【ガルパン】 不死の感情

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1 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:08:14.21 ID:nPZ5ZJEyO
3次創作だが2次創作者には許可取ってきているので始めます。Rだけでやる程度には……です

作者は同一だぞ
2 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:09:39.83 ID:nPZ5ZJEyO
第1章 自分の戦車道、始めます!



No young man believes he shall ever die.
自分も死ぬことがあるのだろうとは決して信じないのが、若者というものだ

ハズリット『若者に見られる不死の感情について』より
3 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:26:38.49 ID:nPZ5ZJEyO

緑爽やかな初夏の風に長音のホイッスルの音が混じる

「故宮高校フラッグ車、走行不能。よってプラウダ高校の勝利」

淡々とした審判の声が響く。
何処かのテレビ局のヘリが、ある場所の上で周りの空気を引き裂く轟音を響かせながらホバリングする

「見えました!あちらです!……出てきました!JS2!JS2です?今年の優勝はプラウダ!本年度戦車道硬式大会優勝はプラウダ高校です!ついに最強の黒森峰、その呼び名に終焉が来てしまうのでしょうか!」

ヘリに乗ったアナウンサーは興奮した調子で語る。JS2とともにいた部隊のうちのT34/85のキューポラから、ヘッドギアを付けた少女が顔を覗かせた

「笑っています。いま少女がはっきりと笑っています?これが、新たな伝説なのでしょう!」
4 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:36:40.87 ID:vzzIdRzq0

会場は先程の所ではない。
鉄道でここからしばらく行けば、先ほどの場所にたどり着くだろう。
先程の所へ行けるのはどっちか一方だが
5 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:38:53.95 ID:vzzIdRzq0

空の雲は空全体の50%ほど。快晴ではないが、気象庁の判断では晴れだと言える。風の調子も決して悪くない

双眼鏡で遠くを眺めていた。目の前に映されるのは森の木々の幹、木の皮が所々外側へ捲れている。
そしてその先の隙間に広がる草原。断片情報を統合すれば、それはそれは広いものだと理解できるはずである。
かなり拓けた先。展開する時間と他の部隊の配置状況を見て、まだ向こうが背後に部隊を送り込む時間は経っていない。来るならこっちからだ

「みほ、見えるか?」

隣のティーガーIIのキューポラから上半身を出して姉が尋ねてきた。
だが先程から2つの穴が脳内で合成されて映る映像には、遠くで揺れる葉のついた枝以外動くものはない

「いえ、異常ありません」

足元の戦車の安定を確認しつつ双眼鏡を下ろし、ほっと一息ついた。今の、この今の一時的な安全は何事にも変え難い
6 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:41:45.26 ID:vzzIdRzq0


しかしすぐに風が湿気っぽくなってきた。
また見ると今度は枝以外にも動くものがいた。草原の奥の小さい林の陰から戦車群が顔を覗かせた。
その見分け方は、戦車の正面が丸っこかったら敵、という単純なものである。そして見事に条件に合致していた

「来ました!敵戦車発見。2時の方向。距離約一二〇〇、T34です。1輌……2輌……3輌です!」

「3輌なら問題ない。ここで撃破する。
各車前進ののち、1号車は先頭、2号車は中、3号車は後尾をそれぞれ撃破せよ」

姉の素早い指示が飛ぶ。
この判断の速さは私には十分には出来ない。
私も後ろのキューポラに身をねじり込み、すぐさま砲手に指示を出す

「真ん中です。停止後、一撃でお願いします」
7 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:48:27.24 ID:vzzIdRzq0

ティーガーIの88ミリ砲が轟音と共に火を噴く。しかしその弾は少し手前の小さい丘の上で土煙を生んでしまった

「外した。着弾30メートル手前です!次弾早く!」

くそが。一撃だと言っただろう。タイムラグの間に相手は何ができる!

「1号車命中!」

「3号車命中!1輌こちらに向かって来ます!」

立て続けに情報が舞い込む。さすがは黒森峰の最精鋭、試射無しでも余裕で命中させる。
完全に遅れを取ってしまった

「距離一一七〇!風は4時方向に3m!撃て!」

すぐに再びティーガーIの車内に砲尾から薬莢が排出させる。
しかしそれは当たることなく敵の右斜め上を飛んで行くのが眼に映る

「この距離で、しかも静止射撃で2発も外すなんて!訓練で何をやってたんです!」

前の人選をミスった奴を蹴飛ばして敵車両を確認すると、側面に砲弾が命中し、文字通り爆発四散していた。横を確認するとティーガーIIの砲身から煙が登っていた

姉のだ

「……全車後退。森の奥へ進め」

身を乗り出す。風はとても冷たく無情で、そして強張っていた


8 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 21:49:53.21 ID:vzzIdRzq0



姉の車輌の者が簡易机と茶を用意し、姉はその上で地図に印を付けつつ、茶をすすっていた

「他部隊の状況は?」

「確認済みの範囲内では、接敵なしとのことです」

「他の確認も早めに済ませろ。そしたら偵察で再度的の様子を探る」

空の雲は少し増えていた。60%といったところか。風は止みつつあった

「お姉ちゃん……」

姉は振り返らない

「砲手を呼んでこい。それと隊長と呼ばんか。いつも言ってるだろう」

「はい……」

9 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:20:46.41 ID:vzzIdRzq0
undefined
10 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:21:20.31 ID:vzzIdRzq0


歯をガタガタ震わせている砲手が砲塔の前で蹲っていた。ちょっと手荒いが、命令は命令だ

「来なさい」

「ひいっ……」

手を掴んで戦車から引きずり下ろし、両手首を抑え肩甲骨の間を押しながら前へと連れて行く。
姉の近くに持っていくと、まずはポケットに手を突っ込み、彼女の拳銃を放り捨てる。
幸いナイフはお持ちでないようだ。この近距離で暴れられて面倒なのはそちらだし

「……」

姉が席を立った。次の瞬間、張り手が音を立てて彼女を地面へと叩きつけた。頭に付けていた帽子が放物線から外れて彼方へと吹き飛ぶ

「……何をしている。仲間を危機に直面させるのが楽しいか?」

「……」

?に手を当てたまま動かない。かなり腰と手首のスナップを効かせて打ち込んでいた。私でも喰らいたくはない

「張り手は五月蝿いからやめてください、隊長」

「拳の方が良かったかな」

「叫ばせたくないなら一突きが早いですけどね」

「流石にそりゃしないぞ。正式な裁定は下されてないんだし」
11 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:21:53.69 ID:vzzIdRzq0



手を何度か顔の前で開閉させ、踵を返して姉が再び席に着いた

「いずれにせよみほ、こいつは次はチームから外せ。お前はいつも人選が甘すぎる。下手したら次がなかったかも知れないんだぞ?
我々SS12小隊は栄光ある黒森峰随一のエリートだ。その名に恥じぬよう、相手に恐怖を与える存在でなくてはならない」

そう言うと机の上の茶をもう一口すすり、淡々と続けた

「お前も西住の血を引く戦車乗りの一人だ。
黒森峰を、西住流の名を汚すような戦いをするな。
戦場で必要なのは友情じゃない。敵だ。分かっているな?」

「はい……申し訳ありません」

「取り敢えずここでは助かったから、任命責任は保留にしておく。
しかし敵は何を考えている。我々に釣り野伏せが通じるとでも思っているのか?
おい、周りはどうだ?」

「現状ソ連戦車のエンジン音は有りません。
射線の通りにくいここに潜んでいるとは思えませんが……」

風の向きが先ほどと逆になりつつあった。
私はその間に張り倒されたやつの腕を無理やり引き上げる

「そうか。だが偵察などは送られているだろう。
風向きも変わってきたし、狙撃などにも警戒せねばならん。些細なことでも何かあったらすぐに」



12 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:25:52.90 ID:vzzIdRzq0


「隊長!」

監視に向かっていた姉の車輌の者がこちらに駆け寄り、姉の足元で息を切らして膝をつく

「どうした!」

「西住隊長!南方に大量の発射煙が?」

姉はすぐに首から下げていた双眼鏡を目元に寄せる。遠目でもわかる。縦に登る何本もの煙の帯

「……シュターリンオルゲル!」

苦虫の汁が飛びそうな声が小隊に緊張が走らせる

「クソッ、こっちが本命だったか!
総員緊急乗車!至急このエリアから退避せよ!
我々から損害を出すわけにはいかんぞ!」

姉は机を蹴飛ばして頭からキューポラの中に入っていく。私も考えずにそれに倣う

「全速後退!急いで!」

ティーガーIも私の声とともに後退を始めた。
空からはロケット弾が風をきる轟音のみ

全力で動くエンジンの音は掻き消される

数がおかしい。
どう考えても一斉に全ミサイルを発射したようにしか聞こえない。この先運用する必要なぞないのだ、と言わんばかりに

顔からは粘度の高い嫌な汗が顎の下に溜まって落ちる

そしてそれらは森を焼き払わんとばかりに躊躇なくSS12小隊を襲った。
葉と煙の境界が無くなり、先程を超える音と振動が伝わる

「きゃあああ」

震度6弱を思わせる振動が発生した。
災害訓練の時に訓練専用の車に乗った体験と比較すれば、恐らくそのくらいはあっただろう

「落ち着いて、落ちついて後退を続けて」

ミサイルが落ちてこないことを祈り続けた。しかし手綱はその祈りの相手にはなく、プラウダが握っている。
けたたましい音とともに正面が黒く染まった

13 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:32:23.75 ID:vzzIdRzq0


炎のはじける音で次に目を開くと、黒い煙で占められた車内の中で、砲手が先程の痛みを間違いなく知覚出来なくなっているのを目で見た。視覚よし。
手足の指先を曲げる。触覚、神経よし。足も動く。重度の火傷も負ってないようだ。
死んでない、と結論付ける頭も働いている。
状況を確認。煙の匂い。脱出だな

キューポラを触ると火傷するレベルで熱い。熱いと漏らしつつ咳き込みながらなんとか押し開け、上半身を外に出した。
煙も私の体の側面を通って抜けて行く

車輌の前方に命中したようで、他の乗員への希望は抱きようがないだろう。私が一番悪運が強かったようだ

「みほ!」

煙で痛くなり涙が出てくる目をなんとかそちらに向ける。そこには姉の車輌の者2人と左ひじを抑えた当人がいた。
一帯は焦土と化し、さっきまでの森の様子は半径数十メートルに渡り焦げた切り株に置き換えられていた。
煙にさらなる焦げ臭さが鼻をつく

「生存者はお前だけか。無線も……無理そうだな。
3号車は直撃で全滅。1号車もこれだけだ……無線も全車輌やられ、救援も呼べん。
やむを得ん。車輌を放棄して後退し、味方との合流を模索する。全くイワンの奴め、たった3輌に無茶しやがる」
14 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:38:09.51 ID:vzzIdRzq0

姉の車輌の者が手を差し伸べ、靴越しに熱を感じながらなんとか車輌から出た頃には、草原の向こうから幾重のエンジン音とともに戦車が向かってきていた。それも我々のものとは異なるもの

「敵戦車突っ込んで来ます!T34/85が5輌……いや10輌です。デザント兵を載せています」

デザント付きか

「隊長……」

「歩兵随伴か…………森がこれでは逃げられない、か……残念だが打つ手がない……投降しよう」

姉は私が考えた通りの判断を下す。
姉は頭を垂れ、1号車の後ろを指しながら全員に隠れるように指示した
15 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:38:44.61 ID:vzzIdRzq0

何も吐き出さぬティーガーの排気口が4人を見下ろす中、多くのデザント兵の声が響く。
言語は実に多様で、何を言っているかは分からない。
だがそれがうぉーでもウラーでもアッラーアクバルでも万歳でも結末は大差ない。
履帯の回る音が時々刻々と激しくなる。
足音が微かにエンジン音に混じり出す。
その時共にいた者の1人が、恐怖からか戦車の背後から飛び出した

「と……投降します。撃たないで」

「バカ!体を出すな!」

姉の叫びも虚しく機銃の音とともにティーガーIIの脇に血まみれの屍体が完成した。
胴体に数発、頭にも何発か食らったのだろう。左目の左側も削れたらしく、赤く染まった目玉がゴロリと転がり、視神経のみで引っかかっている。
まぁ、死に急いだのはある意味で正解なのかもしれない

「来るぞ!」
16 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:39:15.56 ID:vzzIdRzq0




ティーガーIIの両脇からT34が2輌現れ、完成した屍体を捻り潰し、1両が前方に回って自分らを囲むように止まった

「撃つな!」

「投降する。撃つな!」

「降伏です。降伏します!」

それらに呼応して姉から順に立ち上がり、両手を高く上げる。
そして叫ぶ。力の限り。
デザント兵の持つ銃の口がこちらを向く。
彼らの指が一人でも動けば、私もさっきの者の仲間入りだ。私はお断りしたいが

敵のデザント兵の指揮官らしき者が銃を構える兵を静止させ、兵を1人呼んで銃を向けたまま姉の肩を掴ませようとしていた

「我々は黒森峰SS12部隊!戦車道規定に則り投降する!全員の同捕虜条項に従った処遇を要求する!」

3人は1人ずつ銃を向けられている。
黒い銃口の先がぎらりと光る。
私は、生きたい。
理由なんてない。
ただ、死にたくない

「撃たないで!撃たないでください!私たちは投降します?」


17 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/27(木) 22:44:25.38 ID:vzzIdRzq0
今日はここまでです。木曜更新にするつもりです
18 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 22:57:56.14 ID:GH7YNYU90
週二にすることにしたから更新するぞ
19 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 22:58:26.43 ID:GH7YNYU90




RRRRRRRRR

アラーム音が部屋に響く

「撃たないでください!投降です!」

いるかの時計のヒレを押すと、アラーム音ではなくベッドから落ちる音、そして背中から振動が脳内へ響いた

「わわっ」

目を開けるとそこは白かった。まもなくそれが雲と煙ではなく、天井だと分かった。
自分の部屋……か

空気が、非常に綺麗だ。咳とは無縁だ。
微笑みながらのんびり立ち上がり、窓際に行く。外が明るい

ここにはもう私を殺そうとする人はいない。窓を開けて命を狙われることもなければ、日常的に護衛がつけられることもなければ、夜に大きな音を出さないように気を配る必要もなく、命を賭ける場所に向かう必要もない

雨戸を音を立てて開ける。窓際を蝶が舞い、目の前の道路には鳩が舞い降りてきている。
朝起きた時にあと数時間で死ぬ、と覚悟するような日は来ない。
いつか、何十年も先、これまでの人生の期間を何度も繰り返した先、おばあちゃんになって病気か寿命で死ぬまで生きられる

空は快晴。少しの雲もない。
予想できない、まるで無限の時間。こんなに自由で素晴らしいことはない

「もう……うちじゃないんだ!」

ゆっくりと布団を三つ折りにして、初めて着る制服に手をかけた


20 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 22:58:55.13 ID:GH7YNYU90


それでも長年の癖は抜けないもので、外で鍵を開けた後数秒無音状態を作って外に気配がないことを確かめ、出てからも左右をさっと見る

「ととっ」

家を出る前にもう一度鍵を確認し、出発。
階段を下った先にいたのは、犬をつれる人、美味しそうな匂い溢れるパン屋さん、笑いながら登校する今日からの同級生、先輩、後輩。外の人は皆今日を生きている活気に満ち溢れているように感じられる。
日常の生活でも歩兵SSに睨まれている前の学校とは大違いだ

歩いている間に大きな校舎が何棟も並ぶのが見える。
校舎についた青と白の大の紋がのびのびとした感じを強調している。
きっとここの校風もその通りなのだろう

それともう一つ気になったことがあった。
それは私が学生だと思った人間は皆一様な制服、一切違いのない制服を着ていたことである。
ここには軍人はいない。唯一とも呼べる治安組織である風紀委員も、腕章を除けば制服であった。
恐れるものがないほど、平穏なのだろう

21 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 22:59:44.05 ID:GH7YNYU90


普通一科A組、ここが今日から私のクラス。
部屋の中からは友と久しぶりに会ったことによるものであろう陽気な話し声が伝わる

「おはようございます。皆さん最後の夏休みはいかが過ごしましたか?来年は受験勉強の為、……」

ドアの向こうから先生の声が聞こえる。
それでも若干の話し声は残る。
よく許されているな、と僅かに感心した

「それでは転校生を紹介します」

眼前でガラッとドアが思いっきり開く

「西住さん、入ってください」

「え、あ、はい!」

教壇の前に立って先生が肩を軽く叩く。大胆すぎて息が少し引っ込んだ

「こちらが転校生の西住みほさん。西住さん、一言よろしく」

「え……熊本から来ました西住……みほです。
えっ……と、よ、よろしくお願いします」

やはり自己紹介というのは慣れないものだ。だいたい向こうから名前を言われている。あとは素直に名前を言ったら言ったで大概面倒なことになるのだが、ここでは大丈夫なようだ

「ありがとう、それでは西住さんは左奥の方のあそこの空席に座ってください」

「は、はい」

その日はホームルームと始業式だけだった。どうやら生徒会長は角谷という人らしい。
この学園の生徒会長はかなり権限が強いと聞いたことがある。
その割には周囲に武器を持った護衛らしき者もいない。本当に安全な土地なのだろう

私は今日だけでそれを何度実感すればいいのか。

22 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:03:00.23 ID:GH7YNYU90


次の日、今日から通常授業だ。
生き生きしている皆の様子とは裏腹に、私に話しかけようとする人は4限の終わりまでいなかった

昼休みが始まる前に私は筆箱をしまおうとすると滑って定規を落としてしまった。
拾おうと机の下に潜ると頭をぶつけ、ペンが左側に落ちてきた。
それを拾おうとすると今度は机の脚にぶつかり、机の上に立てていた筆箱が倒れ、中身が床にぶちまけられた。
それらをやっとの思いで集めて、席に座っていた。
虚無感が覆い、一つ大きなため息をついた。
私は筆箱さえ操れないのか

23 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:03:34.00 ID:GH7YNYU90



「ヘイ彼女っ!一緒にごはんどう?」

その覆いを打破する明るい声が私の心にするすると入り込んできた。
左右に人がいないことを確認して後ろを振り返ると、茶色の髪の癖っ毛の人と黒髪のストレートの人が立っていた

「沙織さん、西住さん驚いてらっしゃるでは無いですか」

「あっ、いきなりごめんね」

「突然申し訳ありません。
よろしければお昼ご一緒しませんか?」

ストレートな黒髪を持つ人が軽く頭を下げてから高貴な口調で聞いた

「わ、私とでしょうか?」

急だったため理解が追いつかなかったが、2人は揃って微笑みながら頷いていたので、話に乗ることにした。同学年の人と飯を共に食べるなど久しぶりのことである

普通はいきなり接近してきた彼女らに疑ってかかるべきだが、持ち物にそれを裏付けるものがなく、2人のデータから考えてすでに候補からは外しており、なにより彼女らの笑顔が私をそうさせた


24 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:04:02.54 ID:GH7YNYU90

私は2人とともに食堂に向い、盆を取り、それぞれ注文して待つ

「えへへ、ナンパしちゃった。自己紹介まだだったね。私はね」

「武部沙織さん。6月22日生まれ」

「えっ?」

「五十鈴華さん。12月16日生まれ、ですよね」

「はい」

「すごーい!誕生日まで覚えててくれたんだ!」

「うん、一応、ですけど」

彼女らが私がそれを知ろうとした理由など知らない方がいい。
そうしている間に私の盆の上に鯖の味噌煮が来て、ごはんと味噌汁がその左右についた
25 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:06:34.55 ID:GH7YNYU90

「行っとき」

正面の店のおばちゃんが言う

「えっ、でもまだ漬け物が……」

「あんたら3人友達同士だろ。席取ってきな。
漬け物ならこの子に2つあげとくから」

目が輝いてきた。
中年後半の彼女の顔ですら10は若く見え、体の中から込み上げてくる何かを感じる。
踊るように席に行こうとしたが、バランスを崩して盆のものを落とし損ねた。私のおっちょこちょいだけは死んでも治るまい

幸い近場に4人分の机が空いていた

「よかったです、武部さん達が声かけてくださって。
私1人で大洗に引っ越して来たもので」

「そっかあ〜。まあ人生色々あるよね。泥沼の三角関係とか、告白する前に振られるとか、5股かけられるとか」

「えっ……と」

お前は急に何を言ってるんだ?
人間同士の関係はこのようなものだったか?
私も私だが、もしこれらが事実なら、いや事実が寸分でも混じっているなら、正直この武部さんがどのような人生を過ごしたか気になる。
26 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:07:15.99 ID:GH7YNYU90

「そうだ!名前で呼んでいい?」

武部さんが聞いてきた。
なにがそうだなのかどうなのかは分からないが、口がすでに横一文字に広げたまま動かない。

「構いませんよ」

「じゃみほ、聞いてよー。なんか最近多くの男の人に話しかけられるんだけど」

いきなりタメ口か。ま……いっか

「どんな感じにですか?」

「おはよう、とか今日も元気だねっ、とか」

「武部さん、明るくて親しみやすそうですからね。誰とでもすぐ仲良く出来るとは素晴らしいことだと思いますよ」

これが精一杯のフォローである。
いや、本当に

「それはモテとは違うものだといつも言っているではありませんか」

五十鈴さんが盆にラーメンと山盛りの野菜炒めと大盛りごはんと味噌汁を持ってきた。
やはりそうか。少し安心した
こちらの人の方が見た目から信頼できる。
というか、その飯は一人分なのか?分けて貰っても困るだけなのだが

「そうだ、西住さん。漬け物をお渡ししますわ」

「何よ華、もー!」

「お話もよろしいですが早めに御飯を頂いてしまいましょう」

「それもそうですね」

「いただきます」

全員手を合わせ、武部さんは納豆、五十鈴さんは味噌汁、私は魚に手をつけた
27 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:08:57.25 ID:GH7YNYU90

私は周りの様子を確認していたが、2人に少し不思議がられたようなのでやめておいた。少しでも話をして話題を逸らそうと、武部さんのさつま芋の煮物を見て聞いた

「大洗ってさつま芋が有名でしたよね」

「そうそう。干し芋とか、一部では乾燥芋っていうらしいよ」

「そうなんですか」

「そうだ今度さつま芋アイスの店行かない?」

「そんな店があるのですか?」

「うん。色々とトッピングの種類もあって美味しいよ。今日は必修選択科目の練習があるから無理だけど」

「お茶をしに行くとか女子高生みたいですね」

「私達は女子高生ですわ」

……言われてみれば
28 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:09:36.53 ID:GH7YNYU90

「そういえば西住さんは必修選択科目は何になさいますの?」

「えっ……と、すみません。必修選択科目とは……」

「紙もらってないの?あの先生豪快だけど忘れっぽいからねー。
必修選択科目っていうのは、伝統的なものから一つ選択して乙女の嗜みとして学ぶっていうもので、」

「私達は戦車道を選択しているのです」

「せ、戦車道!」

私はその言葉を聞いてすぐに肩をすくめて、少し大きめの声を出した。
顔がみるみるうちに青くなるのが自分でもわかる。

馬鹿な……

「どうなさいました?」

「この学校、戦車道の授業ないと伺っていたのですが……」

私は身を乗り出して顔を五十鈴さんの方に寄せた。
それが嘘であることを願って

「数年後日本で戦車道世界大会が行われるので文科省から通達があり、今年から導入されたそうです」

だがそれは実に容易く、根元から破壊された

「……五十鈴さんと武部さんはなぜ戦車道を?」

なぜ……この2人が?
私のいた世界には似つかない2人が?

「と申しますと?」

「あ……えっと、五十鈴さんのような方ですと、なんたら道の中では香道とか茶道、華道などが似合うかな……と思いまして」

「私の家は代々華道の家元の家系なんですけど、アクティブなことをして新境地を開きたくて」

「私は戦車道やるとモテるって聞いたから。そういえばなんでみほはこんな時期に転校して来たの?」

うつむき押し黙る。
彼女らが聞く必要はない、そのはずだ
それに何なのだ、彼女らのこの理由は……恐ろしくないのか?

「でも必修選択科目は自由に選べるから」

「それよりも早く食べないとお昼休み終わってしまいますよ」

「そ、そうだねみほ。早く食べよう」

「はい……」

五十鈴さんが盆の上の物を全て平らげたことは、戦車道がこの平穏な地にあることと比べれば些細なことでしかなかった。もはや私の目にはこの平穏すら何かを隠す布地にすら思えた
29 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:13:33.40 ID:GH7YNYU90
5限目が終わると、廊下から足音が聞こえてきた。
そしてクラスの前から長身の片眼鏡をかけた生徒とそれより背が少し小さいが胸のある生徒に挟まれて、始業式で見た小さな生徒が干し芋を食べながら入って来た

クラスの者が口々に生徒会長だ、なんで生徒会が、誰に用だ、などと言っている

「えっと……」

会長さんは分かるが、他の2人が何者か分からない

「片眼鏡で目つき怖そうなのが広報の河嶋さん。温厚そうなのが副会長の小山さん。そして小さいのが会長の角谷さん」

沙織さんが教えてくれた

「会長、あの者です」

教壇上にて片眼鏡の生徒が私の方を指差す。
この学園の主が私なんかに用だろうか?

「やあっ、西住ちゃーん」
その小さな生徒が左手を挙げて明るそうに言う。視線は明らかにこちらだ

「えっ、はい?」

「西住みほ、少々話がある。教室の外に出ろ」

席に座る私を、河嶋と言われる人は上から見下ろした。もはや抵抗のしようもない

30 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:14:13.51 ID:GH7YNYU90


3人に連れられて教室の外に出る。左右どちらにも長い廊下の途中、人は授業の合間だからかトイレ側に集中している。そんな中、私にとっては考えたくもない言葉が耳に入ってきた

「必修選択科目なんだけどさ、戦車道選んでね、ヨロシク〜」

何を言っているかもう一度聴きなおそうとした

「戦車道やってね」

私が聞く前にそう言いつつ会長は顔を近づけた。確定だ
だがとりあえず何か言い返さねば……

「えっ……あのっ、ひ、必修選択科目ってじ、自由に選べるんじゃ……」

「いゃぁー運命だねぇー。君は戦車道をやる運命にあるんだよ。
大丈夫、うちらは西住ちゃんがやってた物騒な硬式には参加しなくて、軟式の方にしか参加しないから。
とにかくヨロシク」

会長が私の左肩を叩いてきた。
私のは体をビクッと反射的に震える。
威圧感だ。
この小さな身から湧き出る、武器も持っていないのに湧き出る威圧感だ。
それが私の体を強張らせている

「じゃ、行くよ」
「はい」

すると片眼鏡の女が私に耳打ちしてきた

「貴様に選択しないという選択肢はない」

「かーしま、行くぞ」

「はい」

3人は最初と同じ並びで教室から出て行った

31 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:14:46.64 ID:GH7YNYU90


私の目の焦点は定まらなくなった

後から思い返してもこの間に何を視界に入れていたか思い出すことはできない。
どこか現実にはない物をその視界に収めていた気分だった。
その目を保持したまま6限に突入した

『君は戦車道をやる運命にあるんだよ』

『貴様に選択しないという選択肢はない』

それらの言葉が私に重くのしかかっていた。生徒会が何を考えているのか。
なぜここが戦車道を?

軍備保持?この海によって陸から隔離されたこの学園艦で?見た感じ目立った生産設備もないし、他校から見ても占領の価値はないだろう。生徒数的に投資の価値も薄い。

権力増強?様子を見た限り権限が強いという話は本当のようだし、治安も安定している。これ以上必要なのか?
疑念と不信感が私を包み込む。

「じゃあー、次の問題。西住さん」

私の耳元を波が過ぎ去る

「西住さん?大丈夫?」

「みほ!」

武部さんが声をかけると、私の体は少し反応した。が、別に彼女や先生を見ているわけではない

「どうしたの?体調悪いなら保健室行ってきなさい」

そう言われ、何も言わずゆっくり立ち上がり、指示に流された。
32 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:15:21.14 ID:GH7YNYU90




保健室のベッドは6つの内3つが埋まっていた

「今日はやけに病人が多いわね。ま、しっかり休みなさい」

保健室の先生は去った。私の両隣が埋まっているのだ。
そこにいたのは武部さんと五十鈴さんであった

「みほ、どうしたの?」

「すみません、少し……」

なぜ彼女らがここに居るのかは良いとして、幾分か心が落ち着くのを感じた。
保健室までの道中は良く覚えていないが、先程から薄く黒くなっている白い天井が認識できる

「生徒会の方々に何か言われたのですか?」

五十鈴さんも右を見るよう寝返りをうってきた

「そういえばどうしてこんな時期に転校してきたの?彼氏に振られた?」

「いや、そういうことではなくて……」

本当にこの武部さんの脳細胞を1つずつ見て見たい気もする。
それよりも私はこの問いに答えるべきだろうか、との問題が浮かぶ。
少し考えたが、答えることにした。
そうでなければずっと会うたびに聞かれそうな気がしたのだ

「実は私の一家は戦車乗りの家系で、」

「へぇー」

「まぁ、そうなりますと遺産相続とか次期当主をめぐる骨肉の争いとかですの?」

「いや、そういうことでもなくて……私以前は戦車道に励んでおりましたけれども、親から破門されてしまいまして、恥ずかしながら戦車道を避けて逃げて参りました」

その話を聞いた武部さんは顔を引きつらせているが、五十鈴さんはあまり変わっていない風に見える

「そうだったんだ……いや、なんかごめんね……」

「構いません」

33 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:15:53.50 ID:GH7YNYU90

「……私も同じなんですよ、みほさん」

「えっ?」

「私も戦車道をやったために親から勘当されているんです。
それでも私は戦車道を通じて、これまでと違う人のものではない自分の道、自分の華道を見つけたいんです。
ですからみほさんも破門にされたことを逆手にとって自分の道を探ってみてはどうでしょう?」

「自分の……道」

不意にチャイムが鳴り響く。

「授業終わってしまいましたね。せっかくくつろいでいましたのに」

「この後はホームルームだけだね。とりあえず先生に言って選択科目の紙を貰おうよ」

「そうですね。申し訳ありません、つまらない話を聞いてくださって」

「とんでもないです」

私は2人の付き添いを断り、一人で家路に着いた。何でだろうな、一緒にいたら根本も全てあからさまにしてしまいそうだから、か。

34 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:16:36.84 ID:GH7YNYU90


その日の夜寝床で選択科目の紙と向かい合っていた。腕には体の左肩から右脇腹へ包帯が巻かれたクマの人形を抱えている。

榴弾が斜面に命中し崩れる音。川に滑り落ち沈むIII号の姿。川に降りキューポラを開け戻ってきてから嗅いだ煙の匂い。

それらが一通り終わると次は銃声、鮮血の熱、手から感覚が薄れ地面から聞こえる金属音。

そして砲声、機銃音、叫び声。

目を瞑りクマの人形を力強く抱きしめた。
眼前にはあの時の光景が寸分狂わず浮かび上がってくる。

「自分の……道……」

微かな望みをかけて昼間五十鈴さんに言われた言葉を頭の中で繰り返す。だが一瞬の希望は昔の罵声と恐怖にかき消された。

35 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:17:18.45 ID:GH7YNYU90


「戦車道は軍部と内閣の妥協の産物であり、国際協調の脇役になった。そしてこれは、ある意味シュトレーゼマンの数少ない我儘だったのかもしれない。
彼の言葉をここに記そう。
『かつての決闘がフェンシングとなったように、スポーツになるとは平穏の証である。
だからこそDer Weg eines panzerkanpfwagen(戦車道)は、戦争から最も遠いものでなくてはならない』」

山鹿涼『日本の学園都市』より



36 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/06/30(日) 23:17:46.41 ID:GH7YNYU90
今日はここまでです。また木曜日
37 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 20:55:16.95 ID:9CgLdJINO
ガルパンムーブの中でのガルパン作品やで〜

始めます
38 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 20:57:00.26 ID:9CgLdJINO


次の日、武部さんと五十鈴さんの前に見せた必修選択科目希望用紙には香道の欄に丸が付けられていた。
2人の様子から戦車道であっても私の戦車道ではないのかもしれない。
しかしどうであろうと戦車道の本質は変わらない。それが私の結論だった

「……すみません、私どうしても戦車道をしたくないのです。そのためにこの学校に来ましたから」

2人は顔を見合わせ、頷きあってくれた

「誰も反対はしませんよ」

「そーそー、もし生徒会の人たちから何かあっても協力するから」

そう言って2人が机の上に手を重ねる。
温かい。私は会釈することでしか感謝を表せなかった

39 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 20:58:04.03 ID:9CgLdJINO


昼休みに紙を提出した後、食堂で再び揃って昼食を摂っていた。だが前の様な盛り上がりにはかけている。
それの最後の一角をつき崩したのは急に入った放送だった。

「2年A組西住みほ、2年A組西住みほ、大至急生徒会室に来い」

河嶋さんだ。
急に箸が止まる。
気が重い

「大丈夫ですよ、一緒に行きましょう」

「私も出来る限り協力するから!」

「はい……」


40 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 20:59:08.72 ID:9CgLdJINO



「これはどういうことだ?」

河嶋さんの手にあるのは今朝出した必修選択科目希望用紙だ

「どうしてこうなるかねぇー」

会長さんは干し芋を一つ口に入れる。どう見ても人を呼び出した人間の応対方法ではない

「私は貴様に行ったはずだがな。断ることは選択肢として存在しない、と」

「どういうことよ!」

武部さんが素早く反駁する

「特別入学許可時の書類でそう契約されているのだ」

何を言っているのか、と思ったが、棚の書類を見ていた小山さんが一枚の紙を取り出した。武部さん達とともにその書類を見るが、必修選択科目についての話なぞ全く見当たらない。
普通1科を選択する、あと私の書いた住所欄、そのような事務的なことしか書いてない。というかそのようなものなら私がサインするはずがない

41 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 20:59:49.01 ID:9CgLdJINO

「どこの部分ですか?」

すると小山さんが黄色の蛍光ペンを出し、周りを2重に囲んでいた、装飾だと思われたカタカナの部分に線を引いた。そしてそれを私たちから見て上下逆に向けた。すると線を引いたところに

『センシャドウヲリシュウスル』

と1文字ずつ角度をずらしながら書いてある。さらに小山さんがもう一箇所線を引いた

『この紙面に書いてあることについて同意の上入学する』

その後には西住みほ、と私直筆のサインが書かれていた

「これでわかったか?西住みほ、貴様は戦車道を選択することに貴様の手で同意したのだ。
それに我々にはそちらの都合を考慮する余裕はない。西住みほ、貴様には戦車道をやってもらう。西住の名において出来ないとは言わせない」

河嶋さんが両手を腰に当て胸を張った。
単純だが、確かに有無を言わせぬ手法だ。
サインするかより確認しておけば良いと思うが、後の祭りだ

「そんな……」

42 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:00:43.25 ID:9CgLdJINO

「卑怯ですわ」

五十鈴さんがすかさず言う。普段、数日の付き合いだがおそらくそうだろう、とは異なりかなり語気が強い

「そもそも選択科目は何をやろうと自由です。強要する方がおかしいです。
それにこれはみほさんを騙そうとしていることがありありと見てとれます。戦車道チームを強くする為に人の道を外れることを行うのは戦車道そのものの意義に背きます」

この地の権力の塊を目の前にして、毅然としたまま語り続ける

「そのような人が主導する戦車道チームで戦いたくはありません。私は香道に選択科目を変更致します」

「えっ、五十鈴さん!」

「私もそうします。みぽりんを強制的にチームに加えるなら私は戦車道やめます」

2人は力強く言い張る。
なんの冗談だ、と思うより先に動揺が襲う。
しかし逆に生徒会の3人は動揺するそぶりはない

43 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:01:31.25 ID:9CgLdJINO

「そんなこと言っちゃっていいのかなー?そんなこと言ってると3人まとめてこの学校にいられなくしちゃうぞ?」

会長さんは干し芋を3枚一気に食べ、肘掛に肘を乗せながら視線をこちらに向けた。露骨な恫喝である

「なっ!」

「脅しですか!」

「脅しではない。会長はいつも本気だ。
それにこちらは強要などしていない。ただ合意した書面通りの内容の実施を要望しているに過ぎない」

河嶋さんが私たちに詰め寄る。
そうなのだ。それだからたちが悪い

「ねえ、3人とも謝ったほうがいいと思うよ、ね?悪いようにはしないから」

今まであまり話さなかった小山さんまでか受け入れるように促す
44 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:03:56.24 ID:9CgLdJINO

私はずっと下を向いて考えていた。このまま2人の好意に甘んじてていいのか、と。
この学校にいられなくされるということは、強制退学はいくら権限が強いというここの生徒会長でもしないと思うが、自主退学に追い込むなり、とにかく彼女らをここから追い出す手段なら幾らでもある。
私一人なら我慢できるが、2人には私の為に苦しむ人にはなって欲しくない。良くない……はずなのだ

しかしその為に戦車道をやろうと思うと、過去の記憶のフラッシュバックにより目眩が誘発される。気を抜いたら本当に倒れそうだ
45 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:05:02.33 ID:9CgLdJINO

葛藤の間も生徒会と武部さん、五十鈴さん達との口論は続いたが、平行線を辿っている。武部さんと五十鈴さんは恫喝に対しても毅然とした態度を崩さない

何故だ。何故彼女らは私というちっぽけな人間の為に自らの犠牲も顧みず、ティーガーに向かうII号戦車のような立ち位置なのにも関わらず、反論し続けることが出来るのか

それに私は全てを話したわけじゃない。やりたくないのは事実だが、その理由をしっかり伝えてはいない。
その隙間だらけの地盤を足がかりにして、何故ここまで抗える

46 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:06:35.70 ID:9CgLdJINO


そういえばここに戦車道があると聞いてしばらく、疑問に思っていることが一つあった。
彼女たちは何故こんなに楽しそうに戦車道が出来ると言えるのか、である
私が知っている戦車道はそんなものではない。少なくとも新しい道が見えるなんて言語道断の世界である

何かあるのか。ここには私の知らない戦車道が、楽しい戦車道があるのか?

47 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:07:24.17 ID:9CgLdJINO

しかしかすかに湧いた興味は濁流に飲み込まれる。血と硝煙への拒否が脳内を包む。
目の前に現れたのは、それまであった絨毯でも窓の外に広がる海でもなかった
川、どす黒く渦巻く、対岸があるかも分からぬ大河、それが私の行く手を阻む

48 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:08:42.17 ID:9CgLdJINO


私は前のめりになり、口を手で押さえながら少しバランスを崩した。
五十鈴さんと武部さんがすぐに傍から手を差し伸べ、身体を支えようとする

「ほら、みほだって戦車道をやるか考えたらこんなに具合悪そうじゃない!それでもやらせるって言うの!」

「そうですよ!やりたくない人をチームに加えても、チームの士気が悪化するだけで得なんてありません!」

2人は必死に私を擁護している。先ほどの昼飯が腹から登って来る。無理だ。私にはやはり戦車道は出来ない
この流れが、あまりに強すぎる

「ええぃ!そもそもなんでお前らが来るんだ!もともとうちら生徒会と西住の話だ!貴様らには関係ないだろう!」

「戦車道に関する要件なら私たちが居ても問題ないじゃないですか!」

「それにみほは私たちの友達よ!守る理由が必要なの!」

「そうです!友達ならその危機に手を差し伸べるのは自然なことです!なら河嶋さんは角谷会長や小山副会長が困った際、仕事の関係抜きで助けない、と仰るのですか!」

「馬鹿を言うな!西住が学園に来たのは一昨日だ!そんな急速に友情が出来るわけが」

「日数がなんだっていうの!そんなの関係ない!みほはやりたくないって言ってるの!だからやらせたくない!そのために手伝いたい!ただそれだけよ!」

49 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:10:00.73 ID:9CgLdJINO


友情


その言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。
ああそうだ。私がずっと捨てるように言われ続けたものだ

……私は確かにここに来て彼女らに助けられた。話しかける者がいなければ、私はきっと周りの誰からも察知されず暮らすことになる。
それだけなら都合がいいかも知れないが、きっと今回の話から助けようとする者もいなかっただろう

友情、なんと優雅な響きか。しかもそれを向こうが与えたのに、さらにそれを基に私を助けようだと?
冗談だろう、何か裏があるのだろう、とは思えない。思おうとしても否定される。現にここで2人は私を庇っているのだから

ここには友情がある。
彼女らは友情を残しつつ、戦車道を行なっている。
これは明らかな証拠だ。
ここの戦車道は、私の知らない、夢のような現実。それはある

50 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:11:54.86 ID:9CgLdJINO


筏を得た

大河の流れも少し落ち着きを見せた。
川上では2人が土嚢をありったけ川に投げ込んでいるし、この筏も彼女らが作ったものだ

ここまで行為を受けて動かぬは我が身の恥。
時は今。胃の中から物的証拠が来る感触が治まっているうちに

私は飛び乗った。蜃気楼に思えていた向こう岸はこの目でしっかり捉えてある
51 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:13:44.52 ID:9CgLdJINO

濁流は舵の効かぬ筏を容赦なく襲う

砲声

戦車を穿つ音

呻き声

叫び声

血の匂い

焦げ臭さ

銃声

銃の反動

手に着く嫌な温み

痛み

身体の違和感

嫌悪感

その全てが私に戦車道をさせまいと妨害する
52 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:14:42.67 ID:9CgLdJINO

やめろよ

ヤメロヨ

ナンデイキテンダヨ

オマエダケガナンデ……

思い出したくもない顔が、目の前に現れてはその存在を頭に焼き付けようとしてくる

必要なのは、私の意志だ。それらに抗い向かおうとする意志だ

向こう岸から一本のロープが垂れている。
これを掴めば、2人は救われる。いや、私もだろう

53 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:15:27.74 ID:9CgLdJINO


どれくらい経っただろうか。私が渡ったのは黄河か揚子江かと迷ったほどであった。ついに、地面を踏む時が来た

足元にまとわりつこうとする濁流の最後の抵抗を払いのけ、私は両足で地面を踏んだ

地面を何度も踏みつけて、それが揺るぎないことを確認すると、私は口を開いた

「私、戦車道をやります!」

「ええっ!」
54 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:16:22.38 ID:9CgLdJINO

驚きの声とともに私の隣にいた2人が私の顔を覗き込む。
そのさらに向こうの角谷会長は、にこやかに何度もうなづいていた

「……言ったね?」

「はい。私はここ大洗で新たな戦車の道を見つけたいです」

「ほぅ……」

「本当にいいの、みほ?」

「構いません。むしろ私を庇ってくださったお二人への感謝もありますし、何より貴女がたがいる戦車道なら出来る気がするのです。
しかしその代わり私からの条件も呑んで頂きたいのですが、よろしいですか」

「そうだろうね。ウチらもタダじゃ西住ちゃんを手に入れられないとは思っていたし。
どうだい、この先の交渉はお互いピンでいこうじゃないか」
55 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:17:28.37 ID:9CgLdJINO



1人で、か。まぁ確かに2人に聞かれない話にもなるかもしれない

「な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ!下手な話ふっかけたりするんじゃないでしょうね!」

「しないよ。こっちも小山とかーしま下げるからさ」

乗るしかないだろう

「分かりました。よろしくお願いします」

「みほ、いいの?」

「はい。私が戦車道をする事には変わりはありませんから」

私は出来るだけ良い笑顔を武部さんに見せたはずだ

「みほがそういうなら……」

「私たちは引きましょうか」

「会長、宜しいのですか?」

「いいよ。さぁ、小山とかーしまは2人を……面談室の奥にでも案内してあげて。お茶菓子とかもあげていいから」

「はぁ……」

4人は一つの塊となって部屋から抜け、私は会長の向こうの校旗と青い海を眺めつつ、話しかけられるのを待った


56 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:18:26.33 ID:9CgLdJINO


「もう行ったかな……」

足跡は遠くに消えた。隣の部屋にも現在人はいない。ただこの小柄な皇帝と脆弱な戦車乗りしかいない

「さて、ここからは本音の話し合いだ。
こっちも西住ちゃんの素性、来た事情とかについてはある程度把握している。その下で話して貰って構わないよ。それで、条件は?」

「……まずは大洗の戦車道は権力維持のためではない事、それを保証してください」

「つまり戦車道を軍備として暴動などの鎮圧に使うな、ってことね。いいよ、そんぐらい」

にこやかに干し芋を一枚とって食いちぎる

「……随分あっさりしてらっしゃいますね」

「そりゃね。暴動なんかが起きる事態になったら、それはウチら行政の責任だ。それを戦車道で埋め合わせしようなんてタチが悪い責任回避だよ。
ウチらは公立だから、ちゃんと憲法に基づいた自由は保証してるしね。
それにそんなことそもそも戦車道創設の目的にしてないし。余所への軍事侵攻とか海の上からじゃなんのメリットもないしね。飛行機もないし」

「なるほど……」

母校の奴らに聞かせてやりたいわ
57 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:19:28.16 ID:9CgLdJINO

「次に、今年の夏以降、いや今年大洗に入学した人間のデータを見せてください」

向こうが少し顔を歪ませる

「……そりゃキツイね。なんせ個人情報見せろってことでしょ?ウチらにもプライバシーを保護する責任があるからさ。
あ、でも入学者はこっちで一応調べているけど、それっぽい人間はいないよ。それで信じて貰えるかい?
身の安全は風紀委員会を通じて保障するよ。勿論日々の生活の邪魔にならないようにね」

ではクラスの人の名前を先生が教えてくれたのは何だったのか、と思ったが、何れにせよこれが妥協ライン、か。
風紀委員の実力は分からないが、仮にも元名門大洗の治安維持部隊。下手なものではあるまい

「……分かりました。あとは一度練習を外から見学させてください。以上です」

向こうは今度は呆けた顔をしている。ポーカーフェイスは苦手そうだ

「……それは勿論構わないけど、そんだけかい?もっと聞いてくるものかと思ったけど。例えば戦車道を創設した目的は何だとか」

「いえ、洋上の学園艦が戦車道を作ろうとしている時点で、何かしら危機的状況があることは想定できますから。それに今の話から、表には出せない目的があるのでしょう?」

またあからさまに顔が歪んだよ今
58 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:20:05.83 ID:9CgLdJINO

「……単なる町おこしの名目で進めてたんだけどね……学園艦の人間全てが君みたいに勘のいい人間じゃなくて助かってるよ。それじゃ、こっちからもある程度戦車道をやる上での要望を伝えておこうかな」

「……と仰いますと?」

戯けたフリをするが、ここまでして私を戦車道に加えたのだ。相応の願いがあっての事だとは検討がつく

「西住ちゃんにはウチらの参謀をやって欲しい」

「参謀、ですか?」

隊長とかふっかけられるかと思ったが、まだマシか

「そう。ウチらには戦車に詳しい人はいるけど、公式戦で実際に試合の指揮を取った人間はいないんだわ。
ここ以外で高校戦車道を経験した人間はいないってわけ」

そんな状況でも、やらざるを得ないわけか

「今は一応指揮について習っているかーしまがやってるけど、それでマジノと5対5で練習試合やってボロ負けしてるんだよね。それでウチの指揮のレベルや練度については分かると思うけど」

「それで私に参謀として作戦を立てて欲しい、と」

「話が早くて助かるよ。あとは練習も口出ししていいから」

「しかし参謀やるにせよ、まずはチームメイトとの関係が良くなければなりません。母校のように上下関係が固まってないのなら尚更です。時間はかかるかと思いますが?」

「それはそうか」

「それに練習は目標とするレベルが分からなければ如何ともしがたいです。私は仲間と仲良く出来る戦車道を求めて加わります。それが崩されない範囲内で、という形になりますが、目標は?」

「時間は大会に間に合ってくれれば構わないよ。目標は……」

59 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:20:40.32 ID:9CgLdJINO


みほがゆっくりと生徒会室を出て行くと河嶋と小山が入ってきた

「お話は終わりましたか?」

「いやぁ、すまんね」

会長は椅子にドサッと音を立てて座る

「どこまで話したんです?」

「かなり本質まで。あの子は嘘ついて誤魔化せる人間じゃないよ。今まで幾多の嘘を見破って勝ってきてるんだから」

「いいんですか、そこまで言っちゃって。普通の人ならまともな精神でいられませんし、なにより漏れたら不味いのでは?」

「大丈夫、西住ちゃんは7か月罵声に耐えた人だよ。とても強い精神力を持ってる。私はそう思う。それにもともとある程度は予想していたみたいだったしね。漏らす気もないでしょ。
かーしまもこれでよかったんだよね?」

「構いません。西住にとってもこれが良いでしょうし、私達は勝たなければならない。さもないと……」

河嶋は両手の拳を力強く握りしめた

60 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:21:31.06 ID:9CgLdJINO


Without friends no one would choose to live, though he had all other goods.
(他の如何なるものを手に入れていようと、友がいなければ人は生存を選ばない)

アリストテレス

61 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/04(木) 21:22:23.18 ID:9CgLdJINO
今日はここまでです


日曜にまた
62 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:29:07.80 ID:sux/FHgRO
始めます


「自分と違う種族・価値観・生まれ育ち…未知のものと出会ったからこそ、得られるものがあります」

荒川弘『銀の匙』より
63 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:29:39.39 ID:sux/FHgRO
合流した武部さんと五十鈴さんは私と一緒に帰途についた。2人は両隣から不安げに私の顔を覗き込む

「みぽりん、本当によかったの?」

「はい。皆さんとなら前とは違った戦車道が楽しめそうですから」

「ならよろしいのですが」

「そういえばみぽりん、とは?」

武部さんが胸の前で手を叩く

「あ、そうだ。うちのチームにゆかりんて呼んでる子がいるの。だからその子にちなんでこれからみぽりんって読んでいい?」

「構いませんよ。あだ名なんてつけてもらったのなんて初めてだから嬉しいです」

その顔は作られたものではない。純粋な喜ばしさが顔から溢れていた、はずだ。少なくとも私は空にも飛べそうなほど心地よい

あだ名、か。私をあだ名で呼ぶ気が起こる人間はこれまで居なかったな
彼女らにそう呼ばれながら名字で呼び続けるのは、余りにも仰々し過ぎるかもしれないな
今度からは彼女らも下の名前で呼ぶようにしよう。能力も家柄も関係なく付き合える友である証に

「じゃーねー」

「ではまた明日」

2人と別れ私は家路を進む

64 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:30:52.37 ID:sux/FHgRO


歩くことしばらく、背後に何者かの存在を感じた。振り返ると電柱の影に誰かいるようだ。気にせず進もうとするとその者が次の電柱目指して走る音がする

何者だ?まさかもうそういうのが来ているのか?だとしたらなぜまだ向こうにいた時にやらなかったのか。そっちの方が都合が良かろうに、と不思議に思ったが、まずはその正体を確認せざるを得ないだろう

「あのっ!」

すかさず振り返りその者の顔を見た。えらく髪のもっさりした、偵察には向かなそうな女子である。
その女子も突然声をかけられたことを驚いているようだ。少々の沈黙が2人の間を流れる
65 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:33:33.66 ID:sux/FHgRO

「さ、流石伝説のSS12部隊のエース。索敵能力半端ないです!ご無事で何よりです!」

この者は違うな、と半ば確信していると、その女子がいきなり口を開く。そのまままくし立てられるように続ける

「あ、申し訳ないです。私は普通2科2年3組の秋山優花里と申します。本物の戦車乗りの方と出会えて誠に光栄であります」

せわしなくポーズを変え、目の色を変えながら続ける。何を言っているかよく分からないが、何者だろうか、こいつは

「前から黒森峰のファンで試合はいつも戦車マガジンでチェックしてました私も戦車大好きです。
一番好きな戦車はポリッシュ7TPですいえ決してウケ狙いではありません。西住殿はどの戦車がお好きですか?
……あ、西住殿と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?私も是非西住殿のお仲間に加えてください!」

なるほど。早口過ぎて得られた情報は断片的だが、彼女は所謂軍オタ、と呼ばれる者の一人か。
諸君……こいつ今すぐ人目につかない路地裏にでも連れて行っていいだろうか。
死線を何度も彷徨った私にとって、軍オタという人種はそれを面白おかしく楽しんで見る人だ。人種差別はしたくはないが、それでも苛立ちは覚える。こいつもこのままなら、死線を彷徨わせてやろうか
66 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:36:37.74 ID:sux/FHgRO

「あの、秋山……さん?」

まずこの女の話を区切った。取り敢えず話を統合する時間をくれ。そして死にかけろ

「はい、マイフューラー!」

秋山とかいう女は右手を上に伸ばし、革靴のかかと同士を叩き音を出した。
かつて私がやっていた行為そのものだ

「戦車は人を殺すための道具です。私は止むを得ず乗っていましたけれども、ああいうものは早く世界から無くなってしまえばいい、と思っています。だから遊びてそういうのが好きな人とはお友達になれません」

率直に言ってこの畜生好きの女に寒気がした。そしてこれが私の本音だ。前に向き直りそのままこの女から離れる。話す価値も無い
67 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:40:44.40 ID:sux/FHgRO

少し歩くと、何者かが背後から私の腰に抱きついた。先ほどの女である

「も、申し訳ありません西住殿!私が生意気でした!仲間なんてとんでもない。家来です家来!西住殿の家来にしてください!忠犬優花里とお呼びください!」

どこからそう言う結論が生じたかは知らないが、少なくとも勘違いしているようだ。
自分が話す前に人の話を聞け、と数十回は言っておきたい

「だからなんでそうなるんですか」

その行動と発言に素直に突っ込む。すると秋山は急に現状を理解したのか、腰から離れてしおらしくなった

「えっと、秋山さん?」

「も、申し訳ありません西住殿!私小さい頃から顔見知りが激しくて、戦車の話になるとパニクってよく変なテンションになってしまうんです。本当にすみません」

秋山は顔を紅潮させ平謝りを繰り返さざるを得ないようだ。
テンションとかもはや超越していた気がしたが、まぁそれは構わない。大衆の面前で土下座し始めそうなので、一旦やめさせよう。
そういえば優花里、か……

68 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:42:38.53 ID:sux/FHgRO

「あ、いえ、私も顔見知りするのでそれはいいんですが、あなたが『ゆかりん』さん?」

「な、何故それを?」

ビンゴ。
まぁこれからの仲間なら入院させるわけにはいかんな

「た……沙織さんが言ってたのはあなただったんですか」

「武部殿をご存知で?」

「では戦車道で同じチームになる方ですね」

「こ、こちらこそよろしくお願い致します!憧れの西住殿と同じチームなんて光栄すぎてなんといったらいいか」

「私に、ですか?姉ではなくて?」

すでに揉みくちゃになっている頭をさらに揉みくちゃにしている女の好みがなんで私なのか、という純粋な疑問しか浮かばない。
私はそんな褒められるような人間ではないはずだが

「はい、元々戦車道マガジンなどでお見受けしていたのですが、特に去年12月の軟式大会決勝戦!」

私は固まる。それこそが自分のトラウマの一つである。これについて褒められたり、無論憧れを受けたことなぞない
それを讃えられたら、私にはどう反応したら良いか分からない
69 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:48:40.34 ID:sux/FHgRO
「あの時味方を思って川に落ちた仲間を助けに行くあの勇姿!
あれが中学、高校と戦車のせいでクラスから仲間はずれや嫌がらせされ、友人の出来なかっただけでなく、親も趣味を理解してくれなかった挙句にオフ会に手を出し、そこで同志と思っていた人にレイプされた私に、真の戦車道、戦車に乗る者のあるべき姿を見せてくれたんです!」

彼女の目は素直に人を尊敬する目だ。戦車のみを通じてではなく1人の人として西住みほを憧れの対象としている
それは戦車道の家元の子として美辞麗句を多用する大人を見続けてきた人には一目で分かった。でもそのことはその人を苦しめることでもあった

「秋山さん、私はそれが理由の一つとなり西住流を破門されているんです」

「えっ?……そうだったんですか!」

「7月の硬式大会が最終的な理由になっているのですが、やっぱりあの時やられたら負けであるフラッグ車の車長の役割を果たさなかったことは理由の大きな要素だったようです。西住流は勝利を重んじますから。
そしてそれが、私がここにいる理由です」

無情だろうか。いや、これが真実だ

「す、すみません。西住殿。そうとは知らず無神経なことを!」

「いえ、いいんです」

「で、ですが恐れながら、あの時仲間を救おうとしたこと、私は間違ってなんていないと思います!それが間違いというなら、それは人として誤った道です!」
70 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 21:51:50.31 ID:sux/FHgRO

膝を地面につけながら、胸の前で拳を作って熱く語る。
その目は、決してお世辞ではない

「……まさか私に憧れている人が、そしてあのことを褒める人がいるなんて思いもしなかったです。でも今までのことが少し報われた気もします。ありがとう、秋山さん」

空を向き一つ息を吐くと秋山さんに礼を言った。真の熱意があの時のトラウマに幾許かの光として差し込む

「破門されてようと私の西住殿への憧れは変わりません。不束者ですがよろしくお願いします!」

秋山さんは私に敬礼を返した。
それは右手を掲げるものではなかった。
うん、そちらの方が似合ってる。

71 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 22:59:44.87 ID:sux/FHgRO


次の日の朝、珍しく私にもは寝坊した。というのも昨日言われたことを実行出来るかどうか考えていてよく眠れなかったからだ。
それが出来たのも前みたいに寝坊した際に殴られることがない安心感ゆえなのだが

「遅刻遅刻!」

朝食も食べずに急いで学校に向かう。走って学校に向かっていると目の前に人影がある。
学校の生徒であるのは見ればわかるがそれにしては非常に覚束ない足取りをしている。まるで酔っ払いの千鳥足のようであり、いつ倒れるかもわからない感じだ。
無視することもできる。いや、普通はそうする。
しかし横を駆け抜けようにも前がゆらゆらと塞がれそうなのだ。
ぶつかったら手も付かずに倒れそうなのでそうそう下手なことは出来ない

「あの……大丈夫ですか?」

私はその人物に駆け寄ってそう言った

「ううっ、辛い」

「えっ?」

「朝が辛い」

どちらかというと眠そうだが、彼女はその場にへたり込んでしまった
72 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:32:28.36 ID:sux/FHgRO

「辛い……いっそ、このまま全てを投げ捨ててしまいたい。ああ……それが出来たら、どんなにいいか」

「なんの話ですか?」

「だが、行かねば。」

彼女はなんとか立ち上がり、再び歩き出そうとする。しかしフラフラしておりまともに歩けそうには思えない

「肩をお貸ししましょうか?」

彼女の傍らに寄り添うと肩を貸して体を支えた

「すまない」

そう言うと彼女は私が身体を持ち上げるのに合わせ、私に寄り掛かった

「私は、冷泉麻子」

眠そうにしながらなんとか名乗る。それを聞き名乗り返そうとする。その時

「あっ!」

肩が急に重くなったと思ったらこの冷泉さんは完全に眠りに落ちていた

「冷泉さん、冷泉さん!起きてください」

「ううん……ムニャ……」

ダメだこりゃ。起きる気配はない

仕方なくそのまま行こうかと思ったが、体重をかけられたためずり落ちないようにするのが精一杯だ。中々前に進めない

「このままでは遅刻する。……仕方ない。」私は冷泉さんを背負うと、すみませんと一言かけて、彼女の首に自分の荷物を掛け走り出した

73 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:37:48.56 ID:sux/FHgRO


校門の前では遅刻取り締まりのために風紀委員の人がいた

「遅いわよ。後もう少しで遅刻よ」

「すみません。この冷泉さんが行きで眠ってしまって」

風紀委員は背負われている冷泉さんの存在に驚きをみせた

「西住さん、今度から冷泉さんを見かけても、手を貸さないでいいから。この人遅刻の常習犯なのよ。
ほら、あんたもいい加減起きなさい!」

声をかけられても起きず、風紀委員の人にほおを軽く叩かれから、やっと冷泉さんはゆっくりと目を開けた

「……そど子」

「私は園みどり子よ。あんた彼女のお陰で連続遅刻記録が244日で止まったんだから感謝しなさい」

常習犯とは聞いたが、それは常習犯というレベルを超えた根本的な要因があるのでは?

「……すまない」

「いえ、私こそすみません。首の荷物とりますね」

注意深く冷泉さんの首から荷物を外す

「では」

別に殴られるわけではないが、気分的にも遅刻になってはたまらない、と走って校舎に向かおうとすると彼女が呼び止めた

「まだ君の名を聞いていなかった」

何故か、とも思ったが、とりあえず自分の名を言うとすぐに走りを再開した


74 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:40:03.45 ID:sux/FHgRO



次の戦車道の授業の日、私にとっては初めての授業の日、日が少しずつ西からさすようになる中そこに見えた光景は、この前の角谷会長の言った試合結果を納得させるものだった

「えっと、これで全戦力ですか?」

「そっ。まあ今度38tはヘッツァー改造キットが来るから改造する予定だけど、艦内探しまくったから戦車はこれ以上増えないよ。予算も無いし」

「……」

そこにいたのは

IV号戦車D型

III号突撃砲F型

M3中戦車Lee

38t戦車

89式中戦車

ポルシェティーガー

B1bis戦車

三式戦車

マークIV


それと36人のこれから一緒に戦車道やる仲間達だった。それぞれ車輌にマークがあり、それが各チーム名を表している

「マジノの時の5輌は?」

「IV号、III突、M3、38t、89式。残りの4輌はその後見つかったからね」
75 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:46:19.27 ID:sux/FHgRO

使い物になるのはポルシェティーガーの56口径88ミリkwk36とIV号の48口径75ミリkwk40、III突の48口径75ミリStuk40、後は数合わせだ。いくらヘッツァーが来ても相当うまく運用しないと厳しい……
おまけに第二次世界大戦に運用されてないない戦車もある。開発設計やエンジン出力、砲や装甲も考慮すると相手戦車の撃破はおろか偵察にさえ使えるか分からない。
簡単に言えば戦車同士が戦うことを前提に設計されていないのだ。
車輌だけ見ると、会長が提示した目標はそれが大それていると言えるレベルだ。
顎に指をかけ考える私の肩を会長がつかむ

「まーまー西住ちゃん。軟式なんだからそんな深刻に考えずに、これスポーツだから、スポーツ」

「あ、そうですよね。つい硬式の方で考えちゃって」
76 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:55:27.39 ID:sux/FHgRO

「それでは今日の練習内容を発表する。今日は行進間射撃の訓練だ。的は近いが流鏑馬のような感じで各チームやってもらうから真面目にやれ、いいか!」

河嶋さんが場を仕切る。

「はい!」

そして全員自分の戦車に散っていった。私は初めに決めた通り、少し離れた場所から教練を見学した。
今回の行進間射撃の教練は3周行う。その様子は黒森峰で厳しい教練を受けた者として見れるものではなかった

速度は整地にも関わらず15km/hほど、装填に7秒かかり、それでさえ5枚の板のうち当たったのは3枚。黒森峰ならその場で試合の観戦にさえ行かせて貰えないだろう。
それが主力の一角であり、他のチームも2、3枚、下手したら1枚しか当たらないという状態だ

前言撤回させてもらおう。大それていると言うことすら大それている。同時に戦争なんぞに使えない証拠でもあるのだが
77 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:58:04.22 ID:GF4DAYXZ0

隊長をやっている河嶋さんの練習内容は悪くないし、統制もある程度取れている。
しかし選手のレベルに合ってない。
簡単に言えば蹴伸びさえまともに出来ない人間にバタフライを教えてるとか、アンダーサーブも打てない人間にスパイクの指導をしているようなものだ

話によると練習内容は自衛官の人に尋ねた通りにやっているらしい。
まぁその自衛官がまともであるといいが、練習方法は一般的なものなので、恐らく実際の練習風景を見ているわけではないのが理由だろう
78 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/07(日) 23:59:38.45 ID:GF4DAYXZ0

救いは私の予感が当たっていたことくらいだろうか。休憩中の会話は盛んであるし、車輌ごとのチームワークは総じて良い。帰り道はチーム混じって帰ることもあるようだ。
軟式のみを知る者たちの、和気藹々とした戦車道、悪くない、むしろ良いが、目標を達成するには厳しいバックグラウンドだ

私は練習後会長さんのところに赴き、河嶋さんとともに戦車道に参加する旨と練習内容に関する提言を一緒に干し芋をつまみながらした

私はい……華さんや沙織さんとの仲を考慮され、IV号戦車、あんこうチームに割り当てられることになった。なんと先日会った冷泉さんも同じ車輌だそうだ。遅刻の見逃しと引き換えらしい
走行中に寝たら蹴り起こそう。うん、そうしよう。居眠り運転ダメ、ゼッタイ
79 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/08(月) 00:02:35.70 ID:F1EoM2d30


2回目から私の指示を基にした練習が行われることになった。基礎中の基礎練からの一般的なものだ。
しかし簡単に自己紹介した上でそのことを河嶋さんから皆に告げられると、不満げな顔をするものもいた

「急に基礎練習のみにするって?現状練習出来てるのになんで変えなきゃいけないんですか?
それに今まで大洗の戦車道は桃さんが仕切ってたじゃないですか。どうして急にこんな何処の馬の骨か分からない奴が組んだ練習なんてしなくちゃいけないんです?」

「ま、馬の骨なんて見たことないけどね」

「し、しかしだな、この西住は……」

河嶋さんの視線が不安げにこちらを向く。
私は自分の扱いは向こうに任せてある

「……戦車道の有名どころから来た者だ。私よりも戦車道にはずっと詳しい。西住を迎えることで、冬の大会に向けて相手と互角に戦える力をつけるんだ。
マジノとの練習試合の時、私たちはまともに張り合うことさえできなかった。私は……隊長として無様な負けだけは見たくない。その為だ。
無論これまでの練習方針は維持するし、練習内容は私も合意した上で決定するから、異様に厳しくなるとかそういうことはない。だから安心して練習に臨んでほしい」

見るからに不満げだが、一応は納得してくれたようだ。彼らにとっては私という異物の介入によりこれまでの流れが断ち切られることが恐るべきことなのだろう
私もこの空気を壊したいと思うほど空気の読めぬ場違いな者ではありたくない

その日は私もIV号戦車に乗り込み、装填手として練習に参加した。カイルでの行軍や的への停止射撃などの基礎練習のみで終わらせたが、それさえも次に進むための最低限の完成度を満たせていない。
流石に厳しいことは言えないから、地道にアドバイスしていこうか

80 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/07/08(月) 00:03:09.50 ID:F1EoM2d30
ここまでですな
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