淫魔の国と、こどもの日

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1 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:05:15.20 ID:QqWy6NJ20

*****

勇者(……なん、だ。……苦……暑い……)

ある朝目が覚めると、すっぽりと、頭まで毛布の中に潜り込ませていた事に気付いた。
息苦しさに悶えながら跳ねのけようとするが、毛布は異様なほどに重くて、
寝起きの入り切らない筋力を駆動させてようやく少し持ち上がる程度だった。
まるで、水をたっぷり含ませでもしたかのように――――重すぎる毛布が、吸気を妨げてくる。
容赦ない重さが体に圧し掛かり、肺の中の空気が失われて行く。

勇者(誰か、上に乗って……抑えつけてる、のか……? サキュバスB? いや、それとも……)

更に、シーツに手をついて、背筋を使って持ち上げるようにするとようやく毛布が浮いた。
その拍子に口を開けたと思しい方向から、冷たく新鮮な空気が、暑苦しい毛布の中へ流れ込む。
その空気を逃すまいと吸い込み、そちらの方向へ這い進むと――――毛布ともシーツとも違う質感へ、鼻面が行き当たった。

2 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:06:25.83 ID:QqWy6NJ20

勇者「ぷふっ……! おい、サキュバスB! いい加減に――――ん……?」

目を凝らして、カーテンの間から差し込む薄明に照らされたそれは、“枕”だったが……
ただし、その高さはまるで違う。
首がおかしな方向に曲がってしまいそうなほど高く、分厚く、横に広い。
見れば、頭が載っていたと思しい凹みを残してはいるが――――その凹みは、自分の頭のものとは思えないほど大きい。

勇者「……? 何……か、おかしいな」

疑問をこらえながら、吸えた空気を逃さぬように捉え、体をくねらせながらようやくまとわりつく毛布から抜け出て、仰向けに身体を起こす。
そこで、ようやく見えたのはいつもの寝室の風景――――では、ない。

3 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:06:58.31 ID:QqWy6NJ20

勇者「何だ、ここは……」

最初に目に映ったのはあまりに……あまりに広いベッドだ。
見慣れた支柱の象嵌、確かに見覚えのある毛布と天蓋から下がる目隠しの薄絹。
だが、その広さはまるで凪いだ海原のようにも感じて――――ふと、背筋が冷えた。
凪いだ海に落ちてしまったような心細さが、まず心に湧き起こった。
仰げば見える天蓋は文字通り天に蓋するように遠く、立ち上がっても近づく事すらできそうにない。
事態の把握に努めようにも、戸惑い焦るばかりの思考が邪魔をする。
落ち着くべく水差しに伸ばした手をふと見て、更に。

4 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:07:38.06 ID:QqWy6NJ20

勇者(え……? これ、俺の……手、なの……か……?)

伸ばした利き手に宿る小さな爪、細すぎる指、刻まれていたはずの戦傷は跡形もない。
それは伸ばした先にある水差しの背丈と見比べると、ことさらに異様だった。

勇者「……夢か。そうか。……なら、もう少し……眠ってもいいな」

水を飲む事は諦め、もぞもぞと布団に戻り――――高すぎる枕を避けて、折り畳んだ腕を枕に横臥し、毛布の陰に身を寄せるように眠りに入る。
しかし寝入る寸前に。

堕女神「陛下、おはようございます。よくお眠りになられましたか? それでは今朝も――――けさ、も……え? え……?」

いつものように朝を告げに来た声は、凍りつき、やがて――――。

堕女神「……陛下、です……ね?」

気遣い、戸惑いながらの問いかけに変わった。

5 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:08:43.20 ID:QqWy6NJ20
*****

不格好にだぶついたシャツの袖は、三度も折り返してようやく手が出た。
裾はまるで大外套のように腿まで伸びていた。
ズボンの裾もまた同様で――――穴が足りないベルトそのものを結んで留める有り様だ。
ベッドに腰かけている今も床に足がつかない。

勇者「……服……」

堕女神「はぁ、まぁ……今日中に何とか用意いたしましょうか。しばし不自由を御掛けいたします」

勇者「ああ、いい。いいとも。……でもなぁ。これはな……予想外だー……」

奇妙に重い毛布の謎。
まるで化かされたように広く、天蓋まで遠くなっていたベッドの謎。
それに加えて、今――――寝台に腰かける勇者の目線の高さに、堕女神の細くくびれた腰がある。
顔を上げれば、当惑しきった堕女神が忙しなく赤黒の眼を泳がせ、縦細い瞳を収縮させながらこちらを見やる。
6 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:09:42.81 ID:QqWy6NJ20

勇者「……堕女神、正直に答えてくれ。今の俺は……どうなってる?」

堕女神「……本当に、申し上げてもよろしいのでしょうか?」

勇者「頼む。言ってくれ。俺は受け止める」

堕女神「はぁ、それでは……謹んで」

堕女神が姿勢を整え、ゆっくりと視線を眼下の“勇者”へ注いで――――こくり、と喉を鳴らしてから、口を開く。
今目の前にある事実を受け止め、かつ勇者にゆっくりと預けるように。

堕女神「…………陛下は」

勇者「俺は?」

堕女神「……陛下は――――――――幼子の姿に、なっておられます」

7 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:10:57.50 ID:QqWy6NJ20

勇者「……何で?」

堕女神「申し訳ありません、私にも……事態が……」

何度手を見やっても、そこには刻まれた“時”がない。
まっさらで傷一つなく、剣を握り続けた故の隆起もない。
取ってこさせた鏡を覗き込めば、そこにはすでに遠くなった昔の、農作業の合間に川面に映した時そのままの幼い面影が映し出されていた。
生まれてきて十年を越えたばかりの頃――――まだ自分の使命も運命も、宿命さえ知らなかった、あの頃の。

堕女神「陛下。その……確かに、幼少の頃のご自身の御姿であらせられますか?」

勇者「間違いない。でも、そうか。俺は……こんな顔だったのか」


鏡の中には、やや緊張した様子の――――小さな、子供の顔があった。
8 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:11:25.99 ID:QqWy6NJ20

堕女神「……流石にこれも、病のせい……とは……」

勇者「いくらなんでも無いだろう。誰かの呪いか? でなきゃ……薬? それとも……」

堕女神「何か、お心当たりは?」

勇者「無い事もないが……どれだ……?」

堕女神「詳しくお聞かせ願えますか」

勇者「ああ、まず……先日、ナイトメアと出掛けたな。すぐ近くの森だよ」

堕女神「して……?」

勇者「そこでさ。変わった実を食べたんだ」

9 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:11:53.54 ID:QqWy6NJ20

*****

数日前、王都近郊の森の中をナイトメアの背に揺られて散策していた時の事だった。
清澄な空気が満ちて、川のせせらぎが鳥の声とともに耳を楽しませる、時を忘れさせてくれるような一時を過ごした。
そこで小川のほとりで馬上から降り、手を浸してその冷たさを堪能し、顔へ叩きつけて洗っていると――――背後で、気配が小さくなった。

ナイトメア「……さぼり魔」

勇者「相変わらず辛辣だな」

振り返ると、そこには――――ぼろぼろの貫頭衣を一枚だけ纏った、白金髪の少女がひとり。
人間の姿をとったナイトメアは、厚ぼったい前髪の合間から、非難するような冷え切った目つきの悪さを覗かせて呟く。

ナイトメア「……でも、大目に見る。そとの空気、やっぱりいい」

勇者「……ああ、そう。喜んでもらえたかい」

10 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:12:32.83 ID:QqWy6NJ20

訥々と、拙い片言で用件だけを手短に言い、刺すような抜き身の言葉で彼女は話す。
馬の姿のままでも発語はできるはずなのに、人の姿をしている時しか話そうとしない。
それどころか馬の時には馬としてしか振る舞わない素っ気のなさが、彼女の特徴だった。

勇者「……にしても……なんだか……懐かしいよ」

ナイトメア「さぼりの感覚が? わるい子、だった?」

勇者「違う……ああいや、悪い子じゃなかった訳じゃない。……こういう森が。懐かしくてさ」

かつて、故郷近くに、分け入って戯れていた小さな森があった。
森とは言っても決して広くなく、ただ二十〜三十本の木が植わっているだけの、思えば単なる木立ちに近いものだった。
しかし子供の頃は、それすら楽しい遊び場で――――よく虫を捕まえに入っていた事を、勇者は思い出す。
11 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:12:59.93 ID:QqWy6NJ20

勇者「そう、あの頃はさ……小さい森だったのに、ただ歩いてるだけで楽しかったな。見た事無い虫もいっぱいいて……」

ナイトメア「ふーん……」

勇者「すぐ近くを流れてる小川には、魚もいっぱい泳いでてさ。警戒心なんてないから手で掬えたんだ。
川底には小さなエビもいて……」

ナイトメア「へー……」

勇者「さっきから……お前聞いてないだろ。話振っといて!」

ナイトメア「んー……でりしゃす」

勇者「コイツ……! ん……何食ってるんだ」

12 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:13:52.16 ID:QqWy6NJ20

しみじみ語るのを止め、その場に胡坐座りをするナイトメアを見ると……山ブドウに似た実をひと房片手に、もきゅもきゅと口に押し込み、頬を膨らませていた。
ぼろ布の貫頭衣が汁で染まるのも意に介さず――――さらに、一粒。

ナイトメア「さぁ。わかんない。……そっちに、いっぱい……なってた」

勇者「そんなの食べて大丈夫なのか?」

ナイトメア「大丈夫。……たぶん」

勇者「多分って。……ああ、あったあった。どれ、俺も……」

立ち上がり、樹上から下がるそれをひと房もいで、じっくりと眺める。
人間界で見た山ブドウと外見は変わらず、匂いを嗅いでもそう変わらない。
一粒を軽く絞って汁を舌の上に垂らし、しびれるような感覚があるか確かめても、問題はない。
思いきって口の中に投げ入れると、きつい酸味がまず襲ってきてから――――噛み締めた瞬間、鮮烈に甘い果汁が口の中で弾けた。
13 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:14:19.90 ID:QqWy6NJ20

勇者「んぅっ……! 美味いな、これ」

ナイトメア「……それ食べても大丈夫なの?」

勇者「だから俺がそう訊いただろ!」

ナイトメア「わたしとあなたじゃ、種族が……まぁいいや」

勇者「別に何ともないし、大丈夫なんじゃないか。さて、夕方までに戻らないといけないけど……もうちょっとだけ……」

ナイトメア「さぼって間食。やっぱり……わるい子」

*****

14 : ◆1UOAiS.xYWtC [sagesaga]:2018/05/07(月) 23:17:23.80 ID:QqWy6NJ20
ひとまず、今夜のスレ立て兼投下を終了とさせていただきます
基本は初代と同じく、少量ずつでも毎日投稿でいかせていただきたいと思います

このスレはSS速報にて更新していた
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1321/13213/1321385276.html

の後日談です。

今回もひとつ、よろしくお願いします


twitter垢
https://twitter.com/inmayusha
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/07(月) 23:42:50.06 ID:a58eAr29o
おつおつ
これから楽しみ
16 :sage :2018/05/07(月) 23:47:16.54 ID:icf11ZSQ0
待ってました!
乙ですー
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/07(月) 23:56:06.68 ID:siJA5ZD00
長年まってた
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/08(火) 00:00:24.06 ID:UkvhrPsv0
1月と2月と3月のときと、4月と5月のGWのときも僕はずっと! 待ってた!
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/08(火) 00:20:57.86 ID:65OAoeSO0
待ってた
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 00:26:57.28 ID:jBMygBo10
メアと果実のリクエスト使ってもらえたのかな嬉しい。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 01:09:10.63 ID:z4F4xbUoO
メア編クルー?
ずっと待ってたぞ!!
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/08(火) 01:18:14.62 ID:ddfOt5iQ0
待ってた!!
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 02:29:39.11 ID:CqdFemB40
これのために生きてきた
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/08(火) 03:22:00.73 ID:o4F4FEFf0
まってましたー
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2018/05/08(火) 11:57:54.76 ID:61DUhYRA0
王の帰還か……期待
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2018/05/08(火) 13:48:47.65 ID:RDTPMZ0nO
スレタイでもしやと思ったがあなただったか
待ちかねたぞ!
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/05/08(火) 15:37:23.71 ID:gUdHJxsJ0
何回過去作読み直したか・・・。お待ち申し上げておりました。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 18:25:18.97 ID:gkloq+DXO
我々は、あなたが帰ってくるのを待っていた。
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