940: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:30:23.95 ID:TPJ777ywO
永井「清掃用のリフトなんか無い」
永井は平沢の顔から上着へと視線を下げた。おもむろなゆっくりとした視線の移動は平沢にそのことを告げるためのようだった。永井は上着のある部分を見つめながら、こんどは静かな声で言った。
永井「あと、なんで上着のボタンを留めてるんです?」
二人はわずかなあいだ、共に押し黙った。向き合う二人のあいだを相変わらず風が流れていたが、いまはゆるやかだった。次に出てくる言葉をたがいに承知しているときの沈黙が風に移し込まれているようだった。
平沢「ああ。くらった」
そう言ったとき、ジャケットの裾を伝って血が一滴、滴り落ちた。
永井「あのときですね」
永井はプール室での銃撃を回想しながら言った。
平沢「防弾ベストの隙間からな」
まるで他人事をつぶやくかのように平沢が付け加える。
平沢「当たりどころも悪かった。大勢見てきたからよくわかる」
そう言うと平沢はふっーと静かに息を吐き、永井の顔を見つめた。悟ったような表情をしている。大勢見てきたもののほとんどをその場に残してきたことを平沢は吐息とともに思い起こしていた。
平沢「おれはもう死ぬ」
抜け出していくものを止めようがないことをふたりは知っていたが、実際に言葉となって伝わると心が重くなる感覚が沁み渡っていくのを永井は感じざるをえなかった。
永井「……ですね」
息が詰まりそうな声で永井は平沢に応じた。
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