7:名無しNIPPER[sage]
2019/06/12(水) 22:18:44.51 ID:PfnMtZAgo
 ええぞええぞ 
8: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:48:03.76 ID:aN661FRYo
 「はいほー!なのです。」 
  
 事務室のドアが開く音がしたと思えば、直後に特徴的な声が聞こえてきた。 
 談話スペースの奥側に座るこのみにはパーテーションが死角となり直接見ることはできないのだが、声の主が誰であるかは特段迷うこともなかった。 
  
9: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:48:52.99 ID:aN661FRYo
 このみは当人を確認するために腰を浮かし背中を伸ばした。 
 ……のだが、思いのほか死角が大きいようだった。 
 ローテーブルに軽く手をつくようにして前のめりになり、それでも姿が確認できなかったため、さらにもう少しもう少しと。 
 体重を前に移すたび存外つらい体勢となっていく。 
  
10: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:50:59.36 ID:aN661FRYo
 まつりは撮影の仕事を終え、劇場へ今しがた戻ってきたとのことだった。 
 小脇に抱えた小さな荷物を置き、慣れた手つきで自分の飲み物を準備して談話スペースに戻ってきた。 
  
 先ほどのこともあり、まつりが戻ってきたころにはこのみの集中は完全に途切れ、反動でローテーブルに突っ伏すような状態になっていた。 
  
11: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:52:25.59 ID:aN661FRYo
 このみは、はぁ……、とため息とも返事ともつかない微妙な声を上げつつ、 
 ちょうど目の前の位置にあった件の資料の束を、まるで紙の感触を確かめるようにそっと指先で転がした。 
  
 「『鶴の恩返し』って、悲しいお話よね……。」 
  
12: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:53:25.23 ID:aN661FRYo
 「ええ、実はね……。」 
  
 このみはそう言って身体を起こした。 
 まつりといえば765プロでも演技に定評のあるうちのひとりだ。 
 自身のプロフィールにも特技として記載するほどであるし、「屋根裏の道化師」でも共演している。 
13: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/16(日) 20:55:48.73 ID:aN661FRYo
 物語を深く知れば知るほどに、このみはやりきれない切なさを感じてしまっていた。 
 娘にとって、自身が秘密を抱えたままでいること、そして大事な人に自身の本当の姿を知ってもらえないということは、なにより辛いことだったのだろう。 
 この選択が正しかったのかなんて、鶴自身もわかっていないのかもしれない。 
 別れを選んだ鶴は、雪の積もった山の奥で、人知れず涙を流すのだろうか。 
 それでも辛い選択をしたのは、きっとそれを選ぶほかなかったのだろう。 
14: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:27:18.49 ID:+aWMwZWyo
 少しだけ間が空いて、それからまつりはゆっくりと口を開いた。 
  
 「……鶴さんはまじめで、人のことを大切にできて、それでちょっぴり臆病さんなんだって、姫は思うのです。」 
  
 「姫だったら。その大切な人と逃げちゃうのです。雪が降る道をふたり、えすけーぷ!なのです。」 
15: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:28:04.75 ID:+aWMwZWyo
 一方のこのみは、その言葉を受け入れるまでに幾らかの時間を要していた。 
 確かに、まつりの言う通りである。 
 もしも娘が竹から生まれていたのなら、青年と離れたくなかったとしても、迎えに来た月の都の使いには従わざるを得なかっただろう。 
 しかし、娘はそうではないのだ。 
 たとえ鶴の世界へ戻れなくなったとしても、眩しいヒトの世界で生きる道もあるかもしれない。 
16: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:29:33.56 ID:+aWMwZWyo
 「で、でも。それだと、迷惑になっちゃわないかしら……。」 
  
 このみはまるで自身のことのように思考を思い巡らせ、そう尋ねた。 
  
 娘にとって青年は、運命的な出会いを忘れられずに、もう一度手を伸ばした相手である。 
17: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/06/23(日) 22:30:34.14 ID:+aWMwZWyo
 まつりは自分のグラスの縁を指でそっと撫でながら、静かに口を開いた。 
  
 「きっと、大丈夫なのです。」 
  
 「好きなひとがひとりで悩んでいたら、力になりたい、と思うものなのですよ。」 
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