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【ガルパン】 不死の感情
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282 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:08:34.88 ID:R1acvM7T0
周りの者の一部はエルヴィンさんに同調するそぶりを見せる
「あたしらが知っているのは噂だ。経験しているのは確かに副隊長だけだ。その経験を伝える、それを名分にするなら、副隊長以外の適任者はいないね」
「西住副隊長だけが死ぬなんて……嫌だ」
「でも……」
反論できなかった。皆の為に、という事が皆を苦しめることになる。
それは良いとしても、自分には生きねばならない理由がある。生きてやらねばならない、他の人には出来ないことがある
私の理論は崩れた。そしてそのことを脳内で反芻し続けていた
「戦う、という事にしたいが。異論は?」
誰も話さない。生き残っても生きるのが苦、誰もそうなりたくはなかっただろうな。ならば……とは考えて欲しくないのが本音だが、人の思考には干渉できん。そして私にも、無理だ
「……ではこの降伏案を破棄する」
283 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:55:04.59 ID:R1acvM7T0
「それとさ、」
会長さんは再び背もたれに寄りかかり、干し芋を口に含む。まだあるか
「隊長西住ちゃんにしない?」
「えっ?私が?」
いきなり言われた一言に動揺する。ちょい待て、約束が違う。いやそういうよは良くても、どういうことだ?
「だってさ、この大会はじまってから西住ちゃんがほぼ取り仕切っているじゃん。硬式について一番詳しいのも西住ちゃんだし、実態と名前合わせない?」
まぁ確かにそうかもしれんが……
「会長、私は……」
「かーしまは副隊長として西住ちゃんしっかり支えてもらうよ」
その場から大きな拍手が聞こえる
「えっ、えっ?えっ!ちょっと……」
「別に西住ちゃんは今まで通りのことやってくれればいいから!他はみんながやるから」
そうではないのだ。拍手が続く中で、言葉をまとめた
「……でも今まで河嶋先輩が隊長として統率してくださいました。お陰で私も策のみを安心して講じることができてきました。それを取って代わる資格は私にはありません。
しかもそもそも戦車道を始めたのは生徒会の方々です。その方々が主導すべきです」
「……だよねー。分かった、すまない。これまで通り行こう」
ありゃ、向こうは珍しく簡単に引き下がった。そうだ。これでいい
284 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:55:36.54 ID:R1acvM7T0
「これ以外に話し合うことはないな。作戦は明日にする。松本、鈴木を呼んできてくれ」
河嶋さんが人差し指を右に振る
「えっ?カエサルですか?」
「そうだ。あいつが使者として一番妥当だ。アンツィオの副隊長と仲が良いようだからな。話もしやすいだろう」
「了解しました」
車長たちは全員そのテントから各々の行くべき場へと立ち去った。私と河嶋さんを除いて
285 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:56:04.18 ID:R1acvM7T0
「……すまんな、西住」
「いいえ、いいんです、河嶋先輩。あれは嫌なことから死んで逃れたい、という私の我儘に過ぎない事。それを会長さんに気づかれた時点で、私に反論の術はありません」
「あれは……真意か?」
「なんのことですか?」
「私が隊長として統率できて、それを取って変わる資格は自分にはないって……」
いつもの様子とは裏腹に椅子に座ったまま身を前に倒す
「本当です。嘘なんて……」
「分かっているんだ、自分には隊長なんて向いてないと。聖グロリアーナの時も焦って闇雲な指示しか出せない有様だし、マジノの時なんか完敗だ。この大会もほぼお前に頼りきっている。隊長として面目ない。しかもお前には勇気がある」
「えっ?」
「みんなが助かるからって自らの身を投げ出すなんてことできる奴そうそういないぞ。私にはそんなことできない。お前も私と姉さんと比べたらとても頼りになるとは言えんだろう。そういうことだ」
河嶋さんは身を前にしたまま首を振る。これが彼女の本来の姿なのかもしれない
286 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:56:36.79 ID:R1acvM7T0
「……それは違います!河嶋先輩は本当に隊長に相応しい方です!」
「……どうしてここまで聞いてそんなことが言える」
「人の上に立つ人に必要なのは支える人だけ、麻子さんから副隊長になって自信がなかった時そう言われたんです。もし必要ならば、私が支える人になります。
みんなが先輩を批判するならその批判は私が受けます。どうか、私たちを優勝へ導いてください」
「……それならお前が隊長で我々は批判とかを受ければいいんじゃないか?いや、生徒会として寧ろそっちに回るべきじゃないのか?」
腕を組んでこちらを向く河嶋さんに、うつむいたまま首を左右に振る。そうではない。私には出来ないのだ。私の本質として不可能なのだ
「私が持って無くてリーダーに必要なもの、それは疚しくないこと」
人から後ろ指を指され得る人間に、人は従わない。別に清廉潔白であれ、とまでは言わないが、疚しいところは少ない方がいい
「私はどうやってもそうなれないのです」
暫く私の顔を眺めた河嶋さんは、少し仕方なさそうに口を開いた
「……分かった。私がやるしかないようだな。どこまでできるかわからないがやれることはやろう。西住、サポート頼んだぞ」
河嶋さんは身を起こし立ち上がる。少し吹っ切れたみたいだな。良い顔だ
「……はい」
287 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:57:11.07 ID:R1acvM7T0
「隊長、カエサルを連れてきました」
私の絞り出した返事と同時に、エルヴィンさんがカエサルさんを連れてテントに入ってきた
「私に何か?」
「これからアンツィオへの手紙を書くから、それを渡しに行ってもらいたい。アンツィオの副隊長と友人であるお前が妥当だ」
「1人ですか?」
「敵の使者も1人だった。こちらが多く送る必要はない」
「分かりました。手紙の用意ができたら呼んでください」
カエサルさんとエルヴィンさんは身を倒すと、そのまま外に行った
「……紙と封筒ってあるか?」
「紙とシャーペンなら有りますが?」
「ボールペンか筆ペンは?」
「……ちょっと今手元に無いですね」
「じゃあ仕方ない。それでいいか」
河嶋さんは丁寧な字で私の渡した紙に返事を書いた。一文字毎に想いを込めるかのようにゆっくりと、丁寧に文字を刻む
「これでよろしく」
「分かりました。行ってきます」
カエサルさんは外へ走り去り、エルヴィンさんは帽子を取り一礼すると幕を払っていった。彼女には不憫な思いをさせるが、こうなってしまった以上仕方ない
288 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:57:37.36 ID:R1acvM7T0
「ところで西住、次の試合の作戦は考えているか?」
「最初の配置が山がちな会場でこちらが標高が下という不利な状況なので、取り敢えず上を目指します。地理的に沿岸部では上から狙われやすいため、そちらに行くべきではありません」
「でも敵は前回のマジノ戦でセモべンテ4輌を失っていると聞いている。戦力で言えばこちらが圧倒的に有利じゃないか?」
「アンツィオの特徴は、カリスマのあるアンチョビさんに率いられている生徒たちの士気と、ノリと勢いです。それに乗せられたらこちらにも被害が出ます。でもそのくらいの戦力差があるならば、敵の取る策は一つだけでしょう」
「なんだ?」
「それは……」
289 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/25(日) 23:58:13.61 ID:R1acvM7T0
〜
広報部からの報告
内容
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「西住を殺させはせぬ!徹底抗戦すべし!」
を
「アンツィオの降伏勧告」
において選択をしたとのことです
〜
今日はここまでです
290 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 21:58:38.47 ID:Qn0qxnFa0
もう直ぐ始めます
291 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:01:34.97 ID:Qn0qxnFa0
〜
これ善は、その善なる限り、知らるるとともに愛を燃やし、かつその含む善の多きに従いて、愛また大いなるによる。
ダンテ 『神曲』
〜
292 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:02:07.24 ID:Qn0qxnFa0
「対戦車戦だ」
「た、対戦車戦ですか?」
カルパッチョは驚きを隠さない。だろうな。私が取る手段としては前例から外れている
「戦力で相手が勝っているならその戦力をいかに少ない戦力で削ぐか、それが重要だ。そうなると成功すれば戦車1輌、失敗しても味方1人ですむこの策が妥当だ。
ただでさえ敵のどの車輌の車体を抜けないカルロベローチェを6輌も出さなくてはいけないんだ。他に手はない。まともに戦っても負ける」
「でも……その策は危険が付き物です。みんながやってくれるか……この場において叛逆されるのは危険でしょうし……」
「私が皆に頭を下げる。そこまで士気も落ちてないようだしな。我々の目的は勝てばそれでいいが、それよりいかに西住みほを地獄におくるか、そこに主眼を置きたい」
「その為にみんな戦うでしょうか?直接的な恨みを持つ人間はいないでしょうし……」
「西住みほが天に召されれば大洗の命令系統は混乱する。そうさせるのが我々が生き残る唯一の手だ。そう説明する」
「なるほど……」
「それに必要なものは黒森峰に頼んだ。あと例のものは?」
「あれですか?あれなら今夜中にこっちに着くようですよ。」
「予定より遅れたが、それさえあれば勝ち目はある。西住みほの乗るのはIV号だ。それさえ撃破できれば……」
293 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:02:45.58 ID:Qn0qxnFa0
外から金属がぶつかり合う音がする
「姐さん、ぺパロニです」
「入れ」
「姐さん達、少しナポリタン残りあるんすけどいります?案外みんな食わなくて。特にアンチョビ姐さんとかカルパッチョだけっすよね」
2つの鍋が机の上に乗る。生憎これ以上食っては胃に来そうだ。ストレスかね
「いや……いい」
「私も……」
2人が首を振るとペパロニは鍋をまた持って裏へと引いた。
「今日は早く休もう。明日全力を尽くせずに死ぬ訳にはいかない」
「分かりました」
「あ、そういえばさっき大洗からの使者が戦車置き場に来ていましたよ」
何最後に滅茶苦茶重要なことを言ってんだお前ぇ!真っ先に言うべきだろうが!素早く席から立ち上がり、机に鞭を叩けつける
「本当か!何故それをすぐ言わないんだ!すぐに呼んでこい!」
「すんません。了解っす」
ペパロニは鍋を置いたまま駆け出した
「はぁ……」
「まぁ、ペパロニらしいじゃないですか」
「いやまぁ、そうなんだけどさ……」
294 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:03:17.84 ID:Qn0qxnFa0
?すぐにそのテントにカエサルなる使者がやって来た。机の上には勝手にペパロニが用意したナポリタンが置かれている。お前もうそれ冷めつつあるじゃないか
「失礼します。大洗女子学園の鈴木貴子と言います」
「たかちゃん!ようこそ!」
「ひなちゃん」
「私はアンツィオ高校戦車道部の隊長の安斎だ。アンチョビのほうがいい」
「ではアンチョビさん、こちらが大洗からの手紙です」
物分かりがよくて助かる。そしてこちらもそうであることを願い、三つ折りにされた紙を受け取り、ゆっくりと開いた
???拝啓 アンツィオ高校戦車道部
???大洗女子学園は貴校からの提案を感謝しますが、その内容は我が校には受け入れられないものでございます。
西住みほを貴校及び黒森峰女学院に殺させてまで、残りの者が生き残ることはいたしません。その生き残る可能性についても、貴校を信頼することはできません。
我々は目的の達成の為に不本意ながら砲火を交えるしか道はございません。
大洗女子学園戦車道隊長 河嶋桃
???敬具
295 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:04:11.93 ID:Qn0qxnFa0
紙の左右を握りつぶす。怒りのあまり言葉も出ない。その場にいた私を含む3人は視線をその紙に向け動こうとしない。
予想外だ。まだ返事をはぐらかすとか、さらなる交渉を要求する、なら話として分かる。
だが何故そこまで西住みほを守ろうとするのか。自分の命を捨てることになるのに。
紙を完全に握りつぶし、無造作に投げ捨てた。命を捨てる愚か者たちに、情けはいらぬ
「随分酷い感謝の言葉だな。ならばこちらも砲火を返すことにする!まずこの者を捕らえなさい!見せしめとする!」
「えっ?何?」
「お待ちください!」
激昂する私をカルパッチョが抑える。
何故だ。敵となった以上、それを減らし、戦意を揺らがせるのは損ではないはず
「止めるな、カルパッチョ!」
「落ち着いてください、ドゥーチェ!まだ試合は開始していないのでこの者は捕虜にはできません。下手なことをすると戦車道連盟規約違反となるかもしれません。
そうなったらどうにも……ここは一旦我々の反応を伝えさせるのがよろしいかと」
「だったらこの者をみすみすかえせというのか??少なくともただで返せるほどお人好しじゃないぞ!」
「自分達が死んでまでも西住みほを守ろうとする者達です。脅しは通じません。西住みほのみを対象にするなら他を気にしない精神を見せるべきです」
なるほど、激昂して気でも違っていたのか。こういう時にいるカルパッチョは本当にありがたい
296 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:04:46.85 ID:Qn0qxnFa0
「……そうか、解放しよう。だけどもこのことは伝えておきなさい!この判断は間違いなく後悔を生むと!」
「は、はいっ!」
カエサルなる女は少し腰が抜けかかっていた。まぁこれだけやれば十分か。
……彼女、カルパッチョの知り合いか。最後の別れくらいはさせてやるか
「カルパッチョ、送って行きなさい。怒ったらお腹空いた。これ頂くよ、ペパロニ」
「どうぞ!」
少し乱暴に机の上のパスタを手に取る。アンツィオにいる限り許される行為ではないが、この時くらいは許してもらおう。これから火起こしなぞ勘弁つかまつる
「たかちゃん、行こう」
カルパッチョが使者の手を優しく握り、使者はその手を支えに立ち上がった
「ありがとう」
「顔も見たくない!とっとと行きなさい!」
2度ほど右手を振るとフォークとナポリタンの皿を持って裏に下がった。怒りはここでは向こうに本気と見せる為に演じよう
しかしここで我々と戦うことを選ぶとは……向こうが棄権しているとはいえ、実質的に既にサンダースに勝っているんだ。まさかこれからプラウダに降伏する気じゃあるまいし、黒森峰なら尚更だ
ということは……裏があるな
297 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:06:38.43 ID:Qn0qxnFa0
「そうか、対戦車戦か……」
「故宮の得意技です」
河嶋さんも私もそれぞれ腕を組んでいる
「いきなり爆弾を取りつけられてドカン、ということか。対策を取りようがないな」
「場所さえ分かれば怖くはありませんが、足下を車長が注意するくらいしか……黒森峰の時も故宮戦は被害がそれなりに出ましたし」
「取り敢えず明日全車長にそのことを伝えよう。対策はその後だ……西住」
「な、なんですか?」
いつも少し低めの鋭い声を出す河嶋さんだが、さらに低い声で話しかける
「すまないが、少し昔話を聴いてくれるか?」
298 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:07:17.22 ID:Qn0qxnFa0
河嶋さんが身を前に軽く倒し、両肘と両膝をつけ、手を組む
「ええ、私が相手でよろしければ」
「むしろお前じゃなきゃいけないな。私がお前の来る前、自衛隊の方から指揮を習ったことは聞いているな」
「ええ、会長さんから伺いました」
「なぜ私が、というのは知らないか」
「ええ。しかし戦車道が生徒会の主導で行われている以上、そこから隊長が輩出されるのは自然かと」
「まぁそれはそうなんだがな、私は志願して隊長になったんだ」
「志願して……」
隊長に志願……それは並大抵なことではないだろう。先程会長さんが簡単に引き下がったのはそのせいもあるやもしれん
「私は高校からの編入生なんだ。中学はお前なら知っているだろう。青師団学園だ」
299 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:08:03.01 ID:Qn0qxnFa0
「青師団ですか。硬式参加校のひとつですね」
「ああ、あとはお前、私の家についても知らないか。私の家は今は8人家族。私の下に妹4人、弟1人だ。みんな今でもやんちゃ盛りなんだよな」
すげぇ大家族。羨ましくもあるが、めっちゃ大変そうでもある
「だがな、私もかつては『妹』だったんだ」
「ということは……お兄様かお姉様がいらっしゃったと」
「姉だ。私が未だに自分でもわかるほど泣き虫で頼りなくて、それでいて見てくれだけは良さげに見せようとするのは、私がまだまだ妹気質が抜けてないから、なんだろうな。
本当に頼りになる姉だった。私が何かやらかしたら一緒に謝りに行ってくれた。一回教会の壁画に傷付けた時は、神父様に一緒に土下座してくれたな……
昔からバカだった私の勉強だって見てくれた。時々親には内緒でお菓子をもらう時は、本当に嬉しかったな……」
河嶋さんが目元を拭う。いつもの先輩気質の姿は見る影もない。本当に大切な方だったことが見て取れる
300 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:08:44.37 ID:Qn0qxnFa0
「で、そのお姉様は……」
「死んだよ。3年前のプラウダ戦で」
プラウダ……
「姉は、私たちの学費の助けになるから、と中学から軍属目指して戦車道を始めていたんだ。大学に行く気もなかっただろうな。そして優秀だった姉は2年生から選抜メンバーに選ばれるようになった。そして、
『私らは心配ないさ』
そう言い残して硬式戦に向かっていった
しかしな……乱戦になって側面から砲弾を喰らい、即死だったそうだ。車輌も炎上したらしく、帰ってきたのは右腕だけさ。顔もなければ、肘から上さえ焼け焦げてしまっていた。だがな、その手の爪に大会前に着けた付け爪が付いていたんだ
それだけなら良かったかもしれない。でもそれは私がその年の誕生日プレゼントでお揃いであげたものだったんだ
葬儀に行った私の目に映ったそれはもう死ぬまで忘れる事ができない。私の未来を、姉が目の前で見せている気がした。その後の話が全く耳に入らないし、何が起こったか記憶が曖昧だ
だが一つ確かなのは、その日の夜家も捨て、店も捨てて、家族総出で駅で列車を捕まえて遠くに逃げたことだ。姉からそうするよう言われた気がしたんだ。周参見の学園都市から出来るだけ遠く、遠く。家族皆、それしか考えられなかった
その時母のお腹の中には今の私の一番下の妹がいたんだが、こっちに来てから出産になった。しかしな、ストレスからかとんでもない難産で、お陰でそれ以来、母は身体を壊してばっかりだ
それからなんとか親の理解を得て大洗の試験に合格して、私は青師団とともに戦車道と縁を切った、はずだった」
河嶋さんは頭を抱える
301 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:10:24.89 ID:Qn0qxnFa0
「……河嶋先輩……」
「翌年、翌々年の大会で、戦車道に携わっていた私の同級生は殆ど死んだ。中には戦車道に関わっていなかったのに、勇敢にも青師団の内戦に義勇兵として加わった奴もいる。どっちの側にもな。そして……死んだ奴もいる
ただでさえきな臭かったんだ、私は逃げて良かった、となんとか自分を納得させようとした。そしてそれを忘れようと、高1から生徒会活動に全力で参加した」
「……だったら戦車道の導入に賛成したのは……」
「それは軟式だと仰ったのと、角谷会長を信じたからだ。あの人は素晴らしい方だ。人を纏める天才だ
それと私はここに来て変わったんだ。自信を持てるようになったんだ。そうしてくれた学校に恩を返すのは当然じゃないか!会長と柚ちゃんがいたから、ここまでトラウマに縛られる事なくこれたんだ!」
河嶋さんの興奮の余り、机が反動で浮くほど強く叩かれる。何も言葉を返せずにいた
302 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:10:58.38 ID:Qn0qxnFa0
「……すまない。この話をしたのはお前が初めてだったものだから。お前なら理解してくれると思ってな。
実はお前をうちに呼ぶよう進言したのは私なんだ。無理にでも加えよう、というとこまで含めてな。だから恨むなら私を恨むといい
今回の降伏に反対したのも、学校の廃校阻止も出来ないのに自分の判断で来てもらって、自分の判断で自分の代わりに死ぬ、という完全に自分の所為で亡くなった人の死体を見たくなかった
あとは……私はかつて、故郷を捨てた。また自分が関われる中で故郷を無くしたく……なかったんだ……母はあの身体だ。次また引っ越して健康になれるとは思えない
ははっ、こんな時に自分の事しか考えていないなんて、隊長失格だな、全く」
背もたれに寄りかかり、河嶋さんは自嘲する。彼女が失格なら、私は何か。無期限謹慎あたりか
「いいえ、私はここに呼んでくださったおかげで、真の仲間を見つけたんです。こちらが感謝したいくらいです。ありがとうございます」
「それなら一つ言っておこう。先んじて死んで喜ぶ奴はここにはいない、とな。いないはずだ
明日は試合だ。早く休まないとな。すまないが作戦は頼んだ。私は絡まない方がいい気がする」
申し訳なさそうに立ち上がった河嶋さんがテントから出るのを目で追うと、地図の数カ所に印をつけ、宿舎に戻った
宿舎に着いた後も地図と格闘した。殺すにはもったいない、優しさと強さを兼ね備えた人を倒すための策を立てるため
申し訳なさはある。だがそれよりも生きねば
303 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/08/29(木) 22:11:37.64 ID:Qn0qxnFa0
〜
広報部からの報告
内容
アンツィオ学園の動向
同校からの連絡によると
「よろしい、ならば『死合』をしようか。裏切り者に死を!」
を
「大洗、勧告を拒絶」
において選択をしたとのことです
〜
今日はここまでです
304 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:42:51.90 ID:JL0eVoU70
やっていきますよー
305 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:44:14.87 ID:JL0eVoU70
〜
歴史や伝統は金銭で贖えるような薄っぺらい物ではないのだぞっ!?
「テルマエ・ロマエ」より
〜
306 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:45:04.24 ID:JL0eVoU70
新しい朝が来た。しかしそれは希望あるものではない。早朝からアンツィオ高校の陣で隊長、副隊長ら3人は今後の対応を話し合っていた
「カルパッチョ、黒森峰に頼んだ物は届いているか?」
鞭を机に軽く打ち付けながら声をかける
「ええ、箱にぎっしり。よくもこれだけ用意出来るものだとおもいますよ。あと学園からの荷物も準備を整えさせているところです」
「姐さん、あれなんなんですか?危険物ってあるんすけど?」
「危険物だ、後はお楽しみ」
何かを察知したのか、ペパロニはそれに触れることなく、距離をとっていた。こいつはおっちょこちょいだから、これくらいの方がいい。
それより、そろそろ試合の時は近づいている。心苦しいが、伝えておきたいことがある。単に私だけで抱える勇気が無いだけなのだが
「……皆を集める前に、お前ら2人に話しておきたいことがある」
「何っすか、ドゥーチェ」
「……はい」
カルパッチョは何か察してるようだな。私は一度テントの外に出て、他の皆が戦車の確認をしている音を聞き取り、周りを見渡してから戻ってくる
「ここから先は本当にここの3人だけの話だ。特にペパロニ、話すなよ」
「話しませんよ、ドゥーチェがそこまで言うことを」
307 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:45:41.24 ID:JL0eVoU70
ことを」
「……ならいいか、時間もないし。率直に言おう。これからアンツィオは崩壊する。それを我々は止めることは出来ない」
「アンツィオは崩壊するって……馬鹿なことを言わないで欲しいっす、ドゥーチェ!みんなこの学園が好きじゃないっすか!」
ペパロニからしたら信じたくないことだろうな。私だって気づいた時は発狂しそうになったんだから。机に手をつきながら身を乗り出してくる
「……学園主任の……紅戸さんですか」
流石だな。カルパッチョ
「そう。私というストッパーが切れてからは、都市運営の主導権は一気に向こうに傾くだろうな。そしてそれを止めうる人材は、ペパロニとカルパッチョ、お前らだけだった」
「それは……私たちが戦車道の副隊長だから、ですか」
「まぁそうだ。確かに私の後継者と名乗るに一番相応しい存在だろうな。が、それだけじゃない。
人脈が広く、人当たりも良いペパロニと、実務を確実に素早くこなし、真面目なカルパッチョ。2人が手を組めば私も超えるドゥーチェになったはずさ」
「ウチらがドゥーチェを超えるドゥーチェっすか……想像出来ないっすね」
「ですが……」
「そう。この大会に参加してしまった以上、最早生き残るのは不可能に近い。ひとえに私の能力不足だ。すまない」
308 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:46:22.78 ID:JL0eVoU70
「……黒森峰を通じて、脱出を融通してもらうのは……協定から考えて問題ないはずです」
一度は考えたことだ。だがよく考えずとも不可能だ
「無理だな。そしてその無理な理由が、私たちが居なくなったらアンツィオが崩壊する一つの理由だ」
「そういえば、何でアンツィオが崩壊、なんてことになるんっすか。紅戸さんがドゥーチェがやってたことも含めて、全部決めるようになるだけなんじゃないっすか?」
「その紅戸の野郎が問題なんだよなぁ。が、お前にどう説明したものか……そうだ、トロッコの問題を例に使おう」
近場にあったナイフの束から4本掴み、机の上に角度が120、60、60、120度に近くなるように並べる
「トロッコ問題というのは、線路の片方に5人、もう片方に1人縛り付けられているところに暴走トロッコが突っ込んでくる。レバーを引けば1人轢かれるが、引かないと5人轢かれる、ってやつだな。自分で手を下すか、を問う質問だ。
この問題だとレバーに触らない、という選択肢があるが、政治をするものにレバーに触れないという選択肢はない。そして今回このアンツィオという3本のレールには、左から順に7人、2人、5人が縛り付けられている。少なくとも私にはそう見える」
トロッコの線路は上からだと飛行機のように見える。その先頭の方から3つのトロッコの経路を指で示しながら説明を続ける
309 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:46:52.64 ID:JL0eVoU70
「誰がそんなことをするんっすか」
「いいから黙って聞け。去年まではレバーは左に引かれていた。アメリカからの経済不況も合わさって、経済は破滅的だった」
「ま、そのお陰で私は300万リラのジョークが使えるんっすけどね」
「お前も皮肉なんて言えるんだな」
「へへ、照れるっすよ〜」
あんまり褒めてはないんだがなぁ
「それを何とか真ん中まで持ってきた。その際に紅戸と私は協力したわけだが、その後紅戸はレバーを右にもっと引こうとした。
あいつには右のレールに人の姿は見えてない。いや、人の姿には見えてないらしい。そして私はなんとかそうさせないようにしてきた」
「ですが、ドゥーチェも私たちもいなくなってしまうと……」
「レバーは振り切れるな。そして5人は死ぬ。学園都市の混乱は免れない。奴らは東北を手に入れている。その境に近い栃木での隙を見逃してくれるプラウダではないだろう」
「……どうなっちまうんっすか?」
「良くてテロの続発、一番可能性があるのは内戦に勝利しての現政権の存続、悪くて政権転覆して親プラウダ政権の誕生」
2人ともその悲惨な光景を想像して言葉も出ないようだ。たたみかけるようで悪いし、何より私が口にしたくない言葉だが、さらに続けさせてもらう
310 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:47:31.75 ID:JL0eVoU70
「……黒森峰は、もうウチと手を切りたがっているのかもしれん。だから自衛隊の中に黒森峰に近い奴がいても、脱出の手引きをしてくれる可能性はほぼ無い」
「……その心は」
「この大会の実行委員長があいつだった。つまり黒森峰は今回大会が硬式になることを知っていた。なのに我々に一言も知らせがなかった。我々の戦力の殆どが戦車道と黒服隊であることを知っているにも関わらず、だ」
「ですがプラウダに対し、直近で対峙している我が校を見捨ててしまうと、黒森峰は他校の信用を失ってしまうのでは?」
「……昨年の青師団の件もあるし、何よりアメリカからの経済不況の影響がないはずがない。もう下手に介入したくないのかもな。あの危険物も手切れ金代わりかもしれん」
「……黒森峰が硬式大会にすることを止めなかったのは……」
311 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:48:09.87 ID:JL0eVoU70
「恐らくだが、合法的に自分たちの面目を潰したカチューシャを殺す機会を作る為だろう。黒森峰の隊長代行だったかな、を務めてる逸見も優秀な奴だったしな。可能性はあるだろう。
暗殺を仕掛けても成功確率は高くないだろうし、仮に成功しても黒森峰に真っ先に疑いがかかる。戦車道はまたとない機会のはずだ。
そして向こうからすれば、アンツィオとの協定は私個人との協定のつもりだったのかもしれん。そう考えれば、私が辞めるか死ねば協定の意味が無くなる。5億をドブに捨てるとは、私たちには考えも寄らない手よ」
「黒森峰の名に劣らぬ真っ黒な外交ですね」
「外交なんてやったもん勝ちだからな。そしてバックに付いていた黒森峰がウチから手を引くと……」
「左派がプラウダの支援を受けて蜂起、と」
「そ。紅戸次第じゃ民主系も怪しいな。だから内戦が一番可能性があるわけさ。そこまで来れば聖グロが介入するかもしれないけど、期待は出来ない」
答えはない。戦火に呑まれる校舎。砲弾を撃ち込まれるスペイン階段。それに何も出来ない自分。私も2人がいなければ思いっきり地団駄を踏んだだろうし、喚きもしたに違いない
312 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:48:38.83 ID:JL0eVoU70
「……一回な、お前ら2人だけ大洗に降伏させようか、とも考えたんだ。大洗が負ければ、ルール上解放される。だが私には、2人なしで大洗に勝つ方法は思いつけない。
何より仮に解放されても、私を守れずに勝手に降伏した者呼ばわりされ、政治の表舞台には立てない。そうなれば結末は変わらない」
「でしょうね、ドゥーチェがその選択をなさらないのですから」
「残念ながら……我々はここにいるしか無いんだ」
「……ドゥーチェ、何があろうと、私は最期までドゥーチェと共にある所存です」
「も、勿論私もっす!」
俯き気味に、だが気力で首を持ち上げて、顔で分かってしまうのに、こちらに訴えかけてくる。生きたいなら、私なんかを見捨てることも可能だったというのに
「そんなに悲しそうな顔をするな、2人とも。それを打破する道は、全くないわけじゃないんだから。大洗を、プラウダを殲滅する。我らの手で。そうすれば黒森峰とは何とかしてみせよう」
「……ですね」
「もし必要なら、私は2人の盾となってでも守ってみせる。お前らは私より遥かに重要な命だ」
「……勿体無いお言葉」
「そんな訳ないっす!必ずやドゥーチェも、私たちも生きながら、アンツィオの階段に、店に、戻って来ましょう!」
「……そうだな!またペパロニの鉄板ナポリタンでも食うか!」
「ええ!」
313 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:49:10.25 ID:JL0eVoU70
気持ちが高まる中、腕時計を確認する
「っと、そろそろ時間が近いな。よし、2人は皆をP40の前に集合させてくれ。私は話が終わったら作戦会議をここでするから、その準備をする」
「はいっ!」
「了解っす!」
ペパロニとカルパッチョはテントから左右に分かれ走り去った。ナイフを元に戻して静寂に少し身を預ける
「ふぅ……西住みほ……戦いの時だな
と、まずい、カールが乱れてる」
近くの鏡の前で顔の両脇に垂れ下がっている長いカールの乱れを正す。身嗜みもドゥーチェの職務の一つ。人前に出るときは派手な格好をして、ダサい感じを排除する。この髪型にしたのも、眼鏡をコンタクトにしたのもその為だ
「よぉし、こんなものか。それにしても西住みほ、か。
確かに貴女は害だ。西住流にとっても、黒森峰にとっても、そしてそれらを手を結ぶアンツィオにとっても。が、決して悪ではなかった。
あの時友を助けに行ったこと、勝利の放棄故に西住流にとって許されぬこと。理解は出来ないが、共感はする。一回合宿であった時も、特に悪印象はない」
鏡の向こうにいるのは安斎千代美
「もし私たちに背負うものがなければ、友だったかもしれないな」
その独り言を聞くものはない
314 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:49:38.84 ID:JL0eVoU70
暫くのち、P40の上に乗った私の周りを、アンツィオ高校戦車道部の隊員が囲んだ。深く息を吸い込んだ
「アンツィオ学園戦車道隊員にしてアンツィオ黒服党黒服隊隊員である諸君!よく聞いてくれ!
いいか!今回は西住流の逆賊西住みほとそれを守ろうとする者を、アンツィオの名において叩き潰すための試合だ!
西住みほは西住流を破門にされただけでなく、我々の盟友黒森峰を叩くため戦車道大会に参加しているのだ!挙げ句の果てに西住みほの身柄と引き換えに自由の身を約束しても徹底抗戦を選択した!大洗の馬鹿どもは何としても西住みほを生存させたいようだ!」
誇張はしているが、事実だ。だから私が叩き潰そうと想う心は変わらない
「ならば我々の不滅の槍をもって、奴らを撃滅するほかない!西住みほさえ殺せば、大洗にまともに指揮を取れる奴はいない!
降伏なぞしよう者は、西住みほに逆らった事を理由に大洗に皆殺しにされるだろう!総員総力を挙げて戦ってくれ!」
「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」
315 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:50:08.84 ID:JL0eVoU70
ここでトーンを落とす。完璧な人間にトップは務まらない
「と、まぁここまで格好付けたことを言った訳だが、この中には絶対に生き残りたい、と思う者もいるだろう。そう思うこと自体を否定することは出来ない。
それに大洗と戦う理由に私の西住流における個人的感情が絡んでない、と言えば嘘になる。だから今この場で大洗に降伏したい、と思う者がいても構わない。今ならまだ許されるだろう。逆に試合が始まれば、我々は絶対に許されまい。
ここから去っても私は非難しない。残る者が非難することも許さない。そうしたい者はいないか?」
戦車から降りて、一人一人の顔を眺めながら戦車の周りを回る。だが皆私の顔をはっきりと見つめ返し、動こうとする者はいない
「……いないのか」
「ドゥーチェ!」
集団から一人、私の名を叫ぶ者がいた
「アマレット……」
「こんな時に何言い出すんっすか!我々は黒服隊員!その青年団の一員として、ドゥーチェを守る為に、アンツィオを守る為に戦うって誓ってるじゃないですか!」
「いや……そうだが……な」
「そうですよ!ドゥーチェは戦いなさるおつもりなのでしょう!だったら逃げるなんて出来るわけないじゃないですか!」
「ジェラート……」
「そうだ!ここにはドゥーチェを地獄に送りながら、のうのうと天国に行こうとする者なんていやしませんよ!地獄の果てまでお伴します、ドゥーチェ!」
「パネトーネ……」
「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」
再びの連呼が周囲を包む。それに何も出来なかった私は、何らかの合図があったのかそれがサッと静寂に帰した時も、ただ狼狽えるだけだった
316 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:50:42.86 ID:JL0eVoU70
♪母よ涙は無しで 子は強者だから
流れる声の清らかさ、姿川の如くなり。声の主を確認すると、カルパッチョだった
♪都市の友よ 悲しむなかれ ここには敗北はない
次は男体山の如く荘厳なる歌声。ペパロニのものだ
この歌はアンツィオ黒服隊青年団歌。ここの皆がくまなく知っている歌だ
♪進め部隊よ 黒き炎 我らの存在 示す紋章
その声に周りの皆も揃って歌い始め、私の四方八方から取り巻こうとする。歌いながら胸元の紋章の形のバッチを、指で挟んで皆掲げている
♪平原を進み 学園を守れ 機関銃と青春を手に!
彼らは本当に、一人残らずやる気だ。大洗が敵であるからではなく、私を守る為
一番のみで歌声は止まった。再び戦車の上に乗り、こちらを向く皆の視線を見渡す
317 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:51:08.74 ID:JL0eVoU70
「大馬鹿者がっ!」
叫んだ時に、自分の頬を涙が伝わっていたのを知った
「お前らは本っ当に馬鹿ばかりだ!飯の時間になれば話も聞かずに食堂に直行!節約したおやつ代は練習後のパーティーで吹っ飛ぶ!その練習も指示通りのことも出来ない時さえある!
何とか十役会議を説得して予算を持ってきても、車輌の増強には回しきれなかった!やっと手に入った中戦車がP40だ!本っ当にどうしようもないよ、お前ら!」
鼻水までもか。私の顔にはティッシュが即刻必要だな。だがそんな事を気にする時ではない
「だがな!私はそんなお前らと戦車道ができ、同じ時を過ごしたことを後悔したことはない!一度たりともない!断言する!
楽しかった!お前らと過ごした全ての時が!喧嘩をしようと、気分が落ち込んでも、試合で勝てなくても、側にいたお前らは最高の仲間だった!
だからここで私が死んだとしても、後悔はない!お前らと過ごせた記憶を共有出来ている限り!そしてそのお前らと最期を迎えられたら、私は幸せな人間に違いない!」
袖で顔に付く全ての液体を一気に拭ってしまった。ははは、汚い、みっともない
「しかし!私はタダでこの命をくれてやるつもりはない!皆の命もくれてやるつもりもない!大洗の、プラウダの全ての命と引き換えでなければ渡せるものではないことを、奴らに教育してやれ!」
「おぉっー!」
「自由万歳!平等万歳!学生万歳!労働者万歳!雇用者万歳!それらを守る兵士万歳!
諸君!Vittoria(勝利を)!」
私は高く右手とその手にある鞭を掲げた
318 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/01(日) 23:52:40.60 ID:JL0eVoU70
〜
十役会議
安斎千代美が設立したアンツィオ学園中学、高等学校の行政機関。生徒会から政策決定権を委譲して設立された。特徴は右派アンツィオ黒服党から中道左派栃木市民生活会までを抱き込んでおり、その上で黒服党が過半数を確保していないことにある。議長は安斎千代美で、同数の場合は最終決定をするが、それ以外は過半数の賛成で決定される
高校編入であるため立場が盤石ではない安斎千代美にとって、自らの権力の安定性を保つ重要な組織となった
〜
ここまでです
319 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:02:06.58 ID:CpqiXUex0
そろそろ始めます
320 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:07:05.55 ID:CpqiXUex0
〜
1952年、第12回全国高等学校生戦車道大会が開催された。その後自動判定装置、炭素繊維による内面保護の強化、貫通性のより少ない砲弾の開発により、安全性が強化された戦車道として軟式戦車道が登場。当初は連盟非公認でありながらも発展を続けていき、1971年に連盟も軟式大会を公認した。
対して実弾を使い死傷者の出る硬式戦車道は脱退校が相次ぎ、1958年の硬式第18回大会は32校いた参加校が、1984年の硬式第44回大会はたったの13校という有様であった。これは硬式戦車道に参加していた湾岸ジュリアナ高校(現在は廃校)が連盟に対する強い発言権を用い、数で勝るものが有利となるようにルール改定を行ったのが理由の一つと言われている。
山鹿 涼『日本の学園都市』
〜
321 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:07:52.35 ID:CpqiXUex0
作戦概要を知らせた後の大洗のテントの中は、重い雰囲気に包まれていた。足元を注意する、そうしなければ死ぬ。視界の狭い戦車にとってそれがいかに難しいことか皆理解しているだろう
「それが対戦車戦の脅威です。一箇所に固まって餌食になるのは避けたいのですが」
「だったら拡散するのがいいのか?」
「いいえ、それでは各個撃破の対象になります。2つ位に別れたいです、が」
「どう割れるか、か」
「……だったら、対戦車戦陣地のありそうな方に機銃のある戦車を回した方がいいんじゃないか?」
エルヴィンさんが頭の上のゴーグルを調整する
「歩兵を一掃するなら砲弾より機銃の方がいい。まさかトーチカ作ってるわけじゃあるまいし、塹壕程度ならどんな砲火力でも怖くはないしな」
「そうなると機銃があるのはIII突と以外か。だったら対戦車戦やりそうな方にM3、B1bis、ポルシェティーガーを回せばいいんじゃない?」
会長さんが干し芋を一枚つまみながら頭をこちらへ回す
「といいますと?」
「M3は背があるし、ポルシェティーガーは底を一番抜かれにくい。そして別れた後の戦力比を考えるとB1bisを送るのがいいんじゃないかい?ポルシェティーガーの足に合わせれば敵を捜しやすいっしょ。どっちにP40がいてもIV号、ヘッツァー、III突がいれば対応可能でしょ」
背があれば上から塹壕などを見つけやすいし、アハトアハトさえあれば予め破壊できる。榴弾砲があるB1bisがあるのも良いな。良い編成だ。
しかし本当にマークIVが使いづらい。機銃が5つと多いのは良いのだが、トロい。時速10km出せないとかどんだけよ
322 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:08:20.93 ID:CpqiXUex0
「成る程、そうですね。でしたらその手でいきましょう。問題はマークIVなんですが……そちらに回します?」
「それで良いんじゃないか?ゆっくり進むべきは対戦車戦する方だろうし」
「あたいらもそれで構わないよ。というよりあたいらの踏破能力じゃ急な方は登れないよ」
お銀さんの同意を得られたなら良いか
「ではそのようにお願いします」
「ところで西住、敵はどこに来るかわかるか?」
「こちらをご覧ください」
机に地図を広げる。そこには昨日の試行錯誤の跡が残っている
「昨日考えて出た答えは、敵陣地を西に迂回する道か、ここから敵陣地を直接狙うこの道の途中のどちらかです。私はこっちの西の道だと思います」
「というと?」
「こちらの方が坂が急です。敵はこちらなら高低差を利用して戦力を集中すれば、直にぶつかっても勝てると思うのではないか、と」
「そうか。初動で地形ではこちらが大きく不利か」
「ええ、出来るだけ同等に戦える一本西に南北に走るこの道までいかに早くたどり着くか、それが重要です。
ですがその前に交通の要衝であるこの交差点に行きましょう。その地点を保持しつつ、偵察を出して相手の配置を確認します。
行くのは4人、迂回する道と直接狙える道を両方調べてください。場所がわかったらそこをできるだけ避けて通ります」
「了解」
全員が返事した後、車輌整備の確認に散っていった。空は青く澄んでいる、怖いほど
対戦車戦、もしあの目標を本当に達成せねばならない時、これも選択肢として上がってくるのだろう
323 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:08:58.98 ID:CpqiXUex0
午前11時、陸前高田のリアス式海岸の一角でホイッスルが鳴る。互いの学園を背負った戦いの始まりだ
「偵察の人たちは指示した方に向かってください。マークIVは後方の警戒を」
「はいよ」
坂を登り始めたIV号から通達された命令に合わせて2人組が2つ、正面の道には優花里さんとカエサルさん、右脇の道には山郷さんとスズキさんが、それぞれトンプソンM1を装備して向かう
「西住殿、行ってまいります」
「敵の配置の情報を取るのが目的です。敵に会ったら戦わずに引いてきてください。見つからないことと、生きて帰ることを最優先にお願いします」
「了解しました」
「分かった」
「分かってる!」
偵察が出発した後、件の交差点に到達したこちら側は、周囲を警戒しつつ車輌を予定の進路に向けられるよう振り分ける。
向こうは奇襲を狙って来るだろう。現在ここに集中している以上、それを封じるには周囲全面を警戒させるのが最善だ
「各車の車長は耳を澄ませて、私たち以外のエンジン音がしたらすぐに報告を。車輌の砲塔は外側に向けてください」
「西住ちゃん、頭出してるけど大丈夫なのかい?狙撃とかしてくるかもしれないよ」
「その危険性は薄いでしょう。アンツィオ黒服隊の主要装備はライフル。自動小銃には慣れてないでしょうから、というのが一つ
もう一つは、徒歩で敵陣地からここに来るのは試合開始後の時間から考えて不可能だからです」
「なるほどね。じゃあ時間が経ったら頭を仕舞ってくれるわけだ。こちらは西住ちゃんに死なれたら困るからね」
「ははは、でしたら時期に甘えることにしましょう」
324 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:09:43.81 ID:CpqiXUex0
双眼鏡を眺めながら周囲を見渡しつつ、耳の音を全て判別しながら時は過ぎる。車内に戻り水を一杯口に含んでいると、正面を向いていた麻子さんの声が車内に響いた
「西住さん、怪我人だ!」
「怪我人!」
先に敵がいるのか!すぐに頭を出して様子を見ると、優花里さんが肩にカエサルさんの腕を背負ってこちらに駆けて来ていた
「優花里さん!」
「西住殿、負傷者です!カエサル殿が肩を撃たれました!」
負傷したのはカエサルさんのようだ。すぐに車輌を降りて傷口を確認する。機銃弾で右肩の上部の皮の一部を吹っ飛ばされたようだ。骨には到達しておらず、大事ないだろう
カンだけれど、症例のなかでは遥かにマシな方だ
「……骨までは届いてないみたいなので、布を巻いて止血してください。敵はいたようですが、何処に?」
「この道の半分少し手前程、約1km先です。セモベンテ2輌、カルロベローチェ1輌が道の脇の森の中で待機中!」
その対応に追われている間に山郷さん達が合流した。こちらは怪我などは追ってないようだ
「山郷さんのほうは?」
「こちらはP40が1輌、セモベンテ1輌が道の脇で待っていました」
「……主力を分割して森で待機?」
顎に手をかける。敵の方が戦車の性能が明らかに劣るのだから、分散して各個撃破されるのは愚の骨頂。防御有利でもないのだから、リー将軍でさえやらないぞ
「我々を二手に分けさせる気ですかね?西住殿。だとしたら何のために……」
「ちょっとグデーリアン、痛い」
「我慢するであります」
カエサルさんが肩に視線を向けて顔をしかめるが、優花里さんら顔色変えず肩に巻いた布を締める。こういうのが後々効いてくるからな。彼女は装填手だから、肩に痛みがあると務めさせ続けるのは厳しい
「優花里さん、消毒は?」
「手持ちで何とかしました」
何持って来ているのか、とも思ったが、軟式の試合でも怪我する可能性はあるからな。救急箱はあっても不思議じゃない。それがそこまで大きくないカバンからパッと出てきたことは驚きだが
325 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:10:30.82 ID:CpqiXUex0
「まずはまだ発見できてないカルロベローチェの動向を警戒します。カバさんチームはエルヴィンさんが装填手を代行してください」
「Ich verstehe(了解です)」
「3式、B1bis、ポルシェティーガーは完全に右側に集まってください。出発して相手がボーとしている間に各個撃破します」
相手の策に乗せられているかも、とも考えたが、ここらに集中されているのを発見され、こちらの砲を向けられぬうちに狙い打たれるのも良くない。動こう
「了解しました」
全方位への警戒を少し緩めて、方面別に分かれるように車輌が進む。
その配置換えが終わろうとしていた時、背後からエンジン音がする。それらは時間と比例して大きくなる。大洗の車輌は全てここにある。とすると……
「突っ込めー!」
一際目立つ声が予感を的中させた
カルロベローチェ5輌が前進してくる。交差点に向かう道まで、カルロベローチェの快速性を生かして裏に回り込んだのか。しかもこのタイミング、最適だ
全車が大洗の車輌に向けて機関銃を撃ち始める。車輌を撃ち抜くことはないのはありがたいが、急に車内に来襲する金属音は大洗の隊員を怯ませる
「きゃあぁぁ」
「て、敵襲だ!」
「相手は何処を撃っても抜けます。落ち着いて狙ってください!」
指示が飛ばすが、皆は焦り対応が満足に取れない。背後から来た為に砲塔の回転に時間がかかる。その間にありったけの銃弾を浴びる
カルロベローチェはその間にこちらの車輌に近づき、体当たりまでも行う。その体当たりの餌食にIII突がなったようだ
「こちらカバ!体当たりで履帯をやられた!」
「今は危険です!車輌は抜かれませんので、その場で待機してください!」
「り、了解!」
IV号が砲塔が回転し、華さんが引き金を引く。それがカルロベローチェ1輌を捉える。カルロベローチェは吹っ飛び、半回転して地面に横たわる
カルロベローチェ4輌は指揮車輌らしきものを先頭に、バックしながら機関銃を撃ちまくってくる
こちらの場所はばれた。だが向こうの待ち伏せ地点を、少なくとも右の道では把握している。左ではばれているから移動させているだろうが、まだ対応は可能
326 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:11:07.05 ID:CpqiXUex0
「右の道へ行きます」
「ぶっつぶせー!」
「ぶっころせー!」
命令を出す前に、車輌に体当たりされて怒ったウサギさんチームがカルロベローチェを追って右の道へ進む。
待て待てそんなに飛ばすな。後ろが追いつかないじゃないか
「あっ……ちょっと……仕方ありません。カモさん、レオポンさん、サメさん。右の道へ行ったウサギさんを追ってください」
「わかりました」
「Aye,Aye. 」
B1bisが先に、ポルシェティーガーがその後に、後尾にマークIVが続いて道を行く
「カルロベローチェの全車輌の場所を把握したので、カバさんチームは待機して履帯の修理を。あんこうとカメさん、アリクイさんは正面の道を登り、主力のセモベンテとP40を狙います。あんこうに続いてください」
「了解!」
IV号が発進し、それに続くようにヘッツァー、3式が坂を登る。ここは獣道を少し平らにしただけの道であり、石でがたつき揺れる。坂もさらに急になり、うまくスピードが出せない
327 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:11:44.20 ID:CpqiXUex0
undefined
328 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:12:22.48 ID:CpqiXUex0
???ウサギさんチームは砲塔をカルロベローチェの方に向け、37ミリを撃ち続ける。それに続くカモさんチームも75ミリを吹かせ、撃破しようとする。レオポンチームとサメさんチームは坂を登るのがやっとで追いついていない
ペパロニ率いるカルロベローチェ部隊はその軽快さを使い巧みに砲弾を避けるが、飛び交うなかで当たることは避けられない。1輌、また1輌と砲弾に当たっていく。残りは2輌、ひたすら機関銃を撃ち続けている。撃ち抜けるわけもない、と知りながら
「あと2輌だよ!梓!」
「どんどん撃って!もっと飛ばして!佳利奈ちゃん!」
「あいあーい!」
ウサギさんチームの者は前の試合でほとんど活躍できなかった分、車輌を撃破したことで興奮している
「あの……」
澤は車輌の者を抑えようとするが、高揚する4人相手に1人ではどうにもならない。阪口はアクセルをさらに踏み込む。次に大野が撃った37ミリはペパロニのカルロベローチェを撃ち抜いたように見えた。車輌はバランスを崩し、煙を上げたまま木に激突した
それに気を良くしたウサギさんチームの者は、最後の1輌を仕留めようと躍起になる
「沙希ちゃん、何か言った?」
何かを聞いた気がした大野が37ミリを装填する丸山に問うが、丸山はすぐに75ミリの装填に移り何も答えない。山郷に一声かけるが、どうも彼女ですら何も分かってないらしい。気のせいかと再び照準器を目に当てた
最後の1輌のカルロベローチェは少々上下に揺れたあと、機関銃を撃ち続けながら後退する。ウサギさんチームはその場所に突撃した
すると床の下から音がする。重い金属のドアが閉まり、鍵がかかったような音だ。澤はその音を合図に作戦会議の文言をこねくり回し、全てを悟った
「脱出して!」
そう叫ぶと自身もそばにあったトンプソンを掴み、キューポラから身を出して脱出する。山郷が右横から、阪口が正面から脱出する。澤と山郷は近くの森の中に逃げ込む。その後すぐにM3は底を文字通りぶち抜かれた
329 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:12:58.57 ID:CpqiXUex0
車輌に空いている穴の全てから煙が登る。阪口は足が爆風に巻き込まれ、前に飛ばされる。なんとか立ち上がろうとしたその時、前方で急停止したカルロベローチェが大量の機銃弾をばら撒く
大量の弾丸を浴びた阪口の身体は赤い水滴と共に半回転して宙を舞った。その後猛スピードでカルロベローチェは後退していく
M3から他に外に出てくると、阪口を気にかけて声を掛ける者はいなかった
「森にいるぞ!」
「殺せ!」
爆発から離れていたアンツィオの隊員は、その影響の終焉とともに行動を開始する。澤はとっさに近くの木の裏に隠れたが、山郷は間に合わなかった。機銃弾による犠牲者6人目が、澤の隣に誕生した
330 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:13:28.42 ID:CpqiXUex0
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園高等学校犠牲者
大野 あや
アンツィオ 爆殺 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
丸山 沙希
アンツィオ 爆殺 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
阪口 佳利奈
アンツィオ 銃殺 銃撃による失血ショック死 即死 多数の銃痕有り
山郷 あゆみ
アンツィオ 銃殺 銃撃による失血ショック死 即死 多数の銃痕有り
331 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:13:56.40 ID:CpqiXUex0
その様子を見たカモさんチームの面々は驚きを隠さない。すぐ近くでM3がいきなり爆発したのだから。操縦手も思わず手を離していた
「あ、あれが対戦車戦……」
車長の園が呆然としたあと口から搾り出す
「……パ、パゾ美!前の地面に向かって撃ちなさい!このまま進んだらB1bisも爆発してしまうわよ!」
自分で言った言葉にハッとした園が砲手に指示を出す。それに砲手のパゾ美も頭を動かし始める
「そ、そうだね。ソド子」
「榴弾でいいよね、装填よし!」
「照準よし!行くわよ!」
轟音とともに砲弾が煙の登るM3の左側に着弾し、辺りに砂が撒き散らされる。砂に混じって上半身を出していたアンツィオの戦車部員の肉片と血しぶきが撒き散らされる。太い木の背後だったお陰か、榴弾の破片の一部が澤の腕を傷つけただけで済んだが、その傷を気にする余裕は無かった
「……くそっ、まだまだっ……」
土煙の登る塹壕から血を流し、トンプソンを持ちながら外に出ようとするアンツィオの戦車部員がいたのだ
「うわあぁぁぁ!」
澤は大声で叫びながら木の脇から飛び出し、無我夢中でその者を狙った。5発ほどを外した後、残りの弾の一部がその隊員を撃ち抜いた
だがその部員ははるかに優秀だった。叫び声を聞きつけて即座に銃を向けると、澤が5発外している間に放った一発が、確実にその眉間を撃ち抜いていたのだ。こうしてこの塹壕周辺から生存者は消えた
332 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:14:25.77 ID:CpqiXUex0
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園高等学校犠牲者
澤 梓
アンツィオ 銃殺 頭部狙撃による脳死 額に銃痕あり
333 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/05(木) 22:15:03.96 ID:CpqiXUex0
〜
ブラッドウォール・バレンタインデー
安斎政権成立後にアンツィオ学園都市にて行われたマフィア掃討作戦。
それまでアンツィオは観光地である表通りの裏でマフィアが縄張りを張っていた。主な収入は屋台のみかじめ料や窃盗、一部では人身売買の形跡もある。一方で風紀委員会とは賄賂や接待等で対応し、完全な鎮圧を回避していた。みかじめ料の徴収などは屋台統制の一環とされたが、マフィア間の抗争などはアンツィオの治安を悪化させている要因とされていた。
1月に成立した安斎政権は直ちにこれにメスを入れ、風紀委員会によるガサ入りの不徹底さを非難し、黒服隊単独での鎮圧を決定。マフィアに投降するよう警告するも、これを受け入れるマフィアがなかったため、翌月のバレンタインデーに黒服隊を全面動員。カルロベローチェや自動小銃も利用した掃討作戦を行った。正式名称は『モーリプラン』
この結果マフィア側は計200人以上の死傷者を出し、捕縛された者に対しても拷問したり、逃亡を図ったマフィアの大物が拷問により得た情報を用いて捕縛され、続々銃殺刑に処されるなどして壊滅した。この時路地裏が地面はおろか壁まで赤く染まったことから、この呼び名が付いたとされる。
マフィアが回収していたみかじめ料はアンツィオ学園生徒会が徴収することになり、財政好転の転機となった。これは治安回復にも繋がり市民の支持を獲得し、安斎政権、黒服党政権の安定化にも貢献した
〜
これまでに出てきたアンツィオの歌
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm33536631
今日はここまでです
334 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/08(日) 23:41:00.18 ID:ZZTHUH/r0
そろそろやります
335 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/08(日) 23:45:31.04 ID:ZZTHUH/r0
〜
失ったものを数えるな。残ったものを数えよ
ベニート=ムッソリーニ
〜
336 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/08(日) 23:46:59.94 ID:ZZTHUH/r0
「ソド子!銃声がするよ!まだ居るみたい!」
「だったらもう1発打ち込みなさい!向こうはこっちに向かっては来ていないんでしょ!」
「り、了解!」
その後に再び放たれた1発は、轟音とともにその塹壕の再利用を不可能にした
B1bisは速度を再び上げて前進し、アンツィオの作ったと思われる塹壕を確認する。本当に確認するか後藤と金春は尋ねたが、園は確認は必要だ、と譲らなかった。
数名の死体が分断されて散乱するのみで、もうこちらに銃を向ける者はいない。だが念には念を、と手持ちのトンプソンM1を底にばら撒かずにはいられなかった
壁に寄りかかって息絶えていたものも、ずるずると塹壕の壁の土を巻き込みながら、目をその壁に向けつつ底に横たわる。少し離れた場所に点在するかつての仲間より、その遺体から目が外せない。
共に降りた後藤と金春は、近くの林の中で吐瀉物を土の上に降り注がせている。園も吐き気を覚えたが、落ちていたM1を回収させると、後続を待たず追撃するよう指示した
私たちはただ職務を全うしただけ。M3は副隊長の指示に従わなかった為にこうなった。だがこの前進が規定事項だった以上、誰かはこうなる運命だったのかもしれない
337 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/08(日) 23:57:35.85 ID:ZZTHUH/r0
坂を登り始めて間も無く、坂を下りてきたカルロベローチェを容赦なく撃ち抜く
「どうしてここまで1輌で降りてきたのでしょうか?」
華さんが尋ねてきた。自分から吶喊して死ぬ奴の気など、分からない
「なんででしょう?」
「西住殿、そろそろ敵が待っていたところであります。警戒を」
「分かりました。各車左に注意を払ってください」
少し速度を落とし、道なりに行く
「ここであります」
なるほど確かに森の木々に隠れているセモベンテがいる。華さんに照準を付けさせ、私の合図とともにIV号の砲弾は当たった、はずだ
338 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/08(日) 23:58:07.52 ID:ZZTHUH/r0
しかし当たった後のセモベンテの反応は、撃破というより砕け散った、という表現がぴったりだった
「偽物!」
騙された。手前に待ち伏せしていたから対戦車戦をしないと思ったが、大きな間違いだった。もう1輌も同様だった。
流石はアンチョビさん、一筋縄ではいかないか。これはこっちも少しは覚悟しなくちゃなぁ
それにしてもよくあんな板用意したものだ。対サンダースを想定して用意していたのかもしれん
339 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:00:32.97 ID:/t/1GWRS0
坂の上の自陣で待機する私のもとに無線が繋がる。カルロベローチェ部隊の1輌からだ
「隊長、報告します!こちら私の車輌以外、ペパロニ副隊長車も含め撃破されました!対戦車戦用の塹壕も破壊されましたが、塹壕でM3の撃破に成功しました!」
内容の理解をしてからも暫く表情を動かせなかった。その後今日2度目の涙が頬を伝う
忠臣ペパロニは死に、危険を顧みず対戦車戦用の塹壕に入ってくれた者も無残にやられた。しかもそれで撃破できたのはM3のみ、戦力が削れたとは言えない。その死の価値は途方もなく軽くなってしまいそうか
しかしまた汚らしく涙を拭いて前を向く。そして、キューポラから上半身を出して鞭を大きく振りかぶる
まだそれを断定する時ではない。ここには我々の火力のほぼ全て、P40とセモベンテ3輌が残っている
そして正面から砲声。おそらく75ミリ長砲身だ。そして既に三突を足止め、となれば、残るはヘッツァーかIV号。どちらも相手の中枢が乗る車輌だ
「さぁ諸君!我らも動く時が来た!全車前進!敵を撃破せよ!」
交差点に置いた見張りからIII突の履帯破壊と敵が二手に分かれたことを聞いていた。目当てのIV号が正面に来ることも。ならば狙うはただ一つ
「対戦車戦に向かった者らは確実に戦果を挙げた!我らも続く時だ!こちらの方が高台だ!多少射程外でも狙えるから撃ちまくれ!正面にはIV号がいる!敵の心臓たるIV号を撃破し、我らに勝利を!」
「総帥万歳!」
砲火力はこちらに集結済み。ポルシェティーガーが来る前に各個撃破したい。その為にはすぐ正面に来るIV号、ヘッツァー、3式を素早く叩き潰すしかない。P40が1輌とセモベンテ3輌に下山を命令した
340 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:04:39.45 ID:/t/1GWRS0
「M3が撃破されたわ。その代わり敵の塹壕のようなものは破壊済みよ。あとカルロベローチェは追加で3輌撃破」
沙織さんが園さんから報告を慌てた声で伝えてくる。こちらがこの状況である以上覚悟はしていたが、やはりか。車輌と人員は失ったが、決して最悪の事態ではない
「……作戦通りともに西の道に向かってください。こちらはこちらで対処します」
「分かったわ。まだ1輌残っているから、追撃しておくわね」
「了解しました」
報告を受けた直後、近くに砲弾が着弾する。その数、4発
幸い全弾外れたが、キューポラから身を出すとかなり離れた場所にセモベンテとP40が見える
向こうに対戦車陣地を作ってあるなら、こちらには砲火力。見事に嵌められた
だがその火力を合わせてもこちらが上。あまりやりたくない戦いだが、やるしかない
「道の先正面に敵発見!各車砲撃開始!早期に撃破してください!」
正面に向けている砲から大洗側も応戦し、砲撃戦が始まる。どちらも距離を詰めようと前進するため、走行間射撃となりなかなか当たらない。
3式が幸先よくセモベンテ1輌を撃破するが、P40の撃った弾がヘッツァーの側面をかする。貫通しなかったものの、左側がへこむ
「あとともに3輌……落ち着いて狙ってください!砲手と操縦手は連絡を密に!」
341 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:06:30.44 ID:/t/1GWRS0
「西住ちゃん!私とかーしま替わるね」
とうとう相互に狙われる状況になって、河嶋さんが砲手から解任されたようだ。会長さんの射撃技術が如何程かは存じないが、命中率は上がるのだろう
それにしても向こうの射撃頻度が低い。確かにカルロベローチェが射撃しながら走行していたから、こちらから人員を対戦車戦に割いたのだろう。そうしたら真っ先に割り当てられるのは装填手
先程変わった会長さんが操作する砲が、とあるセモベンテを狙う。狙いは確かにその車輌に向いていたのだが、なんとP40が無理やり射線上に割り込み、自ら白旗の台座となった
安斎さん、貴女も西住を犯して死ぬことになるか。いや、もしくはこれも勝ちのための一手なのか?
「P40、撃破。会長さん、ありがとうございます」
だがそんなことを考える時でもない。淡々と戦果を述べる。それを話し考えている間にIV号が一旦止まり、華さんが別のセモベンテ1輌を狙い撃った
「残り1輌です。落ち着いて狙いましょう」
342 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:07:49.79 ID:/t/1GWRS0
3式が外したものの、向こうから反撃は来ない。その間にヘッツァーの再度の砲撃が最後のセモベンテに命中した。今度からは会長さんに砲手をどんどん努めてもらおう。
向こうの砲撃が少なかったことと、会長さんの技術が思った以上に高かったお陰で、奇跡的に被害なしでこの場を乗り切った
流石の私も、座席で大きく息を吐く。彼女はそれを許したくなるほど手強かった
「敵計4輌撃破確認。このまま山を登ります。前進してください」
坂をさらに進むと、敵戦車の残骸が道を塞ぎつつあった。IV号を先頭に、その隙間を押し開けて進む。最早使い物にならないP40の中など、覗く気にもならない。焦げ臭い匂いしかないだろう
だが最後に撃破したセモベンテも煙は登っていたが、人がいるような匂いがしない。だが車輌が撃破されている以上人員がいようと使うことは出来ないため、試合はもうすぐ終わるはず
それ故に気にしないでいようとしたら、終わりを示す無線が園さんから入った
「こちらカルロベローチェ撃破よ!これでこっちにはカルロベローチェはもういないはずだわ」
森から笛の音が鳴り渡る
「アンツィオ学園高等学校全車輌走行不能。よって大洗女子学園高等学校の勝利!」
車輌を止めさせてキューポラから身を乗り出し、再度深く息を吐き出した
勝てた。生き残る希望とともに死ぬまでの時間が、また少し増幅された。この時間を私は何に使えるのか
343 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:08:42.20 ID:/t/1GWRS0
第74回戦車道大会公式記録
◯大洗女子学園高等学校vsXアンツィオ高等学校
被害 大洗1輌 アンツィオ10輌
アンツィオ高等学校全車輌走行不能
344 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 00:10:05.43 ID:/t/1GWRS0
試合が終わったからといって時間が空くわけではない。残存車輌の整備、補給を進め、次の会場までの移動準備を整えなくてはならない。次を不安に思う者も多いはずだが、誰も何も言わずすべきことをしている
ここに一人でもウサギさんチームの人がいたら状況は変わるのかもしれないが、この状態でそれを気にする人は見受けられない
「ヘッツァーの装甲、大丈夫そうですか?」
「一応穴とかは空いてないけど、削れてはいるね。出来れば追加装甲とかでカバーしたいところだけど……」
「ルール上実際に付けられていた追加装甲なら可能かもしれませんが……」
「費用的に無理だね」
「しかしヘッツァーの火力は捨てがたいのは事実。他に使える車輌もありませんし、そのまま使ってください」
「分かった」
ヘッツァーの傷はあまり深くはないようだ。バランスが少し崩れるかもしれないが、このまま運用を続けることが可能だろう。その傷に触れて確かめていると、背後からこちらに近づく人がいるようだ
345 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:17:41.82 ID:/t/1GWRS0
昨日は寝落ちしてすまんやで、2140から始めます
346 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:46:00.95 ID:/t/1GWRS0
「西住殿!」
「どうしました、優花里さん」
振り返った優花里さんは少し急ぎ目に来たらしい
「連盟の方がいらっしゃっているであります。なにやら捕虜の扱いに関する事らしいです」
「捕虜?この殲滅戦の状況で、ですか?」
「はい」
戦車を撃破されて中の人が生き残ることは滅多にない。私はその例外を体験したことはあるが。まぁ確かにその前例がある以上、可能性はあると言わざるを得ない
「では河嶋さんも呼んでください。2人で話しを伺います。確かテントの方にいらしたはずです」
「了解であります!」
彼女は私の指示した方へ去っていった
「西住ちゃん、私は行かなくていいのかい?外交は門外漢なんだろう?」
「解放を軸に考えればよろしいでしょう?今後を考えれば。それくらいは分かります」
「そうだね。それが分かってるならいいや。まぁ問題は今後があるかなんだけどね」
「……じゃ、行きますね」
347 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:46:27.03 ID:/t/1GWRS0
私たちの陣地の入り口、試合会場への連絡口のところに、審判に連れられた5人のアンツィオの者らがいた。1人は腕を怪我をしているらしく、青い顔をしてその部分を抑え、隣の者が軽い口調なれどもそれを気に掛けている
またその5人のうち1人は、降伏勧告の使者として訪れた人だった
「装備品は既にこちらで回収済みです。それでは、扱いはそちらに任せます」
「ありがとうございます」
5人とも手を結わえられているわけでもない。こちらは一応支給された拳銃を用意しているが、向ける気はない
「……とりあえず全員こっちへ来い」
雨が降りそうなわけではないが、入り口で対応するのも何だろう、とのことらしい。河嶋さんは近くにあったテントの所へ誘導しようとする。
その時、振り返ろうとした私たちの前で、使者だった、確か落合とかいったか、女が、膝を地面につけ、地面にその綺麗な部類に入るであろう顔を擦り付けていた。五体投地か何かかい
「必要とあらば私の命は差し出します!ど、どうか残りの仲間の命だけは……」
「お、おい、カルパッチョ!」
「貴女がたの仲間を殺して負けておきながら誠に図々しいことですが、どうか彼女らの命だけは……」
命乞いか。そしてここに捕虜がいることと、あそこで匂いがしない方角があったこと
「……あなた、セモベンテに乗ってましたか?」
「……はい、それが……」
やはりか。で、確か戦車道で副隊長に就くほど安斎さんに近しい人物。なるほど
348 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:48:04.50 ID:/t/1GWRS0
「立ちなさい」
できるだけ低い声で鋭く、そう伝える。聴きながら私自身こんな声が出るのか、との驚きを隠していた
「はい?」
「立ちなさい、と言ったのです。貴女がたの身柄が私たちに委ねられていることはご存知ですよね?」
「……はい」
膝の土を払ってから彼女は直立の姿勢に戻る。その姿勢が整った時、私は彼女の襟首を掴み上げ、まだ土の残る額にぶつからんばかりに自分の額を寄せた
「……」
目線をずっと合わせたまま動かさない。彼女の方は何をされたか分かってないようだ
「お、おい西住、何を……」
「ここは私に」
河嶋さんには悪いが、ここは私と彼女が話す場となった
「……まず交渉の仕方として、こっちの手札を読む前に自分の手札を曝け出すのは阿呆のやることです。副隊長の貴女の命、その札を使うのはすぐではないはず。違いますか?」
「……いえ、ここは交渉の場ではありません。懇願の場です。そもそも貴女がたと私たちが対等に話せるはずがないのですから」
「では何故そもそも貴女は自分の命を手札に使うのか、答えて差し上げましょう。安斎さん、いえアンチョビさんの方が宜しいでしょうか、その方を死なせておきながら、自分だけ生きて帰る訳にはいかない、などと考えているのでは?」
足がしっかりついてないせいか、一際大きな振動が腕を通じて伝わってくる。図星か
「そんな事を考えている人間を殺す価値はこちらにはありません。少なくともそれを対価に全員解放など問題外です。貴女が実質この捕虜の集団を束ねていると考えて、選択肢という温情を与えましょう
一つはこのままこちらは何もせず全員解放する。もう一つは全員殺さない程度まで痛めつけた上で身包み剥いで解放する、です
どちらにしますか?」
「……前者を」
「宜しいですね?」
「……はい」
私は手をパッと離した。向こうは少しバランスを崩したらしく、少しよろめいた
349 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:48:30.66 ID:/t/1GWRS0
「に、西住、全員解放は構わないが、ただで、というのは仮にもM3を失ったこちらの心情に沿わないんじゃないか?」
「ふーむ、そうですか。ではこの中でアンツィオで屋台をやってたりする方はいらっしゃいますか?」
「わ、私!私やってるっす!」
「私もやってます!」
2名が手を挙げた
「そうですか、それは素晴らしい。では貴女がたが今夜の夕飯を作ってください。怪我している方はこちらで最低限の治療をしましょう。夕飯が美味かったら解放しますよ
そちらの方、どうも骨折なさっているようですから、添え木を都合しましょう
河嶋隊長、これで宜しいですか?」
「あ、ああ。飯が美味くなるなら、悪い話ではないな」
「ではそのように」
350 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:49:05.75 ID:/t/1GWRS0
その日の夕飯はイタリアン風味の格段に美味いものだった。これまで会長さんや沙織さんの作ったおかずや、優花里さんの飯盒で炊いたご飯が不味かったわけでは決してないが、金を取れるレベルになるとやはり違う
戦場でパスタを茹でた話は嘘だと聞いたことがあるが、美味い飯が士気に関わるものだということは確かだ。その点黒森峰はパンとザワークラウトとかだからなぁ。良くてソーセージ
その後彼女らには一応の手当てをして解放した。かといって帰って無事でいられるかはわからない
351 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/09(月) 21:50:31.88 ID:/t/1GWRS0
〜
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「飯ぐらいはたかってもいいだろう?」
を
「アンツィオ戦勝利!」
において選択をしたとのことです。
〜
アンツィオ編、終わり!
352 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:43:48.02 ID:wCFNWaFWO
2050からやります
353 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:50:10.19 ID:wCFNWaFWO
〜
戦いにおいて最も重要なのは最後の戦いに勝つことである
トルストイ
〜
354 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:50:57.85 ID:wCFNWaFWO
その部屋からは時たま紙をめくる音のみが聞こえるだけだった。その静寂の中にドアをノックする音を響かせる
「失礼致します、同志カチューシャ。ノンナです」
「いいわよ。入りなさい」
ドアを開け、資料とポットをそれぞれの手に持って入る。だが同志カチューシャに会うには、荷物を検査機に通しながら防弾ガラスに囲まれた金属探知機の下を通らねばならない。無論問題なし
カーペットのひかれた大きな部屋にある、背の高めの椅子に座っているのは、金髪の高校生とは思えないほど小さいお方、彼女は小さいが分厚めの冊子と向き合っている
「同志カチューシャ、次の会議の資料と、粛清者のリストを持ってまいりました」
冊子に赤い栞を挟み机に置き無言で受け取ると、私の持っていた書類に目を通す
「今回の粛清者は……ハマナ ジュン、工業科の生徒ね」
「この者は外部生として注意対象ではありましたが、頻繁に地域外に出ている形跡があり、政治委員による尾行の結果スパイだと判断しました」
「なるほどね。校内の内通者は遠慮無く殺ってしまいなさい。どこの?」
「黒森峰のようです」
「そう、懲りない奴らね」
同志カチューシャは無造作に書類を机に投げる
「民族主義者、水平派らもここ数ヶ月は大きな動きはありませんが、黒森峰に動きがある以上油断は禁物です
ところで同志カチューシャ、ロシアンティーのお代わりはいかがですか?」
「頼むわ、ノンナ。で、次の会議の内容は何?」
「今年度の農業、林業関連の結果予想と、それに伴う来年度の計画調整とのことです」
「私には分からないことね」
「そうですね。基本は農産部に方針に任せましょう」
「それだけ?」
「あとは同志カチューシャの印が必要な書類がいくつかございます」
「後で目を通しておくわ。置いといて」
同志カチューシャは頭の後ろで手を組み背もたれに身を委ねる。机のカップにポットを上げながら湯気の立ち上る紅茶を注ぎ、林檎ジャムの皿を脇に置く
355 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:51:35.53 ID:wCFNWaFWO
「同志カチューシャ、先ほどお読みになっていた本は?」
机に置かれた本の表紙を覗く。そのタイトルは『ロシア語基本単語集』であった
「いつでも能力向上を怠らない様、流石です。私も見習わなくては」
「し、しょうがないじゃない!流石に会議のたびにロシア語が出来ないのをからかわれたら、ちょっとは仕返ししたくなるでしょ!」
かわいい。偉大なる方だが、身体と一部に潜む相応の性格。ここが人々を惹きつける所以の一つかもしれない
「ロシア語も文学に、また我々プラウダに於いては重要な役割を担っております。学ぶのは損ではないかと」
「そうよね。学校の勉強も戦車道も勿論だけど、他のことも積極的に取り組んでこそのプラウダの学生よね」
「脳みその凝り固まった黒森峰には出来ない芸当です」
「それにしても最近の政府は大変そうね。もう誰が大臣か、どころか誰がどの政党に居るか分かったもんじゃないわ」
「終わりが近いということでしょう。もうじきに衆議院を解散するのでは?そこまで追い詰められているといっても過言ではないでしょう」
「実に素晴らしいことね。我がプラウダにとって」
「全くです。野党とは外務局が話を進めていると聞きます。政府との関係もマシになってくるでしょう」
「あ、そうそう。先日のパキスタンでの襲撃の件、反応はどう?」
「早めに手を打ったのが功を奏しました。特にアメリカより早く非難できたことは外交上もプラスでしょう。」
「でしょうね。米露関係が最悪な今なら尚更ね。流石は同志ベルドフ」
356 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:52:50.24 ID:wCFNWaFWO
undefined
357 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:53:27.34 ID:wCFNWaFWO
情報局長であるその名を聞いて、我々に関係する重要な案件をうっかり忘れてしまっていたことを思い出した。全く、同志カチューシャの側近として恥じるべき行為だ
「ああそうでした。申し遅れましたが、同志ベルドフが興味深い事実をを手にしたそうです」
ファイルの中にしまっていた紙を開く
「なによ」
「西住流の関係者が秘密裏に12月の軟式大会を硬式にするように動き出したそうです」
「ほんと!」
嬉々とした顔で肘掛に両手を乗せ身を乗り出しなさる
「嬉しそうでいらっしゃいますね」
「あたりまえじゃない!1年に2回も黒森峰を屠れるなんて!次も勝ってやるわ!」
盛り上がる同志カチューシャの背後から、不意にノックの音が響く。この部屋に軽快に訪れることの出来る者は限られている。目星は付けているが、確認は取る
「どなたですか?」
「こちらソホフです、同志ノンナ。同志ジュコフスキーから同志カチューシャへのお手紙を預かっております。それをお渡しに参りました」
外から男にしては少し高めの声がする
「お入りなさい、同志ソホフ」
「失礼します」
ドアが音を立てて開く。男は検査機に手紙を乗せた。ベルトコンベアが無害を示す電子音を伴って、私の下に到達する
「ご苦労様です」
一礼し、敬礼ののち空いていたドアから出て行った
358 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:54:01.86 ID:wCFNWaFWO
「ジューおじさんから?なにかしら?」
同志カチューシャは私の手を通じて受け取ったその手紙を雑に開く
「なになに?明日食事に行きませんか、ですって?これは……店に入る為のカードかしら?どうしておじさんが直接伝えてくれないのかしら?」
「でもここ、プラウダの外れの店ですが、地域有数の名店として有名ですよ。そして恐らく、ただのお誘いではないと思います」
首を捻りなさる
「さっきの話についてだと……」
「そうだとしても、私たちは黒森峰に勝てば、そしてさらに向こうの精鋭の人員をすり潰せばいいんじゃないの?」
「いえ、同志ジュコフスキーはそれ以上のことを考えておられると思いますよ。そして彼が動くなら、彼より上も……」
「それ以上も……分かったわ、この話を受けるわ。ノンナ、あなたも来なさい!」
「喜んでご同行致します」
先程より深く礼をした。同志カチューシャは椅子から飛び降りると、鼻歌を歌いながら明日の服を決めるため部屋を出て行った
机の上の空になったカップに紅茶を注ぎながら、冷たい秋の風の流れる窓の外を眺める。窓の外に生えた木の枝で、ギリギリしがみついた枯れ葉が揺れている。あの日も、そんな感じだった
359 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:55:26.02 ID:wCFNWaFWO
2005年冬、12月。プラウダ学園地域サウスツガル部キヅクリ分部タテオカ。外には前日の雪が積もっていたが、空は曇りだった
寒い風が吹く中、祖母、父、母、妹は人民委員、通称NKVDに捕まった。人民委員は反地域組織とされていたパン=スラブ、排日主義を主張するプラウダ=スラブ連合という急進的団体を弾圧していた。父はその団体の幹部だった
朝食を摂っていた時に急に押しかけてきた者達を前に、家族はなすすべなく捕まっていった。私は少し部屋から出ていたので、素早く物置に隠れた。父にもしものことがあったら隠れて、落ち着いたら逃げろというように教えられていたのだ
父らは手を縛られ、妹はウサギの人形を抱え、泣いたまま集落の近くの壁の前まで連れて行かれた。北部NKVD隊長のウラジーミル=イワノフが手元で書類を開いた
「ニコライ=ノヴィコフ及びその家族を地域への裏切り行為による反逆罪を持って逮捕し、奪還危険性に伴う特別令状に基づき、銃殺刑とする」
その言葉の後に銃を構えていたNKVD隊員らによる銃声が周囲に響く。その近くで隊長の娘のエカチェリーナ、イワノワ、愛称カチューシャが暇潰しに父から貰ったピロシキを頬張って見届けていたそうだ
「もう1人娘がいるはずだ。探せ」
360 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:56:11.70 ID:wCFNWaFWO
白い息を吐きつつウラジーミルが辺りを見渡しているとき、カチューシャはピロシキを食べ終わり、近くの物置の扉を蹴り開ける。扉は鈍い音を出して開く
「うわ、汚ったない。農民ってよくこんな所に住めるわね」
物置の中の戸のハシゴの裏で、黒くボサボサした長髪を気にする余裕もなく、私はただ静かに体育座りをしていた。この距離では逃げようとする音すら命取りだ。見つけられない奇跡を祈っていたが届かず、私を見つけた彼女は指についたパンくずを舐めとる
「お前の家族は悪い人たちだからパーパが殺しちゃったわ。お前も一緒に死にたい?」
首を左右に振る。そんなの私には関係ないことだ
「ふーん、そうねえ……お前が今ここでカチューシャに忠誠を誓うなら、パーパに殺さないよう頼んであげる」
真っ直ぐ彼女の目を見つめる。大きなあくびを一つして続けた
「早く決めなさい。カチューシャは気が短いんだから」
何かを感じた。その時は分からなかった。しかし生きる為にそうせざるを得ないなら、そうするしかなかった。首肯した
「お前、名前は?」
「ノンナ」
361 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:57:06.31 ID:wCFNWaFWO
これが、初めて同志カチューシャに出会った日。その日以来私はカチューシャ様のもとに厄介になり、カチューシャ様とこのプラウダ学園地域の為に働いてきた
初め生きる為の手段として彼女を見ていたことは否定しない。だが結構すぐのことだったと思う、彼女の強さと深さを感じ、心の底から忠誠を誓うようになっていた。幼そうな外見の殻の中にある清濁併せ持つ強さ、それに呑み込まれた
彼女が戦車部に入れば進言をして、トップに立っていただくために功績を挙げられるようにした
軟式大会にて黒森峰のフラッグ車を撃破なさり優勝に導いた人気で学園第一書記に就任なされば、私は学園第二書記に就任し学園内の彼女への権力集中を進めた
政治委員を各クラスに設置し、革命精神が1人1人に根付くようにし、カチューシャ独裁体制の構築に向け尽力した
彼女は戦車部隊長に就き、私は副隊長兼参謀総長に就いた。戦術などを彼女の為に必死に学び実戦で生かした
地域の裏切り者という恥辱を背負わされた私が、ついにここまで来た。今や誰一人私を犯罪者の娘という者はいない
私は名誉を取り戻した。地域に役立ち、周りから賞賛され、敬愛を受けている。これからもっと彼女の為に働き、党青年団の最高実力者、ひいてはプラウダ書記長になって頂くのが私の夢
私は彼女を支えるとともに、過去の消去もやった。その為にNKVDの者に身を売ったこともある。純潔など彼女のためなら喜んで捨てる。全ては彼女の為なのだ。もし彼女の命令ならば、火の中に飛び込むことだって躊躇いはしない
362 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 20:57:43.86 ID:wCFNWaFWO
翌日、プラウダ学園都市プラウダ学園高等部校舎裏口。まだ季節としては秋だが、肌寒い風が冬の訪れが近いことを思わせる
「ノンナ、行くわよ」
「はい」
周囲には警備の者が拳銃に指を掛けて警戒態勢を取っている。その正面にあるのは、要人用の車。彼女がプラウダを左右する存在である証左である
乗り込んでからは運転手が勝手に向かうべき店へと導いてくれる。学園はプラウダ市のタモギ地区及びミヤガワ地区、トリタニ川と大河イワキの狭間にある。向かう店はジュウサン湖東岸を通った先のイマイズミ地区にある。距離にして6km強、車だと15分ほどだ。公共交通もそこそこ充実しているため、市街地中心部では目立った渋滞はない
彼女とは車内でこれといった話はしない。要件に関してはこちらの予想に過ぎない以上、ここでの合意が意味を成すわけがない。何より、彼女は今も真剣に書物と相対しているのだ。邪魔せねばならぬ道理はない
広大な学園の敷地の東側を駆け抜け、線路沿いに北上していく。コンクリートの単調な林を抜けると、港湾施設群が姿を見せてきた。漁港、イマイズミである
汽水湖であるジュウサン湖の西部、日本海と面する場所に軍民両用のプラウダ港があるが、それとは別に湖内の海産物を取り扱う漁港がここなのだ。市内で特別発展しているわけではないが、夕飯目当ての客が魚屋の前に列をなしている
その賑わいを流し見ていると、車は速度を落とし始め、まもなくある店の前で停車した
363 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:01:14.79 ID:wCFNWaFWO
数段の段差を登り、木のドアを開けると穏やかな鈴の音が来客を祝福する
「いらっしゃいませ」
にこやかに頭を下げる店員に手紙に入っていたカードを見せる
「ありがとうございます。お仲間の方ならこちらでお待ちです」
時間より前だが、先客がいるようだ。手で先導する店員の先にあるのはドアがついた個室だった。店員がノックしたあとドアノブを捻る
「どうぞ」
店員に案内され2人は部屋に入り、店員に上着を預ける。代わりの番号札を受け取り、正面を向く
「ようこそ!カチューシャ、ノンナ。今日はよくきたな!」
席の向こうに座るのは頭をスキンヘッドにした中年の男だ。にこやかに右手を挙げる。細い体に見えて引き締まっている様子が袖などから垣間見える
彼の名はゲラシム=ジュコフスキー、現在プラウダ人民労農防衛隊、通称プラウダ赤軍少将にして参謀総長を務める男である。つい最近まで対日防衛戦略を練っていたはずの男である
「こちらこそ、本日はありがとうございます。同志ジュコフスキー」
「ありがとね、ジューおじさん」
丁寧に礼をする私に対し、関係の深いカチューシャはくだけた挨拶で済ませる。親が古くからの付き合いだそうだ。私も何度かお会いしたことがあるが、この軽い感じがどうも慣れない。別にプラウダの中で特段悪い人間ではないのだが
「ところで、他のお2人は?」
机の上に用意された紙のマットは5枚。今この場にいるのは3人だけだ
「ああ、それならもうすぐこちらに来るそうだ。場所は決めてないから好きな場所に座りなさい」
364 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:02:10.08 ID:wCFNWaFWO
undefined
365 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:02:54.06 ID:wCFNWaFWO
そう言われ、入り口近くの席に並んで座る。最近の学園での活動などのたわいもない話から、3人の会話は始まった。そんな会話を進めてしばらくした後、ドアからノックが聞こえ、さっきの店員が扉を開ける
「こちらです。それではごゆっくりお楽しみください」
その案内の元、2人の男が入って軽く挨拶する。1人は丸メガネをかけた背のあまり高くない男、もう1人は鼻の下にちょび髭をつけた日本人だ。丸メガネの男は知っているが、日本人の方の顔は初めて見る
「どうもお久しぶりです、同志ジュコフスキー、ノンナ、カチューシャ。ベルドフです」
丸メガネの男が会釈する。猫背であるためか実際より背が小さく見える。本来は隣の同志ジュコフスキーと大差ないはずなんだが
「こんばんは、同志ジュコフスキー。初めまして、同志ノンナ、カチューシャ。私はついこの前同志モソロフから外務局局長を引き継ぎました松岡と申します。以後お見知りおきを」
席を立ったジュコフスキーと握手した後松岡は私たちの方に向き直り、深々と礼をする
366 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:03:25.31 ID:wCFNWaFWO
「ようこそベルドフ!マツオカ!今日は君らがいないと回らないからね!頼んだよ!」
食前にビールを一杯頼んだジュコフスキーは少しテンションが高い。席に座ろうとする松岡の肩をジュコフスキーは引き寄せる
「ベルドフは2人も知っていると思うが、マツオカは初めてだろう。紹介しよう。彼はマツオカヒロシだ。モソロフはロシアとの関係強化をやってくれたが、マツオカなしに中国との関係改善はなかっただろうな!まあこいつは信用して構わんよ。私が保証する」
「同志ジュコフスキー、紹介はこれくらいで。せっかくのここでの食事ですし、乾杯しましょうよ」
嫌がるそぶりは微塵も見せず、マツオカと紹介された男は同志ジュコフスキーの肩を叩き返して応じる。よっぽど近い関係なのだろう。だが私が知らないとなると、裏方寄りか在中の者か
「それもそうだな。乾杯といこうか。君達はジュースを頼みなさい。今日は君達2人の分は私が払おう。遠慮なく食べなさい」
「いいの?ジューおじさん!ありがとう!」
「……それでは、ご馳走になります」
少々考えたが、ここは乗ることにした。別に貸しになるほどのことでもないし、それでこちらに強要されるようなこともない。そして私自身、十分な手持ちがない
367 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:03:59.91 ID:wCFNWaFWO
「私らはワインですな、というか乾杯の前に飲まないでくださいよ、同志ジュコフスキー」
同志ベルドフが苦笑する
「全くですなぁ、ハハハ。同志ジュコフスキーの飲みっぷりは昔から変わりませんな」
同志マツオカは余裕を持って笑う。下手したらかつての同僚辺りなのだろうか。年も近そうだし
「度数5のビールなんて酒に入らんわ。君らが決めてくれ。どれにするかね」
「まあ最初ですし魚中心ですから白でしょうな。マジノ系のもあるのですか……うーん、テーレ・デ・シュッドウがいいのでは?これはサワークリームが合うみたいですね」
「いいだろう。それでいこう。君達は決まったかね?」
「私はグレープフルーツジュースお願い!」
「私はオレンジジュースをお願いします」
「よしわかった。早速頼もう」
机のボタンを同志ジュコフスキーの岩のように太い人差し指が押す。耳あたりのいい軽快な音楽が店員を連れてくる。店員はそれぞれの飲み物と、追加の大きめのサラダの注文を聞いて去っていった。すぐに飲み物が出され、ジュコフスキーのテイスティングののち、3人の大人のグラスの3割くらいのところまでワインが注がれる。ワインとやらは美味いのだろうか。この歳だからよく分からない
「よし、それではプラウダのさらなる栄光と繁栄のために、
ザ ナーシュ フストレーチュ トースト!(我々の出会いを祝って、乾杯!)」
「トースト!」
前に掲げられた白い飲料の群れに、微かに心動かされた。良い予感なのか悪い予感なのかは分からない。ただ願うのはこの白きものがより遠くにあることだ
368 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:06:00.41 ID:wCFNWaFWO
「ところでジューおじさん。こちらの方々を含めて私達を呼んだのは何故?まさか食事だけに誘ったわけではないわよね?」
「勿論、しかも君ら2人が要となる話をするためさ」
そう言い、同志ジュコフスキーは皆にある提案をした。それは確かに同志カチューシャが、いや「戦車道」そのものが要となるものだった
酒が回った彼らが、同志カチューシャのロシア語を冷やかすのは、予想よりもかなり遅い時間になってからだった
369 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/12(木) 21:06:46.06 ID:wCFNWaFWO
広報部より報告
内容
プラウダ学園の動向
同校からの連絡によると
「実に素晴らしいことだ」
を
「軟式大会、硬式化の予兆」
において選択したとのことです
ここまでです
370 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 21:10:18.38 ID:KU5Yllnf0
2130からやりますよ
371 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:10:21.30 ID:KU5Yllnf0
12月4日 岩手県陸前高田市郊外
第74回戦車道大会第2回戦会場
私達は観客席にいた。毎年の軟式大会は多くの観客がいるが、今回はちらほら見えるのみだ。こんな血みどろの試合を間近で見たい奴はそんなにいないということだろう
「問題は……プラウダに勝てるのか?」
河嶋さんが片眼鏡を調整する。そう、その通りだ。敵は日本の中で断トツの面積と人口を持つ学園都市、いや地域。そこに挑むのは人口は20分の1以下の弱小学園都市、戦車は寄せ集めの7輌、そう疑うのが自然だろう
「西住ちゃん、どうよ」
会長さんが私に話を振ってきた。だが前の試合での話を知り、他の人の話に耳を傾けた結果として、答えは一つしかない
「大変厳しいと思います。でも最善は尽くします。次の戦いは少しの油断や迷いが命取りになります。皆さんも私から出る指示をよく聞いて躊躇せず動いてください」
返事は無い。白けたような雰囲気が辺りを包む
372 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:10:53.96 ID:KU5Yllnf0
「え……あれっ?」
「でも、1年生とバレー部ってその指示に従ってやられたのよね。あの立場に選ばれてたのが私たちなら、私たちが死んでたわ。あの塹壕の傍にいたのは、私たちだったかもしれない」
後ろで手を組みながら口を挟んだのはゴモヨさんだ。ももがーさんも同調するようにこちらの目を見る。疑心か
これはあれだな。美味いもん食ったせいで余裕ができて、その余裕で変なことを考えてしまっているんだな。全く厄介な
「な、何を言っているでありますか!西住殿の指揮があればこそこうしてサンダースとアンツィオに勝利出来たであります!」
優花里さんが力を込めて反論を述べる。味方がいるだけでも有難い
「そ、そうだ!ねぇ、こっちにも戦車有るんだから、自衛隊の一点に集中したりして包囲を突破して逃げるっていう」
「ムリ」
沙織さんが言い終わる前に、優花里さんとエルヴィンさんによって希望は打ち砕かれる。当たり前だ
「第3世代MBT相手なんてたとえ1輌でも無理だ」
「武部殿、自衛隊はムチャクチャ強いのであります」
「沙織さんは逃げることばかり考えてらっしゃるのですね」
後ろの華さんも思わず苦笑いする。にらみ合っていた米ソの40年間を舐めない方がいい。その支援を受けた日本も。T-54/55の1輌くらいならなんとかなるかもしれないが、流石に10式はどうあがいても無理だ。行進間射撃し放題とかどうやって勝てと
373 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:11:19.84 ID:KU5Yllnf0
「案外もう西住殿は次に誰を犠牲にするか決めているかもしれんぜよ」
「その指標が何かは計りようがないが、能力、車輌、そしてその場の状況。それ次第ではある意味で死を命じられるやもしれん」
「ちょ……何を言い出すでありますか!」
普段は仲の良いカバさんチームと優花里の間にまで険悪な空気が流れる。まずいな
「やめろ、こんな時に仲間割れなんて最悪だ。今は非常時なんだぞ!旅先はいつもの2倍我慢しろって言うだろ!他に誰か指揮できる奴がいるって言うのか!」
河嶋さんが何時もより冷静に擁護してくださる。この語気の強さは、この時は役立つといいなぁ
「そ、そうだ!西住さんを生かしてこの蛮行を伝える、そう決めただろ!」
「誰も従わないとは言ってませんよ。ワケも分からず死にたく無いって言ってるんです!せめてそう動く理由を教えてください!西住さんを生かすとしても、その為の囮として死ね、というのには納得出来ません!」
そう上手くはいかないか。私に出来るのは不安げな顔をしながら話に耳を傾けるのみだ。誰を犠牲にするか考えている、というのも巡り巡っては全くの嘘にはならない。ここは身を引いて落ち着きつつ、用事を済ませよう
「会長、少し1人になって作戦を考えてきます」
「ん……ああ、余り気にしなくていいよ」
背を向けて去ろうとする肩に会長は手をかけてくださる。内容自体は気になることじゃない。だがこれで団結が崩れてしまうのだけは避けたい
「西住殿、自分も行くであります」
優花里さんが後を追いかけてきた。必要ないが、拒絶するほどでもあるまい
374 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:15:50.44 ID:KU5Yllnf0
同日、第2回戦会場、黒森峰女学園陣地
此処には一時の平穏が訪れていた。2回戦の相手の継続高校は合意通り開始直後に降伏。もともと同盟関係にあったこともあり、決勝戦参加を条件に隊長の下平美香以下全員解放した。もう車輌の輸送準備は完了し、出発までも時間がある
隊員たちは休息を楽しんでいた。隊長の逸見エリカも同様だ。彼女は負傷者用のテントにいた
「はい、お口開けて。隊長の好きなジャガイモとソーセージのスープですよ」
口は開かない。エリカは少し無理やり口にスープを流し込むが、それは喉に送られることなく口から溢れる
「ダメですよ、しっかり食べないと。お身体も回復しません」
しかし反応はない。ただ焦点の合わない目を見せるのみだ
「ほら、こんなにこぼして……」
布巾を取り出したエリカは口の周りを拭く。表情は優れない。この方の回復を何度神に祈ったことか。されどこの方の目に光が灯ることはない
「エリカ隊長。あの、大洗の西住……副隊長が……」
テントの外から聞こえた見張りの声でエリカは口から布巾を外した
375 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:16:26.42 ID:KU5Yllnf0
隊員の一人は私の顔に驚きつつも、話がしたいと告げると身体検査した上で案内してくれた。優花里さんは3歩後ろで待機させている
「これはこれは元SS12部隊副隊長、黒森峰で辞めた戦車道をまた始められたそうで、今更何の御用で?」
テントの幕を開けたエリカさんは嫌味たっぷりに声を掛ける。まぁその通りなんだが
「エリカさん、お姉ちゃんの具合はどうでしょうか」
「良いワケないでしょう!」
テントの鉄柱に怒りをぶつけた。だろうな、としか答えられん
「なんでアンタの方は平気なのよ。大人しそうに見えて腹じゃ何考えているのかわかったもんじゃない。
言っとくけどもう黒森峰じゃないアンタとはもう会わせないからね。隊長をこんな目に遭わせたプラウダを私は絶対に許さない」
彼女と私の間に黒森峰SS歩兵部隊の歩哨がKar98kのボルトを操作しながら入ってきた。その不穏な空気に優花里さんは思わず数歩下がったようだが、私からすれば慣れたもの。意識的に背を向けてその場を立ち去ろうとした
「待ちなさい。次のプラウダ戦、どうするつもりなのよ」
「……姉になら相談したかったのですが、硬式戦の経験が少ない貴女に話しても……」
彼女のの目は目尻が切れんとばかりに見開かれた。歩みを進め始めた私の肩は、その直後にとても強い力で掴まれた
「西住みほ、私を怒らせないでちょうだい」
誰が怒らせた。単にあなたが怒っているだけだろう。昔から挑発には弱いよな。
もう1本の腕の指先がテントの中に案内する。どうやら話をする気はあるようだ
376 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:16:59.95 ID:KU5Yllnf0
暫くしてテントから出た。エリカさんに一礼すると、さっさと背を向けて立ち去った。これで良い
その晩、岩手の南から北へと戦車の乗る車輌は動き出した。その車内で、使用できる銃がトンプソンM1からモシンナガンM1891/30となる事が発表された
377 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:17:45.53 ID:KU5Yllnf0
翌朝、そこは雪国だった
旭川で付け替えられたDD51に牽引された客車1輌、貨車7輌の編成は、石北の大地を警笛を鳴らしながら東へ駆け抜ける。周りは雪景色となった牧場とその奥に山地が連なっている
客車に寝台などない。大洗の予算では旧式の座席車を借りるのが精一杯だった。硬い椅子が深い眠りを阻害する。はっと目を覚ました時、周りの者はまだ寝ていたり、話していたり、ただ外を眺めていたり、生徒会の者は大富豪をやっている。丁度会長さんが革命を起こして、河嶋さんの手札に終止符を打ったようだ
身体にはまだ怠さが残っているが、ここで二度寝してもそれが増すのみだろう。静かだ。聞こえるのは牛の鳴き声の輪唱と少しの人の話し声、それと時たまするカードが叩きつけられるものだけだ
何もないので外の景色を漫然と見ていくことにした。話すことはないし、ここにも戦車道連盟の関係者がいる。ライフルの件やそもそものこの大会の様子から考えて、双方ともに連盟と繋がっている。私の不用意な一言が向こうに漏れるとも限らないのだ
牛が何匹視界の中を通ったか数えるのも面倒になった頃、その徒然なる時は1つの発砲音で阻害された
378 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:18:16.78 ID:KU5Yllnf0
「ひっ!」
隣にいた優花里さんが竦みあがる。銃弾は右に広がる農場の1番奥にいた牛の胴を見事に撃ち抜いたらしく、横にバタンと倒れ、周りの牛が散り散りになっていた。銃声の元はアリクイさんチームだ。窓は少し開かれ、ねこにゃーの持つモシン、ナガンが煙を昇らせる
「おー、さすがねこにゃー。キルデス80%は伊達じゃないなり」
「芋スナキャンプ野郎と罵られても全くブレない不動心!」
ももがーさんとぴよたんさんが口々に褒める。ねこにゃーさんは反応する事なく黙々と薬莢を排出する。ふむ、距離は540m、揺れる車輌の中から当てるとは、なかなかの技術だな
「な、何をしているでありますか!牛は農家の大事な財産でありますよ!」
優花里さんは後ろを向き注意するが、ねこにゃーさんはただじっと外の次の目標に狙いを定め、他の2人は気怠げにこちらを向いた
「うるさいなり、ウチら明日死ぬかもしれないんだから少しくらい羽目外してもいいなり」
「てゆーか、秋山さん副隊長どころか車長でも何でもないのに仕切りすぎっちゃ」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……」
優花里さんは押し黙るしかできなかった
「に、西住殿!幾ら何でも食べるわけでもないのに人の牛を撃つなんてあんまりであります!注意をなさってください!」
「これから見たこともない人を撃つのにですか?」
「え……」
「照準はあっているようですので、弾の無駄はしないように」
少し大きめの声でそう通告すると、力の抜けて背もたれに寄りかかった彼女を見て再び外を向いた。先ほどの牛は最早視界の彼方である。その後銃声はなかったが、何か不穏な空気は終わる気配が無かった
いや情報をくれたことは認めつつ、これ以上撃たないようにとは注意したと思うんだけどなぁ
379 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:18:48.38 ID:KU5Yllnf0
列車は湧別川を南に見つつ、遠軽駅で折り返し、遠軽の貨物ターミナルに入線する。すでに時間は昼になっており、寒空の下で戦車を降ろす作業が終わり次第、連盟に指定された旅館「ヒマワリ」に向かった
部屋は中部屋の和室2つだ。旅館での夕食が部屋に運ばれたが、私と優花里さんとその他の者の間には深い溝が横たわっていた。そして若干優花里さんとの距離も離れている気がした
プラウダ戦に向けてこの状況を改善させたいが、生憎私はこういう時、戦車で前進することで無理にでも付いて来させる方法しか出来ないし、それでは上手くいかないだろう
そして皮肉にも夕飯が美味い。熊筍ご飯とか初めて食べたが、その他も含め美味い。これでは皆の心の余裕は増すばかりだ。その不安に呼応するように外には雪が舞い始めていた
380 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:19:44.78 ID:KU5Yllnf0
〜
『プラウダ学園地域は人民の平等を求める。この平等は地域の民の機会の均等であり、存在条件の公平性である。この維持の為資産、人種、言語、宗教、思想などによって一部の人間のみが不当に機会の利を得ようと動くことをプラウダは許さず、如何なる手を使ってでもこれらを認めない』
プラウダ学園地域憲章より
〜
プラウダ学園地域の前身プラウダ自治会は第一次世界大戦後のロシア内戦から逃れた元富裕層のロシア人たちを主体として設立された。日本がソヴィエトと国交を結ぶ際に権限が縮小されたが、それ以外は特に抑圧を受けず、戦後には第一次学園艦計画の中で学園都市化がなされた
しかしロシア内戦を逃れた富裕層とソヴィエト5カ年計画実行中後の困窮を逃れ加わった農民層との間には意識的に隔絶があり、それがプラウダ革命、共産党政権設立へと繋がっていく。そしてスターリン批判を行ったソヴィエトとの関係強化に動き出すのである
381 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/09/15(日) 22:20:20.41 ID:KU5Yllnf0
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