【ガルパン】 不死の感情

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482 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:20:55.02 ID:ps5/gbfR0


歩いているとある人から水溜りに踏み入れるような音がしました。その人が足を確認すると靴から赤い液体が垂れていました。その足元の赤い流れの源は死体が積み重ねられた所の血の池でした

「ああ、埋めるのが間に合いませんでな、置き場所が無いんですわ。試合があるといっつもこうです。ま、この先もちょくちょくあるんで、滑らんように気いつけてください。特に内臓は滑りますからな」

建物の脇の血の池と反対側に視線を移すと、縦縞の作業服を着せられたプラウダ生が、リアカーで運ばれた味方の死体を深く広い穴を掘って埋めていました


「……それにしてもいつ来ても強烈な臭いだな。目にまで染みる」

教官は目を軽く抑えていました

「埋めた死体が腐ってガスが発生するんですよ。やる時はいっつもこんなんですわ。こんな場所だから換気もクソもありませんしな」

淡々とその光景を前に2人は話します。血を踏んだものは壁際に走って行き嘔吐を繰り返し、姉も吐き気を催したようで口を抑えていました。そしてその吐瀉物も、別の流れとして血に合わさって、穴の中へと流れていきました


ふと、その穴を掘り死体を埋めるプラウダ生を監視していた者がポケットから酒瓶を取り出し、それをラッパ飲みします。一気にある程度飲んだあと、大きく息を吐きます。ビンの様子を見るに、その中身は容易に推察できました

「勤務中に酒を許可してるのか?」

「はい、ここの環境は最悪ですが、酒だけは自由に飲めるようになっています。ま、プラウダの奴らからかっぱらったウオッカが真っ先にはけますな」

北野自身もポケットから水筒を取り出し、キャップを外し、乾杯するように教官のほうに上げます

「酒を飲まない奴はすぐにノイローゼで頭がおかしくなってしまってしまうんですわ。教官さん、あなたも別で酒を用意しますから一杯どうです?」

教官は手のひらを其奴の顔に寄せ、生徒の前だから、と断っていました

483 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:21:29.91 ID:ps5/gbfR0


すると私達の前を縦縞の作業服を着た女子がすぐそばを死体を大量に載せたリアカーを引いて通り過ぎていきます。その顔をつい最近見たことがありました

「お姉ちゃん、あの娘……私達に投降したプラウダの戦車兵です」

姉はその光景から目を背けていました。その姉の袖を軽く掴み、少々無理にこちらに注意を惹かせます

「いや……全く記憶にないがそうなのか?」

「はい、間違いありません。人の顔や名前はよく覚えているんです」

「そうか……」

そのリアカーは掘られた穴の前へ運ばれて行きました

次に北野に案内されたのは1階建てらしいのですが、そうは思えないほどとても高く広い建物でした。そこの扉が縦縞の作業服を着た人に閉じられ鍵がかけられると、轟音がなりました。飛行機のエンジンのような音です。それをすぐ近くで聞いているような感じです
暫くただその音を聞いた後、鉄の扉が重い音を立てて開き、中から人が大勢倒れこんできました。何重にも重なり、喋ることはありません。北野からそこから出てくる煙は吸わないようにと言われました

484 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:22:02.18 ID:ps5/gbfR0


日が傾いてきた頃、作業服を脱がされたさっきの女子が穴の中に他の数人の者とともに立たされ、間も無く数発の銃声がそちらに向けられます

「こうして朝会場近くの仮置き場から移送され1日働かせた者は夕方に処理し、翌日朝にまた作業員を選びます。これを期間中に数度繰り返して、全員処分します。その間飯らしき飯は用意してません。ま、最後に処分する奴は大概爪や唇がひでぇことになってますな。場合によっちゃ歯型があることすら……」

「食事も寝床も必要なしか。効率のいいことだ」

「恐縮です。住処は移動用の貨物車ですしな。ところでお連れの隊員の方達はいかがなさいました?」

北野は辺りを見回します。

「向こうで泣いている」

「しょうがありませんな。ここを訪れた者は男だろうと女だろうと初日はああなります。ま、慣れですな、慣れ」

建物の裏でみな座ったり壁に顔を伏せたり立ったまま涙を流し続けました。私と姉はお互い強く抱きしめ合い、姉は声を堪えつつ、私はその胸に顔を埋め、号泣しました。醜聞もなにもありませんでした
教官は顔の歪みに歪んだ私たちの前で以上のことを説明として加えると、私たちに試合に臨む精神力が足りない、と叱責して帰りのバスに押し込みました

485 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:24:04.59 ID:ps5/gbfR0


次の日、12月8日の朝

遠軽町 大洗女子学園陣地 捕虜収容所
河嶋が南京錠に鍵を挿し込む。そのまま高い金網でできた扉を、ギイと力を込めて押し開く

「よーし、出ていいぞ、みんな。我が校は諸君らを解放する。学校なり家なり、好きな場所に帰るがいい」

体育座りのまま俯く者たちに告げる。するとその前にガタイの良い2人の女が近づき、立ち塞がる

「むっ?」

「大洗ッ!汚い手を使って同志カチューシャを死に追いやったお前達をこんな事で許すと思っているのか!お前らの温情など断固拒否する!」

カチューシャの忠臣、政治委員である。彼らもきっと戦車に乗せられて、たまたま生き残ったのだろう

「ああそうかい。私も言われたから開けに来ただけだ。居たけりゃいつまでもここに居ろ。だが帰る金をやるんだから、ここでは飯はやらんぞ」

「黙れ!政治委員!」

後ろの隊員が立ち上がり、叫ぶ

「出してくれるんだ!余計な事言うな!」

「大洗に感謝します!」

「さあ、出よう出よう!」

「帰ろう、プラウダへ!」

騒ぎはますます大きくなる。後ろへ、そしてまたその後ろへ。その立ち上がりの波が数百人程度に波及するまで、時間はかからなかった。なにせここにいても飯も何も出ないのである。もう命の危険はない。帰ったほうが何倍もマシだ

「な、何だと、貴様ら……」

「スパシーバ」

「スパシーバ大洗」

そう言って河嶋の開けた扉から、礼を述べつつ次々とプラウダ隊員が外に出る。前に出ていた2人は止めようとするも、その流れは止められるものではない

やがてその2人も喰いかかろうとするかのような河嶋の覇気の前に、舌を鳴らして引き下がるしかなかった

486 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:24:34.24 ID:ps5/gbfR0


「何か……釈然とせんな」

広がる無人の捕虜収容所を見渡す。先ほどまでの喧騒はすでになく、仕事と呼べるものはここを明け渡した上で、学園にある資産を元手に帰宅資金を用意し、彼らに渡すのみだ

「まあよろしいではないですか。西住副隊長たってのお願いですし、何よりカネはかけたくないでしょう?」

共に来ていたエルヴィンが帽子を整える

「まぁな……しかし、これを見る限り、あのカチューシャ独裁政権も終わりか……」

「元々黒森峰打倒を目指していましたから、こうなってしまった以上仕方ないのではないですか?」

「それもそうか。そうなると……このままプラウダと黒森峰の対立は続くわけか……果たしてこの先、生き残っても学園はどうなるんだろうな」

「……恩は売ったとはいえ、親プラウダで立ち回るのは無理そうですね。ま、勝ってから考えましょう。いよいよ次は決勝ですしね」

「……ああ、そうだな」

会長なら……と考えようとしてやめた。しばらく涙は必要ない

487 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:26:15.89 ID:ps5/gbfR0


12月8日の昼に出た列車は、丸2日かけて旧熊本県嘉島町にある黒森峰女学園に向かう。決勝戦会場は黒森峰女学園の南東の森林地帯と高台である。黒森峰が相手を呼んで試合を行うときは決まってここだった。地形や風の通りなど、状況は今でも詳細に思い起こせる

本州を日本海側と瀬戸内沿岸を通って縦断し、関門トンネルを越えて熊本から豊肥本線に直通し、水前寺から黒森峰支線に入る。健軍本町、秋津を通過し、到着するのは黒森峰駅貨物ターミナル。やはり戦車の積み下ろしがある為、旅客ホームに入れないのだ

ホームがないため乗降口には梯子が取り付けられ、それを降りて久々にこの地を踏んだ

「ここが……黒森峰。西住殿の生まれ故郷。立ち並ぶレンガの建物。戦車マガジンで何度も見た通りであります」

「んー。やっと着いたのね。しっかし、ホント長かったぁ〜」

感動し辺りを見回す優花里さんの傍で沙織さんが大きくのびをした。そんなご立派なモンでもないぞ。ただ玄関だけは立派にする貧乏人だ。それにレンガだって外観だけだ。中や裏にゃ大概鉄骨が通ってる

暫くして河嶋隊長と小山さんからの指示で戦車を降ろす作業が始まった。とはいえ軽く戦車の確認を取った上で、連盟から指定された場所まで移動させるだけだ。あとはここで車輌内部の確認、弾薬の補充などが済まされ、明日の戦線に投入される

あとは乗員に関して一つ動きがあった。やはり風紀委員と船舶科の息が合わないらしく、カトラスさんと河嶋隊長の入れ替えを要求してきた。あの時返事したからそのまま押し切ろうとも思ったが、河嶋隊長が足並みが揃わなくなるのは良くない、と交代に応じたため、止む無く私も認めた。交代させたんだから、明日活躍しろよ

488 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:27:18.79 ID:ps5/gbfR0


その日の夜、泊まった建物は欧米調の立派なものだったが、部屋は全員同じ和室の大部屋である。17人が布団を並べる。因みに隣とさらに隣の大部屋2つも空き部屋だが、使いようがない。この部屋1つでも空きスペースがかなりあるし、わざわざ離れ離れになる理由もない
夕飯はそこそこまともな代物が出た。一応プラウダ潰しに協力した縁もあるのだろう。腹にも溜まったし、何よりそこそこ美味かった。珍しい

で、夜寝ることになったのだが、あの乗り心地の悪い車輌も戦車より遥かにマシと思えばなんとかなるもので、車内で爆睡を続けていた私にはあまり眠気は残っていなかった。ま、それ以外に寝る気がしなかったし、眠れなかったというのもあるが

さて、隣の優花里さんであるが、こちらも私と同じく眠れないらしい。列車のなかで私ほど眠れていたようには見えなかったが、それでも眠れないのだろうか

目を開けたまま天井を暫く見上げていたあと、ごそごそと布団を抜け出して自分のカバンをさっと漁り、紙とペンと厚めの本を取り出して、その本を下敷きがわりに何かを書き始めた

何行か書き続けたのち、その内容が不満だったのか、その紙を置いて枕に頭を突っ込んだまま悶えている。厨二病か

以上、小動物優花里さんの観察日記でした


もはや可愛いは通り過ぎている気がする。出会った日に殺しかけようとした時の姿はもうない。ぬひひ、このまま眺めていても良いのだが、そのまま気怠げに天井を眺め始めたので、今度は私から動いてこの可愛いさを堪能することにする

「優花里さん……」

彼女の右から声をかける

「は?あ……すみません。音しましたか?」

「いえ……あの、そちらの布団に行ってもいいですか?」

「ええ!……あ……も、もちろんであります!」

急に言われたことに驚きはあったようだが、すぐに紙と本を枕元に置いて布団を捲り上げてくれた。そうすると隣からのそのそと入っていく

489 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:28:03.90 ID:ps5/gbfR0

近い。近い。本当に近い。同じ布団に入った2人が顔を見合わせているのだから当然といえば当然だ

「フフ」

この時はまだ私の方が余裕があると思っていたし、どう見ても向こうは慌てていた。だがゆでダコの触手が手に触れた時、私の手が細かく震えていたことに気づいた。向こうの表情は驚き。ホントに分かりやすくて助かる
何故か。戦場、敵、そしてそれが示す運命
この震えの原因は一つしかない

そうか。私は分かってしまっているのだ。そこにいたが故に

「みっともないでしょう?私……死にたくない。明日の試合が怖くて、手が……震えてしまうんです」

「そ、そんなの当然です!誰だって死ぬのは怖いであります!」

思わず半身を跳ね上げる。そうだよな。だが私がその感情を持っていること、それが何よりも恐ろしいのだ

「だから、こうして人の近くにいれば、治って眠れるかなって」

その隠匿に比べりゃ、このぐらいの嘘は遥かにマシな代物だろう
見合わせたまま視線をそらそうとはしない。気をそらそうと辺りに耳を傾けようとすると、周りから小さいが淫猥な声がする。場所は一ヶ所からだけではない。彼女の顔が赤い理由も、一部はそこにあるだろう

「えっ……と、西住殿が近づいてらっしゃるのは……周りの事が少し……関係しているのでありますか?」

しっかし久々だなぁ、この環境。私は混じる気は無いが

「周り?ああ、この声のことですか。それなら関係無いです。もう慣れましたから」

「へっ?」

「どうやら人間命の危険を感じると、そうしたくなるらしいです。黒森峰の時も硬式の試合前の夜毎回聞かされましたから」

「……なんかイメージ崩れるであります……」

「やっぱり黒森峰の者でも人間なんです。当たり前ですけれど……」

基本戦車道を見るとしたら、テレビか雑誌かあたりだろう。そこにあるのは、戦車道の中でもかろうじてまともな部分だけ。最早それは『戦車道』ではない
天井を眺める。天井にはうっすらと木の黒い年輪が流れる
490 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:28:51.49 ID:ps5/gbfR0


「そういえば、先ほどまでは何を?」

「は……えっと、その……私も眠れないのです。だから遺書でも残そうかと思ったんですけど、明日は生き残りたいですし……」

遺書ね。確かに普通の両親とかには伝えたいこともあるだろう。特に学園艦在住だしな。私の親にか……呪いのメールでいいな。マナーモードを突破して、深夜3時頃に鳴らしてやる

「なるほど。では私も眠れませんし、この騒音に耳を傾け続けるのもなんなので、何か話しません?眠れないといって天井の筋を数えるようなことはしたくないので。でも迷惑だったら……」

「いえ、私も眠れなくて……遺書に書く様なことばかり頭に浮かぶので、お話したいであります。といっても私が話すことは浮かばないので、西住殿からどうぞ」

「……2つ話したいことがあるのですが、どっちからがいいですか?」

「何でありますか?」

「ただ私が話したいことと、勝った時のために知っておいてもらいたいことです」

「では話したいことの方からお願いします」

「……分かりました」

そう切り出したものの、このことを話して大丈夫なのか。これは前の話とはレベルが違う。彼女らにとっての私の存在、その根底をひっくり返しかねないことだ

「……これから何を言っても、信じてくださいますか?」

「えっ……は、はい。この状況で嘘をつかれるとも思えませんし……前の話も本当でしょうから……」

「そこじゃありません。私を、です」

「西住殿を?」

「はい」

「も、もちろんであります!西住殿は仲間であり、かけがえのない友人であり、尊敬すべき方であります!信じるに決まってます!」

「そうですか……」

話そうか迷ったが、次の試合だけはまともではない。この、この事実を知っている人間を私以外に作っておくべきだ。それが私に物語を吐き出させた

491 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:29:31.64 ID:ps5/gbfR0
黒森峰女学園 学園歌 「緑川の護り」

その叫びは高揚か 黎明の炎のように
緑 緑川よ 川と共に進もう
愛する母校よ 永遠に安泰であれ
緑の護りは盤石なるぞ
火の国にそびえる 乙女の園よ

胸は打ち震え 光り輝く瞳
黒森峰の女子は 篤実で堂々と
偉大な母校よ 永遠に堅実であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清正公の意思継ぐ 乙女の園よ

先達の見る下 天の貴女を仰ぎ
固き意志持ちて 黒き森を抜けん
希望たる母校よ 永遠に昌盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
御阿蘇の威光有る 乙女の園よ

血流は輝き 強くある拳は
腕と共にありて 敵の撃を塞ぐ
美しい母校よ 永遠に実着であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清流の下にある 乙女の園よ

何事あろうと この地は渡さじ
黒森峰の民は 英雄の血脈ぞ
精強なる母校よ 永遠に明哲であれ
緑の護りは盤石なるぞ
豊穣の地にある 乙女の園よ

宣誓は響き渡り 旗は翻る
緑 緑川よ 護り人は我ぞ
毅然たる母校よ 永遠に隆盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
黒森峰女学園 我らの誇り



黒森峰女学園の中心部は南を緑川と吉野山、北から西を加勢川、東を船野山、飯田山、白旗山に囲まれた、天然の要害の中にある
南西の県立宇城学園を実質的に支配下に収め、その管轄地域内の三角を海軍の拠点としている
ちなみにこの校歌について、『校歌は大講堂以外では歌わない』という話が、黒森峰内部では流れている
492 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/13(日) 23:30:00.42 ID:ps5/gbfR0


26時間寝台列車は普通に辛かったので今日はここまでです
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/10/14(月) 21:10:18.17 ID:RkUNHFgJO
荒らし速報

ID: +vAJUinAO、ID: XxAEAIo80、ID:vuMJPVEE0、ID: Ao8Lv9x9O、ID: cJcQzrkpo 、ID: 6ra6liDjO
ID: 89tlEEMSo

以上のIDが他スレにて悪質な荒らし行為をしている事が確認されました。
これ等のIDは荒らし目的のクソ安価を出しますのでご注意ください。
494 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:31:47.75 ID:zgNk9AA8O


もう直ぐ始めます

495 : ◆ujHylXatJU :2019/10/17(木) 20:35:23.18 ID:zgNk9AA8O


私はあなたに助言する。友よ、人を懲らしめたいという強い衝動を持つ者を信用するな!

ニーチェ

496 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:36:30.35 ID:zgNk9AA8O


「私は……人殺しです」

「へっ?えっ……と」

「私は、この手で人の命を止めたのです」

右手を布団から出して上に掲げ、それを見つめる。この手が、この手がやったのだ

「お、お言葉ですが、今ここにいるものは、酷い話ですが、みなサンダース、アンツィオ、プラウダの犠牲があって生きております。それは特に西住殿だけが気にする事ではないのでは?」

それではない

「……あ、もしかしてお銀さんのことを……あれはやむを得ませんでした。あの傷と衰弱ではとても……そして彼女がそれを受け入れたんです。気にし過ぎることは……」

何とか私をフォローしようとしているらしいが、残念だったな

「どちらもハズレです。悩める要因がそれだったら、私の心労は数百倍軽くなったはずです
皆さんは戦車道のルールに則り犠牲を生んでいます。私は戦車道のルールの下ではなく、自衛の為でもなく、相手のことを思ったわけでもなく、ただ自分の保身の為に人の命を奪ったのです」

「……どういうことでありますか?」

「……私が黒森峰のSS装甲師団にいたことはご存知ですよね」

「はい。SS12部隊副隊長だったこ」

497 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:37:08.07 ID:zgNk9AA8O


「いえ、それだけでいいんです。SS装甲師団には戦車道大会に参加する以外にも役割があります
それは学園の防衛、および治安維持。それが実行されたのが、昨年の黒森峰の等良政権への反乱の鎮圧です」

「え……そんな事を高校生に!あれは防衛隊主導かと思ってましたが……」

「デモ隊や武装した部隊に戦車で突撃するのです。それが学園の敵を壊滅させる最も早く効果的だと、姉は……単調な声でそれを命じていました
機銃の音、榴弾の音、全てが命を奪う為に響いていました。私は耳を塞ぎました。無線が、それも大音量で入ってくることを心底期待していました。履帯で人が踏みつぶされる音、身体が砲弾で砕け散る音なんて聞きたく無かった……」

今でも思い起こせば吐き気をもたらすものだ。されど……これまた事実にして、伝えておきたいことなのだ

「ですが当時の私は西住の者として、頭を出したまま外を見なければなりませんでした。知ってますか?人間の身体って思ったより弾が貫通しないので、大量の弾丸をくらうとまずは身体が吹っ飛ばされるんですよ?ま、流石に上半身丸ごと消し飛ぶほどじゃないですけど
そして榴弾になると、本当に腕や脚だけが宙を舞ったりするんです。骨と血肉を丸出しにしたままね
来年高3になれば私が隊長となり、もし反乱が起きれば私が鎮圧を指揮することになります。平然とした顔でこなせる姉と違い、私には出来る気がしなかった。それから逃げたかったのも、私が大洗に来た理由の一つです」

「なんということを……」

「ですが、それもまだマシです。攻撃しなければ自分も死ぬ、と自分自身を説得できましたから……本当に自分が許せなくなるのは、自分が死ぬ可能性の直接的な原因ではない人を殺した、あの時です」


498 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:37:41.20 ID:zgNk9AA8O


あれは私が高校に入って、装甲師団に入団してから直ぐのことでした。黒森峰では師団に入った者は必ず最初の1年間、処刑人の任に付くか歩兵として一定期間任に付くことになっていました。配属先によって異なりますが、SSだと4ヶ月くらい、でしたね
何でかって?硬式戦に赴いたり、さっきみたいに反乱を鎮圧する時、躊躇わないように、すなわち人を殺す経験を作っておくためです。名目上は防衛時の歩兵協調の訓練や学園への忠誠心云々でしたが
私が選んだのは、処刑人になることでした。そもそも私が一年生の時点でSSでも精鋭部隊に配属されてしまったので、歩兵訓練に回す時間がなかったのもありますし、勿論反乱や学園における重大犯罪などが無ければ何もしなくて良い、ということもありました

しかし残念ながら、その時先ほどとは別件の反乱の計画をしていた者が捕らえられ、銃殺刑になることが決まりました。その処刑人に私が決まったのです。外から見てそういうのは苦手だと即座に分かったのでしょう。やらせなければならない、と。私に拒否権などありませんでした
実施が決まっても、私には何もできませんでした。無論その者との面会などはできませんでしたし、そうなれば心の準備も何もありません。が、私がここにいるためにはやらねばならないのだ、とは理解していました

499 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:38:13.33 ID:zgNk9AA8O


処刑当日、目の前の者はコンクリートの床の上で口を塞がれ、手足を縛られて転がっていました。周りには姉を含む他の隊員が立っていました。きっと私の醜態を見届ける気だったのでしょうね。床の上の者が暴れれば直ぐに近くの者が殴って黙らせます
私の手には処刑用のモーゼルC96が握られていました。本来は拳銃の中でも遠距離向きなものなのですが、国内でも日中戦争での将校の捕獲品として辛うじて残っていたため、黒森峰でもステータスシンボルとして使われていました
心臓が激しく鼓動し、手は汗で銃を滑って落としそうなほど濡れていました。元から重かった、というのもありますが

「みほ、早く撃て」

足は震え、顔は硬直し、口は手とは逆にたった一滴の水分も含んでいませんでした

「撃たないと周りの者がこいつが暴れる毎に抑えているんだ」

脳の半分は認めていました。しかし残りの脳の半分と身体が撃つことに抗っていました

「その者たちの苦労も考えろ」

目の前の者が再び暴れ出し、他の隊員が顔面を何度も殴って鎮めます

「お前は、自分の意思で人を撃つことを決めたんだ。撃たなければならないんだ」

そう、それを自分の意思で決めたこと。歩兵ではなく処刑人になること、それを決めたのが私であることが重く心にのしかかります。そしてここにいるためには、撃たなければならないことも

「どうした。こいつは黒森峰の敵なんだ。撃つんだ。お前は学園長に忠誠を誓ったんじゃないのか」

目の前の者は反抗する力を失ったのか、唸りながら涙を流します。撃ったらどうなるとかは考えられませんでした。ただ引くか引かないか、それだけが頭の中で揉めていました

「その指を、引け、引くんだ、早く。お前が黒森峰SS装甲師団の者ならば」

この揉めごとの決着はなかなか着きません。頭の混乱が内臓にまで及ぶような感覚に襲われます。胃が裂けるのでは、と本気で思いましたよ、あの時は

500 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:38:57.57 ID:zgNk9AA8O


「お前がどうしても撃たないなら……仕方ない」

左側頭部に金属らしきものが当たるのを感じました

「お前を反乱罪で処刑するしかない」

「ちょ、ちょっと!副隊長!」

横にいたのは、こちらに別のモーゼルC96の銃口を向けた姉の姿でした。親指でハンマーを固定します。口調、顔いずれもいつもと変わりませんでした。向けた相手は家族ではなかったみたいです

「流石に後継ではないとはいえ西住の娘さんですし、学園長や隊長の許可を得たほうが……」

「必要ない。反乱罪であることはお前達が証言してくれるしな。みほが殺さないなら、こいつは私が殺す」

恐怖とともに少しの油断が生じます。姉が西住の血を引く私を本当に殺すわけがない、そう高を括っていました。相変わらず手は汗で濡れ、足は震えています

501 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:39:25.83 ID:zgNk9AA8O


その時でした。首の後ろを一筋の風が吹き抜けます。後ろの髪の数本が自分ではなくなります。耳元では鼓膜がちぎれんばかりの音が轟きます。壁には弾丸がめり込み、その周辺も放射状にひび割れていました

恐る恐る左を見ると、高く挙げられた姉の銃からは縦に煙が登っています

「まさか撃たないとでも思っていたのか?お前が黒森峰、ひいては西住流の敵となるなら、遠慮なく頭に撃ち込むぞ」

恐怖で支配され、声帯は固定されました。考える余裕は全くありませんでした

「さあ、やれ」

姉は次弾発射の用意を終えて冷酷に言い放ちます。私はハンマーを移動させましたが、手の震えで狙いが定まりません

すると姉は部下2人に指示をして、床にいた者の肩を掬い上げて、頭が銃口に当たるようにさせます。目の前の者はあと数分もないことに気づいたのか号泣し、口を塞がれていても分かる程大きく嗚咽を繰り返しています。その目は路上に捨てられた猫が助けを求めるようでした

「さあ、早く。なんなら私がこいつを撃った上で、お前を銃床で殴り殺すか?確かに反逆者に銃弾を捧げる価値もなさそうだしな」

姉が銃口で左側頭部を突きます。次はありません。生きることが、全てでした
私は大きく息を吐いたあと、目を瞑り指に大きく力を込めました。先程と同じ大きな音がして、私の指には温かい液体がかかります。その者の背中側には、放射線状に広がるヒビの入ったコンクリートの壁がありました

涙を流さなくなったその者は肩を離され、力なく顔からコンクリートの床に倒されました。私の手はその時が限界でした。手を滑らせて床に落ちるモーゼルの音は私の耳に焼き付いています

「よくやった」

「西住みほ伍長、万歳」

姉が銃を降ろし、左手で肩をたたきます。周りの者も右手を掲げて敬礼します

「これでお前は本当に我々の一員となったのだ。ただ銃は手放すなよ。暴発されたら厄介だ」

その時から、私は命のやり取りの場でも冷静になれるようになってしまったのです。そう、これよりはマシだ、と

502 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:40:13.18 ID:zgNk9AA8O


無言で言うことを聞き続けてくれた。口を挟むのは野暮だと思ったのか

「これが、私です。これでも、私を友達と思ってくれますか?人と付き合う時、あなたはその人が殺人者であると考えますか?
考えないでしょう。自分と同じく、真っ当に生きてきているはずだ。そう思うのが普通ですし、そうするのが信頼の基本です。が……私はそうではない
このことを伏せ続けてきた以上、この先も私の友であれ、とまでは言いません。しかし明日だけでも結構です。私を信じてくださいませんか?そして……どちらかが生き残ったら、この話を、伝えてください」

どちらも生き残る。不可能ではないかもしれないし、そうあって欲しいが、現実はそうはいかない。普通に考えればどっちも死んでいる可能性が最も高いのだ
さてこの話を聞いてどう動く。装填手、その身の上である彼女に伝えたのも、最悪の事態も想定しているからだ。もしそうなったら、損害は大きいが

「私は……」

さぁ、話せ。結果を受け入れる用意はできている

「……私は、申し訳ないですが、西住殿に恐怖を感じました。サンダース戦の時、バレー部チームがやられても、動じた素振りを見せずに、むしろ笑顔で指示を出すその様子が、たとえ仲間が死のうとも、淡々と指示を出す様子が、不気味でした。きっと私が死んだとしても、そう対応なさると思います。それは正しいのです。分かっているのですが、その気持ちを、私は否定できません」

あり?私サンダース戦でそんなにサイコパスじみたことやったっけ……
まぁいいや。確かに後半はその通り……かもしれない。状況によるかな

「それでも、それは9月から育んだ友情全てを否定する理由としては不十分であります。例え西住殿が殺人者であっても、我々との友情を信じられないとしても、私は西住殿を友達と思いますし、戦車道の選手として尊敬しますし、大洗の仲間の一人としてついてまいりたい
確かに3ヶ月という期間は短いかもしれません。しかし時間というものはそこまで重要でありますか?ひと時とはいえ、心を通わず時間を得られたら、それは友情であり、決して消えぬと思います。そして幸いにも、それは一度のみではありませんでした」

503 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:40:52.11 ID:zgNk9AA8O


友情、ねぇ。ついこの前までそれを否定するようにされてきた、というのに、今はその言葉を聞いて、言いようのない安心に包まれている

「育んだ友情……」

「ええ、それは簡単には崩れません。以前がどうであれ、今の西住殿は我々の友達であります」

先ほどと距離は同じ。されど顔から赤みは抜け、真剣な眼差しのみがこちらに突き刺さる。そうか……彼女に話したのは正解だな

「やっと……果実が実りましたか……」

向こうはこの言葉に納得いかないようだが、自分で納得しているから問題ない
純粋な、果実が実った。今まで花が咲いたことはあった。しかし実る前に相手が亡くなったり、花を咲かせた目的が西住流に対するもので純粋でなかったりと様々だった。全く運がなく、境遇が最悪だ。自分への後ろめたさもあり、実らせることを躊躇っていたのかもしれない
大きく深呼吸した

「……今の話を聞いてそれ程言ってくれるなら、信じるしかない……ね」

「ありがとうごさいます」

「だったら、その友情が長く続くよう頑張りましょう」

「そうでありますね……」

長く続く。それは明日までかもしれない

504 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:42:07.67 ID:zgNk9AA8O


「それにしても、どうして西住殿のお姉さまは妹に銃を突きつけるなんて事ができたのでしょう?私に兄弟はいませんが、父や母に銃を向けるなんて考えただけで……」

「……一度だけ、聞いた事があります。本当に撃つ気だったか、と。姉は頷き、
『どうして人を無慈悲に撃つなんて事が出来るの?』
と私が聞くと、暫く考えて言いました
『私が西住流そのものだからだ』
と。ですが私はそうはなれませんでした」

人を躊躇なく殺すのが西住流。それは硬式戦車道という環境と絶対勝利という条件を同時に満たすために、最もやり易い手法。そしてその為には、人間を壊さねばならぬ
姉は病院のお世話になる前に、すでに壊れていたのだろう

505 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:42:36.30 ID:zgNk9AA8O


「ところで、もう一つのお話というのは何でありますか?」

優花里さんが次の話を振ってきた。ありがたい。精神的交流を図れた以上あまり用はない。そもそもどちらも好んで使いたい話題じゃないんだから

「もう一つは、生き残ったあとにあることです。生き残った後、私達は亡くなった方の親御さんに会わなくてはなりません。そこであるのは、親御さんからの追求です。生き残ったら避けられません」

「……でも、我々にはどうしようもないでありますよ」

「そうです。もうどうもできないのです。しかし向こうは大事な家族を失ったのです。どうしてあなたが生きていて、娘が死んだのだ、と思う気持ちは止められないのです。たとえそれが運に左右されるものだとしても」

「……大事な人を失う……でありますか」

「そうです。それも自分の腹を痛めて産んだ子を
私も去年の大会の後、多くの親御さんに会いました。姉は植物状態だった為、私が公式記録や見た情報を元に報告しました
とはいえ文字では不十分な上、私も全てを見たわけじゃありません。特に収容所に入れられてからは、同じ奴らに嬲られた集団を語るだけで精一杯でした
そんな不完全な情報でしたから、親御さんの一部は『報告なんて聞きたくない!』と叫んだり、人によっては私に掴みかかってくる人もいました。そういう人はSS歩兵師団の人に有無を言わせず連れ出されていきました。わめきながら肩を掴まれて連れ出される姿は、どんどん私の中に蓄積されました」

「……そう言いたくなるのもわかる気がするであります」

そうだろう。特に親に手紙を残したいと思わせる親なら、親からの愛情も相当だろうし

「もしかしたら明日私が死んで優花里さんが生き残るかもしれません。そういう事もあるのだと知っておいてください」

「……分かりました」

506 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:44:22.62 ID:zgNk9AA8O


「……明日は、勝てたとしても被害が確実に出ます」

これだけは、避けられない

「できるだけ出ない様に考えていますが、この戦力差だけはどうにも出来ません」

「それは……敵は20輌の精鋭、こちらは質は悪くはないとはいえ4輌。しかも敵にはティーガIIなどがいますから」

「作戦にも、残念ながら運が混じります。それのせいで皆が死ぬのが怖いのです」

「どんな作戦であっても私は西住殿についていくであります」

「……それが、怖いのです。皆が私を信じているからこそ……」

「かといっても命令を守らない方がいいわけではないでしょう」

「そうなんですけど……」

疲れた。この話はせねばならないとは思っていたが、やはり精神的な疲労が肉体に添加されてのしかかってきた。電車での眠りは浅いものだったのかもしれん

その返事を考える体力は、眠りに落ちる前に尽きてしまった

507 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:45:59.23 ID:zgNk9AA8O


小さな地震の様な揺れでホシノは目を覚ました。折角眠ってたのに。イラつきながら身を起こすとそのせいか隣のナカジマも起きる

「ごめん、起こした?」

「いや、この揺れと声が……」

「ああ……」

周りには3つ程の山があるそれは上下に揺れ、吉原を歩けば聞こえそうな音が中から響く

「な、なんだ……おかしな連中だとは思っていたがここまでとは……マトモなのは自動車部だけか」

ホシノは山脈を眺めたあと、周りを確認する。近くのスズキとツチヤは熟睡中だ。ある意味安心した

「軍隊に同性愛は付き物らしいよ」

ナカジマも乾いた笑いを浮かべるしかなかった

「ほんと……戦車道って軍隊だよなぁ」

508 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/17(木) 20:46:41.16 ID:zgNk9AA8O


防衛隊と親衛隊

黒森峰女学園には2つの軍事組織がある。学園都市防衛隊と学園長親衛隊である。これら2つは成立経緯が異なり、防衛隊は学園艦時代の船舶科を、親衛隊は学園艦時代の治安維持隊をルーツとしており、地位的には親衛隊が優位とされている
親衛隊が外部派兵と監視、防衛隊が防衛即応と役割がわけられているが、昨今はその境目が薄れつつある。それぞれ歩兵、砲兵、戦車各師団が所属している。この師団は各兵種の総合的呼称であり、他の組織のものとは異なる
西住姉妹がいたのは親衛隊戦車師団学生大隊第4中隊第12小隊。大隊長が隊長を兼任する形をとる精鋭である

509 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 22:52:23.65 ID:YuTUMZY30
昨日はできなくてすみません

2315からやります
510 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:27:20.31 ID:YuTUMZY30


黒森峰女学園は学園都市の戦争がなんたるか、を真っ先に把握していた。それは高い士気と精鋭化、そして軍需物資の十分な備蓄である、と。
学園都市間の戦争はその都市の規模から、必然的に短期戦となった。すなわち長期戦にするメリットが双方なかったのである。だからこそいかに集中的に勝利を収めるのかが戦局を左右することとなった。

山鹿涼『日本の学園都市』 より

511 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:28:06.27 ID:YuTUMZY30


天気は……どんよりとした曇り。遂に当日だ。風は大きくなく、湿度も高くない。そして6時10分に起きた私は、窓の外の様子からそれを冷静に察知できている。隣の人もすぐに寝ていたらしく、まだ起きる気配はない
ゆっくりと布団から這い出て一度大きく伸びをしたあと、部屋の外の洗面台で顔を洗いにいく。まだ起きている人はいない。皆の寝顔はまだ生きてそこにある
冷たい水を顔に浴びせ、部屋に戻って寝間着から着替えている間に、ちらほらと目覚める人が現れた。その中で何故かパイタッチを狙ってきたマゾに対しては、お望み通り張り手を一発。やはり煩いな、これは。そしてそこまで嫌そうでもないところを見ると、やはり本物らしい
ま、周囲には引かれているぞ

512 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:29:00.26 ID:YuTUMZY30


部屋の中央にテーブルが置かれ、大皿の上には17個の黒パンのサンドイッチがある。ラップで包まれており、こぼれにくくなっているが、1個当たりはそこまで大きくない。それを1人を除いて食べ終えると、皆自分の支度に戻る。私もぱっぱと済ませ、水を一杯飲み干すと、やるべきことを脳内でまとめ始める

次の試合は圧倒的不利だ。車輌数とその質のみならず、会場が黒森峰学園都市内部に存在しており、黒森峰の戦車道や戦車師団が日常的に使っている演習場である、という点も勘案しなくてはならない

土地に関してはむしろ向こうに利がある。会場内の散開、奇襲狙いほど阿呆な手はないだろう
だから勝つためには3つの奇跡が必要だ。私のみみっちい外交知識もフル動員して概要は作ってある。だが一つ一つも奇跡な上、それを確実に起こさねばならない。殆どの人間がこの案を見ても、負けるしかないじゃん、と答えるだろう

私もである

逆に、これが1番勝ち目のある策、というのが大洗の哀しいところだ

513 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:30:00.63 ID:YuTUMZY30


6時50分、出発予定時刻10分前。その1人を布団から引っぺがそうと沙織さんが奮闘する

「麻子起きて!あと10分でみんな出発しちゃうよ!」

「人間が7時に起きれるか…….」

沙織さんが布団を引っ張るが、麻子さんはがっちりと角を抑えている。答えられるなら起きてほしいものだが

「何言ってんのよ!起きなきゃ試合出来ないんだよ!着替えても無いし朝ご飯も食べて無いんでしょう!お腹減っても知らないよ!」

「それも今朝2時まで叩き起こしていた張本人が何を言う……」

「麻子夜型なんだからいいでしょう!それはそれ、これはこれ、早く起きて!私だってそうなんだから!」

「沙織がこっち来たんだろ…それに5時間睡眠で人間が起きれるか……無理だ。出来るわけがない」

沙織さんはかなり苦戦している。華さんが一瞬スカートを留める手を止めた
さて、起きろ

カバンのチャックを閉じて麻子さんの正面に向かう。正面に腰をおろすと、枕の前で思いっきりと部屋の空気が震えるほど手を叩いた

「麻子さん!来てください!今日の作戦に、勝つ為に麻子さんは欠かせないのです!」

手を合わせたまま深く頭を下げる。彼女が欠かせないのは事実だ、というよりこの場にいる人間すべての参加は必須事項だ
麻子さんがようやく動き、むくりと顔を上げた

「どうか……」

「わかった」

そう言うが早いか、すぐ様ゆっくりながら布団から身を起こし、机の上のサンドイッチを手早く食べ、先程からは想像できないくらいの速さでテキパキと着替え始めた

「なんで私がやってこんなに起きなくて、みぽりんが声かけるとすぐ起きるのよー」

「西住さんには恩義がある」

「私にはないの!」

「ない。最悪でも西住さんには及ばない」

「もー!」

沙織さんが口を尖らせる。そんなもんかぁ

「沙織さん、支度は終わってらっしゃいますの?」

「あ、そうだ!やらないと!」

沙織さんは自分の荷物の方へ戻った。他にこれなさそうな人もいない。あとは現場に突入するのみだ

514 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:30:47.50 ID:YuTUMZY30


皆の支度が終わり、窓の外を眺めたり床に横たわってくつろいでいた頃、予定時刻丁度に扉が開く

「大洗女子学園の皆さん、時間です。出発してください」

係の者の案内のもと、移動用のバスまで行く。入り口を出ると、上からゆっくりと落ちてきている物がある。白いが、雪ではない。雪にしてはあまりにも大きすぎる

「ビラだ」

「あれ……黒森峰?」

「フォッケ、アハゲリス……間違いありません、黒森峰です」

それぞれ近くのビラを手に取る。空中のものを捕まえる者もいれば落ちたものを拾う者もいる。私も適当に捕まえた。

「何これ、アルファベットに点々が付いてる」

「ドイツ語だな。英訳も書いてある」

「日本語で書けばいいのに……」

麻子さんは少しその英文を眺め、スラスラと訳し始めた。流石だな。私も意味はないと予測しつつも、文面には一応目を通す

「大洗女子学園の皆さん。我が校は皆さんに投降を勧告します。試合だからとはいえ、我々はいたずらに犠牲者を出すことを望みません。戦闘を放棄して投降した者には危害を加えません。私物は没収せず、友人達と同室にて収監し、その後はただちに全員解放し帰宅させることを約束します、かな」

フン、自分の顔を鏡で見ながらそれをしゃべってみやがれ

「えっ、それって!」

「戦わなくても降伏すれば無事帰れるの!」

一部の者の顔が変わる。アホか、私の話を聞いてなかっ……たか。だが私に従ってきた者たちだ。何をするか……予想できるだろう

「くさいな」

左衛門佐さんが首をひねる。ま、武田を知ってりゃこれくらいの罠は分かるか

「うむ、これは敵の某略。相手の士気を鈍らせる常套手段。今まで捕虜を殺しまくっておいてどの口が言うんだ!」

「甘く見るなよ、黒森峰!」

河嶋隊長が縦にビラを引き裂き、その音で皆の少し浮かれた感情は突き崩された
よかったよかった。本当に離脱だけは避けてほしいもんだったし
バスに乗り、都市の南西の郊外にある会場、前線へ向かう

515 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:31:33.37 ID:YuTUMZY30


黒森峰学園都市 ライヒ病院
学園の施設の集中する中心部、フリードリヒ地区にある、都市のみならず県内でもトップを争う総合病院である。だがこの病院といえど、どうも出来ない患者もいる
その病室の一番奥、若干隔離されているのかとも思える位置に、その人の病室はある

「それでは、そろそろ出発します」

席を立ち、靴の踵同士を当てて鳴らし、右手をまっすぐ掲げる。誰もが同等の仕草を返すべき敬礼だ
しかしベッドの上の者から返事は無い。ただ点滴の管によって生かされたものとなっており、その目には一切の光が差し込まない
西住まほ、黒森峰と提携する西住流の家元後継者にして、『本当の』黒森峰女学園選抜戦車隊隊長。私なんて……到底かなわない方

「プラウダに奪われた優勝杯、必ず取り戻して参ります」

最後に一礼して、病室の外に出る。外には緊張の面持ちで一列に隊員が並んでいる。ドアは空気圧が抜ける音をさせて閉じた

「逸見隊長代行。西住隊長の容態は……」

そう、私は代行。その呼び名が、懐旧の情にかられていることをひしひしと伝えてくる。先頭にいる者が尋ねてくるが、表情からもう読まれているだろう

「ダメだ、完全に昏睡状態だ。話すこともできない。出場は無理だ。残念だが選手登録は抹消しよう」

奥歯を噛み締める。周りの者の表情は変わらず緊張の面持ちだ
隊長はただ隊長であるだけではない。西住の正嫡、それはあいつに対抗するに余りある名声であった

516 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:32:13.21 ID:YuTUMZY30

「そんな……」

「決勝でも西住隊長の指揮がないなんて……」

それがないのである。この不安は私では止められない

「相手は部隊戦術なら姉をも上回るとさえ言われるあのみほ元副隊長」

冷や汗を流しながら顔を見合わせ続ける

「硬式の実績は相手の隊長が明らかに格上 上……」

「クッ!」

流石に聞き流せず、その者を睨みつけようとした。しかしすぐに思い直す。あいつと私では格が遥かに違う。それは確かだ

出場した試合はあいつが1年生から合計7試合、私はこの大会が硬式初出場で、出場した試合は準決勝の参戦を含めて3回、そのうち1回がほとんど戦闘なく飛行機で逃亡しやがった知波単戦であるため、実質2回である
いや、そのうち1度もヨーグルトが協定通り降伏し、こちらも捕らえておく意味もないので解放した。彼らの捕虜の中にはグロリアーナもいたが、上から彼らも解放するように言われ、あの紅茶中毒患者どもを解放するのは若干癪だが解放した
つまり実戦経験1回、あの大洗への参戦のみだ。そしてここにいる者の多くも、経験は同様である

「エリカさんの指揮で西住流に勝てるの……」

しかも黒森峰は7月の大会、プラウダ戦で硬式経験者を失いつつある。その為今回の試合に参加する者には初出場の者が多い。数や火力で学園は勝っても、殺られたら自分達は終わり。その恐怖を揉み消せていない者たちばかりなのだ
その点では今回の大洗にさえ劣るやもしれない

?一列に不安が連なる。緊張の面持ちどころではなく悲愴感で溢れている。しかし1人だけそうでない者がいる。赤星小梅だ

中学の頃から精鋭に所属した学年でも有数の実力者であり、あいつ以外に昨年の軟式大会の選抜戦車隊の車長に選ばれた唯一の人物である。そう、本来であれば私の学年であいつの補佐をするべきだったのは、その時予備車輌車長だった私ではなく彼女なのだ

ではなぜ私か。一つは精鋭が虐殺されたこと。これにより一つ上の世代で隊長を務められる人がいなくなったから。もう一つは彼女、小梅が黒森峰での軟式での10連覇を妨げたもう1人、とされているからだ

517 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:33:56.88 ID:YuTUMZY30


彼女の乗った偵察用のIII号が、豪雨でぬかるんだ道が崩れたために川に落ちた。そこで後続にいたフラッグ車の車長だったあいつが、助けるために車輌を放棄して川に飛び込んだのである
無論頭のなくなった戦車に何もできはしない。フラッグ車は撃破され、黒森峰は忘れることのできない敗北を喫したのである
あいつの行動のみならず、川に落ちた際の対応が遅れた彼女もまた批判の対象となった。そして今年は基本精鋭部隊からは外れていたし、昇進もなされなかった
そして夏の硬式戦で階級が軍曹以上の方々が殆ど死亡。あいつもいなくなった結果、当時伍長だった私が二階級特進で曹長になり、代行を務めるに至ったわけである

逆に言えば、私を代行にしたり彼女を出して文句が出ないほどに、今の黒森峰選抜戦車隊は人材が逼迫しているのだ
何もできないでいた。この場の雰囲気を正す手段など、いや手段の問題ではないな。私自身が力不足なのだ
その中で焦燥が渦巻いていた中で、急に彼女が首を左右に回した後、靴の裏で3度床を叩いた

518 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:35:49.12 ID:YuTUMZY30

♪オブ シュトゥーム オーダ シュナイツ
Ob's st?rmt oder schneit
(嵐の時も雪の時も)
♪オブ ディ ゾーンネ ウーンス ラハト
Ob die Sonne uns lacht
(太陽が照る時も)

再び靴の裏で2度床を蹴る。いきなり歌い出したことに周りの者は茫然とする。私もだ
だがこの歌はよく知っている

♪ディア ダーク グリューエン ハイス
Der Tag gl?hend hei?
(灼熱の昼であろうと)
♪オーダ アーイスカールディ ナハト
Oder eiskalt die Nacht
(極寒の夜であろうと)

隣の者が歌に加わったのを皮切りにその隣、その隣と歌を歌い始め、リズムに合わせ床を叩く

♪ベジュ タウ ジン ディゲ ジヒター
Bestaubt sind die Gesichter
(顔が埃にまみれようとも)

そうだ、我々は引いてはいけないのだ。学園都市のため、学園長のため、戦車道のため、黒森峰のため、そしてここにいる全ての者のために、引いてはいけないのだ。それがすべきこと。私が弱気になんてなってはいけない

♪ドッホ フロー イスト ウン ザ ジーン
Doch froh ist unser Sinn
(高らかなる我らの士気)
♪イスト ウン ザ ジーン
Ist unser Sinn
(我らの士気)

歌に加わる。自らの決意を自分自身に浸透させようと下腹部に力を込める。すべての者が歌う、この士気よ
そしてこれを彼女が歌い始めたのだ。あいつにあの時救われた彼女が

♪エス ブラースト ウーンザ パンツァー
Es braust unser Panzer
(我らが戦車は突き進む)
♪イム シュトゥーム ヴィーン ダヒーン
Im Sturmwind dahin
(戦いの嵐の中へ)


やっとここのベービたちも、戦いの嵐の中に身を投じることを決めた。礼は後だ。今は病院の看護師に謝罪して、向かうのだ

519 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:36:50.75 ID:YuTUMZY30


黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角

「ダージリン様、そろそろ始まりますね」

「ええ。それにしても今日の紅茶、貴女が淹れたにしては少し濃いですわね」

「すみません」

ペコは顔を伏せる

「いえ、いいですわ。大方私達がここにいていいものかと考えていたのでしょう?」

「……はい」

「こんな言葉をご存知?
All is fair in love and war.
イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない」

「正直今一番聞きたくなかったです。私達、ヨーグルトに降伏し、彼らが黒森峰に降伏することで全員解放してもらったのですから」

「良いじゃない。私たちは生きているんですよ?」

「でもそれは犠牲の上です。BC自由の離反組を……倒していますし、そして今目の前ではあの時好敵手として戦った大洗が殲滅されんとしている……」

「全く、同じチームくらい方針を一致させておいてほしいものですわ。あそこを支援するサンダースの気が知れない」

「何か……申し訳ないんです。その人たちの命の上に、のうのうと生きていることが」

「人は生きていなければ何も出来ませんわ。アンチョビさんも死んでしまっては何もできませんもの。一方で我が校は犠牲者をあまり出さずに済み、その上安泰ですわ」

「安泰ですか?戦車の数を元に戻すことに予算を取られるうえに、それをしたらしたで黒森峰に目をつけられて面倒だと思いますけど。プラウダのカチューシャさんも……」

「関東情勢はこの大会で変わりますし、その黒森峰も今まで、そしてこれから力を削られようとしているではないですか」

「へっ?」

520 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:37:22.10 ID:YuTUMZY30


「ペコさん、貴女には聞えませんか?熊と象の足音が」

「熊と……象?」

「今後はその間を取り持つことに尽力すればいい、それこそが我が校の安泰の道とお上は思うかもしれませんが……ふふ」

ペコは首を傾げる。その時、2人の後ろからローズヒップがダージリンのもとにきた

「あらローズヒップさん、どうしました?」

「GI6から情報です。上層部から得たため、信頼性は高いとのことですわ」

「ありがとう。それとオレンジヴァールとの交渉は?」

「なんとか纏まりそうらしいですわ」

「素晴らしい報告をありがとう。そう言われてこそ、あの小煩い3会派のお姉さま方を説得した甲斐があるものです」

「あとお二方も現在こちらに向かってらっしゃいますわ」

「そう。風邪をひいてないといいけど。場合によっては途中の学園都市に連絡して食事と飲料の手配を。もちろん温かいもので」

「もっちろんですわ」

ダージリンは手紙をローズヒップから受け取ると、すぐに開く。と思ったらすぐに確認を終え元に戻した

「どうしました?」

「象の足音はやはり本物のようですわ。ウチのGI6相手にこれほどのプランを伏せ続けてきたとは、流石は彼らといったところでしょうか
そういえばそろそろ試合が始まりますわね。果たしてみほさんはどんな戦いを見せてくださるのでしょう。あの時みたいにハラハラさせてくださるといいわね。楽しみです」

「え、ええ。そうですね……」

521 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:40:17.71 ID:YuTUMZY30


決勝戦 黒森峰側陣地 7時40分

「全車輌エンジン入ったか?」

「まだ13号車が終わってません」

「遅いわよ、早くしなさい!」

「すみません」

「エンジン始動終わった車輌の者はこちらに集まりなさい」

遅い。あと30分もないのだ。脇にいた小島さんがそれを抑えにきた

「焦りは敗北に繋がりますよ。エリカ隊長。まだすぐに試合が始まるわけじゃないんですから」

「小島曹長……」

「その呼び方はやめてくださいよ。今は貴女が隊長なのですから」

こんな試合の前なのに、笑顔とまではいかないが、緊張が見えない

「いやしかし、貴女は夏のほぼ唯一の生存者です。尊敬しないわけには……」

「はっはっは。同じ曹長とはいえ、貴女は親衛隊、私は防衛隊です。顎で使ってくださって構いません。私にあるのは実に残酷な経験だけ。精鋭を指揮をすることはできませんからね」

冗談をよく言うものだ。防衛隊の軍曹であった際に乗員の一人として夏を生き延び、そして普通に一段階昇進して防衛隊の学生大隊長を務めているのが彼女だ。人を纏められぬはずはない

「普通に考えれば勝ち目しかありませんが……相手があのみほさんですからねぇ。しかも母校の運命が背景にあるとなれば……一応の士気もありそうですね」

全く、国も面倒なことをしてくれるものだ

「きっと何か手を打ってきますが……それは読めませんね。援軍の可能性は相当低いと思われますし」

「ま、プラウダとサンダースを共に敵に回していますしね。他は……」

「ウチらの相手になりそうなところだと、聖グロもないでしょうね……でも戦いを挑んできているところを見ると、やはり何かしら期待があるのかもしれないわね」

522 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:41:08.07 ID:YuTUMZY30


「みほさんにですか?」

背後からもう一人の声。歌の始まりの声だ

「小梅……」

「期待があるなら丸ごと押し潰すのみ。その力を我々は持ってます。私も黒森峰の人間ですし、敵と害を倒すことに躊躇いはありません」

「そうよね……さきほどはありがとう。あの時の歌が無かったら、統制も何も無かったし、私は何も……」

「いえ、あれが私の役目です。試合に集中しましょう」

ただ静かにそう返事してきた。私と小島さんの間から、遥か先を見据えるような目をして。きっと答えても、話は聞いていない

「そうね……」

「13号車、エンジン始動しました」

やっとか。時間が残っているのは幸いだ

「全員集まりなさい」

523 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:41:43.04 ID:YuTUMZY30


車長を先頭にその後ろに乗員が整列する。ティーガーIが1輌、ティーガー2が2輌、ヤークトティーガーが1輌、エレファントが1輌、マウスが1輌にパンターが7輌、ランクが4輌、III号が3輌。車輌総計20輌。決勝に参戦可能な戦車数の最大だ

視界には合計96人の隊員が並ぶ。その命が私の指揮に掛かっている。だが見せるわけにはいかない。その不安を唾と共に飲み込むと一息つき、口を開いた

「私達はこれから戦わなくてはならないわ。その相手はつい半年前まで共に戦い、勝利と敗北を分かち合ってきた仲間よ
されど彼女は西住流を破門され、黒森峰から追放された。しかしその力は大洗で、この大会で何倍にも膨れ上がったわ。残念なことにね
大洗は今年度限りでの廃校、学園都市の廃止を通告され、それの撤回という微かな希望に戦車道を結びつけ、それにしがみついてきているのよ。そしてこの様な状況の中でも、仲間達と彼女自身の愚かさ故に戦い続けているわ
しかし!我々黒森峰は戦車道の絶対王者よ!撃ては必中、守りは固く、進む姿に乱れなし、鉄の心、鋼の掟、それらを我々は持ち続け、それを我々の中で膨らませているわ。たとえ何が相手だとしても我々は戦い、勝たなければならない!
??大洗女子学園を粉砕しなさい!敵4輌全車撃破し、1人でも多く生き残るわよ!生き残り、この戦いを次に伝えていくことが、学園長への最大の忠誠と思いなさい!」

「ヤヴォール!」

その返事をしない者はいなかった。油断はない。皆あいつを知っているから。だからこそ、私たちは勝てる
時を待つ。始まりの笛を。燃料の浪費はこれ以上必要ない。あとはすぐに、手早く、この場で倒す!

524 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:42:46.31 ID:YuTUMZY30


広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと
「即刻叩け」

「西住と戦う決勝戦」
において選択をしたとのことです。

525 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/21(月) 23:43:25.58 ID:YuTUMZY30


ここまでです
526 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:38:00.88 ID:EGYyJA4LO


2045から始めます


527 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:49:00.09 ID:EGYyJA4LO


大洗女子学園戦車道チーム、最後の戦い

彼女たちは何を求めて戦うのか

528 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:50:22.40 ID:EGYyJA4LO


2012年12月11日火曜日 午前8時 黒森峰学園

都市南東部、ブレスラウ地区の高台で審判の右手が挙がる。最後の戦いの始まりを告げる笛の音色は単調だった。たったこれだけで、何人もの命を吹き飛ばすゲームが幕を開けるのだ

「全車反転!あんこうに続いてください」

大洗戦車隊は続々と会場中央に背を向ける。運はそちらにしか微笑んでいない。ここは会場の西側。黒森峰がこちらに向かってくるまで、思っているほど時間はないはずだ
なにせ戦力差がこれだ。わざわざ中央の森林地帯でこちらが出てくるのを待つ必要はない。さっさと距離を詰めて撃破、黒森峰らしい、かつ手間かからないいい手だ。私がその場で指揮を取っていてもきっとそうするだろう。躊躇う理由がないからだ
そしてその時、相手は私たちの行き先を知るだろう。だから急ぐのだ。作戦も移動中に伝えて間に合うだろう

529 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:50:55.49 ID:EGYyJA4LO
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530 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:51:35.48 ID:EGYyJA4LO


「……に、西住。正気か?」

「はい。私は至って正気です」

無線越しで初めて作戦を伝えられた各車長の中で、一番早く言い返したのは河嶋隊長である。そういうのももっともな作戦だ。正気と答えたが、勝ちに囚われまともではないのかもしれん

「……しかし、本当に可能なのですか?私にはとてもそうは思えません」

その次はエルヴィンさん。確かにスターリングラードと維持とどっちが難しいか、となればどっこいどっこいだろうな

「……なんとも言えません。しかし会場内で戦うよりかはまだ勝ち目が見えます。会場内は向こうも知り尽くしてますし、何より黒森峰の戦術に合うよう平地を軸に設計された敷地です。ここでの勝ち目はありません
それよりは向こうも慣れない黒森峰市街地を戦場にするべきかと」

「万一脱出出来たとしても、自衛隊に追撃されるということは無いのか?戦車の質、練度共にどう考えても勝ち目はないだろう。秋山と松本も言っていたが……」

「いえ。硬式戦での暗黙の了解として、もし包囲網を突破したら会場を脱出したチームが行き着く先まで拡大する、というものがあります」

「無茶苦茶だな。日本全国どこでもありじゃないか」

「全くそうだとは思いますが、ずっと走っていると燃料切れを起こして動けなくなるので、一応範囲は制御可能、というところではないでしょうか。今回はこれに賭けます。私自身、本当に見るのは初めてですけれど」

531 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:52:15.10 ID:EGYyJA4LO



「宇津木さんの件を忘れたわけじゃありませんが……西住隊長がそこまで言うなら、やってみましょう」

「……そうだな。それをやめさせたところで、私たちがどうこう出来るものでもない。西住、任せた」

「行きましょう、西住さん」

「分かりました。全車引き続きあんこうに一列でついて来てください」

元々陣地はかなり西寄りにある。目標を見つけるのにさほど時間は必要としなかった
草原を駆けていくと、さきの会場あちこちに見えるのは自衛隊の戦車。それも最新の10式が混じっている。黒森峰の戦車と見比べても、はるかにゴツい

それは大洗チームが近づけば近づくほど大きくなる。そしてついに段差に関わらず履帯の全容が確認できるほどまで近づいた

「……撃たれたら、発射光の後に移動を。それより前だと追尾されます。避けても無理だとは思いますが……信じましょう」

「何をだ?」

「さぁ?」


532 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:52:55.82 ID:EGYyJA4LO


大洗の戦車隊には前進を継続させた

「……距離、1100です」

「に、西住殿。正面の戦車を……」

優花里さんが横のハッチから顔を出して指差す先の戦車の上に、人が立っている。格好からして自衛官だ

「……大洗女子学園の諸君、警告します。すぐに引き返し、試合に戻りなさい」

拡声器でも使っているのか、声ははっきり聞こえる

「ね、ねぇ、みぽりん。大丈夫なの?注意受けてるよ!」

「多分」

「多分って……」

長々と話を聞ける余裕はない。光があるかないか……私だって死にたくないのだ

「引き返しなさい」

構わず前進する

「西住……」

「私たちには、前進以外の選択肢はありません。躊躇ったら黒森峰に追いつかれます。各車、車間距離を開けていってください」

砲塔の一つが、ゆっくりとこちらを向いた。狙っているのは、間違いなくIV号である

「麻子さん、向きを変える時間はありません。戦車のどれかから光が見えたら急停車を。それで……少しはなんとかなるかも……」

「横には避けないのか?」

「そんな時間はありません。まぁ、この方法も何度も使えるわけじゃないんですが。麻子さん以外はどこかに捕まっておいてください。止まって砲弾が落ちたらすごく揺れますから」

「う、うん……」

533 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:55:44.69 ID:EGYyJA4LO


距離700。敵車輌のうち1輌発砲。タイミングはバラバラだったが、後ろの方からも忙しない金属音がした。無論足元からも。キューポラの枠に捕まっていた私の上半身も思わず前に揺り動かされる。
放たれた弾は右側にそこそこ大きくて逸れ、地面を丸ごと吹き飛ばしていった。そして勢いのままにそれを広げていた。平原の中に一瞬にして窪地が生まれたのである

「ひっ……」

「流石は120ミリ滑腔砲……威力も段違いであります……」

ビビる仲間はともかく、私はある一つの予感を確信に変えつつあった。可能性は増した

「各車、砲弾装填」

「お、おい……大丈夫なのか?」

「やるしかありません。安全装置も外してください」

「……はい」

近くのだ。何としても近づくのだ

「華さん。さっき撃った1輌の履帯に照準を。走行間で難しいとは思いますが、狙いはずらさないで」

「はい」

向こうだって実際に狙われるのは慣れていないはず。いざという時はただ走っているだけではないと見せねばならない

「あの、みほさん。砲塔と車輌の隙間にしますか?」

「いえ、履帯にします。彼らは戦車道の参加者ではありませんから。もともと脅しが通じる力量差ではありませんし」

534 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:56:37.74 ID:EGYyJA4LO


距離400。だが恐らくこの距離でも私たちのチンケな砲では傷さえつけられないだろう。車輌を揺らすので精一杯だ
向こうの車輌の鼻先全てに焦点を当てつつ、耳の情報を一時遮断する
再び、今度は別の車輌が火を吹いた。それは右前方から左側へIV号の正面を素通りし、同様のくぼみを形成した

「うおっ!」

「きゃっ!」

履帯が浮きそうな揺れが車内を支配する。こんな時期だというのに、手袋もまともにしていない手は汗で滑りそうである

「に、西住さん……撃たれたら教えてくれ!流石に今のは心臓に悪すぎる!」

「……あ、自衛隊はわざと外しています。そのまま前進を!」

正直私にとっても心臓に悪い。が……本題は彼らの上官が現状を踏まえどのような判断を下すか、だ。どうする。近づいてから一斉射撃して殺すか、それとも生かすか。生かされてもそれが何時間伸びるかだけかもしれないが、ないよりマシだと信じよう
「このまま最初に撃った車輌の右脇を通過します!各車速度を上げて通過してください!砲撃はしなくてけっこうです!」

ここから先はお上のみぞ知る

「ここまで来たら狙われたらおしまいです。できるだけここにいる時間を短く済ませましょう」

正面の最初に発砲した車輌の車長の顔も認識できるようになっていた。ただ正面のIV号を、場合によっては私をどうするつもりか、判断材料は増えたかに思えたが、無表情のそれは何も伝えてこなかった

僅かな揺れさえも大きな変化として足元から伝わってくる。凛々しく見える顔が益々大きくなる

535 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:58:31.43 ID:EGYyJA4LO


残り200。腕を振り上げた彼女の手が降ろされると共に、さらに多くの砲弾が周囲にばら撒かれ始めた。流石の私も頭を出していたら怪我どころでは済まない程である

「麻子さん、前進継続!止まらないで!下手にスピード落としたら、死にます!」

「……冗談も大概にして欲しいな……」

「他の車輌も止まらないで!車間維持!これを各車輌に厳重に通達!」

「そ、それどころじゃないよぉ……」

弾はことごとく外れる。むしろ私たちの行き先を、二本の線のような砲弾の跡の隙間が指し示している。しゃがんでないと、何かに掴まっていても重心ごと体が車内を駆け巡りそうになる。最早こちらも砲撃どころではない

まもなく間を抜けようとした時、ぱたりと砲撃が止んだ。絶え間無く上がっていた土煙が舞い落ちて、視界に久々の灰色が浮かび上がる。上に乗った土ごとキューポラを押し上げると、左側で先ほどの人が表情はそのまま敬礼しているのが、まだ微かにある空飛ぶ砂つぶの向こうに見えた。右手を掲げるものではない。肘を張った敬礼

どこの誰だか知らないが私もさらに身を乗り出し、僅かな間だったが目を合わせたまま同じ姿勢をとり、脇を駆け抜けていった。その後に他の車輌も続いてくる

536 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 20:59:02.30 ID:EGYyJA4LO


ここに一つ目の奇跡は達成された。自衛隊包囲網の突破である。全車輌土埃を浴びまくったのを除けば損害なく脱出できた。

「……に、西住……」

「はい、これで最初の難関はクリアです。全車輌前進継続。コットブス地区方面の市街地へ向かいます」

一方で砲撃音からこちらに逃げているのはバレたはず。本格的に時間が限られてきている

「敵もすぐにこちらに来ます。急ぎましょう」

「分かりました!」

「しかし……本当に成功するとはな……」

「10式なら我々を撃破することは、自動追尾機能を考えれば造作もないはず。しかし威嚇してくるだけで撃破はしなかった……ということは、誰かが大洗の勝利を、生存を望んでいるかもしれない、ということです」

「ウチの勝利をですか?いったい誰が?サンダースもプラウダも敵に回してるんだぞ?私たちは」

「分かりません。ですが、誰かが味方だってだけで、少し気分はマシになりません?」


537 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:02:26.19 ID:EGYyJA4LO


私直属の黒森峰の先発隊が、森を突破して大洗がいた場所に突入する。しかしそこにもう大洗の姿はない。森から来たから、森の中にはいないと思われる

「大洗は?」

「それが……履帯の跡を見るに、緑川の方に向かった模様です」

「はぁ?そっちは会場外でしょ?どうなってんのよ……でもそっちの方に行って、まだ試合が終わっていないことをみると……」

「自衛隊の包囲網の前で止まっているか、それともまだ会場内にいるか……まさか」

「分からないけど合流は待たずに取り敢えず追うわよ。ここはいくら相手がウチの元副隊長だとしても、他の人間からすれば走り慣れない場所。奇襲はないわ
でも時間を稼がれると罠を仕掛けてくるかもしれないから、先を急ぐわよ」

その時であった。確かに先ほど聞いた緑川の方向から、断続的に砲声が鳴り響いた。黒森峰の精鋭はここにいるか森を迂回しているし、何よりこの時間で音のする方まで行けるはずがない

「砲声?」

「ここで演習なんて今日ありましたっけ?まさか試合の日に?」

「……いや、これは黒森峰のじゃないわね。何かしら……」

538 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:02:59.77 ID:EGYyJA4LO


「……10式、自衛隊の砲声……」

「えっ?本当に?」

「間違いありません。前に研修で自衛隊の演習を見学した際に近くで聞きましたから」

「となると、大洗は本当に自衛隊に突っ込んだのでは……」

「まさか。あんなオンボロ戦車たちが自衛隊を突破出来る訳ないじゃない」

「ですよね……」

戦わずして勝てる。それならそれでいい。プラウダを負かして優勝。それでこの学園の恥辱は一応の終焉を見せる。私のような才のない人間には丁度いい貢献方法なのかもしれない。通信手も何かが気になるのか、音のする方を注視しているが、どうも何もあるまい

539 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:03:34.68 ID:EGYyJA4LO


砲手や装填手との話を済ませ、全車に指示を出そうとした時、通信手がそれを止めた

「エリカ隊長……ルフトバッフェから……」
しかもやけに震えた声である。別に戦場の雰囲気に当てられた訳ではないだろう。今までも一緒にいた者だ

「何よ。試合中にわざわざルフトバッフェからなんて」

「それが……」

「早くしなさい」

「……大洗が自衛隊の包囲網を突破、した模様です」

「……え?」

「その後は市街地南東部へと進んでいるようです……」

「……本当に?」

「ええ、ルフトバッフェが唯一のフオッケアハゲリスを出して空から確認したそうですから、間違いないかと」

「……どうやって……いや、今はそんな時じゃないわね」

「会場外に出て我らも誘引し、指導による引き分け狙いでしょうか?」

装填手が上を向いてきて尋ねる

「まさか、そこまで鈍ってはいないでしょう。それにそんなのをウチが認めるはずないわ
いずれにせよこちらの優位は揺らがない。小島さんの迂回部隊の到着を待って追うわよ。向こうが突破しているなら、こちらも出来るはずよ。ただし2000メートル以上の距離を維持しなさい」

「ヤヴォール!」

540 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:04:11.96 ID:EGYyJA4LO


彼女らの右側から森林を迂回したヤークトパンター、ヤークトティーガー、エレファント、マウスなどを含む重戦車部隊が合流し、市街地方面へ出発した

「……なるほど、話は分かりました」

ヤークトパンターにつなげた無線にて、小島さんは冷静に返してきた

「小島さん、あまり驚かれないのですね」

「砲声の数です」

「数?」

「こちらが戦ってないとなれば、あの数はあまりにも多すぎました。たった数輌の旧式戦車を止めるには」

「……なるほど。だとしたら、自衛隊はなぜ突破を許したのかしら。意図的じゃなきゃできないでしょうに」

「そこまでは流石に。何か裏はあると思いますが……」

「なるほど、ありがとうございます」

そこで一度無線を切り、小梅に同じことを尋ねた。少し唸ってから返事が来た

541 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:04:38.41 ID:EGYyJA4LO


「……エリカさん。恐らく……」

「小梅、どうしたの?」

「学園が依頼したのかも……」

「学園が?なんでよ。会場内の方が勝ちやすいことは知ってるでしょ?」

「はい、乗員、車輌ともに質的には圧勝しています。だからこそ会場外でもこちらが十分勝てると考えているのでは?」

「だからってなんで会場外でやるのよ、面倒じゃない」

「……恐らく、学園が『勝ち以上のもの』を求めているからではないかと」

「勝ち以上のもの?圧倒的な勝利じゃなくて?」

「戦力差的に圧倒的な勝利は当然と考えられているでしょう。それを市民のより近くで見せることを考えているのかと……というより大会実行委員長があの人である以上、自衛隊とのツテがあるのはウチぐらいでは?」

「ま、確かに今の状況でプラウダやグロリアーナが自衛隊を動かせるわけもないしね。
しかし市民の前で……黒森峰戦車道の威信を示すのかしら。確かに昨今の大会では負け続き。いくら反乱は抑えているとはいえ、市民にも不安があるはずよね
より近くで裏切り者相手に圧倒的勝利。なるほど、あり得そうね。人気取りに使われるのは癪だけど」

「第一戦車科には市民の金も使われてますからね。相応の安心感を返さねばならないでしょう」

「……それもそうね」

戦車道は学園の駒。私はその駒は指せない。それを思い知らされた

542 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/24(木) 21:05:35.29 ID:EGYyJA4LO



広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと

「追撃せよ。西住に逃げるという道はなし」

「大洗曰く逃げるは恥だが役に立つ」
において選択したとのことです




ここまでです
543 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:05:23.50 ID:cH77cM4bO


2245から始めます
544 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:47:18.63 ID:cH77cM4bO


幼児を抱いた母親ほど、見る目に清らかなものはなく、多くの子に囲まれた母親ほど、敬愛を感じさせるものはない。

ゲーテ


545 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:47:46.62 ID:cH77cM4bO


大洗戦車隊は北西の方にある市街地に向かい、草地の丘陵を越えて行く。しかし後ろのポルシェティーガーが他の3輌に比べ大きく遅れを取っている。元からそこまでスピードを重視している車輌ではないが、坂道でもないのに遅れが大きすぎる

「沙織さん、ポルシェティーガーが遅れているようです。何が起きたのか聞いてみてください」

「分かった。こちらあんこう、レオポンさんチーム、異常ありませんか?」

返事がない。しかし後ろにいるポルシェティーガーは停止はしてない。暫くして、やっと無線が繋がったらしい

「え?ナカジマ、さん?」

沙織さんの口調が少し変わった

「あ、カトラスさんかぁ……そっかそっか、入れ替わってたんだっけ。ところでナカジマさんに繋いでもらっていい?」

あの人そんなに声大きくないと思うけど、こういう時はきちんと話してくれるようだ

「エンジン修理中、って何があったんですか!」

とすこし安心しつつあった私の耳には、叫び声に近いものが入り込んできた。向こうの説明はそこそこ長く、沙織さんの微かな返事を挟んで、車内を緊張とエンジン音のみが包み込む

「止まるって……」

止まる?何が……

考える間も無く、ただでさえ蒸す車内なのに、さらに粘着質な汗がどんどん顔と背中を伝っていく

「と、とにかくみぽりんに繋ぐよ!」

沙織さんはすぐさまこちらに無線を繋げてきた。話し方と漏れた言葉から、尋常じゃない事態が予想される。尋常じゃない、それがどのようなことかは、いくつか候補が挙げられるが、どれか

546 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:49:08.90 ID:cH77cM4bO


「み、みぽりん!大変!レオポンさんチームエンジン止まりそうだって!」

すぐにヘッドホンに手を当てる。それか。だが焦ってばかりもいられない。まずはただ真摯に現実を受け止めねばならない

「レオポンさんチーム、現状は」

「はい。恐らくプラウダ戦の環境が主要因かと思われる空冷エンジンの出力低下が発生しています。現状可能な修繕も行いましたが、効果ありません。あと15分すればエンジンが停止するのは間違いないです」

確かにポルシェティーガーのエンジンは元から強くない。彼女らの技術をもってしてもどうにもならないとなれば、如何なる人間にも何もできないだろう。だがこの損失は余りにも大きすぎる。車輌、人員ともに

「……どうにも、なりませんか?」

「どうにもなりません。本来ならエンジンごと取り替えないといけない故障です。こちらはツチヤとフリントさんを脱出させます。他はこの88ミリを有効活用する為残ります。できれば2人を回収してください」

「2人だけですか……もう1人これませんか?戦車はともかく、人は来れるのでは……」

「行きません。西住さん、学園を残してください!なに、ここで20輌全部撃破して戻ってくるから心配しないで!」

……説得をかけるのも無理だな。それに彼女らの言うことにも筋がないわけじゃない。黒森峰と正面切って戦える唯一の車輌。足止めには十分すぎるし、数だって削れるかもしれない。そして稼げる時間はこちらの味方だ。その分準備できる

「……よろしくお願いします……おふたりには川を渡って市街地へと向かうように伝えてください」

長時間会話用のスイッチを切る。そうは分かっていても、額から鼻に向けてさらに大量の汗が流れる

「どーする、戻ってツチヤさんとかを回収するか?」

そうしたいのは山々だが、それを許せる時間と余裕がない

「いえ……黒森峰の射程に入ってしまいます。回収は……リスクが大きすぎます。2人とはあとあと合流できることを期待します」

嘘だ。いくら戦車とはいえ、走ってくるものを待って拾えるはずがない。可能性になってもらうか

547 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:49:59.65 ID:cH77cM4bO


「どうした、西住。ポルシェティーガーに何かあったのか?」

河嶋さんが無線を繋げる

「……エンジン不調によりこちらに来れないそうです」

「こっから88ミリが抜けるのか……」

向こうの河嶋さんは溜息を深く吐きながらもやけに冷静だ。普段の彼女なら泣き喚くだろう。しかし頼って呼ぶ人がいない、それが彼女を隊長たらしめていた
そして彼女の発言もまた事実だ。黒森峰に容易に損害を与えられるアハトアハトが欠ける。今後の戦略にも影響するのは間違いなかった

548 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:50:48.16 ID:cH77cM4bO


レオポンさんチームの車内で2人声を上げる者がいた

「どういうことですか!私だけ脱出する?先輩方も脱出しましょう!」

「……自分から死ににいくのは……良くない」

ツチヤが操縦席からナカジマに向かって叫ぶ。もう一人脱出を命じられたカトラスさんもいつになく低い声で、小さいとはいえ抗議の意思を示す
ナカジマは少しの間、返事を躊躇った

「……ツチヤ、お前に2つの命令をする。聞いてもらいたい。ひとつはこの車輌をエンジンが止まる前に敵の方に向けろ。もうひとつはお前は脱出しろ、そして生き延びろ!」

「何故です!何故先輩方はここに残るんですか!死にたいのですか!」

「我々はここで黒森峰を1輌でも多く減らす!そして、大洗を優勝に貢献するんだ!ここでこのレオポンを放棄して逃亡したり降伏なんかしたら今まで死んだ者たちに顔向けできない!
このレオポンが動かないとしても、88ミリは役に立つはずだ!いや、役立てなくちゃいけない!」

「……だからって、なんで脱出するのが私なんですか!」

「お前が死んだら、誰が自動車部を残すんだ!他の者は生き残って学校が勝っても3月で引退だ。そして春までに新入部員が来るとも思えない
西住さんは必ず来年も学園を存続させてくれる!その時にお前が来年も自動車部をやってもらう為に生き伸びろ!生きるべきは……若い奴だ
黒森峰が迫っている。時間が無い!」

「……たった一年の差じゃないですか……先輩方に夢はないのですか!それをここで犠牲に出来るのですか!」

「お前は……12月14日を迎えずに死ねるのか?11月23日に行ったのがお前の最後のドリキンで良いのか!この中で一番叶えやすい夢を持っているのはお前だ。生きて、生きて生き延びて、絶対叶えろ!」

549 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:51:28.13 ID:cH77cM4bO


「……私だけレオポンチームとしての本分を捨てろとは、酷いわがままもあるんですね」

ツチヤは悪態を吐きつつも、奥歯を噛みゆっくりと、されど確実に車輌を逆方面に向け始める

「……さて、カトラスさん。ツチヤを助けてやってくれ。こう見えてコイツはかなりの寂しがり屋でな、誰かが見守ってやんないと残るウチらも不安でしょうがない。それにもう……ここに通信手は必要ない」

「……そして、このチームの勝手は、このチームの人にしか分からない、と?」

「ああそうだ。それにお銀さんから言いつけられたこともあるんだろう?私たちは艦の上の人間だから、底のことはよく知らないさ。でもそれを真に伝えられるのは、貴女しかいないんじゃないかい?」

「……大したことは……それにあの場には西住さんや桃さんも……」

「ならあの2人を助けるために動いてくれ。私たちの、これまで戦った人たちも含めて、その意味を示すために」

小規模の半径を使って描かれた半円にて、重戦車はしっかりと黒森峰の想定を捉える位置で停止した

「……無駄にはしたくないだろう」

「……わかった」

「そう言ってくれると助かる」

視線を外し、目を細めながらそうこぼすと、レバーから手を外した人を見定めた

「さあ、ツチヤ。これがお前のレオポンへの最後の奉公だ。トンプソンはくれてやるよ。自動車部を、大洗を頼んだよ」

ツチヤはトンプソンM1を掴み、無言で振り返ることなくキューポラから身を乗り出した。それに続く形でカトラスも外に出る

「……ありがとうございました」

そう言い残して機関部の上に降り立ち、先輩たちの背後に向け走り出した。そしてポルシェ101/1は共にその最期の力を出し切って、2度と動かぬ塊となった

550 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:52:41.09 ID:cH77cM4bO


「さて、大変なモンを背負わせちまったね。なら先輩として不甲斐ない様を見せる訳にはいかないね」

ヘッドホンを外し、咽頭マイクも外したナカジマが袖を捲り上げながら砲塔から降りる

「よかったじゃないか、ナカジマ」

「なにが、ホシノ?こんな時に」

「地球最後の日が来るなら、その前に雨の日に出かけたいと前に言ってただろう?」

「そうだけど、今日は曇りでしょ?かといって雨が降る感じでもないし」

「いや、砲弾の雨の中だ」

「生憎それは理想じゃないな……」

「まあ、私もオーナーにはなれなかったけど、このレオポンがここまで走ってくれたからな、満足か」

車輌を撫でるスズキの肩をナカジマが叩く

「なに言ってんの2人とも、シケた顔しちゃって。私達はここで黒森峰戦車隊20輌を撃破するんだよ!」

「……そうだな、やるだけやるか!」

ホシノも照準器に向き直る。ナカジマとスズキも88ミリ砲弾の装填に移る。黒森峰の戦車群のエンジン音が遠くから聞こえる。しかも徐々に大きくなる

「ここから先は行かせないよー」

だがそこに鉄壁が立ち塞がる

551 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:53:09.53 ID:cH77cM4bO


パンツァーカイルの行き先は黒森峰市街地だ。しかしその途中に最主力を、しかも単独で平原に配置するなど誰が考えようか。真っ先に稜線を越えようとしたティーガーIIを大きな揺れが襲う
正面から撃ち抜かれはしなかったが部隊に動揺が走る。目の前にあったのはポルシェティーガー、大洗唯一のアハトアハト装備車輌だ

「て、敵襲です!車輌は……ぽ、ポルシェティーガー!」

「ポルシェティーガー?な、何故あんな隠れるところも何もない場所にいるのよ?とにかく早く撃破しなさい!各車輌稜線に展開!砲撃開始!」

しかし次弾装填前にポルシェティーガーの砲身は火を噴き、パンター1輌を撃ち抜く

「距離は600!早く撃ちなさい!」

エリカは指示を出すが、やはり今までの者達と比べて装填速度が劣る。装填し終わった車輌は次々と砲弾を撃ち込もうとするが、命中率は芳しくない。正面に3発ほど命中するが、戦果は履帯を破損させ、右側面のライオンのマークを削れたくらいだ

ポルシェティーガーからの次の弾はランク、その次は別のパンターと、黒森峰からの砲撃を喰らいながらも頭を出した奴から的確に仕留めていく

「何やってるのよ!失敗兵器相手に!」

キューポラから身を乗り出そうとするが、部下に服の裾を抑えられる。しかし一部が両翼から稜線を一斉に超えて展開し側面を殴れるようになると、向こうの車輌も揺れるのか狙いが緩んできた。被害はあったが、このまま敵最主力相手に勝てるのは確実だった

552 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:54:21.53 ID:cH77cM4bO


黒森峰重戦車の砲弾を立て続けに喰らっているポルシェティーガー車内も、貫通弾こそないもののただではすんでいない。衝撃で車内を振り回され、身体のあちこちをぶつけている。ホシノは特に隣の砲身などに頭を打ちつけて出血している

「ホシノ、大丈夫か?」

ナカジマが砲弾を押し込む

「……ふぅ……これは……やばいかも……」

次に放たれた砲弾はティーガーIの足元に外れる。頭から垂れた血は顎からスカートへと垂れる

「くそッ」

「スズキ!次弾装填!」

車輌だけでなくあちこち痛む身体までも酷使して砲弾を撃つ

「慌てず、急いで、正確に……な」

「……ああ」

その直後、正面に砲弾が命中したらしく、凄まじい振動が車輌を襲う。車内で砲弾を抱えていたスズキが壁に打ち付けられる

「がはっ!」

2つの鉄にサンドイッチされたスズキの身体から何かが折れる音が聞こえ、砲弾を離して床に倒れた。

「スズキ、大丈夫か!」

「おぐ……あ……」

胸と腹の間辺りを手で抑え、息荒く突っ伏す。肋骨が数本いってしまったようで、辺りの器材を掴んで痛みをこらえている

553 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:55:09.76 ID:cH77cM4bO


「……ナカジマ、次弾装填……頼む」

ホシノはさらに頭を打ち付けたようで、出血量が増している

「……くっ」

スズキの落とした砲弾を2本の腕で拾い上げ、足元に力を込めながら砲身に押し込む

「……く、らえ……」

意識は朦朧としかけている。トリガーに指を掛けたホシノは今使える全精神力をその狙いに定め、全体力を砲弾の発射に使う。思いを込めた砲撃はエリカ車の履帯を破壊する。転輪も外れた様だ

?しかし、総計10発以上攻撃を受けた装甲はもう限界だった。エレファント重駆逐戦車の128ミリ砲に堪えるには。左側面より機関部まで到達した砲弾によって燃料に引火したらしく、大きな爆発とともにポルシェティーガーとレオポンチームはその働きを終えた。その残滓の爆風の残る中で、前方部から伸びた白旗が、僅かにその裾をあげていた

554 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:55:38.07 ID:cH77cM4bO


黒森峰側は隊長車が2度も砲撃を受けたことに少々混乱を見せている。だが無事だ。別にこの隙を突いて逆襲してくるとは思えない

「履帯、転輪破壊されました!」

仮にしてきたとしても、ティーガーの系譜以外ならこの部隊でも十分勝てる。一応その対応はしておくか

「急いで修理しなさい!他の車輌はブレスラウ地区の緑川沿いの高台の上まで移動!敵の行動を補足しなさい!
これで敵の主力は撃破できたわ!こいつさえ撃破すれば、ティーガーや他の重駆逐戦車を易々と撃破できる車輌は大洗にはない!構わず進みなさい!」

「や、ヤヴォール!」

素早い指示が功を奏したのか、被害はあったものの悲観的なムードは落ち着いた。しかしまた敵もよくこんな役目をやろうとしたものだ。私たちみたいに経験を積まされている訳でもなく、たった2週間前までは普通の女子だったというのに
かくいう私も、学園のためと思えばこうして試合に躊躇いなく出ているし、砲撃を命じている。何も変わらないのかもしれない

555 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:56:08.82 ID:cH77cM4bO


第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

中島 悟子

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

鈴木 久里

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

星野 義美

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死


556 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/27(日) 22:56:39.50 ID:cH77cM4bO


広報部より報告

大洗女子学園の動向

同校からの連絡によると

「子を産みてしんがりを努めよう」

「陸上の動かぬ船」
において選択したとのことです



今日はここまでです
557 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:33:39.86 ID:1TDhW2kZO


2040から始めます
558 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:42:32.42 ID:1TDhW2kZO


女とは生産力であり、継承の種だ。だからこそこちらの女を餌にしても女を釣り出すのだ。そして断て。それが命だ。

黒森峰女学園の内部文書

559 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:44:23.04 ID:1TDhW2kZO


「そのまま進んで、次の角を左折してください」

エンジン音を立てながら市街地を進む。街中には既に事情は伝えてあるようで、街中には人は見当たらない。既に避難済みのようだ。ありがたい

御船川の森崎橋は破壊したし、レオポンさんの存在もありこれで時間は稼げた。SS歩兵師団などが来なければ……まぁ流石に本格的な投入は避けてくるだろうな。学園の対面的に考えて、ウチ相手に使ってくるとは思えん

だが時間だけだ。結局数的劣勢は揺らがないし、火力不足も変わらない。おまけにその過程で最大火力、最大装甲を持つ車輌を失ったのだ。皆も不安に思うはずだろう。それに今すぐにそれを解消することもできない
私には奇跡を願いつつ、その奇跡を活かす最善の手を打ち続けるしかない。ある一つのことを犠牲にして

「200メートル先右側が黒森峰の物資倉庫です。警備が2名しかいません。沙織さん、威嚇して追い払ってください」

戦車の上で道案内しながら向かわせたのは、黒森峰の各地に設置された物資倉庫の一つである。かといって戦車の砲弾とかが置いてあるわけではない。目的は別のものだ

「お願い!逃げて!」

沙織さんの僅かな願いとともに車内に薬莢が吐かれる。警備の2名は抵抗もなくその場から走り去った。恐らく防衛隊だろう。士気も低いし

「麻子さん止まらないで!シャッターごと突き破ってください!」

「了解」

麻子さんの操縦は全く狂うことなくそのままシャッターを押し潰し、IV号は倉庫の中に突っ込んだ。車内が大きく揺れる。だがそんな揺れでも、先ほどよりはマシだ。枠に掴まっていれば耐えられる。そのまま前方の空間を確認した上で前に進ませる
その穴に続いてIII突、B1bisと他車輌が入ってきたことを確認し、咽頭マイクに指を再び当てた

560 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:45:43.47 ID:1TDhW2kZO


「あんこう、カバさんの人は一回集まってください」

キューポラから出て地面に飛び降りる。ぞろぞろと中から出てきたあんこうチームとカバさんチームを前に、倉庫の少し奥の方にあった一つの縦長のケースを開いた。流石は軍事バカ学園。自分たちがそうしているから、そうされた時の対策もしてやがるのだ

中には互い違いにあるものが入れられている。薄茶色のラグビーボールみたいな形の頭に同じ色の棒が組み合わさった代物、パンツァーファウストだ

「使い方を説明します」

その一つを手に取る。砲弾に比べればマシだが、鉄パイプが付いてるだけあってそこそこ重量がある

「パンツァーファウストか」

「エルヴィンさんなら使い方ご存知じゃありませんか?」

「いや、流石に本物を見るのは初めてだ」

以前の私の部屋にはコイツのレプリカが置いてあったな。確か親からの貰い物だった気がする

「じゃ、一応使い方を。基本的にこれは先の丸い部分を敵戦車に向けて放ち、これを撃破します。その為にはここの安全装置を外し、その先にあるこの穴を、弾の頂点とともに照準を合わせます
撃つ時の姿勢は大きく二つ。脇に抱えるか、肩に載せるか、です。何れにせよ発射時に後方に爆風が出るため、後ろに敵以外の人がいないことを確認してください。また胸元で狙いを定めるのもやめてください。死にます。そしたらここのレバーを押して発射します
これは使い捨てです。使い終わったら棒は放棄して、自身の車輌に戻ってくるなり、今回みたいに倉庫を襲ってもう一本手に入れるなりしてください。きっとここはすぐに代わりの兵が駐屯するでしょうから。まぁそれを倒すのもアリ、ですが」

561 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:48:09.29 ID:1TDhW2kZO


「こんなのに戦車を倒せる威力があるの?」

「なにを仰いますか!これは独ソ末期戦におけるソ連戦車の一番の天敵でありますぞ!」

沙織さんの訝しげな目に対し、優花里さんが必死に声を張る

「誤射でとはいえヤークトティーガーを撃破したこともある、という話も聞いたことあるな。少なくともポルシェティーガーが抜けてしまった以上、重装甲の駆逐戦車とかを撃破できるのはこれくらいしかあるまい」

「へぇ……」

たしかに戦車より遥かに小さいこんなものが戦車を仕留められることに違和感を覚えるのも仕方ない。自分たちが戦車に乗って戦ってきた意味も薄れるだろう。が、現にこれより小さいであろうものにウサギさんチームは殺られているわけだ

「運用に関してですが、射程が短いため基本は隠れながら接近し、撃った後は当たろうと外れようと即座に離脱してください
説明は以上です。カモさんチームは砲が2つあるのでそのままで。あんこうとカバさんは操縦手と砲手だけ残って、他の人はこれで戦います」

「でもそうするとウチの車輌、車長とリーダー両方失うぜよ。流石にそれはまずいんじゃないぜよ?」

おりょうさんが腕を組みながら言う。確かに一理ある。どちらかならともかく、どちらもは流石に統率的にまずい

「あっ……」

「取り敢えず砲手の左衛門佐は外さないとすると……」

「私がやろうか?操縦」

エルヴィンが声をかける。この人操縦出来たっけ?

「おりょうほどではないが、1度冷泉さんに聞いたことがある」

「でも、それだけで動かせるものでは……特にIII突は砲身の自由が利きにくいですし」

「隠れればいいぜよ。余り動かなければ弊害にはならんぜよ。それに隠れるのはIII突の得意技ぜよ」

「じゃあIII突に残るのは私と左衛門佐、行くのはカエサルとおりょうでいいか?」

「御意」

「了解ぜよ」

「バベーネ(了解)」

562 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:49:37.29 ID:1TDhW2kZO


そうして担当が決まった。天才肌の麻子さんの指導というのもあり不安ではあるが、彼女たちが納得しているならそれでいい気もする。決まった後そこから少し離れた所にある箱に目をつけた。中身を見ると、予想通りの代物である

「みぽりん、何やっているの?」

「10、11、12。よし、人数分はある」

「何がですか?」

「痛み止め」

皆の頭にクエスチョンマークが浮かんだところで、一人一つずつ小さな縦長の箱を配っていった

「これが痛み止めなのか?西住」

皆が中を見ると注射が入っている

「注射?」

「はい、これは……モルヒネです」

「モルヒネ??」

「麻薬じゃないですか??どうしてこんなものを??」

思わず沙織さんが投げ捨てようとしたのを、割れる前にキャッチすることができた

「とと……えっと、これは……安楽死用です。これからの作戦は危険で、かつ負傷する可能性があります。自分が大怪我をして死を悟るまで追い詰められた時は、それを打って痛みを和らげてください」


563 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:50:04.75 ID:1TDhW2kZO


無言。分かってはいるが、分かりたくはないだろう

「……結構効くらしいですよ。でもその代わり、使うのは本当に死を悟った時だけにしてください!一人でも多く帰って来ましょう。それが、勝利への道です」

言葉の最後が弱々しくなってしまうな

「分かりました……」

「私たちの戦場はここです。皆さんも各地に散って、迎え撃つ準備をしてください。敵を発見次第、私が信号弾を放ちます。あ、因みにここから欲しい武器があったら持っていってください」

「はい」

皆詳しそうな優花里さんやエルヴィンの話も聞きつつ、適当に自動小銃や爆弾などを見繕っていく。仮に死にたくなくとも、武器が多いなら越したことはないことは理解しているのだろう。それか本能か
私はパンツァーファウストと追加で手榴弾のみにしておく。身軽な方が動きやすく逃げやすいし、銃は持ち替えても弾が得られなかったら意味がない。弾も持ちすぎたら動き辛いしな

そして暫くしてここからかなりの人と車輌が散っていった。そしてこの時より私は殆どの責任を投げ捨てた。このチームの人の命を出来るだけ守るという
車輌から離れた人をコントロールすることは難しい。何より私もその一人だ。勝つために。そうお題目を立てて、私はまた逃げているのかもしれない。そしてその結果、皆この敵の本拠地で命を燃やし切るのだろうか
そうはありたくない。可能性は増やしたい。だからこそ、やるだけやらせてみよう

「華さん、麻子さん。ちょっと残って頂けますか?」


564 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:51:19.78 ID:1TDhW2kZO


黒森峰学園都市郊外 ブレスラウ地区

目下には黒森峰学園都市の主要部が一面に広がっている。周りに視界の邪魔になる物は無い。ここなら敵が攻撃を仕掛けてきても、すぐに分かるし対応できる
そしてこっちから攻撃を仕掛けなければ敵はこっちに来るしかない。エンジンを切っても問題ない。むしろ掛けていて燃料切れにでもなったら洒落にもならない。だが暫くは来ないだろう。それが分かっている者たちによる穏やかな空気が高台に漂う

「飲む?」

あるパンターに乗る者が同乗者にペットボトルを渡す。この者たちは初参戦だ

「ありがと、このまま戦わず判定勝ちなら良いのにね」

受け取ろうとした時、ティーガー2の上で双眼鏡を構えていた私がこちらを向いたことに気づいたようだ

「あ……すみません、隊長」

試合前に言われたことを思い出したらしい。確かに大洗を全滅させろ、と言ったのは私だ。仮にこれまでの大会の最中だったなら、こんな発言など許されなかったに違いない。すぐに隊長の拳が彼女たちのほおを襲ったであろ打つ
しかし私は違う。口元を緩ませ、その者を安心させようとする

「いや、お前の言う通り、これは硬式戦、会場の外に出ている奴らが反則負けで誰も死なずに優勝できるなら、それが一番いい」

それが黒森峰や西住流の方針に反していることなど分かりきっている。そうでもなければ決勝に大洗は来ていないだろう

「なんなら自衛隊が片付けてくれれば楽だったんだけどねぇ」

しかし『非常時に最上の策を取れる人間』、それが出来る人間を真っ先に殺し、人の命を部品にする硬式戦車道を快く思えなかった。その者という損害は二度と取り戻せないというのに。きっといつか、この戦いもなくなるといいのだが、私がそれを差配できるような立場になるには、まずここで勝つしかない

565 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:51:52.98 ID:1TDhW2kZO

「ただ、こちらから入っていかないとしても、奴らがどこに潜むのかは知っておく必要があるわ。そこでルフトバッフェの出番よ。奴らに対空兵器は無いから、空から全ての動きは筒抜けよ。流石に攻撃はさせないけどね。下手な恩は与えないに限るわ」

「ルフトバッフェと言えば、朝出撃がありましたけど、何なんですかね?」

「サンダースか何かが来てスクランブルかしら?全く最近そういうの増えたわね。どーせ攻撃する気なんてないのに
まあ今回のために一機だけ貸してくれたんだから、今は試合に集中するわよ」

「は、はい」

左側前方から2つのローターが回る機体が飛んでくる。先ほどまでは偵察などをこなしていた黒森峰のフォッケ、アハゲリスFa223だ。とりあえず今後の動きさえ読めれば、あの3輌などどうにでもできる
しかしそれは構えていた双眼鏡の向こうでいきなり砕け散った。驚きで双眼鏡を目から外した後、丘の上を悲しく爆発音の波が過ぎる

「え……何?事故?」

「ま、まさか……せ、戦車砲で……飛行機を撃った?」

小島さんも小梅も、この様子には驚きを隠さない。戦車砲なんかで撃墜するのを見るのは初めてだ。そもそも戦車は上を撃つのにあまり向いていない

「ど、どうやって……」

「……ま、まだ優勢は変わらないわ。こちらに来るまで砲をあちらに向けさせたまま待機していなさい」

「……は、はい」

兎に角これでもうフォッケ、アハゲリスはない。敵情は探りにくくなった
まずいな。先ほどのしんがりを含め、段々と向こうの、いやあいつの雰囲気が呑まれている。栄光ある黒森峰の者の士気はそう簡単に落ちないとは思うが、どうにかならないものか

566 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:54:46.23 ID:1TDhW2kZO


黒森峰学園都市中心部 ライヒ病院

「砲声……?」

白衣の看護婦が東向きの窓のカーテンをめくる。空には依然として雲が張っている

「そう言えば今日は郊外で戦車道の試合がやってましたね」

と分かれば良くあることである。別に気にすることではない
カーテンを元に戻すと、反応が返ってこないのが分かりきってる話しかける。だがこうして話している言葉も患者の耳からは入っていく。そうした刺激がこの人の脳を再び活性化させるかもしれないのだ
そして詳しいことはわからないが、それが学園に必要なこと、らしい

「確かケーブルテレビで中継もやってますよ。西住さんのお仲間も戦ってるんですよね。一緒に応援しましょう」

まず電動ベッドを動かし患者の上半身を起こす。ワゴンに手をかけながら机の上のリモコンを手に取ると、電源を入れ、慣れた操作でチャンネルを黒森峰ケーブルテレビに合わせる。患者が元気な時にやっていたことを、ここではしょっちゅう流しているから

『戦車道をこよなく愛する皆さんこんにちは。ヨーゼフ加ヶ丘です。黒森峰中央放送より、黒森峰演習場にて行われている全国高校戦車道大会の様子をお伝えいたします
試合は膠着状態に入っていますねぇ。黒森峰戦車道選抜部隊は市街地を見下ろす見晴らしの良い丘に停止したままです。選手たちは落ち着いた様子を見せています
大洗は苦しいですね。これでは側面も背後も取れません。南山さん、どう思われますか』

『そうですねぇ。両サイドも的確に塞いでますね。このままいくかもしれません』

だがここでの解説はいつも学園に有利な情報だけを伝えてきている。永らくここに身を置くうちに、そこに関しては割り切れるようになっていた
だが彼女らが今の私たちの生活を守っている。それもまた周知の出来事だった

567 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:57:26.53 ID:1TDhW2kZO


ただ光を得た時に画面に映っていたのは、キューポラから身を乗り出すエリカと彼女の乗るティーガーII、そして一面に広がる木のない平原。緩やかに動き始めた脳が、画面のわずかな情報から状況を把握しようとし始める。
そしてかすかに残るかつての記憶、それを交えて導いたのはある戦場。それもかなり危ういもの

「……だ」

閉じていた口が粘着力を取り払い、自力で動き出す

「ダメだ……エリカ……」

彼女がアップになった画面に手が伸びる。時間はかなり経っているらしい。手を伸ばしていくのも一苦労だ

「離れるんだ……そこを……」

だがそれでも、漏れ出る言葉を止めようとは思えない

「誰か……エリカに伝えろ、アイツは……アイツはまだ、硬式戦の経験が……」

鴻門の会の樊?の如く目頭、目尻が引き裂かれんばかりに見開いた目は画面に狙いを定める。筋力が大幅に減退した腹筋、背筋を酷使し更に、更に前に手を伸ばす

「先生!西住さんが!」

看護婦はワゴンにストッパーを掛けるのも忘れて扉を叩き開けて一目散に部屋を飛び出す。だが、それよりも重大な問題がある

「……アイツは……アイツはまだ……硬式戦を、黒森峰を分かってないんだ……」

568 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:59:04.33 ID:1TDhW2kZO


当面準備の進行に滞りはない。黒森峰の目は華さんが神業とも思える狙撃で潰したし、黒森峰が山から降りてくるようにも見えない。いやさ、やれるならと思ったけどさ、本当に空に飛んでるヘリを放物線を描く砲弾で撃ち落とすとか、マジでやれるとか誰も思わんでしょ。けしかけた私がいうのもなんだけど

狙撃を成功させた時、華さんの心の中では何か踏ん切りがついたような顔をしていたが、その心で破門も乗り越えていくのだろうか

それを戦車の上で見届けたのち、私は優花里さんと沙織さんと共に、ある建物の一室を蹴り開けて潜んでいる。やはり集団的に避難が行われているらしい。無断立ち入りのお詫びは生き残ったらするかもしれないな。生き残ったら
ここの下には御船からブレスラウ地区を経由してフリードリヒ地区へと続く主要道が通っており、その直線の先を眺めれば黒森峰の主力が山の上に収まっているのが確認できる

「西住殿」

優花里さんがその建物の一室で話しかけてきた

「はい」

窓の外を向いていたが、声を聞いて後ろを見る。2人はそれぞれパンツァーファウストを握り、顔には汗が浮かべる。気温は9度、遠軽より気温はかなり上とはいえ、息も白く変わる。その汗が塩気のある汗か、冷や汗か、脂汗か、そんなのは分からない

569 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 20:59:43.34 ID:1TDhW2kZO

「本当にまだ、我々に勝ち目はあるのでしょうか?」

「そ、そうだよ。まだ強い車輌が沢山いるんでしょう?ティーガーとか」

優花里さんの癖っ毛の内向きロールの度合いや沙織さんの髪の外向き度合いがいつもより高い気がする
後ろに向けていた視線を、外の道とガラス窓が幾つも並ぶ向かいの建物に戻す。その窓もいくつかは水泡がまとわり付き、中は見えない
勝ち目?そんなことは分からない。私にできるのは勝つために最善を尽くすだけ

「分かりません。ただ、黒森峰はルール違反を犯しました。ルールを破った者は負けなければいけないと思います」

「ルール違反?え、黒森峰が?」

「黒森峰が何かやったでありますか?どちらかと言うと会場外に出たウチや、準決勝のプラウダの方が」

「いえ……この大会のルールじゃなくて……戦車道のルールですらなく……」

外に現在は変化はない。それでも警戒を怠らない。敵は黒森峰、そしてここは敵地ど真ん中である

570 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 21:01:43.96 ID:1TDhW2kZO

「人道に対する罪、人類へのルール違反を黒森峰は犯して来たんです」

その警戒を区切り、目線を優花里さんの方に向ける。口は少々緩ませようとしたが、それができたかは知らない。二人は言葉を飲み込めていないらしい。まぁそうだろう。この目で現実を知るのはこの中では私だけだ

黒森峰の歩んだ道は、敵としたものの未来を潰して潰して潰し続けることだった。その結果、自分たちの未来が潰れそうになるとも知らず。国の前に学園だった愚かな者たちの、崩壊の足音、それが来ていると信じた

「一つだけ確実なことがあります。黒森峰が再び戦車道に君臨することを、誰も望んでいないということです」

黒森峰は既にサンダース、プラウダという二強を敵に回している。私としてはそこにつけ込む機会を狙うしかない。その奇跡が再び私に微笑まんことを



571 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 21:03:21.47 ID:1TDhW2kZO


与党日本民主党は55年体制における保守合同ののち、連立の如何はあれども、ほぼ一貫して政権与党の座を占めていた。1985年以降、学園艦の原子力エンジンの老朽化により、内需拡大の名の下進められた学園艦移設計画によって誕生した地上の学園都市は、その以前と変わらず日本民主党の大きな支持母体であった。(但し日本教職員連盟などの内部組織はその限りではない)。何より地方では都市そのものが一つの選挙区であることもあったため、日本民主党としては繋ぎ止めておきたい母体だった。実際に政府は学園都市の自治に表立って介入するのを避け続けた
かのプラウダでさえ積極的にではなかったが、その関与があるのは青森県の選出議員のほぼ全てが日本民主党の公認候補である点からも明らかだろう
政府は学園都市の自治を保証する代わりに、学園都市は政権を支持する。この相互利益のある関係は2009年まで安定していた

572 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/10/31(木) 22:45:40.93 ID:mBkQ6ajr0

忘れてたけど今日はここまでです

また日曜日
573 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:17:15.90 ID:SZXzOB5IO


永遠の平和など夢にすぎない。しかも決して美しくない夢である。戦争とは神の世界秩序の一環である。戦争においてこそ人間の最も高貴な美徳、勇気、自己否定、命をかける義務心や犠牲心が育まれる。もし戦争がなかったら世界は唯物主義の中で腐敗していくであろう

大モルトケ




574 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:18:27.66 ID:SZXzOB5IO


どんよりとしていた雲に隙間が見える

「日が差してきたわね。天気も回復しそう」

手をかざし日光を遮りつつ天使の階段を眺める。やっとか。こんな天気じゃこちらの士気にも暗い影を落としかねなかったし、このぐらいがちょうどいい。しかし奴らも動かんな。流石に圧倒的な火力の前に死ぬ気はないらしい

だが動かなくてどうする?敵地の真ん中だ。補給だってまともにできやしない。食事も、水も、燃料も、寝床も、こちらには与えられる。此方が求めれば存分にだ

だがお前らはどうだ?刻一刻と減る燃料に奪った飯と水と寝床。仮にもついこの前まで普通の乙女だった者たちにその罪悪感を上乗せする。お前は大丈夫だろうが、他の者たちは果たしていつまでまともでいられるかな?

「ねえ、何か音がしない?」

少し気分良く伸びをしている合間に、近くにいた者が辺りを見回す。確かに私にもハエが飛び回るような音が耳に入るが、この周りに虫はいない。それが天使の階段の入り口に向くと、そこにいたのは黒い点の集まりだった

「あれ……飛行機だ」

「凄い数」

その点は近づくと横に広がる。この世にあんな遠くであれだけの大きさに見えるものは、しかもあれだけの数が揃うのはいくつかしかない

「ルフトバッフェの帰還?それとも誰か偵察の増援頼んだ?ちょっと本部に問い合わせてみなさい」

575 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:19:05.15 ID:SZXzOB5IO


「隊長??」

近くにいて双眼鏡で空を眺めていた者が急に絶叫する。目は見開かれ、周りにツバが飛ぶのも気にする様子もない

「何よ?確認取れたの?」

「P47!サンダースのヤークトボンバーです!」

「なっ!」

素早く双眼鏡を構える。遠くに見える機体の中で一番手前の一番大きな機体の側面にあったのは、小さく見える青い星
間違いなくサンダースだ。そしてスクランブルした機体は帰ってきていない
だとしたら目標は……我々。それを妨げるもの、なし

「そ、総員緊急乗車!エンジン始動!回避急げ!大至急隠れなさい!」

ティーガーIIのキューポラに滑り込む。伝えるべきことは山ほどある。対空避難なんてどうやるか知らないが、とりあえず見られなければいいとは知っている

「ど、どこへ……」

しかしここは木一本もない平原、隠れる場所なぞある訳ない。更に今は冬、エンジンが温まり移動を開始できるまで少なくとも20分はかかる。あと15分もすれば爆撃が開始されるだろう

くそっ、しかも後方もしばらく平地。あのポルシェティーガーを撃破した場所も平地だ。つまり身を隠せる一番近くの場所は、ところどころにあるポツンと立つ木か、市街地か。
どちらにいくか。答えは一つしかない

そう、一つしかない

「兎に角市街地に急ぎなさい!温まりが微妙でもいいから!動けたらどんどん動きなさい!」


576 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:19:43.79 ID:SZXzOB5IO


「に、西住殿!黒森峰のいるあたりに爆撃がッ!」

窓の外から丘を眺めていた優花里さんが声をあげる

「機体は?」

「えっと……恐らくP47、ですな。この辺りで、となればやはりサンダースでしょう」

「ふむ、サンダースが来ましたか。そうですか……サンダースが」

言葉を口から零すと座り込みを深くし、顔の汗を拭う

「良かった……なんとか時間を引き伸ばせば、終了までにきっと何か動きがあると思っていました」

「え、みぽりん知ってたの?」

「に、西住殿はこの事態を読んでいらっしゃったのですか?」

2つ目の奇跡が叶った。これが勝利には欠かせない

「まさか。運ですよ、運」

「……先ほどの自衛隊の件といい、西住殿は豪運をお持ちですな」

本当だな

「え、じゃあ本当に勝てるかもしれないの?」

「さぁ、そこまでは……」

「あれ、外から何か音が……」

上空から鋭く風を切る音がする。優花里さんが窓に這い寄って身を乗り出す。空には何十本もの煙の筋が縦に登る。灰色の空でもよく見える、さらに灰色の筋

「えっ?こ、これは」

その音が気持ちの良いもののはずがない。あの森を焼き払い、黒森峰のかつての同胞を死なせた音だ。だがこれまた幸運の証であるのだから、なんとも反応し難い。できることは一つだけ

「優花里さん、危ない!」

「うわっ」

窓際にいた優花里さんの服の首元と沙織さんの袖を引き寄せ、その手を握る。二人とも驚いたようだが、とにかくそばに座ってくれた。三人の手が多層的に組み合わさり、この冬に貴重な熱をもたらす

「さあ、一緒に信じましょう」

「えっ?」

「この建物に砲弾が命中しないことを」

577 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:21:17.30 ID:SZXzOB5IO


黒森峰学園都市南部 ドレスデン地区

ここには大量の学生が集まっていた。ちゃんと15歳から18歳までの高校生である。高校戦車道大会の要綱に違反する部分はない
だが彼らは黒森峰の者たちではない。いやむしろ、彼らを憎んで憎んで憎み続けている者たちである

「撃て撃て、撃ちまくれ!ファシストの街を火の海と化し灰になるまで焼き尽くせ!今こそ虐殺された生徒や父兄の恨みを晴らし、同志カチューシャの仇を討つ時だ!」

プラウダ防衛隊学園駐屯部隊隊長という長い肩書きを引きさげたソホフ=コーネフが、軍服に身を包み、入ってくる情報を捌きつつ、命令を出す。プラウダ本土から用意した30輌のカチューシャが、大量の煙を吐きながらその名の者の恨みを晴らすが如く黒森峰学園都市を襲う

「向きは大丈夫か、セルゲイ」

「全て黒森峰学園都市中心部及び南部を狙っています」

テントの出口に向けて双眼鏡を向けつつ、参謀のセルゲイに確認を繰り返す

「連盟に確認は?」

「問題ありません。学園側が厳重に手配済みだそうで」

「そうか。突撃部隊の攻撃準備は」

「問題ありません。指示一つで黒森峰を粉砕出来ます!」

セルゲイは拳を胸元で振り上げる。こちらはソホフより声が低い。この場にいるとそう思うかもしれないが、軍楽隊にいた時はテナーのセカンドだった

578 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:21:47.82 ID:SZXzOB5IO


「しかし……本隊はともかく奴ら、本当に大丈夫なのか?そもそも軍属ですからないし、命令云々ではないかもしれんが……」

「今のところは大人しくしてますな、今のところは。まぁ、餌には食いついてますよ」

「だろうな。まぁ、同志カチューシャの指示だ。お隠れになっているとしても、逆らうわけにはいかんしな」

「今後を考えますと、それが宜しいかと」

「狙撃隊は?」

「ヴァレリーに無線を」

セルゲイが呼ぶと、別の者が無線機を持ってくる。それのダイヤルを素早く合わせ、声を掛ける。ケータイが使えないとこういうのが厄介だ

「こちらソホフ、どんくらい済んだか、ヴァレリー」

「……もういない。橋は確保できた」

帰ってくるのは暗く小さな声だ。なにか前髪で顔が隠れている姿を想像させる

「……風がなさ過ぎて面白くない。スコープで真ん中にやって当たるとかつまらんこと限りない」

「流石言うことが違うな。それじゃ確認の為一人残って、他はこっちに帰って来てくれ」

「……ダー。俺が残る。時が来たら教えろ」

「分かった。全く、お前は敬語が使えないのかい」

「狙撃の腕で勝ってから言え」

「お前に勝てる奴がおるか!」

そう言うと無線機を元に戻した。配下の者は素早くそれを持って戻って行く

579 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:22:21.68 ID:SZXzOB5IO


「……ヴァレリーには軽いんですね」

セルゲイが少し気分悪そうに言う

「彼奴の腕は信頼できるけどな、彼奴の性格的にあれくらいで付き合わんともたん。ありゃあ現場向きだ。下士官が精一杯だろうよ」

「でしょうな。ま、技術が一級品だからこれからも重宝されるでしょうがね」

「しかし……いいものだな」

「この光景がですか?まぁ、間違いないでしょうな。全ての恨みごと燃え尽きて仕舞えばいいのですが」

二人揃ってトーンを落として笑い合う

「隊長」

「どうした?」

先程の配下の者が落ち着いた様子でソホフを呼びに来た

「同志クラーラから無線です。無線所へ」

「同志クラーラからか」

「時の確認ですかな?」

「だろうな。分かった。今行く」

構えていた双眼鏡から目を外し、それをポケットに入れて布で囲まれた無線所へ向かう

580 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:23:08.53 ID:SZXzOB5IO


入り口の布を払うと、大きな機械が机を占拠している。無線士から手渡されたマイクを受け取る

「こちらソホフ。如何なさいましたか、プラウダ戦車隊常務監督官様?」

「作戦開始時刻に関してです。あと、その呼び方お辞めになって頂けますか。今はプラウダ戦車隊臨時隊長です」

「では臨時隊長、開始時刻は、確か向こうが10分後をめどに引き上げ、我々が15分後には撃ち終わるので、20分後でお願いします。我々も其方に敵の目が向いたあと全軍で向かいます。学園の為に偉大なる戦果を!」

「それでは同志マリア、ヨシコ、アレクサンドラ、リツにもその様に伝えておきますわ。それにしても……貴方がたまで出てくるとは、もはやこれは戦車道と言えるのでしょうか?」

「我々は武装偵察隊ですから、ルール的には問題はありません。それにこれはほぼ戦争と言って差し支えないと思います。憎っくき黒森峰を殲滅する、ね
しっかし、日本語まで流暢な同志クラーラにはかないませんな。私どうも日本語の発音は苦手なもので。伝達、よろしくお願いします」

「プラウダ、ウラー!」

「プラウダ、ウラー!」

無線に向かって敬礼すると、またマイクを掛け口に掛ける。その下に一人、布越しに頭だけさしてくる者がいた

「隊長、そろそろカチューシャが無くなります」

「次は122ミリカノン砲用意!構わず全弾市街中心部に撃ちこめ!3分以内にだ!」

「ダー!」

581 : ◆ujHylXatJU [saga]:2019/11/03(日) 22:23:45.72 ID:SZXzOB5IO


「5号車、応答ありません!」

「8号車、エンジンに被弾で走行不能!脱出します!」

悲惨だ。辺りは投下された爆弾による煙が立ち登り、さらに新たな爆弾が次々と黒森峰選抜戦車隊を襲う。何とか走らせ市街地に急行しているが、そこに向かっている間にも一輌、また一輌と餌食になってゆく

「ぎゃぁぁ!」

先程脱出した8号車の者たちに機銃掃射が縦一列に攻めかかり一人その餌食になる。しかし私の車輌も、他の車輌とその乗員を気にするほどの余裕はない

「後ろに付かれたわ!ターンして回避!御船川は空気抜きコックを閉じた後、上流部から突っ込みなさい!そんなに深くないからこれでいけるはずよ!頑張って!市街はもうすぐだから!」

操縦手は左右に車輌を振らせる。顎の下から垂れる汗を拭う気も起こらない

「とにかく逃げなさい!くそっ、サンダースの航空隊がここにいるのに、ルフトバッフェは何をやっているの!」

黒森峰戦車隊は出発前に5輌、川までの移動中に4輌、川縁や川の中で2輌の戦車がそれぞれ走行不能となった。そして私の頭の中では悪魔に近い顔をしたあいつが口角を上げて語りかけてくる


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