【ぼざろSS】あなたの温度
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5:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 13:56:43.31 ID:FRtckmfc0
 「……」
 まったく知らない店や民家の横をゆっくりと通り過ぎながら、帰る家があるというのは本当にありがたいことなのだなあとひとりは痛感していた。今までは家にこもりっきりになる負のビジョンを妄想することが多々あったが、引きこもれる家があるだけマシなのだということに、ここに来て気づかされた。
 どうして親を相手に強がってしまったのだろう。どうして今日は傘をもってこなかったのだろう。様々な後悔が濁流のように押し寄せる。
 凍死なんてしたら流行り病にかかるよりよほど悲惨なことになるし、せいいっぱい勇気を出して、本当に誰かに泊めてもらえないか頼んでみようか。頼むとしたら誰がいいだろう。
(虹夏ちゃん……リョウさん……喜多ちゃん……)
以下略 AAS



6:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 13:59:36.20 ID:FRtckmfc0
「どうしたの? 早く帰らないと電車なくなっちゃうんじゃ……」
「あっ、あぅぁぅ……」
「きゃっ、ひとりちゃん!?」
 突然目の前に現れた郁代のもとへ、ゾンビのようにふらふらと近づくひとり。リアルに凍死する未来が頭に浮かぶほど精神的にも肉体的にも追い詰められていたせいか、今のひとりにとっては救いの女神以外の何者でもなかった。
「ちょっと、すごい濡れちゃってる! ギターもあるんだから傘くらい差さないと!」
以下略 AAS



7:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:00:36.28 ID:FRtckmfc0
「お父さんは、今夜はどうしなさいって?」
「……だ、誰かの家に……泊めてもらえばって……」
 とても申し訳なさそうに、目を伏せ気味にぽつぽつと話すひとり。頼るあてを見つけられず、こんな極寒の中で夜を明かせる場はないかとさまよっていたのだろうか。事実だとしてもそんな可能性は考えたくもないが、それより何より、こんなときでさえ頼ってもらうことができない自分に、郁代は歯噛みした。
「どうして頼ってくれないの?」「言ってよ、そんなことくらい!」……思わず口をついて出そうになる言葉は、どれもひとりの心を傷つけてしまいそうだ。
 今のひとりに、必要な言葉。
以下略 AAS



8:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:01:49.28 ID:FRtckmfc0


 はじめて来る、郁代の家。
 そんな感慨に浸る間もなく家に引っ張り込まれたひとりは、玄関で荷物を全部下ろすよう言われ、部屋に案内されるよりも先に脱衣所に放り込まれた。
「とにかくまずは身体を温めないと! お風呂も沸かしてあるし、シャンプーも好きに使っていいから。ゆっくり浸かってね♪」
以下略 AAS



9:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:02:55.42 ID:FRtckmfc0
(もしかして陽キャの人ってこういうことするのが普通なの……!?)
「あっこのシャンプー! もう使った?」
「あっいえまだです」
「最近友達にすすめられて買ってみたんだけど結構いいのよ! イソスタでいつも見てるモデルさんとかもおすすめしててね〜。あっそうだ、よかったら今日は背中流してあげるわね♪」
(ひぇぇぇ……)
以下略 AAS



10:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:04:24.02 ID:FRtckmfc0
 「明日の朝までには乾くようにしておくから」と、着てきた服をいつのまにかすべて洗濯されていたひとりは、郁代の私服を貸してもらうことになり、着せ替え人形としてさんざん弄ばれた。
 パシャパシャと写真を撮られながら、今日という日の感謝に比べればこれくらい耐えてしかるべきと何とかふんばっていたひとりだが、その後に開かれた夕餉の席では喜多家の全力のおもてなしを受け、「郁代がいつも話していたひとりちゃん」に興味津々なご家族による質問攻めに合い、最終的には喜多家の面々によるリクエストを受けて「もうどうにでもなれ」とヤケになりながらギター演奏まで披露してしまい、アットホームな拍手喝采を浴びた。
 上手く演奏できたかどうかもまったく記憶にないまま、この家で唯一の避難場所である郁代の部屋に逃げ込み、その隅にへたりこむ。凍死よりはマシ、凍死よりはマシと自分に言い聞かせ、深呼吸しながら緊張で縮み上がっていた心を少しずつ落ち着かせる。

 郁代に借りた充電器に繋いでおいた自分のスマートフォンを手に取る。いつの間にかすっかりフル充電されており、親からのメッセージも入っていた。
以下略 AAS



11:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:06:02.26 ID:FRtckmfc0
 少しひんやりとする布団に身体をすべりこませ、頭まで毛布を持ち上げる。柔らかくて軽くて、どこか落ち着く匂いがする。すっと目を閉じると、ようやく張りつめていた身体が少しずつほぐれていく気がした。
「電気もう消す?」
「あっ、はい」
 ぱちりと明かりが落とされ、その暗さに安心感をおぼえる。ひとりを踏まないように気を付けながら、郁代はそろそろと自分のベッドに辿り着く。もそもそと布団の上を歩く音、ぱふっとベッドに倒れる音。ひとりは毛布から少しだけ顔を出して、郁代の方をちらっと見てから、また顔を覆った。まだ闇に慣れていない目は表情までとらえることはできないが、そのシルエットを見るだけでも、なんだかほほえましい気持ちになった。
(友達のおうちに、お泊まり……)
以下略 AAS



12:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:07:21.95 ID:FRtckmfc0
 郁代がどんな寝顔をするのか、少しだけ見てみたい。ひとりは顔まで覆った毛布に手をかけ、少しだけまくって郁代の方を見てみた。
「……えっ」

「あ、ごめんなさい」
「なっ、ななななんでこっち見てるんですか……」
以下略 AAS



13:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:10:24.68 ID:FRtckmfc0
「今日の練習……本当にごめんなさいね」
「えっ」
「もうすぐ本番だっていうのに……みんなの足引っ張っちゃって……」
「いや、喜多ちゃんが悪いわけじゃあ……!」
「ううん、自分でも納得いってないの。ギターも歌も……本当にまだまだだなって感じる、最近」
以下略 AAS



14:名無しNIPPER[sage saga]
2023/01/07(土) 14:11:07.09 ID:FRtckmfc0
「……今日本屋に寄ったのもね、実はそのあたりの迷いを払拭できるかなって思ってのことだったの」
「そういえば……どんな本を買ったんですか?」
「ううん……結局見つからなかった。たぶん古い本なのよね。新書ばかりの本屋さんにはないみたい」
「タイトルは……?」
 郁代が一呼吸おいて、そっと呟く。
以下略 AAS



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