【ガルパン】 不死の感情

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402 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:37:21.61 ID:0HQ/L1/L0


〜ゆきーのしんぐんこーおりをふんでー どーれがかわやらみちさえしれずー〜

外の吹雪はさらに激しさを増している。歌の途中で息を吸おうとした時に喉が固まるような感覚を覚える。優花里はそこで歌うのを止め、胸元から小型の簡易温度計を取り出す。気温はマイナス37度、なんと先ほどよりさらに気温が低下したのだ。下手に立ち止まったりしたら、その場で血液が凍ってしまいそうだ

「グデーリアン、離れるな!」

エルヴィンの声で優花里は距離ができてることに気づき、胸元に温度計を戻すと、足で雪を掻き分けながら近づいた。そのまま並んで歩み続けるが、周りの景色は至って単調、白一色だ。たまに視界に入る枝しかない木が無ければ、本当に道さえ知れないだろう

「……しょうがない、引き返そう、グデーリアン!一面真っ白で敵も何もない。逆にこのまま行くと迷ってしまうぞ」

その時、優花里は見た。絶対に味方ではない姿を

「え、エルヴィン殿、あれっ?T34とスキー兵、プラウダの攻撃部隊であります!」

彼女の指差した先には2輌の戦車とその周りに棒のように立つものの群れがあった。2人は素早く近場の稜線の裏に隠れて伏せる。優花里はさっと双眼鏡を構えた

「まさかこの天候で……早く戻って報告を!」

立ち上がり背を向け引き返そうとする優花里の肩をエルヴィンが押し留める

「待てグデーリアン、様子がおかしい」

遠目でだが確かにそれらには妙な違和感があった。2人はゆっくりと稜線の裏から出て、腰で雪を掻き分けて道を作りながら近づく。その違和感は近づいていく中で明らかになった
もう彼らは動いていない。動く気配もない。戦車の履帯はほぼ雪で埋まり、砲身にもかなり雪が積もっている。周りの人だったものも腰まで雪に埋まり頭の上にも積もっている様子から、ここに来たのはだいぶ前だとわかる

「これは……」

「おそらく迂回か奇襲のための部隊だろう。プラウダ兵ですらこの寒波には耐えられなかったんだな。よかったと言うべきか、気の毒と言うべきか……」

2人は無言のまま、出来るだけ彼らの目を見ないようにしつつモシンナガンの弾を遺体から少々拝借し、腰でできた道がかき消されないうちにその場を離れた

403 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:39:30.19 ID:0HQ/L1/L0


願っていた音が聞こえる

「動いた!西住さん、IV号の砲塔周りは溶けたようです」

IV号の砲塔はモーター音を立てながら反時計回りに回転を始める。だが一度緩んだからとこちらも気を緩める訳にはいかない

「はい、再び凍らせないように暖め続けてください。それと他の車輌も引き続きお願いします」

「了解しました。次はヘッツァーとIII突の復旧を急ぎます」

「はいよ、焼きレンガ。ほんっとあっついからね」

フリントさんが焼きレンガを持ちながらIV号に近づき、車輌の上にいるホシノさん渡そうと手を伸ばす

その時、紙にパチンコが当たるような音がし、レンガは地面に向けて放物線を描き、角の一つが砕かれた。それに続きフリントさんが銀髪を引き連れて、手をつくこともなくうつ伏せに倒れる。長身の頂点にあたる頭から真紅の霧が舞う

受け取ろうとした、ホシノ

物音を聞き振り返る、皆

須臾、時が止まる

音と様子、そして変更された装備。導かれる答えはただ一つ。止まったままでは次が来る

404 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:42:18.09 ID:0HQ/L1/L0

「スナイパー!」

その声でスイッチが入ったかのごとく皆は伏せる。地面にばら撒かれた干し芋に会長さんが目もくれないほど

窓際に駆け寄って伏せ、胸元を探る。確かアレがあるはず。フリントさんはまだ息が有り、頭から流血しながら呻き声を出す

「……うっ……」

「フリント!まだ生きてる!早く、早く手当てを!せめて壁側に寄せるぞ!」

「よせ、危ない!」

ムラカミさんが立ち、フリントさんの元に駆け寄る。河嶋さんの言葉も耳に入らない。あった。止めても無理だし、間に合わないだろう。淡々と取り出した手鏡を外に向ける。
銃声は冷酷だった。彼女の大きく鍛え上げられた肉体でさえ、小さな鉛玉を食い止めるには余りにも無力であった

少し時間が経つと、ムラカミさんの左手はフリントさんの頭を水源とする血の池の中に浮かんでいた。もう呻き声はない


405 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:42:50.32 ID:0HQ/L1/L0


第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者

石引 雄香

プラウダ 銃殺 頭頂部の破壊に伴う失血死 銃撃後1〜2分ほど意識があったと思われる


村上 景子

プラウダ 銃殺 頭部左側部から右側部にかけて貫通による脳死 即死


406 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:45:07.20 ID:0HQ/L1/L0


「猫田さん、こちらへ」

「はい」

彼女らの命は、逆にこれ以上の損害を防ぎうる情報をくれた。これを価値あるものにするためには、彼女が必要だ。仮に仮想の中だとしても、どう動くべきか理解している。それだけでもプラスに働く
猫田さんが窓際を這って近づいてきた。彼女をさらに近づけさせ、手鏡を通して外を見せる

「この奥の建物の3階、右から2番目の窓です。2階から狙えますか?」

「ボクが?」

「動いている列車からの牛よりは動きませんよ?向こうもこちらにスナイパーがいるとは想定してないでしょうし」

「……やってみる。ボクはこれくらいしか取り柄がないから」

這って戻った猫田さんはモシンナガンのボルトを操作し、動作を確認する

「動きますね」

「それは大丈夫そう。あの、西住さんってゲームの成績だからって馬鹿にしないんだね」

「キルレシオ4の立ち回りなんて私には到底無理ですから」

「おい、西住……何を」

「動かないでください!もう向こうはリロードを終えているはずです。2発連続で当てていることから、向こうは相当の手練れでしょう。身体を出したら、死にます!」


407 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:46:51.91 ID:0HQ/L1/L0


その言葉に返事せず、ねこにゃーは身を低くして出発する。木製の階段を駆け上り、階段の手すりの終わりから素早く1番近い窓の窓枠に張り付く。ゲームをやる時の何時ものルートだ、ミスりはしない
そして先ほど西住さんに指摘された建物の窓には、言われた通りそれらしきものがあった。こちらはスコープに目を寄せて、窓際に膝を立てる。捉えた
その敵を確認する。敵の銃は1階の方を向き、まだ新たな尸を産もうとしている。こちらに注意は向いていない。このまま銃の引き金を引けば、敵は死ぬだろう

だがその敵が一瞬くしゃみをした。そして鼻を拭おうとする。それは画面の光の集まりではない。人であった。ねこにゃーの頭の中を想像が駆け巡る

どこの誰か知らないけど、私のこの指でこの人の人生が終わる。家族や親戚はさぞ悲しむんだろうな。兄弟はいるんだろうか。現実で脳漿が飛び散るところなんて見たくないな。
邪推に自分が囚われていると感じ、目を閉じてそれを振り払おうとする。何時ものゲームの感覚で淡々とヘッドショットをとればいい。向こうだってこっちを殺す気で来ているのだから躊躇う必要はない
そう信じて目元に力を込めた

眼を見開いた先に見えたのは棒ではない、点だ。敵が点を持っていた。仇となった

「あっ……」

その点が自分のスコープの照準と合わさった時、みほらのいた下の階には先程と同じ銃声が響いた。銃弾はスコープごと彼女の目と脳を撃ち抜き、辺りには脳漿が飛び散った
皮肉にも彼女が先ほど敵の姿を借りて想像した様を自分で体現したのである


408 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:47:25.42 ID:0HQ/L1/L0


第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
猫田 鳴海
プラウダ 銃殺 右目から頭部右後部にかけて貫通による脳死 即死

409 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/22(日) 22:48:09.66 ID:0HQ/L1/L0


カチューシャ独裁体制

2011年度硬式戦車道大会における黒森峰女学園撃破の作戦を提示し、それを実行したエカチェリーナ=イワノワは、その年末の共産党青年団長選挙に出馬。黒森峰への反感を吸収して当選を果たした。また彼女が率いる政党『勇気ある民』は、翌年の高校共産党大会選挙で単独過半数を確保。そのまま学生防衛委任法によって党大会の権限を共産党青年団執行部が一年に限り継承し、黒森峰打倒を名目に独裁体制を樹立させたのである




ここまでです
410 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:43:04.08 ID:d3dmTuuHO

2050くらいから始めますが奇跡的に見ていらっしゃったらご覧ください
411 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:50:04.56 ID:d3dmTuuHO


絶望のなかにも焼けつくように強烈な快感があるものだ。ことに自分の進退きわまったみじめな境遇を痛切に意識するときなどはなおさらである。

ドストエフスキー

412 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:51:36.02 ID:d3dmTuuHO


「華さん!直ぐにIV号に乗ってください!」

銃声は同じ。上からは倒れる音。しくじったか
だがこの鉛玉を封じる手は尽きたわけではない。時を移さず命令を出す。華さんはIV号に飛び乗り、横のハッチから身を捻り込ませた。次に向こうが撃った弾は、短時間で狙いを定めることは出来なかったようで、ハッチから右にずれた所に当たった。流石にIV号なら銃弾で抜かれたりなんかはしない

「華さん!榴弾で!」

「はい!」

車中にはツチヤさんが隠れていたはず。装填を手伝えば、時間はそうかからないはずだ
砲塔が右に回転を始めた。だが問題は目標を華さんに見せねばならない。2人の遺体の位置なども合わせれば、どの窓を経由して来たかは分かるだろうが、その何処からかは説明できない以上、光源を直接見なければわからない
近くの布を持って宙に投げる。布は弾に命中され地面に叩きつけられたあと、寂しく銃声が響く

「みほさん、場所分かりました。ライフルの弾の速さは?」

「850!」

「距離は600……撃てます!」

「撃てッ!」


413 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:52:34.00 ID:d3dmTuuHO


合図を向こうが確認していたかは分からない。ただ建物を揺らさんばかりの砲撃は、確実にその砲身によって行われた。そして放物線を描いた砲弾は、私が鏡ごしに指差していた建物を見事に捉えた

流石は華さん。腕前は超一流だ。この寒さで砲身が歪んでいたら、それを考慮する必要もあったというのに

こちらが使ったのは榴弾。建物は階層ごと吹っ飛ばされている。仮に逃げようとしていても、巻き込まれていないはずがない。そしてこの寒空の下動けない人間を助ける暇人はそうはいまい

414 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:54:33.90 ID:d3dmTuuHO


キューポラから華さんが頭を出す

「みほさん、もう1発撃ちますか?」

「いえ、十分です。榴弾であれだけ被害があれば大丈夫でしょう。直前にこちらに1発撃ってますし」

華さんは力が抜けたのかするすると自動的に車内に戻った。周りのものにも今ここを生き延びれた、そのことに安堵の表情が浮かんでいる

「これで……大丈夫……なの?」

「……恐らく。仮に2人以上いたとしても、榴弾に巻き込まれているでしょう。プラウダがいかに人を抱えてようと、狙撃ができる人材はそんなに数はいないと思いますし
一度警戒は解きますが、再び銃撃等があったら先ほど同様すぐに物陰に隠れてください。
では先ほどの作業を再開します」

ゆっくりと立ち上がった人々によって、暖炉の中で加熱に加熱を重ねられたレンガが再び戦車の上に乗せられ始める。予想通りさらなる狙撃要員は確保できていないようで、建物の中は暫くは安全そうだとの見解で一致していた
建物にあった黒い布を持ってゴモヨさんとパゾ美さんは2階の、河嶋先輩と小山さんは1階の遺体を回収する。だが遺体は視界から隠せたとしても、血痕だけは冬の池のように氷を張りそうになったまま残されている

ラムさんがムラカミさんとフリントさんの遺体を抱き寄せながら号泣していた。カトラスさんも彼女の方を握り無表情を貫こうとしつつも、涙と口元の震えまでも抑えられるわけではなさそうだ。だが遺体はそれに何か返事をするわけじゃない
彼女らを作業に連れ戻すことを名目に近づいていった河嶋さんも、結局は涙を流す3人目となった。もともと彼女らは河嶋さんに助けられたという話だったし、河嶋さんにも彼女らに対して強い思いがあったのだろう
私も彼女らの死によぎるものがないわけじゃない。あの『どん底』での一瞬の安らぎを忘れたわけじゃない。しかしそれが本当に一瞬であり、すぐに彼女らを作業に引き戻そうとした辺り、私の心はどんどん人から遠ざかっている


包まれたものは入り口に並べられる。黒い、川だ。流れない、川だ


415 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:55:29.65 ID:d3dmTuuHO


「西住ちゃん」

皆の警戒がかなり緩んで来た頃、入り口の方を向いていた会長さんが声をかけてきた。暖炉の前で立ち上がり、服の埃を払う

「秋山ちゃん達が帰ってきたよ」

「本当ですか」

優花里さんとエルヴィンさんは建物の前の雪の山から飛び降りて入ってくる。体調に大きな変化はなさそうだ

「不肖秋山優花里、ただ今帰還致しました!」

優花里さんは力強く敬礼を決める。本当に問題なさそうだ

「敵の様子は?」

「ここから北に1.5キロほどの所で歩兵と戦車を含む敵迂回部隊を発見しましたが、全員凍死しているのを確認致しました。他に動きはないであります」

「それは直接確認しましたか?」

「勿論だ。あの様子を見るに今日は攻めよせてこないかと」

「分かりました。ありがとうございます」

不気味だが、向こうから今日攻めよせてくる可能性が一つ潰れただけでも大きい

「戦車は何輌ありましたか?」

「1輌だけでした」

1輌だけ……

「それにしても、こちらは……」

優花里さんの手は黒い袋の並びに向けられる

「狙撃を喰らいました。やはりモシンナガンに変えたのは、こうして抵抗させずに叩くためだったようです。が、華さんが榴弾でなんとかしてくださいました」

416 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:57:17.53 ID:d3dmTuuHO


「……変じゃないか?」

エルヴィンさんが話の中で首を傾げた

「……と言いますと?」

「プラウダだって上限は15輌のはず。確かにこちらに対して数が多いのは事実だが、それでも車輌や人員を見捨てたりするものか?数があるなら、一斉に投入して完全な数的優位の下で倒すのが筋だろう」

「……確かに向こうの攻撃がちまちましたものばかりであります。それどころか我々が発見した部隊は攻撃さえ出来ていません。
こちらの精神を削るのには効果があるかもしれませんが、それに見合う損失かというと微妙でしょうな」

「……プラウダならスパイの排除などを名目にやりそうなので何とも言えませんね……」

「そうですか……」

「ですが今後の判断材料にはなります。ありがとうございました」

表向きはそう言ってごまかしたが、それでも何か裏があるのか疑わざるにはいられない。杞憂だと願いつつ、恐怖を覚える予想もする必要があった

「そど子殿とお銀殿はまだでありますか?」

「あっちはちょっと奥まで行っているのかもしれんな。そど子さん目が良いって話だったし」

417 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 20:59:05.12 ID:d3dmTuuHO


その後、ただ時は進み続けた。話すこともなく皆車輌と暖炉の前を往復する。IV号以外の車輌の砲塔、エンジンも動き始める。優花里さん達が帰ってから暫くした後、入り口の方から何かが倒れる音がした。入り口には倒されているものはあるが、倒れるものは本来ない
見ると、そこに居たのは白いコートを頭まで着てうつ伏せに倒れているものだった。ヘルメットがコートより上にある

「お銀さん!」

「……西住……隊長、すまない。園さんが……」

「園さんがどうしたのですか!誰か、暖炉の前まで運ぶのを手伝ってください!」

仲間の危機の前に思わず叫ぶ。生きている限り価値はある

「親分!大丈夫すか!」

「お銀!」

生き残った他の2人もすぐさま駆け寄ってくる。カトラスさんは柄になく表情に焦りをさらけ出している
暖炉の前に寝かせたが、唇は紫に変わり、それ以外は蒼白
「乾いている服をたくさんお願いします!あとはすぐに焼きレンガを!それと桶か何かに雪をお願いします!」

「な、何する気だい?」

「一部は服の中に仕込んで、残りはぬるま湯を作ります!凍傷を引き起こしている可能性もありますから!少し熱めのお風呂くらいのものを!」

服は濡れているもののうち無理なく脱がせられる部分は取り、他は残す。こんなに寒い中とはいえ無理に剥がして怪我させては感染症になる可能性もある。だがすでに事態は相当悪いも思われる。特に足が

418 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:00:40.75 ID:d3dmTuuHO


「園さんは……死んだ」

「そう……ですか」

言葉は絶え絶えだ。まぁ、片方がこうなっていてまだ戻らないもう片方がこれより状態が良いとは考えづらかったし、重大な驚きではなかった

「急に立ち止まって頭を抱えたから……何事か……って思って背負って連れてこうとしてたら……急に……背中の方から……パキッて……何かが割れる音がして……喉から漏れ出るような呻き声が……」

「……そしたら死んでいた、と」

頭蓋骨損傷あたりか……死体がないから断定はできないが

「……そうらしい。人って……ああやって死ぬんだな……私は……ああはなりたくない」

何故か彼女の顔には笑みが見える

「とりあえず服をかけとくぞ!」

「ジッパーで開けるものをどんどんお願いします!2枚か3枚入れたところで、焼く時間が短めのレンガを入れます!」

「服は溶けないかい?」

「それは大丈夫なようにします。あとは乾いた布で包んだものを4つほど、末端を温めます!」

「……に、西住隊長……」

背後にて彼女の靴を脱がせていたらしいラムさんが体の芯が震えるような声を届けてきた。彼女の手にある靴には側面に大きく傷が付いており、傷からラムさんの服を見せる

「ケガ……」

「帰りにな……まだ園さんが死んでいると知らなくて……背負って歩いていた時に……な、雪の下に埋まっていたらしい木の枝を……思いっきり踏んでしまってな……
底は抜けないと思っていたが……まさか側面がガリッと削れちまうとはね……」

まずい。彼女の足は靴下同様赤く染まって膨れ上がっていた。おまけに傷のある一部は少し黒ずんでもきている
明らかに凍傷だ。医学の知識は私にはないが、これくらいは予想がつく

「……さっきまでは……疼くような感じがしていたんだが……もう……痛いだけ……だ……」

それもかなりの重症だと思われるが……果たしてぬるま湯につけて効くものか……

419 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:02:36.48 ID:d3dmTuuHO


「に、西住さん!親分は大丈夫なんですか!」

「……麻子さん、会長さん、ちょっとよろしいですか?」

人の力を借りよう

「どうした?こっちの作業中断していいのかい?」

「……お銀さんの症状、私だけは判断がつきません。手伝いをお願いします」

「……分かった」

「まぁ、私に分かるかは分からないけどな。私は医者じゃないし」

そうだ。これもある意味逃げだ。彼女らとの合同の判断、という名目で最悪のケースの責任を分け合おうとする手段に過ぎない
麻子さんと会長さんはラムさんが抱えていた左足の外側の傷をじっと眺めていた。時々小言で話しているのは、こちらには聞こえない

「西住殿!ぬるま湯はこのくらいでいいでありますか?」

優花里さんが桶らしきものに湯気の立つお湯を張って持ってきた。さわるとまだ夏の水風呂もどきくらいでしかない。ここまで寒い環境に居続けると、温度感覚も狂うものなのかもしれない

「まだです。もう一個焼きレンガを投入してください!あとはこちらにもってくるときも一つ持ってくるように!この天気じゃすぐに冷めます!」

「了解です!」

すぐに立ち去った優花里さんに気を払う余裕はない。お銀さんの顔を覗き込む。息も浅い

「……西住さん……」

「はい」

「ムラカミと……フリントは……」

「……あちらに」

嘘をつく必要は感じられなかった。黒い袋が3つ。そのうち2つだと指でさっと示す

「……そうか。だよなぁ、こんな寒空の下に偵察か出撃以外で外出する奴はいないよなぁ……」

「ライフルで狙撃されました。私の警戒と管理不足です。お仲間を……申し訳ありません」

「……管理してたら、止められたのかい?」

「私には……そうは見えないけどね……装備も変わってたし……こちらには……手も足も出ない話さ……こんなことは言いたくないし……実際に手足が伸びるわけじゃない……がね」

心なしか顔が赤くなっているように見える

420 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:03:46.53 ID:d3dmTuuHO


優花里さんやラムさん、カトラスさんらにより作業が進められる中、会長さんと麻子さんが私を指で外に出るように示した。ついでに河嶋隊長も呼んでいる。私の予想はほぼ当たっていたらしい
外で麻子さんは深く一つ呼吸してから口を開いた

「……あれは……どうにもならない可能性が高いだろう。少なくともここでは」

「……私もそう思う。傷が一部壊死しているよ、あれは」

「え、壊死……」

「……そうですか」

色がおかしいかったからそうもなるか

「もし滅菌された場所や治療道具があれば、切除したりしてなんとかなるかも知れないが、ここにはどちらもないな。
秋山さんのかばんの中身を使ってもいいが、包帯はほぼ使い切ってしまっているそうだ。傷を十分に塞げない。仮にあっても凍傷の傷相手に足りるかは分からんが。
傷のあたりは下手に温めて血流を良くしたりすれば、体力の消耗も考えれば破傷風クラスでも命に関わるぞ」

「外に出ている間はあの寒さだったからまだ大丈夫だったのかもしれないけど、ここは少しは暖かいからねぇ。あの進行度じゃあ細菌やウイルスに感染するのは時間の問題だ、と思うよ。温めたらなおさら」

「そして現状の彼女では感染したら最後、助かるとは思えないですね」

「に、西住。何とかならないのか……人数が少ない私たちからしたら、一人でも減るのは厳しいだろ?」

421 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:05:07.32 ID:d3dmTuuHO


「……そうなると案は3つ
一つは彼女だけプラウダに降伏させる
もう一つはそれでも何とかアルコールで殺菌したりして時間を稼ぐ
最後は……」

「ここで……楽にする、か」

「はい、そうなります。この戦いはこの天候だと長期化する可能性があります。このまま彼女を苦しませ続けるよりは……」

「……な、何を言ってる、西住」

「それにこのまま病気にかかられると、それがチーム内に広がる恐れもあります。
一人でも厳しいのです。それ以上各車輌の人数が減る、少なくとも戦車に乗れなくなると……厳しくなります」

「まぁ、先日の西住ちゃんの話を聞く限り1番最初はナシ。生徒会長としては最後の手は取らせたくないけどね……教育的に」

「今更それを言いますか?」

「……まぁ、味方に直接手を下すならね」

「で、2番目が可能か……という話か……」

ここでどうこうなる話ではないと思うが、それでも4人で頭を付き合わせなくてはならない
だが全員が一斉に頭を振り上げる時が来た。天をも突かんとする断末魔が同時に彼らの耳を訪れたのである

「ああああああああ!がああああああ!」

「お、親分……」

「い……いッ!」

「が、我慢して……お銀」

「そ……から……足を……足を抜い……れぇ……頼む……」

ケフッ

「し、しかし温めないことには……」

「がっ……」

壁の向こう、入り口を超えて響くお銀さんの絶叫であった

422 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:05:39.36 ID:d3dmTuuHO

「……2番目……」

「……厳しそうだな」

「うん……この様子だと……ね」

「……おい、西住」

3人が一定の方向性で一致を見出そうとしていた時、河嶋さんが3人の間に割り込むように入った。そして私と至近で目を合わせ、両肩を掴んだ

「西住、頼む!殺すのは……殺すのだけはやめてくれ!あいつは……あいつがいないと……船の底は再び血と暴力の連鎖が続く場になってしまう!学園に……学園艦に、そんな場所を残したく……ない!
絶対に生かして帰せとは言わない!だが助かるかもしれないのに殺す、それだけはやめてくれぇ!」

「……どういうことです?」

会長さんの方へ視線を逸らすと、会長さんは頭を掻きながら気怠そうに話した

「いやー実はね、数年前まであの船の中って今以上に治安悪かったのさ。西住ちゃんは『どん底』行ったんだろ?そんなことをするなんて考え付かない程度にはね
外の人が下手に入ったら帰ってこれないのは当たり前。ひいては船の中でも担当部署や居住地域ごとに縄張りをはって、僅かな独自収入を巡って抗争続き。生徒会からの命令どころか、場合によっちゃ同じ船舶科の指示さえ聞きやしない。そんなとこだったのさ
そこをせめて学園艦の中だけでも安定させたい。人の血を流させたくない、って調停に入ったのがかーしまだったのさ。お陰で生徒会での仕事は私や小山とかに回されてばっかりだったけどね
結果的に彼女らを戦車道に取り込んだのはかーしまなのさ。だから特別な思い入れがあるんだよ」

「姉は……抗争の中で死んでいった……この大洗で、少なくとも内部で、二度とそんなこと……させたくないんだ!何とかならないのか!」

「……本人に事情を伝えましょう。それでも助かることを望むなら、最善を尽くします」

「……かーしま、気持ちは分かるがそれが筋だ」

「はい……」

会長さんに肩を掴まれた河嶋さんはやっと私の肩から手を外した

423 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:07:24.32 ID:d3dmTuuHO


一時的に人払いをして、小さな声で事情は伝えた。その返事はあまりに単純で、的確だった

「……そうか……やってくれ、西住さん」

「……おい、お銀!お前、死ぬ気なのか!」

「桃さん……自分の身体って……本当に自分で分かるものなんですわ……恐らく……ここで生かしてもらっても……先は……」

僅かに動く右手を胸の上へ移した。これでも本当に一苦労なようだ

「お銀!生きるって言ってくれ!ムラカミもフリントに加えて……お前も目の前で喪うなんて……」

土煙の残る建物の床の上に、河嶋隊長の額

「……ははっ……やっぱ桃さんは……私らみたいな人間に……優しいや……優しすぎる……」

一度顔を背けて咳をした。それでさえ彼女の力を奪っているのが、苦悶の表情から察された

「生きたいと……思っても……もう……寒気に当てられた体が……言うことを……きかないんだ……
桃さん……今まで……沢山の……我儘を……聞いてくれて……ありがとう……貴女は……そのままで……いて欲しい……」

彼女の片手にしがみつく人から、声とも分からぬ咽び泣きが発せられる

424 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:08:44.81 ID:d3dmTuuHO


「……西住ちゃん……」

「……足の傷は既に感染症にかかりやすくなっています。少なくとも今夜外に出ることは出来ません
そしてその凍傷の治療はここでは不可能です。他の皆のためにも、その決定をしてくださったことを感謝します」

「身体って……あったまるの……早いんだな……あったまったら……きっと……痛みが……やって……くる……
痛みが……想像もつかない痛みが……怖い……怖い……だから……その前に……」

「……分かりました。その意思を尊重しましょう。私が執行します。会長さん、河嶋さん、よろしいですか?」

「……許可するよ。生徒を無為に苦しませるよりは……ね」

会長さんの吐き出し尽くすような返事の一方、河嶋さんは未だ躊躇いを隠さない。麻子さんの方に向くと、面倒そうな顔をして一声付け加えた

「……彼女を守る術は他にないぞ」

「……そうか。お銀……」

「……大丈夫だから……」

何とか首を回し地面に近い顔に寄せる様は、人から見たら痛々しいったらありゃしない

「……西住……」

「はい」

「お銀を……頼む……」

「ありがとうございます。あ、皆さんに伝えます?」

「……いや、やる前に話が下手に広がっては面倒だ。ラムちゃんとカトラスちゃんだけ呼ぼう。流石に伝えないのは可愛そうだ」

「お任せします」

ここには麻子さん含めて3人だけが残った

425 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:09:30.81 ID:d3dmTuuHO


「……ははは……あいつらにまた会ったら……生きたくなっちまう……とは思わない……のかい?」

「痛みは人間の苦痛の根源。それから逃れようとすることは、何があっても揺らぎませんよ」

「……そうか……そうだ……ひとつ……いいかい?」

「はい?」

「私の服の……胸ポケットの……中に……パイプが……」

「……失礼します」

幾層にもなった服を掻き分け、彼女が初めに着ていた服に辿り着く。そこには透明な袋に入ったパイプが、少し歪んだ形で入っていた

「……歪んでますね」

「……そうだろうなぁ……真ん中の辺りを……持って……口元へ……」

「はい」

袋の周りは溶けたパイプが張り付きかけていたが、それを注意深く外してゆっくり口元へ寄せると、口をかすかに開いてそれを受け止めた

「ふぅ……」

「船舶科の帽子はいかがします?」

「……それはいいかな」

ゆっくり、小さく左右に首が振れた

「親分!」

「ど、どういうことなの!」

生き残っている2人が必死の形相で詰め寄る

「……そのままさ……このままじゃ……みんなに……迷惑かけるだけ……」

「じ、冗談……だよね?」

「冗談で……こんなこと……言えるか?」

私が無言で自身の拳銃に球が込められているか確認している様をちらりと見て、2人とも口を閉じた

「……なぁに……向こうには……そこの2人がいるんだ……怖くは……ない……」

そう言いつつも手先が震えるのはこの寒さのせい、ということにした

「何か他に言い残しておきたいことは?」

「……勝て……プラウダにも……黒森峰にも……大洗女子学園は……残すんだ……絶対に……船底を……守るために……
ラム……カトラス……お前らに……会えたことを……忘れはしない……私の元にくるの……暫くの……楽しみに……させてくれよ……
この身体じゃ……暫く……酒は……必要なさそうだ……ま……向こうで……楽しめるかは……分からないけどね……
西住さん……これでいい」

426 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:10:25.69 ID:d3dmTuuHO


私は側にあった、冷たくなりつつある桶の水で手を濯ぎ、素早くハンカチで拭った。そのまま手に取った銃を両手で構え、彼女の頭へ向ける
肩から腕、そして照星から先は確実に照準を定めていた
「……ははっ……こんなちっぽけな……もので……本当に……死んでしまうとはね……」

彼女と目が合った。いや、正面から私が構えているのだから、合うのは普通だ
だがその時、手から力を抜こうとする外圧が、背中全体を駆け巡った。思わず銃口を下げる。違う。彼女は受け入れている。そして私に委ねている。あの時とは違う。違うんだ

「……西住ちゃん?なんなら」

「いえ、私がやります」

この苦を生涯の中で味わうのは、私だけでいい

「お銀さん、目を閉じて頂けますか?」

「……お安い……御用さ」

よし、黒い焦点は消えた。これで撃てる。
一呼吸置いてから両手で彼女の正面、脳味噌を確実に1発で貫けるように構えた

「……結局……役立てなかったなぁ……」

最期の言葉は聞かなかったことにした
この銃にはサイレンサーなんて高性能なものは付いてない。すぐに周りの者に結果は知れ渡った


427 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:10:54.36 ID:d3dmTuuHO


第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

園 みどり子

プラウダ 凍死 頭蓋骨破損による脳損傷

栗下 良華

プラウダ 銃殺 頭部前方から後方への貫通による脳死 即死

428 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:12:22.44 ID:d3dmTuuHO


こちらに来る者の大半は目の前の光景に気づくや否やすぐに目を逸らしてしまう。話し掛けてくるものはない

銃を足元にそっと置き、両手を合わせる。ただ感謝を込めて。第三者を介在させる必要もない

「……彼女の意志は尊重されました。先程のお二方と同様、包んで並べてあげましょう。
同時にラムさん、カトラスさんを他車輌へ振り分けます。人数的に運用不可能なマークIVは放棄します」

残ったのは操縦手と砲手か……専門職すぎて車輌を放棄させると使いづらいな……仕方ない

「ラムさんはアリクイさんチームの通信手、装填手を。カトラスさんはカモさんチームの37ミリの砲手と通信手をお願いします。
流石に弾は使えないので、明日以降実戦でのカンの把握をお願いします。メインは75ミリの方で」

おかっぱの2人を見やったが、どうやら2人をターゲットにした話だと気付いてないらしい

「金春さん、後藤さん、よろしいですか?」

「……は、はいっ!」

よし、言質取った。船底の人たちと組みたくないなんて言わせる気は無い
誰も何も言わない。会長さんら決定を受け入れた人たちは事情を理解してくださっているからだが、他の人も同様なのだろうか
お銀さんの遺体は私と会長さん、河嶋さんの3人で黒い布に包み、ムラカミさんの脇に加えられた

429 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:12:54.66 ID:d3dmTuuHO


夜を迎えた。夜襲への警戒も兼ねて、交代で休息をとることにした。建物の中には雪がしんしんと降る音と、暖炉の上のやかんが煙を蒸す音、そしてその暖炉の火が跳ねる音のみがこだます。やかんの注ぎ口から直に煙が登っているように見える
起きているものは暖炉の周りに群がる。短期的なスパンで起床と就寝を、座りながらにして繰り返している。外はもう吹雪こうとはしていなかった
明日、緩む

430 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/09/26(木) 21:13:31.40 ID:d3dmTuuHO


広報部より報告

内容
大洗女子学園の動向

同校からの報告によると
「彼女の望むことを」

「勇敢な斥候の重傷」
に対し選択したとのことです



今日はここまでです


431 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:45:49.98 ID:nCryEuB7O
しばらく新疆に行ってて何もできんですまんやで


お詫びに今日中にプラウダ編終わらすやで
432 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:46:22.12 ID:nCryEuB7O


弁護士はね、ピンチのとき程ふてぶてしく笑うものよ

「逆転裁判」より

433 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:47:42.61 ID:nCryEuB7O


12月7日、プラウダ学園地域遠軽部生田原分部水穂 プラウダ高校陣地

昨日とはうって変わった快晴の空に、鋭く靴が差し込もうとして押し返される

「よし!よく凍っているわ。1日無駄にしたけど、これで戦車は十分に機動出来るわね」

同志カチューシャは凍った地面を何度も蹴る。やっとのことで氷は割れ、鈍い音に変わる。そのまま踏み潰された氷はパリパリとヒビを辺りに走らせた。
確かに夜は冷えた。お陰で氷は固く、履帯で踏み固めながら走る程度は可能だ

「はい」

「ノンナ、クラーラとニーナの部隊は?」

「無事昨日朝向こうを出港しています」

「そう。今我が校に動ける戦車は何輌あるかしら?」

「はい。呼び寄せた分を含めると、331輌中現在240輌が稼働可能です」

「全部集めなさい。1輌残らず」

「は?」

予想外の指示に思わず変な返事が漏れ出る

「大洗なんて黒森峰の前座にすぎない。一瞬で方をつけるわ。その為にも圧倒的な数をそろえなさい。地域の力の差を見せつけるためにね」

「しかし、準決勝は15輌までもいうルールですし、少し離れた場所に予備として待機させている車輌もあります。それらを試合開始までに呼び寄せて稼働させられるか」

「ノンナ!」

同志カチューシャは私なんかの言い分を叫んで無理やり止める

「忘れたの?戦車道は強豪校の都合自体がルール!そして圧倒的、徹底的な殲滅戦こそがこのカチューシャの戦い方なのよ。すぐに乗員をかき集めて出発させなさい!練度は問わないわ!」

「し、承知しました」

そう指示されたのならば致し方ない。現地に来ていたプラウダの高校生のほぼ全てを、脅し気味にかき集めさせた戦車の中に押し込むことになった。中には戦車の中に入ったこともない人間さえいたが、気にしないでおく
そう、次に向けてこちらが本気で黒森峰を潰す気であることを示すまたとない機会だ

434 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:48:34.51 ID:nCryEuB7O


試合開始のホイッスルの直前に到着した戦車のエンジンが温まるのを確認してから、一面に広がる大平原の中、彼女率いるプラウダ高校戦車道部隊240輌は悠々と南進を開始した

「ノンナ、話はついてるわね?」

「はい。あのクソ野郎さえ通さなければ問題ないようでした。条件こそ出されましたが、連盟はこの件には介入しません。それにあちらも『時』に向けて動き出す模様です」

「でしょうね。連盟だって国の意向には逆らえないでしょうし、この運営が逼迫してるのも誰より知ってるしね。だとしたら今ならギリギリこちらに乗るはずよ」

「流石は同志カチューシャ。しかしあの国の意向に乗っかるのが納得いきませんがね」

「ノンナ、学園地域の利のためよ」

「分かっています」

♪Blossoming beautifully apple trees
A dense fog over the river

IS2から上半身を出した私は、黒い長髪の隙間を流れる大いなる風を感じながら、『同志カチューシャ』の冒頭を奏で始めた

♪Young Катюша go beyond the ground
which is fruited and majestic
♪Young Катюша go beyond the ground
as a leader of the common students

それにT34/85に乗る同志カチューシャが丸いキューポラを真ん中から開き続く。堂々と、正面から突き当たる風と巻き上げられた雪なぞ、我らの声さえ阻めない

♪The grandeur of Mt. Iwaki
The vast extent of sea in Tsugaru
♪Young Катюша fact powerful enemies
as far as she is still there
♪Young Катюша fact powerful enemies
like a fort of equality and free

♪Thousands of motivated workers
The young people who have great hopes
♪Young Катюша has a noble spirit
to which she succeeds once comrades
♪Young Катюша has a noble spirit
May Pravda last forever

歌が進むに連れて車長が次々と歌に加わり、最後の繰り返しが終わる頃には240人の雪上大合唱祭と化していた

435 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:49:39.95 ID:nCryEuB7O


?「大軍じゃ分かりません!数えなさい。何輌ですかッ!」

無線機の前で語気を強める様に、建物内に緊張が走る。この緊張は程よいを通り過ぎているぞクソッタレが

「申し訳ありません。雪煙で全体がよく見えませんが、200輌から300輌であります!」

ここから少し西にある高台から優花里さんが報告してくる。その声も無線越しであることを考慮しても余りに震えており、途切れ途切れだ。嘘をつくとも思えない
そのうえ外の天気は快晴。雪煙で見えない部分があったとしても概算から大きく外れるとも思えない。今日動くとは分かっていたが、この数は予想をはるかに上回っている

「西住ちゃん、どうする?」

「みぽりん!」

「西住さん!」

視線を下に向け、頭の中で必死に駒を動かす。この大軍と戦わない……という道は、ないな。そしてここに立て籠もるのはない。ここを要塞とするには立地も悪く、時間もない。だとすると手早く要塞となる地に移動するほかなし
考えをまとめると、無線機を置いていた机に地図を広げる

「ここはすぐに包囲されるので放棄しましょう。地形的に有利な背後の高台に移動して迎え撃ちます。これだけの戦力差なら相手も小細工はしてこないと思います」

「え……相手がルール無視してるの?」

「……足して割って250。これでプラウダの全力じゃないんだよなぁ……」

「……少なく見積もっても200輌対6輌って……少しくらい地形が有利でもどうにもならないよな……」

436 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:50:18.59 ID:nCryEuB7O


理解不足なものも、その裏をも理解している者も緊張の面持ちの中で、河嶋隊長が口にする。小山さんの顔も恐怖か怒りかその他の感情が混ざり合うものとなる

「ジャッジ!抗議します。準決勝は15輌とルールに記されています。これは明らかに反則です。直ちに試合を中断してプラウダに警告してください!」

いつもおっとりした感じの小山さんが手にあるルールブックを叩き、ロから堰を切ったように言葉を溢れさせる。しかし審判は小山さんから目線を逸らし、微動だにしない
向こうについた、か。こちらは見捨てられたかな?そりゃそうだ。プラウダと大洗じゃどっちの話に乗ったほうが得かは一目瞭然

「やだもー。何なのよこの人達!無茶苦茶じゃない。一体どうなってるの!」

簡単だ。強いやつの尻馬に乗る。弱きものの摂理だ
しかしこのムードじゃいかんな。どうにかして場を上昇傾向にしないと。確証はないが言ってしまうか

「み、皆さん、落ち着いて元気出してください。まだ私に奥の手があります!やられると決まった訳じゃありません!」

「そ、そうか、西住!まだ望みはあるんだな!」

「兎に角高台に移動します。エンジンをかけてください!」

私の一単語を信頼してくれたのか、陽気気味な顔を連れて皆は自分の車輌に向かう。無線機を通じて、優花里さんとエルヴィンさんにも急いで戻る様に指示した


437 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:50:58.47 ID:nCryEuB7O


さて、こういう時は悪いパターンも想定しなくてはならない。それでトントン……いやそれはきついか、でもそれくらいにはしておきたいなぁ
エンジンのかかった車輌たちは建物を出て1列になって高台に向かう

「西住ちゃん」

最後尾から2番目になるIV号のキューポラから身を出すと、会長さんが私の左手と肩を握りながら声をかけてきた

「本当は、奥の手なんてないんだろ。だってウチは……」

いきなりなにを言ってくるんだ。学園都市の主人がそんな弱気でいいのか?

「会長さん……ここの近くの紋別学園都市はプラウダの同盟校。それどころか東北海道の学園都市の殆どがプラウダの同盟校です。その地縁もありますので……ただ……」

エンジン始動の報告をしようとしていた優花里さんが横のハッチから不安げな顔で見つめてくる

「私が今まで一度でも会長に嘘をついた事がありますか?」

嘘だ。私はこれまでは勿論、今も重大で、重要な秘密をひた隠しにしている。しかしそんな私の言葉でも何か伝わることがあったのか、傍の優花里さんは詰まった嗚咽を漏らす。会長さんも目元を手袋で拭う

「ははは……まったく……みんな我慢しているってのに、つまんない事聞いちゃって……生徒会長失格だな……」

優花里さんに少し待つよう伝えた後、正面を向き直る

「よっしゃ、任せた!頼むぜ、参謀!」

その直後、背中が力強く叩かれた。そのまま彼女はIV号から飛び降り、河嶋さんの背中を経由して自分達のヘッツァーに乗り込んでいった

何だったのか、今のは

一瞬あっけにとられたが、気にする暇はない。今この時も刻一刻とプラウダの大軍は我らを食らいつくさんと向かってきている。一息吐いて移動を開始させた。それに殿としてヘッツァーが続く
建物の入り口には3つの黒い仲間の遺体が取り残されていた。それらが帰りを待っているのか、向こうで待っているのか、それは誰にもわからなかった


438 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:52:35.70 ID:nCryEuB7O


その間にもプラウダ戦車道部隊は南進を続けていた。シベリアの雪上を移動するトナカイの群れの如く

「ノンナ!」

「はい」

並んで走行するT34/85の車長である同志が声を掛けてきた

「やはりあそこの高台に登っているわね」

「ええ。西住流、お前は間違っていない。我々が15輌であれば、な」

一度視線を彼女から山裾へ向ける

「こういう時は相手に見つかったら終わりなのよね。ま、でもそう動く他ないんでしょうけど。で、前衛は彼奴らにしてあるわよね?」

「勿論です。後ろに下がろうとしたら前を撃って良いと精鋭には伝達済みです」

「そう。あ、そうだ。ノンナ、一度列を離れて静止射撃していいわ。あそこに榴弾一発行けるかしら?」

「あそこですか……撃ってもいいですけど、距離3000はありますから、ほば当たりませんよ。そもそもIS2は装填弾薬28発しかありませんし」

「6輌を潰すのに、28発も必要なの?ノンナ
それにこの数よ。当たらなくてもいいわ、脅しくらいにはなるでしょう。プラウダに堂々と対抗することの愚かさを奴らに思い知らせてやりなさい」

「……分かりました」

IS2は群れから右に外れる。ある程度進んだところで静止し、照準器に氷の如く冷酷な目を当てる。脳の中で激しい数字の変換が行われる。この砲身の歪みを考慮すれば、狙いは定まったはずだ
それが終わった時、私の指はトリガーを引いていた。十秒ほど宙を駆け抜けた榴弾は大洗の戦車隊を確実に狙っていた

439 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:54:00.44 ID:nCryEuB7O


プラウダ学園地域がプラウダ学園都市であった頃、人口的に勝る学園艦出身のロシア人と、経済力に勝る津軽地域の日本人の調和が図られた。その結果が公用語を日本語、ロシア語のどちらにもせず、英語とすることだった。
プラウダ学園は小学校は共通語各言語に応じて建設されているが、中学校以降は各分校及び本校の英語教育に集約され、高校、大学はプラウダ学園都市にさらに集約される。

440 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:56:59.81 ID:nCryEuB7O



わたくしたちは この海をひらき 原子の火を育て 水と緑を愛する 健康で明るい 大洗の町民です

1.めぐまれた自然をまもり 美しいまちにしましょう。
1.教養を深め 文化の高いまちにしましょう。
1.仕事にはげみ 活力のある豊かなまちにしましょう。
1.きまりを守り 住みよいまちにしましょう。
1.思いやりの心で 楽しいまちにしましょう。

『大洗町民憲章』


441 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:57:41.62 ID:nCryEuB7O



先頭からIII突、B1bis、ポルシェティーガー、3式、IV号、ヘッツァーが高台の稜線の裏側を目指して上昇していた。不意に聞こえる風を切る音、そしてその弾はヘッツァーの近くに着弾した。凄まじい爆風が辺りの雪を吹き飛ばす。ヘッツァーが爆風でかなりずれる

「カメさんチーム!大丈夫ですか?」

揺れが収まる前に、西住ちゃんからの無線が聞こえてくる

「小山、かーしま、無事かぁ?」

「は、はい……頭ぶつけましたが……すごい揺れでしたね……」

かーしまは無事。小山もこっちを向いてきた

「ん……なんとか3人とも無事だよ」

「よかった……ではそのまま上に登っってください」

「了解」

しかしヘッツァーは上には登れなかった

「あれっ?あれっ!」

小山がレバーを引くが車輌は右に回転を始める。前に進まない

「履帯外れたね、こりゃ。元が38tだし、38tは外れやすいからね……」

「カメさんチーム?」

西住ちゃんがIV号を止めさせ、キューポラから身を乗り出しているんだろう。枠に当たったような音が混じる

さて、履帯が外れたとなると、留まるか直すかしかない。だが私たちの後ろには高々と上がる雪煙が控えている。外で悠長に直す時間はどう考えてもない
車輌の放棄。それはない。この75ミリをプラウダに向けない。それは大洗の放棄と同義である
ここからは動けない。されど攻撃するしかない。そしてかーしまに砲は預けられない

442 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:58:16.19 ID:nCryEuB7O


母ちゃんごめんよ。ここで私の道は決まってしまったよ。ここで勝てば、西住ちゃんは決勝で勝ってくれる。そして、私は西住ちゃんの言葉を信じる

「ごめん、履帯が外れた。敵はすぐ近くに来ている。西住ちゃん達は早く上に登って!」

「えっ、でも……」

「早く!全滅する訳には行かない!奥の手をやるんだろ!」

返事はない。だがここで躊躇うのは無駄だ

「会長、距離2800です」

あと、何分あるのか。恐らく数分が命の中でここで立ち止まるのは、大洗の命を削るだけだ

「もう時間がない!わたしらはここで出来るだけ敵を食い止める!早く!」

「でも……そうしたら……」

「生とか死とか議論している暇はないんだ!君が気にやむ必要はない!私の判断だ!行ってくれ!」

私の目的、その為にここで私の命は必要となる。無為に死ぬ気は無い。そう考え待つことしばらく、やっと返事が返ってきた

「本当に……良いんですか?」

「ああ、構わない!私らが弾を引きつける!その間に前衛から削ってって!」

断言した。後顧の憂いも残して欲しくない。また少し、間が開いた

「…………上に登れる車輌は皆稜線に移動します」

「よし、よく言った西住ちゃん」

深く息を吐いた。これで一つはよし。あともう一つ。大洗に必要な人材は私の隣で震えながら待機している。無線は後で必要だ。一度外して、その人物の肩を左手で掴んだ


443 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:59:11.46 ID:nCryEuB7O


「かーしま!お前は脱出しろ!この坂を登ってどっかの車輌に入れてもらえ!」

「……はっ?し、しかし、会長と柚ちゃんが残るなら私も大洗女子学園の一員として、ここに残らせてください!」

そう言うだろうと思ったわ。船舶科の人たちを、特にお銀ちゃんを死なせた、とかでも考えているんだろうか

「馬鹿者!」

「確かに私は馬鹿です!しかし転校後トラウマに囚われないようにしてくださった大恩がある方を見捨てられるほどの大馬鹿ではありません!」

かーしまは手を握り締め、歯を食いしばり、黒光りする眼光を向けるこりゃー、めんどいね

「そうじゃない!隊長がそう簡単に果てるとか言うんじゃない!リーダーというのはな、そう簡単にいなくなって良いもんじゃないんだ!」

「そうしたら会長こそ我らの大洗からいなくなっていい方ではありません!」

「違う!戦車道のリーダーはお前だ、かーしま。この大会、うちらが優勝し、西住ちゃんに優勝旗持たせるまで、お前は死んではいけない!私は学園を残すための道はつけた!達成するのはかーしまだ!頼む!早くここから去ってくれ!」

私が死んでも、勝てば大洗は残る。されどかーしま無しに大洗戦車道は今年を乗り切れない。西住ちゃんとの両輪こそが大洗戦車道を成り立たせているのだから

「……駄目です……」

「我々生徒会は優勝させ、学園を残す為にやってきたんだ。誰かが決勝まで見届けない訳にはいかない!
西住ちゃんは優秀だ!だが彼女だけで優勝出来るわけじゃない!この凸凹な面子を纏めきれるお前がいたからこそ、ここまで来れたんだ!
西住ちゃんの心を真に支えられるのは戦車道で大事な人の死を経験したお前だけだ!だから頼む!時間がない!」

かーしまの頬を一筋の涙がつたう。決心が……ついたか?


444 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 20:59:48.20 ID:nCryEuB7O


「でも……柚ちゃん……は?」

「私は…さっきの爆発で足を痛めちゃったみたい。多分稜線の上まで雪の上を歩けないと思う」

小山は右足に手をかけながら呟く

「……かーしま、早く行け!」

かーしまはその場に棒立ちし続ける。駄目か。ならば仕方ない。どうせ死ぬ身だ

「どうしても行かないと言うのなら……」

胸元から九四式拳銃を取り出し、スライドを動かす。そしてそれの銃口を右のこめかみに当てる。これくらい怖くはない

「なっ!」

「会長!」

2人は驚きを隠さない

「私はこれの引き金を引かなければならない。1分時間をやる」

誰も動こうとしない。沈黙が車内を包む。その制限があと半分となった頃、やっとかーしまの口が開いた

「い、今まで……今まで本当にありがとうございました!私は必ずや大洗女子学園の存続をこの目で見届けます!」

吐き出すように叫ぶと深く一礼し、振り向くことなく外に飛び出していった。目で追う必要はない。
深く息を吐いてからこめかみから銃口を離し、銃を胸元に戻す。この命をプラウダと戦わずして散らす、それは有り得ないからな。
さて、では旅路に付き合ってもらう人を呼び出すか。そこにいる、ってことはその気なんだろうし、何よりプラウダに対しより多くの砲弾を撃ち込むには、いてくれた方がありがたい

445 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:00:51.44 ID:nCryEuB7O

「小山!こっちで装填やって!」

「私は足を怪我」

「嘘だろ?じゃなかったら怪我した足でアクセル踏めるものか」

「……やはりばれてましたか」

当たり前だろう。かーしまはあの頭にさらに混乱が追加されていたのか?

「なぜ残った?これは半ば私の勝手だ。生きたいなら脱出してもいいんだぞ?」

「……話し相手がいなかったら会長、暇すぎて冥土の干し芋。食べ尽くしてしまうでしょう?話し相手くらいにはなりますよ」

なかなかギザなことを言う
面白い。そこまでしてこんな私に付いてくるならば、優雅なツアープランナーになってやろう。砲弾まみれだけどな!

「フッ、よし頼んだ!片方だけで向きの変更頼む!」

「はいっ!」

「左右角は多分これで足りる!距離、もうすぐ1500!いくよ!」

「はいっ!」

小山が操縦席にてヘッツァーを緩やかに回転させる。その間に最期の挨拶をすべく、無線をIV号に繋げる


446 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:01:42.44 ID:nCryEuB7O


他の5輌は稜線の裏までたどり着いた。車体の向きをプラウダの戦車道部隊の方に向ける

「凄い……雪煙で向こうがほとんど見えない。まるで津波ぞな……何あれ!あんなのアリなり!」

ももがーさんが三式車内の不安を伝えてくる。ところがどっこい、審判が止めてないからアリなんだな、これが。死の接近。そう言っている間も雪煙は刻一刻と大洗側に近づく

「射撃開始の指示は出しません。各砲手当たると思ったら近い順にどんどん撃ってください」

そう、敵は幾度となく黒森峰に挑み続けた強豪。全力で、しかもこの数でぶつかってくる。恐らく捨て駒も混じっているだろう
つまりそれらが捨て駒である限り、局所的に損害を与える戦法は全く通用せず、本体含め全滅並みの大損害を与えないと引くことはしない。それに敵の車輌はT34/85が大半。外見から本隊を見分けるのは至難の技だ
今の敵までの距離は2000、もうすぐだろう

447 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:02:35.78 ID:nCryEuB7O


ゴマ粒から山椒の粒くらいになってきた頃、ヘッツァーの最初の1発が命中したらしく、敵の砲撃の対象は他の車輌から距離にして200メートル前方にあるヘッツァーに絞られるていた。何発もの砲撃の中ヘッツァーは確実に1輌ずつ仕留めていた

「カメさん以外の各車輌に通達。砲撃の合図は出しません。撃てると判断したら、各車砲撃を開始してください」

流石だな。相手が当てるのが下手か、走行間射撃のせいか。それらもあるが、何より会長さんが確実に当て続けているのは事実

「西住ちゃん」

「会長さん!大丈夫ですか!」

急な無線の繋がりが、敵車輌に向けられた集中を途切れさせる

「何とかね。敵が走行間射撃で助かってるよ」

話しながら狙いを定めた会長さんは砲弾を放ち続けているらしい

「でも、敵が近づいてきてる。そろそろダメっぽいね」

「そんな……」

彼女を次に持ち越す術がないことは分かりきっている。そして向こうはやる気だ。だがこの高潔でも清純でもないが最強の人物を救う手立てはないか、一瞬その思考が身体中を駆け巡る

「西住ちゃん」

「えっ?はい……」

その超特急を止めたのは、当人であった

「かーしまを逃したから、よろしく。そして私らをここまで連れてきてくれて、ありがとね」

今まで聞いたことのない、先ほどと似た声なのだが、意思、逆にこの先の全てを任せるという強引な委任が込められていた。少なくとも私が一瞬弁当に戸惑うほど

「……か、会長、こちらこそ……」

もう無線の向こうから音はしない。完全に、ヘッツァーは関係を断ち切ったのだ。これで一本の木綿クズほどの望みも消えた

「みぽりん……」

心配そうに沙織さんがこちらを見る。ためらいはあった。だが、合理的判断を下すのに3秒以上の時間はいらない

「華さん、撃てたら構わず撃ってください。優花里さん、装填早めにお願いします。数から見て、100は撃破しないと相手は引かないと思います」

「了解しました!」

448 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:03:16.54 ID:nCryEuB7O


「ひ、100……?え、そんなに……」

「いくらプラウダといえど、あの数全てに精鋭を乗せられるほど練度は高くありません。逆にそれだけ練度が高い人材揃いなら、黒森峰に9連敗もしないでしょう
かなりの割合で補欠や下級生、場合によってはそれ以外が乗っていると思われます。プラウダからしたら、ある程度の損害は許容範囲でしょう
しかしこちらは向こうが補欠だろうと精鋭だろうと、撃ち抜かれたら終いです。だから精鋭にダメージを与えるまで削っていくしかないんです」

「な、なるほど……」

「幸い立地的な優位は取れました。やれない訳ではないはずです。華さん、距離そろそろだと思うけど、どう?」

「はい、まもなく1500。撃ちます!」

砲尾から煙が立ち、優花里さんが次弾を素早く込める

「止まった!命中だよ!」

「次を。撃ち続けてください」

その砲撃を合図に稜線の上の全車輌が砲撃を開始する。やはり練度は低いらしく、前方に砲弾が落ちたことに驚いたのか急停車し、車輌同士がぶつかる様さえ見える

449 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:03:48.17 ID:nCryEuB7O


煙があちこちから上がり始めた。白いものも多いが、灰色や黒っぽいものもある。その下では何人か、私の知らない人間が死んでいる。だがそれを気にする人は、最早大洗チームにはいない。対してこちらは前方のヘッツァー含め損害なし
だが向こうにまだ200輌近く戦車が残っていることは事実。この戦場の未来は見通せない


会長さんの話で伺っていた河嶋隊長もなんとか稜線にたどり着き、倒れ込んだ姿でIV号の下にいた

「河嶋先輩!」

「……西住……か、会長が」

「レオポンチームに加わってください!通信手をお願いします!」

乗員数を満たしていないのはこれだけだ

「……分かった」

河嶋隊長は話を遮ったことには反応せず、背を向けてポルシェティーガーの方に向かう。きっとこの戦場で最も生き残り得る車輌だ

「レオポンチーム!河嶋隊長を車内に入れてあげてください!」

「分かりました!」

「全車、砲撃を続けてください!先ほどよりも接近してきています!」

450 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:04:28.29 ID:nCryEuB7O
undefined
451 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:04:56.93 ID:nCryEuB7O


「……奇跡だね。小山」

「……はい」

敵先頭部隊、1200を切らんとする。この時もヘッツァーの砲はまだ弾を撃てる状態だった。近くに着弾したり車輌をかすったりする弾はあったが、致命的な命中弾はまだ無い

「敵10輌を斃さざれば死せども死せず、と思ってやってきたけど、まさかここまで大丈夫とはね」

また1発、敵車輌の側面に食らわせてやった

「小山さ、今ならあの時の西住ちゃんの気持ち分かる気がするわ」

「何時のですか?」

話しながらも小山は淡々と75ミリ砲弾を装填する。そして直ぐに私も狙いを定めはじめる

「おっと」

しかしその間にも辺りにはあらゆる砲弾が着弾し、衝撃波を撒き散らす。全く、また少し調整が必要だ

「アンツィオの前の、西住ちゃんが自分の身はどうなっても良いから降伏した方が良いって言った時さ
あの案は呑んだら間違いなく西住ちゃんはアンツィオか黒森峰に殺されてた。まさに十死零生だね。それだけの怨恨を抱えている。きっと私たちが知りようもないほどの
それでもそれで良い、みんなが助かればいい、って西住ちゃんは言った。あれに今の我々は似ているだろ」

「なるほど、不安とか、ですか?」

「違うね、むしろ開放感っていうか興味というか、面白い感覚だね、今まで味わったことのない」

再び砲身を凄まじい振動が襲う。着弾もその後近くにあった

「おお。今のは近いね」

「本当に落ち着いてらっしゃいますね」

「昔の哲学者が人間の行動は全て死の恐怖を紛らわすため、って言ったらしいし、多分それが関係しているんじゃないかな?知らないけど」

小山が弾の後ろを拳で押し込む

「なるほど。天国への興味、といったところですか」

「はは、知らないって言ったじゃないか。あ、ちょっと右で」

それを再び放つ。やはり車輌が少し傾いていたのか、それとも歪んだのか。弾は狙った車輌のとなりの車輌の装甲に弾かれた

452 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:05:28.92 ID:nCryEuB7O


「くそっ」

「ま、そんな時もありますよ。次です次」

「その次があるとは……」

離れた所に着弾する砲弾のなす揺れだけが、ここには伝わる

「……ありそうだね」

「でしょう?」

次は当てた。その次も当てる余裕があったから、砲塔との隙間にねじりこませてやった。
私たちはまだ生きている。そして死に様を決められる

「小山」

「はい」

「私は、大洗だと思うんだ」

「大洗、ですか……ま、そこまでの干し芋好き、得意料理はあんこう鍋。大洗生まれで大洗女子学園に在学、おまけにそこの生徒会長となれば、大洗そのものと呼ばれても問題ないでしょうね」

「……だから、私は大洗の一員として、悔いなく死にたい」

「と、なりますと……如何なさいます?」

なんだ。ここでできる、大洗の一員と示せる証。誰も知り得ない、ただこの場の2人だけが相互に知る、微かな存在証明
あるものが、不意に頭をよぎった

「……校歌を……私らの大洗女子学園の校歌を歌って……生きていたい」

「校歌ですか。歌い終われませんよ?」

「構わない」

他に思いつかないのだ

「それじゃ、一緒に歌いましょう。私も大洗の一人として死ぬのなら本望です」

「じゃ、歌える限り歌おっか。次撃ったら始めよう」

「安全装置よし!」

「このまま歌いながら装填よろしくね!」

その次の弾は破壊された敵戦車に阻まれたが、合図になることは変わらない


453 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:05:59.04 ID:nCryEuB7O


♪長峯の丘に 立ち返り
茂る木々ある 古墳に至る
春のつつじに 並ぶ松
平穏大洋 眺めたり
ああ 我ら ここに集いし
若葉の都 大洗女子学園

♪涸沼の川の 水清く
昇る海流 抗い進まん
磯浜陣屋の 大筒を
向けし相手の 手を取らん
ああ 我ら 望み果てなし
睦て励まん 大洗女子学園

♪原子の母たる 科学都市
ここを離るを 怯むことなし
学の独立 その維持に
あるは学徒の 奮闘ぞ
ああ 我ら 明日を創らん
大洗女子学園 我らが母校

454 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:06:26.30 ID:nCryEuB7O


「まさか歌い終われるとはね……」

こちらも歌っている間数発放ったが、余程相手が下手なのかなんなのか

「良かったじゃないですか。これで真に大洗女子学園に魂もろとも染まっていると示せたのですから
しかし……流石にそろそろ時間のようですね、会長。バレー部、うさぎさんチーム、猫田さん、園さん、フリントさん、ムラカミさん、お銀さん……みんなと磯前神社で会えますよね?」

引き金を思い切り引く。小山はもう装填しようとしない

「敵距離1000。来るね、そろそろ。大丈夫、きっと会えるさ。後は任せた、先に待ってるよ、みんな。我らの母校、大洗女子学園よ永遠なれ」


戦車を跨げば稜線のある方に視線を向けた時、無慈悲にも削れていたヘッツァーの左側面を85ミリ徹甲弾が撃ち抜いた。爆煙をあげて周りの雪を溶かし続ける車輌から出るものは居なかった

455 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:06:55.29 ID:nCryEuB7O


第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

角谷 杏

プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

小山 柚子

プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

456 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 21:51:42.59 ID:U2snit8u0


大洗女子学園学園艦は茨城県東茨城郡大洗町の飛び地の扱いである。実際に大洗町役場の出張所も設置されている。しかし学生自治の観点から、統治は大洗女子学園生徒会を主体に行われている。その上で財政状況に大洗町が介入することで、一応の支配関係が構築されている
だからこそ大洗町にとっても、学園都市の廃止は人口流出による税収の大幅減を招きかねない非常事態なのである

457 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:53:40.37 ID:U2snit8u0
再開します




信ずる理由があるから信じているのではなくて、信じたいから信じているのだ

二葉亭四迷

458 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:55:05.51 ID:U2snit8u0


「ヘッツァー撃破!」

プラウダの主力が待ち望んだ報告が耳に入った

「やっとですか……」

「ノンナ副隊長、こちらも既に30輌近く損害が……」

「ですが残骸に身を一部隠しているせいか、損害が出る速度は落ちています。あとは主力が地道に沈めるのみです。IV号とポルシェティーガー、三式に攻撃を集中させなさい」

そう、実際2校の先頭同士の距離はもう1200メートルを切ろうとしている。しかも前方にいるのは、補欠やその他かき集めた者たちを含む余り上手くない者や、戦車道に所属していてもスパイの疑いがある者を集めた部隊、やられて当然だ。損害は損害だが、目的を達する支障となる程ではない

大洗が前に気を取られて対応しているうちに、後続の精鋭部隊の射程にさえ入れば、大洗の戦車は鉄くずと化す。そして数輌の損害が出さえすれば、向こうの戦力はガタ落ちだ

古今東西30倍をひっくり返して勝った戦いは指で数えるほどしかない。勝てる、今回は指に入らない。私を含め、プラウダ戦車道の幹部層はそう信じていた

459 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:55:38.24 ID:U2snit8u0

それが目の前の精鋭の車輌の砲塔が、いきなりいくつも宙を舞うのを目にしたときの驚きは、想像を絶するものだった。何発もの砲弾による揺れで思わずバランスを崩す

その原因を察するのは非常に容易だった

アハトアハト

一撃でプラウダ戦車を穿つ威力、それと発砲音、どちらもこの仮説を証明するに足るものだった。そして向きと数からして、大洗の部隊ではない

「副隊長!右です!右の尾根から撃たれています!」

「何だ!」

右の物見窓から双眼鏡で眺めた先にあったのは、こちらから台形に見える戦車の群れ、それと茶色

「くっ……」

予想は無慈悲にも当たっていた、思わず拳を握り締める。奴らが、悪魔が、鬼畜生がやってきた

「黒森峰……」

ドイツ戦車の殻を纏った奴らの群れだった

「馬鹿な!黒森峰が……何故!」

理解が出来なかった。何故西住流を破門された西住みほと黒森峰が協力するのだ。黒森峰からすれば西住流の敵だからさっさと死んでもらうのが吉なはずだ
仮に我々を倒すために同盟しようとしても、決勝の方が継続など戦力的に大洗よりかマシな味方が参戦するはずだ。わざわざ今、ここで、我々を倒さねばならない理屈はない
だがまずは、同志カチューシャに、同志に確認を取らねば……

「無線を……無線をすぐに繋げなさい!」

460 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:56:21.50 ID:U2snit8u0


カチューシャはその身に反して大きな決断を迫られた。尾根の様子を見るに、黒森峰は多くても20輌、大洗を倒せば試合には勝てるが、決勝で黒森峰と戦う為の戦力が削がれる。敵は既に我らの精鋭を射程に入れている。このまま大洗に勝利しても損害は計り知れない

ならば今の数的優位をもって、戦力的に上である黒森峰を殲滅し、その後右の尾根から大洗側へ進撃し、両方潰すのが得策。大洗だけなら、精鋭が削られてもその時点での残存部隊でも勝てる
被害は大きくなるが、黒森峰の重戦車部隊に横っ腹を見せ続けるよりは、大洗に見せた方がマシ。砲と車輌の質が違う

そして精鋭を削られた上で主力の残る黒森峰と戦っても……勝てぬ。そしてそれは私には許されない。勝利を、悪魔たる黒森峰からの勝利を、学園は求めている
カチューシャは手元の2本の旗を掴み、キューポラの外に飛び出す。車内の者からの呼び止めも気にしない

「全車右旋回!尾根の敵を撃破せよ!」

旗は黒森峰の方を向いていた。勝ちにより近いのは、どう考えてもこちらである

「突っ込め!ファシスト共を皆殺しにするのよ!狼共の血で尾根を真っ赤に染め上げてやりなさい!」

「ウラー!」

撃たれたことによる混乱はそこまで重症ではない。プラウダの車輌は次々に右に周り、黒森峰への砲撃を開始した。宿敵の壊滅を目指して

461 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:57:42.46 ID:U2snit8u0


???黒森峰の試合はこのプラウダ対大洗戦が終わった後である。逸見エリカ率いる部隊はこの戦いで大洗を勝たせなければならなかった
決勝に大洗を連れてこい、それが学園長からの指示だった。その意味は勿論理解している。しかし彼女がここに来た理由はそれだけではなかった

「全車砲撃開始、左が精鋭よ!1号車から12号車までは左を、それ以外は右を潰しなさい!下手に車輌を見せるんじゃないわよ!」

「ヤボール!」

黒森峰の最強選抜部隊の88ミリが、一斉にプラウダ戦車隊を攻撃した。再び砲塔がいくつか空を舞う

「馬鹿ね、あんたら舐めすぎなのよ、あいつを。仮にも1年で栄光の黒森峰女学園SS装甲部隊の副隊長を務めたのよ。あの女が簡単に勝負を捨てる訳ないじゃない。ま、それでウチを頼ろうとするところが甘いわよね
でも条件は合った。動かない理はないわ。たとえあいつが学園の裏切り者だとしてもね!
腐った建物から来た劣等学校が調子に乗りやがって!お前らが隊長や黒森峰隊員にした仕打ちは10倍どころか兆倍にして返してやるからね!
敵の砲撃に怯むな!イワン共に確実に1輌ずつ地獄を見せてやりなさい!」

462 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 22:58:32.47 ID:U2snit8u0


「に、西住さん……敵車輌が……」

左側面から当面の味方が現れてからしばらく、敵車輌が一斉に横っ腹を見せ始めた。まさに、まさにプラウダはデスバレー行きのレールに跨ってくれたのだ

「……敵部隊左へターンします!チャンスです!撃ち続けてください!」

叫ぶ。この奇跡が何分続くかわからない。今この隙を逃せばこの距離では勝ち目はない。エリカさんは来てくれた。熊本が私を求めているのだ。ここで負けるわけにはいかない
こちら唯一のアハトアハトも、突撃砲も、日本の中戦車も、フランスのエースも、そして私の乗る歩兵の母も、皆ロシアの量産車をまともな反撃なく潰していた

しかしそうしている間に、視界に収めていたIS2が砲塔から火を吹いた

463 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:02:09.02 ID:U2snit8u0


「撃て!撃ちながら進め!撃ち負けるなッ!」

同志カチューシャは正面へと旗をふりかざす。私からの通信なぞ気にも止めてないようだ。丘を登り尾根を目指しながらプラウダの戦車は砲撃を行う

だが元から向こうが高台にいて、劣悪な照準器の上この凸凹地面。こちらの砲弾はなかなか向こうに到達しない。尾根の上で口角が上がるクソよりも下賤な女の様が、消そうとしても浮かび上がる

そしてその現実を示すかのように、プラウダの部隊は前進を阻まれ、悪戯に被害を生んでいる。それも先程みたく補欠やかき集めではない。精鋭が含まれている。如何に同志カチューシャが歯をくいしばろうと、状況は変わらない

私の乗るIS2も、いくら射撃の腕が良くとも残弾を考えると、そうバカスカ撃てる状態ではない。先頭にいた部隊は敵を減らせていない。後方にいた精鋭が敵に数発命中させているものの、撃破しているのはたった3輌だけだ。こちらはもう残り半分を切りつつある。通常の部隊なら壊滅状態だ。だが同志は進軍を止めようとはしない

これが本来の目的ではないはず。しかし今の同志は聞かない。ならば行動で、それに必要なことを示し、勝ちに近づく

「止まれ」

操縦手に声をかける

「はっ?しかし……」

「止まって正面の大洗を狙う」

「は、はぁ……」

言われた通り操縦手は車輌を止め、狙いを定め始める。距離は若干伸びて1500、狙える

464 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:02:51.63 ID:U2snit8u0


「あーんもう、命中しているのに中々止まらないっちゃ!」

3式の照準器を覗きながらぴよたんが愚痴る

「ぴよたん変わるなり!私にも狙わせるっぞな!」

ももがーは2つ上の先輩に普通にタメ口である。しかしぴよたんもそれに反論する気配はない。75ミリ砲弾を装填し終わると紐を掴む

「はいよ、お二人さん。次の弾ね」

手の空いたももがーの手にラムから砲弾

「助かるなり!」

「なに、こんぐらいいいってことよ。あれから特に通信はないから、遠慮なく撃っていこうや」

「そうっちゃ!早く次次っ!今度こそは撃破してやるゥ!」

その時、IS2がその飛び出た砲身から122ミリ徹甲弾を発射させた。ティーガーの正面装甲をぶち抜く弾である。正面から食らった3式は、まさしく砕けるという語が適当な様子で撃破された。砲塔は車体から分離され炎をあげていた

465 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:03:17.39 ID:U2snit8u0


第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

小鳥遊 一恵

プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

桃川 郷子

プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

西島 とうみ

プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

466 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:04:02.86 ID:U2snit8u0


「3式撃破確認!」

「200m移動後また撃つ。装填せよ」

「はっ!」

これで大洗はこちらの主力、最精鋭に捉えられ始めたと理解したはずだ。ヘッツァーは囮だろう。前衛との練度の差をあの西住みほが理解できぬはずはない

そして彼女の正面ではプラウダという現在の敵と、黒森峰という将来の敵が戦力を削り合っている。このままガチンコで戦わせ続けるのが、彼女が優勝するための最善策。そしてそれは彼女らが参加した目的の達成に必要なこと

ようは生き残れば良いのだ。それも戦力を残しつつ

これらの情報を組み合わせれば、撤退を彼女は選ぶはず。そしてそれはこちらにとっても側面からの砲撃を避けられる。戦力を同志の命ずる黒森峰に終結させることができる
同志の命令は変えられない。そして確かに同志の決定にも一理ある

467 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:04:57.01 ID:U2snit8u0


装填と移動の完了まで少々時間があったため、後ろの物見窓から双眼鏡で外を眺める。やはり損害は大きく、煙をあげるプラウダの戦車達が視界の多くを占めた。そこから運良く生き残った者たちが車輌から這い出し、戦線を離れる
そこから先の彼女達の運命を、私は見てしまった。言葉を出すための声帯をその光景が固定した
会場の後方に1台のトラックと3人の男が見えた。恐らく同志が話を付けて呼んだNKVDの奴らだろう。一番厚手のコートを着た1人は立ったまま動かず、1人はPM1910重機関銃の後ろで膝をつき、残り1人は銃身に雪を突っ込み続けている
絶えず弾丸が発射され、逃げようとする者らを躊躇なく襲う。足、腿、背中、腹、胸、首、頭を撃ちぬき続け、地面に倒れた者はそのまま重機関銃の的と化す。地面は白から服の黒と隙間の紅に変わってゆく
同志は敗者に、脱走者に、彼女にとっての叛逆者に、死を命じているのだ
ただじっと人が止まっていくのを見続け、気がつくとキューポラから身を乗り出していた

「副隊長!外は危険です!」

車内の者が止めるが気にもとめず、車輌から飛び降り、煙にむせながら水の混じった雪原を一直線に駆けていた。時々足元を取られるが、転ぶわけにはいかない。こうしている間にも、人材が、プラウダの未来が……

「同志カチューシャ!」

目標はT34/85だ。キューポラから身を乗り出し旗で指示を出し続ける彼女に向け駆け寄り、背後から車輌に登る。相互の砲弾が風を切る

468 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:05:24.20 ID:U2snit8u0

「おやめください。十字砲火の中突撃を強行しても無駄です!今すぐ停戦をッ!それか撤退をッ!」

旗を持つ人の両肩を掴む。しかし彼女の眼光は黒森峰を見据えている

「うるさい!」

振り向きざまの拳をぶつけられる。背後に弾き飛ばされる。戦車の排気口からの熱とかすかな痛みを背中に感じつつ、ただ次の言葉を聞くしかなかった

「突っ込みなさい!後退する者は地域の裏切り者よ。その場で射殺する!前進しなさい!戦車がやられたらモシンナガンを持って!それさえもない奴は、黒森峰の戦車に近づいて車長を殴り殺しなさい!」

左手の旗は正面に向けられていた。そうしている間にも1輌、また1輌とアハトアハトの餌食となるし、機銃の的も増えていく。その一言が私を本当に人にしてしまったのかもしれない

人として、ではない部分もある。ここにある人は、ここでさえなければ黒森峰のクソを殺せる者たちなのだ。そしてそれに必要な団結をみだりに崩した存在ではない。それを……それを自分たちで……

469 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:07:35.81 ID:U2snit8u0


トカレフTT-33、私のポケットに入っていたそれ。弾薬は僅かなれど、最悪の事態、そして接近戦での防衛に備えて持っていた、本来は使わない方がいい代物。だがやむを得ない。この結果私が死のうとも、黒森峰を倒す助けになれば
それを、私は彼女の後頭部に当てた。接触させたのは、その銃口

「なんの真似よ、ノンナ」

「お願いします、同志カチューシャ……どうか……どうか命令を……同志ジュコフスキーの仰ったことをお忘れですか!」

本来の目的。これまで幾十年に渡り溜まりに溜まった恨みの全てを清算するために、私はこれを取ろう

「バカ者が、戦場でメソメソ泣いちゃって。ノンナ、お前も焼きが回ったわね」

自分でも気づかぬ間に大粒の涙が?を伝う暇もなく零れ落ちていた。全く彼女のその通りである。今の私の顔にはブの字も存在しない
顔は向けてこないが、いつもより低い声とその発言に鋭い視線の様なものを感じる。本気だ。信念とも言って良い

「カチューシャの命令は絶対よ!撤回はないわ!最後の1人まで突っ込ませなさい!生徒なんていくらでも補充できるわ!最大の、最強の学園の特権よ!
ここから生きて戻るのはカチューシャとノンナの2人だけでいい。ただし、戻ったらカチューシャに銃口を向けたペナルティは受けてもらうわよ。
分かったら残りもさっさと突っ込ませなさい。黒森峰を少しでも傷つけてやるわ。いや、距離さえ詰めてしまえば、勝てる!」

返事はしない。無言の涙が頬を駆け抜ける。彼女は何もせずその場に直立する
彼女は逃げも隠れもしない。その精神力はさすが皆の上に立つもの。されど、私は

「とっととやりな」

470 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:08:54.11 ID:U2snit8u0

指が、動いた

先ほどまでの砲撃に比べ今回は接射だ。外しはしない

軽い爆発音が、周りのもの全ての耳を突いた。薬莢がエンジン上部を跳ねまわり、止まる。眼前に広がったのは、前に倒れ顔から血の池に突っ込まれた彼女の後頭部と背中、だった
ただそれを視界に収めるが、それさえ瞬く間に歪んでいく。車内の者は背後にいた人間が突然絶命したことに愕然となっている
これは、我らがプラウダの為……プラウダが永遠に続く繁栄の道を進む為
その死を確認すると、素早く振り返った

「ジャッジ?」

471 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:11:10.29 ID:U2snit8u0


「試合終了!」

その合図がかけられたのはホイッスルの音と同時だった

「プラウダ高校の試合放棄により終了します!よって準決勝第1試合、大洗女子学園の勝利です!」

審判の声がこの土地に一時の平和をもたらそうとする。丘の下では煙が山の様に立ち昇り、全て風で南へ流されている

終わった、ようだ

ついさっきまで逡巡を繰り返していた私の頭は、叫びながら抱きついてくる優花里さんに何も反応出来ないほどに急停止を喰らっていた

「西住どのぉぉぉ!」

「……また、勝ったの?」

「嘘……」

優花里さんを除く皆も同様。だが少しの間を置いて、このささやかな肉の丘を包み込む叫び声が広がっていた。僅かな損害はもはや頭には残っていないらしい
プラウダに、勝った。これが今年の夏、そして去年の冬に聞けていれば……
いや、これ以上はよそう

472 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:11:49.31 ID:U2snit8u0


「戦闘行為停止!」

「両校直ちに戦闘行為を停止してください!」

あちこちから笛の音と審判による声が響く。私のもつ力は、もう使い終わった。頭をだらんと反らせた彼女をキューポラがら引っ張り出して抱え、車輌の後部に立つ。視線の先は丘の上だ
西住みほ。こうなってしまった今、同志ジュコフスキーの提案を実施する為に彼女は必須の存在となってしまった
ふと、戦車の残骸を通り過ぎた丘の上と視線が合った気がしたが、丘の上から視線を外して車輌から飛び降りた
私は、同志をこの手で殺した。それだけだ。
地元生まれの、といっても津軽がプラウダとなる前の時代のことではあるが、作家がこんな言葉を用いていたな

『恥の多い生涯を送って来ました』

文学はロシアが至高、日本の言文一致などロシアの受け売り、だとは思っているが、これは強く印象に残っている

別に私がその主みたく心が安定しない奴だ、というわけじゃない。むしろ彼女に、学園に捧げてきた思いは変わらないし、きっとこのまま変わらないだろう。いや、逆に『学園に心を捧げてきた私』というものを信じたいだけなのかもしれない

実際、私の歴史は恥辱にまみれている。父を、母を、妹を、家族皆を殺した奴の娘に取り入って出世し、その過去を封じ込める為に、好きでもなんでもないNKVDの奴らに、下着を馬鹿にされながら何回も犯された。そしてまた、人生は最悪の恥とともにフィナーレを迎える

「……結局、裏切り者の子は、裏切り者。同志カチューシャ、貴女は私を信頼しすぎました」


プラウダの主力の残りがいた所の一角から聞こえたのは、静寂を破る銃声だった

「発砲はやめなさい!試合は終わりました!」

審判の1人が大声で注意する。近くのものは互いに見渡すが、返事はない。その音源たるモノに答えられるはずがない。自分の車輌の転輪に寄りかかるカチューシャとその足元でこめかみに引き金を引いたノンナしかいなかったのだから

473 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:16:45.16 ID:U2snit8u0


第74回戦車道大会公式記録

プラウダ高校犠牲者

エカチェリーナ ウラジーミロヴナ イワノワ

大洗 銃殺 脳後部から額にかけて貫通による脳死 即死 ノンナ ニコラエヴナ ノヴィコヴァの持つ銃により射殺

ノンナ ニコラエヴナ ノヴィコヴァ

大洗 銃殺 右側頭部から左側頭部にかけて貫通による脳死 即死 自殺と思われる

◯大洗女子学園高等学校vsXプラウダ高等学校

被害 大洗3輌 プラウダ153輌

(大洗側同盟 黒森峰4輌)

プラウダ高校の試合放棄

474 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:17:41.99 ID:U2snit8u0


試合中一度治っていた雪は、今再びしんしんと舞い始めた。私たちの所に1台の車輌が向かってくる。それは前で止まり、黒森峰の生徒が降りてくる。懐かしい。私も良く知っている顔だ

「失礼します。黒森峰女学園戦車道選抜部隊副隊長の小島と申します」

彼女、小島さんは頭を下げる。所属こそ違ったが、礼儀正しかったという記憶は間違ってなかったらしい

「大洗女子学園戦車道隊長の河嶋だ」

「副隊長の西住です。お久しぶりです、小島さん」

それと共に大洗側の2人があいさつし、たまたま周りにいた者も会釈する

「大洗の皆様、決勝進出おめでとうございます。逸見隊長から決勝はお互い全力を尽くしましょうとの伝言を預かっております」

雪がますますちらついてくる。次、ね……ま、礼儀正しさには礼儀で応じよう

「ありがとうございます。黒森峰の皆さんの同盟あればこそです」

嘘ではない。いや、これが勝利の根幹であるのは事実

「なお、プラウダの捕虜はこちらで引き取りますので、了解を得るように言われました」

「お断りします」

「は?」

475 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:18:21.26 ID:U2snit8u0


はっきりと言ったその言葉に小島さんは思わず耳を疑ったらしい。だろうな

「捕虜の権利を持っているのはあくまで勝利校である大洗です。申し訳ありませんが黒森峰には引き渡しません」

「……それは今回の400人近い捕虜数と捕虜の管理費用が全てそちら持ちであるというのを理解なさっている上で、ですか?」

「勿論です」

彼女の言うことは正しい。大量のプラウダ捕虜に食わせる飯に必要な金があるなら、とっとと押し付けて戦車を補強した方がいい。そう考えるのも当然だろう
だが私には出来ない。現実を知る者として、それは許さない
小島さんはじっと見つめてくる。その意思は曲がらない、と分かったらしく、少し首を回し、視線を隊長の河嶋に移そうとする

「今大会に関する決定については西住に一任してある。西住がそう言うなら、引き渡しはしない」

「しかしですね……」

「2度は言わない」

「……分かりました。失礼します」

小島さんは仕方なさそうに頭を下げ、背を向けて車輌に乗って帰って行く。その場にいたあんこうチームのみんなと河嶋隊長の視線はその背中をじっと追っていた。やがてそれも雪原の奥の谷間に消えていった

476 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:18:57.75 ID:U2snit8u0


「西住殿、どうしたでありますか?捕虜を取っても我々はどうしようもないでありますよ」

右脇から優花里さんが側に出てきた

「黒森峰の第2試合はこれからなのにもう決勝の挨拶とはすごい自信だな
しかしお前を信用して受け入れたはいいが、どうする気だ?向こうが求めるなら、今回の援軍の件を考えて、乗っても良かった気がするが
信用するから、その理由だけは隠し事なく教えてくれないか?それが……生き残るのに必要かもしれん」

信用。確かに重要だ。止むに止まれぬ理由でまとまらざるを得ないチームが勝てるほど、黒森峰の団結は甘くない
前に一度似たようなことを話したからか、果ては私がかつての私に戻りきってしまったからか、前みたいに倒れたりするようなことはなさそうだった
それに私だけ腰掛けるのも、皆に雪の上で座布団もなく座らせるのも、どちらも気が引ける
「皆さんすいません、ワガママ言って……まだ話してませんでしたね。私が黒森峰を去り、戦車道を辞めた、いえ、辞めようとした理由……」

「聞いたぞ?プラウダに虐待されたからじゃないのか?」

河嶋隊長の指摘に笑顔を見せようとした。しかし記憶が口角を上げるのを邪魔する

「いえ……確かにそれは辛かったんですが、自分のせいじゃない辛さです。苦痛で泣いても、終わればまた明るい気持ちにもなれます」

周りは少し近くの者の顔をのぞいていた。前に話を聞いているだけに、これまた飲み込める話ではないのかもしれないが、事実だ

「それよりも耐えがたい、日が昇るように何時までも思い起こされ続くもの」

華さんの顔に水滴が見える。雪が溶けたものでは無いようだ。きっと勘の良さを備え付けているのだろう。華道とはそういうものなのか?

「私が戦車道を辞めた本当の理由は……」

優花里さんが吐く息も白く染まる。周りを漂う霧の中から、私はまた嫌なことを引きずり出す。流石に本能が、足を震えさせ止めようとしてくる。五感も次第にあの場へ引き戻される
が、話さない意味はない。戦いの意味の一部はここにあり、1番長く生きるのは私ではないのかもしれないのだから

477 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:19:24.40 ID:U2snit8u0


アインザッツグルッペン(特別行動部隊)

私は見てしまったんです

黒森峰が戦車道大会に君臨していた9年間敗退した相手校に対して行っていたことを

私が加害者だったということを

あの悲劇と匂いを知ってしまったんです


478 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/10(木) 23:20:02.22 ID:U2snit8u0


広報部より報告

プラウダ学園の動向

内容
同校からの連絡によると

「指導者の死をもって終焉としよう」

「準決勝の大損害」
において選択したとのことです



大洗校歌

http://sp.nicovideo.jp/watch/sm33893159?viewing_source_detail=%7B%22nicorepo%22%3A%22reaction_id%3Dfce1ad48-f627-4eaa-b4c5-563bc8ab79f6%2C1537516382785-b7c7da49806a1e4d20cb209866b0046a492b74b2%22%7D

479 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:11:46.47 ID:ps5/gbfR0

もうすぐ始めますよー
480 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:18:13.93 ID:ps5/gbfR0


最後まで生き残る者は抵抗力の強い人間であるから、彼らに対しては『相応の対応』が必要になる。

ラインハルト ハイドリヒ

481 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:19:17.71 ID:ps5/gbfR0


宿舎から10分走った所、有刺鉄線で囲われた禍々しい所でバスは止まり、歩哨のいる門の前で降ろされました。そこは肉が腐った、思わず眩むような臭いが立ち込めていて、咳き込みながら持っていたハンカチで口を塞ぎました。それでも臭いは抑えきれません

すると門から男が出てきました。その男こそ今回の戦車道大会の実行委員長の北野です。教官とかと似た服を着ていますから、普通に見ればただのおじさんです。周りの臭いとハエと異様な雰囲気さえなければ

「こちらは特別行動部隊施設所長の北野氏だ。全員、敬礼!」

教員の号令とともに私たちは右腕を空に伸ばしました。出来ればその手は鼻や口をふさぐのに使いたかったんですが

「ようこそいらっしゃいました。黒森峰女学園の偉大なる戦車道隊員の皆さん。所長の北野です。皆さんほど華々しくなくとも我々もプラウダソヴィエトの絶滅という目標に向け日々努力しています。今日はその成果をしっかりご覧になってください」

私の他にも何人かが鼻や口を塞いでいました。目もそれを拒否するらしく、涙が止まらない人もいました。それを見た北野が急に笑いだしました

「到着する前から匂っていたでしょう。こればかりは防ぎようがないので。なに嗅覚はすぐに麻痺します。我々はここで飯すら食ってますからな
あまり私の後ろから離れないでください。ここも広いですからな。それに迷われたりしたら、私の責任問題じゃすまないもんでね。未来を絶たれるのはプラウダの野郎だけで十分です。では行きましょう」

北野はゆっくり背を向け歩き出そうとしていました。教官が私達を並ばせ、語りました

「いいか、これから見ることは一般生徒や父兄も知らないことだ。だが我が校の未来を背負うお前達はこれらの意味を理解しなければならない」

「はい!」

舗装は特になく、建物の周りを含めて土は丸出し。入り口の近くは僅かな警備がいるのみ。逆にその手薄さが不気味でした。ですがその奥へと進まざるを得なかったのです

482 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:20:55.02 ID:ps5/gbfR0


歩いているとある人から水溜りに踏み入れるような音がしました。その人が足を確認すると靴から赤い液体が垂れていました。その足元の赤い流れの源は死体が積み重ねられた所の血の池でした

「ああ、埋めるのが間に合いませんでな、置き場所が無いんですわ。試合があるといっつもこうです。ま、この先もちょくちょくあるんで、滑らんように気いつけてください。特に内臓は滑りますからな」

建物の脇の血の池と反対側に視線を移すと、縦縞の作業服を着せられたプラウダ生が、リアカーで運ばれた味方の死体を深く広い穴を掘って埋めていました


「……それにしてもいつ来ても強烈な臭いだな。目にまで染みる」

教官は目を軽く抑えていました

「埋めた死体が腐ってガスが発生するんですよ。やる時はいっつもこんなんですわ。こんな場所だから換気もクソもありませんしな」

淡々とその光景を前に2人は話します。血を踏んだものは壁際に走って行き嘔吐を繰り返し、姉も吐き気を催したようで口を抑えていました。そしてその吐瀉物も、別の流れとして血に合わさって、穴の中へと流れていきました


ふと、その穴を掘り死体を埋めるプラウダ生を監視していた者がポケットから酒瓶を取り出し、それをラッパ飲みします。一気にある程度飲んだあと、大きく息を吐きます。ビンの様子を見るに、その中身は容易に推察できました

「勤務中に酒を許可してるのか?」

「はい、ここの環境は最悪ですが、酒だけは自由に飲めるようになっています。ま、プラウダの奴らからかっぱらったウオッカが真っ先にはけますな」

北野自身もポケットから水筒を取り出し、キャップを外し、乾杯するように教官のほうに上げます

「酒を飲まない奴はすぐにノイローゼで頭がおかしくなってしまってしまうんですわ。教官さん、あなたも別で酒を用意しますから一杯どうです?」

教官は手のひらを其奴の顔に寄せ、生徒の前だから、と断っていました

483 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:21:29.91 ID:ps5/gbfR0


すると私達の前を縦縞の作業服を着た女子がすぐそばを死体を大量に載せたリアカーを引いて通り過ぎていきます。その顔をつい最近見たことがありました

「お姉ちゃん、あの娘……私達に投降したプラウダの戦車兵です」

姉はその光景から目を背けていました。その姉の袖を軽く掴み、少々無理にこちらに注意を惹かせます

「いや……全く記憶にないがそうなのか?」

「はい、間違いありません。人の顔や名前はよく覚えているんです」

「そうか……」

そのリアカーは掘られた穴の前へ運ばれて行きました

次に北野に案内されたのは1階建てらしいのですが、そうは思えないほどとても高く広い建物でした。そこの扉が縦縞の作業服を着た人に閉じられ鍵がかけられると、轟音がなりました。飛行機のエンジンのような音です。それをすぐ近くで聞いているような感じです
暫くただその音を聞いた後、鉄の扉が重い音を立てて開き、中から人が大勢倒れこんできました。何重にも重なり、喋ることはありません。北野からそこから出てくる煙は吸わないようにと言われました

484 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:22:02.18 ID:ps5/gbfR0


日が傾いてきた頃、作業服を脱がされたさっきの女子が穴の中に他の数人の者とともに立たされ、間も無く数発の銃声がそちらに向けられます

「こうして朝会場近くの仮置き場から移送され1日働かせた者は夕方に処理し、翌日朝にまた作業員を選びます。これを期間中に数度繰り返して、全員処分します。その間飯らしき飯は用意してません。ま、最後に処分する奴は大概爪や唇がひでぇことになってますな。場合によっちゃ歯型があることすら……」

「食事も寝床も必要なしか。効率のいいことだ」

「恐縮です。住処は移動用の貨物車ですしな。ところでお連れの隊員の方達はいかがなさいました?」

北野は辺りを見回します。

「向こうで泣いている」

「しょうがありませんな。ここを訪れた者は男だろうと女だろうと初日はああなります。ま、慣れですな、慣れ」

建物の裏でみな座ったり壁に顔を伏せたり立ったまま涙を流し続けました。私と姉はお互い強く抱きしめ合い、姉は声を堪えつつ、私はその胸に顔を埋め、号泣しました。醜聞もなにもありませんでした
教官は顔の歪みに歪んだ私たちの前で以上のことを説明として加えると、私たちに試合に臨む精神力が足りない、と叱責して帰りのバスに押し込みました

485 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:24:04.59 ID:ps5/gbfR0


次の日、12月8日の朝

遠軽町 大洗女子学園陣地 捕虜収容所
河嶋が南京錠に鍵を挿し込む。そのまま高い金網でできた扉を、ギイと力を込めて押し開く

「よーし、出ていいぞ、みんな。我が校は諸君らを解放する。学校なり家なり、好きな場所に帰るがいい」

体育座りのまま俯く者たちに告げる。するとその前にガタイの良い2人の女が近づき、立ち塞がる

「むっ?」

「大洗ッ!汚い手を使って同志カチューシャを死に追いやったお前達をこんな事で許すと思っているのか!お前らの温情など断固拒否する!」

カチューシャの忠臣、政治委員である。彼らもきっと戦車に乗せられて、たまたま生き残ったのだろう

「ああそうかい。私も言われたから開けに来ただけだ。居たけりゃいつまでもここに居ろ。だが帰る金をやるんだから、ここでは飯はやらんぞ」

「黙れ!政治委員!」

後ろの隊員が立ち上がり、叫ぶ

「出してくれるんだ!余計な事言うな!」

「大洗に感謝します!」

「さあ、出よう出よう!」

「帰ろう、プラウダへ!」

騒ぎはますます大きくなる。後ろへ、そしてまたその後ろへ。その立ち上がりの波が数百人程度に波及するまで、時間はかからなかった。なにせここにいても飯も何も出ないのである。もう命の危険はない。帰ったほうが何倍もマシだ

「な、何だと、貴様ら……」

「スパシーバ」

「スパシーバ大洗」

そう言って河嶋の開けた扉から、礼を述べつつ次々とプラウダ隊員が外に出る。前に出ていた2人は止めようとするも、その流れは止められるものではない

やがてその2人も喰いかかろうとするかのような河嶋の覇気の前に、舌を鳴らして引き下がるしかなかった

486 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:24:34.24 ID:ps5/gbfR0


「何か……釈然とせんな」

広がる無人の捕虜収容所を見渡す。先ほどまでの喧騒はすでになく、仕事と呼べるものはここを明け渡した上で、学園にある資産を元手に帰宅資金を用意し、彼らに渡すのみだ

「まあよろしいではないですか。西住副隊長たってのお願いですし、何よりカネはかけたくないでしょう?」

共に来ていたエルヴィンが帽子を整える

「まぁな……しかし、これを見る限り、あのカチューシャ独裁政権も終わりか……」

「元々黒森峰打倒を目指していましたから、こうなってしまった以上仕方ないのではないですか?」

「それもそうか。そうなると……このままプラウダと黒森峰の対立は続くわけか……果たしてこの先、生き残っても学園はどうなるんだろうな」

「……恩は売ったとはいえ、親プラウダで立ち回るのは無理そうですね。ま、勝ってから考えましょう。いよいよ次は決勝ですしね」

「……ああ、そうだな」

会長なら……と考えようとしてやめた。しばらく涙は必要ない

487 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:26:15.89 ID:ps5/gbfR0


12月8日の昼に出た列車は、丸2日かけて旧熊本県嘉島町にある黒森峰女学園に向かう。決勝戦会場は黒森峰女学園の南東の森林地帯と高台である。黒森峰が相手を呼んで試合を行うときは決まってここだった。地形や風の通りなど、状況は今でも詳細に思い起こせる

本州を日本海側と瀬戸内沿岸を通って縦断し、関門トンネルを越えて熊本から豊肥本線に直通し、水前寺から黒森峰支線に入る。健軍本町、秋津を通過し、到着するのは黒森峰駅貨物ターミナル。やはり戦車の積み下ろしがある為、旅客ホームに入れないのだ

ホームがないため乗降口には梯子が取り付けられ、それを降りて久々にこの地を踏んだ

「ここが……黒森峰。西住殿の生まれ故郷。立ち並ぶレンガの建物。戦車マガジンで何度も見た通りであります」

「んー。やっと着いたのね。しっかし、ホント長かったぁ〜」

感動し辺りを見回す優花里さんの傍で沙織さんが大きくのびをした。そんなご立派なモンでもないぞ。ただ玄関だけは立派にする貧乏人だ。それにレンガだって外観だけだ。中や裏にゃ大概鉄骨が通ってる

暫くして河嶋隊長と小山さんからの指示で戦車を降ろす作業が始まった。とはいえ軽く戦車の確認を取った上で、連盟から指定された場所まで移動させるだけだ。あとはここで車輌内部の確認、弾薬の補充などが済まされ、明日の戦線に投入される

あとは乗員に関して一つ動きがあった。やはり風紀委員と船舶科の息が合わないらしく、カトラスさんと河嶋隊長の入れ替えを要求してきた。あの時返事したからそのまま押し切ろうとも思ったが、河嶋隊長が足並みが揃わなくなるのは良くない、と交代に応じたため、止む無く私も認めた。交代させたんだから、明日活躍しろよ

488 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:27:18.79 ID:ps5/gbfR0


その日の夜、泊まった建物は欧米調の立派なものだったが、部屋は全員同じ和室の大部屋である。17人が布団を並べる。因みに隣とさらに隣の大部屋2つも空き部屋だが、使いようがない。この部屋1つでも空きスペースがかなりあるし、わざわざ離れ離れになる理由もない
夕飯はそこそこまともな代物が出た。一応プラウダ潰しに協力した縁もあるのだろう。腹にも溜まったし、何よりそこそこ美味かった。珍しい

で、夜寝ることになったのだが、あの乗り心地の悪い車輌も戦車より遥かにマシと思えばなんとかなるもので、車内で爆睡を続けていた私にはあまり眠気は残っていなかった。ま、それ以外に寝る気がしなかったし、眠れなかったというのもあるが

さて、隣の優花里さんであるが、こちらも私と同じく眠れないらしい。列車のなかで私ほど眠れていたようには見えなかったが、それでも眠れないのだろうか

目を開けたまま天井を暫く見上げていたあと、ごそごそと布団を抜け出して自分のカバンをさっと漁り、紙とペンと厚めの本を取り出して、その本を下敷きがわりに何かを書き始めた

何行か書き続けたのち、その内容が不満だったのか、その紙を置いて枕に頭を突っ込んだまま悶えている。厨二病か

以上、小動物優花里さんの観察日記でした


もはや可愛いは通り過ぎている気がする。出会った日に殺しかけようとした時の姿はもうない。ぬひひ、このまま眺めていても良いのだが、そのまま気怠げに天井を眺め始めたので、今度は私から動いてこの可愛いさを堪能することにする

「優花里さん……」

彼女の右から声をかける

「は?あ……すみません。音しましたか?」

「いえ……あの、そちらの布団に行ってもいいですか?」

「ええ!……あ……も、もちろんであります!」

急に言われたことに驚きはあったようだが、すぐに紙と本を枕元に置いて布団を捲り上げてくれた。そうすると隣からのそのそと入っていく

489 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:28:03.90 ID:ps5/gbfR0

近い。近い。本当に近い。同じ布団に入った2人が顔を見合わせているのだから当然といえば当然だ

「フフ」

この時はまだ私の方が余裕があると思っていたし、どう見ても向こうは慌てていた。だがゆでダコの触手が手に触れた時、私の手が細かく震えていたことに気づいた。向こうの表情は驚き。ホントに分かりやすくて助かる
何故か。戦場、敵、そしてそれが示す運命
この震えの原因は一つしかない

そうか。私は分かってしまっているのだ。そこにいたが故に

「みっともないでしょう?私……死にたくない。明日の試合が怖くて、手が……震えてしまうんです」

「そ、そんなの当然です!誰だって死ぬのは怖いであります!」

思わず半身を跳ね上げる。そうだよな。だが私がその感情を持っていること、それが何よりも恐ろしいのだ

「だから、こうして人の近くにいれば、治って眠れるかなって」

その隠匿に比べりゃ、このぐらいの嘘は遥かにマシな代物だろう
見合わせたまま視線をそらそうとはしない。気をそらそうと辺りに耳を傾けようとすると、周りから小さいが淫猥な声がする。場所は一ヶ所からだけではない。彼女の顔が赤い理由も、一部はそこにあるだろう

「えっ……と、西住殿が近づいてらっしゃるのは……周りの事が少し……関係しているのでありますか?」

しっかし久々だなぁ、この環境。私は混じる気は無いが

「周り?ああ、この声のことですか。それなら関係無いです。もう慣れましたから」

「へっ?」

「どうやら人間命の危険を感じると、そうしたくなるらしいです。黒森峰の時も硬式の試合前の夜毎回聞かされましたから」

「……なんかイメージ崩れるであります……」

「やっぱり黒森峰の者でも人間なんです。当たり前ですけれど……」

基本戦車道を見るとしたら、テレビか雑誌かあたりだろう。そこにあるのは、戦車道の中でもかろうじてまともな部分だけ。最早それは『戦車道』ではない
天井を眺める。天井にはうっすらと木の黒い年輪が流れる
490 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:28:51.49 ID:ps5/gbfR0


「そういえば、先ほどまでは何を?」

「は……えっと、その……私も眠れないのです。だから遺書でも残そうかと思ったんですけど、明日は生き残りたいですし……」

遺書ね。確かに普通の両親とかには伝えたいこともあるだろう。特に学園艦在住だしな。私の親にか……呪いのメールでいいな。マナーモードを突破して、深夜3時頃に鳴らしてやる

「なるほど。では私も眠れませんし、この騒音に耳を傾け続けるのもなんなので、何か話しません?眠れないといって天井の筋を数えるようなことはしたくないので。でも迷惑だったら……」

「いえ、私も眠れなくて……遺書に書く様なことばかり頭に浮かぶので、お話したいであります。といっても私が話すことは浮かばないので、西住殿からどうぞ」

「……2つ話したいことがあるのですが、どっちからがいいですか?」

「何でありますか?」

「ただ私が話したいことと、勝った時のために知っておいてもらいたいことです」

「では話したいことの方からお願いします」

「……分かりました」

そう切り出したものの、このことを話して大丈夫なのか。これは前の話とはレベルが違う。彼女らにとっての私の存在、その根底をひっくり返しかねないことだ

「……これから何を言っても、信じてくださいますか?」

「えっ……は、はい。この状況で嘘をつかれるとも思えませんし……前の話も本当でしょうから……」

「そこじゃありません。私を、です」

「西住殿を?」

「はい」

「も、もちろんであります!西住殿は仲間であり、かけがえのない友人であり、尊敬すべき方であります!信じるに決まってます!」

「そうですか……」

話そうか迷ったが、次の試合だけはまともではない。この、この事実を知っている人間を私以外に作っておくべきだ。それが私に物語を吐き出させた

491 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:29:31.64 ID:ps5/gbfR0
黒森峰女学園 学園歌 「緑川の護り」

その叫びは高揚か 黎明の炎のように
緑 緑川よ 川と共に進もう
愛する母校よ 永遠に安泰であれ
緑の護りは盤石なるぞ
火の国にそびえる 乙女の園よ

胸は打ち震え 光り輝く瞳
黒森峰の女子は 篤実で堂々と
偉大な母校よ 永遠に堅実であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清正公の意思継ぐ 乙女の園よ

先達の見る下 天の貴女を仰ぎ
固き意志持ちて 黒き森を抜けん
希望たる母校よ 永遠に昌盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
御阿蘇の威光有る 乙女の園よ

血流は輝き 強くある拳は
腕と共にありて 敵の撃を塞ぐ
美しい母校よ 永遠に実着であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清流の下にある 乙女の園よ

何事あろうと この地は渡さじ
黒森峰の民は 英雄の血脈ぞ
精強なる母校よ 永遠に明哲であれ
緑の護りは盤石なるぞ
豊穣の地にある 乙女の園よ

宣誓は響き渡り 旗は翻る
緑 緑川よ 護り人は我ぞ
毅然たる母校よ 永遠に隆盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
黒森峰女学園 我らの誇り



黒森峰女学園の中心部は南を緑川と吉野山、北から西を加勢川、東を船野山、飯田山、白旗山に囲まれた、天然の要害の中にある
南西の県立宇城学園を実質的に支配下に収め、その管轄地域内の三角を海軍の拠点としている
ちなみにこの校歌について、『校歌は大講堂以外では歌わない』という話が、黒森峰内部では流れている
492 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:30:00.42 ID:ps5/gbfR0


26時間寝台列車は普通に辛かったので今日はここまでです
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/10/14(月) 21:10:18.17 ID:RkUNHFgJO
荒らし速報

ID: +vAJUinAO、ID: XxAEAIo80、ID:vuMJPVEE0、ID: Ao8Lv9x9O、ID: cJcQzrkpo 、ID: 6ra6liDjO
ID: 89tlEEMSo

以上のIDが他スレにて悪質な荒らし行為をしている事が確認されました。
これ等のIDは荒らし目的のクソ安価を出しますのでご注意ください。
494 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:31:47.75 ID:zgNk9AA8O


もう直ぐ始めます

495 : ◆ujHylXatJU :2019/10/17(木) 20:35:23.18 ID:zgNk9AA8O


私はあなたに助言する。友よ、人を懲らしめたいという強い衝動を持つ者を信用するな!

ニーチェ

496 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:36:30.35 ID:zgNk9AA8O


「私は……人殺しです」

「へっ?えっ……と」

「私は、この手で人の命を止めたのです」

右手を布団から出して上に掲げ、それを見つめる。この手が、この手がやったのだ

「お、お言葉ですが、今ここにいるものは、酷い話ですが、みなサンダース、アンツィオ、プラウダの犠牲があって生きております。それは特に西住殿だけが気にする事ではないのでは?」

それではない

「……あ、もしかしてお銀さんのことを……あれはやむを得ませんでした。あの傷と衰弱ではとても……そして彼女がそれを受け入れたんです。気にし過ぎることは……」

何とか私をフォローしようとしているらしいが、残念だったな

「どちらもハズレです。悩める要因がそれだったら、私の心労は数百倍軽くなったはずです
皆さんは戦車道のルールに則り犠牲を生んでいます。私は戦車道のルールの下ではなく、自衛の為でもなく、相手のことを思ったわけでもなく、ただ自分の保身の為に人の命を奪ったのです」

「……どういうことでありますか?」

「……私が黒森峰のSS装甲師団にいたことはご存知ですよね」

「はい。SS12部隊副隊長だったこ」

497 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:37:08.07 ID:zgNk9AA8O


「いえ、それだけでいいんです。SS装甲師団には戦車道大会に参加する以外にも役割があります
それは学園の防衛、および治安維持。それが実行されたのが、昨年の黒森峰の等良政権への反乱の鎮圧です」

「え……そんな事を高校生に!あれは防衛隊主導かと思ってましたが……」

「デモ隊や武装した部隊に戦車で突撃するのです。それが学園の敵を壊滅させる最も早く効果的だと、姉は……単調な声でそれを命じていました
機銃の音、榴弾の音、全てが命を奪う為に響いていました。私は耳を塞ぎました。無線が、それも大音量で入ってくることを心底期待していました。履帯で人が踏みつぶされる音、身体が砲弾で砕け散る音なんて聞きたく無かった……」

今でも思い起こせば吐き気をもたらすものだ。されど……これまた事実にして、伝えておきたいことなのだ

「ですが当時の私は西住の者として、頭を出したまま外を見なければなりませんでした。知ってますか?人間の身体って思ったより弾が貫通しないので、大量の弾丸をくらうとまずは身体が吹っ飛ばされるんですよ?ま、流石に上半身丸ごと消し飛ぶほどじゃないですけど
そして榴弾になると、本当に腕や脚だけが宙を舞ったりするんです。骨と血肉を丸出しにしたままね
来年高3になれば私が隊長となり、もし反乱が起きれば私が鎮圧を指揮することになります。平然とした顔でこなせる姉と違い、私には出来る気がしなかった。それから逃げたかったのも、私が大洗に来た理由の一つです」

「なんということを……」

「ですが、それもまだマシです。攻撃しなければ自分も死ぬ、と自分自身を説得できましたから……本当に自分が許せなくなるのは、自分が死ぬ可能性の直接的な原因ではない人を殺した、あの時です」


498 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:37:41.20 ID:zgNk9AA8O


あれは私が高校に入って、装甲師団に入団してから直ぐのことでした。黒森峰では師団に入った者は必ず最初の1年間、処刑人の任に付くか歩兵として一定期間任に付くことになっていました。配属先によって異なりますが、SSだと4ヶ月くらい、でしたね
何でかって?硬式戦に赴いたり、さっきみたいに反乱を鎮圧する時、躊躇わないように、すなわち人を殺す経験を作っておくためです。名目上は防衛時の歩兵協調の訓練や学園への忠誠心云々でしたが
私が選んだのは、処刑人になることでした。そもそも私が一年生の時点でSSでも精鋭部隊に配属されてしまったので、歩兵訓練に回す時間がなかったのもありますし、勿論反乱や学園における重大犯罪などが無ければ何もしなくて良い、ということもありました

しかし残念ながら、その時先ほどとは別件の反乱の計画をしていた者が捕らえられ、銃殺刑になることが決まりました。その処刑人に私が決まったのです。外から見てそういうのは苦手だと即座に分かったのでしょう。やらせなければならない、と。私に拒否権などありませんでした
実施が決まっても、私には何もできませんでした。無論その者との面会などはできませんでしたし、そうなれば心の準備も何もありません。が、私がここにいるためにはやらねばならないのだ、とは理解していました

499 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:38:13.33 ID:zgNk9AA8O


処刑当日、目の前の者はコンクリートの床の上で口を塞がれ、手足を縛られて転がっていました。周りには姉を含む他の隊員が立っていました。きっと私の醜態を見届ける気だったのでしょうね。床の上の者が暴れれば直ぐに近くの者が殴って黙らせます
私の手には処刑用のモーゼルC96が握られていました。本来は拳銃の中でも遠距離向きなものなのですが、国内でも日中戦争での将校の捕獲品として辛うじて残っていたため、黒森峰でもステータスシンボルとして使われていました
心臓が激しく鼓動し、手は汗で銃を滑って落としそうなほど濡れていました。元から重かった、というのもありますが

「みほ、早く撃て」

足は震え、顔は硬直し、口は手とは逆にたった一滴の水分も含んでいませんでした

「撃たないと周りの者がこいつが暴れる毎に抑えているんだ」

脳の半分は認めていました。しかし残りの脳の半分と身体が撃つことに抗っていました

「その者たちの苦労も考えろ」

目の前の者が再び暴れ出し、他の隊員が顔面を何度も殴って鎮めます

「お前は、自分の意思で人を撃つことを決めたんだ。撃たなければならないんだ」

そう、それを自分の意思で決めたこと。歩兵ではなく処刑人になること、それを決めたのが私であることが重く心にのしかかります。そしてここにいるためには、撃たなければならないことも

「どうした。こいつは黒森峰の敵なんだ。撃つんだ。お前は学園長に忠誠を誓ったんじゃないのか」

目の前の者は反抗する力を失ったのか、唸りながら涙を流します。撃ったらどうなるとかは考えられませんでした。ただ引くか引かないか、それだけが頭の中で揉めていました

「その指を、引け、引くんだ、早く。お前が黒森峰SS装甲師団の者ならば」

この揉めごとの決着はなかなか着きません。頭の混乱が内臓にまで及ぶような感覚に襲われます。胃が裂けるのでは、と本気で思いましたよ、あの時は

500 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:38:57.57 ID:zgNk9AA8O


「お前がどうしても撃たないなら……仕方ない」

左側頭部に金属らしきものが当たるのを感じました

「お前を反乱罪で処刑するしかない」

「ちょ、ちょっと!副隊長!」

横にいたのは、こちらに別のモーゼルC96の銃口を向けた姉の姿でした。親指でハンマーを固定します。口調、顔いずれもいつもと変わりませんでした。向けた相手は家族ではなかったみたいです

「流石に後継ではないとはいえ西住の娘さんですし、学園長や隊長の許可を得たほうが……」

「必要ない。反乱罪であることはお前達が証言してくれるしな。みほが殺さないなら、こいつは私が殺す」

恐怖とともに少しの油断が生じます。姉が西住の血を引く私を本当に殺すわけがない、そう高を括っていました。相変わらず手は汗で濡れ、足は震えています

501 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:39:25.83 ID:zgNk9AA8O


その時でした。首の後ろを一筋の風が吹き抜けます。後ろの髪の数本が自分ではなくなります。耳元では鼓膜がちぎれんばかりの音が轟きます。壁には弾丸がめり込み、その周辺も放射状にひび割れていました

恐る恐る左を見ると、高く挙げられた姉の銃からは縦に煙が登っています

「まさか撃たないとでも思っていたのか?お前が黒森峰、ひいては西住流の敵となるなら、遠慮なく頭に撃ち込むぞ」

恐怖で支配され、声帯は固定されました。考える余裕は全くありませんでした

「さあ、やれ」

姉は次弾発射の用意を終えて冷酷に言い放ちます。私はハンマーを移動させましたが、手の震えで狙いが定まりません

すると姉は部下2人に指示をして、床にいた者の肩を掬い上げて、頭が銃口に当たるようにさせます。目の前の者はあと数分もないことに気づいたのか号泣し、口を塞がれていても分かる程大きく嗚咽を繰り返しています。その目は路上に捨てられた猫が助けを求めるようでした

「さあ、早く。なんなら私がこいつを撃った上で、お前を銃床で殴り殺すか?確かに反逆者に銃弾を捧げる価値もなさそうだしな」

姉が銃口で左側頭部を突きます。次はありません。生きることが、全てでした
私は大きく息を吐いたあと、目を瞑り指に大きく力を込めました。先程と同じ大きな音がして、私の指には温かい液体がかかります。その者の背中側には、放射線状に広がるヒビの入ったコンクリートの壁がありました

涙を流さなくなったその者は肩を離され、力なく顔からコンクリートの床に倒されました。私の手はその時が限界でした。手を滑らせて床に落ちるモーゼルの音は私の耳に焼き付いています

「よくやった」

「西住みほ伍長、万歳」

姉が銃を降ろし、左手で肩をたたきます。周りの者も右手を掲げて敬礼します

「これでお前は本当に我々の一員となったのだ。ただ銃は手放すなよ。暴発されたら厄介だ」

その時から、私は命のやり取りの場でも冷静になれるようになってしまったのです。そう、これよりはマシだ、と

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