藤原肇「この手を引いて」
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12:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:37:53.82 ID:Ob8vgikR0

今思えば、若気の至りというか…え? ふふ、そうですね。今も若いと自負していますが…。とにかく、「おじいちゃんの力を借りずにひとりで登ってみたい」と思ったんです。それで、両親には「友だちの家に遊びに行く」と嘘をついて、水筒だけを持ってこの山に来ました。

順調に登っていたのですが…ここに来る途中、道が分かれていたところがあったのを覚えていますか? ええ、そうです。あそこです。あそこは、本当は右に曲がらなければならないのです。左は、途中までは道も開けているのですが、少し歩くと道らしい道がなくなり周りの景色も似たり寄ったりで元来た道が分からなくなってしまうような場所なんです。


13:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:38:45.96 ID:Ob8vgikR0

……なんとなく察していただけたでしょうか。小さな私は、あそこで左に曲がってしまったんです。いつもおじいちゃんに手を引かれていて、その背中を見てひたすら歩いていたのでどっちに曲がればいいのかわからなかったんですね。お恥ずかしい話です。

そして案の定、私は迷子になってしまいました。


14:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:39:41.44 ID:Ob8vgikR0

元来た道もわからず、歩けども歩けども戻ることができない。木が覆っていて太陽の光も差し込まず薄暗く、私の周りでは動物の音でしょうか、ガサガサという音も聞こえます。……私は、心細くてたまらなくなりました。泣きわめきこそしなかったと思うのですが、その、ぐずっていたと思います。

ーその時です。私の周りに、どこからか現れた霧が立ち込めたのは。私の周りを、白の世界が包みました。


15:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:41:06.22 ID:Ob8vgikR0

今にも逃げ出したいくらい怖かったですけど、以前おじいちゃんが「霧の中にいる時は下手に動くな」と言っていたのをふと思い出しました。私は、じっと、ひたすらじっとその場に立ちすくんでいました。でも、涙はポロポロと零れ落ちています。

「君、迷子?」……不意に、小さな私の頭の上から、女の人の声が聞こえました。涼やかで、美しい声でした。

以下略 AAS



16:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:42:07.85 ID:Ob8vgikR0

「こんな山の中にどうしてワンピース姿の女の人が」…そう、思いますか? そうですね。私も話していてそう思います。でも、不思議とその人に対して私は「こわい」と思わなかったんです。それは、その女の人の声が、とても優しかったから。

私は「うん」と、小さな声で答えました。すると、「そう。それじゃあ私に着いてきて」と、その女の人が手を差し出してきます。私は、おそるおそるその手を握りました。


17:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:43:33.44 ID:Ob8vgikR0

次の瞬間、ふわっと、その人が歩き出しました。そこからは、今思い出しても、不思議な時間でした。私は、霧の中を歩いているというより、雲の上を歩いているような、そんな感覚を抱きました。

自分の足さえはっきりとは見えないような道を、その女の人は私の手を引き右に左にと曲がりながら進んでいきます。

以下略 AAS



18:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:44:50.18 ID:Ob8vgikR0

「着いたよ」。不意に、その女の人が足を止めました。その瞬間、フッと…消えてしまったのです。その女の人の手の感触も…そして、私たちを包んでいた霧も。

カッと…私の目に太陽の光が飛び込んできました。思わず目をギュッとつむると、ポンと、私の肩を誰かが叩きました。

以下略 AAS



19:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:45:20.40 ID:Ob8vgikR0

ギョッとして周りを見渡すと、私はいつの間にか、私の家の門の前に立っていました。山を降りている感覚なんて、なかったのに。…そして、その女の人の姿は、霧とともに消えてしまったのです。これが、私の覚えているあの日の出来事です。

……え? その女の人とお地蔵さんは関係あるのかって? ふふ、それが大ありなんですよ、Pさん。


20:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:46:35.06 ID:Ob8vgikR0

呆然としている私を不思議そうに見ながら「ほら、早く手洗いうがいしちゃいなさい」と言う母が、ふと私の手に目をやって言ったんです。「あら、肇。ご飯食べてきたの?」…私は、ハッとして自分の手を見てみました。そうしたら、ご飯粒が私の手のひらにくっついていたんです。私は、おそるおそる口に含んでみました。間違いない、私の家のおにぎりの味です。

…ふふ。どうです、Pさん。これでわかったでしょう? あの女の人の正体は、このお地蔵さまだったのです。きっと、私がお供えしたおにぎりのお礼に私を助けてくれたんですね。


21:名無しNIPPER[sage ]
2019/08/01(木) 00:47:24.01 ID:Ob8vgikR0

それ以降毎年私は夏になるとこちらのお地蔵さまにおにぎりをお供えするのです。ほら、このように…。「あの時助けていただいてありがとうございます」という、想いを込めて。

ー実はこの話、はじめて他の人に話しました。なんとなく、私の、私だけの大切な思い出にしようと思っていて。本当は今日も私ひとりでここに来ようと思ったんです。でも、ふと思ったんです。


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