13:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 20:46:37.02 ID:u50g9+A20
「同じことなのよ。本当は、気合いを入れる必要はない。ただ読めばいいし、ただ踊ればいいの」
私は席を立つと、少し離れたところでレッスンでやった初歩的なステップを踏んだ。なにも考えずに、鼻歌でも歌う様に。
「さあ、文香。次は貴方よ」
「え……ここでですか?」
「なに驚いてるの。アイドルになったら、もっと色んなところで歌や踊りをやるんだよ? 事務所の廊下でそんなんじゃ、どうするの」
「ほら」と、私は手を差し出した。まだいくらか逡巡していたけど、結局観念した。
私が差し出した手を、文香は添えるように握り返してきた。手を引くと、文香も釣られるように立ち上がる。
手を離すと、もしかしたらまた座るんじゃないのだろうか。そんな心配をしてしまうほど、おぼつかないように見えたけど、そんなことはなかった。
ちゃんと自分の足で文香は立っていた。でも、まだ自信がなさそうで。なにかを訴えかけてくる彼女の瞳を無視して、私はトレーナーさんがやっていたように、手拍子でリズムを刻んだ。
「さあ、文香?」
不満を浮かべながら、逃げ道がない事を悟ったのか。文香は今日レッスンしたダンスの基礎のステップを刻み始めた。
縛っていない長い髪を揺らしながら、長いスカートをふらりと瞬かせ、白い肌は少々赤くなっていた。
そうして刻んだリズムは――お世辞にも褒められたものではなかった。
先ほど、レッスンルームで行ったのよりも酷かった。
本人も自覚があるのだろう。ゆっくりとダンスは減速していくと、やがて立ち止まって、両手で顔を覆った。
「もう、苛めないでください」
「聞き訳が悪いわね。苛めてなんてないわよ」
「楽しそうに見えますけど……」
指の合間から、文香が私を覗き込んできた。
苛めている訳では当然ないが、楽しんでいない訳でもない。それはまた別問題。
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