【艦これ】ex.彼女

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236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/07(土) 07:39:31.48 ID:fbB/wodk0
乙!
相変わらず楽しかった!
この憲兵なら信頼できるし駆逐達にモテモテとかもみたい
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/07(土) 07:40:02.94 ID:fbB/wodk0
ごめん上げちゃった
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/07(土) 08:51:59.42 ID:IM0xowK/O
乙!
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/10(火) 10:18:30.42 ID:RBughahA0
乙おつ

いつも楽しませてもらってるよー
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/12(木) 22:02:51.39 ID:2ovVu42DO
いいねぇ
241 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:13:35.88 ID:XKVR9cgVO


「こんにちわー、○○運輸ですー!」


憲兵の仕事も色々あるが、その中に出入り業者の監査もある。
基本身元の確認だけど、その流れで何の業者かも分かるんだ。

ここはネット通販使う奴も多いから、運送屋が来るのはいつもの事。
でも今日のトラックは、いつもとちょっと形が違う。

今回来たのはいつもの運送屋の、引越し部門の方。
そうだ、この日がやって来たわけだ。


今日、遂にづほが引越してくる。


242 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:14:23.01 ID:XKVR9cgVO



第12話・山と風を合わせたら


243 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:16:02.27 ID:XKVR9cgVO

業者は来たが、肝心のづほはまだ来てない。
何でも空いてる艦娘何人かで来るって言ってたが……お、あのちっこいのはづほの車だ。やっと来たか。

「お待たせー。」

「やっと来たか。」

「こっち搬入口だよね、普通の駐車場どっち?」

「そっちの通路抜けるとあるぜ。
今日他に誰来てる?人数分許可証出すから。」

「まず私よ。」

声のする助手席の方を覗くと、加賀さんがいた。
まず?他に誰かいんのかと後ろの方を覗くと…


「……兄ちゃん、久しぶり…。」

「お前は…山風じゃねえか!久しぶりだなー!」

「うん、づほ姉のお手伝いに…。」

244 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:17:17.45 ID:XKVR9cgVO

山風は、前いた所で面倒見てた艦娘だ。
引っ込み思案な奴で、最初は大変だったっけ。

前んとこの提督、見た目だけはかなり怖い人でな。
提督が懐いてもらえなくて困ってた時、何でかづほと俺に世話を頼まれたってわけ。
…何で俺らなんですか?って理由聞いたら、「憲兵がお兄さん役、瑞鳳がお友達役で〜」って言われて、づほがマジギレしたって事もあったけどな。

そこから二人で面倒見て、その甲斐あってか今は他の連中にも馴染んでくれた。
俺もづほも末っ子だから、本当妹が出来たみてえだったなぁ…可愛い妹分の一人って奴だ。

「相変わらずもっふもふだなー、前より髪綺麗になったんじゃねえか?」

「えへへ…づほ姉にお手入れ教えてもらったの。」

「そうだよー。髪は女の命だもん!」

「良かったなー。でも大丈夫か?俺もづほもいなくて。」

「…うん…大丈夫!皆いるから!」

そうにこっと笑ってくれた時、思わずホロリと来たぜ。
…娘を育てた父親って、こんな気持ちかな…俺、泣きそうなんだけど。

「あ、じゃあ私車停めて来るから先降りてて。
__、誘導お願ーい。」

「あいよー。オーライ、オーライ…」

245 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:17:55.61 ID:XKVR9cgVO







「……兄ちゃんとづほ姉の邪魔する奴、嫌い……。」







246 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:20:46.35 ID:XKVR9cgVO

「すいません、運ぶ部屋って何号室ですか?」

「あ、はい。えーと…。」

業者の案内の為に、俺は部屋割りのプリントを広げる。
これは業者の迎えに行くギリギリの時、眼鏡に改訂版だと渡された奴だ。
まだ俺も確認出来てねぇんだよな…づほの部屋は……。


『304・瑞鳳』


アレ?疲れ目かなー。 ちょっとこすって……。


『304・瑞鳳』


……現実とは非情である。


「……この3階の、304号室ですね。エレベーターはあっちです。」

「分かりました。みんなー、じゃあ始めるぞー。」

リーダーと思しき人の号令と共に、トラックから次々と荷物が運ばれて行く。
づほはそれをにこにこと、俺はこないだのサンマ霊の如く死んだ目で見守っていた。

「………なぁ、部屋割りってもらってる?」

「うん!翔鶴さんの隣だよね。」

「……揉めない?」

「大丈夫、悪い人じゃないのは分かったから。ただ…」

「…ただ?」

「…__にまたイタズラしたら、何かしちゃうかもねぇ…?」

「俺の頭上で戦争はやめてね!?」

出動どころか、俺の救出劇になるわ!!

どいつのプロデュースだ畜生…提督か?それともあの眼鏡2号か?
やってくれたなー…あのドSトリオはよ…。

「……兄ちゃん、顔怖いよ?」

「…ああ、何でもないぞー山風。」

……っと、怖がらせちまったな。
あやそうと頭を撫でてやると、にへらと猫みたいな顔をしてた。
そうだ、今日は山風や加賀さんもいる。顔合わせても、いつもみたいに揉めたりしねえだろ。

「もー本当可愛い!山風ー、づほ姉いなくて寂しくなーい?」

「うん、大丈夫…。」

「うーん!今の内にいっぱいぎゅーしてあげるからねー!」

「ははは、づほ、山風顔潰れてんぞ?」

づほも本当山風大好きだもんなー。
実際寂しいのづほの方じゃねえか?私は妹欲しかったって、何かと駆逐の子達構ってたし。


……ん?そう言えば『あいつ』って…。

247 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:22:32.45 ID:XKVR9cgVO

さて、そうこうしてる内に搬入が終わった。
眼鏡からも行って来いと言われ、俺も荷解き手伝う事に。
家具のセッティングは俺と加賀さんがやるとして、山風はどうしよう。

「じゃ、山風はづほ姉と一緒に段ボール開けてこっか?」

「…うん、頑張る…!」

「お、バンダナ巻いてんじゃん。やる気だなー。」

次々と荷物を出しては、それらを指定の場所へ入れて行く。
こっちも家具周り終わったし、小物開けてくか。

「づほー、この衣類って書いてる箱どうする?いくつかあるけど。」

「あ、それ一回出さないとダメね、冬物と夏物分けるから。」

「了解、とりあえず開けるわー。」

「……あ!……ちょ、ちょっと待って!!」

……言うの、遅えよ。

止めに入られた時には、もう段ボール開けた後。
で、俺の視界に真っ先にこんにちわしてきたのは、四角く小さく畳まれた色とりどりの布地達と、大体そいつらと同じ柄した何某で。

…ああ、なるほどね。確かに小さい物から上にするわな。

「……づほ、下着は別にしとこうな。」

「見ないでよもー、それに入れたの忘れてたんだって。」

「じゃ、こいつは後だな。仕舞う時声掛けてくれ、出てくから。」

「……ちょっとは慌ててくれてもいいじゃん…。」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ。」

248 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:24:18.03 ID:XKVR9cgVO

その後も淡々と作業は進み、3時間もすれば部屋のセッティングは終わった。
今日は提督が出張で、挨拶は提督が帰って来てから。
ちょっと一休みするかぁ。

「皆待っててくれ、何か持ってくるわ。」

「いいの?ありがとー。」

引っ越しの手伝い決まった時、事前に茶とお菓子を買いに行ってたんだ。
たまにゃ都合の良い偶然もある、用意した中には山風の好物もあった。

「お待たせー、茶も冷えてるぜ。」

「ありがとう…あ!ウエハースだ!」

「そ、懐かしいだろ?」

妹分の嬉しそうな顔が見れて何よりだ。
何でか山風はこのやっすいウエハースが大好きで、よく一緒に食ってたのを覚えてる。

へへ…目えキラキラさせてまぁ。

「山風、本当それ好きだよなー。」

「うん…兄ちゃんとづほ姉が、最初にくれたから。」

世話係なんて言われたものの、俺らも最初は「構わないで」と嫌がられてた。
それでどうしたもんかとづほとベンチで話してる時に食ってたのが、このウエハース。

噂をすれば何とやらで、そこに山風が通りかかったんだよ。
小腹が空いてたんだろうな、チラッと見てきたもんだから、「食べるか?」って声掛けてみたわけ。
そこでゆっくり話す機会を得て、少しずつ心開いてくれたんだよな。

……泣かせるなよ、オイ。


「山風〜!!づほ姉嬉しいよおおおお!!」


…ってもう号泣してる奴がいたよ!

249 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:26:10.87 ID:XKVR9cgVO

「づほ、そんなすりすりすると山風減っちゃうから…。」

「大丈夫よ、いつもの事だもの。」

「……因みにやるのはづほだけでしたっけ?」

「そうね、すりすりは瑞鳳だけよ。
……私は、山風は抱いて寝る派だもの。」

「加賀さん、よだれ出てます。」

そうだ、山風大好き芸人がもう一人いたよ。

ま、何だかんだ愛されててホッとしたなあ…一時はどうなるもんかと思ったけど。

「お疲れ様です。」

そんな平穏を壊すように、ドアが開く。
入って来たのは元カノ…一気に俺の中を緊張が駆け抜けた。

頼む、揉めるなよお前ら…。

250 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:27:38.81 ID:XKVR9cgVO

「翔鶴さん、ご無沙汰してます。この前は助けていただいてありがとうございました。」

「いえ、気にしないで…こっちこそ、沢山ひどい事を言ってごめんなさい。」

「いえいえ、私も短気でしたし…今日からお世話になるので、今後ともよろしくお願い致します。」

「…ええ、こちらこそ!よろしくね、瑞鳳ちゃん。」

……怪我の功名って奴かな。
こないだ話した件で、あいつもづほのコンプレックスについて感じるものがあったらしい。
話せば分かる奴なんだよなぁ…話聞いてもらうまでが、ちょっと大変ではあるけど。

「ねえ、この子は?」

「こいつか?山風って言うんだ。前の所の子で、手伝いに来たんだよ。」

「……!!」

「…怖がられちゃったかしら?」

「山風は引っ込み思案だからな。大丈夫だぞー、怖くないから。」

「ふふ…山風ちゃん、おいで?」

恐る恐ると言った体で、俺の背中に隠れてた山風はあいつへと近付いて行く。
撫でて…おい、いきなり抱っこかよ。
づほの時結構苦労したけどなぁ…さすがは姉属性って事か。

ん?待て、確かあいつは…。

「…ハァ…よしよし、怖くないわよ?…ハァ…ハァ…。」

「おい…。」

「何かしら?」

「とりあえずよだれを拭け。」


出たよシスコン、転じてロリコン。

251 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:30:10.07 ID:XKVR9cgVO

忘れてた…こいつは重度のシスコンだ。
で、山風は娘ないし妹属性にステータス全振りしてるような奴。

こいつの『最愛は』実妹の瑞鶴ではあるが……それ以下の妹属性に該当する子にも、こいつは充分反応する。年齢問わずだ。
つまり、ちょっとシスコン超えてロリコンの気があるんだよ…こいつの妹センサーが反応した相手に対しては…!

「ふふ…ジュルリ……ハァ…ハァ…本当可愛いわね…。」

胸に埋められた山風は、苦しいのか、或いは邪気を感じてビビってるのかプルプル震えていた。顔見えないのに。
そんな山風を尻目に、あいつは心底嬉しそうに山風の髪を舐め回すように撫でている。

落ち着け俺、まだ愛でてるだけだ…憲兵さんのお仕事はまだ…でも手錠はしっかり準備だ。

『ポタ…。』

そう葛藤していた時、俺は確かにその水音を聞いた。

丹頂鶴とは白、黒、赤で構成される。

白はあいつの服。
黒は現在欲望に濁ってるあいつの心。

で…今目の前にある赤とは。
あいつの白い服の胸元にボタボタと広がる真っ赤なシミの事…ついでに目が椎茸だ。

こいつ…鼻血出してやがる…!

「正規空母・翔鶴。」

「何かしら?改まって。」

「……未成年者への淫行未遂により、貴様を確保する。」

「……可愛い妹を愛でる、それの何が罪だと言うの?」

「てめえの欲望ダダ漏れの鼻に聞けこの野郎!」

「ダメよ!私の心はもう確保されてるの!山風ちゃんに!」

「自重なさい五航戦。」

「へぶぅっ!?」

さすが加賀さん、えげつねえ逆水平チョップだ…。

252 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:32:10.97 ID:XKVR9cgVO

「兄ちゃん……。」

「よしよし、怖かったなー。」

「ど…どうしてなの…。」

「その血と欲望に塗れたツラ鏡で見てこい。」

「あ、あはは…気持ちは分かるけどねー。」

「づほ、そこは分かり合うな…。」

あーあー、山風の奴、腰にぴったり引っ付いて離れねえ。こりゃ大分ビビってんな。
元カノの方はと言えば、懲りずに山風に笑顔を送ってる。

「ふ、ふふ…山風ちゃん…お姉ちゃんと遊ぼ…?」

「………嫌。」

「……ぐはっ…!」

「……おばさん、嫌い。べーだ。」

「……お、おば…おば………おぼぁっ…!」

暴言で吐血して血涙まで出す奴、初めて見たわ…。
でも珍しいな、山風がここまで敵意剥き出しにするなんて。

253 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:34:55.46 ID:XKVR9cgVO

「こらこら、おばさんは言い過ぎだろ?」

「だって…あいつ、づほ姉いじめたから嫌い。」

「ああ、この前の騒ぎを聞いたのかしら?一部の子達がこっそり見てたみたいだけれど。」

「…アレ、見られてたんですか?」

「瑞鳳があなたと飲みに行ったって事は、皆知ってたもの。
夜戦明けの子が見てたみたいね。」

「山風ー、づほ姉あの事はもう怒ってないよ?ほら、翔鶴お姉ちゃんと仲直りしよ?」

「……づほ姉は、兄ちゃんのお嫁さんになるの。」

「「はい?」」

「……づほ姉、兄ちゃんにキスしてたもん。」


その瞬間、確かに空間が割れた。


「………瑞鳳ちゃん…。」

べチャリと音を立てながら、血だるまの顔面で奴がぬるりと立ち上がった。
確かに笑顔だ…にたぁ……って擬音が見えるぐらいに…。

「……どう言う事か説明してもらってもいいかしらぁ…!?」

幽鬼だ…白髪の幽鬼がいらっしゃるうううう!?

「山風!言葉!!言葉足りてないから!!」

「ひいいいいいいっ!?ちちち違うの!あ、あ、あ、アレはね!」

「……アレは、何なのかしら?」

「……いや、うん、そのー…確かにキス、したけど…。」

「おめーも言葉足りてねえよ!?」

「………有罪。」

語尾にハートマーク付きそうな言い方が余計怖え!!
そんな血塗れのツラで俺らを見るな!!きょ、恐怖で上手く説明が出来ねえ!!


「……そう言えば、確かに瑞鳳がキスしたわね。

その場にいた全員に。」


LADY KAGA……あんた、GODや……!!

254 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:38:21.81 ID:XKVR9cgVO

「……どう言う事ですか?」

「瑞鳳は少し酒乱の気があるのよ。
ある時うちの整備さんが、彼女の浮気で別れてしまった。そこで励ます為に飲み会が開かれたの。

そこで“だったらてめえなんか忘れてやらぁ!ってキスマークでも見せ付けてやれー!”
…と、何故か瑞鳳が口紅べったり付けて、全員の頬に無理矢理キスして回った。男女関係無くね。」

「……で、俺が取っ捕まって餌食になった所を、たまたま山風に見られたって訳さ。
あん時ゃ大変だったぞ…愛宕さんの顔とかキスマークだらけだったし…。」

「……いやぁ、お恥ずかしい…。」

「因みにその時の瑞鳳の写真がこれよ。」

「ぷっ!?ふふ…アナゴさんみたい…。」

「こんなんが迫ってくんだぞ?全員鼻水吹きそうになりながら逃げ回ったわ。」

はぁ…危なかった〜……。

づほのアナゴさん面がツボったのか、あいつもしばらくクスクスと笑ってた。
…こいつも顔面、血塗れだけど。

「……そう言う事だったのね。瑞鳳ちゃん、少しお酒は控えた方がいいわよ?」

「はーい…いつも日本酒飲むと楽しくなっちゃって。」

「基本飲み会の半分は覚えてねえもんな?」

「言わないでよもー。」

マジで怖かったー……。
…ん?そう言えば山風どこ行った?


「ハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイ……」


あら、隅っこでガッタガタ震えてる…。

255 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:41:06.40 ID:XKVR9cgVO

「……山風ちゃん、大丈夫よ?」

「…ひっ!?ぶつよ!?ぶつからね!?」

「もう怒ってないから、ね?」

「………。」

あいつが打って変わって優しく微笑みかけると、山風は恐る恐る近付いて行く。
それで今度は普通に、ぽすんとあいつの胸に抱かれて行った。

……あんだけビビらせたのに手懐けるなんて、さすがの姉力だな。 鼻血拭いてねえが。

「……づほ姉の事、いじめないでね。」

「うん、もう大丈夫。あなたもお友達よ。」

「…うん、よろしく。翔鶴お姉ちゃん。」

「……お姉ちゃん…ふふ、ふへへ……。」

「これを使いなさい、五航戦。」

「ぶべっ!?」

箱ティッシュ掌底…うん、加賀さん正しいわ。

256 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:42:16.72 ID:XKVR9cgVO

「………山風、寝ちゃったねー。」

「ちょっと疲れてたんじゃねえか?慣れない所苦手だし。」

いつの間にやら、山風は俺の膝を枕に眠りこけていた。
づほか俺の膝で寝るのが好きなんだけど、決まって俺らの間に挟まるんだよな。

俺とづほで頭や肩を撫でてやると、気持ち良さそうな寝息が一層深まる。
癒されますなぁ…本当、可愛い妹分だよ。

「このタオルケット掛けてあげて。」

「ありがとう、お前は撫でなくていいの?」

「ふふ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが揃って嬉しかったんでしょう。邪魔出来ないわ。
小さい頃の妹を思い出すわね…久々に膝枕でもしてあげようかしら。」

「本当仲良いよなお前ら。」

「ええ、自慢の妹だもの。」

「お姉ちゃんと言えば、__のお姉ちゃん元気?」

「…元気も元気、あのバカは不死身だよ。」

「会ってみたいなぁ……あ、翔鶴さん、お手洗いの場所教えてもらっていい?」

「ええ、付いてきてちょうだい。」

あいつらが出て行くと、部屋には俺と山風だけになった。
加賀さんはお淀と話に行ってるし、部屋の中には山風の寝息だけ。


「……兄ちゃん…づほ姉…大好き…。」


ふと聞こえた寝言に嬉しさを覚えつつ、改めてちょっと心配にもなる。
そんな事を考えてる内に、膝の暖かさに俺もうたた寝してしまっていた。


257 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:44:21.66 ID:XKVR9cgVO



「…ふふ。」

「……何よー、人の顔見て。」

「あ…ごめんね、ついさっきの写真が…。」

「…あの後皆、ぶるるあって言ってとかすごかったわ。口紅、半分ぐらい減ってた。」

「……実際は、どこから酔いが覚めてたの?」

「描いた唇が滲んだぐらいから。」

「じゃあ確信犯ね、やるじゃない。」

「……うん、あれだけ皆と追いかけっこしたらね。
あいつ、最後の方まで逃げ回るんだもん。」

「取っておいたの間違いじゃなくて?」

「それは秘密。」

「…ごめんなさいね、今までひどい事を言って。」

「ううん、私も煽ったもん。おあいこ。
……あなたの事、嫌いじゃなくなったわよ。」

「私もよ。」

「ふふ…翔鶴さん、これからよろしくね。負けないんだから。」

「こちらこそよろしくね。簡単には勝たせてあげないわよ?」


258 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:46:53.28 ID:XKVR9cgVO

「じゃあ加賀さん、ありがとうございました。
山風もありがとな、助かったよ。」

引っ越しも終わり、二人の帰る時間になった。
あっちの別の艦娘が迎えに来て、あの車に乗ったらしばらくお別れだ。

「…づほ姉、兄ちゃん…。」

山風は名残惜しそうに、ぎゅっと俺らに抱き付いて来た。
可愛い奴だな本当…でも、ひとり立ちしないとな。

「山風、今日からづほもいなくなるけど…俺らがいなくても大丈夫か?」

「………。」

一瞬シュンとした顔をしたけど、あいつはすぐにまっすぐ顔を上げて、こう言ってくれた。


「…大丈夫!あたし強いから!」


よく出来ました、最っ高の笑顔だ。


259 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:48:15.33 ID:XKVR9cgVO

こうしてちょっとした嵐もあったが、何とか引っ越しは終わった。
そろそろ提督も帰ってくるな…次は挨拶か。

結果、この日はまだまだ長かった。

俺の時は異動シーズンだったが、づほの異動は季節外れに決まった。
だから俺の時は他の連中が来るのを待ってやった事で、づほの場合はすぐやる羽目になった事がある。
その答えは…。

……勿論やらかしてくれました。他ならぬづほがな。

夜はまだまだ長い。


260 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:48:53.29 ID:XKVR9cgVO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 07:38:00.76 ID:XOd5uIMjO
乙です
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 09:48:35.27 ID:IrPXt73aO
づほも山風も可愛い
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 14:20:30.40 ID:ahT2zDo0o
護りたい
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 15:07:41.50 ID:c67Lj+Vl0
良かった… 闇風なんていなかったんや…

いないよね??
265 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:21:45.27 ID:0ZeZi5buO

「じゃ、俺詰所戻るから。提督が戻ったら大淀さんって人が来ると思う。」

「うん、行ってらっしゃーい。」

づほと別れて一旦詰所に戻ると、眼鏡がいない。
どこ行ったー?と見回せば、机に書き置きが置いてあった。

『少々買い出しに行ってくる。』

ん?何か切らしたっけな?
で、よく見ると書き置きの下が不自然に折られてたんだ。そいつをめくってみると…。


『今夜はパーリナイ。』


この時俺は、何かを悟ったのである。

266 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:22:22.52 ID:0ZeZi5buO




第13話・卵、爛、乱



267 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:23:19.02 ID:0ZeZi5buO

「では、瑞鳳より挨拶をどうぞー。」

「軽空母の瑞鳳です!今後ともよろしくお願い致します!」

提督が戻ってくるなり当然のように始まったのは、歓迎会…と言う名の飲み会だった。

テーブルに並んだ酒は、眼鏡が軽トラ転がして買ってきたもの。
瓶ビールに混じり、何か日本酒、焼酎、カルーアと危険なスメルを放つ物も混じっている気がする。4月の歓迎会の時は無かったラインナップだ。

あれー…どれも過去にづほがやらかした種類ばっかな気がすんだけど…。

「……大淀さん、さっき加賀さんと何話してたんですか?」

「瑞鳳さんに飲ませない方が良いお酒についてですね。」

「……そのNGの方に沿ってるんですけど。」

「何か楽しそうな事を前にしての“絶対に押すなよ”って、壮大なフリですよね?」

「本当に押してはいけない場合は?」

「いいえ、限界です。押します。そちらの方が楽しいのであれば。」

「手拭いとドラム缶、準備しときますね。湯温は45℃で。
あんたの濁りきった心の眼鏡、しっかり洗浄して下さい。」

……ここのラスボス、提督じゃなくてこいつじゃねえか?

268 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:24:38.36 ID:0ZeZi5buO

「では、乾杯!」

不穏な物を感じつつ、酒宴は始まった。
頼むぜ、初日でヅホラは勘弁してくれよ…在来線爆弾の如く憲兵さん突貫とかシャレにならん。

まずは初対面の艦娘と積極的に話してるらしい。
元カノと妹はあいつの酒癖理解してるとして、後危険な奴らは……。

「ひゃっはー!!新人ー、あたしとも飲もうよ!」

…おっとやべーのが来た。
軽空母の先輩格…あ、早速注いでる…。

「これはどうも。いただきます…ぷはー…美味しいですね!」

「お、行けるクチだねー。」

あ、意外とガツガツ飲ませないのね…人には勧めないタイプか。
成る程、プロの酔っ払いって所ね。酒の加減を分かってる。
後もう一人、危険人物は…。

「あついですぅ〜」

「ポーラ!貴様は服を着ろ!」

はは…絡む前にアウトだよ。
OK、今日は心配なさそうだな。これならづほも羽目外す事はねえだろ……慣れてきてからが怖えけど。

「心配?」

「……まぁ、お前も知っての通りな。」

「そう……随分大事にしてるのね?」

「大事(だいじ)ってより、大事(おおごと)の懸念だけどな。
前んとこから頻繁にサシ飲みしてる仲だからな…親友であり、酔ったら手の掛かる妹って感じだよ。」

「……それ、瑞鳳ちゃんに言わないようにね。」

「何で?」

「刺されるわよ?」

「何でだよ…。」

づほを監視してるのを察したのか、元カノはそのまま他の奴の所へ行ってしまった。
さすがに大丈夫そうかな…そう思った俺も、ひとまず近くの奴らと飲み始めた訳だ。監視は緩めずな。

269 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:26:14.52 ID:0ZeZi5buO

15分経過

「きゃははははは!!」

笑い声が高くなる。まず危険ゾーン第一形態。

そこから15分経過

「私だってねぇ、×××酒出来るぐらいは生えてるよ!」

えぐい下ネタが出始める。ここで危険ゾーン第二形態。

更に15分経過

「ポーラちゃん…揉んでみてもいい?」

おっぱいマイスター出現。危険ゾーン第三形態突入。
そろそろやべえかな…ん?

「もしもし?どうしたお袋。」

止め時かと思った矢先、ここで親から電話。

それで廊下出て15分ぐらい話して、宴会してた部屋に戻る。
だが…づほがいた方を見てみると、どうもこの部屋自体に姿が無い。

「あれ?づほってどっか行った?」

「あ、キッチン借りるって出てっちゃいましたよ。おつまみ振舞いたいって。」



…………マジで?


270 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:27:13.23 ID:0ZeZi5buO

「憲兵さん、どうかしましたか?」

「………お前ら、今すぐ逃げるぞ。」

…何てこった…最悪の事態だ。ヅホラ第四形態すっ飛ばして、第五形態が覚醒しようとしてる…!
ああ、そう言えばさっきの荷物、調理道具に混じって何かヤバそうなのあったなぁ…。

「みんなー!お待たせー!」

はは…天使みたいな笑顔だろ?でも所業は悪魔なんだぜ。
づほが持ってるお盆には、皿が6枚…そこにあるのは『赤い』ブツ…。

そう、極められたスキルによって作られた、極めて美味しそうな卵焼き。
赤いと言う不自然ささえ超越する、見た者の食欲を刺激する完璧な焼き具合…。

…でもな、酔ってるづほのおつまみは…本当にヤバいんだよ…!!

271 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:28:45.62 ID:0ZeZi5buO

「みんな…私の作った卵焼き……食べりゅ?」

「「「食べりゅうううう!!!」」」

皆さん、逃げりゅと言う選択肢は無いんでしょうか?
ありゃトマトかケチャップ混ぜ込んでるな…でも本当にやべえのは…。

「翔鶴さん、食べてみてー。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…。」

皆美味そうなもんを見る目だ…止めらんねぇ…。
6カットが6皿…確率36/6……不幸体質のあいつが引く確率は…。


「モグモグ……ふふ…。


何で…私ばっかり……。」

「翔鶴姉!?」


ドサ…と力無く元カノは倒れた。
唇パンッパンに腫れてやがる……当たり引いたか…。

そうだ、前んとこではづほだけ『飲んだら料理禁止』ってルールが出来たんだよ…。
……これがロシアンたこ焼きならぬ、ロシアン卵焼きだ…!!

272 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:30:47.12 ID:0ZeZi5buO

「ふふ…確率36/6でこれは当たりがあるの。飲みの余興には持って来いってね。
他はケチャップ入りの美味しい卵焼きだよ?」

「へえ、面白そうだねー。」

「ああ、実に面白そうだ。」

食い付くのかよ!?
ああもう、つくづくイカれてやがるぜここの連中はよ…!

「……なぁ、づほ。今回は何入れた?」

「えっとねー、ウルトラデスソースでしょー。それとね、ジョロキアパウダー!」

「……因みに、ジョロキアは普通の?」

「勿論ブートの方よ!辛いは美味い!」

甘いのと辛いの両方行ける奴、たまにいるよね…。
づほはまさにそのパターンで、スイーツ好きでもあり、一方でカップの担々麺にデスソース掛けて食う女。

「ふふふ…ではこの磯風に任せてもらおうか。」

バカが来たよ!!

おい未成年、お前さっきからジュースだけのどシラフだろ。
また豪快にフラグ立てたな…躊躇いもなく掴んで…逝った!!


「……ふむ、大した辛さではないな。」


あれ?


273 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:32:03.71 ID:0ZeZi5buO

「……なぁ磯風、お前味見って覚えた?」

「勿論だ。この磯風、同じ失敗はしない。
最近また研究していてな…今度は約束通り、美味いものを兄ぃとあなたに振舞えるぞ。」

……意外な所で危機が発覚。こいつ味オンチか。
じゃあこの前のアレ、そんなんでもブっ倒れるブツだったって事か…う、思い出すとケツが痛ぇ…。


「ねぇ、__…。」


あまーい声の方に振り向くと、俺の目にはまず赤が飛び込んで来た。
その延長線上をなぞると……。


「私の卵焼き、食べてくれりゅ?」


茶髪の悪魔が、天使の笑みを浮かべておりました。


274 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:34:12.62 ID:0ZeZi5buO

疑問形じゃなく、懇願で来ましたか…。
拒否れねえ…酔ってるづほ相手に拒否ったら、泣く悪寒しかしねぇ…。

恐る恐る箸を伸ばす…気付けば半分近くに減ってるが、当たり引いたのは元カノと磯風のみ…。
現在確率は18/4、行けるか…行けんのか…!?

震える箸先は卵焼きを掴む。
何てスロウな世界なんだろう、今まさに俺は単騎で戦艦に立ち向かう駆逐艦の如し。
さぁ…箸が卵焼きを持ち上げ……

……ふ、二つ繋がってやがるだと…!?

ああ、こんな所で酔っ払いの雑な包丁発揮。
なのにづほは甘える猫の如く期待のこもった視線。
うん、何かもう辛い!漂ってくる匂いが痛いぞ!これ当たりじゃん!シャッフルしてる意味ねえじゃん!


「………食べて、くれないの?」


小首を傾げんじゃねえ、周りの視線が痛えじゃねえか…。
さっきまで電話してたディアマイマザー…先立つ不孝をお許し下さい。


「た、食べりゅううううう!!!」


この後、辛さ故に寒さを感じる貴重な体験をいたしました。
最終的にほぼ失神し、後の事は目覚めるまで覚えておりませんでした。

275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:35:31.01 ID:0ZeZi5buO

俺は霊感持ちですが、この時成仏したはずのおばあちゃんが見えました。
川の向こうでまだ来るなと叫ぶ声に素直に従い、目覚めたらそこはづほの膝。

づほは酔っ払って寝ておりましたが、どうやら俺は甘えるような体勢で横になっていたようです。

起きて最初に目が合ったのは、それを見ていた元カノ。
視線だけで先ほどの川へ還ってしまいそうになりました。うわあ、幽霊より怖えや。

そんな幽霊より生身の方が怖えと常々思う俺ですが。
この後日、この霊感のせいで再び大変な目に遭うのでした。

その過程で、眼鏡こと憲兵長の秘密を知る事となるのです。
ついでに、馬鹿は死んでも治らないという事も学習するのでした。

それと…艦娘を守る憲兵としての心意気を、改めて学ぶ事にも。




追伸

翌日、遂に痔主デビュー致しました。




276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:39:08.72 ID:0ZeZi5buO
今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 06:52:19.30 ID:UjURNjs7O
蘭子「混沌電波第178幕!(ちゃおラジ第178回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1532984119/
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 07:14:14.91 ID:KLKxUwLW0
乙!
つボラギノール
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 08:58:32.27 ID:Jn1+vy0OO
乙!
(分数って分子/分母じゃないっけ)
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 10:36:25.87 ID:vwDJZ8EhO
乙w
最高www
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 13:25:31.55 ID:LyHLSh2A0

楽しみにしてます
282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:13:53.88 ID:FNcDH7ajO

「……はぁ…。」

俺のケツにはドーナツクッション…ならぬ、通称浮き輪さんと呼ばれる怪しいものが敷かれている。
とある艤装建造の過程で出来た副産物らしいが、何でも元は深海のなんだとか。
妖精が悪ノリで作ったなんて噂もある。

分析してみてもただの浮き輪だったらしいが、手足やツノが生え、口も付いてる何とも言えないデザイン。今にも喋り出しそうだ。
先日痔主デビューしちまった俺は、注文したクッションが届くまでこいつを使う羽目になった。

本日は事務作業多め。
現在俺は、そいつを敷いて眼鏡と二人で仕事をこなしている。

283 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:15:06.07 ID:FNcDH7ajO






第14話・仄暗い水の底から来たる奴-1-





284 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:17:21.92 ID:FNcDH7ajO

「……さて、休憩にしようか。」

「あれ?もうそんな時間ですか?」

時計を見れば、もう15時だ。
午後休憩はいつもコーヒーでも飲みつつ、眼鏡と取り留めも無い話をして終わる。

「くくく、座り心地は快適そうだな?」

「冗談じゃねえっすよ。今にも動き出しそうで気持ち悪いです。」

「まあ、クッションが来るまでの辛抱だな。当面はそいつで耐えるしかあるまい。」

「お陰さんで通院に時間取られて、こっちの道場決まるのが伸びそうですよ。なまっちまう。
あ、磯風が新作の研究してるって言ってましたよ。その暁には、憲兵長も俺の苦労が分かるんじゃないですかね。」

「大丈夫だ、もはやあの子の料理で私の腹は鉄壁、せいぜい下す程度だ。
あの子が幼い頃から喰わされて来ているからな。」

「誇る事じゃないでしょう。」

座り心地自体は悪かねえが、とにかく落ち着かねえ。
ストレス溜まるぜ、道場行きてえなぁ……あ、そう言えば眼鏡に訊いてみたい事あったんだ。

285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:18:34.03 ID:FNcDH7ajO

「そう言えばちょっと訊いてみたかったんですけど、あんたの強さの秘密って何なんですか?」

「私か?年の功と言う奴だ。」

「28で何言ってんすか。もっと具体的には?」

「…柔術を小さい頃からやっていたが、そこに軍式格闘術を加えただけさ。貴様も似たようなものだろう?」

「それだけですか?にしちゃあやたら強いですけど。」

「正確には、貴様とは育ちが違うからな…私は元・陸軍特殊部隊だ。」

「特殊部隊!?エリート中のエリートじゃないすか!?何でまた憲兵に…。」

「………聞きたいのか?」

この時初めて、眼鏡のバツが悪そうな顔を見た。
こいつがこんな顔するって、何なんだ?


「そうだな……私の個人的な話にはなるが、憲兵としての参考にはなるだろう。」


触れるべきか迷ってる内に、眼鏡はふー、と一息吐くと、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、昔の女の話さ。」

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:20:19.35 ID:FNcDH7ajO

私が軍人になりたての頃か。

その当時はまだ新兵、今後どうなりたいかもおぼろげな頃さ。
最初に配属された部隊で、ある女に出会った。

「君も同期でありますか?よろしくお願いするであります。」

「ああ、よろしく。」

「ふふふ、何とも辛気臭い面構えでありますなぁ。まあ肩の力を抜いて、酒でも飲むであります。」

「何だと貴様。」

真っ白な肌に、古臭い軍人言葉。そのくせよく毒は吐く。
変な女と言うのが第一印象だったな。

「__!!このスピードでは弾道がブレるであります!!」

「馬鹿者!!そこを見極めるのが砲手だろう!?」

「おめーら車長の俺を無視すんじゃねえ!!」

最初は戦車の訓練でコンビを組まされたが、しょっちゅう喧嘩ばかりしていたよ。
車長の教官によくゲンコツを喰らっていたものさ。

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:22:36.31 ID:FNcDH7ajO

最初は喧嘩ばかりだったが、その後も様々な訓練でコンビを組まされた。
野営に格闘術、果ては座学に至るまで。事あるごとに顔を合わせては、お互い遠慮の無い関係になっていった。

「__は、どうして軍に入ったのでありますか?」

「そうだな…ただの腕試しさ。自分がどこまでやれるか知りたくてな。」

「くくく、あなたらしいでありますなぁ。」

「そう言う貴様はどうなんだ?」

「自分でありますか?

そうですなぁ……人を守る職に就きたかったからであります。
我々の仕事は、もしもの際に戦う為だけでは無い。
災害、大事故…そう言った有事にこそ、力を尽くしたいのであります。人の笑顔の為に。」

「…………意外と、まともなのだな。」

「意外は余計であります。」

それまで馬鹿な所しか知らなかったからな、面食らったものさ。
それと同時に……力だけを求める自分の在り方に、疑問を持った。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:25:05.73 ID:FNcDH7ajO

どうしてそうなったのかなど、もはや些事だった。
強いて言うなら変わり者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
その後私とその女が恋仲になるのに、あまり時間は掛からなかった。

それと同時に、私には夢が出来た。

特殊部隊の隊員となり、有事の要となる。
まだ今の戦いが始まる前の話、当時はそれが人を守る為に力を使う事だと思ったのさ。


「……特殊部隊、でありますか…。」

「ああ、試験を受ける事にした。人を守る為に俺に出来る事は何か、それを考えてな。
…少しの間、お前と離れる事になる。」

「………大丈夫であります。やるなら頑張るでありますよ!応援してるであります!」


私はまだ若く、無謀な挑戦だと誰もが思った事だろう。
だが、その後難関である試験を突破し、晴れて特殊部隊の所属となれた。史上最年少の快挙だ。

東京の所属となり、奴とは遠距離恋愛になった。
それでも出来るだけ休暇の度に会いに行き、その度濃い時間を過ごしたものさ。

……奴はな、その頃引退も考えていた。つまりはそう言う事だ。

だが……特殊部隊としての私の出番は、とうとう来なかった。
今の戦い…深海棲艦との戦争が起きてもな。


貴様もよく覚えているだろう?あの頃の絶望的なニュースの数々を。
艦娘が戦力として公にされるまで、世界中が絶望に包まれた頃だ。

海での重火器による、未知の怪物との戦い。
『対人間相手』のエキスパートである特殊部隊には、成す術など無かった。作戦への参加すら出来なかったのだからな。


そしてある日、あの報せが来る。
俺が、最後に奴に会った日だ。

289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:26:30.05 ID:FNcDH7ajO

「……本気なのか?」

「……本気であります。艦娘…女にしか出来ない事ならば、今こそ自分が動くべき時。
適性が出たならば、自分は海軍へ出向するのであります。」

「……ならば、俺は憲兵隊へと転属する。せめてお前達の日常だけでも…!」

「…ダメであります。」

「……!!」

「有事の今こそ、国家や街を狙うテロリスト共が動きかねない。
自分は海を、あなたは陸を。守るべきものを守るのであります。
それが人々を、ひいてはこの世界を守る事なのであります。

……大丈夫、必ずあなたの元に帰るから。」

「……分かった。“__”、必ず戻れ。」

「……ええ、必ず。」


そして奴は適正を得て、艦娘となった。
『揚陸艦・あきつ丸』、それが艦娘としてのその女の名さ。

290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:28:37.43 ID:FNcDH7ajO


その後どうなったかと言えば……死んだよ。あっさりとな。


当時は開戦したて、艦娘はどの国も実戦投入の経験が無かった。
故に、まだ戦闘の定義など未知数だった…その時敵が初めて使った兵器にやられてな。

遺体と対面こそ出来たが、随分な火傷を負っていた。
最後にあいつを抱いた時のぬくもりも、その後遺体と交わした口づけの冷たさも、よく覚えている。

あいつの僚艦と会う機会があってな、今際の際の言葉を教えてくれた。



“最期に一目、会いたかったでありますなぁ”



…そんな事は、私も同じだったよ。


291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:30:38.74 ID:FNcDH7ajO

……どれほど敵を憎んだろうな。

性器を切り落としてでも艦娘となり、奴らを皆殺しにしてやろうか。
或いは腹に爆弾を巻いて突っ込んでやろうか。

そんな事ばかり考えていた中で、私は一つの答えを見付けた。

時に共に笑い、時に正し、時に地上での悪意を退ける。
戦えぬのなら、彼女達の帰るべき場所で日常である、この陸を守る事。
それが私の戦争であると捉えたのさ。

その後私は特殊部隊を辞し、憲兵隊へと転属した。
故に本部付きでもない、地方のしがない憲兵長に収まっていると言った所だ。

…今でも時折突堤に立つと、あいつが帰って来るような気がするんだ。
出撃する様など、見た事も無かったのにな。

あの時振り切ってでももう少し早く憲兵となっていれば、せめて母港で迎えてやる事ぐらいは出来たのかもしれない。
そう思うと、やり切れぬものはあるよ。

292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:31:33.45 ID:FNcDH7ajO

「グスッ……憲兵長……。」

「瑞鳳君の誘拐の件もそうだが、所詮彼女達も、艤装を外せばか弱い乙女さ。
日常である陸の上では、守る存在が必要だ。

私の考える憲兵の存在意義とは、そんな彼女達の笑える場所を守る事。それが私の信念であり、この職務への魂だ。
そこへの嘘偽りは無いんだが……。」

「………へ?」

「………しかし、恋人の話は全部嘘なのだ。」

「俺の涙を返せ!!」

「ぶぼぁっ!?」

「んの野郎〜…あったまきた!警邏行って来ます!しばらく反省してろボケ!!」

293 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:32:29.71 ID:FNcDH7ajO









「…ふー……嘘を嘘と見抜けん内は、まだまだだぞ?小僧。」







294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:34:43.18 ID:FNcDH7ajO

あー…ムカつくわあいつ〜。

イライラしながら警邏に出てる内に、外は夕暮れに差し掛かっていた。
今いるのは倉庫の裏手、日頃人通りの無い場所ではあるが、ここも見ておかないといけない。

んー?何だありゃ?
ああ、幽霊か。早い時間にご苦労様なこった。
いつの時代だよ…随分古臭い軍人ルックに、ミニスカの女…。


……ミニスカの女!?


その不自然さに気付いた時には、もうその幽霊はいなくなっていた。
だが……じわじわと、しかし確実に何か音がするのがわかる。


“とーりゃんせー…とーりゃんせーー…こーこはどーこのほそみちじゃ……”


ガキの頃以来の感覚に、全身が泡立つ。
そうだ…俺程度の霊感でここまではっきり聴こえて、尚且つ積極的にコンタクトを取って来る…。

やべえ…悪霊だ!!

除霊出来る隼鷹も、こんな場所にはいない。
歌声がどんどん近くなる…やがてそれが耳元まで迫り、思わず目を閉じた時。



「君、自分がわかるのでありますな?」



肩に生々しい手の感触が走った瞬間、俺は遂に死を覚悟したのだ。

295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:37:00.74 ID:FNcDH7ajO

「お、お前は何だ…?」

「ほう…話も出来るのでありますか。
安心するといいのであります、何も取り殺そうと言うわけでは無いので…自分は君の先輩でありますよ?」

軍帽の下には、病的に白い顔。
不敵に笑うそいつは、自らの名を俺に告げた。



「自分はあきつ丸。生前は艦娘だった者であります。
君の霊感を見込んで、一つ手伝って欲しいのでありますよ。」



こんなホラーな出会いだったが故に、恐ろしい目に遭う事しか想像出来なかった。

まあ、恐ろしい目に遭うのは変わらない。
ただし……例の如くの大騒動になるとは、この時の俺は知る由も無いのであった。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:39:23.04 ID:FNcDH7ajO
今回はこれにて。次回より、いつもの感じになります。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 21:59:51.89 ID:rVyMfzxno
おつりんこ
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 11:30:28.61 ID:mekn4xlA0

期待して待つ
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 12:50:46.82 ID:fs3Ch2k2O
伝説級のホラー童謡、能登麻美子のとおりゃんせじゃねえかw
かごめかごめも歌われたら命吸いとられるぞw
300 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:34:45.27 ID:cwUSskD70


「……死んだ艦娘が、憲兵風情に何の用だ?」


目の前の幽霊は、さっきの話とぴったり符合する存在だった。
眼鏡の野郎…ありゃ本当の話だったのか。

でも、見えるだけの俺にこれだけ接触出来るって事は、間違いなく悪霊の類。
どうする?最悪寮に駆け込めば隼鷹が…!

「ふふ…正確にはあなたの上官に用があるのでありますよ。」

「…あいつを取り殺そうって魂胆か?ここにゃ正真正銘の霊能者もいる、あんまりはしゃぐと飛んで来るぜ?」

「くくく……彼女とは話は着けてあるのであります。
“好きにしな、代わりにあたしは一切協力しない。”と言っておりましたなぁ。それと…もしもの時はあなたを頼れと。」

「……な!?」

あいつ、何で…!?

このぞわぞわとする感覚…かなりの力を持った奴か?
そうだ、一か八か、昔教わった印呪を…!

「おっと…そんな危なかっしい手付きはやめて欲しいですなぁ。」

「……!?」

手が動かねえ…!?クソッ、手だけ取り憑かれたか!

「……あまり乱暴な事はしたくないのであります。
大丈夫、少し“キョウ”と話をしたいだけですから……そこを何とか。」

その時見えた顔と眼鏡の名を呼ぶ声に、俺は切実な物を感じた。
昔助けてくれた霊能者に言われた事がある。どれだけ困っていても、幽霊に手を貸すのは厳禁だと。

でも……


“最期に一目、会いたかったでありますなぁ…。”


眼鏡の話に出てきた、こいつの最期の言葉。
そいつがふと頭を過ぎった時、俺は……。


「……分かった、危害を加えねえって条件なら話は聞いてやる。」


どうしても、完全に拒絶する事は出来なかった。

301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:01.41 ID:cwUSskD70




第14話・仄暗い水の底から来たる奴-2-



302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:55.72 ID:cwUSskD70

「…あんたがあいつの言ってた女か……で、どこから見てた?」

「…ずっと、キョウのそばにいたのであります。
さっき、キョウが自分の話をした時も。」

「……待て、ずっとって事はアレか?サンマ霊の時もか?」

「………さっき、君の手を固めたでしょう?本当はアレが自分の全力であります。普段は霊視されない事だけで手一杯なもので。
そうですなぁ…悪霊と呼ぶには、自分はいささか恨みが足りないようで。未練の強さ故の、半端に強力な霊と言ったところでありますな。
くく…でもあの夜は面白かったでありますよ?キョウはアレで感情豊かな男でありますから。」

「ぶっ飛ばされた身にもなってくれよ…。」

「ただ、ある艦娘が自分を見て腰を抜かしてしまったようでありますな。顔は分かりませんでしたが。
霊視避けが甘かったようで…アレは悪い事をしてしまった…。」

「……それ、多分俺の元カノな。ストーカー気味の。」

「なんと。その件はキョウのそばでよーく見ていたのであります。ほほーう、罪な男ですなぁ?」

「塩撒くぞてめぇ。
…でもあいつ、今はしょっちゅう女摘み食いしてる身だぜ?話したいって言っても、もう吹っ切られてりゃしねえか?」

「……その件も、よく知っているのであります。
時折こっそり自分の写真を見ては涙を流し、ふらりと街へ出ては知らぬ女に声を掛ける。
キョウは、自分以来恋人を作っておりませぬ。人肌恋しくもなりましょう、忘れてしまえば良きものを…。

ですが……そうして知らぬ女とまぐわう様を見てしまうと…その…。」

一瞬俯く様に、地雷踏んじまったかと我に帰る。
まずったな…それで謝ろうかと思った時。


「…………ものすっごく興奮してしまうでありますなぁ!!」ハァハァハァハァ


あ、こいつ間違いなくあの眼鏡の女だわ。
変態だ。ものすっごく変態だ。

303 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:37:48.69 ID:cwUSskD70

「………引くわー…。」

「おや?寝取られ趣味はお持ちでないようで?
生前キョウには黙っていたのでありますが、もし浮気していたら現場を覗き見したいと常々…。
大丈夫、実際の我々の夜の生活はそれはそれは濃厚な愛の……。」

「いや、ほんと黙れお前。とりあえず黙れ。な?」

聞きたくねえよんなハードコアなナイトライフ。

はぁ……さっきまで身構えてたのがバカバカしくなって来た…。
まあ、何すりゃ良いかは何となく分かった。用が済みゃこいつもどっか行ってくれんだろ…。


「…じゃ、行くか。」

「どこへでありますか?」

「決まってんだろ。お前の眼鏡の王子様んとこさ。」

304 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:38:42.61 ID:cwUSskD70

「戻りましたー。」

「おかえり。頭は冷えたか?」

「あんたはずっと沸きっ放しですね。」

ったく…呑気なもんだぜ…。
照れ隠しか知らねえけど、こっちはご本人様経由であんたの嘘を知ってんだからよ。

あきつ丸の力で、こっちはテレパシーでやり取り出来る。
問題は……さて、このバカにどう気付かせようか。

“あきつ丸、霊力を俺に送れるか?”

“可能だとは思いますが…どうするのでありますか?”

“前の幽霊騒ぎの原因は、俺の霊力の暴走だ。ちょっと分けてもらえりゃ、このバカに見せるぐらいは出来るかもしれねえ。”

“やってみるのであります…!”

さて、後はそれとなく眼鏡に触れれば見えるはず。
そうだな、机の対面にいる今なら…。

「…っと、失敬。ペンが…。」

ペンを転がしたフリして、それとなく手に触れる。
後は俺がケーブル代わりになって、眼鏡にあきつ丸が見えるって寸法だ。

…さて、感動のご対面かな?


「………キョウ。」

「……アキ!?」


よっしゃ見えたか…これで眼鏡の目にも涙だ。
くくく、貴重な瞬間しっかり確認してやるぜ……ほれ、こんな白目剥いて…。

……って、白目?


「……………オバケ。」


バターン、と派手な音と共に、眼鏡は椅子ごとぶっ倒れた。

前んとこに朧って奴がいてな、朧には相棒がいた。
カニさんって言うんだけど…ふと思い出したなぁ。

うん…だってすっごい泡吹いてるもん。眼鏡。


305 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:40:07.73 ID:cwUSskD70

あ、あはははは……そういやこいつ、幽霊ダメだったな……。」

「……自分も浮かれてて、忘れてたのであります。」

「……因みに何でこんな強いのに、幽霊ダメなの?」

「物理で倒せない存在とかあり得ない、と言っておりましたなぁ…。
昔冗談でわらべ唄を歌ったら、発狂したのでありますよ。」

「基準そこか。」

「………は…試しに…。」


……これ、詰んでね?

どうしたものかと椅子に座り、手は無いものかと考えてみる。
ん?何かケツがもぞもぞすんなぁ…。

“どくのであります!苦しいのであります!”

“人が考え事してんのにどこ行ってんだよ?大体どくってどこに…”

“お、重…死ぬ……ど、どけと言っているでありましょう!?”

「づあだあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!???」

「何だ!?」


丹田が放つ一世一代の叫び。

痔主が大痔主に出世しそうな激痛がケツに走り、思わず視界がビッグバンだ。
頭蓋で鼓膜が自爆しそうな大音響、流石に眼鏡も飛び起きた。
朦朧とする視界の中、後ろを見るとそこには…

カンチョーのポーズでどっしりと立つ、浮き輪さんがいた。指から煙を上げつつな。

306 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:41:25.87 ID:cwUSskD70

「……あ°がっ……おふぅ……!!」

“はぁ…はぁ……潰れるかと思った…。
こ、この面妖なクッションに取り憑いたのであります…。君が早くどかないから…!”

「て、てめえ…俺は痔主なんだよ…!」

「………その浮き輪は、何だ?」

「……あ、あんたの昔の女だよ…今浮き輪に取り憑いてる……これなら怖かねえだろ…?」

「…………アキ!!」

“キョウ!!”


えー、感動的な光景に見えそうですが、ここで状況を整理しようか。

まず、目付きの悪い眼鏡が愛おしげに浮き輪を抱き締めてる。
浮き輪(中身はあきつ丸)は、短い手をひょこひょこと一生懸命動かしている。正直動きが虫のようだ。

で、その横。
俺は這いつくばってケツから煙を吹きつつ、脂汗をかきながらそれを見ている訳だ。

………何だこの光景。


「……アキ、ずっと会いたかったぞ!!」

“キョウ…この日を待っていたのであります!!”

………鬼の目にも涙、かぁ。

ま、こんな事があってもいいじゃねえの。
さーて、お邪魔虫は少し席を外して…。


「………浮き輪にも、穴はあるんだよな。」

“……キョ、キョウがそれでいいなら、自分は…。”

「…待てやコラァ!!」

「ほぼぁっ!?」


我ながら、見事な延髄切りだったと思う。
そうだ、こいつら重度の変態だった…。


307 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:42:30.32 ID:cwUSskD70

「…な、何をするのだ…!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎。憲兵が詰所でお縄とかやめろや。
……ところで、声は聞こえてます?」

「………いや、声は聞こえないな。」

“……そうでありますか。”

……二人の声が分かるのは、俺だけって事か…。
この際だ、何とかしてやりたい。幽霊体だと眼鏡が本能的にぶっ倒れる…じゃあどうしよ


う?


おや、俺の意識と関係なく足が動くぞ?
てくてくと眼鏡の方へ……。


「……キョウ。」(憲兵ボイス)


……待て、何で俺は慣れ親しんだこの低ーい声でこいつの名前を呼んでんのかなぁ…?


“…あきつ丸、今どこにいる?”

“自分、あきつ丸。今あなたの体にいるのであります。”

“何故に?why?почему?Perché?”

“……どうしても、話したいのであります。”

"だったら意識まで乗っ取れや!?”

“いやー、自分、そこまでの力は無くて…”

"おい!?”

308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:43:52.88 ID:cwUSskD70

「…ずっとあなたのそばにいた…どれほどあなたが自分の事を想ってくれていたのかも見ていた…。
でも…早く忘れるのであります。あなたには未来があるのだから。」

「……アキ。」

「……らしくないですなぁ、説教なんて。言いたい事は、こんな事じゃないのに…。」

「……俺は、ずっと悔やんでいた…あの時少しでも、お前のそばにいられたならと。
……大切なものを守るどころか、近くにいる事さえ…!」

「……ここは、良い鎮守府でありますな。
ひとたび戦地から戻れば、皆笑顔で…本当に楽しそうであります。
それをあなたが陰で支えてきたのを、ずっと見ていたのでありますよ。

だから…もう自分を許してあげて欲しい。」

「………アキ。」

「キョウ……愛しているであります!!」(憲兵ボイス)


あ"ーーーーーーーっ!!??

お、俺の声で何言ってくれてんだおい!感動的なセリフが台無しだ!
待って…この流れ……あきつ丸、何故しゃがむ?

共有する視界に近づくのはツリ目とレンズ…そしてつまりその動作の解とは…!!






『ぶちゅううううぅぅん………』






はは……すげえや……人って、魂だけでも気絶出来んだな…。

生々しい野郎同士のあまりのあまりにもな感触に意識が遠のく。
瞼を閉じるかのように意識がフェードアウトして行く中、俺の目にはある光景が映っていた。


眼鏡も……ゲロ吐いて倒れてんじゃん……。


309 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:45:21.84 ID:cwUSskD70

「いやー、昨日は話せて良かったであります。感謝感謝!」

「感謝じゃねえよ馬鹿幽霊。流石のあいつも、キスの瞬間の記憶飛んでたぞ。」

「………ふふ、思い返すとホモも悪くないでありますなぁ。」

「大丈夫だ、お前はもう性根が腐ってる。この性癖キツキツ丸。
あの後気絶から覚めて、真っ先に吐いたからな。どうしてくれんだこのトラウマ。」

「……自分にとっては、良い思い出でありますよ。
体を借りたとは言え、もう一度キス出来たのでありますから。」

「……は〜…ったく、こっちゃ損ばっかだっての。」

………ま、人助けだと思えば悪い気はしねえか。

寮の屋上で話しながら、ぼんやりと中庭を見ていた。
笑い声に、楽しそうな皆の姿……なんて事ない日常だけど、皆いつも、戦地から戻った上でここにいる。
こうして見れば、皆普通の女の子だけどな。

……初期に比べれば、戦況はとても良いと聞く。
でもこいつみたいに、生きて帰ってこれない奴もこれから出るのかもしれない。

日常を、笑える場所を守る……か。
そうだな、ただ鎮守府の治安を守るのだけが、俺達の仕事じゃねえ。

「お前、これからどうすんだ?」

「そうですなぁ、何でか成仏も出来なかった訳でありますし…しばらく、幽霊らしくふらふらしてみるのでありますよ。
キョウの事も、まだまだ心配でありますし。」

「……そうか。クッションも届くし、あの浮き輪ならもう空いてるぜ。浮遊霊に飽きたら使えよ。」

「……ふふ、そうするであります。」

「おや、先客は『お二人さん』かい?」

「……隼鷹。」

「……隼鷹殿、感謝するであります。」

「あたしは何もしてないってーの。礼は憲兵にだけ言いなよ。
……少しは気は晴れたかい?」

「ええ、少しだけ。でも、まだまだあの馬鹿は心配ですなぁ。」

「……そこであたしの出番、だろ?」

「ふふ……どうか、頼むでありますよ。」

「頼まれなくても適当にやるよ。あたしはそんなに良い人じゃないからね。
……死人とは言え、あんたに手なんか貸すかっつーの。だから憲兵紹介したんだよ。」

「ん?俺?」

「……女の嫉妬の怖さは、あんたも翔鶴でよく知ってるだろ?
ま、ここからは『生者』に任せな!じゃーあたしは飲みに行くから!」

「ふふ…頼もしいでありますなぁ。」

「はぁ……あいつ、そういう事か。押し付けやがって。」

くく…飲んでもねえのに真っ赤でやんの。
まぁあれぐらいガサツな女の方が、眼鏡みたいな奴には良いのかもな。眼鏡が振り向くかは置いといて。

「あきつ丸……あら、いねえ。」

ぼんやりと座るベランダに、一陣の風が吹いた。
夕暮れ時のオレンジの中、何とも落ち着くような、ぽっかりとしたような。

そんな不思議な時間に、しばしぼんやりと浸っていた。

310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:46:27.23 ID:cwUSskD70

……とか感傷に浸ってた時期が、俺にもありましたとさ。
溜息止まんねえ…その理由はと言えば…。


「あきつ丸ー!あれやってー!!」


声が掛かると同時に、浮き輪さんがしゅたっと起き上がる。
結局あれから数日もしない内に、あきつ丸は浮き輪さん経由で存在をアピールし始めた。

曰く、ヒマすぎるからと。

隼鷹と俺で中身について説明をし、そこからは一瞬で鎮守府内のマスコットと化してる始末だ。
あの提督と秘書艦コンビの後押しがあったのは言うまでもない。

“ふふ、駆逐艦達の相手をしていて思いますが、幽霊も悪くないでありますなぁ…。”

“さっさと成仏してくれや…知り合いの霊能者呼ぼうか?”

“その時は全力で戦うでありますよ。
キョウが本当に立ち直る日まで、自分はこうして見守るのであります。”

「……アキ、またここにいたのか。」

「………。」ポスン

ものは言えねえけど、嬉しそうに膝に乗っちまう辺り、どっちもまだまだだろうな。
まぁ…浮き輪さんを愛でる眼鏡、シュール極まりねえけどよ。

「……あきつ丸ぅ…そろそろ成仏するかい?」

“げ!逃げるであります!!”

「待ちなコラ!
……ったく、あんにゃろう。」

「まあまあ、あいつもここが気に入ったようだからな。気が済むまで置いてやろうではないか。」

「良いのかい?あんたの元カノ成仏出来てないんだよ?」

「……私次第、という事だろう。」

「けっ…まあいいや。憲兵長、た、たまにはあたしと飲むかい?」

「……そうだな。一献付き合わせてもらおうか。」

「へへ…そうこなくちゃ!」

色々と、まだまだ時間掛かりそうだな。
でもそんなもんでいいだろう。ゆっくりと進むのを願うぜ。

今回の事は、相当学ぶ事は多かったな…。
さて、明日からもまた頑張ろう。

311 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:17.20 ID:cwUSskD70

…で、その後の一件なのですが。
守らなきゃいけない方と一悶着起こるのでありました。

艤装装着時の怪我なら、艦娘は入渠や修復剤で治る。
ただ、裏を返せばそれ以外の時は効かない。例えばプライベートで重症負ったら、勿論入院コースな訳だ。

この数日後、俺が来る前に『ある怪我』で入院してた奴が帰って来る訳で。
まあ、何と言うか……

時雨どころか土砂降りなドタバタ劇が、俺と眼鏡を襲う事になるのだった。


312 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:56.83 ID:cwUSskD70
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 07:41:10.93 ID:XqGAZQBG0
興奮するでありますなぁ
あきつ丸www
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 08:49:05.74 ID:qkkw5pY0O
おつおつ
シリアスなんだけど重い空気にさせないこの感じ狂おしいほど好き
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 11:12:32.81 ID:0RlkTKa6O
隼鷹殿初いwww
これあきつ丸を取り付かせたふりして誘いかけて自爆とかしねえか心配だなw
316 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:13.07 ID:isx4OB8s0

今日も鎮守府を守る平穏な勤務……とは行かない日もある。
珍しい事に今俺は、仕事として車の助手席に座っている訳だ。

「……はぁ。もうサボって飯でも食うか?」

「珍しいですね、あんたがそんな事言うなんて。お疲れですか?」

「いくら私とは言え、気が乗らない任務もあるさ。」

ハンドルを握る眼鏡は、何やらうんざりしている様子。
これからの任務は、どうも相当気が進まないものらしい。

任務と大げさに言っちゃいるが、今日やる事は、実際の所ただの迎えだ。
何でも入院してた艦娘を迎えに行くって話しだが…何で俺らの出番なんだろう?

317 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:53.83 ID:isx4OB8s0




第15話・時に雨、時に晴れ



318 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:34:36.74 ID:isx4OB8s0

「普通の病院ですね…じゃ、行きますか。」

「待て、まだ降りるな。話がある。」

車から降りようとすると、眼鏡に制止を食らう。
何だ一体…すると眼鏡は、後部座席からバッグを2つ取り出した。

「貴様も持っていろ、中には警棒と手錠が入っている。」

「へ?わざわざ私服で来たのに?威圧しないよう私服で〜って言ってたじゃないですか?」

「それは病院や他の患者への配慮だ。
……今回退院して来る奴は、うちで一番の問題児でな。もしもの為の保険だよ。」

「一番の?」

この時俺の頭ん中では、なかなか武闘派な想像が浮かんだ。
入院もしてるし、まさか喧嘩っ早いのか?

「元ヤンとか格闘技とか、そっち系ですか?」

「そうではないな。ただ、少々過激だ。
私も手を焼いていてな…一度、『私の私』に痛恨を喰らった事もある。蹴りでな。」

「げ……そもそも、何で入院してたんですか?」

「高所からの転落だ。右足、アバラ4本、肩甲骨の骨折。頭と腕をそれぞれ10針と7針縫っている。
合わせて全治2ヶ月半、足にはボルトとプレートが入った。」

「……まさか飛び降りですか?ちょっと鬱入ってるとか…。」

「鬱ではないな……いや、ある意味病んでいる。」

「ある意味とは?」

「………会えば分かるさ。」

毎度の悪戯心じゃなく、純粋に説明する気力が湧かないのは雰囲気で察した。
さて…鬼が出るか蛇が出るか、向かうとしようか。

319 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:36:18.27 ID:isx4OB8s0

入り口を抜けると、至って普通の病院だ。
眼鏡が手続きを済ませ、教えられた病室へと進んで行く。
一般病棟、結構奥なんだな……何だか余計緊張感が増して来る。

扉を開けると、椅子に座る女が一人。
犬みてえな外ハネの髪と、赤い眼鏡。私服な点と言い、まさにこれから退院する様子だ。
見た所駆逐艦か…こいつで間違いねえな。

「……迎えに来たぞ。お勤めご苦労だったな。」

「なんだ…憲兵長か。提督はいないの?」

「いる訳ないだろう、すぐに会わせる訳にはいかん。」

窓の外では、ポツポツと雨が降り始めたようだ。
そんな中、俺に気付いたのかそいつは声を掛けて来た。

「いい雨だね…後ろの人、新しい憲兵さん?噂はかねがね聞いてるよ。
初めまして、僕は時雨。よろしくね。」


その瞬間、外で雷が光った。

320 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:37:52.78 ID:isx4OB8s0

「〜〜〜〜♪」

通り雨も過ぎ、外は再び晴れ模様。
しかし車の中は、カーステレオだけが声を発している状態だ。

そんな俺らの妙な緊張感を無視するように、時雨は微笑みながらスマホをいじっている。
退院が嬉しいのか、機嫌は相当良さそうだ。

「……時雨、着いたら寮へ直帰だ。分かったな?」

「その後提督に会いに行けばいいの?」

「…正規の命令は後で来るが、あいつから伝言だ。
ひとまず3日は出撃無し、体の慣らしの為に普通に過ごせとさ。要は貴様は待機という事だ。」

「……じゃあ、『まだ』正規命令じゃないんだね?だったら体を慣らす意味でも、会いに行ってもいいよね?」

「ダメだ。」

「どうして?」

「私達の出番になるだろう?」

何だこの重い空気…問題児とは言ってたけど、こいつら自体も仲悪いのか?
そうは言っても退院明け、2ヶ月半も入院してたら、見たい顔だってあるだろう。
しゃあねえ、ちょっと間入ってやるか…。
321 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:39:33.76 ID:isx4OB8s0

「まあまあ、久々に見たい顔ぐらいあるでしょう?許してやったらどうです?」

「……貴様はこいつの本性を知らぬからそんな事が言えるのだ。」

「……はい?」

「提督は鎮守府近くのマンションに住んでいるんだが…こいつが怪我をしたのはそこだ。
ベランダから侵入しようと、雨どいを伝い3階のあいつの部屋へ登っている途中…どさりとな。」

「……提督より、先に入ろうと思ったんだよ。」

「そもそも、あいつは貴様に家を教えていないのだが…近所とは言え、部屋番まで見抜く洞察力が恐ろしいよ。」

「…………!!」

「……気付いたか?こいつの本性に。」

はは……ま、まさか、こいつが一番の問題児たる由縁は…。

「…そう、時雨は超が付く程あいつが大好きなのさ。所謂ストーカーと言って差し支えないぐらいだ。
ついでに言うと、こっそり翔鶴君にストーキングのイロハを教えていたらしいな。
以前の妖精ストーキングの件は、聞くまで私も知らなかったぞ。アレはさすがにやり過ぎだ。」

「僕は好きな人の事を知りたい気持ちを、手助けしただけだよ?
ふふ…早く会いたいなぁ……提督、今度こそ…。」

それ以降の時雨の独り言は40行ぐらいになりそうだったが、全て割愛させてもらう。
ってか、ほぼピー音になる内容だ。後ろからお経みてえに聞こえてくるそいつは、かなりの恐怖だった。

この時ようやく、なぜ俺達が駆り出されたのかを理解した。
あいつの師匠にして、ターゲットは提督…笑えないレベルのヤンデレが、まさにこの車中にいるのだと。

322 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:41:45.93 ID:kGDSvamzO

「どうして付いてくるの?」

「…分からんのか?」

「何もしないよ。僕も部屋でゆっくりしたいんだ。」

寮に着くと、俺達はこいつの部屋までしっかり付いて行った。
ひとまず部屋までは送ったが…さて、これからどうなるのか。

「私が連絡するまで、ここで待機していろ。他の者が来た際は通して構わん。」

「憲兵長は?」

「寮の外へ行く。駄犬には灸を据えてやらねばならんからな。」

「いや、駄犬ってあんた…。」

何故外なのかは分からないが、何か考えがあるらしい。
眼鏡と別れ、しばらく部屋の前に立っていると……。

「憲兵さん、時雨が帰って来たっぽい?」

時雨と同じく、外ハネの髪…えーと、この子は確か…。

「ああ、夕立か。時雨の姉妹艦の。」

「そうだよ。時雨に会いに来たっぽい。」

久々に仲間に会いに来た…って割には、何やら真面目な顔だ。
姉妹艦だからだろう、この子も色々思う所があるのかもしれない。

「……やっぱり、あいつって色々やらかしてんの?」

「アレは提督さんも悪いっぽい。変に気を遣うから時雨も思い詰めちゃうっぽい。」

「……気を遣う?」

「そうっぽい。病院じゃお説教も出来なかったから、これからお話するっぽい。」

バレてる気もするが、一応見張ってるのは黙ってる。
俺はドアの死角に身を寄せ、夕立もあまり開けないように中へ入ってくれた。

それで5分としない内に…

「時雨!?」

夕立の声!?
慌てて部屋に入ると、中には夕立しかいなかった。
323 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:44:07.52 ID:kGDSvamzO

「憲兵さん!時雨が飛び降りたっぽい!!」

おい、ここ3階だぞ!?
…ん?枠に鉤付いてる!!忍者かあんにゃろう!!

慌てて外へ出るが、部屋の真下はかなり回りこまなきゃならない。
全速力で落下地点に向かうが、恐らく2〜3分は掛かってる。逃げられたかと思ったが…。

「離してよ!」

「くくく…貴様の考えなどお見通しだよ。」

息を切らして辿り着いた所には、時雨をお姫様抱っこする眼鏡がいた。

「…くっそ〜…!!何で会いに行っちゃダメなんだい!」

「貴様には前科があるからな。一服盛ろうとした件を忘れたか?
お姫様抱っこ…一見ロマンチックな言葉だが、この体勢がどう言う意味を持つか分かるかな?」

「……!!」

「貴様と私の体格差なら、このまま肩と膝を締める事も出来る…或いは股と喉を押さえれば、危険な背骨折りの完成になるぞ?また入院したいのか?」

「……分かったよ。」

「良い子だ、抵抗しないなら降ろしてやろう。」

「………なんて言うと思ったかい?」

時雨が降ろされた直後、ごしゃ…と鈍い音が響き渡った。
金的…!アレは洒落にならねえ!!思わず眼鏡に駆け寄るが…。

「……ファールカップと言うものを知っているか?貴様相手に何も用意しない訳なかろう。」

「………!!」

「悪い子だ……少しお仕置きが要るな。」

「速…痛たたたたた!!ギブ!ギブだって!!」

一切の無駄の無えアームロック……ってこりゃダメだろ!止めねえと!!
324 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:45:24.55 ID:kGDSvamzO

「憲兵長!!やりすぎですよ!!」

「おっと…つい熱くなってしまったな。さて、大人しく部屋に帰ってもらおうか。」

「………嫌だ。」

「……どうしてもか?」

「………うん。」

時雨を見ると、涙目でむくれてる。
こりゃ重症だな…どうしたもんだろうか。

「はぁ……貴様の為でもあるんだよ。
あいつの気持ちも汲んでやってくれ。何故貴様を避けようとするか、理解出来ないのか?」

「……僕だって、女の子なんだよ。なのに提督はいつも…。」

「……『女の子』だからだよ。『女』ではなくな。
例え無理矢理迫ろうがストーキングをしようが、あいつの中でそれは覆らん。」

「……分かってるよ……でも、じゃあどうすれば良いんだい!?僕だって…ずっと提督が……!」

今日は不安定な天気だ。
また通り雨が降り出すと共に、時雨の目からぽろぽろとこぼれるものがあった。

…俺は事情を全部知ってる訳でも、経験豊富な訳でもない。
ただ…ここまで泣くような事は、放っておけねえよな。


「……憲兵長、少し時雨と二人にしてもらってもいいですか?」

325 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:47:37.55 ID:kGDSvamzO

「……ほれ、タオル使えよ。」

「……ありがとう。」

外はいよいよ土砂降りだ。
ひとまず俺の部屋に連れて来て、落ち着かせる事にした。


「……いい雨だね。」


時雨は頭にタオルを被ったまま、ぼーっと窓の外を見てる。
病院の時も感じたが、よっぽど雨が好きらしい。

「……この近くに、コンビニがあるよね。」

「ああ、どうかしたか?」

「…ゲリラ豪雨で帰れなくなってた時、たまたま提督がいたんだ。
1kmも無いけど、一緒に入る?って傘に入れてくれた。その時の雨に似てるんだよ。」

「……そっか。」

「………外面はゆるい人だけど、誰よりも皆の事を考えてる。だからこそ、僕に限らず『艦娘』を異性として好きになったりしないのさ。
良き上司でありたい、それが提督の願いだから。

私生活荒れてるのも知ってる…知った時は、思わず殴っちゃったけど。
本当に頭に来た。何で僕の方は見てくれないのに、外で女ばっかり作るんだって。

………一度、好きだよってちゃんと伝えたんだ。振られちゃったけどね。
よく覚えてるよ…時雨が子供な以上、応えてはやれないって。

…そこから、歯止めが効かなくなった。
家を探したり、コーヒーに一服盛って襲おうとしたりね。憲兵長のお世話になった事も、一度や二度じゃない。
我ながら卑怯だよね…無理矢理にでも関係を持てば、僕から逃げられなくなるって思ったんだ。
それである日、とうとう忍び込もうとして…あの大怪我に繋がった。

提督ね、僕を真っ先に見付けてくれたんだ。
その時はまだ意識があって……あの悲しそうな顔は、忘れられない。

……僕がどれだけ馬鹿な事をしても、嫌ってくれなかった人だよ。
見舞いには来なかったけど、毎日連絡をくれた……馬鹿だよね。せっかく心を鬼にしようとしてるのに、結局僕なんかを甘やかしてさ。
お前なんか大嫌いだ!解体(クビ)にしてやる!って言ってくれれば、まだ楽になれたんだけど。

ねえ、憲兵さん…僕は今年で15歳なんだ。
体はもう大人に近付いてる…それでもダメなのかな?」

「…………。」

…問題は違うけど、既視感あるなぁ。
ただ、『俺達』と違うのは……。

326 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:48:56.47 ID:kGDSvamzO

「……そうだな。時雨、お前今まで誰かと付き合った事はあるか?」

「……ううん。提督が初恋だよ。」

「遅めなんだな…今まで同世代の男の子とは、交流が無かったって事でいいな?」

「……うん。艦娘になる前も、特に無かったね。」

「よし。ちょっと待ってろ。」

廊下に出て、取り出したるはスマホ。眼鏡の介入を避ける意味でも、ここは俺が動くべきだろう。
そういやこの前飲んだ時、連絡先交換してたんだよな……さて、今は暇かな?


「もしもし?お疲れ様です。ええ、時雨の事なんですけど……。」

327 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:50:52.01 ID:kGDSvamzO

「………どうしたんだい?随分長かったけど。」

「ゲストを呼んだのさ。もう来るぞ。」

「失礼するよー。」

「……提督!!」

確かに時雨の行動は良くないし、眼鏡の言い分も分かる……でもここは一つ、ちゃんと話をさせてやるべきだろ。
俺がいる限り、時雨も思い切った事はしない。そこの分別ぐらいは付く子だと思う。

「……時雨、退院おめでとう。」

「………ありがとう。提督……ごめんなさい!!」

真っ先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
提督にぎゅっと抱き着くと、時雨は嗚咽を漏らしていた。
提督はと言うと、そんな時雨の頭を優しく撫でてやっている。

「……謝るのは、僕の方だよ。距離を置けば分かってもらえるなんて、甘えだったね。」

「ううん…あんな事までしでかしたのは、僕が悪いんだ…。
入院中は、ずっとその事ばかり考えてた…ごめんなさい、提督……。

でも………。」カチャカチャ 


ん?カチャカチャ?


「………僕はやっぱり、提督の事が好きなんだ。」

「てめえどっから手錠出した!?」

「いった!?」

思わずゲンコツしちまったぜ…懲りてねえこのガキ…!
目に一切の悪意がねえのがタチ悪ぃなオイ。純粋に愛情表現のつもりだ…。

328 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:52:45.39 ID:kGDSvamzO


「……………。」

あーあー、提督キョトンとしたツラしてんじゃねえか…。
いつものヘラヘラ感もどっか行っちまった。流石に擁護しきれねえぞ…。

「………そっかぁ、時雨は『まだ知らない』もんね。」

手錠をまじまじと見ながら、そう提督が呟いた時。




『どんっ……!!』





提督が、激しく壁を叩く音が響いた。


329 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:54:07.71 ID:kGDSvamzO

「………提督?」

「……まだ分かんないかなぁ?大人の男に近付く意味が。」

叩きけられた腕の横には、壁際に追い込まれた時雨がいた。手錠のせいで、時雨の片手も壁に磔だ。
空いた方の手が、時雨の頬に触れる。
それが顎を掴むような形になると、提督はそこに顔を寄せて……

時雨の目は、その時確かに怯えを孕んだ。

「……ひっ……やめて!!」

時雨が提督を突き飛ばすと、手錠のせいで時雨も引っ張られてしまう。
だがそのまま二人が床に倒れた時、提督が時雨を守るように受け身を取ったのを、俺は見逃さなかった。

「………提督!!」

「いたた……ちょっと強かったなー。」

いつものヘラヘラした調子でそんな事を言うが、全くの無傷だ。
提督は時雨の背中をぽんぽんと叩き、一際優しい声色で話し出す。
330 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:56:06.50 ID:kGDSvamzO

「……時雨、男は狼だよ?」

「……狼?」

「そう。火が着いたら、子供でも食べちゃう怖い生き物さ。
……同時に、それは自分のものにしたい、深くその人を愛したいって気持ちでもある。中には食欲だけの奴もいるけどね。

女の子にとって…特に初めてそんな目を向けられて、おまけにそれを受け入れるのは、とても怖い事なんだ。
世の中、若いお肉を食べたいだけの奴もいてね…それで深く傷を受ける子だっている。
……男にとっても、最初は同じ。誰かと愛し合うと言うのは、性も深く関わるんだよ。

君ぐらいの子が大人の男に近付くのは、それなりに危険な事さ。
僕の歳にもなれば、さすがに躊躇いなんて無いから。

……もっと年頃らしい恋をして、自分を大事にして欲しい。」

「………子供扱い、しないでよ…年頃らしいって何なのさ!?
確かに子供だよ……それでも僕は!!」

………胸が痛えな。
でも、時として現実は残酷だ…憲兵として、何より大人として今は動かなきゃならねえ。

331 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:58:24.89 ID:kGDSvamzO

「………時雨、提督が捕まってもいいのか?」

「……!!」

「こいつは軍規に限らず、法や条例の話でもある…例えば提督がお前ぐらいの子に手ェ出したら、俺らは仕事しなきゃなんねえんだ。
お前からしたら理不尽な法だろうが…それは、お前ら子供を守る為の物でもあるんだよ。狼さんも、いい奴ばかりじゃないからな。

思い詰めるのも分かるぜ?でも、一度立ち止まってみな。
感情ばかり押し付けないで、少しは提督の立場や気持ちも考えてやれ。提督は、お前を傷付けたくないんだよ。」

「憲兵君…どうだかね?僕は君の知ってる通りのダメ男だよー?」

「普通なら、さっきはビンタからの最低宣告ぐらいされてもおかしくないでしょう?
よく覚悟決めたと思いますけど?しかも俺の前で。」

「……言うようになったねー。キョウの影響かな?」

「知らねーっすよあんな奴。ま、コンビ組んでる分、影響はあるかもですけどね。」

さて、後は時雨がどう捉えるかかな?
あーあ、胃が痛えや…でもこんな事も、こいつが大人になる上でのスパイスか。
憎まれんだろうなぁ……いいぜ、この件の恨み辛み、受け入れてやろうじゃねえか。

「…………ねえ、提督。」

「どうした?」

「…今は子供だから、ダメなんだよね…。
じゃあ…僕が18歳になったら、どうする?」

「そうだなぁ…。」

この時自分の事みてえにハラハラするとは、俺も意外だった。
提督…あんたは時雨にどう告げるんだ?

332 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:59:43.09 ID:kGDSvamzO

「もし君が18歳になっても気持ちが変わらなかったら、僕も真面目に考えるよ。提督としてじゃなく、一人の男としてね。
……その間に、僕より素敵な男の子が現れなければね。」

「………提督。」

「…………!?」

「………ふふ、大丈夫。18どころか、おばあさんになったって君が好きだよ!絶対変わらないから!」

へへ…下手な映画より、よっぽど良いキスシーンだぜ。
……っと危ねえ、俺はなーんにも見てねえぞ?雨が止むとこ見てただけだ。


日々を守るは、突き詰めりゃ心を守るだ。
その為だったら、不良憲兵で上等だよ。

333 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:02:29.51 ID:kGDSvamzO

「今回ばかりは、素直に褒めてやろう。よくやった。
まぁ、あいつはあの後歯医者通いになったがな。女遊びを一切やめ、そのツケを払ったそうだ。」

「あんたが褒める…雨降りそうですね。」

「くく…もう止んだだろう?」

「ええ、土砂降りでしたよ。ありゃ問題児でした。」

何日後かの夜、俺は珍しく眼鏡の部屋にいた。
缶ビール片手の簡素な飲み会だが、それで事足りる。お互い時雨の件の疲れを引きずってたのか、どちらとも言わず飲む流れになっていた。

「なかなか、私が言っても聞かなかったからな。上手く踏み込んだものだよ。」

「気持ちのすれ違いってのは、俺も経験ありましたからね…どう悔いの無いよう持ってくか、それを考えただけです。」

「悔いのあるような言い方だな?」

「…過ぎた話ですよ、今となっては。」

……これで良かったのか?なんて、一時期は思い悩んだっけ。
今は……いや、でも特に誰かを好きとかはねえかな。

334 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:04:16.99 ID:kGDSvamzO

「あーあ…思い返しゃこの頃人のサポートばっかり、俺の春はいつ来んのかはぁっ!?」

「おや、アキじゃないか。」

『こいつのケツを突けと天啓を受けたのであります。』

「……あ、あきつ丸…何しやがる…!!」

最近この馬鹿はタブレットを覚えて、浮き輪時でも筆談出来るようになった。
だがこの後、テレパシーで俺にだけ話をして来たんだ。

“自分、少しなら人の思考も読めるのでありますよ…。
君はもう少し、自身への目を意識するべきですなぁ……人の事ばかりでなく。”

“俺への目ぇ?”

“そういう所であります。もう一発逝くでありますか?”

それだけ伝えると、あきつ丸は浮き輪から出てどっか行っちまった。
ま、霊体見えんのは俺と隼鷹ぐらいだし、騒ぎにゃなんねえだろ。

「お、隼鷹からだ。瑞鳳君と部屋飲み中だとさ。」

「げ、大丈夫すかあいつら?」

「隼鷹はプロの酔っ払いだ、行き過ぎた者を収めるのも上手いぞ。心配は要らん。」

ふーん…軽空母同士、交流も必要かね。
以降は特に気にする事も無く、眼鏡としょうもない話ばかりしていたもんだった。

……結局後で注意しに行くぐらい、何人も入り乱れての大騒ぎになってたけどな。

335 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:05:06.37 ID:kGDSvamzO
今回はこれにて。
次回、番外編・『女子会』となります。
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