萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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16: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:04:50.98 ID:bbgcA4Fi0



「結構な量になってしまいましたわね……雪歩ちゃん、重くないかしら?」

「大丈夫ですぅ。こっちの袋はかさばるだけで、中身は軽いですから」

 ドラッグストアや百円ショップの袋を両手いっぱいに抱えて、雪歩と千鶴は劇場への道を歩く。日が傾くのも早い季節だから、空はもうオレンジ色に染まっている。これなら誰かに車を出してもらうべきだったなと二度、三度後悔した。

「そもそも、こんなに一気に買い出しに行くのが間違いだと思いますわ……手間でも、こまめに買い足すべきじゃないかしら」

「いざ足りなくなってから、っていうのもぞっとしますしね……」

 千鶴が恨み言を口にする様子はあまり見かけない。雪歩にとっては少し意外な話だけど、もしかしてこういったやりくりには慣れているのだろうか。買ったものを袋にまとめていく手際にも、堂に入った様子が見受けられた。

「も、もちろん家ではこういった作業は使用人の仕事ですけど! 良きセレブは自分が直接かかわらない仕事にも通じているべきですわよね! おーっほっほっほ! ……っとと」

 少し不思議に思って見つめていたことに気づいてか、千鶴は大慌てで言葉を付け足す。口元に手をそえて高笑いしようとしたおかげで、袋を落としかけていた。
 しばらくは雑談に興じて歩いていたけれど、そろそろ本題に入らないといけないな、と雪歩は思い直した。劇場に戻ってきてしまえば、こうして二人で話す口実もなくなってしまう。よし、と両手をぎゅっと握って、開いて、少しだけ歩調をゆるめた。

「千鶴さん。公演のことで、ちょっとだけお話があります」

「話、ですの? ええ、わかりましたわ。どういった要件かしら」

「えと、最近の千鶴さんのこと、かな。……何か、ひとりで抱えてるんじゃないかって、みんなが心配してますから」

 千鶴はあら、と小さくこぼす。すぐに言葉が続くことはなく、雪歩から目を逸らすようにうつむいた。

「……心配されるほど、わたくしの様子はおかしかったのですわね」

 声のトーンは一段階低い。言葉にしなくても、その態度は遠回しに肯定しているように見えた。

「だから、何でも相談してください。これでも、アイドルとしてなら先輩ですから」

「…………」

「千鶴、さん?」

「……ふふっ」

 しばらくの間、無言で歩き続けていた千鶴が不意に眉を下げて小さく笑った。

「そうでしたわね。雪歩ちゃんは、頼れる先輩でしたわ。……ありがとう、気にかけてくれて」

 苦笑がほんの一瞬だけゆがむ。それを指摘するよりも早く、千鶴はぎゅっと目を閉じ、ゆるく笑った。彼女の態度に、雪歩の心の内側で警鐘が鳴り響く。距離を取られている、そう気づいた時にはもうかける言葉がなくなっていた。

「でも大丈夫。少し、気疲れしていただけですわ」

「でも、やっぱり……」

「雪歩ちゃん、安心してくださいまし。わたくしはセレブとして、誰かに心配をかけてしまうような振る舞いはしないと約束しますわ」

 千鶴は強気な笑顔を浮かべていた。だけど、それを浮かべるに至るまでの複雑に揺れ動いた表情が、言葉通りに受け取ることを拒ませる。
 だけど、どれだけ歩みを遅らせても、彼女からそれ以上の弱音がこぼれることはなかった。笑顔が崩れて張り詰めた素顔が垣間見えたとしても、決して千鶴は口を開かない。
 それは雪歩に対してさえも相談できないような何かを、千鶴が抱えているという事実に他ならなかった。先輩という肩書を持ち出すようなズルをしても、自分では役者不足だったのだ。雪歩にとって、その事実がいちばん胸を締め付けた。



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