男「川で全裸のエルフ拾った

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146 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:09:44.73 ID:0/G1P+FM0
 男 「……よくやってくれた」

弓使い「はーっ、はーっ、はーっ」

エルフ「ど、して……」

 男 「さっきから言ってるだろ。残念だが手負いの獣と出会ったからには殺すか殺されるかだって」

エルフ「れも……」

 男 「じゃあ聞かせてくれ。あの時あの熊は何を思っていたのか」

エルフ「しょれは……」

 男 「痛い、怖い、憎い、とかだろ」

エルフ「……はい。れも、ろ、して?」

 男 「心が読めたわけじゃない。今まで見たり聞いたりした経験から分かっただけだ」

 男 「命の危機には言葉は当然として想いすら伝わらないことがあるもんなんだよ。助けたかったのに、殺すしかなかったなんてこともな」

エルフ「れも……」

弓使い「そうよ、貴女も見たでしょ?あのバスガンの心を」

弓使い「全身を貫く傷の痛みに震え、迫り来る死の恐怖に怯え、自らを傷付けた者たちへの憎しみと怒りに溢れた、真っ黒な心を」

エルフ「あう……」
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:12:52.51 ID:0/G1P+FM0
弓使い「あのバスガンにはもうエルフと人間の区別はついていなかった。人間の形をしたものを全て敵と捉えていた」

弓使い「私たちの心はバスガンには届かなかった。そして私たちには使命があってここで死ぬわけにはいかなかった……」

エルフ「だかや……?」

弓使い「ええ、だから殺したの」

 男 「それにあの傷ならもう熊は助からなかった。可愛そうかもしれんがあいつの死に俺たちも付き合ってやる必要はない」

エルフ「えも……」

 男 「でもじゃない。エルフのためにも君たちは西の森を調査して帰らなきゃならないんだろ?」

弓使い「ええ…… 確かに私たちはここで旅を終えるわけにはいきませんでした。エルフの未来のために死ねない、と」

弓使い「でも、それはエルフという大きな個を守るために、エルフがこの先も生きていくために殺したということなんです」

弓使い「エルフの未来のために、エルフという個の利のために……」

 男 「ああ、だから君は間違っちゃいない」

弓使い「でも、本当は違うんです!エルフのためだなんて大義名分を振りかざして私は!私は……」

弓使い「お為ごかしなんです!ほんとは私、バスガンの心を見たときとても怖かった、恐ろしかった、殺されると思った」

弓使い「殺されるって感じたとき、私は死にたくないって思った。死にたくなかったから弓を手に取ったの」

弓使い「使命だとかそんなのじゃなくて、私は!私は…… ただ死にたくなかったから……」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:14:03.09 ID:0/G1P+FM0
 男 「…………」

弓使い「……結局利己的なんですね、エルフも。いえ、私が利己的だったんです」

 男 「生き物ってのはみんなそういうもんさ。それに、そのことが君の全てじゃないだろ?」

弓使い「……ええ、貴方の言う通りそれが私の全てではありません。そのはず、です」

 男 「…………」

エルフ「…………」

弓使い「……イルルヤンカシュ、ワスピーネントゥ−ククカムアーンゲヴチャチャッカ」

エルフ「……ナァム、ナァムクエルシシィ」

弓使い「コルキオテンサオルトデンファンスネルアフィ?ドームリタカスガヤシワワ?」

エルフ「スィール、ピルオルコムノノノレイク」

弓使い「……フェリティトゥ」

 男 「……終わった?」

弓使い「はい。ですが、とても疲れました……」

 男 「もう休もう、と言いたいところだが熊の血の跡を追って誰が来るともわからん。もう少しだけ先に進もう」

弓使い「了解です……」
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:16:11.76 ID:0/G1P+FM0
 男 「が、その前に……」

エルフ「?」

 男 「よいしょっ、と」

弓使い「待ってください、一体何を!?」

 男 「ホナビラキだ。心の臓を取り出して山刀で十字に切る」

弓使い「なんでそんなひどいことを!」

 男 「これは先達から教えてもらった儀式だ。こうすることで自然に獣の魂を返すんだ」

 男 「本当なら自然で生まれ自然で死ぬ獣の命を横から奪ったんだ。そのままじゃ山に帰れないからこうするんだとさ」

弓使い「魂を返す……?」

 男 「本当はもっといろいろとやることがあるんだが、今は急がなきゃならないし仕留めた理由もまた違う」

 男 「自己満足かもしれないが、これが命を奪うことへの贖罪と感謝なんだと思う」

エルフ「…………」

 男 「此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す。この地にて頂戴した主の子の御霊を御返し致す。どうか恨みを忘れ静まりたまえ……」

弓使い「…………」

 男 「……行こう」
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:17:28.22 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「すぅ…… すぅ……」

弓使い「…………すぅ」

 男 「ま、あんなことがあったんじゃそりゃ疲れるわな」

 男 (さて、あの亡骸の様子を見てそう遠くには行ってないと気づいてくれたか……)

 男 (先遣隊、というには頭数が少ないな。二人組が二組、こっちに近い方はもうちょいでここに来るな)

 男 「……やりますか」



野盗ニ「……そろそろ近いぞ」

野盗ホ「ああ、あれだけの熊と殺り合ったからにゃあともすれば満身創痍だ。そんなに遠くまで行けるはずもねえ」

野盗ニ「それに痺れ薬を塗った矢が掠めた奴もいる。尚のこと逃げられんよ」

野盗ホ「あの別嬪どもは先に味見しておきてぇなぁ。ダチを遣られた恨みもあるし」

野盗ニ「襲うのは本体が合流してからだ。奴らの腕前は仲間の死を以て十分に理解したはずだが?」

野盗ホ「ヘイヘイ……」
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:30:02.52 ID:0/G1P+FM0
野盗ニ「…………むっ?

野盗ホ「どうした?」

野盗ニ「今あそこの枝が動いた。それに葉と何かが擦れる音もした」

野盗ホ「猿かリスとかその辺じゃねーのか?まぁ、確かめてみるけどよ」

野盗ニ「頼む。もしかしたら我らを待ち伏せて樹上から矢を射かけてくるやもしれん」

野盗ホ「心配し過ぎだっつーの。どれどれ……っと、おい、何もいねーぞ」

野盗ニ「…………」

野盗ホ「おい、何でだんまりだよ」

野盗ニ「…………」

野盗ホ「おい、まさか奴らを見つけたのか?」

野盗ニ「…………」

野盗ホ「んなっ、あぁっ!し、死んでやがる!矢…… あそこから撃ってきやがったのか!?」

 男 「――――此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す」

野盗ホ「かひゅっ……」

 男 「彼の地を血で穢すこと、どうか許したまえ……」
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:32:32.98 ID:0/G1P+FM0
 男 「さて、残った二人はどうするか……」

 男 (矢の射程範囲には入ってるが、夜の帳ン中じゃ流石に距離が開き過ぎてる…… 音を頼りにしても)

 男 「ま、駄目元で一発撃ってみるか。一番高い木は……っと」



 男 (さて、風は向かい風。でも当てられない程じゃない。視認は…… 暗すぎて無理)

 男 「足音は…… 風に乗って下にいた時よりははっきり聞こえる。いけるな」

 男 (鷹の眼なんざ呼ばれていたが、実際は兎の耳だね)

 男 「後は枝が射線を遮ってなきゃ…… いいが!」



 男 「……何かが落ちたか倒れたような音、その場から離れていく小刻みな音」

 男 「音はこちらに向かってきていない…… 一は人仕留めて一人は逃げた、か」

 男 (ま、仕留め損なった方にしても3人殺られてるのを見りゃ追いかけようとはしてこないとは思うが……)

 男 「よっ…… っと」

 男 「だが、確認はしておくべきだな」

 男 (鏃に毒は塗っといたし放っといても勝手に死ぬだろうが)
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:34:24.37 ID:0/G1P+FM0
野盗ニ「…………」

野盗ホ「…………」

 男 「よ、っと」

野盗ニ「…………」

 男 (鉈を打ち込んでも反射以外の反応は無し。こいつらは死んでるな)



 男 「――――で、コイツだ」

野盗ヘ「お、おお…… 戻ってきてくれたのか?血が、血が止まらねぇんだ……」

 男 「……仕留め切れてなかったか」

野盗ヘ「んあ…… その声、誰だ?」

 男 「アンタに刺さってる矢の持ち主だ。で、まだ死んでないなら聞きたいことがある」

野盗ヘ「答えたら…… 助けてくれるのか?」

 男 「いや、矢に塗ってあった毒のせいでアンタはもう助からん」

野盗ヘ「へっ、じゃあ答えても無駄じゃねぇか……」

 男 「そうだな、答える意思はないと見た。さっさと死なせてやる」
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:35:52.11 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


弓使い「――――――――ん」

 男 「お、起きた」

弓使い「……おはようございます」

 男 「おはよう」

弓使い「……もしかして寝ずの番を?」

 男 「うん」

弓使い「……すいません」

 男 「いいっていいって」

弓使い「太陽は…… 顔を見せ始めたくらいですね」

 男 「ああ、そろそろ出発だな。あんまり長居してると連中に追いつかれるかもだ」

弓使い「ほら起きて、出発よ」

エルフ「ぅん…… うぁい……」

 男 「よし、行くぞ」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:37:53.59 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ん、うぅ……」

弓使い「どう?」

エルフ「うぅ、うん、だいぶうごけうよーになりました」

 男 「呂律はあやしいな」

弓使い「歩ける?」

エルフ「うん…… はれ?」

弓使い「ちょっと!?……もう、危なっかしいわね」

エルフ「しゃしゃえてもらったあ、あゆけます……」

 男 「……昨日のように担いで行こう」
 
エルフ「ふぇ?」

弓使い「そうですね」

エルフ「……あい」

 男 「じゃ、まずは俺が担ぐということで」

エルフ「おねあいしまふ……」

弓使い「では、右手の警戒はお任せください」
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:40:03.14 ID:0/G1P+FM0
―――
――


弓使い「――――追手はどの辺りまで来ているんでしょうか?」

 男 「さて、近くにはいないと思うが……」

 男 (多分もういないだろうが緊張感を無くしたらやばいしなぁ…… 他の奴が出て来ないとも限らんし)

弓使い「そうですか、まだまだ注意を怠ってはいけないということですか……」

弓使い「見えない敵に追いかけられている、というのがここまで消耗させるとは思いませんでした」

 男 「だからこそ休めるときには休まないとだ」

弓使い「貴方がそれを仰いますか」

 男 「大丈夫だよ、仕事柄体力は多いんでね」

弓使い「ほんとですか?」

 男 「本当だとも」

エルフ「……しゅこし、かわっは?」

弓使い「え?」

エルフ「うぅん、なんれもない……」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:41:34.52 ID:0/G1P+FM0
 男 「おっと……」

弓使い「雨、ですね。どうしますか?」

 男 「雨は体力を奪う。どこか雨宿りできるところを探すぞ」

弓使い「了解です」

 男 (……素直に言うこと聞くようになったなぁ)

弓使い「何か?」

 男 「いや、特に何もしてないが」

弓使い「そうですか?さっきのこの子といい私に何か言いたいことがあるのではないですか?」

 男 「言いたいというほどのことじゃないが」

弓使い「含みのある言い方ですね。何が言いたいんでしょうか?」

 男 「言われて嬉しいことじゃないだろうけど…… なんか君、変わったよな」

エルフ「うん……」

弓使い「そう、ですか……?いえ、そうですね。少し、自棄になってるのかもしれません」

 男 「自棄?」

弓使い「ええ……」
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:43:26.72 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「――――しかし、えらく降るなぁ。ありがたいけど」

弓使い「はい、雨は草や木や森を育んでくれますから」

 男 「いや、そういう意味じゃなくて」

エルフ「はい?」

 男 「匂いとか足跡とかそう言った痕跡を全部洗い流してくれるからだよ」

エルフ「ああ……」

 男 「これで追いかけてきてるだろう連中も俺たちを見失うってわけだ」

 男 (3人始末したし、まぁまず近くにはいないだろうが)

 男 「普段なら獲物を見失うから感謝なんてしないけどな」

弓使い「…………」

 男 (……マズった)

弓使い「……普段はどんなことをされてるんですか?」

 男 「へ?」
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:46:02.00 ID:0/G1P+FM0
弓使い「なにか?」

 男 「ああ、うん、そうだな……」

弓使い「……おかしいですか?私からこんなことを聞くのは」

 男 「いや、まぁ、その」

弓使い「……実は、旅の道中で貴方を見極めると言っておきながら私は何も見ていませんでした」

弓使い「人間に情を絆されてはいけない。エルフを物のように扱う連流のことなんて知りたくもない…… ずっとそう思っていましたから」

弓使い「でも、先生にご指導いただいていた時から人間に興味が湧いていたのも事実なんです。良くないことだと感じていましたが」

弓使い「敵を知ることは大事ですが、それに惹かれてはいけない。あなた方人間と我々エルフは全く違うもので、相容れてはいけないものだと信じていましたから」

 男 「…………」

弓使い「自棄になってるんですよ。違う違うと思ってた人間と、根っこのところは結局一緒だったなんて……」

弓使い「――――だから、色々と貴方のことを聞こうと思いました。これからは人間について知りたいこと、全部聞いていこうと思います」

弓使い「私はもう、正しきエルフじゃありませんから……」

エルフ「そんなころ、ない…… そんらころないよ……

弓使い「フェリティトゥ、お世辞でも嬉しいわ」

 男 「そこまで捻くれるのもどうかと思うが、俺の話で良ければ……」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:47:52.42 ID:0/G1P+FM0
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―――


 男 「結局朝まで降ってたな」

弓使い「ですね」

 男 「あの子の様子は?」

エルフ「ふっふっふ…… お待たせしました!」

 男 「お?」

エルフ「私、完・全・復・活・です!!さぁ、一気に遅れを取り戻しますよ!!!」

 男 「はしゃぐな」

エルフ「あぅっ」

 男 「動けるようになっただけでまだ完全に抜けたわけじゃないかもしれん。余計な体力は使うな」

弓使い「では、今までよりも少し遅いくらいで進みますか?」

 男 「そうしよう。今日一日この子の様子を見ながら明日からどうするか考えるよ」

エルフ「むー」

弓使い「むくれてないで出発の準備しなさい」
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:52:27.30 ID:0/G1P+FM0
――――――――――
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弓使い「――――この森の切れ目の先、そこが私たちの言う西の森です」

エルフ「でも、ここまで来たのに森の声が少ししか聞こえない……」

 男 「そうか……」

 男 (しかし、予想に反してあれから野盗に遭遇することはなかったな…… で、森の声とやらはほとんど聞こえてないと)

 男 (なぜ野党がいないのか、森の声云々が聞こえないのか。多分、この二つは繋がってる)
 
 男 (野盗ってのはそもそもは仕事がなくなって仕方なく物取りに身を窶した連中がほとんどだ)

 男 (逆に言えばそいつらは食い扶持が稼げるなら野盗を続ける必要がないってわけで、その食い扶持ってのが恐らく…… 森林伐採)

 男 (木材が大量に必要になったか、木を切り倒した後の土地が欲しいのか、そこに何かが埋まってるのかはわからんが)

 男 (いや、傭兵って筋もあるか?なんせ噂じゃ戦争を仕掛けようとしてる連中がいるらしいし……)

弓使い「どんなことを言ってるの?」

エルフ「かすかにしか聞こえないけど…… 痛みと…… 悲しみ……」

 男 「痛みと悲しみねぇ、面白くはなさそうだ」

 男 (どっちにしろ、森が無事ってことはないな)
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 20:59:21.49 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「かなり森の中心に近づいてきました。そろそろ西の森を司るワリャリャシアクスフリが見えるはずですが……」

 男 「わりゃりゃしあくすふり?」

弓使い「西の森の中心にある大樹です」

 男 「そうか。で、そのくすふりの声は聞こえないのか?」

エルフ「はい、ここまで近づいているのに……」

弓使い「そうね、クスフリほどの大樹であれば私にだって声を聞かせてくれるはずなのに」

 男 「……やっぱりそうか」

弓使い「待って、この匂い……」

エルフ「匂い……?」

弓使い「ええ、人間の匂いよ」

エルフ「人間さんならいつも一緒にいるじゃない」

弓使い「そうじゃなくて、もっと大勢の人間の匂いよ」

エルフ「…………あ、わかった」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:01:25.52 ID:0/G1P+FM0
 男 「匂いはわからんが…… 人の気配なら感じる」

弓使い「その感覚は間違っていません」

エルフ「たくさんいます……」

 男 「普通の森の中じゃ在り得ない人数だな」

弓使い「野盗の拠点でしょうか?」

 男 「断言はできないが野盗にしちゃあ数が恐ろしく多い。その線はないだろう」

エルフ「それじゃあ一体……?」

 男 「……森を切り拓いてるんじゃないか?」

弓使い「やはり、その可能性が一番高いんですね」

 男 「ああ、この先も木漏れ日にしては妙に明るいしな」

エルフ「……行きましょう。この目で確かめなければなりません」

 男 「油断せず行こう。見張りがいるかもしれん」

エルフ「はい!」

弓使い「ここまで来てそんな失敗、考えたくもありません」

 男 「だな」
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:05:37.99 ID:0/G1P+FM0
 男 「――――気の向こうがかなり明るい。開けた場所に出るな」

弓使い「そこに答えがあるんですね」

 男 「ああ、見たくなかった答えかもしれんが」

エルフ「……確かめましょう」



弓使い「これは……!?」

 男 「……予想通り、か」

エルフ「ワリャリャシアクスフリ、トゥウェルナン……!?」



鉱夫イ「……っしゃおらぁ!」

鉱夫ロ「うーし、出たぞぉ!!」



 男 「……森を切り拓いて、そこからさらに何か掘り出してるようだな」

エルフ「ひどい…… 木だけじゃなくて土まで掘り返して……」

弓使い「…………」
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:09:12.45 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……彼らは何を掘り出しているんですか?」

 男 「ここからじゃ遠くてハッキリとわからんな…… 鉄鉱か石炭か、はてまた宝石、貴金属の類か……」

エルフ「どうしてそんなものを掘り出さなきゃいけないんですか!?」

 男 「どうしてって…… 国を立て直すための手立てにするか、噂通り他国に戦争を仕掛けるための準備とか」

弓使い「どちらの線が濃厚だと思われますか?」

 男 「……さてね、どうにもわからん。ただ」

エルフ「ただ?」

 男 「何にせよここから何らかの資源が出続ける限り、西の森の開拓は止まらんだろう。木そのものも資源だしな」

エルフ「やめてもらう方法はないんですか?森だって生きているんですよ?」

 男 「今すぐ止めさせる方法ならある。ここにいる連中を全員殺せばいい。そしたら何もできなくなる」

エルフ「ええっ!?」

 男 「まぁ、土台無理な話だけどな。冗談はさておき、仮に全員殺したところでここに何かがある以上、また誰かが掘りに来るだろう」

弓使い「……そんなことをしても結局意味はない、と」

エルフ「そんな…… それなら、ここを取り仕切っている人間に相談すればなんとかならないでしょうか?」

 男 「……一人二人の言葉でひっくり返せるようなもんじゃないぜ、この規模だと。他国民、異種族なら尚更だ」
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:23:23.02 ID:0/G1P+FM0
エルフ「大勢ならいいんですか?」

 男 「その大勢ってのはエルフ全体のことか?やめとけ、まともに話なんて聞いてもらえないさ」

弓使い「それはやはり……」

 男 「ああ、この国の人間ならエルフと見りゃ捕まえて奴隷にするだろうよ。男女問わず見目麗しいエルフはうちの国以外じゃ引く手数多だからな」

弓使い「でしょうね」

エルフ「な、なら人間さんの国の王様からこの国に森を切り拓くのはやめるようにお願いしていただくことはできませんか?」

 男 「無理だ。こちらがそれで不利益を被っているわけでもないし、介入できるだけの理由がない」

エルフ「何か手はないんですか!?」

 男 「……逆に聞くが君らは無策で西の森を調査しに来たのか?」

弓使い「……病気といった人間の手によるものでなかった場合の対処法は幾つかありました」

 男 「人間の手によるものだった場合の策は?」

エルフ「……ありません」

弓使い「あくまで原因の調査が主目的でしたから」

 男 「まぁ、たった二人でできることなんて限られてるか……」

エルフ「面目ありません……」
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:26:51.48 ID:0/G1P+FM0
 男 「……国に帰れば何か手立てはあるのか?」

エルフ「えーっと、それは……」

弓使い「……断言はできません」

 男 「そうか……」

エルフ「…………」

弓使い「…………」

 男 「――――ここにいてもしょうがない。戻ろう」

弓使い「……はい」

エルフ「…………」

 男 「こいつは俺たちだけじゃどうにもならない問題だ。悪いができることは何もない」

エルフ「……そう、ですね」

弓使い「里に戻るわよ。今回のことを報告して、これからどうしていくか決めないと……」

エルフ「うん、どうにかしていかなくちゃ」

 男 「じゃ、俺がついて行ってもいい場所までは荷物持ちはさせてもらう」

弓使い「よろしくお願いします」
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:29:43.69 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


エルフ「…………」

弓使い「…………」

 男 (二人、でいいのか?とにかく二人とも全然元気がないな。まぁ、あんなことがあればしょうがないか)

 男 (あの結果を全く想像してなかったわけじゃないだろうが、彼女たちが考え付く限りで最悪の結果だったろうしな)

エルフ「…………」

弓使い「…………」

 男 「……なぁ」

エルフ「はい?」

 男 「改めて聞くが、森が無くなるとエルフはどうなるんだ?」

エルフ「……私たちは森と共に生きています。森が力を失うということは、私たちも力を失うのと同じなんです」

弓使い「最悪の場合、種族の繁栄に関わることになります」

 男 「ちなみにわざわざ調査しに来たってことはここにはもともとエルフは住んでないんだよな?住んでるなら何かおかしなことがあれば連絡が来るはずだしな」

エルフ「はい、この森にはエルフはいません」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:32:18.49 ID:0/G1P+FM0
 男 「じゃあどうして西の森が力を失うことがエルフの繁栄に影響を与えるんだ?隠れ里がなくなってエルフの数が減るってわけじゃないんだろ?」

エルフ「それは……」

弓使い「……その影響は私たちの生殖能力に及ぶんです」

 男 「ぶふっ…… 生殖能力ぅ?」

エルフ「ちょ、ちょっと……」

弓使い「かつてエルフが最も栄えていた時期と比べて、今の私たちが紡げる新たな命の数は大幅に減少しているんです」

弓使い「ハッキリとした原因はわかっていませんが、当時と比べて森が減ったせいではないかと考えられています」

 男 「へぇ、そんなことが…… しかし、どうして森が減ったからって話になるんだ?

エルフ「……それは、そのぉ」

 男 (なに?きいちゃいけないかんじ?)

弓使い「私たちの祖先は森から生まれたと言われています。ですから、私たちの出生には森が影響しているのでは?という話があります」

 男 「森か…… つまり、それはこの西の森に限ったことじゃないと?」

エルフ「はい…… どこの森でも同じです」

 男 「……マズイな。だったら問題はここだけじゃない」

エルフ「え?」
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:35:39.01 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……他の土地でも同じようなことが起きていると?」

 男 「いや、今現在はどうなっているかはわからんが、いずれはそうなるだろうな」

エルフ「全ての森に人間にとって有用な何かが埋まっているのですか?」

 男 「埋まってなくてもいいさ。木がだって立派な資源だ。それに森を切り拓けば人間の住める土地が増えるしな」

 男 「人間の数はずっと増え続けている。これから先、より多くの生きていく場所を手に入れるために森はどんどん減らされる」

 男 「土地さえあれば畑ができる。畑ができれば食い物が作れる。切った木だっていろいろと使えるしな。燃料、建築、小物……」

エルフ「森を…… 人間は自然を守ろうとは考えないんですか?」

 男 「多分考えない、な。何しろ森はたくさんある。数が激減してからようやっと保護を考えるんじゃないか?今までの歴史からして」

 男 「ま、君らも知ってると思うだろうが人間なんてそんなもんだ。使えるものは何でも使う、豊かな生活のために資源の消費を惜しまない」

エルフ「……人間さんの国も、そうなんですか?」

 男 「ああ、いつぞや話した紡績機とかだって木が原料らしいし」

エルフ「それも止められないんですか?」

 男 「俺からおっさんに言えば…… いや、止めさせるには根拠が足りないか」

エルフ「根拠?」

 男 「そ、一時的に止めさせることは出来ても止めさせ続ける理由がない」
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:38:45.08 ID:0/G1P+FM0
 男 「政権奪取も上手くいって世情も安定してきたとはいえ、うちの国はまだまだ国力が足りない」

 男 「こう言っちゃなんだが、貴族様が支配していた時は俺たち奴隷のエサなんて少しで十分だと耕作面積は小さくても貴族共の食い扶持は賄えた」

 男 「でも、現状は国民の食べる量が増えたせいで食料供給が追い付いてないんだ。貴族から溜め込んでた食料でなんとか食いつないでる」

 男 「だから耕地面積の拡大は必須だ。その為には土地がいる、開墾するための農具がいる。となれば……」

エルフ「森を切り拓くしかない、と?」

 男 「ああ、折角貴族様の支配から逃れたってのに食糧不足で飢え死になんざ溜まったもんじゃない」

 男 「それに総飢え死にの前に弱ったところを他国に攻められてまた奴隷に、それ以下にされちまうかもしれん」

エルフ「…………」

 男 「あんなのは二度とごめんだね」

弓使い「貴方も、奴隷だったんですよね……?」

 男 「ああ、小さい頃は慰み者、大きくなってからは鉱奴だったよ。昔エルフの世話になったっていうのも奴隷のときだった」

 男 「あの人、いや、あのエルフに読み書きとか色々教えてもらったおかげでちっとは学も身に着いた……」

 男 (――――エルフに教えてもらった?)

弓使い「……どうされました?」

 男 「エルフに教えてもらった…… 確か牧場の主も牧草のこととかを奴隷にされてたエルフから教わったんだよな?」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:43:20.56 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ええ」

 男 「それは、そのエルフだけじゃなくてエルフならみんな知ってるのか?」

弓使い「はい、皆知っているはずです」

 男 「その技術を教えてもらえたら、少ない耕地でも今以上の量が取れるかもしれないよな?」

弓使い「それこそ牧場の主殿に教わればいいのでは?」

 男 「いや、主はその技術を絶対他言しないってそのエルフと約束してるし、そもそもそれじゃ駄目なんだ。君たちエルフに教わらなきゃ……」

弓使い「はぁ?」

 男 「君たちエルフから農業の技術を教わる。その見返りとして俺たち人間は森の保護を進める……」

エルフ「それってつまり……」

 男 「馬鹿みたいな話さ。人間とエルフの共存、同盟を結ぶんだよ。俺の国とエルフの里で」

弓使い「そんなこと、できるとお思いですか?」

 男 「だから、馬鹿みたいな話さ」

弓使い「馬鹿みたい、ええ、そうですね。以前にもお話ししましたがエルフの人間への忌避感情はとても強いです。出来ると本気でお思いですか?」

 男 「ああ、馬鹿げてる。全くもって馬鹿げてる。――――でも、馬鹿も突き抜けると国をもひっくり返す」

弓使い「……はい?」
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:45:55.71 ID:0/G1P+FM0
 男 「おっさんが国をひっくり返すなんて言い出したときはみんな笑った。おっさんを馬鹿にして大笑いした」

 男 「こんなに大笑いしたのは奴隷になって初めてだってくらい大笑いしたよ…… でも、俺たちはそんな馬鹿について行きたくなった」

 男 「そして、おっさんは本当に国をひっくり返した。胡坐をかいてた貴族どもを蹴散らして奴隷を人間にしてくれた」

 男 「おっさんは馬鹿だった、本当の馬鹿だったんだ。でも、突き抜けた馬鹿ってのはすごいんだ!すごいんだよ!」

 男 「そんで幸いにもその馬鹿は今じゃ周りに推しに推されて国の王になっちまった。その馬鹿を動かしたら、馬鹿みたいな話は突き抜けた馬鹿話になる!」

弓使い「……貴方は、馬鹿なんですか?」

 男 「おう?」

弓使い「貴方は、馬鹿なんですか?」

 男 「おっさん程じゃないけど俺も馬鹿だ。馬鹿じゃなけりゃこんなこと考えもしない」

弓使い「……デウシィワンコルルンクナムワイシャイテン」

 男 「どういう意味だ」

弓使い「……悩むのをやめた馬鹿は強い、という意味です。迷いがありませんから」

 男 「どうも」

弓使い「ですが、それとは別に貴方は本当に馬鹿です。馬鹿な考えを口走るのは構いませんが、貴方はそもそもエルフと言葉を交わせるんですか?」

 男 「うぐっ!?」
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:46:45.96 ID:0/G1P+FM0
弓使い「人間の言葉がわかるエルフはほんの少しです。エルフの言葉がわかる人間に至ってはまず間違いなくいません」

弓使い「馬鹿は結構ですが、意味の通らない言葉でわめくのは馬鹿でも何でもありません」

 男 「……そうだな」

弓使い「それに何よりこの国には野盗が多いのでしょう?眼前の危険を置いておいてまだ先のことを考えるのは馬鹿ではなく愚劣です」

 男 「返す言葉もございません……」

エルフ「でも、そのお話は素敵だと思います。エルフだっていつまでも隠れ住んでいられるわけでもないですし」

エルフ「だからと言って戦って勝ち取るなんてこともできないでしょうし…… 平和的解決ができるのであれば」

弓使い「まぁ、貴女と先生の考えはそうだったしね」

エルフ「え、知ってたの?」

弓使い「盗み聞きしたようなものだけどね。貴女の帰りが遅いから見に行ったら先生と貴女が話してるのを見ちゃったの」

エルフ「あう…… ほ」

弓使い「誰にも言ってないわよ。そんなこと言えるわけないじゃない」

エルフ「フェリティトゥ〜!」

弓使い「はぁ…… 兎に角!今はこの国を無事に抜け出すことを考えてください」

 男 「了解」
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:49:08.67 ID:0/G1P+FM0
弓使い「――――ただ」

 男 「ん?」

弓使い「ただ、私はこの度の中で確かな実感を伴って知りました。人間の中にもスウィルニフがいるということを」

弓使い「でも、まだ心の底から信じ切れてはいないんです。ですから、私の目も見て答えてください」

 男 「お、おう」

弓使い「――――貴方は、本当に私たちエルフのために、エルフを思って動いてくれるおつもりなのですか?」

 男 「ああ、二度とエルフをあんな目に合わせたくない。君たちエルフを助けたいんだ」

弓使い「――――今わかりました。どうやら私も呆れかえるほどに馬鹿だったみたいです」

 男 「うん?」

弓使い「私もその馬鹿についていきたくなったんです。何せ私も馬鹿ですから」

 男 「……協力してくれるか?」

弓使い「ええ、さっき仰っていたように馬鹿について行った馬鹿がいたからこそ、馬鹿を貫き通せたのでしょう?」

エルフ「私も馬鹿です。なので、その馬鹿に付き合わせてください」

弓使い「まぁ、この国を無事に抜け出すことができてからのお話ですけど」

 男 「ですよね」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:50:38.91 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「――――と、この辺りは」

エルフ「見覚えが?」

 男 「うん、ちょっとここで待っててくれ」

弓使い「はぁ……」



 男 「…………」

 骸 「…………」

 男 (死体は放置。となるとやっぱりあの後追跡は断念したってことか……)

 男 「本拠地に戻ったとすると、川越の前にまた出会っちまう可能性は低くない、と……」



エルフ「あ、戻ってきた」

弓使い「何を確かめに行っていたんですか?」

 男 「ん〜?風向き」
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:51:47.22 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「…………」

エルフ「どうしたんですか?」

 男 「ああ、いや……」

弓使い「察しがつかない?食料が尽きたんですよ」

エルフ「何で言ってくれないんですか!?ほら、どうぞこれを食べてください!」

 男 「あ、いや、それは悪い……」

エルフ「何を仰いますか!きちんと食べないとだめですよ!」

 男 「いや、君らの大事な食糧だろ?俺は暫く食べなくても大丈夫だし、あと数日で国に戻れんだから今は……」

弓使い「お気になさらず、想定の日程分以上の量を持参してきましたので。ああ、味は口に合わないかもしれませんが」

エルフ「というわけです。ほら、遠慮しないでどうぞ!」

 男 「……じゃあ、いただきます――――」

 男 「――――うわ、なにこの騙された感じ。腹は膨れたけど、なんつーか」

エルフ「面白いでしょ?」
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:53:17.04 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


弓使い「――――川のせせらぎが聞こえてきました。国境付近まで戻って来たようです」

エルフ「……この辺りで野盗に襲われたんですよね」

 男 「出来ればもう出会いたくないが、出会いたくないからといって出会わないってわけでもないしな」

エルフ「はい?」

 男 「行ってみなけりゃわからない、ってこった」

エルフ「一瞬混乱しましたけど人間の言葉でいう『鬼が出るか蛇が出るか』ですね!」

 男 「……それで合ってるかどうかは聞かないでくれよ、そこまでの学は持ち合わせてない」

弓使い「……などと、ふざけている余裕はもうすぐ無くなりそうですね」

エルフ「蛇が出ましたね」

 男 「十…… いや、九、八か?」

弓使い「息遣いから察するにおおよそそのくらいかと」

エルフ「待ち伏せされてましたか……」

 男 「いや、俺たちがいつ戻ってくるかわからない状況で待ってられる程余裕のある連中じゃないだろうさ」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:54:52.72 ID:0/G1P+FM0
弓使い「さて、どうしましょうか?」

 男 「こっちに気付いてる感じは?」

弓使い「いいえ、おそらく気づいていないかと」

 男 「じゃあ、気づかれないように横を抜けていく方針で」

エルフ「了解です」

弓使い「「気づかれてしまった場合は?」

 男 「強行突破」

弓使い「ですよね」

 男 「ただ今回はこれも使う」

エルフ「それは?」

 男 「煙幕。煙で視界を遮るの。あと強烈な匂いがしてどんな獣も尻尾巻いて逃げる」

弓使い「……バスガ、熊に出会ったときそれを使えばよかったのでは?」

 男 「いや、あん時は使う意味がなかった。目眩ましやひどい匂いがしたところで手負いの獣は止まらないし、爆発音もするからな」

弓使い「そうですか……」

 男 「……さて、行きますか」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:56:05.26 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「――――どうか気づいてくれるなよ」

弓使い「…………」

エルフ「きゃっ」

弓使い「ザァムッ!」

 男 「鳴子か!?」

野盗ト「誰だァ!!――――へっへっへ、どっかで見たことあると思ったら先日の……」

野盗チ「けけっ、ここであったが百年目ってやつかぁ?」

 男 「白々しいな。追手まで差し向けといてどっかで見たはないだろう?」

野盗ト「仲間やられた恨みつらみもあるからなぁ、女と金目のものだけじゃもう駄目だ!命も置いてきな!!」

 男 「疑問に思ってたんだが、その脅し文句を素直に聞いた奴っているのか?」

野盗ト「覚えてねぇなぁ…… 残らず殺してやったからなぁ!!」

 男 「なんとも頭の悪そうなお返事だこと」

野盗リ「あぁん!?なんだテメェ、この状況下で挑発してくるオメェのオツムの方が心配よぉ!!」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:57:21.80 ID:0/G1P+FM0
野盗ト「とまぁ、これ以上無駄なお喋りはしたかねぇ。黙って殺されちゃくれねぇかい?」

野盗チ「ああ、女の子は殺さねぇよ?お楽しみがあるからよ」

弓使い「そうですか、私たちは生かしてもらえるんですね?」

野盗チ「そうだとも」

弓使い「ふふ、お断り致します!」

エルフ「えい!!」

 男 「以下同文!」

野盗ト「うぉわ!?爆弾かぁ!?」

野盗チ「いや、煙まくぅえっほっえほっ」

野盗リ「小癪なぁ!って、くっせぇぇぇえええ!!?」

野盗チ「ほげぇぇぇえええ!!?」

野盗ト「お、おぉぉおおおお――――」

 男 「濡らした布を離すな!肺に入れば爛れちまうぞ!!」

エルフ「ふぁい!」

弓使い「……絶対に離しません!」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 21:58:42.28 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


エルフ「……服に少し匂いが残ってるかも」

弓使い「確かに、少し不快ね」

 男 「悪いな……」

弓使い「いえ、被害がこれだけ済んだのは僥倖です」

エルフ「で、この後は?」

 男 「この国の関所は野盗とぐるになってる可能性が高い。また川を越えてうちの国の関所に行く」

エルフ「関所に?」

 男 「関所の守備隊には昔からの知り合いがいる。事情を話せば食料や休めるところを用意してくれるはずだ」

弓使い「その方は信用しても…… いえ、信頼できる方なのですね」

 男 「ああ、いつもニヤケた面はしてるけどな」

エルフ「前に仰ってたニヤケヅラさんですか?」

 男 「そうだ。よし、まだ日も高い。一気に進んで今日中には関所に行くぞ」

弓使い「了解です」
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:00:09.12 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「……やあ」

守備兵「…………」

 男 「……おーい」

守備兵「……男一人に女二人。見たところ夫婦ではなさそうだが、亡命か?商売か?」

 男 「いや、どちらでもない」

守備兵「どちらでもない?じゃあ目的は何だ?返答次第では」

 男 「警備隊長にお会いしたい。『鷹の目』って言えばわかるはずだ」

守備兵「鷹の目…… ま、まさか貴方があの『鷹の目』ですか!?」

 男 「あー、その呼び方はやめてくれ。今そう呼ばれるのは心底恥ずかしい」

守備兵「わ、わかりました!では!隊長に取り次いで参ります!!」

 男 「頼むよ」

エルフ「お知り合いって守備隊の隊長さんだったんですか」

 男 「……あんまりアイツには関わりたくなかったんだけどな。ここで待っててくれ」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:01:12.75 ID:0/G1P+FM0
守備兵「――――お、お待たせしました!」

 男 「いや、全然待ってないけど」

隊 長「おう、鷹の目!元気そうだな!!」

 男 「うるせぇニヤケ面。相変わらず声がでけぇんだよ」

隊 長「おいおい、俺にもメンツってもんがある。部下の前でそんな風に呼ぶんじゃねぇよ」

 男 「じゃあ鷹の目って呼ぶのはやめろ。俺にだって羞恥心がある」

隊 長「ははっ、ガキん時は喜んで名乗ってたくせにな」

 男 「うるせぇ」

隊 長「まぁ、それは置いといてだ。こっちじゃなくてあっちの国の方から関所に顔出すなんざぁ一体何の用だ?」

隊 長「それに連れは二人でしかも別嬪さんときたもんだ。いやはや、お前も案外隅に置けねぇな」

 男 「隅に置いといてくれ、頼むから。あと話の腰をいちいち折るな」

隊 長「久々に顔を見たんだ、会話を楽しんだって悪かねぇだろ?」

 男 「今はそんな場合じゃない。ちょっと落ち着いて彼女たちと話がしたいんだ。飯と部屋を用意してくれ」

隊 長「彼女たち…… 随分親しげだが、まさか二股か?」

 男 「違うわドアホ」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:01:54.51 ID:0/G1P+FM0
隊 長「よし、後は俺が相手する。お前は行っていいぞー」

守備兵「は、はい!」

 男 「行ったか?」

隊 長「ああ。で、真面目な話、あの子らと何の話をするつもりだ?あの感じ、エルフだろ?」

 男 「勘がいいな。その通りだよ」

隊 長「それで、何の話をするつもりだ?」

 男 「馬鹿話を少しな。この国とエルフの里の同盟」

隊 長「ほーう、それはまた随分と大それた事を考えてやがるな」

 男 「だろ?まぁ、話し合いの結果でこれからどうするかが決まる。事の次第によっちゃあアンタの協力を仰ぐことになるかもだ」

隊 長「もう部屋と飯の用意をしろって言ってるくせにまだ頼みごとをする気か?」

 男 「ケチなこと言うなよ。俺とアンタの中だろ?」

隊 長「親しき仲にも礼儀ありってな。それが人にものを頼む態度かぁ?」

 男 「……国境守備隊隊長殿、私用の要件ではありますが何卒お力添えを頂きたく」

隊 長「……及第点、と言いたいがやっぱり畏まるな。お前がそんな態度してるの気持ち悪いわ」

 男 「この野郎!」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:05:18.91 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「ありがとうございます。食事に立派なお部屋まで用意していただいて」

弓使い「お心づかい感謝します」

隊 長「なに、当然のことをしたまでですよ。それに彼のご友人でかつ今日まで長旅をされていたとあればこれぐらいのことはいたしませんと」

 男 「……アンタの敬語がここまで気持ち悪いとは」

隊 長「ははは、まったくこの男は遠慮というか慎みを持ち合わせておりませんでして。道中さぞかし嫌な思いをされたでしょう?」

エルフ「い、いえ、そんなことは……」

 男 「たわいもない話はその辺までにして、あの話をしようか」

弓使い「え……?」

エルフ「でも」

 男 「いや、ニヤケ面はもう君たちがエルフだって気づいてる」

隊 長「こんな仕事をしてると自然と勘が研ぎ澄まされて相手がどんな奴かわかるようになるのさ」

弓使い「そうですか」

隊 長「さて、それじゃお前の言う人間とエルフの同盟だがどんな策を考えてるんだ?」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:06:21.82 ID:0/G1P+FM0
 男 「とりあえず俺一人が喚いてもしょうがない。まずはおっさんを巻き込む」

隊 長「おお、アイツは王様やってるからな。お前みたいなしがない一市民よりよっぽど信頼性は高いだろうよ」

 男 「できればこの話はズルズルと引き伸ばしたくない。早いとこおっさんの了承を取り付けて進めたい」

隊 長「はは〜ん、つまり俺の口添えと王都まで行く足が欲しいと?」

 男 「話が早くて助かる」

隊 長「まだいい返事は聞かせてやれないがな」

 男 「なっ」

隊 長「さて、コイツはこんなことを言ってるが君たちはどうなんだ?同盟には乗り気なのか?」

隊 長「実現するなら俺としてはそう悪くない話だと思う。だが、それは俺たち人間の考えであって君らエルフの考えとは違うからな」

弓使い「……まず在り得ない話です。エルフは人間を強く憎んでいますから」

弓使い「かつて地上に楽園を築いていた私たちエルフの祖先を森へと追いやり、今も尚奴隷として尊厳も何もない不当な扱いを受けている同胞が数多くいる」

弓使い「貴方方はそんな相手と同盟を結ぶ可能性など在り得ると思えますか?」

隊 長「まぁ、無理だわな」

 男 「でも、このままじゃ」

弓使い「同盟などと耳触りのいい言葉で誤魔化して、実態は支配でしょう?今以上の辱めを受けるくらいならエルフは戦う道を選びます」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:07:38.73 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ちょ、ちょっと」

弓使い「貴女は黙ってて…… そういう訳です。同盟なんて馬鹿げた話、聞く耳持ちません」

 男 「…………そうか」

隊 長「ん、わかった。じゃあ、感情論抜きの場合はどうだ?」

 男 「へ?」

弓使い「……本当に人間と対等な扱いで、エルフの意見も積極的に取り入れてくれるというのであれば、私としては吝かではありません」

弓使い「今言ったようにエルフの人間への忌避意識はとても強いですが、私たちだけで現状を維持していくのは厳しいと思われます」

エルフ「へ?」

弓使い「但し、あくまで対等な関係が保証されるのであればの話です。人間の保護下に入るなどという不当な扱いであればお断りですが」

隊 長「その意見は多数派か?少数派か?」

弓使い「少数派です。ね?」

エルフ「え、ええ、ですが最近では人間の言葉を知ろうという動きも出てきていますし先生のお話を聞いたエルフたちは人間への忌避意識はそこまでないと思います」

エルフ「でもやはり、人間への悪感情を持っているエルフの方が圧倒的多数ですので…… エルフにも役立ちそうな人間の技術などを積極的に取り入れていきたいとは思うんですけど」

隊 長「つまり、感情を抜きにすれば実情を鑑みて人間との同盟は悪くない話だと?」

弓使い「ええ、エルフの主権が守られるならの話ですが」
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:09:27.69 ID:0/G1P+FM0
隊 長「君たちエルフだけでどうにかできるなら俺たち外野の人間がとやかく言うことじゃあないが、今のままじゃどうにもならないと」

エルフ「はい、そうなんです」

隊 長「……こりゃあかなり難しい話だぞ、鷹の目。特に怒りとか恨みとかいった負の感情はそこにある利益も金繰り捨てて燃え上がるもんだ」

隊 長「そんな奴らを説き伏せなきゃあ駄目なんだ。出来るか?」

 男 「……やって見せるさ」

隊 長「本当に出来るのか?エルフのお嬢さんがいる前で言うのもあれだが、特に脅威を持たない少数勢力と対等な関係を築くなんて無理だと思わないか?」

隊 長「少数の側としては信じられん話だろうさ。自分たちを軽く捻れるような勢力が対等の関係を結ぶなんて在り得ない、根こそぎ奪い取っていくんじゃないかってな」

隊 長「そう言う疑心暗鬼と負の感情を突き抜けて、相手の心を動かさなきゃならんのだぞ?ええ?」

 男 「――――やるさ。やってみせるさ。今のままじゃ駄目ってんなら絶対にやり通して見せるさ」

隊 長「いいねぇ、あの時のアイツとおんなじ目だ。国をひっくり返すって言い切りやがった時のアイツの目だ―――― なら、大丈夫だろう」

 男 「……ありがとよ」

隊 長「よぉし!国王宛の書状と足の速い馬を用意してやる!明日の朝には出発できるように準備しとけ!!」

 男 「ニヤケ面ァ!」

隊 長「お嬢さんたち、コイツと旅してたんなら知ってると思うがコイツは馬鹿だがまっすぐな奴でな」

 男 「な、何だよ急に!?」
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:10:02.49 ID:0/G1P+FM0
隊 長「まぁ、奴隷だった頃は俺より悲惨な境遇で、自由と尊厳を踏み躙ってくるような奴に対して怒りを燃やしてた」

隊 長「特に小さい頃一緒に居たっていう姉みたいだったエルフへの仕打ちが我慢ならなかったみたいでな。革命の時はそりゃあ大暴れしやがった」

隊 長「ほっといたら大人の事情なんて関係ねぇと余所の国に行って同じように虐げられていた連中を助けに殴り込みそうな勢いだった。ていうか実際行きかけた」

隊 長「つまり何が言いてぇかってっと、さっきのコイツの決意表明は真剣そのものだったってこった。でもコイツは馬鹿だから一人じゃにっちもさっちもいかねえだろう」

隊 長「だからどうかコイツを信じて人間とエルフの同盟の橋渡しをしてやっちゃあくれねぇか?上手くいくかはわからんが、情熱だけは本物だ。どうか、頼む」

 男 「ニヤケ面……」

弓使い「どうか、お顔を上げて下さい。仰ったことは承らさせていただきます」

エルフ「失礼ですけど、この方は打算とか駆け引きとかは出来ない方だと存じています。だからこそ私たちはこの話をお受けしようと思ったです」

隊 長「そうか!すまねぇ、ありがとよ!よかったなぁ鷹の目!頑張れよ!頑張れよぉ!!応援するからな!!!」

 男 「お、おぉう、近い近い」

隊 長「じゃあ、俺は準備に取りかかる。お嬢さんたちと鷹の目は明日に備えてゆっくり休むといい」

弓使い「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」

エルフ「ありがとうございます」

 男 「……行ったか。しかしなんだあの物言い。俺はアイツの弟でも息子でもねぇんだぞ」

エルフ「まぁまぁ、いいじゃないですか。あの方の言葉通り、今日はもう休みましょう?」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:10:47.46 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 馬 「ブルルルル・・・・」

エルフ「うわぁ、綺麗な毛並みの馬ですね!」

隊 長「自慢の馬たちだ。王都までの間だが、可愛がってやってくれ」

弓使い「お心遣い感謝します」

 男 「今更だが二人とも馬には乗れるのか?」

弓使い「私たちにも乗馬の習慣はありますから。それにこの子たちはとてもいい子ですし」

エルフ「乗せてあげてもいい、って言ってくれてます!」

 男 「そいつぁ良かった。 ……じゃあな、ニヤケ面」

隊 長「おう、ちゃんと後でうまい酒と肴を寄越せよ」

 男 「考えとくよ」

隊 長「俺の分だけじゃないぞ?ここにいる奴全員分だぞ」

 男 「懐に厳しいな。アンタの分が無しでいいなら何とか用意できんでもない」

隊 長「何言ってやがる。俺のは部下よりいいのをくれねぇと」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:12:13.69 ID:0/G1P+FM0
隊 長「……さて、後は頼んだぞ」

部 下「はっ、お任せください」

弓使い「道中よろしくお願いします」

エルフ「お願いします」

部 下「ええ、精一杯頑張らせていただきます」

 男 「ドードードー、よし、そろそろ行くか」

 馬 「ブルルルル・・・・」

部 下「では参りましょう。ハッ」

エルフ「――――お世話になりました!ハッ」

弓使い「では、これで…… ハッ!」

 男 「おっさんにもよろしく言っとくぜ!ハッハッ!!」

ニヤケ面「おーう、うまくやれよー!!」



ニヤケ面「……頑張れよ鷹の目!頑張れよ、頑張れよぉ!!」

 男 「うるせぇ!!」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:12:57.09 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「今日だけでここまで進んだか…… この調子なら王都までそんなにかからないな」

エルフ「……久々に野盗に襲われる心配のない夜ですねー」

部 下「隣国の情勢不安をご存じなかったのですか?」

 男 「知った上で行ったんだよ」

部 下「何故そこまでして隣国に行かねばならなかったのですか?」

 男 「……話せる時が来たら話すよ。君を信頼していないわけじゃないが、隊長殿も言ってたろ?」

部 下「余計なことは聞くな、ということですか」

 男 「悪いね。ついでに密入国してた件も黙っておいてくれ」

弓使い「火の番はどうしますか?」

 男 「俺と彼とでやっておくよ。君らは寝ててくれ」

弓使い「ですが……」

部 下「夜更かしはお肌の大敵と守備隊長から聞いております。ごゆっくりとお休みください」

 男 「……ニヤケ面め、何をバカなことを教えてんだよ。いや、アイツは元々そういう奴だったか」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:13:30.04 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 馬 「ブルルル・・・・!」

 男 「ハッ、ハッ!……っと、ここら辺は」

エルフ「あ、あれ!」

 男 「あれ?」

 鳩 「フォーホー、ホッホー」

部 下「鳩、ですね……」

弓使い「ああ、あの時の」

 鳩 「フォッポー」

エルフ「あら、こっちに来ますね」

 鳩 「ホッホー」

エルフ「はい、久しぶりね」

部 下「……鳩と話してる?」

 男 「ああ、気にするな」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:15:03.72 ID:0/G1P+FM0
 男 「っと、そうだ。コイツに手紙を持って行ってもらおう」

部 下「手紙?」

 男 「この近くを通った時にそこの牧場の主のお世話になってな。帰りもまた寄るって言ってたんだが」

エルフ「それどころじゃなくなってしまいましたもんね」

 男 「というわけで申し訳ないって旨の手紙を…… えーと書くもの書くもの」

 馬 「ブルルル・・・・」

 男 「……ああ、くそ、走る馬の上じゃ書き辛い」

弓使い「……私が書きましょうか?」

 男 「じゃあ頼む」

弓使い「承りました。それにしてもきれいですよねこの紙」

 男 「そうか、別に普通だと思うけど……あ」

部 下「?」

弓使い「……書けました」

エルフ「はい、じゃあこっちにちょうだい…… こうしてこうして、よし!じゃあお願いね」

 鳩 「フォッホー」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:15:39.93 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


エルフ「今日も一日ありがとう」

 馬 「ブルルル・・・・」

 男 「しかし流石守備隊自慢の馬だ。もうこんなところまで来られるなんてな」

部 下「お褒め預かり光栄です。火ももうすぐ点きますよ」

 男 「ありがとう」

弓使い「……しかし、人の往来も段々と多くなってきました。バレたりはしないでしょうか?」

 男 「守備隊の人間がついてるし伝令だと思われてるだろうから、そこまで疑いの目で見られることもないし大丈夫だと思う」

弓使い「そうですか……」

エルフ「都となればもっと大勢の人間がいるんですよね?」

 男 「前に言った通りビクビクするより堂々としてた方がバレないもんだ。どんと構えてりゃいい」

部 下「火、点きましたよぉ!」

 男 「おーう、それじゃ夕飯にしますか」

エルフ「はーい」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:16:41.06 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「とうとう王都が見えてきたな」

 男 (……あ、そういや預かり屋に荷物預けっぱなしだったな。まぁ、それどころじゃなかったし仕方ないか)

弓使い「……頑丈そうな城壁で囲まれているものだと思っていたのですが」

部 下「陛下がそういうのものは必要ないと仰られてこのような形になっています。ご存じないのですか?」

 男 「気にすんな。あと城もいらないとは言ってたけどそれはまかり通らなかったそうだ」

エルフ「へぇ〜……」

部 下「大分都には近づきましたが、お急ぎならもっと進行速度を上げますか?」

 男 「う〜ん、どうするかなぁ……」

 馬 「ブルルル・・・・・・」

エルフ「自分たちなら大丈夫だって言ってくれてますけど……」

弓使い「ありがとう、それじゃお言葉に甘えましょうか?」

 男 「だそうだ、飛ばすぞ」

部 下「は、はぁ…… この子たちって馬のことだろ?馬がそう言った?……まさかぁ」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:19:12.89 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


番 兵「――――これより先は王都となる。後ろの者たちは?」

部 下「西方国境守備隊隊長殿から陛下への言伝を託されたご友人だ」

番 兵「証拠は?」

部 下「この書状にある」

番 兵「改めさせてもらうぞ」

番 兵「――――ふむ、確かに。引き留めて申し訳なかった、ようこそ王都へ」

弓使い「ありがとうございます」

エルフ「ありがとうございます」

 男 「いい仕事っぷりだな、おい」

番 兵「おいおいなんだ、ご友人ってお前のことかよ!久しぶりだなぁ!」

 男 「ああ、でも今は言伝を預かってる身だ。積もる話はまた今度ゆっくりな」

番 兵「期待しないで待ってるよ。どうせお前のことだからまたプッツリと連絡が取れなくなるんだろ?」

 男 「多分そうなるな。じゃあな」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:21:03.37 ID:0/G1P+FM0
部下「――――では、私はこの書状を持って謁見がかなうよう申請してきます」

 男 「頼む」

エルフ「ここが王都、ですか…… よくわかりませんが凄いですね」

弓使い「石積みの建物が多いですね」

 男 「ここに来るのも久しぶり…… のはずなんだが、来る度来る度風景が変わるもんだからホントに懐かしいのかわからん」

弓使い「この規模でまだ発展途上だというのですか?」

 男 「そういうことなんだろう」

エルフ「人間がいっぱい……」

弓使い「都と言えば大体その国で一番栄えている所だから…… あんまりキョロキョロしないでよ?」

エルフ「わかってるわよ…… それにしても建物や人ばっかりで草花や木が全然ない……」

弓使い「そうね…… もしかしたら人間と同盟を結んだら里もこうなってしまうんじゃ……」

 男 「いや、そうさせないために同盟をするんだよ」

エルフ「そうですね。里がこんな風になってしまうのは…… 嫌です」

 男 「しかしおっさんに会うだけだってのに、謁見だなんてまぁ大層な呼び方しやがって」

弓使い「おっさんおっさんと随分親しげに呼んでおられますが、その方ってこの国の長なんですよね?」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:22:49.65 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


老 犬「ヘッヘッヘッ・・・・」

 男 「おう、元気そうだな!」

老 犬「ヘッヘッヘ」

国 王「……おいおい、随分久しぶりに会うってのにまずはそっちに挨拶か?」

 男 「おっさんのくせしてこれだけ俺を待たせたんだ。最初に挨拶なんてしてやるかよ」

国 王「ガキか!仕方ないだろ?公務やら何やらで身動きが取れないんだよ。それぐらいわかるだろ?あとおっさん言うな」

 男 「……久しぶりだな、おっさん」

国 王「だからおっさん言うな。……いや、やっぱりそのままでいい。そう呼ばれるのも久しぶりで少し嬉しい」

 男 「久しぶり?昔からどう見てもおっさんにしか見えないし、おっさん以外の呼び方あるか?」

国 王「アホか!昔はちゃんと若かったわ!!」

 男 「騒ぐなよおっさん。いい年したおっさんが騒いでるのは見苦しいぞ?」

国 王「誰がいい年だ!全く騒いでるのは一体誰のせいだと…… まぁいい、わざわざ俺にがおっさんになったという事実を突きつけるために来たわけじゃないだろ?」

 男 「そんなことに時間を割かせる程、常識知らずなわけでもないわ」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:24:31.05 ID:0/G1P+FM0
国 王「どの口が言いやがる…… ちなみにその要件というのは、お前が連れてるお嬢さん二人にも関係あることか?」

 男 「そうだ。っていうかニヤケ面の書状にも書いてあったんじゃないのか?」

国 王「……ああ、だがあれだけでは説明不足だ。もっと詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 男 「最初からそのつもりだ」

国 王「さて、その前にこの馬鹿のせいですっかり挨拶が遅れてしまった。申し訳ない、お嬢さんたち」

エルフ「い、いえ!お気になさらず」

国 王「本当に申し訳ない…… ああ、どうぞおかけになってください」

エルフ「で、では……」

弓使い「失礼します」

国 王「さて、それじゃ早速だが聞かせてくれ。お前が何を考えているのか」

 男 「人間とエルフの共存」

国 王「エルフとの共存か。なかなか面白いことを言う。それで、お嬢さんたちも同じ考えかい?」

エルフ「はい」

弓使い「ただ、エルフ側の理解を得るのは困難であるかと」

国 王「ふむ……」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:26:19.18 ID:0/G1P+FM0
―――
――


老 犬「ヘッヘッヘッヘ・・・・」

国 王「……ふぅむ、なかなか難しい話だな」

 男 「おっさんはエルフとの同盟が嫌なわけじゃないんだな?」

国 王「嫌なものかよ。森の賢者とまで謳われたエルフ族の知識や知恵の恩恵を受けられるというのは魅力的だ。共存共栄ができるというなら大いに大歓迎さ」

国 王「ただ、俺の意向で全てが決まるわけじゃない。少数だが、かつての貴族のような暮らしすることを望んでる者たちだっている」

国 王「そういう連中がエルフに危害を加えないとも限らない。その可能性を否定できない限り、エルフ側としては同盟を受け入れられないだろう」

国 王「それに森の保護というが、正直なところエルフの英知を授かったところですぐさま国が豊かになるわけじゃないだろう?」

国 王「やはり今の内はある程度は森林の開発も進めなくちゃならん。ただでさえ食糧難に陥る間際だというのにエルフの分も養うとなるとな」

国 王「いずれ食糧事情が安定すれば森林保護、それだけでなく植樹による森林面積の拡大にも手を出せるだろうが、そこまでエルフが辛抱してくれるかどうか」

国 王「他にも課題は山積みだ。さて、こういう状況であるが果たしてエルフは同盟を結んでくれるだろうか?どうかな、お嬢さんたち」

弓使い「……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

国 王「何でしょう?」

弓使い「同盟下において、人間がエルフに危害を加えたり、一方的に利用するようなことはしない…… という明確な保証はできますか?」
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:28:26.17 ID:0/G1P+FM0
国 王「明確な保証か…… 難しいな。長期的な目で見れば不可能ではないが、同盟直後などは確実に様々な軋轢が生まれる」

国 王「産みの苦しみと言えば聞こえはいいが実体はどうか…… 何にせよ今は口先だけで語る他ない。森の賢者が言葉だけで俺を信用してくれるとは思えないが」

弓使い「そうですね……」

国 王「ただ」

エルフ「?」

国 王「ただ、エルフが苦境に立たされているというのなら助けたい、というのは私の心からの願いだ」

国 王「もっと言えば、自由と尊厳を奪われ虐げられている全ての者を助けたい。傲慢と言われるだろうが、本当にそう考えている」

国 王「だが、それを証明するのは言葉でしかない。言葉を尽くして語るしかない。稚拙な言葉を信じてもらうしかない」

弓使い「…………」

国 王「……どうかな?」

弓使い「……真っ直ぐな方だとお見受けしました。貴方が長であるならば私もエルフの長に安心してこの話を通せます」

エルフ「それに……」

老 犬「ヘッヘッヘ」

エルフ「この子もこの人なら大丈夫だって言ってます」

 男 「そうか……」
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:30:10.55 ID:0/G1P+FM0
国 王「ありがとう、私を信じてくれて」

エルフ「あ、あとこの子がもっと美味しいもの食べたいって言ってました」

老 犬「ヘンッ」

国 王「この野郎」

 男 「……とりあえず、こちら側としては同盟に全面同意という形になったわけだ」

国 王「それで、エルフ側の指導者と会談を開くことは可能なのかな」

弓使い「……貴方のことを疑っておきながら申し訳ないのですが、実はこの話は私たちしか知りません」

エルフ「まずはこの話を私たちの王に話します。そこからどうなるかは……」

国 王「エルフの王の考え次第だと?」

弓使い「ええ……」

 男 「ここまでは予想通りだが、問題はやっぱりここから先だな……」

国 王「……この男を私の代理として君たちの代表者に会わせることはできるか?」

 男 「へ?」

国 王「どうせ、というのも悪い気がするがこの同盟の話は君たちではなくコイツが言い出したことなんだろう?」

エルフ「はい、そうです」
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:32:02.81 ID:0/G1P+FM0
国 王「言い出しっぺの法則ってやつだ。自分の言動には責任を持つべきだよな」

 男 「いや、俺は別にいいけどよ。エルフの里に人間が行っていいとは…… なぁ?」

弓使い「先ほど申し上げましたが、この話は私たちだけで決めた話です。それなのに里に人間を入れるというのは……」

エルフ「挑発的と言いますか、その……」

 男 「やっぱり段階を踏んでからやるべきだぜ?おっさん」

国 王「かもしれん。だが、俺はそうした方がいいと思う。こういうときの勘ってのはよく当たるんだ」

エルフ「……わかりました。彼も一緒に連れて行って陛下とお話ししてみます。いいわよね?」

弓使い「……ええ、了解よ」

 男 「本当にいいのか?」

エルフ「はい、きっと上手くいくはずです」

国 王「……多分君たちも何となく感じてるだろうがコイツには人、いや他者を動かす力がある。かくいう俺もそれで動かされた」

国 王「コイツの目に突き動かされて、できっこないことを馬鹿みたいにやって、気が付いたら一国の主にまでなっていた」

国 王「この国を変えたキッカケは本当は俺じゃなくてコイツなんだよ。多分この同盟の話もコイツが中心になって動くと思う」

弓使い「……それは私たちもなんとなくわかります。こんな馬鹿げた話、信じてみようと思わされたのもこの方のせいですから」

 男 「この方のせいって…… いや、実際そうかもしれないが」
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:34:30.15 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


部 下「……本当にここまででよろしいのですか?」

 男 「ああ、ここからは俺たちだけで行く。君が頼まれていたのは王都までの護衛と、あの書状を渡すことだろ?」

部 下「そうですが……」

 男 「今度は国王陛下直々の依頼なんだ。悪いが……」

部 下「……了解です。それでは」

 男 「ああ、また会おう」

弓使い「本当にありがとうございました」

エルフ「貴方たちもありがとう」

 馬 「ブルルル・・・・」

部 下「道中お気をつけて…… ハッ」



 男 「――――さて、次はいよいよ君たちの故郷か」

エルフ「はい、行きましょう」」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:35:34.09 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「――――ところで」

 男 「ん?」

エルフ「その大きな袋には何が入ってるんですか?」

 男 「これ?君たちの王様への貢物」

弓使い「貢物、ですか」

エルフ「中身は何なんです?」

 男 「う〜ん、ま、2,3個くらいならいいか。ほら」

弓使い「これは…… リンゴですね!」

エルフ「これなら陛下もお気に召されますよ!」

 男 「そうだといいんだが。あと、熟す前の若い奴をもらってきたんだけど道中もつかな?」

弓使い「此処からでしたら一月はかかりませんが…… ああ、それと陛下はモノにつられるような御方ではありませんのでご注意を」

 男 「何も賄賂とかで懐柔しようとは思ってないぜ?」

エルフ「あむ…… あ、熟す前は少し酸っぱいんですね」
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:36:37.05 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「そして夜です」

エルフ「夜ですね」

弓使い「この辺りは襲ってくるような獣は余り居ません」

 男 「ああ、そこまで気を張らなくてもいいってわけだ」

弓使い「ですが、念のためいつも通り火の番を」

 男 「あー……」

弓使い「はい?」

 男 「いや、ニヤケ面ンとこの兵士がいなくなったからまた君と二人で交代かと思って」

エルフ「いえいえ、この辺りはさっきこの子が言った通りあまり動物がいません!だから、今回からは私もやりますよ」

 男 「いや、でも」

エルフ「いーですからいーですから!」

弓使い「……この子は妙に頑固なところがありますので」

 男 「うーん…… わかったよ、今夜はお言葉に甘えさせてもらおう」
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:37:56.59 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「……おーい」

エルフ「すぅ…すぅ……」

弓使い「案の定寝てますね」

 男 「ねー…… 確かにこりゃ大変だ」

弓使い「貴方がいなければ私は今頃寝不足で倒れていたかもしれませんね」

 男 「ははっ、笑えねー……」

弓使い「……では、いつも通りに」

 男 「ああ」

 男 「ちなみにまだまだ先だとは思うけど君らの国までどれくらいあるんだ?」

弓使い「そうですね、この辺りなら星もきれいに見えますのでザワディが使えますね…… 今の時期であの星とこの星の位置がそこだから……」

弓使い「……この調子なら二十日くらいといったところでしょうか」

 男 「マジで?そこまでリンゴが持つかなぁ……」

弓使い「さぁ、どうでしょうか?」
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:38:35.68 ID:0/G1P+FM0
 男 「……ところで、君らも星を見て自分の位置とかわかるんだな」

弓使い「その言い方から察するに、人間もザワディ…… その技術を持ってるんですね?」

 男 「ああ、森の中を走り回ってる内に自分がどこにいるかわからなくなったときとかに重宝する」

弓使い「なるほど…… 貴方が以前仰ったようにエルフと人間の文化は近いものがありますね」

 男 「だろ?あ、そうそう、星を見ると言えば星座とかの話はエルフにもあるのか?」

弓使い「セイザ…… 思い当たる言葉はありませんね」

 男 「ああ、そういうのはないんだな……」

弓使い「何ですか?その星座というのは?」

 男 「そうだな…… 例えばあの星と、あの星とあれとあれと…… ああ、アレを線でつないで猪座とか」

弓使い「イノシシ……?猪というのはウルルアライのことですよね?……あれがウルルアライですか?」

 男 「ウルルアライが猪かどうかはわからんが、昔の人は星と星をつなげてそこにいろんなものを見出してたんだとさ」

弓使い「……しかし、私にはあれがウルルアライ―――猪には見えません」

 男 「俺にもそうは見えないな。まぁ、昔の人間は想像力豊かだったんだろ」

弓使い「そうですね……」

 男 「線にどれだけ肉付けすれば猪になるんだよっていう」
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:40:20.89 ID:0/G1P+FM0
 男 「あと、それにまつわる話もあったりする。猪座は元々は何でもかんでも喰ってしまって山ほどもあるそれは大きな猪だったそうだ」

弓使い「まさか…… それで?」

 男 「当然村の人間たちが作っていた作物なんかもみんな食われてしまった。困り果てた村人は力持ちの神様に何とかできないか相談した」

弓使い「カミサマ?確か概念的なものですね。あまり深くは理解できていないのですが……」

 男 「まぁ、神様ってのはすごい力を持った連中のことって思ってくれればいい。で、早速その猪に力持ちの神様は力比べを挑んだんだが……」

弓使い「その口ぶりからすると負けてしまったんですね?」

 男 「先を読むなよ。まぁその通り、なんと神様のくせして負けてしまったんだ」

弓使い「すごい力を持っているのに?」

 男 「ああ、だから力持ちの神様は今戦っても勝ち目がないから別の方法を思いついた」

弓使い「さて…… 罠に嵌めたとか?」

 男 「罠、は違うな」

弓使い「……降参です。カミサマはどうやったんですか?」

 男 「なんと猪の大好物を大空高く、そりゃあ遠くまで放り投げて、それを追いかけさせることで地上から追っ払うって方法だった」

弓使い「……無茶苦茶ですね」

 男 「ところがその無茶苦茶な方法が大成功!結果猪は大好物を追って星になるくらい高く遠くまで行ってしまった…… っていうお話さ」
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:42:31.79 ID:0/G1P+FM0
 男 「で、猪座の頭の少し先。わかるか?あの星が中心で周りの星をつなげるんだ」

弓使い「あれと、あれとあれとあれ……ですか?」

 男 「そう、それがそのとき神様がぶん投げた猪の大好物が星座になったっていうトウモロコシ座だ」

弓使い「あれが?ああ、あれならトウモロコシと言われてもまだなんとなく形がわかります」

 男 「そんな感じでけっこう色んな星座があるんだぜ。ほら、あっちのあの星とこの星」

弓使い「どれですか?」

 男 「あれだよ、あれ」

弓使い「……何のセイザなんです?

 男 「鳥人座」

弓使い「トリジン?」

 男 「そう、頭は鳥だが首から下は人間っていう」

弓使い「なんですかそれ、気味の悪い」

 男 「なー、マジでどういう頭してたら思いつくんだよ

弓使い「その鳥人にはどんなお話が?」

 男 「なんでも鳥好きな子どもの前に現れて、焼いた鳥の肉を串に刺したものを食べるらしい」
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:43:38.01 ID:0/G1P+FM0
―――
――


弓使い「――――他にはもうないんですか?」

 男 「あー、もう知ってるのは今言った奴だけだな。まだあるとは思うんだが勉強不足なもんでもうわからん」

弓使い「そうですか……」

 男 「自分のいる場所を知るための基準の星を基本的に調べてたからなぁ…… 悪いね」

弓使い「いえ、しかし人間にはそんな面白い話が伝わったりしているんですね」

 男 「ああ、荒唐無稽な作り話だけどな。そんなんで星の並びができてるわけないだろうに」

弓使い「そうですね…… でも、私たちにとって星は季節と時間と場所を知るための指標でしかありませんでした」

弓使い「それが、こんなに面白い見方があったなんて…… これも人間の文化の一つなんですね」

 男 「ああ」

弓使い「他にももっといろいろあるんでしょうか?」

 男 「ああ、まだまだあるよ」

弓使い「……もっと、もっと知りたいです。おかしいですね、人間のことは好きじゃなかったはずなのに」

 男 「人とエルフが共存できるようになればきっと、もっといろんなことがわかるようになる」
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:45:53.77 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「ご、ごめんなさい〜!わたしすっかり寝ちゃってました〜!!」

 男 「ああ、いいよ。元々こうなる気がしてたし」

弓使い「私はもう慣れてるわ」

エルフ「あうあう……」

 男 「まぁ、引き続き火の番は俺と彼女でやるから、それでいいな?」

エルフ「……はい」

弓使い「さて、それじゃそろそろ出発しましょうか」

 男 「おう」

エルフ「…………」

弓使い「どうしたの?」

エルフ「ねぇ、貴女たちまた前より仲良くなってない?私が寝ちゃってる間に何かあったの?」

弓使い「セイザっていうのを教えてもらってたのよ」

エルフ「セイザ?なにそれ、私も聞きたい!」
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:46:48.08 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 (――――しかしエルフの里への旅路は平和なものだった)

 男 (野盗は当然として、獣の気配すらほとんどなかったので何時ぞやのように気を張り詰め続ける必要もなかった)

 男 (で、エルフの王への交渉に向けてエルフの言葉の手ほどきを受けたりしているわけで)

エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス、はい」

 男 「エクァスてすひきちー…… 何だっけ?」

エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」

 男 「エクァステスひきチータオッヘるさなしリウムつぁいたつイタルへんオッティうす」

エルフ「発音が駄目です。はい、もう一度。エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」

 男 「エかステスフィキチータオッへるサナシリウムトゥあいたるフェンオッティクス」

エルフ「……及第点はまだあげられませんね」」

弓使い「『お初にお目にかかります。○○と申します』『ご機嫌麗しく存じます』『本日は是非聞いて頂きたい議が在り推参致しました』」

弓使い「この三つはスラスラと言えた方がいいでしょう。その努力を買われれば陛下のご心象もよくなるでしょうし」

 男 「へーい…… ああ、道のりは果てしなく……」
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:49:36.94 ID:0/G1P+FM0
 男 (――――で、時にはお互いの文化とか習慣の話もしたりなんかして)

 男 「47掛ける11は?」

エルフ「517」

 男 「えっと…… 合ってる。じゃあ、35掛ける13!」

エルフ「455」

 男 「ちょっと待ってくれよ……」

 男 「…………合ってる。これならどうだ!99掛ける97!!」

エルフ「9603」

 男 「もう合ってるか確かめる気力もねぇわ…… なんだ、二桁の掛け算は全部暗記してるのか?」

エルフ「いえ、19掛ける19までしか暗記はしてませんよ?」

 男 「19まで覚えてて『までしか』はねーよ」

弓使い「それ以上の二桁の掛け算は100より大きいか小さいかを比べて……」

 男 「時間があるときにゆっくり聞くよ。今教えてもらっても覚えられそうにない」

 男 「あー、しかしそんな速い計算方法があるならなんであのエルフは教えてくれなかったのかね?」
 
弓使い「きっと、貴方が人間である以上人間式の計算の方に触れることが多いと判断したからではないでしょうか?」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:51:18.60 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「――――で、何時の間にやらエルフの里に大分近づいていた、と」

弓使い「はい、その通りです」

 男 「しっかし、鬱蒼とした森だよなぁ…… 昼間でもこんだけ暗いんじゃ迷っちまいそうで通る気も起きない」

弓使い「そうやって人間の足を遠ざけているんですよ」

弓使い「……さて、ここから先はまず私たちだけで行かせていただきます」

 男 「ああ、よろしく頼む」

エルフ「ええ、陛下に伝えてきます」

 男 「もし駄目だったら?」

エルフ「……ここでお別れです」

 男 「あいよ」

弓使い「では、また後で……」

 男 「そろそろリンゴがやばい。完全に駄目になる前に返事をもらえるとありがたいな」

エルフ「そうですね、それでは……」
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:53:54.02 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 (大分明るくなったな)

 男 「……一日半、か」

エルフ「――――あ、いたいた!」

? ?「クツツ……」

 男 「増えてるな」

弓使い「はい、陛下の御側役の方です」

使 者「ナウシィ」

 男 「ナウシィ…… よろしく、だったっけか」

エルフ「陛下は話を聞いてくれるそうです」

 男 「最初の関門は突破か。ま、これから先はもっと大変なんだがな」

弓使い「そうですね」

エルフ「それで申し訳ないんですけど…… 目隠しさせてもらいますね」

 男 「場所を特定させるわけにはいかないってことか」
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:54:40.46 ID:0/G1P+FM0
弓使い「ええ、まだあなたは信頼されているわけではありませんので…… すみません」

 男 「当然の判断だ。謝るこたないって」

使者「……随分と仲がいいのね」

弓使い「まぁ、それなりに長い時間一緒にいましたので」

 男 「貴女もこちらの言葉を喋れたんですね?」

使 者「だから使者として私が来た」

 男 「なるほど……」

エルフ「……よし、できました!」

使 者「確かめさせてもらうわ」

 男 「ちょっとまってイタイイタイ、締め過ぎ締め過ぎ」

使 者「大丈夫そうね。次は手を後ろに回して」

 男 「はい」

使 者「変な動きをしないように腕も縛らせてもらう」

 男 「どうぞどうぞ」

エルフ「里につくまでの辛抱ですので、頑張ってください」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:56:03.37 ID:0/G1P+FM0
―――
――


 男 「……随分と複雑な道なんだな」

エルフ「ごめんなさい、わざと変な道を通ってます」

使 者「わざわざ言わなくてもいい」

エルフ「ごめんなさい」

 男 「いや、それは当然の措置としてそれとは別に木から感じる気配が複雑に入り組んでいるというか……」

弓使い「先先代たちが人間が無暗に立ち入れないように迷いやすい造りにしましたのでこういうことになってます」

 男 「植樹でもしたのか?」

エルフ「そうですね、他にも木々にこういう風な生え方をしてもらえるようにお願いしたり、森の力がうまく作用するようにしたりしてです」

 男 「へぇ〜……」

使 者「だから、そういう余計なことは喋るなと……」

 男 「大変ですね」

使 者「何を他人事のように言っている。まず貴様が余計な口を滑らせるな」

 男 「申し訳ない、招かれざる客の分際でね」
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:57:43.93 ID:0/G1P+FM0
―――
――


エルフ「――――着きましたよ」

 男 「じゃ、目隠しと拘束は?」

使 者「外しても構わない。ここまで来たからには逃げ出すことなど不可能だからな」

 男 「では早速……」

弓使い「手伝います」

エルフ「あ、私も」

 男 「いや、二人もいらんて…… ふぅ」

御側役「…………」

近 衛「…………」

 男 (男なんだろうけど何とまぁ、美形の多いこと)

侍 従「ようこそ、エルフの里へ」

 男 (人間語の浸透率高いな……)

侍 従「陛下はこの先におられます。さぁ、こちらへ」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:58:33.16 ID:0/G1P+FM0
 男 (まだ陛下の御前じゃなかったのか?ま、目隠ししたまま会うってのも無礼な話か……)

 男 「ってうわ、キレーな人」

侍 従「私は人ではありませんよ?エルフです」

 男 「あっ……」
 
侍 従「……ふふっ、貴方と初めて会ったときもそう言ってくれましたね?」

 男 「へ?あ、ああ、もしかして……」

侍 従「お久しぶりですね。そうです、あの時のエルフです」

 男 「お久しぶりです!いや、よかった!革命が成功した時どれだけ探してみても貴女がいなくて、もしかしたら…… なんて」

侍 従「ほら、泣かないで」

 男 「な、泣いてません!」

侍 従「もう、相変わらずですね…… ごめんなさい、革命が終わった後すぐににあの方に連れられて里に戻っていたんです」

 男 「そうでしたか、道理でいらっしゃらなかったわけですね」

侍 従「はい、それからはここで陛下に侍従としてお仕えさせてもらっています」

エルフ「それだけじゃなくて、この方は私たちに人間の言葉を教えてくれた先生なんですよ」

侍 従「昔貴方にいろいろ教えてあげた経験が活きました」
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 22:59:20.88 ID:0/G1P+FM0
 男 「そうですか…… そうだ、昔と言えばあの時アイツに教えた北の国にある里って」

侍 従「大丈夫ですよ。あれは嘘でしたから」

 男 「嘘?」

侍 従「そこに移り住むという話も上がったんですけど寒さが厳しいということで誰も住んではいませんでしたので。現にエルフは連れてこられなかったでしょう?」

 男 「そうだったんですか……」

侍 従「それはそうと貴方にはお礼を言わなければいけないわね」

 男 「はい?」

侍 従「この子たちをここまで無事に送り届けてくれてありがとう。深く感謝いたします」

 男 「あ、いえ、たまたま全部が上手くいっただけですから」

侍 従「謙遜しないで。本当にありがとう」

 男 「あ、はい、どういたしまして」

侍 従「本当は私が行くべきだったのだけど、片目で長旅は危険だって周りに止められてしまって…… 心配で心配でたまらなかったの」

 男 「その御心配を杞憂で終わらせることが出来てよかったです」

弓使い「その点は私たちも大変感謝しています」

エルフ「ありがとうございました」
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:00:01.97 ID:0/G1P+FM0
 男 「ああ、うん。別にいいって」

侍 従「それと私の目の心配をしてくれるのは嬉しいですけど、片目が不自由なのは貴方もでしょう?右目は大丈夫なの?」

 男 「いえ、今もほとんど見えていません。ですが、あの子が積極的に右についてくれたので」

弓使い「なっ……」

侍 従「そうだったの。まぁ、あの子はとても優しい子だから……」

弓使い「……あう」

使 者「しかし、その話ぶり…… 貴女が話してくださった人間の男の子がこの男ということですか?」

エルフ「じゃあ、いつも先生が言っていた小さな子って……」

侍 従「シュィ、アウィグン」

弓使い「へぇ、そうでしたか……」

御側役「アウラ、ショウィグン……」

近 衛「『ポポルポ』…… ククッ」

 男 「……何故だかエルフの方々の俺を見る目が何か生暖かいものに変わったんですけど…… 俺の何の話をしたんです?」

侍 従「……ふふっ、陛下がお待ちです。参りましょう」

 男 「すいません、その前にここのエルフさんたちに何を言ったのか教えていただけないでしょうか?」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:00:47.78 ID:0/G1P+FM0
侍 従「さぁ、こちらへ」

 男 「いや、何を話したんですか!?教えてくださいよ!」

使 者「陛下のお近くで騒ぐな!」

 男 「うぐっ…… そう言われると」

弓使い「ほら、行きましょう…… フフ」

エルフ「ふふふっ」

 男 「何だよその意味深な笑みは……」

エルフ「何だと思います?」

 男 「……いや、やっぱり教えてくれなくていいや」

 男 (調子狂うなぁ…… おっさんとかニヤケ面とかならこうはならないんだが)
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:01:25.35 ID:0/G1P+FM0
使 者「――――オルウィスリャム」

女 王「シャルディグティ」

使 者「セッ」

女 王「……ようこそ、私がここにいるエルフたちの長です」

 男 「お目通りを許していただき誠に有難く存じます。っと、私たちの言葉でよろしいのでしょうか?」

女 王「構いません。侍従の彼女のおかげで人間の言葉は一通り喋れますので」

 男 「では、このまま話をさせていただきます」

女 王「はい。まずは彼女らの旅に護衛として同伴していただき、またここまで無事送り届けていただいたこと、深く感謝いたします」

 男 「もったいなきお言葉、頼まれた仕事を只こなしただけのことです」

女 王「ご謙遜を」

 男 「いえ…… それとこちらつまらないものですが、どうぞお納めください」

女 王「それは……?」

使 者「中を検めさせてもらうわ」

 男 「どうぞ」

使 者「これは……!?」
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:02:44.31 ID:0/G1P+FM0
使 者「形はリンゴだが…… 赤い?」

弓使い「彼らの国のリンゴです」

使 者「リンゴ?」

女 王「それがリンゴ……?」

使 者「これが? ……はむ」

女 王「ど、どうですか?」

使 者「……甘い、甘いです陛下!それに瑞々しくて、甘くておいしいです!」

 男 「駄目になる前にお渡しできてよかったです」

女 王「リンゴが甘いと……? 私にもそれを一つくれるかしら」

使 者「は、はい、ただいま!」

侍 従「私もいただけるかしら?」

 男 「はい、どうぞ」

女 王「……確かに、甘くておいしいですね」

侍 従「人間が食べているのを見たことはあったけど、こんなに甘かったのね……」

 男 「気に入っていただけたようで何よりです。もう少し早くお渡しできたらこれよりもっと甘く瑞々しかったのですが」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:04:45.57 ID:0/G1P+FM0
女 王「なんと、これ以上の?」

 男 「はい、いずれの機会にご賞味いただければ……」

女 王「それは楽しみですね……」

 男 「有難きお言葉。……そろそろ本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」

女 王「ええ、彼女たちから聞いていますがエルフと人間の共存共栄…… なんてことをお考えだとか」

 男 「はい、その通りです」

女 王「それはどうして?」

 男 「貴女方エルフにとっても大事な森を守っていくには、人とエルフとが手を取り合う必要があると考えたからです」

女 王「……確かに森は私たちにとってとても大切な存在。だからこそ急に力の弱まった西の森の調査を命じたのです」

女 王「その結果、森を伐採し弱らせていたのは人間だったのですね?」

エルフ「はい」

弓使い「間違いありません」

 男 「…………」

女 王「そう、人間です。かつてと同じよう、にまた人間たちが私たちの住処を奪うのですね」

 男 「かつてのように?」
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:07:14.28 ID:0/G1P+FM0
女 王「ええ、かつて森はこの大地のほぼ全てを覆い尽くし、私たちもまた世界に遍く住み暮らしていました」

女 王「しかし、私たちの存在が気に入らなかったのか貴方方の祖先は私たちの祖先を攻めてきました」

女 王「そして住処を奪われて更に森の奥深くに隠れ住んだエルフたちの末裔が今の私たちなのです」

女 王「かつても、そして現在もまた人間によって住処を奪われようとしています。いえ、住処どころか我々エルフを奴隷として慰み者にしているという始末……」

女 王「その怒りや恨みは年を重ね薄らいではいるものの、奴隷にされている仲間がまだ数多くいるなど、やはり人間そのものに対する忌避の念はぬぐえません」

女 王「それなのにどうして人間と手を取り合うことなどできましょうか?刃を向け合うことこそあれ、共存共栄など在り得ません」

 男 「……ですが」

女 王「なんでしょう?」

 男 「恐れながら申し上げます。仮にエルフが弓を取ったとして、人間にかなうはずがありません」

 男 「一国と争うだけなら勝てる可能性は零ではないでしょう。しかし、一度エルフがその姿を人前に表せば全ての人間が敵となりましょう」

 男 「陛下自身が仰られたように人間はエルフをその美しさ故に奴隷として手元に置いておきたがります」

 男 「エルフが集団でいたとなれば何が何でも捕まえようとします。それはどの国でも同じことでしょう」

女 王「どの国も同じと言うのなら、それは貴方の国でも同じことではないのですか?」

 男 「いえ、我が国の王は断じてそのようなことはいたしません。国王もまた奴隷であった故に」

女 王「上に立つ者というのは弁が立つもの、口先だけは美しく飾り立てているのやもしれません」
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:08:50.03 ID:0/G1P+FM0
 男 「……私も同じく奴隷の出であり、長く彼の傍におりました。故に私は彼の人となりを知っています。ですから、そのようなことは在り得ません」

女 王「では改めて、何故私たちとの同盟を結ぼうと考えたのかお聞かせ願えますか?」

女 王「私たちの知識や知恵を得たいのならば、同盟などより私たちを蹂躙して根こそぎ奪い取る方を選ぶ」

女 王「……人間の本質とはそういうものでしょう?」

 男 「そうかもしれません。しかし、我が国の王も、私もそのようなことは望んでいません」

女 王「……?」

 男 「かつて私が革命に身を投じたのは、エルフへの仕打ちをこの目で見たからです」

 男 「私は奴隷であった頃、貴族や権力者と呼ばれる連中に数多の辱めを受けていました。それこそこのような場で口にすべきでないような様々なことを」

 男 「そしてそれは、同じく奴隷であったエルフも同様でした」

女 王「……そのエルフが貴女なのですね?」

侍 従「……はい」

 男 「私は悔しくてたまりませんでした。身体も心も醜い奴らがあんなにも優しくてきれいなエルフを欲望の赴くままに弄ぶのが」

 男 「それだけではありません。エルフでなくとも見目麗しい女であれば情婦とし、男であれば過酷な労働を強いるか闘技場で殺し合わせる始末」

 男 「こんなことがあってはならない、こんなことが許されてはならない。奴隷であった頃、革命の最中にもその想いが常に私の根底にあり続けました」

 男 「そして、今もその想いは変わっていません。エルフが、人間が、尊厳を踏み躙られ凌辱されることなどこれ以上許すわけにはいきません」
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:09:33.85 ID:0/G1P+FM0
 男 「――――高慢と思われるでしょうが、私は人もエルフも守りたいのです」

女 王「……貴方は今リョウシなるものを生業にしていると聞いています」

 男 「はい」

女 王「何でもリョウシとは生き物を捕らえてそれを食べたり通貨に換えたりして生活をする者だとか」

 男 「はい、その通りでございます」

女 王「その辺りのことは文化の違いということで今回は不問にするとして、私が聞きたいのは何故貴方がそのような生き方をされていたのかです」

女 王「もし本当に虐げられた者たちを救いたいというお考えであったならば、そんな生き方はせず自身の国だけでなく他国でもエルフや奴隷を解放しようとするはずではないですか?」

 男 「お言葉通りです。本来ならば私は猟師などしているべきではありませんでした」

 男 「ですが、そこには私一人の責任では済まない様々な事情があったのです。想いだけではどうにもできない問題が」

 男 「そもそも奴隷制度の撤廃を掲げる我が国は他国から見て面白いものではありません」

 男 「例えば、仮に私が他国に潜入してエルフや奴隷を解放したとします。当然その国の兵士たちが追いかけてくるでしょう。そして私たちの逃げる先は我が国しかありません」

 男 「逃げ延びることができたとしても、それは他国の財産を不当に奪ったと同義であり、連中に我が国を責める恰好の口実を与えることになるのです」

 男 「そうなれば奴隷を奪われた国と我が国は間違いなく戦争となります。そしてそれは、どの他国においても同じことでしょう」

 男 「虐げられた者たちを救うことが戦争につながるとなれば、私一人のせいで我が国は無辜の民の万の血と共に沈んでしまうのです」

女 王「……だから、助けたくても助けられない、と?」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:10:27.41 ID:0/G1P+FM0
 男 「はい……」

女 王「……個人的な興味ですが、どうして今仰られたことがリョウシになることへつながったのです?」

 男 「今私が述べたことはかつて現国王やその側近に説かれたことです」

 男 「しかし、当時の私はまだ幼く国際問題だのなんだのといった難しい話は理解できず、私を説き伏せようとする彼らに不満をぶつけるだけでした」

 男 「そんな私に呆れかえった側近の一人が、間諜としての訓練を受けさせてみようと提案し、そういうことならと私は溜飲を下げたのです」

 男 「それから数年間に渡り訓練を受けましたが、小さいころから持っていた気質のせいか隠密行動がなかなか上手くこなせず」

 男 「一度一人だけの力で生きてみろ、そして自然が持つ大きな力を感じてみろ、との言葉と猟師道具を贈られ、そして今に至ったのです」

女 王「……そういうものなのですか?」

 男 「そういうものなのでしょう。確かに私は一人の猟師として生きる中で人間一人の限界と自然の偉大さを感じました」

女 王「そうですか…… つまり、貴方自身虐げられた者たちを助けたいと願いつつもリョウシをやらざるを得なかった。そういうことですか?」

 男 「はい、端的に言えばそうなります」

女 王「ならば、先ほど貴方が仰った言葉に嘘偽りはない。そう言うのですね?」

 男 「はい、私は心からエルフと我が国との同盟を強く願うのです。同盟であれば他国が攻めてくる口実にも成り得ないはずです。貴女たちを護ることができるはずです!」

 男 「我々がエルフを護るなどと身勝手な物言いだとはわかっています!ですが、このままでは貴女方はいずれあの貴族や権力者のような連中の所有物にされてしまう!」

 男 「そうなる前にどうか、我々の手を取ってください!今ならまだ間に合うはずです!!どうか、どうか……」
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:12:38.35 ID:0/G1P+FM0
女 王「なるほど、ですが私たちエルフを物としか考えていないような者たちならば、物との同盟などとのたまい一笑に付すのではないですか?」

 男 「それは……っ!いえ、同盟など認めないと言ったところで戦争をする大義名分とするには動機が弱すぎます」

女 王「そもそも私たちが貴方方の国と同盟を結ぶと言うことはエルフがその国にいると声高に主張するようなもの」

女 王「エルフが手に入るとなれば彼らは形振り構わず戦争を仕掛けてくるのでは?そうだとしたら、私たちはこのまま隠れ住んでいる方が安全ではないでしょうか?」

 男 「しかしそれでは!」

弓使い「陛下、僭越ながら私の愚見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

女 王「かまいません。この方を連れてきたのは貴女たちですもの。彼を連れてくるだけの考えと理由があったのでしょう?」

弓使い「はい。西の森に向かうに当たり、私はこの男とそれなりの時を共に過ごしました。その上でこの男は信頼できる者だと確信しています」

弓使い「そして、その男が信頼している人間の王もまた信頼してもいい傑物と認識しています。彼らの虐げられた者への思いは本物です」

弓使い「信頼できる人間が一つの国の王として君臨している今を逃しては、エルフの未来は暗く閉ざされたものになると考えます」

エルフ「わ、私もそう思います!」

侍 従「陛下、私もこの機会を逃がすべきではないと思います」

侍 従「あの方が我々に危害を加えることはないはずです。あの方は信頼できるお方ですから」

侍 従「あの方は自ら私たちが里に帰るまでの道中の護衛をしてくださいました。そして、エルフの里の所在は知らずとも良いと引き返していきました」

衛 兵「彼女の言う通りです。あの男は貴族と呼ばれた者らの残党が消えた辺りで私に後のことを任せ去っていきました」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:14:26.41 ID:0/G1P+FM0
 男 「もしかしてあの衛兵って」

エルフ「はい、牧場の主の下にいたエルフが彼です」

侍 従「もしあの方が我らエルフ族を所有物にしたいのであったなら、今頃この里は人間のものになっているはずではありませんか?」

女 王「…………」

衛 兵「……人間はこと闘いにおいては非常に優秀です。この地を守るために我らが武器を取ったとてすぐに攻め落とされるでしょう」

侍 従「そもそも数が違い過ぎます。戦ったとしてもエルフの未来は暗く辛いものしか残りません」

弓使い「最早それは戦いとは言えないでしょう。一方的な虐殺、蹂躙…… 生き延びたとしてもそこに尊厳も自由もありません」

エルフ「それに、このままでは森はどんどん切り拓かれていってしまいます。殆どの人間は森は共に生きていく存在だとは思っていないんです」

 男 「……人は森から奪って生きることしか知らないのです。森と共に生きるということを知らないのです」

 男 「ですから、人も森と共に生きる術を知れば森の伐採や開拓・開発を止めるかもしれません。止めるはずです。いえ、止めてみせます!」

 男 「ですから…… ですからどうか、この同盟を受け入れていただきたいんです!エルフと森を護るためにどうか、どうかお願いします……!!」

女 王「…………」

女 王「――――かつて我らは人間に住処を奪われ人間から逃れるためにこの地に移り住みました。しかし、今尚数多くの同胞たちが人間に虐げられ続けている」

女 王「そして、自分たちのことしか考えない資源の使い方。無秩序に森を切り拓き、あげく住処を奪われた動物たちを目の仇にして殺している……」

 男 「…………」
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:15:55.10 ID:0/G1P+FM0
女 王「――――ですが」

弓使い「?」

女 王「ですが、それが人間の全てというわけではないのでしょう」

女 王「彼の言葉、かつて人間に虐げられていた貴女たちの、そして人間と共に旅した貴女たちの言葉…… そのどれもが真の心から出た言葉でした」

女 王「木々や動物の心を読み取れる私たちですが、同族・人間に至ってはその心を読むことはできません」

女 王「しかし、貴女方の言葉に騙されているような響きも、彼の言葉に私たちへの害意の響きも感じ取れないのです」

女 王「その言葉が真実であるか否か、それはこれから分かることなのでしょうね」

 男 「……ということは」

女 王「一度、貴方の国の王と話をさせていただけますか?」

 男 「はい!承りました!」

侍 従「しかし陛下、どこで会談を開かれるおつもりですか?」

衛 兵「この男をここまで通しただけでも異例中の異例。一国の王ともなれば護衛など浮くめて相当数になります」

衛 兵「それだけの人間を里に入れることを民たちが認めるかどうかは甚だ疑問であります」

 男 「王に話を通せば、王一人での訪問も可能ですが」

侍 従「さっき貴方自身仰ったでしょう?様々な事情があるのです。国の王ともなれば一人で好きに動くことはできませんよ」
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:16:41.13 ID:0/G1P+FM0
衛 兵「我らとて陛下御一人で会談に参加させることなどできない。貴様らを信じないということではないが損得や利害が絡む場となればそうはいかんのだ」

弓使い「国全体に関わってくることを個人の意思だけでは行えません。国を治める者としては個の意思ではなく全の意思を示さなければならないのですから」

エルフ「それに王が玉座を離れるということは何かを成そうとしている証左です。よくないことを考えてる者たちにとっては看過できないことです」

侍 従「つまり、あの方がこちらに来るのであればそれを追ってどんな人間がこの里に近づいてくるのかわからないのです」

 男 「では、陛下が我が国に?」

衛 兵「それもまた難しい。彼女らを里の外に出しておいてなんなのだが、やはりエルフが里を離れるの望ましくない。王となれば尚更だ」

弓使い「どこに人間がいて、何時正体がばれるとも限りません。私たちの場合はそうなった時のために口の中に自決用の毒を仕込んでいましたが」

 男 「マジ?」

エルフ「ええ」

侍 従「ですが、陛下の場合不測の事態が起きたとしても自決して頂くわけにはまいりません。故に陛下が里を出るというのはそもそも……」

エルフ「陛下が人間に変装するというのはどうでしょう?」

衛 兵「何を馬鹿な。陛下をそんな危険に晒すわけにはいかない。人間の王がするべきだ」

弓使い「しかし、あの国の規模を見るにそれは難しいと思われます。お忍びで出掛けるのにも苦労される有様だそうですので」

女 王「……ねぇ?私、当事者なんだけど、話に置いてけぼりにされてる気がするんですけどー?」

 男 「奇遇ですね。ホントなら私が人間側の事情を話すはずなんですがどうにも蚊帳の外ですね」
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:17:46.72 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


 男 「――――最終的に、おっさんが国境警備の一団に慰問に訪れて、陛下と側近の方たちがその中に変装して紛れると」

侍 従「はい、そうです。ですが、絶対条件としてその場に居合わせるのは貴方方が信頼を置ける者だけです」

 男 「そこはぬかりなくさせていただきます」

エルフ「それにしてもようやくこれで一歩前進…… ですね」

 男 「ああ…… 君らが口添えしてくれたのが大きかった。ありがとう」

弓使い「いえ、私自身そうすべきだと思ったことを言ったまでです。今回の旅で改めて森は日々失われていると理解しましたので」

弓使い「あの場にいた人間だけでもかなりの数でした。森を糧にする人間全てとなると、その数は私たちの何倍にもなるでしょう」

 男 「ああ」

弓使い「つまり、最早エルフだけでは森を守ることはできません。森どころかエルフ自身さえも」

弓使い「でしたら、この先エルフと森が生き残るためには…… 人間と敵対するのではなく人間と共に生きることを選択すべきではないかと」

弓使い「こんなこと、先生とこの子の話を盗み聞きした時は何を馬鹿げたことを、そう考えていました。ですが……」

弓使い「貴方と共に旅して、そして貴方の国の王とお出会いして、この考えが荒唐無稽な話ではなかったと思い至りました」

弓使い「そして、エルフと人が理想的な共存共栄をを成せるのは今この時この国を除いてはもう二度とないとも思えました」
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:22:20.26 ID:0/G1P+FM0
弓使い「ですから、僭越ながらあの場で発言させていただきました。それにしてもまさか私がその馬鹿げた考えを自ら率先して実現させようとしたなんて」

弓使い「あの時の私が聞いたらどんな顔をするでしょうか?」

エルフ「フルトトみたいにぽかーんとした顔するんじゃない?」

弓使い「フルトト?」

侍 従「まぁ、陛下はこの話を最初に貴女たちに聞いた時からこの話を受けるつもりでいらしたようですけどね?」

 男 「え?」

侍 従「……陛下は常々私たちエルフの行く末を憂いておられました」

侍 従「このままではやがて森は枯れ果て、エルフは緩やかな滅びを迎えるのではないか……と」

侍 従「現状を維持し続けるだけではどうしようもない、何か大きな変化が必要だと……」

 男 「それこそ人間との共生とか?」

侍 従「ええ、その通りです。自ら人間の言葉を学ばれていたのも恐らくはエルフが人と共に歩む未来を見据えていたからでしょう」

エルフ「じゃあ、どうして陛下は否定的な態度をとっていらっしゃったんですか?最初から受けるつもりだったならあんなに詰問しなくても」

侍 従「確かめたかったんじゃないでしょうか?この同盟を申し出た人間は、真にエルフと人とが共に生きていく世をつくるつもりなのかって」

侍 従「もし人間の利益だけを考えているような人間でだったら、それはきっとエルフにとって良くない結果になるはずですから」

弓使い「……彼をお連れする前に私たちからも彼とあの王は信頼できるとお伝えしたはずですが」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:23:30.69 ID:0/G1P+FM0
侍 従「やっぱりそこは自分の目で確かめたかったのよ、きっと」

 男 「……じゃあ俺は陛下のお眼鏡にかなったというわけですか?」

侍 従「ええ、合格だと思うわ。それにあの方については前々から陛下にお話ししていたし、きっとこの会談は上手くいくでしょうね」

 男 「会談は上手くいく……?」

弓使い「会談だけなら王も陛下も互いに信頼を結べるでしょう。しかしいざ同盟となるとそう簡単にいくわけではありません」

エルフ「まず、エルフたちが同盟を認めるかどうか…… 陛下の一存だけでは決め切れないと思います」

侍 従「幸い私は片目になるだけで済みましたけど、人間の下から里に戻ってきた子たちの中にはそれはもう酷い目にあっていた子もいます」

侍 従「その子自身やその家族、友人と言ったエルフたちがそんな目に合わせた人間との同盟を受け入れてくれるかは……」

 男 「……厳しいでしょうね」

弓使い「同じ痛みを知っている者が貴方の国の王なので、多少理解を得やすくなるとは考えられますけど」

 男 「だといいけどな。おっさん大丈夫かな?信用してもらえっかな……?」

エルフ「そこはほら、貴方がいろいろフォローするんですよ!」

 男 「でもおっさんあれだしなぁ……」

弓使い「あら、先ほどまでの威勢はどうしたんですか?」

 男 「あー、うん…… まぁ、精一杯やるよ」
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:24:59.64 ID:0/G1P+FM0
侍 従「それに同盟を受け入れるかどうかはエルフ側だけの問題ではありませんよ?」

弓使い「確かに。貴方の国の中にも同盟には反対する勢力がいるかもしれません」

エルフ「王様が仰っていたかつての権力者のような暮らしを望んでいる人間、同盟よりも支配した方がいいと考える人間」

侍 従「仮にそういった方たちを押さえつけられたところで次は他国との問題が出てきます」

 男 「エルフとの同盟の結果、我が国は言い方は悪いですがエルフを数多く所有している国家となる。それが問題なんですね?」

侍 従「ええ、他国の人間が私と貴方を虐げていた人間と同じような人間ばかりだとすれば、エルフを寄越せと言ってくるに違いありません」

弓使い「断れば武力行使に出てくるでしょう。お話から察するに貴方の国は他国と戦争するだけの余裕はないのでしょう?」

エルフ「それに、そういう国は一つや二つじゃないんでしょう?」

 男 「悲しいけどそういう人間ばかりだからなぁ…… 敵対は免れないだろ」

侍 従「同盟とは言いつつもしばらくは私たちの存在を秘匿してもらわなくてはなりませんね」

 男 「でも、エルフの持つ農耕技術や畜産技術は欲しいし、他国の目の届かないところで隠れっぱなしでいてもらうわけにはいかない」

弓使い「技術譲与するエルフの数を絞りつつ、その正体がバレないように配慮していただく必要もあるでしょう」

弓使い「どこから情報が漏れるかわかりません。厳しい監視体制が必要です」

侍 従「でも、厳しい監視下ではエルフにも不満や鬱憤が溜まるでしょう。それにも配慮しないと……」

 男 「問題はまだまだ山積みだよなぁ……」
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:51:45.95 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――


隊 長「……よぉ!何日ぶりだ?」

 男 「それぐらい覚えとけよ」

隊 長「ははは、まぁそんなことはどうでもいいか。ここで待っておけばいいんだろう?」

 男 「ああ、アンタらがもうすぐ到着するってことは既に伝えてある。直にエルフの女王陛下御一行が来るだろう」

隊 長「ちなみにどうやってエルフの里とやり取りしてるんだ?」

 男 「プワカーク。伝書鳩みたいなもんで、まぁ言わば伝書梟ってところか」

隊 長「ほ〜ん…… ま、いよいよお前の言ってた人とエルフの共存共栄とやらが実現するんだな。ははは、全く実感がしねぇな」

 男 「まだ決まったわけじゃない。気が早過ぎる。これから陛下とおっさんとの会談を経て今後がどうなるか決まるんだからな」

隊 長「で、俺たちは慰問団としてエルフ御一行様に出会うわけだな?」

 男 「ああ、知ってると思うが会談のことは公にしていない。下衆な連中に悟られないように、万一知られたらソイツを……」

ニヤケ面「任せろ、闘技場の見世物だった頃から俺の取り得は剣の腕だけだからな」

 男 「頼りにしてるよ」

ニヤケ面「ただ、西との国境は隣の政情のせいか亡命者が増えてきててな。正直ここに集まった連中みんながみんな腕っこきってわけじゃない。その辺は勘弁してくれや」
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:52:25.16 ID:0/G1P+FM0
 男 『――――まぁ、結局陛下との会談を聞きつけてやって来たと思われる不審者は出なかった』

 男 『革命の時にその戦いぶりから鬼神とまで呼ばれたあのニヤケ面のことを知らない者はこの国にはいない』

 男 『そんな奴と戦わねばならないリスクを冒すような無謀な奴はいないということか』

 男 『で、ここから先が正念場だ。人とエルフの行く末を決める一大事が…… 挨拶もそこそこにおっさんと陛下との会談が始まった』

 男 『お互い目指しているものは同じなのだが、陛下は事が事だけに相手であるおっさんが本当に信頼できるのか探っているようだった』

 男 『何せ人間は昔からエルフを迫害し続けてきた。慎重に慎重を重ねて対応したいんだろう』

 男 『おっさんもその辺の事情が分かっているんだろう。些末な質問にも嫌な顔せずに対応している』

 男 『やがて陛下の顔から険が取れてきた。国をひっくり返すなんて大それたことに大勢の人間を巻き込んだ人たらしの本領発揮だ』
 
 男 『そこで俺たちは一気に思いの丈をぶつけた。陛下は黙ってそれを聞いていた…… そして最後に』

女 王「……最後に一つだけ聞かせてください」

国 王「どうぞ」

女 王「貴方方が仰った言葉…… 本当に信じてもよろしいのですか?」

国 王「……信じていただくほかありません。どうか信じてください」

女 王「……分かりました、貴女方を信じます」

 男 『こうして、我が国とエルフの里は、人とエルフが共に生きていくための第一歩を踏み出した』

 男 『問題は山積みだが、それでもその一歩はとても大きな第一歩だった』
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:54:03.77 ID:0/G1P+FM0
 男 『――――が、それからは大変だった。俺はエルフ族から最も信頼できる人間の一人として選ばれてしまったのだ』

 男 『まぁ、同盟の言いだしっぺは俺だから「どうめいきまったはいそうですかさようなら」というわけにはいかないとは思ってたが』

 男 「……こんな重要な仕事をやらされる羽目になるなんてな」

弓使い「文句言わない。ズィエルスィウリューシャ、フェンアナティ。はい」

 男 「あー、ズぃエルスィうるーしャ、フェんあなてぃ」

エルフ「要所要所で発音が違っちゃいますねー。もう一度」

 男 「ズィエルスィウルーしャ、フェんあなティ」

エルフ「惜しい!」

 男 「あー、難しいー」

 男 『二つの種族を繋ぐ者、調停官となった俺はこうしてエルフの言葉を覚えることに尽力している』

 男 『あの子たちも調停官になって俺の傍らでサポートしてくれるがいつまでも通訳が必要じゃいかんだろうしな』

 男 「あー、あーあー、ズィエルスィウリューシャ、フェンアナティ」

エルフ「その発音です!忘れないようにもう一回!!」

 男 「ズィエルスィウリューシャ、フェンアナてぃ」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:56:32.31 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……やり直しですね」

隊 長「はっはっは、大変そうだな」

 男 「ああ、アンタみたいな脳筋にゃあ到底できないことさ」

隊 長「脳筋か、褒め言葉だな!見よこの筋肉!なんてな」

 男 「誰が見るか。暑苦しい上に見苦しい」

エルフ「わぁー、すごい!あの、あの、触ってみてもいいですか?」

隊 長「いいよー、はっはっは」

 男 「やめときなさい、馬鹿がうつるから」

隊 長「はっはっは。それは否定できねーな」

エルフ「え゛? バカってうつるんですか!?」

 男 「……で、こんなところで油売ってていいのか?」

隊 長「なに、これから戻るところさ」

 男 「やっぱり増えてるか、エルフ狙い」

隊 長「ああ、連中ネズミ以上の速さで増えてるんじゃないか?」

 男 『大変なのは俺個人だけじゃなかった。この当時エルフとの同盟はまだ公にされていなかったはずだが、どこからかそのことを嗅ぎつけた連中がいた』
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/05(金) 23:58:20.24 ID:0/G1P+FM0
 男 『同盟から約半年、そういう野盗や奴隷商人どもがこぞってエルフを掻っ攫おうとこの国に侵入してきてる』

 男 『国が関わってくるとボロい商売ができないからか、国家規模で介入してこなかったのは不幸中の幸いって奴だったろうか』

 男 『ニヤケ面はそういう連中をぶっとばすべく多くのエルフが住んでいる首都周辺の警備をしているんだがやはり数が多すぎるらしい』

 男 『練度は大したことないが、数が多すぎるのでこうやって隊長殿御自ら報告を兼ねつつ増員を願いにちょくちょく来ていた』

 男 『――――エルフとの同盟から2年、農地改革も進み且つ最早エルフの存在を隠しきれないと悟ったおっさんは諸国に向けて我が国とエルフとが同盟を結んだことを宣言した』

 男 『すると早速「貴重な愛玩奴隷たるエルフの独占とは何事か」と諸々の国が抗議をしてきたそうだ』

 男 「おっさんは我が国には奴隷制度がない、身分の差など存在せずあらゆる種族が手を取り合って生きる国だと主張したが当然のように聞く耳持たなかったらしい』

 男 『連中、同盟というのは形だけで実質俺たちがエルフを支配していると思ってるらしく、おっさんにちょくちょくエルフを寄越せと言ってきたそうだ』

 男 『無論おっさんはエルフは同盟相手で奴隷なんかじゃないと突っぱねたが、連中は性根が腐ってるからふざけんなと逆ギレしたとかで』

 男 『交易を停止するとかそういった政治的制裁だなんだとおっさんに圧力をかけていたと聞いている』

 男 『もっとも、草花の声や風の声とやらを聞けるエルフの手を借りて国内での食糧生産量は着実に増加したのでさして問題にはならなかったそうな』

 男 『噂じゃどこぞの国が女王の懸念通り「エルフをくれないなんてとんでもない!」などとトチ狂って戦争を仕掛ける準備をしてたとかなんとか……』
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