26: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 23:28:43.66 ID:hD9nuK1M0
男は、困ったように、というか、ごまかすように目を逸らし、頬を掻いた。
このへつらうような愛想笑みが、いかにも百姓らしいと感じる。
この時代において、少なくとも武士道を鉄血の掟とする隊内においては、それは決して好ましい印象では無かった。
川島は無性に苛立ち、水の滴る胸元の、濡れた襟をむんずと鷲掴みにした。
「貴様この期に及んで、まさかあの芸妓とどうにかなるなどと思うておるのではあるまいな」
へらへらのへつらい顔が、すっと無表情になる。
人を斬る時の顔だった。
しかし、川島は構わず続けた。
「志も士道もなく、食い詰めた末に人斬りとなった百姓出のにわか侍めが。所詮、武士でもないくせに、なぜ徳川のため命を懸ける。
天下に確たる大義もないまま、銭金の為にいつまでその手を血に汚す。にっちもさっちも行かなくなった身の上の貴様を、
どうにかしてやろうという八木殿の親心がわからんのか。」
その言葉で、男の無表情は、とたんに悲しげなものに変わった。
辛辣な言葉と裏腹に、川島の目には涙が溜まっていた。
「どん百姓にもわかるように教えてやる。幕府は負ける。長州の征伐にしくじったばかりか、10月には大政奉還、今月には王政復古の大号令で、
こともあろうに我々が不逞浪士としてぶった斬ってきた長州と、裏切り者の薩摩が手を結び新政府だと。外国と結んだ奴等の軍備は幕府軍を上回る。
この京とて明日にでも戦場になるやもしれんのだ。そうなれば我らは捨て石になる。わかるか。
こんな泥舟はな、さっさとうっちゃってどこぞに逃げてしまうのが賢いのだ。」
神戸は、外国による治外法権が認められている。桜田門外にて暗殺された先の大老・井伊直弼が不平等条約にて認可せざるを得なかった治外法権のことだ。
王政復古の大号令では薩長の新政府が樹立したゆえ、幕府は解体し佐幕派はただちに野に下れという。そんな無体な話を突き付けられても、将軍や老中はああでもこうでもないと無意味な合議を繰り返すばかりだった。
そうこうしているうちに、土佐を通じてイギリスから最新武器をズラリと買い揃えた薩長が京の目鼻の先まで詰めてきていていた。
この時すでに、将軍は単身、大阪に退いていた。会津や新選組は京に置き去りにされていたのだ。
163Res/145.27 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20