梨子ちゃんとマルの平穏な日々

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153 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/07/10(水) 22:04:53.81 ID:s2HbqQpM0
次もまだ21の話のまま日曜日までに
154 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/14(日) 22:28:03.22 ID:5Jxnn+Dj0
放課後

ホームルームの終了まで10分ずれたまま進んだので
解散する頃には廊下も下校する生徒たちのざわめきで溢れていた

教科書を鞄に詰め込んで
花の髪留めをポケットに大事に入れて
準備は万端

逸る気持ちを抑えながらかえりみる

お昼休みは早めに部室に行って失敗した
今度もそうなりはしないかと不安になるけど
考えても仕方の無い事だし、無心で行こう…と
無心とは程遠い邪念雑念を抱えたまま、マルは部室への道を行くのでした


部室の前

部屋の中から漏れ聞こえてくる耳に馴染んだ声たち


千歌さんに果南さん
ダイヤさん
曜さん
そして、梨子さんの声も

鞠莉さんは、放課後は特に合流が遅れることが多いけど
あ、今日はもう来てるみたい


ポケットの中の髪留めを握って、心の準備をする


ルビィ「みんなもう来てるみたいだね」


そう言ってルビィちゃんがドアを開ける
155 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/14(日) 22:33:28.27 ID:5Jxnn+Dj0
いつものようにダイヤさんのところへ駆け寄るルビィちゃんを見送って
マルは善子ちゃんと並んで部室に入る


善子「リトルデーモンリリー!今日も堕天するわよ!」


GuiltyKissの三人も、お昼のユニットミーティングが好調だったらしく
教室でもずっと機嫌の良かった善子ちゃんが
部室に入るなり梨子さんをビシッと指さしながら声を上げた

ビクッと微かに肩を震わせて、こっちを振り向く梨子さん

他のみんなはもう慣れた感じでその様子を眺めてる
鞠莉さんなんかはニヤニヤしながらとても楽しそうにしてる


またしても先を越された


と思っていると、梨子さんがこちらに近づいてくる

そうだ、声をかけたのは善子ちゃんで
その隣にはマルがいるんだから、梨子さんがこっちに来るのは当然だ


今だ

今しかない

『この髪留め梨子さんのだよね?』

その一言を口にするだけでいい
今なら忘れ物を届けるというこれ以上ない口実で話しかけることができる

マルは
てのひらの中の花の髪留めを梨子さんに差し出そうと顔を上げる


…あれ?


マルの目に映る梨子さんの右耳の上には…髪留めが…ある?
156 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage]:2019/07/14(日) 22:35:32.72 ID:5Jxnn+Dj0
 まだまだ21のまま明日に続く
157 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:18:44.08 ID:Q2Wt/dI60
マルの目の前に立つ梨子さんは

確かに髪留めを着けている


またよく見慣れた、白色の楕円の髪留めを


そういえば、制服姿の梨子さんがこれ以外の髪留めを着けていたことってあったかな?
…考えてもそんな覚えは無かった


じゃあ、この花の髪留めは?

どうしてあの時、梨子さんが座ってた場所に?

もしかしたら全然関係の無い誰かの髪留めだったり?


もしかしたら・・・もしかしたら・・・
頭の中がこんがらがって、もう考えもまとまらなくなってて
消沈する気持ちと一緒に、段々とマルの目線も下がっていって・・・

後になって思えば、髪留めが梨子さんのものであろうとなかろうと
話しかけるきっかけとしての効力になんら変わりなんて無かったのに

この時のマルは、特に根拠も無しに
梨子さんは髪留めを忘れて行ったのだから今は着けて無いと思い込んでて
もう頭が真っ白になって固まってしまっていました

きっと、今日一日何度も話しかける機会を逃していたこともあって
焦りや疲れで心に余裕が無くなっていたんだと思います
158 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:22:31.41 ID:Q2Wt/dI60
梨子「あ、花丸ちゃんそれ私の髪留め。お昼にここに忘れて行ったんだけど、もしかして拾って預かってくれてたの?ありがとう」


俯きかけてたマルの顔を上げさせたのは、梨子さんの声


花丸「はぇ?」


返事をしたら、自分でも驚くくらい間の抜けた声が出た


善子「ああそれ、お昼のミーティングの時に使ってたわねリリー。なぁに忘れて行ったの?」


鞠莉「あらあら梨子がそんなウッカリさんするなんて珍しいわねえ」


鞠莉さんも寄って来てGuiltyKissの三人が集まると
事のあらましを話してくれた

なんでも、GuiltyKissの次の曲の衣装に
三人でお揃いの髪飾りを着けようと梨子さんが発案した折に
この花の髪留めを使ってどこにどんな風に着けようかと
いろいろと試していたらしいのです


花丸「…そうだったんだ…でも、梨子さん今髪留め、あるよね?」


梨子さんがつけてる髪留めを指さしながらマルが尋ねると


梨子「髪留めはいつも予備を持って来てるんだよ。留め具とか壊れちゃったりすることもあるから」


花丸「…なるほど」


言われてみれば当然のように思えた
準備の良さそうな梨子さんだからその辺りの備えはしてても不思議は無い


梨子「ほんとにありがとうね花丸ちゃん」


花丸「あ、はい」


改めてお礼を言われ、マルはようやく花の髪留めを梨子さんに手渡す
159 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:26:34.06 ID:Q2Wt/dI60
梨子「そうだ、花丸ちゃん。今日は準備運動一緒にやらない?」


花の髪留めを受け取ると、梨子さんはそれを持ってロッカーの方へ歩きながら言う
荷物もしまわなくちゃいけないし、慌ててマルも梨子さんの後について行く


梨子「それにほら、いろいろとお話もしたいし…どうかな?」


ロッカーを開けて荷物をしまいながら言う梨子さんに


花丸「うん。マルも…お話したいです」


マルもやっとその一言を口にできました



練習着に着替え終わって
みんなが三三五五部室を出ていく

マルはいつも、着替えにもたついたりで遅くなるけど
ルビィちゃんや善子ちゃんが待っててくれて、一緒に屋上に行ってます

たまにルビィちゃんが遅れることもあって
そんな時は、マルや善子ちゃん
そして時々ダイヤさんが待ってます


今日はずっと梨子さんとお喋りをしていたからか
部室には梨子さんとマルだけが残ってる状態に

着替えながら話したことは、主にお昼休みのユニットミーティングでの出来事

梨子さんはGuiltyKissのこと、マルはAZALEAのことを話しました

やっぱり共通の話題があるから話しやすかったのか
今日までずっと話しかけられずに悩んでいたのがウソのように
マルは梨子さんと自然にお喋りができました
160 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:29:54.80 ID:Q2Wt/dI60
梨子「へえ〜、それじゃあ次の曲は花丸ちゃんがボーカルの中心なんだ?」


花丸「きっとマルだけ1年生だから気を遣ってくれてるずら…と思います」


梨子「そんなことないよ〜…ところで花丸ちゃん。言葉、かしこまらなくてもいいんだよ?」


お喋りは自然にできるけど、やっぱりちょっと緊張が残ってて
なんとなく言葉が固くなってしまうマルに、梨子さんはそう言ってくれる


花丸「え?ああ、ごめんなさい…梨子さん上級生だしなんかまだ慣れなくて」


3年生相手とも違う、2年生との一対一の会話

3年生相手だったら敬語で接しててもお互いに不自然も無いけれど
2年生の、それも梨子さん相手だと距離を測りかねてしまう


そんなことを考えてると、梨子さんは小さく笑って


梨子「花丸ちゃんは礼儀正しいんだね。じゃあ言葉遣いは追い追いと、ね」


と、マルの顔を覗き込みながらそう言ってくれました


花丸「はいっ!」


なんとなく嬉しくなったマルは元気に返事をしたんだけど
つい距離感がまた元に戻ってしまい


花丸「あっ」


しまったと思い、手で口を隠すしぐさをすると梨子さんは


梨子「ふふふっ…まああんまり難しく考えないで、ね」


そう言いながらマルに微笑みかける


花丸「ぜ、善処します。ずら」


マルが混乱した言葉でそう返事をした後で、二人で笑い合う

言葉遣いはまだ慣れないけど
梨子さんと二人のこの空気には、少しずつだけど馴染んできてるのを感じていました
161 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:32:59.29 ID:Q2Wt/dI60
練習が終わって、夕焼けの屋上

気合を入れ過ぎたマルは呼吸を整えるのに時間がかかっていました

ドアの前を見ると、梨子さんが鞠莉さんから屋上の鍵を受け取りこちらへ歩いてくる


梨子「花丸ちゃんどう?落ち着いた?」


首筋を滑り落ちる髪を手で抑えながら
ぺたんと座り込んでるマルの顔を覗き込んでくる梨子さん


花丸「…なんとか」


力なく返事をすると、梨子さんは片手をこちらに差し出す
マルはその手をつかむと、一息よいしょと気合を入れて立ち上がる


花丸「ふうーーっ」


深呼吸をすると大分体も楽になり、呼吸も落ち着いた


花丸「お待たせして申し訳ないずら」


頭をかきながら謝罪すると、梨子さんは


梨子「5分も待ってないし気にしなくていいよ」


微笑みながらそう言ってくれた

普段なら練習終わりもルビィちゃんや善子ちゃんと一緒に部室に戻るんだけど
マルがすすんで梨子さんと会話してるのを見て気を遣ってくれたのか
屋上には鞠莉さんから鍵を受け取った梨子さんだけが残って―――


ルビィ・善子「あっ」


花丸・梨子「あっ?」


―――二人ともドアの裏で待っててくれてました
162 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/15(月) 23:34:51.76 ID:Q2Wt/dI60
善子「ほら、これ飲みなさいずら丸」


ルビィ「マルちゃん汗拭いてあげるね」


スポーツドリンクとふわふわのタオルを差し出す二人に両脇を固められて
マルの部室への道中は至れり尽くせりでした

マルたちの前を歩く梨子さんは振り返ると


梨子「三人はほんとに仲がいいね」


と、なんだか嬉しそうに言います


善子「べっ、別に心配だからとかじゃないんだから!ヨハネのリトルデーモンの魔力を管理するのも堕天使としての―――」


どう聞いても照れ隠しに聴こえるいつもの善子ちゃんの言葉に
示し合わせてもいないのに


梨子・ルビィ・花丸「ほんと、善子ちゃんは良い子だね〜」


自然、三人の声がそろってしまいます


善子「なっ!?…善子ゆーな!ヨ・ハ・ネ!!」


勢いを増す善子ちゃんの照れ隠しを三人で優しく見守りながら
マルたちは部室へ向って歩いていきます
163 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/07/15(月) 23:37:20.73 ID:Q2Wt/dI60
ま〜だ21のまま水曜までに次を 水曜までが無理だったら土曜までに
164 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/17(水) 20:52:16.64 ID:gm5V7cAo0
部室前

先を行く梨子さんがドアを開けて、マルたちを部室の中へ


ルビィ「あっ、梨子さんありがとうございます」


善子「善きに計らえ!」


梨子「気にしないでルビィちゃん。…善子ちゃんは明日お話しましょうね」


善子「待ってごめん今の無し」


花丸「あはははっ堕天使も形無しずら」


そんなやりとりをしながら室内に入ると


ダイヤ「あら花丸さん、もう具合は大丈夫なのですか?」


鞠莉「今日は随分ハッスルしてたものね〜♪」


既に制服への着替えを終えたダイヤさんと鞠莉さんが、マルを心配して声をかけてくれた


花丸「はい、もう大丈夫です」


ルビィ「お姉ちゃん今日はもう帰れるの?だったら一緒に帰ろ」


ダイヤ「ええ、よろしいですけれど…寄り道はしませんよ」


ルビィ「海沿いのコンビニに新商品の抹茶プリンがあるから買って帰ろう?」


ダイヤ「…ですから寄り道は…」


ルビィ「ルビィお姉ちゃんと一緒にプリン食べたいなぁ〜」


ダイヤ「……まあコンビニくらいなら…」


ルビィ「わ〜い♪」


ルビィちゃんは小走りで自分のロッカーに駆け寄ると、急いで着替えをはじめる
165 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/17(水) 20:55:47.89 ID:gm5V7cAo0
梨子「鞠莉さんこれ、鍵です」


鞠莉「ハイ確かに。…失くしさえしなければ、梨子が持ったままでもいいのよ?失くしさえしなければ、ネ?」


鍵を受け取る鞠莉さんは
なぜか悪戯っぽい笑みを浮かべて梨子さんにウインクをしてみせた
梨子さんが髪留めを忘れて行った事が、やっぱり珍しかったからかな?

マルの位置からだと梨子さんの表情はよく見えなかったけど
「大丈夫です、お返しします」と返事をした梨子さんは微かに笑っている様に見えた


ルビィ「抹茶プリンが一個しか無かったらお姉ちゃんにあげるからね♪」


ダイヤ「ベ、別にそんな変な気を遣わなくても…こら走らないの!」


あっという間に着替え終わったルビィちゃんが
もうダイヤさんの手を引いて部室を出ようとしてる


ダイヤ「ではみなさん、お先に失礼します。帰り道も気をつけて下さいね」


ドアの前で振り返り挨拶をするダイヤさん
その向こうではすっかり上機嫌のルビィちゃんが


ルビィ「マルちゃん善子ちゃんみんなも、また明日ね〜♪」


手を振りながらそう言うとまたダイヤさんを引っ張り部屋を出て行った


善子「ホント仲いい姉妹ね〜かしましいわ〜」


梨子「でも、あの二人が仲良くしてるのを見るとほっこりするよね」


花丸「異論の余地は無いずら」


黒澤姉妹のやり取りに心を暖められながら、マルたちも着替える
166 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/17(水) 20:58:22.45 ID:gm5V7cAo0
善子「さて行きましょうかマリー、放課後の黒ミサへ…くっくっく」


一足先に着替えを終えた善子ちゃんが、いつものポーズで鞠莉さんに言う


鞠莉「カラオケは1時間までよ?あと揚げ物は頼んじゃダメ」


鞠莉さんはマルたちが戻って来た時からずっと同じ場所に腰掛けてて
今は梨子さんから受け取った鍵を左手で弄んでいる


善子「なんでよ!今宵は悪魔の絶唱でオデュッセイアを顕現させるのよ」


梨子「善子ちゃんオテロぐらいにしておいた方がいいんじゃない?」


鞠莉「それ伝わらないわよ〜梨子♪善子も意味分かってない言葉遣わないの」


楽しそうに笑いながら、短い鎖つきのキーホルダーの輪っかに指を通して
振り子のように鍵を揺らす


花丸「鞠莉さんと善子ちゃんカラオケ行くの?」


善子「善子じゃなくてヨ・ハ・ネ!」


梨子「そういえばよし…ヨハネちゃんと鞠莉さん前にAqoursのみんなで行ったカラオケでも息合ってたよね」


善子「そうよ、マリーとヨハネは地獄のハルモニアを体現するの!1時間しかないんだから早く行きましょうマリー!」


鞠莉「部室の施錠をしないといけないから、みんなが着替えて帰り支度するまで待ちなさ〜い、ヨ・ハ・ネちゃん☆」


花丸「ああごめんねよ…ハネちゃん、マル着替えるの遅くて」


梨子「私もごめんね、もう支度終わるからね…ヨ、ハネちゃん」


善子「…別に急がなくてもいいわよ…こういう時間も楽しいし…あと無理してヨハネって呼ばなくても…くすぐったい…」


梨子「よし、準備完了」


梨子さんがそう言ってロッカーから鞄を引き出したとき
なにかがこぼれ落ちた


コトン


花丸「あ、梨子さん何か落ちたよ」


床に落ちたものを拾い上げるとそれは、楕円形の白い髪留めでした
167 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/17(水) 21:02:05.43 ID:gm5V7cAo0
花丸「……梨子さんこれ…」


マルが拾い上げた髪留めを素早く受け取ると梨子さんは


梨子「ありがとう花丸ちゃん。…今日これで二回目だね」


穏やかな声色でそう言い、ポケットに髪留めをしまい込んだ


善子「ほらほら早く〜時間は待ってくれないのよ〜」


鞠莉「ついさっきこういう時間も楽しいとか急がなくてもいいとか言ってなかった?」


善子「悪魔の言葉を信じるなんてまだまだ甘いわねマリー!ほらリリーずら丸!途中まで一緒に帰るわよ!」


鞠莉「ああ、そっちが楽しみで待ちきれないのねぇ」


善子「そっ、そんなんじゃないんだから!」


賑やかに話す二人の声が遠くに聴こえるような感覚…
マルの頭の中に何かが引っ掛かってる…


何かが…違和感が…気になる…


マルが髪留めを拾い上げたてのひらを見つめたままでいると
横からそのてのひらをそっと握られる


梨子「ほら、花丸ちゃん。一緒に帰ろう」


にっこりと笑うと梨子さんはそう言って優しく手を引く


花丸「…うん」


その笑顔と手の温もりが、よく分からない違和感ともやもやをかき消して

そして、今日初めて梨子さんに対して固さの取れた返事がマルの口から出せた


少しは距離が近づいたかな
思ったより近づけた気もするけど、それはまだまだ分からないかな
168 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/17(水) 21:09:02.85 ID:gm5V7cAo0
結局この後、四人でお喋りしながら歩いてたら思ったよりも時間が過ぎて
もう遅いからと鞠莉さんからカラオケ中止命令が
ガーン!と両手で頭を抱えて嘆く堕天使だったけど
代わりに延長した四人での下校中も、一番はしゃいでた

堕天使は帰りのバスに乗り込む時までカラオケの再約束を念入りに繰り返し
結局、今度四人でカラオケに行く約束をさせられてしまった


ほどなく鞠莉さんともお別れをして
梨子さんと二人きり


二人になってから梨子さんとお別れをするまで
特別なことを話したりはしなかったけれど
手は繋いだままだった

それから途中の分かれ道で
少しだけ名残惜しむように繋いだ手を放して
さようならの挨拶と一緒に、その手を振ってお別れをしました


そして、梨子さんに背を向け歩き出して少ししたところで後ろから


梨子「花丸ちゃーん!また明日ねー!」


と、梨子さんの声がして
その呼びかけに対してマルも


花丸「また明日―!」


そう返してもう一度手を振ってお別れをしました


振り返り歩き出す梨子さんの後ろ姿を少しの間見送ってから、マルも歩き始める

帰り道

新しい本を読み始める時の、期待で胸がいっぱいになる感覚
そんな感覚に似た、それでいてもっともっと大きなドキドキを感じながら
とても充実した気分でマルは家路についたのでした
169 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/07/17(水) 21:12:01.63 ID:gm5V7cAo0
 21おわり 次は日曜か、次の水曜までに
170 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/24(水) 22:10:50.03 ID:JzGIH7Dh0
5.5

道端の紫野菊にふと目を引かれる、梅雨も迫ったある日の放課後
私はいつもより不安な気持ちでそのドアを開いた

ガラララ

いつもは意識もしないドアを引く音が
やけに大きく、廊下中に響き渡っている様な気がして
まるで授業中に不意に大きな音を立ててしまった時のような焦りを感じた

一つ深呼吸をして、気を落ち着かせる

ドアを開ける前から感じていた静寂
室内を見渡したら、すぐにその理由が分かった

そこにいたのは、1年生のあの子
国木田花丸ちゃん
とても友達思いな文学少女
歌も上手

その彼女が、部室に一人きりで、口を半開きにして
こちらを凝視したまま硬直していた…

その表情からは、はっきりと緊張の色が窺える
いや、むしろ怯えていると言った方がいいかもしれない
そんな花丸ちゃんの様子を見て
私は正直少し…いや、結構ショックを受けました
ただそのショックのおかげか、さっきまで感じていた緊張感はすっと消え去って

梨子「あ、花丸ちゃん。早いね…一人?」

そう自然な調子と笑顔で話しかけることができました

私の問いかけに
数度の瞬きの後、花丸ちゃんはやっとこちらの世界へ戻って来たかのように硬直を解いて

花丸「あ…はい。ルビィちゃんと善子ちゃんはおうちの用事でお休みするって…」

と、一人きりで部室にいる理由を語ってくれた

梨子「そうなんだ…実は千歌ちゃんと曜ちゃんも今日は来られないんだって」

私の方も、一人きりでこの部室に来たのはこれが初めて
きっと花丸ちゃんもさっきまでの私と同じように緊張してたんだろうなあ、と
そんな風に思いながら自分の事情を話し、花丸ちゃんの向かいに座りました
171 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/24(水) 22:13:37.29 ID:JzGIH7Dh0
梨子「花丸ちゃん、どのくらい一人で待ってたの?」

自分で言いながらこの質問あんまり意味無いなあって思ったけど
とりあえず会話のきっかけがほしいから最後まで言い切る

花丸「あ、はい。…えっと、そんなには待ってない、です」

…なんだろう、花丸ちゃんに自分がすごく重なる
この感じはつまり、とっても緊張している…んだと思う

私がこういう状態の時は、いつも話し相手が助けてくれてた
気にせずにどんどんと話しかけてくれて、私の緊張をほぐしてくれてた
その内に自然と私からも話しかけることができるようになっていって
じきに話し相手は友達に変わっていった

梨子「そっかあ、待ってる間何してたの?」

この質問もあんまり気が利いてないなあと思ったけど、黙ってるよりはいいはず
問い掛けながら花丸ちゃんの様子を観察する

花丸「ええっと…特にはなにも…」

嫌がってはいない…と思う
返答を考えてる間、視線が泳いではいるけれど
しっかりとこちらを見据えて質問に答えようとしてくれてるし
距離を取ろうとしたりといった拒絶や拒否のサインも無い

梨子「そういえば、花丸ちゃん本好きだったよね?待ってる間に読んだりとかは」

花丸「ああ、マルは本を読むと集中しちゃって周りが見えなくなるから」

梨子「あーそうだね、本に集中するとそうなるよね」

花丸「だから、誰かが来ても分からなくなりそうだったから本は…」

本の話題で、なんとか会話が繋がりはじめたけど、そろそろ限界っぽい


もうじき3年生も来る頃だし、人数が増えれば…
そう考えていたとき、携帯に千歌ちゃんからの着信

『ダイヤさんも鞠莉さんも果南ちゃんも練習出られないってー。部室の鍵は――――』

それは3年生が来られなくなった旨と
部室の施錠の手順を記したメッセージでした
172 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/24(水) 22:16:01.35 ID:JzGIH7Dh0
今日はもう誰も来ないと知って思わず、えー?って言いそうになる
少しの間、画面を眺めたまま沈黙していると
花丸ちゃんの携帯にもルビィちゃんから連絡が来て

梨子「こんなこともあるんだね」

思わず苦笑しながらそう言うと
花丸ちゃんもぎこちなく苦笑を返した


部室の中
長机を挟んで向かい合い座っている私と花丸ちゃん

しばらく静かな時間が続いたからか、花丸ちゃんは少し居心地が悪そうな感じ

もう今日は他に誰も来ることもないし
普通ならこのまま部室に鍵をかけて下校…なんだろうけど


正直、このまま帰りたくないと思った


花丸ちゃんがもし、私に対してもう少し拒否の反応を見せていたら
こんなことは考えなかったと思うんだけど
花丸ちゃんの私への態度に自分を重ねたこともあるし
前から花丸ちゃんとは色んな本についてお話してみたいって言うのもあったし…

さっきは3年生が来ないことに落胆してたけど
よく考えれば二人きりっていうのは仲良くなる絶好のチャンスな気もする

自分と重なるからといって
必ずしも花丸ちゃんが私と同じように感じているとは限らないけど
“私ならどう思うか?”
を軸に考えていけば、この機会に仲良くなるきっかけくらいは掴めるのかも?
そう思った私は、内心の不安やドキドキを押し隠しながら
自分から友達をつくるという未知の領域に踏み込む決心をしたのです
173 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/07/24(水) 22:16:46.63 ID:JzGIH7Dh0
一週間以内に 次 を
174 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/07/31(水) 21:06:30.89 ID:/7O0IUmh0
時間とれないので一週間延期
175 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/08/07(水) 21:44:08.89 ID:bc1yKObP0
番外


梨子「花丸ちゃんよくパン食べてるよね」

花丸「うん」モグモグ

梨子「…それおいしい?」

花丸「うん」モグモグ

梨子「花丸ちゃんの食べ方って可愛いよね」

花丸「えっ?そう、かな?ん〜…マルは梨子さんの食べ方の方が上品で可愛いと思うよ」

梨子「私の食べ方って…これ?」

花丸「そうそれ、小さくちぎって口に運ぶその食べ方」

梨子「私はむせやすいからこういう食べ方してるだけだよ」

花丸「そういうところも可愛いと思うずら」

梨子「そういうもの?」

花丸「そういうものずら」


梨子「でもね、ちぎるとこぼれちゃうパンはこういう食べ方しないよ」

花丸「それは加点にしかなりません」

梨子「そうなの?」

花丸「そうです」
176 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/08/07(水) 21:45:53.55 ID:bc1yKObP0
花丸「紐とかの結び方ってあるよね」

梨子「えっ?…うん」

花丸「蝶結びとかもやい結びとか」

梨子「あるね」

花丸「大きな輪と小さな輪を作って編むように通していくもやい結び…っていう風に、言葉では表現できるんだけどね」

梨子「うん」

花丸「こう…紐を交差させたり、指で輪を抑えたりしてると、今どうなってるのかよく分からなくなって…」

梨子「あ〜…結ぶ途中で考えちゃうとよく分からなくなったりするよね」

花丸「そうなんだあ…小学校の時もしまっておいたなわとびが絡まってたりすると解けなくて往生したずら」

梨子「私もね、小学校で靴紐が解けた時、蝶々結びが綺麗にできなくて休み時間が終わっちゃったりしたことあるよ」

花丸「マルもマルも!結び方は教えてもらってたんだけど、いざ自分一人でやろうとすると、あれ?これでどうするんだっけ?ってなっちゃって…ちょっとずつやり方を変えてもちゃんとできなくて最後には解けなくなったり」

梨子「そういう風に困ったあとは、靴を履くときに毎回靴紐を結びなおして体に覚えさせたりしたの」

花丸「その手があったずら…マルは教えてもらってもそのまま時間がたって忘れた頃に解けてこんがらがってを繰り返してたずら…」

梨子「そういうことってあるよね」
177 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/08/07(水) 21:47:30.01 ID:bc1yKObP0
花丸「梅干し食べる?」>*<

梨子「花丸ちゃんまだ食べてないのに顔がすっぱそうだよ」>*<

花丸「そういう梨子さんも」>*<


梨子「これは国木田さん家の手作りさん?」

花丸「えーっとね…確か檀家さん家の手作りさん」

梨子「そっかー…白いご飯ほしくなるね」

花丸「あるよ」イケボ


花丸「梨子さんのおうちでは梅干しは桜内産?」

梨子「ん〜ん、スーパー産」

花丸「そっかあ、梨子さんはどんな梅干しが好き?」

梨子「檀家産地の梅干しさん」

花丸「美味しかったの?」

梨子「すごく」

花丸「じゃあ後でおすそ分けしましょう」

梨子「やったぁ♪」


花丸「それで、普段はどんな梅干しを?」

梨子「あ、その話続くんだ」
178 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/08/07(水) 21:49:11.75 ID:bc1yKObP0
次は出来たら一週間以内 無理だったら最悪一か月以内
179 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/08/14(水) 13:53:38.66 ID:f/yG6w6B0
暫く無理そうなので 9月7日までお休み
180 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/11(水) 20:08:26.25 ID:9cKd4Vxb0
どうにもならなかったので次は15日に
181 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/09/15(日) 21:41:28.21 ID:1/chMXNS0
22


梨子「花丸ちゃん絵を描いてるの?」

花丸「うわあっ!」ビクッ

梨子「ご、ごめんね驚かせちゃって」

花丸「だ、だいじょうぶずら」


ある日の放課後

一人中庭でスケッチブックを開き絵を描くことに集中してたマルは
斜め後ろから覗き込んでいる梨子さんに気付かず
声を掛けられて心臓が飛び出るほど驚いてしまい
スケッチブックを取り落としてしまいました


梨子「鉛筆画だね」


梨子さんはやけに絵になる姿で髪とスカートを抑えながらしゃがみ込み
マルが落としたスケッチブックを拾い上げると
それをこちらに差し出しながら言う


花丸「うん」


…というか、描くもの鉛筆くらいしか持ってなかっただけだけど
と、マルは喉まで出かけた言葉を飲み込みスケッチブックを受け取る


花丸「ありがとう梨子さん」


マルがお礼を言うと梨子さんはスケッチブックを見つめたまま少し間を置いて


梨子「…ねえ、花丸ちゃん」

花丸「なあに?」

梨子「私もこの辺で絵を描いてもいいかな?」

花丸「えっ?マルと一緒に?」

梨子「うーん…一緒っていうか、近くで別々に、好きに絵を描くだけというか…」


言葉を探すように、選ぶように言う梨子さん


梨子「もし花丸ちゃんの気が散っちゃわなければ、だけど」
182 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/09/15(日) 21:43:34.89 ID:1/chMXNS0
花丸「大丈夫だよ、うん。一緒に描こう」


正直、梨子さんと一緒に絵を描くのは少々やり辛い

なぜならそもそもマルが絵を描こうと思ったのは梨子さんのことを知りたいと思うからで
梨子さんの趣味である絵を描くという行為を自分でもやってみようと考えたから


マルは特別絵が上手いわけでもないし
絵についての知識があるわけでもない

今後、絵画を勉強して画材を揃えて…とか、そういうことは全く考えに無くて

もちろん、その可能性が一切無いと断言できるわけではないけれど
今のマルが興味を持っているのはあくまで梨子さんであって
絵を描くという行為はほんの気まぐれのようなものだから
もし今ここで親切心で梨子さんがマルに絵の事をいろいろと教えてくれたとしても
マルはただただ申し訳ない気持ちになるばかりだと分かっているから…


梨子「じゃあロッカーにスケッチブック取りに行ってくるね♪」


なんだか楽しげに言い残して歩いていく梨子さん
マルは少しだけ不安に思いながらその背中を見送った


でも結局のところ、マルの興味の対象である梨子さんと一緒に過ごせるのだから
これはこれでいいんじゃないかと思うも


花丸「直接本人にそんなこと伝えられるならこんな風に一人で絵を描いたりしないずら…」


残された中庭でそうひとりごちた
183 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/09/15(日) 21:47:13.70 ID:1/chMXNS0
それからスケッチブックを手に戻って来た梨子さんは
先ほど言っていたように思い思いの場所に止まりスケッチブックのページを埋めていった

途中目が合った時にも、特にマルに話しかけるでもなく
にっこり笑ったり、小さく手を振ったりするくらいだった

さっき考えてたようなそうなったら辛いなあと思ってたことは一切起きなかったんだけど
なぜだかそれはそれで少し寂しい感じがして
人の心は複雑なんだなあ…と、マルはよく分からない納得をしていた




梨子「ところで花丸ちゃんの描いた絵、見せてもらってもいいかな?」


そろそろ帰ろうかとなった時、梨子さんはそう切り出した


花丸「えっ?」


もしやここから怒涛の絵画の授業が?と身構えるも


梨子「あっ、もし花丸ちゃんがよかったらでいいんだけど…私、自分以外の人が描いた絵を見るの、結構好きなんだ〜」


押してくる気配は露程も無く


花丸「そうなんだ…うん、いいよ。でも別に見て面白いようなものでもないからがっかりさせちゃったらごめんずら…」


まるで、押してダメなら引いてみなを実践されているような
そして見事にそれに引っかかってしまったようにマルはスケッチブックを差し出してしまう



梨子さんは笑顔だったり
感心したような表情を見せたりしながらページをめくっていく

その様子を見ているとマルは、なんだかむず痒いような気持ちになって思わず目を逸らす


花丸「!」


逸らした視線の先には、梨子さんのスケッチブック
184 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/15(日) 21:49:07.51 ID:1/chMXNS0
22のまま続きは、明日中 もしくは、梨子ちゃんの誕生日に
185 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/19(木) 23:08:36.84 ID:GPQd4PEy0
梨子「見てもいいよ、花丸ちゃん」


マルの視線に気づいたのか、梨子さんが視線を自分のスケッチブックに向けながら言う


花丸「あ、うん。じゃあ…失礼して」


お言葉に甘えて梨子さんのスケッチブックを手に取る
描かれているのは当然この中庭のあちこち

ベンチだったり桜の木だったりに焦点が当てられていながらも
そよぐ草花の躍動や開きかけの窓なんかが印象的に描かれていて
やっぱり描く人が描くと違うんだなあなんて思った

そういえば梨子さんは人物画よりも風景画をよく描くって言ってた気がする

いくつか頁をめくっていく

一枚一枚絵を鑑賞しながら色々思いを巡らせるマル

…ふと気づく
この短時間で梨子さんはこの庭の絵を何枚描いていたのかと
そして驚く


花丸(どひゃあ!)


スケッチブックを持ったまま驚愕のポーズをとってみたけど
さすがに驚きの声まではあげなかった

さり気に梨子さんの方を見る
すると梨子さんもマルの方を見ていて


梨子(どひゃあ?)


…とは思ってはいないんだろうけど
「花丸ちゃんどうしたの?」と表情で訴えかけている
186 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/19(木) 23:11:54.88 ID:GPQd4PEy0
花丸「梨子さんこれ全部今の間に描いたの?」


マルは疑問に思っていることを率直に質問した
若干の気恥ずかしさとどう処理すればいいのか分からない空気には
話を逸らすのが一番ずら


梨子「え?ああ、うん。そうだよ」


僅かに困惑の色を見せかけた梨子さんだけど
すぐにいつもの穏やかな笑顔でマルにそう返した
スケッチブックはまだ開いたままだ


花丸「すごいずら〜、短い時間にこんなにたくさん描けるんだねえ」

梨子「いつもこうじゃないんだよ、今日は色々と重なって…ね」

花丸「いろいろ?」


梨子「実は最近作曲とか練習で忙しくてあんまり絵を描けてなくて…ちょっと久しぶりだったんだ」

花丸「なるほど…そういえばマルもあんまり本読めてないかも…」


梨子「大好きなことって、久しぶりだとすごく没頭しちゃわない?」

花丸「とってもわかるずら…おらも本を読んでて気付いたら朝だったなんてことが何度あったか!」


梨子「そうだよね♪…あ、でもごめんね花丸ちゃん」

花丸「えっ?なにが?」

梨子「ああほら、絵を描いてる最中に何度か目が合ったけどお話とか出来なくて」

花丸「あー…ああうん、それは大丈夫だよ」

梨子「絵を描くのが楽しくて嬉しくてつい夢中になっちゃってて…」


そうか、そういうことだったんだ
梨子さんはマルに絵のイロハを勧めるより何より
絵を描くことそのものが楽しくてたまらなかったんだ

分かってみれば納得
それはマルにもよく理解出来る感覚だったから
187 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/19(木) 23:15:01.74 ID:GPQd4PEy0
花丸「ところで梨子さん」

梨子「なあに?花丸ちゃん」

花丸「それなんだけど…」

梨子「ん?ああ、スケッチブック?花丸ちゃんの」

花丸「うん…梨子さんずっと見てるけど」


梨子「あっそうか感想言った方がいいよね!」

花丸「いやいやいやいや違うずら!そうじゃなくて」


正直ほんのちょっとだけそういう気持ちが無いわけでもないんだけど
ほんのちょっと以外の大きな気持ちの割合としては
気恥ずかしかったり不安だったりこそばゆかったりで感想なんて聞きたくなくて

でもこの時のマルが気にかかってたのはそういうことでもなくて


花丸「マル、一枚と描きかけの半分くらいしか描けてないのにそんなにじっくりと見るほどのものではないというか…」


そう、梨子さんがこれほどたくさんの絵を描き上げている間に
不慣れもあってかマルはようやくスケッチブックの一頁を埋めて
次の頁なんかは余白だらけの未完成の絵になってて…

ついさっき見た梨子さんの絵を見たマルは一層引け目というか
おこがましさすら感じているというかそんな感じで


梨子「そう?樹の根元とかベンチとか、花丸ちゃんが普段気にしてる所がよく分かるいい絵だと思うけど」

花丸「ええっ?梨子さんその絵一枚でそんなことがわかるずら!?」

梨子「当たってた?分かるっていうか、絵を見て私が感じたことなんだけど」


花丸「ご名答ずら」
188 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/09/19(木) 23:17:29.45 ID:GPQd4PEy0
引き続き22のまま 次はルビィちゃんのお誕生日か、次の水曜日までに
189 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/25(水) 21:53:51.91 ID:aYV1Vyjn0
花丸「だけどどうしてマルが樹の根元やベンチに注目してたなんてことが絵を見て分かったの?」

梨子「えっ?…さっきも言ったけど見てなんとなくそう感じたから…としか」


言い当てられたことが少し悔しくて
マルが再度同じ質問を投げかけると、梨子さんも同じ答えで返してくる

梨子さんは少し困り顔になり
もう一度マルの絵に目を落として


梨子「そうだな〜…」


と、小さく唸り改めて観察を始める


梨子「例えばこのベンチは筆圧が強くて、何かを思うか考えながら描いたみたいな…」

花丸「ふむふむ、なるほど…」

梨子「それからこの樹の根元はそう、他に比べて明らかに線が多いよね」

花丸「…たしかに」


梨子「私も丁寧に描こうとしたり、難しい物を描く時にこんな感じになること多いよ」

花丸「梨子さんもそういう風に絵にムラが出たりするんだ?」

梨子「もちろんだよ、描きながらもっと上手くもっと綺麗に描けたらいいのになって思うこと多いもん」


花丸「へえ〜…こんなに上手なのに…」


ぱらぱらと梨子さんのスケッチブックをめくりながらマルが言うと


梨子「そんなこと…でも、ありがとう」


梨子さんは謙遜の言葉を途中で切り、マルからの賛辞を受け取った
少しはにかんだその表情は、だけどもとても嬉しそうだった
190 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/25(水) 21:58:05.87 ID:aYV1Vyjn0
マルはそのまま梨子さんのスケッチブックの頁をめくり続ける

梨子さんのスケッチブックには


今日描かれた中庭の絵が複数


マルもよく知ってる内浦の海の絵


Aqours9人の練習風景


多分梨子さんの部屋と、ピアノ
蓋は閉じている


多分ピアノの鍵盤


多分バイオリンかな?そういう楽器の絵


6人だった時のAqoursの練習風景


3人の時の練習風景


浦の星じゃない学校の絵


さっきの頁で見た部屋とは違う部屋と、ピアノ
この絵ではピアノを弾いている制服姿の梨子さんも描かれてる
制服は裏の星のものじゃない


さらにマルの知らない風景の絵が何枚か続いて
その中には時々、先ほどの絵で梨子さんが着ていた制服と同じ制服を着た子が描かれていた

それらを見ていると、なぜかマルは胸に微かに痛みのようなものを感じた…


そして後の方の頁になると
一枚の紙の中に点々と、様々な物が描かれたページが続いた

髪飾り、果物、浦の星の制服…
とりとめなく並んだ絵たちは、その時の梨子さんの興味や関心を表していた
191 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/25(水) 22:01:13.09 ID:aYV1Vyjn0
いよいよ頁も終わろうかというところで、一つの奇妙な絵が目に留まる


花丸「…これは…」


思わず眉根にしわを寄せてまじまじと見入る


花丸「梨子さん…この…象…?これは…」

梨子「え?象?」


マルが困惑顔のまま梨子さんに顔を向けたものだから、梨子さんも少し戸惑い気味
慌ててスケッチブックを覗き込むと


梨子「ああ、この落書きね」


落書き…なるほどこの辺りの頁は落書きなんだ…
自分の落書きを思い浮かべながら腑に落ちないでいるマルには気づかず梨子さんは続ける


梨子「花丸ちゃんガネーシャって知ってる?」

花丸「梨子さんさすがにばちが当たるずら」

梨子「もちろんガネーシャを描いたのがこれって言うんじゃないよ」

花丸「…まあ若干…それらしさはあるような気もしないでもないけど…」


梨子「うんまあ確かにこれがガネーシャとは言わないけどガネーシャじゃ無いわけでもなくて…」


梨子さんは少し難しい顔をしながらなんだかよく分からないことを言う
192 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/25(水) 22:05:05.82 ID:aYV1Vyjn0
梨子「お父さんがね、まだ私が小さい頃…幼稚園くらいの時かな
お仕事の関係で海外の人からお土産かなんかで絵をもらったらしくて
それを一時期壁に飾ってあったんだ」

花丸「ガネーシャ絵を?…なるほど」

梨子「なんだかよく分からないけどその絵がずっと印象に残ってて
小さい頃は象の絵を描くとガネーシャ風というか…そんな感じになっちゃってたんだ」

花丸「なるほどそれでガネーシャじゃないけどガネーシャじゃないわけでもない、と」

梨子「うん、まあもっと厳密に言うとその絵は象でもなくて…何の絵なんだろう…」


そう言って考え込む梨子さん


梨子「まあ、気分転換だったりに時々描く何か…っていうところかなあ」


花丸「へえ〜…なんというか独特…だよね」

梨子「あははっ、そうだよね」


言ってからちょっと後悔するような微妙な感想を口にして
しまったと思ったマルだったけど
梨子さんが軽く笑って流してくれてほっとした


梨子「そういえば、小さい頃この絵を見た他の子に
ナシコの地上絵〜とか、からかわれたこともあったなあ」

花丸「こういう地上絵ってあったっけ?」

梨子「子供の言うことだからね、そこは感覚重視だよ」


花丸「…語感はいいかもしれないずら」
193 : ◆QjbAJuMwBnbV [saga]:2019/09/25(水) 22:07:39.69 ID:aYV1Vyjn0
まだまだ22のまま、続きは次の月曜日までに
194 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/09/29(日) 20:55:52.19 ID:01wT7mRb0
始まると思ってなかったスクスタが始まったので 水曜か週末に延期
195 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/10/07(月) 00:00:34.41 ID:RrPRutXN0
梨子「それでね、その時に庇ってくれた子がいたんだけど…ひとつ年下の子」


少しの間を置いて、ぽつぽつと、梨子さんが語りだす


梨子「親からもらった大切な名前を馬鹿にするなんてしつけがなってないんじゃないかしら?って」

花丸「おお〜…すごい強気ずら」

梨子「だよね?その子は私の同級生の子…その子からしたら上級生に向かって
そんな風に堂々と言い切ったの…後で聞いたら怖くて足が震えてたらしいんだけど」


そう話す梨子さんの表情はマルが見たことの無いもので

ほのかに嬉しそうな、懐かしそうな
とても穏やかな微笑みだった


梨子「それでね、これも後で聞いたんだけど
その子も名前でからかわれたことがあってどうしても見過ごせなかったんだって」

花丸「あ、絵をからかったことに怒ったんじゃないんだ」

梨子「ふふふっ、絵についてはその子もその絵変よってハッキリ言ってた」


やっぱり嬉しそうに言う梨子さん


梨子「あとピアノつながりでね、同じピアノの先生に習ってたみたいで
先生から私の話を聞いてたみたい…
なんか、すごく楽しそうにピアノを弾く姿が私とその子でそっくりだったみたいで…」


柔らかな表情を浮かべ話をつづける梨子さん

マルはその庇ってくれた子について尋ねてみた


梨子「その子?うん、音ノ木坂にいるよ
その時のことが縁で時々ピアノのこととかいろいろ話したりしてたけど
音ノ木に入ってからはそういえば話してなかったな…」


そう言って目を伏せる梨子さんは寂しげで

マルは何も言うことができずにいた
196 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/10/08(火) 03:44:33.10 ID:mAUmuNYe0
梨子「あ、なんかごめんね急にこんな話しちゃって、反応に困るよね」

花丸「そんなことないよ」


稀にしか無いことだけど、物語の登場人物のみたいに

こういう時に何か気の利いた言葉を掛けられる人になりたいとマルは思う

でも実際そんな風にはなれないような気もしてる

ぼんやり思いながら梨子さんのスケッチブックの頁を遡る


花丸「…ねえ梨子さん、今のお話の子ってこの中に…」


描かれているのかと尋ねようとするマルに


梨子「その中には無いよ」


梨子さんはそう答えた


花丸「その中には、っていうことは描いたことが無いわけじゃないんだ?」

梨子「うん、多分はじめてちゃんと描いた人物画がピアノを弾いてるその子の絵で
それからも何枚か描いてるから」

花丸「ふうん…」


特別な人なんだね…と続けようとしたけど、なぜか言葉が出てこなかった


梨子「ねえ…花丸ちゃん」

花丸「…なあに?」

梨子「今度…花丸ちゃんの絵も、描いてみたいな…って、思うんだけど、どうかな?」



花丸「……え?うん、いいよ…」

梨子「よかった〜、それじゃあ今日はもう帰ろっか♪」

花丸「……うん!」

197 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/10/13(日) 22:36:16.23 ID:XWk5/DAv0
23


ある日の午後


梨子「花丸ちゃん推理もの好きなんだよね」

花丸「好きだけど推理は苦手ずら」

梨子「そうなの?」

花丸「うん、推理小説読んでても大体作者の意図した時点で気づくんだ」

梨子「そっかあ…怪しいなと思った登場人物が犯人だったりすることは無いの?」

花丸「それは…うーん、あるけど…そういうのって
推理して犯人を解き明かしたわけじゃないし…なんか違うかなあって」

梨子「なるほどね、花丸ちゃん真面目なんだねぇ」

花丸「そうかな?」

梨子「そうだよ」


花丸「梨子さんは推理とかどう?得意だったりする?」

梨子「私も苦手だなあ〜…というか、推理しない」

花丸「しないの?」

梨子「うん…まあ、してた時もあるんだけど
花丸ちゃんと同じで物語の展開で気づかされる感じかなぁ…あと」

花丸「あと?」

梨子「なんていうか、事件とか起きたとき、物語の主人公って
必ずしも自分が気になるところを調べてはくれないじゃない?」

花丸「あ〜、それはよくわかるずら。主人公は本当は気づいてるんだけど
読者や視聴者にはあえて見せないような表現っていうのも多いよね」

梨子「そうそう、でも私は自分が気になったことがずっと引っ掛っちゃって
他のこと考えられない状態になっちゃって」

花丸「あーよくわかるずら」

梨子「そんなことが何回もあって、だんだん推理とかしないで見るようになったの」

花丸「なるほど…でもその、気になったことが
事件の鍵になってたりっていうことは?あんまり無かったの?」

梨子「それなりにはあったけど、さっき花丸ちゃんが言ったのと同じような理由で
そこから推理できたわけでもないし、やっぱり納得いかないよね」

花丸「そっか、そうだよね」


梨子「だから結局」

花丸「推理とかしないで見る方が楽しい、と」

梨子「そういうことだね〜」

花丸「梨子さんって負けず嫌い?」

梨子「えっ?そんなことは…あるかも?」
198 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/10/13(日) 22:39:26.46 ID:XWk5/DAv0
梨子「花丸ちゃんはそういう対抗心とかは見せないよね」

花丸「見せないって言うなら梨子さんも見せてはいないよね」

梨子「そう?」

花丸「うん、少なくともマルにはそう見えてるよ」

梨子「…たしかに、普段自分以外に対してそういう感覚は持たない、かな」

花丸「自分には持つの?」

梨子「うん、なんて言ったらいいのかな?
こう…何かをしてるときにもう少し出来るはずとかもうちょっとでもっとよくなるから…とか」

花丸「こう…コップにジュースを注ぐときにいかに目いっぱい注げるか、みたいな」

梨子「ん〜…なんか違う気がするけど…注いだ後これじゃこぼれるって後悔するやつだね」

花丸「お行儀悪いけど置いたまま少し飲んじゃうやつずら」

梨子「そういうときに限って誰かに目撃されるんだよね」

花丸「いたたまれない気持ちになります」

梨子「なりますね」


花丸「…何の話してたんだっけ?」

梨子「じゃあ話を戻そっか。
花丸ちゃんは推理ものって小説が主なの?映画とかドラマの方も見る?」

花丸「やっぱり小説が多いかなあ…でもテレビでも割と見るよ。映画はあんまり」

梨子「刑事っ娘論簿って知ってる?」

花丸「あっ、それ知ってる!テレビドラマから小説になった作品だよね?」

梨子「ひょっとして花丸ちゃんは小説の方だけ知ってる?」

花丸「うん、茶雅の番頭っていうお話が好きだったずら〜。
自分たちの地域で栽培された茶葉の販売権を
余所の地域の大会社から守るために奔走する人たちの苦悩とかに胸が熱くなったずら。
…もしかしてテレビのとは内容違ってたりするのかな?」

梨子「どうだろうね?私はドラマの方しか知らないから…今度一緒に見てみる?」

花丸「そうだね、じゃあ梨子さんも小説版、読んでみる?」

梨子「うん、なんだかこういうのって楽しいね♪」

花丸「マルも、読書とか作品の話を共有できるのって新鮮だから嬉しいよ♪」
199 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/11/02(土) 21:17:50.28 ID:5/Rq4XSR0
また
ある日の午後


花丸「はぇ〜…小説版とは随分構成が違ったけど見ごたえあったずら〜」セノビ~

梨子「私も久しぶりに見た〜」セノビ~


花丸「小説版だと事件そのものより土地の事情や背景に焦点が当てられてるけど
ドラマ版は犯人と主人公の心理戦が主軸なんだねえ…」

梨子「物足りなかった?」

花丸「ああっ、違うよがっかりして溜息ついたんじゃなくて満足の溜息だよ」

梨子「クスッ、別に私に変に気を遣わなくても大丈夫だよ花丸ちゃん」

花丸「そうなんだけど…
マルね、誰かに自分の好きな本とかを薦めて色々失敗したりとかがあって…」

梨子「そうなの?」

花丸「うん。例えば、時代背景や組織間の思想の違いや
登場人物たちの信念が重要な作品を薦める時に
要点や物語の鍵を説明しすぎて楽しみを奪っちゃったり…」

梨子「あー…それは凄く…いけないね。わくわく感とかが無くなっちゃうね」

花丸「だよね。他にも、薦めた本を気に入ってはもらえたけど
マルとは違うところが気に入ったみたいで結局話が合わなかったり…」

梨子「それは本に限らず色んなもので起きるよね
同じものの同じ所が気に入る人に出会うことってなかなか無いよね」

花丸「自分にとって特別で印象深いものほどその傾向が強い気がするずら」

梨子「あー、なるほどそうだね。それは本当にそうかもね」


花丸「まあそういうわけで、実は今少し緊張しています」

梨子「そっかそっかぁ…無理に感想とか言わなくてもいいんだよ
…って言いたいところなんだけど
花丸ちゃんが嫌じゃなければやっぱり聞きたいかな、って…ダメ?」

花丸「そんなこと…マルも色々と語りたい部分のある作品だったし
…ただ少し自分の感想を伝えるのに不安を感じるだけで…」

梨子「もしかしてまだちょっと私のこと怖かったりする?」

花丸「とんでもない!
梨子さんとちゃんとお話しするようになってからは怖いだなんて思ったことは無いよ」

梨子「ふふっ♪そっか…よかった」
200 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/11/02(土) 21:23:05.67 ID:5/Rq4XSR0
ドラマの感想をひとしきり語り合った梨子さんとマル


梨子「ところで刑事っ娘論簿はイタリアでリメイクされててね…」

花丸「イタリア!イタリアといえばモンタル婆の事件レシピずら!」

梨子「…どんなお話なの?」

花丸「海沿いの街の事件を噂好きのモンタル婆さんが郷土料理を作りながら解決していくお話だよ」

梨子「へえ〜なんだか面白そうなお話だね。それはイタリアの小説なの?」

花丸「イタリアのドラマだよ」

梨子「あ、そうなの?てっきり小説の話かと思ってた」

花丸「小説もあるらしいけど日本語には翻訳されてないみたいなんだ」


梨子「それにしても、郷土料理を作りながら事件を解決ってすごいね」

花丸「梨子さん料理得意なんだよね
ドラマの中では調理の様子も結構詳しく見せてるんだけど
もしかしたら梨子さんの知ってる料理とかも出てるかも?」

梨子「いやあ…イタリアの郷土料理はさすがに知らないよ〜
というかイタリア料理をあんまり知らないかな」

花丸「そうなんだ…梨子さんってどんな料理が得意なの?
…フランス料理とか?」

梨子「フランス料理もそんなには知らないかなあ…ん〜…
というかどれがフランス料理でどれがイタリア料理なのか
よく分かってないものも多いかなぁ」

花丸「そうなの?」

梨子「レシピを見ながら一回しか作ったことのない料理も多くて…
あんまり使わない調味料とか材料が必要な物はちょっと…だし、ね」

花丸「あーそっか、調味料も期限が切れちゃったりしたら勿体無いもんね」

梨子「うん、前に使い道の少ない調味料を買って料理したら
あんまり好きな味じゃなくて使い切るのが辛かったから
それからはよく考えて買うようにしてるんだ」

花丸「そういうこともあるんだねえ」

梨子「だから結局は一般的な煮物系が多くなるね、お母さんも得意だし」

花丸「煮物かあ、煮物いいよねえ…あったかくて…」

梨子「鶏がらベースの煮込み料理とボルシチどっちがいい?」

花丸「どういう二択?」

梨子「今うちにある物で作れる二択」

花丸「なるほど、ボルシチで!」

梨子「おっけー♪じゃあ次のお休みにでも遊びにおいでよ、ご馳走するよ」





花丸「・・・・・・・・」

梨子「…どうしたの花丸ちゃん?じっと見つめて…」

花丸「うん…梨子さん『おっけー♪』とか言うんだなあって」

梨子「///」
201 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/12/02(月) 20:58:34.00 ID:+wQYyx3b0
24


冬の日

突然の雨に降られた梨子さんとマルは
予定していた買い出しを諦めて家に逃げ帰り
ずぶ濡れの冷えた体をシャワーで温めた

マルが体を拭き終えて台所に足を踏み入れると
先に上がっていた梨子さんが、食事の用意をしてくれていた


花丸「これおいしいずら」


熱々の野菜の煮込み料理を一口食べ、マルは感嘆の声を漏らす


梨子「有り合わせで作ったものだけど温まるくらいは出来るかなって」


はにかむ梨子さんはそう言ったけど、マルは目の前の料理しか見えてない


花丸「ううんちゃんと味も美味しいよ
シンプルなようで甘味があって歯ごたえもあるのに固くなくて」

梨子「市販のお出汁だけでの味付けだけど野菜の甘みが丁度いいでしょ」

花丸「うん」


返事もそこそこに、マルは熱々の野菜に夢中になっていた
そんな様子を見てにっこり微笑んで梨子さんも箸をつける


梨子「歯ごたえは煮込む時間が無かっただけだけど…案外丁度いい食感になってるのね…
これは調理時間をメモしておかなくちゃ」


小声でそう呟いた梨子さんの声は料理を堪能しているマルの耳には届かず

それから二人ともお椀の中身をたいらげるまで喋らなかった
202 : ◆QjbAJuMwBnbV [sage saga]:2019/12/02(月) 21:01:08.96 ID:+wQYyx3b0
花丸「ごちそうさまでした。はあ〜…あったまったずら〜」


体の内側からぽかぽか温まったマルは、梨子さんに素朴な疑問を投げかける


花丸「ところで梨子さん、これはなんていうお料理なの?」

梨子「え?……煮物…」


食器をおぼんに乗せて椅子から立ち上がろうと腰を少し浮かせていた梨子さんは
不意をつかれたような表情でそう答える


花丸「にもの…」


マルも梨子さんのその予想外の返答に固まる

しばらく見つめあった後
梨子さんは椅子に座り直し、あごに手を当て思案する


数秒間考え込んだ後
考え考え梨子さんは話し始める


梨子「えっとね、冷蔵庫にあったお野菜を煮込んだだけ…
で、特別何っていうものでもないから……煮物?」

花丸「ああ…なるほど…煮物…おいしい、煮物」


お互い歯切れが悪く


梨子「な…なんかごめんね…」

花丸「ああううん、オラの方こそ…」


なんとなくお互いペコペコしながら笑い合う


花丸「むしろ煮物がこんなにおいしいってことは凄い事だと思うずら」


なんとなく引けない感じになって話を戻してしまった


梨子「そう、かな?煮物でおいしくならないことって…ある?」

花丸「あ・・・・・・る?」

梨子「ふふっ、無理に褒めてくれようとしなくても大丈夫だよ。花丸ちゃんは優しいね」
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