その剣士、サキュバス憑きにつき。

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7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 08:19:53.73 ID:p0a2tvJnO

あの娘は、父が賞金稼ぎだった。
それで早くに亡くしているらしい。俺をその父親に重ねている部分も、多分にあるのだろう。

夢魔「それであれほど怖がるのね。貴方も賞金稼ぎなの?」

俺は竜殺しを専門にする剣士だ。懸賞金のかからない竜も治安の為に狩らせてもらっているが……謝礼を受けている以上、賞金稼ぎと変わるまい。

夢魔「立派じゃない。勇者さん?」

やめておけ。楽しい話はできないぞ。

夢魔「面白い冗談が言えるんだから、ワケないでしょう? それに私が契約を切るか、貴方が死ぬかまでの付き合いなんだから。飽きたくはないじゃない」

変わった悪魔だ。

夢魔「貴方ほどではないわよ。ふふっ」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 13:26:06.72 ID:GSEb17D4O
期待してもよろしいか?
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 16:01:40.99 ID:p0a2tvJnO



娘「では、気を付けてくださいね」



剣士「……ありがとう」

乾いた荒野に馬を走らせる。
村はすぐに遠くなり、一帯は礫地しか見えなくなった。




夢魔「裕福ではないけど……素敵な暮らしじゃない。帰る場所も、受け入れてくれる場所もあるんだから。世を捨てるには早いんじゃなくて?」

村の人間からは疎まれ、嫌われている。あのように接するのは宿の娘だけだ。

夢魔「あら、それは失礼。でも嬉しいじゃないねえ、パパ?」

よしてくれ。宿主となったなら、心の機微くらい感じ取れないものか?

夢魔「夢魔の事を精神の専門家みたいに扱うのはやめて頂戴。そもそも、精を奪えさえすれば他に何をしなくても良い種族なんだから」

すまなかった。心に何者かを宿すなど初めての事でな。

夢魔「……ま、それもそうね。口外するなとは言わないけど、あまり言いふらさないでよ? 天下のサキュバスが、宿主を吸い尽くさず奴隷にもせず、戯れに契っているなんて知れたら、あちこちで笑われるわ」

もとより多くは語らない。案ずるな。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 16:11:20.93 ID:p0a2tvJnO



ザッザッザッ……



夢魔「もう着く?」

あと2時間はかかる。

夢魔「……。寝てていいかしらね」

夢魔も休息は取るのだな。

夢魔「こうして起きている宿主の精神に干渉するのも、それだけで魔術を使っているのよ。それに、夢魔の食事は真夜中にしか取れないからね」

フクロウのようなものか。精神体も楽ではないな。



夢魔「あら。ちゃんと肉体は現存するのよ?」

ほう。本来は醜い老婆のような姿と聞くが。

夢魔「たいっへん失礼ね。それ、人間が誘惑に抗うために考えた迷信よ」

では昨晩の美少女が見せる寝顔を、旅路の供に夢想するか……。

夢魔「……悪かったわね。腰とか胸とか、少し盛ってたわよ。悪い?」

悪いのは口だ。直せば可愛く見えるぞ。

夢魔「く、口の悪さだけは、貴方に言われたくないわねっ! お休み!」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 18:15:10.66 ID:p0a2tvJnO

……………………
…………
……

夢魔「う、ん……」

起きたか。

夢魔「ええ……ふぁあ。ここは、森? もう着いたのかしら」

昼食も摂って、既に現地だ。
もう出くわすだろう……同胞の亡骸を見る準備は出来ているか。




夢魔「あら。竜と悪魔は共に人類の敵だけれど、悪魔は竜に嫌われているのよ?」

ぬ? 初めて聞いた。実力なら竜の方が上のはずだが。

夢魔「だからよ。土地柄もあって、人VS人外のずしきになってはいるけど、悪魔は共通の敵である人間を上手く使いながら竜に何とかへりくだってるの」
夢魔「強い故に、プライド高いのよね。あいつら」

覚えておこう。

夢魔「そんなわけで、遠慮なくやっちゃって頂戴。まあ、私は貴方が死んでも良いけどね?」

はて。死に場所に足る戦さ場であれば良いのだが。






ギョワアア……


夢魔「来るわよ」
承知だ。


小竜「キョエエエ!!」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 18:28:28.81 ID:p0a2tvJnO

ラプトル達に威嚇するつもりはないらしい。
早々と領地を侵してしまったようだ。

小竜「シャアアッ」




竜が噛むには、頭を前に出さないといけない。
俺は、それを気の毒に思う。
差し出された こうべ を落とす時、直前まで狩猟者の瞳をしていた竜たちが、まさかという瞳で俺を見るからだ。



剣士「おおおおお」



既にかわせない刃の煌めきに、すべての時を見よ。



剣士「うおぁッ!!」
小竜「コキャッ。……」



一閃と言うには汚すぎる、骨を千切る感触。
輪切りに空いた喉笛は、断末魔さえ響かせはしない。



ズシャッ。


剣士「来い。次だ」

血袋も、等しく木漏れ日は照らす。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 18:41:23.10 ID:p0a2tvJnO


夢魔「驚いたわ」

剣士「……」



「ギ、ギケケ……」「ゴ、ュ」「クァハ、ハ……」



夢魔「ここまでとはね」

計10匹のラプトルが地に身を投げた。
群れを成していた小竜、四方から振るうどの爪牙も剣士に届くには至らない。



剣士「介錯だ。鳴く事があれば鳴け」

小竜「カ、カ」

ズシュッ!!

小竜「……」



夢魔「貴方、むごいのね」

ああ。むごい男だ。
見たくなければ寝ているがいい。

夢魔「それだけのむごさが、それだけの強さに必要だったのかしら?」

いいや。要らないだろう。清いままでも、竜には勝てる。

夢魔「へえ。貴方ウソをついているんじゃない?」

……何?



夢魔「先ほどから少し魔力を強めて、貴方との結び付きを強くしていたわ。竜に刃を振るう貴方の心からは……悲哀が感じられる。無意識下の事かもしれないけれど」
夢魔「生理的に自分にウソをついてしまう……人って生き物は器用ね」

…………。

夢魔「ごめんなさい。心を閉ざすのはやめて。その、これからも詮索はしないけれど……私は貴方を、言うほど悪人じゃないと思っているわ」

俺は……悪人だ。

夢魔「自覚のある人をそうは呼ばないものよ」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 18:53:32.83 ID:p0a2tvJnO

ゴロン。

剣士「これでいいか」

町長「毎度のことながら、恐ろしい男だよ」

町に戻ると、首を3つ投げ捨てた。



町長「今日の成果がこれだけということはあるまい?」

剣士「10だ、群れ一つ以上は望むべくもない。見ていたら姿を隠してしまうだろう」

町長「見えていたらそれ以上に狩ろうと言うのだな……傷一つない君が末恐ろしい」

町長の瞳に宿る恐怖、その先には畏怖ではなく排斥の心が見える。俺の行動で平和になれば、俺は要らない存在でなるということは重々承知している。

町長「君が討伐を請け負うようになってから、世での竜騒ぎが嘘のように思える。町民からの被害報告も激減したし、本当に感謝しているよ」

剣士「そうか」

町長「では、謝礼だ……これで良いのか。いつも、もっと弾んでも良いと思っているのだが」

剣士「食い扶持に足れば良い。では」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:00:05.13 ID:p0a2tvJnO

夢魔「本当、浮世離れしてるわね」

飴色の干物を土産に買う俺。彼女は優しく語りかける。
馬鹿にした風でも、呆れた風でもない。



人の世を語るほど知っているのだろうか。

夢魔「俗世の浮世をすする魔物ですもの。私ですら、そこらの遊び人より俗物よ」

今度、夢魔の話でもしてくれ。

夢魔「あら、ふふふ。どういう風の吹き回しかしら?」

率直に興味だ。満足か。

夢魔「貴方がそう言うんじゃ叶わないわね。良い話を考えておくわ」




日が傾く前に、俺は馬に跨った。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:07:36.13 ID:p0a2tvJnO



パカラッ、パカラッ……

ヒヒーン!



剣士「戻った」

娘「剣士さん! おかえりなさいっ」

剣士「弁当、美味しく頂いた。おかげで傷はない」

娘「うふ、良かった……」




剣士「ああ、これを。町からの謝礼だ。あと、これを母に渡してくれ」

娘「こんな大金を……いつもありがとうございます」

剣士「衣食住まで世話になっているのは俺だ。ありがとう」

娘「そんな。えへへへ……晩ご飯、すぐ出来るから待っててくださいねっ!」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:18:57.25 ID:p0a2tvJnO

荷物を降ろし、血を拭いたあとの剣に油を延ばす。


夢魔「この村とあの町では、物価が違うの?」

農作物、平たく言えば食に関しては村が倍近く安い。その他のものは揃わないが、生活に必需となるものは補う術を各々が持っている。

夢魔「それで町長と娘ちゃんの見方が違ったのね」

それでも過剰だがな。気を遣う事もないだろうに,

夢魔「馬鹿ねえ。貴方だから嬉しがるのよ」




娘「剣士さーん! 今日はポトフですよー!」

夢魔「ふふ、お呼びよ」

ぬ、肉か。珍しいな……。

夢魔「黙ってて美味しいご飯が出るなんて、ほんと羨ましいわ。楽しんでらっしゃい」

汚れてて悪かったな。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:32:21.74 ID:p0a2tvJnO

……………………
…………
……

娘「一緒にミルクでも飲みますか?」

剣士「いや、休ませてもらう。お前も休め」

娘「ふふ、はーい。お休みなさい、剣士さん」




バタン。




夢魔「ふふふ。月も顔を出して、お待ちかねの時間よ。ご尊顔を拝む準備は出来ていて?」

これから毎晩こうだと思うと、流石に疲れそうだと思っていた頃だ。

夢魔「肉体はキチンと休まるわよ。ほら、早く横になりなさい」

どうせ寝るんだから有無くらい言わせろ……。

夢魔「どうぞ。待っててあげるから、待たせたら嫌よ」



剣士「zzz……」



 
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:44:28.15 ID:p0a2tvJnO



夢魔「こんばんは、貴方様」



剣士「呼び方を考えろ。媚ぶのは嫌じゃなかったのか」

夢魔「あら、嬉しかったのね?」

昨日と変わらない美少女は、しかし昨日と違う顔で微笑みかける。



剣士「まったく。早く精でも啜れ」

夢魔「私は味わいの事で頭がいっぱいなのよ。舌をねぶる貴方は楽しいかもしれないけれど」

剣士「否定させてもらう」





夢魔「ねえ。貴方が精を汚してしまった理由……聞いても良いかしら」

剣士「……」

夢魔「隣、座らせて」

剣士「好きにしろ」

指をピンと弾いた彼女は、俺の下から現れたベッドに腰掛けた。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 19:57:14.05 ID:p0a2tvJnO

夢魔「話したくないなら、構わないわ」

剣士「いや。世捨て人である以上……困る事はない」



夢魔「……。貴方、自分が世から捨てられてしまってると思い込んで、自暴自棄になってないでしょうね?」

剣士「!」

夢魔「それは世捨て人とは違うわよ」

剣士「悪魔から説法を聞ける世が来ているなら、捨てずにおくのも悪くないかもな」

夢魔「茶化さないでちょーだい。分かったわよ、聞かないでおいてあげる」




夢魔「ふふ、優しいでしょう? 私」

剣士「本当に優しい顔で笑ってくれるな、疑いたくなる。それらしく、生意気な表情でもして見せろ」

夢魔「ほんと捻くれ者なんだから」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 20:03:45.95 ID:BpHIyHKq0
面白い
続きを期待
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 20:14:25.94 ID:p0a2tvJnO

夢魔「気が変わったわ。さっさと精を頂いて、隣で眠らせて頂戴」

剣士「どういうつもりだ? 構わないが」

夢魔「出会った初日だもの。貴方の心を開くには、時間と信頼と温もりが必要みたいだから。大切なのは言葉じゃない、そうでしょう?」

剣士「……」

夢魔「貴方なら、わかってくれると思うんだけどな」



ちゅ。



夢魔「!?」

剣士「……」

夢魔「ん、んっ」

剣士「れる……」

夢魔「ん……んふふ」



こくっ、こくっ、ごくん……



 
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 20:29:52.04 ID:p0a2tvJnO

剣士「……すまない」

夢魔「けほっ、こほっ。ごちそうさま」

夢魔「汚れているのもそうだけど、ひどく濃いわ。喉に、ねっとりと絡みつくような……」





夢魔「本当にすまないと思うなら、その歪んだ心を直してみたらどう?」

剣士「……」

夢魔「時々素直になるだけで良いのよ。怖い事じゃないわ?」

剣士「……」

夢魔「貴方ねえ。ここが夢で、私が夢魔という事を忘れていないかしら?」






夢魔の指が宙空をなぞる。
光の帯が幾何学模様を作り、この空間に意味を成す。


剣士「何をした?」

夢魔「さあてねえ。ところで、貴方は今何を考えてる?」


そんなの……。


剣士「お前の、舌の感触を、思い出して」

夢魔「あら……? くすくす」

剣士「!? な、何を言っているんだ俺は」

夢魔「へえ……他には?」

剣士「悔しいが、精を抜かれてしまう倒錯的な心地よさが、たまらない」
剣士「そもそもお前が媚びていなくても、お前の唇が男好きしすぎて……」

剣士「……っ! や、やめろ」


夢魔「じゃあ、こうして身を寄せたら……?」


剣士「その滑らかな肌に、意識が、吸い込まれそうになる……」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 20:38:02.63 ID:p0a2tvJnO

…………


夢魔「ごめんって。ごめんってば」

剣士「……」

夢魔「不能じゃないかしらって思ってたところに、あんな本音を溢すものだから、つい。悪気はなかったの」

剣士「どんな暴力より暴力だぞ、悪魔め……」




夢魔「まあ……あまりにも閉口していたら、こんな事もするかもしれないわよ?とだけ言わせて頂戴。可哀想だからもうしないと思うけれど」

剣士「そうまで、素直になれと言うのか」

夢魔「言ってないわよ。ただ、今みたいな事をされるのと、どっちが利口かは分かるわよね」

剣士「普通に吸い殺された方がマシだったとさえ思っている」

夢魔「ふふ、下ごしらえと思って頂戴。宿主さん」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/12(月) 20:56:42.53 ID:p0a2tvJnO

夢魔「とりあえず、今日のところは帰してあげるわ。殺生があった事だし、どんなに慣れてても精神が疲れている事でしょう」

剣士「その点は本当に慣れすぎてしまった。構わん」

夢魔「今、慣れすぎてしまったと言った時に目を伏せたわね。慣れた自分を振り返って、卑下してないかしらって」

剣士「……細かいところばかり良く見ているな。まったく」




夢魔「そのベッドで寝なさい。目が覚めるわけでもないし、夢で私にからかわれる訳でもない、本当の休息よ」

剣士「……。明かりを落としてくれ」

夢魔「はい、どうぞ」

彼女がパチンと指を鳴らすと、辺りのイメージが暗くなる。顔もあまり見えない、穏やかな暗がりだ。

夢魔「ふっふふ……私もヤキが回ったかしら。おおよそ、宿主にしてあげる事じゃないものねえ」

剣士「……」







夢魔「ご主人様って、呼んであげる」


剣士「また、からかっているのか」

夢魔「いいえ、本心よ。マスター。貴方の使い魔になっても良いと。そう言っているの」

剣士「本当に、お前はおかしな悪魔だ」




彼女の手が頭を撫でる。
とても、退けられない。

夢魔「ええ。お休みなさい、ご主人様。眠りにつくまで、そばに居てあげるわ……」
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 20:58:03.79 ID:p0a2tvJnO
ここまで
書き溜めはなし
不定期
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 21:02:42.83 ID:zXqsY0mho
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/12(月) 21:14:16.44 ID:bsdlUD2H0
これは期待、乙
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 09:18:33.71 ID:B+/O1yEoO

娘「あっ、剣士さん! おはようございます」

剣士「……おはよう」




夢魔「おはよう、マスター」

なんだ、お前もか。

夢魔「乙女からのモーニングコールは不服かしら?」

既に起きている。



娘「今日はお休みでしたっけ?」

剣士「ああ。よく寝たよ」

娘「お出かけするんですか?」

剣士「そのつもりだが、先に少し手伝わせてもらう。構わないな」

娘「もちろんですよ。ふふふ、今日の剣士さんはお喋りさんですね!」

剣士「……似合わないか?」

娘「いいえ!」




夢魔「普段どれだけ無口なら、ああ言われるのかしら」

昨晩言われた事を心掛けてみたが……やはりおかしいか。

夢魔「あれでねえ。でも、良い心がけよ?」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 09:24:09.54 ID:B+/O1yEoO

……

剣士「シーツはこっちだったか……」

娘「あ、こっち! こっちですよ!」



…………

剣士「洗濯は終わった。手伝うか?」

娘「えーと、それじゃあ掃除をお願いしてもいいですか? 今日の夕飯に、お野菜を買いに行きたくて」



……………………

娘「ただいま、剣士さん!」

剣士「ああ。……お、おかえり」





 
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/13(火) 10:02:19.17 ID:15ULXbHrO
良SSの香りが…。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 10:41:08.81 ID:B+/O1yEoO

剣士「ふう」

娘「剣士さん、ありがとうございました! これ、こないだ貰った紅茶です」

剣士「……頂く。お前も休め」




夢魔「良い天気ね」

剣士「……そうだな」

娘「え?」

剣士「あ、いや」

夢魔「少し良いかしら」

どうした。

夢魔「少しだけ、貴方が素直になれる魔法を。怖いものじゃないわ」

……どうせ、止めてもやるだろう。

夢魔「心の中まで素直じゃないんだから。ほら」



なでなで……



娘「え……剣士、さん?」

剣士「良い天気だ」

娘「え、あ、剣士さん……っ///」

おい、これは何をしている。何をした。

夢魔「良いから。掌の感触を楽しみなさい」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 12:15:55.49 ID:B+/O1yEoO

娘は初めこそ肩を竦ませていたが、すぐに両の手を添え頭に撫でつけていく。
ひび割れた肌に毛が引っかかるのも構わず、とても嬉しそうに笑うのだ。

娘「えへへへ……こんなに、大きいんですね……///」



なでなで……なでなで……



俺は……うれ、嬉しいのか、恥ずかしいのか、逃げてしまいたいような気も、このまま居たい気もあって、俺は……。

夢魔「もう魔法は解いたわ。今の気持ちを受け入れたなら、好きになさい」

それを早く言え!


パッ。


剣士「すっ、すまない。その、つい」

娘「ふふふ、変な剣士さん。また……撫でてくれたら、嬉しいです」

夢魔「ふふ、もったいないわねえ。こんな荒野の中でも艶やかに保たれた髪、貴方の半分ほどしかない小さくて柔らかい手、貴方だけに向けられる愛らしい笑顔……」

やめろ……とてもじゃないが、顔が合わせられない。
この気持ちは。





夢魔「ほら。紅茶がまだ残っているわ」

剣士「ん、ごくっ……」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 12:25:10.29 ID:B+/O1yEoO

娘「それじゃ、行ってくるんですね?」

剣士「ああ。遅くはならない」

娘「はい、行ってらっしゃい!」




パカラッ、パカラッ……




夢魔「先ほどの、貴方の狼狽えようったらなかったわ。ふふふ!」

俺をいじめるのは、昨晩で満足したんじゃなかったのか?

夢魔「あれは事故よ。こっちはワザと」

なお悪い。



夢魔「面白いものも見れたし、私はお暇するわね。お休み、マスター」

……。お休み。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/13(火) 13:22:55.60 ID:txer7/+3O
おつかれー

これはいいものだな
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 23:28:32.23 ID:B+/O1yEoO



夢魔が眠りについた事を何となく確認して、馬の走る先を見つめる。



剣士「素直になれ。か」

特別に難しい事を言われているわけではないというのは、夢魔の計らいで分かった。
しかし特別にむず痒い事になってしまっているのは、俺が目を背けてきた交友関係のせいだろう。

相手だって選ぶ。

町の人間の頭なぞ撫でたいとも思わないし、険しさが刻まれてしまった俺の人相を喜ぶ人間などいない。



…………。







向こうから馬が来た。
何頭かいて、その分だけ人が乗っている。



恐らくは、野盗。



手綱を引き、馬を止めた。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 23:42:21.61 ID:B+/O1yEoO

砂塵を防ぐローブから、汚い瞳が覗く。
体臭を引き連れて男は口を開いた。



野盗「おい兄ちゃんよ、ここは誰の土地だか知ってるかい?」

剣士「……」

野盗「ん〜? 黙ってたら、どうなるかは分かるよなぁ?」

野盗の主犯格は、ままごとに使うようなナイフを抜いた。
子分たちが荷を積んだ馬に群がろうとするのを見て、これを無言で制す。






悲しい事だ。そんな人間居ないと思ってた矢先に、俺のような悪人面がこの手合いを喜ばせる。



野盗「おいおいおい、何だその手は。金をなぁ……」



野盗「よおおおおこせってんだよ!! 分かってんのかぁ、このグズ!! ぶっ殺されたくなかったら今すぐ裸になって馬を置いてけよあああああ!!?」

唾が飛んだ。
汚い。悲しい。






夢魔よ、俺は素直になっていいだろうか。
いいのだろうか。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/13(火) 23:54:40.76 ID:B+/O1yEoO


ああ……魂を染めてなお、血に汚れる主人を許せ。


剣士「……を…………に……」

野盗「ああああああんん?? 何か言ったかああ……?」

剣士「俺はッ!」





剣士「お前らに好かれたくて、こんな顔になったんじゃないッ!!」





シャキン!!

野盗「はああ? んだよおめえ……あっテメェ抜きやがったなあ!!? やっちまえお前ら!!!」

「うらあああ」「死んじまえよおおおお!!」「おやっさん、いただくぜぇ」




剣士「自分で望んで、こんな寂しい生き方をしているわけでもない!!」




ズバン!

「……! ぎぃやああああああ!!? 腕がああああ」

剣士「人も、世も、疑いたくて疑ってるわけではない……!!」

ズバン!!

「ひっ……!? ひょっ、ぎょええええ!!!」

剣士「悲しい顔なんてしたくない!! 俺は、俺はただ力が欲しかった……!!」

ズバン!ズバンッ!!!
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/14(水) 06:57:13.24 ID:L/kWWlbGO

……

初めに舞った布切れが地に落ちる頃には、すべての野盗も地に落ちていた。

野盗「わ、悪かった、命だけは……!!」

ズバンッ!!!





男「力を得て、こんな事をしたいのではないのに……ううっ……!!」





昨日より柔らかい手応えが、まだ剣を持つ手に残っている。人の首など簡単に切れて、すぐ死んでしまう。
たったそれだけの事が、今の俺には堪えた。

素直になる事は本当に気持ちいいのか?
素直になる事は辛い事じゃないのか?

皆が素直では、誰も生きていけない。



剣士「返り血が……」

腹立たしさに身を任せて剣を握った結果が、これだ。
服にも飛んでしまった血糊は、もう娘にも隠せない。



剣士「……」

ヒヒーン!

帰るか。町に行けば通報されてしまう。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/14(水) 07:47:20.71 ID:/AdIhguqO
かなしいなぁ
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/14(水) 10:46:27.78 ID:fVrqPiHSO
ほんと悲しい。主人公は報われる日が来るのか
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/14(水) 10:53:58.89 ID:L/kWWlbGO



パカラッ、パカラッ……



娘「あれ、剣士さん? ああっ、血だらけじゃないですか!!」

剣士「野盗に襲われた。大事ない」

娘「で、でも。大丈夫なんですか!?」

剣士「すまないが、声が大きい」



「またあの男か……」「今度は誰を殺ったんだ?」「あの娘も、可哀想にねえ」



娘「あ……」
娘「ごめんなさい、私、剣士さんの事。みんなに誤解を解いてきた方が」

剣士「気に病むな。服を洗ってくる」

娘「では、一応お母さんに看てもらった方が」

剣士「怪我はない。案ずるな」

娘「でも、そのっ。あとで何かあったら大変ですし」

剣士「……分かったよ。すまなかった」





剣士「頼もう」

母「今度は何を殺ってきたんだい。薄汚いね」

剣士「……生きるのに必死な奴らを」

母「ふざけんじゃないよ」

剣士「乞食の類だ」

母「ただの野盗だろう?」

剣士「……そうだ」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/14(水) 12:07:33.71 ID:L/kWWlbGO


夢魔「……この人は?」


起こしたか?

夢魔「ずーっと起きてたわよ。あんだけ叫ばれちゃね。貴方に危機でも迫ってたのかと思ったわ」

黙ってる事もなかっただろう。

夢魔「どう声をかけたら良いのよ。貴方の顔が少し柔らかくなったからね、どんな人かしらと」



母「分かってるだろうけど、外傷はないよ。毒の心配もないだろう」

こいつは宿の娘の母で、この村唯一の医者だ。
強い気性の事もあって、村では村長以上に発言力がある。

夢魔「分かるわ、こういう閉所で頼れるのは医者だものね」





剣士「すまなかったな。どうしてもお前に看てくれと言われた」

母「娘の目を血で汚すんじゃないよ。クソ虫」

剣士「……」

母「あの子は、父性を失って育った……それでも、強く育っていっているさ。でも、せめて清いままで居て欲しいんだよ」

剣士「心得ている……」

母「まァ、仕方ないか。頼んだよ」



ガチャ。



母「土産の干物、ありがとうよ。いい肴だった」

剣士「……世話になった」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/15(木) 10:03:07.25 ID:eT6Adv5pO

…………

娘「おやすみなさい、剣士さん」

剣士「……」

娘「その」

剣士「昼間はすまなかった」

娘「いいんです。剣士さんは大丈夫でしたか?」

剣士「……慣れたよ」


バタン。


夢魔「不器用ねえ」

……。寝るぞ。
積もる話は、寝てからさせてくれ。

夢魔「はあい。待ってるわ」



剣士「zzz……」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/15(木) 12:14:58.68 ID:/wPflI98o
面白い
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/15(木) 12:20:19.94 ID:eT6Adv5pO


夢に落ちると、いつもの美少女は切り株に腰掛けていた。
いや、イメージが広がる……これは森?


夢魔「いらっしゃい、ご主人様」

剣士「この光景は?」

夢魔「せっかくだから、私の故郷と生い立ちの話でもしようと思ってね。ほら、昨日は私の話を聞きたいと言っていたでしょう?」




夢魔「それに、今の貴方に語りかけても拒絶されてしまうだろうから。だから、今宵は貴方の事は探らない。それでいい?」

剣士「……ありがとう。精はいいのか?」

夢魔「ええ。貴方の精のおかげで、ずいぶん楽になったわ……マスターは平気?」

剣士「平気だ。それについては、いずれ話そう」







夢魔「それじゃあ、私の話をするわ。私は夢魔だけれど、こーんな、のどかな森の村で普通の生を受けたの……」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/15(木) 22:01:05.44 ID:eT6Adv5pO

夢魔「母は当然サキュバスで、高名ではないけれど実力のある悪魔だったそうよ。父は魔人に属する悪魔と人間のハーフで、そう考えれば私は人間のクォーターでもあるのかしら」

剣士「さすがに面影は分からないな」

夢魔「ええ。母が純正なサキュバスだから、血はきっと濃いわね」




夢魔「まあ、その話は良くて。村の暮らしは平和そのもので、種族の違いはあれど穏やかに暮らしていた。両親からも……私は愛されて育った」

夢魔「今はおぼろげだけれど、母は綺麗で、優しく笑う人だった。私よりもよ?」
夢魔「父は厳かで、木彫り職人として暮らしていたわ。一日中、工場から響く乾いた音を、今でも覚えてる」




夢魔「私は幸せだった。」

夢魔「本当に幸せものだったし、自身でも幸せを噛み締めて生きていたわ」

夢魔「……」

剣士「それで……」

夢魔「まあ、分かりやすい前フリよね。……そうよ。その幸せは続かなかったわ」







夢魔「人間と竜の、大部隊のぶつかりがあったの。私たちの村をちょうど挟むようにして」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/16(金) 01:43:58.75 ID:jlXm4m1VO

夢魔「私が十に届く頃かしらね。ある日突然訪れた人間の部隊に村は襲われた」

夢魔「やっぱりそこは悪魔らしく、総出で応戦したわ。自慢の父と母も、凛々しい顔で外に出て行った。私に戸棚に隠れるように言い残して」



夢魔「村は、私たちは勝つものだと。その時は疑いを持っていなかったわ。光も覗かない戸棚の奥で、終わったよと光が射すのを待っていた」

夢魔「断末魔がガヤガヤと聞こえたあと、外は少しずつ静かになっていったわ。その中に、私の知る誰の声が混じっていたかは知らない」

剣士「……侵攻部隊に対し村単位の、しかも悪魔では……」





夢魔「お察しの通りよ、勇者さん。両親の声を聞いたのはそれで最後。なんて言ってたかも細かく覚えていないというのに」

夢魔「その後、すぐに地響きを伴う足音が聞こえてきたわ。これについては竜だと分かったから、あまり不安は感じなかった」

夢魔「けれど、同時に何故争いが終わっていないのか不安を抱いたわ。静かになったのは人間を追い払ったからじゃないのか?と」

夢魔「それをよそに、竜の吼え声とパチパチという音が聞こえ始めた。つまりは木の爆ぜる音よ。竜殺しなら何が起きたか分かるでしょう?」


剣士「……ブレス」


夢魔「そう。私たちの村は、人間の殲滅のために焼かれたわ。私たちの誰に確認を取るわけでもなく、あるいは確認など取れるわけもなく」

夢魔「この音でようやく、自分の身にも危険が迫ってきている事を認識する。私は戸棚をそっと開けて外の様子を確認するけれど、見えるところには血も炎も広がっている様子なんてなくて、ただただ騒々しかった」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/19(月) 12:46:21.96 ID:7juZaaSjO

夢魔「そうして四半刻もしないくらいか……下卑た男たちの声が聞こえ始めた」

夢魔「私はもう一度部屋を覗いた」







夢魔「私たちの家では、四肢が垂れ下がった母が男たちに輪姦されていた」






剣士「……」

夢魔「瀕死か致死か……幼い私にも分かるくらい、母の身体は痣や火傷、裂傷でボロボロ」

夢魔「その死に顔、伸ばされた腕を見て、母は私を最後まで守ろうとしてくれてたんだなと。きっと父も。だから、私は生きなきゃって」

夢魔「……ただそれだけが、あの村での日々に残った全て」



夢魔「終わってしまったことを、当時の私はすぐに受け入れた。村の跡なんて見たくなかったし、振り返らなかった」

剣士「その後、お前はどう逃れた?」

夢魔「夜になって部屋に誰も居なくなったあと、炎を隠れ蓑に人が来た側と反対に走ったわ。悪魔の住む町に逃れ、行くあても無く野宿しようとしたところを、ある悪魔に救ってもらったの」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/19(月) 12:56:41.64 ID:ITi8ybrnO
(´;ω;`)
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/19(月) 13:54:14.65 ID:7juZaaSjO

そこまで続けると、夢魔は指を鳴らし周囲の風景を塗り替える。人間のものとそこまで変わらない街明かりが俺たちを照らす。
ベンチに腰掛け、石畳にふわり足を置くと、新しい話を始めた。





夢魔「私を拾った人は純粋な悪魔族で、その割に魔法使いとして生計を立てる変わった悪魔だったわ」

夢魔「私は彼のもとで魔術を学び、人間を蝕むことで同胞として日々の糧を得た」






夢魔「初めのうちは人に対しての恐怖、雄に対しての不信……色々なものを抱えてたけれど、悪魔と過ごすうちに、人間に触れるうちに、皆がそうではないと。皆がそれぞれなのだと当たり前の事を知ったわ」

夢魔「もともと毒が無かったのかしらね、私……。殺人鬼にも、男憎しにもなれたのかもしれないけど、誘惑しない夢魔として窮屈に生きることを決めてしまったわ。親が守ってくれた操ですもの」

夢魔「まあ、それで見下されるのも癪だったから。魔術に留まらず、武から舞から、必死で研鑽したのよ?」

夢魔「おかけで、今もこうしてやっていけてるわ。ふふっ」




夢魔「これで、私の話はおーしまい……付き合ってもらって悪かったわね?」

剣士「いや……」

清々しそうに笑った夢魔の生は、ひどく重いものであった。
ひどく重いものだから、語り終えた顔が軽いのか。



剣士「俺に語って良かったのか」

夢魔「野暮ねえ。人はそれぞれって、言ったでしょう?」

剣士「そうか。そうだな」

夢魔「ついでに言えば、人間なら貴方だけよ。私の秘密……とっておいて」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/19(月) 14:25:31.42 ID:tnE0q/RRO
続き来てた!
面白い…更に続きが気になる
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/19(月) 15:50:19.34 ID:7juZaaSjO

夢魔「さて、今夜はどうするかしら。夢幻の世界で良ければ、ひとつ散歩でもどう。マスター」

剣士「すまないが、興が乗らない……今の話、俺にも思うところがあってな」

夢魔「あら、気を害してしまった?」

剣士「そうではないが……分かった。明日話そう」

夢魔「ええ。待ってるわ」





夢魔「今日は貴方も疲れてしまったものね」

剣士「すまない」

夢魔「良いのよ。ご主人様」







剣士「このまま眠っていいか」

声の無くなった街が、まだ僅かに呟く俺たちを照らす。

夢魔「肩と、膝。どっち……?」



俺は頭を肩に乗せた。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/19(月) 17:07:29.97 ID:P4SFO+tT0
すごく好き
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/20(火) 02:55:43.66 ID:EnVpFDPno
俺は膝で
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/20(火) 13:11:09.67 ID:kqrSkL6q0
膝でお願いします
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/20(火) 14:44:32.89 ID:9VmKH/gSO

……………………
…………
……

剣士「っ」

ガバッ。

娘「おはようございます。……起こしてしまってごめんなさい」

何者かの気配で跳ね起きる。
この時間、いつもは朝食を作っている筈だが……。

娘「昨日の剣士さん、とても元気がなかったので……体調を悪くしたかと」

剣士「いや。診てもらった通り、健康だ」










娘「ごめんなさい、そんなの、嘘ですね。私心配なんです、昨日の剣士さんがとても悲しそうに見えたから」

剣士「……」

娘「だから私で良ければ、私で良いなら、話を聞こうかな、って……。きっと楽になりますから、辛そうな顔をしないでください」

剣士「していた、か?」

娘「はい。」




夢魔「ちゃんと見てれば分かるのよ、不器用さん。隠しているつもりでもね」

俺は顔には出さないように、

夢魔「顔に出ないから、貴方は分かるの」

……。どういう事だ?

夢魔「ふふ、気にしなくて良いわ。その方が、らしいもの」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/20(火) 14:55:22.60 ID:9VmKH/gSO

剣士「その、だな」

夢魔「話してみたら? 何なら、私は耳を塞いでいるから」

信用できるか。

夢魔「あら、楽しそうだったのに。残念」




剣士「お前に話せる事ではない」

娘「そう、ですか……」

剣士「ただ、その」

なで。

娘「!」

剣士「……良いか」

娘「っ」
こくん。




なでなで……。




夢魔「気に入っちゃった? 妬けるわねえ」

……悪くはないと、いうだけだ。

夢魔「それ、良いって言うのよ」


剣士「すまない」

娘「こんな事で良いなら、いつでも言ってくださいね。えへへ……頭、空けておきますから」

剣士「……」

娘「あたたかい……///」




夢魔「ふふふっ、可愛いわね」

娘「おおきくて、ごつごつしてて……えへへ」

……良い、な。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/20(火) 17:00:50.92 ID:yH0b6xV10
いい雰囲気
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/21(水) 15:48:00.21 ID:pFdw/DlvO

……

娘「いただきます」

剣士「……頂く」



夢魔「今日のご予定は? 勇者さん」

大型竜の討伐だ。
隣町まで行かなくとも、外れの渓谷を寝ぐらにしているという情報がある。

夢魔「……単騎で?」

案ずるな。




剣士「……ご馳走様。じきに発つ」

娘「はっ、はい」

剣士「食べていてよい。身支度は済んでいる」

娘「わかりました……」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/21(水) 21:22:26.23 ID:pFdw/DlvO

剣士「行ってくる」

娘「お気をつけて」

ヒヒーン!




パカラッ、パカラッ……




夢魔「様になってるじゃない。女夫みたいよ」

そのような趣味はない。

夢魔「趣味って言い切っちゃうあたり、面白くないわねえ。ところで、今日は起きていても平気かしら?」

お前が起きていられるなら、そうしろ。
昨日のような事も、そうそう無いと思うが……。

夢魔「じゃ、そうさせてもらうわ」





夢魔「……丸くなったかしら? 少しは」

やめてくれ。意識しながら話してしまう。
無理やり無愛想にするのも何か違うだろう。

夢魔「あら。そんな事も言えるのね、ご主人様は」

……お前のおかげだよ。

夢魔「皮肉ね」

お前がな。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 10:58:05.88 ID:bhCDgbViO



着いたぞ。

夢魔「ここが……」


山肌が荒々しく覗く谷は、周囲より標高が低いという訳ではなく険しい尾根へと続く。
対照的な丸い川石と穏やかなせせらぎを右手に、それらしい寝ぐらを探して進んだ。


夢魔「見つけたら、すぐ殺すつもりなのね?」

そのつもりだ。

夢魔「……貴方、本当に人なのかしらね?」

そのつもりだが……さてな。

夢魔「人並み外れても人でしょう。人でいなさい」






ザッザッ……。

竜「……」
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 11:13:58.34 ID:bhCDgbViO


剣士「……」


何者かの呼気がする。

聞こえる。

まだ剣には手を掛けず、殺気を殺して岩陰へ。




竜「……」
剣士「……」




居た。
緑の鱗を纏う竜が、見定めるように鎮座している。


気配こそ殺していたが、話し合うつもりも殺し合うつもりも無い。
俺は日々の糧を得るために来た。一方的に殺すために来た。







故に理屈は要らず、抜いた剣を首筋に放った。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 11:28:55.94 ID:bhCDgbViO


竜「!!」


逆手に振り抜いた刃が空を切る。
いつの間に半歩下がった巨体は、両の爪を構えた。



武の者だ。



夢魔より、竜は誇り高いと聞いた。この個体はそうなのだろう。

剣士「……」

必殺するまで剣は要らない。ひとたび触れたら剣は折られ、あるいは曲げられる。
腕を下ろし剣先は左へ。正面に構え時を待つ。



竜「ゥオオオアァアアア!!!」



先々の先は巨体の特権。
横薙ぎに死が迫る。

ブォン!!

後ろに飛び退きもう一度。
反対の爪からもう一度。

ブォン!!



剣士「ふっ」

息を整える。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 12:30:02.32 ID:bhCDgbViO

竜と対峙する人間は、まず間合いの差を重く認識しなければならない。
これは常法である。

爪を見るたび思い出せ、牙を見るたび思い出せ。
呪われし日々を思い出せ。



積み重ねられた経験が血に巡り、勝手に四肢を突き動かす。



竜「ウアァアアア」

間合いに半身踏み込む。
すぐ爪が迫る。

これに身を翻すと、身体は半身だけ戻り、体勢は崩れるが……。






剣士「――」
竜「――」


体勢を崩せば捉えんとす。
腕を伸ばして捉えんとす。

翻した身体は弧を描き、また間合いの中へ。
勢いのまま、懐の中へ!


剣士「おおおおおおおッ!!」


踏んだ足より伸びた肩、すなわち死に腕!!




ズバン!!
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 12:46:02.14 ID:bhCDgbViO

竜「ッ、ゴオオオオオオオオ」

剣士「っ、ふ」





わきの下を斬り抜け、油断せず向き直る。
両断するには至らないが、腕への傷は深い。

薄い鱗から滴る鮮血は多い……致命傷だろう。




夢魔「貴方、本当に、渡り合えるのね……」

手負いは暴れる事も多い。
間合いなど気にせずに突撃する質量を捌けなければ、すぐに組まれて圧死のみだ。

夢魔「……ええ、油断しないで」







竜「グ、ウウウ……」

剣士「見事だ。もう一度構えるか?」

竜「グゥエエエウ!!!」



ダンッ!!



夢魔「跳んだ!?」

逃げたとしても、そうは持つまい。



ダッダッダッダッ…………


夢魔「違うわ、山の上から村の方へ……!」

剣士「なに!?」
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 13:00:47.01 ID:bhCDgbViO

……………


パカラッ、パカラッ、パカラッ


剣士「っ、走れ!」

ヒヒン!

剣士「く、見えなくなる……!」



突如走り出した手負いの竜は、血を流しながら村へと向かう。
川辺という足場の悪さから逃れた竜は、馬を越える早さで村に迫る!




夢魔「なぜ村へと?」

剣士「分からない!!」




まだ日中。
農作業をする人、商店に立つ人……洗濯を、干す娘。


夢魔「そうね、急いで!」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 16:36:39.53 ID:bhCDgbViO

馬「フッ、フッ、フッ、」





パカラッ、…パカラッ、……パカラッ、


まずい。馬に疲れが出てきたか。

夢魔「どうするの、勇者さん?」

夢魔、その。

夢魔「ふふふ、何かしら」

笑うな!!

夢魔「そうね。でも、ものを頼むのにその態度はどうなのかしら?」

それっ、知っていて、お前……!





夢魔「……ご主人様、そろそろ私を信じてみて。私じゃなくてもいい、自分以外の誰かを」

夢魔「貴方が、人を信じられないと嘆くのは、誰かを信じたいと、そう思うから」

こんな時に説教か!









夢魔「……へえ。説教ですって? 昨日話した私の過去、記憶から消し去ってやろうかしら」

夢魔「誰かを!! 失う前に!! すべき事をなさい、この戯け!!」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 16:42:49.86 ID:8rSUSpBmO
かっこいい
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 16:51:32.09 ID:bhCDgbViO


そうとまで言ってくれるか。
ああ、その通りだよ、この悪魔!!
上等だ……!!





剣士「主人として命ずる!! 村人の精神に潜り、今すぐ屋内へ退避させろ!!」
夢魔「Yes my master!!」





頭の中から夢魔のイメージが消える。
それと同時に、村人たちが捕まって喰い千切られる想像も、どこかに消える。








もう大丈夫だ。

そう思えるだけで、心に強さが湧いてくる。

夢魔ならきっとやってくれる。

娘ならきっと聞いてくれる。

誰かを信じて生きてみて、望んだようには生きられなかったが……。
誰かを信じる心は、未だ微かにこの胸に。

剣士「もう少しだ、頼む!」
バシーン!

馬「ヒヒーン!」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 17:15:22.31 ID:bhCDgbViO

…………

夢魔「聞こえるかしら! この村に大型の竜が迫っているわ、今すぐ屋内へ戻って!!」

老人「はえ? ぼけたかの……」


…………

夢魔「聞きなさい! 大型の竜が村を襲いに来るわ、家の中に退避しなさい!!」

店主「……うーん。変なキノコでも食べましたっけ?」


…………



夢魔「っ、これじゃラチが明かないわ……適当に潜ってはダメ。でも、俗世に欲の無さそうなあの子を、夢魔の私がどうやって探したら良いの……?」

夢魔(何か思い付きなさい、私。せっかくマスターが信じてくれたのだから)

夢魔「研ぎ澄まして……声を、心の声を……」



金貨があと3枚もあれば、こんな糞みたいな村出てってやる。
ウチもそろそろ建て替えたいわねえ。
お父さん……寂しいよ……
あーバインバインのねーちゃんでも嫁いでこねえかなあ。
あーうぜえ。ぽっくり逝かねえかな隣のジジイ。



夢魔「……。いや、今の!!」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 17:32:46.70 ID:bhCDgbViO

ヒヒーン!

剣士「着いたっ、竜は!」




……




村長「なんだねこの騒ぎは!」

母「命が惜しけりゃ家に戻りなァ!! 喰い千切られたいのかい!!」

村長「な、どうしたんだね!?」

母「宿の剣士から伝言だ、竜がこの村を襲いに来た!!」

村長「何かと思えばあの男か? 何を真に受けて……」

母「うるせェ!!家ン中でくたばってろ!!」
バキッ!

少年「ほ、本当に来るの?」

娘「信じて!! 早く、家の中に!!」

少年「う、うん」

母「あんたも早くお入り!!」

娘「待って、まだあっちにおじいさんが」



竜「ギョワアアアアアアアア!!!」



母「戻っとくれ、早く!!」

娘「――ダメ、放っておけない!!」

老人「お、おお……?」



「ほ、本当に来た」「娘ちゃんが危ない……!」「しっ、息を潜めるんだ」



母「頼むよ、戻っておくれえええ!!」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/22(木) 17:40:31.84 ID:2MLJzmpwO
おつ
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 17:45:23.22 ID:bhCDgbViO

娘「おじいさん!!」



竜「ギャアアアアアア!!」

ズン!ズン!ズン!ズン!

老人「こ、腰が」

娘「た、立って……!」




竜「ギャエエエエエエエ」

娘「引きずって、こっちに……!!」

老人「も、もうええ……離すんじゃ……!」



ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!



夢魔「娘ちゃん、もう来てる!!!」

娘「ごみ、箱の、陰に……!」







竜「……」
クパァ。

娘「あ。……」


竜「シャアアア!!!」


夢魔「マスター!!」
娘「お父、さん」
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 17:57:53.16 ID:bhCDgbViO




剣士「死ねええええええええ!!!」




竜「ゴッ、フ」

娘「ひっ」
老人「ひょええ……!」


剣士「死ね、死ねっ、死ねええええ!!!」

ドパン!!




娘「あ、ああ……」

後頭部に振り下ろされた「拳」が、
竜の頭部を破砕した。
一帯に、脳と髄と血と肉が散らばる。



「今、殴……」「娘ちゃんは無事か!?」「なんだ、なんだったんだ今の……!?」



それは剣士と呼べるものではなかった。

剣士「……無事か」

娘「け、剣士さぁん!!!」

夢魔「良かった……間に合って……」





当然、勇者と呼べるものでもなかった。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 18:18:51.82 ID:bhCDgbViO

……………………
…………
……


母「……説明してもらうよ」

村長「私からもだ」

剣士「……」


俺は、渓谷で討伐していた死に体の竜が突如として村に走り出した事、馬では追い付けない速さであった事、今までにこのような事例を知らなかった事を話した。

母「……」

村長「娘ちゃんは助かったから良かったものの、どうなる事かと思ったよ。やはり、お前はどんな厄介ごとを持ち込んだものか分かったもんじゃない。ここはひとつ村から出てい」

母「黙りな。ノビてて見ても無かった奴がほざくんじゃないよ」

剣士「……」





ガチャ。



「……」「……」「ヒソヒソ……」


剣士「……」
夢魔「マスター」


……。


「何と恐ろしい……」「竜に呪われてるんじゃねえのか、あいつ」「出てってくれよ、もう……やだよ……」



夢魔「本人に聞こえる声で、あくまで聞こえてないように。最低だわ」

…………。

夢魔「その、私は貴方の味方だから……気を落とさないで……」

……………………。

夢魔「ご主人様……」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 18:34:40.84 ID:bhCDgbViO

………………

剣士「ご馳走様」

娘「……」

剣士「済まなかった」

娘「そんな! 剣士さんは何も悪く」

剣士「いや。今日の事は、俺の甘さが招いた事だ」



娘「剣士さんが助けに来てくれた時、まるで、お父さんみたいだって思いました」

剣士「思い出は、汚さない方が良い」

娘「そんな事言わないでください……少し怖かったけど、剣士さんは悪い人なんかじゃないです」

剣士「……」


ガチャ、バタン。


夢魔「マスター……あの子は、剣士さんの仲間と言った時に真っ先に信じてくれたの。だから信じてあげて」

信じていないわけではない……。

夢魔「なら」

今宵、話す。

夢魔「……」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 20:10:06.73 ID:bhCDgbViO

………………



夢魔「……こんばんは、マスター」

剣士「ああ」





剣士「あの時は、ありがとう。夢魔」

夢魔「……ええ」

頭を下げる。
目の前には、本当にあの激しい叱咤をかましたとは思えない、穏やかな笑顔があった。



剣士「これについては、顔を合わせて礼を言いたかった。すまない」

夢魔「ふふ。あのまま意地を張っていたなら、本当に記憶を消して、契約を破棄してたわよ?」

剣士「……冗談ではないのだろうな。勘弁してくれ」

夢魔「あら、本当に殊勝ね。弱らせちゃったのかしら」

剣士「驚いたには、驚いた」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 20:30:56.44 ID:bhCDgbViO

剣士「それで、本題だが」

夢魔「今ので本題じゃない?」

剣士「約束を守ろうというのだから、水を差すな。俺の精……それについて話そうと思う」










剣士「俺が生まれ落ちた里は、秘境でもあり代々勇者を輩出する使命を持つ、勇者の里という」

剣士「勇者とは、竜を討ち滅ぼす為の……その為だけに研鑽を積んだ戦いの申し子」

剣士「世間体の為に作られた、弱きを助け強きを挫くなんて思想は一切なく、ただ竜の殲滅を願う……それが勇者であり、その一行だ」




剣士「俺は、年代的にある子供と対になって産まれた。俺は彼より剣術に長けており、その世代では一番の勇者候補でもあった」

剣士「身体の捌き方、竜の身体の構造、効果的な戦術、その全てを里で学ぶ。俺は15歳、彼も15歳、ある日俺たちは長老に呼び出される」

剣士「用件はさらなる力の会得についてだった。断る事は出来なかったし、断る事もなかっただろう。さらなる力、さらなる戦闘力。俺たちはそれを快諾した」




剣士「どうやら里が新しく編み出した秘術で、ある力を身体に宿す事が詳細であった。俺と彼に、それぞれ対になる力を」

夢魔「……もしかして、昼間見せたあの力?」

剣士「ああ。」







剣士「それは、人間の持つ全ての負の感情を糧にして力を生み出す術式だった。」
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 20:51:35.44 ID:bhCDgbViO

夢魔「え」

剣士「この世のありとあらゆる負の感情を、この……人間の身体に押し込み、リミッターをかけて燃料タンクのように開閉させる事」

剣士「それが、あの爆発的な力を生み出す為に生み出された方法。破壊の力」



夢魔「それじゃ」

剣士「そうだ。莫大な力と、有り余る淀み。それが俺の精の正体だ」



剣士「ちなみに、対になって宿された彼の力は、喜び、楽しみ、安らぎ、勇ましさ。そのような感情を詰め込まれた燃料機関……破邪の力だ」

夢魔「本人たちの感情の動きは想像も付かないけれど……何故その燃料に、人間の感情を選んだのかしらね」

剣士「言霊などに限った話ではないが……人の想いというものは上にも下にも留まる事を知らず、無限に近い原動力となるからだ」





剣士「秘術は滞りなく完了したが、俺の力には問題があった。戦っている相手が強くなればなるほどに感情の制御が難しくなり、その力を持て余してしまう事だった」

夢魔「想像に難くないわね」

剣士「ああ。紆余曲折はあったが、端的に言うと俺はその力で里を滅ぼしかけ、そして里を追われる」





剣士「正直なところ、此度の件も小さな事なのだ。人ひとり用ではない感情のリミッターが付いているせいで、自分の感じ方を自在に制御出来てしまう」

剣士「まあ、お前の魔法でよく分からない事をさせられた時は焦ったがな」

夢魔「あら、素直になるマジックってそんなに危なかったのね」

剣士「だからやめろと言った。まったく」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 21:04:32.30 ID:bhCDgbViO

剣士「これが大まかな話だ……細かい事は、おいおい話そうと思う」

剣士「もう一つ、お前に伝える事があるからだ」










剣士「俺は村を出て、旅に出る」

夢魔「娘ちゃんはどうするつもり。あの子は、貴方を必要としている」

剣士「どうにか説得する。それだけの理由がある」




剣士「昨日、お前の故郷の話を聞いたな。単刀直入に言うと、お前の故郷を滅ぼしたのは勇者一行だ」

夢魔「……。知っている人間?」

剣士「確証はない。しかし竜に対抗し得る人間の集団といえば、俺の居たあの忌々しい里の人間だけだ」

剣士「それに……お前の親を手に掛けた人間に心当たりがある。先ほど話した、俺と同世代に産まれた男」

剣士「15となり力を授かる前のことではあるが、魔物の住む、とある村に侵攻したという話をした覚えがある」

夢魔「……」

剣士「……。日付や編成が掛け違っていれば、幼い俺がお前たちを殺していたかもしれない。憎んでいるか」

夢魔「私は……」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/22(木) 21:17:20.32 ID:bhCDgbViO


剣士「こんな聞き方をしてすまない。だが軋轢を生まぬよう、あえて先に許しを乞うた」


剣士「夢魔よ。明日からの旅路に、これからも使い魔として付いてきて欲しい。俺は……俺の背負ったものに答えを出しにゆく。その中でお前の過去に関わる事があれば、俺がその罪を償おう」














剣士「嫌であれば、契約は破」

夢魔「何か勘違いしているわね。ご主人様」




夢魔「私が貴方の使い魔になったのは、貴方が気に入ったから。それ以上の戯れなんか、初めから無かったわ」

夢魔「あーあ、残念ねえ……。私、ますます貴方に興味が湧いてきたの」

夢魔「私の気が向く限り、貴方にいくらでも仕えてあげる。ちゅ」

剣士「!」

夢魔「うふふ。夢魔の接吻は、自分から欲しがって手に入るものじゃないのよ? 忘れないで頂戴」
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 21:18:55.22 ID:bhCDgbViO
ここまでにしとく
序盤はそろそろおしまい
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 21:32:13.15 ID:gizSTGEco
おつ
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/23(金) 11:51:29.67 ID:u31xqCZ00

良い雰囲気だな続きが楽しみ
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/23(金) 16:35:03.38 ID:X3O4JV82O
おつー
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/23(金) 18:43:23.78 ID:yS2HARQko
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/23(金) 19:37:36.83 ID:HZoPjlF/o

これは良作の予感しかしない
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/07(土) 13:30:03.15 ID:JohJIGKpO

剣士「……そっちを欲しがった覚えは無い」

夢魔「ふふ。相変わらず嫌な男ね」

剣士「お前も相変わらず変わり者だ。枯れたような男のどこが興味を引いたのか」

夢魔「あらぁ? こないだ涸れてはいないって自分で証明したんじゃなくて?」

剣士「……やめてくれ」



夢魔「まあでも」



夢魔の白い指があごを伝う。
ここは夢……いつの間にか両の手足が動かせなくなってもおかしくはない。

夢魔「私は欲しいのよねえ。貴方の唇……貴方の精が」

剣士「好きに吸え。今日のお前を労わない主にはならん」

夢魔「ふうん。縛っちゃったのに余裕じゃない」

剣士「好きに吸えと言った。縛らなくても同じ事だ」

夢魔「はあ」


パチン。


ため息と共に夢魔が指を鳴らす。突っぱねすぎたかと思ってハッとするが、どうやら俺を寝かせるベッドを用意しただけのようだ。

夢魔「そこに寝て」

剣士「……。いや、動かんぞ」

夢魔「じゃあ、押し倒してっ……あげる」


匂やかな唇が触れた。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/07(土) 17:47:37.26 ID:JohJIGKpO

……

夢魔「っ、こくっ、んふ……♪」

夢魔「はぁ、ふふっ、えげつない味……」




剣士「いつまで乗っているつもりだ」

夢魔「あら、今度は乗りたい?」

剣士「俺で遊ぶな」

夢魔「ふたりで戯んでいるのよ。私は常に対等でいたいと思っているわ」

剣士「……拘束して押し倒し、唇を奪うのが対等か?」

夢魔「だって、貴方もシてほしそうだったもの」



夢魔「ま、ご馳走様ねマスター。もう少し美味しくなって頂戴」
パチン。

剣士「っと、解けたか」

夢魔「あっ、そのまま。……私も寝させて」


彼女は今度こそ対等に、俺に寄り添う。
動くようになった俺の腕を抱く。よって片腕だけまだ動けない。
柔らかい肉も、溶け合う体温も、耳孔を侵す吐息も、危なく、甘い。






夢魔「ねえ、貴方」

夢魔「貴方は、自分の甘さがあの子を危険に晒したと言ったわね」






夢魔「それは事実よ。」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/07(土) 18:12:11.88 ID:JohJIGKpO





冷えた声が、夢から醒めるほどの衝撃を与える。





夢魔「破壊の力ですぐあの竜を殺していれば、村が襲われる事はなかったわ」

夢魔「何故、貴方は破壊の力を使わなかった? 逆に、どうして最後まで力を我慢する事が出来なかった?」

剣士「…………」

夢魔「思考が枝分かれする前に、答えてしまいなさい」



剣士「俺は」

剣士「…………」



夢魔「ね、マスター? 睦言で魔法を唱えるのは嫌よ」

夢魔「早く吐き出して、楽になってしまいなさい。」


楽になってしまいなさい。
楽になってしまいなさい。
楽になってしまいなさい。


先ほどまで刻まれていた甘美な桃の味わいが、彼女が誘導する言葉の先を桃源郷だと錯覚させる。
誘い、惑わし、誘い、惑わせる。蓄積する誘惑。
その一瞬、俺は堕ちてしまった。






剣士「怖か、った」

剣士「俺、は。もしも、もしも自分が自分の制御を離れてしまう事が……怖くて、」




剣士「怖……くっ……!?」




あああ。
我に返った。
やっちまった。

夢魔とは、俺と同じく恐ろしい者なのだ。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/07(土) 22:38:42.49 ID:1Pt/ncmfO

剣士「いや、別に俺はッ」

夢魔「怖かったわね」

間もなく、強く抱きしめられる。追撃が、思案を許さない。





剣士「む、ぐ……」

夢魔「確かに貴方が竜を殺し切っていれば村は襲われなかったでしょう」

夢魔「けれど貴方が竜を殺し切らないせいで村が襲われたなんて……誰が知るのかしらね?」

剣士「……!」

裸の心に言葉が沁みる。
先ほどまで事実を突き付けていた魔性の唇は、温かく真実を語る。

夢魔「貴方は己の力に怯え、竜を仕留め損なった。手負いは村に突撃し、暴れ、そして貴方に止めを刺された」




夢魔「それだけが真実よ。時に世は真実を見失うけれど、世界を動かすのは真実だけ」




夢魔「貴方のせいじゃない。怖いのはしょうがないじゃない」

剣士「しょうが、ない……」

夢魔「そ。ちなみに、娘ちゃんが食い千切られそうになった遠因は私にないとも言えないのよねえ。村民の退避で一番力を借りちゃったわけで」

剣士「それは……」

夢魔「そして娘ちゃんの死を防いだのは、紛れもなく貴方よ。勇者さん」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/07(土) 22:49:16.78 ID:1Pt/ncmfO






夢魔「さあ、眠りましょう……マスター。貴方を休ませてあげて」

夢魔「貴方を許してあげて」





……………………
…………
……



夢魔の指が、眠る男の頬を擦り上げる。
その指に光る雫が、そっと唇に運ばれていく。





夢魔「……。初めて味わったわ、貴方のデザート」

夢魔「とても繊細で、優しい味」

夢魔「好きよ」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/07(土) 22:54:35.55 ID:1Pt/ncmfO
間が空いてすいません
しかし何でこの剣士えっちしないの馬鹿じゃないの
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/07(土) 23:01:33.05 ID:K0i1f4jb0
乙!
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/07(土) 23:42:03.54 ID:CkF0a2LSo
91からの間で色々想像しちゃったぜ
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/08(日) 08:42:04.59 ID:+JooyrR8o
やっぱり不能なんじゃ……
おつ
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/09(月) 20:34:52.00 ID:y26tODBnO

……………………
…………
……




ザッ。

剣士「……」

母「発つのか」



まだ日の昇り切らない頃、村の入り口に女はいた。



剣士「ああ。戻らない」

母「てめぇ」

バチン!

剣士「っ……」

母「最低だよ」



張られた頬が痛い。

母「……今お前が出ていったら、ウチの娘は泣くだろうね」

剣士「ああ」

母「へええ知っててやってるんだねえ。おおやだ。あの時さっさと死ねば良かったものを、あの子が拾ってきたばっかりに」

母「だからのたれ死ねとも言えなくなっちまったじゃないか。可愛い娘の前で」





母「けれどあんたは村を出る。あの子が自責に駆られるであろう最悪のタイミングで、癒えない傷をあの子に増やそうとしている」

母「だってお前、死にに行くんだろう?」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/09(月) 21:30:49.93 ID:y26tODBnO

剣士「そうと決まったわけではない」

母「いいや嘘だねあたしも医者の端くれだ。あるいは、死にに行くわけでもなくとも死に場所を探してる。そんな顔だ」

剣士「そんなの……」





俺の世界が平和でなくなってしまった時から、そんなの。
そんな問答は、既にして終わっている。

母「あたしはあの子になんて言ったら良いんだい。あの男は死にに行ったと言えば良いのかい?」

母「それとも、知らぬ間に消えてしまったと告げて、せいぜい慰めれば良いのかい?」








母「あの子が、あんたに投影した………………あたしに二度と埋められない、親の半身を失わせたまま過ご」








娘「剣士さんっ!!」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/09(月) 21:38:11.46 ID:y26tODBnO


剣士「!」
母「……チッ」




夢魔「私との口約束でも、それはそれよ。逃げないで、ちゃんと守って頂戴」

……さては、起こしてきたな。

夢魔「さーてねえ。聞いていないでいてあげるから、するべき事をなさい。お休み」




娘「……村を、出るんですか」

剣士「……ああ」

娘「もう、帰ってこないんですか」

剣士「ああ」

娘「もし昨日の事で居場所を無くしてしまったと思うのであれば、私が全力で誤解を解きます。それでも、ダメなんですか」

剣士「行かなければ、ならない」

泣きそうな顔でもない。
怒るような事もない。
初めて見たかもしれない、母親に似た芯の強い姿。





そんな彼女が、最後の切り札を切るように言葉を告げる。





娘「それは、あの夢の女性の為ですか」
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/10(火) 10:04:48.59 ID:57fmCsFp0
なんだこのサキュバスは!
母性の塊じゃないか!!最高だな!!
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/10(火) 12:56:33.14 ID:AhS9ud+TO
このサキュバス...やりおる
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/10(火) 13:00:05.78 ID:vdv7cOQqo
俺のところにこんなサキュバスさんが来るのはいつになりますか
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/10(火) 13:09:15.40 ID:MMJNP250O
ダメ男は一瞬で脳みそ溶かされて死ぬぞ
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/10(火) 13:56:16.93 ID:CN+uyK55O
それもまた一興
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/10(火) 21:36:52.75 ID:RKc8xUH5O

剣士「!」

そうか、知っているのか。
彼女たちがどんな会話を交わしたのか、娘が夢魔をどう思っているのかは分からない。
しかし、一般的な人間の感覚からして悪魔と親交があるのは異様だろう。





剣士「いや。自分の過去を清算する為だ」

俺の旅立ちは夢魔の為ではない。これは本心である。
これを伝えると納得したのか、いつものように柔らかい

娘「清算できたら……また、またいつか……私の頭を撫でてくれますか?」

剣士「俺は、お前の父親にはなれない」

娘「……」



なでなで。



娘「あ……」

剣士「しかし、ゆかりが有ればまた会う事もあるだろう。それでも構わないか」

娘「はい!」
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