このスレッドは1000レスを超えています。もう書き込みはできません。次スレを建ててください

ほのぼの雑談部屋・別館【+−】 Part.2

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

169 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:40:15.19 ID:N9ip1PUio
纒?狙振弾(てんがいそしんだん)

棍法術最強の流派として名高いチャク家流に伝わる最大奥義。
この技の創始者 宋家二代 呉 竜府(ご りゅうふ)は正確無比の打球で敵をことごとく倒したという。
この現代でいうゴルフスイングにも酷似した打撃法は運動力学的観点からいっても弾の飛距離・威力・正確さを得るために最も効果的であることが証明されている。
ちなみにゴルフは英国発祥というのが定説であったが最近では前出の創始者 呉 竜府の名前でもわかるとおり中国がその起源であるという説が支配的である。
民明書房刊「スポーツ起源異聞」より


水龍ほー球(すいろんほーきゅう)

古今東西、武道家達が雌雄を決する決闘法は数多くあるが、なかでもモンゴルに伝わる水龍ほー球は最も過酷なものとして有名である。
後に硝子工芸の発達によりガラス球が使用されたが、当時は7メートル四方の木槽に水をいっぱいに満たしその中でどちらかが死ぬまで闘った。
水中では当然闘う時間は限定され、動作に通常の3倍もの体力を消耗するため、その苦しさは想像を絶した。
ちなみに、この決闘で負けた者をモンゴル語で「ドザイモーン」(水死の意)と言い、日本で溺死体を「土左衛門」と呼ぶのはこれに由来する。
民明書房刊『泳げ!!騎馬民族』より


大鐘音(だいしょうおん)

その由来は戦国時代、武田信玄が上杉謙信との合戦に於いてどうしても援軍に行けず、苦戦におちいっている遠方の味方の兵を励ますために自陣の上に一千騎の兵を並べ一斉に大声を出させ、檄を送ったという故事に由来する。
その距離はおよそ二五里、キロになおすとと100キロ離れていたというから驚嘆のほかはない。
余談ではあるが、昭和一五年の全日本大学野球選手権に於いてW大応援団エールは神宮球場から池袋まで聞こえたという記録がある。
民明書房刊『戦国武将考察』より


羅惧美偉(らぐびー)

その起源は遠くヨーロッパ中世ラグビー発祥の地、イギリス・イングランドにあるという。
その頃、王侯達の間でラグビー(その原型というべきか)のチームを持ち、競い合うことが流行し、自分のチームを強くするためにそのような残酷な練習方法がいくたびか行われたと記録にある。
民明書房刊『ヨーロッパ中世スポーツの起源』より


地獄相撲(チャガ・ポルテ)

世界各地に日本の相撲に類似した格闘技は点在するが、その中でも特に有名なのはモンゴル相撲である。その歴史は古く、ジンギスカーンの時代までさかのぼるという。
勇猛果敢な騎馬民族である彼らは戦闘訓練の一環としてこれを行った。
中でも17世紀に時の暴君・ジミヘンカーンによって発案された地獄相撲は、地上15メートルの高さに土俵をつくり、そこで生死をかけて戦うという凄まじいものであった。
ちなみに、現代の日本の相撲で使う「どすこい」という掛け声は、この地獄相撲最強の戦士として知られた「ドスコイカーン」の名に由来するという説もある。
民明書房刊『相撲人生待ったなし』より


一文字流斬岩剣(いちもんじりゅうざんがんけん)

一文字流斬岩剣、世に灯籠切りといふ。江戸時代剣聖とうたわれし神泉正宗が 家康に請われ、一度だけ御前にて石灯籠を一刀両断、世間を驚かせたといふ。
以来三百余年剣道界に於いて幻の技とされこれを極めたる者なし。
余談ではあるが不可能を可能にするという意の"魂剣石をも斬る"という諺はこれをいふなり。

一九〇五年民明書房刊『剣史記』より
170 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:42:06.97 ID:N9ip1PUio
鉄騎宙弾(てっきちゅうだん)

拳法において身のこなしの素早さは最も重要であるが、それを倍加させるための道具がこの鉄騎宙弾である。
その原理は至って単純であり、バネと体重による反発力を利用した物である。
これを発明した中国漢代の武術師範・宝 浜具(ほうぴんぐ)は、これを使って地上30メートルまで跳躍し当時の人々を驚かせたという。
ちなみに、日本でも昭和30年代に子供達の間で流行したこれと同形状の玩具・「ホッピング」の名称は、この発明者・宝 浜具に由来するのは言うまでもない。
 民明書房刊『玩具に見る古代中国の英知』より


魔翔流気法(ましょうりゅうきほう)

魔翔流気法…太古の昔から、空を飛ぶことは人類の見果てぬ夢であった。
それを最初に実現したのはライト兄弟とされているが、実は古代中国の山岳地方に住む抜娉族(ばっとうぞく)の手によって成し遂げられていたという。
彼らは谷間から常に吹き上げる強力な上昇気流を利用して空を飛び、交通や軍事に用いた。
もちろん誰にでも飛行できるわけではなく、選ばれた人間が過酷な修行を重ねて始めてできる技であった。
ちなみにこの技を会得できるのは一万人にひとりといわれ、達成者は「抜娉万」と呼ばれ称えられたという。
 民明書房刊『バットマンかく語りき』より


六忘面痕(ろくぼうめんこん)

二世紀、中国漢代後期大罪を犯した咎人に科した刑罰のひとつ。
孝・忠・信・義・仁・礼の 六つの徳を忘れた反逆の徒という証に左右あわせて六条の傷を顔面に切り刻んだという。
現代でも不逞の輩をさして忘六者というのはこれに語義を発する。
 民明書房刊『古代刑法全』より


梁山泊(りょうざんぱく)

起源十一世紀古代中国、動乱と野望渦巻く宋の時代−時の権力に反旗を翻し天下に受け入れられなかった豪傑・名将達が集い、別天地をつくった。
彼らは自然の利を巧みに生かした一大要塞を築き上げ、いかなる大群の攻撃をも撃破した。
その名も梁山泊−そこでは広大な中国全土から集結した諸流派の名だたる拳法家・武道家達が昼夜を問わず凄絶なる修行・研究を重ね、やがてそれは梁山泊馮翊拳と呼ばれるひとつの新しい流儀の完成を見るに至った。
その秘技の数々と想像を絶する圧倒的な戦力は、これを極めたものひとりで兵士千人分に値するとさえ畏怖された。
後に梁山泊軍が皇帝の命により行った大宋国平定はこの力によるところが大きかったのはいうまでもない。
 民明書房刊『武の中国史』より


戦吉兆占針盤(いくさきっきょうせんしんばん)

戦国時代に武田信玄が中国の霊占をヒントに考え出したといわれる。
円形の盤の上に針の突いているもので、いわゆるルーレットのような形である。
盤面には99の「勝利」と1つの「敗北」が刻まれており、勝利以外に針が止まることはまずあり得ない。
戦の命運を占うために使われたが、その実際はは景気づけのための形式的な儀式であった。
 民明書房刊『戦国武将考察』
171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:43:21.50 ID:N9ip1PUio
練活気挿法(れんかつきそうほう)

人間はどんなスポーツ選手でも自己の潜在的肉体能力を50〜60%しか使用していないという。
この気挿法の目的は自己催眠をかけることによって精神的な集中力から、自らの持つ体能力を瞬間的に100%引き出すことにある。通常自己催眠に至る方法としては種種あるが、密九教の呪文を唱えることが多い。
現代でも重量挙げなど瞬間的なパワーを要求されるスポーツの超一流選手達の中には、この法を人知れず体得実践している者があるという。
 民明書房刊『肉体の神秘とスポーツ』より


盥支蝋(かんしろう)

頭上になみなみと油の入ったタライを持ち上げる。
そのタライの油面にきわめて不安定な木端に乗せた蝋燭を浮かべる。
タライを少しでも微動させれば、蝋燭は倒れ火だるまとなるは必定である。
明治維新直後、その熾烈過酷さの教育で猛名をはせた三の関兵学校に於いて体罰の一つとして行われたという。
 民明書房刊『教育と体罰』より


爆挺殺(ばくていさつ)

戦国時代一二五七年、濃越の国主富善長友の守定兼と習野の国主黒羽行康の松ヶ原合戦の折、
一進一退の膠着状況を打ち破らんと黒羽軍侍大将江藤新兵衛が単身火薬を背に敵の本陣に突入し、
身を挺して自爆、見事敵将友長の首級をあげたという、必殺必死の奇襲戦法である。
 民明書房刊『戦国異聞記』より


氣功闘法(きこうとうほう)

氣とは人間の肉体が持つ生体エネルギーのことをいう。
本来人間誰しもが持つ エネルギーではあるが、これを武術として応用するには並はずれた修練が必要とされている。
この氣を引き出すことを氣を練るといい、一定の呼吸と動作の反復組合わせによりなされる。
その力は驚異的なものであり、一例として中国の氣功闘法の達人は己の髪の毛に氣を注入することによりこれを針金のごとく化し、これで敵の急所を突き一撃のもとに絶命させたり、同じく氣を注入した紙片でもって岩石をもまっぷたつにしたという。

 民明書房刊『氣−その効用と実践』より


砕氷凍界(さいひょうとうかい)

蒙古究極の決闘法・硫篋氷樹の名人カクゴールが編み出した秘技この技の原理は高速回転によって生み出された細かい氷片によるヘルベリン冷凍効果により、周囲の温度を零下30度にまで下げ、相手の体温を奪い凍結させることにある。
ちなみにこのカクゴールは氷の王者の象徴として、常に氷一文字の旗を背負っていた。
現代日本でも夏の巷に見られるかき氷屋の旗はこれに由来する。
 民明書房刊『かき氷屋三代記−我永遠に氷をアイス−』より
172 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:44:26.33 ID:N9ip1PUio
王家の谷の守護者達(ファラオスフインクス)

紀元前三千年、世界最古の文明を誇る古代エジプト王朝では、歴代の王はその権力と富の証として巨大なピラミッドを構築し、莫大な財宝と共に死の眠りについた。
そして、この王家の谷と呼ばれる一連のピラミッド地帯を守るため最強精鋭の闘士を選りすぐり「王家の谷の守護者達」と名付けた。
彼らは中国拳法とは異質の特殊な格闘術を発達させたが、対戦して生き残った者が皆無なためその技の正体は一切不明である。
なお、彼らは不老不死の肉体を持ち、五千年を経た現在でも砂漠の一隅に潜みその技を伝えているという説があるが確認されていない。
 明明書房刊『ツタンカーメンの逆襲』より


晏逅寺軟體拳(あんこうじなんたいけん)

一般に酢が人の体を柔らかくする成分(ビノドキシン)を多量に含有していることは知られている。この性質を応用し、特殊な拳法を編み出したのが晏逅寺軟體拳である。
その修行者はこの世に生をうけたときより酢を満たした大瓶の中で生活・成長し超柔軟な体質を作り出したという。その人体構造学を越えた拳法は必勝不敗の名をほしいままにした。
ちなみに、現代でも副食品として身近なラッキョウは、この軟體拳の達人であった陳辣韮が日々の糧を得るため、修行中に自分の壺に実を漬け、製造・販売したのがその名の由来とされている。
 民明書房刊『世界の怪拳・奇拳』より


乖宙浮翌遊體(かいちゅうふゆうたい)

一般に蝙蝠の空中揚力の強さは知られるところであるが、中国河南省山奥に生息する攣鵠蝙蝠はその揚力が5キロもあるといわれる。元朝中期、青巾族の乱の折り、元軍の都尉・安史明はこの蝙蝠20匹を使い、万里の長城を越え敵を攪乱することに成功したという。
これを応用し、多彩な変化技を加えて成立したのが乖宙浮翌遊體であり、 怪拳として世に恐れられた。
 民明書房刊『世界の怪拳・奇拳』より


渦龍天樓嵐(かりゅうてんろうらん)

中国槍術、その最高峰にあり槍聖としてあがめられた呂朱棍が創始したとされる幻の秘技。
槍をすさまじい勢いで回転させることにより小竜巻ともいうべき回転乱気流を起こし、その風圧で相手を攪乱した。
その威力は空を飛ぶ鳥を落とし、雨の日に頭上で回転させれば傘の代わりをもなしたという。
ちなみに現代でも、突然の雨があったとき雨をやませるまじないとして、棒きれを拾い頭上で回転させる老人の姿がしばしば見られるのはこの名残である。
 民明書房刊『武道達人逸話集』より
489.31 KB Speed:0.4   VIP Service パー速VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む

スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)