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【ガルパン】 不死の感情
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482 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:20:55.02 ID:ps5/gbfR0
歩いているとある人から水溜りに踏み入れるような音がしました。その人が足を確認すると靴から赤い液体が垂れていました。その足元の赤い流れの源は死体が積み重ねられた所の血の池でした
「ああ、埋めるのが間に合いませんでな、置き場所が無いんですわ。試合があるといっつもこうです。ま、この先もちょくちょくあるんで、滑らんように気いつけてください。特に内臓は滑りますからな」
建物の脇の血の池と反対側に視線を移すと、縦縞の作業服を着せられたプラウダ生が、リアカーで運ばれた味方の死体を深く広い穴を掘って埋めていました
「……それにしてもいつ来ても強烈な臭いだな。目にまで染みる」
教官は目を軽く抑えていました
「埋めた死体が腐ってガスが発生するんですよ。やる時はいっつもこんなんですわ。こんな場所だから換気もクソもありませんしな」
淡々とその光景を前に2人は話します。血を踏んだものは壁際に走って行き嘔吐を繰り返し、姉も吐き気を催したようで口を抑えていました。そしてその吐瀉物も、別の流れとして血に合わさって、穴の中へと流れていきました
ふと、その穴を掘り死体を埋めるプラウダ生を監視していた者がポケットから酒瓶を取り出し、それをラッパ飲みします。一気にある程度飲んだあと、大きく息を吐きます。ビンの様子を見るに、その中身は容易に推察できました
「勤務中に酒を許可してるのか?」
「はい、ここの環境は最悪ですが、酒だけは自由に飲めるようになっています。ま、プラウダの奴らからかっぱらったウオッカが真っ先にはけますな」
北野自身もポケットから水筒を取り出し、キャップを外し、乾杯するように教官のほうに上げます
「酒を飲まない奴はすぐにノイローゼで頭がおかしくなってしまってしまうんですわ。教官さん、あなたも別で酒を用意しますから一杯どうです?」
教官は手のひらを其奴の顔に寄せ、生徒の前だから、と断っていました
483 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:21:29.91 ID:ps5/gbfR0
すると私達の前を縦縞の作業服を着た女子がすぐそばを死体を大量に載せたリアカーを引いて通り過ぎていきます。その顔をつい最近見たことがありました
「お姉ちゃん、あの娘……私達に投降したプラウダの戦車兵です」
姉はその光景から目を背けていました。その姉の袖を軽く掴み、少々無理にこちらに注意を惹かせます
「いや……全く記憶にないがそうなのか?」
「はい、間違いありません。人の顔や名前はよく覚えているんです」
「そうか……」
そのリアカーは掘られた穴の前へ運ばれて行きました
次に北野に案内されたのは1階建てらしいのですが、そうは思えないほどとても高く広い建物でした。そこの扉が縦縞の作業服を着た人に閉じられ鍵がかけられると、轟音がなりました。飛行機のエンジンのような音です。それをすぐ近くで聞いているような感じです
暫くただその音を聞いた後、鉄の扉が重い音を立てて開き、中から人が大勢倒れこんできました。何重にも重なり、喋ることはありません。北野からそこから出てくる煙は吸わないようにと言われました
484 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:22:02.18 ID:ps5/gbfR0
日が傾いてきた頃、作業服を脱がされたさっきの女子が穴の中に他の数人の者とともに立たされ、間も無く数発の銃声がそちらに向けられます
「こうして朝会場近くの仮置き場から移送され1日働かせた者は夕方に処理し、翌日朝にまた作業員を選びます。これを期間中に数度繰り返して、全員処分します。その間飯らしき飯は用意してません。ま、最後に処分する奴は大概爪や唇がひでぇことになってますな。場合によっちゃ歯型があることすら……」
「食事も寝床も必要なしか。効率のいいことだ」
「恐縮です。住処は移動用の貨物車ですしな。ところでお連れの隊員の方達はいかがなさいました?」
北野は辺りを見回します。
「向こうで泣いている」
「しょうがありませんな。ここを訪れた者は男だろうと女だろうと初日はああなります。ま、慣れですな、慣れ」
建物の裏でみな座ったり壁に顔を伏せたり立ったまま涙を流し続けました。私と姉はお互い強く抱きしめ合い、姉は声を堪えつつ、私はその胸に顔を埋め、号泣しました。醜聞もなにもありませんでした
教官は顔の歪みに歪んだ私たちの前で以上のことを説明として加えると、私たちに試合に臨む精神力が足りない、と叱責して帰りのバスに押し込みました
485 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:24:04.59 ID:ps5/gbfR0
次の日、12月8日の朝
遠軽町 大洗女子学園陣地 捕虜収容所
河嶋が南京錠に鍵を挿し込む。そのまま高い金網でできた扉を、ギイと力を込めて押し開く
「よーし、出ていいぞ、みんな。我が校は諸君らを解放する。学校なり家なり、好きな場所に帰るがいい」
体育座りのまま俯く者たちに告げる。するとその前にガタイの良い2人の女が近づき、立ち塞がる
「むっ?」
「大洗ッ!汚い手を使って同志カチューシャを死に追いやったお前達をこんな事で許すと思っているのか!お前らの温情など断固拒否する!」
カチューシャの忠臣、政治委員である。彼らもきっと戦車に乗せられて、たまたま生き残ったのだろう
「ああそうかい。私も言われたから開けに来ただけだ。居たけりゃいつまでもここに居ろ。だが帰る金をやるんだから、ここでは飯はやらんぞ」
「黙れ!政治委員!」
後ろの隊員が立ち上がり、叫ぶ
「出してくれるんだ!余計な事言うな!」
「大洗に感謝します!」
「さあ、出よう出よう!」
「帰ろう、プラウダへ!」
騒ぎはますます大きくなる。後ろへ、そしてまたその後ろへ。その立ち上がりの波が数百人程度に波及するまで、時間はかからなかった。なにせここにいても飯も何も出ないのである。もう命の危険はない。帰ったほうが何倍もマシだ
「な、何だと、貴様ら……」
「スパシーバ」
「スパシーバ大洗」
そう言って河嶋の開けた扉から、礼を述べつつ次々とプラウダ隊員が外に出る。前に出ていた2人は止めようとするも、その流れは止められるものではない
やがてその2人も喰いかかろうとするかのような河嶋の覇気の前に、舌を鳴らして引き下がるしかなかった
486 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:24:34.24 ID:ps5/gbfR0
「何か……釈然とせんな」
広がる無人の捕虜収容所を見渡す。先ほどまでの喧騒はすでになく、仕事と呼べるものはここを明け渡した上で、学園にある資産を元手に帰宅資金を用意し、彼らに渡すのみだ
「まあよろしいではないですか。西住副隊長たってのお願いですし、何よりカネはかけたくないでしょう?」
共に来ていたエルヴィンが帽子を整える
「まぁな……しかし、これを見る限り、あのカチューシャ独裁政権も終わりか……」
「元々黒森峰打倒を目指していましたから、こうなってしまった以上仕方ないのではないですか?」
「それもそうか。そうなると……このままプラウダと黒森峰の対立は続くわけか……果たしてこの先、生き残っても学園はどうなるんだろうな」
「……恩は売ったとはいえ、親プラウダで立ち回るのは無理そうですね。ま、勝ってから考えましょう。いよいよ次は決勝ですしね」
「……ああ、そうだな」
会長なら……と考えようとしてやめた。しばらく涙は必要ない
487 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:26:15.89 ID:ps5/gbfR0
12月8日の昼に出た列車は、丸2日かけて旧熊本県嘉島町にある黒森峰女学園に向かう。決勝戦会場は黒森峰女学園の南東の森林地帯と高台である。黒森峰が相手を呼んで試合を行うときは決まってここだった。地形や風の通りなど、状況は今でも詳細に思い起こせる
本州を日本海側と瀬戸内沿岸を通って縦断し、関門トンネルを越えて熊本から豊肥本線に直通し、水前寺から黒森峰支線に入る。健軍本町、秋津を通過し、到着するのは黒森峰駅貨物ターミナル。やはり戦車の積み下ろしがある為、旅客ホームに入れないのだ
ホームがないため乗降口には梯子が取り付けられ、それを降りて久々にこの地を踏んだ
「ここが……黒森峰。西住殿の生まれ故郷。立ち並ぶレンガの建物。戦車マガジンで何度も見た通りであります」
「んー。やっと着いたのね。しっかし、ホント長かったぁ〜」
感動し辺りを見回す優花里さんの傍で沙織さんが大きくのびをした。そんなご立派なモンでもないぞ。ただ玄関だけは立派にする貧乏人だ。それにレンガだって外観だけだ。中や裏にゃ大概鉄骨が通ってる
暫くして河嶋隊長と小山さんからの指示で戦車を降ろす作業が始まった。とはいえ軽く戦車の確認を取った上で、連盟から指定された場所まで移動させるだけだ。あとはここで車輌内部の確認、弾薬の補充などが済まされ、明日の戦線に投入される
あとは乗員に関して一つ動きがあった。やはり風紀委員と船舶科の息が合わないらしく、カトラスさんと河嶋隊長の入れ替えを要求してきた。あの時返事したからそのまま押し切ろうとも思ったが、河嶋隊長が足並みが揃わなくなるのは良くない、と交代に応じたため、止む無く私も認めた。交代させたんだから、明日活躍しろよ
488 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:27:18.79 ID:ps5/gbfR0
その日の夜、泊まった建物は欧米調の立派なものだったが、部屋は全員同じ和室の大部屋である。17人が布団を並べる。因みに隣とさらに隣の大部屋2つも空き部屋だが、使いようがない。この部屋1つでも空きスペースがかなりあるし、わざわざ離れ離れになる理由もない
夕飯はそこそこまともな代物が出た。一応プラウダ潰しに協力した縁もあるのだろう。腹にも溜まったし、何よりそこそこ美味かった。珍しい
で、夜寝ることになったのだが、あの乗り心地の悪い車輌も戦車より遥かにマシと思えばなんとかなるもので、車内で爆睡を続けていた私にはあまり眠気は残っていなかった。ま、それ以外に寝る気がしなかったし、眠れなかったというのもあるが
さて、隣の優花里さんであるが、こちらも私と同じく眠れないらしい。列車のなかで私ほど眠れていたようには見えなかったが、それでも眠れないのだろうか
目を開けたまま天井を暫く見上げていたあと、ごそごそと布団を抜け出して自分のカバンをさっと漁り、紙とペンと厚めの本を取り出して、その本を下敷きがわりに何かを書き始めた
何行か書き続けたのち、その内容が不満だったのか、その紙を置いて枕に頭を突っ込んだまま悶えている。厨二病か
以上、小動物優花里さんの観察日記でした
もはや可愛いは通り過ぎている気がする。出会った日に殺しかけようとした時の姿はもうない。ぬひひ、このまま眺めていても良いのだが、そのまま気怠げに天井を眺め始めたので、今度は私から動いてこの可愛いさを堪能することにする
「優花里さん……」
彼女の右から声をかける
「は?あ……すみません。音しましたか?」
「いえ……あの、そちらの布団に行ってもいいですか?」
「ええ!……あ……も、もちろんであります!」
急に言われたことに驚きはあったようだが、すぐに紙と本を枕元に置いて布団を捲り上げてくれた。そうすると隣からのそのそと入っていく
489 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:28:03.90 ID:ps5/gbfR0
近い。近い。本当に近い。同じ布団に入った2人が顔を見合わせているのだから当然といえば当然だ
「フフ」
この時はまだ私の方が余裕があると思っていたし、どう見ても向こうは慌てていた。だがゆでダコの触手が手に触れた時、私の手が細かく震えていたことに気づいた。向こうの表情は驚き。ホントに分かりやすくて助かる
何故か。戦場、敵、そしてそれが示す運命
この震えの原因は一つしかない
そうか。私は分かってしまっているのだ。そこにいたが故に
「みっともないでしょう?私……死にたくない。明日の試合が怖くて、手が……震えてしまうんです」
「そ、そんなの当然です!誰だって死ぬのは怖いであります!」
思わず半身を跳ね上げる。そうだよな。だが私がその感情を持っていること、それが何よりも恐ろしいのだ
「だから、こうして人の近くにいれば、治って眠れるかなって」
その隠匿に比べりゃ、このぐらいの嘘は遥かにマシな代物だろう
見合わせたまま視線をそらそうとはしない。気をそらそうと辺りに耳を傾けようとすると、周りから小さいが淫猥な声がする。場所は一ヶ所からだけではない。彼女の顔が赤い理由も、一部はそこにあるだろう
「えっ……と、西住殿が近づいてらっしゃるのは……周りの事が少し……関係しているのでありますか?」
しっかし久々だなぁ、この環境。私は混じる気は無いが
「周り?ああ、この声のことですか。それなら関係無いです。もう慣れましたから」
「へっ?」
「どうやら人間命の危険を感じると、そうしたくなるらしいです。黒森峰の時も硬式の試合前の夜毎回聞かされましたから」
「……なんかイメージ崩れるであります……」
「やっぱり黒森峰の者でも人間なんです。当たり前ですけれど……」
基本戦車道を見るとしたら、テレビか雑誌かあたりだろう。そこにあるのは、戦車道の中でもかろうじてまともな部分だけ。最早それは『戦車道』ではない
天井を眺める。天井にはうっすらと木の黒い年輪が流れる
490 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:28:51.49 ID:ps5/gbfR0
「そういえば、先ほどまでは何を?」
「は……えっと、その……私も眠れないのです。だから遺書でも残そうかと思ったんですけど、明日は生き残りたいですし……」
遺書ね。確かに普通の両親とかには伝えたいこともあるだろう。特に学園艦在住だしな。私の親にか……呪いのメールでいいな。マナーモードを突破して、深夜3時頃に鳴らしてやる
「なるほど。では私も眠れませんし、この騒音に耳を傾け続けるのもなんなので、何か話しません?眠れないといって天井の筋を数えるようなことはしたくないので。でも迷惑だったら……」
「いえ、私も眠れなくて……遺書に書く様なことばかり頭に浮かぶので、お話したいであります。といっても私が話すことは浮かばないので、西住殿からどうぞ」
「……2つ話したいことがあるのですが、どっちからがいいですか?」
「何でありますか?」
「ただ私が話したいことと、勝った時のために知っておいてもらいたいことです」
「では話したいことの方からお願いします」
「……分かりました」
そう切り出したものの、このことを話して大丈夫なのか。これは前の話とはレベルが違う。彼女らにとっての私の存在、その根底をひっくり返しかねないことだ
「……これから何を言っても、信じてくださいますか?」
「えっ……は、はい。この状況で嘘をつかれるとも思えませんし……前の話も本当でしょうから……」
「そこじゃありません。私を、です」
「西住殿を?」
「はい」
「も、もちろんであります!西住殿は仲間であり、かけがえのない友人であり、尊敬すべき方であります!信じるに決まってます!」
「そうですか……」
話そうか迷ったが、次の試合だけはまともではない。この、この事実を知っている人間を私以外に作っておくべきだ。それが私に物語を吐き出させた
491 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:29:31.64 ID:ps5/gbfR0
黒森峰女学園 学園歌 「緑川の護り」
その叫びは高揚か 黎明の炎のように
緑 緑川よ 川と共に進もう
愛する母校よ 永遠に安泰であれ
緑の護りは盤石なるぞ
火の国にそびえる 乙女の園よ
胸は打ち震え 光り輝く瞳
黒森峰の女子は 篤実で堂々と
偉大な母校よ 永遠に堅実であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清正公の意思継ぐ 乙女の園よ
先達の見る下 天の貴女を仰ぎ
固き意志持ちて 黒き森を抜けん
希望たる母校よ 永遠に昌盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
御阿蘇の威光有る 乙女の園よ
血流は輝き 強くある拳は
腕と共にありて 敵の撃を塞ぐ
美しい母校よ 永遠に実着であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清流の下にある 乙女の園よ
何事あろうと この地は渡さじ
黒森峰の民は 英雄の血脈ぞ
精強なる母校よ 永遠に明哲であれ
緑の護りは盤石なるぞ
豊穣の地にある 乙女の園よ
宣誓は響き渡り 旗は翻る
緑 緑川よ 護り人は我ぞ
毅然たる母校よ 永遠に隆盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
黒森峰女学園 我らの誇り
黒森峰女学園の中心部は南を緑川と吉野山、北から西を加勢川、東を船野山、飯田山、白旗山に囲まれた、天然の要害の中にある
南西の県立宇城学園を実質的に支配下に収め、その管轄地域内の三角を海軍の拠点としている
ちなみにこの校歌について、『校歌は大講堂以外では歌わない』という話が、黒森峰内部では流れている
492 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:30:00.42 ID:ps5/gbfR0
26時間寝台列車は普通に辛かったので今日はここまでです
493 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2019/10/14(月) 21:10:18.17 ID:RkUNHFgJO
荒らし速報
ID: +vAJUinAO、ID: XxAEAIo80、ID:vuMJPVEE0、ID: Ao8Lv9x9O、ID: cJcQzrkpo 、ID: 6ra6liDjO
ID: 89tlEEMSo
以上のIDが他スレにて悪質な荒らし行為をしている事が確認されました。
これ等のIDは荒らし目的のクソ安価を出しますのでご注意ください。
494 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:31:47.75 ID:zgNk9AA8O
もう直ぐ始めます
495 :
◆ujHylXatJU
:2019/10/17(木) 20:35:23.18 ID:zgNk9AA8O
〜
私はあなたに助言する。友よ、人を懲らしめたいという強い衝動を持つ者を信用するな!
ニーチェ
〜
496 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:36:30.35 ID:zgNk9AA8O
「私は……人殺しです」
「へっ?えっ……と」
「私は、この手で人の命を止めたのです」
右手を布団から出して上に掲げ、それを見つめる。この手が、この手がやったのだ
「お、お言葉ですが、今ここにいるものは、酷い話ですが、みなサンダース、アンツィオ、プラウダの犠牲があって生きております。それは特に西住殿だけが気にする事ではないのでは?」
それではない
「……あ、もしかしてお銀さんのことを……あれはやむを得ませんでした。あの傷と衰弱ではとても……そして彼女がそれを受け入れたんです。気にし過ぎることは……」
何とか私をフォローしようとしているらしいが、残念だったな
「どちらもハズレです。悩める要因がそれだったら、私の心労は数百倍軽くなったはずです
皆さんは戦車道のルールに則り犠牲を生んでいます。私は戦車道のルールの下ではなく、自衛の為でもなく、相手のことを思ったわけでもなく、ただ自分の保身の為に人の命を奪ったのです」
「……どういうことでありますか?」
「……私が黒森峰のSS装甲師団にいたことはご存知ですよね」
「はい。SS12部隊副隊長だったこ」
497 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:37:08.07 ID:zgNk9AA8O
「いえ、それだけでいいんです。SS装甲師団には戦車道大会に参加する以外にも役割があります
それは学園の防衛、および治安維持。それが実行されたのが、昨年の黒森峰の等良政権への反乱の鎮圧です」
「え……そんな事を高校生に!あれは防衛隊主導かと思ってましたが……」
「デモ隊や武装した部隊に戦車で突撃するのです。それが学園の敵を壊滅させる最も早く効果的だと、姉は……単調な声でそれを命じていました
機銃の音、榴弾の音、全てが命を奪う為に響いていました。私は耳を塞ぎました。無線が、それも大音量で入ってくることを心底期待していました。履帯で人が踏みつぶされる音、身体が砲弾で砕け散る音なんて聞きたく無かった……」
今でも思い起こせば吐き気をもたらすものだ。されど……これまた事実にして、伝えておきたいことなのだ
「ですが当時の私は西住の者として、頭を出したまま外を見なければなりませんでした。知ってますか?人間の身体って思ったより弾が貫通しないので、大量の弾丸をくらうとまずは身体が吹っ飛ばされるんですよ?ま、流石に上半身丸ごと消し飛ぶほどじゃないですけど
そして榴弾になると、本当に腕や脚だけが宙を舞ったりするんです。骨と血肉を丸出しにしたままね
来年高3になれば私が隊長となり、もし反乱が起きれば私が鎮圧を指揮することになります。平然とした顔でこなせる姉と違い、私には出来る気がしなかった。それから逃げたかったのも、私が大洗に来た理由の一つです」
「なんということを……」
「ですが、それもまだマシです。攻撃しなければ自分も死ぬ、と自分自身を説得できましたから……本当に自分が許せなくなるのは、自分が死ぬ可能性の直接的な原因ではない人を殺した、あの時です」
498 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:37:41.20 ID:zgNk9AA8O
あれは私が高校に入って、装甲師団に入団してから直ぐのことでした。黒森峰では師団に入った者は必ず最初の1年間、処刑人の任に付くか歩兵として一定期間任に付くことになっていました。配属先によって異なりますが、SSだと4ヶ月くらい、でしたね
何でかって?硬式戦に赴いたり、さっきみたいに反乱を鎮圧する時、躊躇わないように、すなわち人を殺す経験を作っておくためです。名目上は防衛時の歩兵協調の訓練や学園への忠誠心云々でしたが
私が選んだのは、処刑人になることでした。そもそも私が一年生の時点でSSでも精鋭部隊に配属されてしまったので、歩兵訓練に回す時間がなかったのもありますし、勿論反乱や学園における重大犯罪などが無ければ何もしなくて良い、ということもありました
しかし残念ながら、その時先ほどとは別件の反乱の計画をしていた者が捕らえられ、銃殺刑になることが決まりました。その処刑人に私が決まったのです。外から見てそういうのは苦手だと即座に分かったのでしょう。やらせなければならない、と。私に拒否権などありませんでした
実施が決まっても、私には何もできませんでした。無論その者との面会などはできませんでしたし、そうなれば心の準備も何もありません。が、私がここにいるためにはやらねばならないのだ、とは理解していました
499 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:38:13.33 ID:zgNk9AA8O
処刑当日、目の前の者はコンクリートの床の上で口を塞がれ、手足を縛られて転がっていました。周りには姉を含む他の隊員が立っていました。きっと私の醜態を見届ける気だったのでしょうね。床の上の者が暴れれば直ぐに近くの者が殴って黙らせます
私の手には処刑用のモーゼルC96が握られていました。本来は拳銃の中でも遠距離向きなものなのですが、国内でも日中戦争での将校の捕獲品として辛うじて残っていたため、黒森峰でもステータスシンボルとして使われていました
心臓が激しく鼓動し、手は汗で銃を滑って落としそうなほど濡れていました。元から重かった、というのもありますが
「みほ、早く撃て」
足は震え、顔は硬直し、口は手とは逆にたった一滴の水分も含んでいませんでした
「撃たないと周りの者がこいつが暴れる毎に抑えているんだ」
脳の半分は認めていました。しかし残りの脳の半分と身体が撃つことに抗っていました
「その者たちの苦労も考えろ」
目の前の者が再び暴れ出し、他の隊員が顔面を何度も殴って鎮めます
「お前は、自分の意思で人を撃つことを決めたんだ。撃たなければならないんだ」
そう、それを自分の意思で決めたこと。歩兵ではなく処刑人になること、それを決めたのが私であることが重く心にのしかかります。そしてここにいるためには、撃たなければならないことも
「どうした。こいつは黒森峰の敵なんだ。撃つんだ。お前は学園長に忠誠を誓ったんじゃないのか」
目の前の者は反抗する力を失ったのか、唸りながら涙を流します。撃ったらどうなるとかは考えられませんでした。ただ引くか引かないか、それだけが頭の中で揉めていました
「その指を、引け、引くんだ、早く。お前が黒森峰SS装甲師団の者ならば」
この揉めごとの決着はなかなか着きません。頭の混乱が内臓にまで及ぶような感覚に襲われます。胃が裂けるのでは、と本気で思いましたよ、あの時は
500 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:38:57.57 ID:zgNk9AA8O
「お前がどうしても撃たないなら……仕方ない」
左側頭部に金属らしきものが当たるのを感じました
「お前を反乱罪で処刑するしかない」
「ちょ、ちょっと!副隊長!」
横にいたのは、こちらに別のモーゼルC96の銃口を向けた姉の姿でした。親指でハンマーを固定します。口調、顔いずれもいつもと変わりませんでした。向けた相手は家族ではなかったみたいです
「流石に後継ではないとはいえ西住の娘さんですし、学園長や隊長の許可を得たほうが……」
「必要ない。反乱罪であることはお前達が証言してくれるしな。みほが殺さないなら、こいつは私が殺す」
恐怖とともに少しの油断が生じます。姉が西住の血を引く私を本当に殺すわけがない、そう高を括っていました。相変わらず手は汗で濡れ、足は震えています
501 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:39:25.83 ID:zgNk9AA8O
その時でした。首の後ろを一筋の風が吹き抜けます。後ろの髪の数本が自分ではなくなります。耳元では鼓膜がちぎれんばかりの音が轟きます。壁には弾丸がめり込み、その周辺も放射状にひび割れていました
恐る恐る左を見ると、高く挙げられた姉の銃からは縦に煙が登っています
「まさか撃たないとでも思っていたのか?お前が黒森峰、ひいては西住流の敵となるなら、遠慮なく頭に撃ち込むぞ」
恐怖で支配され、声帯は固定されました。考える余裕は全くありませんでした
「さあ、やれ」
姉は次弾発射の用意を終えて冷酷に言い放ちます。私はハンマーを移動させましたが、手の震えで狙いが定まりません
すると姉は部下2人に指示をして、床にいた者の肩を掬い上げて、頭が銃口に当たるようにさせます。目の前の者はあと数分もないことに気づいたのか号泣し、口を塞がれていても分かる程大きく嗚咽を繰り返しています。その目は路上に捨てられた猫が助けを求めるようでした
「さあ、早く。なんなら私がこいつを撃った上で、お前を銃床で殴り殺すか?確かに反逆者に銃弾を捧げる価値もなさそうだしな」
姉が銃口で左側頭部を突きます。次はありません。生きることが、全てでした
私は大きく息を吐いたあと、目を瞑り指に大きく力を込めました。先程と同じ大きな音がして、私の指には温かい液体がかかります。その者の背中側には、放射線状に広がるヒビの入ったコンクリートの壁がありました
涙を流さなくなったその者は肩を離され、力なく顔からコンクリートの床に倒されました。私の手はその時が限界でした。手を滑らせて床に落ちるモーゼルの音は私の耳に焼き付いています
「よくやった」
「西住みほ伍長、万歳」
姉が銃を降ろし、左手で肩をたたきます。周りの者も右手を掲げて敬礼します
「これでお前は本当に我々の一員となったのだ。ただ銃は手放すなよ。暴発されたら厄介だ」
その時から、私は命のやり取りの場でも冷静になれるようになってしまったのです。そう、これよりはマシだ、と
502 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:40:13.18 ID:zgNk9AA8O
無言で言うことを聞き続けてくれた。口を挟むのは野暮だと思ったのか
「これが、私です。これでも、私を友達と思ってくれますか?人と付き合う時、あなたはその人が殺人者であると考えますか?
考えないでしょう。自分と同じく、真っ当に生きてきているはずだ。そう思うのが普通ですし、そうするのが信頼の基本です。が……私はそうではない
このことを伏せ続けてきた以上、この先も私の友であれ、とまでは言いません。しかし明日だけでも結構です。私を信じてくださいませんか?そして……どちらかが生き残ったら、この話を、伝えてください」
どちらも生き残る。不可能ではないかもしれないし、そうあって欲しいが、現実はそうはいかない。普通に考えればどっちも死んでいる可能性が最も高いのだ
さてこの話を聞いてどう動く。装填手、その身の上である彼女に伝えたのも、最悪の事態も想定しているからだ。もしそうなったら、損害は大きいが
「私は……」
さぁ、話せ。結果を受け入れる用意はできている
「……私は、申し訳ないですが、西住殿に恐怖を感じました。サンダース戦の時、バレー部チームがやられても、動じた素振りを見せずに、むしろ笑顔で指示を出すその様子が、たとえ仲間が死のうとも、淡々と指示を出す様子が、不気味でした。きっと私が死んだとしても、そう対応なさると思います。それは正しいのです。分かっているのですが、その気持ちを、私は否定できません」
あり?私サンダース戦でそんなにサイコパスじみたことやったっけ……
まぁいいや。確かに後半はその通り……かもしれない。状況によるかな
「それでも、それは9月から育んだ友情全てを否定する理由としては不十分であります。例え西住殿が殺人者であっても、我々との友情を信じられないとしても、私は西住殿を友達と思いますし、戦車道の選手として尊敬しますし、大洗の仲間の一人としてついてまいりたい
確かに3ヶ月という期間は短いかもしれません。しかし時間というものはそこまで重要でありますか?ひと時とはいえ、心を通わず時間を得られたら、それは友情であり、決して消えぬと思います。そして幸いにも、それは一度のみではありませんでした」
503 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:40:52.11 ID:zgNk9AA8O
友情、ねぇ。ついこの前までそれを否定するようにされてきた、というのに、今はその言葉を聞いて、言いようのない安心に包まれている
「育んだ友情……」
「ええ、それは簡単には崩れません。以前がどうであれ、今の西住殿は我々の友達であります」
先ほどと距離は同じ。されど顔から赤みは抜け、真剣な眼差しのみがこちらに突き刺さる。そうか……彼女に話したのは正解だな
「やっと……果実が実りましたか……」
向こうはこの言葉に納得いかないようだが、自分で納得しているから問題ない
純粋な、果実が実った。今まで花が咲いたことはあった。しかし実る前に相手が亡くなったり、花を咲かせた目的が西住流に対するもので純粋でなかったりと様々だった。全く運がなく、境遇が最悪だ。自分への後ろめたさもあり、実らせることを躊躇っていたのかもしれない
大きく深呼吸した
「……今の話を聞いてそれ程言ってくれるなら、信じるしかない……ね」
「ありがとうごさいます」
「だったら、その友情が長く続くよう頑張りましょう」
「そうでありますね……」
長く続く。それは明日までかもしれない
504 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:42:07.67 ID:zgNk9AA8O
「それにしても、どうして西住殿のお姉さまは妹に銃を突きつけるなんて事ができたのでしょう?私に兄弟はいませんが、父や母に銃を向けるなんて考えただけで……」
「……一度だけ、聞いた事があります。本当に撃つ気だったか、と。姉は頷き、
『どうして人を無慈悲に撃つなんて事が出来るの?』
と私が聞くと、暫く考えて言いました
『私が西住流そのものだからだ』
と。ですが私はそうはなれませんでした」
人を躊躇なく殺すのが西住流。それは硬式戦車道という環境と絶対勝利という条件を同時に満たすために、最もやり易い手法。そしてその為には、人間を壊さねばならぬ
姉は病院のお世話になる前に、すでに壊れていたのだろう
505 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:42:36.30 ID:zgNk9AA8O
「ところで、もう一つのお話というのは何でありますか?」
優花里さんが次の話を振ってきた。ありがたい。精神的交流を図れた以上あまり用はない。そもそもどちらも好んで使いたい話題じゃないんだから
「もう一つは、生き残ったあとにあることです。生き残った後、私達は亡くなった方の親御さんに会わなくてはなりません。そこであるのは、親御さんからの追求です。生き残ったら避けられません」
「……でも、我々にはどうしようもないでありますよ」
「そうです。もうどうもできないのです。しかし向こうは大事な家族を失ったのです。どうしてあなたが生きていて、娘が死んだのだ、と思う気持ちは止められないのです。たとえそれが運に左右されるものだとしても」
「……大事な人を失う……でありますか」
「そうです。それも自分の腹を痛めて産んだ子を
私も去年の大会の後、多くの親御さんに会いました。姉は植物状態だった為、私が公式記録や見た情報を元に報告しました
とはいえ文字では不十分な上、私も全てを見たわけじゃありません。特に収容所に入れられてからは、同じ奴らに嬲られた集団を語るだけで精一杯でした
そんな不完全な情報でしたから、親御さんの一部は『報告なんて聞きたくない!』と叫んだり、人によっては私に掴みかかってくる人もいました。そういう人はSS歩兵師団の人に有無を言わせず連れ出されていきました。わめきながら肩を掴まれて連れ出される姿は、どんどん私の中に蓄積されました」
「……そう言いたくなるのもわかる気がするであります」
そうだろう。特に親に手紙を残したいと思わせる親なら、親からの愛情も相当だろうし
「もしかしたら明日私が死んで優花里さんが生き残るかもしれません。そういう事もあるのだと知っておいてください」
「……分かりました」
506 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:44:22.62 ID:zgNk9AA8O
「……明日は、勝てたとしても被害が確実に出ます」
これだけは、避けられない
「できるだけ出ない様に考えていますが、この戦力差だけはどうにも出来ません」
「それは……敵は20輌の精鋭、こちらは質は悪くはないとはいえ4輌。しかも敵にはティーガIIなどがいますから」
「作戦にも、残念ながら運が混じります。それのせいで皆が死ぬのが怖いのです」
「どんな作戦であっても私は西住殿についていくであります」
「……それが、怖いのです。皆が私を信じているからこそ……」
「かといっても命令を守らない方がいいわけではないでしょう」
「そうなんですけど……」
疲れた。この話はせねばならないとは思っていたが、やはり精神的な疲労が肉体に添加されてのしかかってきた。電車での眠りは浅いものだったのかもしれん
その返事を考える体力は、眠りに落ちる前に尽きてしまった
507 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:45:59.23 ID:zgNk9AA8O
小さな地震の様な揺れでホシノは目を覚ました。折角眠ってたのに。イラつきながら身を起こすとそのせいか隣のナカジマも起きる
「ごめん、起こした?」
「いや、この揺れと声が……」
「ああ……」
周りには3つ程の山があるそれは上下に揺れ、吉原を歩けば聞こえそうな音が中から響く
「な、なんだ……おかしな連中だとは思っていたがここまでとは……マトモなのは自動車部だけか」
ホシノは山脈を眺めたあと、周りを確認する。近くのスズキとツチヤは熟睡中だ。ある意味安心した
「軍隊に同性愛は付き物らしいよ」
ナカジマも乾いた笑いを浮かべるしかなかった
「ほんと……戦車道って軍隊だよなぁ」
508 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:46:41.16 ID:zgNk9AA8O
〜
防衛隊と親衛隊
黒森峰女学園には2つの軍事組織がある。学園都市防衛隊と学園長親衛隊である。これら2つは成立経緯が異なり、防衛隊は学園艦時代の船舶科を、親衛隊は学園艦時代の治安維持隊をルーツとしており、地位的には親衛隊が優位とされている
親衛隊が外部派兵と監視、防衛隊が防衛即応と役割がわけられているが、昨今はその境目が薄れつつある。それぞれ歩兵、砲兵、戦車各師団が所属している。この師団は各兵種の総合的呼称であり、他の組織のものとは異なる
西住姉妹がいたのは親衛隊戦車師団学生大隊第4中隊第12小隊。大隊長が隊長を兼任する形をとる精鋭である
〜
509 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 22:52:23.65 ID:YuTUMZY30
昨日はできなくてすみません
2315からやります
510 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:27:20.31 ID:YuTUMZY30
〜
黒森峰女学園は学園都市の戦争がなんたるか、を真っ先に把握していた。それは高い士気と精鋭化、そして軍需物資の十分な備蓄である、と。
学園都市間の戦争はその都市の規模から、必然的に短期戦となった。すなわち長期戦にするメリットが双方なかったのである。だからこそいかに集中的に勝利を収めるのかが戦局を左右することとなった。
山鹿涼『日本の学園都市』 より
〜
511 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:28:06.27 ID:YuTUMZY30
天気は……どんよりとした曇り。遂に当日だ。風は大きくなく、湿度も高くない。そして6時10分に起きた私は、窓の外の様子からそれを冷静に察知できている。隣の人もすぐに寝ていたらしく、まだ起きる気配はない
ゆっくりと布団から這い出て一度大きく伸びをしたあと、部屋の外の洗面台で顔を洗いにいく。まだ起きている人はいない。皆の寝顔はまだ生きてそこにある
冷たい水を顔に浴びせ、部屋に戻って寝間着から着替えている間に、ちらほらと目覚める人が現れた。その中で何故かパイタッチを狙ってきたマゾに対しては、お望み通り張り手を一発。やはり煩いな、これは。そしてそこまで嫌そうでもないところを見ると、やはり本物らしい
ま、周囲には引かれているぞ
512 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:29:00.26 ID:YuTUMZY30
部屋の中央にテーブルが置かれ、大皿の上には17個の黒パンのサンドイッチがある。ラップで包まれており、こぼれにくくなっているが、1個当たりはそこまで大きくない。それを1人を除いて食べ終えると、皆自分の支度に戻る。私もぱっぱと済ませ、水を一杯飲み干すと、やるべきことを脳内でまとめ始める
次の試合は圧倒的不利だ。車輌数とその質のみならず、会場が黒森峰学園都市内部に存在しており、黒森峰の戦車道や戦車師団が日常的に使っている演習場である、という点も勘案しなくてはならない
土地に関してはむしろ向こうに利がある。会場内の散開、奇襲狙いほど阿呆な手はないだろう
だから勝つためには3つの奇跡が必要だ。私のみみっちい外交知識もフル動員して概要は作ってある。だが一つ一つも奇跡な上、それを確実に起こさねばならない。殆どの人間がこの案を見ても、負けるしかないじゃん、と答えるだろう
私もである
逆に、これが1番勝ち目のある策、というのが大洗の哀しいところだ
513 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:30:00.63 ID:YuTUMZY30
6時50分、出発予定時刻10分前。その1人を布団から引っぺがそうと沙織さんが奮闘する
「麻子起きて!あと10分でみんな出発しちゃうよ!」
「人間が7時に起きれるか…….」
沙織さんが布団を引っ張るが、麻子さんはがっちりと角を抑えている。答えられるなら起きてほしいものだが
「何言ってんのよ!起きなきゃ試合出来ないんだよ!着替えても無いし朝ご飯も食べて無いんでしょう!お腹減っても知らないよ!」
「それも今朝2時まで叩き起こしていた張本人が何を言う……」
「麻子夜型なんだからいいでしょう!それはそれ、これはこれ、早く起きて!私だってそうなんだから!」
「沙織がこっち来たんだろ…それに5時間睡眠で人間が起きれるか……無理だ。出来るわけがない」
沙織さんはかなり苦戦している。華さんが一瞬スカートを留める手を止めた
さて、起きろ
カバンのチャックを閉じて麻子さんの正面に向かう。正面に腰をおろすと、枕の前で思いっきりと部屋の空気が震えるほど手を叩いた
「麻子さん!来てください!今日の作戦に、勝つ為に麻子さんは欠かせないのです!」
手を合わせたまま深く頭を下げる。彼女が欠かせないのは事実だ、というよりこの場にいる人間すべての参加は必須事項だ
麻子さんがようやく動き、むくりと顔を上げた
「どうか……」
「わかった」
そう言うが早いか、すぐ様ゆっくりながら布団から身を起こし、机の上のサンドイッチを手早く食べ、先程からは想像できないくらいの速さでテキパキと着替え始めた
「なんで私がやってこんなに起きなくて、みぽりんが声かけるとすぐ起きるのよー」
「西住さんには恩義がある」
「私にはないの!」
「ない。最悪でも西住さんには及ばない」
「もー!」
沙織さんが口を尖らせる。そんなもんかぁ
「沙織さん、支度は終わってらっしゃいますの?」
「あ、そうだ!やらないと!」
沙織さんは自分の荷物の方へ戻った。他にこれなさそうな人もいない。あとは現場に突入するのみだ
514 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:30:47.50 ID:YuTUMZY30
皆の支度が終わり、窓の外を眺めたり床に横たわってくつろいでいた頃、予定時刻丁度に扉が開く
「大洗女子学園の皆さん、時間です。出発してください」
係の者の案内のもと、移動用のバスまで行く。入り口を出ると、上からゆっくりと落ちてきている物がある。白いが、雪ではない。雪にしてはあまりにも大きすぎる
「ビラだ」
「あれ……黒森峰?」
「フォッケ、アハゲリス……間違いありません、黒森峰です」
それぞれ近くのビラを手に取る。空中のものを捕まえる者もいれば落ちたものを拾う者もいる。私も適当に捕まえた。
「何これ、アルファベットに点々が付いてる」
「ドイツ語だな。英訳も書いてある」
「日本語で書けばいいのに……」
麻子さんは少しその英文を眺め、スラスラと訳し始めた。流石だな。私も意味はないと予測しつつも、文面には一応目を通す
「大洗女子学園の皆さん。我が校は皆さんに投降を勧告します。試合だからとはいえ、我々はいたずらに犠牲者を出すことを望みません。戦闘を放棄して投降した者には危害を加えません。私物は没収せず、友人達と同室にて収監し、その後はただちに全員解放し帰宅させることを約束します、かな」
フン、自分の顔を鏡で見ながらそれをしゃべってみやがれ
「えっ、それって!」
「戦わなくても降伏すれば無事帰れるの!」
一部の者の顔が変わる。アホか、私の話を聞いてなかっ……たか。だが私に従ってきた者たちだ。何をするか……予想できるだろう
「くさいな」
左衛門佐さんが首をひねる。ま、武田を知ってりゃこれくらいの罠は分かるか
「うむ、これは敵の某略。相手の士気を鈍らせる常套手段。今まで捕虜を殺しまくっておいてどの口が言うんだ!」
「甘く見るなよ、黒森峰!」
河嶋隊長が縦にビラを引き裂き、その音で皆の少し浮かれた感情は突き崩された
よかったよかった。本当に離脱だけは避けてほしいもんだったし
バスに乗り、都市の南西の郊外にある会場、前線へ向かう
515 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:31:33.37 ID:YuTUMZY30
黒森峰学園都市 ライヒ病院
学園の施設の集中する中心部、フリードリヒ地区にある、都市のみならず県内でもトップを争う総合病院である。だがこの病院といえど、どうも出来ない患者もいる
その病室の一番奥、若干隔離されているのかとも思える位置に、その人の病室はある
「それでは、そろそろ出発します」
席を立ち、靴の踵同士を当てて鳴らし、右手をまっすぐ掲げる。誰もが同等の仕草を返すべき敬礼だ
しかしベッドの上の者から返事は無い。ただ点滴の管によって生かされたものとなっており、その目には一切の光が差し込まない
西住まほ、黒森峰と提携する西住流の家元後継者にして、『本当の』黒森峰女学園選抜戦車隊隊長。私なんて……到底かなわない方
「プラウダに奪われた優勝杯、必ず取り戻して参ります」
最後に一礼して、病室の外に出る。外には緊張の面持ちで一列に隊員が並んでいる。ドアは空気圧が抜ける音をさせて閉じた
「逸見隊長代行。西住隊長の容態は……」
そう、私は代行。その呼び名が、懐旧の情にかられていることをひしひしと伝えてくる。先頭にいる者が尋ねてくるが、表情からもう読まれているだろう
「ダメだ、完全に昏睡状態だ。話すこともできない。出場は無理だ。残念だが選手登録は抹消しよう」
奥歯を噛み締める。周りの者の表情は変わらず緊張の面持ちだ
隊長はただ隊長であるだけではない。西住の正嫡、それはあいつに対抗するに余りある名声であった
516 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:32:13.21 ID:YuTUMZY30
「そんな……」
「決勝でも西住隊長の指揮がないなんて……」
それがないのである。この不安は私では止められない
「相手は部隊戦術なら姉をも上回るとさえ言われるあのみほ元副隊長」
冷や汗を流しながら顔を見合わせ続ける
「硬式の実績は相手の隊長が明らかに格上 上……」
「クッ!」
流石に聞き流せず、その者を睨みつけようとした。しかしすぐに思い直す。あいつと私では格が遥かに違う。それは確かだ
出場した試合はあいつが1年生から合計7試合、私はこの大会が硬式初出場で、出場した試合は準決勝の参戦を含めて3回、そのうち1回がほとんど戦闘なく飛行機で逃亡しやがった知波単戦であるため、実質2回である
いや、そのうち1度もヨーグルトが協定通り降伏し、こちらも捕らえておく意味もないので解放した。彼らの捕虜の中にはグロリアーナもいたが、上から彼らも解放するように言われ、あの紅茶中毒患者どもを解放するのは若干癪だが解放した
つまり実戦経験1回、あの大洗への参戦のみだ。そしてここにいる者の多くも、経験は同様である
「エリカさんの指揮で西住流に勝てるの……」
しかも黒森峰は7月の大会、プラウダ戦で硬式経験者を失いつつある。その為今回の試合に参加する者には初出場の者が多い。数や火力で学園は勝っても、殺られたら自分達は終わり。その恐怖を揉み消せていない者たちばかりなのだ
その点では今回の大洗にさえ劣るやもしれない
?一列に不安が連なる。緊張の面持ちどころではなく悲愴感で溢れている。しかし1人だけそうでない者がいる。赤星小梅だ
中学の頃から精鋭に所属した学年でも有数の実力者であり、あいつ以外に昨年の軟式大会の選抜戦車隊の車長に選ばれた唯一の人物である。そう、本来であれば私の学年であいつの補佐をするべきだったのは、その時予備車輌車長だった私ではなく彼女なのだ
ではなぜ私か。一つは精鋭が虐殺されたこと。これにより一つ上の世代で隊長を務められる人がいなくなったから。もう一つは彼女、小梅が黒森峰での軟式での10連覇を妨げたもう1人、とされているからだ
517 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:33:56.88 ID:YuTUMZY30
彼女の乗った偵察用のIII号が、豪雨でぬかるんだ道が崩れたために川に落ちた。そこで後続にいたフラッグ車の車長だったあいつが、助けるために車輌を放棄して川に飛び込んだのである
無論頭のなくなった戦車に何もできはしない。フラッグ車は撃破され、黒森峰は忘れることのできない敗北を喫したのである
あいつの行動のみならず、川に落ちた際の対応が遅れた彼女もまた批判の対象となった。そして今年は基本精鋭部隊からは外れていたし、昇進もなされなかった
そして夏の硬式戦で階級が軍曹以上の方々が殆ど死亡。あいつもいなくなった結果、当時伍長だった私が二階級特進で曹長になり、代行を務めるに至ったわけである
逆に言えば、私を代行にしたり彼女を出して文句が出ないほどに、今の黒森峰選抜戦車隊は人材が逼迫しているのだ
何もできないでいた。この場の雰囲気を正す手段など、いや手段の問題ではないな。私自身が力不足なのだ
その中で焦燥が渦巻いていた中で、急に彼女が首を左右に回した後、靴の裏で3度床を叩いた
518 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:35:49.12 ID:YuTUMZY30
♪オブ シュトゥーム オーダ シュナイツ
Ob's st?rmt oder schneit
(嵐の時も雪の時も)
♪オブ ディ ゾーンネ ウーンス ラハト
Ob die Sonne uns lacht
(太陽が照る時も)
再び靴の裏で2度床を蹴る。いきなり歌い出したことに周りの者は茫然とする。私もだ
だがこの歌はよく知っている
♪ディア ダーク グリューエン ハイス
Der Tag gl?hend hei?
(灼熱の昼であろうと)
♪オーダ アーイスカールディ ナハト
Oder eiskalt die Nacht
(極寒の夜であろうと)
隣の者が歌に加わったのを皮切りにその隣、その隣と歌を歌い始め、リズムに合わせ床を叩く
♪ベジュ タウ ジン ディゲ ジヒター
Bestaubt sind die Gesichter
(顔が埃にまみれようとも)
そうだ、我々は引いてはいけないのだ。学園都市のため、学園長のため、戦車道のため、黒森峰のため、そしてここにいる全ての者のために、引いてはいけないのだ。それがすべきこと。私が弱気になんてなってはいけない
♪ドッホ フロー イスト ウン ザ ジーン
Doch froh ist unser Sinn
(高らかなる我らの士気)
♪イスト ウン ザ ジーン
Ist unser Sinn
(我らの士気)
歌に加わる。自らの決意を自分自身に浸透させようと下腹部に力を込める。すべての者が歌う、この士気よ
そしてこれを彼女が歌い始めたのだ。あいつにあの時救われた彼女が
♪エス ブラースト ウーンザ パンツァー
Es braust unser Panzer
(我らが戦車は突き進む)
♪イム シュトゥーム ヴィーン ダヒーン
Im Sturmwind dahin
(戦いの嵐の中へ)
やっとここのベービたちも、戦いの嵐の中に身を投じることを決めた。礼は後だ。今は病院の看護師に謝罪して、向かうのだ
519 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:36:50.75 ID:YuTUMZY30
黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角
「ダージリン様、そろそろ始まりますね」
「ええ。それにしても今日の紅茶、貴女が淹れたにしては少し濃いですわね」
「すみません」
ペコは顔を伏せる
「いえ、いいですわ。大方私達がここにいていいものかと考えていたのでしょう?」
「……はい」
「こんな言葉をご存知?
All is fair in love and war.
イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない」
「正直今一番聞きたくなかったです。私達、ヨーグルトに降伏し、彼らが黒森峰に降伏することで全員解放してもらったのですから」
「良いじゃない。私たちは生きているんですよ?」
「でもそれは犠牲の上です。BC自由の離反組を……倒していますし、そして今目の前ではあの時好敵手として戦った大洗が殲滅されんとしている……」
「全く、同じチームくらい方針を一致させておいてほしいものですわ。あそこを支援するサンダースの気が知れない」
「何か……申し訳ないんです。その人たちの命の上に、のうのうと生きていることが」
「人は生きていなければ何も出来ませんわ。アンチョビさんも死んでしまっては何もできませんもの。一方で我が校は犠牲者をあまり出さずに済み、その上安泰ですわ」
「安泰ですか?戦車の数を元に戻すことに予算を取られるうえに、それをしたらしたで黒森峰に目をつけられて面倒だと思いますけど。プラウダのカチューシャさんも……」
「関東情勢はこの大会で変わりますし、その黒森峰も今まで、そしてこれから力を削られようとしているではないですか」
「へっ?」
520 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:37:22.10 ID:YuTUMZY30
「ペコさん、貴女には聞えませんか?熊と象の足音が」
「熊と……象?」
「今後はその間を取り持つことに尽力すればいい、それこそが我が校の安泰の道とお上は思うかもしれませんが……ふふ」
ペコは首を傾げる。その時、2人の後ろからローズヒップがダージリンのもとにきた
「あらローズヒップさん、どうしました?」
「GI6から情報です。上層部から得たため、信頼性は高いとのことですわ」
「ありがとう。それとオレンジヴァールとの交渉は?」
「なんとか纏まりそうらしいですわ」
「素晴らしい報告をありがとう。そう言われてこそ、あの小煩い3会派のお姉さま方を説得した甲斐があるものです」
「あとお二方も現在こちらに向かってらっしゃいますわ」
「そう。風邪をひいてないといいけど。場合によっては途中の学園都市に連絡して食事と飲料の手配を。もちろん温かいもので」
「もっちろんですわ」
ダージリンは手紙をローズヒップから受け取ると、すぐに開く。と思ったらすぐに確認を終え元に戻した
「どうしました?」
「象の足音はやはり本物のようですわ。ウチのGI6相手にこれほどのプランを伏せ続けてきたとは、流石は彼らといったところでしょうか
そういえばそろそろ試合が始まりますわね。果たしてみほさんはどんな戦いを見せてくださるのでしょう。あの時みたいにハラハラさせてくださるといいわね。楽しみです」
「え、ええ。そうですね……」
521 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:40:17.71 ID:YuTUMZY30
決勝戦 黒森峰側陣地 7時40分
「全車輌エンジン入ったか?」
「まだ13号車が終わってません」
「遅いわよ、早くしなさい!」
「すみません」
「エンジン始動終わった車輌の者はこちらに集まりなさい」
遅い。あと30分もないのだ。脇にいた小島さんがそれを抑えにきた
「焦りは敗北に繋がりますよ。エリカ隊長。まだすぐに試合が始まるわけじゃないんですから」
「小島曹長……」
「その呼び方はやめてくださいよ。今は貴女が隊長なのですから」
こんな試合の前なのに、笑顔とまではいかないが、緊張が見えない
「いやしかし、貴女は夏のほぼ唯一の生存者です。尊敬しないわけには……」
「はっはっは。同じ曹長とはいえ、貴女は親衛隊、私は防衛隊です。顎で使ってくださって構いません。私にあるのは実に残酷な経験だけ。精鋭を指揮をすることはできませんからね」
冗談をよく言うものだ。防衛隊の軍曹であった際に乗員の一人として夏を生き延び、そして普通に一段階昇進して防衛隊の学生大隊長を務めているのが彼女だ。人を纏められぬはずはない
「普通に考えれば勝ち目しかありませんが……相手があのみほさんですからねぇ。しかも母校の運命が背景にあるとなれば……一応の士気もありそうですね」
全く、国も面倒なことをしてくれるものだ
「きっと何か手を打ってきますが……それは読めませんね。援軍の可能性は相当低いと思われますし」
「ま、プラウダとサンダースを共に敵に回していますしね。他は……」
「ウチらの相手になりそうなところだと、聖グロもないでしょうね……でも戦いを挑んできているところを見ると、やはり何かしら期待があるのかもしれないわね」
522 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:41:08.07 ID:YuTUMZY30
「みほさんにですか?」
背後からもう一人の声。歌の始まりの声だ
「小梅……」
「期待があるなら丸ごと押し潰すのみ。その力を我々は持ってます。私も黒森峰の人間ですし、敵と害を倒すことに躊躇いはありません」
「そうよね……さきほどはありがとう。あの時の歌が無かったら、統制も何も無かったし、私は何も……」
「いえ、あれが私の役目です。試合に集中しましょう」
ただ静かにそう返事してきた。私と小島さんの間から、遥か先を見据えるような目をして。きっと答えても、話は聞いていない
「そうね……」
「13号車、エンジン始動しました」
やっとか。時間が残っているのは幸いだ
「全員集まりなさい」
523 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:41:43.04 ID:YuTUMZY30
車長を先頭にその後ろに乗員が整列する。ティーガーIが1輌、ティーガー2が2輌、ヤークトティーガーが1輌、エレファントが1輌、マウスが1輌にパンターが7輌、ランクが4輌、III号が3輌。車輌総計20輌。決勝に参戦可能な戦車数の最大だ
視界には合計96人の隊員が並ぶ。その命が私の指揮に掛かっている。だが見せるわけにはいかない。その不安を唾と共に飲み込むと一息つき、口を開いた
「私達はこれから戦わなくてはならないわ。その相手はつい半年前まで共に戦い、勝利と敗北を分かち合ってきた仲間よ
されど彼女は西住流を破門され、黒森峰から追放された。しかしその力は大洗で、この大会で何倍にも膨れ上がったわ。残念なことにね
大洗は今年度限りでの廃校、学園都市の廃止を通告され、それの撤回という微かな希望に戦車道を結びつけ、それにしがみついてきているのよ。そしてこの様な状況の中でも、仲間達と彼女自身の愚かさ故に戦い続けているわ
しかし!我々黒森峰は戦車道の絶対王者よ!撃ては必中、守りは固く、進む姿に乱れなし、鉄の心、鋼の掟、それらを我々は持ち続け、それを我々の中で膨らませているわ。たとえ何が相手だとしても我々は戦い、勝たなければならない!
??大洗女子学園を粉砕しなさい!敵4輌全車撃破し、1人でも多く生き残るわよ!生き残り、この戦いを次に伝えていくことが、学園長への最大の忠誠と思いなさい!」
「ヤヴォール!」
その返事をしない者はいなかった。油断はない。皆あいつを知っているから。だからこそ、私たちは勝てる
時を待つ。始まりの笛を。燃料の浪費はこれ以上必要ない。あとはすぐに、手早く、この場で倒す!
524 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:42:46.31 ID:YuTUMZY30
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと
「即刻叩け」
を
「西住と戦う決勝戦」
において選択をしたとのことです。
〜
525 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:43:25.58 ID:YuTUMZY30
ここまでです
526 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:38:00.88 ID:EGYyJA4LO
2045から始めます
527 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:49:00.09 ID:EGYyJA4LO
〜
大洗女子学園戦車道チーム、最後の戦い
彼女たちは何を求めて戦うのか
〜
528 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:50:22.40 ID:EGYyJA4LO
2012年12月11日火曜日 午前8時 黒森峰学園
都市南東部、ブレスラウ地区の高台で審判の右手が挙がる。最後の戦いの始まりを告げる笛の音色は単調だった。たったこれだけで、何人もの命を吹き飛ばすゲームが幕を開けるのだ
「全車反転!あんこうに続いてください」
大洗戦車隊は続々と会場中央に背を向ける。運はそちらにしか微笑んでいない。ここは会場の西側。黒森峰がこちらに向かってくるまで、思っているほど時間はないはずだ
なにせ戦力差がこれだ。わざわざ中央の森林地帯でこちらが出てくるのを待つ必要はない。さっさと距離を詰めて撃破、黒森峰らしい、かつ手間かからないいい手だ。私がその場で指揮を取っていてもきっとそうするだろう。躊躇う理由がないからだ
そしてその時、相手は私たちの行き先を知るだろう。だから急ぐのだ。作戦も移動中に伝えて間に合うだろう
529 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:50:55.49 ID:EGYyJA4LO
undefined
530 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:51:35.48 ID:EGYyJA4LO
「……に、西住。正気か?」
「はい。私は至って正気です」
無線越しで初めて作戦を伝えられた各車長の中で、一番早く言い返したのは河嶋隊長である。そういうのももっともな作戦だ。正気と答えたが、勝ちに囚われまともではないのかもしれん
「……しかし、本当に可能なのですか?私にはとてもそうは思えません」
その次はエルヴィンさん。確かにスターリングラードと維持とどっちが難しいか、となればどっこいどっこいだろうな
「……なんとも言えません。しかし会場内で戦うよりかはまだ勝ち目が見えます。会場内は向こうも知り尽くしてますし、何より黒森峰の戦術に合うよう平地を軸に設計された敷地です。ここでの勝ち目はありません
それよりは向こうも慣れない黒森峰市街地を戦場にするべきかと」
「万一脱出出来たとしても、自衛隊に追撃されるということは無いのか?戦車の質、練度共にどう考えても勝ち目はないだろう。秋山と松本も言っていたが……」
「いえ。硬式戦での暗黙の了解として、もし包囲網を突破したら会場を脱出したチームが行き着く先まで拡大する、というものがあります」
「無茶苦茶だな。日本全国どこでもありじゃないか」
「全くそうだとは思いますが、ずっと走っていると燃料切れを起こして動けなくなるので、一応範囲は制御可能、というところではないでしょうか。今回はこれに賭けます。私自身、本当に見るのは初めてですけれど」
531 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:52:15.10 ID:EGYyJA4LO
「宇津木さんの件を忘れたわけじゃありませんが……西住隊長がそこまで言うなら、やってみましょう」
「……そうだな。それをやめさせたところで、私たちがどうこう出来るものでもない。西住、任せた」
「行きましょう、西住さん」
「分かりました。全車引き続きあんこうに一列でついて来てください」
元々陣地はかなり西寄りにある。目標を見つけるのにさほど時間は必要としなかった
草原を駆けていくと、さきの会場あちこちに見えるのは自衛隊の戦車。それも最新の10式が混じっている。黒森峰の戦車と見比べても、はるかにゴツい
それは大洗チームが近づけば近づくほど大きくなる。そしてついに段差に関わらず履帯の全容が確認できるほどまで近づいた
「……撃たれたら、発射光の後に移動を。それより前だと追尾されます。避けても無理だとは思いますが……信じましょう」
「何をだ?」
「さぁ?」
532 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:52:55.82 ID:EGYyJA4LO
大洗の戦車隊には前進を継続させた
「……距離、1100です」
「に、西住殿。正面の戦車を……」
優花里さんが横のハッチから顔を出して指差す先の戦車の上に、人が立っている。格好からして自衛官だ
「……大洗女子学園の諸君、警告します。すぐに引き返し、試合に戻りなさい」
拡声器でも使っているのか、声ははっきり聞こえる
「ね、ねぇ、みぽりん。大丈夫なの?注意受けてるよ!」
「多分」
「多分って……」
長々と話を聞ける余裕はない。光があるかないか……私だって死にたくないのだ
「引き返しなさい」
構わず前進する
「西住……」
「私たちには、前進以外の選択肢はありません。躊躇ったら黒森峰に追いつかれます。各車、車間距離を開けていってください」
砲塔の一つが、ゆっくりとこちらを向いた。狙っているのは、間違いなくIV号である
「麻子さん、向きを変える時間はありません。戦車のどれかから光が見えたら急停車を。それで……少しはなんとかなるかも……」
「横には避けないのか?」
「そんな時間はありません。まぁ、この方法も何度も使えるわけじゃないんですが。麻子さん以外はどこかに捕まっておいてください。止まって砲弾が落ちたらすごく揺れますから」
「う、うん……」
533 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:55:44.69 ID:EGYyJA4LO
距離700。敵車輌のうち1輌発砲。タイミングはバラバラだったが、後ろの方からも忙しない金属音がした。無論足元からも。キューポラの枠に捕まっていた私の上半身も思わず前に揺り動かされる。
放たれた弾は右側にそこそこ大きくて逸れ、地面を丸ごと吹き飛ばしていった。そして勢いのままにそれを広げていた。平原の中に一瞬にして窪地が生まれたのである
「ひっ……」
「流石は120ミリ滑腔砲……威力も段違いであります……」
ビビる仲間はともかく、私はある一つの予感を確信に変えつつあった。可能性は増した
「各車、砲弾装填」
「お、おい……大丈夫なのか?」
「やるしかありません。安全装置も外してください」
「……はい」
近くのだ。何としても近づくのだ
「華さん。さっき撃った1輌の履帯に照準を。走行間で難しいとは思いますが、狙いはずらさないで」
「はい」
向こうだって実際に狙われるのは慣れていないはず。いざという時はただ走っているだけではないと見せねばならない
「あの、みほさん。砲塔と車輌の隙間にしますか?」
「いえ、履帯にします。彼らは戦車道の参加者ではありませんから。もともと脅しが通じる力量差ではありませんし」
534 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:56:37.74 ID:EGYyJA4LO
距離400。だが恐らくこの距離でも私たちのチンケな砲では傷さえつけられないだろう。車輌を揺らすので精一杯だ
向こうの車輌の鼻先全てに焦点を当てつつ、耳の情報を一時遮断する
再び、今度は別の車輌が火を吹いた。それは右前方から左側へIV号の正面を素通りし、同様のくぼみを形成した
「うおっ!」
「きゃっ!」
履帯が浮きそうな揺れが車内を支配する。こんな時期だというのに、手袋もまともにしていない手は汗で滑りそうである
「に、西住さん……撃たれたら教えてくれ!流石に今のは心臓に悪すぎる!」
「……あ、自衛隊はわざと外しています。そのまま前進を!」
正直私にとっても心臓に悪い。が……本題は彼らの上官が現状を踏まえどのような判断を下すか、だ。どうする。近づいてから一斉射撃して殺すか、それとも生かすか。生かされてもそれが何時間伸びるかだけかもしれないが、ないよりマシだと信じよう
「このまま最初に撃った車輌の右脇を通過します!各車速度を上げて通過してください!砲撃はしなくてけっこうです!」
ここから先はお上のみぞ知る
「ここまで来たら狙われたらおしまいです。できるだけここにいる時間を短く済ませましょう」
正面の最初に発砲した車輌の車長の顔も認識できるようになっていた。ただ正面のIV号を、場合によっては私をどうするつもりか、判断材料は増えたかに思えたが、無表情のそれは何も伝えてこなかった
僅かな揺れさえも大きな変化として足元から伝わってくる。凛々しく見える顔が益々大きくなる
535 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:58:31.43 ID:EGYyJA4LO
残り200。腕を振り上げた彼女の手が降ろされると共に、さらに多くの砲弾が周囲にばら撒かれ始めた。流石の私も頭を出していたら怪我どころでは済まない程である
「麻子さん、前進継続!止まらないで!下手にスピード落としたら、死にます!」
「……冗談も大概にして欲しいな……」
「他の車輌も止まらないで!車間維持!これを各車輌に厳重に通達!」
「そ、それどころじゃないよぉ……」
弾はことごとく外れる。むしろ私たちの行き先を、二本の線のような砲弾の跡の隙間が指し示している。しゃがんでないと、何かに掴まっていても重心ごと体が車内を駆け巡りそうになる。最早こちらも砲撃どころではない
まもなく間を抜けようとした時、ぱたりと砲撃が止んだ。絶え間無く上がっていた土煙が舞い落ちて、視界に久々の灰色が浮かび上がる。上に乗った土ごとキューポラを押し上げると、左側で先ほどの人が表情はそのまま敬礼しているのが、まだ微かにある空飛ぶ砂つぶの向こうに見えた。右手を掲げるものではない。肘を張った敬礼
どこの誰だか知らないが私もさらに身を乗り出し、僅かな間だったが目を合わせたまま同じ姿勢をとり、脇を駆け抜けていった。その後に他の車輌も続いてくる
536 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:59:02.30 ID:EGYyJA4LO
ここに一つ目の奇跡は達成された。自衛隊包囲網の突破である。全車輌土埃を浴びまくったのを除けば損害なく脱出できた。
「……に、西住……」
「はい、これで最初の難関はクリアです。全車輌前進継続。コットブス地区方面の市街地へ向かいます」
一方で砲撃音からこちらに逃げているのはバレたはず。本格的に時間が限られてきている
「敵もすぐにこちらに来ます。急ぎましょう」
「分かりました!」
「しかし……本当に成功するとはな……」
「10式なら我々を撃破することは、自動追尾機能を考えれば造作もないはず。しかし威嚇してくるだけで撃破はしなかった……ということは、誰かが大洗の勝利を、生存を望んでいるかもしれない、ということです」
「ウチの勝利をですか?いったい誰が?サンダースもプラウダも敵に回してるんだぞ?私たちは」
「分かりません。ですが、誰かが味方だってだけで、少し気分はマシになりません?」
537 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:02:26.19 ID:EGYyJA4LO
私直属の黒森峰の先発隊が、森を突破して大洗がいた場所に突入する。しかしそこにもう大洗の姿はない。森から来たから、森の中にはいないと思われる
「大洗は?」
「それが……履帯の跡を見るに、緑川の方に向かった模様です」
「はぁ?そっちは会場外でしょ?どうなってんのよ……でもそっちの方に行って、まだ試合が終わっていないことをみると……」
「自衛隊の包囲網の前で止まっているか、それともまだ会場内にいるか……まさか」
「分からないけど合流は待たずに取り敢えず追うわよ。ここはいくら相手がウチの元副隊長だとしても、他の人間からすれば走り慣れない場所。奇襲はないわ
でも時間を稼がれると罠を仕掛けてくるかもしれないから、先を急ぐわよ」
その時であった。確かに先ほど聞いた緑川の方向から、断続的に砲声が鳴り響いた。黒森峰の精鋭はここにいるか森を迂回しているし、何よりこの時間で音のする方まで行けるはずがない
「砲声?」
「ここで演習なんて今日ありましたっけ?まさか試合の日に?」
「……いや、これは黒森峰のじゃないわね。何かしら……」
538 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:02:59.77 ID:EGYyJA4LO
「……10式、自衛隊の砲声……」
「えっ?本当に?」
「間違いありません。前に研修で自衛隊の演習を見学した際に近くで聞きましたから」
「となると、大洗は本当に自衛隊に突っ込んだのでは……」
「まさか。あんなオンボロ戦車たちが自衛隊を突破出来る訳ないじゃない」
「ですよね……」
戦わずして勝てる。それならそれでいい。プラウダを負かして優勝。それでこの学園の恥辱は一応の終焉を見せる。私のような才のない人間には丁度いい貢献方法なのかもしれない。通信手も何かが気になるのか、音のする方を注視しているが、どうも何もあるまい
539 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:03:34.68 ID:EGYyJA4LO
砲手や装填手との話を済ませ、全車に指示を出そうとした時、通信手がそれを止めた
「エリカ隊長……ルフトバッフェから……」
しかもやけに震えた声である。別に戦場の雰囲気に当てられた訳ではないだろう。今までも一緒にいた者だ
「何よ。試合中にわざわざルフトバッフェからなんて」
「それが……」
「早くしなさい」
「……大洗が自衛隊の包囲網を突破、した模様です」
「……え?」
「その後は市街地南東部へと進んでいるようです……」
「……本当に?」
「ええ、ルフトバッフェが唯一のフオッケアハゲリスを出して空から確認したそうですから、間違いないかと」
「……どうやって……いや、今はそんな時じゃないわね」
「会場外に出て我らも誘引し、指導による引き分け狙いでしょうか?」
装填手が上を向いてきて尋ねる
「まさか、そこまで鈍ってはいないでしょう。それにそんなのをウチが認めるはずないわ
いずれにせよこちらの優位は揺らがない。小島さんの迂回部隊の到着を待って追うわよ。向こうが突破しているなら、こちらも出来るはずよ。ただし2000メートル以上の距離を維持しなさい」
「ヤヴォール!」
540 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:04:11.96 ID:EGYyJA4LO
彼女らの右側から森林を迂回したヤークトパンター、ヤークトティーガー、エレファント、マウスなどを含む重戦車部隊が合流し、市街地方面へ出発した
「……なるほど、話は分かりました」
ヤークトパンターにつなげた無線にて、小島さんは冷静に返してきた
「小島さん、あまり驚かれないのですね」
「砲声の数です」
「数?」
「こちらが戦ってないとなれば、あの数はあまりにも多すぎました。たった数輌の旧式戦車を止めるには」
「……なるほど。だとしたら、自衛隊はなぜ突破を許したのかしら。意図的じゃなきゃできないでしょうに」
「そこまでは流石に。何か裏はあると思いますが……」
「なるほど、ありがとうございます」
そこで一度無線を切り、小梅に同じことを尋ねた。少し唸ってから返事が来た
541 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:04:38.41 ID:EGYyJA4LO
「……エリカさん。恐らく……」
「小梅、どうしたの?」
「学園が依頼したのかも……」
「学園が?なんでよ。会場内の方が勝ちやすいことは知ってるでしょ?」
「はい、乗員、車輌ともに質的には圧勝しています。だからこそ会場外でもこちらが十分勝てると考えているのでは?」
「だからってなんで会場外でやるのよ、面倒じゃない」
「……恐らく、学園が『勝ち以上のもの』を求めているからではないかと」
「勝ち以上のもの?圧倒的な勝利じゃなくて?」
「戦力差的に圧倒的な勝利は当然と考えられているでしょう。それを市民のより近くで見せることを考えているのかと……というより大会実行委員長があの人である以上、自衛隊とのツテがあるのはウチぐらいでは?」
「ま、確かに今の状況でプラウダやグロリアーナが自衛隊を動かせるわけもないしね。
しかし市民の前で……黒森峰戦車道の威信を示すのかしら。確かに昨今の大会では負け続き。いくら反乱は抑えているとはいえ、市民にも不安があるはずよね
より近くで裏切り者相手に圧倒的勝利。なるほど、あり得そうね。人気取りに使われるのは癪だけど」
「第一戦車科には市民の金も使われてますからね。相応の安心感を返さねばならないでしょう」
「……それもそうね」
戦車道は学園の駒。私はその駒は指せない。それを思い知らされた
542 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:05:35.29 ID:EGYyJA4LO
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと
「追撃せよ。西住に逃げるという道はなし」
を
「大洗曰く逃げるは恥だが役に立つ」
において選択したとのことです
〜
ここまでです
543 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:05:23.50 ID:cH77cM4bO
2245から始めます
544 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:47:18.63 ID:cH77cM4bO
〜
幼児を抱いた母親ほど、見る目に清らかなものはなく、多くの子に囲まれた母親ほど、敬愛を感じさせるものはない。
ゲーテ
〜
545 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:47:46.62 ID:cH77cM4bO
大洗戦車隊は北西の方にある市街地に向かい、草地の丘陵を越えて行く。しかし後ろのポルシェティーガーが他の3輌に比べ大きく遅れを取っている。元からそこまでスピードを重視している車輌ではないが、坂道でもないのに遅れが大きすぎる
「沙織さん、ポルシェティーガーが遅れているようです。何が起きたのか聞いてみてください」
「分かった。こちらあんこう、レオポンさんチーム、異常ありませんか?」
返事がない。しかし後ろにいるポルシェティーガーは停止はしてない。暫くして、やっと無線が繋がったらしい
「え?ナカジマ、さん?」
沙織さんの口調が少し変わった
「あ、カトラスさんかぁ……そっかそっか、入れ替わってたんだっけ。ところでナカジマさんに繋いでもらっていい?」
あの人そんなに声大きくないと思うけど、こういう時はきちんと話してくれるようだ
「エンジン修理中、って何があったんですか!」
とすこし安心しつつあった私の耳には、叫び声に近いものが入り込んできた。向こうの説明はそこそこ長く、沙織さんの微かな返事を挟んで、車内を緊張とエンジン音のみが包み込む
「止まるって……」
止まる?何が……
考える間も無く、ただでさえ蒸す車内なのに、さらに粘着質な汗がどんどん顔と背中を伝っていく
「と、とにかくみぽりんに繋ぐよ!」
沙織さんはすぐさまこちらに無線を繋げてきた。話し方と漏れた言葉から、尋常じゃない事態が予想される。尋常じゃない、それがどのようなことかは、いくつか候補が挙げられるが、どれか
546 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:49:08.90 ID:cH77cM4bO
「み、みぽりん!大変!レオポンさんチームエンジン止まりそうだって!」
すぐにヘッドホンに手を当てる。それか。だが焦ってばかりもいられない。まずはただ真摯に現実を受け止めねばならない
「レオポンさんチーム、現状は」
「はい。恐らくプラウダ戦の環境が主要因かと思われる空冷エンジンの出力低下が発生しています。現状可能な修繕も行いましたが、効果ありません。あと15分すればエンジンが停止するのは間違いないです」
確かにポルシェティーガーのエンジンは元から強くない。彼女らの技術をもってしてもどうにもならないとなれば、如何なる人間にも何もできないだろう。だがこの損失は余りにも大きすぎる。車輌、人員ともに
「……どうにも、なりませんか?」
「どうにもなりません。本来ならエンジンごと取り替えないといけない故障です。こちらはツチヤとフリントさんを脱出させます。他はこの88ミリを有効活用する為残ります。できれば2人を回収してください」
「2人だけですか……もう1人これませんか?戦車はともかく、人は来れるのでは……」
「行きません。西住さん、学園を残してください!なに、ここで20輌全部撃破して戻ってくるから心配しないで!」
……説得をかけるのも無理だな。それに彼女らの言うことにも筋がないわけじゃない。黒森峰と正面切って戦える唯一の車輌。足止めには十分すぎるし、数だって削れるかもしれない。そして稼げる時間はこちらの味方だ。その分準備できる
「……よろしくお願いします……おふたりには川を渡って市街地へと向かうように伝えてください」
長時間会話用のスイッチを切る。そうは分かっていても、額から鼻に向けてさらに大量の汗が流れる
「どーする、戻ってツチヤさんとかを回収するか?」
そうしたいのは山々だが、それを許せる時間と余裕がない
「いえ……黒森峰の射程に入ってしまいます。回収は……リスクが大きすぎます。2人とはあとあと合流できることを期待します」
嘘だ。いくら戦車とはいえ、走ってくるものを待って拾えるはずがない。可能性になってもらうか
547 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:49:59.65 ID:cH77cM4bO
「どうした、西住。ポルシェティーガーに何かあったのか?」
河嶋さんが無線を繋げる
「……エンジン不調によりこちらに来れないそうです」
「こっから88ミリが抜けるのか……」
向こうの河嶋さんは溜息を深く吐きながらもやけに冷静だ。普段の彼女なら泣き喚くだろう。しかし頼って呼ぶ人がいない、それが彼女を隊長たらしめていた
そして彼女の発言もまた事実だ。黒森峰に容易に損害を与えられるアハトアハトが欠ける。今後の戦略にも影響するのは間違いなかった
548 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:50:48.16 ID:cH77cM4bO
レオポンさんチームの車内で2人声を上げる者がいた
「どういうことですか!私だけ脱出する?先輩方も脱出しましょう!」
「……自分から死ににいくのは……良くない」
ツチヤが操縦席からナカジマに向かって叫ぶ。もう一人脱出を命じられたカトラスさんもいつになく低い声で、小さいとはいえ抗議の意思を示す
ナカジマは少しの間、返事を躊躇った
「……ツチヤ、お前に2つの命令をする。聞いてもらいたい。ひとつはこの車輌をエンジンが止まる前に敵の方に向けろ。もうひとつはお前は脱出しろ、そして生き延びろ!」
「何故です!何故先輩方はここに残るんですか!死にたいのですか!」
「我々はここで黒森峰を1輌でも多く減らす!そして、大洗を優勝に貢献するんだ!ここでこのレオポンを放棄して逃亡したり降伏なんかしたら今まで死んだ者たちに顔向けできない!
このレオポンが動かないとしても、88ミリは役に立つはずだ!いや、役立てなくちゃいけない!」
「……だからって、なんで脱出するのが私なんですか!」
「お前が死んだら、誰が自動車部を残すんだ!他の者は生き残って学校が勝っても3月で引退だ。そして春までに新入部員が来るとも思えない
西住さんは必ず来年も学園を存続させてくれる!その時にお前が来年も自動車部をやってもらう為に生き伸びろ!生きるべきは……若い奴だ
黒森峰が迫っている。時間が無い!」
「……たった一年の差じゃないですか……先輩方に夢はないのですか!それをここで犠牲に出来るのですか!」
「お前は……12月14日を迎えずに死ねるのか?11月23日に行ったのがお前の最後のドリキンで良いのか!この中で一番叶えやすい夢を持っているのはお前だ。生きて、生きて生き延びて、絶対叶えろ!」
549 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:51:28.13 ID:cH77cM4bO
「……私だけレオポンチームとしての本分を捨てろとは、酷いわがままもあるんですね」
ツチヤは悪態を吐きつつも、奥歯を噛みゆっくりと、されど確実に車輌を逆方面に向け始める
「……さて、カトラスさん。ツチヤを助けてやってくれ。こう見えてコイツはかなりの寂しがり屋でな、誰かが見守ってやんないと残るウチらも不安でしょうがない。それにもう……ここに通信手は必要ない」
「……そして、このチームの勝手は、このチームの人にしか分からない、と?」
「ああそうだ。それにお銀さんから言いつけられたこともあるんだろう?私たちは艦の上の人間だから、底のことはよく知らないさ。でもそれを真に伝えられるのは、貴女しかいないんじゃないかい?」
「……大したことは……それにあの場には西住さんや桃さんも……」
「ならあの2人を助けるために動いてくれ。私たちの、これまで戦った人たちも含めて、その意味を示すために」
小規模の半径を使って描かれた半円にて、重戦車はしっかりと黒森峰の想定を捉える位置で停止した
「……無駄にはしたくないだろう」
「……わかった」
「そう言ってくれると助かる」
視線を外し、目を細めながらそうこぼすと、レバーから手を外した人を見定めた
「さあ、ツチヤ。これがお前のレオポンへの最後の奉公だ。トンプソンはくれてやるよ。自動車部を、大洗を頼んだよ」
ツチヤはトンプソンM1を掴み、無言で振り返ることなくキューポラから身を乗り出した。それに続く形でカトラスも外に出る
「……ありがとうございました」
そう言い残して機関部の上に降り立ち、先輩たちの背後に向け走り出した。そしてポルシェ101/1は共にその最期の力を出し切って、2度と動かぬ塊となった
550 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:52:41.09 ID:cH77cM4bO
「さて、大変なモンを背負わせちまったね。なら先輩として不甲斐ない様を見せる訳にはいかないね」
ヘッドホンを外し、咽頭マイクも外したナカジマが袖を捲り上げながら砲塔から降りる
「よかったじゃないか、ナカジマ」
「なにが、ホシノ?こんな時に」
「地球最後の日が来るなら、その前に雨の日に出かけたいと前に言ってただろう?」
「そうだけど、今日は曇りでしょ?かといって雨が降る感じでもないし」
「いや、砲弾の雨の中だ」
「生憎それは理想じゃないな……」
「まあ、私もオーナーにはなれなかったけど、このレオポンがここまで走ってくれたからな、満足か」
車輌を撫でるスズキの肩をナカジマが叩く
「なに言ってんの2人とも、シケた顔しちゃって。私達はここで黒森峰戦車隊20輌を撃破するんだよ!」
「……そうだな、やるだけやるか!」
ホシノも照準器に向き直る。ナカジマとスズキも88ミリ砲弾の装填に移る。黒森峰の戦車群のエンジン音が遠くから聞こえる。しかも徐々に大きくなる
「ここから先は行かせないよー」
だがそこに鉄壁が立ち塞がる
551 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:53:09.53 ID:cH77cM4bO
パンツァーカイルの行き先は黒森峰市街地だ。しかしその途中に最主力を、しかも単独で平原に配置するなど誰が考えようか。真っ先に稜線を越えようとしたティーガーIIを大きな揺れが襲う
正面から撃ち抜かれはしなかったが部隊に動揺が走る。目の前にあったのはポルシェティーガー、大洗唯一のアハトアハト装備車輌だ
「て、敵襲です!車輌は……ぽ、ポルシェティーガー!」
「ポルシェティーガー?な、何故あんな隠れるところも何もない場所にいるのよ?とにかく早く撃破しなさい!各車輌稜線に展開!砲撃開始!」
しかし次弾装填前にポルシェティーガーの砲身は火を噴き、パンター1輌を撃ち抜く
「距離は600!早く撃ちなさい!」
エリカは指示を出すが、やはり今までの者達と比べて装填速度が劣る。装填し終わった車輌は次々と砲弾を撃ち込もうとするが、命中率は芳しくない。正面に3発ほど命中するが、戦果は履帯を破損させ、右側面のライオンのマークを削れたくらいだ
ポルシェティーガーからの次の弾はランク、その次は別のパンターと、黒森峰からの砲撃を喰らいながらも頭を出した奴から的確に仕留めていく
「何やってるのよ!失敗兵器相手に!」
キューポラから身を乗り出そうとするが、部下に服の裾を抑えられる。しかし一部が両翼から稜線を一斉に超えて展開し側面を殴れるようになると、向こうの車輌も揺れるのか狙いが緩んできた。被害はあったが、このまま敵最主力相手に勝てるのは確実だった
552 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:54:21.53 ID:cH77cM4bO
黒森峰重戦車の砲弾を立て続けに喰らっているポルシェティーガー車内も、貫通弾こそないもののただではすんでいない。衝撃で車内を振り回され、身体のあちこちをぶつけている。ホシノは特に隣の砲身などに頭を打ちつけて出血している
「ホシノ、大丈夫か?」
ナカジマが砲弾を押し込む
「……ふぅ……これは……やばいかも……」
次に放たれた砲弾はティーガーIの足元に外れる。頭から垂れた血は顎からスカートへと垂れる
「くそッ」
「スズキ!次弾装填!」
車輌だけでなくあちこち痛む身体までも酷使して砲弾を撃つ
「慌てず、急いで、正確に……な」
「……ああ」
その直後、正面に砲弾が命中したらしく、凄まじい振動が車輌を襲う。車内で砲弾を抱えていたスズキが壁に打ち付けられる
「がはっ!」
2つの鉄にサンドイッチされたスズキの身体から何かが折れる音が聞こえ、砲弾を離して床に倒れた。
「スズキ、大丈夫か!」
「おぐ……あ……」
胸と腹の間辺りを手で抑え、息荒く突っ伏す。肋骨が数本いってしまったようで、辺りの器材を掴んで痛みをこらえている
553 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:55:09.76 ID:cH77cM4bO
「……ナカジマ、次弾装填……頼む」
ホシノはさらに頭を打ち付けたようで、出血量が増している
「……くっ」
スズキの落とした砲弾を2本の腕で拾い上げ、足元に力を込めながら砲身に押し込む
「……く、らえ……」
意識は朦朧としかけている。トリガーに指を掛けたホシノは今使える全精神力をその狙いに定め、全体力を砲弾の発射に使う。思いを込めた砲撃はエリカ車の履帯を破壊する。転輪も外れた様だ
?しかし、総計10発以上攻撃を受けた装甲はもう限界だった。エレファント重駆逐戦車の128ミリ砲に堪えるには。左側面より機関部まで到達した砲弾によって燃料に引火したらしく、大きな爆発とともにポルシェティーガーとレオポンチームはその働きを終えた。その残滓の爆風の残る中で、前方部から伸びた白旗が、僅かにその裾をあげていた
554 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:55:38.07 ID:cH77cM4bO
黒森峰側は隊長車が2度も砲撃を受けたことに少々混乱を見せている。だが無事だ。別にこの隙を突いて逆襲してくるとは思えない
「履帯、転輪破壊されました!」
仮にしてきたとしても、ティーガーの系譜以外ならこの部隊でも十分勝てる。一応その対応はしておくか
「急いで修理しなさい!他の車輌はブレスラウ地区の緑川沿いの高台の上まで移動!敵の行動を補足しなさい!
これで敵の主力は撃破できたわ!こいつさえ撃破すれば、ティーガーや他の重駆逐戦車を易々と撃破できる車輌は大洗にはない!構わず進みなさい!」
「や、ヤヴォール!」
素早い指示が功を奏したのか、被害はあったものの悲観的なムードは落ち着いた。しかしまた敵もよくこんな役目をやろうとしたものだ。私たちみたいに経験を積まされている訳でもなく、たった2週間前までは普通の女子だったというのに
かくいう私も、学園のためと思えばこうして試合に躊躇いなく出ているし、砲撃を命じている。何も変わらないのかもしれない
555 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:56:08.82 ID:cH77cM4bO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
中島 悟子
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
鈴木 久里
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
星野 義美
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
556 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:56:39.50 ID:cH77cM4bO
〜
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「子を産みてしんがりを努めよう」
を
「陸上の動かぬ船」
において選択したとのことです
〜
今日はここまでです
557 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:33:39.86 ID:1TDhW2kZO
2040から始めます
558 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:42:32.42 ID:1TDhW2kZO
〜
女とは生産力であり、継承の種だ。だからこそこちらの女を餌にしても女を釣り出すのだ。そして断て。それが命だ。
黒森峰女学園の内部文書
〜
559 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:44:23.04 ID:1TDhW2kZO
「そのまま進んで、次の角を左折してください」
エンジン音を立てながら市街地を進む。街中には既に事情は伝えてあるようで、街中には人は見当たらない。既に避難済みのようだ。ありがたい
御船川の森崎橋は破壊したし、レオポンさんの存在もありこれで時間は稼げた。SS歩兵師団などが来なければ……まぁ流石に本格的な投入は避けてくるだろうな。学園の対面的に考えて、ウチ相手に使ってくるとは思えん
だが時間だけだ。結局数的劣勢は揺らがないし、火力不足も変わらない。おまけにその過程で最大火力、最大装甲を持つ車輌を失ったのだ。皆も不安に思うはずだろう。それに今すぐにそれを解消することもできない
私には奇跡を願いつつ、その奇跡を活かす最善の手を打ち続けるしかない。ある一つのことを犠牲にして
「200メートル先右側が黒森峰の物資倉庫です。警備が2名しかいません。沙織さん、威嚇して追い払ってください」
戦車の上で道案内しながら向かわせたのは、黒森峰の各地に設置された物資倉庫の一つである。かといって戦車の砲弾とかが置いてあるわけではない。目的は別のものだ
「お願い!逃げて!」
沙織さんの僅かな願いとともに車内に薬莢が吐かれる。警備の2名は抵抗もなくその場から走り去った。恐らく防衛隊だろう。士気も低いし
「麻子さん止まらないで!シャッターごと突き破ってください!」
「了解」
麻子さんの操縦は全く狂うことなくそのままシャッターを押し潰し、IV号は倉庫の中に突っ込んだ。車内が大きく揺れる。だがそんな揺れでも、先ほどよりはマシだ。枠に掴まっていれば耐えられる。そのまま前方の空間を確認した上で前に進ませる
その穴に続いてIII突、B1bisと他車輌が入ってきたことを確認し、咽頭マイクに指を再び当てた
560 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:45:43.47 ID:1TDhW2kZO
「あんこう、カバさんの人は一回集まってください」
キューポラから出て地面に飛び降りる。ぞろぞろと中から出てきたあんこうチームとカバさんチームを前に、倉庫の少し奥の方にあった一つの縦長のケースを開いた。流石は軍事バカ学園。自分たちがそうしているから、そうされた時の対策もしてやがるのだ
中には互い違いにあるものが入れられている。薄茶色のラグビーボールみたいな形の頭に同じ色の棒が組み合わさった代物、パンツァーファウストだ
「使い方を説明します」
その一つを手に取る。砲弾に比べればマシだが、鉄パイプが付いてるだけあってそこそこ重量がある
「パンツァーファウストか」
「エルヴィンさんなら使い方ご存知じゃありませんか?」
「いや、流石に本物を見るのは初めてだ」
以前の私の部屋にはコイツのレプリカが置いてあったな。確か親からの貰い物だった気がする
「じゃ、一応使い方を。基本的にこれは先の丸い部分を敵戦車に向けて放ち、これを撃破します。その為にはここの安全装置を外し、その先にあるこの穴を、弾の頂点とともに照準を合わせます
撃つ時の姿勢は大きく二つ。脇に抱えるか、肩に載せるか、です。何れにせよ発射時に後方に爆風が出るため、後ろに敵以外の人がいないことを確認してください。また胸元で狙いを定めるのもやめてください。死にます。そしたらここのレバーを押して発射します
これは使い捨てです。使い終わったら棒は放棄して、自身の車輌に戻ってくるなり、今回みたいに倉庫を襲ってもう一本手に入れるなりしてください。きっとここはすぐに代わりの兵が駐屯するでしょうから。まぁそれを倒すのもアリ、ですが」
561 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:48:09.29 ID:1TDhW2kZO
「こんなのに戦車を倒せる威力があるの?」
「なにを仰いますか!これは独ソ末期戦におけるソ連戦車の一番の天敵でありますぞ!」
沙織さんの訝しげな目に対し、優花里さんが必死に声を張る
「誤射でとはいえヤークトティーガーを撃破したこともある、という話も聞いたことあるな。少なくともポルシェティーガーが抜けてしまった以上、重装甲の駆逐戦車とかを撃破できるのはこれくらいしかあるまい」
「へぇ……」
たしかに戦車より遥かに小さいこんなものが戦車を仕留められることに違和感を覚えるのも仕方ない。自分たちが戦車に乗って戦ってきた意味も薄れるだろう。が、現にこれより小さいであろうものにウサギさんチームは殺られているわけだ
「運用に関してですが、射程が短いため基本は隠れながら接近し、撃った後は当たろうと外れようと即座に離脱してください
説明は以上です。カモさんチームは砲が2つあるのでそのままで。あんこうとカバさんは操縦手と砲手だけ残って、他の人はこれで戦います」
「でもそうするとウチの車輌、車長とリーダー両方失うぜよ。流石にそれはまずいんじゃないぜよ?」
おりょうさんが腕を組みながら言う。確かに一理ある。どちらかならともかく、どちらもは流石に統率的にまずい
「あっ……」
「取り敢えず砲手の左衛門佐は外さないとすると……」
「私がやろうか?操縦」
エルヴィンが声をかける。この人操縦出来たっけ?
「おりょうほどではないが、1度冷泉さんに聞いたことがある」
「でも、それだけで動かせるものでは……特にIII突は砲身の自由が利きにくいですし」
「隠れればいいぜよ。余り動かなければ弊害にはならんぜよ。それに隠れるのはIII突の得意技ぜよ」
「じゃあIII突に残るのは私と左衛門佐、行くのはカエサルとおりょうでいいか?」
「御意」
「了解ぜよ」
「バベーネ(了解)」
562 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:49:37.29 ID:1TDhW2kZO
そうして担当が決まった。天才肌の麻子さんの指導というのもあり不安ではあるが、彼女たちが納得しているならそれでいい気もする。決まった後そこから少し離れた所にある箱に目をつけた。中身を見ると、予想通りの代物である
「みぽりん、何やっているの?」
「10、11、12。よし、人数分はある」
「何がですか?」
「痛み止め」
皆の頭にクエスチョンマークが浮かんだところで、一人一つずつ小さな縦長の箱を配っていった
「これが痛み止めなのか?西住」
皆が中を見ると注射が入っている
「注射?」
「はい、これは……モルヒネです」
「モルヒネ??」
「麻薬じゃないですか??どうしてこんなものを??」
思わず沙織さんが投げ捨てようとしたのを、割れる前にキャッチすることができた
「とと……えっと、これは……安楽死用です。これからの作戦は危険で、かつ負傷する可能性があります。自分が大怪我をして死を悟るまで追い詰められた時は、それを打って痛みを和らげてください」
563 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:50:04.75 ID:1TDhW2kZO
無言。分かってはいるが、分かりたくはないだろう
「……結構効くらしいですよ。でもその代わり、使うのは本当に死を悟った時だけにしてください!一人でも多く帰って来ましょう。それが、勝利への道です」
言葉の最後が弱々しくなってしまうな
「分かりました……」
「私たちの戦場はここです。皆さんも各地に散って、迎え撃つ準備をしてください。敵を発見次第、私が信号弾を放ちます。あ、因みにここから欲しい武器があったら持っていってください」
「はい」
皆詳しそうな優花里さんやエルヴィンの話も聞きつつ、適当に自動小銃や爆弾などを見繕っていく。仮に死にたくなくとも、武器が多いなら越したことはないことは理解しているのだろう。それか本能か
私はパンツァーファウストと追加で手榴弾のみにしておく。身軽な方が動きやすく逃げやすいし、銃は持ち替えても弾が得られなかったら意味がない。弾も持ちすぎたら動き辛いしな
そして暫くしてここからかなりの人と車輌が散っていった。そしてこの時より私は殆どの責任を投げ捨てた。このチームの人の命を出来るだけ守るという
車輌から離れた人をコントロールすることは難しい。何より私もその一人だ。勝つために。そうお題目を立てて、私はまた逃げているのかもしれない。そしてその結果、皆この敵の本拠地で命を燃やし切るのだろうか
そうはありたくない。可能性は増やしたい。だからこそ、やるだけやらせてみよう
「華さん、麻子さん。ちょっと残って頂けますか?」
564 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:51:19.78 ID:1TDhW2kZO
黒森峰学園都市郊外 ブレスラウ地区
目下には黒森峰学園都市の主要部が一面に広がっている。周りに視界の邪魔になる物は無い。ここなら敵が攻撃を仕掛けてきても、すぐに分かるし対応できる
そしてこっちから攻撃を仕掛けなければ敵はこっちに来るしかない。エンジンを切っても問題ない。むしろ掛けていて燃料切れにでもなったら洒落にもならない。だが暫くは来ないだろう。それが分かっている者たちによる穏やかな空気が高台に漂う
「飲む?」
あるパンターに乗る者が同乗者にペットボトルを渡す。この者たちは初参戦だ
「ありがと、このまま戦わず判定勝ちなら良いのにね」
受け取ろうとした時、ティーガー2の上で双眼鏡を構えていた私がこちらを向いたことに気づいたようだ
「あ……すみません、隊長」
試合前に言われたことを思い出したらしい。確かに大洗を全滅させろ、と言ったのは私だ。仮にこれまでの大会の最中だったなら、こんな発言など許されなかったに違いない。すぐに隊長の拳が彼女たちのほおを襲ったであろ打つ
しかし私は違う。口元を緩ませ、その者を安心させようとする
「いや、お前の言う通り、これは硬式戦、会場の外に出ている奴らが反則負けで誰も死なずに優勝できるなら、それが一番いい」
それが黒森峰や西住流の方針に反していることなど分かりきっている。そうでもなければ決勝に大洗は来ていないだろう
「なんなら自衛隊が片付けてくれれば楽だったんだけどねぇ」
しかし『非常時に最上の策を取れる人間』、それが出来る人間を真っ先に殺し、人の命を部品にする硬式戦車道を快く思えなかった。その者という損害は二度と取り戻せないというのに。きっといつか、この戦いもなくなるといいのだが、私がそれを差配できるような立場になるには、まずここで勝つしかない
565 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:51:52.98 ID:1TDhW2kZO
「ただ、こちらから入っていかないとしても、奴らがどこに潜むのかは知っておく必要があるわ。そこでルフトバッフェの出番よ。奴らに対空兵器は無いから、空から全ての動きは筒抜けよ。流石に攻撃はさせないけどね。下手な恩は与えないに限るわ」
「ルフトバッフェと言えば、朝出撃がありましたけど、何なんですかね?」
「サンダースか何かが来てスクランブルかしら?全く最近そういうの増えたわね。どーせ攻撃する気なんてないのに
まあ今回のために一機だけ貸してくれたんだから、今は試合に集中するわよ」
「は、はい」
左側前方から2つのローターが回る機体が飛んでくる。先ほどまでは偵察などをこなしていた黒森峰のフォッケ、アハゲリスFa223だ。とりあえず今後の動きさえ読めれば、あの3輌などどうにでもできる
しかしそれは構えていた双眼鏡の向こうでいきなり砕け散った。驚きで双眼鏡を目から外した後、丘の上を悲しく爆発音の波が過ぎる
「え……何?事故?」
「ま、まさか……せ、戦車砲で……飛行機を撃った?」
小島さんも小梅も、この様子には驚きを隠さない。戦車砲なんかで撃墜するのを見るのは初めてだ。そもそも戦車は上を撃つのにあまり向いていない
「ど、どうやって……」
「……ま、まだ優勢は変わらないわ。こちらに来るまで砲をあちらに向けさせたまま待機していなさい」
「……は、はい」
兎に角これでもうフォッケ、アハゲリスはない。敵情は探りにくくなった
まずいな。先ほどのしんがりを含め、段々と向こうの、いやあいつの雰囲気が呑まれている。栄光ある黒森峰の者の士気はそう簡単に落ちないとは思うが、どうにかならないものか
566 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:54:46.23 ID:1TDhW2kZO
黒森峰学園都市中心部 ライヒ病院
「砲声……?」
白衣の看護婦が東向きの窓のカーテンをめくる。空には依然として雲が張っている
「そう言えば今日は郊外で戦車道の試合がやってましたね」
と分かれば良くあることである。別に気にすることではない
カーテンを元に戻すと、反応が返ってこないのが分かりきってる話しかける。だがこうして話している言葉も患者の耳からは入っていく。そうした刺激がこの人の脳を再び活性化させるかもしれないのだ
そして詳しいことはわからないが、それが学園に必要なこと、らしい
「確かケーブルテレビで中継もやってますよ。西住さんのお仲間も戦ってるんですよね。一緒に応援しましょう」
まず電動ベッドを動かし患者の上半身を起こす。ワゴンに手をかけながら机の上のリモコンを手に取ると、電源を入れ、慣れた操作でチャンネルを黒森峰ケーブルテレビに合わせる。患者が元気な時にやっていたことを、ここではしょっちゅう流しているから
『戦車道をこよなく愛する皆さんこんにちは。ヨーゼフ加ヶ丘です。黒森峰中央放送より、黒森峰演習場にて行われている全国高校戦車道大会の様子をお伝えいたします
試合は膠着状態に入っていますねぇ。黒森峰戦車道選抜部隊は市街地を見下ろす見晴らしの良い丘に停止したままです。選手たちは落ち着いた様子を見せています
大洗は苦しいですね。これでは側面も背後も取れません。南山さん、どう思われますか』
『そうですねぇ。両サイドも的確に塞いでますね。このままいくかもしれません』
だがここでの解説はいつも学園に有利な情報だけを伝えてきている。永らくここに身を置くうちに、そこに関しては割り切れるようになっていた
だが彼女らが今の私たちの生活を守っている。それもまた周知の出来事だった
567 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:57:26.53 ID:1TDhW2kZO
ただ光を得た時に画面に映っていたのは、キューポラから身を乗り出すエリカと彼女の乗るティーガーII、そして一面に広がる木のない平原。緩やかに動き始めた脳が、画面のわずかな情報から状況を把握しようとし始める。
そしてかすかに残るかつての記憶、それを交えて導いたのはある戦場。それもかなり危ういもの
「……だ」
閉じていた口が粘着力を取り払い、自力で動き出す
「ダメだ……エリカ……」
彼女がアップになった画面に手が伸びる。時間はかなり経っているらしい。手を伸ばしていくのも一苦労だ
「離れるんだ……そこを……」
だがそれでも、漏れ出る言葉を止めようとは思えない
「誰か……エリカに伝えろ、アイツは……アイツはまだ、硬式戦の経験が……」
鴻門の会の樊?の如く目頭、目尻が引き裂かれんばかりに見開いた目は画面に狙いを定める。筋力が大幅に減退した腹筋、背筋を酷使し更に、更に前に手を伸ばす
「先生!西住さんが!」
看護婦はワゴンにストッパーを掛けるのも忘れて扉を叩き開けて一目散に部屋を飛び出す。だが、それよりも重大な問題がある
「……アイツは……アイツはまだ……硬式戦を、黒森峰を分かってないんだ……」
568 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:59:04.33 ID:1TDhW2kZO
当面準備の進行に滞りはない。黒森峰の目は華さんが神業とも思える狙撃で潰したし、黒森峰が山から降りてくるようにも見えない。いやさ、やれるならと思ったけどさ、本当に空に飛んでるヘリを放物線を描く砲弾で撃ち落とすとか、マジでやれるとか誰も思わんでしょ。けしかけた私がいうのもなんだけど
狙撃を成功させた時、華さんの心の中では何か踏ん切りがついたような顔をしていたが、その心で破門も乗り越えていくのだろうか
それを戦車の上で見届けたのち、私は優花里さんと沙織さんと共に、ある建物の一室を蹴り開けて潜んでいる。やはり集団的に避難が行われているらしい。無断立ち入りのお詫びは生き残ったらするかもしれないな。生き残ったら
ここの下には御船からブレスラウ地区を経由してフリードリヒ地区へと続く主要道が通っており、その直線の先を眺めれば黒森峰の主力が山の上に収まっているのが確認できる
「西住殿」
優花里さんがその建物の一室で話しかけてきた
「はい」
窓の外を向いていたが、声を聞いて後ろを見る。2人はそれぞれパンツァーファウストを握り、顔には汗が浮かべる。気温は9度、遠軽より気温はかなり上とはいえ、息も白く変わる。その汗が塩気のある汗か、冷や汗か、脂汗か、そんなのは分からない
569 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:59:43.34 ID:1TDhW2kZO
「本当にまだ、我々に勝ち目はあるのでしょうか?」
「そ、そうだよ。まだ強い車輌が沢山いるんでしょう?ティーガーとか」
優花里さんの癖っ毛の内向きロールの度合いや沙織さんの髪の外向き度合いがいつもより高い気がする
後ろに向けていた視線を、外の道とガラス窓が幾つも並ぶ向かいの建物に戻す。その窓もいくつかは水泡がまとわり付き、中は見えない
勝ち目?そんなことは分からない。私にできるのは勝つために最善を尽くすだけ
「分かりません。ただ、黒森峰はルール違反を犯しました。ルールを破った者は負けなければいけないと思います」
「ルール違反?え、黒森峰が?」
「黒森峰が何かやったでありますか?どちらかと言うと会場外に出たウチや、準決勝のプラウダの方が」
「いえ……この大会のルールじゃなくて……戦車道のルールですらなく……」
外に現在は変化はない。それでも警戒を怠らない。敵は黒森峰、そしてここは敵地ど真ん中である
570 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 21:01:43.96 ID:1TDhW2kZO
「人道に対する罪、人類へのルール違反を黒森峰は犯して来たんです」
その警戒を区切り、目線を優花里さんの方に向ける。口は少々緩ませようとしたが、それができたかは知らない。二人は言葉を飲み込めていないらしい。まぁそうだろう。この目で現実を知るのはこの中では私だけだ
黒森峰の歩んだ道は、敵としたものの未来を潰して潰して潰し続けることだった。その結果、自分たちの未来が潰れそうになるとも知らず。国の前に学園だった愚かな者たちの、崩壊の足音、それが来ていると信じた
「一つだけ確実なことがあります。黒森峰が再び戦車道に君臨することを、誰も望んでいないということです」
黒森峰は既にサンダース、プラウダという二強を敵に回している。私としてはそこにつけ込む機会を狙うしかない。その奇跡が再び私に微笑まんことを
571 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 21:03:21.47 ID:1TDhW2kZO
〜
与党日本民主党は55年体制における保守合同ののち、連立の如何はあれども、ほぼ一貫して政権与党の座を占めていた。1985年以降、学園艦の原子力エンジンの老朽化により、内需拡大の名の下進められた学園艦移設計画によって誕生した地上の学園都市は、その以前と変わらず日本民主党の大きな支持母体であった。(但し日本教職員連盟などの内部組織はその限りではない)。何より地方では都市そのものが一つの選挙区であることもあったため、日本民主党としては繋ぎ止めておきたい母体だった。実際に政府は学園都市の自治に表立って介入するのを避け続けた
かのプラウダでさえ積極的にではなかったが、その関与があるのは青森県の選出議員のほぼ全てが日本民主党の公認候補である点からも明らかだろう
政府は学園都市の自治を保証する代わりに、学園都市は政権を支持する。この相互利益のある関係は2009年まで安定していた
〜
572 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 22:45:40.93 ID:mBkQ6ajr0
忘れてたけど今日はここまでです
また日曜日
573 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:17:15.90 ID:SZXzOB5IO
〜
永遠の平和など夢にすぎない。しかも決して美しくない夢である。戦争とは神の世界秩序の一環である。戦争においてこそ人間の最も高貴な美徳、勇気、自己否定、命をかける義務心や犠牲心が育まれる。もし戦争がなかったら世界は唯物主義の中で腐敗していくであろう
大モルトケ
〜
574 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:18:27.66 ID:SZXzOB5IO
どんよりとしていた雲に隙間が見える
「日が差してきたわね。天気も回復しそう」
手をかざし日光を遮りつつ天使の階段を眺める。やっとか。こんな天気じゃこちらの士気にも暗い影を落としかねなかったし、このぐらいがちょうどいい。しかし奴らも動かんな。流石に圧倒的な火力の前に死ぬ気はないらしい
だが動かなくてどうする?敵地の真ん中だ。補給だってまともにできやしない。食事も、水も、燃料も、寝床も、こちらには与えられる。此方が求めれば存分にだ
だがお前らはどうだ?刻一刻と減る燃料に奪った飯と水と寝床。仮にもついこの前まで普通の乙女だった者たちにその罪悪感を上乗せする。お前は大丈夫だろうが、他の者たちは果たしていつまでまともでいられるかな?
「ねえ、何か音がしない?」
少し気分良く伸びをしている合間に、近くにいた者が辺りを見回す。確かに私にもハエが飛び回るような音が耳に入るが、この周りに虫はいない。それが天使の階段の入り口に向くと、そこにいたのは黒い点の集まりだった
「あれ……飛行機だ」
「凄い数」
その点は近づくと横に広がる。この世にあんな遠くであれだけの大きさに見えるものは、しかもあれだけの数が揃うのはいくつかしかない
「ルフトバッフェの帰還?それとも誰か偵察の増援頼んだ?ちょっと本部に問い合わせてみなさい」
575 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:19:05.15 ID:SZXzOB5IO
「隊長??」
近くにいて双眼鏡で空を眺めていた者が急に絶叫する。目は見開かれ、周りにツバが飛ぶのも気にする様子もない
「何よ?確認取れたの?」
「P47!サンダースのヤークトボンバーです!」
「なっ!」
素早く双眼鏡を構える。遠くに見える機体の中で一番手前の一番大きな機体の側面にあったのは、小さく見える青い星
間違いなくサンダースだ。そしてスクランブルした機体は帰ってきていない
だとしたら目標は……我々。それを妨げるもの、なし
「そ、総員緊急乗車!エンジン始動!回避急げ!大至急隠れなさい!」
ティーガーIIのキューポラに滑り込む。伝えるべきことは山ほどある。対空避難なんてどうやるか知らないが、とりあえず見られなければいいとは知っている
「ど、どこへ……」
しかしここは木一本もない平原、隠れる場所なぞある訳ない。更に今は冬、エンジンが温まり移動を開始できるまで少なくとも20分はかかる。あと15分もすれば爆撃が開始されるだろう
くそっ、しかも後方もしばらく平地。あのポルシェティーガーを撃破した場所も平地だ。つまり身を隠せる一番近くの場所は、ところどころにあるポツンと立つ木か、市街地か。
どちらにいくか。答えは一つしかない
そう、一つしかない
「兎に角市街地に急ぎなさい!温まりが微妙でもいいから!動けたらどんどん動きなさい!」
576 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:19:43.79 ID:SZXzOB5IO
「に、西住殿!黒森峰のいるあたりに爆撃がッ!」
窓の外から丘を眺めていた優花里さんが声をあげる
「機体は?」
「えっと……恐らくP47、ですな。この辺りで、となればやはりサンダースでしょう」
「ふむ、サンダースが来ましたか。そうですか……サンダースが」
言葉を口から零すと座り込みを深くし、顔の汗を拭う
「良かった……なんとか時間を引き伸ばせば、終了までにきっと何か動きがあると思っていました」
「え、みぽりん知ってたの?」
「に、西住殿はこの事態を読んでいらっしゃったのですか?」
2つ目の奇跡が叶った。これが勝利には欠かせない
「まさか。運ですよ、運」
「……先ほどの自衛隊の件といい、西住殿は豪運をお持ちですな」
本当だな
「え、じゃあ本当に勝てるかもしれないの?」
「さぁ、そこまでは……」
「あれ、外から何か音が……」
上空から鋭く風を切る音がする。優花里さんが窓に這い寄って身を乗り出す。空には何十本もの煙の筋が縦に登る。灰色の空でもよく見える、さらに灰色の筋
「えっ?こ、これは」
その音が気持ちの良いもののはずがない。あの森を焼き払い、黒森峰のかつての同胞を死なせた音だ。だがこれまた幸運の証であるのだから、なんとも反応し難い。できることは一つだけ
「優花里さん、危ない!」
「うわっ」
窓際にいた優花里さんの服の首元と沙織さんの袖を引き寄せ、その手を握る。二人とも驚いたようだが、とにかくそばに座ってくれた。三人の手が多層的に組み合わさり、この冬に貴重な熱をもたらす
「さあ、一緒に信じましょう」
「えっ?」
「この建物に砲弾が命中しないことを」
577 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:21:17.30 ID:SZXzOB5IO
黒森峰学園都市南部 ドレスデン地区
ここには大量の学生が集まっていた。ちゃんと15歳から18歳までの高校生である。高校戦車道大会の要綱に違反する部分はない
だが彼らは黒森峰の者たちではない。いやむしろ、彼らを憎んで憎んで憎み続けている者たちである
「撃て撃て、撃ちまくれ!ファシストの街を火の海と化し灰になるまで焼き尽くせ!今こそ虐殺された生徒や父兄の恨みを晴らし、同志カチューシャの仇を討つ時だ!」
プラウダ防衛隊学園駐屯部隊隊長という長い肩書きを引きさげたソホフ=コーネフが、軍服に身を包み、入ってくる情報を捌きつつ、命令を出す。プラウダ本土から用意した30輌のカチューシャが、大量の煙を吐きながらその名の者の恨みを晴らすが如く黒森峰学園都市を襲う
「向きは大丈夫か、セルゲイ」
「全て黒森峰学園都市中心部及び南部を狙っています」
テントの出口に向けて双眼鏡を向けつつ、参謀のセルゲイに確認を繰り返す
「連盟に確認は?」
「問題ありません。学園側が厳重に手配済みだそうで」
「そうか。突撃部隊の攻撃準備は」
「問題ありません。指示一つで黒森峰を粉砕出来ます!」
セルゲイは拳を胸元で振り上げる。こちらはソホフより声が低い。この場にいるとそう思うかもしれないが、軍楽隊にいた時はテナーのセカンドだった
578 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:21:47.82 ID:SZXzOB5IO
「しかし……本隊はともかく奴ら、本当に大丈夫なのか?そもそも軍属ですからないし、命令云々ではないかもしれんが……」
「今のところは大人しくしてますな、今のところは。まぁ、餌には食いついてますよ」
「だろうな。まぁ、同志カチューシャの指示だ。お隠れになっているとしても、逆らうわけにはいかんしな」
「今後を考えますと、それが宜しいかと」
「狙撃隊は?」
「ヴァレリーに無線を」
セルゲイが呼ぶと、別の者が無線機を持ってくる。それのダイヤルを素早く合わせ、声を掛ける。ケータイが使えないとこういうのが厄介だ
「こちらソホフ、どんくらい済んだか、ヴァレリー」
「……もういない。橋は確保できた」
帰ってくるのは暗く小さな声だ。なにか前髪で顔が隠れている姿を想像させる
「……風がなさ過ぎて面白くない。スコープで真ん中にやって当たるとかつまらんこと限りない」
「流石言うことが違うな。それじゃ確認の為一人残って、他はこっちに帰って来てくれ」
「……ダー。俺が残る。時が来たら教えろ」
「分かった。全く、お前は敬語が使えないのかい」
「狙撃の腕で勝ってから言え」
「お前に勝てる奴がおるか!」
そう言うと無線機を元に戻した。配下の者は素早くそれを持って戻って行く
579 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:22:21.68 ID:SZXzOB5IO
「……ヴァレリーには軽いんですね」
セルゲイが少し気分悪そうに言う
「彼奴の腕は信頼できるけどな、彼奴の性格的にあれくらいで付き合わんともたん。ありゃあ現場向きだ。下士官が精一杯だろうよ」
「でしょうな。ま、技術が一級品だからこれからも重宝されるでしょうがね」
「しかし……いいものだな」
「この光景がですか?まぁ、間違いないでしょうな。全ての恨みごと燃え尽きて仕舞えばいいのですが」
二人揃ってトーンを落として笑い合う
「隊長」
「どうした?」
先程の配下の者が落ち着いた様子でソホフを呼びに来た
「同志クラーラから無線です。無線所へ」
「同志クラーラからか」
「時の確認ですかな?」
「だろうな。分かった。今行く」
構えていた双眼鏡から目を外し、それをポケットに入れて布で囲まれた無線所へ向かう
580 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:23:08.53 ID:SZXzOB5IO
入り口の布を払うと、大きな機械が机を占拠している。無線士から手渡されたマイクを受け取る
「こちらソホフ。如何なさいましたか、プラウダ戦車隊常務監督官様?」
「作戦開始時刻に関してです。あと、その呼び方お辞めになって頂けますか。今はプラウダ戦車隊臨時隊長です」
「では臨時隊長、開始時刻は、確か向こうが10分後をめどに引き上げ、我々が15分後には撃ち終わるので、20分後でお願いします。我々も其方に敵の目が向いたあと全軍で向かいます。学園の為に偉大なる戦果を!」
「それでは同志マリア、ヨシコ、アレクサンドラ、リツにもその様に伝えておきますわ。それにしても……貴方がたまで出てくるとは、もはやこれは戦車道と言えるのでしょうか?」
「我々は武装偵察隊ですから、ルール的には問題はありません。それにこれはほぼ戦争と言って差し支えないと思います。憎っくき黒森峰を殲滅する、ね
しっかし、日本語まで流暢な同志クラーラにはかないませんな。私どうも日本語の発音は苦手なもので。伝達、よろしくお願いします」
「プラウダ、ウラー!」
「プラウダ、ウラー!」
無線に向かって敬礼すると、またマイクを掛け口に掛ける。その下に一人、布越しに頭だけさしてくる者がいた
「隊長、そろそろカチューシャが無くなります」
「次は122ミリカノン砲用意!構わず全弾市街中心部に撃ちこめ!3分以内にだ!」
「ダー!」
581 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:23:45.72 ID:SZXzOB5IO
「5号車、応答ありません!」
「8号車、エンジンに被弾で走行不能!脱出します!」
悲惨だ。辺りは投下された爆弾による煙が立ち登り、さらに新たな爆弾が次々と黒森峰選抜戦車隊を襲う。何とか走らせ市街地に急行しているが、そこに向かっている間にも一輌、また一輌と餌食になってゆく
「ぎゃぁぁ!」
先程脱出した8号車の者たちに機銃掃射が縦一列に攻めかかり一人その餌食になる。しかし私の車輌も、他の車輌とその乗員を気にするほどの余裕はない
「後ろに付かれたわ!ターンして回避!御船川は空気抜きコックを閉じた後、上流部から突っ込みなさい!そんなに深くないからこれでいけるはずよ!頑張って!市街はもうすぐだから!」
操縦手は左右に車輌を振らせる。顎の下から垂れる汗を拭う気も起こらない
「とにかく逃げなさい!くそっ、サンダースの航空隊がここにいるのに、ルフトバッフェは何をやっているの!」
黒森峰戦車隊は出発前に5輌、川までの移動中に4輌、川縁や川の中で2輌の戦車がそれぞれ走行不能となった。そして私の頭の中では悪魔に近い顔をしたあいつが口角を上げて語りかけてくる
ようこそ、私のいる場所へ
582 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:24:39.65 ID:SZXzOB5IO
そうせざるを得ないとはいえ、まんまと乗せられていることは分かっている。仮にこれすらも予測していた、いや計画に組み込んでいたのなら、とんだ化け物だ。黒森峰のために、奴だけは殺さねばならない。たとえ私の命が引き換えだとしても
黒森峰戦車隊が市街地に入った頃を皮切りにサンダース航空隊は長崎の方を目指して撤退を開始し始めた。音が遠くなる。やっと……当面の危機は去った
しかしサンダースめ。直接ウチの戦車隊を攻撃するとは、何を考えている。いくら戦車道の枠内とはいえ、こちらを完全に敵に回すことは避けられない。だが協定のおかげで海軍力で黒森峰は優位にある。上陸はできまい。対立に意味はないはずだ
何を考えている?
583 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:25:07.14 ID:SZXzOB5IO
黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角
「まさかサンダースが介入するなんて……あそこは反硬式で対外不干渉を主張していませんでしたか?ダージリン様」
黒森峰市街地から縦に太く登る煙を眺めながらオレンジペコは話しかける。ダージリンはこんな状況でもその煙をも添えて優雅に紅茶を嗜んでいる
「大概お題目は何かを隠す蓋でしかありません。それに言ったでしょう、熊と象が来ると。これで黒森峰は最悪でも戦車道の覇者に返り咲くのは難しくなりましたわね」
「それは此れ程の被害を受けたら仕方ないでしょう。市街地中心部も被害を受けているようですし、都市の復旧と機甲師団の復活を両方できる力はさすがの黒森峰にもありませんでしょうから」
ダージリンは紅茶を更に一口飲む
「それにしてもみほさんは凄いわね。今までの敵を友達にしてしまうなんて」
「友達とは違うと思います、ダージリン様」
「変わりませんわ。みほさんを、みほさんの奮闘を信じているからこそ、熊と象は此処に来ているのですから」
「……あの、そう言えば熊は分かりますけど、なんでサンダースが象なんですか?」
ダージリンは紅茶を飲もうとした手を止める。そしてすぐにほおを緩め直す
「あらペコ、ご存知ありませんの?現在のサンダースの学園長の愛善はサンダース共和党出身ですわよ。貴女はどうやら世界史の他に日本の学園都市の政治体系についても学んだ方が良さそうですわね」
すぐにカップを空にした
584 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:27:55.75 ID:SZXzOB5IO
何とか川を渡り、市街地に入った時、市街地はすでに窓が割れ、火の手が上がり、廃墟と化した建物の群れだった。市街地の状況に思わず絶句するほかない
サンダース航空隊は戦車隊だけでなく市街地南部も縦横無尽に焼き払う。最早黒森峰学園都市南部は復旧に数年かかるだろう、と思える、いやそう予測できるくらいの被害を受けていた
「7号車応答ありません。8号車応答ありません。10号車応答ありません。11号車……」
先程から通信手が伝えてくるのは、応答なしの無限ループだけ。聞き飽きてはならないものだと分かっていても、流石に聞き飽きる
「もういいわ。誰が残ってるか、応答した車長名を言いなさい」
「赤星、小島、国末、江賀、宮内です」
幸いティーガーIIは共に生き残った様だ。あとはヤークトパンターとパンター2輌、そしてティーガーI。頼れる人間が残ったのは幸いだが、駆逐戦車はほぼ壊滅した
まずいな。火力は落ちたし、本格的に黒森峰の各車輌には恐怖と不安が山積し、溢れようとし始めている
「これは……いくら硬式戦とはいえ市街まで攻撃するとは異常よ」
火事が頻発しているように見受けられるが、響くサイレンは軍事目的の訓練でしか聞いたことのないもののみ。住民の避難は住んでいるようだが、そうだとしても火が消えたら即座にゴーストタウンと化す気配を醸し出している
585 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:28:34.23 ID:SZXzOB5IO
そんな煙の街の中に直立する審判は、無表情で2本の旗を共に下げている。ただ己がそうあるべき姿を示し、職務を遂行している
「試合は、まだ継続しているようね」
残念なのはこの爆撃で大洗が全滅しなかったことだ。せっかくこんなところにやって来やがったのだから、巻き込まれて仕舞えば楽だったのに
「エリカ隊長、無線です。学園からです」
「誰から?」
通信手からの報告を聞いて、すぐに無線を繋ぐ
「逸見くん、こちら狩出だ」
「か、狩出教官。如何なさいましたか?」
何故、学園ナンバー3、学園教育統括部長のここまでの方が私に……
「ふふ、私だったことが驚きかね?まあ細々したことはいい。其方に偵察部隊としてSS歩兵師団から3個小隊を送った。無線機と拳銃しか持たせてないが、使ってくれ
学園長からはこのような形をとってでも大洗をできるだけ早く撃滅するように、との指示が出た。これを完遂するように」
「……はっ!学園長から直々にお言葉を賜るなど、この上なき名誉!選抜戦車隊隊長として間違いなく成し遂げます!」
「そうか、それはなによりだ。私からは一つ、早く戦車道を終わらせろ。ハイルフューラー(学園長万歳)」
「ハイルフューラー!」
無線を切らせる。間を置かずに今度は各車輌全てに繋げさせた
586 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:29:28.57 ID:SZXzOB5IO
「諸君」
一度息を吸い、深く吐き出した
「私は途方も無い犠牲を出した黒森峰女学園戦車隊隊長としてここにいるわ。きっと歴代でも最大クラスね。殲滅戦っていう条件が付いても
でも試合は終わってない。旗は両手とも上がった状態ではないわ。だから戦わなきゃいけない。今回の被害について悩むのも恨むのも……後にしなさい
先程狩出学園教育統括部長殿より連絡があり、学園長直々にお言葉を賜ったわ
『一刻も早く大洗を撃滅せよ』とね
その上この状況を考慮なさり、偵察員としてSS歩兵師団より小隊を投入して頂いたわ。ここまで学園長直々に御配慮頂いた上でその命を満たせぬとあらば、これは戦車道末代までの恥よ!
だからこそ……ここで叩き潰すのよ、大洗を、西住みほを。あの女は厄介。生かしておけば黒森峰に100年の災いをもたらすわ。だから……必ず殺しなさい。戦車ごとでも、一人だけでもいいから
総員前進。ルール通り大洗を殲滅せよ!」
587 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:30:25.51 ID:SZXzOB5IO
〜
黒森峰女学園学園長賛歌
『神よ我らの総統を祝福せよ』
黒森峰 黒森峰よ 日本の学園を統率せよ
気高く賢人たる 総統を我らは敬愛す
犬伏から田代まで 杉堂から寒野まで
神よ総統を祝福せよ 我らの良き総統等良を
神よ総統を祝福せよ 黒森峰の名と共に
整然と行進し 勝利と実りを輝かそう
総統は我らに恵みを与え 幸運へと導かれん
輝く草原と緑の山は 淑女を育て給う
神よ総統を護り給え 我らの良き総統等良を
神よ総統を護り給え 黒森峰の名と共に
正義と堅実と忠誠を 母なる黒森峰の為に
その手を我らは掲げ 姉妹の如く協力す
この大地と我らの博愛 繁栄の証であれ
神よ総統と共にあれ 我らの良き総統等良を
神よ総統と共にあれ 黒森峰の名と共に
神よ総統を祝福せよ 我らの良き総統等良を
神よ総統を祝福せよ 黒森峰の名と共に
〜
588 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/03(日) 22:30:57.46 ID:SZXzOB5IO
今日はここまでです
589 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:47:08.49 ID:rYNwkNdDO
2050から始めます
590 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:50:05.72 ID:rYNwkNdDO
〜
怪しいところは、弾丸をぶちこめ
エルヴィン・ロンメル
〜
591 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:50:37.97 ID:rYNwkNdDO
路地の隙間からドイツ戦車が通り過ぎるのが見える。あの後一個後ろの建物に場所を移しておいてよかった。先ほどの建物、近くに砲弾が当たったのか瓦礫が落ちてきていたし
「来ました。5輌……6輌です。ティーガーIIやパンターはいますが、マウスやヤークトティーガーなどは見当たりませんね……
黒森峰は3分の1以下に減っています。奥の通りに2輌向かいます。優花里さんと沙織さんは例のポイントに移動してください」
双眼鏡で一輌一輌確認しながら優花里さんと沙織さんに指示を出す。減ったか。予想の範疇内で減ったな。もっと減ってくれればそれはそれで楽だが、その分学園からの支援がプラスされそうだしな……こんなものか
「はい。西住殿、御武運を!」
「みぽりん、気をつけてね!」
二人はそれを聞き、パンツァーファウストと幾らかの荷物を抱えて部屋から走って出ていった
さて、動く時か。この戦いのために皆が奮闘してくれることを期待しよう。自動小銃を肩にかけ、倉庫から持ってきた小さな拳銃に少し大きめの弾を装填し、空に打ち上げる。軽い音とともに、弾の周囲に煙が撒き散らされる
信号弾白。黒森峰来襲の合図だ。そしてそれを確認し、私もすぐに建物の闇に消える
592 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:51:11.97 ID:rYNwkNdDO
黒森峰残り6輌、それは優花里に勝利への希望を抱かせるには十分だ。20輌と比べれば数はかなりマシ。さらにマウスなどの重戦車もかなり減っている
損害比率で言えばこちらが圧倒的に優位。さらにはパンツァーファウストのお陰で敵の装甲の硬い車輌だって撃破できる
その期待感に少し気分が昂った状態で、沙織と別れ言われた地点の建物の扉を開こうとする。するとその扉は触れる前にすっと奥に開いた。自動ではなかったが
「あ」
「あ」
開いた入り口の向こうにいたのは黒森峰の服を着た者。その者と同じような表情で同じ言葉を同時に発していた。二人の目はあったまま動かない。銃を構えようとも思ったが、身体がそうしたがらない
無言の空白が少しの時間を吸収すると、優花里は半身になり、右腕を入り口とは逆に向ける。流石によく知らぬ人間を直接、即座に殺す勇気はなかった
「あ……ど、どうぞであります」
「ああ、すみません」
目立った混乱もなくその者は一礼し、背中に無線機を背負って、長いアンテナを空に伸ばした状態で前を通っていった。その人に背を向けて続いてくぐろうとすると、たどたどしく後ろから声が掛かる
「あの……パンツァーファウストなんて使うんですか?」
「そちらは無線機でこちらの居場所を教えるのでありますか?」
不気味だと言わんばかりの様子で話し掛けたその者に、すました顔で返す。この場が真に『なんでもあり』だと知っているならば、この質問は愚問だ。殺すのは早い。されど音で気づかれ、建物ごと崩されては助かるとは思えない
何よりこの服はSS。彼女は歩兵師団の可能性が高い。タイマンでこちらから仕掛けても負けるかもしれない
再び目線を合わせたが、先程より遥かに短い時間で、走って各々の行くべき場所に向かった。次にまた出会わないことを願いつつ
そしてその後建物のドアを隣も含めていくつか蹴破ってから、窓際であたりをさっと確認し終えた時、いつのまにか自分が殺さない理由を考えていることに気づいた
593 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:51:51.80 ID:rYNwkNdDO
「エリカ隊長、SS歩兵師団第4部隊第2小隊の者より無線です」
「分かったわ」
通信手がこちらに話を振ってきた。件の歩兵師団の者たちだろう
「こちら戦車道選抜隊長代行、逸見曹長」
「こちらSS歩兵師団の観測隊の吉崎軍曹です。本日は……」
「吉崎軍曹、挨拶はいらないわ。情報を持ってきなさい」
下手な話をする時間はない。情報面で優位に立ち、出来るだけ早く叩く
「は、では早速。大洗のIV号がそちらの前から500メートルの所を通過しています。あと戦車猟兵が各地で数名確認されています。注意してください」
「了解。情報に感謝するわ」
戦車猟兵。全く、厄介なものを投入してきたわね。ちっこいけど盾はない。けどこの場では建物そのものが盾になり得る
「そちらでも可能なら掃討をお願いできるかしら?」
「……まぁ、ここは戦車道の会場外ですから、連盟への説明は可能だと聞いています。しかし偵察を主眼においているため、身軽であるためにそんなに武装していないことをご理解お願いします」
「……まぁ、しょうがないわね。よろしく頼むわ」
外からの無線を切り、各車の車長に繋ぎ直す
「各車に通達する。敵には戦車猟兵が確認されているわ。見つけ次第躊躇なく機銃で蹂躙しなさい。その躊躇が死に繋がるわ。それとIV号が近くに確認されたわ。西住みほも近くにいる可能性が高いから、各車注意を怠らないように!」
「ヤヴォール!」
その返事の強さに少し安心したが、先ほどの一つの言葉が私の心に突き刺さる
戦車道の会場外だから、直接関係しない者たちもいて問題ない
そういうことだろう
何故だ。なんで言葉の前置きなんかに引っかかる。大した意味はあるまいに
「どうなさいました?」
言われるまで装填手がこちらを見ていたことにも気づかなかった
「何でもないわ。ただ……そうね。この戦いの先を見据えたかっただけよ」
適当にそう返した
594 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:53:54.16 ID:rYNwkNdDO
次の通信まで余分な時間はなかった
「IV号発見!前を横切り左へ向かっています!側面が……」
発見した国末の乗るパンターの砲身が、大洗IV号を狙うべく砲塔を回転させ始める
「待ちなさい!砲塔で追わないで!」
叫んで後輩を制止させる。とりあえずすぐに停止してくれて助かった。士気は高いが、冷静さも一応は持ち合わせている
西住みほほどの女がそんな容易に姿を見せるはずがない。彼女たちは先に着いている。この地形を利用して待ち伏せなどをしているのが普通だろう
「敵はこちらの側面を取りたいはず。誘導だとすると……おそらく二時方向の路地に待ち伏せがいるはずよ。宮内、回り込んで確認してくれる?」
「ヤヴォール」
狙おうとしていパンターの後ろを左へ曲がり、土煙を上げて言われた方向に進む
「私は万一気づかれて脱出しようとしていた際に備え宮内の救援に向かう!他車輌は周囲を警戒しつつ先程のIV号を追撃用意。三突が近くにいる可能性もあるし、場合によっては宮内と包囲殲滅してやるわ」
「ヤヴォール!」
595 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:54:43.59 ID:rYNwkNdDO
そして周囲を見渡しながら速度を落として進んでいると、結果はすぐについてきた
「2時方向の裏にB1bis発見!」
「報告する間があったら撃ちなさい!」
すぐにイヤホンを外し、砲声を確認。確かに言われた通りの場所にいたらしい
私たちの車輌がその場所に近づいた時に見えたのは、燃え盛る敵車輌だけだった。嘘偽りはない
「B1bis撃破炎上!キューポラから1人脱出して隠れていますが、もう一発撃ちますか?」
「いや、炎上している車輌にいたなら、まともに動けるはずがないわ。戦車猟兵を呼び寄せたら面倒だし
何も持っていないようなら放っておき、戦車の撃破を優先しなさい。ルール上それで構わないしね。よくやったわ、宮内」
B1bisはいつまでも火までも吹いて、轟々と燃え盛っていた
596 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:55:21.30 ID:rYNwkNdDO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
後藤 モヨ子
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
金春 希美
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
597 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:55:56.18 ID:rYNwkNdDO
「宮内は私とともに、一本奥の路地からこちらに近づいてきているであろうIV号を探索し、追跡しなさい!」
「ヤヴォール!」
宮内の乗るパンターは道から段差を降り、枝を踏み折って、先を行こうとする
その時、二本の白い筋がそのパンターを狙った。その内一つが見事にパンターの左側面に命中する。命中されたパンターは爆風を受け、みるみる炎に包まれる。
「宮内!」
叫んでも何も変わらない。猟兵がいたか!
「やった!カエサルの一発当たったぜよ!」
「賽は投げられた!」
炎の音に混じって声がしたが、きっと即座にその場を離れているだろう。装備は……パンツァーファウストか……
「クッ!」
一瞬の油断だろうか、その時を確実に狙われた。目の前で撃破された事に焦っているのが、心臓の鼓動を通して体を揺らす
「エリカさん……追跡しますか?」
「……ねぇ、パンツァーファウストって何本も持ち歩けるものかしら?」
「いえ。そこそこ重量ありますし、それはないかと……」
「なら車輌の撃破を優先するわ。IV号の後を追いなさい
各車ともに連携を密に!敵は残り2輌、5対2よ!猟兵に気をつけなさい!数はそんなにいないだろうから、機銃の残弾は考えなくていいわ!」
咽頭マイクを掴んで叫んだ。どこだ。猟兵はあと何人いる?
598 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:56:37.54 ID:rYNwkNdDO
道の角で通りの向こうを伺っていた。特に異変はない。いや。異変はあるが敵ではない
「ねえゆかりん戻らない?あそこにいれば敵来ないみたいだし……」
一緒にいる武部殿が不安げな顔で尋ねてくる
「試合自体は全車輌撃破されたら負けですし、ここは黒森峰学園都市のど真ん中。見つかって最後に殺られるだけであります。味方が残っていて少しでも勝ち目がある内に合流しないといけません」
路上とその周りを再度確認する。燻る煙の臭いを払いつつ、銃の引き金に指をかけておく。もし居たら引けるのか、それは別の問題だ
「それに敵は偵察を投入しています。こちらが不利なのは火を見るより明らかであります。急がなければ」
「て、偵察ってしていいの?」
「偵察行為そのものは禁止されておりません。ただ、さっき会った人は大丈夫でしたが他の偵察の人が武装している可能性があります。黒森峰ならやりかねません
どうやらここにはいないみたいでありますな。行きましょう」
先に道へと飛び出すと、慌てて武部殿も続く
市街地に着いてから不思議に思っていたが、この付近、いや市街地のあちこちに、簡易的ながら塹壕のようなものが張り巡らされている。何かの準備かと思われたが、ちょうどいいので気にせず身を隠しながら移動するのに使った。しかし地上に比べて足場が安定しておらず、後ろの武部殿が時折つまづく
近くに爆撃に巻き込まれたのだろうか、足の関節が変な形に曲がった審判の遺体が転がっている。審判の立場を侵す行為が咎められるスポーツなど、寡聞にして知らない
これが本当に試合なのか、それともほかの何か……自分が好きな戦車を生み出した戦争、というものなのか
「ひいぃ、もうイケメンもお金持ちもいりません。生きてお家に帰してください……」
目に涙を浮かべながらついてくる。生きて帰るために死の危険に身を晒す、皮肉な環境に私たちはいる。その比較対象は兎も角
?
599 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:57:31.41 ID:rYNwkNdDO
?
コンビニがあった。今はもう運営能力はない。ただ店内に突っ込んだIII突の75ミリ長砲身が、その先にある交差点を指向している
「そうだ、よーしそのまま出てこい」
ティーガーIIの砲身と足元の一部が二枚の鏡を経てエルヴィンの視界に入る
「何を躊躇している。さっさと出て来い。横っ腹にタングステンを撃ち込んでやる」
砲隊鏡から額からの汗を止めずに?に流しつつ、手でそれを動かぬよう握りしめてその時を待つ
「もうちょっとだ……完全に出てくれさえすれば……」
しかしその見えた砲身が見える範囲は、急に短くなってしまった
「あ、クソ!下がりやがった」
しかしその下がったあとの車輌は凄まじかった。まず左に45度超信地旋回し、少し進んだ先で今度は右に90度超信地旋回したのだ。足回りの負担は尋常じゃないだろうが、そこから角にあった建物に身を擦り付けるようにして側面を守りつつ角を曲がり、やっと右折した
その機動はまさに見事。敵であるエルヴィンたちも何もできずに見とれているくらいであった
「……チッ!」
「エルヴィン、気付かれたのか!」
驚くのも無理はない。向こうからこちらは見えてない筈なのだから。だがこちらに砲塔を向け、近づいてきている。なら答えは一つ
「構うもんか、ゼロ距離だ!撃て左衛門佐!」
距離は短い。200メートルもあるかないかだ。左衛門佐が引き金を引くと、車輌は反動で大きく下がろうとし、店内から煙が吐き出される。それだけでなくIII突は砲が低位置にあるため、砲撃により地上から土煙が舞い上がる
600 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 20:58:50.06 ID:rYNwkNdDO
「当たった!」
「殺ったか!」
「分からん!」
敵は弾とともに土煙の向こうに消えた
「もう1発、照準そのまま撃てッ!」
「定めなき浮世にて候へば、一発先は知らざる事に候!」
左衛門佐はエルヴィンによる装填が確認され次第、即座に引き金を引いた。轟音と共に車内に薬莢が排出される
「次ッ!殺るまで何発でもだ!」
エルヴィンは75ミリ砲弾を掴み、その後ろを拳で砲尾に押し込む
「3発目!」
車内の揺れで頭に載せた帽子とゴーグルがずれるが、大した事ではない。次の砲弾を装填する
「4発目!」
地面を這うように行く砲弾は土を巻き上げる。エルヴィンは次の5発目の装填に移ろうとする。しかし敵は土煙を掻き分け、やっと彼女らの目の前に姿を見せた
茫然とするしかなかった。今まで何事もなかったかの如く、堂々と彼女ら目指して前進していた。車輌正面には四つの凹みというか擦り傷というか、がついているだけである。何度も砲隊鏡を眺めるが、変わらない
「やっぱり、キングタイガーはモノが違う」
不思議と口角が上がる。しかしその逆説的に至福の時間は長くは残されていなかった
間も無くティーガー2の砲身がIII突をゼロ距離で狙う。今までの音よりはるかに大きく、低い音が響く
正面右側に垂直に命中した88ミリを止められる筈がない。寧ろ後ろのガソリンエンジンまで撃ち抜かれたのだろうか、コンビニは一瞬の内に炎に包まれ、III突と共に丸ごと焼き尽くした
そのコンビニ跡前を左折し、ティーガーIIは悠々とその重い車輌を走らせていった
601 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:00:39.54 ID:rYNwkNdDO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
松本 里子
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
杉山 清美
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
602 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:01:05.69 ID:rYNwkNdDO
アパートのある一室で、息の音を聞いた。少し先のドアの向こうだ。そこだけ扉が開いている。背中には機械。そのせいで見えないが、恐らく親衛隊かね
ふむ、偵察か。流石にかつてのお上はこのまま犠牲がむやみに増えるのを良しとしなかったらしい。が、一方で目立った武装は見当たらない。つまり補助はするが直接戦うのは戦車隊、そう考えているのだろう。この者をどうするか、その答えは一つだ。もう二度と報告させないようにする
しかしそうしようにも方法がいくつかある。情報を聞き出すか一撃か。銃だって拳銃と自動小銃の二つ。長々と迷う暇はない。一撃で、かつ的確に。となると、やはり拳銃で接近して後頭部から一発、だな。あの時から試合が変わって球も補充されてるし
ゆっくりと扉に近づく。耳にイヤホンをつけているせいもあり、背後からそっと覗いても気づいている様子はない。親衛隊にしてはえらく不用心だな。もしかして新入りの系統かな?そうだとしてもやらねばならないのは変わらない
彼女が左を偵察した時を狙う。その時一番私から視野が離れる
右……真ん中……
左っ!
603 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:01:53.43 ID:rYNwkNdDO
荷物を捨て、三歩!振り返ってきた敵を顔を見る間も作らずに、機械ごと背中から押し倒す。重心を肩の上に移し、銃の発射準備
「な……誰……!」
警戒してなかった敵が悪い。それとも我々が猟兵を展開していることを知らなかったのだろうか。なら知らないほうが悪い
しかしいざ銃を突きつけてみると、私の身体を何かが押し留める。連絡されるのは都合が悪い。それは分かっている。仮にされたりしたら、私の命の危機だ
なぜ撃てぬ。こいつは敵だ。このような服をしているからこそ
「ぐ……お、大洗?れ、連絡を……」
首をひねって服の裾の色を見られたようだ
うなじから前頭葉にかけて一発。銃口を押し付けて引き金を引く。やはり何度も思うが、命と引き換えにしては指への圧力は軽い
あの時のような骸の頭が、血の海を成して浮かんでいた。だが見続けられるほど悠長にはしていられない。流石に銃声を鳴らしてしまった以上ここにはいられない。仕方ない、次の候補に場所を移すか
頭の切り替えは久し振りに恐ろしいほど早くできた。できてしまった
604 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:02:31.81 ID:rYNwkNdDO
こちらの建物には幸いにして偵察は投入されていなかった。ここは戦車が両側と幅をとって走行できる道の一つ。猟兵の存在は外の音から気づかれているはず。と、なるとこのような道を選択するだろう。さらに警戒しやすくするため速度も落ちる
そしてやはり予想は当たる。音と窓枠の振動がそれを知らせるのだ。窓際で数を数えていた。幸いにして周囲に誰かがいる気配もないので、暫くはこの音だけに集中できる
「70……60……」
外から戦車のエンジンが回る音がする。手にはしっかりとパンツァーファウストがある。それも窓枠の外に現れないよう警戒する
「50……40メートル!」
その音が自分の右側に壁にほぼ垂直に届いていると判断した。すぐに立ち上がり、立てておいた照準器の穴から確実に狙いを定め、前の車輌に向けて引き金を引いた
発射された弾は爆炎と鳴動と共に敵の左側面に命中した。炎の音と共にヤークトパンターはみるみる燃え盛る。人が生きているとは思えない
それを確認すると、急いでその場を去った。攻撃は自分の居場所を教える事と同義だ。それを示すように階段を駆け下りる際、先ほどの場所は砲撃で破壊され、耳元を小さな瓦礫と爆風が駆け抜けた
ヤークトパンター。防衛隊の車輌で唯一の重駆逐戦車。他にも重戦車の類も親衛隊所属である。つまりこの車輌は防衛隊の中で特別な存在
これに乗っていた人を私は知っている。だが戦車の壁があるだけで、これだけ躊躇いをなくせるのか
605 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:03:10.41 ID:rYNwkNdDO
第74回戦車道大会公式記録
黒森峰女学園犠牲者
小島 エミ
大洗 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
606 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:03:52.44 ID:rYNwkNdDO
〜
日本では戦後すぐに生産力の増強を傾斜生産方式のもと進めるとともに、復興に伴う需要がひと段落した際を見据え、新たな計画を打ち出した。学園艦計画である
これは先の大戦が国際的孤立が要因にある、との考えも踏まえ、当時は特に海外旅行が貴重であったことから、国際文化交流の窓口としての役割も兼ねられることがあった。これが今日の一部の学園都市にて外国各国文化を持っている理由としてある
しかし結果的にこれはなされなかった。復興信用金庫によるインフレとその是正のためのGHQによる経済安定九原則、ドッジ=ラインによる不況。そしてなによりそのようなことを実現する経済的余力がなかったのである
これの実施計画の本格的進行には、朝鮮戦争による特需景気とサンフランシスコ平和条約による日本の独立をまたねばならない
〜
607 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/07(木) 21:04:17.17 ID:rYNwkNdDO
今日はここまでです
608 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 22:36:24.56 ID:E1fl5AjpO
2250からやります
609 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 22:50:52.14 ID:E1fl5AjpO
〜
ドイツ陸軍暗黒の日
エーリヒ・ルーデンドルフ
アミアンの戦いを受けた発言
〜
610 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 22:57:35.51 ID:E1fl5AjpO
「最後の一輌、IV号発見しました!5番通り52番地のビル陰に潜んでいます!進行方向は南!6番通りに向かう道から挟み撃ちにできます!」
話は入ってきた。黒森峰にとってもかけがえのない人だったと思うし、私が指揮する上で支えになる方の一人だった
「……報告に感謝する」
しかし悲しむ時間など無い。仮に悲しんでいたとしても、何やってんですか、と笑い飛ばされそうなのもあるが。すぐに観測隊からの報告が入る。大洗はこれ一輌のみ。これさえ潰せば、勝ちだ
「よし、四輌全車で包囲するわ!国末と江賀は5番通りから、小梅は私と合流して6番通りに向かう。IV号を確実に仕留めなさい!」
「ヤヴォール!」
三輌の車長からのはっきりとした返事を確認し、車輌を進める。そして合流した小梅車に先行させ、6番通りに向かう
その時私の頭は、一時的にそのIV号で支配された。だからこそ考慮すべき存在が頭から欠けていた。ティーガーIIが悠然と走り、それの交尾がとある路地裏の前を過ぎた時、道の真ん中に飛び出した者らがいた
「来た!」
彼女らの手には、パンツァーファウストらしくはない何かが握られている。駆け足でティーガーIIの後ろに回り込む
「見た!」
右腕の動きが若干ぎこちないが、そんな事は気にせず、ただ目標に走り寄っている
「勝ったッ??」
それを合図に二つの吸着地雷をティーガーIIの背面に重い金属音と共にくっつけ、紐を引く。そしてその勢いのまま走り去ろうとした
「は、早く!早く撃ちなさい!」
「は、はい!」
通信手が7.92ミリ機銃で二人を狙う。銃弾を食らった彼女らは焼いたゴマの如く跳ね回り、地面に斃れた
だが判断は遅れていた。すぐ後に小梅のティーガーIIの背後は大きな爆発音と共に吹っ飛ばされた。車輌からは火の手が上がり、黒い煙を登らせる
611 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:01:53.31 ID:E1fl5AjpO
「……念のためもう少し撃っておきますか?」
「轢きなさい。息の根を止めるなら」
操縦手にそう指示したところ、流石に嫌悪感があるらしく、若干怯えた目でこちらを見てきた
「しかし、履帯に肉片が挟まると……」
「戦車道は人を苦しめるためにあるわけじゃないわ。早めに、そして確実にとどめを刺すのも礼儀よ」
「……はっ」
車輌は二つの血しぶきの集団を作った上で小梅のティーガーIIの脇を通り、隣り合った状態で一回車輌を止めさせる
「小梅、乗員は無事?」
「何とか」
戦車の上で炎に消火器を向ける小梅が答える。幸いエンジン部のみの損傷で、車内そのものには影響なさそうだ
「ご苦労だったわ。後は我々に任せて脱出しなさい。この先の行動は任せるわ」
「はい。エリカさんたちも健闘を祈ります」
走り去った後ろには赤い線が一本に纏まってついてきている。その奥、起点には履帯に捻り潰された二人の残忍な死体しか残っていなかった
私は正しい
612 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:02:29.42 ID:E1fl5AjpO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
鈴木 貴子
黒森峰 銃殺 履帯に轢かれた跡あり 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
野上 武子
黒森峰 銃殺 履帯に轢かれた跡あり 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
613 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:04:58.87 ID:E1fl5AjpO
私がそれを見つけた時、IV号は道の片側に身を寄せ、敵が来るのを待っていた。ここに来たのは先ほどの場所にはもういられないということと、敵がこちらに誘き出される可能性が高い、というものだ
かといってパンツァーファウストがあるわけでもないし、他に直接装甲に風穴を開けてやれる兵器も持ち合わせていない。なら車長の頭でも狙ってやろうか、とささやかな期待を寄せていた。今ある唯一の銃、Stg44の銃身を強めに握り直す
それにしても……砲声、ロケット砲、サンダースとプラウダの参戦、これらが指すのは何か。まだ確証は持てないが、予想はできる。ではその状況下で我々の勝利に必要なのは何か。こちらの残り車輌はあって2輌。場合によってはこの1輌だけ、かもしれぬ。いや、戦力差的にその方が考えやすい
相手は何輌だ?5輌以下ではある。そうなると他の人の活躍を考えても……3から5輌かな。数の差、質の差は……未だ圧倒的か。やはり猟兵によって敵の数を減らしていくしかない
そして近くの廃墟と化した建物の陰に潜んでいた時、奥から戦車の履帯の音。IV号は動いていない。となると……やはり、パンター。おまけにキューポラから頭を出していない。これじゃ車長を撃てないじゃないか。お前らは生真面目に頭を出してりゃ良かったんだが
そして偵察はやはり仕事をしていたらしい。ギリギリからわざわざ側面を晒さぬよう出てきて、正面を完全にこちらに向けつつ進んできている
IV号が足元に狙いを定める。放たれた弾は履帯ではなくその少し上の履帯のカバーに当たり、弾かれる。それで前のめりになった的車輌から撃たれた弾もまた、IV号の足元にめり込んだ。土砂がこちらにも降りかかる
下がるIV号をパンターは追撃しようとする。そしてその車輌が十字路を超えて更にIV号と私に迫ろうとする
614 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:12:34.80 ID:E1fl5AjpO
その時、視界の右側から二本の筋がパンター目指して流れた。その内一本がパンターの側面に当たり、黒い煙が砲塔から砲身までまとわりついた
「おっ」
顔を出し左に向けると、破壊され中が見える建物の一番上で、愉快げに手を振っている人を視認できる。茶髪ロングである
「沙織さん……」
その隣に棒を構えたままの優花里さんを認めたのとほぼ同じくして、IV号はさらに素早く車輌を後退させ始めた。パンターは車輌丸ごと燃え続け、音と煙をあたりに撒き散らしている
だが動かない。彼女らは私を見つけたらしく、何を言っているのか、どんな表情をしているのかは分からないが、身ぶりを交え何かを伝えようとしている。しかしそんなことする暇はない。もう既に彼女らの立ち位置はバレているし、そして今まさに撃破した戦車の裏から、ティーガーIが砲塔をそちらに向けたまま接近しているのだ
このまま彼女たちを失うのは今後の戦略的に損失が大きい。いや、それ以上に私が、私が彼女らを失いたくない
逃げろ!その場を離れろ!早く……持ち物なんざ捨ててどこかに行け!
今から近づいても間に合わない。せめて逃がそう。我を忘れんばかりに声を届けようとした。しかしそれは燃え盛るパンターの音と先程から増してきた他の場所からの砲撃音に邪魔される。死んでもなお邪魔するかこのやろう!
そして最早逃げる時間もなくなり、間も無くその砲塔のアハトアハトが建物の最上階狙って砲弾を撃ち込んだ。その建物の吹っ飛ばされる様子からは思わず目を逸らした
後に残るは、崩れる瓦礫の音と煙の増加。そして戦車は隅にいた私の前を気づくことなく通り過ぎていった
そして次の角を戦車が曲がると、やっと私はその建物から向こう側へと飛び出せた
615 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:13:08.33 ID:SASSSKiG0
「……そう。国末のことは残念だけど、猟兵が狩れたなら良しよ。6番通りの裏に回り込みなさい。私たちが勝つわ」
「ヤ、ヤボール」
残りは二輌。本当に数は減りに減ってしまった。だが相手はあと一輌。これだけだ。これさえ倒せば……終わる。早く……早く終わらせなくては
「あの、逸見曹長……先程からここ以外でも戦闘が勃発しているような音がしているのですが……宜しいのですか?」
「今は試合に集中しなさい。話によるとここら辺よね。警戒は緩めないでいなさい。小隊からの続報は?」
「今はまだ……」
「早くさせなさ……ん?」
正面の先で何かが動いた。いや、出てきた。あちこちから黒く上がる煙、破壊されたコンクリートやレンガの建物、その中に確実に混じっていて実に、本当に素晴らしいものがいた。殺れる、そう確信した
??「ようやく見つけたわ。最後の一匹よ」
待ち侘びたその時に少し胸が高ぶる
「では、終わらせましょう」
そのティーガーIIのアハトアハトに砲撃を命じた。この試合を終わらす為
616 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:15:49.92 ID:SASSSKiG0
向かい合ったティーガーII。砲塔はこちら。こちらは停止状態。絶望以外の何を捉えればいいのだろう。絶望の一部を一瞬で払い、とっさに麻子は両方のレバーをそれぞれ逆に力を入れて動かし、時計回りに超信地旋回を開始させた。足回りへの被害など考える暇は無かった
しかしそれは命中を避けるものでは無かった。ティーガーIIから撃たれた88ミリ砲弾はIV号の砲塔右後部に命中した。麻子は反動で運転機器に額を強く打ち付け、背中にも大きな痛みを感じた
頭を打ち付けたせいか少しばかり気を失っていたが、間も無く全身を痛みに襲われながら、何とか運転機器から頭を放す
「ううっ……背中をハンマーでぶん殴られたみたいだ……」
何が起きたかは分かっている。痛みが特に強い背中に手を当てると、生暖かい液体が手に着く。戻してみると右手の平全体は完全に、一部の隙間もなく紅に染まっていた。有能なだけに麻子は分かってしまった
焦げ臭い匂いがする。自分でさえこれなのだ。背後が怖い
恐る恐る後ろを振り向くと、空が見える。青い。しかし、赤い
「五十鈴……さん……」
もう砲手五十鈴華の顔は写真か想像でしか見ることはできない。もう、砲手席に腰掛けたその身体は目も、鼻も、口も、耳も、長い髪も有していない。両手を降ろした手と胴と足だけがそこにはあった
「クッ」
涙を堪えつつレバーに力を入れて、再び車輌を前に動かした。幸い、動きからしてエンジンに大きな支障は無いらしい
逃げなきゃ。とにかく、ここから。私たちは黒森峰には屈しない。西住さんを生かそうとする限り。表情も声もないが、きっと五十鈴さんも同調してくれるだろう
外では何かが起こっている。エンジン音に混じって続く砲撃の音。何だ。何が起こっている。そして、何ができる?
617 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:21:10.69 ID:SASSSKiG0
「命中!」
「よし!ジャッジのコールは!」
車内で思わず叫んだ。しかし外から笛の鳴る音はない。IV号には小さいが火の手が上がっている。タダではすんでいないだろう。だったらまだ中で生きているのか?
「完全な撃破が必要なようね。もう一度よく狙って、止めを刺しなさい」
「大洗IV号、後退していきます!」
前を見ると確かにIV号は遠ざかっている。それなりの速度も出ているようだ
「クソッ、動けるの?追いなさい!江賀にも連絡!挟み撃ちにして確実に倒すわよ!」
「ヤボール!」
しかしその動きは一つの声で制止を迎えることになった
「エリカ隊長!学園より緊急無電です!繋ぎます!」
車輌を発進させる前に邪魔が入る。あと一歩のところなのにタイミングが悪すぎる。だが学園からの命令だ。取り敢えず出発を中止し、無線を繋がせる
「こちら逸見です」
「こちら狩出だ」
「き、教官……どうなさいましたか。もう直ぐ大洗は倒せますが……」
少し、ヘッドホンは音を伝えてこなかった。そしてやっと聞こえた言葉は、実に感情のない声にのせられていた
618 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:21:53.38 ID:SASSSKiG0
「……学園都市フリードリヒ地区にプラウダの大部隊が迫っている。各部隊現在の戦況を省みず、これの防戦に参加せよ」
「なっ!」
馬鹿な!ここで、だと……
考えも纏まらぬうちから反駁を始める
「お待ちください、教官!大洗は現在中破車輌が一輌だけです。それを撃破すれば試合は終了します!戦闘行為は禁止され、宣戦布告によるものでないならプラウダの侵攻は止まるはずです!宣戦布告されたものなら防衛隊青年大隊が対応できるはず!大洗を撃破する余裕はあります!
いずれにせよこちらの勝利は目前です!あと5分ください。確実に大洗を撃破します!」
「早急に来い。そっちには今何輌いるんだ?」
「ティーガーI、ティーガーIIがそれぞれ一輌のみです。そちらに一輌だけならまだしも、両方送るなんて出来ません!」
先ほどまではすぐに返答があったのに、今度はやけに時間が空いた
「……教官?」
「貴様何をやっている??残り二輌だと??我が校の栄光ある戦車隊を壊滅させられただと??今年あれの回復に我々はどれ程の予算をかけたのか、そしてこれまでそれを守るために何人の命が散っていったのか、貴様には分からんのか??」
「しかし空爆と猟兵相手では……」
「言い訳なんぞ聞きたくない??兎に角、貴様らもこちらに来い??」
いつもは落ち着いている教官らしくないほどの罵声が、私の耳と心臓に突き刺さる
「……誠に申し訳ございません」
619 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:23:05.24 ID:SASSSKiG0
undefined
620 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:23:36.88 ID:SASSSKiG0
「……すまない、取り乱してしまったな。兎に角、現在SS装甲師団学生大隊、学園都市防衛隊学生大隊を攻め込んできたプラウダに対して送ったが、最早一部を除き壊滅、突破されている。空爆とプラウダのミサイルで結構やられたからな、数が足らん
学園長の命令で非軍属も使ってはいるが、正直使い物にならん。ただ敵の戦車を前に死んでいくだけだ
それに都市防衛の為のアハトアハト高射砲団も空爆で壊滅状態だ。ルフトバッフェもサンダースの連合航空隊に有明海で縛り付けられている。撤退中の敵爆撃機の追撃すらできん」
ルフトバッフェが来れなかったのはそのせいか……あの拝金主義の軍団ふぜいが……
「現在は学園に残ったSS歩兵師団の一部が学園と学園官邸周辺で辛うじて防衛しているに過ぎない。士気も下がる一方だ
その為に君達が防衛に参加するということが必要なのだ。士気を上げ、プラウダに一矢報いる為にも」
「しかし学生大隊しか出してないのならば宣戦布告はされてないと愚考します。ならば大洗を撃破すれば、試合は……」
「逸見君、確かにプラウダとサンダース、ポンプルは戦車道大会における大洗の同盟としてこの戦いに参加している。しかしそれは名目だ。プラウダ外務局とサンダース校外交流担当課から、降伏に応じない時は試合終了次第宣戦すると通告を受けている
全く敵ながらよくやってくれるわ。こちらは学生部隊のみなら数で勝る二校には太刀打ちできん。君たちがその状況なら尚更な
情報によると緑川河口周辺にサンダースの戦車部隊が上陸しているらしい。宇土も向こうに寝返った。奴らは確実に黒森峰を崩壊させるつもりだ」
黒森峰の……崩壊。私の愛する学園の
その言葉はこの先の私の口をしばらく封じられるほどの重りだった
621 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:24:06.27 ID:SASSSKiG0
「試合が終わったら、二校の侵攻に歯止めが効かなくなる。つまり大洗を生かして試合はできるだけ抵抗した上で、プラウダに黒森峰中心部を陥落させた時に終わらせる。ルールに戦闘体制の崩壊を勝利条件とすると決められているからな
サンダースには空以外参戦させん。それが学園都市の被害を最小にしつつ有利に講和を結ぶ道だ。講和さえなれば、あとはやりようだ。相手が二人もいるしな
とにかく、これは学園長命令でもある。もう一度言う。各部隊戦況を省みず防戦に参加せよ」
返事を聞くこと無く無線は切られた。急に告げられた事実。もう、学園は負けるしかないのか……こんなに離れた場所で、大洗なんて雑魚軍団に梃子摺りに梃子摺った挙句
私があっという間に大洗を殲滅していれば!あの極寒の戦場でプラウダの停戦なんざ無視して殲滅していれば!いや、そもそも私が、私がもっと強かったら……
椅子の座面を拳で殴り、歯の噛み合う限り全てに力を込める
「……学園長より命令。追撃は中止よ。学園官邸に向かいなさい。江賀にも同様の連絡を。IV号は捨て置きなさい」
照準器の向こうからすでにIV号は消えていた
622 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/10(日) 23:26:58.94 ID:SASSSKiG0
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと
「全てを賭して最後まで」
を
「プラウダの猛攻」
において選択したとのことです
〜
今日もここまで
623 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:04:08.18 ID:JuXJT1NJO
もうすぐ始めます
624 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:05:58.06 ID:JuXJT1NJO
〜
馬鹿にも様々な種類の馬鹿があって、利口なのも馬鹿のうちのあまり感心しない一種であるようです
トーマス・マン
〜
625 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:07:18.77 ID:JuXJT1NJO
建物の瓦礫の中に踏み込んで行く。ここで偵察に見つかった時など脳みそから抜け落ちていた
「優花里さん、沙織さん!」
建物の中ほどに撃ち込まれた砲弾は建物を足元から完全に崩壊させていた。未だバランスを崩し、崩れる瓦礫の音が聞こえる。埃が舞い、熱気は私の息から白を奪う
すぐに一人を見つけた。完全にコンクリートの大きな塊の下敷きとなり、辺りに血飛沫をばら撒いて、手足の先だけを覗かせている。最早生死を問うまでもない。その様子に今まで幾つも死体を見てきた私も、思わず顔をしかめ目をそらす
そして、もう一人も土煙の向こうにいた。幸いコンクリートの下敷きとはなってないが、埃が体に敷き積もり、腹の辺りからの出血が凄まじい
「優花里さん!」
優花里さんに瓦礫に気をつけながら近づく。声をかけるが、返事はない。この出血、そして内臓が見え隠れするほどの腹部の大きな傷。こう判断するに時間は必要ない。もう、助からない
「しっかりしなさい。大丈夫ですか!モルヒネは??渡したモルヒネはどこですか??」
だがそれでも処置は行う。偵察に見つかってもそれはその時。今は、少しでも長くこの人を生かす道を……
裂けた腹に見えかけた臓物を戻し、服の上から素早く持っていた白い布を巻き付け縛る。服の左上のポケットに入っていたモルヒネ注射のケースを見つけ、右の二の腕上方に袖をまくり上げてから打つ
優花里さんは先ほどから返事がわりの呻き声をあげるようになったが、とにかく体外への出血はそれなりに抑えられたはずだ。ただ体内に溜まっていくだけだが。こればっかりは血管を結んで止めるなりしなければ、止めようがない。つまりいろいろやったが外見がまともになっただけだ
626 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:09:53.51 ID:JuXJT1NJO
??一通りの処置が終わると、優花里さんを仰向けにして外に目と耳を転じる。試合が行われているにしては多すぎる砲声、銃撃音。北西の学園都市中心部から爆撃後より多く登る煙。そして双眼鏡で道の隙間を見た時に遠くに見えたT34/85。それで現状を決定する情報は揃った
「……プラウダの本格参戦……いつの間にか、試合の目的が黒森峰を倒すことに変わっているようです」
双眼鏡を下ろして優花里さんの足元に膝をつく
「優花里さん……私は行かなくてはなりません。このままプラウダが黒森峰を攻め落としたら、決勝の最大の勲章者は彼らだ、という印象を与えてしまいます。皆が命を懸けた成果をプラウダが持っていくのは、何としても避けなくてはなりません。我々の勝利のために」
優花里さんは最期まで生き続けようと、肺だけで懸命に深呼吸を続けている。意識ははっきりしているようだ
「……フフ……凄いですな……」
しかし、大丈夫な訳では全くもってない。声も力無い
「ここまで絶望的な状況でも……勝利のみを見据えておられる……い……今も……実に頼もしい西住殿ですね……」
やっと、優花里さんが声を絞り出す。弱い。血が、傷が、そして辛うじて作り出した微笑みがジリジリと最後の力を削ぎ落としていっている
627 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:11:16.34 ID:JuXJT1NJO
「頼もしいだなんて……臆病なだけです。臆病だからバカにならないと動けないんです」
なぜ私は今こうして『西住』であろうとしているのか。あの憎むほど嫌っていた西住の道に沿うように
簡単だ
「バカだから、こうして目の前で、私を支えてくれた友達が次々死んでいるのに、まだ試合のことを考えているんです。どうすれば勝てるのか、ただそれだけを考えてしまうんです」
吐く息が白く変わる。優花里さんの先程の笑いも消える
「小さい頃からお母さんに戦車道をやらされている内に自分が極力傷つかないコツを覚えました。意味を考えない、何も想像しない、バカになってやるべきことをただやる、やり続ける……とにかく楽になりたかったんです」
空には何本も煙が消えてゆく。上着の上の幾つかのボタンを外し、左胸の方をシャツにする。そこにそっと指を触れる
「私のここには爆弾が埋まっているんですよ。バカになった報いです。嫌な事はすぐに押し込んで蓋をして、もう見るのも怖くて開けられない爆弾です。もし破裂してしまったら……私にもわかりません」
全く恐ろしい想定だ。胸元から指を外し、二本の腕を力無く降ろし、首を振る
「頼もしいどころか自分の記憶から逃げ続けている、臆病なだけの人間です」
シャツの上に上着を戻すと、片手の指でさっさとボタンをはめる
628 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:11:50.11 ID:JuXJT1NJO
シャツの上に上着を戻すと、片手の指でさっさとボタンをはめる
「さあ、私の最後のつまらない話はおしまいです。何ができるか分かりませんが、私も出発します」
ここまで来たら、この偽りを貫き通すしかない。彼女に対応する時間がない
優花里さんの手元に金属の塊と布を置く
「信号弾と白旗です。近くに人が来たらこれで助けを呼んでください」
荷物を纏めようとすると、目の先にあるものが目に入った。鼻のフレームが思い切りひしゃげた眼鏡だ。レンズも辛うじてフレームにくっついているという感じだ
死体をどうにもできない以上、数少ない遺品になる。それを手に取り、ポケットにしまおうとすると、連鎖的に重い金属音が耳に入る。見ると優花里さんの手元に置いていた信号弾用の銃が、少し離れた場所に移動している
「こんなものに……用はないであります……自分も……一緒に行きます」
深呼吸の合間に口を開いてきた
「行くって……無理です!動けるわけないじゃないですか!」
しかしその通りなのだ。腹筋繊維を一本残らず引き千切られた彼女は、上半身を起こす事も出来ない。動く、ましてやここから移動するなんて出来るはずがない。ここから彼女を移動させるとなると……手段はただ一つ
「大丈夫であります……お腹の痛みは感じなくなりました。連れて行ってください……お願いです……優勝のために……と死んだみんなのためにも……西住殿と一緒に……大洗の優勝を見届けるのであります……」
腕を伸ばし、涙を流して優花里さんは懇願してくる。どうする。そもそも彼女は置いて行くつもりだったし、彼女を運ぶ時間は今後のプランにとっては支障だ。だが……私にとって彼女は何であったか……
こう言えるほど効いてしまうモルヒネを少し厄介に思ったが、少し迷ったのち友としてその懇願に応える事にした。こうすれば賢くなれるのか、バカだから分からない
629 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:13:20.62 ID:JuXJT1NJO
優花里さんを腕を引っ張り上げて背負うと、若干でも瓦礫で塞がった道を選んで進む。まだ偵察はいる可能性が高い。そしてその時、今の私は戦えない
時折更に建物が崩れる音と、遠くから銃撃音、砲撃音を耳にしつつ、ある場所を目指す
「西住殿……やっと、遺書に書くような事以外にお話ししたい事が浮かんだので……今度は自分の話をしてもいいですか?」
「どうぞ」
この段階になって呼吸もある程度落ち着いてきたようだ。ある程度、でありまだ荒いが。死に目まで気を紛らわせるのに付き合おう
「酷い大会になってしまったけど、一つだけ良かった事があります……」
耳元に息がかかる
「ずっと……お母さんの言葉が、怖かったんです
『あなたが戦争で遊ぶのは、何も知らないからよ!本物の戦争を経験したお年寄りや、戦争で亡くなった方と遺族に、失礼だと思わないんですか!あなただって、実際に自分が撃たれたら、そんなの大嫌いになるに決まっています!』
って」
だろうな。私だって初めて会ったあの場で殴りかかろうかと思ったのだ。日常的に出会っていたら、キレていてもおかしくない。まぁ幸いそうはならなかったわけだが
「悔しかったけど、もしかしたら、そうなのかなと思って……言い返せませんでした。でも……こうなった今でも、ティーガーとパンター、7TPは、カッコよくて、好きであります」
だが、これが彼女なのだ。戦争を嫌っているかとその道具が好きか。それを別個に捉えている。そしてどれだけそれを取り巻く環境が悪化しても、芯は揺らがない。率直に言って羨ましい。いや、それができても楽しくない私にしたら単なる僻みか
「やっと、自信を持って、言えたのであります……」
荒れる呼吸の中、その合間を縫うように一言ずつ伝えてくる
630 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:14:02.38 ID:JuXJT1NJO
「家に帰ったら……作りかけだったティーガーI……黒森峰西住みほ仕様を完成させなきゃ……」
何か息を吐き切るようにゆっくりだが一気に言う。家に帰ったら、か……自分のことはよく分かっているはず。だからこそ、私はその話に乗り続ける
「あはは……そんなのがあるんですか。どのくらいの大きさなんですか?」
二歩進む。返事はない。背中が少し軽くなった気がする。少し歩調を落として二歩さらに進む。それでも返事はない。先ほどまでは少し待てば呼吸の中から返事があったというのに。背中から振動と温かみが薄くなる
更に歩調を落としてゆっくりとレンガの上を二歩進み終わった時、ただ流れ出る涙を堪えようと歯を食いしばっていた。しかしそれでも止める事は叶わず、目は水源となり続けた
人が死んでいて、そのために私が泣いている。あの時以来、か。だがあの時のように残忍さが極限を突破しているわけじゃない。だけど涙は止まらない
「トモダチ……」
きっと答えはそこだろう
631 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:16:40.73 ID:JuXJT1NJO
どこだろう、ここは
なんだか、あたたかい
まわりが、しろい
かべが、みえない
おかしいな、わたしはさむいふゆのまちにいたはずなんだけど
「麻子……麻子や……」
だれかの、よぶこえ
いつも、きいていたこえ
「おばぁ……」
なぜ、おばぁがここにいるの
すがたを、みまちがえるはずがない
かくじつに、おばぁだ
ここは、どこ
どこだ
「病気……病院はいいの?」
「いいもんかね。だからここにいるんだろう」
よくないから、ここにいる?
「全くおまえの親もそうだが、おまえもそんな若くしてこんなとこに来て。親不孝者が」
ああそうか
??ここは……
『麻子さん、麻子さん!』
そとから、こえがする
これも、いつもきいていたこえ
なんども、なんどもよんでる
「ホラ、お友達が呼んでなさる。川を渡るまでにまだ時間があるから最後の奉公をしてきな」
632 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:17:59.87 ID:JuXJT1NJO
優花里さんの遺体を背負ったまま、道中たまたまIV号を発見した。そのことは非常に幸運だったが、IV号はいつも見慣れた姿とはかけ離れたものだった。辛うじて黒森峰の追撃を逃れたのであろう。砲塔には大きな穴が開き、車輌は傷だらけだ。シンボルのアンコウのマークもかなり傷が入っている。しかもそれが路上のど真ん中で停車している
中にはまだ生きている人が、仲間がいるのか。背負ったまま駆け足で近づく
車体の上に登り、エンジンの上に一旦優花里さんを腰掛けさせ、その穴から車内を覗く。その中も、これまでの練習で見慣れた姿ではなかった。車内には血痕が一面に散らばり、砲手席にいなければ華さんとは分からない遺体、その奥に操縦席の計器に身体を預けた麻子さんがいる。二人ともピクリとも動かない
「麻子さん生きてますか!麻子さん!」
そのうち生きている可能性がある方に向け、声を張り上げる。何度かそれを繰り返し半ば諦めかけていたところで呼びかけが通じたのか、計器から頭を少し浮かせた麻子さんが、額から太い血の筋を作りながらこちらを振り向く。戦車服の背中の部分は大きく黒ずんでいる。私の袖とは色が完全に別物だ
出血多量。背中と頭を足せば、相当量になるだろう
「ああ……お婆ぁ、なるほどね」
「凄い出血です。傷を見せてください!」
そう呼びかけながら、優花里さんの遺体を穴の周りの棘で傷つけないように注意して運び込むことに腐心している時点で、優先云々の問題でないことを私は示してしまっている。そしておそらく、その通りだ。
「いや……いい、モルヒネを打ってる。それより……行き先を言ってくれ」
予想通りの反応をして麻子さんは身を更に起こし、息を吸い込み椅子を調整して両手で操縦桿を強く、力強く握る
「早く……命の保っている内に。その為に戻ってきたんだ……」
633 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:19:30.84 ID:JuXJT1NJO
その言葉には有無を言わさない迫力と鋭さを持ち合わせていた。だがそれよりもある言葉が私をその場に留めさせる
戻ってきた。一体どこから?この出血じゃこの車内からは動けないはずだ。ましてやさっきのさっきまで気絶していたのだぞ?
暫く答えられずにいたが、向かうべき、実行すべき事を思い出す
「市街の中心……黒森峰女学園官邸までお願いします。」
「了解……」
634 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:21:47.72 ID:JuXJT1NJO
IV号は土煙を上げ、未だに順調なエンジン音を立てながら走り始めた。車内の私たちは無言で各々の作業をこなしている
麻子さんは操縦桿を握り、物見窓から前を注視しながら車輌をまっすぐ前に進める。目も霞んでゆくだろうに、その中でよくできるものだ
一方私は車内に置いてあった布で華さんを包んで、それを椅子の後ろで縛る。友人として死者にできる最低限のはなむけだ
「西住さん……」
視線は前に残しながら、麻子さんが話しを振ってきた
「どうしました?」
「撃たれたあと……黒森峰の追撃が、全く無かった……何が、起こってるんだ?あなたの予想でいい……教えて、くれないか……」
追撃がなかった、か。新たな情報にして、予想を補完するに十分なものだ
「どうやらプラウダがこの試合に参戦しているようです。こちら側で」
「ようです……ってことは、こちらに連絡も無しにか……」
「プラウダの真の目的は、おそらく黒森峰を崩壊させることでしょう。黒森峰もこれだけ損傷させたIV号を追撃させず、試合に出場しているメンバーまで呼び戻しているとなると、相当まずい状況だと思います」
「では……何故あなたはこれからわざわざそこに行くんだ?」
「大洗を、真に優勝させる為です」
「……出来るのか?この状況で……無線も繋がらんし……カバさんもやられたと見るべきだろうし……」
「分かりません。ですが、みんなの死を無駄にしないためにも、やれるだけのことはやります」
635 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:23:44.09 ID:JuXJT1NJO
「……分かった。だが……済まない……そろそろ私の気力が、限界に近づいているようだ……」
限界か……仕方ない。これだけ出血していながらここまで意識を保ってこれただけでも十分だ
「……分かりました。では、車庫みたいなところがあればそこに隠してください。これが撃破されたらおそらく負けです」
「了解……」
再び何も話さなくなり、近くの車庫にIV号を見事ワンテイクで入れた。やりきって安心したらしく、操縦桿から手を離し背もたれに身を委ね、息を吐く
「麻子さん……すみません」
「……どうした?」
言葉が溢れた。あの時心から頼まれたこと、それを裏切る結果を残さねばならない
「おばあちゃんのお見舞い、行けなくなっちゃって……」
「……いや、構わない……もう、会えたから……」
「えっ?」
理解が追いついていない。しかしその事を気にせず、麻子さんは話を続ける
636 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:24:53.07 ID:JuXJT1NJO
「……西住さん……あなたはあの世とか……神とか、を信じるか……」
急になんだろうか。あの世とか、神か……
顎に手をかけて少し考えるが、麻子さんには時間がない事を思い出す。すぐに返すしかない
「……私は、信じていません。というより、信じたくありません。だって神様がいるのなら、私にこんなに過酷な運命を着せるはずがないと思います。もしあの世があったら、私の立てた作戦のせいで死んだ皆さんに申し訳なくて、顔向けできません」
私は生き残ってしまう。この試合のみならず、これまでのみんなの命全てを踏み台にして。そんな人間が天国なんてものに行けるはずがない。なら、そんなもの無い。勝手な理由で唯物論者になってしまった方が楽だ。実に無責任なバカだな
呼吸は落ち着いているが、背中の染みは大きくなり、額の赤い筋は変わらず流れる。麻子さんは自分の身を更に背もたれに委ねる
「……残念だったな」
自嘲しようか、としたところで、麻子さんが力なく口角を上げた
「へっ?」
「あの世は……あるぞ。私は……そこでお婆ぁに会ってきた……みんなに、顔向け出来ないなら……出来るまで、こっちに……絶対……来るな……よ」
私の方に顔を向けた麻子さんは、さらに悪戯っぽく微笑んだ。それに返事をする間も無く、崩れるようにそのまま腕を垂らして、首が座らなくなった赤ん坊のような姿になってしまった
637 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:26:28.55 ID:JuXJT1NJO
「麻子さん!」
車長席から降りて彼女の元に向かう。しかし、その呼びかけにも、揺さぶりにも答えは、反応は無かった。もう一度彼女の名前を叫んで揺さぶるが、ただ首が振り子となっている、という結果しかやってこなかった
肩を掴んだ両手をそっと離して、まずは彼女を姿勢よく座り直らせる。隣の通信手の席に無線の計器に近い場所に、優花里さんの近くで拾った壊れたメガネを置いた
そして自分の居るべき場所に戻り、トンプソンの紐を肩に掛ける。それが終わると、ぐるりと車内を見回した
「麻子さん……華さん……優花里さん……沙織さん……」
一人一人の姿を見据えつつ、名前を呼んでいく。だがもちろん私の独り言になってしまう。一人、いや二人に関しては見える姿は想像でしかないのだ
「みんな、つい最近までごく普通の女の子だったのに、ここまでよく頑張ってくれました……黒森峰のSSにも劣らない素晴らしいチームでした」
ある持ち物を追加したのちにキューポラから身を出して、車輌から飛び降りて走り出す。
ありがとう、あんこうチーム。私が戦車道をやってきた中で、いやそれだけじゃなくても、本当に……ただ、最高だった
638 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:27:56.43 ID:JuXJT1NJO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
武部 沙織
黒森峰 砲撃死 砲撃による建物崩壊による圧死 即死
五十鈴 華
黒森峰 砲撃死 頭部損傷による脳死 即死
秋山 優花里
黒森峰 砲撃死 腹部損失による失血死 負傷後10分ほど生存していたと思われる
冷泉 麻子
黒森峰 砲撃死 背部、損傷による失血死 負傷後30分ほど生存していたと思われる
639 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/14(木) 21:29:20.79 ID:JuXJT1NJO
〜
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によりますと、
「実に最高のチームであった」
を
「あんこう『チーム』の解散」
において選択したとのことです
〜
ここまでです
640 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:56:16.88 ID:DJC40sPbO
〜
力によって支えられた政権は、その力の反逆を何より恐れる。だが力による支えのない政権は、そもそもが非常に不安定である。
山鹿涼 『日本の学園都市』より
〜
641 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:57:00.71 ID:DJC40sPbO
私とカトラスさんはレオポンから走りに走ってブレスラウ地区を過ぎて、森崎橋より上流の橋を隙をついて渡って向こう岸に着いた。あの場に残っていても何もできない。その悔しさは癒えるはずがない。が、生きなければならないのも確かだった
「こ、ここまで来たね」
荒れた息を整えながら、同行人に声を掛ける
「……ここからどうするの?」
「いや……特に何も」
ただ背中を押されるままに飛び出し、自動車部を任されただけだ
「……黒森峰が追ってきているのは確か。早くここからは離れたほうがいい」
「……そうだね」
レオポンから持ってきたトンプソンM1を携え、さらに奥、黒森峰の市街に向かう。幸い東の隅っこの地域ならここからでもさほど遠くないらしい
「武器持ってて大丈夫かな?」
「……流石に置いていった……いや、持っていこう」
私が持っていた銃に手を乗せて細目を上手に見つめてくる。確かにこの先は敵地。持っておくに越したことはない
642 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:57:38.99 ID:DJC40sPbO
幸いその不安は全く必要ないものだった。代わりに市街地は非常に不気味だった
「誰も……いないのかな?」
「……車もない。人もいない……誰もいなくなった街、だね」
文字通り誰もいないのである。よって武器を持ちながら少し歩いていても、誰にも何も言われることはない
日は登っているから、窓から電気の光が見えないのはわかる。だがそれでいて、あたりに走る車も人すらも見かけないのだ。自分たちが話すのさえはばかられるような異様な雰囲気が支配していた
「ここだけなのかな?」
「……さぁ」
市街の中から少し外側に出ようとした時、視界の奥、東の方に何か見える。稜線にこそ隠れていたが、そこにあったのは数多くの戦車だった
「自衛隊かな?」
「……分からない」
とりあえず身を伏せてみる。自衛隊なら包囲網から脱出している時点で大丈夫云々は聞いたが、やっておくに越したことはない
しかしよくよく見てみると、色が皆均一で濃緑だ。自衛隊の戦車は春に教官が来た際に一度見たが、迷彩色だったはず
「……何処の?」
その戦車の感じをかつて見た事があった
「もしかして……プラウダ?」
あの色、そして一部の車輌が大きく砲身を前につき出している。間違いない。あの雪山で見続けていた車輌だ
「……でも、なんでこんな所に……今回の試合、プラウダは参加していないはず……」
「まさか、同盟?」
あの黒森峰が我々にしてくれた事を、プラウダが我々にしようと考えているのか?
643 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:58:12.14 ID:DJC40sPbO
ここで一つの考えが浮かぶ。もしプラウダが我々に味方して同盟しているなら、そこに行けば助けてくれるかもしれない。生き延びるのが先輩たちからの指示だった。その指示を最優先するなら、そうするのが妥当かもしれない
しかし、現在プラウダが我々に味方しているのかも分からないし、更に今他の皆は命を、学園の存続を懸けて戦っている。私だけが悠々と生き残るわけにはいかない
それだけではない。私が生き残っても、試合に負けて学園が廃校になってはあの場に残った先輩に申し訳ない。だったら、私が出来ることをして大洗を優勝させる手助けをするしかない
「……どうする?」
「プラウダが味方かどうか断定できないですし、大洗が優勝しなきゃ意味ないです。ここは市街地に行きましょう」
「……分かった」
644 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:58:40.38 ID:DJC40sPbO
頃合いを見計らって戦車隊に背を向け、市街地に戻るべく西に向かった。その間に先ほど駆けていった丘の上に、多くの茶色の戦車が布陣していた
「……黒森峰」
それが何を意味するか、実に容易だ
「先輩方は……負けた……」
そう言葉を発した途端、不意に涙がどんどん流れ始めた
「先輩……」
「……幸いこの辺りに黒森峰の人はいないみたいだ。少しくらい大丈夫」
彼女は肩に手を置いた。実に、温かい
だがその温かさがさらに涙を生じさせる。地面に膝と頭を落とし、やりようのない慟哭を地面にぶつけ続けた
だがこうしてばかりもいられない。ある程度流した後は、意地でもって無理やり泣き止んだ
「……もういいのか?」
「はい」
目元を袖で拭ってただ前を向き、先輩方の願いを叶えるべく進むしかない
645 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:59:21.10 ID:DJC40sPbO
道は真っ直ぐに中心部に向け伸びている。相変わらず通行人はいない。ここを今車で走ったら、とてもスピードが出せそうだ、とか考えつつ街に入る
しかしカトラスさんがあるものに気づいたのか、建物の隙間に身を寄せるようジェスチャーする。指示されるままにちらりと覗いてみると、その先にいたのは黒い服を着た人達、黒森峰の者だ。手には何か持っている
一本裏の道に入り、その場所に近づいていく。確認すると、黒森峰のものはマシンガンを手に警戒をしている。彼らが守っている場所には『黒森峰女学園学園都市防衛隊武器庫』と薄れた日本語で書かれている。濃く書かれた点のついたアルファベットは読めない。きっとドイツ語か何かだろう
「……武器庫……だね」
「どうやり過ごそうかな……」
「……ツチヤさんの先輩方の願い、叶える気はある?」
小さいがやけに低めの、よく耳に通る声で、カトラスさんが話し始めた。
「そりゃ……もちろん」
「……なら、黒森峰の戦車を潰すのが手っ取り早い。戦車に抵抗するためにも、さらに武器がいる。そして、今すぐにそれを手に入れられるのは、ここ。黒森峰の武器庫ならきっと何かあるはず」
「なっ……」
「……違う?」
武器を……手に入れる?ここで?
「い、いや……」
「……じゃあ、そのトンプソンで戦車倒せる?」
銃を見つめ直す。無理だ。元は機関銃を防ぎながら前進するために作られたのが戦車。こんな自動小銃じゃ弾かれるのがオチ
「……それに、攻撃できても死んだら意味ない。なら、強力な武装で一撃で倒した方がいい」
「じゃ、じゃあ、この武器庫を……」
「……あの門番たちを倒して手に入れる」
倒す……って
646 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 21:59:50.45 ID:DJC40sPbO
「……それが一番早い。他の武器庫が見つかる、または見つかっても警備が緩め、という保証はないし……むしろここでモタモタしている方が見つかるリスクは高い」
どうしてだ。どうして人を殺そうって話をしているのに、ここまで平然と話せるんだ
「……今までと変わらない。戦車の大砲か……そのトンプソンと続く対戦車兵器ってだけ」
「なんで……なんでそんな簡単に……」
「……それに関して答える暇はないね。行くかい?行かないかい?このままじゃジリ貧だけど」
どうする。彼女の言っていることは正しい。全くその通りだ。だが……だがここで……
「……まさかここの武器を話し合いで貰えるなんて考えちゃいないよね?」
いや、私のためじゃない。この戦いは先輩がたの、自動車部の、そして学園のための戦いだ。そのためだ、そのためなのだ……
「……分かりました。行きます」
「……そう……ツチヤさんが行く?なんなら」
「いえ、私が」
手に持ったトンプソンを眺める。使い方ならアンツィオ戦の時に偵察の為に持って行ったスズキ先輩から聞いた。マガジンポーチにも四つのバイオプラスチックでできたマガジンが入っている
だがここにいるということは、この二人は試合に無関係の者たちだ。ここで殺すのは自身の防衛のためではない。自分の優勝したい、学園を残したいという欲により起こす行動だ
幸いだったのはこの葛藤の間、全くもって武器庫前の二人が私たちの存在に気付かなかったことだろう
ここで戦って勝てば、学園艦に住む三万人の人が都市を離れて路頭に迷わずに済む。優勝するなら、ここの二人の損はそれに勝る。自動車部も残る。そう自分に言い聞かせて、覚悟を決めた
647 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:02:01.80 ID:DJC40sPbO
マガジンを込めてあることを確認し、引き金に指をかけ、その二人が此方に姿を現すのを待つ。弾は20発、これで倒せなかったら死ぬしかない。時は来た。見回る二人が一緒にこっちの方に姿を見せた
「……行くか?」
「はい」
息を吐き、トンプソンを構えて建物の裏から飛び出した。二人に走り寄りながら引き金を引く
乱れる球の一つが一人目に命中、当たったところが幸い首から上で、猛烈に血を吹いて奥側に倒れる
もう一人がこちらに気づきMP40/Iを向けるが、引き金の指を固定したまま素早く銃を左に向け、腹部と胸部を狙う。彼女も前のめりに倒れたことを確認し、弾切れを示す音を鳴らし続けた状態で、やっと指を引き金から離した
「……終わった、みたいだね」
「はぁ……はぁ……」
死んだ、らしい
「……じゃ、音もしただろうし、早めに済まそう。二人が死んでるか確認して」
「いや……死体をさらに傷つける真似は……」
「……生きてて撃たれても知らないよ。それに私が巻き込まれちゃたまらない」
またしても真っ当な事を言われてしまった。だが血を垂れ流すこれら二つのものに触れたくはない。弾倉を入れ替えて倒した頭に銃口を向け、一瞬躊躇ったが、彼女の視線があることに気づいて、二人に一発ずつ銃弾を撃ち込んだ
「……私が開ける方法探すから、少し休んでて」
「あ……はい」
こみあがる吐き気に考える力を奪われて、言われるままに武器庫の脇の壁に背中を預け、腰を下ろした。銃も一度手元から離す
そのシャッターは閉じている。鍵穴とかはない。シャッターの上の赤いランプの灯った装置などから察するに、遠隔スイッチとかがあるらしい。生憎トンプソンと弾は共用できないようで、私が右脇に朝食を垂れ流す近くで、カトラスさんが不満げに弾の予備を投げ捨てていた
少しして片方の死体のポケットからボタンのついた機械を見つけ、それを持ってシャッターの前で上に向けてスイッチを押した。するとシャッターは重い音を出しながら、徐々に上へと開いた
「……おー、ビンゴ」
「入ってみますか」
「……そうだね」
648 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:03:31.48 ID:DJC40sPbO
かなり力を入れて立ち上がって合流する。薄暗い中に入ると、縦長のケース、整頓された自動小銃など、よく分からないものを含めたくさんのものが並んでいる
「どれがその対戦車兵器、ってやつなんですかね?」
「……わかんない。流石にそんな知識ないし」
「ないのにここをこじ開けたんですか?」
「……いや、こんだけ戦車揃えている学校なら、対策として持ってるはず」
「対策って……何のですか?」
「……他所からの防衛と……恐らく、戦車道の反乱」
「反……乱?」
自分が持つ戦車道のイメージからは、なかなか想像がつかない。反旗を翻して何になるというのだろう
「……戦車道が反乱起こしたら、戦車以外で止めるしかない。そうなると……そういうのが必要になるよ
さ、それより片っ端から箱を開けてみよう。あったら教えてくれ」
私の疑問が完全に解消される前に、彼女は手を鳴らして箱の山へと歩みを進めた
爆発物もあるだろうから、扱いには気をつけつつ箱を開けて、中身を確認してゆく。奥まったところにあったその中の一つのプラスチックケースを開けると、ある物が入っていた
649 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:04:56.50 ID:DJC40sPbO
四角錐型の物の先に紐がついている。底を近くにあった鉄のケースに近づけると、重いドアに鍵が掛かるような音がしてガッチリとくっ付いてしまった。引っ張ってもずらそうとしても外せなくなったので、仕方なくそのままにする
「……何かあったのかい?」
「入っていたケースには……Bombeと書いてあるから、爆弾かな?」
「……磁石が付いてるみたいだね。戦車の車体にも取り付けられるかもしれない」
「でも、これで戦車の車体なんて破壊できるのかな……」
「……流石に車体にくっつけるだけの爆弾なんて脅しにしかならないし……なんかしら効果はあると思う。使い方さえ間違ってなければ」
「それじゃ、持っていきますか?」
「……そうだね。他に簡単に使えそうなものは見当たらないし、のんびりするわけにもいかない……行こうか」
650 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:11:11.42 ID:DJC40sPbO
奥にあったカバンを手に取り、お互い二つずつその爆弾を入れてから、その場を立ち去ろうとした。しかしそのまま立ち去れるほど、私は気丈な人間じゃない
「……早く行こう。ここを爆破するのは面倒そうだし」
「少し待ってください」
もう先ほどの死体は、血を流し切って外気に触れ続けて冷たくなっている。その二人を倉庫側に寄せると、手をヘソの上で重ね合わせる形で仰向けに並べた。それぞれ結構重かったが、日頃思い部品を持ち歩いていたのが功を奏したようだ
カトラスさんはただ何も言わずにその様子を眺め、待ってくれていた
彼女らは、死んだ。試合で生きるか死ぬか、それを賭ける場所にいなかったにもかかわらず
その二人を前にして手を合わせる。だが心の中でも謝罪の言葉はない。私は……私は間違っていない。彼女らは必要な犠牲だと断言してしまおうとするからだ
「……行こうか」
「はい」
しばらくして手を下ろすと、背後の声が私の気持ちを途切らせようとしてきた。行為自体はやめたし、カバンを背負い直してその場を去った。だがこの記憶だけは棘のように頭の奥まで貫き通し、切り替えを許さなかった
651 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:12:41.42 ID:DJC40sPbO
今度は境界付近で折り返すことなく、市街の奥へと進んでいく。道中道の隙間に身を潜めながらあてもなく進んでいくが、奥まで行っても人がいない
「本当に……誰もいない」
「……避難したのかもしれないね。西住副隊長が市街地を戦場にするって言ってたから」
しかし奥に進むと、あるものが増えていた。南北に進む道の一部の地面に敷かれていたであろうコンクリートが剥がされ、そこそこ深めの溝が横たわっているのである
「……何なんだ、この溝は?……排水用にしてはやけに雑な作りだね」
カトラスさんが呟くが、返事をするための頭が働かない。安全以外にはあの事しか考えられないのだ。だがしばらくして、やっと次の議題が来た。遠くから音が聞こえるのだ
「これは……エンジン音、ですね」
「……戦車が近くにいるかもしれない」
「一旦待ちましょうか」
この音でやっと棘は抜けた。隙間から少し身を出して辺りを見回すが、道中にそれらしきものはない
「……遠いね」
「幸いこの辺りじゃ無いようです」
しかもエンジン音といっても戦車とは音が大きく違う。なんの音が考えていたその時、遠くで何発もの爆発音が耳を襲った
「なっ!」
「……爆発?どこから……」
「こっちみたいです」
生憎ここから煙のもとは見えないが、場所をずらして低い建物の上を通して見ると、丘のある南東の方から煙が上がっている。それは何度も何度も繰り返された
飛行機だ。煙の上で旋回している小さなもの、どこの何かは分からないが、これが煙の原因であり黒森峰の戦車隊を攻撃している、というのは現地に行かなくても検討がつく
それだけで驚くのは早かった。今度は南西の方から白い筋が、市街地の中心部の方に向けて何本も通っている。幸いこちらを向いてはいないようだ。そしてそれは中心部の地面に向けて吸い込まれていった
652 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:14:20.63 ID:DJC40sPbO
「く、黒森峰が……大洗以外から攻撃されてる……」
こんな装備が大洗にあるはずがない。あってもこんなところに持ってこれるはずがない
「……そうみたい……だね」
こちらに有利となる出来事である、というのは明らかだった
「……まずは様子見だね」
喜ぶわけにはいかなかった。先程のエンジン音が此方に向けて近づいてきたのだ。爆弾らしきものが街に投下され、煙を何箇所も登らせている。しかも飛行機の群れはこちらに近づいてきている。ここにいれば爆撃に巻き込まれることは容易に想像できた
「……こっちに来てるね」
「ど、どうしたら……どこか隠れられる場所は……」
周囲を見渡すが、件の溝以外特に隠れられそうなところはない。それに溝とはいえ上はガラ空き。上から降ってくる爆弾には対抗できない
一方のカトラスさんは近くの家の中を窓の外から見ていた。そしてカバンから先ほどの爆弾の一つを取り出すと、その根元を握って窓を叩き割った
「ちょ……ちょっと、何やってるんですか!人の家ですよ!」
「……ここに避難する」
「で、でも……」
「……たとえ不法侵入でも、爆撃に巻き込まれて死ぬよりマシ……緊急避難、緊急避難」
割った窓に手を入れ鍵を開けると、素早く窓を開き、窓枠に足を掛けていた
「……早く。ここは地下室があるから、外の溝よりはまとも」
確かにそうだ。さっきから彼女の話に乗っかってばかりだが、それで助かるのならそうするしかない。私も窓から室内に入っていた
653 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:20:01.89 ID:DJC40sPbO
地下室への木の扉が床にあるのを見つけ、すぐに身を滑り込ませる。中にある階段を降り、階段の途中で段を椅子代わりにして腰を下ろす。まもなく近くにも爆撃が開始されたようで、爆発音だけでなく振動も地下室に伝わってきた
「……やっぱり爆撃みたいだ」
それにしても、本当につい最近まで戦争関連の云々なんて、自分にとって紙の向こうの話でしかなかった。だが今、私はそのものではないが、現場にいる。少し安全なところとはいえ
そしてその安全のために、私は……
だめだ。考えれば考えるほど、変な思考に染まっていきそうだ
「そうだ……カトラスさん、一つ伺ってもいいですか?」
「……どうしたんだい?」
「武器庫の時とか……今回の侵入の時とか、何でそんなに平然と出来るんですか?」
それが正しいのはわかる。だが道徳の壁を思いっきり壊してそれができるかは、また別だろう
654 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:24:05.50 ID:DJC40sPbO
「……さぁね。強いて言うなら……環境?」
「環境、ですか……そうなると、船底の、でしょうか?」
「……まぁ、そうなるね」
「私自身そこら辺知識が曖昧なのですが、ただこれをやり過ごすのもなんですし、少し教えてくださいますか?」
床、といっても頭の上にあるが、を指し示しながら話を切り出すと、カトラスさんは表情を変えなかったものの、頭を指で掻きながら呟いた
「……あんまり面白くないよ?」
「構いません。無言よりは遥かにマシでしょうから」
「……違いないね」
話を整理するように上を眺めていた
655 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:25:52.87 ID:DJC40sPbO
「……それじゃあそうだね……学園艦の底の方、上じゃ大洗のヨハネスブルグと呼んでるって話だけど……ま、桃さんがなんとかしてくださっおかげで今はマシだけど、昔はほんとそのままだったね。ほんと数年前までは」
「数年前、までですか」
「……そ。甲板とか艦内港湾に直結する出入り口、つまり地上からの物資の供給口をどこの派閥が抑えるか……それの大半を掌握しさえあれば、底をほぼ差配することができる。そしてその供給口を守る、または奪うために、各派閥は資金源を狙い続けたのさ」
「派閥なんてものが……あったんですか」
「……あった、じゃないな。実は今もある。桃さんの調停のお陰で、当面の衝突は回避されているけどね……そして、基本底に収入源はない。そりゃもともと船舶科自体が労働と引き換えに学費を免除されてる人たちの集まりだからね。実家の送金なんてあったとしても大した額じゃない。船舶科の中にゃ勉強と勤務をして、バイトまでしてる奴もいる」
「寝る時間あるんですかそれ……」
「……そういう奴の中にゃ立って寝る術を習得している奴もいるさ。もっとも……勤務中バレたらタダじゃすまないが
……ま、それはいいとして、つまり底は金がなくて逆に、いやだからこそ金が欲しく堪らない場所なのさ」
「なるほど……」
自分も放課後はかなりの時間を自動車部に割いていると思うが、実にそれは幸せだったのかもしれない
「……そして、私の仕事は知ってるか?」
「確か……バーの店員さん、でしたっけ?」
「……そうだ。そして、ノンアルが基本とはいえ、飲食で利益率の高い飲み物の販売が軸だ。ま、値段はある程度は安いがね
……で、アルコールとか糖度の高いものは基本そんなに腐ったりするもんじゃない。つまり廃棄分もそんなにない……要するに、私の店はドル箱ってわけだ」
彼女の話は分かりやすかった。機械の部品が噛み合うように、実に論理的だった
656 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:27:25.96 ID:DJC40sPbO
「……話が早いのは、こういう時はいいのか知らないけど……まぁ、当たりだろうね。私の店は、金を求める派閥対立の立派な舞台だった」
やはり……そして、元々の疑問の解決になる鍵も、きっとここにある
「……一応お銀のいた派閥は主要派閥だったし、地上の出入口をいくつも抑える力もあった……そして私はそこにみかじめ料を納める存在だった
……だがね、他所がウチを襲うことは時々あった。そして大概はウチの派閥の主力、ムラカミとかがいない時をよく狙ってたね……そうなると派閥の助けが来るまで、基本一人で、いても味方かもわからない客と防衛だ
カネだけは盗まれてはいけない……それだけは厳命されてたからね……空き瓶とかモップとか、まさに手当たり次第さ。敵も数いたからね……割っては戦うの繰り返しさ。考える暇なんてありゃしなかった」
かなり壮絶な世界だったのだろう
「……床にはよく破片が散らばっていたよ……一度だけチャカ持ってきた奴もいたし……」
「チャカ?」
「……拳銃さ。ま、流石に地上に連れていかれたけど」
どれだけ世紀末だったんだ?ここまでとは……平穏な甲板からは想像もつかない世界だ
「……私の前に店をやっていた人は、腕を殴られて破片で神経やられてシェイカー振れなくなって辞めたし……私だってココなんかには傷がある……」
彼女は冬服の袖を捲り上げて、肘のは近くの傷を見せてくれた。長さは3センチほど、だが周囲にも若干赤みが残っている
「……治療ったってあんなとこじゃ縫い合わせるだけだからね。酒を麻酔がわりに」
「お酒を……ですか?」
「……そう。度数高めの酒をイッキして、さらに鍋越しに頭を鈍器で叩いて気絶させて、その間に縫う……痛いよ、その時よりあれはあとあと……
ま、私は数針だったからマシな方さ……ヤバイやつだと途中で眼を覚ますから、そしたらまたイッキさせんのさ……」
「はぁ……」
あまりの想像の範囲外の出来事続きに、気の抜けた返事しか返せなくなっていた
657 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:44:38.00 ID:nhXQpGdt0
「……さて、だいたいこんなもんかね。こんな世界にいたら、冷酷にやるやり方も覚えるってものさ
……でも……お銀が……お銀が死んじゃった時は……流石に……」
そのまま頭を抱えて前に体を倒した。そのまま嗚咽が混じり始める。きっと……死ぬ事態はそうそうなかったのだろう。流石に労働者でもある彼女らを見捨てるのは惜しいはず
「……そうですか……」
「だからこそ」
嗚咽を振り払い、いつになくはっきりとした口調で、私が伸ばそうとした腕を止めた
「私は勝ちたい。いや、大洗を勝たせたい。それが……お銀が望んだことだから」
その視線は私の方にはない。正面のコンクリートの壁だけを見ている
「……貴女は、勝ちたい?」
「生き残るには……勝つしかない、のですかね?」
「……そうだね。ここは黒森峰の都市の中だし……こちらが負けたら、どうなるかは分からない」
「なら、勝ちます」
「……それが聞けてよかった」
658 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:57:45.27 ID:nhXQpGdt0
ある程度続いた爆撃が終わってから1分くらい過ぎた後、周りを警戒しながら地下室から顔を出した。家は爆撃によって大きな損害は出なかったらしく、普通に開けたままにしていた窓から外に出る事ができた
「……音はしてたけど、直接はされなかったのかね?」
「しかし地下に閉じ込められるよりはいいですよね」
お邪魔した家に一礼して外に出ると、外は崩れた建物で溢れ、そこからは赤い火の手が上がり煙を登らせる。戦争ドキュメンタリーでよく見る廃墟となった街のシーンが、眼前に広がっていた。本当に私たちがいた家は幸運を持っていたらしい
「……これって、なんだったっけ?」
「たしか……戦車道の試合、だった……気がします」
「……でもここは戦場だね」
「ですね……」
659 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:58:15.47 ID:nhXQpGdt0
とにかく音の鳴る方へ向けて歩き始めた。ここでの爆撃はもう終わったようだが、中心部からはまだ爆発音が聞こえる。それも外に出てから2分もしない内に収まっていた
「どこでやってるんですかね?」
「……南東部の何処かだとは思うけど……とにかく歩き回るしかないね」
そうはいっても辺りからの炎の音が、その音探しを妨げる。塹壕を超えたり、塹壕経由で移動したり、警戒しつつも動き続けた。しかしその音は見つからない
再び建物の隙間に身を寄せる。水を飲もうとしたら、何も持っていないことに気づいた
「ありゃ……」
「……まぁ、水無しでも一息つけるさ」
「それにしても……見つかりませんね」
「……この都市も相当広いんだろうね……いうほど建物も高くないみたいだし、人口もウチより遥かに多いって聞いたよ」
「はぇー」
今度は辺りから小さく戦車の履帯の鳴らす音がした。これが一方向ならよかったが、それはあちこちから、本当に四方八方から聞こえたのだ
さらに砲撃が再開されたのか、その音もする
「これじゃ……どこでやってるか分からない……どうしたら……」
660 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 22:59:41.72 ID:nhXQpGdt0
だが待っている間に状況は変わった。一際目立った音が迫ってきていたのだ
場所は中心部の方からだ
「黒森峰……ですかね?」
「……他にいないんじゃないかい?」
「プラウダじゃなければ、ですが」
身を伏せたまま顔を覗かせると向こうにいたのは丘の上に見えたあの車輌に似た車輌が幾つか見える。しかしあの丘の上の車輌より小さいように感じる
IV号だ。あれは黒森峰だ。もしかしたら黒森峰の試合に出ている部隊への援軍かもしれない。そうでなくとも倒すべきものだ
手に握られた四角錐型のものに水滴が付く。近づいてくる中で分かったが、黒い服を着た黒森峰の者は西住副隊長がいつもやっているようにキューポラから身を出している。もしかしたら、トンプソンで狙える、かもしれない。それならこの四角錐型の爆弾みたいに近づかなくてもいい
「あれ……狙いますか?」
「……狙ってもいいけど、どうする?この爆弾使う?」
「先頭の車長を撃てれば隊列は混乱します。勝負は相手が車載機関銃でこちらを撃つまでのわずかな時間ですが」
「……やろうか。今度は私が行こう」
「えっ」
「……さっきやらせて、今回も行かないわけにはいかないだろ
それに、私の名は『生しらす丼のカトラス』
足がはやいことから付けられた名前さ」
気づいたら手からトンプソンは奪い取られていた
「……援軍だったらこっちに利するだろうしね」
661 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:00:15.46 ID:nhXQpGdt0
トンプソンのマガジンを抜き、マガジンポーチから新たなマガジンを取り出して装填する。引き金に指をかけ、戦車をできるだけ引き付けている
口が渇く。先程の2人を狙う時より鼓動は激しい気がした。私がやろうとしているわけじゃないのに
30……20……15……。距離は近づいた。敵はこちらには気づいていない。今なら奇襲が成功するはず
その距離3メートル。迷わず建物の隙間から飛び出していった。銃をキューポラの上の方に向けて連射する。音からして最初の3発ほどはキューポラに当たったようだがその後は当たったらしく、素早く隙間に戻ってきた。敵車輌は機関銃を準備する間も無く、横を通り過ぎていく
「後続がいる。逃げるよ」
「は、はい!」
言われるままに狭い中を頑張って走って行く。後ろの車輌が機関銃をこちらに向けたようだが、コンクリートの壁2枚挟んだこちらまでは流石に貫通しない。何とかして私たちは隙間を通って隣の通りまで出る事ができた
成功だ。これで敵の隊列位は崩せただろう
「や、やりましたね」
「……逃げるよ。追ってきてる」
「えっ……」
興奮していたのか、そう言われるまで背後から足音の群れが鳴っていたことには気づかなかった
「……まずいね」
「このまま振り切れますかね?」
「……土地勘は向こうにあるし、数だってある。これは……足だけだね、頼れるの」
「なに、私だって走ることにかけてなら、負ける気はありませんよ?」
「……車で、だろう?」
「うっ……」
「……まぁ、行こう」
確かに彼女の足は速かった。脚力も一応の自信はあるが、それをも上回る勢いでカーブと直進を繰り返す。それに続こうと必死でいるうちに、いつの間にか沢山の声は遠くに消えていた
662 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:16:27.47 ID:nhXQpGdt0
「ふぅ……」
水はないがまた一息つく
「これから……どうしますかね」
「……まだこの爆弾が残っている……どこかで使っちゃったほうがいい」
そうなると他の部隊を探すしかない。結果的に再び黒森峰の選抜隊を探すこととなった。だが戦闘は本当にあちこちで起こっているらしく、音では分かりようがない。時にはプラウダらしき戦車と出くわすこともあった。
そして休憩もとりつつうろつくことしばらく、目当ての車輌を見つけた
「……ティーガーI……」
「ですね……」
これが選抜隊かは分からない。が……私たちが戦っていた選抜隊にはティーガーIはいた。頭は出しているが、再び同じ手が通じるほど甘くはないだろう
「……やろうか」
「はい」
話し合うまでもなく、2人同時に行くことが決まっていた
「……機銃が通り過ぎるまで待つよ」
「分かってます」
先ほどの攻撃で機銃の威力を目の当たりにしている。避けようとするのは当然だった。それぞれ一個ずつ握りしめて、その時を息を潜めて待つ
いや、潜めようと奥に来すぎていた。そして何より……
その道幅は、先ほどより少し広かった
663 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:18:45.69 ID:nhXQpGdt0
カトラスさんが先に飛び出した。私も続いて飛び出していく。目当ての車輌目指して
しかしその時すでに、顔を上げると車長は自動小銃、自分たちと同じトンプソンの銃口をこちらに向けていた
そして私だけそれに気づいてしまったのだ
先んじていたカトラスさんが蜂の巣にされるのに、時間はかからなかった。
一瞬だった。一瞬だけ全面開放的な路上で私は固まった。直後に隙間に戻ろうとしたその時を、相手車長は逃してくれなかった。銃弾は左足首、左太腿と右脇腹を狙った。体の三箇所に鈍痛が走り、隙間に飛び込んで倒れこむ。しかし黒森峰側も追撃を諦めたのか、そのまま郊外の方に向かっていった
意識は保っていた。しかしその意識が痛みを感じさせ苦しめる。左足に力が入らないような状況でなんとか立ち上がり、片足歩きで壁に手をかけながら隙間を逆側に抜けた。出血が激しいのか、意識が薄れていき、地面に倒れこんだ
「流石に……無茶だったか……な……カトラスさん」
彼女に対してはこう思うだけが精一杯。這ったまま腰に四角錐型の爆弾を乗せ、一本奥の広い道に出た。通ってきたときは気にも留めなかったが、道にはフォルクスワーゲンが一輌停車していた
とにかく座る場所を求めて、血の跡を後ろに残しながら近づいた。災害時の車の扱いを心得ているのか、はたまたただ急いで逃げただけなのか、扉が開いている。運転席から何とか右足で椅子まで移動し、背もたれに身を預ける
座って落ち着くと、服に染み付き、今この時も広がってゆく血の跡、痛み、そして先輩方への申し訳なさ。それらのせいからか、顔に涙を浮かんでいた
左足からの出血は益々増している。とりあえず持っていたタオルで股のところを縛ってみたが、それでもこの出血が続くようではもう命は長くないだろう。つまり先輩からの願いを達することは不可能になってしまったということだ
ならばどうする?私はこの時間、どうすればいい?
664 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:53:33.39 ID:nhXQpGdt0
その時腰の四角錐型の爆弾が脇から顔を出しているのが目に付いた。それと車の引き出しから偶々見つけた車の鍵
それらを見た時、頭にある計画が浮かんだ。それを実行すると後戻りはできない。しかし左足からの出血を見て、心を決めた。涙なんか引っ込んだ。この残されたわずかな命を懸けて、黒森峰に一矢報いると
それが大洗の優勝に貢献するかはわからない。しかしそれに近づくと信じた。右足にはかろうじて力が入ることを確認して、鍵を差し込みエンジンを入れる。エンジンは適宜整備されているらしく、かかりがいい
「いい人に持ってもらったね……」
アクセルを踏み込む。左足は使わない。ガソリンもそれなりに入っている。道を曲がって戦車が通った道にドリフトをかけながら戻る
「燃えるねぇ〜……」
薄れようとする意識を抑えながら、戦闘しているらしい道の先に進んでいく
「死んだら怒られるだろうなぁ……」
道が真っ直ぐなお陰でスピードはみるみる上がり、見つけた黒森峰の戦車隊にも接近してしまった。だが前からひっきりなしに砲声がするお陰からか、こちらには気が付いてないようだ
この通りにいるのは三輌だけらしい。もう距離は50メートルもない。そろそろだ。アクセルを一層強く踏み込み、四角錐型の爆弾の紐を引く。猛スピードで鉄の重そうな戦車たちはこちらに迫ってくる
先輩方、申し訳ないですけど、今からそちらに行きます
開けておいた窓から力を振り絞って片手で爆弾を外に出す。アクセルからは絶対に足が上がらないよう、残された力を振り絞る
665 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:54:01.92 ID:nhXQpGdt0
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
加藤 清羅
黒森峰 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
土屋 圭
黒森峰 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
666 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/17(日) 23:54:56.42 ID:nhXQpGdt0
〜
黒森峰女学園
明治期に創設されたプロテスタント団体の熊本バンド。その参加者であった横崎経峰が立ち上げた熊本独語学校がルーツとされる。戦後第一次学園艦計画の中で熊本港を母港とした学園艦の建造が開始され、1959年に学園艦として開校した。その後第一次学園艦移設計画によって、1985年に熊本県嘉島町に移設開校。その後も九州の有力な学園都市として存在している
〜
667 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 20:54:47.38 ID:jvZx0O4gO
2100からやります
668 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:01:24.10 ID:jvZx0O4gO
私たちは真の若き日々の物語を誇りに思い、栄光ある日々を決して忘れないだろう
669 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:04:04.83 ID:jvZx0O4gO
ティーガーIIを学園都市中心部の学園官邸を目指して進ませていた。しかし現状既にプラウダ学園装甲部隊が中心部に迫り、取り囲んでいるようだ。私の気づかぬ間にここまでことが進んでいたとは……
「ここも封鎖されているわ。前方からT34/85が二輌、JS2が一輌出でくるわよ!」
何れにせよ照準器の向こうでは、道路上の三輌の戦車がこちらに砲身を向け待ち構えている。ここが今まで見かけた中で一番突破が用意、というわけではないが、このまま突破しなければ側面を晒すことになる。いくらティーガーIIでも側面を狙われるのは厳しい
「ティーガーIIを正面から止められると思っているの!なめないでほしいわね、イワン共??」
だが正面からの撃ち合いなら決して負けない。装填してあった砲弾をJS2に撃ち込む。砲身から煙が吹き出し、こちらに流れてくる。近距離ならば地獄に送れる。まず一輌
しかし次弾装填までに煙の向こうが光り、T34から正面に砲撃を食らう。正面から撃ち抜かれるほどヤワではないが、車内を激しい揺れが襲い、頭の上のキューポラが煩く騒ぐ
「ぐっ……」
砲手は落ち着いて砲弾の装填が確認されると、T34に撃ち込む。車内に煙と薬莢が排出される。正面から狙われたT34はキューポラから炎をあげ、車体のあちこちからそれ以上の煙を噴出させる
「命中!2輌目撃破。T34後退していきます!」
「よし、包囲に穴が空いたわね」
670 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:04:50.72 ID:jvZx0O4gO
道は開けた。あとは進むのみ。前進し学園官邸に急行するよう指示しようとした時、操縦手から焦る口調で報告が入る
「くっ……隊長、ミッションに異常発生です!ギアが入りません!」
足元からは必死に動かそうとすることによる歯車の噛み合わない嫌な音がする
ギアが入らない。即ちこの戦車は動かない
「江賀に無線を」
「はっ……」
ただ路上で無言で待つ時間が、かなり長く感じられた
「こちら江賀。隊長代行、如何なさいましたか?」
「無事?」
「は、はい。猟兵が二人ほど来ましたが撃退済みです。他には特に……」
「なら、どこかに隠れなさい。やり過ごすのよ。それが最後の命令」
「はっ……最後?」
無線は言うだけ言って無理やり切った。さぁ、数多の者を切り捨てるだけ切り捨ててここまで来た。あとはそのまま行くのみ、か
671 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:09:22.41 ID:jvZx0O4gO
「……もういいわ……ここまでね」
「は?隊長代行?」
船形帽をとってからヘッドホンを外す
「最早、この試合も、学園も負けね。ここから先は私一人で行くわ」
不安げに見つめてくる砲手の視線を無視して淡々と咽頭マイクを取り、トンプソンを持ってマガジンポーチを腰に結びつけ、キューポラを開いて荷物を先、続いて身を放り出す
「エリカ隊長代行!」
外に完全に出た私を追って、砲手がキューポラから身を乗り出す
「最後の命令よ。貴女達は車輌を爆破して、江賀のティーガーIと合流して隠れて時間を稼ぎなさい。とにかく試合終了まで戦わないでいなさい」
車輌を降りて素早く中心部を目指して駆けて行った。背後から隊長代行、隊長代行と呼びかける声がするが、耳に入れることは無かった
私はついに代行としての役目も放棄したのだ。そんな肩書きで呼ばれる資格はない。聞かないふりをし続けたまま、音はやがて本当に聞こえなくなった
672 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:10:08.53 ID:jvZx0O4gO
まだ時たま空の低い位置に飛行機雲の親戚が見える。近くの家は燃え盛り、破壊された煉瓦や木片が所を問わず地を覆っている。白い煙はあちこちから上がり、空に昇る
中心部に近づいてもその光景が変わらず続く中、一人先を急いでいた。煉瓦を踏みしめ、時折近くの壁の跡に身を潜める
中心部に近づくにつれて、落ちている死体の数が増える。それも軍属ではない。防衛隊やSSの制服ではなく、本来の黒森峰の制服を着て、パンツァーファウストや銃を近くに落として瓦礫に埋もれている者が明らかに多い。
人によっては胸のあたりが真っ黒に焼け焦げたまま、パンツァーファウストの棒を握りしめている。初歩的な使い方のミス。それすらも分かっていない人間を、学園は前線に送り込んでいる
これが意味する所は、そのような手段を取らざるを得ないほど戦局がよろしくないというものだった。宣戦布告されていない故に、昨日まで銃の撃ち方さえ知らぬ者を送り込まねばならないほど数が足りないのだ
落ちていた銃は流石に使えない。弾の規格も今のものとは合わない。使われていないパンツァーファウストなら何とか使えるが、流石にこれを持ち運んで行動するのは目立ちすぎる
仕方なくいざという時に備えマガジンをいくつか拾っただけで、残りは捨て置いていった
673 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:11:46.66 ID:jvZx0O4gO
先を急ごうとした時、金切り声に近い叫び声が耳に入った。建物の窓越しに身を潜めつつそちらを向くと、少し離れた路上で黒森峰の女子二人が、プラウダの数名の兵に追われ、服をひん剥かれようとしていた
すぐに捕まり、一人は銃の柄で殴り倒され血痕を拡散させ、地面に伏した。もう一人は向こうの趣味にあったのか、地面の上で襲われていた
その光景はあまりにもおぞまかった。目も銃も向けることなど出来なかった
本来ならここで全員奴らを撃ち殺して然るべきだったろう。たとえあの中の一人を巻き込んでしまったとしても。冷静に考えていたらそうなっていた
だが実に恥ずかしいことに、私は駆け出してしまった。ただ一瞬でも早くこの野生の狂乱から逃げ出したかった
一方でこれで確信できたこともあった。やはり、プラウダはゴキブリ以下だ。蔑むべき存在なのだ、と。それさえなかったら、殺すことにためらいはなかった、と断言できる
674 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:12:22.55 ID:jvZx0O4gO
その後の移動でも弾の使用は必要最低限を心がけた。防戦に加われという指示ならば、その為に弾薬は残しといたほうがいいし、当面は生きねばならない
万が一発見されて戦わねばならないときは、SSになってすぐに従軍した反乱を思い出す。こう見えてもその戦いで反乱部隊の一つを殲滅し、学園長から直々に勲章を授かったこともあるのだ。プラウダの糞野郎なんかに負けはしない
鉄の心、動じることなく頭を狙う
675 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:13:23.34 ID:jvZx0O4gO
数人の頭を弾数発で破壊したころ、学園の防衛ラインらしきものが見えた。といっても塹壕の前に土嚢をいくつか積み、機銃を出し自動小銃を準備した防衛隊が頭だけ見える程度のものだが。見えるだけでも転がっている死体が多い。敵のも、味方のも
正面から行っては間違われ可能性がある。流石に味方に撃ち殺されるなどというヘマはしたくない
裏から塹壕に近づき、建物の横から帽子を出して振った。向こうが確認しているかはわからないが、撃っては来ないが、ちらりと見るとMG42はこちらに向いている。続いてある声をかけた
「Ein Wald(森)!」
少し間が空いたが、返事はしてくれた
「Meer(海)!」
互いにそう言う人間だとは確認は取れたはず。されどまだ弱い
「武装SS装甲師団曹長、逸見エリカよ!そこを通しなさい!」
「こ、これはSSの戦車道部隊の指揮官の方でしたか。失礼を」
676 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:14:10.65 ID:jvZx0O4gO
姿を出し塹壕へ走り、滑り込んだ。そこへ部隊長らしき娘が近づく
「逸見曹長、申し訳ありません。プラウダ兵の一部が黒森峰の服を奪っているという話があったもので……」
「伍長、それより現状を」
名前が分からずとも階級で呼べるのは、こういう時は正直楽だ
「我が部隊を含め、この防衛戦はプラウダの歩兵による第一波を辛うじて撃退しましたようですが……すぐに第二波が来るでしょうね」
「……その時守れるかしら?」
「第一波の時の犠牲は多かったですが、守ってみせます……やれる限りは。そう命令を受けていますから。軍人ならばそれに従い、全力を尽くすのみです」
銃の作動を確認しながら、口角を上げて応じる
「そう……これ、途中の死体から拾ってきた弾。足しになるかもわかないけど、よかったら使ってちょうだい」
「は、あ、ありがとうございます!」
「私は学園長に報告して来るから、ここは任せるわ」
「はっ!」
綺麗な敬礼だ。右手がすっと、まっすぐに伸びている。塹壕を飛び出し、真っ直ぐ中心部の方へ進む。その中で、背後から一層大きな声が響いた
「ジーク、ハイル??」
もう厳しいだろう。さっきは歩兵主体だったようだが、きっと次は戦車隊が来る。あの塹壕では耐えられまい。士気はありそうなのが救いか
時間がない
677 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:16:54.14 ID:jvZx0O4gO
つい今も一発着弾したここに到着した。道中稼働中のこちらの戦車は見当たらなかった。
フリードリヒ地区ブランデンブルク地域にある学園官邸。その象徴である入り口の上の鷲の紋章は足元や翼が欠け落ちており、柱の下がえぐれ、壁も傷だらけである。辺りの窓は破れていないものを探すほうが難しい
学園都市ではなく、学園そのものの喪失。最早話だけだと信じたかった現実は、私の正面に堂々と広がっていた
その柱の下に腰を下ろし息を落ち付けようとしたところ、地面の一部が開き、地下から人の顔が覗いた
「オイ、生徒か??こっちだ!」
姿からして防衛隊だろうか
「急げ!早く!」
近くまでプラウダ本隊は迫ってはいないらしいが、急かされたのもあって呼びかけに応え、案内の者に従い穴に入った。階段を一歩ずつ下り、白熱電灯のぼんやりした光に照らされた廊下を銃片手に進む
地上からも地下からも唸り声が絶え間なく耳に入る。そこは地上で軍服が汚れに汚れた私でさえ、いるのが申し訳なくなるような場所だった
678 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:17:23.77 ID:jvZx0O4gO
♪掲げよ!
廊下の両脇は頭、首、腕、胴、足、その何処かは確実に包帯を巻いている人間がずらりと並んでいた。中央にあるのは私ともう一人が並んで歩くのがやっとなスペースのみ
♪神聖なる旗を
SS、防衛隊、一般生徒問わずほとんどの者は体育座りでおり、横になれるのはさらに酷そうなほんの一部だけである
♪親衛隊は
それらを数名の血まみれのエプロンを身につけた女性が対処していた。もっともテープや包帯、それすらもない時はカーテンの切れ端を巻いた後はほっとかれたが。その方々を避けつつ、コンクリートに囲まれた空間を進む
♪堂々と前進す
処置を受けた生徒の一部はそのボロボロの身にも関わらず、入り口の防衛隊の者に銃を握りながら、外に出してくれと必死で乞う。そして一部は、そのまま地下から飛び出して行く。行ったもののどれほどがまともに帰ってこれるだろうか
♪反逆者の前に倒れし戦友の
戦闘以外でなら高校生以外の関与も認められる。そう、ケガ人の励ましのために小学生が歌うのは別に戦車道連盟規約には反しない
♪御霊とともにいざ行かん
助けるべきか、手伝うべきか。一瞬頭をよぎったが、無視して先を急ぐ。これが終わった後私は再びあのゴキブリ以下共を一匹でも多くこの地から駆除しなければならないのだ
♪反逆者の前に倒れし戦
地下は大きく揺さぶられ、叫び声により歌も中断される。近くに着弾したようだ。私もその拍子に右側の壁にそのひたいを打ち付けてしまった
みんな続けて!……
♪御霊とともにいざ行かん
額を壁から外した後も、少しの間嫌な揺れが頭を包んでいた。足で捻り潰したくなる奴らを思い浮かべつつ、壁を殴った
「プラウダめ……」
679 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:18:59.04 ID:jvZx0O4gO
髪は爆風でボサボサになり、膝を擦りむき、息も大きく荒れている。廊下に靴の踵の音を響かせながら学園長のいる所に向かった。とはいえど単に廊下の奥だ。ここの防空壕はそこまで大規模ではない
その入り口には門番替わりのSSが二人席に着いている
「SS装甲師団選抜隊隊長代行、逸見エリカ。学園長に戦況の報告に参りました」
「生徒手帳の提示を。あと荷物と武器はこちらでお預かりします。それの照合と案件の確認をしますので、しばらくお待ちください」
机を置いただけの受付で係りの者が、手元の書類をそのまま読むような対応をする。上からは砲声が下まで響き、壁は崩れて欠片がパラパラと落ちてくる。それどころではない、というのが分からないのか
「私よ!試合中の戦車選抜隊隊長代行、逸見エリカよ!学園長命令で前線から急いで敵包囲網を突破してきたわ!すぐに学園長やSS総司令官殿に報告に行かねばならないの!
それにね、SSの癖にあの廊下の様を、怪我人すら参戦している様子を間近で知りながら、椅子の上でのうのうとしてるとは、何様のつもり!」
余りに高飛車な態度だったので腹が立ち、思わず反駁する
「生徒手帳の提示を」
「くそったれ!勝手にしなさい!」
しかし受付の者の対応は変わらない。荷物を置くと受付の机の上に黒森峰の印の付いた生徒手帳を叩きつける。許可が出るとそのままズカズカと奥に入っていった
「待つことすらできんとは……全く、これだから戦車関連しか能がない奴は……」
今日何度めかの背後の声は気にする余裕がなかった
680 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:21:38.01 ID:jvZx0O4gO
中に入ると、廊下が人で封じられている。その奥から怒鳴り声が聞こえてくる。学園長のものだ
「奴らがここまでやるつもりだと誰一人報告してこなかった!海軍のみならず、SSまでもが私を欺きおって!職員、軍人、その全ての裏切りでこの戦いは負けるのだ!臆病者揃いが!
職員共、防衛隊共、SS共は殆どが卑劣で忠誠心のない、卑怯者の塊、蛆虫以下の連中だ!
奴らは黒森峰の者たちの中のカスだ!栄誉なぞない!
この学園卒を立派な学歴だと偉ぶっているが一体全体何を学んできた!お上品なテーブルマナーに、外見は立派な宗教作法だけか!
私ももっと早く偉ぶっている奴らを皆殺しにするべきだった!私は最初の最初から裏切られていたのだ!
これは黒森峰の民全てへの重大な裏切りだ!裏切りものは皆報いを受けるだろう!奴らの血によってな!」
人の群れに近づくにつれ、怒鳴り声が大きくなる。群れの中には涙を流す女性を他の女性が慰めている。他の人は無言で、棒が立っているようだ。ただ茫然と棒の追加の一本となっていた
気がつくと棒はぞろぞろと動き出し、私が入ってきたドアの方に向かい、消えていった
部屋からはシルクハットを頭にはめようとしている初老の男が、彼らとは逆の方に向かおうとしていた。その男、等良学園長閣下に走り寄り、跪く
「閣下!」
「ん?君は……」
「待て!貴様、この方を誰だと」
ボディーガードらしき男が詰め寄ってくるが、帽子をはめた学園長閣下がそれを杖を持っていない方の手で制した
681 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:22:18.00 ID:jvZx0O4gO
「まぁ待て待て……そうだ。選抜隊隊長代行の逸見くん、だったな」
「は、はい!」
私の顔を覚えていてくださるとは……なんという光栄か
「戦況のご報告に……参りました」
「そうか……」
「プラウダは既にフリードリヒ地区ノイケルン地域の防衛線に到達。そこの兵の士気こそ高いもの、敵の第一次攻勢による被害も大きく、次の攻勢での突破は避けられません。そこから先は……この学園官邸までは大きな障害は……ありません」
頷きながら次を促してくださる
「……はっ。我が……我が黒森峰戦車道選抜隊は私の乗るティーガーIIを含め……19輌が戦闘不能。唯一の残存車輌であるティーガーIには、狩出教官の指示のもと隠れて時間を稼ぐように命じてあります。その上、現状西住みほを殺した、との報告もありません。おそらくまだ生きているかと
申し訳ありません。試合に敗れ……プラウダの侵入を防ぎきれませんでした……」
意味がないのは分かっていても頭をも地面に擦り付けようかとしたその時、右肩を何かがそっと触れた
682 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:34:16.19 ID:jvZx0O4gO
「ここの床は綺麗じゃない。とりあえず立ちたまえ」
「はっ……」
学園長閣下の手であった。そのままゆっくりと引き上げてくださった。学園長の背はあまり高くなく、私でさえ少し顔を上げてしまえば目線が合ってしまう
沈痛な面持ちが、そこにあった
「詳細な報告をありがとう……君の健闘及び職務遂行には感謝するが……黒森峰はもう終わりだ
北部で日村君のSS歩兵1個大隊が、北東部で久手君の防衛隊装甲第2部隊が、南西部で高鳥君のSS装甲第9部隊などがそれぞれのなんとか敵を食い止めているが、他の戦線は君が見てきたようにもう崩壊している。外はあの有様だ
今ならまだ戦線が構築できている北から逃げられる。健軍町の方に逃げなさい」
肩に置いたまま、しっかり目を合わせて、私に、私なんかに伝えてくださる
「しかし……私は試合に負けた上、命令すら実行出来ず、さらに部隊のものを纏めて救援に向かわせることすらできなかった黒森峰稀代の愚将です。そのようなお言葉を受けるほどのことは……」
「今日の事態を招いたのは君のせいじゃない。これまでの私の行いのせいだ。気に病むことじゃない。君はその厳しい枠内で、最大限のことをしてくれた。これは、私がどうにかしなければならない問題だった」
肩から手を離して背を向けなさる。先程の茫然とした感覚を身体に残しながら、目線を学園長閣下の方に向け続ける
「私は……黒森峰と学園長に忠誠を誓いました」
「脱出しなさい」
だから……と続けようとした私の言葉は遮られる。ドアノブに手を掛け首だけをこちらに向ける
「君には本当に申し訳ないことをした。だがそれでも私に忠誠を誓ってくれてるのなら、この老いぼれの最後の命令を聞いてくれないか
命をムダにすることはない。君みたいな勇気ある人間は生きるべきだ」
持っていたドアノブを捻って、階段の下へと学園長閣下は消えていった
683 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:35:48.83 ID:jvZx0O4gO
目的地に着く前にトンプソンの弾が切れ、近くに投げ捨てて中に入る。入り口の扉はかなり砕け散っていたが、幸いここはまだ占拠されてはいないようだ。しかし煙はあちこちから登っていて、窓ガラスはどれも割れて破片が散っている
「早く避難しろ!プラウダがすぐそこまで来ている!」
「避難するって言ったって……どこへ?」
「そんなもん、プラウダのいない場所だろ!」
中は慌ただしい人の流れがあった。床に無造作に散らばったカルテの紙。それが風に流され、一部は窓の外に飛ばされていく
ライヒ病院の中を、それらを踏もうとも流れに逆らい、看護婦にぶつかろうともある場所を目指す
もう避難されているかもしれない。だとしたら次にその場所に向かうだけだ
階段を登り、さらに奥に向かう事しばらく、ある部屋の前に着いた。ドアを三度ノックし、空気圧がかかる音をさせて扉を開ける
684 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:36:25.45 ID:jvZx0O4gO
「失礼します」
「……その声は、エリカか」
声、それはその部屋に住まうただ一人のものであるのはすぐにわかった
「た、隊長!意識が……」
その部屋に入り、奥のベッド近くのカーテンを払い除けると、そこにはしっかりと私の目を見据える隊長が横たわっていた。敬礼してベッドの傍の丸椅子に腰を下ろす
周りはシーツも敷かれていないベッドが散乱している。ベッドの上の人物からのそれ以上の返事はない。膝の上に手を置き、指を手の中に折り込む
「エリカ、お前が……ここに来たか」
話は向こうから始められた
「隊長……申し訳ありません。隊長から預かった多くの部下を死なせたうえ、大洗に勝つことが出来ませんでした……」
外から絶え間なく続く砲声。隊長ほどの人物が放っておかれている現実。ベッドの上であっても、状況は十分予測できる
「そうか……」
隊長はそうとだけ答えなさった。そのまま少し間を置いて、隊長がこちらに顔を向けられた
「エリカ」
「は、はい」
呼びかけられたが、少しの間言葉は続かなかった
「……お前には済まないことをした、ようだな」
「は……い、いえ、寧ろ代行としての」
「その代行として必要なことを……私はお前に伝えられなかった」
また遠く、どこかに視線を移しなさる
「やはりみほと赤星のあの件は重すぎたようだな……あれに対し私は十分な手を打てなかった。お前にも十分な知識、経験を積ませられなかった
そしてなにより勝たねばならない硬式戦で負けた。天下の愚将だよ、私は。西住の恥さ」
「そんな……ことは……」
685 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:37:07.82 ID:jvZx0O4gO
自嘲する隊長への返答に窮していると、窓の外から金属がひん曲げられ、倒される音が私たちの耳に入ってきた
「きゃあああ!」
「プラウダだ!」
「プラウダの戦車が入って来た!」
「逃げろ、逃げろォーッ!」
どうやらプラウダの戦車がここまで来たようだ。ここまで、か
覚悟を決めきる前に服の袖に力がかかる。目を開き顔を上げると、袖は隊長の弱々しい右手に掴まれていた
「エリカ……私は西住流のためになるなら、自らの欲求を抑えて生きてきた……後継に相応しくあるように、な」
「……はい」
「だが、そんな私だが絶対的な欲求が……一つある……プラウダに捕まるのはもう二度と嫌だ。それだけは嫌だ……頼む……覚悟はできている」
目尻には涙の粒が乗っかっている
「お前にしか、頼めない……」
顔には力ない微笑みが浮かんでいた
奥歯を食いしばり、掴まれた手に視線を集中させる。顔には季節に合わない汗が増し、自分の指の全てを内側に向け膝に、掌に食い込ませた
最早、どうにもならない。この場に他に人はいない。私が、私が、やることができる
違う、違うぞ!やらねばならない、のだ
686 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:39:04.28 ID:jvZx0O4gO
顔を上げることなく席を立ち、部屋を出て近くの薬品室に向かう。棚の扉を開き中のいらない薬品の瓶を床にぶちまけながら、目当ての効果のあるものを探す。酸があったらしく靴から滲み出て指先に痛みを与えるが、気にはならない
目当てのものを見つけると、棚にあった紙コップにそれを移し、それを近くに転がっていたトレイに乗せて病室に戻った
「……隊長、お持ちしました」
「ありがとう……自分で飲もう」
震える右腕をこちらに伸ばしなさる。が、その手はひどく震えており、握る力もあるかわからない
「いえ、お手を煩わせる訳にはいきません。私が……」
「そうか……では、頼む」
あっさりと手は引かれた。紙コップを手にした。トレイを置き、隊長の顔へと近づけていく
「苦いかな?」
「わ、分かりません」
軽く微笑まれると、少しだけ首を上げなさった。それを支える形で左手を入れて、さらに口元に紙コップを近づける。それが今にも飲まれようとした時、思わず顔を背けた
687 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:39:38.69 ID:jvZx0O4gO
病室のトレイの上には水滴の付いたカップと、その近くにある溢れた液体があった。窓の外からの砲声と共に、僅かながら理解できぬ叫び声と階段を駆け上がる音が聞こえてくる
手がかじかむ。そういえば、今日は冬の一日だった。これまでそれに気づかないほど血が沸き立ち過ぎていたのか……
膝に両肘をつき手の中に少し強めに息を吹き込んだ後、丸椅子から立ちご尊顔に布団の縁をそっと持って顔に被せる
神よ感謝します。私とこの御方に尊厳を守る時間が残されていることを。私は残念ながら、その時渡し守カロンに背中を突かれることになるでしょう
ベッドの脇に直立して、自分の胸元から生徒手帳を半分抜いて戻す。そのあと2挺持っていた拳銃のうち九四式拳銃を床に投げ捨て、もう一つのワルサーP38を取り出し、スライドを二本の指で挟んで開いて中の弾を確かめる
中にはしっかり9ミリパラペラム弾が入っている。これはSS装甲師団に入って歩兵として反乱鎮圧に参加してからの愛銃だ。私の兵士としての証でもある。壊れているはずはない
私は最期に偉大なる学園長のご命令に逆らうことになってしまいました。私の忠誠とは、分からなくなってしまいました
スライドを元に戻し、左手で持って口元に持ってくる。右手は右斜め上に伸ばす
引き金に指をかけ、銃口を口に入れる
されども、願わくはこの御方が天の国に導かれ、黒森峰女学園に永遠の栄光があらんことを!
靴の踵同士を叩き、めいいっぱい響かせる
「ハイルフューラー??」
688 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:40:11.56 ID:jvZx0O4gO
生者がただ一人の空間にそう叫ぶと、銃声が病室を包んだ。背後の壁に放射状に飛散する血痕。そして縦に流れる血の筋の下には崩れ落ちた逸見エリカが遺された
689 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:40:38.65 ID:jvZx0O4gO
第74回戦車道大会公式記録
黒森峰女学園犠牲者
逸見 エリカ
大洗 銃殺 口内から後頭部にかけて貫通 自分の銃の使用による自殺と思われる 即死
一般被害者一覧
西住 まほ
ライヒ病院にて死亡。青酸カリを飲んだ跡があり、自殺と思われる
690 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:41:13.06 ID:jvZx0O4gO
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと、
「死出の旅路を共にしよう」
を
「忠誠か、尊崇か」
において選択したとのことです
〜
691 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/21(木) 21:41:55.14 ID:jvZx0O4gO
今日はここまで
692 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/24(日) 23:40:05.19 ID:AVM5241TO
最後ナリ
2155からの予定ナリ
693 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/24(日) 23:55:13.66 ID:AVM5241TO
黒森峰女学園
ドイツ風の荘厳華麗な塔が並ぶここも、ミサイルと砲撃と爆撃で火の手が上がり、崩壊状態だった。鞄と追加品、そしてトンプソンを抱えて建物に入り、階段を駆け上る。その階段さえ途中でコンクリートを剥き出しにしていた
内部構造も防衛対策も分かっている。目的地への最適なルートを選ぶなど造作もない
ここの中にはすでにプラウダが突入しているようだ。ドアが破壊され、中は赤々しいもので占められている。教室の窓も散々だ。だが感情を呼び起こす暇は、私にはないらしい
前方にある次の階段の下では、二人のプラウダ兵が身を潜めている
「ここが先頭ですか?」
「ああ、だが階段上の突き当たりにMG42が粘ってやがる」
モシンナガンを持った一人が答える。ここから先に進むしかないな
「分かりました!」
「あ、オイ危ないぞ。工兵を待て!」
その者たちの制止を振り切り、階段を駆け上がる
「今の……大洗か?今は味方だったか?」
「確か……そうだか」
「というより……大洗に歩兵なんていたか?」
「さあ……」
694 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/24(日) 23:57:00.16 ID:AVM5241TO
上った先にはプラウダ兵の死体が一個転がっていた。確かに何箇所も銃弾が貫通した跡がある。傷の規模などやその位置、さらに壁の弾痕も見るに、なるほど機関銃が設置されているというのは間違いないらしい
壁側に寄り、来る途中の黒森峰SSの死体の近くに転がっていた鞄から、その死体のものらしき制服を引っ張り出し、袖を通す。背中に縦に一本縫い目がないから、防衛隊でないかはすぐに分かる。階級章がないがこんな事態だ。ある程度はごまかせるだろう
「ベルク(山)!」
通しながら叫んだ。積まれた土嚢と机の向こうでMG42を構えていた者たちは一瞬混乱したのか、待ち構えたまま動かない
「フルス(川)!」
だがしばらくして合言葉が帰ってきた。舟型帽を急いではめる
「SS装甲師団第12部隊の西住です!所属を名乗りなさい!」
「……はっ!我々は黒森峰防衛隊歩兵第3部隊の者です!」
その返事を聞くと壁から身を出し土嚢の方へ駆け足で近づいていく。辞めた話は広がってない、というのは事実だったか。それとも姉の方と思われたか?
「何をやっているんです!もう黒森峰は敗れました。こんな所を守っても意味はありません。ただ殺されるだけです。すぐに武器を捨てて投降しなさい!」
二人の階級は兵と上等兵、そして私はSS。なら、命令できるはず
「しかし、学園長からの死守命令が……」
「援軍なしの死守命令なんて死も同然です。守っても無駄です。投降しなさい!」
二人は暫く考えた後、土嚢から身を出して両手を挙げて階段を降りていった
695 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/24(日) 23:59:09.60 ID:AVM5241TO
さて、障害は消えた。彼女らと逆方向に向かい、素早く黒森峰の制服を脱ぎ捨てる。これは仮に過ぎない
もう一個階段を上がり、割れて破片が辺りに飛び散った窓から屋上に出る。床のタイルはそのほとんどがひび割れ、爆撃を食らって破壊された建物の瓦礫があちこちに散らばっている
脱ぎながら肩にかけていた追加品を外す。追加品である縦長のケースから二本の棒を取り出し、片方の先をもう片方の根元に捻ってはめ込む
左手で軽い方を回しながら、背後を確認してみた。黒いヘルメットをかぶり、息が荒れている女性が、膝に手をついている。彼女の胸にはJUDGEと書かれ三日月型の茶色の板をぶら下げている。状況は私の都合の良い方に傾いている。本当に根底さえ無視すれば、運の良い日だこと
はめ終わって一本の完成した棒を握る力を少し強めた。そして、一度先を見据える
屋上を囲む小さい塔の一つに足を掛け、手で体を引き上げつつ次の場所を探して足を乗せていく。高く、より高くへ
塔に空いている穴にその根元を差し込み、棒の先に付いた布をばっと広げた
その布に描かれていたのは青い「大」に、その中央に被さるようにある「洗」
そう、黒森峰女学園校舎に掲げられたのはプラウダの赤い旗ではなく、サンダースの白地に青い星の旗でもなく、伸び伸びとした感じを強調する大洗女子学園の校章そのものだった
手元のトンプソンを素早くフルオートに切り替える
「黒森峰女学園はーッ??大洗女子学園が占領したッ!」
塔の上で叫びながら、的も無き空にトンプソンのマガジン一個分を撒き散らす。反動と重力に耐えながら撃ち終わった後、宙にトンプソンを投げ捨てた
ここは黒森峰の本陣。そして私は非武装だ。これで終わらないなら、死ぬのみ、か
「……はい、確認しました……では……に則り……でよろしいですね……分かりました」
後ろの審判が無線で誰かと連絡を取っている。疲れもあり、塔の台座に背中を委ねる。無線のイヤホンから指を離した審判は、こちらの方にゆっくり近づいてきた
「おめでとうございます」
次からの審判の叫び声は、意識を失う最中のことで、記憶が曖昧だった
696 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:00:08.74 ID:rkEitg26O
〜
「もうすぐこの戦争も終わるな」
「戦争が終わるとどうなる?」
「知らんのか?」
「戦争がはじまる」
〜
697 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:00:50.98 ID:rkEitg26O
寧ろ、死んでない方が不思議だ。拾った細めの鉄パイプを支えに、何とか路地裏を動いていた
「はぁ……はぁ……ガハッ!」
B1bisの中で飛び回った破片は、しっかりと右胸脇を貫通していた。その為か血の混じった痰を時折吐き出さざるを得なくなる。満身創痍という言葉は、きっとこの私を指すのだろう
右胸脇貫通による肺の損傷、火傷、左足骨折、肋骨骨折、頭部負傷、結構な出血、その他切り傷、擦り傷多数。単体では簡単に死なない怪我を幾つも受けていた。動き続けた。目的地はない。止まった時が、死ぬ時だと思った
もうモルヒネは打った。痛みは殆ど無いが、それで苦しさと動き辛さから開放される訳ではない。右胸脇から聞こえる空気の抜けるような音が不快で仕方ない。しかし、まだ試合は終わってない。これは生徒会が始めた戦い。見届けることのできる人は自分だけだ。それが、先立った会長とのヘッツァーで交わした約束である
「……どうなっている……戦況は……ゲホッ、ゴホゴホゴホッ!」
余りに激しい咳に思わず体が前に倒れこむ。腕が支えきれなくなり、うつ伏せに地面に突っ込む。今まで肺の中に血が溜まっていたらしい。喉はもう逆流する血を抑える力も残っていなかった
むせながら口から血が溢れ出てくる。何度も出てくる血。それがみるみる大地に消えてゆく様に覚悟を決めた
698 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:01:36.46 ID:rkEitg26O
残念だが、もう、限界だ。もう立ち上がる力はない。致し方ない
取り敢えず仰向けになり、そこから腕の力を振り絞って上半身を壁に寄りかからせる。食道に残った血が未だに痰に混じって出てくるが、幾分楽になった。頭から流れる血が顎からズタボロのスカートの上に垂れる
落ち着いてみると激しい砲撃戦が起きているようだ。残り二輌が戦っているにしては多い。まあ、そんな事は大洗が勝てばどうでもいい。大洗が勝てば、大洗が残れば
しかしもう自分に大洗の為に戦える力はない。結果を見届けたいところだが、このまま死を待つよりは早くこの苦しみから逃れたい
やっぱり私は自分の事ばかり考えているな。会長や西住なんかの代わりにはなり得ないんだなり
右手でポケットから九四式拳銃を取り出し、スライドを引く
私は、隊長だったのだろうか……やれる事はやったのか?西住は最大限サポートしてくれた。それに応える事はできたのか
「……そんなのは、後の人の評価に任せるか……ゴホッ……
お姉ちゃん、まさかこんなに早く、そちらに向かうとは思っていませんでした……まさか私が戦車道で死ぬとは……想像……できましたか?」
右のこめかみに銃口を当てる。引き金に指をかけ、今にも引こうとする
「大洗女子ば」
(いやー、姉を尊敬し続ける後輩か、いいもんだね)
「??」
聞いた事ある声に思わず銃口を外し周りを見渡すが、その声の主がここにいるはずがない
699 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:02:14.10 ID:rkEitg26O
「会長……」
馬鹿な、会長と柚ちゃんは、あの時ヘッツァーに残って……
「これは、夢……?それとも、走馬灯か何か……?」
(かーしま、元気にしてたか?)
これは途絶えない。幻聴?
だが会長から声を掛けられて答えないわけにもいくまい
「……会長、これを見てもそう思えますか?」
(だよねぇー)
返事が……あった……
「会長……こっちの……」
(言っていることは聞こえているよ。その様子だとこっちの声もきこえてるみたいだね)
けらけら笑う声、間違いない。会長のもの
「……これは……何ですか?ゴホ、ガハッ!」
(夢さ、かーしまの)
「夢……ですか、ならば早く覚めてそちらに……」
再びこめかみに銃口を当てる。夢なら……苦しみつつ見る夢なら……
(待て待て、あと五分生きてみる気はないか?夢を見ている間も時は流れるんだ)
「……五分で一体何があると言うんですか?ゴホゴホゴホッ」
痰が……多い
(何かあるかも知れないよー)
「何ですかその曖昧な答えは……もはやこの出血にこの怪我です……長くはないでしょう。それなら……この苦しみから逃れたいのです。死なせてください」
(だったらわざわざそれを自分で縮める必要もないだろう。かーしまには試合の結果を聞いてもらわなくちゃいけないんだから)
「しかし……それがあるまで生き続けられるとも思えませんし……」
(んじゃ、断言する。このままかーしまが死ぬまでに、何かが起こる!)
はっきりとした声だった。周りに聞こえてない。黒森峰の者が来ないのが不思議に思えるほどに
会長がそこまで断言なさる。信じない、という理屈は私にはない
700 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:03:18.72 ID:rkEitg26O
undefined
701 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:03:58.28 ID:rkEitg26O
「……会長がそこまで仰るんですから何かあるのでしょう……ですが、このまま死を待つのはしんどいので、少し話をしませんか?」
(いいよー)
「今まで……色々有りましたね。ゴホッ」
記憶を辿る力はまだあるらしい
(あったねー)
「私が……高校で転校してきた時、始業式の日に話しかけてくれましたよね……」
(あー、あれね。生徒会、ウチらの代が少なかったからね。仕事増やす気だったし、とにかく人手人手だったね)
「でも、そのお陰で……私は、恐怖を……あの、右腕の映像を……生徒会活動やっている時だけでも忘れられました……ゴホゴホ……本当にありがとうございます……」
(いやねー。そんな大したことはしてない気がするけどね)
「いえ……私にとっては……感謝しても仕切れないです……ハロウィンパーティー……覚えてらっしゃいます?」
(ああ、私が魔女になったやつね。かーしまはカボチャ被ってたっけ。あれ……なんて言ったっけ?)
「確か……ジャックオランタン……だったと思います……ガハッ!」
落ち着いたと思ったら、またこれだ。どうにもならないんだな、本当に
(他には……生徒会で海行った時とかは覚えてるか?)
「覚えてます……泥ンコ大会やって……プロレスだっていきなり……会長が言って、私が思いっきり……海老反り食らいましたね……」
(それとかでっかい水鉄砲持ってきて撃ちまくってたねー)
702 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:04:50.21 ID:rkEitg26O
「そして……今年に入っていきなり国から今年で廃校だって……言われて……ゴホッ。私が……やっと、青師団でのことを……話して……話すことができて」
(あの話された時は驚いたね。戦車道の現実なんて噂くらいしか聞いたことなかったし。容易く戦車道やるって言ったこと軽く後悔したよ)
「軽くなんですね……ゴホゴホッ」
そうだ。この人は学園の未来を、何千人もの未来を背負っていたのだ。私一人の過去なんて……些細だ
「で、私が隊長になって、戦車探して……右も左もわからない状況で……練習はじめて……マジノに完敗して……」
(まああれは……ねぇ。しょうがないさ)
「西住を転校させて…戦車道やらせて……さらに頼んで副隊長にして……」
(まあ、西住ちゃんも結果的に飲んでくれたけどねぇ、あの時のせいで嫌われても仕方なかったと思うよ。必要だったとはいえ
……でも楽しかった。勝利目指して練習して上手くなって、聖グロ相手にあれだけ接戦に持ち込めて……みんな頑張って……)
「本当に楽しかったですね……」
(あの頃は……)
走馬灯の如き思い出とともに、無言の時間が路地裏を流れる。気がつくと、先程まであった会長の存在は、ここから完全に無くなっていた
703 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:05:49.18 ID:rkEitg26O
「あれ……会長?」
そろそろ五分経ったということだろうか?右脇腹を見ると、もう元の群青色の戦車服の色は見えない。また一口血痰が吐き出される。意識も朦朧としてきた。腕を上げる力もない。鉛玉を撃ち込まずともいいだろう
砲撃音、銃撃音、火災の音、全て続いている。ぼやけていく視界の中、二つの瞳を閉じようとした時、遠くから単調な甲高い音が響いてくるのが耳に入った。私の脳味噌の最後の力を引き出す
「試合終了ーーッ??」
血が抜けて軽くなった首を、少しだけ空へ向けた
「第74回戦車道全国高校生大会優勝は大洗女子学園??」
大きな音量で街中にアナウンスが響き渡る
「戦闘行為を停止せよ!全部隊直ちに戦闘行為を停止せよ!」
大洗が……優勝。勝った……のか。そうか、ゆうしょうしたのか……これで……あんしん……して……
704 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:06:42.25 ID:rkEitg26O
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
河嶋 桃
黒森峰 頭部、右脇腹負傷などによる失血死 負傷後1時間強ほど生存した跡あり
705 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:08:42.97 ID:rkEitg26O
地上に降り、校舎の正門の前に身一つで歩いてきた。大きな門の上には黒森峰の印である白丸の中の黒十字が乗っかっている。その背後からは何箇所からも灰色の煙が空高く登っている
間も無くその印は髪を揺らすほどの風と轟音とともに爆破され、砕け散った。赤く燃えて周りより黒い煙を上げる。その煙を眺めていると、心の中にあった黒森峰での僅かな良い思い出も空に立ち昇ってゆく気がした
姉と触らせて貰った優勝トロフィー。小学校の時に母と共に会った優しい教官。SSの厳しい練習後に同じ釜の飯を食べた、今は亡き仲間達。それが浮かんでは消えてゆく
消えてゆく
勝ったが、勝ってしまったし、勝てなかった。ここから先戦うとしても、それは真の『西住』ではない。それを得るために、私は何を費やしてきたのか
これが最善の道、利益を最大化する道だとはよく理解している。博打を3度も当ててやっと手に入れた利益だ。そうするしかなかったのだ
だが……余りにも、余りにも全てを破壊してしまった。全てを
その煙を眺めていたが、しばらくして門に背を向けた
泣いた。我慢のがの字もない程大声で泣いた。ボコられグマのボコはどれ程叩かれ負けても応援で再びやってやると言って立ち上がる。しかしもう私に届く応援を出来る人はいないだろう。何より自分自身が出来ないのだから
706 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:09:34.85 ID:rkEitg26O
辺りではプラウダの戦車が何輌も止まっており、その周りからはアコーディオンを奏でる音、コサックダンスのリズムをとる者など、プラウダ側の歓喜が膨らんでいた
「Волк умер! Волк умер!
(狼死んだ!狼死んだ!)」
その近くには黒森峰の制服を着て銃を携えて死んでいる者達
ただ、前に歩みを進めた。行き先があるわけじゃないのに
707 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:10:00.72 ID:rkEitg26O
第74回戦車道大会公式記録
◯大洗女子学園vsX黒森峰女学園
被害 大洗3輌 黒森峰132輌
????????????????????《航空機 21機》
(大洗側同盟 プラウダ学園 64輌
?????????????????????サンダース大付属 なし
????????????????????《航空機 17機》
?????????????????????ポンプル学院 10輌)
黒森峰戦闘体制崩壊と判断
708 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/11/25(月) 00:10:27.84 ID:rkEitg26O
ここまでになります。今後については別のところでやろうかなと考えてます。ありがとうございました
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