11: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 18:51:10.48 ID:hD9nuK1M0
「おっとっと」
「……なんして」
ひょうとした声の侍と裏腹に、太夫は絞り出すような声を、耐えるように零した。
「なんして、こったなところまで来てしまいんしたの。十月に公方様が大政を奉還なされて、世の中はますますどうなるかわからん。
お前様はわっちの事など忘れて、村で嫁でも貰うて大人しゅう百姓をしておれば良かったのに、なんしてよりによってこのどん詰まりの土壇場に、二本差しを気取ってこったなところまで来てしまいんしたか」
噛み切るように、言葉をつむぐ。
ぽたり、ぽたりと、堪え切れぬ雫が畳を濡らした。
「泣かんでくれよ、楓」
侍の手が頬に添えられ、昔のままの声色で名を呼ばれた。
「泣いてたら泣きぼくろが出来てしまうぞ。涙の筋にほくろが出来たおなごは、一生泣く事になってしまう。」
昔日の記憶が、太夫に蘇った。
貧しい百姓の子であった頃、まだ親に貰った名で呼ばれていた頃。
左右で色の違う妖瞳を気味悪がられて、村ではひとりも友達が居なかった。
一人で膝を抱えてめそめそとしていると、この男は決まってどこからともなく飛んできて、このように言った。
『楓、くよくよすな。泣きぼくろになってしまうぞ。泣きたくなったら、洒落のひとつでもうそぶいて、笑い飛ばしてやればええんじゃ』
涙を拭う親指を、太夫の掌が捕まえる。
この手から、血の臭いがこびり付いて離れない。
お前様は、この手で人を斬ってしまいんしたのか。
あの時と少しも変わらぬこの優し気な手で、人を斬ってしまいんしたのか。
「楓。昔から言うとるじゃろう、おまんは笑顔が一番じゃ」
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