中野四葉「まにまにりぽーと」

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46 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:40:01.15 ID:hVbz5UOb0
基本は書き始めたあたり、つまりは昨年十二月初旬までの原作情報で構成しているつもりですが、整合性が取れる範囲で最新話の情報なんかも盛り込む可能性があります。ネタバレ注意と打っておいた方が良かったかもしれません。まったく考慮せずに進めていてすいませんでした。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:41:35.48 ID:hVbz5UOb0
「秋晴れの気持ちいい空です!」

 両腕を目いっぱい広げて、四葉が息を大きく吸い込んだ。言葉の通り空の色は澄んでいて、程よい陽気に包まれている。
 休日の昼間にこうして出歩いた経験が少ないもので、感じる光や匂いがどうにも新鮮に思えた。別に、大気の組成が他の日から変わっているわけもないというのに。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:42:05.53 ID:hVbz5UOb0
「なあ四葉」
「なんです上杉さん?」
「どうして急に散歩?」
「まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

 四葉が数歩前を先行し、俺がそれに続く。本来ならば勉強に充てている時間をこんな風に使う罪悪感は消しきれなかったが、あのまま続けたところで、という思いもあった。なら、今日は四葉に付き従ってみるのもアリかもしれない。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:42:39.04 ID:hVbz5UOb0
「ずっと家の中にいてばかりじゃ、体にカビが生えちゃいますし」
「ちなみにカビ菌は誰の体にでも常在してるぞ」
「えっ」

 凍り付いた四葉を追い越す。秋色に染まった世界は全てがゆっくり動いているようで、自然と自分の中にも余裕が生まれてくるような気がした。思えば最近、小休止すら挟むことなく駆け抜け続けていたかもしれない。そんな溺れかけの頭で何を考えようと、画期的なアイデアは生まれないだろう。
 だから、今日はこうやって一息つく機会を与えてくれた四葉に感謝すべきなのかもしれない。サボりの正当化と言われればそれまでだけれども。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:43:11.18 ID:hVbz5UOb0
「水虫とかがそれだな。まあ、若いうちにはそこまで気にすることでもない」
「不吉なこと言わないでくださいよぅ」

 白癬菌がどーたらとか、カビと言えばペニシリンだとか、そこから話を広げる手段はいくつか自分の中に用意されていたが、要らない蘊蓄を垂れ流す場面でもないだろうと思って控えた。インテリジェンスな事柄からは、少しの間だけ距離を置こう。それが、今の俺に必要なことな気がする。
 正しく気を抜こう。自分の体の中にあるガスだまりを少しでも小さくすれば、もう少しだけ、頑張れる気がするから。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:43:43.34 ID:hVbz5UOb0
「で、ここから何すんの?」
「色々考えてありますよ。行きたい場所、たくさんあるので」
「……まあ、ほどほどに付き合おう」

 なんなら、このまましばらく歩き続けるだけでも良かった。だが四葉に案があるというのなら、それに乗っかるのもやぶさかではない。積極的休養というやつだ。
 
 さっき追い越した四葉がまた俺の横に並ぶ。別に競争をしているわけじゃないのに俺の中の負けず嫌いが顔を出して、更に一歩前に踏み出そうとする。
 しかし、それは四葉の手によって阻まれてしまった。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:44:11.96 ID:hVbz5UOb0
「もう」
「なんだよ」
「歩幅、気を付けないとダメですよ」
「……?」
「女の子と歩く時はちゃんと足並みそろえないと」
「そろえないとどうなる?」
「愛想をつかされます」
「じゃあ俺は今、お前からの愛想とかいうものを全部失ったってわけか?」
「はい。……ですが」
「ですが、なんだ?」
「これまでの貯金分があるので、ギリギリ一回コンティニューですね」

 微笑む四葉。困惑する俺。どこにそんな蓄えがあったかは謎だが、継続してくれるのならまあ、悪くはないか。
 こんなところで信頼関係を砕く意味は感じられない。自分からアクティブに失っていこうと思えるものでもない。
 彼女がゆっくり歩けと言うのなら、それに合わせるくらいは、良いとしよう。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:44:50.72 ID:hVbz5UOb0
「それと、上杉さん?」
「ん?」
「女の子と二人っきりの時に『落ち着く』は禁句ですよ」
「どうした急に」
「さっき家で言ってたじゃないですか。居るのはお前だけだから落ち着くって」
「まあ、確かにそんなこと言ったような、言ってないような……」
「それは良くないです」
「なぜ?」
「なんでもです。少なくとも私はちょっぴり傷つきました」
「落ち着いてないほうが良いのか?」
「それもちょっとだけ違いますけど……。でも、さっきのはアウトです。だから今日はもうツーアウトなんです」
「もう一回アウトになると?」
「本当に愛想をつかせます」
「うえぇ」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:45:24.00 ID:hVbz5UOb0
 かねてから一番協力的だった四葉に背を向けられては、さしもの俺も心が折れてしまうかもしれない。それは好ましくないことだと、素直に思った。

「綱渡りみたいだ」

 バランスを取りながら狭所を歩いている感じ。あまり俺の得意とするところではない。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:46:08.92 ID:hVbz5UOb0
「もちろん、得点を稼げばその限りではありませんよ」
「なんだ、ご機嫌取りでもすればいいのか」
「もう、上杉さんはすぐそういうこと言う」
「そういうこと言わなきゃいいの?」
「それもちょっと違いますね」

 言って、四葉は俺の手を取って。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:46:47.07 ID:hVbz5UOb0
「ほら、こういうの、なんて言うんでしたっけ?」
「は?」
「休日、男女でお出かけするの、なんて言うんでしたっけ?」
「…………」
「去年も一回したじゃないですか」
「…………デートだな。デート」
「正解です!」

 そのまま、腕を絡めとられる。ちょっと前にも二乃から同じことをされたが、彼女と四葉とでは筋肉のつき具合に違いがあるせいか、今はより強固に、腕を引っ張り込まれている感覚があった。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:47:13.67 ID:hVbz5UOb0
「これで1ポイントですね」
「ちなみにそのポイント、貯めるとどうなるんだ?」
「428ポイントまで貯めるとギョウザ無料券と引き換えできます」
「ラーメン屋かよ」

 道のりの長さに対して景品が異様にしょぼい。途中でカウントが忘れ去られそうだという懸念もつきまとう。なんにせよ、カウンターがストップすることはなさそうだ。少なくとも、俺の手によっては。
 しかし、デートと来たか。こいつはそのあたりのフットワークは軽そうだから、大した意味があるわけでもないのだろうが。それこそ去年の例もあるし。
 だからきっと、腕を持って行ったのも雰囲気作りの一環だ。去年の段階でやられたら多少は狼狽していたかもしれないが、今の俺には、その程度ならなんでもない。この前衆人環視の下で接吻を喰らった人間を甘く見ないで欲しい。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:48:06.27 ID:hVbz5UOb0
「じゃ、ぼちぼち行きましょうか?」
「おう、どこでもいいぞ」

 俺の反応に対し、四葉が「ちっちっち」とややオーバーに顔の前で人差し指を振る。何やらもの申したげな様子だ。

「そこは、『お前と一緒ならどこでも楽しいぞ』ですよ」
「オマエトイッショナラドコデモタノシイゾ」
「これで2ポイントですね♪」

 どこまで形から入るつもりなんだとため息を吐いた。あと426ポイントは、やっぱり絶対貯まりそうにない。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/01/31(木) 22:48:53.83 ID:hVbz5UOb0
今日は終了。総員アニメ四話に備えてどうぞ。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/01/31(木) 22:53:34.71 ID:89uZG1/z0
四葉めっちゃ可愛い
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 23:29:01.09 ID:TTjVlNM70

四葉は姉妹の中でも筋肉質で独特な抱き心地なんだろうね
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/01(金) 01:49:37.31 ID:Jo028/pj0
このシリーズってアニメしか知らないとネタバレある感じです
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:01.42 ID:X8w2p+8S0
 彼女の言うように、去年の勤労感謝の日にも似たような調子で街を練り歩いた。その時は金持ち特有の壊れた金銭感覚に散々振り回されたが、現況を鑑みれば、流石にあの時と同じようにはいかないだろう。彼女たちはバイトで生計を立てる身になったし、棲み処だって大幅にランクが下がった。それでもなおウチよりはよっぽどマシな場所に住んでいるが、節約することは覚えたはずだ。そもそも元はかなり貧乏な生活を送っていたらしいから、ひもじさやら惨めさやらには耐性があるのかもしれない。
 生活レベルを下げるというのはなかなかに苦痛の伴うことだと聞いているが、残念ながら最底辺を脱したことがないので俺にその感覚は理解できなかった。同時に、それを彼女たちに聞こうとも思わない。ドンケツ同士の比べあいなど、虚しいだけで何も生み出さないという自覚があるからだ。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:28.39 ID:X8w2p+8S0
「四葉」
「はい?」
「それ、楽しいか?」
「ええ、すっごく」

 導入らしい導入はなかったのに、自身を責める貧乏に気分を暗くしていた。先が見えないというのはどうにも厄介で、じくじくと心の深くを蝕んでいく。それなりに受け入れていることではあるのだけれど。
 だからこそ、最近はそれなりに苦しい生活を送っているはずなのに明るさを絶やすことのない四葉を不思議に思った。今も、商品棚にならんだガラス細工に目を光らせて、とっかえひっかえ手に掴んでは興味深そうに眺めている。
 個人の性格決定に環境の寄与が大きいとするのなら、それこそ彼女の行動は奇行の類に該当するのではないか。困った生活状況の中で笑い続けられるというのは、ほとほと理解しがたいものがある。まあ、同じ環境で育った人間が五人いて、その全員がまるっきり違う人間性を手にしている以上、そんな仮定は無意味かもしれないが。性格は遺伝子によって定められているとかなんとかいった情報を、いつだか目にした記憶もあるし。
 だが、目に見えないサイズ感で進行している塩基配列の話などはこの際どうでもよかった。俺が疑問視している主題は、そんなところに置かれていない。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:06:54.83 ID:X8w2p+8S0
「綺麗なものを見ていると、なんだかとても幸せな気持ちになれますから」
「そんなもんか」

 さっきまで四葉の手のひらの中にあった小物を、今度は俺が手に取る。
 なんてことはない、ただの雑貨。そもそもからして雑貨という単語が担う構造物の範囲が曖昧すぎて俺はもやもやするのだが、そんな愚痴を彼女に言っても意味がない。生産性がない。だから、俺も彼女がそうしていたように、ガラス細工を照明に透かして見る。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:07:22.79 ID:X8w2p+8S0
「どうです、何か感じました?」
「この前解いたレンズの問題を思い出した」
「……む」
「ってのは嘘で」

 嘘じゃないが、嘘にした方が良さそうだ。わざわざ喧嘩を売っても仕方ない。
 しかし、これといって思うこともなかった。実用性に重きを置く人生なので、動物の形を模したただの飾りに飾り以上の意味を見いだせない。発想力の貧困を指摘されても、おそらく俺はそれを否定できないだろう。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:07:51.97 ID:X8w2p+8S0
「嘘なんだが……」
「なんでしょう?」
「……すまん、こういう時って何を思うのが正解なんだ?」

 堪らず教えを乞うた。俺の人生経験からでは、彼女が望む回答を導き出せない。それこそ逆立ちしたって無理なものは無理。加減乗除を知らない人間に複雑な方程式が解き明かせようはずもないのだ。
 だから、普段は教える立場の俺が、その立ち位置の逆転を是とした。四葉相手につまらない意地を張るだけ無駄だ。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:08:36.92 ID:X8w2p+8S0
「上杉さんは、難しく考えすぎなのかもですね」
「そうか?」
「はい。綺麗なものを見たら綺麗。美味しいものを食べたら美味しい。面白い話を聞いたら面白い。それで全然良いんです」
「発展性が……」
「応用問題ばかりじゃないんですよ、世界は」

 一を見て一を知るだけでは、知的生物として著しく停滞しているように思うが。しかし彼女的には、そうでもないらしい。
 手に持ったイルカっぽい雑貨を前に硬直した俺の周りを、四葉がぐるっと一周した。何かを伝えたいが故の行動なのか、それとも無意味なのか、俺にはさっぱり分からない。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:09:05.68 ID:X8w2p+8S0
「たとえばほら、こんなのはどうです?」

 近くにあったしゃれた髪飾りを手に取って、頭に重ねて見せる四葉。それに対して、どうですかと言われれば。

「しっかり着用しないあたりに売り物への配慮が見える」
「やっぱり考えすぎです。もっと単純に、さあ」
「リボンと合わせてお前の頭部の無秩序感が留まることを知らなくなった」
「はっきり言い過ぎです。他には?」
「他にはって……」
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:09:37.99 ID:X8w2p+8S0
 感じたことをそのまま言ってみたけれど、それでもまだ答えがひねたものになっているらしい。こうなると、もはや彼女の裁量に俺の価値観を合わせているだけにも思えてくるが。

「女の子がかわいいものを身に着けているんですよ?」
「似合ってる?」
「惜しい! ニアピン賞です。でも、もっともっと単純なの、ありません?」
「単純、ねえ」

 四葉が出した例えをもとにして、導き出される答えとは何か。正直なんとなく気づいてはいて、実のところは口に出すのが恥ずかしいだけだってことは、胸の内にそっと秘しておくことにして。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:10:11.63 ID:X8w2p+8S0
「…………かわいいな、それ」
「はい!」

 ようやく俺から引き出せた言葉にご満悦なのか、花のように笑う四葉。誘導尋問だろと文句の一つも言ってやろうかと思っていたが、こうも幸せそうな顔をされると、毒気を抜かれてしまってダメだ。

「でも、『それ』が余計だったので、ちょっとだけ減点です」
「手厳しいこった」

 そこが譲歩できる最低のラインだった。あくまでものに対して褒めるスタンスなら、俺でもギリギリ対応できる。本人含めてとなると、流石にこっぱずかしいんだ。分かれ。
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:10:39.07 ID:X8w2p+8S0
「で、今のは結局何点だったんだ?」
「合計して今日の終わりに発表する手筈ですので」
「繰り上がりには注意な」

 酷い忠告だが、四葉なら冗談抜きでやりかねないミスだ。それに対して彼女は「オブラートに包むのとはまた別です!」とぷっくりむくれていた。相変わらず、他人の心情を推し量るのは難しい。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:11:04.76 ID:X8w2p+8S0
「じゃあ、お会計してくるのでちょっとだけ待っててください」
「買うのかそれ?」
「はい。褒めてもらったので」

 ほとんど褒めさせられたのだけれど、そこは関係ないらしい。
 俺がスマートな男だったら代わりに金を払ってやるシーンなのかもしれないが、残念なことにそんな甲斐性はどこにもなかった。
 だから、まあ、ちょうどいい妥協点として。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:11:40.08 ID:X8w2p+8S0
「……今度があるなら、もうちょいストレートに感想言うわ」
「おおっ、ポイント稼ぎに来てますね?」
「うっせ」

 リボンの片耳を、型崩れしない程度の力で引っ張る。彼女はまるでそこにまで触覚が通っているような様子で「あうー」と目を瞬かせるが、当然リボンは肉体から独立した機構なので無視した。いつものように少しだけ手直しは加えたけれど。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:12:05.65 ID:X8w2p+8S0
「今度、今日中に来ると良いなあ」
「いくらなんでもペースが早えよ」

 そうなったらそうなったで、どうせ俺は二の脚を踏んでしまうのだろう。ためらっている自分の姿だけははっきりと思い描けて、情けなさに苦笑した。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:12:42.09 ID:X8w2p+8S0
 落ち着いた店の中に、これまた落ち着いた音楽が流れている。世代が違うからさっぱり分からないが、こういう場所に流れているのは数世代前に流行ったジャズだと相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。残念なことに、世代直撃の音楽ですら俺には良く分かっていないけれど。
 しかし、そんな適当な認識なりに、今響いている曲がいわゆる名曲の類であることは分かった。音量の割に思考の邪魔をしないし耳障りでもないので、BGMとしてはこれ以上ない代物だろう。

「で、ここでは何をするんだ?」
「喫茶店なんですから、喫茶するんじゃないでしょうか?」
「だろうな」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:13:07.55 ID:X8w2p+8S0
 場所を移して、くつろいでいる。照明は全体的に暗めで、西側から差す木漏れ日が目立った。もしかすると、それを意図して設計された店内なのかもしれない。
 やたらと木目が強調されたテーブルはマホガニー材で出来ているとこれまた相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。厨房の方からはシロップ系の甘い香りが漂って来ていて、思いがけずに空腹を刺激された。

「ここのパンケーキがとっても美味しいんですよ」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:13:34.84 ID:X8w2p+8S0
 メニュー表を指さしながら教えてくる四葉。三段重ねの生地の上にはアイスクリームとさくらんぼがのっかっていて、確かに美味そうだった。
 こんな状況で唐突に脱線するが、俺は未だにパンケーキとホットケーキの違いが理解できていない。

「上杉さん、今パンケーキとホットケーキの違いがさっぱり分からないって顔してますね」
「心を読まないでくれ」
「私も気になってちょっと前に二乃に尋ねてみたんですが、基本的には同じものらしいですよ」
「同じなのかよ……」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:14:03.60 ID:X8w2p+8S0
 そんなことを聞かされたら、今後パンケーキとホットケーキの両方を販売している飲食店に訪れた時、この店メニューの嵩増ししてんな……という悲しい視点で食いものを選ぶことになる。たまにこうして世界の闇をつっついた気分になるのが、知識を獲得していくうえでの難点か。
 だから、悲しくならないように自分の中では上手いこと噛み砕いておこう。エデンもパラダイスもシャングリラもヘブンも天国も大体全部楽園と言う意味でくくれるが、宗教体系やらなんやらで解釈に幅がある。つまりはこの度のパンケーキとホットケーキ問題も、それの類題みたいなものに違いない。適当ぶっこいてるだけだけど。

 注文を取りに来た店員に、コーヒー二杯と例のパンケーキを要求する。俺は食わないが、きっと四葉は美味そうに食すのだろうから、それを見て満足することにしよう。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:14:32.75 ID:X8w2p+8S0
「そういやお前コーヒー飲めんの?」
「お砂糖とミルクがあれば」
「そこまで行ったらカフェオレで良いだろ」
「ブラックを注文するの、大人っぽくてかっこいいので」
「分からんでもないが」
「ちなみにいつもはカフェオレを頼んでます。でも今日は上杉さんの前なので見栄を張りました」
「緩やかな見栄だな」

 張る前から見栄だとバレてしまっているが、それはいいのだろうか。問題は、そんなところで見栄だの意地だのを張ったところで、俺の人物評になんら変化はないということだが。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:15:07.23 ID:X8w2p+8S0
「何事も挑戦、か」

 運ばれてきたコーヒーを前にして小さく呟く。四葉がコーヒーを飲んでみたいというのなら、俺にそれを止める権利も権限もない。彼女の持つ小遣いの範囲で何をしようにも、それは個人の自由だからだ。全メニュー制覇みたいな到底クリアしようもない上に店側にも迷惑がかかるような試みなら制することもあるかもだが、たかがコーヒーの一杯くらいでぐだぐだ言うのも馬鹿らしい。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:15:48.41 ID:X8w2p+8S0
「…………」
「ほら、砂糖」
「やっぱり強敵です、これ」

 ちょっとだけカップを傾けてから固まってしまった四葉に助け舟を出した。ブラックなんて飲めずとも生きていくうえでの障害にはなり得ないのだから、無理ならさっさと諦めるが吉だ。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:16:48.77 ID:X8w2p+8S0
「無理して苦いものに手をつけるくらいなら、好きな甘いものを食ってた方がよっぽど良いと思うが」
「それもそうでした」

 四葉は苦笑を挟んでから、シロップと生クリームで覆われたスイーツにフォークを伸ばした。案の定、分かりやすいくらい美味そうに食ってくれる。見ているだけでこちらも上機嫌になれそうだ。
 
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:17:22.13 ID:X8w2p+8S0
「はい、上杉さん」
「…………なんだこれは」
「あーんですよ、あーん」
「要らねえよ。子供じゃねえんだし……」
「私が上杉さんに食べてもらいたいんですよー」

 口許に伸ばされた切れ端をどうにか押し返そうとするが、思った以上に本気らしい四葉の圧に観念して、そのまま押し負けることにした。途端に糖蜜の味が口の中をいっぱいに満たして、いかにも四葉が好みそうな味だなあと理解する。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:17:49.37 ID:X8w2p+8S0
「どうです、美味しい?」
「…………甘いな。甘い」

 今度は率直な感想を述べることが出来た。甘すぎるくらいに甘ったるくて、たった一口なのに胸焼けしてしまいそうだ。その原因が、果たして砂糖の甘さだけによるものなのかは定かではなかったけれど。
 だから、未だ口の中に残る甘味を追い出すために傍らのコーヒーを煽った。思惑通りに苦味が緩衝材の役割を担ってくれて、どうにか一息吐くことに成功する。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/01(金) 21:18:32.25 ID:X8w2p+8S0
「それ食った後ならブラックもなんとかなるんじゃね?」
「……おお、確かに」

 革命にでも立ち会ったような顔で、カップを持った四葉が言う。それくらい、もっと前に自分で気づいていたっていいのに。

「やっぱり上杉さんは天才ですね」
「安っぽ過ぎだろ、お前の天才観」

 まあ、四葉が楽しそうなので、これで良いということにしようか。

87 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/01(金) 21:28:38.92 ID:vLV9/7Eso
四葉ちゃんかわいすぎでは?
かわいすぎでは???
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/01(金) 23:17:21.51 ID:+dPylDvo0
パンケーキ食べたくなってきた
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/02(土) 00:22:32.79 ID:Em1ig8ys0
四葉さいかわはあると思う

なのでお義姉さん、妹さんを僕に下さい
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/02(土) 08:32:32.98 ID:RTnPi3+fO
や四天使
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:52:29.06 ID:iPDnomYs0
 スクリーンに映し出される映像を、じーっと眺めていた。
 ストーリーラインというか、物語のジャンルを大雑把に分類するのなら、所謂ラブコメってやつに該当するのだろう。
 余命幾ばくもない女の子がいて、その子を好いている男の子がいて、そこにある葛藤なりなんなりを描いた作品。原作の小説がずいぶん売れているらしく、タイトル自体は俺でも耳にしたことがあった。
 似たような題材を扱った作品はごまんとあるので一山いくらの出来だと勝手に思っていたが、なかなかどうして良く作られている。そのせいか、俺らしくもなく画面に見入っていた。
 ……が。
 物語がクライマックスを迎えるあたりから、横の客のすすり泣きがどうしても邪魔をして気もそぞろになってしまった。
 残念なことに、その横の客というのが俺のツレだという事実もあって、ついつい視線をそちらに向けざるを得なくなる。
 そこにはハンカチで顔を押さえる少女がいて、暗い館内でも分かるくらいに泣き腫らした目で、食い入るように物語の続きを追いかけていた。
 なんだか見てはいけないものを見た気分になって、悟られないようにそっと視線を逸らす。どうせ後から感想を聞かれるのだろうし、俺もちゃんと結末を目に焼き付けないと。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:53:12.06 ID:iPDnomYs0
「バイト先の店員さんに感謝です」
「悪いな、俺まで厄介になっちまって」
「いえいえ、元から二枚あったので、ちょうど良いタイミングでした」

 少し前に譲ってもらったのだという映画のチケットが役に立った。こいつは人好きのする奴だから、バイト先でも気に入られているのだろう。
 しかし、ペアチケットを渡すってのはつまりそういうことだから、その店員とやらにはいくらか同情してやらねばならないかもしれない。真意を汲んでもらえずかわいそうに。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:53:51.69 ID:iPDnomYs0
「面白かったですね」
「期待してたよりはな」

 見入ってしまったことをそのままに伝えるのはどうにも気恥ずかしく、だから迂遠な表現方法に頼ることになる。まるで成長が見られないが、もともと俺なんてこんなもんだ。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:54:28.93 ID:iPDnomYs0
「でも上杉さん、泣いてる女の子のことをじろじろ見るのはマナー違反ですよ」
「気になるもんは仕方ないだろ。あんだけぴーぴー泣いてんだから」
「なっ」

 ぴーぴーは余計だったらしい。四葉は何かを訴えたそうに唇をこっちに突き出しているのでおそらく今の間に減点がなされているのだろう。そういや聞いていなかったが、ポイントがゼロを下回った場合は何が起きるのだろうか。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:55:17.09 ID:iPDnomYs0
「別に減るもんでもないしいいだろ。お前らの泣き顔はもう飽きるほど見た」
「それ、なかなかの問題発言ですね」
「しゃーないだろ。お前ら気づいた時には泣いてんだし」

 そもそも俺が泣かせているわけでもないし。たまたま居合わせる状況が多いってだけで、そこに俺が関与してはいない。……ちょっと関わっているかもしれないけれど、関与していないということにする。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:55:44.87 ID:iPDnomYs0
「そこでさっとハンカチを手渡す心配りがあれば、上杉さんも一人前なんですけど」
「なんだ。その俺がまだ半人前みたいな言い方は」
「……人混みに巻き込まれたときにさりげなく手を貸してくれる優しさなんかがあれば、上杉さんも一人前なんですけど」
「それはもうさりげなくねえだろ」

 映画館の近くは今出てきた人間とこれから入っていく人間とで混雑していて、気を抜いたらはぐれてしまう可能性もあった。通信機器があるとはいえど、離れてしまうのが面倒だというのに違いはないから、出来ることなら傍にいた方が望ましいが。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:56:24.69 ID:iPDnomYs0
「……はぁ」
「幸せが逃げちゃいますよ」
「やって来たこともないからセーフだ。……ほら、袖でも握ってろ」
「……変化球」
「なんだその感想」

 そう言いながらも、ちゃっかり袖は掴まれてるし。

「これで一人前になれたか?」
「まだ四分の三ってところですかね」

 袖はお役御免で、何事もなく手を取られる。どうせ最後はこう収まるのだから最初からそうしておけよってことか。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:57:17.17 ID:iPDnomYs0
「五分の一人前の奴に言われてもって感じだ」

 向こうの三倍以上俺の完成度の方が高い。どんぐりの背比べ感もあるが、勝敗と優劣ははっきりさせておくに越したことはないだろう。

「私も、上杉さんが思ってるよりは成長してますよ?」

 で、今度は腕を持っていかれた。大分耐性をつけたつもりではいたものの、周囲の視線は相変わらず痛い。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [ saga]:2019/02/02(土) 22:58:05.17 ID:iPDnomYs0
「どうだかな」
「どうでしょうね」

 意味もなく笑って、その場を後にする。
 彼女たちの成長なんてハナから知っていることではあったから、否定する気も起きやしなかった。


100 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/02(土) 23:34:59.14 ID:Hylro0EXo
>「私も、上杉さんが思ってるよりは成長してますよ?」

ああ〜
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/02(土) 23:42:08.82 ID:Nr4oQxY20
周囲の人たち爆発しろって思ってそう
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/03(日) 00:03:26.10 ID:Tq6o+ge60
>>46
ss読む前だったから大丈夫です
次巻発売したぐらいで読むわ
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/03(日) 16:24:59.80 ID:MuQXXs+F0
上杉さんを五等分しなければならない
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/03(日) 20:34:21.19 ID:d4aGa6jO0
二人がいちゃいちゃしてる……可愛い……
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2019/02/04(月) 00:29:06.62 ID:6RZD2uqW0
サイコホラーな五等分はNG

だが上杉は爆死しろ
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:16:17.89 ID:5Sstbg/l0
ぼちぼち更新
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:16:52.27 ID:5Sstbg/l0
 薄々感じていたことではあったが、日暮れまでの時間が短くなっている。途中密室に二時間幽閉されていたのだから当然それなりの時間経過はあって、茜色に馴染んできた東の空が、昼の終わりを告げていた。
 家庭教師をサボって四葉の付き添いをしてきたわけだが、なかなかどうして悪くない時間の使い方だったように思う。四葉には人を楽しませる才能があるのだろう。前まではそれが他人本位での行動だったから危うくも感じられたが、今は。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:17:22.47 ID:5Sstbg/l0
「四葉」
「なんでしょう?」
「もしかしてこれ、去年の反省会だったりするか?」
「へへ、バレちゃいましたね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、四葉が顔を傾けた。夕陽を背にしているせいで、まるで後光が指しているようだ。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:17:55.10 ID:5Sstbg/l0
「相変わらず、なんでもお見通しです」
「俺でも分かるようにやってたろ」
「そこまで見透かしますか」

 四葉が、一本ずつ指を追って数を数えていく。それが片手で収まらなくなったところで、言葉が紡がれ始めた。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:18:47.65 ID:5Sstbg/l0
「あの雑貨屋は、たまたま見つけたお気に入りです」
「おう」
「あの喫茶店へは、自分へのご褒美でアルバイトの後に何度か通ってました」
「おう」
「あの映画は、前から気になってました」
「おう」
「全部、私の興味と好みが詰め込まれたものです」
「分かってる」
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:27:34.64 ID:5Sstbg/l0
 主体性の一切が喪われたような行き場所の選定に、去年は大いに困惑したものだった。それを踏まえて、彼女なりに模索するものがあったらしい。

「他にも色々あったんですが、全部回るには一日ってすごく短くて」
「いいよ別に。お前が言いたいことはなんとなく察した」
「どうです、言った通り成長したでしょう?」
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:29:22.76 ID:5Sstbg/l0
 胸を張る四葉。その仕草があんまり年不相応なもので、ついつい吹き出してしまった。

「あー、馬鹿にした!」

 「してないしてない」と手を振って否定した。微笑ましかっただけだ。
 この一年弱の間に、彼女は必死で自分らしさを探していたのだろう。姉妹の影を追うのではない、あくまで自分の内側だけで完結するものを。
 愚直だなぁと思う。まっすぐ過ぎて眩しくも思う。ただ、その前向きな姿勢が他ならぬ四葉らしさであるということを、本人だけが気づいていなさそうだというのがこの話のミソだ。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:29:50.67 ID:5Sstbg/l0
「俺の言ったこと気にしすぎだろ」
「私なりに思うところがあったんですよ」
「お前、そういうとこ変に真面目だよな」

 融通が利かないとでも言うか。実直さの弊害なのかもしれない。

「でも、おかげで色々見つかりましたよ」
「たとえば?」
「少ないお小遣いでどう工夫して楽しむかとか、短い時間でどれだけ多くのことが出来るかとか。……とにかく、色々です」
「すげえな、お前」
「へ?」
「いや、なんでもない」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:30:21.60 ID:5Sstbg/l0
 今日の頭に考えたことを思い出していた。なぜこいつが笑顔を絶やさずに生活できていられるかが謎だったが、そんなのはなんてことない、ただの発想の転換に過ぎなかったのだと理解する。
 与えられた環境に文句を言うのは簡単で、だけど打開するのは誰にでも出来ることじゃない。それをこいつは、その中でどれだけ自分が楽しめるかに主眼を据えて生きている。
 住めば都ではないが、住んだ場所を都に変える能力とでも言えばいいか。お気楽に見えて、こいつが一番真理に近いところに立っているような気がする。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:30:59.68 ID:5Sstbg/l0
「その前向きさは、俺も見習った方がいいなと思っただけだ」
「私みたいな上杉さんは、ちょっと気持ち悪いかもです」
「完全にトレースするわけねえだろ。コラ、俺にリボンつけようとすんな」
「今日はあの髪飾りがあるので」
「そうか。いやそうじゃねえ。なぜそのレベルで形から入ると思った」
「まあまあ」
「まあで済ますなよ……」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:31:28.78 ID:5Sstbg/l0
 要領を得ないやり取りをしばらく繰り返し、無駄に目立つリボンを互いに押し付けってから、それでも最後はなんとか四葉の頭部にそれを戻す。
 無駄にパワフルな彼女の気にあてられて、休憩のために街路樹に背中を預けた。こんな用途で設置されたものではないと分かっているが、今だけはどうか許してほしい。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:32:00.63 ID:5Sstbg/l0
「もしかしたら上杉さんに似合うかもしれないのに」
「似合ったとしても付けねえよ」
「そんなこと言わずに一度だけチャレンジしてみません?」
「お前がブラック飲むのとはわけが違うんだよ」

 沽券に関わる問題なので、そうやすやすと挑戦する気は起きない。写真でも撮られようものなら一生涯残る汚点になる。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:32:48.36 ID:5Sstbg/l0
「ぶー」
「拗ねるな。ダメなもんはダメだ」
「ぶーぶー」
「その異様な執着は一体どこから出てくるんだよ……」
「ただの好奇心ですが」
「えぇ……」

 どうせなら、もっとマシな理由の一つも考え出して欲しいところだ。それを聞いたおかげで、より一層つけてやらねえぞという気持ちは強固なものになったが。
 なおも多角的に攻めてくる四葉を適当にいなして、暮れなずむ夕日を眺める。結局丸一日遊んでしまったが、これは業務的にアリなんだろうか。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:33:37.73 ID:5Sstbg/l0
「上杉さん」
「なんだよ」
「楽しめました?」
「幸運にもな」

 彼女の足跡を辿るような一日だったが、いつかと違って名状しがたい違和のような何かは消え去っていた。自然に楽しめてしまった。……しまったというのも、なかなか言葉の綾感が染み出しているけれど。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:34:22.60 ID:5Sstbg/l0
「なら良かったです。上杉さん、最近ずっと忙しそうだったから」
「忙しいのは今に始まったことじゃねえんだけどな」

 四葉の額を軽く小突く。

「主に五人ほど、問題児の面倒を任されているおかげで」
「…………」
「後ろを探すな。間違いなくお前らのことを言ってる」
「やっぱりそうでした?」
「それ以外誰がいるんだっての」
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:35:13.76 ID:5Sstbg/l0
 本当にもう、毎日がてんやわんやだ。自分の世話もしないといけないし、家族だっている。そんでもって、こいつらから目を離すわけにもいかない。
 いつの間にか五つ子の扱いが自分や家族と同列になってしまっていることにぎょっとするが、そこらへんに関してはいい加減に認めなくてはならないのかもしれなかった。気付けば、こいつらの存在なしに上杉風太郎は語れなくなっている。

「早えな、時間が過ぎるの」
「楽しい時間はあっという間ですから」
「……別に、今日だけに限った話じゃないんだけどな」
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:35:41.36 ID:5Sstbg/l0
 聞かれないように極小の声で呟く。四葉理論で行くなら、俺はこの一年を楽しんで走ってきたことになるのだろうか。……途中途中に絶対人様には教えられないイベントが挟まっていて、それを楽しんでいたかと言われると正直返答に困ってしまうのだけれど。

「で、お前のプランに残弾はあるのか? ここまで来たらもうとことん付き合うけど」
「うーん……」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:36:15.20 ID:5Sstbg/l0
 眉間にしわを寄せて四葉が唸り始める。そこまでして考えなくてもいいのに……。

「……そういえば言われてません」
「何をだ」
「去年みたいに、『彼氏さんですか?』って」
「どこまで再現性高める気してんだお前」
「上杉さんが彼氏っぽく振舞ってくれないからー」
「言いがかりも甚だしいなおい……」

 謎の執念に尻込みする。そんな都合の良いことを言ってくれるエキストラが早々現れるはずもないのに、四葉は手を廂にして周囲をきょろきょろと観察しだした。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:36:44.21 ID:5Sstbg/l0
「狙い目はブティックですかね」
「狙うなそんなもん」
「とっておきの返しを考えてあるんですよ」
「備えるな。そんな憂いに」

 俺を何に巻き込むつもりなんだこの妖怪どデカリボンは。楽しかった一日の記憶にヒビでも入ったら最悪だろうに。
 確かに前は表情を変えるだけの微妙な間があったが、今回はその間をどうやって埋める気なのか。気にならないというわけでもないが、積極的に知りたいというほどでもない。俺が渦中に放り出されないのなら、知ってもよかったかもしれないが。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:37:20.81 ID:5Sstbg/l0
「近くにカップルへ無差別にインタビューを繰り返しているテレビカメラでもあれば……」
「やけに具体的で怖いからやめてくれ」

 俺も彼女に倣って周囲を見渡すも、それらしき影はない。どうやら杞憂。びっくりさせないでくれ頼むから。

「かくなる上は、近くの人にどうにかお願いして……」
「そこまでして披露したいのかよ」
「とっておきなんですもん」
「一生とっておけばいいのに……」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:38:05.26 ID:5Sstbg/l0
 お披露目の機会を得ないまま、納屋で埃をかぶって欲しい。使えるシーンがあまりに限定的すぎる対処法に、意味らしい意味なんてないのだから。

「取りあえず限界までカップルっぽくして可能性を高めましょう。まずはそれからです」
「どこらへんが『まず』なのかが理解できない」
「大丈夫! 天才の上杉さんならきっとすぐに分かってくれます!」
「悪い、言い方変えるわ。俺はきっと理解したくないんだ……」

 脳が絶妙に理解を拒むのが分かる。酷い茶番に付き合わされていると、体が拒絶の意を示している。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:38:39.61 ID:5Sstbg/l0
「私を助けると思って、どうか」
「何が助かるんだこれで……」
「うら若き乙女の純情です!」
「うら若き乙女は自分でその肩書を名乗らないからな」
「さあ、張り切っていきましょうね!」

 ここまで振り切れるといっそ清々しくも思った。四葉の腕に引っ張られるようにして、ずんずんと前に進んでいく。

128 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/04(月) 21:39:15.34 ID:5Sstbg/l0
今から続き書いてきます。上手く行けば深夜に更新するかも。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/04(月) 21:40:19.56 ID:K/RpmK+qo
乙 やったぜ
四葉ちゃん尊みがふかい
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/04(月) 21:51:09.65 ID:yFDrg+Oj0
ダメだ続きが気になりすぎて全然作業に集中出来ない……四葉かんわいい……
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/05(火) 00:21:57.54 ID:Dj5efDad0
フータローの四葉リボンは原作でもやってたが似合わなすぎて笑っちゃう
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/05(火) 00:54:00.40 ID:FGLu1YPT0
キャンプファイヤーの時に5人全員が指を握りに行ってたし、フータローは全員を幸せにする義務がある
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:47:00.13 ID:+EJgW/MP0
深夜(大嘘)
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:47:36.04 ID:+EJgW/MP0
「そろそろ諦めたか?」
「いいえまだです。まだ可能性は残っています」

 人通りの多そうなところを選択して歩きながら、自分たちに話しかけてくれそうな人を探す四葉。何が原動力になっているのか、その頑なっぷりは尋常でないように思う。
 
「お披露目のタイミングは今じゃないってお告げだろ」
「それは、その、そうかもですけど……」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:48:02.58 ID:+EJgW/MP0
 四葉は何か言いたげに唇をもごもごさせる。ただ、無理なものは無理だ。現実はそう上手く出来たものではないから、欲しい時に欲しいものが手に入ったりはしない。

「退き時も重要だぞ。引っ込みがつかなくなってからだと遅いからな」
「うぅ……」

 肩を落として残念がっている。それほどまでに、俺に見せたいものだったのだろうか。

「仕方ねえな……」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:48:30.57 ID:+EJgW/MP0
 どうせこのままでは収拾がつかないのだ。なら、俺が一肌脱いだほうが早い。両損になるよりは、いくらかマシ。

「……あー」

 声色を調整する。形から入り過ぎだなーとも思うが、素面でやるのはちょっと厳しいのだ。

「…………そちらは彼氏さんですか?」
「……へ?」
「…………」
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:49:06.74 ID:+EJgW/MP0
 当然の反応だ。我ながら意味の分からないことをしてしまった。もうちょっとまともな導入の一つや二つ、探せばあったに違いないのに。
 相変わらず、そのあたりで器用になれない。俺が俺たる所以が透けて見えるようだ。

「…………そちらは彼氏さんですか?」
「…………」

 今さっき言ったばかりの台詞を思い出している。人間にとって大切なものの一つは撤退のタイミングだと思っていて、だからこんな風に、一度踏み出してしまった足を戻せない。
 コストの回収に失敗した超音速旅客機の逸話を思い出す。せめて原価分でも回収したいという感情はきっと万人に共通のもので、しかもそれは、貧乏性の俺なんかには特に顕著なものとして現れる。
 だから早く、俺の意図を汲んでくれ……。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:49:50.79 ID:+EJgW/MP0
「………………そちらは――」
 
 投げやり気味に三度目を呟きかけて、そこでようやく四葉からの明確なリアクションがあった。どうやら、傷が浅いうちに救ってもらえるらしかった。
 ただでさえ腕が引っ付いているのを、今度は体の側面が一体化するレベルで密着する。無論、俺から動くはずもないので、これは全て四葉が主導の出来事だ。
 で、そこでどうやら、彼女が秘蔵していたとっておきがご開帳されるようで。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:50:42.51 ID:+EJgW/MP0
「…………彼氏さんにしたい人、かもしれません」

 伏し目がちに、俺にだけ聞こえるくらいの声量で、四葉は告げた。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:51:15.89 ID:+EJgW/MP0
「をゑ」
「ちょっと!」

 変な声が出てしまって、それを聞き咎めた四葉が俺の肩をがっくんがっくん前後左右、ひいては上下やら斜めやらの軌道を加えて揺らしまくる。もとから俺より力強い奴なので、抵抗することも出来ず乱気流に飲み込まれたみたいになっていた。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:51:48.10 ID:+EJgW/MP0
「私の純情になんてことを!」
「あばば」
「なんてことをー!」

 泡を吹いて気絶する寸前で、なんとか肉体が乱気流を抜けた。なおも視界のピントが定まらないのが恐ろしいが。
 四葉らしき輪郭の物体が、ずかずかこちらに詰め寄ってきているのは分かった。乙女の純情ってのは、俺が思うよりもなかなか重大なものらしい。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:52:19.66 ID:+EJgW/MP0
「もっと甘い反応をしてください!」
「甘いってなに」
「恥じらって!」
「……俺が頬染めながらそっぽ向くのはなんか違くないか?」
「ちょっとくらい動揺してくれてもいいじゃないですか……」
「動揺してるだろ」

 動いているし揺れている。しかも現在進行形で。三半規管の乱れからか未だに平衡感覚は定まらず、四葉の顔すら朧げにしか映っていない。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:52:48.37 ID:+EJgW/MP0
「物理的なお話ではなくて……」
「……いや、動揺してるだろ」

 予想していなかった言葉に、多少なりともダメージは負っていた。既に耐性をつけていたから多少胸がざわつく程度で済んでいるが、聞かされている時期が違えば、俺のリアクションが違うものになったのは疑いのない事実だ。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:53:27.36 ID:+EJgW/MP0
「……出来れば、その、前みたいに否定してくれると、会話はしやすいんだけど」

 三玖のコロッケと戦ったあの日を思い出す。これがまた単なるからかいならリボンを引っ張って終わりだから、扱いやすくて良い。
 四葉から時折感じていたつかみどころのなさが、ここでも発揮されることを祈っている。まるで女っ気のない俺をおちょくっているだけなのが一番望ましい。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/05(火) 20:54:08.82 ID:+EJgW/MP0
「会話しやすいって?」
「ぎくしゃくするだろ、どうしても」
「私のこと、嫌いだったりしますか?」
「そういうわけじゃないけど、せっかくの人間関係がぎこちなくなるって言うか」
「嫌いではないんですね?」
「二度聞くことでもねえだろ……」
「かなり重要なので。……嫌いではないんですね?」
「まあ、そりゃな」

 嫌いな相手と一緒に休日は潰さないだろう。姉三人組とのとんでもない因縁ともあいまって、四葉と話す機会は増えていたし。
 そもそも初期から俺に協力的だったのはこいつだけなので、先生としての視点で、四葉が一番楽に扱える相手だった。……その分、誰より成績管理が厄介だという不要なおまけがついてきてはいたけれど。
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