13: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:55:48.73 ID:aN661FRYo
 物語を深く知れば知るほどに、このみはやりきれない切なさを感じてしまっていた。 
 娘にとって、自身が秘密を抱えたままでいること、そして大事な人に自身の本当の姿を知ってもらえないということは、なにより辛いことだったのだろう。 
 この選択が正しかったのかなんて、鶴自身もわかっていないのかもしれない。 
 別れを選んだ鶴は、雪の積もった山の奥で、人知れず涙を流すのだろうか。 
 それでも辛い選択をしたのは、きっとそれを選ぶほかなかったのだろう。 
14: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:27:18.49 ID:+aWMwZWyo
 少しだけ間が空いて、それからまつりはゆっくりと口を開いた。 
  
 「……鶴さんはまじめで、人のことを大切にできて、それでちょっぴり臆病さんなんだって、姫は思うのです。」 
  
 「姫だったら。その大切な人と逃げちゃうのです。雪が降る道をふたり、えすけーぷ!なのです。」 
15: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:28:04.75 ID:+aWMwZWyo
 一方のこのみは、その言葉を受け入れるまでに幾らかの時間を要していた。 
 確かに、まつりの言う通りである。 
 もしも娘が竹から生まれていたのなら、青年と離れたくなかったとしても、迎えに来た月の都の使いには従わざるを得なかっただろう。 
 しかし、娘はそうではないのだ。 
 たとえ鶴の世界へ戻れなくなったとしても、眩しいヒトの世界で生きる道もあるかもしれない。 
16: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:29:33.56 ID:+aWMwZWyo
 「で、でも。それだと、迷惑になっちゃわないかしら……。」 
  
 このみはまるで自身のことのように思考を思い巡らせ、そう尋ねた。 
  
 娘にとって青年は、運命的な出会いを忘れられずに、もう一度手を伸ばした相手である。 
17: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:30:34.14 ID:+aWMwZWyo
 まつりは自分のグラスの縁を指でそっと撫でながら、静かに口を開いた。 
  
 「きっと、大丈夫なのです。」 
  
 「好きなひとがひとりで悩んでいたら、力になりたい、と思うものなのですよ。」 
18: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:32:25.37 ID:+aWMwZWyo
 娘が最後に打ち明けるまで、結局青年は部屋の戸を開けて秘密を覗くことはしなかった。 
 青年も、彼女の抱えた秘密を大事にしたかった。 
  
 「私が青年だったなら……。」 
  
19: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:33:36.48 ID:+aWMwZWyo
 それからしばらくの間、このみは物語を読み返した。 
 二人の出会いも、二人のすれ違いも、そして二人の別れも。 
  
 今ならば、以前より娘に近づけるように感じられた。 
  
20: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/07/07(日) 23:08:11.10 ID:2s7Ltdwho
 *** 
  
 午後2時を回った頃、このみはレッスン室にいた。 
 主にダンスレッスンで使われたりする部屋だが、それに限らず空いている時には多目的に使えるようになっている。 
 部屋の窓に面したある壁面には、板張りの床から白い天井まで、部屋の全体が映るほど大きな鏡が据え付けられている。 
21: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/07/07(日) 23:09:06.00 ID:2s7Ltdwho
  
 『もう行かなくちゃ。……本当の姿を知られてしまったら、私はもう此処には居られないの……。』 
  
 『ずっと言えなくて、ごめんなさい。……今まで、ありがとう。』 
  
22: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/07/07(日) 23:10:14.30 ID:2s7Ltdwho
 二人の関係性については理解が進んだが、当初引っかかっていた部分が解消されたわけではないのだ。 
 あともう少しで掴めるかもしれない、という感覚はあるのだが、一向にその先が見えてこなかった。 
  
 「……こういうときは、原点に立ち返って考えろ、よね。」 
  
23: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/07/07(日) 23:14:10.33 ID:2s7Ltdwho
 であるならばさらに前へとさかのぼる必要があるだろうとこのみは考え、開いていた資料を閉じて少しずつ因果の糸をたどっていく。 
 そして最後に行きついた場所はあの「屋根裏の道化師」の「シンシア」であった。 
 仕事の幅という意味だけでなく、このみ自身の経験としても大きく変化があった作品だと言えるだろう。 
 あの時は、どういう風に役と向き合っていただろうか? 
  
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