【艦これ】ex.彼女

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702 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:17:16.05 ID:s1QCE2DCO

そして執務室には、俺たち3人だけになった。

そうだ、何だかんだ言ってこの人も根は肝が据わってる人だ。それがあのビビり方はおかしい。
男同士の話だと時雨を追い出した……多分、眼鏡も俺と同じ疑問を持ったのだと思う。

「リョウ…貴様も私と同じ疑問を抱いたろう?」

「ええ……提督、単刀直入に訊きます。ゴトランドに何されました?


て言うか、ナニされました?」


その単語を口に出した瞬間、何とも虚しくなった。

何なんだ、何でこんなシリアスなトーンでシモな話題を出さなきゃなんねえんだ。
でも男の勘が告げていた、間違いなくそっちで何かトラウマ植え付けられてると。

そして提督は…とても悲しそうに笑った。

703 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:19:06.05 ID:s1QCE2DCO

「ふー…………僕さ、こんなんでも性癖は至ってノーマルなんだ。
アブノーマルな事なんてされたくないし、ましてやする方なんてもっとダメ。女の子の体痛め付けるような事は、僕の美学に反する。
それは彼女に対しても、全く同じだった……だけど。」

「「…………だけど?」」

「彼女にとって僕が初めての男だった…余計な事なんて何も教えちゃいない。
でも……ヒュ-…『彼女が自主的に興味を持って学んだ』なら、その限りじゃ…ヒュ-……ない…。ヒュ-」


……何?この風切り音。


「ふふ……カハッ、ヒュ-…段々と眠っていた……ヒュ-、ヒュ-…本性、がっ…ヒュ-目覚めっ始めたの……かな。
ある時っ……眠って…ったら、僕のっ…。」

提督の座る椅子がガタガタと音を立てる。
風切り音は次第にぜひぜひとした音に変わり、その異常の中でも提督は必死に記憶を掘り返し…。


「あ!あなっ……えねっ…まっ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタ
 

そのワードを口にした瞬間、提督は白目をグリンと剥いた。


704 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:21:17.06 ID:s1QCE2DCO

「提督!!もういいです!!もうやめましょう!!」

「いかんな、呼び戻そう。はぁ!!」ボキィ!

「………はっ!?僕は一体…。」

うおぉ…ね、寝てる間になんつー事を…。
いや、つーか提督よくそれで逃げなかったな…。

「ふふ……それでも愛していたのさ。
逆に言えば、当時の僕からすればそれしか欠点なんて無かった。」

「いや、それもう決定的…。」

「リョウ、恋は盲目という奴だ。」

「盲目か……だからこそ、舞い上がってしまったんだよ。
何もかも越えられる、そんな甘い事を考えていた。

…今の中佐の地位こそ、戦果の叩き上げで得た物。実力で勝ち取ったと言う自負はある。
でも僕は、それ以前からエリートと呼ばれる立場にいた。それも軍人としての……その重さも、ろくに知りもしないでね。

いや……結局は逃げたんだろうね。
7年前のあの日、彼女に深い傷を負わせてしまった…あれ以来、僕は堕ちる所まで堕ちた。

確かにモテたさ。でも誰も、あの子と違って僕の人となりは見ちゃいない。
だったら逆に、僕も割り切ってしまおう。堕ちる所まで堕ちてしまおう。
それでいつか刺されでもすれば、きっとお笑い種だろう。

そう自暴自棄になって、結局余計に沢山の人を傷付けて来た。
あの子もそんな今の僕を知らない。もはや幻影を追っているだけさ。」

「………提督。」

この時の俺はキレる一歩手前。
と言うか、拳はもう握り込んでた。


「……この馬鹿者がぁ!!」


……だが、先は越されちまったらしい。
眼鏡の本気のパンチで、提督は椅子ごと吹っ飛んじまった。

705 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:23:09.29 ID:s1QCE2DCO

「ならば時雨はどうなる!?あの子はそれでも今のお前そのものを求め、想い続けて来た!!
それに…それでもお前は、時雨を選んだのだろう!?

…振り回されるなよ、コウヘイ。
お前は未来を選んだ。ならばゴトランドの未練も断ち切り、未来を与えてやる事こそがケジメでは無いのか。
それが時雨への、そしてゴトランドへの償いでは無いのか。

お前は時雨に出会い、悪しき過去を捨てたろう……それが答えでは無いのか!!答えろ!!」

「憲兵長!!抑えて下さい!!」

「……っ!!
リョウ、私は詰所に戻る。すまないが手当てをしてやってくれ。」

「……はい。」

「……なぁ、コウヘイ。」

「…なんだい?キョウ。」

「俺がアキの件で腐っていた頃、どこかの誰さんが同じように俺を殴ったよな。
今以上に激しい説教と、ついでに倍の数のパンチも加えてだ。

…俺がこうして憲兵として生きているのは、その拳があったからだ。
貸しは返したぞ?しっかり受け取れよ。」

「……ああ、ありがたくもらっておくよ。」

「ああ、それとな…。」

「………何?」

「“その程度”で怯えているうちは、お前もまだまだだな。
“そんなもの”は、まだまだ通過点に過ぎんぞ?」パタン



……………。


台無し、だ。


706 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:24:14.09 ID:s1QCE2DCO

「はぁ……。」

別に今日じゃなくてもいいんだが…あの後俺は、とぼとぼと夜警に出ていた。

どうにも気が滅入っちまって、あんまり部屋にもいたくない。
一度ぐらい自主的にやったって怒られねえだろ…あんな空気にしたんだ、眼鏡も理解しろって話だ。

それで街灯だけの中庭を歩いてた時、ベンチに人影を見付けた。
アレは…げ、ゴトランドかよ。

「こんばんわ、憲兵さん。」

「あ…ああ、こんばんわ。本当に日本語お上手ですね…。」

スルーしてくれなかったか…。
ちゃんと話をするのは初めてだが、ヤバさはその前からよーく分かってる。
俺ら的にはこれからの敵、君子危うきに近寄らず。今は当たらず障らずで行こう…。

「まだ時差には慣れない感じですか?
今日はちょっと蒸すんで、部屋の方が休めると思いますけど…。」

「そうだね。ふふ、でもさっきまでここで友達とお話してたの。
こんなに早く友達出来るなんて思わなくて、つい話し込んじゃった。」

「と、友達…?
確かにここは皆フレンドリーですけど、誰でしょう?」

「それはね…。」

そう言い始めたと同時に、ゴトランドは俺に向き直った。
クマにも見えそうな長い睫毛と、ブルーの瞳。その奥と目が合った時…。


「ショーカク。」


…………?

今のは…?


707 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:25:10.05 ID:s1QCE2DCO

「ふふ…お言葉に甘えて、今日は帰ろうかな。
じゃあ憲兵さん、おやすみなさい!」

「え、ええ、おやすみなさい…。」

何だ、疲れてんのかな…何か一瞬クラっと来たような…。


「…………今日は夜警かしら?」

「……ショウノ。」

そこに現れたるは、よりにもよって元カノ。
思わず身構えちまうが、あいつは…。


「………。」ギュッ


………はい?


708 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:26:30.92 ID:s1QCE2DCO

「……良い夜ね。
ねえ、覚えてる?昔花火を見に行った事。
浴衣で出かけて、私が下駄の鼻緒を切っちゃったでしょう?」

「………あったな、そんな事。」

今いるのは、中庭のでかい木のそば。
あの時も確か、こんな大木の近くで……ああそうだ、コケそうになったこいつを受け止めて…。

「初めて抱き締めてくれたのは、あの時だったわね…。
ふふ、秘密の場所って言って、高台に連れて行ってくれて…花火の光の中で…。」

記憶の中のこいつと、目の前のこいつが重なる。
そうだったな……初めてこいつを抱き締めて、それで初めて…。

目を閉じてるのが分かる。
次第に何かが込み上げていく。

段々と、自分の顔が近付いてるのが分かる。
なのに止められない。まるであの頃にいるような、今はどこか分からないような。
ああ、もうすぐ触れる…。


その時。


709 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:27:33.88 ID:s1QCE2DCO






『ひゅーー………ぱこーーーん!!!』






「……いってええええええええっ!!!!!????」


後頭部に、実に爽快な激痛が走った。


710 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:28:41.87 ID:s1QCE2DCO

「ふっふっふっ……人の心を自由にしようなんて、傲慢だと思わないかい?
いるんでしょ?ゴトランドさん。」

「………!?ちぃっ…!」

探照灯の眩い光が、茂みに隠れていたゴトランドを炙り出した。

空には月明かり……俺の目には2つの影。
具体的にはこう、あそこ。
何か飛び降りてもあんまり痛くなさそうな庇(ひさし)の上。でも結構ミシミシ言ってる。

そこに立つ2人は…何故か全身タイツにホッケーマスクだった。


「我が名はレイン!」

「そして我が名はビッグバード!」

「「我々は!貴様らの企みを破壊しに現れた名も無き戦士だ!!」」


………いや、もう名乗ってんじゃん。


711 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:30:50.50 ID:s1QCE2DCO

「リョウちゃ…じゃなかったリョウ!私の矢が貴様を救ったのだ!今度ラーメンおごれ!」

「ゴトランド…貴様の手は姑息過ぎる!!女ならば正々堂々追いかけるべきだ!!
翔鶴!!貴様もだ…追跡道の師であるこの僕を捨て、催眠道に走るなど言語道断!!
そう!!女は黙って……いいからストーキングだ!!」

「づほー、時雨ー、危ねえから降りてこーい。」

「ち、違う!!僕たちは断じてそんな和風な名前ではない!」

「そうだ!見ろ!このカッコいいマスクを!!強そうだろう!?」

「………まさに変態仮面、見参。」ボソ

「……違うの!!アレは違うのおおおおお!!!」ビェェェェン

「くっ…邪魔はさせないよ!!ショーカク!!」

「ええ…弟子は師を超えてこそ!師匠!今宵あなたを倒してストーキング道を捨てます!
行くわよゴトちゃん!!」

「「私達の恋路は、誰にも邪魔させない!!」」


執務室でのシリアスかつホラーな空気も、完全にどっか行った。

この時この中庭で、艦娘による伝説の茶番劇………じゃなかった、伝説の陸戦の火蓋が切って落とされたのである。


……ところでお前ら、一体何を賭けて戦ってるんだ。


712 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:32:41.27 ID:s1QCE2DCO
大スランプにはまってしまいましたが、何とか投下できました。余計に頭が悪くなった気がします。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 00:38:45.87 ID:Nyy4Npv6O
おつおつ。エネなんとかとは業が深い……
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 07:22:28.72 ID:P33/Kd1Q0
乙!
715 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/24(土) 01:06:52.04 ID:eoqIWvrpO
某大人向け板の方に、大人向けな番外編を投下しました。
大人の方はよろしければ探してみてください。お子様はだめです。大人向けですが、内容的にはいつものです。
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 18:34:20.25 ID:ZCCjqjJm0
ふう...良かったぜ。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 18:12:21.73 ID:/V8X8MLho
松輪
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/17(火) 01:02:56.44 ID:B7yGgTNLO
ひとまず保守
719 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:34:38.05 ID:vd4WLsIgO

“…来ちゃったんだね、この日が。”

“…ごめん。”

“ううん。コウヘイにはコウヘイの、やるべき事があるでしょ?
あなたに出会えて…本当に……幸せだったよ。”


彼の帰国が決まって、別れ話をされた時。
本当は、その前から覚悟は出来ていた。

「いつかまた、どこかで。」

そんな言葉も優しい嘘になってしまう事でさえ、本当は分かってたんだ。

空港から飛行機を見送る時、私は小さな横断幕を掲げた。

『Jag ?lskar dig』

スウェーデン語で、愛してるって意味。
でも本当は、こう言いたかった。

『Jag saknar dig』

日本語に直すと…恋しいや寂しいって意味かな。


ここにいられなかったのなら、いつか会いに行けるよう私が頑張ればいい。
例えこの先ただの思い出や友達になってしまったとしても、人生において大切な人なのに変わりは無いもの。

もしまた会えたなら…その時は、お互いの未来を祝福し合えたらいい。
初めはそんな切っ掛けで、日本語を学び始めた。

その目標が歪んだのは、この戦争が起こった時。
どうしても、何をしてでももう一度彼の心を手に入れなくちゃと思ってしまった。


だって…そうしなくちゃ、守れないと思ってしまったから。



720 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:35:57.56 ID:vd4WLsIgO






第31話・女心は8070Au -4- ?





721 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:37:27.13 ID:vd4WLsIgO


「「行くよ!」」


飛び降りそうな掛け声とともに、ジェイソンマスクなコ〇ンの犯人共は、カサカサと地面に降り立った。脚立を伝って。

率直な感想を言おうか。動きが台所の覇者Gだ。
全身タイツの体のライン…って言うとエロく聞こえそうだが、戦隊っぽく中腰でキマってるケツのラインが地味な笑いを誘う。

「くくく…ゴトランド、君の手の内はもうお見通しさ。
催眠と分かっている以上、提督に何が起きても本心とは言えないねぇ?」

「ふふ、嘘から出た誠…だっけ?日本のことわざ。
初めは刷り込まれたものでも、それが精神の血肉になれば本心になるよ?」

「…外道め。」

「求めよ、されば与えられん。手段は選んでられないもの。
シグレも似たようなものでしょ?でもあなたの場合は…ただの恐怖政治だね。」

「カカァ天下って日本語はまだ知らないみたいだね。女房が強い方が上手く行くのさ。」

「もうママ気取り?まだミルクの匂いも取れないのに。」

「言ったね年増。果たして老いたマトンは美味しいのかな?」

おいおい、煽ってんなぁ…。
で、もう片割れコンビはと言えば…。


「「…………。」」


終始無言の睨み合い。
龍虎の戦いの如くガンを飛ばし合ってんだが……時雨らはともかく、お前ら喧嘩する理由無いだろ。

「…まあまあお前ら、落ち着けよ。
喧嘩するのも分かるけど、そもそも何で決着着ける気なんだよ。」

「「「「……え?」」」」


………。

もしかして、何も考えてないの?

722 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:39:09.51 ID:vd4WLsIgO

ものすっ……ごく、微妙な空気が流れる。
やっちまった。ただ険悪になったならともかく、ここまで茶番があったらどう考えても収拾つかねえ奴。

しかし元は上官への洗脳やら何やら、ヘヴィな事態も噛んでる。解決させない訳にも行かない。
ど、どうする…?アレかなぁ、提督に話通して、また後日演習で手打ちにでも…。

「ふふふ…こうなったら仕方ないよね。ショーカク、奥の手を使うよ。」

「奥の手…ゴトちゃん、まさかアレを…!」

「いや何追い込まれてる風にしてんだ!?」

「…私は艦娘になる前から、何度か日本に来ておいた。
見聞を広め、そしてネットワークを作る為に。」

「いや、聞いてる?俺の話聞いてる?ねえ。」

「黙って!!
そう…その過程で日本にも友達が出来たの。
そしてここに来る前、休暇を取って3日程早く日本に来て…あるものを受け取った。」

ゴゴゴと擬音が見えそうなジェスチャーで、ゴトランドは上着に手を突っ込む。
そこから出てきたのは、黄色と赤の…。

「…この、代理購入してもらったシュールストレミングをね!!」


………洒落になってねえ!!


723 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:42:18.74 ID:vd4WLsIgO

「ゴトランド、落ち着け…そんなもん開けたらお前も死ぬぞ…。」

「ふふ…そうだね。さすが日本の初夏、地元じゃこんな状態のはお目にかかれないよ。」

輸送と日本の初夏を経て、パンッパンに膨らんだ缶詰…。
確か本国じゃ、長年放置された奴の始末に軍が出たって…。

「……シグレ、大人しくコウヘイの事は諦めて。
でなければ、今ここでこれを開けるよ。」

「……卑怯者め。催眠だけに飽き足らず、そんなものまで使うのかい?
いいかい?君の理想の世界に、提督の意思は存在しない。
そんなものは、ただ人形を愛でているだけだ!」

「……何とでも言って。私には私の意地がある。
少なくとも、ショーカクは賛同してくれたよ?」

「翔鶴さん…どうして!?」

「瑞鳳ちゃん。恋というのは修羅の道なの…追いかけてもダメならば、例え卑怯な手を使おうとも…。」

「…本音は?」

「いや、ちょっと催眠掛けて逃げ場なくしてあんなことやこんなことしたい……じゃなかった、自ら退路を断つ覚悟の元、突き進む欲ぼ…でもない!信念の道なのよ!」

「退路断たれてんのはおめえの理性だよ!?」

よだれ隠せてねえぞコラ!!
ああもう、もう解決とか知らねえ!とにかく缶詰取り上げねえと…!?

「…!?」

「う、動けない…!!」

「くす…掛かったね?
シュールストレミングはデコイだよ…ゴトの目を見せる為のね。」

催眠…!!
まずい、指先一つ動かせねえだと…。

724 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:43:42.87 ID:vd4WLsIgO

「そうだね…皆には寝ててもらおうかな?
大丈夫、ちょっと吐いちゃうかもしれないけど、一発で落ちれると思うから…。」

「開ける気かい!?そんな事したら君達だって…。」

「ふふ、ゴトとショーカクには、シュールストレミングの匂いが分からなくなる催眠が掛かってるの。
皆が寝てる間に、コウヘイにしっかり暗示を掛けて……タブンコエタリシナイヨネ…。」

プルタブに指が掛かり、死の予感が俺達を駆け抜けた。
だが……その直後。





「………ちょっと待ったぁ!!」





催眠とは言え、眼球と口だけは何とか動かせた。

俺達の視線が集まるその先には……燦然と輝く満月。
それが照らし出すのは赤と黒のコントラストと…そこから生える、スネ毛の生えた白い脚。

そこにいたのは、何やらカッコいいポーズを決めた…。


「白露型駆逐艦、提督!見参!」

「いや雨風ですらね−!!」


たなびくスカートからは、豪快にオシャレボクパンが見えていた。
はは…細身の人が着てもパッツパツじゃねえか…雄っぱいてんこ盛りだぁ…。
725 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:47:15.92 ID:vd4WLsIgO


「提督…もしかしなくても…。」

「いや、うん…キョウがこれ着て出ろって、倉庫から…。」モジモジ

「提督…かわいい……すっごくかわいいよ…。」ハァハァハァハァ

「興奮すんな本家!!」

「と、とにかく!僕が来たからにはこんな事はもうやめるんだ!!

ゴトランド…いや、Gota(ヨータ)!!
あの時は、本当にすまなかった…でも僕らは…僕らはもう終わったんだ!
僕にはもう、時雨がいる…君も未来を生きてくれ!

…それでも狙うなら僕だけにしろ!!皆を巻き込むのだけは、絶対に許さない!!」

「……!!

……いいよ?幾つか飲んでくれるなら。」

「…え?」

「ふふ…まず、日本での私の配属先をここにする事。
それと、いつでも仕事中は私をそばに置いておく事。秘書艦がダメなら、護衛って体でもいいかな。」

「ダメだよ!!ゴトランド、提督を洗脳する気だろう!?
そんな事…例え提督が飲んでも、この僕が許さない!!」

「…シュールストレミング如きでビビったお子様が、よくそんな事言えるね?
コウヘイよりも、臭い思いしない事が大事なんじゃないの?」

「言ったね…じゃあやってやる!!今すぐ開けてやろうじゃないか!!
ゴトランド…それをよこせえぇぇええ!!!」

時雨は猟犬の如く缶詰を奪い取ると、すぐさまプルタブに指を掛ける。
だがその時、風切り音と共に缶が舞い上がった。
アレは…吸盤矢!?

「………瑞鳳さん、どうして?」

「ふふ……し、ししし時雨ちゃん…また別の機会ででもい、い、いいんじゃないかな?
ほら、その……か、帰ればまた来られるって言うし…。」グルグルメ-

あ…そう言えばづほ、去年台湾旅行で寝込んだって言ってたわ…臭豆腐で。
…って缶詰どこ行った!?ああ!提督の足元に…!

726 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:50:00.09 ID:vd4WLsIgO

時雨の表情は、もはや猟犬から狼にステップアップせんばかりに血走っていた。
そして缶詰と提督に向けダッシュしながら、あいつはこう口走る。


「ゴトランド、僕の提督への愛は本物だ!
だからこそ、君の過去すら許すわけには行かないんだよ!

絶対に許さない…提督の……提督のお尻の処〇は、僕が貰うはずだったのに!!!」

「聞いてやがったのかおい!?」


時雨の渾身の叫びが響き、提督は硬直した。


突き抜ける。


そんな例えが似合う、真っ先に気絶へと到達した白目と共に。

そして……その体は、足元の缶へと倒れ…。



『ぱぁあああん…………』



その瞬間、世界の終わる音がした。




727 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:52:28.30 ID:vd4WLsIgO


「……う…ここは…?」

「お目覚めか?集会室だよ。」

「憲兵長!?……?っ!!」

周りを見渡すと、さっきの面子がのびていた。
その中にはゴトランドと元カノも…ああ、臭いが催眠すら超えちまったのか。

服に染み付いたのか、とんでもねえ悪臭が鼻をつく。
これで軽減された方かよ…そんな中、どうも眼鏡と磯風が俺らの看病をしてくれていたらしかった。

「マスク無しかよ…。」

「ふっ…私と兄ぃは強いからな。だが提督の方は…。」


『臭すぎて死体袋に突っ込まれております』


「提督ー!?ヴォエッ!!」

「私と兄ぃが見付けた時、顔を缶に突っ込んでいたよ。
全く、中庭が酷いことになっているぞ?悪臭とゲロまみれで立入禁止だ。」

はは…近付いただけでこれかよ。中すげえ事になってんだろ。
まぁ、自業自得のツケだ。しっかり熟成されてくれ、人としても。

728 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:54:25.96 ID:vd4WLsIgO

「?…やべえなここ。ちょっと外行ってくる…。」

「そうしてくれ。少し外気に当たった方がいい。」


外に出はしたものの、ここでも若干臭って来てた。
石段に腰掛けてぼーっとしてると、そんな俺に声が掛かる。

「あなたもお目覚め?」

「…ゴトランド!?」

「大丈夫、もう何もしないよ。」

そう言ったきり、ゴトランドは黙っちまった。
気まずい時間も数分か、あいつは不意にまた口を開く。

729 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:56:42.32 ID:vd4WLsIgO


「…さっき、コウヘイが言ったよね?
僕らはもう終わったんだ…って。」

「…ああ。」

「あの一言で、妙に胸がすっとしたんだ。
その時思ったの…私はただ、完璧な終わりが欲しかっただけだったのかなって。何の期待も出来ないような。
ふふ…ちゃんと、別れ話もしてたのにね。」

「……そうかよ。」

「…ショーカクとは、どれぐらい付き合ってたの?」

「…1年半。そう思うと結構長かったよ。」

「夏が近いね…もう憲兵隊は半袖なんだね。
ねえ…『その腕の傷』は、いつのもの?」

「………っ!?

…覚えてねえな。」

「そう。
私があの子に肩入れしたのはね…私とあの子は、同じだからだよ?

例えば私だったら…ただコウヘイを追い掛けて日本に来るだけなら、通訳や留学生向けのカウンセラーなんて手もあった。
それでも敢えて、艦娘って言う危険もある職に就いたの。

『その意味』って、分かる?」

「………っ!?」

「これだけは言わせて。
あの子は私より、もっと切実だよ。

心理学者として言うなら…あなたはもっと、自己と向き合うべき。

じゃあ、私はお風呂に入るから。落とさなきゃ。」

730 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:58:32.30 ID:vd4WLsIgO

「…………。」

「あ…何だ、行っちゃったのか…。」

「……時雨。」

「ゴトランドさんも懲りたようで一安心…と言いたい所だけど、お釣りは大きかったよ。
僕もまだまだだね…つい熱くなっちゃった。提督が止めに来てくれなかったら、僕が死体袋行きだったよ。」

「その割にゃ妙に嬉しそうじゃねえか。」

「えへへ…言質取ったからね。」

僕にはもう時雨がいる!なんてあんだけ堂々と叫んでたもんなぁ。
まぁあの人はもう、一生カカァ天下を覆せねえだろ。

あー…安心したら疲れたぜ…。
ん?そう言えば気になる事が…。

「なぁ時雨、提督何であんなヘコヘコ頭下げてたんだよ。
まさかお前ら、もう…。」

「………カレー。」

「…………へ?」

「本気で僕を怒らせたら、もう一生カレー作ってあげないって前に言ったんだ。
説得失敗したら…って時点で察したみたいだね。
提督、僕のカレー大好きだから!」



…………。


……かわいいか!!


731 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:00:54.47 ID:vd4WLsIgO


ゴトランドも帰国し、何週間かすればもう皆忘れかけていた。
そんな中、俺は頼まれ物で執務室に向かってた訳。

今日はお淀が休みで…代打は時雨か。
まぁあれで、提督もやる事はやる人だ。執務室ん中が桃色って事もねえだろ。


「失礼しまーす。書類持ってきましたー。」

「あ、リョウ君お疲れー。」

「リョウさん、お疲れ様。」


最近は憲兵さんじゃなく、リョウさん呼びしてくる奴が増えた気もする。
なーんか馴染んだっつーか、段々俺も毒されて来てるような。

「…ん?本部からメールか。えーと……辞令?」

「誰か来るの……!?」

硬直する二人を見て、嫌な汗が背中を伝った。
まさか…はは、まさかなぁ……。


732 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:02:10.42 ID:vd4WLsIgO



『ぴこーん』


今度は時雨のスマホが鳴る。
それを確認した時雨の手は、わなわなと震えていて…俺らに向けてきた画面には、イ〇スタのDMが表示されていた。



『アイジンワクなら空いてるよね?』



その直後。


ぴぎゃーーーー!!!


と、耳をつんざく時雨の遠吠えが、俺達の鼓膜を引き裂いたのだった。



733 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:04:19.37 ID:vd4WLsIgO
ゴトランド編、何とか終了。
大分久々になってしまいました、皆様保守ありがとうございます。次回はネタを考え中。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 08:04:41.57 ID:GxMS3q3bO
乙乙
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 09:01:32.83 ID:ZlScouDPO
おつ。カレーでそういう趣味なのかと考えた俺は逝っていい
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/02(木) 02:27:34.88 ID:2fkK+HoCo
おつかーれ
737 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:16:21.24 ID:gEhD0SI+O





「…もしもし?えっ!?」


それは突然の事だった。

携帯に入った1本の電話は、救急隊からのもの。
状況の説明を受け、一気に血の気が引いた。

「…憲兵長、提督に連絡お願い出来ますか?」

「どうした?」

「………づほが、事故って運ばれたそうです。」



738 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:17:57.46 ID:gEhD0SI+O






第32話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-1-






739 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:19:37.67 ID:gEhD0SI+O

報せを受け、その時動けたのは俺と元カノ。
電話が来たのは処置に入ってからだったらしく、詳しい怪我は分からない。
命に別状ないとは言ってたが…それでも重症って事もある。

あいつは少し遠くで事故ったらしく、病院も同じくだった。
着いた頃には処置そのものは終わって、一般病棟に入ってると聞いた。

緊急入院…そんなに悪いのか?
案内された区画を、名札を確認しながら歩く。
元カノの方も気が気でないのか、顔色が良くない。

『鳳(おおとり)ミズキ』…病室はここか。
頼む、無事でいてくれ…!



「づほ!」

「瑞鳳ちゃん!!」


病室に入ると、起こされたベッドにもたれるづほ。
点滴こそ打たれているが、座れる程度の怪我ではあるらしい。
俺らはその姿に一度は安堵するが…。


「…あ、来てくれたんだ…ありがとう。」


きいぃ……と振り向いたづほは、真っ白に燃え尽きていた。


740 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:21:01.36 ID:gEhD0SI+O


「……肋骨骨折で5日入院…大変だったな。」

「でも良かったわ、命の心配が無くて。」

「………うん。」


………まぁ、大怪我だし、治療明けだ。
ぼーっとしてるのも無理はない。痛み止めだって効いてるだろう。

ただこの時俺らは、何か違和感を感じ取っていた。

“…何か、異様に生気がねえよな。”

“うん、完全にダウナー入ってるわね…。”

何か話しかけずらいオーラが空間を支配している。
どよーんとしたオーラのまま、づほは今度は何やらブツブツと呟き始める始末。

俺らはそこに、こっそり聞き耳を立ててみるんだが…。


「……ゼッタイユルサナイゼッッタイニユルサナイチノハテマデオッテケツゲマデムシッテホッテヤルゼッタイユルサナインダカラアアモウマイニチドッカニアシノコユビブツケルノロイカケテヤルノロウノロウノロウノロウノロウノロウ…」


““ひぃっ……!?””


元カノまでドン引きである。
薄々ただの事故じゃねえのは感じ取ってたが…その理由は、背後からの声で判明した。


「鳳さん、治療明けに申し訳ございません。警察の者です。」


741 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:22:47.37 ID:gEhD0SI+O

「「「…………。」」」

づほへの事情聴取がてら、俺らも報告用に一緒に説明を受けた。

状況はこうだ。

丁度信号が黄色から赤に変わる寸前、先行の車は先に抜けられたが、距離が微妙だったづほの車は普通に停車。
そこに行くだろうとタカを括ってた後続のトラックが追突、派手にカマを掘られた。

で、ここからがいけない。
何とそのトラック、降りもしねえで当て逃げしやがったらしい。
まだ昼間で良かったが、これが車通りの少ない夜だったらどんな事になってたか。

これには俺もキレそうだったし、元カノも相当殺気立った顔になった。
不幸中の幸いか、目撃者とドラレコで何とか犯人は追えそうとの事。
本音は俺らの手で潰してやりたい所だが、そこは任せる事にした。

そして警察が見せてきたタブレット。そこに映る画像を見たづほは…。


「……………やっぱり、あの子は死んじゃったんだね…。」


どう見ても廃車確定な愛車を見て、とうとう泣き出してしまった。


742 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:24:03.99 ID:gEhD0SI+O


「………どうしよ。」

「凄い落ち込みようだったわね…。」

少し一人にしてくれと言われ、俺らは病院の休憩室にいた。

づほはああ見えて、結構メカ好きな所がある。
艦載機にも愛着持ってるし、よく夕張にメンテの事聞きに行ってる。
あの車も安い中古車だが…丸さが可愛いのよ!丸さが!とそりゃあ大事にしてた訳。


“10:0だろうし保険もある…別の車は手に入るだろうけど、あの子はもう…。”


そう呟くづほの目は、本当に死んだ魚だった。

退院はすぐでも、当面は通院だろう。
それで車まで廃車じゃ、そりゃしばらく立ち直れねえよなぁ…。

「……今日の所は挨拶だけして帰るか。」

「そうね…安静にしてあげたいし、報告もしなくちゃ。」

そうだ、提督と眼鏡に報告もしなきゃならねえ。
それで一旦病室に戻って、づほに声を掛けたんだ。

「じゃあ今日の所は俺ら帰るから、お大事にな。」

「…ありがとう。」

「俺明日休みだから、また来るよ。ショウノは?」

「ごめんなさい、明日は遅くなるかもしれないわ…。」

「……!うん、待ってるね。」


ひとまず微笑んじゃくれたから、多少は落ち着いたか。
でも心配だなぁ…明日は高いアイスでも買ってってやるか。


743 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:25:15.60 ID:gEhD0SI+O




くくく……ふっふっふっふっ……。

怪我の功名、転んでもタダじゃ起きない。
これはチャンスね。あの子は最期まで私を守ってくれた、ならばものにしない手は無い。

そう、今の私はアバラ3本折ってる怪我人。
正直今もめっちゃ痛い…入渠や修復剤使えたらどんなにかってぐらい。


…だったらこれを機に、攻めてもいいよね?



744 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:26:59.97 ID:gEhD0SI+O

次の日。

……やっばいこれ。一晩寝たら余計痛い。痛すぎて板になる。って誰がまな板よ。
サポーター付けられてるけど、潰れるほど無いって現実が忌々しい…。

昨日はさすがに点滴だったけど、今日から病院食…これがまたキツい。飲み込むたびに痛む。水も同様。
暇潰しにお笑い見たら、この世の終わりが見えそうだった。
こんな時にく〇きーの替え歌見た私を呪う。もう3本砕けてる、ボディーのおかわりはいらない。

痛み止め出ててこれって、切れたら本当…やめよ、怖い。ああ、せめて癒しが欲しい。

181センチ、細マッチョ、なのに極度の女顔。
誰が呼んだか『歩く雑コラ』、『脱ぐだけで笑いの神となる男』。
でも私にとっては…1番暖かくなる奴。


早く来ないかなぁ…こんな時こそ、会いたいや。


745 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:28:31.45 ID:gEhD0SI+O

休みって事は、リョウちゃんの性格ならきっと早く来る。荷物だってお願いしたし。
如何せん急な事、それ以外の人が来てくれたとしてもだいぶ遅いはず。

…そして!なんと今この病室は私ともう1人だけ!それも端と端で離れてる!
ふふ…つまりカーテンで仕切ればそこはふたりだけの国……こう、甘えたフリしてうっかりキ、キスとかしちゃったり…!
って何照れてるの私!年齢=彼氏いない歴でも無い!
漫喫事件を思い出せ!キスより恥ずかしいとこ晒したでしょ!

そうだ、まず目標を決めよう。
ここまで来れたって事は、ちゃんと表札見てる…つまり、私の本名は忘れてないって事。

昨日も翔鶴さんの事、思いっ切り本名で呼んでたもんね。
昨日に限らずいつでもそうだけど、内心イラッと来るんだ。
別に元カノなんだし、翔鶴って事務的に呼べばいいじゃん!むかつくー。

………絶対に、退院するまでにミズキって呼ばせてやる。ふふ……。


「…ん゛っ!?」


いったぁ〜〜……!!
やばい、きっと今すっごい顔して…


746 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:30:26.83 ID:gEhD0SI+O

「大丈夫か?しわくちゃのピ〇チュウみてえになってるけど。」

「リョ、リョウちゃん…いつの間に…。」

「今入ってきたとこだよ。荷物とお土産な。」

「ありがとー!ダッツだ!いただくねー。」

荷物は…うん、リスト通りだ。助かるー。
あれ?でも下着とかその辺も…?

「荷物自体は隼鷹が部屋からまとめてくれたよ。
ここちょっと遠いけど、来れる奴から見舞い来るってさ。」

隼鷹さん助かるー。ん?何だろこの紙袋…?


『0.02mm』


隼鷹さん無理だよ!!ここ病院!!アバラ折ってるし!
ま、まあ、いつか使うの期待して貰っとこうかな…。

「大分落ち着いたみてえで何よりだよ。アバラって痛えもんなぁ。」

「折った事あるの?」

「一度組手で下手こいてな。防具無しだと色々あるぜー?」

そう笑うリョウちゃんの腕には、おっきい傷がある。
昔の傷って聞いたきりだけど…今なら『何の傷』かは、大体分かるのよね。昔話を知ったから。

747 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:32:35.07 ID:gEhD0SI+O

「ん。」

「どうしたよ?手ぇ掴んで。」

「いやー、冷静になると事故の恐怖がねぇ…ちょ、ちょっと掴んでてもいい?」

「まぁ派手にやられたもんな。いいぜ。」

半分本音、半分は下心。
でも私達の関係じゃ、こいつは言葉通りにしか受け取ってくれない。
甘えさせてくれるけど、違うのよ。

……もう、派手にやってやろうかな。

40センチ近い身長差も、リョウちゃんが座ってる今なら殆ど同じ。
いっそこのまま胸ぐら掴んで、思いっきりキスしてやろうか。

そう思って、空いた手を伸ばそうとしたら。




『ぴきっ』




「〜〜〜〜…!!!!!?」

「痛むか?モンハンの山田〇之みてえな顔になってんぞ?」

た、例えがひどい…!

うう、言われなくても今すっごいブスになってるの分かるわよ…!どすっぴんだし。
でも耐えらんないよこれ、か、顔に出るぅ…!

「無理すんなよ、寝てた方がいいって。折った次の日からが痛えんだから。」

「うん…そうする。」

あーあ…まぁ、そうなるよね。
はぁ、ほんと最悪…せっかくの二人きりって言っても、私がこれじゃね。


………。


748 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:34:17.06 ID:gEhD0SI+O

「…どした?手ぇ掴んで。」

「ほんとごめん…撫でて?」


ぶるぶる震えてる手を見て察してくれたのか、リョウちゃんは何も言わず撫でてくれた。
今度はガチ。さっき少し思い出したら、事故った時の怖さが一気に蘇ってきちゃって。


………生きてて良かったな、本当に。
事故って『色々失った』けどね。『色々』と。


「鳳さん、検査のお時間です。今大丈夫ですか?」

「あ、はーい。」

「やっぱりまだある感じ?」

「うん、事故だから一応MRIとか一通りやるって。
……ねぇ、リョウちゃん。」

「どうした?」

「この後暇ならで良いんだけどさ……検査終わるまで、待っててもらってもいい?
もう少し、誰かそばにいて欲しいんだ。」

「ああ、大丈夫だ。頃合見て戻ってくるよ。」

「……ありがと。」


ふふ…嬉しいな。

でも本当は、誰かじゃなく君って言いたいし。
ありがとうの後は、大好きって言いたかった。

今はこれが精一杯。
さて、まずは治さなきゃ。他に変な所見付からなきゃいいけど。


749 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:36:48.92 ID:gEhD0SI+O


…………そんな風に浸ってた頃が、私にもありました。


幸いアバラ以外は異常無し。脳にも異常は見られず。

だけど検査後の今こそ異常が起こってる。
脳波が全力で乱れまくってると思う。

そりゃ家族みんなに連絡したわよ…でも無理して来なくても大丈夫って言った。
すぐ出てこれる怪我だもん、期間だけならインフル並。

でも確かに『この人』は、すぐ来れなくもなかった…。

「お久しぶりです、随分遠かったでしょう?」

「いえいえ、この子の為だもの。リョウ君もお世話ありがとう。」

「そりゃ大事な友達ですから。」

気持ちは嬉しい、とっても嬉しいけど…今日じゃないともっと嬉しかった。
そう…リョウちゃんには出来るだけ会わせたくなかった…。


「お元気そうで何よりです。」

「ええ、リョウ君も。」


私の姉妹艦にして、イチ個人としても実姉。
それでもって、リョウちゃんの好みどストライク。


我が姉、祥鳳。
こと、ショウコお姉ちゃん。


私は改めて知るんだ…この人の悪意なき恐ろしさを。


リョウちゃん…何か鼻の下伸びてない?殺すよ?


750 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:39:43.05 ID:gEhD0SI+O
今回はこれにて。

今回の主役はづほ。憲兵君ポジション的な意味で。
次回・瑞鳳、詰められる。
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 13:01:56.97 ID:WoUvBWi7o
おつおつ
752 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:26:39.11 ID:4MF7Q746O







第33話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-2-





753 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:27:59.47 ID:4MF7Q746O


「…………。」ニコニコ

「…………。」ズ-ン

リョウちゃんはお昼食べに、1度院外へ。
お姉ちゃんは先に食べてたみたいで、結局1人で行ったんだ。

……一瞬お姉ちゃんを誘いそうな目ぇした事は、しっかり覚えといてやる。

でも今はそんな事より、目の前のお姉ちゃんが問題…。
姉妹だから分かるんだ、この笑顔はめちゃくちゃ怒ってる顔だって…あぁ、多分お姉ちゃんがキレてるのは、事故った事より…。

「ふふ…ミズキ、その様子だと“まだ”みたいね?」

「う"っ…!」

胃の中が鉄になる。

ああ…そうなのよ。前にリョウちゃんの事、思いっ切りお姉ちゃんに話したの。
その時かなーり厳しいお説教を喰らって…はは…そ、そこから実際問題進展してないんだよねー…。

「リョウくんが異動して離れた時、相当落ち込んでたわよね?
あれから私も同じ所行けるんだ!って随分はしゃいでいたと思うのだけど……どういう事かしら?」ギラリ

「〜〜〜〜〜…!!」

「ふふ…相変わらず酔っ払っては甘えて、そんな関係が心地よすぎて何も進展無し。
でもたびたび女を捨てた酔い方をしては、同い年なのに妹分みたいに見られていく一方。

今回も甲斐甲斐しくお世話してくれてるみたいだけれど…だんだん保護者じみてきた感あるわよね?彼。
艦娘たるもの、いざと言う時は勇ましく…これはあくまで艦娘の先輩として教えた事だけれど、恋に於いても同じだと思うの。」

「あ…あはは…。」

「そう、勇ましく、美しく…あなたは今、私の甲板チューブトップにそっくりなものを付けている。そして和服にも似た入院着。」

「う、うん……サポーター、だね。」

「そうよね……だからリョウくんが帰ってきたら…。


脱ぎましょ?」


出たよ脱ぎ魔。


754 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:29:41.34 ID:4MF7Q746O

そう…お姉ちゃんはちょっと露出狂入ってる。
全裸じゃないけど、何かやろうとすると何かと肩出したがる。

戦闘で本気出す時も脱ぐ。
何なら今までの彼氏の前でも、何でかヤクザ映画みたいに男前に脱いでる。洋服なのに。て言うか一回それで振られてる。

はは…そんなんで落とせるんならもうやってるわよ…何ならキャミにパンイチな変態仮面見られてんのよ。
そもそもね、ガッツリ血が繋がってるのにこの体格差は何なのよ。
お父さんもお母さんも普通体型…なのに私だけおばあちゃんから隔世遺伝。
私にマジックでシワ描いたらそのままおばあちゃんよ。おじいちゃん多分ロリコン。

て言うかね、そもそもね。

755 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:31:19.97 ID:4MF7Q746O


「………無理!ここ病院!」

「ふふ、まぁそうよね。冗談よ。
でもね…そんな無理しなくても…。」

「…むぎゅっ!?」

「……あなたはこんなに可愛いじゃない?ほーら、ほっぺむにむにしたくなっちゃう。」

「やめへよー、わらひ今年にじゅうにらよ?
むっ……はぁ、でもあいつの好みじゃないもん。ちんちくりんだし。」

「……前言ってた元カノさんと比べてる?写真見せてくれた。」

「…………うん。私と真逆だもん。」

「……この後は来るのかしら?」

「来たがってるけど、今日は多分無理だよ。仕事詰まってたはずだもん。」

「そう…。」ジ-…

「……お姉ちゃん。」

「何?」カチッ…ガチャガチャ…

「何でアーチェリー組み立ててるの?」

「それは勿論、可愛い妹の恋敵をぶっ飛ばす為よ?」


やめんかこの姉は。

756 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:33:18.45 ID:4MF7Q746O

「ふふ、所詮正規と軽空の差なんて艦娘モードでの話…ただの人同士の今なら、正規空母にだって負けないわ。」

「お姉ちゃん、それただの傷害って言うんだよ。」

「ふふ、冗談よ。」

「なら目を開けて笑って。ねえ。」

「ちぇっ、しょうがないわね。

…まあそれはそれとして、なんで私がこんなに必死か分かる?
リョウくんは、あなたを任せたいって思うぐらいの人だって事よ。」

「…お姉ちゃん。」

「そうね…いきなりしっかり進展は無理でも、今回はもうちょっと女の子だって意識させてみよっか?
まずは怪我の功名狙お?今ならチャンスでしょ?
あんまりうかうかしてると…私がもらっちゃってもいいかも。」

「ダメ!絶対ダメなんだから!」

「ふふ、その意気よ。それだけ嫌なんでしょ?じゃあもっと勇気出さなきゃ。」

「あ……うー、お姉ちゃんには勝てないなぁ。」

「だってお姉ちゃんだもの。
じゃあそろそろ行かなきゃ、お大事にね。」

「うん、ありがとう。お父さんとお母さんにもよろしくね。」

「うん、伝えておくわね。」


757 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:34:50.43 ID:4MF7Q746O

そしてカーテンの閉まる音と共に、今日の嵐は去って行った。

そんな静かな病室の中、私は一人考えていた。
勇気…そうだ、私にはもう失うものなど何も無い。何を怖がることがあるんだって。


「戻ったぜ。あれ?祥鳳さんは?」

「もう帰ったよ?ちょっと遠くから来てくれてたしね。」

「何だ残念だなー、もうちょい話したかったのに。
あーあ、さっき連絡先聞きゃ良かった…美人だよなぁ、祥鳳さん。」

「うん、私の憧れだもん!マジ姉妹だけど。」

「あー、確かにづほと似てねえもんな。サイズ感とか。」



………あぁん?




758 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:39:23.54 ID:4MF7Q746O

言ってくれるわね……これでも小学生の頃は、体大きい方だったのに。中1で成長止まったけど。

ふつふつと沸く怒りは、ヘタレな私をどこかへ遠ざけた。

そう…失うものなど何も無い。
事故った時、ある状態異常で、ある目的地に向かっていた…その300m前でカマ掘られたの。
確か3日ぐらいご無沙汰で、運転中に急に来た…それで目に付いた青いコンビニ、天国の門に見えたわ。

こんなんでも成人女子、毎月の税金に頭悩ませたり、飲み過ぎでやらかしたりする大人の女…。
ふふ…そんな中、事故った弾みでね…。


かっっったいう〇こ、漏らしたから。今年22なのに。


事故った時は半分気絶してた。
そんな中でよーく覚えてるのは、どう見てもダメそうな愛車内の様子と…パンツの中のダイヤモンドな感触と…

救急隊の人達が連呼する、脱〇だ!って慌てた声よ。

人間って、本当に危ないと色々緩むって言うね…。
多分そう思ったから焦って連呼したんだと思うけど、めちゃくちゃ周りに聞こえてたと思うんだ…はは。


「……リョウちゃん。」

「どうした…!?」


リョウちゃんはベッドの横に立っていた。
だから胸倉掴んで、思いっ切り体重掛けて引っ張った。

もう無理矢理キスしてやる。
女以前に大人としての尊厳を失った私は不退転。
そのままリョウちゃんの体は、目を閉じた私の方目掛け…。

759 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:42:15.50 ID:4MF7Q746O




『どすっ!!』






……どす?




760 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:44:09.78 ID:4MF7Q746O

目を開けると、リョウちゃんの体はバランスを崩し、ある場所に着地していた。

そう…脇にあるベッドガード。
そいつが綺麗に、お尻の割れ目に直撃する形で。
リョウちゃんはそれをケツに挟んだまま、白目を剥いていた。

とさ…と人が倒れる虚しい音を見届け、私はベッドの上に仁王立ちになった。

ナースコールの、カチリと言う音。
それ以降はもう、この病室は静寂以外は存在しなかった。


門長(かどなが)リョウスケ、21歳。職業・憲兵。

私の手により、痔、再発す。

761 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:49:11.26 ID:4MF7Q746O


なけなしの勇気を振り絞った告白作戦も台無し。
怪我の功名はならず、状況は変わらないまま。
結局この事故と入院で、私は損ばかりしたのでした。

そしてこの後、甘えてばかりで踏み出さなかった自分を、またしても悔いる事となるのです。

…あと、リョウちゃんはやっぱり、『そういう星』の元に生まれてるのだと。
翔鶴さんを始め、何かしらアレな人と縁があるって言うか、引き寄せるっていうか…。


星のピアスの女だけにね。


…あ、それ言ったら私もアレな人に入っちゃう。

762 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:52:47.86 ID:4MF7Q746O
今回はこれにて。
瑞鳳提督の皆様、本当すいません…。

次回、かつてのオリ〇ピック開催地。



763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/01(土) 08:12:40.20 ID:d115Ow1zO
おつ!
いずれは報われて欲しいとこ
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/02(日) 09:25:49.29 ID:Mn6kU1lS0
人は便意には勝てない
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/03(月) 01:45:35.74 ID:eFzQHlTeo
おつおつ

早々にアトランタ編かぁ
楽しみ
766 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:13:34.72 ID:PPFDzITdO

「海外艦?またですか?」


「ああ。まぁ色々あってな、うちで引き取る事になった。」

「…またゴトランドみたいな厄介じゃないですよね?」

「残念ながら、彼女以上の厄介だ。
ゴトランドの件は本当に偶然だったが、今回はコウヘイも一枚噛んでいるし…何よりクソ野郎も関わっている。」

「クソ野郎?ああ、本部長殿ですか。あんたほんとあの人嫌いですね。
でも何でまた、海軍の人事にうちが噛んでるんです?」

「正確には、海軍が泣きついてきたんだよ。
異動先がうちになったのは、異例の基準で決まったのさ。」

「え?まさか…。」

「最後はどんな鎮守府かでは無く、どんな憲兵隊がいるかを基準に決まった……つまり、我々をご指名と言う事だ。」


767 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:14:22.37 ID:PPFDzITdO








第34話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-1-







768 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:16:16.98 ID:PPFDzITdO

その件から2週間、遂にこの日が来てしまった。

詳しい話は眼鏡から聞いてる。
NY育ちで、それもだいぶアレな地区の出身だと。

何でも札付きって奴らしく、艦娘になるまでは相当ヤンチャで、『オレンジのツナギ着てた』時期もあったらしい。
艦娘になって足は洗ったらしいが、気性は変わらず。向こうの提督のクソさにキレて半殺しにしたんだとか。

実際その提督は相当クソ野郎だったみてえで、クビ飛んだのはそいつの方だったようだ。
だが上官への暴行、無処分って訳にも行かず。
結局痛み分けって事で、今日来る奴の方は事実上の左遷ってのが事の顛末だと。
アメリカ側が、引き取ってくれる国を探してたらしい。

不良ねぇ…天龍とか摩耶、元気してっかな。
まぁ上官半殺しも理由がある。今は足洗ったってんなら、可愛いもんであって欲しいけど…。

「もうじきここにも挨拶に来る。さて、実際はどんなものだろうな。」

「大した事なきゃいいですけどね。」

「ああ、“しっかり頼むぞ”?」

この時眼鏡の言葉の意味を、しっかり掴んでおくべきだった。
そうだ、上の意図は俺達に任せたって言うよりも…。




『こん…こん……』




……来たか。

さて、どんな厄介か。

769 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:18:59.01 ID:PPFDzITdO

「How is everything?
あたしはAtlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Blooklyn生まれ。
あなた達、憲兵さん?よろしくね。」

「Nice to meet you.そうだ、我々がここの憲兵だ。
私が憲兵長の磯村キョウ、こちらが部下の門長だ。よろしく。」

「Nice to meet you.
門長リョウスケです、よろしくお願いします。」


率直な感想を言うと、肩透かしを食らった。

気だるい喋り方に、どことなくぼーっとした顔。
所謂本物って聞いて、凶暴な性格を想像してたからな。


「phew……Japanも暑いね。」


アトランタの制服は長袖シャツ、おまけに手袋にインだ。
そりゃ暑いよな…アトランタが少しだけ袖を捲ると…。



『tattooーん……』



………おめーの腕がブルックリンの壁だ。


770 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:20:49.02 ID:PPFDzITdO

…いや、俺『ある事情』でタトゥー自体は見慣れてんだよ。何なら全身入ってる人も知ってる。
でも俺の知ってる人らは、ファッションや願掛けで入れてる人。実際そこまで邪悪な印象は持った事ない…こいつを除いては。

例えるならヤーさんの和彫りみてえな、妙な気合い。
ぶっ飛んだ絵柄でもねえのに、何故かチラ見えしたこいつのタトゥーからはそれを感じ取っていた。

ゆ、油断しねえ方がいいな…。
ん?どうした?俺の顔まじまじと見て…




「………cupcake.」





………あ"?




771 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:23:50.52 ID:PPFDzITdO

「…Who the hell are you calling a “cupcake”?you son of a bitch.」(誰が女みてえな奴だって?こんにゃろう。)

「What the fxxk...you can speak english.」(げ…あんた英語喋れるんだ。)

『おーおーこれでも得意分野だよ。日本人ならスラング分かんねえってナメてたろ?』

『随分流暢…て言うか、口が悪いんだね。ブルックリンのストリートならぶっ飛ばされるよ?』

『そのまま返すぜ。
生憎日本語も、お前んとこのFワードみてえなスラングはクソほどあるんでな。英語でもニュアンスで何の意図か分かんだよ。
初対面でナメた口利いてくれんじゃねえか。』

『率直な感想。』

『…警戒してたけど、頭来たぜ。』

「You pickin 'a fight?fxxk'n cupcake.」(やんの?オカマ野郎)ナカユビタテ-

「C'mon,fxxk'n bitch.」(かかってこいやクソアマ)オヤユビサゲ-

「Stop it,fxxk'n stupids.」(やめんかバカども)

「「Ow!?」」((痛!?))


眼鏡に頭同士をぶつけられた俺らは、その場にへたりこんじまった。
首にも来てるぜ…無理矢理この女んとこまで下げやがって…!

772 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:26:39.43 ID:PPFDzITdO


『リョウほどでは無いが、私も英語は出来るぞ?
貴様がここに送られたのは、私達がいる前提でだ。
これから“こいつとは長い付き合い”になる、そう目くじらを立てるな。』

『……へぇ、こいつが“例の”?こんなオカマ野郎に?』

『オイ、まだ言うかコラ。』

『リョウ、お前もだ。
アトランタの言動にキレるのも分かるが、スラングにスラングで返すな。
アトランタ、今日はもう大丈夫だ。下がっていいぞ。』

『そう?じゃあ今日は戻るね。』

そのままアトランタは出て行こうと扉に向かうが、去り際、くるりと俺に向かいこう言った。


「Ryo,fxxk you.」


ほー……あのやる気ねえツラ眉一つ動かさねえで舌出して、声のトーンも変えず中指立てやがりますか。
随分煽り力の高ぇお嬢ちゃんだ事で…!


773 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:32:41.23 ID:PPFDzITdO

「……憲兵長。今回の件、提督と本部も噛んでるって言いましたね?」

「ああ、条件に合う憲兵を探す過程でな。
アメリカ側も、資料を見て任せられそうだ!と喜んでいたと聞いたよ。」

「…それは『俺ら』ですか?それとも『俺』ですか?」

「…勿論、貴様個人をご指名だ。『担当監察員』としてな。
リョウ、言い逃れは出来んぞ…昔2年程アメリカにいただろう?」

「中一中二と、親の仕事の都合でいましたね…。」

「当時通っていたのは邦人学校…だが、空手はどこでやっていた?」

「…現地の空手道場。
後々総合に進むような、陽気で気性の荒いアメリカ人がいっぱいいました。」

「…英語は?」

「……そんな環境だったんで、スラングから覚えましたね。fxxkやshitは挨拶代わり。」

「つまり、アトランタと歳が近く、スラング含め英語も堪能、荒れくれ者と渡り合って来た経験もある…。
ほーら、君しかいないじゃなーい♪」

「…ざっけんなコラァ!!誰だ!?誰がトドメ刺しやがった!?」

「コウヘイだ。彼なら余裕ですよー、うちで引き取りますよー、と二つ返事したらしいぞ。」

「……今から提督殺りに行ってもいいですか?」

「……誰を殺るって?」

「アイエエエ!!時雨!?時雨何で!?床から!?
待って!そのマチェットしまってぇぇえええ!!!???」


第一印象は最悪。
正直次会った瞬間、あのやる気ねぇツラ引っ張ってやりたかった。

…しかしどう言う訳だか、マーフィーの法則。
関わりたくねえ奴とこそ、関わり深くなっちまう事も人生にはある。


ああ、考えたくねー…。


774 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:34:26.12 ID:PPFDzITdO





「うわー…何言ってるか分かんないけど、ボロクソなのだけ分かるわね…。
あれだけ険悪ムードだったら、大丈夫じゃない?」

「…………いえ、あの子は危険ね。」

「そう?」

「ああ言うタイプの子、リョウは何だかんだで放っとかないわ。」

「…………翔鶴さんが言うなら、そうなのかもね。」





775 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:37:07.70 ID:PPFDzITdO
今回はこれにて。
アトランタ編だけで、何回放送禁止用語出す事になるのやら…。
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 01:42:46.42 ID:Mn+Yjsj4o
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 13:20:43.22 ID:cEfoeIibo
乙です
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 04:28:31.24 ID:UUxPSz0iO
乙です
喧嘩するほどなんとやら
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 06:32:39.73 ID:1SrvIYX90
最悪の第一印象とかいうラブコメの王道導入
780 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:54:23.85 ID:731E/n28O

あー…本当ムカつくわあの女。
休憩時刻になってもイライラが収まらなかった俺は、久々に喫煙所へと向かっていた。

前は部屋にタバコ置いてたが、今はすぐ吸えるよう詰所のデスクん中。
相変わらず頻度はたまに嗜む程度だが、この置き場の差が現職場でのストレスを物語る。

喫煙所の扉と左の壁はガラスなんだが、右は普通の壁。
だからだろうな…いざ中に入るまでは、先客に気付いてなかった。


「朝以来だね。」


……呪われてんなぁ、今日。


781 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:55:43.97 ID:731E/n28O








第35話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-2-







782 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:58:17.97 ID:731E/n28O


「…………。」シュボ


無視無視。何で一服すんのにこいつのツラ見なきゃなんねえんだ。
ふー……あーあ、横に気配があるだけで味落ちてる気がすんぜ。


「…………。」ジ-


何じっと見てんだよ。
またオカマ野郎とか抜かす気か?…ん?

アトランタの手には、火のついてないタバコ。
…ああ、そういう事ね。

「…………。」ポイッ

「……thanx.」パシッ

『へぇ、礼ぐらいは言えんだな。』

『人の事なんだと思ってんの。』

『初対面で人の事オカマ野郎って言う女。』

『女みたいな顔してるあんたが悪い。そのくせデカいし。』

『うるせえ。もう点けたろ?ライター返しな。』

『タバコに関しちゃ日本はいいね。安いから。』ポイッ

『あー、ブルックリンじゃ州法ですげえ高かったっけか?』パシッ

『そう、NYだから。たまの良い嗜好品だから、日頃はVAPEで誤魔化すしかなくてね。』

『ふーん…。』

それ以上会話は特に無し。
別に話す気もなかったからだけどな。

ゴトランドの件の反省もあって、今回は資料のパーソナルな所まで目は通した。
こいつは20歳だからタバコについて言う事も無いし、俺も知ってる以上、歳について話す事もねえって訳さ。

…10代からだってのは、察したけどな。

783 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:02:37.20 ID:731E/n28O

『…担当監察員って、何するの?』

『…お前がやらかさねえか、一定期間監察するだけ。前科者の自分を呪いな。』

『何もしないよ。この国じゃ悪さのしようも無いしね。』

『それだけじゃねえよ。お前の他者への言動・行動も込みだからな?』

一応釘だけ刺しておく。
ちょくちょく話し掛けてくんな…どうせこれからしばらく、積極的にそのムカつくツラ見なきゃならねえ。
朝の件からイラっと来てんだ、今ぐらい無視させてくれよ。

『……憲兵って、要は軍内の警察でしょ?あたし警察嫌いなんだよね。』

『奇遇だな、俺はお前みてえなタイプの女が嫌いだ。』

『だったらわざわざ英語使わないで、日本語で通せば?左遷決まって叩き込まれたから喋れるけど?』

『お前のスラングにカウンター返す為にわざわざ英語使ってんだよ。ダイレクトにムカつくようにな。』

『……やな奴。』

『お互い様だ。』

人間には相性がある。
どうやら俺とこいつは最っ高にウマが合わねえようだ。

ま、憲兵やってりゃこんな事もあるかね。割り切るしかねえか。
馬合わねえ女っちゃあ、曙の奴はどうしてるやら。

……ん?ガラスに何か張り付いてんな…



『べちょーーん…』


「うおおおおっ!?」

「yikes!?」


スライムみてえにべっちょり顔面張り付けてたのは、づほ。
心臓に悪いわ…最近顔芸マスターになってねえか?

784 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:05:08.28 ID:731E/n28O

「ふっふー、新人さん見ないなあって思ったら、こんな所でおしゃべりしてたんだ。
ないすとぅーみーちゅー。私は瑞鳳。
アトランタちゃんでいいんだよね?よろしく。」

「よろしく。あなた、空母?」

「うん!軽空母だよ!」

「へぇ……。

演習する時、楽しみだね。よろしく。」

この時初めて、ダウナーなこいつがニヤリと笑うのを見た。
ああ、不良上がりの防空巡洋艦…なるほど、食ってみたくなったって訳か。

づほも察したのか、笑顔がこわばった。
やべえのが来るって話は前からしてたから、目配せして出るよう促したんだ。
演習以外じゃ、あんまり好戦的なムードにはさせたくねえからな。


785 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:07:14.50 ID:731E/n28O

『……あの子、本当に軽空母?駆逐艦じゃなくて?』

『あれでも俺と同い年、お前より年上だぜ。
俺の大事な親友だ、いじめんなよ?』

『あんたいくつだっけ?』

『21。今年22だ。お前より2つ上だ、少しは敬いな。』

『じょーだん。憲兵のクセに喧嘩好きは敬えないわ。
その拳…あんた、かなりやってるクチでしょ?』

『空手を長年な。アメリカいた頃、道場の先輩に英語と拳を散々叩き込まれたよ。』

『アメリカでストリートファイトは?』

『人助けから発展しちまった事は何度か。』

『本音は?』

『ボクサーやマーシャルアーツ相手は燃えた。』

『うわ…悪い奴。』

『14の時だ、若気の至りだよ。俺は出るぜ、くれぐれもはしゃぐなよ?』

『やんないよ。』

『どうだか。』

そのまま喫煙所を出ると、角の所にちっこい影が隠れてた。
ああ、あの後も見てたのか。

「リョウちゃん、大丈夫?何か雰囲気悪いけど…。」

「ああ、大した事ねえよ。単に俺とウマが合わねえってだけさ。
お前らは仲良くしてやってくれよ?」

「うう…さっきちょっと怖かったかも。
長門さんとこの秋月ちゃんいるよね?演習中のあの子みたいな目えしたからさ…。」

「そりゃお前が空母だからだ。」

786 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:08:57.41 ID:731E/n28O






「Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?」

「うん、あたしはアトランタ。あなたは?」

「私はね…。」





787 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:12:15.26 ID:731E/n28O

さて、時間か…またアレの顔見に行かなきゃ行けねえ。

正直クソみてえな任務だけど、仕事な以上やる。
実際問題、やらかされても困るからな。


『……いるか?様子見の時間だ。』

『ああ、もうそんな時間?いいよ。』

『失礼するぜ。』


定期的な動向把握、並びに日に一度の部屋への訪問。監察の基本内容はこれ。
で、初日真っ只中な訳だが…昼間暑いって言ってた割に、アトランタの部屋着はロンTだった。


『ちょっと寒くねえ?エアコン強えよ。』

『日本はジメついてるからキツいよ…。』

『ロンTなんか着てるからだよ。部屋ん中ぐらい隠すもんでもねえだろ?』

『……スケベ。』

『タトゥーの話だバカ。』

『…………見せびらかすもんじゃないからね。』


……妙だな。

アメリカだったらタトゥーは珍しいもんじゃねえ。
余程失敗されたとかでもない限り、隠したがる奴の方が珍しい。仕上がりもちゃんとしてた。
そもそも両前腕にびっしり入ってたしな。

アレ見た時は妙な雰囲気を感じたもんだが…何かあるな。

……いや、気にしてどうすんだ。俺のやる事はまた別だ。

788 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:14:42.72 ID:731E/n28O

『そう言えば、さっきショーカクって子に会ったよ。あの子は正規空母ね。』

『……あいつかぁ。』

『何か腹に一物ありそうだね。彼女?』

『…高校の元カノだよ。ここにいたのは偶然だけどな。』

『…EX(元カノ)か。ああ言うのが好きなんだ?』

『系統だけで言えばな。色々あって別れたけど。
逆にお前みたいなタイプは好みじゃない。』

『奇遇だね、あたしも女顔は嫌いだよ。
……もう夕方か、夜が来るね。』

『波乱の一日の終わりだ。恵みの夜だぜ。』

『恵みね…あんた、夜はどうなの?』

『夜は夜で、嫌いじゃねえな。』

『そう。あたしは苦手。』

『……札付きなのにか?』

『……札付きだったからだよ。アトランタの適正出てから、余計苦手。』

『そんなもんかね。じゃあ戻るわ。』

『もう来なくていいよ。』

『そう出来りゃラッキーだ。じゃあな。』


部屋から出て廊下を見れば、夕暮れで真っ赤になってた。
夜が苦手…か。ちょっとあいつを頼ってみるかな。

789 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:17:12.48 ID:731E/n28O

「…て訳なんだが、あきつ丸、夜中にあいつの部屋を覗けるか?」

“出歯亀でありますか。趣味が悪いでありますなぁ。”

「治安維持の一環だっての。」

「おや、昼間は揉めていた割に、アキまで引っ張り出して随分やる気だな?」

「げ…幽霊見えない聞こえないな割に、会話の流れは分かるんすね。」

「直近でアキを頼るような場面など、一つしかないからな。
…実際どうだった?一日監察した限りでは。」

「基本的な態度は変わらず、俺との相性は最悪です。
ただ、気になる点はあるんですよね。悪意あるってより、テンパって何かやらかしそうな。」

「動転して?」

「あれだけ派手なタトゥーを見せたがらないのと、夜が苦手って発言の2つ。
その後実艦のアトランタについて調べましたけど、確かに記憶の断片だけ貰ってもキツそうな史実ですね。
……ただ、妙に引っかかるんですよ。」

「何か気になるのか?」

「艦娘適正出て、『余計』夜が苦手になったって言ってたんですよね。
完全に勘ですけど、夜のあいつは注意した方がいいかもしれません。」

「…少しは成長したな。
憲兵と言う職務に於いて、洞察は重要だ。トラブルを未然に防ぐと言う意味ではな。」

「えぇ…夜こそ気が立って、何かしでかす可能性も考慮すべきかと。
あきつ丸、皆が寝静まった頃に頼む。」

“了解であります。”

790 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:19:16.22 ID:731E/n28O

翌日あきつ丸に結果を聞くと、やはり気になる点がいくつかあった。

一つ、ナイトランプを最大にしたまま眠っていた事。

もう一つ、寝言で何人かの名前を口に出していた事。
アメリカの人名だが、男女が混ざっていたらしい。

………今夜は俺の夜警か。
あいつの部屋の前通る時、ちょっと気にしてみるか。


『リョウ、おはよう。相変わらずオカマ野郎だね。』

『あ?朝っぱらからFワード付けんなよ。』


日中はそのまま、昨日通りの毒の吐き合いで過ぎた。
それでいざ夜警ってなった時…予想通り、異変は起こった。悪い意味でな。

791 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:20:30.81 ID:731E/n28O


“電気が点いてる…アトランタか?”


深夜24時、廊下に入ると煌々と明かりが。
トイレに起きる奴用に、普段ある程度照明は残してある。
だが今は、それ以上に全開になっていた。

その時…ふ、と突然照明が落ちた。


「no……nooooooooo!!!!!」


悲鳴!?
これは…アトランタの声か!!

懐中電灯片手に廊下中を探す。
それである程度進んだ時…ようやくへたり込むアトランタを見付けた。

「大丈夫か!?」

懐中電灯を向け、アトランタはこっちを見た。
するとアトランタは俺に飛び付いて…。


弱々しい声で、こう言った。


792 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:21:42.07 ID:731E/n28O






「stop it…farther……
stop it…Jesus…please don't killing homies…」

(やめて…お父さん…。
やめて神様…みんなを殺さないで…)






793 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:24:26.92 ID:731E/n28O



きっとアトランタの目には、俺が俺としては映っていなかったのだと思う。

この時俺は…ただ必死に縋り付く彼女を抱き締める事しか出来なかった。



794 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:26:22.00 ID:731E/n28O
今回はこれにて。
アトランタ編はシリアスとボケがごちゃごちゃな、ちょっと長めのお話になる予定。
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/09(日) 07:33:24.04 ID:99oKMQsKO
おつおつ。それにしても現地事情詳しいっすね
796 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:28:31.27 ID:95/Cik0zO








第36話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-3-







797 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:30:27.34 ID:95/Cik0zO


『………落ち着いたか?』

『………。』

荒かった呼吸も、しばらく抱き寄せてる内に収まってきた。

アトランタは何も言わないが、今こうなった理由を問い詰める事はしない。
大体察しはついた、だからこそだ。

『………ごめん。』

『人間ああなったら仕方ねえよ。こっちこそ触っちまってすまねえ。』

『…ありがと。』

『部屋まで送るわ。』

アトランタを部屋まで連れていくが、ベッドに座るあいつの肩は、まだ少し震えていた。

…一人にしといてやった方がいいな。

「I'll return to the my room,sleep tight.」(俺は戻るぜ。しっかり寝とけ。)

「Are you going to playing “Netflix and jill”now?」(これから『いいこと』して寝るの?)

「If so.I'd have to girls who are different from a person like you.」(もしそうなら、『お前みたいな奴以外の女の子』でだな)

「Fxxk'n pervert.」(ばーか)

「Shut the fxxk up.You'll sleep well after NO2 please,lady?good night.」(うるせえ。クソしてお眠りやがり下さいませ、お嬢様?おやすみ。)

「hehe……Ryo,thanx.」


ふー…何とか笑っちゃくれたか。
あんな唐突な下ネタ、気ぃ紛らわせてえ以外の何だっての。返す俺の身にもなれ。

…そういや、あいつが普通に笑ったの今日で初めてだな。

798 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:31:29.15 ID:95/Cik0zO

あいつの部屋から出て、俺は懐中電灯も点けずに廊下を歩いていた。

ただ苦手な夜が来るだけでああなったなら、艦娘以前に日常生活すら送れねえ。
悲鳴上げたのは停電にビビったからで説明付くが、あの言葉。あれは多分、俺の…。


…どうも、ダメ押ししちまったらしいな。


日常を守るとは、心を守る事。
ムカつく事に眼鏡と知り合ってから持った、俺なりの憲兵としてのポリシー。

アトランタの事は気に食わねえ、どうにもああ言う女は苦手だ。


ただ……それが目の前で泣いてる奴を放っておく理由には、ならねえよな…!

799 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:33:05.07 ID:95/Cik0zO

「リョウくん、また珍しいね。」

「提督…夜分遅くにすみません。」

「…アトランタの様子はどうだい?どうにも僕の前じゃ気を遣ってる風でね。」

「提督…アトランタの資料はありますか?」

「…君の所にもあるはずだ。」

「ちげえよ……出生、半生、具体的な犯罪歴。
あいつが『オレンジ着てた』ってんなら、あんたにそっちの方も来てるはずだ。向こうの警察の調書がな。

出せよ。今すぐだ。」

「………。

かなわないな、君には…いいよ、用意しよう。
すまないね、重い役目を押し付けてしまって。」

「…ありがとうございます。」

「………もう察しはついてるかもしれないけど、うちは『そう言う鎮守府』でもあるのさ。
ここは普通に育ってきた子も多いが、何かしら訳ありな子も、うちは積極的に引き取るようにしている。僕の方針でね。

だが僕は提督…柱は所詮柱。それ以上にも以下にもなれない。
一人一人と時間を掛けて向き合いたいが…僕が本当にそれをしてしまえば、戦いに支障が出てしまう。
まず皆が勝ち、そして生きて帰れるよう運営する。それが僕の1番やるべき事。
僕が出来るのは、ここのみんなの居場所を作る事だけだ。

キョウに憲兵への転身を勧めたのは僕だが、あいつがここへ来たのは、キョウ自身の意思だ。僕の方針を理解してね。
“枝を守るのは任せろ、お前は何より太い幹でいろ。”って言ってくれた。
お淀だって、アレでもその気持ちは同じくさ。

だが、彼らだけでは負担が大きい。
今までのキョウの部下達もいい奴らだったけど、正直その面では頼りなかった。

……リョウくん。改めてアトランタの事を…そして、キョウやみんなを頼んでいいかい?」

「……任せてくださいよ。俺はあのクソ眼鏡の一番弟子ですから。
一人より二人。枝支えんなら、多い方が良いでしょう?
頼みますよ大将!あんたはぶっとい柱でいて下さい。」

「…ありがとう。印刷出来たよ、これだ。」

「…提督、ありがとうございます。」

「すまないね、今度何か奢るよ。」

「だったらここらで一番美味いラーメン食わせてください。それでチャラです。」

「ああ、一番好きな店に連れて行くよ。」

800 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:36:28.58 ID:95/Cik0zO

部屋に戻って、改めて隅から隅まで資料を見る。
捕まるまでの家庭環境、生活…それに、逮捕された時の罪状。

なるほどね…大方はクソな意味で予想通り。
だが、本人の口から聞かなきゃ分かんねえ事はまだ多い。

担当観察員…その役目とは、性質に問題のある者を、艦隊の秩序を乱さぬよう正す事。
だがそんなもんは俺にとっちゃ建前だ。要は…安心して戦い、そして暮らせるようにする事。やらかす必要が無いようにな。

少し時間は掛かるな…俺は俺なりのやり方で、全うさせてもらうぜ。


そうだな、まずは今度…。


801 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:40:23.65 ID:95/Cik0zO



“……コン…コン…。”


『ん……誰?』

『俺だ。』

『げ…もうそんな時間?仕事明けなんだからゆっくりさせてよ、せっかく早く終わったんだよ…。』

『私服に着替えろ。それでゲートん所集合。』

『え?』

『…お前酒は好きか?いい所に連れてってやる。』


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