ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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713 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/02(水) 02:12:15.18 ID:+6YymPR70
ドロシー「待てよ、いくらなんでも冗談が過ぎ…………んむっ///」

アンジェ「ちゅる……ちゅ……っ♪」

…肘掛け椅子から跳ね起きようとするドロシーの胸元を「とん…っ!」と掌で突いて椅子に戻すとまたがるようにして覆い被さり、抗議の声を上げかけた口に舌を滑り込ませる……ねちっこく絡む唾液には熟成されたコニャックの味わいが混じり、唇を離すと朝露を帯びた蜘蛛の巣のような銀色の糸がとろりと垂れた…

ドロシー「んはぁ……っ、アンジェ、お前……ふざけるのもたいがいに……///」

プリンセス「ん、ちゅ……ぅ♪」

ドロシー「んんぅ……っ///」

…アンジェが唇を離したところで、あらためて出かかった台詞を吐き出そうと息を継ぐドロシー……が、文句を言う前にプリンセスがアンジェと入れ違いに唇を重ねる……アンジェのより少し柔らかく温かい唇が押しつけられ、就寝前に飲んだらしいミルクの甘い風味が口の中に広がっていく…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんったらアンジェのことばっかり……わたくしの事も見てくださらないと嫌ですわ♪」

ドロシー「あのなぁプリンセス、こいつはいくらなんでもおふざけが……んんっ///」

アンジェ「ドロシー、私の事も気にかけてほしいものね」ドロシーの左側から顔を寄せ、首筋を甘噛みしながらうなじに息を吹きかける……

プリンセス「もう、ドロシーさんったらアンジェにばかりにかまけて……わたくしの事を忘れてしまわれてはだめ♪」右側から身体を近づけ、耳元にささやきかける……

ドロシー「や、やめ……同時に耳元でしゃべるなぁ……っ///」

アンジェ「あら、貴女が素直に「お礼」を受け取らないからいけないのよ……ふーっ♪」

プリンセス「わたくしとアンジェはドロシーさんに悦んでいただきたいだけですもの……れろっ♪」

ドロシー「ふわ……ぁぁっ///」

アンジェ「ここが弱いのは相変わらずね……ドロシー♪」かろうじて聞き取れる程度の声でそう言うと、耳たぶを甘噛みする……

プリンセス「遠慮なさらないで、ドロシーさん? 身体の力を抜いてわたくしたちに預けてくださればよろしいのですから……ね?」内緒話をするようにドロシーの耳元に手をかざし、甘やかすようにささやくと耳を舐めあげた……

ドロシー「あ、あっ……んあっ、ん……っ///」

アンジェ「プリンセス……♪」

プリンセス「アンジェ……♪」

…左右からくすぐるようにささやきかけてくるアンジェとプリンセスの声に身体の力が抜け、甘い吐息が漏れる……椅子の肘掛けをつかんでずり落ちないようにしているのが精一杯といったドロシーの顔の上で、アンジェとプリンセスが身体を伸ばして唇を交わし、それから示し合わせたように微笑を浮かべると、ドロシーの豊満な身体を締め付けているコルセットの結び紐を左右からほどき始めた…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんのお肌は相変わらず綺麗ですね。それに張りがあって、まるでわたくしの手に吸い付くよう……♪」

アンジェ「まったく、この身体でいったい何人の女をたぶらかしてきたのかしらね?」

…コルセットを脱がし、窮屈そうにしていた白くずっしりした乳房があらわになると、左右から手を伸ばして愛撫するアンジェとプリンセス……それぞれの片手がドロシーの胸を優しく揉みしだき、もう片方の手が引き締まった腹部から下の方へと滑っていく…

ドロシー「はーっ……はぁぁ……っ♪」頬を紅潮させて額に汗を浮かべ、焦点の定まらない瞳で天井を見上げたまま、甘い喘ぎ声をあげている……

アンジェ「それじゃあ……指、入れるわよ」くちゅ……♪

プリンセス「ふふ、わたくしも……♪」ちゅく……っ♪

ドロシー「あぁ……んあ、ああぁ……っ♪」

プリンセス「ねえ、アンジェ……ひとつ思いついたことがあるのだけれど♪」アンジェと重ね合わせた手でドロシーの濡れた花芯をなぞりながら、意味深な表情を浮かべた……

アンジェ「ふっ、貴女も意外と意地悪ね……まぁいいわ」

プリンセス「あら、アンジェだってまんざらでもないくせに……♪」

アンジェ「さあ、何の事かしら?」

プリンセス「ふふふ、とぼけちゃって……それで貴女はどう思うの、『プリンセス』?」

アンジェ「どうかしら……わたくしには分かりませんわ『アンジェ』♪」

プリンセス「そう……ならドロシー、貴女ならどう思う?」ちゅく、ぬちゅ……っ♪

アンジェ「ドロシーさん、答えていただきたいわ♪」くちゅくちゅっ……ちゅぷっ♪

ドロシー「はひっ、あひ……っ……頭が……おかしくなるぅ……っ///」耳元で入れ替わりながらささやくアンジェとプリンセスに、脳の神経が短絡を起こしたような感覚を覚える……

アンジェ「ふふ、ドロシーさんに悦んでいただけて嬉しい限りですわ♪」

プリンセス「膝まで愛液でべとべとにして、結構なご身分ね」

アンジェ「あら、でもこれは「お礼」なのだから、ドロシーさんにはもっと気持ち良くなっていただかないと……そうでしょう、アンジェ?」

プリンセス「それもそうね、プリンセス……そういうわけだから続けるわね、ドロシー♪」ぐちゅ、じゅぷ……っ♪

ドロシー「はひゅ……っ、はひっ……いぃ゛っ♪」

………
714 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/10(木) 02:00:23.79 ID:AaYIyoXi0
…一時間後…

ドロシー「はひ……はへ……ぇ……」

アンジェ「ドロシーったらすっかりお疲れのようね」

プリンセス「そうね。でもわたくしはまだ……ねぇ、アンジェ///」

アンジェ「分かったわ」

…壊れた操り人形のように手足を投げ出し、息も絶え絶えといった様子のドロシーをよそに甘い口づけを交わすアンジェとプリンセス……普段は優しげなプリンセスの瞳は今や熱を帯びて爛々と輝き、アンジェの冷たい瞳もゆらめく炎のように光をたたえている…

アンジェ「あむ……んっ、ちゅ……♪」

プリンセス「ん、ちゅる……ちゅむ……っ♪」

アンジェ「あ、あっ……そこ……いいわ……」

プリンセス「アンジェ、わたくしにも……んっ、あ、あぁん……っ♪」

…音がしないよう敷かれている分厚い絨毯の上、花びらのように周囲に散らばったコルセットやペチコートの中で重なる白い身体……見回りの寮監たちもすでにベッドに入っている時間帯ではあるが、年相応の女の子が布団の中で内緒話をするように声を潜め、互いの耳元で甘い言葉をささやき合う…

アンジェ「好きよ、プリンセス」

プリンセス「私もよ、シャーロット……♪」

アンジェ「んっ……///」

…アンジェにとって、プリンセスのささやく「シャーロット」は無邪気に入れ替わりを楽しんでいた頃の懐かしさと暖かさを思い起こさせる言葉で、それを耳にするだけで氷のように冷徹な心が溶け、身も心も裸にされてプリンセスに見透かされているような気持ちになってしまう…

プリンセス「ふふ……可愛い♪」

アンジェ「可愛くなんてないわ……///」恥ずかしさを隠すように、ぷいと背中を向けてしまう……

プリンセス「そういう所が可愛いわ……♪」そう言うと中指をそっと背中に伸ばし、背骨に沿ってそっと撫でていく……

アンジェ「あ……んっ///」

プリンセス「ふふ、やっぱり可愛い♪」

アンジェ「……知らないわ///」

プリンセス「もう、意地っぱりなんだから……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「今回の暗殺に使われていた毒だけれど、即効性はあっても持続性がなかったのでしょう?」

アンジェ「そうね」

プリンセス「王国のエージェントは一体どうやってその毒を実用化したのかしら」

アンジェ「ああ、そのことね……」床の上で仰向けになると、冷めた口調で淡々と話し始めた……

アンジェ「確かにあの毒自体には即効性があるけれど、効果の方もすぐ消えてしまうから共和国の方では「役に立たない」と考えて開発を中止していた」

プリンセス「ええ」

アンジェ「けれど、あの帽子の女が持っていた薬は一種類だけじゃなかった」

プリンセス「そう言っていたわね。でも、わざわざ二種類の毒薬を用意するくらいなら最初から一種類で済む毒を持っていけば良いように思えるのだけれど」

アンジェ「二種類とも毒薬ならね」

プリンセス「……どういうこと?」

アンジェ「女が持っていた薬のうち片方は毒薬で、もう一つはその毒薬の効果を持続させる薬だった……もちろん、詳細な働きや成分はコントロールに調べてもらう必要があるでしょうけれど」

プリンセス「それじゃあ、つまり……」

アンジェ「あの会場にいた全員が「毒薬を持続させる」方の薬を摂取していたわけね」

…プリンセスの優しくいたわるような愛撫に身をゆだねたまま、冷静な口調で淡々と続ける……硬くなった乳房の先端をつままれたりすると少し声が乱れるが、話し方に変わりはない…

アンジェ「……とはいえ、それだけでは何の害にもならない。これなら同じものを食べたり飲んだりしている人間がいるから毒殺を疑われることもないし、自分は「持続薬」の方を飲まないでおけば、口移しで毒を飲ませることだってできる」

プリンセス「そんな毒薬が……」

アンジェ「ええ。もっとも、今回の件でからくりは判明した……共和国の研究部門も忙しくなるでしょうね」

プリンセス「……シャーロット」

アンジェ「気にしなくていい。私は貴女のためなら毒だって飲み干せる」

プリンセス「もう……それじゃあシャーロットにはわたくしの毒をうんと飲み干していただくわ♪」そう言って唇を重ね、舌を絡めた……
715 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/30(水) 01:26:44.17 ID:pRKXr6aq0
…case・アンジェ×ベアトリス「The Dreamer」(夢見る人)…

…ある日のこと・教室にて…

紅いリボンを付けたクラスメイト「ねえ、ベアトリス」

ベアトリス「なんですか?」

…ベアトリスに話しかけてきたのは豊かな巻き毛をリボンでまとめているクラスメイトで、貴族の令嬢とは言いながらも意外と気さくで年相応に噂話やファッションにも興味があり、もちろん王室……ひいてはプリンセスの話題も好きな少女だった……そして金属の喉をつけたベアトリスにも分け隔てなく接してくれ「プリンセスの話題を聞き出す」と言ったような打算も抜きに良くしてくれるいい人間ではあったが、少々お節介やきな所があり、情報活動をしているベアトリスとしてはありがた迷惑な、ちょっと付き合いにくいクラスメイトだった…

リボン「貴女って占いとかには興味ある?」

ベアトリス「占い、ですか?」

リボン「そうなの。すっごく当たるって最近話題になっているのよ?良かったら一緒に行きましょうよ」

丸眼鏡のクラスメイト「その人は毎週とある邸宅で会を開いていて、普通ならお願いしても半年は待たないといけないらしいのだけれど、今度わたくしのお知り合いが紹介してくれるって言うの」

つり目のクラスメイト「こんな機会は滅多にないわよ、どう?」

ベアトリス「えぇと、そうですねぇ…お気持ちは嬉しいですけど……」

…どちらかと言えば地味で引っ込み思案なベアトリスは、いきなり積極的に話しかけてきたお嬢様たちの勢いに少々閉口している……上手い断り方を考えている間にも目を輝かせ、にぎやかに誘ってくるクラスメイトたち…

リボン「それにほら、あなたって普段からシャーロット王女のお側仕えで忙しそうで、私たち級友なのになかなか一緒にお出かけする機会もないし」

丸眼鏡「そうそう、せっかくの機会だしちょっとくらいは良いじゃない。王女さまだってそのくらいは許してくれるわよ、ね?」

つり目「そうよそうよ。私たちね、もっとあなたとお話してみたいなって思っていたんですもの!」

ベアトリス「えーと、こればかりは私の一存では決めかねることなので……王女様に相談してみますね?」

つり目「まぁ嬉しい!楽しみにしているわね!」

丸眼鏡「もしお休みが頂けそうにないなら、わたくしたちからも口添えしてあげるわ!」

リボン「せっかくの機会ですもの、ぜひご一緒しましょうね♪」

…数時間後・部室…

ベアトリス「……ということがありまして」

プリンセス「まぁ、それは楽しそうね。ぜひ行っていらっしゃいな♪」

ベアトリス「でも、私は姫様のお側にいないと……」

ドロシー「なぁに、プリンセスがじきじきにそうおっしゃっているんだ。遠慮しないで行ってくりゃいいさ」

プリンセス「ドロシーさんの言うとおりよ、ベアト。わたくしに尽くしてくれるのは嬉しいけれど、たまには級友の皆さんとお出かけして交友関係を持つことも大事よ」

ベアトリス「そうですか、姫様がそうおっしゃるのなら」

アンジェ「……それにしても占い、ね」

ベアトリス「アンジェさん、どうかしましたか?」

アンジェ「いいえ。ただ、かつて占いだの魔術だのがアテになった試しはないわ。あんなものは大抵の場合はトリックか、どうとでもとれる言葉を上手く使って相手を煙に巻いているだけ」

プリンセス「まぁ、アンジェったら夢がないわね」

ドロシー「こいつはそういう冷血女さ……前にカード占いをしたときだってそうだったしな」

アンジェ「現実主義者なだけよ」

ベアトリス「まぁまぁ。とにかく姫様のお許しが頂けたのですから、今度行ってみますね」

プリンセス「ええ、楽しんでいらっしゃい♪」

アンジェ「くれぐれもエージェントであることを見透かされたりしないよう、気を落ち着かせて行くように」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「ついでに来週のお天気も占ってもらってきてくれよ」

ベアトリス「もう、からかわないでくださいよ」

ドロシー「はいはい……ったく、占いで宿題が出されるかどうか分かれば良いのにな」

アンジェ「そんなことを言っている暇に手を動かせば良いだけよ」

ドロシー「言ってくれるぜ」
716 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/12(火) 01:17:22.05 ID:LRRAtRg+0
…数日後…

ベアトリス「……ここ、ですか」

リボン「ええ、そうよ」

眼鏡「なんだかずいぶん雰囲気のあるお屋敷ね……」

…ロンドン市内でも再開発が進まなかった一画にひっそりと建っているチューダー様式のお屋敷は、長い年月と煤煙で黒っぽくすすけていて、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている……庭はそれなりに手入れされていて、緑の木々やバラの棚も整えてあったりするが、背の高い樹木がかえって陽光を遮り、お屋敷に暗い影を落としているような印象を与える…

つり目「なぁに、この歳にもなってまだお化けが怖いのかしら?」

眼鏡「別に怖いだなんて言ってないでしょう!ただ、全体的に古めかしいし薄暗いから……ねぇ、ベアトリスもそう思うわよね?」

ベアトリス「そうですね、ちょっぴり薄気味悪いです……」

眼鏡「ほら、ベアトリスだってそう言っているじゃない」

リボン「おしゃべりはいいから行きましょうよ」玄関のドアノッカーを鳴らすと年月を経て黒ずんだ樫の扉が音もなく開き、黒髪を垂らしたハウスキーパーのメイドが出てきた……

メイド「……どちら様でございましょう」

リボン「こ、こちらの「占いの会」に参加しに来たのですけれど……」

メイド「さようでございましたか……では、どうぞ中へ」リボンの陽気な女学生が多少おずおずと招待状を渡すと、一礼して館へと招き入れた…

…邸内…

眼鏡「……中は意外と普通なのね」

つり目「確かにね。表のお化け屋敷みたいな雰囲気に比べるとずいぶんまっとうだわ」

メイド「お嬢様方、どうぞこちらへ……奥様は間もなく参りますので、どうぞお茶など」

リボン「え、ええ」

…廊下には深いえんじ色を基調にした厚手の絨毯が敷き詰められ、吸い込まれるかのように足音一つしない。廊下のあちこちにはそれなりに価値のありそうな絵画や飾り物が並んでいるが、光の加減によるものかどれも薄暗く陰鬱な感じに見える……天井から吊るしてあるシャンデリアやガス燈、あるいは所々で緑色の光を放っているケイバーライト燈はそれなりに数があって、邸内を明るく照らしていても良いはずなのだが、天井から下がっている飾り布や館の造りのためか限られた部分にしか光が届いておらず、かえってほうぼうに薄暗い影を作っている…

ベアトリス「……」

リボン「なぁに? ベアトリスったらそんなに怖いの?」

ベアトリス「あっ、すみません……///」リボンの女学生の腕に身体を寄せていたが、慌てて離れようとする……

リボン「……いいわよ、ちょっと薄気味がわるいものね」

…客間…

つり目「……良かった、この部屋は明るくて安心するわ」

眼鏡「なによ、散々わたしを怖がり呼ばわりしたくせに」

リボン「無理もないわよ、なんだかゾッとするような雰囲気だったもの」

…どことなく薄気味の悪いお屋敷の中を進んできたベアトリスたちは、明るく居心地の良い客間に内心ほっとしつつ、おっかなびっくりで歩いてきた互いの様子をからかいあった……室内の壁には何枚もの絵画や、錬金術か占星術の法則と思われる正体不明の図版、まるで生きているかのように見える剥製の鹿の頭が飾られていて、剥製のガラスでできた目玉が室内を映し出している……剥製の下には身長に少し足りない程度の大きさをしたキャビネットが置かれていて、ガラス戸の中には乾燥させたハーブや正体不明の乾燥植物、色とりどりの液体、古めかしい厚手の本などが整然と並んでいる…

つり目「何かしら、錬金術とか魔術の道具みたいね」

リボン「うかつに触るとイボガエルにされちゃうかもしれないわよ?」

つり目「よしてよ……」

メイド「失礼いたします」つり目の女学生が慌てて後ずさりをした矢先にメイドがノックをして入って来た……彼女が手押し車に載せてきたティーセットを並べると、ベアトリスの級友たちは年相応の女の子らしくお菓子を吟味し、甘いお茶でくつろぎはじめた……

眼鏡「結構なお味ですわ」

つり目「ええ」

リボン「ベアトリスさん、いかが? 素敵なバッテンバーグケーキよ」

ベアトリス「そうですね、いただきます」美味しい紅茶をお供に級友や王室の方々、あるいはスキャンダルになった時の人を話題に盛り上がるベアトリスたち……

メイド「奥様の準備が整いますまで、もうしばらくお待ちくださいませ……紅茶のお代わりをお注ぎいたしましょう」

ベアトリス「……?」

リボン「どうかしたの?」

ベアトリス「あぁ、いえ。なにか視線を感じたような気がしたんですけれど……気のせいだったみたいです」

つり目「このお屋敷だもの、どこかから幽霊が見ているのかもしれないわよ?」

眼鏡「もう、ケイトったら止めなさいよ!」
717 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/19(火) 02:14:16.55 ID:wslX6sAD0
…しばらくして…

メイド「失礼いたします。奥様の支度が整いましたので……どうぞこちらへ」

リボン「ええ」

つり目「どんな占いをするのかしら……なんだかドキドキしてきたわ」

ベアトリス「そうですね」

…占いの間…

女主人「ようこそ、わたくしの館へ……さ、どうぞお掛けになって?」

リボン「……ではお言葉に甘えて」

…メイドに連れられてやってきた一室には「奥様」と呼ばれている女主人が窓を背に背もたれの高い椅子に腰かけていた……女主人は見たところぽっちゃり気味の中年女性にすぎないが、どこか浮世離れした雰囲気をかもし出していて、袖口に時代がかったレースがあしらわれたゴシック風の黒っぽいドレスもあいまって、年齢をおしはかりにくい……声はどちらかと言えば甘いような声質で、たるみの目立ちはじめた顔にはそぐわない…

つり目「失礼します」

女主人「かしこまらなくてもよろしいのよ? 可愛らしいお嬢さま方。そのお年でわたくしの「占いの会」にご興味があるなんて光栄なことですし……わたくしのささやかな声と導きで、貴女方の悩みが少しでも晴れればそれに勝ることはございませんわ……さぁ、そちらのお嬢様も遠慮なさらずに♪」

ベアトリス「えぇと……それで、私たちはなにか準備をしたほうが良いのでしょうか?」勧められた椅子におずおずと腰かけ、部屋の左右にそっと視線を巡らしながらたずねた……

女主人「そうですわね、ではまずは緊張をほぐしていただいて……お願い」

メイド「はい」

…メイドが女主人の後ろにあった窓に重くずっしりしたカーテンを引くと途端に室内が闇に包まれ、一寸先も見えぬ暗がりになった……と、女主人が手元にあったマッチを擦り、卓上の風変わりな形状をした燭台に刺さっていた蝋燭に火を点す……蝋燭の明かりが落ち着くにつれて、室内の装飾や家具がぼんやりと見えるようになってきたが、奇妙な装身具や占い道具とおぼしき不思議な小物がちらちらと照らされると、後ろの壁に不気味な怪物の姿のような影となって揺らめいた…

女主人「では、始めさせていただきましょう……どうぞ隣の方と手を取り合って……」

………



…その日の晩…

ベアトリス「すみません、遅くなりました」教師の一人に雑事を言いつけられ、それを済ませてから小走りでやって来た……

アンジェ「ええ……それで、占いはどうだった?」

ドロシー「あぁ、そういえばそんなことを言ってたな……で、来週の天気はどうだって?」

ベアトリス「いえ、そのことなんですが……」

ドロシー「どうした?」茶化すように尋ねたが、深刻そうなベアトリスの表情を見て一気に真剣な面持ちに変わる……

ベアトリス「それが……私も最初は半信半疑だったんですけれど、あの人は本当に魔力か何かを持っているのかもしれません……」

ドロシー「おいよせよ、占星術だのなんだのに凝ってるオールドミスじゃないんだぜ?」

ちせ「ふむ……占いと言えば「当たるも八卦当たらぬも八卦」というが、そう申すからには相当だったのじゃな?」

ベアトリス「はい。だって私たちの悩み事やこれから起きそうな事を、あいまいな言い方じゃなしに予言するんです……ちょっと背筋が寒くなるくらいでした」

アンジェ「くだらない。占いで将来が見えるものなら、コントロールやノルマンディ公は私たちのような人間の代わりに占い師を雇っているはずよ」

ベアトリス「それはそうかもしれませんけど……」

プリンセス「まぁまぁ、アンジェ……それで、その「占った」具体的な内容と言うのは?」

ベアトリス「はい。まずはケイトさんの学校の成績が振るわないこと……それもラテン語が苦手で、明後日のテストが気になっていることまで」

アンジェ「……続けて」

ベアトリス「それからシャーリーさん……今回私たちを連れて行ってくれたリボンの同級生ですけれど……彼女のおうちでおじいさまが亡くなったこと」

ドロシー「それから?」

ベアトリス「エミリーさん……眼鏡の子ですけれど、彼女が飼い猫のことを大事に思っていて、寄宿舎に連れてこられないので寂しく思っていること」

プリンセス「それで、ベアトは?」

ベアトリス「わ、私は……///」

ドロシー「どうした、お互いにエージェントとして人には言えないような秘密を共有する仲じゃないか? 言いふらしたりからかったりするような真似はしないから言ってみろよ」

ベアトリス「それが、その……私には心に秘めた人がいる……って///」

ちせ「ふむ……」

プリンセス「まぁ♪」

ドロシー「なるほど……」
718 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/21(木) 00:54:10.65 ID:Y2QH/qTy0
ベアトリス「これだけじゃないんです。他にもいくつか占ってもらった事はあったのですが、それも当たっていて……」

ちせ「むむ……西洋には魔女というやつがいるとは聞いておったが、なかなかに面妖なものじゃな」

ドロシー「……」

アンジェ「……なるほどね」

プリンセス「アンジェ?」

アンジェ「今のベアトリスの話を聞くと、その「占い師」が「予言」したことは三つのパターンに分けられる」

ベアトリス「三つ?」

アンジェ「そう。いずれも多少の洞察力があれば簡単に分かる類のものよ」

プリンセス「……それで、その三つのパターンというのはどういうものなのかしら?」

アンジェ「これから説明するわ……まず一つめ。あいまいで誰にでも当てはまりそうな事柄」

ドロシー「例えばラテン語の書き取りやテストに苦労しているなんて「お告げ」がそれだ」

ベアトリス「でも、占い師さんはケイトさんの成績が振るわないなんてことは知らないはずですよ?」

アンジェ「年頃の女学生が頭を悩ませていることなんて、たいていは成績か恋愛くらいなものよ。大した想像力もいらない」

ドロシー「もし間違っていたとしても『この中の誰かの悩みが聞こえてしまっているようです』とかなんとか言ってごまかせば、誰か一人くらいは当てはまる奴がいるはずだ」

プリンセス「確かにそうね。それで、二つ目は?」

アンジェ「下調べをしておけば分かること……占いに来た人の家族が亡くなったとか親戚が結婚したとか、そういう類の「お告げ」ね」

ドロシー「その占い師のばあさんは予約をしてからじゃないと占ってくれないんだろ? きっとその間にお客はどこの誰でどんな親戚がいて、いつ結婚したとかじいさんが亡くなったとか、そういう情報を調べ上げているとみるね……その占い師のばあさんだが、まず間違いなく私立探偵のお得意さまだろうな」

ちせ「ふむ……では三つ目は?」

アンジェ「洞察力で見抜けるパターンね。その眼鏡の子が猫を飼っていることや寮に連れてこられないこと……こういうことは相手の言動を注意深く観察していると意外に気付く」

ベアトリス「でも、どうして猫だって分かったんでしょうか? 犬やハリネズミだっておかしくないはずです」

アンジェ「犬を飼っている人間と猫を飼っている人間は言動に違いがある」

ドロシー「例えばだが……その眼鏡っ子は紅茶にミルクを入れるとき、無意識に皿にもミルクを注ごうとして慌ててやめたりしていなかったか?」

ベアトリス「いえ、確かそういった行動はしていなかったと思います……」

ドロシー「ま、こいつは一つの例えだからな。他にも猫が逃げ出さないよう、ドアを細めに開けてすぐ閉めるとか……判断材料は色々あるさ」

ベアトリス「分かりました、そこまでは確かに洞察できると言うことにします……でも、私を占った時の「お告げ」はどうなるんですか?」

アンジェ「恋愛なんて言うのは占い師がもっとも相手にする分野だもの、むしろ真っ先に言われることでしょう」

ベアトリス「でも、そういうありきたりの言い方じゃなくて……遠回しで他の人には分からない言い方でしたけれど、間違いなく私にしか当てはまらないことでした」

プリンセス「そうなの、ベアト?」

ベアトリス「えっ? ええ、そうでした……姫様///」

アンジェ「それもおそらくは洞察したのでしょうね。貴女が王女のお付きをしていることは調べれば分かる、そしてプリンセスが敬愛するに値する人柄であることも間違いない」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄だわ、アンジェ♪」

アンジェ「どういたしまして……そして貴女の思慕の対象がプリンセスかどうかは、気付かぬようにカマをかけてその反応をうかがっていたはず」

ドロシー「そしてお前さんはまだまだポーカーフェイスの上手な部類とはいかないからな……きっと表情で読まれちまったんだろう」

ベアトリス「で、でもっ……!」

アンジェ「まだ何か?」

ベアトリス「その占い師さんは本当に細かなことも言い当てることが出来たんですよ? それこそ、エミリーさんが今朝ティーカップを落としてしまった事まで……」

ドロシー「ぷっ……♪」

ベアトリス「何がおかしいんですか?」

アンジェ「より簡単な方法も使っていると分かったからよ……その「占いの会」が開かれるまで、屋敷のどこかで待たされなかった?」

ベアトリス「え、ええ……なんでも支度があるとかなんとかで、お茶を出していただいて……」

ドロシー「それだな。おそらくその部屋のどこかには隠し穴があって、お前さんたちをこっそりのぞき見し、会話も盗み聞きしていたのさ」

ベアトリス「えっ……!」

アンジェ「でなければそんな細かな話題を調べることなんて出来るわけがない……中世のころから変わらないインチキの手口ね」
719 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/29(金) 01:21:00.40 ID:arkuOjKV0
…しばらくして…

ベアトリス「ふわぁ……ご、ごめんなさい」あくびが出そうになり、顔を赤らめて謝った……

プリンセス「ふふ、ベアトも今日は色々と疲れたでしょう。先に休んでいて構わないわ」

ベアトリス「でも、姫様……」

プリンセス「いいのよ、ベアト……その代わり、わたくしのお布団を整えておいてもらえるかしら?」

ベアトリス「もちろんです、姫様」

ちせ「確かにもうこんな時刻じゃ、私もお暇させていただこう」

ドロシー「ああ、ゆっくり寝ろよ」

アンジェ「お休み」

プリンセス「お休みなさい♪」

ドロシー「……なぁアンジェ、さっきのベアトリスの話だが」ベアトリスとちせが静かにドアを閉めて出ていくとドロシーはカップに残っていた紅茶を飲み干し、あきれたように肩をすくめた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「どう思うよ?」

アンジェ「まともに取り合うだけバカバカしいわ」

プリンセス「あら? せっかくの機会ですもの、ちょっと行ってみたいと思ったのですけれど♪」

ドロシー「おいおい、勘弁してくれ……」

…数十分前…

ベアトリス「それで、シャーリーさんが寮への帰り道に「ベアトリスさん、今度機会があったらシャーロット王女様もお誘いになってみてはいかがかしら?」って言っていました。もちろん、私としては答えようがないのでどちらとも言いませんでしたが」

………



ドロシー「あいつら、はじめっからそれが狙いだったんだろうさ」

アンジェ「ベアトリスを餌にプリンセスを釣ろうとしたのね……プリンセスとお近づきになりたい、プリンセスの言動ならなんでも知りたいという熱烈な支持者は少なくないもの」

プリンセス「わたくしとしては、それだけ皆さまが愛してくれているのだと思っておりますけれど」

ドロシー「だからといってどこの馬の骨ともしれない占い師のところに気軽に行く訳にもいかないだろう……たとえお忍びで出かけるにしたってな」

アンジェ「それにもし占いの最中に妙な託宣を告げられて、それをきっかけに正体がバレるような事態になっては困る」

プリンセス「だからといって、せっかくのお誘いをむげに断るのもシャーリーさんたちの気持ちを害することになるのではないかしら?」

アンジェ「それは分かっているわ、だからといって素直に行くのも考え物よ」

プリンセス「そうかもしれないけれど……」

ドロシー「……それならアンジェ、お前さんが行ってきたらどうだ?」

アンジェ「私が?」

ドロシー「ああ。お前さんなら入れ替わったところでバレやしないし、もし不測の事態があったところで対応できるだろう」

プリンセス「そうね、それなら良いかもしれないわ♪」

アンジェ「あいにく黒蜥蜴星人は占いなんて迷信は信じないの」

ドロシー「お前さんが占いを信じているかどうかなんて気にしちゃいねえよ。プリンセスの代わりとして占い婆さんに水晶玉だか手相だかを見てもらえばいいって言ってるのさ」

アンジェ「気が進まないわ」

プリンセス「あら「この世界では、たとえやりたくない任務でもこなさなければならない」って教えてくれたのはアンジェよ?」

アンジェ「……」

ドロシー「決まりだな。今度ベアトリスを通して「プリンセスも行きたがっている」と伝えさせるとしよう」

プリンセス「わたくしの代わりにたくさん占ってもらってきてね、アンジェ?」

アンジェ「せいぜいあきれたような表情が出ないよう努力するわ」

………

720 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/11(水) 01:59:39.93 ID:1hf25taZ0
…数日後…

ベアトリス「あの、シャーリーさん……少しいいですか?」

リボン「ええ、もちろんよ♪ どうかして?」

ベアトリス「はい、その……今度の「占いの会」について、姫様にお伝えしたのですが……」

リボン「ええ」

ベアトリス「えぇと、その……姫様がおっしゃるには「お忍びで参加してみたいので、くれぐれも内密にお願いします」とのことでいらっしゃいました」

リボン「まぁ、本当に?」

ベアトリス「はい。もっとも公務が優先ですから、日取りの都合が付かない場合はご容赦いただきたいとのことでした」

リボン「分かりましたわ。それじゃあベアトリスさんに「占いの会」が行われる日取りを教えてあげるから、どうぞ王女様と相談の上でお決めになって?」

ベアトリス「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」

リボン「いいえ、シャーロット王女様は日頃からお忙しい限りですもの。たまにはこうして風変わりな体験をなさるのも良い息抜きになるはずですわ」

ベアトリス「そうですね、それとお忍びですから……」

リボン「もちろん、私とあなたの間の胸の内に留めておきます♪」そう言うと「任せておいて」と、女学生としては少々はしたないウィンクを投げた……

ベアトリス「……ふぅ」

…夜…

アンジェ「……それで、その「占いの会」とやらはこの日付で行われるのね」

ベアトリス「少なくともシャーリーさんはそう言っていました」

アンジェ「なるほど……ドロシー、貴女はどう思う?」

ドロシー「まぁいいんじゃないか? 行ってくればいいさ」

アンジェ「頼りになる意見ね」

ベアトリス「えーと……ともかく、この日付が空いているところだそうですから」

アンジェ「分かった、それじゃあこの日を候補にしておきましょう。不都合があった場合はその次の週も大丈夫そうだと伝えておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それから当日だけれど、貴女にはプリンセスのお付きとして振る舞ってもらう」

ベアトリス「はい」

ドロシー「私はプリンセスの守りにつくからバックアップには回れないし、ちせはちせで堀河公との面談が入っている……アンジェがいるから大丈夫だろうが、くれぐれもボロを出さないようにな」

ベアトリス「もちろんです」

ドロシー「はは、頼もしいな♪」

アンジェ「他の参加者については?」

ベアトリス「はい。占い師さんの紹介状は前回いただきましたから、私の紹介と言う形でアンジェさん、それとエミリーさんとシャーリーさんが一緒に行くことになります」

ドロシー「必ず四人なんだな」

ベアトリス「例外もないわけではないようですけれど、たいていはそうみたいですね」

ドロシー「何か意味があるのかねぇ」

アンジェ「さぁ……いずれにせよ、目くらましが二人いればこちらも目立たなくて済むかもしれないわ」

ドロシー「どうだろうな……ともかく日取りは分かった。その日で行くとしよう」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「分かりました」

………

721 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/18(水) 02:00:38.32 ID:1X7Fz/Vc0
…「占いの会」当日…

眼鏡「それじゃあ今日はよろしくお願いいたします」

リボン「王女様とご一緒出来て光栄ですわ」

アンジェ「こちらこそ。エミリーさん、シャーリーさん、お二人がわたくしの事を誘ってくださって嬉しいかぎりです……ね、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

…普段の仏頂面はどこへやら、プリンセスになりきってにこやかに笑みを振りまいているアンジェ……日頃からプリンセスの一挙手一投足をよく見ているベアトリスですら信じ込みそうになるアンジェの偽装ゆえ、二人の女学生は身代わりであることにまったく気付かない…

眼鏡「いえ、そんな……王女様からそのようなお言葉を頂けるなんて……///」

アンジェ「ふふっ、今日は一人の女学生として「お忍び」で行くのですから、そうかしこまらずに♪」

眼鏡「は、はい///」

リボン「車の方は私が用意しておきました。窮屈で申し訳ありませんが、どうぞお乗りください」

…艶のある黒い車体に銀の縁取りを施したロールス・ロイス(RR)乗用車が停まると、雇われ運転手がさっと降りて客席のドアを開け、踏み段を地面に置く……アンジェたちが楽しげに談笑しながら後部座席に乗り込むと運転手がドアを閉め、車をスタートさせる…

アンジェ「いいえ、こうして膝をつき合わせて出かけるのもまた楽しいです♪」

眼鏡「王女様とこんなお近くで話をするのは初めてです……///」

アンジェ「ふふっ、今日はただの「シャーロット」ですよ……くれぐれも占い師さんに気付かれないように♪」

リボン「はい♪」

…占い師の邸宅…

アンジェ「まぁ、このお屋敷が……」

リボン「いかにもな雰囲気がありますよね?」

アンジェ「ええ、そうですね……なんとも風格のあるたたずまいですわ」

眼鏡「そ、それじゃあノックしますね」ノッカーを叩くと、前回と同じメイドが出迎える……

メイド「ようこそお越し下さいました……それと失礼ながら、お嬢様はご友人からの紹介状はお持ちでしょうか?」

アンジェ「はい」

メイド「確かに……ではどうぞ、中へ」

アンジェ「……まぁ、何とも歴史ある雰囲気ですわ(室内の調度はわざと陰影が濃く、おどろおどろしい影が生まれるように配置されている……)」

メイド「奥様の用意が整いますまで、しばらくお待ちいたくことになりますので……どうぞこちらへ」

…客間…

メイド「お茶をお持ちしましたので、お召し上がりになってお待ち下さい」

アンジェ「ええ、ありがとう(薄暗く気味の悪い廊下から明るい客間に入ることで、ほっとした「客」は口が軽くなる……)」優雅に紅茶を楽しみつつ、視線の片隅で室内をさっと探る……

アンジェ「……まぁ、美味しい♪(室内に焚かれているこのお香も、緊張をほぐす系統のものね……)」

リボン「それで、私は寮長先生に見つからないように……」

アンジェ「あらあら、ふふふっ♪」

…表情一つ変えずに談笑しながら、室内のからくりを次々と見抜いていくアンジェ……壁に掛けられている絵画の何枚かと、剥製にされた鹿の目玉にはまっているガラスは微妙にしっくりしていない所を見るに、向こうから見聞きできるよう隠し窓が設けてあるようで、口に運んだケーキには自白剤にも使われる鎮静作用のあるハーブが練り込んであるらしく、舌先に残らない程度に独特の青い風味がした…

ベアトリス「それで言ったら、私も前に……♪」そうとは知らないベアトリスと二人の級友は気付かぬうちに舌が軽くなり、普段なら口に出すことのないようなデリケートな事柄について嬉々としてしゃべっている……

アンジェ「そういうことでしたらわたくしも……♪」一人だけ効果がないようでは怪しまれるので、あえて一か所だけ事実とは違う……しかし他は間違っていないことを「暴露」する……

眼鏡「えぇ? シャーロットさんにもそんなことが?」

アンジェ「それはもう……なにせわたくしだって女の子ですもの♪」

ベアトリス「もう、そんな話題でおしゃべりするなんて……はしたないですよ」

リボン「まぁまぁ、そう肩肘張らなくたって良いじゃない♪」

メイド「……失礼いたします、奥様の準備が整いました」

リボン「まぁ、待ちかねていたところです♪」

メイド「お待たせして申し訳ございません……では、どうぞこちらへ」

アンジェ「……(いよいよね)」
722 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/26(木) 01:11:14.55 ID:KTpDCFja0
女主人「……ようこそいらっしゃいました。どうぞお掛けになって?」

リボン「ええ」

眼鏡「はい」

ベアトリス「よろしくお願いします」

女主人「それと、そちらの方は初めてでいらっしゃるわね? ……どうぞ気を楽にして下さいましね」

アンジェ「お気遣いありがとうございます、なにとぞよろしくお願いいたします」

女主人「これはご丁寧に……さて、それぞれのお席に座っていただいた事ですし、早速始めさせていただきましょう」

…そう言ってメイドに厚手のカーテンを閉めさせ、燭台の蝋燭に火を点す……そして隣同士でそれぞれ手を繋ぐように言われたアンジェは左手をベアトリスと、右手を女主人と握った……明滅する蝋燭が背後の調度やアンジェ達の影を大きく揺らめかせ、どちらかと言えばぽってりした女主人の手がなれなれしいくらいの様子でアンジェの手を包む…

アンジェ「……」

女主人「大丈夫ですわ、どうか気を楽にして……ゆったりと……星々の流れに身を任せるように……」

…どちらかと言えば特徴のない地味な中年女性から出ているとは思えないくらいの甘ったるい声が陶酔したようなぼんやりした響きを帯びて、上の空とでもいうような態度でつぶやき始める…

アンジェ「……(よくあるタイプの占い師ね)」表向きはどうなるかと興味津々、実際は醒めた態度のアンジェ……

女主人「なにかしら、どなたかのイメージがわたくしの頭に入って来ておりますわ……犬……いいえ、猫……茶色……いえ、しま模様の……」

眼鏡「あ……それ、私です」軽いトランス状態とでもいえそうな女学生が声をあげた……

女主人「そう……以前の悩みは解決できたようですわね」

眼鏡「はい、おかげで新しい猫ちゃんと友達になれました……」

女主人「そう、「ミセス・シフォン」と仲良しになれて何よりですわね」

眼鏡「わ、名前まで分かるんですね……///」

女主人「それだけ貴女の気持ちがはっきりと伝わって来ておりますわ」

眼鏡「そんな細かいところまで分かるんですね……ちょっと恥ずかしいです///」さきほどお茶を飲みながら話した猫の話をすっかり盗み聞きされているとも知らず、感心しきりの女学生……

女主人「大丈夫、本当に秘密にしたいことは無意識のうちに心の奥へとしまい込まれるものですから……ですからどうぞ安心なさって……ゆーっくり息をして……」

アンジェ「……」

女主人「ところで、貴女からはとても強いものを感じます……さまざまなもの……なにか、とても大きなものを背負っている……いかがかしら?」

アンジェ「まぁ、その通りですわ」

女主人「そうでしょうね、貴女の背負っているものはとても大きい……何かしら……家名……いえ、もっと格のある……街……いいえ、それよりもさらに規模がある……もしかして、このアルビオン王国かしら?」

アンジェ「ええ、その通りですわ……」

女主人「それはそれは。お姫様と占いの会を開けるのは光栄な事ですわ……もっとも、称号のことはしばしお忘れになって……草原で寝転ぶように、肩の力を抜いて……深呼吸をなさって……」

アンジェ「すぅ……はぁ……」

女主人「……貴女のお気持ちでしょうか、椅子が見えます……ひとつ、ふたつ……いいえ、三つ……四つ……そして王冠の載っている椅子が一つ……」

アンジェ「……」

女主人「四つの椅子は王冠のまわりに並んでおります……一つの椅子はかなり離れていて、もう一つの小さな椅子も少し遠い……一番近いのは一番大きい椅子ですけれど、どうやら、貴女の椅子は二番目に王冠に近いように見えます」

ベアトリス「……っ、すごい」小声で感心したような声を漏らす……

アンジェ「それで、他は何が見えますでしょうか?」

女主人「ええ……色々なものが混在しておりますからなかなか……お嬢様方のお洋服……いえ、制服のようなものが見えるようですわ……こちらはひとつ、ふたつ……三着あるように思えます」

アンジェ「三着?」

女主人「そうですわ……制服は協調の現われ、そして貴女の考えに浮かんでいるということは、距離の近い方やお友達かしら?」

アンジェ「おそらく学校での友人たちかと……素晴らしい能力をお持ちなのですね♪」

女主人「いいえ、めっそうもない……多少『観る』力が強いだけですわ」

アンジェ「……では、一つお願いが」

女主人「ええ、わたくしに出来る限りのことでしたら♪」

アンジェ「まぁ、助かりますわ……では……」
723 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/07(火) 01:27:39.35 ID:LNHzMssr0
アンジェ「わたくし、少々悩んでいることがあるのですが……」

女主人「ええ、そのようですね……無理もありません、世の中の人はみな大小それぞれ悩みを抱えているものなのです……」

アンジェ「確かに……では、その悩みを解決する手立てを観てはいただけないでしょうか?」

女主人「なるほど。しかし貴女のお悩みは一つだけではないご様子……どのお悩みについてか絞っていただきませんと……ね?」

アンジェ「はい。では、わたくしが最も気にかけている事柄についてお願いいたしますわ」

女主人「え、ええ……そうですわね……」

女主人「……ふむふむ……貴女の悩みは大きな建物の中にあるようですわ」アンジェのどうとでも取れる回答に一瞬ためらった占い師……とはいえ長年に渡っていんちき占いをやってきているため、すぐ会話を取り繕う……

アンジェ「大きな建物?」

女主人「そうです……白く輝く大きな建物……」

アンジェ「白く……?」

女主人「そう、白くです……」

アンジェ「不思議ですわ、バッキンガムもウェストミンスターも白いとは思えないのですけれど……」

女主人「白いというのは必ずしも色を指しているわけではございません……そう、その「もの」が持つ力やイメージ……」

アンジェ「なるほど……」

女主人「その白く輝く建物に……人がおります……一人の……若いお方……」

アンジェ「殿方でしょうか、それともご婦人でしょうか?」

女主人「だめ、あせってはいけません……その方は強い力を持っております……人を導く強い力……でも、まだその力は成長の途中にある……」

女主人「……立派な樫の木も最初は若木であったように、その力の持ち主もまだ細く、小さい」

女主人「しかし……いずれは風雨に耐え、育っていく姿が見えます……枝を広げ、青々とした葉を……」

アンジェ「その枝は折れたりすることはありませんか……?」

女主人「枝は折れることもあれば風に揺さぶられることもあります。しかし、この木はとても丈夫で力を秘めている……幹が折れることはなく、着実に根を広げ、多くの人たちに涼しい日陰を差しかけ、愛されることでしょう……」プリンセスのふりをしたアンジェに対し、煙に巻くようなあいまいな答えを出す占い師……

ベアトリス「……そうですね、まったくです」姫様が立派になるという言葉を聞き、小声で同感の意を示すベアトリス……

眼鏡「すごい……」

リボン「何でもお見通しなのね……!」ベアトリスだけでなく、二人の級友も感心したようにうなずいている……

アンジェ「……では、他の人はどうでしょうか?」

女主人「そう、さきほどの制服が見えます……一つは華やかでバラのよう、一つはかすみ草のように控え目でつつましい……もう一つは……不思議です、なにか変わった……」

アンジェ「変わった……?」

女主人「変わったものを感じます……このアルビオンの土とは違う……そして小さいけれどもしっかりと大地に根を下ろしている……」

アンジェ「……(自分が「小さい」なんて言われていると聞いたら、ちせはどう思うかしら)」

女主人「まるで花束のよう……それぞれが違っていながら、それでいてよくまとまっている……あぁ……」

女主人「……もっと「観た」ものをお伝え出来ればよろしいのですが、わたくしも疲れて……申し訳ありませんが、そろそろお開きにさせていただきたく存じますわ」

アンジェ「ありがとうございます」

女主人「いいえ、よろしければまたお出で下さいませ……メイドが玄関までご案内いたします」まだ多少ぼんやりしているベアトリスたちが退席していき、最後にアンジェが残った……

アンジェ「では、わたくしもこれで……」

女主人「ええ、では……」そう言いかけたところでがくりと頭がのめり、失神したようになった……

アンジェ「……?」

女主人「う、うぅ……一人の少女が恋い焦がれるのは本物であって本物ではない……だが本物は偽物で、偽物は本物になる……」

アンジェ「!」

女主人「少女は待っている、偽物であり本物であるものを……」

女主人「……う、うぅん……あら、わたくしは……何を?」

アンジェ「占いが終わって退席するところですわ……それではまた♪」

女主人「え、えぇ……では星が巡り会いましたらまたお出で下さいまし、ね?」

アンジェ「そうさせていただきますわ(ふっ、まさにひょうたんから出た駒ね。いんちき占い師が本当に占ってみせるなんて……)」
724 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/18(土) 01:01:43.96 ID:8YeQi+yV0
…その夜…

アンジェ「……ふう」

ベアトリス「もうそろそろ止めませんか? アンジェさん、ひどくお疲れみたいですし」

アンジェ「大丈夫よ、つまらない事をさせられて退屈だっただけ」

ベアトリス「もう、素直じゃないですね……はい」

…寮監の見回りも終わり、夜も更けてきた時間帯に黙々と報告書を仕上げているアンジェ……そのかたわらでお茶を淹れたり封蝋を押したりと動き回っているベアトリスは、プリンセスが多忙極めるアンジェに対する応援として送ってきてくれたもので、まだ未熟な部分はあれど、その細やかな気づかいにはアンジェも少し感謝するところがあった……今もまた字が霞んできたアンジェを気づかい、温かいミルク入りのウバ茶を注いで出してくれた…

アンジェ「ええ」

ベアトリス「それで、こちらは封をして……と」

アンジェ「下書きは焼き捨てる」

ベアトリス「はい」

アンジェ「どうやら問題ないようね……」さっと室内を眺め回して、うっかり置きっぱなしにしている機密書類や身分が割れてしまうような物がないか確かめる……

ベアトリス「そうみたいですね。お疲れさまです、アンジェさん」

アンジェ「いいえ、エージェントならこのくらいは普通よ……」

ベアトリス「でもなんだかくたびれている感じです、良かったら肩でも揉みますよ?」

アンジェ「まだそんな年じゃないわ」

ベアトリス「そう言わないでください、姫様も時々して差し上げるんですけれど「ベアトの肩もみは気持ちいいわ♪」っておっしゃってくれますよ?」

アンジェ「そう、そこまで言うならしてもらおうかしら」

ベアトリス「はい♪ それじゃあ長椅子に腰かけてもらって……」

…長椅子に腰かけたアンジェの背中に立ち、ナイトガウンを少しはだけさせると小さな手で肩を揉み始めたベアトリス……アンジェ自身も薄々気付いてはいたが、書類仕事のせいもあって肩はかなりこわばっていて、ベアトリスの小さな手がさすり、揉んでいくうちに目のかすみや肩のこわばりが良くなっていく感じがした…

ベアトリス「……どうですか?」

アンジェ「そうね、悪くはないわ」

ベアトリス「アンジェさんは相変わらず辛口ですね……それにしてもすごく凝っていますよ?」

アンジェ「肩に背負うもの一つない無責任な女学生というわけにはいかないもの」

ベアトリス「だからって、一人で溜め込まないで私たちにも分担させて下さい……そのための「白鳩」なんですから」

アンジェ「ふ、貴女も言うようになったわね」

ベアトリス「これでもチームの一員のつもりですから」

アンジェ「そうね……実際ずいぶんと成長したものよ♪」後ろに手を伸ばし、肩を揉んでいるベアトリスの頬を軽く撫でた……

ベアトリス「アンジェさん?」

アンジェ「……こっちにいらっしゃい」

ベアトリス「肩もみはもういいんですか?」

アンジェ「ええ、だいぶ凝りもほぐれたようだから……それより、ほら」ぽんぽんと軽く太ももを叩き、膝の上に座るよう促した……

ベアトリス「え、いいですよっ……そんな///」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「そ、それじゃあ失礼して……」体重をかけないよう、遠慮しいしい腰かける……

アンジェ「……そんなに固くならないで、もっと力を抜きなさい」

ベアトリス「いえ、でも……」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「あっ……///」後ろから抱きしめられると、不思議とプリンセスに抱かれているような気分になる……アンジェの方が少し筋肉質で細っぽく、付けている香水もプリンセスのものと違って爽やかな松葉のような香りだが、腕を回されてぎゅっと抱きしめられると、どことなく雰囲気が重なっている気がしてくる…

アンジェ「ベアトリス……ん♪」

ベアトリス「ふぁ……っ///」うなじに軽くついばむようなキスをされ、驚きと甘さの交じった吐息が漏れる……

アンジェ「可愛い声ね……ちゅっ♪」

ベアトリス「ひゃう……あんっ///」唇が触れるか触れないかの絶妙な感触に身体がぞわぞわし、きゅんとしびれるような感覚が下半身から這い上ってくる……

アンジェ「ふふ……♪」
725 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/27(月) 00:51:33.57 ID:8cze01OX0
ベアトリス「な、なにがおかしいんですか……っ///」

アンジェ「別に……プリンセスと閨(ねや)を共にすることもある貴女が、こんなに初心なのがおかしいだけよ」

ベアトリス「わ、笑う所じゃありま……ひゃあぁっ///」

アンジェ「あら、だいぶここが固くなってきたんじゃないかしら……♪」下着の中に手を差し入れて、固くなった小さい先端をつまむ……

ベアトリス「や、あぁ……っ///」

アンジェ「ふ、そんな風にイヤイヤ言っていても可愛いだけよ……んちゅ、れろっ♪」

ベアトリス「は、放してくださ……ふあぁぁ♪」

…アンジェに抱きすくめられたベアトリスは脱出しようとジタバタもがいたが、腰に回された片手は細いくせに揺るぎもせず、首筋を舐めあげられると背筋にくすぐったさが襲ってきて思わず嬌声をあげてしまう……しかも、もがき暴れたせいで白いナイトガウンははだけてしまい、気付けば下にまとっていた薄いキャミソール姿になってしまっている……アンジェはそこを見逃さず、するりと手を滑り込ませた…

アンジェ「そんなに暴れないことね……あまりドタバタ騒いでいると寮監に気付かれてしまう」

ベアトリス「だったら……!」

アンジェ「貴女のことをほぐしてあげようとしているだけよ……それに」

ベアトリス「何ですか、まだ何かあるんですか……っ!?」

アンジェ「そうやって目尻に涙を溜めて、ムキになって言い返している姿……人によってはそそられるわよ?」

ベアトリス「ひっ!?」

アンジェ「人によっては、よ……幸い私はそんな性格ではないけれど、それでも今のは誘っているようにしか見えなかった」

ベアトリス「ち、違います! 全然そんなつもりじゃあ……///」

アンジェ「ほら、今度はそうやって縮こまっておびえたような態度を取る……そういうのが誘っているように見えると言っているのよ」かぷっ♪

ベアトリス「ひゃぁぁぁん……っ///」首筋を甘噛みされて、びくびくと身体が跳ねる……

アンジェ「たったこれだけで感じているの? エージェントとしての訓練はともかく、いつまでたってもこっちの方は成長が見られないわね」ちゅぷ……っ♪

ベアトリス「そ、そんなことを言われても……ぉぉっ!?」

アンジェ「ふふ、今日は特別に甘えさせてあげるわ……力を抜きなさい」

ベアトリス「い、いいですよ……そんな……ぁっ///」

アンジェ「人からの好意は無にする物じゃないわ、ありがたく受け取っておきなさい」くちゅ、ぬちゅ……♪

ベアトリス「そういうのは好意じゃなくて押しつけ……ふわぁぁぁ……っ♪」

…ベアトリスが何か言い返そうとする前に、舌で湿した指をくちゅりと花芯に滑り込ませたアンジェ……途端に腰を浮かせ、内ももを濡らしながら甘ったるい絶叫をあげるベアトリス…

アンジェ「何か言った?」

ベアトリス「アンジェさん……っ、いい加減に……あぁぁっ♪」

アンジェ「あんまりにも簡単にイってしまうと張り合いがないわね……もう少しこらえられないの?」

ベアトリス「か、勝手なことを言わないでくださ……はひっ、はぁぁぁ……っ♪」片手を秘部にあてがって噴き出す愛蜜を押さえようとするが、絶頂の甘い感覚で身体が言うことを聞かず、寝椅子のクッションに大きく染みを作ってしまう……

アンジェ「どうやら無理な相談のようね……まぁ、貴女が悦んでいるようでなによりだわ」

ベアトリス「こ、こんな勝手な……ひぐっ、また……イっちゃいますからぁ……っ♪」

…プレイガール・スパイとして魅力的な肉体を駆使し、数多の女性を「手がけて」きたドロシーほどではないにしろ、アンジェも同性を悦ばせることに関してはかなりの腕前を持っている……それに対してベアトリスはなすすべもなく、ただアンジェの指のおもむくままに喘ぎ、身体をひくつかせ、愛蜜を垂らして快感に悶えている…

アンジェ「好きなだけイっていいのよ……今日のはご褒美なんだから」

ベアトリス「はひっ、はへっ……そんなの……身体がもちませ……ふあぁぁぁ♪」

…アンジェの中指と薬指が揃ってベアトリスの花芯に入って来て、中を丁寧になぞり上げる……そのたびにベアトリスはがくりと首を上向かせ、甘えたような舌っ足らずな絶叫を響かせる…

アンジェ「さっき言わなかったかしら、そんなに大きな声を出すと寮監に聞こえてしまう……って」

ベアトリス「……っ///」

アンジェ「そう、それでいいわ……♪」そういいながら、銃の引金を引くような滑らかな指の動きで膣内をこすりあげる……

ベアトリス「んあぁぁぁぁっ♪」ぷしゃぁ……っ♪

アンジェ「ふふ、満足してくれたようで良かったわ……さ、夜も更けてきた。寝室に戻りなさい」

ベアトリス「は、はひっ……///」

アンジェ「……貴女の献身を知っているのはプリンセスだけじゃないのよ」ベアトリスに聞かれないよう小声でつぶやくと、べとべとになった指を舐めあげて小さく微笑んだ……
726 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 00:17:32.53 ID:Rf37akDv0
劇場版「プリンセス・プリンシパル clown handler〜第四章〜」の封切りが5/23日に決まりましたね!

二年ぶりなのでストーリーを忘れている方も多いでしょうが、前回の第三章を振り返り放送するみたいですから復習できそうです。
727 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 01:03:57.72 ID:Rf37akDv0
〜Case・ドロシー×ちせ「A man from the new world」(新世界から来た男)〜

…とある日…

ドロシー「なるほど、プリンセスの静養か」

アンジェ「ええ。このところ王室関係者への襲撃や暗殺騒ぎが頻発していたから、ノルマンディ公の主導で王宮の警備体制を見直すことになった。その間プリンセスは「ご静養」という名目で二週間ほどロンドンを離れることになる」

ドロシー「当然お前さんも付いていくんだろう?」

アンジェ「ええ。場合によってはプリンセスの身代わりになる必要が出てくるかもしれないし、ベアトリスだけでは少し心もとない」

ドロシー「分かった。留守はあずかっておく」

アンジェ「お願い」

ドロシー「任せておけ。ちせにチェスを教え込むいい機会だ♪」

アンジェ「こっちの留守中に何もないといいけれど」

ドロシー「起きるかどうか分からないことを心配したって始まらないさ……ま、いい空気でも吸ってくるんだな」

アンジェ「そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

ちせ「……なるほど、ではドロシーどのと二人きりというわけか」

ドロシー「ああ。コントロールにもこっちが一時的な人手不足になっていることを言ってあるから、よほどのことが起きないかぎりは任務を押しつけられることもないはずだ」

ちせ「ならば普段通りに過ごせば良いということじゃな」

ドロシー「その通り。ラテン語と英文法、それにティータイムのお作法も普段通りみっちり教え込んでやるよ」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「なぁに、そう固くなることはないさ。私はアンジェみたいにビシバシやるタイプじゃないからな」

ちせ「うむ、なにとぞお手柔らかに頼む」

ドロシー「ああ、気楽にやろうぜ♪」

…翌日…

ドロシー「さて……と」

…朝食を済ませると朝の自習時間を手早く切り上げ、静かな部室で悠々と朝刊をめくるドロシー……定期的な連絡に用いるメールドロップや、緊急性の高い無電や伝書鳩といった方法をのぞいたメッセージは数日おきに特定の広告として朝刊に掲載され、書かれている文面次第で会合の場所や時間が変わってくる…

ドロシー「お、あったな……」内容を解読して記憶すると、安心して新聞記事を読み始めた……

…しばらくして・リージェント公園…

L「よく来てくれた」

ドロシー「まさか来ないわけにもいかないだろうさ……挨拶はいいから本題に入ろうぜ」

L「結構。新大陸の植民地情勢については?」

ドロシー「公になっている程度のことなら一通り」

L「よろしい。実は新大陸から王国側のエージェントが入国した」

ドロシー「……新大陸の同業者だって?」

L「うむ。この週末にアメリカ植民地の商品を集めた見本市があるのだが、そこに参加している商人に混じって王国植民地政府の使っているエージェントが入国するらしいのだ」

ドロシー「馬を跳ね回らせる早撃ちカウボーイってわけか」

L「ふっ、まあそういうことだな」

ドロシー「それで、こっちには何をしてほしいんだ……監視か、排除か、それともバーボンウイスキーでも買ってくるか?」

L「まずは監視だ。商品見本市には一般参加日もある。流行り物が好きな女学生が顔を出してもおかしくない。王国植民地のエージェントを割り出し、同時に接触している人間を確かめ、後でこちらが王国エージェントと疑っている者のリストと照合してもらう」

ドロシー「だが、目的のやつは企業参加日にしかいないかもしれないぜ?」

L「それならそれで仕方がない。だが王国も企業参加日にエージェントを送り込むことはしないはずだ。もちろん商社や貿易商のカバーを持っているエージェントもいるだろうが、接触を試みるならより不特定多数の参加者がいる一般参加日を選ぶはずだ」

ドロシー「了解。それじゃあその見本市に参加するのが第一だな」

L「そうだ。人数が欠けていることはこちらも承知している、可能な限りでかまわん」

ドロシー「分かった、そうさせてもらう」
728 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/25(火) 00:40:08.14 ID:KxZEv0X10
…その晩…

ちせ「ふわ……っと、あいすまぬ」

ドロシー「別に私は女王様じゃあないんだ、あくびだろうがおならだろうが構わないさ……チェックメイト」

ちせ「むむ……」

ドロシー「チェスはまだまだ苦手みたいだな?」

ちせ「その分は将棋で取り返すから問題なしじゃ」

ドロシー「あのゲームは分捕った駒を使えるってのが斬新だな……まるで取り押さえたエージェントを転向させるみたいじゃないか」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃ……」

ドロシー「さて、そろそろおしまいにするか……ちょいと話がある」チェス盤と駒を片付けると、少し真面目な表情を浮かべた……

ちせ「どうしたのじゃ?」

ドロシー「ああ、実をいうと今日コントロールの方から任務の伝達があった」

ちせ「人手不足で応じきれぬという話は伝えたと聞いておったが?」

ドロシー「まぁな……とはいえこっちも植え込んだエージェントを挙げられたり排除されたりして手が足りないからな、どうしてもお鉢が回ってくるってわけさ」

ちせ「それで、なにをすれば良いのじゃ?」

ドロシー「今回のは監視任務だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「今度、新大陸の植民地から産出したものや製造されたものの展示会がある。その会場にやってくる植民地の人間に王国側のエージェントが混じっているらしい……私たちは会場に行ってぶらぶらしながらそれらしい人間を探し出し、同時にそいつと繋ぎを付けている王国の人間がいたら顔を覚えて資料と照合できるようにしようって任務だ」

ちせ「しかし、展示会のような会場では人も多かろう。情報の受け渡しをしている人間を探し出すといってもなかなか難儀じゃな」

ドロシー「それはそうだ。とはいえ、私たちの「女学生」って立場はこういう場合役に立つ。展示会は業者だけが入れる企業日と一般公開日があるが、私たちのカバーなら一般公開日だけとはいえ、なんてことのない顔をして会場に入れるからな」

ちせ「それはそうじゃな」

ドロシー「会場には何かしらのうまいものだってあるだろう。こういう場合は経費で落ちるし、買い食いでもしながらのんきに巡れば良いのさ♪」

ちせ「ふむ、なかなか悪くない話じゃ」

ドロシー「だろ? 当日はメイフェア校の制服で堂々とお邪魔すればいいってわけだ」

ちせ「なるほど、俄然興味が湧いてきた……しかし、新大陸植民地とはのう。アルビオンの威勢は衰えるところを知らぬようじゃ」

ドロシー「だがその実、土台はぐらぐらしているしあちこちで嫌なきしみを立てている……王国は根っこがダメになっている虫歯みたいなもんさ」

ちせ「そうかもしれぬ、じゃが今のところはぐらつく気配も見せぬな」

ドロシー「いまはそれでいいのさ。あんまり一気に事が起きてもらっちゃ対応に困る」

ちせ「確かにのう」

ドロシー「分かってくれたようでなによりだ……ふわぁ、あ……それじゃあ私は寝に行くとするかな」

ちせ「うむ、お休み」

ドロシー「ああ……良かったら一緒に寝るか?」えんじ色がかった瞳で流し目をくれ、にんまりと笑みを浮かべる……

ちせ「いや、それはその……明日も学業があるゆえ……///」

ドロシー「おいおい、私はただ「一緒に寝よう」って言っただけなんだがな♪」

ちせ「///」まぎらわしい言い方に見事に引っかかってしまい、顔を真っ赤にしてうつむいた……

ドロシー「はは、ちせは初々しいな……なぁに、ちょっとおとぎ話でも読み聞かせてやろうってだけさ♪ そういう知識もないと例え話なんかが通じなくて困るからな」

ちせ「それもそうじゃな、しかしてっきり……///」

ドロシー「私だって明日の授業に響くと困るんだからそんな無茶はしないさ♪」そう言うと軽くちせの腰に手を当て、エスコートするように寝室へと連れて行った……

…翌朝…

ちせ「……無茶しないはずではなかったのか?」まだがくがくしている脚で仁王立ちになると、両腰に手を当ててはれぼったい目でにらみつける……

ドロシー「あぁ、悪い悪い♪ 考えてみればおとぎ話の読み聞かせなんて言うのは私の性に合わないって気付いてね、そいつはベアトリスが帰ってきたときにでもやってもらえよ♪」悪びれもせずにちろりと舌先を出し、満足げな様子のドロシー……

ちせ「もうドロシーのことなど知らぬ」

ドロシー「そうつれないことをいうなよ、それに……朝食にはまだ時間があるぜ?」にやりと笑うとムササビのように毛布を広げ、とびかかってちせを包み込んだ……

ちせ「あっ、何をする気じゃ……やめ、っ……あっ、ん///」
729 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/06(木) 01:16:26.36 ID:H+yIyRxM0
…昼時…

ドロシー「さて、それじゃあ当日の行動についておさらいと行こうか」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「ああ……今回の見本市では新大陸の植民地から食品、機械製品、繊維などさまざまな物がくる。規模はそこまでじゃないがいずれも魅力ある商品でかなりの来場者が見込まれる」

ちせ「ふむ」

ドロシー「知っての通り北米大陸の植民地はアルビオン王国が総督府を置いて運営しているが、フランスはカナダのケベックを巡って争った事があるから現地民を焚きつけてこれを転覆させようと躍起になっている」

ちせ「どこもかしこも変わらぬのう……」

ドロシー「列強の縄張り争いなんてのはそんなもんさ。一方、南隣のメキシコやカリブ海の島々は南米大陸への足がかりになる重要な場所で、同時に金や銀、綿花や生ゴムなんかも採れる資源豊かな土地だから、アルビオンと元の宗主国であるスペイン、それに火事場泥棒を狙ったフランス、ドイツがしのぎを削って争っている。そして当然ながら、それぞれが裏で糸を引いている各種の独立勢力や民族主義者、革命家なんかがひしめき合っている」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「ま、とりあえず中米のことは覚えなくてもいい……一応そういう状況だってことを理解しておけばいいさ」

ちせ「承知した」

ドロシー「それで、だ……私とお前さんは仲良く手を繋いでその場所に会場に行き、色々話を聞いてメモを取りながら会場を回る」

ちせ「メモを取るのは人目を引くのではあるまいか」

ドロシー「うら若き女学生が貿易や外国の文物を学ぶためにメモを取る……なんにもおかしな事じゃないし、むしろ自然だ。あまり熱心すぎるのもおかしいからほどほどにして、食べ歩きなんかもしながらぶらぶらする」

ちせ「ほほう、食べ歩きか」

ドロシー「ああ。活動費はせしめてきたから安心して楽しんでいいぞ♪」ぽんぽんっ……と財布の入っているハンドバッグを叩いた……

ちせ「うむ、何があるかは分からんが期待大じゃな」

ドロシー「ああ、なまじ鋭い目つきでうろうろしていると感づかれるかもしれないからな。ほどほどにくだけた態度で過ごすのが一番なのさ♪」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「もしも向こうの連中に植民地英語でまくし立てられたら私が代わってやるから、そいつも心配しなくていい」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「おう、大船に乗った気でいればいいさ……一般公開日は数日あるが通い詰めるのはおかしいから、そのうちの二、三日にお邪魔する予定でいこう」

ちせ「うむ」

………



…数日後・見本市の会場…

ちせ「おお、なかなかにぎやかじゃのう」

ドロシー「移動サーカスまで来ているとはな……目くらましにはちょうどいい」

…会場までは臨時のダブルデッカー(二階建てバス)や乗合馬車が運行していて、ドロシーとちせはメイフェア校の制服に身を包み、あれこれ指差して談笑しながら会場に向かっていた……見本市の会場は道路の向かいに広場を構えた建物で、中にはさまざまな商品見本や展示物を並べたブースが広がり、広場ではちょっとした移動サーカスや屋台の出店、仮設テントなどが詰め込まれてお祭りのようなにぎやかさだった…

ちせ「のうのう、あの屋台はなんじゃ?」

ドロシー「植民地風のサンドウィッチさ……小腹が空いたら買うとしよう」

ちせ「ではあれは? まるで小さな伊勢エビじゃが……」

ドロシー「ザリガニだな。あっちの湿地帯では良く採れるから食べるって聞いたことがある」

ちせ「ふむふむ、では……」

ドロシー「おいおい。確かにくだけた様子でいいとは言ったが、私は観光ガイドじゃないんだぜ? それに任務のことも忘れてもらっちゃ困る」

ちせ「いや、うむ……それはもちろん……///」

ドロシー「どうだか……ま、多少はしゃいでくれた方がこっちとしてもやりやすい♪」

出店のオヤジ「お嬢ちゃん方、ミントジュレップはどうだい! 今日はぽかぽか陽気だし、冷たいやつで喉をうるおしていかないかい?」

(※バーボン・ウイスキーをミネラル・ウォーターか炭酸水で割り、ミントと砂糖で風味付けした飲みやすいカクテル)

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いてきたところだったんだ♪」

ちせ「……のう、ドロシー……あれは酒じゃろう?」後ろからこっそり袖を引いて耳打ちした……

ドロシー「ああ。大丈夫、飲めなかったら私が請け負ってやるから心配するな……二杯もらおうかな♪」

オヤジ「毎度っ!」
730 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/15(土) 01:23:47.32 ID:Bv6pE8Yh0
ドロシー「ごく、ごくっ……ふぅ、よく冷えててうまいぞ?」

ちせ「では少しだけ……うぇ」恐る恐る口をつけたが、途端に眉をひそめて顔をしかめた……

ドロシー「おやおや、やっぱりダメだったか……仕方ない、レモネードでも買ってやるよ♪」

ちせ「……うむ、これなら大丈夫じゃ」

ドロシー「良かったな」

…広い会場をゆったりとした歩調で巡りながら興味深げにあれこれ見たり、展示品について質問したりと「女学生らしさ」を見せながら観察を続けるドロシー……一方、英語の不得意なちせはドロシーの後ろにくっついて、会話を聞き取ろうと一生懸命に耳を傾けている…

毛皮商「どうぞ良かったらご覧になって下さい、ビーバーの毛皮で出来た帽子ですよ。柔らかい毛皮でかぶると暖かく、撥水性もあります」

ドロシー「まぁ素敵」

貴金属商「お嬢さん方、金製品はいかがですか? 細工だってヨーロッパのものに負けちゃいませんよ」

ドロシー「綺麗だけどちょっお値段が折り合わないから……」

貴金属商「そりゃ残念だ、じゃあこっちの銀製品なら? 今ならおまけしておきますよ?」ブローチやピンといった、小ぶりで手の届きやすい価格の銀細工を指し示した……

ドロシー「そうね、これならどうにか買えそうですし……せっかくですからこの子に♪」

ちせ「いや、そのようなぜいたくは……」

ドロシー「そう遠慮しないの、私の可愛い「妹」なんだから♪」お姉様風を吹かせ、犬を可愛がるようにあごを撫でる……

ちせ「あう……///」

貴金属商「さぁどうぞ……いや、良くお似合いだ。またぜひお越し下さい」ドロシーがちせの真っ直ぐな黒髪に映える銀の小さな髪留めを買うと、愛想良く見送った……

…しばらくして…

ちせ「む? なにやら軽い銃声がするのう」

ドロシー「ああ、屋内射的じゃないか?」展示会場の一部から「パンッ!」とごく軽い銃声が聞こえてくる……

ちせ「ふむ。こっちでは小口径とはいえ銃がごく当たり前に浸透しておるのう」

ドロシー「まぁ.22BBフロベールだの.22ショートの弾薬程度じゃあ当たったところでハチに刺された程度にしかならないからな……おお、やってるやってる」

…横に長いテーブルの上には屋内射撃や模擬決闘に使われる威力がほとんどない、あるいは「BBキャップ弾薬」という薬莢に火薬(発火薬)を詰めず、撃鉄が撃発させる発射薬のみで用いる遊戯(ギャラリー)用ライフルや小型リボルバーが並べてあって、花のような女性や遊び好きの若い紳士たちが台の銃を取り、数メートル先の的を狙って引き金を引いては当たりや外れの結果を見て笑いさざめいている…

案内係「そちらの女学生さんも良かったらやってご覧なさい、楽しいですぜ?」

ドロシー「そうねぇ、あんまりこういう盛り場みたいな遊びはしちゃいけないと言われているのだけれど……」

案内係「冗談を言っちゃいけませんやお嬢さん、こんなのはこっちじゃおしめをした赤んぼうだって使いこなしてますぜ! さ、お代は一発につき一ペンスだ。まずは五発、腕試しにやっていきなせえよ!」

ドロシー「そうね、別に先生が見ているわけでもないし……たまには息抜きもいいわよね♪」

案内係「へへっ、おっしゃるとおりで息抜きも大事ですぜ! それから、そちらの東洋のお嬢ちゃんもどうです?」

ドロシー「この娘は私の妹分なの。一緒に払ってあげるからやらせてあげて?」

案内係「毎度あり!」

ちせ「のうドロシー……刀ならともかく、銃はからきしじゃが……」

ドロシー「まぁまぁ、そう遠慮なさらなくても……前に弾の込め方くらいは教えたろ? 気軽にやりゃいいのさ。あんまり命中させても人目を引くしな」

…ドロシーはちせに小声で耳打ちすると台の前に立ち、単発の遊戯用ライフルを選んだ……すると横にいた係の男が弾を込めてくれ「さあどうぞ」と渡してくれる…

ドロシー「無事に当たるかしら……」堂に入った構えでは疑惑を招くので「お嬢様らしい」ぎこちない手つきで銃を取り、おっかなびっくりの引け腰で的に向かう……

係「もっと肩にしっかり当てないとぐらつきますよ……そうそう」

ドロシー「こんな具合ね? それじゃあ……」引き金を引くとクラッカー程度の「パン!」という銃声が鳴り、的のかなり外側に小さい穴が開いた……

係「いやいや、初めてにしちゃお上手ですよ! ちなみにうまく中央を撃ち抜いたら景品をあげますからね、頑張って!」

ドロシー「そうなのね、それじゃあ次はもっと上手く……」パンッ!

係「さっきよりは真ん中よりでしたが、少し引き金の引き方が慌ただしいから……もっとゆっくり……」

ドロシー「ゆっくりね、分かったわ……」パンッ!

係「撃つときに目をつぶっちゃあ当たるものも当たりませんよ、照準をつけたらしっかり見ておかなくちゃ」

ドロシー「ずいぶん難しいものなのね……」パン!

係「それでもずいぶん的の中央に寄ってきましたよ……さ、お次で最後だ!」
731 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/27(木) 01:11:54.87 ID:ItWCVwFj0
係「いやぁ、なかなか上手でしたよ? さ、どうぞ」

ドロシー「残念賞はアメ玉ね……」もらったキャンディをしゃぶりながらちせの様子を確かめる……

ちせ「……むむ、こうか」

係「そうそう、お嬢ちゃんは小さいから的の位置を下げてあげるね」

ちせ「子供扱いは止めてもらいたいものじゃが……」ぶつぶつと言いながら.22ショートの単発ライフルを構えた……

係「さぁどうぞ!」

ちせ「うむ……」パシッ!

係「ありゃりゃ、外れだ。次はもっとしっかり狙ってみてね!」

ちせ「分かってはおるのじゃが……」パシンッ!

係「あーあー、それじゃあ当たらないよ」

ちせ「むむむ……もう五発じゃ」

係「毎度! 今度はゆっくり狙いをつけてごらん」

ちせ「うむ……」パシンッ!

係「残念、これも外れだ」

ちせ「むぅぅ……」

ドロシー「仕方ないな、こうなったら私が……」ムキになり始めているちせを見かねて割って入ろうとするより先に、一人の男が射的台に近寄ってきた……

男「お嬢ちゃん、良かったら少し教えてあげよう」

ちせ「む……?」

…小柄なちせが見上げた先には、黄土色をしたフェルトのテンガロンハットに黒のリボンタイ、コヨーテ色の上着とズボンに艶のある茶革のブーツで身を固めた男が立っている……先端を少しはね上げたウェスタン風の口ひげをたくわえ、帽子のつばに手をかけて気さくな態度で挨拶をする男…

ウェスタン男「ま、ちょっと貸してみな? いいかい……」パンッ!

ちせ「む……!」

ドロシー「……ほう」

…的をじっと見るでもなく、おもむろに銃を構えたかと思うといとも容易く中心を撃ち抜いた男……その構えや気取らない動作から、ドロシーは男が相当な射撃の名手だと気がついた…

男「撃つときにあんまり身体をこわばらせないでリラックスして引き金を引くのさ……それからそちらのお嬢ちゃん」

ドロシー「私のことかしら?」

男「ああ。さっきのを見させてもらったが、君はセンスがあるぜ。一ペンス出すからもう五発やってみな?」

ドロシー「でも、見ず知らずの方に出していただくわけには……」

男「なに、遠慮することはないさ♪」

ドロシー「……そうですか、では」パンッ!

男「いいね。なかなかのもんだが跳ね上がりのことが入っていないから右上にずれてる……もうちょい左下を狙ってみな」

ドロシー「こう……?」パシッ!

男「今度はちょいと意識しすぎたな、だが悪くないぜ……その腕ならスカンク撃ちくらいはできるよ♪」

ドロシー「スカンク?」

男「西部にいる、くさい臭いを出す黒白のリスみたいなやつさ……お嬢ちゃん、君も練習すればひとかどになれそうだぜ」

ドロシー「ご丁寧にどうも」

男「なぁに、気にするなって……ま、楽しんでいってくれよ?」

ドロシー「ええ、ありがとう」

ちせ「……ずいぶんと馴れ馴れしい奴じゃったのう」

ドロシー「ああ……だけどあいつ、バレないようにしていたが身体が左側にかしいでた。相当な使い手だ……もしかしたらあれが探している奴かもしれない」

ちせ「あんな軽い調子の男がか?」

ドロシー「態度はうわべだけさ……距離を開けて監視するとしよう」
732 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/02(水) 01:11:52.51 ID:utwjoDrG0
ちせ「ちゅぱ……ちゅ……ふむ、ふぁかふぁかなふぁじじゃ……」

ドロシー「なかなかの味だって? そりゃ良かったな」

…残念賞にもらったキャンディを口中で転がしながら感想をつぶやくちせを横目に、さりげなく監視を続けるドロシー……テンガロンハットの男は貿易商かなにかのようだが顔が広く、あちこちの出店やブースに顔を出しては調子よくあいさつを交わし、通りがかるご婦人方には笑いかけてみたりとそつがない…

ドロシー「……うーん、あいつじゃないのか?」

ちせ「ほうか?」

ドロシー「まだ分からないな……いいけど喉に詰まらせるなよ?」

ちせ「うむ」

…会場は昼時が近づいてきて、食べ物の屋台がにぎわいだした……肉を焼く香ばしい匂いやマスタードの香り、炭のいぶる匂いなどに誘われて、老若男女がぞろぞろと人波を作っている……ドロシーは男を見失わないよう、かといって疑われない程度に距離を開け、店を冷やかしながらゆっくりと歩いている…

ちせ「向こうに曲がるぞ、追うか?」

ドロシー「いや。ずっと進路が一緒じゃおかしいからな……どのみちあの道はこの通路と向こうで合流するし」

ちせ「承知した」

ドロシー「……それはそうと、そろそろ昼なのに手ぶらじゃおかしいな……せっかくだし昼飯にするか」

ちせ「うむ、実を言うと少しばかり空腹であったのじゃ」

ドロシー「決まりだな。それじゃあ何があるか見てみるか……へぇ、新大陸風のサンドウィッチにハンバーグステーキ……ホットドッグもあるな」

ちせ「ホット……なに、犬を喰うのか?」人目に付かないようこらえたものの、仰天したような様子のちせ……

ドロシー「貧乏な地域じゃそうだったこともあるって話だが、今はまっとうなソーセージやなんかさ……多分な」

ちせ「……」

ドロシー「大丈夫だよ、心配するなって♪」

ちせ「う、うむ……」

屋台のおやじ「いらっしゃい!」

ドロシー「この、ホットドッグ? とクラブハウスサンドウィッチを下さいな」まだまだアルビオンでは物珍しい新大陸植民地の食べ物を前に、興味津々の女学生といった演技をこなしてみせるドロシー……

おやじ「へい!」長細いパンに手際よくソーセージと刻んだピクルスを挟み、マスタードを付けると紙に包んで出した……

ドロシー「どうもありがとう」

おやじ「またどうぞ!」

…薄紙の包みを持って空いているベンチを見つけると、ちせと横並びに座ったドロシー……しかも手際の良いことに、ちせのためのライムジュースと一パイントのビールも手にしている…

ちせ「いつ買ったのじゃ?」

ドロシー「ん? ああ、サンドウィッチ屋台の隣にあったからな……ま、冷めないうちに食えよ」

ちせ「うむ」ちょっとした辞書ほどもある厚手のサンドウィッチにどうかぶりつくか思案してから、小さな口を目いっぱい開けて頬張った……

ドロシー「はは、美味そうに食うじゃないか♪ どれ、私はホットドッグの方を……」

…少し粉の粗い長細いパンに挟まれた塩気の強いボイルドソーセージに、玉ねぎやきゅうりのピクルスを刻んだ甘酸っぱいレリッシュと、鼻につんと来る黄色いマスタードがちょうどいい…

ドロシー「へぇ、案外イケるな……そっちはどうだい?」

ちせ「うむ、ちと厚手で食いづらいが……むぐ……味はなかなかのものじゃ……」

…ちせが頬張っている新大陸スタイルのクラブサンドウィッチはトーストしたパンにマヨネーズをつけ、七面鳥(ターキー)のスライスとカリッとあぶったベーコン、それにトマトやレタスといった青物がアクセントに挟んで三角に切ってあり、分厚い中身をこぼさないよう悪戦苦闘しながら一生懸命になってかぶりついている…

ドロシー「そうかい、そりゃ何よりだ♪」

ちせ「結構な味じゃが、大ぶりでちと手に余るの……」

ドロシー「そうなったら手助けしてやるよ……お、あいつがいる」お嬢様風の柔らかい微笑をちせに向けながらも、視線の片隅にテンガロンハットの男をとらえた……

ちせ「なに……?」

ドロシー「いや、お前さんはそのまま食ってていい……うかつに視線を向けると感づかれるからな」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「……あいつ、どうなんだ?」男は屋台を巡って店主に声をかけたりしながらホットドッグとビールで腹ごしらえをし、口ひげを丁寧に拭うとまたぶらぶらしはじめた……

ちせ「もぐもぐ……奴ではないということか?」

ドロシー「どうかな。まだ確証はないが、私はあいつが臭いような気がしてるんだ……午後もあるから、もう少し監視してみよう」

ちせ「んむ」
733 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/16(水) 00:49:40.15 ID:rVbxh0160
ちせ「もぐもぐ……」

ドロシー「うまいか?」

ちせ「うむ。このアップルパイとやら、肉桂(シナモン)が少し効きすぎじゃがリンゴが沢山入っておって……」

ドロシー「新大陸植民地のアップルパイはこっちのよりシナモンが強いんだよな」

ちせ「ふむ。ともあれなかなかであった……」

ドロシー「そうかい。ま、美味いものを出す屋台もまだまだあるし、見物できそうな出し物も揃ってるな」

…広く会場に視線を配りつつ、口ひげの男を慎重に追跡しているドロシー……午後になってさまざまな催しや旅芸人たちが面白おかしい芸だったりちょっとした奇術などを披露して客を沸かせている…

男「よう、景気はどうだい?」

貿易商「まぁまぁだね」

男「そうかい? まぁ気長にやるこった」

貿易商「言われなくてもさ」

日傘の婦人「……あの、わたくし毛皮を探しているのですけれど」

男「それなら向こうですよ。案内しましょう」

婦人「まぁ、ご丁寧に」

男「このくらいなんでもありませんよ、西部の荒野を送ってくれって言われたわけじゃない」

婦人「まぁ、ふふ……面白いお方ですわね」

男「そりゃどうも、うんと楽しんでもらいたいですからね……ほれ♪」貿易商が並べていたアライグマの毛皮帽を取るとおどけたようすで手に取り、帽子の飾りとして活かしてある尻尾を手で動かしてみせた……

婦人「まぁおかしい♪ 新大陸の方は愉快な方が多いのですね」

男「かもしれませんね。とはいえレディの扱いだってこちらのジェントルマンたちに負けちゃいませんよ?」

婦人「あら、ではエスコートをお願いしようかしら」

男「ええ、喜んでお手をお貸し申し上げましょう」

………



…数時間後…

ドロシー「……そろそろ引き上げよう、寮の門限もある」

ちせ「奴の監視は続けぬのか?」

ドロシー「あくまでも任務はそれらしい人間を探して上に報告することだけだ。臭いのは奴だけじゃなくて、他にも何人かいたしな」

ちせ「ふむ……」

ドロシー「どうだい、お前さんの目には誰か引っかかるやつがいたか?」

ちせ「うむ、これといった確証があるわけでもないのじゃが数人ばかり……」

ドロシー「それじゃあ戻ったらお互いに気になったやつを突き合わせてみよう……さぁ、参りましょうか♪」一瞬で遊び盛りの女学生らしい声を出し、ちせをかたわらにおいて辻馬車を呼び止めた……

ちせ「承知」

…夜・部室…

ドロシー「……ふぅ、しっかし書類仕事は嫌いだ」

ちせ「とはいえ私では代わりも出来ぬ……」

ドロシー「なぁに、いいんだよ……とりあえず一日目はこれでよし、と」報告書を書き終えると大きく伸びをした……

ちせ「明日も行くのか?」

ドロシー「ああ、そう思って会場の半分はほぼ回らないでおいたんだ……まだ見ていない出し物があるとなれば、二日連続で来てもおかしくはない道理さ」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「つまり、明日も好きなものを食って良いってことさ……もっとも、美味いからって食いすぎたりしちゃダメだぜ?」

ちせ「私とて剣士の端くれとしてじゃ、その程度は心得ておる」

ドロシー「そうかい? もしやせないようだったら私がベッドの上で汗をかかせてやろうと思ったんだがな♪」

ちせ「///」
734 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/25(金) 01:31:33.00 ID:GuWsPWPR0
…見本市・二日目…

ドロシー「おやおや、昨日よりもさらに盛況じゃないか……まぁ新聞広告にチラシとずいぶん宣伝していたようだったしなぁ……」

ちせ「うむ、芋を洗うような人混みじゃな」

ドロシー「はぐれるなよ?」

ちせ「そちらもご同様に、じゃ」

ドロシー「へへっ、言うじゃないか♪ 冗談はさておき、もしはぐれたら事前に打ち合わせておいた場所で落ち合おう」

ちせ「うむ」

ドロシー「それではゆるりと参るとしますか♪」

…前日に比べてさらに増した人混みを縫うように進むドロシーとちせ……会場にいくつもそびえている大テントはどれも日差しと人いきれでむっとするほどの熱気がこもっており、暑さで短気になった男たちの小競り合いやむずがり泣きわめく子供、失神するご婦人など催し物ならではの騒動が次々と巻き起こる…

ドロシー「くそ、こう暑くちゃやってられないな……ちょっと喉を潤そうじゃないか」

ちせ「同感じゃ。それにこうも混雑しているようでは人の背中しか見えぬ……」体幹の強いちせゆえに辛うじてドロシーにくっついていられるが、監視どころか押しつぶされそうな状態になっている……

ドロシー「よし、こっちだ……!」

…見本市・広場…

ドロシー「ふぅ……」どうにかテントを抜け出した後ハンカチを取りだして額の汗を拭うドロシーと、同じく手拭いで頬を軽く押さえるちせ……

ちせ「この調子では監視など出来そうもないのう」

ドロシー「確かに大天幕の方は難しいが、建物の方なら二階のギャラリーからのぞき込めるな」

ちせ「うむ……」まだみずみずしさが残るオレンジを搾った涼やかなオレンジジュースで一息つき、ほっとため息をついた……

ドロシー「とはいえこの調子じゃあどいつが繋ぎ役かなんて分かりゃしないな……今のところ同業者らしいのも見当たらないが、それだってこう人が多くちゃ分かったものじゃない……」

ちせ「確かに。雑音が多すぎて気配があったとしてもかき消されてしまうのう」

ドロシー「仕方ない、今日は全体を見渡せるところに陣取ってゆっくり人間観察と行こうじゃないか」

ちせ「承知した」

…見本市・展示場の二階…

ドロシー「よし、ここならまぁまぁ観察できそうだ。あんまり目立つわけにも行かないから、しばらくしたら移動することになるが……」

ちせ「う、うむ///」

…小柄なちせは二階の外周部をとりまくギャラリーでドロシーの前に立ち、柵のすき間から会場を物珍しそうに眺めている演技をしていたが、行き交う人たちによってドロシーが押されるたびに張りのある乳房がぎゅっと後頭部に押しつけられ、同時に香水のふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった…

ドロシー「……それにしてもえらい混みようだ。まるで競りの時のコヴェント・ガーデン(青果市場)かセヴン・ダイヤルズ(ロンドン市内の低所得者が住んでいた住宅街)だな」

ちせ「こうも人に押しつけられると、あばら骨が軋みそうじゃ……」

ドロシー「ああ、まったくだ。もうちょいしたら一旦降りるとしよう……ん?」半分もみくちゃになりながら、目ざといドロシーが一人の男に目を留めた……

ちせ「誰かおったのか?」

ドロシー「本命じゃないがな……あいつ、妙な動きをしてやがる」

…注視しすぎないよう気を配りながら向けた視線の先には、ハンチング帽にあまり綺麗ではないシャツ、それにブカブカの上着を着た一癖ありげな男が歩いている……混み合った会場で押し押されしながらゆっくり動いているように見えるが、そのくせ自分の行きたい方に無理することなく進んでいるように見える…

ちせ「なるほど、あやつか……」

ドロシー「ああいった手合いはガキの時分に腐るほど見てきたから良く分かる……スリだよ」吐きすてるようにそうつぶやいた矢先、ハンチング帽の男が前を歩く紳士の後ろについて小さな動きを見せた……

ドロシー「……盗ったな」

ちせ「うむ……それよりドロシー、向こうに例のひげの男がおるぞ」

ドロシー「ああ、見つけた」

…ドロシーとちせが植民地政府のエージェントとにらんでいる口ひげの男を視界におさめた矢先、スリにあった紳士がふとポケットに手を突っ込むとけげんな顔をし、それから念入りにポケットを探り始めた……スリの男は何食わぬ顔をしているが、会場に入ろうとする人と出ようとする人の波で混み合ってしまい身動きが取れなくなっている…

ドロシー「あいつ、ちょっとばかり場所の選び方が悪かったな……」

…ドロシーがそうつぶやいている間にも持ち物をスられた紳士が前後左右の人間に何やら話しかけ、その周囲でざわざわとやり取りが高まりはじめた……どうにか一人分の距離を開けたスリは何食わぬ顔をしているが、ちらちらと視線を巡らし逃げる機会をうかがっている……と、近くにいた山高帽とステッキの男がスリに声をかけて持ち物を確かめようとした…

ちせ「む!」

ドロシー「やりやがったな」スリはシラを切っていたようだが腕を押さえられた途端にさっと相手を振り払い、人混みをかき分けるように逃げ出し始めた……
735 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/07(水) 00:54:57.46 ID:78aml/BQ0
山高帽「……おい、待て!」

ステッキの紳士「あいつだ、私の財布を盗ったのは!」

スリ「ちっ、どけ!」

帽子の婦人「きゃあっ!」

…スリの男は人混みをかき分け、まごついている客や邪魔な陳列棚を突き飛ばしながら必死になって展示場の外に逃げだそうとする……たいていの客は関わり合いになるのは御免だと身体を脇に寄せて避けているが、気の強い連中や連れの前でいいところを見せようという若者、正義感の強い紳士などが進路をさえぎったりステッキで転ばせようとしたりして立ちはだかる……スリはそうした妨害をかいくぐり突きのけながら口ヒゲの男が立っている近くまで走ってきた…

中年「うわ!」

商人「気を付けろ!」

ヒゲの男「…」

スリ「邪魔だ!」

…周囲の人波がさっと引く中を出口近くまで駆けてきたスリは姿勢を屈め気味にして、ぼさっと立っているように見えた口ひげの男へタックルをかますように飛び込んでいった……あわやというタイミングで口ひげの男が少し動いたような様子を見せると、次の瞬間にはスリが地面に叩きつけられ、数秒もしないうちに周囲の男たちや慌てて駆けつけた制服警官たちに取り押さえられていた…

ドロシー「なるほどな……ちせ、見たか?」

ちせ「うむ。素人目にはそうとは分からぬじゃろうが、みぞおちに叩き込んでおったな」

ドロシー「ああ。となるとやはりあいつで間違いないな」

ちせ「いかにも」

ドロシー「それにしても大した早業だ、普通に見ていたんじゃ何が起こったか分かりゃしないな……」特徴的な帽子をかぶったスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警官たちがうむを言わせずにスリをひっくくり連れて行く間に、口ひげの男はフェルトの中折れ帽をちょっとかぶり直し、口ひげを軽く指で整えるとまたぶらぶら歩き出した……

ちせ「してどうする?」

ドロシー「今日はもう切り上げどきだな。こんな騒ぎが起きたんだ、警官だのなんだのが押しかけてきてうるさくなる」

ちせ「承知」

ドロシー「それに、つなぎを付けている連中も何人か目星がついたしな♪」

…メイフェア校・部室…

ドロシー「……さて、と」

ちせ「もう出来上がったのか、手早いものじゃ」

ドロシー「この業界にいる以上は手も早くなくっちゃな……ちょいとメッセージを置いてくる」

ちせ「うむ、気を付けての」

…ロンドン市内・メールドロップ…

ドロシー「……よし」大通りと大通りの間、抜け道として使われないこともないが人通りが多いわけでもない裏道の角に「安全」を示す目印があるのを確かめると、するりと曲がって「ドロップ」に指定されているレンガ塀のすき間に暗号文をしたためた薄紙を滑り込ませる……

ドロシー「あとは返事を待つばかり……と」

………



…夕方・コントロール…

L「ふむ……」パイプをくわえて思案顔をしている……

7「どうかなさいましたか?」

L「いや、例の植民地政府のエージェントの事でな」

7「対象は無事に絞り込めましたが」

L「そこまではいい。それと接触していた人間に問題がある……イーグレットだ」

7「内務省付の連絡役でしたか」

L「そうだ。奴自身はさえない小物にすぎんが……普段新大陸のエージェントを担当する植民地省の役人ではなく奴が連絡役ということは、ただの定期報告や資金の受け渡しに来たのではない可能性がある」

7「引き続き調査を?」

L「ああ、相手が内務省となれば小さな事でもおろそかにはできまい。引き続き「D」を使って調査と監視を続けさせろ」

7「はい」

L「場合によっては増員も考えねばなるまい、回せる人間がいるかどうかも調べておけ」

7「かしこまりました」
736 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/17(土) 01:20:20.86 ID:kE2gk5uE0
…数日後…

ドロシー「……なるほどな」

ちせ「難しい顔をしてどうしたのじゃ?」

ドロシー「人手がいないから監視任務はあれで切り上げだと思っていたんだが、どうやら見込み違いだったようだ」暗号の書き込まれた薄紙を暖炉にくべると、あごに手をあてて思案顔をしている……

ちせ「と、いうと?」

ドロシー「どうやらあの「西部の伊達男」はそれなりに価値のあるアセット(資産)らしい……いまは内務省の連絡員がついてロンドンのホテルに宿泊中だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「そして、だ……私とお前さんであの男の監視を継続することになった」

ちせ「二人きりでか?」

ドロシー「ここに他の誰かがいるように見えるか?」

ちせ「いや……しかし監視任務が二人というのは……」

ドロシー「監視任務は前にもあったが、あの時はほぼ休眠状態の拠点を見張っていただけだからな……今回みたいな監視任務にエージェントが二人なんていうのは正直に言えばありえない。三人で回すのだってあきれるほどキツくて、睡眠はおろか用を足す時間だって切り詰めなきゃならないくらいだ」

ちせ「とはいえ任務は任務……というわけじゃな」

ドロシー「その通り。部屋は経歴に問題のない人間が正当な手段で借りているはずだから、とやかく詮索されることもまぁないだろう……着替えは途中のネストに置いてあるやつを使う」

ちせ「承知した」

…数時間後・監視拠点…

ドロシー「……へぇ、そう悪い部屋じゃないな」

ちせ「倫敦(ロンドン)も中心街に近いと、下宿屋まで上等になるものなのじゃな」

ドロシー「その分だけ家賃も高いがな……ありがたい、ベッドも良さそうだ♪」着替えやこまごましたものを詰めたスーツケースを置くと、跳ねるようにしてベッドに座った……

ちせ「うっ……ぷ! よさぬか、ホコリが立つ」

ドロシー「悪い悪い♪ それはそうと、ここからならやつの部屋が視界に入る」角度の都合でホテルの窓からは見えないが、ドロシーたちの部屋からはホテルの室内が限定的ながら見ることができる……さっそく椅子を一脚持ち出して窓辺に置き、陽光が反射しないようカーテンを引いてから望遠鏡を取りだした……

ドロシー「これでよし、と……あとは忍耐勝負だ。私はちょいと周辺の地理を押さえるついでに食い物を仕入れてくるから、その間は監視を頼む。分かっているとは思うが、どんな奴が来てどのくらい部屋にいたか、きちんとメモをつけておいてくれ。それと私が帰ってきたときにノックが「緊急事態」だった場合は、すぐメモを焼き捨てて脱出しろ」

ちせ「うむ」

…数分後・近くの食料品店…

ドロシー「……ごめんください」

店員「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

ドロシー「ええ。食パン二斤に「ハントリー&パーマー」のビスケットひと缶、チェダーチーズ半ポンド、リンゴを一ダース、ソーセージをひとつながり……そのパテは?」

(※ハントリー&パーマー…1822年の創業から1980年代に買収されるまで長くブランドを保った有名なビスケット会社。きれいなデザインを施したビスケット缶はトレードマークとして有名になった。王室御用達)

店員「レバーのパテです、美味しいですよ」

ドロシー「じゃあそれとサーディンをそれぞれひと缶に赤ワインを一本」

店員「あの、失礼ですが初めてのお客様にはかけ売り(ツケ)をしておりませんので、現金での支払いをお願いしているのですが……よろしいですか?」

ドロシー「もちろん」ポンド紙幣を出してカウンターに置いた……

店員「はい、確かに……ではお釣りです。よろしければ運ばせましょうか?」

ドロシー「すぐですから大丈夫、どうもありがとう」

店員「またのお越しを!」

…裏路地…

ドロシー「ふぅん……この通りはこっちと繋がっているのか……」買い物袋を抱えたなんということもないそぶりで周辺の裏路地や通り抜け、小道や抜け道を確かめる……

ドロシー「よし、今日はこれでいいだろう」袖口でリンゴを軽く拭うと歩きながらひとかじりした……

………


737 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/24(土) 01:20:13.49 ID:IhrD1XMU0
…別の日…

ドロシー「……おはよう」

ちせ「うむ。ずいぶん心地よさそうに眠っておったの」

ドロシー「おかげさまでな……朝飯は食ったか?」

ちせ「いや、まだじゃ」

ドロシー「なら私がぱぱっと作ってやるよ」

ちせ「うむ」

…洗面台でばしゃばしゃと顔を洗うと台所に立ったドロシー……昨夜の残り火を火種にして石炭をくべ、炉の火加減が良い具合になると卵を割り、ベーコンを切り出して熱くなってきたフライパンに放り込む……数分もしないうちにベーコンの焼ける音といい匂いが漂い、跳ねた油に時折「あちっ!」と悪態をついたりしながら、布巾でフライパンの柄をつかんで持って来た…

ちせ「なかなか美味そうじゃな」

ドロシー「ああ。食えるときに食うのもエージェントの任務だ……腹ペコじゃ力も出せないからな」食パンとベーコンエッグスを皿に乗せるとテーブルクロスの上を滑らせてよこした……

ちせ「おっと……では、いただきます」皿が逃げないように捕まえると手を合わせた……

ドロシー「おう、食ったら休憩に入っていいぞ」食べている間にも窓越しの観察を怠らないドロシーだが、監視対象のホテルの部屋はまだカーテンが引かれていて様子が掴めずにいる……

ちせ「うむ、なかなかのものじゃ」

ドロシー「だろ? チーズもあるから好きなように切って食べな」

ちせ「しかし、あまり食うと身体が重くなるのでな……むむむ」

ドロシー「別に無理に食えとは言わないさ。欲しけりゃ……ん、ぐっ」飲み込みかけたパンを詰まらせそうになり、紅茶で流し込む……

ちせ「どうした?」

ドロシー「奴が出かける……追うぞ」

…新大陸からのエージェントはフェルトの中折れ帽に茶系のスリーピースとリボンタイ、ピカピカの茶革のブーツでダンディに決めている……そして「野性味あふれる西部の好男子」キャラクターを本人もよく自覚しているらしく、ロンドンには似つかわしくない派手な笑顔や身振りを振りまいている…

ちせ「うむ……格好はこれで構わぬか?」街なかで尾行するのに着物では目立ちすぎるので、ドロシーが見立てた黒を基調としたモノトーンのデイドレスに日傘を持った……

ドロシー「ああ、それでいい♪」いつものように深緑色をベースにおいたデイドレスに同系統の日傘を持ち、にやりと口の端に笑みを浮かべた……

…ロンドン市内…

ちせ「やつはどこに向かうつもりじゃろう?」

ドロシー「それを調べるのがこっちの役目さ……私は目立つタイプだから距離を開けて援護に回る。まだ慣れないと思うが試しに付けてみろ」

ちせ「承知した」

…場合によっては尾行がいないか調べるために、本人の後ろから距離を空けて「守護天使(監視役)」がついている事もある……ドロシーはその監視役がいないか見破るために大きめに距離を空け、尾行そのものはちせに任せた…

男「〜♪」

ちせ「……」何かの曲を鼻歌で鳴らしながらすたすたと歩いて行く男に対して、小柄なちせは少し難儀しながら尾行を続ける……と、男は劇場へ吸い込まれるようにして入っていった……

ドロシー「……劇場か」

ちせ「どうするのじゃ?」劇場の前を行き過ぎてから裏道の角で合流した二人……

ドロシー「薄暗くて不特定多数の人間が出入りする場所は情報交換にも持ってこいだ。入ろう」

ちせ「うむ」

…劇場…

ドロシー「済みません『プリンセス・プリンシパル〜Clown Handler〜』の当日券を二枚」

受付「はい。どうぞごゆっくり」

ドロシー「ええ、どうも♪」

ちせ「……しかし、活動写真など久しぶりじゃ」

ドロシー「そりゃ良かった……やつに視線を向けると気付かれるかもしれないからな、映画の方を楽しむといい」男の席より四列ほど後ろ、左にも五つほど離れた場所に席を取った……

ちせ「あい分かった」

…男は映画のパンフレットを眺めながら、幕が上がるのを待っている……照明が落とされ、周囲のざわめきが収まるとカタカタと映写機が回り始める…

男「……」

ドロシー「……」

ちせ「……おぉぅ」隣にも聞こえないような小声で感嘆の声をあげつつ、熱心に映画を見ているちせ……
738 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/29(木) 00:55:50.62 ID:/orgx/Av0
…上映後…

ドロシー「いやぁ、面白かったなぁ。 見どころも満載だったじゃないか……上映中に接触した奴はいなかったな」

ちせ「本当に活動写真が見たかっただけなのじゃろうか」

ドロシー「そうは思えないけどな……奴が出るぞ」楽しげな表情をしたままさっと耳打ちする……

ちせ「なるほど、見えた」

…男は悠然とした態度で劇場を出ると、そのままホテルとは逆の方向に歩き始めた……乗り合い馬車や二階建てバスが激しく行き交う通りの十字路には交通整理の警官もいるが、それでも道路をひょいと渡る歩行者や急な車線変更をする車などが後を絶たない…

ドロシー「このまま二人でいると目立つから、私は歩道の反対側に渡る……ちせは距離を保ったまま尾けてくれ」そう言うとドロシーは向かいのショーウィンドウに陳列されているアクセサリーに気を惹かれたフリをして、車の列を縫うようにしてさっと道路を渡った……

ちせ「承知」

…数分後…

男「〜♪」

ちせ「……」

ドロシー「……」ご機嫌な様子ですたすたと歩いて行く男と、小さい歩幅ながら器用に人波をすり抜けて距離を保っているちせ……そして反対側の歩道で商店を冷やかしたり、裏道に入ったりしながら監視を続けているドロシー……

男「……」

ドロシー「あいつ、尾行がないか確かめていやがるな……?」ぶらぶらと街歩きをしながら監視がないかどうかを確かめるのはエージェントとして欠かせない予防措置で、相手がそうした措置を取っていることを考えると一旦尾行を打ちきった方が得策のように思えた……

ドロシー「そうと決まれば合図を出すか……んっ?」

…婦人帽をかぶったドロシーがちせに向かって尾行の打ち切りを示す合図を出そうとした矢先、急に道の向こうから人々の叫び声や怒鳴り声、警官の吹き鳴らす警笛の甲高い音、何かが壊れるような轟音が響いてきた…

通行人「暴れ馬だぁ!」

通行人B「危ないぞ!」

ドロシー「まったく、こんな時に騒がしいことで……っ!?」

…街なかのパイプから漏れて噴きだした蒸気に驚いた馬車馬が暴れ出し、御者を振り落とし革帯を引きちぎって暴走し始めたのが見えた……騒ぎにかこつけてさりげなく撤収しようと考えたドロシーは冷めた様子で道路上の大騒ぎを見ながら軽く帽子を持ち上げ、ちせに合図を送ろうとしたが、次の瞬間に起きた光景を見て一瞬視線が凍り付いた…

子供「ママだ!」

乳母「あっ、いけません!」

母親「だめぇ!」たまたま道路の向かいに母親を見つけた小さな子供が乳母の手を振り切って道路上に飛び出し、そこに興奮のあまり口から泡を吹いた暴れ馬が飛び込んでくる……

ちせ「いかん!」

ドロシー「ちっ……!」

…エージェントとして目立つ事はするべきではなく、たとえ可哀想に思っても幼児を助けるのはあきらめる必要がある……が、道路の向こうにいるドロシーが止める間もないうちにちせが道路上に飛び出し、馬の蹄に引っかけられないよう子供を抱きかかえて跳んだ……見事な跳躍で子供を救い出したちせだったが、切れた馬具の革紐が脚に絡みつき、怪我をしないよう身体を丸めた状態で二メートルほど地面を引きずられかけた…

男「……!」バンッ!

ドロシー「!?」

ちせ「く……!」

…ちせが飛び出すのとほぼ同時に動き出していた口ひげの男は、ちせの脚に馬具が絡んだのを見るやいなや一瞬のうちに腰のホルスターに手をやり、そのまま抜き撃ちで絡んでいた革紐を撃ち抜いた……その間にも勇敢な何人かが暴れ馬に飛びついてくつわを押さえ込み、半狂乱になった母親は子供に駆け寄り、野次馬や警官が押し寄せる間にちせは地面を転がり、さっと人混みに紛れ込んだ…

母親「あぁ! エリー!エリー!」

子供「うわぁぁぁんっ!」

野次馬「……やれやれ、無事で何よりだったなぁ」

野次馬B「それよりあの子供を助けようと飛び出した女の子がいただろう? ずいぶんと勇敢だったぜ」

野次馬C「そういえばあの女の子はどこに行ったんだ? 表彰状ものだよな」

警官「ほら邪魔だ邪魔だ!後ろに下がって!」

男「……」ちせと同様、騒ぎの音に紛れてさりげなくその場を離れた男……一瞬だけドロシーの方を見たようだったが、すぐにフェルトの中折れ帽をかぶり直すと角を曲がって消えた……

ドロシー「……あいつ、やっぱりただ者じゃないな」十重二十重と事故現場を取り囲んでいる野次馬の列に押し出されるフリをしながら後退していき、すっと裏道に入ると小さく首を振った……

ドロシー「それに間違いなくちせの顔は覚えられた……さて、どうするか」

ドロシー「とりあえず、ネストに戻ったらまずは説教だな……」

………

739 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/06(金) 01:48:41.59 ID:y9W6mgfZ0
…ネスト…

ドロシー「一体どういうつもりだ。この商売では私情を捨てなきゃならないこともあるって何度も言ってきたはずだぞ……あんな常人離れした動きを見せたらどんなバカだって注目するに決まってる」

ちせ「……すまぬ」腰に手を当てて仁王立ちしているドロシーと、床で正座して反省しているちせ……

ドロシー「はぁ……今さら謝ったってどうしようもないだろうが。一つはっきりしているのは、間違いなくお前さんは奴に顔を見られたってことで、エージェントに顔を見られたってことは覚えられたってことだ」

ちせ「……」

ドロシー「いいか「子供を助けるな」とは言わないが、もしやりたいなら目立たないようにやれ。風車に突っかかるドン・キホーテみたいな真似はやめろ」

ちせ「ドン……なんじゃ?」

ドロシー「才気あふるる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……スペインの風刺物語だよ。騎士道精神にイカれちまった郷士のおっさんがボロ槍を持って遍歴するんだ……ともかく、しばらくの間は出歩かずにじっとしてろ」

ちせ「うむ……迷惑をかける」

ドロシー「そう思うなら端(はな)っからやらないでくれよ……全く、説教をするのがアンジェじゃなくてよかったな。無表情なあいつに説教されるとおっかないことこの上ないぞ」

ちせ「うむ……」

ドロシー「ともかく、今さらああだこうだ言ったところで「こぼれたミルクは戻らない」からな」

ちせ「ふむ……こちらで言う「覆水盆に返らず」じゃな」

ドロシー「きっとそうだろう。ほら、飯にするから席に着けよ」ずっしりとしたミートパイを切り分け、ベイクドビーンズと一緒にちせの皿へ盛った……

…同じ頃・ホテルの一室…

男「……鍵はかかってない、入ってくれ」

役人風の男「失礼」

男「よう、毎日のようにご苦労だな」

役人風「商品を売りこみに来た貿易商のため、役人が関税や通関についての指南にやってくる。なにもおかしな事はないだろう……銃の手入れか?」

男「まぁな」リボルバーのレンコン穴をのぞき込み、火薬のカスや傷がないか確かめながらクリーニング用の細いブラシを突っ込む……

役人風「撃ったのか?」役人らしい堅苦しい表情のままだったが、一瞬持ち上がった眉毛は驚愕を表していた……

男「ああ、まだ一時間も経っていない。劇場の前で馬車馬が暴れてね。絡まった馬具で通行人の女の子を引きずりかけたもんだから、つい手が伸びちまった」

役人風「……どうやら時間をかけてカバー(偽装)やレジェンド(偽経歴)を作ってきたのが無駄になったな」

男「さすが、本国人らしい嫌みったらしい言い方だ……だがね、そのおかげでちょっとばかし面白いものと出っくわしたよ」

役人風「というと?」

男「馬具が絡まって引きずられかけた少女……ちっこい黒髪の東洋人なんだが……どうやらただの娘っ子じゃあない」

役人風「分からんな、東洋人がそんなに珍しいか?」

男「そうじゃないさ……そもそも馬にひかれかけたのは幼い女の子で、東洋人の娘は馬のひづめをかいくぐって幼児を救い出したところで馬具が絡まったんだが……ありゃ並の動きじゃなかった」

役人風「その「並の動きじゃない」娘が君を尾行していた?」

男「ああ……そうそう、どうも見覚えがあるような気がしていたが見本市に来ていた娘だ。小柄で人混みにまぎれていたから気付かなかったが、劇場を出てからもおれの事を尾行していたみたいだな」

役人風「東洋人のスパイ?」

男「東洋人だろうがペルシャ人だろうが他人を尾行しているってことはその類だろうよ」

役人風「……じゃあ、放っておけば馬に引きずられて勝手に処理できた相手を銃を抜いてまで助けたのか」

男「そういう言い方もできるな」

役人風「私にはそうとしか言えんね……そもそも銃を持ち歩いていいとは言っていないはずだが?」

男「持ち歩いちゃいけないとも聞いてないな」

役人風「……からかっているのか?」

男「とんでもない……だが、丸腰で歩き回るのは嫌いでね」

役人風「必要ないだろう? ここは西部の荒野じゃないんだから」

男「どこだって変わらないさ。ここじゃタンブルウィード(転がる枯れ草)が古新聞ってだけでな」

役人風「ともかく、今後は人目を引くような行為はつつしんでもらいたい」

男「ふ……おそらく東洋人の娘っ子も今ごろそう言われているだろうよ」そう言うとクリーニングの済んだリボルバーを腰のガンベルトに納めた……
740 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/14(土) 01:28:15.77 ID:Hw8GkQrd0
…ロンドン市内・コーヒーハウス…

7「なるほど、それほどの使い手だと」

ドロシー「ああ。少なくとも二流じゃない……私が言うんだから間違いないさ」

7「貴女が言うのならそうでしょうね。しかしそれだけのエージェントを呼び出した理由はなにかしら?」

ドロシー「さぁな……それと連絡役のうち一人は内務省の奴だが、時々しかめっ面をした役人風の男が来ている。身長は五フィート七インチ(170センチ)くらい。鉄ぶちの丸眼鏡に薄い砂色の髪。正面から見て右側で七三分けにしていて、瞳は水割りのウィスキーみたいな茶」

7「他に特徴は?」

ドロシー「握りに鷹か鷲をあしらった細身のステッキを突いている」

7「分かったわ、調査の上で該当する人物が分かったらそちらにも教える」

ドロシー「頼んだ……あぁ、それと」

7「なに?」

ドロシー「例の男は時々『壁』沿いの区域にある倉庫に通っている……場所はこの辺りだ」特定のやり方でロンドン地図と重ね合わせると目星を付けた場所が分かるようになっている手紙を渡した……

7「分かった。では引き続き監視と、可能な限りその倉庫の調査を行ってちょうだい」

ドロシー「ああ、それじゃあまた」紅茶を飲み終えるとさりげなく席を立った……

………

…数日後…

ちせ「ドロシー」

ドロシー「んぁ……交代にはまだ早いぞ、何かあったか?」

ちせ「うむ、あの男が役人と一緒に出かけようとしておるのじゃ」

ドロシー「本当か?」一瞬で目を覚まし、さっと窓際から観察する……

ドロシー「……間違いないな」

ちせ「どるするのじゃ?」

ドロシー「そりゃあ尾けるしかないな……私も格好を整えたらすぐに出る。先に裏口で待っていてくれ」

ちせ「承知」

ドロシー「さて……奴らが何をする気か知らないが、ノルマンディ公が一枚噛んでいるのはほぼ間違いなしだな……」手際よく口をゆすぎ、ばしゃばしゃと顔に水をはねかけると『七つ道具』を整えてさっと室内を見わたし、留守中に誰か室内に入っても疑われるようなものがないか確かめ、ドアノブに保安措置のまち針を乗せると部屋を出た……

…裏通り…

ドロシー「よし、行こう」

ちせ「うむ」

…ドロシーお気に入りのカスタム・カーは抜群の性能だが小回りが効かず目立ちすぎるため、コントロールが用立てた地味な二座席の幌つきクーペに乗り込み、エンジンをかけた…

ちせ「……それにしても連中は何をしているのじゃろうな?」

ドロシー「それをこれから調べるのさ。壁沿いのあの辺りは倉庫が多いし、なにかデカいものをしまっておくことだってできる……物騒な代物って可能性もないわけじゃない」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「奴は右折か……このまま同じ道を行くわけにもいかないな」訓練所時代に叩き込まれたロンドン市内の地理と天性のカンで、尾行に気付かれないよう道を変えながら追跡を続ける……

…一方…

役人風「……尾行はいないようだな」

男「そうは思えないね。後ろにいる車のどれかがおれたちを尾けているよ」

役人風「街中で早撃ちの見世物なんかをしたからだ」

男「そう言うなよ。これで共和国のエージェントを挙げることが出来たら君の手柄にもなるんだからな」

役人風「失敗すれば君から芋づる式に関係がバレる」

男「やれやれ、ロンドンのお天気くらい悲観的なんだな」

役人風「君が楽観的すぎるんだ……そこで右だ」

男「いや、この道は曲がる車が多い。尾行されているか調べたいんなら二本先の路地で曲がろう」

役人風「レアンダー通りか? あそこは道幅が狭いから車に傷を付けないようにな」

男「もし傷がついたら直して返すよ」
741 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/20(金) 00:54:41.26 ID:jxCO0DJE0
…しばらくして『壁』沿いの倉庫街…

役人風「どうにか無事に着いたな」

男「当然さ」

役人風「どうだか……向こうは呆れるほど広い荒野なんだろう? ハンドルの使い方を知っているだけでも驚きだ」

男「ハリネズミに巣を借りて狭い道での運転を練習したのさ」

役人風「ふん……まぁいい、中に入ろう」

男「なら先に入ってくれ、おれは監視がいないか確かめてから入る」

役人風「分かった」

…近くの廃屋…

ドロシー「あそこに入ったが……見たところはただの倉庫だな」

ちせ「どうするのじゃ?」

ドロシー「ひとまずは監視するだけだ。もちろん後で報告は上げる。しかし人の気配もないし保安措置が講じられているようでもないな……」

ちせ「文字通り『ただの倉庫』なのではないか?」

ドロシー「そんなはずないとは思うが……」真鍮が光を反射しないよう筒に黒い布を巻き付けた望遠鏡を取り出し、風にさらされている古ぼけた倉庫を観察した……

ちせ「ふむ……」

ドロシー「とりあえず動きはない。今日のところは連中が引き上げるのを待ってからこっちも撤収、場所だけ報告したら明日以降の監視を考えよう」

ちせ「承知した」

………



…翌日・市内の図書館…

L「……なるほど」

ドロシー「ともかくその倉庫には人影もなけりゃ会社名の看板もない。屋根には雑草が生えてるしレンガは崩れかけ……だからこそ逆に引っかかる」

L「というと?」

ドロシー「監視のない倉庫に意味深な人の出入り……興味を持たせるようにわざとやっているとしか思えない」

L「つまり罠だと」

ドロシー「ああ、私はそう思うね」

L「ふむ……さっき場所は壁の近く、地図で言うとこの辺りだと言ったな」なんの変哲もないロンドン地図の一点を指さした……

ドロシー「ああ、その辺りだ。もっともその辺りは革命騒ぎで焼けた廃屋か需要の少ない倉庫がほとんどで、地番もないような区域だからおおよそのところだが……」

L「……この場所なのは確かか?」

ドロシー「ああ、間違いなく」

L「ふむ……金脈を掘り当てたとは言わんが、近いところまではたどり着いたようだな」

ドロシー「どういうことだ?」

L「この地図を見てみろ」取りだした別の紙はふちが黄ばんでところどころ破れていて、隅には下水道の経路を示す整備図であることが書かれている……

ドロシー「これは……!」

L「見ての通り、この倉庫の地下を通る下水道をたどっていくと壁沿いにある複数の王国軍施設と地下で繋がっている」

ドロシー「しかも一つや二つじゃない……小火器の保管庫、車輌整備施設、重砲の弾薬庫……どうなってるんだ」

L「……君の歳では知らんのも無理はない。そもそもこの周辺の『下水道』は王国がこちらと開戦することになったときに、ロンドンの防壁を守るべく備えて作られた要塞線の一部を造り替えたものだ」

ドロシー「それじゃあ……」

L「人気がないように見えるのも当然だ、おそらく下水道の点検用に掘られた地下通路から出入りしているのだろう」

ドロシー「それじゃあ監視のしようがないな」

L「ふむ……では可能な限りでその倉庫には何があるのか、何の目的でどこへ運ぶのかを調査しろ」

ドロシー「分かった」
742 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/27(金) 01:47:42.49 ID:MGpknpE00
…その次の日…

ちせ「……それでここに拠点を置くことになったわけじゃな」

ドロシー「そういうこと……やれやれ、あの柔らかいベッドが恋しいぜ」

…ロンドンを東西に隔てる無愛想な「壁」沿いの街区は日当たりも風通しも悪く、行政や軍の要望で取り壊しや立ち退きも行われるため、必然的にすぐ取り壊してもいいような安普請の下宿屋や木賃宿がごちゃごちゃと並んだ貧民街のようになっている……ドロシーとちせが借りたのもそうした安下宿の一つで、薄いマットレスを敷いたベッドは寝転ぶだけでギシギシときしみ、備え付けのクローゼットは立て付けが悪くきちんと扉が閉まらない……天井からの雨漏りを受ける桶を床に置き、ホコリのせいですっかり灰色になっているカーテンを細めに開き、すき間から倉庫を監視している…

ちせ「ふうっ……ひどいホコリじゃ」

ドロシー「モップとバケツならそこにあるから、私が監視している間に掃除でもしてくれないか?」

ちせ「うむ、代わりに料理は任せるぞ」手拭いを口元に巻き付け、たすき掛けで(部屋の程度に合わせた)粗末なデイドレスの袖口を押さえると、ホコリの積もった室内にはたきをかけはじめた……

ドロシー「あいよ……うっぷ、ひでえな」

ちせ「おおかた部屋の管理もしておらぬのじゃろう」

ドロシー「その代わり家賃はまあまあだし、難しい事を聞かずに部屋を貸してくれるってわけさ」視界の先にある倉庫は静まりかえっていて人の出入りもほとんどない……

ちせ「……あっという間に水がまっ茶色になってしまった」

ドロシー「水道は共用で裏にある。他の住人に何か詮索されても、英語が分からないふりをしてごまかせ」

ちせ「承知」バケツを持って出ていった……

ドロシー「さて、しばらくは根比べだ……」

…そのころ・ロンドン市内のホテル…

男「……じゃあ、今度の船便でそいつを運び出すのか」

役人風「そういうことになる……何か不満か?」

男「いいや? だが気にはなるね」

役人風「過ぎた好奇心はためにならないことくらい分かると思うが」

男「そりゃあそうさ。だが今のタイミングで新大陸にそれだけのものを運び込むと聞かされたら事情を勘ぐりたくもなる」

役人風「考えるのはこちらに任せておけばいい。君の仕事は実行することで考える事じゃない」

男「自分の仕事くらいは分かっているさ」

役人風「なら結構だ……くれぐれも早撃ちの見世物やカウボーイごっこを披露するような真似はしないようにな。その立派なひげを見せびらかすために出歩くのもやめてくれ」

男「ああ」思わず上唇のひげを撫でた……

役人風「まぁ、ホテルのラウンジでお茶を飲むくらいは構わないよ。 経費はこちら持ちだ。せめて新大陸に戻る前にまともな紅茶の味を覚えて帰るといい」

男「……ちっ、取り澄ました嫌な野郎だ」

…小役人風の連絡役が出ていくと男は鏡台の前に座って小さな櫛で口元のひげを整え、それからトランクに入れてあったガンケースを広げると、不愉快さを忘れるように.44-40ウィンチェスター弾モデルの「コルト・シングルアクション・アーミー」と、それよりはずっと小さく隠しやすい護身用の.32口径リボルバー「S&W・NO.2」リボルバーを熱心に手入れした…

………



…数日後…

ドロシー「ふぅ、こうも動きがないんじゃ仕方ないか……」

ちせ「どうする気じゃ?」

ドロシー「ゴミ漁りのふりをして近くをうろついてみるつもりだ。このまま昼は学校、夜は抜け出して監視ときた日には身体が持たないし、コントロールに「成果を出せ」ってせっつかれるのも気に入らないしな」

ちせ「しかし、危険ではないか?」

ドロシー「そいつは分かっちゃいるんだが、他に使える監視役がいない以上こっちでやるしかないだろう……綱渡りは慣れてるしな」

ちせ「ならば私が……」

ドロシー「いや、私なら貧民街のことも分かっているからなんでもない……連中だっていちいちゴミ漁りを警察に突き出したりして耳目を引くのは避けるだろうから、捕まってもせいぜい顔の形が変わる程度にぶん殴られるくらいですむはずさ♪」

ちせ「むむむ……『顔の形が変わるほど』殴られると言うのは大ごとのようじゃが、そういうのなら」

ドロシー「ああ、むしろ屋根を伝って上から監視とバックアップをしてくれる方が助かる。もしも本気で相手をしなくちゃならないようだったらこんな風に合図をする……その時は相手を叩き斬ってくれ」手を意味ありげにヒラヒラさせた……

ちせ「承知」

ドロシー「それじゃあ今夜の実行に備えて昼寝でもしておけよ」

ちせ「分かった」
743 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/02(水) 00:19:00.79 ID:MrZBuGBD0
…夜…

ドロシー「ちせ」

ちせ「うむ」粗末なベッドで寝ていたはずが、ドロシーが声をかけるとまるで起きていたかのように返事をした……

ドロシー「そろそろ時間だ」

ちせ「そうか……それよりドロシー、その格好は一体?」

ドロシー「どうだ、なかなかのもんだろ?」

…起き上がったちせが向けた視線の先には、色もよく分からないボロを着た汚らしい女が木の桶を持って立っている……品のないニヤリとした笑みを浮べると歯並びの悪い黄ばんだ歯がゆがんだ唇からのぞき、もつれ放題の髪は脂ぎっていて、肌も垢じみて黒ずんでいる…

ちせ「……まるで別人じゃな」

ドロシー「なぁに、コツさえ覚えれば結構簡単なもんさ……格好よりも動きが大事なんだ」

ちせ「その服はどこから?」

ドロシー「慈善活動のフリをして貧民街に行ったときに私と背格好の近い女を見つけてね。まっとうな服をやる代わりにこいつを引き取ってきたのさ」

ちせ「なるほど……私もそういう格好をしたほうがよいのじゃろうか?」

ドロシー「必要ないさ。ちせに動いてもらうときはのっぴきならない時だけだ」

ちせ「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあ最後の仕上げと行くか……」

…部屋の隅に持ち込まれている見なれない容器は使い込まれた機械油の桶で、中身はすっかり真っ黒になっている……ちせが古いオイル特有の嫌な臭いに鼻にしわを寄せているなか、ドロシーは古油を少し手に取ると「うへっ、ひでえな……」とぼやきながら手首や首もとに少しすりこんだ…

ちせ「……まるでオンボロの工場じゃな」

ドロシー「いつぞやの洗濯工場みたいにか? ……いくら格好がボロでも、物乞いや貧民層に特有の臭いがしないと相手に違和感を与えてしまう。視覚、嗅覚、聴覚……五感すべてを使って自分のなりすましたい人間に寄せないといけないのさ」

ちせ「むむ、見事なものじゃ……」

ドロシー「お、合格をもらえるとは嬉しいね……それじゃあぼちぼち出かけるか」

…しばらくして・倉庫の裏手…

ドロシー「……」

ちせ「……」身を屈めてよたよたと歩いているドロシーと、倉庫の屋根を伝いながら周囲を監視しているちせ……腰に脇差を提げ、塗り笠をかぶって素早く動く様子ははっきりと視界に捉えるのも難しく、影のようにドロシーを援護している……

ドロシー「なんだい、こんなもの……」

…ゴミ漁りの女らしくぶつぶつとひとり言をつぶやきながら、金目のものや食べられそうなものを探しているふりをするドロシー……でこぼこの道をあちらのゴミ箱、こちらのクズ山と寄り道しながらも着実に倉庫へ近づいていく…

ちせ「む、例の倉庫に取り付いたようじゃな……」

ドロシー「さて、と……ちょいと拝見させていただくよ」ドロシーは倉庫のすみっこ、レンガの崩れかけている小窓に顔を寄せると内部をのぞき込んだ……

ドロシー「……おっ?」

…のぞきこんだ倉庫の中は明かりが漏れないよう照明に幕が張り巡らせてあり、光が真下にしか届かないよう工夫してある……そして中には大きな木箱がいくつも積み上げられ、防水布がかけられた大きなシルエットもいくつか鎮座している…

ドロシー「防水布がかかってはいるが……ありゃあ自動車だな。あっちの大きい箱は機関銃に、少なく見積もっても数百人分の軍用ライフルの輸送用木箱……それに爆薬の大箱と2ポンド級の速射砲が見える限りで三門……戦争をおっぱじめるには量が足りないが、ちょっとした騒ぎを引き起こすには十分すぎるくらいだ……」

…視界に収めたものを暗記しているドロシーの背中に、コツンと小さな石ころがぶつけられた……石ころは屋上で見張っているちせからの「敵の見張りが近づいている」という合図で、ドロシーはさりげなくのぞき窓を離れてまたよたよたと歩き出し、角を曲がった矢先に声をかけられた…

私服「……おい、なんだお前は。ここで何をしている」

ドロシー「あぁん、あたしがここにいちゃいけないって言うのかい?」

私服「当たり前だ、この辺りは軍の管理区域だぞ。お前みたいなゴミ漁りの来る所じゃない……その手に持っているものはなんだ、持ち物を見せろ」

ドロシー「嫌だよ、せっかくの収穫をあたしから取り上げようって言うんだろ?」

私服「ふざけるな、だれがそんなゴミなんかいるか……いいから見せろ」

ドロシー「分かったよ……いいけどネコババするんじゃないよ」

私服「バカ言え……この桶はなんだ」

ドロシー「水だってことぐらい分かるだろ? この辺りには水道なんて気の利いたものはありゃしないからね、そこのパイプから滴ってるやつをいただくんだよ」

私服「その包みは?」

ドロシー「見ての通り服だよ。お前さん、ドロワーズ(女性用下着)が欲しいのかい?」

私服「そんなものいるわけないだろう……もういい、あっちに行け」

ドロシー「なにさ。威張りかえった若造だね、まったく……」ぶつくさ言いながら歩み去った……
744 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/03(木) 01:10:22.04 ID:Ktr1NPcB0
男「……いったい何を騒いでいるんだ?」

ドロシー「……」

…施設の警備に当たっている情報部とおぼしき私服をうまくあしらって立ち去りかけた矢先に、施設から口ひげの男が出てきた……ロンドンの湿っぽい夜には似つかわしくない茶革の靴にフェルト帽で、施設の中に火薬があるためか火の付いていないパイプをくわえている…

私服「いえ、怪しい女がうろついていたので……ゴミ漁りの女乞食でした」

男「ほう、そうかい」男はゆったりした歩きでドロシーに近寄ってきた……

男「……こんな所じゃ食い物なんか見つからないだろうに、大変だな」

ドロシー「仕方ないのさ、実入りのいい場所で漁ろうと思ったら元締めにおあし(銭)を払わなくっちゃならないからね」

男「なるほどな……」

ドロシー「じろじろ眺めてどうしたんだい、あたしがいい女だからって気に入ったのかい?」下世話な女らしく歯をのぞかせ「けけっ…♪」と下卑た笑い声をあげる……

男「いや、どこかで見たような気がしたもんだからな……」

ドロシー「イヤだねぇ旦那、この間あたしを抱いたってのにもうお忘れとは……けっけっけ、情けないねぇ」

私服「こいつ、人をおちょくりやがって……!」

男「おい、落ち着けよ……何も持っちゃいなかったんだな?」

私服「ええ。持っているのはガラクタばかりです」

男「だったら放してやれ……ところで名前は?」

ドロシー「ジェーンだよ。ところであんたの名前はなんて言うんだい、色男の旦那?」

男「おれか? あんたがジェーンなら、おれのことはジョン・スミスとでもしておいてくれよ」

(※ジョン・スミス…ごくありふれた名前であることから偽名や匿名を意味する「名無しの権兵衛」の代名詞。女性の場合はジェーン)

ドロシー「そうかい、それじゃああたしは行っていいんだね? ジョン・スミスの旦那?」

男「ああ。ただこの辺りは「壁」のそばで軍の管理区画だ。こういう面倒ごとに巻き込まれたくなかったら近寄らないことだ」

ドロシー「そうさせてもらうよ、そっちの生っ白いほうはけんつくを食らわすしさ」

私服「この……!」

男「おい、そうカッカするなよ……あぁ、ちょっと待て」

ドロシー「……なんだい?」内心どきっとしたが、平然と振り返った……

男「今夜の飯にありつけないようじゃ困るだろう、取っておきな」硬貨をピンと指ではじいて寄こした……

ドロシー「へっへっへ、こりゃあひさびさに良い色を拝ませてもらったよ……飲み代がなくなったらまた来ようかねぇ?」

男「あんまりこの辺りでうろちょろしていると、銀じゃなくて鉛が飛んでくることになるからやめておきな」

ドロシー「おやおや……それじゃああたしはおいとまさせてもらうよ」

男「ああ」

…しばらくして・監視拠点…

ドロシー「ふー……まさか当の本人とはち合わせとは、運がいいんだか悪いんだか……」

ちせ「驚きじゃったな」

ドロシー「まったくだ……くそ、質の悪い石けんだな」ガタのきている洗面台で石けんを泡立て「変装」に使った古いオイルや泥土を一生懸命洗い落としている……

ちせ「あとは寄宿舎に戻ってからじゃな」

ドロシー「そうだな。 どうだ、臭いは落ちたか?」

ちせ「むぅ……まだいくぶん油くさいが、まぁどうにかなる範囲じゃ」

ドロシー「ならいいか」

ちせ「それにしてもドロシーの見たものは兵器がひと山……新大陸でどう使うつもりじゃろうか」

ドロシー「可能性はいくつかある。北ならカナダでケベックの独立を狙う親フランス派にニラミを利かせるためだし、南なら国境でもめているメキシコへの圧力だ。こっちは後ろ盾にスペインがいる」

ちせ「むむむ」

ドロシー「どちらにせよまだ積み上げている途中だったから、荷物はあれで終わるわけじゃなさそうだ」

ちせ「と、なると……」

ドロシー「新大陸で王国の影響力が増すことになるだろうな」
745 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/14(月) 00:53:06.08 ID:KEk6YHWh0
…翌日・開店前のパブ…

ドロシー「というわけで、連中は用意した武器をどこかに運ぶつもりのようだ」

L「……ふむ」

ドロシー「これで一応は監視目的である「倉庫の中身」は分かったわけだが……これからどうする?」

L「そうだな。王国がその武器を「何に」使うかは想像が付くが、問題は「どこで」使うかだ……君が指摘したようにケベックでは反アルビオンの動きがあり、フランスが裏で糸を引いているし、新大陸の南部から西海岸はかつてメキシコ領だったもので、奪い取られた領土の奪還を目指して虎視眈々と狙っている……こちらの背後にいるのはスペインだ」

ドロシー「ああ」

L「……だが、いま挙げた地域で何かが起きる可能性は少ないだろう」

ドロシー「理由は?」パブのカウンターから勝手に持ってきたグレンフィディックをちびちび舐めながら聞いた……

L「タイミングと規模だ。今言ったその二か所で事を起こすとなれば大規模な戦闘になるだろうが、王国の体制も盤石ではない。ケイバーライトの力で世界に覇を唱えてはいるが、軍事力をどこかにつぎ込めばどこかが手薄になる」

ドロシー「にっちもさっちも行かないってわけか」

L「そうだ。それにメキシコにしろケベックにしろ問題の根は深い。数門の2ポンド速射砲と数百人のライフル歩兵でどうにかできる規模ではない」

ドロシー「それじゃあやっぱり駐屯軍への補給ってことにならないか?」

L「その可能性も考えたが、駐屯部隊への補給ならわざわざ秘密裏に行う理由がない……ましてや新大陸から腕利きのエージェントを呼び寄せる理由などまるでない」

ドロシー「じゃあ口ひげ男と軍需物資の問題は別口なんじゃないか?」

L「……君たちを誘い出すための囮だと?」

ドロシー「ああ。自慢じゃないが私たちは王国にとって結構な頭痛の種になっている存在だろう? 冷徹なノルマンディ公は別にしても、防諜関係にいるどっかの誰かがしびれを切らしたっておかしくはないはずさ」

L「そうだな、確かに君たちの活動は王国にとって愉快ではないはずだ……しかしそのためのアプローチにしてはあまりにも遠回りすぎるし、君たちに繋げようとする要素がない」

ドロシー「言われてみれば……じゃあやっぱり武器は武器として、どこかで使うアテがあるってことか」

L「ああ」

ドロシー「……どこか思い当たる節があるみたいだな」

L「必要以上に知りすぎるのは身体に悪いが、君なら推測できるだろう……どこだと思うね」

ドロシー「おやおや、謎かけと来たか……カンダハールか?」

L「あそこを平定するには数万のインド駐留軍と数百門の大砲を送り込んで一年はかかる」

ドロシー「じゃあアイルランド?」

L「それなら隠し立てすることなく、むしろ独立勢力への牽制として大々的に送り込むだろうな」

ドロシー「ならハルツームは?」

L「現状フランスも王国の空中戦艦に恐れをなし、少なくとも表向きはアフリカでの権益を平和的に分け合っている形だ……新大陸からエージェントが来た理由も考えてみるといい」

ドロシー「そうだな……じゃあジャマイカか?」

L「ふむ、惜しいな。バハマ諸島だ」

ドロシー「バハマ?」

L「そうだ」

ドロシー「バハマといえばカリブ海の入口だな……そうか」

L「……分かったようだな」

ドロシー「ああ、例の反乱騒ぎか」

L「きちんと新聞に目を通しているようだな……バハマの総督府に対して税金の減免や住民の扱いに対する抗議活動が起こり、武装化して次第に激化しつつある」

ドロシー「となれば、誰か後ろで煽っているやつがいるな」

L「ああ。おそらくはスペインだろう……キューバはすぐそばだからな」

ドロシー「王国にしてみればバハマの反乱騒ぎを素早く収めれば、スペインの動きを止められる……こっちとしてはそれを妨害して王国の力を減らす」

L「その通り。バハマに向ける武器の輸送を妨害する程度ではさして王国の力を削ぐことにはならないが、それだけにちょうどいい」

ドロシー「なるほど……いま潰れてもらっちゃ困るもんな」

L「そうだ。こちらが国力をつけ、その上で王国の人間が共和制をうらやみ、自分たちで王制を打倒する気になってもらってもらわねばな」

ドロシー「そのためのお膳立てってわけだ。じゃあ倉庫の武器は……」

L「破壊しろ。あくまでも事故に見せかけて……だが」
746 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/25(金) 00:45:04.17 ID:wNVo7B4m0
…翌日・ネスト…

ちせ「なるほど……難しいものなのじゃな」

ドロシー「まあな。天秤をいじくってちょうどいいくらいのバランスを保つ……短い電報の一文が世界情勢を揺さぶることだってある世界だ」

ちせ「……ふむ、それにしても破壊工作とはのう」

ドロシー「なぁに、心配はいらない。無煙火薬ってのは性能はいいがそのぶん敏感で、黒色火薬ほど安定していないんだ。それがちょっぴりならいいが、たいていは大量に保管してあるからな……事故が起きたって不思議じゃないってわけさ♪」

ちせ「とはいえ警備は厳重じゃろう?」

ドロシー「ま、どうにかするさ……夜に備えて一眠りさせてもらうよ」

………



…宵のころ…

ちせ「ドロシー、お日様が沈んだぞ」

ドロシー「おう、それじゃあ起きるとするか……ふわぁ、よく寝た」

ちせ「豪胆じゃな」

ドロシー「寝ている間はあれこれ心配事を考えないで済むからな……さ、準備にかかろう」

…筒状に巻かれた布を広げると、たくさんのサックやポケットに奇妙な道具やこまごました器具が納められている……かたわらには二挺の.455口径のウェブリー・リボルバー(4インチ銃身のものとバックアップ用の2インチ「ブルドッグ」タイプ)とナイフひと振り、昔の攻城器具にありそうな鉤爪つきのロープ、それに真鍮と銅でできた時限装置と爆薬がひとつ…

ドロシー「……こいつは王国式の時限装置だ。残骸をより分けてみたって証拠は残らない」

ちせ「ふむ」

ドロシー「ちせはいつも通り、その刀で援護してくれりゃあいい」

ちせ「承知」

…ドロシーは活動用の黒いひざ丈スカートに色っぽい黒紫のストッキング、ぴったりした黒シルクのハイネックと黒革のコルセットでまとめると、革紐やサックに「七つ道具」を納めていく……リボルバーは一度シリンダーを開いて銃弾をはじき出し、改めて状態の良さそうな弾を込め直す…

ちせ「……ふんっ」

…小さく気合を込めた息を吐くと、草履に黒のたっつけ袴と濃緑の小袖、それにいつもの黒い塗り笠をかぶって脇差を腰に差した…

ドロシー「長い方は持ってこなかったのか」

ちせ「うむ。建物の上を跳び回るのに二本差しでは動きづらい」太刀の代わりに脇差と小刀、小柄(投げナイフ)を納め、足ごしらえをもう一度改める……

ドロシー「なるほどな」

ちせ「それで、行動開始はいつ頃じゃ?」

ドロシー「連中の動きが収まる真夜中のあとだな。奴らもヘンテコな時間帯にガタゴトやっていると人目を引くって分かっているらしいし『壁』に配備されている兵隊が深夜直の交代を済ませてからやる」

ちせ「それまでは待ちの一手じゃな」

ドロシー「ああ……とりあえず夕飯でも食うか♪」

ちせ「ふっ、そうじゃな」ドロシーがひびの入った皿を並べ、厚く切ったパンとコールドチキン、切り出したばかりで黄色くうまそうなチーズ、それにカラシなどを手早く用意した……

………



…数時間後…

ちせ「そろそろ参ろうか?」

ドロシー「そうだな。もうここには戻らないから忘れ物なんてしないようにしろよ?」

ちせ「過ごしてみると案外悪くないものじゃったな」

ドロシー「かもな……さ、行こう」道具の入った革ベルトをバックルで締めると、するりと玄関から出て行った……

ちせ「うむ」

………

747 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/29(火) 02:36:48.63 ID:iqLJzP/j0
…裏通り…

ちせ「ではな」

ドロシー「ああ」

…王国軍による強制立ち退きで無人となりながら、まだ取り壊しの済んでいない建物を伝ってひらりと屋根上に登っていったちせ……ドロシーはそれを見送るとがれきや建物の間をするりと通り抜け、壁沿いを照らす照明を避けながら倉庫に近づいていく…

…数分後…

ドロシー「……ここまでは順調だな」ちらりと見上げた向かいの屋根に一瞬だけちせの黒い影がのぞいた……

ドロシー「ふ、援護があるってのはいいもんだ」

…倉庫の入口は厚手の鉄扉で閉じられているが、床に近い通風用の小窓は侵入者防止にはめてある鉄棒の基部がすっかり崩れかかっていて、ドロシーは画家の使うパレットナイフのような金属ヘラを取りだしてレンガの基部を突き崩していった……崩したレンガの粉を時々「ふっ」と吹き払い、次第にぐらついてくる鉄棒が音を立てないよう片手で支える…

ドロシー「それにしたってカエルじゃあるまいし、地面に這いつくばってこんな真似をするハメになるとはね……」小声でぶつくさいいながらも手際よく作業を進め、とうとう鉄棒が外れた……音がしないようボロ布で包むとそっと脇に置き、そこからするりと倉庫の中へ滑り込んだ……

…倉庫内…

ドロシー「ふぅん……この何日かでずいぶんと規模を増しやがったな」

…高い天井に届くとまでは言わないが、それでも積み上げられた箱や防水布の包みは相当な量になっている……ドロシーはもはや習性になっているエージェントの観察眼でおおよその量や箱に印字された武器の種類をさっと脳裏に納めつつ、爆薬を仕掛けるべく箱の間をすり抜けながら火薬の貯蔵場所に近づいた…

ドロシー「……よし、あったあった」

ドロシー「それじゃあ頼んだぜ……と♪」時限装置のねじを巻いて脱出の時間も考えたギリギリの時間にセットし、無煙火薬の貯蔵箱の間に滑り込ませた……

ドロシー「ふぅ……これでよし、と」

………

…数分後…

ドロシー「……」軽やかな、しかし音一つしない猫のような足取りで入って来た小窓の近くまでやって来たドロシー……

ドロシー「さて、それじゃあおさらばするとしようか……」

声「……おいおい、あいさつもなしに出ていくのかい?」

…突然背後から気さくな調子で声をかけられ凍り付いたドロシー……その声を合図にしたかのように室内の照明が点けられると、暗闇に慣らした目が一瞬くらむ…

声「こいつは驚いた、いつぞやの若いレディじゃないか」

ドロシー「……」

…ようやく明るさに慣れたドロシーがそちらを見ると、例の口ひげの男が帽子を軽く持ち上げた……その横には連絡役とおぼしき例の役人風の男が立ち、左右にも数人の私服が広がって壁を背にしたドロシーを半円状に取り囲んだ…

口ひげの男「こんな夜中に物あさりとは、君もずいぶんと忙しいようだな?」

ドロシー「ああ、貧乏暇なしってやつでね」少しおどけた様子で手を上げた……

役人風「知り合いか?」

口ひげ「数日前に浮浪者の格好でここをうろついていたお嬢さんだ。だから言ったろ、尾行されているって」

役人風「街中で気の利いた早撃ちを見せた誰かさんのおかげだな……失礼だが、武器を預からせていただくよ?」

…軽くあごをしゃくうと私服たちが左右から近寄り、ドロシーの差していたウェブリー・リボルバーやナイフを取り上げた…

役人風「さてと……何の変哲もないウェブリー&スコットだな。これだけじゃどこの情報部員なのか分かりそうもない」

ドロシー「……」

役人風「返事はなしか……何か身分証は持っていないか?」

私服「いえ、これといったものは」

役人風「だろうな。ま、おそらくは壁の向こう側から送られて来たんだろうが……それで、どこまで知らされている?」

ドロシー「……」危機にあっても余裕が生まれる自分なりのおまじない、あるいは生まれついての癖か、ドロシーはにやりと口角をあげた……

役人風「ほう、度胸の据わった女だな」

口ひげ「確かにな……まともな椅子じゃなくて申し訳ないが、良ければ座ったらどうだ?」

ドロシー「ご親切にどうも。でも立っている方が好きでね」

口ひげ「そうかい? まあ好きにするといいさ」

役人風「これからかなり長い間話を聞くことになるし、座った方が楽だと思うがね」

ドロシー「……」
748 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/14(木) 01:06:01.57 ID:JDURLMJX0
役人風「……さて、それじゃあ質問に答えてもらおうじゃないか」

口ひげ「答えてくれるとは思えないけどな」

役人風「そこはやり方次第さ……任務の目的は?」

ドロシー「さぁね(こいつら、私が爆弾をしかけたことを知らないのか……)」音が聞こえているわけではないが、箱の陰でチクタクと秒針が進んでいる時限爆弾のことを考えると背中に冷や汗が流れる……

役人風「誰の命令だ? 共和国か、フランスか?」

ドロシー「……」

役人風「答えてくれんのならやむを得ないか……ベイカー」

私服「はい」ドロシーの髪をひっつかむとほっぺたに平手打ちを浴びせた……

役人風「どうだ、答える気になったか?」

ドロシー「ぺっ……!」痺れるような頬の痛みをこらえつつ、鮮血混じりの唾を床に吐いた……

役人風「頑固なお嬢さんだな……とはいえ、あまり時間を掛けている場合でもないな」懐中時計を取りだして時間を眺めた……

口ひげ「どうするつもりだい?」

役人風「もちろん聞き出せればそれに越したことはないが、答えないというのなら射殺するまでだ……スパイだろうとスパイじゃなかろうと、どっちみち共和国の無法を示す格好の宣伝になる」

口ひげ「女を撃つのは気が進まないな」

役人風「メキシコ人や先住民をキツネ狩りのように追いまくった西部の男が今さら紳士ぶるつもりか?」

口ひげ「相手も得物を持っていれば別さ」

役人風「自己満足のきれいごとだな。君だってこの箱の中身が何か知らないわけじゃないだろう」

口ひげ「……こいつは植民地の防衛に持ち込まれるって話じゃなかったか」

役人風「おやおや、まさかそんなお題目を信じているのか……お嬢さん、もしかして君なら知っているかもしれないな?」

ドロシー「ああ、ハイチだろ?」わざと誤った答えを言って、相手に真相を知らないのだと思いこませる……

口ひげ「ハイチだと?」

役人風「いいや、ハイチじゃない……ジャマイカだよ」

口ひげ「どういうことだ」

役人風「現地人の反乱を食い止めるために至急武器を送り込む必要があるということだよ……とはいえ政府の承認だの、のろ臭い予算申請だのを待っている暇はない」

口ひげ「そこでおれの出番ってわけか……」

役人風「その通り。君が植民地での担当官として武器の補充を要求すれば、内務省は裏金やモノをやりくりして必要なものを出してくれる……あとはそれを必要な場所に振り向ければいいだけでね」

口ひげ「つまりおれは「開けゴマ」の合い言葉ってわけかい」

役人風「そういうことになるな。とはいえ別に悲観することはない、内務省での君の評判が高まれば新大陸でホコリにまみれてエージェントをしている必要もなくなる。本省勤めは良いものだよ?」

ドロシー「……おまけにあんたみたいな小役人野郎ともお近づきになれるしな」

私服「黙れ!」

役人風「言わせておけ。どうせそう長くはないんだ……梱包はどうだ?」

私服B「あらかた片付きました。あと五分もあれば済みます」

役人風「よろしい……それじゃあスミス君、ひとつご自慢の射撃の腕を披露してもらおうじゃないか」

口ひげ「……」

ドロシー「……やれよ、ミスタ・カウボーイ」

口ひげ「お嬢さん、何かしてやれることはあるかい?」

ドロシー「そうだな、せいぜい苦しまないよう一発で眉間をぶち抜いてくれってくらいかな」一瞬だけ、横目で天井に走っている梁を見た……

役人風「驚くべき度胸だ……さ、お嬢さんの頼みをきいてやれ」

口ひげ「……ふぅ」脚を肩幅に開いて腰を少し落とし、腰のホルスターに手を伸ばしていく……

ドロシー「あぁ、そうだ……気取り屋のあんたに一つだけ言いたいことがある」

役人風「?」

ドロシー「……同業者をとっ捕まえたときは、ちゃんと相手の人数も確かめておいた方がいいぜ?」そう言うとニヤリと笑った……
749 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/16(土) 01:35:56.67 ID:OrOasz7i0
ちせ「……はぁぁぁっ!」

私服「ぐぁっ!」

役人風「……っ!?」

…屋根の梁から飛び降りざまに真っ向唐竹割りで私服の一人を両断する……王国側エージェントたちの注意がそれた瞬間にドロシーは箱の上に載せてあったウェブリーのホルスターに飛びつきひっつかんだ…

ちせ「てぇぇぃっ!」

私服B「がはぁ!」ちせの小さい影がすれ違った瞬間に喉を切り裂かれ、レンガ張りの床にどさりとくずおれる……

役人風「何してる、撃て!」

ドロシー「撃てるもんなら撃ってみろよ……そこの火薬ごとまとめて昇天することになりたいならな?」

私服C「ぐっ……!」一瞬ためらった間にドロシーが放った銃弾を胸に受けた……

ちせ「たあっ!」

私服D「かは……っ!」とっさにリー・エンフィールド小銃を横に向けて刃を止めようとしたが、それよりも早く下から斬り上げられて血煙をあげてのけぞった……

役人風「くそっ、何をぼさっとしている!」背広の下に隠していた短銃身のブルドッグ・タイプを取り出しやたらめったらぶっ放すが、ドロシーは箱を盾にとって冷静に弾を込め直す……

口ひげ「……女だてらにやるもんだな!」自動車のエンジンの陰に素早く飛び込むと、ガンケースから取りだした珍しい.44-40口径のリボルビング・ライフルで精密な射撃を浴びせてきた……

ちせ「むっ!」銃口が向いた瞬間に気配を察して地面を転がり、柱の陰に飛び込む……

口ひげ「ひゅうっ、まるで野ウサギだ……!」中折れ銃身を開いて次のシリンダーに取り替える……

役人風「いいから早くケリをつけろ! いつまでも小娘相手に手こずるな!」

口ひげ「分かってるさ……!」梁を支える鉄のアーチを見定めて一発撃ち込むと、はじき返った跳弾がちせをかすめた……

ドロシー「ちせ!」

ちせ「なに、平気じゃ……援護を頼めるか?」

ドロシー「いつでも!」

ちせ「ならば……さん、にい、いち……今じゃ!」

ドロシー「っ!」口ひげ男と役人風が撃ち返せないようにウェブリーで正確な射弾を送り込む……

ちせ「ふっ!」

口ひげ「……っ!?」

…口ひげの男はちせに向けて腰だめの状態でリボルビング・ライフルを一発撃ったが、真っ向から突っ込んでくるちせが銃弾を二つに切り裂いて飛び込んでくると一瞬驚愕の表情を浮かべた……それでも瞬時に立て直すと素早く後ろに飛び退き、その瞬間にちせの白刃がライフルを先台の部分から真二つに切った…

役人風「くそっ、畜生っ!」

ドロシー「おやおや……弾がないんじゃどうしようもないよな?」興奮のあまり弾の残っていないリボルバーの引き金を引き続けながら悪態をついている役人風の男に近づくと、数歩の距離から額に銃弾を二発叩き込んだ……

口ひげ「……どうやら勝負はついちまったようだな」役に立たなくなったライフルの残り半分を地面に放り出すと、軽く両手をあげる……

ちせ「うむ」すらりと脇差を鞘に収め、軽く一礼した……

口ひげ「まさか銃弾を斬った上にライフルまで真二つにしちまうとは、東洋の『カタナ』ってやつはあきれたもんだ……っと、どうやらそっちのお嬢さんも見たことがあるな?」

ちせ「はて、人違いではあるまいか」

口ひげ「いや、その軽業みたいな身のこなしで思い出したよ……前に劇場のそばで暴れ馬の蹄にかけられそうになった子供をすくい上げただろう?」

ちせ「……いかにも」

口ひげ「道理で。そういや見本市の射的場でも見かけた気がするな……変装がうまいもんだから気付かなかったが、あんたたちの組み合わせで気がついたよ」

ドロシー「まぁ、そういうことになるな」

口ひげ「まさか少女のエージェントとはね……立場が逆転したところで、一つ頼みがあるんだがな?」トレードマークらしい口ひげをひねりながら言った……

ドロシー「最後にパイプを一服かい?」

口ひげ「そいつも悪くはないが……ちょいと決闘勝負に付き合ってくれないか? これでも早撃ちの方はちょっぴり自信があるんでね」

ドロシー「……新大陸式の早撃ち勝負はやったことがないんだがな」爆発まであと何分残っているか分からない最中に酔狂なことおびただしいが、妙に憎めない感じの口ひげ男の頼みに付き合ってやる気になりかけている……

口ひげ「嫌なら苦しまないように撃ち抜いてくれたって構わないぜ? 長いことエージェントをやって来て、ペン先で世界を操れると思っているロンドンの役人どもにこき使われるのにも飽き飽きしていたしな」横で大の字になって死んでいる内務省の連絡役をあごで指し示した……

ドロシー「雇われエージェントはどこも同じだな……分かった、せっかくなんだから付き合うよ」

ちせ「じゃが……!」

ドロシー「お前さんは先に撤収だ。騒ぎを聞きつけた兵隊どももさすがに上着のボタンを留め終わっただろうしな」
750 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/28(木) 00:58:42.37 ID:hWECprpe0
ちせ「承知した、では……御免!」

口ひげ「……あのお嬢ちゃん。刃物の方はおっそろしい腕前だが、真っ直ぐな良い子だな」

ドロシー「まぁな」

口ひげ「だが、良い子すぎて情報部員には向いてない」

ドロシー「知ってるよ……だからそういう分野は私の担当なのさ」

口ひげ「そのほうがいい……さてと」

ドロシー「そろそろやるかい?」

口ひげ「そうしよう」レンガの床に散らばった木箱の破片を足でどけ、靴底で軽く床をこするようにして足元を確かめた……

ドロシー「……それじゃ、お互いにうらみっこなしで行こうぜ?」

口ひげ「当然さ……もし墓があるようなら花ぐらい手向けてやるよ」

ドロシー「はっ、この業界の人間に墓なんてあるかよ……せいぜい別人の墓石が良いところさ」

口ひげ「ブーツヒルじゃないだけまだマシだな」

(※ブーツ・ヒル(長靴の丘)…西部開拓時代に無法者が葬られた墓。ベッドで亡くなる良い人たちと違って「ブーツを履いたまま(撃ち合いなどで)」死んだ人間、あるいは靴を引き取る身寄りもない流れ者が葬られたからとされる)

ドロシー「違いない……それじゃあいいかい? ミスタ・ガンマン?」

口ひげ「……せめて『ガンファイター』って言ってくれるか? 『ガンマン』ってのは銃を持った無法者を呼ぶときの言いかたなんでね」

ドロシー「分かったよ、ミスタ・ガンファイター」

口ひげ「ありがとな……合図はどうする」

ドロシー「そんなのいるか?」

口ひげ「はは、そういうと思ったよ……オーケー、それじゃあそっちの好きなタイミングで始めてくれ」

ドロシー「ああ」

…ドロシーは男の前、数ヤードの距離に立って同じように足元の邪魔な板きれやゴミを蹴ってどかした……男は立派なひげが生えた口の端にかすかな笑みのようなものを浮かべ、脚を肩幅に開いて膝を曲げ、腰を落とし気味にして肩の力を抜き、手をガンベルトにつけたホルスターのわきに浮かせている…

ドロシー「……」

…いざ男の正面に立ってみると陽気そうな雰囲気は表向きだけで、その目には真剣を構えるちせと変わらないほどの冷静さと集中力が込められているのがひしひしと感じられる……ロンドンの倉庫にいながら、ドロシーは西部の荒野での「決闘」がどんな雰囲気なのかを強く理解した…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

…ドロシーのホルスターは左腰の前側に吊るした銃を右手で抜く「クロス・ドロー」スタイル、男は右腰のホルスターを右手で抜く「ストロングサイド(利き腕)ドロー」スタイルで、お互いに手を中空に浮かせて抜くタイミングを推し量っている…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……っ!」バンッ!

口ひげ「!」バァン!

…息を詰めること数秒、ほぼ同じタイミングでお互いに撃った二人……ドロシーは左乳房の下側を鋭い熱さがかすめていったのを感じた…

口ひげ「……ごほっ」

ドロシー「ふぅ」

…男はまだ銃口から薄く煙をあげている「シングルアクション・アーミー」を右手に持ったまま、大樹が切り倒されるときのようにゆっくりと倒れていった……服の胸元にはポツンと小さな穴が開き、そこから白いワイシャツに血がにじみ始めている…

ドロシー「……大した早撃ちだったが、名前も聞かなかったな」

ドロシー「ま、お互いに「名無しの権兵衛」さんなのは変わらないか……それじゃあな、ミスタ・ガンファイター」

…最後に口ひげの男をちらりと一瞥すると銃を戻し、通気窓を通って外に出ると霧がかったロンドンの裏道に姿を消した…

………

751 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/29(金) 23:56:31.44 ID:OgVrw58H0
先日「プリンセス・プリンシパル」のノルマンディー公を演じられてた土師孝也さんが亡くなられました…ご冥福をお祈りいたします。
752 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/10(水) 02:55:33.07 ID:IJk4y82q0
…数分後…

ドロシー「……そろそろだな」

…ひたひたと裏町を歩いて拠点に向かっている間にも「壁」沿いの兵舎や監視所が慌ただしくなってきているのが遠目に見える……探照灯が点灯されて「壁」に沿った通りや立ち入り禁止区域をうろつく胡乱(うろん)な民間人がいないか、さっと掃くように光が照射され、人差し指くらいの大きさに見えるアルビオン陸軍の赤服たちがせわしなく駆け回っている…

ドロシー「兵隊さんはようやっとおでましか」

ドロシー「さ、いよいよだ……」倉庫内でカチカチと狂いもなく時を刻んでいた時限装置がゼロを指し、導線が触れた瞬間にスパークが起きて雷管に刺激を与える……

…すでに街区二つ分離れていたドロシーだったが、爆発と同時にくすんだ建物の屋根の上に火柱と黒煙がのぞき、それから爆煙がカールをかけるように丸まりながらふくらんでいくのが見えた…

ドロシー「よし」

…さらに数分後・とある車庫…

ドロシー「……よう」

ちせ「おお、無事じゃったか」

ドロシー「当然さ……おい、そっち側をめくってくれ」

ちせ「うむ」

ドロシー「お、ありがとな……さ、行こう♪」

…何も知らない協力者が借りた車庫の真ん中、ガラクタの中でこんもりとしたシルエットを覆っている布をめくると黒のロールス・ロイス乗用車が現われた……車体は隅々まで磨き上げられ、ドアやパネルの枠には銀色の縁取りがされている……ドロシーはにんまり笑うと運転助手らしい茶系の上着とズボンに着替えたちせを助手席に乗せ、ハンチング帽をかぶらせると運転席に飛び乗った…

ちせ「こんなに目深にかぶらされては何も見えぬぞ」

ドロシー「それでいいのさ。東洋人の運転助手なんていうのはあんまりいないから、見られちゃ面倒だ……車庫の開け閉めを済ませたら、席に深く腰かけていてくれ」

ちせ「やむを得んな……」

…ドロシーはエンジンをスタートさせるとちせに車庫の扉を開けさせて車を出し、後ろで観音開きの扉が閉じると軽くあごでしゃくって「乗れよ♪」と合図した…

………

…数十分後・ロンドン市内…

ドロシー「渋滞も事故もなし、無事に着いたな」

ちせ「反対車線では大わらわのようじゃったがの」帰り道では爆破した倉庫のある街区に向けてフルスピードで突っ走っていく、陸軍歩兵ですし詰めになったトラック数台とすれ違っていた……

ドロシー「言えてるな♪ さてと、ここでもう一度着替えだ」

ちせ「うむ……済まんが終わったら手伝ってくれぬか?」

…お抱え運転手風の黒い帽子と肋骨服を脱ぎ捨て遊び人の貴族令嬢らしい赤紫色のドレスをまとい、白ミンクの襟巻きを首元にふわりとかけたドロシーと、斬り合いはともかく、ドレスの着付けにはまだまだ練習が必要なちせ……ドロシーに深草色と黒の控え目なドレスを着付けてもらい、黒い婦人帽をかしげてかぶると小柄ながらしゃんとした立ち姿になった…

ドロシー「よし、それじゃあネストに行こう」

…しばらくして・ネスト…

ドロシー「ふぃー……まずはお疲れさん」

ちせ「うむ。ドロシーもご同様に……じゃな」

ドロシー「なぁに、あのくらいの撃ち合いは慣れっこさ……もっとも、エージェントが敵さんに見つかってドンパチに巻き込まれるようじゃまだまだだよな」肩をすくめて自嘲した……

ちせ「今回ばかりは致し方あるまい。まずは目標を達成できたのじゃ、それでよしとせねば」

ドロシー「野次馬に交ざった味方が観察して「任務成功」を報告するまでは分からないけどな……ま、とりあえず戻ってきたんだ。後のことは後で考えりゃいいか♪」見た目には華やかだが厄介なドレスを脱ごうと腕を上げた……

ドロシー「……っ」

ちせ「ドロシー、どうしたのじゃ?」

ドロシー「いや、大したことはないんだが……決闘の時に相手の弾が左胸をかすめたらしい。今になってピリピリして来やがった」

ちせ「大丈夫なのじゃな?」

ドロシー「ああ、かすめただけだから大したことにはなっちゃいないさ……ただ、日焼けしたときのヒリつきをちょいとばかり強くしたみたいな感じだ」

ちせ「ふむ、良かったら傷口を見てやろう」

ドロシー「そりゃありがたいな、ぜひ頼むよ」

ちせ「うむ、承知承知♪」ドロシーに頼られてまんざらでもない様子のちせ……

………

753 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/18(木) 01:47:59.86 ID:eiSGGUKV0
ドロシー「……どうだ?」

ちせ「少し血がにじんでおるな」

…鏡台の前に立って自分で確かめようとしたが今ひとつよく見えない……そこでドロシーはドレスの下に着ていた胴衣を脱ぐと乳房を持ち上げ、ヒリヒリと痛む部分を見てもらった……ちせが下からのぞき込むようにして確かめると、白く張りのある胸の下側に一筋の火傷のような痕があり、その中央にじくじくと血のにじんでいる部分がある…

ドロシー「ちっ……数日後にはまたレディたちと夜を過ごさなきゃならないってのに、傷物じゃ困るな」

ちせ「確か薬があったはずじゃな?」

ドロシー「ああ、そこの棚にしまってある……目の玉の飛び出るような値段がするし傷口に沁みるのもやっぱり目の玉が飛び出るほどだが、効くことは間違いない」

ちせ「うむ、ならば早速……いや、その前に消毒が先じゃな?」

ドロシー「こんなもの舐めときゃ直るさ」

ちせ「自分で自分の胸は舐められないと思うのじゃが」

ドロシー「おいおい、こう見えても私は器用なんだぜ? 自分の下乳くらい……ってのはちょいと難しいよな」

ちせ「当然じゃな」

ドロシー「それじゃあ仕方ない、一つ酒でもぶっかけてくれ」

ちせ「うむ……酒は良く分からぬのじゃが、これで良いのか?」

ドロシー「っと、そいつはよせ。クルボアジェ(コニャック)の十二年ものだ、まだ封も切ってない」

ちせ「済まぬな、どうにも酒の価値は分からぬゆえ……これは?」

ドロシー「ああ、それならいい」

…ちせが持ってきたドライ・ジンを清潔な布に染ませてあてがうと、冷たさと沁みるような痛みに「うっ」と小さいうめき声をあげた…

ちせ「痛むか?」

ドロシー「そりゃあな。ま、すり傷みたいなもんだが」

ちせ「では薬を塗ろう」

ドロシー「おう、ひとつよろしく頼むよ」

…ちせが軟膏を手に取り、傷口に擦り込んでいく……ドロシーは飛び上がるような痛みをこらえようと消毒のために取りだしたジンを瓶のまま一口あおり、それから痛そうに顔をしかめた…

ちせ「もう少しの辛抱じゃ」

ドロシー「ああ……これでも落馬や仕掛け爆弾の爆風を食らったときに比べればどうって事ないな」

ちせ「うむ……これでよし。あとはさらしでも巻いておくかの」

ドロシー「そこまで大仰にすることはない、絆創膏でいいさ」天然ゴムを混ぜた樹脂状の「絆創膏」を貼りつけ、もう一杯ジンを流し込んだ……

ちせ「これでよし、じゃな」

ドロシー「ああ。もっとも、しばらくは動かさない方が良さそうだが」

ちせ「うむ……ところで湯浴みがまだじゃったな」

ドロシー「ちっ、そういえばそうだったな……傷の手当てをする前に入っちまえば良かった」

ちせ「汗もかいたし、ほこりっぽいままで床につくのは不快じゃろう……濡れ手拭いで軽く拭うのはどうじゃろうか」

ドロシー「そいつはいい考えだな♪」

…数分後…

ちせ「よし、いい湯加減じゃ」

ドロシー「あんまり熱くするなよ? 別にシラミがわいているわけじゃないんだからな」

ちせ「どうもこちらでは冷めた湯の方が好まれるようじゃな……これではせいぜい夏場の水のようなものにしか思えぬのじゃが」洗面器をテーブルに置きながらぶつぶつと愚痴をこぼす……

ドロシー「それでいいんだよ。だいたいちせの入るお湯が熱すぎるんだ」

ちせ「むむ……まあ良い」洗いタオルを持ち出して固めにしぼり、ドロシーの艶やかな白い背中を拭い始めた……

ドロシー「お、いい具合だ。ちせは力があるからそのくらいで丁度いい」

ちせ「それは何より。しかし綺麗な背中じゃな……」

ドロシー「何しろ、これも商売道具の一つだからな♪」

…イヴニングドレスの開いた背中で相手を魅了するのも「プレイガール・スパイ」であるドロシーの技で、そのための肌の手入れはプリンセスほどではないにしろきちんとこなしている…

ちせ「ふむ……」
754 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/04(土) 01:29:59.94 ID:5rpnL0kM0
ドロシー「あー、良い心もちだ♪ それからもうちょい下も頼むよ」

ちせ「なんじゃ、人を三助みたいに……ここか?」

(※三助(さんすけ)…江戸時代、銭湯で釜の火をおこしたり別料金で背中を流すサービスを行った男の労働者。江戸時代初期には背中を流す湯女(ゆな)もいたが、次第に売春を兼ねるようになったため幕府に禁止された。女湯でも「流し」をするため三助は真面目な人間でなければ勤めることができなかった。)

ドロシー「そうそう、ちょうどいいところに当たってるよ……っと」

ちせ「っ、済まぬ……///」手が滑って乳房の横に触れた……

ドロシー「なんだよ、おっぱいの一つや二つを触ったからって怒りゃしないぜ?」

ちせ「ドロシーがよくても私が恥ずかしいのじゃ……///」

ドロシー「ふぅん、なるほどねぇ……♪」にんまりと笑みを浮かべると石けんの泡がついたちせの手を引っ張り、背中にくっつくように引き寄せた……

ちせ「な、何を……!?」

ドロシー「ほーれ、おっぱいだぞぉ♪」ちせの手に自分の手を重ね、そのまま乳房を揉ませる……

ちせ「よ、よさぬか! 傷があると言うにふざけるでない……///」

ドロシー「なぁに、傷があるのはこっちの乳房だけだからな……そらそら♪」むにゅ、もにゅ……っ♪

ちせ「ば、馬鹿は止めい……あぅ///」

ドロシー「そういうわりには手が離れないようじゃないか……ほら、先端はこう摘まむんだぜ♪」こりっ……♪

ちせ「こ、こうか……///」

ドロシー「ああ、そんな感じだ……あとは柔らかくほぐすように全体をまんべんなく……んっ、そうそう♪」

…背中を流したばかりで桃色を帯びているドロシーのうなじからはほんのりと甘い香りが立ちのぼり、まだところどころに石けんの泡が残っている肌からはじんわりと熱が伝わってくる……ちせの手は重ねられたドロシーの手に操られるまま、乳房をこね回し、ピンと張った先端を摘まみ、谷間をなぞってへそに向かって滑っていく…

ちせ「ド、ドロシー……///」

ドロシー「そう恥ずかしがるなって。それにちせだって私としたことくらいあるじゃないか♪」

ちせ「それはそうじゃが、それでも慣れぬものは慣れぬ……///」

ドロシー「そういうところが初心で可愛いんだ……んっ♪」ちゅぷ……っ♪

ちせ「その、ここは……こうすれば良いのか///」くちゅ、ちゅく……♪

ドロシー「なかなか覚えが良いじゃないか。その調子で頑張れば、そのうちに私がいきつけにしている「社交クラブ」に連れて行ってやれるかもな♪」

ちせ「そんな爛れた場所に行くわけがないじゃろうが///」

ドロシー「そうか? 可愛い女の子から美人のお姉さん、色恋の酸いも甘いもかみ分けた色っぽい年増までよりどりみどりだぜ?」

ちせ「わ、私はドロシーとする方が良い……///」背中にぎゅっとしがみつき、顔をうなじに埋めるようにしてつぶやいた……

ドロシー「……ちせ」

ちせ「な、なんじゃ?」

ドロシー「今の誘い方はちょっとばかりグッと来たな……ちょいとからかっておしまいにするつもりだったが、どうもそれじゃあ収まりそうになくなった」

ちせ「ドロシー、なにを……///」

…むずがる赤んぼうのように力なく抵抗するちせを「お姫様だっこ」で抱え上げると、ベッドに押し倒したドロシー……ボルドー色がかった瞳はいつもの冗談めかした表情ではなく、動物園で見たアフリカの肉食獣のようなギラギラした色をたたえている…

ちせ「ド、ドロシー……待て、後生じゃから……」

ドロシー「なぁ、ちせ。私がエージェントとして覚えてきたことは色々あるが、中でも役に立つ教訓が一つある……」

ちせ「な、なんじゃ……」

ドロシー「そいつはな……「待て」と言われて馬鹿正直に待つやつはいないって事さ!」そう言うなりちせに飛びかかり、歯が当たるような勢いで唇を重ね、むさぼるようなキスを始めた……

ちせ「ふぐぅ!? んんぅ、むぅぅっ!」

ドロシー「んちゅるっ、じゅるっ、ちゅぅ……っ♪」

ちせ「んんんんぅ! んぐぅぅっ!」

…斬り合いとなれば大の男でも斬り伏せられるちせとはいえ、相手がドロシーでは怪我をさせるわけにはいかず抵抗にも限度がある……それゆえ大柄なドロシーに組み敷かれて振りほどきようもなく、舌を絡めた熱く粘っこいキスと身体をまさぐる長く力強い指、のしかかる甘くもっちりした肌を拒みきれない…

ドロシー「んじゅっ、ちゅる……じゅぷ……っ♪」

ちせ「ふ、ぐぅ……んむぅ///」
755 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/14(火) 01:43:17.94 ID:6t1ywQnL0
ドロシー「ん、ちゅ……ちゅる……♪」

ちせ「ふぐぅ……ぅん///」

ドロシー「ちせ、可愛いぜ?」

ちせ「んんぅ……はひっ、あふ……っ///」

…耳たぶを舌先でなぞられながら息を吹き込むようにささやかれ、片方の手で硬直した胸の先端を摘ままれ、もう片方の手指が濡れた割れ目に滑り込んでくると、ちせは頬を紅潮させ、のけぞるように喘ぎ出した…

ドロシー「なんにも考えなくたっていいんだ。今は私に身体をあずけて気持ち良くなればいい……ほら、力を抜けよ……♪」

ちせ「ふあぁぁ……あ、あっ……///」ひくひくと身体が震え、とろりと蜜があふれてくる……

ドロシー「そうそう、それでいい……♪」慎ましやかな乳房に円弧を描くように手を這わせ、ときどき寄せ集めるような手つきで乳房の裾野から乳首へと指を滑らせる……

ちせ「はっ、はっ、はっ……はぁ……っ、はひっ……///」

ドロシー「それじゃあそろそろ頃合いかな……♪」

…ドロシーはちせにのしかかるようにしていた身体を本を開くようにのけぞらせて、互いの秘部が重なり合うように仰向けになった…

ちせ「今度は……はぁ、ふぅ……一体なに……をっ、お゛ぉぉっ♪」

ドロシー「んあぁぁっ♪ ちせは脚力があるからぎゅうぎゅう挟みこんできてたまらないなぁ……っ♪」ぐちゅぐちゅ……っ♪

ちせ「あ゛っ、あぁぁぁっ♪ んぁぁぁっ♪」

…ドロシーの指で刺激を受けて粘り気を帯び、ふっくりと盛り上がった桃色の核に、ドロシーの真珠色をしたそれが重なり擦れ合う……甘い電流となって脳天を痺れさせる刺激にちせは黒髪を振り乱し、がくりとのけぞって吼えるように絶頂した…

ドロシー「んおぉ……ぬめって、火傷しそうなくらい熱くて……最高だよ……あ、んぅぅ♪」

ちせ「はひっ、少し……休ま……んぉぉぉっ♪」

ドロシー「まだまだぁ、私はまだ満足しちゃいないんだから……なっ♪」

ちせ「ひぐぅぅぅ……っ♪」とぽっ、ぷしゃぁ……っ♪

ドロシー「しかし……はふっ、はひ……ちせはちっこいのに筋力があって……屈服させるのに……力がいる……なっ♪」

ちせ「はへっ、あひっ……♪」ちせの瞳は焦点を外れ、半開きの口からは唾液を垂らして身体をひくつかせているありさまで、とっくに気絶していてもおかしくないが、鍛え上げた身体が邪魔をして失神させようとしない……

ドロシー「そぉ……ら♪」

ちせ「あへっ、はへ……っ♪」

…ベッドの白いシーツを掴むようにしていた手は力を失って指が開き、擦れ合う花芯の湿っぽい水音とちせの喘ぎ、ドロシーの艶っぽい声と乱れた息づかいだけがネストの寝室に響く……ドロシーは頭を揺すって汗で濡れた蓬髪を後ろにはねあげ額から滴る汗を片腕で拭うと、またちせを責め立てはじめた…

ちせ「はへぇっ、ひぐ……ぅ♪」

ドロシー「はぁっ、あぁ……あぁっ……あぁぁっ♪」

ちせ「あ゛っ……あ゛ぁ゛ぁぁっ♪」

…ドロシーの甘くとろけるような嬌声と、ちせのかすれたような喘ぎ声が共鳴して薄暗い寝室に響き渡り、互いの身体ががくがくと跳ねた……二人はほぼ同時に粘っこいシロップのような愛液をぶちまけ、もっちりしたドロシーの肌ときめ細やかなちせの肌をてらてらと濡らした…

ドロシー「……はぁ、はぁ……んあぁ♪」

ちせ「はひっ……あへぇ……♪」

ドロシー「はぁぁ、イきすぎてすっかり喉がからからだ……お前さんは?」

ちせ「はへぇ……」

ドロシー「返事もままならない、か? ま、きっと喉が渇いたのは同じだよな……」ナイトテーブルのグラスと水差しをつかむと、急に悪だくみをしている時のような表情を浮かべた……

ドロシー「ちせ、飲むだろ?」

ちせ「う、うむ……」

ドロシー「それじゃあ……ほれ♪」脚を閉じると秘部に水を注ぎ、三角池をつくってにやにやしている……

ちせ「だ、誰がそんな……水差しをかさぬか……///」

ドロシー「じゃあ手を伸ばせよ♪」そう言って届かないようにしている……

ちせ「むぅ……ぴちゃ、ずずっ、じゅるっ……ぷは///」恨みがましい目でドロシーをにらむと、顔を埋めてぴちゃぴちゃとやりはじめた……

ドロシー「まるで可愛い犬っころだな……もっといるか?」

ちせ「いらぬ///」

ドロシー「そいつは残念♪」
756 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/24(金) 02:00:20.57 ID:3Q7qOJ7y0
…後日…

アンジェ「……いま戻ったわ」

ドロシー「おう、おかえり……プリンセスとベアトリスは王宮か」

アンジェ「ええ、王宮なら私がいなくてもどうにかなるから……留守中は何もなかった?」

ドロシー「ああ、何もなかったさ。新大陸植民地から来たエージェントと王国の連絡役を始末して、バハマで起きた反乱を鎮圧するために用意していた武器を吹き飛ばしたくらいでな」紅茶を注いでカップを差し出した……

アンジェ「それなら新聞で読んだわ。表向きは『壁』沿いの倉庫で起きた火災と言うことになっていたけれど」

ドロシー「流石に火が出たことまでは隠せないからな」

アンジェ「それにしてもバハマ諸島ね……」一口飲んでカップを置いた……

ドロシー「ジャマイカにバハマ、どこも火を噴きそうになっているところをギリギリのバランスを保っていたが、ここ最近は王位継承権の争いから植民地でもそれぞれの派閥に分かれて対立が激化しているからな……その隙を突くようにスペインやフランスが独立派を焚きつけているし」

アンジェ「そうね、王国がぐらついてくれる分には構わない。ただ、こちらが体制をひっくり返す都合とタイミングを合わせてもらえばいいだけよ」

ドロシー「そのお膳立てをするのがこちとらの任務でもあるしな」

アンジェ「そういうことね……ところでちせは?」

ドロシー「ちせなら寝てるよ」

アンジェ「……勤勉な彼女にしては珍しいわね」

ドロシー「なぁに、ちょっとばかり夜ふかしをしたもんでね……♪」露骨な含みをもたせた色っぽいウィンクを投げた……

アンジェ「あきれかえって物も言えないわ……」

ドロシー「そういうな、これでもお前さんの留守中は頑張ったんだぜ?」

アンジェ「それが任務でしょう」

ドロシー「銃弾がおっぱいをかすめるような目に合ったっていうのに冷たいな」

アンジェ「エージェントのくせに撃ち合いになって手傷を負う方が悪いわ」

ドロシー「言ってくれるね」

アンジェ「……それで、コントロールからは?」

ドロシー「いつもの通り「ご苦労」のひと言だけさ」

アンジェ「結構……ところでドロシー、貴女お酒を飲んでいるの?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「休日とは言えまだ午前中よ、アルコール治療院のお世話になる予定なの?」

ドロシー「そう言うな、ちょっと紅茶に入れているだけさ」

アンジェ「ラム酒?」

ドロシー「ああ。ジャマイカはラムの産地だし、その見本市でいいやつをいくらか買い込んでおいたのさ♪」

アンジェ「あきれた……」

ドロシー「いいじゃないか。本部は役に立たない作戦でも何百、何千ポンドとつぎ込むんだぜ? ちっとくらいは還元してもらったってバチは当たらないさ」

アンジェ「会計課に無駄な支出について問い詰められるような事があったら、貴女が釈明してちょうだいね」

ドロシー「ああ、これでも口はうまい方さ♪」

アンジェ「貴女のは「調子が良い」の間違いでしょう……少しもらうわ」

ドロシー「飲まないんじゃなかったのか?」

アンジェ「こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合わされるのだったら少しくらい飲まないとやっていられないわ……それでいい」

ドロシー「それじゃあお互いの任務成功を祝って……♪」

アンジェ「乾杯」

ドロシー「乾杯♪」チャーミングな笑みを浮かべてカップを軽く持ち上げた……

757 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/30(木) 01:33:17.34 ID:R+dE9aQ90
…case・ベアトリス×プリンセス「Poison in the garden」(花園の毒)…

…とある日・部室…

プリンセス「本日は急にお呼び立てしたにも関わらず、集まっていただいてありがとうございます」

…お茶のカップに手を付けることもせず深刻な顔をしているプリンセスと、不安とおびえの入り交じったような表情でお茶を注いでいるベアトリス…

ドロシー「なぁに、どうせ時間はあったからな……しかしプリンセスから招集とは珍しい、天下国家の一大事か?」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「すまんすまん、茶化して悪かったよ……どうぞ始めてくれ」

プリンセス「ええ、実は昨日このようなものが……」そう言ってテーブルの上に置いたのは封筒の表書きに「シャーロット王女殿下」の宛名が書かれた何と言うこともない一通の手紙……

ちせ「何の変哲もない文(ふみ)のように見受けられるがの?」

ドロシー「同感だ……と言いたいが、差出人の名前がないな」

プリンセス「……ええ」

アンジェ「それで、文面は?」

プリンセス「それが……」

…プリンセスが封筒から取りだして便せんを見せた……そこには黒い筆致でひと言「お前は王女殿下にふさわしくない」とだけある…

ドロシー「……まさか」

アンジェ「いいえ。内務省にチェンジリング作戦が気づかれた様子はない……それにもし気づかれたとしたらつまらない脅迫状を送りつけてくる前に別な手段で接触してくるはず」

ちせ「しかしこの文面、はなはだ穏やかではないのう」

ドロシー「プリンセス、この手紙を見つけたときの状況は?」

プリンセス「ええ、そのことなのですが……」

…前日・プリンセスの執務室…

初老のお付き「……王女殿下宛のお手紙でございます。返事は祐筆が当たり障りなく書き上げておりますので、末尾のサインだけお願い致します」

プリンセス「ええ、ありがとう」背もたれの真っ直ぐな椅子に姿勢良く座ると、机にきちんと積み上げられた手紙の山に立ち向かう……

プリンセス「いつもきちんと整頓してくださって本当に助かります、ミスタ・ケイル」

お付き「もったいないお言葉にございます」

…国民からの人気も高いプリンセスには山のような手紙が毎日のように送られてくる……届いた手紙類はまず王宮付の事務官が開封して毒物や刃物が入っていないかを確かめ、それから文面を確認して頭のおかしい人間から送られたものや極端な意見のもの、罵詈雑言をつづったものはプリンセスに渡すことなくすぐさま内務省の担当官に送り、差出人の住所や氏名を記録した上で要注意人物のリストに載せ、特に危害を加えるようなことをほのめかしている場合はスコットランドヤード(ロンドン警視庁)や内務省の職員が対象人物の監視を行い、場合によっては逮捕を実行する…

お付き「こちらの手紙は全て一般市民からのものですので、王女殿下におかれましてはお名前だけ添えていただければ結構です」

プリンセス「はい」

…また、市井の人々からプリンセスに宛てた善意あふれる手紙に手作りのお菓子や食べ物が添えられていることもあるが、こうしたものも全て毒殺の危険があるためプリンセスには渡る事なく処分される……そして「安全な」手紙だけがより分けられて手元に届くと、あとは祐筆が通り一遍の返事を書き、それにプリンセスがサインを添える…

お付き「これらの手紙はサー以上の称号を持つ方々からですので、軽く一筆添えて下さいますよう」

プリンセス「分かりました」

お付き「そしてこちらはウェストミンスター大僧正からのお手紙ですので、王女殿下じきじきにお返事をしたためていただきたく存じます」

プリンセス「そうします」

…昔ながらの慣習が根強く残っているアルビオン王室では羽ペンも盛んに使われているが、新しい試みにも積極的なプリンセスは手紙の返事や私信には金のペン先がついた万年筆を使うことが多く、手際よくペン先を走らせると祐筆の文章に添えて心暖まる気づかいを示したひと言を書き、流麗な花文字でサインを入れる…

プリンセス「わたくしのことを思って筆を取って下さった方がこんなにもいるのね……この方々のためにも頑張らないと……」

プリンセス「まぁ、ふふっ……♪」

…堅苦しく、場合によっては策謀が渦巻く王宮にあってはなかなか心安らかな時間というものは取れないが、自分に宛てられた手紙をさっと読み通していると、時に心なごむような文面であったりちょっと面白いような内容を見つけることがある…

プリンセス「……これでお返事は全て書き終えましたわ」はじめは手首や指が痛くなり泣きたくなる返事書きだったが、今はペンの使い方を心得たからか手際よく終わった……

お付き「結構でございます、ではあとはわたくしめが」

プリンセス「お願いしますね」

…しばらくして…

プリンセス「……あら?」

…席を外し戻ってくると机の上に封筒が一通だけ置かれている……うっかりやり残していたかと手に取り、事務官によって開封されていないことに首をかしげつつもペーパーナイフで封を切って文面を確かめた…

プリンセス「……っ」
758 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2025/11/15(土) 01:17:28.34 ID:x0ZlOn140
ドロシー「それがこの『ブラックメール・レター(脅迫状)』ってことか……」

プリンセス「ええ」

アンジェ「字体や文面から差出人は割り出せそう?」

プリンセス「いいえ、これだけでは……」

ドロシー「だよなぁ……何しろ字数が少なすぎるし、特徴ある言い回しや書いたやつの知的レベルが想像出来る引用や熟語もない」

アンジェ「置かれた時間は絞り込める?」

プリンセス「ええ。わたくしがお手紙の返事を書き終えて他の公務のために移動して、戻ってきたときですから……おおよそ二時間くらいね」

アンジェ「ベアトリス、その間にプリンセスの執務室へ出入りする人間や挙動不審な人物を見聞きしなかった?」

ベアトリス「いいえ、私はそのあいだ姫様の寝室を整えたりお茶の用意をしたりしていましたから……」

ドロシー「さすがにつきっきりって訳にもいかないからな……」

アンジェ「とはいえ手がかりがまったくないわけじゃない。手紙は多くのことを教えてくれる……まず、この手紙の書き手は右利きね」

ベアトリス「えっ、どうして分かるんですか?」

アンジェ「筆跡のかしぎ方や筆圧のかけ方が左利きではあり得ないから。それから本人は自分のペンを使っていない」

ちせ「なに、そこまで分かるのか?」

ドロシー「簡単さ。インクの色やにじみ方がプリンセスが公務で使うものと同じだ。字体や筆圧は違うがそこは変えようがない……プリンセス、そのとき使っていたペンはいま手元に?」

プリンセス「執務室の万年筆はずっと執務机に置いてありますが、同種のペンなら普段使いに持ち歩いています」そういって金のペン先があしらわれた万年筆を取りだした……軸の色は上品なロイヤルブルーで、そこに王室の紋章とツタ模様が金象眼で施されている……

ドロシー「なんとも見事なペンだな……少し使わせてもらってもいいか?」

プリンセス「ええ、どうぞ」

ドロシー「お、ありがとう……なるほど、王室御用達ともなるといい書き味だ」脅迫状を横目で見ながらノートの切れっ端にさらさらと文字を書き付けた……

ドロシー「どうも。それじゃあお返しするよ……で、例の手紙だがこんな文面だったな」

ベアトリス「すごい、まるで同じです……!」

ドロシー「そりゃあエージェントとしてこのくらいは出来ないとな♪」

アンジェ「それにしては「お前(you)」の部分で「O」の字が少し跳ねすぎよ、書き取りのごまかしじゃないのだからもう少し似せて書く事ね」

ドロシー「おやおや、トカゲ女は評価が辛いね」

アンジェ「当然よ。いずれにせよ、同じペンで書かれたことは確か」

ドロシー「そしてこれを書いた人間はそのとき怯えていたか、ためらいがあった」

プリンセス「そうなのですか?」

アンジェ「ええ。書き出しや途中でインクが少し多くにじんでいる。ペン先を紙に当てたままどう書くべきかためらった証拠ね」

ドロシー「ということはこの手紙の書き手は事前に何を書くか決めていなかったか、さもなきゃ誰かに脅迫されてやむを得ずこれを書いた」

ベアトリス「脅迫状を書いた人が脅迫されているんですか……?」

アンジェ「この世界ではそういうことが良くあることぐらい貴女も知っているでしょう、ベアトリス?」

ベアトリス「それはそうですけれど……でも姫様は私みたいなお付きや侍従の人たち、下働きの人たちにも気を配ってくださっている立派な方なのに……」

プリンセス「ふふ、ベアトったら褒めすぎよ♪」

ベアトリス「申し訳ありません、姫様///」

ドロシー「やれやれ、まるで惚気だな……ともかく、プリンセスが人格者だとしても脅迫状が送られる理由にこそなれ、送りつけられない理由にはならない」

ベアトリス「そんな、どうしてですか」

アンジェ「プリンセスが立派な人格者で下々の者にまでよく気を配る魅力あふれる人間だからよ」

プリンセス「もう、アンジェまで……///」

ちせ「つまり、プリンセスがよく出来た人間だからかえって妬み、あるいは敵として脅威に思っている人間がいる……ということじゃな?」

ドロシー「おそらくはな。それと掛け値なしにいうが、王室でいま一、二を争う人気者はプリンセスだ。あのニタニタ顔の眼鏡野郎は一見すると人当たりは良いが、どこか底知れないうさんくささがあるし、おまけに植民地帰りの改革派はこっちじゃウケが悪い。妹御は病弱で籠もり気味だし影が薄い」

アンジェ「ドロシーの言うとおりね」

プリンセス「でも、まさかお兄様が……?」

ドロシー「いや、まだそうと決まったわけじゃない」
759 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/11/22(土) 01:24:59.68 ID:CZu9Rr/30
アンジェ「とにかく、騒ぎ立てずに内密にしようと考えたのはいい処置だったわ」

プリンセス「ええ……本当はちょっと怖かったけれど、騒ぎ立ててもどうにもなるものでもないから」

ベアトリス「でも、姫様に何かあるのではないかと思うと……」

アンジェ「その点は心配しなくていい。今のところプリンセスに直接の危害が加えられる可能性は少ないと見ていい」

ドロシー「本気でやるつもりなら脅迫状なんて送りつける前に鉛玉を送りつけるからな」

アンジェ「その通り……となると『送り主』は何の目的でこの脅迫状を送りつけて来たか、その点が気にかかる」

ドロシー「プリンセスに騒ぎ立てさせて公務や学校での行動を封じたかったか……だとすれば無駄だったな」

アンジェ「あるいは心理的な危害を加えたかったか……」

ドロシー「脅迫状ってのはそのためのものだからな。とはいえ理由が分からないな……もしかしたら金銭や何かの要求をする前に先触れとして送りつけて来たのかもな」

アンジェ「プリンセスに署名入り赦免状でも書かせるつもりだとでも?」紅茶をふくみながら眉をひそめた……

ドロシー「可能性がないとは言えないだろ? プリンセスの叔父さんは内務省を統括するノルマンディ公だ、もしかしたらニューゲート監獄にいる兄弟姉妹とか親戚とかを助けたいあまりに書いたのかもしれない」

アンジェ「だったら慈悲深いプリンセスの人柄にすがろうと、それをそのまま書いて置き手紙にするはずよ。わざわざ脅迫状にする必要がない」

ドロシー「それもそうだな……」

アンジェ「とにかく、理由の詮索は後回しにして対策を考えるべきだけれど……いつものように私とプリンセスが入れ替わればいい」

ドロシー「ま、そうなるな」

プリンセス「でもアンジェ、情報部員としての務めがあるのでしょう?」

ドロシー「そいつはこっちでどうにかするさ。幸いなことに他にこれといった任務はないし、今回の件は優先順位が高い。メールドロップのチェックや暗号文の解読みたいな日常的な任務は私一人でもどうにかできるし、いざとなったらベアトリスを貸してもらえればどうにかなるだろう」

ちせ「もし必要なら私も手を貸すが?」

ドロシー「ありがとな、気持ちだけいただいておくよ」

…個人的には裏表のない性格を好ましく思ってはいるが、あくまでも好意で力を貸してくれているだけのちせにあれこれと手伝わせる訳にはいかない……と同時に、友人とは言え堀河公の手の者としてやって来たちせに「コントロール」の暗号やメールドロップのありかを開けっぴろげにするのは、何かあったときに「関係者」として巻き添えを食わせることになり、ちせ本人のためにならないと出来るだけタッチさせないようにしている…

ちせ「ふむ……」

アンジェ「別にドロシーや私が貴女を信頼していないという意味じゃないわ。メールドロップの確認はその場所に馴染んだ「いつもの人間」でないと怪しまれる可能性があるからで、暗号文は貴女の苦手な英語やラテン語だからよ……もし手伝いが必要なら、その時は是非ともお願いするわ」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃな」

ドロシー「分かってくれて助かるぜ……それじゃあアンジェ、入れ替わって王宮に入ったら「第二の脅迫状」が届くのを待ちつつ、差出人とその理由を探ってくれ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ベアトリス、お前さんも普段通りにプリンセスのお付きとして過ごしながら王宮内で情報収集にあたれ。場合によってはアンジェの援護を頼む」

ベアトリス「はいっ」

ドロシー「プリンセスはしばらくアンジェとして校内で過ごし、今回の件のケリが付くまでおだやかな学生生活を送ってもらう。しばらくはレポートや書き取りテストが最大の敵ってことになるな」

プリンセス「分かりました」

ドロシー「ちせはアンジェに偽装したプリンセスの「友人」として振る舞い、同時に護衛として付いてもらう」

ちせ「承知」

ドロシー「……それとこの脅迫状の件だが、コントロールに報告はしない」

ベアトリス「どうしてですか?」

ドロシー「さっきも言ったように、どうも今回の件はプリンセスの動きを封じる目的で行われていて、しかもノルマンディ公や内務省のやり口じゃないようにみえる……だとしたらこっちがコントロールに報告したりして騒ぎ立てるのはまずい。どこに裏切り者がいるか分かったものじゃない」

アンジェ「それに内務卿も王宮内に共和国のスパイがいると勘づいているけれど、それがプリンセスだとは思っていない……必要以上に騒ぎを大きくすればかえってやぶ蛇になる」

ちせ「つまりこの五人で内々に処理するわけじゃな」

ドロシー「そういうことだ」

プリンセス「アンジェ、ベアト……二人とも気を付けてね?」

ベアトリス「はい、姫様」

アンジェ「ええ」
760 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/07(日) 01:26:19.74 ID:SvbaYx5h0
…数日後・メイフェア校…

プリンセス「ふふ……こうして学業に集中できるのも久しぶりです♪」

ドロシー「関数の問題を解くのがよっぽど気に入ったとみえる……私には何が嬉しいのかサッパリだ」

プリンセス「あら、このあいだベアトに「学んでおいて損なことなどありはしない」とおっしゃっていたのはドロシーさんでは?」

ドロシー「おっと、こいつは一本取られたな……相変わらず記憶力のいいことで」

プリンセス「何しろ「職業上」色々な方の顔や名前を覚えなくてはなりませんから」

ドロシー「それはこっちの「商売」でも同じはずなんだが、どこが違うのかねぇ……」

…鉛筆を上唇と鼻の間に挟みあごに手を当て、いかにも投げやりな態度で数学の問題を前にしているドロシー……一方のプリンセスは眼鏡をかけ、髪を少しいじったアンジェの姿で問題に取り組み、ドロシーの愚痴に付き合いながらさしたる苦労もなく問題を解いている…

プリンセス「それにアンジェのことは心配ですけれど、公務を離れること自体はいい気晴らしになりますから……」

ドロシー「ごもっとも。堅苦しいのは抜きでいけるし、つまみ食いしたって「国の威信に関わる」なんて規模のでっかい叱られ方をしないですむ♪」

プリンセス「ええ♪」

ちせ「……ドロシー、よいか?」すっと影のように近寄ってきた……

ドロシー「おう、ちせか……どうだ?」

ちせ「私が見たところではそれらしい不穏な連中はおらぬ」

ドロシー「よし」

プリンセス「……大丈夫でした?」

ドロシー「ええ、少なくとも今のところは」

プリンセス「となると、やっぱり王宮のアンジェが気がかりね……」

…その頃・バッキンガム宮殿…

お付き「……では、本日のご予定にございますが」

アンジェ「ええ、お願いします」

お付き「まずは先日議会より起案されました法案、政策についての説明」

アンジェ「はい」

お付き「続けて朝のご学習。本日はケイバーライトに関わる科学、およびインド方面の王国の権益についてより深くご理解いただくための地理分野にございます。王立科学院よりサー・ヘリッジ、王立地理院よりサー・スティラーが参りまして王女殿下に講義されます」

アンジェ「はい」

お付き「学習がお済みになりましたらお茶をご用意いたします。そのあとで国内各地より届きましたる王女殿下に宛てた手紙に返事をしたためていただき、それから軽い運動として乗馬のお稽古」

アンジェ「ええ」

お付き「昼食は王女殿下が後援あそばされております慈善事業の理事会を訪問、非公式の形で昼食会といたします」

アンジェ「続けて下さい」

お付き「午後はロンドン商工会議所と造船組合を訪問なさってご挨拶を。王宮に戻られましたらドイツ語、フランス語の勉強。休憩のお時間には手紙の返事を書いていただき、それから女官たちへのねぎらいを兼ねてお茶の時間」

アンジェ「普段からお世話になっておりますからね。もちろんあなたもですよ、ミスタ・ウォリック」

お付き「わたくしめにそのようなお言葉を……恐縮にございます」

アンジェ「まだ未熟なわたくしを支えて下さっているあなたがたには常々感謝しております。それから?」

お付き「はい。そのあとは書見などをしていただき、夕食はプライスデール伯爵との会食となっております」

アンジェ「プライスデール伯爵にはたびたびお世話になっておりますものね、それにフランス政府の情勢についても聞いておきませんと」

お付き「左様にございます。それがお済みになりましたら王宮にお戻りとなり、残りの勉強をなさってからお休みとあいなります」

アンジェ「分かりました」

…普段と同じく分刻みのスケジュールが組まれているプリンセスの日常……女王の体調が思わしくない事もあって必然的にその分の代役や名代としての公務が多くなっている……プリンセスならそうするであろう柔らかな笑みを浮かべてねぎらいや感謝の言葉も絶やさず、するべき事を淡々とこなそうと改めて気持ちを込め直すアンジェ…

お付き「では、失礼致します」

アンジェ「……さて、本番はここからね」

………

761 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/12(金) 01:59:10.38 ID:4ztr1d5G0
…午前中…

議会代表「というわけでございまして、王室向け予算のうち王女殿下がお求めでいらっしゃる救貧院の予算は反発もあり……」

アンジェ「そのことについては存じ上げておりますわ、ミスタ・ハーカット……しかしアルビオンのために働いてきて、怪我や病気で働けなくなった人たちを見ているのはとても心が痛みますわ」

議会代表「いえ、もちろん王女殿下のご心痛は我々もよく存じ上げております。しかしながら工場主や農園主からはその分の負担を減らして欲しいと……もちろん貧困層の救済も大事ですが、かといって資本家や弁護士、医師などといった中産階級をむげに扱うわけにも参りませんので……」

アンジェ「難しい所ですわね。では王室予算のうちのいくらかを貧困対策にあてて、協力をお願いすることは可能でしょうか?」

議会代表「ふむ……王女殿下おんみずからが救貧事業に予算を出すとおっしゃれば、あるいは反発も減るやも分かりません」

アンジェ「そうですか、わたくしの名前で良ければどうか使ってみて下さい」

議会代表「分かりました。このような形でお借りするのは心苦しい限りですが、シャーロット王女殿下のお名前を出せば非協力的な一部の人間にも効果があるかと思います」

アンジェ「いいえ、構いませんよ。ではなにとぞ」

議会代表「ははっ」

お付き「……ではシャーロット王女殿下、学習室においで下さいませ」

アンジェ「ええ。いま参りますわ」

…書き物机と重厚な本の詰まった本棚が天井いっぱいまでそびえている学習室……格調高いが厳格で息苦しい雰囲気のある部屋に、ふちを跳ね上げた「アルビオン・スタイル」の口ひげと片眼鏡をかけた老学者が入って来た…

学者「おほん……では姫君、講義を始めますぞ。前回お出しした課題図書はきちんと読まれましたかな?」

アンジェ「ええ、もちろんですわ。あれは「インドにおける地誌と地形」でしたわね」

学者「いかにも。ということはきちんと読まれたようですな」

アンジェ「はい」プリンセスから聞いておいたので予習は完璧で、会話に齟齬が生じないよう前回の授業であっただいたいの出来事も教わっていた……

学者「結構、では前回の続きから……」

…しばらくして…

ベアトリス「姫様、紅茶をお持ちいたしました」

アンジェ「ありがとう、ベアト……異常は?」

ベアトリス「いえ、今のところは特に……」

アンジェ「そう。それじゃあ引き続き周囲の様子を観察しておいて……動きは普段通りで構わないから」

ベアトリス「はい」

アンジェ「……ふぅ、とても美味しいお茶ね」

ベアトリス「恐縮でございます」

アンジェ「いいのよベアト、そんなにかしこまらなくたって♪」

ベアトリス「いえ、姫様とお付きの関係を崩すわけには参りませんから」

アンジェ「まぁ、ベアトったら律儀なのね?」

ベアトリス「いえ、決してそのようなつもりでは……///」

アンジェ「あらあら、ベアトったら照れちゃって♪ とにかく、美味しいお茶をごちそうさま」

ベアトリス「はい、それでは……」

…廊下…

ベアトリス「……もう///」

…ティーセットをワゴンに載せて退出したベアトリスは、人気のない廊下で小さくため息をついた……大好きなプリンセスではなくアンジェが物真似をしているに過ぎないというのに、声や仕草、ちょっとした癖までまるで双子のように似通っていてついどきっとしてしまう……思わず頬を赤らめてしまったこともアンジェには見抜かれてしまっただろうと、恥ずかしく思いながらごろごろとワゴンを運んでいると、同じお仕着せを着た侍女たちと入れ違った…

ベアトリス「ごきげんよう」

侍女「ごきげんよう……それはシャーロット殿下のお茶?」

ベアトリス「はい、ちょうど今お飲み遊ばされたところで……」

侍女「そうなのね。姫様のご機嫌は?」

ベアトリス「ええ、いつも通りのお優しい姫様です」他の事ではまだまだ自信がないこともあるが、プリンセスの気分や具合に関する気配りだけは他の誰にも負けないつもりでいるベアトリス……

侍女「そう、なら安心ね」

…ベアトリスを始め華やかな表舞台に立つことのない侍女や近侍たちは王宮内で独自の「生態系」ともいえる世界を築いていて、その世界は複雑に絡み合い影響を及ぼし合っている……それはほとんどの貴族やアルビオン王室の人間でさえ介入できない場所であり、近侍や侍女たちはそれぞれのひいき目や立身出世を考えて王室メンバーそれぞれを応援する派閥を作り、独自の情報網やさまざまなルートを利用しては自分たちの派閥が有利になるよう有形無形の運動を行っている……

ベアトリス「はい」
762 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/15(月) 01:50:36.46 ID:JbEr8iQ40
侍女B「それじゃあ私たちは姫様の寝室を掃除してきます」

ベアトリス「よろしくお願いします」

…そして侍女たちはそれぞれの「派閥」があるとはいえ、それよりも王室における侍女同士のネットワークや暗黙のルール、しきたりといったものが優先され、それをないがしろにしようとするものや無視しようとするものは排斥の対象になる…

侍女C「それでは、また後でね?」

ベアトリス「はい」厳格で硬直化した決まり事でがんじがらめになっているように思える世界だが、実際には日々の業務がやりやすくなるような制度上の裏口や抜け道がいくつもあって、はじめは戸惑うばかりだったベアトリスもいつしかその呼吸を飲み込んでうまくやれるようになっていた……

侍女「……ふふ、ベアトリスったら」

侍女B「ね? すっかりシャーロット王女に首ったけで……♪」

侍女C「ああいうとこ、なんとも初心で可愛いわよね?」

…ベアトリス自身はそう思っていなかったが、侍女たちの間では小さい身体でまめまめしく働く律儀なベアトリスは可愛いマスコットや妹分といった扱いで、ちょっとした貴族の娘とはいえそれを鼻にかけない素直な性格も好まれていた…

侍女「そういえば……このところミセス・ライブリーの一派はあの子に手厳しいみたいね」

侍女B「聞いたわ。ミセス・ライブリーときたらあんな性格でプリンセスのお気に入りになれないものだから、当てつけでやっているんだわ……そんなだからプリンセスから遠ざけられるのよ」

…たしかに侍女の中にはベアトリスのおどおどしている部分を「わざと性格を作っている」などと中傷するような意地悪な者もいたが、そういった連中はたいていプリンセスのお気に入りであることに対するやっかみや当てつけとしてベアトリスを対象にしているか、あるいは王位継承争いの余波としてプリンセス付きの侍女であるベアトリスにまで非難の矛先が向いているだけで、それも共和国とのゴタゴタや王室内にいるとされるスパイ騒動のあおりで内務卿主導の警戒が厳しくなると、うかつな言動一つでニューゲート監獄送りになりかねないとなりを潜めつつあった…

侍女C「言えてるわね。さ、それより早く寝室を片付けないと!」

…しばらくして・プリンセスの書斎…

お付き「こちらは一般大衆からの手紙ですのでお名前だけ添えていただければ結構です」

アンジェ「はい、ミスタ・ケイル」

…どんな階層の人間に対しても分け隔てなく気配りを忘れない王女殿下として、手元に届いた全ての手紙に目を通し、返書にサインを書いているプリンセス……もちろん、読み書きが出来て王室宛に手紙を投函できる(時間的にも金銭的にも)余裕がある人間という時点で『一般大衆』のなかでもある程度の『上澄み』ではあるが、そうした人々の書きつづる言葉には世情を反映したものが多く、プリンセス……そして当然ながら入れ替わっているアンジェもそうした言葉や気持ちをおろそかにしないよう努めている…

お付き「こちらの手紙は各地の準男爵や名士、郷士(ジェントリ)たちからのものですので軽くひと言を」

アンジェ「ええ、そうします」

…各地の様子をはじめ農作物の収穫、鉱山の好不調……とうてい見回っている暇などないアルビオン王国領内の様子を一枚の手紙がすべて教えてくれる……この時代にはまだ定義づけられてもおらず概念としても生まれてはいないが、ある種の「オシント」としてアンジェたち「チーム白鳩」は新聞や手紙、噂話と言ったものも重視していた…

(※OSINT…「Open-Source Intelligence」の略。新聞やニュースなどの合法かつ公開されている情報をつなぎ合わせることで相手勢力の動向を探る情報活動。多くの資料を集めなければならないため労力を要するが、活動に違法性がない(少ない)ことから敵対勢力の監視下にある在外公館等でも行え、高度な技能を有するエージェントを投入する必要もなく、逮捕などの危険も少ないなど利点も多い)

お付き「……それからこちらは以前フェントウィック卿にお出しした手紙の返書にございます」

アンジェ「そうですか、相変わらず老ダンカンは気難しくていらっしゃるのかしら?」

お付き「さて、どうでしょうか」

…プリンセスに聞いて「予習」していたので、誰とどんなやり取りをしているか、あるいはどんな懸案事項を抱えているのかを把握しているアンジェ……ペンを持つと字体から言葉の使い方までプリンセスになりきって手際よく返事をしたため、同時にエージェントとして気になる情報を記憶していく…

アンジェ「……」

…文鎮で押さえられていた便せんの山を片付けていくと、中から二度目の脅迫状が出てきた……何食わぬ顔でもう一枚の便せんと重ねて取ると、滑らかな手つきで問題の便せんをスリ取るようにして袖口に滑り込ませた……その後も何食わぬ顔で返事書きをすすめ、最後に万年筆の筆先を拭うとペン立てに戻した…

お付き「では、あとはこちらで片付けておきます。次は馬術の時間でしたな、どうか遅れませぬように」

アンジェ「ええ。どうかよろしくお願いいたします」

………

…宮殿・馬場近くの更衣室…

ベアトリス「さぁ姫様、馬術のお時間ですからお召し替えを。さいわいお天気ですから気持ちもよろしいかと……二通目、ありましたか?」

アンジェ「ええ。こんな素敵なお日柄だもの、馬術のお稽古だってますます楽しいわ♪ ……あったわ、持っておいて」こよりのように細く折った脅迫状をそっとベアトリスに手渡した……

ベアトリス「じゃあやっぱりこの宮殿内に姫様を狙っている人が……」

アンジェ「きょろきょろしない。どこで見張っているか分かったものじゃない」

ベアトリス「は、はい」

アンジェ「もし狙ってくるとしたら馬術の前後ね……馬場は庭を通じて宮殿のあちこちに繋がっているし、いざとなれば塀を乗り越えてロンドン市内に逃げ出すこともできる」

ベアトリス「わたしもお側にいた方が良いでしょうか……?」

アンジェ「いいえ、あくまでも普段通りに勤めてちょうだい。それより書斎に入れる人間が誰で、誰と話しているかをそれとなく見ておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「待って、足音がする……どうもありがとう、ベアト♪」さっとプリンセスらしい柔らかな笑みを浮かべると、乗馬手袋を差し出すベアトリスの手を軽く取る……

血色の悪い侍女「……失礼いたします、乗馬靴をお持ちいたしました」少し血色の悪い一人の侍女が茶革の乗馬靴を持ってきた……

アンジェ「ええ、ありがとう♪」
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