少女「覚めない悪夢にようこそ」

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55 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:59:15.09 ID:8Bqh101l0


アリスはポカンとして、目を細めて周りを見回した。
太陽が燦々と照りつける空間が広がっていた。
上が見えない巨大な樹木が立ち並んでいる。
ラフィが赤い瞳をアリスに向けた。

「ここから離れよう。『夜』までは少し時間がある。傷の手当をしないと」

言われて、アリスはツタがはびこった石造りの建物……その亀裂から慌てて離れた。
亀裂の奥からけたたましい笑い声が聞こえる。
56 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 19:59:55.14 ID:8Bqh101l0
「あれ……何なの……?」

猫を追いかけながら震える声で問いかけると、ラフィは木立の中を歩きながら言った。

「ナイトメアだよ。覚えてないの?」
「ナイトメア?」
「ナイトメアはナイトメアさ。君が君であるように」

謎掛けのように軽い調子でそう返すと、ラフィは倒れていた朽木を登った。
アリスもそれを踏み越えて続く。
57 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:00:38.04 ID:8Bqh101l0
今度は、どこまでも続く森だった。
しかし、異様なほど生物の気配がない。
虫一匹見当たらない。

「気づいた?」

ラフィはそう言って、落ち葉を踏んで立ち止まった。
そしてアリスを見上げる。

「ナイトメアは『生き物』の血液が主食だからね。このあたりはあらかた狩りつくされてしまった」
「狩られた……? あの、兎達に……?」
58 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:01:56.15 ID:8Bqh101l0
アリスが問いかけると、ラフィは首を振ってまた歩き出した。
少女が慌ててそれに続く。

「違うよ。あれはただのレプリカ。血を集める働き蜂だからね。問題は、ラビットを統率してるオリジナル達がいること。そいつらはセブンスを使う。君と同じような」

よく分からない単語を並べて、黒猫は息をついた。

「このあたりは、ハッターの縄張りだから、あからさまに酷いね。今回の君は、とてもハードだ」
59 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:03:00.71 ID:8Bqh101l0
「ラフィ……さん? 私、これからどうすれば……」
「ラフィ、でいいよ、アリス」

小さな声で問いかけたアリスに優しく返し、ラフィは口の端を歪めて笑った。

「とりあえず、ナイトメアから離れて人間の集落に向かおう。夜になる前に。太陽が落ちたら奴らの独壇場だから」
「私……狙われてるの……?」
「そうだね。有り体な言い方をすればそうなる。正確には君の血が狙われてるんだけどね。それに……」
60 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:03:46.17 ID:8Bqh101l0
黒猫は淡々と言った。

「僕の能力は『喋るだけ』……君を守ることはできない。夜だけはシェルターに避難しないと、すぐに今回もゲームオーバーになってしまう」
「…………」
「アポカリクファの終焉まではまだ時間がある。人間達なら、薬や医療器具をもってる筈だから、君の怪我も治療できるかもしれない」

回転ノコで抉り切られた傷口からはまだ血が流れていた。
61 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:04:30.90 ID:8Bqh101l0
アリスは泣きそうな顔でそれを見て、そして視界に小川が流れているのを見て嬌声をあげた。

「水……!」

小さく叫んで駆け出す。
しかし、小川に近づいてアリスは硬直した。
流れていたのは水ではなかった。
黒い、コールタールのような液体が水音を立てて流れている。

「何……これ……」

呆然として後ずさる。
62 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:05:18.40 ID:8Bqh101l0
ラフィはそれをぴちゃぴちゃと舐めてから、アリスを見上げた。

「ダメだね。このあたりも汚染されてる。流石に君の体でも耐えきれないと思う」
「どういうことなの? これは水じゃないの?」

引きつった声で問いかけると、ラフィは首を傾げて考え込んだ。
そして小川を踏み越えて歩き出す。

「汚染された水さ。水ではある」
「汚染……? 何があったの?」
「アポカリクファの終焉さ」
63 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:06:22.97 ID:8Bqh101l0
訳の分からない問答をしながら、一人と一匹はやがて少し開けた場所に出た。
崖になっていて、なだらかな斜面の下の方……奥に白いドーム型の建物が見える。

「ここから一番近いシェルターはあそこだね」

スンスン、とにおいを嗅いで、ラフィは続けた。

「人間も生き残ってるみたいだ。それも多分、今晩までだろうけど」
「人がいるの……?」
「うん。とりあえずあそこまで頑張って。汚染されていない水もある筈だ」
64 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:07:19.07 ID:8Bqh101l0
アリスは何度も小さく頷いた。
裸足の足の裏は切れてしまい、そこからも血が流れている。

走り回ったことと恐怖で、体中が硬直していた。
足は悲鳴を上げている。
恐怖と混乱を振り払うように、アリスは崖を迂回して歩き出したラフィに必死についていった。
65 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:08:17.59 ID:8Bqh101l0


数時間も歩き、太陽が少し傾いた頃、アリスとラフィは白いドーム型の建物、その近くまでやっと到達した。
へたり込んだアリスに頬をこすりつけ、ラフィが言う。

「よく頑張ったね。もう少しだから、立って」
「もう駄目……体中が痛くて……」

そこでアリスは、数個の足音が近づいてくるのを聞いてビクッとした。
またあの兎が襲い掛かってくるかと思ったのだ。
66 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:08:56.32 ID:8Bqh101l0
「人間だ。良かった。助けを求めよう」

ラフィがそう言ってアリスを見上げる。

「残念だけど、僕は人間達には見えない。声も聞こえない。君が話をしてくれないかな」
「え……? ラフィは、ここにいるじゃない……?」
「そうなんだけどね。人間の感覚って曖昧だから、僕達のことは認識できないらしいんだ」

ラフィがそこまで言った時、アリスは自分を取り囲むように足音が止まったのに気づき、顔を上げた。
67 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:09:42.45 ID:8Bqh101l0
そして硬直する。

……宇宙服みたいだ。

最初はそう思った。
ブカブカした白い防護服。
巨大なヘルメットをつけた男達が、驚愕の表情でアリスを取り囲んでいたのだった。
そのうちの一人が周りを見回して、急ぎアリスを抱え上げる。
68 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:10:48.72 ID:8Bqh101l0
「もう大丈夫だ。シェルターの中に避難するぞ!」

男性の声。
アリスはそこでやっと、張り詰めていた緊張がプツリと切れたように、一気に意識を失った。
69 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 20:11:40.98 ID:8Bqh101l0
◎作者より
外出しますので、一時更新を中断します。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/07/19(月) 21:22:59.86 ID:XoSE8cTWo
たんおつ
71 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:48:08.26 ID:8Bqh101l0
◎作者より
帰宅したので、更新を再開します。
72 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:54:27.28 ID:8Bqh101l0


黒い雨が降っていた。
どこまでも続く黒い雲から、黒い雨が止めどなく流れ落ちてくる。

「この世界は汚染されてしまった」

私の隣に立っている人が言った。
私は彼の顔を見上げた。
73 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:56:16.47 ID:8Bqh101l0
不思議なことに、彼の顔にはぐしゃぐしゃの金網を擦りつけたかのようなモザイクがかかっていた。
彼は、私達が立っている樹の下で、黒い雨粒を手で受けてから悲しそうな声で続けた。

「僕と、君のユートピアもこれでおしまいだ。アリス……残念だけど、物事にはすべからく終焉が訪れる」

彼はモザイクだらけの顔をこちらに向け、私を見下ろした。
私は彼のシャツの裾を掴んで、必死に言った。

「そんな……まだアポカリクファまでは時間があるよ。私が、あなたの魂を探し出してあげる。そうすればあなたも、この世界も消えずにすむわ!」
74 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:57:04.44 ID:8Bqh101l0
彼はしばらく私の顔を見下ろしていたが、やがてゆっくりと首を振った。

「それは無理だよアリス。終焉はもう、すぐそこまで来てる。君も、僕と同じような存在になってしまう」
「それでも……!」

私は彼の服にしがみついた。
そして頭を、その花の匂いのするシャツに押し付ける。
75 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:57:51.79 ID:8Bqh101l0
離したくなかった。
離れたくなかった。
彼のいない世界なんて、到底思い浮かべる事はできなかった。

「お願い……終わりだなんて、そんな悲しいことを言わないで。私も、あなたと一緒に連れて行って……」
「……ダメだ」

彼はしばしの沈黙の後、硬い口調でそう言った。
76 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 21:59:05.52 ID:8Bqh101l0
呆然として顔を上げた私に、彼は断固とした口調で続けた。

「君も僕と同じになってはいけない。君はもともと、この世界の住人ではないんだ。いずれ目覚めなければいけない。ラビリンスだって永遠じゃない。いつかは壊れる時が来る」
「…………」
「エラーを吐き出した時に、気づくべきだったんだ。こんな世界は、こんな汚染はあってはならないことだって。でも……」

彼は手を上げて、私の頭を自分の胸に引き寄せた。
そして樹に背を預けて、呟くように言う。
77 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:01:11.15 ID:8Bqh101l0
「君がここにいたから……僕にはラビリンスを止めることができなかった。本当ならあの時に僕はシステムと一緒に消えるべきだったんだ……」
「そんなこと……そんなことないよ。あなたは私を救ってくれた! 私をこんなにも助けてくれた! あなたは死ぬべきじゃない、生きるべきよ!」

私は必死に叫んだ。
彼の服を掴んで、黒い雨にかき消されないように。
泣きじゃくりながら叫んだ。
モザイク頭の青年はこちらを向くと小さく頷いた。
78 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:02:17.56 ID:8Bqh101l0
「泣かないでアリス。僕も、君のことは好きだ。愛している。だから、このまま何もしないで朽ちていくつもりはない」
「でも……でも!」
「君は帰るんだ。こんな汚染された世界からは抜け出して。元の世界に戻るんだ」

彼ははっきりそう言って、私の頭を優しく撫でた。

「大好きだよ、アリス。ここで、僕達はお別れだ。ラビリンスが完全に停止する前に、君は君のワンダーランドに、早く戻るんだ」
79 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:03:09.77 ID:8Bqh101l0


ゆっくりと目を開ける。
しばらく、ここがどこだか分からなかった。

周囲を沢山の人が歩き回っている。
視線を横にスライドさせると、薄い防護服とヘルメットをつけた人達が周りで何か計器を操作していた。
体にかけられていた毛布を押しのけて、上半身を起こす。
ボロボロになっていた病院服は脱がされ、ゆったりとしたズボンとシャツを着せられていた。
80 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:03:59.60 ID:8Bqh101l0
「…………」

ポカンとして周りを見回す。
少し広めの、手術室のような部屋だった。
ガラス張りの壁に囲まれている。
アリスが起き上がっているのを見て、近くを歩いていた男性が声を上げた。

「エンジェルが目を覚ましたぞ!」
(エンジェル……?)

その声を聞いて、周りの大人達が一斉にこちらを向いた。
81 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:05:54.21 ID:8Bqh101l0
「おお……良かった!」
「目が覚めたぞ!」
「空気を抜け! 汚染レベルは低い」
「食事を持ってくるんだ!」

バタバタと動き出した周りを戸惑いの目で見ながら、アリスは近づいてきた男性に目をやった。
男性がヘルメットを脱いで、アリスに会釈する。
顔面に深い切り傷がある、壮年の男だった。
82 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:06:49.19 ID:8Bqh101l0
目の部分に一文字に疵が走っている。
怯えたような顔をしたアリスに、男は慌てて笑顔を作ると、優しく言った。

「おはよう、小さな天使さん。ここは第十五シェルターの中だよ。気分はどうかな?」

静かな声に少し安心して、アリスは小さく声を発した。

「シェルター……?」
「外に倒れていた君を保護した。夜になる前に助けられて良かったよ。なにせ、このあたりは崩壊の度合いが強い」
83 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:07:52.67 ID:8Bqh101l0
「…………」
「おっと、自己紹介が遅れたな。私はジャック。このシェルターの管理者をやっている」
「ジャック……さん?」
「ああ。君の名前を教えてくれるかな?」

問いかけられ、アリスは少し躊躇した。
その視界に、自分が寝かされているベッドの隅にラフィが丸くなっているのが見える。
ラフィは顔を上げると、アリスを見て口を開いた。

「大丈夫だよ。この人間達はナイトメアじゃない。無害だ」
84 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:08:45.46 ID:8Bqh101l0
ラフィの声は周りには聞こえていないようだ。
それどころか、事前に言っていたように、そこに猫がいることも認識していない様子だった。
アリスは息をついて、ジャックを見上げた。

「アリス……と、言います……」

尻すぼみになって、自信なさげに声が消える。
ジャックは俯いてしまったアリスを見下ろし、困ったように鼻を指先で掻いた。
85 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:10:05.83 ID:8Bqh101l0
そこに、トレイの上にパンと水が入ったコップ、そして美味しそうなにおいを発しているスープが入ったお椀が乗ったトレイを、別の男が運んできた。
そのにおいを嗅いで、アリスのお腹がグゥと鳴る。
喉がカラカラで、お腹も空いている。
体がとてもダルかった。

「君の傷の手当もさせてもらった。少し縫ったけど、すぐ良くなると思う」
86 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:10:50.39 ID:8Bqh101l0
ジャックにそう言われ、アリスは自分の肩を見た。
包帯が綺麗に巻かれている。
もう痛くない。
足にも包帯が巻きつけてあった。

「とりあえず、お腹に入れるといい。その後、少し話を聞かせてくれないかな?」
87 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:14:01.66 ID:8Bqh101l0


のろのろとパンとスープを食べ終わり、アリスは倦怠感の中、やっと息をついた。
歩き続けたことで、体力は限界に差し掛かっていた。
ニコニコした優しそうな顔の壮年の女性にトレイを渡し、アリスは静かな笑顔でこちらを見ているジャックと、数人の男性達を見上げた。

「ありがとうございます……でも、どうして……」

「どうして」と口に出したが、まず何を聞いたらいいか分からずに言葉を飲み込む。
88 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:14:53.76 ID:8Bqh101l0
少女の様子を見て、ジャックが近くの椅子に腰掛けた。
そして周りに目配せをする。
男性達は頷いて、ガラス張りの部屋を出ていった。
ジャックに任せるということらしい。

「私達に、君への敵意はない。それは分かるね?」

静かに問いかけられ、アリスは頷いた。
89 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:15:55.80 ID:8Bqh101l0
「あの……お食事と、傷の手当、ありがとうございます……」

頭を下げたアリスに、ジャックは手を振って答えた。

「そんなにかしこまらなくてもいい。所詮私達は、ドームの中でしか生きられない出来損ないだ。君達エンジェルとは違う」
「エンジェルって、何ですか……?」

伺うように問いかけた少女を怪訝そうに見て、ジャックは少し考えこんだ。
そして問いかけには答えずに口を開く。
90 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:16:35.99 ID:8Bqh101l0
「……どこから来たんだい? その様子だと随分歩いていたようだ。何かに襲われたようでもある」

アリスの脳裏に、けたたましい笑い声と、凶器を振り回す兎の顔がフラッシュバックする。
震えて肩を抱き、彼女は小さな声で答えた。

「ここから少し離れた……森の中の建物です」
91 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:17:32.13 ID:8Bqh101l0
「……『遺跡』から? どうしてまたそんなところに、君みたいなエンジェルが……」

戸惑ったような声でそう返したジャックに、アリスは何度も首を振ってから言った。

「分からない……何も分からないんです。気づいたら建物の中の部屋にいて。目が覚めたら……」
「アリス、それ以上は言わない方がいい」

そこで突然、足元からラフィの声が聞こえて、アリスは慌てて口をつぐんだ。
92 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:18:13.42 ID:8Bqh101l0
視線を下にやると、ラフィが赤い瞳を爛々と輝かせてこちらを見上げていた。

「ナイトメアの感覚は、人間には分からない。理解を促すだけ無駄だと思う」

でも、と言いかけたアリスの視線を追って床を見て、ジャックは問いかけた。

「目が覚めたら、どうしたんだい?」

やはりラフィのことはわからない様子だ。
アリスは数秒間迷った末

「追いかけられて……」

と小さな声で言って、俯いた。
93 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:19:32.06 ID:8Bqh101l0
ジャックは考え込んでから手を伸ばし、アリスの頭を優しく撫でた。

「もう大丈夫だ。遺跡に行く前にはどこにいたんだい?」
「それが……どうしても思い出せなくて……」

ジャックの温かな手の感触に、ジワ、と目に涙が滲む。
安心からだろうか、アリスはポタポタと涙を垂らしながら、両手で顔を覆った。

「ここはどこなんですか……? 私はどうしちゃったの……? 何も、何も分からない……」
「…………」
94 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:21:33.06 ID:8Bqh101l0
ジャックは息をついて、立ち上がってからアリスの隣に腰を下ろした。
そして彼女の小さな頭を抱き寄せて胸に引き寄せる。
びっくりしたような顔をした少女に、ジャックは言った。

「少しこのままでいるといい。安心するまで」

何度も頷く。
しばらくして、やっと泣き止んだアリスにジャックは口を開いた。
95 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:22:43.17 ID:8Bqh101l0
「ここは『ハッター』の領地だよ。その中でも、十五番目のシェルターに当たる」
「ハッター……?」
「私達が『ナイトメア』と呼んでいる悪魔のことだ」

その単語を聞いて、アリスは息を呑んだ。

「このワンダーランドは、変わってしまった……いつの頃からか、奴らはナイトメアとなり、私達を殺して回るようになった。このシェルターは、ナイトメアから私達を守る特別な石でできている。中にいれば安全さ」
96 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:23:35.17 ID:8Bqh101l0
「ナイトメア……って、何ですか?」

問いかけたアリスに、ジャックは少し迷ったようだったが答えた。

「それが分かったら、私達も少しはどうにか動けるんだがな……」
「…………」
「ナイトメアは目で見ることも、耳で聴くことも、臭いさえも感じることはできない。ただ確かに『そこ』にいるんだ。『そこ』にいて、私達を殺すスキを伺ってる」
97 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:24:40.15 ID:8Bqh101l0
目の疵を指でなぞり、ジャックは呟くように言った。

「私の妻と娘も、ナイトメアにやられた。目の前でね……切り裂かれて死んでしまったよ」

アリスは、細切れになり血を撒き散らした兎を思い出した。
吐き気が胸に湧き上がってきて、ジャックの服を強く掴む。
その頭を撫でながら、ジャックは言った。
98 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:25:18.69 ID:8Bqh101l0
「記憶喪失……と言っていいのかな。そんな状態の君に頼むのは気がひけるんだが、もう少ししたら一緒に来て欲しい」
「どこにですか……?」

不安そうな顔をしたアリスに、彼は続けた。

「長老に会って欲しいんだ。そしてエンジェルの力で、私達を助けてくれ」
99 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:26:05.00 ID:8Bqh101l0


太陽が沈み、あたりを暗闇が包んだ。
生き物の気配がない森には、黒い水が流れる音と、樹木が風になびくザワザワとしたノイズ以外響いていない。

空には真っ白い満月が浮かんでいた。
数え切れないほどの星がきらめいているが、空の色はヘドロのように歪んでいる。
気味の悪い雰囲気、そして光景だった。
100 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:26:48.25 ID:8Bqh101l0
その中を足音も立てずに、俯いた大勢の兎人形と、頭が異様に大きな醜男が歩いていた。
男は鼻歌を歌い、手に持ったステッキを振り回しながら歩いている。
右目の義眼がカチ、コチ、という音とともに時計回りに回転しあらぬ方向を向いている。
そこで彼は、懐から

「ピリリ……」

という鈴の音がしたのに気づいて足を止めた。
101 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:27:37.67 ID:8Bqh101l0
軍隊のように、ボタンの目を赤く光らせた兎達も歩みを止める。

男は懐から金色の懐中時計を取り出し、蓋をパカリと開けた。
そこから、妙にざらついた女性の声が響く。

『ハッター! やっと出たかい! このトントンチキが!』

ハッターと呼ばれた醜男は、また鼻歌を歌いながら歩き出した。
兎達もそれに続く。
102 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:28:16.30 ID:8Bqh101l0
「何だい、赤の女王様様様じゃないか!」

ハッターがそう返すと、赤の女王と呼ばれた女性は、懐中時計の向こうでキンキンと喚いた。

『何してるんだい! お茶会はとっくに始まってるんだよ!』
103 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:28:50.98 ID:8Bqh101l0
「知ってる。知ってるさ。だけどちょっと大事な用事ができてね」

ハッターは崖下の白い壁に囲まれた建物を見下ろし、舌でゾメリと唇を濡らした。

「お茶会には少し遅れるが行くよ。そう、とびきりのお土産を持ってね!」
104 :1 ◆58jPV91aG. [saga]:2021/07/19(月) 22:30:12.41 ID:8Bqh101l0
◎作者より
【2】に続きます。
今日の投稿はここまでにします。
良い夜を。
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