狸吉「華城先輩が人質に」アンナ「正義に仇なす巨悪が…?」【下セカ】

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59 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:38:12.60 ID:Vqcr7VCy0


 用意されていたバンの三列シートの一番後ろに不破さんと早乙女先輩が詰め込まれ、僕とアンナ先輩が真ん中に座る。月見草は助手席で、免許を持っているアンナ先輩直属の風紀委員が運転して病院に向かっていた。距離は大したことがないのですぐに着くだろう。アンナ先輩と月見草が人質として潜入し、僕と不破さんと早乙女先輩は病院近くの駐車場に止めたこのバンの中から、監視カメラとアンナ先輩に仕込んだ盗聴器で状況を確認しつつ場合によっては指示を飛ばすという二つのグループに分かれることになる。

 早乙女先輩の作ったイヤリングは華美過ぎず主張しすぎすに、アンナ先輩の魅力を引き出す可愛らしいバラのようなデザインになっていた。本人の服は制服か作務衣ぐらいしか見たことないのだけど、流石に画家と言うべきか、こういったセンスは飛び抜けている。

「どうですの、奥間君?」

「あ、え、その、似合ってます……いや、本当に」

 言葉に詰まったことにちょっとジト目で唇をとがらせて、それでも褒められたことが嬉しそうだった。不破さんと早乙女先輩二人が後ろでにやにやなのかよくわからない反応してるけどつっこんでやるものか。

 息を吐いて、監視カメラをモニターする。音がないから会話はわからないけど、大きな変化はない、と思う。

「人質に危害を加えていない辺り、最低限の良心はあるのでしょうか」

 不破さんが呟いた。同情ではなく、あくまで観察者として犯人を分析していた。

「ここまで大規模な事件を起こしている以上、犯人も後がありません。良心に訴えかけて改心していただけると助かるのですけど、それは考えない方がいいですわね」

 不破さんの言葉が無機質なら、アンナ先輩の声はひたすら冷たかった。たった今僕に褒められた喜びの感情が微塵もない。その瞳だけが凶悪な獣となって、モニター越しに犯人たちをじっと睨んでいる。

「緊張しますわね」

 緊張というよりは昂ぶっている。アンナ先輩は少し考えると、

「奥間君を模したアレを下腹部に入れておけば、わたくしも少しは落ち着くでしょうか」

「すみませんそれだけは絶対やめてください」

 何その衆人環視プレイ、落ち着くどころか確実にビクンビクンして手加減できずに相手を殺してしまうじゃないですか! 憎しみに我を忘れているアンナ先輩も確かに怖いけど、アンナ先輩が一番怖い時は性獣モードなのを忘れてはいけない。愛に我を忘れている時は絶対に自制しないし僕の言葉も聞かないのは精液より明白な現実だ。

「動きが鈍くなったり動けなくなったら元も子もないじゃないですか、ね?」

 宥めるように、何とか必死に誤魔化した。月見草や運転手は事情が分からないから黙っているが、後ろバカ二人も説得に協力しろよ。

 そんなこんなでしばらく経過し、何とか説得が終わったのとほぼ同時に車は現場近くの駐車場に止められた。

「では、あとのことはお願いいたします。あ、そうそう」

 アンナ先輩はにこやかに後列の二人に笑いかけ、

「奥間君に変な気を起こしましたら、誰が何を言おうとも最大の愛の罰を与えますので、振る舞いには気を付けてくださいまし」

 暗黒オーラを放ちながらドアを閉めた。うん、このあたりだけはブレてないな。ブレていてほしかった。《センチメンタル・ボマー》の抹殺も絶対撤回しないんだろうなあ、これだけは。

 僕とアンナ先輩、月見草が病院に向かう。

「月見草さん、お願いがありますの」

 暗黒オーラは消え、歩きながら、後ろに付き添う月見草を見ず、ただ前を、病院を目指しつつ。

「人質交換が通りましたら、わたくしの安全より人質の安全確保に努めてくださいまし。わたくしなら自分で自分の身を守れますわ」

「それは……」

 月見草が迷っていた。判断を仰ぐように僕を見るが、僕も答えようがない。

「月見草さん。あなたにはわたくしの身の安全ではなく、心を守ってほしいのです」

「…………」

 月見草の無言は、現場前に到着するまで続いた。

「――かしこまりました。この件が終わるまで、『人質の安全』を最優先事項とします」

 アンナ先輩は返事をしなかった。

 後になって考えればこのお願いが最大の間違いだったのだけど、この時はその通りだと、そう思ってしまった。華城先輩や不破さんであっても、きっと同じくアンナ先輩のお願いに、アンナ先輩自身が我を忘れてしまうことを危惧していることに、安堵したと思う。

 『KEEP OUT』の黄色いテープが張られているのをアンナ先輩は当然のように潜り抜ける。

「おいこら、お前達!」

 善導課の職員が声を荒げるけど、

「奥間主任がいらっしゃいますでしょう? そこまで通してくださいまし」

 あくまで淑やかな、だけど有無を言わせない迫力を伴ったアンナ先輩のあまりに堂々とした佇まいに、職員は黙ってしまい、あろうことか母さんのいる場所まで案内してしまった。多分後で母さんに再教育されるだろう、ごめんなさい。

 母さんは小型のバスみたいなところにいた。多分ここが現場近くの臨時本部になっているんだろう。


60 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:39:07.34 ID:Vqcr7VCy0



「何故貴様らがここにいる?」

 ぴん!と無条件に背筋が伸びた。母さん、マジで苛々している時の声だコレ。

 そしてその声を聞いて、何故かアンナ先輩の微笑が深まった。これ周囲の人々に避難勧告出すべきじゃないかな、バトルになったら下手したら死人が出る。というか多分僕が死ぬ。


 ――重傷を負った親友がいる、だからせめて自分と護衛をしてくれる風紀委員一名で人質交換を交渉してほしい。


 アンナ先輩の言った言葉は、結局のところその二つだった。その二つの言葉を聞いた母さんは、

「ぶげあ!?!」

「貴様あぁ!?」

 怒声に周囲の空気がびりびりと震え、僕は頬を殴り飛ばされここまで案内してくれた職員も巻き添えにしてぶっ飛んだ。周囲の職員が一斉に佇まいを直す。調教すげえ。

「ま、待って、かあさ、おぼぁ!? は、話聞いて」

「貴様は! 女を! 危険な場所に! 行かせるのか!? 何故、貴様が、行かんのだ!?」

 ぎゃ、が、母さん、腹は、ボディは止めて! 背中を丸めると何とか背中に集中して、そうして少しだけダメージを減らす。あんまり意味はなかった。

「奥間主任さん」

 あまりの怒りに周囲は一切動けないというのに、アンナ先輩だけが平然として母さんの役職としての名前を呼ぶ。

 鈴のように涼やかで軽やかな声が、その場にしんと染み渡る。母さんの攻撃も一瞬止んだ。

「これはわたくしの我儘ですの。奥間君までも危険な目に遭ったら、わたくしは自分でもどうなるのかわからないので」

 アンナ先輩は僕をぼこぼこにしていた母さんに向き直る。

「わたくしはアンナ・錦ノ宮。《公序良俗健全育成法》を作り上げた、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の娘です」

 アンナ先輩の視線は、子供なら裸足で逃げ出すようなおっかない風貌の母さんから一切ブレないまま、

「犯人たちも、わたくしとお話ししたいと思いますわ。きっと」

 微笑を一切崩さずに言ってのけた。こういうことで引く人じゃないのはわかっていたけど、やっぱり母さん相手に一歩も引かないのはすごい。

「わたくしと奥間君なら、護身術の腕はわたくしの方が上ですわ。これでも、自分の身は自分で守れますのよ」

 ……護身術って言った? 今?

 アンナ先輩は手でピストルの形を作って、人差し指をこめかみに当てると、

「わたくしならこの状態でも、引き金を引かれる前に反応して相手を組み伏せてみせますわ。手錠程度の拘束なら、力で抜けられますのよ」

 出来るんだろうなあ、きっと。

 アンナ先輩に言わせっぱなしじゃあんまりなので、僕からも何とか説得する。

「母さん。母さんたちにとっても、中の状況を伝えられる人間は必要だろ? どう対処するにしても。あくまでアンナ先輩は目くらましで、内部の状況にあわせて指示に動くのは、こいつ」

 後ろでずっと立っていた、月見草を指す。

「月見草だよ」

「…………」

 一時的な感情による暴走ではなく、それなりに頭を使って考えてきて、こちらが本気であることが伝わったのか、母さんは僕に手を出すことを止めた。


61 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:39:41.86 ID:Vqcr7VCy0



「ガキが口出しすることではない」

 ただ、そう吐き捨てた。反射的な反発として怒りが湧くけど、ここで母さんと喧嘩したって何にもならない。

「母さん。アンナ先輩がどれだけ友達を心配してるか、事件を伝えた母さんならわかってるだろ?」

「子どもが何とかできる範囲を超えていると言っている。これは私達の仕事だ」

「では、その仕事の権限はどこまで与えられていますか?」

 アンナ先輩が言葉の刃を返していく。僕もそれに続く。

「母さん。僕達でもいろいろ考えたんだけど」

 まだ地面に突っ伏した体を、何とか起こす。あちこち痛みはあるけど動くには支障ない。さすがにこのあたりは母さんも加減をわかってくれている。

「この事件、全員が人質の解放に動いているの? 違うよね、国としては少しでも引き延ばそうとしてるよね」

「誰がそんな戯言を言った」

 即座に切り捨てるけど、僕にはわかる。母さんには届いている。

「今、政府はあのデモで揺らいだ信頼を何とか取り戻したい。このテロの要求、《育成法》の廃止に対して決して屈しない姿勢を見せつつ、《育成法》に繋げて《ラブホスピタル》にも反論するやつらを悪とレッテルづける。それにこの事件はうってつけだ」

 はっきり言ってしまえば、《育成法》そのものと《ラブホスピタル》は、無関係だ。最終的な目的がどうであれ、ソフィアの立ち位置を見ても《育成法》を支持していることと《ラブホスピタル》に反対していることは、相反しない。だけど政府としてはそんなものはどうでもよくて、ただ立場がより強くなればいい。

 傷病人のいる病院をジャックした犯人は極悪人で、そういうやつらが主張する『《育成法》の廃止』は間違っていて、だから国の決めたことに反対するやつらは全部間違っていて、だからソフィアたちが起こしたデモも間違っている。

 めちゃくちゃな論理だけど、ここに人命が関わってくると、全部ひっくり返る。政府は主張を通すために、人質を切り捨てることもあり得る。無論警察の無能さを突かれるだろうけど、主張の通すために人命を犠牲にしたら、その主張はどれほど正しくてももう通らない。政府は自滅するのを待っていればいい。

 だけどその人質は、政府にとっては大勢の国民の一人でも、僕達にとっては大切な人たちの一人なんだ。

「母さんが心配するの、わかる。現場の責任者として簡単に頷けないのもわかる。だけど、ごめん。酷い言い方をすれば、母さんでも僕達は信用できない。母さんがどう思っていても、上からの命令とかそういうのが、きっと邪魔するだろうから」

 だからそういうしがらみのない、僕達子どもが動いてやるんだ。

「君も同じ意見なのか?」

 母さんがアンナ先輩に問う。

「ええ。別に善導課の皆様の邪魔をしたいとかではありませんわ。ただ、長引けば長引くほど人質の危険は高まります。綾女さんは重傷を負ってますから、一番危険な位置にいると思いますの。わたくしは健康ですから、いざという時も動けますけど、綾女さんはそうはいかないのです」

 アンナ先輩は雪の降る中、病院の最上階、人質が閉じ込められているであろう場所を見上げた。

「国が何を考えているのか、お母様方が何を思ってあのような行動に出たのか、わたくしにはどちらの言葉が正しいのか、わかりません。ですが、はっきり言えることはあります。大切な方がいて、その方を助けたくて、なのに出来ることを何もしないことは、間違っていると、そのことだけは、絶対に」

 アンナ先輩は再び、僕の母さんと視線を合わせる。

「改めて、お願いします。奥間主任さん。わたくしの身柄を人質の交渉に使ってくださいまし」

 アンナ先輩は母さんをお義母様とは呼ばず、敢えて役職名で呼んでいる。

 その意味が伝わってくれたのか。

「そうか」

 母さんはそう呟き、アンナ先輩に近付く。

「不甲斐無い大人で済まない」


62 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:40:25.11 ID:Vqcr7VCy0



 パシン、と小さく何かがぶつかる音だけが聞こえた。

 アンナ先輩の瞳には凶悪な獣の光が、母さんの顔には驚愕が浮かんでいる。え、なにこれ?

「酷いですわ、お義母様」

 ぎゃあああああ! よく見たら母さん、アンナ先輩のボディに拳入れようとしている格好で、アンナ先輩は母さんの手首をつかんで力が拮抗してるんですけど!? 母さん言葉が通じないからって親友の娘に実力行使するか!?

「言いましたわ、わたくし。たとえピストルをこめかみに突き付けられたとしても、引き金を引かれる前に反応できる自信がある、と」

 言葉が終わる前に母さんがアンナ先輩を気絶させようと動く。だけどアンナ先輩は全て弾くかいなすか躱すかをして、全ての攻撃をしのぐ。

 ハッキリ言って目で追うのが精いっぱいで、何が起こっているのかさっぱりわからない。二人のあまりの気迫に、周囲の善導課の皆さんも絶句している。多分母さんと互角にやり合える人を初めて見たんだろうな。それがこんな絶世の美女だったら絶句もするわ。

 互いに距離を取り、一旦攻防は止む。アンナ先輩が僕の近くまで下がってきた。母さんはちっと舌打ちする。

「身体能力までソフィア譲りか。可愛らしいお嬢さんだと思っていたが、言い出したら絶対に実行するところもそっくりだ」

 母さんは背中を向けてバスの中に入る。「母さん!」呼びかけるけど返事はなかった。

「多分調整に入ってくれたんだと思いますわ。少し待ちましょう」

「そう、ですね」

 異次元の戦いに僕が入る込める隙間はなく、ただそう頷くしかなかった。しかし、言うべきことは言えたはずだ。

「アンナ先輩、母さんがすみません」

「いえ、あれも親心、大人としては当然でしょう。わたくしも似たようなことはすると思うので」

「アンナ先輩、全部かわすか避けるかしてましたよね。反撃はしてなかったように思うんですけど」

「ええ。……腕が少し痺れていますわ。流石ですわね。一度、本気の手合わせをお願いしたいですわ。奥間君とお義母様がよろしければ」

 そう言うアンナ先輩の獣の瞳には、歯ごたえのある獲物を見つけた歓喜の成分が混じっていた。

 アンナ先輩、ただ自分より下の人間をいたぶるより、強敵を徹底的に叩き潰す方が好みなのかもしれない。ある程度交渉や策略も出来るようにはなったけど、それは舞台を整えるためであって、舞台に上がってしまえばやはり正攻法で相手を存分に叩きのめすんだろうな。



『アンナが本気になったら誰だって敵わないわよ。つきいる隙のない完璧超人なんだから』



 もしかしたらアンナ先輩は自分と同じ実力を持つ相手と戦ったことがないんだろうな。身体能力も頭脳も人より飛び抜けている人だし、何でもできたアンナ先輩は負けたことがないんだろう。だから中々上手くいかない《SOX》の捕縛も憎悪を覚える前は愉しげにすら見えたし、母さんに対しても強敵として一度本気の勝負をしてみたいのかもしれない。弱い人間が怯えるさまを見ることにもある種の快感を得てはいるようだけど、多分困難な相手の方がより燃えるんだろう。……もしかしなくてもアンナ先輩が僕に執着したのって、僕が避け続けてたせいかなあ、やっぱり。

 しかし、ストレス解消になるんだったら、母さんとの手合わせというのもお願いしてみるのはいいかもしれない。それは考慮に入れておこう。

「奥間君」

 大人たちを強敵とみて、どこか嬉しそうなアンナ先輩だったけど、急に顔が陰る。

「今からきっと、お母様が猛反対すると思いますの」

「そうですね……説得できそうですか?」

「…………」

 少しだけ、哀しさと寂しさが等分に混ぜられていた。


63 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:40:52.75 ID:Vqcr7VCy0



「奥間君。奥間君がもし、わたくしのお母様を殺してほしいと願えば、わたくしはありとあらゆる手段を使って、お母様を殺しますわ」

 唐突な、あまりに物騒な告白に思わず面食らう。真意がわからず、僕はただ言葉を待つしかなかった。

「奥間君とお母様なら、わたくしは奥間君を選びます」

 これは、いいことなのだろうか。ソフィアの教育に、理想に縛り付けられていたアンナ先輩が母親以外の選択肢を見つけたことはいいんだけど、やっぱり危ういと感じてしまうのは、どうしてだ。

「奥間君が一言、お母様に逆らえと言えば、わたくしは何も怖くありませんわ」

「……それは、アンナ先輩が、自分の意思でお母さんと対決しないといけないと思います。僕が言ったからとか、そういう逃げ道作ってたら、いつまでたっても向き合えませんよ」

「…………」

 アンナ先輩は嬉しさと寂しさという矛盾する笑顔を浮かべて。

「そうですわね」

 アンナ先輩のPMが鳴り響いた。「お母様からですわ」だろうなあ。

「少し、席を空けますわね」

 そう言うと、僕達のいない場所で何やら会話が始める。聞こえはしないが、アンナ先輩の表情自体は平然としているように見える。

 けどついこの間まで絶対だった人に逆らうというのは、どれほどの勇気が必要なんだろう。

「月見草」 

 隣でただ見ていた月見草に、僕は頼んだ。

「アンナ先輩のこと、守ってやってくれ」

「かしこまりました」

 月見草は普段通りに無機質に定型文を返してくる。

 だけど不安定なアンナ先輩には、そういうのも必要なのかもしれないと思った。

 アンナ先輩が戻ってくる。

「だいぶ怒られてしまいましたわ。ですが、こちらが引く意思を持たないことをわかってくれたようです」

 また、人質たちのいる最上階を見上げる。

「もうすぐですわ、綾女さん。鼓修理ちゃんに、ゆとりさんも」

 アンナ先輩は制服のタイの下、ペアで作ったペンダントを握りしめる。

「必ず、助けますから」

 雪はちらほらと、ちょっとした風であっちこっちにふらふらと舞い落ちていく。

64 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:41:54.59 ID:Vqcr7VCy0

「――五人、解放する」

 犯人の一人からいきなりそう告げられ、人質たちはにわかに浮足立った。

(何か、交渉が成立したようね)

 《SOX》のリーダーである《雪原の青》こと華城綾女はどこか空ろに呟く。ゆとりはその様子にシンパシーと苛立ちを覚えた。

 狸吉とあの化け物女がくっつくのが嫌なら素直にそう言えばいいのに、このバカ。

(あんまりいい感じじゃなさそうッスけどね、犯人の様子を見た感じ)

 残念ながら、解放される人質に自分達は含まれなかった。一応病気という体で入院していた大物政治家や芸能人、それとその連れなど、そちらが優先されてしまっている。

(結構な人選ッスね。犯人にとっては余程の好条件を呑んだんじゃないッスか?)

(何だよ好条件って)

(知るかッス。報道だけじゃわかんないんスよ)

 だけどすぐに、その好条件の一端が見えた。



「綾女さん。鼓修理ちゃんに、ゆとりさんも……無事ですの?」



「「「…………」」」

 見る者を安心させる笑顔を浮かべる。その笑顔だけで何も知らない他の人質は心の疲労が癒されてしまってるが、何故化け物女が自分たちと同じように後ろ手に手錠をかけられてここにいるのだろう? あとついでにお付きの風紀委員もいるが、何故?

 化け物女が犯人に後ろから乱暴に突き飛ばされる。

「きゃっ」

「アンナ様!」

 反射なのか、確か月見草とかいう名前の風紀委員が叫ぶ。

「大丈夫ですわ」

 この程度であの化け物女がよろめくどころか突き飛ばされるわけがないので、多分というか絶対演技だ。

「本当にお友達を助けるためだけに自分から人質になったんだ。美談過ぎて気持ち悪い」

 突き飛ばした犯人が、女は本気で嫌っているのか、吐き気を堪えるような嫌悪感と共にそう呟いた。だけど化け物女は無視して殆ど抱きつくように綾女に近付く。


65 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:42:26.10 ID:Vqcr7VCy0



(少し、我慢してくださいまし)

(――――っひ)

 綾女が完全に固まった。見張りの犯人たちにも他の人質たちにも見えない角度だし、実際そんなことが行われているなんて思いもしないだろうから気付かれないだろうが、自分と鼓修理には見えていた。

 綾女の耳に舌を突き入れているところを。

(????????!!?!!!!?)

(ああああああ、あ、あんた、な、何を?)

「綾女さん? 大丈夫ですの?」

 一瞬見せた冷たい怒りの無表情は消え、再び安心させるような笑顔で綾女に笑いかける。ついでにこちらにも笑いかけられた。

「――ええ。大丈夫よ」

 綾女も一瞬、本気で恐怖に怯えていたが、綾女には今の行為が何か意味あることがわかったようで、すぐに頷いた。こちらは全然意味が分からないが。

 さっきまで見せていた消沈はなく、綾女は切り替えている。

 化け物女は綾女と鼓修理の間に割り込むように座る。ゆとりとは綾女を挟んでいる形になった。風紀委員は化け物女を守るためか、自分たちの前、犯人との間に座る。

 犯人たちは化け物女に興味津々のようだったが、見張りの交代の時間になったのか、犯人が入れ替わっていく。その隙をついて、綾女が今のことについて説明する。

(イヤホンがお耳にプラグインしたわ)

 そう言われて、はっと気付く。鼓修理はもう少し気付きが早かった。化け物女は頷く。

(口の中まではチェックしないだろうと。鼓修理ちゃんとゆとりさんの分も預かっているのですけど)

 僅かに口を開き、舌先に小さなビニールのチャック袋に入ったイヤホンが少しだけ見えた。しかしその、今のと同じやり方はさすがに不自然だしなんというか生理的に嫌だ。

(その、お姉ちゃん……鼓修理にその袋、渡してほしいんスけど)

 化け物女は一瞬考えたが、すぐに頷く。そしてまた一瞬だけ鼓修理の肩に頭を寄せたかと思うとまた上がった。それだけで鼓修理はおぞましそうに身を震わすが、今の一瞬の交錯で鼓修理の掌の上にビニールが落ちたのが見えた。唾液まみれなのはこの際気にしない。朱門温泉ではもっと体液にまみれたらしいしまあ大丈夫だろう。自分も生理的嫌悪感は無論あるが、流石に化け物女も真剣なのがわかったのでそんなことは言わない。

(少し落ち着いてからにしましょう。すぐにだと流石に不自然だから)

 綾女が真剣な顔で犯人の様子をうかがいながら言った。

(どうして、来たの?)

 そして綾女が僅かに非難するように、化け物女に問うた。

(皆さんを助けるため、ではいけませんか?)

(駄目じゃ、ないけど)

 綾女は複雑そうだった。PMを外される前に狸吉には言っておいたはずなのにと、そう思っているのだろう。

(ごめんなさい。わたくしのわがままですわ。全ては終わった後で)

 化け物女は舌なめずりをしながら、縄張りを侵された獣のように獰猛な笑みを浮かべる。全身の毛穴がぶわっと開き、冷や汗が止まらない。死ぬほど怖い。

(そう、全ては犯人たちにオシオキをした後で、聞きますわ)

 犯人たちは呑気にも気付いていない。そもそもこの化け物女は表面上は確かに清楚で綺麗なお嬢様にしか見えない。犯人たちもそう思っているだろうし、人質も送り込んだことに協力した善導課もきっと気付いていない。

(……む、向こうには誰がいるんスか?)

 鼓修理が訊ねる。化け物女は犯人たちを見据えながら答えた。

(奥間君に早乙女先輩、不破さん。わかりますか?)

 自分も鼓修理も頷く。外との連絡手段を得た。そして今回は、この化け物女はどうやら味方らしい。

 そして敵対した相手には善導課より他のテロ組織より、誰よりも容赦が一切ないのは自分達が一番わかっている。一番的に回してはならない人間の一人を敵に回した犯人たちに心から同情した。


66 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:43:23.77 ID:Vqcr7VCy0


「全員、着けることが出来たようですね」

 不破さんが無感情に呟く。鼓修理とゆとりはしばらくしてからトイレに行くふりをして、何とか着けたようだ。流石にトイレの中までは監視しなかったらしく、手錠も一時は外してくれたようだ。このあたり鼓修理の話術が役に立ったみたいで、盗聴器がないから会話は聞こえなかったものの、まあ予想できる。アンナ先輩から一時的にも離れられることもあって、きっと頭をテッカテカにしながら籠絡したんだろうな。

 イヤホンはあくまでこちらの声を届けるだけで、向こうの音を拾うのはアンナ先輩の制服に仕込んだボタン型と万年筆型の盗聴器だ。ボタンはそのままアンナ先輩のブレザーのボタンと付け替え、万年筆はアンナ先輩のポケットに入っている。万年筆はなんとかポケットから出して床にでも落としておきたいのだけど、あまり不自然な行動は出来ない。

 不破さんがそれぞれイヤホンのチャンネルをミキサーのフェーダーを使って声が届いているか一つずつチェックする。全員同時にも、個別に指示を出すことも可能で、ちょっとしたラジオ局みたいになっている。MM号みたいにこっちは向こうが見えているのに向こうはこっちが殆どわからない、きっとエロいことしても、駄目だアンナ先輩は気付くわ。ってかそもそもそんなつもりは全くないし。

「すべてクリアです」

 不破さんが報告する。とりあえず第一段階はクリアだ。

「現在残っている人質は、18人から5人解放され、また新たに2人加わったので、15人となりました」

 情報を全員で共有する。あ、いや月見草はごめん、ハブってるけど。

「アンナ先輩、拘束は抜けられそうですか? 出来るなら右を向いてください」

 あらかじめ決めていたジェスチャーをする。基本的に右を向いたらはい、左はいいえということにしていて、それはもう向こうの女性三人にももう伝えてある。

 アンナ先輩は右を向いた。まあ、あの程度の手錠でアンナ先輩を拘束できるなら今までこんな苦労しないよね。

「犯人たちに気付かれない程度の小声で何か話せますか? 話せるなら何でもいいので話して下さい」

 不破さんが重ねて指示を出すと、向こうから僅かな声で、

『……綾女さん、大丈夫ですの……』

『アンナこそ、どうやってここに……』

 囁き声が辛うじて聞き取れるレベルで聞こえてきた。カメラで見ても不自然ではないと思う。不破さんが盗聴器から拾う音声の音量を調整する。ノイズも大きくなったけど囁き声の会話が聞こえるぐらいにはなった。

「結構です。テストは無事終了しました。発信、集音、共に問題ありません。こちらに伝えたい言葉があるときは一旦咳を2回するように。了解なら会話を止めてください。不明な点があれば会話の振りを続けながらこちらに言葉を送ってください」

 音量を微調整しながら不破さんは指示を出す。会話は一旦止まった。

「上手くいったね」

「これからが問題ですが。まだ人質の数が多すぎます」

「混戦になったらまずいよね」

 今の状態でもアンナ先輩なら不意を突いて制圧できるかもしれない。けど“かもしれない”で人の命を賭けるわけにはいかない。人質は全員拘束されている。アンナ先輩だから力業で抜けれるのであって、他の人はそうはいかない。

「殺傷出来る武器を持った相手が室内に3人、ドア前のすぐ入れる位置に1人。アンナ会長であっても簡単ではありませんね」

「アンナ先輩ひとりだったら楽勝なんだろうけど」

「室内にいるやつらを廊下に誘き出せんかの?」

「これだけ統率だった動きをしているのであれば、指示があるまで待機するでしょう。人質が自分たちの牙城の柱であることは犯人たちも十分にわかっているはずです」

「そもそも善導課が非常階段には待機してるから、やっぱり現実的じゃないよね」

 アンナ先輩を送り込めたら勝ちだと正直思っていたんだけど、そう簡単じゃなかった。


67 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:43:51.26 ID:Vqcr7VCy0



「人質を地道に減らすのが結局は近道でしょうか」

「どうやって?」

「それには、犯人たちの考えを知らないといけませんね。彼らはこの病院ジャックで何がしたいのか」

「《育成法》の撤廃が目的じゃないの?」

「病院をジャックすることでそれが叶うと思いますか?」

「いや思わないけど」

 ううん、と悩んでしまう。こいつらが一体、何をしたいのか?

「じゃが、それなりに意味がなければおかしいじゃろ。この特別階、セキュリティーが厳しいんじゃろ?」

「流石にこのように大規模な犯罪を想定していたわけではないでしょうけど、確かに人質を取りたいだけならば他にもっと簡易な場所がいくらでもありますね」

「えっと、つまり?」

「早乙女先輩の言った通りでしょう。この病院をジャックしたことには、犯人たちにとって意味があるはずなのです」

 この病院をジャックした、その意味?

「《育成法》の撤廃以外の目的があるってこと?」

「或いは、《育成法》の撤廃を決定づけるようなものが、わたし達に知らない中であるのかもしれませんが」

 不破さんが画面を見つめる。マイクを手に取ると、

「一連の話は聞いていましたね? 犯人たちの求めている具体的な計画が何かがわかれば、取引の材料に使えるかもしれません。可能不可能はともかく、とにかく相手が具体的に何をしたいのかをはっきりさせましょう。出来るならば犯人の誰かと対話を」

 向こうからのリアクションは基本的にはない。テストでは届いているから今も届いていると信じるしかない。

『――ねえ、聞いてもいい?』

 華城先輩のはっきりとした声が、スピーカーの上に乗る。

 いつもの頼もしい、華城先輩の声だった。僕達は耳を澄ませ、会話を聞いていく。





68 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 10:53:55.28 ID:Vqcr7VCy0
一応、5年前立てたときはここで終わってる、はず。

『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』略して下セカって古い作品なんですけどね。kindle Unitedでは読み放題になっています。
アニメ版はどこも配信されてないと思います、表現がね……あはは。DVDはさすがに借りれるのかな?

アンナ役の方が連載中に亡くなって、どうしても書けなくなってたんですけど、というか昨日まで割と忘れてたんですけど、
そういえばこんな作品書いてたな、っていう。

長い! コピペだけで100m走ダッシュ(意味深)ぐらいに疲れた!

覚えてる方はさすがにいないと思うんですが、自己満足で完成させたいな、と。

原作やら前作やら読まないと何がなんやらさっぱりだと思います。アンナ先輩のキャラも意図的にずらしている結構自分にしては頑張ってる作品ですので、
興味があったら読んでやってください。続きはまた投下していきます。
69 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 12:21:59.26 ID:Vqcr7VCy0
あ、オリキャラ出します。名前設定してないですけど。犯人のリーダーって立ち位置の人です。
70 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 14:31:20.94 ID:Vqcr7VCy0

「あなた達、何が目的なの?」

 単刀直入に聞く。空気が「ねえ、きのうおとうさんとおかあさん、ベッドの上でわちゃわちゃしてたのなーに?」って訊かれたとき並にざわついた。

「投降するなら今のうちよ。まだあなた達、ケガ人は出していないでしょう?」

 手際は自分の目から見ても鮮やかだった。だけど、少なくとも自分はこんな組織を知らない。そもそも反体制の連中が鬼頭系列の病院を狙うことなど有り得ない。しかも若い連中ばかりだった。《育成法》に反感を買っている人間は、もう刈り取られたものばかりだと思っていたが、そうでもなかったらしい。

「…………」

 しかし完全にシカトされた。自分は一般人扱いらしい。《SOX》の話題が少し出ていたが、《雪原の青》の正体を知らないあたり、情報網は広くないのか。

『月見草に指示がいかないかな』

 狸吉の声が耳に届く。月見草は善導課所属のため、狸吉たちとは別に、警察の指示を何らかの形で得ているはずだった。

 犯人たちの目線は主にアンナに向けられている。容姿も経歴も目立つし、自分から飛び込んできたのだから当然と言えば当然なのだが、浮わつきが大きい気がするのは自分の気のせいか。

『アンナ会長が動くのは最後の最後です。あくまでリアクションのみでお願いします』

 マッドワカメの言葉に、アンナの問いたそうな声が喉から出ることはなかった。不安げな顔をしているが、長年の付き合いである綾女にはわかった。少なくとも自身の危険の心配はしていない。緊張はあっても、どこか昂揚を孕んでいる。しかし孕むって素敵な言葉。狸吉は聞きたくない言葉だろうけど。

『副会長は重ねて、できうる限り情報を。お願いします』

 マッドワカメの言葉が聞こえてくる。多分狸吉側の指揮権は主に不破氷菓なのだろう。彼女の観察力と分析力、判断力は綾女も信頼している。ただシタノクチぐらい正直なことを言ってしまうなら、もう少し具体的な指示が欲しい。

 それぐらい、今の綾女は頭が回っていなかった。誰かに判断を頼ってしまうぐらいに。

(大丈夫ですの?)

(私なら大丈夫よ。アンナはいざという時のために集中してて)

 それ以上はアンナも何も言わなかった。考えて、続けて犯人たちに問う。

「あなた達、《SOX》の協力者なの?」

「………………」

 そんなわけはないのだが、流れとして不自然だと思い、あえて訊いてみた。沈黙の質が変わった、気がする。

「……俺たちのことが知りたいのか?」

 犯人の一人が答えた。よし。

「そりゃあ知りたいわよ。自分が何でこんな目に遭っているのか、知りたいと思うのは当然じゃない?」 

「……リーダーに聞いてやるよ。答えは直接リーダーから聞くんだな」

 どうやら下っ端には答える権限はないようだった。忠誠心というか、統率力もなかなかのものだ。

 トランシーバーを取り出すと、リーダーらしき人物を呼び出す。来るだろうか。なんで英語じゃカモン!なのに日本語だとイくぅ!なのかしら。

「警察の相手が終わったら、一度挨拶に来るってよ」

 人質全員の緊張が、一気に増した。

(どんな奴っスかね)

 鼓修理はアンナに対する恐怖の方が強いのか、それとも純粋に興味があるのか、なんとなく期待しているような声音だった。

(…………)

 ゆとりは何も声を発さない。我慢すると後が大変よ?

(いや……)

(?)

 アンナに対する懸念だけでなく、何か違和感を覚えているように見えた。

(どうしたの?)

(……まさか、だぜ)

 無意識の仕草なのか、ゆとりは首を左右に振る。何か引っかかっているらしいが、ゆとりの中でも言葉にならないらしい。

 それ以上考える暇もなく、ガラガラと、扉が開く音に意識が強制的に向けられる。


「はーい、元気? 病人怪我人それ以外も含めて、お元気かしらん?」


 ふざけた女の声が、監禁部屋となった休憩室に響き渡った。
71 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 14:33:00.57 ID:Vqcr7VCy0


『はーい、元気? 病人怪我人それ以外も含めて、お元気かしらん?』

「腹立つ声じゃな」

 早乙女先輩の第一声がそれだった。僕も諸手を挙げて賛同したい。あえてしなを作った媚びた声は、相手に不快感しか与えないと思えた。

「声音を変えてますね。おそらくは、口調も」

 不破さんがそう言うのなら、おそらくそうなのだろう。なんせ鼓修理の腹黒笑顔を一瞬で看破した人だ、マイク越しの声でも分析力は存分に発揮されているだろうな。

「リーダー、女だったんだ……」

 驚くことじゃないのかもしれないけど、先入観で男のイメージがあったから、女だったことに驚いた。ただ華城先輩もアンナ先輩もゆとりも鼓修理も不破さんも早乙女先輩も女性だし、この世界、男の方がダメになっているのかもしれない。

『あなたがリーダーなの?』

 華城先輩が訊ねるが、

『あなたには興味ないのん。時岡学園生徒会副会長、華城綾女さん?』

 リーダーが嗤う気配が、こちらにまで届いた。

「人質については、基本的なことは全員把握しているようですね。見舞客までは分かりませんが、知っていると思って行動した方がいいでしょう」

 不破さんが注意を呼び掛ける。魚眼レンズで歪んだ画面では、女の顔は見えない。

『誰になら興味がありますか?』

 月見草がいきなり口を挟む。多分警察か善導課からの指示だろう。

 確かにリーダーの女の言葉からだと、華城先輩以外の言葉なら聞いてもいいともとれる。

『そうねん、例えば鬼頭グループの鬼頭慶介の一人娘、鬼頭鼓修理ちゃんとか?』

 びくぅ!と鼓修理が息を呑むのが魚眼レンズ越しでもわかった。一応異母兄妹と説明してるからな、アンナ先輩には。「鼓修理は養子で」と先ほどついた嘘をもう一度重ねる。

 鼓修理もそれでアンナ先輩に通っていることが通じたらしい。

『ひっく、鼓修理、難しいこと、わからなくて……』

 かんっぺきな泣き顔を披露しているんだろうな、きっと。

『そうねえ』

 最初っから興味はなかったのか、女リーダーは鼓修理の完璧な泣き顔に動揺する様子はなかった。他の連中は、微妙に揺れ動いていたみたいだけど。

「リーダーの言葉が絶対のようですね」

 不破さんの分析が正しいだろう。統率力は並外れたものがある。

『なら例えば、《公序良俗健全育成法》を立ち上げた、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の一人娘、アンナ・錦ノ宮さんとか?』

『わたくしに、ですか?』

 予想できた流れではあった。アンナ先輩が自身で言っていた通り、《公序良俗健全育成法》の撤廃を求める犯人たちが、アンナ先輩に興味を持たないはずはないのだ。

 わかってはいても、「落ち着いてください、大丈夫です」としか言えない自分が情けない。

 アンナ先輩は僕の言葉には答えない。今は答えるべきじゃない。

『いやあ、飛んで火にいるなんとかってやつ? ま、ばらしてもいっか。今日決行日に選んだのってさ、あなたが華城綾女さんの見舞いに来る予定の日だったからなんだよねん。最初いなかったときは結構焦ったっていうか?』

 割とべらべらしゃべるなコイツ。ウエノクチだけなら軽くて問題ないけど。

 女リーダーは椅子に座る。

『しっかしまさか、生徒会役員を助けるために? わざわざ来るなんてね?』

 嫌な予感がしてくる。明らかに向こうの口調に悪意が増している。

『生徒会役員ではありませんわ。わたくしの友人たちのために、ですわね』

 ゆとりも鼓修理もアンナ先輩の友人に入っているらしかった。鼓修理は義理の妹で通るけど、アンナ先輩の中ではゆとりも入っているのか。

「アンナ会長、可能であれば副会長の解放の交渉を。人質の中で最も重傷ですので」

 政府にとっては政治家やその側近の方が大事なのかもしれない。一般人扱いの人物が後回しにされているのは明らかだ。

 僕たちはそんなこと、認めない。だけど基準はあって、怪我人である華城先輩が人質になっているのは明らかに不利だし、《SOX》としての動きも大幅に制限されている現状、華城先輩を優先するしかなかった。


72 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 14:36:56.06 ID:Vqcr7VCy0


『あなた方は、人質であるわたくし達をどうしたいんですの?』

『んー? どうしたいって?』

『仮に、あなた方の要求が通ったとして、その場合、わたくし達はどうなりますの?』

『アンナちゃんにはもう少し付き合ってもらうかもねー、あと鼓修理ちゃん。権力者の子どもは便利よねん』

 アンナちゃん!? 何様だよコイツ!?

 相手はアンナ先輩を嘲けきっている。錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の一人娘という部分での認識しかないのだろう。アンナ先輩の実力を知らないことは好都合だ。

『……でしたら、わたくしと鼓修理ちゃんの二人だけを残して、というわけにはいきませんの?』

『はっ、自分の立場が分かってる? ……交渉できる立場なんかじゃないのよん?』

 今のリーダーの声、前半にわずかに地声が混じった。何か違和感がある。

『ごほ、ごほ』

「ゆとり?」

 咳二回は、こちらの指示を問う合図だ。ただ、今は全員の注目がアンナ先輩と女リーダーの会話に集まっているため、ゆとりのささやき声もまずいかもしれない。テレビの音もささやき声を消すには少し難しいだろう。

「小声では難しい話ですか?」

 ゆとりは右を向いた。イエスだ。

「トイレに行くなどして席を立てますか?」

『と、トイレに行きたいんだぜ』

『……おっけー、あ、付いて行ってあげて』

 了解、と短く入り口の女が返事をした。ゆとりは立たされ、トイレに連れていかれる。その様子がカメラでも確認できた。さすがに中の様子までは確認できないけど。いやするつもりもないけどね? そう言わないとややこしいことになるからね?

 音姫なる水を流す音がバックに流れる。この機能っている?

『聞こえるか?』

「聞こえてる、ゆとり、どうした?」

「ゆとりさん、どうぞ」

『狸吉は、わからないか。カメラないもんな』

 監視カメラではなく隠しカメラでモニターしていることは伝えていないことを思い出す。

「いや、隠しカメラがあって、モニターはできてるよ」

『じゃあ、あの女のこと、覚えてるんだぜ?』

「え?」

『……あの女リーダー、私らの中学時代の同級生なんだぜ。……名前は思い出せねえけど、確か、私らで何度か捕まえようとしてそのたびに逃げられてたアイツなんだぜ』

 空気が、固まった。


73 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 14:37:51.63 ID:Vqcr7VCy0
昔連載中にオリキャラ出すか悩んだ記憶があります。
名前は設定していない(きっぱり)
74 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:30:10.67 ID:Vqcr7VCy0
もう少し書いたから投下
75 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:31:48.55 ID:Vqcr7VCy0


 ゆとりが無事に戻ってきて、アンナは悟られないように静かに息を吐く。

『ゆとりさんと奥間さんの情報を皆さんと共有します』

 わざわざ交渉を中断してまで席を立ったのだから、よほどのことなんだろう。

『向こうのリーダーは、ゆとりさんは中学時代、奥間さんは小学校、中学時代の知り合いだそうです』

 目がスッと細まる。多分PMを外している彼女たちグループ全員の情報は、とっくに警察や善導課は把握しているだろう。

『アイツは……××××と言います』

 奥間君が本名を告げる。少し躊躇った後、

『善導課から戻ってこない生徒の、一人だった……はずでした』

 なぜ、どうしてという愛しい人から困惑がありありと伝わってくる。

『ゆとりさん、リーダーの方とお話しできますか?』

 ゆとりは困惑していたが、不破氷菓の言葉に意を決して、

「……××××」

 いきなり名前を呼んだ。女リーダーは動じなかった。

「やっと思い出した? 鈍いな、思ったより」

 向こうはとっくにゆとりのことを知っていた、というより覚えていたみたいで、嘲るように笑う。

「あんた達には苦労させられた」

「あんた達って、たぬ……奥間のこともか?」

「だったら何?」

 怖がっている自分なりの演技は、やめることにした。

「奥間君のことをご存じですの?」

「…………」

 自分の気配の変化に気付いたのか、女リーダーは笑みを深めた。

(アンナ)

 気遣うように親友が呼びかけるが、今は勝負の時だ。目線だけで頷くと、もう一度、改めて女リーダーに笑いかける。

「時岡学園高等部生徒会の庶務見習いだっけ? 出世したもんね、あのバカも」

「どういうご関係ですの?」

 なぜか綾女に鼓修理にゆとりに、小型スピーカーの向こうからの気配も強張ったが、“この女は危険な香りがする”ことは明白だ。

「……ふふ、ナイショ。その方が楽しそう」

 髪をかき上げる仕草に、危険な香りがさらに増していく。

『あ、アンナ先輩。相手のペースに巻き込まれないでください。ゆとり、アンナ先輩と替われないか?』

 ちら、とゆとりを見ると、「ひぐ!?」変な小声がゆとり達から漏れたが、

「……あんたは昔っから人をおちょくってばかりだったぜ。卑猥な知識で」

 ゆとりが辛うじて言葉を紡いでいく。
76 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:32:30.68 ID:Vqcr7VCy0


「頭のいいバカってやつだぜ。そんなあんたが、なんでこんなことをしたんだぜ?」

「まあ、あたしってバカだし? 個人的な感情もあるにはあるけど、それとこれとは別に建前って必要なのよねん」

「《育成法》の撤廃が、建前なの?」

 綾女が突っ込んだ問いを投げかける。だけど女リーダーはあっけらかんと、「そうでもない」と返してきた。

「ここにいる全員の意思がそうでもなくてねえ。意思統一なんてするつもりもないけど。あたしはこの国とは違っていて、徹底的に合わないだけ。ここにいる連中もそれだけ。まあ、程度の差はあるけどねん」

 感じたことのない感覚が、緊張をもたらす。

「そこのお人形さんとは違ってね」

 女リーダーの、いや、犯人たちの感情が、自分に集まっているのを感じる。

「わたくしが、人形?」

「違うの? 《育成法》に育てられたお人形さん? あなたの評判、自覚してる?」

 ――敵意と悪意。人生で《SOX》にも基本的には向けられたことのない、強すぎる感情に一瞬、戸惑いを覚える。

 だけど、敵意と悪意が存在することを、自分の中にもあることを、アンナは知ってしまっていた。

「出来すぎたぐらいに出来た完璧超人。まあすごい。まるでお人形みたい。施設育ちや卑猥に触れざるを得なかったあたしらとはそのまんまの意味で育ちが違うわ、こりゃ」

「…………」

『あ、アンナ先輩、お、落ち着いて。そんな奴の言葉、気にしちゃだめです』

 愛しい人の声が、自分を癒してくれる。女リーダーには、くすりとあえて笑ってみせた。

「あなた方の気持ちはわかりましたわ。主張や立場から、わたくしとは相容れないこともわかりました」

 愛しい人への愛とは違う、敵意や悪意に反応する別の衝動。それとは別に感じる、女リーダーから漂う危険な香りに対する危機感。

 傷つきはしない。自分には、愛しい人がいてくれれば、それでいいから。それだけでいいから。

 だから感じるのは、敵を改めて敵として認識すること、そして衝動を解放することに理由がまた増えた、その悦びだけで。

 唾液を飲み込む。



 ――叩き潰し甲斐が存分にある。



 自然と笑みが深くなってしまう。女リーダーが顔を顰める。何故か仲間たちが慌てた気配がする。

「ですが相容れないからと言うだけでは、話は進まないと思いませんこと?」

「ふーん? で? 何か望みがあるの?」

「人質の解放、それだけですわ。……わたくし以外、全員の解放を」

「自己犠牲精神? 本当ご立派なお人形さんだこと」



『……ンナ、アンナ!? 聞こえているのですか!?』



 ――お母様?

 向こうがバタバタとしている。向こうの状況がよくわからない。

 綾女に鼓修理、ゆとりに顔を向けると、全員が顔を青ざめて首を横に振っていた。 

 邪魔されたくないという想いが強く自分の中にあって、以前の自分なら母親の声を無視したいなど考えられなくて、それが少しおかしく思えた。


77 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:33:35.77 ID:Vqcr7VCy0


 え、なんでここに?

 僕は間抜けにもそうとしか思えず、ソフィアが車のドアを開けるのを半ば恐慌状態に陥りながら、そのまま上がらせてしまった。

 広い車内もソフィアの怒気で狭く感じてしまう。びくんびくん! やってる場合じゃねーな!!

「アンナ、アンナ!? 聞こえているのですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 アンナ先輩の怪力は母親譲りなのか、ソフィアに投げ飛ばされかけ、それが抑えられたのは車内という閉じた空間だからだった。

「ここで騒ぐとアンナ先輩たちが危ないです! 不破さん、早乙女先輩!」

 あとは任せた、とは言えなかった。そういう前に僕が自分から外に出て、扉を閉める。

「あの、僕の母さんのところに行ってたんじゃ……!?」

 僕の母さんの親友であるソフィアなら母さんのところに行ってここに来るはずがないと思ったのだけど、

「アンナが警察や善導課任せにするはずがないでしょう!」

 うわあ、さすが母娘だわ。アンナ先輩、良くも悪くも自分で解決したがるもんな。

「いいですか、あなたの母親が指揮権を取っているからこそ、向こうは任せて私はここにいるのです」

 当たり前のように、傲然と言い切る。



「アンナへの指示は私がします!」



「困ります! 混乱するだけです!」

 ただでさえ混乱してるのに!!

 だがこと最愛の娘の案件になると、ソフィアが引くわけがなかった。
  
「子供になんとかできる範囲ではないでしょう!?」

「犯人たちテロリストは10代半ば、僕達と変わりません!!」

「殺傷力ある武器を持っているというではありませんか、テロリストに年齢は関係ありません!! どきなさい!!」

 どうしようどうしようどうしようどうしよう!?

 車のドアを破壊しそうな勢いだ。「ちょっと待って、3分待ってください、お願いします!! みんなが危ないんです!!」

 ソフィアを置き去りにして「待ちなさい!」ドアを閉める。運転手は今はいない。運転手を常に用意しておくべきだった!

「ソフィア・錦ノ宮にわたし達のやってることがばれました」

『ごほごほ』

 アンナ先輩が二回、咳をする。『お手洗いに行かせてくださいまし』と女リーダーに話をつける。

「母娘で喧嘩している場合じゃないんじゃぞ?」

 何にも役に立ってないくせに正論吐きやがって春画家が!

 早乙女先輩に当たっても仕方ないけど、それぐらいこちらの現場は混乱していた。

 ドアが開けられる。3分待てと言ったじゃねえかよ。キレたら聞く耳がないのは母娘変わらずかよ。
78 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:34:12.56 ID:Vqcr7VCy0


 僕と不破さん、早乙女先輩がソフィアに「しーっ」と人差し指を唇の前で立てる。

「今、アンナ会長は移動中です」

「もうすぐ回線が繋がりますから、少し落ち着いてください……!」

 あかん、下ネタ浮かばねえ。繋がるとか華城先輩だったら絶対下ネタに繋げるのに。

 ただ一つ光明があるとすれば、ソフィアとは信念や信条は絶対相容れないが、アンナ先輩のような理不尽さは感じないところだ。圧は娘と変わらないけど、僕が何日アンナ先輩から逃げてきたと思ってるんだよ。

 水音が流れる。

『……聞こえますですの?』

「アンナ、あなた何やってるんです!?」

『叱るなら後で全て。この事件が終わってから、すべての叱責を受けたいと思いますの、お母様』

「…………」

 反抗されたことがなかったのだろうか、いや、アンナ先輩、家出の経験もあるしな。とにかく思ってたより以上に強い口調だったのか、ソフィアが黙り込んだ。

『お母様、そこにいる方々は全員、わたくしが無理矢理に頼んだんですの。だから、叱らないでくださいまし』

 そして、とアンナ先輩が静かに、だけどはっきりと。



『人質を解放したのち、悪を殲滅させてくださいまし。お母様』



「……受け入れられません」

 こればかりは譲れないとばかりに、ソフィアの語気が強くなる。

「危険すぎます」

『リスクは承知の上ですの。何より、もう乗り込んでしまったので』

「アンナ、あなたいつ既成事実を先に作るなんて覚えたんです?」

 う、本気で既成事実作りたいなら妊娠したことにするだろうから、まだアンナ先輩は本気じゃないよねっ。

『色んな人の助けを借りて、ここまで来れましたの』

 お母様、と願う声は、以前のものと同じように思えた。


79 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:34:44.54 ID:Vqcr7VCy0



『奥間君のお義母様も最後にはわたくしが乗り込むことを納得してくれましたわ』

 お義母様という言葉が単なるお母様と同じ発音でほんっとうによかった……。

「……さすがにこの状況でアンナひとりを逃がすわけにも……」

 ソフィアだったらやりかねない。まあアンナ先輩が大反対している状態だけど。 

 ぎりぎりと歯噛みする様子はさすがに同情しかけた。

「アンナへの指示は私がします」

『……お母様、それは』

「難しいでしょうね」

 不破さんが割って入る。割礼って言葉が浮かんで不破さんが激怒しそうだとなんとなく思ってしまって、反応が遅れた。

「私情が入りすぎています」

「ですが、あなた達子供に……!」

「病院を占拠しとるのも、アンナが助けたいのも、全員子供じゃぞ」

 BBAはしゃしゃり出るなって言いたいの? 早乙女先輩?

「子供をバカにするとツケが回るのじゃ」

『早乙女先輩ったら』

「…………」

 ソフィアが数舜、黙った。

「アンナ。あなた、変わりましたね」

 アンナ先輩が微笑む気配が聞こえた。

『最近、よく言われますの』

「……後ろで見ています。あなた達が間違った行動をしそうなら、すぐにでも交代しますから。それが大譲歩しての条件です」

 なにこれなんて地獄の参観日?

『そろそろ戻りますわ』

 アンナ先輩の微笑の気配が消える。やり取りはもちろん、華城先輩やゆとりや鼓修理にも聞こえているはずだ。

80 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 17:36:16.63 ID:Vqcr7VCy0

本当の本当に今日の更新おしまい!

ソフィアは待ちの時間とかすごく苦手そう。母娘そろって。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/21(金) 18:20:31.27 ID:1EpWW9VT0
懐かしいなあ
まつらいさん、悲しかったな、、、
もう5年か 下セカ読み直してみるかな
82 : ◆86inwKqtElvs [sage saga]:2020/08/21(金) 20:59:49.84 ID:Vqcr7VCy0
やっぱり時期外れで需要ないなぁ
83 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 23:25:25.55 ID:Vqcr7VCy0


 綾女にとっては正直なところ、ソフィアは邪魔でしかなかった。多分、アンナ以外の全員が同じ気持ちだろう。もしかすると、アンナですらも。

 ただ、娘がこんな危険なことをしていて心配しない親なら、《育成法》の成立やあんな無謀なデモは起こさないだろうとも思う。

 女リーダーはアンナが戻る前に出て行ってしまった。

(また、警察や善導課と交渉かしら?)

 先ほどからやけにおとなしい鼓修理に話を振る。アンナが関わるとフリーズしてしまうのはどうしようもないが、童貞のチ○ポよりも役に立たないままなのは困る。

(ソ、ソフィア・錦ノ宮までも……!)

(ダメなんだぜ、これ)

 ゆとりはとっくにお手上げのようだった。正直、このままだと人質解放の流れになってもアンナと鼓修理だけ残されそうで、非常に辛い。鼓修理も鬼頭慶介の一人娘である前に、《SOX》の一員なのだから。

 鬼頭グループの動きも気になるところだけど、情報はテレビのニュースしかない。いま、事件が発生してから約三時間、14:30とテレビが表示している。

 アンナが戻ってきた。母親が介入してきたことへの動揺は、少なくとも表面上はわからない。

 アンナは鼓修理に女神の微笑をしてみせて、「…………」余計にカチコチになってしまった。

(アンナ、今は無理に笑いかけない方がいいわ)

 アンナなりの気遣いだったのだろうが、特に鼓修理とゆとりには逆効果だ。

(にしても、アンナをお人形とはね)

 月見草の方がよほど人形っぽいというかロボットっぽいと思うのだけど、月見草は自分たちと同じ被害者であって、《育成法》の象徴であるアンナは親の言うことを聞くだけの人形のように思っているのかもしれない。

 アンナは、あれだけストレートに悪意をぶつけられたことは今までにないと思う。妬み嫉みは多少あるだろうけど、アンナ自身の性格がいいから自然と解消されてきた。

 多分、犯人たちにアンナとの面識はないのだろう。あっても非常に表面的か。

(奥間君、リーダーはどういう人なの?)

 せめてプロファイリングができればと思うけど、狸吉の返答は、

『…………』

 無言、だった。その無言に何か嫌なものを感じる。

『あの』

(何でしょうか、奥間君)

『……怒りません?』

(……………………)

 アンナの長い沈黙が続いた。ゆとりも意味がわからないという顔をしている。

(今は事態の解決が先決ですわ)

『…………』

 それでも狸吉の苦悩は続いていた。(奥間君)と自分が呼んで、やっと口を開く。



『…………僕、生まれて初めて告白されたのが、あの人だったんです』



(説明を)

 アンナは怒らない。事態の解決を優先しているのか、正妻の余裕なのか、あるいは何らかのいたぶる嗜虐趣味が刺激されているのか。

84 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 23:26:46.58 ID:Vqcr7VCy0


 とりあえずゆとりは黙り込んだし鼓修理は今はエノキよりも役に立たないし。

『ほう、興味深い』

『こんな状況でなければ面白い話なのじゃがのう』

『こんな話をしている場合では……、犯人像を知ることは大事ですが、しかし……!』

 向こうもいろいろとややこしそうだった。

『あの、小学校を卒業するときに、告白されたんです……』

(愛、の告白を?)

 アンナが『愛』を強調する。その不自然さにソフィアは気付いていないようだ。

『は、はい……でも、その時にはもう、僕の中の理想像として、アンナ先輩がいたから……その……』

『断ったのかの? もったいない話じゃの』

 早乙女先輩のバカ発言は置いておくことにする。アンナも笑顔の圧力が普通に戻ったし。

(お母様、奥間君は、)

(あ、あの、ぜ、全部終わってからの方がいいと思うんだぜ!?)

 ゆとりが頑張ってアンナの爆弾発言を封じてくれた。さすがにこの状況で伝えるべきでもないと思ったのか、

(お母様、この事件が終わったら、お話したいことがありますの)

 狸吉の血の引く音が聞こえた気がした。

『わかりました。今は事態の収拾を最優先になさい』

『か、華城先輩』

(何?)

 なぜか気分が悪くて、不機嫌な声になる。生徒会モードだからさほど変わりはしないが。

(はい、お母様)

『か、華城先輩。撫子さん……華城先輩の育ての親のことなんですけど』

 16:00頃に到着すると伝えられる。撫子の仕事や物理的な距離を考えると、飛び切り早く来てくれている方だろう。

(鼓修理、大丈夫? ちょっと、あなたの考えが聞きたいのよ)

(ハ、ハイッス!)

(……鬼頭グループがどう出るかよ)

 アンナとソフィアに聞かせたくないが、避けては通れない話題だった。

『鼓修理さんは鬼頭慶介とやらの一人娘だそうですよ』

 向こうでマッドワカメがソフィアに補足する声がする。狸吉、男なら死なないで股間にテント張りなさい!

『それは……、夫の方が詳しいでしょうね。私自身は数えるほどしか会ったことがないものですから』

 ガサゴソと物音が聞こえる。

『今、ソフィアさんが祠影さんと連絡を取ってくれています』

 大変、狸吉が悟りに入ってしまっているわ!

『…………出ませんね』

(多分パパと調整中なんっスよ)

 自分だけに聞こえるように耳打ちで返してきた。ゆとりに聞こえる声で話すとアンナにも聞こえるものね。

『リーダーが人質の部屋に戻ってきます』

 こんな時でもマッドワカメはマグロのごとき声色だった。


85 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 23:28:17.99 ID:Vqcr7VCy0

「はあい、元気にしてた? マイダーリン&マイハニー♪」

『奥間主任に繋いでください、ソフィア・錦ノ宮と伝えれば優先して繋がります』

 夫に繋がらないとわかったら更年期の夫婦よりたやすく離縁するかのごとく、そして再婚相手を見つける一昔前のDQNとやらのごとき速さで狸吉の母親に繋ぐソフィアの働きは、なるほど、子供じゃ無理かもしれないと少しだけ、少しだけそう思った。

「アンナちゃん、朗報よ」

「なんでしょう?」

「私たちの海外逃亡先が決定したわ」

『はあ!?』

 ソフィアの金切り声がびくっとさせる。それでピンときた。

「――最初からそれが目的だったわけ?」

 最初に無茶苦茶な大きな交渉をして、次に本命の交渉をするのは交渉術の基本だ。 

「《SOX》は囮ってワケ?」

「ま、そうかなー。時岡学園の生徒会にとってはいいことでしょ?」

「……どういうことですの?」

「だってさー、結構な間《SOX》に苦しめられてきたんでしょ? 喜ばないワケ?」

「…………」

 知識がないアンナには判断できないはずだった。ただこれが善意からくるものでもないのは今までの態度からわかるはずだった。

「確かに、《SOX》は壊滅的なダメージを負うでしょうね」

「綾女さん……?」

「そんなに……奥間君のことが好きだった?」

「…………」

 女リーダーの顔が、はじめて強張る。

「そうよねえ、綺麗で健全なものに憧れた奥間君なら、《SOX》の撲滅を願うはずですものねえ?

 ――くだらない。フラれてみじめに引きずって挙句にここまでのことをしておいて、その理由が単なる置き土産? 感謝されるわけもないのに」

 …………、何故か、すべてが自分に跳ね返ってくる気がする。言葉が、処女膜喪失のように痛い。

 アンナやソフィアがいるから下ネタが言えないのが辛い。下ネタが言えたら、もっと罵声を浴びせられたのに。

「奥間君は確かに喜ばないでしょうね」

 アンナが続く。

「少なくともあなたには、信じるに足る『愛と正義』がありませんわ」

 女リーダーは、黙っていた。そして。

「……気持ち悪い」


86 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 23:29:25.77 ID:Vqcr7VCy0


 吐き捨てる。この世に対する恨みつらみ全ての呪詛を、


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」

 今までの余裕はどこにいったのか、全身から寒気がするのを掻き抱くかのように叫ぶ。


「!!」


「アンナ!!」

 銃口が、アンナに向けられた。



「じゃあそもそも綺麗に生まれなかった人間はどうすればいい!?」



 絶叫が、部屋を切り裂くかのようだった。自分もきっとゆとりも、狸吉も、何も言えない。

 知っているから。自分がそうだから。

「奥間君は、綺麗に健全に生きてきましたわよ?」

 アンナには、わからない世界がある。どうしたって、持つ者と持たざる者の違いがある。

 だからアンナが何を言っても、傲慢にしかならない。

「大切なのはどう生きたか、ですわ」

「〜〜〜〜!!」

『アンナ先輩、挑発は控えて!!』

『アンナ、それ以上はいけません!!』

 愛しい人と母の言葉が重なって、アンナは黙る。

 だけど相手の憎悪は、消えなかった。

「どうせなら、ね」

 女リーダーは憎悪に笑う。

 それはどこか、あの夜の空気を軋ませたアンナの笑みに通じていた。

「海外逃げるしさ、まああたしは人質として以上には興味ないけど、アンナちゃんに興味ある子いるんだよね。紹介してあげよっか?」

 トランシーバーで誰かを呼ぶ。すぐに来た。

「あの……?」

「象徴を壊そうと思うの」

 呼ばれた、少年と言っていい年齢の男は戸惑っている。

「アンナちゃんのこと憧れなんだよね? あんたも」

「は、はい」

「……もうすぐ日本離れるし、もうチャンスはないよ?」

「あの……?」

「だからさ、……“初めて”を奪っちゃえ」

 バン、とアンナの頬をグリップで殴る。


「アンナ!!」

「アンナ様!!」
 
『アンナ先輩!!』

『アンナ!!』


 アンナの小型スピーカーであるイヤリングが、衝撃で落ちた。
87 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/21(金) 23:31:59.63 ID:Vqcr7VCy0
ちょっと眠って復活したので書きました。

なつかしいな。初めましての方がほとんどだろうけども。

供養になってるかなあ。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/21(金) 23:40:19.20 ID:RZMdcuon0
懐かしいな!

>>1の作品は長いから時間かかるんだよww 前回のこと知ってたから既出は流し読みしてたのにめちゃくちゃ時間かかるんだ
少し様子見てやれw
アンナ先輩、ピンチだー
89 : ◆86inwKqtElvs [sage saga]:2020/08/22(土) 00:32:02.93 ID:0PXq1D3C0
ちらほらいてくれて有難いです!
ずっと心残りの作品だったので。5年越しですが、なんとか書けるようになったので。少しずつ書いていきます、よろしくお願いします!
90 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/22(土) 15:59:36.62 ID:NpPMZ1Ux0


 痛みはほとんど感じていない。うまく衝撃を殺したから、少し赤くなる程度で済むはずだ。

 ただ、イヤリングで向こうの声が聞こえなくなったことの方が辛い。

「え、でも……」

「今更好かれること考えてるわけ?」

「アンナ! お願い、逃げ」

「は?」

 銃口が綾女の方に向けられる。

「綾女さん……わたくしは大丈夫ですわ」

「違う、違うの」

「……?」

 見るとゆとりも鼓修理も目を伏せている。周りを見れば、月見草も判断に困っていて、人質の大人たちも痛ましげにこちらを見ている。

 犯人たちの会話の意味が分からないのは、自分だけのようだった。



「やっちゃいなよ、いいからさ」



 ただ、リーダーの悪意に少年の純粋な心が巻き込まれようとしているのはわかった。

「……何をするつもりなんですの?」

「痛くないよー? 気持ちいいこと」

 少年は迷っていたが、無理に笑顔を作っているのがわかって、倫理がかすかに優しくしなければならないと思ってしまった。

「……どうしたんですの」

「本当は、望んじゃいけなかったことなんです。だけど……僕、あなたに憧れていたのは、本当で」

 生徒会に入った直後の奥間君をどこか思い出させた。だから、それもあって、わずかに気が緩んだのかもしれない。

「だから、だから――!!」


 ――唇と唇が、重ねられた。


「?」

 最初、その行為の意味がわからなかった。

 アンナ様やアンナといった声が遠くから聞こえる。

 舌が入り込んでくる。愛しい奥間君との唇の重ね合わせとは全く違う。


 ただただ、気持ち悪い。

 少年は興奮してきたのか、自分の胸部をまさぐろうとする。

 それにも、不快感だけがある。

 ――穢されていく。

「アンナ!!」


91 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/22(土) 16:00:21.57 ID:NpPMZ1Ux0


 ぶつん、と音がし、バァン!と爆発音。手錠をいつの間にか引きちぎり、少年を膝蹴りで壁に叩きつけた音に、アンナ以外の全員が呆然とする。

 ぷっと、唇をかみ切った際の罪人の血を吐き出す。



「ふ、ふひひひ、よくも、よくも、わたくしの愛を穢しましたわね?」



 足りない。足りない。足りない。足りない。
 
 命を刈り取らなければ、いやその前にあらゆる苦痛を与えておかなければならない。

 そうして、禊を済ませなければ。

「ああ、あは、あの方は何もしなくても愛してくださるでしょうけど、わたくしがそれでは納得できないので……」

「動くな」

 銃口がこちらに向けられる。その危険性も、今は衝動の解放へのスパイスとしてしか感じられない。

 ――見てわかる。女リーダーの目には余裕がない。だけど、折れてもいない。

 《雪原の青》のようだと思った。ならば、――嫐り甲斐がある。

「アンナ、気持ちはわかるわ! でも、落ち着いて、お願い!」

「何を仰っていますの、綾女さん?」

 本気で不可解だった。

「この者はわたくしの愛を、最大級の侮辱で穢しましたのよ? その者に罰を与えること以上に優先されることなど、今この場であるはずがありませんわ」

「まあまあまあ」

 女リーダーが嗤ってみせた。先ほどよりも余裕のない笑みだが、このアンナ・錦ノ宮を前にして、銃口を向けてむやみに撃たないというのもなかなかの胆力だとアンナは分析した。部屋にいた二人とドアの外から覗く一人は恐怖で動けなくなっている。

「あんたがキレるのはさー、当然ってか。それが目的だったわけだしねえ?」

 銃口は、外れない。だけど今の自分ならこめかみに銃口が当てられていようと、指の動きを察知して避けるぐらいのことは出来る自信がある。

「まあこんな化け物だと知ってたら、さすがに挑発なんてしてなかったけど」

「ぺらぺらとよく喋りますこと」

「でもそれ以上その子に手を出すのは止めてくれる? 一応あたしが煽った形だし、責任はあたしにあるってことで」

「できませんわね。彼はいわば実行犯――わたくしの愛を穢した、最大の罪人。もちろん、あなたにも最大級の罰を与えますけど、今は優先して、この方に罰を与えたいんですの」

「それ以上その子を傷つけるようなら、あたしは撃つ」

 微笑が深まってしまう。撃つ隙を狙ってリーダーの武器を奪えれば、戦力低下になるだろう。

 背面の、自分を穢した罪人に背中越しに肘を入れる。「ぐはっ!」骨の二、三本は折れる音に、かつての昂揚を思い出す。罪人の苦痛の顔。

「これ、これ、これが感じたかったんですの!!」

 プシュ

「危ないですわねぇ、後ろにお仲間もいらっしゃるのに」

92 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/22(土) 16:01:02.42 ID:NpPMZ1Ux0


 エアガンの発射も、最小限の動きで避ける。プシュ、もう一射来たがそれも避け、リーダーの手首ごと蹴り飛ばす。骨にひびの入る音が聞こえたけどそれすら心地いい。

「ぐっ!!」

 そして跳ね上がった手首を掴み、ひねり、組み伏せる。《雪原の青》を追い詰めたときの興奮を思い出す。あの時は確か、

「が、あああ!!」

 肩を外した。《雪原の青》に行ったものよりもさらに痛みが残り、後遺症も残るように。悲鳴は《雪原の青》より濁っていて、それがより心地よかった。

「捕まえましたわ」

 一瞬の攻防で、武道に長けている人間でないと何が起きたかわからないだろう。リーダーが捕まったのならば、他の連中は有象無象に過ぎない。

 さて、と。このまま警察に引き渡してやってもいい。だけどそれでは、愛の罰は与えられない。警察や善導課も邪魔だった。もう少し、この治外法権の場を保つ必要がある。

「?」

 全員の空気が、重い。なぜだろう。悪が成敗されている最中だというのに。まあいい。今は愛の罰を与えることが最優先なのだから。

「月見草さん、リーダーの拘束をお願いしますわ」

 とりあえず拘束は必要と判断して、月見草に目を向ける――

「月見草さん、月見草! しっかりしなさい!」

 親友の声が、ようやく、ようやく飛び込んでくる。

「――――え?」



 ――月見草朧は、お腹から出血していた。



 自分が避けた流れ弾に当たったのだと、いや、きっと流れ弾に当たりそうだった人質をかばったのだと、気付いたのは数秒経ってからだった。

93 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/22(土) 16:03:10.90 ID:NpPMZ1Ux0

あー、決定的な出来事が、ようやく起きてしまいました。

……読んでる方いたら何か一言コメントいただければ幸いです。すみません。元が古い作品だからいなくても仕方ないとは思うのですが。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/08/23(日) 21:29:06.36 ID:d1fNCaQP0
まあ人がいないのは気にすんな

月見草……
95 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/24(月) 00:19:43.12 ID:fGZCoRn70
ありがとうございます。すみません、弱音を吐いてしまって。
今日は時間がなくてかけなかったのですが、続きは書いていきますのでよろしくお願いいたします。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/24(月) 02:07:42.35 ID:LJKSz16M0
面白いから自分は好きなんだけど、長いんだよ()
原作や前作読んでないといけないし、ハードル高いんだから人少ないのは仕方ないんだ
97 : ◆86inwKqtElvs [sage saga]:2020/08/25(火) 12:52:22.80 ID:5f0AkIbs0
すみません、ありがとうございます。
まあ仕方ないですよね。面白いと言ってくれてうれしいです、頑張ります。
98 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/25(火) 17:59:04.87 ID:5f0AkIbs0


「アンナ、あなたいったい……?」

 アンナ先輩のあまりの獣性に、それまで触れてこなかったであろうソフィアは、自分たちの中でもより呆然としていた。

「イヤリングの回収はできそうですか?」

 不破さんがこの状況でも無表情に指示を出す。このままではアンナ先輩に声を届けることができない。華城先輩、ゆとり、鼓修理が探す。

『あったっス!』

『アンナ……!』

 華城先輩が呼びかけるけど、アンナ先輩は何を思っているのか、返事がない。

 くそっ、なんでアンナ先輩は最初に抵抗しなかったんだよ!?

「……最低限の知識もないから、相手が何をするつもりなのかわからなかったのでしょう」

 不破さんは淡々としているが、どこか痛ましげにも見えるのは気のせいだろうか。

 きっと月見草に頼んだこともよくなかった。「自分の身は自分で守れる」と言い切ったアンナ先輩を、「人質を最優先に」という至上命題を、月見草は無視することができなかった。

『……さて、と……どいてくれる? アンナちゃん。……側近が怪我してるでしょ?』

 力ない女リーダーの言葉にも、アンナ先輩は反応しない。それどころか、

『ぐ!?』

 さらに力を込め、ねじり上げる。

『……死にたくなければ、人質の解放をお願いしますわ』

『全員、ってわけには、いかないかなあ?』

 こいつ、よくもまあこの状態のアンナ先輩に対して、交渉しようなんて思うよな! 殺すというのは嘘じゃないぞ!

『そうですわね。それではとりあえず、怪我人である月見草さんと綾女さんの解放をお願いしますわ』

『あなたが、その手を、放してくれたらね』

『…………』

 アンナ先輩は憎悪と嫌悪と殺意の視線で相手を射殺そうとしているかのようだ。それが魚眼レンズ越しにでも伝わる。

「まず、アンナと会話ができるようにしなさい」

 ソフィアが口を挟んできた。ソフィアは思ったより冷静で、おそらくアンナ先輩の暴走を止められそうな人物であるソフィアがここにいたのは僥倖かもしれない。ソフィアなら言葉で無理矢理に押し通せる。

 一瞬、不破さんは悩んだが、僕ではアンナ先輩を説得できないと判断したようだった。

「……わかりました。副会長、鼓修理さん、ゆとりさん、なんとかイヤリングをアンナ会長に着けてください」

『アンナ、お願い、月見草さんが危ないの。……離れて』

 華城先輩が懇願すると、ようやくアンナ先輩は離れた。月見草のことが心配ではあるんだろう。

 月見草の負傷を、アンナ先輩はどのように感じているのか、全く想像つかないのが、怖かったけど。

 犯人たちの一人が女リーダーを介抱しに小走りで、アンナ先輩を刺激しないように壁を背にしながら近づいてくる。

 アンナ先輩は先ほどと同じ位置に座る。鼓修理から華城先輩にわたったイヤリングが、アンナ先輩に渡される。

99 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/25(火) 18:00:14.76 ID:5f0AkIbs0


『華城綾女と月見草朧の解放とあの子の治療を交渉しに行く。まあすぐに終わるでしょ』

『でもリーダー、その怪我は』

『あたしは左肩から下だけだから。アンタ、華城綾女の主治医でしょ? 整形外科医なら一応、診れるわよね? ……先にそっちの子をお願い』

 部下が外科医の手錠を外している間に、アンナ先輩はイヤリングを堂々と着けていく。見た目はイヤリングだし、小型スピーカーであることはわからないだろうけど、そういうことに気配りする余裕がないようにも見えた。

『……奥間君』

「アンナ先輩……」

「アンナ、よく聞きなさい」

 ソフィアの硬い声に、全員の注目が集まる。



「あなたは何も間違っていません。だから、落ち着きなさい」



「……あなた、何を言っているんです?」

 僕の思わず言った一言にも、ソフィアは意に介することはなかった。

「あなたのしたことは正当防衛です。月見草とやらかしたのは、任務に基づいてのこと。あなたに非はないのです。だから落ち着きなさい」

『……………………』

 アンナ先輩が周りを見ず、結果月見草が負傷したのは事実としてソフィアの目に映っているはずだ。

 この人は何を言っているんだ?

『わかりましたわ、お母様』

 アンナ先輩の声には、慈愛も殺気も、どちらの面もなかった。

 不破さんも言いたいことがあったのだろう、こちらの音をミュートにして問いかける。

「全く非がないというのは間違っているのでは?」

「今のアンナに必要なのは反省ではありません。そんなものは後でできます。今必要なのは、事態を打破する突破力です。後悔でそれが鈍っては、解決できるものも解決できません」

「でも、アンナ先輩は、間違ったんですよ!?」

 こんな言葉、言いたくなかった。だけど言うしかない。

「そうやって、アンナ先輩に正しいことだけを詰め込む気なんですか?」

「アンナは、唇を穢されたんですよ!?」

 唐突に感情が爆発し、僕達は動けなくなる。

「アンナだって怒りを覚えて当然です!!」

「…………」

 気付いていない。穢された、その意味が母娘で食い違っていることに、気付いていない。

 表面的には合っているかもしれない。だけど、ソフィアとアンナ先輩の知識量には差がありすぎる。

 決定的に、間違っていた。

100 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/25(火) 18:01:11.68 ID:5f0AkIbs0
とりあえず、今日の文を。知識は財産ってわかんだね、エロ知識でも
101 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 02:16:51.78 ID:/PykkNkX0


「月見草の具合はどうなんじゃろな」

 話を逸らすように、早乙女先輩が口を開く。早乙女先輩にしては珍しくファインプレーだ。

「今、交渉しているようですね」

 女リーダーが別の部屋に入る。先ほどから拠点としている部屋だ。

「アンナ先輩は?」

「アンナ会長、聞こえていたら咳を一回お願いします」

『ケホ』

 不破さんはもう一度ミュートにすると、

「奥間さん、ソフィアさん。出て行ってもらえますか?」

「え?」

「何を言っているのです!?」

「こちらの方で意見が割れているようでは、話になりません。向こうも混乱を招き、決定的な事態をさらに招きかねないので」

 淡々と、無表情に言われてはソフィアも激昂の隙間がないようだ。

「なら善導課に行って、月見草の様子を教えてもらいに行けばどうじゃ?」

「……わかりました。あなた達の能力はアンナが見込んだだけはあって高いようです。月見草の容態もアンナにとっては気がかりでしょう。爛子さんのところに行きますよ」

 有無を言わせない口調は娘をより高圧的にしたようなものだったけど、ソフィアなりにショックも大きかったらしく、苛立たし気に睨まれた。なにこれ僕のせい? ってかこの状況で母さんに会いに行くのも正直嫌なんだけど、月見草のことが心配なのもそうだし、もし無事なら早くアンナ先輩に伝えて安心させてあげたい。

 作戦本部に向かうと、事態は酒池肉林のごとくてんやわんやだった。酒池肉林の肉林って食べる肉じゃなくて性の肉の方だよね、やっぱり。

「何故貴様たちがここにいる?」

 母さん、ソフィア相手にも貴様呼びかよ。ぶれねえな、ほんと。

「アンナの様子は!?」

「月見草と連絡が取れない以上、わからんな」

 それでも一応は親友らしく、母さんは善導課職員ではなく母親として質問に答えた。ソフィアと僕にしかわからないだろうけど、わずかに声音が違う。

「月見草は!?」

「回収の最中だ。向こうもアンナの攻撃で重傷者が出ているからな、治療を求められている」

「アンナ先輩の解放は、……難しい、か」

「狸吉には関係ないと言いたいが、そうだな。鬼頭慶介という人物も一人娘のために、鬼頭グループ総出でヘリと船を用意済みだ。錦ノ宮祠影を筆頭に政治家も動いている。海外に渡れるようにな。人質に有効なのは政治家本人ではなく、その身内だからな」

 だから政治家が優先して解放されていたのか。あの女リーダーはそこまで考えかねない。ぶち切れたアンナ先輩相手にあそこまで悪意を向けて、交渉までしようとしたのだから。

 ソフィアはアンナ先輩のことだけが気になるのか、何も言わないでぎりぎりと歯ぎしりしている。感情のぶつけどころが今はないんだろう。ゴムの中に出た精液のぶつけどころのように、今はどこにぶつけても意味がない。

「母さん。……ちょっと」

 ちら、とソフィアを見る。無視されると思いきや、「ソフィア、貴様はそこに残っておけ」とつっけんどんにバスの外に放置プレイだ。

「ソフィアがいれば言いにくい話もあるだろうからな。下らない話なら叩き出すぞ」

「……アンナ先輩がやったことだけど」

「祠影とソフィアが正当防衛に収めるだろうな。映像に残っている以上、相当に優秀な弁護士でも難しいだろうが」

 卑猥なことをされそうになったから相手を壁に叩きつけた、ここまでは仕方がない。というか、僕でも金玉ねじ切られて死ねと思う。

 法律は風紀委員以上に杓子定規だ。壁に叩きつけた無抵抗の相手にさらに肘を入れ、おそらくは肋骨の二、三本は負ったのは、過剰防衛か、下手すれば傷害罪になる。アンナ先輩が柔道の有段者ということも悪い方に働き、経歴に傷がつく可能性も低くはない。

 だけど、そんなことは後で母さんの言うとおり、祠影とソフィアがなんとかするだろう。

「母さんは、アンナ先輩がやったこと、どう思う?」

「当然のことだろう」

 まあ、母さんみたいな肉体派はそうだよね。知ってた。そもそもちょっとした下ネタすら嫌悪を通り越して憎悪しているのに、アンナ先輩がされたことを考えると当たり前の反応だ。

 だけど母さんもソフィアも、アンナ先輩の不安定さを知らない。

 変わっていっている。アンナ先輩を見てほとんどの人がみんなそう言っている。そして変化の最中というのは、不安定だ。

102 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 03:20:23.02 ID:/PykkNkX0

「母さん」

 ごめん、不破さんや早乙女先輩には事後承諾になるけど。婚姻届けは事後承諾良くないって聞くけどアンナ先輩ならありうるな。

「僕が人質になるわけにはいかない?」

「無理だな、貴様には人質としての価値がない」

 母親の情など一片もなく善導課として言い切った。ねえ、僕らって親子だよね?

「このまま海外に逃がすの?」

「何故知っている?」

 ああしまった、墓穴掘った! アナル処女に三連パール並みの墓穴!!

 誤魔化せるはずも黙り通せるはずもなく、僕は母さんにアンナ先輩とやっていることを話した。

 ガゴン!!

「貴様はぁぁぁ!! アンナになんてことを吹き込んだ!!?」

「アンナがどうかしたのです!?」

 ああ、ソフィアまで入ってきた。アンナ先輩の名前が出てきたからだろうな。善導課職員がポンポン投げ飛ばされている。

「ソ、ソフィアさん、説明してください、アンナ先輩と連絡ができる状態にあることを、げふ」

「ああそのことですか」

「貴様、知っていたのか!?」

「私に無断でアンナを人質にした貴女に言われる筋合いはありません!!」

「安全には最善を尽くしていたのだ!!」

「ストップストップストップ!! 今はもうそんな段階過ぎてるんですって!! お願い、話聞いて!!」

「奥間主任、そのぉ……」

 善導課職員がこの状況で頑張って報告に来た。僕なら裸足どころか全裸で逃げてる。

「月見草がエレベーターを通じて降りてきます。治療は……他の病院で行うのが賢明だと」

「そんなに悪いんですか!?」

 母さんにエビぞり固めを決められながら叫ぶ僕に「見てはいけないものを見てしまった自分も殺られる!」感を出した職員は、僕の問いに答えていいか迷っていた。

「報告しろ」

「は! 早く治療を受けないと危険な状態だとのことです。ですがこの病院での治療にはリスクが高すぎます」

 報告の間に僕へのエビぞり固めは外れたけど、心は晴れなかった。

「月見草……」

 月見草の負傷を、アンナ先輩がどう思っているのか。

 変わりつつあるアンナ先輩の思考は、全く読めなかった。

103 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 04:32:35.89 ID:/PykkNkX0


「アンナ会長の様子はどうですか?」

 氷菓はアンナ会長の接続だけをオフにし、他三人に問いかけるが、具体的な返答はなかったにせよ芳しいものではなかった。

「アンナ会長が冷静であったなら、防げたかもしれませんが」

「いやあ、それは無理じゃの。アンナの本質はその激情にあるからの」

 しかしこのままでは何も始まらない。アンナ会長への通信を再開する。

「アンナ会長、聞こえていたら咳を一度お願いします」

 こほ、と一度咳が聞こえた。通信自体には問題なさそうだが、さて。

 ソフィアの言葉に嫌悪感を覚えた奥間の気持ちはわかる。間違いを一切なかったことにしてしまうソフィアの言葉は、間違っている。それでも奥間には悪いが、氷菓はどちらかと言えばソフィアよりの意見だった。後悔は文字通り後ですればいい。今は事態の解決が最優先で、起きてしまったことについて考えるのは後でいい。

 ただ、ソフィアはアンナの獣性に気付いていない。性知識が一切なく、それでいて性衝動を覚え、さらに倫理は人一倍ありながら破壊衝動にも酔う様子は、矛盾としか言いようがなく、矛盾というのは不安定さを孕んでいる。

『奥間君は、どうしましたの……?』

 小声で問いかける言葉には、氷菓でも理解できない。しかし何かが含まれていた。

「善導課に情報を求めに行っています。……月見草さんがどうなるのかを確かめに」

『アンナ……』

 何かを問いかけたそうな副会長の声が聞こえるが、周りは騒然としていて誰も咎める様子はなかった。

 月見草は動かない。モニターを拡大してみる分には、僅かに身じろぎしていて生きてはいるようだが、重症だろう。

『アンナ、様……』

『喋らないでくださいまし』

 アンナ会長の遮るような声も聞こえていないのか、『守れ、なくて、申し訳、ございません……』魚眼レンズのモニター拡大という荒い画像ではあったが、それでも月見草が糸の切れた人形のように崩れ落ちるのがわかる。

『月見草さん――!?』

『すまねえ、ちょっとどいてくれ……息はある。出血も脈に合ってるから、心臓も動いているぜ』

(まずい展開ですね、これは)

『先生? 月見草さんの方を診てくださいまし』

 びくん!とアンナ会長の化け物じみた獣性を見てしまった医者はアンナ会長の言葉に文字通り跳ね上がる。氷菓の分析では、生徒会長としての聖女の声だったのだが、アンナ会長は本心を隠しているのか、わかりかねているのか。

 そう思考している間にも、『リーダーに直接治療を頼まれている以上、逆らえばどうなるかわからない』などということを医者が言い出した。

 だが医者にも良心はあったのか、『ナースステーションからありったけのガーゼを持ってくるよう頼んでくれ、あなたは圧迫止血を頼む。道具がない以上それしかできない』アンナ会長に治療をやらせるつもりらしい。

『聞きましたわね? ガーゼを持ってきてくださいまし』

 犯人の一人がトランシーバーで確認した後、ガーゼと、それとキャスター付きの担架も運ばれてきた。


『リーダーの判断により、華城綾女、月見草朧、2名を解放する。医師と看護師3名は二階下の手術室に行き、こいつを治療してもらう。そのあと、リーダーの応急処置をしたのち、解放してやる』


 戦力の低下により、人質が多すぎて把握しきれないと判断したのだろう。氷菓から見ても適切な判断だった。

 窓から外を見ると、救急車が二台、出ていこうとする。もう一台は副会長のものだろう。

 だが、救急車が一台止まった。


「大丈夫、大丈夫ですから!!」


「あれは綾女かの?」

「そのようです」

 眼鏡をかけていない副会長が救急隊員の言葉をはねのけて、殆ど飛び降りようとしている。

「副会長、聞こえますか? そうです、その黒いワゴン車です。こちらに向かってきてください」

『わかったわ』

 人質が実質5名減って、残り10人。

 だが事態が好転したとは、どうしても思えなかった。

104 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 04:34:38.32 ID:/PykkNkX0

今日の分、おしまい!
籠城事件を書くの、難しいです……。
105 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 06:26:06.01 ID:/PykkNkX0

 病院着のまま、救急車を転がるように出る。実際、あとは安静にするだけで治療は特に必要ない。

 それよりこの事件の行く末の方が問題だった。

 ワゴン車の扉を開ける。いたのは不破氷菓と早乙女先輩の二人だった。

「たぬ……、奥間君とソフィアさんは?」

「善導課の方に。アンナ会長に対する言葉に、奥間さんが怒ってしまったので、こちらの指揮が混乱してはいけないと善導課に行かせて頭を冷やしに行ってもらいました」

 アンナは間違っていないと半ば洗脳のように言い聞かせていた、あの言葉。

 一見正しくて、しかし正しさしかない、アンナの気持ちを無視した言葉。

 アンナの、月見草に対するあらゆる思いを、無視した言葉。

「まあ怒ったというには、情けない声でしたが」

「相手がソフィアだしね」

 ソフィアに敬称を付けるのは止めた。眼鏡をかけていないというのもあって、生徒会モードに移行できない。

 新しいPMはもう装着させられていて、禁止単語はタイマーなしには言えないのだけど、そもそも不破氷菓がいる前では言えない。

(下ネタ言いたい)

 それどころではないけど、それが自分のアイデンティティなのだから仕方なかった。

 車の扉が開いた。

「華城先輩!? 大丈夫ですか!?」

「たぬ、奥間君、ソフィアさんと……」

「奥間爛子。善導課の主任をしている」

(《鋼鉄の鬼女》が来るなんて聞いてない!)

(そもそもソフィアが来るって時点でいろいろおかしくなってるんですよ!)

「ななな、何の用じゃの?」




「今からアンナ・錦ノ宮、濡衣ゆとり、そして鬼頭鼓修理の3名に対する指示は我々善導課が行う」




 マッドワカメがちら、とこちらを向いた。判断は任せる、ということなのだろう。

『ケホケホ』

 二回、咳が続いた。アンナだった。

 ちぎれた手錠はそのままに、アンナだけが自由に動ける状態だった。

 辛うじて、指示の仕方は覚えているようだけど、今のアンナは……、

 アンナが安全に話せる場所まで行くことは、相手も混乱している以上簡単なようで、すぐに血の付いた手を洗う目的で女子トイレに向かっている。経血が来たときはびっくりしたわ……。

「私は、反対です」

 下ネタを挟まない交渉術は自信がないけど、やるしかないのだ。据え膳食わぬはマンホール、あれ? 何か間違ってる?

106 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 06:26:56.99 ID:/PykkNkX0

「せめて交渉の同席を求めます」

「華城先輩の意見に賛成です」

 狸吉が賛成してくれた。

「母さんたちを信用しないってわけじゃないよ。でも……」

「なんだ、さっさと言え」

「この映像じゃ、わからないでしょうね」

 魚眼レンズ越しには、何もかもが歪んで見える。

「アンナはひどく、その、混乱しています」

 混乱というよりは、あれは――

『奥間主任。お母様』

 アンナの声はひどく冷静で、微笑の気配すら伝わってくる。



『わたくし一人に任せてくださいまし』



 あの夜の、女王のような気配を纏った、絶対的に服従を誓わされそうな、“あの”声色だった。

「何を言っているのです! 危険すぎます!」

 この期に及んで娘の本質に気付いていない母親は、至極当然のことを言う。

「アンナ、君はいったい何を考えている?」

 《鋼鉄の鬼女》は様子がおかしいことに気付いたのか、童貞が考える生おっぱい画像のごとく抽象的な質問を投げかける。

『殲滅、ですわ。敵、すべての殲滅をしたいんですの』

 狸吉とマッドワカメ、そして早乙女先輩と視線を合わせる。

 アンナは人質の安全を考えていない。ことによると、自分の命すらも。

 《鋼鉄の鬼女》はうすうす気付きかけているかもしれないけど、アンナの本質を理解していない、変化の本質を理解していない大人に、今のアンナの操縦ができるとは思えない。

「アンナ先輩」

『奥間君……?』

「……少し、待ってもらえますか?」

『奥間君が言うなら、わかりましたわ。《正当防衛》以外では、わたくしからは手を出しませんので……ふふ』

 微笑に不吉さを残し、「アンナ!?」ソフィアが金切り声を挙げるが、アンナはマグロのごとき総スルーを決め込むことに決めたらしく、返事をしない。

 アンナは多分、狸吉から以外の指示はもう、受け付けなくなっている。

「濡衣ゆとり、鬼頭鼓修理。善導課の指示を聞く気があれば咳を一度しろ」

『ごほ』

『げふん』

「ここの設備は善導課が預からせてもらう。いいな?」

 《鋼鉄の鬼女》に逆らえるはずもなく、全員はいと頷くしかできなかった。ヤダ、私も調教済みなの!?

107 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 06:27:30.13 ID:/PykkNkX0

「ソフィアも、これ以上は捜査に口を出さないでもらいたい。今までが特例だ」

「…………」

 ソフィアも《鋼鉄の鬼女》モードとなった親友には何を言っても無駄なのがわかるらしい。

「私は夫と相談してきます」

「そうしろ。公海に出られたら厄介だ」

 公海――船か飛行機か。海外逃亡なら当然どちらかだろう。

「不破氷菓、ここの設備を善導課に渡して。私たちはいったん出ましょう」

「わたしは構いませんが」

「わ、わしもじゃ」

「僕は、」

「奥間君、行くわよ」

 車を善導課に渡したあと、不破氷菓に、

「これからどうするのですか?」

 訊ねられる。

「不破氷菓、あのモニターは見る手段はある?」

「そういうと思って、モニターに限らず基地局の予備は喫茶店にも置いてありますよ。距離があるから若干不安定ですが」

「そうじゃったのか!?」

「となると、あとはどうすればいいか、ね」

 それがあの夜の狸吉のように、空っぽだったのだけれど。

「失礼なこと考えてんじゃねえよ!」

「あら、私がナニを考えていたって?」

「あんたの考えることなんか一つしかねえだろ!」

「ま、冗談はここまでにして……、その」

「……すみません、華城先輩。その……、アンナ先輩を、ゆとりや鼓修理を助けましょう」

「問題はどうやって、じゃな」

 繰り返される『どうやって』に、頭が回転してくれない。

 衝動に笑うアンナを、これ以上見たくはないのに。

108 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 06:28:06.87 ID:/PykkNkX0

もう少しだけ書いてみた。華城先輩が加わったよ、やったね!
109 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/28(金) 07:02:58.46 ID:/PykkNkX0
やっぱり読んでる人いないかなあ……
110 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 12:34:31.21 ID:gTDkXCSm0


 アンナは自分の判断力を過大評価も過小評価もしていなかった。今の自分には正常な判断力がないということも理解していた。

 だから、愛する人の指示に従っている。ただ、本音は一つだった。


 ――全員、殺したい。


 あのリーダーの女も自分を穢した少年も、このテロリスト全員を、そして、月見草の負傷を許してしまった自分自身も。

 愛する人は『待て』と言った。だから待とう。

 お義母様も、そして実のお母様の言葉も、愛する人の言葉の前では霞んでしまう。そんな自分に、何の疑問も思わなかった。

 お腹の中に“熱”が溜まっていく。愛と破壊、二つの衝動が、自分の中で矛盾なく両立していく。それを解放したくて仕方ない。 

 今のアンナに、罰を与えること以外の目的は存在しない。

(でも、奥間君は望まない)

 だけどこの“熱”は、そう遠くないうちに自分自身を焼き尽くすことがわかってしまったから。我慢なんて絶対できないから。

 だから愛する人にとって、自分はきっと間違った判断をしてしまうだろう。

 でも大丈夫。

 愛しい人は、自分が間違っても、受け入れてくれるのだから。

 再会したら、たっぷり愛し合おう。お腹の中の“熱”を、彼の逞しいモノで掻き混ぜてもらえれば、どれだけ幸福になれるだろう。

 それを思って、アンナは微笑する。

 その瞳には、敵意と悪意と殺気と、そして欲情しかなかった。


    *


(ひぃ……!)

 鼓修理が声にならない悲鳴を上げている。空気が軋むほどのオーラに、ゆとりは既視感を覚えていた。

 あの夜、衝動に身を任せたまま《雪原の青》を傷つける様を間近に見ていた。そんなゆとりとしては、もっと悲鳴を上げたいが、今の化け物女を刺激すると怖すぎたので必死に我慢する。

(お二人は)

 と思ったら話しかけてきやがった!

(悪の殲滅にご協力願えますか?)

(はいッス!!)

(……いや、その、なんだ。どうすればいいんだぜ? 下手に動けば怪我人どころか死人が出かねえぜ)

(そうですわねぇ)

 その呑気な反応にピンときた。多分、この化け物女は死人が出ようが構いやしないと思っている。

(月見草のことが、心配じゃないのか?)

(わたくしにできる範囲を超えましたから、あとはお任せするのみですわ)

 ペロリ、と小さく舌なめずりをすると、

(わたくしにできるのは、悪全ての殲滅のみですわ。疼いて疼いて仕方がないんですの)

 人の血の味を覚えた獣。

 今の化け物女の目は、それと同じ目をしていた。あの夜と同じか、もっと先鋭化させて。

(たぬ、奥間はそんなの認めねえぜ)

(…………)

 瞳から、凶悪な光がわずかに消えた。

(そうですわね。わたくしと違って、優しい方ですから)

(…………)

111 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 14:50:29.38 ID:gTDkXCSm0


 とにかく善導課からは(《鋼鉄の鬼女》の声だった)動くなの一言だった。

 現状、善導課の指示に従うしかないが、どうするつもりなのか。

(向こうもわたくしへの対策を考えるでしょう。……下手に動いてしまって、わたくしの機動力がばれてしまいましたから)

 一応、失敗しているという自覚はあるらしい。ソフィア・錦ノ宮は『何も失敗していない』などとほざいていたが、化け物女が動いたせいで――さすがにこれは同情すべき案件だが、とにかく動いたことによって月見草が負傷したことには変わりない。それを自分で認識しているのは正直、意外だった。狸吉の言葉と同じぐらいに、母親の言葉も大きいと思っていた。

(……月見草さんのことは)

 獣の気配が消え、わずかに悲しそうに呟く化け物女は、ゆとりの見たことのない部分だった。

(わたくしのやり方で、決着をつけてみせます。この事件を、解決させて)

 それが見えないから恐ろしいのだけど、ゆとりに指摘する余裕はなかった。

(鼓修理があっち側だったら、どんな作戦を考える?)

 さっきから化け物女の陰に隠れてぶるぶる震えているだけだったが、さすがにこの事態に何も思っていないわけがないだろう。

(そう、そうっスね。鼓修理が犯人なら、お義姉ちゃんはやっぱり怖いっスから、隔離すると思うんスよ)

(隔離、ですの?)

(た、多分。向こうも人員がいないとは思うっスけど、それ以上にお義姉ちゃんが暴れたら全滅の危険があるっすから。離れた場所に隔離して、他の人質との連携を阻止すると思うんスよ。お義姉ちゃんが単独で暴れたら、すぐさま別の場所で人質を傷つけられるように)

 怯えてはいてもさすがは腹黒思考だった。

(……それは厄介ですわね)

(あとあのリーダー、お義姉ちゃんを個人的に恨んでるっぽいっス)

(……奥間君のことで?)

(た、た、たぶん!)

(お、奥間はあんたに憧れて、だからあいつはフラれたんだからな? こういうのは浮気じゃねえぜ)

(ええ、わたくしにとってはただの火の粉。ですが)

 また、あの獣の瞳に戻る。(ひぅ!?)(ひっく!?)

(あのリーダーにとっては、わたくしは敵なんでしょうね。わたくしに組み伏せられても、闘志――敵意は衰えていませんでしたわ)

 あいつ、頭のいいバカで負けず嫌いだったのは知っているが、こいつの化け物性を見ても衰えないってよっぽどだな……。

(ゆとりさん?)

(はい!?)

(あのリーダー、どんな方ですの?)

(……とにかくしつこい)

 ゆとりが取り締まり側だった時、あいつは既に反体制のリーダー的な存在だった。昔いたと言われる暴走団?のリーダーのようなものだ。綾女の義母がそうなるのか。

112 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 14:50:56.69 ID:gTDkXCSm0


(勉強自体はできたんだけどな。途中で善導課に連れていかれたから正直そんなに知らないんだぜ)

 カララ、と扉が開く音が聞こえた。三角巾で腕を固定したリーダーの姿がそこにあった。

「さて朗報があるよん。どうする? 聞きたい?」

 リーダーの目は完全に化け物女一人に向けられていた。

「ええ、是非聞きたいですわ」

 本っ当、キレた化け物女相手にして余裕があるように見せられるだけでもすげえよな……。

「あの月見草ってやつ。無事に別の病院に搬送されたって」

「……そうですの」

 化け物女は油断しなかった。むしろ目つきが鋭くなっていく。

(こちらにダメージ与えたいはずっスからね、これだけのはずがないっス)

「あとね、一緒に船に乗る人が決まったのよん。……鬼頭鼓修理に決定したわ」

「え、え? こ、鼓修理が、っスか?」

「まあ、本来ならそこの化け物も予定に入ってたんだけどねえん」

「あら、わたくしは船旅にご一緒できませんの?」

「化け物と一秒でもいたくないっていう意見が大多数を占めちゃったのん、仕方ないわよねん」

 こいつ、左腕のほとんどすべてを使えなくされているのに、なんでこんなに余裕ぶれるんだ?

 ……多分、性格の問題だ。本当に、異常な負けず嫌いなのだ。

「外国についた後、大使館まで鼓修理ちゃんは届けてあげる。鼓修理ちゃん、英語の成績も凄いみたいだし、あとは大使館の人の意見を聞けば日本に戻れるから、そこは安心していいよん」

(安心できるワケないっス!!)

 鼓修理のパニックが伝わったのか、それでも化け物女は優雅に、

「わたくし、皆さんと船旅がしたいですわ」

「のーさんきゅー、あたし以外はね。あのさ、アンナちゃん」

 化け物女が獣だとしたら、あっちのリーダーは悪魔のような目つきで睨む。

「あたしと別室で、二人きりで話したくはない?」

 「ダメです!」「危険すぎます!」の声が相次いだ。やはりこのリーダーは、妙なカリスマ性があるというかなんというか。

「わたくしは」

 化け物女は、にっこりと笑った。

「是非、お願いしたく思いますわ」

113 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 14:52:43.09 ID:gTDkXCSm0

今日の分終わりです。どうなることやら、です。
114 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 18:35:28.84 ID:gTDkXCSm0


「ち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こ!!!」

 喫茶店に移動している間に事態が急展開していて、不破さんが機材の調整をしている間、華城先輩は地階のアジト部分で下ネタとすら言えない性器の羅列を連呼していた。

 華城先輩の怪我はまだ重く、激しい運動はできない。動くとすれば僕以外にいない。

「《群れた布地》の時のように、《SOX》が解決できればいいんですけどね」

「でも精子一匹入る隙間もないわ」

 侵入経路を何とか探すが、病院を警察が全包囲しているため、華城先輩の言うとおり精子一匹はいる余裕すらない。

「おーい、不破が呼んでおるぞ」

 喫茶店の個室で機材調整をしていた不破さんのもとに行く。「音は拾えますが、こちらの声は届きません」と無表情に報告してきた。

「スピーカーの電波の長さは短いですから。音を拾うだけなら半径数キロメートルまで範囲を伸ばせるのですが」

「アンナ先輩たちへの指示は、善導課だけか……」

 ……今のアンナ先輩が、善導課の言葉を聞くとは思えない。確実に暴発する。さんざんその欲情が暴発する機会を見定めて逃げてきた僕にはわかる。

 今のアンナ先輩は、いつにもまして危うい。

「愛する奥間さんの言葉なら副会長も殺すって言ってましたよ」

 え、なにそれ。あんなに華城先輩を助けたがってたアンナ先輩が?

「事実です。わたしが言いたいのは、今のアンナ会長は価値観が変わり、判断基準を社会の規範から奥間さんの言葉に変えていっているということです」

「……法律より、僕の言葉の方を信じてるってこと?」

 確かに、言っていた。「僕が母親を殺せと言ったら、どんな手段を使ってでも殺す」と。

 あれは何かの比喩だと思っていた。思わず華城先輩の方を向く。

「……今のアンナは、たぬ……奥間君以外のことは本当にどうでもいいみたいだから」

 うつむく華城先輩に対し、やはり不破さんは無表情に言う。

「わたしの見解とは少し違いますね。どうでもいいならそもそも副会長たちを助けにはいかないでしょう。母親と恋人、親友や友人、何を一番にするにせよ、それ以外が大切ではないわけではないのです」

「どういうこと?」

「アンナはの、狸吉のことも綾女のことも月見草のことも大事なのじゃ。以前のように切り捨ててはおらん」

「ですが奥間さんの言葉があれば切り捨てるでしょう。それが自分自身にどれほど痛みを与えようとも」

「…………」

 盲目よりもひどい状態じゃないのか、それ?

「厄介だわ。それって、た、奥間君への依存が酷くなってるじゃない」

「まあここでアンナの心を分析しても今は仕方なかろう。実際どう動くかが問題じゃ」

「……不破さん、ごめん、何かあったらPMに連絡くれる?」

 わかりましたとやはり無表情に呟く。疲れているだろうにな。ただ、華城先輩の下ネタ切れの方が心配なんだ、ごめん。

 喫茶店の個室でも奥まったほうに行き、不破さんが聞こえないところまで行くと、「ち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こ!!!」と連発する。

「んー、重症だこれ」

「《SOX》として乗り込むにしろ、綾女がこの怪我ではな」

「月見草以下、風紀委員も今回は使えないし、月見草も重症だし。やっぱりアンナ先輩をどうにかしないといけないんだけど」

「このままじゃ鼓修理が外だしされてしまうわ」

「外国に置き去りですね。でも、犯人たちの言葉の通りなら、比較的安全な気もしますけど」

115 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 18:36:06.12 ID:gTDkXCSm0

「バカね、テロリストどもは鼓修理を外国に差し出すのが条件で亡命を取引したに決まってんでしょ」

「え、そうなんですか!?」

「本当はアンナもだったんだろうけど、まあ無理よね。亡命先の国が鼓修理をどう扱うかなんてわからないわ。身の危険はないにしろ、何らかの政治的圧力に利用されるかもしれない。ここで鼓修理を助け出せたら鬼頭慶介にかなりの貸しを作れるんだけど……」

「大使館とやらは動かんのかの?」

「動くでしょうけど、童貞の腰振りみたいに貧相な動きしかできないでしょうね。今の日本の国際的立場は中出しセックスした後のように危ういのよ」

「そのあたりのことはようわからんが、今のアンナでも鼓修理を一人で行かせるということはないんじゃないかの?」

「なら余計に危ないと思うんですけど」

「どの国であっても、人質という立場ではあっても危険な目には遭わないと思うわ。むしろ賓客扱いされるかもね」

「アンナ先輩達と連絡とる方法が善導課にとられたのがきついですね」

 と、ここで思っていたことを聞いた。

「鼓修理はこのこと気付いているんでしょうか?」

「あの子はアンナから離れられるなら外国だって行くわよ」

 つまり、気付いてるってことか。腹黒思考は《SOX》でも随一だからな。

「華城先輩、しばらく下ネタ成分は大丈夫そうですか? 不破さんにバレると困るので」

「うぅ、全然足りないけど仕方ない。みんなのことの方が大事だもの」

 天秤にかけてるのが下ネタを言うことなんだよなあ。

「不破さん、どう?」

 移動すると、不破さんは変わらず淡々と。

「リーダーとアンナ会長が一対一で病室にこもっています。他の人質から切り離す目的でしょう」

「アンナが暴れたら、すぐに別の人質を盾にできるように、ね。同じ部屋にいると一瞬で制圧される可能性があるから」

「理論ではそうですが、よく今のアンナ会長相手に一対一で個室に閉じこもるなどできるものです」

 猛獣と一緒の檻に無防備にいるのとおんなじだぞ。エアガンなんか避けるしな。


 ピピピピピピピピ


「誰よこんな時にもう!」

 僕のPMが鳴って、華城先輩が苛立っている。相手は『非通知』とある。

116 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 18:36:35.41 ID:gTDkXCSm0


「……もしもし?」

『やあめんごめんご。そして《雪原の青》の解放おめでとう』

 基本的にPMの音量は僕にしか聞こえないけど、それでも少し下げた。

「鬼頭慶介からです」

「は、なんで!?」

「早乙女先輩、モニターができた理由とか、そのあたりの説明をお願いします!」

 慌てて喫茶店の外に出る。こんなに面倒なら不破さんに僕らの正体を明かす方が早いんじゃないかという気もするけど、不破さんには一般人としての役目がある。そう簡単な話じゃない。

「はい、なんとか無事に」

『モニターはしてたよ。……アンナお嬢さん、本当に《鋼鉄の鬼女》並みだね』

「身体能力は、そうですね」

 だけど心はきっと、誰よりもむき出しで弱い。今もまさにきっと、壊れそうになりながら戦っているんだろう。

 あの夜のことを思い出してしまって、今は意図的に無視する。

「鼓修理のこと、どうするんですか?」

『警察や善導課はバスだったり船に乗り込む際の隙を付くって言ってるけどねー、まあそれは犯人の方も考えてるだろうね』

 おちょくった、どこか他人事のような態度は、本心を見せないという意味で完璧だ。顔面にも鋼鉄の貞操帯でもつけてるんじゃないだろうか。

『鼓修理やアンナお嬢さんに少しでも傷がつけば僕らが敵に回るから、政府や警察、善導課としてはしたくないだろうね』

 体面ってのがあるんだよ大人には、とどこかしみじみとつぶやく。

「それで、用件は?」

 いつの間にか、華城先輩がこっちに来ていた。僕のPMに耳を寄せようとしたので、音量を上げる。

「鼓修理の件に関しては私たちも協力するつもりよ」

『よかったよかった。根回しが無駄にならずに済みそうだ』

 不吉な笑みが漏れ聞こえる。だけど問いかけるしかない。

「なにをすればいい?」

『向こうは鼓修理を手放す気はないだろうけどさ、突入を少しでもしやすくするために……《SOX》にかく乱してほしいんだよ』

「かく乱? 具体的には?」

『ま、君たちがやってるのと同じさ。犯人たちは若いからね。《SOX》の信奉者も多いんだよ。あのリーダーも口では《SOX》にダメージを与えるためとか言ってるけど、それは嘘だと僕は思ってる』

「根拠は?」

『僕の勘は当たるんだよ』

「《雪原の青》が動くことはできない」

 僕は口を、口だけをね、挟んだ。今の華城先輩は激しい動きができない。

「《センチメンタル・ボマー》だけが行くことになる。それでもいいか?」

『へえ、アンナお嬢さんもあのリーダーも、奥間狸吉のことが好きらしいけど、修羅場だよ? 一人で大丈夫?』

 う、となってしまう。華城先輩も頭が痛そうにこめかみを押さえてる。

『ま、できるだけ早く返事は欲しいかな。すぐにとは言えないけどさ。じゃ、まったねー』

 通話が切れた。

「胎内回帰、じゃなかった喫茶店の中に戻るわよ。慎重に作戦を立てないと」

 じゃないと僕、《SOX》として行ったらアンナ先輩に殺されるんだよなあ。


117 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 18:37:13.96 ID:gTDkXCSm0

……誰もいないのかなあ……とちょっと落ち込むけど、気にせず書くことにする(気にしてる)
118 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 20:21:14.58 ID:gTDkXCSm0


 アンナは別の病室に入れられた。女リーダーに「せめて見張りを……!」と食い下がる部下が無理矢理下がらされて、本当にリーダーと二人きりになる。

「そのボタン、外してくれる? 盗聴器でしょ、それ。イヤリングもそうかな?」

「なんのことでしょう?」


 きゅいーんきゅいーんきゅいーん


「これ、盗聴器探知機。アンナちゃんから盗聴器の電波が出てるんだよねん」

「外しても構いませんが、条件が一つありますわ。……あなたの本当の話し方で接してくれませんこと?」

「本音で話せってやつ?」

 頷くと、わざとらしい笑顔が取れた。了承したとみて、ボタンとイヤリングを指ですり潰す。

「ちっ、鎮痛剤、思ったより効かないわね」

「早く投降して、正式な処置を受けた方がいいんじゃありません?」

「あたしは長生きしたいわけじゃないからね」

 正直、この状況にうずうずしている自分を自覚していた。今ならたっぷり痛みを与えながら殺すことができる。気配が変わったことを察知したのか、怪我をしていない右手でこちらを制してきた。

「おっと、休憩室の人質たちがどうなってもいいの?」

「うふふふ、善導課に音声が送られていない以上、隠す必要はありませんわね。……わたくしは敵を、悪を殲滅できればそれでいいのですわ」

「…………」

 こちらの悦びに相手は嫌悪を抱いたようだった。

「……人質の安全は関係ないわけ?」

「判断の上位に来るものではありませんわね」

「ふん、これが清楚で健全な大和なでしことはね。あれもバカだ」

「奥間君のことですわね? ……小学校時代、告白したとか」

「こんなイカれた化け物だと知ってたら、絶対奪ってやってたけどね」

「それはできませんわね。あなたが知っているかは知りませんが」

 敵意と悪意と殺意を込めて、無表情に睨みつける。

「わたくしと奥間君は、すでに男女の仲なんですの」

119 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 20:22:15.59 ID:gTDkXCSm0


「…………は?」


 呆然とする表情に、優越感を得る。

「愛の儀式も済ませましたわ」

「愛の儀式、ってまさか、あんた、処女じゃないの……!?」

 『処女』は確か、初めてのことだった。辞書にはそれ以上のことは載っていない。

 だからアンナは頷いた。

「ええ、“初めて”の儀式は、もう済ませましたのよ。……あの方でなければ、わたくしは痛みに耐えきれなかったでしょうね」

 くすくすと鈴が鳴るように笑うと、相手の呆然具合はさらにひどくなっていた。

「……なんで」

 どこか泣きそうな、迷子のような顔だなとふと思った。

「なんで風紀優良度最底辺校出身で、父親が奥間善十郎のアイツが、なんであんたに受け入れられるわけ?」

「奥間君自身が、清く正しく生きていたからですわ」

 アンナは言い切る。

「大事なのは生まれではなく、どう生きたかでしょう?」

「気持ち悪い」

 相手の敵意が増していく。でもそれは、自分に対する嫉妬だとアンナは分かった。

 さらに優越感を得ると同時に、やはりこの女は始末しなければならないと改めて決意をする。

「もどかしいですわね。あなたはわたくしに対する攻撃力がなく、わたくしは色んな方々を人質に取られていて動けませんわ。……ただ」

 アンナ自身は気付いていない、猛獣の笑みで相手を睨む。「……っ!」怯んだ隙に、言葉を滑り込ませる。

「わたくしはいつでも、無視できますのよ?」

「……清楚で健全な大和なでしこってのは、どうやら噂だけだったみたいね」

「いえ、一昔前の、奥間君と出会う前のわたくしはきっとそのような人物だったのでしょう。わたくしは奥間君と出会って、愛の儀式を行って、生まれ変わったのですわ。自らの中にあるものを自覚し、解放することを覚えましたのよ」

 ペロリ、と意識的に舌なめずりをし、お前は獲物でしかないと言外に知らせる。

「わたくしは、人を壊すのが好きですの。もちろん、普段は我慢しますし、それが間違った欲望であることも理解していますわ。……ですが」

 微笑を深める。

「悪の殲滅という名目のもとでなら、その衝動を発散できることを知りましたの」

「悪?」

「ええ、正義に基づき、悪を殲滅する。社会の規範ともずれてはいませんわ」

「理解できない。アンタ、自分が正義の側だって言いたいの?」

「…………」

120 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 20:22:46.46 ID:gTDkXCSm0


 いろいろ言葉を並べることは可能だろう。

 ただ、何故か目の前の相手に嘘は付きたくないと思った。

 それはきっと、同じ相手を好きになった、いわばライバルだから。

「愛は正義そのものだと考えていた時期も、ありましたわ」

 だから、本音で語ることにした。それがアンナなりの礼儀だった。

「ですが正義を社会の規範と置き換えるなら、わたくしの『人を壊したい』という衝動は間違っていますわ。……それでもいいと言ってくれたのが、奥間君なのです」

「……理解できない」

「してもらう必要は、ありませんわね」

 “熱”と“疼き”が大きくなっていく。相手の嫌悪感がむしろ心地いい。なぜならそれは、自分が奥間君を独占していることからくるものだから。

 自分が奥間君の恋人だから。

「ああ、困りましたわ。今すぐにでもあなたを壊して差し上げたいのですけど、さすがにタイミングが悪いので」

「――――!」

 ジャキ、と拳銃をこちらに向ける。

「動くな。これはエアガンじゃない。本物の銃よ」

「あらあら。そんなものを使っては、反動で傷に響きますわよ?」

 困難はむしろ“疼き”を大きくする。わずかに増えた死の恐怖も、今はスリルとして楽しんでしまう。

「リーダーさん?」

「何?」

「心配なさらずとも、今は動く気はありませんわ。そう気を張らずに。ただ、言っておこうと思いまして」

 なぜこんなにも“疼く”のか、何が疼いているのか、ようやく言語化できた。これは言っておこう。



「――わたくしを穢そうとしたこと、月見草さんを傷つけたこと、絶対に許しませんわ」



 そう、これは、“怒り”だ。

「あなた方の計画は、必ず失敗に終わりますわ。わたくしの手で、終わらせてみせますわよ」

 リーダーはそれ以上答える気がない、というように、拳銃をこちらに向けたまま動かない。

「あんたの動き次第では可能だろうけどね。でもね、こっちも策は打ってあるんだよ」

 こちらに負ける気はないと、嗤う顔には、敵意と悪意と殺意がある。

 敵がいかような感情を発しても、その感情にワクワクする自分を、もうアンナは否定しなかった。あとは叩き潰す、それだけだ。



121 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/29(土) 20:24:19.65 ID:gTDkXCSm0

はてさてどうなることやら、です。今日更新多いな。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/30(日) 07:47:47.15 ID:6tKiDWYoO
読んでますよー
最近来れなくて書き込めなかったけど、今から一気に書き込む
再開してくれて本当にありがとうございます!待ってました!
再開前もそうだったけで、作者さんのSSって細部まで緻密に考え込まれていてすごい。下セカへの愛が伝わってくる
だけど、そういうのに対して無反応が続くと本当に辛いですよね。私もよくわかります

なので、質問
どうして、アンナはテロ小僧のキスを拒否できなかったんですか?
これまで、狸吉とキスしてませんでしたっけ?
だったら、キスしようとしてる事くらい気づいて拒否れたのでは?
123 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 15:42:28.05 ID:1gnwTlVe0
>>122
ありがとうございます、ありがとうございます!!

アンナ先輩、テロ小僧に狸吉を重ねたのが少しあるんだと思います。あとキスは『愛情表現』であって悪意を持った行為ではなく、故に反応が鈍った、と。
あと、好意を持っていない相手からの性的な接触(要するにレイプに近いことが)これだけ気持ち悪いこと、穢されることだと、身をもっては知らなかったのが、反応が遅れた原因です。知識がなかったんですよ……。

今回は松来さんの……誕生日か命日には間に合わせたいけど、誕生日は無理かも……でもがんばります! ありがとうございます!
124 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 18:07:55.14 ID:1gnwTlVe0


 早乙女先輩は不破さんと一緒にモニターに回ってもらって、僕らは華城先輩と一緒に別室でどうするか考える。

「華城先輩は遠隔で指示、これは当然として」

「私だって動けるわよ。ほら、100m走に匹敵する反復運動をするわけじゃないんだし?」

「僕だってしねえよ! ……華城先輩の怪我は、まだ軽くはないでしょう?」

「……まあ、足手まといになるのはわかってるから、いいわよ」

「足手まといだなんて。ただ、また危ない目に遭わせるのが僕は嫌で」

「あー、もうこれ精子の掛け合いぐらいに意味のない議論になるからやめましょ」

「ほんっとうに意味ねえ」

「あなたが奥間狸吉としていくのか、《センチメンタル・ボマー》として行くのかよね。どっちにしても爆弾があるわ」

「アンナ先輩が心配ですよね……」

 アンナ先輩、最後に通信していた時、ソフィア相手に笑ってたからなあ……。

「ぶちギレてますね」

「ぶちギレね」

 嫌な一致だった。

「されたこと、その結果月見草がああなったことを考えたら、誰でもヤバくはなると思うけど、ね」

「アンナ先輩の爆弾を考えると、奥間狸吉としていくべきなんでしょうけど……それだと《SOX》として動いたことにはならないですよね」

「それにいくら憧れがあったって、《SOX》が止めろって言ってもどうにもならないわ。そんな段階、越えているのよ」

「戦闘力が足りない、か……《群れた布地》の時はアンナと風紀委員の力を借りたけど」

「今のアンナ先輩を何とかうまく誤魔化すとなると、やっぱり……奥間狸吉としていくべきなんですかね」

「鼓修理を助け出しただけでも貸しとできるかはわからないけど、第三次ベビーブームが起きようとしているこの状況を鬼頭慶介は不本意に思っているはずなのよ」

「え? えっと」

 話が飛んで一瞬理解できなかった。最近、アンナ先輩に関わりすぎたせいで、テロ活動の中身を把握してないのだ。

「もう、赤ちゃんの作り方と妊娠検査薬を配りまくって世間は第三次ベビーブームの到来なのよ!」

「へえ」

 僕、参加できてないんだよな……。

125 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 18:08:36.49 ID:1gnwTlVe0


「まあ見返りは期待しないで、あくまで仲間を救うという体で行きましょう」

「鬼頭慶介の作戦としては、あらかじめ船に乗り込んでおくというシンプルなものですよね」

「善導課にも同じことをしたいみたいなんだけどね。クルーズ船とは言っても小型で、20人、このまま人質が解放されなければを30を超える人数だとオナ禁のした時の狸吉の金玉みたいにパンパンになるから」

「そうなる前にアンナ先輩に抜かれるわ!!」

「狸吉と、あとせいぜい……ゆとりぐらいかしら、入れるのは」

「改造エアガン持ってる相手に立ち回りは正直キツいです……」

「そうね。私達は基本、ヒットアンドアウェイ。真正面からの戦闘力は鍛えてないものね。催涙弾や閃光弾を使ったって、殺傷力ある武器をいくつも持っている以上、鼓修理が殺される可能性は否定できないわ」

「そんなの、絶対嫌です!」

 確かに性格は性悪の最悪だが、それでも《SOX》の仲間なのだ。アンナ先輩相手だと委縮してしまうが、とんでもなく悪知恵が働くのも《SOX》にとって役に立ってきた場面も多いのだ。

「《ラブホスピタル》に反対筆頭のソフィアの力を借りるのは無理ですかね?」

「…………」

 華城先輩はどこか眩しそうに僕を見ている。

「そういう発想が、私にはないのよ」

「?」

「狸吉は狸吉でいいってこと!」

 よくわからないけど、褒められたらしい。

「鬼頭慶介の件も、よくやったと思うわ。アンナと関わらせるのはちょっとまずかったけど」

「あ、はい」

 一方的に怒られると思ったので意外だった。まあでも、確かにアンナ先輩と取引させたのは問題だったよな。あれ以外にはどうしようもなかったけど。

「でもソフィアも影響力落ちてると思うわよ。何を当てにするの?」

「訓練されたSPぐらいはいるんじゃないかって。防弾チョッキとかそういう装備もソフィア経由では無理ですかね」

「下ネタテロに金も装備もいらないんだけどね」

「本物のテロに巻き込まれたんですから、仕方ないですよ」

「それに、そういうのってどっちかって言えば鬼頭の方だと思うけど」

「……確かに」

「そこで納得するから狸吉は早漏なのよ」

「早くねえ! なんで慶介経由だとダメなんですか?」


126 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 18:09:19.48 ID:1gnwTlVe0


「下ネタテロ組織同士で武器や装備の交換が行われているなんて知られたら、善導課も装備を強化するでしょう?」

「ああ、確かに……鼓修理が例外すぎただけか」

「法律上の指定も変わってくるはずよ。取り締まりも今までとは段違いになってくるわ」

「となると、やっぱりソフィア・錦ノ宮から融通してもらうしかないわね。善導課にツテがあることだし、なんとかなるでしょう」

「無防備じゃさすがに危険ですしね……」

「そうね、処女膜は必要だわ」

「華城先輩は本当ぶれませんね……」

 とりあえずソフィア・錦ノ宮には何とか連絡をつけることにして、問題は、

「アンナ先輩なんですよね」

「そこに戻るわね」

 いったん、僕らはモニターの様子を確認することにした。不破さんが栄養ドリンク(固形物)を飲んでいる。それも武器にさせてもらおうかな。

「皆の様子はどう?」

「アンナ会長の集音器とスピーカーが潰されました。病室にはカメラもなく、モニターできません。リーダーと二人きりですね」

「それって、大丈夫なの!?」

「アンナと一対一で勝てる相手などこの世にほとんどおらんよ」

「精神面ではわかりませんが」

 不破さん、早乙女先輩のフォローを一瞬で無に帰すようなことを……。

「わたしの分析では、冷静さを装っている時が最も危険だと判断しています。今はまさにその時ですね」

「……やっぱり僕、アンナ先輩の恋人として行くしかないんですかね」

 既成事実がどんどん積み重なっちゃうよぉ。

「この期に及んで責任を取らないでいるつもりですか?」

「女の子にはわかんないんだよ、このプレッシャー……」

 アンナ先輩、ソフィア、祠影の凶悪3ボスラッシュだぞ!?

「まあ、今のアンナを止められるとすれば狸吉だけじゃろうな」

 そこは女性三人同じ意見だった。僕だってゆとりも鼓修理も助けに行きたいし、仕方がない。

「もう一回、母さんと真正面から交渉してみるよ。今なら鬼頭慶介の口添えがあるからうまくいきやすいと思う」

「通信の機能はどうしますか?」

「善導課の判断に任せるよ。皆はここで待機していて」

「狸吉」

 華城先輩が、いつになく真剣に呟いた。

「アンナにはくれぐれも注意するのよ」

「……わかりました。行ってきます」

127 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 18:10:15.36 ID:1gnwTlVe0

ちょっとだけ書きました!

松来さんの誕生日に間に合うかな、間に合わなければ命日で! かなり不安ですが頑張ります!
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/30(日) 20:05:58.87 ID:qI+eDqLrO
第三次ベビーブームか……この世界観だと、未来がガンダム種みたいになりそうで怖い
人工子宮とか当たり前にやりそうだし、子作りの実験色が強くなる。コーディネイターまっしぐら

そして、質問のお返事ありがとうございました。乙
129 : ◆86inwKqtElvs [sage saga]:2020/08/30(日) 22:35:30.01 ID:1gnwTlVe0
今の世界観は、6巻最後あたりの政府がラブホスピタルという人工受精&デザイナーズベイビーを作る施設を作って、ソフィアが《SOX》から借りた不健全雑誌を腹に巻いてデモをしたところです。
原作だとアンナ先輩は何が正しいかわからず不安定になっていくのですが、ここでは逆レに成功してある意味安定したところです。
ただし、自分の判断より狸吉の判断が上になっています。それは社会規範に合わせても正しくない自分の欲求があるからで。ここらへんがifものになっています。


リーダーはオリジナルキャラなので、名前はない(可哀想) ただ、頭のいいバカですごく負けず嫌いで、下ネタとか卑猥とかにはそんなに興味がないというか、変態ではないという。赤城先生みたいに変態書けなかったよ……
130 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 23:27:18.89 ID:1gnwTlVe0


「また来たのか、貴様」

 うわ、母さんさっきよりよほどイライラしてるよ。

「ソフィア……さんは?」

「旦那と何やら画策するそうだ」

 揉めてたんじゃなかったっけ? 愛娘の危機だとそんなのは些事なのか。

「母さん」

 意を決して、できるだけ静かに言う。



「僕を、人質のいる場所に行かせてほしい」



「…………」

 珍しく、母さんは肉体言語でなく沈黙で僕の意図を透かそうとする。

「何故最初から貴様が行かなかった?」

「アンナ先輩が主導だったんだ。僕もアンナ先輩の作戦は、大丈夫だと思った。アンナ先輩なら大丈夫だって、思ってたんだ。だけど」

 以前、不破さんが言ったことを思い出す。ただ、あの時と違うのは。

「アンナ先輩は“僕の言葉”なら、人質を殺すよ。自殺してって頼んだら、自殺するよ。何の疑いもなく、笑顔で」

「……何を言ってる?」

「信じられないかもしれない。でも、アンナ先輩にとって、僕の言葉はもう、絶対になってるんだ」

 こんな、ふらふらした僕の言葉を。

 アンナ先輩は変化の最中で、不安定で、あの夜も衝動に飲み込まれそうになって間違えて、今も間違いつつあるんだ。

「アンナ先輩も、ゆとりも鼓修理もみんなも、僕は助けたい。そのためには、人質の内側にいるアンナ先輩の戦闘力は必要なんだ」

 だけど今のままでは不安定すぎて、きっと人を殺してしまう。そうなったら、戻れない。だから。

「お願い、母さん。僕を、あそこまで、行かせてください」

 土下座する。

「この期に及んで虫のいい話かもしれないけど、これ以上誰も傷つけたくないんだ。……犯人たちも」

「リーダーは、貴様に告白していたそうだな」

 う、やっぱりばれてるよね。

「同情か?」

「否定しない、です」

 これも、きちんと言わなければならないのだろう。

「でも、これも僕の責任だと思っています」

 多分、小学校時代、僕は間違えたのだ。多分、アンナ先輩への憧れをひたすら語っていたんじゃないかと思う。

 だからあの子は、道を間違えた。

 あの子は華城先輩やゆとりや、そして僕の、影なんだ。

「……防弾チョッキを着ていけ。おい、貴様、用意しろ」

「母さん!」

 善導課職員がバタバタとする中、母さんにしては静かに呟く。

「貴様まで月見草のようになったら、アンナがどうなるか知らんぞ。責任はとれ、いいな?」

「はいっ!!」

131 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 23:28:05.89 ID:1gnwTlVe0



「あー、だるいわー、痛いわー」

 アンナは腑抜けたふりをするリーダーを余すことなく観察する。そして、想像する。


 ――どうすれば、悲鳴をあげさせられるか。

 ――決定的な傷を与えられるか。


 想像だけで楽しくて仕方なかった。そんな想像が湯水のごとく湧き出るのは、奥間君が変えてくれて自分にくれた、力の証。

 この女は肉体的な痛みには強いのは分かった。できれば精神にダメージを残したい。


 コンコン


「リーダー、よろしいですか……?」

 自分に対する怖れが強いのか、犯人たちは自分に対して弱腰だ。リーダー以外は。

「善導課から?」

「はい。……人質をそちらに一人、送りたいと。その、名前が、あの」

「……ふうん? まあその様子でわかったよ、サンキュ」

 左腕を破壊されたリーダーが、ニヤリと笑う。どこからその余裕が出てくるのか、アンナでも不思議だった。

「奥間狸吉でしょ?」 

「――――」

 奥間君。奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君!!!

「ここにお通しして、休憩室に詰め込むとそれはそれで厄介そうだしね」

 わかりました、と小さく礼をすると、すぐに用意がなされる。

 下肚が疼く。愛を感じる。愛の蜜が流れ出すのを感じる。

 快感と昂揚が、より強くなっていく。



「――奥間君」

「アンナ先輩、大丈夫ですか?」



 頷く。

 今だけは、二人だけの世界だった。



  
132 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 23:28:49.27 ID:1gnwTlVe0



 善導課による盗聴器はしかけられていない。向こうが手の内を知った以上、リスクの方が高いからという理由だ。

 そしてまさかいきなりリーダーの部屋に通されるとは思わなかった。できるならゆとりや鼓修理と合流して作戦を立ててからこちらに来たかったのだけど、もう、ね。

 なんだろう、この空気。冷凍マグロでも冷たさを感じるぐらい、冷たい。

 ……女同士の修羅場とかがあったんだろうか。いやまさかな。

「あ」

 アンナ先輩が朗らかに笑う。リーダーは、険しい顔のままだ。

「あ、アンナ先輩?」

「ふふ、わたくしたちの愛の証明をしようと思いましたの」

「え、えっとそれ!?」

「……唇を穢されたことには、わたくしにも非がありましたわ。相手が何をしたいのかわからなくて、つい反応が遅れてしまって……」

 アンナ先輩は目を伏せる。長いまつげが影を作る。


「だから、清めてくださいまし」


 ジャキ、という音と、アンナ先輩にしては緩慢に僕の首に腕を回すのとは、同時だった。

「これはエアガンと違って、本物の銃よ。不愉快だから二人とも離れて」

 銃!? 装備はエアガンだけと聞いていたのに!?


 バチィン!!


 銃が、跳ね飛んだ。

「!?」

「さっきすり潰した、ボタンとイヤリングの残骸ですわ。親指で弾き飛ばしてみましたの」

 し、指弾ってやつか? モーションが一切確認できなかったぞ?

 慌てて拳銃を拾おうとするが、アンナ先輩の方が数段早かった。かがんだのが見えなかった。

「向こうのアドバンテージは、一つなくなりましたわね。奥間君、拳銃、預かっててくださいまし」

「あ、あの」

「……何をする気?」

「大丈夫。わたくしからはあなたに何もしませんわ」

 あ、まずい。

 完全に欲情の獣になっている。これじゃ、交渉も何も――


「奥間君」


 唇が、重ねられた。

 ――多分、僕が初恋の相手であろう相手の前で。

 上あご、頬の傷、歯茎の裏、すべてのポイントに舌が当たる。唾液が送り込まれる。いつもと同じように、そのテクニックは凄まじい。

 違うのは、その視線。

 視線は、女リーダーに向けられていた。

 優越感。

 欲情と優越が入り混じったそれは、人を傷つけるためのものだった。

133 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 23:29:28.11 ID:1gnwTlVe0

 さらに僕の手を、胸に移動させる。「うぁん……!」舌の動きが加速し、ぴちゃぴちゃと湿った水音も大きくなっていく。

 ひと段落した後、僕の愚息がおっきおっきしてしまって、「あん、愛の蜜が……」「ひ、先輩、人のいるとこでは止めて!!」一応聞き入れてくれたのか、アンナ先輩は僕の背中に回り、腕を回してぎゅっと抱きしめる。背中におっぱいが当たるよぉ。

「わたくしたちが愛し合っているのがわかりまして?」

「……卑猥な」

「? 卑猥? 何がですの?」

 まずい! この流れはまずい! でもさっきからアンナ先輩の下が耳の穴をちゅぽちゅぽと舐めて挿入れて出して、手は息子をズボンの上から絶妙な力で撫でていてうまく考えられない!!

「これが卑猥でなかったら何だっていうのよ!?」

「? おっしゃっている意味がよくわかりませんわ。これは、愛情表現ですのよ。そしてあなたは」

 僕とアンナ先輩自身の唾液でぬらぬらと光っている唇で、思いっきり笑った。



「うふふふひ、あはははは!! あは、無謀にもわたくし共の愛を穢そうとした、最大の罪人なんですわ!!」



 コンコン!!と急いだノックが聞こえた。部下の一人がアンナ先輩の嬌声に危機を察知したんだろう。

「何でもない、見張りを続けて」

「しかし、今のは!?」

「何でもないって言ってるでしょ!?」

(アンナ先輩、向こうをいたずらに刺激するのは止めてください!)

(あん、奥間君が言うなら……でも帰ったら、じっくりたっぷり愛し合いましょうね?)

「…………」

 うすうすは気付いていただろうけど、アンナ先輩の価値感が常識と外れていると向こうは完全に気付いたらしい。

「狸吉、覚えてる?」

 後ろで殺気が膨れ上がった。僕このまま絞め殺されない?

「告白した日。『僕はアンナさんみたいになるんだ』って言ったの」

「……うん」

「あたしがきれいな生まれだったら、健全に生きてこれる環境だったらよかったのにって、さっきまではそう思ってた」

 あの日、僕に告白した子は、アンナ先輩を憎悪の目で見つめてる。

「その女、狂ってる。壊れてる。あんたの好きな『綺麗で健全な大和なでしこ』じゃない」

「…………」



「それでも、本当にその女を、愛してるの?」


「……僕がアンナ先輩を嫌いになることは、絶対にないよ」

 重ねて、続ける。

「今でも、憧れてる。本当は、純粋で優しい人なんだ」

(……華城先輩……)

「もし今のアンナ先輩が、狂って、壊れたんだとしたら、それは僕が原因だから。だから、僕から離れることは――ないよ」

 別の女性の顔が浮かぶ時点で、きっと僕は、アンナ先輩のことを女性として好きじゃないんだろう。

 僕はどこまでも、不誠実だった。そして、ずるい言い方で逃げる、最低の男だった。


134 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/30(日) 23:31:16.25 ID:1gnwTlVe0

狸吉はあくまでも華城先輩のことが好きなのです。恋路も大事。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/31(月) 12:44:05.06 ID:jr58xkP0O
華城先輩の方が良い。そりゃそうだ

アンナ先輩って、深く関わると、狭量なところが目立つんだよね……純粋だけど幼くて手のかかる妹って感じでさ
これじゃ、狸吉は気の休まる暇もない。だって、まだ幼い妹に自分の負の部分をさらけ出すことなんてできないから。ずっと一緒にいたら疲れるに決まってる

華城先輩はあれで器が大きいから、気楽に負の部分をさらけ出せる。少なくとも、アンナ先輩よりは、よっぽど
こういうベクトルのカリスマを母性って言うんだろうな。実の母親に負の部分をさらけ出せない狸吉にとって、母性の有無は大きい

仮に健全法なんて普通の世界でも、狸吉とアンナ先輩じゃ上手くいかなかっただろうことがよくわかるわ
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/31(月) 15:33:45.12 ID:eS8p8KYA0
やあ、やっとここまで来た。1人のキャラをこれだけ掘り下げるってすごいな

たぬきちが悪いとかじゃなく、アンナ先輩にこそ負の部分もOKな母性が必要なんだよな。原作では最終巻で
「間違ってもいいんです」
ってみんなで間違えてたけど、このアンナ先輩は1人だけで本質は変わってない気がする
137 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 18:59:54.36 ID:MN1Q866e0


 私に何ができるんだろう。

 下ネタしか言えない、怪我人でろくに動けない私に、いったい何が。

 だって狸吉とアンナはもう結ばれていて、きっと狸吉ならいつか心の整理をつけて、アンナを受け入れるのは目に見えているのに。

「心中、大変なようですね」

 不破氷菓がモニターしながら淡々と相変わらず無表情に言葉を紡ぐ。

「まあ、生徒会二人が人質の状態じゃね」

「素直じゃありませんね、あなたも」

「…………」

「綾女の強情さはどうしようもなかろ」

「……悪かったわね」

 早乙女先輩の言うとおり、私は強情で、自分が正しいとしか言い張れなくて、だから世界は間違っているなんて言って下ネタテロリストになった。

 今のアンナは自分が間違っても狸吉が受け止めてくれると思っている。そしてそれはきっと間違いじゃない。話を聞いていて分かった。

 私に入る隙間なんてない。



「あんた、何やってんだい!?」



「え、え?」

「どなたですか?」

 不破氷菓の無機質な質問に、

「撫子、綾女の後見人じゃよ」

 早乙女先輩が代わりに答えてくれた。

 今は15:00。

「あと一時間はかかるって」

「急いで来たに決まってんだろ、バカ! マスターからこっちにいるって聞いて来たんだよ!!」

 相変わらず、威勢のいい啖呵。かと思ったら、

「朱門温泉清門荘で女将を務めております、華城撫子と申します。以後お見知りおきを」

 いきなり女将モードになった。この切り替えは3Pの相手替え並みに早いわね……。


138 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 19:00:24.19 ID:MN1Q866e0


「今どういう状況だい?」

「ちょっとややこしいですね」

 不破氷菓が淡々と説明していく。撫子のしかめっ面の皴が増えて、

「私はまだ若い!」

「痛い! 怪我人に拳骨なんてそんな、う、うー!」

 ああもう、不破氷菓がいるせいで下ネタ言えない!

「奥間狸吉があのアンナを止めるために、これ以上犠牲を出さないために危険を承知で行ったってのに、こんなところでうじうじしてる暇なんかありゃしないよ。アンタ、いつの間に越されてんだい?」

「少し厄介な事態が発生したかもしれません」

 不破氷菓が撫子の言葉を切って、モニターの一つを指し示す。そこは今、犯人のリーダーとアンナと狸吉、三人でいる病室の前で、音声はないが部下が騒いでいるのがわかる。

 だが、すぐに戻っていった。なんだったのだろう。

「アンナ会長は刻々と不安定になっていっているようですね」

「リーダーがアイツとはね。全く世も末だ」

「な、撫子知ってるの!?」

「異常な負けず嫌いってやつぐらいしか知らないけどね。もう絶滅したと思ってたレディースの後輩ってやつさ」

「ならあの統率力もわかるわ。れでぃーすの統率は凄まじいものがあるって聞いたもの」

「で、どうすんだい?」

「相手はヘリで船の上まで人質とともに移送する、そういった要求をしています。人質の解放は外国についてからだと」

「ふざけた、頭のいい話だね」 

「このままだと、外国に交渉のカードとして人質たちは使われるわ」

「で、どうすんだい?」

 もう一度同じ問いを掛けられても、答えようがない。それを知りたいのはこっちなのだ。

 モニターをもう一度不破氷菓と早乙女先輩に任せ、撫子と別室に行く。

「私は怪我で動けない、狸吉はアンナ対策で動けない、ゆとりと鼓修理は人質の中。……《SOX》としてはどうしようもないわ」

「いつからそんな弱気になったんだい、そんな娘に育てた覚えはないね」

「…………」

「下ネタすら浮かばないとはね。こりゃ重症だ」

「じゃあ、どうするのよ、撫子なら」

「自分で考えな、って言いたいところだけど、さすがにこれはきついかねえ」

 撫子は勃ち上がる。間違えた、立ち上がる。

「大人は大人で話し合いに行くよ。子供は子供で決着着けな」

「……わかったわ」

 何一つ、何をすればいいのかわからなかったけど。

 ふう、と息を入れて、ゆとりの代わりに《哺乳類》《絶対領域》の古参メンバーに連絡していく。


139 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 19:02:36.76 ID:MN1Q866e0

華城先輩はもうアンナと狸吉がくっつけばいいと考えてしまっているようです。
まあ、責任を取るってそういうことですよね。逆レでもね。え?

つまりどういうことかって、事件と関係なく華城先輩悪いモードに入ってまーす。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/08/31(月) 19:15:27.44 ID:n06gnCT10
華城先輩はどうするのが最適なのかわからんな
怪我も重いみたいだしな...
141 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 20:21:12.14 ID:MN1Q866e0


(狸吉が来てるだぁ!?)

(よかったっス、あの化け物は狸吉に任せられるっス!)

 善導課からの連絡で、狸吉が来ていることを知る。鼓修理の言い方は癪だが、化け物女対策であることは間違いない。

(キスされる前までは頼もしかったんスけどね)

(ぶほぉ!? キ、キ、キスとか、せめて接吻とかだな!?)

(まあ化け物でなくてもぶちギレるのはわかるっスけど)

(……あれはな)

 さすがに同情している。頭に血が上ってしまったのも、そのせいで負った月見草の負傷も、ゆとりの目から見たら仕方がないと思っている。今、大暴れしていないだけマシと考えるしかない。

 でもさすがに、正直何もしていないこの状況で、狸吉任せにするわけにはいかない。なんかバタバタした音がする。何かあったのかもしれない。

「……おい」

 《鋼鉄の鬼女》から大人しくしろと指示が飛ぶが、今は無視する。

「…………」

「あたしを、リーダーのところへ連れてけだぜ。あたしはリーダーや狸吉、そして化け……一応、生徒会長の知り合いでもあるんだぜ」

(鼓修理を一人にする気っスか!?)

(ここの方が安全だろ、どう考えても!? ……あのリーダーと、化け物女に挟まれる狸吉は、絶体絶命のピンチだぜ。さすがに放っておくわけにはいかないんだぜ)

「……リーダー、……ええ、濡衣ゆとりという……はい、はい……わかりました」

 手錠は後ろ手に外されずに、立ち上がらせられる。このままリーダーの部屋に連れていかれるのだろう。

 しばらく廊下を歩いて、ある病室の前にたどり着いた。

「濡衣ゆとりをお連れしました」

 入れ、とどこか余裕のない様子の声に、化け物女が何かやらかしたのだとわかる。

 扉が開かれると、背中越しに狸吉を抱きしめている化け物女と、それを睨んでいる女リーダーが目に入った。

「入れば」

 わざとらしい余裕の声はみじんもない様子に、戸惑いを覚える。

「何しに来たわけ?」

「奥間君までわたくしを助けに来てくださって。もうわたくし一人でも十分でしたのに」

 明らかに邪魔者扱いされてた。狸吉の様子はというと、

(ア・リ・ガ・ト・ユ・ト・リ)

 それだけで来た甲斐があったというもんだぜ……。

「昔話でもしようかって思ったんだぜ」

 後ろ手に手錠をされたままだが、椅子に座らせてもらう。化け物女は拘束の意味がないからか、新しく手錠はされていないようだった。

 そして化け物女は、人の血の味を覚えた獣の目を、さらに眼光強く、さらに飢えて、さらに他人の苦痛を欲していた。頼むから自分に向かわないようにしてほしい。

「お前、なんでこんなことをした?」

 矛先をリーダーに向ける。今の化け物女とまともな会話ができるとは思わなかった。



142 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 20:22:28.98 ID:MN1Q866e0


「お前なら、時岡学園に入ろうと思えば入れるだったぜ。た、奥間よりよっぽど成績は優秀だった」

「……成績より生まれよ。狸吉は一応母親が善導課主任だったから。ゆとりなら知ってるでしょ」

 ただ、と化け物女を睨みつける。……自分は怖くて見れない。

「《育成法》の象徴であるアンナ・錦ノ宮が、ヒトの人格を無視する化け物だと知ってたら、意地でも奥間狸吉を時岡学園なんかに行かせなかった」

「……よ、よく言い切れたもんだぜ……」

 呆れと感嘆、両方があった。目の前で化け物女を化け物と言える人間を初めて見た。

「うふふ」と化け物女はあくまで上品に笑う。

「好きに仰ってくださっていいですわ。わたくしはもう、あなた方を殲滅すると心に決めていますので」

「人質を無視して? それを狸吉が望むと?」

 リーダーが畳み掛けるように訊いても、「うふふふ」と不吉に笑うだけ。

「あ、アンナ先輩、人質を犠牲にするようなことは」 

「……残念。でも、いつでも準備はできていますので……奥間君がゴーサインを出してくれさえすれば、いつでも――」

 凍っていた空気が、さらに絶対零度まで下がる。化け物女の殺気は飽和しつつある。

「ちっ」

 リーダーは舌打ちすると、トランシーバーを口元に当てた。



「アンナ・錦ノ宮を解放する――用意をして」



「何を仰っていますの? わたくしはここに残りますわよ」

「少しでも暴れてみなさい、別室にいる人質が死ぬことになる。数は多いから問題ない」

「あ、アンナ先輩!」

「……まさか、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の娘を人質にしているというアドバンテージを崩すとは、意外でしたわね」

「あんたの存在は政治的駆け引きを加味しても危険すぎる。化け物なのよ、《育成法》が作り上げた、化け物なんだわ。アンナ・錦ノ宮」

「…………」

「狸吉とゆとりも解放してあげる。旧知のよしみでね。政治的駆け引きに必要な人質はこれでも十分間に合っているから、ご心配なく」


 ――人質は、鼓修理含めて、残り8人。


143 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/08/31(月) 20:23:53.36 ID:MN1Q866e0
た、多分、人質は8人であってるはず。間違っていたらすみません。何せ昔のことなのでちょっと記憶があいまいで……
144 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:25:04.60 ID:0HVfqfsE0


『アンナ、家に戻ってきなさい、アンナ!?』

「聞けません、お母様」

 冷静にそう返すと、善導課が用意したパトカーの中でアンナ先輩はソフィアからの着信を拒否した。僕たちは今、アンナ先輩とゆとりとで、喫茶店に向かっている最中だ。

「このままだと鼓修理が……!」

「…………」

「とりあえず、喫茶店で綾女たちと合流するんだぜ」
 
「……その前に行きたい場所がありますの。もちろん、奥間君がダメなら我慢しますわ。ですけど……」

 え? えっと、ラブホテル? そんな場所あるか!

「……月見草さんの病院に、行きたいんですの」

「…………」

「ダメなら、いいんですわ。わたくしが行ったところで、治療に役立てるわけでもありませんし、」

「すみません、行先変えてもらっていいですか?」

「まあ、そういうことなら、仕方ねえと思うぜ。綾女たちに連絡しとくぜ」

「……いいんですの? 鼓修理ちゃんのことが心配じゃ……」

「今、華城先輩たちも動いています。華城先輩からのPMだけ音量を上げて、あとはサイレントにしましょう」

 助手席に座っていたゆとりにメールを送る。アンナ先輩は窓の外を見ていて、僕達の挙動は目に入っていない。

『多分、僕と愛し合いたいとアンナ先輩は思ってるから、本当にごめん、妊娠阻害薬〈アフターピル〉入手してきて』

『お前、本当バカなんだぜ』

『一応、ゴムはいくつか持ってるんだけど、アンナ先輩相手じゃその』

『ひ、卑猥だぜ!! 入手しとくから搾り取られるといいんだぜ!!』

 さすがに知識ある女の子相手に生々しい会話だったよな……。でもアンナ先輩の暴走を止めるには必要なんだよ……。

 病院はさほど遠くない場所にあった。月見草は無事、手術を終えて今は麻酔から目を覚ますまで、念のためにICUにいるという。

「よかった……、月見草さん……」

 あのリーダーと相対していた時とは全く違う、本心から安心した女神の涙を浮かべて、アンナ先輩は銀髪を陰に囁いた。

「あたしは戻っとくぜ」

「うん、わかった。……えっと」

「頼んでいたやつはわかってるから、まあ心配しなくていいぜ」


145 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:25:40.24 ID:0HVfqfsE0


 ……これ、僕から言わないといけないかな。言った方が収まるんだろうけど、言うのやだな。でも仕方ない。

 ゴムは5枚、これで足りなければもう自分死ぬ。今朝夢精したし、作戦開始前に一発やってるし。

 辛うじて今の日本でも売ってる栄誉ドリンクの中でも強めのやつを買って飲む。アンナ先輩には温かいミルクティーを買ってきた。

「月見草、じきに目を覚ましますって」

「そう、ですわね」

 ……やっぱり何かを期待、もしくは恐れている目だ。僕は言わなければならない。

「アンナ先輩、もしあれがアンナ先輩の失敗だとしても、間違っていたとしても、僕はそれで嫌うことはありません」

「奥間君……わたくしは、やっぱり、その……敵を、殲滅したいですの……」

 ここから先は、もう止まらない。誰も止めてくれる人はいない。

「一時間だけ」

「…………」

「一時間だけ、空けてあります。みんなにはそう伝えてあります。だから、その……」

 僕、ぬっ殺されるかもなー。



「隣に、ビジネスホテルがありますから。愛し合いませんか?」



「――――」

 欲情の火がともる。捕食者の瞳になっていく。

 あー、もう反射でビクンと息子が反応しちゃうよぉ。

「隣よりも、向かいの方がいいですわ」

「……超高級ホテルなんですけど」

「わたくしのPMにある電子マネーで何とかなりますから、大丈夫……」

146 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:27:05.24 ID:0HVfqfsE0


 学生服にブランド物のない単なる私服でどこからどう見ても学生だというのに、超高級ホテルは意外と客を選ばないらしい。

「身なりで判断するようなホテルマンはいませんわ。そういうのを嫌う方も一定数いるので」

 そういうものなのか。そんなことを説明受けているとあっという間に一室に通された。さすがにスイートルームではないけど、ビジネスホテルの一室に比べたらベッドも大きく、何より防音性に優れていそうだ。

「ん! うぅぅぅん!!」

 扉が閉まった瞬間、アンナ先輩の舌が僕の口内に入り込んでくる。一部の隙も無い動きは相変わらずだった。瞳が欲情の獣の瞳になっていく。股間のあたりから、ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。

「あ、は、シャワーを浴びたいところですが、奥間君の匂いを嗅ぐと、もう我慢できなくて、あはあ」

 うん、知ってた。一気に息子がおっきしたもんね。

「うふふふひ、まずは舌を堪能させてくださいまし」

 ジーパンのチャックを引きちぎるように口で開けると、僕の息子をお口に入れる。


 じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ!


 う、いつもよりも性急な動きに僕の方がついていかない。ちら、と上目遣いで僕を見ると、一気に腰が砕けそうになった。というか砕けて、扉を背に座り込む。アンナ先輩の頭が振られてく。

「せ、せ、んぱい、出ます!!」

 どぴゅ、とまだ勢いのある射精で、アンナ先輩は啜った後、尿道口まで舌をねじ込んで、じゅるじゅるとお掃除フェラまでしてくれる。

「は、はあ、はあ、先輩、ベッドに行きましょう?」

 嫣然で壮絶な笑みを浮かべると、ダンスをするように僕を起こし、僕がのしかかる形でアンナ先輩に覆いかぶさる。いつのまにかおたがい服ははだけさせられていた。

 ブラウスの下にブラジャーが見える。僕も獣欲にあてられて、(10日以上も我慢し続けたからね)外すのも面倒で、ブラジャーの上の隙間から舌を入れ、吸い付く。ガクガクガク!とアンナ先輩の身体が痙攣する。「は、ああん!! これ、これが欲しいですの!!」もう片方の乳房は揉みしだきながら、先端を指でころころと転がす。


「はあん! あ、あ、あ、おくまくぅん!!」


 絶頂の予兆が来たのでここでやめておく。「あ、は、焦らさないでくださいまし……」猛獣に食われそうな恐怖になんとか耐えながら、僕はアンナ先輩のショーツを下げた。

「ああん、そう、そういうことですの。でも、今日は生理ですから、奥間君を汚してしまいますわ……」

「そういう時のためにこれがあるんです」

 僕は言い切った。本当は生理中じゃない、危険日にこそしてほしいんだけど、とにかく避妊具の存在を知らしめたことは大きな一歩だ。

 コンドームを取り出すと、完全に勃ち上がった息子に装着する。

「ほら、これで、あの、汚れたりしないですよ……ね?」

「そういうものがありますの。……愛の蜜が交わらないのは不本意ですけど、仕方ありませんわね」

 素直に納得してくれた。愛の蜜が交じり合うと(細かい過程は違うけど)妊娠するから勘弁してほしいんだけど、それはおいおい覚えてもらおう。

「アンナ先輩、うつぶせになってもらえますか?」

 何もかもをわかってる、と言いたげに微笑すると、うつぶせに、としか言ってないのに完全にバックの体制になる。なんでわかるんだ。


147 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:27:47.04 ID:0HVfqfsE0


「うふふふ、早く、焦らさないでくださいまし……!」

 焦らしたら逆に食われるから、言うとおりにする。



 ズッズッズッ、ズズッ!!!



 奥まで、これ以上いかないか確かめるために、何度か角度を変えてズ、ズッと抜き挿しする。

「はあん、お腹の中が、奥間君の愛で掻き混ざっていますの!!」

 手はお尻を触っている。うわこれ、おっぱいに負けじと気持ちいい。おっぱいがお餅の柔らかさなら、お尻は桃の果実の弾力ある硬さといった感じだ。

 お尻を揉みながら、アンナ先輩の中をひたすら掻き混ぜる。

「あ、あ、あぁあああぁぁ!!!!」

 高い声を上げて、アンナ先輩は果てた。中が収縮してビクンビクンと身体が震え、僕も果てた。僕の息子を抜くと、固まりかけた血が生々しくて、あの夜の破瓜を思い出させる。アンナ先輩は一瞬動きが止まって呼吸を整えたが、凄絶に笑っていた。

「うふふ、いつもと違う体勢というのも、趣が違っていいですわね……!」

 いつも騎乗位ばっかりだったからね!

「ねえ、奥間君が嫌でなければ、その……やってみたいことがあるんですの」

「? なんです?」

「奥間君、排泄孔を指でほじると、すごく気持ちよさそうで、すごく愛を感じていましたわ」

 さ、っと顔から血の気が引くのがわかる。

「あああ、あ、あれはその、体力の消耗が激しいので、この後のことを考えると」

「ん、でも……わたくしも体験してみたいんですの。前と後ろ、両方を奥間君で満たしてみたいんですの」

「へ?」

 ……アンナ先輩、二つ穴を犯されたいってこと? アンナ先輩、淫獣モードで照れるという器用なことをしていらっしゃる。

「しんどいと思いますけど……それに女性と男性では、違うらしいですし」

 前立腺の有無とかね。

「ダメ、ですの?」

「…………」

 むしろ多少体力を奪っていた方が死人が出なくていいかもしれない。一応そんな計算が働いた後、とりあえずゴムを捨て、

「あの、その前に……は、排泄孔に、指を挿入れたりしたことはありますか?」

「あ、ありませんわ……」

「じゃ、じゃあ、僕も詳しいわけじゃないですけど……ゆっくり、慣らしていきましょうか」

 指から入れるかと考え、……「そのまま、動いたら傷つけるかもしれないんで」アンナ先輩は頷くと、シーツをぎゅっと握る。

148 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:28:22.96 ID:0HVfqfsE0

 ぺろ、と排泄孔を舐めてみた。「ひゃ!?」「楽にしてください、力を抜いて……」言うとおりにしてくれているらしく、穴から過剰な力が抜けた気がする。もう一度、舌を挿し込んでみる。今度はもう少し奥まで入った。

「どうですか?」

「ん、なんか、不思議な感じですわ……強烈な愛は感じないのですけど……うずうずするというか、もっと欲しくなる感じですわ……」

 僕が舐めているのは決して趣味がそうだからではない。(アンナ先輩の調教でそうなっていくかもしれないけど)ローションみたいな潤滑油がない以上、すぐに指を挿入れるのは危険と判断し。唾液を代わりの潤滑油とするためである。でもなんか、匂いというか味というか、そういうものが思っていたものと違って、汚いとか全然なくて、何故か背筋がぞくぞくしてくる。

「ん、そろそろ大丈夫そうですね……、指、挿入れても大丈夫ですか?」

「……奥間君のすることなら、なんでも受け入れますわ……」

 そういうアンナ先輩は淫獣モードでありながらも慈愛に満ちていて、僕は大丈夫だと判断した。中指を、一瞬考えて、アンナ先輩の唇に触れると、意図を察して唾液でたっぷりまぶしてくる。

 そして中指を挿入した。



「ん!? んん、ふううん……!」



 根元がギュッと閉められる。痛いぐらいだが、中はひだもなく柔らかかった。ゆっくりと動かすと、「んんんん……!!」なんとも艶めかしい声を出してくる。

「どう、ですか?」

「ん、ふうん、な、なんだか、不思議ですわ……! も、もどかしい……! 奥間君……!」

「は、はい!」

「ゆ、指じゃ、足りないんですの、きっと。奥間君の、逞しいモノじゃないと……!」

 背を反らせながら器用に僕のお尻を掴むと、排泄孔に導く。「え、あ、でも」「奥間君、わたくしに痛みを与えるかもなんて、もう考えなくていいですのよ?」力の加減をこの短期間で習得したのか、排泄孔の中に僕の息子の先が少しずつ挿入っていく。


「あ、あああああ!! やっぱり、奥間君の突起物じゃないと、はあん!?」


 ――ゴムつけてない! 大丈夫か!? 後ろだし大丈夫だよな!?

 とは理性で思いつつも、もうカリ首のところまで挿入ってしまった。抜こうとするとぎゅうと強く締め付け、痛みを感じるぐらいに抜けさせようとはしてくれない。

「もっと、奥まで……!」

 理性が飛んだのか、言うことを聞かないと後が怖かったのか、何なのかもう僕にもわからなかった。何しろ与えられる快感が尋常じゃない。多分だけどアンナ先輩以外の女性ではこんな快感は無理だと本能でわかる。

 だからとにかく、奥まで挿入れた。

「はうん!? あ、あ、あ、」

 うわ、入り口はキツキツなのに奥は柔らかくて温かい。前の穴とは違う快感がある。

 これハマる人がいるの、わかる。ゆっくりと、しかし深く、僕はアンナ先輩の穴をほじくっていく。お尻を揉むのも忘れない。

「お、おお、あああ……こ、これ、すごいですわ、あは、ふふひ!」

 アンナ先輩もお尻を振る。「う、わ」ちかちかと目の前が光る。快感が倍増してきた。

「先輩、お尻に、出ます」

「あ、あ、はああん!!」

 排泄孔の中に出した後、アンナ先輩も続けてビクンビクンとした。排泄孔から白い液体が少し漏れる。

149 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:29:05.49 ID:0HVfqfsE0



「……奥間君、それ、着けてくださる?」

 あ、前を希望なされてる。半勃起しているそれにゴムをはめると、アンナ先輩は体位を入れ替え、対面座位の形になる。もう十分濡れ濡れな僕らは、あっという間に挿入した。


「奥間君、わたくしの排泄孔を、指で掻き混ぜてくださいまし……!」


 素直に挿入する。あ、これ、気付かなかったけど、

「アンナ先輩、壁越しに、僕がわかりますよ、これ」

 前の方に指をひっかけるようにあてると、僕の息子の存在感がわかる。アンナ先輩は腰を動かさず、僕を抱きしめている。その様子に、少し不安になった。

「先輩、辛いですか?」



「ふ、ふふふひ、“まさか”。今すごく、気持ちいいんですのっ!」



 そういうと僕とキスをする。快感を堪能していただけだったらしい。僕は指をうごめかし、反対の指はアンナ先輩の胸の先端を転がすように捏ねる。

 アンナ先輩は重心を上手く移動させ、ずんずんと上下運動を繰り返す。ヤバい、もうイキそう。

「先輩、で、出ます!」

 言葉と同時に発射し、アンナ先輩もイッた気配があるが、アンナ先輩の上下運動は止まらないし、僕自身も止まらなかった。射精感が続いているのに、腰を振ってしまう。


「あ、あ、下から、下から来てますわ!! ああ、これ、これが奥間君の愛ですの!!」


 グネグネと中の襞をうごめかしながら、アンナ先輩は凄絶に笑う。

 ――僕の目は、今どんな目をしているだろう。

 今それを知るたった一人の人は、笑ったまま、僕の唇に貪りついた。

150 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 00:31:05.81 ID:0HVfqfsE0

久しぶりにベッドシーン。こんな時に何やってんだという気もしなくはないですが、アンナ先輩の性衝動を解放するのは死人を出さないために大事なことなのです。
久しぶりすぎるベッドシーンで勘が戻らない。こんなんでよかったかな……
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/09/01(火) 13:00:53.69 ID:xmPouYo80
エロシーン、おっきした
152 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 13:29:15.66 ID:0HVfqfsE0


 二人で一緒にシャワーを浴びた後(時間がないからシャワーの中ですら休みがなかった)アンナ先輩のPMに華城先輩から着信が届く。

「どうしましたの? ……はい、ええ、仕方ありませんわ。ゆっくり休んでくださいまし」

 PMを切ると、「綾女さんとゆとりさんは家に帰られましたわ」とまさかなことを言う。

「ほ、本当ですか?」

「仕方ありませんわよ。あの怪我では。ゆとりさんも一般人ですし、これ以上は巻き込めませんわ」

「…………そうですけど」

 腑に落ちない。当たり前だ、今は《SOX》にとっても全国の下ネタテロリストにとっても大事な時期なのだ。

「とにかく、いったん喫茶店に戻りましょう」

 事情が分からない。タクシーを拾ってすぐに喫茶店に向かう。



 中に入るとパンツを被った《雪原の青》と狐の面を被った《哺乳類》代表がそこにいた。



(イヤアアアアアアアナンデナンデニンジャナンデ!?)

「あら……、こんな時に」

 アンナ先輩の瞳が人を壊す悦びを覚えた獣の光を帯びた。混乱しているうちに不破さんがやってくる。

「今はこの二人を逮捕することはできませんよ、アンナ会長」

「説明してくださる?」

 本当に説明してほしいよ! 主に僕に!!

 すると、臨時のモニタールームからさらに意外な人影が出てきた。アンナ先輩と同じ銀の髪。

「お母様!?」

(なんで!?)

「アンナが何を言っても引く気がないのはわかりました」

 ぎりぎりと歯噛みしている。ソフィアにとっても嫌な案のようだ。



「《SOX》と協力して、あのテロリストを潰しなさい。手段は問いません」



「……なぜ《SOX》と協力という話に?」

「僭越ながらわたしから説明させていただきます」

 不破さんが説明に入ってくれるらしい。一般人枠だからね。

「今残っている人質全員が財界の家族などの関係者です。日本国としては外国に交渉のカードとして切られたくない類の人たちばかりです」

「…………」

 アンナ先輩の価値観では命はみな平等なのだろう。冷凍マグロのごとく無表情を動かさない。

153 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 13:29:51.16 ID:0HVfqfsE0


「警察も迂闊には動けません。そこで《SOX》の出番なのです。若い世代にカリスマ性のある《SOX》に扇動してもらい、その隙を付くというものです」

「それって、失敗したら《SOX》に全部責任を負わせる気じゃないか!?」

「その通りよ、奥間狸吉」

 《雪原の青》の声が、芯をもって響き渡る。

「それを承知で、私たちは了承したの。《ラブホスピタル計画》を潰すためにね」

「《群れた布地》の時と同じ構図、ということです。《SOX》自身がテロリストを否定することで、《ラブホスピタル計画》を推進している政府の動きとは裏腹の《SOX》の活躍により解決したとなれば、《SOX》の流布している性知識も正当なものだと認められるのです」

 不破さんが冷静に言うが、しかし……ハイリスクハイリターンな話だ。

「本来は私たち《SOX》のみで行う予定だったわ。ただ、どう考えても人手が足りなくてね。そしたら鬼頭慶介から連絡が来て、ソフィアが来たの」

「警察は、善導課はこのことを知っているのか!?」

「上層部には祠影と鬼頭慶介が手配してあります。基本、警察へのダメージが最小限になる方法ですから、交渉自体は難しくなかったようです」

 そう言うソフィアの顔には嫌悪感があった。

「……なるほどですわ……」

「アンナ、あなたはこの事件を一人ででも解決するつもりですね? 私が何を言っても、止めるつもりはありませんね?」

「はい、お母様」

「仇敵と組するのは許しがたいと思います。ですが一人では危険なのです。あなたにはあくまで《SOX》を追ったらテロリスト集団と遭遇したという体を取ってもらいます」

 なんだその無茶苦茶な論法。

 ソフィアはコーヒーを一気に飲む。不破さんが続ける。

「国益、政府の思惑、私たち《ラブホスピタル計画》への反対者、いろんな思惑が渦巻いています。それらが一致しているのが、外国にわたる前の人質の救出なのです」

 アンナ、と、どこか痛まし気にソフィアは力なく囁く。

「アンナにとっては辛いことでしょうが、今だけは逮捕せずに《SOX》の指示に従いなさい」

「《SOX》はわたくしの参加は既に了承している、とみなしていいんですわね?」

「ええ」

 《雪原の青》は最小限の言葉で頷いた。

154 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 13:30:34.79 ID:0HVfqfsE0



 母は帰っていった。ここでできることは何もないのだから当然だろう。父とまだ調整するべきする話が残っているだろうから。

 自分が壊したテーブルや椅子などは、まだ片付けられていないままだった。

 奥間君から愛を求めてきたのは、殆どない。だから嬉しかった。月見草さんもあとは休めばいいだけらしい。

 なら、今は自分にできることを。

「コンセントレーションですか」

 不破氷菓が話しかけてくる。

「ここに来るまでに、奥間さんと愛し合ったのですか?」

「あら、わかりますの?」

「数時間前のあなたなら《SOX》を見かけた時点で問答無用で捕縛していたでしょうから」

「そうかもしれませんわね」

「…………」

「どうかなさいまして?」

「わたしが言うのもガラじゃない、と思うのですが」

 珍しく言いよどむ氷菓に、身体ごと顔を向けた。

「大丈夫ですか? 色々ありましたが」

「月見草さんのことはわたくしの失態ですわ。誰がどう言おうと。奥間君は、わたくしを許してくださったけど……わたくしはわたくしを許せないのですわ」

「そう、ですか……犯人たちをどうするつもりですか?」

「殺しますわ。特にあのリーダーは絶対に殺さねばなりませんの。……あの女は危険ですわ。奥間君にとっても」

 微笑を深める。不破氷菓の頭脳は自分と違った側面で優れているから通じるだろう。

「協力は、してくださらないのでしょうね」

「奥間さんは望みません。あなたが人を殺すこと、間違えることを」

「でしょうね。でも、間違えたとしても、受け入れてくれるのが奥間君なのですわ」

「あえて誤用しますが、確信犯としての罪まで許すでしょうか?」

「受け入れてくれますわ。それが奥間君の“愛”なのですから」

「……報酬の件ですが、犯人たちを許す、というのはいかがですか?」

「……冗談、ですわよね?」

「そうなりますね。報酬は別に考えているのでご心配なく。例えば、そう。奥間さんとの愛の儀式とやらを私に見せていただくとか」

「……直接でなければなりませんの? その、やはり恥ずかしいのですけれど……」

「作戦立案も手伝いますよ。まあ報酬の件がなくても手伝うつもりですが」

 不破氷菓の表情は、アンナでも読みにくい。どこまでが本気で冗談か、いまいちわかりにくい。

「《SOX》をどう動かすか、わたくしがどの時点で関わるか、ですわね」

「アンナ会長は船の中に潜むのがいいでしょうね。ヘリの中だと狭すぎてアンナ会長の機動力が削がれますから。最悪、事故の可能性も考えられます」

「それが妥当、ですわね……さて」

 血と欲情に飢えた捕食者の笑みを浮かべ、部屋の向こうにいる、仇敵である《SOX》を壁越しに睨むかのように視線を強くし、

「うふふひっ、さて、《SOX》をどう扱いましょう……?」

 寒さではなく、興奮と昂揚からくる震えで、背筋に奥間君から愛された時と似たようなゾクゾクが生まれてくる。

「……いったん、休むべきかと。会長も疲れていらっしゃるでしょう」

「不破さんも、モニターしていて疲れたのでは?」

「わたしはそういったことに慣れていますのでご心配なく。……《SOX》と話し合いしてきます」

「わかりました。お願いいたしますわ」


155 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 13:32:48.58 ID:0HVfqfsE0

不破さんには申し訳ないけど、不破さんとアンナ先輩の会話は書いててすごく楽しいです。
エロシーン、もっとうまく書けるようになりたかった……がっくし
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/09/01(火) 14:23:21.43 ID:Yv8xwVAVO
アンナ先輩と不破さんって、いろいろ対比できるキャラだからね。対比できるキャラ同士の掛け合いって、書いていて楽しいよね、よくわかる

しかし、高級ホテルの連中も、よく学生の男女二人の入場を許可したなぁ
こういうのって不純と卑猥だとか言って問答無用で取り締まられるんじゃないの?

それともソフィアや奥間母みたいな体制側の大人以外は割とゆるゆるなのかな
下セカの大人って、体制側かテロリストのどちらかしかまともにキャラ付けさないからよくわからん
157 : ◆86inwKqtElvs [saga]:2020/09/01(火) 14:57:16.85 ID:0HVfqfsE0
呼んでくださり、ありがとうございます! そして私が考えた設定で申し訳ないのですが、

超高級ホテルは身なりで人を判断しないというのは、私たち現代の世界の価値観、《育成法》前の価値観なんですね。そこは申し訳ない。ただPM装着が外国人観光客にも義務付けられて以降、外国の客が極端に減っているので、客を差別したりはしないんじゃないかと思うのですが、都合よすぎな考えですかね。
あと多分ですがアンナは何度かこのホテルを家族と一緒に利用したことがあるんじゃないでしょうか。なんか詳しいですし。スイートだと財界の秘密の会談とかもしていそうなホテル、というイメージだったので、秘密保持は絶対なんだとは思います。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/09/01(火) 15:04:34.26 ID:TSnQcDIA0
アンナ先輩、([ピーーー]気)間違える気満々だけど、たぬきちどうするんだこれ。
たぬきちの価値観も揺れ動くみたいなこと、不破さんが言ってたし、たぬきちもなんか不安定な気がするのは気のせいならいいけど。

指弾で銃はじき飛ばしたのには笑った。アンナ先輩、絶対柔道だけじゃないよな。
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