新田美波「わたしの弟が、亜人……?」
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939: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:29:26.78 ID:TPJ777ywO

中野「あっ」

アナスタシア「アッ」


あまりにもあっけなく落下していったので、アナスタシアは宙を掻く手を掴むことも思わず悲痛な声で名前も呼ぶこともできず、中野と同じ小声で驚くことくらいしかできなかった。「ああぁ、ぁ」という悲鳴が真っ暗闇から耳に届いたが、すぐにか細くなって消えてしまった。


平沢「まったく、あいつは」


平沢が呆れ声を洩らす。怒っているような感じはまったくない。表情こそ微笑んでいなかったが、声の調子は微笑んでいる。そんな感じのつぶやきだった。


平沢「おまえら、早く行け」


残った二人に向かって平沢が言った。もう声に微笑むようなかすかなやわらかさはなく、命令めいた厳格さがあった。


永井「先に行け、アナスタシア」


永井に話しかけられ、アナスタシアは平沢のほうに向けていた顔を永井に移した。はじめて見る顔だった。何かの予感、不吉で受け入れがたい予感が確信に変わったのに、それを隠しているかのような透き通った何物も見つめていない眼を永井はアナスタシアに向けていた。アナスタシアは永井から見られている気がせず、むしろほんとうに永井のことを見ているのか不確かになる気持ちにさせられた。


永井「僕は平沢さんを、どこで拾うか話してから行く」


永井の声は平沢とはちがい、すこしも急かすような調子は感じられずフラットそのものだった。そのことがアナスタシアの背中を押した。自然とそうすべきだと思えた。永井が平沢と話す時間をつくるべきだといういたわりにも似た感情が起こり、作戦の失敗のために逃げるという事実も一瞬忘れてしまった。

とはいえ、恐怖は感じた。屋上の縁に立ち、前に倒れこむか、それとも足から落ちていくか逡巡したが、意を決して瞼を閉じ、失神することを願いながら川に飛び込むように足から落ちていった。


平沢「おれのことは待たなくていい」


アナスタシアを見送るように下を眺めている永井の背中に向けて、平沢が言った。


永井「平沢さん」


永井は顔を上げ、虚空にひろがる闇から平沢へと視線を戻し、鋭く言った。



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