中野四葉「まにまにりぽーと」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:14:48.19 ID:gUiBlRD20
五等分の花嫁のss。R18。

過去スレ貼るのが面倒になったのでそっちは皆様に丸投げ。
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:15:31.94 ID:gUiBlRD20
「うげっ」
「その反応は人としてどうなのよ」

 チラシに挟まっていた特売情報に釣られてやって来た、日頃利用しないスーパーで知った顔に遭遇した。時に、この知った顔という表現は俺にとってかなり厄介なものであるように思える。なにせ、別人のくせに顔が同じという面倒な連中と付き合いを持ってしまっているものだから。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:16:22.17 ID:gUiBlRD20
「ちょうどいいから手を貸しなさいよ。この卵、おひとり様一パックまでらしいから」
「……ったく」

 差し出された10個入り1セットの生卵を渋々受け取る。我が家ほどではないが、彼女たちの家計も贅沢が許されないレベルのものなのは知っているので、ここで無碍に断るのは良心が痛む。本当は、もっと他に痛めるべきポイントがあるのかもしれないが。
 元から自分が持っていた買い物カゴにそのパックを詰め込み、ゆっくりフェードアウトしようとしたところで彼女に腕を掴まれる。二乃は、こういう時に簡単には逃がしてはくれない奴だ。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:16:58.40 ID:gUiBlRD20
「あんたにどっか行かれたら意味ないじゃない」
「そこはほら、また後日的な」
「待ってる間に消費期限が来ちゃうわよ」

 たいてい二週間くらいの猶予はあるのだし、それに間に合わないことはないだろうと思った。しかし、その言葉は胸の奥底にしまいこむ。揚げ足を取るのはいいが、そうすると自分の揚げ足が取られる確率まで上がってしまうからだ。失言や失態と無縁ではない生き方をしている自覚があるのも相まって、ここで余計なことをするのは悪手だという直感が走った。
 諦めて、二乃の横につく。が、無抵抗の意思表示をしているにも関わらず、彼女は俺の腕を返してくれなかった。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:17:44.47 ID:gUiBlRD20
「逃げないっての」
「分かってるわよ」
「それが分かるなら俺の言いたいことも察しろ」

 言葉を濁して自分の意思を他人に推し量ってもらうというのは酷い甘えだし、傲慢であるとも思う。だが、その理由を口に出すのも出すので憚られるという極大のジレンマが、俺の動きを鈍らせた。公衆の面前で女子と引っ付くのが恥ずかしいだなんて、堂々と言えることではない。

「これ?」

 二乃は、解放するどころか自分の腕を俺に絡めてくる。いたずらっぽい笑みは、『意図を理解した上でやっている』というおちょくりか。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:18:16.26 ID:gUiBlRD20
「もちろんわざとやってるんだけど、なんでだと思う?」
「なぜクイズ」
「正解は、見せつけたいから、でした」
「答えさせてもくれないのか……」

 思ったことをそのまま伝えてくれるのは、裏を疑わなくていいという点ではものすごく楽だ。楽だ……が。それにしたって、時と状況を選んでもらわないことには、こちらが対応策を用意できなくなってしまう。端的に言えば、すごく困る。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:19:05.32 ID:gUiBlRD20
「しょうがないでしょ。こうでもしないとあんた、私のこと意識もしないんだろうし」
「俺はそこまで鈍い奴だと思われてんのか」
「思ってるからやってるのよ」

 ごもっとも。だからといって受け流せるかといえば、それもまた別問題だが。
 
「誰かさんが直々に、『卒業までは考えさせろ〜』なんて言うもんだから、私はそれまでの得点稼ぎに必死なの」
「その発言が俺の心象を悪くするとは思わなかったのか?」
「薬まで使って色々やった人間に対する感情が、たかだか一つや二つの言葉で変わるわけもないでしょ」

 それもまたごもっとも。酷い正当化だとは思うけれど。
 しかし、彼女の言う点数稼ぎとやらは、かなり体を張る行為らしい。その証拠として、毅然と振舞おうとしているのはなんとなく分かるけれど、二乃の瞳は妙に揺れている。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:19:33.51 ID:gUiBlRD20
「恥ずかしいならやらなきゃいいものを」
「うるさいわね。慣れてないだけよ」
「お前、これに慣れるつもりなのか……?」
「ゆくゆくはね」

 ゆくゆく、というのがどれくらい先を指しているかは不明だった。卒業までか、あるいはもっと未来までか。万一後者だったとして、こいつはいつまで俺に執着する気なのだろう。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:20:06.69 ID:gUiBlRD20
「式ではどうせこのスタイルなんだし」
「俺はお前が怖いよ」

 式と言うのはたぶん、冠婚葬祭の頭から二つ目のアレだ。確かにバージンロードを歩く新郎新婦は腕組みをしているイメージがあるが、そこまで見据えているというのは流石に恐ろしい。なぜこの段階から俺と添い遂げる覚悟を固めているんだこの女子高生は。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:20:39.19 ID:gUiBlRD20
「もう否定するのも疲れたから聞くんだけどさ、お前の人生設計ってどうなってんの?」
「子供は二人以上欲しいわね」
「家族計画はまた今度聞くから今は控えろ。俺が聞きたいのは、何歳で何をして〜みたいなのだ」

 とんでもない爆弾発言が飛び出たが、そこまで驚きもしなかった。既にそれを目的とした行為を重ねてしまったからというのが主要因だと思う。俺は二乃が怖いが、それ以上に自分も怖い。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:21:19.12 ID:gUiBlRD20
「取りあえずはまあ、高校卒業よね」
「そっちの見通しはだいぶ立って来たな」

 今は屋根の下にいるから感じないが、外に出れば既に秋の匂いが漂う時期だ。途中途中のテストなんかも順当に突破してきていて、よっぽどのことでもない限り彼女たちは当初の目標通りに高校修了の有資格者となる。

「そうしたら、料理の専門学校にでも行こうかしら」
「得意分野だもんな」
 
 自分の店を持つみたいな話もあった。なら、そこに至るまでに必要とされるものをかき集める必要があるだろう。俺が思いつく範囲では、調理師免許とかだろうか。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:21:50.66 ID:gUiBlRD20
「で、そこも卒業したら就職よね」
「おう」

 当たり前の流れだ。ここまでは俺でも予想できる。

「その場所で二年働いて」
「なるほど」

 起業のための準備金を貯めると。プランとしては悪くない。ただ、二年でどこまで貯金できるかがネックか。そこは彼女の頑張りにも依るだろうが、それにしたって昨今の労働状況では、二十代前半からがっぽり稼ぐのは厳しい。だから銀行にでも頼るのかと思って、次の言葉を待つと。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:22:30.73 ID:gUiBlRD20
「そして、ちょうど大学卒業のあんたと入籍ね」
「おい」
「しばらくは家事育児に追われるだろうから専業主婦で」
「おい」
「子供から手が離せるようになったら、そこでようやく夢の実現に向けて頑張ろうかしら」
「おい」
「何よ?」
「それは俺の台詞なんだけど」
「どこかおかしかった?」
「全体的にな」

 具体的にどこが、と指定するなら、大学卒業〜のくだりからだろうか。何と言うか、自分の人生設計に他人を絡めすぎていやしないか、これ?
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:23:02.33 ID:gUiBlRD20
「あんたとくっつくのは確定事項だもの」
「おかしいな認めた記憶がない」
「認めさせるわ、近いうちにね」

 背中に鳥肌がぶわぁっと広がった。嫌な予感は、今日も休まず俺の後方数センチの至近距離に詰めてきている。
 この強引さが二乃らしさなのだろうとは思うが、やっぱりしばらくの間はこいつから供与される飲食物に対して一定以上の警戒心を持っていた方が良さそうな気がした。それから、ハンコの類は絶対に隠していようとも。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:23:51.07 ID:gUiBlRD20
「あれだけ色々したんだもん、責任取ってもらわなくちゃ」
「ピンポイントで俺の弱点刺すんじゃねえよ……」

 そこを指摘されたら何も言い返せないのだ。だから、そればっかりは勘弁してもらわないといけない。それからその理論で行くと、俺にはあと二人ほど責任を回収しなきゃならない相手がいる。
 先のことを考えてため息を吐くと、二乃との距離がいっそう縮まった。いつだかにたっぷり堪能した柔らかさが一瞬だけ呼吸を乱すが、しっかり落ち着いて「あんまりくっつくな」と冷静な返答を選択する。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:24:23.76 ID:gUiBlRD20
「卵が割れるだろ」
「必要経費よ」
「まだ未購入だってのに……」

 それでも離れてはくれないらしくて、なおも腕をホールドされたまま、生鮮売り場やら野菜売り場やらを巡る。忘れかけていたがこれはそもそも我が家のための買い物なので、自分の目的物も手に取っていかなければならない。
 夕時のスーパーは仕事帰りのサラリーマンやら材料を買い込みに来た主婦やらでごった返していて、そんな中で女子とべたべたくっつきながら歩くのはなかなかにキツかった。主に浴びせられる視線が。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:25:06.56 ID:gUiBlRD20
「そういえばさ」
「なんだよ?」
「私さっき、あんたが大学行く前提で話しちゃったけど、そういうのって考えてるの?」
「問題のある仮定はそっちの方じゃないだろ」
「いや、これは割と真面目な話」
「……どうだろうな」

 学びを深めるという点では、間違いなく大学進学は価値のある行為だ。ただ問題があるとしたら、俺は別に好きで勉強をやっているわけではないということ。いつか獲得した知識や知恵が役立つようにと思って励んではいるが、そこに重きを置き過ぎたせいで将来像はまるで固まっていないように思う。過程と結果が存在する世界で、過程に力を注ぎ過ぎてしまったのかもしれない。
 だから、迷いがある。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:25:41.39 ID:gUiBlRD20
「知ってるとは思うが、ウチに俺を道楽で進学させられるほどの余裕はない」
「まあ、なんとなくはね」

 借金は伏せてあるが、それにしたって切迫した懐事情については既にバレバレだ。そんな中、なんとなくで四年間も家の負担にはなれない。進学するなら、明確な理由が要る。
 それが今の俺にあるかと問われれば、答えに窮する。『いつか役に立つように』は明確な理由足りえない。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:26:16.92 ID:gUiBlRD20
「だから、ギリギリまで考える。何をしたいかとか、何が出来るかとか」
「人の進路ばっかり気にして自分の将来設計がすっからかんなところとか、すごいあんたらしいわね」
「うっせ」

 奨学金に頼ればどうにかならないこともない。だけど、それだって一応は借金の部類だし。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:26:50.65 ID:gUiBlRD20
「ま、最悪路頭に迷った時は私が養ってあげるから安心して」
「迷わねえからお前も安心しろ」

 こういう場面での軽口は、素直にありがたかった。今までに色々あったが、そこで培われた信頼の一端を見ることが出来たように思えるから。邂逅から一年、忙しない毎日を駆け抜けてきたが、走った後にはちゃんと道が出来ている。この事実が救いになるかどうかは、今はまだそこまで分からないけれど。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:27:26.78 ID:gUiBlRD20
「あんた向きの仕事、私は一つ思いつくけどね」
「なんだ?」
「秘密。こういうのって、自分で気づくのが大切なんじゃない?」
「そういうもんか?」
「あんただって、最初から答えは教えないでしょ」
「そういうもんか……」

 動機づけの根っこはあくまで自分であるべき、か。他人の言葉を原動力に走るのは美しいが、それ以上に脆い。理由が自分の中にないわけだから、迷った時に立ち返る場所が消え去るのだ。やっぱり、最終的な責任は自分自身で負えるように立ち回る方が理性的。誰かのせいにして、己の惨めさに潰されないようにするためにも。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:28:01.70 ID:gUiBlRD20
「前途多難だ……」
「頑張りなさいよ。頼りにしてるんだから」

 そうだった。俺の双肩には、五姉妹の未来ものしかかっている。ここでダウンするのはあまりに早すぎるだろう。
 もうひと踏ん張り、だ。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:28:36.96 ID:gUiBlRD20
「手間賃」

 引き止められてイートインスペースに座らされると、二乃にホットココアを手渡された。特売の卵で得た利益が消し飛んでいる気がしたが、もらえるものはもらっておくことにする。……だけど、その前に。

「ほれ、毒見」

 プルトップを持ち上げて、最初の一口目を彼女に譲った。気が付いたらベッドの上……なんて事態はもう御免だ。やり過ぎな感もあるが、これくらい警戒しているのだというスタンスを示すことで大きな牽制になる。俺としては、むしろそれがメインの狙いだった。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:29:12.13 ID:gUiBlRD20
「ん」

 何事もなく二乃が数口飲み干して、ちょっとだけ容積が減った缶をこちらに返してくる。当たり前だが、何かが盛られてはいなかったようだ。

「もちろん薬は入ってないわ」
「……似たようなことしたなあ」
「……?」
「こっちの話だ」

 見たところ、鼻水が入っていることもないだろう。だからそのままごくごくと、貴重な甘味を摂取していく。
 そういえばこれは、世間で言うところの間接なんちゃらにあたるのだろうか。直接どころか舌の感触まで知っている身なので、特に気にすることもなかったが。
 それは彼女も同じようなものだろうなと思って、顔をちらと覗くと。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:29:38.97 ID:gUiBlRD20
「……そういえば間接キスは初めてよね」
「新たに倒錯した性癖に目覚めるな」
「喉渇いたからもう一口ちょうだい」

 これはやべーぞと、一気に残りを飲み干した。炭酸ジュースでなくて良かったと一安心だ。
 
「けち」
「倹約家と呼べ」

 近くにあったゴミ箱に、空き缶を投げ捨てる。もし回収されたら何に使われるか分からないので、出来るだけ奥の方を狙って。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:30:14.80 ID:gUiBlRD20
「……まあいいわ。付き合わせて悪かったわね」
「気にすんな」

 足元に置いたレジ袋を持って、自動ドアの方に足を向ける。当然彼女もそうするものだとばかり思っていたが。

「…………っ」

 気の抜けた一瞬の隙に、もう奪うだけの価値が残っているのかどうかすら分からないものを、目にも止まらぬ速さで奪取された。あまりに手際が良すぎたせいで、反応らしい反応も、抵抗らしい抵抗も出来なかった。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:31:00.39 ID:gUiBlRD20
「一日一回、今日はまだしてなかったでしょ……?」

 「じゃ」と短く言って、二乃はすたこらと店外に出ていった。残された俺はと言えば、にわかに色めき立った周囲の視線に晒されながら、ただ一人で項垂れるだけ。

「…………くそ」

 変なルール作るんじゃなかった。
 呟きは喧噪に溶けてしまって、きっと誰の耳にも届いていない。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:32:33.85 ID:gUiBlRD20
今日はここまで。前回は結果的に二乃の話だけ薄くなってしまったのでそれの補填の意味で。
またしばらくちまちま更新していくので、良ければお付き合いください。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 21:34:32.18 ID:IARJu6cU0

ありがたい…
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/29(火) 21:44:09.59 ID:gUiBlRD20
空行で時間経過を表す癖のせいで分かりにくくなりましたが、23からは買い物後です。一応間違いのないように。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 23:38:12.72 ID:3e24dhzk0

押せ押せな二乃いいね
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 08:33:01.59 ID:h1r7MI/To
毎作おつかれさまやで
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 20:32:35.76 ID:cJfWTZLXo
流石暴走機関車よ
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:32:42.23 ID:hVbz5UOb0
今週の二乃ヤバ過ぎた。ってわけでちょっと更新。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:33:26.48 ID:hVbz5UOb0
 季節は巡る。時間は過ぎる。途中でどれだけぐだぐだとやっていても、それだけは間違いのないことに思える。悩みも葛藤も、苛まれている期間にはそれが永遠に続くような気がしてならないが、後から振り返ってみれば、それがなんてことない出来事だったなんて事態はザラだ。
 なら、俺が今胸中に抱えているはっきりとはしない靄のかかった感情も、数年後、数十年後から見れば取るに足らない些末事に映るのだろうか。
 
「上杉さん?」
「…………悪い。考えごとしてた」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:34:10.62 ID:hVbz5UOb0
 一応は仕事中なのに、意識を散らしてしまっていた。目先に色々な障害があるせいで、ここ最近は何事においてもイマイチ集中できていない気がする。
 
「体調悪いんですか?」
「そうじゃない」

 手を振って否定。寝不足など今に始まったことではないし、その他体に異常が出ているわけでもない。ただ、進路のことだとか、保留しまくっている告白のことだとか、簡単には片付いてくれそうにもない問題たちに追い込まれているだけだ。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:34:46.55 ID:hVbz5UOb0
「でも、最近元気がないように見えます」
「お前と比べればな」
「前の上杉さんと比べてもです」

 左右の手を上下させて、比較を表そうとする四葉。表出するほど参っているつもりではなかったが、知らず苦しんでいる部分もあったようだ。それを指摘されたら、否定できないかもしれない。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:35:20.89 ID:hVbz5UOb0
「私、そんなに危ないですか?」
「それも違う。むしろ良くやってる方だ」

 採点し終えたばかりの答案を彼女に返す。〇と×の比率は目算で半々程度。進学意思があるなら相当マズいが、目標を卒業だけに据えるなら余裕の合格点だ。当初のスカスカな解答用紙を思い出せば、これだけ大きな成長も他にはないだろう。
 だから、俺が妙に気の抜けた仕事をしてしまっているのは、環境が寄与するところもあるのかもしれない。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:36:05.55 ID:hVbz5UOb0
「ノルマは全員クリアしていて、しかもバイトのブッキングで今日居るのはお前だけ。そのせいで変に落ち着いてんのかもな」

 姉三人組の前では色々な意味で気が抜けないので、その分の揺り戻しを四葉と五月にぶつけている気がする。こちらの勝手な事情に巻き込んで申し訳ないが、緩急をつけないと俺が早々に死んでしまうから。
 姉妹間で扱いに差をつけているつもりはないが、どうしても意識の外で、妹二人に甘えている感じはあった。あからさまな恋愛感情から逃げるためにはそうする外になかったし。……いつか必ず向き合う問題とは分かっていても、相応の準備期間は要るのだ。向こうもそれはなんとなく承知してくれているみたいで、一時期の烈火のごときアプローチは鳴りを潜めてくれたけれど。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:36:40.69 ID:hVbz5UOb0
「まあ、俺の問題だからお前は気にすんな。このペースを維持できれば、卒業はほぼ確実だ」

 俺の懸念を他所に、勉学には全員が真摯に取り組んでくれている。だからもう、俺の役割は教師ではなくモチベーターと言った方が近い。誰かが息切れしないように、少し後ろで見守ってやるだけでいい。
 正直、この時点で任の大部分は完遂したと言っても良かった。後は彼女たちが、自分の力で勝手に欲しいものをつかみ取ってくれる。

「あの、上杉さん……」
「ん?」
「それなら一つ、おねだりしてもいいですか……?」
「……ん」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:37:17.38 ID:hVbz5UOb0
 特に何を考えることもなく首肯。他人のことばかり考えて行動する四葉が、明確に自分の願望を遂げようとするその光景に、少し興味が湧いたというのもあった。

「その、ですね――」

 告げられる言葉を、そのままに受け入れる。
 それはやっぱり、彼女にしてはかなり意外なお願いで――
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 21:51:56.28 ID:hVbz5UOb0
情報の後だしは卑怯なので最初に言っておくんですが、〇〇が一番好き! という言い方をするとちょっとアレなので、普段から俺は「さいかわは四葉!」と訴えています。それが文章に露骨な形で反映される可能性があるかもなので許してください。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/01/31(木) 22:02:41.97 ID:yYpPPUyU0
大丈夫だ、問題ない
むしろガンガンやってください
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 22:08:33.89 ID:TTjVlNM70
四葉かわいいの気持ちを爆発させてもいいのです
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 22:33:35.24 ID:Lnaj/QHo0
このシリーズって単行本派だとネタバレある感じですか?
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:40:01.15 ID:hVbz5UOb0
基本は書き始めたあたり、つまりは昨年十二月初旬までの原作情報で構成しているつもりですが、整合性が取れる範囲で最新話の情報なんかも盛り込む可能性があります。ネタバレ注意と打っておいた方が良かったかもしれません。まったく考慮せずに進めていてすいませんでした。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:41:35.48 ID:hVbz5UOb0
「秋晴れの気持ちいい空です!」

 両腕を目いっぱい広げて、四葉が息を大きく吸い込んだ。言葉の通り空の色は澄んでいて、程よい陽気に包まれている。
 休日の昼間にこうして出歩いた経験が少ないもので、感じる光や匂いがどうにも新鮮に思えた。別に、大気の組成が他の日から変わっているわけもないというのに。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:42:05.53 ID:hVbz5UOb0
「なあ四葉」
「なんです上杉さん?」
「どうして急に散歩?」
「まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

 四葉が数歩前を先行し、俺がそれに続く。本来ならば勉強に充てている時間をこんな風に使う罪悪感は消しきれなかったが、あのまま続けたところで、という思いもあった。なら、今日は四葉に付き従ってみるのもアリかもしれない。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:42:39.04 ID:hVbz5UOb0
「ずっと家の中にいてばかりじゃ、体にカビが生えちゃいますし」
「ちなみにカビ菌は誰の体にでも常在してるぞ」
「えっ」

 凍り付いた四葉を追い越す。秋色に染まった世界は全てがゆっくり動いているようで、自然と自分の中にも余裕が生まれてくるような気がした。思えば最近、小休止すら挟むことなく駆け抜け続けていたかもしれない。そんな溺れかけの頭で何を考えようと、画期的なアイデアは生まれないだろう。
 だから、今日はこうやって一息つく機会を与えてくれた四葉に感謝すべきなのかもしれない。サボりの正当化と言われればそれまでだけれども。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:43:11.18 ID:hVbz5UOb0
「水虫とかがそれだな。まあ、若いうちにはそこまで気にすることでもない」
「不吉なこと言わないでくださいよぅ」

 白癬菌がどーたらとか、カビと言えばペニシリンだとか、そこから話を広げる手段はいくつか自分の中に用意されていたが、要らない蘊蓄を垂れ流す場面でもないだろうと思って控えた。インテリジェンスな事柄からは、少しの間だけ距離を置こう。それが、今の俺に必要なことな気がする。
 正しく気を抜こう。自分の体の中にあるガスだまりを少しでも小さくすれば、もう少しだけ、頑張れる気がするから。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:43:43.34 ID:hVbz5UOb0
「で、ここから何すんの?」
「色々考えてありますよ。行きたい場所、たくさんあるので」
「……まあ、ほどほどに付き合おう」

 なんなら、このまましばらく歩き続けるだけでも良かった。だが四葉に案があるというのなら、それに乗っかるのもやぶさかではない。積極的休養というやつだ。
 
 さっき追い越した四葉がまた俺の横に並ぶ。別に競争をしているわけじゃないのに俺の中の負けず嫌いが顔を出して、更に一歩前に踏み出そうとする。
 しかし、それは四葉の手によって阻まれてしまった。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:44:11.96 ID:hVbz5UOb0
「もう」
「なんだよ」
「歩幅、気を付けないとダメですよ」
「……?」
「女の子と歩く時はちゃんと足並みそろえないと」
「そろえないとどうなる?」
「愛想をつかされます」
「じゃあ俺は今、お前からの愛想とかいうものを全部失ったってわけか?」
「はい。……ですが」
「ですが、なんだ?」
「これまでの貯金分があるので、ギリギリ一回コンティニューですね」

 微笑む四葉。困惑する俺。どこにそんな蓄えがあったかは謎だが、継続してくれるのならまあ、悪くはないか。
 こんなところで信頼関係を砕く意味は感じられない。自分からアクティブに失っていこうと思えるものでもない。
 彼女がゆっくり歩けと言うのなら、それに合わせるくらいは、良いとしよう。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:44:50.72 ID:hVbz5UOb0
「それと、上杉さん?」
「ん?」
「女の子と二人っきりの時に『落ち着く』は禁句ですよ」
「どうした急に」
「さっき家で言ってたじゃないですか。居るのはお前だけだから落ち着くって」
「まあ、確かにそんなこと言ったような、言ってないような……」
「それは良くないです」
「なぜ?」
「なんでもです。少なくとも私はちょっぴり傷つきました」
「落ち着いてないほうが良いのか?」
「それもちょっとだけ違いますけど……。でも、さっきのはアウトです。だから今日はもうツーアウトなんです」
「もう一回アウトになると?」
「本当に愛想をつかせます」
「うえぇ」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:45:24.00 ID:hVbz5UOb0
 かねてから一番協力的だった四葉に背を向けられては、さしもの俺も心が折れてしまうかもしれない。それは好ましくないことだと、素直に思った。

「綱渡りみたいだ」

 バランスを取りながら狭所を歩いている感じ。あまり俺の得意とするところではない。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:46:08.92 ID:hVbz5UOb0
「もちろん、得点を稼げばその限りではありませんよ」
「なんだ、ご機嫌取りでもすればいいのか」
「もう、上杉さんはすぐそういうこと言う」
「そういうこと言わなきゃいいの?」
「それもちょっと違いますね」

 言って、四葉は俺の手を取って。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:46:47.07 ID:hVbz5UOb0
「ほら、こういうの、なんて言うんでしたっけ?」
「は?」
「休日、男女でお出かけするの、なんて言うんでしたっけ?」
「…………」
「去年も一回したじゃないですか」
「…………デートだな。デート」
「正解です!」

 そのまま、腕を絡めとられる。ちょっと前にも二乃から同じことをされたが、彼女と四葉とでは筋肉のつき具合に違いがあるせいか、今はより強固に、腕を引っ張り込まれている感覚があった。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:47:13.67 ID:hVbz5UOb0
「これで1ポイントですね」
「ちなみにそのポイント、貯めるとどうなるんだ?」
「428ポイントまで貯めるとギョウザ無料券と引き換えできます」
「ラーメン屋かよ」

 道のりの長さに対して景品が異様にしょぼい。途中でカウントが忘れ去られそうだという懸念もつきまとう。なんにせよ、カウンターがストップすることはなさそうだ。少なくとも、俺の手によっては。
 しかし、デートと来たか。こいつはそのあたりのフットワークは軽そうだから、大した意味があるわけでもないのだろうが。それこそ去年の例もあるし。
 だからきっと、腕を持って行ったのも雰囲気作りの一環だ。去年の段階でやられたら多少は狼狽していたかもしれないが、今の俺には、その程度ならなんでもない。この前衆人環視の下で接吻を喰らった人間を甘く見ないで欲しい。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:48:06.27 ID:hVbz5UOb0
「じゃ、ぼちぼち行きましょうか?」
「おう、どこでもいいぞ」

 俺の反応に対し、四葉が「ちっちっち」とややオーバーに顔の前で人差し指を振る。何やらもの申したげな様子だ。

「そこは、『お前と一緒ならどこでも楽しいぞ』ですよ」
「オマエトイッショナラドコデモタノシイゾ」
「これで2ポイントですね♪」

 どこまで形から入るつもりなんだとため息を吐いた。あと426ポイントは、やっぱり絶対貯まりそうにない。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:48:53.83 ID:hVbz5UOb0
今日は終了。総員アニメ四話に備えてどうぞ。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/01/31(木) 22:53:34.71 ID:89uZG1/z0
四葉めっちゃ可愛い
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 23:29:01.09 ID:TTjVlNM70

四葉は姉妹の中でも筋肉質で独特な抱き心地なんだろうね
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/01(金) 01:49:37.31 ID:Jo028/pj0
このシリーズってアニメしか知らないとネタバレある感じです
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:01.42 ID:X8w2p+8S0
 彼女の言うように、去年の勤労感謝の日にも似たような調子で街を練り歩いた。その時は金持ち特有の壊れた金銭感覚に散々振り回されたが、現況を鑑みれば、流石にあの時と同じようにはいかないだろう。彼女たちはバイトで生計を立てる身になったし、棲み処だって大幅にランクが下がった。それでもなおウチよりはよっぽどマシな場所に住んでいるが、節約することは覚えたはずだ。そもそも元はかなり貧乏な生活を送っていたらしいから、ひもじさやら惨めさやらには耐性があるのかもしれない。
 生活レベルを下げるというのはなかなかに苦痛の伴うことだと聞いているが、残念ながら最底辺を脱したことがないので俺にその感覚は理解できなかった。同時に、それを彼女たちに聞こうとも思わない。ドンケツ同士の比べあいなど、虚しいだけで何も生み出さないという自覚があるからだ。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:28.39 ID:X8w2p+8S0
「四葉」
「はい?」
「それ、楽しいか?」
「ええ、すっごく」

 導入らしい導入はなかったのに、自身を責める貧乏に気分を暗くしていた。先が見えないというのはどうにも厄介で、じくじくと心の深くを蝕んでいく。それなりに受け入れていることではあるのだけれど。
 だからこそ、最近はそれなりに苦しい生活を送っているはずなのに明るさを絶やすことのない四葉を不思議に思った。今も、商品棚にならんだガラス細工に目を光らせて、とっかえひっかえ手に掴んでは興味深そうに眺めている。
 個人の性格決定に環境の寄与が大きいとするのなら、それこそ彼女の行動は奇行の類に該当するのではないか。困った生活状況の中で笑い続けられるというのは、ほとほと理解しがたいものがある。まあ、同じ環境で育った人間が五人いて、その全員がまるっきり違う人間性を手にしている以上、そんな仮定は無意味かもしれないが。性格は遺伝子によって定められているとかなんとかいった情報を、いつだか目にした記憶もあるし。
 だが、目に見えないサイズ感で進行している塩基配列の話などはこの際どうでもよかった。俺が疑問視している主題は、そんなところに置かれていない。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:54.83 ID:X8w2p+8S0
「綺麗なものを見ていると、なんだかとても幸せな気持ちになれますから」
「そんなもんか」

 さっきまで四葉の手のひらの中にあった小物を、今度は俺が手に取る。
 なんてことはない、ただの雑貨。そもそもからして雑貨という単語が担う構造物の範囲が曖昧すぎて俺はもやもやするのだが、そんな愚痴を彼女に言っても意味がない。生産性がない。だから、俺も彼女がそうしていたように、ガラス細工を照明に透かして見る。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:07:22.79 ID:X8w2p+8S0
「どうです、何か感じました?」
「この前解いたレンズの問題を思い出した」
「……む」
「ってのは嘘で」

 嘘じゃないが、嘘にした方が良さそうだ。わざわざ喧嘩を売っても仕方ない。
 しかし、これといって思うこともなかった。実用性に重きを置く人生なので、動物の形を模したただの飾りに飾り以上の意味を見いだせない。発想力の貧困を指摘されても、おそらく俺はそれを否定できないだろう。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:07:51.97 ID:X8w2p+8S0
「嘘なんだが……」
「なんでしょう?」
「……すまん、こういう時って何を思うのが正解なんだ?」

 堪らず教えを乞うた。俺の人生経験からでは、彼女が望む回答を導き出せない。それこそ逆立ちしたって無理なものは無理。加減乗除を知らない人間に複雑な方程式が解き明かせようはずもないのだ。
 だから、普段は教える立場の俺が、その立ち位置の逆転を是とした。四葉相手につまらない意地を張るだけ無駄だ。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:08:36.92 ID:X8w2p+8S0
「上杉さんは、難しく考えすぎなのかもですね」
「そうか?」
「はい。綺麗なものを見たら綺麗。美味しいものを食べたら美味しい。面白い話を聞いたら面白い。それで全然良いんです」
「発展性が……」
「応用問題ばかりじゃないんですよ、世界は」

 一を見て一を知るだけでは、知的生物として著しく停滞しているように思うが。しかし彼女的には、そうでもないらしい。
 手に持ったイルカっぽい雑貨を前に硬直した俺の周りを、四葉がぐるっと一周した。何かを伝えたいが故の行動なのか、それとも無意味なのか、俺にはさっぱり分からない。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:09:05.68 ID:X8w2p+8S0
「たとえばほら、こんなのはどうです?」

 近くにあったしゃれた髪飾りを手に取って、頭に重ねて見せる四葉。それに対して、どうですかと言われれば。

「しっかり着用しないあたりに売り物への配慮が見える」
「やっぱり考えすぎです。もっと単純に、さあ」
「リボンと合わせてお前の頭部の無秩序感が留まることを知らなくなった」
「はっきり言い過ぎです。他には?」
「他にはって……」
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:09:37.99 ID:X8w2p+8S0
 感じたことをそのまま言ってみたけれど、それでもまだ答えがひねたものになっているらしい。こうなると、もはや彼女の裁量に俺の価値観を合わせているだけにも思えてくるが。

「女の子がかわいいものを身に着けているんですよ?」
「似合ってる?」
「惜しい! ニアピン賞です。でも、もっともっと単純なの、ありません?」
「単純、ねえ」

 四葉が出した例えをもとにして、導き出される答えとは何か。正直なんとなく気づいてはいて、実のところは口に出すのが恥ずかしいだけだってことは、胸の内にそっと秘しておくことにして。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:10:11.63 ID:X8w2p+8S0
「…………かわいいな、それ」
「はい!」

 ようやく俺から引き出せた言葉にご満悦なのか、花のように笑う四葉。誘導尋問だろと文句の一つも言ってやろうかと思っていたが、こうも幸せそうな顔をされると、毒気を抜かれてしまってダメだ。

「でも、『それ』が余計だったので、ちょっとだけ減点です」
「手厳しいこった」

 そこが譲歩できる最低のラインだった。あくまでものに対して褒めるスタンスなら、俺でもギリギリ対応できる。本人含めてとなると、流石にこっぱずかしいんだ。分かれ。
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:10:39.07 ID:X8w2p+8S0
「で、今のは結局何点だったんだ?」
「合計して今日の終わりに発表する手筈ですので」
「繰り上がりには注意な」

 酷い忠告だが、四葉なら冗談抜きでやりかねないミスだ。それに対して彼女は「オブラートに包むのとはまた別です!」とぷっくりむくれていた。相変わらず、他人の心情を推し量るのは難しい。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:11:04.76 ID:X8w2p+8S0
「じゃあ、お会計してくるのでちょっとだけ待っててください」
「買うのかそれ?」
「はい。褒めてもらったので」

 ほとんど褒めさせられたのだけれど、そこは関係ないらしい。
 俺がスマートな男だったら代わりに金を払ってやるシーンなのかもしれないが、残念なことにそんな甲斐性はどこにもなかった。
 だから、まあ、ちょうどいい妥協点として。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:11:40.08 ID:X8w2p+8S0
「……今度があるなら、もうちょいストレートに感想言うわ」
「おおっ、ポイント稼ぎに来てますね?」
「うっせ」

 リボンの片耳を、型崩れしない程度の力で引っ張る。彼女はまるでそこにまで触覚が通っているような様子で「あうー」と目を瞬かせるが、当然リボンは肉体から独立した機構なので無視した。いつものように少しだけ手直しは加えたけれど。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:12:05.65 ID:X8w2p+8S0
「今度、今日中に来ると良いなあ」
「いくらなんでもペースが早えよ」

 そうなったらそうなったで、どうせ俺は二の脚を踏んでしまうのだろう。ためらっている自分の姿だけははっきりと思い描けて、情けなさに苦笑した。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:12:42.09 ID:X8w2p+8S0
 落ち着いた店の中に、これまた落ち着いた音楽が流れている。世代が違うからさっぱり分からないが、こういう場所に流れているのは数世代前に流行ったジャズだと相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。残念なことに、世代直撃の音楽ですら俺には良く分かっていないけれど。
 しかし、そんな適当な認識なりに、今響いている曲がいわゆる名曲の類であることは分かった。音量の割に思考の邪魔をしないし耳障りでもないので、BGMとしてはこれ以上ない代物だろう。

「で、ここでは何をするんだ?」
「喫茶店なんですから、喫茶するんじゃないでしょうか?」
「だろうな」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:13:07.55 ID:X8w2p+8S0
 場所を移して、くつろいでいる。照明は全体的に暗めで、西側から差す木漏れ日が目立った。もしかすると、それを意図して設計された店内なのかもしれない。
 やたらと木目が強調されたテーブルはマホガニー材で出来ているとこれまた相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。厨房の方からはシロップ系の甘い香りが漂って来ていて、思いがけずに空腹を刺激された。

「ここのパンケーキがとっても美味しいんですよ」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:13:34.84 ID:X8w2p+8S0
 メニュー表を指さしながら教えてくる四葉。三段重ねの生地の上にはアイスクリームとさくらんぼがのっかっていて、確かに美味そうだった。
 こんな状況で唐突に脱線するが、俺は未だにパンケーキとホットケーキの違いが理解できていない。

「上杉さん、今パンケーキとホットケーキの違いがさっぱり分からないって顔してますね」
「心を読まないでくれ」
「私も気になってちょっと前に二乃に尋ねてみたんですが、基本的には同じものらしいですよ」
「同じなのかよ……」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:14:03.60 ID:X8w2p+8S0
 そんなことを聞かされたら、今後パンケーキとホットケーキの両方を販売している飲食店に訪れた時、この店メニューの嵩増ししてんな……という悲しい視点で食いものを選ぶことになる。たまにこうして世界の闇をつっついた気分になるのが、知識を獲得していくうえでの難点か。
 だから、悲しくならないように自分の中では上手いこと噛み砕いておこう。エデンもパラダイスもシャングリラもヘブンも天国も大体全部楽園と言う意味でくくれるが、宗教体系やらなんやらで解釈に幅がある。つまりはこの度のパンケーキとホットケーキ問題も、それの類題みたいなものに違いない。適当ぶっこいてるだけだけど。

 注文を取りに来た店員に、コーヒー二杯と例のパンケーキを要求する。俺は食わないが、きっと四葉は美味そうに食すのだろうから、それを見て満足することにしよう。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:14:32.75 ID:X8w2p+8S0
「そういやお前コーヒー飲めんの?」
「お砂糖とミルクがあれば」
「そこまで行ったらカフェオレで良いだろ」
「ブラックを注文するの、大人っぽくてかっこいいので」
「分からんでもないが」
「ちなみにいつもはカフェオレを頼んでます。でも今日は上杉さんの前なので見栄を張りました」
「緩やかな見栄だな」

 張る前から見栄だとバレてしまっているが、それはいいのだろうか。問題は、そんなところで見栄だの意地だのを張ったところで、俺の人物評になんら変化はないということだが。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:15:07.23 ID:X8w2p+8S0
「何事も挑戦、か」

 運ばれてきたコーヒーを前にして小さく呟く。四葉がコーヒーを飲んでみたいというのなら、俺にそれを止める権利も権限もない。彼女の持つ小遣いの範囲で何をしようにも、それは個人の自由だからだ。全メニュー制覇みたいな到底クリアしようもない上に店側にも迷惑がかかるような試みなら制することもあるかもだが、たかがコーヒーの一杯くらいでぐだぐだ言うのも馬鹿らしい。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:15:48.41 ID:X8w2p+8S0
「…………」
「ほら、砂糖」
「やっぱり強敵です、これ」

 ちょっとだけカップを傾けてから固まってしまった四葉に助け舟を出した。ブラックなんて飲めずとも生きていくうえでの障害にはなり得ないのだから、無理ならさっさと諦めるが吉だ。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:16:48.77 ID:X8w2p+8S0
「無理して苦いものに手をつけるくらいなら、好きな甘いものを食ってた方がよっぽど良いと思うが」
「それもそうでした」

 四葉は苦笑を挟んでから、シロップと生クリームで覆われたスイーツにフォークを伸ばした。案の定、分かりやすいくらい美味そうに食ってくれる。見ているだけでこちらも上機嫌になれそうだ。
 
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