27: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 23:34:03.48 ID:hD9nuK1M0
「……貴様はっ、大馬鹿ものだっ! 皆が皆をして逃がそうとしているのに、なんでその理不尽を押し通そうとする。貴様はさっさと商家の若旦那になるか、さもなくば紀州に帰って百姓に戻れ。
ただ一人の揚屋の女の為に知れ切った死に船に乗るつもりか。馬鹿か、貴様はっ。」
神戸や横浜など、外国人の居住する治外法権区を攻撃すれば国際条約違反として諸外国の干渉を招く。幕府も新政府も、それは避けねばならなかった。
ゆえに、そこならば、戦禍も追っ手も届くまい。
八木殿とは、彼らが上洛以来、陰に日向に支援してくれた八木源之丞殿である。壬生第一の郷士であり新選組最大の支援者である八木氏の縁談には、幹部たちの意向も汲まれていたことは多分に違いない。
「侍が百姓と死ぬことはできぬ。とっとと立ち去れ。戻ってくるな」
新選組に明るい明日がないのはわかりきっていた。討幕派の志士たちを先陣駆けて斬りまくった、最前線の切り込み隊長なのだから。薩長は新選組だけは決して許さぬ。
それも、時勢であるなら仕方ない。殺し合いの果てに己らの因果が己らに返るだけだ。
ゆえに隊内でもっとも人斬りの似合わぬこの男を、どうにか生かせぬものかと考えたのは、けだし人情であろう。
世話焼きの代名詞・土方副長の発案か。いや、それはやはり、死と隣合わせの時間を足掛け五年も共に過ごした者たちの、声にはしない本音であったように思う。
――――死ぬのは、俺たちだけで十分だ。
涙として流れる川島の、決して言葉には出来ぬ、してはならぬ本音であった。
「川島さん、あんたは優しいな。」
そいつは、優しい声をしていたような気がする。
「他人の為に涙を流して下さる。強くて、やさしい。瑞樹天神も、そんなとこに絆されたんでしょうな」
にっこりと、柔らかく笑う。
「本音と建前がいつも違う。侍ってのは大変な生き物ですな。けんど、わしはあんた様方の如き、鴻鵠の志も気高き義もござりませぬ。
仰る通り、銭ンコのために人を斬り申した。銭ンコのために人を斬り、女に入れ揚げ申した。」
睫毛が長く、それは震えているようにもみえた。
「わしは、おまんの仰るように、どん百姓です。いつだっててめえの事だけしか考えられねぇんです。
おまんの……皆様のお情けは涙の出るほどありがてぇけども、一介の百姓に過ぎぬわしには、その情けに応えられる器を持ちませぬ。申し訳ねぇ」
胸倉をつかむ川島の手を剥がしたのは、意外なほど小さく、なよやかな手だった。
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