるんだけど……知ってるかな?」

男の子「うん、知ってるよ!」

ドロシー「そっか、詳しいんだね…じゃあ「ウェイバリー道具店」に行って『モリー一座が注文した物を受け取りに来ました』って言ってくれるかな?」

男の子「えっと「モリー一座が注文したものを受け取りにきました」!」

ドロシー「そうそう。トミー、君は賢いね……それで、品物を受け取ったらここまで持ってきてくれるかな?」

男の子「分かったよ、おばちゃん!」

ドロシー「おばちゃんじゃなくて「お姉さん」だよ、トミー」

男の子「そっか…ごめんね、お姉さん」

ドロシー「いいよ……さ、それじゃあ「お姉さん」はここで待ってるからね」男の子が駆け出すとはす向かいの店先に歩いて行き、さりげなく裏通りを監視できる場所をおさえた…

…数分後…

男の子「お姉ちゃん、行ってきたよ!」

ドロシー「ありがとう、早かったね……重くなかった?」

男の子「ぼく、力持ちだもん!へっちゃらだよ!」

ドロシー「そっか…それじゃあ約束のお駄賃だ♪」

男の子「ありがと、お姉ちゃん!」

ドロシー「またね…♪」軽く腰をかがめて視線を合わせ手を振って見送ったが、喜び勇んで駆けていく男の子が角を曲がると、ふっと皮肉な笑みを浮かべた……

ドロシー「……おかげで助かったよ、坊や」

…数時間後・ネスト…

ドロシー「ふう…よいしょ」今まで肩に担いできた袋を床に放り出す…

オニール「そいつは一体なんだ?」

ドロシー「これか? これは当日必要になる「小道具」さ……今開けてやるよ」袋の口ひもをほどくと、なかから真っ赤な上着と黒のズボン、それに飾りの付いた軍帽、白く塗られた革のベルトとエンフィールド小銃の弾薬入れが出てきた…

構成員A「なんだこりゃあ…!?」

ドロシー「見ての通りアルビオン王国「フュージリア(軽歩兵)」連隊の制服さ…細かいところはいくつか違うがね」

構成員B「それより、こんな物をどうしようって言うんだ?」

ドロシー「簡単さ。当日、あんたらにはこれを着てもらう……車列を襲撃するときに同じような制服を着た連中に襲われればどれが敵か分からなくなって、より混乱するからな」

構成員C「けっ……よりにもよってライミーどもの赤服かよ」

ドロシー「文句言うな…私はあんたらに試着させて、そのあとで裾をあげたり詰めたりしなきゃならないんだからな」

オニール「…なるほど、これが「秘策」ってやつか」

ドロシー「いかにも…この制服は芝居用の道具屋で揃えてきたが、店主の爺さんは目が悪いし、私も変装して行ったんでね……まぁ脚はつかないだろう」
508 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/09(火) 02:47:14.36 ID:gsmGL95V0
…閲兵式・数日前…

公安部員「…ノルマンディ公、当日の警備体制の資料をお持ちしました」

ノルマンディ公「ご苦労…市内の様子はどうだ?」

部員「はっ、すでにお召し馬車の経路沿いは我々公安部、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)…それに防諜部と陸軍が警戒に当たっております」

ノルマンディ公「ふむ……」(しかし女王の護衛を担当する組織が多すぎるな…しかも縦割りの官僚主義で、連携はつぎはぎだらけときたものだ……)

部員「あの、何か…?」

ノルマンディ公「いや、結構だ…下がりたまえ」

部員「はっ…!」公安部の切れ者たちでさえ目の前にすると恐ろしく感じるノルマンディ公に「何か言われるのでは」と内心ヒヤヒヤしていたが、何も聞かれなかったことにほっとして部屋を出て行こうとした……

ノルマンディ公「…待て」

部員「は、はい…!」

ノルマンディ公「一つ聞きたい……この部分の警戒はどこの組織が担当しているのだ?」ロンドンの地図上に引かれた何色もの線…その重なった部分を指さした…

部員「はっ、そこは……」

ノルマンディ公「……地図上では線一本だが、実際には一部屋ほどの幅があるぞ。その「隙間」に共和国の連中が潜り込んでいたらどうする気だ」

部員「申し訳ありません、直ちに確認を取ります…!」

ノルマンディ公「そうしろ……それから下水道の蓋には封印をし、地下の柵には鍵をかけたな?」

部員「はい、指示通りに実施しております」

ノルマンディ公「分かった。では先ほどの警戒区域の割り振りを確認し、完了次第報告しろ」

部員「承知しました…!」

ノルマンディ公「…」(我々も王族を失うわけにはいかない…とはいえ、ここで共和国の連中が「直接行動」に出てくるとなれば、連中を一網打尽にできる……場合によっては王族に連なる何人かの損失も許容しうるな……)

…一方・在ロンドン「アルビオン共和国大使館」の一室…

7「L、情報が入っております」

L「うむ…エージェント「D」および「A」は連中を上手く引っ張り出すことに成功したな……」

7「ええ」

L「あとはこのまま直前まで「芝居」を続けるだけだ…警備状況はどうだ?」

7「はい……すでに街角にはロンドン警視庁の制服および「スペシャル・ブランチ」の私服、サマーセット連隊および「カウンティ・オブ・ロンドン・ヨーマンリー」の軽歩兵一個大隊が展開しており、それに防諜部、公安部も警戒しております」

(※ヨーマンリー…義勇農民軍。もとは正規軍の派遣に伴い本土の兵力が減少したことから、自作農など多少「市民としての地位を得ている」人々を集めて設けた内務省主管の義勇軍であったが、後に改組されて陸軍に組み込まれた)

L「ふむ、あちこちの組織から見ず知らずの人間が集まっているというわけか……好都合だな」

7「まさに「人を隠すには人」というわけですね?」

L「いかにも……」

…閲兵式・前日…

見回りの歩兵「おい、止まれ」

ドロシー「なんだい?」

歩兵「身分検査だ……住まいはこの近くか?」

ドロシー「ええ、この先の24番地にある下宿の屋根裏部屋さ」

歩兵B「その荷物は?」

ドロシー「見ての通り食べ物さね…」パンやチーズ、それに毛をむしった丸々としたアヒルを抱えている…

歩兵「どれ……ほう、立派なアヒルじゃないか」

ドロシー「うちの雇い主が珍しく慈悲深いところを見せてくれたもんだからね…ちょいと奮発したってわけさ♪」

歩兵B「それにしてもうまそうなアヒルだな……もし焼いたらおれたちにも分けてほしいもんだ」

ドロシー「ちゃんとその分の「おあし(お金)」を払ってくれるならね…そのときはこんがり焼いてクランベリーソースをかけて持ってきてあげるよ?」

歩兵「おれはリンゴソースの方がいいな……まぁいい、行っていいぞ」

ドロシー「はいよ」中に紙袋でくるんだウェブリー・スコット・リボルバーを詰めたアヒルを抱え、普段通りの歩調で立ち去った…
509 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/02/11(木) 17:37:17.88 ID:yelslRfq0
続きを投下する前に、とうとう「劇場版プリンセス・プリンシパル〜Crown handler第一章〜」が封切られましたね!


ちなみに無事に見ることができ、入館特典でランダムにもらえるキャラクター色紙はドロシーでした♪

…「プリンセス・プリンシパル」の登場人物は全員好きですが、特にドロシーは好きなので嬉しいですね。皆様もぜひ銀幕で「チーム白鳩」の活躍を見ましょう!(ダイマ)
510 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/13(土) 00:36:15.97 ID:SyO7sNei0
…その日の午後…

ドロシー「……ちくしょうめ、それにしたってタイミングが悪すぎるっての」ウェブリー・スコットを手入れしながら悪態をついている…

アンジェ「何をさっきからぶつぶつと……ボヤくにしてももう少し静かにしてもらえないかしら」

ドロシー「いや、そんなことを言ったってな…なにせ「劇場版プリンセス・プリンシパル〜Crown handler〜」の封切りがあったんだぜ?」

アンジェ「そうだったわね…それで?」

ドロシー「いや、ね…そう思って数ヶ月も前から券も買っておいたっていうのに、この任務のせいでおじゃんだ……ボヤきたくもなるだろう」

アンジェ「それは残念だったわね……ちなみに私はもう見たわ」

ドロシー「なに…っ!?」

アンジェ「この前プリンセスが特別試写会に招いてくれたから」

ドロシー「おい待て、そんなの聞いてないぞ!?」

アンジェ「ええ……招待されたのは「私だけ」だったもの。二人きりで心ゆくまで見たわ」

ドロシー「くそっ、惚気まで聞かせてくれやがって……」

…同じ頃…

7「…L、一体どちらへ?」

L「なに、映画をな……劇場版「プリンセス・プリンシパル」を見に行く」

7「それは困ります…エージェント「D」からの報告によると、王国防諜部や公安部が警戒を強めており、いつ情勢が動くか分からないとのことですので……」

L「だが、すでに券は買ってあるのだぞ」

7「残念ですが、あきらめていただくより仕方ないかと」

L「ええい…ノルマンディ公め、分かっていてこのタイミングにぶつけてきたな……」

7「そうかもしれません。ところで、しばらくの間だけ席を外させていただきます」

L「…どこへ行く?」

7「昼食と、それから映画館です…私も予約しておいたので」

L「…私が書類とにらめっこしているというのに、君は優雅に映画か? …覚えておれ、戻ってきたら残りの雑務をみんな押しつけてやる」

7「あら…そのようなことをなさると、帰ってきたときに「うっかり」筋書きをしゃべってしまうかもしれませんよ?」

L「……君も脅しの使い方が上手になったな。もし映画館に行くのならついでに「第二章」の予約券も買ってきてくれ…確か封切りは今年の秋だったか?」

7「そうですね…分かりました、ついでに買ってきます」

L「うむ」

………



…その日の晩・ネスト…

ドロシー「よーし、それじゃあ改めて袖を通してみてくれ…寸は直しておいたから、今度こそぴったりのはずだ」

構成員A「ああ…」

ドロシー「へぇ、なかなかいい感じじゃないか…これなら充分王国の軽歩兵で通るぜ♪」

構成員B「反吐が出るぜ」

ドロシー「文句言うなよ。これも「祖国のため」だろ?」

構成員C「そうじゃなきゃ、こんな服なんぞ下水にでも叩き込んでるってんだ」

ドロシー「ああ、いくらだってそうしてくれていいさ……ただし、全部終わったらな」

構成員A「待ち遠しい限りだな…前祝いに一杯やらねえか?」

ドロシー「気持ちは分かるが今夜は止めておけ…二日酔いでふらふらした連中が制服を着ていたらおかしいからな。それと当日は喋るのも最低限にしろよ……アイルランド訛りを聞かれちゃまずい」

オニール「その通りだな…」

ドロシー「それじゃあ私は上がらせてもらうよ……お休み、良い夢をな」

オニール「ああ、そっちも」

511 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/13(土) 01:51:04.99 ID:SyO7sNei0
…しばらくして…

オニール「……オブライエン、ちょっといいか」

構成員A「なんだい?」

オニール「ああ…お前に一つ頼みがある」

構成員A「オニール、他ならぬあんたの頼みを断るわけがねえ。なんでも言ってくれよ」

オニール「そうか。実はな、お前には当日キャサリン…ミス・マクニールの横にいてもらいたいんだ」

構成員A「そりゃああんたの頼みだから「やれ」と言われりゃあやるが……どうしてだ? ケイト(キャサリンのあだ名)は腕も立つし、お守りなんぞいなくたってばっちりやってくれるだろ」

オニール「ふぅ、分かった。口の堅いお前だから正直に言うとな……どうも引っかかる」

構成員A「…引っかかる?」

オニール「ああ。もちろんここまで来られたのはミス・マクニールとミス・ブーケの手伝いがあってこそだ…しかしな、どうにも手際が良すぎる気がする……おれの「アイルランド人の直感」がそうささやいている気がするんだ」

構成員A「はは、なんだいそりゃあ…確かにここまで無事に来られるなんてよくよくツイてるが、今までも時々そういうことがあったじゃないか」

オニール「お前の言うとおり、確かに最初からエースのフォーカードが揃っているような時もあった……だがな、あの二人の娘っ子の手回しの良さは素人にしてはできすぎだと思わないか?」

構成員A「そりゃあ、あの二人…特にあのカエル(フランス人)の血を引いた娘は裏であっち(フランス)とやり取りがあるんだろう? それならよく練られた計画が出てきたっておかしくないさ……まぁ「芝居用の衣装で王国の兵隊の仮装をして馬車を襲う」なんて、確かに感心するけどな」

オニール「…」

構成員A「……いや、あんたの言いたいことは分かったよ…とにかく、おれはあんたの言うとおりに動く。ケイトの動きが気になるなら見張っておくさ」

オニール「済まないな」

構成員A「気にするなよ……ほら」縁が欠けた陶器のティーカップに「一杯だけ」とジェームソンを注いだ…

オニール「悪いな…」

…数十分後・「白鳩」のネスト…

ドロシー「…やっぱりな」

アンジェ「ええ…結局の所、あの手の連中はどこまで行っても自分たち以外は信用しないもの」

…オニールたちに用意した下宿の上階にある空き部屋に忍び込み、暖炉の煙突に耳を近づけて会話を盗み聞きしていたアンジェ…

ドロシー「その割にはちょっと一杯付き合っただけの奴にぺらぺら喋ったりするんだがな……ま、いいさ」

アンジェ「そうね……どのみち彼らには彼らの役割を果たしてもらうだけだもの」

ドロシー「そういうことさ」

………



…閲兵式当日・朝…

王宮警護官隊長「いいか、今日は女王陛下及びシャーロット王女殿下が馬車にお乗りになる……また、公安部始め各組織が警戒に当たっているが、最後に盾となるのは我々だけだ。よく地図を確認し、必ず王族の方々をお守りするように」

警護官たち「「はっ!」」

…ノルマンディ公・書斎…

ノルマンディ公「…はてさて、これからどの駒がどう動くか……ガゼル、行くぞ」

ガゼル「はい…」

…スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)本部…

スペシャル・ブランチ(公安・特捜部)部長「……準備はどうだ?」

スペシャル・ブランチ職員「はい。部長の指示通り市内各地に自動車を展開し、それぞれの車に部員を三人ずつと無線電話の機械を乗せて待機させてあります」

部長「よし。公安部の連中がいくら偉そうにしていても、我々は「スペシャル・ブランチ」だ……決して遅れを取るようなドジを踏むなよ」

職員「もちろんです」

…ネスト…

ドロシー「……さて、いよいよだな」

アンジェ「そうね、上手くやってちょうだい」

ドロシー「任せておけ……アンジェ、お前もな」

アンジェ「ええ」
512 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/14(日) 01:13:51.16 ID:+E2XBgOH0
…先ほどの地震は大きかったので、あの時を思い出して少し恐ろしかったですね。幸いにしてこちらは安定の悪い小物が落ちたりした程度でしたが……皆さまの地域は大丈夫でしたか?
513 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/19(金) 02:27:42.80 ID:RwoSrFPM0
…数十分後…

ドロシー「よし、それじゃあいよいよ本番だ…♪」

構成員B「待ちくたびれたぜ!」

ドロシー「威勢がいいな……だが、まずはあたしが通りに出る。見られていないようなら合図をするから、そうしたら「分列行進」の要領で、きちんと整列して出るようにな……それと誰かに何か聞かれるようなことがあったら、オニール…あんたがしゃべってくれ。あんたは学があるし「クィーンズ・イングリッシュ」もなかなかだから、歩兵分隊を指揮する警備の将校で通るだろう」

オニール「分かった」アルビオン王国将校のぱりっとした軍服も、なかなかさまになっているオニール…

ドロシー「それから、道端の物は大小問わず「爆弾でもしかけられているんじゃないか」って言うんで全部どかされているから、道路を塞ぐのに使う荷車を停めておくわけにはいかなかった……そういうわけだから、荷車は時間に合わせて協力者が襲撃地点の脇道まで持ってくる…もし来なかったらそのときは臨機応変にやってくれ」

オニール「いいだろう」

ドロシー「襲撃が終わったら結果の如何に関わらず、事前に決めた集合場所に集まること…」

オニール「その通りだ……逃げる手はずについてはみんなに言ったとおりだが、必要以上に待つことはしない。遅れるようなら置いていく」

ドロシー「そういうことだ」

構成員B「なぁ、そういえばオハラやコリンズたちは何をするんだ?」

ドロシー「そのことか……オニール、説明してやってくれよ」

オニール「ああ…オハラたちはおれたちが襲撃をしかける場所とは別の場所に待機していて、馬車がおれたちの襲撃から逃げようとしたらねずみ取りの「蓋を閉める」役割を受け持つ」

ドロシー「それからコリンズたちは連絡と遊撃だ…もし馬車が予想外のルートを通ったり、こっちの襲撃を強行突破しようとしたら打って出る」

構成員C「なるほどな…」

ドロシー「納得したか? それじゃあ私はこれで…」

オニール「ちょっと待ってくれ、ミス・マクニール」

ドロシー「ん?」

オニール「お前は大事な狙撃役だ、それが一人きりって言うのは心もとない……護衛としてオブライエンを連れて行け」

ドロシー「おいおい、あたしだって子供じゃないんだぜ?子守なんているかよ」

オニール「そういうな、一人より二人だ」

ドロシー「分かったよ……気を遣わせちまったな」

オニール「なに、うら若いレディ一人に危険な真似をさせるなんて言うのは「男がすたる」ってものだからな」

ドロシー「おいおい、ボーディシアは女だぜ?」(※ボアディケアとも…古代ローマ帝国統治下にあったケルトの女王。ローマの統治に反旗を翻し、車軸からスパイクを生やしたチャリオット(戦車)で猛烈に戦ったとされる)

オニール「ふ…そうだったな」

…そのころ・バッキンガム宮殿…

プリンセス「…お手をどうぞ、お祖母様」

女王「ええ……ありがとう」

女性警護官「…」

男性警護官「…陛下は馬車にお乗りになられました」馬車に乗り込む女王の手を取って手助けするプリンセスと、その左右について神経を尖らせている王室警護官たち…

警護隊長「よし、それじゃあ第一班は馬車に先行し前方の警護、第二班は左右の警戒。第三班は後方の守りを固めろ」馬車の前後を黒いロールス・ロイス乗用車で固め、油断なく目を配っている警護官たち…

女性警護官「……近衛擲弾兵も護衛につきました」見事にくしけずられた毛並みのいい馬にまたがり、毛皮の帽子をかぶっている「近衛擲弾兵」の兵士も付く……

プリンセス「…♪」護衛たちの「気を散らさないように」と、いつものようにねぎらいの声をかけたりすることはせず、代わりに座席にゆったりと腰かけて女王と歓談するプリンセス……アンジェからは襲撃の計画は聞かされているが、表情一つ変えることなく、いつも通りに振る舞っている……


…バッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」(バッキンガム宮殿前の大通り)へと出たお召し馬車…歩道には多くの市民が集まり、帽子を振ったり歓声を上げたりしていて、沿道には車道にはみ出さないよう群衆を抑える赤い制服の陸軍歩兵やロンドン警視庁の警官が並び、上空には王立航空軍の空中戦艦が見事な陣形を組んで遊弋している……そして表向きは「女王陛下を見下ろすのは不敬である」という理由がついていたが、実際には高所からの銃撃や攻撃を避けるために高架道路と高架鉄道は全て封鎖され、飛行船もロンドン上空を通らない航路へと変えさせられていた…


プリンセス「…」(いよいよね……)

………

514 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/22(月) 03:08:17.76 ID:DiNheleG0
…数十分後・裏通り…

アンジェ「ご苦労様」

車引き「はいよ、それじゃあ…」

アンジェ「…これだけあれば足止めには充分ね」


…貧民街で一シリングも払わずに雇った車引きに運ばせた二台の荷車が到着すると、きちんと積み荷を確認したアンジェ……回りくどいが足取りを残さないよう、幾人かのカットアウトや協力者を通じて手配したのは山積みになったレンガひと山で、一旦崩れれば路上からどかすにしても乗り越えるにしても厄介なことになる…ついでに中身が噴き出すと濃い煙が立ちこめるシロモノである蓄圧缶数本を隙間にねじ込む…


アンジェ「それからこっちは…」

…もう一台の荷車には引っ越し荷物のような木箱がいくつか載せてあるが、その中の「服」と書いてある箱の蓋を開けて数枚の衣服をのけると、その下に数個の爆弾と散弾銃、それにウェブリーやトランターなど、メーカーも口径も雑多なリボルバーが八挺ほど詰め込んであった…

アンジェ「……結構、注文通りね」

アンジェ「これなら、後はドロシーに任せればいい……」なんの特徴もないモスグリーンのスカートと白いブラウス、グレイのショール、それにボンネットをかぶり買い物カゴを持った平凡な買い出しスタイルで、急ぐでもなく静かに歩み去った……

…数十分後・とある下宿の二階…

構成員A「なぁ…一つ気になってたんだが」

ドロシー「何が?」

構成員A「この狙撃のことさ……そのライフルなら射程四百ヤードは堅いはずだろう、何も八十ヤードまで待たなくてもいいんじゃないのか」

ドロシー「そりゃあエンフィールド・ライフルほどじゃないにしても、ルベル(レベル)・ライフルなら数百ヤードくらい充分届くさ……ただ、届くって言うのと「当たる」っていうのは全く別の話だからな。それだけの距離を飛んだら威力は落ちるし、ルベルの弾は先端が平べったいから、飛んでいるうちに左右たっぷり数ヤードはずれちまう」

構成員A「…しかし八十ヤードって言ったら目と鼻の先だろ」

ドロシー「本当にそう思うか? 例えば通りの向こうにある店の入口…小指の先くらいに見える緑のドア…あそこに見物人が立ってるよな、茶色の山高帽をかぶった……あの男までどのくらいあると思う?」

構成員A「あいつか?たっぷり二百ヤードはあるんじゃないのか」

ドロシー「残念でした……あれで百ヤードさ」

構成員A「本当か?」

ドロシー「ああ…実際にこの脚で歩測したから間違いない。だから八十ヤードの距離でもかなりの博打を打つことになるんだ……それにここから馬車を狙うとなると少なくとも十五度は射角がある…おまけに相手は動く目標と来るんだからな」

構成員A「なら逆にもっと引き寄せちゃどうなんだ?」

ドロシー「そうすりゃ今度は逃げる余裕がなくなる……あくまでもこの一発は合図みたいなもんだからな。もし外してもオニールが上手くやってくれるさ」

構成員A「確かにそうかもしれないが…」

ドロシー「おい、そうやって考えてたらキリがないぞ……あたしはこの一発で「チェックメイト」を打てるようにお膳立てを整えたんだ。そりゃあ上手くいくかどうか心配なのは分かるが、いまさらああだこうだ言ったって仕方ないだろう」

構成員A「いや、何もおれは…」

ドロシー「分かってるよ、緊張しているのはあたしも同じだ……特にこの一発に賭けるとなりゃあな。しかし舞台は整っちまってるし、役者も幕が上がるのを待ってる……今さら筋書きを変えるわけにはいかないのさ」

構成員A「……そうだな」

ドロシー「さぁ、馬車が来るぞ…その望遠鏡でもって観測してくれ」

構成員A「分かったよ」

ドロシー「窓は開けて、カーテンは軽く下ろしてくれ……たとえ窓から突き出してなくても、室内に差し込んできた陽光に銃身が反射したら護衛に気づかれるし、それに狙うとき目がくらむからな」

構成員A「ああ」

ドロシー「……さて、と」ルベル・ライフルに弾を込め、四発ほど装填すると窓辺に寄せた小机に横たわらせた…小机には椅子から持ってきたクッションが乗せてあり、銃がガタつかないようになっている…

構成員A「どうして全弾込めないんだ?」

ドロシー「込めたって撃つ余裕がないからさ……それよりカーテンをもうちょい引いてくれ。これじゃあスコープに光が入って、眩しくって仕方ない」

構成員A「…これでいいか?」

ドロシー「ああ、良くなったよ……ふぅ…」抱き寄せるようにライフルを構え、肩の力を抜くように息を吐くと「キシンッ…!」と、槓桿(ボルト)を動かした……

構成員A「…後は待つだけか」

ドロシー「そうさ……」
515 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/26(金) 02:07:48.65 ID:JQTaCDNs0
…裏通り…

王国陸軍歩兵「よし、止まれ!…合い言葉を言え!」

…紅い上着に白いベルト、そして肩に掛けたスリング(背負い革)でエンフィールド・ライフルを吊って行進してきた半個分隊規模の歩兵……というのは真っ赤な嘘で、実際はオニールたち独立派の襲撃グループ……それに向かって、裏通りに立っている歩哨が誰何した…

構成員B「…」(くそっ、合い言葉だと…そんなの聞いてないぞ!?)

オニール「名誉と忠誠!」

歩哨「あの、失礼ですが……少尉どの、合い言葉が違います」

オニール「馬鹿な。こっちはこの合い言葉だと聞いているぞ……それより君はここでなにをしている?」

歩哨「はっ、ビクスビー伍長から「不審者を通さないよう見張れ」と命令を受けております!」

オニール「そうか…だが今から交代で、君らは休憩に入れ……次の交代時間までに戻ればよろしい」

歩哨「しかし伍長は……」

オニール「伍長は手はずに変更があったことをまだ聞いていないのだ……それとも何か、伍長の命令は本官の命令よりも優先されるのか?」

歩哨「い、いえ!そんなことは……」

オニール「なら問題はないだろう…ご苦労だった」

歩哨「はっ!」いかにも上流階級の士官らしいオニールの態度に接し、思わず敬礼する…

オニール「結構……さぁ、行け…!」歩哨が狐につままれたような表情を浮かべながら立ち去る間に、さっと警戒区画の中へと入り込んだ……

構成員C「…あったぞ、荷車だ」

オニール「よし……お前たちは銃声が響いたら荷車を押し出せ。おれたちは道に飛び出して馬車を銃撃する」

構成員D「分かった…」

…一方・ネストの一つ…

ごつい男「そろそろおれたちも動く頃合いだな……野郎ども、準備はいいか?」

構成員E「もちろんだ」

構成員F「いつでもいけるぜ!」

ごつい男「よし…いいか、おれたちはオニールたちが車列を取り逃がさないようにけつを押さえる役目だ。しくじるなよ?」

構成員G「任せておけよ!」

ごつい男「よし、それじゃあ行くぞ…!」

目立たない男「…」労働者風の上着の下にピストルを忍ばせ、左右をジロジロと見回しながら通りに出た独立派の構成員たち……と、さりげなくその後を尾ける一人の男…向かいの歩道にはその男の連絡役が付き、さらに十数ヤード後ろには連絡役らしいもう一人が控えている…

…少し離れた建物…

アンジェ「……引っかかったわね」そうつぶやくと懐から伝書鳩を出し、メッセージを付けて空に放した…

………

…数分後…

7「L、あなた宛に「A」からメッセージが届きました…その内容ですが「エリーはソフィーが好き」とのことです」

L「ふむ。これで少なくとも一人は情報を売っていたことが分かったな……よし、君は引き続きメッセージを受け取り「ダブル・クロス」(二重スパイ)の洗い出しを続けろ。せっかくの機会だからな」

7「はい」

…アイルランド独立派による女王襲撃に合わせて動きを見せるはずの王国防諜部やノルマンディ公配下のエージェントたち……そうした「敵方」に情報を流すべく共和国に潜り込んでいる王国側のダブル・クロスやモール(もぐら)を探り出すべく、コントロールは「クサい」とにらんだ数人にそれぞれ別の情報を「餌」としてわざと漏らしていた…

L「さて、後はこのまま上手く運んでくれれば結構だがな……」

………

516 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/02(火) 01:40:46.23 ID:ek4xApun0
…数十分後…

構成員A「おい、来たぞ…!」

ドロシー「見えてる……護衛車は前後に一台づつ、それと左右に騎馬の近衛擲弾兵か……」

…歩道には女王やロイヤルファミリー(王族)を一目見ようとする市民たちで黒山の人だかりが出来ていて、車道にはみ出さないように制する警官や兵士たちも四苦八苦している…そしてカーテンを引いた室内からライフルを構えその様子をスコープ越しに眺めているドロシーと、伸縮式の望遠鏡で状況を観察している構成員…

構成員A「おい、そろそろぶっ放してもいいんじゃないのか…!?」

ドロシー「いや、もっと引き寄せないと……この位置じゃ御者の頭が邪魔だ」

構成員A「…もう八十ヤードは切ってるぞ!」

ドロシー「まだだ……」

構成員A「何やってる、早く撃てっ…!」

ドロシー「まだだ! そのまま、そのまま……」

ドロシー「…プリンセス……」スコープに映る女王の隣には手を振り、市民に向けてにこやかな笑顔を浮かべているプリンセスの姿が見える…


…深く息を吸うと軽く吐き、そのままふっと呼吸を止める……すると窓辺に寄せた小机とクッションで支えているライフルのわずかな揺れがピタリと止まり、スコープもどきの小型望遠鏡の対物レンズに描いてある十字線の中心に女王の顔が大きく映る……そこからほんの数インチだけ照準をずらして、ゆっくり引き金を引き絞る…


ドロシー「…」引き金を引いた瞬間、室内に「ダァァ…ンッ!」と銃声がとどろき、硝煙の臭いが立ちこめた……

ドロシー「……くっ、外した!」

構成員A「もう一発だ、撃て!」

ドロシー「だめだ、まごまごしていたらあっという間に包囲されるぞ!」

構成員A「構うもんか!ここで女王をやらないでおめおめと帰れるわけないだろう!」

ドロシー「いいから引け、どのみちもう護衛が盾についてる!」

構成員A「えぇい、貸せっ…おれがやる!」

構成員A「…このっ!」ドロシーのライフルを奪い取ると頬を銃床にあて、片目を細めてスコープをのぞき込む…

ドロシー「…」一瞬唇をかみしめたが、思い直したように上着の懐からウェブリーを抜き、女王へ照準を合わせようとしている相手の後頭部に弾を撃ち込んだ…

ドロシー「……悪いな」崩れ落ちた相手からライフルを取り上げると、もう一度馬車の方に銃口を向けた…

…裏路地…

構成員B「始まった!」

オニール「よし…アイルランドよ永遠なれ!」

構成員C「やっちまえ!」数人が荷車を押し出し、残りは積み荷に紛れ込ませてあった銃を取り出しながら車道に飛び出す…

…車列…

警護官「銃声…っ!?」良く晴れたロンドンの空に乾いた銃声が「タァァ…ン…!」と余韻を残して響きわたった……それと同時に脇道から車列の前に荷車が飛び出し、横転すると同時に積み荷のレンガをぶちまけた…

警護官B「…くそっ!前を塞がれたっ!」

警護官「全員応戦しろ!お召し馬車を転回させる間、何としても陛下をお守りするんだ!」

警護官C「はい!」

警護官「ベーカー、車を回せ!後衛を前に立て、我々がしんがりにつく!」

運転手「了解!」
517 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/02(火) 02:55:09.46 ID:ek4xApun0
近衛擲弾兵小隊長「……第一小隊!左翼の敵を迎え撃て!」

擲弾兵A「くそっ、どいつが敵だ…!?」逃げ惑う群衆と、そのあおりを受けていななき跳ねまわる軍馬、そして防衛体勢を取ろうとあちこちに駆け出す赤服の近衛擲弾兵と黒い制服の警官たち…

擲弾兵B「隊長!右翼からも銃撃です!」

小隊長「何、挟み撃ちか!?」

…前衛の護衛車…

警護官C「くそ、後方も塞がれた…それに煙も!」

警護官「ええい……車を馬車に横着けしろ!陛下をお乗せして突破を図る!」襲撃してきた側の反対側にあるドアを開けて車外に張り出しているサイドステップに足を乗せるとしゃがみ込み、片手で車体を掴み、エンジンフード上に載せたもう片方の腕を伸ばして射撃した…

運転手「はっ!」

構成員D「…かかれ!逃がすな!」

警護官「陛下!プリンセス!…ここは私たちがお守りいたします、伏せていて下さい!」警護官はそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットや、それよりもっと銃身の短い「ブルドッグ」ピストルを抜き、また一人の女性警護官は女王とプリンセスの上に身体をかぶせ、文字通り「生きる盾」の体勢をとった…

プリンセス「ええ…!」

構成員E「食らえ!」護衛車から応射してくる警護官に向けて、散弾銃を叩き込む…

警護官D「ぐあっ…!」

警護官E「スコット、場所を代われ!」

警護官F「はい!」

プリンセス「……お祖母様、私がついておりますわ」

女王「ありがとう、余は大丈夫ですよ。撃ち合いは警護の者たちに任せて、わたくしたちは邪魔にならないよう姿勢を低くしておきましょう」寄る年波で脚の自由が利かないとはいえ、さすがにアルビオンを治めてきた女王だけあって、襲撃を受けていながら動揺の色は見せない…

プリンセス「はい」

………



ドロシー「…ちっ、予想以上にうまく行き過ぎちまったな……だがそれじゃあ困るんだ」


…独立派から疑いの目をもたれないよう、しっかりとプランを練ったドロシーとアンジェ…とはいうものの、そもそもの目的から言ってどこかでアイルランド人たちが短気を起こして早まった事をするか、さもなければ何か間違ったことをしでかすことで失敗に終わる予定だった襲撃計画…が、統率力に優れたオニールに率いられた独立派は思っていたほどミスをせず、女王とプリンセスが乗った馬車に迫りつつある…


ドロシー「ふぅ……こうなったら仕方ないか」ボルトを引くと、もう一度ライフルを構え直す……取り付けていた小型望遠鏡は発砲の衝撃に耐えきれずレンズの接合部がガタガタになっていたので、ライフル自体に作り付けてある照準器を使って、目視照準で狙いを付けた…

構成員C「…うぐっ!」

構成員D「がはっ…!」

オニール「くそっ……あと一息って所で!」

構成員E「オニール!こうなったらイチかバチかで突っ込むぞ!」

オニール「よせ!」

構成員E「この…っ!」馬車の扉に手がかかる所まで駆け寄ったが、至近距離から警護官の銃撃を浴びてもんどり打った…

オニール「畜生……引けっ!」

構成員B「…くそぉ!」

…馬車に向けて最後の銃撃を浴びせると、もうもうと白煙を上げている蓄圧缶の煙を煙幕にしてバラバラな方向に走り去った…

警護官C「あっ…襲撃者は逃亡した模様です!」

警護官「よし、このまま陛下、プリンセスをお守りし宮殿に戻る!近衛の連中には馬車を囲ませろ!」

警護官C「はっ!」

プリンセス「……どうやら無事で済んだようですね…警護の皆さんは大丈夫ですか?」

女性警護官「はっきりしたことは分かりませんが、少なくとも数人は撃たれたようです…それと、まだ頭は上げないで下さい」

プリンセス「そう……」プリンセスは警護官に負傷者が出たと聞いて悲しそうな声を出し、表情を曇らせた…

女性警護官「お心遣いに感謝いたします。ですが、それがわたくしどもの任務ですから……」

プリンセス「ええ、ありがとう」

………

518 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/06(土) 01:29:41.15 ID:p8hLcXu/0
…数時間後・集合地点…

オニール「……無事だったのはお前たちだけか」

構成員B「どうやらそうみたいだ」

構成員H「…ってことは、オハラたちは全滅か……くそっ」

構成員I「畜生…」

…三々五々と集合地点の下宿に集まり、椅子ときしむベッドに座り込んでいる独立派たち……だが、アイルランドを出たときに比べると構成員は数人まで減っている…

構成員B「しかしオニール、あんたが無事だっただけでもめっけものだ…」

構成員H「そうだな……あんたの頭脳と腕っ節があれば、また再起を図ることだって出来るってもんだ」

オニール「…すまんな」

…少し離れた屋根裏部屋…

ドロシー「……尾行はないな。てっきりスペシャル・ブランチが金魚のフンみたいにくっついてくるかと思ったんだが」

アンジェ「…もしかしたら泳がせているのかもしれないわ」

ドロシー「それならあのネストにだって監視がつくはずだ…見失ったのか、それともこれから監視の網をじわじわと締め上げていくつもりなのか……」

アンジェ「スコットランド・ヤードの刑事たちなら前者、防諜部やノルマンディ公が相手なら確実に後者ね」

ドロシー「だな。ま、とにかく幕が下りるまでは「続きを演じる」しかないか……行こう」

アンジェ「ええ」

…数分後…

構成員I「誰だ?」

ドロシー「私さ…「シャムロックで一杯飲んだ」じゃないか、声まで忘れちまったか?」ノックすると緊張したような声が帰ってきたので、ドア越しに合い言葉を告げるドロシー……

構成員B「…あんたたちか」

ドロシー「ああ……」部屋に入るとドアを閉め「これだけか?」と尋ねるように室内を見渡したドロシー…

オニール「馬車を襲撃した面子で戻ってきたのおれたちだけだ……ミス・ブーケ。オハラたちはどうなった?」

アンジェ「…襲撃の直前にスペシャル・ブランチの「手入れ」があって逮捕された……私だけは逃げ延びたけれど」

オニール「そうか……ところでミス・マクニール。オブライエンはどうした?」

ドロシー「…まだ戻ってきていないのか?」

オニール「ああ…まだだ」

ドロシー「そいつは…狙撃した後は「裏口から出て、逃げ惑っている市民に紛れて抜け出す」って手はずになっていたんだが……」

構成員H「オブライエンもか……畜生」

オニール「仕方ない、おれたちはやれるだけやったんだ……ところで、この後はどうやって逃げ出す。例のカレーに向かう漁船に乗り込むのか」

(※パ・ド・カレー…ドーヴァー海峡で最も近いフランス側の港)

アンジェ「いいえ、あれは偽装です」

構成員B「偽装だって?」

アンジェ「はい。事前に話した計画では「ドーヴァーの港から協力者の用意した漁船に乗って海峡の中ほどでフランスの漁船と落ち合い、大陸側に渡り、そこで別の身分を整えアイルランドに戻る」という話でした」

ドロシー「だが、そんなのは「イカサマカードを袖口に隠す」くらいよく知られた手段だから、公安が手ぐすね引いて待っているに決まってる……あれは事前に誰かが捕まって情報を吐かされたときのための作り話さ」

構成員I「じゃあ本当はどうするんだ」

ドロシー「そいつは簡単さ……リヴァプールまで汽車でゴトゴト揺られていって、あとは船でベルファストだ」

構成員B「なに!? 冗談じゃねえ!スペシャル・ブランチが鵜の目鷹の目で探しているって言うのに、のんきに汽車で帰るっていうのか!?」

構成員H「自殺するにしたってもう少しマシなやり方ってものがあらあ!」

ドロシー「あのな……あたしもフラソワーズも、別にただ「乗っていこう」って言ってるんじゃないんだぜ?」

アンジェ「ええ、そうです。詳しく聞けば納得いただけるかと」

構成員たち「「…」」

オニール「分かった……聞こう」
519 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/12(金) 01:26:47.61 ID:W0ymIRCO0
ドロシー「よし、それじゃあ詳細を話そう…」

ドロシー「……まずロンドンからは今日のうちに出る。スペシャル・ブランチも防諜部も、あんたらがアジトで一日や二日様子を見て、それから脱出を図ると考えている……となるとロンドン中が徹底的に捜索されるだろうし、そうなれば隠れようもない。そこでこっちはこれから一時間もしないうちに出発して、その裏をかいてやろうって寸法だ」

オニール「それはいいが、こっちの大まかな人相や風体はもう手配されているはずだ…汽車じゃ逃げ場所もないが、どうやって切り抜ける?」

ドロシー「なに、そこはフランソワーズと「愉快なお友達」が頭をひねってくれたよ……それがこれだ」そう言うと片隅に置いてあった大きな麻袋を開けて、ごちゃごちゃと入っていた雑多な中身を取り出した……

オニール「こいつは?」小さい香水瓶か薬瓶のようなものを指差した…

ドロシー「これか。これは目薬だがハーブから抽出した色素が入っていてな、数滴ばかり目に指せば一日は青緑色に染まるっていうシロモノでね……ケイバーライト鉱中毒に見えるってわけだ」

オニール「なるほど…」

ドロシー「あんたは怪我をしたってことで、顔を包帯でぐるぐる巻きにさせてもらう」

構成員B「分かった」

ドロシー「それからお前さんは脚を折り曲げて足裏を膝の後ろ側に付け、そこに添え木を当てる。その上で包帯や石膏で固定すれば、膝から先が切断されたように見えるだろう……」

構成員I「なるほど」

ドロシー「最後にあんたはアイリッシュ訛りがきつくて公安の連中に気づかれるかもしれないから、汽車に乗せるときは睡眠薬でぐっすりお休みしてもらう。そうすりゃ受け答えもしなくてすむもんな」

構成員H「おう」

オニール「おれたちの偽装は分かった…それで、あんたたちはどうする気だ?」

ドロシー「ああ、そいつはな……」

…数時間後・キングズ・クロス駅…

検札係「失礼ですが、切符を拝見させて下さい。シスター」

警官「…」

ドロシー「ええ」修道女がまとう紺と白の僧服に敬虔な態度…と、いかにもシスターらしい様子のドロシーとアンジェ、そしてどこからどう見てもけが人に見えるオニールたちに、アルビオン国鉄の検札係も、その横で改札を見張っているロンドン警視庁の警官もすっかりだまされている……

検札係「結構です……ところで、あのけが人たちは?」

ドロシー「はい。彼らはいずれも作業中に怪我をした労働者たちで、今回わたくしどもの教会で寄付を募り、故郷まで送り届けることになったのですわ」

検札係「なるほど…で、切符は?」

アンジェ「私が持っております…どうぞ」

検札係「確かに…」検札係は切符にはさみを入れると改札を通した。一方ドロシーとアンジェは数人のポーター(荷運び)を雇い、二等客車まで担架を運んだ……と、ドロシーは駅舎の柱に貼り付けてある刷ったばかりの号外に目を留めた…

号外「その差はわずか一インチ!女王陛下を狙った凶弾! 犯行は共和国によるものか!?」

ドロシー「……ふっ」

発車係「発車します!」ピーッと甲高い笛を吹くと、白い水蒸気と石炭の黒い煙を吐きながら、ゆっくりとホームを離れていった……

…十数秒後…

防諜部エージェント「……急げ!」

警官「おいっ、止まれ!」

防諜部女性エージェント「防諜部!」手帳を出すと警官の顔面に突きつけた

警官「し、失礼しました…」

防諜部員「おいっ、ここにこんな連中が来なかったか?」オニールたちの似顔絵を見せる…

検札係「いえ、特には……」

女性エージェント「必ずしもこの見た目通りではないかもしれません…とにかく、六人前後で乗車した者たちは?」

検札係「えぇと…パディントン行きの普通列車に乗った行商人たちと、それからカンタベリー行きの急行に乗る旅行者……あ、あとはバーミンガム経由チェスター行きに乗ったシスター二人と怪我人が四人……」

防諜部員「怪我人…!?」

検札係「え、ええ…なんでも怪我をした労働者を故郷まで送り届ける慈善事業とか何とか…そろそろ出発しますが、あの列車の二等車に……」

防諜部員「あれか…急げ!」

防諜部女性「はっ!」改札の柵を飛び越えるとホームを走り、蒸気を上げて発車し始めた列車に飛びついた…

………

520 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/20(土) 02:56:43.97 ID:Zb/gq4i+0
…さらに数分後…

身なりのいい紳士「君、ちょっといいかね?」

検札係「はい。何でしょうか」

紳士「……我々はこういう者なのだが」背広の内ポケットから二つ折りの身分証を取り出し、そっと見せた…

検札係「公安部…!」

紳士(公安部エージェント)「そうだ…この数十分以内に四人連れか、それ以上の団体を相手に切符を切ったか?」

検札係「ええ、それなら先ほども防諜部の方が来て聞かれました……」それから二人のエージェントが発車直後の急行列車に飛び乗った事を伝えた…

公安部エージェント「なるほど…結構だ」

検札係「は、はぁ……」

…駅前…

公安部員「……防諜部の奴ら、向こうの思い通りに踊らされているな」

公安部女性エージェント「そうですね」

公安部員「よし、お前は本部に連絡を入れろ「スープ鍋は火にかかっている」とな」

公安エージェントB「はっ」

公安部員「我々は本命の列車を追う。今から車を飛ばせば地図のこの辺りで追いつけるはずだ…飛ばすぞ!」一人を連絡のために残し、残り三人は公安部がよく使う黒いロールスロイス(RR)に乗り込んだ…

公安部エージェントC「了解」

…しばらくして・列車内…

構成員I「…それにしても、どうしてあのチェスター行きの列車に乗らなかったんだ?」

ドロシー「そいつは簡単だ…あまりにも見え透いているからさ」

…一旦は急行列車に乗り込んだもののすぐに反対側の扉を開け、機関車の蒸気や煙に紛れて隣の線路に停車していた貨物列車へと乗り移ったドロシーたち……構成員たちは様々な木箱や袋を積んでいる有蓋貨車の中から麻袋をかき集め、少しでも居心地がいいよう木箱の上に敷いて座席のようなものを作っている…

構成員B「でも、ネストを出るまでは「すぐにロンドンを出てライミー共の裏をかく」って言ってなかったか?」

ドロシー「そりゃあな…だが、女王に手を出したとなれば出てくる相手は内務卿(ノルマンディ公)直轄の公安部だ」

構成員H「公安部だって…!?」

ドロシー「そうさ。連中の切れ者ぶりはスコットランド・ヤードの刑事たちや防諜部よりもさらに一枚上手だ。おそらく通り一遍な「裏をかく」ための手はずも見抜いているはずさ……それでいくと、あの列車じゃあ分かりやすすぎる」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「簡単さ……今どきアルビオン女王を狙おうなんて奴らはアイルランドの独立派くらいしかいない。となれば連中は「暗殺に失敗した以上、あいつらは取る物もとりあえずアイルランドに戻ろうとするだろう」と考える」

構成員I「おい、連中の考えじゃあ「ほとぼりが冷めるまでロンドンで待つ」んじゃなかったのか?」

ドロシー「確かにスコットランド・ヤードのスペシャル・ブランチならそう考えるかもしれない。だが公安部や防諜部が出てきた以上「ロンドンで息を潜めている」パターンと「尻尾を巻いて逃げ出す」パターンの両方を念頭に置いて考えるだろう…後は時刻表を見て一番早いリヴァプール行きか、その近くまで行く列車を探せばいいだけだ」

構成員B「それでこんな貨物列車に乗りうつったのか」

ドロシー「そうさ。貨物列車は普通の時刻表には掲載されていないからな…上手くいけば気づかれずにリヴァプールまで行けるだろう」

構成員B「なるほどなぁ…」

ドロシー「…それと車内サービスは受けられない分、駅でサンドウィッチを買っておいたからな。欲しいようなら取ってくれ……相変わらず古い辞書みたいにパサパサなアルビオン国鉄のハムサンドウィッチだがね」

構成員H「なぁ、食い物より酒はないか?」

ドロシー「一応ウィスキーの瓶は持ってきたが…あんまり飲み過ぎるなよ?」そう言いながらもアイリッシュ・ウィスキーの瓶を手渡した…

オニール「その通りだ。故郷の土を踏むまでは気を抜くな」

構成員H「分かってるよ、オニール。口の中がほこりっぽいから流すだけさ」

オニール「ならいいが…酔うと人間はドジを踏むからな」

ドロシー「ああ、その通り」
521 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/22(月) 03:18:27.88 ID:7GBLMcGl0
オニール「……ちなみにこの貨物列車は何時ごろ終点につくんだ?」

アンジェ「予定では午後の三時頃にリヴァプールに着きます。ですが終点まで乗っていくのは危険ですから、蒸気機関車が途中の給水所で停車したところで降ります…どのみち駅では警戒されているでしょうから、改札を通るわけにはいきません」

ドロシー「それに「怪我をしたが故郷に戻るだけの旅費がない」出稼ぎの連中とか「より割のいい口を探して回る」炭鉱夫なんかはよく無賃乗車するからな…鉄道職員や警官でもなければ駅以外の場所…しかも貨物列車から人が降りてきても、そこまで注意をむけることはないはずだ」

オニール「そうだな」

…数十分後…

構成員H「…ぐぅ……」

構成員I「……ふわぁ…あ」

オニール「…」

ドロシー「…あんたも少し眠ったらどうだ?」

オニール「いや…もう三十分くらいしたら誰かと交代するが、それまでは起きているつもりだ」

ドロシー「そうかい……」ぽつりぽつりと交わす会話に交じって、レールを刻む単調な音と汽車の汽笛だけが響くなか、不意にアンジェが身体を起こした…

ドロシー「……どうした?」

アンジェ「横の道路…どうやら追っ手のようね」

…そういったときにはすでに黒塗りのRR「フェートン」タイプ二台が貨物列車と併走していて、王国のエージェントが四人乗りオープンスタイルの「フェートン」から身を乗り出し、ドロシーたちの乗っている貨車の数両後ろに乗り込んできた…

オニール「何っ…!?」さっと懐からピストルを抜き、構成員たちをたたき起こす…

構成員B「くそ!ライミーどもか!」

構成員H「撃ち返せっ!」

構成員I「こん畜生っ!構うことはねえ、やっちまえ!」併走している側の扉を開け放つと、腕を突き出してRRに銃弾を撃ち込む独立派たち…

公安部エージェント「行けっ、早く乗り移れ!」

公安部エージェントB「援護します…!」

…時速二十マイルは出ている貨物列車に飛び移ると、積み荷の木箱を挟んで独立派と撃ち合うノルマンディ公直属のエージェントたち……もちろん独立派の構成員たちも必死に撃ち返すが、熟練のエージェントと血気盛んなだけのアイルランド人たちでは腕が違う……ものの数十秒もしないうちに二人が倒れ、腕を撃ち抜かれた一人は銃を左手に持ち替え、必死に応戦している…

ドロシー「ちっ…!」

…シスターのまとう僧服の下に腹巻きのような布を巻いて銃と弾を忍ばせてきていたドロシーは、ウェブリー・リボルバーを抜くと正確な射撃で銃弾を撃ち込んだ…しかし揺れる貨物列車の中、おまけに相手は玄人ということもあってうまく遮蔽物に隠れており、なかなか命中弾が得られない…

ドロシー「くそ、時間を稼がれたら向こうの勝ちだぞ!」

構成員B「ならおれが…!」

オニール「飛び出すなっ、頭を吹っ飛ばされる!」

アンジェ「…ドロシー、このままじゃあ埒があかないわ」ふと耳元に顔を近づけてささやいた…

ドロシー「……やってくれるか?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「よし、頼んだ……!」アンジェの動きを相手に気取られないよう勢いよく銃弾を撃ち込んで、公安部エージェントに頭を上げさせないドロシー…

アンジェ「…」

…さっと半開きにした側面の扉から車外に出て、後ろに回り込もうとするアンジェ…さいわい木造車体の貨車は隙間が多く、板の間に指をかけると蟹のような横歩きで貨車の後ろに向かった…

公安部エージェント「いいか!奴らを逃がさなければいい!」木箱の横から少しだけ身体を出し、牽制するようにモーゼル・ピストルを撃ち込むエージェント…

アンジェ「…っ!」車体の後部に回り込むと片手で貨車についている手すりをつかみ、公安部エージェントの後ろから板越しに「パン、パンッ…パ、パンッ!」と手早く二発ずつウェブリー・フォスベリーを撃ち込む…車体に穴が開き、木片が車内に飛び散るのと同時に、公安部エージェントがもんどり打って倒れる…

公安部エージェントB「ぐう…っ!?」

公安部エージェントC「がはっ…!」

公安部エージェント「…っ!」

ドロシー「…!」アンジェの方に振り向こうとエージェントの姿勢が上がったその隙を逃さず、背中から二発撃ち込んだ…

公安部エージェント「…うっ……」ゴトリとモーゼルを取り落とすと、ばったりと倒れた…

ドロシー「ふぅぅ…」
522 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/29(月) 03:44:52.69 ID:56RviVss0
アンジェ「…戻ったわ」

ドロシー「さすがだな。ほら…」貨車に戻ろうとするアンジェに手を差し伸べて迎え入れる…

アンジェ「ありがとう」

ドロシー「気にするなよ……オニール、容態はどうだ?」振り向いて貨車の中を眺め、それから倒れている構成員たちの手当をしているオニールに声をかけた…

オニール「…いや、だめだ」貨車の床には血だまりができていて、その中に二人の構成員が倒れている…もう一人は木箱にもたれて座っているが顔面蒼白で、撃ち尽くしたピストルがだらりと垂れた手から足元に転がり落ちていた…

ドロシー「そうか……」

アンジェ「……仕方ありません、とにかくリヴァプール近郊まで来たらこの列車を降りましょう」

オニール「そうだな」

ドロシー「悪いな、本当ならちゃんと葬ってやらなきゃいけないんだろうが……貨車から降ろす暇はないからな」

オニール「分かっている…奴らだって覚悟はしていたさ」

ドロシー「だな……って、お前さんも撃たれてるじゃないか」

オニール「あぁ、どうも一発浴びたようだな…」よく見ると脇腹に血の染みができていて、それがじわじわと広がっている…

ドロシー「……ちょっと見せてみろ」

オニール「すまんな、レディにこんなことをさせて…」

ドロシー「なぁに、構うもんか。これだけピストルを振り回しておきながら、今さらお上品ぶったって仕方ないだろう……」

アンジェ「……どう?」

ドロシー「お世辞にもいいとは言えないな…とにかく布をきつく巻いて止血するしかないだろう」上着とシャツを脱がせると、アンジェに適当な布きれを持ってきてもらい、それをウィスキーで消毒してから巻き付けた…

オニール「……ぐっ!」

ドロシー「ちょっと痛むかもしれないが我慢してくれ」

オニール「ああ…ご婦人方が付けるコルセットの辛さがよく分かるな」

ドロシー「だろ? さて、止血の方はこれでよし、と……飲みなよ」血まみれになった手をウィスキーで洗うと、オニールに瓶を渡した…

オニール「もらおう」痛みに顔をしかめながらウィスキーを流し込んだ…

ドロシー「痛み止めにもなるし、全部飲んじまっていいよ…あとはリヴァプールで手はずしてある船に乗り込んで、こっちにおさらばすればいいだけだ」

オニール「ああ…」

…数時間後…

ドロシー「よし、そろそろ給水所に着くはずだ…歩けるか、オニール?」

オニール「どうにかな」

ドロシー「よし……おっ、見えてきた」ドロシーたちの乗る貨車から十数両先を行く機関車の汽笛がなり、徐々に速度が落ちてきた…

アンジェ「それじゃあ行きましょう…」汽車がブレーキをかけて停止する寸前で、ドロシーたちは線路脇の草原に飛び降りた…

オニール「うっ…!」

ドロシー「痛むか……支えるよ」

オニール「頼む…」

…線路から離れるように半マイルほど歩くと、不意に広々とした草原が開けた……岩がちな地面には青々とした草が伸び、小さな花もいくらか咲いている……オニールの腕を肩に回して歩いてきた二人は、ちょうどいい岩を見つけると彼を座らせた…

アンジェ「……ドロシー」オニールが目をつぶると耳元にささやいた…

ドロシー「なんだ?」

アンジェ「…言われなくても分かっているはずよ」

ドロシー「ああ、そうだな……」あきらめたような口調でそう言うと、ウェブリーを抜いてオニールに向けた…
523 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/29(月) 04:38:16.50 ID:56RviVss0
オニール「……おおかたそんなことだろうと思っていた」

…ドロシーがピストルを向けて引金を引こうとすると、オニールが薄目を開けてつぶやくように言った…

ドロシー「オニール…起きてたのか」

オニール「まあな」

ドロシー「そうか……いつから私たちがエージェントだと気がついていた?」

オニール「アイルランドで段取りを整えている辺りからだ…普通のレディにしては手回しが良すぎるし、防諜関係の事情に詳しすぎたからな……どこかの「植え込み」だろうとは薄々思っていた」

ドロシー「……ならどうしてこっちの計画に乗ったんだ?」

オニール「そりゃあ…そうでもしなければ女王を討つどころか、近づく事さえ夢物語に終わっちまうからだ」

ドロシー「…そのためだけに?」

オニール「そうだ……おれを始め、みんな「あと一歩」の所までたどり着くことができたんだから本望だろう」

ドロシー「…」

オニール「ところで…お前たちはどうしておれたちの計画を手伝っておきながら、今度はそれを阻止するような事を……?」

ドロシー「そいつは…」

アンジェ「…その方が都合が良かったから。このタイミングで女王が暗殺されるような事があると、いろいろと不都合が生じる事になる……従ってあなたたちには退場してもらう必要があった」

オニール「それだけか…?」

アンジェ「いいえ…それと同時にあなた方という「小石」を池に投じることで生じる「波紋」から、誰が誰のために動いているのか把握することができるから」

オニール「なるほどな……しかし、フランス人にしちゃ英語が上手いな」

アンジェ「フランス人じゃないわ…「黒蜥蜴星」から来た黒蜥蜴星人よ」

オニール「ふっ、そいつは……それじゃあお前さんはどこ星人なんだ「ミス・マクニール」?」

ドロシー「私か……」一瞬ためらうような表情を浮かべると、意を決したように言った…

ドロシー「私はあんたと同じアイルランド系さ…本名はマクビーン」

オニール「そうか、ならおれたちには同じケルトの血が流れているってわけだ……どうせ始末されるにしても、ライミー共の手にかかるよりはその方がいい」

ドロシー「そうだな…」

オニール「それに、ちょうどここはアイルランドに似ているじゃないか……いい場所を選んでくれたな」

ドロシー「…ああ」

アンジェ「…」

ドロシー「オニール…」

オニール「なんだ?」

ドロシー「いつか機会が来て…「アイルランド独立」っていうあんたらの夢が叶うといいな」

オニール「そうだな。例え嘘だとしても、それが聞けて嬉しいぜ……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)」

ドロシー「エリン・ゴー・ブラー…」額に向けて引金をしぼった…

アンジェ「……さぁ、銃声を聞きつけて誰かが来る前にここを離れましょう」

ドロシー「ああ…だが、ちょっと待ってくれ」そう言うと小銭入れを取り出し、オニールの目を閉じてやってからまぶたの上に金貨を載せた…

アンジェ「…」

ドロシー「アイルランドの古いしきたりなんだ…あの世へ渡るための運賃を死者のまぶたに載せるっていう、な」

アンジェ「いわゆる「冥銭」ね……話に聞いたことはあるわ」

ドロシー「見るのは初めてか? さ、行こう……」

………

524 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/30(火) 11:28:19.16 ID:QAO32eKs0
…数日後・夜…

アンジェ「…」

プリンセス「どうかしたの?」

…お互いに裸身のまま、後ろからアンジェを抱きしめているプリンセス…

アンジェ「いいえ」

プリンセス「ふふ、貴女は私の前だと嘘が下手になるわね…「シャーロット」」そういってくすりと小さく笑うと、ふと心配そうな表情を浮かべた…

プリンセス「……何かあったの?」

アンジェ「大したことじゃないわ…ただ、ドロシーのことを少し」

プリンセス「ドロシーさん?」

アンジェ「ええ…それと今回のことを」ランプの薄ぼんやりした橙色の光のなか、つぶやくように言った…

プリンセス「…良かったら話してくれる?」

アンジェ「そうね……彼女はこう言う任務には向いていないのではないか、そう思うことがあるの」

プリンセス「でも、ドロシーさんの実力は折り紙付きでしょう?」

アンジェ「確かに腕前は一流よ、それは否定しない」

プリンセス「じゃあどうして?」髪を撫でていた手を止めると、腑に落ちないような顔をした…

アンジェ「前にも同じようなことを言ったかもしれないけれど、彼女はロマンチストすぎるのよ…今回も撃つべき相手に情が移りすぎて、引金が重くなっていた」

プリンセス「……きっとアイルランドの血がそうさせるのね」

アンジェ「かもしれないわ。けれどこの世界で「ためらい」は死につながる。褒められた特質ではないわ…ドロシー自身も内心ではそのことに気付いている。だからいつもあんな飄々とした軽薄な態度を取っているのね」

プリンセス「わざとそうしているの?」

アンジェ「おそらくは…そうでないと自分の「役割」にのめり込みすぎてしまうから」

プリンセス「そう……じゃあ貴女はどうなのかしら「シャーロット」?」

アンジェ「…私は任務に私情を挟んだりはしない」

プリンセス「本当にそう言い切れる?」

アンジェ「ええ…なぜなら貴女以外のことはどうだっていいからよ「プリンセス」」

プリンセス「……じゃあ、もし「私を撃て」と命令されたら?」

アンジェ「そのときは私が「プリンセス」になって、貴女に撃ってもらう」

プリンセス「残念、不正解よ」

アンジェ「?」

プリンセス「正解は「私と貴女でその命令を下した人を撃つ」よ」

アンジェ「ふ…全く貴女にはかなわないわ」

プリンセス「…それともう一つ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「せっかくベッドを共にしているのに他のことを考えているなんて許せないわ…罰として今夜は寝かせてあげません♪」そう言うなりアンジェを抱きしめ、唇を押し当てた…

アンジェ「んんっ、んっ……!?」

プリンセス「ぷは……♪」

アンジェ「…プリンセス///」

プリンセス「最近はキスも上手になってきたのよ……これもアンジェのおかげかしら?」

アンジェ「……もとより上手だったわ…///」

プリンセス「なぁに、よく聞こえなかったの…もう一度言ってくださる?」

アンジェ「はぐらかし方も上手になったわね……」

プリンセス「ふふ、そうかもしれないわ…でも、今は任務のお話はなし♪」そう言うとアンジェを仰向けにしてその上にまたがった…

アンジェ「あ、あっ……あん…っ♪」

………
525 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/31(水) 02:09:04.94 ID:yyOwKYWF0
…何だかんだで長くなってしまいましたが、このエピソードはこれで完了です……アイルランドを絡めた物を書きたかったのでその点では満足(とはいえ読み返してみると結構ありきたりな言い回しや表現が多くて反省…)ですが、結構シリアスな感じになったので、次はベアトリスとちせを中心にして、できるだけ軽い感じのを書くつもりです…
526 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/04/06(火) 02:02:08.10 ID:Io7FB9gI0
caseちせ×ベアトリス「The sleep giver」(眠りをもたらすもの)

…とある日・メイフェア校の庭園…

ドロシー「さてと、今度はちょいと特殊な任務だ……風変わりと言ってもいい」

ベアトリス「風変わり?」

ドロシー「ああ……」

アンジェ「そして今回はちせ、ベアトリス…貴女たち二人が任務成功のための鍵となるわ」

ベアトリス「私が、ですか?」

ちせ「ふむ…?」

ドロシー「まぁ、それだけじゃあ分からないよな…詳細の説明に入ろう」

ドロシー「……今回の任務は、王国の情報機関が資金源の一つとしている「赤い花」の密輸・販売の元締めを探し出すのが目的だ」

ベアトリス「赤い花…ですか」

ドロシー「そうだ……」


…以前のケースで親しかった同期を失った苦い思い出の原因でもある「薬」絡みの任務とあって、一瞬だけ暗い表情を見せたドロシー…


アンジェ「…知っての通り、例の「赤い花」の実を傷つけると白い乳液状の汁が出る……それを精製した「樹脂」や「粉」には中毒性があるけれど、王国は商社を操りそれをインドで大量生産しては清国を始めとした極東で売りさばき、多大な利益を得ている」

ちせ「それが例の「三角貿易」じゃな」


アンジェ「その通り。そして王国情報部を始めとした諜報機関は自分たちで作った偽装の商社を通じて私的、かつ秘密裏に「赤い花」の取引を行なって自分たちの自由になる…しかも豊富な活動資金を手に入れ、同時に尋問に際して「粉」を使って情報を吐かせたり、情報を売り渡してでも「粉」が欲しくなるようそそのかして中毒患者にしたりする」

ドロシー「それで……だ、ここロンドンでは最近こちらの情報提供者に対して転向をうながすため、そうした「ラブコール」が新たに行われている事が分かっている…幸いなことにまだ被害は確認されていないらしいが、いつ深刻な影響が出るか分かったものじゃない以上、放っておくわけにはいかない」

アンジェ「しかしロンドンにおける輸入ルートや販路を調べようにも、誰がそれを主導しているのかが見えてこない……」

ドロシー「そこでお前さんたちにはとある場所に潜入してもらい、その人物につながりそうな「ネタ」を探り出してもらう」

アンジェ「……幸いにして、以前こちらに転向させた「ワイルドローズ」が手がかりになりそうな情報を持っていた」

プリンセス「ワイルドローズ…それって確か、前にアンジェのことを尋問した…」

アンジェ「尋問っていうほど洗練されてはいなかったけれど…まぁ、そうね」

ドロシー「何だかんだで、壁の向こうでもそれなりにやっているらしいな……」

アンジェ「そのようね……まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく得られた情報を吟味した結果…ベアトリス、そしてちせ…貴女たちが適任ということになった」

ベアトリス「わ、私ですか…?」

ドロシー「ああ、そうだ……それとちせ」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「この任務が上手くいけばそっちの国にとっても有益な結果をもたらすはずだ……無理にとは言わないが、協力してくれると非常にありがたい」

ちせ「うむ…承知した」

ドロシー「助かる……今回は少しばかり毛色の変わった任務になるが、肝をつぶすなよ?」

ベアトリス「はい」

………



527 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2021/04/13(火) 14:58:13.79 ID:dC9gmJE70
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528 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/17(土) 01:34:53.63 ID:jJ3C4nHZ0
…数日後・イーストエンド…

ドロシー「さて、ここだ」

ベアトリス「イーストエンド、ですか…あまり治安のいい場所じゃありませんよね」

アンジェ「そうね。切り裂きジャックの事件が起きたのもこの辺りだし、お世辞にも上品な地域とは言えない」

ドロシー「しかしそういう場所の裏通りにこそ思わぬ「お宝」が転がっているもんさ」

ちせ「…とはいえ、こんな所に王国情報部の関係者が潜んでおるのか」

ドロシー「おそらくはな。まぁ、それをお前さんたちに確かめてもらうわけだが」

アンジェ「すでに店にはカットアウトを通して繋ぎをつけてあるから、すぐ契約してくれるわ」

ちせ「一体どんな「店」なのやら…」

ドロシー「まぁ、イーストエンドでコソコソやっている店ってことは……そういうことさ。なにせ世の「貴族様」はそういう不道徳なことはしない建前になっているからな。そういう遊びがしたい時はそう言う店までこっそりおいでになるんだ」

ちせ「なるほど……倫敦(ロンドン)に表と裏の顔があるとするなら、さしずめそれは「裏」の方じゃな」

アンジェ「そうね」

…とある通り…

ベアトリス「あれがそうですか…」

ドロシー「ああ、そうだ」二つばかり離れた街区からそっと問題の店を示した…


…薄汚れたイーストエンドの通りに建っている一軒の建物は特にこれといった看板などもなく、煤煙やボイラーの蒸気で霞んだ日差しを浴びて静まりかえっている……周囲には輸入品の宣伝をする張り紙や壊れた木箱などが散らかっていて、ホンコンやマカオといった極東の雰囲気をかもし出す漢字の看板などもいくつか見える…


ちせ「ふむ…見た目はなんの変わり映えもせぬが、どうにも妙な空気を感じるのう……」

ドロシー「へぇ、さすがはちせだ…鋭いな」

ベアトリス「……それで、私とちせさんで教えてもらった通りに挨拶すればいいんですね?」

アンジェ「基本はそうね。けれど一言一句「教えた通り」ではだめよ」

ドロシー「もしかしたら向こうで何か探りを入れてくるかもしれないからな……カバー(偽装の身分)から逸脱しないように気をつけながら、上手く話をすりあわせろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それと私たちも後方支援はするけれど、あまり足しげくこの場所に来るわけにもいかない…定時連絡の時は私かドロシーのどちらかが顔を見せるけれど、もし緊急事態に陥ったら事前に説明した手はずに従い、私たちが到着するまではちせと二人で切り抜けること」

ベアトリス「分かりました」

…建物の裏…

ベアトリス「それじゃあ、行きますよ…?」

ちせ「うむ」

…扉についているドアノッカーを数回叩くと、一人のおばさんが顔を出した…化粧の厚い、白髪交じりの黒髪と黒目をしているおばさんは清国の「袍」を意識した中華風のデイドレス姿で、手には羽の扇を持っている…

おばさん「…なんだい?」

ベアトリス「えぇ…と、実は私たち「ローダンセ」から紹介されて……」

おばさん「あぁ、あんたたちかい…話は聞いているよ。さ、とっとと中に入りな……ホコリが吹き込んできて仕方ないじゃないか」

ベアトリス「は、はい」

529 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/19(月) 02:26:02.26 ID:6Gob2bOI0
おばさん「さてと……あたしゃここを取り仕切っている「ルーシー・チョウ」ってもんだ。あんたたち、名前は?」

ベアトリス「私は「エミリー」と言います」

おばさん「それでそっちは?」豪奢な椅子に腰かけて脚を組み、扇でちせを指差した…

ベアトリス「彼女は……」

おばさん「あんたに聞いているんじゃないよ。別に口が利けないわけじゃないんだろう?」

ちせ「はい…「やえ」と申します」

おばさん「日本人かい?」

ちせ「そうです」

おばさん「そうかい…まぁいいさね、どっちみちアルビオン人どもには東洋人の区別なんてつきゃしないんだ」

おばさん「…それで、今日からあんたたちはここで過ごすことになる……エミリー、あんたは買い出しやこまごました用事、それにここの掃除だのをしてもらうよ。もっとも、そう悪い顔じゃあないから、場合によっては「表」に出てもらってもいいかもしれないねぇ…♪」

…そう言うとまるで肉の品定めをするようにベアトリスの腕やあごを撫で回し、真っ赤な唇をゆがめてニヤリと笑った…

ベアトリス「…」

おばさん「それから「やえ」だったかい……ここの娘たちはたいていホンコンやカントンの出身だからね、あんたにもそれらしい名前をつけてやらないといけないが……まぁとりあえずカントン出身の「ロータス・リン」とでもしておこうかい」

ちせ「分かりました」

おばさん「よし。とりあえず今夜は店の様子を教えてやるから、明日っからはちゃんとやるんだよ…いいね?」

ちせ「はい」

おばさん「それとエミリー、雑用は前の所でもやっていたんだろう?」

ベアトリス「は、はい…」

おばさん「ならすぐにでも出来るだろう…ちょうどあたしの小間使いが買い物で留守なんだ。奥の台所に「祁門(キームン)」があるから淹れてきな」(※祁門紅茶…三大紅茶の一。中国で生産され、上等な茶葉は甘く「蘭の香りがする」などと言われる)

ベアトリス「分かりました」

…数分後…

ベアトリス「…お茶をお持ちいたしました」

おばさん「そうかい、どれ……」ジロリとねめつけると、注いでもらった紅茶をひとすすりした…

おばさん「ほう…だてに「ローダンセ」にいたわけじゃないようだね」

ベアトリス「ありがとうございます」

おばさん「だが、あんたの役割はお茶を淹れるだけじゃないんだ…上手くやれないようなら叩き出すからね」

ベアトリス「はい、一生懸命やります」

おばさん「ふん、「一生懸命」なんて言うのは世渡りの下手な奴らの常套句さ…「一生懸命」じゃなくても結構だから手際よくやるこった。ただし手抜きは許さないよ」

ベアトリス「はい」

…その夜…

おばさん「さて…「リン」の準備はできたかい?」

黒髪の娘「はい、出来ています」

おばさん「そうかい、どれ…」

…シノワズリ(中華趣味)に統一された室内では、濃緑色の生地に金の龍をあしらったチャイナ風のドレスに身を包んだちせが立っている…ちせの支度を手伝っていた黒髪の娘は一歩離れると、おばさんに一礼した…

おばさん「ほほう…「馬子にも衣装」とは言うが、なかなかのもんじゃないか」

ちせ「…」

おばさん「しかし、少しばかり左右の姿勢が悪いようだね……もっと真っ直ぐ立てないのかい?」

ちせ「…っ、済みません」幼い頃から修練を積み、腰に得物の大小を差していたせいで身体が少しかしいでいる……もちろん気取られては困るのでいつもできるだけ気をつけているが、目の鋭いマダムの「チョウおばさん」にかかってはごまかしきれない…

おばさん「…まぁいいさ、ついておいで」

530 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/04/29(木) 02:35:39.33 ID:ZlCI+SY90
…隠し部屋…

チョウおばさん「さて…あれがあんたたちの過ごす『サロン』さ」

…おばさんは丸い中華風の飾り棚と日本風の浮世絵が描かれた屏風でうまく隠されている裏側から、扇子から持ち替えた長い煙管で室内を指し示した……まだ夕食が過ぎたばかりといった早い時間帯にも関わらず、すで数人ほどの客が入り、それぞれ可愛らしいホンコン、マカオ、あるいはサイゴン娘をそばに座らせて長い煙管をふかしている……煙管から伸びる煙は妙に甘ったるい、まるでカラメルでも焦がしたような匂いがしていて、店の娘たちにかしずかれているドレス姿のご婦人や令嬢たちは紫煙をくゆらせながらぼんやりしている…

ちせ「…」

ベアトリス「…」

チョウおばさん「見て分かるだろうが、ここは暇を持て余した紳士淑女が煙管をふかして息抜きに来る場所なのさ…客の部屋は男女で別れているが、あんたは「ローダンセ」にいたんだそうだから、こっちの淑女たちのお相手をしてもらうよ…分かったかい?」

ちせ「分かりました」

チョウおばさん「よし、それじゃあ顔見世と行こうじゃないか…ついてきな」

ちせ「はい」

チョウおばさん「エイミー、あんたも付いてくるんだ……そこのお茶菓子を持ってだよ」

ベアトリス「は、はいっ…!」

チョウおばさん「いちいちあたふたするんじゃない…ったく」

ベアトリス「済みません…」

チョウおばさん「ふん、謝ってる暇があるんならとっととしな」

…数時間後…

チョウおばさん「…それじゃあまたいらっしゃって下さいな」

貴族令嬢「ええ……そのときはまた「カメリア(つばき)」嬢をお願いしますわ」

チョウおばさん「もちろんですとも、それでは……」

…客の令嬢が忍ぶように出て行き、目印のない裏口に停めた運転手つきのロールス・ロイスに乗りこんで走り去るのを見届けると唇をしかめた…

チョウおばさん「やれやれ、やっと帰ってくれたね……あのしみったれと来たら、金払いは悪いくせに長っ尻しやがる…本当なら叩き出したい所だが、親の爵位を考えると粗末にはできないからね……」吐きすてるように言うと、あごをしゃくってちせとベアトリスを呼んだ…

…隠し部屋…

チョウおばさん「……で?」

ちせ「はい、大丈夫です」

チョウおばさん「そうかい、なら明日の晩からやってもらおう…ところで、だ」

ちせ「はい」

チョウおばさん「あんたたちは一体どういうわけで、二人まとめて「ローダンセ」を首になったんだい…?」そう言ってジロリとねめつけた目は「嘘なんかついてもお見通しだよ」という色をたたえている…

ベアトリス「えぇと、それは…私がお店で失敗をしてしまって、それを「やえ」さんがかばってくれたのですが……そのことでお店のマダムから不興を買ってしまって……」

チョウおばさん「…それだけかい?」そう言ったきり、金と象牙で出来た煙管を不機嫌そうにふかしている…

ベアトリス「はい、あの……」

…王国の情報機関と関係があるらしい店となれば、当然「身分調査」として前の店に問い合わせたりすることもあるだろうと、手を回してちゃんと(学業の合間を縫って)「ローダンセ」で数ヶ月働いていたちせとベアトリス……もちろん二人同時にエージェントを送り込むと言うのは目立つので、婦妻といったカバーでもないかぎり本来あり得ないが、ベアトリスは「エージェントらしくない」事と、ちせの「コントロール」である堀河公も日本のお隣を浸食している王国の勢いを削ぎたいということからゴーサインが出ていた……その上で「レジェンド(偽装身分)」がそれらしいものになるよう、わざと店を追い出されるような失敗をしていた……が、チョウおばさんはまだ疑り深い目を向けている…

チョウおばさん「なんだい、もったいぶるんじゃないよ」

ベアトリス「いえ…実は……///」口ごもるようにして、机の下でちせの手を握った…

チョウおばさん「……まさかとは思うが、お前たちは「そういう仲」なのかい?」

ちせ「…お恥ずかしながら///」

チョウおばさん「それでか…ったく、「ローダンセ」や「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」みたいに『お上品な』所で店の娘っ子同士が付き合うだなんて……どういう事になるかくらい分からなかったのかい?」

ベアトリス「いえ、分かってはいたのですが……以前やえさんには困っていたとき助けてもらったことがあって…それから……///」

チョウおばさん「ったく馬鹿だね、あんたたちみたいな口の端にミルクがついているような娘っ子っていうのは…それで店を追い出されちゃ世話ないじゃないか」

ちせ「おっしゃるとおりです…」

チョウおばさん「そうさ……言っておくが、ここでいちゃつきたいなら店が終わってからやりな」

ベアトリス「はい…///」

チョウおばさん「全く、どうしようもないね……事情は分かったから、後は奥で休んでな。ベッドの場所だの着替えだのは「アイリス(あやめ)」に教えてもらうんだよ」(……だが、そういうのを見るのが好きな客もいる…案外いい「客寄せ」になるかもしれないね)

………

531 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/04(火) 03:16:46.81 ID:sMUhM2HI0
…数日後・昼間…

ベアトリス「後は青果店で玉ねぎを買えばおしまいですね……」

…野菜やパンがはみ出している柳のカゴを手に、いかにも「お買い物」といった様子のベアトリス……が、ちらりと左右に視線を配ると細い横道に入って、一軒の木賃宿の二階に続く階段を上がっていく……宿の扉を独特なリズムで叩くと、そのまま中に入った…

ドロシー「よ…調子はどうだ?」

ベアトリス「はい、どうにか上手くこなしています」

ドロシー「結構。そいつは何よりだ」

ベアトリス「そうですね。それに試験休暇の時期で助かりました」

ドロシー「まったくだ。何しろ「不良」の私と違ってお前さんやちせは真面目な生徒だからな、長く休んでいると人目をひく…本当に今回の工作がこの時期で助かったよ。それにちせもどうにか英語とラテン語のテストに合格したしな……もし不合格だったら追試だの補習だので計画が潰れるところだったし、もしそうなったら笑えないところだった…」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「ああ…で、何か報告はあるか?」

ベアトリス「はい、やっぱりあのお店は王国情報部と関係があるみたいです……この前来ていたお客さんの中に、資料にあった人がいましたから」

ドロシー「やっぱりな…他には?」

ベアトリス「私たちのカバーストーリーですが、ドロシーさんたちの言ったように「プランB」で行くことになりました…お店のおばさんは鋭い人でしたので」

ドロシー「無理もない。ホンコンかマカオくんだりから連れてこられた娘っ子が女手一つでもって、こんなところで店を構えるまでにのし上がったんだ……鋭くなきゃ生き残れないさ…それから?」

ベアトリス「はい。まだ詳しい場所までは突き止めていませんが、店には秘密の隠し通路があって、そこを使えば数区画離れた場所に出られるようになっているみたいです」

ドロシー「ほほう、そいつは……よし、それじゃあこれからは「客」の素性だけじゃなく、その「隠し通路」の出口がどこにあるのかについても探りを入れてみてくれ」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「頼むぜ…ところで、ちせはどうだ?」

ベアトリス「ちせさんですか……ちせさんは…///」

ドロシー「どうした?」

ベアトリス「いえ、その……///」

…その夜…

気だるげなレディ「…これが新しい娘ね?」

チョウおばさん「ええ、さようでございます……まるでもぎたてのリンゴのように甘くて引き締まった娘です♪」

ちせ「はい、ワタシ「ロータス」と申しマス…」

レディ「そう……それで、そっちは?」

チョウおばさん「こっちの娘も新入りでございますよ…ほら、ご挨拶」

ベアトリス「エ、エイミーでございます……何とぞお見知りおきを///」

レディ「……ふぅん、この二人がそうなの?」

チョウおばさん「ええ、いかにも。ではどうぞ二人をお側においていただいて……ごゆっくり♪」

レディ「そうね、そうさせていただくわ……♪」ぼんやりとした表情で、ぷかりと煙管の煙を吐き出した…

ちせ「お姉サマ、お隣ニ座らせていただきマス……」

ベアトリス「失礼致します…///」

レディ「ええ…」

ベアトリス「…あ」普段からプリンセスの身の回りをお世話しているだけあって、何かとよく気がつくベアトリス……中身の少ないグラスを見て、手際よくワインを注ぐ…

レディ「あら、気が利くのね……」

ベアトリス「お褒めにあずかり光栄でございます…///」

532 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/07(金) 02:22:15.44 ID:2GjYI2x80
レディ「ふぅ……」ワインをすすり、煙管をふかしているレディ……カールさせた髪の先端がドレスの胸元にかかっている姿と、気だるげな表情があいまってとても色っぽい…

ちせ「…失礼致します」

レディ「ええ……」

ちせ「…」お世辞やおべんちゃらを言ったり、色気を振りまいたりするわけでもないが、そっと隣に座って肩を寄せる……

レディ「ん…ところで貴女……」

ベアトリス「あ…はい///」

レディ「…」

ベアトリス「…ロータスさん……///」

ちせ「エイミー…///」

…左右に座っていたちせとベアトリスにちょっとした合図をしたレディ……それを受けて、レディの前で橋渡しをするように「恋人つなぎ」で指を絡める二人…

レディ「…そう、いいわね。どうぞ続けて……」

ベアトリス「……はむっ…///」

ちせ「ん…ぺろ……っ///」

…お互いの指先を舐め合い、それからソファーの上で上体を崩すと、レディのふとももにあごを乗せるようにして顔を近づけ、ゆっくり口づけを交わした……レディはそれをとろんとした目つきで眺めながら、ゆっくりと二人の頭を撫でた…

………



チョウおばさん「…少しぎこちないが悪くないじゃないか。やっぱり元から「デキて」いるとなると違うね……奥で夜食を詰め込んだら、あとは寝ちまいな」

ちせ「はい」

ベアトリス「分かりました」

チョウおばさん「ああ…とっとと行きな」

…娘たちの部屋…

切れ長の眼をした娘「…お帰り、リン」

ちせ「うむ…」

年かさの娘「なかなかだったよ、二人とも……初々しくってさ♪」

ベアトリス「の、覗いていたんですか…っ///」

可愛い娘「覗くだナンテとんでもないヨー、たまたま隠し窓から見えただけネー」

ベアトリス「それが「覗く」って言うんですよっ…///」

ほっそりした娘「まぁまぁ、二人ともご飯を食べなよ…早くしないとおばさんに叱られるからね」

ちせ「かたじけないの、ミス・オーキッド(蘭)」

ほっそり娘「「ノープロブレム」アルヨ、ミス・ロータス…♪」ちせの堅苦しい英語をからかうと、料理の器を近づけた…

ちせ「う、うむ…///」ぼそぼそした焼きなましのパンと、だいぶ冷めているジャガイモ入りのスープを受け取って食べ始めた……

勝ち気な娘「じゃああたしは寝るよ…エリカ(ヒース)、一緒においで?」

小さな娘「は、はい…///」

ベアトリス「///」

年かさの娘「なに照れてるのさ、エイミー…あんたたちだってそういう仲じゃないの♪」

ベアトリス「い、いえ、私たちはそうじゃなくて…いえ、そうじゃないって言うのはそうじゃないんですけれど……///」

ちせ「済まぬな、ゴールデンライム(キンカン)嬢…エイミーは恥ずかしがりなので」

年かさの娘「分かってるってば……だから可愛いんじゃない♪」

ちせ「悪いがエイミーはやらぬぞ?」

年かさの娘「ちぇっ、味見くらいさせてくれたっていいじゃないの……まぁいいわ、お休み」

ベアトリス「ふぅ、おかげで助かりました…」

ちせ「なに「困ったときはお互い様」であろう。しかしここでの暮らしがあまり長くならなければ良いが…このままでは、朱に交わればなんとやらで、戻ったときにまともに皆の顔を見られなくなりそうじゃ……」

ベアトリス「ですね…」
533 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/11(火) 02:58:17.62 ID:WmVfD+/b0
…夜中…

ちせ「……そろそろ皆も寝静まった頃合いか…」

ベアトリス「…すぅ…すぅ……」

ちせ「…慣れぬ場所で疲れたのじゃな、無理もない……ゆっくり休んでおるがよい……」

…廊下…

ちせ「…化粧室はこっちだったか……」寝間着代わりに渡されたのはまがい物の「キモノ」ではあるが、ちせはきっちりと帯を締め、衣ずれの音がしないよう裾を払っておき、音も立てずにそっと廊下を進む…

(※キモノ…伝統的な和服を西洋風にアレンジしたもの。帯をほどくだけで脱げることから、エキゾチックなナイトガウンやバスローブ代わりとして、いわゆる「夜の商売」に従事する女性の間でも流行した)

ちせ「…?」

…廊下の奥にある「チョウおばさん」の部屋の扉からはまだ光が漏れていて、何やらくぐもった会話の声も聞こえる…

ちせ「………」抜き足差し足でそっと扉に近寄るちせ…

チョウおばさん「…ほほう、なかなかの上物だねぇ…これは」

会話の相手「もちろん……インド産の精製済み、一オンス当たりで値段はこのくらいだ……」位置が悪く会話している人間の姿は見えないが、どうやら「粉」のやり取りをしているらしい……声を聞く限りでは、相手はそこそこの教育を受けた男性に聞こえる…

チョウおばさん「ちょっと高いねぇ…このくらいでどうだい?」

相手「それじゃあ経費も回収できない。ここまで運ぶのにも金がかかっているんだ…」

チョウおばさん「だったらよそへ持って行くんだね……それだけ大量のブツを抱えたまま新規に捌く相手を見つけるとなると、そりゃあ大変だろうけどさ」

相手「……人の足下を見るのはあまりいい趣味とは言えないな、ミス・チョウ」

チョウおばさん「そのセリフはそっくりそのままお返しするよ…ミスタ・ゴードン」

相手「ふむ…よかろう、それじゃあ今回はこの値段で……」

チョウおばさん「ああ、それなら納得さ…」そういった所で椅子を引く音がした…

ちせ「…」

…とっさに廊下に置いてある巨大な壺の陰に隠れたちせ…両側面に取ってが付いたふた付きの壺は景徳鎮あたりで作られた値打ちものらしく、黒と紫、それに金で胡蝶が描かれている…

紳士の後ろ姿「…ではおいとまさせてもらうよ」

チョウおばさん「ああ、今度はもっと早い時間に来るんだね……」

紳士「ふん…こんな時間の訪問では美容に悪いかね?」

チョウおばさん「そういうことさ……サー・ウィッタリングにもよろしく言っといておくれ」

紳士「言われずともあの方はよく分かっているよ……」二人のシルエットが廊下の角を曲がり、そのまま上客の中でも選ばれた人間しか入れない「貴賓室」へと消えていった…

ちせ「ふむ…どうやら隠し通路は「貴賓室」のどこかにあるようじゃな。それにあの男の声も覚えた……」

ちせ「…いずれにせよ、これで報告のタネができたの……」

ちせ「……さて、後は廊下をうろついていてもおかしくないよう、化粧室に行っておしまいじゃな…」

…化粧室…

ちせ「うむ、これで良し…そろそろ出るとしよう……」数分ほど個室にこもり、夜半に廊下に出ていたことへの「理由」を作ったちせ…そしてそろそろ個室を出ようと言うときになって、化粧室の扉の開く音がした…

ちせ「…間が悪いの…こんな時間に厠へ来るとは、一体誰じゃろうか……」

勝ち気な娘「……ほら、ここなら誰もいないから」

小さい娘「で、でもマダム・チョウが……///」

勝ち気な娘「いくらあの人の地獄耳でもここまでは聞こえないって……それに…」

小さい娘「それに…?」

勝ち気な娘「声を出すのがまずいなら、こうすればいいだけの話だって…♪」んちゅっ、ちゅむ……くちゅっ…♪

ちせ「…これは……しばらくは出られそうにないの///」立ち上がりかけた陶器の便座にもう一度腰かけ、個室の向こうから聞こえるねちっこい音と抑えた嬌声を聞きながら、報告の内容を頭の中でとりまとめた…

………

534 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/15(土) 03:52:00.57 ID:Pd/BHAn80
…翌日…

ドロシー「…それでちせは相手の名前を「ミスタ・ゴードン」その上役と思われる人物を「サー・ウィッタリング」だって言ったんだな?」

ベアトリス「はい、少なくともそう聞こえたという事でした」

ドロシー「そうかい…しかし、もしかしたらこれで糸口が見つかるかもしれない。戻ったらちせに「お手柄だ」って伝えてくれ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「後はこっちで官公庁の人事情報や新聞の人名録を洗ってみるから…ご苦労様」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「それから店の婆さんは「それだけのブツを抱え込んで…」うんぬんって言ったんだな?」

ベアトリス「そうみたいです」

ドロシー「だとするとあちらさんはあの店をホンコン辺りから輸入したブツを流したり、その儲けを「洗浄(ロンダリング)」するために活用しているに違いない……しかも会話の様子じゃあ「ちょっとばかり持ち込んだ」って言うのとは規模が違うようだ…」

アンジェ「どうやら思っていたよりも根は深いようね」

ドロシー「ああ……やつら、こっちにつながっているとみた相手を軒並みクスリ漬けにしちまう気だぜ?」

アンジェ「迷惑な話ね」

ドロシー「そうだな…とにかくご苦労さん、引き続き耳をそばだてて情報収集にあたってくれ」

ベアトリス「はいっ」

………

アンジェ「…それで、どうする?」

ドロシー「とりあえずコントロールには「ある人物に注目している」とだけ言えばいいさ……情報提供者やカットアウトを切り崩されているかもしれない今、あんまり詳細に報告するのは考え物だ。どこで水が漏れるか分かったものじゃない」

アンジェ「同感ね……」

ドロシー「とりあえず何か腹に詰め込んでから「サー・ウィッタリング」がどちら様なのか調べてみようじゃないか…」

アンジェ「ええ」

…午後・ロンドン図書館…

アンジェ「…あった」貴族の家系や個人の経歴が書いてある「人名録」をめくっていたアンジェ……

ドロシー「あったか…?」

アンジェ「ええ…サー・ウィッタリングは元「内務省極東課」の課長補佐。今は退職して「ホンコン・サウスシー・アンド・イースト貿易」なる小ぶりな商社の重役をしているようね」

ドロシー「サウスシー・アンド・イースト……あぁ、あったぞ。資本金は1000ポンド。去年の株価は100株単位で五ポンドだそうだが、ほぼ取引はなし。現在はインドのマドラス、ボンベイ、それから清国のホンコン、シャンハイ、それにインドシナ(ヴェトナム)のサイゴンなんかに事務所を構えているみたいだが……くさいな」企業年鑑をめくり、該当する記事を素早く読み通すと眉をしかめた…

アンジェ「そうね。規模も小さく目立って利益を上げているでもなく、株価も低い……典型的な「ゴースト・カンパニー(隠れ蓑企業・ペーパーカンパニー)」に見えるわ」

ドロシー「それともう一つ。この会社は貨物を運ぶのに、とある船会社から船をチャーターしているんだが……見ろよ」

アンジェ「……ファーイースト・クラウン・ライン」

ドロシー「ああ……で、この船会社は「アルビオン・スチーム・アンド・ケイバーライト・シップ」の出資を受けた子会社だとある。そして「アルビオン・スチーム・シップ」と言えば王国情報部ともつながりがある……」

アンジェ「上手くつながったようね」

ドロシー「そうだな…あとは「コントロール」に保険会社をあたってもらって、どんな荷にいくらの保険を掛けているか調べるだけだ」

アンジェ「そして積み荷の量に対して妙に高かったり、反対に無保険、あるいは船荷証券そのものがない荷物があるようなら…」

ドロシー「そいつが例の「粉」ってことに間違いないだろうな」

アンジェ「後は店に出入りしている人間で、他に「関係者」がいないかを探り報告する……」

ドロシー「…それで任務は完了、と」

アンジェ「ええ。それに二人をあまり長く置いていて、ボロが出てもまずい……手際よく調査を済ませて、違和感をもたれないうちに引き上げさせる必要がある」

ドロシー「同感だ…何しろ二人とも「演技派」って方じゃあないからな」

………

535 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/17(月) 02:14:08.53 ID:Oya48AR60
…数日後・アルビオン王国・ナショナル・ギャラリー…

アンジェ「…」

7「……ターナーの絵がお好きですか?」


(※ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー…イギリスを代表する画家の一人。当初はロマン派に属するスタイルだったが次第に変化していき、後の印象派を先取りしたような明るい鮮やかな色調、粗いくらい大きなタッチ、またはっきりしたアウトラインを描かず(神話や聖書といった決まり切った宗教的なテーマや構図ではない)見たままの風景を描くことで新しい表現方法を確立した)


アンジェ「はい、とても…長らく見たいと思っていたのですが、ようやく機会が得られました」

7「それは良かったですね……ちなみにどの絵が見たかったのですか? 「グレート・ウェスタン鉄道」あたりかしら?」

アンジェ「いえ。実は「解役されるテメレール号」を…」

7「なるほど……尾行はされていないようね」

アンジェ「ええ」


…決めておいた合い言葉……しかも美術館での会話にふさわしく、特定の絵の名前にしておいたもの……を交わすと、さも絵画に関する会話でもしているように寄り添って立ち、情報を伝達する…


7「それで…?」

アンジェ「今から話すわ…これまでに入手した情報だけれど……」

7「なるほど…よく分かりました。では、船と積み荷の情報収集に関してはこちらが引き継ぎます。そちらは引き続き王国情報部と関係のありそうな人物を探してちょうだい」

アンジェ「分かった…」

7「それから、この短期間でよく調べてくれたわね、ご苦労様。では……」

アンジェ「ええ…」

…数時間後・コントロール…

L「FC(ファーイースト・クラウン)ラインか……ロイド船級協会の船舶カタログとロンドン港の出入港予定表を頼む」

7「ここに持ってきております」

L「結構。ふむ……」火のついていないパイプをくわえ、ページをめくる…すると、ある一ページで手が止まった……

L「あったぞ…FCラインは九隻の船を抱えているな」

7「フリート(本来は「艦隊」…転じて、ある船会社が持っている船)が九隻ですか……極東貿易がこれだけ盛んだと言うのに、少なすぎますね」

L「いかにも…いくら弱小の船会社とはいえ、大手の子会社扱いで出資を受け、加えて極東やインドでの貿易に手を出すような会社ならもっと船を抱えていてもおかしくないはずだ」

7「ますます引っかかりますね……」

L「うむ…ところで、ロンドン港に入港した直近の船は分かったか?」

7「はい。FCライン所属で一番最近入港したのは「ガルフ・オブ・ホンコン」です…トン数1200トン、積み荷は絹製品や紅茶、陶磁器とあります」

L「よかろう……港湾労働者の所に入り込んでいる低級エージェントに調査させろ。ただし、あまり深入りはさせるな…嗅ぎ回っている事を感づかれては困る。あくまでもその船に「妙に鋭い」連中がうろついているかどうかだけ分かればよい」

7「承知しております」

L「それから「D」以下はあと二週間前後でこの任務から切り上げさせ、当該船に対する「工作」に関しても他の者にやらせる」

7「分かりました……」そう言いながらも「なぜです?」といった様子で、かすかに眉をひそめて見せた…

L「もし何らかの工作を実施した場合、真っ先に疑われるのは関係先に入ってきた新入りだからだ…そうならないためにもある程度ほとぼりを冷まし、痕跡を消してから「具体的な」作業に取りかかる必要がある。違うか?」

7「いえ、おっしゃるとおりです」

L「……それに「休み」の期間もそろそろおしまいだろう」

7「言われてみればそうでした……エージェントとして接していると、つい忘れそうになってしまいますが」

L「ふむ。つまりはそういうことだ…ご苦労だった、下がってよろしい」

7「はい。では失礼致します」
536 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/21(金) 01:51:18.94 ID:iBCGnGEl0
…さらに数日後…

ちせ「ふぅ…くたびれたの」

ベアトリス「お疲れ様です、いま紅茶を注ぎますね」

勝ち気な娘「あ、だったらあたしにも一杯ちょうだいよ」

ベアトリス「いいですよ。はい、どうぞ」

勝ち気な娘「ありがとね……それにしても、二人ともだいぶここの暮らしに慣れたんじゃない?」

ベアトリス「そうでしょうか?」

年かさの娘「ああ、ここに来たときに比べればずいぶんと手慣れたもんだよ……特にエイミーなんて一事が万事おっかなびっくりだったのに、今じゃあメイドの立ち居振る舞いを身体で覚えているみたい」キモノの前をだらしなくはだけ、ティーカップのふちを持って酒をあおるような格好でぬるめのミルクティーをすすった…

ベアトリス「ありがとうございます…」

勝ち気な娘「ところでさ、この間の生意気な伯爵令嬢がとうとう「貴賓室」を使えるようになったらしいよ」

年かさの娘「えぇ? …伯爵令嬢って言うと、あのこまっしゃくれたロール髪の?」

勝ち気な娘「それそれ。何でも結構な額を積んだらしいって話だけど…」

年かさの娘「……あんなのをお得意様扱いしなくちゃいけないと思うといやんなっちゃうねぇ」

勝ち気な娘「ね…まぁ、マダムは上得意の「六番街」が増えてほくほく顔だろうけど」

ベアトリス「六番街?」

年かさの娘「あぁ、エイミーは知らなかったか……この店には上客のための裏口があってさ、その出口が「ピーボディ・ストリ−ト六番街」につながっているんだ」

ベアトリス「へぇ、そうなんですか」

勝ち気な娘「そうさ。まさかお偉い貴族やお金持ちがこんな場所に来るわけにもいかないからね、そういう時は六番街の裏口から地下を通ってこっそりおいでになる…ってわけ♪」

ベアトリス「お忍びでこっそり来ないといけないなんて、偉い人も大変なんですねぇ……」

年かさの娘「あはははっ、そんなにしみじみと言うことかい?」

可愛い娘「エイミー、可愛いネ」

ベアトリス「も、もう…止めて下さいってば///」

…翌日…

ドロシー「……ピーボディ・ストリート六番街だな…なるほど」

ベアトリス「はい。少なくとも店のお姉さんたちはそう言っていました」

ドロシー「分かった。そこまで分かれば後はたやすい……その近所に張って、場末の街角には不釣り合いな乗り物や人を観察すればいいだけだからな。とにかくそいつはコントロールに報告しておく」

ベアトリス「お願いします…それから前回の報告から今日までにお店で見かけた「お得意さま」ですが……」暗記した貴族や資本家、議会関係者の名前を思い出しながらあげていく…

ドロシー「へぇ、ずいぶんと有力者が多いんだな……そいつも役に立つ」

ベアトリス「ええ、そうですね」

ドロシー「…ところでベアトリス、お前さんたちにいい知らせがある」

ベアトリス「何でしょうか?」

ドロシー「ああ、実はコントロールから指令が来た…「来たる10日を持って任務を完了、こちらの指示に従い後処理を施して離脱せよ」だそうだ」

ベアトリス「……つまり任務終了、ですか?」

ドロシー「そういうことだ。コントロールとしてはある程度の情報を手に入れる事が出来たし、何よりあの店と王国情報部につながりがある事が裏付けられたからな……つなぎ役の名前も分かったし、後は他のエージェントでもどうにかなる。となると、これ以上お前さんたちを店に長居させておく必要はないし、だらだらと続けて「チェンジリング」に影響するとまずい」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「不服か?」

ベアトリス「いいえ、それを聞いてむしろほっとしています」

ドロシー「ならいいがな……てっきり煙管で「粉」をふかして、ぼんやり気分でどっかの男爵夫人だの子爵令嬢だのといちゃつくのが気に入ったかと思ったよ♪」

ベアトリス「そんなわけないじゃないですか…まったくもう」

ドロシー「そうか? …ま、残り少ないとはいえ油断は禁物だ。ちせにもよろしく言っておいてくれ」

ベアトリス「分かりました」
537 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/24(月) 02:18:37.55 ID:wn+nR+9u0
…数日後・マダムの部屋…

チョウおばさん「ふぅぅ…それで「話」っていうのはなんだい?」煙管をくゆらせながら、脚を組んで座っているチョウおばさん…

ベアトリス「えぇと……その…」

チョウおばさん「ええい、まどろっこしいね! 言いたいことがあるならとっとと言ったらどうなんだい?」

ちせ「…もうよい、ここは私が……」

ベアトリス「す、済みません……///」

チョウおばさん「どっちだって構わないから早くしな…この調子じゃあ日付が変わっちまうよ」

ちせ「では、単刀直入に…ミス・チョウ、お店で拾ってくれた事には感謝しておりますが……実は私たち二人、そろそろお暇をいただこうと思っております」

チョウおばさん「……何だって? ここを出て行くって言うのかい?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「ふん、まぁ言うのは勝手だよ…だが「契約」の事は知っているだろうね?」

ちせ「無論です……契約には「違約金」を払えばいつでも辞めることが出来るとありますが、そのお金も用意してあります」

チョウおばさん「ほほう…他の小娘どもと違って服だの遊びだのに使わないで、爪に火をともして貯めたっていうのかい……なるほど、そのやりくりの上手さだけは大したもんだ」

ちせ「…いかようにでも取っていただいて結構ですが、とにかく両耳揃えて払う準備は出来ています」

チョウおばさん「ふん、いっぱしの口を利くじゃないか…だが小娘二人、頼る先もなくここを出て行って、このロンドンで生計(たつき)の道を立てるアテがあるのかい?」

ちせ「…いざとなれば街角の物売りだろうがゴミ漁りだろうが何でも……彼女と二人なら耐える自信があります」

ベアトリス「…わ、私もです///」

チョウおばさん「ふんっ「パンと恋さえあれば生きていける」って訳かい? …三文芝居じゃあるまいし」

ちせ「ですが、すでに二人で決めたこと…どうかお留めなさいますな」

…煙管に豪奢なチャイナ風ドレスをまとい、脚を組んで椅子にふんぞり返っている様子がまるで中国の武侠ものの「大姐(姐さん)」を絵に描いたようなチョウおばさん…そんなチョウおばさんとやり合っていると、ついつられて芝居じみた口調になってくる…

チョウおばさん「誰が止めるものかい、馬鹿馬鹿しい……だが、やっと馴染んできた矢先にここを出て行っちまって、ようやっとお前たちにつきはじめた上客はどうするのさ?」

ちせ「それについては重々申し訳ありませぬが、しかしそれは身どものあずかり知らぬ事……」

…ちせとベアトリスはそうしたサロンの裏事情にも詳しいドロシーたちから「入れ知恵」されているので、チョウおばさんが渋っているのはあくまでも二人をぐらつかせようとする芝居だと知っていた……

チョウおばさん「後はご勝手に…ってかい? それじゃあ義理が立たないってもんだよ……違うかい?」そう言ってちせに煙管を突きつける…

ちせ「…しかし、私とエイミーが抜ければその分エリカたちにお鉢が回り、彼女もより多くのご婦人をお客に取れるというもの」

ベアトリス「わ、私もそう思います…」

チョウおばさん「ない知恵を絞るのはやめな。 ……しかし、どうしてもっていうなら考えてやらんでもない」

ベアトリス「本当ですか…っ?」

チョウおばさん「浮かれるんじゃないよ。 ま、こっちとしても「出て行きたい」って言うのを無理に引き留めておいても、ぶすったくれるわ、ささくれだって娘っ子同士で喧嘩はするわ、客への態度は悪くなるわと、ろくな事がない……しかしそうなると後釜の事だの何だのを考える必要があるわけだ……そうだね、土曜日までには返事をしてやるつもりだが…それでいいね?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「分かった。じゃあそれまでは今まで通りに客の相手をするんだよ…いいね?」

ベアトリス「はい…っ!」

ちせ「…かたじけない」

チョウおばさん「ふんっ。せっかくしきたりだの行儀だのを教えてやった矢先にこれじゃあ、教えてやった甲斐がないってもんだ……いまいましいからとっとと出ていきな」

ちせ「では、失礼いたす……」丁寧に礼をして部屋を出た…

ベアトリス「……ふー、一時はどうなるかと思いました…でも、やりましたね♪」

ちせ「うむ…っと、済まぬ…!」

ベアトリス「えっ…んくっ!?」

ちせ「んちゅぅ…♪」

ベアトリス「ぷはっ! い、いきなり何を……!?」

ちせ「しーっ……もしやしたらミス・チョウが聞き耳を立てていたりするかもしれぬ…とあれば、晴れて自由になれる二人らしくせねばまずいじゃろう……」

ベアトリス「…確かに……でもちょっと驚きました///」

ちせ「うむ、それは私も同じじゃ…顔が火照って仕方ない……///」
538 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/30(日) 01:11:58.17 ID:FI68fXi70
…さらに数日後…

勝ち気な娘「…へぇ、じゃあ手切れ金を払っておさらばってわけね?」

年かさの娘「久しぶりに見たよ、全額用意できた娘なんて……あんたたち、意外とやるじゃない♪」

可愛い娘「オメデト、二人とも…よかたネ♪」

ベアトリス「いえ、そんな…」

ちせ「……かたじけない。短い間とはいえ世話になったな」

勝ち気な娘「なぁに、いいってこと…こっちも新しい面子が入ってきて楽しかったしさ」

年かさの娘「そうそう…それより、ことわざにも「一个巴掌拍不响(※拍手は片手では出来ない…「一人の力では物事は進まない」の意)」って言うし、こっから出て行っても二人で仲良くやるんだよ?」

ベアトリス「はい///」

ちせ「うむ…」

切れ長の眼をした娘「ところで、そういうことなら最後にぱーっとやろうじゃない…出て行くのは明日の朝方なんでしょ?」

ベアトリス「それはそうですが……怒られないでしょうか?」

ほっそりした娘「大丈夫大丈夫。どうせ明日はお休みなんだし、ちょっとくらい羽目を外したって怒られやしないわよ……ね?」

年かさの娘「その通り。それに詩人もこう詠んでいるわよ…」普段から「皇帝の血を引く」と自称しているだけあって、李白の書いた文の一節をすらすらと暗唱してみせた…


夫(それ)
天地者萬物之逆旅也(天地は万物の逆旅なり)
光陰者百代之過客也(光陰は百代の過客なり)
而(しかして)
浮生若夢(浮生は夢のごとし)
為歓幾何(歓をなすこと幾何(いくばく)ぞ)
古人秉燭夜遊(古人、燭を秉(とりて)夜遊ぶ)
良有以也(まことに以(ゆえ)有るなり)


年かさの娘「…ってね。だから楽しくやらないと♪」

(※「春夜宴従弟桃花園序(春夜、従弟の桃花園に宴するの序)」…従弟の宴席に招かれた時に李白が詠んだ「序」で、後に「奥の細道」で芭蕉にも引用されている)

勝ち気な娘「その通り…ってなわけで、ちょーっと待っててね……」

…数分後…

ほっそりした娘「…うわぁ♪」

勝ち気な娘「ふふーん…この間買ったんだけど、せっかくの機会だから一緒に飲もうじゃない」年代物のコニャックを一瓶と、あり合わせのグラスを数個持ってきた…

ちせ「これは…かたじけない」

勝ち気な娘「なーに、いいのよ……あたしはあんたたちと違って、出て行ってどうこうする予定もないしさ。いくら稼いだって使い道なんてありゃしないのよ…だからこうやって気分良く使っちゃうのが一番いいってわけ」

年かさの娘「そういうこと……ロンドンって街は、東洋人が一人で暮らすには厳しいからさ。良くも悪くもここが私たちの居場所なんだ」

ベアトリス「そうなんですね…」

年かさの娘「はいはい、そんなしけた顔しない♪ 今は浮世の憂さを払って、明け方になるまで楽しくやりましょ♪」

ほっそりした娘「おー♪」

可愛い娘「ハイ、楽しくやるネ♪」

年かさの娘「それじゃあ乾杯といこうか…二人の門出を祝って♪」

ほっそり娘「乾杯♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます…///」

ちせ「あい済まぬな……」

年かさの娘「いいのいいの…さ、もう一杯」

………


539 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/01(火) 10:49:42.61 ID:GzCXAZhP0
…明け方近く…

勝ち気な娘「そら、みんな出せるもんは出そうじゃない……♪」

切れ長眼の娘「はいはい」

…ちせとベアトリスの「お別れ」にかこつけて、チョウおばさんから大目玉を食らわない程度にこっそりと…しかしなかなかご機嫌なパーティを始めた一同…それぞれとっておきのブランデーだの、中国風の甘いクルミ入り菓子だのといったものを持ち出し、すでに数時間ばかり愉快なおしゃべりが続いていた…

ちせ「…この菓子はちと脂っこいが、なかなかの美味じゃな」

年かさの娘「気に入ったならもっと食べな? リンは小さいんだからうんと食べないとね」

ベアトリス「ふふ、なんだか秘密のお茶会みたいで楽しいです…♪」

可愛い娘「おー、エイミーは可愛い事言うネ」

切れ長眼の娘「同感。物腰も丁寧だし、まるで偉い人のお付きみたいよね?」

ベアトリス「えっ…そんなことないですよぉ///」

勝ち気な娘「なぁに照れてるんだよ……ところでみんな、よかったらどうだい? 店で片付けをするときに吸いさしやらこぼれたやつを集めて、ちょっぴりだけ「がめて」おいたんだけど…」そう言って手のひらほどの小さな木箱を開け、中に半分ばかり入っている純白の「粉」をみせた…

年かさの娘「…それじゃあ、皆で一服ずつ回すとしましょう……煙管は私のを使えばいいわ」そう言うと金と翡翠をあしらった、ほっそりした煙管を取り出した…

ベアトリス「えっ、でも…」

年かさの娘「いいじゃない、これでお別れなんだし…それにこのくらいくすねたからって店は傾いたりしないんだから、マダムだって怒りゃしないわ」

切れ長眼の娘「そうそう……♪」

可愛い娘「ちょっとだけにすれば大丈夫ヨ♪」

ベアトリス「…」困ったふりをしながらさりげなくちせに見て「どうします?」と目線で尋ねた…

ちせ「…」ここで妙にかたくなな態度を取って断ると、かえって余計な疑念を抱かせる…そう判断して「やむを得まい」と言うように、かすかにうなずいた…

ベアトリス「じ、じゃあちょっとだけですよ…?」

勝ち気な娘「もちろん。そもそもそんなにあるわけじゃないし、本当は私の安眠用なんだから……そんなにはやらないよ♪」

年かさの娘「そうけちなことを言わない…とはいえ、苦手なら少しにしておけばいいわ」

勝ち気な娘「そういうことよ……それじゃあ詰めてやって♪」

年かさの娘「ええ…っとと」

…いささか酔っているのか酔眼をしばたたき、こぼさないよう煙管の壺に粉を詰める…それから赤いかさかさした感じの薄紙をこよりにして火を付け、煙管に近づけると幾度か吸った……火を移すのにしばらくすぱすぱやっていると、甘ったるいのと焦げたのが合わさったような独特の香りが漂い、ほのかに煙が立ちのぼった…

年かさの娘「はい、できた……それじゃあ最初は「主賓」からね♪」

ベアトリス「わ、私からですか…?」

勝ち気な娘「なんだよ、遠慮するなって」

切れ長眼の娘「早く吸って回してちょうだいよ」

ベアトリス「わ、分かりました……」まるで貴重な骨董品でも扱うかのようにおそるおそる煙管を手に取り、ためらいがちに軽く吸った…

ベアトリス「…あ、あれ?」

勝ち気な娘「吸い方が弱いから届かないんだよ…ほら、消えちゃうからもっと勢いよくしないと」

ベアトリス「なるほど、それじゃあ……けほっ、こほっ!」今度は「すぅ…っ!」と勢いを付けて吹かし、途端にいがらっぽい煙が喉に入り派手にむせた…

年かさの娘「あはははっ…それじゃあお次はリンの番♪」

ちせ「う、うむ……」

勝ち気な娘「どうだい?」

ちせ「ん、ごほっ…なんだか煙いだけではなく、妙な香気があるのぉ……」

年かさの娘「そういうもんだからね…さ、次に回して?」

ちせ「うむ…」

………

540 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/05(土) 11:15:27.51 ID:oS107LIF0
…朝方・マダムの部屋…

チョウおばさん「……それじゃあこれでおしまい。後はどこへでも好きなように行っちまいな」

ベアトリス「ふぁい…」

ちせ「うむ……」

チョウおばさん「あんたたち、聞いてるのかい? ったく、どうせ今日でおさらばだと思って夜通し大騒ぎでもしてたんだろう……そんなんで財布や荷物を盗られたって知らないからね、あたしゃ」

ベアトリス「き、気をつけまふ…」

チョウおばさん「ふんっ、そんなんじゃあ赤ん坊からオートミールを守ることだってできやしないだろうさ…いいからとっとと出ていきな。出て行くときは表じゃなくて裏口を使うんだよ」

ちせ「承知…しております……」

チョウおばさん「結構だね…さぁ、行った行った!」

………

…合流地点…

ベアトリス「えーと…あー、ここれすね」

ちせ「うむ、ならば入ろうではないか……」

…まだ朝も早いロンドンの裏通りを、少々おぼつかない足取りでやって来たベアトリスとちせ……ドロシーたちが確保している一軒の「使い捨て」用のネストまでたどり着くと、よろよろと椅子に腰かけた……そしてしばらくすると、尾行や監視がないことを確認してからアンジェとドロシーが入ってきた…

ドロシー「よぅ、おはようさん…任務ご苦労だったな♪」柳のカゴを開けると「部屋から出ないで済むように」と、ガタついたテーブルの上に水の瓶やパン、まだ暖かい肉入りのパイやチーズ、そして果物などを置いていく……

ベアトリス「ふぁい、おはようごらいまふ…」

ドロシー「おいおい、一体どうした。まるでろれつが回っちゃいないぞ……歯でも引っこ抜かれたか?」

ベアトリス「そうれはないのれすが……」

ドロシー「…やれやれ、こいつはてっきり「アレ」だな」

アンジェ「そのようね…瞳孔が開き気味だし、焦点が定まっていないもの」ベアトリスに顔を近づけると、まぶたを指で広げて瞳をのぞき込んだ…

ドロシー「だな……おい、聞こえるか?」

ベアトリス「ふぁい、聞こえまふ…」

ドロシー「よーし、それじゃあ私が立てている指は何本に見える?」

ちせ「二本じゃ…」

ドロシー「どうやらそこまで大量にくゆらした訳じゃないらしいな…ったく、だからあれほど煙を肺までいれないようにする吸い方を教えたっていうのに……仕方ない、身体から抜けるまではそのまま寝ておけ」

ベアトリス「…えへへ、ドロシーさんはやさしいれふ♪」

ドロシー「ばか言え。お前たちが使い物にならないと任務の遂行に影響するからだ……そら、いいから水を飲め」

アンジェ「そうね、少しでも成分を希釈しないと…それと明日になったら蒸し風呂にでも入れて、汗をかかせる必要があるわね」

ドロシー「ああ…汗と一緒に毒気を抜かないと」

…数分後…

アンジェ「……それにしても、二人は耐性が低いようね」

ドロシー「無理もない。何しろ身体が小さいし、それにこれまで吸ったこともないんだろうからな」

アンジェ「私たちと違って毒が染みこんでいないわけね」

ドロシー「そういうことだ…もっとも、私だって色々悪いことを覚えちゃいるが、自分から「粉」に手を出したことはないな……任務ならさておき」

アンジェ「私もよ」

ドロシー「とにもかくにも、あの状態でネストまで連れ帰るわけにも行かないな……少なくとも半日はあそこに置いておくしかない」

アンジェ「そうね…二人とも、余計な事を言っていなければいいけれど」

ドロシー「まぁ、大丈夫だろう…二人の様子だと吸ったのは二、三時間前だから、きっと情報を吐かせるためじゃなくて「別れの一服」に誰かが勧めたんだろう……それに必要以上の情報は教えちゃいないんだからな」

アンジェ「だとしてもよ……こうなるとより警戒が必要ね」

ドロシー「そうだな…さて、それじゃあ私は戻る」

アンジェ「私は「7」に報告を済ませてくるわ」

ドロシー「ああ。よろしく言っておいてくれ」
541 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/09(水) 02:27:47.32 ID:cB4ZBGvZ0
…数十分後…

ベアトリス「なんらか……身体がふわふわしまふ…♪」

ちせ「そうじゃのう…私も身体の芯が定まらぬ……」

ベアトリス「やっぱりあの粉のせいれすね…」

ちせ「じゃな……そら、水を飲むように言われたのひゃから、ちゃんと飲まぬと……」

…さらに薬が回ってきたのか、ますます焦点の定まらない目と力の入らない腕で水の瓶をつかむと、慎重にひびの入った陶器のカップに注ごうとする…

ちせ「おっ…とと……」

ベアトリス「らいじょうぶれひゅか…?」

ちせ「うむぅ…ろうにからいひょうふひゃ……ほれ…」

ベアトリス「ありらろうごらいまふ、いららきます…んくっ、こくっ♪」

ちせ「うむ……しからは、わらひも飲むとひよう……」

…酩酊しているときのようなもうろうとした状態で、どうにかこうにか水をあおる二人…

ベアトリス「わらひももう一杯……ひゃうっ!」

ちせ「らいじょうぶか…?」

ベアトリス「あんまりらいひょうふりゃないれふ……」目算をたっぷり数インチは誤ったまま水を注ごうとし、結果として派手にスカートを濡らしてしまったベアトリス…

ちせ「しひゃたないの……ぬれていると風邪を引くからぬいらほうがよいな…」

ベアトリス「ふぁい、そうれふね……」ノロノロとぎこちない手つきでスカートを下ろしていく…

ちせ「うむ、それでよし……♪」

ベアトリス「ならちせひゃんも脱いれくらひゃい…わらひらけなんて不公平れふ♪」

ちせ「んあぁ? それもそうか…ならわらひも付き合うろひよう……んんぅ?」スカートを脱ごうとしたが上手くいかず、首を傾げている…

ベアトリス「もう、そんらころもれきないんれすかっ…いいれす、わらひがやりまひゅっ♪」

ちせ「ああ、かまわぬから座っておれ……このくらい、わらひにらってれきる!」

ベアトリス「そんなころいっれ、れきれないひゃないれふか…えいっ♪」

ちせ「おっ…とと!」

…お互いふらふらの状態でベアトリスが威勢よくスカートを下ろすと、勢い余って二人ともベッドにひっくり返った…

ベアトリス「あはははっ、ちせひゃんってばぁ…♪」

ちせ「くくくっ、いっらい誰のせいひゃと思っておるのひゃ……このぉっ♪」

ベアトリス「ひゃぁん♪」

ちせ「なんひゃ、そのいやらひい声は…っ♪」

ベアトリス「そんなの、ちせひゃんらって同じれすよぉ……っ♪」

ちせ「んあぁ…っ♪」引き締まった脚をベアトリスの小さな手で撫でられただけで、全身にぞわぞわと甘くしびれるような感覚が伝わってくる…

ベアトリス「あれれぇ、ちせひゃんったらよわよわれすねぇ?」

ちせ「なにおぅ…♪」ちゅむっ、ぴちゅっ…♪

ベアトリス「あっ、あっ、ふわぁぁぁ…っ♪」色事には慣れていないちせの軽くついばむ程度のキスにも関わらず、秘所からはとろりと蜜がしたたり、腰が抜けるほど気持ちがいい…

ちせ「どちらがよわよわなのら、教えてやらねひゃな…♪」ぺろっ…♪

ベアトリス「ふあぁぁぁん…っ♪」

ちせ「ろうした、こんあ程度か…?」ちゅる…っ、くちゅっ♪

ベアトリス「あふっ、ふぁぁぁっ、んぁぁ…っ♪」とろっ…とぷ…っ♪

ちせ「ほぉ…れ、ここはろうじゃ…?」ベアトリスの脇腹を撫で上げ、首筋に舌を這わせる…

ベアトリス「あひぃ、ひう…ちせひゃん…ちせひゃんも…気持ちいいれひゅか……?」とろんとした視線を向けるとちせの舌先に自分の舌を絡め、
それから濡れたふとももを重ね合わせた…

ちせ「うむ……ぅ、わらひも…気持ひいい……っ♪」にちゅっ、くちゅっ…♪

542 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/11(金) 03:13:36.70 ID:QofCbdd+0
ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ///」

ちせ「ふぅ、ふぅ、ふぅぅ……///」

ベアトリス「ふわぁぁぁ……ちせひゃぁ…ん///」

ちせ「ふぅぅ…っ…そんら声をあげられひぇはひゃまらぬ…っ♪」

ベアトリス「きゃあぁ…んっ、んぁぁぁぁっ♪」

…小柄とは言え常々武道で身体を鍛え、刀を振るっているちせだけあって苦もなくベアトリスを組み敷くと、両の手首をまとめて押さえ込み、きゅっと引き締まったふとももで彼女の腰を挟みこむ…

ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁ……///」くちゅ…♪

ちせ「んはぁ、はぁ、はぁ…ん、くぅぅ…♪」にちゅにちゅっ、くちゅっ…♪

ベアトリス「ちせひゃん……もっろ…ぉ///」

ちせ「べあとりひゅ……んちゅる、ちゅくっ、んじゅる……っ♪」ペチコートを足元にずりおろすとそのまま白い太股の間に顔を埋めて、緩慢で気だるい、とろけたようなペースで舌を這わせる……

ベアトリス「ちひぇひゃぁ…ん……わらひも…♪」

…舌で迎えるようにしてちせの慎ましやかな胸元に吸い付き、とろんとした恍惚の表情を浮かべて舐めたりしゃぶったりするベアトリス……二人とも夢うつつの気分で、ただただ重ね合わせた身体がこすれ、粘っこく暖かい蜜が太股を伝って垂れていく感覚だけが脳髄を刺激する…

ちせ「んじゅるぅ…っ、ぐちゅっ、ちゅぷ……ぅっ♪」

ベアトリス「ふぁぁぁ…あっ、あふ…っ♪」

ちせ「ぷは……んあぁぁ…あ、あっ、んぅぅ…っ♪」

ベアトリス「まら、ちせひゃんには負けまひぇんよ……ぉ♪」


ちせ「なにを……なら教えれやろう…っ♪」そう言うなりベアトリスが付けていたリボンを引きほどいで手首に巻き付けて縛り上げ、余った部分をベッドの柱にくくりつけ、拝むような姿勢をとらせた……そのまま下から滑り込むようにして、とろりと濡れそぼった秘所に舌を滑り込ませる…


ベアトリス「ふあぁぁぁんっ♪」普段ならあり得ないようなトロけた様子でがくりと天井を向き、がくがくと身体をひくつかせる…

ちせ「このままいつまれ耐えられるかためひてやろう…れろっ、じゅぷ、じゅるぅぅ…っ♪」

ベアトリス「はひゅっ、ふあぁぁ…っ♪」

ちせ「こう見えれも、わらひもいろいろ覚えひゃのら……っ♪」ぐちゅぐちゅ…っ、じゅぶっ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「はひぃぃ…ふあぁぁ、ちせひゃん……そこぉ、気持ひぃぃれす……ぅっ♪」とろっ…♪

ちせ「わらひも……気持ひいい…ぞ…ぉっ♪」舌と右手の指でベアトリスの花芯をくちゅくちゅと責め立てつつ、同時に左手を自分の秘所に滑り込ませてかき回した…

ベアトリス「ふあぁぁ……ちせひゃぁんっ、イくの…ぉ、気持ひいいれひゅ……あぁぁぁんっ♪」

ちせ「わらひも…気持ひよくれ……指が…止められぬ……あっ、あっ、ふあぁぁ…っ♪」

…ベアトリスがひくひくと身体を引きつらせたはずみでリボンが解けると、力の抜けた身体がどさりとちせの上に落ちた……そのまま二人は身体を重ね、緩慢な動きでねちっこく交わり合う…

ちせ「ふあぁぁぁ…あふぅっ、んくぅぅ…っ///」ぐちゅ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「んぅぅっ……はぁっ、はあぁ…っ///」じゅぷ……っ、にちゅ…っ♪

ちせ「…こんな有様をみたら、そならの「姫様」はろう思うじゃろうなぁ……?」そう耳元でささやくと、教わった知識を使って耳たぶを甘噛みした…

ベアトリス「ず、ずるいれひゅっ…そ、そんなころぉ…言われひゃらあ…ぁぁぁっ♪」呆けたような表情で愛蜜を垂らし、絶頂しているベアトリス……

ちせ「ふふ、その調子ならわらひの勝ち……」

ベアトリス「わらひらって…姫しゃまから教わっれいるんれす……れろっ、あむっ…くちゅ♪」わざとみずみずしい果実に吸い付くような音を立てながら、ちせの耳に吸い付いた……

ちせ「おおぉ゛…ぉっ、んぁぁぁ……あ、んあぁぁっ♪」

ベアトリス「ちせひゃぁぁ…んっ♪」がくがくっ、ぷしゃあぁぁ…っ♪

ちせ「べあとりひゅぅ……ぅっ♪」とぷっ、ぷしゃぁぁ…♪

………

543 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/19(土) 03:31:23.34 ID:gYeCE8mI0
…翌日…

ドロシー「……で、こうなったわけか」

ベアトリス「はい……///」

ちせ「///」

…愛蜜にまみれたふとももを隠すように脚を閉じ、一糸まとわぬ姿を恥じる様子でベッドに腰かけている二人と、額に手を当てて苦笑いを浮かべているドロシー……部屋のあちこちには脱ぎ散らかされたストッキングやペチコート、ビスチェが放り出され、ベアトリスとちせの身体にはいくつもキスの跡が残っている…

ドロシー「やれやれ……まあいいさ、任務があらかた済んでほっとしたところに、あの「粉」をキめちまったらそうもなるだろう」

ちせ「面目ない……///」

ドロシー「なぁに、気にすることはないさ…しかしお前さんたちときたら私とアンジェが帰ってから、一日中ずーっと盛りのついたネコよろしく過ごしていたってわけだな♪」

ベアトリス「うぅ、言わないで下さいよ…ぉ///」

ドロシー「悪いな、しばらくはこれをネタにからかわせてもらうつもりさ……さ、引き上げるからとっとと着替えてくれ」

…そんなことになっているとは思っていなかったので下着こそ持ってこなかったが、人目を引かないよう地味な色合いの着替えを持ってきていたドロシー……ふっと真面目な口調に戻ると、それぞれに向けてデイドレスやスカートを放った…

ちせ「う、うむ…///」

ベアトリス「は、恥ずかしくてまともに顔も見られません……///」

ドロシー「ふぅぅ…とっととしてくれ、予定が控えてるんだからな。 そら、どっちのだ?」ひょいとストッキングをつまみ上げ、二人に向かって放る…

ベアトリス「た、多分私ので…///」

ちせ「あ、それは私のかもしれ……っ///」

…飛んできたストッキングを同時に取ろうとして指先が触れたとたん、びりっと軽い電流のような感覚が走る…

ちせ「す、済まぬ…///」

ベアトリス「い、いえ…私こそ……///」

ドロシー「なんだ、まーだ疼きが収まらないのか……いっそのこと、私がどうにかしてやろうか?」わざとらしく好色な表情を浮かべてみせた…

ベアトリス「け、結構ですっ…///」まだ乾いていない愛液で冷たくねっとりと濡れたストッキングに脚を通し、顔を赤らめる…

ドロシー「そうかい…ちせ、支度は済んだか?」

ちせ「うむ…///」

ドロシー「よし……私は部屋の痕跡を消して最後に行くから、まずはお前さんが出ろ。川に向かって二本行った通り、角の八百屋の裏でアンジェが待ってる…灰色のデイドレスで頭にはボンネットだ」

ちせ「承知」

ドロシー「…ベアトリス、着替えはすんだか?」

ベアトリス「は、はい…///」

ドロシー「おい、そのもじもじするのは止めるんだな……そんな様子じゃあ人目を引く」

ベアトリス「き、気をつけます…」

ドロシー「そうしてくれ。お前さんは私の片付けを手伝いながら、ちせが出て五分以上経ってから部屋を出る…いいな?」

ベアトリス「分かりました」身体に火照りが残っているとは言えそこは手慣れたもので、乱れたベッドシーツや動かした椅子、テーブルと言った調度をてきぱきと整えていく…

ドロシー「…よーし、それじゃあ行け」ベアトリスに手伝わせて後片付けをしながらおおよその時間を計っていたが、頃合いを見計らって出て行かせるドロシー…

ベアトリス「はい」

ドロシー「……ふっ、それにしてもあの二人が…ねぇ♪」部屋の痕跡を消して最後に確認を済ますと、口の端に笑みを浮かべながら部屋を出た…

………

544 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/25(金) 01:39:41.27 ID:S2v7jigi0
…後日・部室にて…

ドロシー「よう、おはようさん…♪」

ちせ「うむ、おはよう」

ベアトリス「お早うございます……今朝はずいぶんご機嫌ですね、ドロシーさん?」

ドロシー「ふふん…まぁな♪」

プリンセス「…何かいいことでもあったのですか?」

アンジェ「いいことかどうかは分からないけれど……ドロシーがご機嫌なのはこの記事を読んだからでしょうね」

プリンセス「なぁに、アンジェ? …えーと「貨物船ドーヴァー海峡で遭難、救難活動続く」……私にはただの海難事故を報じる記事にしか見えないわ」

ドロシー「そりゃあ一見するとそうさ……しかし記事を読めば分かるが、その船を運航させていた海運会社は「ファーイースト・クラウン・ライン」で、遭難した船はホンコンから陶磁器を運んでいたとあるはずだ」

ベアトリス「確かにそう書いてありますね…あれ、でも「ファーイースト・クラウン・ライン」って……」

アンジェ「そう…貴女たちが行った情報収集のおかげで、実際には「粉」や秘密の物資、資金を運ぶために船を運行していることが判明した王国情報部のフロント企業よ」

ドロシー「そういうこと……で、あちらさんが山ほど「粉」を積んでドーヴァーの沖までやって来たところで、その船をドボンと沈めてやったわけさ♪」

ベアトリス「なるほど…」

アンジェ「ドーヴァー海峡といえば潮の流れも速いし、霧も出やすい……」

ドロシー「つまり事故を起こすには「うってつけの場所」ってわけでね…♪」

ちせ「しかし、どうやってそれだけの「粉」を疑われずにロンドンのあちこちに運んだのじゃろうな…」

ドロシー「ふふん、それじゃあお茶のお供にトリックの種明かしと行こうじゃないか…ベアトリス、一杯注いでくれるか?」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「あー…」注がれた紅茶をひとすすりすると、長いため息をついた…

ベアトリス「いかがですか?」

ドロシー「そうだなぁ……今朝のブレンドはセイロンをベースに「ラプサンスーチョン(正山小種)」とアッサムか?」

(※正山小種…茶葉を燻製して独特のいぶした香りを付けた中国原産の紅茶)

ベアトリス「むっ…ドロシーさんって意外と鋭いですよね?」

ドロシー「おいベアトリス、「意外と」は余計だぞ……ま、上流階級に潜り込むエージェントとならこのくらいは出来ないとな」

ちせ「それで、肝心の「種明かし」とやらは…」

ドロシー「まぁまぁ、そう慌てるな……」

…ドロシーはもう一口紅茶をすするとカップを置き、テーブルにひじをつくと両手を組んだ…

ドロシー「さて……ロンドン港に陸揚げされる「粉」をどうやって需要のある場所へ運ぶか。王国情報部の連中にしても、こいつが一番の悩みどころだったはずだ」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「そこで連中は考えた…たいてい「粉」が消費されるのは会員制のサロンみたいなところだ。そういうところで使う物と言えば何か……これさ♪」飲み終えたティーカップを持ち上げてみせる…

ドロシー「ちせが前に「景徳鎮」らしい大きな花瓶の陰に隠れたと言ったな……実はああいう焼き物の糸底を高めに作っておいて、そこに「粉」を仕込んで上から陶土で塗り固めたり、梱包されたカップやポットの中にぎっしり詰め込んだりしていたんだ……焼き物なら大きさに比して重さがあってもおかしくないし、サロンが箱で注文するのもおかしくない」

アンジェ「そういうことね……他にも箱を二重底にしたり、他にも色々な手段を講じていたはずよ」

プリンセス「……真面目な人たちが少しでも中毒者を減らそうとしているかたわらで、そんなことが平然と行われていたのね」

ドロシー「プリンセスの気持ちは分かるが、諜報活動はきれいごとだけじゃあ回せないからな……ま、とにかくこれで連中もしばらくは金のやりくりに困るだろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかしそう考えると気分がいいや……今度はブランデーを垂らしていただこうかな♪」カップに紅茶を注ぐと、秘密のキャビネットからブランデーの瓶を取り出した…

ベアトリス「もう、朝からお酒なんてだめですよ…っ!」

ドロシー「やれやれ、口うるさい限りだぜ」

プリンセス「ふふふっ…♪」

ちせ「ははは…♪」

アンジェ「ふっ…」

………

545 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/26(土) 16:44:32.15 ID:yLc9kPu80
というわけでこのエピソードは完了ですが、今回はあまり肩肘張らずに書くことが出来ました(ちょっと忙しくて更新自体は遅かったですが)

それと、昨日(6月25日)は「百合の日」だったそうですね…読み返してみるとあんまり百合百合しいストーリーがありませんが、そのうちに「女学校ならでは」と言ったものも書こうと思います……
546 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/29(火) 02:03:45.84 ID:8afd0S7V0
…caseプリンセス×アンジェ「The prayer for spies」(スパイたちへの祈り)…


ドロシー「……おいアンジェ、しっかりしろ…っ!」

アンジェ「…」

ドロシー「頼むから目を覚ませよ、アンジェ……お前を愛しているあの女性(ひと)を独りぼっちにして、自分だけ先に逝っちまうつもりかよ…!?」天井が高く寒々しい雰囲気のする場所で底冷えのする大理石の床に膝をつき、意識を失っているアンジェの身体を抱き上げて、ののしりながら必死に救命措置を取るドロシー……

アンジェ「…」

………



…数週間前…

7「……今回の目的は王国植民地省の機密情報を入手することにある…資料は内部の協力者によってダウニング街(官公庁街)から持ち出され、それをカットアウトがメールドロップに運び、それを受け取ったエージェントが改めて貴女たちに引き渡す手はずになっていた」

ドロシー「結構だね……だが、運ぶ手はずに『なっていた』って言うのはどういう意味だ?」

7「実は、今回の情報引き渡しにちょっとした「障害」が発生していて、まだ情報は中継役であるエージェントの手元に留まっているの」

ドロシー「どうやら厄介そうな話だな……」

…それから数時間後…

アンジェ「なるほどね…」

ドロシー「ああ……当然ながら植民地省の方針を知りたがる奴は多い。フランスやドイツをはじめとする列強はもちろん、日本やイタリアといった後発列強の国々…あるいはその情報を元に商機をつかもうとする財閥や商社、それから「ザ・シティ」(金融街)に巣くっていて、そういう内輪の情報を流してひと儲けているような連中…」

アンジェ「一切れのパイに対してお客は十数人と言ったところね」

ドロシー「そういうことだ……で、その情報を受け取ったエージェントは監視を付けられ、にっちもさっちもいかなくなっているらしい」

アンジェ「……それで私たちが代わりに資料を受け取りに行く事になった…と」

ドロシー「ご名答」

アンジェ「どうやら話を聞く限りでは、荒事の可能性もありそうね」

ドロシー「ああ…おまけに誰が敵か分かりゃしないって言うんだからな。全く最高だよ……」

アンジェ「とはいえ、パイを「食べたがっている」相手は多いけれど、その中で王国を怒らせることを覚悟した上でパイに「手を出す」プレイヤー(関係国・当事者)となると、そう多くない……」

ドロシー「当然だな…まぁ、一番あり得るのはフランスかドイツだろう。オランダもあり得なくはないが、このところオランダ情報部はアルビオンだけじゃなくてフランスやベルギー相手の諜報合戦にも忙しいから、そこまでのプレイヤーにはならないな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それからイタリアだが…連中、今は自分の国土を維持するので精一杯だから、そこまで派手なことはできないと見るね」

アンジェ「そうね……となれば彼らと「未回収地」を巡って領土争いをしているオーストリア・ハンガリーも同じということになる」


(※未回収地…イタリア語で「イレデンタ」と呼ばれた、フィウメをはじめとするイタリア北東部やダルマティア地方(現在はクロアチア等の領土)のこと。当時オーストリアに占領されていて、その回収が当時のイタリア王国にとって悲願だった。後の第一次大戦時、イタリアを連合国へと寝返らせるためオーストリアから「未回収地」を取り上げ、イタリアへ割譲させるとした「ロンドン密約」(1915年)が結ばれ、これをきっかけにイタリアは協商国側を見限り連合国側へとついた)


ドロシー「まぁ、そういうことになるな……それからロシア帝国の連中も「極東」と聞けば鼻を突っ込んでは来るだろうが、オフラーナ(ロシア帝国警察省警備局)はむしろ日本をにらんでいるところだから、ロンドンにそう頭数は割けないだろう」


(※オフラーナ…ロシア帝国警察省警備局。帝政ロシア時代に存在した防諜・諜報組織。ロシア国内では貴族の圧政に対する抗議を行っていた労働運動を監視・弾圧し、同時に外国にも多くのエージェント送り込んで諜報活動を行っていた。その「遺産」(入手した情報や人材)は後の「チェーカー」(秘密警察)や「KGB」にも引き継がれた)


アンジェ「そうね…」

ドロシー「しかしまぁ、よくもこう世界中の情報部が集まったもんだ…エージェントの見本市が開けるぜ?」

アンジェ「見本市に名前が出るようではエージェント落第ね」

ドロシー「はは、違いない…♪」

アンジェ「……それで、引き渡しの場所と時刻は?」

ドロシー「ああ、そいつは今から話す…」

………


547 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/04(日) 03:00:30.72 ID:qdfFtzn60
…その日の夜…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ」

アンジェ「なに…?」

プリンセス「あのね、どれも遂行しなければいけない任務だというのは分かっているけれど……気をつけてね?」


…真鍮の蛇口が付いている脚付きのバスタブに入り、アンジェを後ろから抱きしめるような形で湯に浸かっているプリンセス……いつものように無表情ながらも少しだけ安心しているような雰囲気のアンジェと、そのアンジェを気づかいつつ、細く引き締まった身体を慈しむように撫でるプリンセス…


アンジェ「大丈夫よ、プリンセス……私は目的を達するまで死ぬつもりはないから。あくまでも「蛇のように狡猾に、狐のように賢く、イタチのようにすばしこく」生きるつもりよ」

プリンセス「ならいいけれど…くれぐれも無理をしないでね?」

アンジェ「ええ。よく「墓地には勇敢な英雄たちの墓が並んでいる」と言うけれど……私は英雄になるつもりなどないもの」

プリンセス「良かった…♪」そう言うと後ろからぎゅっとアンジェを抱きしめた…

アンジェ「…っ///」

プリンセス「ふふ…相変わらずこういうのには弱いのね♪」ふにっ…♪

アンジェ「別に弱いわけじゃあないわ……んっ///」

プリンセス「それにしてはずいぶんと身体をすくませているようだけれど?」

アンジェ「それは…こうやって一緒にお風呂に入るのなんて久しぶりだから……///」入浴のためではない理由からかすかに頬を赤らめ、内ももをもじもじとこすり合わせるアンジェ…

プリンセス「……したい?」

アンジェ「言わせるつもり…?」

プリンセス「いいえ…♪」ばしゃっ…と湯をはね上げつつ、アンジェのうなじに唇を這わせた…

アンジェ「あ…///」

プリンセス「アンジェ…好き、好き、好き……♪」そうつぶやきながらうなじから肩へと口づけを続け、同時にアンジェを抱きしめるように腕を回して、硬くなった乳房を優しく揉みほぐした…

アンジェ「ん、んっ…///」

プリンセス「アンジェ……♪」そのまま湯の中にざぶりと顔を沈めると、背中に沿ってキスを続けていく…

アンジェ「あ…あっ……///」

プリンセス「…♪」レモンを浮かべた爽やかなお湯の中で少し意地悪な笑みを浮かべると、胸元に回していた片手を離してアンジェの秘部に滑り込ませた…

アンジェ「んん…っ!?」びくんと身体が跳ねると波打ったお湯がバスタブから溢れ、浴室の床にこぼれた…

プリンセス「ぷはぁ……どう、アンジェ? 気持ちいい?」

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「アンジェ…♪」

…そのままお互いに身体を預けながら、自分の花芯へと相手の指を誘導する二人……空いている方の手は指を絡ませあい、唇は相手の唇と重なり合う…

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「あ、あ、あっ……んぅぅ…っ///」

プリンセス「はぁぁ、あぁ…んっ、んんぅ……っ///」次第に浴槽の水面が激しく波打ち始め、縁からお湯がこぼれる回数も次第に多くなっていく…

アンジェ「ん、ちゅぅぅ…ん、ちゅぅ……///」

プリンセス「んふ、ん……ちゅっ、ちゅぅ…っ///」

アンジェ「ん、ちゅるっ…ちゅぅぅ…っ///」

プリンセス「ん…っ、ちゅる……っ///」

アンジェ「……ぷは…ぁ///」

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ♪」バスタブに背中をもたせかけ、甘い笑みを浮かべつつトロけた表情を浮かべているプリンセス…

アンジェ「…ふぅ」一方、ポーカーフェイスを保っているように見えるが、目の焦点が定まらないままプリンセスに身体を預けているアンジェ…

プリンセス「さ、もう少ししたら出ましょう? このままだとのぼせてしまうものね…♪」

アンジェ「ええ…///」
548 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/06(火) 12:20:13.69 ID:guk/Kaac0
…事後…

アンジェ「そろそろ部屋に戻るわ…」

…交わった後の気だるい雰囲気の中、いつも通り淡々と身支度を整えて出て行こうとするアンジェ…

プリンセス「ねぇアンジェ、ちょっと待って…」

アンジェ「なに?」

プリンセス「えーと……そう、良かったら占いでもしていかない?」

アンジェ「占いは嫌いよ。現実的じゃないもの…カードごときに先々の事が分かるなら何の苦労もいらないし、そんなものに未来を決められてはたまったものじゃないわ」

プリンセス「まぁまぁ、そう言わずに…ね?」

アンジェ「ふぅ、分かった……プリンセス、貴女がそこまで言うなら付き合ってあげる」

プリンセス「まぁ、嬉しい…さっそく準備するわね♪」

…卓上によく混ぜたタロットを並べ、向かい側の椅子にアンジェを座らせたプリンセス…揺らめくランプの灯にアンジェの瞳がきらきらと光る…

プリンセス「それじゃあこっちが過去、こっちが未来ね……アンジェはいつ頃の未来を占って欲しい?」

アンジェ「そうね…それじゃあ今回のコンタクトが上手くいくかどうかを占って欲しいわ」

プリンセス「むぅ……もっとロマンティックな事を占ってあげようと思ったのに…」

アンジェ「その点については心配する必要などないもの」

プリンセス「///」

アンジェ「さ、寮監の見回りが来る前に済ませてちょうだい」

プリンセス「そ、そうね……えーと、まずはそっちのカードをカット(シャッフル)して?」

アンジェ「ええ」手際よくタロットをシャッフルした…

プリンセス「次に半分にした山から一枚ずつ…」手順に沿ってカードを切り、山を混ぜ、またカットする……最後にアンジェに一枚のカードを引かせた…

プリンセス「それじゃあ、アンジェの運勢は……」見えないように絵柄を隠していたカードをめくると、表情がこわばった…

アンジェ「だから言ったでしょう…それじゃあ帰るわ。お休み」プリンセスがめくったタロットのアルカナ(絵柄)はアンジェに対して正位置の「死神」を示している…

…翌日・部室…

ドロシー「さて、それじゃあ任務説明といこうか」

アンジェ「ええ、頼むわね」

ドロシー「よしきた…まずコントロールからの連絡によると「ボール」を持っているエージェントから報告があって、引き渡しの時間と場所を指定してきた」

アンジェ「…どうにか監視の目をくぐって動けるようになったという事かしら」

ドロシー「いや、おそらくこれ以上「ボール」を抱えちゃいられないって言うだけだろう……あんなものは長く手元に置いておけば置いておくほど敵さんを引き寄せるからな」

アンジェ「となると、コンタクトの際はより慎重になる必要があるわね…」

ドロシー「ああ。それで引き渡し場所だが……ここだ」机に広げてあるロンドンの市内地図から一点を指差した…

アンジェ「聖堂?」

ドロシー「ああ。ちなみにここはカトリックの聖堂だから「アルビオン国教会」の多いこの国じゃああんまり近寄る人間もいないし、コンタクトの場所としては悪くない…」

アンジェ「ええ」

ドロシー「コンタクトは三日後の日没ちょうどに聖堂の中、左側最前列の長椅子で待つ……もしコンタクトできなかったら、その際は第二のポイント……ここにあるパブ(居酒屋)で17時って手はずになってる。いずれの場合も五分経って現れなかったら中止だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「当然ながら車で乗り付けるのは目立ちすぎるから「ダブルデッカー」(※二階建て…ロンドンバスの通称)とか辻馬車とか、とにかく交通機関を乗り継いで近くまで行くことになる」

アンジェ「それがいいでしょうね」

ドロシー「ああ…それから私は一応ハジキ(ピストル)を持って行くつもりだが……アンジェ、お前は?」

アンジェ「そうね、市街でのコンタクトとなる以上撃つ機会はまずないでしょうけれど……一応身に付けていくつもりよ」

ドロシー「分かった。私はいつも通りウェブリーの.380口径だ」

アンジェ「私もいつも通りウェブリー・フォスベリーにするわ」

ドロシー「よし…それじゃあこれはもういいな」広げた地図をしまうと「部室」の鍵を開けた…
549 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/10(土) 11:16:00.37 ID:USquDalD0
…当日…

ドロシー「しかし、やっぱり引っかかるんだよな…」ウェブリーに弾を込め、念のため予備の弾をコルセットの隠しスペースに詰めていく…

アンジェ「…そうね」

ドロシー「アンジェ、お前もそう思うか?」

アンジェ「ええ…情報を受け取ってからあがきが取れないほど監視されていたはずのエージェントが、急に接触を試みるわけがない……たとえ導火線に火が付いた爆弾だとしても、被害を被る人間は最小限に抑えるよう行動するはず」

ドロシー「だよな……となると、誰かが「餌」としてわざと監視を緩めたってところか」

アンジェ「それが一番ありそうね…どう、準備は出来た?」

ドロシー「ああ、ばっちりだ…お婆ちゃん♪」

アンジェ「結構ね。それじゃあ行きましょう…」

…ドロシーは緑色のデイドレスにアルスターコートを羽織り、頭には目線を隠しやすい大きめの婦人帽をかぶっている…一方のアンジェはランデヴーの場所が聖堂と言うことで、お祈りに熱心な老婦人に化けている…肩に灰色のショールをかけて頭には同色のボンネット、それに灰色と紫色が合わさったような、何色とも表現しようがないスカートと上着…

ドロシー「よし……さぁお婆ちゃん、お手をどうぞ♪」少し背中を屈め、よちよち歩きになっただけで急に小さな老婦人へと化けたアンジェに舌を巻きながらも、おどけて手を差し出した…

アンジェ「ありがとねぇ、キャスリンさんや……」

ドロシー「キャスリンじゃなくてメリルですよ、お婆ちゃん」

…数時間後…

ドロシー「どうやら無事に着いたな」

アンジェ「ええ…今のところ監視も尾行もなかったわね」

ドロシー「ああ」

…二人がやって来たのは、国教会が主流のアルビオンでは少数派であるカトリックの聖堂(カテドラル)で、かつては排斥されたり攻撃されたりもしたが、今ではある程度の立場を認められ、信徒こそ少ないながらもそれなりに活動している……それを象徴するように、聖堂はそこまでの大きさこそないとはいえ、厳かな姿を見せて夕空にそびえ立っている…

ドロシー「……ここだな」

アンジェ「ええ…」

…薄暗いゴシック式の聖堂に入った二人は、拝廊(聖堂の入口付近)からさっと左右を見渡した……柵の向こうに伸びる身廊(聖堂の中央にある、柱で挟まれた広い部分)は静まりかえり、柱から伸びて天井を構成する高い扇形の穹窿(きゅうりゅう)は陰影を際立たせるような彫刻が施され、夕闇の中に霞んでいる……窓には聖書の場面を描いたステンドグラスがはまっていて、昼間なら陽光を取り込み聖堂を万華鏡のように照らしているのだろうが、日が落ちたこの時間帯では暗い一枚の板でしかなく、左右の側廊(聖堂左右の柱より外側の部分)も薄暗く沈んでいる…

ドロシー「…」ドロシーは「右側を頼む」と軽く身振りで示すと、柱に沿って奥の祭壇の方へと近づいていく…

アンジェ「…」小さくうなずくと慎重に歩を進めた…

男の声「……夕刻の礼拝には少し遅すぎるようですな」唐突に男の声が響くと、白い衣をまとった太めの男が物陰から現れた…

ドロシー「…っ!」

白い衣をまとった男「おっと、そう慌てないでもよろしい……ここは祈りの場であり、主の家でもある。そして貴女方をここへ導いたのは他ならぬこのわたくしですからな」

ドロシー「そりゃあどうも……で、どこのどちら様なのか自己紹介を頼めるかな?」

男「わたくしはアレサンドロ司祭と申します…主のご加護を」

…アレサンドロと名乗った司祭は白い僧服にミトラ(司祭の帽子)をかぶり、胸元には金の十字架を提げている……丸く血色のいい顔は愛想笑いを浮かべているが、目はずるそうに小さく動いている…

ドロシー「ご丁寧にどうも…それで、司祭様が私たちにどんなご用で?」

アレサンドロ「ふむ、では率直に申し上げましょう……貴女方が欲している文書はわたくしどもが預かっております」

ドロシー「文書?何のことだい? 私はただお婆ちゃんを連れて墓参りに来ただけなんだがね」

アレサンドロ「隠さなくてもよろしい……それに主の御前では嘘、偽りを申さぬことです」

ドロシー「汝、偽りを申さぬこと…十戒か」

アレサンドロ「さよう」

ドロシー「それじゃあ司祭様、一つお尋ねしますがね……私たちが会うはずだった間抜けはどこにいる? 正直にお答えいただこうじゃないか」

アレサンドロ「重要な点はそこではありますまい……貴女方が欲しているのはとある文書だったはず。そしてこちらとしてはそれを引き渡すつもりがある、ということです。無論相応の代価が必要ではありますが……」ドロシーの質問を黙殺し、両手を広げて迎合するような姿勢を取った…

ドロシー「なるほど…だが聖書にあったよな「イエスは『私の父の家を商売の家にするな』とおっしゃられ、鞭を持って商人たちを追い出された」…とね」

アレサンドロ「残念ながら交渉決裂ですな…」片手を上げて合図をすると、入口から修道士や神父が一ダースばかりなだれ込んできた…いずれも手にはモーゼル・ピストルや、口径10.4×22ミリRのイタリア製リボルバー「ボデオ・M1889」を持っている…

ドロシー「主のお言葉は銃口から発せられるってわけか……アンジェ!」

アンジェ「…ええ!」
550 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/12(月) 10:19:23.47 ID:yK0iPnLQ0
アレサンドロ「撃て!」

…司祭が片手を振り上げるよりも先にぱっと左右の柱の陰に飛び込み、銃の引金を引く二人…

修道士A「ぐうっ…!」

修道士B「がは…っ!」

…たちまち数人を仕留めた二人に対し、数と教会への信念を持って果敢に詰め寄ってくる修道士たち…

ドロシー「…ちっ!」バン、バンッ!

アンジェ「…」パン、パァン…ッ!

神父A「うぐっ!」

修道士C「うっ…!」

アレサンドロ「えぇい、たかだか二人を相手に何をしている…撃て、撃て!」部下をけしかけ、その一方で自分は法衣の裾をからげて奥の聖具室へと入り、扉を閉めようとしている…

アンジェ「くっ…!」司祭を逃がすまいと祭壇の方へと身を躍らせ、追いすがろうとするアンジェ…

ドロシー「…よせ!」

神父B「…!」ぱっと柱から身をさらし、続けざまに数発撃った…

アンジェ「かは……っ!」銃弾の一発を浴びたように見えたアンジェは、そのまま身体をくの字に折って石の柱に叩きつけられた…

ドロシー「くそっ…!」礼拝用のベンチから身を乗り出して銃口を向けようとする修道士に二発の銃弾を叩き込むとそのままベンチの間に飛び込み、修道士がとり落としたM1889を取り上げて左側の相手を撃った…

修道士D「うわっ…!」

ドロシー「ふぅ、どうにか片付いたか……アンジェ、大丈夫か!?」

アンジェ「…」石の柱にもたれかかるようにして目を閉じているアンジェ…血こそ流れていないが応答はない……

ドロシー「おい、しっかりしろって…なあ、返事をしろよ……!」

アンジェ「…」

ドロシー「…ったく、愛しの人とならともかく、馬鹿らしい任務なんかと心中してどうするんだよ……この大馬鹿野郎の冷血女が…!」

アンジェ「……大馬鹿で悪かったわね…」

ドロシー「アンジェ…!」

アンジェ「大声を出さないで…頭に響く……」

ドロシー「あぁ、アンジェ……無事か? どこを撃たれた?」

アンジェ「撃たれてなんか…いないわ……ただ…跳ねた銃弾が……鳩尾に……当たっただけ……うっ…!」

…そう言って息を吸った瞬間、猛烈な痛みに顔をしかめた……アンジェに当たった跳弾は身体を撃ち抜くほどの勢いこそ残っていなかったが、柱に叩きつけられた時の衝撃のせいで軽い脳震盪のようになっているらしく、視界はぐらつき、まともに動けそうにはない…

ドロシー「なんだよ、畜生…驚かせやがって……それじゃあなんともないんだな?」

アンジェ「ええ、一応は……だけど、少しでも動くと……」

ドロシー「分かった、しばらくじっとしてろ…私はあの司祭の奴を追いかける」

アンジェ「ええ…お願い……」

ドロシー「任せておけ…」そう言ってウェブリーの弾を込め直し、聖具室の扉を開けようとした……が、押しても引いてもビクともしない……

ドロシー「くそ、中世の城じゃあるまいに……!」

アンジェ「どうしたの、ドロシー……?」

ドロシー「ああ、このいまいましい聖具室の扉が開かないんだ…かんぬきをかけているわけじゃなさそうだし、かといって鍵穴も見当たらない。どうやら、何か仕掛けがあるらしいんだが……」そこまで言いかけて、急に話すのを止めた…

アンジェ「何かあったの…?」

ドロシー「ああ、こうなりゃそこいらの奴に話を聞こうじゃないかと思ってな…」辺りに転がっている修道士や神父の間を歩き回り、息のありそうな相手を探した…

ドロシー「……やれやれ、あんまり射撃が上手いのも考え物だな…どいつもこいつも口を利くのは難しそうだ」つま先で仰向けにしてみたり、口元に手を寄せて呼吸を確かめてみたりするが、たいていの相手は息の根が止まっている…

アンジェ「ネクロマンシー(死霊術)でも習っておけば良かったわね……」

ドロシー「同感だ…」
551 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/13(火) 02:09:41.48 ID:IaIzlsrW0
神父「う…く……」

ドロシー「おっと、一人いたぞ…」

…床を這いずり、ほんの数フィート先に転がっている「ボデオ・M1889」リボルバーに手を伸ばそうとしている神父を見つけると、つま先でピストルを蹴って遠くに滑らせ、それから仰向けにさせてウェブリーを突きつけた…

ドロシー「さて、と……神父様ともなりゃ告解を聞くことはあるだろうが、自分が告解をするってのは初めてだよな? ま、素直に話してもらおうじゃないか……どうやってあの扉を開ける?」

神父「誰が話すものか、この背教者め……ああ゛…っ!」

ドロシー「…次は左ひざをぶち抜くからな。もう一度聞く…どうやってあの仕掛け扉を開けるんだ?」

神父「くそ……この悪魔の手先め!地獄の業火に焼かれるがいい!」右手で胸元の金の十字架を握り、歯を食いしばっている…

ドロシー「はは、今さらかよ…こんな世界に住んでいるんだ「すでにして、我ら地獄の底にてあり」ってやつさ……だがね、それはあんたも同じだぜ?」

神父「なにを言うか…我らは主の御心に従い、その栄光のために戦うものだ……貴様らのような背教者とは違う…!」

ドロシー「へぇ、そうかい……それじゃあなにか、「汝の隣人を愛せ、汝を滅ぼさんとする敵のために祈れ」っていうのは嘘っぱちかい?」

神父「減らず口を…」

ドロシー「それに「汝、人を殺める事なかれ」ってのもあったよな…だとしたらこんなものを持ってるのはおかしいんじゃないか?」蹴り飛ばしたピストルを拾い上げると、ゆらゆらと振って見せた…

神父「くっ…!」

ドロシー「まぁいいさ、言う気がないなら言わなくても構わないぜ? …天国だがどこだか知らないが、もし向こう側に着いたらよろしく言っておいてくれよ♪」

神父「ま、待て…!」

ドロシー「…」パン…ッ!

アンジェ「どうやら彼らは開け方を知らされていなかったようね」

ドロシー「あるいは知っていても話す気がなかったか、だな……まぁ仕方ない、こうなりゃこっちで調べるさ。そう難しい仕組みになっているはずもないしな……」

アンジェ「どうかした…?」

ドロシー「…いや、このパイプオルガンなんだけどな」

…何か扉を開ける仕掛けがあるのではないかと祭壇や聖水盆などを確かめていたが、パイプオルガンの前までくると眉をひそめた…

アンジェ「パイプオルガンがどうかしたの…?」

ドロシー「ああ…普通聖堂にあるパイプオルガンなら「テ・デウム」だの「マタイ受難曲」だのみたいな宗教曲か、さもなきゃ賛美歌の楽譜が置いてあるはずだろ?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ところがな、こいつはどうだ……ここの台に置いてあるのは「トッカータとフーガ・ニ短調」ときた」

アンジェ「バッハの? 聖堂のパイプオルガンにしては妙ね……」

ドロシー「ああ…もしかしたらこいつが扉を開ける鍵になっているのかもな……」

アンジェ「なら私が……っ…!」立ち上がろうとしてそのままへたり込むアンジェ…

ドロシー「よせ、まだ動ける状態じゃないだろう……なぁに、どうにか私が弾いてみるさ…♪」そう言うと腕まくりをし、パイプオルガンの席に座った……

アンジェ「おそらく調律は出来ているはずだから、楽譜通りに弾けばいいはず……それとピアノと違って「ストップ(音栓)」があるけれど、それも弾くだけならいじらなくてもいい……」

ドロシー「分かった…えーと、どれどれ……」ペダルに足を乗せ、鍵盤に指を下ろす……

…訓練生時代に「ファーム」でピアノ程度は習っているとはいえ、パイプオルガンともなるとそれとは比べものにならないほど複雑で難しい……にもかかわらず、それを天性の器用さと勘の良さでどうにか弾きこなしてみせるドロシー…

アンジェ「…即興だというのにたいしたものね……」

ドロシー「褒めてくれるとは嬉しいね。 頭に響くだろうが、もうちょっと我慢してくれよ……そら、これでどうだ?」最初の幾小節かを弾いたところで、聖具室の扉の辺りで何かの音が響いた……

アンジェ「開いたようね…行きましょう……」

ドロシー「いいからお前さんは座ってろ…それに後ろから誰か来ないよう、ここを確保しておいてもらう必要もあるしな」

アンジェ「…分かった」

ドロシー「心配するな、すぐ片付けて戻ってくるからさ…♪」派手なウィンクを投げると、母親が「お休み」を言うときのような態度で頬にキスをした…

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それと…もし十五分経っても私が戻ってこなかったら、手はず通りに撤収しろ」

アンジェ「そうするわ」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」
552 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/18(日) 00:50:44.30 ID:9Y+bhcZR0
…聖具室の奥・隠し部屋…

アレサンドロ「何と言うことだ、役立たずの愚か者どもめ…たかだか女二人に……!」机の上にピストルを置き、引き出しを全て開けて手当たり次第に書類を出しては、次々と鞄に詰め込んでいる……

ドロシー「おっと、お取り込み中のところ悪いがね…少々お話ししようじゃないか」

アレサンドロ「…っ!」とっさに机上のピストルに視線を向けた…

ドロシー「……言っておくが、テーブルのピストルは取ろうとしない方が身のためだぜ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「さて、司祭さん…確かアレサンドロとか言ったよな……あんた、どこの何者だい?」

アレサンドロ「……この私が貴様のような小娘に答えると思っているのか、この汚れた女め…見ておれ、主の裁きが貴様の頭上に降り注ぐだろう!」

ドロシー「我らが主ねぇ……それじゃあ聞きたいんだがね、主がいらっしゃるのなら、どうして飢えや暴力がなくならない? 可哀想な子供が物乞いをし、殴られているのをどうして救おうとしないんだ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「…それに聖書にあるソドムの街だって、作っておいた人間の出来が悪いからってそれを放り出して滅ぼしちまうってのは、万物の創造主としてはあんまりじゃないか?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「答えなしか…まぁいいや、禅問答をやりに来たわけじゃないんだしな……」

アレサンドロ「それではいったいなにを求めに来たのだ?」

ドロシー「簡単さ…書類はどこだ」

アレサンドロ「エデンの園に潜り込んだ蛇か……貴様のような者に答えるとでも思っているのか?」

ドロシー「ああ、答えると思ってるよ…」パンッ!

アレサンドロ「あ゛っ、ぁ゛ぁぁ…っ!」

ドロシー「次は右耳かな…せっかくの法衣に穴を開けちゃ悪いもんな?」

アレサンドロ「ま、待て…書類ならある……!」

ドロシー「結構、正直は美徳だぜ」

アレサンドロ「…書類を渡して私を撃たないという保証は?」

ドロシー「私が欲しいのは書類だけだ……素直に渡してくれれば頭を吹っ飛ばしたりはしないさ」

アレサンドロ「……アルビオンのスパイを信用しろと?」

ドロシー「スパイなんてものは、必要以上の嘘はつかないもんさ…心配だって言うんなら、ほら♪」銃をホルスターに戻した…

アレサンドロ「なるほど、ではお望み通りに……っ!」書類を差し出すと見せかけて法衣の下に隠していたピストルを抜こうとする…

ドロシー「…」途端に袖口から投げナイフが飛び、法衣の胸元に突き刺さった…

アレサンドロ「うぐっ…お、おのれ……!」

ドロシー「私は「頭を吹っ飛ばしたりはしない」って言ったんだ。嘘はついてないだろう?」

アレサンドロ「うぅっ……」

ドロシー「……嘘をつく相手を間違えたな」目的の書類を取り上げると、胸元に押し込んだ…

…聖堂…

ドロシー「戻ったぞ…♪」

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「ああ。てっきりそのまま秘密の通路でも伝ってとんずらしたかと思ったが、奴らはそこまで利口じゃなかったよ……そら」

アンジェ「だとしたらこれ以上の長居は不要ね…」

ドロシー「ああ。肩を貸してやるから、裏から出よう……隣はちょっとした森になっているから、人目に付かずここから離れる事ができるはずだ」

アンジェ「ええ……それとドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「感謝しているわ…」

ドロシー「なぁに、気にするなって……♪」
553 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/20(火) 11:43:58.17 ID:ZIx1ptnR0
…後日…

ドロシー「…ってわけでね。あれが果たして神父や修道士の格好をしただけの連中だったのかは分からないが、とにかくランデヴーの場所で待ち構えていやがった」

L「……その連中は何人だった?」

ドロシー「えーと確か…ひい、ふう、みい……アレサンドロとかいう奴を除いたら十二人だな」

L「なるほど…持っていた銃はおおかたボデオ・リボルバー辺りだったと思うが、どうだ?」

ドロシー「ああ、イタリアの「ボデオ・M1889」だったな…あ、そういえばグリップの木に十字架のエングレーヴ(彫刻)が施されていたっけ」

L「ふむ、やはりそうか……厄介な事になったな」

ドロシー「…心当たりが?」

L「うむ」

ドロシー「で、あいつらはイタ公の情報部かなにかか?」

L「フランスやオーストリア・ハンガリーを相手に競り合っているイタリア王国には…情報の窃取はともかくとして…外国でエージェントを処理して、その情報を奪取するような積極的活動を行うほどの余裕はない……」

ドロシー「それじゃあ連中はどこの回し者なんだ?」

L「教皇庁だ」

ドロシー「教皇庁?」

L「いかにも」

ドロシー「…ってことは、あいつらはバチカンから送り込まれてきたっていうのか?」

L「そうだ……イタリア王国が統一された過程で教皇領はイタリアに合併させられたが、バチカン自身は未だにそのことに納得していない」

ドロシー「そりゃあそうだろうな…」

L「そしてまた、衰えたとはいえバチカンの権威やカトリック教会を通じた情報網は未だに隠然たる影響力を持っている……現に彼らは各地に「神父」や「司祭」をカバーとしたエージェントを派遣し、情報収集や各種の工作を行わせている」

ドロシー「それがここロンドンでも動き始めたってわけか…」

L「ああ……彼らの目的は情報収集を通じて各国の弱点を探り出し、同時にその情報を売買することで資金集めを行い、最終的に教皇領の復活と勢力の回復を行うことにある」

ドロシー「じゃあ、連中はそのための工作班だったわけか…」

L「その通り…十二人というのは「十二使徒」になぞらえた連中の工作班の単位で、その上に現場指揮官として「司祭」クラスが一人つくという編成になっているものらしい」

ドロシー「そりゃあまた、ずいぶんと厄介な連中と関わっちまったな……」

L「うむ。奴らは「主の御心」に従い、バチカンのためとあらばあらゆる行為を容認される…そして少なくともイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルといったカトリック教国とはある程度の友好関係にあると思われる。 君も知っている通り、今言った国のうちでフランス以外は後発列強、あるいは二流に数えられる国ばかりだ……金のかかる情報活動を教皇庁に肩代わりしてもらえるとなれば喜んで協力するだろうし、事実そうしている」

ドロシー「で、その見返りにバチカンはそうした国での活動の自由や工作員のスカウトを黙認されている?」

L「恐らくはな。そもそも彼らの組織は外部からの植え込みが難しい「内輪」の組織である上に、網の目のように張り巡らされた情報網…と、活動実態が捉えにくいのが現状だが、分かっている限りではそうした傾向が見られる」

ドロシー「なるほどなぁ…」

L「連中にしてみれば…共和国か王国かを問わずだが…我々アルビオンが勢力を弱めることになれば、権益の確保の面で自国の好機となる」

ドロシー「その尻押しをしつつ勢力を伸ばそうとしているのがバチカンってわけか……まるで人形つかいだな」

L「いささか人形の方は出来が悪いようだがな」

ドロシー「ははっ…しかしそんな連中の工作班を片付けちまったとなると、こりゃあ後がおっかないな」

L「うむ……しかし君と「A」が連中の工作班を全員処理できたのは不幸中の幸いだった…容姿を通報されずに済んだわけだからな」

ドロシー「たまたま連中が全員で取り囲むようなドジをしたからさ。腕もそこまでじゃあなかったし」

L「ふむ…だが注意しろ、連中の中でも「一流」とされるグループは鍛えられたスイス人を使っているというからな」

ドロシー「そいつはまた…」

L「とにかく書類の回収、ご苦労だった……しばらくは骨休めをしたまえ」

ドロシー「そりゃあどうも」
554 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/24(土) 02:51:01.71 ID:pL+XiA/c0
…caseアンジェ×ちせ「Trick or lie」(いたずらといつわり)…

…メイフェア校・部室にて…

ドロシー「…そろそろハロウィーンの時期か」

アンジェ「そうね」

ドロシー「となると、ここでもカブに顔を彫ったり仮装したりするんだろうな…こっちの活動に差し障りが出なきゃいいが」

アンジェ「その辺は私たちで上手くさばくしかないわね」

ドロシー「だな…」

ちせ「済まぬ、まだこちらの慣習には詳しくないので分からぬのじゃが……『はろうゐーん』とは何のお祭りなのじゃ?」

ドロシー「あー、そういえばちせはまだハロウィーンをやったことがなかったか…」

ちせ「うむ」

ドロシー「そうだな…ハロウィーンってのはもともとアイルランドの伝統行事で、十月の最後にやるお祭りだ……昔のケルト人はその日に一年が終わるって考えて新年を祝うことにしたんだな。それと同時に、ハロウィーンの晩には亡くなった先祖の霊が戻ってきたり、それにかこつけて悪魔だの妖怪だのが大騒ぎするって事になってる」

ちせ「ふむ、つまり大晦日とお盆を掛け合わせたような祝祭ということじゃな……おっと、話の腰を折ってしまって悪かったの。続けてくれるか?」

アンジェ「ええ…けれど本来は異教のしきたりだから、こちらでは祝う風習はなかったの……」

ドロシー「その代わりに王国じゃあ十一月五日の「ガイ・フォークス・ナイト」で国王が無事で済んだことを祝って花火を打ち上げるのが風習でね」

(※ガイ・フォークスの夜…「火薬陰謀記念日」とも。ガイ・フォークスは1605年、イングランドでカトリック教徒を弾圧していたジェームズ一世を議会開催の挨拶を行う国会の建物ごと爆殺しようとした人物。しかし計画は事前に露見し、国王は無事だった。このことを祝ってイングランドでは十一月五日を「ガイ・フォークス・ナイト」あるいは「ガイ・フォークス・デイ」と呼び、お祭りの日とし、焚き火をたいて「ガイ」というわら人形を燃やしたり、花火を打ち上げたりする)

ちせ「ふむ…」

ドロシー「ところがアルビオンが分裂して共和国が出来た。 共和国は王制に反対しているし、その共和国としては「国王が無事で済んだことを祝うお祭りなんてとんでもない」となったわけだ。そして同時にアイルランドを味方に取り込むため「ガイ・フォークス・デイ」の代わりにハロウィーンを取り入れて歓心を買おうとした」

アンジェ「王国としてもそれを黙ってみているわけにはいかない…もちろん公式にはいまでも「ガイ・フォークス・デイ」が祭日だけれど、ハロウィーンのお祭りもある程度なら許されている」

ドロシー「そういうこと。で「開明的」なメイフェア校としては…形の上だけだとしても…そのどちらも平等に祝うことになっているってわけさ」

ちせ「なるほど……して、その「ハロウィーン」ではどんなことをするのじゃ?」

ドロシー「そうだな、例えばカブに切れ込みを入れてろうそくを点す「ジャック・オ・ランターン」を作ったり、仮装をしたりとか…」

(※ジャック・オ・ランターン…一説によると、とある悪いアイルランド人が悪魔を騙したことから天国、地獄のどちらにも行けなくなり、地上をさまよっている姿とされる。明るいのは騙された事を怒った悪魔により焼け火箸で鼻をつつかれたためで、手には人を惑わせるためのランタンを持っており、うっかりその灯りを目指して歩くと沼に入って溺れてしまうという。それをかたどったランタンは、アメリカ大陸でカボチャが発見されるまでカブで作られていた)

ベアトリス「他にも灯りを点している家の玄関で「トリック・オア・トリート」って言って、お菓子をもらったりもするんですよ」

ちせ「なるほど…なかなか愉快なお祭りのようじゃな」

プリンセス「ええ。それにこうして皆さんと一緒にハロウィーンを過ごせると思うと一層楽しみです…ね、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、私は別に……」

プリンセス「そう?」

アンジェ「まぁ、そうね…少しくらいなら楽しめるかもしれないわ」

ドロシー「ははっ、相変わらず素直じゃないな…♪」

アンジェ「余計なお世話よ……ところでハロウィーンのタイミングを使って、一つやっておきたいことがある」

ベアトリス「やっておきたいこと、ですか?」

ドロシー「そうそう、その話をしなくちゃな……このクィーンズ・メイフェア校にはプリンセスがいらっしゃるが、ノルマンディ公はここの寄宿生の何人かを使って、常々その動向を報告させている」

ちせ「いつぞやのリリ・ギャヴィストン嬢のように、じゃな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それで、だ…このハロウィーンのお祭りにかこつけて連中が隠し持っている連絡手段を探し、盗聴出来るようにその波長や送信の時間帯を調べておきたいってわけだ」

アンジェ「ある程度の目星は付けてあるから、後はその部屋の主を上手く誘い出して、その隙に室内を調べればいいだけ」

ドロシー「それから、今回は室内を調べる私とアンジェ、通信機を調べるベアトリスの組…それに対して陽動として華やかに動き回ってもらうプリンセス、そしてちせには「毛色が変わった存在」として、またプリンセスに対して何か行動を起こされたときのための守り刀として側についていてもらう」

ちせ「委細承知した。責任重大じゃが……この身命にかけて、必ずやお守りいたす」

ドロシー「任せたぜ♪」
555 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/27(火) 01:15:48.19 ID:62y48hEH0
…数日後…

女生徒A「あらドロシーさん、ごきげんよう…少々よろしいかしら?」

ドロシー「ごきげんよう……何か私に用事かい?」

女生徒B「ええ。実はハロウィーンに備えてジャック・オ・ランターンを作ることになっているのですが、よろしければお手伝い頂けませんかしら?」

ドロシー「いいとも。お安いご用さ♪」

女生徒A「助かりますわ」

ドロシー「…それで、どうすればいいのかな?」

女生徒B「はい、このカボチャやカブが顔に見えるよう切り込みをいれるのですが、これだけあるとわたくしたちだけではどうにも……」大小様々なカボチャ(とカブ)が入った箱を指し示した…

ドロシー「やれやれ、これじゃあまるで厨房だな。手伝ってはやるけど、あとでお茶の一杯でもご馳走してくれないとひどい目に合わせるぞ♪」

女生徒A「まぁ、ドロシーさんったら…♪」

女生徒B「わたくしたちをどんな「ひどい目」に合わせるおつもりですの…?」

ドロシー「そりゃあもう、甘くてとろけるような…いや、ここで言うのは止めておくとしよう♪」相手のほっぺたを軽く撫で、いたずらっぽい笑みを浮かべて顔を寄せる…

女生徒A「あん…っ♪」

女生徒B「もう、いけませんわ…///」

ドロシー「へぇ、本当かな? …ま、とにかくさっさと作ろうじゃないか」

…もちろんナイフも巧みなドロシーではあるが、あまりに器用すぎては必要以上の興味を持たれてしまうので、適当に手を抜いておしゃべりしながらカボチャに目や口をつけていく…

女生徒A「んっ、く……!」固いカボチャの皮をくりぬこうと、危なっかしい手つきで果物ナイフを突き立てている…

ドロシー「…それじゃあ手を切っちまうよ?」後ろから抱きつくように身体を寄せ、相手の手に自分の手を重ねた…

女生徒A「…あっ///」

ドロシー「切り込みを入れたいならこうやって……」手を添えてナイフを動かしながら胸を押しつけ、こめかみの辺りでカールしている女生徒の巻き毛を軽く吹き、耳元で吐息の音をさせる…

女生徒A「は、はい///」

ドロシー「どうした、私に抱かれて嬉しかったのかな?」

女生徒A「もう、ご冗談ばっかり…///」

ドロシー「ふふ、悪かった…さ、今やって見せたようにやってみるといい♪」

女生徒A「はい///」

女生徒B「ドロシーさん、わたくしも手伝って下さいませんか?」

ドロシー「ああ♪」

…一方…

女生徒C「…まぁ、プリンセス♪」

女生徒D「ようこそいらっしゃいました…いま椅子をお持ちいたしますから♪」

プリンセス「いえ。そんなお気遣いなさらずに、どうぞお楽になさって?」

女生徒E「そのようなお言葉を頂けるなど、わたくしどもの身に余る光栄にございます」

プリンセス「あら、ここではお互い共に学ぶ学友ではありませんか…遠慮は不要ですよ♪」

女生徒C「プリンセスの優しさに感謝いたします。ところで、わたくしどもの所にいかようなご用でございましょうか?」

プリンセス「ええ、せっかくのお祭りですからわたくしもお手伝いを…お邪魔ではありませんか?」

女生徒D「そんな、滅相もございません」

プリンセス「良かった…では、ちせさんもご一緒して構いませんかしら?」

女生徒E「え、あぁ……はい、もちろんですわ♪」

女生徒C「…プリンセスが日頃仲良くなさっているお方でしたら、どのような方でも歓迎いたしますわ」

プリンセス「そう、ありがとう♪」

ちせ「よろしく頼む」
556 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/31(土) 10:54:14.74 ID:S+FDhnVg0
…しばらくして…

ドロシー「…さて、後はもう私が手伝わなくても大丈夫だよな?」

女生徒A「ええ…///」

女生徒B「とても助かりましたわ///」

ドロシー「なぁに、必要とあらばいつでも手伝うよ」

…さりげなく身体を寄せたり手を重ねたりと、心をときめかせるようなドロシーの言動に頬を火照らせている女生徒たち……普段は何かと素行の悪い振る舞いをしてみせているドロシーだが、その気になって演技をすると大変に魅力的で、同時に「籠の鳥」である女生徒たちからすると、その自由で奔放な様子には憧れめいた物も感じている…

女生徒A「はい///」

ドロシー「ああ……今度機会があったらお茶にでも招いてくれ」

女生徒B「喜んで///」

ドロシー「そっか、それじゃあ楽しみにしてるよ♪」

女生徒A「はぁぁ……ドロシーさんが側にいらっしゃると、わたくし顔が熱くなってしまいますわ///」

女生徒B「ええ…///」

…一方…

すました態度の女生徒「あら、ごきげんよう」

アンジェ「ご、ごきげんよう…」

取り巻きA「ごきげんよう、アンジェさん」

取り巻きB「ここでの暮らしにはもう慣れまして?」

アンジェ「え、ええ…」

すましや「それは何よりですわね。こうした上流社会の子弟が多い場所ではなかなか馴染むのが大変でしょうけれど」

アンジェ「ど、どうにか気張っておりますだ……いえ、頑張っております///」

取り巻きA「あらあら、お国言葉が出るほど緊張なさらなくたって…♪」

取り巻きB「わたくしたちはただアンジェさんのことを気にかけているだけですのよ?」底意地の悪いすましやと取り巻き二人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、猫がネズミをいたぶるようにちくちくと嫌味とあてこすりを言ってくる…

アンジェ「そんな、私ごとき平民にお気を使って下さるなんて…///」

すましや「構いませんのよ、それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の務め)」というものですから……今度、機会がありましたらお茶にでも呼んで下さいまし…ではごきげんよう」

アンジェ「ごきげんよう…」

…数分後・廊下…

ドロシー「よう、アンジェ…道が混んでたのか?」

アンジェ「いいえ、毛並みだけは立派な性悪猫に絡まれていただけよ」

ドロシー「なぁに、冗談だよ。むしろ時間通りさ……ところでベアトリスは?」

アンジェ「もう来るわ」

ドロシー「よし」

アンジェ「…手はずは大丈夫ね?」

ドロシー「当然だ……まずは私が廊下で見張り番をするから、アンジェとベアトリスで室内を調べろ」

アンジェ「ええ、お願いするわ…一応つじつま合わせのための「小道具」は持ってきているけれど、感づかれないのが一番いい」上手く理由を付けて借りたラテン語の書き取りを持っているアンジェ…もし鉢合わせしても「貸してもらった書き取りを返しに来た」と言い逃れることが出来る…

ドロシー「当然だな」

ベアトリス「…遅くなりました」時間に遅れまいと焦りつつも普段通りの歩調を心がけているのか、少しぎくしゃくした動きのベアトリス…

ドロシー「大丈夫、まだ許容範囲さ…むしろ焦って走ってきたりしたら人目を引くからな、よく我慢した♪」

ベアトリス「だってお二人に、急いでいるような時こそ「いつも通りに見えるよう行動しろ」って教わりましたから」

アンジェ「結構」

ドロシー「…よし、それじゃあ二人は室内に入ってくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ええ」
557 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/02(月) 01:10:46.40 ID:9/Rkgjuq0
ベアトリス「それで、何をしたらいいですか?」

アンジェ「まずは通信手段を探す…と言っても通信機にしろ電話にしろ、それなりに大きさがあるから隠せるような場所はそう多くない」

ベアトリス「それはそうですが、部屋一つをくまなく探すとなると結構大変ですよ?」

アンジェ「そんなことはないわ。例えばここを見てみなさい…」クローゼットが置いてある部分の床に、わずかながら物を引きずった跡がある…

ベアトリス「あっ…!」

アンジェ「…見ての通り、この跡はクローゼットの脚とちょうど一致する」手際よく確認したが、さりげなく張られている細い糸や動かすと落ちるようになっている針と言った特段の措置は取られていない…クローゼットを動かすと、案外すんなりと動いて後ろの壁が現れた…

アンジェ「そしてここに…」

…少しふちがめくれている壁紙をそっとめくるとぽっかりと開いた壁の穴が出てきて、その穴にタイプライター大の通信機が収まっていた…

ベアトリス「わ、ありましたね」

アンジェ「通信機は貴女に任せるわ。その間に私は他の物を探す」

ベアトリス「分かりました」

…ベアトリスが通信機の前にしゃがみ込むと、アンジェは室内を素早く検索していく……引き出しを開けてノートや聖書を流れるようにめくり、本棚に並んでいる本の間を確かめ、ベッドと壁の隙間に何か挟んでいないかのぞき込む…

アンジェ「あったわ…」ベッドに敷かれたマットレスを持ち上げると、隙間に挟みこまれるようにして薄っぺらい紙が差し込んである…

ベアトリス「…えぇと、それから……」

アンジェ「…波長は確認できた?」

ベアトリス「はい、確認できました…アンジェさんは?」

アンジェ「その通信機用のコード表を手に入れた…王国の一般向け暗号。 簡単な暗号だから、破るのには五分もかからない」

ベアトリス「じゃあもういいですか?」

アンジェ「ええ、長居は無用よ」さっと懐中時計を確認すると、まだ数分と経っていない…

…廊下…

ドロシー「…済んだか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、それじゃあ次に行こう…部屋の主はプリンセスがお茶に誘ってあるから、今は空っぽだ」

アンジェ「そうね」

…そのころ・庭園…

シニヨンの女生徒(王国側協力者)「お招き頂いて恐悦至極に存じますわ、プリンセス」

女生徒F「プリンセスとお茶を頂けるなんて…嬉しゅうございます」

女生徒G「わたくしも、憧れのプリンセスとお茶が頂けて……///」

プリンセス「何もそう固くならずとも大丈夫ですよ…さ、お茶をどうぞ♪」

…アンジェたちが室内を調べる時間を稼ぐべく、お茶に呼んで手ずから紅茶を淹れるプリンセス……もっとも「プレイヤー」の一人である女生徒と差し向かいというのでは何かおかしいと勘ぐられる可能性があるので、同時に毒にも薬にもならない「無難な」女生徒を二人ほどを招きカモフラージュとしている……その間ちせは席を外し、庭園の外側でさりげなく警戒にあたる…

シニヨン「…ありがとうございます」

プリンセス「お砂糖は二つ?」

シニヨン「ええ」

女生徒F「はい、わたくしも」

女生徒G「…わたくしも二つでお願いします」

プリンセス「はい。それにしても雨が降らなくて良かったですわね?」

女生徒F「プリンセスのおっしゃるとおりですわ♪」

シニヨン「そうですね」

プリンセス「ええ…さぁ、サンドウィッチもどうぞ?」ティータイムにはお馴染みの、小さな長方形に切ってあるきゅうりのサンドウィッチを勧めるプリンセス…

シニヨン「…いただきます」

プリンセス「どうぞ召し上がれ♪」
558 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/09(月) 01:02:02.59 ID:zclCxpev0
…同時刻・談話室…

女生徒H「…うーん、分かりませんわね」

女生徒I「ええ。これは難解ですわ……」

ドロシー「…」

女生徒J「あ、あれは……そうですわ、ドロシー様ならお分かりになるかもしれません。 ドロシー様!」アンジェたちとはルートを変えて談話室の脇を通り抜けようとしたドロシーを見かけ、廊下に出て声をかけた…

ドロシー「お…なんだジョセフィンか。 いきなり声をかけるからびっくりしたじゃないか…どうした?」

女生徒J「あぁ、それは…ええと……大したご用ではないのですけれど///」

ドロシー「構わないさ…ただこの後ちょっとした野暮用が控えてるんでね、早めに済ませてくれると助かるな♪」

女生徒J「ええ、それはもう…実は……」

ドロシー「……なるほど、間違い探しか」

女生徒H「そうなんです。ですが最後の一つだけ見つけられなくて…良かったら一緒に解いて下さいませんか?」

ドロシー「ああ、いいとも。 どれどれ…」

…そう言ってページに目を走らせるドロシー…職業柄、多くの文書やそっくりな贋作を瞬時に記憶、判別する機会が多く、ファームで鍛えられた観察眼は常に鋭く研ぎ澄まされている…それもあって容易く残りの間違いを見つけ出したが、あえてしばらく探すふりをした…

ドロシー「んー……あ、これじゃないのか?」

女生徒I「ああ、これですわ!」

女生徒J「さすがはドロシーさんです」

ドロシー「なぁに、たまたまだよ…それじゃあな」

女生徒H「ごきげんよう♪」

…数分後…

アンジェ「…そんなに長い距離だったかしら?」

ドロシー「なぁに、ちょっと可愛い女の子を口説いていたら遅くなってね…♪」

アンジェ「そう…私はてっきり途中で息切れしたのかと思ったわ」

ドロシー「…おいアンジェ、何度も言うが私の事を年寄り扱いするのはやめろ」

アンジェ「事実を認めたがらないのは頭が固くなってきた証拠よ」

ベアトリス「もう、二人とも相変わらずなんですから♪」

ドロシー「やれやれ、ベアトリスにまで笑われちまうとはね…いいからさっさと済ませようぜ?」

アンジェ「それじゃあ今度は私が廊下に立つ……五分以内で済ませてちょうだい」

ドロシー「ああ」

…室内…

ベアトリス「あ、かぼちゃの飾りがありますね…」

ドロシー「そうだな…王国側協力者の中には、あまりにもがちがちの王党派だと入り込みにくいグループや組織があるって言うんで、わざとこうやって開明的で共和派にも理解がある風を装った「敷居を下げる」偽装をしている連中もいるんだ……もっとも、ここで学生をしながらプリンセスの動向を報告しているような連中はたいてい小物だし、そこまでの考えがあってやってるわけじゃないだろうがね」

ベアトリス「なるほど…あ、ここに緩んだ羽目板がありますよ」

ドロシー「やるじゃないか……どうだ、何か見つけたか?」

ベアトリス「はい、何か冊子のようなものが……っ///」そう言って一冊の本を取り出すと、表紙を見て赤面した…

ドロシー「どうした…おいおい、コードブックにしちゃあずいぶんと刺激的だな♪」他の場所を調べていたがベアトリスがどもると振り向き、表紙を見るなりニヤニヤ笑いを浮かべた…

ベアトリス「もう…なんなんですか///」

ドロシー「そう言うな……ちょっと見せてくれ」

ベアトリス「…えっ!?」

ドロシー「別に私が読むわけじゃない。ただ、こういうのも大事な情報だからな……のちのちこれをネタにして脅したり、好みに合わせてハニートラップを用意したり出来るってわけだ」女学生同士のいかがわしい関係について書かれた読み物の本を受け取り、さっと中身に目を通す…

ベアトリス「なるほど……」

ドロシー「…中身が気になるようなら音読しようか?」

ベアトリス「い、いりませんっ…///」
559 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/10(火) 02:45:54.45 ID:IVWjJFmo0
…その日の夜…

アンジェ「さて、今日の成果だけれど…」

ドロシー「王国側協力者三人分の通信手段とその暗号帳を確認。うち一人は受信メッセージの紙を処理し忘れていたおかげで「管理者」のコードネームや通信内容も確認できた」

アンジェ「結構、他には?」

ドロシー「たくさんあるぞ……調べに入った対象者のうちで王国側協力者ではなかったものの、面白いネタを持っていたのが何人かいる…「チェシャ猫」はクラスメイト数人と肉体関係を持っている仲だって事が分かったし「マグパイ(カササギ)」は常習的な喫煙者だ」

アンジェ「なるほど…」

ドロシー「…それと「ファイアフライ(ホタル)」は見た目こそしとやかな貴族の令嬢だが、後輩の女生徒を手籠めにするのが趣味のようで、部屋には飲み物に混ぜる睡眠薬や荒縄なんかが隠してあった」

アンジェ「なるほど…「ファイアフライ」といえばベアトリスにも親しげに声をかけているけれど……」

ドロシー「…もしお茶に誘われたら要注意だな」

アンジェ「それとなく警戒しておく必要がありそうね…それから?」

ドロシー「後は「チコリ」だが……」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「それがな、どうやらお前さんにぞっこんらしい…」

アンジェ「…私に?」

ドロシー「ああ。平民で田舎者、不器用でフランス系のお前さんにだ……部屋には画家に描かせたらしいお前さんの小さな肖像画や、ああしたいこうしたいっていう秘密の日記帳が隠してあった…それとどこから手に入れたのか、髪の毛数本とかな」

アンジェ「そう…しかし私たちの立場上、必要以上の興味を引かれるのは好ましくないわね」

ドロシー「確かにな……とはいえ相手は「普通の」女学生だ。まさか消すわけにも行かないし、事を荒立てるのもまずい」

アンジェ「となると、しばらくはこのまま放置するしかないわね…」

ドロシー「そうだな……とにかく今日はくたびれた、休ませてもらうよ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、あと数日もすればハロウィーンだ…そのときは女学生らしく楽しむとしようぜ♪」

アンジェ「そうね……お休みなさい」

ドロシー「お休み♪」

…数日後・ハロウィーン…

ちせ「皆、お早う…」

ドロシー「トリック・オア・トリート♪」

ちせ「…っ!」物陰から「わっ」と飛び出したドロシーに対して、反射的に正拳での突きを入れるちせ…

ドロシー「おっと、私だから安心しな……お菓子をくれないといたずらするぜ?」鳩尾に叩き込まれそうになった突きをとっさに腕でガードすると、ニヤリと笑って手を出した…

ちせ「全く、驚かすではない。 …ふむ、菓子といってもそう持ち合わせがあるわけでもないのじゃが……これならどうじゃ?」

ドロシー「いや、悪いね…って、なんだこりゃ?」掌の上に載せられた、ぎざぎざした星のようなものを見て眉を上げた…

ちせ「金平糖という日本の伝統的な菓子じゃが…不服か?」

ドロシー「いいや、お菓子ならいいわけだからな。どれ、それじゃあ一つ味見してみるか……」ぽいと口の中に金平糖を放り込み、がりがりと噛んだ…

ちせ「どうじゃ?」

ドロシー「味はただの砂糖みたいだな…さ、ちせも「トリック・オア・トリート」って言ってみろよ」

ちせ「うむ、しからば…トリック・オア・トリートじゃ」

ドロシー「あいよ…♪」そう言って派手なウィンクを投げると、紙袋に入ったクッキーを手渡した…

ちせ「なるほど、これを言うだけで菓子がもらえる……なかなかいい日じゃな」袋をがさがさ言わせてクッキーを取り出すとつまんだ…

ドロシー「ま、人によってはやらない連中もいるから一概には言えないが…カボチャかカブで「ジャック・オ・ランターン」が飾ってある場所ならたいていは大丈夫なはずだ」

ちせ「なるほど…せっかくの機会じゃから、あちこち巡ってくるとするかの」

ドロシー「菓子をもらうのはいいけど、一服盛られたりするなよ?」

ちせ「なに、心配無用じゃ……では、御免♪」

ドロシー「おう」
560 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 02:11:27.56 ID:ZwMkMxdK0
…しばらくして…

ドロシー「しかし何だなぁ、まだ地味な方だから救いようがあるものの……ヴェニスのカーニバルじゃああるまいし、いつからハロウィーンにあんな仮装をするようになったんだ?」

アンジェ「本来は仮装なんてしないらしいわね?」

ドロシー「少なくとも古いアイルランドのしきたりにのっとったハロウィーンではそうらしいな……あの仮装ってのはここアルビオンか、新大陸あたりで始まった風習らしい」

アンジェ「なるほど…でもこうした風習が流行れば一つだけ都合のいいことがある」

ドロシー「仮装をしているから人相や風体を知られずに済む……だろ?」

アンジェ「その通りよ……というわけで、貴女にも用意しておいたわ」黒いマントと三角帽子、それに掃除用具入れから引っ張り出してきた箒を差し出す…

ドロシー「あたしは魔女か…だったらどっかの「スノウ・ホワイト(白雪姫)」に毒リンゴでも仕込んでやらなきゃな♪」

アンジェ「ええ、ぜひそうしてちょうだい」

ドロシー「アンジェ、お前は?」

アンジェ「ええ、私はこれを……」二つのぞき穴を開けてあるだけの紙袋をかぶり、頭に崩れたシルクハットを載せる…服はよれて駄目になった燕尾服で、片脚で跳ねてみせた…

ドロシー「スケアクロウ(カカシ)か…」

アンジェ「今だけはね。他の仮装もいくつか持っているから、途中で切り替えていくつもりよ」

ドロシー「それは私もさ……それじゃあ、また夜に」

アンジェ「ええ」

…数時間後・とある通り…

カカシ「トリック・オア・トリート!」一軒の家の裏口を叩き、袋ごしのくぐもった声で呼びかけた…

中年男性「あぁ、はいはい……ハロウィーンね」

カカシ「…」ボロボロの燕尾服からすっとウェブリー・フォスベリーを取り出し「パン、パンッ!」と心臓に二発撃ち込んだ…

男性「う……ぐっ!」

アンジェ「…まずは一人目」蒸気で煙る街角を曲がるとカカシの燕尾服を捨て、白いシーツをまとった幽霊になった……

…同じ頃・裏通り…

貧しい子供「ねえ魔女のお姉ちゃん、お菓子ちょうだい…!」

汚れた子供「僕にも…!」

やつれた子供「おいらにも…!」

ドロシー「よーし、みんなにちゃんとやるから安心しな……ただ、今日はお菓子をもらうのに言うべき言葉があるだろう?」

やつれた子供「えーと…トリック・オア・トリート!」

ドロシー「正解だ。 そら、持ってけ♪」お菓子と一緒にさりげなく半クラウン硬貨も握らせるドロシー…

やつれた子供「お姉ちゃん、これ…いいの?」

ドロシー「あたぼうよ♪ ただし、魔女のお姉ちゃんから一つ頼みがある……角に立ってる茶色い山高帽のおじさんが見えるか?」共和国の連絡役が泊まっている木賃宿の向かいに陣取り、出入りを監視している王国防諜部員を指差した…

貧しい子供「うん、背の高いおじさんだね」

ドロシー「そりゃあお前たちからしたらな…とにかく、あのおじさんにしつっこくまとわりついて「トリック・オア・トリート!」をやってくれ……追い払われたり蹴飛ばされるかもしれないが、最低でも一分はねばるんだぞ」

汚れた子供「それだけでいいの?」

ドロシー「おうさ、それだけで十分だ……あとはその半クラウンを持って飯屋に行って、美味いものでも腹一杯詰め込めばいい」

やつれた子供「分かったよ…ありがと、魔女のお姉ちゃん!」菓子は誰かに盗られる前にその場で食べ、それから一斉に駆けだしていく子供たち…

ドロシー「ああ(これで雪隠詰めになっている奴もどうにか抜け出せるはずだ…)」

子供たち「……トリック・オア・トリート! お菓子をちょうだいよ、おじさん!」

山高帽「何だ何だ……えぇい、うるさい! あっち行け!」

子供たち「トリック・オア・トリートだってば! お菓子くれないならいたずらするよ!」

山高帽「ええい、まとわりつくなっ…このガキ共が!」子供にまとわりつかれて監視の邪魔になる上、目立つ状態に置かれて焦る防諜部員……いらだって腕を振り回したり蹴ろうとすればするほど子供たちはちょこまかと動き回りはやし立てる…

青年(共和国連絡員)「…」その隙を逃さず、連絡員はするりと裏通りの陰へと姿を消した…

………

561 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 03:27:08.80 ID:ZwMkMxdK0
…一方・メイフェア校…

女生徒「トリック・オア・トリート!」

女生徒B「はい、お菓子…♪」

女生徒C「トリック・オア・トリート…お菓子をくれないといたずらするわよ!」

女生徒D「お菓子ね…はい、どうぞ」

ちせ「ふぅむ…ただ菓子をやったりとったりするだけでなく、魑魅魍魎の格好もするのが「ハロウィーン」とやらの風習か。 何とも奇っ怪じゃのぅ……」妙に感心しながら菓子をつまむちせ…

ちせ「しかしこの「南京(なんきん)」の菓子はなかなか…「いもくりなんきん」とは上手いことを言ったものじゃ」

(※南京…カボチャの通称。中国から伝来したことからこう呼ばれ「いもくりなんきん」とは「いも(サツマイモ)」「栗」「なんきん」で、江戸時代に女が好きなものとしてよく言われた)

ちせ「……さて、プリンセスとベアトリスはまだ公的行事でこちらには戻ってきておらぬし…もう少し「トリック・オア・トリート」して行ってもよかろう」

…とある部屋…

ちせ「失礼いたす」

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…ごきげんよう、何かわたくしにご用事?」

ちせ「うむ、一つ言わせてもらわねばならんことがあるのじゃが……」

しとやかな女生徒「あら、何かしら…?」

ちせ「では、はばかりながら……トリック・オア・トリートじゃ」

しとやかな女生徒「あぁぁ、そういうことでしたのね…では遠慮せずお入りになって?」

ちせ「かたじけない」

しとやかな女生徒「いいえ。でもちせさん、せっかくのハロウィーンなのに制服だなんて……いい機会なのだから仮装でもしたらいかが?」

ちせ「ふむ…とはいえ仮装の持ち合わせなどありはせぬし、そもそも何をどうすれば良いものやら……」

しとやかな女生徒「言われてみれば、ちせさんは経験が無いから分からないですわね…あ、ならわたくしが仮装をお手伝いして差し上げますわ♪」

ちせ「いや、そのような手間をとらせるのは…」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、そんな遠慮をなさらないで……ね♪」さりげなく後ろに回り込んで身体をすりよせ、両肩をやんわりとつかんでいる…

ちせ「し、しかし……///」

しとやかな女生徒「過ぎたる遠慮はかえって無礼というものですわ、わたくしの好意…どうかお受け下さいな」

ちせ「そ、そこまで言われては……では、お願いするといたそう」そのまま柔らかな手つきで押され、椅子に座らされるちせ…

しとやかな女生徒「あぁ、良かった…♪」

ちせ「それで、いったいどうすれば良いのじゃ?」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、まずはお茶でも召し上がりになって…もちろんお菓子もありますわ♪」丁寧に紅茶を注いでから「ミルクと砂糖はどのくらい?」と聞き、ちせの注文通りふたさじの砂糖とミルクを入れた…

ちせ「かたじけない…」ふたさじにしては甘過ぎるような気がする紅茶をすすり、ルバーブの砂糖漬けが入った小さなパイをひとつ食べた…

しとやかな女生徒「ふふふ……お代わりはいかが?」にこにこしながらちせを眺めている女生徒……口角にえくぼを浮かべ、紅茶をすすめてくる…

ちせ「いや、もう十分じゃ…して、仮装とやらのやり方を指南してもらえるという話であったが……」

しとやかな女生徒「ええ、それはもう……でもまずは制服を脱がないといけませんわね?」

ちせ「なに…?」

しとやかな女生徒「だってそうではありませんこと? 仮装をするのですもの…制服の上からでは動きにくいでしょうし、それに上から着込むのでは暑いと思いますわ♪」

ちせ「それはそうかもしれぬが……しかし、人前で服を脱ぐとなると少々気恥ずかしいのじゃが///」

しとやかな女生徒「まぁ、遠慮することはありませんわ…ここにはわたくしとちせさんしかおりませんし…それにわたくしたちは女の子同士で、殿方がいるわけではありませんもの♪」そう言いながらちせの手に自分の手を重ねる女生徒……

ちせ「確かにそれはそうじゃが…///」そう言っているそばから泥酔したときのように視線が揺らぎ、頭がくらくらしてくるちせ……目の焦点が定まらず、優しげな女生徒の微笑みが四つにも五つにもぼやけて見える…

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…どうなさったの?」

ちせ「いや、あい済まぬ……どうも目まいがしてかなわぬゆえ、部屋に戻ることにいたそうかと」

しとやかな女生徒「まぁ、それは大変…でも、その様子では歩くのも難しいでしょう……わたくしのベッドをお貸ししますから、しばらくお休みになられたら?」

ちせ「いや、心配無用じゃ……!」鍛えられた身体と強固な意志の力でどうにか立ちあがると、詫びを言って部屋を出た…

しとやかな女生徒「……ふぅ、あと一息と言ったところだったのですけれど…でも、欲張りはいけませんわね……くふふっ♪」お茶の道具を片付けクローゼットを開けると、乱れた制服に縄をかけられ、口にハンカチーフのさるぐつわをかまされた小柄な生徒が愛液をしたたらせ、情欲にとろけたような表情を浮かべている…

しとやかな女生徒「…なにしろ、一匹目の蝶々はちゃんと糸にからめたのですもの……ね♪」小柄な女生徒を見おろし、ねっとりとした笑みを向けた…
562 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/16(月) 02:15:58.52 ID:chh5Mciy0
…しばらくして・部室…

アンジェ「ふぅ…どうにか午後だけで二人始末する事ができたわね……」

…いくどか仮装を変えつつ王国情報部のエージェントを片付け、最後は中世の医師を模したフードと鳥のようなマスクの仮装で戻ってきたアンジェ…一日中歩いたりバスに乗ったりと休む暇もなく、さらには尾行に対する予防措置もあってうんと回り道をしたため、脚はすっかり棒のようで足裏がじんわりと熱く、洗面器に張った冷水に足を浸けている…

アンジェ「ドロシーもまだのようだし、少し休憩しようかしら…」

アンジェ「とりあえずちせには戻ったことを伝えておかないと……」

…壁の掛け時計を見るとまだ夕食には時間がある…足を水で冷やしていたしばらくの間はレースをあしらった白いペチコートとビスチェだけで椅子に腰かけていたが、ちせの部屋に顔を出して戻った事を伝えるため脚の水滴を拭ってストッキングを履き、制服をまとって眼鏡をかけた…

アンジェ「これでいいわ……」部室に誰かが忍び込んでも分かるよう「保安措置」の髪留めピンをドアノブに載せて鍵をかけ、何事もなかったかのように歩き出した…

…ちせの部屋…

ちせ「…誰じゃ?」

アンジェ「アンジェだけれど、入ってもいいかしら」

ちせ「うむ、入ってくれ……」

アンジェ「ちせ?」ドア越しに聞こえる力の抜けたような声を聞いて眉をひそめ、身構えつつドアを開けた…

ちせ「ここじゃ……ぁ///」ベッドにもぐり込み、壁の方を向いて身体を丸めている様子のちせ…

アンジェ「…今戻ったわ。ドロシーたちはまだのようだから……どうしたの?」

ちせ「アンジェどの……ぉ///」

…布団をめくって顔を出したちせはとろんとした目つきで頬を赤く染め、いつもはきりりと引き締まっている口元を半開きにして涎を垂らしている…そして折り目正しくきちんとしたちせにはあり得ないが、制服は床に脱ぎ散らかされ、切ないような甘ったれたような声をあげている…

アンジェ「ちせ、誰に何を盛られたの…何をしゃべらされた?」

ちせ「何もしゃべってなど……おらぬ……ただ、ハロウィーンの菓子と茶をごちそうになって…数分もしないうちに……///」

アンジェ「…お茶を飲ませたのは誰?」

ちせ「メイナードの令嬢じゃ……」

アンジェ「メイナード…メイナード伯爵令嬢のこと?」(ベアトリスを狙っていた「ファイアフライ」ね…)

ちせ「うむ…菓子も茶もあちらが食べ、かつ飲むのを見てから口にしたのじゃが……///」

アンジェ「おおかた先に中和剤を飲んでおいたのね…それで?」

ちせ「数分もしないうちに…まるでいつぞや酩酊した時のように頭がくらくらして……どうにか戻ってきたのじゃが…それから身体が火照って…しかたないの…じゃ///」

アンジェ「分かった。様子を見るから布団をめくるわね」

ちせ「いや、それは……///」

アンジェ「何を隠し立てするつもり? 貴女の状態を確認しなければいけないのは分かるでしょう…!」力なく首を振るちせの布団をなかば強引に引き剥がした…

ちせ「///」

アンジェ「…ちせ、貴女」

ちせ「だから…言ったのじゃ……ぁ///」

…赤子のように身体を丸め、ネグリジェ姿でベッドに入っていたちせ……その右手は花芯をねちっこくかき回し、溢れた愛蜜でふとももからネグリジェ、そして敷き布団までがぐっしょりと濡れている…

アンジェ「……いつから?」

ちせ「…分からぬが…メイナード嬢の部屋には日も暮れなんとする黄昏時に訪ねて……それからずっと……んんっ///」ぐちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「だとすると、かれこれ一時間半くらいね…」

ちせ「アンジェどの……どうにかしてくれぬか…まるで下半身がしびれたように…気持ちよくて…一向に……指が止まらぬのじゃ……ん、んあぁぁ///」ちゅぷっ、くちゅ…♪

アンジェ「分かった。どのみちそろそろ効果は切れるはずだけれど……後は私に任せればいい」

ちせ「頼む…///」くちゅ…っ、とろ…っ♪

アンジェ「ええ」
563 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/21(土) 11:13:33.18 ID:BhNVgAfP0
アンジェ「それじゃあ、始めるわ……」

ちせ「はぁ、はぁ…後生じゃから、早く……っ///」

アンジェ「ええ」

…アンジェはスカートとペチコートを脱ぐとベッドに上がり、ちせの小さな身体にまたがった…ふともも越しに触れるちせの身体はしっとりと汗ばみ、熱いくらいに火照っている…そのまま足元から手を差し入れてネグリジェをまくり上げると、引き締まった身体があらわになる…

ちせ「んぁぁ…はぁ、はぁ……んくっ///」

アンジェ「ちせ…」ちゅっ…♪

ちせ「あっ……///」

アンジェ「ん…ふ……ちゅっ、ちゅる…っ……」

ちせ「んぅぅ…あ……んむ…っ///」

アンジェ「ここも…すっかり固くなっているわね……」小ぶりな乳房に指を這わせ、桜色をした先端を軽くつまんで引っ張る…

ちせ「あふっ、ん…っ///」

アンジェ「…ちゅっ、れろ……っ♪」

ちせ「ふぁぁんっ…そんな、な…舐め……っ///」

アンジェ「ちゅぅ、ちゅぅ…じゅるっ、れろ…っ……♪」顔を近寄せて舌先からちせの胸へと唾液を垂らすと、それを舐めとるように吸い付き始めた…

ちせ「あ、あぁ……んぅっ…///」

アンジェ「汗ばんでいるせいかしら、少ししょっぱいわね……れろっ、んちゅ…ちゅむ……♪」

ちせ「ふあぁぁ…♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はここを……」ちせの指を花芯からゆっくり引き抜いて手をどかすと、代わりにアンジェ自身の細い指を滑り込ませた…

ちせ「ふわぁぁぁ…あっ、あぁぁん……っ♪」ぬちゅっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「…イったみたいね」

ちせ「んんぅ、はぁ…あぁ……んぅぅ♪」

アンジェ「…入れただけで果ててしまっては張り合いがないわね。 それに、貴女もまだ火照りが収まらないようだから……色々と試させてもらうとしましょう」

ちせ「んえ…?」

アンジェ「大丈夫、すぐに分かるわ…最近はこっちの練習がすっかりおろそかだったし……(それにプリンセスとも機会がなかったから…)」

…いつもの冷めた表情に少しだけ情欲をにじませ、ちせの秘部にぬるりと二本目の指を滑り込ませる…そのまま膣内に第二関節まで入れると、唇をキスで塞ぎつつゆっくり動かした…

ちせ「んっ、んむぅぅ……っ♪」

アンジェ「ちゅるぅ…むちゅ……れろっ、じゅるぅ…っ♪」

ちせ「ふー、ふーっ……んぐぅ゛ぅ…っ♪」ぐちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

アンジェ「…ちせ、貴女は体力があるしまだまだ大丈夫のはずだから……続けるわね」

ちせ「あひっ、はひぃ…っ♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はこっちにも入れてあげるわ…」それまでやんわりと乳房を揉みしだいていた左手を離すと人差し指を舐めてたっぷりと唾液を付け、それをきゅっと引き締まったちせのヒップに這わせ、それからアナルに滑り込ませた…

ちせ「一体なに……んひぃぃっ♪」

アンジェ「…こういう経験は乏しいでしょうから、ゆっくり慣らしていってあげるわ」

ちせ「んあぁ…ふあぁぁ……♪」前後に指を入れられ、巧みな技巧でねっとりと責められて喘ぐちせ……

アンジェ「何も恥ずかしがったり気兼ねすることはないから……思う存分声をあげてよがるといいわ」

ちせ「あっ、あっ……あ゛ぁ゛ぁぁ…っ♪」

アンジェ「ふふ、よくイったわね……ご褒美にもう一度キスしてあげる…」ちゅっ…♪

ちせ「あふぅ…はひぃ……ぃ♪」

………

564 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/24(火) 01:50:21.63 ID:rJmTyEgW0
…数時間後・部室…

ドロシー「…よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー、戻ってきていたのね」

ドロシー「ああ…ついさっきな」

アンジェ「その様子だと上手くいったようね」

ドロシー「当然さ……♪」黒マントにドレスの洒落た姿には似つかわしくないだらしのない姿勢で座り、テーブルの上には仮面舞踏会で使うようなヴェルヴェットの仮面が放り出してある…仮面のかたわらにはブランデーの瓶が置いてあって、その隣のカットグラスには琥珀色をした液体が親指の幅ほど注いである…

アンジェ「そう…それを聞いて安心したわ」

ドロシー「おやおや、ずいぶんと信用がないんだな?」

アンジェ「別にそういうわけじゃないけれど……ところで」

ドロシー「ん?」

アンジェ「実は貴女が戻ってくる前にちょっとしたことがあって……」年下好きの貴族令嬢にちせが媚薬を盛られた顛末を説明した…

ドロシー「ほーん……それじゃあさっきまでちせの相手をしてやってたのか」

アンジェ「ええ…すっかり出来上がっていたから私がどうこうするほどのものでもなかったけれど……」

ドロシー「まぁ、お疲れだったな……それで?」

アンジェ「…何が」

ドロシー「とぼけるのはよせよ…要は「お味はいかがでしたか?」ってことさ♪」

アンジェ「そういうことを他人(ひと)に話すような趣味はないの」

ドロシー「はは、冗談さ……しかしそうなるとあのお嬢様につけた「ファイアフライ(ホタル)」ってコードネームは変えた方がいいかもしれないな。あれはファイアフライよりもっとタチが悪い」

(※ホタル…欧米では日本のような「はかなく光る」イメージよりも、獰猛な肉食昆虫である幼虫のイメージが強いとされる)

アンジェ「何か候補が?」

ドロシー「そうだな…例えば「スパイダー(蜘蛛)」とか」

アンジェ「悪くないわね…」

ドロシー「あとは「マンティス(カマキリ)」でもいいかもしれないな……どっちも交わった相手のことを食っちまうって言うし、しとやかなふりをして寄宿舎の可愛い娘たちを食い散らかしているメイナードのお嬢様にはぴったりだぜ?」

アンジェ「そうね」

ドロシー「だろ? ところでアンジェ、今日は一日歩き詰めだったはずだが…ハロウィーンの菓子はもらえたか?」

アンジェ「…仮装をしているのにカゴに何にも入っていなかったらおかしいし、焼き菓子の数個は用意しておいたけれど……もらえていなかったらどうなの?」

ドロシー「さあな。まぁ「トリック・オア・トリート」って言ってみれば分かるだろうよ」

アンジェ「ふう…どうせ貴女の事だから、私が言うまでやいのやいのとせっつくんでしょう……トリック・オア・トリート」

ドロシー「おめでとう、よく言えました…そらよ♪」

アンジェ「……これは?」リボンのかかった紙袋を受け取るとリボンをほどき、包みを開けた…中には上手に出来ている手作りとおぼしき半ダースあまりのクッキーと、数切れのパウンドケーキが入っている…

ドロシー「クッキーとパウンドケーキさ」

アンジェ「そんなことくらい見れば分かるわ…で?」

ドロシー「今日は妙に鈍いじゃないか……まだ分からないか?」

アンジェ「……ドロシー、もしかして…これ///」よく見ると菓子の出来に見覚えがある…

ドロシー「ああ、もしかしなくてもそうさ」

アンジェ「だとしたら、一体どうして貴女が…?」

ドロシー「お前さんがなかなかやって来なかったから、代わりに渡すよう頼まれたのさ……それと、クッキーだけじゃなくて伝言もひとつある……誰からのメッセージかは言わないが「お菓子はあげたけれど、いたずらもして欲しいからお部屋で待っています…♪」だそうだ」

アンジェ「ええ、分かった…///」

ドロシー「やれやれ、これでようやく私もベッドに行けるってわけだ……それじゃあハロウィーンの夜を楽しんでくれ♪」残っていたブランデーを流し込んでグラスと瓶を隠しスペースにしまい込むと、手をひらひらと振って出て行った…

アンジェ「お休みなさい…」ドロシーを見送ると、クッキーをひとつ手に取って口へ運んだ…

アンジェ「……美味しい///」

………

565 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/28(土) 13:42:08.98 ID:Mq/Nk66k0
…case・アンジェ×ドロシー「The forgery」(贋作)…

…アルビオン共和国・とある港…

税関吏「…ここで下ろす積荷はこれだけだな?」制服姿の税関吏が通関書類とにらめっこをしながら箱を数え、送り状をあらためる…

船長「ええ、そうです」

税関吏「それで、この箱の中身は……家具とあるが?」

船長「依頼主からはそのように伺っております」

税関吏「ふむ…ま、いいだろう」手に持った書類にさらさらとサインをすると船の舷梯(タラップ)を降りはじめた…

船長「いいぞ、荷下ろしを始めろ!」

…税関吏が埠頭に降り立つと、まるでそれを待ちわびていたかのように港の蒸気起重機が動きだして大きな真鍮の歯車が回り、パイプやあちこちの隙間からシューッと音を立てて白い蒸気が噴き出す…

水夫長「ほら、ロープをかけろ!何をもたもたしてる!そんなんじゃあ日が暮れちまうぞ!」

掌帆長「とっととやれ!だらだらするな!」

水夫「えんやこら…どっこいしょ!」

水夫B「よーし、いいぞ!上げろ!」木箱がロープでくくられ結び目が起重機のフックに引っかけられると、蒸気の響きと共にアームが上昇してロープがぴんと張り、きりきりと軋む音を立てながら大きな箱が徐々に釣り上がる…

税関吏B「…や、ご苦労さん。次はあの船だな」

税関吏「まだあるのか、全く忙しいったらありゃしない……次の船を検査する前に休憩して、詰所でお茶でも飲もうじゃないか」

税関吏B「いいね…」そう言って二人で税関詰所へ歩き始めた…

荷役労働者「よーし、そのまま…そのまま……」

…やり取りこそ荒っぽいが、それまでは手際よく進んでいた荷下ろし作業…ところが数個目の箱がクレーンで吊るされ埠頭の上で揺れていると、不意に木箱に結びつけられていた太いロープのささくれた部分が「メリメリ…ッ」と音を立ててほぐれ始め、あっという間にぷっつりと切れた…

水夫「おいっ!」

荷役労働者「危ないっ!」

税関吏「何だ…っ!?」持ち上げられていた木箱が埠頭に落ち、中のアンティークものの家具が壊れてバラバラになって飛び散った…

税関吏B「あーあ、こりゃあひどいことになったな……っ!?」

…壊れた椅子のクッション部分がすっかりめくれて、中の詰め物がはみ出している……が、その詰め物は当たり前の白い綿ではなく、共和国の人間が見慣れたデザインをしたとある紙の束だった…

税関吏「こいつは……すぐ情報部に連絡しろ!」

………



…数日後・コーヒーハウス…

ドロシー「…ずいぶんと唐突な呼び出しだな、何があった?」

7「ええ、実は少々急を要する事態が発生して……王国側に気取られる前に事を済ませたいから、貴女たちも投入することになった」

ドロシー「ほほう?」

7「今回はまず、とある人物を確保して所定の場所に「配達」してもらいたい…詳細はメールドロップに」

ドロシー「分かった」

7「それじゃあ、よろしくお願いするわ」
566 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/29(日) 02:02:01.29 ID:J1ecVcy00
…数時間後・部室…

ドロシー「どうだった?」

アンジェ「…さっき暗号を解読したけれど、明日のうちには対象人物を届けるよう指示されていた。普段は綿密な工作を要求するコントロールだけに、これだけせわしないのは珍しいわね」

ドロシー「それだけ尻に火が付いている事態だってことだろうよ…で、その「対象人物」とやらはどんな奴だ?」

アンジェ「ええ……情報によると対象はアンティークの美術品を扱っている老人で「トーマス・フロビッシャー」を名乗り、髪は白髪で目は淡いブルー、身長は5フィートそこそこ」

ドロシー「小柄な爺さんだな…他に特徴は?」

アンジェ「ないわ」

ドロシー「ずいぶんあいまいだ…」

アンジェ「そういう意見もあるわね。それと、店の場所はここ」指示書と一緒に入っていた薄紙を法則に従って地図に重ねると、一点を指し示した…

ドロシー「分かった、それじゃあ急いで支度をしよう……もし爺さんをさらうとしたら、誰かに見られても人相や風体が捉えにくい黄昏時にしたいし、現地の様子を確かめる時間も二時間はいるからな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、そうと決まれば車を用意してこないとな…その間にそっちも準備を整えておいてくれ」

アンジェ「そうするわ」

…黄昏時…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「ええ」

…しばらく車を流して公安や防諜部の見張りがないことを確かめると、小さな間口の店の前にロールス・ロイスを乗り付けた…ドロシーは黒のシルクハットに燕尾服、長髪を結い上げて帽子の中に隠して男装をし、アンジェはペールグレイのドレスに長いケープをまとい、顔はボンネットの陰に隠れている…店の入口の脇には小さく古びてはいるが良く磨かれたマホガニーのプレートがあり、かすれかけた金文字で「古美術商、トーマス・フロビッシャー」とある…

ドロシー「…ごめんください」

老人「いらっしゃいまし……」

…入口を開けるとカランコロンと鈴の音が鳴り、カウンターの奥にいた老人がゆっくりと出てきた…老人は白髪で小さいレンズの丸眼鏡をかけ、地味な格好をしている…店内は古びた布が発しているかすかなカビの臭いや絵画のテレピン油、ニスや木材の匂いが合わさって、いかにも年季の入った骨董品屋の雰囲気をかもし出している…床にはロココ調やバロック調の家具が所狭しと置いてあり、壁にはくすんだ額縁に入った絵画やリトグラフが飾ってある…

老人「…いかがです、何かご興味がございますか?」

アンジェ「ええ…これは素敵な絵ですね」

老人「おや、こちらがお気に召しましたか……お若いレディはお目が高くていらっしゃる、こちらはかのエドゥアール・マネが「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」の構想を練るため別に描いた物でして……」

ドロシー「…それじゃあこれは?」

老人「こちらはフラゴナールの作品ですな…元はとあるフランス貴族が所有していた物なのですが、家が没落し手放さざるを得なくなったものでございます」耽美で柔らかな色づかいで描かれた、川沿いに建つフランスの館(シャトー)を描いた風景画…

ドロシー「そうですか…しかしフラゴナールにしては画題が珍しいですね。普通フラゴナールと言えば優美な雰囲気で上品にまとめた青年男女の絵か、神話をモチーフにした裸婦画が多いものと思っていましたが……」

老人「いかにも…フラゴナールはイタリア旅行の際には自然の風景を絵にしておりますが、建物を描いた物というのは珍しい……それだけにこの絵には価値があると申せましょう」

ドロシー「なるほど」

567 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/30(月) 00:59:09.12 ID:3qHUnNkw0
アンジェ「それじゃあこれは?」

老人「ああ…これはですな、当時のパリで作られた……」

ドロシー「…」コートの下からナイフを抜くと、いきなりクッションの部分に突き立てて表地を切り裂いた…

老人「何ということを…この椅子は十六世紀のアンティークだというのに!」

ドロシー「…アンティークが聞いてあきれるぜ、どれもこれも贋作のくせしやがって」

老人「何を言うか、このルイ王朝時代の家具を贋作じゃと!?」お客相手のへりくだった言い回しを使うことも忘れ、真っ赤になっている…

ドロシー「下らない芝居はやめな…骨董品もお前さんの素性も真っ赤な偽物だって事くらい分かって来てるんだよ、こっちは」

アンジェ「…それに本物のルイ王朝時代の家具だったらここの曲線はもっと柔らかく、色はもっとくすんでいる」

老人「……ほう、二人とも若い娘のくせになかなかの鑑定眼じゃな」すっかり調べ上げられている事を理解して、急に大人しくなった…

ドロシー「商売柄そういう機会が多いものでね。それじゃあトーシロ相手の商売はお休みにして、一緒にドライブとしゃれ込もうじゃないか…」

老人「その上でわしの頭に鉛玉を撃ち込んでテムズ川へ放り込むのか…?」

ドロシー「ああ、本来ならな……だが、まだお前には重さ200グレインの鉛玉一発よりは価値がある、逃げようとしなければ脳天をぶち抜く真似はしない」

老人「…信用できるのか?」

ドロシー「少なくともここのアンティークよりゃな」

老人「……分かった」

ドロシー「よし…」軽く指を動かして合図すると、アンジェが後ろに回って老人の腰に銃を押しつけた…押しつけた銃そのものはまとっている長いケープに隠れて外からは見えない…

ドロシー「それと今さら言うことでもないだろうが、おかしな真似はするなよ?」

老人「分かっておる。こんな年寄りじゃが、それでもまだ長生きはしたい」

ドロシー「いい心がけだ……どうもこの世界では命を無駄にする人間が多いもんでね」

老人「…それで、どこに連れて行くつもりなのかね?」

ドロシー「おいおい、言ったそばから寿命を縮めるような真似はするなよ…余計なせんさくは怪我の元だぜ?」

老人「沈黙は金(きん)…か」

ドロシー「その通りさ……それと目隠しもさせてもらう。ロンドンの眺めを見られなくて残念に思うが、これもお互いの健康のためだからな」

老人「ああ、それもやむを得まい…」

…車内…

老人「ところで、どうしてお前さんたちのような若い娘がスパイ稼業なんぞをしとるんじゃ…?」

ドロシー「さぁ、どうしてだろうな♪」

アンジェ「…あなたこそ、一体どうして贋作作りなんてしていたの?」

老人「わしか……実はな、わしには昔エマという女房がいてな…もうあれが先立ってしまってから二十年にもなるが……」

アンジェ「それで?」

老人「そのころまだわしは「まっとうな」古美術商だったんじゃが、ろくろく稼ぐこともできんでな…貧しい生活をしている中でエマは病気になってしまって……」

ドロシー「なるほど…」

老人「うむ…で、あるとき古い無名の絵を買ってきて元の絵をすっかり削り落とし、そこに有名画家の画風を真似た絵を描いたところ、それがいい値段で売れての……エマに栄養のあるものを食わせてやったり、薬を買ってやるためにも金が入り用だったものじゃから、そのまま続けておったのじゃ…」

ドロシー「…ところがある日、なんの特徴もない男が二人ばかりやって来た」

老人「いかにも……連中は殴ったりこそしなかったが、女房の事を持ち出してきての」

アンジェ「あなたが刑務所に入ったら、病気の奥さんは面倒を見る人間もなしに亡くなってしまうだろう…と」

老人「その通りじゃ…それ以来、わしは連中の言うがままに贋作を作ってきた……」

ドロシー「もうその必要も無くなったな……よし、着いたぞ。 転ばないよう足元に気をつけな」

老人「うむ…」慎重に足元を確かめ、そろそろと車から降りた…

ドロシー「それじゃあな、爺さん…」

アンジェ「……奥さんの事は気の毒に思うわ」

老人「おかしなもんじゃな…わしをさらったお前さんたちの方が、女房の事を気にかけてくれるなんてな……」そのまま共和国側のエージェントに支えられて、奥へと連れて行かれた…
568 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/04(土) 01:58:03.34 ID:3NuIQS9a0
…翌日…

ドロシー「お帰り…それで、コントロールからは何だって?」

アンジェ「ただいま…任務説明は受けてきたから、今からかいつまんで説明するわ」

…部室に隠してある装備の中から、三インチ銃身のウェブリー・アンド・スコット・リボルバーを取り出して手入れをしているドロシー…アンジェはその向かいに腰かけると、テーブルに「メール・ドロップ」から取り出してきた任務概要と、暗記してきた詳細を伝達した…

ドロシー「……つまりここに偽の共和国ポンドを印刷している施設があるって事か」

アンジェ「そのようね。そして王国情報部の部員はあの老人の店で偽の骨董品を「買い」込んで、共和国に向けて荷を送る……そしてその中には偽札が詰めてあり、それを壁の向こう側で使って共和国ポンドの信用を落としている」

ドロシー「そりゃあコントロールが躍起になるはずだ…」

アンジェ「ええ…通貨の信用(クレディット)は国の存続に関わる。特に王国と分裂した影響で金(きん)の保有高が少ない共和国は、もし「共和国ポンド紙幣は同額のポンド金貨と交換できない」と思われれば一気に国際的な信用を失い、共和国ポンドの価値が暴落する……そうした事態はどうあっても避けたい」

ドロシー「そして偽札作りの拠点がどこにあるか明らかになった以上、早めに手を打つ必要がある」

アンジェ「その通り」

ドロシー「……それにしても贋作の家具に詰めた偽札か。 まるで詐欺師が作ったクリスマスのチキンだな♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…それで、この後は?」

アンジェ「偽札の流通ルートは確認できたし、共和国側で活動していた連中も押さえたと連絡があった…あとは製造拠点を叩くだけよ」

ドロシー「鉄火場ってわけか、久々に面白くなりそうだ…♪」にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる…

アンジェ「ドロシー、あくまでも私たちは情報部員よ…ちんぴらやギャングの「出入り」じゃない。冷静に、確実によ」

ドロシー「もちろんだ」

…数時間後・ネストのひとつ…

ドロシー「よし…それじゃあ支度に取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まずは銃…お前さんはいつも通りウェブリー・フォスベリーか?」二挺のウェブリーに.455口径の弾を込めつつ問いかける

アンジェ「ええ」

ドロシー「分かった」

アンジェ「ドロシー、貴女は?」

ドロシー「見ての通りウェブリー・スコットが二挺と…それからこれを♪」少しだけニヤッと笑みを浮かべると、銃身を切り詰めた垂直二連の散弾銃を持ち上げた…

アンジェ「弾は?」

ドロシー「今回は鳥撃ち用の細かい散弾を込めてある…とっさにぶっ放す時は役立つはずさ」そう言いながら手際よく弾を込めて銃尾をパチリと閉じると、服のポケットに予備の散弾をひとつかみねじこんだ…

アンジェ「そうね。それから私はこれを…」よく研がれたナイフ二ふりと、細いワイヤーの両側に木の持ち手が付いた首絞め具を用意する…

ドロシー「あとは施設をぶっ飛ばす訳だから、爆弾がいるよな…」器用なベアトリスがいくつか作り置きしていた時限装置と、束にまとめられている丸棒状の爆薬を用意し、腰のベルトに付いているループに引っかけた…

アンジェ「ええ…特に「原版は確実に破壊しろ」とのことだったわ」アンジェは発煙弾をいくつかと、真鍮で出来た球状の手榴弾を三つほど腰に提げる…

ドロシー「だろうな…」

アンジェ「これで準備は整ったわね……そっちは?」

ドロシー「ああ、こっちも準備万端だ」

アンジェ「そう、それなら最後にこれを…」事前に届けられていた「C・ボール」を保管用の筒から取り出し、これも腰に提げた…

ドロシー「それじゃあ出かけようぜ…♪」出口を開けると「お先にどうぞ♪」と手で示し、ぱらぱらと降り始めた小雨を避けるように車に乗り込んだ…
569 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/11(土) 11:05:04.79 ID:iHlGpjVm0
…夜…

ドロシー「…偽札作りの拠点はあそこか」

アンジェ「間違いないわね…表と裏手にそれぞれ見張りが二人」Cボールで飛び上がった建物の屋根の上から望遠鏡で様子をうかがう…

ドロシー「やるんなら同時に片付けないとな」

アンジェ「ええ…」パチリと望遠鏡を畳むと、ドロシーの手をつかんで飛び降りた…

…倉庫・裏口…

見張り「ふー……嫌な天気だな。こんな時の見張りは嫌いだ」しとしとと降る霧雨の中ハンチング帽をかぶり、コートのポケットに手を突っ込んで肩をすくめている…

見張りB「全くだな…なぁ、煙草あるか」安物のパイプを口にくわえながら、空っぽの煙草入れを開けて見せた…

見張り「なんだよ、切らしちまったのか?」

見張りB「いや…刻み煙草そのものは買っておいたんだが、来る時に詰めてくるのを忘れちまって……」

見張り「やれやれ、準備の悪い野郎だ…今回だけだぞ?」

見張りB「ああ……なぁ、ついでに火もあるか?」

見張り「なんだぁ?煙草もなけりゃあマッチも忘れて来たのかよ…そら」

見張りB「いや、マッチはポケットに入れておいたはずなんだけどな……悪ぃ」火が上手く点くようにすぱすぱとパイプを吸うと、ふぅっ…と煙を吐き出した…

見張り「ったく、今度からは忘れるんじゃ……ぐっ!」

見張りB「おい、どうした……うっ!?」喉元を締める細いワイヤーをかきむしり、脚をばたつかせていたがすぐ静かになる……

ドロシー「……片付いたぞ」

アンジェ「こっちも」

ドロシー「よし…」

…廊下…

見張りC「ふわぁ…あ」机の上に脚を乗せ、椅子にふんぞり返るようにして一日遅れの新聞をめくっている……と、物陰から音もなく黒いシルエットが近づいた…

見張りC「……むぐっ、ぐう…っ!」

…詰所…

情報部若手エージェント「…そーら、いただきだ」

若手エージェントB「くそっ……やめだやめだ、今夜はツいてねえらしい」カードをテーブルの上に放り出すと、伸びをしながら部屋を出て行こうとする…

年かさのエージェント「どこに行くんだ?」

エージェントB「ああ、ちょっと用を足してくる……」

…数分後…

エージェントC「…なあ、エディの大将ずいぶんと遅くないか? 便所にいっただけだってのに……」

年かさ「確かに遅いな、誰か様子を…」

エージェントD「なーに、心配いらないさ…それより勝負するのか、降りるのか、どっちなんだ?」

エージェントC「それじゃあ……」ふっと冷たい風が廊下から入ってきて、煙草の煙が立ちこめる室内の空気をかき回した…

エージェントC「ようエディ、ずいぶん遅かったじゃな……!?」ドアの方に頭を巡らしながら言いかけたところで表情が凍り付く…

エージェントD「…っ!」

年かさ「あっ…!」とっさに卓上に置いてあったホルスターに手を伸ばす…

ドロシー「…」バン、バンッ!

エージェントE「銃声!?」

エージェントF「くそっ…!」

…隣の仮眠室で寝ていた交代要員数人が慌てて飛び起きた矢先に「コン、コン、コン…ッ」と床に金属が当たって弾む音を立てながらころころと真鍮の丸い物が転がってきて、一人の足元でころりと半回転して止まった……

エージェントE「危ない、伏せ…!」言い終える前に手榴弾が炸裂した…

ドロシー「…これであらかた片付いたみたいだな」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「それじゃあ残りを片付けよう…右側を頼む」
570 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/19(日) 01:23:53.29 ID:uxoBpbXI0
エージェントG「…くそ、何としても原版を守れ!」

エージェントH「アトキンス、お前は味方に連絡を!」

エージェントI「はい!」遮蔽物の陰から飛び出し、戸口の方へと駆け出す…

ドロシー「させるかよ…!」バンッ、バン…ッ!

エージェントI「ぐは…っ!」背中に二発の銃弾を浴びよろめきながらドアにたどり着いたものの、そのまましがみつくようにして崩れ落ちたエージェント…

エージェントH「ちっ…!」

ドロシー「…くそ、粘られたらこっちの負けだぞ!」

アンジェ「ええ…!」

エージェントH「いいか、味方が来るまで時間を稼げばいい!」散弾銃の弾を込め直しながら部下に声をかける指揮官格のエージェント…

エージェントG「再装填する、援護を!」

エージェントJ「ああ!」

ドロシー「まずいぞ、このままじゃあ時間切れになる……っと、そうか!」アンジェがマントの内側にぶら下げている中から球形の発煙弾をひとつ取り、時限信管のぜんまいを巻いてから木箱の向こうに投げ込んだ…

エージェントG「…うえ…っ!」

エージェントH「げほっ、ごほ…!」

エージェントJ「がはっ、げほっ!」

ドロシー「今だ!」バン、バンッ!

アンジェ「ええ…!」パン、パンッ…バンッ!

…数分後…

アンジェ「……原版があったわ」

ドロシー「ったく、こいつが厄介の種か…こんなものはとっととぶち壊すに……ん?」ふと輪転機の脇に積んである木箱に目を留めた…

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「ひゅー♪ 見ろよアンジェ、手が切れそうなほどのピン札だぜ? …しかもこんなにだ」まだふたがされていない木箱の中に、帯封付きの札束が大量に詰まっている…木箱に手を突っ込むと、ニヤニヤしながら紙幣の束をアンジェに見せびらかすドロシー……

アンジェ「…こっち側で共和国ポンドの紙幣を持っていても何にもならないし、どのみちそれは偽札よ」

ドロシー「分かってるさ……でもこれだけあると良い気分じゃないか?」カードを切るようにパラパラと札束をめくる…

アンジェ「良かったわね。それより早く爆弾をしかけてちょうだい」

ドロシー「ちぇっ、相変わらず感情の希薄な奴だな……」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「そう言うと思ったよ…時間は?」

アンジェ「三分にしましょう」

ドロシー「それじゃあ出て行くのがやっとだな…準備出来たぞ」

アンジェ「ならもうここに用はないわ、行きましょう」

ドロシー「そうだな」最後に輪転機のかたわらに置いてあった機械油の缶を開けて、札束の入っている木箱に注ぎ込むとマッチを擦って放り込み、肩をすくめて立ち去った…

…しばらくして・裏通り…

アンジェ「…ドロシー、ちょっといい?」

ドロシー「ん?」

アンジェ「いいから…動かないで」すすけたレンガの壁にドロシーを押しつける…

ドロシー「おいおい、今夜はずいぶん積極的じゃないか……」

アンジェ「とうとう頭までおめでたくなったのかしら……そこ、怪我をしているわよ」そう言って指差したドロシーの左腕からは、ゆっくりと血が滴っている…

ドロシー「えぇ? …本当だ、どうもさっきからヒリヒリすると思ったんだ」

アンジェ「きっと散弾がかすめたのね……戻ったら手当をしてあげるわ」

ドロシー「えー、どうせ手当をしてくれるなら冷血なお前さんよりもベアトリスかプリンセスの方がいいんだけどなぁ♪」

アンジェ「どうやら胡椒かカラシでも擦り込まれたいようね……」
571 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/09/24(金) 01:47:18.26 ID:qxHGoxvW0
…深夜・部室…

アンジェ「さ、手当をするわ」

ドロシー「悪いな……っ」そう言って上着を脱ごうと腕を動かした瞬間に傷口が痛み、ぎゅっと唇をかみ締めて渋い表情を浮かべた…

アンジェ「痛む?」

ドロシー「ああ…撃ち合いの時は感じなかったが、落ち着いたら急に痛み出しやがった……」

アンジェ「どんな風に痛いか教えてちょうだい…痺れる感じ?」

ドロシー「いや、血管が脈打つたびにズキズキする感じだ」

アンジェ「なら神経は傷ついていないはずよ……何よりね」

ドロシー「…ちっとも嬉しくないぞ、痛いのは同じなんだからな」

アンジェ「それじゃあ文句を言っていないで、早く上を脱いで…ほら、これを飲むといいわ」琥珀色の液体が入ったカットグラスをコトリとテーブルの上に置いた…

ドロシー「ああ、悪いな……マッカランの18年ものか」香りを嗅ぎ、目をつぶって一口含むと口の中で転がして味わった…

アンジェ「ええ、痛み止めの代わりに」

ドロシー「そいつはどうも…今日は気前が良いな」

アンジェ「治療を始めた途端に貴女にぴーぴー泣かれたら迷惑だもの」

ドロシー「ったく、虫歯を抜かれる子供じゃあるまいし…そんなことで泣くかよ」

アンジェ「じゃあいらないわね」

ドロシー「そうは言ってないだろ…経費でいい酒が飲めるなら文句はないさ」上着を片手で脱いで下着姿になる…

アンジェ「でしょうね……腕を出して」

…テーブルの上に古い布を敷き、その上に腕を置かせたアンジェ…軽く傷口を洗うと薬箱を脇に置き、しげしげと眺めた…

ドロシー「で、どうだ?」

アンジェ「たいしたことないわ……縫合する必要もなさそうよ」

ドロシー「そりゃ良かった、この柔肌に傷が残るようじゃあ困るからな♪」

アンジェ「サメ肌の間違いじゃないかしら…いま軟膏を塗るわね」プリンセスが部室に置いている薬箱から、大変よく効くが同時に目玉の飛び出るような値段がする塗り薬を傷口に擦り込んでいく…

ドロシー「おう……こいつはずいぶんと沁みるな」眉をひそめ、片手でグラスのウィスキーをあおる…

アンジェ「我慢しなさい、情報部員でしょう」

ドロシー「お前は私の母ちゃんか? …終わったら教えてくれ」そう言って片手で「アルビオン・タイムズ」の夕刊をめくりだした…

アンジェ「…何か興味深い記事は?」

ドロシー「んー…そうだな「去る二週間前、陸軍の『グレイ・ストリーム』連隊がドーセットシャーで演習を行った。演習結果は極めて好調であり、見事に仮想敵を打ち破った」そうだ」

アンジェ「その演習の結果なら、陸軍省に入り込んでいる情報源が確認したわね」

ドロシー「ああ、先週のやつだな…それから「本日『劇場版プリンセス・プリンシパル〜クラウン・ハンドラー・第二章〜』が公開され、おおむね好評であった」だって……もっとも、もう時計の針は零時を回っちまってるから「昨日」のことになるけどな」

アンジェ「そうね……さあ、終わったわよ」

ドロシー「相変わらず手際が良いな…」感心したように言うと腕に巻かれた包帯を眺め、軽く手を開いたり閉じたりしてみるドロシー…

アンジェ「黒蜥蜴星では必須の技能よ」

ドロシー「そうかよ…とにかくありがとな」

アンジェ「どういたしまして……ところでドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「少し、いいかしら…///」ドロシーの横に腰かけると、身体を寄せた…

ドロシー「あ、ああ…そりゃ、構わないけどさ……アンジェからだなんて珍しいな」

アンジェ「ええ、まぁ…その…このところプリンセスは公務で忙しくて……///」

ドロシー「それに、撃ち合いの後は妙に血がたぎる……か?」

アンジェ「それもあるわ…///」

ドロシー「……傷の所には触らないでくれよな?」

アンジェ「もちろん///」ちゅ…っ♪
572 :sage :2021/09/24(金) 08:03:26.76 ID:C+LEEkTI0
第二章、確かにおおむね良かったですね
いずれ劇場版キャラも出して貰えると嬉しいです
573 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/25(土) 01:54:19.18 ID:OVjaGCgX0
>>572 まずは意見をありがとうございます

個人的には「第二章」はちょっとストーリー展開が忙しい感じで、黒幕を出すのは第三章あたりに引き延ばしても良かった気がしないでもないですが、出来は相変わらず良かったですし見応えがありましたね


それと劇場版のキャラですが、いずれどこかで出してみても良いかなと思いつつ、公式のストーリー展開が(その人物の「退場」等)どうなるか分からないのでちょっと難しいかもしれません……ただ、回想か何かで「委員長」とかも少し出してみたいとは思います
574 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:00:40.24 ID:dBec+Ixp0
このままアンジェ×ドロシーを続けようかと思ったのですが、何となくキリが良い感じなので次のエピソードに移行させようと思います…アンジェ×ドロシー(ドロシー×アンジェ)はお互いに背中を預けられるよき相棒として描きやすいので、また機会があれば百合百合しい場面を入れていく予定です
575 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:43:21.61 ID:dBec+Ixp0
…case・アンジェ×プリンセス×ベアトリス「The Thirteens apostle」(十三番目の使徒)…

…とある日…

ドロシー「さて…と、今回の任務を説明しよう」勢揃いしている「白鳩」の面々を見回すと、紅茶を一口すすってから話し始めた…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ…詳しい内容は省略させてもらうが、以前アンジェと私が任務中にかち合った教皇庁からの工作員について調べがついたとコントロールから連絡があった」

ちせ「教皇庁?」

ドロシー「ああ、ローマ・カトリックの総本山…いわゆるバチカンだな」

プリンセス「その教皇庁のスパイがどうしてここ、アルビオン王国に?」

ドロシー「理由は簡単さ。アルビオンには世界を制する力の源「ケイバーライト」があり、そしていま王国は揺れている」

アンジェ「ドロシーの言うとおり…すでに幾度も聞かされているとは思うけれど、王国には様々な勢力が乱立している……」

アンジェ「…例えば、綿々と続いてきた王国の歴史を守らんとする保守派と、新しい力である共和国に対抗するためには自分たちも変わらなければならないと考える革新派…それからアルビオン国教会とそれに対抗する親フランスのカトリック教徒、王党派に共和派、王制に不満を募らせている労働者階級や植民地出身者、アイルランドやウェールズ、スコットランドの独立主義者……挙げだしたらキリがないわ」

プリンセス「そうね」

ドロシー「…それだけじゃない。女王の後継者を誰にするかで、それぞれの利益や損得からいくつもの派閥が出来ている……つまり王室でさえも一枚岩とは言えない」

プリンセス「ええ……そのことはわたくしもひしひしと感じているわ」

…日頃から王室に渦巻く謀略や醜い権力争いを見てきているプリンセスだけに、その声には疲れとかすかなあきらめが混じった苦い響きが沁みだしている…

ベアトリス「姫様…」

ドロシー「あー……つまり、今やアルビオンはスプーンでひっかき回した巨大なベイクドビーンズ(煮豆)みたいなもんで、どこもかしこもぐちゃぐちゃ…まさしくスパイが必要とされる舞台が整っているってわけだ」

アンジェ「そしてその「プレイヤー」の一つが教皇庁ということね」

ドロシー「その通り……コントロールからの連絡によると、先日フランスを経由してイタリアから数人のコーチビルダーが王国に入国した」

(※コーチビルダー…馬車架装者。自動車の登場以前は文字通り馬車の制作を行っていたが、自動車の時代になると客がメーカーから購入したシャーシに特製の胴体や内装などの架装を施すようになった。イタリア語の「カロッツェリア」としても知られる)

プリンセス「コーチビルダー、ですか」

ドロシー「ああ…イタリア人ってやつはそういう職人が多いからな。 ところが足取りに不審な点があって、よく調べたらそいつらがバチカンからのお客様だって事が分かった」

アンジェ「嘘か本当かは分からないけれど、ローマ教皇庁のどこかの組織には本来は存在しないはずの「第十三課」があると言われていて、そこに所属している神父や司祭、修道士が諜報活動を行っているとまことしやかに言われているわ」

ドロシー「とは言えあくまでも噂だし、真相を知っているやつはそいつらの一員か死人だけだからな…身内の連中はしゃべるわけはないし、死人はしゃべれない…真相は謎のままさ」

アンジェ「いずれにせよ、その連中がアルビオン入りした」

プリンセス「目的は?」

ドロシー「それが分からないんだ。いくら連中がしつこいからって、まさか私とアンジェに手下をやられた復讐をしに来た…とも思えないしな」

アンジェ「まずはその目的を探り出すこと……今回の任務はそれが当初の目標となるわ」

ドロシー「コントロールからも定期的に連中の動向を連絡してもらう予定だ…とりあえず今は分かっている情報をつなぎ合わせることから始めよう」

プリンセス「ええ、そうしましょう」

ベアトリス「分かりました」

ちせ「うむ」

………

…同じ頃・内務卿の執務室…

ノルマンディ公「…ふむ、バチカンからの訪問客か……遠路はるばるご丁寧なことだ」

ガゼル「はい、すでに四人は入国したことが確認されております」

ノルマンディ公「普段フランスやスペインをけしかけている「人形つかい」がとうとうこらえきれなくなって出てきたか……この機会に連中の情報網を調べ上げるのも良いかもしれんな。ガゼル」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「すぐに車の支度を…それと防諜部や警察のスペシャル・ブランチ(公安部)のような「素人(アマチュア)」に鼻を突っ込まれないよう、部内の機密保持は徹底させろ」

ガゼル「承知しました」

ノルマンディ公「さて、次はどう来るかな……」コーヒーテーブルの上にあるチェス盤をちらりと横目で眺め、黒い駒を一つ動かした…
576 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/29(水) 14:10:07.69 ID:ipHN+6W40
…数日後・ロンドン市立図書館…

ドロシー「…ここだな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「コントロールいわく、ここに問題解決のヒントがあるとかなんとか……」

アンジェ「そういう話ね」

…ドロシーとアンジェはノートやペン、教科書の詰まった鞄を抱え、制服姿で図書館にやって来ていた…受付のカウンターにいる気難しそうな司書も女学生の二人連れということで特に声をかけるでもなく、二人を見送った…

ドロシー「ここだな…」

…借りる人の少ない不人気な歴史書が並ぶ一角に席を占めると、目的のものを含めた数冊を引き抜いてきて卓上に並べ、ノートを広げる……分厚い百科事典のような、革表紙に金文字で装丁された歴史書をパラパラとめくると、中に一枚の薄紙が挟まれていた…

アンジェ「…これね」暗号で書かれたメッセージの紙はいかにも歴史書に挟んで忘れてしまったようなメモ書きを装ってあり「エリザベス一世」や「サー・マーティン・フロビッシャー」などと書き込んである…

ドロシー「よし…それじゃあしばらく「お勉強」をしてから帰ろうじゃないか。あんまり早く席を立つと怪しいからな」

アンジェ「ええ、ついでに貴女はこの前やった不品行の罰に課せられたラテン語の書き取りをしておけば良いわ」

ドロシー「あれか…あんなものはとうの昔に済ませたさ」

アンジェ「…なかなか手際がいいわね」

ドロシー「当然…♪」

………

…その日の午後・部室…

ドロシー「…それで、内容はどうだ?」

アンジェ「ええ、いま読むわ…「ライムハウス通り十二番地の三階…西の角部屋にある暖炉の敷石の手前から三列目、右から四番目を外し、中にある書類を回収せよ」だそうよ」

ドロシー「ライムハウス通り…あぁ、この辺りか」さっと市街地図に目を走らせ、納得したようにうなずいた…

アンジェ「それじゃあ行きましょうか」

ドロシー「そうだな…書類は私が回収するから、見張りは任せる」

アンジェ「ちせは連れて行く?」

ドロシー「いや…三人、四人とぞろぞろ連れだって行くような話じゃない。 それにお前さんがいれば大丈夫さ」

アンジェ「それはどうも」

…数時間後・下宿の空き部屋…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「よし、廊下の見張りは頼む」


…いかにも安部屋住まいのタイピストといった冴えない格好で、時代遅れなスタイルのボンネットに何色とも言えないような野暮なスカート、よれた上着を羽織っている……しかしスカートで隠れている足元はがっちりした茶革の編み上げブーツで固められ、いざというときのためにスティレット(刺突用の針状ナイフ)も隠し持っている…


ドロシー「緩んだ暖炉の敷石……これか」下宿人が入らなくなって半年は経っている空き部屋の、灰まですっかり取り片付けられている暖炉…ドロシーが四つん這いになって、表面が黒く煤けている敷石のレンガを動かしてみると「ず、ずっ…」と擦れるような抵抗をしながら敷石が出てきた…

ドロシー「よし…あった……」レンガの下にはほんのわずかな隙間があり、そこに古新聞に挟まれた一枚の紙が隠してある…

アンジェ「…見つけた?」

ドロシー「もちろん……アンジェ、お前が先行して出ろ。安全が確認できたら合図をくれ」

アンジェ「分かった」

………



577 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/04(月) 10:41:15.40 ID:qmTr05JN0
…数時間後・部室…

アンジェ「解読が終わったわ」

ドロシー「相変わらず早いな。どれどれ……」

…まだ湯気を立てているミルクを入れたアッサム紅茶のカップを置くと、解読された暗号文にさっと目を通す…その短い内容を確認してからちらりと視線を上げ、アンジェの顔を見て眉をひそめてみせると、内容を読み上げた…

ドロシー「…サー・エドワード・ウィンドモア著「緑なる石の輝き」およびウィンドモア家の歴代当主を調査のこと……アンドロメダ」

アンジェ「内容はこれだけだったわ」

ドロシー「そうか……なぁアンジェ、このメッセージを発信している「アンドロメダ」って…」

アンジェ「ええ…このメッセージが残された時期を考えると、おそらくは「委員長」のものよ。きっと「ダブル・クロス」(二重スパイ)に転向させられる直前、最後に遺した「プロダクト」(資産)でしょうね」

ドロシー「…ったく、委員長のやつ…最期までくそ真面目でやがる……」読み終えた用紙を暖炉にくべて焼き捨てると、小さくつぶやくように言った…

アンジェ「そうね……でもこれだけではこの本が何の役に立つのか見当もつかない」

ドロシー「つまりそれを調べろって事だろう…とりあえずはロンドン図書館だな」

…数日後…

アンジェ「……どうやら今度の調べ物は一筋縄ではいかないようね」

ドロシー「そうだな」

…図書館巡りに明け暮れたアンジェたちを始め、立場を利用して…しかし慎重に…王室秘蔵の書物まで調べたプリンセス……と「白鳩」それぞれが数日間努力して得た結論を前にして困惑気味の二人…

アンジェ「とはいえ今回もケイバーライトと関係があったわね……図書館で調べ物をしたおかげで、色々な事を知ることが出来たわ」

ドロシー「そうだな…なんでもケイバーライトが発見された直後は飲み物にケイバーライトの粉末を入れて、緑色に光るさまを楽しみながら飲むのが貴族や富裕層の間で流行したそうだ……古代ローマ人が鉛を赤ワインの味付けに使った話みたいだな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「…で、この「ウィンドモア家」ってのはケイバーライト…発見当初はケイバーストーンとも言われていたそうだが…を発見したうちの一人で、その力に魅せられて研究に一生を捧げた貴族だ。以後代々の当主は領地の城に閉じこもってケイバーライト研究と資料の収集に没頭しているが、その狂気じみた入れ上げぶりは有名だ」

アンジェ「私もその話は聞いたことがある…領地に客も招かず、ロンドンにもほとんど出てこないというわね」

ドロシー「ああ…実際問題、ケイバーライトってやつは「パンに塗ってむしゃむしゃ食べる」以外なら何にだって使える便利なシロモノだからな。取り憑かれちまったら、そりゃあ夢中にもなるだろうさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「とにかくウィンドモア家にはおおよそケイバーライトに関して「ないものはない」っていうくらいに資料が収集されている…中には王立博物館さえ所蔵していないものがあるくらいだ」

アンジェ「そしてあのメッセージにあった本は、初代当主が当時行った研究と実験について記したものだと言われている……しかし余りにも異常な内容だったことから禁書扱いとされ、内容のほとんどが削除された不正確な写本だけが王立図書館と博物館に所蔵されている……」

ドロシー「…分かったのはここまでか」

アンジェ「ええ…あとは原本を読むしかないようね」

ドロシー「そいつが難関だな…まさか泥棒じゃああるまいし、城に忍び込んで盗み読みするわけにも行かない……」

アンジェ「そうね……でも一つだけ手がある」

ドロシー「…アンジェ、お前さん「金の卵」を使うつもりなのか?」

アンジェ「ええ……プリンセスなら王国にあるほぼ全ての扉が開けられる」

ドロシー「そりゃあそうだが……」

アンジェ「貴女の心配はもっともよ。だからプリンセスではなくて私が行けばいい……そもそもプリンセスは腰が重いタイプじゃないから、公務以外にも慈善活動やねぎらいのために「お忍び」であちこち訪問している。今回もそういう形で訪問すれば怪しまれることはない……何より私は「本物」をよく知っているのだから、ボロが出る可能性はまずない」

ドロシー「まぁな…」

アンジェ「後はつじつま合わせとして、プリンセスが公務で国民の前に顔を出す予定のない日を選べばいいだけ…それは私が聞いておく」

ドロシー「……分かった」

アンジェ「ドロシー、まだ何か…?」

ドロシー「教皇庁の連中さ…わざわざここまでやって来ているんだ、何かしらの目論みがあって来ているはずだ……」

アンジェ「その本のことを始め、ある程度の事は知っていると?」

ドロシー「そう考えてもおかしくはないだろうな……連中が敵だとすると面倒だぞ」

アンジェ「そうね。 でも必要ならやるだけよ」

ドロシー「お前さんならそういうと思ったよ…気を付けてな」

アンジェ「ええ」
578 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/09(土) 01:54:30.42 ID:G/+QNg6x0
ドロシー「さて…それじゃあウィンドモア家についてだが、当主のサー・ジョン・ウィンドモアは身体が弱っていて、実質的には娘のレディ・クロエ・ウィンドモアが取り仕切っているようだ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それとウィンドモア家は「ケイバーライトと女性が支配する世の中こそアルビオンを発展させる」って考えの持ち主だそうだ…女王の後継者争いで誰を支持するかはまだはっきりさせていないようだが、こいつは「プリンセス」にとって少し有利な点かもしれない」

アンジェ「そうね……それにかつてのエリザベス女王や今の陛下の治世を考えるとあながち間違いでもない気がするわ」

ドロシー「確かにな…ウィンドモア家の城だが「ケイバーモア・オン・ミリントン」っていう片田舎にある。数マイル離れた場所には小さな村があるが、城とはほとんど交流がない…せいぜい収穫物を城から来る使用人たちに売る程度だそうだ」

アンジェ「つまり、当主一家はほとんど閉じこもっているのと同じということね」

ドロシー「何しろすっかりケイバーライトにイカれているそうだからな……城には飛行船の係留塔もあるが、目立つのは御法度だ…車で行ってくれ」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「それと、プリンセスのふりをして行くわけだからな…スティレットや毒針みたいな暗器くらいなら隠し持って行ってもいいだろうが、ハジキ(銃)はだめだな」

アンジェ「ええ…その代わりベアトリスにはいつも通り護身用の.320口径ピストルを持たせるつもりよ」

ドロシー「そうだな、そいつは「いつも通り」って所だろう」

…数日後…

ドロシー「……アンジェ、ベアトリス、聞いてくれ。 ついにコントロールからの「ゴー」が出た…決行は明後日だ」

アンジェ「プリンセスの公務がない日と擦り合わせるのはなかなか大変だったわね」

プリンセス「そうね、私も何かと顔を出す機会が多いし……」

ドロシー「おかげで色んな情報が入ってくるからな…感謝してるよ、プリンセス」

ベアトリス「もう、ドロシーさんってば姫様に対してそんなぞんざいな……!」

ドロシー「っと、こいつは失礼…」

ちせ「して、私たちはその間なにをすればよいかの?」

ドロシー「そうだな……ノルマンディ公配下の情報部や、教皇庁から送り込まれた連中の動向も気になるところだが、ケイバーモアの村は片田舎だ…よそ者は目立つから、できれば近寄りたくはないが……」

アンジェ「そうね…それに私とベアトリスがウィンドモア家の城に行っている間、少なくとも一人はここでプリンセスを守っていて欲しい」

ドロシー「となると私とちせが留守番ってことになるが…」

プリンセス「でも、アンジェとベアトが二人きりで乗り込むのは危険ではないかしら?」

ドロシー「そこは何とも言いがたいね…私だって決行をためらうほど危険だと予想できるなら考え直すし、たとえウィンドモア家の連中がまともじゃないとしても王族である「プリンセス」をどうこうしようとは思わないはずだ……そりゃあ私が後方支援でついて行ってもいいが、ちせにプリンセスをお任せしちまうのは筋違いってもんだ」

ちせ「私なら構わんが…?」

ドロシー「ああ…ちせはそう言ってくれるが、こういうのは「都合」ってものもあるからな…例えば、もしプリンセスに何かあったときに「部外者」のちせに任せきりだったとなればコントロールも納得しないだろうし、共和国の工作に関与していたとなれば堀河公の立場を悪くする事にもなっちまう……ひいてはこっちとそちらさんの信頼関係にとって具合が悪い」

ちせ「確かにそうじゃが…」

ドロシー「分かっているとは思うが、別にちせの能力を疑っているわけじゃないんだ……気持ちはありがたくいただくよ」

ちせ「うむ、気を遣ってもらって済まぬな…」あからさまな不満の表情などは見せないが、少し残念そうに紅茶をすすっているちせ…

ドロシー「とは言うものの…さて、どうするか」

プリンセス「…ドロシーさん、よろしいかしら?」

ドロシー「なんだい、プリンセス?」

プリンセス「わたくしのことは大丈夫ですから、ドロシーさんはどうかアンジェとベアトの後方支援についてあげてもらえませんか?」

ドロシー「そりゃあ私だって私が二人いればそうしたいさ…ただ、残念なことに私は「ジンジャークッキー(人型のしょうがクッキー)」じゃないんでね……生地を型抜きして複製を作るってわけにはいかないんだ」

プリンセス「ええ、わたくしもそのことを承知の上で申し上げております」

ドロシー「……何か考えが?」

プリンセス「はい…以前からアンジェやベアトが王宮の女官やメイド、お付きの者たちから信用できそうな方々を調べてくれていますから、その日はその方々に身の回りのお世話をお任せしようかと」

ドロシー「そりゃあ王宮では私たちが一緒にいられないから、やむを得ずプリンセスに近い立場の人間を探しているだけだ…それに王宮でならそれでもいいが、ここではどうする?」

プリンセス「でしたら一日中お部屋に閉じこもっておりますわ♪」

ドロシー「そうは言ってもな……」

アンジェ「ドロシー、プリンセスが一度こうなったらてこでも動かないわ…それにちせだって「白鳩」の一人としてすでに本来の立場を越えて協力してくれている……もちろんちせに「おんぶにだっこ」という形になってしまって申し訳ないけれど、今回もお願いするのは駄目かしら」

ドロシー「うーん……よし、分かった。 アンジェがそう言うならそうしよう…ちせ、済まないがプリンセスを頼む」

ちせ「うむ♪」
579 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/12(火) 10:22:34.07 ID:qQ2ElEW60
…二日後…

ドロシー「……今のところまだ動きはなし、か」


…ドロシーは一見すると鹿撃ちでもしに来たように見える茶系のハンチング帽にツイードの上着、膝丈の革ブーツに裾をたくし込んだズボンといった姿で、冷めていくエンジンのチリチリ言う音を聞きながら、真鍮製の望遠鏡で一時間ばかり周囲を観察していた……ドロシーが陣取った監視地点は畑地との境界線上にある小さいがこんもりと茂った森の端で、かたわらには.303口径の狩猟用ライフルが一挺あり、望遠鏡でのぞく視線の先には畑や牧草地が入り交じった農地が広がっている…


ドロシー「村にもよそ者の姿はないな………ん?」


…視線を巡らせていくうちに望遠鏡の丸い視界の中へと入って来たのは城の裏手に通じる細い道だったが、そこではちょうど城からは見えない林の陰に三台ばかりの自動車を停め、そこから黒い僧服をまとった男が何人も降りているのが見えた……三台のうちの一台は城門を開けさせるための芝居にでも使うつもりらしく、いかにも南欧貴族の若い遊び人といった格好をした二人が乗り込んでいる…


ドロシー「あいつら、間違いないな…」望遠鏡をパチリと畳むとライフルを助手席に放り込んで車に飛び乗り、エンジンをかけた…

…同じ頃・ウィンドモア家の城…

アンジェ(プリンセスの姿)「…突然の訪問を許して下さいね、レディ・ウィンドモア」

レディ・クロエ「いいえ、プリンセスの行啓(御幸)とあらばこの城の門はいつでも開いております…父も近ごろはめっきりと身体が弱ってしまい、なかなかプリンセスのご尊顔を拝見する機会がないと気に病んでおりましたから……こうしてお忍びでおいで下さり、大変に喜ぶかと存じます」


…ウィンドモア城の古い城館はあちこちに手が加えてあり、厩だった場所には自動車が三台と、城の塔を改造した飛行船の係留塔にはウィンドモア家の家紋をあしらった小型の飛行船が係留されている…建物のあちこちでは真鍮の歯車や誘導棒が蒸気を発しながら回ったり動いたりしていて、装飾や絨毯にはケイバーライトの緑色がアクセントとしてあしらわれている……プリンセスの格好をしてにこやかに微笑むアンジェを出迎えたレディ・クロエはまだ少女と言ってもいい細身の娘で、後ろには数人のメイドが控えている…


アンジェ「そうですか、それを聞いてわたくしも嬉しく思いますわ…では、よろしければサー・ジョンにもご挨拶などさせていただきますわ♪」

クロエ「もちろんでございます、どうぞこちらへ……」廊下の左右に並んでいる古い学術書や様々な実験器具に興味を示すアンジェにそれぞれの内容や機能を紹介しながら、当主の部屋へと案内するクロエ…

アンジェ「どれもこれもみな素晴らしい価値がありますわね…わたくし、これまでケイバーライトについて学んできたことよりも多くの事をこの十分あまりで学んだ気がします」

クロエ「恐縮でございます、プリンセス。せっかくお出で下さったのですから後で図書室にもご案内いたします…我が一族に伝わる秘蔵の書物などお見せいたしますわ」

アンジェ「まぁ、わたくしにそのような…お気遣いに感謝いたしますわ、レディ・ウィンドモア」

…数十分後…

クロエ「プリンセス……お茶など用意いたしましたので、よろしければどうぞお召し上がりになって下さいませ」

アンジェ「ありがとうございます、レディ・ウィンドモア…ありがたくいただきますわ♪」

クロエ「では、どうぞこちらへ…」

…アンジェとベアトリスが案内された応接間には歴代当主の肖像画がかけられ、家紋をあしらった盾と交差した剣の他にも、ガラスと真鍮のケースに収められたケイバーライト原石が飾ってある…

クロエ「どうぞお召し上がり下さい…」

…後ろに控えていたお付きのメイドたちが側につき、アンジェとベアトリス、そしてレディ・クロエのカップにいい香りのする紅茶を注ぐ……と、レディ・クロエがエメラルドグリーンの縁取りが施されている砂糖つぼを開けた…

クロエ「よろしければ、プリンセスも紅茶にお入れになりませんか?」

アンジェ「何をでしょうか、レディ・ウィンドモア……お砂糖ですか?」

クロエ「いえ…これでございます♪」

…レディ・クロエが銀のスプーンですくい上げたのはほのかに光る緑色がかった粉…明らかにケイバーライト鉱の粉末で、それを当たり前のようにさらさらと紅茶に入れた…

ベアトリス「…っ!」

アンジェ「そうですね、ではわたくしも少し……♪」

…驚愕の表情を必死にこらえたベアトリスと違って、鍛え上げられた冷徹な神経を持つアンジェはためらうそぶりも見せず小さじに半分ほどのケイバーライト粉を紅茶に入れ、ティースプーンでかき回した…と、カップの中に夜光虫でもいるかのようにほのかに緑色の光が生じ、またすぐに収まった…

クロエ「ふふ……博学なプリンセスの御前でひけらかすような事を申しまして恐縮ではありますが、わたくしどもウィンドモア家が長年行ってきた研究によりますと、ケイバーライトは摂取することで人間をより活性化させ、その能力を余すことなく発現させることが出来るのでございます……おかげでわたくしも頭脳が冴え渡っておりますわ」

アンジェ「まぁ、それは素晴らしい限りですわね♪」

クロエ「はい…そしてわたくしはこの恩恵を独り占めすることなく、わたくしのメイドたちにも分け与えているのです……♪」

…そう言って紅茶をすすっているレディ・クロエの瞳はケイバーライト鉱毒で緑色に染まり、窓から射し込む日差しを反射して妖しく光っている…そして左右に控えているメイドたちも全員がエメラルドのような緑色の瞳をしていた…

アンジェ「なるほど…」

クロエ「…確かにケイバーライトを摂取すると時には手や脚が利かなくなることもありますけれど、わたくしたち人間を人間たらしめているのは手や脚ではなく頭脳なのですわ…腕や脚は無くても生きていくことは出来ますが、脳が無かったら生きていくことは出来ないのは道理でございます」

アンジェ「…おっしゃるとおりですわね」
580 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/19(火) 01:25:01.93 ID:eZsyzoGZ0
…同じ頃・城門…

青年貴族風の男「やぁ、君…済まないけれどね「ダルモア・クィグリー」って村をご存じないかい?」

門番「申し訳ありませんが、そのような地名は聞いたこともありませんので……」

…名前こそ「門番」と言っても外敵に備えるような時代ではないので、門の小屋で座っているのは人付き合いの嫌いなウィンドモア家が余計な詮索を防いだり来客を告げるために雇っているだけの村人だった……門番はいかにもアルビオンの田舎者らしく、鼻にしわを寄せて外国人に対する不愉快さを表現し、のっそりと立ち上がった…

男「えぇ? それじゃあ間違った道を来てしまったのかな……ちょっと地図を見てくれないか?」

…運転席の若い男がそう言うと、助手席の男が降りてきて地図を差し出した……いかにも遊び人といった格好の男が門番に近寄って門番に地図を差し出すと、一緒に地図をのぞき込むふりをしながら肩に腕を回すような格好を取った…

門番「えぇ、どれどれ……ぐっ!?」

助手席の男「ふ…っ!」腕を回し、門番の首を折るともう一度椅子に座らせた…

男「よし、門はこのまま開けておけ「求めよ、さらば与えられん」とな」

助手「はい」

…森の外れ…

ドロシー「……くそっ、あいつら日も落ちないうちに仕掛ける気か…」

…先行して城門を開けた二人から合図があったらしく、それぞれ修道士や司祭の法衣をまとっている残りの工作員たちは二台のフェートンタイプ乗用車に五人ずつ分乗し、城の視線から遮蔽された森の小道からアクセルを吹かして一気に城の玄関へと車を乗り付けようとしている…

ドロシー「そうはいくかっての…!」

修道士「なんだ!?」

…ドロシーは森の出口で合流しているもう一本の小道を使って、相手の進路を塞ぐ形で車を割り込ませた…が、相手の一台目はそれをかわしてすり抜け、そのまま小道を走り抜けて城内へと入っていった…

ドロシー「ちっ…!」

神父「構うな、やれ!」

ドロシー「…っ!」抜き撃ちで運転席と助手席の二人を一気に片付けると車から脇に飛び降りて車のボンネットを盾にしつつ、三人目に二発撃った…

修道士B「うぐっ!」

神父B「くっ…私は左からだ、お前は右から!」

修道士C「はい!」

…乗用車の周囲で左に動いたり右に動いたりしながら、互いに相手を撃つ機会を狙う…と、ドロシーは地面に伏せて、スポークタイヤの隙間から見える相手の脚を撃った…

神父B「ぐあぁっ!」

修道士C「……もらった!」途端にもう一人が飛び出し、銃を構える…

ドロシー「…」パンッ!

修道士C「…!」

ドロシー「ふぅ……」まだ銃口から煙が出ている二挺目のピストルを一旦ホルスターに戻し、撃ちきった銃のシリンダーを開いて弾を込め直す…それから一発使った二挺目の方にも弾を込め、車を回り込んだ…

ドロシー「さてと、単刀直入に行こうじゃないか……お前さんの親分がバチカンだって事くらいは知ってるから、そんなことは言わなくてもいい…ウィンドモア家の何を手に入れるために送り込まれてきた。ケイバーライトの研究資料か?」

神父B「ぐ、うぅっ……」すねの辺りを撃ち抜かれ、両手で脚を押さえてのたうち回っている…

ドロシー「…早く返事をするんだな」

神父B「おのれ……この悪魔め」

ドロシー「そいつはお互い様だろう…さ、早くしゃべれ」

神父B「この…!」

ドロシー「…いいか、お前がジョン(ヨハネ)だかピーター(ペテロ)だか知らないが、返事をしないって言うなら大好きな天国に送り込んでやる……もっとも、そのハジキの扱いや場慣れした様子を見ると、天国の門をくぐるにはちっとばかり行いが悪かったようだが」

神父B「黙れ…!」

ドロシー「口が利けるなら幸いだ、早く言え」銃口を傷口に押し当ててぐいぐいとえぐる…

神父B「ぐあぁっ…! わ、我々の目的は……」

ドロシー「…」始末を付ける前に聞き出した内容を聞いて、一瞬だけ表情をくもらせたドロシー……が、すぐ冷静さを取り戻して車に飛び乗り、城の方へと向かった…

581 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/26(火) 10:30:35.59 ID:TqJF9VPx0
…同じ頃・城内の玄関ホール…

執事「失礼ですが、今日はお客様がいらっしゃいますのでお引き取りを……」慇懃な態度で追い返そうとした瞬間、胸元に細身のダガーが突き刺さった……呆然とした表情を浮かべて崩れ落ちた老執事…

司祭「よし、目的は分かっているな…それからこの城館にいるのはいずれも背教者だ、出会った相手は一人も逃がすな」十字架のデザインになっているダガーを引き抜いて胸元で十字を切ると、残りの工作員も合わせて十字を切り、それからさっと駆けだしていく…

…応接間…

クロエ「……さきほどの銃声はなんだったのでしょう?」

アンジェ「城のすぐそばから聞こえてきたようにございますけれど…」

メイド「レディ・ウィンドモア、失礼いたします」

クロエ「……何があったのです?」

メイド「はい。実は何者かが城館の入口に車を乗り付け、侵入してきた模様にございます…執事のアダムス老人が刺されて倒れておりました」

クロエ「なるほど……アン、クララ。貴女たちはプリンセスを安全な場所までお連れしなさい、残りのものは急ぎ銃器室から武器を取ってくるのです」

長身のメイド「承知いたしました」

クロエ「武器を整えたら、その後はなんとしても図書室を守りなさい……相手がどこの何者であれ、あの貴重な資料を渡すわけには参りません」

巻き毛のメイド「承知いたしました」

…クロエはメイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、暖炉の脇に交差して掛けてあった二挺の.320口径リボルバーを取ると、亜鉛の内張りがしてある湿気防止の小箱を開けて弾薬を取り出し、一挺ずつ弾を込め始めた…

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、どうなさるおつもりなのです?」

クロエ「ご心配には及びません、プリンセス…わたくしは図書室に向かい、研究記録を賊に盗られぬようにするつもりでございます」

アンジェ「しかし、それは余りにも危険ですわ…」

クロエ「存じております…ですが図書室にあるのは王国を発展させるための力にして、我がウィンドモアの一族が生涯を捧げてきた研究の全てを記した貴重な記録なのです……そうやすやすと渡すわけには参りません…どうかプリンセスは城の安全な場所へ」

アンジェ「分かりました、レディ・ウィンドモア…参りましょう、ベアト」

ベアトリス「は、はい…!」

…城内・廊下…

長身のメイド「どうぞこちらへ…この先に階段がございますので、そこを上がって行けば飛行船を係留してある塔へ向かうことが出来ます」

…右手に.320口径の四発入り護身用リボルバーを持って先導するメイド…歩くたびにかすかな金属音が聞こえるところから、身体のどこかが義肢になっているらしい…

アンジェ「ええ、分かりました……ベアト、わたくしの側から離れないようにね?」こんな時のプリンセスだったらそうすると、いたわるような笑みを浮かべてベアトリスを気づかった…

ベアトリス「はい、姫様」

長身のメイド「次はここを右へ…」

…長身のメイドと、やはり背が高く金茶色の髪をしているメイドの二人が先に立ち、足早に飛行船のある塔へと向かっていたが、とある廊下の角を曲がったところで二人の神父と鉢合わせした…

神父「…っ!」いきなりものも言わずに銃を向ける神父…

長身のメイド「……どうかあちらへ、反対側の階段からも行けます!」くるぶしまで裾のあるメイド服でアンジェの前に立って「人間の盾」となり、同時に持っていたリボルバーを撃った…

神父B「くっ…!」バン、バンッ!

メイドB「どうぞ急いで! ここはわたくし共が食い止めます!」

アンジェ「ベアト、早く!」

ベアトリス「はい!」

………
582 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/29(金) 23:28:09.16 ID:OXm/exnq0
…同じ頃・とある部屋…

神父C「よし…行くぞ」

神父D「ああ…」一人がドアを押し開けてもう一人が中へと飛び込む…

栗色髪のメイド「……ひっ!」

…重いカーテンが引かれ薄暗くされている室内に小柄なメイドが一人、うずくまって震えている…

神父C「…」

…メイドの側につかつかと歩み寄ると、相手がまだ年端もいかない少女であるにもかかわらず躊躇することなく頭に銃口を押しつけた……そのままリボルバーの引金をゆっくり引き絞る…

巻き毛のメイド「…ふっ!」

…バチカンのエージェントが引金を引こうとした瞬間、物陰から飛び出してきたもう一人のメイドが良く研がれている戦斧(バトルアックス)を片手で振り下ろし、ピストルを握っていた工作員の手が吹っ飛んだ…

神父C「ああ゛ぁぁ…っ!」切り落とされた右手首を左手で押さえて絶叫した…

神父D「くっ…!」さっとピストルを向け、巻き毛のメイドに照準を付ける…

栗色髪のメイド「…っ!」

神父D「がは…っ!」

…工作員が身体をねじって巻き毛のメイドを狙った瞬間、小柄なメイドが飛び込んで胴体を一撃した…手には短剣が握られていて、真鍮で出来た義肢の手首の部分までが深々と脇腹に突き刺さっている…

巻き毛のメイド「…無事ね?」

栗色髪のメイド「はい」

神父C「…あぁぁ…うぅ」

巻き毛のメイド「……クロエ様に手を出そうなどと…償っていただきます」エメラルド色の瞳がぎらりと光ると、重い戦斧が振り下ろされた…

…廊下…

ベアトリス「…一体どうするんですか、アンジェさん」

アンジェ「こうなった以上は仕方がないわ。この場はやり過ごして時間を稼ぐ…レディ・ウィンドモアとメイドたちが教皇庁のエージェントを相手に時間を稼ぐ事さえ出来れば、連中は目的をあきらめて撤退せざるを得ない」

ベアトリス「でも時間を稼ぐと言っても、あの人たちはメイドですし…」

アンジェ「とは言っても「普通の」メイドではないわ……貴女も見たでしょう、あの精巧かつ頑丈に出来ている義肢を」

ベアトリス「はい」

アンジェ「あれなら小口径の銃弾程度なら受けても多少は大丈夫でしょう、それにクロエの側についていたメイドたちはいくらか格闘や射撃の心得があるようだった…」

ベアトリス「…言われてみれば、確かに落ち着いていましたね」

アンジェ「今までもケイバーライトの資料を巡って散々狙われてきたウィンドモアの一族だから、当然と言えば当然ね……それに恐らくクロエ自身も、興味本位でメイドたちに色々教え込んでいたに違いないわ」

ベアトリス「なるほど…とにかく今はお城の最上階まで避難しましょう」

アンジェ「ええ、貴女の言うとおりよ……けれど、そう簡単には行かないようね」

修道士「…っ!」

…お忍びという体裁を取っている手前、豪奢なドレスや肩からたすき掛けにするサッシュ(勲章リボン)、ティアラこそ付けてはいないが、たびたび新聞の紙面を飾ってきたアルビオンの「プリンセス」をバチカンのエージェントが知らないわけがない…ためらうことなくアンジェとベアトリスに銃口を向けた…

アンジェ「ベアト!」

ベアトリス「!」

…小柄なベアトリスはさっと屈むと同時に.320口径リボルバーを撃ち込んだ…

修道士「ぐうっ…!」ベアトリスの放った銃弾は急所こそ外したが、一瞬ぐらりとよろめいた…

アンジェ「…ふっ!」

…ドレスの内側に隠していたスティレットを引き抜くと、一気に間合いを詰めて相手の喉に突き立てる…ぜえぜえ言う呼吸の音が数回したかと思うと、口の端から細く鮮血の糸が垂れ、どさりと床に崩れ落ちた…

ベアトリス「はぁ、はぁ…」

アンジェ「大丈夫?」

ベアトリス「……なんとか」

アンジェ「分かったわ…それじゃあ急ぎましょう、ベアト」そう言うと足元にまとわりついて邪魔なドレスの裾を切り裂き、ヒールを脱いで駆けだした…

ベアトリス「はい、姫様」
583 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/11/09(火) 02:47:52.63 ID:eClQ3rFS0
…数分後・図書室前…

アンジェ「ああ、レディ・ウィンドモア…」

クロエ「プリンセス、どうしてこちらに? わたくしはすでにアンとクララが飛行船まで案内したものとばかり……」

アンジェ「ええ。お二人はもちろんそうしてくれるつもりでしたが、途中で行く手を阻まれまして……それで、次善の策としてレディ・ウィンドモアのいらっしゃるここが一番良かろうと思って参りました」

クロエ「そうでしたか……分かりました、どうか室内へとお入り下さい。プリンセスのお命はわたくしどもがお守りいたします」

アンジェ「かたじけなく思いますわ、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉でございます……エリー、ハンナ。お二人をお守りしなさい」

義手のメイド「かしこまりました」

義足のメイド「はい、レディ・ウィンドモア……プリンセス、ベアトリス様…どうぞこちらへ」

…しばらくして…

クロエ「……どうやら侵入者は一掃出来たようでございます…プリンセス」

アンジェ「あぁ、良かったですわ…レディ・ウィンドモア、お怪我は?」

クロエ「いいえ、わたくしも使用人たちもほとんど無事にございます……執事のアダムス老には気の毒ではありますが、命を落としたのが彼一人で済んで幸運だったと言わざるを得ませんわ」

アンジェ「……とはいえ、罪もない人の命が失われてしまったのですね」

クロエ「残念ながら…しかしプリンセス、このような日になってしまったとは言え、この図書室をプリンセスのお目にかけることができて光栄に思います」


…レディ・ウィンドモアが腕を広げて指し示した室内は城の三階分をぶち抜きにした高い部屋になっていて、中央には天体望遠鏡と蒸留器をあわせたような複雑な機材が鎮座しており、機材についている丸いのぞき窓からはケイバーライトの光がぼんやりと漏れている……周囲の壁は四面全てが本棚になっており、一部の本棚には本ではなく小さな機材や肖像画が収められている……そして、プリンセスらしく興味深そうに辺りを眺めているアンジェは動きやすくするためとはいえドレスの裾を破いてしまったので、クロエがエメラルドをあしらったグリーンのドレスを用立てていた…


アンジェ「……ここがあの有名なウィンドモア家の図書室なのですね…素晴らしいですわ」

クロエ「光栄に存じます、ユア・マジェスティ(陛下)」

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、わたくしはたかだか王位継承者第四位のプリンセスにすぎませんよ。 その称号を継ぐのはわたくしではなくお兄様ですわ♪」

クロエ「そうかもしれませんが、わたくしの胸の内ではプリンセスこそが王位を継ぐべきお方……そう思っております」そういって緑色の瞳でプリンセスを見る目には、どこか妖しい光がたたえられている…

アンジェ「未熟なわたくしをそこまで信じて下さって恐縮です、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉にございます……ところで、ケイバーライトについてはどの程度ご存じでいらっしゃいますか?」

アンジェ「そうですわね、わたくしが王室技術顧問のサー・ピーターから学んだのは……」

クロエ「あぁ、サー・ピーター・ヒンクリーですか。 彼がケイバーライトについて知っていることなど、せいぜいそのスペルぐらいなものですわ…まして「王室技術顧問」などと言ってプリンセスに何かをお教えするなど愚かしいにもほどがありますわ……分かりました。はばかりながら、わたくしがプリンセスにケイバーライトについて基礎からしっかり説明いたしましょう」

アンジェ「まぁ、レディ・ウィンドモアじきじきに教えていただけるなんて…またとない機会ですわね♪」

…アンジェは事前にケイバーライト研究の第一人者を自任しているウィンドモア家が「肩書きばかり」の王室付技術顧問たちとそりが合わないことをすっかり調べておき、あえてその名前を口にした……すると案の定、レディ・ウィンドモアはふんと鼻を鳴らし、一冊の分厚い本を鍵のかかった本棚から取り出してきた…

クロエ「……これこそ、我がウィンドモア家に代々伝わるケイバーライトの研究資料『緑なる石の輝き』です」

…ずっしりと重そうな金文字の装丁が施された本は、紙の縁にケイバーライト粉をまぶしてあるおかげできらきらと緑色に光って見える…

アンジェ「これが…噂には聞いておりましたが、見るのは初めてですわ」

クロエ「いかにも。王室の図書室にもない貴重な一冊でございます……これは我がウィンドモア家初代当主、サー・ジョンが行った研究の記録にして、大変に有益かつ貴重な文献なのでございます……では、まずはケイバーライトの発見とその利用の歴史から……」

アンジェ「ええ、お願いいたしますわ♪」

…クロエが書見台を引き寄せ、プリンセスの横に腰かけた……プリンセスのお付きとはいえ下級貴族の娘であり、お客様でもあるベアトリスはプリンセスの左に腰かけてはいるが、クロエは気にするそぶりも見せずプリンセスに講義を始めた…

クロエ「……これによってケイバーライトを初めて分離・抽出することが出来、そこから一気にケイバーライトの利用が広がったのでございます」

アンジェ「なるほど……それで分離をする場合は温度と圧力以外の要素は必要なのでしょうか?」


…どの分野であれ、いずれもその道の玄人である相手をがっかりさせないように予習をしておき、ありきたりな通り一遍の質問ではない疑問を用意しておくのが王室の人間としての態度であり、ましてやケイバーライトともあればプリンセスとしての偽装を抜きにしてもをしっかりと知識をおさえているアンジェ……それだけに質問も適切なものが多く、クロエの説明にも熱がこもる…


クロエ「そのことについてサー・ジョンはこう書き残しております……」

アンジェ「なるほど…」説明を聞いて、紙に教わったことをつづりながら記憶力をフル回転させ、貴重な文献の内容を暗記していく…


584 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/11/21(日) 01:07:46.84 ID:f2EBGwbN0
…夕刻…

クロエ「……よろしければお茶のお代わりなど?」

アンジェ「ああ、いえ……どうかお気になさらず、レディ・ウィンドモア」

…むげに断るのも失礼と勧められた紅茶を二杯ばかり飲んだアンジェだったが、十分ほど前から酔った時のように頭がくらくらし、クロエの熱のこもった説明を聞き漏らさないように集中しているが、紙面の文字がちらつき、焦点がぼやけて見える…

クロエ「さようで……おや、気付けばもうこのような時間に。 時の経つのは早いものでございますね」

アンジェ「全くですわ……レディ・ウィンドモア、貴女のおかげで大変に有意義な時間を過ごすことが出来ました」

クロエ「わたくしもでございます……それに、新しい実験の「材料」も手に入った事ですから、しばらくは研究に没頭できそうですわ♪」隣に立つメイドが付けている、戦闘用とおぼしき拷問器具じみた義手を撫で回しながら八重歯をかすかにのぞかせた…

ベアトリス「……」

アンジェ「では、あの修道士たちの「後片付け」はレディ・ウィンドモアにお任せすると致しましょう……それから言わずとも分っているかと思いますが、このことは……」

クロエ「もちろん、内密にしておきますわ……わたくしがプリンセスを危険な目に合わせたとあっては王室に対し立つ瀬がございませんもの」

アンジェ「わたくしも「お忍び」と称して勝手気ままにあちこち飛び回っていたなどと知られては、叔父様に叱られてしまいます♪」

クロエ「プリンセスの叔父様とおっしゃると……ノルマンディ公、ですか?」

アンジェ「ええ。叔父様は立派な方ですが、厳格でもありますから」

クロエ「まぁ、ふふ……では、これはわたくしとプリンセスだけの秘密ということで♪」

アンジェ「はい♪」

クロエ「でしたらわたくし、わがままついでに一つプリンセスにお願いしたい事があるのでございますが……///」

アンジェ「ええ、わたくしに出来うることでしたら何なりと♪」

クロエ「そうですか、では……口づけをお願いしたいのでございます」

アンジェ「……まぁ///」

クロエ「いえ、プリンセスがお嫌でしたら無理にとはもうしません……ですが、わたくし……」

アンジェ「構いませんよ……クロエ♪」ちゅっ♪

クロエ「ん……っ///」

アンジェ「……これだけでよろしいでしょうか?」

クロエ「まさか、プリンセスがわたくしめの唇に直接して下さるとは……これ以上は望めないほどでございます///」

アンジェ「このことに関しては、なおのこと口外してはいけませんよ?」

クロエ「もちろんでございます……今よりわたくしレディ・クロエ・ウィンドモアは、プリンセスの味方として忠誠を尽くします」

アンジェ「レディ・ウィンドモア、貴女の忠誠心はしかと受け取りました。至らぬ事も多いかと思いますが、どうか王国のため、わたくしのことを助けて下さいまし……ね?」

クロエ「無論にございます///」

アンジェ「ありがとう、レディ・ウィンドモア……それではそろそろお暇させていただきます」

クロエ「では、帰路に襲撃など受けぬようわたくしのメイドを護衛にお付けいたします……車を用意し、プリンセスのお車がロンドンに着くまで護衛なさい」

長身のメイド「かしこまりました」

…数十分後・城外…

ドロシー「お、出てきたな。一時はどうなることかと思ったが……」ベアトリスが運転してきた華奢な自動車に、ウィンドモア家の自動車が護衛として付いている……

ドロシー「なるほど、レディ・ウィンドモアが護衛を付けてよこしたか。それならこっちは遠巻きにして見張ってりゃあいいな……」

…猟に来ていた活動的なレディが手ぶらではおかしいので、手回し良くウサギ数羽とおおきな鴨を一羽用意しておいたドロシー…後部の荷物入れに獲物と銃を詰め込むと、観測用の望遠鏡をしまって車を出した…

ドロシー「後は戻って報告書か……ふっ、下手な弾よりもおっかないな」
585 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/04(土) 00:24:18.45 ID:zsSiDh0M0
…夜・部室…

ドロシー「よう、ただいま」

ちせ「うむ、無事でなによりじゃな」

アンジェ「そうね……プリンセス、いま戻ったわ」

プリンセス「ええ、お帰りなさい♪」

ベアトリス「ただいま戻りました」

プリンセス「ベアトもお帰りなさい……今日は一日ご苦労様」

ベアトリス「いえ、そんな……///」

ドロシー「それじゃあ私はしょうもない報告書をまとめちまうから、その間にお二人には「着替え」を済ませておいてもらおうか」ドロシーたち「白鳩」を除いては極秘である「入れ替わり(チェンジリング)」を当たり障りなく言い換え、意味深な目くばせをした……

アンジェ「ええ、そうするわ……それじゃあ、また後で」

ドロシー「あいよ」連絡用の薄紙と万年筆を取ると、さらさらと暗号文を書きあげていく……

…しばらくして…

ちせ「……茶のお代わりでもどうじゃ?」

ドロシー「もらおうか……」少し時間が経っているせいで渋く冷めはじめてもいる紅茶をすすりつつ、レポートを仕上げた

ちせ「相変わらず手際の良い……して、今日はどうだったのじゃ?」

ドロシー「そうさな……どうにかアンジェの事は守れたし、アンジェ自身もウィンドモア家に伝わるケイバーライト技術に関する秘伝の文献を見せてもらった……仕掛けてきた教皇庁の奴らはみんな返り討ちに遭わせてやったし、一応は「文句なし」ってところだ……」暗号文をしまい込むと椅子の背もたれに身体をあずけて頭の後ろで手を組み、天井を眺めながら言った…

ちせ「その割には浮かぬ顔じゃな」

ドロシー「ああ、色々と始末に困る事があってな……それにしてもアンジェのやつ、やけに遅いな……」

…一方・プリンセスの部屋…

プリンセス「……今日は疲れたでしょう、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、大丈夫よ……それと今日着ていったドレスだけれど、色々あって破いてしまったわ」ウィンドモア城でバチカンの工作員たちから襲撃を受けた際、動きの邪魔にならないよう裾を破いてしまったことをわびた……

プリンセス「アンジェが無事ならドレスなんてなんでもないわ……それに、もし破れたのなら糸でかがればいいだけですもの♪」

アンジェ「そういってもらえると助かるわ……」ドレスを脱ぎ、ベアトリスに受け取ってもらうとナイトガウンに着替えようとした……

プリンセス「ちょっと待って……アンジェったら、こんな所に怪我をしているじゃない」よく見るとふくらはぎに銃弾がかすめた傷がついている……

アンジェ「……どうやらそのようね」

プリンセス「もう、アンジェったら……すぐに薬を持ってくるから……」

アンジェ「必要ないわ、こんなかすり傷なんてつばでもつけておけば十分よ」

プリンセス「あら、そう? なら私がつけてあげる……♪」れろっ…♪

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「だって、アンジェがそう言ったのよ? そうでしょう、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

アンジェ「なるほど……ベアトリス、貴女はそういう態度を取るのね」

ベアトリス「う……だって姫様が……///」

アンジェ「そう、ならこれはどうかしら……ベアト♪」頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべ、ベアトリスに近づいた……

プリンセス「あ、そんなのずるいわ……それじゃあ私も♪」

ベアトリス「わわ……まるで姫様が二人になったみたいです///」左右から顔を寄せられ、ドレスを抱えたまま真っ赤になっている……

プリンセス「……ねぇアンジェ、久しぶりに二人でベアトのことをねぎらってあげましょう?」

アンジェ「そうね、いい考えだわ……何しろ今日は大活躍だったものね、ベアト♪」

ベアトリス「ふあぁ……あぅ///」

プリンセス「ふふふ、ベアトったら真っ赤になって……♪」

アンジェ「ベアトってばかーわいい♪」

ベアトリス「あ、あっ……///」そのまま二人から押されるようにして、ベッドに押し倒された……
586 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/12/18(土) 02:34:00.51 ID:eASMT6nX0
プリンセス「ベアト……♪」

アンジェ「ベアト……」

ベアトリス「あぁぁ……あっ、んぁぁ……っ///」

…左右の耳元に入ってくるのはプリンセスとアンジェのささやき声……鼻腔はプリンセスがよく使っている香水と、それを借りたアンジェの肌から立ちのぼる甘い香気で満たされ、頭の芯までぼーっとしてくる……左右にぴったりと押しつけられた二人の身体からはじんわりと熱が伝わってきて、ほの暗い部屋の中に二人のシルエットがぼんやりと白く浮かび上がっている…

ベアトリス「ふあぁぁ……ひ、姫様……///」

プリンセス「なぁに、ベアト?」

アンジェ「どうかしたの、ベアト?」

ベアトリス「ふぁぁ……んっ///」

プリンセス「あらあら、ベアトったら……んちゅ♪」

アンジェ「ふふ、こんなにしちゃって……ちゅぅ……っ♪」

…アンジェとプリンセスは手を伸ばしてベアトリスの上着の胸元を押さえている紐をほどき、しゅるりと衣ずれの音をさせながら脱がせていく……下にまとっていたビスチェもはだけさせると、桜色をした乳房の先端に軽く吸い付いた…

ベアトリス「あふっ……だ、だめですぅっ……ひめひゃまぁ……っ///」

アンジェ「んちゅ、ちゅぷっ……ちゅぅぅ♪」

プリンセス「あむっ、ちゅぅぅ……っ、ちゅるっ、んちゅぅ……♪」ベアトリスの左右の手首をそれぞれ抑えて「ばんざい」の状態にして、上から覆い被さるようにして唇を這わせるプリンセスとアンジェ…

ベアトリス「ふあぁぁ……あふぅ、んあぁぁ……っ♪」小さな口から可愛らしい嬌声が漏れ始めると、次第に抑えが効かなくなっていくかのように大きくなり始めていく……

プリンセス「んちゅ……もう、ベアトったら♪ そんなに大きい声を出したら見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ら、らってぇ……ひめしゃまぁ……♪」

…ベアトリスの視線はプリンセスの方を向いているが目の焦点は合わず、ろれつも回らないままで、口の端からは一筋の唾液がこぼれて枕に垂れている……

アンジェ「皆眠っている時間なのだから、静かにしないといけないわ……ね♪」とても演技とは思えないほどプリンセスと瓜二つな、いたずらっぽいがどこかはにかんだような笑みを浮かべると、ナイトガウンの腰に付いている飾りリボンを引き抜き、同時にまだ脱いでいなかったシルクのストッキングも下ろしていく……

プリンセス「あら……ふふっ♪」

…白いシルクのリボンをベアトリスの目にかぶせると、プリンセスも息を合わせてベアトリスの後頭部と枕の間に手を差し入れて頭を軽く持ち上げ、そのままリボンを後ろに通した……片方の端をプリンセスが持ち、反対側の端をアンジェが持って、手を寄せ合うとリボンを結ぶ……それからアンジェは脱いだストッキングを丸めてベアトリスの口に押し込むと、目隠しをさせたベアトリスの上でプリンセスへと顔を近づけ舌を伸ばし、ゆっくりと確かめ合うような口づけを交わす…

プリンセス「あむっ、ちゅぅ……ちゅぱ……んちゅ…っ♪」

アンジェ「ん、ちゅる……っ♪」

ベアトリス「んふっ、んむぅぅ……っ♪」くちゅ……とろっ♪

プリンセス「ん、ちゅぅぅ……っ、ちゅるぅ……っ♪」

アンジェ「はむっ、んちゅぅっ……じゅるっ、れろ……っ♪」

…交わす口づけが次第にむさぼるような甘くねちっこいものになっていくプリンセスとアンジェ……ベッドの上で上体を伸ばし、右手の指を絡めて握り合っている……と同時に左手の指はベアトリスのとろとろに濡れた秘部に滑り込ませていて、くちゅくちゅと優しく……しかし容赦なくかき回している…

ベアトリス「んむぅぅ……んんぅぅ……っ♪」ひくひくと身体が跳ね、ふとももを伝ってとろりと蜜が垂れる……

プリンセス「ぷは……それじゃあベアト、そろそろイカせてあげるわね♪」

アンジェ「んちゅ……ベアトったら待ちきれなくて、すっかりとろとろに濡らしちゃっているものね♪」

ベアトリス「んーっ、んぅ…っ♪」

プリンセス「それじゃあベアト……♪」

プリンセス・アンジェ「「……イっちゃっていいわよ♪」」

ベアトリス「んむっ、んぅぅぅぅ……っ♪」

…左右の耳元に口を寄せてささやきながら耳を舐め、同時に中指を奥まで滑り込ませたプリンセスとアンジェ……途端に身体をがくがくと跳ねさせ、花芯からとろりと愛蜜を噴き出したベアトリス…

ベアトリス「はー、はー、はー……はひぃ……ぃ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったらすっかりトロけちゃって……♪」

アンジェ「もっといっぱいしてあげるわね……♪」

ベアトリス「ふぁ……い、ひめしゃま……///」

………

587 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 00:19:38.12 ID:/SQ0fewr0
…数日後…

7「Dから報告が届いております」

L「そうか、見せてくれ」

7「はい」

L「どれ……『海の中には小さな魚が十二匹、投網を打ったがまだ一匹隠れていた』か」

7「これは教皇庁から送り込まれた例の「使徒」のことですね」

(※魚…古代ローマなどキリスト教が禁止されていたころは祈りの言葉の頭文字をつなげた合い言葉「イクトゥス(魚)」がキリスト教徒のシンボルになっていた)

L「うむ……連中の工作班とは別に指揮を執る上級エージェントが一人いたと言うことだな」

7「……どうなさいますか?」

L「このままおめおめと逃がすわけにもいくまいが、かといってこちらが排除を実行して王国に我が方のエージェントがいることを教えてやるのは面白くない……我々にとって一番好ましいのは王国側がこの『十三人目の使徒』を始末してくれることなのだが」

7「あちらも同じように考えていると?」

L「恐らくはな……誰が好き好んで火の粉をかぶりたいと思うかね?」

7「しかしこのままお互いに手をこまねいていては……」

L「魚は網をすり抜けてしまうな……仕方がない、例の泳がせているダブル・クロス(二重スパイ)に情報を流してやれ。 これで向こうも『餌を付けた釣り竿を渡してやるからそちらで釣り上げろ』という意味だと理解するだろう」

7「果たして王国情報部はそれに乗ってくれるでしょうか?」

L「連中とてリボンまでかけてプレゼントしてやればそう嫌な顔はせんだろう……それにバチカンのエージェントに「資産」(プロダクト)を持ち帰られて困るのはあちらの方だ、我々ではない」

7「おっしゃるとおりですね」

L「とにかくDを始め「プリンシパル」にはよくやったと伝えてやれ……ウィンドモア家と良好な関係が築けたことも、ケイバーライト技術の情報を手に入れると言う面ではひとつの成果だ」

7「はい」

…さらに数日後・ロンドン港…

乗船係「失礼いたします、券を拝見いたします」

地味な装いの女性(バチカンのエージェント)「ええ」

乗船係「はい、確かに。第二デッキ左舷側、二等船室の3Aです」

エージェント「どうも」

乗船係「では次の方」

…ドーヴァー海峡…

エージェント「……ふぅ」


…ドーバー海峡を渡ってフランス側にあるアルビオン王国の飛び地、ノルマンディ地方に向けて快調な航海を続けている客船……二本煙突からは石炭の煙を吐き出し、うねりの強い灰色の海面に白波を立てて航行している……地味な装いで二等船室に乗り込んだバチカンの「十三人目の使徒」は食事を済ませ、クモの巣のように張り巡らされた王国の防諜網をかわして乗船できたことに少しだけ安堵していた。何度か途中でひやりとすることもあったが、ノルマンディに着いてすぐパリ行きの汽車に乗り、パリ東駅からローマ行きの夜行寝台列車に乗り換えれば、あとは一日揺られているだけでバチカンにたどり着く…


エージェント「さて、そろそろ船室に戻るか……」と、顔にヴェールをかけた褐色肌の若い女性とぶつかった

エージェント「失礼……」

…非礼をわびて行き過ぎようとした瞬間、ふっと相手が後ろに回り込んで一歩近寄り、左手で口を覆うと同時に右手のナイフを下から突き上げるようにして、肋骨の間に深く刺した…

エージェント「……ぐっ!」

ガゼル「……」

…そのまま後部デッキへと引きずられ、スクリューの航跡で泡立つ海面へと投げ込まれたバチカンのエージェント……ガゼルは懐から布を取り出すとナイフを拭い、ふとももの鞘へと戻した…

…しばらくして・とある船室…

客船の士官「……あの、ご用はお済みでしょうか」

…船長に書類を突きつけ、普段は後部甲板で乗客乗員の転落を見張っている監視係を遠ざけておくよう指示していたガゼル……バチカンの「十三番目の使徒」を片付け、船室に戻ってしばらくすると、おっかなびっくりの様子でやって来たオフィサー(士官)がおずおずと質問してきた…

ガゼル「ああ、ご苦労だったな……船長にもそう伝えろ」

士官「分かりました……」

588 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 01:06:24.12 ID:/SQ0fewr0
…翌日…

ノルマンディ公「今回はご苦労」

ガゼル「いえ、任務ですから」

ノルマンディ公「そうだな……」

ガゼル「……一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

ノルマンディ公「なんだ?」

ガゼル「はい。今回の件ですが、これでは共和国の撒いた餌に乗せられただけに思えますが……反対にあちらは我が方が餌に食いついたと見て、ますます多くの偽情報を流してくるのではないかと……申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

ノルマンディ公「ふむ、私も送り込んでいるあのエージェントがそこまで大した情報を入手出来る腕前だとは思っておらん……」


…能率的で余計なおしゃべりを嫌うノルマンディ公にふと疑問を投げかけてしまい、一瞬のうちに「口を滑らせた」と考えて謝罪するガゼル……ところがノルマンディ公は機嫌がいいのか、珍しいことにペンを止めてガゼルの質問に答えた…


ノルマンディ公「……にもかかわらず今回は一流の「プロダクト」(産物)を入手してきた……つまりこれはほぼ間違いなく向こうが「贈り物」としてよこした情報だ。あるいは急に高度な情報源を「開拓」するような場合もそうだ」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「しかし考えようによっては、共和国の連中がこちらに信じ込ませようとする情報から向こうの考えを推測することもできる……違うかね?」

ガゼル「いえ」

ノルマンディ公「つまりはそういうことだ……連中の差し出した餌ではなく、その餌の付け方から考えるのだ」

ガゼル「なるほど……」

ノルマンディ公「とにかく今回はよくやった」

ガゼル「私ごときにはもったいないお言葉です」

ノルマンディ公「いいや……前にも言ったかもしれんが、私は能力のある人間ならば正当に評価するつもりだ。 ちゃんと狐を追いかけられるなら、フォックスハウンド(狐狩りの猟犬)が黒かろうと白かろうと構わんからな……もっとも、だから私は嫌われるのだ」表情はいつものように険しいままだが、口元に少しだけ笑みのようなものを浮かべている……

ノルマンディ公「……少しおしゃべりをしすぎたな。次の資料に取りかかろう」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「うむ、最近活動がとみに活発化している共和国の情報網だが……」

…同じ頃・部室…

ドロシー「ほう……ってことはウィンドモアの令嬢はプリンセスにホの字なのか」

アンジェ「ええ。間違いなくあの目つきはそういう目つきだったわ」

ドロシー「いやはや、モテる女は大変だねぇ……♪」

アンジェ「貴女だって他人(ひと)の事は言えないでしょう?」

ドロシー「なぁに、こっちはそういうスタイルだからしかたないさ……しかしプリンセスの人気ってやつは「プレイガール」の私から見たって大したもんだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ。何しろ気さくで愛想が良くって勉強熱心……下々の者にも気を配り、威張り散らしたり分け隔てすることもない。だからといって優柔不断な「王室のお飾り」って訳でもなくて、必要とあらばしきたりを破ってみせるような大胆さもある……まさに国民が求める理想の王女様ってやつだ。おまけにあの可愛らしい顔立ちとくりゃ……そりゃあイカれちまうお嬢様方も出るってもんだな」

アンジェ「今日はずいぶんとプリンセスのことを持ち上げるのね」

ドロシー「別に持ち上げてるわけじゃない、思った通りの印象を述べたまでさ」

プリンセス「……そんなに褒めていただいては困ってしまいますわ♪」

ドロシー「おや、プリンセス。ごきげんよう」

プリンセス「ごきげんよう、ドロシーさん……ふー♪」耳元に口を寄せると、軽く息を吹きかけた……

ドロシー「……っ///」

プリンセス「それで、ドロシーさんはアンジェかわたくしに何か頼みたい事がおありなのでしょう? 遠慮なさらずにおっしゃって下さいな♪」

ドロシー「やれやれ、すっかりお見通しって訳か……実は、この間の授業のノートをとっていなかったもんでね」

プリンセス「もう、ドロシーさんったら……ではノートを貸して差し上げますから、代わりにアンジェをしばらく貸して下さいね?」

ドロシー「ええ、どうぞどうぞ♪」

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「ふふっ。 私ね、今日の午後は何も用事がないのよ……アンジェ♪」

アンジェ「///」
589 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/31(金) 01:46:08.59 ID:ln18LMee0
…今年も早いものであと一日、去年に続き今年も何かと大変な年でありました……このssを見て下さっている皆様におかれましては、どうか良い新年を迎えられますよう祈っております…


それから書きたいアイデアはいくつかあるので、また時間が出来たらぽつぽつと投下していきたいと思います
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