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ブルー「俺達は…」ルージュ「2人で1人、だよねっ!」『サガフロ IF】

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767 :続き 木曜日か金曜日のどっちか [saga]:2021/09/07(火) 02:59:52.46 ID:ZcOhC0Iy0

 火花を散らすナカジマ零式の修理が急ピッチで行われる中、[神威クラッシュ]の一撃で入った罅目掛けて
アニーが[刀]で突き剣の技を撃ち込む、刀身の先を罅のど真ん中に定めてからの迅雷が如き突撃…![稲妻突き]が刺さるッ


   アニー「流石に勿体ないとか言ってる場合じゃない、コイツはアンタにくれてやるよ!!」ギュンッッッ!ドスッ!

 グレートモンド動地の装甲に入った罅『 突き刺さったアニーの[刀] 』バチバチ…!


 闘気を纏い稲妻を帯びた彼女の武器を機動兵器の装甲に勢いよく突き立てる
木材に釘を一本軽く立てて槌で一発殴った時に似た浅く、それでいて深く先端が突き刺さり外れない様と言えよう


   ブルー「でかしたぞ!エミリア貴様の腕っぷしでアレを奥まで刺し込めッッ!!」


 武器を失い手ぶらになって後退するアニーとすれ違う様に銃をホルスターに収めたエミリアが
ライザ仕込みの体術フォームを取って突き刺さった武器に拳を叩き込もうと狙いを定める
 左足で一気に踏み込んで跳び上り、右手の指先に闘気を込めた一撃を[刀]の柄に叩き込んだッ!!


  エミリア「もうっ!!女の子に腕っぷしで叩けとかデリカシーゼロなんだからっ!!!」カッ!!


 女心の分からない指揮者に愚痴の一つでも吐き捨てながら窮地を脱する為の策通りエミリアは気を一点集中させた一撃
[短勁]を杭と化した戦友の武器に打ちつける
 刀身は分厚い[グレートモンド動地]の装甲の中へと更に沈んでいき柄から先端へと闘気の熱が伝導して機動兵器の内部に
ダメージが浸透しているのが罅割れの隅々から溢れ出す輝き、パキパキと硬い物が内側から砕ける音で分かった


  『うお"お"ぉぉぉ"ぉ"ぉ!?…うぐぐ、やるじゃねぇか!だがまだ終わりじゃねぇぜ!』


 どうやら[短勁]の熱はガワ全体だけでなく操縦席まで僅かに浸透したらしい、下位妖魔の悲鳴と苦しむ声が
スピーカー越しに聞こえてくる、機体は今の一撃で大きく仰け反り両腕は情けなくバンザイのポーズで静止
 同時に杭打ちの攻撃に耐え切れなかった外側のパーツがまたバラバラと落下していく


  ウィーン!!
        ウィーン!!

                   【 [鉄柱攻撃] 】



  鉄柱『 』ブォンッ!
       鉄柱『 』ブォンッ!


 機動兵器をドッグ奥へと連れ立ったあの巨大アームが足場の上に居る者達を左右から弾き飛ばさんと襲ってくるッ!
数は1つ、2つ所の話ではない間違いなく全員の身体に打身を創る事が確実…っ!


   リュート「うべっ!?」ドゴォ!!
    ブルー「ぐほ"ぉっ!?」ドガァッ!
   スライム「(;゚Д゚) ぶぶーっっ!?」ゲシャッ


 鳩尾に赤いロボットアームの爪部分が入る者、肩を鉄骨部分に当てられ脱臼する者、下顎から蹴り上げられた形の聖獣
左腕がぷらんとだらしなく垂れ下がった術士は右手で左肩を抑えながら被害の程を確認しようと周囲を見渡す
 敵はまだ何か手札を出し切っていないのだ…っ!戦闘不能者は居るのか?まだ戦える者はどれだけ残っている!?

 エミリアと武器を失ったアニーも[鉄柱攻撃]にぶち当たったが痣こそあれど動く事には問題ない、ゲンは額から出血
避けきれずにアーム部分の爪辺りで頭部を負傷したか、メカ組は…っ!?


 ここで青の魔術師は今まさにこの瞬間、鉄柱がメカ勢を襲うのを目撃した
T-260は金属音を響かせながら御手玉よろしくと飛ばされて床に2度ほどバウンドした、直ぐに起き上がった所を見るに
戦闘行為の継続に問題無し、―――――問題ありなのは…ッッ!!


    ナカジマ零式「あわわわわわわっ!不味いです不味いですよーーーーっ!」バチバチ

     特殊工作車「…っ!じ、自分のプログラムは修理中では身動きが取れませんっ」ジジジジッ
     レオナルド「この位置は不味い…!……くっ、後で直すから許してくれよ!」バッ


 同じタイプ6型に該当する機械を修理するメカでも素となっているボディ、武装が違うのと同様彼らの動きにも
多少違いがあった、修理の真っ最中は動けない特殊工作車と中断して動けるレオナルドの差、後者はボディ自体が完全に
レオナルド自身のオリジナルだからこそ迫りくる鉄柱を前にしてできた咄嗟の回避行動である

 回避できなかった2機は鉄柱の一撃でpzkwXの時と同じく盤上から放り投げられた…っ!

ガンガンとそこかしこに金属の塊がぶつかり合う音が下方から聞こえてくる、着実に此方陣営の駒は減らされていくッ!
768 :続き 土曜日か日曜日のどちらか [saga]:2021/09/10(金) 23:06:38.58 ID:0iN/7mw+0

 盤上から2機のメカを退場させた代わりに向こうも重装が取り払われた
グラディウス組の攻撃で壊れた装甲毎[鉄柱攻撃]を行ったアームが機動兵器を持ち上げて上方へと運んでいて
 四方八方から襲い来る鉄柱の対処に追われた彼らが一波乱を漸く乗り切った後には次の形態に移行した兵器が上から
足場へと降り立った頃であった

 [グレートモンド威力]…そう称される形態は神話の獣と違い次は4つ足ではなく2足歩行の限りなく人に近いシルエットだ

 ただ両腕の手首よりは松葉杖を持った怪我人よろしくとガトリング機銃が伸びていて肘に当たる部分には
[バックラー]タイプのシールド装甲、背部には展開式の折り畳み[ブレード]を収納

 肩には[ハイパーバズーカ]と威力という名を冠する通りの[レールガン]が装着されていたッ!



  『うははははっ!踊れ踊れぇ!死のダンスだ!!』ズガガガガガガガッ

 ゲン「クソッたれめ、本当に玉ねぎみてーなロボだぜ!剥いても剥いても中身が出てくらぁ」


 [バルカン]を撒き散らす巨大兵器に悪態を吐く、倒したかと思えば次の形態になって戻ってくるこのくどさ…!
両腕から乱射される豆鉄砲はまだどうにかなるとして[レールガン]の威力には手を焼く
 [ディフレクト]で弾こうとするが弾圧が普通に重い、自分の力を以てして確実に仲間を護り切れるかどうか不明瞭ときた


   T-260「敵の銃塔を破壊し行動の制限を図ります」ピピッ
 レオナルド「随分な兵器じゃないか、こんなのトリニティには無かったよ本当…っ!」


 倒せば倒す程に厄介さを増す敵の兵器にT-260とレオナルドが[多段切り]を決めようと接近を試みる
 

            『ぎゃはははっ、わかってんだよ!』

                【 [無伴奏ソナタ] 】

 ポロロロ…♪ ポロロロ…♪


 メカ2機が切りかかるのを読んでいたと謂わんばかりに"最速行動<ファスト>"で奏でられる電子音が辺りに木霊する
酷く耳障りで鼓膜が破けるんじゃないかとさえ思える大音量で発せられる特定コードを織り交ぜ込んだ音色


      T-260「!!! システムに異常あり、シス…ムに異……り!」
   レオナルド「こ、この周波数は、不味い、ぞ」ギギギッ

    『いい加減目障りなんだよッ!こいつで消えちまいな!』ガシャッ!


 メカの機能を麻痺させて"行動をスタン"させる特殊音波によって動かなくなる2機、彼らに目掛けて
肩に担がれた[ハイパーバズーカ]の弾が炸裂する
 機銃や[レールガン]に翻弄されて2機を直ぐには救援に向かえなかったゲン、同じくリュートやエミリア
失った武器の代わりをブルーから受け取るべく後退したアニー、[鉄柱攻撃]で受けた仲間達の回復に努めたスライム
 誰が居ても爆風で場外へ吹き飛ばされるメカ達を救えなかったのは仕方がない事だろう


     『厄介な屑鉄共は居なくなった、次はお前達の番だッ!』

    ブルー(くっ、レオナルド達が落ちたか…!!このまま人員が減るのは不味い何か無いのか!?)キョロキョロ!


 下位妖魔の叫びが聞こえた後[グレートモンド威力]のバズーカ砲は弦楽器の青年と剣豪の方向に向き始めた
それを見て術士は何か無いかと辺りを見渡し――――


 ブルー「…ハッ!アレだッ! スライム、エミリア!誰でもいい奴のバズーカ穴に入れろ![エナジーチェイン]!」バシュッ


  エナジーチェインの鎖『 不発に終わったpzkwXの[陽子ロケット弾] 』シュルシュルッ!ギュッ!
 ブルー「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」ブゥンッ!


 宙に投げ飛ばされる陽子ロケット弾『 』ヒューン!

  スライム「(。・`ω・) ぶくっッッ!!」ヒュバッ!タッ―――ガツンッ!


 レオナルドを庇って前に飛び出たpzkwXが先程撃った[陽子ロケット弾]ッッ!!不発に終わり落ちてコロコロと転がった
その弾を思念の鎖で縛り上げる、魔術の熱でジジジジッと嫌な音を立てながら熔解しつつあるそれを直ぐ様
上方へと投げ飛ばす、一角獣と化したスライムは脚力を活かして一気に飛び出し
 首を大きく振って額の[角]を使い黒煙が立ち上り出した弾をフルスイング!!

 下位妖魔が今まさに剣豪達目掛けて[ハイパーバズーカ]のトリガーを引こうとした瞬間でバズーカの発射穴へと
[陽子ロケット弾]の弾がゴールインを決めた…っ!
769 :続き 火曜日か水曜日 [saga]:2021/09/12(日) 22:45:45.59 ID:lm+HfbVY0

 暴発。 発射口にすっぽりと入り込んだ不発弾と[ハイパーバズーカ]が砲塔内で誘爆を引き起こす
当然の事ながらバズーカ砲は使い物にならない状態となり、機体全体が炎上していく
 既に分かり切っていることだがこの兵器最大の利点は装甲のパージが可能ということだ
勢いよく燃え上がる砲塔、肩から腕まで燃え広がるシールドやガトリング機銃部分を脱ぎ捨てて芯の部分、搭乗者の居る
コックピットを守ろうという行動に移る

 "動地"から"威力"へと変わる際には巨大[Tウォーカー]の格納庫のエリアで一旦止まったが
今回もまた更に一つ上に階層へといつの間にやら昇っていたようだ燃え上がる衣を脱ぎ捨てたメタルボディは
侵入者達と対峙した時と比べて幾分も小さくなった



 第1層、我らが侵入者御一行が[ワカツ]の裂け目から[モンド基地]へと乗り込んできた際の出入り口がある階層まで
舞い戻ってきたのだ…っ!

 身を大きく振り乱しながら燃える鉄塊と化したパーツをばら撒き敵を近づかせないようにしながらもアームに掴まった
機動兵器は正に"人"と表現するに相応しいシンプルなデザインと言えよう
 4本脚でもなければ無骨な重装甲と火器の怪物でも無い、"[巨人]と変わらぬサイズのシンプルな人型兵器と呼べよう"



   ウィーン!


 赤爪のアームがこの階層にでもあったのか布に包まれた"何か"を持ってくる…っ!
何も着飾らない機動兵器はそれを手にして勢いよく布を取り払う



 …それはモンド氏がかの"悪の秘密結社"と秘密裏に取引を行った末に開発した超兵器[バスターランチャー]だッッ!



 神話の半人半馬や重装鎧の怪物と違った平凡な見た目に反して"神"の名を付けた形態…[グレートモンド超神]
神を超えし者という製作者の傲りなのか、それともこの形態に移行することで
初めてマニピュレータが反応できる先述の超兵器を使えるからついた名称なのか…

 身に余る力を手にして天狗と化した下位妖魔は[ECM]の力場を掻き消す[カウンターECM]を作動させる
神超えし者の力を誇示せんが為だけに隠し武器の一斉射出の準備を始めたのだ


      『見るがいいこれぞ超神の姿だぁーっ!!』


 リュート「うげっ!?なんじゃあのミサイルの数はぁ!?!?」


 超神は大の字になるように手足を広げて仰け反らせる、カシュっと音がして人で言う所の腿、胸部、腕肩、背部
あらゆる部分から小型のマイクロミサイルが顔を覗かせていた
 操縦席で下級妖魔は感極まった声を上げながら[全弾発射]を行使した…っ!


―――――ボッッボボボボッ、ボッゴォォォン!


 場に嵐が吹き荒れる、透き通る水の雨粒の代わりに先端が真っ赤な小型兵器が火の尾を引いて彼らを包囲し
それでいて着実に逃げ道を奪うように包囲網を狭めていく様に降り注ぐ

 巻きあがる黒煙、吹き上げる火の粉、メカに比べて脆弱な肉体の人間やモンスターは熱渦に絡めとられ身を焦がす
その様を巨大メカの操縦席という鉄の揺り籠から彼奴は見下ろしていた
 この禍中で自分だけが絶対的な安全を約束されているのだと、ほくそ笑みメインカメラで小虫の舞は如何ほどかと眺める


  リュート「ぐっ、あぁ"、おい、皆無事、か?」ジュゥゥゥ

  エミリア「…生きてはいる、けど、ね」ヨロッ…

 舞い踊る炎と渦巻く爆風に手を引かれて踊りたくもない円舞曲を踊らされた面々は全身ズタボロの満身創痍
回復手段の[マジカルヒール]を使えるスライムも直撃を受け失神していて[バックパック]持ちの自身が起こさねばと
焼け爛れた片足を引き摺ってリュートが仲間の元へと進んでいく


  リュート(他の3人は…)チラッ


 青年は辺りを見渡す、得物を杖代わりに片膝をついているがゲンは未だ辛うじて動けそうだが
倒れ伏したアニーと指先は動いているが身を起こせないらしいブルーの姿が目に入る
 彼らも助け起こしたいが人手が足りない、スライムを一刻も早く起こさなくては…っ!


 『仲間を助け起こそうったってそうはさせねーよォ!!』 


 [全弾発射]後の黒煙を煙幕代わりにスライムまで近づこうとしていた彼を妖魔は決して見逃さなかった…!
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2021/09/15(水) 03:06:06.19 ID:8s8sXWN20
さすがに強いなあ
それにしてもモンドさんはどう思うんだろうこれw
771 :続き 金曜日か土曜日 [saga]:2021/09/15(水) 23:51:06.51 ID:jcX2QZWl0

 超神は[バスターランチャー]を振り回して弦楽器の青年を叩き潰そうと試みる、どうやら鈍器としても優秀らしい
普通なら故障の原因となり得る乱雑な扱いでも問題ないと言いたげにランチャーで相手の脳髄を真夏のスイカ割りかと
思うような全力の振り下ろし―――[ブレインクラッシュ]で潰そうとする


 『はっはっはーっ!ぶっ潰れちまえぇぇぇぇぇぇぇ!!』ブンッ

  リュート「うっ!?」

 さしもの楽天家も今度ばかりは不味いと死を覚悟するのだが…っ!


   ゲン「っうらああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」ダッ!ドガッ
 リュート「うわぁっ!?」ドンッ、ゴロゴロ…!


 片膝をついていたゲンが悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、死が降り注がんとする青年をその場から突き飛ばす
剣豪も青年も九死に一生を得るのだが、その行動が下位妖魔には気に障ったようだ


  『 ク ソ 死 に ぞ こ な い の オ ヤ ジ が ぁ ぁぁ !! さ っ さ と 死 ね や!!!』

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!


  ブルー「ぐっ……ハッ!なんだ、この熱量は!?あの砲身から…コレはいかん!!」ズズッ
  アニー「ぅく――――な、なに、あたし気を失って?…!? なにあのバカでかい光は!?」パチッ、バッ!?


 痛みから身を起こせない魔術師と飛んでいた意識が戻った女は剣豪に対して向けられた超兵器の輝きを見た
渦を巻く膨大な熱エネルギー、それこそ遠く離れている筈の二人にまで熱が伝わる程の異常数値
 誰がどう見ても一目で理解できた、アレは当たれば確実に死を招くと…!今までの攻撃とは次元が違い過ぎるッ!


 エミリア「――っ、ゲ、ンさん…!!」ヨロッ


 [バカラ]の[巨獣]戦で術士を救出したときの様に[スライディング]で横から掻っ攫って彼を救う事も考えたが
エミリアの脚は動かない、それは偏に負傷した足が思うように動かぬからか
あるいは超神の名に相応しい超破壊的エネルギーに委縮したからなのか…

 突き飛ばされ、そのまま転げたお陰で難を逃れ目標地点までの距離を一気に縮めた青年も当初の目的であるヒーラー
スライムを[最高傷薬]で助け起こし直ぐにゲンの方を見やる

                "もう駄目だ、間に合わない彼は助からない"

 誰しもがこの時同じ考えに至った。



                  【 [ バ ス タ ー ラ ン チ ャ ー ] 】   




 刹那、光が迸った

何もかもを飲み込む破壊衝動を体現した波動が渦を巻いて剣豪の身を包む、光芒に呑まれ…彼の、ゲンの精神は、途切れた



      リュート「っっ! ゲ ン さ ぁ ぁ ぁ ぁぁぁ ぁぁ ぁー―――ん!!!」


  エミリア「…そ、そんな」ガクッ
   アニー「嘘、嘘よ、こんなの…」
   ブルー「っ、ゲン……」グッ


 青年の悲痛な叫び、光が収まった後に黒焦げになった男が1人握りしめていた業物を手放して音もなく倒れる姿
それを見て膝から崩れ落ちる者、信じられないと言わんばかりに首を横に振り震える者
 短い間とは言え情が湧いていた男の最期に奥歯を噛みしめ怒りを覚えた者、…哀しみ、失意、否定、怒り、皆誰しもが
その順に心の奥から湧き上がる感情に困惑した、同時に本能で理解した

 仲間を失った悲しみと理解が追い付かないが故の虚無感、目の前の惨事への否定からソレは
徐々に引き起こした者への怒りに変わっていく、早い話が仇への復讐心だ


   アニー「アイツだけは許せない、絶対ぶちのめしてやる…っ」グッ!
   ブルー「…ああ、よかろうゲンの弔い合戦だ」キッ!

 青年と一角獣の回復を受けて立ち上がった仲間達が次々と闘志を燃やす、当初此処に来た目的なぞ最早どうでもいいッ
あるのは至ってシンプルな思考ッ!神を超えし者を自負する機動兵器に対する復讐心のみッッ!
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/09/16(木) 00:49:20.97 ID:FHuAMtVp0
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                  【解説 グレートモンド に関して】

 サガフロンティア、全7主人公(+リマスター版からヒューズ)の内リュート編に登場するラスボスの1人

 原作に置いてトリニティ政府への謀反を企てているモンド執政官が直接乗り込んで戦う大型機動兵器
 このラスボスは他主人公と違って各形態変化にHPが設定されていて、それを削り切ると次の形態に移行する特徴がある

 次作の卵にもその構造は継承されている、各形態にそれぞれHPがあり行動パターンも大きく変わる点まで

 HPを削り切ると鉄柱のアームがやってきてグレートモンドを回収、次の形態に変形した状態で戦線復帰してくる
 その際は足場の上昇中や実際に攻略してきたMAPの各階層で足場が停止したり地味に背景が細かい
 ちゃんとドックや[Tウォーカー]が映っている


 なお、グレートモンド戦は毎回5ターン経過毎に[敵の援護射撃]、[鉄柱攻撃]が発動するので戦闘不能者がいると
 LPが削られるので地味に鬱陶しい


・ グレートモンド驚天

・ グレートモンド動地

・ グレートモンド威力

・ グレートモンド超神

・ グレートモンド魂



 形態:驚天

 屈強な四つ足の巨大メカで一番最初に戦う形態
 最初の形態だけあって[バルカン]や[放射火炎]、[ミサイル]などそこまで脅威性は高くないのだが
 範囲攻撃の[超音波]また全体攻撃の[地響き]を行ってくるので油断のし過ぎも禁物

 [超音波]に関してはこの形態と"動地"までで以降はしてこないから早期に2形態倒すか精霊銀装備で完封すればいい
 [地響き]の方は驚天形態限定でしかやってこない技だから地耐性まで用意する必要は正直そこまでは要らない

 なお、死に際に[ECM]を使って場全体をミサイル無効状態にしてから動地形態に移行する


※ ……物凄く今更ですが、[ECM]はミサイル攻撃が必ずmissになる様にする効果であって
   陽子ロケット弾やナカジマ零式が飛べなくなるなんて仕様は無いです、当SSだけです


 形態:動地

 基本的には前の形態と変わらないが[ミサイル]や[バルカン]が無くなり、代わりに[ブレード]と[ふみつけ][突進]が追加
 そして[スプレッドブラスター]を撃ってくるため若干火力は上がっている脅威性もまだ高くはない為、十分に対処可能


 形態:威力

 ここから2足歩行の兵器に変化、再び[バルカン]をしてくるようになり
 新たに[レールガン]攻撃と[ハイパーバズーカ]が追加されるのだが正直に言うとこの形態も十分鍛えてれば脅威ではない


 形態:超神

 長い前座が終わって漸く本番に入った超神形態だが、これで特筆すべきは4ターンに一回
 必ず[バスターランチャー]を撃つ行動パターンが組み込まれていることだろう


 ラスボス固有の所謂、超必殺…グレートモンドに該当するのが[バスターランチャー]であり
 恐ろしい事に威力が 脅 威 の 4 桁 ダ メ ー ジ なのである!


 サガフロのシステム上、主人公達はHP999でカンストなので4桁ダメージなんて喰らったら確実に死ぬ

 防御力無視攻撃なのでいくらDEF<防御力>を装備品で高めても意味はない
 戦闘コマンドの防御でダメージを軽減はできるが普通に痛い
 また直線状の敵を巻き込むライン状の範囲攻撃なので対象キャラの近く(真横)、そして前後に居るキャラも
 巻き添えでダメージを受ける、流石に余波を受けるキャラまで4桁ダメージとまでは行かないが

 超神形態は初手で必ず[カウンターECM]を発動させて自身が最初の形態で発動させた[ECM]を掻き消し2ターン目で
 [全弾発射]を行ってくる、その後は[ヒートスマッシュ]、[ブレインクラッシュ]の打撃系を初め
 [突進]と[スプレッドブラスター]…それから[ビット]を飛ばしての攻撃が主となる

 これを撃破したら最期はいよいよ[グレートモンド魂]形態と戦えるのである

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773 :続き、明日か明後日 [saga]:2021/09/18(土) 23:08:51.43 ID:mupUKFgE0

    リュート「ブ、ブルー待ってくれ!」ガシッ

 術士が最大攻撃術の詠唱に入ろうとした時に声を上げて腕裾を掴む男がいた、彼の方を振り向けば彼は鞄の中身を
引っ繰り返した様にぶちまけて倒れたまま目覚めないゲンの身体を止血すべく包帯を巻いて医薬品の注射器を使用していた


   リュート「俺はまだ諦めちゃいねぇ!ゲンさんに[活力のルーン]を…[活力のルーン]を使ってくれよぉ!」

    ブルー「……その[最高傷薬]を注入しても意識が戻らんというのなら、…つまりは"そういうこと"だぞ」


 言外に、もう手遅れだとブルーは告げる

 例え人であれ妖魔であれ、モンスターにもメカのコアにだって生命力<LP>というモノが存在する
生きとし生ける者全てに存在する魂の輝きそのものだ
 魂が尽きた時、その者はこの世を去る…当たり前すぎる自然の摂理といえよう


 目を一向に覚ます気配の無い彼の意識は黄泉に居るのだと…っ!蒼き魔術師は「ゲンは死んだ」という言葉こそ使わない
だが二度と目覚めさせることはできないと、そう口にしたのだ…!!


 リュート「…ッッ!」グッ
 リュート「…。」


 リュート「…薬が回るのが遅いだけってこともあるさ[傷薬]で気絶したお前ら起こす時だって直ぐに目覚めないんだぜ」

 リュート「個人差だってあるかもしれねぇ………ブルー、頼むよ」


  ブルー「……。」


  ブルー「万物の慈母神の名の元に生命を繋げし印を刻み錫―――[活力のルーン]」フォン!フォン!

 リュート「…!ブルーっ!」


  ブルー「スライム!貴様はコイツ等に付き添ってやれ、お前がコイツ等を守るんだ!」
 スライム「Σ(・ω・ノ)ノ! ぶっ、ぶく!?」


  ブルー「…。」スッ

 蒼き魔術師は途切れ掛けの生命の線と線を繋ぐ守護印を剣豪に掛けて一角獣も護衛につけさせた
それから――――無言でリュートの[バックパック]を拾い担ぎ上げる


   ブルー「貴様は戦うな、ここに居ろ…………今の貴様では足手まといだ」フイッ
  リュート「ぅ…」


 声に感情は乗っていなかった、怒りでも呆れでも哀れみも失望でも何も無い、無機質な声で告げられた戦力外通知
いや…もしかしたら敢えて声に感情を乗せない様にしていたのかもしれない

 床に散らばった幾つかの医薬品をかき集めるでもなくそのままそこに残して大分軽くなった[バックパック]を背負い
蒼の術士はそのまま苦戦を強いられているグラディウス組の元へと走り出す


   ブルー(…チッ、俺もヤキが回ったか!?)タッタッタッ!


 誰がどう見ても助かる見込みなどない、だというのに自分はなんなんだ!?
1分1秒を争うこの重要な局面で無駄に時間と術力を浪費して[活力のルーン]を刻み、あまつさえ貴重な戦力と
戦線維持のヒーラーであるスライムを護衛につけさせるなどと…っ!!全滅すればゲンが身を挺して仲間を救った事も
その仇を討つ者もいなくなり全ては無意味になるというのに…ッ!


 この時、術士はまだ気付いていなかった…。


 自分でさえ非効率的と思ったのに何故か剣豪へのルーン付与やスライムを残した事への戸惑いと
 全滅すれば"仲間の仇を討つ者が居なくなる"という目的自体が祖国を護る事でも自身の生還でもない事実…







 今この瞬間だけは目の前の機動兵器を放っておけば祖国のキングダムにも影響が出る事や生きてルージュと出会って
決闘を果たすという己の使命でさえも忘れて、ただ純粋に"仲間"の事だけを行動原理にして動いている自分自身に…っ!
774 :次 金曜日か土曜日 [saga]:2021/09/20(月) 09:24:17.03 ID:NvYLWv8a0
―――
――


 背部からの[スプレッドブラスター]と射出された[ビット]によるビーム攻撃でグラディウス組を追い込んでいく
青空色の輝きが拡散からの収束へ、不規則な機動で死角に回り緑色の光線を撃ち出す子機
 厄介な2色の光条は流れては身を掠め、時には躱しきれずに肌を焦がしていく


  ビット機×4『 』ビュンッ!ビュンッ!
  エミリア肩『』バジュゥゥッ!


  エミリア「あぁっ!?」
   アニー「エミリアっ!――ぐっ!?このっ」サッ、ビュォッ


 左肩を焼かれて苦悶の表情を浮かべた年上の後輩に声を掛けながら黄金髪の女は飛んできた光を躱し様に[飛燕剣]を放つ
ビット機を1基潰したがまだ3基残っている、踊る様にクルクルと獲物を取り囲むハイエナの様にグルグルと宙を舞っている


    ブルー「爆ぜろ![インプロージョン]」


  ビット機×2『』ドゴォォン!


   アニー「来るのが遅い!」
   ブルー「わかっている!!――エミリア、使え!」ブンッ


 一気に2基まとめて[ビット]を破壊した術士はリュートから取り上げた[バックパック]から[最高傷薬]を取り出して
被弾の多いブロンドの女に投げ渡す、それを受け取った相手は直ぐ様患部に使って残りの1基を撃ち落とした
 止血や鎮痛だけでなく気付け薬としても効能があるこのご時世の回復薬だ、痛みで意識が霞みかけていたが集中力を
取り戻してからの射撃はビット機が光線を放つよりも先に核の部分を撃ち抜く


  エミリア「リュートは!?」

   ブルー「奴は来ない、それよりも前に集中しろ来るぞッ!」


 来ない仲間の事を問う女に対してリュートは来ないとだけ返し、目の前の機動兵器に集中しろと叫ぶ
言われて顔を向ければ彼奴の手にはこの宇宙開拓時世に開発された[最高傷薬]でも目覚めぬ程の大怪我を
ゲンに負わせたあの忌々しい[バスターランチャー]が向けられていたッッ

 その威力を目の当たりにしたが故に彼女も当然身構える…!しかし相手はそれで此方を狙い撃つでもなく天井へ向ける


  アニー(撃ってこない…?)


カシュッ!
ブシュー――――ッ!!


 天へとランチャーの砲身を向けた[グレートモンド超神]は排莢式ボルトアクションでもする様に手を動かす
するとどうだろう、夥しい程の熱が砲から抜けていくではないか
 湿度と気温の高い真夏日にアスファルト上で見かける陽炎現象が発生していることから
その熱量がとんでもない物だというのは解る、光の屈折を曲げて景色がゆらゆらと揺れて見える程の超高温の空気


   ブルー(あの兵器…威力が高いがその反動で熱が篭る、だから排熱が必要で連発で撃てないということなのか?)


 1発撃つ度に排熱処理をしなければ砲身自体に熱が溜まり続け暴発<コッキングオフ>を引き起こすのではないか
そう考えれば自ずと相手の隙、反撃のチャンスは見えてくると術士は考える


      『休む暇なんて与えねぇ、コイツを喰らいやがれ!』


 ランチャーの排熱をそのままに燃える様に熱い砲身を機動兵器は振り回す、それは[巨人]が使っていた
[ヒートスマッシュ]と同じ威力と言えよう



       「させませーん!喰らいやがりなさーい[神威クラッシュ]――!!」ビュオォッ!ドッコォォォッ

       『ぐおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!?』グラッ


 超神が[ヒートスマッシュ]を叩き込む為に振り上げた右腕に何かが突っ込んでくる
捨て身の一撃を放ったのは…っ!
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/09/22(水) 06:43:56.64 ID:tpAm7SOO0
神威クラッシュすき
776 :>>1 [saga]:2021/09/25(土) 21:54:52.49 ID:Tq8HJ+On0
すいません、続きは明日に変更で
777 :続き 火曜日か水曜日 [saga]:2021/09/26(日) 23:46:43.72 ID:nv2r/qlS0

 機動兵器に捨て身の一撃を放ったのは古めかしい戦闘機に似たシルエットの仲間、ナカジマ零式だったのだ…っ!
侵入者に対して死の裁きを行う瞬間に待ったを掛けた闖入者の姿に敵も味方も眼を見開く


      ブルー「零式、貴様は墜ちて行った筈―――」

 特殊工作車共々に[鉄柱攻撃]の餌食となり盤上からつまみ出された、確かに彼は飛行能力を有したメカではある
ならば自力で戻ってきたと言われても不思議ではないが、今彼らが戦っている可動式の足場はそれなりの速度で上昇
最下層から一気に入口付近まで浮上して更に右だの左だのとフロア内を忙しなく動いているのだ

 目標地点自体が常に動いているし速度も相当にあると来た
零式が如何に飛べるとは言えこうも忙しなく動く足場の行き先を事前に特定して合流できた説明が付かない

 それと全く同じ考えに至っているのか、超神も戦線復帰を果たした敵の一味に動揺を隠せないでいた


   ナカジマ零式「おーっと!私だけじゃあ〜りませんよ!」

 墜ちた筈だ、そう問いを投げた蒼き魔術師の言葉を遮る様に紡がれる陽気な機械のメッセージは彼らに更なる驚きを齎す


 ヒューン!

 ヒューン!
 ヒューン!
 ヒューン!
 ヒューン!!!!!

    エミリア「っ!?何アレ!?なんか小型の特殊工作車みたいなのが大量に降ってきたんだけど!?」

 真上からいっそ気持ち悪いと感じられる程の集団が…っ!小さな蟻、あるいは子蜘蛛の大群か
わらわらと"特殊工作車瓜二つの小型メカ"が大量に降り注いでくるではないかッ!
 小さな機械軍は超神の身体に激突や武器を持った隠し腕で攻撃をしていく、蜂の巣を落として
蜂に集られた様な状態と化した超神は手やランチャーを動かし振り払おうとするが物量的にそれは不可能で


   小型工作車『 』…ジジジッ!ボッコォン!


  『ぐおおおおおおぉぉっっ!?爆発しただとぉぉぉ…ハッ!わかったぞこれは[どっきりナイツ]か!?!?』


 ―――[どっきりナイツ]、メカのプログラムの一つであり内蔵された超小型メカが大量に飛び出して自爆特攻していく
対空型の戦闘攻撃の手段である、夥しい量の小型メカが一斉に火を噴き始め、さしもの超神も身体からは煙が噴き出す
 そして打ち止めと謂わんばかりに最後にもう1体、隠し腕の剣を振り回しながら降ってくる

 小型メカではない"本物の特殊工作車"が。


 特殊工作車「やられたからにはやり返させてもらいますよ![多段切り]」ズババババババッ!

 ナカジマ零式はまだ飛べるメカだからと言われれば納得も行く、そしていよいよ以て彼の登場で混乱が深まった
飛べもしない工作車がどうやって下の階層から上層のここまで…いや宙を縦横無尽に動く戦場に降りたてたのか
 pzkwX程ではないにしろ中々に重量のある身だ、零式に跨って飛んできましたなんて話じゃ辻褄が合わない
一応運搬自体はできるがメカ1機分の重し付きじゃ速度が出ない上に短時間飛行しかできない

 普通に考えてここまで来れる筈が無い。


                   「彼だけじゃないさ!」


 真上から2機のメカが同時に落ちてくる、どちらも[剣闘マスタリー]にプログラミングされた
達人の動きを模した剣技を仕掛けながら

 レオナルドが超神の右肩から左脇腹に掛けて、T-260が超神の左肩から右脇腹に掛けて
お互いにクロスしてXの字になるように切り付けていくッ!


  レオナルド「やっほー!驚いたかい?名付けて二人技でエックス切りなんてどうかな!なんてね」

    アニー「レオナルドさんまで一体どうやって!?ってか上から降ってきた!?」

  レオナルド「あー…説明するとちょ〜っと厄介なんだけどね、 "ある人" に助けられたっていうか、ね…」

  レオナルド「ゆっくり説明したいとこだけどまずはアレを倒さないとだね」


 魔術師は彼らが"上から落ちてきた"ことから天井を見上げた、既に足場が通り過ぎた地点だが天井の通気口ダクトが
破壊されて大穴が開いているのを目視した、丁度メカか何かがぶち破って出てきた様なサイズの大穴が

   T-260「ゲン様…は…?」キョロキョロ

778 :続き金曜日か土曜日 [saga]:2021/09/29(水) 23:38:54.53 ID:qMAP0Hrh0

 T-260は幾人かの仲間がいないことに気が付き首を回す
そして丸いレンズ越しに焼けたゲンの姿と彼に対して処置を行うリュートとすぐ傍のスライムの姿を認識した


 T-260「ゲン様」

 アニー「…そこのデカブツにやられちまったのさ」



 T-260「……。」

 T-260「優先任務を変更、優先順位度C級、目の前の搭乗型メカを破壊せよ」クルッ


 結論を出すのに心なしか、ほんの僅かな間があった
そして倒れた仲間に背を向けて丸いレンズは超神を見据え、両腕の得物を構えた

―――
――


   リュート「くそっ…!諦めねぇぞ俺は!」ゴソゴソ
   スライム「(;´・ω・) ぶくぶく!」パァァァァ…!キラキラ


 床に散乱した医療道具を剣豪に使い続ける、傍らのスライムもまた奇跡の輝きをゲンに浴びせ続けた
然し、剣豪は目を覚ます気配は一行に無い…


  リュート「ゲンさん…帰ってきてくれよ、この基地から無事に出たら酒盛りをするからさ…」

  リュート「俺も精一杯盛り上げるから、仕事明けの一杯の音頭取るのはアンタみたいな人じゃないと駄目なんだ」

  リュート「だから…頼むよゲンさんッ」

――――――
―――――
―――
――




    - ……あ"? ここ何処だ、俺は今何してんだ? -

    - 確かでけぇ機械の攻撃を喰らって…俺は -




   「おお!ゲンの親父じゃねぇか、こんな所で寝そべって悪酔いでもしたかよ!」



   ゲン「……あ"?」パチッ



   「あー、ゲンのおっちゃんがまた床で寝てるよ!おっかぁが言ってただ!地べたで寝てると牛になるって!」


   ゲン「……ぁ」ムクッ、キョロキョロ…



ワイワイ、ガヤガヤ



  「さぁさぁ、寄ってらっしゃい!団子はいかがかねー!何処の"惑星<リージョン>"にも負けない[ワカツ]の団子だよ」

  「ガハハ!今度の剣術大会誰が優勝するか賭けねーか!俺はセキシュウサイだと思うぜ」
  「やめとけ、やめとけ!おめぇいつも賭け外すじゃねっかよ〜」

  「最近は剣聖の間に挑む奴もめっきり減っただなぁ、オラ達の若い頃はもっと居ったにのぅ」


   ゲン「――」


 剣豪はその光景に開いた口が塞がらなくなった、まだぼんやりとする意識の中、彼が見たのは在りし日の――
まだ滅ぶ前の[ワカツ]そのものだったからだ、女も子供も老人も顔見知りのダチも誰も彼もが生きて動いていたのだから
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/02(土) 23:55:55.43 ID:VoT6ejD20

 人間自分が理解できる範疇から脱した状況に陥ると思考は止まるという
何が起きているのか状況を把握しようとして一気に多くのモノを見て聞いて考えて、その結果の情報過多で整理仕切れない
 滅んだ筈の故郷があの頃の儘に残っていて、骸になった知人達をこの目で確かに見た

 だが、確かに彼は目にしているのだ嘗てあった筈の何でもない、けれど幸せないつもの日常風景を


  「おうおう、サナダのゲンよ!おめぇ何昼間っから幽霊でも見たようなツラしてんだぁ?」
  「どうせ昨日も行きつけの店で飲んでたんだろうよ、酒も程々にしとけよな身内にまたどやされっぞ」


   ゲン「あ、あぁ…わりぃ」



 死んだはずの人間だ、きっとこれは本物ではない、まやかしの類だ。―――だから耳を傾ける必要もない


 そう頭の片隅では考えていたのに糞真面目に幻相手に一言詫びてしまった
…それがあまりにも"生前と変わらぬ自然なしぐさだったから"、生きてる人間と何一つ変わらなかったから




 生前の、本当に生きてる人間と、何一つとして、変わらなかった、から…




    「なぁゲン、お前は今度の剣術大会に出るのか?今年は大名も天守閣から降りてきて観戦するんだぜ」
    「今年は中々の強者揃いだからお前が出てくれりゃあ更に見所も増すってもんさ」


  ゲン「……」

  ゲン「俺ぁ夢でも見てんのか…」


    「はぁ?」
    「何言ってんだお前、まだ酔いが残ってんのか?」


  ゲン「っ![ワカツ]はもうねぇんだ!トリニティに滅ぼされて俺は…俺はなぁ!!!」


    「?? あー、お前さん本当大丈夫か?いくらなんでも悪酔いしすぎだって、な?」
    「どんな夢みてたかしらねぇけど、深酒はやめとけよな〜」



 友人二人は変なモノでも見たと眉を顰めて大通りへと歩いて行く、後には剣豪だけが残される



    ゲン「……"夢"?」

    ゲン「……ははっ、これはアレか、そうか…」





    ゲン「人間が仏さんになる前に見る走馬灯って奴か、いや、それともここがあの世ってことかな」



 それは護るべき風土も家族も、忠義を誓っていた主君も全てを失って未来に絶望し酒で世界を暈すしかできなかった男に
どこまでも優しい甘美な世界だった

 甘美すぎて、吐き気すら込み上げてくる甘い美毒だ






    ゲン「……けど、まぁ」

    ゲン「なんだ、その………これも、これで悪くねぇ、か」フゥ


 剣豪は静かに目を閉じて、息を吐き出す
        ―――独り生き延びてこれまで貯め込んだ全ての苦悩を吐き出す様に、美毒の味を肺一杯に取り込む為に
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/02(土) 23:56:51.53 ID:VoT6ejD20


  "これでいいじゃないか"
  "もう此処が自分の終着点でも良いじゃないか"
  "疲れた"




  "自分も同胞、友、家族の元へやっと逝ける"
  "もう縛られる必要も無い"
  "やっと終われるんだ"





 自分はあの一撃で死んだのだ、戦いの果てに殉職を果たしたならば潔く死を受け止めるのもまた剣士としての筋だろう

 自分にこれから先も独りで亡んだ故郷の人間の想いを背負って生きていく必要性があるのか、もう疲れてしまったよ

 自分も同胞達と共に安らかに眠れる、この夢の中で彼らとまた幸せな夢を見続けていく事を誰に咎められようか




 妥協、諦め、願望、望み―――剣豪の中でいくつもの考えが、いくつもの感情が湧いて出ては渦を巻いていく
人間という生き物として誰しもが思う感情、誰しもが一度はそうなる考え方

 茨の道よりも楽な道を通れるのならば、楽な方へ楽な方へと流されていきたいと思う心


 誰だって苦しい思いや辛い経験はしたくない、目の前に恐ろしい試練が待ち構えていたとして避けて通れるなら
逃げ出そうとあらゆる手を尽くすことだろう

 感情の生き物だからこその行為だ、それを咎める権利がこの世の何物にあるというのだろうか?あるとすれば神であろう








   ゲン「…」スゥ

   ゲン「おーい!待てよ!待ってくれよ!お前ら、剣術大会の参加だろ!だったらよぉ――――」タッタッタ…!



 懐かしい故郷の匂い、自分が好きだった土に香り、自分が好きだった木造の建物の匂い、自分が好きだった風の肌触り
自分が好きだった屋台の焼き物の匂い、自分が好きだった街並み、自分がなにより愛してやまなかった同郷の仲間達

 大きく息を吸い込んで、剣豪は……[ワカツ]のゲンは素朴で、人情に溢れていた人々の雑踏の中へ入ろうと駆けだした
























                    "それでいいのか?"




 不意に、問いかけるような自分の声が頭の中に浮かんできた。
781 :続き明日か明後日 [saga]:2021/10/02(土) 23:59:01.30 ID:VoT6ejD20


 幾ら振り返っても、望んでも、何を犠牲にしても戻らない時間の中に、まやかしの希望に駆けだそうとした脚は止まった


  ゲン「―――」ピタッ


   「んあ?なんだサナダの…参加する気になったのかよ」
   「やっと酔いが醒めたのか? 皆こっち来いよ!朗報だぞ!ゲンの野郎が大会に出るってよ!面白くなってきたぜ」

   「本当かいゲンさん、なら精をつけてもらわなくっちゃね!ウチの団子サービスするよ!」

   「ゲンの親父がか!?こりゃあ今年の大会は誰が優勝すっかわかんねぇな!」ダハハ!
   「こいつぁ良い!賭けも熱くなるってもんだ!まっ!勝つのはセキシュウサイだろうがな!」
   「何言ってんだい、ゲンのおっちゃんの方が強いに決まってらぁ」

   「なら坊主はゲンが勝つって思うだな?」

   「うんにゃ、ソウジ兄ちゃんが優勝すると思う」

   「そこはゲンさんが優勝っていうとこだろ〜が!」


 アハハハ! ワイワイ! ガヤガヤ!


 心地の良い声が聞こえてくる、居心地のいい騒がしさが






                   -くそっ…!諦めねぇぞ俺は-

        -ゲンさん…帰ってきてくれよ、この基地から無事に出たら酒盛りをするからさ…-

     -俺も精一杯盛り上げるから、仕事明けの一杯の音頭取るのはアンタみたいな人じゃないと駄目なんだ-





 自分を呼ぶ声が聞こえる、泣きそうで必死で、それでいて…自分を、剣豪に帰ってきてもうらことを諦めない声が



  ゲン「…。」
  ゲン「俺はな、酒が好きなんだ」ボソッ

  ゲン「酒に酔っている時は嫌な事も辛い事も全部忘れられてよ、世界もまともに視ずに済めたからよ…」




    「どうしたんだよ?そんなとこで立ち止まって、早く俺達の所に来いよ」
    「…ゲンのおっちゃん?」キョトン
    「ちょっとゲンさんどうしたいんだい?ウチの店近いからお冷でも持ってくるかい?」




  ゲン「昔はそりゃあ純粋に酔うこと自体が楽しかった、でもな何時しか"逃げる"手段になってたんだなって気づいた」

  ゲン「今、俺が見てるコレも酔ってる時に見てる景色と同じでただ逃げてるだけ、いや…違う!」


  ゲン「目を背け続けただけなんだって、そうやって誤魔化してたからすぐ近くで輝いてた奴らさえ見てなかったのさ」



   - ゲンさん! T-260Gの事をお願い! T-260G!お前もゲンさんと協力するんだぞ隊長命令だぞ! -
 - ゲンさんお酒は飲んじゃ駄目よ!体に悪いんだからね! それとタイムのことを助けてくれてありがとうっ!-




 辺境の土地で顔見知りになった住人達の顔が浮かんでくる、リージョン界を彷徨う様に渡り歩き、そして迷い辿り着いた
辺境の"惑星<リージョン>"にある村の気の良い連中や子供達の顔だ

 よそ者の自分に対しても何ら変わりなく接して、いつしか居心地がよくなった場所、身内も誰も居ない自分を案ずる人達
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/10/03(日) 05:44:49.02 ID:pVW22lmy0
在りし日のワカツにLP1っぽい人が
783 :続き明日か明後日 [saga]:2021/10/04(月) 04:11:04.77 ID:dcYj9DGE0

 帰れる家なんて無いし、帰りを待っていてくれる家族も友も何も無い
自分には行く当てだって存在しない、永遠の根無し草になったもんだと彼は思っていた


 知り合いも何も無く自分という人間を知る者もいないのならば、それはしぶとく現世に揺蕩う亡霊と変わらない


 居ても居なくても誰も困らない人間、誰に悟られるでもなく何処ぞの街の路地裏なりで行き倒れて死んでいても
身元不明の死体がそこにあったとされるだけで誰かの生活や人間関係に何ら影響を及ぼしもしない
 ある意味に置いてゲンという人物は生きてなどいなかった
月並みな言葉だが人間明日は明日の風が吹く、だから辛い目に遭っても酷い事件があって前を向いて行きましょうねと
酒好きでどんちゃん騒ぎが好きな酔っ払いだからと表面上しか知らん者からすればもう過去の事を割り切って
彼は前向きに生きているのだろうと勘違いしがちだが実はそうじゃない

 酒好きなのは事実だが、自分を見失う程に酒で溺れるているのは"今"を直視できないから

 何度でも言うが、彼にとっての酒は現実逃避の手段で酔いながらも
「こうやって生き延びていればいつかは復讐の機会が来るかもしれない」そんな牙をずっと忘れちゃいないんだ



 前を向いているようでその実は後ろばかりを見ていた、それがゲンという人物でもあるのだ



 本当は彼が気が付いていなかっただけで、"彼にはもう彼自身を案じてくれる身内や帰れる場所はある"のだ

 何気なく知り合った辺境の子供と一言二言話して、顔を覚え名前を記憶できたならその時点でそれは赤の他人じゃないし
行き着けの店でいつもの奴を飲ませてくれといえば"いつもの"でオーダーが通る
 それだって見かたによっては新しく出来た帰ってこれる場所とも言える、自分という存在を相手が認識して覚えてくれた





 帰れる居場所も友人や身内の様に思える者達との間で築く人間関係も結局の所、時と共に新たに構築されていく物なのだ




 亡びて消え去っても"人"が生きている以上はその人が新たな土地へと旅立ち、名も知らぬ誰かと出会い言葉を交わし
やがては知らない人じゃなくて知っている人へと変わっていく


 知り合いに死んで欲しいなんて思う人間なんざこの世に存在しない、仲の良かった奴なら尚更の事だ




   ゲン「俺も、できる事ならお前達と共に逝きたいさ」

   ゲン「でもよ、"あの世<そっち>"に行かず"この世<こっち>"へ俺に帰ってきて欲しいって奴が居るんだ」

   ゲン「だからよ…すまねぇ、まだ俺はお前達と逝きていくことはできねぇ、俺はまだあいつ等と生きていくさ」



    「………。」
    「………。」
    「………。」


    『それが其方の答えだな』カッ!!


   ゲン「何!?うっ、眩しい!?」


 同郷の仲間達の背から突如として強い光が射す、ゲンはその後光に思わず目を瞑る
目が眩むような強い光と聞いたことの無い声色に警戒心を一層強め、すぐ動ける様に身構えながら光が収まるのを待った


   ゲン「―――!なっ、なん、だ…ここは"剣神の間"だと…っ!?」キョロキョロ


 滅亡する前の[ワカツ]の城下町に居たと思えばボロボロになった空襲後の、つい最近訪れたばかりの剣神の間に
彼は立っていたのだ…!そして、退魔の赤紐で封印を施された"剣神"もまたそこに居た
 矢も槍も突き刺さっていない剣神がジッと剣豪の顔を見つめていた


―――
――
784 :続き明日か明後日 [saga]:2021/10/06(水) 14:52:31.85 ID:A1VbM/RG0

  ドガガガガガガッ!ズバァッ――バチバチバチィ


    『ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…っ!?!?!? ば、バカな…俺は"力"を手に入れたんだぞォ!?』

  『神にさえ手が届く力をッ!超神のパワーを持った!!だのに、何故だ!?こんな虫けらどもにぃー―――ッッ!』


 操縦室で[ワンダードギー]は吼えた、彼の駆る超神は世界を蹂躙して支配できる力があるといっても過言ではなかった
だが、どれほど強い力であっても"個"であってはできることに限りがあるのだ
 如何に優れた英雄であれど多くの兵の連携の前には倒れ伏す可能性がある、いつかの時代の何処かの誰かが残した名言だ
自身を弾道に見立てた特攻アタックとプログラムに合わせた剣の達人特有の動きで切り刻むメカ集団
そこに元モデルの跳弾が出来たばかりの切り傷や特攻での破損部分に的確に撃ち込まれ
 仲間達が詠唱時間を稼いだ事で唱えられた[ヴァーミリオンサンズ]が機体の全身に突き刺さる

 トドメの締めとばかりに武器を手渡されたアニーの[デッドエンド]が超神の頭を叩き切った


 その結果が、今火花を散らして全身が崩れ始めた超神の姿である



 操縦席の計器やモニターも火を噴き出し、スパーク走る操縦席内は嫌でも敗色を搭乗者に知らせる
神にさえも手が届く武力を手に天狗になって居た野心家は認めたく無かった、自分は絶大な力を手中に収めても
何一つ成し得ない、何者にさえも勝利できない屑で終わるのか!?と


 パキッ!硝子に罅が入った様な嫌な音がしてまだ生き残っている液晶画面以外に光源が無い操縦室に光が僅かに射す
外がどれだけ炎上してもどれだけの兵器を撃ち込まれても搭乗者だけは絶対の安全を確約するシェルターとして機能する
コックピットに亀裂が入ったのだ…ッ!


 ここに来て鋼鉄の揺り籠に護られてきた彼は戦慄する


 機動兵器の最大の欠点はそれを動かす搭乗者本人に他ならない、如何に強固な鎧を纏っても鎧の中に居る人物が死ねば
鎧はただの動かぬ鉄塊にしかならない

 殻を破られた後に残るのは弱点剥き出しになった兵器への無慈悲な飽和攻撃だけである



   『あ、あぁぁ…あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』


 取り乱しスパーク飛び交う室内で操縦桿を握る、腕が焼けようと構うものかと[バスターランチャー]を構える
先程から撃てども撃てども頑丈さが売りのメカ達が前に立ちはだかり影に隠れる人間組を致死に至らすことができない
極大波動砲のエネルギーで後ろに隠れる人間達を焼くことは確かに出来てはいるがそれでも威力を殺されるのだ
 そして人間と違ってメカは倒れても直ぐに修理されて立ち上がる

 盤上から追い払った厄介極まりない不死身の戦士達が戻ってきた辺りで完全に戦局は変わった



  『クソッ、クソ、クソぉぉぉぉぉぉ………ぉ、ぉ、お?…おっ?』カチカチカチ



 ……[バスターランチャー]が機動しない。


 半狂乱状態でトリガーを引くも、頼みの兵装が稼働しない
否、ランチャーを持った腕が動いていないのだ…ッ!――――それに気が付いたと同時に金属が軋む嫌な音が聞こえて
"腕が完全に落ちた"、言葉通り落ちた、だらしなくブランと腕を下すとかそうじゃくて、肩の部分から壊れて落下した

 次にズシンと機体全身が沈んだ、遊園地の絶叫系のアトラクションで身体少しだけ浮いたと思えば急降下で贓物が上下に
振り回される感覚を下位妖魔は味わった

 脚が完全に外れたのだ。


 肩から先も腰より下の半身も完全なくなり胴を護る装甲さえも壊れて、本当にマシンの骨組みだけ…
不格好な鉄の丸太と化した胴体の上部に辛うじてまだ胸部装甲が残っている操縦室と[デッドエンド]の一撃で
頭部のフェイス装甲が砕け散りツインアイ式のカメラ等が剥き出しになった顔が露わになった姿だけだ

 もう超神でも何でもない、憐れなマッチ棒が一本辛うじてそこにあるだけである


  『〜〜〜〜〜〜っ、俺は…俺様は力を手にいれたんだ…俺は負けないんだ、俺が負ける訳がねぇぇぇんだ!!!』


 ……骨組みだけの胴体に頭でっかち、もう誇れる物も何もない搭乗者そのものを体現したような姿
借り物の力を、いや盗んだ力をさも自身の物の様に振り翳した男のメッキは剥がれ等身大の、"魂"だけの姿となった
785 :続き明日か明後日 [saga]:2021/10/08(金) 14:55:10.05 ID:zZLdT9J10

 直後、これまでで一層激しい[敵の援護射撃]が飛んでくる
常に上方目掛けて移動し続けた足場はブルー等が一度も足を踏み入れたことの無い区画へと来ていた
彼らの潜入経路には無かった[モンド基地]の兵器カタパルトエリアだ

 考えてみればそうなのだが、これほどの巨体を誇る機動兵器は普通に侵入者一行が通ってきたような[ワカツ]の亀裂から
出入りすることなど不可能だ
 どこかに基地内から天井の隔壁を開いて出撃する為の場所はあって然るべきなのだ


そんな要所だからか、此処には他の階層以上に天井に取り付けられた機銃が多くみられる


 恐らくは何らかの理由で敵に基地が発見されて地上と地下基地とを隔てるシャッター隔壁を壊されても侵入を阻む為
その為に集中して火線が敷かれるようになっているのだろう



 これまでに例を見ない激しい[敵の援護射撃]で手を出し切れない合間に壊れた[グレートモンド超神]は鉄柱アームにて
運搬され、そして――――何とも言えない姿で帰ってきた







         一言で形容するならば"不格好な蜻蛉<トンボ>"、それがしっくり来る言葉だった




 細長い棒状の胴体から四本の鉄パイプかと思いたくなるこれまた細長い手足…いや、手足なのかさえ分からない
先端にそれぞれ向かって右下から[ハイパーバズーカ]の砲門、左下に[バルカン]と[レールガン]を切り替えて使える機銃
右上と左上に向かって伸びてる細い腕の先には反重力装置が付いていてそれでバランスを取りながら飛んでいる

 4つ腕をバタバタさせて必死に重心を取り飛ぶ様は蜻蛉の羽を連想させる、見苦しくも何処か必死な姿
その異常なまでの執念深さに憐みよりも恐ろしささえ覚える


 不格好な蜻蛉<トンボ>は胴体に[バスターランチャー]を括りつけて直接エネルギー炉と連結させ超神であった時よりも
早くエネルギーの充填を可能にしてた、脅威の波動砲はこれまで以上に早いスパンで撃ち出してくることだろう



    『はぁはぁ…てめぇら、よくもやってくれたな、俺の、俺の野望を…!!!』


 秘密兵器はものの見事にボロボロ、仮にこの戦闘で下位妖魔が彼らに打ち勝ったとしてこれを元通りに復元するのに
どれだけの資源物資と資金が必要になるのか、超神形態まで残っていたならまだしも完全にただの骨組み状態になった今
復元というよりほとんどゼロからの作り直しに近い

 元々が浮浪者でしかなかった下位妖魔に資金も人材の伝手も無い、彼の野心は泡沫と化したような物だった



 細長い胴体の先端についていた胸部装甲の左右に取り付いている2門の反重力砲から橙色と藍色の光が灯る
二色の光が螺旋状に交差して伸びていく[反重力クラッシャー]が援護射撃から人間組の身を護る様に固まっていたメカ達に
炸裂し彼らを吹き飛ばす

 半ば自棄にでもなっているのか、[レールガン]に[ハイパーバズーカ]を手あたり次第に乱射していく



    エミリア「ぐっ、こんなめちゃくちゃな攻撃…っ!」


 正確さも何もあったもんじゃない無茶苦茶な攻撃、それ自体を避けるのは訳なく反撃も仕掛けられたのだが…


  ガシャッ!!



   『燃えカスになりやがれええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!クソッタレがぁあああああ!!!』



 カメラ撮影用の三脚脚立の様な脚が[バスターランチャー]から伸びてしっかりと[グレートモンド魂]が固定される
搭乗者の怨嗟が込められた波動砲の圧倒的熱量が今にも放たれんと…!
 その矛先はメカ達の誰かでもブルーでもアニーやエミリア相手でもなく―――――


     ブルー「いかんっ!!あの射線上は…!! スライム!リュートそこから離れろ!!!」
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/10/09(土) 05:54:25.43 ID:W/o5W1620
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/10(日) 23:46:09.03 ID:pJdnDXLA0

―――
――



 ゲンは困惑していた。


 自分が居る場所が点々と移り変わり、目の前には封印が施されていない剣神が現れた
それだけならまだしも向こうは何も言わずにただジッと剣豪を見つめるだけだった


 額にジワリと脂汗が滲む、お互いに何も言わずただ沈黙だけが流れていて
刻でも止まったのかと思ってしまう程に微動だにしないのだ、自分も相手も


 長い睨み合いの末に静寂を打ち破ったのは人ならざる者の方だった
ゆっくりと片腕を天に掲げて…振り下ろすッ!



        ゲン「っっぐぅぅ!?!?」



 腕を振り下ろすと同時に剣神の間は…否、ゲンの精神世界は強い光に包まれる
フラッシュアウトしていく視界に彼は見えるはずの無い人の顔を見た


     『そうか…おめぇはまだこっちには来れねぇか』
     『サナダの、想ってくれる奴がいるってのぁやっぱいいモンだよなぁ』


       ゲン「! お、お前達…」


 強すぎる光、網膜には白光の白一色しか映らない筈なのに、光を遮る者なぞ其処には誰一人立たぬ筈なのに
それでも[ワカツ]最後の生き残りには確かに人の顔が視えているのだ



     『なら仕方ねぇよな、[ワカツ]男児たるモンは一度決めた事を曲げる訳にゃいかねぇよなァ!』ハッハッハ!
     『一緒に居て欲しいって想うのはオラ達だけじゃねぇべ、向こうにもアンタを待ってる人が居るなら仕方ない』
     『遊んでくれるゲンのおっちゃんのことオイラ好きだったよ!』


 次々と視えていた顔ぶれはゲンに声を掛けて光の中に溶けて視えなくなっていく



     『俺達の分も生きてくれよな!折角生きたんだぜ、なら暗い顔しねぇでお天道様見上げなきゃ損ってもんよ』

     『人間誰だって泣いたり悲しむ為だけに生まれた訳じゃねぇだろ、生まれてきた理由は笑う為だぜ』ガハハッ!

     『酒飲んで美味い飯食って、偶に喧嘩したりどっちが勝つか賭けて負けて泣いて笑って、人生そんなだろォ?』

     『誰かが想ってくれるってんなら、それだけで人生には意味ってのが生まれるんでい!大往生しやがれよっ』



 消えていく顔達はどれもこれも"笑い顔"だった、悔やむでも涙を流すでも無ければ誰かを恨む怨嗟に満ちた物でもない
最後に剣豪の脳裏に強く焼き付いていくような何処までも晴れやかな笑顔

 知らず知らずの内にゲンの眼からは一筋の雫があふれていた、だが彼らにつられるように彼の顔もまた朗らかな物だった
心の底にはドロリとした物も何もない、人生で本当に心底楽しそうに笑っていた頃と変わらぬ心持で

 本当に彼は笑っていたのだ、自身が気付かぬ内に、最高の泣き笑いで、笑って彼らを送ってやることが出来ていたのだ


       『へっ、なんだい折角会いに来たダチ達が還るってのに笑ってやがらぁ』
       『まぁまぁ、その方が俺達らしいじゃないか、ゲンの親父の辛気臭ぇ面なんぞみたくないからな』

       『んだな、お互い別れ際は湿っぽく泣くよりも笑って送り出してやりゃあいいのさ…』


         『達者でな』ニィ

       ゲン「ああ、またな」


―――
――

788 :続きは火曜日か水曜日予定 [saga]:2021/10/10(日) 23:47:14.24 ID:pJdnDXLA0

【双子が旅立って9日目 午後 15時28分 [ワカツ]剣神の間】




   封印されし剣神『…。』




――――カッ!!


 …リュート等侵入者一行がこの"惑星<リージョン>"の地底に築かれた基地内で[グレートモンド魂]と戦い
下位妖魔が今まさに[バスターランチャー]を撃ち出そうとしてした同時刻…っ!

 [ワカツ]の地下に存在する剣神の間に眩い光が満ちた
その輝きは室内から溢れ出し櫓の外へ飛び出て、天へと昇る…やがて一条の、まるで彗星の様に落ちてくる光となって
 [モンド基地]の巨大兵器出撃用の格納口へと落ちていく…ッッ!!

―――
――

【双子が旅立って9日目 午後 同刻15時28分 [モンド基地]】


   『燃えカスになりやがれええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!クソッタレがぁあああああ!!!』

     ブルー「いかんっ!!あの射線上は…!! スライム!リュートそこから離れろ!!!」


 不格好な蜻蛉は何もかもを灼きつくす破滅の光を撃ち出す、収束された膨大な熱量はゲンに付き添い彼を介抱し続ける
弦楽器の青年と治癒の一角獣諸共に飲み込まんと迫る


   リュート「う、うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」ギュッ
   スライム「(/ω\) ぶ、ぶくぶくぶくぶくーーーーーーーっ」


 巨大な光の渦が迫ってくる、仲間の叫びを聞いて顔を向けた時には最早避けようの無い距離まで迫っていた
元より足場の隅の隅で逃げようにも逃げ場など無い、リュートとスライムはこれまでかと目を瞑り死を覚悟する


   ゲンの指『』ピクッ

   リュート「!」ハッ!?
   スライム「(;´・ω・)!?」


――――カッ!!

――――――――ズガアアアアアアアアアァァァン!


 [バスターランチャー]の光芒が彼らを飲み込まんとした時、突如として"何か"が空から降ってきた
地底に築かれた基地そのものの硬い隔壁とその真上にある[ワカツ]の地殻という天然の防壁

 その二重層をぶち破ってソレは彼らと光芒との合間に割って入る様に突き刺さり、更には破滅の光を掻き消した



 『な、なんだ、一体何が起こったんだ―――!!この地下基地の天井がぶち破られている!?!?貴様ら何をした!?』


 目が眩むような眩い光、燃え上がる炎、舞い上がる黒煙と地表からソレと共に落ちてきた土砂との土煙
敵も味方でさえも何が起きたのか眼を白黒させる中、漸く景色が見えるようになって彼らは知った


   リュート「あ、あぁ…」ツーッ

      「…おう、わりぃな世話かけちまった見てぇでよ」

   リュート「へ、へへへ…帰ってきてくれたんだなぁ…」グスッ




      ゲン「ああ、待たせたな」ニィッ

      ゲンの手『 [流星刀] 』チャキッ!



 生存は絶望的だと思われた剣豪は…っ、ゲンは意識を取り戻したのだッッ!!その手に"見慣れぬ刀"を持って!!
789 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/10/11(月) 03:16:05.99 ID:BNK19lr90
おつおつ
ゲンさん復活キタ!
790 :>>1です [saga]:2021/10/13(水) 23:06:17.89 ID:Kc5ocNgU0
予定変更、次回更新 日曜日  リュート編ラスボス[グレートモンド]完全決着
791 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:45:56.48 ID:NECc5VEU0

 間近で見えていたリュートとスライムだけが剣豪の手にする武器が何処から来たのかを理解していた
あの瞬間、全てを灼き尽くさんとした光が迫ってきた時に空から別の輝きが降り注いだ

 まばゆい輝き…神々しさを感じ取れる程の光が天井を突き破って自分達を護る盾の様に足場へと突き刺さり
信じられんことにあの[バスターランチャー]のエネルギーを掻き消したのだ…っ!



 ぽっかりと開いた天井の穴からは陽が傾き出した[ワカツ]の大空が見える、まだ夕刻というには早すぎて星の瞬きさえも
見つけられない昼空から彼らを護る様に落ちてきた"流星"

 もしもコレに名前をつけるとするならば[流星刀]という名が相応しかろう


  ゲン「…。」ジッ


 改めて剣豪は自分が"最初から自分の物であったかの様に手に取った"[流星刀]を見つめて空に向かって声を上げる





                ゲン「剣神よ!俺に何をしろというのだ!」



――――その問いに答える者は誰一人として居ない。



   ゲン「…答えは自分で見つけろということだな」チャキッ



 剣豪の問いは大空の彼方、空虚へと吸い込まれては消えていく
だが彼は答える者がいないことなど理解していた、これは自分で答えを見つけねばならないことだと心の奥では理解してた

 …最後に笑って還っていった[ワカツ]の同胞達が自分に掛けてくれた言葉が胸の中で熱く燃えていた
人生は常に意味を探す為の旅路なのだと、人間はいつだって答えを求めて生きるのだと



   ゲン「にいちゃん!スライム!世の為人の為にまずはあのデカブツをとっちめてやろうぜ!」ブンッ

 リュート「おう!やってやろうぜ!!」
 スライム「(`・ω・´)ぶくぶくーっ!」ピョンピョン!



   『っっ〜〜〜!!突然空に向かって叫んだかと思えば舐めやがってぇぇぇぇ!!』



 未だ何が何だか状況の掴めない下位妖魔は[レールガン]を乱射する、切り札のランチャーは撃ち出したばかりで
まだチャージが完了せずトリガーを引くに引けない

 盤上から振り落とされたpzkwX以外のメカ達の復帰とゲンが意識を取り戻した事で確実に流れは彼らに来ていた
術士が[勝利のルーン]を施したブロンド美女の[二丁拳銃]による[跳弾]も黄金髪の女が振るう剣技の切れもこの追い風に
乗る様に不格好な蜻蛉<トンボ>へと叩き込まれていく


   『ぐあ" あぎ""っ!?』ボンッ!ボボボンッ!


 装甲が殆ど剥がれ落ちた機動兵器には一気呵成に打って出た彼らの一撃一撃が重すぎる
計器やモニターが次々に内部で爆発を起し搭乗者にダメージを与えていく


     ゲン「…。」スゥゥ…


 剣豪が[流星刀]を構えて深く呼吸をする、彼自身の身体の奥底から闘気が溢れ出す
誰が最初に言い出した訳でもなくそれを見て皆がゲンをサポートしようと動き出した、大技を使うゲンの為に時間を!



   リュート「コイツでトドメだ!」シュバンッ
    ブルー「爆ぜろ![インプロージョン]!」キュィィン
    アニー「視えた…っ!このタイミング!」ズサーッ!スパン!


            3連携 [ 逆 風 の イ ン プ ロ 清 流 剣 ]
792 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:46:59.59 ID:NECc5VEU0


  『ぐあああ"あ""ああ あ"ああああああああ あ"ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?』バチバチバチ!!


 焔が吹き荒れ、ショートした電気系統からはスパークが飛び出して狭いコックピット内を踊り狂う
操縦桿を握っていた[ワンダードギー]は出口の無い鉄釜の中で火炙りと感電の責めを同時に味わう阿鼻叫喚を体験した

 皮膚も内にある贓物も何もかもが焦げていく、これが生身の人間であるのならばショック死してもおかしくはない
偏に彼が下級とは言え生命力に溢れた妖魔であるからこそ生きていられると言えよう

 …これが本来の搭乗者モンド氏であったならば、いや、彼なら執念のみでまだ生きながらえて最期の一撃くらいは撃つか


 電子レンジにでも入れられた体感をした下位妖魔はまだ辛うじて動く手で最後の賭けに出ることにした
もうこの機体は長くない……


 泣いても笑ってもこれが最後の大博打だ…。


 [グレートモンド魂]は自身の炉と[バスターランチャー]を直接繋ぐことで超神形態の時よりも
早いスパンでの連射を可能とした、その炉を意図的に暴走状態にすることでより早く、尚且つ過負荷を掛ける事になるが
通常のエネルギーゲインを超える高出力での射出を実現できるのだ



 これは所謂メカ達が使うプログラムの[マグニファイ]と同じだ。

 装備している武装のリミッターを解除して使用後に壊れて使い物にならなくなるというデメリットを呑んで使う手段


 どこもかしこも火を噴き出しているこの蜻蛉<トンボ>でそれをやれば間違いなく墜ちる、然し彼に手など無い
行くも地獄、退くも地獄…であれば行くより他になかろう…ッ!!



 『…ふ、ふへ、ふへへへ…お、お俺様は神を超える力をえ、え、得ぇたんだぁぁ…ははっ、ハハハハ…』カチカチ、ピッピッ


 操縦桿を握る手の感覚が殆どない、犬の様な瞳は熱で焼けて視力を失いつつある、見え辛い視界の中で辛うじて
自身が安全装置を切っているのだけは解る、自分が殺した同僚や部下達と一から組み立てて整備し続けた機動兵器だから
意識は半分無くても慣れた手つきで出来た

―――
――


   エミリア「ちょ、ちょっと―――明らかになんかヤバいわよアレ!?」

     T-260「敵機の炉が暴走中!異常なエネルギー反応が検知されています!」
    アニー「はぁ!?暴走って自爆でもすんの!?」



  レオナルド「不味いね…っ!自爆はしないだろうけど…ある意味自爆の方がマシかもしれないッ」
    ブルー(くっ…![リージョン移動]で脱出を―――いや、駄目だこうも全員が俺から離れすぎていては…ッ)


 この瞬間に[ゲート]を使っても自分とすぐ傍にいるレオナルドくらいしか退避できない…っ!
今になってブルーは出鱈目に乱射された結果、チームが分断され陣形が崩れた原因の[レールガン]を恨めしく思う

 蜻蛉<トンボ>は最期の力を振り絞って三脚のような細い脚でしっかりと自身を足場に固定させる
自壊覚悟の自他共に破滅せんとする滅亡の光が[バスターランチャー]へと注がれていく
 その砲門を侵入者一行に向けながら狂気に駆られつつあった下位妖魔はトリガーを引かんとする…っ!



  『はーっはっはっはっは!俺様がリージョン界の王になるんだぁぁぁぁぁああああはははははははははっ!!!』














             ゲン「…剣神よ、見るがいい―――星を落とす術を」スゥ…!
793 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:47:41.95 ID:NECc5VEU0


















       『喰ら え ぇぇぇ ぇぇ ぇ[バ ス タ ー ラ ン チ ャ ー ]ぁ ぁ ぁ ぁ ぁぁ』






              ゲン「 [ ミ リ オ ン ダ ラ ー ] 」ブンッ











794 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:48:35.35 ID:NECc5VEU0


 闘気を纏った剣豪が"神"より授かりし[流星刀]を振るった


 ゲンは空を切り裂いた。


 比喩ではない、言葉通りにである





 何も無い空間に空色の美しい刀身が振るわれて、空間が切り裂かれた、本や書類を積み重ねた紙の束に短刀を突き立てて
そのまま腕を引いて出来た裂け目の様に宙に亀裂が入ったのだ

 裂け目はそのまま広がりながら昇り、そこから"混沌の間<宇宙空間>"に似て非なる何処かが溢れているのが見える
星の煌めき、生まれては爆発してガス状になって、それが周囲の小さな惑星を取り込んでまた命が芽吹く星々を産み出して
そこには命の輪廻があった、星雲が漂う闇の空間であり同時に光に満ちていた不思議な空間が亀裂の先には存在した



 切り開かれた裂け目の奥で紅く光る星がある、大きく燃える火
1つ、2つではない…猛々しく燃え盛る紅星が…無数の流星が空間から飛び出して来る…ッ!


  流星『 』ボウッ
  流星『 』ドウッ



  ド ガ ガ ガ ガ ガ ガ ガガ ガガガ ガガガガガ ガ ガガ   ガ アァァァー—―z______ン!




 気高い闘気に呼び寄せられた星は、限りある命の輝きに惹かれ、飛び出しては不格好な蜻蛉<トンボ>へと降り注ぐ
燃え盛る巨石が次々と衝突して武装が次々と破壊されていく
 [レールガン]も[ハイパーバズーカ]も腕ごと捥げて、反重力装置もへし折られ自力で飛ぶことは困難となった
四枚羽を失い、胴体にも隕石がぶつかってきた[グレートモンド魂]は当然の如く態勢を大きく崩した

 羽が千切れて、頼りなく自身を支えていた三脚のような足も所々折れていて
侵入者一行に向いていた筈の砲はどこか拉げて、上に…天へと向けられた


 よく見ると胸部のコックピットブロックも砕けていて中から黒煙や火が噴き出しているのが見える
割れた部分から外気が入り込み、内部の空気は逆に外に漏れだすようになった







 機動兵器は…ただの砲台と化した[グレートモンド魂]はその名に恥じぬ最期の一撃を天へと穿つ


 機体を支える脚が折れて、砲自体も拉げ狙いが定まらなくなった破滅の輝きは身を伏せた侵入者一行の頭上を更に越えて
ぽっかりと開いた天井の大穴に吸い込まれていく

 [ワカツ]の大空へ光は昇り、天守閣よりも高く雲の上へと昇っていく


 まるで空襲にあった多くの[ワカツ]の民を弔う弔砲が如く、穿たれた光と共に"魂"は天に還るのであった



 ガシャン…!



 無音、最後にその音がしたと思い全員が顔を上げればそこには事切れた"魂"の姿があった
[マグニファイ]の仕様を応用した一撃に遂に耐え切れなかったのだ
 機体全身が赤茶色になるまで熱したフライパンの様になっていてまだ火花が吹いている
完全に燃え尽きたといった様相で地に墜ちていた…



 ふとコックピットがあった部位を見やる、……先程、外気が入り込み、内部の空気が出て行くのが確認できたことから
気密性はもう駄目になっていたソレはリミッターを解除した[バスターランチャー]の熱も入り込むということだ
 元々重装甲で操縦室自体が絶対的な堅牢さを誇っていたのだって
何も搭乗者を外敵から守る鉄の揺り籠だからというだけではない…余波でさえ大人数を灼く膨大な熱量を手元から撃ち出す
ならば自身の身を護る為に必要以上に頑丈にするのは当然と言えよう、自分の兵器で自分がやられちゃ話にならん
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:49:28.12 ID:NECc5VEU0

 静寂、死の可能性が何度もあったこれまでで一番の難所を無事に生きて乗り越えた
まだ実感が持てないのか弦楽器を背負った青年が今日で何度目になるか袖で顔についた血を拭って呟いた



   リュート「終わった、のか?…終わったんだよな?」ヘナヘナ…


 言い切ってから身体全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまう、だが無理からぬことであった皆が同じ気持ちだ
恐ろしい強敵を打ち破った疲弊と達成感、自分が生きている事の喜びと安堵、死んだと思った仲間が生きてた驚きと嬉しさ
 色んな感情が綯交ぜで気持ちの整理が追い付かない……今はただ、座ったり倒れたり、息を吸いたい、吐き出したい
身体中全身が悲鳴を上げているんだ



  レオナルド「みんな、お疲れ様」

  特殊工作車「大変でしたね、皆さんはメカではありませんから私では直して差し上げられませんが…お疲れ様でした」

 ナカジマ零式「ひゅ〜、一世一代の大活劇だったんじゃないでーすかー?」



   エミリア「ええ、全くよ……ルーファスの指令でちょっと偵察に来ただけなのに、とんだ大暴れよ」


 元モデルとしての恥も何も無く大の字になって倒れたエミリアが疲れ知らずのメカ勢に答えた
彼女の隣で地べたに膝をついて武器を杖代わりにしているアニーは歩いて来る剣豪に目線を向けて言った


   アニー「ゲンさん、生きててくれたのね…よかった」グスッ
  エミリア「ええ、本当に良かったわ…」


 仲間の生存に思わず涙ぐむグラディウス組にゲンはニッと笑って「まだ現世の酒が飲み足りねぇからな!」と肩を竦める
その様子に思わずリュートとアニーが噴き出して、蒼き法衣の魔術師も口角を釣り上げた


   ゲン「おっ、術士のにいちゃんも良い顔で笑うじゃねぇか」

  ブルー「…ああ、今は気分が良いのさ」

 リュート「へへっ、最近はお前が笑うのも"珍しい事"じゃなくなってきたなっ!
               …帰ったら[クーロン]のラーメン屋の屋台で打上げ会開こうぜ!」


 弦楽器の青年は武器を仕舞い、さっきまでの疲れはどこへやら背負った楽器を奏でて陽気に笑う
剣豪に小さく目配せしながら酒でパーッと盛り上げようと笑った







   ゲン「…ははっ、そうだな、精一杯盛り上げてくれる宴会にしてくれよ、俺が乾杯の音頭を取るからよ」

 リュート「おうとも!任せてくれよな!今、生きているこの時間を生涯忘れないくらい楽しくするぜ!」




 笑い合う仲間達を見ながら蒼き術士はふと、何気なく言われた言葉を思い返す


  ブルー(最近は俺が笑うのも珍しくない、か…)

  ブルー(…。そう、なのかもしれんな)フッ


<ワイワイ アハハッ!


   T-260「………。」

   T-260「皆様、少々よろしいでしょうか」


   エミリア「あら、どうかしたの…?」



   T-260「……あそこをご覧ください」スッ
796 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:50:13.59 ID:NECc5VEU0

 ただの灼けた鉄屑と化した[グレートモンド魂]の残骸をT-260は指差して音声を発した
なけなしの気力を奮い立たせて気怠そうに起き上がったエミリアはそちらを見やり首を傾げた


  エミリア「…? あれがどうかしたの」

   T-260「コックピットブロックなのですが」











   T-260「"搭乗者の遺体がありません"」




  ゲン「ッ!?」バッ

 アニー「えぇっ!」

 ブルー「なっ、なんだとっ!?」ダッ


 慌てて身を起し、動ける者達は蜻蛉<トンボ>の死骸を見始めた
ある者は武器を鞘から引き抜き、ある者は周囲への警戒を始め、ある者は術を唱える準備をしながら


   操縦席跡『   』



 焼失遺体が確かに無い、これが"人間<ヒューマン>"なら100%間違いなく死んでる状況だが腐っても妖魔
嘘か真か[ファシナトゥール]の煉獄の焼却炉に飛び込んでも妖魔なら生きて外の"惑星<リージョン>"まで脱出できると言うが
まさかあの下級妖魔まだ生きていて逃げ延びたというのかっ!?


  ブルー「おのれ…っ、まだ何か兵器を持ち出して来る気じゃないだろうな!?傷が酷い奴は此処で待機しろ
                          まだ戦う気力が残っている奴は武器を持って今すぐ―――――」



   レオナルド「あー、そのことなんだけどさ」ポリポリ


 今にも飛び出しそうな術士を制して、機械工学の権威が調子の無いで待ったを掛ける
魔術師は当然「なんだ!?何故止める!と抗議したがそこをすかさずリュートが宥めて続きを言う事を促した


   レオナルド「んんっ、まずだけど彼、あの[ワンダードギー]ね…アレ、もう決着ついてるんだよ」

   レオナルド「この基地にこの巨大ロボに匹敵する兵器はもう無い、道中で巨大な[Tウォーカー]とかはあったけど」

   レオナルド「あれは"もう動かせなくなった"だから心配しなくていい、それに―――」




      レオナルド「ボク達がもう手を下す必要が無いんだよ」



 一瞬、何を言ってるのか意図が分からなかった、何故他の階層の巨大メカが動かないと分る?いつ調べたんだ
そもそも"手を下す必要が無い"とは…?
 ふとそこまで考えた所で、横からアニーの声が沈黙を破った



   アニー「……レオナルドさん、そういえばさっきある人に助けられた、って言ってたよね?」



 - レオナルド『あー…説明するとちょ〜っと厄介なんだけどね、 "ある人" に助けられたっていうか、ね…』-


   アニー「それにさっきからずっと気になってたんだけど…pzkwXは何処に居るのさ」

797 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:51:49.69 ID:NECc5VEU0

 言われてみればそうだ、特殊工作車もT-260もナカジマ零式も居るのにpzkwXだけがこの場に居ないではないか


   レオナルド「うん…その辺も含めて話すよ、彼はその助けてくれた人の護衛兼人質みたいな感じなんだよね今」

   リュート「人質って…そいつぁ穏やかじゃねーんじゃないのかい?」


   レオナルド「ん〜、君達を助ける為、というかボク達があのどん底から上昇する足場に駆けつける為や」

   レオナルド「今までボクが生前ちょこ〜っとやらかしちゃった事だったり、今後のT-260君の事に関してとかさ」

   レオナルド「色々と交渉というか取引があってね…まぁ、状況的にやむを得なかったというか、うん…」





 …嫌に歯切れが悪い、ばつの悪そうな物言いに術士含めて幾人か眉を顰める
レオナルド博士の内容からしてどうにもその人物との取引のお陰で自分達侵入者一行は窮地を脱し今を生きているようだが
彼の反応を見るにあまり喜ばしい取引ではなさそうだが…


   ゲン「おいおい、レオナルドさんよ勿体つけねぇで教えてくれ
              一体その人物ってーのは誰でアイツは追っかけなくていいのかよ?」


 剣豪が至極尤もなことを言う
工学者は内心「君がいるからこそ非常に厄介な内容なんだけどなぁ」とゲンを見つめ、それに対して彼は疑問符を浮かべる


   レオナルド「まぁね、…なんであの妖魔を追っかけなくて良いかっていうのは
             今頃、その助けてくれた人とその護衛でついて行ったpzkwXが始末するからだよ」

 その人物に関しては自分の口で言うより実際に会ってみた方が早い、どうせ用を終えたら向こうから来るよ、と告げた


―――
――


  ワンダードギー「ハァハァハァハァ……ヒューッ、 ヒューッ」ズリズリ…


 全身煤だらけで、遠目に見たら黒ずんだ何かが動いているようにしか見えない物がある
身に着けていた帽子も衣服も炭化してボロボロで、それは肉体にも同じ事が言えた

 醜くても泥水を啜ってでも良いから"まだ生きたい"、生きていたい…そんな生への執念だけが彼を生き永らえさせた
世界さえも手中に収めようとした強欲で高慢で、それでいて底辺から成り上がろうと夢見た野心家の執着だから成せた


  ワンダードギー(声が、もう出ない…身体の感覚も無い、いやだ しにたくない おれは いきてやるんだ)ヒューッ、ヒューッ

  ワンダードギー(おれを ばかにした すべてを みかえして ふみにじり かえしてや――)コヒューッ




   銃口『 』カチャッ、バンッ!

  ワンダードギー片手『 風穴 』ドシュッ!


 突如として這っていた下位妖魔の片手に穴が開いた、まだ聴覚の残る耳は銃声を聞き取り音の出どころを見て絶句する
トリニティ政府の高官が袖を通せる制服に身を包み、サングラスから覗かせる剃刀の様な鋭い眼差し…

 冷徹でまるで人を殺すことをなんとも思っていなさそうな壮年の男性がそこに居た


  ワンダードギー「…っ! っ!!」パクッ、パクッ!


 声にならない。



  モンド「やぁ、"トリニティに反乱を企てるテロリストの首魁"くん、こっぴどくやられたようだな」チャキッ

  モンド「スパイとして潜り込ませた私の私兵も君の所為で随分と死んだようだ……実に悲しいことだよ」



 ……この男は一体、何を言っているのだ?テロリストの首魁?『誰が』?理解が追い付かない、頭が理解したがらない
798 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:52:51.42 ID:NECc5VEU0


 遠巻きに侵入者達の仲間だったpzkwXが佇んでいる、仮にアレに助けを求めて叫んだとしても
あの距離では聞き取れないかもしれない
 冷徹な執政官は銃口をゆっくりと下位妖魔の蟀谷に近づける





   モンド「私が独自の諜報部隊を使い調べ上げさせた反政府組織が滅んだ[ワカツ]の地下に基地を造っていた」

   モンド「そこで私は忍ばせた私兵と執政たる私自らがテロリストの制圧に向かう」

   モンド「するとどうだろうか? 偶然にも生身を失いメカの身体となったレオナルド博士と仲間達に出会った」


   モンド「私は彼らに任務の"協力"を願い出て、彼らにもそれ相応の報酬を出すと約束をした…」


   モンド「現地で偶然協力者に出会うと言うのは日頃の行いの良さだとは思わんかね?首魁くん」





   ワンダードギー「――――――」




 今更ながら思い出した、モンドという人物の人間性を…


 彼は基本的に他者を信用しない男であり、彼が雇う私兵の大半も自分の様な人間社会で職にあぶれ
日々の暮らしも儘ならない元浮浪者や命令違反を決してしないメカが大半であったことを

 メカは頭脳自体がプログラムされた機械で主人の命令に反することは無く

 浮浪者だったモンスターや妖魔、時には人間は………そう、本当に元はホームレスなど身元が判明しない者ばかりで
仮に死んでいようが路地裏で冷たくなっていても誰も気にしないし身寄りがないから素性の証明ができない輩だった事を





   蜥蜴の尻尾切り…。


 いざとなれば使い捨ての駒、不要と判断されたらその場で闇に葬られる雑兵でしかないということを…っ!!



   モンド「あぁ…そうだ君が使っていた巨大機動兵器だが…
          あれは以前トリニティが某企業から政府の技術を盗用した疑いがあると接収したものだね」


   モンド「どうやって政府の機密を知ったのかは私が個人で調べておこう
         ついでに君の運用データを参考にしてアレよりも強力な兵器を組み立てる計画にもしておくとしよう」



 いつ君を打ち破った様な強い戦士達と同じ者が攻めてくるか分からないからね、全てはトリニティの為だよ
…と、実に"白々しい事"を目の前の男は言ってのける





             ワンダードギー「――――!!―!――っ!!」    

                 モンドの銃『』パンッ!





    ワンダードギー「」ドサッ

    ワンダードギーの額『 風穴 』ドクドクドク…



…こうして、全リージョン界を圧倒的な力で支配しようと考えた野心家は、その凶弾によって倒れたのであった
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/10/17(日) 23:55:15.33 ID:NECc5VEU0
*************************************************


                  今回はここまで!

   リュート編ラスボス[グレートモンド]撃破!! 残り主人公ルートのラスボス6体


    次回は多分、一週間後かもしれない

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800 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/10/19(火) 07:23:00.47 ID:AE98TUj60
乙!
とうとうラスボス一体撃破かあ感慨深い
801 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2021/10/20(水) 01:06:26.93 ID:vZxMK9ih0
おつおつ
802 :次回は 火曜日か水曜日予定 [saga]:2021/10/24(日) 22:44:19.25 ID:FCswWosx0
―――
――



【双子が旅立って9日目 午後 同刻18時45分】

【クーロン:屋台広場】



 ズルズルズルズル、豪快に麺を啜る音に加えて飲めや歌えや騒げやのどんちゃん騒ぎが繰り広げられる中で
蒼き魔術師は青い塗装が塗られたベンチに座ってぼんやりと空を見上げていた

 [モンド基地]での死闘に幕が下りて程なくして人質とされていた密売店主を引き連れてモンド執政官が彼らの前に現れた
言うまでも無くゲンはその姿を見るや否や警戒心を剥き出しにしていつでも抜刀できる構えに入ったが
そこを慌ててレオナルド博士が止めに掛かった


 止めた人物曰く、『彼が"取引相手"だよ、まずは彼から直接話を聞いてくれないか?』との事で
剃刀の様に鋭い目つきの執政官が発した言葉を要約すると、君達の命を助けたのだから私を見逃せ、といった趣旨だ


 …本当に要約するならそんな内容で、彼はあくまで"自分は偶々、私兵を引き連れてテロ組織を摘発しようと此処に来た"
自分はトリニティ政府の転覆など企んでいない、[ワカツ]を滅ぼし基地を造ったのがモンドだというのも
反政府勢力がトリニティ内の不信や対立を募らせて内部分裂を起こそうとしたデマだった、と



 そうシラを切る算段だ。…なんとも幼稚で見苦しい言い訳だなと思った


 [ワンダードギー]がどのような手段を用いたか知らないが、政府が民間企業の[中島製作所]から押収した技術で作った
あの巨大機動兵器も政府の機密兵器だったのだがその技術、現品を奪取してさらには地下に大規模基地も作った…

 元は浮浪者の下位妖魔が、だ


 こんなバカげたシナリオを本気で信じる奴が普通居るか?
当然一行は思った事を口々にしたが、それをレオナルドが宥め、T-260が聞き入れようと頷く

 店主を人質にされたのもあるが、実際問題[グレートモンド]との戦闘で全員に死に目があったのを救うだけの貸しを受け
同時に双方にとっても厄介者でしかない世界征服を狙う野心家の妖魔が乗った兵器を葬れて、尚且つやたらと
庇護しようとするT-260とレオナルドの態度から恐らく今後彼らが乗り込む予定の[タルタロス]に何らかの便宜を図る
そんな取り決めもあったのだろうな


 メカというのは目標、任務の達成に全てを注ぐ存在でありそれだけに約束や条約、契約と言った類にも中々に煩いもの
最優先のS級任務に近づけるとあらばT-260は黙ってモンドの言葉に首を縦に振り
人間としての感情もあったレオナルド博士は仲間達の命を救う為、ブルー達と別れて自分達の冒険をするにあたって
今後有利に事を進める為に……ついでにpzkwXが今までトリニティ政府の兵器を違法に売りさばいてた罪で逮捕されない為


 自分達とモンドは偶然、潜入先の基地で遭遇して同じような目的だったから協力関係になった、という体で物事を進めた


 話は平行線の言い合いになったが結局はこちらが折れて、モンドに手を出すことはしなかった
グラディウス組にとっては厄介な相手ではあっても警察部門のトップから政治屋になったから
直接的な敵対は"今はまだ"していない、あくまで今日は基地の調査に来ただけでジョーカーとの一件もあるこの時期に
無駄に全面戦争みたいな下手は打ちたくない

 ブルーに至ってはただのバイト、祖国が関わらないのなら正直どうでもよくて、祖国に被害出しそうな妖魔は既に他界

 スライムは基本的にブルーに従うし、メカ勢は取引してるから当然何も言わない
唯一の懸念が剣豪だったが、意外にも彼は苦虫を噛み潰した顔で「俺はてめぇに会わなかった事にしといてやる」と…

 リュートは剣豪と執政官が出会った時、ゲンはモンドを切り殺してその後"ハラキリ"でも
するのではないかと心配すらしていたが何故か[流星刀]を見て、自身を律していたゲンに
想定していた最悪は起きないと安堵の息を吐いた




 何があったのか知らないが、ゲンの眼には怒りこそあれどチラついていた復讐心の炎が消えているように思えたのだ
慙悔も失意も狂気も破滅願望も何もない、未来に向かって生きてみよう…っ!酒で暈かしてきた世界を直視しよう…っ!
 そんな何処か晴々とした…死者の声に囚われていない男の眼になったように感じたのだ






 ……長々と語ったが、まぁこういった各々の理由でモンドには色々言い放ちはしたが
こちら側が折れてその取引を呑む結果になったというのもある意味当然と言えば当然の結果に収まったのかもしれない
803 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/10/25(月) 18:12:22.75 ID:ujrZbn8V0
この段階でグレートモンドだけ失って立ち位置は健在なままなモンドって今後どう動くんか気になるな
804 :次回は金曜日か土曜日の予定 [saga]:2021/10/27(水) 23:53:08.29 ID:TELfdryz0


   レオナルド「やぁ、隣いいかな?」スッ


 ほぼスープだけになっていたラーメンの容器を持った魔術師の傍に工学者がやってくる
肉体がメカとなった彼は飲食ができない、表情の窺えない機械人形の博士は宴会の中で何処となく寂しさがある様に思えた


    ブルー「別に断る理由は無いが」

  レオナルド「本当かい、助かるよ!それじゃあ隣に失礼して」ストッ


 メタリックボディはそう告げるとベンチに腰掛ける、重量ゆえに僅かに椅子が軋みをあげたが敢えて無視する
このメカは中々に気さくな…社交的な性格だ、生前のレオナルド自身がファーストフード店で上京してきたリュートや
名前も顔も知らない偶々相席になった初見利用の客に「これおいしいんだよ。」とおススメしてくれたり
T-260との初邂逅時も茶目っ気を出す人柄


  レオナルド「やっぱりボクが居るとみんな気を使っちゃって食べ辛いかもしれないからね〜」

    ブルー「俺は良いのか、俺は」


 将来的に味覚機能と飲食物を消化して動力に変換するシステムを自身に組み込むと言ったレオナルドは少しだけ
仲間達の輪とは距離を取っていた、偏に自身の身体問題で気まずい空気を創り出してしまうのではないかと考慮したから


  レオナルド「君は別にそんなの気にするタイプの人間じゃないだろう?短い間だけど一緒に居てわかるよ」

    ブルー「ハッキリと物を言う、気に入った」

  レオナルド「そりゃどーも」


 器の中のスープを啜りながら、妖魔医師のヌサカーンといいスライムといい、それにこのメカ
妙に人外に寄られるものだな、と心の中で彼は思った


    ブルー「それで用件はなんだ、人肌恋しいから来ましただなんて言うまい」

  レオナルド「話が早いね、うん…まぁコレを、ね」スッ


    ブルー「? なんだこれは…ディスク」スッ



 工学者が取り出したのは一枚の円盤、データディスクであり受け取ったブルーはそれの説明を求めた
機械化した彼の脳内メモリを映像化した物がその一枚には納められているらしく
 ルーファスからの依頼で散々カメラに写真記録を収めたブルーとはまた別に独自で彼は基地内の出来事を収めていた


  レオナルド「契約があるからね、ボク達のT-260君の記憶を取り戻す為の旅路やpzkwXの罪状の帳消し…」

  レオナルド「そういった物の為に"ボクは"モンドを裁くことはできない」


  レオナルド「だからモンドとの会話内容はばっさりカットされた物ではあるけれど」


    ブルー「……ふむ、つまりこういうことか?コレを出すところに出せば、そいつ等が検挙してくれると」


 機械というのはつくづく律儀な物だな、と思う
基地から脱出した今もまだモンド相手に契約を守るのか…、あくまで自分達とは関係の無い第三者の手によって裁かせると


  レオナルド「あー、でもさ警察は駄目だよ?彼、元々警察機関のトップだったし」

    ブルー「ならば何処へだ?」


  レオナルド「その辺は抜かりなしさ一人あてに出来そうな人物に心当たりがある、生前行き着けの店で知り合った」



  レオナルド「[IRPO]所属のロスター捜査官、通称クレイジー・ヒューズ…彼に渡して欲しい」

  レオナルド「トリニティ政府の警察組織とはまた独立した組織ではあるけど、それでもモンドからの圧力は掛かる」

  レオナルド「でも、彼は人一倍"悪"というものを許さない人だから、上からの圧力で今すぐは無理でも恐らく…」

805 :続きは明日か明後日 [saga]:2021/10/30(土) 23:34:40.80 ID:53kzs8mb0


    ブルー「ロスター捜査官か、引き受けてやってもいいだろう」

    ブルー「ただし気が向いた時にだぞ、俺はあくまで私用を優先とさせてもらう」


 いい加減アニーに依頼した[ディスペア]行きの件も準備ができる頃合いだろう、資質を取る為の旅が優先だ
魔術師は工学者にそう言い放ち、それでもいいのなら受けようと改めて問い直す


  レオナルド「なるほど、確かにキミにもキミの都合があるだろうからね、それで構わない」


 話は纏まり魔術師は受け取ったディスクを仕舞う、それとほぼ同じタイミングでいつも異常にテンションが
上がっている無職男性が絡んできた


  リュート「いよぉーっ!ブルー!レオナルドさん!!楽しんでるかーい!?」ダキッ

   ブルー「ぐえぇっ!?」

 レオナルド「うん!楽しんでるよ、それとあんまり彼の首絞めない方が良いよ」


 首に腕を回して締め上げてくるというウザ絡みをしてきた酔っ払いを見事な一本背負いで投げ飛ばす
背中を強打して「痛ってぇぇぇぇ!?!?」と叫ぶリュートを見て術士は我ながら筋力が付いたなと思った


   ブルー「ぜぇぜぇ…貴様ァ!!いきなり人の首を絞める奴があるかァ!?」

  リュート「いつつ、わ、悪かったってばよぉ」タハハ…

  リュート「二人ともこんな離れた所に居るから寂しくないのかと思っちゃってさ
        なぁ!もう少しみんなの所行こうぜ!ゲンさんが剣術大会の事とか語ってくれるんだ」

   ブルー「在りし日の[ワカツ]の剣術大会か………まぁ興味がないわけではない、な」

 レオナルド「T-260君から少し聞き及んでるけど
         [鉄パイプ]でロープを切ったりとか科学的にありえない事を起こせるんだよね面白そう」


  リュート「だろだろ!?だからさ二人もこっち来て話そうぜ!」


 すっかり空になってしまったラーメンのお椀を持って青の魔術師は歩き出す不意に空を見上げれば
そこには月が浮かんでいた、ネオン輝く"惑星<リージョン>"では珍しく今日は月がくっきりと見える日だった


  エミリア「あっ、二人ともこっちこっち!今最高に盛り上がる内容――ブルーどうしたの空なんか見て」



   ブルー「…いや、今日は月がよく見えているなと」


   アニー「あぁ、今日ってそういえばニュースでやってた日だったわね」


 エミリアの隣に座っていたアニーも術士の目線の先を追いテレビのニュースでやっていた内容を思い出す
今になって気が付いたが陽が沈み夜が到来したばかりの[クーロン]にしては明かりが少ないな、と彼は考える
 もうこの街に滞在して短くはない、些細な違いに気が付けるくらにはなってきた



  エミリア「今日って数年に一度の皆既月食とかいうのが視れる日なんでしょ?」

  エミリア「名前は知らないけど天文学者の人がニュースで言ってたわ」


   アニー「それを観測しようってことで街中で医療機関とか大事な場所は除いて計画停電があるのよね」


 それで今日は月がくっきりと見えているのか。


  ブルー「この"惑星<リージョン>"だけか?」

  アニー「そうよ、[クーロン]の月だけが皆既月食みたいで他所の星から見える月は普通みたいね」


 月食で月が徐々に欠けていき、完全に無くなるとその瞬間…月は紅くなる
血に濡れたかのように真っ赤な月、ブラッドムーンと呼ばれ
季節によってはストロベリーやローズ等とも呼称される…そんな紅い月、神秘と畏怖を覚える紅の色が
806 :続きは火曜日か水曜日 [saga]:2021/11/01(月) 14:26:38.42 ID:LBBGN4s+0


 エミリア「でも月食って神秘的でもあるけど、どこか怖くもあるわよね…いつもそこにあった物が欠けていって」

 エミリア「次第には完全に無くなって、真っ赤なお月様になるんですもの」


 祖国の学院で常に机上の参考書と睨めっこしながら白紙の上にペンを走らせた身として術士の彼はその言葉は
イマイチ理解できかねた
 齢22となっても月なぞ見る機会はもしかしたら指で数える程しかないかもしれない
皮肉にも修行の旅に出て空をぼんやり眺められる時間が出来たかもしれぬのだ



    ゲン「暁月<ぎょうげつ>だな…」



  リュート「ギョーゲツ?」

    ゲン「俺んトコじゃあ真っ赤なお月さんの事をそう呼んでたのさ」


    ゲン「[ワカツ]に古い話があってな、まぁ悪ガキ共をビビらせる為の与太話なんだが…」

   アニー「おっ?何々また面白い話聞かせてくれるの?」ワクワク

  リュート「あぁっ、待ってくれよ屋台のおっちゃんに注文した焼き餃子取ってくっから!」ダッ


 語り部となって古い言い伝えや失われた[ワカツ]の日常風景、伝統など貴重な話を聞かせてくれるゲンの傍に
工学者と術士も座り込む、無職男性もいつになく機敏な動きで取りに行った大皿を運びながら座り込んだ
 [モンド基地]から生還した彼らの宴会会場となった屋台広場のテーブルにはアルコールの注がれたジョッキや
食欲を擽る素晴らしい馳走が並べられていて、さっそく追加された一品を小皿に分けて
一口食べ出すグラディウス組とスライム、「あっ、ずりぃ」とリュートも食べ始めて魔術師もそれに倣う

 …パリパリとした皮の食感と火が通った具材、そこに少量のピリ辛風味のたれが美味いと感じた


  ゲン「話していいか?…俺の爺さんのそのまた爺さんの爺さんの…ってとんでもなく気が遠くなるくらいの」

  ゲン「まぁ年号がいつだかわからねぇくらい大昔の話が元とかいう奴でな、嘘かどうかなんて誰も証明できないんだ」




  ゲン「数百年に一度、月食が起きて…生き物がみんな死んじまうって怪談話さ」


  T-260「」ピクッ


  ブルー「なんだそれは?」

   ゲン「知らねぇよ大昔のご先祖様にでも聞けって話さ、…なんでも月が無くなると"双子"が出てきて」


   ゲン「良い子にしてたら双子のお姉ちゃんの方が善良な子供や大人を助けてくれる」

   ゲン「だが双子の弟の方は恐ろしい4体のバケモノを引き連れて全ての生き物を喰いに来るんだとさ」


   ゲン「なんてこたぁねぇ迷信だろう、人間胸張って善い事して生きろって話で、悪い事したら閻魔様に舌抜かれる」

   ゲン「それと同じような与太話だよガキの頃に俺も爺ちゃんから耳にタコできる程聞かされた」

  ブルー「道徳と人間性、罪と罰に対する戒めみたいな作り話か……問題はその話がどのような過程で生まれたかだな」


 例えば、世界に残る心霊現象や神話も紐解けば何かしらの見間違いや歴史の口伝が何処かでねじ曲がって伝わったり…
白いお化けを見たと言えば実は木の枝に引っ掛かったビニール袋がそう見えただけだったり
人魂を見たと言えばそれは田舎で夜中に沼地から発生したガスが引火して結果的に宙に炎が浮いてる様に見えただけ等

 何かしらの"元ネタ"というのはあるのだ…人の罪と罰や正しさ、倫理的道徳に基づいた話を後世に残すなら
昔に恐ろしい事件でも本当にあったのだろうか?


   ゲン「過程なぁ…ってもそんなの聞いたこともねぇし皆ただの作り話だろって、いつ作られたかもわかんねぇんだ」

   ゲン「案外どっかの"惑星<リージョン>"で本当にあった話でそれが[ワカツ]に流れてきただけとかかもな」ガッハッハ!

 リュート「はははっ、ちげぇねぇや!…ん?T-260どうかしたのか?」ゴクゴク

 笑いながら豪快にジョッキの中身を流し込みながら妙に黙りこくった古代文明の遺産…"T"シリーズの機械に話しかける
807 :続き 金曜日か土曜日 [saga]:2021/11/03(水) 14:18:56.27 ID:Pd11aneE0

 剣豪と旅を共にしてきたメカは基本的には無口だがそれにしたって今の迷信話をし始めてから何かを考えこむ様な
そんな沈黙を通しているような気がしてリュートは問いかけた


   T-260「いえ、ただノイズの様な物が走りました、不調でしょうか」

 レオナルド「うん?キミの修理が甘かったかな?後でもう一度ボクが見ておくよ」


 "T"シリーズ…古代に作られた通称"T<タチアナ>"の名を冠したメカは工学者の提案に黙って頷いた


  T-260「ゲン様、その話に関して諸説はあるのですか?」

   ゲン「おっ、どうした珍しいじゃねぇかお前がこんなのに興味持つなんて…
               そうさなぁ、生き物が死んじまう月食が起きると生まれてくる双子」

   ゲン「片方は地獄の底から従えた怪物と一緒に人を襲って、片方は人を護るっていうから」

   ゲン「じゃあ片方は悪党なのかってーと、そうじゃねぇ悪さする奴の戒めだし本当に世の中の奴らが皆いい奴なら」

   ゲン「そん時は姉ちゃんと弟が力合わせて、双子の力で地獄の門を閉じてくれるなんて伝わってる地域もあったな」


 信じられないだろうが地獄の門を閉じた事で"混沌の海<宇宙>"が出来て新しい"惑星<リージョン>"も誕生したとか
…まっ、こんなもんか?とゲンは語った。


   ブルー(双子が協力して地獄の門を塞ぐ、か)


 数百年に一度、死の月食が起こりその時に生まれた双子が力を合わせて"地獄に通ずる門"を封ずる
太古の昔より伝わる現実味の無い御伽話に耳を傾けながらコップに注いだ発泡酒を口に含んだ
 対極の存在にある双子が時としては手を取り世の為に戦う―――いや、元々は形さえ違えど世の為なのか
双子同士での殺し合いを宿命づけられている自分とは違うものだな、と彼は思った…


   ブルー「中々興味を惹かれる話だったな、他に面白い話は無いのか?」

    ゲン「あー、それならこういうのはどうだ―――――」


 月食は始まり、[クーロン]から見える月はもう半分が無くなり始めていた…暁月<ぎょうげつ>の刻は近い

*******************************************************
―――
――


【双子が旅立って9日目 午後 19時06分 [京]】


 気候としては熱帯雨林に類する[シンロウ]の空気と異なり、気温や湿度も低くまた[京]の季節も少し肌寒いくらいで
過ごしやすいものだった、一度は[マンハッタン]に寄ってこれから乗り込むであろう基地に仕掛ける時限式の爆発物を購入
 少し遅めの時間にはなったものの紅の法衣を来た術士は以前ゲン達が泊まっていた旅館でチェックインを済ませていた


  ルージュ(…遂に来ちゃったな、メタルブラックさんの所)


 [クーロン]へ向かいブラッククロスの件でエミリアが所属するグラディウスに行くより先に彼らは[京]を訪れた
案内された客室にとりあえず荷物を置いて、財布と携帯電話だけを持って外に出かける
 この街の[庭園]にて"ラビット"なる隊員を見つけ出し協力を要請を行う手筈のレッド達と合流予定だからだ


 ルージュ「…綺麗な"惑星<リージョン>"だよなぁ此処、こうして夜の[京]を歩くのももう一回観光目的でしたかったなぁ」


 落ち葉舞う美しい街並み、灯篭の寂しげな明かりを支える様に夜空の星光が煌めいて
風に揺れる柳の並木を抜けて紅き魔術師は観光スポットの[庭園]へと向かう…


 ルージュ「んっ」ヒュオオォォ…!


 突然、吹いてきた強風に煽られて目元を抑える、そしてふと夜空を見上げるとそこには美しい月が浮かんでいた



 ルージュ「…わぁ、綺麗だなぁ」


 今宵の満月はとても澄んだ"蒼"の輝きを放っていた、この世のどんな宝石よりも美しいと思える蒼月<そうげつ>が…
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/11/03(水) 19:32:39.76 ID:qmUOt1PuO
ロマサガ3の死食かな?
809 :続き明日 [saga]:2021/11/06(土) 23:10:21.03 ID:Y31XkU2P0

 橋を渡って[庭園]にたどり着けば仲間達は既に目当ての隊員と合流を果たしていた
ふよふよと宙に浮かぶ機械、タイプ2型と呼称されるメカがレッド等と話しているのが目視できる



  IRPOメカ隊員「[メタルブラック基地]を調査中です」フヨフヨ…


   アセルス「キミがラビットだね、ドールさんからお話は聞いてるよコレ書いてもらった紹介状」スッ

    レッド「メタルブラックの基地を調査中、か…そう、だよな」


   ラビット「……。」ジッ

   ラビット「IRPOの印ならび書かれている文字の筆跡がドール本人の物と完全一致、偽造でないことを確認しました」


   ラビット「書状の内容通り、アナタ方との共同任務に就きます」

    レッド「ああ、よろしくな!―――っとルージュ、宿をとってきてくれたのか?」


   ルージュ「うん、チェックインは済ませてきたよ」チラッ


 紅き魔術師は辺りを見渡す、今日はこの場所に多くの人が訪れていた
この"惑星<リージョン>"特有の着物姿の人間が飲み物や手作りのお弁当を持参して敷物を広げて皆が一様に空を見上げていた
 [京]は他所と比べても肌寒さのある土地でまた一年の中で最も秋の期間が長いとされている
今宵は蒼く輝く月が夜空を彩る、この時期だからこそ人々は地元の風習の"お月見"とやらを楽しむのだそうな



   ルージュ「人が多いね、道中で道行く人が話してた『おつきみ』って奴なのかい?」

    レッド「だな、俺達が来た方の道なんて縁日でもねぇのに屋台が出てたぜ、焼き鳥の美味そうな匂いだ」
   アセルス「うん、わたあめ屋さんとお団子屋さんまであったね」


 なるほど商魂逞しいというヤツなのか、と術士は思った
予定では今日でラビットと合流して彼の調査報告を訊き、監視や警備の手が薄い時間帯を狙って基地に潜入
悪の秘密結社の活動資金源と成り得る麻薬密造施設の爆破を目論んでいた

 作戦開始はどの道明日だ、であれば…





       ルージュ「僕達もお月見しようよ、今日はこんなにも月が綺麗なのだから」



 紅き魔術師は空に輝く『蒼』を見て美しい、純粋にそう感じた
心が不思議とザワザワする居ても立ってもいられない、胸の奥で何か言葉にし難い物が込み上げてくる感覚
 明日、知り合いを自らの手で斃すかもしれない、斃してしまうことになるのかもしれない……
そう考えると頭が重い、澄んだ水面に石を投げ入れて浮かんできた泥を更に綯交ぜにして濁り水を作られた気分になる
パーッと遊んで、騒いで笑って、今だけはそれを忘れたいだけなのかもしれない
 英気を養うという意味でも、振り返った時に笑える思い出話を作るためにも…やってみたい、彼はそう考えた



    レッド「景気づけか、それも悪くないかもな」

   アセルス「そうだね、こんなに綺麗なんだから見なくちゃ損だよね」



 なら何か飲み食いできるもの買いに行こうぜ!とレッド少年が声を上げて屋台に向かうとした時
姿が見えないなと思っていた白薔薇姫とBJ&Kが向いの橋から何やら袋を引っ提げてやってくるではないか


    白薔薇「必要な物はこちらですか?」ニッコリ
     BJ&K「屋台の方々がサービスしてくれました」ドッサリ


 旅の消耗品、食料の買い出しで別行動をしていた白薔薇姫とBJ&Kがリストに無い品を大量に持っていた
まるで最初からこの3人が今宵は此処でお月見しようぜ!っていうのを予知していたかの様に
彼女(ほとんどBJ&Kだが)はお団子やお総菜、飲み物の類を持っていた

 曰く、屋台前を通りかかった白薔薇に屋台の店主達が「べっぴんさんだね!これサービスするよ!」と渡して来たとか…
重さで腕がプルプルしてる様な気がするBJ&Kとにこやかに笑う白薔薇を見て3人は暫く呆気に取られた後、盛大に笑った
 準備に抜かりは無しとは恐れ入った、これは白薔薇には頭が上がらないな、と
810 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/11/07(日) 23:56:00.27 ID:DcTYNOu70
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―――
――



 古来、人は空に輝く物を信仰した

 太陽には神が住まうと信じ人間に齎す光の恩恵や作物の豊穣を乞い願った、風土と風習は違えど何かを信仰する文化は
必ず人の根付く大地にはあった、太陽信仰とは違うが夜空に輝く月に祈りを捧げる古めかしい文化も当然ある
 大空で輝く物に対して畏れ敬う…形式こそ違えど本質は変わらない


 人がそれに人智を超えた神秘を感じたならそれに対して畏敬を以て信奉し得られる恩恵へ感謝する、そこに差は無かった





    ブルー「…紅い月だな」



  エミリア「綺麗だけど、血の色みたいで少し気味が悪いわね…」

   ブルー「ふん、気色が悪い言いつつ貴様もジッと見続けているではないか」

  エミリア「そりゃそうだけど…」


    ゲン「はははっ、さっきの話の後だから不吉に見えちまったってのもあるか?」


 酒を呷った剣豪が豪快に笑う、元モデルの彼女は少しだけムッとして「別にそーじゃありませんよー!」と拗ねた様に
果物酒の入ったグラスに唇をつける、酒に弱い事を知っている同僚のアニー、酒屋で同席したことのあるリュートは
そんなに一気に飲んで大丈夫かと?心配そうに見つめた


 レオナルド「まぁ赤い月は不吉の象徴っていうのはあながち間違ってはいないからね」

 レオナルド「統計データ上、何かしらの災害が起きる直前には紅い月が出ると言うから」


 空に光る紅に対してネガティブな意見が出る中、蒼の魔術師は口を開いた





   ブルー「俺は、別に紅い月を不吉の象徴だとは思わんがな…」



  リュート「おろ?珍しい、いつも赤いモンを目のカタキにしててトマトでさえガツガツ噛み砕くのに?」

   ブルー「貴様の中での俺はどういう人物像なんだ…」


   ブルー「赤い月が見えるのは学説上、噴火や山火事で発生した塵や水蒸気が原因でそう見えるというのが多い」


   ブルー「今レオナルドが言った様にそれが見えてからは地震だとか災害が出るケースがある」

   ブルー「…不吉の象徴というよりは、警告や注意だな」




   ブルー「学術理論で解き明かせる自然現象を以てして、人々に"事が起こるから備えておけ"と説いている」


   ブルー「…俺はそう解釈してるがな」



 学徒として本の虫だった頃に文献で見た意味合い、そこから自分が感じた毀損の無い意見を彼は述べた
古代の人間が太陽や月を信仰したのはそういった一種のサインを知れたからというのもある
 暦<こよみ>を知る術<すべ>であり、方角や時間、季節の概念を賜り、世に起こる恵みや厄災の"予報"にもなった


 …【紅】はあまり好きな色じゃないけど、アレ自体は別に悪くはない、ただの自然現象、論理的に解明できる仕組みだ

 人々を救おうとそんな声なき声を上げ、警戒心を抱かせる―――あまり好きになれない色だが認めるべきは認めてやる

811 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/11/07(日) 23:58:27.76 ID:DcTYNOu70


 何か信じられない様な物でも見た顔で各々が蒼き魔術師の顔を見る、表情が判別できないスライムですら
呆けている様にブルーは見えてバツの悪い顔になる


   ブルー「……なんだ貴様ら、そんなに変な事を言ったか?」イラッ



   アニー「いや別に変な事は言ってはいないんだけどなんかね」

  リュート「お、おう…なんか今日は珍しく赤い物に対して優しいなって、こりゃ明日は月でも消し飛ぶんじゃ…」



 あっ、いや、月は無くなってたかと茶化してジョッキの中身を喉に流し込む無職男性に益々眉間の皺を寄せるのであった
言いたいことは解ってる自分らしく無い発言だったとも、そんなことは分かっているんだ

 生死を賭けた激戦から誰一人欠けずに生還したからなのか、今日に限って妙なセンチメンタルになっている自分が
存在していることには気付いている
 …認めたく無いが、自分はコイツ等に多少なりとも愛着が湧いてるのかもしれない、蒼き魔術師はそう思う


 そんな彼らと今宵見ている【紅】は不思議と嫌な気持ちがしない、それどころか美しいとすら感じた
胸の奥がざわついて、だのに…何処かひどく冷静な自分が居て今まで考えた事も無い言葉が浮かんでくる
誰にも漏らした事の無い自分の心情を何かの弾みでポロリと零してしまいそうな自分が居る
 今まで凍り付いていた物が一気に解氷して流れ出してしまいそうな、…落ち着いて打明けたくなる不思議な気持ち



 ――――……心細い?不安や寂しい? どんなちっぽけな事でも良いから誰かに打明けたい?


 脳裏にこの歳まで考えた事も無かったワードが飛び交って消えていく、今まで考えた事も無い"言葉<感情>"の数々が





…きっと紅い月の所為だな、皆既月食は星々との間での引力で人を情緒不安定にさせるらしいからな。

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―――
――



 紅き魔術師は[京]の[庭園]にて気の置ける仲間達と共に語らい合い、夜風を浴びて空に浮かんだ蒼月を眺めていた
滅多に見れるものじゃない統計上かなりのレアケースの月

 ありえないこと、相当珍しい物、もしも見れるのならばそれは即ち幸運であり神に愛された者であるとそれ故に
蒼月はこう称されることもある

――――青い月は奇跡の象徴である、と



  アセルス「―――ってことがあったんだよ、だから二人でイルドゥンの寝室に捕まえた虫を…って聞いてる?」

  ルージュ「えっ、あっ!?ごめん…空を見上げてたからつい」


   レッド「今日は確かにお月様が綺麗だからなぁ…スーパーブルームーンとか言ってたっけ?」

   白薔薇「ええ、今宵は綺麗な月ですよね……美しい程の青は奇跡や幸福を与えると言いますわ」

   白薔薇「童話でも"幸せの青い鳥"という物があるように昔からそう言った意味はあるのです」

  ルージュ「読んだことがありますよ、幸福を呼ぶ青い鳥は本当は近くに居るのそれに気づかず求めて旅する話ですね」


 その身に青い血液を宿す妖魔の貴婦人は静かに語る。


   白薔薇「…ふと国ごとに解釈の違う青い鳥の書籍を読み考えた事があるのです、青い鳥を見つけ出せた者は幸福と」

   白薔薇「であれば、"青い鳥自身"は一体どうやって幸せになるのでしょうか…"月自身"は一体何を見上げるのか」


 自身が人に幸福や奇跡を授ける存在であるならば、その当人は誰から幸福や奇跡を授かるのだろうか?
そう考えると見上げる人々を幸せにする蒼い月はなんと孤独な存在なのだろうとふと思ってしまう


812 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/11/08(月) 00:16:50.30 ID:6x6tlwg90


   レッド「なんつーか哲学的な話だなぁ…確かにそういわれるとあの夜空に浮かぶお月さんも可哀そうかもな」

   レッド「だって、月自身は月なんてみれねぇだろ?俺達は普通にこうやって飲み食いしながらお月見してる訳だし」

   レッド「月は一体何を見て綺麗だなぁとか思うんだろうなぁ」


  ルージュ「ん〜…可哀そう、なのかな?」


   白薔薇「ルージュさん?」




  ルージュ「僕は、蒼い月が可哀そうな子だとは思わないよ、だって蒼い月は僕達が住んでる星を見てるんだもん!」



 その発言に全員が目をきょとんと丸くした、なるほど…地上に居る人間がお月見してるなら
向こうさんはもっと蒼く輝く水の星を見てるのか…

 月視点なら幸せの"青い水の星"がいつだって間近にあるという事なのだろうか



   白薔薇「なるほど…そういう解釈ですか、そういう物もあるのですね…その発想はありませんでしたわ」

  ルージュ「僕は皆が皆、誰しもが幸せになれる権利があると思うよ、きっと例外なんて無いんだ」

  ルージュ「人は青い鳥を探したり捕まえることができる、でも青い鳥自身は青い鳥を捕まえられない」


  ルージュ「きっとそんなことはないんだよ」


  ルージュ「青い鳥にとっての別の青い鳥が居るんだよ、もしかしたら僕達には気付けないだけで彼らには」

  ルージュ「彼らだけが口にできる幻の青い果物とか青い木の実とか、もしかしたら青い花があるのかもしれないし」


  ルージュ「月には月で僕達からの場所から観測できないけど、あの宇宙区域地点から見える別の月があるかもよ?」




  ルージュ「ただ自分だけが誰かに奇跡や幸福を与えるだけで、自分は誰からも奇跡や幸せを貰えない」



  ルージュ「僕はそうは思いたくない、そんなの悲しすぎるから……―――だからそうであって欲しいなって」


 それは違うし、そうであってはならないんだ。

 紅き魔術師はそう口語する、きっと自分達には分からないだけで相手にも大切な何かや誰かが居てくれる筈なのだと


   白薔薇「ふふっ、そうですわね、そうであった方がいいですよね」クスッ


 妖魔の貴婦人は月を見上げて慈しむ様に微笑む、空から無償の輝きを振りまいて夜道に疲れ果てた人々の心に感動を与え
もう一度辛く険しい道のりを歩き続けようという心持にさせてくれる蒼月

 そんな蒼月にもきっと自身にとっての幸せや頑張ろうとするための何かがあるのだ
案外、自分の"応援<エール>"で立ち上がり日々頑張ろうとする人々の姿が彼にとっての生きがいなのかもしれない

 そう考えたら、それはそれで相互に助け合っているということになるのでは?



   ルージュ(…誰かが空に浮かぶ綺麗な月に祝福されて、頑張ってねって応援される)


   ルージュ(もしも、もしも月が誰からも祝福されないのなら、祈ってもらえないのなら…そうだなぁ)




   ルージュ(なら、せめて僕くらいは祈ってあげたい、かな…)


813 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/11/08(月) 00:35:00.43 ID:6x6tlwg90
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―――
――




  二人の魔術師が居た。



  奇しくも、同じ時間、同じ刻の中で二人は蒼と紅の月をそれぞれ見上げていた






 蒼は暁月を見て、これからの旅路は困難が伴う茨の道かもしれないと感じた


 蒼は誓った。




 自分は決して挫けない、生きてみせると









 紅は蒼月を見て、光を齎す存在と自身の旅路に幸があって欲しいと思った


 紅は祈った。




 自分のこれからに幸を、生きてみたいと




――
―――
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814 :少し忙しくなるのでもしかしたら再来週かもしれない、できれば一週間以内に続き [saga]:2021/11/08(月) 00:38:04.33 ID:6x6tlwg90
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            今回は此処まで!



           ※ - 第6章 - ※



        〜 蒼月に祈りを、暁月に誓いを 〜


                              〜 完 〜

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815 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/11/08(月) 07:35:51.48 ID:kUQRjw8B0
おつー
ルージュくんいい子でかわいい
816 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/11/21(日) 23:35:22.51 ID:tk2iaXF30






           ※ - 第7章 - ※



        〜 それでも明日はやって来る 〜



817 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga!red_res]:2021/11/21(日) 23:37:00.15 ID:tk2iaXF30


 その日は、一際暑い一日だった


 ジッとただ立ち尽くすだけで汗が滲む様な暑さの中を涼風が一陣吹きぬけていく
ふと首を上向けてみれば少し前にも見上げた蒼穹は色褪せていて、徐々に違う色が混ざりつつあった
 齢7歳の二人は勝手にそれぞれの学院を抜け出して来たことを思い出し互いに表情を変えた
こっぴどく叱られてしまうだろうなと眉を八の字にして笑い、もう一人はバツの悪そうな顔で後ろ頭を掻いた



 かと言って今更戻る気なんて無かった、どうせ怒られるのが確定しているなら慌てて帰っても意味は無い
一時間遅れようが三時間遅れようが遅れたという事実は変わらないと開き直った



 暑い中、二人のよく似た少年…整った顔立ちと長く伸びた髪から少女にも見えたかもしれない





 ほんの少しだけ暑さが薄れていく街の中央広場で二人は此処まで来たなら夕日も見てみようと

 蒼を纏った金髪の子と紅を纏った銀髪の子、どちらが先にでもなく息を合わせてそう言った





  『刻が経つのは早い物だな、もう陽が傾き出した』

  【ね、本当に不思議だと思うよ】


  『楽しい時ほど早く過ぎる、月並みな言葉だが…その意味を実感出来た気がする』

  【時間は皆に等しく平等だー!っていうけれど本当はそんなことないのかもね】


  『ああ、苦痛に感じる者や喜楽を噛みしめられる者、人によって流れ方は違う』

  【根っこの部分は同じモノの筈なのに人がそれをどう捉えるかが大事ってお話だよね】



  『ああ、そうだな』

  【ふふ、そうだよね!】





 邂逅を果たした広場の噴水の縁をベンチ代わり腰かけてお互い何も言わずにただ街を眺めていた
修道士が手に学院の教えを綴った聖書を持ち聖堂で祈りを捧げる為に忙しくなく移動し
ある者は特殊な呼吸をしようと木陰で息を整えて、観光客は西日になりつつある斜陽から
目を保護すべくサングラスの位置を正していく


 一際暑い夏の日がほんの少しだけ去っていく瞬間、晩夏もやがては立ち消え、鈴虫が舞台準備に急く


 吹き抜けた涼風は遠からぬ未来を暗示していた
時が訪れれば自然と現れる摂理の予兆、街に根付く息遣いも少しずつそれ等を感じ取って変わっていく
 小さな変化、だけども大きな変化―――それを二人の少年は何を言うでもなく見つめていた



  『人を視る、というのも存外つまらないものではないな』

  【"生きている"それを実感できるからね】


 街が生きている、人が活きている。

 多くの命がそこにあって、それぞれが互いの相互関係で成り立っている
誰かが誰かの為に存在していて、同時に誰かが誰かから渡された物で今日を生きて
そして誰かは誰かの犠牲の上で成り立ち明日を迎える、普段気が付かないだけで世界はきっとそうして回っている


―――
――
818 :続き火曜日か水曜日予定 [saga]:2021/11/21(日) 23:38:33.99 ID:tk2iaXF30

【双子が旅立って10日目 午後 16時00分 [京]】


 紅葉の色が最も映える夕暮れ時、時刻はジャスト16時ぴったり、ヒトロクマルマルである


 眠気覚ましの湯浴み後に重くなった銀髪の水分をふき取り旅館備え付けのドライヤーで髪をよく乾かして彼は着慣れた
紅の法衣を身に纏う、[シンロウ]で調達した精霊銀の装備やドール隊員から選別として頂いた幾つかの支給品も身に着け
彼は揺り椅子の上で時計の長針が天辺に上り詰めるのを待っていた

 昨晩、[IRPO]のメカ隊員ラビットと接触して協力を取り付ける事に成功した彼らは潜入先の基地について
分かっている情報を提供してもらった

 曰く、物資の搬入や人員の入れ替え、また基地内の警備担当者による定時見回りスケジュール等々




 結論から言うと、この時間帯が[メタルブラック基地]を攻略する上で一番の攻め時だそうだ



[書院]の地下にブラッククロスの資金源となる麻薬の密造施設がある、彼らにとっての金鉱脈を潰し
"可能であるならば"メタルブラックに警察への自首あるいは組織を潰す為の協力…つまりは司法取引だが
恐らく彼は主君を裏切る様な者ではない

 前日から思ってはいたが、どれだけ希望は薄くとも藁にも縋りたくなるのが人間のサガだ


 限りなく可能性が0%に近かったとしても"可能であるならば"穏便に済ませたい




 肝心の入り口に関してだが「ぬけみち」とやたら達筆で書かれた掛け軸の裏が出入口になっているらしく
[書院]に出入りする修行僧に扮した麻薬売人もそこから入っているらしく本来であれば掛け軸前に
誰かしらの見張りが居る、なんならメタルブラック本人が掛け軸前に堂々と立っていて来訪者が基地内に入り込まない様に
監視していることだってあるのだそうだ

 今日のこの時間帯なら掛け軸の前に見張りは居らず、しかもご丁寧にブラッククロスの手の者が基地に入る為にロックを
敢えて解除してあるとのこと


 それ故にルージュ一行は昨日[京]に到着したにも関わらず、行動を起こさず黄昏時まで旅館で息を潜めていたのである
時計の針が16時をぴったり指し示したタイミングで戸を叩く音がする




      BJ&K「ルージュさん、時間です」ピピッ

    ルージュ「ん、今行くよBJ&K」


 医療メカが予定通り作戦決行の時間に迎えに来た、彼は必要な荷物を持って旅館を出る
チェックアウトはしていない、事が終わればまた戻って来る予定だからだ
 入口には既に白薔薇姫とアセルスお嬢、レッド少年も居る……ラビットは先に件の掛け軸前に居るとの事だ



    レッド「それじゃあ、行くか」


 術士の姿を見るなり少年がそう言葉を発した、何も知らない観光客や旅館の従業員からすれば知り合いが来たから
引き続き観光の為に街を回ろうという意味にしか聞こえないことだろう
 何気ないこの一言に、どれだけの決意と緊張が入り混じっていたかは知る由も無い



 友好的だった知人を―――メタルブラックをこれから切り捨てるやもしれぬ、それは皆が思っている事で口には出さない


 彼らは橋を渡り、落ち葉舞う道を歩み、幾度か訪れた店の前を素通りして、長い坂道を登っていく
前に訪れた時と同じで紅く燃え上がる様な美しい輝きが[京]の都を包んでいた
 夕焼けの朱に照らされた街並みを進み、彼らは遂に[書院]へとたどり着いてしまった…

 事前報告の通り、院内には職員は誰一人として居なかった…否、道中見えてしまったのだ
[クーロン]でも見かけた巡礼者と同じ格好をした人物が建物の中に入っていくのを
 そして、誰も居ない……入った筈の修行僧の姿が影も形も無い、隠れられる場所など何処にも無いと言うのに


 例の掛け軸がある部屋にも巡礼者の姿は無く、代わりに天井からラビットがふよふよと降りてくる
曰く、麻薬の密売人がやってきて自分に気づかずに基地内へ入っていった、と
819 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/11/22(月) 03:07:57.08 ID:CfwkyEjn0
乙です
メタルブラック楽しみ
820 :続き 金曜日か土曜日 [saga]:2021/11/24(水) 23:24:46.52 ID:r3avWaxy0


   ラビット「この裏に空間があります」

 降りてきたメカ隊員は「ぬけみち」と書かれた掛け軸を示す、その言葉を受けてレッド少年がゆっくりと手を伸ばすと…


          レッド「おあっ!?」シュインッ!!


  アセルス「烈人君!?」

  ルージュ「き、消えたっ!?」


 手を触れた途端、彼の身体は薄くなりそのまま回転しながら浮かび上がったかと思えば
掛け軸に吸い込まれる様にして姿が消えた
 白薔薇がそれを見て口元に手を当て、「…なるほど一種の転移術のようですね」と興味深そうに眺める

 [ファシナトゥール]の城にも転移術を利用した移動装置はある
台の上に乗れば舞う花弁に包まれて違う棟へと運ばれる物だが彼女は主人の城にある物と違い
妖力を感じないことに疑問を抱く


   ラビット「術と科学機器の2種混合装置のようです、術に長けた人物が近づいても察知できないようです」


 メカ隊員の解説を聴いて成程と白薔薇は納得し、同時に機械の力は妖魔の霊感でさえもこう欺くのですかと感心する
同じく術士である紅き魔術師も術的な力を全く感知できなかったことに驚いた
 薄っぺらい壁掛けの一枚、それが捲れても後ろには壁しかなくどうみてもちっぽけな掛け軸一枚の裏に
人間一人が通れる様な大穴も扉もあるとは思えない

 触れればこの軸の裏側、厳密に言えば壁を物理的に貫通して内部にある秘密基地に入れるという仕組みか


  ヒュンッ!!

   レッド「び、吃驚したぁ……」


 少年がまるで瞬間移動でもしてきたように現れた、どうやら向こう側から帰ってきたようだ
仲間の顔と景色を一瞥してどうにか地上に戻って来ることができたのだとホッと息をつく


   レッド「入ってみたが、この中凄いぜ…[京]の建物とは思えないくらいの無骨な創りだった」

   レッド「瞬間移動してすぐ後ろに緑色の光がある、暗闇の中で蛍光塗料ペンで縦長の長方形描いたみたいな感じの」

   レッド「どうやらそれに触れれば地上に戻れるみてぇーだ」



  アセルス「じゃあ、予定通り基地に時限式の爆弾を仕掛けたら…」


   レッド「ああ、退路は確認できたからな、そこまで戻ってくれば無事に脱出成功ってワケだ」


 一同その言葉に頷いて、掛け軸に触れていく
紅き法衣の青年も仲間達と同じように手を当てれば、浮遊感に襲われる
 自身の身が宙を舞い、視界が文字通り360度回転―――したかと思えば何処かの物置か何かと思わしき場所に立っていた



  ルージュ「ハッ……ここは…」キョロキョロ


 [京]の自然豊かな香りとは違う、鉄と油の匂い…いや、それだけじゃない
長い間放置された雨水をろ過しようと熱した時に立ち上る様な何とも言えない臭さ
 銀髪の青年は自然と裾で鼻を覆いながら眉を顰めていた


   BJ&K「大気中に人体にとって有害な成分はありませんね」ピピッ


 医療メカがそう判断して一先ずは安心する、一歩足を踏み出すと金属の上を歩く音が響く
トタン製の鉄板床から年季の入った所々塗装が剥げて錆が目立つトタン階段を降りていく

……もう大昔からこの麻薬工場が稼働していたというのがよくわかる


 階段を降りきって部屋の隅々を見渡すと部屋の端っこに無造作に[300クレジット]が置かれているのが目に映る
察するに此処で外部から来た"商売人"が品を受け取り代金を置いていくのか
あるいは組織本部へ輸送予定の献金を近々、それこそ本日中にでも輸送予定だから仮置きしているのか…
821 :続き明日か明後日 [saga]:2021/11/27(土) 23:48:49.93 ID:MkOxy8fh0

 徐に金袋に近づいて手に取ったレッドが術士の方に投げて彼は慌ててそれを受け止める
ずっしりとしたクレジットの重みが両の掌にのしかかる、魔術師は険しい表情をした少年の顔を見つめる


   レッド「ブラッククロスの金なんざ百害あっても一利無い、この麻薬基地もどうせ用意した爆弾で吹っ飛ばすんだ」

   レッド「コソ泥みたいな真似だけど旅に役立つモンは貰うだけ貰うさ、[秘術]の為にも先立つ物が要るんだろう?」


 一理ある、無法都市で[金]を買おうとしたがあまりの値段に中々手が出せず結局[シンロウ]に行ったのは記憶に新しい
遺跡探索で一山当てて購入するという金策も[ベルヴァ]の一件で有耶無耶になり成果は……まぁ強い武具の新調はできたが
 何れにせよ犯罪組織のテロ活動や非人道的な科学実験の助けになり得る資金や物資を放置しておくのは忍びない
ドール隊員からも押収品についてはお墨付きをもらっている、[IRPO]の権限様々といった所だ


  ルージュ「そう言う事なら…」スッ


―――
――


 金袋を[バックパック]に仕舞いこむ、少しだけ重量の増した荷物を背負い直してから潜入者一行は
入口から一歩先の通路へと歩みを進める
 曲がり角の所を覗き込むと全身緑色のタイツスーツの人間が3人だけ見回っているのが見える
本来ならばもっと厳重な警備態勢だったのかもしれない


   アセルス「イチ、ニのサンで飛び出してそれぞれ各個撃破しよう」


 [緑戦闘員]は全部で3体、この通路部屋も別エリアへと3つに枝分かれしている…入ってきた入口からすぐに北側南側への
枝分かれ、南側に更に階段があって下階層へと繋がっている
 未だ自分達の侵入は気付かれていない、ここで討ち逃して増援を呼ばれたり最奥の警備を固められるのは好ましくない


 幸いにもラビット隊員を数に入れて自分達は6名だ、であれば[1軍]、[2軍]、[3軍]と2名ずつパーティチームを編成して
それぞれを強襲すればまだ警報も鳴らず平穏という名の微温湯に浸って油断しきっている敵基地内を堂々と歩けるワケだ


  ルージュ「よし!僕とレッド、アセルスは白薔薇さんと一緒で、BJ&Kはラビット隊員と組む、これでどう?」

  アセルス「OK、白薔薇と南側の戦闘員の方をやっつけるよ」


   レッド「ああ、姉ちゃんはそっちを頼む俺達は北側の奴だな」


    BJ&K「では我々は階段の戦闘員ですか」
  ラビット「了解です」


 それぞれが分担して各個撃破に務む、いつかのキグナス号での戦いを思い出す様な状況だ
各員が武器を手に取り、ルージュも術の印を直ぐ様切ることができる様にしておく


   レッド「行くぞ…イチ」
  アセルス「ニの…」


  ルージュ「サンっっ!!」ダッ!



   緑戦闘員A「キー!(!? な、なにやつ!?)」
   緑戦闘員B「キー!(曲者じゃ!ええい!指揮官殿が外の見回りに出ておるこの様な時分にっ!)」
   緑戦闘員C「キー!(おのれ!ネズミ共め……その首討ち取ってくれようぞ!!)」


 戦闘員達が一斉に飛び出した彼らの姿を認識するや否やそれぞれの反応を見せる、あからさまに動揺を隠せない者
数の上で分が悪いと速やかに判断してせめて基地内の警報装置を作動、可能ならば増援を率いて戻ろうとするもの
体術の構えを取り勇猛果敢に攻めんとする者


  ルージュ「相変わらず何言ってるか分からないけれど…っ!![エナジーチェーン]!!」キュィィン!!


 紅の魔術師は指先から思念の鎖を発現させて、動揺から我に返り基地内の異常を知らせようと
背を向けた戦闘員の脚を絡めとる、同時に背後から[妖術]と[心術]が発動する時の魔力の流れを感じ取り
階下からは重火器による攻撃を受けた戦闘員の悲鳴と思わしき甲高い『キー!』という声が響く

 脚を取りすっ転ばせた戦闘員の顔面にレッド少年の壁を蹴ってそのままの勢いを活かして急降下していく[三角蹴り]が
綺麗に決まった、心なしか動きがアルカイザーの[ディフレクトランス]に似てる気がする、きっと彼もファンなのだろう
822 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/11/29(月) 03:09:51.76 ID:uaPMP7L30
おつー
ブラッククロス戦闘員好き
823 :>>1です [saga]:2021/11/29(月) 12:27:35.18 ID:uZ+szydD0
予定変更で続き土曜日予定
824 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/12/04(土) 23:39:12.15 ID:K9MQ64G60

 戦闘員を沈黙させた二人は後方を振り返る、[生命波動]と呼び出された[ジャッカル]によって倒れた戦闘員を背にして
こちらは完了したと女性陣が手を振っていた程なくして階下から浮上してきたラビット隊員も目標を沈黙させたとの事
 一行は合流して慎重に歩み始める入口から三方に分岐していることから分かる様に基地内は入り組んでいた


  アセルス「あれ、こっちって通った道だっけ…」

  ルージュ「上を見てごらんよ、ほらあの金網上の足場、あそこに繋がってたんだよ」


 基地を歩き回り道中でまた[300クレジット]を拾ったり、彼らの支給武器と思われる[サムライソード]の置き場を発見し
今しがた自分達が歩いている場所はその武器置き場の真下だと術士は言った

 多少迷いもしたがまだ踏み歩いていない場所に出たのだなと彼らは安堵する、あまり時間をかけすぎては厄介な事になる
幸いにもまだ基地内に潜入された事実は広く伝わっていないのだから



 スッ…


   レッド「ん?なんだ…なんか匂うな」クンクン


 敵がいないか警戒しながら通路を覗き見る少年はふと、妙な香りに気が付く
甘ったるい奇妙な匂いに鼻をひくつかせながら彼は視線の先に[緑戦闘員]が二人何かを話し合っているのが目に映る
彼らのすぐ傍には鉄扉が一枚、そしてレッドから見て左側にはガラス張りの部屋があって天井に電灯でもついてるのか
薄暗い基地内の通路側にまで強い光が漏れ出して来るのが解った


  レッド(…なんだこの角度からじゃよく見えねぇけど左側のガラス部屋、何かあんのか?)

  白薔薇(あら、この香りは…)スンスン



 ふと花飾りの妖魔貴婦人が空気中に舞う香りに気が付く、これは"花"の匂いであることに気が付く…それも普通ではない
左側から溢れる強い光は太陽光に性質が非常に似ていて
室内栽培などに使われる最新式のLEDライトのソレだとメカ勢は察する

 妖魔の姫とメカ2機はそこから左の部屋がなんであるか大まかに理解した……



   緑戦闘員D「キー(新薬の配合はどうでござるか?)」
   緑戦闘員E「キー(依存性に難がありで調整が必要であろうな、被検体が来ることを切に願いたい)」



 ルージュ(3人とも…準備はいいかい?)
  レッド(応ともよ)
 アセルス(こっちもOK)


  ルージュ「それじゃあ…[隠行]」スゥゥ…!
   レッド「…[隠行]」スゥゥゥゥ…!
  アセルス「…[隠行]」フッ…!



 刹那、3人の姿が霞みが如く消えた…っ!否、そこに存在してはいるのだ!!
彼らは以前[京]に来た時に[心術]の資質を得た、その甲斐あって自らの姿を他人に知覚させなくなる[隠行]を習得していた
人間が自身の内にある潜在能力や力を引き出す術…ッ!極限までに気配を断ち、そこに居るはずなのに居ないと錯覚させる
 周囲の空気と同化した彼ら3人が先行して近づき
未だ接近に気づかぬ敵の喉元に拳を鳩尾に鞘による鋭い突きを至近距離からの[魔術]で意識を刈り取り―――

 こうして彼らは未だここまで潜入に気づかれずに数々の難所を切り抜けてきたのであるッッ!!


その様はまるで忍ぶ者、即ちニンジャめいたアクションであった…!


    ド ス ッ !!!


    緑戦闘員D「ギッ!?(ぐえっ!?)」ドサッ

    緑戦闘員E「キー!(ど、どうしたでござるか同胞よ!)」


  ゴスッ!

    緑戦闘員E「」ドサッ
825 :続き明日か明後日予定 [saga]:2021/12/04(土) 23:40:53.12 ID:K9MQ64G60

 しめやかに気絶した戦闘員の傍らで彼らは余人の眼が無い事を確認してから[隠行]を解く、ふぅ…と大きく息を吸い込む
この術を使うと如何せん水中に潜る感覚で息を殺さねばならぬのだから息苦しくて困る
 呼吸が碌にできない状態では派手な大技や術を使うこともできない、必然的に一時的な隠れ蓑としてしか機能しない


  レッド「何言ってたかわからねぇけどこんな所での立ち話だ碌でもねぇ内容だったんだろうな」チラッ




    ガラス越しに見える部屋『 一面のお花畑  』



  アセルス「この花ってそういうことだよね?…刑事物のテレビドラマとかの中だけの存在だと思ってたけどさ」

  ルージュ「ケシの花ってヤツ?…やたら甘い感じの変な匂いがするとは思ったけど」


 色鮮やかな花が無数にある花壇には咲き乱れていた、可憐に咲く…とても人を破滅に導くとは思えんような花々が
硝子越しにその姿を見てルージュは何とも言えない心持になった


  ルージュ(…こんなに美しい花なのに)グッ…!


 欲望と禁忌の花園が此処にあるのならば目的の麻薬製造釜も恐らく近い事だろう、レッド少年とアセルスお嬢が
気絶させた戦闘員をとりあえず人目に見つからぬ所に隠せないものかと戦闘員を発見した際に見た鉄扉へと目を見やる
 少年は奥に何か居ないか警戒しながら扉を開けるが…



    レッド「うっ…こいつぁ…」ギリッ


 紅い鉄扉は刑務所の囚人用のソレと同じように顔を覗かせる格子がついていた、部屋の中は簡素な物で狭い一部屋に
パイプ椅子が二脚、そして机が一つ…
 それこそ先程アセルスが口にした刑事ドラマとやらに出てきそうな尋問室じみたシンプルな部屋だが問題は
地べたに置かれた料理の乗ったトレイと横倒しになったパイプ椅子である

 パン一切れによく分からないスープの入った器のシンプルなメニュー…爪で引っ掻いた様な後がある机と
暴れた拍子で倒れたとしか思えない椅子、極めつけに鉄扉は外側から施錠できるタイプで
中に入った者を逃さない仕組みと来た…扉の内側には何かが衝突したようなボコボコの跡が真新しい



   白薔薇「…酷い物ですわね」


 その部屋の"用途"がなんであるかを察してレッドは歯を食いしばる、彼は純粋な少年だった
だからこそ年若い彼の正義感がこの行いを一層許せなかったのだ


 背後から覗き見て部屋の内情を知ったアセルスも声を失いただ両手で口元を覆うだけで
そんな彼女の肩を抱き寄せて下がらせたのが率直な感想を述べた白薔薇姫である

 紅き魔術師もただ黙って俯き目を閉じた




 ―――…組織の人間の休憩所にしてはお粗末過ぎる、百歩譲ってそうだとしても食事を地べたに置く理由や
              机の引っ掻き痕、倒れたままの椅子や内側から何度も扉を殴打した跡の説明がつかない



 ここが麻薬の密造施設であるという事を考えれば容易に見当もつく


   レッド「ルージュ、わりぃけどコイツ等を縛ってそこの部屋にぶち込むの手伝ってくれ」
  ルージュ「うん…」


 少年はそう言いながら震えるアセルスの肩を抱きしめる白薔薇姫に目配せをする
それを受け取って白薔薇は「アセルス様、私達はBJさん達と敵が来ないかそちらを見張りましょう」と部屋から離れさせる

 戦闘員二人を[バックパック]から取り出した紐で縛って部屋に放り込み重々しい鉄扉を閉じる
重量のある扉が完全に閉じた後、彼らは中に居る二人が目覚めても出てこれないように鍵で施錠しておいた


   ラビット「証拠写真の撮影を求めます、違法植物培養設備の方へ進路を取れますか?」フヨフヨ…

    レッド「そっちか…」チラッ
826 :続きは木曜日か金曜日予定 [saga]:2021/12/06(月) 22:38:15.77 ID:sB9mSSjh0


   アセルス「…行こう!これは大事なこと、記録に残しておかなくちゃいけない大事なことなんだ」グッ


 同じく非道に対する怒りとも取れる震えを抑えぬまま固く拳を握ったアセルスお嬢が静かに口にした
証拠写真として、誰かの目に触れることのできる資料として後世に遺さねばならない

 時が立てばいつかは人々の記憶から忘れ去られ、風化する事件や出来事はある
しかしながら人間には断じて許してはいけないタブーがあるのだ、越えてはならない一線というものがあるのだよ
 それは容易に風化させてはならぬ事柄だ、然るべき機関や書庫に記録され二度とあってはならない事と記されるべきだ


 どんな大きな組織であっても、どれ程の規模や尽力を尽くしても必ず罪は暴かれる


 警察機関の資料室で埃被った解決済みの調査ファイルがそう主張するように、これも未来の悪党への抑制となればいい


―――
――



 艶やかな赤紫の花がちらほら咲き乱れる花壇をラビット隊員が内蔵カメラで撮影していく、先程[緑戦闘員]を放り込んだ
例の部屋は当然既に撮影済みだ、……至る所に[術酒]や[最高傷薬]が落ちてるのが目に映る
 BJ&Kに成分を精査してもらったところ、彼曰く"アレな成分"は入っていないとの事で使う分には問題はないらしいが



 ルージュ「正直、気が引けるよね…こんな所に落ちてた薬とか使うの、いや一応は貰っていくけどさ」

  BJ&K「先程も申しましたがトリニティの法令に反する薬物反応は検知されていません依存性も無く人体に無害です」


 ルージュ「うっ、それは分かったけどさぁ…そのぉ、気持ちの問題というか、その、ね?」


 術の力を満たす特注の酒と[最高傷薬]が培養の為の原料の一部らしいから落ちていたという見識だが
"おクスリの花壇"の傍らに落ちてる回復薬とか色んな意味で何か嫌だなぁ、とルージュは独り言ちた

 シュルリ…


 術士の耳が何かを這う様な音を拾ったのは彼が脚を何かに取られて態勢を崩しかけるのとほぼ同時であった


  ルージュ「うわぁぁぁっ!?」

   白薔薇「ルージュさんっ!!―――ハッ!あれは!!」


 一本の蔓の様な物が紅き魔術師の脚に絡みついていた――――花壇の花々に埋もれる様に隠れていたソイツを妖魔の姫は
直ぐに見抜いた…ウツボカズラの様な食虫植物にありがちな捕虫袋を持つ植物モンスター[トラップバイン]だ…っ!
 一般的な食虫植物との最大の違いは捕虫袋の形が蕾状態のチューリップのような形状とその大きさが人間の頭部に匹敵
そして獲物を喰らう時はその蕾がガッポリと開いて一気に人間一人を[丸のみ]にできる程にまで膨れ上がるということだ

 虫だけでなく哺乳類をも喰らう肉食性の植物であるが動き自体が遅く不用意に近づかなければ問題無いとされ
トリニティ政府からは"敵ランク4"相当とそこまで危険視はされていない存在なのだが…


   レッド「こいつっ…!花壇の中にモグラみてぇに潜伏してやがったのか!?」チャキッ


 全長の半分近くを地中に埋めて、残りは花々に埋もれるように隠れる―――本来ここまで知性溢れるモンスターではない
これもブラッククロスの品種改良によって生み出された生物兵器ということなのか…っ!!!


 [触手]による[足払い]を受けて姿勢を崩したルージュの片足を掴みそのまま吊るし上げて[丸のみ]せんと大口を開く
術士の眼には毒々しい蕾の中でちゃぷちゃぷと揺れる[強酸]が映るッッ!


   アセルス「はぁっっ!!」スパッ!

   ルージュ「あでっ!?」ドサッ


 間一髪飲み込まれる所でアセルスの[逆風の太刀]が[触手]を切り飛ばす、地面に落下したルージュは
先に剣を抜いていた筈のレッドの方を見た、すると―――


      レッド「ぐおっ、こんの…角付き虫がぁ…っ!」キィン!キンッ!ガキィン!

   アームウォーカー×3「ピギーーー!!!」
827 :続き土曜日か日曜日予定 [saga]:2021/12/10(金) 23:02:44.76 ID:yUnP5nEZ0

 少年のすぐ傍に盛り上がった土があった、地中から何かが出てきたような穴…冬眠から覚めた虫が春一番の餌を求め
地中から飛び出してきたようなソレを確認できた


 ボコッ、ボコボコッ


 地に落ちて身を起そうとする魔術師が自分のすぐ目と鼻の先からそんな音が聞こえたのも気のせいじゃないと悟る
音の正体が幻聴でもなんでもなく更に言えば何が起ころうとしているのかを察して
慌ててその場から跳ねる様に起き上がり後退した



   アームウォーカー「パミーッ!」ボッコォォン!


 [角]を高々と突き上げる様にして丁度ルージュの顔面がさっきまであった空間を[アームウォーカー]が出てきた




      ルージュ「っっ、む、むむ―――」








      ルージュ「  ム シ だ ー !  」





 \ ムシだー! /





 まるで何処ぞの村で蟻のモンスターでも出たような叫びをあげる紅き術士、音はまだ聞こえてくる…ッ!


 ボコッ!ボコッ! ボコボコボコボコ……!!!



   BJ&K「ピピッ!危険危険、地中から複数の生体反応あり!」

   レッド「んなモンっ―――見りゃ分かるっつーの!!」ガキィンッ [飛燕剣]ヒュィィイン!


 敵の攻撃を捌きつつ、一番後ろに居た1匹に[飛燕剣]を飛ばす、体液を撒き散らしながら巨虫の怪物が横倒しになり
無数にある手足をジタバタとさせている―――レッドは確信を得た


 かつてアルカイザーとして[バカラ]で最初のブラッククロスとの衝突があった際
指揮を執っていたシュウザー配下の戦闘員と一匹の[アームウォーカー]を相手取った事があるが

 …その時と比べて明らかにコイツ等は強い


 単純に今の自分が生身の"人間<ヒューマン>"状態だからと言われればそれまでだが修羅場を乗り越えて
多少は強くなったと自負している、更に言えばさっきから捌いてる攻撃の一発一発の重さ
怪人達の戦闘力が3倍になる"トワイライトゾーン"でもないのに鋭さが増しているッ!


  パシュッ!パシュッ! シュィィン―――!


  ビット『 ビーム攻撃 』ビュンッ!
  アームウォーカー「ギッ!?」バジュッ!


  ラビット「プログラム[ビット]を射出しました、この場を切り抜ける為に少々時間を稼いでください」フヨフヨ…


 次々と強化改造が施された増援が来る中でラビットはそう言った、彼の身体から放たれたビット機が宙を舞う蜂の様に
敵を光線によって焼いていくが、致命傷には至らない…[ビット]の真骨頂はまだこれからであった

 ラビットは静かに、内部プログラム[サテライトリンカー]へのアクセスを試みていた…!
828 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/12/11(土) 03:42:31.54 ID:R6ZHrwvf0
女王がエロい成虫になりそうなアームウォーカーだな…
829 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/12/11(土) 19:14:48.30 ID:RAULAz8rO
乙です
830 :続き火曜日か水曜日予定 [saga]:2021/12/12(日) 23:51:28.22 ID:TypUjCXn0

 [IRPO]隊員のラビットといえばコレ、一種の代名詞と言えよう

 プログラム[サテライトリンカー]は異次元に存在する衛星と射出した[ビット]を連動させ、それによって
如何なる場所であろうと高出力のレーザーによって敵を焼き払うという兵装だ
 優れたモノではあるが難点があるとすれば発動までにやや時間が掛かる事が挙げられる
子機の射出で一手、衛星との接続で二手、刹那の判断が要される戦場に無防備で立ち尽くすのはあまり好ましくない


  ルージュ「時間を…分かった!皆ラビット隊員の為に時間を稼ごう!」BANNG!


 [精密射撃]が巨虫の角をへし折る、それでも勢いを殺すことなく折れた先端で突き刺そうと迫り来るソレ相手に
アセルスの[生命波動]が突き刺さり要約動きを止める

 1匹倒しても更にもう1匹、潰せど潰せど湧いて来る様は正しく"虫"そのものである
それに出てくるのは虫だけではない…っ!



  シュルシュル…!ウジュルウジュル…!


 先程ルージュを[丸のみ]にしようとしたあの食虫植物に似た怪物まで出てきたのだ…ッ!


  レッド「畜生め…[トラップバイン]まであんなに…っ!白薔薇さんが囲まれた―――クソ、どけよ!お前等」バキィッ!


  アームウォーカー「パミーッ」[インセクトジュース]ブジャアアア!!


 すぐ真後ろに迫ってきた1匹をレッド少年は変身時に[スパークリングロール]を打つ要領で[裏拳]を放ち
後方へと吹き飛ばすが負けじと相手も飛びながらも[インセクトジュース]を口部からぶちまけていく

 粘度の高い酸性の液体が彼目掛けて飛び、彼もまたそれを躱してなんなら前方に居た1匹を鷲掴み
液体の落下地点に投げ飛ばす――――ジュワァァァっと嫌な音がして虫の奇声が上る

 粘度の高い液体であるが故に中々振り払えず、じわじわと皮膚を焼く…そんな嫌な性能の水溜まりが辺りに散らばる
白薔薇や術士達の救援に行きたくてもこれでは思うように進めそうにない

 
  BJ&K「レーザー射出します!」ビィィィィ!


 アームウォーカー「アバーッ!」チュドーン
 トラップバイン「チビィィ」ボォォォォ!メラメラ!


  BJ&K「…ラビット隊員まだ掛かりそうですか?そろそろ私の"WP<ウェポン・ポイント>"も尽きますが」

  ラビット「あと少しです」

  BJ&K「さいですか…」ビィィィ!




  ルージュ「アセルス!白薔薇さんが…!」
  アセルス「白薔薇なら大丈夫だ!私達はこっちを!」




    白薔薇「…あらあら、困りましたわね」キョトン


  トラップバイン「ネエチャン、イイオンナダナァ…」ジリジリ
  トラップバイン「グヘヘ…!」[触手]ウネウネ
  アームウォーカー「ウスイ=ホン テンカイ ヤッター!」
  アームウォーカー「イタダキマース!」


    白薔薇「――大いなる白光は渦を巻き、熱を伴う波紋となりて焼き払わん[フラッシュファイア]」ゴォォォォ!!


  トラップバイン「グワーッ」バジュッ―――!
  トラップバイン「イヤーッ」バジュッ――――!
  アームウォーカー「アバーッ」バジュッ――――!
  アームウォーカー「イ、イヤダ!ドクシン ノ ママ シニタクナイーーッ ナムサン!」バジュッ―――!


  ルージュ「」ポカーン
  アセルス「ね、言ったでしょ」
831 :続き土曜日か日曜日予定 [saga]:2021/12/15(水) 14:58:36.56 ID:0iSPIPyn0

 終わりの見えない増援に次ぐ増援、流石にこれ以上の長居と騒ぎ続ければ爆弾設置作戦は厳しいかと思われ所で
ラビット隊員が反応を示した!!




   ラビット「次元連結システム作動![サテライトリンカー]の起動オールグリーン、[次元衛星砲]発射!」ピピッ









        【  [ 次 元 衛 星 砲 ]  】





 刹那、空間がねじ曲がり"裂け目"が生じた。

 術士は別の"惑星<リージョン>"から遠く離れた別の"惑星<リージョン>"まで転移する[ゲート]に微妙に似た力場を感じた
あのワームホールは[京]とはまったく違う別の場所に繋がっていると実感できる
 裂け目の先からビーコンの光が伸びて標的となった敵の足元にライフルのスコープ越しに覗いた様な照準模様が描かれた


 次の瞬間には雷が落ちた


 天井がある室内で突然の落雷…否、それは遠い星々が漂う海に浮かぶ衛星兵器からのレーザーであった
極太の光柱が立ち上ったと思えばそこに居た筈の[アームウォーカー]が焼け焦げた焼殺遺体と化していて
足一本だってピクリとも動きやしない

 神話における神の怒りとも裁きの雷<イカズチ>とも呼べるそれに灼かれて絶命したようだ
だが神罰はただの1発では終わらなかった…


  アームウォーカー「ギギッ!?」


 空間の亀裂から無慈悲な衛星兵器の攻撃で死んだ仲間を見て狼狽える巨虫、兵器をどうにかしようとしても既に手遅れだ
仮にラビット隊員を破壊したとしても、一度座標を撃ち込まれた衛星兵器は起動させた主が死しても問題なく
その場に居る全ての敵対勢力を殲滅させるまで稼働し続ける
 衛星そのものを破壊しようと試みても裂け目の先の遥か彼方銀河の海にある



     バジュウウウウウウウウウウウウウウウー―――ッッ!!!


 そうこうしている内に再び神罰が改造を施された生物兵器に降り注ぐ、[ビット]同様に戦闘の真っ只中で
お構いなしに毎秒撃ち続けるのだから潜入者御一行が仮に何もせず、ただ[防御]してるだけでも勝手に敵は灼かれて死ぬ

 破れかぶれで少年達に攻撃を仕掛けようとアルマジロの様に身を丸くして転がり
硬い皮膚でそのまま轢き潰そうと試みた巨虫が届く前に神の雷によって絶命した――見ろォ!まるで虫がゴミのようだァ!



    ラビット「これで増援は問題ありません、皆さんあちらをご覧ください」フヨフヨ…


 浮遊するメカ隊員は違法植物園の出口を指さす、潜入者一行が入ってきた入口から突き抜けて北側一直線にある出口だ
出口前にも当然巨虫や肉食植物の怪物が陣取っているが、それを薙ぎ倒して突き抜ければここから脱することも可能


    レッド「そうか!衛星砲が発動してる今なら地面から無限に湧いて出てくる増援に歩みを止められる事も無い」


 この設備室からの脱出はおろか、ルージュ1人救援しようとすることさえも
大量に湧いて来る増援に阻まれて不可能だったが、その増援が増えても焼き払う…どころか向こうの救援ペースを
上回る速度で殲滅し続ける兵器が作動しているのだ、今ならばどうにか撤退することもできる


   ルージュ「よし!そうと決まればあそこを目指そう!」バッ!


 乱戦状態で完全に孤立していたレッドも、ラビット隊員に付きっ切りだったBJ&Kやさっきまで囲まれていた白薔薇も
全員が同じ目標地点に向かって走り出す、道中で草花の影から飛び出る[トラップバイン]も
地面から出る[アームウォーカー]も天からのレーザーに焼かれ、討ち漏らしも複数を相手取らず1対1なら問題なく突破でき
かくして一行は窮地を脱したのであった……そして、出口を抜けた先で彼らは目標の麻薬製造釜を発見する…っ!
832 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2021/12/16(木) 04:39:26.17 ID:FQNMRoNq0
乙!
メカのWPはウェポンポイントなのか
833 :>>1です [saga]:2021/12/19(日) 23:45:30.85 ID:XVIdPMA20
予定変更、続きは水曜日か木曜日予定
834 :続き土曜日か日曜日予定 [saga]:2021/12/23(木) 23:36:04.35 ID:d12hd9w70

 辺りには妖しい陽気が立ち込めていた、中央の鉄釜に向かって伸びるいくつものコード
赤錆が所々に目立つタラップ階段…そしてこのエリアだけ他と比較しても多い見張りの人員

 見張りの戦闘員やメカ達はルージュ等の姿を見るや否や直ぐに攻勢へと転じ始める

 流石に[サテライトリンカー]の攻撃音やら何やらで花園からそう遠くない彼らには異常を察知されたか
侵入者の存在に薄々勘づいていた彼らは潜入者の排除を試みようと駆けだすが…!



   ルージュ「レッド!そのまま走れ[生命波動]」コォォォ!!

    レッド「応ともよ!援護は任せたぜ!」


 光の波動が形作る槍がレッド少年のすぐ真上を2条飛びぬけていく、人間のエナジーと妖魔のエナジーが並走するように
飛んで[ガンファイター]2機を串刺しにする、アセルスお嬢とルージュの術攻撃が機械兵を物言わぬ鉄塊に変えて
一気に距離を詰めて[緑戦闘員]に攻撃を仕掛けようと拳を繰り出す
 戦闘員は少年の一撃を寸での所で躱して改造された肉体から繰り出す[突き]を放つ



 戦闘員は自身の力で少年の拳を避けたと"勘違い"したようだが、そんなことはない
これまで幾度となく戦ってきた彼らの戦闘経験は改造戦士が想像するよりも遥かに上であえて躱される様な拳を
彼は打ち出したのである、コレはある種の[フェイント]と言えよう



   パリィィン!!


           【 [ ブ ロ ー ク ン グ ラ ス ] 】



 陶器を地面に叩きつけて割ったような音が響いた

 そう戦闘員が認識した時には既に自身を取り囲むように硝子の刃が迫ってきていて
改造手術によって得た屈強な肉体を裂いていた、ゆっくりと崩れ落ちる様に倒れる戦闘員が最後に見たのは
術の詠唱をしていた花飾りをつけた妖魔の姿であった



 どさり、戦闘員が倒れて残りの敵もラビットとBJ&Kが沈黙させたのを確認して彼らは一息をつく
レッドが正面から向って取っ組み合いを始めようとする、かの様に見せかけて…実は前に突飛していく前衛の彼は罠
 本当は彼に殴らせる気なんぞ無くて、白薔薇姫の[硝子の盾]を利用したカウンター戦法というやり口で
相手を鎮める算段であった―――仮に砕け散った魔法盾の破片が敵を襲う[ブロークングラス]で仕留めきれずとも
その分は今度こそレッドが手負いの相手に一撃を喰らわせてチェックメイトだ

 後衛はそのままに、前衛の少年を前に出しながらも反撃効果付きの防御術で無傷のまま懐まで接近させられる
自分達のチームワークも中々様になってきたのではないだろうか?



       レッド「…終わったか?」


 他に潜んでいる敵の姿は見受けられない、ついぞ基地内にてメタルブラックと遭遇することは無かった
彼は情報が間違っていないのならば未だ外周りをしている筈、鬼の居ぬ間になんとやら…
 少年は時限式の爆弾を仕掛けるなら今しかないと判断した



       レッド「麻薬製造釜だな、ここを爆破しよう!」


 彼のその言葉に応じる様に紅き魔術師は[バックパック]から時限式の爆発物を取り出し各員に手渡す
手にしたブツをそれぞれ分散して各地に仕掛ける

 スッ…!

    サッ!サッ――ポチッ、ピッピッ!カチリッ




       レッド「よし!準備完了だ!」




 タイマーが作動した…っ!後は爆発に巻き込まれまいと全速力で基地からの脱出を試みるだけだ…
道中の敵は多少のダメージは覚悟の上で無視…っ!相手をせずに突っ切るのみッッ!!
835 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2021/12/26(日) 23:57:48.24 ID:BZfH3o9N0

 爆発物のタイマーが動き出した後の潜入者達はひたすらに出口を目指した
未だ停止せず増援の巨虫や食虫植物と騒ぎに勘づいてやってきた戦闘員を駆逐する[次元衛星砲]の花畑を素通りして
気絶させた戦闘員を押し込んだ鉄扉の部屋前も抜けて、一番最初の枝分かれの間を駆けて錆が目立つトタン階段も昇り
滑り込む様に例のワープ地点へと入り込んだ…!




       ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!

                                  ―――――――カッ!!!




 術士達が基地を脱出して一拍子置いた後に全体を揺るがす振動が起きる、間一髪だった
もしもタイマーの時間をもう少し早めの設定にしていたら?道中の敵にもっと絡まれていた…ゾッとする話である
 かくして悪の組織ブラッククロスの資金源であり無辜の人々の生涯を狂わせる禁断の園は閃光に包まれて大火に消えた


   ゴォォォォォォ!!!メラメラメラ…!



  「ウワー![書院]が火事だぁ!!」
  「消防に通報しなくちゃ!ええっと電話番号は…」ポチポチ
  「あそこは街の離れだから他の民家や林に燃え移ることは無いだろうが…このままにしておけん!バケツリレーだ!」


  メサルティム「ひーっ!?突然建物が炎上しましたよ!?!?」
   ヌサカーン「ふむ…先程地下から振動を感じた辺り人為的なモノだろうな」

   ヌサカーン「クーンと別行動中でも面白い物は見れるな、私の自宅近辺に出没する改造人間等の家が燃えるとは」



   ヌサカーン「…ん?」ピクッ

  メサルティム「どうかなされましたか?」


   ヌサカーン「」ジッ




             高台『 』ヒョォォォォ…



   ヌサカーン「……いや、なんでもない"彼女"は我々には関係の無い者だ、さて一波乱起きる前に此処を発つか」クルッ

   ヌサカーン「メサルティム、君の療養が主目的だったのに"診断書<カルテ>"の作成に同行させてすまないな」

  メサルティム「!! め、滅相もございません!私のような下賤な者でも高貴なるお方のお役に立てれば…」フルフル

   ヌサカーン「……君がそんな調子ではこれから合わせる知り合いとどうなることか…」ハァ…


   ヌサカーン「まぁいい、予定通りまずはサイレンスと話しその後は[シュライク]と[マジックキングダム]だ」スタスタ

  メサルティム「あぁっ!待ってください〜!」










高台の上『』 金獅子姫「…随分と長い遠回りになったが遂に見つけましたよ我が妹姫、そして主の血を与えられし者よ」


       金獅子姫「直ぐにでも向かいたい所ではありますが、既に先客が居る…であらば待つのが礼儀でしょう」



 高台の上から見下ろす誰よりも誇り高き武人の姫はかつて矛を交えた黒鉄の"強敵<とも>"が
[庭園]に向かって行くのをその眼で捉えていた…!!

 後にルージュが自身の旅日記に書き記す中で最も長い[京]の三日間の幕開けであった
836 :リマスター版のレッドとメタルブラックの追加掛け合い良いよね [saga]:2021/12/26(日) 23:58:58.18 ID:BZfH3o9N0

 例の「ぬけみち」掛け軸から飛び出て来て尚彼らは止まらなかった、ブラッククロスの職員しか居ない[書院]を抜けて
坂道を下り橋を渡って美しい[庭園]まで一切の休息無しの疾走、目的地にたどり着いた彼らは漸く一息つけると
鞄から取り出した水筒の中身を口に含み、呼吸を整える……だが、小休止も言葉通り長く続くことは無かった

   ザッザッザッ…!


   ルージュ「貴方はっ!!」

   アセルス「…メタルブラック」


 まるで一行がそこに来る事など最初から分かっていたかの様に、何食わぬ顔で鋼鉄のサムライはゆったりとした足取りで
彼らの前に現れた前回の出会いと違う点があるとするならば明確な威圧感が…敵対者に対するプレッシャーが滲み出てる事
 紅き術士は目を大きく開き戸惑いとも焦りとも付かぬ色を見せていて、アセルスお嬢は悲しげに目を伏せ
レッド少年の眼は義憤の炎が揺らめいていた…彼は道徳に外れた行いをしたから許してはならないのだ、と

…そうでもしなければ、きっと少年は目の前にいる彼を直視できなかったから、きっと目を逸らしてしまっただろうから

 対して機械仕掛けの武士は彼らの姿と炎上する[書院]を見比べる様に首を動かした後、次の様に言葉を発した


   メタルブラック「 我 が 基 地 を 破 壊 す る と は 、 見 事 な 腕 前 」

   メタルブラック「 一 手 御 手 合 せ 願 お う 」スチャッ


 静かな声でありながらも一字一句が耳に入って来る、遠くで燃える[書院]の音や人々の声さえも感じなくなるほどに
解ってはいた、事前に資料で知ってはいた…だが当人と顔を合わせて当人の口から"我が基地"と改めて言われて
 込み上げてくるものは…たくさんあった


     レッド「くっ…メタルブラック!!」ザッザッ…!


 少年は一歩前に出て声を荒げる



   レッド「人を蝕む麻薬を売りさばく罪深さ、メカのお前には理解できないのか…メタルブラックッ!!」


 何故こんなことをするんだ!何故これが分からない!お前はそれでいいのか!?と彼は訴える
黒鉄の意思は少年の熱意に対して無機質な返答を返した



      メタルブラック「与えられた指令を実行したのみ」


 "指令を実行したのみ"…メカという種族にとっての存在意義、創造主から生まれ持った使命を授かり
ただその為だけに生を真っ当する、それこそが彼らにとっての全て…


   レッド「っ…」ギリッ
  ルージュ「メタルブラックさ―――」







       メタルブラック「だが、―――」



   レッド「…?」
  アセルス「えっ」



       メタルブラック「―――だが、我が基地を失ったにも拘わらず、どこか晴れやかだ」


   レッド(…メタルブラック…お前)
  ルージュ「メタルブラックさん…」


 黒鉄の意思は少年達に対して青空の様に澄み切った音声で返答の続きを紡いだ

 任務の失敗、指令を真っ当できないメカ―――それはメカとしては無能の烙印を押される出来事なのだろうな
だが黒鉄のサムライは…石にもあるべき心が存在しないメカであることを嘆いていた彼は、晴れやかさを感じていた
837 :次回は火曜日か水曜日予定 [saga]:2021/12/26(日) 23:59:44.20 ID:BZfH3o9N0

 首をほんの少しだけ上方に向けて、遠くを見つめる様な仕草で語ったメカに少年は声を掛けた




   レッド「…それが―――それが解るのなら、もうこんなことはやめろよ…」



 声は…少し震えていたかもしれない、義憤に駆られ肩を震わせながら発していた声とはまた違った震え方だった気がする
紅き魔術師は目先に居る年下の友人の声をそう感じていた、背を向けている彼が
今どんな"表情<カオ>"をしているのかは対面するメカにしか分からない


  アセルス「…そうだよ、メタルブラック…別に私達はあなたを討ちたいワケじゃない」

  アセルス「これはやっちゃいけないことなんだって、悪いことだって本当は解ってるんでしょ――だったら!」ザッ!


 半妖の少女も一歩前に出る、鋼鉄の戦士は手を前に翳しそこから先は言わないでくれと制する






      メタルブラック「我が創造主Dr.クラインを―――…父たる者を裏切ることはできん」




 [庭園]に沈黙が流れた、遠くで木造建築の[書院]が焼けていく虚しい音だけが場を支配していく…

 誰も、何も言えなくなってしまった。


 一歩引いた場所から終始黙って静観していた白薔薇がアセルスの隣に歩み寄りそっと肩に手を乗せる
彼女はそんな貴婦人の顔を見た、誰よりも心優しい寵姫と呼ばれた白薔薇姫は目を瞑り静かに首を横に振った

 もう、誰も何も言えないのだ…此方には此方側の正義や貫くべき道がある様に、相手にも相手の信念がある


 [シンロウ]で話し合った時点である程度予想はついたことだった、既定路線では確かにあったが…


   白薔薇「メタルブラックさん、私はアセルス様達を御守りするのが使命です
                    …何人たりとも危害を加えられる者であれば…容赦はできません」スッ


 寵姫の姫が彼らの前に出て武器を取り出した…口火を切る役目を、"知人を討つ為の切っ掛け"を少年少女達にさせまいと
次いで年長者のルージュも…同じく彼女の横に並び立った、気が付いたらもう足を進めていた


  ルージュ「―――貴方の事は忘れません…」ギュッ


 自首や司法取引、Dr.クラインだけでも罪を軽くするからこちら側に寝返れだとか
そんな言葉は彼には何の意味も為さない、さっきの一言で解ったから、理解してしまったから…覚悟を決めるしかない…っ




   レッド「…っくそったれ、なんでだよ…なんでなんだよッッ!!!」ギリッ!!

  アセルス「…お父さんを裏切れない、か…そうか、そう、なんだね」スッ



 拳を痛い程に握りしめて前を向いた少年、静かにそう呟いて目先の相手から譲り受けた[サムライソード]を抜刀する少女


     メタルブラック「……暫し、長く語らい過ぎてしまったな」


 名残惜しむ様に、目先の"敵"もまた討たねばならない敵対者達への構えを取るッッッ!!





  メタルブラック「ブラッククロス四天王が1人―― メ タ ル ブ ラ ッ ク 推 し て 参 る ! ! 」

  メタルブラック「 い ざ 尋 常 に 勝 負 ッ ッッ!! ! ! 」
838 :続き明日かも [saga]:2021/12/30(木) 23:59:56.93 ID:I4/bXPE30

 茜色の空、燃え上がる紅葉の色、ちらちらと遠方で舞う煤と火粉を背景に鋼鉄の武人は自身の得物を構える
形状は彼のボディカラーに合わせた黒鉄の槍―――否、薙刀であった

 突けば槍に、払えば鉈に、振り下ろせば剣として

 武器を構えたメタルブラックは身を屈める様にどっしりとした姿勢で相手の出方を窺う…
先に攻勢を仕掛けたのはルージュ一行からだ、相手は先日戦った[ベルヴァ]と同じブラッククロス四天王の座に就く者
であれば一斉に攻撃を仕掛けて"連携"を狙うのが吉と判断した

 少なくとも仮面をつけた魔人は連携無しで単騎特攻を仕掛けようものなら強烈なカウンターを繰り出す猛者だった
銀髪の魔術師は相手の脚を絡めとるべく[エナジーチェーン]を、そこに続く様に少年が浮遊するラビットを踏み台に
[三角蹴り]を仕掛ける、これで2連携の"[三チェーン]"が出来る筈だった




   メタルブラック「甘い…っ!」ブンッ!




  レッド「なっ、にぃ!?」
 ルージュ「はぁッ!?」


 紅き術士の魔術は間違いなく発動した、思念の鎖が[メタルブラック]を絡めとり脚の関節部を術による熱で
ショートさせつつ動きを止めた相手の急所へと少年の急降下蹴りが炸裂からの続くアセルスお嬢達の連携も入る予定だった




  しかし…っ!メタルブラックはここで彼らの予想を上回る動きを取ったッッ






  メタルブラックの薙刀『 』ギュルギュルギュル…ッッ!!
    エナジーチェーン『』バチィッ!!


 メカの動体視力とAIによる瞬間判断能力の高さを見誤った、初動で彼らが何をする予定だったのか見切った黒鉄の武人は
"手にしていた薙刀を投げたのだ"…っっ!! 戦場において己の武器を放り投げる、それに術士と少年が目を見開いた
 空を裂く音を響かせながらブーメランのように回転する鉈は投擲者と術士の丁度中間の所で[エナジーチェーン]と衝突
本来であれば敵を拘束する筈だった思念の鎖は投げられた武器に絡まる、そして武器を失った黒鉄の侍は
背部のスラスター吹かして地表からホバリングをしながら全力で猛進する…っ!

 くどい様だが[メタルブラック]はメカでありその重量は並みの人間の比ではない、そんな彼の全力の[体当たり]に対して
迎え撃つのは19歳の少年の[三角蹴り]である



 極めて単純な話である、交通事故が起きたとして軽自動車1台と2tトラックが正面衝突をしたとする
であればどちらがより大きな被害を受けるのか…衝撃を受けて吹き飛ぶ方は果たしてどちらなのか?

 同じ速度で同じ大きさの物体が衝突したとしても重量のある方が勝つに決まっている



   レッド「ぐばぁっ!?」ドガァァ!!

  アセルス「えっ!?キャアアアア!!」ドゴッ



   メタルブラック「ふっっ!!討たせてもらうッッ!」ジュゴォォォォォ!!パシッ!ヒュッ!


 [体当たり]で寸分狙いを乱さず落下してきたレッドを逆に弾き飛ばし後方から剣を構えて走ってきたアセルスにぶつける
これで続く連携を乱しホバリングしながら自身の得物が丁度、思念の鎖が消えて解放される瞬間にキャッチしそのまま
驚愕するルージュへと一気に肉迫して[突き]を繰り出す


       ――――ズザァンッッ!!



     BJ&K「――――!!損syo−甚大 ガガガッ」

     ルージュ「B、BJ&K!!!」

 間に割り込む様に医療メカが入り、その一突きをまともに受ける、生身の人間である彼より自分がと判断したからだ
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/01/09(日) 12:47:01.94 ID:NyXN6Tv80
メタルブラック戦の曲が脳内再生される…
京の戦闘背景も最高よね
840 :すまぬ…明日とか言いつつ、大分開いてしもうた [saga]:2022/02/21(月) 02:03:26.75 ID:QqQsPltQ0

 純粋な力よりも速さを主軸とした高機動戦が[メタルブラック]の領分と言えた、彼の背部スラスターが輝きを放つ度に
地平を流星が走り、過ぎ去った後には多くの兵が倒れ伏す―――彼を象徴する名詞ともいうべき技[ムーンスクレイパー]が
まさしくコンセプト通りの速度戦用の攻撃と言えよう


 初手でルージュの術に武器を投げつけながらの肉迫で少年を跳ね飛ばしそのまま回収した武器で一気に攻めてくる
戦闘開始からものの数秒の出来事である



  ラビット「[ビット]射出」シュバッ!シュバッ!


  ビット『 』ヒューン!
  ビット『 』ヒューン!



  メタルブラック「はぁぁっ!!」ズボッ!ガスンッッ



 黒鉄の武士は片足を医療メカの胴に宛がいそのまま深々と刺さった得物を引き抜き、更にBJ&Kの身体を踏み台として
蹴り飛ばす様にその場を離れる、こうすることで大穴の開いた医療メカの重量ボディで
そのまま背後に居たルージュを吹き飛ばし同時に[ビット]の攻撃から逃れるという一手になるからだ


 飛び退け様に鋼鉄の侍は両腕をクロスさせ、稲妻を発生させる…機械である自身の身にある内蔵回路を
意図的にショートさせて放電を起こすという荒業
 [メタルブラック]は交差させた腕から収束させた電流を[落雷]の如く撃ち出す



 ―――ズシャアアアアアアァァァン!!



  ラビット「ギビビビッ!?――ピー…回路がショート…反重力装置が、うまく、起動し、せ、ん、ガガッ」フラッ、ドサッ!



 感電してラビットが地に落ちる、移動能力を潰されたラビットは最早ただの固定砲台としての役目しか果たせない
牽制目的で[圧縮レーザー砲]を撃ちつつ、片手間で次元衛星へのアクセスを試みる
 速さを売りとした鋼鉄の侍は降り注ぐ幾条もの光を回避しながら[サテライトリンカー]を使わせまいとラビットへ迫る



    「鏡よ、鏡…この世で憐れなる自傷者は誰なるぞ[硝子の盾]!」キィィン!




  メタルブラック「ムッ!?」



 身動きが取れなくなった兎を狩ろうとする彼の前に突如として不可視の壁が現れた…っ!

 彼は勢いを殺せず透明な壁―――白薔薇姫の唱えた[妖術]の盾へと突っ込んだ




パリィィィン…!




                【 [ ブ ロ ー ク ン グ ラ ス ] 】



 妖力を帯びた硝子片が黒鉄の武士に吸い込まれる様に刺さっていく…っ!

 元来、鋼鉄の肉体にガラスの刃など突き刺さる訳もないが、これは生憎と普通のガラスではない妖力で構成された硝子だ


 術力の続く限り[硝子の盾]を唱え続けて[メタルブラック]を取り囲むように、あるいは進路を阻むように
不可視の迷路を造り続ける白薔薇、固定砲台として活動を続けるラビット、そして起き上がったレッドとアセルスも向かう


  白薔薇「ルージュさん、今の内にBJさん達を!」

841 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:04:43.03 ID:QqQsPltQ0

 自分含めて5人掛かりでも拮抗どころか何なら劣勢を強いられる強敵だ
人手は多い方が良いに越したことは無く、自分の仕事は背負ってる[バックパック]からすぐに[インスタントキット]を取り
それでBJ&Kを再び動けるようにすることだ……紅き術士はそう判断した


  ルージュ「くっ…待っててくれボクが君を直すから!!」ゴソゴソ


 相手に蹴り飛ばされて自身に覆いかぶさる様に動かなくなった医療メカの身体から抜け出して直ぐに修理道具を手にする
身を挺して自身を救ってくれた"異種族<メカ>"の友人を慣れた手つきで治し始める
 最初は右も左も分からずよく分からない機械コードに絡まってばかりだったが長い付き合いだからこそもう治し方も解る

 横目で状況を見るが好材料は見当たらない

 未だ決め手に欠けるこちら側の攻撃、なんとかして攻めに転じれる様に布陣を完璧にしたいが[サテライトリンカー]に
接続しきれないラビット目掛けてジリジリと迫り続ける鋼鉄の侍、白薔薇の[硝子の盾]で迂回させるなり時間を稼げるが
彼女の術力とて無尽蔵ではないのだ…いつか底を尽きる




 何より恐ろしいのは―――果たして頼みの綱にしてる[次元衛星砲]がどこまで通じるか、である



 基地内においては指定した座標上の敵に対して正確無比な極大レーザー射撃を行うという強さを見せつけたが
現在進行形で即席モノの硝子の迷宮内を降り注ぐ[圧縮レーザー砲]のシャワーを避けながら近接の2人を相手取り徐々に
ラビット目掛けて近づくという頭を抱えたくなるような高機動戦をやってのける四天王なのだ…


 古人は言った、当たらなければどうということは無い。



 こんな無茶苦茶な相手に果たして当たるのだろうか、頼みの綱は通用してくれるのであろうか?

 一抹の不安を抱かずに居られるものかっ!



 ルージュ「よしっ!できたぞ…!!どうだい、戦えるかい?」

  BJ&K「はい、いつでも戦線復帰可能です」ピピッ



 ルージュ「なら早速で悪いけど君はラビットの救援に向かってくれ!」


 [インスタントキット]を持たせて医療メカを飛べなくなった兎の元へ向かわせる
修理と同時に[圧縮レーザー砲]で弾幕を張る役目を担ってもらう、その間に一刻も早くラビットに[次元衛星砲]の準備を!

―――
――




   レッド「ッラァ!!」ブンッ!!
  アセルス「ていっ!!」ヒュッ!!



  メタルブラック「踏み込みが甘いぞっ!」ガッ、ブンッ!キィンッ


 少年の首の付け根部を狙った回し蹴りと少女のフェンシングに似た構えからの一突きを防ぐ黒鉄の戦士
右腕は飛んできた脚を掴み投げ飛ばし、左腕に持った薙刀の先端で[サムライソード]の切っ先を跳ね除ける

 空から降ってくる光の雨さえも避けて器用に[落雷]で[硝子の盾]の排除もこなしていく



  メタルブラック「―――!!背面を取ったつもりかっ!?殺気ですぐに悟ることができるぞ!」シュバッ

 メタルブラックがさっきまでいた地面『 』ボジュンッッッ!!


 激戦の中で少なからず成長した気ではいたが[インプロージョン]を難なく躱されてしまった、自分の中では間違いなく
最速で、ほぼノーモーションの[魔術]発動だったのだが、とルージュは舌を打った
 爆ぜたのは鋼鉄の武士がさっきまで立っていた地面だけで彼は上空に跳びながら左手の武器をアセルス目掛けて投擲
武器を投げつけた当人は背部のスラスターを吹かして徐々に高度を下げながらも優先攻撃対象へ向かって行く…っ!
空を自在に飛べるワケではないがこうすることで滑空状態に近いことができる
842 :原作だとメタルブラックさんはこの段階だとグライダースパイクはまだ使えません [saga]:2022/02/21(月) 02:06:12.91 ID:QqQsPltQ0


  ルージュ「しまった…!してやられたッ!!」


 まさか翼も持たない鉄の塊が[グライダースパイク]擬きをやるなど完全に想定外だった、あくまでも"擬き"であり
鳥系モンスターが使う様な本家の[グライダースパイク]とは違って飛距離も高度も足りず殺傷能力も皆無と言っていい唯の
パラグライダー染みた芸当だが、それでも[硝子の盾]で作った壁を乗り越え標的に攻撃を仕掛けるには十分過ぎた…ッッ!


 [インプロージョン]ではあの速度で滑空している武士には直撃不可能、ならば何処までも伸びて鞭の様にある程度自由に
振り翳せる[エナジーチェーン]を…とも考えたが――――!!



    レッド「くそったれ!!あの野郎"こっちの術を完全に利用してやがる"ッ!!」







   ―――――――味方が仕掛けた[硝子の盾]が邪魔で迎撃ができないッッッ!!!!



 [エナジーチェーン]を振り回そうものなら間違いなく[メタルブラック]を絡めとる前に自分達で仕掛けた硝子に当たる
上級妖魔の中でも相当修練を積み[妖術]に長けた者は自身が味方と認識した者の攻撃だけを透過させる高等技術が可能だが
生まれ持った才こそが全てで鍛錬を積むことは美徳ではないとされる妖魔社会の世論、そもそも白薔薇姫自体が好き好んで
戦闘技術を磨きたい武人気質の人ではないということが相まってそこまでの練度に至れていない


 レッドは言わずもがな、アセルスにもどうすることもできないのだ


 いや、"気<オーラ>"の力で宙に舞いそこから収束させた気を放つ[生命波動]が使えるアセルスお嬢ならばあるいはできた



 だからこそ…、だからこそソレを警戒して彼奴はアセルス目掛けて武器を投げつけたのだッッ!!!
一瞬でも怯ませることができたならばそれで十分だ背部スラスターを吹かして[生命波動]が届かない位置まで逃げ切る
 今からアセルスが[心術]で攻撃を試みたとしても既に[メタルブラック]と自分の距離
相手の高度と[硝子の盾]の絶妙な位置加減でどう足掻いても墜とせない



   ラビット「敵、こちらに向かってきます!」バシュッ!バシュッ!
     BJ&K「[圧縮レーザー砲]当たりません!」バシュッ!バシュッ!

    ビット『』ビュンッ!ビュンッ!
    ビット『』ビュンッ!ビュンッ!



 全く以て悪夢でも見てる様な光景だ。

 出来の悪いシューティングゲームか何かかね?…指をくわえて見てるしかない"人間<ヒューマン>"組は実質6人掛かりで
囲んで袋叩きにしようとしてもまるで攻撃をあしらわれ何なら手痛い反撃すら貰う化け物マシーンが悠々と弾幕を避けて
ゴール地点へと到達しそうな場面を見せられている気分だ
 見えているのに止められない、攻撃できるのに撃てない、解っているのにどうすることもできない


 [硝子の盾]が完全に裏目に出た、滑空しながら腕をクロスさせて[落雷]を発生させて飛んでる[ビット]を数基破壊
更に後々の戦闘で自分が動きやすい様に地上の邪魔な硝子壁も同時に掃除するという荒業をしながら彼奴は目的地へ…!



  [サテライトリンカー]を作動させようとしているラビットの元へ―――――――

                                         ――――――ではなく……!







   メタルブラック「将を射んとすらば馬を射よとな…!貴婦人殿、貴女が私にとっての機動性を殺す射手、お覚悟!」


                     白薔薇「っっ!!」


843 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:06:53.37 ID:QqQsPltQ0

 紅き魔術師は駆けだしていた、彼だけではない
少年も少女も誰もが硝子の迷宮を最短ルートで抜けて、間に合うまいと頭の片隅が冷酷な事実を呟いていても
 それでも彼らは白薔薇を救おうと走っていた…っっ!!

 [メタルブラック]はアセルスに武器を投げつけた、今の彼奴は丸腰状態


 だからといって脅威ではない理由にはならない否これまでの相手の出方を見ていれば分かる
出で立ちこそは武士であるが何も武器に頼った戦い方が全てじゃない…[落雷]も初手でレッドを跳ね飛ばした[体当たり]も
武器なんて必要としない技なんだからッ!



     白薔薇「―――っ…私とて近接格闘はできます―――!!!!!」ポォォォ!!

 メタルブラック「…!なんと、これは驚いた」




  レッド「あ、あれは!?」


 妖魔の貴婦人は目を見開き拳を構える、刹那、彼女から闘気が立ち上る…!
この場に居る機械達は誰しもが花飾りの妖魔の生体反応が急上昇していくのをデータとして観測できて
生身の人である2人も白薔薇から肉眼で確認できるほどの、ゆらめく炎のような闘気を認識できた


 半妖のアセルスだけは…他の面々とはまた違った"者"が見えた



  アセルス「あ、あれって…"あの時の"!」


  ルージュ「えっ?」
   レッド「あの時の…って?」


 どうやらアセルスにだけはくっきりと"形<ヴィジョン>"が視えたようだ、アセルスの発言が何を意味するのか
白薔薇の元に向かいながらも注意深く彼女を観察して、先に『ソレ』に気が付いたのはルージュの方だった


  ルージュ「あっ!?あれは…[ヨークランド]の!!そういうこと!?」
   レッド「お、おい…俺にも分かるように説明を―――」


 そこまで言葉を出した所で漸くレッドにも二人が何を言っているのか理解できた、炎の様に揺らめいて見えた闘気は
よく観察すると"とある生物"の姿形に酷似していたのだ
 一見すれば立ち上る炎の揺らめきに見えるそれは見方を変えれば[触手]の様にも見えた…嫌な事を思い出すシルエット







            [妖魔の小手]【憑依: ク ラ ー ケ ン 】






 政府危険度認定…ッ!!敵ランク9の大海獣[クラーケン]ッッッッッ!!
4つのカードを集める試練で[杯のカード]を得るために[ヨークランド]に赴いたあの日
全員が死んでいてもおかしくなかった悪夢の様な試練での収穫…っ!


 白薔薇姫の両腕に現出した[妖魔の小手]が輝き、そこに封じられたモンスターの魂が彼女を歴戦の武術家へと変えたのだ
大木をへし折り、大岩さえも一撫でで削る剛腕の怪物、その生体エネルギーを解放することによって
白薔薇姫の筋力<STR>と丈夫さ<VIT>は飛躍的に高まった、機械戦士達が一様に彼女の生体反応値の上昇を感知したのは
それが主な理由であり、そして……[クラーケン]という怪物を[妖魔の小手]に、"拳"に宿したならば使える技は…ッ!




  - 白薔薇『私も[タイガーランページ]を修得できましたから、気にしてはいませんよ』ニッコリ -


 白薔薇の両腕が黄金の輝きを纏った…っ!!
あらゆる敵を粉砕すると言わしめた、神の如し拳―――[タイガーランページ]が今炸裂するッッ!!

844 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:07:25.03 ID:QqQsPltQ0

 闘気を纏った黄金の拳による乱打が放たれる、強烈な右ストレートからの左スイング、そこから右、左と交互に
黒鉄のボディへと撃ち込まれていく白薔薇の現状使えるであろう最も火力の高い技
 さしもの[メタルブラック]もこれは涼しい顔で流すことはできないようで身を殴打される度に彼の呻きと鉄が砕ける音が
響いたのが彼らにも分かった

 そしてこのタイミングで―――――!!



  ラビット「[サテライトリンカー]アクセス完了!座標を転送しました、間もなく衛星砲が飛んできます」

    BJ&K「攻撃の布陣は整いました、反撃開始です!」



  アセルス「白薔薇…!私達もすぐに辿り着くそれまで待ってて!」タッタッタッ


 初めて何をしても効かなかった強敵に決定的なダメージを与えられた…その事実が彼らにとって大きな希望となった
このまま押し切れば勝てるんじゃないか?準備が万全の今ならブラッククロス四天王の彼奴を倒せるのではないか!?













  そう誰しもが思った矢先であった。





 ガキィィン!!



  白薔薇「〜〜〜っっ!!」



 手の甲に鈍い痛みが走った…

 白薔薇の光輝く右手に何かがぶつかった、それは[メタルブラック]の拳だった…
それだけならなんてことは無かった、むしろ[タイガーランページ]の闘気が上乗せされて彼奴の腕に殴り勝っていた




    メタルブラック「―――――プログラム発動、太古の昔より受け継がれてきた歴史の記録<データ>」ブンッ


 黒鉄の武人が左腕の鉄拳を振るう、ど真ん中を狙ってきた妖魔貴婦人の左腕を寸分違わぬ正確さで相打ちになる様に打つ


    メタルブラック「その武術、流派に語られ勢いは百獣の王…虎の如しッッッッ!!」ブンッ!!


 黒鉄の武人が右腕の鉄拳を振るった、妖魔貴婦人の繰り出す右腕を"自分なら此処を狙うと知っていた様に"狙い、相殺!





    メタルブラック「システム完了…![猛虎プログラム]ッッッッ!!!」コォォォォォォォォ!!!

        白薔薇「こ、これは…そんなまさかっ!?」



 黒鉄の戦士の両腕は……――――黄金の輝きを放ったッッッ!!




    メタルブラック「 [ タ イ ガ ー ラ ン ペ ー ジ] 発 動 !!!! 」

845 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:08:07.66 ID:QqQsPltQ0

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッ!!

   ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッ!!




      メタルブラック「破ァぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」ガガガガガガッ
          白薔薇「うっ!ぐぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」ドガガガガガッ





  ドガガガガガガガガガッ!ドギャ―――――――――――――――z_____________________________________ン!




 突きの速さ比べッッ!!

 "音"と"音"のぶつかり合い…っ!


 1秒間に幾多もの黄金の輝きがぶつかり合い、火花を散らし、神拳と凶拳が邂逅を果たす度に衝撃波が生まれる
目には目を、歯には歯を、よもや[タイガーランページ]という殴打系の技術で最上格に位置する技同士がぶつかり合う等
一体誰に予想できようか?


 音の濁流と衝撃の余波で思わず"人間<ヒューマン>"組は歩みを止める、前に進みたくとも進めないのだ
超弩級の大型台風の日に暴風の向かい風を前にして肩で風切って歩こうとしてるような気分だ、物理的に前に進めないッ!


   白薔薇(くぅぅ…ま、まさかメタルブラックさんも[タイガーランページ]を使えるなんて…っ――――ハッ!?)ミシッ



 同じ技術を用いた拳闘技の応酬戦真っ只中で白薔薇は嫌な音と手応えを感じた、ミシッっと何かが罅割れる音
自身の両手に現出した[妖魔の小手]の片割れに小さな亀裂が入っていた
 元より筋力<STR>が高い方では無かった、その上対戦相手も悪すぎた
お互い一行に手を休めることはなく、無慈悲に降り注ぐ梅雨時期の集中豪雨差乍らの拳…マシンガンの様なジャブ合戦


 先に悲鳴を上げたのは妖魔貴婦人の方であった



  白薔薇の片腕に装着された[妖魔の小手]『』パリーン!


      白薔薇「ああっ!」ズキッ

  メタルブラック「隙を見せましたな…!!」ヒュッ



   ゴッッッ!!


 小手が砕け散り、手の甲がそのまま手首の骨ごと粉砕されそうな痛みを感じて思わず腕を引っ込めた
痛覚が無い機械と痛覚を有する生命体の差であった、本能的に腕を引いた彼女の隙を機械は見逃すことなど無く鳩尾に
[タイガーランページ]を解いた通常の拳を素早く叩き込む


    白薔薇「ッッ〜〜〜」ヨロッ、グッ


 苦悶の表情を浮かべてよろけ、地に膝をつける白薔薇を見てメタルブラックは言葉を発した


   メタルブラック「どのような返答をするか予測はつく、だが敢えて言おう」

   メタルブラック「……投降なされよ、貴殿らの戦闘能力は実に素晴らしいこのまま殺すには惜しい」



  白薔薇「……ふ、ふふっ、メタルブラックさん…貴方の想像通りの返答を致しますわね…まっぴら御免ですわ」ニッコリ

   メタルブラック「……フッ、でありましょうな、そうであって欲しかった、そうでなくては困る所だった」


 返答など分かり切っていた、[メタルブラック]自身が自分の父を裏切れないから、だから彼女等の呼びかけに応じて
自首しなかったのと同じように少年少女達にも自分の護るべき正義や信念がある
846 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:10:04.74 ID:QqQsPltQ0

 黒鉄の侍が言葉を区切るとほぼ同じタイミングで空間の裂け目が頭上に現れ高出力の光線が落ちてくる
[次元衛星砲]による射撃が始まったのだ、悪の組織の幹部はその場を飛び退き事なきを得る

 裂け目からは止めどなく神罰が降り注ぎ必要に鋼の武士を狙うが命中率はそれほどよろしくは無い
衛星砲の精度が決して悪い訳ではない、ただそれ以上に標的が"速い"のだ


  ルージュ(くっ…やっぱりメタルブラックさんには当たらない…いや、所々被弾はしているけど、それでも――!)


 将を射るならば馬を射よ、相手にとっての射手は白薔薇と言っていたが正しくその通りだ
縦横無尽の移動も全ては機動性特化型という彼自身の持ち味、その持ち味を活かすのが
この広い[庭園]という"戦場<バトルフィールド>"でもある


 時空の裂け目からの狙撃、紅き魔術師の術もメカ達の遠距離射撃だって、少年少女の[飛燕剣]も何も全て回避され
唯一決定的にダメージを与えていたのが[タイガーランページ]か[硝子の盾]に突っ込んだ時に発動する
カウンターの[ブロークングラス]ぐらいのモノであった


 …そう、機動性を活かした攪乱と電撃戦を得意とするならば自由自在に走り回れない様にするというのが上策

 そういう意味でも[硝子の盾]効果は大きかった



 紅き魔術師は術による攻撃をしながら視線で白薔薇姫を見やる、…[メタルブラック]は命まで奪ってはいないが
重い一撃を受けていて術の詠唱は厳しいと見受ける
 術士の欠点は偏に耐久性の無さと言えよう、後方から術による援護や補助を主体として前線で攻撃を受ければ
敢え無く崩れ落ちる……というのも魔術師であるルージュ自身が一番理解していることだ



  ルージュ「全てはあの機動性…あの速さなんだ…っ、アレさえ…アレさえ封じることができれば…ッ!!」


 弾幕を張り続けてどれほど"術力<JP>"を消耗あしたことだろうか…医療メカが白薔薇の治癒に向かい
攻め手が手薄になった隙に彼奴は放電で次々と[硝子の盾]を排して行き


 気が付けばもうアイツを止める障害物など無くなっていた


 壁さえ無ければ黒鉄の疾風と化した彼奴にまともな攻撃が当たる訳も無い、いつの間にやら
回収されていた薙刀の[突き]がレッドの脇腹を貫いていた…!アセルスは鉄塊による超重量級の[体当たり]で大樹の幹に
叩きつけられるように吹き飛ばされて吐血…っ


   白薔薇「アセルス様!――揺蕩うは幻妖の水鏡に写せし我が御身[ミラーシェイド]!!」

 シュイン!シュイン!シュイン!

  メタルブラック(むっ…なるほど、分身の術とは面妖な[妖術]もあるものだ――――だがっ!!)チャキッ


 BJ&Kによる手当もまだ完全でない状態で少女の危機に白薔薇が駆け出し幻影を出現させる術を発動させる
メカの内蔵センサーすらも本当に生きている生命であるかの様に欺く妖<あやかし>の技
 質量を持った分身をいざとなれば身代わりとして使うこともできる―――然しそんなものは無意味だと言わぬばかりに…





          メタルブラック「 [ ム ー ン ス ク レ イ パ ー ] !! 」





 ――――地上に月影が描かれた。


 そう錯覚したときには全員が斬られていて、地に伏していた…


  ルージュ「がっ、ぼ、ぁっ…―――!!!」ドサッ

  ルージュ(一体…いつ、切られたんだ、まるで動きが、視えなかった……つよ、すぎ、る)ゼェゼェ…



 赤の魔術師は一瞬で消えた白薔薇の幻影達や自分と同じく地に伏している少年少女達がまだ息をしていることを確認する
彼らは与り知らぬ事だが、この技を見切れた者はかの武勇の姫"金獅子姫"だけであり…そんな彼女も[かすみ青眼]で彼奴と
真っ向からぶつかって相打ちになるほどであった…ッッ!
847 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/02/21(月) 02:12:31.29 ID:QqQsPltQ0
*******************************************************


                      今回はここまで!!


                次回メタルブラック戦、完結予定…ッッッ!!!


*******************************************************
848 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 07:11:58.62 ID:TKSSFowqo
SS速報避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 21:46:54.57 ID:cSviMkfS0
久々&一気に更新乙です
タイガーランページのぶつかり合い熱い…白薔薇かっこよかった
それにしてもメタルブラックつええ
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/02/22(火) 02:29:54.23 ID:b2xeBnFlO
来てた!おつおつ
851 :メタルブラック編完結 [saga]:2022/03/31(木) 05:00:04.03 ID:BfNAH4mk0

 傷は深い、朦朧とする意識が紅き魔術師にソレをより一層実感させる


 おそらくパーティ内に置いて一番護りが弱いのは自分だ、[シンロウ遺跡]で幾つか有益な装備品を調達したが
その中で[精霊銀のピアス]しか新調していないのだから
 逆に一番防備を固めていたのは[精霊銀の鎧]まで着込んでいたアセルスだったが…蓄積したダメージもあってか
もう動けそうにないと見た

 白薔薇姫もルージュもアセルスも生きてこそいれども立ち上がる事も出来そうにない、術士が薄れゆく意識の中で
見えたのは彼らの仲間内で最も体力があった少年が辛うじて起き上がる姿であった…




    ルージュ(レッド……すまない、これ以上は――もう、無理だ…)ゼェゼェ


    ルージュ(こんな所でボクの旅は終わるのか…案外あっけないモノだな…)




 どうすれば黒鉄のサムライに勝てたのだろうか、今の自分達で勝機など有り得たのだろうか
目の前が闇に覆われ始めた彼は何度も自問していく、まだ意識を手放すわけにはいかない親友がまだ立っているのだ…!
ならば何か無いのか!?と、気力だけでどうにか沈んでいきそうな意識を繋ぎとめていた



    ルージュ(すべては…あの はやさ なん、だ  あれを おさえ、れば…でも どうやって…)




 背部スラスターから噴き出す光、熱、焔、人間では到底追従することは許されない機械だけが産み出せる機動性、馬力…


 





    ルージュ(   ……あ? )



 ふと、そこまで考えてある事に思い至る。

 彼奴の速さは全て背部スラスターから生み出されるのだ、人間じゃない、メカである彼の肉体だからこそ可能な事…




 思考が水底の泥の様に深く落ちる寸での所で、彼は"気が付いた"のだ
…そうだ、そうだ!!なんでこんな簡単な事に気づかなかったのだ!?自分はなんて愚かだったのだ!!

 伝えなくては、レッド少年に、自分が導き出した『最適解』を…ッ!





   ルージュ「―――!」パク、パク…!


 残った気力を絞り出す様に身体を動かす、全身が痛い、神経筋が細胞の一つ一つにこれ以上酷使させるなと訴えかける
唇を開いたつもりだが、声が出せない…もう彼に"声<メッセージ>"も届けられない…っ!


―――
――




     レッド「ハァ…ハァ、げふ、ぐっ…」ヨロッ

 メタルブラック「少年よ、まだ立つか」スッ


     レッド「当たり…前だ…俺は、お前達を―――ブラッククロスをぜってぇ赦しちゃいけねぇ、んだよ…」フラッ


852 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:00:52.72 ID:BfNAH4mk0

 小此木烈人の闘志は未だ燃え尽きてはいなかった、彼にとって家族の仇たる一味の者というのは確かにあった
父と母、妹の仇討ちで始めた旅ではあったのだ……然しそれ以上に彼を突き動かすモノが、今の彼には在るのだから



   メタルブラック「……仲間は全員傷つき倒れ、この身に有効打を与える術も持たぬ絶望的状況で諦めぬと申すか」

       レッド「うるせぇ…、勝てる勝てねぇの話じゃねぇんだよ、俺はなぁ――――」




   メタルブラック「家族の仇だからか、少年よ」



 [書院]が焼け崩れていく音と人々の叫びが[庭園]にまで聞こえてくる、その最中で黒鉄の戦士の声だけは澄んで聞こえる
少年の内情を知る彼の問いにレッドは応える


       レッド「それだけじゃねぇよ」


 少しでも呼吸を整えるべく、また仲間が誰か一人でも気絶から立ち直れるまでの時間稼ぎも兼ねて会話に付き合う
少年の言葉に興味を抱いたのか黒鉄の武士は「ほう?」と聞き入る事にした




  レッド「最初こそな…俺は、復讐だけを考えてずっと生きてきたさ」

  レッド「力を手に入れて、強くなって…けれど復讐は良くない、そんなことをすれば報いを受けるって警告もされた」



 アルカール男爵から言われた事を思い出す、正義以外に力を行使すればヒーローに正しくないと判断され抹消されると
それでも構わない、どうせ死んでいた身なのだからあいつ等を道連れにしてやれればそれで良いなんてさえ思っていた


  レッド「そん時の俺は…正義なんざ知ったこっちゃないって考えてたさ、でもな色んな人と出会って」

  レッド「[シンロウ]や此処で行われていた所業を知って…っ!漸くわかった気がするんだよッ!」



 何も知らない探検家達が人知れず犠牲になり、人体改造を施されて犯罪に加担させられる事そして何より
メタルブラックの基地にあったあの身の毛もよだつ部屋





  - レッド『うっ…こいつぁ…』ギリッ -



 紅い鉄扉に倒れたパイプ椅子、そこら中に何かが暴れ回った痕跡のある無機質な部屋…
一体、どれ程の人間達が組織の欲望を満たす為だけに苦しみ死んでいったというのだろうかッ!
 こんなことが許されていいはずがないのだ
今も世界の何処かで"名前も顔も知らない誰か"が自分と同等かそれ以上の苦しみを受けている
 一度そう考えてしまったら彼は止まれない、止まれなかったのだ
相手が自分よりも圧倒的な強者だとか、個人の力でどうすることもできない組織だとしても
臆してはならない、自分が此処で恐れをなして背を向けたのなら、一体誰がその行いを止めてくれるというのだ!?

 口を塞ぎ、目を閉じて、これから先も未来永劫続いていく非道の数々を見て見ぬ振りで生きていて




――――――…果たして、笑って明日を迎えられるのか



   レッド「俺はお前達の所業を許せねぇ、…ここで諦めちまったり逃げちまったらよォ」


 レッド「俺はきっとそれ以上に俺自身を赦せなくなっちまうんだよ!!
           前を向いて明日が迎えられない、いや!明日なんて一生こねぇんだよおおおおおおおお!!!!」




                カッ!!!
853 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:01:53.58 ID:BfNAH4mk0


     メタルブラック「な、なんだこの光は!?この生命エネルギー反応は…」


 小此木烈人が咆えたと同時に彼の身体が眩い輝きを放った、彼の魂の叫びに呼応するかの様に…っ!



   光の粒子『』キラキラ…
   光の粒子『』キラキラ…


 少年から解き放たれて霧雨の様に降り注ぐ光…それは"意志の力"
彼の熱い想い、決して挫けぬ心、誇り高き精神が――正義の使者としての証が仲間を奮い立たせるエナジーの雨となり
降り注ぐアルカイザー特有の技[ファイナルクルセイド]として昇華したのだ…ッッ!!



  「…うっ、わたくしは意識をどれほど失っていたのですか…」ムクッ



 メタルブラック「!」ハッ!

     レッド「白薔薇さん!」



 降り注ぐ光を浴びて目を覚ます白薔薇姫、否、彼女だけではない!
[ムーンスクレイパー]を受けて所々ショートしていてピクリとも動かなかったラビットとBJ&Kも再起動し出したのだっ!
 アセルスもルージュも、迸るエナジーを受けて再び起き上がったではないか…ッッ!!



   メタルブラック(今のは――そうか、あの生体エネルギー反応は"そういう技"なのだな…敵ながら天晴だ)


 有機生命体はおろか機械である筈のラビット達ですら受けた損傷個所が治っている
機械である彼らに治癒の術は本来効かない筈…それこそ[マジカルヒール]の様な言葉通り"奇跡"の力でもない限りだ
 満身創痍のレッド少年以外は生命に満ち溢れ、逆に少年は…むしろ内なる魂がすり減っている様に感じられる


―――[ファイナルクルセイド]…その技は確かに仲間達を完全復活させるが、代価として文字通り命を燃やす技だ


 少年の消耗具合を見て鋼鉄の戦士は「敵ながら天晴だ」と称賛した




 ラビット「再起動を確認、復帰理由は不明ですが今は任務を遂行します![サテライトリンカー]スリープモード解除!」
  白薔薇「鏡よ、鏡…この世で憐れなる自傷者は誰なるぞ[硝子の盾]!」 


 妖魔とメカが状況先程の焼き直しと謂わんばかりに相手の動きを封ずる手段に打って出る、彼奴もまた何度でも躱し
切り伏せてみせようと言わぬばかりに駆け抜け始めた…ッッ!



    アセルス「烈人くん!!大丈夫!?」
    ルージュ「レッド待ってて、今[バックパック]から[最高傷薬]を…!」ゴソゴソ


 硝子の迷路内を[メタルブラック]が神罰とBJ&Kの[圧縮レーザー砲]を避けに専念しながら動き回る最中
紅き魔術師は回復薬で少年を介抱する、一体いつの間に彼はそんな全体回復なんて大技を習得していたんだと疑問はあった
だが、この際そんなことはどうでもいい一刻も早く伝えなくてはならないことがあるのだから…



    レッド「すまねぇ助かったぜ…!なんとか持ち直せたがこのままじゃジリ貧だ、どうしたもんか…」


 傷は治った、とは言え"JP<術力>"やメカ達の"WP<ウェポン・ポイント>"までもが満たされたワケではない
遅かれ早かれ[メタルブラック]の足止めをするのがやっとの戦法も続きはしまい…







     ルージュ「そのことなんだが…ボクに一つ案があるんだ、危険な賭けになりそうだけど」

854 :※ファイナルクルセイドはヒーロー技なので原作において変身してないと使えません [saga]:2022/03/31(木) 05:02:41.50 ID:BfNAH4mk0
―――
――


  メタルブラック「――――砕け散れ!」バチィィィ!!


 [落雷]で硝子の壁を排除して肉迫していく、ここまでは先と何ら変わらぬ作業
半ばルーチンと化しているこの状況で優位なのは自分だと鋼鉄のサムライは考える
自身には[マクスウェルシステム]が搭載されている為、電撃や技を如何に放とうと"WP<ウェポン・ポイント>"が底を尽きる事は
早々無く更に言えば元より彼の内蔵燃料槽もクライン博士の手によって作られた特別製だ、元からの蓄積量からして違う


 一方で向こう側のメカは正規の規格品、根競べをすればどちらが先にガス欠になるかなど目に見えている
白薔薇姫にしたってそうだ、如何に妖魔といえども"JP<術力>"は無尽蔵に非ず

…いよいよ以て彼女等の顔に疲弊が浮かんできた。


 仮に再びレッドが[ファイナルクルセイド]を使い戦線を持ち直したとしても同じパフォーマンスでの戦闘続行は不可能
勝敗を決するのもそう遠からぬ未来だろうと彼は読んでいた


 だからある意味では想定通りであり、ある意味に置いてはイレギュラーな行動に少年達が出た事も不思議ではなかった




  メタルブラック「…む?」



ザッ!!




    ルージュ「…」キッ!

     レッド/アセルス「…」グッ




 術や技を使い遠距離から[メタルブラック]を牽制しつつ妖魔とメカの元へと彼らが集結した
前後から包囲するように攻撃を撃ち続けた方が高機動の武人には命中するだろうにあえて一方向に集結した
 そして何を思ったのか、援護射撃に徹していた術士や剣気を飛ばしていた少年少女が手を止めて一斉に前に出始めたのだ
いや、彼らだけじゃない、前に出た者達の背にメカ2台と妖魔1人も…





  メタルブラック「血迷ったか?…いや、違うか」



 既視感がある。


 数日前、奇しくもこの[庭園]で似たような光景を繰り広げたことがある
黒鉄の侍と黄金の獅子がお互いの全力で一騎打ちを果たした時と同じ…




 決着をつける為の"最後の一撃"を仕掛けんとする者と対峙したあの瞬間を想起させる。




   ルージュ「…かなり無茶ぶりさせるけど、皆ごめん」

    レッド「へっ、気にすんな!どのみちコレを決めらんなきゃ俺達は仲良くあの世行きだ」
   アセルス「危険でもこれしか選択が無いのなら、やってみる価値あるよ」



 ある意味では想定通りであり、ある意味に置いてはイレギュラーな行動――ジリ貧の現状を打開すべく大博打に出る事ッ



 人間というものは追い詰められると起死回生を狙って被害を被るのは覚悟の上でとんでもない捨て身の攻勢に出るものだ
紅き魔術師は背後に控えさせた妖魔貴婦人とメカ2機にも準備はいいかと確認を取る、帰ってきたのは最高の返答だった
855 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:03:40.92 ID:BfNAH4mk0



  「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」



ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…!!!!!!





 総員突撃。



 言葉にすればそれだけの至ってシンプルなソレ、もはや作戦も糞も無いような見事な突撃っぷり
術士が後方から術を撃つことも機械達が光線を射出することさえも無く、妖魔が壁を作る仕事もしない潔いまでの"特攻"

 第三者が見れば血迷った末の玉砕覚悟としか見受けられない行為だが…



   メタルブラック「ほう、そう来るか…面白いっ!!」



 …[体当たり][突き][落雷][ムーンスクレイパー][タイガーランページ]、彼の技は
どれもこれも範囲を吹き飛ばす程の爆発力が無いッ!
 [ムーンスクレイパー]だけは全体攻撃と呼べるが、それは彼の機動力と個々の敵兵の立ち位置が並んで初めて意味を為す
一つの塊となって一丸で迫って来る集団相手では本来の性能を発揮できない


 言ってみればルージュ達の取った行動は肉壁作戦だ

 ルージュ、レッド、アセルスの3人が前方と両脇を固める様に走り、重要戦力の白薔薇たちを護る様に移動する…ッッ!






――――古来、とある"惑星<リージョン>"に存在した『陣形』という概念における[インペリアルクロス]の構え




 おそらくは唯一[メタルブラック]に決定的なダメージが入っていた白薔薇の[タイガーランページ]をぶち当てる為
しかし、それだけでは彼は倒せないし先程の様に黄金の拳同士の突き合いになるだけ――――









      ルージュ「 [ マ グ ニ フ ァ イ ] の 準 備 だ !!」



    ラビット「了解!![マグニファイ]スタンバイ…!」




 [マグニファイ]とはッッ!!その兵装のリミッターを外す事で能力を限界値を超えた威力を引き出すプログラムであり
これを使用すれば使った兵器は完全に壊れてしまうという効果がある

 長期戦を想定するならば初手で気軽に撃っていいモノではない、本当に最後の最期で使う様なブツだ




 白薔薇の[タイガーランページ]単騎だけでは正面からぶつかり合いになっても競り負ける


 しかし…殴り合いの真っ最中でどう頑張っても"回避不可能なゼロ距離から[マグニファイ]で横っ腹を撃たれたら"?


 遠距離武装である[圧縮レーザー砲]を離れた位置から撃ち出すというセオリーを無視してゼロ距離射撃で使う
そうなってくれば彼奴とて無傷では済まされない、それで倒せる倒せないは別としてもダメージを与えるのは間違いない
 そして――真の"本命"はコレではない、策の重要課題は如何に真意に気づかせずメタルブラックを欺き通せるかだ
856 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:04:19.23 ID:BfNAH4mk0

―――
――



 どちらの大技が先に炸裂するか、黒鉄の武士<もののふ>はこの行動の要はそこにあると考えた




 メカの[マグニファイ]と白薔薇の[タイガーランページ]の二大火力をぶつけて一撃で鋼の侍を粉砕するか
 肉壁と化した"人間<ヒューマン>"組の3人を玉葱の皮を剥ぐが如く速やかに倒して芯の部分、切り札の淑女達を倒せるか




 言葉通り一回限りの大勝負だ、白薔薇の"WP<技力>"も残り僅かで[マグニファイ]も起動すれば、使った武器が破損
自身が出せる最高速度で彼らを捻じ伏せ不発に終わらせられれば勝利確定と言っても過言ではない


 内容に違いはあれどその行動自体は月夜の晩にメタルブラックが金獅子姫の[かすみ青眼]に対し[ムーンスクレイパー]で
打って出た一騎打ちと同じで、彼の性格上これに応えないのは武人として恥ずべきだと考えた


 後方へ逃げに徹しながらチマチマと[落雷]で1人ずつ落とすなんて野暮な真似を彼らを前にしたくはなかった
組織の者に小馬鹿にされようが罵られようが、彼は自身の理念を貫く事に誇りを感じており
 産みの親たるクライン博士からも"相手の弱みに付け込めないのが最大の弱点"と評されたが同時にその心を失くしては
真の最強になれないとのお言葉も頂いた…だからこそ[メタルブラック]は逃げには回らない


 真向から一つの塊になって向ってくるルージュ一行に対して真正面から札を切らせる前に全員を切り伏せる事を選択する





     メタルブラック「フッ、まこと面白き傑物達よ…よかろう受けて立つッ!」コォォォォォォォ…!!!



 黒鉄の戦士の背部スラスターから光が噴き出る、次の瞬間メタルブラックは夕闇を切り裂く閃光と化した
赤焼けの色に照らされたメタルボディが凄まじい推力を伴ってすっ飛んでくる
 初撃は最も彼奴と位置関係が近いセンターラインのレッドだ、お互いに直進すれば最初に激突するのは当然の事
視界に鋼鉄が飛び込んでくるのを見据えて少年はアセルスから借りた剣で[ディフレクト]しようと構えるが
防ぐよりも先に恐ろしく速い峰内が飛んでくる




   ゴッッッ


   レッド「がふっ――――!?」


 センターを走る少年が峰で殴打されて姿勢を崩し大地に転がされていく様がスローモーションの様に映る
ライトとレフト、それぞれを担当していた少女と魔術師は少年が倒されるのを見て直ぐに迎撃へと移行する
なにも倒そうなんて思ってはいない、後方で拳を輝かせた白薔薇姫とメカ達が絶対的に攻撃を外さない状況を作るのが目的


 アセルスは予めいつでも放てる様にしていた[稲妻突き]の構えを取りルージュも術の詠唱に入る







―――同じ事の繰り返しを…芸が無いぞ若人よッッ!!


 声に出さず胸の内でメタルブラックが彼らにそう叫ぶ、声なき叫びを体現するかのように数万馬力の剛腕が少年を地に
下した薙刀を振るい、術の詠唱が終わるよりも先に2秒差で飛んでくるだろう少女の刺突を掻き消さんとする

 半妖の少女が持っていた[サムライソード]の先端が敵の薙ぎでへし折られ、返す刃で利き腕の肩を潰されて苦悶の表情を
浮かべながら大地へと沈んでいき、それとほぼ同時に花飾りの淑女が片腕の[妖魔の小手]を輝かせながら地を蹴り
黒鉄のサムライ目掛けて跳躍した……この間、僅か2秒ッッッッッ


 アセルスを叩き墜とした彼奴は直ぐに真逆の方向に居るルージュへと攻撃を仕掛けんとする!
人の身体の構造上、目の前の相手を攻撃してすぐさま背後の相手を切り伏せたいと思ったなら当然振り返るなり
上体を捻るなりする必要性が出てくる、その場から移動するのではなく"ただの向きの修正"…
如何に距離を詰められる敏速性に優れたブースターを持っていたとしてもその動作を行う上で大きな意味を持たない
857 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:04:50.32 ID:BfNAH4mk0

 黒鉄の戦士が紅き魔術師をカメラアイに捉えた瞬間には指先に高熱反応が出ていて[魔術]を唱えられる準備が出来ていた
[タイガーランページ]の拳を叩き込める射程圏内まで数pの位置まで接近している白薔薇の姿も横目に見えている














              メタルブラック(勝負あったな―――!!!)





 彼は自身の勝利をこの瞬間確信した。



 機械であるが故に優秀なAIソフトが直ぐに計算結果を叩き出した、彼らの切り札である白薔薇の拳が届くまで"数p"
その瞬き程の僅かな時間差は紅き魔術師を倒して白薔薇の対応に回るには十分過ぎる時間であると


 [猛虎プログラム]を発動させて白薔薇の拳を相殺するはおろかこれ程の秒差があるならば白薔薇を捻じ伏せる事さえ可能


 彼女が[妖魔の小手]に大技を仕込んでいたという意表を突いた攻撃をしてくると分かっていたならば警戒もできよう
初見殺しは1度でも見てしまえばその瞬間から"初見殺し"ではなくなる、どんな攻撃が来るか予め予測できているならば
冷静に貴婦人の挙動を見てどの位置に攻撃を叩き込めば良いのかも判るというものだ…

 彼女の背後でラビットの[圧縮レーザー砲]が膨大な熱量を産み出しているのもカメラアイで確認できたが
彼が[マグニファイ]を撃ち出すよりも先に白薔薇を沈めたとあれば回避もさして苦労せんだろう




              メタルブラック「―――切り捨て御免」


 ザシュッ!



           ルージュ「―――っっっっっ」ブジュッッ






 紅き魔術師の法衣が鮮血に染まる。

 薙刀の先端がルージュの腹部を掠める様に横一文字に切り裂く
詠唱が終わり術名を叫ぼうとした彼の喉からは声の代わりに血が噴き出た 



 ゆっくりと…世界の動きがスローになっていく、ルージュもまた母なる大地へと倒れ込む様に彼の身も墜ちていく…













                   ルージュ「―」ニィ


         メタルブラック「――――――――――!!」ゾワッ

858 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:05:32.24 ID:BfNAH4mk0

 彼…メタルブラックは武人としてではなく私人として倒れゆくルージュの最期の顔を拝もうと見た、見てしまった。


 魔術師は笑っていた、まるで"悪だくみが成功した悪戯小僧の様な笑み"を浮かべていたのだ…!





 機械である筈のメタルブラックは確かに人工知能の片隅で警鐘が鳴ったのを感じた、自分は何かを見落とした?何をだ?








 彼らが[メタルブラック]を倒せる唯一の方法はなんだ?

 メタルブラックが誇る高機動能力を以てしても絶対的に回避不可能な超至近距離で最大火力をぶつけることだ



 ではその最大火力とはなんぞや?

 白薔薇姫の[タイガーランページ]とメカ勢の[マグニファイ]だ




 …一応[次元衛星砲]や他の面子が使う[剣技]や[生命波動]等でもダメージはあるがどれも回避可能で致死には至らな――










 黒鉄のサムライは、メカである。

 だからこそ頭の回転が速かった、優秀なAIを積んだ機械なだけはある…彼は悟った




















     レッド「 う お お お お  おお お おおおォーーーーーーーっ!!!!」









    メタルブラック「!?!?クッ、うお、うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?!?」





 小此木烈人少年がアセルスの装備していた[ツインソード]を構えて[稲妻突き]で[メタルブラック]目掛けて猛進するッッ

859 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:06:08.47 ID:BfNAH4mk0


――――[生命波動]…そう、"[心術]を彼らは使えるのだ"…ならば当然アレも使える


 "JP<術力>"が絶望的に低くて術士としての適性すらも碌に育ててこなかったレッド少年でさえ使える
自身を完全回復する術…[克己]をッッ!!








   - 『ルージュ(すべては…あの はやさ なん、だ  あれを おさえ、れば…でも どうやって…)』 -
   - 『ルージュ(   ……あ?)』  -


- 『…そうだ、そうだ!!なんでこんな簡単な事に気づかなかったのだ!?自分はなんて愚かだったのだ!!』 -
- 『伝えなくては、レッド少年に、自分が導き出した『最適解』を…ッ!』 -







 あの時、紅き魔術師は活路を見出した。
どれだけの攻撃を撃っても文字通り人外の速度で回避されるのであっては意味など為さない
 完全に意識外からの攻撃だったらどうだろうか、不意をついた一撃だ…それでいて致命的な一撃

 [稲妻突き]は脚に力を溜め狙いを定めた上でそこからの瞬発力で一気に距離を詰め相手を突き刺す技だ
一度発動すれば止める術など無く、だからこそ彼奴は技が出る前にアセルスの剣先を折り彼女自身も叩き墜とした
 然してこの剣技の威力では[マグニファイ]や[タイガーランページ]の火力には並び立たない


 鋼鉄の肉体を持つ[メタルブラック]を致死に追い込む事など不可能
何事も無かったかのようにそのままレッド少年の剣技をその身で受けながら白薔薇達を排除することさえ可能だ

 ならば、何故彼奴はこんなにも狼狽えているのか…―――――それは…ッッ!!













  レッド「テメェの背中についてるスラスターがガラ空きになるこの瞬間を待ってたんだぁぁぁーーーっ」











-『彼奴の速さは全て背部スラスターから生み出されるのだ、人間じゃない、メカである彼の肉体だからこそ可能な事…』-

 - 『――真の"本命"はコレではない、策の重要課題は如何に真意に気づかせずメタルブラックを欺き通せるかだ』 -








"白 薔 薇 と メ カ の 高 火 力 攻 撃 は 実 は 囮 で 本 命 は ブ ー ス タ ー 破 壊"





 将を射んとすらば馬を射よ…っ![タイガーランページ]と[マグニファイ]で一気に勝敗をつけようとするが如く見せ掛け
その実は剥き出しの背部スラスターを使い物にならん様にするのが目的の陽動作戦
860 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:06:40.34 ID:BfNAH4mk0

 頑丈さを誇る鉄のボディも[次元衛星砲]で所々焼けていた、自慢の機動性で直撃を免れたからこそダメージも少なかった
掠める程度には被弾しつつあった彼奴でも背中だけは頑なに攻撃を受けない様に注意を払っていた

 単に不要な損耗を避けていたからではない、彼自身の構造上の弱点がそこにあったからなのだ
白薔薇とラビット達の2大火力が[メタルブラック]に当たるか防がれるかはこの際そこまで重要視していない

 最悪の場合[次元衛星砲]だけでも勝てないこともない。



 スラスターを破壊されれば単純に回避性能が大幅に落ちるだけではない[体当たり]や[突き]の軌道も眼で追えて読み易く
こちら側に攻撃が命中する確率も減る



…そして何よりも[ムーンスクレイパー]という速さを活かした彼の代名詞が完全に死ぬ





 焦り過ぎたな、[インペリアルクロス]の陣形で突っ込んでくる術士等を見て前衛3人を如何に早く倒して
中核の貴婦人達へ対応していくべきなのか…モタモタしていたら相手に切り札を切られかねない、と
 そんな節燥感に駆られて手早く少年少女と術士を倒したからこそ傷が浅かった



威力よりも速度を重視した峰内、剣先を折り返す刃で利き腕を潰すだけに留める早業、心臓を貫く事も無く先端で切り付け


 1人1人ご丁重に[克己]を唱えることすら不可能な重体にでもしてれば話は大分変っただろうが
それをやれば今頃2大火力の直撃によってメタルブラックの腰から上は綺麗さっぱり消し飛んでいたに違いない




 後門の小此木少年、前門から白薔薇の光輝く拳…っ!!




 今から振り返り少年を居合切ろうとすれば上半身が拳と光線で持って行かれる
無視して白薔薇を打ち負かせば馬を射られた将になり降り注ぐ神罰やら今まで楽に躱せてきた攻撃の集中砲火で敗ける




 ルージュ一行はあの劣勢から見事に逆転の一手を指したのだ…。



















            メタルブラック「 喝ッ ッ ッ  ッッッッッ! ! !! 」ブォンッ!




           白薔薇「きゃっ―――!!」     レッド「な、にィ!?」







 この時、メタルブラックが咄嗟に取った行動…それは意外ッ!"バク宙"である…ッ
数pどころじゃない距離まで白薔薇の[タイガーランページ]が迫った所でバク宙…否、正規のやり方と違って
鉄棒競技の逆上がりの様な片脚を大きく上げたバク宙擬き―――サマーソルトキックであった
861 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:07:21.68 ID:BfNAH4mk0

 身体を宙に浮かしながら姿勢を横軸に180度向きを変える
こうすることでレッド少年の本来の目標であった『背部スラスター』への攻撃は大きくズレて
メタルブラックの腰付近に当たることとなった…一方で白薔薇姫は苦し紛れのサマーソルトを脇腹に受け
小さな悲鳴を上げながらも拳を叩き込んだ

―――当然ながら最初の予定通り上半身を粉々に吹き飛ばすという狙いは大いに逸れたが





    白薔薇「っっ――[タイガーランページ]!!!!!」ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ



 背面のブースター破壊は失敗に終わり、鋼鉄の肉体にほんのちょっとの傷を[ツインソード]で負わせるに至り

 白薔薇の攻撃は――上半身を消す致死の攻撃にはなり得なかったが、自身に蹴りを浴びせた片脚を完全に持って行った





  ベキメキ、メキャッッ




――――――バキィ




        膝下から完全に捥がれたメタルブラックの右脚『 』ベシャァァ!!




     メタルブラック「―――っっ、[猛虎プログラム]発動!!!!!!!!!」キュィィィン!!








 片脚を失い歩行は不可能になった。


 更に黄金の鉄拳による殴打の雨嵐がサムライの残った脚も奪わんと叩き込まれてズタボロの鉄塊と化す
白薔薇から見て上後方へと飛び退かれて距離を開けられた事で小手がほんの少し空虚を舞う
 脚を失いつつもバク宙をした黒鉄の戦士の上体は今完全に[稲妻突き]を放ったレッドの背後――死角を取る位置にあった
レッドが首を動かして自分の頭上を通り越した相手の姿を捉えて対処しようとした時には…[猛虎プログラム]が


 敵の[タイガーランページ]が既にレッド少年の鳩尾を的確に打ち抜いていた


 腹部に筆舌しがたい激痛が走るッッ、最強格の殴打技をその身に受けた齢19歳は
上方に跳んだ敵と違い地を滑る様に吹き飛ばされていく、頭の中が真っ白になる一生分の胃液を吐き出したかもしれない


 口中が酸っぱい、喉が熱い、自分の口からは水分が驚くほど出て行くのにそんな現状と裏腹に
脳の何処かにひどく冷静な自分が居て「よく今の喰らって俺生きてるな」なんて場違いな事すら考えていた
[克己]は唱えられそうにない、白薔薇さんはどうなった?頭の中に居る冷静な自分がふと目を向けると…



            レッド(……)


            レッド(オイオイ…)

            レッド(んなアホな、そんなんアリかよ…)





 丁度少年の視界に飛び込んできたのは歩行不可能になったというのに一体どんな手品を使ったのか白薔薇の真上に飛び
上から拳の雨を降らせ、それを貴婦人が拳の傘で防ぐという構図であった
862 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:07:48.70 ID:BfNAH4mk0

 レッドが吹き飛ばされた瞬間に何があったのか、潰された利き腕を治そうと
少年に少し遅れて[克己]を唱えていたアセルスお嬢はその様を目撃した…

 傷は完治したが、彼女より先に完治して背部スラスターの破壊に少年が向った為、彼女はルージュの介抱に当たった
赤い魔術師を治療する傍らで彼女が見たモノ…それは目を疑う光景だった

 少年が吹き飛ばされた後、両脚がまともに使えなくなった[メタルブラック]はこのまま落下していくだけだろう…
背部のブースターこそ壊せなかったが機動性を潰すというお役目は確かに果たされた

 あとは地を這う芋虫よろしくとなったメタルブラックを囲んで叩くだけの手筈…だというのに








    メタルブラック「まだだ!まだ終わらん!!たかが片脚を失くした程度だ!腕が残っているっ!」シュバッ!ダンッ





―――両脚で大地に立てぬならば、両腕を地につけ逆立ちでもする要領で着地すればよいッッ



 [猛虎プログラム]を発動させた光り輝く両腕で大地に立つ!
まるで軽業師が舞台公演する曲芸じみた動きだ…アクロバティックな動作で宙を舞い
剥き出しになった急所へ致命の一撃を繰り出す少年を避け、前方の貴婦人に片脚を拳で千切られる程の衝撃を受けても
空中で繊細な姿勢制御を成してレッドを殴り飛ばして着地する、これだけでも十二分に常識を疑いたくなる挙動であり
 更にプログラム発動で[タイガーランページ]を可能とする人外の"筋力<STR>"を活用して
腕力と指先の力だけで大ジャンプを熟し未だ健在だった背部スラスターを吹かしてまた宙を滑空するように高速移動
白薔薇の頭上から拳の雨あられを降りかけるという行動に出たのだッ!!


 脚が在ろうが無かろうが関係なかった。
 ルージュの結論通り、全てはあの背部スラスターが産み出す機動性なのである



 アレを破壊できなかった時点で勝敗はもう決まったようなモノ…その事実を認めレッドとアセルスは苦渋を浮かべた





 そう、――――「自分達は一世一大の大博打に敗けたのだ…。」っと、少年少女はそう悟った







 [次元衛星砲]は白薔薇を巻き込むと判断した為、自動発射はせず
ラビットは白薔薇を巻き込まない完璧な位置取りで[マグニファイ]を撃とうと試みたが…時すでに遅し



     白薔薇「きゃあああああぁぁぁぁっ!!!」パキィィン!!
    ラビット「[マグニファイ]セット[圧縮レーザー砲]!!!!!」ギュィィィン


   メタルブラック「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



        ジュウウウ ウウウウウウ ウ  ウウウウウウウ ウウウゥゥ ウゥゥ――!!


 彼女の[妖魔の小手]が完全に破壊されて吸収された[クラーケン]の力が解放されて消えていくのが見える
それとほぼ同時にラビットが切り札を撃ち出した、通常の何倍もの威力を持った破壊の輝き、圧倒的な熱量

 白薔薇との呼吸の合わせ方も決して悪くは無かった、競り合っている間に撃つという目的も果たせはした
ただ見積が甘かった、想像以上に相手が白薔薇を退けるまでの所要時間が短く、更に脚を失った事で完璧な回避行動は
不可能と判断したのか背中のジェットを使い無理矢理前進するというゴリ押しの力技で移動を始めた
無理に避けようとして余計な被弾をするのならいっそ"避けずに吶喊<とっかん>する"という思い切りに出た

 可及可能な限りの最大戦速、それを以てして自身のパーツが壊れようが焼かれようが必要な損害と割り切り
最短で[マグニファイ]の中を突っ切りメカ勢を叩き潰す、そんな意気込みをコレでもかと言う程に感じられる吶喊だった
 黒鉄の戦士が膨張したレーザーの波を突き抜けた時には既に上半身の左肩から先が完全に熔解して無くなっていた
863 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:08:16.38 ID:BfNAH4mk0


 メカという種族は総じて任務という物に忠実である、どこまでも残酷なまでに



 何かを破壊する為に産み出された戦闘メカが喩え任務を忘れてしまったとしても是が非でも思い出し必ず遂行する様に
メタルブラックも"武士<もののふ>"の心を持ちながらも同時に何が何でも任務を果たさんとする性質を持っている


 己の全存在を掛けてでも必ず命じられた事を成し遂げようとする"性<サガ>"…どこか歪でありながらも純粋なソレ



 ラビットの[マグニファイ]の後すぐにBJ&Kの[マグニファイ]が黒鉄のサムライ目掛けて放たれたが
彼奴の肉体を灼けたのは前者の攻撃のみで後者の砲撃は全速力で突っ切る相手を捉えきれず



 片脚と片腕、持っていた薙刀を失いながらも彼奴はラビットを残った片腕で叩き潰し
残りの脅威と成り得る相手へと肉迫していく、[妖魔の小手]も破壊し終えてラビットもご覧の有様、最後は当然―――





     メタルブラック「ここまでだな」ギュンッッッ


         BJ&K「…うっ…」タジ…



 戦闘メカではない彼が、ほんの僅かにたじろいだ



 策で最も重要だった機動性を潰すという目的が潰えた以上、もうアセルスにもルージュにもレッドにだって打つ手は無く
直線的な動きしかできなくなったがそれでも[次元衛星砲]の直撃を避けながら残った脅威にトドメを刺すなど容易い

 身体のパーツの大半が無くなった武士は惜しむ様にBJ&Kを眺めていた








 戦士として戦っている実感を味わえる死闘だった

 最後の方は金獅子殿と剣を交えた時に匹敵するほどに"心"が震えた


 良き巡り合いだった、束の間と言えど邂逅を持てたことを誇らしく思う…、こうして終えてしまうのが哀しく思える





      メタルブラック(……二転三転する戦いだった、若人たちよ私は決して君達との闘争を忘れはしない)



 背部スラスターの推力だけで強引にホバリングする悪の組織の四天王は片腕だけの拳を勢いよく相手の胴へと打ち込んだ





       ガシャァアアアアアアァァァァァァン




     BJ&K「!?!?!?!?!?」バチバチ


 胴体に風穴を開けられて手足をばたつかせながら火花を上げる医療メカは自身を破壊せんとする輝く剛腕を両手でつかむ
その有様を見てメタルブラックは心の内で呟く…掴んだ所でもうどうしようもないであるまい、と

 彼奴にも彼奴の立場があるのだ創造主たる父の意向に逆らえない事も含めて
投降しないのであれば見逃す訳にもいかない、医療メカを破壊して完全に脅威を取り除いた状態で
"人間<ヒューマン>"組を抹殺してそれで"組織に攻め込んできた侵入者の排除という任務"は達成と、名残惜しくはあるが…
864 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:08:43.23 ID:BfNAH4mk0

 拳を医療メカの胴にめり込ませたままメタルブラックは後ろを見やる

 地に墜ちたラビットの残骸、術士と少女に助けられたのか下唇を噛んだまま此方を睨みつける小此木少年
 術士と半妖の看護によって息を吹き返す妖魔貴婦人





  メタルブラック(……。)



 万感の想いがある、私人として邂逅があっただけに、束の間だとしても平時に偶然知り合えた気の良い観光客達と…

 それでもブラッククロス四天王としての責務は果たさねばならない
私人としても武人としての情ももう抱くべきではない…――――――――――――――――彼らは此処で殺す


 彼が腕を胴から引き抜こうとした時、違和感に初めて気が付いた




  メタルブラック(……?なんだ腕に力が入らない、左腕や脚だけでなく内部ジェネレーターまでやられたのか…?)



 出力が出ない、メカにあるまじき捨て身行動の数々で蓄積されたダメージが原因で内部に異常をきたしたのか
赤焼けに照らされてながら欠損した肉体の至る所から剥き出しのコードや火花を散らしながら彼は少考する
 彼の知性、人格を司るコアと頭部の知能AIは健在だ、故に考える


 赤焼けが綺麗だ。

 心を持たない機械の自分でもこの眺めは何故かカメラアイにずっと納めておきたかった。

 [京]の[書院]はどうやら鎮火したようだ住民たちがやってくれたのだな、怪我人はいなさそうで何よりだ。

 父は私を褒めてくれるだろうか、私はまた最強に近づけたのだろうか…それともこれは間違った強さなのだろうか。

















      メタルブラック(…っ!? なんだ、なにか おかしい、なにかが なにかが なにかが おかおかおあか)







 自分は何を考えてた?どうしてこの医療メカの胴体から腕が抜けないのか、だった筈だ
肉体あるいは内部の動力系に問題が出たのかと考えていた、なのに風景がどうだの私人としての考えだの地元民の事や父…

 さっきから考えが纏まらない、支離滅裂すぎる、どうしがんだなんで出力が胴を抜くくらいの理由を判明に至らない
支利滅劣すぎる、どうしんだんがんなでんジェネターレに異音が発性してるのではないかの?!?

 一休わたしの体身に伺が越きてりろ@だ!$










          「……本当に巧くいく保証なんて無い賭けだった、ボク達の勝ちだ」
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:09:14.31 ID:BfNAH4mk0


  メタルブラック「―――!?」ガガガッ、ピーッ



 声の主に意識を集中させる、上手く聞き取れない集音機でも声の主が銀髪の青年のモノだと分かった



 アセルス「えっ、どういうこと!?」オロオロ
  レッド「お、おいルージュどうなってんだ…一体何が」オロオロ



 頭の中にノイズが響く、"両の眼<ツインアイ・カメラ>"は急速に色を失い古いブラウン管TVの砂嵐の様な景色ばかりを見せる
身体の随所から異常が検知されるメタルブラックにも術士の澄んだ声は聞こえた、困惑する少年少女の声も




  ルージュ「2人とも本当にごめんね、君達には作戦の真の狙いを敢えて言わなかったんだ」







 - 『――真の"本命"はコレではない、策の重要課題は如何に真意に気づかせずメタルブラックを欺き通せるかだ』 -







  ルージュ「この作戦は"如何にメタルブラックに気づかせずに欺き通せるか"…敵を欺くにはまず味方から」

  ルージュ「最後の最後でアレを警戒されるのをどうしても防ぎたくて、だからこそスラスター狙いと思わせたかった」








-『彼奴の速さは全て背部スラスターから生み出されるのだ、人間じゃない、メカである彼の肉体だからこそ可能な事…』-









    "メカである彼の肉体だからこそ可能な事…"


    "メカ"である彼……―――――――『メカ』……





  メタルブラック(―――…そう、いう、ことか……ははっ、試合に勝って勝負に敗けるとは、こういう、こと、か)







  ルージュ「メタルブラック、貴方ならきっと脅威の度合いから判断して白薔薇さん、ラビット、BJ&Kの順に倒し」

  ルージュ「最後に完全な武力破壊を行ってからトドメを刺すだろうと睨んだ――だからこそBJ&Kに秘密裏に頼んだ」




    ルージュ「―――"[論理爆弾]"、メカである貴方になら絶対に効くだろうって閃いたんだよ」

866 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2022/03/31(木) 05:09:48.15 ID:BfNAH4mk0

 黒鉄のサムライはその場から動けなかった。


 否、動かそうと思えば動かせるが指一本でさえ錆び付いた様にぎこちなく思い通りに動かせなかったのだ…!



 人間でも妖魔でもモンスターでも無い、メカという種族が持つ唯一最大の欠点
[磁気嵐]を始めとした特定の技で内部システムを狂わされるという問題点だ


 機械という身であるが故に[毒]や[暗闇]に[眠り]、[石化]や[魅了]と言った状態異常が何一つ効かない
しかし先述の技や[グレムリン効果]…[論理爆弾]等の技やプログラムを使われれば途端に何もできなくなる

 電気系統のエラーから[麻痺]やAIの故障による[混乱]が例に挙げられるがメタルブラックの頭部から
蒸気が上がっているところを察するにおそらく[バーサーカー]の状態異常が出ていると見ていいだろう



 散漫とした思考回路、脊髄神経に電気信号が行き渡ってないのかと思いたくなる動きの悪さ、異様に熱くなる頭部


 一度に難しい事を考えすぎて知恵熱を出した子供、…なんてモノとは比較にもならない程の熱量が鋼鉄の武士の頭部から
発せられていて冷えた外気の風が熱に充てられて視覚出来る程の蒸気と化す






 …もはや今のメタルブラックには[猛虎プログラム]を発動させる事はおろか、背部のスラスターを吹かす事さえ困難





 当然ながら下弦月を描く剣閃も体内電圧を利用した稲妻も速さに物を言わせた突撃だって今の彼には不可能
単純な武力と武力のぶつかり合いなら間違いなくルージュ一行に勝算は無かった、抗った所でジリジリと疲弊して最終的に
今現在の壊滅状態に陥り命を刈り取られたに違いあるまい


 だから彼は賭けた。


 白薔薇の拳と[マグニファイ]からの[圧縮レーザー砲]2発、これに命運を委ねた―――と、思わせて真の狙いは
レッド少年やアセルスお嬢が繰り出す瞬間加速値の最高の刺突技による背部スラスターの破壊!…と、いうのも実は陽動で
正真正銘真の目論見は少年等を避け、主力組の白薔薇とラビットを倒し最後の一人BJ&Kを倒すという間際で放たれる罠だ


 まさかの"二重陽動作戦"…ッッ!!!



 敵は背後から弱点を狙ってくる少年に気づきコレが狙いだと考える、そしてそれをやり過ごし目の前にいる
無視はできない超火力持ちの主力組を潰すことに注力する
 敵の策を見破り奇襲のソレを捌きつつ近接タイプの白薔薇も打ちのめす、そして回数1発限定の[マグニファイ]も
避けきればその時点で出来る事など高が知れている


 2発の極大レーザー砲をやり過ごした、この時点でメタルブラックは半ば勝利を確信した




 偉人の言葉を借りるなら、"勝利を確信した時、既にソイツは敗北している"


 術士達にはもう戦局を覆す一手は無い、最後の切り札は今ので終わりだ―――そう思い込んだ彼奴がラビットを墜とし
虎の子の[圧縮レーザー砲]も使い物にならなくした医療メカの前に堂々と立つ
 [マグニファイ]後であるならばやれる事なぞ精々[パンチ]が関の山だと…



 ここまでの流れ全てが[論理爆弾]を警戒させない布石



 戦闘開始早々でルージュを庇ったBJ&Kにした時と全く同じ様に腹を貫通する一撃を見舞う
そして手足をばたつかせながら自身を破壊せんとした"メタルブラックの輝く剛腕を医療メカは両手で掴んだ"
 [論理爆弾]という技は相手に接近して対象に触れ、そこから敵の脳に影響を与える電磁波を流し込む様に送信する
つまり接触が出来なければ"miss<かわされた>"という事になってしまうのだ

 仮にBJ&Kが白薔薇と同じ前衛で殴りに行けば不審に思われ勘付かれたまである、敵の機動力なら当然回避されてた
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