少女「覚めない悪夢にようこそ」

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1 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:04:45.26 ID:8Bqh101l0
一次創作のオリジナル長編小説です。
不定期投稿です。
何か反応をいただけると元気になるので、積極的に構ってください。
お仕事や勉強等の合間にお楽しみいただけると嬉しいです。

※残虐表現を多く含みます。
2 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:08:09.79 ID:8Bqh101l0
【1】

また、この夢だ。

無数に並ぶ三角フラスコ。
透明なカプセルに詰め込まれ、並べられた鼠達。

生産されていく死骸、死骸、死骸。
捨てられていく。
愛も知らずに。
情も分からず。
ただ消費され、投げ捨てられていく。

流れている曲。
「Oh,Happy day」の陽気な曲。
鼠たちの断末魔。
3 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:09:26.39 ID:8Bqh101l0
「次はこれか……」

頭の上から声がする。
首筋を捕まれ、持ち上げられる。

私は暴れた。
しかし、横目で立てかけられていた鏡を見て、硬直する。
何十、何百回と私はここで硬直する。

そして私は……。
金切り声の叫びを、上げるのだった。
4 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:10:38.17 ID:8Bqh101l0


悲鳴を上げて飛び起きる。
目の玉は飛び出しそうに見開かれ、心臓は破裂しかねないほどの勢いで激しく脈動を繰り返していた。
頭を押さえる。
内側から金槌で叩かれているかのようだ。
ガンガンガンガンと痛む。
5 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:11:35.43 ID:8Bqh101l0
霞む視界の焦点を無理矢理に正面に合わせ、少女は着ていた真新しい病院服の胸を掴んだ。
ハァハァと荒く息をつく。
汗が鼻を伝って下に流れ落ちる。
ひどい夢だ。
何十回見たか分からない夢。
6 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:12:30.62 ID:8Bqh101l0
「…………」

数分して呼吸が整い、少女は顔の汗を手の平で拭ってから大きく息をついた。
軽く頭を振って、横になっていたベッドの縁に腰掛ける。
カラカラと換気扇が回る無機質な音が、部屋にただ反響していた。

鳶色の瞳に、淡い金髪をした美しい少女だった。
年の頃は十四、五程だろうか。
病院服に下着。
その他は何も身に着けていない。
意識がやっと現実世界にフォーカスし、彼女は周りを見回した。
7 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:13:15.74 ID:8Bqh101l0
「何……ここ……」

小さく呟く。
そこは、四方が白い壁に囲まれた、独房のような部屋だった。
窓はない。
換気扇だけがカラカラと回っている。
天井には壊れかけているのか、点滅を繰り返す白熱灯ひとつだけ。
床はサビで汚れていた。
8 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:14:32.34 ID:8Bqh101l0
しばらく周りの異様な光景に唖然としていた少女だったが、やがて恐る恐る裸足の足を踏み出した。
そして、部屋の片隅に設置されていた手洗いと便器に近づいた。
便器の中には砂が詰まっている。
水道の蛇口をひねっても、水も何も出なかった。

「…………」

呆然として、脇の錆びた扉を見る。
鉄格子がはまっているが、少女の背丈では届かず、また向こうは暗いために様子をうかがうこともできない。
9 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:15:27.59 ID:8Bqh101l0
おどおどしながら、彼女は扉のノブを掴んで回そうとした。
途端、ボロリとノブが腐食部から折れた。
取り落として後ずさった目に、ギィ……とドアが少し開いたのが見えた。
少女はドアを力を入れてこじ開け、その隙間から外に出た。
10 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:16:25.33 ID:8Bqh101l0


泥の不快な感触が足の裏にまとわりつく。
黒い粘性のそれを踏みながら、彼女は肩を抱いて小さく震えた。

寒い。
凍えそうだ。
吐いた息が真っ白になる。
11 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:17:42.54 ID:8Bqh101l0
そこは、無数に鉄格子がついたドアが並ぶ、細長い通路だった。
開いているドアもあるが、閉まっているのが大半だ。
生き物の気配はない。
かろうじてトンネルのような通路の天井に、等間隔に取り付けられた電球たちが、時折

「ジジ……」

と音を立てるだけだ。
前後に広がる不気味な通路を見て、彼女は泣きそうな顔で震えた。
12 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:18:44.57 ID:8Bqh101l0
どこだ、ここは。
私はどうしてここにいるの?

考えた瞬間、ズキィ、と側頭部に抉りこむような痛みが走った。
悲鳴を上げて頭を抑え、泥の中に崩れ落ちる。
冷たい泥をもう片方の手でかきむしる。
頭が割れそうだ。
13 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:19:47.00 ID:8Bqh101l0
痛い、痛い、痛い。
絶叫して泣きわめく。

気づいた時には、彼女は泥にうつ伏せに倒れていた。
体が氷のように冷え切っていた。
気絶していたらしい。
14 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:20:59.56 ID:8Bqh101l0
頭痛は消えていたが、震えが止まらなかった。
薄暗がりの中で体を起こした彼女の耳に、そこで甲高い、耳障りな……少年のものとも、少女のものともつかない声が飛び込んできた。

「おはようアリス。今日は十七回目の『何でもない日』だね。何でもない日、おめでとう!」
15 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:21:55.90 ID:8Bqh101l0
耳元でケタケタとやかましく笑われ、アリスと呼ばれた少女は慌てて飛び起きた。
そして尻餅をついてあとずさる。

「おめでとう、おめでとう、腐った世界にようこそ! 血肉になりにようこそ!」

何だ、と叫ぶ暇もなかった。
視界の端に、電灯の灯りでギラついた何かが見えたからだった。
16 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:22:51.58 ID:8Bqh101l0
短く悲鳴を上げ、彼女はその場に頭を抑えて崩れ落ちた。
凄まじい金属音がして、石造りなのだろうか……背後の硬い壁に、「何か」がめり込んだ。
それを見上げて彼女は唖然とした。
口元が震えだし、体が萎縮する。
今まで少女の頭があった場所に、草刈り鎌……にしてはかなり巨大な黒光りし、湾曲した鎌の刃が刺さっていたのだ。
17 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:23:44.95 ID:8Bqh101l0
「んんんんん……?」

怪訝そうな声がした。
少女の前には、人間大のぬいぐるみのような物体が立っていた。
ボロボロになって、ところどころ綿が飛び出している。
ボタンの目をした、薄汚れた兎のぬいぐるみだった。
「それ」はモーターのきしむような音を立てながら、腰を抜かしている少女に覆いかぶさるように近づいてきた。
18 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:24:42.37 ID:8Bqh101l0
「避けたね? 避けた! 避けた!」

けたたましい声で笑い、兎のぬいぐるみは手を伸ばし、鎌を壁から抜き取った。
石が削れる耳障りな高音。
そのギラつく刃と、兎の体が何かで汚れているのを見て少女は硬直した。

……血……?
19 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:25:31.79 ID:8Bqh101l0
それを認識する前に、兎のぬいぐるみが、パカッと口を開けた。

「おめでとうアリス! 今日も君の命日だ!」

意味不明なことを叫んだその口の中から、機械じかけの回転ノコが飛び出してきた。
絶叫し、少女は抜けている腰を無理やり奮い立たせて駆け出した。
20 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:26:17.75 ID:8Bqh101l0
彼女の肩を浅く回転ノコが薙ぐ。
痛みと熱さを感じる前に、少女は全速力で薄暗い通路を駆け出していた。

「逃げるのかいアリス! いいよ! 久しぶりに遊ぼう! 鬼ごっこだ!」

ケタケタと笑いながら、血に濡れた兎は短い足を踏み出した。
21 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:27:31.10 ID:8Bqh101l0


斬られた肩が激しく痛む。
血が止まらない。

肩を手で押さえながら、少女は扉が開いていた部屋の中に体を滑り込ませた。
過呼吸のように荒く息をしながら、彼女は部屋の中……錆びてボロボロになったベッドの脇に、震えながらしゃがみこんだ。
22 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:28:20.48 ID:8Bqh101l0
どこまで走っても、通路は途切れなかった。
何十何百と鉄格子がついた扉が並んでいた。
錆が濃くなってきたところで少女の体力がなくなり、彼女は近くの部屋に逃げ込んだのだった。

歌が聞こえる。
この歌は、何だろう……。
調子っぱずれの甲高い声に、耳障りなメロディ。
23 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:29:20.62 ID:8Bqh101l0
「Oh,Happy......day」

ひひ、という笑い声とともに、鎌で床を擦っているのか、先程の兎が歌いながら近づいてくる。

「臭い臭いぞ! アリス! 血の臭いだ! 腐った血の臭いがするぞ! 近いぞ近いぞ!」

金切り声でヒステリックに喚く兎の声。
少女は慌てて肩の傷を手で押さえ、息を吸い込んで必死に止めた。
24 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:30:28.04 ID:8Bqh101l0
「息を潜めても無駄だよォ……血は止まらないからね! 臭い臭い血が止まらないよ! 傷は腐ってドロドロになって、ヘドロになって流れ落ちる! おめでとうアリス! 今日は腐敗記念日でもあるね!」

意味不明なセリフとともにケタケタと笑いながら、兎の足音が部屋の入口で止まった。

「ここだ! ここが凄く生臭い! 臭い臭い臭い臭い! ハッピーデイだね!」
25 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:31:14.19 ID:8Bqh101l0
兎が入ってきた。
飛び出しそうな心臓を必死に落ち着かせようとして、少女は体をちぢこませた。
ズシャリ……ギリギリ……と音が聞こえる。

失禁しそうな恐怖の中、兎はベッドの前で足を止めて、鼻歌を歌い出した。
その声が段々近づいてくる。
少女は必死に目を閉じて、体を小さくした。
26 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:31:54.74 ID:8Bqh101l0
いつまで経っても何も起こらなかった。
しかし歌は聞こえる。
目の前だ。

少女は一分経ち、二分経ち、そっと薄目を開けて様子を伺おうとして……金切り声の悲鳴を上げた。
目の前に逆さまの兎の首があったのだった。
27 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:32:50.33 ID:8Bqh101l0
巨大なぬいぐるみの首の部分が千切れてケーブルのようなもので伸びている。
そして、頭がぐるりと上を経由して、少女のことを覗き込んでいたのだ。

「こんばんわ、アリス!」

けたたましい声でケタケタと笑い、カパッと口が開く。
そこには錆びた釘が、尖った部分を外側に向けて歯のようにいびつに並んでいた。
28 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:33:52.19 ID:8Bqh101l0
ゆっくりと回転ノコがせり上がってきて、錆びた刃が回転を始める。
腰を抜かしてベッドに背中を押し付けた少女の眼前で、回転ノコが止まった。
そして兎がゆらゆらと頭を揺らす。

ノコに頬をかすめられ、少女が悲鳴を上げる。
兎のボタンの目が無機質に揺れる。
29 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:34:48.80 ID:8Bqh101l0
「ああ、アリス。アリス、おお……アリス。好きだよ。大好きだよ。だからすぐには殺さない。まず指を一本ずつ落とす。そして足の爪を剥がす。一枚ずつね! 目を抉ろう! 鼻をそごう! 耳を千切ろう! 断末魔の歌を聞かせておくれよ!」

回転ノコが少女の目の前で揺れる。

「君の綺麗な声で、僕をもっと昂ぶらせておくれ! ああ興奮する! 嬉しいね! 記念日だね!」
30 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:35:25.35 ID:8Bqh101l0
「助けて……」

少女は頭を抑えて、強く目をつむった。

「誰か助けてええ!」

ケタケタケタと甲高い声で兎は笑った。
嬉しそうな声で。
愉しそうな声で。
そして回転ノコが少女の頭を切り刻む軌道で近づいてきて……。
31 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:36:17.43 ID:8Bqh101l0


少女は、ハッと目を開けて周りを見回した。
一面血の海だった。
床に綿と何だかよくわからない物体が飛び散っている。

血で体中がびしょ濡れになりながら、彼女は呆然と体を起こした。
32 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:37:05.55 ID:8Bqh101l0
目の前に兎の首が落ちていた。

「ヒッ……」

と声を上げて怯えて硬直する。
口を半開きにし、舌のように回転ノコをだらりと下げたぬいぐるみの首が転がっていた。
千切れたケーブルから、血のように赤黒い液体が流れている。

「な……何が……」

小さく呟いて立ち上がり、振り返って少女は息を飲んだ。
33 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:37:58.23 ID:8Bqh101l0
胴体から袈裟斬りに分断されたモノが、突っ立っていた。
床に転がった上半身と、下半身がゆらゆらと揺れながら立っているのが見える。
下半身の切断面から、ピュ、ピュ、と血液のような液体が断続的に噴き上がっていた。

震え上がった少女の前で、ゆらりと揺れたぬいぐるみの下半身が倒れる。
途端、それが細切れになって床に濡れた音と共に崩れ落ちた。
切断面は何か刃で切ったように鋭利だ。
34 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:38:48.71 ID:8Bqh101l0
ところどころコードと、肉の塊のようなブヨブヨしたものが覗いている。
ぬいぐるみの胸に当たる部分の肉が、心臓の鼓動のように脈動していた。
それが徐々にゆっくりとなっていき、そして止まる。

あたりに浅黒い血の池が広がった。
それに素足を浸しながら、少女は呆然と突っ立っていた。
35 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:39:49.22 ID:8Bqh101l0
……生き物……?

これは生き物だったのだろうか。
しかし確かに肉は動いていた。
飛び散っているのも血のようだ。
しかしコードも見える。

何だ……。
これは……。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。
訳がわからない。
36 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:40:39.16 ID:8Bqh101l0
そこで少女は、天井の白熱電灯に照らされた壁を見て息を止めた。
何か巨大な肉食獣の爪で薙いだように、壁一面に無数の切り傷がついていたのだ。
石造りのそれに、おびただしい数の抉り傷がついている。
兎は、それにやられたようだ。

「誰が……」

小さく呟いた時、彼女は背後から

「君だよ、アリス」

と声をかけられて、弾かれたように振り返った。
37 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:41:26.59 ID:8Bqh101l0
男の子の声だった。

血で濡れたベッドの上に、小さな猫がゆらりと現れちょこんと立っていた。
今まではいなかったのに、まるで蜃気楼のように現れたのだった。
そして猫は、にやりと口の端を歪めていびつに笑って見せた。

泥のような真っ黒で、鮮血のような赤い瞳をした、異様な雰囲気の子猫だった。
尻尾に白いリボンが結んである。
周りを見回した少女に、猫は口を広げた。
38 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:44:09.49 ID:8Bqh101l0
「君が殺したんだ。そのラビットをね」

猫の方から声が聞こえる。
混乱した顔をした少女に、猫は続けた。

「僕だよ。君の目の前にいる僕が今喋りかけてる。僕の名前は『ラフィングキャット』……ラフィと呼んでくれていい」

ラフィ、と名乗った猫は少女の方に赤い眼を向けて、小さく笑った。

「どうしたんだい? アリス。目覚めているんだろう? 早くここを出よう」
39 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:45:08.22 ID:8Bqh101l0
「あなた……が、喋っているの?」

恐る恐る問いかけると、ラフィは頷いて前足で頭を掻いた。

「うん。うん、そうだよ。僕のことがわからないかな、アリス」

聞き返され、少女……アリスは震えながら首を振った。

「アリス……? 私はそんな名前じゃ……」

そこまで言って、アリスは言葉を止めて愕然とした。
40 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:46:06.46 ID:8Bqh101l0
……名前……?

私は、何という名前なのだろう。
思い出せない。
それ以前に、今はいつで……。
ここはどこで……。
私は、どうしてここにいるのか。
そして、ここに来る前は……。
一体、どこにいたのか。

何もかもが全く、思い出せない。
わからない。
頭の中に靄がかかったように、不快感だけが広がって浮かんでこないのだ。
41 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:47:02.58 ID:8Bqh101l0
「あ……あれ……?」

混乱している風なアリスを目を細めて見て、ラフィは大きく欠伸をした。

「今度の君は、いろいろと障害が起こってそうだね。ラビリンスのシステムも、いい加減ガタが来てるから仕方ないのかな」
「ラビリンス……?」
「分からないならいいよ。説明するのも骨が折れるしね。君の名前はアリス。悪いけど、僕にはそれ以上のことは分からない」
42 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:47:45.75 ID:8Bqh101l0
ラフィはそう言って、血溜まりの中にパシャ、と着地した。
そしてそれを踏みしめながらアリスに近づく。

「その様子だと、まだ混乱してそうだね。だったらここをすぐに離れた方がいい」
「お……教えて猫さん! ここはどこ?」

切羽詰った声を上げたアリスに、ラフィはくすくすと笑って答えた。
43 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:48:44.54 ID:8Bqh101l0
「『ここがどこか?』……凄く面白い問いかけをするね。答えてあげたいけど、それは僕も知りたい永遠の命題だよ。でも、ここが『どこ』で、『何』なのかっていうのは、答えたり考えたりしても仕方がないことなんだ。どうせアポカリクファの終焉が訪れたら、みんな暗闇に還ってしまうからね」
「え……え?」

突如訳のわからないことを言い出した猫に、アリスが困惑しながら何度か瞬きをする。
44 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:49:29.34 ID:8Bqh101l0
「それと、僕は猫じゃない。ラフィと呼んでほしいな」

どう見ても猫なのだが、口元を歪めてそう言うと、ラフィは足元の血溜まりをペロペロと舐めた。
吐き気を抑えたアリスに向けて、しかしラフィは弾かれたように顔を上げてから続けた。

「……やっぱり。君の血の臭いは濃すぎる。だから早く離れたほうがいいって言ったのに」

え? と問い返そうとしたアリスの背筋が凍った。
45 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:50:14.81 ID:8Bqh101l0
「……Oh,Happy....day.....」
「Oh...Ha...pyy....day......」
「.......Oh......Happy........」

複数の声がする。
細切れになった兎の声と、同じだ。
しかし何体も……通路に声が反響して、鎌をこする音と共に足音が近づいてくるところだった。

「ヒッ……」

縮み上がったアリスの方を見上げて、ラフィは言った。
46 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:51:05.85 ID:8Bqh101l0
「今の君に、もう一度セブンスを使えと言っても無理だろうね。だったら逃げるが勝ちさ。ナイトメアには、なるべく接触しないほうがいい。来て、『外』まで案内しよう」
「この……兎みたいなの、一つじゃないの……?」
「聞こえるとおりさ。ラビットは、ナイトメアの中でも働き蜂だからね。相手をしていたらきりがない。それに、君は今怪我をしている」
「…………」

肩の怪我を手で押さえたアリスに、ラフィは押し殺した声で言った。
47 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:52:07.08 ID:8Bqh101l0
「それはよくない。とてもよくないね。君の血液は、ナイトメアが涎を垂らして欲しがるものだから。その臭いをさせてる限り、あいつらはどこまでも追ってくる」
「ど……どうすれば……」
「とりあえず『外』に出るよ」
「う、うん……」

頼りなさげに頷いて、アリスはラフィの後に続いて部屋を出た。
そして駆け出した猫に続いて走り出す。
48 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:52:44.77 ID:8Bqh101l0
「アリスだ!」
「アリスだアリスだ!」
「生きていたんだね! 今日は記念日だね!」
「おめでとうおめでとう!」

ケタケタケタケタケタと通路に甲高い笑い声が反響する。
そして走って足音が近づいてくるのが聞こえた。
49 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:53:41.56 ID:8Bqh101l0
全速力で、死にもの狂いに駆けながら、アリスは恐怖と混乱で泣きじゃくっていた。
その目の前で、ラフィが半分開いていた赤い扉の中に体を滑り込ませるのが見える。
慌てて後について部屋の中に入る。

「ここだよ」

息も切らさず、ラフィは淡々と言った。
部屋の壁に亀裂が走り、眩しいほどの白い光が中に差し込んでいた。
50 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:54:20.42 ID:8Bqh101l0
「ナイトメアは光の下には出てこれない。乾いてしまうからね。『外』に出れば、一安心さ」
「う……うん!」

アリスは頷いて、ラフィに続いて亀裂に近づいた。
丁度子供一人は通れそうなくらい、石造りの壁が砕けている。
彼女は息を吸って、そこに体を滑り込ませた。
51 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:55:07.61 ID:8Bqh101l0


「まずいぞまずいぞ……」

仮面をつけた奇妙な物体が、暗がりの中でせかせかと動き回っていた。
人間のようにも、何かの歪なモニュメントのようにも見える。
キチキチ……という歯車の鳴る音を響かせながら、その「男」はクローゼットを乱暴に漁っていた。

「ああ、ああ! お茶会に遅れてしまう! アリスが目覚めたと言うのに……」

悲哀に満ちた声でそう言い、「それ」は部屋に幾十となく整列している兎のぬいぐるみ達を見回した。
52 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:55:48.13 ID:8Bqh101l0
「あの子をジューサーにかけて、ギュゥゥゥゥッって足元から絞らなきゃ……新鮮なままでジュースにしないと! ああ、ああ忙しい忙しい」

頭が異様に大きな男だった。
頭身にすると四頭身ほどの、不気味なスタイルをした醜い男だ。

片目が義眼なのか、歯車の音とともにカチ、コチ、と回転している。
ヤニで黒くなった歯でガジガジと煙が出ているパイプを噛みながら、その男はけたたましい声で喚いた。
53 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:56:43.84 ID:8Bqh101l0
「私の帽子がない! 今の気分を表す素敵な帽子がない!」

クローゼットを乱暴に足で蹴り、彼はギリギリと歯ぎしりをした。
そして怒りに燃える片目を飛び出しそうに見開き、兎の一匹が差し出したシルクハットをむしり取った。
そしてところどころハゲた白髪の頭に被る。

「フム……フム」
54 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:57:48.45 ID:8Bqh101l0
小さく頷いて、懐からヌル、とラッパのような形をした散弾銃を抜き出す。
特に狙いもつけずに、彼は帽子を差し出した兎をそれで何度も撃った。
返り血がビシャビシャとあたりを汚す。
頭部と腹部がぐちゃぐちゃになり、痙攣しながら崩れ落ちた兎を蹴り飛ばし、彼は喚いた。

「行くぞ! 久しぶりの外出だ!」
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