萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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15: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:04:11.73 ID:bbgcA4Fi0



「あれ、ここにあったビデオカメラ、どこにいっちゃったのかな……?」

「ああ、それならレッスンも終わったから片付けてしまいましたわよ」

 レッスン終わり、後片付けの最中だった。雪歩は置いてあるはずの備品の場所を問い、それに千鶴が答えたというだけの、なんでもない会話。だけどそれは少しだけ間違ったやり取りだった。
 真っ先に違和感に気付いたロコが、首をかしげて千鶴への疑問を重ねる。

「……んん? チヅル、プロデューサーがネクストレッスンでも使うことになったから、カメラはそのままでオーケーだって言ってませんでしたっけ?」

「え、あら、そう……だったかしら? …………ああっ! 大変失礼いたしましたわ! すぐに取って参ります!」

 千鶴は慌ただしくレッスンルームを飛び出した。残された三人は、思うところがある様子で顔を見合わせる。その表情は不安げだったり、訝しむような様子だったり、心配そうだったり、ニュアンスは異なっていても似たような感情をにじませていた。

「……最近、チヅルの様子がなんだか変だって思います。二人はどう思いますか?」

 問いを向けられた二人はロコの言葉に肯定の意を込めて頷く。確かに最近……ロコと桃子が諍いを起こした数日後くらいから、千鶴の態度がどこかぎこちなくなっているように感じられた。レッスンの最中も精彩を欠き、初めの頃のようなミスをしては叱られることもあった。

「桃子もそう思う。普段の千鶴さんなら絶対しないミスが目立ってるな、って」

「そ、そうだね……。何かあったのかな……?」

 雪歩の疑問に答えられる者は誰もいない。心当たりは欠片もなかった。始動してまださほど長い時間の経っていない39プロジェクト、その中でも三人は千鶴とのかかわりが多い部類のはずだ。それでも、千鶴の変化は前触れのないものにしか見えなかった。

「それで、ロコも気になってチヅルと話してみたんです。でも、グッドなクエスチョンが浮かばなくて……チヅルも自分から相談しようってムードじゃなかったし、結局上手く聞けませんでした」

 そう語るロコの表情は不安げに曇っていた。言葉の節々にはもどかしさのようなむずむずとした感情が見て取れる。

「それに、その……ロコと話しているときのチヅルが、なんだかぎくしゃくしているように見えて。ロコの言ってること、ストレンジだったかな、って……」

「そんなこと、ないと思うよ。私はロコちゃんと話してても、ヘンだなって思わないから」

「ロコさんの話し方は普通とは違うかもしれないけど……ずっと前から変わってないでしょ。千鶴さんが急に態度を変える理由にはならないと思う」

 悪い方へ悪い方へ、最近のロコはちょっとしたきっかけから自信を無くしてしまう様子をたびたび見せている。簡単なフォローを入れるだけでも持ち直してくれるとはいえ、雪歩にとっては心配の種だ。
 ロコも桃子も、少し主張が控えめになった。その影響はレッスンにも表れていて、フリや、ボーカルの表現が小さくなっていると叱られる場面も見受けられた。桃子だって、態度にロコほどはっきりとした変化はなくても、以前の諍いを気にしている節があるのだろう。
 先輩として、じゃないけれど。こういう時にできること、してあげられることをちゃんと探して、行動に移していきたいと雪歩は思うのだ。

「私からも千鶴さんに聞いてみるね。人によって話しやすいことも、そうじゃないこともあると思うから」

 だから、そう提案した。いつも周囲に気を配っている千鶴のことを思えば、ただでさえ本調子かわからない二人にこれ以上心配をかけたくないと考えていても不思議ではない。それなら、まだ自分から声をかけた方が何か答えてくれるような気がするのだ。

「お待たせしましたわ! ……と言っても、まだ次のレッスンには時間がありますわよね。こんなに急がなくてもよかったかしら……」

 三脚とビデオカメラ、そしてA4サイズの紙を一枚持って戻ってきた千鶴が、ごまかすように笑う。そして、少し言いにくそうにしながら何かしらのリストが印刷されたコピー紙を三人に掲げて、口を開いた。

「先ほど美咲さんとすれ違って、劇場の日用品類が足りなくなっていると聞きましたわ。それでつい買い出しを引き受けてしまったのだけど……どなたか手伝ってもらえませんこと?」

 またちょっと空回りしているようにも、元来の気遣いが発揮されているようにも見える千鶴の様子に苦笑する。とはいえ、タイミングよく訪れた機会には違いない。雪歩は真っ先に名乗り出ることにした。



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