萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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6: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 20:55:23.92 ID:bbgcA4Fi0



 姿見の前に四人並んで、緩やかな音楽に合わせてステップを踏む。激しいダンスでは決してないから、振り入れにそこまで時間はかからなかった。しかし、当然ながらただ踊れればいいというものではない。

「大きなミスは減ってきましたが、まだかなり粗がありますね。特に、全体で動きが揃っていません」

「周防さんとロコさんは走りがち、逆に二階堂さんは少し遅れ気味です。萩原さんは全体としてはよく合わせられていますが、誰かが大きくずれた時、それに引っ張られる場面が目立ちます」

 ひとしきり曲に合わせて踊りきって、トレーナーから受けた評価も相応に厳しいものだった。ミスを指摘されるたび、各々の表情も少しずつ曇っていく。
 第一回目のレッスンの総まとめがこの結果である。もちろん、まだレッスンの機会は十分に残っているけれど、上手くできなかったという事実はちょっとだけ重たい。

「穏やかな曲とダンスですから、ここまでは簡単だったかもしれません。ですが、それは動きのズレがあれば、見ている人にもすぐにわかってしまうということでもあります」

「全員でぴったりと動きを合わせられるように、練習を重ねていきましょう。今日はお疲れさまでした」

「ありがとうございましたっ!」

 トレーナーがレッスンルームを後にして、少しだけ緊張感がやわらぐ。数秒を置いて、雪歩と千鶴はようやく現状を苦笑として受け流すことができた。

「暗に、まだ息が合っていないと言われてしまいましたわね」

「あはは……もっと頑張らなくっちゃ、ですぅ」

 対して、ロコと桃子は難しい顔をしたままだ。桃子は真剣な表情を崩さないままミスを指摘された箇所を確認しているし、ロコもロコで余裕なさげに、息を整えきれていない様子でスマホを操作している。二人の会話にも口を挟もうとする様子はない。
 何かフォローを入れたほうがいいだろうか。雪歩がかける言葉を考え始めたタイミングで、ロコがぱん、と手を叩いた。全員の意識が音の中心に向けられる。

「皆さん、スケジュールを見た限りだと三十分だけなら時間をとれるので、ミーティングをしましょう! ロコたちはまだお互いのビジョンをシェアできてないって思います。スピリットのエクスプレッションにはコミュニケーションが一番です!」

「す、すぴ……えく? ……えっ?」

「コロちゃん、もう少しわかりやすく言い直してもらえませんの?」

 自信たっぷりに宣言したロコに対し、その意図を正しく汲み取れた者は誰もいなかった。ロコは不満げにむくれて、千鶴の方へひとつ歩みを進める。

「そういうところがバッドなんです! ロコはロコであってコロではありません! そういうアイデンティティを、チヅルやモモコ、ユキホにとって何がインポータントなのかをロコは知らないんです!」

「……つまり、どういうこと? 桃子にもわかるようにお願い」

「……うぅ、ロコの言いたいことは、誰にも届いてくれないんですか……?」

 取り付く島もない桃子の言葉に、流石のロコもちょっとめげてきた。考えてみれば学校で本格的に英語を学ぶような歳でもないし、彼女に上手く伝わらないのは仕方のないことでもあるのだけど。
 ロコなりに考えての言葉であることは理解できるのだから、と。どんどん元気を失っていくロコを見て、雪歩はどうにか発言の意図を汲み取ろうとしてみる。ぱっと意味が出てこない単語はイメージで補って、上手くまとまるまで数秒の時間を要してしまった。

「つ、つまり! ロコちゃんはみんなで話し合いをして、表現したいことを伝え合おう、って、そう言ってるの、かな……?」

「ユキホ……! イグザクトリーです! よかった、ちゃんとわかってもらえた……じゃなくて、それでどうですか?」

 自信がなくて雪歩の言葉尻は弱まっていくばかりだったけれど、対照的にロコの表情は輝きを取り戻していく。どうやら概ね正しく訳すことができたみたいだ。
 これでまたしても首を傾げられてしまったら、という心配もどうやら杞憂に終わったらしい。千鶴も桃子も、先ほどよりはずっと納得した表情を見せていた。

「はじめからそのように言ってくれればよかったのに。……いえ、コロちゃんの言葉がちゃんとわかるように、わたくしもコロちゃんのことを知らないと、ですわね」

「……チヅル? 気持ちは嬉しいですけど、ロコはコロではなく……」

「時間。ないんでしょ? だったら早いうちに始めた方がいいと思うけど」

「う、モモコの言う通りですね。それじゃあ、ミーティングを始めましょう!」

 ペースを掴んでいるようでイニシアチブは全然握れてないな、とロコはしみじみ思った。提案して、進行して、それだけ。もちろん、それが悪いかと問われればそんなことは全くないのだけど、もうちょっと得意になれる場面があってもいいのにな、とは考えてしまう。
 でも、一旦そういう考えは横に置いて、自分の言葉に集中しようと目を閉じる。いつだって頭の中を駆け巡っている情動を少しでもはっきりさせられるように。



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